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第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 4.1 民間企業による CDM/JI 事業への関与 4.1.1 クレジット獲得のための関与 企業がクレジット獲得のために CDM/JI 事業に関与するパターンとして次の4種類が想 定される。 ① プロジェクト開発の対価 CDM あるいは JI 事業を開始するためには、通常の商業プロジェクトと比較して、ホス ト国あるいはプロジェクト利害関係者への能力育成活動(キャパシティ・ビルディング)、 プロジェクト設計書(PDD)の作成、担当政府機関(DNA)からの国家承認の獲得、指 定運営機関(DOE)による有効化(Validation)ないし認定独立機関(AIE)による適格性 決定(Determination)の実施、CDM 理事会へのプロジェクト登録など、多くの手間と費 用を必要とする。そして、このような一連のプロジェクト開発は失敗した場合には損失の リスク(開発リスク)を有し、その実施には専門能力が必要とされることから、CDM/JI 事業の開発を請け負う企業が存在し、プロジェクト開発者(project developer)と呼ばれ ている。プロジェクト開発者は役務やノウハウ提供の対価として金銭報酬を求めることが 一般的であるが、将来発生するクレジットの販売代理権や優先購入権を求めることもある。 また、金銭報酬だけでなく、開発リスクを部分的に負担することで、クレジットの(一部) 獲得を条件として求めることもある。 ② クレジットの購入保証(カーボン・ファイナンス) CDM/JI 事業から将来発生するクレジットの購入を確約することでクレジットを獲得し ようとする企業が存在する。クレジットは貨幣価値を持ち、売買可能と考えられているの で、クレジットの所有権を持つと考えられるプロジェクト主体(project entity)と先渡契 約 1 を締結することで将来のクレジットが確保できると考えられる。プロジェクト主体の 観点からすると、将来のクレジットの販売価額が確定することで、プロジェクトのキャッ シュ・フローが安定し、プロジェクトの実現可能性(フィージビリティ)が高まる効果 がある。その意味で、発電プロジェクトにおける需要家による電力の購入保証契約(オフ 1: 一般に相対取引による財ないし金融商品の将来時点での売買契約を先渡契約(forward contract)といい、上場された 財ないし金融商品の将来時点での売買契約を先物契約(future contract)という。先物契約は通常は差金決済される。 39 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 テイク・アグリーメント)と類似した効果を CDM/JI 事業にもたらすものといえる。クレ ジットの購入保証は、世界銀行によってカーボン・ファイナンス(Carbon Finance)と呼 ばれ、世界銀行が運営する各種ファンドやオランダ政府が実施した CDM/JI 事業を対象と した国際入札などで採用され、世界的に普及しているクレジット獲得方法である。なお、 クレジット購入代金の支払い方法については、クレジットとの引き換え払い(Payment on Delivery)と前払い(Upfront Payment)の2種類がある。購入者にとっては、前払いで あると、クレジットが予期したとおりに移転されない際に別途クレジットを調達しなけれ ばならないリスク(デリバリー・リスク)と、前払い金自体を回収できないリスク(信用 リスク)があるので、クレジットの獲得とともに引き換え払いを実行するほうが確実とい える 2。引き換え払いの場合には、購入者はデリバリー・リスクのみに晒されていること になるので価格変動リスクと流動性リスクに晒されていることになる。一方、プロジェク ト主体にとっては、引き換え払いはクレジットを産み出すまでの資金繰りのリスク(資金 調達リスク)を含む事業リスクに対応しなければならないので、前払いが好まれる傾向が ある。購入保証契約の具体的な条件は、プロジェクト毎に売り手と買い手が合意に到達す るまで交渉を通して決定される。 ③ 出資に対する対価 CDM/JI 事業への出資の対価としてクレジットを獲得しようとする企業も存在する。通 常の商業プロジェクトにおいては出資の対価は配当と考えられるので、配当の代替ある いは配当の一部としてクレジットの獲得を条件とする出資契約を他のプロジェクト出資者 (project sponsors)との間で結ぶこと(そして出資契約を反映した定款を定めること)で、 クレジット獲得を目指すものである。具体的な出資条件については、プロジェクトから産 出されるクレジット量のうち、その時々の時価で配当額に相当するクレジット量まで取得 するものから、産出されたクレジット量をすべて獲得するものまで、さまざまなパターン が考えられる。重要なことは出資額と予期されるクレジット獲得量とが出資による事業リ スクに見合ったものであるかという点である。また、現金出資に代えて技術や設備を出資 する現物出資のケースも想定されるが、その場合も技術や設備の評価金額と予期されるク レジット獲得量とが出資のリスクに見合っているかがポイントとなる。 ④ 融資またはリースに対する対価 金融機関や企業(例えばプロジェクト出資者)が CDM/JI 事業への融資の対価としてク レジットを獲得しようとすることも考えられる。この場合はプロジェクト主体との間の融 資契約において元本返済および利息払いに代物弁済の方法を採用し、クレジットを元利払 2: 予期したクレジットの移転がなされない場合に、不足クレジット量をプロジェクト主体が時価で調達して弁済するか、 それに見合う機会費用を支払う条件を要求し、デリバリー・リスクをプロジェクト主体に転嫁することも考えられる。 40 CDM/JI 標準教材 いの代わりに獲得することになる。上述③の出資における配当の代替とは異なって、元利 払いの代替の場合には弁済に違約した場合は債務不履行(デフォルト)となるので、弁済 に十分な量のクレジットがプロジェクトから生み出されなかった場合には、プロジェクト 主体は少なくとも不足したクレジット量に代えて元利払いに相当する資金を弁済する必要 がある。さらに、プロジェクト主体がデリバリー・リスクを負う場合は、不足クレジット 量を時価で調達して弁済を行なうか、それに見合う機会費用を支払う条件も想定できる。 したがって、このケースでは、融資金額と融資契約に定めたクレジット量とがプロジェク ト主体のリスクに見合っているかという点が重要である。また、現金による融資に代えて 設備を貸与するリース契約も想定可能だが、その場合も設備の評価額とリース契約に定め たクレジット量とがリースのリスクに見合っているかが交渉ポイントとなるであろう。 このように企業がクレジット獲得のために CDM/JI 事業に関与するパターンを①から④ に分類したが、実際には①と②から④の概念の組み合わせも存在する。つまり、クレジッ トの購入保証を行なう購入者やプロジェクト主体への出資者や貸出人が開発から関与する 場合である。このようにプロジェクトに開発の段階から関与することで、クレジットの獲 得者は交渉をより有利に展開できる可能性があるであろう(仮に自社の開発能力に不安が あるとしても、開発のすべてに自前で対応せず、それぞれの専門能力を持つ企業やコンサ ルタントに請け負わせることも可能である)。 表 4.1 クレジットの獲得方法とリスク 獲得方法 開発の対価 カーボン・ ファイナンス 提供 条件 対価 獲得者のリスク リスクの類似性 技術支援 (場合によって は開発費用の 負担) 販売代理権 優先購入権 開発リスク 開発輸入 引き換え払い クレジット デリバリー・リスク 先渡契約、電力の 引き受け契約 前払い (返還義務あ り) クレジット 信用リスク(+デリ バリー・リスク) 海外融資 前払い (技術 / 設備の 提供を含む) クレジット 事業リスク 海外直接投資 クレジット 信用リスク(+デリ バリー・リスク) 海外融資の代物弁 済 購入保証 出資の対価 出資金 (現物出資 を含む) 融資の対価 貸出金 (リースを 含む) 前払い(設備 の提供を含む) このようにクレジットの獲得方法にはさまざまなパターンが想定可能だが、現在クレ ジットの法的性格については国際的に統一的な見解が確立されているとはいえず、またホ スト国における解釈や執行にも不確実性が予期される。クレジットは京都議定書における 削減約束を履行するために用いることができる「数値」であり、国別登録簿においてのみ 存在する。このため、日本においては所有権を構成する有体物ではなく、法定された無体 41 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 財産権ではないと解される。一方、取得されたクレジットが財産的価値を持って取引され うることから、日本の国別登録簿制度ではクレジットの記載、移転等に関する利用条件を 定めることにより、取引の安定性が確保されるよう制度構築している。3 クレジットの獲 得に係わる契約の準拠法およびホスト国法における適法性については、関係当局ないし弁 護士などに確認することが望まれる。 4.1.2 クレジットの獲得を目的としない関与 企業がクレジット獲得を目的とせずに CDM/JI 事業に関与することがある。CDM/JI 事 業の実現可能性が良好であれば、CDM/JI 事業の実施主体に通常の商行為の観点から係わ ろうとする企業が考えられる。例えば、出資に対する収益率が高ければ出資を行なおうと する企業が想定されるし、信用リスクが低ければ融資や保証を提供する金融機関が考えら れる。また、高い実現可能性を持つプロジェクト主体であれば、代金回収リスクが低いと 予想されるので、進んで設備や技術を売り込む企業や、クレジット以外にも製品が存在す ればその製品を進んで購入する企業も存在するものと思われる。 しかしながら、現実にはこのような状況は稀といえる。特にクレジットの獲得を目的と しない CDM/JI 事業への投資(出資)や融資はアンダーライング・ファイナンス(Underlying Finance)と呼ばれ、プロジェクトの実現に極めて重要な役割を果たすが、それらを実現す ることは必ずしも容易ではない。アンダーライング・ファイナンスが困難であることはア ンダーライング・ファイナンス・リスク(Underlying Finance Risk)として認識されている 4。 このような理由の一つに、京都議定書が未発効であることが挙げられる。京都議定書の 発効のためには、気候変動枠組条約締約国のうち 55 カ国以上が批准し、かつ附属書Ⅰ国 の基準年 CO2 排出量の 55%以上に相当する附属書Ⅰ国が批准することが必要となる。前 者の条件は現在すでに満たされているものの、後者の条件は達成されていない 5。後者の 条件が達成されるためには基準年排出量の 36.1%を占める米国か、17.4%を占めるロシア のいずれかの批准が不可欠であり、京都議定書の発効はこの両国の判断に依存している 6。 京都議定書の発効が遅延するリスク、すなわち京都議定書の発効遅延リスクが高まると、 将来のクレジットの制度的裏づけが不安定となり、クレジットの価値や流動性に懸念が生 ずるために 7、CDM/JI 事業の実現可能性が低く評価されることになる。 一方、CDM/JI 事業からクレジットが生ずるまでには、世界銀行の経験によれば、開発 着手から5年から7年の先行期間(リード・タイム)が必要とされており 8、2008 年か 3: 平成15年9月産業構造審議会第6回市場メカニズム専門委員会資料7参照。 4: Franck Lecocq, Karan Capoor,“State and Trends of the Carbon Market 2003”, PCFplusReseach, World Bank 5: 2003 年 11 月の時点で、総数 120 カ国、附属書Ⅰ国の基準年排出量で 44.2% が批准している。 6: 米国ブッシュ政権は 2001 年 3 月に京都議定書からの離脱を宣言し、ロシアは 2003 年 12 月時点で京都議定書の批准 を検討中として批准時期を明確にしていない。 7: 京都議定書が発効しなければ、クレジットに対する契約上の権利(contractual right)に留まるものと考えられる。 8: 世界銀行のシャルロット・ストレック氏(Charlotte Streck, Counsel)の 2003 年 6 月のワシントンにおける講演内容お よびケン・ニューカム氏(Ken Newcombe, Fund Manager)の 2003 年 12 月のミラノにおける講演内容に依拠している。 42 CDM/JI 標準教材 ら 2012 年末までの第一約束期間に対応するクレジットを CDM/JI 事業から獲得するため には、早い時期にこれらのプロジェクトの開発に着手する必要がある。言い換えれば、 CDM/JI 事業には先行期間のリスクが存在している。 したがって、第一約束期間のクレジットを CDM/JI 事業から獲得しようとする企業は、 京都議定書の発効遅延リスクと先行期間リスクの双方を比較考量する必要がある。京都議 定書がいつ発効するか不確かな状況のもとでは、自社が必要とする排出削減量の目標を睨 んで、発効遅延リスクに対して、あるヘッジ比率を想定し、先行期間リスクを考慮して早 期にプロジェクトに関与していく必要がある 9。 京都議定書の発効遅延リスクが存在するなかで、クレジット獲得を目的としない企業の 関与、特にアンダーライング・ファイナンスを実現するためには、CDM/JI 事業の実現可 能性を高める必要がある。そのためにはプロジェクト主体の収入(キャッシュ・イン)を 確実なものとするために、クレジットの獲得者が京都議定書の発効遅延リスクを負担する ことが考えられる。例えば、カーボン・ファイナンス(購入保証)において、京都議定書 が未発効であっても、クレジットに適格な排出削減量(クレジットに対する契約上の権利) の購入に対して支払いを行なうことが考えられる。 クレジットの獲得に関心のない企業は CDM/JI のメカニズムについて十分な知識を有し ているとは限らないので、その関与を得るには能力育成活動(キャパシティ・ビルディン グ)が必要となるであろう。特にアンダーライング・ファイナンスを実現するためには、 プロジェクト開発の段階から潜在的な出資者ないし貸出人に、クレジット獲得者の関与に よってプロジェクトの実現可能性がどのように高まり、出資者ないし貸出人にどのような メリットがあるのか、十分説明することが重要である。 9: 京都議定書が未発効であっても、クレジットに適格な排出削減量(クレジットに対する契約上の権利)は、自発的な 削減目標(volunteer target)を持つ主体によって比較的高品質の検証済み削減量(VER: Verified Emission Reduction) として売買が行なわれるケースもある。EUでは 2005 年から始まるEU内の排出量取引制度(ETS)に、京都議定書 が未発効であっても、クレジットに適格な排出削減量を利用する方向で議論が行なわれている。 43 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 4.2 CDM/JI 事業のリスク分析 4.2.1 CDM と JI のリスク上の相違 CDM(Clean Development Mechanism)と JI(Joint Implementation)は、 ともにプロジェ クトに基づくクレジットを生み出すメカニズムという共通点を持つが、その一方で相違点 も有している。最も顕著な相違点は、京都議定書上のホスト国の地位に関するものである。 CDM のホスト国が京都議定書の非附属書Ⅰ国と定められているのに対し、JI のホスト国 は附属書Ⅰ国と定められている。このことは、これらのプロジェクトに関与しようとする 民間企業に対し、異なるリスク管理上の留意点を呼び起こす。 ① ホスト国による参加資格の獲得 CDM においては、ホスト国(非附属書Ⅰ国)の参加資格要件は、 (a)京都議定書を批 准し、 (b)プロジェクトの国家承認を行なう担当政府機関(DNA:Designated National Authority)を気候変動枠組条約事務局に登録していることの2点である 10。一方、JI おけ るホスト国(附属書Ⅰ国)の参加資格要件については、これら2点に加え、 (c)初期割 当量が存在していること、 (d)国内の排出量および吸収量の算定システムを有している こと、 (e)国別登録簿(レジストリー)を有していること、 (f)直近の年次目録(イン ベントリー)が提出されていること、 (g)初期割当量の算定に関する補足情報が提出さ れていること、と多岐にわたる。したがって、CDM のホスト国の参加資格はホスト国に その意思があれば比較的容易に獲得できるのに対して、JI のホスト国の参加資格について は、獲得に遅延する国あるいは獲得できない国もあると懸念される。 ② ホスト国による参加資格の維持 CDM においてはクレジット(CER)の発行は、ホスト国が(a)京都議定書の批准国で あり 11、 (b)プロジェクトが DNA に国家承認されたものである限り、京都議定書上の資 格を理由に停止されることは想定されていない。一方、JI においてはホスト国が上述の参 加資格を喪失した場合には、ホスト国からのクレジット(ERU)の移転が停止すると定め られている。資格の維持に失敗した附属書Ⅰ国は、所定の手続きによって回復が認められ るまで、 クレジットの移転ができない。ただし、 JI 事業が第2トラックである場合には、 (a) 10: これらの情報は気候変動枠組条約事務局のホーム・ページ(http://www.unfccc.int/)に公表されている。 11: 京都議定書には脱退条項(第 27 条)があるが、ホスト国が脱退を通告した際には、CDM 事業は継続不能と予想される(マ ラケシュ合意 M&P for CDM(Art.12)33 参照)。 44 CDM/JI 標準教材 京都議定書批准および(b)DNA の国家承認の要件に加えて、 (c)初期割当量が存在し ていること、 (e)国別登録簿を有していることが満たされていれば、クレジットの移転 が可能である。 ③ ホスト国による約束期間リザーブの維持 附属書Ⅰ国においては、ET(Emission Trading)によるクレジットの売り過ぎで不遵守 を招くことを防ぐために、 (h)常に特定量のクレジットを約束期間リザーブ(Commitment Period Reserve)として保有することが要求されている。そして、保有するクレジットの 量が要求された約束期間リザーブを下回ると、クレジットの移転が停止される。約束期間 リザーブの維持に失敗した附属書Ⅰ国は、所定の手続きによって回復が認められるまで、 クレジットの移転ができない。したがって、JI 事業も約束期間リザーブの影響を受けて、 ERU の移転が滞ることが想定される。ただし、上述②と同様に、JI 事業が第2トラックで ある場合には、 (a)京都議定書批准国および(b)DNA の国家承認の要件に加えて、 (c) 初期割当量が存在していること、 (e)国別登録簿を有していることが満たされていれば、 クレジットの移転が可能とされる。 