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ロシア経済トピック ~財政赤字縮小によりインフレ
Russia みずほ欧州インサイト みずほ総合研究所 政策調査部 主任研究員 金野 雄五 (03)3591-1317 [email protected] 2011/5/11 ロシア経済トピック ~財政赤字縮小によりインフレ圧力は収束へ~ ○ ロシア中央銀行は 4 月 29 日の金融政策決定会合で、本年 2 度目となる政策金利(リファイナン ス・レート)の引上げ(25bp)を決定 ○ 同利上げは、マネタリー要因によるインフレ圧力の高まりに対処するもの ○ ただし、今後は財政赤字の縮小を背景にインフレ圧力が収束に向かうとみられることから、 当面の追加的な利上げ可能性は低いと予想される ロシア中央銀行は 4 月 29 日の金融政策決定会合で、政策金利であるリファイナン ロシア中銀が本年 2 度目の利 ス・レート(中銀から市中銀行への貸出金利上限)を 25bp 引上げ 8.25%とすること 上げ実施 を決定した(5 月 3 日実施)(図表 1)。この決定により、ロシア中銀のほぼ全てのオ ペレーション金利が軒並み 25bp ずつ引上げられた。 ロシアのリファイナンス・レートは、世界金融危機(2008 年 9 月)の発生直後に 生じた民間部門からの大規模な資本流出とそれに伴う通貨ルーブルの急落を抑制す る目的から、2008 年 12 月からの 4 か月間、13%に引上げられたが、その後、資本流 出が沈静化したことなどから段階的に引下げられてきた(図表 2) 。しかし後述する ように、最近のインフレ圧力の高まりを受けて、本年 2 月 28 日に世界金融危機後と しては初めての利上げ(25bp)が実施されていた。なお、本年 2 月~4 月に 3 度に亘 って引上げられてきた預金準備率は、今回は据え置かれた。 図表 1.リファイナンス・レートと預金準備率推移 図表 2:経常収支と民間部門資本収支の推移 (10億ドル) (%) 14 100 12 50 10 0 8 6 ▲ 50 4 ▲ 100 2 ▲ 150 0 1 7 1 2007 7 1 2008 7 2009 1 7 2010 リファ イナンスレート 準備率(外銀負債) 準備率(ルーブル建個人預金) 準備率(その他負債) (出所) CBR より みずほ総合研究所作成。 1 (月) 2011 (年) 1Q 3Q 1Q 2007 経常収支(A) 3Q 2008 1Q 3Q 1Q 2009 民間部門資本収支(B) 3Q 1Q 2010 (四半期) 2011 (年) A+B (出所) CBR より みずほ総合研究所作成。 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料 は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものでは ありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 利上げの主眼はマネタリー・イ ンフレへの対応 ロシア中銀は今回の利上げの背景として、インフレ率の水準とその要因の変化の 2 つを指摘している(CBR, 2011)。インフレ率の水準については、本年 4 月 25 日現在 の CPI 上昇率(前年比)が 9.6%に達しており、ロシア中銀はこれが 2011 年の年間目 標値である 6~7%を大きく上回っていることを問題視している(図表 3)1。他方、 インフレの要因については、「世界的な食糧価格の高騰による国内価格へのショック が薄れてきた一方で、インフレ圧力におけるマネタリーな要因の重要性は依然として 高い」としており、今回の利上げが、マネーサプライの抑制を通じたインフレ率の低 下を目的とした措置であったことを示唆している2。 図表 3.CPI 上昇率の推移 (前年比:%) 25.0 食品価格 20.0 15.0 10.0 CPI 5.0 0.0 1 7 2007 1 7 1 2008 7 2009 1 7 2010 1 (月) 2011 (年) (出所) Rosstat より みずほ総合研究所作成。 2009~10 年は財政赤字が マネーサプライ増加の主因に マネタリーサーベイの総括表(中銀勘定と銀行部門勘定を統合したもの)を用いて マネーサプライの増減と信用面の対応をみると、世界金融危機の発生を境に、ロシア のマネーサプライの増減要因が大きく変化したことが確認できる(次頁図表 4)3。 