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同志社社会学研究
NO. 10, 2006
【研究論文】
インターネットの縁と独特の「仲間感」
──ネットから Face to Face の関係になった
あるファングループのエスノグラフィー──
清水
睦子
SHIMIZU Atsuko
1
はじめに
“make sense”なのか、つまりそのメンバー達独
自の意味世界というものを徐々に探っていき、知
本稿は、インターネットを通して作られたある
っていくはずである。しかし、グループ内でイン
グループについての、エスノグラフィックな観
サイダーとしてそれを見てきた私は、すでにメン
察、調査の結果と、そこに見えるそのグループ独
バーのみが知る何か、を感じていた。それは、言
自の意味世界についての考察を記したものであ
い 表 し が た い 不 思 議 な「仲 間 感」1)が そ こ に あ
る。
る、ということだった。
1999 年 3 月、アイド ル 歌 手「SPEED」の フ ァ
2000 年 6 月ごろ、私はこのグループを修士論
ンであった私は、「SPEED」の公式ウェブサイト
文の題材と決め、その言い表しがたい「仲間感」
内のファンのための掲示板で、
「女の子のファン
というものが何なのかを知るために、外部者の視
同士で、SPEED の話題で盛り上がりませんか。
」
点をもってこの集団についてのエスノグラフィッ
という書き込みを見つける。私はその書き込みに
クな観察と調査を始めた。
興味を持ち、書き込み主に E メールを送った。
まず私は、このグループが初めに誰によってど
これが私とそのグループとの最初の出会いであ
のように作られたのか、どのようにしてメンバー
る。
を集めていったのか、2000 年 6 月の時点までに
私は、そのグループの人達とインターネット上
グループとして(オンライン上で、またオフライ
で交流を重ね、その後、実際に顔を合わせて付き
ンで)どんなことをしてきたのか、どのような過
合うようになる。同時期に、自身の修士論文とし
程で Face to Face の関係になっていったのか、と
て何かについてエスノグラフィックな調査を行
いうことを、グループの一部のメンバーに聞いた
い、その意味世界に迫るという作業をしてみたい
り、私自身が関わった部分に関しては私自身が思
と思っていた私は、インターネットを通して知り
い出しながら、書き起こしていった(3 章)。
合った人達と、グループとして Face to Face で交
さらに、2000 年 6 月以降は、多様化してくる
流するほど仲良くなるということは貴重な体験で
グループの集まりを記録しながら、それらに参加
あり、その過程はエスノグラフィックな調査の格
する際には、このグループ内に独自にある意味世
好の対象になると考えた。
界というものはどういうものかということを意識
エスノグラフィックな調査の場合、通常であれ
しながら、参与観察を行った(3 章)。
ば調査者は調査を行い、そのグループ内で何が起
そうしているうちに、2000 年 11 月、グループ
こっているのか、そのメンバー達にとって何が
は、全く参加してこない幽霊メンバーに参加継続
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同志社社会学研究
NO. 10, 2006
の意思を確認する E メールを送り、メンバーを
本事例における社会学的属性はどうなっている
再確定する。それに際し、私は、このメンバー再
のか。それはグループ内の関係のダイナミズムや
編の仕方を分析し、それがグループにとって持つ
「仲間感」にどう影響しているだろうか。
意味について考えた(4 章)。その少し後、2000
年 12 月に、メンバー自身はこのグループについ
てどう思っているのかを聞くために、E メールで
アンケートを行った(5 章)。
2. 2 「選択縁」
もう一つの縁の考え方として、上野千鶴子によ
る「選択縁」がある。上野は、「社会集団の組み
これらの作業と並行するかたちで、インターネ
方を、「縁」という言葉をキイワードにして、血
ットを通して作られるグループについての先行研
縁・地縁・社縁の三つに分類したのは、文化人類
究とこれに関連する先行研究について調べた。そ
学者の米山俊直氏である」
(上野千鶴子+電通ネッ
の中から、本稿で用いる社会学的な視点を探した
トワーク研究会
リイとしての米山の「社縁」は「血縁・地縁の領
(2 章)。
本稿で用いる社会学的視点
2
1988 : 19)といい、第三のカテゴ
−「情報縁」と「選択縁」の概念
2. 1 「情報縁」
域が縮小し、それ以外の人間関係の領域が大幅に
拡大した今日、それらをすべて「社縁」という言
葉で一くくりにするには無理がある」と述べる
。
(上野[1987]1994 : 136)
Computer Mediated Communication ( 以 下 、
上野によると、米山の「社縁」概念の中には、
CMC)についての研究は、主に社会心理学、社
磯村英一の言う「第二空間」と「第三空間」が分
会学の分野で盛んである。しかし、これらの分野
けられずに同じカテゴリイに含まれているとい
では、本稿のように CMC を契機と し、Face to
う。磯村の言う三つの空間とは、住居を中心にし
Face に至った関係の中でも、特に Face to Face
た家庭=「第一空間」
(または生活空間)
、仕事を
の部分に重点をおいた研究はあまりない2)。
中 心 に し た 職 場=「第 二 空 間」(ま た は 生 産 空
このグループの事例と関連のありそうな概念と
間)、そしてリクリエーションのための空間=「第
して、「情報縁」(川上善郎ほか 1993;池田謙一編
三空間」(または大衆空間)の三つである(磯村
1997;古川良治
1999 など)がある。
。
[1968]1989 : 144)
そして上野は、血縁、地縁、
「社縁」は「選べ
集団というのは、これまでなんらかの社会
ない縁」であるのに対し、
「第三空間」は「互い
学的属性を共有していることが多かった。地
に相手を選び合う自由で多元的な人間関係」とし
縁、血縁、社縁、学校縁のどれもそう で あ
ての「選択縁」であるという(表 1 参照)。上野
る。学校や会社のクラブやサークル(サッカ
の説明では、
「社縁」は本来、加入・脱退の自由
ーなど)もまた、そうした社会学的境界の外
な第二次的な集団を指すために作られた用語だ
へでるものではない。ところが電子メディア
が、今日における社縁の代表「会社縁」を考える
はそうした属性によるつながりを重要な要件
と、企業はいったん入るとなかなか降りられない
とはしないという意味で、情報世界の縁、す
という拘束性をもっているので、
「選択縁」とは
なわち情報縁を出現させた。(池田謙一・柴内
言えない(上野[1987]1994 : 138−9)。
康文
28
1997 : 8)
「選択縁」の特徴は、第 1 に自由で開放的な関
清水:インターネットの縁と独特の「仲間感」
