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農水産品を活かした地域活性化の可能性を探る-
SCB SHINKIN CENTRAL BANK 地域調査情報 15−2 (2003.10.22) 総合研究所 〒1 0 4 - 0 0 3 1 東京都中央区京橋 3 - 8 - 1 TEL.03-3563-7541 FAX.03-3563-7551 地場産品の地域ブランド化のために −農水産品を活かした地域活性化の可能性を探る− 視点 厳しい経済環境が続き、地方を中心に多くの地域で活性化策を見出せないままに、さらなる 衰退への危機感を募らせている。従来型の外部頼みの箱物的地域活性化も大きな壁に直面して いる。信用金庫にあっても、こうした地盤沈下は経営基盤を揺るがす重大事である。 こうした中、多くの地域には優れた内部資源(地場産品)があり、こうした産品を利用した 地域活性化モデルとして「地域ブランド化」が考えられる。実際、企業では自社商品等のブラ ンド化によって発展している企業がある。地域においても、産品の価値向上・保証、適切なマ ーケティング、地域構成員の連携などにより地域ブランド化に成功すれば、結果として地域活 性化を導く可能性を感じる。 そこで本稿では、地場産品の代表として「農水産品」を取り上げ、農水産品の地域ブランド 化による地域活性化の可能性について考察した上で、ブランド化に取組む際の留意点、ブラン ド化のために取組むべき内容、信用金庫のかかわり・役割について述べていく。 要旨 l 地域ブランド化に成功すれば、地場産業(農水産業)の活性化はもちろん、人口増加、地 域内関連産業への波及によって、地域経済全体が活性化することが期待される。 l 地域ブランド化に取組む際の留意点には(1)地域条件、(2)産品の特定、(3)ブラ ンド化に向けた活動組織の編成があって、どこでも、何でも、誰でも取組めるわけではない。 l 地域ブランド化のために取組むべき内容として、(1)産品の選定、(2)高い価値の保 証、(3)消費者の認知度向上があり、これらに継続的に取組むことで、地域ブランド化 が可能となる。 l 信用金庫においては、取組み主体(農業者、漁業者等)と小売業、飲食業、製造業、旅館 業、運輸業、市町村役場、商工会議所等が協力・連携して地域ブランド化に取組めるよう、 サポート役・旗振り役を担うことが期待される。 キーワード 地域ブランド、農水産品、地域活性化、関あじ・関さば、庄内ちゃまめ、彩の国黒豚 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 目次 1. 地域ブランド化による地域活性化の可能性 (1)地域ブランド化の定義 (2)地域ブランド化の効果 (3)農水産品による地域ブランド化の背景 2. 地域ブランド化に取組む際の留意点 (1)地域条件 (2)産品の特定 (3)組織の編成 3.地域ブランド化取組み事例 (1)関あじ・関さば(JF大分佐賀関支店) (2)庄内ちゃまめ(JA庄内たがわ) (3)彩の国黒豚(JA全農さいたま) 4.地域ブランド化のために取組むべき内容 (1)対象産品の選定 (2)高い価値を保証するために (3)消費者に認知してもらうために 5.地域ブランド化のために信用金庫が担う役割 1.地域ブランド化による地域活性化の可能性 一般的にブランドとは、事業者側の視点で「商品やサービスを他のものと区別するた めに付けられる商標・印・デザイン等」と定義される。しかし、区別されても、消費者 から選ばれなければブランドとしての価値はない。このため、ブランドには以下の2点 が必要となる。 ・ブランドが付くことにより、その商品等は常に他より高い価値(品質・価格・数量等) が保証できること ・消費者がそれを認知しており、そのブランドによって他のものとすぐに区別でき、安 心して買えること そこで、ブランドとは「商品やサービスが、特定の商標等によって高い価値が保証さ れており、それを消費者が認知していること」と定義できる。この定義によるブランド 化に成功した事業者は、次のようなメリットを享受できる(図表1)。これらのメリッ トは事業活動にとって極めて重要なものであり、商品・サービスのブランド化に成功し た企業は大きく発展している。例えばアサヒビール㈱(スーパードライ)やヤマト運輸 ㈱(宅急便)が代表例としてあげられる。 企業と同様に、地域においても商品(地場産品)のブランド化に成功すれば、地域経 済が活性化するのではないだろうか。ここではその可能性について考察する。 1 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 (図表1)ブランド化によるメリット (イ)安定した販売量と売上げの持続的保証(消費者のロイヤルティを築く) (ロ)より高い価値と利益(マージン)の実現(高い値段で売れる) (ハ)外部からの攻撃に対する抵抗力(価格競争に強い) (ニ)市場の影響力の低さ(市場動向の低迷にも影響を受けにくい) (ホ)拡大攻撃力(異なった市場へも拡大が容易) (ヘ)強力な流通支配力(流通業に対して主導権が握れる) (ト)企業資産価値の向上(企業イメージを高める) (チ)時間的余裕(問題が起きても高い信用力により対処する時間を稼げる) (備考)日本マーケティングシステムズ編『強いブランドの開発と育成』ダイヤモンド社(2000)を参 考にして信金中金総合研究所作成 (1)地域ブランド化の定義 まずは地域における地場産品のブランド化について定義しておこう。ここで取り上げ る地場産品のブランド化は一般的なブランドの定義の延長にあるが、地域活性化を実現 するためには、ブランド化に成功した際に地域名や地域の良いイメージが広く伝播する ことも必要である。 そこで本稿では、地域における地場産品のブランド化を「地域内の地場産品に地域名 や地域特有の呼称が付いた商標で販売されており、その商標がついた地場産品は競合地 域の同種品より常に高い価値が保証され、消費者はその地場産品が安心して買えると認 知していること」と定義し、これを「地域ブランド化」と表記することにする。また、 地域ブランド化する対象の地場産品を「対象産品」と表記する。 地域ブランド化として、地域固有の資源(歴史・自然・文化・産業・地場産品等)を活 用して、良いイメージを持たせることに成功した地域名そのもの(軽井沢、湯布院、ニ セコ等)を指すケースもあるが、ここでは活用する地域資源(農水産品等の地場産品) 自体を対象とする。 本稿では、地域ブランド化をイメージしやすくするため、「農水産品」を対象産品の 代表事例として説明する。