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私的年金と長生きリスク - 生命保険文化センター

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私的年金と長生きリスク - 生命保険文化センター
生命保険論集第 183 号
私的年金と長生きリスク
秦(神橋) 園子
(龍谷大学法学部 非常勤講師)
1 はじめに
『高齢社会白書(平成24年度版)』によると、65歳以上の高齢人口と
15~64歳の生産年齢人口の比率は、1960年には1人の高齢人口に対し
て生産年齢人口は、11.2人であった。一方、2010年には高齢者1人に
対して現役世代2.8人となっている1)。平均寿命は、2010年において、
男性79.64歳、女性86.39歳である2)。そこで問題となるのが、生存中
に資金が不足する「長生きリスク」である。
加えて従来は、ピラミッド型の人口構造のもとで機能していた賦課
方式の公的年金制度が、高齢化に加え少子化の進行、また不況の影響
を受け、限界をあらわしている。
そこで老後の所得保障の補完的役割を担うものとして重要視され
ているのが、
「私的年金」である3)。
1)2055年には、1人の高齢人口に対して1.3人の生産年齢人口が見込まれてい
る(内閣府『平成24年版高齢社会白書』)。
2)1960年は、男性65.32歳、女性70.19歳であった。2060年には、男性84.19
歳、女性90.93歳と予想されている(同書)。
3)江口(2005)によると、
「私的年金」も私的保険のひとつであり、その性質に
―115―
私的年金と長生きリスク
そこで、本稿は、世代重複モデルを用いて長寿と短命の2タイプの
個人について、個人年金を購入した場合の生涯消費の大きさを3つの
モデルで比較分析をしている。
なお、本稿の構成は以下である。第2節で「私的年金」の役割につ
いて説明し、第3節で基本モデルについて紹介する。第4節で拡張モ
デルについて言及し、第5節で応用モデルについて考察する。第6節
で、結語について述べている。
2 私的年金の役割
平均寿命の長期化(長生き)により、十分な退職給付を確保できず、
生存中に資金が・枯渇してしまうリスクが生じる。これを「長生きリ
スク」という(浅野他(2012))。しかしながら、現行の公的年金制度で
は、十分な老後保障は見込めず、そこでより豊かな老後の所得保障と
して「私的年金」が注目されている。
例えば、稲垣(2011)は、現行の公的年金制度では、
「長生きリスク」
では対応できないとして、75歳までは「私的年金」を中心に、後期高
齢者世代は「公的年金」で役割分担を提案している。また江口(2005)
は、公的年金自体を私的年金化する海外の事例を紹介し、
「公的年金」
と「私的年金」の融合化について述べている。
そこで、本稿では、「私的年金」に焦点をあて、競争的保険会社が
提供する「私的年金(個人年金)」を購入した個人について、3モデル
応じて三つの種類に分類することができるとしている。第一に生命保険会社
等と個人の契約に基づく個人年金、第二に企業の年金規定や就業規則等に基
づき支給される自社年金(年金に関する特別の法律に基づかないという点で
企業年金と区別される)、第三に確定拠出年金法、確定給付企業年金法等、年
金に関する特別の法律に基づき支給される準公的年金(企業年金や厚生年金
基金、確定給付企業年金等)の三つに分類している。本稿では、個人年金を分
析の対象とする。
―116―
生命保険論集第 183 号
計算している久保(2002)を参考に、加筆・修正している。
なお、久保(2002)は、寿命の長さが異なるタイプ(長寿・短命)に分
けて計算を行っているが、全モデルが対象ではなかった。そこで本稿
では、長寿・短命の個人についての生涯消費について、全モデルの検
討を行っている。
3 基本モデル
個人は、労働期と引退期の二期間生きる。長寿タイプ(l)が生存する
確率をPl、短命タイプ(s)が生きる確率をPsとする。各タイプともに労
働期は生存することとする。なお、
(1)
Pl
> Ps
とする。両タイプともに労働期は生存すると想定する。
彼らは、労働期に所得wを稼ぎ、労働期と引退期の消費にあてる。
なお引退期に所得はないものとする。各タイプの個人は危険回避的と
仮定すると、絶対的危険回避度は、-U”
/U’
>0と定義される。
本節では、時間選考率と利子率が0の場合を考える。
各タイプの個人は、労働期と引退期の消費から得られる効用を最大
化する。効用関数をコブダグラス型と想定すると、各タイプの生涯効
用は
(2)
U=logCyi+logCoi
(i=l,s)
となる。ここで、各タイプの個人は、piの率、二期間生存・消費する。
一方、(1-pi)の率だけ労働期のみ生存し、消費はその間のみとなる。
したがって期待生涯効用は
(3)
EUi=pi(logCyi+logCoi)+(1-pi)logCyi
となる。
次に、保険市場の長期均衡について説明する。保険会社は競争的で
あると仮定すると、長期均衡では、ライバル企業の参入・退出は淘汰
―117―
私的年金と長生きリスク
され、最終的に期待利潤は0となる。また、各タイプの個人の寿命のリ
スクについて保険会社は完全な情報を持っていると仮定する。
保険料をw-Cyi、受け取る保険金(個人年金)をCoiとすると、期待利
潤は
(4)
EΠi=pi(w-Cyi-Coi)+(1-pi)(w-Cyi)=0
となる4)。右辺第1項は、iタイプの個人が二期間生存する場合の保険会
社の期待利潤であり、第2項は、労働期のみで死亡し、保険会社によ
る保険金支払いがない場合を示している。これを整理すると、
(5)
EΠi=w-Cyi-piCoi=0.
