Comments
Description
Transcript
11月号 - 京都大学生態学研究センター
京都大学生態学研究センターニュース Center for Ecological Research NEWS 2008. 11. 20 No. 102 京都大学 生態学研究センター Center for Ecological Research Kyoto University 京都大学生態学研究センター 〒 520-2113 滋賀県大津市平野 2 丁目 509-3 センター長 高林純示 Center for Ecological Research, Kyoto University 2-509-3 Hirano, Otsu, Shiga, 520-2113, Japan Home page : http://www.ecology.kyoto-u.ac.jp 目 次 共同利用委員会からのお知らせ 共同利用事業公募要項 ................................................ 1 センター員の異動................................................................. 2 京都大学生態学研究センター運営委員会 (第 51 回)(第 52 回)議事要旨................................. 3 京都大学生態学研究センター協議員会 (第 62 回)(第 63 回)議事要旨................................. 4 協力研究員に関するお知らせとお願い............................. 5 新センター員の紹介 工藤洋..................... 6 大園享司................. 7 生態研セミナー参加レポート............................................. 9 オープンキャンパスのお知らせ........................................ 11 「ひらめきときめきサイエンス」開催報告......................12 国際シンポジウム開催報告................................................15 センター員の研究紹介 岸茂樹 ...................17 岸田治....................20 公募型共同利用事業 研究会の報告 「生物多様性・生態系機能の適応管理に向けた 観測体制の構築」.......................................................23 「安定同位体分析による生態系研究の最前線」.........25 公募型共同利用事業 野外実習の報告 「河川生態系の環境構造と生物群集に関する 基礎実習」..................................................................25 「陸上生態系における土壌ダニ類の野外調査法 および分類法の習得」..............................................27 「安定同位体実習」........................................................29 2008 年度協力研究員追加リスト.......................................30 編集後記................................................................................30 共同利用委員会からのお知らせ 2009 年度(平成 21 年度)京都大学生態学研究センター 共同利用事業公募要項 京都大学生態学研究センターでは、2009 年度の共同利 用事業の一環として以下の内容のものを公募します。 大学院生を受講対象とし、全国に公開されるもので、 生態学およびその関連分野において重要だが教育の 場が限られる課題についての集中講義 & セミナーお よび野外実習の企画を募集します。 1. 公募事項 (1)研究会 : 生態学およびその関連分野での重要な研究 課題について、研究結果のまとめ・現状分析・将来 の研究計画の作成などを行い、当センターの共同研 究の推進に役立つ研究会の企画を募集します。 (2)集中講義 & セミナーおよび野外実習:学部学生・ 2. 開催期日 2009 年 5 月 1 日から 2010 年 2 月 28 日までの期間に 開かれるものとします。 -1- センターニュース No. 102 3. 採択件数 研究会および集中講義 & セミナー・野外実習、合わ せて 5 件程度の採択を予定しています。 と朱書きしてください。 8. 選考 2009 年 4 月中旬に行います。 4. 応募資格 大学その他の研究機関に所属する研究者、またはこれ と同等の研究能力を有すると認められる方とします。 なお、企画に対して助言可能な本センター教員の受入 れ責任者を置くことが条件となります(必ずしも、本 センター教員が共同利用事業に参加する必要はありま せん)。 9. 所要経費 研究会の出席者、集中講義 & セミナーの講師の旅費、 場合によってはその他必要経費の全部または一部を、 当センターにおいて支出します。1 件について 20 万 円以内を予定しています。 10. 報告書および論文の提出 (1)共同利用事業終了後、1 ヶ月以内に報告書を当セ ンターに提出してください。なお、提出された報 告書は、その全部または一部を当センターのセン ターニュースおよび業績目録に掲載します。 (2)共同利用事業によって得られた成果を論文等によ り発表する場合には、京都大学生態学研究センター 共同利用事業の援助を受けた旨を論文等に記して いただくようお願いします。以下、例文です。 和文:本研究は、京都大学生態学研究センターの 共同利用施設を使用して行った。 英 文:The present study was conducted using Cooperative Research Facilities of Center for Ecological Research, Kyoto University. また、別刷り 1 部を当センター共同利用係宛に提 出してください。 5. 申請方法 研究会、集中講義 & セミナーおよび野外実習のそれ ぞれについて、下記の必要事項を記載した企画書を作 成し、郵送、ファックスまたは、E-mail にて直接当セ ンターに提出してください。 必要記載事項: (1)申込者氏名・所属先および職・所属先住所・電 話・ファックス・E-mail (2)研究会、集中講義 & セミナー、野外実習の別 (3)課題名 (4)開催予定日時 (5)開催予定場所 (6)開催目的および内容の概略(400 字程度) (7)参加予定者の一覧 (氏名・所属) (8)センター内の受入れ責任者 なお、申請が採択された場合、所属機関(部局)の長 を通して、正式の研究会等申請書を改めて提出してい ただきます。 この公募内容につきまして、不明な点がございましたら、 当センター共同利用担当に御照会ください。 6. 申込期限:2009 年 4 月 3 日(金)必着 ※京都大学生態学研究センター全国共同利用に関する申し合わせ 7. 企画書送付先 〒 520-2113 大津市平野 2 丁目 509-3 京都大学生態学研究センター 共同利用担当 TEL : (077) 549-8200(代表) FAX : (077) 549-8201 E-mail : [email protected] 郵送の場合は、封筒の表に「共同利用事業企画書在中」 (1)全国共同利用のセンターとして、生態学及びその関連分野に 関し、次の項目について共同利用を実施する。 1)共同研究 生態学の特別研究プロジェクト及び共同研究、個別共同研究 2)共同利用実験施設等共同利用 野外研究施設・大型機器等を利用する実験、研究 3)施設利用(ビジター・システム) 4)研究会・野外実習・集中講義並びにセミナー 5)その他 (2)上記の目的達成のため、必要に応じ招へい外国人学者を受入れ、 協力研究員・その他を委嘱することができる。 センター員の異動 ・中野伸一氏が、10 月 1 日付けで愛媛大学よりセンターの教授として着任しました。 ・由水千景氏が、10 月 1 日付けで研究員(産官学連携)として採用されました。 ・河野真澄氏、杉阪次郎氏が、10 月 1 日付けで研究員(科学研究)として採用されました。 -2- センターニュース No. 102 京都大学生態学研究センター 運営委員会(第 51 回)議事要旨 京都大学生態学研究センター 運営委員会(第 52 回)議事要旨 日 時:平成 20 年 3 月 6 日(木) 午前 10 時 05 分∼午前 10 時 50 分 場 所:京都大学吉田泉殿 1 階セミナー室 出席者:運営委員 19 名、幹事 1 名 日 時:平成 20 年 5 月 21 日(水) 午前 10 時 00 分∼午前 11 時 10 分 場 所:京都大学百周年時計台記念館 2 階 会議室 IV 出席者:運営委員 20 名、幹事 1 名 前回(第 50 回)議事録(案)の承認を得た。 議事に先立ち新任の運営委員並びに事務方の紹介 があった。 前回(第 51 回)議事録(案)の承認を得た。 (議題) 1. 人事について ・生態科学分野教授人事について 高林センター長より、生態科学分野教授人事の進め 方について説明があり、続いて椿人事選考委員会委員 長から、「資料 1」に基づき、候補者の経歴等の説明 並びに人事選考事委員会の結果について報告があっ た。 意見交換の後、可否投票を実施した結果、全票(19 票)可の意見の分布を得て、教授会で決定した候補者 の採用について承認された。 ※資料回収 (議題) 1. 人事について ・水域生態学教授人事について 高林センター長より、水域生態学分野教授人事の進 め方について説明があり、続いて「資料 1-1」に基づき、 人事選考委員会の報告並びに候補者の経歴等について 説明があった。 意見交換の後、可否投票を実施した結果、全票(19 票)可の意見の分布を得て、教授会で決定した候補者 の採用について承認された。 ※資料回収 ・熱帯生態学準教授人事について 高林センター長より、熱帯生態学準教授人事につい て、「資料 1-2」に基づき、人事選考委員会の報告並び に候補者の経歴等について説明があった。 意見交換の後、可否投票を実施した結果、全票(20 票)可の意見の分布を得て、教授会で決定した候補者 の採用について承認された。 ※資料回収 2. 専門委員会常任委員会委員の選任について 高林センター長より、「資料 2」に基づき、京都大 学生態学研究センター運営委員会内規に定める専門委 員会の委員の選出について説明があり、審議の結果、 承認された。 3. 京都大学生態学研究センター化学物質管理委員会内規 (案)について 陀安生態学研究センター化学物質管理委員会委員長 より、「資料 3」に基づき、京都大学生態学研究セン ター化学物質管理委員会内規(案)について説明があ り、審議の結果、承認された。 (報告事項) 1. 新研究所構想について 高林センター長から、新研究所構想について、生態 学会等主要な学会にサポートを依頼している旨の説明 があり、平成 21 年度に向けて学内で設立準備委員会 を立ち上げ、具体的なことについて話し合いを行う予 定である旨の報告があった。 2. 洞爺湖サミットについて 高林センター長より、洞爺湖サミット関連の国際会 議(ICSA)に参加する旨の報告があり、奥田准教授 から大まかな案について報告があった。 3. 人事について 高林センター長より、熱帯生態学分野と水域生態学 分野の人事の進み具合について報告があり、平成 20 年度の定例運営委員会に諮りたい旨の説明があった。 4. 地球研との連携について 川端総合地球環境学研究所教授より、地球研との連 携について質問があり、高林センター長から現状等に ついて報告があった。 (報告事項) 1. 各種委員会報告 ・共同利用委員会 最後に、任期が終わる委員に対して謝辞が述べられ、 引き続き運営委員として等協力していただきたい旨の 依頼があった。 (文責:椿宜高) 奥田共同利用委員会委員長より、 「資料 4」に基づき、 平成 20 年度全国共同利用事業として研究会 3 件、集 中講義 & セミナー 3 件、野外実習 3 件を採択した旨 (*) -3- センターニュース No. 102 (*) 長から、 「資料 1」に基づき、候補者の経歴等の説明並 びに人事選考事委員会の結果について報告があった。 意見交換の後、可否投票を実施した結果、教授会か ら推薦した候補者の採用について、全員一致で承認さ れた。 ※資料回収 の報告があった。 ・外国人研究者選考委員会 大串外国人研究者選考委員会委員長より、外国人研 究者について、前回運営委員会で報告した 2 名のうち、 7 月 1 日から採用予定の Boo 教授が辞退された旨の報 告並びに後任の候補者選考方法について報告があっ た。 2. 平成 20 年度非常勤研究員について 高林センター長より、「資料 5」に基づき、非常勤 研究員 3 名を採用した旨の報告があった。 3. 協力研究員について 高林センター長より、「資料 6」に基づき、協力研究 員 65 名を委嘱した旨の報告があった。 4. 平成 20 年度研究生の受入れについて 高林センター長より、「資料 7」に基づき、研究生 1 名を受入れた旨の報告があった。 5. 平成 20 年度日本学術振興会特別研究員の受入れにつ いて 高林センター長より、 「資料 8」に基づき、日本学術 振興会特別研究員 1 名を受入れた旨の報告があった。 6. 教員の兼業について 高林センター長より、「資料 9」に基づき、教員の 兼業(11 件)について報告があった。 7. 外部資金の受け入れについて 高林センター長より、「資料 10」に基づき、外部資 金の受入れ(7 件)について報告 があった。 8. その他 ・年間スケジュールについて 高林センター長より、「資料 11」に基づき、生態学 研究センターの年間スケジュールについて報告があっ た。 (文責:椿宜高) (報告事項) 1. 研究所・センターシンポジウムについて 高林センター長より、3 月 8 日(土)に横浜で開催 されたシンポジウムについて報告があった。 2. グローバル COE について 大串グローバル COE 委員会委員長より、今年度に 採択された生物の進化と多様性のための拠点形成グロ ーバル COE について報告があった。 3. 人事について 高林センター長より、熱帯生態学、水域生態学の人 事について、進行具合並びに年度初めの協議員会で審 議いただく予定である旨の報告があった。 4. 定年退職の協議員について 高林センター長より、本年 3 月末で定年退職予定の 清水教授の紹介があり、清水教授から挨拶があった。 5. 協議員について 高林センター長より、協議員について、今年度で任 期が切れる協議員について報告並びに引き続き協力い ただきたい旨の依頼があった。 (文責:椿宜高) 京都大学生態学研究センター 協議員会(第 63 回)議事要旨 日 時:平成 20 年 5 月 30 日(金) 午前 9 時 32 分∼午前 10 時 30 分 場 所:京都大学百周年時計台記念館 会議室 II 出席者:協議員 9 名、幹事 1 名 京都大学生態学研究センター 協議員会(第 62 回)議事要旨 日 時:平成 20 年 3 月 10 日(月) 午前 10 時 00 分∼午前 10 時 35 分 場 所:京都大学吉田泉殿 1 階セミナー室 出席者:協議員 13 名、幹事 1 名 議事に先立ち新任の協議員並びに事務方の紹介があ った。 前回(第 62 回)議事録(案)の承認を得た。 (議 題) 1. 人事について ・水域生態学教授人事について 高林センター長より、「資料 1-1」に基づき、水域生 態学教授人事について、人事選考委員会の報告並びに 候補者の経歴等について説明があった。 意見交換の後、可否投票を実施した結果、教授会か 前回(第 61 回)議事録(案)の承認を得た。 (議 題) 1. 人事について ・生態科学分野教授人事について 高林センター長より、生態科学分野教授人事の進め 方について説明があり、続いて椿人事選考委員会委員 -4- センターニュース No. 102 ら推薦した候補者の採用について、全員一致で承認さ れた。 ※資料回収 ・熱帯生態学准教授人事について 高林センター長より、「資料 1-2」に基づき、熱帯生 態学准教授人事について、人事選考委員会の報告並び に候補者の経歴等について説明があった。 意見交換の後、可否投票を実施した結果、教授会か ら推薦した候補者の採用について、全員一致で承認さ れた。 ※資料回収 2. 京都大学生態学研究センター化学物質管理委員会内規 (案)について 高林センター長より、「資料 2」に基づき、京都大 学生態学研究センター化学物質管理委員会内規(案) について説明があり、審議の結果、承認された。 2. 平成 20 年度非常勤研究員について 高林センター長より、「資料 4」に基づき、非常勤 研究員 3 名を採用した旨の報告があった。 