このようなホスト国による京都メカニズム参加資格の獲得および維持ならびに約束期間 リザーブ維持のリスクは、通常のカントリー・リスクとは区別して、京都議定書上のホス ト国リスク(Host Country Kyoto Risk)と呼ばれている 12。 表 4.2 京都議定書上のホスト国に関する要件(必要:○、不必要:×) プロジェクト種類 要件 CDM JI 第1トラック 第2トラック (a)京都議定書の批准国 ○ ○ ○ (b)DNA の登録(DNA による国家承認) ○ ○ ○ (c)初期割当量の存在 (e)国別登録簿の保有 × ○ ○ (d)算定システムの存在 (f)インベントリー提出 (g)初期割当量の補足情報の提出 × ○ × (h)約束期間リザーブの維持 × ○ × 12: 例 え ば、 世 界 銀 行 に よ る 報 告 書、Franck Lecocq, Karan Capoor,“State and Trends of the Carbon Market 2003”, PCFplusReseach, World Bank に例がある。 45 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 なお、投資国としての日本も京都メカニズムに参加するためには、附属書Ⅰ国として上 述(a)から(h)の要件を充足し、維持する必要がある 13。 4.2.2 海外プロジェクトとしてのリスクと緩和措置 クレジットの獲得を主目的として CDM/JI 事業に関与する企業からみると、CDM/JI 事業 は海外プロジェクトの一種であり、通常の商業的な海外プロジェクトに一般的なリスクと、 CDM/JI 事業に固有のリスクとの2種類のリスクを有しているといえる。ここでは海外プ ロジェクトに一般的なリスクとその回避ないし緩和措置を説明し、その後に CDM/JI 事業 に固有なリスクとその回避策あるいは緩和策について説明する。 ① 不可抗力リスク(フォース・マジュール・リスク) プロジェクトの主体や利害関係者が制御できないリスクがある。これを不可抗力リスク (フォース・マジュール・リスク)という。例えば、地震や水害、旱魃などの天災や、テ ロ行為、国連等による制裁のリスクがこれに当てはまる。不可抗力リスクは、事前に回避 措置を講ずることが困難あるいは費用の観点から現実的ではないことが一般的なため、公 的保険 14 または民間保険の導入あるいはホスト国政府 (地方政府を含む) による保証 (Letter of Undertaking)によって軽減するのが通常である。 ② 政治的リスク(ポリティカル・リスク) ホスト国の内政、外交政策などの政治状況によって生ずるリスクを政治的リスク(ポリ ティカル・リスク)という。戦争や内乱、民族紛争などの戦争リスク、ホスト国(地方政 府を含む)による民間企業の国有化や民間設備の収用などの収用リスク、ホスト国(地方 政府を含む)による一方的な契約破棄や許認可撤回などの権利侵害のリスク、法律ないし 規制、税制の変更およびそれらの執行、運用の変更を含む政策変更のリスク、外貨の保有、 交換、送金の制限などの外貨管理リスクなどがある。これらのリスクについては、交渉の 相手が政府であるため、一民間企業が事後的に対抗するには実際問題として限界がある。 したがって、事前にそのような状況を想定した確約ないし保証(例えば収用の際の補填義 務や外貨交換および送金の保証など)をホスト国政府から取り付けてリスクを回避するか、 13: 日本が附属書Ⅰ国として京都メカニズムへの参加資格の維持に失敗した場合には、日本の企業も獲得したクレジット の移転ができなくなるなどの影響を被ることが予想される。 14: 例えば、独立行政法人日本貿易保険(NEXI)による海外投資保険は、天災およびテロ行為による損失を填補するとされる。 46 CDM/JI 標準教材 公的保険 15 によってリスクを軽減することが考えられる。また、ポリティカル・リスクの 観点からホスト国を選別することも重要なリスク回避策である。なお、ホスト国の政治的 リスクを(広義の)カントリー・リスク 16 ということがある。 ③ 制度リスク 制度そのもののあり方に起因するリスクもある。国際会計基準など、国際的な指針に係 わるリスクや、関与企業の所在国(経由国を含む)およびプロジェクトのホスト国におけ る法律、会計制度、税制そのものに起因するリスク、個々の契約における準拠法、裁判所 管轄あるいは仲裁規定の選択によって生ずるリスクなどがその例に挙げられる。このよう な制度リスクは、制度そのものに関する綿密な調査 17 によって、リスクを事前に予想し最 適な制度あるいはホスト国、経由国等の選択により回避することが考えられる。 ④ 商業的リスク(コマーシャル・リスク) 商業的リスクは多岐にわたるが、一般に以下のようなリスクと回避ないし緩和措置があ る。 建設リスク プロジェクトの建設に関するリスクとして、性能不良、完工遅延、建設コストの超過などの リスクが想定される。プロジェクト場所(サイト)の綿密な調査(単に自然特性やインフラス トラクチャーだけでなく用地買収の難易度も含む)、実績、技術力、信用力のある信頼を有す る建設業者の選択、独立した専門家によるモニタリングなどのリスク回避措置とともに、建設 契約に最低性能、完工確定日、固定価格を定めて建設業者に完工保証を要求する、あるいは第 三者の保証(銀行によるパーフォーマンス・ボンド等)を徴収するなどの緩和措置が考えられる。 技術リスク 導入する設備ないし技術が想定する能力を発揮しないリスクや、予期せぬ災害を招くリスク である。商業的に実証された技術を採用し事前にリスクを回避するとともに、設備ないし技術 の提供者に性能保証を要求しリスクを緩和することが考えられる。 15: 独立行政法人日本貿易保険による海外投資保険は、ホスト国で発生した戦争、内乱、ホスト国政府による収用、権利 の侵害、為替制限等による送金不能による損失を填補するとされている。 16: 格付機関が用いる「カントリー・リスク」という用語は、ホスト国が債務返済不履行(デフォルト)を生ずるリスクという、 狭義の意味で用いられている。 17: プロジェクト実施にあたって行なう入念あるいは綿密な調査のことをデュー・デリジェンス(Due Diligence)ともいう。 47 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 業界リスク プロジェクトが属する業界に固有のリスクである。技術進歩(陳腐化)の早い業界であるの か、プロダクト・サイクルの早い業界であるのか、商品の差別化が容易な業界であるのか、業 界への参入が容易であるのか、業界構造が競争的であるのか、などプロジェクトの安定性と実 態上のプロジェクト期間 18 に関するリスクである。業界リスクの回避のためには事前の入念 な調査が必要であり、リスク緩和のためには競争的な技術の選択、優秀な経営者の採用、現地 化による権限委譲と適切なガバナンス体制、資本金の充実などの措置が必要であろう。 操業リスク(オペレーショナル・リスク) プロジェクト主体の操業(オペレーション)に関するリスクである。海外、特に開発途上国 においては、当初から操業技術を有する人材を採用することは必ずしも容易ではなく、どのよ うに操業技術を確保ないし移転するかが問題となる。また、保守管理も同様である。これらリ スクの回避のためには、実績および能力のある企業 19 に操業の委託(オペレーション契約)、 技術指導の委託(技術指導契約)ないし保守管理の委託(メンテナンス契約)を行ない、不履 行時の責任(ペナルティーなど)を明確にすることが考えられる。現地事情に応じたインセン ティブ制度の導入などの適切な労務管理も重要である。また、リスク緩和のためには、各種損 害や操業中断に備えて民間保険を付すことが考えられる。原料、エネルギー、水などの供給リ スクも想定される。これらの調達経路について事前に綿密な調査を行なって確認するとともに、 主要な供給者との長期購入契約によって供給不足を回避することが想定される。また一方で、 生産品の販売リスク(売掛金の回収リスクを含む)も想定される。信用力のある主要な需要家 が存在しているときには、長期の販売契約によって販売リスクを回避することが考えられる。 財務リスク プロジェクト主体の財務状況に関するリスクである。プロジェクト開発の際にはまず、入念 な調査に基づいてキャッシュ・フローを含む財務状況の予想(キャッシュ・フロー・プロジェ クション)および信用力の分析を行なう。そして、どのようなファイナンス方法がプロジェク トに適切であるかを判断する。例えば、出資と融資の比率、通貨、融資の種類、期間、民間金 融機関が投融資に応じる可能性、公的金融の利用可能性などがある。このような事前分析によ り、資金調達リスクを含む将来の財務リスクを回避する。また、資金流動性不足や財務状況の 悪化に備えて、事前に出資者間で追加出資や株主保証の提供に関する分担の取り決めや、プロ ジェクトの中止条件(すなわちプロジェクト主体の解散および清算の条件)あるいは出資持分 の売却による出口戦略(Exit Strategy)について取り決めを行なうこともある。 18: 一般にプロジェクト期間という意味には、設備の物理的な使用期間、許諾期間や減価償却などの制度上の期間、商業 的に競争力を有する実態上の期間があるので注意が必要である。 19: プロジェクト主体からみて外国側の出資者である場合も当然あり得る。 48 CDM/JI 標準教材 法令順守リスク(コンプライアンス・リスク) 法令順守のリスクは、プロジェクトの許認可取得のリスクと操業時のリスクに分けることが できる。許認可取得リスクについては、許認可の種類が多岐にわたり、ホスト国によっては省 庁間や中央と地方の間で整合性をもたないこともあるので、現地弁護士などを用いた入念な調 査の実施や、許認可取得に関する責任をホスト国側の出資者と取り決めておくことなどによっ て回避すべきである。操業時の法令順守リスクについては、プロジェクト主体の法令順守体制 の整備や雇用契約における責任の明確化などで回避することが考えられる。また、緩和策とし ては民間保険を付すことがある。 市場リスク 市場リスクとは市場において値段の付く財(コモディティー)や労働力、金融商品などの価 格変動リスクと流動性リスクを指す。例えば、生産品の販売価格や原料、エネルギーの調達価格、 労働市場における賃金水準、金利水準、外国為替の水準などの変動リスクが考えられる。生産 品や原料、エネルギーについては、可能であれば長期契約において量だけではなく価格につい ても取り決めておくことが回避策として考えられる。賃金水準のリスクは適切な雇用契約の締 結や労務管理によってある程度は回避可能だが、全般的な物価水準と連動することは避けられ ないであろう。為替水準については、同種の通貨建ての資産と負債を吻合させることで為替リ スクを回避することができる。先物為替予約やオプション取引によるリスク回避も想定される が、金融市場の発達していない開発途上国では困難なこともある。金利リスクについては長期 固定金利の借入や金利スワップが回避策として想定されるが、先物為替予約同様、金融市場の 発達していない開発途上国では困難なこともある。 表 4.3 海外プロジェクトのリスクと緩和措置 リスクの種類 不可抗力リスク (フォース・マジュール・リスク) 政治的リスク (ポリティカル・リスク) 制度的リスク 商業的リスク (コマーシャル・ リスク) 建設リスク 技術リスク リスクの例 回避ないし緩和措置の例 天災、テロ行為、国連等による 公的保険、 民間保険、 ホスト国政府(地 制裁 方政府を含む)による保証(Letter of Undertaking) 戦争、内乱等のリスク、政府に ホスト国政府による事前の確約・保 よる国有化、収用のリスク、権 証、公的保険、ホスト国の選別 利侵害のリスク、政策変更のリ スク、外貨管理のリスク 国際的な指針に関するリスク、 綿密な事前調査(デュー・デリジェ 法律、会計、税制の信頼性に関 ンス)による制度、ホスト国、経由 するリスク、契約上の準拠法、 国等の選択 裁判所管轄・仲裁規定に関する リスク 性能不良、完工遅延、建設コス プロジェクト・サイトのデュー・デ ト超過 リジェンス、信頼を有する建設業者 の選択、独立専門家によるモニタリ ング、建設契約の内容(性能、確定 日、固定価格) 、完工保証、第三者保 証(パーフォーマンス・ボンド) 性能不良、予期せぬ災害 商業的に実証された技術の採用、性 能保証 49 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 商業的リスク (コマーシャル・ リスク) 業界リスク 操業リスク 財務リスク 法令順守リスク 市場リスク 技術進歩、商品サイクル、差別 デュー・デリジェンス、競争力のあ 化、新規参入、業界構造 る技術、優秀な経営者の採用、現地 化とガバナンス、資本金の充実 操業技術の確保、保守管理、原 専門企業の利用(オペレーション契 料、エネルギー供給リスク、販 約、技術指導契約、メンテナンス契 売リスク 約) 、現地事情に配慮した労務管理、 付保、長期調達契約、長期販売契約 資金調達リスク、資金流動性の キャッシュ・フロー・プロジェクショ 不足、財務状況の悪化 ン、信用力の分析、適切なファイナ ンス方法、出資者間の負担ないし解 散条件の取り決め、出口戦略 許認可取得リスク、操業時の法 デュー・デリジェンス、許認可取得 令順守リスク の責任の取り決め、社内法令順守体 制の整備、付保 生産品、原料、エネルギー、賃金、長期販売価格および長期調達価格の 為替、金利の変動および流動性 確定、同通貨の資産と負債の吻合、 先物為替、長期固定金利借入、金利 スワップ 4.2.3 CDM/JI 事業に固有のリスクと緩和措置 ここで CDM/JI 事業に固有なリスクとその回避策あるいは緩和策について説明する。リ スクの分類方法については上述の海外プロジェクトに一般的なリスクと同様である。 ① 不可抗力リスク(フォース・マジュール・リスク) CDM/JI 事業に固有の不可抗力リスクとして次のリスクが挙げられる。 京都議定書の発効遅延リスク すでに述べたように、京都議定書の発効が確定するためには米国かロシアのいずれかの批准 が必要だが、発効の時期は明確ではない。 第二約束期間の枠組みのリスク 2005 年から議論される予定の第二約束期間の枠組みによっては、CDM/JI 事業の第二約束期 間における有効性が影響を受けるため開発のインセンティブが変化するリスク、また、第一 約束期間のクレジットが第二約束期間に繰り越し可能であるため 20、第二約束期間の枠組みに よって第一約束期間のクレジットの需給が変化するリスクがある。 20: AAU はすべて第二約束期間に繰り越し可能だが、CER あるいは ERU はそれぞれ初期割当量の 2.5% までしか繰り越し できず、RMU は繰り越し不可能である。 50 CDM/JI 標準教材 国際ルールの追加リスク 気候変動枠組条約締約国会議(COP)や CDM 理事会、あるいは京都議定書発効後に設立さ れる JI に関する6条監督委員会などにおいて、今後も国際ルールやその細則、解釈が追加さ れるリスクがある。 これらはいずれもプロジェクト主体やプロジェクトに関与する企業が制御できないとい う意味で、不可抗力といえる。現状これらのリスクを軽減あるいは緩和する方法は特に想 定されていない。 ② 政治的リスク(ポリティカル・リスク) ホスト国の政策動向によって生ずる CDM/JI 事業に固有の政治的リスクには次のような ものが挙げられる。 京都議定書上のホスト国リスク 京都メカニズム参加資格の獲得および参加資格の維持、約束期間リザーブの維持に関する京 都議定書上のホスト国リスクは、すでに触れたように、CDM と JI とでは異なっている。CDM についてはホスト国が京都議定書の批准国として京都議定書から離脱せずに、プロジェクトが DNA に国家承認されたものであるかが重要である。JI においてはそれらに加えて、ホスト国 が参加資格を獲得できなかった場合、参加資格を喪失した場合、約束期間リザーブの維持に失 敗した場合には、クレジットの移転がなされないリスクがある。 ホスト国の承認リスク ホスト国に DNA が設立されていても、どのような基準で承認を行なうのか不明であれば、 民間企業が費用をかけて CDM/JI 事業を開発しても承認されないリスクが高いので、開発を 躊躇することになる。どのようなプロジェクトを承認するかはホスト国の特権とされている ので、プロジェクト開発企業にとってホスト国の承認リスクは大きなリスクといえる。現在、 CDM/JI 事業の推進に積極的なホスト国を中心に承認基準を公表する動きがある 21。また JI に ついては、EUの加盟国が中東欧に拡大することによって、新規加盟国の環境法規が変更され ることから、JI として承認される中東欧のプロジェクト対象が減少する懸念がある。このこと もホスト国(地域)の承認基準に起因する政治的リスクといえる。 21: 例えば、インド政府(環境森林省)は国家承認の暫定基準をウェッブ・ページに公開している。 http://www.cdmindia.com/ministry/policy.htm 51 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 ホスト国による課税リスク 現在、クレジットの性格については国際的に統一的な見解が確立されていないため、ホスト 国の税務上の解釈にもさまざまな可能性が存在し、それによって税務コストも異なるものと予 想される。また、ホスト国によっては、既往税制の適用とは別に、プロジェクトの承認あるい はクレジットの移転に料金あるいは税金を課す動きがある。 ホスト国による分配リスク プロジェクトから発生するクレジットの分配比率は、関与する企業のクレジットの獲得量に 影響するため、当然プロジェクト開発に先立って明らかになっている必要がある。しかしなが ら現在は多くの国でクレジットの所有権の規定や明確な分配ルールが確立しておらず、当事者 の交渉によってプロジェクト毎に分配比率が取り決められており、プロジェクト開発者にとっ て無視できないリスクとなっている。仮に当事者の企業間で分配比率に合意したとしても、ホ スト国政府が異議を唱えるリスク(クレジットの所有権の解釈を含む)も想定される。また、 長期のクレジット期間中に、ホスト国政府によって何らかの分配ルールが導入されるリスク、 あるいは政府が定めた分配ルールが政策的に変更されるリスク、などが懸念される。 これらのリスクの回避策として、ホスト国の政策の現状と将来動向を綿密に調査しホス ト国を選別すること、ホスト国政府とこれらの事項の取り扱いについて覚書を締結、ホス ト国政府から確約ないし保証を取り付けること、あるいはこれらの内容を含む承認書を獲 得することなどが考えられる。しかしながら一民間企業がホスト国政府と覚書を交わした り、確約ないし保証を得ることは現実には容易ではないため、国際機関の関与を求めるこ と 22 や必要な場合には何らかの国家間の取り決めによってリスクを回避する方法も考えら れる 23 。 ③ 制度的リスク CDM/JI 事業には、通常の商業的な海外プロジェクトとは異なる制度的要件があるため、 主に次のような固有の制度的リスクが存在している。 DOE による CDM 有効化リスク CDM 事業については開発の際に、指定運営機関(DOE)による有効化審査が必要であり、 有効化成否のリスクがある。