表1
米山俊直
血縁
縁の諸類型
地縁
1998 年 当 時、イ ン タ ー ネ ッ ト 上 の「SPEED」
公式ホームページには、
「SPEED」のプロフィー
社縁
ルや情報のページの他に、ファンを対象とした
テンニース ゲマインシャフト ゲゼルシャフト
マッキーバー
コミュニティ
アソシエーション
「Net Fun Club(略称 nfc)」と呼ばれるページが
クーリー
第一次集団
第二次集団
あった。「nfc」にはファンが自由に書き込める掲
磯村英一
第一空間
第二空間
第三空間
示板のページがあり、そこに書き込まれる内容は
望月照彦
血縁
地縁
値縁
知縁
主に、「SPEED」の番組等の出演情報やその番組
血縁
地縁
社縁
選択縁
を 見 た 感 想、「SPEED」に 対 す る 想 い、そ し て
上野千鶴子
(選べない縁)
(選べる縁)
有縁
無縁
網野善彦
(上野[1987]1994 : 138)
「メール友達になりませんか?」といったもの、
また、
「SPEED」グッズの情報、交換などについ
てのメッセージだった。
「く う」さ ん は、「nfc」の 掲 示 板 の 常 連 で、
係であること。原則として加入・脱退は自由であ
「nfc」の常連が開くオフ会4)にも参加していた。
る。第 2 に情報媒介型の性格をもつこと。特定の
しかし、「nfc」のオフ会に参加する人はほとんど
情報やシンボルを媒介に結び付き合っているの
が男性ファンで、女性は「くう」さん 1 人という
で、コミュニケーションの場を共有しながら匿名
ことも少なくなかったという。女性 1 人で取り残
性を保っていられるし、また、深夜放送のオーデ
されたような感じを受け、そんなオフ会に面白み
ィエンス同士のように、対面接触がなくても「関
を 感 じ ら れ な か っ た「く う」さ ん は、同 じ
係」が生じる。第 3 に役割からの離脱がある。例
「SPEED」を 好 き と い う 女 性 フ ァ ン ば か り で
えば無縁的な酒場においてはアイデンティティの
「SPEED」について話し、盛り上がってみたいと
創造やコントロールが可能である(上 野[1987]
思い、女性ファンを集めることを考えるようにな
。
1994 : 139−40)
る。
本事例のグループは、「自由で開放的」
、「情報
「くう」さんは、
「nfc」の掲示板上でお互いの
媒介型」、「匿名性」、「アイデンティティのコント
書き込みを見て知り合い、メール友達になった
ロール」といった「選択縁」の特徴をもっている
「KANAPi」さ ん に グ ル ー プ 設 立 に つ い て 相 談
だろうか。もっているとすれば、それはどのよう
し、2 人はグループの設立を決めた。
な形で現れているのだろうか。それらの特徴とグ
ループ独自の意味世界である「仲間感」はどのよ
うな関係があるのか。
グループのしてきたこと
3
3. 1
グループはどのようにして作られたのか
この 10 代の女の子アイドル歌手「SPEED」の
3. 2
どのようにしてメンバーを集めていったの
か
2 人は「くう」さん を「会 頭」、「KANAPi」さ
んを「広報担当」と決めた。メンバーの勧誘は
「KANAPi」さんが主に、「nfc」の掲示板上への書
き込みを通して行った。
女性ファンのグループは、1998 年 9 月 1 日に設
「KANAPi」さんは、「周 り に 女 の 子 の SPEED
立された。設立のきっかけは「くう」さん3)とい
ファンがいないので、一緒に応援できる仲間にな
う人物の提案だった。
りませんか?」ということを趣旨に、その都度そ
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同志社社会学研究
NO. 10, 2006
の時々の思いで、勧誘の言葉を書き込んでいたと
ールで送られていた。しかし、段々メンバーの数
いう。
が多くなり、頻繁に新しいメンバーが入ってくる
「nfc」の掲示板に訪れ、
「KANAPi」さんの書き
ようになると、「いのうえ」さんはそれに対して
込 み を 読 み、興 味 を も っ た 人 は、ま ず「KA-
わずらわしさを感じるようになったという。そこ
NAPi」さんにメールを送る。そうすると、
「KA-
で、HP を開設し、そこに名簿を載せようという
NAPi」さ ん か ら 会 の 趣 旨 を 伝 え る メ ー ル が 届
案が持ち上がった。
く。そして、それを読んだ上で参加希望の場合
HP 内の掲示板上では、メンバーたちはそれぞ
は、「会頭」の「くう」さんに E メールを送るよ
れをハンドルネームで呼び合い、ハンドルネーム
うに伝えられる。
「くう」さんに参加希望のメー
の後にかならず「さん」をつけた。そこでは、
ルを送ると、
「くう」さんから E メールで登録に
「SPEED」に対する思い、テレビ等の出演情報、
必要な情報5)を送るように伝えられる。そして、
雑誌情報、公開収録受け付けの情報など、そして
E メールで指示された情報を送ると入会完了で、
それぞれに対するレス(返答、レスポンスのこ
そのお知らせのメールが届く。
と)が書き込まれた。
この最後のメールで、新しいメンバーは会独自
掲示板設立当初、よく書き込む人はだいたい決
のホームページ(以下、HP)のアドレスを知る
まっていた。1999 年 4 月までに入会した 30 人ほ
ことができる。その HP には、会員名簿や掲示板
どの中で、頻繁に書き込んでいたのは、10 人ほ
があり、どんな人が会に入っているか、掲示板で
どであった。その 10 人ほどはその後も活発に活
はそれらの人がどんなやり取りをしているのかが
動し、現在も会に残っている。これに対して、残
見られる。そうして、新しい参加者が会の HP に
りの 20 人ほどは、あまり書き込まなかったか、
初めて訪れている頃、それまでの参加者の方には
まったく書き込むことがなかった。
新しい参加者が増えたことを伝える E メールが
届く。
(2)全体が徐々に Face to Face の関係になっていく過
程での活動
3. 3
グループとしてどのようなことをしてきた
のか
(1)Face to Face の関係が始まるまでの活動
1)HP と掲示板
1)オフ会とカラオケ
最初、オフ会は地域ごとに開かれ、そこでメン
バー同士が初めて顔を合わせる。1999 年 4 月か
ら 7 月の 4 ヶ月の間に、関東と関西で、それぞれ
グループ独自の HP は 1999 年 3 月に開設され
2 回と 3 回、オフ会が開かれた。それぞれの地域
た。1998 年 9 月のグループ設立からそれまでの 6
ですべて参加した人もいれば、一部に参加した人
ヶ月間、メンバー達は E メールだけでコミュニ
も、まったく参加しなかった人もいる。関東の集
ケーションを取っていた。HP 開設を担当したメ
まりは大抵 10 人ほど、関西では大抵 6 人ほどの
ンバーの「いのうえ」さんは、HP 開設以前につ
参加で行われた。オフ会は、大抵居酒屋で行わ
いて、「はっきり言って、活動はしてなかったよ
