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年金加入行動と年金教育
生命保険論集第 180 号 年金加入行動と年金教育 佐々木 一郎 (同志社大学商学部 准教授) 1 はじめに 現在わが国では、老後の経済不安をいだく人々が増加している。老 後の経済的リスクを処理する手段として重要な役割を果たすものが年 金である。終身タイプの年金は、生存を条件に所定の年金を生涯にわ たり受給することで、生涯消費を平準化でき、老後の経済不安の緩和 に寄与する。 だが、現実の社会に目を向けてみると、公的年金については多くの 未加入・未納がみられ、また、民間生命保険会社の個人年金保険(以 下、個人年金と略)については多くの未加入が存在する。年金未加入・ 未納の人々は、年金以外で有効な老後準備手段を十分に確保している などの理由で、合理的に未加入・未納を選択しているのであろうか。 それとも、何らかの非合理的な理由から、未加入・未納を選択してい るのであろうか。 後者の非合理的理由によるものであるならば、その理由・要因を明 らかにし、 当該要因に働きかけることで、 最適な年金選択を促進でき、 人々の老後不安解消に役立つことが考えられる。 本研究では、未知の年金未加入・未納の影響要因として、年金知識 ―77― 年金加入行動と年金教育 不足に焦点を当てる。 人々の年金未加入・未納に影響する要因として、 これまでの先行研究では、年金知識不足に十分に焦点を当てることは 殆どなかった。年金知識が不足する場合、老後準備における年金の役 割や重要性が過小評価され、年金未加入・未納が誘発されることが考 えられる。だが先行研究では、年金知識不足に注目してこなかった。 年金知識不足と年金未加入・未納の分析については、公的年金と民 間生命保険会社の個人年金の両方の領域について重要な研究課題であ ると思われる。本研究では、まずは公的年金を対象とし、年金知識不 足が年金未加入・未納に影響している可能性が高いこと、さらに、年 金教育の有効性・重要性について考察する。 本研究の考察結果を受け、 民間生命保険会社の個人年金を対象とした分析については、今後の研 究課題とする。 2 年金未納問題を看過できない2つの理由 公的年金の領域については、若者を中心に多くの人々が年金未納・ 未加入者になっている。ではそもそもなぜ、年金未納問題は解決する 必要があるのであろうか。年金未納は個人の自由意思として看過して もよいという考え方もあると思われる。 以下では、 年金未納はマクロ、 ミクロの両面から大きなリスクがあるため問題であり、解決の必要が あることを説明する。 2-1 マクロ的側面―皆年金のしくみを揺るがすリスクの予防― 第1は、年金未納は皆年金のしくみを揺るがすリスクがあるからで ある。わが国の公的年金制度は、皆年金の仕組みであり、20歳以上60 歳までの人々はすべて加入する義務がある。国民年金への加入は、義 務であると同時に、老後に年金を受け取ることができる権利の獲得に もつながる。 なぜ皆年金、 つまり強制加入を維持する必要があるのか。 任意加入、 ―78― 生命保険論集第 180 号 あるいは年金未納ではいけないのか。その理由の1つは、任意加入を 認めると、相対的に長生きの人々が国民年金に集中し、平均および平 均未満の人々は国民年金に加入しにくくなるためである。 国民年金は、 生存を条件に生涯にわたり年金を受給できる、いわゆる終身年金であ る。終身年金である国民年金は、長生きの人々ほど、生涯に受け取れ る年金総額が大きいため、有利になる。 そのため、国民年金に加入するかどうかを任意にすると、長生きに 自信のある人々が国民年金に集中することになる。長生きの人々が集 中すると、年金給付総額がその分だけ大きくなるので、それに見合う ように、負担する掛け金総額も高めに設定する必要が生じてくる。す ると、平均寿命および平均寿命未満の人々にとっては、割に合わない 年金になってしまい、加入しにくくなる1)。 「第20回生命表(完全生命表)」(厚生労働省)と、「生保標準生命表 2007(年金開始後用)」(日本アクチュアリー会)を参考にして、わが国 全体と民間個人年金加入者群とで、平均寿命がどの程度異なるのか、 また、寿命の違いが受給年金総額にどのくらいの差をもたらすかを、 具体的な数字からみてみよう2)。 1)終身年金については、長寿を期待する人々が集中して年金に加入すること で、平均寿命や平均未満の寿命を期待する人々にとっては不公平な料率にな る可能性がある。