このリスクを回避するには、京都議定書およびマラケシュ合意に 示されたルールに則った CDM 事業を開発し、CDM 理事会の定めた指針に適合した PDD を作 成するとともに、信頼できる DOE を選択することが肝要と考えられる。 22: 例えば、多数国間投資保証機構(MIGA)は、京都議定書上のホスト国リスクに対する付保を検討するとしている。日 本における公的保険については後述 3.(5)③を参照。 23: 欧州諸国は CDM/JI の実施に関して国家間の覚書(MOU: Memorandum of Understanding)を交わして獲得量や政府 と民間との関係を規定することが多いものの、現状では日本政府については例がない。 52 CDM/JI 標準教材 CDM 理事会による方法論承認リスク 有効化の際にベースライン、モニタリング等に新規の方法論を用いる場合には、PDD に新 規方法論を詳述し、DOE を通じて CDM 理事会に新規方法論を申請し、その承認を得る必要が ある。したがって、新規方法論を用いる場合には方法論の開発および申請、承認獲得に時間と 労力を要することになり、またこのような負担にもかかわらず CDM 理事会において承認され ないリスクも存在する。方法論承認リスクを回避するためには、すでに CDM 理事会で承認済 みの方法論を用いるか、方法論の確定している小規模 CDM 事業を選択すること、今後 CDM 理事会で議論される統合された方法論(Consolidated Methodology)を参考とすることが考 えられる。 CDM 理事会による登録リスク CDM 理事会は有効化審査済みのプロジェクトの登録を行なうが、DOE によるプロジェクト の有効化に成功したとしても必ずしも CDM 理事会に登録されるとは限らない。DOE は有効化 報告書を CDM 理事会に提出、登録を要請し、同時に有効化報告書を公開するが、関係国(プ ロジェクト参加者の帰属国とホスト国)や CDM 理事会の委員 3 名以上から有効化の要件に関 してレビュー要請があった場合には、CDM 理事会がレビューを行ない登録の適否を決定する とされている。CDM 理事会による登録のリスクを回避するためには、信頼できる DOE を選択 することなどが考えられる。 CDM の取引費用リスク CDM 事業は通常の商業的なプロジェクトに比較して、PDD の作成費用、DOE による有効化 審査、検証、認証の費用、CDM 理事会における登録費用、モニタリング実施の費用、発行さ れた CER の 2% が途上国支援のために差し引かれること、さらに現状は詳細未定ながら CDM 制度の運用経費として CER の一部が差し引かれること、など多くの取引費用(トランザクショ ン・コスト)を要する。さらに、有効化審査や登録、検証、認証に失敗すれば、プロジェクト の開発ないし実施に要した費用はそのまま損失となる。取引費用のリスクを回避するためには、 十分な調査と分析により CDM として実現可能性の高いプロジェクトを選択することが重要で ある。また、CDM 事業の開発にあたって成功報酬を提示するプロジェクト開発者を用い、取 引コストの増加を回避することも考えられる。なお、小規模 CDM の取引費用は、ルールの単 純化により絶対額がより小さいと考えられるが、CER の産出量も小規模であるため、単位あた りの取引費用は増加する可能性があることには留意すべきである。 53 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 JI 事業の制度的リスク JI 事業の場合は、第1トラックについてはホスト国の国家承認およびホスト国の定めたルー ルの遵守以外の手続きは不要 24 だが、第2トラックについては PDD の作成および認定独立機 関(AIE)による適格性審査、モニタリング結果の確定などの手続きが必要である。ただし、 第2トラックは、監督機関である6条監督委員会が京都議定書発効後に設立され、PDD や手 続きの細則、AIE の設立認定が6条監督委員会によってなされるため、現状においては CDM に比較して制度上の不透明感が強いといえる。第2トラックについては先行する CDM の細則 を参考にしつつも、6条監督委員会の設立を待つことで、リスクを回避することが考えられる。 ④ 商業的リスク CDM/JI 事業の商業的リスクは、通常の海外プロジェクトのリスクと同様と考えられる が、さらに固有の商業的リスクも存在する。 業界リスク プロジェクトの属する業界が変化の早い業界であると、追加性(アディショナリティー)の 前提となった状況が比較的早く変化する可能性がある。例えば、技術進歩(陳腐化)の早い業 界であると、比較的早く技術上の障害(バリア)が解消され、追加性が失われるリスクがあり 得る。このような場合は、より先進的な技術の導入により追加性の維持を図ることが考えられ る。また、CDM 事業のベースラインが法規の変更の可能性などで比較的早く変化するリスク が存在しているとみるなら、クレジット期間を 2 回更新可能な 7 年間(すなわち最長 21 年) ではなく、保守的に更新のない 10 年間を選択し、クレジット期間更新のリスクを回避したほ うが合理的な場合があるかもしれない。業界リスクの観点から、プロジェクトの種類自体を選 別することも重要なリスク回避方法といえる。 操業リスク(オペレーショナル・リスク) 操業水準が変動するとクレジット産出量が変動するリスクがある。例えば、再生可能エネル ギーは原料の供給が自然条件に影響されるため、一般に産業分野の省エネルギーや燃料転換の プロジェクトよりも操業リスクが高いという特徴がある。したがって、事前に変動を予期した プロジェクトの実現可能性を検討し、適切なプロジェクトの選択によりリスクを回避する必要 がある。 24: JI 第1トラックについては、JI のルールおよびコストを嫌って、プロジェクトの背景を持つ ET としてクレジット(AAU) の移転を行なおうという動きがみられる。例えば、スロバキア政府は JI よりも ET が費用効果的であるとして ET を支 持している(同国環境省大気保護部長 2003 年 2 月来日時の発言より)。 54 CDM/JI 標準教材 法令順守リスク(コンプライアンス・リスク) CDM 事業においては、モニタリング計画に沿ってモニタリングが実施されなければ、DOE による検証に失敗し、予期される CER が発行されないリスク(モニタリング・リスク)がある。 したがって、プロジェクト主体内部にモニタリング計画を確実に実施するための体制を整備す ることが重要なリスク回避策となる。そのためには、マニュアル整備、教育・訓練、モニタリ ング機器の保守・校正、内部監査などの経営管理体制が必要となる。また、CDM 事業はホス ト国の持続可能な発展に資することが前提となるため、ホスト国の定めた環境基準や持続可能 性基準(SDI:Sustainable Development Indicators)の遵守は当然であり、通常の商業的なプ ロジェクトに増して環境影響評価(EIA:Environmental Impact Assessment)や社会経済分析 (SEA:Socio-Economic Analysis)、地域住民の意見などに注意を払うことが望まれる。プロジェ クト主体による環境に配慮した経営管理システムの整備という意味で、環境マネジメント・シ ステム(ISO14001)などの国際認証の取得も有益と考えられる。JI については細則が未定なも のの(特に第2トラックについては)CDM と同様のことがいえる。 市場リスク クレジットは市場における売買が想定されているため、価格変動リスクや流動性リスクが考 えられる。CDM/JI 事業から発生の見込まれるクレジットがどの程度の収入(キャッシュ・イン) をもたらすかによって、プロジェクトの実現可能性が大きく変化するので、カーボン・ファイ ナンス(購入保証)によって収入を固定化することが、CDM/JI 事業の重要なリスク軽減策と して考えられる。 表 4.4 CDM/JI 事業に固有のリスクと緩和措置 リスクの種類 不可抗力リスク (フォース・マジュール・リスク) リスクの例 回避ないし緩和措置の例 京都議定書の発効遅延リス 特に想定されない ク、第二約束期間の枠組みの リスク、国際ルールの追加リ スク 政治的リスク(ポリティカル・リスク) 京都議定書上のホスト国リス ホ ス ト 国 の 政 策 に 関 す る ク、ホスト国の承認リスク、 デュー・デリジェンス、ホスト ホスト国による課税リスク、 国の選別、政府との覚書締結、 ホスト国による分配リスク 政府による事前の確約・保証の 確保、多国籍機関の関与、国家 間の取り決め(MOU) 制度的リスク DOE による有効化リスク CDM ルール・指針に則ったプロジェ クト選択および PDD 作成、信 頼可能な DOE の選択 理事会による方法論承認リス 承認済みの方法論の使用、小規 ク 模 CDM 事業の選択 JI 理事会による登録リスク 信頼可能な DOE の選択 取引費用リスク 実現可能性の高いプロジェク トの選択、成功報酬によるプロ ジェクト開発者の利用 CDM に比較してより不透明 第2トラックは 6 条監督委員会 の設立を待って対応 55 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 商業的リスク (コマーシャル・リスク) 業界リスク 追加性(ベースライン)の前 より先進的な技術の導入、保守 提の変化、クレジット期間更 的なクレジット期間の選択、プ 新のリスク ロジェクト種類の選択 操業水準リスク クレジット発生量の変動 変動を予期した実現可能性調査 によるプロジェクト選択 法令順守リスク モニタリング・リスク、持続 モニタリング実施のための経 可能な発展への貢献 営管理体制の整備、環境影響評 価(EIA) 、社会経済分析(SEA) の実施、国際認証の取得 市場リスク クレジットの価格変動リスク カーボン・ファイナンス(購入 および流動性リスク 保証)による収入の固定化 4.2.4 カーボン・ファンドによるリスクの緩和 CDM/JI 事業から産出されるクレジットの獲得を目的とする企業が、以上で述べたよ うな海外プロジェクトのリスクおよび CDM/JI 事業固有のリスクを緩和する方法として、 カーボン・ファンドに参加することが考えられる。クレジットの獲得を主目的としたカー ボン・ファンドの例としては、世界銀行が官民の出資者を募って 1999 年に設立した PCF (Prototype Carbon Fund)を嚆矢として、小規模 CDM や低開発途上国の CDM に焦点を あてた CDCF(Community Development Carbon Fund) 、土地利用、土地利用変化および 植林(LULUCF)に焦点をあてた BioCF(BioCarbon Fund)が存在する。2003 年 12 月現在、 イタリア、ドイツ、フランスにおいても PCF と類似のカーボン・ファンドを設立する動き があり、日本においても国際協力銀行(JBIC)及び日本政策投資銀行(DBJ)が民間企業 と共同で 2004 年に 100 億円規模の「日本炭素基金」 (JCF、仮称)を設立する予定が報じ られている 25。 カーボン・ファンドに参加するメリットは、比較的少ない資金でリスク分散を図ること が可能となり、 ポートフォリオによるリスク緩和効果を享受できることにある。さらにファ ンドのスケール・メリット、情報の集中および知見の集積、ホスト国やプロジェクト主体 との交渉力向上などにより相対的にクレジットの獲得コストを低減できる可能性がある。 海外プロジェクトや京都メカニズムに不慣れな企業にとっては、カーボン・ファンドに参 加することで相対的にリスクを低減できるものと考えられる。 25:COP9 におけるサイド・イベントによれば、イタリアは環境国土省が世界銀行と共同で、ドイツは復興金融公庫(KFW) が、フランスは預金供託公庫(CDC)がファンドを設立中である。「日本炭素基金」については日本経済新聞の記事(2004 年 1 月 9 日)に依拠した。 56 CDM/JI 標準教材 4.3 アンダーライング・ファイナンスのポイント 4.3.1 負債調達と為替リスク クレジット獲得を目的としたファイナンス以外の資金調達をアンダーライング・ファイ ナンスと総称するが、ここでは特に負債調達としてのアンダーライング・ファイナンスに 焦点をあてる。 負債調達に用いられる通貨については、どのように決定すべきか。CDM/JI 事業はクレ ジット獲得企業から見ると海外で行なわれるプロジェクトであるため、調達通貨は獲得企 業の帰属国の通貨(例えば日本企業であれば円) 、ホスト国の通貨、米ドルやユーロなど の国際通貨、という3つの選択肢がある。為替リスク回避の観点からもっとも合理的なの は、キャッシュ・フローに合わせて調達通貨を決定することである。クレジットの対価と して獲得されるキャッシュ・イン(前払いも含む)が米ドルであれば、そのキャッシュ・ インの範囲で元利払いがまかなえるように米ドルを調達すべきである。一方、電力売買に よってホスト国通貨のキャッシュが獲得できる場合には、その範囲で元利払いが可能なよ うにホスト国通貨を調達すべきである。つまり、元利払いに充当できるキャッシュ・フロー に合わせて、調達通貨の選択および通貨の調達比率を決定すべきといえる。ともすると低 い金利の通貨による負債調達を選好する例も見られるが、一般に為替リスクのほうが金利 リスクよりもプロジェクトの DSCR やエクイティー IRR26 に与える影響が大きいため、為 替リスクを回避するような資金調達を実施するほうが賢明である 27。制度的な理由など何 らかの事情で調達通貨の選択肢がなく、為替リスクを有効に回避できない場合には、為替 リスクを織り込んだキャッシュ・フロー・プロジェクションによって実現可能性を判断す るか、為替リスクを別途緩和する方策を導入すべきであろう。 4.3.2 民間部門からの負債調達 個々の企業の持つキャッシュ・フローにのみ基づいて実施するファイナンスをノンリ コース・ファイナンス(Non-recourse Finance)といい、特にプロジェクト企業に対する ものをプロジェクト・ファイナンス(Project Finance)と呼ぶ。一方、出資者や保証人か ら信用供与を受けて行なうファイナンスは、出資者ないし保証人に支払い義務が遡及する ことからリコース・ファイナンスと呼んでいる。 26: DSCR およびエクイティー IRR については補論を参照されたい。 27:1997 年に生じたアジア通貨危機の際に多くのアジア企業が破綻したが、その原因のひとつとして過度に外貨資金調達 に依存していたことが挙げられる。 57 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 CDM/JI 事業は、カーボン・ファイナンスによりキャッシュ・フローが確定可能となるこ とからプロジェクト・ファイナンスに適した形態といえる。しかしながら現状では、京都 議定書の発効遅延リスクに代表される CDM/JI 固有の不可抗力リスクや政治的リスクが高 いこと、キャッシュ・フローの安定性が相対的に劣るメタン回収関連や再生可能エネルギー 関連のプロジェクトが先行していることなどから、プロジェクト・ファイナンスよりもリ コース・ファイナンスが主流になると考えられる。 出資者以外の民間部門からの負債調達には、大きく分けて銀行融資と債券発行がある。 銀行融資は原則として特定可能な単独あるいは複数の銀行が貸出人となるが、債券につ いては売買により流通することを前提としているので原則として不特定多数が債権者とな る。また、債券発行にあたっては不特定多数が信用リスクを判断することが容易なように、 発行者は原則として格付けを取得する必要がある 28。したがって、CDM/JI 事業のように 複雑な制度に依拠するプロジェクトについては、格付け機関や不特定多数の人々の理解を 得るという意味において、債券発行による資金調達のほうが銀行融資よりも難易度が高い といえる 29。 以上から、CDM/JI 事業への民間部門からの負債調達は銀行融資によるリコース・ファ イナンスがより現実的といえる。ただし、リコース・ファイナンスであるといってもプロ ジェクト企業自体の信用力が無視されるわけではない。金融監督当局は開発途上国を含め て一般に赤字企業や信用力の劣る企業への銀行融資には金融機関の健全性維持の観点か ら否定的な政策を採っているので、出資者の信用力や保証人の信用力が十分高くてもプロ ジェクト企業自体の信用力が劣っていれば、銀行融資を獲得することは困難と考えられる。 また、京都メカニズムに関する民間金融機関の知識不足が障害となる可能性もある。現状 においては CDM/JI に関する民間金融機関の関心は未だ低く、世界的にもアンダーライン グ・ファイナンスのリスクが認識されている。日本においても政府系の政策投資銀行(DBJ) や国際協力銀行(JBIC)を除けば、民間金融機関の関与は子会社等を通じたプロジェクト 開発や情報提供にとどまっている。CDM/JI 事業の負債調達を民間金融機関に求めるにあ たっては、特定の金融機関に限定せずに広く可能性を求めるとともに、早めに情報を提供 し、金融機関の理解を促す必要がある。その一方で、資金調達先を民間金融機関に限定せ ずに、設備あるいは技術の提供者(サプライヤー)に対する代金延払い(サプライヤーズ・ クレジット)や公的機関によるファイナンスも積極的に利用することを考えるべきである。 4.3.3 銀行融資 海外プロジェクトである CDM/JI 事業に対する銀行融資には、国際金融の慣行が適用 されると考えられる。国際的な銀行融資においてはコミッテッド・ローン(Committed Loan)と呼ばれる融資枠(コミットメント)の設定を伴うローンが主流である。コミッテッ 28: 私募債券の発行については、格付けは必ずしも必要ない。 29: プロジェクト・ファイナンスや証券化などの金融技術を用いたストラクチャード・ファイナンスを債券発行で調達す る例が増えてきていることから、将来は CDM/JI のプロジェクト企業も債券発行で資金調達することが展望される。 58 CDM/JI 標準教材 ド・ローンにおいては、契約に定めた一定期間(コミットメント・ピリオド)中に借入企 業が随時資金引き出しを行ない、コミットメント金額上限まで借入残高を増やすことがで きる。つまり、プロジェクトの建設工事の進展に合わせて借入残高を機動的に増やしてい くことが可能である。ただし融資銀行としては、コミットメント・ピリオド中は常に借入 企業の借入要請に応じる義務があるのでコミットメントはリスク資産に該当し、その対価 としてコミットメントの未使用残高に応じたフィー(コミットメント・フィー)を要求する。 国際金融においては複数の銀行が集団としてひとつの融資契約に調印し、協調して貸 し出しを行なう形態があり、これをシンジケーティッド・ローン(Syndicated Loan)と いう 30。調達資金が数千万米ドルから数億米ドル以上に達するような資金調達の場合に は、単独行で融資を実行することは銀行にとって信用リスク分散の観点から望ましいこと ではない。そこで複数行による融資が好まれるわけだが、借入企業の観点からは多数の銀 行と個別に交渉するのは手間やコストがかかるだけでなく、必要金額を必要時に調達でき ないリスクも存在する。