3. 協力研究員の受入れについて 高林センター長より、「資料 5」に基づき、協力研 究員 65 名を委嘱した旨の報告があった。 4. 平成 20 年度研究生の受入れについて 高林センター長より、「資料 6」に基づき、研究生 1 名を受入れた旨の報告があった。 5. 平成 20 年度日本学術振興会特別研究員の受入れにつ いて 高林センター長より、「資料 7」に基づき、日本学 術振興会特別研究員 1 名を受入れた旨の報告があっ た。 6. 教員の兼業について 高林センター長より、「資料 8」に基づき、教員の兼 業(11 件)について報告がった。 7. 外部資金の受け入れについて 高林センター長より、「資料 9」に基づき、外部資 金の受入れ(6 件)について報告があった。 8. その他 ・年間スケジュールについて 高林センター長より、「資料 10」に基づき、生態学 研究センターの年間スケジュールについて報告があっ た。 (報告事項) 1. 各種委員会報告 ・共同利用委員会 高林センター長より、「資料 3」に基づき、平成 20 年度全国共同利用事業として、研究会 3 件、集中講義 & セミナー 3 件、野外実習 3 件を採択した旨の報告が あった。 ・外国人研究者選考委員会 高林センター長より、外国人研究者について、前回 協議員会で報告した 2 名のうち、7 月 1 日から採用予 定の Boo 氏が辞退された旨の報告並びに後任の候補 者選考方法について報告があった。 最後に、高林センター長より、今後の人事の予定並 びに会議出席への謝辞が述べられた。 (文責:椿宜高) 協力研究員 (Affiliated Scientist) に関するお知らせとお願い 生態学研究センターでは全国共同利用研究施設として、開かれた研究活動を活発化するために、協力研究員 制度を設けています。協力研究員は担当教員とご相談のうえ、施設の一部をセンター員に準じて利用できます。 09 年 3 月末で任期満了の協力研究員におかれましては、これまでのご協力に対して厚く御礼申しあげます。改 めて 09 年度の協力研究員を募集いたします。新規及び引き続き協力研究員としてセンターの共同利用を希望 される場合は 09 年 3 月 16 日(月)までに申請書をご提出いただくようお願いいたします。 申請書の様式はセンター HP(http://www.ecology.kyoto-u.ac.jp/ecology/activities/images/gs0607.doc)から ダウンロードできますので、必要事項を入力のうえ電子メイルでお送りください。または、同封の申請書に記 入のうえ、郵送ないしは Fax でお送りください。なお、上記締切以後の申請についても随時受け付けています。 申請書の提出先・問い合わせ先 京都大学生態学研究センター共同利用担当 〒 520-2113 滋賀県大津市平野 2 丁目 509-3 E-mail: [email protected] Tel: 077-549-8200 Fax: 077-549-8201 ※京都大学生態学研究センター協力研究員の委嘱についての申し合わせ (1) 生態学研究センター(以下「センター」という)の研究活動を推進 するため、学内外の研究者に協力研究員を委嘱することができる。 (2) 協力研究員は、教授会の議に基づき、センター長が委嘱する。 (3) 協力研究員の任期は原則として 2 年とする。 -5- センターニュース No. 102 新センター員の紹介 ゲインラインを越えましょう 工藤洋(教授) 2008 年 5 月に生態学研究センターに着任しました。植 物の集団生物学が専門で、アブラナ科を対象に分子生態 学的手法を使った研究をしています。生物集団の適応進 化に興味があります。 アブラナ科の植物は世界で 3,600 種ほどいます。コー カサスを起源として北半球各地に広がった自殖性の一年 草シロイヌナズナもその中に含まれています。このシロ イヌナズナは、最近ではモデル植物と呼ばれるようにな り、分子遺伝学的な技術と情報が利用可能な種となりま した。アブラナ科には、様々な生育環境に多様な生活史 を持った植物が進化しています。シロイヌナズナに近縁 であることのメリットを生かしつつ、アブラナ科の多彩 な性質を利用して、野外における植物の適応に重要な性 質についての研究をすることができます。自家不和合性、 倍数性、雑種形成、クローン成長、環境応答、フェノロ ジー調節、食害防御などの問題に、アブラナ科の野生種 を対象に研究することで深くかつ素早くアプローチする ことができます。こういったことに興味のある人が、研 究室に集まってきています。 センターの分子生態部門を充実させるのが私の役割の ひとつです。次世代シークエンサーを一早く設置して、 全国共同利用に供し、日本各地から野外生物の研究者が 利用しに来る。というのが夢です。次世代シークエンサー というのは、これまでの常識を越えた多量の塩基配列を 一気に決めることができる機械です。そのため、生物群 集を DNA 配列群集としてサンプリングできるといった ことが可能になります。また、あらかじめ参照する配列 情報なしに、転写されている遺伝子の配列とコピー数を 決めることができます。むしろ私たち生態学者のような 非モデル生物を研究対象としている状況で活用できる機 器です。 実験室では、分子生態学的な実験を手軽におこなえる ような機器をそろえていきます。サーマルサイクラーや リアルタイム PCR などです。また、gCOE プログラムと の連携の下、シークエンス解析もどんどんできる環境が 整いつつあります。また、生態研の他の研究室とも協力 して、フラグメント解析が効率よくできる研究環境を整 えます。より良い実験室にするために、やらないといけ ないことは山積みですが、少しずつでも進めていきたい と思います。 私は、以前、ラグビーをやっていたことがあります。 ラグビーは相手の陣地の奥深くにボールを運ぶのが目的 で、そこにボールを置くと、トライといって点が入りま す。しかし、試合中の個々の局面では、ゲインラインを 越える(越えさせない)ことが目的になります。ゲイン ラインとは、現在ボールがある地点から敵と味方の間に 引いた線です。ゲインラインを突破することを繰り返せ ば、やがてはトライにつながります。 ところが、ここがラグビーの面白いところなのですが、 ゲインラインを越えるために、ボールを後ろにパスしま す。目の前に敵がいてはすぐにつかまってしまい、どん な力のある人でもゲインラインを突破できません。そこ で、ボールを素早く後ろにパスすることによってゲイン ラインとの間に空間を作ります。この空間を私たちは「プ レーするスペース」と呼んでいました。攻撃の第一歩は 「プレーするスペース」を作る事でした。 そして、ゲインライン上に穴を見つけたら、数メート ルのスペースを利用して一気にトップスピードに乗り、 ゲインラインを越えます。このあたりが、一番アドレナ リンが出るところです。せっかく作った「プレーするス ペース」は、ほんの短時間しか存在しません。でも、た まに訪れるかもしれないチャンスを狙って、淡々と「プ レーするスペース」作りを繰り返します。 生態研センターの面白いところは、たくさんの生態学 研究者が同じ場所に集まっていることです。ここで皆さ んと一緒に、「プレーするスペース」作りをしようと思 います。それは、いろんな機器へのアクセスなのかもし れないし、より広範な知識かもしれません。そして、トッ プスピードに乗り、ゲインラインを越えましょう。研究 とラグビーを一緒にするのはあまりに単純すぎるような 気もしますが、「プレーするスペース」は努力して作り 続けていかなければならないでしょう。 ラグビーを好きだった理由がもうひとつあります。そ れは体重が軽く、相手に力負けする場合でも、まだ勝つ チャンスがあるということです。勝負は後半残り十分に あります。長い試合時間をひたすら走り続け、自分より も相手がバテたなら、体重の重い相手に押し勝つことが できるかもしれません。というわけで、末永く、よろし くお願いします。 -6- センターニュース No. 102 生態学研究センター着任のご報告 大園享司(准教授) 2008 年 7 月 1 日付けで生態研に着任いたしました。熱 帯生態学部門の准教授として、熱帯林を対象とした生態 学研究に取り組んでいくことになりました。今後ともよ ろしくお願いします。 これまでに私は、土壌分解系に関する研究を、温帯林 を中心として極域ツンドラから熱帯林までの幅広い生態 系を対象として行ってきました。学生時代から一貫して、 土壌分解系において中心的な機能を担う菌類に注目して います。菌類群集の種多様性や機能的な多様性が、土壌 分解系の構造や機能にどのように関わっているのか、そ れが地理的に、気候条件にともなって、あるいは自然撹 乱や人為的な撹乱にともなってどのように変化するの か。それを生態学的な観点から明らかにしたいというの が、興味の原点にあります。 大学 2 回生のとき、相良直彦先生(当時、京大人間・ 環境学研究科)の主催する「ツキヨタケ鑑賞会」に参加 したのがきっかけで、菌類に興味を持ちました。京都府 出発点になっています。 ブナ林での研究と並行して、博士課程在籍中には、琵 琶湖博物館の研究プロジェクトに参加させていただき、 大型の水鳥カワウが集団で営巣している森林で研究を行 いました。琵琶湖岸の調査地では、頭上からフンが絶え 間なく降ってくるためカンカン照りの真夏でも雨合羽を 着込みます。初めての調査時、汗だくになりながら林床 を掘り返すと、驚くほど真っ黒になったリターがタップ リ堆積しているではありませんか。その黒光りの様子が、 未だに脳裏に焼き付いています。いったい何が起こって いるのか ? という素朴な疑問から研究が始まりました。 カワウは肉食で、フンは窒素やリンなどの養分物質を多 量に含んでいます。野外調査・野外実験とラボ実験を積 み重ねた結果、カワウが営巣時に枝葉を大量に折り落と すことに加えて、栄養に富むフンの大量供給が、分解に 関わる菌類の群集構造や分解活性を改変させ、それにと もない林床における物質の分解や集積のパターンが変化 することがわかりました。肉眼では観察することのでき ない菌類の機能の変化から、土壌分解系の応答が理解で きる場合があることを実感しました。 京大農学研究科の森林生態学研究室で助手の職を得て からは、国内で継続して落葉と菌類の研究に取り組むと ともに、新たに海外で調査をする機会を得ました。タイ の熱帯季節林では、落葉が菌類によるリグニン分解を受 けて顕著に白色化している様子を目の当たりにしまし た。この発見は、落葉と菌類に関する研究アプローチが 大きく転換する契機になりました。タイではこの落葉の 白色化に注目した分解実験に取り組みました。その後、 菌類調査の利便性を考えて、沖縄県の亜熱帯林にフィー ルドを変更し、熱帯地域における落葉と菌類のテーマを 継続して進めています。これと並行して、岐阜県の御岳 山に位置する亜高山帯針葉樹林でも比較調査を始めまし た。亜高山帯、温帯、熱帯の 3 気候帯の森林を対象とし て、土壌分解系の構造や機能を解明し比較することが目 下の研究目標の 1 つになっています。 国立極地研の神田啓史先生の研究プロジェクトに参加 する機会がありました。カナダ最北端に位置するエルズ ミア島(北緯 81 度)での、氷河後退域の生態系調査です。 極砂漠も極オアシスも、白夜も氷河もジャコウウシもツ イン・オッターも何もかもが初めての体験でした。高緯 度北極は地球温暖化にもっとも敏感といわれる生態系で す。北極の短い夏に 2 ∼ 3 週間キャンプをしながら、氷 河後退域における生態系の発達プロセスと土壌分解系の 機能を調査した経験は、いろいろな意味で勉強になり、 たいへん得難いものとなりました。 農学研究科に在籍中、カナダ国ブリティッシュ・コロ 北東部の京大芦生研究林に、ツキヨタケというきのこが 光る様子を鑑賞しにいく行事です。山歩きを通じて菌類 の独特さ面白さに触れただけでなく、肌寒い秋の夜の山 中で青白く光るツキヨタケの群生を見たり、きのこ鍋で 中毒して嘔吐したりという経験を通じて、ふだん肉眼で は見ることのできない、得体の知れない「菌類」という 生物への関心が否応なく深まりました。 学生時代は京大農学部・農学研究科に所属し、武田博 清先生(現・同志社大学)のご指導のもとで森林生態学 を学びました。博士論文では、落葉の分解プロセスと、 分解に関わる菌類(大型菌類 = きのこ、微小菌類 = かび) の生態的な役割を、野外観察・野外実験とラボ実験とに よって実証的に明らかにしました。これは芦生のブナ林 をフィールドとして、卒論生のときから継続して取り組 んできたテーマです。菌類の生活の主体は菌糸とよばれ る直径 2 ∼ 10 μ m 程度の、肉眼では見ることのできな い微小な細胞です。その目に見えない菌糸の視点に立っ て、菌類は落葉という資源をどう利用して生きているの か、生きてきたのか、そしてそれが森林の物質循環にど のように関わってくるのか、ということを考え学び続け た学生時代でした(もちろん今も、考え学び続けていま す)。同じ従属栄養生物として、菌類と人間の生き方(= 資源利用様式)には意外な共通点があることも思い知り ました。私が在籍していた当時、研究室には樹木の行動 生態や、森林の物質循環、昆虫の群集生態など、幅広い 研究テーマに取り組む先輩・後輩がたくさんいました。 教授をはじめとするユニークな方々に囲まれ自由な雰囲 気のなかで、「おちばとかび・きのこの色っぽい関係」 というテーマに没頭できた経験が、私の研究者としての -7- センターニュース No. 102 ンビア州のカナダ連邦立森林研究所にポスドクとして 11 ヶ月間滞在しました。受け入れ先の Tony Trofymow 博 士は、CIDET とよばれるカナダでの広域的・長期的なリ ター分解プロジェクトや、森林施業が針葉樹からなる温 帯降雨林の構造や機能に及ぼす影響を評価する CFC と よばれる研究プロジェクトのリーダーを務める研究者で す。これらのプロジェクトに一時的にではありますが参 加することで、個人研究というレベルを超えた、大規模 な研究プロジェクトを企画し組織して、継続して実行す ることの意義や大変さについて考える機会になりまし た。 他にも助手時代には、粗大枯死材の現存量や分解プロ セス、粗大枯死材の分解に関わる菌類群集に関する研究 や、里山二次林において森林伐採がリター分解に及ぼす 影響を調べる研究などに大学院生と共に取り組んできま した。また、インドネシア・スマトラ島南部のアカシア 植林地における研究プロジェクトや、利尻島・西表島に おける菌類多様性の評価プロジェクトなどに研究分担者 として関わっています。 生態研では、これまで積み上げてきた研究経験を基礎 として、熱帯林を軸とした研究をさらに展開できればと 考えています。これまでどおり、自分自身のテーマを 持って地道にデータを積み上げていくスタイルを堅持し つつ、生態学の関連分野の研究者の方々との共同研究を 積極的に行い、また放射性炭素を用いた年代測定法や核 磁気共鳴分光法、分子生物学的手法といった新しい研究 手法を活用することによって、個人研究のレベルにとど まることなく、より大きな枠組みのなかで研究成果を生 み出すことを通して生態学の発展に寄与できればと考え ています。 熱帯と一口に言っても、そこには熱帯降雨林のように 一年を通じて温暖湿潤な地域もあれば、モンスーンや地 形の影響で乾季が明瞭に認められる季節林もあります。 緯度や標高にともなう温度条件の変化もあれば、オース トラリアには北半球の熱帯林の構成種とは系統的に異な る植物や菌類からなる熱帯林が存在します。焼畑や植林 などの人間活動も熱帯地域の景観に短期的・長期的な影 響を及ぼしています。このような地史的、地理的、地域 的な環境の違い、あるいは人為的な環境の変化に対して、 熱帯林や土壌分解系の構造や機能がどのように変化する のか。そのような基礎的な問いかけに対しても明瞭な答 えが得られていないのが現状ではないでしょうか。特に、 落葉の分解や木質リター(落枝、粗大枯死材)の分解、 これらの分解に関与する菌類の種多様性や生態的機能に ついては、あまり調べられていません。生態研の有する マレーシアの研究拠点をはじめとしたフィールドでの基 礎研究を通して、またこれまで行ってきた温帯以北の生 態系における研究結果との比較を通じて、熱帯林の特徴 を明らかにし、熱帯林に関する知識の集積に貢献したい と考えています。 また近年の研究から、さまざまな陸域生態系の生態系 プロセスにおいて、内生菌(エンドファイト)や病原菌、 菌根菌が重要な機能を担っていることが明らかになりつ つあります。特に熱帯地域は菌類の生物多様性や機能的 な多様性のホットスポットであると言われますが、その 実態については未解明のままです。私はこれまでに、樹 木エンドファイトの初期分解者としての役割や、早期落 葉を引き起こす病原菌の生態に興味を持って研究を進め てきました。土壌分解系での役割にとどまらない、菌類 の多様性や地理的分布や進化、菌類の担う多様な生態系 機能を解明するための研究に、熱帯林に生息する菌類や グラスエンドファイトなどを対象として取り組んでみた いと考えています。 これらの研究活動を基礎として、将来的には地球環境 問題や地球温暖化を視野に入れた課題、例えばアジア地 域での広域的な分解研究プロジェクトなどへと研究を発 展させることができればと考えています。