れ、ご飯を食べながらお酒を飲み、話す。そし
ね。」と言っている。
て、その前か後には、大抵カラオケに行く。
HP 開設以前は、新しいメンバーが入ると、そ
それぞれの地域には、
「幹事」担当のメンバー
のメンバーを加えた新しい名簿がその都度 E メ
が 1 人ずついる。掲示板または全員への E メー
30
清水:インターネットの縁と独特の「仲間感」
ルで日程を発表して、参加の希望を聞く。参加人
数がだいたい決まれば、幹事が居酒屋を予約す
る。
2)ライブコンサート
1999 年 夏、グ ル ー プ 設 立 以 来、初 め て の
「SPEED」のコンサートツアーが行われた。それ
会は、大抵「会頭」の挨拶と乾杯から始まる。
まで、メンバー達の多くは一緒にライブツアーに
「会頭」の挨拶では、「SPEED」の最近の 行 事 の
行く友人が周りにいなかったが、このツアーで
こと、メンバーが仲良く集まれたことなどを祝っ
は、インターネットを通して知り合ったグループ
て、といった言葉が入り、その後乾杯する。
「会
の仲間が集まって、一緒に参加することが実現し
頭」が不在であれば、別の誰かが何か言葉を入れ
た。比較的多くのメンバー(15 人ほど)が、広
る。
島、横浜、神戸のライブに参加した。メンバーは
その後、メンバーはまず自己紹介をする。これ
関東、関西などから、その距離に関わらず参加
はハンドルネームの紹介である。ハンドルネーム
し、その行為を「遠征」と呼んだ。広島では、メ
の由来などを話すこともある。そして、
「SPEED」
ンバー達のほとんどは、広島在住の 1 人のメンバ
の話が始まる。以前に出演したテレビ番組や掲載
ーの自宅に泊まった。広島はツアーの初日だった
された雑誌などの話、また、どの曲をきっかけに
ため、この日、関東メンバーと関西メンバーの多
いつ頃ファンになったのか、いつのライブに行っ
くは初めて顔を合わせた。
た こ と が あ る の か な ど、そ れ ぞ れ 個 人 と
ライブツアーが始まる 2、3 ヶ月前、メンバー
「SPEED」の関わり方についても話題になること
達はそれぞれの地域のレストランなどで集まり、
が多い。
誰がどこのコンサートに参加する予定か、何枚チ
4 月から 6 月にかけて 3 回行われた関西のオフ
ケットが必要か、どのようにしてファンクラブで
会では、週末、昼の 2 時ごろ集合し、カラオケに
の先行予約で必要な枚数のチケットを手に入れる
行 っ た。昼 の カ ラ オ ケ で、4 時 間 ほ ど か け て
かを話し合った。しかし、このようにして申し込
「SPEED」の歌を全曲歌う。関東で行われた 2 回
んでも、チケットが取れないということもあっ
のオフ会でも、お昼に 3、4 時間かけてカラオケ
た。そうした時には、メンバー達は一般発売でチ
をした後に、飲み会をした。5 月のオフ会では飲
ケットを購入するために、一緒にチケット販売場
みに行った後の 3 次会もカラオケだった。
所に並びに行った。時には、前の日の晩から並
その「SPEED」全曲を、リモコンを使 っ て 入
び、話をしながら一晩を過ごし、次の朝には最前
力していくのは、「会頭」の役目である。他のメ
列でチケットを購入するということもあった。ま
ンバーは部屋に入ると、部屋の机を端に移動させ
た、チケットを購入しに行けないメンバーのため
る。机を重ねたりして、部屋に広いスペースを作
に、他のメンバーが購入しに行くこともあった。
り、そのスペースで「SPEED」の踊りを踊るこ
ライブが 8 時か 9 時ごろに終了した後は、オフ
とができる人たちは踊る。新しいメンバーは、曲
会同様、居酒屋に飲みに行き、その後は朝まで徹
の中でのジャンプする箇所や手を振る箇所を他の
夜でカラオケをする。そのカラオケでも、歌う曲
メンバーに教えてもらう。そして、実際ライブに
は全曲「SPEED」である。また、何人かのメン
行った時、そのジャンプや振りが他のメンバーと
バーは、コンサートのために訪れた都市で、一緒
同じようにできるようになる。
に観光に行くこともあった。1 箇所のコンサート
会場につき、大抵土日などの 2 日間コンサートが
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同志社社会学研究
NO. 10, 2006
行われるので、日曜日の昼や月曜日の昼などに、
観光に行く。
1999 年 10 月、「SPEED」は解 散 し、そ の 後 ソ
ロ活動をしていくことを発表した。そのため、12
(3)Face to Face の関係になるまでとなっていく過程
での活動に見えるもの
1)CMC とその効用
このグループのここまでの活動の特徴として、
月に予定 さ れ て い た ド ー ム ツ ア ー は「SPEED」
設立からメンバーの仲がより親密になるまでの全
としての最後のコンサートとなった。この発表の
過程において CMC が使われたということが挙げ
後、何人かのメンバーは、名古屋、東京、大阪、
られる。グループ設立のきっかけとなったインタ
福岡の 4 箇所すべてに参加することを決めた。多
ーネット上の「SPEED」公式 HP 内のファンの掲
くのメンバーがこのツアーに参加し、1999 年の 12
示板、設立者 2 人のメールでのやり取り、グルー
月は、毎週末、名古屋、東京、大阪、福岡と場所
プ独自の HP、グループの仲をより深めた ICQ、
を変えながら、ライブ後の飲み会と徹夜のカラオ
携帯メールなどがそれである。
ケが行われた。
3)2 つめの掲示板、ICQ、携帯メール
特に、インターネットというツールを使ったこ
とで、
「情報縁」の概念がいうように、メンバー
初めてメンバーで揃って参加した夏のライブツ
達 の 多 く は 身 近 に は 見 つ け ら れ な か っ た、
アーの後、何人かのメンバーが ICQ というチャ
「SPEED」という 10 代の女の子達の女性ファン
ットシステムを使って、交流を始めた。そのメン
を全国に見つけ、その人達とコミュニケーション
バー達は、毎晩のように夜遅くまで話し、そうし
を取ることができた。
て交流が深まるうちに、そのうちの 2 人のメンバ
ーが 2 つめの掲示板を開設した。
周りに「SPEED」のことを話す人がいないと
いう同じような立場のメンバーの間には、他では
この掲示板は 1999 年 10 月に開設された。3 月
話すことができない共通の話題があった。この事
に開設された最初の掲示板は「SPEED」につい
実は、グループの結束を固める大きな要因となっ
て話すための掲示板であったが、この 2 つめの掲
たと考えられる。また、他で話すことができない
示板には、メンバー達は「SPEED」以外のこと
ことを話す時、そこには「アイデンティティのコ
や他の日常的な会話も書き込んだ。
ントロール」が生じると思われる。
もう一つのコミュニケーション手段は携帯メー
2)非日常性の共有
ルであった。携帯メールは、メンバー達が広いコ
上に描写されたこのグループの活動内容から見
ンサート会場で待ち合わせする時に、とても役に
