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Kobe University Repository : Thesis

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Kobe University Repository : Thesis
Kobe University Repository : Thesis
学位論文題目
Title
多主体の視座に立つ実践設計論の研究
氏名
Author
與謝野, 久
専攻分野
Degree
博士(工学)
学位授与の日付
Date of Degree
2011-03-07
資源タイプ
Resource Type
Thesis or Dissertation / 学位論文
報告番号
Report Number
乙3149
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/D2003149
※当コンテンツは神戸大学の学術成果です。無断複製・不正使用等を禁じます。
著作権法で認められている範囲内で、適切にご利用ください。
Create Date: 2017-03-29
神戸大学博士論文
多主体の視座に立つ実践設計論の研究
平成23年1月
與謝野
i
久
はじめに
“Every professional is a Star in the Cosmos、not the Super-Star!”
今の時代、技術・芸術分野は勿論、社会経済分野、新薬開発現場、まちづくり分野他の
多くの場において、持続性ある社会環境づくりへ向けての、これまで以上に幅広い視野
に立つ「創造性」を発揮することが強く求められている。かつては、知の巨人あるいは
ピラミッドの頂点に立つ人たちが先導して、その持てる叡智と知見を発揮し社会に役立
つ知の体系を組み立て、社会の未来像を先導することにより人間組織を秩序付け、人々
がその体系のもとで知的生産に勤しむ・・・・・という構図が見られた。
しかし、今や、Open-Source の時代であり、社会に広く知見を求め集合知による価値
ある発想を生み出し、創造的な価値像づくりに社会連鎖的にチャレンジするという壮大
な「知の領域相関」の時代である。多分野の専門家が、各々のバックグラウンドに根ざ
した数多の知見を持ち寄り、各々が Equal-Partner として、ゆるやかなまとまりのある
創造の輪を念頭に描きつつ「新たな価値像の創造へ向けて多主体で取り組む」という、
相互に創造性を啓発し発揮しあうインタラクティブな知的生産の時代に我々は立ってい
るとも言える。静的な価値体系と世界観から、動的かつ関係論的な構造の把握、そして
これを社会連鎖的な視座で新たな「知の枠組み」を再編しようとする時代思潮が身近に
感じとられる。建築界でいえば、かつての「建築」と「設備」という分類から「環境へ」
という、より包括的でかつ持続的な視座での統合技術の再編が時代のニーズとして見ら
れたのも、まだまだ技術開発の全体像の深耕が求められるとはいうものの、これまでの
既存の要素技術のオープンな再編と飛躍を促した努力の所産と言える。
このような「開放系志向」の時代思潮は 1970 年代頃から徐々に顕在化して来ている。
このほぼ同時代の時期に約 30 数年の間、筆者は様々な社会領域で活躍される多くの事業
クライアントと出会い、異分野の多くの識者とも仕事を共にして多くの建築作品の設計
実務に組織事務所で携わるという恵まれた機会を得て来た。そのような数多の体験の中
で、これを通観して感じることは、建築の設計という営みの構図が「事業クライアント
と建築家」という基本図式から、「事業クライアント、施設ユーザー、地域ステークホ
ルダー、建築家、技術専門家、環境デザイナー、建築外異分野専門家、プログラミング
専門家、キュレーター、行政担当者、施工技術者」など、専門家と非専門者とが、任意
のゆるやかな運用の輪に参画しての構図の中でその社会的な役割を発揮するという動き
が徐々に広がりつつある軌跡を歩んで来ていることである。都市計画の分野ではすでに
こうした構図はベーシックに見られたが、比較的専門技術性の高い環境にあった建築技
術の世界においても産業界の壮大なオープン化の試練の波を受けて、他分野との技術相
関が促進され Top-up と Bottom-up ともに取り組まれてきており、昨今では専門家と非
ii
専門者との知見レベルでの界壁もかなり下がって来ていると見られる。ただ、上の運用
の輪が必ずしも整然とした体系だった組織ダイアグラムにもとづいたものではなく、ニ
ーズ本位から惹起されたゆるやかなオープン態勢の様態であることも多く見られた。
こうしたオープン化の動向を経て、再び知の体系が新たなかたちで成熟していくこの時
代思潮は、明らかに多元価値化・多様化そして「多主体化」の方向にあると言える。さ
らに感じることは、こうした任意の運用の輪には、いわゆる職業プロに軸足を構える人
たちだけでなく、「自分たちの街に魅力的な個性を発掘する」「実生活に密着した身近
な“共”の空間を独自に創る」などの自らの主体的なミッション観に推されて事業を支
援する、いわゆる非専門者の人たちが見られ、彼らが様々なかたちを経由してではある
もののプロジェクト進捗には欠かせない貴重な存在感と知見パワーを示し出して来てい
ることである。そしてその人たちの発言には、専門家が新鮮な創発を受けるほどのかな
りの具体性を伴ない、持続的な地域社会づくりのニーズについて的を射た内容で助言す
るという事例も多く目にし耳にして来たことである。
筆者は建築家として、複雑多元化する社会的ニーズを新たな価値像に止揚するための知
見と技術の修練にこれからも努めねばならないとの認識を大切にしているが、あわせて
こうした Openness の時代思潮も念頭に置いてこの建築界をさらに開放系のかたちにシ
フトさせて、産業界とのつなぎを広めていかねばならないとの認識も及ばずながら抱い
てきた。その認識から、専門家と非専門者との間の実生活レベルでの「知の系」での界
壁は、基本知見の交歓レベルでは取り払うべきと考えており、その意味でも一般の方々
の一般的思考と我々専門家の創造思考との「つなぎ概念」の組み立てと可視化について、
一つの使命観を抱いていた。そもそも「創造」という霊長類特有の尊い営みの前には、
そこに参画する人たちの立場は基本的には「等位」である、という認識基盤がどこまで
この実社会に通用するかについては、創造思考の知の「位相(思考モデル)」の共有から
取り組めば可能ではないかと、長年の体験の中でこの自問を醸成することに努めてきた
次第である。いわば創造の営みにおける「限りない普遍性を目指す知の枠組みの再編」
に微力ながら役立ちたい一念からの志による。
冒頭の英文の言葉(注-1)は、2010年夏にAIA(アメリカ建築家協会)フロリダ
大会でのコロンビア大学 Dean のW教授の発言の一部であるが、その趣旨は、建築家を
育てる大学教育においてもスーパースターとしての建築家ではなく、多くの
Professional と等位の立場での優れた専門家として育成すべきであり、また建築家たる
ものはその様なオープンな認識の中で「個」たる自らの信条を構築しかつ「全」である
社会と対話を深めて活躍すべきとの趣旨での職能規範を訴えられた出来事を、その場に
出席した親しい建築家から聞かされた、貴重なことばである。こうしたこともあり国内
外を問わず、我々の社会環境における様々な事業への取り組みに置いても、持続性ある
社会環境づくりへ向けての、諸人の「創造」の営みに貢献していければと念じている。
iii
本論考は、このような問題意識を端緒にするものである。上のような趣旨から、考察の
対象を、必ずしも建築設計の分野から始めるのではなく、先ずは「序論」において、集
団の前に個人、個人のまえに「ヒト」の知の認識領域における数多の思考要素の関係構
造を探る視座にまで立ち帰る考察とした。そこで「ヒト」が本来的に備えている「知の
枠組みづくり」の思考要素について、先人の多くの識見を灯りとして探究し、「言語・
生命・労働」の 3 つの大きな認識領域からなる一つの大きな枠組みの概念イメージを素
描する。続いて、この一般的思考の枠組みイメージの中に創造思考を育む属性概念に視
点を据えてこれを6つ抽出し、「言語—ことば、生命—いのち、労働—いとなみ」とい
う3つの認識領域相互の動的な関係性とともに創造思考の止揚への道筋イメージを仮説
的にダイアグラム化する。その上で、これらの初期的な考察を念頭に置いて「本論」と
して、多主体とのかかわりの深い設計プロジェクトにおける建築設計の実務軌跡での創
造思考の構図の実像を改めて探り、3 領域の系を融和させる様々な思考要素テーマと、
これらの融合へ向けての鍵となる要因等を、実務実績からのリアリティとともに抽出し
た。そしてこれらと序論での思考の構図イメージ等を総括して、創造思考の構図を構成
する「網状思考モデル、螺旋統合思考モデル、有形化思考エンジン」の 3 つの思考モデ
ルを特定した。その上で「かたち」に導く思考ベクトルの「理」にも触れて、これらの
創造思考に集団的に参画する社会各層の多主体の連続的なかかわりの構図の全体像を示
したのである。さらに「結論」として、以上を総括する内容での多主体の視座に立つ「統
合的設計」の実践上の認識と思考枠組みとこれらを実践展開する組織態勢構想等から成
る実践設計論を示し、最後にその全体像を可視化した次第である。とりわけ心したのは、
持続性ある社会環境づくりへ向けて、あらゆる社会階層の人たちが共通の認識基盤に立
てる、芸術と工学技術との融合を視座に据えた「実践的」な知見の提示であった。
建築設計の実務に携わってこの道約 40 年になる。神戸大学の学生から早稲田大学大学
院の学生の時代に知悉した「トポロギー」「場の理論」「数の深遠な秩序」「知の枠組
み」「不連続体統一の理論」「多主体」「カオス」「普遍性と持続性」「集団創作」
「Professional」そして「統合的設計の知の体系」などが、実務に携わる中でいつも頭
の隅にあった。不連続な、つまり独立的な個の数多の発想の「場」を貫くプリンシプル
は何なのだろうか、「こころ、こと、もの」という基本認識レベルからの統合的な設計
の知の体系がある筈だ、と推敲し続けて来た半生ではあった。ここで不完全ながらひと
つの論考をまとめることとした次第である。学術的な視座での探究の不十分さ、推敲す
る深さの至らなさについては汗顔の至りであるが、30 年という時間軸のなかでの設計と
監理と運用フォローの汗まみれの軌跡と、向後 30~40 年の未来軸の視野を念頭に置い
ての現時点での筆者の設計観について、先輩諸兄の忌憚のない率直なご批判を得て、今
後さらにこの奥深いテーマについての探究を深めていければと念じているところである。
iv
目
はじめに
1.
次
----------------------------------------------------------------------------ⅰ
序
論:設計のいとなみにおける知の枠組みイメージの探究------01
1-1
研究の目的------------------------------------------------------------------01
1-2
研究の動機と視座---------------------------------------------------------02
1-2-1
探究の道筋の原イメージ
1-2-2
考察の視座---領域相関、個と多主体、可視化、設計論
1-3
創造思考の全体像への考察--------------------------------------------14
1-3-1
「知の三面角」という認識領域からの構図の深耕
1-3-2
「不連続体統一」という動的な多主体運動像への思惟
1-3-3
「設計のいとなみ」の全体像への素描
1-4
2.
本
設計のいとなみにおける「知の枠組み」の構図のイメージ---38
論:実践から見た創造思考の構図の検証---------------------------49
2-1
「知の枠組み」における創造思考の
実像と実務の軌跡についての考察-------50
2-1-1
ひろしま美術館
2-1-2
いずみホール
2-1-3
ザ・フェニックスホール
2-1-4
国際高等研究所
2-1-5
クラブ関西
2-2
「知の枠組み」における「こころ、こと、もの」の
実務での領域相関についての考察------------132
2-2-1
「こころ、こと、もの」の領域相関への基本的視座
2-2-2
「ひろしま美術館」における領域相関の実像と検証
2-2-3
「いずみホール」における領域相関の実像と検証
2-2-4
「ザフェニックスホール」における領域相関の実像と検証
2-2-5
「国際高等研究所」における領域相関の実像と検証
2-2-6
「クラブ関西」における領域相関の実像と検証
2-2-7
「かたちのいのち」の実像と検証
2-3
設計の創造思考の基本構図となる
v
3つの動的思考モデルの考察------------172
3.
結
論:統合的設計論に向けた考察--------------------------------------185
3-1
多主体の視座に立つ実践設計ワークにおける
創造の構図の全体像への考察----------187
3-1-1 全体像を支える6つの視点
・創造思考の「理」は「生きた人間学」に通底する
・3つの知の認識領域と創造思考の構図
・不連続体統一という包括思考の構図
・系統的思考と「ゆらぎ」思考とを同一軸上に据える
・領域相関は創造の地平である
・「人間の中に自然がある」ように「建築の中に自然がある」
という視点
3-1-2 全体像の可視化へ向けての考察
3-2
3つの動的思考モデルにもとづく
多主体参加の「統合的設計論」の提案-----------203
3-2-1 統合的設計についての7つの実践上の認識
・「個が全体する」という原点
・「知」の発露による相互理解
・「多主体」についての基本認識
・「創造」といういとなみの前では多主体は「等位」
・「2つの輪」から成る実践的な「円環連鎖の場」
・ Initiative という集合知形成の規範
・「時を設計する」という実践上の原点
3-2-2 統合的設計論の提案
おわりに----------------------------------------------------------------------------231
謝辞----------------------------------------------------------------------------------235
引用文献リスト-------------------------------------------------------------------236
論文目録----------------------------------------------------------------------------238
vi
vii
1.
1-1
序
論
:
設計のいとなみにおける知の枠組みイメージの探究
研究の目的
本研究は、持続性ある社会環境の構築へ向けて、「多主体」の視座に立つ建築・環境
の設計のいとなみの実務における創造思考のダイナミズムを追究し、創造の源泉とな
っている「こころ(人間)、こと(知)、もの(自然)」の 3 大認識領域での領域相
関のありようとその統合とに視点を据えて、その動的思考モデルの構図の仮説イメー
ジを組み立て、これについての 30 数年にわたる設計実務経験から得た数多の知見と事
実にもとづく検証を経て、まとめとして「人間、知(建築)、自然」の認識領域相互
の動的かつ総合的な相関により価値ある建築空間を得るに至る「統合的設計・・・
Integrated
Practice」の実践的な知の体系(実践設計論)を提示することを目的と
する研究である。
また、研究に臨む基本姿勢として、工学技術体系と人文社会科学・芸術体系と人間
生活系等を統合する建築学の実践総合体系の意義を念頭に置き、設計実践の現場で
の工学技術知見、集団創作のグループダイナミックス、形而上面の考察など多岐にわ
たる分野にも視点を広げて、建築・環境の設計のいとなみになくてはならない、持続
性ある価値像づくりの動的な思考の構図を探り出し、これを実践に資する、という認
識に立つ実践的な研究でもあることを旨としている。
「統合的設計」における統合の対象とは、人間の知の基本的な認識領域である「ここ
ろ、こと、もの」領域に集合される生存のための諸課題であり、平易に言えば、人間
社会と自然界との好ましい融合へ向けてのいとなみが対象となると考えた。これは、
物性重視の統合概念を超え、人間の諸々の行動を決定する内省面の認識領域の数多の
課題を視野に入れずして、人間を心身両面で包む器としての建築空間の創造のありよ
うを語ることは難しいと考えるからであり、あわせて、「こころ」「こと」「もの」
の本性から離れた空間の作法と手法から生まれた空間は人間社会に永く根付くことは
難しいと考えるからでもある。
この意味で、internal&external の両面の認識基盤に立って、設計のいとなみにおけ
る知の枠組みのイメージを探究し、設計のいとなみの実践に資する知見を提示・提案
することを本研究の基軸的な方向性として据えた次第である。
1
1-2
研究の動機と視座
1-2-1探究の道筋の原イメージ
先ずは、設計といういとなみにおける創造の道筋を探究する切っ掛けとなった「自問」
と、本論考における考察の概略的な道筋の初源的イメージから記すこととする。
設計という尊い行為を、「無」から「有形」を創りだすという多くの人々が関わる社
会財づくりの日常のいとなみとして改めて捉えると、そのプロセスにおける価値づく
りの主体は無限に存在するとも考えられる。このいとなみを、この成熟社会において
も、社会の中の限られた専門家のみによる営為と捉えていて良いのだろうか?という
自問は絶えずあった。
また、そもそも建築の「設計」という営みは、専門のない専門といわれる「総合学」
の中にあり、深遠な価値創造の実践哲学と言われる。ただ、そこで希求する「かたち」
への創造思考プロセスには高度な専門的知見を必要とするものの、そもそも原始社会
における「すまいづくり」が、生活者である庶民の手に依っていたという原型を改め
て見ると、このいとなみは「衣食住」という初源的な万人の営みの中の「住」に端を
発している。さらに「すまい」での日常の生活の知恵に見られる創造的工夫の思考プ
ロセスも、万人に備えられている創造的資質に根ざした営みであり、それは同時に「社
会の知」として蓄積・集成されていくという認識を忘れてはならないと先人は言い伝
えてきている。
さらに、庶民の集まりの人間集団が、自然と人間との長年の対話により「自然と住ま
いと地域社会に対する深層意識」を育み、長年の時間の軌跡とともに人々の工夫と変
容を経て、深い意味をはらんだ「かたち」が住まい・建築・地域・都市にもたらされ
たという、その軌跡と「理 Principle」を忘れてはならない、とも先人は言い伝えて来
ている。
その社会の専門家の一人である建築家は、近代から現代社会において、建築設計・ま
ちづくり・都市計画分野等の高度な技術と知見とに通暁した専門家として、自己の専
門的知見の研鑽と職能の練磨と、持続性ある社会環境づくりへ向けて地域社会との多
元的な接点の連鎖に努め、幅広い視野から豊かな価値づくりへの道筋を示して行かね
ばならない役割は、時代を超えて変わらない本来の使命ではある。
ただ、現代の成熟した社会では、「創造思考」の姿勢が、垂直展開する事業モデルの
産業分野だけでなく、Supply から Demand サイドまでに広く横断的にフラット展開
する社会基盤を広く構築する志向性が強くなったために、創造性の発揮がさまざまな
場において多くの人々に求められてきていることは確かである。その中で、非専門者
2
ながらも、その社会的営みの一翼を担う厳然たる一つの主体としての「事業クライア
ント」の立場を改めて見つめると、持続性ある社会環境づくりへ向けての重要な立場
に立っていることも確かである。街並みという社会財の新たな価値づくりに関わる社
会人として、しばしば、その持てる広い見識と豊かな人生体験等からの創造的な発想
が多くの場面で効果的に出されてきたことも軽視してはならないと考える。
そしてこうした認識は、一つの主体に対してのみに求められることではなく、社会の
成熟のために様々な立場に置いて大切な役割を果たしている「多くの主体」に対して
呼びかけられまた求められて来ている多元的な価値観に根差す社会良識が近年広く普
及しつつあり、さらに持続性ある社会へ向けての「多主体による参加型」として社会
に徐々に浸透しつつある。
このような動向を深耕してみると、豊かな社会財の価値を社会の基盤から裾野広く組
み立てて、これを広く深く成熟させていく道筋には、専門家の知見だけでなく、広く
非専門者ながらも Professional の精神を胸に抱く人々の識見とともに、いわば「多主
体」が相互に啓発しあう一種の「社会的コンソーシアム」とも称すべき人の集団像が
浮き彫りになる。さらにそのような構図の中で集団としての創造思考のモデルを探究
することが、持続性確保の重要な時代テーマではないか、という素朴な発想も浮かん
で来る。同一分野内での専門家同士の集団的な創作はすでに成熟しているが、異分野
の専門家同士による集団的な創作活動は建築界においてはまだまだその運用規範を含
めて未成熟ではある。
社会財としての建築の設計思考の分野に視点を戻して見ると、古来から一人の人間の
形而上的考察の「形態学」「造形思考」の学問はあるものの、このような異分野を含
む多主体による「参加型」の創造思考のダイアグラムについての学問領域は、都市計
画的視座では見られるものの、建築的視座への深耕がいまだ「建築家主体」であり「個
の叡智の発揮」のかたちが多いことに気づく。「持続性」というテーマに照らすと、
専門性に固く守られた建築界の「開放系への革新」はまだ途上であるとも言える。
しかし、現下の時代精神は、高い専門性のフラット展開でのオープンシステム志向で
ある。現代の多元的な価値社会の中で多くの主体が、日常の集団の場での創造思考
に強い意義を再認識するようになると、この「多主体参加」という視座に立っての多
元化・多焦点化に根ざした創造思考のモデルの探究とその体系の知財化の促進が、持
続性ある社会環境づくりに対しては大切な社会的意義を持つこととなる。
さらにそこで生み出される社会財が永く地域社会に息づくには、専門的知見の発揮は
もとより、事業クライアントの上のような開明的な役割とともに、街づくり専門家・
異分野技術専門家・一般市民及びステークホルダー・NPOグループ等のそれぞれの
知見が連鎖しての「新たな価値づくり」の地平が必須でもある。これらの動向からす
ると、ここに「集団創作」と改めて称するのが正しいのかは別にして、社会的に開放
3
系の創造思考の輪の概念が浮き彫りになって来る。
以上のような初期的な考察を端緒として、「多主体」の原イメージも念頭に置いて、
創造思考モデルの深い考察を経ての実践的な方法論の追究に入るにあたっては、先ず
は、人間の本質的な「知の認識領域」への考察という形而上的視座を含む幅広い社会
的知見から、多主体連続(参加型)の創造思考のモデルの輪郭を探究する意義を先ず
は探究することが肝要と思料した。そして、これをもとに過去の設計の実践軌跡を謙
虚に振り返り、そのモデルの実体の輪郭を検証していくその先に、専門家だけでなく
非専門者も等位に織り込まれた、ごく自然な創造思考の「原理的な行動モデル」と実
践設計を秩序付けている「理」を見止めることが出来るのではないか・・・との大いなる
見たてをもとにその実像の輪郭を本論考で掴むこととした。
1-2-2
考察への視座-----領域相関、個と多主体、可視化、設計論
以上の初源的な探究の道筋イメージを実体化していくアプローチとして本論考では、
性急に「建築設計」の分野への考察に入ることは避けた。先ずは形而上的な視座に
立って「知の体系」「言語」「直観」「葛藤」「揺らぎ」等々に象徴される一般的
な「発想」の次元での人間の「知の認識領域」の葛藤なり相関の仕組みから裾野広
く掘り下げることが肝要と考えたからである。これは、専門家・非専門者を問わな
い視座で、あらゆる人間の「知の認識領域」に視線を向けてそこに、本来的な創造
思考の基本的な構図を探り、これをベースに「個から集団」の次元に広げ、多主体
による集団創作での創造思考のありようについての考察に発展させることが重要で
あると認識したからでもある。
1)「領域相関」と「創造」
さて古来から、あらゆる分野における「ものごとの思考法」には、「帰納法」と「演繹
法」とがあることは言うまでもないことである。前者は具体的実験事例にもとづきそこ
から普遍的な法則を類推し推察し体系を見出す思考法であり、後者は身の回りの様々な
事象、あるいは抽象的な数理原理から具体的なきまりを見出し普遍的なモデルなり理を
論証する思考法である。これらを改めて見据えると、両者ともが既存の知識をベースに
した上での推理・推論思考であることに思い至る。この意味では、「無から有形を創造
する」という創造思考は、未知の技術なり素材なり知見を生み出すことを目的にする思
考プロセスを踏むことから、一見、これらの二つの思考法とは相容れない関係にあると
受け止められがちである。また、比較的この創造思考の枠に近い分類として演繹法の類
型としての「網羅思考法」と「仮説思考法」との 2 分類の考えも見られるが、これは一
4
つの思考の軸上における発想の変移(揺らぎ他)と統合の思考の流れの中での視座の置
き方とも捉えられる。
しかし、「創造」とはこれらの思考法の体系よりも遥かに包括的で動的な思考であり、
意識界は勿論のこと無意識界からも生み出される、霊長類特有の発想行為でもある。こ
のことは、系統的・体系的な論理展開のプロセスを踏むだけでなく、現実には考えもつ
かない空間感覚や日常の意識界を全く超える「非合理な発想」の世界とも連鎖・発展し、
無から有形を生み出す特異なプロセスを踏むことからも言える。従って、帰納法と演繹
法、網羅思考と仮説思考などとは相容れないとするのではなく、その思考法にはむしろ
それらをも時空的に包み込む壮大な世界の中での「大いなる領域相関」の姿があると見
るべきであろう。
例えば、現代社会での創造的世界の一つである「科学」「医学」の発明や発見の世界で
は、自らが長年追い続けて来たテーマの思索や実験とは、全く無縁の領域からの小さな
指摘や揺らぎなどを切っ掛けに巨大な発明と発見につながるということが見られる。さ
らに、不思議なことにこれが常態化さえしている。それどころか、科学者の間では、「系
統的な研究(論理性)」と「偶発的な知的遭遇(偶有性)」とを、一つの知的推敲プロ
セス上において「補完」し合う関係に発展させるプログラムをわざわざ定型化させるこ
とにも努めており、少なくとも両者を別次元の概念とは捉えていない。こうした動向か
ら類推されることは、いかなる社会行動分野においても、「創造」という知的営みが、
系統的な知的認識領域での思考回路と、偶発性と揺らぎの多発を包含する閃き思考領域
との思考ジャンプという動的な「領域相関」の回路の繰り返しによって、諸々の発想を、
求心的思考(まとめる)と遠心的思考(レビューする)との2つのダイナミックな円運
動、即ち螺旋状(スパイラル状)に動的に収斂させていく特有のプログラム構図がある
のではないかという推察が成り立つ。またここで、私はこの収斂のいとなみにおいては、
大自然のあらゆる森羅万象を支配している理(コトワリ)の一つに「数」の理が根源にある
のではないか、という素朴な推察を以前から抱いている。さらにこの知的発想と収斂の
営みが、人間の基本的な「知の認識領域」の全てとの領域相関にかかわる「生きる営み」
に根ざしているのではないかとも推敲している。「生きるいとなみ」と「数」と「創造・
発想」との立体的な相関。そしてこれらの思考プロセスの構造モデルの可視化なども、
「創造性の発揮の時代」と言われる今世紀の成熟社会での未来発展を展望する際には、
重大な社会的意義をはらんでいるとの直観も以前からこころに抱いていた。
ところで、この創造的思考特有のプログラムについて、生理学の権威であるロバート・
R・バーンスタイン博士は「発明は意識的になされ、発見は無意識になされる」(注
2)と指摘している。私は、この中の「無意識」の世界における人間の脳の膨大な記
憶量に部外者ながら大きな関心を向けている。所詮、これは脳科学者でもない者の
至らぬ推察ではあるが、脳の臓器の構造ではなく、そこが司り体外に発揮される機
5
能の効果と「その意味」について注目するという視点から関心を向けている。人間
の脳の記憶作用は無意識領域での認知と、意識領域での認知とを共に伴なうもので
あるが、前者を司る右脳の記憶総量はおびただしく膨大であると専門書には記され
ている。この識見は、いろいろ取り沙汰されているミラーニューロンの研究成果(注
3)にもとづいたものである。これによれば「過去に置いて自身の眼の視覚上に展開
する(通り過ぎる)事象のほとんどを一旦は無意識のうちに、何の閃きも感じない
ながらも脳に刻印される機能(注同)」が膨大な記憶容量とともに作用していること
を意味している。無論、生身の人間であることから忘却も一方では進行するであろ
うが、いわゆる暗黙知のうちの肉体的体験を経ずに無意識での「視覚投影知」とで
も称する記憶量が実はかなり脳に残るものと私は推察している。このことは「猿と
人間との間での表情の投影」や「乳児と成人との間における喜怒哀楽の表情の投影」
などの実験(注4)でも明らかである。これを創造思考における脳の働きの意味に置
き換えてみると、無意識のうちに自身の故郷の風景を脳に刻む働きをはじめ、感銘
を受けた空間についての五感での記憶、自由奔放な絵画を見ての強い共感イメージ、
日常生活での何気ない仕草をふっと思い出し揺らぎのヒントになる体験、聴衆とと
もに興奮を覚えたコンサートでのラストシーン、自分以外の設計による秀逸で衝撃
的な空間体験等々は、脳の中の記憶素子の塊(以下「集成」と称す)として、意識
を超えてそのときの衝撃度合いに応じる長さで、永く脳に刻まれて来ているという
ことが推察される。大切なことはこれらが設計を業(ナリワイ)とする建築家特有の特質で
も何でもなく、万人が備えている基本的な資質であることである。ただ、創造的な
思考の中での「無から有形を生み出す苦しみ」の局面に遭遇することの多い職業の
場合では、無意識下の膨大な記憶貯蔵量を蓄える深い井戸から、創造思考のための
「閃きの手」が一気に最適情報をくみ上げ、それまで錯綜して来た種々の思考の糸
のもつれを整数化させて、やがて造形化のための有形化運動へとつなぐ、という創
造思考の道筋が知的領域での動的な相関に依っていることも事実ではある。ただ、
脳科学上の詳しい専門的知見は別にして、こうした体験が専門家、非専門者を問わ
ず、程度の差異はあるものの万人共通の資質であるという極く当たり前の平易な認
識は、旧来の専門界優位思考の短絡的な思いこみをリリースする意味においても私
はかなり大切なことと捉えている。
2)個と集団と多主体
ここで筆者自身の実体験から、表題のことについて少し敷衍しておく。約40年に
わたる設計実務経験の中で、しばしば次の感慨にとらわれることがあった。それは
設計の依頼を受けて初めて事業クライアントとの対話に臨む、その場でよく耳にし
6
たことである。クライアント(個の主体)が切々と吐露される事業完成イメージ(こ
の場合は完成させたい建築イメージ)についてであるが、その思いの表象の一つの
「ことば」には、かなりの具体性を伴なっている事例が多いことである。非専門者
とは言え、我々専門家側がハッとする「直截な発想」に具体性を帯びていることが
実に多い。個の内省的思考の深さが如実に表れている言葉であった。そして、その
「ことば」に至るクライアントの「知の認識領域」が、決して大袈裟でない意味で
の「生きる気概(喜び・生と死・悲哀等)」の知の領域と直結し相関していると直
截に感じ取れるから、独特の迫力に満ちているのである。これらの実体験にもとづ
く考察については、その原体験となった「ひろしま美術館」をはじめ「いずみホー
ル」「国際高等研究所」他の実務からの「技術報告」の本論の章で詳しく報告する。
ところで、創造思考のプロセスの構造とその思考のモデルを探究する上での基本的
な視座を模索するには、上の視点と共に次の諸点も必要であると捉えている。それ
は、個の知の次元と集団の知の次元においての「系統的な思考と揺らぎの思考」と
を連鎖させる構図への模索をはじめ、揺らぎの創発の井戸となる無意識領域と意識
領域との意図的相関の全体像、さらには直観がしばしば備える具体性と類推への連
鎖の図式、「表象」のエキスのことばが湛える具体性の根源にある「生きる気概」
の領域との相関などである。ただ、これらのいわゆる形而上的な視座での深耕は余
りに深遠な命題でもあることと、この分野での知見には浅学非才なために、先人の
叡智を灯りとすることで、人文科学系の知見と自然科学系の知見とを融和させる論
考を進めたいと考えている。
ところで、建築及びその設計の「創造」の営みは、レオナルド・ダ・ヴィンチのこ
とばの「建築は数学と文学との結婚である」と例えられるほどの総合的な営為であ
る。また、音楽の聖と言われるバッハのことばの「音は鳴り響く数にほかならない」、
ピタゴラスのことばの「万物は数から成る」(注5)などの教えには含蓄深いものがあ
る。これらのことばには、宇宙の摂理と自然の森羅万象の秩序にもとづく自然系の
営みと、その中での人間系の営みとをつなぐ霊長類として「ヒト」特有の「知のい
となみ」としての基本的な理(プリンシプル)が通底していると推察される。さらには、実
験帰納法と数理演繹法、網羅思考法と仮説思考法をも包括的に包み込む、一段大き
な思考法の体系がそこにあることも示唆しているとも推察される。こうした「創造」
という独異の思考法には数多の柱があると考えられるが、その一つは、一人の人間
の次元での「個の知(脳)」のスケールでの世界であり、個人のレベルでの意識領
域と無意識領域での認識を基盤とする「ことば」に端を発する「ひらめき」から「思
考の葛藤」と「かたちの創発」を経て「かたちのいのち」に至りやがて「空間の統
合」へ至る創造思考の道筋である。いま一つは、「多主体・・・集団の知(脳)」のス
ケールでの世界であり、個の独自性とアイデンティティを尊重しつつ個と個との好
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ましい相関性の構築から全体像の統一知を生み出す、といういわゆるグループダイ
ナミックスによる「集合知」に至る集団的な創作の道筋から空間の統合に至るもの
である。本論考ではこの「集団的な創作」の概念を「集団創作」の表現で統一する。
さてこれ以外にも形而上的な分類による柱は数多あり、さらに昨今のIT環境にお
けるアーキテクチャーという、人間の脳メカニズムを外に出してIT知能をフルに
稼働させて具象化を果たす柱(IPD、BIM等)もあるが、これらは別研究テー
マとしてここでは置くこととする。これらの「個」と「多主体・・・集団」の二つのス
ケールでの創造思考における知の「表象」に関する知見は、実務においては、個と
集団とが同期的かつ同一空間の中で作用しあい葛藤しあっての思考となるものであ
るので、本論では、先ずは、「個」のスケールでの考察と「集団」のスケールでの
考察を個々に分けて進め、その上で連鎖統合させることとする。前者については、
この分野での叡智の権威であるM・フーコーの「知の三面角」の視点から、後者に
ついては、建築界の優れた論客であられた吉阪隆正の「不連続体統一」の理論を足
掛かりに、建築設計における創造思考のモデルについての探究を、次章以下に深耕
させていくこととする。
3)多主体の定義
30数年の設計実務を通して感じたことの一つに、プロジェクトの発進から構想、
計画、設計へと進むにつれて、事業を推進する主だった関係者には、事業クライア
ントは勿論として、建築家、プログラミング専門家、技術専門家等へと拡大してい
くが、その中にはいわゆる職業プロの活躍も当然あれば、非専門者ながら社会財の
構築形成に大きな影響力を発揮する関係者もおられる。また、職業プロの中にも手
弁当仕事で貴重な示唆を与える第一級の学識者もおられ、非専門者ながら芸術・音
楽文化・人文歴史等に深い造詣と有意義な創発を促すステークホルダーもおられた。
それぞれの関係者は、ある成文化されていないミッションを胸に社会的な使命観に
推されて様々な様態ではあるがプロジェクトの実質的な質の向上に関わって来られ
た方々である。成文による契約者もおられれば、クライアントからの言葉での依頼
レベルの契約者もおられたが、多くのケースではこころは一つになっていた。
こうした経験から、職業プロも非専門者も専門家等の立場を包含しつつ、自ら認識
し行動に移し連携する人の人格性について、その社会的な立場を標榜する語なり概
念に思いめぐらしてみた。そこで浮かんできた語が「主体」であり「Professional」
という概念であった。広辞苑に依れば「主体」の定義は
・性質、状態、作用の主
・認識し行動し評価する我を指すが、主観を主とし
8
て認識主観の意味で用いる傾向があるので、個人性、実践性、身体性を強調す
るためにこの訳語を用いるに至った。
・集合体の主要な構成部分
とある。この中から「個人性、実践性、身体性」を標榜する「認識し行動し評価す
る我」という定義がこの場合相応しいと捉えた。また、この定義が西欧の天職の定
義である Professional の中の「認識し行動し評価する我」という本来の意味合いに
近いこともあり、普遍的な位置づけで「主体」と「Professional」とをほぼ同意味で
捉える事が可能と判断した。またこの「主体」には本来的には「集合体」の付帯的
意味も伴なわれていることも念頭に置くこととした。
そこで本論考では、こうした定義とともに、30数年の設計実務経験を踏まえて、
「多主体」という語を次のように定義して向後使用することとした。即ち「新たな
価値像の創造へ向けて社会に貢献することを強く意思表示(宣言)する我」という
本来的な意味での Professional と同意味での概念統一をここで記す。
また、この「主体」の概念には、新たな価値像づくりというベクトルを共有して各々
の知見を義務的に供出するだけではなく、事業発進の核となった「ことば」につい
て自らの発想を醸成させて「自己イメージ」を主体的に組み上げこれを激しいディ
ベートを経て集約させた際の共感が「内省的統一 Internal
Unity」の実感となって
結実する、そのような積極的な関わりの意味も含んでいる、とした。これは実務か
らの実感にもとづく識見であるので、決して抽象レベルでもなく象徴ケースでもな
い、再現可能の知見に依っている。「位相の共感」という表現が難解であれば、例
えば「ものづくり魂」に見られる多くの主体の主体的な創発の積極展開などを頭に
描けば、それがほぼ類似の概念と言える。
4)多主体の実像
多主体の定義については以上の通りであるが、ここでさらにこの概念の実像につい
て、この序論段階でさらに詳しく記しておくこととする。というのは、創造思考を
支えている実務での「生きた主役」を担うのは、人間性を標榜する「主体」であり、
さらに個の集まりの「多主体」という概念であるが、初期考察段階においても創造
思考の全体イメージへの考察には欠かせないと判断したからである。
ここでは抽象レベルの考察よりも具体的な実務実績での実像を端的に示すことが的
確であるので、後述のひろしま美術館、いずみホール、国際高等研究所の 3 作品で
取り組んだ「多主体のミッションテーマ」について言及することで、実像について
の考察にリアリティを持たせることとした。
3 作品における「多主体」は以下のとおりであり、各実務で取り組んだミッションテ
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ーマとあわせてこれを以下に示す。
・事業クライアント:「はじめにことばがあった」「愛とやすらぎのために」「音
に包まれた豊穣感を何度も」「学者村」
・非専門者(事業側):「地域復興へ三界挙げての支援」「音楽文化への素朴な
親和交流の思い」「事業の継続性」「フィランソロフィー」
・非専門者(地域活動・ステークホルダー):「やすらぎの芸術との触れあいの
場への渇望」「地域での音楽鑑賞ライフスタイルの定着」
・非専門者(有識者・文化人):「恒久平和と鎮魂」「有力企画展の招聘」
「音楽文化のレベルアップ」
「地域文化友の会の発展」
・建築家:「芸術鑑賞の至高の場」「人と自然と文化と癒し」「時を設計する」
「音は霧のように」「楽器の中にいる豊穣感」「知の伽藍」
・行政担当:
「民間の文化復興事業支援」「新旧の歴史遺産の継承」「京阪奈
方式」「学術研究都市の頭脳施設として」
・専門家(技術):「アトリエと同じ色環境」「24 時間恒温恒湿」「メンテナン
スフリー」「Science と身体的理解で判断」「安定・長寿命」
・専門家(プログラミング):「記憶の保管庫と現下の芸術創造」「まちとアー
ト」「文化施設の人間社会での意義」「ライフスタイル」
・専門家(環境とまち):「周辺の公園環境への負荷低減」「心理の高揚と余韻
を楽しむ」「地域スケールでの省エネ効果」「地域性の発露」
・専門家(NPO):
「Silent
地域の声のファシリテート」「音楽友の会からの声」
People の声と思い」「ノーベル賞学者と小児との交流」
・専門家(施工):「ものづくりの入魂」「高品質と長寿命」「静謐な音下地」
「振動遮断、遮音、照明と灯り」「工事中の創発対応」
・専門家(インテリア):「美術館疲れの解消家具」「内装材の質感と色環境」
「C-Aチェアー」「深い思索を支える家具と触感」
以上、10~12 種類の「多主体」の実例と彼らが取り組んだミッションとを示しこ
れによりその実像を記した。これらがすべて同一時期に参画するわけでは勿論な
く、全てにわたり 5~6 種の主体で終わる場合もある。本論では「10主体」を「Ten
Vector」として象徴的に扱うこととした。また、それぞれの主体の参画時期には
タイムラグがあり、さらに、それぞれに契約関係がクライアントとの間に結ばれ
ているとも限らない。無論、建築家と事業クライアントの関係は請負契約関係に
あり、工事施工専門家との間も同様ではある。一方、非専門者、NPO他の主体
は程度の差異は様々であるが口頭ないしは書面による「委任契約関係」にあるこ
10
とが多い。ただ、広義でのプロジェクト関係者の集団という視点では「当該プロ
ジェクトへの参画を通して社会貢献を少しでも果たしたい、その意思を表明して
いた人」という、冒頭の定義での Professional の意味がこの「主体」の定義とと
もに概ね当てはまると考え、本論考では上述したリアリティを備えた存在として
捉えることとした。また、この「多主体」が体系的な集団をなして活動するその
運動態勢については 3 作品の設計当時では社会的に成熟してはいなかったが、現
代における「新たな公」の認識で行動する人たちの意味合いとほぼ構造的には同
型の存在であると考えている。
5)思考の可視化
建築家という職能は、様々な設計与条件の論理的整理と体系化、さらには論理の抽
象化に日頃汗する側面と、あらゆる発言、概念、言説、吐露、クレーム等々を耳で
聴いて脳で理解し、口で対話し反論し納得し、外に出た脳である「手」でこれを具
象化し、さらにその手でかたちの立体をくみ上げ、やがては人間を包み込むシェル
ターに止揚させて依頼者に引き渡す、という「無形から有形」への転換を生業の一
つにする職能である。これは、数多ある世の中の職能の中でも特筆すべき職能とも
言える。そうした職能像を念頭に置きつつも、「手で考える」「手で対話する」こ
とを二義的に考える人が多いこともあり、皆が議論している論点とその相関性など
を端的にまとめたダイアグラムが皆の目の前のテーブルにないがために議論が反
復・空転することもしばしばある。時間とエネルギーの浪費である。建築家もしっ
かりこの方面での修行をせねばならない。
本論考のテーマは「多主体の視座に立つ創造思考モデルの研究」であるが、この創
造思考の道筋をダイアグラム化出来ないか、という思いに立ったのはあるプロジェ
クトでの「苦悩からの脱出」が契機であった。詳しくは本文での記述に依る。さわ
りを言えば・・・・。系統的思考には概ねの人たちはIQも高いこともあり相当なレベ
ルに達するものではあるが、しばしば論理の壁に突き当たる。これをセレンディッ
プの教えにもあるように「揺らぎ思考」で乗り越える局面を系統的思考の発展時間
軸の中に当初から組み入れておけば、心理的ブレは少なく、さらにこれをダイアグ
ラム化したものが共有されていれば申し分ないことである。思考は絶えずブレるも
のであり特に創造思考は激しい創造的破壊に何度も見舞われる。内外空間の連続性、
機能と形は一つ、デザインとは切り捨てる行為、基壇・本体・冠の三層構成等々の
いわゆる「空間軸」についての設計信条の考察は奥深いものの、その創造行為のフ
レームの軌道が本人の脳に明確に刻印されていないと、空間軸での意味あるブレへ
の余力がなくなる。そうしたことから、創造思考の道筋を雑駁な内容であってもと
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にかく一度は描いてみることが必要、と思い立ったのである。
今一つの「可視化」を取り上げた理由は、その対象が、思考の道筋であろうと創造
の閃きについての論理的な文章による説明であろうと、全体の構図との関係などを
一睨みの視野の中で表現することは困難であり、それは「図にかなうものはない」
との見做しからにも依る。「文と図」とは、左脳と右脳の作用の差異ほどにその伝
達力は異なる。文は、もともと論理の足跡であるが、図は発意の足跡である。発意
の足跡を論理の美しい足跡として、その経緯を述べ立てようとする時にはすでに発
意の瑞々しさを壊していることがよくみられる。また、文から得られる情報と図か
ら得られる情報とにも、つまり受け手側から見ても両者は異なることがある。それ
は、文に対する反応よりも、図に対する反応の方がはるかに速い、という特性がこ
れを物語る。図は、他者に意見を求める場合にもある種の感性を伴うため伝達力が
速いのである。あわせて、一つの視野の中で瞬時に、全体像を大略伝えることには
優れているものである。いずれにしても、文のみ、図のみでは不十分というもどか
しさもあるが、本論文では可能な限り、ダイアグラムを挿入して、もともと文章化・
図像化しがたい領域の課題(思考の構図と道筋)の考察に理解の幅を持たすことに
努めた。
思考の道筋の可視化なぞは人間の数ほどのパターンがあり、余り意味がない、と短
絡しがちではあるがここはじっくりとチャレンジすることとした次第である。
6)設計論----カオスから統合へ
冒頭の「目的」の項でも記したように、本論は建築・まち・環境の設計のいとなみ
における創造思考のダイナミズム(動的な構造の仕組み)を生み出す方法論を探究
することにある。またその探究に向けての基本姿勢は、「建築は数学と文学との結
婚である」とかつての歴史の知の巨人が箴言を遺しているように、工学技術の深耕
は勿論のこと、広く人文・社会科学・芸術・哲学分野にまで可能な限り視野を広げ
ることとしている。
「建築」における創造のいとなみが、いわゆる造形化思考を肥大化させた推敲だけ
ではないことは論を待たない。また、しばしばそのいとなみが「硬直的なカオス」
に陥りがちなことから、「発想、ひらめき」などの尊いいとなみを、体系化できな
い世界の情緒的概念であると位置づけ勝ちな偏見もよく耳にする。しかし「創造」
といういとなみは、もっとはるかに大きな世界に根差した営みであるのであり、そ
の基盤には「生きる力を創る」という根源的な使命観の根が張っている。従って、
創造のいとなみの対象である建築には、多分野の価値観・宇宙観をはじめ数多の知
の認識領域の思考テーマの間に、持続性ある「新たな価値像」がバランスよく組み
12
上げられ「この地ならではの企画」を立案し、人間生活のオペレーションを快適に
受け入れて包み込み、遍く人々に「生きる力」をその意識に詠じ込むという、その
方法の実践所産の一つが建築空間でなければならないと考える。その意味で、その
設計方法論は、ある側面では工学技術と環境技術等の粋に支えられた知見であると
ともに、これと併せて人間のこころ領域と知の深淵な認識領域をも視座に入れた、
いわゆる「人間学」の知の実践体系にも支えられた、持続性ある社会環境づくりに
おける価値づくりの全体像を描く「知・情・意」の発露でもあらねばならないと考
えている。決して硬直的なカオスではなく、統合的な価値像を動的な視座で編み上
げるという、その道筋を示す方法論でなければならない。
従って、単に設計プロセス論や構造論にとどまることなく、これらと思考領域の深
奥部での思惟と設計現場での生きた葛藤の軌跡とを一つの太い新たな価値像で融合
させる「生きた知の実践論」であることを目指している。
このような視座で、本論考を組み立てていくこととした。
以上、本論文での考察の軸となった基本的な視座である「領域相関」「個と多主体」
「可視化」そして「設計論」についての概略的な考察を加えたものを示した。
13
1-3
創造思考の全体像への考察
1-3-1
「知の三面角」という認識領域からの構図の深耕
先ずは、ここでは「個の知」のスケールでの「知の認識領域の相関」の視点から、
創造思考における知の表象のモデルについての基本的な構図を探究することとした。
なお、「個の知」については、建築家個人レベルでの創作活動のみに焦点を合わせ
るのではなく、一旦は一般社会人(異分野・同一分野専門家、事業クライアント等
の Professional と市民・ステークホルダー等)の個人レベルに立ち帰り、さらに「人
間(ヒト)」の創作活動での「知の認識領域」の葛藤と相関に焦点を当てて、意識
界・無意識界ともどもの知的営みの構図の全体像を探究していくこととする。ここ
で探究の足元の灯りとしたのは、M・フーコーの「言葉と物」「知の考古学」等に
著述された「知の三面角」についての識見(注6)である。
1)「知の三面角」という視座からの深耕---直観・集成・類推・連鎖・創発・統合
M・フーコーは、人間の知の営みにおける思考の認識領域の全体像を、生きた人間
学(人文諸科学)の必要という視点から、「言語」「生命」「労働」に大きく分類
し、これを支える現実の「言語学」「生物学」「社会学」等の科学体系に照らして、
3 つの平面領域から成る「知の三面角」で説いている。この全体像の三角ダイアグラ
ムは、人間が本来的に備えている知の営みの「認識・決定・行動」という思考の全
体像をほぼ覆っている点で示唆深いものがある。M・フーコーは、人間の始原的な
成長段階での認識の道筋を、生物の生命維持の次元から始め、集団社会での営みの
次元での確執の克服、そして行為の表象としての言語へと、歴史的な成熟の変遷を
念頭に、「ヒト」の認識領域を枠組み付ける「枠概念」として次の 6 つを取り上げ
ている。次のくだりは重要な指摘となった。(注7)
人間がさまざまな「機能」を持つ存在として姿をあらわすのは、生物学の投
影面においてである・・・・つまりそこで人間は刺激を受けそれに反応し、順化
し、進化し、環境の要請にしたがい、その課する諸変容と妥協し、不均衡を
消去しようとつとめ、規則性にしたがって動き、要するに、生存諸条件と、
彼にその機能の行使を許す、調整の平均的諸「規範」を見出す可能性とをも
つわけだ。経済学の投影面に、人間は、必要と欲望をもつものとして、必要
と欲望をみたそうとして関心をいただき利潤を狙い他の人々と対立関係には
14
いるものとして姿をあらわす。要するに人間があらわれるのは、「葛藤」の
ぬきさしならぬ状況においてである。・・・・・彼は「規則」の集合体を創り上げ
るが、それは葛藤の制限であると同時に新展開となるのにほかならない。最
後に、言語の投影面に、人間の諸行為は、何かを語ろうと望むものとして姿
をあらわす。人間の最小の身ぶりも、その無意志的メカニズムや失敗に至る
まで、一つの「意味」をもつ。そして・・・・彼がみずからのあとに残す痕跡の
雫は、一つの整合的集合体と記号の一「体系」とを構成する。このようにし
て「機能と規範」「葛藤と規則」「意味作用と体系」というこれら三対のも
のは、人間についての認識領域全体を余すところなくおおうわけだ。
この中で「機能と規範」「葛藤と規則」そして「意味作用と体系」という 6 つの
枠概念は、原文が長文で難解ながら、次のような趣旨の識見を概ね披歴している
と筆者は捉えた。
これらの 3 つの概念は、各々を「生命----生物学、心理学」
「労働----社会学、
経済学」そして「言語-----言語学と文献学」という大きな知の認識領域の概
念を包む枠概念であり、「生命・労働・言語」の認識枠を標榜する、枠内
での対概念をも成している。そして人間の一般的な思考の基本的な構図(流
れ)は、3 つの大きな認識領域の枠を越えて 3 領域内での思考の集合・離散
と領域間の活発な交錯を経て、それは一つの大きな集合平面域を成す。そ
してこれらは「一対の対概念が成す「枠」による 3 つの領域内外の集合の
三平面角による大きな一つの三面角を成している」と。
ここで、この貴重な識見の意味するところについてさらに深耕する趣旨から、この
「知の三面角」には言葉を超えた重要な示唆もあるとみて、その狙いを筆者の認識
と理解とでまとめた「概念イメージ図」として改めてまとめ、これを「知の三面角
のダイアグラムイメージ」として作成したのが次ページの図-1-3-(1)である。こ
れは原著者が描いたものではなく、筆者自身の解釈にもとづく理解図であることを
特に記しておく。フーコー自身がタブロー(図表)として描いたのは「言語の四辺
形」だけであって、このテーマに置いて自らの考えを図象化したものはなく、その
著書では残念ながら見られない。
M・フーコーは、生物学、心理学、社会学、経済学、言語学、文献学等々の実に幅
広い視野から、人間の「知の枠組み---エピステーメー」の構造化を試みた。その視
座は多分にヨーロッパ的知に基づくものではあったが、それぞれの専門領域に立ち
入り深耕し、思考の構造要素の抽出とそれらの関係論的構造の把握を果たしたその
15
識見には多くの学ぶところがある。すでに簡単に前述したが、彼の考察は、人間の
「生物的生存」次元での知の認識領域の構造要素の緻密な抽出から入っており、こ
のダイアグラムでの認識の経路は「生命」から入り「労働」から「言語」へと至る。
ただ、それは、人間の「知の体系」の成熟発展史にもとづく把握のパターンであっ
て、普遍的な視座から言えば、3 つの領域概念の表象の意味はそれぞれが等位にあり、
経路の順位も不同であると筆者はとらえている。実務に照らして言えば「言語」か
ら始まることが多く、また「労働」は「生産・創造・営み・価値づくり」として意
味を広げてとらえることが、現実の創造思考の考察には的を射ているともとらえた。
もっとも、この把握は、M・フーコーが「知の三面角」の考えを示した狙いの一つ
に、こうした知の認識領域の考察に役立てる「知の道具箱」を提供したとの解説(注
7-1)があることもあり、彼の識見の狙いから外れていることにはならないとも理解
している。
図-1-3-(1)*
*
「知の三面角」の概念を図象化したダイアグラム
「1-3-」は「章と項」を指し、「(1)」はその章での図の通し番号
を示す。以下、本論では共通。
このダイアグラムにもとづいて、筆者が受け止めたことは、大きな次元での人間の
思考の流れにおける「知の認識」の変移の枠組みについての識見の開明さと、思考
16
の動的なプロセスについての示唆するところの深遠さである。設計の実務経験から
学び取った創造思考における思考構造要素の数多の存在を、こうした 3 つの領域枠
で、しかも人間の基本的な認識次元での概念整理がされた考えに触れたことの意味
は実に大きいものであった。後述する「ひろしま美術館」での創造の道筋における
「ことば」の意味が大きな存在であったことも、こうした整理をすることで他事例
での考察にあてはめられる心証を得た思いでもあった。
ただ、その思考のプロセスにおける「意味作用→規範→規則」「体系→機能→葛藤」
という枠概念の変移が、現実の知の認識行動を具体的に示しているかという観点か
らは、少し違和感を覚えていた。
ここで「意味作用と体系」「機能と規範」「葛藤と規則」はそれぞれが対概念であ
りつつ三者は連続しているという意味を、今少しフーコーの著述から引用する。
(注8)
先ず、「意味作用と体系」という対をなす概念は、言語の表象可能性と、
近いが後退した起源(人間の存在様態として有限性の分析論によって明ら
かにされているようなかたちにおいての)の現前とを同時に保証するもの
である。同様に-----「葛藤と規則」という対をなす概念は、必要(経済学
が労働と生産における客体の側における過程として研究するあの必要)の
表象可能性と、有限性の分析論が解明する、あの思考されぬものの表象可
能性とを保証する。最後に----「機能」の概念は、生命の諸構造が(たと
えそれが意識的でないとしても)いかにして表象を生み出すか示すことを
役割とし、「規範」の概念は、機能がそれ自身に、いかにしてそれ固有の
可能な諸条件とその行使の諸限界とをあたえるか示すことを役割とする
ものに他ならない。
この引用文を精読すると、「意味作用と体系」等は、「生命」「労働」「言語」の 3
つの基本的な大きな認識領域での数多の思考テーマ要素を集合させる「枠付け(グ
ルーピング)」のための抽象枠概念であることが分かる。そこでこれらの一般的思
考の枠の中の「創造思考」を推し進める思考属性の象徴概念を抽出することとし、
それを各領域での「直観・集成、類推・連鎖、創発・統合」とした。この視座で、
最初のダイアグラムをレビューしてその趣旨を表現する図として検討し作成したの
が次ページの図-1-3-(2)である。この図は、最初のダイアグラムイメージ図-1-
3-(1)で示した「知の三面角」という一般的思考における「知の認識領域」の中
に集合されている「創造思考の知の枠組みへ」と発展ダイアグラム化したものであ
る。
17
ここでは、一般の理解にも資する意味で「言語—ことば・ひらめく・かんじる・つ
たえる」「生命—いのち・いきる・かんがえる・つなぐ」「労働—いとなみ・つく
る・まとめる・かたち」という平易な概念用語で全体像を把握しやすい表現に咀嚼
し、これらに合わせて「感性界・知性界・物性界」として枠概念の抽象化表現も示
しておいた。そして、それぞれの 3 つの基本認識領域の中の思考属性の象徴概念と
して「直観と集成」「類推と連鎖」「創発と統合」という概念を、このダイアグラ
ムの中で明示し、創造思考のリアリティを備えることともした。
あくまで、創造思考の道筋を、一般の人たちにも広く理解できる手だてとしての「知
の道具箱」の意義を発展させた認識に立っている。
図—1-3-(2)
知の認識領域の「言語・生命・労働」という概念を「ことば・いのち・いとなみ」
として平易に捉え、各領域の思考属性の集合の中に創造思考を支える「直観・集成、類推・連鎖、
創発・統合」を抽出して、各領域内及び領域間相互での創造思考の道筋の連続性を探るベースと
した図。
さて、この時点でさらに考えを深める必要があるとの認識に至ったのが、M・フー
18
コーが生涯をかけて追究してきたテーマでもある「知の枠組み」という包括的な視
座のイメージをさらなる「動的な思考モデル」追究へ向けて発展させるための思惟
である。実はフーコーの認識領域のこれまでの識見は、視点を換えると、一つの有
機生命体での知の営みを包括的にとらえるに「関係論的構造主義」ではあるが「生
きた生命の動き」を組み入れるには少し「静的」ではないかという筆者なりの設問
が浮かんできたことも動機となった。具体的には、「言語--ことば」「生命—いのち」
「労働—いとなみ」のこれら 3 つの領域が相互に相関しあい、さらにその中の「直
観と集成」「類推と連鎖」「創発と統合」等の思考属性概念もこれに重なるように、
有機生命体の頭脳であれば一つに相関・収斂させていく、そのようなダイナミック
な動きの「理--プリンシプル」を如何に探究しこれを可視化できるかが、この考察を
深める作業としてさらに必要ではないのか?との自問である。このダイナミックな
動きを、ベクトルとしてその性状を予告的に示したのが、前頁の図における「有機
生命体ゆえの領域相関の一体化ベクトル」として記した「黄色の矢印」である。
2)創造思考を支える思考属性への考察
さて本項では、図-1-3-(2)に示されている直観・集成、類推・連鎖等の思考属
性の概念について、一般的な解説とともに一段深い考察を加えることとする。
1-3-1の項で記しておいたことであるが、「直観と集成」「類推と連鎖」そして「創
発と統合」という3つの領域におけると思考属性は、創造思考における「思考の流
れ」への理解を深める意味において重要なキイ概念である。
これらの思考属性概念についての以下の見解は、M・フーコーによる「意味作用と体系」
「機能と規範」そして「葛藤と規則」という領域「枠」概念における知の認識領域の相
関の考えを、ウリツヴィッキーの創造空間の定義(注12)を参照しつつ、「創造」思考
を司る建築設計の分野に当てはめて改めて定義したものである。先ず「直観と集成」に
ついてであるが、これはM・フーコーの記す「意味作用」と「体系」についての次の記
述(注13)から本論考での意味を設定している。
言語の投影面に、人間の諸行為は、何かを語ろうと望むものとして、姿をあらわ
す。人間の最小の身ぶりも、その無意志的メカニズムや失敗にいたるまで、一つ
の「意味」を持つ。そして彼が品物や儀式や習慣や言説に関してみずからのまわ
りに配置するすべてのもの、彼がみずからのあとに残す痕跡の雫は、一つの整合
的集合体と記号の一「体系」とを構成する。このようにして「機能と規範」「葛
藤と規則」「意味作用と体系」というこれら三対のものは、人間についての認識
領域全体を余すところなく覆うわけだ。
19
この記述における「言語」と「意味作用」とを、創造思考の流れにおける知の表象化
行為を標榜する「直観」という語にその意味合いを重ね合わせ、さらに「体系」につ
いてはこの記述における「痕跡の雫」の集合体という意味合いと共に、人間が先人の
数多の叡智を暗黙知・形式知・身体知として蓄えて来た Intelligence 全般の系を標榜
もしているので、これについては、そのまま「体系」とするのではなく、中森義輝氏
の語の解説がこの場合は的確な表現となるので以下の識見(注14)を引用して「集成」
とし、本論考での意味を設定した。
「集成」は他の既存科学知識とともに創造空間の持つ基礎的認識論次元----感情
的知、直観的知、合理的知-----に対応している
また、これの対概念を「直観」としたのは、「直観と集成」が、創造的発想における
非合理的、セレンディピティ的側面に支えられる「閃き」といわゆる系統的・科学的・
合理的探究の Intelligence とは対極を成しつつ相互補完性を有している、という筆者
なりの理解にもとづいている。さらにそのように両極として対置させ象徴化すること
で両者の間の中間の種々の発想要素概念を一つの領域枠内で集合させておく意図もあ
る。
「類推」については、M・フーコーの記す「機能」と「規範」についての次の記述
(注15)から本論考での意味を設定した。
「機能」の概念は、生命の諸構造が(たとえそれが意識的でないとしても)いか
にして表象を生み出すか示すことを役割とし、「規範」の概念は、機能がそれ
自身いかにしてそれ固有の可能な諸条件とその格子の諸限界とをあたえるか示
すことを役割とするものにほかならない。・・・・・これらの範疇は、人文諸科学の
場をはしからはしまでつらぬき、生命と労働と言語の経験的で実定的な諸領域
(そこから人間がありうべき知の形象として歴史的に分離された)を、距離を
おきながら、人間の存在様態(表象が認識の一般空間を規定することをやめた
日以後成立したかたちにおいての)を特徴づける有限性の諸形態に結びつける。
この記述の中における「機能」を、創造思考の流れにおいて、「直観」と「ことば」
からの知の表象化行為(ことの領域の行為)としての「類推」と意味を重ね合わせ、
さらに「規範」を人間の存在様態を特徴づける有限性の諸形態に結び付ける知のいと
なみ(同じくことの領域)としての「連鎖」とその意味を重ね合わせたのである。そ
して「ことの領域(知の系)」における思考テーマの両極にこれら「類推」と「連鎖」
20
を据え、M・フーコーが指摘するところの生体維持の「機能」とその限界を示す「規
範」の考えに対応させて、この「類推と連鎖」のいとなみの場を、創造的思考におけ
る「こころの領域(人の系)」と「ものの領域(自然系)」とを重ね合わせる上で重
要な働きが求められる「ことの領域(知の系)」の「場」のイメージと重ね合わせた
考えにももとづいている。
次いで、「創発」とは言うまでもなく閃きであり創造的発想の概念であるが、これは
M・フーコーが「葛藤」と「規則」の相剋の次の記述(注16)から本論考での意味を
設定した。
経済学の投影面に、人間は、必要と欲望をもつものとして、必要と欲望をみた
そうとして関心をいだき利潤を狙い他の人々と対立関係に入るものとして、姿
をあらわす。要するに、人間があらわれるのは「葛藤」のぬきさしならぬ状況
においてである。こうした葛藤を、人間はかわすか、逃れるか、支配し、すく
なくともあるレベルにおいてしばしばその矛盾を鎮静する解決をみいだすのに
成功するか、いずれかであろう。彼は「規則」の集合体を創りあげるが、それ
は葛藤の制限であると同時に新展開になるのにほかならない。
この記述における「葛藤」を、創造思考の流れにおいて、「類推」から「連鎖」の思
考の流れを受けて新局面打開の狙いの「創発」とその意味を重ね合わせ、さらに「規
則」の集合体を新たに創りあげるいとなみの総称として「統合」とその意味を重ね合
わせたのである。「創発」とは、社会的生産スキームでの知のいとなみの領域に位置
する思考のいとなみでもある。キイ概念は「つくる」でありこれは生きるための「生
産」でありこれまでにないものを「創る」とともに、ものを「造る」ための葛藤の概
念を指す。さらに、その投資の効果を評価する経済的尺度としての「規則」をM・フ
ィーコーは、上述した「葛藤」の対極に据えている。本論では「系統的思考」といわ
ゆる「ゆらぎ的転換」との相互補完性により創造的思考が推進のエネルギーを生み出
すという人間界特有の思考回路についてもその考察の視野に入れていることは先述し
た。「創発」と「統合」とを対概念にしたのは、対照的な系統的創造思考と論理飛躍
的創発とを不連続の線形概念でとらえるのではなく、あくまでも相互補完的な連続的
包括的な系の中での両極の型として据え、その間の様々な発想要素概念を一つの統一
思考で捉えるという意図による。
以上が、思考属性の概念についての追加補完的な考察である。
3)創造思考のモデルへの考察の道筋の概要
21
さて、創造思考のいとなみは、図-1-3-(2)で示した「初期的な状態」から、知
の認識領域の活発な領域相関を経てやがて「成熟段階」へと発展する。この動的な
構図を一つの時間断面で切り取った図として示したのが、下の図1-3-(3)である。
この図で明らかになるのは、そもそものM・フーコーの識見にもとづく「言語・生
命・労働」の3大認識領域の存在の全体像の中で、熱い思考の営みである創造思考
を推進させる「直観・集成、類推・連鎖、創発・統合」という象徴的な思考属性
図-1-3-(3) 知の 3 大認識領域に集合分類される数多の思考テーマ要素は、一つの有機生命体の「創造
思考」の営みとしては包括的な領域相関(知の三面角運動)を推し進めてなされる。それはイメージとして
は「直観~統合」までの 2 つの三面角運動と絶対領域の存在とが重要な働きを成す。
の2領域、3領域を交錯させる連続運動が、創造のための動的な領域相関を惹起さ
せ、それによって発想の核となる「かたちのいのち」を掴み取ることができる、と
いう動的プロセスを全体像で示している点である。さらに、それぞれにおける思考
22
テーマ要素の集合の分布をもとにした上での2つの領域に重なる位置での「新たな
価値」が付加され、さらに 3 つの領域を重ねる営みを引き続き果たすことで、プロ
ジェクトの発想の「いのち」である「絶対領域(価値づくりの核となるかたちのシ
ーズ)」に至る道筋をあわせて明示出来る。とりわけこの「絶対領域」の意味の深
耕とそこに至るように思考を促す求心力の理(コトワリ)の解明こそは本論の核心につ
ながるところであるが、ここではこの記述にとどめる。いずれにせよ、創造思考の
シーズの核となる「かたちのいのち---全てのはじまり、物語性」を探り当てこれを
もとに全体骨格を組み上げレビューしていく上での道筋を可視化する上での効果的
なダイアグラム描写手法であるので、本論考ではこの表現手法にもとづき、以後の
考察を展開していくこととする。表現を換えると、「全てのかたちはこのテーマに
帰結する」という意味での「かたちのいのち」の意味が、前頁のダイアグラムの中
の黄色の3領域重なり部分の表現に象徴されている、その動的な思考モデルを表象
する「理」への深耕である。
このダイアグラムでは「直観→類推→創発」が最初のサイクルで、続いて「集成→
連鎖→統合」が最後のサイクルとなる。ただ、言うまでもなく、2回の三面角運動
サイクルで「統合」に至るという単純なプロセスではなく、この創造思考の概略的
な道筋の表現の中には、実務ではしばしば遭遇する大きな「揺らぎ」による Spin-Out
からリセットサイクルへ復帰するなどの多元的な道筋も含まれ、それらを単純表現
化したものと考えている。
設計者の脳の中では、何重にも三面角運動を重ね、体で表象を現わすべく思考する
行為を本論では「外脳化」(詳しくは後述による)というが、この代表格の「目と
手」による有形化思考のプロセス(ことば→外脳化→空間化)がこれに重ねられ、さら
には「大きな揺らぎと創発」とにより、その三面角サイクルから一端離脱する。ま
た別の創発とともに復帰する・・・・という多元的な「生みの苦しみの道筋」を経て、
ある段階で思考テーマ要素の集合の度合い(相関部分の重なりが抱えるポテンシャ
ルエネルギーの濃さ)から「このテーマこそが根源命題である」との絞り込みを得
て、そこに「かたちのいのち」の特定に至る。その後、改めてその「かたちのいの
ち」をもとにした秩序付けを全体骨格として当てはめて、そこにバランスある一つ
の「系」の成り立ちを得て、結局「かたちのいのち」から「かたち」そして「空間
の統合」に至る・・・・そのような概括的なプロセスを踏むと捉えている。
以上が、「個のヒト」の次元での「知の認識領域」をベースにした創造思考におけ
る「動的モデル---知の枠組み」についての考察である。
23
1-3-2
「不連続体統一」という動的な多主体運動像への思惟
さて続いて、「集団の知」の次元での「集団創作の思考の道筋」についての考察を以下
に展開していく。
独立した個人の集合を前提に、それら個人が発想し創発するさまざまな知見の相関と葛
藤を経て集合知としての「統合知」に至り、さらにその知を形象化して具体的な空間ま
で造形化する「集団創作の思考のモデル」の大きな輪郭イメージを捉えることとしたい。
1)不連続の多主体による「集団創作」
ここで、吉阪隆正の著書「不連続統一体を」の中の識見を引用(注9) する。その中で、
氏は、多主体による集団での創作活動の方法には基本的には 3 つのタイプがあるとされ
ている。一つは、古来から行われている「強力な個人」もしくは少数の指揮系統のもと
に、いわばピラミッド型の組織で創作に携わる型である。いま一つは、集団の各メンバ
ーが階層的組織態勢をとらずに、いわば一直線上に並列して、個々の形のままで集団的
に創作に携わる型。これらは必ずしも古くなったわけではなく、2 つの方法の型(図-4)
にある様々なニュアンスを利用することで、多様に利用されている。
図-1-3-(4)
集団での創作活動の 2 つの型
と指摘されている。ここまでは常識的な紹介であるが、3 つ目が特徴的である。現代
の人間の個人化思潮を真正面から受けて、その本文を引用すると、(注10)
3 つ目が、それ自身完結した個(つまり不連続体)が一定の結びつきを成
すことによって有機的につながり、全体としての統一---一見不連続であ
24
りながら個が相互に関係しつつ作り出している動的な秩序のある全体を
創り出すことを主眼に置いた集団創作の型である。
と指摘されている。そこでこの型の核心を図像化したのが下の 2 つの図である。
これらの図は、その著作のフリーハンドの挿絵を私が Rewrite し、カラー化したも
のである。
図-1-3-(5)
不連続体統一の動的一体化概念を示す 2 つのダイアグラム。2 つの図は
核となる「理念」を中心に据えて共有しつつ、各個の想念が自由に運動する中で全体として
一つの思考統一体を成しているイメージを端的に描いた。部分の運動が、核となる理念を共
25
有する中で全体に動的統一感を呈している。なおカラーによる描写は筆者の判断である。
この 2 つのダイアグラムの内の 3 つ目の図-1-3-(5)の下図は大変に興味深い概
念を記している。
The
Movement
gives
on
order
to
the
whole というコメントは、意訳的
に和訳すると「部分の運動は全体する」と訳される。そして「部分の場」と「全体
の場」とを bind するベクトルが Movement の意味であり、ここには深遠な「数」
の秩序と「有形化」のエンジンとが働いている、と見られるのである。無論、
Discontinuous-Unity(いわゆる「ディスコンティ」)と題されている方の絵がその
根源にあり、これが社会の根源的な要素である原子と中性子とを円運動でとりまく
電子の運動の「型」と同型なのも含蓄深いものがある。
この貴重な識見の中に、先の記述の中で使用している「集団創作」という概念とともに、
「多主体」という「重い個の集団」の意味が、その動的な運動概念の全体像とともに含
まれていると見られる点に筆者は注目した。氏はそうした創作のモデルとしての 3 つ目
の型について「200 人の学生を集めて一つのプロジェクトに同時に取り組ませ、学生が
互いに従属することなく独立を得ながら、しかも全体としての統一を失わずに創作する
方法を模索実践し辿りついた型である」と紹介している。ここでは学生の幾つかのグル
ープにおける集団的な創作スタディを主に視点に置いているが、この思考のモデルのエ
キスには誠に意義深いものがあり、勿論このケーススタディにとどまらず、実務におい
ても、新旧入り混じる近隣住区再開発計画の論理基盤となったほか、あらゆる社会
活動における集団マネジメントの実践論理としての発展をその後、多くの局面で目
にするからである。
2)不連続な個即ち独立した多主体が価値ある「集合知」を生み出す
筆者は、この論理が世に出てほぼ半世紀が経った成熟した今日の社会において、こ
の集団創作の思考のモデルを、建築設計界での高邁な論理基盤としてよりも、広く
社会事業にかかわる多くの事業者・異分野専門家・NPO活動家・識者・行政マン
等の Professional とステークホルダー・市民から成る「社会的コンソーシアム」に
よる創作活動での思考のモデルイメージとして、今、発展・普及させることについ
て、この時代で取り組まねばならない意義を感じている。これらの人たちは、その
社会事業にかかわる以前の立場は誠に様々で、まさに全く不連続な個(つまり独立
した主体)ながら、創造的な社会事業の目的と精神性に共感を覚えると、個と個の
絆が短期間の間に飛躍的に強くなって誠に創造的な成果に導いたという事例が、半
世紀前は「生硬な論理」として少し批判的に受け止められていたものが、現代の成
熟社会では身の回りに多く見られる時代を迎えているのである。最近の公共建築の
26
企画・設計・建設プロジェクトにおける、多分野の専門家が一つのコンソーシアム
を組んでイーコールの立場で建設的な創発をプロモートさせる「キュレーター職能」
の顕在化は、こうした時代思潮の現れと言える。また、NPO活動にも色々あるも
のの本来的な意味での精神である Professional(神への奉仕行動の宣言をした人)
のこころもこれを標榜してもいる。
ここでさらにこの「不連続統一体」の原イメージについて筆者なりの受け止め方を
今少し記しておきたい。吉阪隆正が着想した不連続統一体のそもそものシーズは、
さる建築家(後述)にお聞きしたところでは、かつてバックミンスター・フラー博
士が示した Discontinuous-Unity(ディスコンティ)のタワーモデルを東京での講演
会で目にしたことが切っ掛けになったとのこと。そのモデルには深遠な宇宙の摂理
と自然の森羅万象の秩序そして原子核と電子の運動などに通底するプリンシプルが
極めて端的に表されていたという。前々ページに示した図は、吉阪隆正の著書から
引用したもので、このモデルに閃きを覚えて発展させた「高密度住区計画の概念図」
のスケッチを改めて Rewrite したものである。ここに不連続統一体の思想が込めら
れている。吉阪隆正はその著書の中で(注11)
人間を見るに、一人ひとり違うではないかという見方もある筈だ。それで「私
は他と区別され一つの個としての主体」を守れるのである。
という言葉には、大宇宙と大自然に対峙する人間系の実存の尊厳を素直に語ってお
り、ここに自然系と人間系のかかわりのいとなみについての深い識見もあわせてう
かがい知ることが出来る。あわせて、一人ひとりの個が、社会における一つの企て
(事業)に参加する場合の各個の主体性の尊厳を高め、集団による集合知の鍛錬と
高度化を手にすることが出来るという、慧眼あふれるその論理が、この現代では、
基盤的な認識領域の概念用語となっている。現代はそのような時代を迎えているの
である。
なお、ここで、この吉阪隆正と同時期での「師と学生」の立場ではあるがこの「不
連続体統一」の理論を、B・フラー博士の講演で閃きを受けた建築家がおられたこ
とについて触れておく。当時、早稲田大学大学院学生であられた内井昭蔵である。