これまであま り考慮されてこなかった、ふだん肉眼では見ることので きない「得体の知れない」生物の暗躍する「アンダーグ ラウンド」から生態系の核心に迫るような、新しい科学 を切り開いていけたら面白いと思います。生態研がその ような土壌分解系や菌類の機能を軸とした生態系機能を 解明する国内外の研究拠点のひとつになることを目指し て頑張りたいと思います。 -8- センターニュース No. 102 生態研セミナー参加レポート 開催場所:京都大学生態学研究センター第二講義室 第 198 回 日時:2008 年 5 月 15 日(木) 14 : 00 ∼ 17 : 00 ◉「Colonization of an orchard by Drosophila melanogaster :the effect of chemical information and resources abundance in a spatial model」 Lia Hemerik (JSPS fellow, Kinki University / Wageningen University, The Netherlands) ◉「Optimal defense phenology of the plant under the seasonal emergence of herbivores」 高橋大輔(京都大学生態学研究センター) 後期博士課程 2 年 潮雅之 して正の影響(個体数の増加)を持つのか、負の影響(個 体数の減少)を持つのかを直感的に結論することはでき ない。 そこで Hemerik 氏は数理モデルを用いることで、化学 情報物質が個体群の定着に及ぼす影響を検証したのであ る。彼女のモデル研究では、昆虫個体群の定着において、 化学情報物質が無視できない効果を持つことを示してい た。また、この研究結果から示唆されることは応用的な 研究(例えば害虫駆除)にも役立つのかもしれない。ただ、 今回お話いただいたモデルを用いた基礎的な結果だけで は、まだまだ昆虫個体群の定着を理解するには不十分で あると思うし、応用的な方向に発展させるとしても、長 い時間と多大な努力を必要とするだろう。それでも、彼 女の研究は実際にデータを取ることが困難な状況におい て、モデル研究を行うことの有効性を示していた。 最後にちょっとした感想。モデル研究は現実的には実 行不可能な研究を数式の中で検証することが可能であ る。そうして得られた結論はしばしば実証研究にも重要 な情報となっている。しかしながら、院生の実証研究者 には結論を得る過程が完全には理解できないことが多い ように思われる。そのため、結論の妥当性をはっきりと 検証できないように思う(数理関係のセミナーの際は実 証研究を行っている院生からの質問が少ない)。これに はモデル研究者、実証研究者、双方にいくつか原因があ る。例えば、実証研究者側では単なる勉強不足、モデル 研究に対する食わず嫌い的な感覚、モデル研究者側では、 実証研究者をあまり考慮しない発表の仕方、などなど。 モデル研究と実証研究の交流はとても新しく面白い研究 を生むと思うのだが、センターのような場所でもそれは 院生レベルではなかなか難しく、これからの課題のよう だ。 今 回 の 生 態 研 セ ミ ナ ー で は、Lia Hemerik 氏(JSPS fellow、近畿大学 / Wageningen University)に、化学情報 物質と餌資源量がキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster )の個体群の定着に及ぼす影響についてお 話していただいた。 昆虫の個体群定着が野外においてどのような過程を経 て起こり、そこにはどのような要因が寄与しているのか を理解することは、「昆虫の個体群動態を理解する」と いう純粋科学的な意義を持つ。さらに、「どうすれば農 地での害虫駆除・制御をうまく行えるか」といった応用 的な課題に重要な基礎情報を提供するであろう(と、私 は考える)。しかしながら、実際に野外で個体サイズが 小さく個体数の多いキイロショウジョウバエのような昆 虫の個体数・分布を調査し、さらにそれらに影響を与え うる要因に関するデータをとることは容易ではない。こ のように十分な意義を持つにも関わらず、アプローチの 困難な昆虫の個体群定着という問題に対して、Hemerik 氏は時空間モデルを用いて取り組んだ。Hemerik 氏はモ デル昆虫としてキイロショウジョウバエ、定着に影響を 与えうる要因として化学情報物質と餌資源量を選び、そ れらを組み込んで数理モデルを構築した。ここでいう化 学情報物質とは、キイロショウジョウバエの放出する集 合フェロモンとリンゴ(キイロショウジョウバエの餌) の匂いである。集合フェロモンやリンゴの匂いはキイロ ショウジョウバエの個体密度を高める効果を持つため、 Allee 効果(個体密度が低すぎることによる適応度の低 下)を克服するには有効である。その一方で、高すぎる 個体密度は餌資源に対する競争(厳密には Hemerik 氏は 競争の中でも scramble competition を仮定した)を引き起 こす。そのため、化学情報物質が昆虫個体群の定着に対 -9- センターニュース No. 102 第 200 回 日時:2008 年 7 月 18 日(金) 14 : 00 ∼ 17 : 00 ◉「体表炭化水素類ー複雑なアリ社会を維持する最重要セミオケミカルー」 山岡亮平(京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科) ◉「食害植物が放出する揮発性物質が媒介する相互作用系 : 基礎と応用」 上船雅義(京都大学生態学研究センター) 前期博士課程 2 年 依田綾子 「昆虫のケミカルコミュニケーション」 今回のセミナーでは、京都工芸繊維大学教授の山岡亮 平氏と、生態学研究センター研究員の上船雅義氏に御講 演頂いた。 山岡氏には「体表炭化水素類―複雑なアリ社会を維持 する最重要セミオケミカル―」という題でお話し頂いた。 アリは視覚の発達した種は少なく、ほとんどの情報を触 角で物体に触れることで得ている。その情報源としては、 揮発性のフェロモン以外に、生物体の表面を覆う不揮発 性の体表炭化水素がフェロモンとして大変重要な役割を 果たしているという。体表炭化水素は種特異的に組成 が決まっている。アリは触角で相手に触れることで同じ 巣の仲間を認識しているが、具体的に何によって仲間を 判断しているのかはこれまで知られていなかった。アリ の体の炭化水素をガスクロマトグラフィーによって分析 すると、巣ごとに組成比が異なることが分かった。アリ の触角には 3 種類の感覚毛があるが、そのうち 2 種類が においや炭化水素に反応する。同巣と異巣のアリの炭化 水素液をこれらの感覚毛につけると、2 種のうち 1 種類 が異巣の炭化水素液に対してのみ反応した。このことか ら、アリは巣ごとに特異的な組成をもつ体表炭化水素を 巣仲間認識に利用していることが明らかとなった。幼虫 の発育段階も炭化水素で識別し、適切な世話をするそう である。また脚のふ節腺から体表と同じ組成の炭化水素 を分泌しており、歩きながら地面につけることでテリト リーや巣の入り口の表示に利用しているという。道しる べフェロモンもこの炭化水素と組み合わせることが重要 で、フェロモンのみでは行列はできないそうである。 体表炭化水素類はノルマルアルカン、分枝アルカン、 オレフィンに大別できるが、動物と植物では植物はノル マルアルカン、動物は 3 種類全部、と組み合わせが大き く異なるため、カタクリのようにアリに種子を運んで もらう植物の種子は、アリの関心を引くよう表面にオレ フィンが分布していたり、アリと共生関係を持たない種 類のアブラムシや繭を作らないアゲハチョウの蛹などの 体表は、植物の表面と同じようにノルマルアルカンのみ であったりするそうである。体表炭化水素として生物が 合成する化合物の種類は遺伝的に決まっているが、組成 比は環境依存的で個体間に揺らぎが生じるため、アリは 相互に接触することで組成を調整し、巣仲間の情報を統 一しているそうである。 上船氏には「食害物質が放出する揮発性物質が媒介す る相互作用系:基礎と応用」という題でお話し頂いた。 植物―植食者―捕食者の 3 者系における誘導防御関する 基礎研究の成果を、農業の害虫防除に応用して新しい植 物防御システムを開発する、という内容であった。ア ブラナ科植物とコナガとコナガサムライコマユバチの 3 者系では、ハチは植物の HIPV(Herbivore-Induced Plant Voaltiles:食害を受けて植物が放出する揮発性物質)に 反応して食害株に誘引され、株上のコナガ幼虫に産卵す る。誘引効果は食害 5% 以上で得られ、食害の程度には 反応しなかった。HIPV は分析の結果 4 種類の成分から なり、4 種をブレンドした場合のみ誘引性が認められた。 ここからまず基礎研究として、ハチによる HIPV の識別 と学習について 1 構成成分の違い 2 組成比の違い の効果 を調べる実験を行った。その結果、構成成分の違いに対 しては、良い経験(片方を選択すると寄主がいる)、悪 い経験(寄主はいない)のどちらも学習し、組成比の違 いは悪い経験のみ学習することが分かった。次に応用研 究として、農地に天敵誘引剤(人工 HIPV)と、天敵(ハ チ)を維持する活性化剤を予め設置することで天敵が常 に農作物周辺にいる状態を作り出し、作物を害虫(コナ ガ)から守る、という農業商品の開発を進めている。野 外試験から、天敵は HIPV があれば距離に関係なく、人 工成分に対しても誘引されることが示されたので、人工 HIPV とハチの餌となる蜜を使用した装置を作成し、農 家のビニールハウスに設置して効果を試験したところ、 コナガ発生率は無処理の場合の半分程度で、コナガあた りのハチ数も多くなる、という成果が得られた。今後は 実証試験を継続し、農薬登録へ向けた試験を行っていく そうである。 今回のセミナーでは、昆虫を中心とした視点から、生 物のケミカルコミュニケーションについてご紹介いただ いた。種内や個体間での詳細な情報を含むコミュニケー ションから、動物と植物といった全く異なる生物間での 情報伝達まで、非常に広範にわたって多様なコミュニ ケーションが行われている点、農業等への利用のように 今後の応用の可能性が期待される点が大変興味深いと感 じた。 -10- センターニュース No. 102 京都大学生態学研究センター オープンキャンパスのお知らせ o pen c ampus 2008 京都大学大学院理学研究科の協力講座である京都大学生態学研究センターは、生物科学専攻に属する生 態科学 I および生態科学 II の 2 つの分科から大学院生を受け入れ、生態学の研究教育活動、人材育成に積 極的に取り組んでいます。研究分野は、水域生態学・熱帯生態学・生物間相互作用・理論生態学・分子解 析生態学・保全生態学です。このたび、京都大学大学院生(修士または博士課程)として、生態学研究セ ンターにおいて生態学の研究に取り組みたいと考えておられる方を対象に、以下の日程でオープンキャン パスを開催します。当日は研究内容についての紹介、研究施設の見学会などを行います。さらに詳しく知 りたい方には、各研究室を直接訪問して頂き、教員、研究員や在学院生から直接話を聞くことができます。 関心のある方はお気軽にご参加ください。 また教員の方で、学部学生・修士課程学生などで関心のある方が周囲におられましたら、是非お伝えく ださい。 研究スタッフなどの詳しい情報については、センター HP(http://www.ecology.kyoto-u.ac.jp) をご覧ください。 平成 20 年 12 月 13 日(土) 研究内容説明会 9:00 11:20 第 2 講義室 研究施設巡回 11:30 12:30 研究室訪問 13:30 17:00 問合せ先:陸域生物相互作用分野 大串隆之 (E-mail: [email protected]) 〈申し込み 12 月 5 日まで 日まで〉 氏名・所属・学年・住所・電話番号・メールアドレス・ 希望研究分野をお知らせください。 E-mail:[email protected] Fax:077-549-8201 はがき:〒 520-2113 大津市平野 2 丁目 京都大学生態学研究センター 川田 宛 -11- センターニュース No. 102 日本学術振興会 ひらめき☆ときめきサイエンス∼ようこそ大学の研究室へ∼ KAKENHI 「生物多様性を生み出す目に見えない繋がり」 大串隆之 日時:2008 年 9 月 21 日(日)9:30 16:00 会場:京都大学総合博物館 なかった。当日の参加者は計 36 名(家族などの付き添 日本学術振興会の「ひらめき☆ときめきサイエンス」 の目的は、現在、活躍している研究者と大学の最先端の 講演や実験の内容を易しく記した「講義ノート」を郵送 して、事前に目を通しておくように要請しておいた。 いを含めると、計 65 名)で、その内訳は、小学生 3 名、 中学生 30 名、高校生 3 名であった。参加予定者には、 研究成果の一端を小学校 5・6 年生、中学生、高校生が 見る、聞く、触れることで、学術と日常生活との関わりや、 科学(学術)がもつ意味を理解してもらうことである (website: http://www.jsps.go.jp//hirameki/index.html) 。今回 (2)実施状況 講師を除く役割分担は、以下の通りである。総合司会 は西尾美智子(京都大学学術出版会)が担当し、会場・ は、生態学研究センターの日ごろの研究成果を社会に向 けて発信する一つのプログラムとして、「生物たちの目 受付の設営および実験補助を、福井眞、上船雅義、塩尻 かおり(いずれも生態学研究センター研究員)、および 西田貴明(生態学研究センター大学院生)が担当した。 若手研究者には、参加者に対して積極的にコミュニケー ションを取ることもお願いしておいた。 当日は講演者を含め 8:30 に関係者全員が総合博物館 に見えない繋がりが生物多様性を作り出している」とい う最新のメッセージを、若い世代に対して易しく伝える ことである。当日のプログラムは、以下のような講演と 実験・実習による構成である。 に集まり、講演会場および受付の設営をおこなった。9:00 すぎには参加者が到着し始め、玄関ホールで展示などを 眺めながら、会場が開くのを待った。9:30 に受付を開始。 参加者は、受付で名札・昼食チケット・記念ボールペン・ 質問票・日本学術振興会のパンフレットなどが入った封 9:30 受付開始 10:00 挨拶とオリエンテーション 10:10 導入講義「生物多様性を生み出す生態系ネット ワーク」(大串隆之) 10:40 講義と展示「誰がために花は咲く ?」(酒井章子) 11:10 講義と実習「コンピュータを通してネットワーク を眺める」(山内淳) 12:00 ランチタイム 13:30 講義「トンボのメスはどんなオスが好きか」 (椿宜高) 14:00 講義と実験「かおりが作り出すネットワーク」 (高林純示) 14:45 クッキータイム、フリートーク 15:45 修了式、「未来博士号」授与式 16:00 終了 筒を受け取った後、会場に向かった。参加者は中央付近 に着席してもらい、父兄は壁際に並べられた椅子に座っ てもらった。 9:55 に総合司会から講演会の開始を告げてもらい、い くつかの注意事項をアナウンスした。10:00 に大串が本 事業の趣旨と生態学研究センターの簡単な紹介を行い、 引き続いて講演者の紹介を行った。10:10 から大串によ る最初の講演「生物多様性を生み出す生態系ネットワー ク」が始まった。この内容は、本事業で取り上げた「生 物多様性」というテーマの解説である。はじめは、やや 緊張した面持ちの参加者も後半になるとリラックスし て、配布しておいた講義ノートに書き込む姿が見受けら れた。次に、酒井は「誰がために花は咲く ?」というタ イトルで、さまざまな写真を見せながら、植物と花粉を (1)参加状況 当初、参加対象を中学生・高校生に設定して、人数に ついては 30 名程度の受け入れを考えていた。このよう 運ぶ昆虫の関係についての話を進めた。また、講演の後 な条件を記して、日本学術振興会のホームページから参 加者を募った。さらに、総合博物館のメーリングリスト には 10 分の休憩を取り、この間を利用して、参加者に は送粉昆虫の標本を見てもらった。標本を興味深くのぞ き込んでいた参加者からは、さまざまな質問があった。 休憩の後、11:20 から山内による「コンピュータを通し を通して、また京都府と滋賀県の中学・高校や図書館に チラシとポスターを郵送して、掲示をお願いした。その 結果、小学 5 年生から高校 2 年生まで幅広い応募があり、 最終的には 40 名を越すほどであった。会場の広さ等の てネットワークを眺める」という講演と実習が行われた。 この実習は、2 台のコンピュータを使って生き物の数の 変化をモニター上のグラフに描くというもので、参加者 制約から、残念ながら何名かはお断りをしなければなら -12- センターニュース No. 102 の一人一人が実際にコンピュータに触れながら、条件を 変えるとさまざまな数の変化を示すモニターに見入って いた。 