て取れることの一つに、
「非日常性の共有」があ
立った。また、コンサートがない時でも、普段の
る。例えば、
「カラオケで全曲 SPEED の曲を歌
日常会話、「SPEED」についての情報交換やメン
うということ」
、「カラオケで SPEED の曲に合わ
バーの誕生日や正月、クリスマスなどにメッセー
せて踊るということ」、「コンサートのために「遠
ジを送るためにも使われた。
征」するということ」、「コンサートのチケットを
このように、より親密になる過程で、メンバー
取るために徹夜をして並ぶということ」、「インタ
達は「ハンドルネーム+さん」という呼び方をや
ーネットで知り合った他人と、見知らぬ土地で一
め、ハンドルネームから作られたあだ名で呼ぶよ
緒に観光するということ」、「インターネットで知
うになる。
り合り、初めて会った人の家にその日のうちに集
団で泊まったということ」
、「12 月の毎週末に、
32
清水:インターネットの縁と独特の「仲間感」
全国のいろいろな場所で集まり、飲み会と徹夜の
カラオケを行ったということ」などである。
上の 3 つのポイントは仲間が次第に絆を深めて
いった要因であるとまとめられるが、この 4 つめ
これらの行いは、メンバー達自身、普通の友達
のポイントはこのグループ独特の「仲間感」に
とはしないし、できないことである。しかし、逆
「匿名性」という意外な特徴があることを説明し
にそういった普段はしないようなことを共に行っ
たという感覚が、メンバー間における仲間意識を
増幅させたと考えられる。
3)グループ内の共通の行い、決まりごと
ている。
(4)一通り顔を合わせてからの活動
1)違った形のオフ会
1999 年年末の最後のドームツアーが終わって
カラオケで、新しいメンバーが他のメンバーに
から 2000 年に入り、その後 2000 年 11 月のメン
振りを教えてもらい、ライブ会場でグループのみ
バー再確定まで、多くのオフ会が開かれた。その
なが同じ振りをするということは、グループ内だ
オフ会は、最後のドームツアーまでのオフ会と異
けに通じる合言葉や暗号のような共通の行いがあ
なり、すでに顔を知り、共に大騒ぎした経験のあ
るというふうに考えられる。
る者同士の打ち解けたオフ会であった。
また、飲み会において、毎回「会頭」が曲を入
お酒の量はドームツアーの頃のオフ会からは少
力し、他のメンバーが机を移動させるなど、グル
し減り、普通の居酒屋での飲み会という形の他
ープ内で暗黙の了解で行われる決まりごとと役割
に、ピクニックに行ったり、ディズニーランドに
分担があり、これはメンバーにしかわからないル
行ったり、もんじゃ焼きを食べに行ったり、その
ーティーン化したものである。
形態も変わってきた。
こういった共通の行いや決まりごとをお互いに
オフ会と称しきちんとメンバーを招集して行う
暗黙の了解で行っているという事実が、また、こ
ものもあれば、もっとラフに、時間の都合がつい
のグループの結束に影響していると思われる。
たメンバー同士で週末軽く約束して食事に行くと
4)親密度と情報と「匿名性」
いうことも増えた。後者のようなものを合わせれ
メンバー達は徐々に Face to Face の関係になっ
ていき、また、「SPEED」以外の話や日常的な会
ば、この時期、メンバーたちは月に 2 回くらいの
ペースで顔を合わせていたという。
話もするようになっていった。これは、関係が単
他の特徴として、ドームツアーが終わってから
純な「情報媒介型」の関係から、コミュニケーシ
は、関西のメンバーが関東のオフ会に 1、2 人参
ョン型に変化したと言える6)。
加したり、関東のメンバーが数人でメンバーの 1
しかし一方で、
「匿名性」という観点から見る
と、ハンドルネームが使用され続けたことよって
人の車に乗って、関西のオフ会に参加しにやって
くるといったことも頻繁に起こっている。
匿名性は保たれていたと考えられる。日常的なこ
また、SPEED のメンバーやグループのメンバ
とを話すようになったと言っても、自分のことで
ーの誕生会を開いたり、新年会や花見などの季節
話したくないことは話さなくても許されるし、話
の行事をメンバーで行うことも多くなり、さらに
さなければメンバー達はそれを知らないまま関係
はメンバーの 1 人の結婚式の 2 次会にメンバーた
は進んでいった。親密度が上がり、仲間感を育て
ちが参加するということもあった。
ていく中でも、顔以外の匿名性は個人の好きなよ
2)収録
うに保っていることができたと考えられる。
1999 年 10 月、SPEED は 2000 年 3 月 31 日 に
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同志社社会学研究
NO. 10, 2006
解散することを発表した。したがって、その頃か
(5)一通り顔を合わせてからの活動に見えるもの
ら 2000 年 3 月 31 日 の 解 散 ま で に 行 わ れ た
上に見たように、一通り顔を合わせてからのオ
SPEED の公開収録は、非常に貴重なものとなっ
フ会は、Face to Face になっていく過程で見た交
た。この時期から、メンバーはテレビ番組などの
流の場としてのオフ会から、共通の感覚をもつ仲
公開収録に行くことが増えるようになる。
間同士が共に楽しむ場としてのオフ会に変わって
公開収録に参加するには、その番組によって異
いった。「SPEED」の話ができるから集まるだけ
なるが、電話で申し込む場合や葉書きで申し込む
でなく、その仲良くなった仲間自体に会いたいか
場合などがある。公開収録申し込み方法の情報は
らオフ会に出向いていくというメンバーが増え、
まず情報に詳しいメンバーが掲示板に書き込むか
情報のみに縛られない関係になっていく。
携帯メールで連絡して、メンバーに知らせる。電
また、公開収録は、メンバーにとってせっかく
話での申し込みの場合はなかなかつながらないこ
得た仲間と一緒に「SPEED」を応援する絶好の
とが多いので、行かない予定の人も行きたい人に
機会であった。収録というイベントにメンバーを
協力して電話する。
誘い、計画して、協力してチケットを取って行く
収録は大抵ペアや 4 人一組で申し込むようにな
ということは、これまでのライブというイベント
っているので、当たった人は当たらなかった人や
と同じようにメンバー間の結束を固めるのに影響
他に行きそうな人に携帯メールなどを通して連絡
したと思われる。さらに、そこに生まれたルーテ
し、誘い合わせて参加する。収録当日はメンバー
ィーン作業は、仲間関係をより感じさせるものに
で連絡を取り合って、集合する。
なったと思われる。
解散当日の 3 月 31 日には、テレビ朝日系列の
「ミュージックステーション」という番組が生放
送で SPEED 最後のライブを放映した。そのライ
2000 年 11 月のグループの再編
4
4. 1
再編とその理由
ブ観覧にこのグループのメンバーは 15 人ほど参
1998 年 9 月の設立か ら 2000 年 11 月 ま で、さ
加した。その後行けなかったメンバーも含めて、