農水産品は「全国どこでも見られる産品であり対象産品にで きる地域が多い」「生食以外に加工品としても利用しやすく製造業など他業種への波及 効果が期待できる」「食料品は身近な存在であり需要者が行動を起こしやすい」などか ら代表事例に採用した。対象となる農水産品は「対象農水産品」と表記する。 2 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 (2)地域ブランド化の効果 次に、農水産品の地域ブランド化に成功した場合の効果を考えてみよう。 地域ブランド化に成功したということは、多くの消費者が対象農水産品を他地域産と 区別して高い価値を持つものと認知したことになるため、対象農水産品は輸入品等との 競争に巻き込まれにくく、価値に応じた価格設定や価格の安定が可能となる。すなわち、 品質の高さを保証し続けることは、長期的にロイヤルティの高い消費者を確保し、農水 産業者の収入安定化に資する。 そうなると、既存の農水産業者の規模拡大や周辺からの新規参入で農水産業が活性化 してくる。さらに、対象農水産品を使った加工品の製造・販売など食品加工業の製造業 者も活性化する可能性がある。また、地域ブランド化により地域そのものの知名度も高 くなり、加工品も含めた対象農水産品を購入するために、地域にある小売店・飲食店、 直売所、直営レストランなどの販売拠点への来店客が増加する。その際、販売等の拠点 とその他の観光資源(温泉、名所旧跡、博物館、美術館等)を連携させることで、個店 への来店客を観光客として地域内で回遊させることもできるであろう。観光客が増加す れば、タクシー、バス、ホテルなど宿泊施設といった観光関連業者にも経済効果が波及 していく。このような地域経済の活性化により、後継者確保や雇用創出も可能となり、 地域の人口減少の抑制・増加も期待できよう(図表2)。 (図表2)地域ブランド化が地域経済に与える効果 地 域 ブ ラ ン ド 化 に 成 功 農水産品の 価格安定 地域名の 知名度向上 農水産業者の 収入安定 営業規模拡大・ 新規参入 農水産業の 活性化 新しい加工品 の製造販売 後継者確保・ 雇用機会創出 人口増加 小売・飲食・製 造業の活性化 販売拠点への 来店客増加 既存観光資源 との連携 地域経済 活性化へ 観光客の増加 観光関連業の 活性化 (備考)信金中金総合研究所作成 実際、本稿で水産品の地域ブランド化の成功事例として紹介する大分県佐賀関町では、 アジ・サバの魚価が2∼10 倍にもなり、地域ブランド化による経済効果は漁業分だけで も年間5億円相当と試算できる。さらに観光客も年間 16 万人から 30 万人へと倍増して おり、1 人平均 2,000 円程度食事や土産物購入で支出したと仮定すると、増加した 14 万 人で2億 8,000 万円がブランド化の経済効果となる。このように合計で年間8億円程度 の経済効果となるが、これは佐賀関町の年間商業販売額(小売業+卸売業、1999 年、商 3 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 業統計調査)約 76 億円の 10%以上にも相当し、実際に大きな経済効果を得ていると推察 される。 こうした効果が期待できるため、農水産業などの地場産業のある地域では、地域ブラ ンド化による活性化を検討する価値は十分にある。 また対象産品を生産する事業者が複数市町村の単位で見られる地域もあると思うが、 その複数市町村すべてが同一信用金庫の営業エリアであることも珍しくなく、地域ブラ ンド化に成功すれば信用金庫が享受するメリットも少なくない。 (3)農水産品による地域ブランド化の背景 最近、北海道や九州などの農水産業が盛んな地域だけではなく、千葉県や埼玉県など の大都市近郊地域でも農水産品の地域ブランド化に着手している。では、今なぜ農水産 品による地域ブランド化なのか。その背景には、農水産業者が置かれている以下のよう な状況がある。 イ.農水産品の価格低下 食生活の変化による需要の変化、諸外国からの輸入品の増加、ハウス・養殖技術の向 上および冷凍加工技術による通年供給など供給力向上と、これらにともなう農水産品の 価格低下で、国内の農水産業者は価格以外の価値での競争力が一段と重要になっている。 ロ.安全・健康ニーズの高まり 各種食品の産地虚偽表示などの不祥事や健康・安全志向の高まりを受けて、消費者は 安全で信頼でき、本物で高品質な価値のある商品(食料品)を購入したいと考える人が 増えており、農水産業者はそうした価値を持った産品づくりやトレーサビリティ(生産 流通履歴の遡及)システムづくりが求められている。 ハ.物流革命 高速交通網(高速道路や空港)が整備されるとともに、宅配便のサービス(短期間運 送、小口配送、冷凍・低温輸送、代金回収等)や梱包技術、包装資材、衛生面への配慮 が充実してきたことによって、高速・大量輸送はもちろん、個別の消費者に鮮度の良い 産品を直送することも可能になり、販売チャネルを容易に広げられるようになった。 こうした背景のもと、農業者・漁業者は自らの生き残りをかけて、地域ブランド化に 取組んでいるが、この動きを農業者・漁業者から広く地域全体に波及させることが地域 活性化につながる。 4 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 2.地域ブランド化に取組む際の留意点 地域ブランド化による地域活性化の可能性は高いといえるが、どこでも、何でも、誰 でも地域ブランド化に取組めるわけではない。地域ブランドの定義を満たすためには、 前提として「地域に高い価値を持つ地場産品があること」が必要になる。何でもブラン ド化すれば売れるというものではなく、地域内に消費者が魅力を感じる地場産品があれ ば、もしくはそうした地場産品を創出できるのであればこそ、地域ブランド化に着手す る意義があると認識する必要がある。 では、高い価値とはどのようなものであろうか。農水産品における価値は、鮮度や旨 み、甘み、大きさなどで測られるが、農水産業者がこれらに自信を持っている産品は数 多くあろう。しかし高い価値を評価するのは供給者ではなく消費者であり、消費者の視 点で評価する必要がある。この点を踏まえれば、一般的には、供給者と消費者の仲立ち をする市場などの流通業者から、「おいしい」「他の産品とは違う」との評価を数多く 得ていることも、高い価値があると評価を得ているといえよう。 こうした認識のもと、地域ブランド化に取組む際の3つの留意点「地域条件」「産品 の特定」「組織の編成」を紹介する。 (1)地域条件 高い価値を持つ農水産品が存在するためには、地域内に以下のような環境・技術・物 流の条件が必要である。ただし、環境にはあまり恵まれない地域でも、技術で補って価 値を高め魅力のある農水産品とすることも可能なことがあるため、条件を総合的に評価 することが必要である。 ・恵まれた自然環境 他地域品に勝る味わいを持つ品種ができる自然環境(気温、海流、地形、土壌など) に恵まれている。 ・高い栽培・漁獲・加工技術 恵まれた自然環境におごることなく、消費者の求めるより高い価値へのニーズに対応 できる栽培・採取・加工技術やノウハウ(種子、肥料・飼料、収穫・漁獲方法、鮮度 維持方法など)を持っている。 ・整備された物流システム 農水産品の鮮度や外見などを損なわずに小売店・飲食店や消費者に直送できるよう、 一定の温湿度の維持、素早い輸送、強固な包装を実現できる物流システムが整備され ている(これらは大手宅配業者に委託することで対応できる)。 (2)産品の特定 最近、都道府県単位や市町村単位で、県庁や市役所と商工会議所、関連企業、関連業 5 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 界団体等で組織をつくり、「地域ブランド化」に取組んでいる事例が散見される。これ らの多くは、 ・市内の地場の特産として流通業者等から評価が高く、広く受け入れられているもの ・市内(県内)で生産されているものまたは原料の大半を市内に依存しているか、伝統 的に市内で加工されてきたもの ・ISOやHACCP(危険度分析に基づく重点衛生管理)システムなどによって、お いしさに加えて、安全・安心・信頼なども確保されているもの などを満たす多種多様な産品(例えば、水産品、農産品、和菓子、洋菓子、麺類、酒類、 工芸品など)に、地域ブランド品として特定のシンボルマーク等を貼付して流通させる ことを許可しているものである。 こうした視点によって高い価値を持つ農水産品を対象産品として選定できるが、地域 によっては、複数の対象農水産品があることも想定できる。しかし、複数の対象農水産 品の地域ブランド化に着手しても、関係者が広範囲にわたる上、品質基準も異なるため、 一元的な品質保証体制を整備するのが困難であろう。高い価値を保証し続けられなけれ ば消費者からの信頼を失い、地域ブランド化に失敗する。地域ブランドに失敗すれば、 前述したブランド化に成功した際の効果と逆の効果が地域に波及し、地域産業に壊滅的 な悪影響を及ぼす可能性もあると認識する必要がある。 そこで、地域ブランド化に取組む際には、まず特定農水産品(1∼2種類)を選定し、 その地域ブランド化に徹底的に注力し、じっくり時間をかけて取組み、確実性を高める 必要がある。 なお、地域ブランド品は高い価値を保証し続ける必要があるため、大量生産品とはな り難く、むしろ希少性を付加価値とする場合が多い。そのため営業規模拡大には限界が あり単品の地域ブランド化での経済効果はある程度限られる。そこで、可能であれば複 数の農水産品を地域ブランド化させることで、より大きな経済効果を得ることができよ う。この場合、新しい対象産品に地域ブランドが確立した産品との近似性があれば、過 去の地域ブランド化取組み過程を参考にできるため、地域ブランド化により成功しやす くなると思われる。 (3)組織の編成 地域ブランド化では、対象農水産品の品質の維持・保証活動および消費者等への情報 発信活動を行う必要があるため、その活動の中心となる組織を編成する必要がある。 通常、地域ブランド化に取組む際の主体は農水産事業者組織、つまり農協、漁協、農 水産業者同士の組合等となることが多い。しかし、前述したような地域全体への効果を もたらすためには地域という視点を持って取組む必要があるため、住民や行政、商工会 6 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 議所、商店街、第三セクター等の地域構成員が組織のメンバーとなる方が望ましい。仮 に行政等は直接組織に関与しない場合でも、地域活性化への効果が期待できるので、行 政等は一部費用の補助、人材の派遣、関係者間の調整、コーディネート等における支援 が期待される。例えば、以下のようなケースでの調整役である。 ブランド化の主役は当然対象産品を生産している事業者である。仮に市町村単位の事 業者でブランド化に取組むとすると、隣接市町村でもほぼ同一の品質水準の対象産品を 生産していて地域間競争が起きることが考えられる。これは地域ブランド化の阻害要因 になる可能性もあるため、当事者間で調整が困難な場合は、行政等が主導し、可能な限 り隣接市町村の事業者と共同で取り組むほうが、ブランド化に成功しやすくなるであろ う。 3.地域ブランド化取組み事例 ここでは、農水産品の地域ブランド化に取組んでいる事例を紹介する。1つ目はすで に全国的な知名度のあるブランド水産品の関あじ・関さば(アジ・サバ、大分県漁業協 同組合(JF大分)佐賀関支店が主体)、2つ目は数年前にブランド化に着手した山形 県庄内地域8町村の庄内ちゃまめ(枝豆、庄内たがわ農業協同組合(JA庄内たがわ) が主体)、3つ目は都市近郊での畜産品のブランド化に着手している彩の国黒豚(黒豚、 全国農業協同組合連合会埼玉県支部(JA全農さいたま)が主体)である。 (1)関あじ・関さば(JF大分佐賀関支店) 大分県佐賀関町は人口約 12,500 人の 漁業の町であるが、この町で獲れるマア (図表3)関あじ・関さば ジ・マサバは「関あじ」「関さば」(図 表3)として地域ブランド化され、新鮮 さと味の良さは全国的に評判になって おり、農水産品の地域ブランド化の典型 的な成功事例である。ブランド化には 1988 年頃から取組んでおり、15 年程度 経過している現在では十分に成果が得 られている。 イ.地域条件等 アジ・サバは通常回遊魚で群れをなして泳いでいるが、佐賀関町周辺のアジ・サバは 回遊せず一ヵ所に住みついているため、脂ののりがほどよく刺身で食べることが可能な ほど、品質が高い。 7 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 佐賀関町の魚場は速吸瀬戸と呼ばれる瀬戸内海と豊後水道の分岐点に位置するため、 潮の流れが速く海底の地形が非常に起伏に富んだ天然礁に恵まれ、餌となる生物も豊富 に発生している。さらに海水温度も夏冷たく、冬暖かくなっている。こうした環境から 周辺に住みつくアジ・サバは適度に太り、身が引き締まり、旨みと歯ごたえを生み出し、 また年間を通じて安定した品質を維持している。 こうした恵まれた環境を最大限生かすため、1988 年からJF大分佐賀関支店(旧佐賀 関漁協、2002 年4月に大分県下 27 組合が合併、2002 年度水揚高約 14 億 8,500 万円、2002 年度末旧佐賀関漁協組合員数 853 名)が中心となって、「関あじ・関さば」の地域 ブランド化に取組んだ。 ロ.