危機前(2007~08 年)において、マネーサプライ増加の主な要因は「企業・個人 向け信用」と「対外資産(純)」の増加であり、その一部を「政府向け信用(純)」が 打ち消す構図となっていたが、危機後(2009~10 年)は一転して「政府向け信用(純)」 がマネーサプライ増加の最大要因となっている4。この「政府向け信用(純)」の項目 は、実態としては主に、ロシア中銀における連邦政府の預金である安定化基金と連邦 1 2011 年の CPI 上昇率の目標値(6~7%)は、CBR(2010, p.22)による。 2 2010 年については、世界的な異常気象(ロシアにおいては酷暑と干ばつ)による食品価格上昇の影響が 大きく、同年のロシアの CPI 上昇率(8.8%)に対する食品の寄与率は 55.7%にも達した(Rosstat)。ロ シアにおける干ばつ被害の詳細については金野(2010)参照。 3 マネタリーサーベイ総括表は、金融資産[対外資産(純)+政府向け信用(純)+企業・個人向け信用 +その他資産]の総額と負債[マネーサプライ+その他負債]の総額が等しくなるように作成されてい るため、次のバランスシート上の恒等式が成り立つ。 マネーサプライ=対外資産(純)+政府向け信用(純)+企業・個人向け信用+その他資産(純) 4 2009~10 年のマネーサプライ増加率(54.2%)に対する寄与度は、政府向け信用(純) :35.1%、対外資 産(純) :21.7%、企業・個人向け信用:20.7%、その他資産(純) :▲23.2%。なお図表 4 において、 「対 外資産(純)」は、主にロシア中銀が保有する外貨準備高の増加を反映しており、 「その他資産(純) 」 は、主に銀行部門における外貨建て預金残高(ルーブル表示)の増加を反映している。後者については、 2008~09 年にルーブル表示額が急増しているが、これは主に為替レート変動(世界金融危機後のルーブ ルの急落)によるものであったと考えられる。 2 財政との間の資金の動きを表している5 。つまり、2008 年までは高油価とそれに伴う 財政黒字を背景に、安定化基金への石油・ガス関連税収の繰り入れが継続的に行われ ていたが、2009~10 年には油価低迷による歳入減と、経済危機対策による歳出増な どから連邦財政は赤字が転換し、その赤字の大半が安定化基金を取り崩すことによっ てファイナンスされ、それがマネーサプライ増加の主因となったのである6。 図表 4.マネーサプライ増減と信用面の対応 (%) 100 80 企業・個人向け信用 対外資産(純) その他資産(純) 政府向け信用(純) マネーサプライ 60 40 20 0 ▲ 20 ▲ 40 ▲ 60 2007 2008 2009 2010 (年) (出所) CBR より みずほ総合研究所作成。 油価上昇により,財政赤字が ただし、今後は財政赤字の縮小を背景にインフレ圧力が収束に向かうと予想される。 大幅に縮小,インフレ圧力も収 昨年 12 月に成立した 2011 年連邦予算(2010 年 12 月 13 日付連邦法 No.357 による) 束へ では、油価 75 ドル/バレルの想定の下、前年とほぼ同規模(GDP 比 3.6%)の財政 赤字が見込まれていたが、最近の原油価格の高騰を受けて、現在、予算の修正作業が 進められている。諸報道によると、想定油価は 105 ドル/バレルに引上げられ、それ に伴い歳入は 1 兆 4,580 億ルーブル増額されるが、歳出の増額は 3,600 億ルーブルに 留まり、その結果、財政赤字は大幅に削減される見込みだ。今後、原油価格の急落や 予算の再修正による大幅な歳出増などが生じない限り、インフレ圧力は収束に向かい、 追加的な利上げの可能性も遠のくものと予想される(次頁図表 5)7。 5 具体的には、財政黒字の繰り入れによる安定化基金の残高増加は、中銀の「政府向け信用(純) 」の減 少として、マネーサプライに対してマイナス寄与となる(不胎化効果) 。一方、安定化基金の取り崩し による財政赤字の補填は、同「政府向け信用(純) 」の増加として、マネーサプライに対してプラス寄 与となる。なお、安定化基金は 2004 年に導入され、その後 2008 年に予備基金と国民福祉基金とに再編 されたが、本稿では便宜上、安定化基金の呼称を用いる。安定化基金の詳細は金野(2008)参照。 6 2009 年の連邦財政赤字(2 兆 3,223 億ルーブル)のほぼ 100%は安定化基金(予備基金)からの支出に よって補填された。また、2010 年の連邦財政赤字(1 兆 8,118 億ルーブル)のうち、62%(1 兆 1,195 億 ルーブル)は安定化基金(予備基金)からの支出によって、その他は国債発行によって補填された(田 畑, 2011, pp.18-19)。 