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農産物の高関税政策が消費者に及ぼす影響-低所得者
Research Focus http://www.jri.co.jp ≪アベノミクスを考える No.2≫ 2014年7月14日 No.2014-021 農産物の高関税政策が消費者に及ぼす影響 ― 低所得者・高齢者の負担感が大きく、負担割合も拡大傾向 ― 調査部 上席主任研究員 枩村秀樹 《要 点》 ◆ わが国の農業支援は、規模でみればEU並みの水準ながら、その手段が高関税による 価格維持政策に偏っていることが特徴。現在交渉中のTPPでも、農産物の関税が大 きな障害に。さらに、高価格維持政策は、購買力の低下を通じて、消費者に負担を強 いるという側面も。 ◆ 実際、消費者負担を推計すると、高関税農産物は基礎的支出であるため、相対的に低 所得者の負担感が大。さらに、時系列でみても、高所得者の負担割合が低下し、低所 得者の負担割合が高まる方向。 ◆ また、年齢別にみると、相対的に高齢者の負担感が大。時系列でみても、少子高齢化 を反映して、若年者の負担割合が低下し、高齢者の負担割合が上昇。 ◆ 今後を展望すると、景気回復が持続すれば、低所得者の負担集中には歯止めがかかる 可能性。もっとも、少子高齢化の進行により、高齢者への負担集中は一段と強まる公 算が大。とりわけ、後期高齢者への負担が増嵩する見込み。 ◆ このように、収入面で不利なセクターに負担が集中しやすいことを踏まえても、農産 物の高関税政策を見直すことが必要。EUのように、生産性向上インセンティブを 伴った農家への直接支払いにシフトすべき。小規模農家が多いという現状を踏まえれ ば、耕地面積に連動する直接支払い制度などが効果的。国内価格の低下により、消費 者負担の歪みが解消されるだけでなく、農産物の輸出拡大も期待可能。 日本総研 Research Focus 本件に関するご照会は、調査部・上席主任研究員・枩村秀樹宛にお願いいたします。 03-6833-0929 [email protected] 日本総研 Research Focus 農産物の高価格維持政策で消費者の負担が拡大 (1)現在交渉中のTPPでは、日本のコメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖の輸入関税が大きな 焦点に。実際、この5品目には大きな内外価格差があり(図表1-1)、国内農業保護のために 政策支援が必要な状況。もっとも、日本の農業保護の規模が極端に大きいとはいえず。OEC Dが推計している農業支援額のGDP比をみると、日本はほぼEU並みの水準(図表1-2)。 (2)しかし、農業支援の内容に大きな違い。農業支援の手段は、大きく分けて、①農家の採算を 保障する高価格維持、②農家に対する直接的な財政支援、の2種類。日本の農業支援は、輸入 品に高関税を設定した価格維持政策の比重が大きいことが特徴(図表1-3)。 (3)もっとも、これには、以下のような問題点。 ①関税を聖域化することで、自由貿易交渉の大きな障害に。 ②市場メカニズムが働かない高価格が維持されるため、供給側の農家に生産性向上インセン ティブが生まれず。 ③購買力の低下を通じて、需要側の消費者の負担が拡大(図表1-4)。さらに、後述するよう に、消費者の負担構造にも大きな歪み。 (4)本レポートでは、高関税で保護されているコメ、小麦、肉、乳製品、砂糖の5品目を対象 に、消費者負担の構造・特徴を分析。 (図表1‐1)内外価格差 (図表1‐2)農業支援額/GDP (%) 5 (輸入品=100) 国産品価格 300 輸入品価格 日本 米国 EU 韓国 4 200 3 2 100 1 砂糖 乳製品 豚肉 牛肉 大麦 小麦 米 0 0 1995 (資料)政府統一試算、2013年3月15日公表 (図表1‐3)農業支援額の内訳 (GDP比、2012年) (%) 2.0 2000 2005 2010 (資料)OECD、各国統計を基に日本総研作成 (年) (図表1‐4)個人消費に対する 消費者負担の比率(2012年) (%) 3 1.5 価格維持 2 財政支援 1.0 1 0.5 -1- 日本総研 オーストラリア (資料)OECD、各国統計を基に日本総研作成 米国 EU カナダ スイス 日本 韓国 0 オーストラリア (資料)OECD、各国統計を基に日本総研作成 米国 カナダ EU スイス 日本 韓国 0.0 Research Focus 分析①:低所得者に負担が集中 (1)以下では、消費者負担を調べるために、高関税5品目の国内消費額を推計。その際、直接的 な消費需要だけでなく、産業連関表を用いて、原材料として投入された間接的な消費需要も勘 案。結論を先取りすると、5品目の高価格維持政策は、低所得者・高齢者の負担感が相対的に 大きく、その負担割合も趨勢的に拡大傾向にあるとの結果。 (2)まず、所得階層別にみると、高関税5品目は基礎的支出であるため、所得階層間で支出水準 に大きな違いはなし(図表2-1)。肉や乳製品は所得が増えるほど支出額も増える傾向がある ものの、コメはむしろ低所得者の方が支出額が大。この結果、所得比からみた負担度合いは、 低所得者の方が高所得者よりも大。5品目の支出額は、年収1500万円以上の世帯では収入の 1.1%にすぎないのに対し、年収200万円未満の世帯では収入の8.9%に。 (3)さらに、時系列でみると、高所得者の負担割合が低下し、低所得者の負担割合が高まる方向 (図表2-2)。背景に、以下の2点。 ①長期の景気低迷により、高所得世帯数が減少し、低所得世帯数が増加(図表2-3)。 ②厳しい所得環境の下で、高関税5品目の支出減少幅も、削減余地が大きかった高所得者の方 が大。一方、削減余裕に乏しかった低所得者の支出減少は限定的。 (4)この結果、5品目の消費シェアは、年収500万円未満世帯で1999年の24%から2009年の38% に上昇(図表2-4)。低所得者に負担が集中するかたちに。 (円) 6,000 5,000 (図表2‐1)一人あたりの月間支出額 (所得階層別、二人以上世帯、2009年) 乳製品 肉 砂糖 小麦 (億円) (図表2‐2)高関税5品目の年間消費額 (所得階層別、二人以上世帯) 15,000 コメ 1999年 2009年 4,000 10,000 3,000 2,000 5,000 1,000 0 0 (万円) (資料)総務省「消費実態調査」「産業連関表」を基に日本総研作成 (万人) 2,500 (図表2‐3)所得階層別の人口 (二人以上世帯) (万円) (資料)総務省「消費実態調査」「産業連関表」を基に日本総研作成 (%) 50 (図表2‐4)高関税5品目の消費シェア (所得階層別) 48 2,000 40 1,500 1,000 30 1999年 500 44 ∼500万円 500∼1000万円 1000万円∼ 38 28 2009年 20 24 18 0 10 (万円) (資料)総務省「消費実態調査」を基に日本総研作成 1999年 2009年 (資料)総務省「消費実態調査」「産業連関表」を基に日本総研作成 -2- 日本総研 Research Focus 分析②:高齢者に負担が集中 (1)次に、年齢別にみると、高関税5品目の支出額は、高齢になるにしたがい増加する傾向 (図表3-1、3-2)。とりわけコメでこの傾向が顕著。若年者は外食が多く、食生活が多様化し ているのに対し、高齢になるほど自宅での食事機会が増えることが背景。60歳代の支出額は、 20歳代の2倍近い水準。 (2)さらに、時系列でみると、若年者の消費額が減少し、高齢者の消費額が増加する傾向 (図表3-3)。背景に、以下の2点。 ①若年者人口の減少と、高齢者人口の増加(図表3-4)。 ②高齢者の支出減少幅が、若年者よりも小。外食では低価格品の選択肢が多数あるのに対し、 自宅での食事では、食材費をあまり削減できなかった可能性。 (3)この結果、高関税5品目の消費シェアは、60歳以上で1999年の29%から2009年の46%に上 昇。高価格維持政策による消費者負担は、高齢者により集中する構造に。 (4)以上のように、高関税5品目の消費者負担は、低所得者・高齢者など収入面で不利なセク ターで相対的に大。また、負担割合も徐々に高まる方向。 (円) 6,000 (図表3‐1)一人あたりの月間支出額 (世帯主の年齢別、二人以上世帯、2009年) 乳製品 砂糖 コメ 5,000 4,000 (図表3‐2)一人あたりの月間支出額 (単身世帯、2009年) (円) 7,000 肉 小麦 乳製品 砂糖 コメ 6,000 5,000 肉 小麦 4,000 3,000 3,000 2,000 2,000 1,000 1,000 0 0 ∼29歳 30∼39歳 40∼49歳 50∼59歳 60∼69歳 70歳∼ ∼29歳 30∼39歳 40∼49歳 50∼59歳 60∼69歳 70歳∼ (資料)総務省「消費実態調査」「産業連関表」を基に日本総研作成 (資料)総務省「消費実態調査」「産業連関表」を基に日本総研作成 (億円) 25,000 (図表3‐3)高関税5品目の年間消費額 (世帯主の年齢別、総世帯) (万人) 2,200 (図表3‐4)年齢別の人口 1999年 20,000 2,000 15,000 1,800 10,000 1,600 5,000 1999年 2009年 2009年 1,400 1,200 0 ∼29歳 30∼39歳 40∼49歳 50∼59歳 60∼69歳 70歳∼ 20∼29歳 30∼39歳 40∼49歳 50∼59歳 60∼69歳 70歳∼ (資料)総務省「推計人口」 (資料)総務省「消費実態調査」「産業連関表」を基に日本総研作成 -3- 日本総研 Research Focus 分析③:高齢者への負担は今後も一段と拡大 (1)今後を展望すると、アベノミクスの進展により景気回復が持続すれば、低所得世帯数の増加 には歯止めがかかる可能性。