品質の保証 JF大分佐賀関支店では、最高の品質を保証できるよう、以下の条件を満たして、漁 協から出荷するアジ・サバのみに、「関あじ・関さば(1996 年商標登録認可)」の商標 を付与して販売することとした。 ・魚に極度の緊張感を与えることや傷つけることを避けるため、網を使わず一本釣りで 漁獲したもの ・魚臭くしないために、餌として疑似餌かゴカイを使用したもの ・人間の体温を魚に伝えず、さらに魚が暴れないようにするため、直接魚体に触れるこ となく計量・売買されるもの(「面(つら)買い」) ・その日に釣れた魚「新魚(あらいよ)」を落ち着かせるため、一日網いけすにおかれ たもの ・新魚の興奮を新魚以外の魚に伝えないようにするため、釣日別に管理されているもの また、偽ブランドを排除するため、以下のような施策も講じている。 ・出荷する魚に商標マークの入ったタックシールを一匹一匹に付ける。 ・漁協から直接購入している飲食店に「関あじ・関さば特約加盟店」の看板(漁協で看 板を製作し加盟店に貸与)を提示する(加盟店には漁協から直送している)。 ハ.消費者認知度の向上 消費者認知度の向上のため、以下のような施策も講じた。 ・福岡中央卸売市場、北九州中央卸売市場、東京築地魚市場、大阪中央卸売市場で、料 理店、デパート、マスコミ、地元出身者を招待してキャンペーンを実施した。 ・著名人に試食を依頼し、その評判をテレビ番組、講演会等で話してもらうことを依頼 している。 8 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 ・漁協自らが仲買人となり、関あじ・関さばを広くPRするため、県内のイベント出店 やグルメ番組、雑誌の取材等に積極的に対応している。 ・漁協自らがホームページを開設し関あじ・関さばを直売している。 ・漁協隣接地に直営レストラン「関の漁場」(活魚、一夜干しの直売所も兼用)を開設 し、消費拡大や観光客誘致を図っている。 ・地元大学の先生に、他の魚との脂肪量やK値(腐り具合)等の比較研究を依頼し、品 質上の優位性に関する具体的なデータを学会等で公表している。 ニ.費用と効果 こうした施策の費用については、例えば九州でのキャンペーンでは1回約 200 万円、 東京・大阪では 500 万円程度かかっており、トータルで約 2,000 万円となっている。し かし、大分県の1村1品運動の支援もあって、県庁から 1/2、町役場から 1/4 の補助金 を得ることができたため、漁協の負担は全体の 1/4 の 500 万円前後で済んでいる。 漁協等の努力によって魚価は高騰し、1988 年に一本 250 円(仲買人による取引価格) だった関さばは一本 2,500∼3,000 円と 10 倍以上に(販売時点では一本(約 600g)4,000 ∼5,000 円)、一本 1,000 円だった関あじは一本 2,000 円と2倍に値上がりし、漁業者 は価格競争に巻き込まれることなく安定した収入を確保できている。 関あじは年間約3億 8,000 万円、関さばは約3億 5,000 万円程度の水揚額だが、地域 ブランド化に成功していなければ、関あじは 1/2、関さばは 1/10 程度の年間水揚額にな っていたはずである。つまり、関あじの約1億 9,000 万円、関さばの約3億 1,500 万円 の合計約5億円の年間水揚額は、地域ブランド化によって上積みされた経済効果分とい えよう(2002 年度の年間水揚額 14 億 8,500 万円の約 34%を占める) さらに関あじ・関さばがテレビなどのマスコミで取り上げられる機会が増え、観光客 が増加している。大 分県観光動態調査によれば、ブランド化着手時点の 1988 年には佐賀 関町への観光客数は年間約 16 万人であったが、2001 年には約 30 万人とほぼ倍増した。 増加分の年間 14 万人の観光客は地域ブランド効果分といえ、観光客が平均 2,000 円程度 の飲食や買い物をしたとすれば、町内に年間2億 8,000 万円の経済効果が波及している ことになる。 これをあわせると、地域ブランド化によって年間約8億円の経済効果が発生している。 これは、キャンペーン等に要した費用をはるかに超える額であり、佐賀関町の 1999 年の 商業年間販売額(小売業+卸売業、商業統計調査)76 億円の 10%以上に相当する。地域 ブランド化による経済効果の大きさがうかがえよう。 ホ.今後の展望・課題 2001 年からは、佐賀関町役場、地元の大分のぞみ農協、商店街と共同で、地元向け関 9 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 あじ・関さば祭りを開催している。こうしたイベントによって、周辺市町村からの観光 客が増加することになり、地域の小売業や飲食業、バス・タクシー等にも地域ブランド 化の効果がこれまで以上に波及していると思われる。 なお、県内の別府や湯布院、近隣の黒川などの有名温泉地と連携した観光コースづく りへの要望が寄せられているが、現状で収容可能な飲食等の施設が不足していることが 課題となっている。現在、大型の飲食施設づくりが検討され始めているが、実現すれば、 今後観光客がさらに増加し大きな効果が期待される。 (2)庄内ちゃまめ(JA庄内たがわ) 山形県北西部の庄内地域は米を中心に野菜・果樹などが生産されるなど、農業が盛ん な地域であるが、この地域で採れる枝豆は豆粒が大きく、その品質・味の良さは以前か ら近隣の市場関係者等では高い評価を受けており、JA庄内たがわでは枝豆の地域ブラ ンド化に取組んだ。 イ.地域条件等 庄内地域に広がっている庄内平野は、西は日本海に面し、北に鳥海山、南に月山があ り、南北には最上川と赤川が縦断していて土壌が肥沃な上、日照も豊かで寒暖の差が大 きく、夏には北東から乾燥した風が吹くという自然と気候に恵まれ、枝豆づくりに適し ている地域である。 元来、庄内地域の枝豆は慣例的に「だだちゃ豆」と呼ばれ、他地域産と区別されてい たが、1997年に庄内地域のあるJAがだだちゃ豆の商標使用権を得て、枝豆の販売を始 めた。このJAでは、品質向上はもちろん、テレビCMを有効に利用するなど、積極的 に宣伝に取り組んだため販売量が増加した が、その影響でその他の周辺地域では、だだ (図表4)JA庄内たがわ ちゃ豆の名称が使えなくなり枝豆の販売量 に影響した。 そこで庄内地域の7町1村(温海町・余目 町・立川町・藤島町・三川町・羽黒町・櫛引 町・朝日村)を管内とするJA庄内たがわ (2000年度取扱高19,146百万円、2001年度末 組合員19,419人、図表4)では、2001年から 農家の所得向上と枝豆消費の拡大、地域活性 化を目的に、管内の枝豆のブランド化に取り 組み始めた。 