午前の部が終了した後、昼食の前に博物館の正面玄関 に参加者全員が集合して、一緒に記念写真を撮った。昼 食は、西部構内のルネの 2 階にある生協食堂を予約して おいた。セルフサービスのカフェテリア形式の食堂で、 大学の雰囲気を少し味わってもらえたかと思う。食堂の 奥の一角に予約席を設け、幾つかのテーブルを参加者と 講師・若手研究者が共に囲んで歓談できるように配置し た。そのおかげで、参加者だけでなく付き添いの父兄と も話す機会を持つことができた。 午後は 13:25 にスタートした。事前に渡しておいた質 問票に、午前中の講演内容について疑問に思ったことを 書いてもらい、それをクッキータイムのフリートークに 役立てた。引き続き、13:30 から椿による「トンボのメ スはどんなオスが好きか」の講演から始まった。トンボ の体温の変化とオスによるメスに対する求愛行動ついて の興味深い話を、参加者は大いに聞き入っている様子で あった。その後、14:00 から講義と実験と題して、高林 が「かおりが作り出すネットワーク」のタイトルで、実 際の植物と寄生バチを用いて、どのように寄生バチが植 物のかおりに惹かれるかを、参加者に実際に見せながら 話を進めた。寄生バチが香りを出す植物に近づくたびに、 参加者から歓声が沸き起こった。 講演と実験はこれで終わり。10 分ほど休憩を取り、そ の間に参加者の顔がたがいに見えるように机を配置しな おした。ペットボトルのお茶と京大会館製のクッキーを 配り、少しリラックスしたところで、総合司会の進行に よって、参加者と関係者を交えたフリートークに移った。 まず、参加者から出された講義の内容や研究に関する質 問に、講演者や若手研究者が答えることから始まった。 最初のうちは参加者からはなかなか手が上がらなかった が、講演者や若手研究者が研究についてのそれぞれの思 いを語るうちに、少し緊張が解けてきたのか、質問をす る参加者も見られた。最後に、本事業に関するアンケー トを記入してもらい、修了式に移った。修了式では一人 一人の参加者に、「未来博士号」がランチタイムの前に 撮った集合写真と一緒に手渡された。16:00 すぎには、 予定通り、本プログラムを無事に終了した。 すかった」と「わかりやすかった」が合わせて 28 名(88%)、 一方、 「わかりにくかった」と「わからない」が 4 名(13%) であった。また、「将来、自分が研究者になろうと思い ましたか」という質問に対しては、 「絶対なろうと思った」 と「できれば、なろうと思った」が 18 名(56%)であっ たのに対して、 「なろうとは思わなかった」は 6 名(19%) であった。 自由記入欄に記された感想について、その一部をここ で紹介したい。「とてもおもしろかったです。少ない時 間でしたが、良くわかりました。とても、研究者の方が 身近に感じられました。」、「難しいこともあったけど、 新しいことをたくさん知れて、おもしろかった。」、 「普段、 学校で不思議に思わない事や全然気にしないこと、やら ない事、そういう事を、しっかり説明し、理解させてく ださって、本当によい勉強、けいけんになりました。と ても楽しかったです。」、「内容はとても難しかったけど、 実験などがあって少し分かった。後半は少しねむかった けど、かおりで目が覚めた。また参加したい。」、「普段、 学校で受けた授業より難しいけれども、とても楽しかっ たです。分かりやすく説明して下さった先生方、有難う ございました。」、「今日、研究者の先生に、今まで知ら なかった事をたくさん教えてもらって、いろいろ学ぶ事 ができました。とても楽しかったです。」、「今日、講義 を受けて、難しくて分からないことなど、なんのことを 言っているのかなと、思ったことはたくさんありました。 でも、わからないことに挑戦する科学は、とてもみ力て きで、楽しいものだとしりました。」、「最後のくっきー たいむの先生方のお話は、普段は聞けないようなもの だったり、とても深いお話が聞けて、今日来て良かった なあと、改めて感じました。比較的年齢も近い、院生の 方などとの会話は、話しやすいです。新しく友達ができ たりして、刺激的でいいです。」、「先生方が分かりやす く話してくださったのでとてもおもしろかったです。実 際に研究されていることはもっともっと難しいことなの でしょうが、研究者っていいなあと思えました。普段は 全く知ることのできない大学の研究を少しのぞきみた感 じでした。」、「長∼∼∼∼∼い話でした。Zzz」、「睡魔に 敗れました。」。 上のアンケート結果から判断すると、限られた時間内 でしかもやや密度の濃い内容であったにも関わらず、比 較的高い評価が得られたことについては、素直に喜びた い。生物多様性の大事さを少しでも伝えることができた のではないかと思う。参加者が将来、「確か遠い昔にそ のような話を聞いた覚えがある」と思い出してくれるな ら、実施担当者にとっても嬉しい限りである。今回の体 験を通して、少しでも若い方々が、生物多様性の不思議 とその奥行きの深さに興味を持ってくれることを期待し ている。 (3)参加者・実施担当者のアンケート結果 日本学術振興会からの依頼で、参加者と実施担当者に アンケートを行った。 ここでは参加者の意見と感想について簡単にまとめて おきたい。まず、回答が得られた 32 名中 17 名(53%) が「とてもおもしろかった」、14 名(44%)が「おもし ろかった」と感想を述べている。両者を合わせると 97% にも上る。分かりやすさについては、「とてもわかりや -13- センターニュース No. 102 (4)講義と実験の様子 パソコンを触りながら、数の変化を調べる 熱心に講義を聞く 植物のかおりに反応する寄生バチを観察する クッキータイム 昼食前の集合写真 (5)謝辞 最後に、本事業を通して小学生、中学生、高校生 に私たちの研究の成果を語る機会を与えて頂いた日 本学術振興会と、会場を快く使わせて頂いた京都大 学総合博物館の方々にこの場を借りて厚くお礼申し 上げたい。 未来博士号を授与される -14- センターニュース No. 102 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム「Environmental Change, Pathogens, and Human Linkages」から国際共同イニシアティブ研究へ始動 川端善一郎(総合地球環境学研究所 教授) 総合地球環境学研究所プロジェクト「病原生物と人間 の相互作用環」 (プロジェクトリーダー川端善一郎)主催、 生物多様性科学国際共同研究計画淡水生物多様性委員会 freshwater BIODIVERSITY / DIVERSITAS 後 援 の 国 際 シ ンポジウム「Environmental Change, Pathogens, and Human Linkages」が 2008 年 6 月 11 ∼ 13 日に総合地球環境学研 究所で開催された。世界の第一線で活躍している海外の 研究者 7 名、国内の研究者 6 名が講演を行い、あわせて ポスター発表も行われた。参加者は 9 か国約 50 名であっ た。 シンポジウムでは、地球環境問題としての感染症の問 題を人間による環境改変と病原生物と人間との連環の視 点から捉え、関連個別研究の現在の到達点の理解と将来 必要とされる研究課題の発掘を行い、問題解決の方向性 を明確にすることを目的とした。従って講演や議論では、 人間の環境改変、病原ウイルスや細菌の生態、遺伝子や 分子からみた感染症の発症機作、人間の経済活動、病原 生物の進化、地球上生命の持続等が取り上げられた。こ れらの議論を踏まえて、人間および人間以外の健康とは 何か、なぜ病気が存在するのか、どのように病気とつき 合うべきか等が話題になった。 シンポジウムは川端によるシンポジウムの趣旨説明の 後、3 部構成で進められた。第 1 部はコイヘルペスウイ ルス感染症を中心に身近な水域で見られる感染症と人間 との関係に関する講演、第 2 部では様々な感染症と環境 破壊との関係に関する講演、そして 3 部では病原生物と 人間の共存に関する講演が行われた。最後に、全体の講 演を川端がまとめた。 第 1 部では水域の環境改変とコイヘルペスウイルス 感染症の事例研究が紹介された。まず最初に、Robert J. Naiman (University of Washington, USA) and David Dudgeon(University of Hong Kong, China) が Global alteration of freshwaters and influences on human and environmental well-being と題して講演を行った。地球上 の水域生態系の崩壊と、生物多様性の減少の現状を述べ、 これらの環境劣化が水域における感染症の発生と拡大 に関与する可能性を指摘した。これを受けて、Katherine Kirkman, Lora Smith, Steve Golladay, and Steve Opsahl (Joseph W. Jones Ecological Research, USA) が Linkages between isolated wetland ecology and disease ecology in the southern U.S と題して、土地利用による小規模な水域の 環境改変が、水域間の連結を変え、食物網、生物多様 性、病原生物のベクターの生態に大きな影響を及ぼす ことを指摘した。次に、Moshe Kotler, Maya Iluze, Maya Davidovich and Arnon Dishon (Hebrew University, Israel) が The outbreak of carp disease caused by CyHV-3 as a model for new viral emerging diseases と題して、コイヘルペスウ イルス病の病理、発症機作、対策について、主に分子生 物学、免疫学、生理学の観点から彼らの研究グループ で得られている世界最新の研究成果を網羅的に発表し た。しかし自然環境中でどの様にコイヘルペスウイルス が生存しているのかは不明であるとの指摘もあった。次 に、Masatomi Matsuoka (Asahi Fishermen's Union of Shiga Prefecture, Japan) が KHV disease impacts on economics and culture と題して、水辺環境の保全の重要性を強調した。 漁業者の立場から、現場観察や経験に基づいた仮説の たてかたや、研究の視点がいかに重要であるかを述べ、 コイヘルペスウイルス病と最近の漁獲量の激減に何ら かの共通した原因やつながりがあるのではないかとい う指摘もした。Zen'ichiro Kawabata, Toshifumi Minamoto, Mie N. Honjo, Kimiko Uchii, Hiroki Yamanaka, Arata A. Suzuki, Yukihiro Kohmatsu and RIHN Environmental Disease Project co-researchers(Research Institute for Humanity and Nature(RIHN), Japan) が KHV-carp-human linkages; Case study in Lake Biwa, Japan と題して研究課題の背景とプロ ジェクトの意義と最新の研究成果の一部を紹介した。感 染症の発生、拡大は人間の環境改変と関係している可能 性があること、コイヘルペスウイルス病による感染症 は、他の感染症の発生、拡大のモデルになる可能性があ ること、地球上のコイの保全と活用が食糧資源の確保と してきわめて重要であることを述べた。さらに、環境̶ KHV̶コイ̶人間の連環の解明にとって不可欠となる自 然水域からのコイヘルペスウイルスの検出に成功したこ とを紹介した。 第 2 部では、様々な感染症の事例研究が報告された。 Nobuyasu Yamaguchi and Masao Nasu(Osaka University, -15- センターニュース No. 102 Japan) が Environmental disease-environmental alteration and infectious disease- と題してレジオネラ感染症とマイコバ クテリア感染症について、人間の文化が作り出した人 工環境が感染症の発生を促進していることを報告した。 Kazuhiko Moji(RIHN, Japan), Eiko Kaneda(University of Tokyo, Japan) and Shusuke Nakazawa (Nagasaki University, Institute of Tropical Medicine, Japan) が Malaria in tropical monsoon Asia と題して、熱帯モンスーンアジアのマラリ アについて、マラリア対策は 1990 年代からおおよそ成 功しているが、辺境の少数民族ではいまだに患者数は 減っておらず、貧しい住居環境が関係していることを指 摘した。Koichi Otsuki (Kyoto Sangyo University and Tottori University, Japan) が Epizootiology of avian influenza と 題 して、鳥インフルエンザについて、野生の水鳥の弱毒性 インフルエンザウイルスがニワトリに感染し強毒性の 株に変異することを紹介した。Joseph M. Kiesecker (The Nature Conservancy, USA) が The stress immunocompetency axis and the global decline of amphibians と題して、全世界 の 32%(1856 種)の両生類が生存の危機に瀕している ことを紹介したあと、気温の上昇がストレスとなり、ミ ズカビ等の病原性微生物による感染が広まっているこ と、これに水質汚染が加わり、奇形が増えていることを 指摘した。Shannon L. LaDeau (Smithsonian Migratory Bird Center, USA) が Spatial and temporal drivers of West Nile virus outbreaks in North America と題して、ウエストナイ ルウイルス感染症について、人間の土地利用と気候変化 がウイルスの宿主である蚊と鳥類の接触を高めている可 能性をし指摘した。いずれの講演でも自然環境中の病原 生物やベクターの動態の研究が不可欠であることが指摘 された。 第 3 部 で は、 生 態 系 ̶ 文 化 ̶ 健 康 複 合 系 の 観 点 か に変化するような対処が公衆衛生上望ましいことを述べ た。David Rapport (EcoHealth Consulting and University of Western Ontario, Canada) が Ecosystem health, global health and sustainability と演題して、人間を始め生物の健康に は健全な生態系が不可欠であることを述べ、健康の拡張 概念を紹介した。 最新の研究発表と活発な議論を通して、感染症の拡大 に人間活動が強く係っていることが明らかになった。講 演要旨は http://www.chikyu.ac.jp/z/conference-en.html に掲 載されている。また、研究成果の社会還元の具体的な方 法の検討の必要性と、これからの研究成果を踏まえた第 2 回目の国際シンポジウム開催の強い要望が出された。 余談ではあるが、主催者とほとんどの外国人講演者とは 直接の面識は無かった。外国人講演者のほとんどについ て、彼らの研究論文を通して彼らの研究業績と研究活動 を知った。にもかかわらず、講演者からは講演の快諾を いただいた。これからの研究にとってきわめて重要なシ ンポジウムであるから、という理由であった。 シンポジウムの成果は Ecological Reasearch の特集号 として紹介する予定で準備を進めている。またシンポジ ウム後、講演者間の連絡を密にして、現在フォローアッ プワークショップを企画している。さらに、総合地球環 境学研究所プロジェクト「病原生物と人間の相互作用 環」(プロジェクトリーダー川端善一郎)と講演者の研 究クループとで、お互いに得意とする分野を生かした共 同研究の準備を進めている。freshwater BIODIVERSITY / DIVERSITAS が本シンポジウムを後援した大きな理由 は、淡水起源の病原生物が人間に甚大な被害をもたらし ていること、淡水生物多様性の機能の一つに病原生物の 抑制が考えられているにもかかわらず、いまだ未開拓の 研究分野であるからである。新しい科学の眼となる国際 的なイニシアティブを期待しての後援となった。本シン ポジウムでは DNA から哲学までが話題になったが、こ の中には、自然環境および人為環境中の病原生物と宿主 の動態や生活史や進化の解明など、魅力的な基礎生態学 の課題が無尽蔵のごとく存在していた。