よって、各タイプの個人は、(3)式の下、(5)式を最大にするよう各
期の消費を決める。
max EUi=pi(logCyi+logCoi)+(1-pi)logCyi
sub.to. EΠi=w-Cyi-piCoi=0
となる。これを解くと、
(6)
Cyi*=Coi*=
w
.
1 + pi
これは、個人年金を購入する各タイプの個人の労働期・引退期の消
費は、等しいことを表している。また、(1)式より上式は、以下に書き
換えることができる。
(7)
Cyl*=Col*=
w
w
<Cys*=Cos*=
.
l
1+ p
1+ ps
これは、
長寿タイプの生涯消費は短命タイプよりも小さいことを示す。
4)現実の保険料の算定は、保険の原価に相当する純保険料と各種の経費や利
益を見込んだ付加保険料との合計で決められる。なお、純保険料は余命確率
に保険料給付額を掛けたものを基礎とする。通常、余命確率は年齢とともに
増大するので、若い時の保険料を高くし、一方年を経てからの保険料を安く
するよう平準化している。その際、若い時に支払った保険料には利息がつく
ので、利息分を調整して計算する(西村(2000))。
―118―
生命保険論集第 183 号
4 拡張モデル
本節では、時間選考率と利子率が所与の場合を考える。市場利子率
をr、また各タイプの時間選好率をai(i=l,s)とおく。なお、
(8)
al < r < as
とすると、(1)式は、以下となる。
(9)
U=logCyi+
1
logCoi.
i
1 +a
各タイプの個人は、労働期と引退期の消費から得られる効用の現在
価値を最大化する。ここで彼らは、piの率、二期間生存かつ消費を行
う。一方、(1-pi)の率の個人は、労働期のみ生存、消費はその間のみ
となる。よって、各タイプの個人の期待生涯効用の現在価値は
(10) EUi=pi(logCyi+
1
logCoi)+(1-pi)logCyi.
i
1 +a
これを整理すると、
(11)
EUi=logCyi+
pi
logCoi.
1 +ai
次に、保険市場の長期均衡について説明する。保険会社は競争的で
あると仮定すると、長期均衡では、ライバル企業の参入・退出は淘汰
され、最終的に期待利潤は0となる。また、各タイプの個人の寿命のリ
スクについて保険会社は完全な情報を持っていると仮定する。
保険料をw-Cyi、受け取る保険金(個人年金)の現在価値を
c oi
とす
1+ r
れば、期待利潤は
(12)
⎛
ci ⎞
EΠi=pi ⎜⎜ w −c yi − o ⎟⎟ +(1-pi)(w-Cyi)=0
1+ r ⎠
⎝
となる。右辺第1項は、iタイプの個人が二期間生存する場合の保険会
―119―
私的年金と長生きリスク
社の期待利潤であり、第2項は、労働期のみで死亡し、保険会社によ
る保険金支払いがない場合を示している。これを整理すると、
(13)
EΠi=w-Cyi-pi
c oi
=0.
1+ r
よって、各タイプの個人は、(11)式の下、(13)を最大にするよう各
期の消費を決めるので
max EUi=logCyi+
pi
logCoi
i
1 +a
sub.to. EΠi=w-Cyi-pi
c oi
=0
1+ r
となる5)。これを解くと、
(14)
c iy* 1 + a i
=
.
c io* 1 + r
したがって、各タイプの労働期・引退期の消費は以下となる。
(15)
Cyi*=
1 +a i
w.
1 +a i + p i
(16)
Coi*=
1+ r
w.
1 +a i + p i
長寿タイプの個人の労働期・引退期の消費は
(17)
Cyl*=
1 +a l
w.
1 +a l + p l
(18)
Col*=
1+ r
w.
1 +a l + p l
(8)式より
(19)
Cyl*<Col*.
5)市場利子率r、時間選好率aiを0とすれば、前節と同じ計算結果となる。
―120―
生命保険論集第 183 号
これは、長寿タイプの個人の労働期の消費は、引退期よりも小さいこ
とを示す。
短命タイプの個人の労働期・引退期の消費は
(20)
Cys*=
1 +a s
w.
1 +a s + p s
(21)
Cos*=
1+ r
w.
1 +a s + p s
(8)式より
(22)
Cys*>Cos*.
上式は、短命タイプの個人の労働期の消費は、引退期よりも大きいこ
とを示す。
5 応用モデル
本節では、保険料xi、受け取る保険金(個人年金保険)yiが所与の場合
を考える。また労働期に得た賃金wは、労働期の消費、貯蓄Siと個人年
金商品の購入にあてることとする。よって、労働期の予算線は以下と
なる。
(23)
w= Cyi+Si+xi
(i=l,s).