この可能性を除去できることが公的年金を強制加入にする ことの必要性の1つの根拠とされている。しかし、わが国の公的年金の場合、 少子高齢化のもとで賦課方式を採用していることで、若年世代ほど料率は不 公平になりやすくなっている。結果的には、公的年金を強制加入にしていて も、世代による違いで、生涯負担総額と生涯期待受給総額が等しくなるよう な公平な料率の年金を提供できていないのが実情である。 2)わが国全体の生命表については、厚生労働省により、2種類の生命表が作 成されている。1つは完全生命表であり、国勢調査のデータに基づき、5年に 1度作成されている。いま1つは簡易生命表であり、10月1日現在の推計人口 に基づき、毎年作成されている。 ―79― 年金加入行動と年金教育 表1 年金教育と年金未納をめぐる本研究の問題意識 自動車や住宅購入と同様に、大きな経済的支出を伴うにもかかわらず、なぜ 人々は、年金制度を理解しないまま、加入・納付を決定しているのか? これらの生命表を参考にすると、わが国全体の平均寿命は、男性は 78.56歳、女性は85.52歳である。また、民間生命保険会社の個人年金 に加入している人々の平均寿命は、男性は84.35歳、女性は92.82歳で ある。民間生命保険会社の個人年金は、加入するかどうかは自由な任 意の年金である。民間個人年金の加入者の平均寿命は、国全体の平均 寿命と比較すると、男性で5.79歳、女性で7.30歳だけ、長寿である。 2011年4月時点における国民年金の1年間の給付額は、40年フル納 付の場合、 78万8892円である。 日本人全体の平均寿命者と比較すると、 民間個人年金加入者は、国民年金だけについてみても、男性で約457 万円(=1年あたり78万8892円×5.79年間分)、女性で576万円(1年あ たり78万8892円×7.30年間分)、より多く受給できる計算になる。 このように、国民年金を任意加入にすると、長生きに自信のある 人々が国民年金に集中し、負担する掛け金総額も高めに設定されるこ とから、平均寿命および平均寿命未満の人々にとっては加入しにくく なる。 寿命の長短にかかわらず、誰でも年金に加入しやすくするようにす る主要な方法の1つが、強制加入、皆年金である。年金未納を認めて しまうと、国民年金は強制加入であるということを人々に浸透させて いくことが難しくなり、 皆年金のしくみを維持できなくなってしまう。 2-2 ミクロ的側面―個々人の老後の無年金・無貯蓄を引き起こすリ スクの予防― 第2は、年金未納は老後の無年金・無貯蓄のリスクを高めることか ら問題であるということである。公的年金未納で無年金でも、民間の ―80― 生命保険論集第 180 号 個人年金に加入することで老後をやりくりするという行動もあるよう に思われる。だが「平成20年国民年金被保険者実態調査 結果の概要」 (厚生労働省)から、実際のデータをみてみると、年金納付者と比較し て、年金未納者は、収入が低く個人貯蓄をする余地は小さく、しかも、 個人年金加入率も低い。国民年金未納者は民間個人年金で老後をカバ ーするどころか、むしろ、国民年金納付者よりも民間個人年金加入率 は低いのである。 収入面について、まず世帯所得をみてみると、国民年金納付者世帯 は平均555万円であるのに対して、国民年金未納者世帯は平均342万円 である。本人収入でみると、国民年金納付者は平均178万円であるのに 対して、国民年金未納者は平均113万円である。また、国民年金未納者 のうち民間個人年金の加入者は8.1%であり、1割に満たない。国民年 金未納者の多くは低所得者であり、さらに、国民年金未納者のうち9 割以上は、国民年金と民間個人年金の両方について低年金・無年金に 直結しやすい。 このような状況であるため、特に若い世代の年金未納をこのまま看 過することは、30年、40年先の将来には、無年金・無貯蓄で老後に困 窮する人々を多く出現させることになる。このことは、最終的には、 公的扶助の増加、社会保障費の増加につながり、社会的コストをアッ プさせるリスクの増大にもつながる可能性がある。 3 年金教育からのアプローチ―年金未納問題の解決策― それでは、年金未納問題をどのようにして解決することができるの だろうか。本研究では、その解決策の1つとして、年金教育の可能性 に焦点を当てる。 年金未納問題を解決するうえで、なぜ年金教育に着目するかという と、国民年金という財・サービスが通常の財・サービスとは異なり大 ―81― 年金加入行動と年金教育 きな特殊性をもっているからである。