7 ロシアでは 2011 年 12 月に議会選挙、2012 年 3 月に大統領選挙が予定されていることから、本年後半に かけて歳出増の圧力が強まるとの見方もある。 3 図表 5.ロシアの連邦財政 実額(10 億ルーブル) GDP 比(%) 2007 年 2008 年 2009 年 2010 年 実績 実績 実績 実績 2011 年 当初予算 修正予算(案) 歳入 7,781.1 9,275.9 7,337.8 8,303.8 8,844.6 10,302.6 歳出 5,986.6 7,570.9 9,660.1 10,115.6 10,658.6 11,018.6 収支 1,794.5 1,705.0 ▲ 2,322.3 ▲ 1,811.8 ▲ 1,814.0 ▲ 716.0 歳入 23.4 22.5 18.9 18.5 17.6 19.3 歳出 18.0 18.3 24.9 22.5 21.2 20.7 収支 5.4 4.1 ▲ 6.0 ▲ 4.0 ▲ 3.6 ▲ 1.3 69.3 94.4 61.1 78.2 75 105 8.5 5.2 ▲7.8 4.0 4.2 4.2 【参考】 原油価格(Urals:ドル/バレル) 実質 GDP 成長率(%) (出所) Rosstat, Minfin (2011), BOFIT (2011), Minecon (2010, 2011), 2010 年 12 月 13 日付連邦法 No.357 より みずほ総合研究所作成。 【参考文献】 金野雄五(2008) 「最近のロシア経済情勢:ロシア政府系ファンドの新展開」 『みずほ 欧州インサイト』6 月 10 日 [http://www.mizuho-ri.co.jp/research/economics/pdf/euro-insight/EUI080610.pdf] 金野雄五(2010)「最近のロシア経済情勢:穀物禁輸措置の導入を巡る動きと今後の 注目点」『みずほ欧州インサイト』10 月 28 日 [http://www.mizuho-ri.co.jp/research/economics/pdf/euro-insight/EUI101028.pdf] 田畑伸一郎(2011)「2010 年のロシア経済:強いられる成長モデルの修正」『ロシア NIS 調査月報』5 月号. BOFIT (2011) BOFIT Weekly, Apr. 17-29. CBR (Central Bank of Russia), ロシア中央銀行ウェブサイト[http://www.cbr.ru]. CBR (2010) Osnovnyenapravleniia edinoi gosudarstvennoi denezhno-kreditnoi politiki na 2011 godi period 2012 i 2013 godov [http://www.cbr.ru/today/publications_reports/on_2011(2012-2013).pdf]. CBR (2011) Informatsiia, Apr. 29, 2011 [http://www.cbr.ru/pw.aspx?file=/press/DKP/110429_125302refi_rate_tab.htm]. Minecon (2010) Pokazateli utochnennogo prognoza sotsial’no-ekonomicheskogo razvitiia Rossiiskoi Federatsii na 2011-2013 gody, Dec. 17 [http://www.economy.gov.ru/minec/activity/sections/macro/prognoz/doc20101217_03]. Minecon (2011) Stsenarnye usloviia dlia formirovaniia variantov sotsial’no-ekonomicheskogo razvitiia v 2012-2014 gg, Mar. 22 [http://www.economy.gov.ru/minec/activity/sections/macro/prognoz/doc20110422_010]. Minfin (2011) Vystuplenie A. L. Kudrina na zasedanii kollegii Federal'noi nalogovoi cluzhvy, Apr. 27 [http://www.minfin.ru/ru/press/transcripts/index.php?pg56=4&id4=12582]. Rosstat, ロシア国家統計庁ウェブサイト[http://www.gks.ru] 4