まざまな人が入会し、メンバー数は 62 人になっ
メンバーの 1 人の家に集まり、録画しておいたビ
た。しかしその中には、前章で見たように、オフ
デオをみなで見た。
会やライブツアーに参加し、メンバーと顔を合わ
解散後 2000 年 4 月以降、SPEED のメンバー 4
せて交流している人もいれば、入会したきり HP
人のうち 3 人はソロ活動を始めたので、グループ
にも一度も書き込まず、幽霊会員になった人もい
のメンバーはソロの公開収録に頻繁に行くように
た。
なる。さらに、この行事がルーティーン化される
HP には幾度か書き込みはしていたが、その後
と、たいてい誰が収録の情報を最初に入手する
Face to Face の活動に参加することなく、書き込
か、チケットのために誰がどこにどのように電話
みもなくなっていった人や、オフ会に一度参加し
するか、収録当日はどこに集合するか、収録前に
たが、その後姿を見せなくなった人など、さまざ
はたいてい集まってお茶を飲む、収録後にはたい
まなパターンがあったが、幽霊会員化しているメ
ていご飯を食べる、などということも決まってく
ンバーは 2000 年 10 月 12 日の時点で全 62 人のう
るようになった。
ち半分ほどいた。また、顔を合わせていないが
HP のみで活発に参加しているという人はいなか
34
清水:インターネットの縁と独特の「仲間感」
った。
そんな幽霊メンバーにも、どのライブに参加す
るかやオフ会への出欠確認などの E メールを送
4. 2 メンバー構成の変化
表2
グループの年齢別構成の変化
再編前
り続けていた「会頭」の「くう」さんは、そうい
った無言のメンバーにメール送り続けることはむ
なしいと感じ、2000 年 10 月時点で活発に活動し
ているメンバーだけでもう一度会を改めて作りな
おそうと考える。
そして、2000 年 10 月 18 日、その 時 点 で つ な
15 歳未満
15 歳∼19 歳
20 歳∼24 歳
25 歳∼29 歳
30 歳以上
不明
計
再編後
4( 6.5%) 0( 0.0%)
8(12.9%) 1( 2.8%)
19(30.6%) 8(22.2%)
22(35.5%) 20(55.6%)
7(11.3%) 6(16.7%)
2( 3.2%) 1( 2.8%)
62
36
がりのあるメンバーに対して、会参加継続の意志
確 認 の E メ ー ル を 送 り、そ の 結 果、2000 年 11
まず、年齢別構成(表 2)を見ると、再編前は
月 1 日、このグループは新たな 36 名のメンバー
20 代後半のメンバーが 22 人で最も多く、35.5%
で再スタートすることとなった。
を占め、ついで 20 代前半が 19 人、15∼19 歳が 8
再編の時期は 2000 年 11 月であったが、幽霊会
人、30 歳以上が 7 人、15 歳未満が 4 人と散らば
員となっていた人はもう 1 年近くそういった状態
っている。これに対し、再編後は、20 代後半は 20
であったので、実質上、それまで一緒に活動して
人と 2 人減少し、30 歳以上は 6 人と 1 人減少し
きたメンバーがそのまま再編後のメンバーになっ
ただけであるが、15 歳未満は 4 人すべてがいな
ただけであって、活動の表面上にはまったく変化
くなり、10 代後半は 8 人が 1 人に、20 代前半は
はなかった。
19 人が 8 人に減った。20 代後半は大半(55.6%)
その時に HP はリニューアルされ、そのアドレ
を占めるようになった。
スも変更された。古い方のアドレスには「このホ
次に職業別構成(表 3)を見る。これは、メン
ームページは移動しました。」と書き、「くう」さ
バー本人が入会の際に自分自身の職業を言い表し
んのメールアドレスを残した。
た表現をそのまま使い、集計している。再編前を
「くう」さんは、「幽霊会員化した彼女たちの中
見ると、小学生から大学院生まで、学生と考えら
には 実 は も し か し た ら 男 性 が いた か も し れ な
れる人が 28 人 で 45.2% を 占 め、働 い て い る 人
い。」と言っている。入会は女性に限定している
も、こ れ と 同 じ 28 人 で 45.2% で あ っ た(会 社
が、インターネット上では男性が女性を偽って入
員、書店勤務、鍼灸按摩マッサージ師、医療関
会していてもまったくわからない。ただし、残っ
係、医 療 事 務、事 務 職、団 体 職 員 な ど)。し か
たメンバーに関しては、みなすでに Face to Face
し、再編後を見ると、学生は 22 人がやめ、6 人
で顔を合わせたことがあるので、女性であるとい
だけ残り、会社員等働きに出ている人は、再編前
うことはわかっている。メンバーを再確定し、ホ
の 28 人からわずか 4 人減っただけで 24 人になっ
ームページのアドレスを移したのは、そういった
た。つまり、学生のメンバーはほとんどやめてし
知らないメンバーに今もやり取りが見られている
まい、残ったのは働きに出ているメンバーである
かもしれないと思うと書き込みにくいという声も
と言える。
出たからだと「くう」さんは言う。
居住地別構成(表 4)では、再編前は、東京都
がもっとも多く 13 人、次に続くのは 7 人の大阪
35
同志社社会学研究
表3
NO. 10, 2006
グループの職業別構成の変化
再編前
表4
再編後
小学生
中学生
高校生
大学生
学生
短大生
予備校生
大学院生
3( 4.8%)
5( 8.1%)
3( 4.8%)
5( 8.1%)
8(12.9%)
2( 3.2%)
1( 1.6%)
1( 1.6%)
学生全体
28(45.2%)
フリーター
パート
会社員
会社員(既婚)
書店勤務
鍼灸按摩マッサージ師
医療関係
医療事務
事務職
自由業
団体職員
自営業
3( 4.8%) 3( 8.3%)
1( 1.6%) 0( 0.0%)
14(22.6%) 12(33.3%)
1( 1.6%) 1( 2.8%)
1( 1.6%) 1( 2.8%)
1( 1.6%) 1( 2.8%)
1( 1.6%) 1( 2.8%)
1( 1.6%) 1( 2.8%)
1( 1.6%) 1( 2.8%)
1( 1.6%) 1( 2.8%)
2( 3.2%) 1( 2.8%)
1( 1.6%) 1( 2.8%)
社会人全体
28(45.2%) 24(66.7%)
主婦
無記入
2( 3.2%)
4( 6.5%)
計
62
メンバーの居住地別構成の変化
0(
0(
1(
2(
0(
1(
1(
1(
0.0%)
0.0%)
2.8%)
5.6%)
0.0%)
2.8%)
2.8%)
2.8%)
6(16.7%)
2( 5.6%)
4(11.1%)
36
再編前
再編後
千葉県
東京都
神奈川県
埼玉県
3( 4.8%)
13(21.0%)
7(11.3%)
2( 3.2%)
首都圏全体
25(40.3%) 19(52.8%)
京都府
奈良県
大阪府
兵庫県
2( 3.2%)
1( 1.6%)
7(11.3%)