本シンポジウム を通して地球環境問題を解く重要な鍵は基礎生態学にあ ることを強く実感した。基礎生態学と地球環境学が両輪 の輪となって、連携研究を進展させ、人類の生存に寄与 することを強く望む次第です。 ら、 病 原 生 物 と 人 間 の あ る べ き 関 係 に つ い て 議 論 し た。Kiyohito Okumiya, Ryota Sakamoto, Yasuyuki Kosaka, Masayuki Ishine(RIHN, Japan), Taizo Wada and Kozo Matsubayashi ( Kyoto University, Japan) が Disease and aging in high-altitude environments と題して、環境適応によって 維持されてきた健康状態がグローバリゼイションによる 急激な生活様式の変化によって崩壊の危機にあることを 指摘した。Paul W. Ewald (University of Louisville, USA) が Evolutionary control of infectious disease と題して、病原ウ イルスの進化の観点から、病原ウイルスが弱毒ウイルス -16- センターニュース No. 102 センター員の研究紹介 個体の視点からマメゾウムシの種間競争に挑む 岸茂樹(教務補佐員) 生態学とは何か ? 早いもので、当センターに来てから一年がたちました。 私がセンターに通い始めたころと同じように、周囲の草 むらでは秋の虫が鳴いています。どこからかキンモクセ イの香りもします。身近に生物を感じながら生態学を修 めるのはいいものです。そんな秋の夜長を楽しみながら、 今回は私の研究紹介をします。生態学研究センターは、 生態学を専門に研究する研究施設ですから、生態学の話 から始めることにします。そもそも生態学とは、いった いなんでしょうか。英語ではエコロジー(Ecology)と いいますが、今の日本で「エコロジー」というと、環境 にやさしい商品や行動、あるいは自然豊かな環境や生活 スタイルをイメージされることが多いので、特定の学術 分野として想起してもらうのは至難の業になっていま す。しかし、生態学ももちろん一つの学問分野であるこ とには違いありませんから、そこには真理の追究があり ます。それでは生態学ではどのような真理を追究するの でしょうか。まず生態学の定義をみてみましょう。生態 学の教科書である「動物生態学」(嶋田ら 2005)によれ ば、「生物の集団、すなわち個体群と群集の生物学」と されています。個体群とは生物種の一集団のことであり、 群集とは複数の生物種によって構成される集団のことで す。つまり、一種または複数種の集団を相手にする学問 分野、ということができます。私は、生態学が目指す大 きな目標は、生物群集全体の成り立ちを理解することだ と思っています。その目的達成のために、まずそれぞれ の種について「なぜその生物種がそこにいるのか ?」、そ して「その生物種がその場所で増えたり減ったりするの はなぜか ?」という疑問を明らかにしていく必要がある と思っています。過去を振り返ると、それらの疑問に答 えるべく多くの研究がなされてきました。たとえばアメ リカシロヒトリはなぜあんなに増えたのか、アキアカネ はなぜいなくなったのか、などです。個別の事例に着目 した研究はたくさんあります。しかしアメリカシロヒト リにもアキアカネにも共通するような答えはほとんど見 当たりません。しかし、私は普遍的な事実を探すことこ そが真理の追究にほかならないと考えています。 きを捉えることよりも、個体の行動に興味があったから です。私の研究テーマは、親が子一個体にどのくらいの 投資をするべきか、というものでした。材料は哺乳類の 糞を食べて暮らしているエンマコガネという体長 1 セン チくらいの小さなコガネムシでした。エンマコガネの親 は幼虫のエサとして地中に糞の玉、糞球を用意します。 一個の糞球につき一個産卵するので、親が幼虫一個体に どれくらいエサを用意したかがわかります。まず、ため しにウシの糞やサルの糞などいろいろな糞を与えてみま した。すると、糞の種別によって糞球の大きさが変わり ました(Kishi and Nishida 2006)。実験の結果、親は糞の 質の良さを評価し、糞球の大きさを調節していることが わかりました(Kishi and Nishida 2008a)。それでは、そ のように作っている糞球の大きさは本当に最適な大きさ になっているのでしょうか。そこで糞球の大きさを人為 的に小さくしたり大きくしたりして、その糞球から出て くる成虫の大きさを調べました。すると驚いたことに、 糞球を小さくしたときのほうが、パフォーマンスはよい ことがわかりました。周囲からは、「もしものときのた めに、親が多めに与えているのだ」と言われましたが、 私は納得できませんでした。あれこれと思案しているう ちにオスとメスの違いに気がつきました。オスの成虫は 闘争しますが、メスは糞球を作って産卵するだけです。 親からみると、息子にはたくましく大きくなってもらい たいけれども、娘はそれほどでもありません。しかしエ ンマコガネの親は息子と娘を産み分けることができませ ん。そこで私は、闘争に勝てるような大きな息子を育て るために、親が糞球を大きくしているのではないか、と 考えました。計算してみると意外なことに、糞球の大き さは、息子用の大きな糞球と娘用の小さな糞球の中間の 大きさになっているわけではなく、息子にも娘にも息子 用の大きな糞球を作っていることがわかりました(Kishi and Nishida 2008b)。エンマコガネにとってオス間闘争は メスへの無駄な投資を生み出していたのです。このこと はこれまでのオスとメスの体の大きさの議論に新しい事 実を与えます。すなわち、子の性を区別しない給餌が息 子と娘の将来の大きさを同じくするとき、より最適値の 小さい性が大きくなり、最適値の大きい性は小さくなら ない、ということです。以上のように、博士課程では個 体の行動の観点から研究を進めていました。そして実験 のデータをまとめて、しばらく投稿論文や博士論文の執 筆に勤しんでいたのですが、デスクワークに飽き足らな 糞の玉を作るコガネムシ 生態学の定義から話を始めてしまいましたが、実際の ところ、博士課程では生態学の根幹からかなり遠いとこ ろで研究をしていました。なぜなら、私は集団全体の動 -17- センターニュース No. 102 くなり実験のムシがうずうずしてきました。マメゾウム シで遊んでみようと思ったのはそんな時のことでした。 ましたが(Kuno 1992)、実証研究はまったく手つかずと いっていい状態でした。そこで私はマメゾウムシを使っ て繁殖干渉の実証研究をすることにしました。マメゾウ ムシは種間競争の典型的な材料であり、過去多くの研究 がなされてきました。しかし、それぞれの研究が異なる 主張を繰り広げ、混乱を極めていました。そこで私はそ こに普遍的な説明を与えることを目標としました。 まず岡山大学の宮竹貴久先生にお願いしてヨツモンマ メゾウムシ(以下ヨツモン)を分けていただきました。 羽化してきたヨツモンはアズキゾウに比べて平べった く、鈍重な印象です。アズキゾウが紅緋色なのに対し、 ヨツモンは山吹色をしています。アズキゾウでは、触覚 がクシ状で太く長いのがオス、棍棒状で短いのがメスで す。ヨツモンでは、背中に黒い斑紋があるのがメス、な いのがオスです。アズキゾウもヨツモンもとても小さい 同属近縁種なのに、肉眼で種と性別を容易に識別できる ことは幸いでした。行動観察が容易に行えるからです。 まずオスが異種メスに求愛するかどうか確かめることに しました。するとアズキゾウのオスもヨツモンのオスも、 同種のメスに求愛するのと同じくらい頻繁に異種のメス にも求愛することがわかりました。オスはまったくみさ かいがありません。そこで異種オスから求愛をされたと きのメスのコストを調べました。すると、オスは両種と もみさかいなく求愛するのに、メスが受けるコストは種 間で大きく異なっていました。アズキゾウのオスがいる ときヨツモンのメスは産卵数が激減し、さらに早死にし ました。一方、アズキゾウのメスはヨツモンのオスと一 緒にしてもあまり影響がありませんでした。すなわちこ の 2 種では繁殖干渉は非対称で、ヨツモンが繁殖干渉に 弱いことがわかりました(Kishi et al. submitted) 。次に資 源競争を調べることにしました。先行研究によれば幼虫 間の資源競争ではヨツモンが強いといわれてきました。 そこでアズキ豆の中に両種の幼虫を混在させたところ、 確かにヨツモンがアズキゾウよりも生き残りやすいこと が確かめられました(Kishi et al. submitted) 。これらの実 験と並行して種間競争の実験を行いました。マメゾウム シはさすが種間競争の定番材料だけあって、競争実験が シャーレで簡単に行えます。繁殖干渉の頻度依存効果を 確かめるために、初めに導入する両種の成虫比を変えま した。その結果、アズキゾウを多く入れたときはもちろ ん、アズキゾウとヨツモンを同数入れた時、またヨツモ ンを多くしたときでさえ、アズキゾウが数世代のうちに ヨツモンを駆逐しました。そしてヨツモンをより多く導 入したシャーレでは今度はヨツモンがアズキゾウを駆逐 しました (Kishi et al. submitted)。両種の頻度によって勝 敗が変化したことは繁殖干渉の頻度依存効果を支持し、 アズキゾウが強く勝ち残ったことは繁殖干渉の非対称性 ときれいに合致しました。つまり種間競争を決定づける 大きな要因は、これまでいわれてきた資源競争ではなく 繁殖干渉であることがわかりました。この研究は繁殖干 マメゾウムシの種間競争 博士課程で在籍した京都大 学昆虫生態学研究室ではマメ ゾウムシの一種アズキゾウム シ(以下アズキゾウ)がずっ と 累 代 飼 育 さ れ て い ま し た。 内田俊郎先生が飼い始めて以 来ですから、2008 年でなんと 71 年 に な り ま す。30 C 恒 温 室で年間 16–18 世代が羽化する アズキゾウムシのメス ので、荒く見積もっても 1000 世代は軽く超えていることに なります。ずっと飼われてはいたものの(飼うといって もアズキを交換するだけですが)、もはや誰も実験に使 おうとせず、実験室の片隅で生死を繰り返しているばか りでした。アズキゾウを使った研究は内田先生を始祖と してすでに数多くなされており、革新的な発見は難しい ように思われていました。そこで、私はむしろこの使い 古された材料を使って新しい発見ができるかどうか試し てみようと思いました。折しも、西田隆義助教が前の教 授である久野英二先生の提唱した繁殖干渉(Reproductive Interference: 原著では「生殖干渉」Kuno 1992)に注目し ていました。繁殖干渉とは種間の性的相互作用のことで、 多くの場合オスが同種メスではなく異種メスに求愛する ことによってそのメスの適応度を低下させることをいい ます。この新しい相互作用の導入はこれまでの種間競争 の概念を大きく変えるものでした。これまでの種間競争 はすべて資源をめぐる競争によって説明されていまし た。資源競争と繁殖干渉の最も大きな違いは、前者が(負 の)密度依存効果を持つのに対して後者が(正の)頻度 依存効果を持つことです。この 2 つは似ているように見 えて実は決定的な違いがあります。2 種の種間競争を想 定してみましょう。密度効果とは、高い密度ほど増殖率 が減少し、低い密度ほど増殖率が高くなる効果ですから、 常に密度の低い種の増殖率が高くなるはずです。つまり 少数派有利の法則であり、密度効果は共存を予測します。 それに対して頻度依存効果とは、相手の頻度が増加する とともにその効果が増大するのですから、より密度の低 い(相対頻度の低い)種の増殖率がより減少します。つ まり少数派不利の法則であり、頻度依存効果は競争排除 を予測します。ガウゼの競争排除則にはじまり、これま での種間競争は競争排除を観察してきました。野外でも 競争排除の結果、生息場所を分割している例がたくさん あります。しかしこれまではそれらの結果を密度効果で 説明しようとしてきたために混乱が生じていたのです。 繁殖干渉ならば全く矛盾なく競争排除を説明できます。 以上のことを久野先生は数理モデルによって予測してい -18- センターニュース No. 102 渉の実証例として大きな価値があると思っています。そ れでは、これまでの混乱した種間競争の結果を整理でき るのでしょうか。 これまでの先行研究を振り返ると、ヨツモンが勝っ たり、アズキゾウが勝ったりとさまざまです。そもそ も内田先生はヨツモンが勝つと報告しています(Utida 1953)。しかし総じてヨツモンよりもアズキゾウが勝ち 残りやすいので、今回の結果と矛盾しません。ヨツモン が勝った原因として考えられるのは、両種における繁殖 干渉そのものが変化したことです。アズキゾウには多く の系統が知られています。そこで系統を変えて競争実験 を行った結果、ある系統との競争ではヨツモンが勝つこ とがわかりました。その系統のオスがヨツモンのメスに 与えるコストを調べたところ、他の系統に比べて弱いこ ともわかりました(Kishi unpublished data)。同じアズキ ゾウでも干渉能力に違いがあるようです。これがなぜか わかれば、これまでの種間競争の結果をすべて整理でき たことになります。私はいまのところアズキゾウの飼い 方の違いが原因ではないかと考えています。アズキゾウ を維持している研究室ごとにアズキゾウの飼いつなぎ方 は異なります。その飼い方の違いが、飼い主にも予測で きないアズキゾウの繁殖形質の進化を引き起こしてしま うのではないでしょうか。とはいえ繁殖形質のどのよう な違いが繁殖干渉に影響を与えるのかなどまだわかって いないことは多く残されています。 定の適応的説明に寄与しますし、繁殖干渉を組み込んだ 種間競争の研究は、外来侵入種や絶滅危惧種の問題に大 きく寄与することを付け加えておきます。振り返ってみ ると、私の興味の中心は、集団ではなく常に個体の行動 にあったことがわかります。特に繁殖行動ばかり扱って きました。私は、教科書で最適投資量のグラフを初めて 見た時、素直に美しいと感じました。投資量の研究を したのは、これが原因といってもいいかもしれません。 結局そのグラフを発展させることができたのですから、 やった甲斐があったと自負しています。そしてマメゾウ ムシの研究では、気づいたら種間競争という生態学ど真 ん中のテーマにどっぷりつかっていました。まさに集団 の生物学になっていたわけです。しかし種間競争という 難問に新しい視点で挑むことができたのはむしろ私が行 動生態学者だったからだと思います。繁殖干渉を具体的 にイメージするコツは個体の視点です。たとえば正の頻 度依存効果を実感するには、集団の中でマイノリティー になった自分を想像することです。集団を集団としてと らえるやりかたではなかなかその効果を実感できないは ずです。行動生態学は一時期に比べるとずいぶん影が薄 くなりました。しかしまた少しだけ行動生態学の重要さ が見直されるときがくるのではないかと密かに期待して います。 参考文献 Kishi, S. and Nishida, T. 2006. Adjustment of parental investment in the dung beetle Onthophagus atripennis (Col., Scarabaeidae). Ethology 112:1239-1245. Kishi, S. and Nishida, T. 2008a. Adjustment of parental expenditure in sympatric Onthophagus beetles (Coleoptera: Scarabaeidae). Journal of Ethology (online first) Kishi, S. and Nishida, T. 2008b. Optimal investment in sons and daughters when parents do not know the sex of their offspring. Behavioral Ecology and Sociobiology 62:607-615. Kishi, S., Nishida, T. and Tsubaki, T. (submitted) Reproductive interference determines the competition winner of Callosobruchus bean weevils. Kuno, E. 1992. Competitive exclusion through reproductive interference. Researches on Population Ecology 34:275-284. Utida, S. 1953. Interspecific competition between two species of bean weevil. Ecology 34:301-307. 嶋田正和・山村則男・粕谷英一・伊藤嘉昭.2005.動物 生態学 新版,海游舎,東京. まとめ エンマコガネの実験をしているときは鬱々として、 延々と糞球の周りの砂を払っていました。