建築家内井昭蔵の輝かしい業績についてここで論ずることは控えるとして、しかし
内井昭蔵が生前数々の建築理論を打ち出したその中に、その作風と彼の生い立ちと
マスターアーキテクトを務められた軌跡等を振り返ると、彼の持論である「ゆるや
かな統一」という考えを表したこの「ことば」には実に示唆深いものが湛えられて
いると今でも感じている。氏の建築哲学を一言で表現するならば「健康な建築をめ
ざす」という一点に絞られるが、それは「人間系と自然系との好ましいつなぎの姿
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への希求」と言い換えても的は外れてはいない。筆者の 13 年先輩の内井氏とは、か
つて筆者が務める事務所の責任者の時期(100 周年記念事業)に対談する幸運に恵
まれ、爾後、他界されるまで何かとご指導を受け親交を続けさせていただいた恩人
でもある。それはさておきこの「ゆるやかな統一」という概念は、吉阪隆正の「不
連続体統一」の概念と同根でありかつ氏の人柄をそのまま滲みださせた、何ともほ
のぼのとする心身同体の哲学を標榜している。内井昭蔵の作品には必ず「塔」があ
り「回廊」があり「ドーム」があり「瓦屋根」とアースカラー(土色系)のレンガ
タイルがある。そしてどこかに日本離れした「土の香り」がするのは、氏がロシア
正教会の篤き信者であられた祖父君と父君の建築家一家での成長過程と無縁ではな
いであろう。さらにその作品には、その上で日本的な繊細な感性にも満ちているの
は、複数の文化基盤を素地にして「人間系と自然系とのいとなみの融合」を人類愛
の視座から志向された氏の深遠な哲学の現れであろうし、「ゆるやかな統一」とい
う指導理念もそうした土壌から生み出されていることは十分に拝察できる。また、
その哲学が数多の建築家が大きなプロジェクトにかかわるコンソーシアムの中で、
個々の建築家のデザイン思潮を尊重しつつ、全体として一つの価値観でゆるやかに
まとめていく協働哲学の原型(マスターアーキテクト精度)を示唆していることも
よく理解できる。多主体による集団創作の運用の原型スキームの一つがここに示さ
れている。本論で度々記す異分野の専門家同士での協働における規範の一つである
「Iniative イニシアティブ」という概念は、この協働哲学の発展系であり、本論で
の「多主体参加型の創造思考の統合」という考えとともに、長年の知己としての交
流の中でご示唆頂いた内井昭蔵先生に深甚なる謝意を捧げる次第である。
1-3-3
「設計のいとなみ」の全体像への素描
・・・・・・点・線・面・時空各段階での創造思考の変移の概要
前項では設計のいとなみにおける「知の認識領域」の相関の基本イメージを図像化し、
また不連続な即ち独立した個の集団による創作作業の運動イメージを「不連続体統一」
という識見から思惟し、多主体による集団創作の原型イメージについても文字表現では
あるがこれを記した。
さて、本論考では最終的には実践的設計論を提示するというコンテキストに照らしこの
段階で「設計の営み」の分野に入ることとし、時空展開の全体概要を示しておくことと
する。先ずは全体像の把握が重要であることから、建築設計における一般的ケースでの
創造思考の道筋の概要についての考察から入る。
この思考の道筋の考察に設計の現場のリアリティを投影させて、ここでは「創作空間の
全体像」について、プロセスを 4 つのフェーズに分け、端的には「点」「線」「面」そ
28
して「時空」とする。そして 4 つの設計フェーズにおける思考のモデルのプロセスを、
創造思考のいとなみの「時間変移における全体像」として改めて考察することとする。
ここでの考察の目的は、創作空間における「個の知」から「集団(多主体)の知」への
昇華を念頭において、「知の認識領域の相関」の時間変移の基本的な様相を概略的に把
握することにある。
1)原初発想段階(いわば「点」段階)
事業クライアント自身の人生経験・文化生活・精神活動そして地域社会での様々な営み
等に熱い事業発意の「火」がともる段階である。無論、一人のクライアントのケースだ
けでなく地域住民・ステークホルダーが発する事業要望の最初の声の場合もある。
こ
の段階では、専門家への依頼はまだ考えられていない。大半の建設事業でもみられるよ
うに、ほとんどの事業端緒段階では、非専門者のみの識者グループで目標イメージ等が
議論されることが多い。非専門者自身が既存の「建築」「まち」「環境」「自然」から
無意識の中で精神的・物理的影響を受けていながら、その事業発意に至った意思決定プ
ロセスにおいては、事業地内での公共空間のありようを含め街並みとの関係づけが意識
外にあることがかつてはよく見られた。しかし「景観・街並み」への社会的責任意識は
今日では徐々に高まりを見せている。もともとこの段階は、事業プロジェクトへの長年
の発進の想念とそのシーズが芽を吹く段階であるが、上述したように、事業主であるク
ライアントの世界だけではなく地域の声の熟成がある切っ掛けで顕在化されてくること
もある。
また「点」という意味では、設計依頼を受けた建築家、異分野専門家等にとってもこ
の段階では無論「点」である。
ここでの「多主体」はまだ潜在的な一つ一つの主体と
して散在しており相互にはリンクしていない段階である。ただ、個々の次元での「内省
的思考」を深耕させる段階ではあり、とりわけ事業クライアントに置いては、すでに1
0~20年前から醸成されて来ていることが多い。
この初期段階での創造的思考を左右する知の認識概念は、先述した「集成」と「直観」
であり、またそれが表象化された「言語(ことば)」とその「意味」も重要である。そ
してこの段階はこの思考属性の対概念を両極にして、その狭間の中で、さまざまな情念
の吐露と葛藤とが、対立・分離・錯綜・補完・融合するという「論理以前」の世界であ
る。
ただ、論理にもとづかないからと言ってその後の思考の発展に重さを与えないかという
とそうではなく、むしろ「あのことばがあったからこそこのかたちがうまれた」という
創造的な発想のシーズとなることも多い。
一人の人間の一生の中で一度しか体験し得ない悲惨な出来事に根ざした情念をはじめ、
29
一事業者が長年にわたり温めて来た我が町蘇生のための熱い思い、あるいは音楽・芸術・
文化とのふれあいの場の設立を願う住民・ステークホルダーの地域の声、そして事業地
に身を置いて周辺の環境のコンテキストから「この地でしか実現し得ない原空間イメー
ジ」の啓示を感じ取る建築家の直観等々、様々な立場での感情的知、合理的・非合理的
知、暗黙知・形式知・身体知などが、多くのプロジェクト参加主体の個々の世界で芽を
出し熟成され集成(Intelligence 化)される段階である。無論参加する「場」の時間的
タイムラグはプロジェクトによりさまざまで、相互に不連続(独立した)主体が「点」
として、それぞれの持ち場・立場で分散している段階である。
ここで特記しておかねばならないことは、「点」が事業クライアントだけでなく、進捗
のタイムラグはあるが、建築家を含めステークホルダーはじめ、プロジェクトの発想シ
ーズに影響を与える「点」が複数、厳然と存在するという認識が大切なことである。つ
まり、「主体」が個々に不連続に発想・準備活動している状態と言える。それぞれの持
ち場・立場には、各々のバックグラウンド特有の複数の「点」がある。例えば、美術館
創設にかける事業クライアント側の長年の熱き想念としての「点」の他に、依頼を受け
た建築家が「時を設計する」という専門家特有の見識から編み出される設計テーマとし
ての「点」、施工段階での最高の品質を実現しようとする職人の「ものづくり魂」とし
ての「点」など、これらを設計のトータルプロセスの中でマネジメントする際に多くの
Professional を等位で認識しあうというバランス感覚が、いわば多主体参加型の運用フ
レームでは必須であるということである。これは言うは易く行うは中々難い命題なので
ある。
2)内発的対話段階:(いわば「線」段階)
事業クライアント、住民が長年温めてきた想念が初めて「ことば」として、第三者に
披歴され、事業クライアント、住民に沈殿している情念、過去の思考と行動パターン等
を第三者とのやり取りの中で、内省的に活性化させ、「ことばのかたち」として咀嚼し
皆で類推し草案化させる段階である。それぞれの多主体の参加者の拠り所であるバック
グラウンドを活かしてプロジェクトシーズを成熟化させる「イメージの発展作業」が、
この後の作業のエネルギー源、肥料になることも多い。現実には参加する多主体の「岡
目八目のことば」が案外に「閃きことば」につながることもある。さまざまなプロジェ
クトに掛ける想念の把握と関係付けが多彩になされねばならない段階とも言える。
ここで思考の軸になるのは「類推」である。しかも「個の類推」とともに「集団の類推」
との2つの領域での「イメージ相関」が発想のパワーを高める。また、論理的な思考と
共に感覚的な視野拡大による初期的な統合の試みとしての思考ジャンプがしばしば繰り
返される。「類推」は、設計の依頼を受けた建築家が事業者自身から発せられた「こと
30
ば」を受けての推敲の他に、事業地の地域社会の他事業者・住民・ステークホルダーが
発した数々の想念の集成とともに、建築家自身が事業地に身を置いて一種の原イメージ
の啓示を感じ取り類似空間への参照も経て、独自の連想へと発展させる創発的な思惟
等々とによりその推敲の深さが決まるものである。そして何よりも重要なことは、その
類推が、建築家、事業クライアント、ステークホルダー等々の関係者固有の発想にもと
づく思考の「内発的発展」を徐々に成熟させていくことと、それにもとづく対話が複数
の場で実質的に始められることである。この「対話の場」をプロモートする職能は、端
的にはプログラミング専門家であるが、その職能への業務依頼を発注者側が、かなり初
期的な段階でかつ設計者の選定のかなり前段階で済ませておくことが、今日的な建築主
の発注義務である。ところで、ここでこの段階での思考の重要な型となる「類推」の意
味の深さについて、広範な人文社会科学、自然科学、形而上学的な視座から「類推」の
意義を説いておられる川勝平太氏が、鶴見和子女史との対談叢書の中で次のように説い
ているのでこれを以下に要点のみ紹介しておきたい(注19)
事物の複雑な相互関係を解き明かす方法論は、鶴見女史の言われるように比
喩論・確率論・カオス論であることは間違いないが、それは「類推」という
方法論ではないかと思われる。・・・・・類推は具体相を失わないで具体的な事物
の関係を引き出す。・・・・・類推は特殊性や多様性は消されることはない。
と記している。この中の「具体相を最後まで失わない」という点と「特殊性と多様性は
消されない」という2つの点において、帰納的思考と演繹的思考を超える秀逸性を伴な
う思考の方法論として改めて「類推」を定義づけている点に、創造思考のモデルを探究
する立場としては、大いなる親和性があると筆者は見ている。さて、論点を戻して、も
ともとこの段階では、設計を依頼された人間と依頼した人間とのその人間性をナマにぶ
つけあった熱い対話が本格化する前の、それぞれの立場での内省的思考の段階である。
ただ、それぞれの立場におけるこの段階の推敲と思考の深さが、その後の具体化へ向け
ての思考の統合軸のブレの有無・強弱を左右する。建築家によってはこの次元で独自の
空間世界の表出へ向けて精神性の高い空間を打ち出す人もいる。ただ、本論では、この
建築家固有の案出による営為の意義を視野に入れつつも、建築家一人も
Every-Professional
is
a
Star で象徴されるように多主体の一員と見なしているこ
ともあり、その観点から、依頼した側の内発的な思考の熟成とその発露にも一定の重さ
を置いて考察を加えていることを改めてここで確認しておきたい。
さてここで、次項につなぐ趣旨もあり、建築設計の思考における知の「個と集合」の型
について別の視点で分類すると、それは「個の思索推敲レベル」と「2つの個の対話レ
31
ベル」そして「3つの個の相関と統合レベル」の3つに分類することが出来ると考えて
いるという点について触れておきたい。そして「設計という社会的知的営みの原点」に
なるのは「3つの個の相関と統合」が主軸になると見ているが、ここでの「内発的対話
段階」はこの「2つの個レベル」での対話の輪の深耕が筋であるので、「3つの個」に
ついての敷衍は次項に記すこととする。ただ、2人とせずに「2つの個」としたのは、
建築家→事業クライアントという初期の関係だけではなく、建築家→異分野専門家、建
築家→技術者、技術者→科学者、技術者→行政担当者、事業クライアント→地域のステ
ークホルダーなどなどとの複数主体相互間でのディベート的な論理鍛錬と相互の論点の
深掘りの必要認識からの理由とによる。「2つの個」相互レベルでの思考の相関ベクト
ルは、次段階以降での思考の統合段階においても重要な意義を示唆してもいる。この「2
つの個の言わば線形での対面構図」の基本的な骨組みが、次段階でのダイナミックな面
的発展を支える構造を標榜する基盤的な創作空間を形づくっている。
この段階での「多主体」は、事業クライアント、建築家、異分野専門家、技術専門家で
あり、相互に新たな価値像の創造へ向けて概要的な使命観を概ね把握している段階であ
る。そして、目的とする施設イメージの「かたちのいのち」の具象化へ向けて歩み出す
段階であり、外部 Professional との対話的思考に本格的に入ることとなる。
3)創発的相関思考段階(いわば「面」的段階)
この段階は、前項の「類推」の発展を促す「連鎖」的思考における「3つの個以上の相
関思考と協議レベル」という面的集団思考への発展段階である。これとともに、集団的
連鎖思考の具体的展開を担うのが外脳化思考、つまり「外脳化」された「手」による有
形化思考と空間軸にもとづくいわゆるデザインを果たす空間化思考である。その外脳と
は、外に出た脳としての「手」による有形化思考を象徴的に表現した概念用語として本
論考では特徴的に使用している。
ところで前項で「3つの個の相関と統合」が、建築設計における思考のフェーズの基本
的な型であることは記したが、これは大きな視座から「2つの個」による思考を刺激し
融合させ補完する働きが成されることも当然ながら含まれている。2つの個による対話
と推敲は、一つの個(一人)での深い推敲に幅広い視点を提供する機能はあるが、反面、
現実には2つの個が生硬な論理で固まる局面も否定できず、時には硬直し対立すること
もしばしば見られる。この根深いレベルでの問題解決に「揺らぎ」手法があり、これを
誘発させる仕組みとしての「3つの個の構図」があると捉えた。「揺らぎ」による創造
的破壊の仕組みの導入でブレークスルーするのは「3つの個」の相関特性(2つの重な
り部分ではなく3つの重なり部分を志向するという求心性の働きがある)を活かすこと
から来ている。また「多主体」の概念の「多」の最小単位である3主体の「3」には、
32
特有の「数の意義」があり、これはM・フーコーの知の三面角を取り上げるまでもなく
古来からの叡智と言える。「正→反→合」しかり「真→行→草」「信→義→則」「心→
技→体」など全てその狙いとこころは同根である。フーコーはこの三面角関係の図式を
重ねることで、この知的認識領域の時間的変移を動的に示すことまでを示唆しており、
これは三角運動の重なりがやがてスパイラル的上昇ベクトルの思考モデルに発展するこ
とをも暗示している。さらにこれは人間の推敲に深みを持たせる、という先人の叡智で
はないかとも思いいたるのである。また、そこに「個の知」から個と個との相関性をダ
イナミックに働きかけつつ、衆知を集め叡智を結集させて一つの動的な均衡を伴なった
「全体知」を引き出すという、「生きた人間学」の真髄を垣間見た思いでもある。
さて、この前段階では、事業者自身の内省的思考が、与条件の総覧と関係性の認識にと
どまり、これらを直ちにかたちのイメージへと発展させることは出来ない、と認識され
た時点で、事業クライアントは、様々な現実の軌跡はあるものの、ようやくこの段階で
専門家の知見の深さに心を寄せることになることが多い。自分たちの想念がどのような
空間を目指し、どのような空間体験をしたいと願っているかを建築家及びプログラミン
グ専門家等との対話を初め、その具体イメージ化をゆだねて、初めてイメージのかたち
へ向けての実の対話の次元に入る。外部との対話的思考をディベート的に激しく成熟さ
せていく段階、つまり統合化思考の緒口に至る段階である。
建築家自身も原イメージの啓示を経て、クライアントと始められた対話の中から事業者
の想念と情念とを斟酌しつつ、専門的知見を発揮して事業目的とその敷地環境にふさわ
しい建築ダイアグラムの組み立てを始める。事業クライアントと建築家及びプログラミ
ング専門家等との対話の全段階での状況が、前段階での姿であった。現実には、その関
係を深めつつ、別の局面での「2つの専門技術者同士の個」の対話も始まる。さらに事
業クライアントと建築家に加えて地域のステークホルダーの立場の声とニーズが「3つ
目の個」としても登場する。事業者あるいは行政官が代弁するケースもあるが、最近は
社会的発言力に独立性を伴なっていることが多い。この段階で大切なことは、これら3
つの個の思考各々には、最終的には価値ある「社会財」として根付く上で、貴重な創造
的発想を伴なっていることが多く、建築家が全ての分野の知見を取り仕切ってゆたかな
価値ある所産を創出する、という認識にこだわっていては危ういということである。建
築設計の思考の縮図は、この3つの象徴的な立場、つまり「建築主、専門家、一般人(公
共民)」がそれぞれに抱える諸々の知見をもとにした「ことを前に進め合理的に知見を
相関させる」という動的な領域相関にもとづく、「多主体」による統合化思考の本格稼
働段階である。
この段階での思考は、個々の発想をはじめ2つの個の対話からの創造的発想(創発)を
基盤とするものの、3つの個以上が参画する集団レベルでの網状発展を見る創造思考
33
の型としてさらに異分野領域の知見との接点をつないでいき、平面的ではあるがネット
ワークが領域の重なりを経て各々が保有する知見の領域相関がダイナミックに展開され、
プロジェクトの企画の骨格が備える価値が創造的に高められていく、という網状的(ネ
ットワーク的)な発展モデルの構図を備えていなければならない。内発的創発段階での
事業クライアントの原イメージなり想念が「こうありたい」という「あること志向」に
対してこの発展段階では、複数の立場にもとづく専門的な知見の相関から「このように
する」という「なること志向」の中で、専門家・非専門者ともども創造的知的葛藤が繰
り返される。現実には事前の想定以上のダイナミックな動的な創作空間の様相を呈する
ことになる。ただ、ここで注意しておかねばならないのは、事業発意者である事業クラ
イアントが自身の発意のもととなった想念と情念に照らして、その段階での一次統合的
な一つの案の発想の中に自身の「アイデンティティ(当初の直観・発意の核心)」を見
出し得なかった場合は、必然的に振り出しに戻る構図でもあるということ。多主体参加
型の設計チームであっても、そもそもの事業発意の主体としての影響力は大きい。よほ
どの社会的公共的事業でもない限りこの構図の例外は見られない。なお、この段階で非
専門者側からしばしば吐露されるのが後述する「絶対領域・・・・かたちのいのち」に関連
する発言であり、それが、かたちへの昇華の文脈、言わば「ものがたり」の発露である
ことに「聴く耳」を保つことが肝要。これは「なるイメージ」への非専門家側独特の「こ
とばのコンテキスト」と理解しておくと良い。またこれは、非専門者なりに到達全体像
を先に示した想像イメージであり、その人の人生経験に基づくトラウマ、啓示、教養と
叡智等から滲みだされたことばであることが多い。大切なことは、これが発想段階
での成果目標を素人なりにイメージとして端的に表現した「具体相」を伴っていること
であり、さらにこの言葉に、専門家側が創造に関わる知的刺激(創発)を受けることも
誠に多いことである。具体的な例については次の章で記すが、いずれにしても、個のレ
ベルでの「ものがたり」に標榜される「ある志向」から多主体の知見の参加があっての
「する・なる志向」にもとづくダイナミックな集団的な創作空間でのやりとりの概ねの
様相が以上の内容である。
この段階での「多主体」は一部に前述したが「事業クライアント、建築家、一般人(公
共民)」の三者が基本構図である。ここでは系統的思考とともに、事態を動的に転換さ
せる「揺らぎ思考」が多くの場面で進入する。その意味では、「多主体」に異分野専門
家がさまざまな様態で参画する時期であり、またそれが必要な段階とも言える。
4)創推的統合段階:(いわば「時空」段階)
この段階は、直観→類推→創発という道筋を経て、初期のイメージが多主体の創造思考
の参加によって一つのまとまった2次元ダイアグラムとして形象化したものを三次元空
34
間化する段階と言える。しかも個のレベルにとどまらず、社会的な様々な立場
(Ten-Vector)での知見をまとめ、「集団の知」として熟成させて、実体ある一つの「か
たち」としての空間に統合する段階である。
この段階における建築家の役割は大きい。有形化思考を多主体の中でプロモートするの
が建築家であるからである。言わば「外脳化」された「目と手」による有形化思考が、
「考えのかたち」に変換させて一般の人々にも理解できるレベルで示す上で大切な職能
を発揮する。さらに、その「考えのかたち」を空間への咀嚼のテーマ言語(内外空間の
連続、構造的連続性、透明性と単純化、連続する街並み、コンポジションとプロポーシ
ョン等々)に発展させる「空間化思考」などの一種の「デザインエンジン」により、そ
れまでの類推内容を平面的なものから立体的具象性へと発展させていく役割を建築家に
求め、その上で多主体(建築家も含み)として多くの英知を集約させて、価値像への収
斂思考(求心運動)と所期イメージへのレビュー(遠心運動)を散々繰り返しつつ、異
領域相関的な価値の高揚へと発展させていく、という思考とが連鎖しているからである。
この段階に至るまでに、事業クライアントの熱い情念を醸成する内省を経ても、そもそ
もの事業発意の想念と事業クライアント自身のアイデンティティとを、多主体の類推作
業へのやり取りの複雑さと煩わしさとから見失うことが現実の実務ではよく見られる。
その結果、思考回路は何度も「線」と「面」の段階状況を行き来し、しかもこのレベル
だけでなく、多主体の類推内容が多岐にわたりからみつく段階でもあるので、一種のカ
オス状況を呈する。ただ、このカオス状況の中での自問・対話・応答等々はその後の思
考回路での豊かな肥料となる。
この困難な状況を克服する方法には、大きく分類して二つの道筋が考えられる。一つは、
この段階まで比較的情報交換量の多い「建築家」をクライアントが頼り甲斐ある専門家
として、自身にひきつけて一段と深い内容での対話を進めていく「クライアント+建築
家チーム主導」で他の専門家チームは補佐助言を果たしていく道筋である。いま一つは、
プロジェクト発進初期段階から基本的な施設ダイアグラムを社会的なスケールから施設
機能配置、運用ダイアグラム等のソフト領域からスーパーバイズする立場の専門職能(プ
ログラマー、キュレーター)に「事業クライアント+多主体専門家(建築家含)のチー
ム運営を委任する方法」である。前者の特徴は、解決の糸口がハード端緒となることが
多いのに対して、後者はプログラミングからの端緒が多いことである。どちらの道筋で、
難局を乗り越えるかは、プロジェクトの性格等に依るので一概には特定できないが、時
代精神は後者の取り組み息吹に追い風を向けていることは確かではある。いずれの場合
でも、建築家の役割は「無形の要件から有形の空間」を組み上げることができる、とい
う特別の職能の発揮は必ず求められる。ただ、集団での創作における創造思考の望まし
い「モデル」を探究するという見地からは、建築家職能を突出させる創造思考の型への
整理は取り下げねばならないと考えている。突出を削った分、そのエネルギーを創造思
35
考の連続創推体の実務でのデザインに向ければいいわけで、関係者の共通の目的は「価
値の豊かな創造」にあることを等位に分けあうことが肝要と考える。
論点を戻して、こうした困難な局面に遭遇した際、これを集団の叡智を集約させて乗り
切るには、クライアントと専門家チームとの一段と深い対話の中で、改めて「直観と集
成」「類推と連鎖」「創発と統合」の知の3大認識領域間での当面する数多の思考テー
マ要素を「数」による相関度合いの均衡点を探索する方法がある。これについては、む
しろ本論の後ろの章で取り扱うべき考察であるので、この方法の存在のみをここでは記
すことに留める。いずれにせよ、3大領域が重なる絶対領域での当該プロジェクトの「か
たちのいのち」を冷静に見極める姿勢が求められる。
この創推段階での対話は誠に激しく多彩である。「かたちのいのち」にいたるプロセス
は、有形化思考を駆使して建築家、プログラマーをはじめとする複数の専門家によるク
ライアントとの「図像をもとにした対話と葛藤」にもとづくダイナミックなプロセスを
経て「かたちへの統合イメージ」としてこの世に現出されることとなるからである。た
だ、時としてこの間には、事業クライアント側の「所期目的とのレビューによるダメ出
し」もあり、さらに専門家自身の技術上の論理構築鍛錬の意味と新たな価値像への創造
的破壊(創発)も組織的に繰り返される。またサスティナブルテーマである時間変移へ
の対応の仕組みなどもここに組み込まれて 3~4次元加工され、いわゆる基本骨格の概
要をまとめた基本設計書と完成予想図としてクライアントに示される。この「なる」「ゆ
らぎ」「いる」「具体イメージ」へと至る過程では、建築家のみの関わりがこれまで主
として体系化されて来たが、現実の実務のプロセスでは、その間での事業クライアント
の発想・ことば・ダメ出し・予算条件、異分野専門家の価値高揚作業、ステークホルダ
ーの声等々を複数の専門家がヒヤリングし解決の創発を何度も発揮するなど、誠に熱い
相関が繰り返される。Best-Answer ではなく Better-Answer の視点から初期の設計要素
が削られるという不本意なかたちに至ることもここではしばしば見られるが、「絶対領
域」のテーマを弱める創発は可能な限り避ける申し合わせがチーム内では必要である。
このように現実の実務では、程度の差こそあれ、複数の Professional の糸(意図)が、
最終成果物の質を決定づける---比喩的表現がら----太い撚り糸状に織り込まれ、空間とし
て統合されて、最終的には建築作品となり、価値ある社会財となって世に送り出されて
いくのである。プロジェクト発進当初は、1 ないし2のこの主体が、その思考の進捗と
共に途中で参加主体が増えてやがて10(Ten-Vector)の多重の拠り糸状に絡み合うこ
ととなるが、そうした多主体を迎い入れて、より巾ある価値を集約し創造していく類推
プロセスこそ、「統合化思考」の核心をなす思考の道筋なのである。建築に求められる
機能の多元性と発注体系の多層性と多彩性が増大する今日の知的生産社会においては、
建築界においても、建築設計の思考に対する多元的視座にもとづく、多層・等位参加型
のいわばデモクラティックな設計の思考基盤にもとづく論路構築の社会知財化が強く求
36
められる所以もここにある。
基本的な思考の「属性」モデルは「創発」と「統合」であり、これに社会的な生産の
次元での「つくる営み」と経済的な投資効果と効率性概念とがこれに重なっていく。ま
た「かたち」の均衡ある美しさとバランス秩序、技術的合理性と先端性、社会的な仕組
みへの整合性などが、この段階での創発から統合への道筋での領域相関の狙いである。
ここで、これらが創発から統合への道筋の中で数多の思考の往復運動により高められ、
領域相関の重なり部分での価値像の同意性が高まり、「有形化思考」における「求心・
遠心運動」を散々経て「かたちのいのち」に至る、という大きなプロセスイメージが浮
き彫りになる。以上が、一般的な設計ケースにおける「設計のいとなみ」での段階的な
思考の変容の様子と多主体の関わりの概要である。
37
1-4
創造のいとなみにおける「知の枠組み」のイメージ
・・・・・・内省的思考を基盤とする構図の仮説
これまでの考察を経て、「設計といういとなみ」の全体像の考察と、創造思考
における設計プロセスの概要について、M・フーコーの識見から発展させた考
えと、吉阪隆正の理論をさらに発展させた考えとから、創造思考の道筋の全体
像イメージがおぼろげながら浮き彫りにされて来たのではないかと考える。次に、
ここでは仮説のまとめとしてその全体像を構成する要素テーマを改めて抽出した
上で、この段階での仮説的なまとめとして、設計での創造のいとなみにおける「知
の枠組み」の全体像を、カオスから統合へ向けての体系化を目指す目標イメージ
として示すこととした。先ずは「個」の次元における内省領域の思考の構図につ
いて考察する。
1)
「個」の次元での創造思考の構図のイメージ
次ページの3連の図は、すでに前章で示した図であるが、改めて設計の営みにお
ける知の認識相関の創造思考におけるダイナミックな発展を示す図として記す。
これらの3つのヴェン図の円形集合枠で示す枠の色の内、橙橙色の「ことば・ひ
らめく・つたえる」で示す領域は、人間の精神領域の「こころ」「発意」
の属
性テーマの集合域を示し、紫色の「いのち・いきる・かんがえる」の領域は「こ
と」「作用」のそれを、そして「いとなみ・つくる・まとめる」領域は、「もの」
「所産」のそれを各々標榜させた図である。また、これら3連図は、創造思考の
変移の内、上の図が「通常の認識レベル」を示し、中の図は「創造思考の初期領
域相関志向レベル」、下の図は「創造思考の成熟レベル」を概念的に示している。
また、下の図での中央部の黄色の領域は、概念的に「建築に結実させる根本テー
マの目標(かたちのいのち)」の存在を示し、本論考ではこの領域を「絶対領域」
と表現することとした。さらに、3領域が初期的には全く別個の離れた位置に存
在している状態(上の図と中の図の状態)から3領域を重ね合わせてその絶対領
域に至らしめる、言わば領域相関を強く推し進める「働きの力(ベクトル)」の
38
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図-1-4-(1)
「個」の次元における創造思考の変容イメージの3連図
39
存在も示し、これが後述する「求心力・遠心力の理(コトワリ)」の考察へと発展す
る。この相関図については、本論でのこれ以降の考察の重要な下地となる基本認
識図である。「直観」から「類推」「創発」そして「集成」「連鎖」「葛藤」そ
して「統合」に至る道筋を、反時計まわりの回転運動で「知の段階的認識」と動
的な「領域相関」とを経て螺旋状に志向を凝縮させていくその思考運動の言わば
「平断面」を示していると捉えている。実際の実務では、この平断面の思考の場
が積層し「集団思考レベルの時間変移軸」で束ね連ねる時間の動きが、言わばこ
の平断面の構図が立体的にかつ螺旋状に積み重なっていくというダイナミックな
様相を呈するものである。この点の詳細は後述する。
さて、この「時間」の概念のこともあり、ここでいまひとつ、設計という営みが
「多主体」の様々な創意工夫によって推し進められ、その運動が設計の各段階で
のミッションテーマと与条件追加等によりダイナミックな「ゆるやかに一つの太
い拠り糸」としての統合化状態にいたることをめざして展開していく、というそ
の概念レベルでの変容の構図として図-1-4-(2)をここで描くこととした。
図-1-4-(2) 設計という営みが、時間の変移とともに価値像を変容させ、人間系と自然系と知の系(デ
ザイン系)により螺旋統合的に価値を高揚させて、一つの「かたち」として止揚させていくプロセスのイ
メージを仮説的に示す。このイメージには、帰納法でもあり演繹法でもある、創造固有の第三の道筋があ
るのではないか・・・という自問が根本にある。
40
これは、いわば、人間系(こころ)と自然系(もの)と知の系(こと)を総括的
に融合させることを目指した「持続性ある社会環境づくりへ向けての社会的な知
の枠組みの原イメージ」ともいえる。それが、前ページの図(図-1-4-(2))であ
る。これは、この時点での仮説的な概念図として示しており、「こころ・もの・
こと・ものがたり----私の視座」として2010年2月に神戸大学での講演の際に
示した概念図である。
この図では、統合化思考における重要な役割を果たす「創発的類推」思考を、帰
納法でもなく演繹法でもない独特の思考のモデルとしてこれを後述では「創推」
と仮称しその思考統合イメージを、後述での考察の伏線図として描いた。
また、「人間系」のいとなみと「自然系」のいとなみを、人間の知的発想による
独特の系統外思考により各進捗段階で属性テーマの好ましい均衡となるように創
造的破壊での葛藤を超えて新たな価値を形象化していくイメージをあわせて示し
てもいる。ここまでに示した「個」のレベルでの創造思考の構図の変容イメージ
と集団思考の思考レベルの時間積層による発展イメージとの二つの概念的ダイア
グラムを重要な思考基盤として本論考での考察を進めることとする。
2)「思考の流れイメージ」としての「知の枠組み」の全体像の比喩
さて、創造思考の「知の枠組み」にイメージを醸成していく下地として、ここで
これを「思考の流れイメージ」として少し柔らかな比喩での解説を加えることとする。
それはこれまで記述した「直観」「集成」から「類推」「連鎖」そして「創発」「統
合」という思考モデルの概念が、それぞれに独立(孤立)していて連鎖性に弱く何ら滑
らかな思考の流れを感じさせないのではないかと懸念したからである。
本論考で探究しているのは、あくまで生きた人間学の視座での生々しい創造の思考の
「モデル」と道筋にもとづく、多分野横断的な包括的な視座での「実践的設計方法論」
を示すことにあるのは今さら言うまでもないこと。
そこで、筆者自身も含めて、創造思考の流れのイメージをほぐす意味で、「思考の流
れ」を山のふもとから大海に流れ着くまでの「水の流れ」に例えて、イメージを整理
することとした。
以下の表現はあくまで理解を深めるための「比喩」である。
創造思考の端緒となる「直観」は「閃き」であり創造の泉から湧き出ずる真水である。
つまり「直観」は「泉 Fountain」と例えられる。さて、その泉に洋洋と蓄えられ
た知見の「湖」なり「池」が「集成」である。そしてそこから湧き出て谷筋なり
里山間を流れ出でていくわけであるが、途中に様々なシークエンスに遭遇する。
それが「地下水脈」であったり「枯山水」であったり「沼」であったり「沢」で
41
あったりで、水の様態は様々な姿を呈することに尽きない。この数多な様態変換
を追うことが「類推」である。そして、その川の流れは、谷筋から平野部へと出
てくると左右からの川と合流したり、砂防ダム・里山・道路・橋・平野部・住宅
街等々を介しての人間社会との接点を増やしていく。これが「連鎖」である。そ
して、流れの途中では液体であった水が蒸発して気体になり大気に戻ることもあ
れば、時には台風下の豪雨に遭遇して堤防が決壊したり土砂崩れを引き起こした
りで、自然界と人間界と一見調和していたかのように見えた関係を時には大きく
切り崩し破壊し、人間界の叡智を鍛える。これが「創発」である。
最後に、川下に至り広々とした三角州の土壌を形成し新たな生活空間の基盤を提
供しつつ、広々とした大海にそれらの水は呑み込まれていく。これが人間界と自
然界との融合の様態としての「統合」であり「大地への礼賛」であり「詩的統一
の息吹」である。この中で絶えず「水の流れ」との接点を継続する自然界の部位
があり、それは「汀(水際)」であって、水と大地との「相関」が、これらの数
多の様態に関わっていることを知る。大気と海水の関係から、魚群と木々の繁茂、
森林放置と土砂災害、緑葉と川魚生態、水と発電、森林と伏流水、治山と治水、
砂防ダムと自然生態系破壊、舗装比率と水収支、ヒートアイランド現象と暴力的
豪雨、森林川面の潤いと人々の表情等々、ここでは環境アセスの考察ではないが、
水と大地と大気との相関の中での人間社会が抱える「不具合に関するだけでの思
考テーマの様相」であっても無限に存在することを、本論考での「創造思考の流
れ」の考察での基本認識としている。数多の領域との相関が、これらの人間界と
自然界とが触れあう部位において絶え間なく古代からいとなまれている「価値創
造」プリンシプルの存在を暗示しているともとらえることが出来る。この点は、
本論考の次章以降の考察への系統外思考を含めての推敲を導くことともなった。
3)思考モデルを支える7つの開放系 System
さて、以上が創造思考における「知の枠組み」における思考の構図の全体像他に
ついての概括的な考察である。
これらは本論考のバックボーンなりテンプレートを成すものであるが、ここでさ
らに、これらに論理的な論拠で支える必要もあることから、その論拠について、
本項では7つの開放系 SYSTEM とともに、次項に3つの基本思考モデルイメージ
の概要をここで記しておくこととした。なお、ここで記す「開放系」とは異分野
と多分野との関係性の構築を志向する概念を標榜している語として考えており、
「持続性」の確保へ向けての根本テーマ概念と捉えた。7つを以下に列挙する。
42
①
Open-System
大自然のあらゆる森羅万象を秩序付けている根本体系である。その根源には「数
(自然界の営みの変移の様相概念という基本定義の他、自然数、有理数、実数、
無理数、虚数等々の概念の総称)」が潜む。狭義には、複数の専門技術領域
Professional 間の知見開放を促す基本的姿勢を標榜する。不連続の異分野専門領
域間の開放的(統一的)知見交流こそが、次代の知の体系を導く、とする考え。
専門家だけでなく非専門家の見識との「参加」概念も視野に入れており、これを
「設計」分野に敷衍すると、「設計とは個別専門性が全体する総合的営為である」
との開放系思考を生み出す。
②
Open-Source と同義。
Field-Theory
部分知に対する「全体知」の概念であり、かつそれぞれの関係性を考察する論理
基盤である。「場」の理論。西欧の近代以前の「中心志向」から多焦点志向への
シフトに伴い、意義が重く位置づけられてきた「関係性の全体概念」。位相空間
(トポロギー)とほぼ同義である。人間環境の全体像を支える専門的知見と包括
的秩序概念との融合を導く「多主体」を軸にする考え。東洋と西欧との融合概念
でもある。南方熊楠の南方曼荼羅に示される宇宙観、菌類図譜に通じる菌類(土
の下)の連鎖網と森の全体像(地表面の自然界)との相関性の概念。
③
Building
Information
Modelings
vs
in & external
Integrated
Practice
BIMは、これまでの職能分化に伴う建築・設備・構造・環境等の技術知見を、
「床・壁・天井・梁・柱等々」の基本的な構成概念をマトリクスにした、全く新
しい建築総合情報の構築基盤であり、「業務プロセス・建築設計業務経営・新デ
ザイン」等の視座から、設計のいとなみのパラダイムシフトを目指す総合ワーク
フロー体系である。本論考では、この体系については「新たなワークフロー・ツ
ール体系」として重視し今後の重要な新たな秩序体系とは見るものの、創造思考
の構図がこのワークフローに偏ると、人間が本来備えている「内省的な思考と外
脳化された手と眼による創造のいとなみ」の退化を招きかねないため、ここでは
この短所の意欲的な克服を目指すことを考察の主軸に据えている。つまり BIM と
internal&external
IP との両輪論の視座に絶えず立つことに心している。この
点については、本論文の冒頭の「研究の目的」のところでも記した。
④
Ten-Vector
43
本論考で扱う、設計の営みにおける様々な局面に参画する多主体の Professional
の具体内容である。前章の「多主体の実像」に詳述した。なお、本論考では象徴
的に10主体を取り扱う。建築家・エンジニアー、環境デザイナー・サイエンテ
ィスト、都市計画家・プログラマー、事業クライアント・ステークホルダー、公
共自治体・地域住民等々、それぞれには固有の創発志向の行動特性があり、これ
を等位で扱う考えにもとづく。
⑤
Marginal-Design
人間環境を大きく構成する要素を「人間系」と「自然系」とさらにこれらとの健
全な融合を営む「知の系(設計)」の 3 つに大別し、これらの総合的な領域相関
の意義を伝え、これを推進させる論理基盤である。要素の分布と相互関係の動き
を、集合・補集合のヴェン図での円内の中心分布と辺縁 Margin 分布の離合集散
の「領域相関」の動きで捉える考え。現代の最先端技術を無限の領域相関の視座
から再編する、創造思考技術の最新概念でもある。(注17)
⑥
Sustainable-System
人間系と自然系との融合を「時空」概念で全体把握する考え。無論、その基盤に
は「いとなみの変移の様相」としての「数」の概念が根底に存在する。そもそも
設計する営みには、本質的には「時空の変移」への対応を組み込む「時を設計す
る」という持続的連鎖の考えがその営みの太い芯を成しているとする考えを基盤
としている。省資源・パッシブソーラー・低炭素化・CO2 削減等々の時間変移、
つまり「数」概念を包括した技術的な環境把握の知の体系ともいえる。
⑦
Graphic-Thinking
図解思考システムを指し、「概念的な場のイメージ」を図像化して全体像を絶え
ず示し、思考の揺らぎを引き起こし、また収斂に向かわせる切っ掛けを示す造形
化思考法。部分知から全体知へ連続的に変移していく4つの思考推移フェーズで
の関係諸概念を、思考の5つの型としてのツリー・マトリックス・サテライト・
サイクルそしてスパイラル型に分類し、外脳化(外に出た脳)としての「目と手」
の働きによる有形化思考を通じて全体像把握を一つの「図」の世界にまとめて動
機的に深化させる、有形化思考の「軸」となる考え。専門界から一般普遍界へと
理解を広める手立てとなる実務的ツール。イメージをダイアグラム化することが
主目的である。(注18)
さらに、これらの思考ベースのフレームを基盤として、その上に「こころ」の発露と
しての「ことば」に端を発して「もの」から「かたちのいのち」そして「かたち」に
44
止揚・統合していく 3 つの基本思考モデルの論理的格子を順次当てはめていく。
4)3つの思考モデルイメージ----統合的創造思考のイメージへ向けて
創造の営みにおける「知の枠組み」は内省的な深い思考が基盤になるが、これは「個」
と「集団」との両レベルでの活発な対話と激しいディベートを経ての動的な思索が必須
である。ここで序論での考察のまとめとして、思考モデルイメージを以下の3モデルイ
メージに仮説的に示すこととした。次章以降の考察は、これらをもとに実務での思考の
軌跡と実像の中にそれらの実体像を掴み取り、これをまとめて、より実践的な設計に対
処できる知見として示すことを目指した。以下に3つのモデルイメージを列挙する。
①
Spirit-Physical-Interaction
Thinking・・・・・内省的思考モデルイメージ
前項での「設計のいとなみにおける知の認識領域の相関図」で示した「知の三面
角運動」を核心にもつ人間の内省的な領域での思考モデル。創造思考における「網
状思考モデル」とも言える。思考プロセスの中で「こころ」「もの」領域の様々
な要素テーマの相関を「数の求心性」とともに、3 つの領域相関の収斂を導いてい
く有形化思考の基盤思考モデルでもある。複数の領域における数多の思考テーマ
要素を相関させこれを「網状モデル」に分類して視覚化する手法。この手法は、
Social-Technological-Scientific な社会科学的な視座にも立っている。これら知の
3つの認識領域は大きくはいわば三面角運動を成していて、初期的には「言語」
生命」「労働」の3大認識領域の個々に離れている状態を、3大認識領域内の対
概念である「直観」「集成」「類推」「連鎖」「創発」「統合」等をたどる思考
運動が、3つの領域相関の「絶対領域」に向かって求心的に、言わば脳内活動の
シナプスの連鎖運動のように収斂していくというその運動の根源となる基盤モデ
ル。創造思考に着手する初期段階から空間の統合に至る最終統合段階までの時間
軸を、単位時間で「場」と「数」をカットした平断面状の思考の構図を現わす。
これの時間軸上の連鎖で、大きな太い拠り糸状に織り上げた視座での全体的な道
筋が次の統合化思考である。
②
Spiral-Integration
Thinking・・・・・・統合化思考モデルイメージ
複数の領域間同士での相関運動を、現実の集団的な創作スキームに当てはめられ
るように時空展開させて、設計の営みのフルサイクルでの思考モデルを統合させ
る考えである。前項の最後に示した「創推」のダイナミックなダイヤグラムを基
軸イメージとする思考モデルである。「場」の時間変移(数)にもとづく螺旋的
な統合の道筋を示した概念である。上述した思考の積層の場を時間軸上に連鎖さ
45
せて大きな拠り糸状に織り上げたイメージで創造思考の型の全体像を示した概念。
M・フーコーの分類による知の認識領域の3大領域の中の3つの対概念を念頭
に置いて、創造思考の型をさらに深く希求するために、ウリツヴィッキーの創造
空間の考察における「介入・集成・連携・想像・総合」という5次元の思考プロ
セスの分類概念を参考にして、建築設計の創造思考の領域のベースに当てはめて
捉えた動的な視座での実践的思考法の全体像。即ち、多主体の時間軸上での段階
的な参加を念頭に置いて、知の認識領域の相関図で示す「絶対領域(場)」への
求心的思考運動を単位時間の軌跡ではなく、初期思考段階から発展思考段階、さ
らには統合思考段階へと時間変移が続く中で、多主体の Professional の参加を得
て内省的思考の「連鎖」と「創発」の巾を拡大しつつ、高次元の価値あるレベル
へと上昇させていく、というダイナミックな思考を推しめる「理(コトワリ)」に「数」
の理などを視野に入れた考え。
「ことば(直観・集成)」「外脳化(目と手に
よる類推・連携)」「空間化(想像・統合)」の通電運動により促進させそれら
の相関の内容を全体像化していき、究極的に価値ある「かたち」を導き統合させ
る造形化手法が内省的思考に加わりかつ多主体の参入により価値づくりの母体
が太く広く成長しつつ、価値づくりの動的均衡状態と空間の統合状態にまで至ら
しめる軌跡を主導する思考モデル。ダイナミックに「かたち」に至らしめる「総
合知」の統合手法である。本論ではこれを「創発的類推統合----創推」と称する。
③
Dynamic-Plasticity
Thinking・・・・・・有形化思考モデルイメージ
以上の2つの思考モデルイメージは、いわゆる「系統的思考」の範疇に入るモデ
ルであり基盤的なモデルである。この系統的思考には造形的な思惟も当然ながら
含まれる。
ただ、実務での創造のいとなみは、たびたび創造的破壊の指摘と激しいディベー
トでの「論理と造形」の見直しに直面するものであり、直線的かつ網羅的志向と
は別の系の重い思考ベクトルが同期的に絡んでくる。系統的思考での「直観・集
成、類推連鎖、創発・統合」と同様の創造思考のプロセスを踏むものの、より具
体的な価値像の形象化を熱く求める思考ベクトルを伴い、本論考ではこれを先ず
は思考エンジンの働きを成す系統外思考として位置づけ、これを「無から有形を
生み出す熱い思考モデル」として「有形化思考モデルイメージ」として概念を捉
えた。この思考モデルには「ことば(直観・集成)」と、外脳化した「目と手」
による「外脳化(類推・連鎖)」と、数多の空間軸の造形テーマを統合する「空
間化(想像・統合)」との3つの思考推進概念で構成されると考えた。長年の想
念を「思いのかたち」としてのことばに変換する内省的思考から、そのことばを
「考えのかたち」としての概念に変換していく知的営み、かたちを「物性と精神
46
性」とが融合した「もの」に価値変換していく知的手作業、そしてその「もの」
を秩序ある価値豊かなフィジカルな社会財に止揚させていく創造思考等々までの
全てのプロセスにおける営みを、熱く動的で有機生物的な包括ベクトルを有する
思考モデルとして位置づけた。
以上の3つの思考モデルイメージにもとづき「こころ、こと、もの」の領域相関
による「新たな価値像」を標榜する「ち」から「かたち」へと止揚していくその
創造の道筋の全体像イメージを、序論のまとめとして可視化したものを次ページ
に示す。
このダイアグラムは知の三大認識領域の相関の意義を理解している多主体の
Professional が円環的な等位の立場を念頭に置いて「新たな価値像」の創出へ向け
て、Professional の「個」が相互に、その事業での価値づくりの理念(かたちのい
のち)を共有して、「個」としての想念と情念を錬成しつつ「集団」としての全
体意思を収斂させ、創造思考の経緯における様々な事態変容と価値高揚の「ゆら
ぎ」の局面を克服した上で多元的な価値観に根差した「かたち」へと止揚してい
く、実践的な設計プロセスの概念イメージを表現させたものである。
「直観、ひらめき」あるいは「こころ、こと」などが情緒的・非科学的世界の概
念であるとして工学技術的な体系での思考領域に包含されなかった軌跡は遠い過
去の時代のことではある。しかし、実務における目の前のプロジェクトに取り組
む局面に我が身を据えて、発想から企画・設計そして建築生産・工事施工、完成
後の運用等を通観しても、その一環的取り組みが自分自身にも十分に果たされて
いないのではないかという自問にしばしば取りつかれることがあった。実務の中
における「多主体」の視座の必要に心を動かされた局面は多々あったが、これを
発想から設計・工事までの全プロセスの中での創造思考の構図にしっかりと位置
づけた概念図をこれまで目にすることがなかったと感じている。序論では、そう
した自問から発して、M・フーコーと吉阪隆正の貴重な識見に導かれ、これを概
念的に体系化するイメージとしてこれを仮説のかたちでまとめることに意を注い
だつもりである。なお、この仮説のかたちの中には、後述の論考への重要な伏線
として、3 つの思考モデルの働きイメージとともに、多主体による基盤的思考の「円
環連鎖」の輪と、ゆらぎ等の有形化思考の系統外の輪との「2 つの輪」の運動イメ
ージを読み取ることが出来ることも、ここであわせて記しておく。
この序論の最後に、これのイメージ図を示すこととし、次章以降の「検証」と「方
法論化」へ向けての論理構築へと発展させていくこととした。
47
図-1-4-(3) 多主体による集団創作の創造思考モデルの統合プロセスイメージを仮説的にかつ概念
的に示す図。「系統的思考」の構図と「系統外(ゆらぎ)思考」の構図とが、時間変移軸に沿うように
ダイナミックに関わり、全体意思として太い撚り糸状に収斂していくイメージを示す。こうした動的な
変移発展図が多主体の意識の中に刷り込まれていくとM・フーコーが唱える「パノプティコン」効果が
現れる、と捉えている。
48
2.本
論
:実践から見た創造思考の構図の検証
序論において、創造思考における「知の認識領域」とその領域相関のイメージ、およ
び、創造思考における統合プロセスイメージなどを仮説的に示し、本論でのこれにつ
いての検証と考察を加えるにあたっての基本的な視座もあわせて示した。これらは、
本論での設計のいとなみにおける創造思考の思考プロセスの構図を探究する上での基
盤となる論考である。
さて、本論文の主軸となる本論では、これまで筆者が取り組んできた数多の設計実績
の中から比較的、設計の創造的な思考プロセスが明瞭なプロジェクトを選び、それら
個々のプロジェクトにおける 3 つの「知の認識領域」の創造思考テーマの集合と相関
の実像をはじめ、3 領域が重なる集合ゾーンにある「絶対領域・・・・かたちのいのち」
の存在とこれが長年にわたり新たな価値づくりを推し進めたその持続性の検証等を含
めて、序論で概括的に示した「統合的プロセスイメージ」にもとづいて、机上の推敲
にとどまることなく実務にもとづく本格的な検証とその構図の探究に取り組むことと
した。これに際しては、本論考の探究テーマに実務のリアリティを組み入れて、「ヒ
ト」という霊長特有の創造のいとなみの尊厳さを付与する認識を絶えず持ち続けるこ
ととしたことも付言しておく。また、「創造」という尊いいとなみが建築家のみの専
権概念ではなく専門家の視点と非専門者の視点とを同じ認識平面上に据えて、このレ
ビューでは実務における創造思考のダイナミックな動的相関の実像に迫り、「創造と
いういとなみ」が万民に生来与えられた基本的資質でもあることについても、設計の
現場からの報告としてとともに可能な限り記すことに努めた。
本章は 3 つの項から成る。最初の項では、5 つのプロジェクトの創造プロセスについ
て、設計当座での創造検討の進捗段階にほぼあわせて、各段階で Big
Word となって
いた課題とその取り組みの「知の枠組み」の軌跡を、前章で記した創造思考の属性概
念である「直観・集成、類推・連鎖、創発・統合」を道しるべとして可能な限りナマ
の実像を当時のスケッチの Rewrite と写真とともに記し、前章での統合的プロセスの
アウトラインと重ね合わせて、それらのリアリティの概念的検証に務めた。次の項で
は、これら個々のプロジェクトの軌跡における「こころ、こと、もの」の領域相関の
実像とともに「多主体」の関わりの実体等において特筆すべき点について考察を詳述
した。そして最後の項では、これらの実務でのエビデンスにもとづいて、設計という
いとなみにおける創造思考の構図での基本的思考要素モデルとして 3 モデルを取り上
げ、統合的設計プロセスの骨格を明らかにしていった。以上の概要プロセスを踏む。
49
2-1
「知の枠組み」における創造思考の実像と実務の軌跡についての考察
本項では、実務での事例として 5 つの実際の実務での設計実績の軌跡を取り上げる。
全て、竣工後20年~30年以上の社会的運用を経た建築であり、また向後、さらに
40~50年以上は運用し続けるであろう社会的資産として選定した。これらを取り
上げた趣旨は、あくまで竣工完成時での一過性評価ではなく、「時と共に価値を豊か
にしていく建築であるべし」という設計信条を検証する意図と共に、20年~30年
の時間(いとなみの数)の積層を経て地域社会の仕組みの中に根付き、建築として本
来備えるべき社会性が確実に定着しているという「持続性の証し」こそが、本論にお
ける創造思考モデルの探究の大きなバックグラウンドになっているという趣旨とにも
よる。
さらにここで本論考の結論と強く関連するが、以下の探究の作業は、設計段階の当座
において、プロジェクト関係者全員の「集団創作」における「内省的統一
Internal-Unity」を果たし、それが「時間」という「いとなみの数」という概念の積
み重ねで価値像が豊かに変容していき、それが社会性の定着に伴う持続性の維持に大
きく作用しているのではないか、という基本的な設問とその発展的推敲にもとづく「統
合的な設計プロセスの仮説イメージ」に対する、その検証作業でもある。「集団創作」
つまり「多主体」での創造のいとなみ、「内省的統一」つまり「こころ、こと、もの」
の知の認識領域での様々な葛藤を経ての創造のいとなみの概念を指している。
また、これらの課題について、現時点(2011 年)を起点にして、約 30 年前の設計時
点での事業クライアント、専門家とのやり取りから、その後の工事段階さらには運用
段階を経て今日に至り、さらに向後、40 年~50 年の視野に立つという遠大な視座の
中で、多主体の創造思考モデルとその持続性の要因そしてそれらの統合的な価値づく
りの構図等について、その実務軌跡に沿って考察するのである。この意味では、この
「時間」概念の視座について本論考は「持続性」の時代テーマへの取り組みにおいて
も、特徴的な着眼点に立っていると考えている。
50
2-1-1
ひろしま美術館
写真-1
1)
ひろしま美術館
作品-1
中庭から主展示棟を望む
はじめにことばがあった
今世紀中は草木一本すら芽が出ることがないであろう・・・・というほどに街そのものが
徹底的に灰燼と化した被爆の街が、戦後輝かしい復興を成し得たのは、この地域社会
での様々な立場の人たちの筆舌に尽くしがたい復興努力の賜と言える。この努力の底
にあったのは、間違いなく「生と死」の境からの脱出であり、「生きる気概」の生々
しい発露と発揮とを地域社会全体で取り組み、血のにじむ凄まじい努力の末に手にし
た所産がこの「復興」事業であった。
一発の爆弾で数十万人の人々を生と死の極点に陥れ戦後半世紀以上も経た今日でも後
遺症に苛まれ続けているという、この地域社会で「生き続ける」という命題の重さを
負われて来られた人々の生の軌跡を振り返る時、M・フーコーの「ことばともの」が
語る経験的人間学の意義の重さを痛感させるものであった。その都度、人間として改
めて認識を深めねばならない根源的な使命をも感じさせる。「ことば」が湛える「意
味作用」とその認識の一種の体系化から始まり、その「意味」に潜む「生き続ける」
ための生体機能とその限界を示す「規範」との相関、そして生存を温かく包む人々相
互の愛の中での人々の「葛藤」と労働の生々しい営み、というフーコーの指摘する「認
51
識の 3 領域」の相関の、熱くも逞しい軌跡の実像をこの美術館の創造プロセスととも
に地域社会全体から感じ取ることが出来る。
この美術館は、原爆により被災した人々の鎮魂の施設であることに創設の原点があっ
た。創設者の「愛とやすらぎのために」という言葉には、鎮魂への万感の思いと恒久
平和への願いが込められている。人々相互の愛と、心の安らぎの尊さへの深い思惟が
創設者のつぶやきを経て、この美術館の隅々までその息吹が染み込んでいる。
このプロジェクトは何よりもこの「ことば」から発意された。そこには「生と死」を
直視する鋭い眼差しと共に、生きる気概を温かく支援し鼓舞する慈愛深い心とが一つ
の大きな包括的なロマンとなって吐露されている。その哲学とは「芸術が人々のここ
ろに問いかける”生命のたぎり”を通じての心の安らぎと人間相互の愛の永続性」で
ある。その思いがこの「愛とやすらぎのために」ということばに凝縮されている。こ
のプロジェクトは「はじめにことばがあった」という原点を大切にしたロマン溢れる
事業であった。
2)
鎮魂の館と美の殿堂の原イメージへの「創発」
この美術館創設プロジェクトは、長年、広島市域の地域社会の発展と支援・育成に深
くかかわってこられた広島銀行の井藤勲雄頭取(当時)が、戦後永く温められてこら
れた構想により着手され進められた。設計の打ち合わせは、その発意された創設者と
の直接対話の形式で進められ、産官学界の熱い支援のもとに地域挙げての一大地域社
会事業として取り組まれた。設計に着手する前の企画段階では、創設者の「最初のこ
とば」に込められた「直観」と数多の思いの「集成」にもとづく意図の確認作業から
始められた。その段階ですでに国内は勿論、世界各国の主だった美術館を視察されて
おられていた創設者が吐露された「ことば」は、かなり具体性を伴なった内容であっ
た。それは例えば「ドームのある美術館としたい」「円形の展示室平面が良い」「自
然光がいい」というものであった。
設計企画を具体化していくには、こうした「直観」の数々の中の「瑞々しい生きた空
間イメージ」につながる発想のことばを、類似のかたちからイメージを膨らませてい
く「類推」作業が必須である。とりわけ、クライアントと心の深奥部まで交歓し得て
いない初期段階での対話には、「ことば」に対する細心の注意と共に、専門家と非専
門者と間の壁を取り除く上で、第一義は文字ことばを通じての信任を得ることであっ
た。そのためにはスケッチと模型とによる「図象ことば」の働きは大きいものであっ
た。近年ではCADによるリアルな動画まで動員されるこの初期的な対話の場面であ
るが、当時は、クライアントの目の前でフリーハンドで描くスケッチを通じての対話
が主であった。これは今日でもこうしたその場でのクイックなやり取りこそが対話の
52
原型であると、非専門者からしばしば指摘されるところである。
それはともかく、この施設の発想の原点が「生(セイ)」を直視することから生まれる「安
らぎ」と人間相互の愛への深耕であることから、企画スケッチを進める上では「大地
の安らぎと人間の存在の尊厳」をどうしてもそのテーマに据えなければならないとい
う使命観に似た動機があった。手始めに、施設の大半を公園の中に静かに埋めて、「人
間の生」の象徴である「ドーム空間」のみを公園の緑の中に据える考え(図-2-1-(1))
から対話が進められた。企画案の中には、公園の中に彫塑的にそびえるビルディング
タイプの考えも提示したが、「安らぎ」を表出し得ないものとして否定された。
図-2-1-(1)
ひろしま美術館の基本計画スケッチの経緯資料(地下全面埋設案)。この案
は採用されなかったが、結果として、現在の美術館の付属棟の公園側地下に張り出している中
規模の企画展示ゾーンの計画として、その考えは継承された。
また、有力な企画案であったのは、円形ドーム天井を有する展示空間をドーナツ状に
大きな円形平面にまとめその中央部の中庭にドーム状の主展示室を据える、という空
間イメージであった。主展示室から付属のドーナツ状の展示室へは、中庭の青々とし
た芝生を目にしつつ観覧する、という平面シナリオは魅力的な企画案であった。この
案は関係者の強い同意の反応があったものの、この企画案では建物の全体スケールが
大きくなり過ぎて公園として残るスペースが少ないとして取り下げられたのである。
この美術館の本来の発意の原点が鎮魂の美の殿堂であることはすでに触れたが、「価
値の保管庫」としての展示収蔵機能と「現実の生活の中から今、美術を生み出す」と
53
いう価値創造機能との美術館の2つの本来機能を如何に両立させた上で、さらに特色
ある印象派主体の特化美術館としての位置づけを果たすかに、クライアントと設計者
との英知が結集された。この早い段階での英断は、後世、日本の三大印象派美術館と
しての地位を獲得することにつながる。この美術館での企画展機能をさらに充実すべ
しとする声がその後高まり、付属棟の地階に収められていた企画展示室を公園の地下
部分にさらに増築する事業へとその後発展を見たことは、如何にこの美術館への地域
社会の期待が大きいかを示す証しでもあった。この増築後、この美術館は「印象派絵
画の常設展示」と「大きな巡回企画展を受け入れられる中規模美術館」としての2つ
の特質を備える充実した芸術文化施設となり、地域社会におけるこころの安らぎの貴
重な場としての発展をその後も続けている。結果として、公園内の地上部に圧迫感を
与えることなく、床面積規模としては大きなボリュームながら地上部の建屋を公園内
施設としても適度なボリュームに抑えることで環境との調和を果たし得たことになっ
た。
3)
多くの Professional が自己イメージ創出に関わる
ここでこの美術館プロジェクトの創造プロセスにおいての特徴的な点に触れてお
くこととする。プロジェクト発意の創設者自身が、長年の美術の殿堂イメージを
温めて来られて、設計を始める段階ではそこで吐露される考えには、多くの「具
体性」を伴なっていたことはすでに触れた。ただ、この姿勢に心打たれた人たち
が、設計者は勿論、創設者を財界・官界から支える地域のパートナーの人たち、
さらには施工段階での専門技術者から職人に至り、また地域のこの街を愛する人
たち(Silent-People)までに至るまさに「多主体参加」のゆるやかな集団の構図
が現実に息づいていたことは誠に特徴的であった。勿論、それぞれの主体の立場
により、参加の様態は様々ではあり、その当座では特段の契約関係がクライアン
トとなされている間柄ではなかった。ただ、ほぼ共通していたのは、各々が「美
の殿堂」の完成についての「自己イメージ(自分の願い・祈り・イメージとして
はこのような美の殿堂でありたい、などという想念)」をそれなりに創出して胸
に抱きつつ自らの持ち場の作業に勤しんでいたことである。そこには独特の集団
創作のモデルが息づいていて、建築設計の創造思考のプロセスを改めて考察する
上でも、実は誠に示唆深い軌跡を遺していた。勿論、このプロジェクトそのもの
が「愛とやすらぎのために」という「被爆の鎮魂」と「恒久平和」という人類の
幸福という大きなテーマに対峙していたことは、その特別な背景として確かに挙
げられる。しかし、この美術館のケースでの結果としての「多主体の集団創作」
の構図での取り組みの軌跡は、他事例への応用という普遍的展開も充分にあり得
54
る大切な基本構図を示唆していた。当事者の設計者である筆者は、当時の様々な
立場で勤しむ関係者の体温を、設計の現場、クライアントとの対話の現場、そし
て工事に勤しむ所長をはじめ左官職人・石工職人他との対話の中から肌で感じ取
っていた。
4)
「自由な発想」の共通の下地
ここで多少余談になるが、この美術館創設の頃から収集されていた近代絵画の「ロ
マン派から印象派」の大切な動機になっていた「自由な発想の視座」と、我が国
の近代建築の戦前から戦後の発展期における建築デザインのパラダイムシフトの
軌跡とには共通点があると、前々から感じていたことについて触れておく。とり
わけ後者において、戦前は「歴史的復興様式」とこれへの「分離・独立の動き」
との葛藤であったものの、不幸にも軍部の台頭で不本意な方向性を余儀なくされ
る時期ではあった。しかし、そうした時期に蓄えられたエネルギーが戦後解き放
たれて、誠に素直で謙虚に建築のつくりに対する哲学が改めて編み出され、自由
闊達な発想での建築デザインが世に送り出されて来た時代を迎える。こうした歴
史的な軌跡は、近代絵画の印象派グループが登場して来たその時代思潮の構図と、
共通の認識基盤として通底するものがあるのではないかと、当時おぼろげながら
頭に描いていた。それが結局は、美術館のコンテンツがそのような「人々の新た
な営み」の歴史的エネルギーを湛えるものであるならば、これを包む器は、当然
のことながら、人々の「こころの安らぎ」の原点に、自由な発想で立ち戻らねば
ならない、という「創造の営み」に携わる者の使命観を顕在化させ、そのベクト
ルがこの美術館の創設者と設計者、そして多くの関係者の思いを束ねたように、
今振り返ると感じ取られる。とりわけ設計者に対して、「器とコンテンツ」の表
裏一体性とでも表現すべき取り組み姿勢が熱く求められることとなると、当時は
自らに強く課したことを記憶する。
5)
ダイナミックシンメトリーという「創発」
さて、当時の経緯に戻ると、数多の企画案での「直観」から「類推」へ、そして再び
「直観と集成」へ、という行き来を繰り返す中で、日本的な精神性の高い、こころを
落ち着かせる空間の一つである寺社の境内を包む「回廊空間」への類推が、クライア
ントと設計者との直接対話の中で重要な空間イメージとして浮かび上がってきた。こ
の言わばストイックな空間イメージは「鎮魂」の場にも通じ、「鎮魂---人々とのドー
ムでの対話」「回廊----大地が湛える生命との対話」というイメージ構図とともに、美
55
術作品への対面を前にしての精神を高揚させる至高空間の意味付けとも同調して、中
庭の中央に佇むシンプルな「ドームを備える主棟」とそれを「回廊」で包み込み回廊
とから成るシンプルな「つくり」の全体像を引き出した。矩形平面で構成する「鎮魂
と美の殿堂」の佇まいの原イメージが組みあがることとなる。その時点での平面は、
いわば全くの矩形の中庭空間と中央のシリンドリカルな主棟と付属棟との構成平面で
ある。
しかしここでさらに「揺らぎ」と新たな「創発」とが持ち込まれる。切っ掛けは、平
面が余りにも STATICS であったことから「静」というより「止」に近いイメージと
なることから一時的に設計検討は滞った。「静」も必要であるが「動あっての静」で
あってこそ「生命」が息づく。
この思考停滞を打ち破った発想がダイナミックシンメトリーという発想(図-2-1(2))である。具体的には主棟は円形平面そのままで、しかし回廊と付属棟は南北
軸線に沿って東西部分を3m相互にズラす、という「つくり」へのデザイン転換であ
る。このダイナミックシンメトリーという概念は、米国イェール大学教授のジェイ・
ハムビッジ氏が 1920 年に発表した識見で、自然界の比例関係には「動的均斉と静的
均斉」とがあり、珪藻・花弁・種子・結晶等は静的均斉から成っているのに対して、
貝殻・植物の葉序等は成長というダイナミズムを伴った動的均斉から成っているとし
た考えを言う。「ひろしま」の場合は、この識見の中の「動的発展形」を標榜する形
としての意味を「点対象形の円形」と「非対称形の 2 つの矩形のずらし形」との共在
のかたちで、この概念を採用した。これにより、正面エントランスの迎え庇のデザイ
ンが上品に納まり、美術鑑賞を終えた人たちが余韻に浸る喫茶室が中庭に突き出る 2
方窓の開放平面となり、中庭の植栽の樹種もこれにふさわしい木々を選択できる修景
デザインに発展し、北側の機械室のドライエリアの公園側への突出についても穏やか
なかたちで納めることにつながった。こうした「ゆらぎ」の素朴な発想は、竣工後 10
年、20 年後には大きな紅葉と灌木が繁茂する憩の中庭空間となって、芸術との触れ合
いに火照った体を癒す安らぎの場としても人々に提供してきたのである。このダイナ
ミックシンメトリーの発想が、実はこのプロジェクト担当者以外の人からの小さな指
摘から生まれた、いわゆるセレンディップの所産であったことは、すでに 30 年を経た
今日であるので、「ゆらぎ思考」の意義を考える意味でも明らかにしておく。このよ
うにして鎮魂と美の殿堂の原イメージは空間としての統合を見た。
56
-図-2-1-(2)
ダイナミックシンメトリー(右図)の発想-。左側の平面は、いわば、美術館とは
このようにあるべし、という「系統的思考」の所産の平面といえる。全体スキームが「静的」であり
「閉鎖系」である。例えば「人の動き」「視線の変化」「ナマの感情の受け入れ」などを
つながりにくい「かたち」を成している。一方、右の平面は、まさしく「ゆらぎ的思考」の
産物である。しかもこの発想は、当時の設計チーム以外の人からの指摘で生まれた。こ
の「ゆらぎ」による発想のジャンプは、実務ではしばしば体験する。であれば、当初よりこれを
惹 起 し や す い 思 考 の 統 合 的 な 道 筋 が あ る べ き で は な い か 、 と い う 視 座
が本論のコンテキストとなっている。
6)
主展示棟の円形平面の創発は「ゆらぎ」から
この美術館の数ある特徴の中で、大きな特徴は主展示棟がシンプルなシリンドリカル
ボリュームを成している点にも見受けられるが、これはマスボリュームデザインつま
り外形からの発想で導かれたのではなく、形而上の認識領域の「ドームイメージ」か
ら導かれたことと、さらに「美術作品への観覧動線の自由選択シナリオへのこだわり」
という特有の経験的ナレッジから生まれたことは、関係者でなければ知りえないこと
である。これは次のような軌跡を踏んだ。先ず、この円形平面は、シンボリックなテ
ーマ空間を「ドーム空間としたい」という創設者のことばからの発展である。我々設
計者は、未体験の空間イメージの場合は類似空間を頭に描いて、一旦我がものにした
うえでクライアントにイメージを伝えるものである。その際に我々の頭で描いた空間
は、ローマのパンテオンのあの頂部に青空が望める至高空間イメージであるが、中央
は円形であっても隣接する諸室は矩形の室であることが多い。このデザイン検討の直
57
接対話で創設者がこだわったのが、中央のホールの定位置から4つの展示室の代表絵
画が4つとも一目で見られるようにしてほしい、という独特の発想であった。つまり、
第一展示室は「ゴッホのドービニーの庭」を、第二展示室は「マチスのラ・フランス」
を、第三展示室は「ピカソの青の時代」を、第四展示室は「モネのセーヌ河の朝」を・・・・・
という具合に。これを実現するには各展示室の平面も中央のメインホールと同心円で
の曲面展示壁面とせねばならないことになる。
写真-2
主展示棟のメインホール内観、各展示室の代表絵画ここから見止めることができる
さらにこれを果たせば、展示室入口の大理石三方枠の額縁の奥の壁面にそれぞれの代
表絵画があたかも納まったかのようなシーンが出来あがる。そしてさらにその代表絵
画を目印にアプローチしてその展示室の入口に立つと、その位置から曲面展示壁面に
吊られている絵画との距離が同心円状の等距離で接することが出来る・・・・・という、未
だ未体験の空間イメージが組み上がる。しかしその具体化には頭が狂いそうになった
ことを記憶する。ただ、そうした鑑賞経験を果たせる美術館の展示空間は、求心的な
平面であることもあり、かなり魅力的な鑑賞空間ともなるとして我々設計者の心をと
らえた。あとは、一瀉千里に具体化へ向けての生みの苦しみを超えての「有形化思考」
を走り切ることであった。
この「曲面の展示壁面」については、別の効果が期待されていたことについてここで
触れておく。曲面とは言っても大きな凹面が目の前に広がっているわけではない。主
58
展示棟の直径が約40m弱であるから、r-2000程度の曲面ではある。ただ、その
壁面に掲げられている絵画を鑑賞する光景を頭に描くと、人間の両目の目の右端と左
端に広がる無意識の空間に、通常の直面の展示壁面との差異があるのである。左右の
人の動きとシルエットが、無意識の中の意識外(妙な表現であるが)におかれ得る。
これに類似する経験は、フランク・ロイド・ライトのグッケンハイム美術館で感じた
ことである。グッケンハイムでは、床面が右下がりにゆるく傾斜しているために、そ
ちらに神経の大半を奪われてしまう鑑賞し難さがあったが、こちらの美術館では、無
論フラットの上、カーペット敷きであり展示壁面際に奥行800mmほどの大理石の
ボーダー敷きを施しているので、絵画との適切な距離を保ちつつこれと落ち着いて対
話ができるようにしている。今一つの曲面の効果は、展示室入り口に立って、正面の
展示壁面全体の絵画が観覧者を包み込むように出迎えることである。この経験は、他
の美術館でもその時点では未体験のものではあった。
写真-3
展示室入り口からメインホールを望む。円形平面が備える中心性が観覧動
線の分かりやすさを提供し、ドーム周囲の円形の内回廊が「祈りの空間」を支えている。
ところで、「ゆらぎ思考」と「系統的思考」との汗まみれの創造葛藤に汗している中
で、ふっと我に帰ると、この建築空間を創出する主役は誰なのか、という設問に遭遇
59
することが幾度かあった。この設問を頭の隅に置きつつ、クライアントとの対話を深
めていくうちに、やがて筆者の胸の中には明瞭な解答が浮き上がって来た。それは、
クライアントは勿論として、このプロジェクトの関係者全員の胸に詠じ込まれた「永
遠の鎮魂と恒久平和の中で芸術との触れあいを熱く望む主体」である・・・・と。この「主
体」に、地域復興と鎮魂の思いを託する Silent-People が包含されていることは言う
までもない。そしてこの「解答」の背景に、この美術館の創設の魂と展示作品との長
年の熱い対話を胸にした創設者自身の至高空間への熱望の姿を見ることが出来る。そ
れほどまでに豊かな慈愛に満ちた「ゆらぎ」の世界実現への集団的な模索作業であり、
それはそれで貴重な集団創作の姿であったと理解している。美術館が完成し運用が始
められ、増築工事が完成し大きな企画展を併催出来る印象派美術館として美術界に確
固たる地位を占めることになった今日、世の中には、ユニバーサルで多目的で多機能
の美術館が数多完成しているが、この美術館のようにテーマを特化させただけでなく、
施設のハードの空間の展開においてまで、所蔵し展示する絵画作品が湛える「時代の
エスプリ」に創設者自身の哲学の徹底で設計をまとめた例は、非常に少なく稀有の事
例であると思う。この若い年代でこれほどの意義の重い設計の仕事を、当時の社会の
指導層である銀行頭取と直接対話の中で取り組む機会を得たその体験は、その後の筆
者の設計信条に大きな影響を与えたのが当然と言えば当然の若さである。その意味で
も貴重な機会を与えて頂いた事業クライアントの皆さまに深い敬意をここで改めて表
しておきたい。
7) 時を設計するということ・・・・「数」の設計でもある
芸術作品、とりわけこの美術館の展示絵画を描いた作家が絵画を通じて訴える力は、
これを目にする観覧者側に様々な心のいとなみを惹起させるものである。
この美術館の展示絵画の中で数多ある代表絵画の一つにゴッホの描いた「ドービニー
の庭」という絵画がある。この絵画の前に立つとほとんどの人がその鮮やかな緑の世
界に包まれてしばし我を忘れると言う。その鮮やかで瑞々しい緑の世界は、この世で
は見られない独特の力ある世界を現わしている。「しばし、このままで、この絵画と
観覧者である我との関係だけで留めてほしい・・・」ととらわれるほどの作品である。こ
うした思いは、別の観点からは、絵画の瑞々しい感性との触れあいの「時間空間の永
続性」を願う気持ちとなって醸成されていくものである、とも捉えられる。この絵画
との触れあいの場の永続性は、この美術館の建築のつくりの長寿命的な営みを果たす
仕組みとして組み入れておくべきではないか、とこの設計に汗している時にふと脳裏
をかすめたことがあった。これが切っ掛けとなって「時とともに美しく表情を深めて
いき価値が豊かになる建築のつくり」を希求する発想に発展していったのである。
60
ところで、この「時」という概念は、どのように定義をしておくとよいのか、しばし
ば思索の迷路に入り込むことが多くあった。この概念は、この人間環境の営みの中で
自然界の数多の森羅万象との対話と人間圏の運用維持の葛藤などから、生命の維持と
安全と安らぎを求める数多の「生命活動と物理運動の数の積み上げ」という概念で捉
えることがおおむね、この場合は的を射ていると捉えていた。とりわけ、この中の「数」
という概念に関心を向けていたことを記憶する。「数」には多くの側面があるが、そ
の一つに「進捗する事態の変移を記す」機能の側面がある。これが「時」と接点を持
ち続けるのであろうとも捉えた。
図-2-1-(3)
美術館一階平面図、中央の主展示棟の円形平面の構成で、中央のメインホールから 4 つの展
示室に直接ショートカットでアクセスできる平面に創設者はこだわった
さらに、「時とともに美しくなる建築」という実体はこの世の中にあるのだろうか?