国民年金の特殊性から一般の 人々がふだんの生活において十分な年金知識を得ることは難しいこと、 不十分な年金知識しかない状況で年金加入・納付決定を行う必要に迫 られることが多く、そのことが年金未納の主原因になっているとも考 えられるからである。 もし、年金制度の複雑さ、分かりにくさから年金未納が生じている とすれば、年金教育により年金制度理解を促すことが非常に重要にな ってくるといえる。 4 国民年金のサービス特殊性 以下では、国民年金を1つのサービスとしてとらえた場合、通常の サービスと比べてどのような特殊性があるのかを考察する。 4-1 1度のみの消費経験 国民年金の特殊性として、第1は、購入経験に関するものである。 自動車など、 一生涯のなかで複数回購入する機会のあるものであれば、 当該商品・サービスが自分にとって本当に必要かどうかを判断したり、 あるいは、どの商品・サービスを選択すればよいかなどの知識・情報 を収集・蓄積していくことができる。 しかし、一生涯を若年期・中高年期・高齢期に分類した場合、年金 というサービスを消費するのは、高齢期の1度きりである。高齢期にな って初めて年金を消費し、その有用性を実感することができる。その ため、実際には必要度・重要度が高いとしても、高齢期に実際に消費 するまではその必要度・重要度が理解できないため、特に近視眼的な 人々にとっては年金の有用性が過小評価されやすくなる。年金の掛け 金は、長期にわたって少しずつ掛け金を支払っていくため、高齢期に 年金の価値に気づいても、その時にはすでに遅いということになりか ねない。 ―82― 生命保険論集第 180 号 4-2 価値循環の転倒性 第2は、年金の受け取りが支払よりもあとに来ることである。年金 に加入する年齢は20歳であるが、受取は原則65歳からであり、50年近 くも遠い先のことになる。老後は1度しか経験できず、しかも、若者 からみるとずっと先のことであるから、老後に年金が必要であるとは いっても、なかなか年金の必要性を実感できない。必要性が実感しづ らく、しかも、最初の40年間、支払だけが続くため、負担感が大きく なりやすく、年金の価値が過小評価されやすいと考えられる。 4-3 条件付きの給付 第3は、年金の給付が生存を条件としていることである。通常の財・ サービスであれば、代金を支払うことで、必ず当該財・サービスを受 けとることができる。しかし、公的年金の場合、年金の特性から、生 きている場合にのみ受給することができるが、死亡すれば受給するこ とができない。また、目に見える財・サービスではないため、視覚的 にとらえることも難しい。 4-4 支払と給付の長期性(金融知識の必要性) 第4は、年金の掛け金と受取が何十年間もの長期に及ぼすことであ る。国民年金について寿命80歳を想定すると、20才から60歳までの40 年間にわたり掛け金を支払い、 65歳から寿命年齢の80歳までの15年間、 年金給付を受ける。60年間のお金の支払と給付の流れがあるが、お金 の価値は時間とともに変化していく。そのため、20~60歳までの支払 総額の価値と、65歳以降の受け取り総額の価値を、額面だけで単純比 較することはできない。現在の価値に換算しなおして、比較しなくて はいけない。しかし、このような作業は、金融の知識のない一般の人々 ―83― 年金加入行動と年金教育 には難しい3)。そのため、国民年金に加入することの正味の価値を実 感することは難しい。 4-5 負担と給付の世代間格差 国民年金については、その時々の現役世代が支払う掛け金は、その ときどきの老齢世代の年金給付にあてられる。そのため、生まれる世 代によって年金の掛け金負担総額と年金期待受給総額は異なり、世代 間格差がある。このような世代間格差の存在は、自分自身の負担と給 付の比較をますます分かりづらくする。 4-6 支払総額の高額性 第6は、 生涯にわたる支払総額が非常に高額になることである。 個々 の消費者は、自動車や住宅など高価な商品・サービスを購入する場面 では、ふだんよりも手間と時間をかけて、性能・品質・仕組みなどに ついて積極的に情報収集することが多いだろう。 自動車や住宅と同様に、公的年金もまた、個々人にとって大きなお 金の支出と流入を伴うものである。厚生労働省の「平成21年財政検証 結果レポート」によると、公的年金のベースとなる国民年金について は、1950年生まれの世代の場合、保険料負担総額は500万円、年金給付 総額は1300万円である。