それに対して マメゾウムシの実験では、テーマさえあればあっという まに結果が出てしまう実験生物の凄さを実感しました。 一方で、あまりにも野外の環境とは違うため、マメゾウ ムシの研究をずっと続けると研究のカンが鈍ってしまう 不安も感じました。私はやはり野外で実際に生物に触れ ながらモノを考える必要があると思っています。なぜな ら人間が思いつくことは人間の想像を超えられないから です。 さて、今回は私の研究の話を述べてきました。エンマ コガネやマメゾウムシを扱ってきましたが、限られた材 料にとどまらない普遍的な事実を見つけようとしてきま した。親から子への投資では、息子と娘の観点から最適 な投資量の決まり方を明らかにしました。種間競争の研 究では、繁殖干渉の果たす役割を明確に実証しました。 普遍的な事実の発見は新しい応用研究を可能にします。 蛇足ながら、投資量の研究は爬虫類の卵の温度依存性決 -19- センターニュース No. 102 両棲類幼生の環境応答性―形の可塑性と機能の探求― 岸田治(学振特別研究員) 私が研究の道を志したのは、大学を卒業したあと、水 族館の職員として水棲生物の飼育や展示業務に携わって いたころのことだ。興味本位で飼っていたエゾアカガエ ルのオタマジャクシが、エゾサンショウウオ幼生のいる バケツの中で奇妙な形に変わっていることを、偶然発見 したことがきっかけだった(図 a の中段)。エゾアカガ エルのオタマジャクシにとってエゾサンショウウオの幼 生は極めて驚異的な捕食者である。名前に蝦夷がつくと おり両種は北海道を代表する両棲類だ。彼らは春の雪解 けとともに同所的に繁殖産卵することが多い。産卵後、 数週間ほどすると幼生が孵化するわけだが、そこから変 態して陸に上がるまでのしばらくのあいだ池の中ではサ ンショウウオ幼生がオタマジャクシを食う捕食被食関 係が成立する。サンショウウオはオタマジャクシを丸呑 みにして食べるのだが、そもそも彼らの体サイズは非常 に近しいため、大きなサンショウウオが小さなオタマ ジャクシを襲った場合でないかぎりは、丸呑みは容易で ない。したがって、サンショウウオのいる環境でオタマ ジャクシが頭を大きく膨らませるのは、丸呑みを物理的 に防ぐという点で非常に効果的といえる。捕食者がいる ときにだけ、防御形態を発現するのには理由がある。そ れは防御をするにはコストがかかるからである。実際、 サンショウウオ幼生からの捕食リスクにさらされ膨満化 したオタマジャクシは、安全な環境で形を変えることな く成長した個体に比べて、変態が著しく遅れるし、被食 以外の理由で死亡する割合も高い。一般に、捕食リスク に応じた形態変化は防御として機能することが多く、適 応的な表現型可塑性(周囲の環境に応じて個体が適応的 な表現型を発現すること)の好例である。 エゾアカガエルの膨満化の発見から 2 年後、大学院に 進学し研究の世界へと足を踏み入れてしまった私はこの 世界にどっぷりとつかり、現在はポスドク研究員として 生態学研究センターに籍を置かせてもらっている。院生 時代から現在にかけて、私は共同研究者たちとともに 2 種の両棲類幼生のさまざまな形の変化を発見してきた。 本稿ではそのうちのいくつかについてとりあげ、環境誘 導型の形態変化がもつ適応的な機能や生態学的な意義を 紹介したいとおもう。 い。エゾサンショウウオの分布しない奥尻島のオタマ ジャクシをサンショウウオにさらしてもあまり膨満化し ないのだ。つまり、北海道本島のエゾアカガエルの遺伝 集団に比べて、サンショウウオとの相互作用の歴史が短 い奥尻島の遺伝集団は防御を発現能力が劣っているので ある(Kishida et al. 2007) 。 オタマジャクシの防御に対抗すべくエゾサンショウウ オ幼生も形をかえる(図 b)。全ての個体が変わるわけ ではないが、多くの個体はオタマジャクシの多い環境で 顎の大型化を示す(Michimae & Wakahara 2002)。オタマ ジャクシにとって、大顎型のサンショウウオは非常に危 険な捕食者となるわけだが、それらに対してオタマジャ クシはさらに巧妙に対応する。彼らは、 大顎型のサンショ ウウオがいる環境では、普通の顎を持つサンショウウオ がいる場合よりも、より大きく膨らんで身を守るのであ る(Kishida et al. 2006)。おそらくオタマジャクシは、大 顎個体(過去にたくさんのオタマジャクシを食べてきた) のもつ特有のにおいに反応しているか、大顎型個体から の攻撃機会が多いがために、防御形態を強く発現するも のとおもわれる。2 種の両棲類幼生が春から夏にかけて 繰り広げる軍拡競争的な形態応答は、密接な捕食者 - 被 食者相互作用のもとでデザインされた究極的な環境適応 といえるだろう。 オタマジャクシのヤゴに対する防御 エゾアカガエルのオタマジャクシはヤゴに対しては別 の形をとる(Kishida & Nishimura 2005)。図 a の下段の 写真がヤンマのヤゴに対して示した形態であり、膨満型 や基本型と比べると、尾鰭部分だけが高く誘導されてい ることがわかる(高尾型)。膨満型とは形態的な特徴が 違っているだけでなくその発現条件も異なる。膨満型の 発現にはサンショウウオからの直接的な攻撃つまり接触 が必要になるのだが、高尾型はヤゴの排泄物に含まれる 水溶性の化学物質を手がかりとして発現する。高尾型の 形態は、エゾアカガエルのオタマジャクシに限らず、多 くの種の両生類幼生で見られる形態であり、ヨーロッパ やアメリカではよく研究されてきた。この形態をもつ個 体はヤゴの攻撃から逃れるのに優れている。それは、尾 鰭が高くなることで遊泳能力が増すためか、高い尾鰭に ヤゴの攻撃が集中することで致命傷を負いやすい頭胴部 への攻撃を回避できるためらしい。 オタマジャクシとサンショウウオの対抗的な形態変化 オタマジャクシの膨満型はサンショウウオの捕食を逃 れるのに非常に効果的な形態であり、他の両生類幼生で は知られていないユニークな形態でもある(Kishida & Nishimura 2004)。この形態の発現能力は、エゾサンショ ウウオからの捕食圧により進化的に維持されているらし サンショウウオのヤゴに対する防御 エゾサンショウウオの幼生にとっての捕食者は、同種 の大型個体のほかヤンマのヤゴやゲンゴロウなどの大型 -20- センターニュース No. 102 の水生昆虫がいる。サンショウウオ幼生もまた、オタマ ジャクシと同様にヤゴの化学物質に反応して尾鰭の高い 形態を発現する。しかし、驚くべきは外鰓が著しく発達 していることである(図 c の中段)。鰓呼吸をする生物 のなかには、水中の酸素濃度が低くなると鰓を可塑的に 発達させるものがいる。より効率よく酸素を吸収するた めだ。操作実験により、サンショウウオは、ヤゴの化学 物質と水中の低酸素のそれぞれに対し、鰓を拡張するこ とがわかった。さらに、これらの条件下で鰓を拡張した 個体は超低酸素水のなかで長時間耐えられることも明ら かとなった。ではどうして、サンショウウオはヤゴのい る環境において、低酸素耐性を高めなければならないの だろうか ? この謎に対する答えは、彼らの行動的な反応 の中に隠されている。エゾサンショウウオ幼生を含む多 くの種の両棲類幼生は、捕食者がいるときに泳ぐのをや めじっとする。動かなくなることで捕食者に見つからな くなるのだ。サンショウウオ幼生は鰓呼吸だけでなく肺 呼吸も行うのだが、なんとヤゴがいるときには動くのを やめ、水面に肺呼吸しに行く回数を極端に減らすことが 明らかとなった。当然、肺呼吸しなければ鰓呼吸への依 存度が大きくなる。サンショウウオ幼生はヤゴの存在を 察知すると、鰓を大きく発達させることで水中での呼吸 効率を高め、行動的な防御の実現を可能にしていたのだ (Iwami et al. 2007) 。 点からも同様の予測が可能である。膨満型のオタマジャ クシはサンショウウオに対しては非常に効果的な防御と して機能するが、ヤゴに対する防御にはならない。しか し、オタマジャクシがヤゴに対して示す高尾型の形態は、 ヤゴだけでなくサンショウウオに対してもいくぶんか身 を守るのに有効だということがわかっている(Kishida & Nishimura 2005)。したがって、ヤゴとサンショウウオの 両方がいるときにはオタマジャクシは膨満型よりはむし ろ高尾型に近い形をもったほうがよさそうである。同様 の予測がサンショウウオについても成り立つ。サンショ ウウオの大顎型は、オタマジャクシを食うのには優れて いるが、体サイズに比して頭があまりに大きいために、 遊泳能力に乏しくヤゴに食われやすいのである。そのた め、ヤゴがいるときには大顎化すべきでないのだ。最後 のメカニズムとして、形態変化の際の、発生的あるいは エネルギー上の制約について考えてみる。環境変化に応 答する生物は、個体全体として一定の恒常性を保ちつつ、 部分を改築して形態をかえる。部分を変えるためにはエ ネルギーが必要だろうし、他の形態部位の構造や発生状 況にも影響を受けるだろう。サンショウウオ幼生とオタ マジャクシはヤゴに対しては高尾型の形態をとる必要が あり、それらの形態変化にエネルギーを要するなら、大 顎型と膨満型には投資ができないかもしれない。さらに、 そもそも構造的に 2 つの表現型を両立できない可能性も ある。ここでは、想定される 3 つのメカニズムを提示し たが、いずれもヤゴによる対抗的な形態変化の抑制を予 測している。 操作実験によりこの予測を検証したところ、期待通り の結果を得ることができた。ヤゴがいないときに比べ、 ヤゴがいるときには(かごに隔離することで水槽内の両 棲類幼生を攻撃できないようにした)、サンショウウオ の大顎化と、オタマジャクシの膨満化の大きさが半減し たのである。ヤゴがいるときにはオタマジャクシの行動 に変化はみられなかったが、サンショウウオは動かなく なり、オタマジャクシを襲わなくなった。したがって、 オタマジャクシの膨満化の抑制は、形態発現信号の減少 によると考えられた。発生的な制約の証拠を見つけられ なかったことからサンショウウオの大顎化の抑制は、ヤ ゴからの捕食リスクに応じた適応的な可塑性の結果であ ると示唆された(Kishida et al. In press) 。 サンショウウオとオタマジャクシの形態変化に対するヤ ゴの効果 ヤゴとサンショウウオとオタマジャクシ。これら 3 種 が同時にいるときには、サンショウウオとオタマジャク シの形態はどうなるのだろうか ? サンショウウオとオタ マジャクシの対抗的な形態変化つまり大顎型と膨満型が ヤゴによってどのように改変されるのかについて調べて みた。ヤゴはオタマジャクシの捕食者であるが、サン ショウウオの捕食者でもある。サンショウウオとオタマ ジャクシがヤゴに食われて数を減らしてしまえば、2 種 の両棲類の対抗的な形態変化が弱まり、どちらの種も高 尾型を発現することは想像に難くない。しかし、たとえ ヤゴの捕食による個体数の減少によらずとも、対抗的な 形態変化がヤゴによって改変される可能性がある。これ は、「信号の強度」、「形態の適応性」、「発生的な制約」 の 3 点から予測できる。まず、形態変化の大きさに影響 するであろう信号の強度について考えてみる。オタマ ジャクシの膨満型は、サンショウウオの接触により発現 する。一方で、サンショウウオはオタマジャクシの尾鰭 の振動を感じ取ることで大顎型に変わることがわかって いる(Michimae et al. 2005)。したがって、どちらの形態 変化も、信号授受の性質上、互いの種が活発に泳いでい るときに大きくなるわけだが、ヤゴがいるときにはオタ マジャクシもサンショウウオも動かなくなるため、対抗 的な形態変化が抑制されると予測できる。適応論的な視 サンショウウオ同士の共食い相互作用における形態変化 先にも述べたとおり、サンショウウオの大顎型はオタ マジャクシが多いときだけでなくサンショウウオ幼生が 多いときにも生じる。しかし、大顎型になるものは集団 中のごく一部にすぎない。多くの個体は、小さい口を持 ち体も小さい。最近、私は共同研究者とともに、大顎型 にならなかった個体が防御形態をもっていることを突き 止めた。図 c の下段の写真の個体がその形態である。一 見してお分かりかと思うが、体側面の方向からの写真を -21- センターニュース No. 102 みると、尾鰭が高いだけでなく、頭の上から尾鰭が突き 出しているのがわかる。さらに背側からの観察により、 頭部が横方向に広がっていることも明らかとなった。オ タマジャクシの膨満型と同様に、頭部形態を 3 次元的に 拡張することで、大きなサンショウウオ個体から丸呑み されるのを防いでいるのである。サンショウウオ幼生は 同一種内で、捕食と防御のそれぞれに適した表現型を持 つように分化するのだ。 参考文献 Iwami T., Kishida, O. & Nishimura K. (2007) Direct and indirect induction of a compensatory phenotype that alleviates the costs of an inducible defense. PLoS ONE 2: e1084. Kishida O., Mizuta Y. & Nishimura K. (2006) Reciprocal phenotypic plasticity in a predator-prey interaction between larval amphibians. Ecology 87:1599-1604. Kishida O. & Nishimura K. (2004) Bulgy tadpoles: inducible defense morph. Oecologia 140:414-421. Kishida O. & Nishimura K. (2005) Multiple inducible defenses against multiple predators in anuran tadpoles (Rana pirica). Evolutionary Ecology Research 7:619-631. Kishida O. & Nishimura K. (2006) Flexible architecture of inducible morphological plasticity. Journal of Animal Ecology 75:705-712. Kishida O., Trussell G. C. & Nishimura K. (2007) Geographic variation in a predator-induced defense and its genetic basis. Ecology 88:1948-1954. Kishida O., Trussell G. C. & Nishimura K. (2009) Top-down effects on antagonistic inducible defense and offense. Ecology, In press. Michimae H. & Wakahara M. (2002) A tadpole-induced polyphenism in the salamander Hynobius retardatus. Evolution 56:2029-2038. Michimae H., Nishimura K. & Wakahara M. (2005) Mechanical vibrations from tadpoles' flapping tails transform salamander's carnivorous morphology. Biology Letters 1:75-77. おわりに 本稿で紹介したように、エゾサンショウウオ幼生とエ ゾアカガエル幼生は、捕食―被食相互作用においてさま ざまに形を変える。これらの形態変化は、個体の適応度 に貢献するだけでなく、個体数レベルでも影響をもたら すことがわかっている。サンショウウオに対してオタマ ジャクシが防御をすると、オタマジャクシの食われる数 が減少するだけでなく、サンショウウオ同士の共食いが 強まるため、サンショウウオの数が減る。一方で、小型 のサンショウウオ幼生が共食いされるのを防ぐために 防御形態へと変わると、大型のサンショウウオはオタマ ジャクシに対する捕食を強める。このように、被食者は 防御することで、捕食者の餌選択に影響し、他の被食者 種にマイナスの効果を与える。こういった間接的な効果 が、被食者と捕食者の個体群動態や形質の進化にどのよ うにかかわってきたのかを理解することは今後の課題で ある。また、形態や行動による防御は、捕食者と被食者 の生活史にも影響すると考えられる。成長速度や、変態、 繁殖タイミングといった生活史形質が、周囲の環境や他 の形質変化によってどのように変わり、その結果どのよ うな生態学的な影響が生まれるのか非常に興味深い。 (a) オタマジャクシの捕食者環境に応じ た誘導形態。 上:基本型(捕食者のいない環境の 個体) 中:膨満型(サンショウウオ幼生に 接触されると発現する。頭胴部 が大きく膨れ、尾鰭が高い。) 下:高尾型(ヤゴの排泄物に含まれ る水溶性の化学物質をシグナル として発現する。