という設問を当時、自らに投げかけてみた。時間変移つまり森羅万象の時の移ろいと
自然の素材の変質を、「数」の秩序概念を念頭において事前にその仕組みを建築本体
に組み入れるという識見はないものか、という設問である。結果は、洋の東西を問わ
ず、それは昔から確かに存在する、という回答を得た。そもそも西欧の石造りの建築
は、ローマのパルテノンやパンテオンをはじめ数多のゴシック教会建築を含めて「時
間の超克」---つまりは「数の超克」が一つの大きな創造テーマである。また、我が国
61
の桂離宮をはじめ1000年近い建築物において感じ取られる「侘び」「寂び」は、
時の移ろいと共に素材の呼吸のさまが人々の生命のいとなみの姿と共振して独特の美
の規範文化を醸成して来た。こちらは東洋の自然環境に根ざした独特の「数」の概念
的把握にもとづいた叡智であると考える。人々の社会での様々な営みに根ざした思い
とその感性とが、ことばから文字であらわされ文学になり文化のこころとして昇華さ
れ、さらにその心の移ろいが「時間」として抽象化されて、その「時を刻む」対象と
しての素材として、石があり木材があり銅板・ブロンズがあり土壁があり、さらに張
替えという作業が伴なうもののその素材の特質が継承される「紙・裂地」がある。
論点を戻して、この美術館のつくりを、このような「時ととともに」という「時の移
ろいと素材の表情の変化」という時のいとなみの概念に包まれた建築としよう、つま
り「時を設計する」と発意したのは、このような経緯とその根源に息づく創設者の「永
続性」への願いに応えたいという一心からであった。それではここで「時とともに美
しくなる」というテーマ概念について具体的にどのように形象化していったのかにつ
いて以下に記すこととしよう。
「時を設計する」という設定テーマについては、「建物のつくり」と「素材の使用」
の2点からその意図と30年を経た後の効果等について報告する。
「建物のつくり」に関しては、先述したように回廊・付属棟と主棟との2棟を主棟が
シンボリックに見えるように構成しているが、この「シンボル性」が時の移ろいと共
に美しく強調されるようなつくりとしている。設計と工事を終えて竣工した時点では、
主棟と付属棟の外壁と屋根等は共に美装されていて整えられた美しさを湛えていた。
その後、10年、20年、30年を経て、付属棟の公園側外壁は、擬石ブロックの表
面を意図的に粗した「ツツキ仕上げ」にしていたことと、足もとにツタ類を植えてい
たものが雨露と埃とで汚濁しエイジング Aging され、ツタが繁茂するなどして建築の
外壁としての存在感が「自然加齢化」されてきた。一方、施設の中央に佇む主棟の外
壁はと言うと、ローマントラバーチン(表面目つぶし)特有の黄色い表面の「白亜化」
が進行して「白無垢壁」となり、しかも屋根の銅板もビッシリと天然色系の鮮やかな
緑青色に変換して来ている。つまり主棟は白い壁面と鮮やかな緑の屋根との穏やかな
コントラストの佇まいに落ち着いてきている。そして、周囲の付属棟の自然化した外
壁は、主棟の清楚なマスの表情を引き立たせていく働きを果たしているのである。こ
うした素材の時間的な変移を設計当初から念頭においてマスボリュームデザインと素
材配置デザインとを融合させたのが「時を設計する」テーマでの具体的な展開内容で
ある。こうした発想は、異分野では幾つか見止めることが出来る。例えば、造園設計
において数多の樹種と花草木種を配置するのに、庭師の頭には、梅・桃・桜、つつじ・
山帽子・ウツギ、ケヤキ・クス・ヤマモモ等々の花とその色と香りそして新緑などが
時間の経緯と共に多彩に展開する光景を頭に描きつつ配置デザインを煮詰めていく。
62
上の発想はこうした自然系の営みとの対話とアレンジの知見と全く同根である。造園
の場合は 1 年~2 年スパンで先ずは考えるが、建築の場合は素材の特質から 10 年~20
年のスパンでとらえねばならないことが異なる程度であって、人間系と自然系との対
話の姿勢には変わりはなく、だからこそ、建築も造園と同じ目線で自然と対峙すべき
であるとの教えには示唆深いものがある。
「時を設計する」というテーマはさらに「汚濁が少ないディテール」の開発にも大い
に関係する。この点についても特有の開発ディテールを主棟の大理石外壁の石積み工
法に組み入れ、30年を経た今日でも、大理石の目地汚れは発生していないことを見
止めることが出来る。これは、主棟の外壁が直径約35mの曲率の曲面(RC躯体も
大理石表面も直面による多面体)を成す外壁下地であることが、特有のディテールの
効果を引き出したと言える。厚さ約35mmで縦約400mm、横約700mmの直
面の大理石ユニットを下から積み上げる訳であるが、縦目地を大理石横寸法の8:2
の位置に据え、その上下の大理石上端・下端を約20mmの面幅で少し変形させた面
取りをして積み上げている。ちなみに縦目地は一分目地であり白色セメント目地とし
た。
図-2-1-(4)主展示棟外壁のトラバーティン積みのディテール(平断面と立面)、大理石表面は平面加
工としており、これを3:7でずらして積み上げ縦目地との交点で大きな面取りを施すことで汚濁がつか
ないように工夫した。コストの関係もあり外壁はフラット大理石の多面体構成である。これが良い方向に
作用した。
このような工夫を組み入れることで目地部分からの雨だれによる汚れの発生は抑える
ことが出来た。付属棟の外壁は意図的に汚濁させるディテールを採用しながら主棟の
外壁はその反対のディテールを使っているが、全て「時の移ろいを念頭に置いた自然
63
のいとなみとの対話の工夫」である。
微に入り細を穿つ心配りで、至るところに「創発」のものづくりの仕事が発揮されて
いて、職人魂がまだまだ十分に発揮されていた時代にこの美の殿堂が完成し、すでに
30年の自然との対話を表情豊かに続けている。設計という営みは、設計段階は勿論、
工事中も然り、完成後数十年を経てようやく建築が自然となじみ、人々のライフスタ
イルの中に「ハードの衣をソフトに着替えて」溶け込むことを見届けるまで、続くも
のである。この感慨は絶えず離れない。「設計」といういとなみにおいて「時間概念」
の組み入れは絶対に忘れてはならない、とこころするものであるとともに、「建築と
は数的秩序に根ざす」柱が「心的秩序」「知的秩序」の柱と共に厳然と存在すること
を改めて思い知るのである。「数」は「もの」の態様の積層概念である。
8)
長寿命の建築へ向けて
30年という時間の中では、我が国のような地震国では一回ならずとも大きな地震に
巡り合うものである。この美術館も10数年前にかつての芸予地震に見舞われたが、
ほとんど損傷はなかった。少し心配であったのが主棟の4展示室の展示壁面の様子で
あった。これは頑強な軽量鉄骨下地の上にメタルラス+ドロマイトプラスター(3回
塗り)+裂地張+塗装仕上げの構成になっている壁である。展示壁面の巾木部分は約
120mm高のスリットが横長に走っていて床面とは絶縁している。プラスターの左
官施工は実にしっかりとした仕事であったこともあり、先の地震でも全くヒビが入ら
なかった。前章の「知の認識領域」での「創発」「葛藤」「統合」「集成」のサイク
ルにおけるクライアントの「ことば」そして「地域のステークホルダーの声」は、設
計分野だけではなく、施工する一職人の気概にまで及び、その仕事の質が永い年月の
間生き続けるということを改めて思い知らされた。
コンクリート打設の面においても、主棟が円形ボリュームであるが故の閉鎖系の形を
成しているため、スランプやワーカビリティの設定には細心の注意と知見とを動員し
たことも特筆される。また、美術館建築ゆえに湿度を含み過ぎたコンクリート面の場
合、表面から不活性ガスが出がちであるのでこれを抑制する意味でも水分の少ない品
質とすることのほか十分な乾燥期間を確保し、内壁表面を全て断熱材打ち込みとして
コンクリート表面に空調レターン環気が触れないスペックとするなど、技術面での高
い品質を徹底した。美術館の管理運営面でもメンテナンスの手間が省力化でき部材も
単純化出来る熱源を含めて「オール電化」のシステムをすでに30数年前に採用して
いる。水損事故を起こさない趣旨でも水配管をほとんど使用しないスキームにしてい
る。展示室の代表絵画の一つにゴッホの「ドービニーの庭」という絵画があるという
64
点は先述したが、この絵画の鮮やかな緑の彩度を紫外線から防護する工夫は、とりわ
け人工照明の設計のスペック設定にかかった。結果として紫外線カットの高演色性の
機種を選定し、展示壁面全般に一様に照度分布される状態で30年運営され、竣工当
時のままの鮮やかな緑による安らぎの世界を人々に提供し続けている。
写真-4
主展示室の内観。観覧者が大理石の床面を踏むことなく適切な距離を隔てて
「ドービニーの庭」に見とれている。その壁下部のスリットはレターン開口である。天井
からは紫外線カットのカクテル光線が均質に壁面に注いでいる。
「長寿命」というテーマは重いテーマであり地道な技術開発努力なしでは寿命はつな
がらないものである。コンクリートは勿論、地震等の短期応力に対する堅牢性、素材
の表面は変質しつつも地金は堅固、設備メンテナンスの容易性・シンプル性、素材を
傷めない照明機種の開発等々、堅牢なスキームと更新性容易なサブシステムとの組み
合わせのさらなる開発努力が求められる時代である。
9)
内省的統一 Internal
Unity の実像
被爆した土地には大量の放射能が覆いかぶさったため、今世紀(20世紀)中は草木
も生えないだろう、という当時の知識人たちの予測に反して、翌年の夏に、索漠たる
爆心地のあちこちに可憐で鮮やかな百日紅と真っ赤な夾竹桃が咲いたという。これは
65
この美術館創設の強い動機ともなった「百日紅のエピソード」として、創設者からの
口から吐露され、その後多くの人々に知られることとなったエピソードである。殺伐
とした心情に取りつかれていた人々はその鮮やかな色彩が醸し出す小さな世界にしば
しの安らぎを覚えたとのこと。この美術館の創設者は灰燼と化した広島の街の復興に
は、人々の心に先ずは安らぎと潤いをもたらすことが第一義であるとして、それには
色鮮やかな親しみ深い印象派の絵画が湛える「やすらぎ」が一番であると心を決めた
という。厳しい資金繰りの中で絵画を一つまた一つ購入し、街角の銀行支店のショウ
ウィンドーに掲げ、一歩一歩地域社会の人々の心情に潤いを再生させることに心を砕
いた。戦後30年を迎えた時点で、多く収集された印象派絵画を一般市民に公開し展
示・収蔵する美術館構想の発意に思い至った・・・・これがこの美術館創設の発意の「こ
ころのかたち」であり、創設者が設計者に最初に対面した場で吐露された「創設の動
機」であり、それが「愛とやすらぎのために」という「かたちのいのち」を生みだし
写真-5
地下展示室内観。この大きさの展示室が地下にもう一室あり「企画展示室」と
して使用されている。この規模の企画転室と主棟の常設展示室とをあわせた規模
は、中規模美術館としては充実している内容である。この展示室上部は公園であ
り、その地上部は
約1mの盛り土と木々でおおわれている。
66
た。そしてこの動機は、この美術館の設計・工事・運用の全プロセスにおいて、長年
にわたり、関係者(多主体)の内省面でのこの美術館の認識レベルの位相を揃える念
力を保有していた。ここに抽象レベルではない、生の実像としての Internal
Unity
を見止めることが出来る。そしてこの意識の位相は今もなお強く館の関係者だけでな
くリピーターにも生き続けている様子も見て取ることが出来る。
上のエピソードは、この美術館創設の創設者の信条を象徴するに余りあるが、これは
同時に、地域に長年住まわれて来られた人々の復興への篤い願いを代弁するエピソー
ドでもあった。この様に事業クライアントの「はじめにことばがあった」に発し、建
築家の「大地との対話」「時を設計する」そして技術専門家の「素材の力の活用」そ
して地域の復興を静かに願った多くの Silent
People の「鎮魂と平和の祈り」などは、
社会で活躍される多くの主体の皆がそれぞれ自ら創出した安らぎの空間イメージを胸
に抱きつつ、その意思が「愛とやすらぎのために」ということばで大きな拠り糸状の
全体意思となって昇華を見た訳である。さらに敢えて記すとすれば、「ことば」につ
いての関係者間の内省的統一 Internal
Unity の成り立ちとともに全員が「創造」に
関わるという熱い連鎖の輪は、施設完成後の日常での様々な課題改善の場面でも意欲
的に進められ現在も取り組まれている。こうした長年の努力が功を奏して我が国の 3
大印象派美術館の一つに列せられるようになった、というその社会性の定着の軌跡に
ついて結びに記しておきたい。以上、技術報告という観点から、ひろしま美術館の設
計実務から工事段階、そして実運用段階に至る30年のスパンの中での「設計のいと
なみ」の軌跡を紹介した。これらの報告内容から、「設計のいとなみ」における「知
の認識領域」の相関図における「人間系」と「自然系」と「知の系」との3領域が重
なる「絶対領域」のテーマ概念が、最初のことばであった「愛とやすらぎのために」
から始まりこの思いが隅々まで徹底されて、これでほぼ完結していることをご理解し
ていただければ幸いである。
67
写真-5
ひろしま美術館の全景、中央の主展示棟の大理石壁が白亜化し屋根の緑青銅版と穏やかな対比を成さし
め、周囲の回廊の公園側の外壁を蔦を這わせ凹凸を施して Aging を促進させる工夫とで、時間とともに対比が際
立つ仕組みとした。ここを訪れる人たちの絵画との最初の出会いの場面の永続性を念じて、主展示棟を時ととも
に美しくなる仕組みを取り入れたのである。
68
2-1-2
いずみホール
写真-6
作品-2
いずみホールの内観。音に包まれたような豊穣感を何度でも体験できるホールとして、木
の香りの爽やかなコンサバティブデザインで、濃厚な音との触れ合いの場を創出----
1)
音に親しむ原体験から
人間の成長期での体験と記憶は成人後の思考と認識の構図にかなり影響を与えるもの
のであるようである。筆者が幼いころに遊び道具と絵本に交じって CHOPIN だの
BACH だのの意味不明の音符の冊子をよく目にし、また、日常の家庭の狭い居間から
は絶えずピアノ音が流れていた記憶がある。ある時期はバイエル、ソナチネなどを習
った記憶はあるものの、外で真っ黒に日焼けして遊びまわる少年が、ピアノの前に座
り続けることなどは殆ど念頭になかった。ただ、耳に流れてくる音とリズムは、無意
識の中ではあるが確実に脳に刻み込まれていたようではある。この幼児期なり成長期
のどこかで何らかの形で「音に親しむ体験」を経ることは、成人以降の音との何らか
69
のかかわりの機会に無意識の親和性が作用するものらしい。
これまでの40年の設計実務の中で、音楽ホールの設計の機会に巡り合えたのは幸運
にも4回ほどになるが、建築設計の発想初期段階での「原イメージ」の模索と作曲家
の「表現要求」の啓示、音符と設計図との親近性、演奏者と現場職人の「ものとおと
づくり魂」、聴衆と生活者の評価等々の奇妙なほどの親近性ある相関関係にいつも驚
いている。そのような相関性に驚き関心を抱くこと自体が、すでに「音」と「建築」
を一つの視野でとらえることに無意識に受け入れる特有の感覚を持っている証しかも
しれない。
この特有の感覚とは、「音を大脳ではなく小脳で把握できる感覚」とも言えるかもし
れない。理屈ではなく FEELING でピアノを演奏する人のひたむきな音づくりの「汗
まみれの姿」を頭に描くことが出来る・・・・という感覚である。この感覚は、成人後、
音楽施設・音楽ホールの設計に巡り合う際に、音響専門家と建築専門家との専門家同
士の知見の応酬の場面などにある種の「思考のゆとり」を提供したように感じている。
どのようなゆとりかと言うと、音響設計側からの音づくりポリシーから滲みだされた
「音づくりニーズ」に対して、建築空間の設計者が SCIENCE を介して是非を議論で
きる、というゆとりである。なぜ SCIENCE かと言うと音は「数」の概念で体系化さ
れており建築も数理概念で一面は体系化されているからなのと、筆者も SCIENCE が
好きだからでもある。ただ、無論こうした「理」だけで「音」を語れるわけではなく
「感」との統合が肝要であることは論を待たない。このいずみホールの設計実務にお
いては、音の専門家と建築の専門家との与条件設定の「葛藤」と相互の「創発」「連
鎖」における知見の調整は熾烈を極めた。この点は後述する。ただ、この実務体験か
ら改めて感じたことは、音楽施設の設計に携わる人材の資質として、建築設計サイド
の人材には、幼少から成人に至る成長過程のどこかで、いかなる形にせよ一度なりと
も音に親しむ体験を得たことのあることが、その目的施設における「建築空間と音空
間との融合の質」を決定づける傾向がある、という点を特記しておきたい。こうした
経験を経ないで、建築デザインの嗜好と独断を優先させて出来あがった施設の中には
音の質が不十分なホールが多いことは誠に残念なことである。「音」は「理」の前に
「感」の体験が必要な分野なのである。
2)
ナマ音の響き感と音圧感を渇望する愛好家の声に応える
CDプレーヤーの普及で音楽愛好家は電子的に調音された音楽に充実感を覚えず、か
つ音楽が本来的には「空間」を伴なう芸術であることとから、設計当時の世間状況で
は、ホールでの演奏現場の実空間での臨場感を伴なう「音の豊穣感」への志向が、音
との濃密な触れ合いという深いカルチャー志向とともに深まって来ていた時代思潮を
70
伴なっていた。それも大規模音楽ホールへの志向ではなく中規模ながら音楽専用に特
化されたホール空間でのナマ演奏に関心は集まり、こうした特化ホールを創設しても
らいたい・・・・とする地域のステークホルダーの声は徐々に高まりを見せつつあった時
代である。また、この時期は、大阪市域の新たな業務・文化・購買・交流・歴史拠点
として整備されつつあったOBP(大阪ビジネスパーク)において、規模は中規模で
抑え目として質の高い音楽専用ホールを、住友生命ブロックに新設する構想が検討さ
れていた時期でもあった。やがて建築主のいわゆるフィランソロフィー活動の一環と
して音楽ホールの建設企画を発進させる英断が下された。
このプロジェクトにおける初期段階での様々な立場で繰り返された「知の領域相関」
の軌跡を振り返ると、当初から社会還元的な文化事業として進めるという「社会性の
スキーム」づくりが強かったことが思い起こされる。また、当時の事業クライアント
側の建築主の責任者がクラシック音楽に誠に深い造詣をお持ちの方であったことも、
プロジェクト推進を大いに飛躍させた。これらの軌跡をここで振り返ると、音楽愛好
家グループの声の「集成」と建築主の英断の「直観」、さらにはフランソロフィー活
動として社会各層と「連鎖」させる社会性のスキームへの真摯な取り組み、最高峰の
ウィーン楽友協会ホールを志向するという目標の高さ、そして、徹底してクラシック
空間を希求するという「類推」のパワーのひたむきさ等々、すべてが好循環にめぐら
すその構図のクライアント側の確かさは特筆すべきことである。無論、不動産経営上
の判断をはじめ、民間企業が手掛ける文化施設の建設予算獲得、行政手続き、夢のホ
ールと厳しい予算グレードとの葛藤、開発協議会の地域景観コードとの調整等々具体
化の実務に関わられた建築主をはじめとする多くの関係者の大変な尽力あってこその、
この好循環を迎えたことは言うまでもないことではある。
プロジェクトの初期発進段階から中盤段階における、このプロジェクトを動かす人た
ちの間での「知の認識領域」の相互の領域相関は、「集成」「直観」から「類推」「連
鎖」までは好循環のスパイラル運動によってイメージ共有までは比較的早く進んだ。
大きな壁は、やはり未経験のクラシックホールを設計する上でのグレード設定と予算
と実際の建築ディテールとの「創発」と「統合」の領域での関係者間の領域相関が成
果を引き出す点に集約して来たことであった。建築主側ではこれまで取り扱ったこと
のない「パイプオルガン」「シャンデリア」の予算化の苦労と共に、ホール内装イン
テリアデザインと音響設計との設計条件調整においても設計者ともども厳しい「葛藤」
を乗り越えねばならない初めての試練に直面していた。数多ある難課題に様々な立場
の関係者が直面しており、「創発」と「統合」面での技術・デザイン面での課題に設
計者は直面していたが、いずれの関係者の頭にも「音に包まれた豊穣感を何度も味わ
えるホール」の実現に向けて一つの輪になって熱していたことは確かであった。この
局面では、音楽愛好家の声も建築主の関係者の思いも設計者のイメージも、実体の形
71
はないにせよ、一つの領域に集約していた印象を覚えたものである。
3)
建築の空間と音空間との融合の葛藤
クラシック専用の音楽ホールの新設を、都心の更地の上の独立建物として建設す
る・・・・というコンテキストではなく、オフィスビルの2~6階の断面空間の中にクラ
シックホールを納める・・・という現実の立地性は、その条件の厳しさが却ってバネとな
って、高度な SCIENCE の知見をフル動員しての高品質のホールの誕生を見た。ホー
ルは SCIENCE の知見で大きく細部にわたり包まれている。この SCIENCE には未経
験領域の課題に対して意欲的なチャレンジ精神と「創発」努力とによって納まりの解
を引き出す力があった。その力の根元には「数」があったのである。そしてその具体
的軌跡が、建築空間の設計者と音響設計者との、「音に包まれたような豊穣感」をめ
ざしての知見の衝突と調整と妥協と止揚であった。両者の間の知見のバランス判断の
秤となったのは「科学的にみて効果は果たしてどこまであるか」という点である。こ
の点についてのこのプロジェクト最大の山場は工事中に迎えたが、これは後述する。
図-2-1-(5)
響きの良い音場づくりと豊かな感性の建築空間づくりとのコラボの典拠。画面左の図形は、
建築家が当初より描きがちな「建築空間の望ましい形状イメージ」を象徴させている。一方右の図形は「音は
粒子と波動の連続体」であるとの見做しからの「音の見える化」を試みた図形である。異分野とのコラボには、
この2領域の知見の有機的な統合が勘所となるが、その際には、この種の「初期的な音・空間の原イメージの
交歓」を率直に果たしておく必要がある。この理解の共通基盤の上で「サイエンス」による推敲と判断を繰り
返していったのが「いずみホール」である。
72
ここでは、一般的な音楽施設における建築家と音響設計家との設計段階でのやり取り
でお互いの知見の交換の「言語」が乏しいという傾向を打ち破るために、設計初期段
階で両者が、ある一つの共有イメージを持つことから始めよう、という目的空間イメ
ージの共有から始めたことを報告しておく。
建築の設計の営みは「数学と文学の結婚である(レオナルド・ダ・ヴィンチ)」と例え
られ、音楽における作曲の営みも「音楽の本質は数的な秩序であり、音は鳴り響く数
に他ならない(バッハ)(注5)」と言われていることについては先述した。ただ、こ
のことばには、もう一つ重要な示唆を含んでいる。建築と音楽の両分野は強い親和性
に包まれている、ということ。そして今一つ大切な親和性の要素は、両者は本来的に
「空間」を原風景に抱いているという点である。原風景なのか原イメージなのかはど
うでもよくて、「同根」であるということである。筆者はこのプロジェクトを両分野
の専門家同士で始めるにあたり機会を見て前頁のダイアグラムを示し、上の趣旨の相
互理解を得ることから出発した。「音側」から出される「好ましい音場のかたち」と
「建築空間側」が希求する「好ましいインテリア」とは、「この絵のように同じ方向
性を持つ営みなのです・・・」と言う点を確認し合った。このような手続きを当初に持つ
ことで、不必要なまた不本意な憶測に惑わされることなく純粋に SCIENCE として遭
遇する課題の解決に当たることが出来たのである。それでも大変なエネルギーを双方
が投入したが、十分に納得のいくレベルの質のホールの完成をみて、双方は爽やかに
握手した。
このプロジェクトで両分野の知見の調整が結果として上首尾に納まったのは
SCIENCE を介したことのほかに、実は、建築空間側の内装デザインが志向していた
クラッシックモチーフが必ず引き連れてくる大・中・小の数多の木質の反射形状の特
質が、音響側の「可能な限りの反射面を多く」という志向と合致していたことがあげ
られる。壁・柱各部の意匠的な凹凸の豊富さが、音の反射方向の豊富さを導いた。さ
らにこの凹凸豊かなデザインの経費の手当てが建築主・設計者の間で的確に果たされ
たことも大きい。いずれにしても幾つかの幸運も働いて、建築空間の設計者側と音響
設計側との隙間ないコラボレーションにより両者の「融合」が、偶然ではなく意図的
に果たされたことは特筆すべきことであると考える。
4)
ホール内壁の響きの仕組みへの葛藤
ここで、この「可能な限り反射面を多く」というテーマに対して、どのように造形と
していったのか、その「テーマとかたち」をつなぐ「創発」領域の発想についてスケ
ッチと共に報告しておきたい。
このテーマを技術的に幾つかの要素テーマに分解した。それは、「音を叩き落とす面」
73
「音を聴衆と演奏者それぞれに戻す大中小の面角度」「高音と低音とに対して形態がそ
の周波数特性に応じて呼応する壁面・柱面の凹凸」「天井面での全方位の反射面角度」
「床面の反射性」「バルコニー席手すりの音響的連続性」「客席椅子の反射力と吸音力
の一定性の面配置」等々、おのおののテーマに対して、建築の内壁表面意匠デザイン
とのデザインオーダー状の統一性とこれらの響きをもたらす特性との整合を微に入り
細を穿つごとく果たせるように、1/50スケールから1/1のスケールまで詳細スケッ
図-2-1-(6)
低音部の波長の大きな音は大きな面で、波長の細やかな音は小さな凹凸で繊細に反
応させる、という「音の反射」と「壁面のデザイン」との統合イメージの初期的な共有作業。
チを描き続けた。この作業こそ、ホール壁面構成のデザインオーダーを秩序付けてい
る感性にもとづく「数理的秩序」のなかの「数」と「音」との一体化へ向けての「統
合」努力である。下のスケッチは、その作業の中の「音を叩き落とす面」「音を聴衆
と演奏者とに戻す大中小の面角度」等のテーマの詳細検討に入るにあたっての、関係
技術者との技術と「音は鳴り響く数にほかならない(バッハ)」というテーマを実務の
中でその実像に迫るべく必死に追い続けた、デザイン検討の方向の共有のための初期
的スケッチである。
74
このフリーハンドスケッチをさらにスケールアップして技術的検討を詳細に加えて行
き、部分拡大のモックアップモデルを現場にて沢山作成して関係者の納得の上で、さ
らに他の部位との整合へと具体化していったわけである。
低音に対しては、ドッシリと受け止め大きく反射させる「大きな面」を多数壁面に組
み入れ、高音に対しては、柱・壁の面に細やかな凹凸を施して行った。ただし、この
作業は表面の形状だけでは音響上は意味がない。肝心の大きな面角度を成す木質面の
表面が音の響きで振動してはならないからである。それには、木質壁面そのものに大
きな「質量」が必要であり、これは見えない部分のデザインであるが、表面の木質面
を裏から200~300mmの厚みの素材で裏打ちをする納まりも同時に組み入れる
検討を進めていった。従って、壁面全体は大変な質量を負担していることとなった。
これに加えて、「浮床構造」のディテールのニーズから、これらの大質量の壁を構造
体のRC面から振動的絶縁を充足する納まりも果たさねばならず、現場は1/1の原寸
での寸法の取り合いの戦場となった。こうした現場での汗まみれの「創発」を繰り返
しつつ、徐々に「好ましい音場空間」として「統合」の道を駆け昇って行った次第で
ある。
-
写真-7
ホール側壁の仕上がり。さまざまな大きさの面にさまざまな角度を持たせて聴衆を音で包み込む。
バルコニーの下の天井からも反射させ、天井と壁際の小天井からは音を叩き落とす。-
75
5) 建築空間と音空間の融合イメージ・・・・・音は霧のように
一般的に音楽ホールの音場づくりの指標として7つの設計指標が取り上げられる。
「音
の大きさ Loudness」「響き感 Reverberation」「音に包まれた感覚 Envelopment」
「明瞭度 Clearness」「音像感 Figure」「距離感 Distance」「総合的な好ましさ
Well-Consciousness」の7指標である。この指標は設計時点での目標指標であるとと
もに、一般的なホールの性能評価指標でもあり、この内の「2指標」が達成されてい
れば「そのホールは成功した」となる。さていずみホールでは「音に包まれた感覚」
と「高い音圧を伴なう良い響き感」を得ることに重きを置いた。後者は「高いLE値
(側方反射音エネルギー)」の獲得を意味する。前者の「音に包まれた」という感覚
写真-8
ホール側壁の出入り口まわりの拡大と客席椅子の姿。壁面は勿論、出入り口扉も含めて立体面はす
べて特有の角度を備えている。また、椅子についても、吸音力一定(Conservation-Absorbtion、CA-Chair)
の新機軸の知見が装置されている
を、「無から有を創る」初期段階のレベルで設計関係者全員がどのように共有できる
かが課題であった。これについては「感覚」と「論理」との両面から取り組むことが
重要と考え、「感覚」についてはいわゆる「粒立つ音色の感覚」とよく表現される考
えを発展させてその粒を霧と例え「豊かな音色をともなう霧がホール全体を包み聴衆
の体をも包む」という概念把握を共有することとした。音速でホール内を飛び交う霧
76
の粒と捉える訳である。一方の「論理」についてはまさに Science の世界であるが、
「大中小の凹凸と数多の面角度」を持たせた天井・壁面の造形化により「数多の反射
音と直達音とを聴衆と演奏者に戻す」方針で反射音の軌跡線(いわゆる音線)の方向
性を全方位で成り立つように天井・壁面の造形デザインをまとめた。要は「出来るだ
け多くの反射音が到達時間の数多のズレと共に聴衆に降りかかるようにする」ことが、
「音に包まれた感覚」を具体化する手立てであり「良い響き感」を実現する即物的な
指標でもあった。後者は言わば系統思考で具現化出来る世界であるが、前者の感覚は
まさに「揺らぎ感」であって、気ままで掴みどころの難しいしかしその納得がないと
前に進まない・・・という概念ではあった。しかし「音は霧のように」という表現は素人
には「風呂場での響き感」に直結する表現でもあるが概念的理解には役立ったようで
ある。
図-2-1-(7)
ホール平面図。シューボックスタイプのシンプルなかたち。側壁からの反射エネルギーが豊
かな特質を最大限活かす。人間の2つの耳は頭の側方についている。したがって、その2つの耳に達する直達
音と反射音のエネルギーが直接的であればあるほど「音に包まれた感覚」を覚えやすい。その意味からいえば、
扇形や円形の平面よりもこのシューボックス型の平面の方がはるかに「合理的」であり手堅い結果を得られる
平面型である、として採用した。
77
6)
ホール空間の基本形状は手堅いかたちで・・・・「集成」の所産
サントリーホールのようないわゆるワインヤードタイプのホールは、ベルリンフィル
ハーモニーの小ホールと同じように、ゴージャスな雰囲気で聴衆の表情をみなが共有
し音楽を楽しむことが出来る、という意味では、このような基本形状で是非、という
声が当初、幾つか上がった。ただ、ホール規模を800~900名程度のレベルを追う
ことになっていたので、規模とのバランスが悪く取り下げられた。
音楽愛好家の声の中には「音の勢い、音圧が十分に感じ取られて、演奏者の息遣いと
汗が飛び散る情景も目の前で見れるほどのつくりは出来ないか」というものもあ
り、ホール規模から考えると、これはいわゆる「シューボックスタイプ」の形状が一
番好ましいということになった。
クラッシックホールの最高峰のウィーン楽友協会ホールも大型であるがシューボック
スタイプのホールである。この形状の特質は、いわゆるLE値(側方反射音エネルギ
ー)がワインヤード式よりも高く確保できることと、音圧感も豊かなことである。
結局、ホールの基本形状の決定にあたっては、新機軸の未経験のホール形状の路線を
走るのではなく、十分に音の効果を予測出来て音に包まれたような豊穣感を確保でき
る「確実性」の方を採用することとなった。確実なスキームの中で、多彩な機能を組
み入れる予算を確保する、という方針で細部の具体設計に進んでいった。
このシューボックス形状は、オフィスビルの低層階に収める立志条件から考えても納
得性のある方針であったと言える。地域のステークホルダーである音響愛好家の皆さ
んの夢を実現するかたちが徐々に現実のものに近付きつつあった。
ホール形状とともに注意を払わなければならなかったのは、そこに至る前室空間のデ
ザインである。
公演会場に向かう、心の高ぶりをゆったりと迎えて落ち着きを与え、静かにホールへ
と誘う演出けが必要である。広すぎては無駄なスペースとして遊ぶこととなり、無論
狭くては、公演が終わった際の群衆の整理が覚束ない。適度な広さの判断が肝要とい
える。また、立ったままで休息するソファもないホールも世の中には多い。休息の
Intermission の場では、ワインコーナーの充実とともに絵画等との触れ合いの中での
談笑を誘う設えが大切である。また、平面的な2方向性も必要で、ホールへ向かう動
線を2つ以上選択できる平面型にすると動線上も広がり上も機能的となる。
以上のことからここでは、十分な天井高を確保し、一階のロビーからは2方向で2階
よりホールに至る平面型としソファーでの談笑の光景を他の談笑グループから多少、
視線面で保護する趣旨もあり、大きく壁面をカーブさせたロビーともしている。
78
写真-9
ロビー内観。十分な天井高と過不足ない広さ、そしてカーブさせた壁面構成に
絵画を展示するなどして、ある種の落ち着きを与えている。このロビーの灯りが外壁か
ら漏れて、街並みに独特の文化的メッセージを贈っている。
7)
静謐なホール下地のための汗みどろの葛藤
このホールがオフィスビルの低層階に納められることについては何度も触れて来たが、
音響と振動の世界から見ると誠に厳しい環境条件下に置かれることとなる。ホールの
立体を囲む6面の全方向から、オフィスビル自体が発する機械駐車騒音と振動、エレ
ベーター振動、ホール上階のオフィスフロアーでの衝撃音、ビルの外側を走るJR環
状線の鉄橋通過騒音と振動、伊丹空港へ向けて低空飛行する飛行機騒音等々、誠に厳
しい条件下に置かれての「静謐なホール空間下地」の獲得の「葛藤」が建設的に取り
組まれた。大きなレベルでの音と振動の遮断として「ホール空間そのものを浮かせる
構造(浮床構造)」の仕組みを採用し、6面からの伝達音・伝播振動をシャットアウ
79
トした。この静謐な下地の確保の中で最も困難であった難課題は、ビルの向かい側を
走る環状線の軌道敷きからの個体伝播振動の絶縁であった。ここには数々の「創発」
が組み込まれている。個体伝播振動は、地盤を震わすかたちでビルに迫るため、地階
外壁の外側の連続土留め壁とビル躯体側との接触面を切り離す必要があった。これを
現実の原寸スケールでの現場施工で確保するのは大変な技術が必要で、端的な技術と
して、土留め壁とビル地階外壁との間の型枠セパレーター(約1000か所)の中央
にゴム継ぎ手を介させてつなぎ、振動面での絶縁性能を確保したことがあげられる。
実に地道ながら一つ一つ確実な性能を付与させつつ、絶縁工夫の「創発」の集約体で
このホールは包まれている。厳しい敷地環境であるからこそ、新たな技術の開発と「創
発」を招いたこともあり、設計のいとなみだけでなく建設のいとなみにおいても、社
会の基盤技術の発展の機会とシーズを生み出すものであるとの感慨も覚える。
8)
ホールのインテリアデザインでの「創発」と「葛藤」と「統合」
先に「類推」の一つにウィーンの楽友協会ホールの内観を挙げたが、このホールのイ
ンテリアを具体化するプロセスで並行的に検討を進めていたのが、音響設計側からの
「音の反射と吸音の秩序」にもとづく設計ニーズと、意匠上の狙いとの、性能面確保
とデザインオーダーの整合という視点での「葛藤」である。これは実体は極めて熾烈
を極めた協議となった。ただ、冒頭でも紹介したように、筆者がもともと「音への親
しみ感」を尊重する考えで臨んでいたことと、先述したような音響設計家との協働規
範の申し合わせを事前にしていたこと、あくまで私情を挟まず科学的に判断してその
上でOKならば建築主に提案するという方針を変えなかったこと、それから(大切な
ことであるが)音響設計者と建築空間側との担当者間の人格的つながりが維持されて
いたことなどから、大きな当初イメージを変えることなく所定の性能を満たすホール
を手にすることが出来た。
ホール内壁を大・中・小の様々な大きさの木製パネルに分けて製作し、それらの表面
に凹凸のレリーフと面角度を持たせるデザインにしたことをはじめ、ホール天井と壁
際に「音を叩き落とす機能」としての迫り出し天井を設け、また、バルコニー面を少
し高い目に据えてその軒下面での音の後方への反射を促す仕組みも採用した。低音は、
周波数の大きな波長特性を有するので、これらの音に対しては内壁を大きな面角度で
どっしりと受けて反射させ、一方、高音に対しては、波長が細かいので柱型・軒先他
の角の面に細やかな凹凸をつけて音にたいして敏感に受けて反射させる・・・・という音
の律動と壁の形状とを整合させる意匠デザインの徹底にこだわった。その結果、クラ
シカルなモチーフでありつつ内壁・天井面に大中小細部スケールの数多の反射面集合
体を5面立体全面に展開させて、結果としてクラッシックホールらしいインテリア空
80
間としての「統合」を見たのである。この最終のホールデザインに至るまでの「葛藤」
と協議と妥協と昇華のプロセスは、特有の「創発」プロセスを成していたことに後日
気付いた。それは、このプロセスを支えたインテリジェンスが「可能な限り SCIENCE
としてとらえる」という「経験知」にもとづいていたこととさらに「未経験な課題に
ついては先ずは創発のアイディアを出してから」という「揺らぎ」の容認を音響・建
築両分野で暗黙のうちに受け入れていたこととが挙げられる。これはそもそも
SCIENCE の根源には「数的秩序」があり、「数」には、自然数・有理数もあれば、
無理数・虚数もあって系統式思考のみの世界ではないことを、無意識のうちに心して
いたからでもあるかもしれない。この点は「知の認識領域」の動的な相関の実践軌跡
の特徴的な経緯としても報告しておく。この「揺らぎ」は、前章での「知の三面角」
の思考運動を逆走させることも惹起させる働きがあることも報告しておく。しかし、
さらにこれを凌ぐ、大きな「揺らぎ」が最後にもたらされた。
9)
「揺らぎ」は、しばしば価値ある「創発」を生む
工事着工後約一年を経過した時点で、音響設計側の音場シミュレーションが精度を上
げた報告をして来た。建築設計はとっくに終わり現場での工場製作材の施工図の検
図・承認を進めていた時点で、音響設計側の検討精度のズレは言わば構造的な課題で
はあった。そのシミュレーションによれば、ホールの巾を縮め天井を高くする趣旨の
ものであった。
寸法的には約3m巾を縮め、高さを約1.5m高くする投げかけであり重大な難題に
直面した。巾を縮めると収容席数は約60席ほど減少することとなり、経営上の判断
も必要であった。このように変更したことによる効果については、想像以上に大きな
内容をもたらしていた。「LE値が通常の音楽ホールのレベルを超える値にまでなる」
ことは科学的にみても明らかであった、しかしタイミングが悪い。
SCIENCE の観点からは「やるべし」であり、現場の対応は工程段取り面と経費面で
かなり困難な状況ではあったが、建築主は席数が減少してもホール性能が高まるので
あれば受け入れて良いとの見解を頂いた。連日連夜の現場での対応可能性の協議は続
き、結局、実施することとなった。ホールが完成しオープンしてすでに20年が経過
している。今、この現場での「揺らぎ」の取り組みの軌跡を振り返ると、若さもあっ
たとも言えるが、よくぞ関係者の総意のもとで機敏に対処できたものと、改めて関係
者の「音につつまれた豊穣感を何度でも体験したい」という思いの熱さに心を動かさ
れる。この努力のおかげでこのホールの特質の一つに「LE値の高いホール」という
81
評価を専門家の間でも得続けたことは、冒頭の音楽愛好家の「ナマ音の響き感と音圧
感のゆたかなホールを」という声に直截に応えたことにもなる。
事実として、ホール完成後の音響測定の結果、いわゆる「LE5」の値が、国内のホ
ールではせいぜい15~18%で、ウィーンの楽友協会ホールでも20%代後半であ
るのに対して、ほぼ楽友協会ホール並みのLE5値(約27%)を示していた。揺ら
ぎは、時に系統的発想を破壊するが、一段高い価値ある系を生み出すいとなみでもあ
ることを如実に物語る体験であった。こうした「揺らぎ」の軌跡は「創発」と「葛藤」
の軌跡として、このプロジェクトではこのほかに枚挙に暇がないほど、その価値ある
所産と共に数多残されている。シャンデリアのデザインと音響効果との関係は余り知
られていないがその効果は一定のものがある他、CA(Conservation-Absorption 吸
音力一定)椅子の開発、視線抑制と音響通過の手すり子デザイン、残響調整機構の数々、
空調ダクトのNC値確保のための二重ダクト方式等々。
写真-10
改めてホール内の壁・天井の反射面の大きさと形状が、各々特有の角度と凹凸とを持たせて聴衆と
演奏者に向けられている「音場」の全体像を見とめることができる。音は見えるのである
82
さまざまな分野で多くの関係者が、自らのこれまでの知見をさらに飛躍させ新たな価
値を生み出す営みを果たしているということは、このプロジェクト関係者全員が様々
な分野での「知の領域相関」で重なりあう絶対領域で「音に包まれた豊穣感を何度も
味わいたい」という願いに向けて熱いものづくり魂を共有した所産であると感じ入る。
絶対領域の明瞭でないプロジェクトでは豊かな価値を創造できない。
10)
「多主体」による領域相関の実像
すでに一部では触れているが、このプロジェクトは、収容規模 821席という音楽専用
ホールでの企画・設計、工事、運用の全プロセスにおいて、事業クライアント、建築
家、技術専門家・音響設計家・音楽友の会、地域ステークホルダー等々の多主体が現
実の音楽文化の世界に新たな価値像を創出することを巡って「創発とゆらぎの葛藤」
を経ての熱い技術相関と領域相関との営みを展開して来た。その中で、建築家と音響
設計家との汗みどろの葛藤と創発の軌跡については前述したとおりである。
初めての「音楽ホール」を創ることに関係して、このプロジェクトで今一つ大きな「主
体」であったのは、音楽ディレクターを務められた国立音楽大学教授の磯山雅教授で
あった。磯山先生は、プロジェクトの初期の立ち上がりから、主としてホール OPEN
後の音楽プログラムの持続的な運用を指導していただいており、20 年を経た現在もご
活躍頂いている。音響設計家ではなく「音楽」の演奏から西欧の音楽文化・歴史に深
く通暁された識者であられるが、我々の設計・現場段階での検討協議にも要所要所は
参加されておられた。ホールでのふくよかな音の響きの印象の中には、氏の豊かな感
性と深い思索の所産を感じ取ることが出来る。我々技術系の人間が、論理と感情に推
された議論をする中で、氏は悠然と音楽文化のおおらかな大陸的叡智を披歴されて、
ギスギスとした我々の議論を穏やかな空気でつないでいただいた。我々にとって異分
野のこうした主体が、プロジェクトの具体的進捗に影響を与えた軌跡は、多主体によ
るプロジェトの進め方に「社会性」を植えつけるこころみに貴重な示唆を与えたもの
である。
83
写真-11
ホール外観。街並みの通りからホール前ロビーを望む。周囲の街路の騒音を
サウンドマスクする意味で、落水する水音は周囲に落ち着きも提供し、ホールに至る人に
潤いを与えまた公演後の余韻をも静かに支える役割を果たす。
ところで、このプロジェクトはOBP(大阪ビジネスパーク)という民間資本のみに
よる都市開発プロジェクトであり、約26ha近くの事業地には、オフィスあり、飲
食タウンあり、イベント施設あり、展示・放送局・ホテルなどが集約して独特の賑わ
いを呈している街である。ただ、そこに芸術文化の施設がなく、とりわけ音楽ホール
の建設が長年切望されていたのである。この地域の者だけでなくここに勤めるOL、
サラリーマンの昼と夕べの憩いの場として、音楽ホールを切望する「地域の声」は高
まっていた。
この地域の声は Silent
People の一角を占めていた。このパワーは結局、
ホール創設の貴重な援護として強く作用したが、それは設計・工事の段階だけでなく
実はオープンから20年を経た今日に至るまでの運用支援のパワーとして作用し続け
ているのである。事業クライアントが切望している「音に包まれた豊穣感を何度も味
わいたい」という願いを、熱い思いで実際に実践しているのがこの人たちなのである。
彼らの頭に描かれていた「音楽専用ホール」についての自己イメージを、彼らなりに
84
写真-12
OBP大阪ビジネスパークの俯瞰全景。左端のベージュ色タイル外壁のオフィスビルの2階~6
階にいずみホールが納められている。緑と水面とオープンスペースに満ちた「業務・文化・イベント・芸術・
放送・宿泊そして緑道」の Best-Work-Space
Town である。
創出し、設計時では事業クライアントを通じて創造思考に加わり、ホールオープン後
は、その実現したホールイメージを育み自己の脳裏に身体化するように、公演参加と
いう形で運営を支え続けている。設計から工事そして運用開始から20年のこれまで
の全プロセスに息づいて来ているのが「音に包まれたような豊穣感を何度も味わいた
い」という、それは「多主体の願い」の多主体による実践であり、そこに数多の「顔」
をもつ多主体の実像を捉える事が出来る。
設計段階だけでなく運用・維持段階においても長く永く持続する「かたちのいのちの
ことば」の探究と醸成の意義は、創造思考モデルにおいてまことに重要な意義を持つ
ことの現れである。
85
11)
系統的思考と揺らぎとの補完ダイアグラムの可視化を
系統的な思考を経て秩序だった素晴らしい体系を編み出す努力をしつつ、絶えず「揺
らぎ」での創造的破壊の波を受けつつも、結果として新たな価値を手にする・・・・とい
う道筋は、建築分野における創造的思考の世界だけではないようである。
科学・化学・機械他の発明・発見の分野でも「創造といういとなみ」の中での「当初
から組み込んでおいた補完的ないとなみ」として、ダイアグラム化する、「見える化」
する努力が必要であると今更ながら感じるところである。
写真-13
いずみホール外観。OBPプラザビルの低層階(2階~6階)
に納められている。オフィスビルとの複合ビルである。
86
2-1-3
ザ・フェニックスホール
写真-14
作品-3
自然光が豊かに差し込む特徴あるプチ・コンサートホール。一階に200名、
2階に100名のコンパクトな大きさ。演奏者と聴衆との親密な触れ合いの場
1)
自然光豊かな音楽ホールの原イメージ
現代の音楽ホールは概して「無窓空間」が多いと言える。現代は、自動車や航空機が
飛び交う都市騒音の時代であるのでやむをえないことかもしれないとも考えられる。
国内の大半のホールはそうであり、ベルリンフィルハーモニー、ロイヤルアルバート
ホール、コンセルトヘボウ等々ほとんどが無窓空間で成り立っている。しかし一時代
87
前のホールには、サロン音楽の場の名残りもあり、床から天井までのアーチ状の大き
な明かり窓が連なる明るいホールを多く見ることもできる。ウィーンの有名な楽友協
会ホールは、クリア・ストーリーという欄間状の連窓の明かり窓が設けられている。
ウィーン郊外のハンガリー国境近くのアイデンシュタットという小さな村落にハイド
ンザールという中規模のホールがある。このホールの周囲は田園風景が一面に広がる
環境にある。ホールが都市騒音の遮断という意味で無窓空間となるのはやむをえない
としても、本来的な音楽の楽しみ方は、自然光が燦々と差し込むころからやがて夕闇
が迫り太陽光の演色により、ホール内の空間を多彩に色づかせる中で管弦楽や室内楽
に浸るという音の楽しみ方は格別である。それは自然のいとなみと人々のいとなみと
が、時の移ろいと共に触れあう至福の時と言える。この意味では現代人は感覚を抑制
させざるをえないという気の毒な人種という言い方もできるかもしれない。このハイ
ドンザールは貴重な啓示を筆者に与えた。
このホールの巾は12~3mで奥行きは30~35m、天井高は7~8mはあると見
られるシューボックスタイプの清楚な平土間のサロン空間であり、床は木質パーケッ
トブロックが敷き詰められている。正面向かって左手の壁が、床から天井までのアー
チ状の大ガラス窓でこれが端から端まで連なっており、秋の少し物憂い陽光が一面に
差し込んでいた。そうした中でやがて演奏が始まり私の五感を痛く覚醒していった。
ここで「五感を覚醒」と記したのは、音楽とは無論耳で聞き、肌で音を感じ取るもの
であるが、ここではさらに目で楽しみ鼻で香りを吸い込み舌でワインと談話を楽しむ
という五感を総動員して「脳で音楽を楽しむ」感覚の素晴らしさを実体験したからで
ある。
図-2-1-(8)
左図:ハイドンザールのスケッチ。左方向から夕陽を浴びながらサロン
音楽に親しむ空間。右図:都市の夜景をバックに音楽を楽しむホールイメージスケッチ。
88
午後の日差しがやがて夕日となり、空が濃紺に染まり夜の帳が下りてくる・・・・・この光
景と音楽との触れあいの感覚は、実に人間の精神的な心の落ち着きの波長と整合する
ものである。これは夕日が人間の心象風景としてシットリとした感性を呼び覚ますこ
とにも一つの理由がありそうなこと。朝日を顔いっぱいに浴びながら軽やかなモーツ
アルトに親しむのも、実は人間の心象風景との相関が響き合うからとも筆者は感じて
いる。
このハイドンザールでの体験は、「自然光の入るホール」というホールが現実には存
在し、これを原イメージとする音楽鑑賞空間の類推のベースの発想の記憶の引き出し
に「集成」されることとなった。そして、これらは、ホールイメージについての設計
者側の予備的な「集成」と事前の「類推」の素地ともなったのである。さらにこれは、
前章でのM・フーコーの「知の三面角」の思考運動に大きな影響を与える、「現場」
での身体経験を経た暗黙知にもとづく「集成」を広げる重要な要素でもあった。
2)
コンサートホールのかたちとオフィスフロアーの広がりとの整合を求めて
この度の「あいおいニッセイ同和損保フェニックスタワー(以下:タワー)」に納め
られている「ザ・フェニックスホール」の設計という幸運な機会に巡り合えたのは、
事業クライアントのご懇篤なる配慮があってのことは言うに及ばず、別の民間企業に
よるホール造営事業に端を発した社会的文化事業支援の行政の動きと決して無縁では
なかったことも幸いした。いわゆる民間企業による文化事業においての「文化施設容
積ボーナス制度」が大阪市で先進的に創設されて、今回のこのプロジェクトがこれの
適用第一号となったからである。結果としてこのタワーの容積率はホールゾーンを含
めて何と1400%を獲得し、収容する施設には、本社機能オフィスとテナントオフ
ィスをはじめ、ホールとともに、ビアホール、レストラン、ギャラリー、大規模駐車
施設等という大規模な「オフィスカルチャーコンプレックス」となり「立体的なまち」
の様相を呈する一大複合建築となった。とりわけオフィスタワーの2階~5階の低層
階にホールをプチ・コンサートホールとして納める構想となったのは、事業クライア
ント側に、音楽文化事業の発展・育成を通じて社会への貢献を、時代を超えて果たし
ていきたいとする熱い思いがあってこその企画であった。また、「都心でのアーバン
ライフに音楽文化のライフスタイルを加えることで、さらに豊かなこころを育むこと
が出来る、その長年にわたる場になれば・・・・」との願いもその構想には込められてい
た。これらは事業クライアント側が長年温めて来られた、人間社会における「こころ
の醸成」の場のイメージの「直観」とこれの具現化へ向けての知見の「集成」であっ
たと言える。これらの思いを事業構想の「かたちのことば」とされてこの事業は発進
した。
89
先ずは、1400%の容積率の中に具体的に収用する諸機能として、地階に長年この
地域の人々に親しまれて来たビアホールが納められ、最上階にはスカイレストランの
入居が予定され、2階にはホール受付とティーコーナー・ギャラリーそして3階にホ
ールメインフローさらには5階から25階まではオフィスフロアー等々という大規模
な複合機能を納めるビル構想が大きな施設内容として取り決められた。そして、いよ
いよ基本的なビルの平面・立体骨格のスキームの検討に取り組むこととなった。この
ような諸機能の配置・収容の構想の取りまとめは、このオフィスビルが一つの大きな
有機体・生命体として持続的に機能していくための「かたちのいのち」を植えつける
誠に重要な手続きである。ビル建築設計の初期的な所要機能の「類推」とこれらの「連
鎖」の構図の基本形をこの段階で取りまとめたことになる。
さて、最初の大きな検討の課題は、「低層階のホールとしての好ましい平面形状」と
「中層・高層階のオフィススペースとして効率の高い平面形状」とを如何にピタリと
重ね合わせることが出来るか、であった。
いずみホールの場合は、敷地平面形状が大きく確保されていたのでそのせめぎ合いは
平面検討レベルではそれほど厳しくはなかったが、この地は、大都市の都心の幹線道
路が交差する極めて位置ポテンシャルが高い立地性の中にあるため、ビルの平面形状
を最も高効率にまとめねばならないという緊張感に満ちた土地柄であった。この検討
段階での平面検討のための創造的思考で大切なプロセスは「創発」と「葛藤」の奔放
でダイナミックな繰り返しである。単に繰り返すだけでは大した思考の所産も得られ
ないから、時として「揺らぎ」による意図的な脱線を試みて、例えば全く部外者にヒ
ントを求める、あるいは異分野の専門家、非専門者からの発想にも耳を傾けるなどの
試みを経て、ある仮定の平面を固めねばならない。
その時の検討プロセスの決定要素となったのは、ホールの平面形状とオフィスの平面
形状とを垂直方向で貫く「コア(EV・WC・階段・設備シャフト等)」の配置の型
であった。仮定の平面案を固めるには、先ずは2つの前面幹線道路が交差する2つの
軸、これをⅩ軸・Y軸とすれば、このXY軸を投影してのプラン骨子から解く必要が
あった。これは言わば「系統的思考」の道筋を素直に進んでいる軌跡である。ところ
がどうしても交差点に面する角あたりに柱が連立しビルの正面性の「決め」を得るこ
とが出来ない。車の機械駐車への入り口の設定もままならない。平面推敲は袋小路に
入り込んでいった。散々右往左往した揚句、頭の中に閃いたのは、この敷地を含む地
区ブロック(住友生命ブロックを含めて)の形状が大きな三角形をなしていることと
その頂点への軸にビルが据えられている姿であった。具体的にはⅩ軸でもなくY軸で
もない、新たなZ軸、つまりここでは交差点と敷地の形状を結ぶ軸でありⅩとY軸の
45度の角度を成す軸つまりZ軸の設定への発想の「揺らぎ」がこの袋小路状態を
Break-Through させた。
90
図-2-1-(9)
ホールとオフィスを納める大きな骨格イメージ。X軸とY軸に加えて交
差点上空に対面するZ軸とによる3軸構成。交差点への開放的表情とともに、御堂筋の正
面にあるという立地性への配慮から、スカイラインは塔状としつつX,Y軸で納める、と
いう構成としたホールを納める空間ボリュームはここではほぼ八角形ボリュームであり、
一方、オフィスを納める空間ボリュームは、変形の正方形ボリュームである。この2つの
ニーズを整合させつつ、全階を貫く骨格を二つのコア柱で組み立てるという概形とした。
91
3)
Z軸という「創発」
このZ軸の軸上にホールステージ正面を据え、これから同心円状に客席機能を配しホ
ールの基本形状を整えるコアをZ軸に対して対象になる配置で仮決めするとともに、
そのコア配置で上階のオフィスフロアーを支える構造柱を建物外周壁にまとめること
で、ビルの据え方の基本形状を仮決めした。その上で、ビル全体の大きな脊髄となる
コアを大きく二つに集約させて、基本的にはZ軸上には耐震壁もなく柱もない開放系
のかたちにまとめることとして、超高層建築の全体構造骨格の粗概要をまとめたので
ある。これについての粗いスケッチが前ページの図である。
この思考プロセスにおける「揺らぎ」の端緒となったZ軸の閃きを得てから、上で示
した概略の平面構成を一気にまとめるに要した時間はわずかに一日であった。つまり、
好ましい平面構成へ向けてさまざまな「類推」と「葛藤」そして「連鎖」思考を繰り
返すが、その間にドンドンその経緯の平面情報は脳に蓄えられて来ていて、ある時、
脳の中に何の関係もない情景(ここでは三角形の街区の三点に正面を据えた各ビル群
の鳥瞰図)がふっと浮かび、それを脳内のニューロンが言わば発光してそれまで錯綜
していた思考のもつれ糸が一気に整数糸に変質した結果である、と言える。これは筆
者なりに想像した創造思考のジャンピング思考の一端である。どのような設計プロジ
ェクトにおいても、このようないわゆる「生みの苦しみ」のプロセスはあるものであ
り、閃きの瞬間が偶発的な「ラッキーな体験」と考えがちであるが、それは一面的で
あると考えている。「成るべくして成る状態にまで高めていき、その状態でのピーク
思考要素を別系統の思考回路のネットに触れさせることで瞬時にそのネットがピーク
色に染まり、自己組織化してそのネット全体が脳内で発光する」ことが「閃き」と私
は捉えている。つまり「創発」とは、「直観」と「類推」と「連鎖」そして一時的な
「統合」から「集成」への手戻りを何度も経るという網状の運動イメージの中で、何
度も「創発」のピークを迎え、さらに高い位置へと思考を静的な網状から動的な網状
つまりスパイラル状に内容を高めていくうちに、別次元の揺らぎ思考ネットがこれと
接触して一気に「一つの思考の型」を成しそれが好ましい価値像につながる思考の均
衡状態を迎える・・・・その切っ掛けなのである。ここでの「Z軸」の発想や「三角形の
大きな街区でのビル群の光景」のように数多の創発が繰り返されて一つの均衡解に至
るのである。「閃き」を得てから一つの均衡解の粗描きの絵姿に変換するに要する時
間は、それまでの思考に要した時間の1/50~1/100程度の極めて短い時間である
ことは多くの人々が経験するところである。ただ、「その時」を迎えるまでの道筋は、
粘り強い忍耐力と熱いものづくり魂の発揮が必須でもある。そして、意外にも大切な
ことは、この「閃き」のヒントを提供するのは決して専門家だけではなく、全くの素
92
人であることもあれば、経営者、有識者、主婦であったりさえする。それだけに、専
門家は絶えず平静な心構えで「耳」と「目」とをセンシティブに保ち、創造的思考の
緊張した局面でも多くのプロジェクト関係者と接触していなければならない。閃きの
ヒントは身近な足もとに潜んでいる、との教訓からも言えることである。
ただ、このプロジェクトではこの「閃き」に至った後も、さらに新たな課題がのしか
かって来て、課題の対処に一段と高度化対応を求められることとなった。
Ⅹ軸とY軸に対してZ軸の発想は、飛躍的に平面検討を新たなステージに推し挙げた
が、それは決してZ軸だけですべてが解決できるほどの甘いものではなく、X・Y軸
とZ軸との構造架構状の数理基盤との整合を図らねばならないという重い課題に直面
することとなった。その上、さらにこのビルの顕著性を高めるために容積率一杯の中
で、ビルボリュームを上方に挙げ「ビルを一層高く現わしたい」という創発新たに加
わった。これは具体的には階段状にビルボリュームを積み上げていくデザインとして
発展を見ることとなり、デザイン検討はさらに高度な対応を求められていった。
図-2-1-(10)
ザ・フェニックスホールの平面とオフィスタワーの平面骨格
との相関図
93
ただ、この発想は、先に決めたコア配置の基本フレームをベースに垂直方向にズラし
ていけば全体デザインはよりダイナミックになることでいよいよ最終的なかたちがま
とまる時期を迎える切っ掛けともなった。
こうした建築デザインの大きな骨格づくりは、無論専門家の高度な判断領域の仕事で
あって、その判断の領域に素人のかかわりがあってはならない。ただ、創発は様々な
レベルで専門家の思考を刺激することは確かであり、その刺激が新たな価値創造に
つながるシーズを伴なっていることが多いという認識は、専門家としても忘れては
ならないと考えることは、本論考の基本的な認識基盤ともしていることである。
4)
自然光あふれるプチコンサートホールを
また、専門家領域の中でも、意匠設計サイドのデザインニーズと構造設計サイドの架
構ニーズとの整合をはじめ、設備設計サイドの供給処理インフラと構造との整合を果
たし価値の高い資産として技術的に組み上げることが出来るのは、インハウスされた
意匠デザイナーと構造設計者・設備設計者との長年の信頼基盤があってこそ可能な側
面がある。このコラボレーションのスキームを、任意の社会的集団として編成された
協働チームで組み立て維持するのは、かたちとしては可能であるが、かなり長い期間
での信頼基盤の構築が前提となるであろうと推察する。とにもかくにも、これでⅩ、
Y、Z軸そして垂直軸による大きなビル骨格の構想が具体化した。
ビル全体の骨格をこのように決めると、次はいよいよプチコンサートホールの基本骨
格の具体化検討を迎えた。ここで大きなデザインの方向としたのが、先述したZ軸に
もとづく平面の同心円状の展開形である。これの発想の核となった考えが、Z軸の先
にある交差点空間の上空の開放性を活用する発想であった。そして具体的には「自然
光あふれるコンサートホールの骨格を組み立てること」であり、これは「ステージバ
ック全面をガラススクリーンにしてこれを交差点空間に対面させる」という構想とな
って具体化させた。このガラススクリーンは先のZ軸と直角をなす位置に据えられ、
前面の二つの幹線道路からの騒音・振動を完全に遮断するために25mm厚の複層ガ
ラススクリーンを800mmの空気層を挟んで2重に配置する技術的構想を立て、あ
わせて「浮床構造」とした。このような性能を持たせることで、Z軸が西北方向を向
いていることもあり、夕日の多彩な変化を楽しむことが出来、また、夜の帳が下りて
満天の星空と都会の夜景をバックに、ジャズやピアノ演奏をはじめ室内楽を、演奏者
と聴衆との親密な対面関係の中で楽しめるというプチコンサートホールならではのホ
ールコンセプトでまとめることが可能となったのである。
ところで、冒頭のハイドンザールでの体験で触れたことであるが、現代の音楽ホール
に無窓空間が多いのに対して、一時代前の宮廷音楽を楽しむ空間には必ず大きなアー
94
チ型の窓から自然光が差し込む明るい平土間の鑑賞空間があった。この空間を当時は