そこでアレンジャー(Arranger)と呼ばれる専門家に、基本的な 融資条件を合意したうえで融資の取りまとめを依頼し、アレンジャーを介してアンダーラ イター(Underwriter)と呼ばれる少数の銀行に融資全額を引き受けてもらうことになる。 アレンジャーはそのうえで、さらに多数の銀行を募集して融資銀行団を組成する。この組 成行為のことをシンジケーション(Syndication)と呼ぶ。詳細な契約条件を確定し融資契 約に調印した後は、アレンジャーに代わってエージェント(Agent)と呼ばれる銀行が借 入企業と融資銀行団との間の情報および資金のやり取りの窓口となる。このようにシンジ ケーティッド・ローンにおいては多くの銀行がひとつの融資契約に調印するが、法的な観 点からは、借入企業と各銀行との関係はあくまでも一対一の関係であり、融資銀行団は連 帯して融資実行義務を負っているわけではない。 ところで、CDM/JI 事業主体の借入企業は、どの時点で資金調達を銀行に申し入れれば よいのだろうか。そもそも銀行が CDM/JI に詳しくない場合には、単に融資担当者だけで なく融資判断の権限を持つ本部にも理解させる必要が生じ、数ヶ月の期間を要すると懸念 される。また、シンジケーティッド・ローンの場合には多数の金融機関の理解を得るため に一般的なローンであっても半年から1年程度の期間を要する。また、プロジェクト・ファ イナンスの場合には、リスク分析、関係者の利害の調整、各種契約書の作成などのために 準備期間が1∼2年に及ぶことも珍しくない。したがって、ホスト国とクレジット獲得企 業の帰属国の承認、CDM 理事会のプロジェクト登録などの許認可をすべて取得してから銀 行と資金調達について交渉を開始したのでは、融資を実行し着工するまでに非常に長い期 間を要することになってしまう。 国際的な銀行融資契約においては、借入企業は融資契約を調印すればすぐに資金の引き 出しができるわけではない。契約に定められた前提条件(Conditions Precedent)が満た されてはじめて資金引き出しが可能となる。この前提条件には、借入企業の法的存在を証 明する書類や社内の意思決定に関する書類、違法行為や義務違反のないことの表明、必要 な許認可の取得などが含まれる。CDM/JI 事業の場合は、通常のプロジェクトとしての許 認可に加えて、ホスト国とクレジット獲得企業の帰属国の承認、CDM 理事会のプロジェ 30: 近年は日本国内の融資においても導入されつつある。 59 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 クト登録など、さまざまな許認可が想定されるので、これらが資金引き出しの前提条件に 含まれるものと考えられる。また、カーボン・ファイナンス契約や電力の購入保証契約(オ フテイク・アグリーメント)が予定されている場合は、それらの締結も資金引き出しの前 提条件となるであろう。 したがって、CDM/JI 事業の許認可が未取得であったり、カーボン・ファイナンス契約 や電力購入保証契約の詳細が未確定であっても、銀行と融資条件を協議することは可能 であり、実務的な観点から早期に資金調達を銀行に申し入れることが望まれる。例えば、 CDM 事業の場合には、ホスト国の承認を除いて DOE による有効化に目処がついた時点で 銀行に資金調達を申し入れるのがよいと思われる。 4.3.4 設備資金調達方法の類型 CDM/JI 事業に対する銀行融資を実質的に代替する設備資金調達方法がいくつか考えら れる。銀行融資による資金で設備を購入する場合、設備の所有、保守管理(メンテナンス) 、 運営(オペレーション)のすべてがプロジェクト企業によってなされる。一方、プロジェ クト企業が設備を所有せずに設備を利用する方法もある。リースがその例であり、設備は リース会社が所有するが保守管理、運営はプロジェクト企業によってなされ、リース契約 に基づいてプロジェクト企業からリース会社にリース料が支払われる。この方法を用いれ ば、プロジェクト企業は設備を購入する必要がないため初期費用を低減することができ、 利用期間にわたるリース料の支払いを経費に計上することができる。また、リースを利用 した設備の調達方法は、初期費用を低減する目的だけでなく、分散型のプロジェクトの推 進にも有効なものと期待される。例えば、 各家庭にバイオガス利用設備を設置するプロジェ クトにおいては、各家庭が初期費用を負担することが導入の障害となるが、リースを導入 すれば障害を低減できる可能性がある。 設備の購入および保有だけでなく導入後の保守管理まで専門会社に委託する場合も想定 可能である。この場合、プロジェクト企業はリース料に加えてメンテナンス契約に基づく 保守管理料を支払うことになる。恒常的な保守管理が必要となる分散型プロジェクト、例 えば各家庭に太陽光発電装置を導入するプロジェクトや、類似設備が複数存在するような 場合(例えば風力発電ファーム)には、このような専門会社がビジネスとして成立する可 能性があるといえる。 プロジェクト企業が、設備の所有、保守管理、運営の一切を行なわない場合も想定できる。 例えば、 エネルギー・サービス会社(ESCO)による ESCO 契約がその例である。ESCO とは、 プロジェクト企業のエネルギー節減を目的としたサービスを提供し、節減の成果に応じて サービス料をプロジェクト企業から徴収する会社のことを指すが、 典型的な形態(シェアー ド・セイビングス方式)ではエネルギー節減に必要となる設備機器は ESCO が所有し、保 守管理を行ない、運営する。エネルギーが節減されるということは GHG の排出も同時に 削減される可能性が高いため、追加性の証明いかんでは CDM/JI 事業と認められる可能性 を秘めている。ESCO 契約を利用すれば、プロジェクト企業は設備にかかわる一切の資金 60 CDM/JI 標準教材 調達と労力から逃れることができる。しかしながら、産出されたクレジットが ESCO に属 するのか、ESCO に削減機会を提供したプロジェクト企業に帰属するのかについては、サー ビス料の設定とともに事前に取り決めておく必要があるであろう。 表 4.5 設備調達と資金調達の関係 類型 設備の所有者 =資金調達主体 設備の保守管理責任 設備の運営責任 銀行融資による設備購入 プロジェクト企業 プロジェクト企業 プロジェクト企業 リース契約 リース会社 プロジェクト企業 プロジェクト企業 リース契約 + メンテナンス契約 専門会社 専門会社 プロジェクト企業 ESCO 契約 (シェアード・セイビングス) ESCO ESCO ESCO 4.3.5 公的金融機関の活用 民間の CDM/JI 事業に利用可能な公的金融機関には次のような機関が含まれる。なお、 CDM 事業に附属書Ⅰ国の公的資金を利用する際には、PDD に公的資金の利用に関する情 報を記載することになっている 31。 ① 国際金融公社 世界銀行グループのなかで、世界銀行が原則としてホスト国政府の信用供与に依拠す るファイナンス(ソブリン・ファイナンス)を担当するのに対して、民間企業への投融資 を担当するのが国際金融公社(IFC)である。CDM/JI 事業主体が民間企業である場合には IFC からノンリコース・ファイナンスで資金を調達できる可能性がある。ただし、IFC の 投融資は民間投融資の誘い水としての役割を期待されているので、IFC の投融資額はプロ ジェクト全体の調達金額の四分の一程度までとされている。 ② 国際協力銀行(JBIC) 国際協力銀行の業務には、ODA(円借款)を行なう海外経済協力業務と貿易与信などを 扱う国際金融等業務の二つがあるが、民間の CDM/JI 事業に利用可能なのは主に後者と考 31: 附属書Ⅰ国の公的資金を利用している場合は、その資金が政府開発援助(ODA)の流用(diversion)ではないとする 附属書Ⅰ国の確認書を添付することになっている。 61 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 えられる。例えば、日本企業が設備ないし技術の提供者である場合には輸出金融(サプラ イヤーズ・クレジット、バイヤーズ・クレジット等)が利用可能と考えられるし、日本企 業が出資する開発途上国のプロジェクト企業の設備資金については海外投資金融が利用可 能と考えられる 32。また、外国政府ないし政府系機関等が行なう CDM/JI 事業から日本企 業がクレジットを獲得する場合には、当該 CDM/JI 事業にアンタイド・ローンが供与可能と 考えられる。 ③ 独立行政法人日本貿易保険(NEXI) 独立行政法人日本貿易保険は 2002 年 10 月に制度見直しを行ない、海外投資保険に特 約を付すことで、日本企業の投資する CDM/JI 事業企業がホスト国政府との間で結んだ契 約に関してホスト国政府の契約違反や一方的な破棄によって損失を被った際に、その損失 を填補できるようにした。そして、具体的な CDM/JI 事業に即して個別に付保を検討する としている 33。ただし、保険金の支払いは、その後のホスト国への求償を前提とすること から、付保にあたってプロジェクト企業とホスト国政府との間に何らかの取引契約が必要 となる。 ④ ホスト国の開発金融機関 開発途上国の開発金融機関のなかには CDM 事業に比較的積極的に関与し、アンダーラ イング・ファイナンスを検討可能とする機関も存在する。適切な能力育成活動(キャパシ ティ・ビルディング)によって CDM 事業がホスト国の持続可能な発展に寄与することが 十分認識されれば、ホスト国における開発金融機関がアンダーライング・ファイナンスに 応じるようになると期待される 34。なお、CDM の PDD における公的資金の利用に関する 情報は附属書Ⅰ国に関するものであり、非附属書Ⅰ国の公的資金の利用について報告義務 はない。 32: 日本の輸出企業に対する国内融資をサプライヤーズ・クレジット、海外の輸入者に対する海外融資をバイヤーズ・ク レジットと呼ぶ。海外投資金融には、出資者である日本企業に対する国内融資と、現地の合弁企業等に対する海外融 資とがある。なお、以上の融資に代えて保証も提供可能とされる。 33: 2003 年 3 月の産業構造審議会環境部会地球環境小委員会第4回市場メカニズム専門委員会における独立行政法人日本 貿易保険作成の資料による。 34: 開発金融機関に対するキャパシティ・ビルディングの例として、日本政策投資銀行が 2003 年 11 月に 11 ヶ国の開発金 融機関の役職員に対して実施した「持続的成長と開発金融−京都メカニズム活用を通して−」という研修を挙げるこ とができる。http://www.dbj.jp/japanese/IC/service/seminar/develop.html 62 CDM/JI 標準教材 4.3.6 ODA の利用可能性 京都メカニズムのルールを定めたマラケシュ合意において、附属書Ⅰ国は CDM 事業に ODA の流用(diversion)はしてはならないと定められている。これは言い換えれば、 「流 用」を生じない限り ODA を CDM に活用することができる、ことを意味しており、日本 政府としてはドナー国とホスト国が ODA 案件を CDM 事業として実施することについて 合意する限り「流用」は生じないと考えている。しかしながら、流用の定義が明確でない ために現在さまざまな解釈がなされている。例えば、ODA はキャパシティ・ビルディン グのみに用いられるべきで個別の CDM 事業には用いるべきではないとする考え方や、ク レジット獲得の対価でなければ ODA を用いることができるとして、アンダーライング・ ファイナンスには ODA が使用できるとする考え方、クレジット獲得国とホスト国が ODA の使用に合意すればクレジット獲得も可能とする考え方、などが存在している。民間企業 が ODA を利用した CDM 事業に関与する場合には、 解釈の不確実性に留意する必要がある。 4.4 クレジット売買契約のポイント 4.4.1 クレジットの売買契約 クレジットの売買契約には、プロジェクトから産出される排出削減量(ER:Emission Reduction)に関するものと、排出量取引(ET)に関するものとの 2 種類が存在し、いず れも国際排出量取引協会(IETA:International Emissions Trading Association)からドラフ ト契約書として、 「プロジェクトに基づく排出削減量の売却契約草稿」 (Drafting Contracts for the Sale of Project Based Emission Reductions)と「EU 排出枠 排出量取引マスター契 約」 (EU Allowances Emissions Trading Master Agreement©) が公表されている 35。前者は、 国際金融における伝統的な融資契約と類似の構成をとっており、CDM/JI 事業に関するカー ボン・ファイナンス契約書を作成する際の指針となる。後者は、国際スワップおよびデリ バティブ協会(ISDA:International Swaps and Derivatives Association)36 が定めた「ISDA マスター契約書」 (ISDA Master Agreement)と類似の構成をとっており、各種の排出量取 引について汎用性の広い契約書と考えられる。 35: いずれも IETA のウェブ・サイト(http://www.ieta.org/)から入手できる。なお、IETA は 1999 年 6 月に設立された非 営利組織で、2004 年 1 月現在で世界 78 団体が会員となっている。 36: ISDA は 1985 年に設立され、金融機関を中心に世界 600 以上の団体の会員から成るデリバティブの業界組織である。 ISDA が対象とする取引は、金利、通貨、財(commodity)、エネルギー、信用リスク、企業持分(equity)などにわたる。 63 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 表 4.6 IETA「プロジェクトに基づく排出削減量の売却契約草稿」の想定条項 1. Parties(当事者) 2. Recitals(前書) 3. Definitions(定義) 4. Sales and Purchase(売買) 5. Delivery(デリバリー) 6. Evidencing the Validity of the ERs Being Contracted(契約対象とされた排出削減量の有効 性の証明) 7. Risk(リスク) 8. Price and Terms of Payment(価格および支払条件) 9. Warranties and Representations(担保約款および事実表明) 10.Liability and Indemnities(負担および補償) 11.Default, Termination and Remedies(契約不履行、契約解消および回復) 12.Progress Reports and Audit Rights(進捗報告および監査権) 13.Confidentiality(守秘義務) 14.Arbitration and Dispute Resolution(仲裁および争議の解決) 15. Taxes, Levies and Charges(租税公課) 16.Force Majeure(不可抗力) 17.Third Party(第三者) 18.Boiler Plate(雑則、たとえば完結性、根拠法、修正条項など) 現在、CDM/JI 事業から産出されるクレジットの獲得方法のなかで、世界的にもっとも 普及している方法は、カーボン・ファイナンス契約である。以下、カーボン・ファイナン ス契約を例にとって、プロジェクトに基づくクレジット(CER/ERU)の売買契約のポイン トについて説明する。 4.4.2 デリバリー・リスク カーボン・ファイナンス契約における支払方法には、クレジットとの引き換え払い (Payment on Delivery)と前払い(Upfront Payment)との2種類があるが、そのいずれ についてもデリバリー・リスクが存在する 37。デリバリーとは、売買双方が合意した場所 に合意した時点までに取引対象が移動され、それをもって所有権が移転したとみなすこと であるため、まず売買双方がデリバリーの場所と日時に合意する必要がある。買い手側企 37: 前払いの場合、クレジットの買手はクレジットがデリバリーされない事態に備えて、信用力のある第三者による保 証状(Letter of Credit)の存在、プロジェクト資金が信用力のあるスポンサーによって提供されていること、などを 売り手に要求することがある。例えば、オランダ政府が国際金融公社(IFC)に委託した CER の買い付け事業(The Netherlands Clean Development Facility)においては、プロジェクト資金の 50% 以上がスタンダード・アンド・プアー ズ社の格付けでA+以上あるいはムーディーズ社の格付けで A1 以上の格付けを有すスポンサーから提供されていなけ れば前払いに適格ではないとしている(http://carbonfinance.org/docs/projectselectioncriteriancdf.doc)。 64 CDM/JI 標準教材 業にとって有利な条件は、買い手国の国別登録簿に開設された自社の保有口座にクレジッ トが記録されたことをもってデリバリー完了と認識することである。しかしながら、CDM 理事会が設立する CDM 登録簿や各国の国別登録簿の整備運営上の不確実性や移転手続き 上の不確実性から、売り手側にとっては、クレジットが CDM 登録簿に発行された時点あ るいは自社の保有口座を離れた時点でクレジットのデリバリーがなされたとみなすほう が安全である。なお、買い手側はある日時までにクレジットのデリバリーがなされなけれ ば、引き換え払いを行なわず、前払いの場合には前払い金にみなし運用益を加えて返還す ることを要求するだろう。さらに、デリバリーの遅延によってクレジットの価格変動リス クや、市場で代替購入する際に購入可能な同質のクレジットが存在するか否かという流動 性のリスクが存在するので、遅延によって生じた損害の補償あるいは遅延に対するペナル ティー 38 の支払いを要求するものと考えられる。このようなデリバリーに関する条件につ いては、売買双方の交渉によって決定されるものだが、欧州系保険会社のなかにはクレジッ トのデリバリー・リスクに保険を提供する動きもある。 また、引き換え払いの場合には、買い手側がデリバリーを確認してから支払うのか、売 り手側が買い手側の支払いを確認してからデリバリーに着手するのか、という問題も存在 する。この点についても売買双方の交渉によって決定するが、エスクロー口座(Escrow Account)を利用するという方法がある。エスクロー口座とは、中立な第三者である銀行 に資金の引き出し条件を定めて資金管理を委託する口座を指している。カーボン・ファイ ナンスの場合には、買い手側がエスクロー口座に支払い金をデリバリーの前に入金し、売 り手側はその入金を確認してからデリバリーに着手し、エスクロー口座管理者である銀行 が事前に定められた手順でデリバリーの完了を確認してから売り手側に支払い金を送金す ることになる。ただし、日本においてはエスクロー口座の法的安定性については疑義が存 在しており、ホスト国によっては同様に法的根拠が明確ではないことも予想されるので、 開設国および準拠法については専門家の意見を徴するべきである。