尾鰭のみが高 い。) (b) サ ン シ ョ ウ ウ オ の 基 本 型 (左)と大顎型(右)。 大顎型は、オタマジャクシ や同種の高密度環境下で発 現する。 -22- (c) サンショウウオの防御形態変異。 上:基本型(ヤゴやゲンゴロウから の捕食リスクが小さく、同種の 密度が低い環境の形) 中:高尾型(ヤゴの捕食リスク下で 発現。尾鰭が高く、外鰓が著し く発達する。) 下:共食い対抗形態(同種の高密度 環境下で多くの個体が発現する 形態。頭部背面から突出した鰭 状の構造が大型個体による共食 いを防ぐ。) センターニュース No. 102 公募型共同利用事業 研究会・野外実習の報告 研 究 会 生物多様性・生態系機能の適応管理に向けた観測体制の構築 仲岡雅裕(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター) 開催日時 : 2008 年 7 月 3 日(木) 開催場所 : 北海道大学学術交流会館 参加人数 : 30 名 総合討論では、生物多様性の適応管理が持続可能性の ある社会の構築に果たす役割について活発な議論が行わ れた。結果として、1)地球環境の変動監視のベースラ インデータとしての詳細な生物多様性モニタリングシス テムの構築、および 2)モニタリングで得られた生物多 様性データの利用を促進するためのインターネットを利 用した情報システム整備の 2 点が、今後進めるべき重要 課題として合意され、ICSA 全体の総括に対して報告さ れることになった。 【研究集会の趣旨】 本年 7 月に行われた洞爺湖 G8 サミットの主要議題で ある「地球温暖化問題」に関連して、北海道大学では 6 月下旬から 7 月上旬にかけて多数の関連会議・シンポ ジウムが開催された。その 1 つである「持続的農業生 産に関する国際会議 2008 ―食料、エネルギーおよび産 業 ―(ICSA: THE INTERNATIONAL CONFERENCE ON SUSTAINABLE AGRICULTURE FOR FOOD, ENERGY AND INDUSTRY 2008)」では、表題にかかわる農学、社 会経済学、環境科学分野の多岐にわたる発表および討議 がなされた。 本研究集会は、ICSA と京都大学生態学研究センター の共催の 1 セッションとして開催され、持続可能社会の 構築における生物多様性の適応管理の重要性を解明する ことを目標に、陸域、水域、理論分野の生態学研究者、 環境科学研究者が参加し、講演および議論を行った。 【各講演の紹介】 高林純示(京都大学生態学研究センター) Opening remarks 本研究集会の開催趣旨を、関連する最近の研究動向、 社会情勢とともに紹介、解説した。 第 1 サブセッション Theory and Methods: 座長:奥田昇(京都大学生態学研究センター) 谷内茂雄(京都大学生態学研究センター) Theoretical basis for considering biodiversity towards sustainable ecosystem services 生 物 多 様 性・ 生 態 系 機 能・ 生 態 系 サ ー ビ ス の 持 続 的維持を達成するために新たに確立されつつある sustainability science について、講演者の琵琶湖沿岸での 実践研究の例を示しながら、その理論・方法論について 説明した。 【概要】 地球規模での環境変動および生物多様性の喪失が進行 する現在、大規模かつ長期にわたる生物多様性および生 態系の観測体制の確立、およびその観測結果を基にした 生物多様性・生態系機能の適応管理方法の構築が世界的 な課題となっている。本研究集会においては、陸域から 海洋にいたるさまざまな生態系において上記課題に取り 組む研究者に話題提供していただき、その現状と問題点、 今後の展望について議論した。 本研究集会は、以下の 3 つのサブセッションより構成 された。 1)生物多様性・生態系機能・生態系サービスの持続的 維持に関する理論と生物多様性観測の方法論 2)各フィールド拠点での事例研究紹介 3)生物多様性の適応管理の具体的提案 白山義久(京都大学フィールド科学教育研究センター) Strategies for monitoring spatial and temporal change of biodiversity and its application for the adaptive management of coastal marine ecosystem 海 洋 の 生 物 多 様 性 の 全 球 的 理 解 を 目 指 す Census of Marine Life の取り組みについて、その一環として行われ ている沿岸の生物多様性モニタリングプログラムである NaGISA の実例を紹介しながら、課題と展望を議論した。 -23- センターニュース No. 102 般的に見られるかどうかを検討するため、東京湾のアマ モ場、および日本列島太平洋沿岸の岩礁潮間帯を対象に、 長期広域解析を行った。その結果、さまざまなレベルで 測定された生物多様性が、沿岸生態系の諸機能との間に 複雑な関係を示すことが判明した。 M. W. Westneat (Biodiversity Synthesis Center) Encyclopedia of Life: Web resources for species information, biodiversity research and conservation 地 球 上 の あ ら ゆ る 生 物 を 対 象 に、 イ ン タ ー ネ ッ ト (ウェッブページ)上での情報検索を目指す Encyclopedia of Life の取り組み、運営体制、現状、課題と今後の展望 について紹介された。 酒井章子(総合地球環境学研究所) The diverse consequences of drought observed in an aseasonal forest of Borneo 環境要因の季節的な変化が見られない熱帯生態系にお いて大規模な変化を引き起こす要因として、エルニー ニョに起因する降水量の時間変動に焦点を当てた解析を 行った。実際にボルネオ島で得られた長期データにより、 干ばつが植物の開花パターンの変化を通じて、予想外の 影響を生態系に与えることが示された。 第 2 サブセッション Field surveys: 座長:白山義久(京都大学フィールド科学教育研究セン ター) 柴田昌三(京都大学フィールド科学教育研究センター) Influence of management to biodiversity of Satoyama ecosystem 日本の低山域の典型的な生態系である「里山」を対象 に、人間による利用・管理の変化が、植物および動物の 相互作用の変化を通じて、生態系全体にどのような影響 を与えるかについて詳細なフィールドデータを基に紹介 した。 第 3 サブセッション Mitigation and adaptation: 座長:Ian Poiner (Australian Institute of Marine Science) 永田俊(東京大学海洋研究所) Warming threatens ecosystems of large lakes 地球規模の気候変動が生態系および生物多様性に与え る影響について、琵琶湖をフィールドとしたケーススタ ディを基に検討した。琵琶湖では、温暖化に伴い、表層 と深層の対流が阻害され、これが貧酸素水塊の増加など を通じて生物多様性に多大な負の効果を与えることが示 された。温暖化への適応策を計画する上では、このよう な変化の予測の精度を上げることが重要である。 吉岡崇仁(京都大学フィールド科学教育研究センター) Linkages in forested watershed environments 近年着目を集めている陸域と水域の相互作用の重要性 について、実際の集水域系での研究を紹介しながら解説 した。相互作用には、陸域から水域、および水域から陸 域への方向性があるが、そのいずれもが人間活動の影響 により改変されることが明らかにされた。 北山兼弘(京都大学生態学研究センター) Adaptive management of Bornean tropical rain forests under 椿宜高(京都大学生態学研究センター) Recent decline of dragonflies from paddy fields: impacts of climate change? 日本の農業生態系における生物多様性は減少の一途を たどっている。複数の生息域(陸域と水域)をその存続 に必要とするトンボ類は、人々に親しまれてきたという 文化的価値もあって、農業生態系における生物多様性の 変化の指標種として有用であることが示され、実際の事 例研究が紹介された。 global warming ボルネオの熱帯林生態系の生物多様性は、現在の急速 に減少しているが、多くの生物は保護区のみではなく、 生産林に生息していることから、森林資源の利用と保全 を両立させることが急務である。本講演ではそのような 試みとして、人間活動に関する異なる複数のシナリオを 取り入れた生物多様性と木材生産の適応管理モデルが紹 介された。 仲岡雅裕(北海道大学北方生物圏フィールド科学セン ター) Investigating the linkage between biodiversity and ecosystem functions in coastal areas 生物多様性と生態系機能の間に見られる正の相関が、 保全や生態系管理で対象となる広い空間スケールでも一 【謝辞】 本研究集会を開催するにあたり一方ならぬ支援をい ただいた京都大学生態学研究センターおよび京都大学 フィールド科学教育研究センターの関係者の皆様に深く 感謝いたします。 -24- センターニュース No. 102 研 究 会 安定同位体分析による生態系研究の最前線 大河内直彦(海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター) 開催日時 : 2008 年 8 月 10 日(日)∼ 11 日(月) 開催場所 : 京都大学芝蘭会館 参加人数 : 78 名 プマンと其の仲間たちのトピックス」が行われた。1960 年代以降一貫して安定同位体比の応用的研究を行われて きた和田先生によって、その原理から利用法に至るまで 幅広い内容の解説、特に生態学的な応用に関する基本則 と、和田先生が京都大学生態学研究センターの教授を勤 められていた時代に学生と一緒に行った応用研究につい て主に語られた。また、同位体を用いた生態学の今後の 方向性についても示唆に富む内容でもあり、時にユー モアを交えた語り口に、聴衆は引き込まれるように聞き 入っていた。休憩の後、4 人の演者によって安定同位体 比を用いた生態学の最新情報について紹介があった。そ れぞれトピックは異なるものの、同位体分析に関わる技 術の進歩や新しい分析結果が、生態学やそれを取り巻く 【実施内容】 13:00-13:10 挨拶 吉岡崇仁(京都大) 13:10-14:30 記念講演 「アイソトープマンと其の仲間たちのトピッ クス」和田英太郎(海洋研究開発機構) 14:30-14:45 休憩 14:45-15:15 「樹木年輪安定同位体比による気候―植生相 互作用の解析の可能性」中塚武(北海道大) 15:15-15:45「安定同位体比を用いた陸上生態系の窒素循 環解析」木庭啓介(東京農工大) 15:45-16:15「アミノ酸の窒素同位体比を用いた新しい食 性解析法」大河内直彦(海洋研究開発機構) 16:15-16:45「安定同位体と放射性炭素同位体を用いた生 態系研究」陀安一郎(京都大) 16:45-17:00 閉会の辞 学問領域に新たな可能性を開きつつある現状について解 説がなされた。 シンポジウム閉会の後、同じく芝蘭会館において和田 英太郎先生の学士院エジンバラ公賞受賞祝賀会を行っ た。それには、本シンポジウムに参加した研究者だけで なく、井村元京大総長や川那部琵琶湖博物館長や、生 態学研究センターを引退された先生達も多く参加され た。同位体を用いた最近の研究に関する意見交換はもと より、京都大学生態学研究センターが坂本の琵琶湖畔に あった(古き良き ?)時代の仲間が多数集まり、楽しい 一日でもあった。 なお、この研究会に関連する英文の論文集を作成する 予定になっており、一部のメンバーでシンポジウムの前 と翌日に編集会議を持った。安定同位体研究の成果を世 界に広く発信する本にしたいと考えている。 【報告】 上記のプログラムの研究会を 8 月 10 日に京都大学の 芝蘭会館にて開催した。当日は、猛暑にもかかわらず、 全国各地から 78 人もの研究者および同位体関連企業の 研究者や技術者が集まり、盛況であった。シンポジウム では、まず京都大学フィールド科学教育研究センターの 吉岡崇仁先生の挨拶に続き、今年の学士院エジンバラ公 賞を受賞された和田英太郎先生(現・海洋研究開発機構 プログラムディレクター)による記念講演「アイソトー 野 外 実 習 河川生態系の環境構造と生物群集に関する基礎実習 奥田昇(京都大学生態学研究センター) 開催日時:2008 年 8 月 2 日(土)∼ 9 日(土) 開催場所:京都大学理学部木曽生物学研究所(木曽町) 講 師:奥田昇・陀安一郎(京都大学生態学研究セン ター)・中野伸一(愛媛大学農学部)・長谷川 元洋(森林総合研究所木曽試験地) 受 講 者:京都大学理学部生 6 名、京都大学大学院農学 研究科大学院生 1 名 計 7 名 当センターの公募実習と京都大学理学部の陸水生態学 実習の合同により、表記の実習を開催しました。本実習 の目的は、身近な自然である河川生態系の環境構造や生 物群集について、体験を通じた学習を行い、生態学的な 自然観を養うことにあります。初日に陸水生態学に関す -25- センターニュース No. 102 る基礎的な講義を行い、2 日目に野外で環境計測と生物 採集を行いました(写真 1)。採集試料は研究所に持ち 帰り、藻類の現存量推定や各種生物の同定などの実技講 習を行いました(写真 2)。3 日目から、受講者各自が設 定した課題に沿って研究を進め、最終日に研究成果発表 会を行いました。 底生魚にとって、ここ数年来の度重なる洪水はまさに「水 難」であったのかもしれません。アジメドジョウは水田 や用水路の泥場に棲むお馴染みのドジョウとは異なり、 清流の礫場を好みます(写真 3)。アユのように礫の表面 に付着した藻類を食みとる習性を持つことから、その味 もアユに劣らぬほど美味と言われます。しかし、残念な がら、多くの河川で個体数が激減しているようです。河 川改修や増水などの物理撹乱に弱いためでしょう。今後、 異常気象による洪水が続かぬことを願ってやみません。 さて、本実習のトピックスをもう 1 つ。自由課題研究 の過程で受講生が温泉を探り当てました。いや、正確に 言うならば、温泉ではなく冷泉です。実習地の近くには、 「二本木の湯」という温泉(炭酸水素イオンを豊富に含 んだ冷泉の沸かし湯)があり、私たちも実習で冷えきっ た体を温めるためよく利用します。私は、実習地の河床 から明らかに水温の違う水が滲みだしていることに以前 から気付いていました。そして、今回、電気伝導度・溶 存酸素濃度などの多地点計測を行うことによって、あら ためて湧出点を突き止めることに成功しました。課題研 究では、湧出点の化学成分の変化によって、藻類や底生 無脊椎動物の現存量・種組成が劇的に変化することを明 らかにしました。近い将来、実習地に温泉施設ができる ことを密かに期待しています。 和気あいあいとした雰囲気の中、主催者としても大変 充実した実習を無事終了することができました(写真 4)。 夜を徹して受講生の面倒を見てくれたアシスタントの山 口さんと石川君、毎日美味しいご飯を作ってくださった 管理人の山田さん、そして、野外採集調査を許可してく ださった木曽川漁協の皆さんに、この場を借りて感謝申 し上げます。 本実習に対する受講生の感想を以下に掲載しま す(一部抜粋)。なお、受講生による自由研究レポー ト は 当 セ ン タ ー の ホ ー ム ペ ー ジ (http://www.ecology. kyoto-u.ac.jp/%7Enokuda/research&education/education/ limnolpracticeIIH20.htm) から閲覧可能です。 写真 1.木曽川支流河川・黒川にて底生無脊椎 動物の採集調査 写真 2.研究所実験室にて礫付着藻類の顕微鏡観察 今年も異常続きの夏となりました。一昨年度の前回実 習では、集中豪雨の影響で開催も危ぶまれるほどの増水 がありました。それが、今回は一転、猛暑と日照り続き で水量不足。そして、連日のごとく襲来するゲリラ雨。 もはや、何が正常で何が異常なのか分からないのが日本 の夏の風物詩となりつつあります。これも忍び寄る温暖 化の影響なのでしょうか。実習地である木曽川支流の黒 川では、7 月の少雨の影響で水かさがぐんと減り、水温 も前回実習の 15 ∼ 16 C から一気に 6 C ほど上昇して いました。この河川環境の変化によって、前回から変わっ た点が 2 つありました。1 つは生物相の変化、もう 1 つ は実習中であることを忘れて暑さを凌ぐ小河童たちの 姿。 