「サロン」と呼んでいたのは言うまでもないこと。宮廷サロン音楽という概念は、華
やぎと共に自然との関わりの中の安らぎの至高空間 Prime-Space の意味をも含んでい
たのである。そして現代においては無論宮廷という概念は消えたが、華やぎと安らぎ
の概念としてのサロンは生き残り続けた。その時にさらに生き残ったのが「演奏者と
の親密な交流が叶う小空間」とともに「自然光が燦々と入る音楽空間」とが一体とな
ったホールコンセプトである。
このホールコンセプトを、このプロジェクトでそのままフィジカルな空間形状に発展
させたのが、ステージバックスクリーンの面を一つの面とする変形6角形の平面形状
である。こうすることによりホールメインフロアーに200人、さらにその上階に1
00人のほぼすべての聴衆が演奏者との距離を15m以内の空間内に包み込むことが
出来る訳である。ステージに立つと演奏者の目には、真近かに聴衆の息遣いまでをも
感じ取ることが出来るぐらいの包み込まれた空間が用意され、また聴衆の客席に座る
と演奏者の汗が降りかかるくらいの親密空間内に包まれる。実際の公演を何度か拝見
して、ステージ上の演奏者との懇談を交えた演奏会は、他のホールでは体験できない、
いわゆる「粒立ち」の音楽空間となっている光景を目にする。
写真-15
ホール正面のガラススクリーン位置に遮蔽可動木質壁が備えられており、全くの無窓の
ホールとしてのインテリアも演出できる。ホールの天井・壁は三角形のモチーフで統一されている。
ホール一階床面は全面昇降の迫りが仕組まれている機能床である。----
95
さらに、ここでのデザインのベースオーダー(意匠秩序)は6角形と3角形モチーフ
の組み合わせにあり、これらを音響設計側の反射特性ニーズにあわせて様々な面角度
を持たせて、豊かな反射音をもたらして聴衆と演奏者を包み込む音場とした。
「サロン」として備えるべき「親密性」と「自然光」とを満たすことで、このホール
としてのアイデンティティをこのように固めた次第である。ただ、このデザインの創
造的思考のプロセスの中でホール形状の「かたち」を決めるまでは、先述したビル全
体の骨格からの形状の概略枠決定からも、検討スケールのダウンに応じたレベルでか
なりの紆余曲折を経た。
とりわけ「親密性」と「自然光」の両テーマを一度に満足させる「創発」は、自然光
を遮断する上下可動遮光パネルを下して無窓とした場合のインテリアデザインにおけ
る工夫とのせめぎ合いで、「葛藤」の場面が多く見られた。
しかし最終的なかたちに決めた決定要因はガラススクリーンの設定の高さであった。
ガラススクリーンのステージ側にいわゆるプロセニアム状の門型開口の高さを抑え目
にしホール内の6角形の形状オーダーを守ることで、遮光壁を降ろした場合でのイン
テリアデザインにもまとまりがつくこととなった。この「葛藤」で導いた解はいわゆ
る系統的思考の所産と言える正統的な解決法であった。このような経緯を経て、この
特色あるプチコンサートホールは、ビル全体の骨格の中にダイアモンド小箱を大切に
包み込むようなかたちで、微に入り細を穿つ心配りで創り込まれ造り込まれていった
のである。
5)
街並みとのメッセージのやり取りが出来るホールへ
以上のようなプロセスを経て、超高層ビルのオフィスカルチャーコンプレックスの低
層階にプチコンサートホールが納められた次第である。ところで、このホールのステ
ージでの演奏者の光景は、大きなステージバックのガラススクリーン越しに、街の通
りからも、つまり御堂筋と国道一号線の歩道や歩道橋からも望見することが出来る。
それは同時にホール内の客席からステージ状の演奏者越しに街の通りの人々を望見出
来る仕組みと裏腹の相関・相視関係になっている。両者は明らかに呼応しあっている
という不思議な光景が、街並みの中の特有のメッセージとなって流れているのである。
例えば、ライトアップされたピアノ演奏の光景が、御堂筋の歩道からも遠望できるわ
けである。
これは実は、建築と街並みとの透明な連続性を持たせることで、このビルへのアクセ
スのインセンティブを高めるとともに、このビルに納められているテナントオフィス、
レストラン、ビアホール、そしてコンサートホールへ至る道筋が言わば街並みの歩道
の連続上にある仕組みとしてビル全体骨格に組み入れた構想にもとづいている。
「様々
96
な人々が多く出入りする垂直のまち」でありたい、という願いが事業クライアント側
に強くあったこともあり、このようなデザインとして昇華させることとした。ここで、
このプロジェクトでの創造的思考の道筋の中のこの「街並みへのメッセージを提供す
写真-16
街並みへのメッセージ性豊かなホールとオフィスタワーデザイン。ホールでの
公演の様子が街中の通りからも伺い見ることができる
97
る」というテーマ部分をたどると、そこには、事業クライアントの「直観」から吐露
された「様々な人々が多く出入りするビルでありたい」という「ことば」が、「かた
ちのいのち」となって、このような大規模なビル骨格の特徴ある姿に発展させた、そ
の大切な軌跡の実像を読み取ることが出来る。この「デザイン発想の源」の所産にま
つわるエピソードは、往々にして建築家側の発想のボックスから出たことに話題が偏
りがちになるが、事実の経緯は、人生経験豊かで見識の広い非専門者側の識見と叡智
にも依っていることを軽視してはならない。
続いて、この街並みへのメッセージに関連して「パブリックアート」を建築化した試
みにも触れておきたい。このビルの大きな構造骨格の特徴として、先述したZ軸をX
Y軸に加えて組み入れて主体骨格を決めた訳であるが、その際、ビルの足元の交差点
に面する2方向の面における主構造柱を3本一組にしてこれの一対をZ軸に直行する
方向で建てる計画にした。その結果、約900φの柱3本をひとまとめの面で包むデ
ザインを考案し、これにパブリックアートを組み入れたのである。
写真-17
タワーの主柱に取りついた「モアラ」のオブジェと街並みから窺い知れるホールの
内部の様子。パブリックアートとしての「モアラ」とシンボルとしてのホール外観。
98
南米のコロンビア出身の画家である R・SOTO 氏のデザインによる都市スケールでの
「モアラ・デザイン」によってこの面を都市スケールで意匠化した。「モアラ」とは
例えば2枚のすだれを重ねると波型上の可動の模様が走る、その現象を言う。その模
様現象をここでは、ビルの足元の 3 本柱をまとめた曲面に60φのパイプを60mm
間隔で垂直に浮かして立てて取り付け先ずこれを一つの大きな縦方向のすだれとした。
そしてそのバック曲面にも60mm間隔での縦じま状のラインを塗り込みパイプとそ
の曲面とを60mm離すことで、交差点を通過する車の窓からこれらのパイプ群とそ
のバックの縞模様のパネルとで「モアラ現象」を現出させたのである。交差点内の車
窓から動く目でこの大きなすだれを見ると、そこに「像の揺れ」が発生している現象
を見てとることが来る。また、そのパイプとパネル壁とは、ホールのバックスクリー
ン越しにも見通すことが出来、街並みのアートとして自分のビル側からも楽しむこと
が出来る、という仕掛けを考案し取り付けた。
このようにして街並みへのメッセージのやり取りが出来る表情豊かなビルデザインと
してまとめた訳である。この「モアラ」をビルの足元に発生させるパブリックアート
として再現させる発想は、通常の「堅実にまとめる系統的思考」では生まれない。あ
る意味では「遊び心」であり、それはまさに「揺らぎ」の所産から生まれている。当
初からの系統的な平面思考と立面思考では、思いつかない発想でありながら、その発
想が生まれていないと一つの価値が欠損しているように感じるほど、ビル外観の筋肉
の一部にまでに昇華されている様を見てとることが出来る。仮に、この「モアラ」の
手当てがビル竣工後に取りつけられた代物であるとすると、全くビル全体の筋肉には
成っていない印象を瞬時に人々に与えてしまうに違いない。それを考えると、この「揺
らぎ」が設計関係者から発想されたことが、全体デザインの息吹に昇華されビルの身
体化に寄与したことには間違いないと言える。ここに「系統的思考」と「揺らぎ思考」
とが、一見別次元の思考回路に見えながら、実は、一つの創造思考の軸上に乗っての
連続思考であるという、その実像を見てとることが出来ると私は捉えている。「揺ら
ぎ」が「系統的思考」と補完関係にあることを改めて実感をもって認識した切っ掛け
の一つとして記しておく。
6)
多主体による領域相関の実像
このプロジェクトでの「多主体」の実像は、「土一升、金一升」と言われた高付加価値の
事業立地に、テナントオフィスビルだけでなく芸術文化施設を納めようと発想された事業
クライアントの意思によるところが大きい。それに加えて「自然光あふれるホール」がこ
の立地にふさわしいとのイメージを発案した建築家の創造思考を活かすために、法的な容
積制度上の制約を前向きに取り組まれた行政担当者の的確な判断も見逃すことはできない。
99
先述したいずみホールでの民間の努力が、別の民間プロジェクトにおける芸術文化施設の
創設を容積ボーナス制度の適用として法的に支える連鎖形となったのである。具体的には
文化施設の当該ゾーンの総面積相当分の容積を、その等量分、オフィス用途面積として上
乗せできる趣旨の制度である。
また、このプロジェクトでは、いずみホールの時と同じく、建築家と音響設計家との「音
と建築家との融合」を目指しただけではなく、「視覚的にも音を楽しむ仕掛け」としてス
テージバックスクリーンを電動昇降させる大型舞台機構を実装させるデザインを生み、複
数の異分野専門家とのオープンな集団創作を展開したことは特徴的である。
また、ホールオープン後においても、好立地を反映して、新人バイオリニストの発掘イベ
ントをはじめ、弦楽四重奏団の定期演奏などが軸になり、これらが公演を支える新たな「多
主体」となって、このオフィスカルチャーコンプレックスを15年以上にわたり育んでい
る側面は、多主体の視座からの創造思考の構図を、長年月にわたる時間軸で探究する上で
も見逃せない軌跡である。ここでも設計・工事段階だけでなく、運用段階においても「か
たちのいのちのことば」が息づいていることが重要な生命泉であり、創造思考における絶
対領域にあるこの「ことば」の存在意義には誠に重いものを感じる。
このプロジェクトでの「多主体」は、事業クライアントと建築家は勿論として、クライア
ントの部門内の事業専門家、行政面で前向きな指導を実践された担当官、音響設計面の専
門家、大型の舞台機構の専門家、そして、ビル竣工後・ホールオープン後の運用面での専
門家、そして、この好立地に文化芸術施設が生まれることを願ったこの地域に勤め生活す
る地域の声の主の Silent-People の非専門者の皆さん等々、とまとめることが出来る。建
築という社会的資産は、企画・設計・建設時は、ソフトとともに「ハードの緻密な設定」
にどうしても注力されることになるが、竣工・オープン後は、時とともに、人々の心象風
景のなかに、つまりソフトの世界の中に、地域と共に静かに生き続けていく存在となって
いく精神的資産の役割が高まっていくものである。ザ・フェニックスタワー&ホールが、
そのような魅力的な存在として、大阪市民だけでなく近畿一円の皆さんに、アーバンライ
フとカルチャーライフの豊かさと潤いとを提供し続け、身近な生活と労働と癒しの場とし
て親しまれていくことを心から祈念している。
なお、このプロジェクトにおける「多主体」の関わりについては、さらに次項においても
詳述した。
100
写真-18
オフィスタワー全景と低層階の大きな柱に取りつく「パブリックアート」の「モアラ」
が、交差点の景観に特有の文化的ランドマーク性を演出している-
101
写真-19
東京における歴史的な拠点である八重洲ビルの前の国道一号線の「東」の起点と、大阪
での歴史的な拠点に位置するこのビルの前の大阪梅田新道前の今一つの「西」の起点と
を結ぶ二つの点が、ここで一本の熱く太い生命線として新たに甦り結ばれた。
102
2-1-4
国際高等研究所
写真-20
作品-4
国際高等研究所全景。右に伽藍イメージの研究棟、左に研究者居住・滞在用住
宅棟。研究の場と住まいとが一つの敷地に一体となって設けられている。---
1)
社会横断的なチームによる集団創作の場
このプロジェクトは、いわゆる「京都学派」の学識者と財界そして行政界の方々と建
築家とのほぼイーコールパートナー同士での合議制による創造的思考を進めた貴重な
事例である。合議制とはいわゆる「委員会方式」による協議・決定手続きをとったこ
とからそのように表現した。その委員会は国際高等研究所建設委員会(初期的には建
設準備委員会)とその親委員会である財団法人国際高等研究所理事会との2つの機関
から構成されていた。委員会のメンバーは錚々たる学識者の方々で、当時の立場での
表現でご容赦いただくとして、小掘鐸二京都大学名誉教授、川崎清京都大学教授、河
野卓男ムーバット会長、奥田東元京都大学総長、松浦京都大学教授他の方々が名を連
ねておられ、建築設計の専門家の一員として私が参加した。建設委員会の委員長は小
堀先生で副委員長が川崎先生であった。親委員会の理事会のメンバーには林田京都府
知事以下、産官学界の名だたる方々の名前が連練られていた。
この建設委員会の特徴は、いわゆる官制の形式的な協議機関でなく、かなり率直かつ
実質的な創造的思考が交わされる場であったことで、この点は、関東と絶えず向こう
103
を張っている関西の、とりわけ京都学派の人たちの実質本位の世界観を標榜している。
またこのような実質的な協議と親密な創造的思考の交歓の場であったのにはそれなり
に経緯があったからでもある。それは、研究所としての実質的な研究発表活動が委員
会発足の5年前から展開していたものの、「研究所施設を創ろう」との声が出てから
発足させた委員会であったので、敷地も施設建設コンセプトも何もない状態からのス
タートを全員で切った、という「原点を皆が共有していた」という意識が沁みとおっ
ていたことにもよる。これはこれまでの経験からも珍しいケースの一つであり、ある
意味で幸運な機会でもあった。ただ、これから約3年ほどにわたるその初動時期では、
我々設計者(建築家)への依頼報酬もない手弁当の勉強会時代が続いたことも珍しい
ケースでもある。ただ、途中で頓挫するどころかますます意気軒昂になっていったの
は、その場が言わば外部開放の「知恵集め」の場の性格を一面では帯び出していたこ
とも、「京都人」の集まりという共同体意識もあってこの場の性格を実質的なものに
した要因とも言える。
今一つこの研究所の施設建設の事業で大切な課題は、建設資金の募金を社会に広く募
ったことである。その募金収集活動は6~7年にわたり続けられ、大口の寄付をされ
たオムロン創業者の立石一真元会長(元相談役)の誠に熱い篤志を皮切りに関西財界
の主だった企業・機関・団体からの寄付が寄せられて、やがて建設資金の大きな礎が
築かれた。社会の篤志により建設資金面においても施設草創の大きな課題を乗り越え
た軌跡を残している。今から振り返ると、バブル経済前の社会状況ではあったが、わ
ずかに20数年前のことであり「そのような時代があったのだなぁ」という感慨を改
めて覚える。大正初期の大正デモクラシーの時期に、民間資本による街づくりが、民
間のパトロネージにより進められた当時の社会構造に少し似ていることかもしれない。
京都人のプライドも高い。
こうした背景のもとで、この委員会において、施設草創へ向けての初期的なテーマ模
索をはじめとした課題に対して、いわば集団創作の体で協議が和やかに進められた。
研究所の研究活動そのものの基本理念は「次代へ向けて、何を研究するのが良いかを
研究する研究所」という、少し禅問答的な自問も投げかけるかたちの研究理念がすで
に取り決められてはいた。また、施設を建設する地域については、関西財界が主導的
に取り組んでいた「京阪奈学術研究都市」のなかに建てる構想は取り上げられていた
ものの、具体的な立地は未定であった。しかしやがて、京都府の木津町の今の敷地の
2倍の広さでの候補地が取り上げられ、この候補地での施設基本構想案づくりが始め
られた。
104
2)
「類推」と「揺らぎ」の容赦ないせめぎ合い
このプロジェクトにおけるこのような初期的段階での創造思考のやり取りの「型」は、
協議の原点を共有している中で、「一体、どのような研究環境が好ましいのか」とい
う言わば施設構想の知見の「集成」を皆で進めるという基盤づくりに取り組んでいた
ことにある。全く何もない状況からのスタートであった。ただ、この状況は「集団創
作」の素地づくり上では、非常に意味のある「シーズ醸成」の時期であったと言える。
敷地候補が決められてから、俄かに施設構想イメージの議論が活発化した。多くの委
員からイメージを吐露する「ことば」が飛び交った中で、その後、主軸になったのは
「学者村を創るということだ」という原イメージであった。「学者村----頭の偉い人た
ちが思索し推敲し深耕する至高の研究環境と交流空間とを備えた場の姿をヴィレッジ
イメージで組み立てる」という「類推」とともに幾つかの施設完成イメージ像を絵柄
で示しそれをたたき台にしての意見交歓が続いた。しかし、ハード主体の類推はすぐ
に議論の壁が見えて来た。何か学識者と設計者とをつなぐ概念用語が必要であること
を感じ取ったが、中々提示できずにその状態で半年が過ぎたように記憶する。やがて
「揺らぎ」の発想のタネが飛び込んできた。その切っ掛けが何であったかは正確には
覚えていないが、とにかく立地周辺の歴史的コンテキストが京都・奈良地域に位置し
ており、日本古来の知識階級の人たちが知的鍛錬に取り組む場とすれば、「寺社にお
ける修行空間」であることが大きなヒントになった。むしろその点に何故早く気付か
なかったのかという反省も伴なった。その揺らぎのことばは「伽藍」であり、さらに
発展して「知の伽藍」という新造の概念が、各委員の同意を得るのにそれほどの時間
は要しなかった。
この「知の伽藍」ということばが「類推」の「連鎖」を飛躍的に進めた。委員の中に
は「日本古来の伝統工法による木造の研究所などにするといいがなぁ」という具体的
な空間イメージにまで発展する考えが出され、ようやく委員会の中の協議に「ハード
のみの議論でなく研究環境のありようと思索にふさわしい環境イメージ」などを伴な
った考えをはじめいろいろ出されてきて、いよいよ施設の概要イメージと諸条件を煮
詰めていく「計画」と「設計」の知見を動員する創作段階に至った。委員会発足から
実に5年近く経っていたのである。
この段階に入っても委員の諸氏には建築部門の専門の学識者が多いことから、引き続
き「どのような思索空間が良いか」というプランニングとデザインの領域にまで、集
団で知見を集約させていく場が続いた。委員の中には現代の「環境」分野のパイオニ
ア的知見を発揮される方もおられて、協議内容はその都度、高度なレベルにまで高ま
り、その資料準備に追われることが多い時期となった。この段階での「集団創作」の
姿は、各委員が建築・構造・設備分野の権威であることもあり、手とり足とりの協議
105
ではなく、前回の委員会で指摘されたことに対して設計者が複数案を提示し概ねの方
向を決めていく、という協議の進め方に収斂し出していた。ある側面から見ると、正
統的な「系統的思考」にもとづき進められていたとも見られるが、実際は、大きな波
ではないものの建築に通暁する識者の指摘が的確に視点を転じさせるという中規模の
「揺らぎ」に端を発する「創発」を多発させる中で創造思考が集団として進められて
いたのである。そうした系統式思考と揺らぎの穏やかな葛藤と連鎖により、「知の伽
藍」という施設イメージは、自然通風主体で庭園にも研究個室から Walk-Out でき、
雨の日もテラスなりバルコニーに出て読書に耽ることができ、大勢の人たちとの食事
とパーティが楽しめるホールを設け、敷地内に散策路とせせらぎと東屋を設えて推敲
を深めることもでき、さらに半年~2年ほどの Stay が可能な居宅群を備え、茶室、交
流のための所長公館も備えた等々、一大学者ヴィレッジの設計図へと発展・収斂して
いった。
このプロジェクトでは、無報酬段階で3年近く協議に参加したという事務所運営の面
からは大きな先行投資的なかかわりではあったが、しかし企画当初から委員会に参加
できたという幸運とともに、さらに産官学界の識者と等位の立場で、創造的思考を集
団で高めていったという原体験を得たのは貴重な機会であった。施設の初期的検討の
時期における創造的思考の「型」の軌跡の中で、「施設はこうあったらいいなぁ」と
いう率直なことばに託された「直観」から始まり、これの集団的な「類推」と「連鎖」
が進められて、「学者村」ということばから「知の伽藍」という「創発」を得て、や
がて研究思索空間としての「統合」に至ったそのプロセスが、全て合議制という透明
性の中で進められかつ、多主体による集団協議により「創作」が営まれたという創造
プロセスは貴重な知的財産を遺したことになる。研究所施設が完成してすでに20年
以上が経ち、敷地内の木々は大きく繁茂して如何にも研究思索の館にふさわしい雰囲
気を醸し出している。
また、研究所周辺の戸建ての住宅団地の住民が子供連れで自由に参加出来る公開講座
を、現下の研究界のトップクラスの方々の篤志で長年続けられている様を拝見すると、
社会の浄財を得て完成したこの館の創設の志が社会に広く永く還元されていくという、
社会の知の循環の構図の実像を静かに感じ取った次第である。
106
写真-21
メインホール外部のピロティ空間から雁行型に配置された研究棟を望む。ピロティ→
池→芝生広場→散策路→東屋→散策路→茶室→所長公館→住宅棟と談笑と思索の場が連続する。
3)
静謐な研究思索の館イメージの「葛藤」から「創発」へ
ノーベルプライザーを一定期間この研究所に招聘して、我が国の官・民研究所の所長
クラスの人たちと懇談し知見交歓をしあうという構想が当初よりあり、これを迎える
施設として具体的にはどのような設えとするのが良いか、についてはかなり深い思惟
と広い知見収集とが必要であった。数多の課題の解決を経て完成を見たその竣工式の
際に、ドイツの学界の権威であられたワイツゼッカー博士が招待された時の特別講演
での「ことば」が印象深く記憶に残っている。「東のこころ、西のこころ」と題され
た公演を終えて施設をご案内した際に漏らされたこの研究所の印象が「大変にシック
で独特の落ち着きがあり、どこかにヨーロッパの薫りがする」という趣旨のことを言
われた。筆者の耳に引っ掛かったのは後者の部分であった。筆者としては、我が国の
気候風土にあわせた軒庇の深い屋根を架けた2階建ての建屋を雁行配置させ、思索と
散策の際の視界の先に庭園を見せて心に安らぎを与える、という我が国固有のつくり
でデザインをしたつもりであった。しかも、建屋の外装磁器質タイルは長手のボーダ
ータイルとしてその色合いを濃淡を混ぜた灰緑色の水平縞を強調させてこの建屋を静
かに包み込むデザインとすることにもこころを砕いた。大切にしたのは、静謐な思索
107
環境として、建築空間が強く主張しない考えでまとめたことである。そのタイルの色
合いには、木質が100年、200年経過すると炭化しすすけた濃い「寂び、侘び色」
となることも標榜させていた。
しかるに「どこかにヨーロッパの薫りがする」と、はるばる地球の裏から来日された
人の故郷の佇まいを連想させたものは何なのか不思議に思い質問した。その答えは「東
のこころ、西のこころ」で言いましたよ、とのこと。通訳のもどかしさもあってそれ
以上の会話は無理であったが、ある種の「ストイックな息吹」を感じ取ったようであ
る。研究思索空間としての連続性と「洋の東西を問わない人間の知的いとなみの館」
としての共通イメージとを感じ取っていただけたとしたら幸いと思っている。
設計の狙いとするところと、空間のつくりとその仕上げのための素材の吟味に大いに
悩んだのはこの「静謐な空間」という抽象語の空間的咀嚼であった。この咀嚼という
創造的思考の一端を成す知的営みは、「類推」と同義であり、「類推」のバックグラ
ウンドには、我が国の建築の古来からの「空間のつくり」と「素材の活かし方」の知
見の基盤があることは自明のことである。前者は「伽藍」とともに「建屋の雁行配置」
「深い軒庇」「Walk-Out 出来る縁側空間」「水面と建屋との交わり」などとして「類
推」を特定の空間イメージ創出へ向けて「連鎖」させていった。後者の「素材」であ
るが、かつての時代の建築素材は「木材」と「土壁」と「銅板・瓦」などの資材に限
られていたことに起因する、ある種の素材吟味の抑制からの「ストイックな雰囲気」
は寺社建築他には必ず伴なっていたと見ている。この研究所のデザインにあたっては、
後者の「素材」についてもタイルと銅板とガラス程度に絞り込み、しかも全てを無彩
色気味の濃淡のカラースキームでまとめたことが、「ストイックな雰囲気」を感じ取
らせ、「ヨーロッパ的なある種のメランコリーな息吹」を感じ取らせたのではないか
と推察する。いずれにしても建築空間の主張を出来る限り抑えた狙いの主たるものは
「静謐な空間」のありようを、このような趣旨から探ることにあった。
4)
Think
Sustainable-Architecture の一つの型・・・・・「開放系のかたち」への希求
Locally、Act Global という命題もあれば Think
Globally、Act Local と
いう命題設定もある。この場合の Local 概念の捉え方如何で随分この命題の趣旨が変わ
る。Local を「国」と捉えるか、国の枠を越えた Global な構成単位としての「地域」と
捉えるかである。かつて国際様式という概念があり建築の世界には International
Style として世界統一様式概念で席捲された歴史がある。いまやそれぞれの国ないし地域
の歴史・文化・風土にあわせた、地域に根差した建築デザインの規範が、これに入れ替
わった時代を迎えている。その論理基盤に立てば、環境に親和性のある建築が根ざすの
は、無論、国の枠ではなく「地域」の枠であり、これは世界の中の日本の国土内におい
108
ても当てはめるべき考えと捉えていた。関西、関東、中部、甲信越、北陸、東北、北海
道、中国、四国、九州、沖縄等々の地域における気候風土は、狭いと言われる日本国土
の中でも随分、四季のいとなみの姿が異なる。筆者は Think
Globally、Act Local の
命題における Local の具体的枠は、無論、日本という国の枠ではなく、この程度の分類
の「地域」であると捉えていた。
この研究所が完成して、多くの欧米の研究者が招聘された際に、この建築についての
印象をコメントされたことばの中に、「建設する地域の歴史と気候風土と文化に根差
した建築こそ Global-Architecture である」という指摘があったことは「やはり分っ
ていただけたか」との思いであった。真摯に「地域の気候・風土・文化」に徹する建
築のつくりを希求すれば、それこそが International である」という教えであった。
つまり、この研究所の建築のつくりについてのデザインコンセプトは「如何にこの地
域の自然のいとなみのリズムにあわせて、快適な思索環境を実現させるか」に置いた
のであり、具体的には「基本的には日本古来からの開放系のつくりのかたち」を「こ
の京阪奈丘陵の立地性にあわせて希求」したことにあった。この地域は大阪平野と奈
良盆地と京都盆地との 3 領域の重なり領域にあり、標高は60m~80m程度の丘陵
地帯にある。年間の日照時間は多い地域ではあるが雨も比較的多く湿度が高く、冬季
はかなり冷え込み北風の卓越風が吹く。周りの木々の植生はそれほど繁茂しているわ
写真-22
研究所の中核施設のメインホールの外観夜景。食事・交流・談笑の場-
けではなく、木々もコブシ、コナラなどの比較的、幹の細い雑木林が竹林と共にいわ
109
ゆる「里山」景観を成している、そのような気候風土地域である。阪奈丘陵地帯は概
ねこのような風土の中にある。敷地規模が当初は約 8ha の想定であったものが、ある
時点で半分の約 4ha の中での計画となったが、京阪奈開発方式の通り、住宅分譲地の
外縁部の丘陵地域を粗造成したエリアでの立地であった。出来る限りもとの地勢の姿
を粗造成レベルで残しておくことを委員会を通じて事前に指示していたので、適度な
アンジュレーションのあるランドスケープデザインを可能とした。つまり地山の起伏
を少し残しつつ施設の配置と植栽等を考えることが出来たことは、この土地ならでは
の気候風土にあわせた、建築の内外空間を連続させる「開放系の建築」を具体化して
いくには幸運であった。敷地の高低差は、西側が元の地山を残したゾーンであったこ
とからこのエリアから東に約3~5mの高低差を伴なう形状であった。施設の配置の
大きなゾーニングは南エリアに研究ゾーンを北エリアに居住区ゾーンを配して、中央
部は大きな芝生広場とし、これを雁行型に囲むかたちで研究個室棟を2棟に分棟して
配置した。芝生広場は研究個室棟と大屋根の食堂棟、事務棟とにL字型に囲まれて北
風をさえぎることとし、南東方向のはるか遠くに奈良の若草山を望見出来る眺望を食
堂棟から楽しめるつくりとしたのである。こうした大づくりの建築の配置の中で、そ
れぞれの棟の建築のつくりについては、可能な限りこの立地での自然の気候風土に根
ざした「熱・風・陽光・水・湿度・大気」とのやり取りの親和性に心した。
図-2-1-(11)
環境親和型の佇まいのイメージ。大きな屋根、長い軒庇、地面からの冷風、
冬季の陽光の差し込み、開放窓から屋根に抜ける風の道、夏の陽光を避けるバルコニー、大地の
芝生へのウォークアウト等々、ローテクの住まいの仕組み
110
この段階での研究空間のありようの議論における創造的思考の実体は、委員会で「日
本古来の建屋のつくり」「無手勝流的なローテクの環境親和術」「深い軒庇と雨でも
開け立ての出来る建具」「夏の夜の虫対策」「地面の照り返しの防御」等についての
指摘をもとに、人工空調環境の主構造を出来る限り抑えて自然通風で対処できるため
の建築の深い軒庇や開放サッシュ等を優先的に活かす工夫とそのための「創発」を繰
り返して行ったことなどに見られる。
ある意味では、高度な知見を保有する委員の皆さんの「衆知を集める」中で「創発」
の「連鎖」を果たし、空間に「統合」していった軌跡を残している。研究個室は、基
本的には自然換気であるが、補助的な冷暖房の施設を備えていることとした。
要は、研究者は個室での思索に疲れ汗まみれになると、庭側のガラス扉を開けてその
まま芝生広場から散策路へと涼をとることが出来、池の水面の噴水やせせらぎの音な
どで精神的な癒しを敷地内の林の続きで受けることが出来るように計画するなど、内
外空間の連続するライフスタイルの中で思索と開放と交流に耽るかたちとした。この
研究者のライフスタイルのイメージについては、まさに委員会の委員の皆さんが研究
者であるだけに日常の原風景の中での革新イメージをもとに具体化が図れたのである。
先述したように、この研究所のデザインに当たっては、静謐な研究思索の場の具体化
に重きを置いて、建築空間としての主張を抑制気味にしたこともあり、研究ライフス
図-2-1-(12) 研究棟の雁行構成の佇まい。南面する芝生広場を望み、遠くは奈良の若草山
望できる立地環境にある。「孤高の思索」と「対話」「交流」「自然とのふれあい」の場が
かに受けつつ敷地内全体に展開する。
111
まで遠
自然の恩恵を豊
スタイルというソフト面での知見の「集成」には大きな齟齬はなかったと見ている。
この少しストイック気味の取り組みが、ある種の独特の雰囲気を創出したことは、結
果から見れば納得できる指摘ではある。ただ現実には、竣工し研究者が入居してライ
フスタイルを始めるその時まで、「本当に静謐な思索空間が出来たか?」の自問の繰
り返しではあった。
研究棟での深い思索と交流だけがこの研究所でのライフではない。敷地北側半分に実
は、所長公館をはじめ短期滞在のための居住施設が木々の緑に包まれるようにこれも
雁行型で点在する。長期滞在型と短期滞在型の住まいが散策路の緑に取りつくように
点在する。居住エリアと研究エリアとは盛り土を施したボリュームある緑地の広がり
でつかず離れずの関係に据えた。散策の途中に住まいの書斎にも立ち寄れる気軽さは、
一時的に滞在する研究者にとっては、我が国の気候風土を肌で感じさせる大切な風土
体験である。これらの住まいの中央位置に所長公館を四方開放系の平面で据えている。
写真-12
開放系の窓回りとテラス、そして大きなピロティの安らぎ
自然通風主体の環境親和型の建築のつくりにしても、竣工して20年を経てようやく
112
「人間系のいとなみ」と「自然系のいとなみ」とのつなぎの実体を目にするまで、言
い切れるものではないと自分に言い聞かせて来た。従ってこの研究所についての雑誌
等への環境親和の面での発表はこれまでほとんど成していないのが実情である。
以上、建築空間と外部の庭園・芝生・散策空間への連続性をはじめ、研究個室棟の外
壁周りの開放系の機構、大屋根の深い軒庇の太陽光の取り入れ方と遮り方、雁行型配
置による各個室の採光・通風の仕組み等々、人工空調制御の仕組みを出来るだけ抑え
つつ自然との呼吸の中で快適な研究・思索に携われる環境建築の仕組みに取り組んだ
内容を報告した。
写真-13
研究個室のインテリア。十分な蔵書棚とL字型デスクとIT環境、孤高の思索空間、仮
眠ベッドを兼ねた談笑ソファ、高い天井、芝生を望む開放系の窓、ウォークアウトできる両開きガラ
ス框戸、自然通風の換気スリット、窓の外に広がる里山風景等々
113
5)素材の吟味での「連鎖」とカラースキームの哲学での「類推」
この研究所においても「時とともに表情が豊かになる建築」という技術命題を設定し
た。この場合の初期的な設えには、当初より庇を深くし濃い目の灰緑色の磁器質タイ
ルで建物を包んでいたので竣工当初からすでに10年近くの時間を経ていた、ある種
のシックな表情を備えるようにしていた。それは、一つには外壁磁器質タイルの色の
吟味にあった。全体としては「知の伽藍」という基本イメージをもとに、寺社建築な
どが湛えている「モノトーンのカラースキーム」を組み立てたのである。それをさら
にタイル色の窯変によるムラをわざわざ活かして、瓦色の濃淡色を備えたタイルで、
水平方向の凹凸の大きなボーダー状のタイルを採用することで、壁面に影が濃く彫り
の深い水平目地の積み上げ調の壁面とし、モノトーンの単調さに陰りの豊かさを加え
て、抑制デザインによる「静謐さ」の表現の一端とした。
これに呼応させるように、屋根の素材も当初より濃い目の緑青塗布加工として置いて、
時間の経過と共に、真正の緑青が下地からにじみ出てきて15年~20年の中で完全
に濃い目の緑青銅板に転換させる仕組みを当初に組み入れた。20年を経た今日、外
装タイルの色合いは変わらないものの、屋根の緑青銅板は濃緑色の表情となって、全
体の雰囲気をさらに重厚にある意味ではストイックに見せている。現代感覚での「侘
び、寂び」に視点を向けた率直で「抑制する心」の日本的な表象の「連鎖」としての
重要な役割を果たした素材としてはこの「磁器質タイル」と「屋根銅板」であるが、
今一つは外装サッシュのカラーがある。これは端的に言ってタイルと同型色にまとめ
た。従ってサッシュの存在感をタイルの壁面に溶け込ませることにより全体の濃いカ
ラーの世界を守ることとしたのである。むしろ大きなガラスの透明で艶のある面があ
る種の緊張感を保持させているとも言える。あとのカラースキームは室内のものでる
が、これは外装の濃い灰緑色に清楚なコントラストをなす、アイボリーグレー系の明
るいシンプルな面の連続デザインを成るように色を決めた。さらに人間の手で触れる
部位の素材については徹底してナチュラルな木質の素材を扉、家具などに使用し、室
内の雰囲気を素朴で質素な素材感で包むこととした。これらの段階における創造思考
の軌跡においては、この段階ともなると一層の専門性が求められるため、委員会開催
費日の間を縫って京都大学の川崎先生の研究室を幾度か訪ね、また環境テーマについ
ては別の委員の研究室を訪問するなどして、その場での率直かつ的確な指摘を受けつ
つ、言わば「小集団」思考の連鎖のかたちで、具体化へ向けての「創発」の切っ掛け
を得て構想とかたちとを収斂させていくという軌跡を歩んでいった。この「連鎖」の
作業のかたちは、主たる作業のかたちではなかったものの、各委員先生方とのネット
ワーク形状の網の上を、筆者が「葛藤」と「統合」の役割を担う言わば「移動のシナ
プス体」として前後左右上下に動きまわり、多くの「創発」を得て、その創造的思考
114
の所産をネットワークの全体像に投射させていく・・・・という進め方であった。この場
合でも「創発」の主体は、各委員であることもあれば筆者から発したものもあり、事
実上は「多主体 Professional」による、という経緯を踏むことが「設計」という社会
的営みの「型」であり、これは創造思考の構図の社会の縮図でもあるかなぁ、との感
慨をこの時覚えたものであった。
本項の論点から少し外れたが、使用する「素材」の選定と吟味、これの「時間の変移
での色を含めた表情の移ろい」を当初の設計段階で組み込む仕掛け等については、以
上のような趣旨にもとづいている。「静謐さ」と現代感覚での「侘び、寂び」との、
大袈裟ではないささやかな統合が狙いの背景にあった。
20年以上も前の設計実務を振り返り、当時、頭を熱くした様々な難課題への取り組
みの軌跡をへて完成したこの建築が、一般の社会の多くの方々に「知の伽藍」のシェ
ルターとして受け入れられその中で生活がなされて様々な評価を受けて建築はやがて
「ハードからソフトへ」昇華していき人々のライフスタイルの一隅を照らす存在にな
る、という20年の軌跡を見つめると、人間系のいとなみと自然系のいとなみとを、
人の叡智でつなごうとする、その創造的思考の統合の意味の重さと専門家としての重
い職責とを感ぜざるを得ない。かたちあるものはいずれ滅びるとしても、そのかたち
がもたらした価値と、かたちを生み出した叡智とには絶えず「永続性」が備わるとい
う意味でも、そのかたちづくりに関わった者の責任は重い。それだけに、設計に臨む
姿勢のなかに「時間の変移」に対する謙虚な推敲と思索とが、重要な意味を持つこと
を私なりに確かめる考えから、本論考では20年~30年の社会的いとなみを経た建
築の「過去」と「今」を考察する背景を持たせた。今さら言うまでもないことながら、「時
間の変移」を根源的に秩序づけているのは、自然の森羅万象の Open-System であり、そ
こには「数」の秩序が大きく横たわっている。逃れようとしても逃れられないのがこの「数」
の世界である。「色の世界」も「数」で説明でき、あらゆる建築のディテールの呼吸も「数」
の制約がある。このプロジェクトでは、集団創作における思考の「場」の維持の厳しさと
ともに、おおらかな「数」のいとなみをも学び取った記憶がある。
115
写真-14
研究ラウンジ。手前のテーブルは「おむすび」型で、視線が対面することなく議論と
談笑に浸れるようにとの識者からのニーズの具体展開版である。研究所運営会議にも使用。また
別のコーナーでは、暖炉を囲んでの議論と孤高の思索の場も備えられている
6) 「多主体」による領域相関の実像
このプロジェクトでの「多主体」の動きについては、誠に特徴的な軌跡ではあった。い
わゆる「京都学派」と称せられる人文科学・自然科学・社会科学系の当代を代表する学
識者を相手に、建築家(設計専門家)とインテリアデザイナーとランドスケープデザイ
ナーと施工技術専門家との大きな枠での異分野連携の軌跡であったからである。さらに
これらに加えて、館財財界の主だった企業からの寄付による財務基盤であったことから、
この施設の完成と運用とを支援する Silent People の顔がはっきりと見止められる事業
推進集団の中での動きであったことも、「多主体」の特徴的な顔触れを物語っている。
さらに言えば、このプロジェクト草創の初期段階(2~3 年間)において、これらの関
係者がボランタリーの起業精神で立ち上げに協力した点は、関西的な民間企業気質の旺
盛な側面を標榜もしている。
勿論、全ての「主体」が同時期にこのプロジェクトに関わった訳ではないにしても、事
業を発意した学識者理事と建築家との初期段階での「知の集成、類推、創発、統合等」
のプロセスは、相手の Intelligence が高いだけに、拡散もし、放談ともなり、しかし議
116
論の着地は、持続性の高い「かたちのいのちのことば」を得た、というかなりの知的緊
張の連続の軌跡ではあった。得難い体験をさせていただいたとも感謝もしている。
多主体の実像を記すには、具体的な論点を元にした議論の軌跡を示すのが早い。ここで
の最大の論点は、「静謐な思索と推敲にふさわしい品格のある場」の創出にあった。こ
のような「空間軸」での議論と共に、「日本的な佇まい、環境に調和させたローテクの
仕組み、持続性の高いタフなつくり」という時空軸での議論を含めて、日本の頭脳を相
手に「全体意思」を織り上げるのは誠に苦悩の連続であった。その議論の軌跡は、不思
議なことに系統的な思考を基軸としつつも散々脱線する揺らぎ思考が当たり前に横行す
るという、ある意味ダイナミズムに満ちた、しかしまとめようもない議論が続いたが、
やがて決定的な揺らぎの創発が登場し「知の伽藍」という鍵概念のもと、全員が「それ
だ!」となり事態が納められた、という経緯は前述のとおりである。この「知の伽藍」
という概念は、関係者(多主体)の「内省的統一 Internal
Unity」を生みだし、さら
に「詩情味豊かな詩的統一」にまで発展したことは、さすがに京都学派の多主体のなせ
る業であると得心したところである。
この体験の中で痛切に感じたことは、系統的思考と揺らぎ思考とが錯綜する中で、そも
そも両者を同一認識軸上に当初から創造思考の道筋に認識させていれば、ブレることな
く落ち着いて深耕できるのではないか、との感慨であった。このことが一つの大きな動
機となって、多主体の視座に立った創造思考の道筋を可視化できるモデルの探究にここ
ろするようになった。
117
写真-15
芝生広場より研究所全景を望む。浮船堂状のメインホールから研究ラウンジが角にある研究棟
そして雁行型に展開する個室群の研究棟へと連なる。これらの研究棟の向こうに住宅群が構えている。研究
者は広大な敷地の緑と広がりと奈良若草山方面の展望などを日々堪能できる。まさに現代版の「知のサロン」
である。
118
2-1--5
クラブ関西
作品-5
---写真-16
都心における倶楽部ハウスらしさの甦りを目指して。ビルの谷間の緑の樹海
のなかに大きな屋根のシルエットとともに存在感を湛えるハウスを構える。----
1)
都心の中で固有の存在感を湛える「倶楽部」の館の探究
大阪の中之島を挟む堂島川に面して、戦後の物資困窮の中で産業界と行政界・学界の
人々の交流の場は、今日の文化・交流の場の位置づけとはその社会的な重さにおいて
かなり異なっていたと考えられる。戦災からの復興へ向けて、3界が如何に実質的な
話し合いを通じて結束するか、その協議を支え包む空間としての「倶楽部」が戦後す
ぐに創設された。当時の市内での交流の場としてのホテルと言えば、ロイヤルホテル
と国際ホテルの2つであったという。そうした時代背景の中で倶楽部建築が設計され
建設されてすでに30年以上を経過していた。当時の建築の設計は坂倉準三建築設計
事務所の西沢文隆氏の手によるものであった。使用する素材の種類が物資窮乏のせい
もあり抑制気味であったのが却って清楚な佇まいとなり、特色あるシルエットを持つ
連続ボールト状屋根が連なる瀟洒な2階建ての館の南面には、広い芝生庭園が展開し、
119
当時としては大きな規模での野外パーティを開催できることもこの倶楽部ハウスの特
徴であった。財界を含む3界の人々は当時の事情もありこの館をよく利用され、この
ハウスの「存在感」は大阪の人々の脳裏にしっかりと刻印されていた、という。
老齢化に伴う施設の建て替えの構想が、隣地でのホテル建設事業と一体となった一大
街区整備事業として組み立てられたのは、その時代の要請とも言える。なお、この街
区整備事業との関係については、本論考の趣旨とは離れるのでここでは触れない。本
論考では、都心における「倶楽部」施設としての建築空間の創造思考の軌跡に、考察
の焦点を絞ることとする。
プロジェクト発進段階で、倶楽部側のクライアントが吐露されたのは「長年親しまれ
て来たこの倶楽部ハウスのイメージをつないで欲しい」ということばであった。2階
建ての広く平面展開するフロアー構成で、庭園の広がりと一体となった開放的な佇ま
いこそが、戦後永い間、多くの人々に親しまれて来た原風景であるので、このイメー
ジを現代の技術と感覚とで未来へつないで頂きたい、という趣旨の思いが幾度かクラ
イアントから漏らされた。このことばには、長年の間に培われた「倶楽部ハウスの原
空間」が人々の胸に築かれていて、それは「直観」とともに広く深い思いの「集成」
となっていた。この「直観」に伴なっている、かなり具体性を帯びたイメージが「2
階建ての倶楽部会館らしい佇まい」であり「会議室と庭園とが一体的に使える開放的
な室」であり「倶楽部メンバーが落ち着いて集えるメインホール」等々、すでに使用
されている倶楽部空間の中の生活が日常化して来たこともあり、クライアント側のニ
ーズは、この場合は特に具体的な内容を伴なっていたのが特徴的であった。
そうした中で、設計に臨むに際しては、戦後の復興の中で3界の人々が「生きる」た
めに多くの知見を模索し交流した、その精神の拠り所となったこの倶楽部ハウスの「存
在感」を築いている幾つかの要素テーマに着目することから着手した。つまり、「倶
楽部ハウス」についてのこれまでのイメージと好ましいと思われているクライアント
側の「類推」イメージを広めることから始めた。それは「倶楽部ハウス」という現印
象を決定づけている要素の一つの「2階建ての館イメージ」「木々が繁茂する芝生庭
園」「大屋根屋根のシルエット」「倶楽部らしい平面の広がりと落ち着き」「庭園と
の連続性」などであった。
周辺街区の軒並み30~60mクラスのビル群が迫る環境の中で、「青々とした芝生
庭園が広く広がりそこに2階建ての館が据えられている」というイメージそのものが
すでに倶楽部ハウスらしさの要因を「類推」させていた。とすれば、もう一歩踏み込
んで、「屋根のかたち」のイメージが、周辺ビル群からの見降ろし視線を考慮すると
大きなことから、「屋根のデザイン」が重要な「創発」のタネである、という発想の
「連鎖」につながっていった。これは、やがて「存在感のある大屋根のかたちへの模
索」のテーマとなって深耕していくこととなる。ただ、平面構成との関係があるので
120
写真-17
屋根の形状と庭園。この庭園の地下には隣地の共同開発事業者の駐車施
設が収容さ
れており、その出入り口はその隣地内にある。戦後間もなく開設されたこの倶楽部の庭園は一つの
大阪の名物でもあった。これを継承した。
単に大屋根をかけることからの単純な平面のつくりとするわけにはいかない。このあ
たりでもう一つの要素テーマであった「倶楽部らしい平面の広がり」のイメージに向
けての「類推」と立面と屋根のかたちの模索との「連鎖」思考へと発展していったの
である。
「倶楽部らしい平面の広がり」には「オモテ」と「ウラカタ」との両面の諸機能の融
合が必須である。このテーマについては、すでに既存の平面での倶楽部ライフの日常
体験をベースにした「類推」が、現実の様々な問題の解決のための生きた議論を引き
出し、多くの平面スケッチ検討が尽くされた。結局、大所高所を的確に判断されるク
ライアント側の責任者の慧眼もあり、庭園にたいして開放的かつのびやかに展開する
平面形の決めを先ずは優先し、その上でウラカタ・ゾーンの充実を図る、という道筋
121
が示され、その趣旨に沿って、それぞれの会議室が庭園との関係における特徴を活か
す形で空間イメージをまとめることとした。結果として、この倶楽部の施設として象
徴的な2階の大きなメインホールを、倶楽部インテリアらしい大きな織り上げ山形天
井に包まれる整形の部屋形状にまとめ、そこからゆったりとした広さのラウンジロビ
ーを庭園を眺めながら各会議室に至る動線で連鎖させ、一階の一番奥の部屋は「緑の
中の会議室」として3方ガラススクリーンで包まれた明るく瀟洒な会議・交流・パー
ティ空間にデザインすることとして発展させていった。この中の「緑の中の会議室」
の発想は、クライアントとの軽い会話の中でヒントを得て「創発」が「連鎖」に発展
していった事例である。このようにして「倶楽部ハウス」のイメージの要素テーマの
内の大きな課題に取り組んだ。こうした平面検討とともに、今一度、「大屋根のイメ
ージ」に立ち戻り、2階のメインホールの存在感を外観に強く印象付ける造形の輪郭
と、これと少し高さを低くして庭園に沿うかたちでのびやかに連なる各室の入母屋屋
根との合築の屋根形状デザインとして、特色あるシルエットを街並みに映えださせる
こととしたのである。
さらに課題となったのは、ウラカタゾーンの骨格づくりである。オモテ・ゾーンとウ
ラカタ・ゾーンとは、2階平面においては、「相身互い」の関係にあり「内と外」「ホ
ストとゲスト」の関係にある。当時、ウラカタの設計の狙いでの主眼は「美味な料理
とサービスは充実したウラカタにより生み出されている」という多少踏み込んだ表現
で説明したことを記憶している。オモテゾーンの平面の庭園に呼応するようなのびや
かな広がりに対して、これにピタリと呼応するようにびやかなウラカタ平面とを統合
させたのが今の施設平面である。この点は、面積規制と敷地形状及び数多の所要施設
からの制約がウラカタにしわ寄せに成りがちなホテル平面とはかなり異なる背景を持
っている。それは、倶楽部のハード施設とソフトのサービス精神のアイデンティティ
とを独自に守ろうとするクライアントと設計者との心意気の表れであったと、今も理
解している。この点は平面検討の中での「葛藤」のプロセスにおける、このプロジェ
クトの特徴と言える。蛇足ながら、ウラカタ・ゾーンの計画の上で大切な影響を与え
たサービス現場の方からの言葉に「この倶楽部独自に焼くパンを倶楽部メンバーにサ
ービスすることこそが、この倶楽部の長年のブランドであった」という発言があった。
これについては、以前よりもサービスする対象が大幅に増えたこともあり所要面積も
既存規模を越えたが、上の趣旨にもとづき「のびやかなウラカタゾーンの広がり」の
中に集約させることが出来た。
これは、ある時点で二義的な扱いになりかけていたところを、突然の一種の「揺らぎ
思考」の持ち出し方で、創造的思考を痛く刺激して発想に至った。幾つかのこのよう
な「揺らぎ」による「創発」の洗礼を受けて、建築の平面計画が発想段階から徐々に
そのかたちを鍛えられていくものである、という先人からの教えについて、改めてこ
122
のプロジェクトの体験からも深くうなづけることであるとの感慨を覚える。以上のよ
うな経緯で、この倶楽部ハウスの「新たな存在感」の表出に心を砕いた。
2)
インテリアにおける倶楽部らしい落ち着きの「類推」と「創発」
外装の屋根と外壁とは、「緑青の面とアイボリーカラーの面との穏やかなコンストラ
ストの中に、倶楽部らしい品格と明るい息吹とを表現する」という趣旨でまとめた。
屋根材は緑青銅板を初期的には人工的に緑青を塗布したものを経年変化と共に真正の
緑青が下地からにじみ出てくる独特の工法(ひろしま美術館でも採用)により施工し
た。外壁はアイボリーカラーのレンガタイルブロック(2丁掛け×厚み60mm)を
積む工法で取り付けている。
さて、内部のインテリアは、この外部の倶楽部らしい上品な明るい雰囲気を基本的に
は連続させる考えでまとめたが、床のカーペットは、通路・ロビーアリアは天井・壁
のアイボリーカラースキームと少し強い対比をなす「濃い紫系の世界」を演出するこ
写真-18
クラブ関西の名物会議室。森林浴を楽しみながらの会議と団欒と語らいの場。3方ガ
ラススクリーンで半屋外空間的な解放感の中で人々が交わる。屋外テラスと庭園の芝生とを連鎖さ
せてのパーティの場としても活用できる。「庭園の倶楽部」を標榜する交流空間-
ととし、各会議室内部では「淡いグリーン系の世界」で壁との調和を心した。これは、
倶楽部としてのインテリアのある種の厳かな性格を標榜させる趣旨であったのと、床
123
面ののびやかな広がりを強く印象付ける意図もあった。このあたりの創造的思考の発
想は、すでに戦後30年の倶楽部ライフをこなして来られた倶楽部側の「もう少し派
手でも良い時代」の声にも応える考えであった。また、インテリアのデザインでさら
に心したのは、ナチュラルな素地面の良さを湛える木質(クルミ)の多用であった。
アイボリーと木質のナチュラルな肌合いとは上品な対比を成す。これをメインホール
の天井・壁材に使用しさらに各会議室の出入り口扉にも多用し、さらに家具にも使用
し
た。体に触れる部位には、出来るだけ自然素材を使用する考えにもとづいている。こ
の結果、インテリアは、華美ではないが清楚で現代的なシンプルさで倶楽部メンバー
を包み込む空間となったのである。インテリア素材の中で特色ある素材がある。この
施設が倶楽部用途であることを念頭に置いて、この倶楽部にふさわしい素材として開
発した「裂地」である。K織物の「KHシャンタン」という製品であるが、室内のカ
ラースキームにあわせて「淡いグリーン系でシルクの艶を伴なう横織りの裂地」とし
た。この裂地が醸し出す上品さは、床の淡いグリーン系のカーペットとともに、この
倶楽部の会議室のブランドを高める役割を果たした。
写真-19
クラブ内の会議個室の内観。庭園の緑を楽しみながら談笑と食事を通じ
て交流を深める-
124
このような「色の世界」の創造的思考については、大脳が支配する思考の内の感覚の
世界ではあるが、意外と「色は数に動かされている」ことも改めて感じ入るところで
はある。というのは、音楽においても「音楽の本質は数的な秩序であり、音は鳴り響
く数に他ならない」と、あのバッハが記していることからも言えるのではないかと個
人的には感じている。「色は潤いを醸し出す数に他ならない」とでも言い得ようか。
数的秩序にもとづいているからこそ、万人の共感するコントラストがあるのであり補
色もあれば食欲をそそる色合いもあり、その濃淡の肌合いのクライテリアに呼応する
感覚の受け止め方にも数的な秩序は確かに存在する。
こうした側面からも、「色の世界」が専門家のみにしか分からないとすることは、多
くの人たちが創造的思考の切っ掛けを逃している一つの姿勢の表れとも言えるのでは
ないか、とも述懐するのである。非専門者の感覚も軽視してはならないと思料すると
ころである。
写真-20
「集う」テーマの灯りのオブジェに誘われて、1階から2階のロビーへと談笑を楽
しみながら階段プロムナードを進む。1、2階の交流空間の相互貫入の場
125
3)1階の平面のひろがりを「語らい歩き」の連なりでつなぐという「ものがたり性」
この倶楽部ハウスの設計をする上で数多あったテーマの中で、すでに一部は触れたが
「のびやかにハウス内に広がる対話のフロアー」を、1、2 階平面で如何にドラマ性豊
かに確保し演出するかが、設計の専門家としての技術テーマであった。
言うまでもないことではあるが、倶楽部ライフというのは室内での限られた空間だけ
で過ごされるものではなく、庭園を望むテラスに立ちながら懇談に親しむ姿もあれば、
ロビーでの立ち話での懇談もあり、勿論、緑に囲まれた庭園の一隅での沈思黙考の姿
もある。それぞれの各会議・交流空間をつなぐロビーと通路空間においても、それは
重要な場を提供している。対話が途切れずに、2 つのフロアーを上下することが出来
れば、なおのこと良いものである。このプロジェクトでの平面と立体の検討の中で、
上下のロビーをつなぐオープンな階段の形状とそれを包む空間の設えのデザインとは、
実はかなりの創造エネルギーを費やしたテーマであった。ある意味では、倶楽部らし
さの標榜をここにも凝縮させる気概で取り組んだところである。ここでの創造的思考
のプロセスは、倶楽部メンバーとしてのごく自然な会話の連続の流れをどのような空
間の展開で優しく、また高揚するように支えていくか、という視点で、通常の道筋と
は異なる「空間の統合」イメージを先に仮定して、これに「イメージをふくらませる
類推」を引き起こさせ、そこから志向する空間の原イメージの輪郭をつかんでいこう
とする「創造的葛藤」であった。この意味では「帰納的思考」の応用とも言える。そ
の仮定した「統合イメージ」とは、「光と灯りがいざなう対話空間」である。上下階
のロビー空間を垂直方向に相互貫入させた基本フレームの中に、大きなトップサイド
ライトと中央の大型長手の六角ガラスボックス照明を暖色系のカットガラスを添えて
備え、階段巾を大きく広く確保し、踏面幅も広く蹴上高も150mmに抑えて傾斜を
緩く設え、さらに壁面を人間の自然な体の流れに沿わすように曲面状にデザインし、
大型の木製の手すりに体を預けられる面を伴なわせるなどいろいろな工夫を織り込ん
で、「ゆったりと語らいながら」上下出来る小さなステージの連続となるように心が
けた。ここでの創造的思考を支えたのが、工事監理の専門家の道 40 年以上の超ベテラ
ンのわが社の現場監督であった。
「設計者としてどうしたいか、その意思をはっきりとスケッチで示すことだ。
意思と形が理解できれば現場はその通りに造る。しかし手直しはいけない。
だから手直しの必要のない完全なスケッチを紙でも模型でも示せるように
することだ!」
126
写真-21
メインダイニングホール。クルミ材の明るい木質の空間で食事と団欒を楽しむ
という屈強の監理技師が、容赦なく私の頭から捻出される「創発」を刺激した。この
段階での創造思考は、私自身の頭の中にある多くの知見の「集成」を総動員し、大中
小の閃きの「連鎖」を拡大させ、「かたち」を導くディテールの数多の「創発」同士
の「葛藤」を経て、一旦造形化した仮のかたちを、何度かつぶしてようやく「有形化
葛藤の中のある動的均衡状態のかたち」を手に入れることができたのである。いわゆ
る生みの苦しみの日々の連続ではあった。現場での足場を外す時に、どのような空間
として実体化したかを見極める際に脚が震えたことを生々しく記憶している。
127
写真-22
クラブ南面の外壁の拡大。外装はベージュ系色の煉瓦ブロック積みである。ガラス開
口は庭園の緑へのパノラマを望む意味でも大ガラスを使用しておりガラス厚は16mm
で十分な
防護性能も備えている。---
また、その葛藤の際に、何度も暗い現場を訪れ、白熱球でぼんやり浮かんでいる階段
周りに浮かぶ天井と壁の光景が、今でも脳裏に焼き付いている。
こうした軌跡は、どのようなプロジェクトに置いても必ず踏み越えていかねばならな
い道ながら、「創造」する世界に横たわる、取り組むべき課題の広さとその意味の深
さにいつも武者ぶるいを覚えたものである。
蛇足ながら付け加えておくことは、当時の建物が旧倶楽部ハウスも現ハウスも 2 階建
てであり、エレベーターは不要で、むしろ高齢の人もゆっくりと階段を上がり下りす
ることが、体を健全に保つ「努力の一つ」である、と倶楽部内でも申し合わせをして
いたある種の文化があった。また、そのような背景もあり、上記のようないろいろな
工夫を凝らして、健常者は勿論、高齢の方も問題なく倶楽部ライフを過ごせるように
図らった。しかし、さらに当時よりも高齢化社会が進んで来た数年前、ついにエレベ
ーターを設置できないか、との改造の要請に直面した。2 階建てであるからいわゆる
大きな設備シャフトはそれほど一杯な状況ではないのでは、との推測から、検討に入
ったものの、やはりこの倶楽部ハウスの地下は地下 2 階建ての隣地ホテルの駐車場と
なっていて、設置検討はかなり困難を極めた。ただ、何とか最小規模のエレベーター
を設置出来たことで、2 階建てでの高齢者対応が何とか果たせるに至った。設計当時
128
の社会常識としての高齢者対応のニーズは、3階建てにおいては議論されていたが、
やはりこれは、社会性の変容の一つであり、何とか余裕スペースを生かしたものの、
価値像の変移い対応することの難しさを教えられた。
図-2-1-(13)2階平面図。オモテゾーンの会議室・メインダイニング・ロビーが横長に展開する平面を
ウラカタゾーンが両翼を伸ばして支える「かたち」を成している。この平面計画でキイとなったのは「階段デ
ザイン」である。一階のフロアーでの語らいを二階への連続的な誘いで如何に階段の抵抗感を感じさせること
なく自然に上り降りさせるかが、悩みのタネであった。
129
図-2-1-(14) 1階平面。大きなエントランスの車回しゾーンが重要な機能を担っているのと、右奥の
3方ガラスの会議室が庭園の南から東そして北への広がり感を助長している平面骨格のつくりが端的に表
れている。ここでは「庭園と内部空間」との内外連続性を如何に上品に具体化するかがポイントであった
後日「よくもまぁ、そのようなスペースがあの厳しい平面検討の中で残っていました
ね」という指摘は、「平面のゆとり」を常々持っておくと長寿命の建築となる、とい
う教訓を竣工後 20 年以上経た時点で、実感を伴って思い知ったことではあった。
以上のような創造的思考の軌跡を残して、倶楽部ハウスらしい建築と、そこでの倶楽
部ライフを支えるソフトとが、20 年を経て融合している姿を報告した次第である。
4)
多主体による領域相関の実像
このプロジェクトでの多主体の動きと働きについては、長年親しまれて来た倶楽部会
館の建て替えであったことから、事業クライアント側に多くの立場での主体が立ち現
れ、また隣地のホテル新築事業と法的な一体開発となったこともあり、他事例には見
られない軌跡を踏むこととなった。倶楽部会館の規模は小規模ながら、このプロジェ
クトに関わった「多主体」は、ここでは、事業クライアント(理事長以下)、倶楽部
メンバー、倶楽部サービス運用部門、隣地共同事業者、建築家、行政担当官、施工技
130
術専門家、内装技術者他等々の「手づくり感」旺盛な中で取り組まれたプロジェクト
であった。規模は別にして、この倶楽部の大阪市域での歴史の篤さとメンバーの多彩
さ、そして大阪財界での位置等が、このプロジェクト関係者(多主体)の参加意識を
高めただけでなく、自ら温め育んでいた「倶楽部ハウス」についての自己イメージを、
新倶楽部会館の存在感の高揚に役立てて、それぞれの立場で創造思考を燃焼させ結集
させた貴重な事例でもあった。このプロジェクトの特質を一言で表す「かたちのいのち
のことば」は、独特の存在感を湛えた「よみがえり」であり「倶楽部ハウスらしい落ち着
きと品格の再現」にあった。このことばの実現に向けて、一脚の椅子・テーブルのデザ
インから、倶楽部ハウスらしい佇まいとインテリア、大屋根のデザイン、サービスオ
ペレーションを支えるウラカタ空間デザイン、内装の裂地の品格ある質感の開発、70
年生き続けた既存樹の活性化と庭園デザイン、隣地開発事業での空中権の契約等々、
それぞれの立場で、新会館イメージとその価値像を高める集団的な創作の営みを果た
し、関係者全員が「内省的統一」を感じる中で進められたプロジェクトであった。倶