もっとも、少子高齢化の進行により、高齢者への負担集中は一段 と高まる公算が大。 (2)2009年の年齢別の消費額をベンチマークとして、その後の人口動態の変化に伴う消費構造の 変化を試算してみると、人口減少に連動してマクロの食料需要が減少に転じるため、高関税 5品目の消費水準も足元でピーク越え。 (3)もっとも、年齢別にみると大きな違い。少子高齢化を映じて、59歳以下の消費額は減少する のに対し、60歳以上ではむしろ増加(図表4-1)。この結果、高価格維持政策による消費者負 担は、一段と高齢者に偏ることに(図表4-2)。 (4)さらに詳細にみると、高齢者のなかでも、60歳代の負担割合は低下する一方、70歳以上の負 担割合がさらに上昇する見込み。70歳以上の負担割合は、二人以上世帯で2010年の19%から 2030年には26%に、単身世帯でも4%から7%に上昇。所得稼得能力が低い後期高齢者への負 担集中が強まることに。 (図表4‐1)年間消費額の将来推計(世帯主の年齢別) (兆円) 1.4 (兆円) 1.4 <59歳以下> <60歳以上> コメ 1.2 肉 乳製品 1.2 コメ 肉 乳製品 1.0 1.0 0.8 0.8 0.6 0.6 2010 2015 2020 2025 2030 (年) 2010 (資料)総務省、国立社会保障・人口問題研究所などを基に日本総研作成 (兆円) 2015 2020 2025 2030 (年) (注)2009年の消費額をベンチマークに、世帯推計を掛けて算出。 (図表4‐2)消費者負担の将来推計 (図表4‐3)消費者負担の年齢別シェア (%) 1.0 二人以上世帯 単身世帯 100 0.8 90 70歳以上 0.6 80 乳製品 肉 コメ 0.4 0.2 0.0 2010 2020 59歳以下 2030 2010 2020 70 60 2030 (年) 60∼69歳 50 59歳以下 40 60歳以上 2010 (資料)OECD、総務省などを基に日本総研作成 2015 2020 2025 (資料)OECD、総務省などを基に日本総研作成 -4- 日本総研 2030 (年) Research Focus 価格維持政策から直接支払いへのシフトを (1)以上のように、農産物の高関税政策は、消費者サイドからみても、以下のような問題点。 ①低所得者や高齢者に負担が偏在(図表5-1)。高齢者への負担集中は今後も加速。 ②平均消費性向の高い世帯での負担は、マクロの個人消費にもマイナス影響(図表5-2)。 (2)対応策としては、相対的に大きな負担を強いられている低所得者や高齢者に、給付金を支給 するのも一案。もっとも、新たな給付コストが発生するほか、公平性の確保が難しいという問 題点。 (3)むしろ、EUのように、農産物の高価格維持政策から、農家への直接支払いにシフトすべき (図表5-3)。EUでは、1992年から始まった一連の農政改革により、域内での農産物価格を 徐々に引き下げ、代わりに農家の所得減少分を直接支払いで補填。この結果、EU域内の農産 物価格は国際価格まで低下し、競争力を回復した農産物の輸出が着実に増加(図表5-4)。 (4)わが国でも、5品目の高関税を聖域化するのではなく、生産性向上インセンティブを伴った 直接支払い制度の導入により、農業部門の再活性化を図るべき。小規模農家が多いという現状 を踏まえれば、耕地面積に連動する直接支払い制度などが効果的。これにより、TPP交渉の 最大の障害がなくなるほか、国内価格が低下していけば、消費者負担の歪みが解消されるだけ でなく、アジア諸国向けの農産物の輸出拡大も期待可能。 (図表5‐1)消費支出に占める高関税5品目 のシェア(世帯主の年齢別、2009年) (%) (%) 90 6 (図表5‐2)単身世帯の消費性向 (年収比、2009年) 80 5 70 4 60 3 50 二人以上の世帯 2 40 単身世帯 30 1 ∼29歳 30∼39歳 40∼49歳 50∼59歳 60∼69歳 (資料)総務省「消費実態調査」を基に日本総研作成 (資料)総務省「消費実態調査」を基に日本総研作成 (%) 1.8 (図表5‐3)EUの農業支援の内訳 (GDP比) (図表5‐4)農産物の輸出数量 (1995年=100) 180 価格維持 1.6 財政支援 1.4 20∼29歳 30∼39歳 40∼49歳 50∼59歳 60∼69歳 70歳∼ 70歳∼ 160 1.2 日本 オランダ フランス ドイツ 140 1.0 0.8 120 0.6 0.4 100 0.2 0.0 80 1995 2000 2005 2010 (年) (資料)OECDを基に日本総研作成 -5- 1995 (資料)FAOSTAT 2000 2005 2010 (年) 日本総研 Research Focus