また、実務的な観点か らは信用力と専門能力の優れた銀行を開設銀行として選ぶことも重要である。 4.4.3 デフォルト・リスクとデリバリー条件 カーボン・ファイナンスにおける契約不履行(デフォルト)には、以下のような事由が 含まれると考えられる。そして、契約不履行の事由(Events of Default)が生じ、かつ一 定の日数を経てもその事由が解消されずに継続している場合には不履行側でない当事者が 契約を解消できると定めるのが一般的である。 38: 市場価格が高騰した場合には、カーボン・ファイナンス契約に基づくデリバリーよりも市場で売却したほうが有利な 状況が出現すると考えられ、契約不履行のインセンティブが高まる。ペナルティーはそのインセンティブを打ち消す に十分な水準を保つ必要があると考えられる。 65 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 • 売り手がクレジットのデリバリー条件に違約 • 買い手が支払い条件に違約 • 売り手による担保約款ないし事実表明の誤り • 売り手による有効化あるいは検証の責任の違約 • 許認可獲得の違約および京都議定書上の要求の違反 このような事由のなかで特に注意が必要な点は、デリバリー条件の違約である。なぜな ら、あまりに硬直的なデリバリー条件はデフォルト・リスクを高め、売り手側だけではな く買い手側にとっても必ずしも有利ではないことによる。例えば、 クレジットのデリバリー 量を毎年一定量と定めると、再生可能エネルギー・プロジェクトなどの場合には自然条件 によってクレジットの産出量が変動するため、一定量の条件に対し過不足を生じる可能性 が高いといえる。プロジェクトが支障なく運営されているにもかかわらず、偶然不足した 年に容易にデフォルトに陥るような契約は、 買い手の側にとっても好ましくない。したがっ て、カーボン・ファイナンスにおけるクレジットのデリバリー量は、予想される産出量よ りも低めに設定するのが一般的である。このようにデリバリー量に対し掛け目の設定を導 入すること 39 は、カーボン・ファイナンス契約のデフォルト・リスクを回避する効果があ り、売買双方にとってメリットのある現実的な措置である。 しかしながら、デリバリー量に掛け目を設定すると売り手であるプロジェクト企業は余 剰分を市場において時価で売却することになり 40、プロジェクト企業のキャッシュ・イン の変動リスクが高まる。さらに、クレジットの産出規模と掛け目によっては、余剰分の市 場売却が小額取引となるため、価格面や取引条件面で不利な扱いを受ける可能性もある。 したがって、売り手側としてはカーボン・ファイナンスの買い手側に掛け目を越えてクレ ジットを引き取るよう要求する可能性がある。売り手が売却判断の権利を持ち、買い手が 引き取り義務を負う取引をプット・オプションと呼ぶが、余剰分について買い手側が何ら かの引き取り義務を負うなら、クレジットのプット・オプション取引ということができる。 一方、買い手側が積極的により多くのクレジットを確保したいと考える可能性もある。買 い手に余剰分の購入判断の権利があり、売り手側に余剰分の売渡について義務があれば、 クレジットのコール・オプション取引と呼べるであろう。また、買い手側としてはコール・ オプションの権利を持たなくても、売り手側が余剰分について第三者に売却を行なう前に、 少なくとも買い手側が優先して第三者と同一条件で購入できる権利(優先購入権、First Refusal Right)は確保したいと考える可能性もある。このように掛け目を設定した際の余 剰クレジットの扱いについては、売買双方の意向でさまざまなパターンが想定できる。 クレジットの買い手企業のなかには、毎年安定的にクレジットを確保するよりも、な 39: 世界銀行ではデリバリー量に掛け目を置くことを Over-collateralization と呼んでいる。Chandra Sinha, Arun Mehta, Karen Capoor,“Contracting for Carbon”, Environmental Finance, October 2003 40: 現状のルールでは非附属書Ⅰ国は保有するクレジットを移転できないことから、CDM プロジェクト企業が保有したク レジットを売却するのは困難と思われる。 66 CDM/JI 標準教材 るべく早めに多くのクレジットを確保したいと考える企業があると想定される。特にクレ ジットを毎年の自発的削減目標の達成よりも第一約束期間にわたる目標達成に役立てたい と考える企業にとっては、毎年のクレジット量の変動はあまり重要ではないといえる 41。 一方で、プロジェクト企業にとっても、なるべく早めにクレジットを売却して資金回収を 行ないたいと考える可能性がある。したがって、多年度間のクレジットの前倒し(あるい は後送り)デリバリーを認めるマルチイヤー・デリバリー(Multi-year Delivery)に合意し、 年度間の過不足に柔軟に対応するカーボン・ファイナンス契約も考えられる。このような 契約内容の場合、売り手であるプロジェクト企業が予想よりも多くクレジットを産出すれ ばカーボン・ファイナンス契約は早めに履行終了を迎えることになる。毎年の余剰クレジッ トでは市場で競争力を持たないことが懸念されるが、早めに履行を終了すれば、その後は 安定的な売買契約を改めて締結できる機会が広がるものと思われる。 このようにデリバリー量をどのようにカーボン・ファイナンス契約に定めるかについて は、買い手と売り手とのそれぞれの事情や将来価格予想によって、多様なパターンがある と思われる。いずれにしても、カーボン・ファイナンス契約は売買双方にとって将来のリ スクを低減するメリットが存在する。契約にあたり双方のメリットとデメリットが十分吟 味され、平衡性(equitability)を満たす条件が合意されることが、長期安定的な契約に不 可欠なものと思われる。 4.4.4 売買契約の相手 カーボン・ファイナンス契約はいうまでもなくクレジットの所有権を有する相手と締 結される必要がある。JI 事業において ERU はホスト国に割り当てられた AAU(あるいは RMU)から転換されるので、ERU はホスト国から JI 事業企業に発行され、獲得企業はそ の JI 事業企業とカーボン・ファイナンス契約を結ぶことが想定される。しかしながら、多 くのホスト国において ERU が企業に発行されかつ売買される法的根拠が明確になってい ない。したがって、ホスト国と獲得企業との間にプロジェクトによる排出削減量と ERU の関係を規定した覚書(MOU)が交わされ(ないしは同様の規定を含む承認書がホスト 国政府から獲得企業に発行され) 、それに基づいてカーボン・ファイナンス契約が JI 事業 企業との間で結ばれる必要がある。 41: クレジット産出年を、ワインの生産年のようにビンテージ(vintage)と呼ぶことがある。 67 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 ERU ホスト国 法的 根拠? クレジット獲得国 ERU ERU ERU 覚書 (承認書) ERU プロジェクト企業 クレジット獲得企業 カーボン・ファイナンス契約 しかしながら、一民間企業である獲得企業がホスト国政府と交渉し、覚書を交わすこと (あるいは承認内容を要求すること)は容易ではない場合もあり、ホスト国とクレジット 獲得国の国家間の覚書による枠組み構築を実施している例もある。 一方、CDM 事業においては、プロジェクトの参加者による分配比率の合意が CDM 理事 会に提出されることによって、CDM 理事会は CER をそれぞれの国別登録簿内の保有口座 に発行すると考えられる 42。したがって、一見するとクレジット獲得企業とホスト国との 間に覚書は必要ないように思われる。 CER CDM理事会 CER ホスト国 法的 根拠? プロジェクト企業 クレジット獲得国 分配比率 の合意 カーボン・ファイナンス契約 CER クレジット獲得企業 しかしながら、プロジェクト企業はホスト国内に所在する企業なので、ホスト国の法 規ないし行政命令によって合意した分配比率が何らかの影響を受ける可能性がある。した がって、ホスト国政府のプロジェクト承認を得る際に、あるいは別途ホスト国政府による 書面によって、分配比率の合意を得ておくことがリスク回避策として考えられる。 42: マラケシュ合意によれば、CER はいったん CDM 理事会の保留口座(pending account)に発行され、適応費用および 管理費用のために定められた比率を控除されたのちに、合意された分配比率で参加者の保有口座に移転される。 68 CDM/JI 標準教材 4.4.5 売買価格の設定 CDM/JI 事業に民間企業が関与する主目的は、京都議定書上のクレジットである CER あ るいは ERU の獲得である。しかしながら、第一約束期間のクレジットを CDM/JI 事業から 獲得しようとする企業は、既に述べたように、京都議定書の発効遅延リスクと先行期間リ スクの双方を比較考量しつつ、みずから京都議定書の発効遅延リスクを取って CDM/JI 事 業を推進する必要がある。 一方、クレジットを第一約束期間の目標達成に用いるだけでなく、自発的な削減目標の 達成にも利用したいとする企業にとっては、どうであろうか。ひとつのリスク緩和の方法 は、カーボン・ファイナンス契約上に京都議定書発効によって購入価格が変化する条件を 設定することである。例えば、京都議定書が未発効の間は、クレジットに適格な検証済み 排出削減量(VER:Verified Emission Reduction)43 が譲渡されるなら、クレジットに対す る購入価格よりも低い価格を支払い、京都議定書が発効した後にクレジットとしてデリバ リーされた排出削減量に対しては(すでにデリバリーされた分の差額を含めて)合意した 購入価格全額を支払う条件を設定することである。このようにある条件の成否によって低 下する価格をフォール・バック・プライス(Fall-back Price)という。ただし、 フォール・バッ ク条件つきのカーボン・ファイナンス契約については、プロジェクト企業に京都議定書の 発効遅延リスクをシェアさせることを意味するので、当然売り手側との交渉となることで あろう。また、 フォール・バック・プライスが非常に低い場合にはプロジェクト企業のキャッ シュ・インが相対的に減少すると予期されるので、プロジェクトの実現可能性が低下し、 プロジェクトそのものが成立しないことも考えられる。つまり、クレジットの買い手と売 り手との間でどのようにリスクをシェアするかという交渉になるものと考えられる。 買い手と売り手との間のリスク・シェアという意味で、CDM に固有の制度的リスクの なかでプロジェクトの登録リスクをどちらが負担するかという観点もある。世界銀行の報 告書 44 によれば、自発的な削減目標の達成に用いる排出削減量と京都議定書上のクレジッ トとの間だけでなく、クレジット獲得を目的とした売買においても買い手と売り手の登録 リスクの取り方によって、購入価格が異なるとされている。 表 4.7 世界銀行:2003 年プロジェクトに基づく ER 価格(US$/t-CO2) 排出削減量の種類 最低価格 最高価格 加重平均価格 1.95 3.00 2.55 買い手が登録リスク負担 3.00 4.20 3.51 売り手が登録リスク負担 2.93 6.44 4.88 京都議定書遵守目的外(自発的目標) 京都議定書遵守目的 43: CDM プロジェクトであれば、CDM 理事会に登録されたプロジェクトから生じる DOE 検証済みの排出削減量に対する 契約上の権利が想定される。 44: Franck Lecocq, Karan Capoor, "State and Trends of the Carbon Market 2003", PCFplusReseach, World Bank 69 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 このように売買価格の水準は、異なるプロジェクトの間はいうまでもなく、同一のプロ ジェクトが対象であっても売買契約の条件が異なれば価格が異なることに十分注意すべき ものと考えられる。 4.5 会計上および税務上のポイント 4.5.1 会計上のポイント クレジットの会計上の扱いについては、2003 年 9 月の産業構造審議会環境部会地球環 境小委員会第 6 回市場メカニズム専門委員会において、クレジットは資産としての 4 つの 性質を満たすとして、すなわち取得の背景が存在し、財産的価値を有し、取得原価が存在し、 登録簿において保有者が確定しているという点に基づいて、企業会計上の資産として取り 扱うべきではないかとの方向性が提示され、そのうえで、クレジットは登録簿上の数字で 物理的な実体がないこと、政府の償却口座や他者の口座に移転することを目的として保有 されること、の2点から通常は無形資産(販売目的で保有される場合は棚卸資産)として 取り扱うことが適当との意見が示された。日本国内におけるクレジットの会計上の取扱は、 今後関係当局の検討を経て決定されることが想定される。 クレジットないし排出削減量の扱いについては、国・地域の制度上の違い、クレジットの 種類や解釈によって、国際的には異なる見解が存在している。例えば、キャップ・アンド・ トレード制度を採用しているか否か、対象となるクレジットが排出枠(Allowance)か排 出削減量(CER,ERU 等)か、などが大きなポイントとなる。 EU においてはクレジットの資産性だけでなく負債としての性格も意識されている。そ の理由は、EU の中で 2005 年から開始される排出量取引制度(ETS)において、主要な排 出企業等に国ごとに排出枠(Allowance)の割当がなされ、割り当てられた企業等はその枠 を遵守できない場合にペナルティーを課せられることが決定しているからである。このよ うに割当制度のもとで排出枠の売買取引が行なわれる制度をキャップ・アンド・トレード というが 45、キャップ・アンド・トレード制度のもとでは、排出枠は経済主体が守るべき 義務とみなされ、排出量は負債の面を有すると考えられるからである。 国際会計基準審議会(IASB)の基準解釈機関である国際財務報告基準解釈指針委員会 (IFRIC)は、キャップ・アンド・トレード制度を前提として、2003 年 5 月に排出権に関す る解釈指針の草稿を発表した。それによれば、政府から割り当てられた排出枠は無形資産 として認識するものの公正価値(時価)で評価し、 実際に発生した排出量は負債と認識して、 公正価値で評価することが提案されている。この解釈のもとでは、クレジットは無形資産 45: 経済主体に枠(キャップ)を割当て取引(トレード)を行なうことからキャップ・アンド・トレード(Cap & Trade)と 呼んでいる。 70 CDM/JI 標準教材 ではあるが公正価値で評価されることになり、クレジットの市場価格の変動によって保有 企業の損益に影響を与えることになる。 EU、IFRIC の見解は、あくまでもキャップ・アンド・トレード制度における排出枠の会 計処理を念頭においたものであり、キャップ・アンド・トレード制度を導入していない日 本や、国としてクレジットの初期割当量が存在しない非附属書Ⅰ国における CER について は、クレジットを公正価格で評価する IFRIC の解釈に従う必然性はないものと考えられる が 46、2004 年 5 月から EU に加盟する中欧 10 カ国については、EU 排出量取引制度(EU ETS)に参加することから公正価値による評価が適用される可能性もある。 このようにクレジットの会計上の扱いが異なれば損益の認識も異なると考えられるの で、プロジェクト企業の税引き後キャッシュ・フローに影響しプロジェクトの実現可能性 を変化させる可能性があり、注意を要する。 4.5.2 税務上のポイント 上述の説明のようなクレジットの評価方法だけでなく、クレジットが物権的な物である のか、金融商品であるのかによって、消費税(付加価値税)が課税されるのか、あるいは その他の流通税が課税されるのか、という点も変わるものと予想される。日本においては、 クレジット自体は非金融資産、クレジットから派生されるデリバティブ商品は金融資産と 解釈される可能性があり、クレジットの売買には消費税が課税されると予想される 47。日 本以外の国においても、クレジットの売買(移転)について何らかの流通税が課せられる 可能性があり、かつクレジットの性質についての解釈によって適用税種および税率が異な る可能性がある。 一方、現状の CDM のルールにおいては、プロジェクト企業が所在するホスト国の保有 口座宛てに CER が発行されると売却不可能と考えられるため、プロジェクト企業から産出 されるクレジットは CDM 登録簿に発行されたのち、プロジェクト企業を経由せずに獲得 企業に移転されると考えられる。この場合、CER は現実にはホスト国の保有口座を経由し ていないが、ホスト国から売却されたとみなされるのであろうか。明確な点は、獲得企業 は国境を超えてプロジェクト企業にクレジットの対価を資金ないし物などの形で支払うと いうことである。国境を越える資金や物の移動は、国家によって管理されているし、特に 開発途上国の場合は許可制による外為管理および貿易管理が行なわれていることが少なく ない。外為管理当局や貿易管理当局に対価を贈与と申請するのは不自然なので、クレジッ トはやはりプロジェクト企業を経由せずに獲得企業に移転されても、ホスト国から売却さ れたと解釈される可能性があるものと考えられる。ホスト国がこのような解釈をすれば、 ホスト国が売却に対し消費税(付加価値税)などの流通税や、輸出とみなして輸出関税を 46: ただし、産業構造審議会環境部会地球環小委員会第 6 回市場メカニズム専門委員会において、減損会計は適用される ものと考えられている。 47: 日本におけるクレジットの税制上の取扱については、会計上の取扱の検討も踏まえ、関係当局で検討が行われる見込み。 71 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 課すおそれがある。なお、JI 事業の場合には、クレジットが海外に売却されれば国家登録 簿の間を移転するため、ホスト国からの売却について疑義は生じず、ホスト国による課税 権は明らかと思われる。いずれにしても予期せぬ租税公課が生じた場合に、売り手と買い 手のどちらが実質的に負担するのか(一般に支払人は法規で特定されるので支払い後に当 事者間で補償する) 、契約書に明記しておくことが必要である。 クレジットの所有に関する法律上の権利については国際的にも必ずしも明確に整理され ていないが、京都議定書上のクレジットは(国別)登録簿における口座内でのみ存在する ものであり、当事者間の関係がどのようなものであろうとも登録簿管理者は口座の保有者 がクレジットの移転についての権限を有しているものと認識することも考えられる。 例えば、登録簿に口座を開設できないホスト国企業の取得したクレジットを代理販売する ような投資国企業があった場合であっても、登録簿上ではあくまで投資国企業の口座からの クレジット移転と認識される。こうした場合においては、当該投資国でどのような課税がな されうるかを十分検討し、加重な課税がなされないように注意することが必要である。 