楽部再オープン後すでに 20 数年を経ているが、当時初めて開発された会議室の裂地は
いまだ品格ある照りを醸しており、木々は大いに繁茂し、都心の中での緑陰と倶楽部
ライフを室内外で満喫できるハウスとして親しまれ続けている。倶楽部ハウスとして
の豊かな存在感が、繁茂する木々と共に倶楽部メンバーだけでなく大阪市民の皆さん
の脳裏にもそれとなく穏やかに詠じ込まれることを心より祈念している。
131
2-2
「知の枠組み」における「こころ、こと、もの」の
実務での領域相関についての考察
前項での考察は、5 作品の実務で直面したの様々な課題について、「知の認識領域」
の領域相関と創造思考の属性概念である「直観・集成、類推・連鎖、創発・統合」の
相互の相関の構図とその軌跡について、設計の実践軌跡から改めて辿り、個々のプロ
ジェクトにおける統合的なプロセスを通観することなどにより、その構図にリアリテ
ィを付与することが目的であった。
また、前章で示した創造思考の3つの基本思考モデルの概念を、実際の設計の現場で
の創造思考の生々しい足跡と重ね合わせると、本論考の最終的な目的である、創造思
考における創造思考の統合モデルのイメージと、その知の領域相関の核となる「かた
ちのいのち」の実像の輪郭などについてもリアリティを持って検証し浮かびあがらせ
ることも目的の一つであった。
さらに内省的思考について前章で記したように、3大認識領域が初期的には個々にば
らばらに存在していた状態のものを、「直観」から「統合」までの思考属性が推す内
省思考レベルでの2重の三面角運動と対話レベルでの有形化思考とにより、3大領域
が3つ重ね合わせになる「絶対領域(場)」が、上の「かたちのいのち」と構図の面
ではほぼ同義であることを実務の軌跡を通じて概念的に確認することが出来たものと
考える。さて、本論での本項では、以上の 5 作品において、知の三大領域である「こ
ころ」「こと」「もの」の2ないし3領域間の相関がどのようなプロセスを踏み、さ
らにどのような背景でもって全体意思としての「かたちのいのち」を特定するに至っ
たかについての視座から、改めてその実像を子細に明らかにし、前章で示した仮説イ
メージの検証を経て、創造思考における動的な思考の道筋についてのリアリティを固
めていくこととする。
2-2-1
「こころ、こと、もの」の領域相関への基本的視座
前項での生々しい創造思考の道筋の実像そのものは貴重なエビデンスである。これを
普遍的な設計方法論として、そのナマのかたちのエキスを活かして要素概念化し普遍
的な体系に編成することとし、そのために次のような視座に立つこととした。つまり、
5 作品の実像の軌跡を念頭に置いて、人間の知の三大基本領域である「こころ」「こ
と」「もの」の領域分布概念の中の直観・類推・創発等の創造思考における 6 つの思
考属性が作用する 2 つのトライアングル運動(三面角運動)の図式に再び立ち戻るこ
ととしたのである。創造思考における思考初期の概念的構図(図-2-2-(1))とこ
132
れが進捗して成熟状態に至ったその構図イメージ図-2-2-(2))を念頭に置くことと
する。下に示した 2 連の図の内、上の図の中の 2 つのトライアングルは、「直観→類
推→創発」と「集成→連鎖→統合」の 2 重のトライアングル運動を成す創造思考の動
的な様態を概念的に示している。下の図は、すでに 3 領域がバランスよく相関を果た
して、全体意思の形成に向けて対話と思索と協議が進み、3 つの領域が重なるゾーン
でのそのプロジェクトの価値づくりを決定づける「かたちのいのち」特定へ向けての
図-2-2-(1)
図-2-2-(2)
創造思考の初期段階での 3 領域の構図イメージ
創造思考の成熟段階での 3 領域の領域相関の構図イメージ
「個」の次元での思索と「集団(多主体)」の次元での対話の概念的な思考の構図で
133
ある。さらに、下の図の中の中央部分の 3 領域の重なり合う部分を拡大し、3 つの知
の認識領域が重なり合い、その中で 6 つの思考属性が大きなトライアングル運動の構
図を成している様態を、、普遍的な構図の下地として描きなおしたのが、次の下の図
(図-2-2-(3))である。「こころ」「こと」「もの」それぞれの 3 領域の枠内に
集合されているさまざまな思考テーマ要素が分布されるゾーンを、横線分布で示して
いる。
図-2-2-(3)
「こころ、こと、もの」の領域相関の成熟段階での基本構図イメージ
以上の 3 つのイメージダイアグラムを念頭に置いて、5 作品における「こころ、こと、
もの」の領域相関の実像を、前項に加えてさらに以下に詳述することとした。
134
2-2-2
「ひろしま美術館」における領域相関の実像と検証
1)「こころ、こと、もの」の各領域間の相関の強いベクトルとなったテーマ
この美術館創設の切っ掛けとなったことは、被爆した悲惨な瓦礫の光景の中で逞しく新
たな生命の芽を吹き可憐な花を咲かせていた百日紅と夾竹桃のその色彩の瑞々しさが、
当時の創設者のこころを打った、という出来事にあった。人々の荒んだ精神領域の世界
に忘れられていた温かい感性が、安らぎの場への渇望へと向けられていたことを創設者
はそこで感じ取り、その人々の渇望を、恒久平和への願いとともに芸術との触れ合いを
通じて満たすべし、と発意したところにこの美術館草創のシーズが大地に根を下ろした
といえる。こうした想念の経緯については前項にて記したが、この「愛と安らぎの場を
創るべし」という「こころ」領域の直観と発意は、確かに一個の人間の深奥部での想念
ではあったものの、それは同時に「広島」という土地が不幸にも負うこととなった歴史
的な試練を数多の地域社会の人々の復興の願いを連鎖させて克服していこうとする
Silent-People(多主体)の意思が創設者の背中を押すこととなったとも言える。ここで
記す「土地」とは物性・精神性ともに包含された「もの」領域の典型であり、「復興」
という語は「こと」領域の数多の叡智が凝縮された「生のいとなみ」の概念である。こ
こに、このプロジェクトの精神基盤の特性を見止めることが出来るとともに、さらに深
耕するとそこに人間の深奥部の「こころ、こと、もの」の葛藤の共通の動的な様態の構
図をも見止めることもでき、こうした思考の軌跡の実像が、「こころ、こと、もの」の
3 大領域の相関の構図のありようを「ひろしま美術館プロジェクト」特有の環境の中で
はあるが立証している。
こうした認識での「こころ」領域の「個」の次元での思惟は、「ことづくり」への連鎖
を、先の見えない状況の中ではあるが徐々に推し進め、創設者は勿論のこととして、こ
のプロジェクトにおける関係者個々の胸の中に「望ましい施設像に対する自己イメージ
の醸成」を豊かにもたらした。設計当時は、「こころ、こと、もの」の三大認識領域の
体系立った相関についての深耕を深められたわけではないが、こころ→こと→ものを連
鎖させ関係性を強めるベクトルが冒頭の「こころ」領域のことばから強められたことは
実感として得心していた。他の復興事業の例として、阪神淡路大震災での神戸の復興の
ドラマにおいても同じような構図が随所に見られ、筆者自身も神戸国際会館のプロジェ
クトにおいて、そのベクトルの熱さとともにその根源となった「かたちのいのち」の存
在とその特定の必要を痛感したことが多くあった。ひろしま美術館のプロジェクトにお
いては、このような経緯を踏んで、その「かたちのいのち」が創設者の言葉を切っ掛け
として、数多の関係者と地域の人々の声が大きく連鎖して「愛と安らぎのために」とい
う全体意思として太い撚糸状に収斂し、恒久平和と芸術との永遠の触れ合いの場として
135
の新たな価値像をもたらす建築空間に止揚していったのである。
また、「こと」領域と「もの」領域の相関において、このプロジェクトで特筆すべき軌
跡は、創設者が非専門者ながら空間イメージの具体化へ向けて驚くほどの具体イメージ
を示していたことが挙げられる。この点については前項にて詳述したが、その具体的な
ことばは「ドーム空間」「円形平面」「回廊空間」などである。ここで筆者自身学んだ
ことは、事業クライアントが社会・経済・政治分野等で重要な判断を迫られる場面を多
く乗り越えてこられた方が多く、その中には「非専門者は専門家を包容する」という構
図も現実には多々存在するという教訓であった。これは専門家としては、もって銘ずべ
きことではあるが、事業クライアントが誰よりも最初に事業地に立ち、そこで長年の生
をいとなみ、数多の社会活動の軌跡をそこに埋めて来られた当事者が、ある分野におい
て、特定の専門家(建築家をはじめ)の知見よりも秀でる叡智を示すことは、しばしば
ではないにしても極く自然なことである。むしろそのような謙虚な心構えとともに、関
係者全員が「創造という尊いいとなみ」の前には皆が「等位」の立場にあるという姿勢
とが、多元的な価値観を活かす実践的な設計思考の基本にあるべきである、との認識を
身をもって知悉したプロジェクトであった。こうした非専門者の存在と活躍の軌跡が、
設計といういとなみにおいては、専門家だけの集団ではなく非専門者の参加を求めての
集団創作の開放的な態勢で取り組みべきであるという見解を立証するエビデンスの一つ
である。
2)多主体とのかかわりの実像
この美術館創設の発意をされた主体は創設者一人ではあった。ただ、その創設者の脳裏
には、被爆で犠牲になられた方々の情念のこの世での代弁者という使命観が非常に強く
焼き付いておられたように感じられた。そしてあわせて、広島復興にかける現実の市民
の熱い想念への代弁者も務められた。その中の当時の産・官・学の指導層が創設者の良
きパートナーとなって数多の局面を支えられた。そのメンバーは約 30 名ほどの「メープ
ルクラブ」のメンバーであった。このプロジェクトの特徴の一つには、このような「多
主体」が一人の熱い想念のもとに設計当初から工事中そしてオープン後の運営から 30
年後の今日に至るまで、「主体」が館長から始まり、建築家から展示専門家であったり、
市役所の建築行政マンから工事専門家、一左官職人であったり、運営事務スタッフ一人
ひとりであったり、庭の庭園職人から設備メンテナンスメンバーであったりとしても、
不思議なほどに「ひろしま美術館の自己イメージ」を個々に大切にしようとする「目の
色」を感じ取ることが出来たのである。これこそが、このプロジェクトにおける「多主
体」の実像を如実に立証している。皆がこの美術館の実像と理念像とを愛し続けている
のである。この世には、熱い意思により発意された公共建築の造営プロジェクトは数多
136
ある。その中でこのプロジェクトで特筆すべきは、創設者の非専門者としての見識と情
念の広さ・深さが、専門家のそれを包容した事例であったことであり、こうした集団的
な創作の構図の普遍的な意義を、他の民間・公共建築事業にも長年にわたり示し続けて
いることである。
3)「こころ、こと、もの」の2~3 領域の相関における
思考テーマの実像と領域相関の所産の検証
本項では、ひろしま美術館のプロジェクトにおける「こころ」領域での思考テーマをは
じめ、その「こころ」領域での思考テーマを空間化へ向けて類推・連鎖させていく相関を経
てのその所産として得た「こと」領域の新たな思考テーマ、さらにはその「こと」領域の思
考テーマを切っ掛けとして創発と空間化統合へと発展させていった結果の所産のテーマなど
について、プロジェクト進捗に合わせた形で思考のリアリティを付与させつつそのプロセス
の実像を考察し、思考属性の存在と構図の立証を果たすこととし、これらを項目別に列挙す
ることとした。
① <こころ領域>での思考テーマ
(直観と集成)
事業クライアントとの初期的段階での対話の中で浮き彫りにされて来た思考テーマ
として次の項目を挙げることが出来る。
・ 鎮魂と恒久平和を願う情念
・祈りの空間と内省的な思索の場を求める想念
・ 芸術の瑞々しさとの触れ合いと、こころのやすらぎの場を志向する精神性
・ 被爆の不幸からの地域の復興にかける地域の人々の切なる熱い思いと声
・ 芸術とのふれあいを通じて「生きる力」を共感しあう美の殿堂
・ 自然と人間とのかかわりを芸術を通じて心身ともに学び取りやすらぎを得る場
・ 知の保管庫だけでなく、「今の芸術」を創りだす場の現在性
② <こころ領域>から<こと(知の系)領域>の思考テーマと
の領域相関の所産
(直観と集成から類推と連鎖へ-----数理評価尺度を示す)
続いて、これらの「こころ」領域での思考テーマを、空間イメージの領域へと類推
と連鎖をさせて、空間イメージづくり、つまり「ことづくり」の思考テーマへの変
換と咀嚼を加えることを念頭に置いた領域相関を進めていき、その結果の所産とな
ったテーマを列挙する。なお、次章での考察との関連から、これらの思考テーマの
が新たに生み出した、目的とする空間イメージが備える「新たな価値像」の価値高
137
揚の数量評価を概念的に試みる意図から、これらの新たな思考テーマの「数量評価
尺度」の概念をあわせて示した。この評価概念は、次章での「領域相関-1、2」で
の考察の基礎的なデータとして活用する。
・
「光」がテーマ、「光」で包まれる優しく明るく生命力溢れる空間を
-----類推・連鎖の展開度
・
こころのやすらぎが備えるべき空間の造形と形而上的骨格
-----空間の形而上的骨格の至高度
・
森羅万象の生命の営みを包む大地と、人間の尊厳性の象徴としてのドーム
----異分野の知の体系との統合度
空間
・芸術の永遠性とそのふれあいの場の持続の保証そして「時を設計する」信条
-----企画内容の視座の広角度
・芸術の鑑賞の場としての快適性と至高空間性の探究
-----設計本ミッションの希求度
・地域の復興の精神的インフラの構築の視座
-----立地性昇華の深耕度
・陽光と緑と水面が豊かに展開する回廊空間と「人の尊厳」を標榜する主棟と
----「物語性」の深耕度
の設え
・単純な観覧動線を導く平面形式と展示空間の象徴性との融合
------機能性と空間性との統合度
・常設展示だけでなく多彩な企画展を誘致できる「今の芸術との触れ合いの場」
-----多用途性と対話性との整合度
③ <こと(知の系)領域>から<もの領域>の思考テーマとの
領域相関の所産
(類推と連鎖から創発と統合へ)
そして最後に、「こと」領域の思考テーマについての空間化統合へ向けて、この
段階でしばしば遭遇する「ゆらぎ」思考の鍛錬を経て、イメージを平面・断面・
立体化するとともに、人間生活の Operation との整合を図り、空間造形としての
秩序化を収斂させて、目的空間の具体化に導いていく。そのプロセスでの思考テ
ーマの実像と活発な領域相関を経ての空間化へ向けての「デザイン」検討を収斂
させていく。
138
・単純な観覧動線を導く「円形平面」と人々を優しく包み込む「ドーム空間」
とそこから派生する扇形状のパノラマ展示壁面を導く特徴ある展示空間
----平面と空間イメージとの融合度
・芸術絵画との対面の意識を集中・高揚させる「曲面展示壁面」連続デザイ
ン
-----展示空間の成熟度
・メインホールでのこころの内奥に語りかける祈りの空間に相応しい空間の
-----至高空間の象徴度
包容性の表現
・祈りの空間と芸術絵画との出会いへ徐々にこころの落ち着きをもたらして
導く回廊空間のストイックなつくりと瑞々しい緑との語らい
-----導入空間デザインの内省度
・公園の緑の木立と中庭の緑との連続性と都会騒音との結界空間性とのバラ
ンス、「人」と「大地」との対話の空間のつくり
-----自然と人間の営みの関係付け度
・「時を設計する」趣旨での「素材の吟味」と「素材の本性の発揮」の仕組
-----森羅万象と素材との相関度
み
・「時とともに建築が美しくなる仕組み」の技術ディテールへの挑戦と実体
------素材本性の発揮度
化
・ダイナミックシンメトリーの創発と各種施設機能のリズミカルな配置
-----平面の昇華度
・環境への負荷を軽減化する「屋外連絡回廊」とオール電気システムの採用
-----設備インフラと建築つくりの簡素度
④ <こころ>→<こと>→<もの>の3大領域の相関から
抽出されたテーマ
以上の2~3大領域での相関と重畳を経て、本プロジェクトの中核的テーマ
が浮き彫りになり、それが---「愛とやすらぎのために」
という全体意思のことばに集約され、これが「かたちのいのち」となった。
また、これを支え発展させたテーマとして
「芸術絵画との真摯な対面の場の持続性」「時とともに変化するもの不
変のものとの多元的な組み合わせ」「恒久平和の願いと芸術の永遠と
を祈りの空間の包括性探究で」「地域との親密性維持への地域の人の
情念溢れる支援」
等に集約されたのである。
139
⑤ < 時とともに受け継がれてきた「持続性」の理(コトワリ)>
この「愛とやすらぎのために」という絶対領域の「かたちのいのち」がオー
プン後 30 数年を経ても持続している「理」は、時の変容に耐えうる「創造の
志」の強靭さとこれに共感し支える Silent-People の意思と長年の多主体の
「創造の営み」への開放的な参画が「持続性」を実体化してきたといえる。
以上の考察を経て、ひろしま美術館プロジェクトにおける創造思考の知の枠組みと
「こころ、こと、もの」の 3 大領域相関の構図のリアリティが検証され、これらが
前章で示した創造思考の統合的なプロセスイメージと構造的にほぼ同型であること
が確認された。
最後に、これらの考察内容を、先述した考察の基本的視座としているダイアグラム
に当て嵌めて整理し、創造思考の道筋の全貌を、全体ダイアグラムからも、その構
図の同型性について検証することとした。
140
図-2-2-(4)
ひろしま美術館における「こころ、こと、もの」の領域相関の全貌
141
2-2-3
1)
「いずみホール」における領域相関の実像の詳論と検証
「こころ、こと、もの」の各領域間の相関の強いベクトルとなったテーマ
このプロジェクトの創造のいとなみの軌跡において、領域相関の強いベクトルとなっ
たテーマは「異分野専門家との協働の規範の実践」であった。
具体的には、「音に包まれたような豊穣感をもたらす響きの良い音場空間」を目指し
ての建築家と音響設計家との熾烈な協働であった。建築空間の望ましいイメージを精
魂込めて深耕する人間と、これまた音場の豊かな響き感と豊穣感の実現に汗する人間
との、異分野間の知見の領域相関の緊迫した中での葛藤であった。
この両領域の専門的知見を橋渡ししたのが「サイエンス」と「フィーリング」であっ
たことは、いわゆる「知見の再現性」そして検証性に大いに役立つこととなった。「サ
イエンス」とは、このプロジェクトにおける異分野同士の難課題に双方が遭遇した際
に「Science で論理的に考え率直に対話する」というこのプロジェクト進捗の中でお
互いが体得した知恵であり規範であった。そして「フィーリング」とは「考えても結
論が得られない場合は、お互いが良き空間イメージを感じ、波長が合えばそれで納得
する」というマナーであった。建築分野と音響分野とには、共通の基盤概念があり、
それはまさに「空間」であったこともこれらの規範の醸成に役立ったと考える。この
点についてのこれ以上の考察は前章に依るとするが、端的に言って、異分野の専門知
見にもとづく協働において極く初期的な次元での認識として、両領域の「知」を如何
に愛するかが勘所といえる。少し恰好を付けた表現となるが、「こころ、こと、もの」
の領域相関に強いベクトルをもたらしているのは、「個」の次元と「集団」の次元と
もに、専門性、非専門性を問わず、「知の愛」が強い好奇心と探究心と猜疑心等に動
かされて「相関」を促すものと考えている。
ここで、少し具体的な考察の展開を以下に試みておく。「もの」と「こころ」の相関
に関することとして、建築空間のインテリアのフィジカルな造形デザインを「クラッ
シック音
楽の鑑賞にふさわしいコンサバティブな「もの」でまとめる、という設計
意図があるとする。いずみホールはまさにその意図のもとのデザインであるが、一方
で音響設計側は、響きの良い、残響1.8~2 秒のRTを目指す「もの」を意図する
こととする。両者が狙う「もの」とフィジカルな物的空間との間には「類推・連鎖・
創発」につながる緩衝概念がある。それが「豊かな反射性をもたらす、大中小数多の
反射面の天井・壁面への配置」と「クラシカルな様式的装飾と現代感覚の意匠とのあ
る秩序にもとづく配置」と「直達音とともに数多の側方反射音に包まれるようにする
音場ボリュームの包括イメージ」との連続性の具象化でありつなぎであり統合をもた
らす緩衝概念である。これら 3 者の知見には、無論、物性空間を超えた、ある種の高
142
い精神性の伴う思考対象としての「もの」が存在し、それが関係者の胸に潜む「専門
知への愛」「こころの深奥部」に根差すものであるからこそ、低次元のこだわりを超
えた「共感—フィーリング」からもたらせられる相互理解が可能であることとなる、
と考えている。いずみホールのプロジェクトでの異分野協働作業は、このような集団
創作規範で執り進められた。物性空間だけを相互が追い求め続けると、不本意な納得
のみが残るものである。それほどに「こころ」と「もの」の相関は重要であり、その
前提には「もの」への深い洞察が欠かせないと認識している。
以上の考察は、創造思考を支える「知の 3 大認識領域」としての「こころ、こと、も
の」の領域相関における「類推・連鎖・創発等」の思考属性概念の作用のベクトルの
存在のリアリティについて、その現実の軌跡にもとづく立証として記した。
2)
多主体の関わりの実像
このプロジェクトでの「多主体」テーマでの実像の検証は、建築家と音響設計家との
厳しい協働作業の展開を視点に本論 81ページで先述したが、これはこのプロジェクト
運営体制のコアとしての動きであった。このコアを取り巻く多主体のメンバーの実態は
実に多彩な構成であったが、その内容については先述による。ここでは、その運用構図
における、ある種の原型をこのプロジェクトで垣間見た点を記しておく。これは後述す
る「意思決定機構から見た創造思考の構図」の考察に発展する。
多彩な多主体により構成されるプロジェクト運営チームの運用は、ここでは、事業クラ
イアント+建築家+各部門技術専門家+非専門者+ステイクホルダー+行政官等々によ
る「ゆるやかな連携の枠」で実質的に進められていた。各主体間に事業クライアントと
の間で契約関係にあったわけではないが、むしろ「いずみホール造営」に対する協働の
輪が意識として確かに存在・維持していた。この「連携の枠」の外で、その枠内のメン
バーが自身の持ち場の専門性と知見を発揮して困難な課題解決に汗する、今一つ別の「具
体化グループ」が存在していた。無論、そのグループの中心となるのは「連携の枠」の
参加メンバーである。プロジェクトはこの「2 つの輪」を意識の中に置きながら、多主
体が「価値あるコンサートホールをOBPに」という明確な目標イメージを抱いてそれ
ぞれの職能を発揮させたのである。この中の「連携の枠」と「具体化グループ」という
構図は、前者が、ある面ではボランタリー意識のもとでの参加形式であるので「委任契
約関係」の概念下にあり、後者は明らかに「請負契約関係」の立場にある、という構図
であった。この構図は、実際のプロジェクト運営上は、「理念」を尊重しつつ「現実」
の解決にも停滞がない、という意味ではまことに実践的な知恵であったと考える。この
知恵についての思考の発展は、後述する。
本項での多主体の実像についての検証は、多主体の多彩なメンバーの実像の記述は先述
143
内容として置き、その新たな運用態勢のシーズについて、序論で仮説的に示したプロセ
スイメージと照らしてこれを発展させる、つなぎの論考を先行的検証として記した。
3)
「こころ、こと、もの」の2~3領域の相関における
思考テーマの実像と領域相関の所産の検証
本項では、いずみホールのプロジェクトにおける「こころ」領域での思考テーマをはじ
め、その「こころ」領域での思考テーマを空間化へ向けて類推・連鎖させていく相関を
経てその所産として得た「こと」領域の新たな思考テーマ、さらには、その「こと」領
域の思考テーマを切っ掛けとして、創発と空間化統合へと発展させていった結果の所産
のテーマなどについて、プロジェクト進捗に合わせた形で思考のリアリティを付与させ
つつ、そのプロセスの実像を考察した。あわせて、思考属性の存在とその構図の立証に
ついても果たすこととし、これらを項目別に列挙した。
①
<こころ領域>での思考テーマ
(直観と集成)
事業クライアントとの初期段階での対話の中で浮き彫りにされて来た思考テー
マとして、次の項目を挙げることが出来る。
・アーバンライフにおける音楽文化と人々のライフスタイルとの融合を豊かにし
たい。
・音楽との濃密なふれあいの場を持続的に体験したい、ホールは中規模でも良い
から。
・社会的な音楽文化のフィランソロフィー活動の一環として一民間企業が取り組
む。
・「音に包まれたような豊饒感」を何度でも味わいたい、楽器の中での音との交
わり。
・公演前の昂ぶりから公演中の感動、そして公演後の余韻等をフルサイクルで感
性豊かに支え演出する、トータルな音楽鑑賞環境の整ったホール施設を大阪O
BPに。
②
<こころ領域>から「こと(知の系)領域>の思考テーマとの
領域相関の所産
(直観と集成から類推と連鎖へ----数理評価尺度)
続いて、これらの「こころ」領域での思考テーマを空間イメージへと類推と連
鎖をさせて空間イメージづくり、つまり「ことづくり(デザイン)」の思考テ
144
ーマへと発展させた。項目の列挙とともにこれについての数理的評価の尺度を
示した意図は先述による。
・先進類推イメージとしてのウィーン楽友協会ホールの空間のつくりと叡智
-----類推の参照度、視座の広角度
の深耕
・「シューボックス」スタイルという堅実なスキームでの基本骨格イメージ
-----音響性能と建築性状との基本融合度
設定
・五感(聴覚・触覚だけでなく視覚他)で楽しむ、ゴージャスなクラッシッ
クホールのインテリアの希求。楽器の中にいるような木質ホール・パイプ
オルガン・シャンデリア・バルコニー席等による、コンパクトなコンサー
----音場機能と建築空間の総合統合度
トホールらしさの追究。
・建築家と異分野技術の音響設計家との隙間ない協働創造作業の実践
-----系統思考とゆらぎ思考との統合度
・「如何に直接音を壁・天井・床で数多に反射させ、聴衆と演奏者を包むか」
についてのデザインポリシーと音場ポリシーとの「物語性」豊かなインテ
-----空間の魅力の総合設定度
リア構成。
・アートディレクター、音楽アドバイザーと設計関係者との濃密な協議とテ
-----多主体のゆらぎ思考との統合度
ーマの深耕
・音楽文化に造詣の深い事業クライアント、大阪の音楽愛好家の声、関西圏
の音響専門家のアドバイス、クライアント側の音楽アドバイザー、音響設
計専門家、舞台照明機構の専門家、公演企画の招致側専門家、OBP開発
協議会からの建築基準、周辺鉄道の地盤振動の専門家、パイプオルガン・
シャンデリアデザイナー等々、実に多くの主体との知見(知の系)の収集
と協議と知見統合の実践
-----多元的価値観の統合度と魅力度
③
<こと領域>から<もの領域>の思考テーマとの
領域相関の所産
(類推と連鎖から創発と統合へ)
そして最後に、「こと」領域の思考テーマについての空間化統合へ向
けて、この段階でしばしば遭遇する「ゆらぎ」思考の鍛錬を経て、イ
メージを平面・断面・立体化するとともに、人間生活の Operation と
の整合を図り、空間造形としての秩序化を収斂させて、目的空間の具
体化へと導いていく。そのプロセスでの思考テーマの実像と活発な領
域相関を経ての空間化へ向けての「デザイン」検討を収斂させていく。
145
・巾22m、奥行き35m、天井高11mのシューボックスボリュームとし
-----空間の基本骨格の高機能度
ての空間統合
・建築空間と音響設計との知見の融合の成果部分としての「壁面・天井面」
に施された数多の大中小の凹凸デザインにおける各種寸法の吟味等
-----音の性状と空間の性状との「楽器を造る感覚」での造り込み度
・この空間性状に情念的秩序としての「コンサバティブデザイン」を機軸に
したインテリア空間の創り込みと造り込み
----情念モチーフの具体化度
・視覚・聴覚・触覚だけでなく、「木質」の肌合いが醸し出す爽やかな木の
薫りをも楽しむ独特の楽音空間の創出
----素材の本性発揮度と空間活用への独自度
・客席椅子を吸音力一定(CAチェアー)性能の椅子とすることによる
----高機能度
リハーサルと本番の音質の差異の解消
・オフィスビルの低層階(2階~6階)にビルトインされることによるビル
内振動・騒音の完全遮断構造としての浮き構造の採用とこれの現場での実
-----高機能度
体化徹底。
・不動産投資と文化施設投資との実務予算構成上の秀逸な知見の組み立てと
実践
----不動産部門での文化施設企画立案の広角度
・OBP事業画地内での総合設計と民間主導の地区計画制度との容積制限の
幅広い運用と公開空地面積の有効率の運用
-----行政折衝における空間の実質有効度
④
<こころ>→<こと>→<もの>の3大領域相関からの
抽出されたテーマ
以上の2~3大領域での相関と重畳を経て、本プロジェクトの中核的テーマ
が浮き彫りになり、それが・・・・・事業主だけでなく地域の声からの
「音に包まれた豊饒感を何度でも味わいたい」
という全体意思のことばに集約され、これを支え発展させたテーマとして
「長年地域社会とともに歩んで来た生保企業の文化的・社会的なフィラ
ンソロフィー活動を推し進める」「建築家とは異分野の多くの専門家
とのコラボをサイエンスを基盤にした規範の徹底で克服」「音楽と言
う合理性・効率性を超えた精神領域の文化基盤をこの時期に多くの叡
智を結集させて感性豊かなホールを皆で造り上げたい・・・・と念じる
Silent-People の支援」
146
等が集約された。
⑤
<時とともに受け継がれてきた「持続性」の理(コトワリ)>
「音に包まれた豊穣感を何度でも味わいたい」という絶対領域の「か
たちのいのち」がオープン後 20 年を経ても持続している理は、「新た
な 価 値 像 」 の 創 出 を 旨 に 設 計 に 取 り 組 ん だ 事 業 ク ラ イ ア ン ト と 設計
関係者の当初の姿勢が、竣工オープン後の多くの Silent-People の支援
を得て「さらに新たな価値」を生むという好循環を生み出したという理
にもとづくものと捉えている。ここにこのプロジェクトの持続性の理の
存在と立証とを、その軌跡からあきらかにすることが出来る。
以上の考察を経て、いずみホールプロジェクトにおける創造思考の知の枠組み
と「こころ、こと、もの」の 3 大領域相関の構図のリアリティが検証され、こ
れらが前章で示した創造思考の統合的なプロセスイメージと構造的にほぼ同型
であることが確認された。
最後にこれらの考察内容を、先述した考察の基本的視座としているダイアグラ
ムに当て嵌めて整理し、創造思考の道筋の全貌を、全体ダイアグラムからも、
その構図の同型性について検証することとした。
147
│い?みホールのケースでの「領域相関」の全貌│
専門家のことぱ
4
主民・ステ』クホルタ
・音響と建築空間との融合
-人間の五感に応える数多くの仕組みを
.数多の反射特性と響き
E
値(側方反射音圧)
-豊かな L
.エアヴォリュームを豊かに
-鑑賞への高揚と事後の余韻とを
楽しむっくりを
・L.
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霊祭嘆のケザインへの尽開
v
,
『ところJ
と「もの」
との葛藤
1
のことは
,/,与え阪 ι
-盲との濃密なふれあいを何度も l
.~寅奏者への盲の戻りを豊かに
・文化的ライフスタイルの夢実現
・文化、芸術面でのフイランソロフィー活動
を幅広く
-不動産運用面での収益性も高く。
44
弘
、妙V
類推への展開
異分野の主体との対話
ムジーヲフェラインザーJレで I~
アー
ー トディレヲターと
のI
音書文化j
への漂耕
音響設計事とのサイエンスにもとづく協画
・防壷専門事との知見交百
行政担当官と民間関尭事業者との緊密革対話
ザシンフ才二
ーで
は フェス卜では
盲書専門軍と建築軍とのコラポの共有イメージ
9
-l
On
l
l
人
)
・
工アヴ
ォ
リ
ユームをより多く(目標:
.フラシ力ル草ホー)~内壁のデザインと
音書直射符性との整合
図-2-2-(5)
思考の連鎖(目と手による)
。
ゴーヅャス芯クラシぅク本位
の
イ
〉 テリ
ア
で
・
シャンデリア、パイプオルガンへのこだわり
壁画の木を需垢材で質量高
くl
王井高古うl
こ
高
く l
音圧倒防)をさらに強く l
いずみホールにおける「こころ、こと、もの」の領域相関の全貌
148
2-2-4
1)
「国際高等研究所」における領域相関の実像と検証
「こころ、こと、もの」の各領域間の相関の強いベクトルとなったテーマ
このプロジェクトの創造のいとなみの軌跡において、領域相関の強いベクトルとなっ
たテーマは、「異分野の識者との形而上思考の対話による形而下への具象化」であっ
た。いわば「無から有形」へのプロセスを推し進める「知への深耕」のベクトルを肌
で感じ取ったプロジェクトであった。その識者とは、人文科学・社会科学・自然科学
の分野において当代を代表する京都学派の専門家の人たち(多主体)であり、この方々
が建築系の学識者を除いて、建築分野に対しては非専門者であられたが、対話を通
じての発想の新鮮さにはこころを打たれる内容が多々見られたことも、あわせて特筆
しておきたい。
ここでの「多主体」の人たちの集団は、「こころ、こと、もの」の各分野での専門的
知見に深く通暁されておられる方々であったので、対話での話題は、収斂する方向よ
りも際限なく拡散する方向にしばしば発展し、実に裾野広い推敲基盤を時間をかけて
築いていくこととなった。企画から設計案がまとまるまでに実に 3 年近くを費やした
のであるが、当初段階が勉強会的な手弁当仕事の状態であったこともあり、緊迫した
専門知見のやり取りというよりも関西風土らしいざっくばらんな雰囲気の中でこれが
進められた。この対話の場の背景として幸いしたのは、奈良・京都という歴史的遺産
の豊富な立地環境が、この種の「知的鍛錬と交流の場」を希求するプロジェクト検討
に重要な精神基盤を多主体に提供していたことである。
「多主体」の皆が、「こころ」の原風景に描いていたイメージが「学者村づくり」で
あった。それも、静謐で深い思索にふさわしい、知性あふれる品格ある空間に包まれ
た研究の館でありたい、という原イメージが多主体それぞれの脳裏に描かれていたの
である。そうした原イメージを個々に持つ多主体の集団であったので、話題は国内の
歴史的建築だけでなく、プリンストン、イェール、ケンブリッジでの同種の研究環境
にまでおよび、こうした対話を通じて、自然と、目的空間の類推と連鎖の頭脳ワーク
が成熟し、3 年近くの間にイメージの「集成」が強いて意図するまでもなく進められ
たことは、期間の長さもさることながら特徴的である。
このプロジェクトにおける「こころ、こと、もの」の各領域間の相関を大きく決定づ
けたのは、こうした精神基盤の構築を背景として、奈良・京都の数多の社寺における
「修行の場」特有の東洋的なストイックな佇まいの意味であり、それが「知の伽藍づ
くり」という全体意思として収斂していくという軌跡を歩むこととなった。この点の
詳述は前項による。その収斂をプロモートしたベクトルが、多主体の豊かな発想を基
149
盤とした、多主体による形而上深耕から形而下への「もの」化志向であった。当然の
ことながらその「もの」とは単なる物性空間の性状を指すだけではなく、高い精神性
を伴う認識対象を指している。ここにおいて、「こころ、こと、もの」の 3 大認識領
域間の領域相関に働くベクトルの実像を検証することが出来る。
実際のプロジェクト検討の軌跡として、その原イメージである「知の伽藍イメージ」
という Key-Concept を顕在化できた時点で、それ以降の建築空間の具体化は、アッと
いう間であった。それまでに溜りにたまった形而上・形而下のさまざまな発想のシー
ズが一気に連鎖し新たな創発を派生させて、統合空間として具体化していった。この
「統合」段階での思考の収斂の構図は、他のプロジェクトにおいても度々経験するこ
とであるが、その構図を仮説的に可視化させて、それを業務実績の軌跡に照らして検
証し、これを普遍化された創造思考の方法論として示すのが、本論の目的である。本
項ではその趣旨を念頭に置いて、創造思考の収斂ベクトルの国際高等研究所プロジェ
クトにおける実像を示し、先の仮説イメージを検証した。
2)
多主体の関わりについて
このプロジェクトでの「多主体」はこれまでの本文にて何度か記しているので詳述は
避けるが、表現を換えると、まさに社会的に多彩で多才な識者から成るミッションチ
ームでのメンバー構成であったと言える。ここでは、そのメンバー構成の説明よりも
各主体個々の知見の「専門性」とともにその基盤となっている人間の叡智希求の姿勢
の「共通性」についての考察を加えておくこととする。
関わられた各主体は、第一線級の学識者ばかりである。人文科学・社会科学・自然科
学の各主体には、本来の学識者の立場と本事業推進の理事サイドの立場とに大別され
たものの、全員が、人間環境における「生のいとなみ」についての京都学派特有の醒
めた眼が感じられ、その醒めた眼で専門知見を自らの領域を越えて集約させようとす
るモチベーションが働いたのは、彼らの「知のコンソーシアム」の具体イメージであ
る「学者村」への熱い思いであり、つまるところ「人間の叡智の可能性への希求」で
あった。そしてその希求の共通の姿勢として「皆が素朴な考えに立ち戻る」ことに意
を注いだことも見逃せない点であった。こうした認識レベルでこのプロジェクト関係
者の多主体は「ゆるやかな連鎖の輪」で Bind されていたといえる。
この「共通性」は、ざっくばらんな設計協議の場でしばしば顔をのぞかせた。ある意
味では、人柄の「ゆとり」であり「深さ」でもある。また、学識者の間では相手方の
学説をあからさまに否定する文化がないこともあり、その「等位」の認識に依ること
ともいえるが、こうした集団規範は、「多主体」を実務で活動させる態勢での「理念
空間の構築」の面では重要な示唆を伴うものであった。また、この「共通性」の輪の
150
概念が、プロジェクトにおける基本的な価値志向の集団の枠組みと具体化グループの
枠組みとの「2 つの輪」の活動体イメージを想起させて、後述する創造思考の構
図の概念に発展していくこととなった。
3)「こころ、こと、もの」の2~3領域の相関における
志向テーマの実像と領域相関の所産の検証
本項では、国際高等研究所のプロジェクトにおける「こころ」領域での思考テーマを
はじめ、その「こころ」領域での思考テーマを空間化へ向けて類推・連鎖させていく
相関を経てのその所産として得た「こと」領域の新たな思考テーマ、さらにはその「こ
と」領域の思考テーマを切っ掛けとして、創発と空間化統合へと発展させていった結
果の所産のテーマなどについて、プロジェクト進捗に合わせた形で思考のリアリティ
を付与させつつそのプロセスの実像を考察し、思考属性の存在と構図の立証を果たす
こととし、これらを項目別に列挙することとした。
① <こころ領域>での思考テーマ
(直観と集成)
事業クライアントとの初期的段階での対話の中で浮き彫りにされて来た思
考テーマとして次の項目を挙げることが出来る。
・次の時代テーマが何であるかを研究する研究所
・現代を代表する自然科学・社会科学・人文科学の学識者の叡智と知見にもと
づいて創出する「学者村」
・京阪奈学研都市構想にもとづき、研究所設立事業のすべて(知見・資金・資
産等)を産業界・学界・官界からの寄付と篤志により組み立てるという社会
事業
・「シンク・グローバル、アクト・ローカリー」、長年培われてきた我が国の
風土・歴史・文化に根ざした「建築の叡智」を活かし、建設地の立地性を踏
まえた我が国独特のインテリジェンスを標榜する「佇まい」であること
・ノーベルプライザーと民間研究所長・研究者との交流だけでなく、地元住民・
子供・生涯学習者等との日常レベルでの知のふれあいの場の提供
②
<こころ領域>から<こと(知の系)領域>の思考テーマ
との領域相関の所産
(直観と集成から類推と連鎖へ)
151
続いて、これらの「こころ」領域での思考テーマを、空間イメージの領
域へと類推と連鎖をさせて、空間イメージづくり、つまり「ことづくり」
の思考テーマへの変換と咀嚼を加えることを念頭に置いた領域相関を進
めていき、その結果の所産となったテーマを列挙する。
「数理評価の
尺度の明示の趣旨については先述による。
・プリンストン大学、イェール大学の高等研究所での設立知見と運用方式の参
照、多分野専門家との素朴な意見交歓
----類推施設への参照度と多主体との交流度
・地域の風土・機構に深く根ざし、ストイックな学習修行の場の精神性と空間
の至高性の息吹を取り入れ空間イメージ化させる
---基本イメージへ向けての視座の広角度
・静謐な思索と推敲と思惟そして交流の場のイメージを、法隆寺・唐招提寺な
どの修行空間に求め、東洋の気候風土・気質独特の佇まい「知の伽藍イメー
ジ」を提示する
------中核イメージ発掘までの多主体との深耕度
・化石燃料の資源に頼ることのない「ローテク」に徹した環境建築の先例とし
ての Sustainable-Architecture の仕組みを取り入れ、素朴な佇まいの中で思
索する、住まういとなみを、木々の緑と土と水面と陽光、そして緑風との
ダイレクトなふれあいの中で進め、その中で研究者を穏やかに環境親和型の
大屋根のシェルターで包み込む
----環境素材と空間のつくりとの融合度
・孤高の思索→研究個室での談笑→ウォークアウトできるバルコニーでの語ら
い→芝生広場への散策→木々の中の散策路での推敲→東屋での語らい→せせ
らぎに沿っての思索→小山に上っての眺望→茶室庵での精神転換→所長公館
での交流パーティ→宿舎の住まいでの休息とやすらぎ→散策路での推敲→個
室へ・・・というラボラトリーライフのリアリティと空間展開
----多主体の識者とのオペレーションリアリティ探究度
③
<こと(知の系)領域>から<もの領域>の思考テーマ
との領域相関の所産
(類推と連鎖から創発と統合へ)
そして最後に、「こと」領域の思考テーマについての空間化統合へ向けて、
この段階でしばしば遭遇する「ゆらぎ」思考の鍛錬を経て、イメージを平面・
断面・立体化するとともに、人間生活の Operation との整合を図り、空間造
形としての秩序化を収斂させて、目的空間の具体化に導いていく。そのプロ
152
セスでの思考テーマの実像と活発な領域相関を経ての空間化へ向けての「デ
ザイン」検討を手練させていく。
・我が国独自の修行空間に見られる建築文化風土に根ざした「伽藍と回廊空
間」が湛える思索・推敲の場のイメージへの連鎖と発展
----中核イメージへの類推・連鎖度
・低層(2階建て)建家での雁行配置による、建屋と庭園・散策路・水面と
の内外空間の連続性ある、我が国の気候風土・文化に根差した固有の「開
放系のかたち」の佇まいへの統合
-----平面・断面の環境親和展開度
・思索にもっとも相応しい「孤高の個室空間」の創出が原点、ここから語ら
い・交流の場への連鎖が始まり、交流の中核空間のメインホールへと展開
-----希求空間への探究度と視座の的確度
・人文系・社会系・自然科学系の専門家と建築家との幅広い視座での知見交
歓とスケッチ図にもとづく空間構成与条件の収斂と空間化
-----多主体参加による空間性状への多元価値化度
・時とともに経年変化による素材表情が豊かになり、木々の茂りが増し、環
境に負荷を与えることの可能な限り少ない、それでいて思索環境の落ち着
きが深まる「時を設計する」狙いでの建築空間の豊かな創り込み
-----時間(運動の「数」)の積層概念の統合度
・近隣住宅街区の住民の生涯学習の場としての「親近性」を備えた空間のつ
----運営への多主体参加の組み入れ度
くり
④
<こころ>→<こと>→<もの>の3大領域の相関から
抽出されたテーマ
以上の2~3大領域での相関と重畳を経て、本プロジェクトの中核的テーマ
が浮き彫りになり、それが・・・・
「時代のために何を研究するかを思索研究する品格ある研究の館
としての知の伽藍」
という全体意思のことばに集約され、これが「かたちのいのち」となった。
また、これを支え発展させたテーマとして
「多分野(人文・社会・自然科学系)の知見と叡智をもとに、多元的な
価値像を組み入れ、長年にわたり多分野の主体が利用参加できる思索と
交流の空間の創出」「知の伽藍を育む知の枠組みを念頭に置いて多
元的な価値像を湛える場づくりを、多主体の寄付と篤志とで組み立てる」
153
等に集約されたのである。
⑤
<時とともに受け継がれて来た「持続性」の理(コトワリ)>
この「知の伽藍」という絶対領域の「かたちのいのち」が、完成オープン後
20年近くを経ても「知のサロン」という呼称変更はあるもののこの概念が持
続している「理」は、そもそもの事業の発進と運営とが社会各層からの寄付と
篤志に依っているという精神基盤と志の共有化とが、施設のハードとソフトの
隅々まで浸透していたことにある。これはつまり、事業企画の「開放性」があ
らゆる「知」を招きいれ、共感を育み、多主体の「知」による「新たな価値像」
の生命力と持続性が「新たな知」を生む、という「理」についての実務実績に
もとづく立証でもある。
以上の考察を経て、国際高等研究所プロジェクトにおける創造思考の知の枠組みと
「こころ、こと、もの」の 3 大領域相関の構図のリアリティが検証され、これらが
前章で示した創造思考の統合的なプロセスイメージと構造的にはほぼ同型であるこ
とが確認された。
最後に、これらの考察内容を、先述した考察の基本的視座としているダイアグラム
に当て嵌めて整理し、創造思考の道筋の全貌を、全体ダイアグラムからも、その同
型性について検証することとした。
154
│国際高等研究所での「領域相関」の全貌│
i1F・λyークホル Pーのよ「ぷ
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J
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専門家の ζ とぱ
式
"
・自然豊か芯現状の中での静謡砿黙想・交流の場を
・和国独特の「たたすまい」の中で、
日本のこころを国際人に理解して頂く
.環境親和型の建築を
1
担
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事業者の思い
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寄付により賄う
4
士会の良心と英知とにより
創うれた思索の場とする
ゾーベルプライザーとの熱い
交わりの場を
.
;:欠代のテーマを哲学する
類推への展開
例えばヲJ
ンストンの高等研では
イ工ールでは
法隆寺、唐招提寺などでの僧侶の
ストイックな黙想の場を
-孤高の隈想空間の自然/J.姿を
図―2-2-(6)
異分野の主体との対話
・人文系・社会科学系目自然科学系
J
の学議者との「知の交1"ft
-財界経営者との財務基盤構築に
向けての知見の収集
思考の連鎖
寝殿造りイメージと庭園との関係付け
木守の安5
ぎ空聞か5
組み上げた
哲学的環境のつくりへの模索
のデザイン、起伏と緑の
目
「
土J
ヴォリユームづくりの技は
白人工空調環境を最小限‘自然との親和
こl
を最大限l
国際高等研究所における「こころ、こと、もの」の領域相関の全貌
155
2-2-5
1)
「ザ・フェニックスホール」における領域相関の実像の詳論と検証
「こころ、こと、もの」の各領域間の相関の強いベクトルとなったテーマ
このプロジェクトの創造のいとなみの軌跡において、領域相関の強いベクトルとなっ
たテーマは「脳で音を楽しむ空間の創造へ向けての設計作法の希求」であった。
ここでの「脳で楽しむ」とは別の表現では、「五感+αで楽しむ」ということであ
る。音楽や演劇を楽しむのは、無論、視覚や聴覚だけではなく、味覚も嗅覚もあり、
さらには第六感もある。第六感とは包括的な空間感覚であり、時空概念が入る。これ
らはすべて脳の中で特有の空間感覚で再現され、人々は脳において一種の「機能快」
を得る。音楽を楽しむ、という受動的ないとなみとともに、実は、設計といういとな
みにおける「無から有形を生み出す」という能動的ないとなみにおいても、この「機
能快」への志向が強く働く。具体的には、敷地に立った時点での原イメージの啓示か
ら、好ましい空間イメージへの類推・連鎖を経てこれを 2 次元の絵に表現し、模型・
CADを経て 3 次元の立体像を組み立て、それに時間差概念を含む時空概念を詠じ込
んで原寸の目的空間の実体化を果たした際に感じる達成感を導く「機能快」も、思考
のベクトルが求心性か遠心性かの違いはあるものの、受動的なケースと構造的にはほ
ぼ同型のものである。そして、このベクトルを「こころ、こと、もの」の領域相関を
立体的に進める、実際の人間の生体機能を司るのは、外に出た「脳」としての「手」
であり「眼」である。
このプロジェクトでの創造思考のプロセスの中で、実際の設計作業における「類推・
連鎖・創発等」の系統的思考とゆらぎ思考とを支えたのは、この「手」と「眼」の活
発な機能発揮誘導であった。少し具体的に考察していく。
先ず「眼」である。眼とは、「見る、凝視する、一望する」という視覚の生体機能だ
けではなく、「語る、伝える、記憶する、計る、色を持つ、そして包括する」という、
視床面での外脳機能も備えている。「眼」の外脳的機能については、ここでは2つを
取り上げておく。一つは、多主体との対話の中での「語る、伝える、色を持つ」機能
であり、今一つはトラウマ的な強烈な体験から得る「記憶する、計る、包括する」機
能である。前者については、複数の人間と対話を続ける場合、お互いの発言情報に対
する受け手側の脳での情報整理と反射神経の反応に先行して眼が「表象」することが
よくある例を指している。脳での「情報処理」の前に視床での「表象」が先行する現
象は、後述する、「手」で相手方に拒絶なり受認のジェスチャーを示す反応と同構造
である。ともに、脳が外にでた現象である。後者については、具体的な体験を取り上
げよう。このプロジェクトを担当する以前の時期に「自然光あふれるホール空間の原
156
風景」に遭遇した強烈な空間体験の例である。体験の詳述は前項で記したが、まさに
「眼で把握し、記憶し、空間を計り、色の影を残す」体験をしたことが、「こころ、
こと、もの」の領域相関における「求心・遠心の融合」を推し進めたのである。この
種の体験は、建築家の体験であるが、同様な「強い記憶体験」はトラウマ他の様態と
ともに多くの人々に見られるもので、ひろしま美術館における創設者の想念もこれが
創設のこころの核となっていた。
その意味でも、創造にあたっては、事業クライアントを含む多主体の人たちにも類似
体験が意識下に埋もれていることを知悉しておき、その発掘に関心を抱くことが、新
たな価値像の形成を豊かにするものであると捉えている。
今一つは「手」である。手は人類誕生の始原段階では伝達手段として、いわば「こと
ば」の代替機能として発達したと言われている。それが、ある時期に、言語機能が飛
躍的に高まり、手の伝達機能が後退した分、道具を扱う機能にシフトしたが、脳の中
では主として言語機能を司る左脳がコントロールすることには変わりはなく、「手で
語る」「手で意思を表現する道具を操る」という、いわば脳が外に出た形となったこ
とはよく知られている。このプロジェクトに限らず、概念的なイメージ模索段階にお
ける「手」によるスケッチの作成とこれをもとにした事業クライアントとの対話を推
し進めることは筆者の設計作法ではあるが、とりわけ「自然光のあふれるホール空間」
が現実には国内にはまだ存在していなかったこともあり、先の「眼」の記憶・再現機
能とともに、新たな価値像をもたらす目的空間の具体化には「手」と「眼」の機能を
大いに発揮させることとなった。これがこのプロジェクトにおける「こころ、こと、
もの」の領域相関を強く推し進めた設計作法の面でのテーマであった。
本項での論点からは少し外れ、しかしながら本論文の主軸の論点となったことである
が、こうした実務での汗まみれの葛藤の軌跡が、系統的思考のみに支えられた設計方
法論ではなく、「手」と「眼」による「ゆらぎ思考」への対処を含む実践的な設計作
法をも組み入れた、より統合的な方法論の必要へと向かわせたことになる。
2)
多主体の関わりの実像
このプロジェクトにおける「多主体」のかかわりは、この事業を取り巻く建築行政・
文化分野で活躍する人々が意欲的に関与することにより、「新たな価値像」を備えた
目的空間の価値の高揚を見たという軌跡について記しておく。
建築行政の分野の視点からいえば、このプロジェクトの容積設定を決めた与条件の背
景には、実は、いずみホールの民間事業の実績が深くかかわっていたことが挙げられ
るのである。民間事業でその規模と内容での文化施設を社会に提供したという実績は、
行政サイドの種々の判断を動かした。この意味では、直接にプロジェクトに関与する
157
主体ではなく、外縁的にプロジェクトの価値像づくりに関わった存在の影響が大きか
ったといえる。これは関西地区の中の大阪都心部での建築行政が、民間事業の価値づ
くりに文化政策面で意欲的に関わった事例として特筆すべきものではあった。結果と
して、コンサートホールゾーンの対象床面積相当分の容積割増判断を得て、1400%
の容積率を確保したこととなった。こうした行政サイドの積極的なプロジェクトフレ
ームへの関わりの構図の実像から言えることは、多主体で構成されるプロジェクト運
営の「円環の場」というフレームは、「課題本位、理念優先」のもとでの「ゆるやか
な連携の場」の性格を保ち続けることが、他の集団維持のための諸課題を抱え込むこ
となく、初期の目的(新たな価値像の構築)を果たすことにつながる・・・・という体験
的な知見となって固められた。本論で記している Professional の意味も、この認識レ
ベルを指している。ただ言うまでもなく、本プロジェクトでは、音響設計家、舞台機
構専門家、地盤振動専門家のほか、イベント企画ディレクター、パブリックアーティ
スト他の多彩な多主体による、新たな価値像の構築へ向けての「ゆるやかな連帯」で
の価値高揚のミッションが、それぞれの立場で実践されたことは、前章での本文で記
すとおりである。
3)「こころ、こと、もの」の2~3領域の相関における
思考テーマの実像と領域相関の所産の検証
本項では、ザ・フェニックスホールのプロジェクトにおける「こころ」領域での思考
テーマをはじめ、その「こころ」領域での思考テーマを空間化へ向けて類推・連鎖さ
せていく相関を経てのその所産として得た「こと」領域の新たな思考テーマ、さらに
はその「こと」領域の思考テーマをきっかけとして創発と空間化統合へと発展させて
いった結果の所産のテーマなどについて、プロジェクト進捗に合わせた形で、思考の
リアリティを付与させつつそのプロセスの実像を考察し、思考属性の存在と構図の立
証とを果たすこととし、これらを項目別に列挙することとした。
① <こころ領域>での思考テーマ
(直観と集成)
事業クライアントとの初期的段階での対話の中で浮き彫りにされて来た
思考テーマとして次の項目を挙げることが出来る。
・水と緑の大阪のまちでの豊かなアーバンライフに音楽文化に親しみ楽しむ
音楽鑑賞ライフを加えて、幅広い文化的な土壌を豊かに広げたい
・国際的に通用するプチ・コンサートホールとこれをサポートする文化施設
を大阪の動脈である御堂筋と国道一号線との目抜き通りに面する街並みの
158
中に提供する。
・若い人が集い交流する「仕事」と「文化」の拠点としてのオフィスカルチ
ャーコンプレックスを通じて、音楽文化の幅広い育成に尽くす。
・自然光が燦燦と差し込む中で、感性豊かな室内楽の演奏に触れることも出
来れば、都市の夜景をバックにジャズ音楽に親しめるという、特徴あるホ
ール空間を提供
・演奏者の息遣いが聴衆に身近に迫り、また聴衆の反応が演奏を一層艶やか
にするという、インティミッドな空間の広がりの中で、音楽に濃密に浸る
ホールを創出する
② <こころ領域>から<こと(知の系)領域>の思考テーマ
との領域相関の所産
(直観と集成から類推と連鎖へ)
続いて、これらの「こころ」領域での思考テーマを、空間イメージの
領域へと類推と連鎖をさせて、空間イメージづくり、つまり「ことづ
くり」の思考テーマへの変換と咀嚼を加えることを念頭に置いた領域
相関を進めていき、その結果の所産となったテーマを列挙する。
・ウィーン郊外のハイドンザールでの自然光を受けての音楽鑑賞の体験に
もとづく、開放的なコンサートホール創造の知見にヒントを受ける。
------類推空間の啓示と参照度
・オフィスビルの骨格とコンサートホールの骨格との整合あるスキームを
組み立てる。X,Y軸に加えて、交差点に開放系のZ軸の創発に至る
-----ゆらぎ思考と系統的思考の連鎖度
・プチ・コンサートホールとしてのコンパクトさを基本骨格として、これ
に自然光を交差点方向から取り入れるステージバックスクリーンを加え
て、「昼も夜も街並みにメッセージを贈れる」ホールとしての独自性を
構築する。
------企画の独自度と立地性の昇華度
・平土間のホールに200人、バルコニーに100人の構成で、300人
が演奏者と直接対話の空間関係で触れ合うという平面と断面計画の深耕
------空間の魅力と性能との融合度
・行政担当者による「文化施設ボーナス制度」の意欲的適用と、音響専門
家の響き感の音場づくりへの建築家との深耕と、鉄道敷き振動騒音の専
門家との遮音性能の実体化等々、ここでも多主体の知見をフル動員して
159
「新たな価値像」に皆が取り組む
------多主体のプロの参画による知見の統合度
③
<こと(知の系)領域>から<もの領域>の思考テーマ
との領域相関の所産
(類推と連鎖から創発と統合へ)
そして最後に、「こと」領域の思考テーマについての空間化統合へ
向けて、この段階でしばしば遭遇する「ゆらぎ」思考の鍛錬を経て、
イメージを平面・断面・立体化するとともに、人間生活の Operation
との整合を図り、空間造形としての秩序化を収斂させて、目的空間
の具体化に導いていく。そのプロセスでの思考テーマの実像と活発
な領域相関を経ての空間化へ向けての「デザイン」検討を収斂させ
ていく。
・敷地周辺の街路・街区形状と敷地そのものの立地環境に埋もれている
コンテキスト・ブックを掘り起こしその上に「構想」を据えて、「こ
の地ならではの事業企画・建築企画」を組み立てる。
-----立地条件の活用・昇華度
・都市空間の高度利用の観点から、容積率の許容最大値を獲得するため
に、大阪市の新制度適用第一号を視野に入れて「文化施設容積ボーナ
ス制度」の要項に準拠させる。
-------立地条件活用の「物語性」の展開度
・構想」の中の「自然光溢れるホール」の空間スキームを、超高層オフ
ィスビルの低層階に納めるための「Z 軸の創発」の具現化
------平面骨格と断面形状の統合度
・交差点上部のオープンスペースに対して、大きな開口を構えるホール
とオフィススペースとを確保できる各階平面の構成とする
-----ビル全体平面との整合度
・プチ・コンサートホール用途ゾーン面積総和相当分の容積を、規定容
積率に上乗せしての最大容積率1400%を確保する。
-----「物語性」の空間展開度
・ステージバックに大型のガラススクリーンを備える上での昇降機構と
遮音性能確保のための専門知見と建築デザインとの領域相関
-----多主体の専門知見の相関度
160
・プチ・コンサートホールとしての演奏とこれをサポートする専門家の
オペレーションを包容する音場と建築空間との融合
-----多主体の専門知見の相関度
・自然光の取り入れ機構とステージ演出、街並みとの双方向のメッセー
ジのやり取り等々により、聴覚・視覚を含む「五感」に訴える空間デ
------演出度と高機能度
ザインの高機能化
・地域の音楽愛好団体の声、音響専門家、地下鉄防振技術専門家、行政
の容積指導担当者、アートディレクター等々と建築家との協働
----多主体の専門知見の相関度
④ <こころ>→<こと>→<もの>の3大領域の相関
から抽出されたテーマ
以上の2~3大領域での相関と重畳を経て、本プロジェクトの中核的テー
マが浮き彫りになり、それが・・・・
「演奏者との親密な音のふれあいのできるプチ・コンサートホールを」
という全体意思のことばに集約され、これを支え発展させたテーマとして
「アーバンライフに音楽文化のライフスタイルが新たに加わる」
「自
然光溢れる特徴あるインティミッドなホール」「ビル全体が文化
と仕事の大きなまちに」「ホールと人々が行き交う通りとの双方
向のメッセージのやりとり」「高機能で高感性」
等に集約されたのである。
⑤ <時とともに受け継がれて来た「持続性」の理(コトワリ)>
この「演奏者との親密な触れ合いのできるプチ・コンサートホールを」という
絶対領域の「かたちのいのち」が、オープン後16年を経ても持続している「理」
は、このホールが、まちと建築と人々と文化企画と多主体に「開放系のかた
ち」を維持し続けているところにあったといえる。
以上の考察をへて、ザ・フェニックスホールプロジェクトにおける創造思
考の知の枠組みと「こころ、こと、もの」の3大認識領域相関の構図のリ
アリティが検証され、これらが前章で示した創造思考の統合的なプロセス
イメージと構造的にはほぼ同型であることが確認された。最後に、これら
の考察内容を、先述した考察の基本的視座としているダイアグラムに当て
161
嵌めて整理し、創造思考の道筋の全貌を、全体ダイアグラムからも、その
構図の同型性を検証することとした。
│ザ・フェニックスホールでの「領域相関」の全貌│
42JλJークホルダ-cb'と
専門家のととば
1-1
"
・「仕事」の場の近く!と「文化・芸術の癒しの場」
を育んで、豊かなア パンライフを実現
できればいいが
・人々が行き交う「まちの通り」との接点を
多く持つ、メッセージ性豊かな
文化コンプレックスを
「こころ」と「ものJ
との葛藤
1
霊祭マの子サインへの叫円
F
t
f
fン
円ソ-
JK
事業者の思い
-国際的に適用する
¥
プチコンサートホールととれを
サポートする文化施設を、まちと
オフィスに提供したい
の理念を未来に継承してあきた
-rフ工二ッヲスJ
・若い人達が、オフィスに、まちに
魅力を感じ5れる事業ビルとして育む
5感に豊かに応えるホールを
類推への展開
思考の連鎖
行政担当官の「文化施設ボーナス制度j 国
道1
2
号と御堂筋の交差点空間こ
面している「立地性草らではJ
ホールとは別の個性ある市一J
レ
についての実りある協議
の企画へ尭展
i
I
ブリッフアートの芸術家との知見交流
・
への位置づ1
交差点空間に開放的証オフィススコアの
1
.音響設計家だけで 1
.
r
3
O
O
人ホールJ
のインティミッド草良さ
J
.