また、1970年生まれの世代の場合、保険料負 担総額は1000万円、年金給付総額は1500万円である。さらに、1990年 生まれの世代の場合、 保険料負担総額は1400万円、 年金給付総額は2200 万円である。 3)Lusardi and Mitchell[2007]を参考にすると、個人の多くは、金融に関す る基本的な計算ができない。例えば、複利計算ができる人々の割合は、17.8% にすぎないという。そのため、将来のお金の価値を現在のお金の価値になお すこと、つまり、割引現在価値の概念を理解している人々の割合についても、 非常に少ないことが考えられる。 ―84― 生命保険論集第 180 号 厚生年金については国民年金よりもさらに金額は大きくなる。1950 年生まれの世代の場合、保険料負担総額は1200万円、年金給付総額は 4700万円である。また、1970年生まれの世代の場合、保険料負担総額 は2400万円、年金給付総額は5900万円である。さらに、1990年生まれ の世代の場合、保険料負担総額は3600万円、年金給付総額は8300万円 である。 「第20回 生命表(完全生命表)」(厚生労働省)によると、現在、わ が国の平均寿命は、男性で約79歳、女性で約86歳である。65歳から年 金が支給されるものとすると、男性で14年間、女性で21年間の老後の 生活費のベースをまかなうものである。これだけの長期間の老後生活 をカバーする年金であるため、国民年金をベースとする公的年金は、 支出も受取も非常に大きな金額になっている。それにもかかわらず、 年金周知度は低く、 多くの人々は公的年金についてよく知らないまま、 加入・納付あるいは未加入・未納を決定しているのが実情である。 以上の6つの理由から、国民年金のしくみは複雑で理解することは 難しいこと、国民年金の価値や必要性は実感することは難しく、過小 評価されやすいと考えられる。そのため、本来であれば、学校教育現 場等で体系的な年金教育を実施することで、国民年金のしくみや役割 を学習する機会を人々に提示し、老後準備における国民年金の重要性 を人々が理解・納得できるようになった状況で、国民年金の加入・納 付を推奨すべきである。 5 年金教育不在と年金未納問題との関連性 5-1 不十分な年金教育の実態 だが実際には、現在わが国では、学校教育などにおいて体系的に年 金制度を学ぶ機会は殆ど存在していない。そのため、国民年金制度に 関する人々の知識や理解は、非常に低い水準にとどまっている。 ―85― 年金加入行動と年金教育 厚生労働省「平成20年国民年金被保険者実態調査結果の概要」によ ると、国民年金には、老後の年金保障のほかに、障害保障や遺族保障 などの重要な機能があるが、このことを知らない人々はおよそ4割程 度存在しているという。また、国民年金についてその一部が国庫負担 でまかなわれていることについても、これを知らない人々の割合は6 割程度に達するという。このように、多くの人々が国民年金のしくみ や機能などをよく理解していない。さらに、理解が非常に乏しいまま で、国民年金の加入・納付決定を行っている。 学校教育現場で年金制度について学ぶ機会として、第1は、中学校 や高校の教科書における年金制度の解説がある。社会保障の領域の1 つとして年金制度に焦点が当てられているが、多くの場合は数ページ 以内の簡略な内容であり、年金制度を体系的に学ぶことは難しい。 第2は、旧社会保険庁による中学・高校等における生徒対象の年金 セミナーである。都村[2006]などを参考に説明すると、学ぶ内容は、 公的年金には何歳から加入して、保険料は月々いくらかかるのか、何 歳からいくらくらい年金を受給できるのか、老後の年金保障以外に障 害を負ったときの保障など広くどのような保障があるのか、などを解 説するものである。しかし、この旧社会保険庁が実施していた年金セ ミナーについては、2009年12月で廃止され、現在は行われていない。 このように、わが国の学校教育現場では、公的年金制度について体系 的に学ぶ機会は非常に限られているのが実情である。 5-2 年金知識不足と年金未納問題の関係 人々の国民年金制度の周知度を調査した厚生労働省「平成20年国民 年金被保険者実態調査結果の概要」によると、国民年金未納者は、国 民年金納付者よりも、年金知識が少ない。また、社会保険庁「平成16 年公的年金加入状況等調査結果の概要」から、国民年金未加入者は、 国民年金加入者よりも、老後の生活設計について「考えていない」割 ―86― 生命保険論集第 180 号 合が高いことが示されており、年金意識も低い可能性もある。 