6( 9.7%)
関西圏全体
北海道
福島県
栃木県
静岡県
愛知県
三重県
福井県
岡山県
広島県
福岡県
熊本県
イギリス
計
1( 2.8%)
0( 0.0%)
6(16.7%)
5(13.9%)
16(25.8%) 12(33.3%)
2(
1(
2(
1(
3(
1(
1(
1(
2(
4(
2(
1(
首都圏・関西圏以外
3(8 .3%)
9(25.0%)
5(13.9%)
2( 5.6%)
3.2%)
1.6%)
3.2%)
1.6%)
4.8%)
1.6%)
1.6%)
1.6%)
3.2%)
6.5%)
3.2%)
1.6%)
21(33.8%)
62
0(
1(
0(
1(
1(
0(
0(
0(
1(
0(
1(
0(
0.0%)
2.8%)
0.0%)
2.8%)
2.8%)
0.0%)
0.0%)
0.0%)
2.8%)
0.0%)
2.8%)
0.0%)
5(13.9%)
36
府、神奈川県、その次が兵庫県の 6 人であった。
代後半と 30 歳以上の人で社会人、そして、首都
首都圏、関西圏の 8 都道府県の他にも、それぞれ
圏または関西圏に住んでいる人が多く残った。
1、2 人ずつと少数ではあっても 11 の都道府県と
1999 年 4 月以降活発に行われてきた活動とし
1 つの海外の国からの参加があり、そういった参
て、オフ会とライブへの「遠征」がある。オフ会
加者が全部で 21 人と、全体の 33.8% を占めてい
は、居酒屋で行われ、その交流の仕方は社会人に
た。しかし、再編後は、首都圏、関西圏以外の地
は参加しやすかったが、学生、ましてや小学生、
域のメンバーはわずか 5 人となり、全体の 13.9%
中学生には参加しにくかったと思われる。ライブ
になった。逆に首都圏、関西圏のメンバーが 88.1
への「遠征」も、金銭的に余裕がある社会人と比
%を占めるようになった。
べると、学生には簡単にできることではなかった
と思われる。
4. 3
再編の仕方の分析
また、多くの人が集まり、オフ会が開かれたの
再編後と比べると、再編前は、広い年齢層、学
は首都圏と関西圏だったので、オフ会に参加でき
生から社会人まで、そして、広範囲に居住する人
た首都圏、関西圏の人が多く残った、ということ
がこのグループに属していたが、再編後は、20
も考えられるかもしれない。しかし実は、メンバ
36
清水:インターネットの縁と独特の「仲間感」
表5
首都圏、関西圏と社会人、学生別で見た再編の仕方
再編前
再編後(残留率)
やめた人
首都圏・関西圏以外の社会人
首都圏・関西圏以外の学生
首都圏・関西圏の社会人
首都圏・関西圏の学生
5人
16 人
27 人
14 人
4 人(80%)
1 人(6.3%)
25 人(92.6%)
6 人(42.9%)
1人
15 人
2人
8人
計
62 人
36 人
26 人
ーを社会人と学生、首都圏、関西圏とそうでない
クローズトな関係に変化したと言える7)。また、
かで分けてみると、元々の構成が、首都圏、関西
もともとは顔が見えないことが前提であったはず
圏に住んでいる人では社会人が多く、首都圏、関
の関係が、Face to Face の活動が多くになってく
西圏以外に住んでいる人では学生が多かったこと
るにつれ、顔が見える安全性を重視し始めた。最
がわかる(表 5 参照)。
初はインターネットを通してしか知り合えなかっ
首都圏、関西圏に住んでいなくても、社会人で
た人達が、知り合ってしまえば、
「情報縁」の特
あれば、かなりの確率で残っているし、首都圏、
徴を排除してクローズトな関係を求めるようにな
関西圏に住んでいても、学生であれば半分以上が
っていったのは興味深い。その閉鎖性と一様性の
やめている。したがって、首都圏、関西圏の人が
おかげで、メンバー間の結束はさらに強くなった
多く残ったというよりは、社会人が多く残ったと
と思われる。
言える。
しかし、クローズトと言っても、この時メンバ
学生だけを見ると、首都圏、関西圏の学生の方
ーにはっきりと参加意思表明をさせたこと以外
がそれ以外の学生よりも多く残ったという点で
は、「仲間」という言葉が連想させるような抜け
は、やはり多くの人が集まり、オフ会が開かれた
がたい束縛がグループ内であったかというとそう
首都圏、関西圏の方が Face to Face で会いやすか
ではない。オフ会参加や掲示板での書き込みは自
ったからということが要因になっていると思われ
由であり、比較的参加が少ないメンバーもいる。
る。
これと関連して、もう一つ重要なことは、一方
で Face to Face の関係と同時にインターネットを
4. 4
この再編に見えるもの
利用した関係も続いていたために、遠隔地に住む
インターネットを通して作られたこのグループ
人(首都圏・関西圏以外の社会人)や頻繁にはオ
は、当初、社会的属性に縛られず、多様な人々が
フ会に参加しない人(ただし、最低一度は顔を合
集まるという「情報縁」の特徴を持っていた。し
わせている人)もメンバーとして残っていること
かし、Face to Face の関係を持つようになり、顔
ができたということである。
を合わせて活動する、もしくはできるメンバー
(主に社会人)のみが集まり、顔を合わせない参
加の仕方やインターネットだけで参加しているの
か参加しているのかわからないような状態でつな
がっているという関係を認めなくなった。
これは、当初「自由で開放的」だった関係が、
アンケート
5
5. 1
メンバーの声
これまで捉えようとしてきた、言い表しがたい
「仲間感」は実際にメンバー間にあったのか。そ
れをメンバーたちの声で聞くために、2 つのアン
37
同志社社会学研究
NO. 10, 2006
ケートの結果の一部を紹介する。一つは、メンバ
SPEED を思う気持ちが一緒の人がいっぱ
ーの 1 人「egg」さんが 2000 年 6 月、当時の中心
いいて嬉しかった。もっと早くから知り合い
メンバー 30
人ほどに対して行ったもの8)で、も
たかったなぁ。
う一つは、2000 年 12 月、再編後、私自身が、残
こんなに楽しい人たちがいるとは思わなか
ったメンバー 36 人に対し、E メールでアンケー
った。それにみんないい人ばっかりだし・・
人から回答を得たもの9)であ
・。ソフィガのみんなと仲間になれたことを
ト依頼し、行い、23
る。アンケートの中に出てくる「ソフィガ」は、
このグループの呼称「Sophisticated girl
心から喜んでます。
増強委
SPEED のみんな、今は寛ちゃん、絵理ち
員会」
(広報担当の「KANAPi」さんが命名。「So-
ゃん、多香ちゃん、仁絵ちゃんそれぞれを一
phisticated girl」は「SPEED」の 曲 の タ イ ト ル。
)
緒に応援していけるみなさんがいて楽しいで
を略したもので、グループ内で使われていたもの
す。オフでライブみたいに盛り上がれるのは
である。
最高です!(ˆ−ˆ)今は学校の関係でオフと
か参加できない時もあるけど、これからもよ
2000 年 6 月、「egg」さんのアンケートから
ろしくお願いします!