く舞台機構専門家
据え方と、まとまりあるオフィススベースの確保、
を聴覚だけで証く視覚にも応えるデザイン との「五感への演出 jについての知見交流 さらにその仕組みの申にブチコン廿ートホール
をスッポリと組み入れる平面スキームへ
ウィーン郊外の「ハイドンザーJ
レ
j
で
の
市
ーj
レステージ)(ックを巨大草ガラス
自然光豊かなコンサートホーJ~ の
イメージを尭展させる
スフリーンとして、自然光と直畢を見世る
東京の力ザルスホーJ~、ザントリー
図―2-2-(7)
ザ・フェニックスホールにおける「こころ、こと、もの」の領域相関の全貌
162
2-2-6
「クラブ関西」における領域相関の実像の詳論と検証
1)「こころ、こと、もの」の各領域間の相関の強いベクトルとなったテーマ
このプロジェクトの創造のいとなみの軌跡において、領域相関の強いベクトルとなっ
たテーマは一言で言って「温故為新(温故知新ではなく、ふるきをたずねあたらしき
をなす、という意味で)」という規範概念であった。
戦後すぐの産業界・学界・官界の交流の場は、当時の大阪市内では、以前のクラブ関
西と国際ホテルと新大阪ホテルの3か所だけであった。その当時のクラブハウスは、
瀟洒なボールト状の屋根のシルエットが大阪の街並みの原風景として人々の記憶に刻
まれていた。このような歴史的な軌跡を歩んだこともあり、建て替えプロジェクトで
は、ハード・ソフトともに「継承と革新」とが基本テーマとなった。それが「温故為
新」という「価値ある甦りの理念」として、多くの既存メンバーの心を捉えた背景に
は、関西特有の精神風土に根差した「本物志向」の文化が導いたのであり、その意味
で「建築は本来的に大地に根差す器である」という証しを物語っている。
このプロジェクトの初期段階でのヒヤリングでは「こころ」領域の思考テーマとして、
「これまでの倶楽部としての品格と親しみとを継承する」「その時代の感覚を率直に
標榜する」「庭園とともにある倶楽部ライフの良さを尊重する」「オモテの品格はウ
ラ方の充実で支えられている」などの声として設計者に告げられた。
これを受けて、「こと」領域では、「大屋根のシルエット」「庭園との開放的な内外
空間のつくり」「1階~2階へおおらかに連続するロビー空間の広がりと品格」など
の、新たな価値像の構築へ向けてのテーマを連鎖させていくこととなった。このよう
に「こころ」と「こと」とは、「継承と革新」を旨におおらかに相関させ、こころと
ことの思考テーマ要素の親近性と同位性とをつなぎとして、「もの」としての統合空
間へとさらに価値高揚を発展させていったのである。
その「こと」から「もの」への統合段階での具体的な設計課題として多くの「ゆらぎ」
的思考を求められたのは、「空中権」という未体験課題への取り組みと、限られた敷
地の大きさでの多数のVIPの車を受け入れスムーズに流す「大らかな車回し」のデ
ザイン、そして庭園との連続性を象徴する「シンボル空間の会議室」の具体化であっ
た。これらの諸課題への取り組みと解決への具体化へ向けては、しばしば系統外思考
である「ゆらぎ」的思考で、異分野の知見をフル活用した経緯があったが、基本とな
った姿勢はやはり「温故為新」の規範概念であった。解決のタネは、意外にも身近に
潜んでいるものである。身近な「集成」に蓄積されている、という表現の方が実情に
合っている。空中権の課題は、情報管理下にあるので割愛するが、車回しの課題は
163
大スパンの大ピロティ展開で、シンボル会議室の課題は我が国の民家の内外連続性
のつくりから、解決の示唆を得た。すべて先人の叡智と現代技術との融合の視点か
らの創発であった。
そして、このプロジェクトの全プロセスに関わった課題として「クラブとしての品
格」の確保と具体化という大きな課題の解決の軌跡についても、ここで記しておく
必要がある。「品格」とは、広辞苑によれば「ものの良しあしの程度」という定義
がなされているが、これは定性的な定義であり、実物の物性空間と精神性空間とが
統合された「空間」の品格となるとさらに多層的な価値概念が含まれる。
ここでも「温故為新」の概念が大きく関係する。この課題についての詳述は本項の
論点とは離れるので、ここでは割愛するが、事業クライアントには、しばしば「比
喩」と「類推」とをもって理解を求めた。例えば「シンプルさとは豊かさの様態で
ある」「ゆとりはこころの落ち着きをもたらし、そこに品位のシーズが根付く」
「オリジナリティの素は立地環境に埋もれており、その地ならではの叡智の鍛錬と
精神性の深耕の徹底は、ある種の新たな生命力を付与させることにつながりそれが
目的空間の品位となる」などである。このプロジェクトでは、具体的な課題に関連
したのは、会議室・メンバーズクラブ・メインホール等のいわゆるネットゾーンの
面積と、ロビー・ホワイエ・談話コーナー等の共用ゾーンの面積との構成比率の設
定に関してであった。結果として、ゆとりあるロビー空間の広さ・幅・空間ボリュ
ームの大らかさが、独特の品位を骨組みとして付与させることが出来たと考えてお
り、事業クライアントからも賛意を得た。
「こと」と「もの」の知の認識領域の相関の局面においても、「ゆとり」「品位」
という「こころ」領域の属性概念の強いかかわりから、数多の「ゆらぎ」的思考の
発展を見て結果として、価値の高揚につながることとなる、という教えについての、
実務での立証ともいえる軌跡として記した。
2)
多主体のかかわりの実像
このプロジェクトでの運用体制の構図は、倶楽部理事長と建築家との太い信頼関係を
核として、これを支える倶楽部メンバーの人たちそして倶楽部運営サービスの責任者、
行政の長(大阪市長)そして財界からの人的・知財的支援メンバーさらには隣地のホ
テル建設事業者等々から成る、人格的に深い信頼の絆をもととした厳しいビジネスタ
スクの実践による「円環連鎖の場」であった。
今にして振り返ると、こうした厳しいビジネスタスクの実践の場で進められたこのよ
うな「多主体」による都市再開発プロジェクトの集団創作の環境は、このプロジェク
トに相前後して飛躍的に増大するその皮きりの時期にあった。とりわけこのプロジ
164
ェクトのケースのような、いわゆる「権利床としての空中権」のやり取りを含みか
つ土地の所有形態を現状のままで、新たな甦りの空間の蘇生を図る都市再開発の例
は、まことに特徴的なものであった。ここにも「温故為新」の精神が通底している。
このプロジェクトでは、倶楽部ハウスの建て替えの原イメージは、隣地ホテル事業
との関係もあり、2つの土地所有者の発想でその骨格がまとめられ、建築家側は、
これを専門的な知見と技術とデザイン力とで新たな空間の具体像を絶えず示してい
くという構図の中で取り組むこととなった。とりわけ、隣地ホテルとの共同事業の
協議の場のかたちは「円環連鎖」の体を成してはいたが、対話の実態は非常に厳し
いビジネスタスクの実践の場に終始し、緊張の連続ではあった。
ただ、倶楽部ハウス側の設計においては、ホテル空間との差別化は当然のこととし
て、やはり、永く親しまれてきた倶楽部の品格ある継承の実践と倶楽部としての長
年にわたるこの「存在感」の表出の課題への対処が厳しく求められてきたことは、
前項および本項での冒頭に先述したとおりである。
この「存在感」の表出への課題に対しては、倶楽部ハウスの全体シルエットの骨格
から、庭園と内部空間との連続性あるデザイン、ゆとりあるロビー・ホワイエから
シンボル空間への品格ある展開、オモテゾーンを支える過不足ないウラ方ゾーンの
配置、そして倶楽部らしい家具デザインと配置に至るまで、「多主体参加ゆえの叡
智と知見」をフルに発揮する形で、新たな価値像を湛える倶楽部空間として統合し
ていった。倶楽部ハウスの建て替えプロジェクトとしては、中規模のプロジェクト
であるが、隣地のホテル新築との共同事業の側面からは、関西の政財界挙げての大
規模の都心再開発プロジェクトであるという2面性を持つ仕事であったがゆえに、
「多主体」の実像は、2つのグループに大別される、という特徴あるプロジェクト
の軌跡を残した。ただ、それだけに、集団的な創作作業における「多主体参加型」
の意義と成果に対して、社会から様々な評価を受ける事例ともなった。竣工・オー
プン後20年近くになるこの倶楽部ハウスの「温故為新」の理念は今も逞しく息づ
いている。
3)
「こころ、こと、もの」の2~3領域の相関における
思考テーマの実像と領域相関の所産の検証
本項では、クラブ関西のプロジェクトにおける「こころ」領域での思考テーマをはじ
め、その「こころ」領域での思考テーマを空間化へ向けて類推・連鎖させていく相関
を経てのその所産として得た「こと」領域のあらたな思考テーマ、さらにはその「こ
と」領域の思考テーマを切っ掛けとして創発と空間化統合へと発展させていった結果
の所産のテーマなどについて、プロジェクト進捗に合わせた形で、思考のリアリティ
165
を付与させつつそのプロセスに実像を考察し、思考属性の存在と構図の立証とを果た
すこととし、これらを項目別に列挙することとした。
①
<こころ領域>での思考テーマ
(直観と集成)
事業クライアントとの初期段階での対話の中で浮き彫りにされて来た思考テ
ーマとして次の項目を挙げることが出来る。
・長年親しまれてきた倶楽部ハウスの品格あるイメージの継承を
・倶楽部ライフスタイルの継承と新たな展開と工夫
・独特の存在感あふれる倶楽部のシルエット
・都心の中での貴重な緑の森林浴をもたらす庭園の継承
・倶楽部の品格と気品を守る
・オモテの華やかな文化交流を支えるウラカタの充実と独自の料理文化
② <こころ領域>から<こと(知の系)領域>の思考テーマ
との領域相関の所産
(直観と集成から類推と連鎖へ-----数理評価尺度)
続いて、これらの「こころ」領域での思考テーマを、空間イメージの領域へ
と類推と連鎖をさせて、空間イメージづくり、つまり「ことづくり(デザイ
ン)」の思考テーマへの変換と咀嚼を加えることを念頭に置いた領域相関を
進めていき、その結果の所産となるテーマを列挙する。
・既存の倶楽部空間の継承すべき良きところと新イメージへの脱皮
------類推空間の参照度と新機軸設定度
・倶楽部空間の品格性の具体化へ向けての類推とキイとなる要素イメージの
----空間の精神性の深耕度
連鎖
・隣地ホテル事業者との共同都市開発の実践と「空中権」の実体化への深耕
-----事業性と採算性の共同連携度
・庭園とクラブ内ホール・会議室との内外空間の連続についての「物語性」
-----空間構成の基本性状の設定魅力度
の思惟
・庭園における四季折々の木々花々の開花時期シナリオの配置と空間構成と
の連鎖についての深耕
----自然系ともの系と精神系との統合演出
・時とともに表情が豊かになる内外空間の素材の吟味とその物語性の組み立
----素材の本性の吟味と発揮度
て
・シンボル会議室の設定とこれの特徴あるデザインテーマの深堀り
166
-----空間デザインの視座の広角度
・倶楽部内の接客サービス専門家との「オモテとウラ」のゾーン構成の律動
------空間の機能付けとリアリティの深耕度
の協議
③
<こと(知の系)領域>から<もの領域>の思考テーマ
との領域相関の所産
(類推と連鎖から創発と統合へ)
そして最後に、
「こと」領域の思考テーマについての空間化統合へ向けて、
この段階でしばしば遭遇する「ゆらぎ」思考の鍛錬を経て、イメージを平
面・断面・立体化するとともに、人間生活の Operation との整合を図り、
空間造形としての秩序化を収斂させて、目的空間の具体化に導いていく。
そのプロセスでの思考おテーマの実像と活発な領域相関を経ての空間化へ
向けての「デザイン」検討を収斂させていく。
・「存在感」ある大屋根のシルエットのスカイラインを伴う佇まい
-----原イメージの空間咀嚼度
・エントランスの車回しゾーンを大きく包容させたピロティの架構デザイ
------------難課題の逆転発想度
ンと裏方機能のオモテ化
・街路に接するオモテゾーンにウラカタのニーズが集中(両者の出入りは
同位置)したものを、初期的なコンパクトな新機軸デザインで早期解決
-----難課題の早期逆転発想度
・庭園の東西水平展開に沿わせた、各会議室空間の変形雁行型配置
----内外空間の連続デザインの魅力度
・ウラとオモテの多主体の専門家との厳格なリアリティにもとづく機能付
-----多主体の知見と価値観の交歓度
けと空間化の知見の交流
・「倶楽部空間の魅力は、おおらかな空間の広がりにある」という年来の
知見にもとづく、おおらかな階段空間を中核とする空間のつくりとカラ
ースキームと「灯りと明かり」等による上下階の相互貫入デザイン
------空間の立体展開の深耕度
・いまひとつ「おおらかな空間の広がり」を演出する、高い天井高を持た
せた織り上げ天井と明るい木質の壁と座高の低いソファー椅子などが迎
え入れる倶楽部ラウンジで倶楽部メンバーを静かにやさしく包み込む
----空間による「もてなし」の展開度
167
④
<こころ>→<こと>→<もの>の3大領域相関から
抽出されたテーマ
以上の2~3大領域での相関と重畳を経て、本プロジェクトの中核テーマ
が浮き彫りになり、それが・・・・
「倶楽部ハウスとしての品格と親しみ深さの継承を」
ということばに集約され、これを支え発展させたテーマとして
「温故為新」「存在感あふれる佇まいを」「歴史ある良き慣習と
決まりは継承し新たな時代感覚が必要な骨格は新機軸の発想と技
術で創出する」「都市の中の自然要素を内外空間の連続のつくり
の中で取り入れ人々の心の癒しと談笑の活発化とを引き出す」
「空
中権の実践」
等に集約されたのである。
⑤
<時とともに受け継がれてきた「持続性」の理(コトワリ)>
この「倶楽部ハウスとしての品格と親しみやすさの継承を」という絶対
領域の「かたちのいのち」がオープン後、約20年近くを経ても持続
している「理」は、温故為新と、ハード空間とソフト知見の継承と新た
な展開の息吹をメンバーはじめ関係者の多主体が共有している点と、
庭園の豊かな緑の広がりが室内外の倶楽部空間に永く満ち続けている
という「緑の貴重性」とが、この倶楽部の存在感の「持続性」を実体化
し続けているところにある。
以上の考察を経て、クラブ関西プロジェクトにおける創造思考の知の枠組みと「こ
ころ、こと、もの」の3大領域相関の構図のリアリティが検証され、これらが前
章で示された創造思考の統合的なプロセスイメージと構造的にほぼ同型であるこ
とが確認された。
最後にこれらの考察内容を、先述した考察の基本的視座としているダイアグラム
に当て嵌めて整理し、創造思考の道筋の全貌を、全体ダイアグラムからも、その
構図の同型性について検証することとした。
168
│クラブ関西での「領域相関」の全貌│
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新たな工夫
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、
、
類推への展開
思考の連鎖
既存の倶楽部空間からの
新イメージへの脱皮
庭園主体の倶楽部イメージ
・内外空間の連続
-緑青屋根とアイポリータイル
-三方ガラススクリーンの会議室
都市開発」の実践
・クラブ内のサービス専門家
との知見の交流
図-2-2-(8)
クラブ関西における「こころ、こと、もの」の領域相関の全貌
169
、
2-2-7
「かたちのいのち」の実像と検証
さて、2-1では、設計実務における「知の枠組み」での創造思考の軌跡とその実像につ
いて、5作品を考察の対象にして、序論での仮説イメージに対する検証を概括的に展開
した。そして、2-2ではこの考察を踏まえて「こころ、こと、もの」の3大領域相関の
リアリティと「多主体」の実像などについて、より詳しい事実の軌跡をもとに検証作業
を展開して来た。とりわけ、2-2-1で示した「基本的な視座」となるダイアグラムを
もとにした5作品の創造思考における実際の細項目に及ぶ思考テーマのレビューとこれ
らを改めて全体像のダイアグラムに組みなおした手続きは、これ以降の考察の基礎とな
る重要なエビデンスの明示に及んでいると考えている。
その上で、この2-2-7においては、創造思考の「知の枠組み」の絶対領域の思考テー
マとして特定された「かたちのいのち」について、その実像を改めて明らかにすること
とした。そしてこれを踏まえて、創造思考の動的な思考の道筋の柱となっている「3つ
の思考モデル」の特定に進むこととする。
改めて、5つの実務プロジェクトの領域相関の全貌を通観して見ると、そのプロジェク
トの特徴を一言で標榜する「ことば」に至る、多くの思考テーマの具体的内容と2領域
間、3領域間での相関付けの実像等が把握できる。また、3領域の重なる全体領域にお
ける「ことば---かたちのいのち」がプロジェクト初期および喧々諤々の多主体の
Professional との協議の中で思考を決定づけていた核心テーマ概念であったことも、周
囲の他の思考テーマとの関係性とともに可視的に把握できる。この「かたちのいのち」
のもつ求心力のベクトルが、建築主は勿論、設計者、専門技術者、行政担当官、街づく
りコオーディネーター、施工担当者、現場職人そして非専門者に至るまでの多主体の
Professional が「新たな価値像づくり」に向けて心を一つにして模索したという汗みど
ろの足跡についても通観することも出来る。すでに竣工して20年以上も経過したプロ
ジェクトながら、リアリティの蘇りとともによく理解できるということは、このことば
が湛える想念の「持続性」の証しでもある。
ここでその各実務プロジェクトの「絶対領域」となった「ことば---かたちのいのち」を
以下に改めて列挙してみる。
ひろしま美術館----「愛とやすらぎのために・・・・はじめにことばがあった」
いずみホール----「音に包まれた豊穣感を何度も経験したい・・・・音は霧のように」
国際高等研究所---次代のために何を研究するかを研究する場・・・知の伽藍」
ザ・フェニックスホール----「演奏者との親密な触れあいの出来る小ホールを」
・・・・多くの人々が出入りするオフィスカルチャーコンプレックス
を」
170
クラブ関西-----「倶楽部ハウスとしての品格と親しみ深さを・・・・温故為新」
これらを改めて見据えると、それぞれの作品建築の設計を依頼された事業クライアント
の慧眼性とともに設計意図の独創性および、この「ことば----かたちのいのち」が湛えて
来た、そして数多の Professional を駆り立てて来た「創造への力の尊さ」を感じ取るこ
とが出来る。その力とは、市民参加型のさる自治体の病院プロジェクトあるいは北陸の
近代的な美術館の例でも見らるように、普遍的な定理の類ではなく「新たな価値像づく
りへの共感に端を発した参加」という一見、感性・感覚・感情の領域概念の側面を伴っ
ていることは示唆深い点である。「かたちのいのち」の実像は、意外にも平易な概念で
あり、身近な想念でもあることをここで明らかにしておいた。例えとして多少語弊があ
るとは思うが、一刀彫りの素材の一本の流木から、ある一念のもとにさまざまな想念の
皮と身と衣を削り取っていく果てに、輝かしい像を見出すそのかたちは、予想以上にシ
ンプルで心を打つものである、という教えに近いことである。
さて、これまで 5 つの実務プロジェクトにおける「知の領域相関」の全貌と創造思考の
道筋のリアリティを踏まえた考察を展開して来たが、これらに共通していたのは、各プ
ロジェクトには、一言でそのプロジェクトの存在意義(レゾンデートル)を標榜させる
ことのできる「かたちのいのち」となる「ことば」が太く息長く存在し続けていること
も明らかにした。実務の現場では、これほど当初から系統立てられた仕組みの中で、細
大漏らさず粛々と推敲する・・・ということはまれで、完全に体系立った取り組みの軌跡を
残すことは、意外にも少ない。現実はもっと複雑多元化した思考テーマ要素の錯綜があ
り、高度・低度を問わず不本意な駆け引きとゆらぎがあり「絶えず創造の場を取り巻く
事態は動いている」状況下にある。一見、科学的な論理の入り込むスキなどはないよう
に見える。しかし、どれほど複雑多元化した状況下でも、当初から創造思考の「プロセ
ス」と思考の柱となる「方法」と道筋の全体像の大きな基本形を念頭に置いているか否
かで、最終的に手にする所産の価値の高さが決まることも事実である。また、今一つ大
切なことは、多元的な価値観を視野に入れて多主体のひらめきや知見に目と耳を向けて、
結果として豊かな価値像を創り上げるそのプロセスへの参加は、基本的には万人に機会
が与えられているという認識を、プロジェクト参加の多主体が持ち続けることである。
この認識は、フラット社会における「水平展開の動的均衡を志向する統合」の根本的な
理であるとも考えている。
それでは、以上の考察を念頭に置いて次に、以上の考察をベースにして、実務の軌跡か
ら推敲される創造思考特有の思考モデルについて考察することとする。
171
2-3
設計の創造思考の基本構図となる3つの動的思考モデルへの考察
・・・・・網状思考モデル、螺旋統合化思考モデル、有形化思考エンジン
以上の5プロジェクトにおける創造思考の道筋の実像とその考察結果を踏まえて、知の
認識の 3 大領域が重なる部分、つまり絶対領域(かたちのいのち)の実像を取り巻く周
囲の思考テーマの集合の様態をさらに考察していくと、それぞれの各領域での思考テー
マ要素が、自らの領域を越えた相補的な(相互の諸要素の中の同位性を複数につなぐ)
関係づけ(つまり「相関」)が、「無から有形」への創造のための思考要素の「点と線」
の分布の構図を成していることが浮き彫りになって来た。「相関」とは自らが求め発掘
し発見する営みであり、その意味でも「創造」「創作」の意義と一致するものである。
ところで、「ドゥルーズの創造哲学」によれば、「存在とは創造性そのものである」と
いう記述がある(注 20)。このことばは至言ではあるが、筆者は上の意味で、存在の
関係づけ、即ち「相関こそが創造行為そのものである」と考えている。「1対1」のみ
の関係性は一つ一つの思考要素の論理的積み上げの展開はあるものの、その関係そのも
のが固有の創造特性を生み出す、ということはあまり見られない。しかし、この関係性
を複数に発展させて「1→1→1→1・・・・N」という複数の「点と線」から成っている
「網状モデル」と捉えれば(現実はそのような様相を呈しているが)、その関係性その
ものが生み出す「固有の発想の特質の創出」はあり得る。例えば、「音との濃密な触れ
あいの場を何度も」という「点」の思考テーマ要素は、「音響と建築空間との融合」と
いうテーマだけでなく「文化的ライフスタイルの夢の実現」「クラシカルなインテリア
と豊かな反射特性の凹凸を持たせた壁面構成」というテーマとも、それぞれ孤立させた
「分析科学的」な捉え方ではなく包括的な目標空間の「系」として捉える、という見方
は立派な「網状モデル」の捉え方である。これゆえにこの捉え方は、帰納法や演繹法、
網羅的思考法や仮説思考法などをも包含すると筆者は考えている。しかも動的な事態の
対処にも網状の形状の変化で柔軟に対処するという、創造思考特有のおおらかさがある
ことも垣間見ることが出来る。また、系統的思考を基本ベースとするとしても、この網
状モデルに従えば、時にはこれを根こそぎ破壊して別の網の系に乗り換えて新たな系を
生み出す、というような思考回路への「寄り道」を経たとしても、網を辿ればもとの本
線への復帰も可能となる、という考えである。
ただ、この網状モデルそのものだけでは大きな欠陥があると見てもいる。それは大中小
の網のつなぎ目の節目はあるものの、網全体を動かす大きな核がなければならない。人
間の体でいえば「心臓」であり、かつ個々の組織を息づかせている細胞のなかの運動エ
ンジン体である。巨大とは言え、かたちの意味での巨大ではなく、パワーとベクトルの
力を自らが創りだせる「知的パワー」の大きい網状環境に、創造のいとなみにおいては
172
わが身を置くことが大切なのである。
2-3-1
創造思考の基本構図の変容
さて、ここで、創造思考における「創造」のいとなみについて、動的な(推敲・思惟の
変容に合わせてその構図を探る)視座から、改めてその軌跡を辿ることとする。
下の図は、序論にて示した図であり、創造のいとなみにおける「こころ、こと、もの」
の3大認識領域の分類と各領域の思考テーマの概略的な分布を概念的に表したものであ
る。いわば、創造の初期段階での、思考テーマの相関的な位置を示したダイアグラムで
ある。これを原点として、網状思考のモデルとこれに絡む2つの思考モデルの特定へと
考察を発展させていくこととした。
図-2-3-(1)
創造思考の道筋の構図の「出発点」での「知の認識領域」の相関的位置を示す図。
序論での図-2を改めて Rewrite したもの
ここでは「こころ」領域を感覚界、「こと」領域を知性界、「もの」領域を物質界とし
た分類で示しているが、「こころ」にも「こと」が絡み、「もの」にも精神性つまり「こ
173
ころ」が付与されている思考対象が現実の社会と自然界には数多存在することもあり、
3大分類したものの3大相関の構図そのものが、この自然界での「生きている様態」を
表していると捉えている。そしてこの構図を「個」の次元での思考の構図とともに「集
団」次元でのそれでもあり、共通して大切な点は、中央の黄色の三角形の矢印が象徴し
ている「求心的」な思考のベクトルの意味であり、これが平面展開から立体展開そして
4次元展開を繰り広げていく、という基本構図が「創造のいとなみ」のダイナミズムの
原型イメージである。
さて、次のステップとして、3大認識領域の中の思考テーマの集合枠の中から、創造の
思考を決定付けている思考属性として「直観・集成、類推・連鎖、創発・統合」のイメ
ージを序論にて示し本論にてそのリアリティを検証したものを、ここで改めてダイアグ
ラムの中に当て嵌めることとした。それが下の図である。ここでは思考の一つの道筋の
イメージとして「直観→類推→創発」「集成→連鎖→統合」との2つのトライアングル
図-2-3-(2)「設計のいとなみ」における創造思考の属性概念による2つの三面角運動で、新たな
価値像が収斂・昇華していく道筋の原点状況を示すイメージ図。3 つの円の外縁部の点線表現以降の
領域は、科学的にもいまだ解明されていない諸課題の位置づけが不明な集合未定領域を指している。
174
運動の図形で、思考の収斂運動を示し、3大領域の枠が求心的な創造思考のベクトルの
エネルギーを得て徐々に重なり合う部分を増大させていく、その初期段階を概念的に表
している。もちろん、現実には、3大領域の思考テーマが均等な位置づけを保ちつつ重
なり合うとは限らず、「こと」と「もの」だけが先行して、「こころ」が重ならないま
まの状態も当然のことながらあり得るわけで、その様態をイメージとして表したのが下
の図である。創造思考の運動の途上で、その方向性が偏っていないかどうかをレビュー
する必要もこの図は示唆している。「こころ」が入っていない状況を示す。
図-2-3-(3)
創造思考における3つの認識領域が3者バランスある形で領域相関がなされな
いとこの図のように「かたち」と「知」のみが相関し合って「こころ」のない価値像の追求になり
かねない。3つの領域が重なる「黄色」の思考テーマの特定がなされていない状態
さて、上の未成熟な状態のダイアグラムは創造のいとなみの一つの途中検討段階モデル
として位置づけておくとして、前頁の図をもとに、これから「平面的把握」から「立体
的・動的・時空的把握」の体系へと考察を進めていく。その考察の勘所になるのが、こ
175
れらの図の中央部の黄色の「絶対領域」の「ことばのいのち」が湛える求心的運動であ
り、そのベクトルのパワーの源である。そこに創造の思考を推し進める「理」が潜んで
いると見た。
このベクトルのパワーの源が「無から有形へ」と成長し発想が成熟していく様を可視化
させつつ、考察の視座を時空的な動的な推敲に進めていくと、下の図のような思考運動
イメージが浮き彫りになってくる。
このダイアグラムは、これまでの章と項で示してきたダイアグラムとは異なる表現視座
に立っている。それは、創造思考のその都度の「思考のまとめ」のかたち(思考の所産)
の発展と成長と価値の高揚の様を可視化させて、創造思考が数多の局面の中で多くの思
考属性を身体化(胎内化)していく変容の様を、あたかも細胞が増殖していくかのよう
な内容を象徴化させて概念的に表しているからである。
図-2-3-(4)思考の「求心収斂」と「遠心レビュー」の2重螺旋運動イメージを表現した。図2-3-(2)
のヴェン図の円の中に「思考の所産」を概念的に挿入し、その「価値高揚」の動的な変容の様子についても
あわせて示した図でもある。
176
また、この図が、これまでのダイアグラムと異なって、ある意味で示唆に富むのは、各
思考段階ごとの成果がまとまった「思考のかたち」のイメージとなって変移していく様
が表現されていることにある。そして、これまでの図にない表現要素として、黄色の絶
対領域に位置する「かたちのいのち」がプロジェクト検討の進捗の時間変移軸に合わせ
て「価値を高揚させる上昇軸」として、これまでの3大認識領域の構図の平断面を積層
させていく主軸を成していく様態をも示している点が挙げられる。さらには、現実の実
務の思考の道筋の軌跡に照らせば、創造のための求心的思考は徐々に強まるとしても、
しばしば創造的破壊の指摘が「ゆらぎ思考」への寄り道として示され初期テーマに立ち
戻ることも当たり前のようにあることから、これを「遠心的レビュー」の思考の道筋と
して、当初より胎内化させる認識を組み入れたダイアグラムとしても表している。
そこで注目すべきは、これらの求心性思考と遠心性思考の二つの思考の道筋が、実際に
は熱く存在する意味である。この動きは、平面的な上からの視線で見ると時計回りと反
時計回りの繰り返し運動であるが、立体的な時空変移の視座から見るとそれは、図を見
ての通りの「2重螺旋形」を成していると捉えると、実務感覚に近い思考プロセスの可
視化に至る。
図-2-3-(5)「求心的収斂」と「遠心的レビュー」の2重の思考運動は、上からの平面把握では同一円内での
右回り・左回りであるが、時間の上昇変移の方向性で捉え、積層概念踏まえた「立体」で捉えるとそれは「螺旋
形状」を描いて、上方(より高い価値像へ向けての上昇)へ動いていることが分かる。
177
またさらに視点を転ずると、3大認識領域の平断面の思考の構図は、いわば「個」の次
元での構図を表してもおり、ここにおける求心的思考と遠心的思考との熱い思索葛藤の
中で展開している様態とともに、この「個」が多主体の「集団」での思考の構図とも、
上の「かたちのいのち」の主軸に沿ってオーバーラップさせた構図内容の表現でもある
と捉えることもできる。
ただ、そのオーバーラップのままでは、今一つ、全体の動的な思考の方法論を明らかに
していくには不十分なため、この構図のなかの思考モデルをここで2つに大別して特定
することとした。それが、序論で示した3つのモデルの内の「内省的思考」のモデルを
発展させた「網状思考」のモデルと、時空展開をプロジェクト進捗にあわせて価値高揚
とともに果たしていく序論で示した「統合化思考」のモデルの発展形としての「螺旋統
合化思考」のモデルの2つである。今一つの「有形化思考」については後述に記す。ま
た、「螺旋統合化思考」モデルには「2重螺旋形」の運動イメージが伴っていることは
図で示すとおりである。
2-3-2
網状思考モデルでの相関の構図イメージ
実務の5作品を対象にした仮説イメージの検証の論考では、現実の汗みどろの葛藤の様
子を可能な限りリアルにエビデンスとして示した。重複するが、汗みどろの相関の葛藤
の末に得た「かたちのいのち」のことばがプロジェクトの生命を植えつけた、という点
については、5 つのプロジェクト全てが共通していたことである。実務においては、こ
こに至る道筋を、予定軌跡のごとくに一筆書きの作業軌跡として、その全ての創造思考
の特質を含めて語れるほどの単純さはない。数多の価値観と想念と知見の多層構造と時
間経緯による思考内容の変容等から成っている。その作業軌跡のすべてを言葉で表すに
は限度があるが、大きな点として、実はこの求心的なベクトルの動きは、「かたちのい
のち」を特定した後には、同時思考回路として、遠心的な「レビュー:具体的当てはめ
の桎梏」の巡業にも多元的に立ち向かうこととなり、しかもその動きは、何度も求心・
遠心を繰り返すことになるのであり、その軌跡は論理性を超えて不条理な領域すら含む。
このようなまことにダイナミックにして多方向性のベクトルの中で、「点と線」の網か
らなる網状モデル思考を進ませつつ、その網状思考を劇的に収斂させる求心・遠心運動
は、いわば価値高揚を志向する「二重螺旋運動」の形を成しながら網状思考を結束させ
統合していく道筋をたどることになる、という運動図形の基本イメージにここで至るこ
とが出来た。この求心・遠心の二重螺旋運動を繰り返す上でのガイド軸になるのは、先
述したようにこのダイアグラムの中央の絶対領域を上下に貫くシリンドリカルな「円軸」
表現の中の動的思考軸である。前章で記した「点」「線」「面」そして「時空」へと変
移する中で、創造思考の価値高揚の発展思考は、この軸を求心・遠心の 2 重螺旋状に上
178
昇しつつ大きく進むこととなる。この動きのベクトルの存在がなければ、網状モデルだ
けでは実務的には、ほとんど実務でのリアリティある実感を得ない。そしてこの中核の
思考軸は、全ての Professional が実践する集団規範(後述の Initiative)によって強化
されることがあり、プロジェクトの価値高揚へ向けてのいわば「生命軸」となっている。
さて以上が、創造思考の網状モデルをダイナミックに動かすベクトルの運動イメージと
ともに螺旋統合の道筋へと昇華していくイメージを概略的に考察した内容である。これ
を念頭において、さらに突っ込んで、その思考の出発点になる創造思考における内省的
思考の「網状モデル」そのものの動的な変移への考察を次に深めることとする。
前項で、3 大認識領域内での各思考テーマ要素個々の「1対1」から始まる「線形関係」
について記した。この線形関係は、創造思考の進展と共に、先ずは自らの領域内(ここ
ろ・もの・ことの各領域)での複数の点と線の関係が構築され、やがて「人間系と自然
系」との好ましい融合の姿を目指した 2 大認識領域間をまたぐ複数の点と線の網状検討
モデルが編み上がってくる構図を迎える。この領域相関の初期の構図イメージを示した
のが下の図である。
図-2-3-(6)5つのプロジェクトの思考テーマの所産の「数」での評価尺度を列挙したが、これを・普遍化し
て抽象化させた上で創造思考の思考テーマの価値変容・高揚の様子の図象化を試みた図。3 つの円の外側の点線
表現のゾーンは、科学でも「未開の領域(アナローグ領域)」を指している。まだまだ未解明なことが多い。
179
この網状思考のモデルイメージは、序論で示した、「こころ、こと、もの」の各認識領
域の中の「直観→類推→創発」「集成→連鎖→統合」という6つの創造のいとなみの思
考属性概念から成る2つの三面角運動による「思考エンジン」の運動イメージについて
も改めて示している。そして序論での推敲と本論での実務での検証を通じて、2つのト
ライアングル運動の三角形の辺の交点に、6つの思考属性概念を結束させる新たな思考
の推進概念の存在が浮き彫りになってくる。「直観―類推」と「統合―集成」の交点に
は「ことば」が、「類推―創発」と「集成―連鎖」の交点には「外脳化」が、そして「連
鎖―統合」と「創発―直観」の交点には「空間化」という、創造思考を躍進させる系統
外思考のトライアングルの絡みを見て取ることが出来る。このトライアングルが「求心
的思考」と「遠心的思考」の動きをコントロールするのである。これが、序論で示して
いた「思考エンジン」の運動・相関イメージである。
図-2-3-(7) 領域相関-1との違いは、活発な領域相関により思考テーマが取り込んできた価値像の高揚が、
ある一定のレベルまでに達すると「止揚点」を迎えるが、これを数理的な表現でその概念的な数理式とともに、
その状態を描いてみた概念図である。
180
これは、2 次元的な網状モデルから立体的なかつ時間変移を組み入れた 3 次元的な螺旋
統合(求心・遠心の 2 重螺旋)へと「昇華・止揚」させていく、創造の熱い働きの機能
を担う思考モデルの存在として、「有形化思考エンジン」の呼称で本論にて特定した。
さて、「網状思考モデル」「螺旋統合化思考モデル」そして「有形化思考エンジン」の
3つの思考モデルの特定を果たしたところで、前頁の「領域相関-1」のダイアグラムを
創造思考の成熟段階での様態に発展させた構図を次に示すこととしたのが、相前後する
が前頁の図である。
ここでは「動的均衡点」を「数評価」による量的均衡点と同位として、その状態に至る
目標としての 3 大認識領域の重なる部分の面積総和と、各認識領域内での相関に起因す
るテーマ価値の拡大評価面積総和との等式を示しておいた。この動的均衡点を示す目安
としてのこの算定式はあくまで概念的な把握にもとづく内容を示している。
これらのダイアグラムの第一義的な意味は、「網状モデル」が「ことば」「外脳化」「空
間化」という有形化思考の求心・遠心の二重螺旋運動のエンジンの動きを受けて、「こ
ころ領域(人間系)」と「ものの領域(自然系)」と「ことの領域(知の系)」との 3
領域の健全な重なり・融合を引き起こし、「点」「線」「面」そして「時空」へと創造
思考が「求心・遠心の 2 重螺旋状」に統合されていく運動イメージを、一般の人にも理
解できる内容で示すことにある。理解には、実務をとおしての On The
Job の中での
十分な解説がまだまだ必要であるとは考えるが、従来からの建築家を創造思考の中心に
据えた構図を超えて、多元的な価値観を備える多主体の構図を前提にした創造思考の全
体像であることを強調することがその局面での勘所であると認識している。この図は、
その螺旋統合状に 3 領域の思考テーマ要素が相関し合い、プロジェクトの目標とする価
値創造の高いレベルを目指す「連続昇華」運動を概念的に図柄として描いたものでもあ
る。
2-3-3
螺旋統合化思考モデルへの立体化イメージ
さて、前頁の図の中の中央の黄色ゾーン(A1ゾーン)から上下に貫く形で時空軸が表
現されているが、この軸が、網状思考モデルと螺旋統合化思考モデルとを統合させるつ
なぎを表現している。そして、この時空軸をつなぎとして、今度は「螺旋統合化思考」
のモデルの可視化を趣旨としてその図象化に発展させたダイアグラムを作成しこれを示
すことで、3つの思考モデルの全体像の可視化に迫ることとした。それが次ページの図
である。
181
図-2-3-(8)「網状思考モデル」をベースにして、これを多主体参加の集団での動的な創造思考の思考モデルと
して描いたものである。中央の上昇軸は、3大領域が重なる、プロジェクトの「かたちのいのち」に相当する思考
テーマをコアにして、価値高揚の事態進展とともに、多主体の関わりを得て、より高い価値ある「かたち」へと昇
華させていく思考の動的な道筋を示している
以上が、思考の基本モデルの一つである内省的思考としての「網状思考モデル」のイメ
ージの図像化と、これと有機的一体の中で思考を進める「螺旋統合化思考」のモデルの
イメージおよび、これら2つの思考モデルを結束させ統合させる働きを担う「有形化思
考エンジン」との3モデルの基本イメージについての考察である。あわせてこれら3つ
の思考モデルが、「個」の次元においては有機生命体としては一つの包括的思考組織と
して、また「集団」の次元においては「かたちのいのち」を核として全体意思を使用さ
せていく集団創作組織としての構図の概念を図像化した次第である。
182
続いて、実務における設計の創造思考のモデルを、実務というさまざまな事態変移のダ
イナミズムの次元の中でその軌跡を振り返ると、網状思考が推し進める3大領域の領域
相関による価値高揚のいとなみが、網状思考が得てして陥りがちな「個」の思考の偏向
に「集団」からの発想の刺激を受けて価値の多層化を果たす「有形化思考エンジン」の
作用を受けるという「ゆらぎ」段階が必ず見られることが分かる。この「ゆらぎ」段階
における思考には、網状思考の6つの思考属性を一つの「かたち」へ向けて収斂させる
思考の「ことば」「外脳化」「空間化」による今一つの思考の三面角運動作用(有形化
思考)があることは前述したとおりである。この三面角思考が網状思考の構図を、「多
主体」からの多元的な価値観に基づく多くのゆらぎとの再々の遭遇を積層することを経
て、それまでの価値像をさらに高めていく集団的な価値上昇運動を推し進めていくので
ある。その上昇運動にもとづく統合化思考が、多元的な視座からの求心性と遠心性とに
よる揺り戻しを繰り返しつつ、大きくは2重螺旋上の思考の太い軸を沿うようにして、
目的空間イメージの「新たな価値像」へと止揚させていき、同時に3大領域の領域相関
の重なりの均衡点に至った価値像と空間イメージとの統合を迎え、創造の統合的プロセ
スを最終的に収斂させていく。これらの総合的な相関図が、創造思考の道筋の全体像に
おける3つの思考モデルの運動イメージと考え、次章の結論の章において提示していく
次第である。
そこで、これらの3つの思考モデルの運動イメージを踏まえて、実務感覚に近い創造思
考の道筋を実践的な設計の方法論として編成していくには、「こころ、こと、もの」の
3大認識領域の領域相関と「多主体」との視座からの創造の構図についての総括的な考
察が必要となる。とりわけ、ダイナミズムの思考のゆらぎ作用を受けて、時間軸上に載
せ、時間の変移と共に知の認識領域がどのように相関し価値づくりが発展していくかの
全体像をもとにして、3つ目の思考モデルである統合化思考としての「螺旋統合化思考
モデル」への考察が、重要な意義を伴う。この考察の内容を次章の「結論」の中で示し、
創造思考のモデルの動的な統合ダイアグラムをもとにした「統合的設計論」へと考察を
展開させていくこととした。
183
184
3.結
論
:統合的設計論に向けた考察
これまでの考察内容を念頭に置いて、多主体の視座に立つ統合的設計の実践の道
筋についての論点の組み立ての流れをここで総括的にまとめることとし、持続性
ある社会環境づくりへ向けての実践設計ワークにおける創造の構図の全体像を支
える視点と、これを構成する動的思考モデルの可視化等の考察とをまとめとして
ここで提示する。その上で、これらを念頭に置いて多主体参加による3つの動的
思考にもとづく「統合的設計」の実践上の基本認識とその道筋の全体像とを動的
思考の概念とのつなぎのありようを軸に提案することとした。
具体的には、「3-1」と「3-2」の 2 つの項に分けて記述することとし、「31」では、実践設計ワークにおける創造の構図の全体像を支える 6 つの視点を先
ず取り上げ、序論、本論で考察してきた諸事項について実践の設計ワークに応用
していく上での基本的な認識として構えるべき内容をここで提示する。続いてそ
の認識をベースとして「2. 本論」にて示した 3 つの動的な創造思考モデルにも
とづく、創造思考の構図の全体像を可視化したダイアグラムについて総括的な考
察を加え、本論で示したダイアグラムとその可視化についてのまとめの見解を記
述した。
続いて「3-2」では、3 つの動的思考モデルにもとづく多主体参加の「統合的設
計」の基本概念となる「動的思考」についての実践上の基本認識点を「7 つの認
識」として提示し、これが設計実践の幹となり枝となる見解を記述し、その上で
統合的設計の実践の道筋を、樹木に例えればいわば「樹液」が全体に生命を与え
るような「8つの実践思考の枠組み」の考えをもとに示した上で、その全体像を
ダイアグラムとともに提示することとした。
さて、ここで改めて「統合的設計」における「統合」の対象について記述し、統
合的設計の道筋と方法論の「幹と枝」についての理解とともに、統合的設計の概
念の全体像についての考えを概略的に示しておくこととする。
冒頭の項でも記したように、基本的な視座として「こころ、こと、もの」という
人間の3大認識領域に包含される数多の思考課題が対象となるが、平易に表現す
れば「人間圏と自然界との好ましい融合へのいとなみ」が対象となる。これが統
合的設計の実践の道筋の「幹」となる見解である。これをさらに少し詳しく記述
するとすれば、「こころ」つまり人間および人間社会の生存のための諸課題と「も
の」つまり自然界の森羅万象の摂理とを、「こと」つまり人類の叡智を発揮させ
てこれら3大領域の諸課題を好ましい関係に相関させて、人間社会に一つの「新
たな価値像」を創造し構築し提供するいとなみが対象となる。かつては、この尊
いいとなみを極く限られた専門家集団に委ねられてきたが、社会の成熟とともに
185
知見の普及と普遍化とにより、昨今は一層多元的な価値観を受け入れての「さら
に創造的な価値追究」を志向する社会連鎖的な集団創作の輪で取り組む動向が顕
在化するようになってきた。つまり「多主体」参加という課題がこの「こころ、
こと、もの」の領域相関のいとなみの基本認識構図に動的な変移とともに重なる
ようになってきた・・・・という点についてはこれまでの本論考での考察と 5 作品で
の詳しい事実検証等のとおりである。この多主体参加という概念の登場により、
上述した「幹」が太くなってきたことは言うまでもないが、その多主体は「幹」
の本数が増えたのではなく太くなったという理解をすべきことをあえて記してお
く。さらに、これらの考察と検証とを分析した結果、この領域相関を支え創造思
考をプロモートする3つの基本的な思考モデルとして「網状思考」「螺旋統合化
思考」がありさらに実践上非常に重要な働きを系統内・外思考ともに発揮する「有
形化思考エンジン」という3つの概念について特定した。これは主たる幹から大
きく枝分かれする「大きな枝」である。つまり、「統合」の対象が「こころ、こ
と、もの」の幹およびその根への深耕だけでなく、生存の中でこれに取り組む人
間の「個・集団の次元」での創造思考の3つの思考モデルへの成熟した展開(豊
かな樹姿)へ向けての新たな時代課題としてこれに加わってきた動向とともに記
述した。これは、多元的な価値観に根差した豊かな価値像の創出の思考の道筋の
視座の体系を、根や幹だけでなく太陽光へ向かって成長(光合成)する全体像(樹
姿)の大きさを一層太く広く豊かな枝葉の構成として構えねばならない認識へと
発展させたのである。この中の「集団」による創作の場は、多主体の職能の顕在
化とともにその意義の重要性を増して来たが、集団的な創造行為をファシリテー
トする規範として本論考では「Initiative」という新概念を提示し、さらにその多
主体の創造の場の立体的な運営イメージのシーズを、5 作品の軌跡の中から「2
つの輪」の運営態勢イメージについても示してきた。この Initiative と「2 つの輪」
については、大きな樹姿を成す大木の成長を健全に進めるための「剪定」という
人類の叡智と考えれば良いと見ている。これらの考えは、現実の創造思考の現場
から生み出されたリアリティある組織運営の知恵である。
以上の記述から理解できるように「統合」とは、一本の大木が生存し生きつづけ
四季折々の様相を変容させ、地中の菌類と根っ子類を含む生物と地上の数多の森
羅万象とともに生きる生物とのかかわりを念頭に置いて、豊かな価値像を地上に
植えつける人類の叡智のいとなみそのものを指している。統合的設計とは、その
成長の時間概念を含む包括的な価値構築の概念である。
186
3-1多主体の視座に立つ実践設計ワークにおける創造の構図の全体像への考察
3-1-1
全体像を支える 6 つの視点
冒頭に記した趣旨にもとづいて、創造の構図の全体像を支える基本的な認識の視点
を以下に記す。
1)創造思考の「理」は「生きた人間学」に通底する
40 年近く設計実務に携わって来た経験から感じることであるが、設計業務という営
為は、どれほどそのプロセスを近代化し設計ツールをIT等により高度化し、そう
した形而下の意識下での思考のいとなみを成熟させる努力を果たそうとも、所詮、
設計を担当する人間の形而上の深耕と社会への開放・相関志向が弱いと「個の世界」
でのガラパコス現象の繰り返しになりかねない、ということである。もう一つある。
それは、建築設計の業務がクライアントからの依頼があって初めて成り立つ営為で
ありその業務を企業(事務所)組織で果たしていくことに起因して、実務の業務理念
に「効率性」の概念がどうしても大きく立ちはだかることである。
前者については、確かに、設計者がクライアントや他の専門家との対話の中で優れ
た「かたち」を引き出す連携体制を維持しても、これらの人たちが設計者の「判断
(こころ)」の世界にまで深く立ち入ることはできない。しかし、建築は社会財で
あり、事業クライアント、専門家にも優れた創造資質を備えている人たちが多いこ
と、そして建築・都市・環境という包括的かつ開放系の概念で取り組まねばならな
い時代の中での Professional であるべきことを深く意識し「形而上でも相関する個」
を鍛えれば、「人間系と自然系」とを融和させた価値創造が新局面を迎え深耕がさ
らに進むと考える。後者にあっても、IT技術等で設計の表現ツールが高度化すれ
ばするほど、「個の判断領域」のある程度の開放化と Professional 同士での共有化
を果たしてこそ、そこに「集合知」という集約相乗効果を生み出せ、つまるところ
「効率性」という副産物を手にすることができるという発想に立つべきであると考
える。
ただ、生きた人間は、しばしば自身の経験と勘と過去の成功事例の当てはめ等で判
断することも多く、また自身が社会に向けている視線が「上から目線」となってい
ることに気づかないことも多い。そうならないためにも、専門家である前に、一般
人としての「ものの見方」と「思考の道筋」を洗い直し、可能な限りフラットなオ
ープンな視線で人間社会と自然系との森羅万象のあらゆるいとなみに目を向けるべ
きと考える。その認識の基盤に立てば、この世界のあらゆる事象との「相関」とは
187
即ち「創造」のいとなみにつながり、さらに「相関→生きた人間学→創造」という
「理」が見えてくると筆者自身は捉えている。
2)
一般的思考と創造思考とは同じ思考構図上での「相関」の多寡の差である
「個」の次元における人間の思考の道筋を形而上学的な視点で洞察した優れた識見
にM・フーコーの「知の三面角(前述)」がある。これは、人間の認識と思考と行
動を決定づける知の認識領域を「言語学・文献学」「生物学・心理学」「社会学・
経済学」に大きく 3 分類し、さらにその個々の領域のなかに「体系・意味作用」「機
能・規範」「葛藤・規則」を領域の枠組みを示す「枠」概念で据えて、その集合枠
の中の数多の中小の思考属性の集合をそれぞれに包含させる、という識見である。
この識見が示唆深く感じられたのは、空間イメージの具体化のプロセスの中でも「言
語」の持つ意味の重さだけでなく、「葛藤」などの概念が現実の生みの苦しみの中
核的な有形化思考に直結していることなどである。ただ、前述した点であるが、こ
れらは3つの認識領域の枠を規定する概念であって、創造行為の思考属性には直結
しにくいこともあり、「直観・類推・創発」等の具体的な思考属性の明示整理へと
発展させた。改めてその観点に立って、「直観→類推→創発」から「集成→連鎖→
統合」へと至る創造思考の概略構造を前章の2-3-(7)に示した。いずれにして
も、M・フーコーの識見は、一般人における「知の認識領域」の一般的思考の認識
パターンが、創造思考の発想の直観・連鎖等の「系統的思考」を経て、途中の数多
の類推・創発等の「揺らぎ」の錯綜的展開も巡って、やがて集成・統合された「空
間」へと「かたち」に止揚されていく創造思考プロセスと、思考の構造として「一
般思考と創造思考」との間には共通する思考基盤があり、それらの差異は「領域相
関」の多寡の差にすぎない、との貴重な示唆を筆者にもたらした点も挙げられる。
さらに、一般人の「個」の次元における思考の「モデル」と、創造思考における思
考の「モデル」との構造的な同型性を感じ取り、さらにいわゆる系統的思考とゆら
ぎ思考とも本来的には同一創造軸上で捉えることに何ら不自然さはない、という点
をも示唆した。この「モデル」の構造を考察していけば、一般人にも分かりやすい、
創造思考の「モデル」のダイアグラム化が可能ではないかと思料したこともあり、
表題の表現とした。
3)
不連続体統一という動的な包括思考は実践では不可欠である
設計の実務は、個の次元で最初から最後まで一貫できる世界ではなく、個の深い識
見と感性は前項に挙げるように尊重しつつも、様々な専門知見を備える個が一つの
188
熱い集団目標のもとに結集して価値ある「集合知」を織り上げる、という包括思考
の世界という側面がある。参加する「個」はそれぞれの専門知見のバックグラウン
ドを背に独立した(不連続の)知見を発揮するものの、事業クライアントをはじめ
技術面の専門家、ライフスタイルプログラマー、プロパティマネジメント他数多の
Professional とともに「未来の価値を創造する」という熱い理念と「新しいことに
皆の力で挑戦する initiative」という集団規範とで相互啓発的に bind していくとい
う集団創作の思考の「モデル」を皆で育まないと所期の価値創造の目的を十分に果
たすことなど出来ない、厳しい世界である。しかも、Professional がプロジェクト
の進捗の様々な局面で遭遇する難しい事態というものは「絶えず動いている」とい
う認識が必要なダイナミックな世界である。自説にこだわることも時として必要で
あるが、集団創作のチームが目標としていた価値創造の達成像が何であるかを皆で
問いつつそれを明らかにしてその意義を共有し、明らかになったその達成像へ向け
ての具体的秩序化を念頭に置いた組織的創造思考の「理」を優先させることが基本
となる世界である。ただ、その「理」の具体的な運用ダイアグラムが可視化され共
有化されていないことが多い。これの探究が本論考の重要な視点であったが、実践
上も表題の認識は重要である。
4)
系統的思考と「揺らぎ」思考とを同一軸上に捉える
2)の発展の考察である。個の次元でも集団の次元でも、ものごとの思考法には一
般的には帰納思考法と演繹思考法があり、最近では網羅的思考法と仮説的思考法な
ども知財化されて来ている。ところが科学界などにおける発見・発明の次元を含め
て「創造」の思考の世界では、この種の思考法がほとんど過去の経験的知識をもと
にしていることから二義的な検証思考法とされている。
「創造」の世界の思考法は、
過去ではあり得ない、考え得ない発想を切っ掛けにした、遥かに大きな視座で取り
組まれている。ただ、この場合の「大きな」という視座は、換言すると「より人間
本質的な視座」に立つとも言える。よく言われる「セレンディピティ」の発想は、
実は無意識界での成熟した数多の関心事が蓄積していないと、例えば「カビがペニ
シリンに発展する」ことの「揺らぎ思考」には決してつながらない。つまりここに
大切な「理」が潜んでいると考えられるのは、「無意識界、意識界」と「系統的思
考、揺らぎ思考」ともにこれらを「創造」という一つの巨大な領域観と創造軸上で
捉えて、その中に様々な思考要素、認識要素、判断要素の集合枠を据えて、それぞ
れの「意味ある相関」を果たしていくという規範が示唆されているという点である。
意識界と無意識界の相関を図像化することの不可思議さは、系統的思考と揺らぎ思
考を同一軸で捉えることの不思議さと同じかもしれない。「創造思考」という霊長
189
類特有の尊い知的営みの構造には、「人間の本質的な資質(表象・生存・つくる他)」
まで掘り下げてもまだ掴みようのない奥深さがあるが、特別な領域と認識せずに日
常のいとなみの中にこれを解いていく種が潜んでいると心得ておくべきである。
5)
領域相関は「創造」の地平である
そこで思い至ったのが先述のM・フーコーの「知の三面角」の構図を、人間の本質
的な 3 大認識行動のダイナミックな領域相関の構図に咀嚼して、現実の創造思考の
ダイナミズムにあわせて相関内容を重ねていく、そのダイアグラムに大きなヒント
があると見た。
この考えには、一つの前提がある。そもそも「相関」とは「幾つかの変量がかなり
の程度の相互関係を示しつつ同時に変化してく性質、互いに影響し合う関係(注
2
1)」とあるように、これを、ある意思で相関づけるという営みは、即ち「創造」
のシーズの地平を築くこととほぼ同義であることであり、異領域の思考要素との相
関づけという領域相関は創造をプロモートするという前提にある。
その上で、先ず、「体系・意味作用」「機能・規範」「葛藤・規則」という知の認
識対概念を、創造思考の認識対概念に同義変換させることとした。それが「直観・
集成」であり「類推・連鎖」「創発・統合」であるとした。しかも現実の実務にお
ける創造思考の流れにあわせて、これらを「直観→類推→創発→集成→連鎖→統合」
という 2 重の三面角連続運動の中にこれらを据えることとしてみたのである。そし
て、3 大認識領域の「直観・集成」の領域を「こころ系の人間の領域」と見なし「類
推・連鎖」を「こと系の知の領域」、「創発・統合」を「もの系の自然の領域」と
見なして、それぞれの領域での思考テーマ要素間の相関的な意味づけと、2 大領域
間相互の相関性の現実の意味合いとを正してみた。その結果、「人間系と自然系と
の融合」という設問に対しても、もともとのM・フーコーの知の三面角に見られる
ようなスタティックに静的にとらえる見方ではない、現実の実務に則した表現で「人
間系と自然系」との融合へ向けての相関づけの方向性を示すダイアグラムを得た。
さらに、3 大領域が重なるほどの相関づけが果たされると、その言わば「絶対領域」
の意味として「この言葉がこのプロジェクトの全てを凝縮している」という意味で
の「かたちのいのち」を明らかにし得る、と捉えられる表現に至ったのである。
ところで、設計に関する知見は、一般的には自然科学系が主流ではあるが、人文社
会科学系の叡智がプロジェクトの魂を決定づけることも多い。多主体の中にはこの
分野の出身の識者が当然のことながらも多いことから、創造思考の前で一般思考の
知の認識領域まで立ち返って、内省的思考の領域での思考テーマ(本文で詳述)を
「個」の次元と「集団」つまり多主体の次元での、個の深い思索と多主体での根気
190
強い対話とがどうしても必要となる。これの初期的な段階での共通認識基盤づくり
は、具体的な連携協議作業に入る前の、社会的な話題を中心にしたブリーフィング
なり懇談で成されれば十分である。ただ、本格的な協議においてもこの内省的思考
の領域に主体的な参加がなければ、多主体の参加ゆえに豊かな価値像に至った、と
いう評価にはつながらない。ここでの知の3大認識領域の領域相関を念頭に置いた、
広範囲な視座での「新たな価値像」の創造を目指す環境づくりは極めて重要な意味
を持つ。この領域相関の対話をファシリテートする役(職能人)が登用されている
ことが望ましく、この役を事業クライアントが担うことは難しい。
「知の領域相関」のいとなみには、前章でも記したが、知の3大認識領域の全体構
図を視野に入れるものの、この構図の中に「自らのテーマを追い求め新たなテーマ
を発掘し発見する」という自己イメージ探究の姿勢が不可欠である。この意味で領
域相関とは「創造のいとなみ」と構造的に同型の行為といえるのであり「領域相関
とは創造の地平である」という認識となる。
このような 3 大認識領域相互の認識枠の内外での思考要素の相関関係は、決して、
思考の経緯を直線的な「積層状」に示せるものではない。それは、ネットワーク状
の数多のシナプスの展開から成る「網状モデル」として示し、それぞれの思考要素
の同位性と差異性と思考の面的展開性等を「網状」の位置関係で示す方が、現実の
創造思考の流れに則している。このイメージが2-3-(6)、(7)などの概念図
へと発展した。大切な点は、創造のいとなみと知の相関の促進とは、コインの裏表
の関係にあるという認識である。
6)「人間の中に自然がある」ように「建築の中に自然がある」と捉える
人間の精神の深奥部での知の認識領域に「こころ」のみがあり、自然界の森羅万象
の中に「もの」のなかの物性のみがあり、人類の文化・技術の中のみに「こと」と
いう知があるのでは、無論ない。「もの」には、物性の側面、例えば素材・材料、
機械、物体等のフィジカルな面とともに精神性を具備する面もある。例えば、自然
界での「もの」のもっとも身近なものは「土地」である。土地には物性以外に様々
な精神性要素・情念・歴史などが必ず備わっていて、人々の心の表象ともなってい
る。「こと」にも技術・知識などの他にデザイン・企画行為なども含まれ、そこに
も感性と精神性も含まれている。ということからすると、「こころ、こと、もの」
の概念の中には、外と内のような二項対立概念ではなく、この認識・見方そのもの
が「そとのものもうち」という包括概念で捉えると新たな世界が見えてくるのであ
る。つまり表現を換えると「外の現象はすべて深奥部の内の表象」と認識されてい
るものと捉える、もっと砕いて建築空間に視点を移せば「自然の中に建築がある」
191
という個別把握の捉え方もあるが、「建築の中に自然がある」(正確には、あるべ
し)という包括把握の捉え方が、この「こころ、こと、もの」の3大認識領域の領
域相関の動的な構図を見据える上での基本的態度である。もともと人間には一つの
脳で、あらゆる森羅万象を把握して認識し発意し行動しているのであるから、分析
科学的な視点ではなく「有機生命体の視点」に戻るということである。本論考では、
序論から、3大認識領域の分類図をもとに考察を進めてはいるが、思考テーマの構
成要素とその分布の時間平断面での分析考察と思考の時間断面での変転の推移を示
しているのであって、そこで思考を停止しているわけではない。実は「自然の中に
建築がある」認識が強すぎて、「建築の中に自然が見られない」ことの警鐘を念頭
に置いた空間認識論を記している。その根本には「人間の体の中に自然がある」と
いう認識をぜひ取り戻さないと、環境親和は包括的な生命感の伴わない機械論に終
始することになり、昨今の動向はその兆候を現していると見ている懸念があるから
である。実務作品の5作品では、すべて、この本来の感性に立っての空間を実体化
してきたつもりである。これの実践には、先ずは「自然観と生命観と人間観」つま
りは「もの、こころ、こと」の包括的な把握が基本になり、直線的な一方向のみの
思考では無論無理である。
この課題については、後述の「目指す空間」のところでリアリティを持たせてさら
に記すこととする。
3-1-2
全体像の可視化へ向けての考察
ここでは「2.