4.5.3 CDM 事業に関する課税項目 ここで CDM 事業のホスト国として中国を例にとって、どのような課税が行なわれる可 能性があるか検討してみる 48。中国政府の関係者は CDM から発生するクレジット(CER) はホスト国に帰属するとの見方をしており、また CDM 事業実施企業の支配権(出資の 50% 超)が中国境内の中国系企業にあることを承認条件に含めると発言するなど 49、クレ ジットのホスト国管理を志向している。したがって、中国政府としては CER への課税権が ホスト国にあるとみなすものと予想される。通常の商業的な対中直接投資プロジェクトに ついては、一般に次のような課税項目がある。 表 4.8 課税項目 流通税 付加価値税( 「増値税」17%) 、営業税(無形資産の譲渡には 5%)など 関税 輸入関税および輸出関税 所得税 「企業所得税」 (中央政府 30% および地方政府 3%) 源泉徴収税 利子、配当、特許権使用料、技術指導料等の外国企業への支払いに 20% 印紙税 契約書額面の 0.005% ∼ 0.1% その他 不動産税、車両船舶鑑札税など なお、 付加価値税( 「増値税」 )については製品の輸出時に納税分が還付される制度があり、 その還付率は輸出品目によって異なるが、付加価値税率 17% より低く(例えば 11%) 、全 48: ここでいう可能性は、中国政府に確認したものではなく、あくまでも想定上のものであることをお断りしておく。 49: 中国国家発展改革委員会地区経済司国家気候変化対策協調小組弁公室孫翠華処長による 2002 年 12 月の発言による。 72 CDM/JI 標準教材 額が還付されないことが通例である。また、現状は外国企業による対中直接投資プロジェ クトについては、法人税、輸入関税、輸入増値税について減免などの優遇措置がある。源 泉所得税については日中間の租税条約によって配当、利息および特許権使用料については 10% に軽減されている。 それでは、CDM 事業を想定するとどのような税目が予想されるであろうか。流通税に 関しては、クレジットが財とみなされれば売買に対し 17% の付加価値税が課税される可 能性がある。ただし、それが輸出とみなされれば還付を受けられる可能性があるので、海 外に移転したクレジットについては、付加価値税率マイナス還付率(例えば 17% − 11% = 6%)の徴収および還付実現までに要する資金の調達コストが負担になるものと考えら れる。一方、クレジットが無形資産とみなされれば営業税が課税され、譲渡対象の 5% が 徴収されるものと考えられる。 関税に関しては、クレジットが財の輸出に当たるとすれば、貿易取引として割当制や許 可制が問題となるおそれがある。現状においてクレジットが貿易管理上どのように解釈さ れ、割当制や許可制の対象となるのか、また輸出関税品目に相当し課税対象となるのかは まったく不明である。一方、無形資産の譲渡と解釈されれば、非貿易取引に当たるため関 税対象ではないと考えられるが、解釈によっては技術輸出入管理の観点から届出ないし事 前許可が求められるおそれもある。いずれにしても、中国の輸出入管理制度は厳格な為替 管理制度と結びついており、輸出入管理上の証憑が存在しないと海外との外貨の受け渡し ができないため、輸出入管理上の手続きを怠ることはできないものと考えられる。 法人税については、CDM 事業実施企業がクレジットの売却を含む収入により利益を計 上すれば、その利益に対して法人税が課税されると考えられる。反対にいえば、クレジッ ト販売収入について特に減免するという考え方は存在しないものと思われる。一方、中国 においては外国企業の出資比率、地域、産業分野ないし導入技術によって減免措置があり、 持続可能な成長に寄与する CDM 事業の多くが減免措置の適格プロジェクトであると予期 される。この減免措置は自然体(ビジネス・アズ・ユージュアル)で商業プロジェクトに 適用されているので、CDM 事業の場合にも当然適用されるべきであると考えられる。し かしながら、プロジェクトが CDM 化されることで外国企業からの資金提供や技術移転が なされるのであれば、現状の優遇政策を撤回しようというインセンティブが働く可能性も あるので、今後注意が必要であろう 50。 クレジット獲得企業がクレジット購入代金を支払うのではなく、何らかの対価としてク レジットを獲得した場合には、理論的にはクレジット獲得企業の所得とみなされ源泉徴収 税が課税されるおそれがある。次のような例が想定される。 50: 外国企業の対中投資に対する優遇策として、法人税の減免のほか、輸入設備に対する輸入関税および輸入増値税(付 加価値税)の減免措置などがある。なお、CDM と政策との係わりについては、CDM 理事会における議論のテーマとなっ ているが、未だ明確な解釈はなされていない。 73 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 プロジェクトの開発に対する対価 海外のプロジェクト開発者がプロジェクト企業に技術指導を行なった対価としてクレジット を獲得した場合には、プロジェクト企業が本来金銭で支払うべきところをクレジットで代替し たと考えられるため、技術指導料等の外国企業への支払いとみなされ原則 20% の源泉徴収税 が課せられるおそれがある。 現金出資ないし現物出資に対する対価 CDM 事業企業への出資の対価としてクレジットを獲得しようとする場合も同様に、配当の 代替あるいは配当の一部としてクレジットを獲得するとみなされ、原則 20% の源泉徴収税が 課せられるおそれがあると考えられる。獲得企業が日本企業であれば、日中租税条約で 10% の税率に軽減される可能性もある。また、現物出資であっても源泉徴収税の対象になる可能性 は変わらないものと思われる。 融資ないしリースに対する対価 融資の元利払いの対価としてクレジットを獲得した場合は、利息払い相当部分が原則 20% の源泉徴収税の対象となるおそれがある。リースの対価としてクレジットを獲得する場合には、 リース料全体に相当するクレジットが原則 20% の源泉徴収の対象となるおそれがある。利息 およびリース料の代替クレジットについては、日本企業であれば日中租税条約にもとづいて 10% の税率となる可能性もある。 このように外国企業がクレジットを何らかの対価として受け取る場合には、所得の代替 とみなされ源泉徴収税の対象となるおそれがあると考えられる。実際には送金が行なわれ ないので源泉されることはないと思われるが、合弁契約、融資契約、リース契約などはす べて当局へ登録されるので捕捉される可能性は高く、納税請求が行なわれても未払いの場 合には獲得企業の中国における活動が制限されるなどの影響が生ずることも想定される。 また、いずれの場合についてもクレジットの評価が市場価格に基づくのか、当局の解釈で なされるのかについても大きな不確定要素となるであろう。さらに、外国企業によるクレ ジットの獲得が単に所得の代替であるだけでなく、所得の支払いにクレジットの譲渡が加 わったものであると解釈されれば、源泉徴収税だけでなく流通税(付加価値税ないし営業 税)も課税されるおそれがある 51。 印紙税については、クレジットに係わる契約であっても特に減免対象とは考えられず、 課税されるものと考えられる。契約書に価額が明記されていなければ、クレジットの評価 が問題となるであろう。 以上の課税項目のほかにクレジット固有の租税公課の導入も検討されている。中国に限 52: 合弁企業(中外合弁企業)においては利益の分配は現金配当が想定されているため、クレジットをもって現金配当に 代えられるか疑義がある。合作企業(中外合作経営企業)であれば、利益分配および分配方式を合作契約によって規 定することが可能であるため、クレジットによる直接分配の可能性があるものと想定される。 74 CDM/JI 標準教材 らず、多くの非附属書Ⅰ国において DNA の設立、運営および国内のキャパシティ・ビルディ ングに係る費用をどのように捻出するかが課題になっている。中国においては、ホスト国 の国家承認に関し手続料金を徴収する、発生した CER に課税を行なうなどの方法が検討さ れている。 このように想定される課税項目は多岐にわたる可能性があるので、中国に限らず、クレ ジット獲得のための契約作成時に課税リスクについて十分配慮しておく必要がある。また、 プロジェクト企業やクレジット獲得企業はホスト国による恣意的な課税が行なわれないよ うに事前にホスト国の確約を得ておくことが好ましいと思われるが、現実には一企業がホ スト国と交渉することには限界があるため、獲得企業の帰属国政府とホスト国政府との間 で取り決めることも今後検討課題となる可能性もある。 表 4.9 CDM 事業に関する中国における課税項目の想定 税目 流通税 関税 課税の特徴 付加価値税 財と解釈された場合 17% 営業税 無形資産と解釈された場合 5% 輸出関税 不明 財と解釈された場合(付加価値税の還付可能性) (17% − 11%=6%) 「企業所得税」 中央政府 30% +地方政府 3% 法人税 例 源泉徴収税 33%(減免の可能性) 技術指導、配当、利息、リース料など所得の代 20% 替と解釈された場合 (日中租税条約の適用可能性) 印紙税 契約書額面に課税 0.005% ∼ 0.1% CDM 固有の租税公課 ホスト国承認の料金あるいは CER 発行量に対 不明 する課税として 75 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 補論:CDM 事業のファイナンス分析 4.6.1 モデル・プロジェクト 単純化したモデルを用いて CDM 事業をファイナンスの観点から分析する。CDM 事業の モデル例として、省エネルギー・プロジェクトの一種である産業プラントにおける廃熱回 収 52 および発電プロジェクトを想定する。その理由は一般に製鉄業や化学業におけるプラ ントは操業水準が安定しているためファイナンス上の単純化が容易であり、説明に適して いるためである。ここで廃熱回収および発電のプロセスのための新規投資を、概念的に産 業プラント本体から分離して一つのプロジェクトとみなし、新規に企業(プロジェクト企 業)を設立することとする。そして、単純化のためにすべての取引を米ドル建てとし、次 のような仮定を置く 53。 産業プラント 本体 (既存会社) • 固定資産投資額: 30,000 千米ドル (建設期間中の金利を含まない) • 建設期間: 2 年間 分離 廃熱 • プロジェクト期間:27 年間(建設期間を含む) • 減価償却: 残存簿価 5%、10 年間の定額均等償却 • 発電量: 年間 200,000kWh (定期検査期間考慮後の純発電量とする) • 支出: 年間 1,500 千米ドル (減価償却費は含まない) 廃熱回収および 発電プラント (新設会社) 売電 配電会社 従来は空気中に放散されていた廃熱から生み出された電力を、十分な信用力のある配電 会社に売却する。配電会社はプロジェクト企業と長期の電力購入保証契約(オフテイク・ アグリーメント)を期間 25 年、購入価格 0.03 米ドル /kWh の条件で締結すると仮定する。 52: 例えば、製鉄に必要なコークスを製造するプロセスから廃熱を回収する乾式消化設備(CDQ)などがある。 53: 海外の民間プロジェクトでは、企業管理や出口戦略(イグジット・ストラテジー)の観点からプロジェクト毎に法人 を設立することが多くみられる。クレジット価格は一般に外貨建て(米ドルあるいはユーロ)であり、多くの途上国 で自国通貨と米ドルとが事実上連動していることから、米ドル建てを仮定する。 76 CDM/JI 標準教材 こうすると、プロジェクト企業の収入は、 年間 200,000kWh × 0.03 米ドル /kWh =年間 6,000 千米ドル となる 54。つまりプロジェクトの年間現金収支(キャッシュ・フロー)は税引き前で、 年間収入 6,000 千米ドル−年間支出 1,500 千米ドル=年間 4,500 千米ドル である。一方、操業開始後 10 年間の年間減価償却費は減価償却の条件から、 固定資産投資額 30,000 千米ドル×(100% −残存 5%)/10 年間= 年間 2,850 千米ドル となるので、税引き前損益は、 年間収支 4,500 千米ドル−年間減価償却費 2,850 千米ドル= 年間 1,650 千米ドル となる。そして法人税率を 35% と仮定すると、税引き後損益は、 年間 1,650 千米ドル×(100% −税率 35%)=年間 1,072 千米ドル となる。つまり、 このプロジェクト企業は黒字企業と予想される。ここで固定資産投資額 (30 百万米ドル)を全額出資でファイナンスしたものとして、プロジェクト企業の損益計算表 (PL)と貸借対照表(BS)を予想すると次のようになる 55。 54: 運転資金需要、消費税(付加価値税)、営業税などの仮定は単純化のために省略した。修繕費用は支出に含まれている ものと仮定する。 55: キャッシュ・フローの内部収益率(後述)を算出するので、本節を通じて、現預金の運用益を考慮していないことを 予めお断りしておく。 77 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 表 4.10 プロジェクト企業の PL および BS (単位:千米ドル、当初 10 年間のみ記載) 3 4 5 6 7 8 9 10 収入 年度 0 0 6,000 6,000 6,000 6,000 6,000 6,000 6,000 6,000 支出 0 0 1,500 1,500 1,500 1,500 1,500 1,500 1,500 1,500 減価償却費 0 0 2,850 2,850 2,850 2,850 2,850 2,850 2,850 2,850 金融費用 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 税引前損益 0 0 1,650 1,650 1,650 1,650 1,650 1,650 1,650 1,650 所得税 0 0 577 577 577 577 577 577 577 577 税引後損益 0 0 1,072 1,072 1,072 1,072 1,072 1,072 1,072 1,072 現預金 0 0 3,922 7,845 11,767 15,690 19,612 23,535 27,457 31,380 固定資産 15,000 30,000 27,150 24,300 21,450 18,600 15,750 12,900 10,050 7,200 資産合計 15,000 30,000 31,072 32,145 33,217 34,290 35,362 36,435 37,507 38,580 負債 資本金 剰余金 負債・資本合 計 1 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 15,000 30,000 30,000 30,000 30,000 30,000 30,000 30,000 30,000 30,000 0 0 1,072 2,145 3,217 4,290 5,362 6,435 7,507 8,580 15,000 30,000 31,072 32,145 33,217 34,290 35,362 36,435 37,507 38,580 4.6.2 キャッシュ・フローと出資の評価 それでは、ファイナンスの観点からこのプロジェクトの実現可能性が高いか否か、いい かえればこのプロジェクト企業に投資(出資)ないし融資する民間企業が存在するかどう か、を考えてみよう。 まず出資について検討する。民間企業が企業を新設し出資するか否かは、企業によって 判断基準が異なると考えられるが、もっとも重要な前提は新設企業への出資が十分な利益 を生むか否かであると考えられる。プロジェクト企業は黒字企業と予想されるが、黒字だ けでは十分とはいえない。出資企業は通常みずからも株主や債権者から資金を調達してい るので、これらの出資企業自体の調達コスト(資本コスト)56 を超える利益が得られなけ れば、民間企業として出資を行なう動機(インセンティブ)に欠ける。出資企業は税金を 支払う民間企業と想定しているので、既往事業の影響を排除した当該出資の想定上の税引 き後利益率(みなし税引き後利益率)が資本コストを超えていることが必要である。仮に、 みなし税引き後利益率が資本コスト以下であれば、出資はキャッシュ・ベースで元を取れ 56: 株主が期待する収益は配当だけではなく株式の市場価格の上昇(キャピタル・ゲイン)を含む。調達コスト(資本コスト) は株主の期待収益(株主資本コスト)と債権者への金利等(負債資本コスト)との加重平均と考えられるので、加重 平均資本コスト(WACC)と呼ばれ、次の式で表わされる。 WACC =株主資本コスト× E /(D + E)+ 負債資本コスト× D /(D+E)×(1−みなし税率) なお、E =株主資本金額(時価)、D= 負債資本金額とする。また、株主資本コストは次の式で表わされる。 株主資本コスト=無リスク資産投資利回り+β×(株式市場平均利回り−無リスク資産投資利回り) ここで、無リスク資産投資利回りとは通貨国の長期国債利回り(米ドルであれば米国債、円であれば日本国債)を指し、 β(ベータ)は株式投資対象企業(すなわち出資企業)の株式投資利回りの変化を市場全体の株式投資利回りの変化 に対する感応度として示したもので、長期実証データを最小二乗法で分析することで得られる。 78 CDM/JI 標準教材 ていないことになる。その意味で資本コストを出資のためのハードル・レートと呼ぶこと がある 57。 株主資本コスト 廃熱回収および 発電プラント (新設会社) 出資 利益率 出資企業 (みなし税引き後利益率 >資本コスト 株主 資本調達 負債資本コスト 税金 債権者 まず、27 年のプロジェクト期間の出資に対する利益率を求める。プロジェクト期間の 期限は電力購入契約の期限と同じと仮定したが、それは電力購入契約終了後もプロジェク トがキャッシュ・フローを生み出せるのか否か、言い換えれば電力購入契約終了後もプロ ジェクト企業が価値を持つのか否か不明であるためである。ここで保守的にプロジェクト 期間終了後のプロジェクト企業の価値をゼロと仮定する。 まず、27 年のプロジェクト期間の出資に対する利益率を求める。プロジェクト期間の 期限は電力購入契約の期限と同じと仮定したが、それは電力購入契約終了後もプロジェク トがキャッシュ・フローを生み出せるのか否か、言い換えれば電力購入契約終了後もプロ ジェクト企業が価値を持つのか否か不明であるためである。ここで保守的にプロジェクト 期間終了後のプロジェクト企業の価値をゼロと仮定する。 利益率の分析はキャシュ・フロー・ベースで行ない、まず、プロジェクト企業の税引き 後損益に実際の支払いを伴わない減価償却費を加え、固定資産投資額を引く。このように 算出したキャッシュ・フローのことを、プロジェクト企業が自由に処分できるキャッシュ・ フローという意味でフリー・キャッシュ・フロー(FCF)と呼び 58、出資のみのファイナ ンスを想定しているので原則として出資者に帰属する。ある期間にわたるフリー・キャッ シュ・フローの内部収益率(IRR)59 を、 プロジェクト IRR(Project IRR)あるいは ROI(Return on Investment)と呼ぶ。