潭ソフィガに入ってどうでした?
すっごい良かったって思ってます。今では
すごいかけがえのないものになってます。み
ら
んなと会ってわいわい騒ぐのってすごい楽し
滷あなたはソフィガをどのような場、関係と
いです。
して利用していますか?
一緒に応援できる仲間を得られたとい
[う]事は、SPEED を応援する上で非常に心
今、あなたにとってソフィガの関係はどうい
うものですか?
強かったです。それに楽しい仲間に入れたこ
今までになかった本当の自分をだせる場
とは、もしかしたら私の一生の財産になるか
所。今まで生きてきた中で失いたくない大切
もしれません。全国を一緒にツアー出来たの
な友達です邇
も楽しい思い出です。学校を卒業してから、
肩ひじ張らずに付き合える、大切な仲間。
心から笑ったり楽しんだりという事が少なか
とにかく、理屈抜きで楽しい場所。み∼ん
ったので、楽しい時間を過ごせました。仕事
なが妹分みたいな気分(笑)これからも、ず
上のつきあいなんてつまらないものが多いで
っと大切にしていきたい関係。
すからね。これからも長く付き合っていきた
いと思ってます。
38
2000 年 12 月、私自身が行ったアンケートか
「利用している」という言葉は私にとって
適当ではありませんが、SPEED の曲を聞い
ホント最高!ここまで同じ気持ちの人達が
て勇気が出たり心が癒されたりするように、
集まるなんて思ってもなかった。年齢も関係
ソフィガのメンバーといると嫌なことを忘れ
なく、友達感覚で付き合える、大事な仲間で
ることが出来たり楽しい思い出を作ることが
す。私にとって、一番落ち着ける、居心地の
出来ます。ソフィガのメンバーは心暖かい人
いい場所です。これからもずっと一緒にいら
ばかりなので、人に対する気配り、心遣いを
れるといいのになぁ。
見て私も見習わなければいけない、と思うこ
清水:インターネットの縁と独特の「仲間感」
ともあり、そういう意味で自分にはとてもプ
観覧があったんだな、とか新曲が出たんだ
ラスになる仲間です。
な、とかレポ読んで分かるからね。
ファンとして同じ気持ちを共有でき語り合
える場だったり関係と思ってる。また気持ち
また、最初は「SPEED」のことを話せるただ
を共有し合えるだけに安らぎの場でもあった
の「SPEED」ファンの人との交流の場と考えて
りします。
いたが、一緒に過ごしてきた時間を経て、それ以
自分がどれだけ SPEED を好きかという事
を知ってくれている気が置けない人達ばかり
上に大切な仲間となっていったというその変化過
程について返答しているものもあった。
なので、みんなが集まるととても楽しく過ご
せます(ˆ−ˆ)だから、普段は表に出てこな
2000 年 12 月、私自身が行ったアンケートか
い部分をさらけ出せる場として利用させても
ら
らってるといったカンジでしょうか・・・。
滷あなたはソフィガをどのような場、関係と
して利用していますか?
2000 年 6 月の段階においても、2000 年 12 月の
段階においても、どちらにもメンバー達の声の中
今、あなたにとってソフィガの関係はどうい
うものですか?
に「仲間」という表現が見られ、その楽しさとこ
最初は SPEED の話しを一緒に出来る人が
の「仲間」と知り合えたことを喜ぶ表現など、こ
欲しくて入ったものだったのが、やっぱり人
のグループを大きく評価しているようすが見られ
と人との付き合いをしていく中でそれ以外の
る。しかし、再編後残ったメンバーの一部の人
ことも話せたりとか出来る関係になってるの
は、仲間として捉えるよりも情報を得る場や、
ですっごい大切な存在になってると思いま
「SPEED」ファンの人との交流の場であるという
す。ずっとこの関係が続けば良い・・って思
風に捉えている人もいる。
えるくらいに。でもある一定の距離をおいて
る感じもします。だけどメールだけの関係に
2000 年 12 月、私自身が行ったアンケートか
出来ない・・会わないと寂しいって思える関
ら
係になってるのは確かです。
滷あなたはソフィガをどのような場、関係と
最初は、
「自分の好きな SPEED の事を一
して利用していますか?
緒に語ったり、ライブを見たりできる仲間」
今、あなたにとってソフィガの関係はどうい
だと思ってましたが、何度も会って同じ経験
うものですか?
をしたり、一緒に楽しんだり悲しんだりして
スピードに関する情報の収集と、スピード
るうちに、「自分にとってとても大切な仲間」
を一緒に応援できる仲間を作るため。これは
に変化していきました。「同じ価値観をも
今も変わりません。
ち、喜びも悲しみも共有できる仲間」とも言
むつかしいな。同じものを好きな人達と、
それについて語ったり、情報交換したりする
場。
SPEED の情報を知る唯一の掲示板かな。
えます。
初めの頃は自分の中では SPEED で繋がっ
ているだけみたいなとこもあったけど、時が
過ぎていくうちにちょっと変わってきたか
39
同志社社会学研究
NO. 10, 2006
な。ちょっとした悩みも受け止めてくれる、
3)4 章で見たように、グループが閉鎖性とそれ
なんだろ?あったかいとこですね。自分の場
に伴う一様性を持ったこと、そして、メンバー達
合はめったにオフに出てないから、友達とか
が自分達の口で言うように、4)同じような価値
親友に例えるのはちょっと
図々しい気もす
観を持つ者同士だったからということが考えられ
るけど、今はそれに近い存在になってきて
るのかもしれない。しかし、同じような価値観を
る。
持つ者と知り合えたのは、インターネットを利用
したからである。
アンケートの回答の分析
5. 2
しかし一方で、このように築かれた仲間の結束
アンケートの表現の中には、メンバーの仲間意
は、抜けられないような束縛をもつようなもので
識を表す言葉が溢れている。一部メンバーの思い
はなく、「匿名性」も保たれているという特徴を
入れの強さは並大抵ではないように感じられる。
持っていた。そこには、仲間に対する強い思い
インターネットを通して、これほどに思える仲間
と、一方で束縛のない(ある意味希薄な)関係が
が得られたということは特筆すべきことだと思え
共存している。
る。
現在グループは、HP 上でのみ交流するメンバ
しかし、アンケートの結果、この「仲間感」は
ー、元「SPEED」のメンバーによるソロ活動の
残留したメンバー全員に共通のことではなかった
イベント事がある時のみに顔を合わせるメンバ
こともわかった。残留したメンバーにはグループ
ー、今も定期的に行うオフ会に参加し、グループ
の関係は単に「SPEED」の情報を得るためのも
とし て 付 き 合 う メ ン バ ー、個 人 同 士 で 完 全 に
のであるとする人もいた。
「SPEED」を越えた友人として付き合うメンバ