本論」にて特定した3つの動的思考モデルのイメージにもとづく、
創造思考の全体構図の可視化という視点から、全体構図を導くダイアグラムの内容
と思考モデル相互の関係性を決定づける「要素的な構図」についてのまとめの見解
を以下に記す。
1)
網状思考と有形化思考エンジンとで創造思考を統合へ導くという構図
人間の知の 3 大認識領域を上述したように「こころ系」「もの系」「こと系」に改
めて分類し、その領域内の様々な思考要素が、「こころ系」では「直観と集成」の
対概念を両極として数多の網状を形成し、「もの系」「こと系」も同様に網状形成
が成されるであろう大略の相関ダイアグラムを、創造思考のモデルのテンプレート
として作成を改めて試みた。それが次ページの図3-1-(1)である。このダイア
グラムでは、2 大領域、3 大領域間の各思考テーマ要素が網状を形成しつつ重なり
あう動きを促す創造思考ベクトルが、現実の設計実務における「造形化思考(かた
192
ちのことばとかたちのいのちとをかたちに昇華するいとなみ)」に強く影響される
ことを、
図-3-1-(1)
網状思考から統合化思考へ発展していく途上の「時間平断面」での創造思考モデル
のイメージを描いた
「ことば→外脳化→空間化」の有形化思考トライアングル運動としてあわせて表現
している。「外脳化」とは、「直観・想念から出ることばを、五感で受け止め体で
表現し第三者に伝え類推を連鎖させてかたちに変換させていく知的いとなみ」を総
称する概念で、主として「脳から外に出た機能体」としての「眼と手」による有形
化思考の一部機能を指している語として採用した。眼は脳の心情を現わし相手との
交歓を促進させ、手は、かつてのことばの代理機能としての伝達と共に「言語・生
命・労働」を立体的にかたちにして見せる。目と手による思考の対象の把握は、こ
とばをかたちに変換していく過程の身体的把握であり、あわせてかたちのいのちを
直接五感で触れる貴重な全体把握の機会でもある。いのちを把握し植えつけるいと
なみでもある。これらの総合的な運動イメージを可視化したのが図3-1-(1)な
のである。
この図で注目すべきは、網状思考の 3 大認識領域での思考テーマのネット状展開の
イメージとこれらの思考テーマの領域相関をプロモートするのが「有形化思考エン
193
ジン」のトライアングル運動であるという点と、3 大領域が重なる黄色の絶対領域
の「かたちのいのち」が統合化へ向けての時間変移を当初意図通りに推し進める創
造軸となって、統合化思考へとつないでいくイメージを示している点などである。
これはあくまで思考のイメージを表現したものではあるが、このダイアグラムを多
主体の関係者に周知すれば、やがて「意識の眼」となって思考を方向付けるもので
あると捉えている。
2)
設計実務の軌跡に見る「こころ、こと、もの」の領域相関の「生きた感覚」
このような考えで仮説的に作成した「創造思考モデルのイメージ」について、ある
種のリアリティを持たせる趣旨で、次に、私のこの 40 年近くの設計実務経験の中
の作品の内で、すでに 20 年以上の社会的な評価を得ているプロジェクトの内の 5
プロジェクトについて、実務での創造思考の軌跡を、本論での検証と同じ趣旨でこ
れに当てはめることとした。長いものではすでに 30 年の社会的評価を得ているプ
ロジェクトもあり、当初の設計時の設計意図の一つであった「時間とともに価値が
高まる仕組み」についてもあわせてレビューを簡潔に試みた。この改めての考察は、
創造思考の道筋が抽象的・非現実的な道筋に陥らないための現実の「生きた感覚」
とシリアスさを覚醒させておく「集成」資料の提示として記述する。
ひろしま美術館では、この文化施設の創設の趣旨が、被爆者の「生と死」への鎮魂
と未来永劫の平和祈念を託した「鎮魂と祈りの場」と「芸術との触れ合いの永遠性」
との統合の館であることから、「こころ系」と「もの系」とを「こと系」という知
の体系で融合させるミッションがそもそも創設者の発意には根付いており、これを
地域住民・設計者・行政官・専門家・施工者が一丸となって支えた「知の認識領域
の絶対領域のかたちのいのちの構図」がガッチリと組まれ、設計・工事段階だけで
なく完成・運用後までも育まれていった。事業クライアント自身のことばが、「か
たちのいのち」を引き出し、建築家をはじめ関係者がこれを胸に銘じて空間化思考
と具体化作業とに集中した。レアーケースながら、創造思考の好ましい構図の一つ
のプロトタイプを標榜してもいた。相関図中央の絶対領域への内省的求心ベクトル
が極めて強いプロジェクトであり、また具体化へ向けてのこの絶対領域の「愛と安
らぎのために」を実現するための「かたちのいのち」の応用展開という遠心ベクト
ルの共有も強い作品でもあり、3 つの認識領域がこのことばですべて言い尽くされ
るという、理念の持続性の「理」の望ましい軌跡をのこした。内省的思考の強い側
面を伴った「統合的設計」の所産を示した。
いずみホールでは、地域の音楽愛好者団体の声と地域と共に歩む生保業務を業(ナリ
194
ワイ)とする企業理念とが、濃密な音との触れ合いの場を得たいとする「こころ領域」
の思考テーマ要素と、シューボックススタイルのホール形状の中で数多の反射面を
備えさせる「もの領域」の思考要素とを、オフィスビルの低層階にホールゾーン総
面積相当を公開空地の割増評価で確保するという「知の領域」による発想とで、プ
ロジェクトを発進させた。知の総合的所産を 3 大領域相関の理により得た貴重なプ
ロジェクトであった。所期の目標を越えて価値ある所産を得たのは、ひとえに関係
者全員が「音に包まれた豊穣感あふれるホールの実現」を全体意思として育み、こ
れの実現に多主体それぞれの立場での職責の履行に汗した故である。度々の「創発」
を科学的に対処し克服した「こと領域(知の系)」からの「こころ領域」と「もの
領域」への融合の働きかけの強さ故でもある。建築家と音響設計家との協働規範の
プロトタイプを生み出し、系統的思考と揺らぎ思考とがクライアントと設計者・技
術者の間で同一領域認識を持ち続けた多主体での「統合的設計」の経緯を踏んだこ
とを歴史的な事実として残した貴重な事例であった。
国際高等研究所では、普段建築界の知見には縁の薄い自然科学系・人文科学系の学
識者が寄り集まっての集団創作の場が編成され、「未来のために何を研究するかを
研究する研究所」という禅問答的な研究環境イメージづくりを、全く敷地も何もな
い状態からプロジェクトを誕生させたという、シリアスな側面を伴う多主体参加型
のフルプロセスの仕事であった。3年近くの議論を経て「知の伽藍」という「かた
ちのいのち」のことばを得て、このことばをもとに具体的有形化思考の遠心的思考
運動を集団で取り組み「こころ領域」「もの領域」「こと領域」の思考テーマ要素
の集合を、
「我が国独特の風土に合わせた佇まい」のかたちに具体化させていった。
このプロジェクトでは、3 大領域相関の領域ゾーンの重なり具合が、この作品の「か
たちのいのち(知の伽藍)」を編み出したという意味では、創造思考の統合的な思
考の基盤となる基本的なモデルが網状思考モデルにあることの検証を確実なものと
した。
ザ・フェニックスホールでは、その敷地ならではの立地環境が「自然光あふれるプ
チ・コンサートホール」を生み出し「街並みへのメッセージが豊かな多くの人々が
出入りするオフィスカルチャーコンプレックス」を案出させ、オフィスでの大規模
な無柱空間と300人収容のホール空間とを上下階で同時成立させるビル骨格の
「かたちのいのち」を引き出す「創発」を惹起させた貴重な事例である。「こころ
領域」では「アーバンカルチャーライフを楽しめる時代を迎える文化施設の誕生」
が社内外の声として吐露され、「自然光あふれるホール」という五感を楽しませる
ハードが「もの領域」で構想され、土一升金一升の都心に「文化・業務・料飲・イ
ベント等の数多の機能を集約複合させる企画」が「知の系」で組み立てられて、2
大領域間、3 大領域間でのそれぞれの領域内の思考テーマ要素の魅力的な空間へ向
195
けての総合的な相関が「統合的設計」の所産を生み出した。「演奏者との親密な触
れ合いの出来る小ホールを」という「かたちのいのち」のことばが、ホールの平面
形・断面形をコンパクトな造形に導き、自然光の入る「かたち」という付加価値を
植え付け、このイメージが全ての判断に優先して取り組まれて、その秩序の中で高
機能の空間の集約体として統合されていくという「統合的設計」の望ましい軌跡を
残した。
クラブ関西では、戦後すぐに建てられた旧会館建築の「倶楽部イメージ」の踏襲と
いう「こころの領域」の命題と、大きな屋根シルエットを街並みに存在感豊かに湛
えさせる「もの領域」のデザイン課題と、隣地プロジェクトとの統一開発における
「空中権の仕組み」の実践という「知の領域」のテーマとを、「倶楽部らしさ」の
新時代の感覚の表現と風格のよみがえりという「空間の品格」の「かたちのいのち」
で統合させることに心した作品であった。ここでも「かたちのいのち」への模索と、
それが「存在感ある倶楽部ハウス」として全てを秩序付けた、求心・遠心両方向の
領域相関の理による統合的設計の創造思考の道筋を見ることが出来る。
以上の 5 作品の実務軌跡には、程度の差異と多主体の様相の多様さ等があるものの、
「こころ、こと、もの」の 3 大認識領域の意欲的な領域相関が、そのプロジェクト
独特の「かたちのいのち」を特定する道筋を熱く歩んだことを検証することが出来
る。
3)
多主体参加の集合知形成における「Initiative」という規範を皆が育む構図
これら5つの実務プロジェクトの軌跡の検証では全て、「個」の次元での創造思考
の道筋をたどったのではなく、集団創作における「集合知」の次元での、対話の規
模の大中小の例を取り上げている。これら以外に、30 数年の実務軌跡の中では、大
阪城に隣接するOBP(大阪ビジネスパーク)における民間企業 5 社から成る開発
協議会主導でのプロジェクトをはじめ、大阪駅前の西梅田地区での再開発事例等々、
通常の業務では相互につき合いのない企業間での都市再開発での建築空間と都市空
間の統合的な設計に取り組んだ実績もあった。そうした経験から得たことは、多主
体起業家、専門家より成る事業運営コンソーシアムにおける意見集約の「理」の不
安定さを解消する基本認識の概念として「一人では何もできない、しかし発想する
ひとりが現れないと何もはじまらない」という教えに接したことであった。そして
もう一つあったのは、「皆で新しいことに主導的に取り組む」という Initiative の
教えでもあった。Initiative は Initiate つまり「創始する」の発展語であるが、集団
運用規範の一つである旧来の Leadership が、「一人の主導者」のイメージを伴な
う語に対して、異分野のベテランがイーコール・パートナーの関係で集団的に協議
196
をして新しい動きを始める場合の「皆が等位、皆が発想者、皆で主導する」という
全員参加・全員責任者・全員ミッションパートナー感覚に根ざした新たな集団規範
概念である。建築設計の職能発揮の世界に咀嚼していくと、建築家万能の時代では
な く 、 Every
Professional
is
a
Star
in
the
Cosmos 、 not
the
Super-Star という「成熟した個」による専門家集団の中での新たな主導的協働精神
を説いている。この意味では「個」は成熟しているものの「個の発露」はさらなる
集団マナーの成熟を相互啓発の中で求めあう時代を今、我々は迎えている。この
Initiative という概念を関係者の総意でうまく機能させることが出来ると、そこに
求心的・遠心的なベクトルが生まれ、これが「思考のエンジン」となる「有形化思
考」のレールとなって、創造思考の網状モデルを動かすのである。そして、この
Initiative という概念の原型を、半世紀前の「ディスコンティ」の提唱者にまで遡
って見とめることが出来ることも知悉しておくことは肝要と考える。
4)
「求心・遠心の 2 重螺旋運動」の繰り返しで「かたちのいのち」へ至る構図
5つの実務実績を通観すると、3 大認識領域が 3 つとも重なるいわゆる「絶対領域」
のことばが存在していたことが分かる。このことばを本論では「かたちのいのち」
と称しているが、3つの領域のなかの様々な思考テーマ要素の集合枠が、2 大領域、
3 大領域間で関係し合い相関する動きは、それぞれの領域内の思考テーマ要素間の
領域を越えた関係づけに、設計条件の組み立てと共にやがて発展するものであり、
やがて「このことばがあってこそこのプロジェクトが成り立つ」という根源的な「か
たち」へ導く命題に辿りつく。これが「かたちのいのち」である。ただ、創造思考
の道筋は決して単純な系統的思考のような一方向ではなく、揺り戻し・揺らぎの多
発する反発方向にも遭遇する。つまり、求心的な方向で、根源的命題に辿りついた
後は、今度はこれにもとづいた遠心的な「裏付け的・当てはめ的」な発展思考へと
続くものなのである。
197
図-3-1-(2)
「こころ、こと、もの」の3大領域が積極的に相関を果たして、創造思考が
成熟している状態の概念図。2~3の領域が重なる部分(A1~4)と策領域での思考テーマ
の価値像の増加分の総和が等しい状態が、「止揚点」に至ったことを概念的に示す。あわせて、
中央の黄色のA1部分(かたちのいのち)から上方に伸びる時間軸に沿うようにして、点・線・面・
時空の各フェーズにおける3大領域相関の重なり量、つまり価値の高揚量の増減が積層していき、
「新たな価値像」の統合段階へと進む。
そのような 2 重の方向性をもつ思考の中で、やがて、領域相関の動的均衡点を迎え
て、一つのまとまった「かたち」を手に入れることができる。この動的均衡点とは、
網状モデルのなかの数多の思考テーマ要素が相互に関係づけを深めて、2 大・3 大
領域の相関総面積相当(あくまで概念的比較数値として)の価値増加相当分を思考
テーマ要素の総和で等位になった均衡点を指している。この思考の究極の均衡状態
を概念的にダイアグラムで可視化したのが図-3-1-(2)である。
いずれにしても、こうした「かたちのいのち」という絶対領域のある程度の意味の
重さの存在が、そのプロジェクトの価値創造の目安となることは確かである。ここ
で大切なことは、その「かたちのいのち」を網状モデルで創造思考のテーマ要素の
2 次元レベルでの領域相関を、3 次元の「時間の変移(点・線・面・時空)」とい
う立体方向へのダイナミックな相関づけを果たしていくというさらに上方志向の思
198
考の型が存在するという点である。それが後述する「螺旋統合化思考モデル」への
止揚のフェーズへの展開なのである。
5)価値増幅の源泉的いとなみとしての「ゆらぎ」思考が絡む構図
創造思考モデルの探究については、出来るだけ、実務の設計の現場光景から外れる
ことのないように努めて来たつもりであるが、実務を経験しない一般人に、網状モ
デルから螺旋統合モデルへの時間軸を入れた展開に有形化思考モデルが絡みつく構
図を、文章で説明するのは中々難しい。これを敢えてすれば、そもそも網状モデル
は、端的に言えば、「点」「線」「面」「時空」という創造思考の時間的変異の各
段階における内省的思考の時間断面での知の認識領域の相関による価値像づくりの
構図が「網状思考モデル」なのであり、内省的かつ Static-モデルである。そして、
これら時間断面での価値像づくりの相関図を時間変移軸方向に積層させ、つまり 4
段階での価値像づくりの変容と高揚を経て、多主体の意思を集約させながら、価値
像づくりをダイナミックに果たしていく創造思考のモデルが「螺旋統合化思考モデ
ル」であり、対話的かつ Dynamic-モデルである。そしてこの二つのモデルを動的
につなぎ融合させる思考エンジンが、実務では大変に重要な価値増幅作業であり創
造思考となる「ゆらぎ思考」でありそれが有形化思考モデルなのである。
また、この有形化思考モデルは「ことばの直観」「外脳化思考」「空間化思考」よ
り成り、無から有形への造形化の思考エンジン的な働きによって、内省的思考と統
合化思考とを融合させて「詩的統一体」の次元まで昇華させる役割を脳の中で担っ
ている。また、これは多分に「系統的発想」よりも「揺らぎ的発想」が優位を占め
る思考モデルでもある。その中で重要な思考モデルは「外脳化思考」である。これ
については先述しているので詳しくは控えるが、「目と手」とともに「手で考え」
「手でことばをもののかたちに変換し」「目でそのかたちを捉えてフィードバック
させ」「手で対話を進め」「こころの鏡である眼で語り合う」等々、「内省から外
界への思考ジャンプ」の営みである。「空間化思考」については、F.L.ライト
が「造形性」と定義している造形化規範にもとづく思考であり、彼は「かたちと機
能はひとつ」「内外空間の連続性」「単純化思考」「素材の本性」そして「詩的源
泉としての装飾」などでこれを説明しているが、このいわゆる空間軸のテーマを探
究する志向である。筆者が「有形化思考」の意義をこのように顕在化しているのは、
現代のITツールの成熟と普及とが、人間の脳が司る「ことば」と「目と手」の動
きの連動性を変質させ、この思考回路の重要性の認識が後退しつつあることを懸念
していることも一つの理由である。そうした懸念もあるが、所詮は「デジタルはア
ナログに包容されている」ということもしっかりと認識すべきことでもある。
199
論点を戻して、この有形化思考は「ことば→外脳化→空間化」という強力な三面角
運動を激しく繰り返す思考を伴ない、「直観→類推→創発→集成→連鎖→統合」と
いう大筋の運動枠の中で価値像づくりの核となる「かたちのいのち」の探究を何回
も繰り返し、求心的運動による推敲の収斂と遠心的運動によるレビューとの二重螺
旋運動で何度も正・反転しつつ、「かたちのいのち」を「かたち」へと徐々に変換
させていき、「こころ(人間系)」と「もの(自然系)」とを好ましいかたちに融
合させる具体的目的空間イメージへと統合させていく。IT技術体系が如何に発達
しようとも、人間の目による「かたち」の変容と全体性把握、そして手による対話
と図象化の機能を鍛え続けない限り、「無のイメージから有形のかたちへと昇華す
る」ことのできる霊長類特有の脳の資質は否応なく退化が進むこととなり、無論、
そうさせてはならない。
6)時空的な連続性を担う統合化思考モデルを軸にした「螺旋統合」の構図
前章にて、人間の創造思考の流れは、自然界の水の流れの様態の変移と通底すると
ころがある、という趣旨の見解を記した。例えば、「直観」は「湧き出ずる泉」で
あり「集成」は「その泉が湖底に数多ある湖」である。さらに「類推」は「地下水
脈、せせらぎ、枯山水、沢等とさまざまな姿を変える流れ」であり「連鎖」は小さ
な小川が二つ三つと合流して行って大きな流れに変転していく様」であり、「創発」
は流れの途中で突然気体となって気化したり集中豪雨の濁流となって畑に侵入した
り滝となって美しく姿を変えてまた元に戻ったりする様態」であり、「統合」は平
野部におびただしい川砂を同時に運んで来て生活地盤を形成したり滔滔たる大海原
へと流れ入り、多くの生物を活性化させたりする、そのような様態の変化が、人間
の様々な局面における創造思考の連続様態と相似であることを感じるので記した。
このことはどちらかといえば二義的な意味合いであり、ここでは創造思考の流れが、
絶えず自然界との「汀」という接点との相関を途絶えることなく続けていく「水の
流れ」のように実は複雑な流れの軌跡をふむものの、大きくは一筆でシンプルに、
しかしダイナミックに進捗する構図のかたちを備えている、という考えを伝えると
ころにねらいがあった。
網状モデルを平面的なモデルとして捉えることのみで留まると、大きな誤りを犯す
のは、事態のおおきな変換に対して「思考停止(エポケー)」に等しい状態となり大所
からの視座を失いがちなことである。そこで本論考では、分かりやすい視座を提供
する意味で、この平面的な解釈での網状モデルを、時間の変移の立体軸で縦方向に
螺旋統合させるモデルへの連続性ある形態モデルとして示すこととした。これは表
現を変えると「立体的な網状モデルの積層」とも言える。この表現に加えて可能な
200
限り設計実務の実感に近い捉え方として、その激しい創造行為の葛藤の動態を「思
考エンジン」という有形化思考の端的な表現で「網状モデルと螺旋統合モデルとの
融合」にダイナミックに取り組む構図を表したのである。以上の一連の創造思考の
モデルの可視化を、前章で示した図-2-3-(4)(5)(6)(7)(8)の図像
化で示して来た。これらの5つのダイアグラムをまさに「統合」したダイアグラム
が最終的に示すべき「螺旋統合」の構図である。
「知の三面角」「知の 3 大認識領域の相関図」「不連続体統一という包括的視座」
「領域相関は即ち創造のシーズである」「系統的思考と揺らぎ思考の同一領域化」
「網状モデルのテンプレート」「Sub-Method と Main-Method」「Open-System
と Graphic-Thinking」「こころの領域とものの領域とことの領域との相関」「5 つ
の実務事例に見られる領域相関の全貌」「かたちのいのちと求心・遠心の二重螺旋
運動」「外脳化という思考エンジン」「Every
Professional
is
a Star という
識見」「網状モデルから螺旋統合モデルへの連続昇華運動」「人間系と自然系の知
見を知の系でつなぐ理」等々、創造思考のモデルを探究する上でのキイワードとと
もに、そのモデルの特性等について、出来る限り一般人の理解に通じるように図象
化・ダイアグラム化によってその概念の意味するところを記してきた。図2-3-(4)
のダイアグラムは、創造思考のモデルの、ある時間断面での網状モデルの思考運動
の所産の変移図である。3 大認識領域が有形化思考エンジンにより徐々に重なりを
増やしつつある過程を表現している。図-2-3-(5)は、創造思考を推し進める系
統的思考の求心性とゆらぎ思考の遠心性との絶え間ない 2 重の繰り返し運動が「価
値像の付加価値化の鍛錬」を推し進めていくものであるが、その「2 重螺旋運動」
の概念イメージを表現している。
続いて、前述で示した図-2-3-(6)の内容になるが、これは網状モデルにおける
3 大認識領域での各領域内の集合枠での思考テーマ要素の「領域相関」前での分布
集合状態を示し、さらにその時間経緯による発展形としての図-2-3-(7)は、そ
れが、「ことば、外脳化、空間化」の造形化思考の「思考エンジン」により、3 大
領域が徐々に重なりあい、価値創造の思考レベルの動的均衡に至るまでの運動イメ
ージと、「動的均衡」の「数」による概念的な均衡点の論拠イメージを数式と共に
示した図である。網状モデルの 3 大認識領域における数多の(n個の)思考テーマ
要素の「価値増加相当総面積が 3 大認識領域の重なり部分の総面積相当に等位にな
る」という動的均衡点を迎えることで「思考テーマ要素群」の統合イメージを示し
ている。
ここで注目せねばならないのは、思考運動をプロモートする「ことば、外脳化、空
間化」等の思考エンジンの働きの様子をダイアグラムで示唆している点である。つ
まり、2 つの三面角運動の三角図形の 3 つの交点を結んだ、今一つの新たな三面角
201
運動系が浮き彫りになり、結局この三面角の思考運動が、「こころ(人間系)」領
域の様々な設計与条件と創造テーマの集合枠と「もの(自然系)」領域のそれとを
「ことづくり(知の系)」領域の数多の英知と知見とともに好ましい新たな価値像
として重ね合わせる「統合的」な働きを成している、という激しい創造の営みの構
図を示している。これを象徴的にその 3 大認識領域の重なり部分を部分拡大させた
ダイアグラムが図-2-3-(8)なのである。この図は、次項の考察のつなぎとなる
重要な意味も持つので再度下に示しておいた。
図-2-3-(8)
再掲示:解説は前章の通り。
202
3-2
3 つの動的思考モデルにもとづく
多主体参加の「統合的設計論」の提案
最終章の本項では、これまでの創造思考モデルの考察内容を総合的に展望して、3
つの動的思考モデルにもとづく多主体参加の「統合的設計」の基本概念となる「動
的思考」そのものについて実践上、基本的に認識すべき「7 つの認識項目」を提示
し、これが統合的設計の「幹となり枝」となる考えを記述して、さらに、統合的設
計の道筋の全体像を、いわば樹木全体に流れる「樹液」のような基本的な思考の枠
組みを 8 つ示した上で、総合的な設計進捗ダイアグラムとして提示することとした。
基本認識概念である「こころ、こと、もの」による知の 3 大認識領域の相関の実務
ワークにおける全体像の提示と、「多主体」の実像とを念頭において、序論で示し
た創造思考の統合プロセスイメージと 3 つの仮説思考モデルについての検証した考
察結果を受けて、多主体参加という視座に立つ実践設計の知見を「統合的設計論」
として提示し、実際の設計実務において多主体による創造思考の好ましい道筋の全
体像を統合的設計の全体像の可視化モデルとともに総括的考察を加えることとした
のである。
3-2-1
統合的設計についての 7 つの実践上の認識
冒頭にしめした趣旨にもとづき、統合的設計という全体像の中で、動的思考そのも
のの概念を実践上において正確に理解しておく必要があることから、統合的設計と
動的思考の 2 つの概念をつなぐ 7 つの基本的な認識項目について以下に記す。
1)
「個が全体する」という原点
「多主体」という「個」の集団的認識で最初に実務で指揮して取り組んだのは、こ
こで取り上げた 5 作品で言えば、いずみホールと国際高等研究所のプロジェクトで
あった。そこでの多主体は職能的にも実に多彩で優秀な専門家の人たちとの緊張感
ある知的興奮を覚える知的協働作業であった。無論、そのプロジェクトにおける「非
専門者」の創造性の豊かさにも教えられることが多々あった。しかし、実はそれ以
前に、多主体の定義と意義について、形而上的な深い領域にまで入り込んでその意
味を重く考えさせられる仕事があった。それが、ひろしま美術館での体験であった
のである。そこでは「創設者」と「Silent-People」の構図が厳然とあり、建築家の
役割は、少なくともこれら2者の関係から突出することのない、等位の位置に置か
れていた。悲惨な体験を経ての熱い復興の想念の深さと重さだけでなく、求めよう
203
とする目的空間への「祈り」に通じる姿勢が痛いほど感じられていた。こうした状
況下での創造思考の道筋においては、創設者が吐露される「ことば」の前に、皆が
等位の位置に置かれることをごく自然に招いたものである。事業クライアント(こ
こでは創設者)との対話には、先方が我々専門家に向ける一定の敬意を払われた姿
勢が終始感じられ、それは他の支援パートナーの多主体の人たちに向けられた眼差
しと変わらなかった。しかし、内省的思考の深さは、非専門者にしては驚くほどの
具体的イメージにつながる「ことば」として随所に示されていったのである。
当時は、M・フーコーについての知識はなかったが吉阪隆正の「ディスコンティ」
には強い関心を抱いていたこともあり、一見すると無関係に見えるものの創設者の
世界と吉阪氏の世界には何かの糸でつながっていると感じていたのである。それが
「個は全体する」という先述した宇宙観であった。不連続な個は一つの理念を共有
する関係を持つと、個の運動が全体するという統一体を形成する、というこの「デ
ィスコンティ」の識見に見られる概念的な構図が、このひろしま美術館プロジェク
トにおける「創設者」と「Silent-People」の間に息づいていたことを記憶する。
そして、その後、M・フーコーの人間学についての深い洞察に触れて、「無から有
形」を創り出す人類特有の「創造」という尊いいとなみに臨むには、深い内省的思
考がベースになることを学びとったのである。あわせて、動的な思考運動が成熟し
ないと深い意味での全体像をつかむことが出来ないことから、「熱い対話」思考も
必須であることも認識して、「個」と「集団」のグループダイナミックスの思考の
道筋の体系化への関心へと高まっていったことを思い出す。これらの意味からこの
ひろしま美術館のプロジェクトは、設計に臨む多くの思考作法の教唆を受けた筆者
の原点であった。
「多主体」の意味には、「こころ」「こと」「もの」それぞれに物性界と精神性界
と知性界の数多の側面があるように、単なる「個の集まり」の意味ではなく「個の
尊厳」と「集団の意思」「多元的価値観」「理念の共感」「使命観の発露」などの
多面的な意味を孕んでいるが、まさに現代の成熟した社会での時代精神の一端を標
榜する概念として、統合的な視座で捉えることが肝要と見ている。
2)「知」の発露による多主体相互の理解
人間のあらゆる思考と行動は、無意識・意識下を含む「知の認識」から来てい
る。ある事業を発意するとすれば、その事業クライアントの事業発進の契機と
なる想念は知の源泉の「言語・生命・労働」に概ね起因し、これらが知の3大
認識領域の「こころ・こと・もの」に集合される6つの思考属性(直観・集成、
類推・連鎖、創発・統合)におおむね収斂する。とりわけ事業の構想を長年に
204
わたり思案していたクライアントが初期的に発する「ことば」、あるいは、専
門家との初期対話段階で意思表明されたイメージなどが、、プロジェクト検討
のその後のプロセスに重大な発想・企画のシーズを与えることが多い。初期段
階での根気強い対話の継続を経て、知の3大認識領域における6つの思考属性
をもとにした領域相関を繰り返すうちに、その「ことば」「吐露」「発想」か
ら空間化へ向けての原イメージがクライアント+専門家という多主体の集団頭
脳の中に醸成され、それがやがて「かたちのいのち」として、創造のいとなみ
の核となり、全プロセスの背骨になっていく。この「かたちのいのち」をいつ
までも特定できない状態は、それまでのプロセスにおける知の3大領域のどれ
かの領域の思考テーマが欠けていて、3領域の重なり合う部分に存在するであ
ろう思考テーマの特定が遅れている、ということとなる。不完全な状態ながら、
決して創造不可能な状態ではない。この種の手戻り、ゆらぎは、当初から、織
り込み済みのプロセスにあると見るべきである。それに気づくには、絶えず「知
の認識領域」の相関の全体像を念頭に置いておけば、落ちついて対処できると、
体験的に明言することが出来る。すべては「知の発露」から始まり、相互理解
が進み、相互認識が深まり、豊かな価値像を導き、これを手にすることが出来
る。
3) 「多主体」についての基本認識
プロジェクトの規模と性格等によっては差異はあるが、従来の事業プロジェクトに
おけるプロジェクト運用体制は、「事業クライアント+建築家」が基本構図であり
その組織のもとに各種専門家が具体的検討に携わる図式であった。しかし「多主体」
の場合は「事業クライアント+専門家(建築家含)+非専門者+異分野専門家+技術
専門家+地域の声他」の一種の集団創作の編成体制が基本図式となる。それぞれの
立場での役割と働きの概要については前章で記したので、ここでは割愛する。
「多主体」は「多元的価値」の織り込みの担い手でもある。その多主体の内で、少
し異色なのは「非専門者」である。ただ、ここでの「非専門者」とは、一義的に「素
人」だけを指すものではない。例えば筆者は建築の専門家ではあるがプロパティマ
ネジメントに対しては非専門者である、というように、狭い専門界を視野に置くの
ではなく、社会で広く活躍されていて包括的な識見を備えた経営者・識者・文化人
そして「その事業への参加に特定のミッションを感じて参加する」方々をも指して
いる。「専門」に対する「普遍」の知見を備えた、経験豊富で造詣深い人(主体)
を意味していることを記しておく。また、最近の動向として、これらの多彩な能力
を備える多数の主体の考えと発想と価値観等を引き出しファシリテートし、一つの
205
まとまった「新たな価値像」を組み立て挙げる職能を有する人(キュレーター)も
含まれ、こうした場では重要な働きをなす存在として注目されて来ている。この職
能人においても、「新たな価値像」を創造するというミッションの前には、多主体
の人々との関係が「等位」であることが守られている。
設計といういとなみは、本質的にはこれを担当する主体の深い内省的な思考と洞察
が基本になるが、設計といういとなみの対象が社会的資産であるため、多元的な価
値観を組み入れ人間生活の Operation に受け入れられる行為でなければならない。
そしてそのいとなみは「一人では何もできない、発想する一人が現れないと何も始
まらない」という、多元的な価値観の積層と貴重な一つの企画(発想)の提示が不
可欠なのである。さらには、こうした集団創作の場では、独特の集団規範(後述す
る Initiative)も不可欠なのである。
4)「創造」という営みの前では多主体は「等位」
多主体の人たちの社会的活動の立場はさまざまである。彼らは事業クライアントに
対して契約関係の様態は一様ではないにしても「社会貢献する意思を表明し受認さ
れている」立場にある。また、事業クライアント自身も「創造」という営みの前で
は、新たな価値像を豊かな内容に高めるという目的のもとでは他主体と等位の立場
にあるとの総意が徹底されていることが望ましい。ただ、現実の社会には様々な立
場と識見と権限等を有する人々が多いことから、多主体の集団自体が一定の目的達
成のための任意集団組織であることを踏まえて、この組織は「ゆるやかな連携の輪」
で Bind されている集団と捉えることが現実的である。前章にて、5作品のプロジ
ェクト取組み軌跡を記したが、これらの中で、設計監理契約、工事請負契約を除く
業務の中で、当初から事業クライアントとの間で例えばコンサルタント契約を結ん
での多主体参加は少ない。ただ、これは「価値追究志向の集団」であることの特性
であり、先述した「キュレーター」職能の社会的登場などに見られるような「新た
な価値像志向」のコンソーシアムづくりは、今のオープンな時代精神に鑑みても、
さまざまな社会的事業において、今後増大していくことと考えている。いずれにし
ても、そのようなミッションを負う形での任意集団は、価値志向型で社会ミッショ
ン実践型の民間組織であり、構成の呼びかけ人が事業クライアントであることを別
として、全員が新たな価値像づくりの前には「等位」であることの認識の徹底が必
要となる。この種の社会動向は、本論文の冒頭に示した
Every Professional
is a Star
、not the
Super-Star.
というメッセージにも見られるように、建築界だけではなくあらゆる産業界の専門
家に呼びかけられている姿勢にも現れている。
206
5)
「2つの輪」から成る実践的な「円環連鎖の場」
多主体の活動体制の大枠は、上下関係の明瞭なピラミッド型ないしその亜流ではな
く、フラットで等位な立場を水平に連鎖させて、一つの理念の共有という意味で「円
環」を成す認識が徹底されていなければならない。その円環の中での、参画時期の
早・遅、保有する情報量、専門性、契約内容の差異、資本の多寡等による多少の凸
凹はあるとしても、基本的には、提案・提議、課題協議、決定、見直し、創発等の
事案については「横並び」の陣容である。全員はプロジェクトの進捗に応じて参加・
退任等が成される「ゆるやかな連携の輪」での運用の認識を持つ。連鎖は価値のつ
なぎの切っ掛けであり、円環は大きな一つの価値像を生みだす場の象徴概念でもあ
る。ただ、この点については、前章の「いずみホール」の項での本文にも、少し触
れているように、現実の運営の知恵としては、「2つの輪」の連鎖の仕組みが望ま
しく、これを実社会で実践している例として自動車メーッカーのVOLVOの「究
極の開放系の経営組織」が参考になる。「2つの輪」のダイアグラムイメージにつ
いては、本章の最後の項で後述するが、一つは「価値追究志向の輪」であり、今一
つは「具体化実践の輪」である。前者は、事業クライアントとの間では「委任契約」
関係にあるとし後者では「請負契約」関係にある組織を指している。具体的な組織
運用内容についての実践へ向けての提案は、最後の項による。
6)
Initiative という集合知形成の規範
多主体が目的とする新たな価値像の創造の具体的作業展開にあたっては、誰が
Leadership を執るかではなく、「新たな価値像を皆で創り上げるために、新たな動
きを皆が主導する」という規範を、ファシリテート役ないしキュレーター役の主体
をガイドとして、本筋である「価値創造」の集合知を練り上げることを念頭に果た
していく規範にもとづく。勿論、建築家がその役割を果たすケースもあるが、その
場合も、当初から「造形概念」の提示、つまり「かたちからの議論のスタート」で
はなく、新たな価値像を新たな動きとして「プログラミング」する集団思考作業を
旨とする。また、異分野の専門家との協働となることもあり、自分の専門界の知見
との協議は可能な限り Science にもとづき同意性を共有するスタンスを守り、自身
の知見と他分野との知見の共通基盤の相互の模索に努める必要がある。これはなか
なか「言うは易しく行うは難し」であり、この点に意義をそもそも認めない主体は、
当初段階での意見交換を十分にしたうえで事業クライアントとの協議も経て、最終
参加意思を明らかにせねばならない。ここでの目指すべき「集合知」にもとづく「新
207
たな価値像」に至る道筋での全体意思の共有が、多主体に求められるもっとも肝心
な基本的ミッションである。それは、そのミッションが、その価値像へ向けて「新
たな動きを主導する」思考につないでいくからである。
7)
「時を設計する」という実践上の原点・・・・Sustainable
Design
この「時を設計する」という視座には、大別して 2 つの立脚点がある。一つは人文
社会科学的な立脚点であり、今一つは自然科学的なそれである。先ずは前者につい
て。専門性の高い知見にもとづく協議・議論もさることながら、建築の長寿命性、
持続性 Sustainability、CO2・低炭素化の都市建築化技術、時とともに価値が高ま
る仕組み、時の中での価値の連続性等々の視座は、専門技術の前段階での企画の骨
組みの設定であり、地域文化・歴史風土・地域の気質・内発的発展性などの人文社
会科学系の知見がベースになることがあり、その意味ではこの人文社会科学の視座
での知見は大いに有効である。建築家は、自然科学・人文社会科学他の幅広い視座
を日頃から習熟しておかねばならないが、企画・基本設計・実施設計・現場決定等
だけでなく施設完成後の使用者の運用オペレーションをもフォローして知見を蓄え
て、60 年から 70 年の長い視座を設計当初から構築する、つまり「時を設計する」
という基本姿勢を職能の使命と認識せねばならない。その上で、ファシリテート役
なり一主体としての役割を果たすことを旨とする。「時」は連続性の重要概念であ
り、価値の持続の仕組みを植えつける思考をプロモートする思考属性として捉える
ことが肝要と考える。
今一つの立脚点が、上述内容と強く関連するが、建築を構成しているさまざまな材
料とその特性、そしてそれらが触れ合い噛み合う部位における「素材のいとなみ」
という自然科学的な視点である。例えば、木材は森林にて伐採されてから新たな生
命期間が始まるということがある。「枯らし」期間を経て、加工され、組み上げら
れて以降も木材は素材の本来の特性を持ち続ける。縮み伸び捻じれ色相を変えてい
く。相手方の木材も同様に変移していきお互いに変移し合いつつ相補いあういとな
みを持続していく。アルミ、鉄、銅、ブロンズ、紙、布、そして土なども同様のい
となみを続ける。建築空間は、これら諸素材の特性を熟知した上での「好ましいア
レンジメント」の所産でなければなない。いわゆる「ものの特性」を知悉するとい
うことは、物性面での特性だけではなく「ものを活かす」という術までも含む。と
りわけ素材の経年変化による「特性の変移」を熟知することは、物性と精神性と時
間性の間の「空」をつなぎ埋めることであり、それが積み重なって「空間」となる。
これらの立脚点に立った創造のいとなみが「時を設計する」というさわりである。
208
3-2-2
統合的設計論の提案
この項では、実践的な統合的設計における歩むべき「統合的」な視座での創造
思考のいとなみの道筋について、先ずは、序論・本論で記述して来た、樹木の
全体を流れる「樹液」となる3つの動的思考モデルをベースにした要素的な「8
つの実践思考の枠組み」について記す。この中には、これにもとづき多主体に
よる集団創作の設計のいとなみを実践していく「実践組織の態勢」としてこれ
を当て嵌める提案を最後に示している。その上でこれらをもとにした「統合的
設計」の動的な道筋の全体像のダイアグラムとその趣旨とを提案する。
詳しくは、前項の3-2-1で示した動的思考についての「7 つの基本認識事項」を念
頭に置いて、統合的設計に臨む上でのそのいとなみについての基本的な「要素的な
思考の枠組み」から順次、プロジェクト検討の概ねの進捗内容に沿っての思考の展
開を追う形で、「実践組織の態勢」の提案を含む要素的な「8 つの思考の枠組み」
を示し、最後の9)の項に、創造思考全体の知の枠組み像としての「統合的設計」
の道筋の全体像を記す、という具体的な記述の構成とした。
1)プロジェクト発進段階における基本的な思考の枠組み
先ずは、対象となる当該プロジェクトについて、事業クライアントおよびその補佐
役(建築家、キュレーター他)とともに、その初期的な与条件等を「知の 3 大認識
領域」の思考テーマの集合群の枠内に「こころ、こと、もの」の属性に応じて配置、
整理して、それぞれのテーマの狙いと背景と方向性と他テーマとの関連性などを視
野に入れながら、当該プロジェクトの「発意の意思」を探り、「直観と集成」の領
域での思考テーマの集合分布を明らかにしていく。ここで肝要なのは、「発意の背
景」についての、事業クライアントと補佐役による深い内省的考察である。この内
省的思考の深さと対話からのレビューによる反復思考のいとなみは、事業クライア
ント、専門家ともに極めて重要な意味を持つ。ただ、世の中の常として、事業クラ
イアントだけの次元での内省を醸成することも実際には多く見られる。この段階で
事業クライアントは、非専門者なりの率直な識見と感性とで目的とする事業の「意
味性」と目指す空間の「自己イメージ」とを「どうしたいか、どうでありたいか、
どうあるべきか」という視点からこれを概略的にまとめ、補佐役ないし建築家をは
じめとする専門家の「多主体」に意思表明する。この段階で醸成された自己イメー
ジは、その後のプロジェクト検討のプロセスの中での対話に顕在化することもあれ
ば、絶えずクライアントの脳裏に置かれたままの状態で目の前に提示される具体化
イメージとの照らし合わせを意識的・無意識下ともの中で進められることもある。
209
要は、この初期段階での与条件の内省的な深堀りが非常に重要な意味を持つことを、
事業クライアントおよびその補佐役は心得ておくことである。
そして、次に、これらの「直観と集成」の多くの思考テーマを空間イメージ化に発
展させるための「類推と連鎖」のいとなみに発展させるわけであるが、この段階か
ら、創造の思考の構図は、直線的・一方向的なものから「網状的」思考へと拡大さ
せる必要がある。この思考の構図のリアリティについては、前章の 5 作品について
の考察で何度も触れている。ここでは「新たな価値像を追う」ことと「空間の原イ
メージを組み立てる」こととが、「個」の次元でなされ、同時並行的にプロジェク
ト参加している多主体の「集団」の間でもなされる。その場合の内省的思考で重要
な創造のエキスにつながるのが、「自己イメージの創出」なのである。これが内省
的思考のそれぞれの主体の思考の核となる。これは、建築家だけが表出するもので
はなく非専門者である事業クライアント、街づくり専門家、展示企画専門家など、
当該プロジェクト参加の多主体全員が表出せなばならない頭脳作業なのである。現
実にはしばしば、専門家にまかせっきりの様子は見られるが、その結果の所産は、
50 年以上の建築資産の寿命から考えると初期の価値づくりが偏ることにつながり
かねないから、「多主体」の叡智を集めて慎重に対処することが肝要である。
2)
個の自己メージの創出と集団での価値像の創出とを同一軸で捉える
多元的な価値像を希求する以上、「創造」という営みは高い専門性を備える建
築家、技術専門家他だけの専権事項と捉えるのではなく、広く万人に与えられ
た基本資質であることの認識は何度も記すが重要であり、それは前章の 5 作品
の軌跡で記したように、各主体が思い思いの「自己イメージ」を意識下・無意
識下問わず持ち続けて来たその事実に見られる。勿論そのイメージの論理・科
学的完成度は様々であるが、その根源にある率直な発想のシーズには傾聴に値
することが多い。要は、これを聞き、目にする多主体個々の側の見識の広さ深
さと共感を求める感性の鋭さなどにかかっているのである。
この「自己イメージの創出」という概念は、哲学的な領域での「こころの中の、
去ると来る(キタル)の想念の充実を得るための想念」を、特定のテーマについて
の自己意思にもとづく自己組織化と図像化の行為である。自身が考える新たな
価値像へ向けて、過去の想念の蓄積をもって未来へ向けての結実を創造する、
素朴なこころの動きと捉えればよいと考えている。この営みが「主体」として
意思表明する人たち全員に、実は創造思考の資質の発露として求められるが、
その現実の様態は一律ではない。これは、この多主体の集団創作の目的が「新
たな価値像の創出を皆で考える」という点に集団ミッションとして意識化され
210
ているか否かにかかるからである。この目的の認識と共有がなされなければ、
「多主体」は、現実には強い創造の意思を持たない単なる集団となってしまう。
ここにゆるやかな「統合」の輪の存在が見え隠れする。
この内省的思考とは、特段の高邁な営みとして捉えるのではなく、「何を実現
したいのか」「どのような思いとして託したいのか」「いつまでも生きる力と
して支えてほしいのか」などの素朴な「こころの意思」への振り返りの思考で
ある。この思考が「こころ、こと、もの」の 3 大知の認識領域間の領域相関そ
のものであり、これを進めていき 3 大領域が重なる認識ゾーンに「この概念こ
そがこのプロジェクトの本質を標榜する」という「ことば」を特定するに至る、
個々の主体の内奥部における発意の素である。またこれが「集団」としての全
体意思にまとまると、それがこれ以降の創造のいとなみの核となる「かたちの
いのち」となるのである。例えば、ひろしま美術館であれば、全体意思として
は「愛とやすらぎのために」という「かたちのいのち」に集約されたが、プロ
ジェクト検討経緯段階でのプロジェクト関係者(多主体)の自己イメージには
「鎮魂の館」「芸術との瑞々しい触れ合いの場」「恒久平和を念ずる至高の空
間」「時を設計する」「光がその場のテーマ」等々のように多彩な多主体個々
が抱くイメージを指している。これらが、やがて「かたちのいのち」として収
斂し具体的な空間像として結実させていく多主体全員のミッションとなる。こ
の経緯における「自己イメージ」が先ず多く生み出される、そのプロジェクト
運営の等位の場の構築と運営の自薦とが、新たな価値像の成果レベルを決める
こととなる。あくまで強制的でなく自己発意から発進して、それらを「知の枠
組み」の意欲的な対話等の領域相関を経て全体意思の形成に至る道筋での思考
の鍛錬意識が共有されていなければならない。
3)
有形化思考エンジンによる「創発・連鎖」の活性化
内省的思考つまり「網状思考」が「直観・集成、類推・連鎖」へと進捗していき、
何度かゆらぎ思考を経て「創発・統合」への空間化思考に進む道筋で「かたちのい
のち」を特定し、物性と精神性を統合させた空間として「もの」化していく上で、
極めて重要な働きを担うのがこの「有形化思考エンジン」という勇躍的な思考概念
である。この「思考エンジン」が担うのは、「2 つの輪」の内の多主体による「価
値追究グループの輪」ではなく、重きが置かれるのは、その価値追究グループの各
構成員のバックグラウンドとなっている専門界による「具体化グループの輪」の方
の役割である。建築家、ファシリテーター、プログラマー、キュレーター等による
「有形化」へ向けての専門性の発揮がここで強く厳しく求められる。この思考エン
211
ジンは、前述した内省的思考、つまり網状思考と次項の統合化思考とのつなぎをプ
ロモートする役割を果たすとともに、実際の実務での「概念→理念→空間」への熱
いデザインワークを担う。別の表現では「デザイン脳」の役割である。「直観・集
成、類推・連鎖、創発・統合」という 2 つの知の三面角運動の各三角形の辺の交点
に集約される「ことば→外脳化→空間化」という今一つの創造思考の属性を発揮さ
せて、内省的思考+統合化思考+有形化思考の一体化を進める有機的融合のプロモ
ート機能を担う。各々の働き等については序論の本文に詳述した。「ち→かち→か
たちのいのち」を経て「かたち」に止揚させていくデザイン葛藤の段階で、実務に
おいては大いなるエネルギーの投入を必要とする思考である。ただ、この思考モデ
ルのみが、意識として肥大化すると「かたちのみ」の価値像となり、人間生活の
Operation には受け入れられなくなる。内省的・網状思考との、思考ネルギーの投
入のバランス感覚が重要で、それらを「統合」する思考の役割が次の統合化思考で
あり、求心性創発と遠心性レビューとの両面を統合させた螺旋型志向の「統合化思
考」なのである。
例えば、国際高等研究所のプロジェクトのケースで言えば、次のような思考の展開
でこれが見られた。「知の伽藍」という「かたちのいのち」が多主体の間で共有さ
れると、そのイメージを類推・連鎖させる素の「ことば」の直観イメージを振り返
り、さまざまな類似・推薦事例を頭の隅に置きつつ、その敷地環境固有の気候風土
と歴史的な文化・素材とのデータも含めて、日本固有の開放的な「佇まい」のイメ
ージを図-2-1-(11)のようなフリーハンドスケッチレベルで何度も図像化する。
そして、これを空間としての基本性能としての「開放性」と応用展開性としての「内
外空間の視覚を含む五感での連続性」「透明性ある空間の仕組み」としての空間化
思考を熱く深く広く外脳としての「手と眼」をフル動員して進める。この「手と眼」
とは、左脳と右脳とが外に出て「手と眼」という創造の営みの最先端現場の器官機
能として「かたち化」を熱く展開していく、いわゆる「デザイン脳」の担い手であ
る。有形化思考エンジンとは、この熱い創造のプロモート機能を指している。この
機能が、近年、CAD等の「身体外展開」により発展が偏りかつ系統的思考の肥大
化を招いている現象は好ましくなく、この動向へのリアクションの必要もあり、こ
のような概念として顕在意識化させるのが狙いでもある。
4)螺旋型求心・遠心運動に支えられた統合化思考と 2 つの思考モデルとによる
「こころ、こと、もの」の統合へ向けて
統合化思考は、多主体の一人ひとりが担う思考モデルであるとともに、あわせて集
団の「全体意思」を一つまとまったかたちに収斂させる思考モデルでもあり、統合
212
的設計の進め方の全体像を標榜するものでもある。各主体が内省的思考を深耕させ
て自己イメージを創出し、一主体としての意思・提案・創発等を円環連鎖の場で提
議して、ファシリテート役の「新たな価値像の創出」につながるか、価値の高揚に
寄与するか、「かたちのいのち(発想のコア)」の醸成に至るか等々の議論を通じ
て、また有形化思考から進入してくる「求心性と遠心性思考」つまりは「螺旋形」
を成す思考の収斂の道筋をへて、
「創発」の指摘も加えて価値像を高揚させていき、
やがて多主体の数多の意思を一つの全体意思にまとめて、前項の「有形化思考」の
大いなるエンジン力を発揮させ「点・線・面・時空」のさまざまな局面での認識領
域の相関の構図の積層を経て、「新たな価値像」を物性と精神性を融合させた「空
間」へと「求心性・遠心性」の螺旋状の思考の止揚のプロセスを統合していく、そ
の総体的な創造思考の道筋を統合する思考の道筋を辿ることとなる。この中の、数
多の多主体の意思を全体意思として収斂させていく集合知の理については本文に前
述したとおりである。
ここでは、「多主体」と「統合化」のテーマの中で、「こころ、こと、もの」の認
識領域内の思考テーマでありながら、論述を抑えていた「環境」「環境アセス」の
視座からの持続性の課題への取り組み姿勢について記しておくこととする。
もっとも、考察を抑えていたわけではなく「時を設計する」「数を設計する」とい
う視座は、その姿勢の要点を標榜させたつもりでいる。また、図-2-3-(6)と(7)
に示した 2 つの図は、「こころ、こと、もの」の 3 大領域内のとりわけ「もの」に
おける自然界の「森羅万象」のいとなみを構成する要素への思考テーマを、「ここ
ろ」に象徴される「生命活動のいとなみ」と「こと」に象徴される環境共生「技術」
との相互の連続性テーマで一体的に捉える構図をも示しており、また、図-2-3-(7)
図では、「時の変移とともに価値を豊かにしていく」という領域相関の時間連続の
積層による動的な価値高揚の構図についてもすでに示している。「環境」というテ
ーマは、この「空間の統合」というテーマの中で、「環境の視座」を肥大化させる
ことなく、知の 3 大領域での総体的なバランスある全体像の中での、共生技術なり
建築化技術なりを、多主体の概念とともに成熟させていくべき課題と捉えている。
環境の課題の中の「物性特性の親和・共生」のテーマを取り上げすぎるあまり、「も
の」としての環境の特質への考察と遊離することのないようにこころせねばならな
いとも認識している。自然界の森羅万象を「アナログ概念」と例え、環境技術を「デ
ィジタル概念」と例えるならば「アナログはディジタルを包容する」という自然の
摂理はまだまだ深遠な領域で我々の考察を待っている、と捉えている。従って、こ
の螺旋統合化思考の捉え方では把握しきれない課題は数多ある。余談ながらこれを
認識している意味を、序論の図-1-3-(1)~(3)で示す「領域相関の構図」の
ヴェン図では円系形の枠の外縁側を破線表現で「未解明領域」として特に記してお
213
いたのはこの理由による。
5)
外脳化思考による「生命力あるかたち」を生み出すいとなみの尊さを大切に
上の有形化思考を構成する3つの新たな思考属性の内に一つの重要な柱であり「外
に出た脳」による思考形態を言う。これについては前章で詳述したので重複を避け
る趣旨で、別の視点からの課題に触れておく。これには大別して 2 系統あり、身体
思考と体外展開がそれである。身体思考とは「手と眼で考え伝える」という営みで
あり無論、一個の有機体の中での本来的な創造思考の様態を言い、眼については特
に多主体との対話の規範につながる機能もあるが、これらについては前述のとおり。
体外展開とは一言でいえば「脳から人工知能へ」という広がりであり、IT体系に
統合されたIPD(Integrated
Practice
Development)、BIM、数多のプレ
ゼンテーションツール体系での展開を指す。こちらの系統での外脳化思考の動向に
ついては、すでに欧米では初期的な論理構築段階を過ぎて普及のためのシーズの植
え付け段階に入っており、これに決定的な要因として取り上げられている指摘が「大
学等での教育体系への組み入れ」の課題である。わが国では、教育分野での反応よ
りも実務において、とりわけ個人事務所におけるツールの総合的な整備強化の面で
草の根的な広がりを徐々に見せつつある課題である。ただ、教育界、実務界ともに
この系統でのツールの普及が過熱化すると、例えば精緻に描かれた「完成予想図」
と実際に竣工した「建築外観」との差異が問題となり、バーチャルとリアルの認識
区分を超えての訴訟沙汰(どちらがクライアントの求めた真正の価値像か、など)
になりかねない指摘もあり、さらにそもそもの「手」による「無から有形」へのプ
ロセスにおける「イメージを描く主体」が、建築の創造のいとなみとは別世界のビ
ジネス(ここでいう多主体とは無縁のところのビジネス)として普及しつつあるこ
とにも深刻な懸念を抱かれつつある。
本論考では、こうしたこともあり、特に前者についての再認識と鍛錬を重要視する
考えで、創造のいとなみの方法論の構築について考察を加えて来た。とりわけ「手
で考える、手で対話する」認識は、実務での厳しい「寸法概念と造形概念」の鍛錬
に直結するものである。実践では「フリーハンドスケッチ」での思考から鍛えるこ
とを欠かしてはならないと捉えている。
214
6)
空間軸での魅力ある価値像の具現化が
領域相関のいとなみをさらに刺激する
有形化思考のもう一つの重要な柱としてのこの「空間化思考」とは、上の「外脳化
思考」と密接な連鎖を成す思考であり、この領域に至ると、建築家の職能が大いに
期待され、また発揮される。そもそも外脳化思考と共に「知の認識領域」の 3 領域
の領域相関をプロモートする「三面角思考運動」に根ざした思考回路である。
これは「空間軸」にもとづく創造思考の回路であり、「人を快適に安全に包み込む
シェルターのありようとかたち」から始まり「機能と形態は一つ」「動線と機能と
ゾーニングと生活オペレーションは不即不離」「内外空間の連続性と透明性」「構
造と形態の有機的一体性」「建築と設備とこれらの融合概念としての環境」「素材
の本性の引き出し」「色はかたちの被膜」等々の空間属性テーマの具象化へ向けて
のいわゆる「デザイン脳」を発揮させる創造思考である。これが「外脳化」と直観
による「ことば」とで創造思考を刺激する「有形化思考エンジン」のパワーとなっ
て「空間デザイン」化への熱い創造のいとなみを推し進める。思考テーマの相関の
かたちを、見える・触れる・包み込む形態に変換する営みともいえる。この役割期
待の段階になると「イメージを物性と精神性を融合させたかたちに変換できる職能
人」としての建築家が、その職能を多主体の中の位置を認識しつつ発揮する。ただ、
その所産としての「かたち」が一般素人でも理解できる具体的形態として現してく
ることもあり、この段階では専門家・非専門者を問わず数多の率直な「創発」によ
る見直しのための求心・遠心運動の激しい「生みの苦しみ」をしばしば迎えるもの
でもある。考えのかたちが具象化するので、多主体の率直簡明な指摘が的を射て振
り出しに戻ることも多い。しかし、そうした「ゆらぎ」の鍛錬は、当初より創造の
厳しい道筋には織り込まれているべきであり、むしろその鍛錬が、実務では豊かな
価値像の練成と高揚につながる。この前向きな鍛錬に取り組みことを、多主体間の
基本ミッションとしておかねばならない。
なお、この「形態重視」の回路の意義が拡大し過ぎると、内省的思考がおろそかに
なり、統合化思考の空洞化を招きかねないので、建築家なりキュレーター役なりフ
ァシリテーター役が担う「こころ、こと、もの」の認識領域での思考テーマの重な
り合いの「統合的マネジメント」は極めて重要な職能である。
7)「目指す空間」を系統的思考だけでなく系統外思考(ゆらぎ)とともに希求する
「こころ、こと、もの」の活発な領域相関による価値高揚の創造思考過程を経て、
ある一定レベルの相互高揚の関係づけ(相関)の均衡点に至る止揚段階で感得すべ
215
き「目指す空間」の共通理念像について、ここで記しておかねばならない。
それは「かたちのいのち」を空間軸に止揚させる輪郭となる空間像である。その輪
郭は、すでに実務実績作品として取り上げた5作品での実像に見られる。すなわち
それは、ひろしま美術館ではにおけるそれは「祈りの尊厳にこたえる至高空間」で
あり、いずみホールでは「音に包まれた音場の豊穣空間」であり、ザ・フェニック
スホールでは、「自然の光と人が奏でる音との律動空間」であり、国際高等研究所
では「知の深耕を自然のいとなみの中で究める思索空間」であり、クラブ関西では
「時の流れの中での人々の交わりの場の蘇生空間」であった。
これらの輪郭をさらに絞り込んでいくと、結局、目指す空間とそこへの実践とは、
人間界(こころの集成)と自然界(ものの営み)とを人間の「知の力」により連鎖・
融合させて、人々に「生きる力」を持続的に好ましい関係性の中で与え続ける統合
空間なのであり、その飽くなき「新たな価値像」の具現への挑戦ということになる。
すこし解説的になるが表現を換えると、その実践とは、人間の感性と実生活に豊か
に応え、自然の営みと恩恵に真摯に応え、人間の中に自然が息づきその人間を包む
建築空間の中に自然が息づくという、そのような空間を目指すことである。
ところでこの「知の力」の働きの社会的な構図は、本項の論点から少し外れるがこ
の考えの延長として、次のように捉えていることを付記しておく。「知の力」は、
「こころ、もの」を共通の価値像に統合させる源泉の力であるとともに、プロジェ
クトに参加する多主体自らの内省的な思惟を深めさせ、そこに目的施設の好ましい
イメージを感得させて「ことば」として表象(内から外へ)させ、これを集団思考
で多元的な価値像へ(個から集団へ)高揚させ、やがて「生きる力」を標榜する「か
たち」としての空間に止揚させる源泉である。大切なことはこの「知の力」に絶え
ず新たな生命力を与える創造的な思考の働きは、レベルと発揮する場面は様々では
あるが、万人に与えられている基本的な資質である、ということである。この認識
が社会的に普及されて来たからこそ「多主体」という「個」の尊厳と「集団」のダ
イナミズムとが融合された規範概念が市民権を得てきたのである。
論点を戻して、目指す空間とは、「人間の中に自然が息づき」その人間を包む「建
築の中に自然を息づかせる」そのような統合空間である。「内→外→内→生命体→
外・・・・」「求心→遠心→求心→創発→求心・・・・」の思考連鎖を繰り返して、やがて
多元的な価値像の「意図(糸)」が数多巻きついた太い撚り糸状の統一思考体とし
て「かたち」に止揚していった空間である。この思考連鎖のプロセスを経て、目的
空間に至った経緯のリアリティについては、設計当座での創造思考の構図だけでな
く20年~30年の運用期間を経ての実体あるいとなみとしてもその実像を検証し
たことは前章で考察したとおりである。
216
さて、以上が、前項3-2-1での 7 つの基本認識を念頭に置いて統合的設計に臨む
上でのそのいとなみについての「要素的は 7 つの思考の枠組み」の改めての記述で
あった。
続いて、冒頭に記したように次に、これらにもとづき多主体による集団
創作のいとなみを実践していく「実践組織の態勢」として、3-2-1の項目でも一
部その考えを示したものをここでまとめとして、これら 7 つの思考の枠組みを当て
嵌める考えを次に提案として記す。
8)「2 つの輪」にもとづく統合的設計の実践フレームの提案
多主体の Professional が当該プロジェクトの目的である「新たな価値づくり」
について個々に網状思考と内省的思考を深め、多くの主体が集まる集団による
価値の統合化思考を進めるときに、この集団創作の思考をサポートしプロモー
トする有形化思考エンジンが実務において強い影響力を発揮することについて
はすでに触れた。この軌跡をレビューすると、「新たな価値づくり」の創造思
考のダイナミズムを持続させ、その価値高揚の働きをさまざまな事態変移の中
でも時空的に連続させる、好ましい運用態勢のフレームイメージが浮かび上が
ってくる。このイメージのシーズである「2 つの輪」については、5 作品の検証
の中でもいくつかのプロジェクトでの軌跡に見出すことが出来る点をすでに記
してきた。その原イメージをここでさらに発展させた内容で、統合的設計の実
践の場で応用できる形で提案することとした。
先述したプロジェクト軌跡の中での「2 つの輪」のグループとは、「統合化思考」
の集団的役割を「個」の次元とともに一つの円環の場で担うグループと、「有
形化思考」を担うグループとの大略 2 つである。実務のプロジェクトの場合、
プロジェクト規模によりその様態は様々であり、小規模プロジェクトのように
一人の人間が切り盛りする役割の場合と、大規模プロジェクトの場合のように
複数人格での緊張感ある役割分担で進める場合との二つのケースが考えられる。
前者は、比較的機能の複合度が低いプロジェクトの場合が多いのに対して、後
者は、高度な複合機能の建築設計において参加する主体が多数存在する場合に
さまざまな運用フレームの様態で見られる。小規模プロジェクトの場合は、以
下の考えを準用するとした。また、比較的機能の複合度が高い中規模以上のプ
ロジェクトの場合、「2 つの輪」を「価値相関・理念構築志向」の多主体グルー
プと「実体化・有形化志向」の支援グループとに大別して捉える構図を提示す
る。
そして、この「2 つの輪」が表現する「創造思考の道筋の構図」の意味に、現実
の実務におけるプロジェクト検討の意思決定の仕組みのリアリティを重ねるこ
217
図-3-1-(3)
創造思考モデルとしての「網状思考モデル」「統合化思考モデル」「有形化思考エンジン」
等に通底する「機能」について、「組織運用体の機能」に当て嵌めて見て、実務でのその思考モデルのダイナ
ミズムを理解するために、その運用態勢との相関図を描いてみた。表現を換えれば、この図は「多主体による
集団側索の動的思考モデルにもとづく 2 つの輪の運用態勢」を示している。網状思考モデルと統合化思考モデ
ルが活躍するのがGPCであり、思考の偏向と硬直、ゆらぎ発想による脱皮などを実務サポートとともに活躍
するのがGPC-Eであり、これの類似ケースは実際の経営現場でも実践されている。
218
<解説>「意思決定機構の仕組みから見た創造思考の動的モデル」のポイント
・この考えのベースになっているのは、「網状思考+統合化思考」と、ゆらぎ思考を標榜する「有形化思考」
との3思考モデルを、プロジェクト進展の時間軸で連鎖させて、実務における創造の営みに近い思考運動イメ
ージを、現実のプロジェクト運営の中での理解につなぐことにある。
・その「網状思考+統合化思考」に取り組む主体を、この図では「会議体機能」を担う機関として当て嵌め、
これを社会に対してオープンな体型を標榜する「プロジェクト運営の意思決定機関」として位置づけ、これを
Group
Professional
Committee(GPC)と称して表現した。究極のオープンなプロジェクト運営体制であ
り、多主体の Professional から成る運営態勢イメージである。
・あわせて、この運用体型における集団的な創造思考が、偏ったまた余りに定型的で硬直的な思考の道筋を歩
むことなく多元的な価値観を育みとおせるように、いわば「ゆらぎ思考」によるサポートを司る実践支援体
型として、GPC-エンジン(GPC-E)の仕組みを位置づけ表現した。
・GPCの構成員の多主体個々は、各々の出身分野での検討開発を支えるバックグラウンドチームをこのGP
C-エンジン(E)に保有するものとしている。専門性の程度にはムラがあるがそれで良しとする。
・GPCは当該プロジェクトの発進と所産に一定の役割を果たすことを宣言し建築主と委任契約関係にある
Professional から成る、社会的使命を帯びた最高意思決定機関である。責任者は建築主である。
・GPCの運用は Initiative にもとづき行われるが、そのファシリテート役は建築主から依嘱される。必ずし
も建築家とは限らず、依嘱決定にあたっては全員が等位の立場にあることを原則とする。
・この機構はプロジェクトの多元的な価値像を具体化していく、その方針の「基本的な骨格」を決定する役割
を担い、その進捗の道筋の中でも絶えずこれをレビューする役割と竣工・完成までのフォローを担う。
・従って、GPC-Eからの提案を内容によっては差し戻す責任と権限も担わされている。GPC-Eの構成員は
建築主と個々に契約を結ぶ。
・一方、GPC-Eは、具体的な技術課題・デザイン課題・使用上の課題等についての実践的な検討と提案をG
PCに対して示す役割を担う。
・そのメンバーの中で最も多分野の課題(ことば→外脳化→空間化)の解決提案に尽力するのが建築家であり、
GPCの構成員でもある。
219
とで、多主体の視座に立つ創造思考の動的なプロセスモデルに、実務での思考
の集団組織的な運用のリアリティを織り込むこととした。その場合、本論考で
は、前者の「価値相関・理念構築志向」のメイン機構の多主体グループを、
後述する実例をヒントとして Group
Professional
Committee(略称、GP
C)と称し、さらに実務での高い専門性の発揮で具体化の支援を担う機構の支
援実体化グループをGPC-Engine(略称、GPC-E)と仮に称することとし
た。
この原型に近い構図は、多主体のさまざまな様態はあるものの 5 作品すべてに
そのシーズを見ることが出来たという点は、序論の最後および前章での検証の
項で示したとおりである。とりわけ「いずみホール」での事業クライアントが
主メンバーとなっていたOBP開発協議会の理念構築・実践グループと、各O
BP事業主・地主が内部に抱える実践検討・具体化支援グループとの構図に一
つの原型シーズを見とめることが出来る。無論、この通りの組織体ではないも
のの、ここに見られた高邁な都市開発理念の構築の軌跡と、それぞれの地主が
事業主となって、価値豊かなオフィスビル・イベントホール、高級シティホテ
ル、コンサートホール、テレビ放送本社屋、ショッピングモール等々を、価値
豊かに構築した軌跡は、好ましい人間環境の構築に当たっての多くの知見を社
会に示したといえる。この知見にさらに磨きをかけて、社会的知財化を果たし
ていくべき使命観を抱いているので、このような提案となった。このプロジェ
クトの個々を見ると、さらにこれの相似形の縮小実施版があることも、いずみ
ホールの実務軌跡からも認めることが出来る。この点は「2.