このモデルの場合、プロジェクト期間の出資に対する利益率は、 27 年間のプロジェクト IRR であり、10.5% と算出される。 57: 海外プロジェクトに対する出資の場合は、調達コスト(資本コスト)に加えてカントリー・リスクや為替変動リスク、 配当に対する源泉徴収課税などを打ち消すための上乗せ利益率(リスク・プレミアム)を考慮する必要がある。したがっ て、海外プロジェクトへの出資のハードル・レートは、資本コストよりも高く設定することが一般的である。 58: フリー・キャッシュ・フロー(FCF:Free Cash Flow)は、次の式で示される。 59: FCF =税引き後営業利益+減価償却費−固定資産投資額−運転資金増減 なお、このモデルではプロジェクト企業の運転資金の増減は単純化のためにゼロと仮定している。 内部収益率(IRR:Internal Rate of Return)とは、ある期間のキャッシュ・フローの純現在価値(NPV:Net Present Value)がゼロとなるような割引率(ディスカウント・レート)のことを指す。NPV は次のように示すことができる。 NPV =Σ { T 年後のキャッシュ・フロー/(1 +割引率)T } 79 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 次に、プロジェクト企業のフリー・キャッシュ・フローから出資企業のみなし税額(企 業所得税 35%)を控除したキャッシュ・フロー 60 を求め、27 年間にわたる内部収益率を 計算する。これが出資企業のみなし税引き後利益率であり、このプロジェクトの場合は 8.1% となる。出資企業の資本コストが 10.0% であると仮定すると、このプロジェクト企 業への出資は困難と考えられる。 表 4.11 キャッシュ・フロー・プロジェクション(FCF) (単位:千米ドル、当初 10 年間のみ記載) 年度 1 税引き後損 0 益 減価償却費 0 固定資産投 15,000 資額 FCF -15,000 みなし税 0 みなし税引 -15,000 後 FCF 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0 1,072 1,072 1,072 1,072 1,072 1,072 1,072 1,072 0 2,850 2,850 2,850 2,850 2,850 2,850 2,850 2,850 15,000 0 0 0 0 0 0 0 0 -15,000 0 3,922 375 3,922 375 3,922 375 3,922 375 3,922 375 3,922 375 3,922 375 3,922 375 -15,000 3,547 3,547 3,547 3,547 3,547 3,547 3,547 3,547 4.6.3 引き換え払いカーボン・ファイナンスの効果 それでは、ここにカーボン・ファイナンス(クレジット購入保証)を導入してみよう。 プロジェクト企業の年間純発電量は 200,000kWh と仮定したので、電力の温室効果ガス (GHG)排出係数を 0.90 ton-CO2/kWh とすると、クレジット(CER)発生量は、 年間 200,000kWh × 0.90 ton-CO2/kWh =年間 180,000 ton-CO2 と予想される。ここで、十分な信用力を持つクレジット獲得企業が 21 年間のクレジット 期間にわたって引き換え払いのカーボン・ファイナンスを提供するものと仮定する。購入 保証価格を US$5.0/ton-CO2 と置くとプロジェクト企業の収入は、 年間 180,000 ton-CO2 × US$5.0/ton-CO2 =年間 900 千米ドル 60: みなし税の課税対象として配当可能キャッシュ・フローを用いる。その理由は、出資額の返還は無税と考えられるこ とと、ホスト国によっては法定準備金の使途が従業員の福利厚生に限定されるなど、出資者に帰属しない部分がフリー・ キャッシュ・フローに想定されるためである。ただし、このモデルでは法定準備率は単純化のためにゼロと仮定して いる。 80 CDM/JI 標準教材 増加することになる。この仮定から、 プロジェクト企業の損益計算表(PL)およびフリー・ キャッシュ・フロー(FCF)は次のように予想される。 表 4.12 カーボン・ファイナンス(引き換え払い・21 年間)の PL および FCF (単位:千米ドル、当初 10 年間のみ記載) 年度 1 2 収入 0 0 支出 0 0 減価償却費 0 0 金融費用 0 0 税引前損益 0 0 所得税 0 0 税引後損益 0 0 減価償却費 0 0 固定資産投 15,000 15,000 資額 FCF -15,000 -15,000 みなし税 0 0 みなし税引 -15,000 -15,000 後 FCF 3 6,900 1,500 2,850 0 2,550 892 1,657 2,850 4 6,900 1,500 2,850 0 2,550 892 1,657 2,850 5 6,900 1,500 2,850 0 2,550 892 1,657 2,850 6 6,900 1,500 2,850 0 2,550 892 1,657 2,850 7 6,900 1,500 2,850 0 2,550 892 1,657 2,850 8 6,900 1,500 2,850 0 2,550 892 1,657 2,850 9 6,900 1,500 2,850 0 2,550 892 1,657 2,850 10 6,900 1,500 2,850 0 2,550 892 1,657 2,850 0 0 0 0 0 0 0 0 4,507 580 4,507 580 4,507 580 4,507 580 4,507 580 4,507 580 4,507 580 4,507 580 3,927 3,927 3,927 3,927 3,927 3,927 3,927 3,927 この場合、プロジェクト期間 27 年間のプロジェクト IRR は 12.6%、出資企業のみなし 税引き後利益率は 9.6% と予想され、カーボン・ファイナンスによってそれぞれ 2.1%、1.5% だけ向上することが予期される。ただし、出資企業のハードル・レートを 10.0% とすれば、 プロジェクト企業への出資は困難といえるであろう。 さらに、21 年間のクレジット期間にわたってカーボン・ファイナンスを提供する獲得 企業を想定することは、第二約束期間の枠組みのリスクが存在する現状では必ずしも現実 的ではないかもしれない。またプロジェクト企業の側も、クレジット期間更新のリスクが 存在するので、保守的なクレジット期間の選択を好ましいと考える可能性もある。そこで より現実的にクレジット期間と購入保証の期間をともに 10 年間と仮定する。すると、プ ロジェクト期間のプロジェクト IRR は 12.0%、出資企業のみなし税引き後利益率は 9.2% に低下し、出資企業への出資はさらに困難になる。 ここで、 負債調達を行なうこととし、 銀行融資の導入可能性を検討してみよう。なぜなら、 負債資本コストは一般に株主資本コストよりも低くかつ安定的という特徴があり、負債の 導入は出資の利益率を向上させる効果(負債のレバレッジ効果)を持つからである。また、 負債の導入は利息が経費として計上されるため、実質税率を低下させる効果(利息の税節 減効果)を有しており、この二つの経路を通じて、出資の利益率を高め、出資企業に正の インセンティブをもたらすことになるからである。 81 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 4.6.4 融資の評価と負債比率 ここで、10 年間のクレジット期間および同期間にわたる US$5.0/ton-CO2 の価格による 引き換え払いカーボン・ファイナンス契約のもとで、民間銀行がプロジェクト企業への融 資に応じるか否かを検討する。融資は米ドル建て、金利が年率 5.0%、期間 8 年(建設期 間を含む) 、2.5 年後から半年毎に 12 回の元本均等返済を行なうものと仮定する。 民間銀行が融資に応じるか否かの判断基準は、プロジェクト企業の所在国や個々の銀行 によって異なるものと思われるが、国際的な一流銀行(プライマリー・バンク)が重視す るのは、融資対象であるプロジェクト企業が元本返済および利息払い(すなわち元利払い) に十分なキャッシュ・フローを生み出す能力を持っているか否かという点である 61。元利 払いの各期間について、元利払い金額に対して、元利払い充当可能なキャッシュ・フロー が何倍であるかという比率をデット・サービス・カバレッジ・レシオ(DSCR)と呼び 62、 元利払いの各期について、 当該期の DSCR = 当該期の元利払い充当可能キャッシュ・フロー / 当該期の元利払い金額 と表わすことができる。元利払いの全期間にわたって最も小さな DSCR をミニマム DSCR (Minimum DSCR)といい、 この数値が 1.0 倍よりも小さいと元利払いが滞ると予見される。 また、各期の元利払い金額はキャッシュ・フローに合わせて融資契約締結前に調整するこ とが可能なので、融資期間全体としての元利払い能力を示すために、ローン・ライフ・カ バレッジ・レシオ(LLCR)という比率が用いられる。LLCR は、元利払い充当可能なキャッ シュ・フローを最大残高時点(引き出し期間終了時)の価値に適用金利で割り引いた金額を、 融資の予想最大残高(コミットメント金額)で除した比率を指し、 LLCR =元利払い充当可能キャッシュ・フローの 最大残高時点における価値 / 予想最大残高 と表わすことができる。参考に、格付け機関が例示した DSCR と格付けの関係を、表 4.12 に示す。投資適格とされる格付けは BBB 以上とされているので、 DSCR (あるいは LLCR) が 1.6 ∼ 1.8 倍以上であれば、民間銀行が融資を検討する可能性があるといえるであろう。ただ 61: 近年は日本の銀行においても従来の担保あるいは第三者保証を重視した債権評価手法に代わって、 ディスカウンテッド・ キャッシュ・フロー法と呼ばれるキャッシュ・フロー重視の債権評価手法が採用されつつある。 62: 利息は経費に計上されるので、元利払い充当可能キャッシュ・フローは、所得課税前のキャシュ・フローが用いられる。 82 CDM/JI 標準教材 し、DSCR および LLCR は、もっとも確率の高いキャッシュ・フローに基づいて算出するが、 キャッシュ・フロー自体の安定性を示す指標ではないので、その点は別途考慮する必要が ある。 表 4.13 格付けと DSCR の関係の例 63 格付 BB BBB A AA AAA スタンダード & プアーズ の例示 1.4 ∼ 1.6 1.6 ∼ 1.8 1.8 ∼ 2.0 2.0 ∼ 2.25 2.25 ∼ 2.5 格付投資情報センターの 目安 1.50 1.80 2.00 2.20 2.40 格付機関 次に、 プロジェクト企業の総投資額(建設期間中の金利を含む)に融資金額の占める比率、 すなわち負債比率を想定する。負債比率がゼロではない場合、つまり銀行などの債権者が 存在する場合、プロジェクトのキャッシュ・フローは債権者(融資銀行) 、出資者、政府(課 税当局)の3者で分割されることになる。 政府に帰属(法人税等) プロジェクト企業 キャッシュ フロー 債権者に帰属(元本・利息) 出資者に帰属(配当・社内保留) そして、出資者に帰属するキャッシュ・フローを特にエクイティー・キャッシュ・フロー (ECF)といい 64、その内部収益率をエクイティー IRR(Equity IRR)あるいは ROE(Return on Equity)と呼ぶ。債権者が存在する場合の出資の実現可能性については、このエクイ ティー・キャッシュ・フローから、出資企業のみなし税引き後利益率を求め、出資企業の 資本コストと比較することで評価する。 63: それぞれ、スタンダード&プアーズ『ストラクチャード・ファイナンス・ジャパン』(1999 年 7 月号)の「裏付資産 別の格付基準」における格付けレベルごとの DSCR の一般例、㈱格付投資情報センター News Release「マルチ・ボロワー・ CMBS の格付け手法について」 (2000 年 9 月 13 日)および「シンジケート・ローンの格付け手法について−ストラクチャー ド・ファイナンスを中心に−」(2001 年 11 月 12 日)における DSCR の水準と信用力の目安、より作成した。 64: エクイティー・キャッシュ・フロー(ECF:Equity Cash Flow)は次の式で示される。 ECF =税引き後営業利益+減価償却費−固定資産投資額−運転資金増減+負債残高増減 83 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 負債比率が 40% の場合、プロジェクト企業の損益計算表(PL) 、エクイティー・キャッ シュ・フロー(ECF)および貸借対照表(BS)は次のように予想される。 表 4.14 カーボン・ファイナンス(10 年)および融資(負債比率 40%)の際の PL、ECF および BS (単位:千米ドル、当初 10 年間のみ記載) 年度 収入 支出 減価償却費 金融費用 税引前損益 所得税 税引後損益 減価償却費 固定資産投 資額 融資増減 ECF みなし税 みなし税引 後 ECF 現預金 固定資産 資産合計 負債 資本金 剰余金 負債・資本合 計 1 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 3 6,900 1,500 2,906 561 1,933 677 1,257 2,906 4 6,900 1,500 2,906 459 2,035 712 1,323 2,906 5 6,900 1,500 2,906 357 2,137 748 1,389 2,906 6 6,900 1,500 2,906 255 2,239 784 1,455 2,906 7 6,900 1,500 2,906 153 2,341 819 1,522 2,906 8 6,900 1,500 2,906 51 2,443 855 1,588 2,906 9 6,900 1,500 2,906 0 2,494 873 1,621 2,906 10 6,900 1,500 2,906 0 2,494 873 1,621 2,906 15,146 15,444 0 0 0 0 0 0 0 0 5,969 6,267 -2,039 -2,039 -2,039 -2,039 -2,039 -2,039 0 0 -9,177 -9,177 2,123 2,190 2,256 2,322 2,388 2,455 4,527 4,527 0 0 440 463 486 509 533 556 567 567 -9,177 -9,177 1,684 1,727 1,770 1,813 1,856 1,899 3,960 3,960 0 15,146 15,146 5,969 9,177 0 30,590 30,590 12,236 18,354 2,123 27,684 29,807 10,196 18,354 4,313 24,778 29,090 8,157 18,354 6,569 21,872 28,440 6,118 18,354 8,891 18,966 27,856 4,079 18,354 11,279 16,060 27,339 2,039 18,354 13,734 13,154 26,888 0 18,354 18,261 10,248 28,509 0 18,354 22,788 7,341 30,130 0 18,354 0 0 1,257 2,579 3,969 5,424 6,946 8,534 10,155 11,776 15,146 30,590 29,807 29,090 28,440 27,856 27,339 26,888 28,509 30,130 この場合のプロジェクト企業のエクイティー IRR は 14.0%、出資企業のみなし税引き後 利益率は 10.7% となり、みなし税引き後利益率はハードル・レートである 10.0% を上回 ることになる。一方、DSCR は 1.8 倍、LLCR は 1.9 倍となり、銀行融資が実現する可能性 がある。すなわち、負債比率を高めることでプロジェクトの実現可能性が向上する結果と なったのである。プロジェクト企業の負債比率とエクイティー IRR、DSCR、LLCR、出資 企業のみなし税引き後利益率との関係を、カーボン・ファイナンス(引き換え払い、10 年間、価格 US$5.0/ton-CO2)のある場合とない場合とで比較して示すと、図 4.1 のように なる。 この図から見て取れるように、負債比率が高まると出資者の利益率は向上し、一方で DSCR あるいは LLCR は低下する。一方、負債比率が高まると資本金が小さくなるので、 不測の事態にたいする抵抗力が弱まり、倒産の可能性が高まる。したがって、キャッシュ・ フローが十分安定的なプロジェクトであれば、実務的に実現可能性が高まる負債比率の領 域が存在する 65。図 4.1 の例では、当該カーボン・ファイナンスが存在する場合はおおむ 65: 誤解がないように言及しておくが、負債比率の変化によって企業の価値、すなわちプロジェクトの生み出すキャッシュ・ フローの全体量が変わるわけではない。 84 CDM/JI 標準教材 ね 25% から 40% の負債比率のときに出資者の利益率と銀行融資の DSCR あるいは LLCR の双方が満たされ、プロジェクトの実現可能性が高まる。カーボン・ファイナンスが存在 しない場合には、双方が満たされる負債比率は存在しないので、プロジェクトの実現可能 性は低いといえる 66。 図 4.1 負債比率と実現可能性の変化 % 16 エクイティーIRR+ カーボン・ファイナンス 15 14 エクイティーIRR 13 みなし税引後利益率+ カーボン・ファイナンス 12 11 みなし税引後利益率 10 9 8 0 10 20 30 40 50 60% 負債比率 倍 3.0 2.8 2.6 2.4 DSCR+ カーボン・ファイナンス 2.2 2.0 DSCR 1.8 1.6 1.4 1.2 1.0 0 10 20 30 40 50 60% 負債比率 倍 3.0 2.8 2.6 2.4 2.2 LLCR+ カーボン・ファイナンス 2.0 LLCR 1.8 1.6 1.4 1.2 1.0 0 10 20 30 40 50 60% 負債比率 66: この分析はファイナンスの観点からバリアを説明したものとはいえるが、 バリアには多様な観点があるので、 これをもっ て追加性の証明といえるか否かに関しては具体的なプロジェクトによると思われる。 85 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 4.6.5 前払いによるクレジット獲得方法の評価 クレジットを前払いで獲得する方法は、ファイナンスの観点からどのように評価される のであろうか。モデル・プロジェクトにおける引き換え払い 10 年間のカーボン・ファイ ナンスの条件は次のとおりである。 クレジット年間産出量 180,000 ton-CO2 ×購入保証価格 US$5.0/ton-CO2 = 年間収入 900 千米ドル この仮定によれば、 10 年間の支払額の単純合計は 9,000 千米ドルとなる。