10 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 庄内地域では減反政策に伴う米作からの転作が課題となっているが、枝豆は作付面積 が大きく転作作物として有望であるため、そうした点からもJA庄内たがわでは、重点 作物として取り組んでいる。 ロ.品質の保証 高い価値を保証するため、JA庄内たがわでは以下のような厳しい生産・出荷基準を 設け、これを満たした枝豆にのみ「庄内ちゃまめ」の商標を付与して販売している。 ・枝豆では土づくりが重要で、転作1年目の田や砂地の畑には作付けしない。 ・畑には有機質肥料・たい肥(植物質・畜ふんを発酵させた完熟たい肥)を、豆がタン パク質と炭水化物を十分引き出せる適量を施す。 ・種子はJA庄内たがわの「採種圃」という専用の畑(専門管理員7人)で色・形の良 いもののみ厳選されたものを使用する。 ・収穫時期は8月から9月であるが、枝豆は暑さに弱いため、収穫は夜明け前の午前3 時から朝7時までに行う。 ・収穫後はすぐに氷水に浸し鮮度を保ち、夕方に農協へ搬入し冷蔵で出荷する。 ・農薬は病害虫が付きやすい開花期以外は一切使わない。 ・JA担当者・農家の代表者等による検品、検査で不良品は排除、B品は加工用にする。 ハ.消費者認知度の向上 消費者認知度の向上のため、以下のような施策を講じている。 ・2001年の収穫期には、販売促進のため生産者や職員60人を動員して東京・仙台の販売 先(百貨店、量販店、生協等)で対面販売を実施した(庄内ちゃまめは、価格安定の ため市場へ卸さず農協から小売店に直接販売)。 ・TVによる通販にも重点を置いている(通販用商品は農家10人に限定し、出荷品に名 前・連絡先を付している、2001年には通販のクレームは8,000件の通販のうち5件程度 にとどまっており、通販業者から高評価を得ている)。 ・JAの直売所はないが、管内の公営(町村営)の直売所7カ所と連携している。 ニ.効果 現在、管内生産者150人で構成する「枝豆振興協議会」が43haで生産に取り組み、2001 年年間生産量140t、売上高1億2,000万円、2002年度年間生産量150t、売上高1億4,000 万円を達成した。2002年度の1kg当たりの単価は900円程度で前年比若干下落しているも のの、他地域産枝豆の1kg平均単価の約400円を大きく上回っており、さらにJA庄内た がわ内の他作物より価格の下落程度は少なく、ブランド化の成果が徐々に現れてきてい るといえるだろう。 11 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 ホ.今後の展望 今後、米から転作する人が増え、枝豆の作付面積が増加することが予想されるが、ブ ランド力を維持するため、味・安全を最優先し、量は追わない方針としている。また、 加工用も量が少なく、仙台市の菓子製造会社に販売するので精一杯だが、今後農協によ る加工品への取組みも検討する予定である。 庄内ちゃまめの売上高はJA庄内たがわの取扱高の1%程度に過ぎず、地域ブランド 化の農家や地域への影響は大きいとはいえないが、庄内地域には米や枝豆以外にも柿(庄 内柿)など評判の高い作物が豊富にあり、今後順次ブランド化に取組んでいけば大きな 地域活性化効果が期待できよう。 (3)彩の国黒豚(JA全農さいたま) 黒豚はその味や柔らかさから消費者の人気は高くなっている。埼玉県に明治時代より 黒豚の飼育に取組んでいる農家がおり、JA全農さいたまでは黒豚の地域ブランド化に 取り組んだ。 イ.地域条件等 埼玉県北西部に位置する花園町周辺は、都市近郊でありながら畜産が盛んな地域であ り、明治時代よりバークシャー(黒豚)の純粋種が飼育されていた。花園町は人口700 万人の埼玉県内にあり、人口1,200万人の東京都など首都圏という日本最大の消費地に近 いという好立地にある。 黒豚は白豚に比べて、飼育期間が長く(黒豚:約8か月、白豚:約6か月)、産子数 も少なく、病気やストレスにも弱いため飼育に手間がかかる上、市場では肉の外見によ る基準で評価されるため飼育の手間が相対的にかからない白豚より低い価格で取引され るなど、経営面でのデメリットから、1950年以降、多くの農家は黒豚から白豚に切り替 えていった。 こうした中でも、町内および周辺のごく一部の農家ではこだわりを持ち、純粋種の黒 豚を守り続け、飼養管理技術を継承してきた。そして、この地域の純粋種の黒豚は、脂 に甘味があり、口に入れたとたんに溶けてしまうほど柔らかく、若干多い脂身もさっぱ りしていて、白豚よりも数段美味しいとの評判が立っていた。 規模拡大が困難な都市近郊農家としても、安定した経営を続けていくためには、適正 な販売価格の確保とその維持が必要であった。そこで、JA埼玉県経済連(現JA全農 さいたま)が窓口となって、手間に応じた価格で販売するために、市場相場を適用しな いで取引できる小売店や飲食店の開拓に取り組んだ。ところが、純粋種の黒豚農家で生 産方法や飼育方法の基準が確立していなかったため、必ずしも純粋種とは限らない他地 域の黒豚と特に区別されずに取り扱われ、純粋種であっても低価格に甘んじていた。 12 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 その解決のため、1998年10月、黒豚を活用して養豚経営の安定と地域活性化を目的に、 花園町周辺も含めた4戸の養豚農家、JA全農さいたま、地域の2JAにより「彩の国 黒豚倶楽部」が設立され(事務局はJA全農さいたま畜産酪農部畜産総合課)、黒豚の ブランド化に着手した。 ロ.品質の保証 黒豚倶楽部では、まず従来から飼養してきた純粋バークシャーの産子数改善を図るた め、イギリス・オーストラリアから純粋バークシャーを断続的に34頭導入し、この産子 を会員に配布することで生産の安定化を図った。 そして、黒豚飼養方法に関して以下のような項目を含めたマニュアルを整備し、それ を遵守した黒豚のみに「彩の国黒豚(彩の国は埼玉県の愛称、2000年登録商標、図表5)」 の商標を付与して販売を始めた。 ・純粋バークシャー同士の交配による産子のみ (図表5)彩の国黒豚 を飼育すること ・定期的に遺伝子検査や自家検定用機材による 検査を実施し、肉質改善やストレスへの対応 力を確認すること ・豚の消化が良くなり、糞も少なくなる飼料に、 さつまいもや大麦等を多配した「彩の国黒豚 飼育専用EX」を独自に開発し、黒豚倶楽部 指定配合飼料として使用すること ・悪臭防止剤の継続使用や天敵バエを使ったイエバエ対策(薬品を使用しないハエ対策)、 豚舎周りの花壇化等の環境対策を実施すること マニュアルに沿って飼育された黒豚は、販売店で彩の国黒豚のオリジナルシールが貼 付され販売される。このシールは、出荷する黒豚に対する会員からの積立金を財源とし て黒豚倶楽部が作成しており、偽ブランド対策のため各農家にはオリジナルシールは1 頭について240枚限定で配布される。 