本論」に記した。
そこで、
「2 つの輪」の組織運用態勢イメージを提示することとした次第である。
なお、この「2 つの輪」の考えの実践的な例としてヒントを得たのは、かつて、
Fortune-500 として欧米の先端企業のランク 500 位の企業の中から上位 10 社を
対象に、筆者を含む数人のメンバーで現地本社を訪問し、その中で特に印象の
深かった企業の「究極の Openness の経営形態」から学び取った知見にもとづ
いている。その企業とは、スウェーデンの自動車トップメーカーである VOLVO
である。VOLVO の経営における最高意思決定機関は、まさに多主体(本業経
営責任者、株主代表者、ステークホルダー、一般 VOLVO ファン代表、職員代
表、組合代表、社外役員等)より成る誠にオープンなフレームから成る。この
フレームは 2 つの機構から成っており、オープンな構成メンバーによる「最高
意思決定機構」と、そのメンバーの一員である本業の社長が各専門分野の代表
を指揮して経営戦略・収支計画等を協議する「経営会議機構」との二つからな
っている。経営会議にて次期戦略を立案決定した上で、最高意思決定機構に上
220
申する形をとるが、内容によっては、基本的な理念に反する事柄は、時として
否決されて差し戻しを受ける場合もある仕組みとなっている。ただ、この機構
は、あくまで製造販売業としての「株式会社」の機構のオープン化であり、そ
のままの形が、本論での考察の視座としてきた、民間とはいえ公共財としての
価値づくりを基本的骨格に据える建築資産の建設事業プロジェクトの運営形態
にあてはまるものではない。しかし、この開放系の経営形態には、学び取るこ
とが実に多く、これからの開放的の創造事業を社会的に展開していく上だけで
なく、未来の民間企業の経営形態の在り方にも深い示唆があると見たのである。
VOLVOの経営形態の報告資料の一部は、資料編の最後に添付した。
さて、この経営形態にヒントを得て、目的とする建設事業に対して、新たな価
値づくりを多主体の叡智を収斂させて統合化思考を司る「多主体グループによ
る実践フレーム」が、この例でいうところの最高意思決定機関であり、これに
対して専門的な実践課題の検討と考えのかたちへの具体化、つまり有形化思考
を司る主体グループ(建築以外にも複数あり得る)が、この例での各専門分野
社長が主宰する経営会議機構である、という実践体制を、多主体参加型の実践
フレームとして提示したのが前頁の図3-1-(3)である。この図は、序論で示
した仮説イメージを、実務の 5 作品で見られたシーズでの検証をもとに論理的
に発展させ、さらに実際の開放的な経営意思決定機構の事例にも傍証を得て、
創造思考の動的な思考の統合的な道筋をコントロールする方法の全体像として
記した。統合的設計の推進の全体像の中の実践的運営組織イメージとして示し
た次第である。ここにおいて、序論での仮説と本論での検証と結論での考察と
が一致することとなった。
221
9)
統合的設計の実践論としての「創推論」の提案
さて、以上の考察を総合して、多主体の視座に立つ「統合的設計」の実践論の全体
像について、ここで本論考の結論的考察として提示、提案することとする。
ここで、統合的設計の「統合」の対象について詳しく記すことはないが、「3. 結
論」の冒頭のところで記述したように、「統合的設計」の設計の実践の「根と幹と
なり枝となり豊かな樹姿」となる作業の比喩で示す「人間圏と自然界との好ましい
融合へのいとなみ」がその統合の対象となる、という考えをここで改めて記してお
く。
これはこれまでの本論の論考の筋から表現すれば、「こころ、こと、もの」という
人間の 3 大認識領域に包含される数多の思考テーマが対象となる考えともいえる。
さらに具体的に記せば、「こころ」つまり人間および人間社会の生存・繁栄・安寧
のために周知を集めて克服せねばならない諸課題と、「もの」つまり自然界の森羅
万象の摂理と人間界の歴史的足跡にまつわる諸課題とを、「こと」つまり人類の叡
智を発揮・結集させてこれらの 3 大領域の諸課題を好ましい価値構築・醸成関係に
「相関」させて、人間社会にそして建築空間に「新たな価値像」を創造し構築し提
供するいとなみが、「統合的設計」の基本的な対象となる、という考えとしてまと
めて記述しておく。
この統合的設計の主役は、多主体全員である。ただ、プロジェクト発進当初の「主
体」は勿論、事業クライアント一人であり、長年にわたる構想の醸成と発意の直観
とその決意を導くさまざまなアドバイス・箴言の集成とに勤しむこととなる。多く
の場合、プロジェクト発進はこの事業クライアントが醸成された構想のシーズの凝
縮された「ことば」からなされる。構想が一つの原イメージとして第三者に伝えら
れる段階を迎えたあたりで、事業クライアントは専門家(建築家、ファシリテート
役他)に構想内容を伝え、「基本的な理念を構築しこれを堅持させるプロジェクト
理念構築の輪」として、事業クライアント+建築家+専門家から成る「多主体(前
項のGPCメンバー)」の登場となる。多主体は、3 つの基本的な創造思考モデル
である「網状思考モデル」「螺旋統合化思考モデル」「有形化思考エンジン」を集
団創作の思考の道筋として、事業クライアントの発意から建築家をはじめとするフ
ァシリテート役の登用、建築技術専門家および街づくり専門家への業務依嘱、特定
の分野に精通する非専門者への参画の呼びかけ、当該事業を支援するミッションを
意思表明する主体(プロパティマネジメント、キュレーター他)への依嘱、建築外
の異分野専門家との協働の提議、施工技術専門家との業務契約、竣工後の運用責任
者の創意工夫の提議、施設運用を支える Silent People の自発的支援等々を当該プ
222
ロジェクトの進捗内容に応じて、暫時集団創作の協議しながら、絶えず基本的な理
念設定から外れていないかどうかを確認し合っていく。この動きの全体像をダイア
グラム化したものが次ページの図-3-1-(4)である。この図は、これまでの本論
考での考察を総括的にダイアグラムで示し、創造思考の道筋の可視化と「統合的設
計」の全体像をダイアグラム化したものである。
ここで、多主体の創造思考の道筋の概要を理解しやすいように多少の比喩をも用い
て、統合的設計の意味するところを、設計の進捗に合わせたかたちで総括的に考察
することとする。
この図での多主体は Ten-Vector として象徴表現にしているが、その一つの主体の意
図(色糸の表現)には、事業クライアントは勿論、建築家、プログラミング専門家、
異分野専門家、工事技術専門家などを指している。この図の場合、一番下の「もの
(森羅万象)」の領域の始原的な創造思考のテーマの集合枠に事業発進段階での2
つの意図(緑と青の 2 つの色糸表現)が示されている。ただ、正確には、事業クラ
イアントの一つの意図から発進することになるが、ここでは、これを念頭に置いて
一歩進んだ状態で、一つは「事業クライアント」であり今一つが(多少の依頼時期
によるタイムラグはあるが)建築家・プログラミング専門家などである。それら2
つの主体には、事業クライアントと他主体との立脚点の差異から別々の固有の「こ
とば」が内在化している。「はじめにことばがあった」という軌跡のことばのよう
に、プロジェクト誕生の最初の「肋骨をひろう」のは事業クライアントであり、そ
の当初の啓示のことばが、この図の一番下の「こころ」の領域の円に集合されてい
るイメージで表現している。
ここからつぎのステップとして、依嘱を受けた主体(建築家、専門家他)の発想と
事業クライアントのことばの複数の意図(糸)が「原イメージ」の構築のための創
造行為に歩み出し、初源的な網状思考の中の「直観・類推・創発」という知の三面
角構造の属性を成す「ことば」の玉(つまりは、発想の啓示)に至る。この玉には、
立地性の歴史・気候風土・気質・建築主のトラウマ・原体験等々のシナプスが網状
モデルのネットワークで付帯している趣旨が概念的に表現されている。
223
│多主体参加による統合的設計のダイナミックなプロセスイメージ│
多主体の実像
圃圃圃園 事業ヲライアント
ー ー 建築家
圃 圃 圃 技術者
圃圃圃圃 ステ7ホルダー
圃 圃 園 科学者
ー ・ ・ 行政
図-3-1-(4)
多主体の参加による創造思考モデルのダイナミックな昇華運動イメージを示すこの図
の意義は単に可視化だけではなく、多主体のすべてが備えるべき「意識の目」でもある。
224
<図の解説>「多主体の参加による創造思考モデルのダイナミックな運動イメージ」のポイント
・このイメージ図は、「こころ(人間系)」「こと(知の系)」「もの(自然系)」の積極的な領域相関
により、目的とする建築の価値のレベルを高揚させ、領域相関による価値高揚のプロジェクト進捗の
時間的変容とともに、「ことば」から「ち・かち・かたちのいのち・かたちへ」へと昇華・止揚させ
ていく創造思考の統合的な道筋の全体像を示している。
・抽象化された「もの(森羅万象・生命体・土地)」が、プロジェクト発進の素となり、そこに人間の
さまざまな叡智と意思と思惑等が「こころ」と「こと」づくりとして植えつけられる、という発展の
構図となっている。
・多主体の最初は事業クライアント一人であるが、その時点での「ことば」は重要な意義
を伴ってい
ると考える。やがて、「こと(知の系)」の関わりを得て、本来一体である「こころ(人間系)」と
「もの(自然系)」の関係性に新たな「いのち」を付与させ領域相関を繰り返して、多元的な価値像
を組み上げる「核(かたちのいのち)」を育んでいく。
・プロジェクトの構想の基本スキームが具体化する前に、非専門者の「声」も含む多主体参加のGPC
の場で、多元的なシーズの植えつけと骨格化を果たしていく。
・スキームのかたちが概略固まると、専門家・非専門者・異分野専門家が、同じくGPC>の場で良質
な社会的資産形成の視点からの付加的な領域相関を加えていく。
・しかしその途上でしばしば非専門者からの価値高揚・基本方針回帰等の趣旨での指摘からプロジェク
トの骨格を見直す動きに遭遇することになる。これの対処もGPCで真摯に協議し方針を決める。つ
まり、実務の細部の事柄は別として、基本段階で取り決めた「基本理念事項」からの逸脱があるかな
いかという重要な意思チェック機能を担うのがGPCである。
・また、GPC-Eからの専門的な解答、提言も再三繰り返されるが必ずしも全て承認される保障もなく
差し戻しも時としてあり得る、と考える。
・GPC-Eには、事業予算とのレビューだけでなく、デザイン上の課題についても事業クライアントの承認
を得るまでのサポート作業を維持する重い使命も担わされており、事業クライアントとの関係は「請負契
約」関係にあることが多いとしている。
・デザイン上の課題の大きなレベルでの協議は、GPC構成員である建築家の意欲的かつ真摯な説得が、G
PC-Eの支援を受けて、GPCの場で繰り広げられる。
・これらを経て、豊かな価値観に裏付けられた持続性ある建築環境が多主体参加で創出される、と捉えた。
・このダイアグラムの意義は、創造思考モデルの可視化だけではなく、実は、多主体が当該プロジェクトに
参加するに際して備えるべき「意識の目」としての効果(M・フーコーが説くパノプティコン効果)もあ
る。
225
次に、そのことばの「玉」が凝縮されている「直観・集成」という創造思考の属性は「こ
ころ」と「もの」の領域課題の中の「プロジェクトにかける想念・情念等」と「敷地環
境を取り巻く森羅万象・既存環境の活かし方」等の思考テーマの課題を、「直観」と「類
推」と「連鎖」とによる「知の領域相関」の働きへと思考を「領域相関(三面角運動)」
で連鎖させる。ここで、新たな価値像のイメージを発展させる多主体の助言的なアイデ
ィアの発露を多く受けて、価値像の「価値像イメージ」を見出す外脳化(眼と手)によ
る「有形化思考エンジン」の働きとにより「類推形」「価値像のかたち」へと発展させ
る。2~3領域の創造思考テーマの分布の集合枠を重なり合わせそこに新たな価値シー
ズを創出するという創造ベクトルが「個」及び多主体の「集団」次元での有形化思考の
支援ダイナミックスの中で働く。「ち(知)→かち(価値)」への発展段階である。そ
の働きの主体は、建築家でもあり、その分野の専門家でもあるが、無論、自動的にその
ような状態を迎える訳ではなく、汗みどろの推敲と思索と対話を経ることとなる。
やがてその段階となると、事業クライアントを支える地域のステークホルダーや地域の
声の主、街並みづくりのNPO法人代表のほか、敷地を管理する自治体の担当者等々、
当該プロジェクトに関わる「多主体(多くの Professional)」が、当初の2、3から「6
~8主体」に増えることとなる。それぞれの主体は、固有の Profession のバックグラウ
ンドを持って(ただし日本語でのプロというより「奉仕の宣言者」の意味での Pro と捉
える方がこの場合は正しい。冒頭の定義の通り)新たに社会財化するプロジェクトの新
たな価値創造へ向けての独特の想念・考え等を披歴し合い、価値像イメージとかたちイ
メージとの相克が熱く進められる。この段階での集団的な思考を秩序付ける役割が建築
家であるとしばしば「形状議論からの出発」となりがちなため、キュレーターなりファ
シリテーター役を担う主体が「価値ダイアグラム議論からの発進」を心し Initiative の
規範を皆に遵守させて、冷静かつ前向きの対話の場の維持に努める。この努力が皆で共
有されると、集団思考の創造の輪が、一つの目的を共有する「場」に高揚する。また、
「こころ」と「もの」の 2 領域の課題テーマもこの段階で飛躍的に増えることで、「新
たな価値像づくり」へ向けての意欲的な領域相関が活発化し、思考の対象となる思考テ
ーマ要素の重ね合わせ(相関)の範囲も拡大し、多主体の全体意思が徐々に浮き彫りと
なり、それが「かたちのいのち」としての意味を高めていき、「かたち」へ向けての多
主体相互の有形化思考のエンジンの意見調整とかたちへの傾斜の働きが熾烈になる。
さらに領域間さらには専門知見の間での葛藤とディベートも激化して、領域相関により
重なった部分に集約して来たテーマ内容も多彩にかつ充実してくることとなり、それが
(新たな価値創造の相当部分)がさらに増えていく。「ち→かち→かたちのいのち」へ
の成熟段階である。そして重なり部分における多主体の一つ一つの意図(糸)について
も、その主張の強さと説得性の高さそして同意性の多寡などの「数」の尺度(前章で示
した図2-3-(6)、(7))を通じて、激しい領域相関の構図の中で、同意性の部分
226
が広くなって、やがて大きな一つの「全体意思」として収斂していく様相を呈すること
になる。この様子を「数」をベースにした領域相関の度合いの可視化ダイアグラムとし
て図-2-3-(7)で前述した。実務では、この「数」の尺度による価値増加相当分と 3
大領域の重なり合い部分の総面積相当分(概念的考えとして)との「数値的等位点」を
一つの同意性の濃さの目安として、その均衡点を探りつつ、一部には妥協も入れて、推
敲を深めていく。「数」はこの意味に置いて、この大自然の森羅万象と人間界の数多の
事象の根源に関わっていることが分かる。
また、その段階での「こころ」と「もの」の領域における解決すべき課題を大所高所か
ら捉える意味で「集合の領域表現の円」は一つから2~3に増えていき、集団的な創作
の中での創造思考の思考テーマ要素の集合枠はダイナミックに重なりを続け、創造的破
壊の創発を何度も加わり「新たな価値像の創造」に向けて、発想のシーズの井戸を広く
深堀していくこととなる。「ち→かち→かたちのいのち」を経て「かたち」に昇華し止
揚させていく、もっともダイナミックで激しい創造の営み段階である。さらに、2 領域
の重なり部分で集約され収斂され出した創造思考テーマは、それを具体化した「かたち」
へ変換するために「外脳化した目と手」とこれの助けを受けての「空間化」思考とによ
り建築家・プログラミング専門家の「造形性」として咀嚼される。その結果、これのさ
らなる具体化を支える創造テーマの収集と統合に向けて、網状モデルでの思考テーマ要
素間の同意性領域を拡大していく。その間「外脳化(類推・連携)」によるスケッチ等
の創発とこれに反する揺らぎの指摘などによる思考鍛錬も度々進入して、ダイナミック
に「かたちのいのち」が多主体の間で「かたちのいのちを決めることば」として多くの
同意性が共有され、やがてそのことばが有形化思考の激しい創造回路を経て、一部には
思考ジャンプも惹起させて、「価値像のかたち」へと案出される。この間、技術の知見
の秩序体系のレビューと修正を何重にも重なるようにも何度も受ける。
やがて思考の動的な均衡の「かたち」を支える価値像の創造テーマ内容が、領域相関の
同意性の統合レベルに達すると、いよいよ「正・反・合」の思考サイクルの「合」への
「止揚」段階を迎えて、一つの思考の所産としての「かたちのまとまった系」を描き挙
げる。実務ではこれらの道筋に置いて、創発においても「正の定立」「反の定立」にお
いても、「正解・不正解」という論理的整合性とともに「整合の度合い(数の秩序)」
がパラメーターの判断尺度として適用されていく。無論この段階ではまだ、二次元世界
での系の表現ではあるが、「考えのかたちの止揚」が凝縮された内容ではある。またこ
の段階では、建築家の具体化作業をサポートする多くの Professional の技術者・科学者
が増えていき、環境アセスメントの専門家の知見も必要となり、創造的思考の参加主体
がやがて10近くになる。この段階で多主体の運営チームでの創発行為の集約とコント
ロールのための「統合」職能が発揮され、「こころ」と「もの」領域で取り扱うテーマ
課題が総合的にファシリテートされ、プログラミングとキュレーター的な技術・知見横
227
断的な職能知見なども動員されて、「新たな価値像づくりの全体像」の概略的なまとま
りを図書として作成される。その上で、このようなプロジェクトの基本的構想を「設計」
の知見でまとめた図書の系(基本計画書・基本設計書)が完成を見る。「ち→かち→か
たちのいのち→かたちへ」と至る。
これより以降は、専門技術的な技術考察と設計作業に入り、やがて工事を担当する技術
者が多主体の最後の一つとして参画し、ここで 10 の主体による参加型の多重思考型の設
計思考の所産が出来あがる。これらの数多の思考テーマ要素の集合と重畳の動きと、事
態の進捗における様々な Professional の多主体のかかわりの姿、各進捗段階における創
造思考の「場」の形成過程、これらを時間の変移と共に「新たな価値像づくり」に持た
せる意義を高めて行く「思考モデル」等々をダイナミックな全体像として示したのがこ
の最後の統合ダイアグラムである。このダイアグラムをまとめた趣旨は、「創造思考の
モデルの可視化」を果たすことにあるが、あわせて、「ヒト」の思考の型から、「創造」
という人類に等しく与えられた基本的資質が、多くの専門家と等位の「創造の拠り糸の
中で新たな価値像づくりのいとなみに参加する」という、そのいとなみのスキームを、
専門家のみの特定された閉鎖的な世界での申し合わせ図とするのではないことが大切な
点である。可視化の狙いは、あくまであらゆる社会階層の人たちが「持続性ある社会環
境づくり」へ向けて、意識と思考のベクトルを合わせるための、集団的な創造思考の全
体的な構図の社会知財化にある。このダイナミックな創造思考のトータルビューでの理
を図象化したダイアグラム全体を、本論考では「創発的統合化類推の理」としてこれを
略称して「創推」として提示する。あわせて、M・フーコーが「パノプティコン」とい
う概念で示唆している、人間の無意識下での「意識の目」としても描いた次第である。
228
むすび----統合的設計のこころ「建築は時とともに」
建築は常に時とともに連続して存在している。その視座に立つと、建築の基本命題は「か
たちを超える」ことにある。「かたち」はいずれ消滅するが「かたちのいのち」は持続
していく。その「かたちのいのち」をプロジェクト検討の中で求め発見し、かたちに組
み上げ育むという営みを正しく果たせば、その建築はかたちを超えたことになる。
そこに流れているのは「時間」である。時とともに建築は、誕生し、生命のエネルギー
を付与され、空間となって息づき、皆に育まれ、かたちのいのちが永続する。空間のあ
りよう、素材の本性の活かしよう、人間をやさしく包むシェルターのありようは、建築
設計のいとなみに携わる人たちが皆理解せねばならない基本作法である。
これまでの数多の設計実務の体験を通じて思うことは、「デザイン」という概念の広さ
と深さである。これを高い専門性がなければ成し得ない高邁な抽象化を伴なう専門界の
みの概念と捉えるか、日常の人々の生活活動を如何に豊かにし新たな価値をそこに提供
していく尊い営みと捉えるか、そのアプローチは多くあるが、いずれの場合も自然界の
あらゆる森羅万象と人間界の諸事象とを「裾野広くとらえれば捉えるほど、目指す空間
の価値の頂きは、瑞々しくかつ豊かになる----丁度、裾野広い山の頂きのように」という
理は変わらない。「デザイン」とは「切り捨てる勇気」という側面もあるが、建築にお
いては、「こころ・こと・もの」による持続性あるかたちに結ぶ詩的営為という認識も
大切にしたい。
さて、以上の考察内容から、「こころ、こと、もの」すなわち「人間、建築、自然」の
各領域の意欲的な相関付けによる新たな価値像づくりの認識のための知見と、事業クラ
イアント、建築家だけではなく異分野技術専門家、街づくり専門家、キュレーター、非
専門者、行政担当者等々の「多主体」の等位の立場でのプロジェクト参加によるチーム
編成およびその集団規範の Initiative にもとづくプロジェクト運営の知見と、「無から
有形」を生み出す創造思考を決定づける「網状思考、螺旋統合化思考、有形化思考エン
ジン」の 3 つの動的思考モデル等々による全体構図をもとに、実務実績の設計作品によ
るこれらの総合的な相関性の検証を得て、これからの持続性ある環境づくりのための実
践設計の総合的知見としての内省的・対話的考察を踏まえた「統合的設計---in-&external
Integrated
Practice」という動的な知の体系(実践設計論)の全体像をここに提案し
た次第である。これらの考えの端緒はすべて実務での熱き行動から得た知見であったこ
とを最後に末尾に記述して、本論文を締めることとする。
229
完
230
おわりに
「建築は常に時間の連続の中で存在している。それが建築の基本的な存在型式だ」と建
築家の香山壽夫は言われている(注
24)。建築は無論、物理的空間を体する存在である
が、その長寿命の全プロセスから通観すると、そもそも社会財であることから、ハード
からソフトへと時間軸の中でかたちを越える不思議な存在でもある。かたちを越えた時
に建築は、人々の生活財となっており、里山の風景の中の目立たない人々のライススタ
イルのソフト面のシェルターになっている。その意味で人々の人生の中に、そして社会
の変遷の中に「時間の連続の中に存在している」型式を本来的には備えている。
また、別の章で香山氏は「真の建築は、かたちを変えつつも、時の流れの中を生き続け
ていく。人のいのちとは、まさにそのように繋がりつつ、生きているものなのだから」
とも記している。「かたちを超える」、これは建築の根本的な命題なのであろう。「か
たちのいのち」「かたちのいのちのことば」はこの命題とほぼ同義である。
筆者はこの論考の中で、筆者なりの「建築空間論」をあわせて記述しようと当初は考え
ていた。しかし、建築家の空間論は、この基本命題に迫る識見を念頭に置いているが、
的を射ている否は別として、ほぼ建築家の数だけ存在する多彩な主観論である。これは
いずれ別の機会を見て取り組むこととし、本論では、主観論を超えて多主体の価値観を
受け入れこの中で多元的な新たな価値像を組み立て挙げる、実践的な統合的設計に臨む
考えを主軸とした。
ところで設計の実務に取り組んで 30 数年の間、「多主体」という複数の創造思考の参加
主体の地味ながらも影響力のあった動きを目の当たりにして、その集団的な知見の集約
の実践設計プロセスの社会財化の必要は、主観的な建築論の思いの表象の意思を遥かに
凌いでいた。ただ、その意識が本論では結局、主観論に帰結している、という厳しいご
指摘があれば率直に反省し耳を傾けたいと思っている。冒頭に掲げたように
Professional についての解釈は、建築家教育の最前線でもパラダイムシフトを迎えてい
る。筆者が「多主体」とこの Professional の概念とをほぼ同義化したことを含めて、設
計プロセスにおける創造思考の道筋の社会財化という思考モデルの可視化の試みが、所
詮は主観的な内容ではないか、という指摘は十分にありうると推察している。しかし、
そのような指摘に対して大いに聴く耳を保ち、むしろその知見の鍛錬に資したいとも考
えている。むしろそのような醒めた指摘の光景を念頭に置きながら、それがこの論考の
まとめの醒めたエンジンとなって、多主体の視座に立つ統合的設計の方法論への知財化
の思いを維持でき、何とかこの論考をまとめることが出来たこともここで正直に記して
おきたい。
また、筆者は神戸大学と早稲田大学大学院の修学の場で薫陶を受けたのちは、実務設計
界での設計実務と監理業務、そして研究業務と経営業務等に関わったものの、建築学が
231
実践的な総合学でありながらも学界と実務界との両面の重なる領域については、これま
で経験が浅いものであった。それが、コンサートホールの実務経験が豊富であることか
ら、九州大学大学院で「実務の知見と修学の知見とをつなぐ」趣旨での学生と社会人が
参加するHME(ホールマネジメントエンジニア育成)の講座を実務者からの教官とし
てここ 4 年の間参加する機会を得た。この経験で得たことは「実践実務と教育現場との
太いパイプ」の充実の必要であり、「エンジニアリングデザイン」という芸術工学概念
であり、ここでも「多主体」の視座の広さの必要についても肌で感じ取った次第である。
建築設計界で、筆者は設計業務という社会的意義の深い業態に携わって来て約 40 年とな
る。その間に携わった建築は、低層高密度の教職員住宅からはじまって、オフィスビル・
クラブ施設・県庁舎・県議会議事堂・美術館・音楽ホール・研究所・本社ビル・地域冷
暖房施設・都市再開発等々、既存施設の増改修、Unbuild のプロポ・コンペ業務も入れ
ると実に 100 件近い数にのぼる。昭和 50 年前後からの高度経済成長をベースにした「豊
かな社会の創造へ向けて」という時代潮流に乗って、設計という業の修行環境には極め
て厳しいものがあったものの、創造の営為に携わる人間としては誠に恵まれた時代の巡
りあわせにあった。社内外の先輩諸氏の慧眼の深さに深い謝意を表したい。
この 30 数年の間に、こうした設計業務に携わる中で、学生の頃から一種の「生涯テー
マ」として追い続けて来た設計の視座があった。筆者の「建築」の師は、神戸大学の鳥
田家広教授、嶋田勝次教授であり、早稲田大学の明石信道教授、吉阪隆正教授であった。
神戸大学の学部の頃に関心を抱いた「トポロギー」「メジャースペース」概念と、これ
を発展させた早稲田大学大学院の研究における社会学的な視点での「場の理論」「グル
ープダイナミックス」等にもとづく建築・まちづくりへの応用展開の論理構築は、この
師の導きがあったからと言える。修士論文テーマの「路と集団--住環境の構成に関する
一考察」は学生の頃の修業成果としてまとめたが、その後、実務に就いて、この視座が
いわゆる「集団による設計手法---グループダイナミックス」への視点に発展し、それが
設計組織内での規範だけでなく、設計依頼を受けたクライアント(非専門者・偉大なる
素人)との協働思考のありよう、さらには異分野領域の専門家(環境設計・音響設計・
美術展示・まちづくり・キュレーター・資産管理・福祉医療・森林管理・NPOファシ
リテーター他)との熱い領域相関を経ての持続性ある社会的資産を世に送る設計方法論
の構築などとして、その建築設計の奥行きの深さへの関心に発展したことは、本論考の
遠い時期からの動機になっていた。こうした実務を通じての関心と共に、いわば形而上
的思考として、「集団による思考」のありよう、つまり「人間のいとなみ」と「自然の
いとなみ」との知的統合システムの構築、さらには、このシステムを持続性ある社会環
境づくりへ向けて、人々の生活環境の中に魅力的に融合・実体化させる「知のいとなみ」
のプロセスへの関心も高まっていったのである。上の設計の思考法への関心を「核」と
232
すれば、この形而上的関心は同心円的に遠心運動として人文・社会科学分野にも広がっ
ていった軌跡を歩んで来たとも言える。
本論考の切っ掛けとなったのは、2010 年 2 月に、神戸大学大学院工学研究科の足立祐司
教授と山崎寿一教授他の皆様のご厚意により、筆者が日頃より実務の合い間で推敲を進
めてきたこうした事柄を、学生の頃から今日に至るまでの設計実績を軸にした軌跡とし
てまとめ、後進の皆さんに開示する機会を与えていただいたことにあった。その準備の
中で、改めて自分が探究してきたテーマの「思わぬ継続性」に気づき、お勧めもあり、
知の枠組みづくりとして「設計の思考法」についての一つの視座をもとにした論考をまと
めるこことした次第である。今後、こうした設計の思考法の社会財化についての考えを、
建築界の専門家・学生はもとより、広くこの世界を支えていただいてこられた「偉大な
る素人としての非専門者」の方々にもこの世界の奥行きの深さをご理解いただき、数多
の社会事業推進にも生かしていただければとの厚かましい思いも込めて、持続性ある社
会的知財化への踏み石として、ここに論考を締めることとした。
本論考の考察と研究内容については、可能な限り実務の実績データと体験データとを駆
使してリアリティの確保には努めたつもりではあるが、考察と推敲とが十分ではない個
所が多くあったことに対しては深くお詫び申し上げる。今後、各方面の方々より厳しい
ご批判とご指摘さらにはご助言などを賜り、表題についてのさらなる実践的な研究に対
して貴重なご示唆を含めて与えて頂ければ、誠にありがたい限りである。
最後に、本論文の提出の機会を与えて頂き、さらにその執筆に当たっては誠に大勢の方々
のご懇篤なるご指導とご支援とを頂き、大勢の皆様に背中を押していただいたからこそ
何とか完成まで漕ぎ着けることが出来たものと深く感謝申し上げたい。お世話になった
皆様方へのご挨拶は「謝辞」にて改めてお礼を申し上げるとして、本項の結びにあたり、
皆々様の温かいご指導とご厚意に対してここに深甚なる謝意を表する次第である。
233
234
謝辞
本論文をまとめるに当たりましては、多くの皆様からのご懇篤なるご支援とご理解とご
指導とを賜わりましたことを、ここに改めまして深く感謝申し上げますとともに厚く御
礼を申しげます。
先ずは、本論文を執筆する貴重な機会を与えていただき、実務界からの論文提出事例で
あるにもかかわりませず当初より誠にご懇篤なるご指導を賜りました神戸大学大学院工
学研究科の足立祐司教授をはじめ、ご多忙な中を論文査読の労をお取り頂き、また的確
なるご指摘とご指導を賜りました神戸大学大学院工学研究科の塩崎賢明教授、山崎寿一
教授、三輪康一准教授の皆々様には、深甚なる謝意と敬意とを表させていただきたく存
じます。
また、神戸大学、早稲田大学大学院にかつて在学中に、的確なるご指導と温かいご教唆
を与えていただきました故鳥田家広教授、故嶋田勝次教授、故明石信道教授、故吉阪隆
正教授のご厚意に対しましても深甚なる謝辞を捧げたく存じます。そして実務界での設
計実務に忙殺される中でも、人生教訓を含めて人間味あふれる示唆深い多くの叡智を授
けていただきました建築家の故内井昭蔵氏にも深い謝意を表させていただきます。
さらに、実務の設計プロジェクトでの実践において、これまで数多の事業クライアント
の皆々様にお世話になりましたことに対しましてここで改めて御礼を申し上げたく存じ
ます。とりわけその中で、本論文の実務実績作品として取り上げさせて頂くことをご快
諾頂きました事業クライアントの皆様におかれましては、設計・工事段階だけでなく2
0年~30年を越える永きにわたりまして、多主体の皆様で完成を迎えたそれぞれの建
築を丁寧に運営いただき深く愛おしんで来て頂いたことを含めまして、深い敬意と深甚
なる謝意とを表させて頂きたいと存じます。
若輩の頃にひろしま美術館プロジェクト
の設計の担当の役割をご提供いただいた財団法人ひろしま美術館、そして音楽ホールの
設計という貴重な機会をご提供いただきました住友生命保険相互会社、さらには、
あいおいニッセイ同和損保株式会社、そして、財団法人国際高等研究所、またさらに社
団法人クラブ関西の御関係各社・各団体の皆々様の温かいご理解とご支援とを永年にわ
たり賜りましたことに対しまして深い感謝の意を表する次第であります。最後に、40 年
の永きにわたる建築設計修行の場を提供され、数多の指導と鞭撻とを授けて頂きました
株式会社日建設計、並びに先輩諸氏と創造の熱きいとなみで汗をともにした仲間の皆々
様にも深い謝意を表させていただきます。ありがとうございました。
謹白
235
引用文献リスト
注
1:この語は、2010 年 6 月に米国フロリダで開催されたAIA大会でのセッシ
ョンの場でコロンビア大学の新任の建築学部長であるW教授が発言された
内容を、その場に出席されていた現JIA会長の芦原太郎氏がメモされ知
らされた識見である。前任の教授による「万能のスーパースターの建築家
教育」からの脱却へ向けた、Open-System に根ざした現代の知的生産社会
にふさわしい時宜を得た建築教育路線を標榜する考えとして注目される。
注
2:中央公論社
モートン・マイヤーズ著
「セレンディピティと近代医学」
序論--自然科学の知られざる秘密
注
3:井草書房
マイケル・コーバリス著
P19~20
「言葉は身振りから進化した」
第三章--ものをつかむ霊長類
注
4:井草書房
P73~89
マイケル・コーバリス著
同上
第三章—ものをつかむ霊長類
中公新書
酒井邦嘉著
P76
「言語の脳科学」
第二章—獲得と学習
注
5:岩波書店
P34~42
ルドルフ・タシュナー著
「数の魔力」
第一章--「ピタゴラス—数と象徴」
第二章--「バッハ--数と音楽」
注
6:新潮社
ミシェル・フーコー著
P34~59
「言葉と物」
第十章--人文諸科学注
7:新潮社
P365~409
ミシェル・フーコー著
同上
第十章--人文諸科学--三つのモデル
注
7-1:ISIS本座
8:新潮社
0545
ミシェル・フーコー著
同上
注
9:井草書房
吉阪隆正著
10:井草書房
「不連続統一体を」
P23
吉阪隆正著
同上
同上
注
11:井草書房
P22~30
吉阪隆正著
同上
同上
注
注
P8~30
12:丸善株式会社
第一章
13:新潮社
同上
P383~384
第一章--理論の骨子
注
P378~379
松岡正剛の千夜千冊ミシェル・フーコー「知の考古学」
第五百四十五夜
注
P4
中森義輝著
「知識構成システム論」
創造空間
P7~18
ミシェル・フーコー著
236
「言葉と物」
第十章
注
14:丸善株式会社
第二章
注
人文諸科学—三つのモデル
中森義輝著
「知識構成システム論」
存在論的要素
15:新潮社
第十章
注
P378
P22
ミシェル・フーコー著
「言葉と物」
人文諸科学—三つのモデル
P383
16:同上
同上
注
P378
17:PHP選書
川島実郎著
「世界を知る力」
おわりに
注
18:中経出版
第 3 時限
注
永田豊志著
「図解思考の技術」
応用編
19:藤原書店
序
注
P203
P96~123
川勝平太&鶴見和子著
「内発的発展論とは何か」
内発的発展論の可能性
20:青土社
P14~33
ピーター・ホルワード著
「ドゥルーズと創造の哲学」
序説
注
P11~41
21:岩波書店
新村
出編
「広辞苑」
「相関」の定義
注
22:NHK出版
P1483
築山
節著
「脳が鍛える15の習慣」
生活の原点をつくる
注
P17~32
23:NSRI都市・環境フォーラム講演
芦原太郎氏
「建築家とまちづくり
-----宮城県白石市でのこころみ」
注
24:放送大学叢書
香山壽夫著
「建築を愛する人の十二章」
P205~210
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------本論考の中での掲載写真
(写真-1~22)
本文の中で使用した竣工写真は下記の写真家の皆様のご厚意により掲載使用させ
ていただきました。厚く御礼申し上げます。
ひろしま美術館・いずみホール・国際高等研究所----三陽企画(黒田青巌)
ザ・フェニックスホール------三陽企画(黒田青巌)、エスエス大阪
クラブ関西--------ヤマモト写真工房、三陽企画(黒田青巌)
また、本論文中の「図」は「図-1-3-(4)及び(5)」を除いてすべて、筆者自
身が作成したオリジナルの図であることを申し添える。
237
論文目録
・本論 2-1-1 ひろしま美術館
與謝野
久、「ひろしま美術館」、新建築、P222~P230、1978 年 12 月号
與謝野
久、「ひろしま美術館 30 周年記念講演特集:愛とやすらぎのために・
ひろしま美術館のこころとかたち」、JIA機関誌、P8~P12、2008 年 11 月号
・本論 2-1-2 いずみホール
與謝野
久、「住友生命OBPプラザビル・いずみホール」、新建築、P281~P
283、1990 年 6 月号
與謝野
久、「ホールと工学技術」、九州大学大学院芸術工学府ホールマネジメン
トエンジニア(HME)育成ユニット「シンポジウム・セミナー報告書」、P111
~P124、2007 年 12 月
・本論 2-1-3 ザ・フェニックスホール
與謝野
久、「同和火災フェニックスタワー」、ひろば、1995 年 5 月号
與謝野
久、「100 年を考える—過去から未来へ」、建築と社会「日建設計創業
100 周年特集」、2000 年 1 月
・本論 2-1-4 国際高等研究所
與謝野
久、「日本的な自然観を取り入れ現代の「書院」の雰囲気を演出」、日
経アーキテクチャー、P105~109、1994 年 1 月 31 日号
與謝野
久、「自然体の建築をめざして」、建築画報 253、P124~P125、1995
年 12 月
與謝野
久、「国際高等研究所」、建築学会作品選集 2004、P110~111、2004 年
参考論文
・與謝野 久、「成熟したオフィス空間をめざして」、建築と社会、P34~39、1986
年 10 月号
・與謝野 久、「活動シーズの変遷とその行方」、建築と社会、P51~52、2005 年 7
月号
・與謝野
久、「建築と私と社会—21 世紀を見据えて(座談会)」、建築と社会、
P66~P75、1997 年 4 月号
・與謝野
久、「建築士改正へ向けての取り組みの軌跡」、JIA機関誌「建築家」、
P2~P3、2006 年 10 月号
・與謝野 久、「仮称・設計者選定法の取り組み」、JIA機関誌「建築家」2005 年
アニュアルレポート、P8、2006 年 11 月号
・與謝野 久、「法人形態と組織:課題と論点」、JIA機関誌、P8~P9、2007
238
年 10 月号
・與謝野
久、
「職能と資格(心)、地域の潮流(技)そして若手とオープン(体)」、
JIA機関誌、P2、2009 年 8 月号
・與謝野
久、「建築の公共性---緊急座談会:技術力に基づく適正な選定方式に向
けての現状と課題」、JIA機関誌、P2~P7、2007 年 8 月号
・與謝野
久、
「新告示を含む改正法体系への期待と今後の論点」、公共建築 51-1#196、
P50~P51、2009 年 4 月号
・與謝野
久(共著)、「まちを語る:糸玉つくり:知る・つくる・はぐくむの視
点から協働のプロセスをかたちに」、建築家の本「まちへ」、P204~P210、2005
年
・與謝野
久、
「都心再生の視点2」、NUI日建設計都市・建築研究所報告書 2004、
P8~23、P206~210、2004 年 12 月
・與謝野
久、「水辺再生へ向けて・10 の提言」、NUI日建設計都市・建築研究
所報告書 2006、P8~41、P196~200、2006 年 12 月
・與謝野
久、「都市経営フォーラム・NSRI 都市・環境フォーラム」2003 年~2010
年の講演記録冊子
・與謝野
久、「九州大学大学院HME育成ユニット集中講義:ホールと工学技術
—建築家の視点から」、講義冊子&PP、2010 年 6 月~7 月
・與謝野
久、神戸大学大学院講義「こころ、もの、こと、ものがたり---人と自然
そしてデザインへ:私の視座」、講義冊子&PP、2010 年 2 月
・與謝野
久、「音楽の源泉を求めて:建築設計」、竣工記念叢書、P250~255、
1990 年 4 月
・與謝野
久、「音は霧のように」、FACT:日建設計ピンナップボード、P38~
P39、1990 年
・海外掲載誌、「国際高等研究所」Sustainable Architecture in Japan:
International
Institute for Advanced
Studies、WILEY-ACADEMY、
P38~P47、2008 年 8 月
以上
239
240
神戸大学博士論文
「多主体の視座に立つ実践設計論の研究」
資料編
目次
1
「論文内容の要旨」「プレゼン資料」及び本論文の「抄録版」
------------論文提出手続き用書類及び建築学会投稿検討原稿
2
神戸大学大学院特別講義概要
「建築設計の総合性」
2010/02/10
------「こころ・もの・こと・ものがたり~人と自然・私の視座」
3
九州大学大学院芸術工学府講義概要「ホールと工学技術」2008~2010
--------ホールマネジメントエンジニア育成・建築家の視点から
4
早稲田大学大学院修士論文抄録
-------「路と集団----住環境の構成に関する一考察」
修士論文テーマとの連続性について
5
NUI
日建設計
1971
2010
都市・建築研究所報告書抄録
----------「都心再生の視点
2(2004)」、「水辺再生へ向けての10の提
言(2006)」、「都市経営フォーラム」主宰講演集綴り、各種論考集集録
6
既発表論考・記事等
設計実務実績プロジェクトの発表記事
---------ひろしま美術館、いずみホール、国際高等研究所、RITE(地球環境
産業技術研究機構本部施設)、フェニックスタワー&ホール、OBPキ
ャッスルタワー、大同生命大阪本社ビル、関電ビルディング
建築学会、雑誌、新聞等に掲載した作品集及び各論考集
---------建築学会作品選集発表記事「国際高等研究所、西宮市大谷記念美術館、
OBPキャッスルタワー、関電ビルディング」、九州大学大学院芸術工
学府「ホールマネジメントエンジニア「シンポジウム・セミナー報告書」、
日建設計創業 100 周年特集号「100 年を考える--過去から未来へ」:建築
家内井昭蔵を囲む座談会、「成熟したオフィス空間をめざして」建築と
社会 1986、
「活動シーズの変遷とその行方」建築と社会 100 号記念、
「自
然体の建築を目指して」建築画報 1995、「21 世紀を見据えて」建築と社
会、BELCA 賞応募資料「ひろしま美術館」、日本建築家協会「建築と建
築家の社会性」他論考記事、「まちへ---建築家の本」共著、建築学会作
品選集選評 2004~2005.
7
本論考の補足的考察資料他並びに参考文献リスト
241
1
「論文内容の要旨」「プレゼン資料」と本論文の「抄録版」
-------------論文提出手続き用書類とプレゼンテーション資料並びに
建築学会投稿検討原稿
242
2、神戸大学大学院講義概要
243
3.九州大学大学院芸術工学府講義概要(2008~2010)
244
4
早稲田大学大学院修士論文
4-1
(抄録---1971)
修士論文抄録版
245
4-2
修士論文テーマ「路と集団」との連続性(追加考察)
早稲田大学大学院の修士論文では、住環境(集落)のフィジカルな(物理的な)形態と
その地域社会における集団形成の秩序との間に、特有のプリンシプルがあるのでは
ないか?・・・という問いが探究の端緒になっていた。
その探究の視座の深奥部にあったのは、自然と人間との 50 年、100 年、500 年、1000
年にわたる営みを経て、自然との対話の長年の所産として、ある特定の人間集団の
深層意識が培われ、そこに集落という地域社会のフィジカルな形態を導いたのでは
ないか、という推察であった。であるならば、その歴史的な「かたちのコンテキス
ト」を読み取れば、人間と自然と建築との間の時空を超えたプリンシプルをつかみ
取ることもできるのではないか、との思いも熱くあったと記憶する。
そのプリンシプルが最も自然な形でかつ素朴な生活ライフスタイルの中で現れるの
が、沿岸部なり山間部の集落ではないか、という視座を向けて、全国の地方の集落
を 10 箇所にわたりデザインサーベイして一つの結論に導いた。そこで得られた回答
の一つが「自明の構造」という概念であり、この考えが集落のサーベイの探究の軸
になっていた。
「自明」とは、「自然と人間と集落形態との関係の直截にして素直で開明的な論理
構造」を指している、と考えて頂いて良い。
例えば、熊本県天草郡の下島の漁村である「下田村」と「崎津村」の集落の形態は
象徴的である。我が国の集落の「フィジカルな構造」を決定づけているのは、外界・
異民族からの侵略に対する防御の形ではなく、自然の猛威からの防御の形にある。
大風・高潮・集中豪雨・土砂崩れ・地震・津波・豪雪・河川氾濫等々、我が国の大
半の地方集落は6つから8つのハンディを負っている。このことは自然の猛威に対
する集落の防御の姿勢の全体像を決定づけている。ここまでは良いとして、下田な
り崎津の集落の形態を現地で、その集落構造のいわば脊髄を成している一本の街道
に立つと、その自明の構造の仕組みがよく理解できる。そこでは、集落の方位の関
係もあるが、各民家の縁側とデイの間が通りに対して「あけすけ」に開放されてい
て仏壇まで見通せることと、通りの向かいの民家のデイの間とも斜交いに向かい合
っていることである。集落の人たちにとっては、通りは「廊下」であり、情報の共
有に時間的な隙間が全くないほどの、ある意味では野放図ながら非常時対応の意識
の緊張感も共存していて、のどかな漁村ながら庶民の叡智の全体像がその集落構造
に端的に体現されていると見た。このことからも「自明の構造」の意味するところ
は理解しやすいと考える。
勿論、言うまでもなく、夏の自然通風の設えを主に位置付けて、家のつくりを通り
246
に対して開放的にしている理由はあるが、それにもまして、自然の脅威に村全体が
一つの有機体となって対処することの方に第一義的な定義づけをしていたことはご
く自然の生活感(安全・安心・快適・持続)の維持から成されていることからも自
明とした。
「自明の構造」とは別の表現では「分かり切ったつくりの論理」を意味するが、こ
れは閉鎖社会における分かり切った事柄であって、閉鎖環境にあっては思考の還元
すら不可能なほどの無意識の認識領域に位置している。無論、西欧の集落・都市で
はありえないつくりである。よく言われるのが、西欧に比して、個が没していて「世
間体」という独特の公共規範が集団の秩序を形成していることがある。しかし、す
でに半世紀近く前の現地での印象記憶ではあるが、縁側で腰掛けている爺・婆の屈
託のない人間像には強烈な個の強さを感じたことも事実であり、集団の秩序の規範
の根強さもあるが個人の生命力の逞しさとは、そうそう簡単にそのマイナスの側面
(日本の没個)とプラス(西欧の強個)の側面との差異を文化論理的にキレイに整
理できるものではないなぁとの感慨を覚えたことも記憶の隅にある。
この点は不思議と長年、頭の片隅の奥の方にではあるが残っていた。案外、日本は
その開放的な生活規範の基盤(ただ、地方の漁村のレベルではあるが)がDNAで
引き継がれていて「個」の強さを再認識する必要があるとも感じていたのである。
今日に至って改めてこの点を考察してみた。
西欧の都市のフィジカルな形態が、異民族からの侵略に対する物理的な防御の「壁」
を全周にめぐらしてその中では各住居の個室が街の原単位で、住まいの外の通りが
「住まいの廊下」であり、まちの中心の境界と広場が「居間であり精神中心の場」
であったことは論を待たない。「個と全体」との連続性の形はかなり異なる。さら
に住まいに使用している素材が、我が国では木と紙と粘土であるのに対して、西欧
では石と日干しレンガと布というように対照的であることも十分に分析されている。
しかしながら「個から全体」への一つの統一体を生み出す「連続性の論理」の構造
には、もっともっと大きなスケールでの共通のプリンシプルが通底しているように
最近は感じている。
西欧と我が国の文化における「個」と「全体」とをつなぐ規範として「世間体」と
「公共心」との差異はあるものの、今日はどちらも揺らぎ出している。宗教的規範
に根ざしていながら、近年その長年の慣習が崩れ出していることのほか、IT環境
の短所の蔓延は全体像への思考回帰の喪失すら惹起している。ただ、一方で、生存
維持の厳しい局面に置かれていた一個の生命体(不連続独立体)が、生活環境全体
の安全・安心・安定のために衆知を集めて知的環境面でも物理的環境面でも一つの
統一体を造り上げる社会システムを、洋の東西を問わず皆が保有していた歴史的事
実を再認識して、視野を一挙に大きく捉える発想の意義を声高に訴える思潮も登場
247
して来たことは、好ましい動きと捉えている。半世紀前に天草で感じた「個の生命
力の強さ」と「集落の集団形成の秩序」の直線的相関性の理解ではなく、今一段大
きく包括的に網状モデル的相関性で捉える必要の実感を改めて抱いた次第である。
248
5
NUI
日建設計
都市・建築研究所報告書抄録
「都心再生の視点
2」
「水辺再生へ向けての 10 の提言」
2004/06
2006/0
「都市経営フォーラム」「都市・環境フォーラム」の
主宰講演記録の集録
研究所発行機関誌の各種論考集集録
249
2003~2004
6
既発表論考・記事
設計実務実績プロジェクトの発表記事
ひろしま美術館、いずみホール、国際高等研究所、RITE
フェニックスタワー&ホール、OBPキャッスルタワー
大同生命大阪本社ビル、関電ビルディング
250
建築学会、雑誌、新聞に掲載した作品集と各論考集
251
7
本論考の補足的考察資料・経緯資料
7-1
帰納と演繹そして第三のアプローチとしての?
地球環境資源の有限化認識は勿論として、市民視点でのPPP事業フレームの実践取り
組みの端緒、最先端技術領域における数多の技術相関の活発化等々の目の前の時代変化
に鑑みると、建築設計の業務の将来像の他産業領域への活発な相関は不可避であり、従
って、建築専門家だけでなく、そもそもの事業発進を決めた事業クライアントをはじめ、
環境・音響・街づくり・資産管理・街並みステークホルダー等々が、さまざまな設計発
展段階で参画できる「社会の創造的な知を集める体系」の社会知財化に対して、学・産・
官界は積極的に取り組むべき時期に直面している。
・その「知を集める体系」の模索検討にあたり、一般的な知的思考法の典拠である「帰
納的類推」と「演繹的思考」の一般的な分析からはじめ、実務業界における企画案作成
作業などにしばしば適用されている「網羅思考と仮説思考」についてその思考回路の建
築設計への応用の当てはめも試みた上で、建築設計プロセス特有の創発的全体像組み立
て思考の構造を分析してみた。
・ただ、この「建築界特有の思考」が部分の迷路に陥っては、冒頭に設定した仮
説的視座(非専門者も参画できる道筋の探究)の本来の趣旨に反するため、これの一般
知財化へ向けて、ここで大局的な普遍化についての論点として「設計とは人間系と自然
系とを人の英知で魅力的な生活環境と統合させていく尊いいとなみ」との認識をもとに、
設計の思考法のフレームを、先述した技術的論点とともに明らかにしておきたい。
そこで提示される思考フレームが「帰納」「演繹」と続く第三の思考法としての「創発
という思考回路であり、端的に言って「具体から具体へ」進める創発的思考の社会知財
としての基本的な思考フレームである。
さらにこれの一般知財化へ向けて「人間(こころ・いのち)の系」と「自然(森羅万象
のもの)の系」との熱い溶け合いを「人間の知と感性(ことづくり・ものがたり)の系」
のもとに価値ある「かたち」として高め生み出す道筋の提示と、その「生み出し」に関
わる人格が数多存在し尊重・登用されねばならないことを改めて記しておく。
252
7-2
網羅思考と仮説思考について
地球環境資源の有限化認識は勿論として、市民視点でのPPP事業フレームの実践取
り組みの端緒、最先端技術領域における数多の技術相関の活発化等々の目の前の時代
変化に鑑みると、建築設計の業務の将来像の他産業領域への活発な相関は不可避であ
り、従って、建築専門家だけでなく、そもそもの事業発進を決めた事業クライアント
をはじめ、環境・音響・街づくり・資産管理・街並みステークホルダー等々が、さま
ざまな設計発展段階で参画できる「社会の創造的な知を集める体系」の社会知財化に
対して、学・産・官界は積極的に取り組むべき時期に直面している。
その「知を集める体系」の模索検討にあたり、一般的な知的思考法の典拠である「帰
納的類推」と「演繹的思考」の一般的な分析からはじめ、実務業界における企画案作
成作業などにしばしば適用されている「網羅思考と仮説思考」についてその思考回路
の建築設計への応用の当てはめも試みた上で、建築設計プロセス特有の創発的全体像
組み立て思考の構造を分析してみた。
ただ、この「建築界特有の思考」が部分の迷路に陥っては、冒頭に設定した仮説的視
座(非専門者も参画できる道筋の探究)の本来の趣旨に反するため、これの一般知財
化へ向けて、ここで大局的な普遍化についての論点として「設計とは人間系と自然系
とを人英知で魅力的な生活環境と統合させていく尊いいとなみ」との認識をもとに、
設計の思考法のフレームを、先述した技術的論点とともに明らかにしておきたい。
そこで提示される思考フレームが「帰納」「演繹」と続く第三の思考法としての「創
発という思考回路であり、端的に言って「具体から具体へ」進める創発的思考の社
会知財としての基本的な思考フレームである。
さらにこれの一般知財化へ向けて「人間(こころ・いのち)の系」と「自然(森羅
万象・もの)の系」との熱い溶け合いを「人間の知と感性(ことづくり・ものがた
り)の系」をもとに価値ある「かたち」として高め生み出す道筋の提示と、その「生
み出し」に関わる人格が数多存在し尊重・登用されねばならないことを改めて記し
ておく。
253
7-3
現実の「設計」の環境についての歴史的認識
本考察は、端的に言えば、「設計」という実践哲学を、建築の専門界にこだわらず「幅
広い領域の相関」を視野に入れて、科学技術社会学的(Social-Technological-Scientific)
な推敲の道筋と「創造思考」の具体的実践の道筋とを同時にたどりながら、設計の創造
的思考のアーキテクチャー化とそのプロセスの「見える化」を試みようとするものであ
る。
永く西欧では、自然と人間との対立的思考をはじめキリスト教文明史観が根強く精神界
に影響を与えていた中で「二項対立思考」が支配的であった。「真と偽」「善と悪」「大
気と大地」「減法と加法」「帰納と演繹」「抽象と具体」「図と地」そして「自然と人
間」「神と人」。しかしその西欧の時代においても、諸科学をつなぐ学際的な研究方法
論としてゲーテの「形態学」が世に示されていたことは意義深いことである。その「形
態学」がいわば「全体性」を回帰させる論理基盤として、20 世紀初頭にパースの「連続
性」、クレーの「自然研究」、ポアンカレの「トポロギー」、クルトレヴィンの「場の
理論」などに示され、さらにジョン・ラスキンから F・L・ライトなどにも影響を与え、生
物等の有機的組織の生成過程を建築の設計の営みなどにも当てはめて深化させ具体的な
作品を世に数多送り出した軌跡の歴史的意義は大変に重いと捉えている。そうした社会
的な啓蒙運動から約一世紀後の今、「部分最適、全体不適」という科学分野の推敲の障
壁に科学はぶつかり、部分知の究極的な考究の壁に直面することで、改めて全体知への
回帰を余儀なくされるというここ2~30年の姿が多くの社会分野で見られてきた。こ
の回帰の思考は東洋固有の包括概念との融合の知の体系の模索にも発展し、そこにディ
ジタル世界秩序を迎えるに至り、過度の情報飽和状態を迎え、これを脱するための新た
な包括的知の体系としての「総合知」へのパラダイムシフトを目の当たりにすると、そ
こに「部分と全体」との関係における「部分と全体との連続性」の意義とその変移プロ
セスの全体像への再認識が改めて強く意識されてきていると考える。
この動きは、遠近法に象徴される中心の存在の解体に象徴されているように、多焦点で
多義的なものごとの認識体系の普及となってその勢いを増しており、科学・技術領域で
も自己の専門領域のバリアーを下げて相互交流を深める「領域の相関」が、ひところの
「業際」の概念をはるかに越える認識で激しく展開している今日ではある。すべての産
業・社会分野の知見の総合には、これを推進する Open-System をいやおう無く受け入
れて、創造的破壊を通じて新たな知見の誕生を手にすることに、万人が努力すべき時機
に我々は直面しているといって良い。
視点を換えて、社会科学の分野でも、社会・経済・政治面などにグローバルな動向が、
一見画一化や標準化、世界化という外見をまといながらも、富の源泉が実はローカルな
地域に置かれるという意味では、短絡的な一極ワンパターンの展開を惹起せずに、グロ
254
ーバルとローカルの併存とともに固有のリージョナリズムの多立を生むに至っている。
グローバル&リージョナル(グローカル)という多極構造を成しつつあることは、地域
社会の構造そのものが「地域の生き物」としての瑞々しい数多の細胞から成っているこ
とを標榜していて興味深い。このように、言ってみれば現代はすでにかつての近代論理
が当てはまらない社会構造に至っており、次に来る社会の基本社会原理を模索している
わけで、そのひとつに社会・科学・哲学的な知の再統合の時代思潮が感じ取られる。こ
れを含めてさまざまな社会領域で知の再編のかたちが落ち着くのを待ち望んでいる時機
にあると言って良い。
「衣・食・住」の一翼を担う社会領域である「建築」領域がこうした社会構造の変転と
無縁のはずも無く、「建築は地域に根ざす社会財」という本質的な性格からも多義的か
つ多元的な価値観の時代の潮流を受けることは当然のことと言える。また、従来のPF
I事業の仕組みからさらに成熟した形の地域社会の知的歴史的資産を生かすPPPの仕
組みは、事業クライアント・発注者にとって、社会財を構築する立ち場の社会的責任と
主体的参加意識とを高揚させるに余りある動きでもある。こうした潮流は、必然的に多
元的かつ多参加型でかつデモクラティックな視座を導き、当然のことながら思潮として
の設計の思考法の実践プロセスが、従来の垂直型事業モデルから水平展開型事業モデル
へ、またハードからソフトとともにソフトからハードへの双方向運動による「多彩な色
合い」を持つことは、社会構造の発展の必然であると言える。すでにこの社会動向のシ
ーズは2~30年近く前から散見されていて、起業家的活動の信念に燃える事業クライ
アントとの貴重な対話の数々の中で、私自身も実務の数多の設計プロセスの多くの機会
で感じ取ってきたことでもある。最近になって、これの進展速度を飛躍的に速めたのは
言うまでもなくディジタル・IT体系の成熟普及であり、設計実務そのものもIP
(Integrated-Practice)さらにはBIM(Building-Information-Modeling)などの潮流
が徐々に押し寄せてきており、設計「図」離れから、設計そのものの営みのシステム化
動向がいずれはティッピングポイントを迎えるのではないかとも推察されている。
しかし一方、このような社会的な「至便性」「効率性」「システム化」が飛躍的に高ま
るのに反比例するかのように、人間が本能的に備えている「創造的な発想」からの怠慢
ないし嫌気、つまり一種の人間退化動向も蔓延し出してもいて、「知的立国」を目指す
我が国の知の体系は深刻な弱体質に陥りつつあるという困った社会現象が多々見られる
ようにもなった。こうした深刻な社会体質の激変に的を射て対処するには、教育を含む
草の根的な社会改善活動が必須で、その基盤には「創造的な営みの意義」を、専門家候
補者である若い世代に対しては勿論のこと、一般社会人にも、時代が求める社会良識を
認識させる分かりやすい知財のインフラが必要なことと、創造的な営みへの初等教育を
含む国民良識への覚醒と普及発展の努力が必要と思料している。本論考が少しでもささ
やかな役に立てればと願う。
255
7-4
基本的な視座の模索(経緯考察)
40 年の設計実務経験で総じて言えることは、それぞれのプロジェクトの初期的な草
創の時期に事業クライアントの最初に発した「ことば」が、我々専門家側から見る
とかなりの具体性を伴なっていることが多い点である。元来、建築の原型である「す
まい」は、先ずは縦穴を掘ってその上に近くの森から集めて来た草木・枯れ枝など
を素人がかぶせて居住性を確保した意味から言えば「建築は素人の生活の発想から
出自する」営みである。人間にはそもそも、ものなり考えを創造する資質が備えら
れていてこれらの思考の世界には「空間」が必ず認識されている。一人の人間が集
まり家族が増え集団が形成されてやがて小さな社会単位の地域社会が出来あがる。
さらに人間には現状の環境をさらに良くしたいという欲望が切っ掛けとなって、居
住性と至便性と安全性の確保のスキームが社会的スケールとなって一つの集団文化
が出来あがり、これが高度化・成熟化して合目的な「生活空間」を創造することが
貴重な「社会財(生活の叡智)」として社会に普及展開する、という図式は、古代
も現代もその構造は不変である。地域に根差し生活に根ざし歴史に根ざすゆえに、
「このような建築でありたい」との想念は一定時間の情念の鍛錬を経ているのでか
なり具体性を伴なうことが多い。無論とんでもない発想レベルのものもあるが、案
外(失礼ながら)問題の核心を突いていることがある。
このように建築設計は、この道の専門家である建築家が深遠な思索と高度な技術体
系を駆使して崇高で至高の空間を創出する、またせねばならない職責は勿論あるが、
「創造的思考」「創作行為」という次元で冷静に社会の識者(この中には、異分野
の専門家・科学者は勿論、素人の生活者も含まれる)
の言動を見渡すと、設計という社会的行為であるが故という側面もあって、専門家
が驚くほどの新鮮な視座での発想に触れることも多い。こうした現象は、科学・医
学の発明・発見の世界でも日常茶飯事であるようで、自らが長年追い続けて来たテ
ーマの思索・実験とは無縁の領域からの小さな指摘が大いなる発明につながること
が、むしろ常態化さえしている。科学者の間では「系統的な研究」と「偶発的な知
的遭遇」とを相補関係を成さしめることで大いなる発展につながる思考法を体系化
すらしている。つまり、いかなる世界でも、「創造的」という行為は、小さな不決
断の繰り返し、偶発性、思いつきの発意というような誠に不合理の行為で、一見、
非連続な営みと見られるが、論理的領域と非論理的領域とを思考回路上で「大いな
る飛躍」としての「類推」でつなぎ統合するという、霊長類のみに与えられた尊い
知的営みなのである。本論考は、このような基本的認識のもとで、建築設計におけ
る創造的思考のプロセスとその構造について、包括的な視座から探究する。ところ
256
で、設計以前の世界での「ものごとの思考法」は、古来から帰納法と演繹法とに大
別されていることは常識ではあるが、これはよく考えてみると既存の知識をベース
にしていることが分かる。前者は実験帰納の推理の知見であり、後者は過去の数理
演繹の推理の知見をもとに発展して来た。別の表現では、前者は実験対象の「具体
から抽象へ」論理的に展開され、後者はある論理・規則の「抽象から具体へ」とい
う道筋で展開していくという思考形態である。ところが、無から有を生み出す、過
去にまったく存在していなかった素材を創製する、これまでに経験したことのない
空間を現実の物理的シェルターとして創出するなどの知的営みは、通常概念レベル
では予想できない「非合理な発想」から生まれるとされている。確かに生理学の権
威のロバート・R・バーンスタインが指摘するように「発明は意識的になされ、発
見は無意識になされる」という点は頷ける。ただ、この点を一段深く考察すると、
人間の脳の中の記憶には無意識領域での認知と意識領域での認知の双方があり、い
わゆる「ミラーニューロン」の研究からも前者を司る右脳の記憶総量はおびただし
いものがあることから、「過去に見られなかった、ひらめきすら感ぜずに無意識に
通り過ぎた事象」が知的認識領域にあまた備蓄されていることが傍証されると私は
考えている。ということは、知的認識とは「経験した知」にもとづいているがこの
他に数多の「経験とはいえないが視覚的に脳に刻印された事象」も多いことも視野
に入れなければ、創造的思考のスキームの解析が片手落ちになる。いわゆる「暗黙
知」のうちの肉体的体験を経ていない無意識での「視覚的入れ知恵の知」が実は数
多あるということになる。ただ、この推察はあくまで「個人レベル」での「個の知」
ではあるがこのレベルでも知の認識容量が膨大であることは、集団の知のレベルで
の「集団創作」となると、その集約効果は計り知れないエネルギーを背景にした創
造的思考となると言えるが、一旦このことはここで置く。
さて、このような概要把握を念頭に抱いて、創造的発想のプロセスにおけるその思
考の道筋を単に短絡して「非合理な秩序」であるとは整理せずに、これらの無意識
での知的備蓄領域の機能が、実は「系統的な研究思索」と「創発的なゆらぎ」とを
つなぐ基盤機能を果たしているのではないかという仮定のもとで、建築設計におけ
る創造的思考法の構造について探究を深めていくこととする。
ここで視点を「建築設計における創造的思考法」の分野に一旦当てることにする。
数多の社会的形成要因に囲まれた敷地環境における、数多の事業関係者の思いが錯
綜するこの分野の思考法の概要は如何なる構造を成しているのか?その思考法には、
社会における人間の基本的な営みである「衣食住」の「住」を一般人が捉えるプリ
ミティブな思考回路から始まり、高度な哲学さらには高い精神性を標榜する建築を
思索する建築家の思考法に至るまで数多の道筋があるようにみえるが、案外、基本
257
的な「思考の型」は単純なかたちを成しているのではないかと推察している。
ところで、建築及びその設計の営みは、かつてレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉が
語るように「建築は数学と文学との結婚である」と例えられる総合的な営為である。
ゆえにその基盤となる知的領域は、宇宙の摂理から自然の森羅万象の秩序の中で営
まれる人間系とその自然系との「つなぎの知のいとなみ」に根ざしている、と言っ
ても過言ではない。実験帰納法と数理演繹法とを総合的な補完関係にする、より包
括的な独異の思考の型の体系がそこにあると見ている。この独異の思考地形には複
数の柱があり、その一つは「個の知(脳)」のスケールでの世界であり、個人のレ
ベルでの意識領域と無意識領域での認識を基盤とする「ことば」に端を発する「ひ
らめき」から「思考の葛藤」と「かたちの創発」を経て「空間の統合」に至る道筋
をたどる思考の柱である。いま一つは、「集団の知(脳)」のスケールでの世界で
あり、この独自性とアイデンティティを尊重しつつ個と個との好ましい相関性の構
築から全体像の統一知を生み出すといういわゆるグループダイナミックスによる
「集合知」に至る集団創作の道筋を経て空間の統合に至る柱である。これ以外には、
人間の脳を介在させずにいわゆるIT知能をフルに稼働させて具象化を果たす柱
(IPD、BIM等)もあるが、この柱はここでは置くこととする。
この「個」と「集団」の二つのスケールでの知見は、実務においては同期的かつ同
一空間の中で一つに統合されての思考となるが、先ずは、個々にその思考の型の特
質を、二つの歴史的な識見---M・フーコー氏の「知の三面角」、吉阪隆正氏の「不
連続体統一理論」----をガイドとして考察を加えることとする。
7-5
補足的考察(冒頭の「自問」の補足)
冒頭の問いを探究しこれを発展させるに経緯において、視座と道筋の仮説としてを以下
の考察を加えたことがあった。検討経緯資料として参考的に示す。
・「無から有」を創り出す設計の思考のプロセスは、脳内で情念が発酵するかたちで想
起される「虚」の世界のイメージから、生活感のリアリティに裏打ちされた実在する「実」
のフィジカルな「空間」に至るプロセスと言い換えることが出来る。多少形而上的な領
域に入り込む表現となるが、「空(ウツ)」から「器(ウツワ)」を生み出す道筋でも
あり、その「空(ウツ)」から生活空間の実(ウツツ)を包む「ウツワ(空間)」に統
合していくという、形而上から形而下までの壮大な領域相関を伴なう「総合知」の営み
とも捉える事が出来る。
258
・本論は「設計の思考法」を探究する論考であるが、基本的には「設計は専門のない専
門」であるとの認識に立ち、設計のいとなみへの考察を、専門界のみの知の深化に留め
ずに、人間が本能的に備えている「人間の根源的な秩序生成過程のなかでの創造的思考
の基本資質」に立ち戻り、非専門者の人たちにも開示できる社会財としての設計の思考
法のありようにも視野においている点に特徴がある。
・その探究の一つの切り口として、建築設計の思考過程の特性が「具体から具体へ」と
いう独特の思考構造を伴なっていることと、その「具体性」の概念の特性そのものが具
体→図象化しやすさ→見える→分かりやすさを引き連ねていることから、専門家・非専
門者に分け隔てなくひろく設計の知見を理解・普及させ得る可能性がある点に着目した。
古来からものごとの思考法として、帰納法の「具体から抽象へ」、演繹法の「具体から
抽象へ」という2分法が主流であるが、建築の設計の場合はザックリ言って「具体から
抽象、抽象から具体」という3連法にもとづいている。これにより、専門界と一般知財
界との知財の掛け渡しが可能なものとの仮説を設定した論考である。
・本テーマの探究を深化させるプロモーター的役割として期待しているのが、思考の端
緒段階で「全体イメージ(虚:ウツ)」を創発させる重要な働きを成す「ことば」への深
耕と、「外に出た脳」としての「手」及びこれを介しての脳内思考の「図」化の働きへ
の考察である。「ことば」はそれだけでは物理的な実がないことから虚領域の概念と捉
え、これを「ウツ」と先ずは認識する。次いで「ことば」が「こと+ば」から成り、前
者の「こと(言霊)」が後者での「ば」という全体イメージを表現するその全体概念(ウ
ツ)への生成プロセスと、「かたち」が「かた(抽象としてのウツ)」と「ち(いのち
の”ち”と同じく生命の勢いベクトル概念)」と結合して全体イメージの具象化である
「かたち(ウツツ)」に創発されるプロセスとには、相共通し通底する構造がある、と
いう仮説への考察が主軸となる。形而上的視点と形而下的視点との両面の考察の動員が
必要な所以はここにある。さらにこの考察を、難解な哲学的瞑想の世界とはせずに、外
に出た脳としての「手」の働きによる造形思考のプロセスと重ね合わせ、さらにこの思
考の「かた」が 2 次元 3 次元の姿となって世に出て来た「図面」という脳活動の図象化
の働きに向ける。そしてこれらがフィジカル化された建築作品の実務軌跡までを振り返
りつつ、創発のプロセスの構造解明に迫りたい。脳科学的には、そもそも「手(感性)」
がコミュニケーションの原型であり、「ことば(理性)」は霊長類特有の脳回路の発展
でコミュニケーション言語体系化し、やがて手持ち無沙汰になった「手」が「ツール(理
性と感性をつなぐ脳)」を生み出しその所産として「絵」が表出され、結果、頭の中の
思いが「かたち」なっていったという識見にもとづいている。「ことば」と「手」と「図」
とは脳活動の一環の働きである。
259
・ところでその考察の進め方には、上述と重なるが、「かたち」が「かた」+「ち」か
ら成り、前者が思考プロセス上「形而下的」特質を備え、後者が「形而上的」特質を備
えているという見立てを先ずはここで示しておきたい。ついで「ことば」が「こと(だ
ま・言霊)」+「ば」から成り、その前者(こと)が「かた」と「ち」とをつなぐ創発
のベクトルを備えている点に注目する。そしてその後者(ば)が、結果の「全体」性を
暗示していて、これが思考プロセス上で、「手」をもとにした3つの段階変移(ハンド
モールディング・ラフモデリング・フォームレビュー)を経て、走り書き・メモ図・イ
メージスケッチ・ダイアグラム・図面そして設計図という「かたち」に導いていく・・・
という大まかな設計の思考の道筋イメージを仮説として設定する。
・続いて、これらの思考プロセスの仮説にリアリティを付与させる目的と、後の章で論
述する多主体参加型の設計実務の軌跡における各主体の「発想シーズ抽出」と参加型の
「かたちへの統合」のための考察を「本論」の章で展開する。これについては2つの分
析軸から振り返る。一つはいわば「形而下編」としての「技術報告-Ⅰ(建築家の視点)」
の章であり、いま一つは「形而上編」としての「技術報告-Ⅱ(非専門者の視点)」の章
である。前項の「ことば」と「かたち」との思考プロセス上のプリミティブな領域相関
が実務において多く見られた、その軌跡への考察である。
・さらに続いて、これらの建築家の視点からの発想のシーズと非専門者の視点からの発
想のシーズとを実務の中で、どのように統合させていったかについて、つまり「発想の
シーズを形態に統合させる領域相関」について、前章の「実務」レベルから「普遍」レ
ベルへの展開の試みとして同じプロジェクトを対象にして深化させることにする。あく
まで「ことば」から「かたち」への統合の道筋の考察である。その拠り所としたのが、
それぞれのプロジェクトにおける多主体の発想のシーズを建築家の知見から融合させた
「咀嚼概念」の組み立ての軌跡であり、これを Key-Sentence にした推敲をたどりつつ
進める。発想のことばをかたちに昇華(受肉)させる一歩手前の「概念造形化」作業の
構造の分析とも言える。具体的な分析は「抽象を具体へ」と橋渡しする「ことば」から
「手」による造形化咀嚼の転換の道筋を経た「図」化への考察を重ねた、3つの段階の
中の象徴的な「図」にもとづき、発想のシーズと図形化との「意味の連続性」の視点か
ら深耕する。概念造形化作業は「ことば(直観・集成)」「手(類推・連携)」「図化
(想像・統合)」の3つの基本作業要素から成りこれのいわば「トライアングル回転運
動」によって造形化へ収斂していき、これが多主体の参加意思の領域相関運動の束に全
体像を示すための「螺旋状」の大きな収斂の動きを与えるものと仮定して進める。さら
にその作業は 3 つのフェーズに分けられ「ハンドモールディング(手による造形)」「コ
ンセプトモデリング(概念による造形)」「フォームレビュー(画像による造形)」の
視点から、実務の中での実際のスケッチ図(Rewrite 版)をもとに進めていくこととす
る。
260
・この考察の中には、典型的な「概念造形」化作業につながる key-Concept-Word も、
普遍展開のガイドの一つとしてあわせて列挙しておくこととする。例えば、「色はかた
ちの被膜」「立地性こそオリジナリティの種」「論理とかたちの透明性」「機能と形態
の連続性」「素材が活きるかたち」「構造架構と設備との融合の理」「開くかたちと閉
じるフォーム」「ノードプランとライン」「装飾と余白」等々である。
・これらの概念造形化概念は、経験的な知見から蓄積されている形態を導く
Key-Sentence であり、本来的には、当初イメージ段階と完成段階双方向からの「発想の
種」と「所産の果実」双方を繫ぎとめる概念である。
・さて、以上の技術報告-Ⅰ、Ⅱとこれら技術シーズの統合軌跡の考察を経た上で、改め
て設計の思考法の構造について、多主体参加と Open-System を基盤とする意味での「開
放」と、ことばをかたちに造形化していく数多の知見の収斂という意味での「統合」と
の多重螺旋型思考による実践思考法:「創推」の論考として総括する。さらにこの思考
経緯のダイアグラム化を、創造的思考の位相空間(トポロギー)の表現とともに果たし
図象化することで本論を締める。
・序論で示した仮設的視座と考察の道筋にもとづき、設計の思考法のプロセス分析に可
能な限りリアリティを持たせる趣旨で、7 つの設計の実務例を取り上げ、「形而下的
視点」からの技術報告的考察とともに、「形而上的視点」からの技術的考察を加えて
いく。さらにそのあと、「実例から普遍へ」という視点も加えて、その考察で抽出さ
れた発想のシーズをもとにして、発想のシーズを形態に統合させる領域相関への考察
を「ことば」から「かたち」への統合の道筋に沿って考察を展開していく。
・先ずは、専門家である建築家なり技術者が重点テーマとして取り組んだ視座からの考
察として「技術報告-Ⅰ」を記す。これは、専門性の高い技術的な視点からの代表的
なテーマ技術についての取り組みの報告であり、これまでの本論の趣旨の分類(科学技
術社会学的)からすると形而下領域の課題であるのでそのように分類した。
・ここで扱う視点は 7 つあり、それぞれが各プロジェクトの代表的なテーマ技術である。
それは「光」「音」「熱」「知」「時」「感」「連」の 7 つ。これらのテーマ技術は
すべて「人間系と自然系との魅力的な統合」を念頭において取り組まれたものであり、
領域相関の具体像の実例を示すことで、専門家からの視点でも、設計の思考法の考察
にわかりやすいリアリティを提供することもその趣旨の一つである。
・この技術報告-Ⅰで特徴的なことは、竣工後15年~30年を経たプロジェクトを取
り上げていることが一つにある。この狙いは、単に15年前、30年前の作品を回顧
するのでは勿論無く、設計当初の「設計意図」が15~30年の時間の変移を経て、
意図通りに機能し意図通りに成熟しているか、さらには、その設計意図の中の「時の
設計」の勘所を改めて明らかにしておく、という技術的分析の視座を伴っている点に
261
ある。その趣旨で、私の最近の作品については意識して取り上げなかった。
・続いて、非専門者である事業クライアントの視点からの各プロジェクトにかける「情
念」「想念」に視座を据えて、それらの「ことば」が各プロジェクトの基本骨格に
如何に影響を与えたか等について、そのエビデンスの報告をこの次の「技術報告-Ⅱ」
に記す。これらのことばは即かたちを伴なっていない概念であるので形而上領域の
課題であるとして分類した。
・具体的には、形而上認識の段階での「ことば」であることに鑑みて、そこで思考さ
れ吐露された「かたち」のイメージを「かた」と「ち」に哲学的に分解して、「か
た」が「ち」といかなる想念で統合されていったかという辿り方で「技術報告-Ⅱ」
として記すこととした。この段階の主役の性格から言って、専門技術的観点からで
は勿論なく、いわば「心の領域(芸術的領域)」による認識基盤からの考察と位置
付けた。
・ここで扱う視点には特有の表現があり、いわば「こころの吐露」である。つまり
これまでの表現を使えば、「かた」+「ち」を昇華させる「こと」で象徴される営
みを、「ば」という全体像で、奇しくもプロジェクト当初に吐露されたものを紹介
する。具体的には後述に依るが、例えば「はじめにことばがあった・・・・愛と安らぎ
のために」「音は霧のように」「旧ビルのイメージを継承する新ビルであってほし
い」」「音は五感で楽しむもの」等々である。これらについて、「こころのいとな
み」の契機となることばへの深耕の視点から考察を加えていく。
以上の2つの考察に続いて、このような実例でのエビデンスを基盤として「実例か
ら普遍へ」という視座にもとづき「本論」章のまとめを次章に記す。ここでは建築
設計の思考法の特質である「具体から具体へ」という道筋に立ち戻り、建築家のこ
とばの系と非専門者のことばの系とを専門家の「造形化概念」による「咀嚼的知見」
で橋渡しする統合作業について考察を深め、設計の思考法の全体像をさらに深耕し
ていく。この咀嚼的知見のことばは、その先に具体イメージを引き出そうとする意
図もからみ、先述のことばに比して徐々に長くなる「文脈表現」をともなう。例え
ば、ひろしま美術館の場合は「立地性の歴史的分析と事業発意者の積年の情念こそ
が、推敲の所産のオリジナリティのシーズを引き出す」、いずみホールでは「水蒸
気あふれる空間での身近な響き体験が、希求する音空間の感性のかたちと建築空間
の理性のかたちとの結婚を推し進めるベクトルを生む」などなど。難しく言えば、
このいわばかたちへの昇華段階では、設計に参加している各主体自身の意識の外で
はなく内省的な内面の領域に、希求する空間が「ある→なる→生まれる」経緯を経
て造形をこの世に刻み出すための「点火」段階への探究である。
・これらの考察からわかることは、この段階は、技術的な「具体性」を想起させる形
而下レベルの「集中・求心的推敲」の所産とともに、一見抽象と捉えられがちな独
262
特の具体的咀嚼表現による形而上レベルの「拡散・遠心的推敲」の所産とを、激し
い知的追い込みにより重ねあわせて苦闘の末に造形に至るという核心段階であると
いうこと。この段階では、「手(類推・連携)」と「図化(想像・統合)」による
イメージ表出とこれのかたちへのアウトラインの造形化と数多の機能付け等々の専
門性の高い収斂作業を伴うため、非専門者の参加は難しい。しかし「重ね合わせの
知的収斂のベクトル」の絞込みを冷静な頭脳での「ダメ出し」で多主体の思考を鍛
えるという大切な役割を担っている。
実際の設計作業の中核的な知的作業は、この「重ね合わせ」における「発想と所産」
の両極の推敲往復運動の繰り返しであり、その思考運動のかたちを追究すると、生
物の生成過程にしばしば見られるような「蠕動運動と螺旋運動」が脳細胞の各領域
の中で激しく相関している構造が読み取れ、「ゆらぎ」を含めてのその相関の図式
が「螺旋型思考」とほぼ同義であることに考え至るのである。
7
-6
有形化概念のキイワードの抽出
(用語の抽出のみ)
以下に示すのは、「ことば」と「かたち」とをつなぐ働きを促進させる「有形化概
念」の中の「空間化思考」の Key-Word である。デザイン・コンセプトの概念でも
あるが、この言葉そのものでも一つの「かたちの世界」を導きだせる力を備えてい
ることばでもある。
「数」と「場」・・・・・・・・・・・・・・・・森羅万象の変容と自己イメージ創出
「閉じるかたちと開放系のかたち」・・・・・・・・・・地球に負荷をかけない
「内外空間の連続性と独立性」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・有形化の核心
「ハイテクとローテクの融合」・・・・・・・・・・・・Sustainable-Way の勘所
「色はかたちの皮膜」・・・・・・・・かたちはすでにいろをともなっている
「構造体と平面型との連続性」・・・・・・・・・・・・有機的な空間と生活実感
「素材の本性をいかすかたち」・・・時間の流れの中に生きる素材の強さ
「時ととともに美しくなる設計」・・・・・・・・・・・・・・・時を設計するこころ
「ち、かち、かたち、いのち、えいち、だいち」・・・・・・・「ち」の深淵
「まちづくりと環境親和」・・・・・・・・・・・・・集約相乗効果と有機的連続性
7
–7
海外先進企業の経営態勢資料—VOLVO
263
7
-8
参考文献のリスト
岩波書店
ジョン・ラスキン著
「建築の七灯」
岩波文庫
C.S.パース著
「連続性の哲学」
丸善株式会社
中森義輝著
「知識構成システム論」
武蔵野美術大学出版局
向井周太郎著
「デザイン学」
講談社
宮川敬之著
「和辻哲郎・・人格から間柄へ」
井草書房
水野和久著
「他性の境界」
井草書房
M・コーバリス著
「言葉は身振り~進化した」
井草書房
吉阪隆正著
「不連続統一体を」
住まいの図書館出版局
ルシアン・クロール著
「参加と複合」
岩波書店
ルドルフ・タシュナー著
「数の魔力」
中央公論新社
モートン・マイヤーズ著
「セレンディピティと近代医
学」法律文化社
松井泰浩著
「グローバル秩序という視点」
ダイアモンド社
R・アクセルロッド著
「対立と協調の科学」
工作舎
F・ヴァレラ著
「身体化された心」
王国社
内藤廣著
「建築のはじまりに向かって」
時事通信社
西部邁著
「昔、言葉は思想であった」
NHKブックス
野内良三著
「偶然を生きる思想」
青土社
村上陽一郎著
「文明の中の科学」
岩波文庫
E・レヴィナス著
「全体性と無限—上下」
井草書房
L・ラウダン著
「科学と価値」
河出ブックス
坂井克之著
「脳科学の真実」
みすず書房
F・クレー著
「パウル・クレー」
春秋社
松岡正剛著
「侘び・数奇・余白」
早川書房
奥出直人著
「デザイン思考の道具箱」
藤原書店
川勝平太・鶴見和子著
「内発的発展論とは何か」
日刊建設通信社
村田鱗太郎著
「建築の 21 世紀」
ウェッジ
斎藤成也著
「七つの対論」
新曜社
麻生武著
「見ると書くとの出会い」
みすず書房
F・ダイソン著
「反逆としての科学」
中公新書
清水博著
「生命を捉えなおす」
中公新書
坂井邦嘉著
「言語の脳科学」
光文社新書
清水泰博著
「京都の空間意匠」
NHK出版
築山節著
「脳が冴える15の習慣」
新潮選書
内山節著
「里という思想」
264
PHP
下村湖人著
「青年の思索のために」
千倉書房
五百旗頭真著
「歴史としての現代日本」
彰国社
内井昭蔵著
「健康な建築」
みすず書房
L・ストロース著
「みる
日本経済新聞社
T・フリードマン著
「フラット化する世界—上下」
木楽舎
福岡伸一著
「動的平衡」
新潮社
M・フーコー著
「言葉と物」
慶應大学出版社
伊藤滋著
「東京グランドデザイン」
PHP
茂木健一郎著
「感動する脳」
日本実業出版社
清水武治著
「ゲーム理論」
学芸出版社
大西隆著
「低炭素都市」
岩波現代文庫
ガルブレイス著
「ゆたかな社会」
河出書房新社
宮本常一著
「日本人を考える」
東京大学出版会
相良亨著
「日本人の心」
日本建築センター
内田祥哉著
新潮選書
上田篤著
「庭と日本人」
NHKブックス
川上紳一著
「生命と地球の共進化」
中公叢書
米本昌平著
「知政学のすすめ」
NHKブックス
松岡正剛著
「日本という方法」
ワック出版
西堀栄三郎著
ウェッジ
合原一幸著
「脳はここまで解明された」
彰国社
松永安光著
「地域づくりの新潮流」
朝日選書
黒田智著
中公新書
小林道夫著
「科学の世界と心の哲学」
ベレ出版
松原望著
「社会を読み解く数学」
筑摩書房
F・L・ライト著
「有機的建築」
PHP選書
川島実郎著
「世界を知る力」
青土社
茂木健一郎著
「脳の饗宴」
河出書房新社
宮本常一著
「炉辺談話」
集英社
日野原重明著
「旅での人と自然との出会い」
新潮選書
松木武彦著
「進化考古学の大冒険」
高等研選書
松原謙一著
「ゲノムの峠道」
大阪大学出版会
八木絵香著
「対話の場をデザインする」
紀伊国屋書店
久保田競著
「手と脳」
放送大学叢書
香山壽夫著
「建築を愛する人の十二章」
きく
よむ」
「日本の建築を変えた八つの構法」
「ものづくり道—ひらめきの鍵」
「なぜ対馬は円く描かれたのか」
265
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