では、 プロジェ クト開始時点で前払いを行なう場合には、いくら支払えばよいのだろうか。なお、固定価 格 US$5.0/ton-CO2 は、契約時点で市場において一般的に受け入れられる条件であると仮 定する。また、単純化のため、引き換え払いのカーボン・ファイナンスの条件は、クレジッ ト獲得目標量(年間 180,000 ton-CO2)に対し過不足が生じた場合、不足分については獲 得企業が支払いを実施せず、かつプロジェクト企業が代替クレジットを別途調達して提供 する義務がない条件であり、過剰分については獲得企業とプロジェクト企業との間に何ら 拘束的な取り決めがない条件であったと仮定する。 ① 前払いカーボン・ファイナンス カーボン・ファイナンスにおける前払いは、プロジェクト企業からみると前受け金であ り、クレジットの売買のタイミングで販売収入に振り替わる性質のものと考えられる。そ の意味でプロジェクト企業の負債と考えられ、獲得者はプロジェクト企業に対し銀行融資 と類似のリスク(信用リスク)を負担していると考えられる。したがって、リスクの観点 からは、銀行融資と同等の金利(割引率)で引き換え払いにおける支払額(年間 900 千 米ドル× 10 年間)をプロジェクト開始時点の現在価値に割り引いて前払い金額を算出す べきであろう。融資金利を 5.0% とすると、前払い金額は 6,303 千米ドルとなる。仮にク レジット産出量に過不足が生じた場合、不足分についてはリスクに応じて、プロジェクト 企業は引き換え払い時の固定価格(US$5.0/ton-CO2)で計算した金額を支払うべきであろ う 67。過剰分については獲得企業にプロジェクト企業を拘束する権利は仮定していないた め、その時点の市場条件で第三者を含めて取り引きされることになるであろう。なお、プ ロジェクト企業にとって前払い(前受け)は負債調達の一種と考えられ、負債比率上昇の 効果からエクイティー IRR の向上、またプロジェクト企業への出資者にとっては、出資に 67: 前受け金は、財務上一般に長期前受金であっても流動負債として扱われ資金コストを計上することは稀だが、リスク の観点からは利回り(割引率)を想定すべきである。 86 CDM/JI 標準教材 対する利益率(みなし税引き後利益率)の向上をもたらすものと考えられる(表 4.17 参照) 。 表 4.15 前払いカーボン・ファイナンス(クレジット期間 10 年)のさいの PL、ECF および BS (単位:千米ドル、当初 10 年間のみ記載) 年度 収入 支出 減価償却費 金融費用 税引前損益 所得税 税引後損益 減価償却費 固定資産投 資額 前受金増減 ECF みなし税 みなし税引 後 ECF 現預金 固定資産 資産合計 負債 資本金 剰余金 負債・資本合 計 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 6,630 1,500 2,850 0 2,280 798 1,482 2,850 4 6,630 1,500 2,850 0 2,280 798 1,482 2,850 5 6,630 1,500 2,850 0 2,280 798 1,482 2,850 6 6,630 1,500 2,850 0 2,280 798 1,482 2,850 7 6,630 1,500 2,850 0 2,280 798 1,482 2,850 8 6,630 1,500 2,850 0 2,280 798 1,482 2,850 9 6,630 1,500 2,850 0 2,280 798 1,482 2,850 10 6,630 1,500 2,850 0 2,280 798 1,482 2,850 15,000 15,000 0 0 0 0 0 0 0 0 6,303 -8,697 0 0 -15,000 0 -630 3,702 519 -630 3,702 519 -630 3,702 519 -630 3,702 519 -630 3,702 519 -630 3,702 519 -630 3,702 519 -630 3,702 519 -8,697 -15,000 3,183 3,183 3,183 3,183 3,183 3,183 3,183 3,183 0 15,000 15,000 6,303 8,697 0 0 30,000 30,000 6,303 23,697 0 3,072 27,150 30,222 5,673 23,697 1,482 6,143 24,300 30,443 5,043 23,697 2,964 9,215 21,450 30,665 4,412 23,697 4,447 12,286 18,600 30,886 3,782 23,697 5,929 15,358 15,750 31,108 3,152 23,697 7,411 18,429 12,900 31,329 2,521 23,697 8,893 21,501 10,050 31,551 1,891 23,697 10,376 24,572 7,200 31,772 1,261 23,697 11,858 15,000 30,000 30,852 31,704 32,556 33,407 34,259 35,111 35,963 36,815 0 0 0 0 0 0 0 0 2 ② 出資の対価 一般に出資の対価は配当と考えられるので、通常の取引においては出資の対価でクレ ジットを獲得しようとする企業は、まずプロジェクト企業からの配当を得て、次にその資 金をもってクレジットをプロジェクト企業から購入すると考えられる。しかしながらこの 方法であると、クレジット期間後の配当については獲得対象であるクレジットの産出がな されないこと、購入価格を購入時点の市場価格とすると価格変動リスクが存在すること、 またクレジット期間中に獲得企業に支払われる配当金額がクレジットの獲得に十分であ るか不明である、という問題が生じる。そこで、引き換え払いのカーボン・ファイナンス の固定価格(US$5.0/ton-CO2)を前提として、獲得企業は配当を獲得する権利をプロジェ クト期間全体にわたって放棄し、そのかわりクレジット期間にプロジェクト企業から産出 されるクレジット量のすべてを獲得するという条件をプロジェクト企業に申し入れること にする。これは、エクイティー IRR(12.0%)の運用利回りを持つエクイティー・キャッ シュ・フロー獲得の権利を放棄し、クレジット期間中のクレジット量に固定価格を適用し たキャッシュ・イン(年間 900 千米ドルの予想)を獲得するという交換条件と考えられる。 したがって、この予想キャッシュ・インをそのリスクに見合った税引き前プロジェクト IRR(15.7%)で割り引いて現在価値としたものが、獲得企業が供出すべき出資金額と考え 87 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 られ、その金額は 3,113 千米ドルと算出される。なお、この交換条件によって、プロジェ クト企業のクレジット販売収入が消滅し、また、獲得企業以外の出資企業にとっては出資 金額が減少する効果が生じる(表 4.18 参照) 。 表 4.16 出資の対価(価格 US$5.0/ton-CO2、クレジット期間 10 年)の PL、ECF および BS (単位:千米ドル、当初 10 年間のみ記載) 年度 収入 支出 減価償却費 金融費用 税引前損益 所得税 税引後損益 減価償却費 固定資産投 資額 融資増減 ECF( 獲 得 企 業外 ) みなし税 みなし税引 後 ECF 現預金 固定資産 資産合計 負債 資本金 剰余金 負債・資本合 計 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 6,000 1,500 2,850 0 1,650 577 1,072 2,850 4 6,000 1,500 2,850 0 1,650 577 1,072 2,850 5 6,000 1,500 2,850 0 1,650 577 1,072 2,850 6 6,000 1,500 2,850 0 1,650 577 1,072 2,850 7 6,000 1,500 2,850 0 1,650 577 1,072 2,850 8 6,000 1,500 2,850 0 1,650 577 1,072 2,850 9 6,000 1,500 2,850 0 1,650 577 1,072 2,850 10 6,000 1,500 2,850 0 1,650 577 1,072 2,850 15,000 15,000 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 -13,443 -13,443 3,922 3,922 3,922 3,922 3,922 3,922 3,922 3,922 0 375 375 375 375 375 375 375 375 -13,443 -13,443 3,547 3,547 3,547 3,547 3,547 3,547 3,547 3,547 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 15,000 15,000 0 15,000 0 0 30,000 30,000 0 30,000 0 3,922 27,150 31,072 0 30,000 1,072 7,845 24,300 32,145 0 30,000 2,145 11,767 21,450 33,217 0 30,000 3,217 15,690 18,600 34,290 0 30,000 4,290 19,612 15,750 35,362 0 30,000 5,362 23,535 12,900 36,435 0 30,000 6,435 27,457 10,050 37,507 0 30,000 7,507 31,380 7,200 38,580 0 30,000 8,580 15,000 30,000 31,072 32,145 33,217 34,290 35,362 36,435 37,507 38,580 ③ 融資の対価 一般に融資の対価は元利払いと考えられるので、通常の取引においては融資の対価でク レジットを獲得しようとする企業あるいは金融機関は、まずプロジェクト企業へ融資を行 い、次にその元利払いで獲得した資金をもってクレジットをプロジェクト企業から購入す ると考えられる。しかしながら、購入価格を購入時点の市場価格とすると価格変動のリス クが存在するので、引き換え払いのカーボン・ファイナンスの固定価格(US$5.0/ton-CO2) を適用し、獲得者は元利払いの代替としてクレジット期間にプロジェクト企業から産出さ れる一定量のクレジット(年間 180,000 ton-CO2)を獲得するという代物弁済をプロジェ クト企業に申し入れる。そして、クレジットの売買から生ずるキャッシュ・イン(年間 900 千米ドル)がちょうど元利払いとなるような融資を実施すると考える。この場合、こ のキャッシュ・インを融資金利(5.0%)で割り引いた現在価値が融資金額と考えられ、そ の金額は 6,303 千米ドルと計算される。なお、かりにクレジット産出量に過不足が生じた 場合は、仮定によって、不足分については固定価格で計算した金額を本来の元利払いとし 88 CDM/JI 標準教材 て支払うことになり、過剰分についてはその時点の市場条件で第三者を含めて取り引きさ れることになるであろう。なお、この代物弁済によって、負債比率が上昇し、エクイティー IRR の向上および出資に対する利益率(みなし税引き後利益率)の向上がもたらされると 考えられる(表 4.18 参照) 。 表 4.17 融資の対価(価格 US$5.0/ton-CO2、クレジット期間 10 年)の際の PL、ECF および BS (単位:千米ドル、当初 10 年間のみ記載) 年度 1 2 3 収入 0 0 支出 0 0 減価償却費 0 0 金融費用 0 0 税引前損益 0 0 所得税 0 0 税引後損益 0 0 減価償却費 0 0 固定資産投 15,315 15,331 資額 融資増減 6,619 331 ECF -8,697 -15,000 みなし税 0 0 みなし税引 -8,697 -15,000 後 ECF 現預金 固定資産 資産合計 負債 資本金 剰余金 負債・資本合 計 6,900 1,500 2,911 347 2,141 749 1,392 2,911 4 6,900 1,500 2,911 320 2,169 759 1,410 2,911 5 6,900 1,500 2,911 291 2,198 769 1,429 2,911 6 6,900 1,500 2,911 260 2,228 780 1,448 2,911 7 6,900 1,500 2,911 228 2,260 791 1,469 2,911 8 6,900 1,500 2,911 195 2,294 803 1,491 2,911 9 6,900 1,500 2,911 160 2,329 815 1,514 2,911 10 6,900 1,500 2,911 123 2,366 828 1,538 2,911 0 0 0 0 0 0 0 0 -553 3,751 487 -580 3,741 493 -609 3,731 500 -640 3,720 507 -672 3,709 514 -705 3,697 522 -740 3,685 530 -777 3,672 538 3,263 3,248 3,231 3,213 3,195 3,175 3,155 3,134 3,152 15,315 18,467 6,619 11,848 0 0 30,646 30,646 6,950 23,697 0 3,751 27,735 31,485 6,397 23,697 1,392 7,492 24,823 32,315 5,817 23,697 2,801 11,222 21,912 33,134 5,208 23,697 4,230 14,942 19,001 33,943 4,568 23,697 5,678 18,651 16,089 34,741 3,897 23,697 7,147 22,348 13,178 35,526 3,191 23,697 8,638 26,033 10,266 36,300 2,451 23,697 10,152 29,705 7,355 37,060 1,673 23,697 11,690 18,467 30,646 31,485 32,315 33,134 33,943 34,741 35,526 36,300 37,060 以上の前払いによるクレジットの獲得方法の評価をまとめると表 4.18 になる。いずれ の場合にも、予期されるクレジット獲得量の現在価値と前払いの金額とが、前払いによっ て被るリスク(すなわち割引率)に見合っているか、ということがポイントといえるであ ろう。 表 4.18 クレジットの獲得方法と支払額(モデル・プロジェクト) 獲得者の 支払額 ( 千米ドル ) エクイティー IRR 出資者の 利益率 単純合計 9,000 12.0% 9.2% 不 足 分:US5.0/t-CO2 で 返 前払い 還 (返還義務あり) 過剰分:取り決めなし 6,303 13.5% 10.3% 出資の対価 前払い出資金 不足・過剰に係わらず産出 (返還義務なし) 量を獲得 3,113 12.0% 9.6% 融資の対価 前払い貸付金 不足分:US5.0/t-CO2 (返還義務あり) 返還過剰分:取り決めなし 6,303 13.6% 10.4% 獲得方法 カーボン・ ファイナンス 獲得条件 引き換え払い (US5.0/t-CO2) クレジット 過不足の処理 不足分:支払わず 過剰分:取り決めなし 89 第4章 CDM/JI 事業開発にかかる諸論点 4.6.6 キャッシュ・フローの安定性 CDM 事業のモデル例として想定した産業プラントは、操業水準(パーフォーマンス) が比較的安定しており、生み出されるキャッシュ・フローも安定的であると仮定した。し かしながら、現実のプロジェクトにおいては、操業水準が安定的であるとは限らない 68。 特に CDM/JI 事業の対象となりやすいメタン回収関連のプロジェクトや再生可能エネル ギー関連のプロジェクトは、むしろ安定的ではないことが一般的である。例えば、都市廃 棄物埋立て処理から回収するメタンの量は、廃棄物の搬入量、内容物、搬入からの期間な どによって変化するし、風力発電や水力発電は風況や水量によって発電量が変動する。地 熱や炭層メタンの利用は、有望な地層を発見できなければ開発投資は無に帰すかもしれな い。バイオマス燃料は生育が自然状況に左右されるため量や質が一定せず、また小規模供 給者が多いなどの制度的な理由からも安定供給が懸念される。 したがって、ここまで述べてきたような分析に加えて、キャッシュ・フローに影響する さまざまなリスクを取り上げ、可能なかぎり定量的に分析することが重要である。そのた めにはまず、リスク要因をなるべく多様な側面から抽出し、キャッシュ・フローに重要な 影響を与えるようなリスク要因を特定する。そのうえで、特定要因のそれぞれについて長 期的に実現性のもっとも高いシナリオを基準値(ベース・ケース)として定める。このベー ス・ケースに負荷を与えることによって、キャッシュ・フローおよび DSCR や LLCR、エ クイティー IRR、みなし税引き後収益率などの重要な指標にどの程度の乖離が生じるか計 測することをストレス・テストと呼んでいる。また、 負荷をかけるだけではなくベース・ケー スのリスク要因を上下に変動させ、キャッシュ・フローや指標の変化を観察することを感 度分析(センシティビティー・アナリシス)と呼んでいる。 ストレス・テストやセンシティビティー・アナリシスは、負荷や変化率の想定が恣意的 あるいは直感的であったとしてもリスク要因とその影響による変化率を知り、プロジェク トの実現可能性を予測するために有益である。特にリスク要因は現実には重複して変化す るため、個々のリスク要因の変動だけでなく、複合的なケースを試算してプロジェクトの 実現可能性の変化を確認すべきである。このような分析を行なうことによって、どのよう な状況になればプロジェクトが破綻するのか事前に予測することが可能となり、そのよう な状況にいたる前にプロジェクトに対し何らかの働きかけを行なうことが可能となるから である ( シナリオ分析 )。 さらに望ましいのは、経験的なデータを用いて負荷や変化率を設定することである。各 リスク要因の長期的な経験値あるいは観察データからリスク要因の変動について確率分布 や相互の相関関係を導き、それに基づいて乱数を複数回(例えば数百回から一千回)発生 させ、キャッシュ・フローや重要指標の変化を求める方法をモンテカルロ・シミュレーショ ン (Mont Carlo Simulation) と呼ぶ。モンテカルロ・シミュレーションは、 キャッシュ・フロー や指標の変動リスクを確率的に分析するために非常に有効な方法と考えられる。 68: このモデル例においては、産業プラント本体の操業水準のみならず、本体のプロセスが大きく変更されず、かつ本体 が企業体としても存続しなければ、廃熱回収および発電を継続できないので、本体のリスクに従属的なプロジェクト ということができる。 90