出荷される黒豚は全数JA全農さいたまで買い上げているが、白豚のように需給バラ ンスで価格を変動させるのではなく、年間通じて一定の価格で買い上げており、農家の 経営安定に寄与している。 彩の国黒豚は、2000年2月に東京で行われた「2000年食肉産業展」で実施された銘柄 ポーク好感度コンテストにおいて総合第一位に輝くなど、その品質・味は地域食肉販売 店から高評価を受けている。 13 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 ハ.消費者認知度の向上 消費者認知度向上のため、以下のような施策を講じている。 ・各地域の農業祭やイベント(年4∼5回)に積極的に参加して直接消費者に黒豚の試 食をすすめたり、子豚の展示等を行っている。 ・倶楽部会員の1名が直営レストランを2ヵ所設け、直接消費者に黒豚の美味しさをア ピールしている。 ・小売店・飲食店(現在44店、うち埼玉県内29店)を増やすために、TV等の取材に積 極的に対応している(こうした成果で取引先が、中小小売・飲食店を中心に全国規模に 拡大しつつある)。 ・肉の安全性をPRするため、ホームページによるトレーサビリティシステムも導入し ており(http://www.st.zennoh.or.jp/kurobuta/kurotop.html)、個別の黒豚につけ られている出荷番号をホームページ上に入力すると、生産農家、と畜場・年月日、カ ット施設、販売先などが分かるようになっている。 ニ.効果 こうした取り組みによって、最近では小売店で「彩の国黒豚」と表示されるようにな ってきた。黒豚の定義が明確になったこともあって、小売店段階の価格も白豚の1.2∼1.3 倍程度となっている。さらに彩の国黒豚を取り扱っている地元花園町のスーパーでは、 以前に取り扱っていた黒豚に比べて2倍もの売上高となるなど、地域経済の活性化にも 寄与している。加えてJA全農さいたまでも学校給食に彩の国黒豚入りウィンナー(黒 豚50%)の採用を要請するなどして消費拡大に貢献している。 ホ.今後の展望 黒豚倶楽部では2002年に新会員が2名参加し、6名での生産体制となった(2003年も 1名新会員が参加予定) 。1998年には年間3,600頭の出荷であったが、2002年には年間 4,200頭の黒豚を出荷するなど、年々規模が拡大している。 生産量拡大に関しては、出荷する肉の品質を第一に考えており、また黒豚の飼養(マ ニュアルの遵守)も容易ではないため、積極的には取組んでいない。しかし、生産量を高 めなければ認知度向上につながらないことも事実であるため、一定期間準会員として情 報交換や技術水準の向上を図り、倶楽部の趣旨を具現化できると判断された場合には会 員とすることで、会員拡大を図っている。 販売チャネルでは、地元花園町の「道の駅はなぞの」には、年間売上10億円、年間利 用者数100万人を超えるような集客力ある農産物直売所(JA花園運営)や 地域振興施設 アルエット(花園町運営、特産品販売所やレストラン)があり、こうした施設で販売さ れるようになれば、今後一層の販売量拡大が見込めるであろう。 14 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 4.地域ブランド化のために取組むべき内容 ここでは農水産品を地域ブランド化するために、その中心となる組織が取組むべきこ とを整理する。取組むべきこととしては、大きく分けて品種を選定すること、農水産品 に高い価値を保証するためにすること、それを消費者に認知させるためにすることがあ る(図表6)。 (図表6)地域ブランド化のために取組むべき内容 地域ブランド化に着手 (1)対象産品の選定 (2)高い価値の保証 (3)認知度向上 ①定義づくり 対象産品の生産 消費者ターゲットの設定 ②偽ブランド品の排除 ①流通ルートでの品評会等の開催 ②消費者へのチャネル開拓 ③積極的な情報発信 ④地域内異業種との連携 対象産品の出荷 ③競争優位の維持 継続的な取組み 継続的な対象産品の 生産・出荷 継続的な取組み 地域ブランド化に成功 (備考)信金中金総合研究所作成 ここで紹介する取組み内容を継続し繰り返すことで、農水産品の地域ブランド化が図 れるのである。登録商標の取得だけでも出願から1年以上の期間が必要な場合があるこ とを考えると、消費者に認知され「地域ブランド化に成功した」といえるまでに5∼10 年程度は要する覚悟で取り組む必要があるだろう。その後も高い価値を永続的に保証し 続ける努力が必要なのは言うまでもない。 (1)対象産品の選定 地域ブランド化に着手する第一歩は、何をブランド化するのか対象となる個別の産品 を選定することである。前述したが、地域ブランド化に着手するためには、流通段階で 評価されている高い価値を持つ農水産品が、地域内にあることが前提となる。当然、こ 15 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 うした産品を対象とすることになるが、その中から「事業者が他と差別化できる品質で ありながら低価格で取引されている産品」を選定すればよいだろう。そうした不当性を 打破することを目的とすることで、事業者の参加意欲が高まると考えられる。多くの事 業者が参加すれば、一定以上の品質の高さのものを、一定量安定的に確保できるように なり、消費者の認知度を高めやすくなるため、地域ブランド化に成功しやすくなる。 (2)高い価値を保証するために 地域ブランド化のためには対象産品に高い価値を持たせ、その価値を保証する必要が あるため、次のような取組みを行う。 イ.定義づくり まずは、対象産品の品質の高さ(品質基準)に関して、明確な定義をつくる必要がある。 しかもその品質基準は、消費者や流通業者が他地域産と区別できるほどの高い価値を実 現するものでなければならず、非常に重要なポイントとなる。 農水産品の品質基準としては、出荷段階までではなく、流通段階にも踏み込んで検討 する必要がある。具体的な基準としては、使用している肥料・餌・種の種類、安全面(農 薬・鮮度等)、収穫・捕獲方法、大きさ・重さ、糖度・旨み成分量、出荷までの管理方 法、出荷までの時間などで設定することが考えられる。 対象農水産品は、消費者に対して他地域産品との違いをアピールできずに適当な価格 で取引されていない可能性が高い。定義を明確にすることによって他地域産との違いを アピールしやすくなる。 また、農水産品の場合、地域内に恵まれた自然環境や高い技術があっても、個別事業 者や収穫時期、天候等によっては、品質に優劣が生まれ、必ずしも高い価値を持った商 品ばかりが生産できるとは限らない。