また、引退期の予算線は、
(24)
Coi=(1+r)Si+yi.
よって生涯の予算線は
(25)
Cyi+
c oi
yi
=w-xi+
.
1+ r
1+ r
次に、保険市場の長期均衡について説明する。保険会社は競争的で
あると仮定すると、
保険料をw-Cyi、受け取る保険金(個人年金)の現在価値を
―121―
c oi
とすれ
1+ r
私的年金と長生きリスク
ば、期待利潤は
(26)
EΠi=pi(xi-yi)+(1-pi)xi.
右辺第1項は、二期間生きる個人が支払う保険料収入から保険会社が
支払う年金保険料の差額であり、第2項は、労働期のみで死亡し、保
険会社による保険金支払いがない場合の保険会社の利潤を示している。
これを整理すると、
(27)
EΠi=xi-piyi.
よって、各タイプの個人は、(10)式の下、(25)・(27)式を最大にす
るよう各期の消費を決めるので
max EUi=logCyi+
sub.to. Cyi+
pi
logCoi
1 +ai
c oi
yi
=w-xi+
1+ r
1+ r
EΠi=xi-piyi=0
となる。これを解くと、
(28)
c iy*
c io*
=
1 +ai
(1 + r ) p i
となる。したがって、各タイプの労働期・引退期の消費は以下となる。
{
}
(29)
Cyi*=
(1 + a i ) (1 + r )( w − x i ) + y i
.
(1 + a i + p i )(1 + r )
(30)
Coi*=
p (1 + r )( w − x i ) + y i
.
1 +ai + pi
i
いま、
{
}
(1 + r )( w − x i ) + y i
=Kとおくと
1 +a i + p i
―122―
生命保険論集第 183 号
1 +ai
.
1+ r
(31)
Cyi*=K
(32)
Coi*=Kpi.
ここで、
①Cyi*=Coi*であるとき、K
(33)
pi
1
.
=
i
1+ r
1 +a
②Cyi*<Coi*であるとき、K
(34)
1 +ai
<Kpiとなり、
1+ r
pi
1
>
.
i
1+ r
1 +a
③Cyi*>Coi*であるとき、K
(35)
1 +ai
=Kpiとなり、
1+ r
1 +ai
>Kpiとなり、
1+ r
1
pi
<
.
i
1+ r
1 +a
最後に長寿または短命タイプの個人について、上記①~③を検討す
る。
①Cyi*=Coi*であるとき、
(36)
1
ps
pl
=
=
.
s
l
1+ r
1 +a
1 +a
②Cyi*<Coi*であるとき、
(1)式よりpl>ps、かつ(8)式よりal<as、かつ(34)式より
―123―
私的年金と長生きリスク
(37)
pl
ps
1
>
>
.
l
s
1+ r
1 +a
1 +a
上式は、長寿タイプの個人においては、拡張モデル(19)式と同じ結果
を示しており、
労働期の消費は引退期よりも小さいことが共通である。
③Cyi*>Coi*であるとき、
(1)式よりpl>ps、かつ(8)式よりal<as、かつ(35)式より
(38)
ps
pl
1
<
<
s
l
1+ r
1 +a
1 +a
となる。これは短命タイプの個人においては、拡張モデル(22)式と同
じ結論であり、労働期よりも引退期の消費が小さくなることを示して
いる。
6 結語
本稿では、久保(2002)を参考に、二期間モデルを用いて、
「私的年金
(個人年金)」を購入した場合の個人について、寿命の長さの違うタイ
プについて、3種類のモデル分析を行った。
結果、利子率、時間選好率、生存確率の前提条件を提示した上で、
「私的年金」を購入する長寿タイプの個人は、労働期よりも引退期の
消費が大きくなる可能性が高いことが分かった。また、短命タイプの
個人は、労働期よりも引退期の消費が小さくなる可能性が高い傾向に
あることが分かった。
出口(2009)は、
個人年金の世帯加入率が20%前後と低い理由として、
個人年金の運用利回りがほぼ市場利回りに匹敵するため、低金利政策
が引き起こした帰結としている。したがって、次なる課題として、利
子率、またその他の変数を可能な限り現状に即した条件で分析するこ
とをあげたい。
―124―
生命保険論集第 183 号
参考文献
浅野幸弘・住友信託銀行年金研究センター『長生きリスクと年金運用』
日本経済新聞出版社,2012年。
稲垣誠一「公的年金・私的年金の役割分担の見直し-公的年金には長
寿リスクを、私的年金にはつなぎ機能を-」『みずほ年金レポ
ート』第97号,2011年。
江口隆裕「公的年金と私的年金の融合化と国家の役割」
『日本年金学会
誌』第25巻,2005年。
久保和華「私的年金の経済分析」『宮崎公立大学人文学部紀要』第10
巻第1号,2002年。
出口治明『生命保険入門新版』岩波書店,2009年。
内閣府『平成24年版高齢社会白書』
。
西村周三『保険と年金の経済学』名古屋大学出版会,2000年。
―125―
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