もし仮に、年金知識・年金意識の低さから年金未納が誘発されてい るのであれば、年金教育の実施は、人々の年金知識・年金意識を高め ることで、年金未納問題を解決へと導くことができる可能性がある。 6 年金教育に関する調査・分析の必要性 そもそもなぜ、年金教育に関する調査・分析を行うことが必要なの であろうか。その理由・根拠やメリットとして、本研究では、次の3 点に着目する。年金教育にかかわる諸問題を調査・分析することは、 年金教育の有効性と限界を明らかにできる可能性があるとともに、年 金未納・未加入理由を解明するきっかけになる可能性も考えられる。 6-1 年金未納問題が緩和される可能性 第1の理由は、年金教育の推進が昨今社会問題化している年金未納 問題を緩和できる可能性があるため、年金教育をめぐる人々の意識を 調査することが重要であると考えられるからである。 既述のとおり、国民年金納付者と比較すると、国民年金未納者は、 国民年金納付者よりも、年金知識が少ない。さらに、老後の生活設計 に関する意識も低い。年金教育研究から年金未納と年金知識不足との 関係が仮に明らかになれば、年金教育により年金知識不足を解消する ことで、年金未納問題も解決される可能性がある。 6-2 年金制度への満足・納得度が高まる可能性 老後を支える手段には、公的年金以外にも、個人貯蓄・個人年金・ 家族内扶養などさまざまな手段があるが、現状では公的年金が老後準 備において果たしている役割は非常に大きい。厚生労働省「平成21年 国民生活基礎調査の概況」によると、公的年金受給の高齢者世帯のう ち、総所得が公的年金のみしかない世帯は63.5%に達し、およそ3世 ―87― 年金加入行動と年金教育 表2 年金加入行動と年金教育をめぐる研究テーマ 人々は、どのような年金教育を求めているのか? 年金教育が充実すれば、年金未納問題は解決するのか? (年金未納は、年金知識不足が原因であるのか?) 年金教育を実施するかどうかは、個人の自由意思にゆだねてもいいか? (国がリーダーシップで推進すべきか?) 帯に2世帯は公的年金だけで生計を立てていることが示されている。 だが、このような老後準備における公的年金の重要性が人々から理 解されていない場合、人々にとっては公的年金の負担感の側面が顕著 にウェイトを増し、年金制度への信頼感や納得度の低下にもつながり かねない。 ここで年金教育を推進することで、 年金保険料の負担と引きかえに、 我々が老後に公的年金からどのようなプラスの効果を得ているかを学 ぶことで、 年金制度への信頼感や納得度は増大することも考えられる。 このように、年金教育を推進することで、年金未納問題が緩和され たり、あるいは、年金制度への満足度・納得度が高まることが1つの 可能性として考えられる。そして、年金教育の実施の前提として、そ もそも現状において、人々は年金教育に対してどのようなニーズをも っているのか、また、仮に年金教育を展開する場合に、どのような形 で実施することを望んでいるのか、また一方で、課題や限界点は何か などを調査・分析することが重要であると考えられる。 6-3 先行調査・研究が少ないこと 既述のように、年金未納減少や年金制度満足度増大など、年金教育 にはいくつかの効果が期待できる可能性があるにもかかわらず、現在 わが国では、学校教育現場での体系的な年金教育の実施はほぼ皆無で ある。また、年金教育に関する人々のニーズや意識について調査した ―88― 生命保険論集第 180 号 研究は非常に少ないという実態がある。つまり、わが国では、年金教 育が殆ど実施されていないとともに、年金教育に関連する学術的な先 行調査・研究は非常に少ない。 年金教育に直接アプローチした研究として、都村[2006]は、旧社会 保険庁が実施していた年金教育等に焦点を当て、学校教育における社 会保障教育・年金教育がなぜ重要であるのかということや、わが国の 現状と課題について考察している。考察の結果、学校教育における現 状の社会保障教育・年金教育は不十分であり、学校教育現場との連携 が重要であることを指摘している。 都村[2006]など、年金教育に直接アプローチしたこれまでの研究で は、実施者サイド(旧社会保険庁)に焦点を当てて、その取り組みや課 題を考察したものが多い。一方で、個人サイド(学習者)に焦点を当て た調査・研究は非常に少ない。