明確な定義により選別すれば、優劣混在すること がなく高い価値を保証できる。 ロ.偽ブランド品の排除 定義が明確となれば、対象産品の生産は開始できるが、生産後高い価値を保証するた めには、出荷段階で低い価値の商品、偽ブランド品を流通させないよう排除する必要が ある。 そこで、イで定めた定義の遵守を徹底するための技術のマニュアル化・指導、出荷時 の検品、生産現場への抜打立入調査、生産者同士での試食会等を実施する必要がある。 特に効果的な方法として、商品のパッケージや販売時に個別の事業者名(顔写真・連絡 先付) を明示することで責任感を持たせることやトレーサビリティシステム の導入が ある。 16 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 さらに、この段階で地域名を含んだ商品名を決定する必要があるが、商品名は必ず商 標登録を行う必要がある。出荷時や販売時に商標名を印字したシールを貼付して流通さ せることになるが、登録することによって基準を満たさない商品がブランド品と同じ商 標名で販売されることが阻止できる。 仮に商品名が一般的で商標登録が難しい場合には、貼付するシールの文字をデザイン したり、イメージキャラクター・シンボルマークを考案するなどによって商標登録を行 うことを検討する。その際、地域住民にブランド化に着手していることをPRするため、 商品名やデザイン、イメージキャラクター、シンボルマークを公募することも考えられ る。 ハ.競争優位の維持 ブランド化の成果が出始めてくれば他地域で同様の取組みに着手する可能性もある。 その際に競争力を維持するために、永続的な技術開発、品種改良・新品種開発も必要と なる。この点は地域内の公立の農業試験場・水産試験場、大学・高校などの専門家の協 力を得られないと難しい面もあるため、積極的に協力を働きかけ、地域一体となった取 組みを推進する必要がある。 また対象農水産品の生産には手間がかかるため、相応の収入が得られなければ、事業 者の継続的な基準遵守は期待しにくくなる。そこで、基本的には事業者が相応の利益が 確保できる水準に価格を設定することで、事業者の意欲を高め、品質上の優位性を維持 していく必要がある。 従来より高めの価格設定で出荷し始め、高収入が期待できると事業者が認識してくる と、取組む事業者が増え出荷できる量も増加することが予想されるが、価格安定や品質 確保による競争優位を維持するため出荷量をコントロールすることも意識する必要があ る。 (3)消費者に認知してもらうために 消費者への認知度向上策については、対象産品が出荷できる段階で取り組むことにな るが、まずターゲットとする地域を設定する必要がある。東京などの消費者が多い大都 市をターゲットとすれば効率が良さそうだが、競合品が多く認知度が向上しない可能性 が高い。一方、近隣地域をターゲットとすれば、消費者は多くはないが、すでに対象産 品の品質の高さを認知している可能性が高い。 こうして考えると当初のターゲットとしては、県庁所在地や近隣の政令指定都市を中 心にすべきであろう。 17 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 イ.既存流通ルートでの品評会等の開催 実際に消費者に対象農水産品を認知してもらうためには、取引先となる小売店・飲食 店等に認知させる必要がある。そこで、地域内の小売店・飲食店を直接訪問し、対象農 水産品の品質の高さを説明し販売・提供してもらえるよう依頼する。 さらに卸売市場で試食会・品評会を開催することが考えられる。市場関係者も含めて、 マスコミ、料理人、飲食店・小売店・宿泊施設、消費者等も招待することで効果が高ま るだろう。地元出身者で著名人がいれば出席を求め、集客力を高めることも検討したい。 まずはターゲット内の卸売市場で行い、次いで東京などの大消費地の市場で開催するこ とも検討する。品評会等の目的対象農水産品の定義を明らかにして他地域産との違いを 積極的にアピールし、市場で具体的な商標名を書いて販売してもらえるようPRするこ とであるが、これを機会に、周辺での小売店等との直接取引が成立し販路が拡大できる 可能性も出てくる。 ロ.消費者へのチャネル開拓 また、消費者に直接アピールするという点では、CATVやインターネット上での産 地直接販売ルートを開拓する必要があるが、ある程度の認知度があれば、自らホームペ ージを開設しそこで直接販売することも有効である。施設やスペースに余裕があれば、 農園を観光農園として観光客を受け入れることで、消費者への販売チャネルとする。 さらに近隣地域での関連イベント(物産販売会等)・展示会、小売店等で、事業者自 ら消費者への直接販売にも取組む必要がある。市町村内や近隣に販売・提供できるよう な場(土産品販売店、直売所、レストラン等)があれば、そこでの販売にも積極的に取 組みたい。直接取引きする小売店等も含めて、消費者に販売・提供する店舗には、事業 主体が作成する宣伝用の看板やポスター、のぼり等を掲示するよう依頼し、消費者にア ピールすることも必要である。 消費者に直接販売する場合には、自らが希望する価格設定が可能になり、味や見た目、 価格等の評判を直接耳にできるため、そうした声を参考に品種改良や価格見直し等を進 めることもできる。 ハ.積極的な情報発信 この他、対象産品に関して積極的に情報発信をすることも考えられる。特に農水産品 では地域の食文化に関する情報発信に注力したい。例えば対象農水産品を使った地域オ リジナル料理のレシピの配布や、料理講習会の開催、地域住民によるユニークな料理方 法コンテスト、生産や加工の参加体験型イベントの開催などが考えられる。こうしたイ ベントで、地域の食文化に関する情報発信ができれば、なお他地域産との差別化が可能 になるだろう。 18 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 さらには地域の恵まれた地域環境のPRのために、TV、ラジオ、新聞、雑誌、映画 等のマスコミ関係企業や作家、画家、写真家等に題材として取り上げてもらうなどの情 報発信も認知度向上の効果が期待できる。そこでマスコミ関係企業等に積極的に情報提 供をする。 ニ.地域内異業種との連携 商標登録の際にシンボルマークやイメージキャラクターを制定した場合、それ自身を 利用して、地域内製造業者と連携したTシャツやタオル、ストラップ等の製造を検討す る。加工利用が可能な農水産品であれば、地域内の飲食料品加工業者と連携して、加工 品を製造・販売することも検討する。このように地域内の多くの異業種を巻き込んだ展 開を行えば、農水産品のブランド化が地域経済の活性化につながるため、地域内での認 知度向上への協力が求めやすくなる。