この違いは、グループとの関わり方の違いに表
ー、などに分かれた。5 章で見たこの関係を大切
れている。「仲間感」を訴えるメンバーは、頻繁
な仲間としてよりも情報源として捉えていた人
に Face to Face で会うなど、活発に活動している
は、ネットでの交流のみになりがちになり、やが
メンバーである。情報ということを重視するメン
ては離れていった。
バーは、活発に活動しているメンバーとは言え
インターネットと「SPEED」をきっかけにし
ず、残留したがオフ会には頻繁に参加せず、イン
て集まったグループが、現在では、さまざまな形
ターネットを中心に関係を保持しているメンバー
で独特の「仲間感」を持ちながら、関係を保持し
である。
ている。このように、インターネットを通して出
6
おわりに
このグループの持つ独特の意味世界「仲間感」
はどんなものだったのか。5 章で見たように、メ
会い、その後 Face to Face で独特の活動をしてき
たことでかけがえのない仲間関係を築いた人達が
現代社会に存在するということは、論文として書
き記すことに値すると私は考える。
ンバー達はたしかに仲間としての特別な絆を感じ
ていた。
このような仲間の絆ができた要因としては、1)
〔注〕
1)本文を通して探求していくが、ここでいう「仲間」
は「この語の語感、・・・・・・内輪の情的で固
このグループが Face to Face の関係になったこ
い結合で結ばれた場ないし人々といった意味」
(原
と10)、2)3 章で見たような独特の活動の結果、
忠彦ほか
40
1979 : 15)に限らない。
清水:インターネットの縁と独特の「仲間感」
2)
「コンピュータ・コミュニケーション仲間との対面
活動状況」という調査(川浦康至ほか
1989)を
メールアドレスを他の会員に公表することを許す
か否か。
見ると、パソコン通信で知り合った人に実際に会
6)桜井哲夫らは「ネットワークを利用して生まれる
ったことがある人は全体の約 7 割を占めているに
自発的に形成される人間集団」を「ネットワーク
も関わらず、Face to Face の関係に重点をおく研究
コミュニティ」と呼び、「情報収集型」から「関係
はあまりない。
性型」になるというその発展形態を説明している
社会学の分野において Face to Face の関係まで
(桜井ほか
2005 : 95)
。
2000 : 83−
7)新しいメンバーの勧誘活動は、2000 年 3 月 31 日
6)と S. Cheung and M. Kawaguchi(2000)による研
の「SPEED」解散に伴って「nfc」が閉鎖されたた
言及するものは、吉田純の研究(吉田
究があるが、
エスノグラフィックなものではない。
め、2000 年 4 月以降は行われていない。
人類学の分野では、粉川一郎(1997)はコンピ
8)「 egg 」 さ ん は 「 SPEED 」 フ ァ ン の 人 た ち は
ュータネットワーク上に現れる社会はエスノグラ
「SPEED」のどのような部分が好きなのかというこ
フィックに考察されるべき恰好の素材だと言う。
とに個人的に興味を持っていたので、11 問の質問
コンピュータに関して特殊な技能を持つ人たちの
からなるアンケートを E メールを使って行ってい
現実世界での生態などについてのエスノグラフィ
ックな調査(野田正彰
1994;奥野卓司
1990)は
あるが、
CMC と現実世界にまたがった研究はない。
3)これはハンドルネームで、コンピュータネットワ
ーク上で使うニックネームのようなものである。
る。本稿では 11 問めの回答だけを使用した。
9)質問は全部で 5 問あったが、本稿では 2 問めの回
答だけを使用した。
1
0)近年では、インターネット上での活動の一つとし
て、それまでの掲示板、ブログの他に、ソーシャ
4)オフ会というのは、コンピュータネットワーク上
ル・ネットワーキング・サービスというものがあ
で交流のあった人達が実際に顔を合わせて集まる
る。そこではオフ会はより頻繁に、当たり前のこ
会のことをいう。
ととして行われており、山崎秀夫らは「頻繁に開
5)お名前(ハンドル名または、ニックネームなど)
、
年齢、生年月日、職業、お住まい、誰のファン、
かれるオフ会は信頼性を助長する」と言う(山崎
・山田
2004 : 210)
。
〔文献〕
Cheung, Sidney C. H. and Mitsuo Kawaguchi, 2000,“Re-visiting Hong Kong Paradise : A Study of Japanese Net Surfers”
,
Hong Kong Institute of Asia-Pacific Studies, Occasional Paper No. 108.
原 忠彦・末成道男・清水昭俊,1979,『仲間』弘文堂.
古川良治,1999,「コンピュータ・コミュニケーションにおける個人と社会」児島和人編『個人と社会のインターフェ
イス』新曜社,27−60.
池田謙一編,1997,『ネットワーキング・コミュニティ』東京大学出版会.
────・柴内康文,1997「電子ネットワーキングと集団形成の論理」池田謙一編『ネットワーキング・コミュニテ
ィ』東京大学出版会,2−25.
磯村英一,1968,『人間にとって都市とは何か』日本放送出版協会.(再録:1989,『磯村英一都市論集蠱』有斐閣.
)
川上善郎・川浦康至・池田謙一・古川良治,1993,『電子ネットワーキングの社会心理』誠信書房.
川浦康至・池田謙一・川上善郎・古川良治,1989,『パソコン通信と情報行動:パソコン通信の現状に関する調査研究
蠡』
(報告書)
,電気通信政策総合研究所.
粉川一郎,1997,「ネットワーク・エスノグラフィ宣言」金子郁容他(NIFTY ネットワークコミュニティ研究会)
『電
縁交響主義−ネットワークコミュニティの出現』NTT 出版,159−65.
野田正彰,1994,『コンピュータ新人類の研究』文芸春秋.
奥野卓司,1990,『パソコン少年のコスモロジー−情報の文化人類学』筑摩書房.
桜井哲夫・大榎 淳・北山 聡,2005,『入門講座デジタルネットワーク社会』平凡社.
上野千鶴子,1987,「選べる縁・選べない縁」栗田靖之編『日本人の人間関係』ドメス出版,226−243.(加筆して再
録:1994,井上忠司・祖田 修・福井勝義編『文化の地平線−人類学からの挑戦』世界思想社,136−53.
)
上野千鶴子+電通ネットワーク研究会,1988,『
「女縁」が世の中を変える』日本経済新聞社.
山崎秀夫・山田政弘,2004,『よくわかる!ソーシャル・ネットワーキング』ソフトバンクパブリッシング.
吉田 純,2000,『インターネット空間の社会学』世界思想社.
41
Fly UP