個人サイド(学習者)に関する年金教育 の調査・分析は、研究上の空白域になっている。 7 年金教育をめぐる3つの研究テーマ 以上を踏まえると、公的年金に関する年金教育をめぐっては、以下 の3つの研究テーマが重要であると考えられる。 7-1 年金教育ニーズの実態調査 第1は、個人サイド(学習者)に焦点を当たてたうえで、独自のアン ケート調査データに基づき、個人サイド(学習者)が年金教育について どのようなニーズや意識をもっているのかについて、その実態を明ら かにすることである。 7-2 年金知識不足と年金未納の分析 第2は、年金教育・年金知識量は昨今わが国で問題になっている年 金未納・未加入問題とどのような関係にあるのかを明らかにすること ―89― 年金加入行動と年金教育 である。年金知識不足は年金未納と無関係であるのか、それとも、年 金知識不足の低い人々ほど顕著に年金未納者になりやすいのかどうか について分析を行うことである。 7-3 年金教育実施と人々の自由意思 第3は、年金教育を実施するかどうかの判断について、人々の自由 意思にゆだねてよいか、それとも、国がリーダーシップで主導する必 要があるかどうかを分析することである。年金知識量や年金理解度が 低い人々ほど、 年金教育を受ける必要性が高い。 年金理解度の低い人々 が年金教育を受けたいと思う傾向が強いかどうかを分析することで、 人々のサイドに判断をゆだねても年金教育実施を行えるか、 それとも、 人々のサイドに委ねた場合は年金教育の実施は選択されにくく国がリ ーダーシップをとる必要性が高いかどうかを分析する必要がある。 以上の3つより、 わが国の年金教育ニーズの全体像を把握すること、 年金知識不足のために年金未納が誘発されているかどうか、年金教育 の実施は人々のサイドに委ねてよいかを明らかにすることが重要であ ると考えられる。 8 今後の研究課題―民間生命保険会社の個人年金のケースへの拡張― 本研究では、公的年金のケースに焦点を当て、年金知識不足が年金 未加入・未納の主原因である可能性が高いこと、および、その対処法 として年金教育が重要であることを考察した。 今後の研究課題は、民間生命保険会社の個人年金のケースに分析対 象を拡張することである。国の年金財政が厳しく、公的年金だけでは 老後の年金額は十分とはいえないなかで、民間生命保険会社の個人年 金に大きな関心が集まっている。アンケート調査データによる分析か ら、民間生命保険会社の個人年金のケースについて、まず、年金知識 ―90― 生命保険論集第 180 号 不足と個人年金未加入はどのような関係があるのかを分析したい。そ のうえで、年金知識不足が解消されることで、民間生命保険会社の個 人年金加入行動にどのような変化が生じるかについて明らかにしたい。 参考文献 Bernheim,B.D.,Garret,D. and Dean M.Maki.,“Education and saving: The long-term effects of high school financial curriculum mandates,”Journal of PublicEconomics ,Vol.80,No.3,pp.435465. Brown, Jeffrey R.,2008,“Financial Education and Annuities,”OECD Journal : General Papers,Vol.2008, No.3,pp.173-215. Lusardi,A., and Mitchell,O.,2007, “ Baby Boomer retirement security:The roles of planning,financial literacy,and housing wealth, ” Journal of Monetary Economics, Vol.54, No.1,pp.205-224. 厚生労働省,2009,「平成21年財政検証結果レポート」. 厚生労働省,2009,「平成21年国民生活基礎調査の概況」. 厚生労働省,2008,『平成20年国民年金被保険者実態調査 結果の概要』 . 厚生労働省,2007,『第20回生命表(完全生命表)』. 社会保険庁,2004,『平成16年公的年金加入状況等調査 結果の概要』. 都 村 敦 子 ,2006, 「 学 校 教 育 に お け る 年 金 教 育 」 , 『 年 金 と 経 済』,Vol.25,No.1,4-12. 日本アクチュアリー会,2007,「生保標準生命表2007」. ―91―