生物相の変化と言えば、今回、黒川で初めてカワヨシ ノボリとアジメドジョウにお目にかかりました。別段珍 しい生物ではありませんが、3 度目の実習にして初めて の対面となりました。もともと泳ぎの得意でないこれら 写真 3.ドジョウ科アジメドジョウ.きめ細やかな 豹紋柄がとても美しい 〈感想〉 ・今回の実習は雰囲気も和やかで、かなり内容的にもシ ビアできついものでしたが、とても楽しかったです。 特に、自ら研究課題と方法を決めるというスタイルは、 普段学べないことを非常に多く学べました。教員、院 -26- センターニュース No. 102 生の方々には大変お世話になり ました。ありがとうございまし た。 ・「するときはする、楽しむときは 楽しむ」のけじめがはっきりし ていてとても充実した実習でし た。 先 生 や TA の 皆 さ ん に は 実 習内容について、更にはそれ以 外のことについてもとても親身 になって相談に乗っていただき、 自分なりの考えを進めることが できました。ありがとうござい ました。 ・途中いろいろとあり、なかなか 思い切った自由研究ができません でした。そのあたりは若干悔やま れますが、新しい友達もでき、様々 野 外 実 写真 4.今年度の実習参加メンバー なことを学べて楽しかったです。 ・一人でテーマを決めて調査・発表 するのが初めてだったのでとても いい経験になりました。他の学生 の新たな一面を知ることもでき、 さらに仲良くなれた気がします。 ありがとうございました。 ・本当に楽しい 1 週間でした。この 短期間で研究を行うというのは難 しいものがありましたが、その分 達成感が大きく、充実した時間を 過ごすことができました。指導し て頂いた指導教官の皆さん、仲良 くして下さった学生の皆さん、本 当にありがとうございました。あ と、最後の夜は調子に乗りすぎま した。 習 陸上生態系における土壌ダニ類の野外調査法および分類法の習得 高久元(北海道教育大学) 島野智之(宮城教育大学) 土壌性節足動物の中で最も多様な分類群の一つである 土壌ダニの分類・同定の技術習得を目指した共同利用事 業(野外実習)として上記実習が開催され、無事終了い たしましたのでここにご報告いたします。陸上生態系を 解明するためには、土壌ダニの生態とその分類方法を習 得することが必要不可欠です。しかし、土壌ダニは初心 者にはわかりづらいという問題があり、また、おのおの のダニ分類群については、それぞれの専門家のところで 勉強ができたとしても、土壌ダニ全体を俯瞰するような 研修の機会は、これまでまったくありませんでした。そ のため、土壌ダニ類の野外調査法のような今回の研修会 の重要性をお認め頂き、日本土壌動物学会、日本ダニ学 会からも後援をいただきました。 さて、一昨年、横浜国立大学で土壌ダニに関する第 1 回の実習が行われましたが、今回はその 2 回目として実 施されました。本実習は 2008 年 9 月 1 日(月)∼ 9 月 5 日(金)の 5 日間、北海道大学総合博物館 2 階実験室 沢重考(福岡教育大学) 、芝実(松山東雲短期大学) (五十 音順、敬称略)の各先生、と高久元(北海道教育大学)、 島野智之(宮城教育大学)でした。準備から実施までの 期間が短く宣伝が十分に行き届かなかったこと、実施場 所が北海道札幌市と参加しにくい場所であったこと、実 施時期が学会の時期と一部重なったことなど様々な要因 が重なり、残念ながら受講者数が少なくなってしまいま した。実施時期、場所、準備等に関して考慮する必要が まだまだあることを痛感いたしました。 5 日間の実習は以下の内容で行われました。 9 月 1 日(月)午後 1 時∼午後 6 時 ササラダニ亜目の生態、土壌動物および土壌ダニの概 説 9 月 2 日(火)午前 9 時∼午後 6 時 ケダニ亜目の概説、検鏡、同定 9 月 3 日(水)午前 9 時∼午後 6 時 の一部屋を借りて行われました。学部生、大学院生、一 般の方を対象に募集しましたが、参加者は学生 5 名、一 般 5 名、講師 5 名 岡部貴美子(森林総合研究所)、唐 コナダニ亜目、トゲダニ亜目の概説、検鏡、同定 9 月 4 日(木)午前 9 時∼午後 6 時 トゲダニ亜目、ササラダニ亜目の概説、検鏡、同定 -27- センターニュース No. 102 9 月 5 日(金)午前 9 時∼ 12 時 ササラダニ亜目の検鏡、同定 がら見入っていました。3 日目、4 日目のトゲダニ亜目 は高久、4 日目、5 日目のササラダニ亜目は島野がそれ ぞれ担当し、用意したプレパラート標本を顕微鏡で覗き ながら、分類形質を一つ一つ確認したり、検索で用いら れる形質をプロジェクターで映して確認したりと、少し 時間をかけてゆっくりと行いました。また初日に土壌動 物のソーティングをし、分けておいたササラダニを使っ て、受講生各自が解剖やプレパラート作製に挑戦し、そ の難しさを体感していました。 受講者からいただいたアンケートを原文どおり以下に いくつか掲載してみます。「実際に標本を見ながら先生 が解説してくれるのはとても贅沢でわかりやすく、この 機会でないとなかなかできないと思った」、「多様なダニ の姿が観察できてとてもよかった」 、「先生の人柄の良さ にひかれました」、「毛のすべてに名前がついているのが とても印象的でした」 、「大変丁寧な資料を準備して下さ り、非常に勉強になりました」 、「標本作りはすごく難し かったのですが、楽しかったです。空気が入ってしまっ たり、ダニが思うような向きにならなかったり苦労しま ダニの各分類群の分類、同定といった専門的な内容に 入る前に、初日はまずダニ学入門ということで、ササラ ダニの生態学的な話を中心に、唐沢先生にご講義いただ きました。ササラダニの多様性、食性、単為生殖、先生 のご専門のマングローブに生息するササラダニの話など 多岐にわたる興味深い講義をしていただきました。生態 や生殖などの進化について系統を交えながらのお話で多 少専門的な内容もありましたが、終始わかりやすく親切 にご説明いただきました。最初から分類の細かな話題に 入るよりも、先生のやさしい語りで興味深いダニの生態 を話していただいたことで受講者にも馴染みやすかった ように感じられました。その後、高久のほうから土壌動 物および土壌ダニの分類の基礎を、標本や図を用いて紹 介し、事前に抽出しておいたサンプルを用いて、実際に 土壌動物やダニ類のソーティングも行いました。ダニを 含めて広く土壌動物を知るという意味で、よかったので はないかと感じました。大学によっては講義、実習の中 で土壌動物を扱ったり、あるいは博物館等が実施する講 習などで経験を積んだりしている学生や一般の参加者も いらっしゃいましたが、これまで学んだことを講師陣と ともに確認する意味でもよかったのではないかと思いま す。 2 日目以降は各分類群の採集方法、標本作製方法、分 類形質、検索表の使い方などより専門的な内容に入りま した。実際に標本を用いて顕微鏡で観察しながら、ある いは検索表を使いながら同定作業を進め、不明な点があ れば講師の先生方に確認しながら進めていくという講義 形態をとりました。2 日目にケダニ亜目を担当された芝 先生からは、採集方法、プレパラート作製方法、分類形 質などの詳細を丁寧に説明していただくとともに、長年 の経験に基づいた様々なコツも教えていただきました。 特に標本作製方法など実際の技術的なことに関しては 我々も学ぶことが多く、受講生のみならず講師にとって も非常に参考になりました。また芝先生はケダニ亜目の 主要な科、属のプレパラート標本を多数準備されておら れ、受講者は時間の許す限りケダニの標本を検鏡してい ました。3 日目は岡部先生によるコナダニ亜目の講義・ 実習が行われ、2 年前の実習では含まれてなかった分類 群であり、今回新たにご参加いただきました。前日のケ ダニとはまったく異なった分類形質であったり、若虫の 標本を扱ったり、サイズが非常に小さかったりと受講者 が戸惑うこともありましたが、説明は楽しく親切で初心 者にもわかりやすいと好評でした。最後にハチのアカリ ナリウムに共生するコナダニ類の行動や生活史に関する 最新のビデオも見せていただき、皆で感嘆の声をあげな した。こんな大変な作業をずっと続けていくには努力が 必要なのだなと感じました」、「標本を使い、検索のキー になる部分を画像で確認しながら行ったので理解しやす かった」、「ダニの解剖は難しくうまくいかなかったので すが、面白かったです」、「もう少し時間があって , 検索 表で分類できたらよかったと思いました」。初めて出会 う多様なダニを前にして、様々な点に苦労しながらも積 極的な取り組みが感じられ、企画、準備、実施に携わっ たものとして、大変うれしく感じました。 受講者の中には学生、大学院生の他にオブザーバーと して高校教員や博物館ボランティアの方も参加されまし た。いずれもダニの分類に関してはほぼ初心者ではい らっしゃいましたが、5 日間という長い期間、大変熱心 に参加されており、標本作製や同定の技術を習得しよう と一生懸命に取り組んでおられました。受講者の皆さん の真摯な姿勢は、講師陣にとっても大変よい刺激となり ました。 なお、講師の皆様方には、学会シーズン、フィールド シーズンで御多忙にもかかわらず、講義・実習の講師を ご快諾いただき、たくさんの資料や標本をご準備いただ きました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。また、 この度、共同利用事業として開催させていただき、講師 の方々を北海道という遠い場所にお招きして貴重な講 義・実習を実施する機会を与えていただきました京都大 学生態学研究センター長、北山兼弘先生、また、スタッ フの皆様方に感謝申し上げます。日本土壌動物学会、日 本ダニ学会には御後援をいただきまことにありがとうご ざいました。 -28- センターニュース No. 102 野 外 実 習 安定同位体実習 2008 年 9 月 8 日∼ 12 日 陀安一郎(京都大学生態学研究センター) 9 月 9 日∼ 9 月 11 日 受講生はこの期間に、乳鉢を使ったサンプルの粉砕、 脂質除去のためのクロロホルム・メタノール抽出、標 準試薬とサンプルの分析、得られたデータの整理、標 準試薬を用いたデータの補正という一通りの過程を学 びました。4 班に分かれてはいますが、どの組もでき るだけすべての作業を経験するよう心がけました。午 後の時間を使い、 「陸上植物の生理生態と安定同位体比」 (半場)、「琵琶湖の食物網」(奥田)、「土壌生態系の同 位体解析」(陀安)の各講義を行いました。 生態学研究センターの公募実習、および京都大学理 学部の安定同位体実習の合同で、表記の実習が開催さ れました。今年度は、公募実習枠から 7 名(北大大学 院 1 名、琉球大大学院 1 名、東邦大 1 名、大阪大 1 名、 京大農学部 2 名、京大大学院農学研究科 1 名) 、京大理 学部から 4 名(生物科学専攻 3 名、地球惑星科学専攻 1 名)の合計 11 名の受講生を迎えました。これらの受 講生の他に、オブザーバーとして 4 名の方が見学しま した。班別実習形式で行っており、人数があまり多く なりすぎると実際の作業が難しくなるため、希望され たすべての方に参加していただけませんでした。その 点に関しましては申し訳ございませんでした。また今 年も EXTRA 実習として元素分析計の立ち上げ講習を 実習期間前(9 月 6 ∼ 7 日)に行い、7 名の参加があり ました。 本実習では、近年生態学の中で広く用いられるよう になった、炭素・窒素の安定同位体を用いた生態学研 究を自ら体験してもらうことを目的としました。本年 7 月末に行われた「陸水生態学実習(II)(木曽実習)」 の受講生 2 名は、河川食物網に関して実際のサンプリ ングから研究発表までを体験することになりました。 最終的に安定同位体生態学に関する基礎知識を得て、 議論できる場となったことで当初の目的は達成された ものと思います。ご協力いただいたスタッフの皆さん に感謝します。 (以降敬称略) 9 月 11 日午後∼ 9 月 12 日 データを元にいろいろなグラフを作成し議論を深め た後、パワーポイントプレゼンテーションを各班別に 作成しました。9 月 12 日午後からは各班の発表を行な いました。会場からの質疑応答をこなすことにより、 安定同位体生態学の有効な点を認識するとともに、ど のような点に注意しなければいけないかという点の理 解も進んだと思います。最後には簡単な懇親会を行な い、夜遅くまで議論がはずみました。 実習生の感想(一部抜粋 : 受講生の許可を受け転載) ■とても新鮮な実習でした。安定同位体比の測定とい う、方法としては知っていても中々できない内容を自 分の手で行うことができ、とてもいい経験になりまし た。特に、各手順や機器の意味までしっかり理解しな がら実験できたのは、とても良かったと思います。 また、ツールとしての安定同位体比分析についても 勉強になりました。生物学の中でも比較的明確な値と して結果が出る反面、その解釈が非常に難しいあたり に、この方法の面白さを感じました。同位体比を分析 するというアイデアや、機器の動作自体は極めて単純 であるのに、それが新しいツールとして明確に自然界 の一面を表現しうる、ということに感動しました。■ 話を聞いている限りだと安定同位体を使えばなんでも 分かる魔法の道具のように思っていましたが、実際に 自分で使ってみて、安定同位体を使った研究の解釈の 難しさを強く感じました。ただ、測定自体は予想以上 に容易だったので、研究ツールとしてうまく利用でき れば強力な手段になると思います。必要に応じて適切 な場面で使っていけたらと思います。■違う研究分野 の先生や学生と議論できたことが自分の刺激になり、 また研究の幅が広がったものと思います。さらに他の スタッフ(順不同) 陀安一郎、半場祐子(京都工芸繊維大学) 、奥田昇、平 澤理世、原口岳、石川尚人、苅部甚一 9月8日 簡単に自己紹介をした後、安定同位体生態学の基礎 の講義(陀安)を行いました。午後からは、以下の 4 班に分かれて実習を始めました。A 班 【琵琶湖沿岸帯班】 は、昨年度に引き続き琵琶湖沿岸帯の食物網構造を研 究している生態学研究センター D2 の苅部が採集した、 琵琶湖沿岸帯の試料を元に、食物網の地域間比較をす る班です。B 班【木曽実習班】は、 「木曽実習」で採取 した調査試料を元に河川生態系を研究する班です。C 班【植物班】は、岡山県で採取された植物を扱う班です。 D 班【人間食生態班】は、ここ数年定例になっている 人の髪の毛の同位体比と食物の関係を扱う班です。 -29- センターニュース No. 102 窒素安定同位体比だけでは分かりかねることも多く、 十分な試料数が必要なこと、胃内容物の調査の重要性、 POM についてはエンドメンバーの考慮がポイントにな ることが分かりました。■受講生が私も含め多様な分 野から来ていたため共同作業の中、普段とは違った見 解や議論、安定同位体比測定の用い方を知ることがで きて非常に新鮮な思いがしました。私が安定同位体比 測定を今後どう利用していこうとも今回の安定同位体 実習が下地になることは間違いがなく、そこで経験し たことは、交通の便が悪かったことを除けば良いこと であったのではないかと思います。 学部や研究室の状況など普段では耳にすることがない 話題にも接することができたことはよかったです。■ 今回の実習で、装置の立ち上げから、サンプル処理、デー タ整理など一通り経験でき、また測定原理や様々な研 究例について講義していただいたおかげで、安定同位 体について大分理解が深まりました。自分の研究への 適用についてもいろいろ思索をめぐらすことができ、 有意義な一週間が過ごせました。■毎日の講義で、色々 な場面で安定同位体を使った実験が行われていること を知り、さらに最後の発表は講義で得た知識を復習す る好機となりました。しかし実際に食物網のデータを 解析してみると、特に影響因子の特定については炭素・ 2008 年度京都大学生態学研究センター協力研究員(Affiliated Scientist)追加リスト 氏 名 所 属 研 究 課 題 天野一葉 松田和彦 阪井康能 モニタリングデータによる渡り性水鳥の生息状況解析 リママメの誘導防衛に寄与する生物・化学因子 植物に共生するメタンやメタノール等の C1 化合物を 滋賀県立琵琶湖博物館・特別研究員 近畿大学農学部・教授 京都大学農学研究科・教授 資化する C1 微生物の代謝機構の解明 編集後記 ・10 月から、中野伸一さんが水域部門の教授として着任されました。 ・この No.102 号から、ニュースレターに生態研のロゴ・マークをつけています。 まだご存知ない方も多いかもしれませんが、生態研の院生の原案をもとにデザインされ、2006 年から正式ロゴマー クとなりました。生態系や生物多様性の「相互に関連しながら、限り無く拡がるネットワークの自然な美しさ」 を表現しています。 (谷内茂雄) 京都大学 生態学研究センターニュース の問い合わせ先 京都大学生態学研究センターニュース編集係 〒 520-2113 滋賀県大津市平野 2 丁目 509-3 Tel :(077)549-8200 Fax:(077)549-8201 E-mail:[email protected] -30-