これらは事業者単独では困難な場合も多く、地域 ブランド化(地域活性化)推進のための活動組織の役割となるところが大きい。 5.地域ブランド化のために信用金庫が担う役割 事例を見ても分かるが農水産品の地域ブランド化のための活動の中心となる組織には、 農業協同組合や漁業協同組合がなることが多い。このため、農水産品の地域ブランド化 について信用金庫が疎遠になるケースが多いと思われる。 しかし地域経済が疲弊する中、地域活性化のコーディネート役が期待される信用金庫 においては、場合によっては農水産品の地域ブランド化による経済の活性化のために、 農協や漁協と協力・協調・支援関係を構築する必要性が高まっているのではないだろう か。 信用金庫の役割は、地域の状況によって二つ考えられる。 まず、すでにブランド化の取組みが見られる地域では、農協や漁協との役割分担を考 え、信用金庫は次のようなサポートができよう。具体的な支援策としては、消費者の認 知度向上策が中心となるだろう。例えば、自金庫ホームページでの対象産品の紹介、取 引先の小売店、飲食店、商店街、ホテル・旅館等への対象産品の斡旋、製造業への新商 品開発のアドバイス、デザイン・広告・宣伝会社等の紹介、関連イベント開催の支援、 マスコミへの働きかけ、取組んでいる事業者と市町村長・市町村役場との橋渡しなどが 考えられよう。さらに価値保証面でも、取引先の同業者への地域ブランド化への参加呼 びかけ、物流業者の紹介などが考えられる。 一方、農水産品は自然環境に左右されることが多く、手間もかかるなどの理由で、良 い素材があっても地域ブランド化の動きが見えないこともあろう。しかし、農水産品で は輸入品を含めて激しい価格競争・生き残り競争が繰り広げられている現状を踏まえる と、現状のままでは地域の農水産業がさらに衰退する可能性が高い。 19 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 こうした地域では、信用金庫はより積極的にブランド化推進を支援する役割が期待さ れる。具体的には、自治体や商工会議所・商工会、青年会議所、農協、漁協、農業者、 漁業者、農漁業協同組合等に、地域経済の現状や地域ブランド化の必要性、地域ブラン ド化のための取組み内容などの情報を積極的に発信し、こうした組織に働きかける役割 を担うことになろう。 農水産品では、農協、漁協以外にも、農業生産法人などの同業者間の組合組織、第三 セクター等の組織でも中心となることが可能である。取引きのある事業者にブランド化 の取組み意欲があれば、組織編成を支援することも考えられる。 信用金庫は地域金融機関として地域貢献が期待されているが、これまで中心的に取組 んできた非経済面の「社会貢献・ボランティア」的内容に加えて、最近ではより具体的 で目に見える経済面での「地域経済活性化への寄与」に結びつく内容が求められている。 地域ブランド化は取組む事業者に永続的な品質保証という負担を強いることになるた め、高い意識と継続的な努力が不可欠であるが、地域経済活性化に直接結びつく有効な 施策の一つになりうるものであり、信用金庫には地域ブランド化のための具体的な支援 活動を期待したい。 以 (笠原 上 博) <参考文献> ・金子和夫「地域ブランドでまちおこし」『月刊地域づくり』9月号(2002) ・日本マーケティングシステムズ編『強いブランドの開発と育成』ダイヤモンド社(2000) ・波積真理『一次産品におけるブランド理論の本質』白桃書房(2002) 本レポートは、情報提供のみを目的とした上記時点における当研究所の意見です。施策実施等に関する最終決定は、 ご自身の判断でなさるようにお願いします。また当研究所が信頼できると考える情報源から得た各種データ等に基づ いてこの資料は作成されておりますが、その情報の正確性および完全性について当研究所が保証するものではありま せん。 20 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 【地域調査情報バックナンバーのご案内】 号 数 題 名 発行年月 NO.1 木製家具製造業の動向について−静岡地区と大川地区の産地比較− 1998 年 8月 NO.2 水産加工業の動向について−八戸地区と塩釜地区の産地比較− 11 月 NO.3 環境変化への厳しい対応を求められる温泉旅館業 1999 年 8月 2000 年 4月 −伊東、伊香保温泉を中心として− NO.4 企画開発力とQRへの対応力が求められる横編ニット製品製造業界 −東京横編産地と新潟産地の比較を中心に− NO.5 米国のまちづくりから見た我が国中心市街地活性化への示唆 9月 −運命共同体としての信用金庫の役割− NO.6 戦略的まちづくり活動と信用金庫−信用金庫の先進事例に学ぶ− 11 月 NO.7 陶磁器製造業の現況(美濃地区・有田地区) 12 月 −独創的な製品開発力の向上と高コスト生産体制の見直しを− NO.8 地域活性化の起爆剤となる「バイオ版シリコンバレー」 2001 年 12 月 2002 年 3月 −大学、インキュベーター、サイエンスパークの事例を中心に− NO.9 駅開業が与える地域への影響 −駅を地域活性化の核にする− NO.10 変化する水産物流通とこれを資源とする地域振興 −地元住民・ 3月 観光客の両面を視野に入れた焼津・清水・萩・下関の取り組み− NO.11 金融機関主催「ビジネスフェア」による中小企業・地域振興支援 5月 −信用金庫が核となる地域プラットフォームの整備を− NO.12 第三セクターを事業主体とする地域振興への取組み 9月 −成功する第三セクター経営とは− NO.13 地域一体内発型の観光振興 −地域資源を活かした住民・地元民間 2003 年 3月 企業・行政一体の地域活性化の取組み− 15−1 地域振興支援への示唆 4月 −地域活性化の成功モデルと信用金庫の関わり− *バックナンバーの請求は信金中央金庫営業店にお申しつけください。 21 地域調査情報 15−2 2003.10.22 ©信金中央金庫 総合研究所 ご意見をお聞かせください。 信金中央金庫 総合研究所 行 今回の地域調査情報(15−2)について 今後取り上げてもらいたいテーマ 信金中央金庫 総合研究所に対するご要望 差し支えなければご記入ください。 年 月 日 信用金庫名(貴社名) 部署名、役職名 御芳名 (御住所) (お取引信用金庫名) ありがとうございました。信金中央金庫営業店の担当者にお渡しいただくか、総合研究 所宛ご送付ください。 (〒104−0031 東京都中央区京橋3−8−1) (E-mail:[email protected]) (FAX:03‐3563‐7551) 22 地域調査情報 15−2 2003.10.22