...

米国メキシコ湾原油流出事故により 一段と重要性を

by user

on
Category: Documents
2

views

Report

Comments

Transcript

米国メキシコ湾原油流出事故により 一段と重要性を
米国メキシコ湾原油流出事故により
一段と重要性を高める中東産原油
和光大学 経済経営学部教授
経済学科長
岩
間
剛
一
石油開発史上悪夢ともいえる米国メキシコ湾
ター・ホライズンのマコンド油井が暴噴事故を
原油流出事故
起こし,海面上のプラットフォームにおいて尊
英系メジャー(国際石油資本)である BP をは
い1
1名の犠牲者を出したうえに,深海油田から
じめとした欧米メジャーが,北海油田をはじめ
の大量の原油流出が7月中旬までの3ヵ月間に
とした海上油田の本格的な開発を開始して,4
0
わたって続くという大惨事が発生した。原油流
年以上の歳月が経過する。北海油田が1
9
6
0年代
出が長期間にわたって食い止められなかった理
に本格的な開発を開始された時点では,気象条
由は,水深1,
5
0
0メートルに達する深海海底の原
件の厳しさ,水深1
0
0メートルを超す海底油田の
油生産施設が破壊したため,復旧作業が難航し
開発ということから,1
9
6
9年7月2
0日に成功し
たからに他ならない。本来は,海底の原油取り
た月面着陸よりも高い技術が必要であるとエネ
出し部には原油噴出防止装置(BOP:Blowout
ルギー専門家は考えていた。その後,海上油田
Preventer)が設置されており,
原油・天然ガス暴
開発技術が進歩し,1
9
7
0年代後半から米国メキ
噴事故の場合には,BOP が即座に作動して,バ
シコ湾における深海部油田の開発が始まり,現
ルブを封鎖し,原油流出を防ぐ仕組みとなって
在では水深3,
0
0
0メートルを超える深海におけ
いる。実際の油田・ガス田の開発においては,
る油田開発にまで進歩している。しかし,筆者
原油,天然ガスの暴噴事故は頻繁に起こる現象
は長い間懸念を持っていた。それは,人類が有
である。しかし,2
0
1
0年4月2
0日の事故におい
人で潜水できる1
0
0メートルから2
0
0メートルを
ては,原因究明には1年を超える時間がかかる
はるかに超えた深海における石油・天然ガス開
と予想されるものの,BOP そのものが何らかの
発は,事故が起こった場合の有人による復旧が
理由により損傷して,作動しなかった。そのた
不可能であり,安全対策が完全に整備されない
め,BP は,遠隔操作ロボット(ROV:Remotely
うちに,深海部油田開発技術だけが先に進歩し
Operated Vehicle)によって,BOP のバルブを閉
てしまうという歪さである。そうした筆者の長
める作業を行ったが,水深1,
5
0
0メートルという
年にわたる懸念が現実のものとなってしまっ
高圧(1
5
0気圧)と,太陽の光が届かない暗黒,
た。2
0
1
0年4月2
0日に,メキシコ湾の米国ルイ
さらには低温のために天然ガスがメタン・ハイ
ジアナ州沖合い8
0キロメートルにおいて,英系
ドレートとなって原油流出遮断装置を妨害す
メジャーである BP が権益の6
5%を持って お
る,等の様々の作業障害要因が重なり,2
0
1
0年
り,オペレーター(主操業者)となって掘削し
7月中旬まで原油流出封鎖作業を成功させるこ
て い た 深 海 部 油 田 で あ る デ ィ ー プ・ウ ォ ー
とができなかった。
2
0
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
2
0
1
0年7月1
5日に,BP は原油噴出部分に鋼鉄
営責任者)は,
「BP が全面的に責任を負い,メキ
製の蓋をして,大部分の原油回収にようやく成
シコ湾の環境保護のために全力を尽くす」とい
功し,メキシコ湾への原油流出量は大幅に減少
う声明を発表している。ただし,トニー・ヘイ
したと発表した。しかし,最終的には2
0
1
0年8
ワード CEO は,
2
0
1
0年6月1
7日に米国下院エネ
月中旬以降に2本のリリーフ・ウェルという復
ルギー・商業委員会の公聴会で謝罪した直後
旧作業のための支援井戸を海底下4,
0
0
0メート
に,自分が持つヨット・レースの見学で即座に
ルまで掘削して,セメントを流し込み,マコン
英国へ帰国したことから,米国国民の間におい
ド油井の原油流出を根元から止める必要があ
0
1
0年
ては,BP に対する反感が一段と高まり,2
る。リリーフ・ウェルの1本は7月末時点では
7月2
7日の BP による第2四半期決算発表にお
海底下3,
5
0
0メートル程度まで掘削が進んでお
いて,トニー・ヘイワード CEO は,今回の原油
り,早ければ8月上旬にはマコンド油井の原油
流出事故の責任をとって,2
0
1
0年1
0月1日に辞
流出部分封鎖の最終的な作業を開始できる可能
任することを発表した。米国メキシコ湾におけ
性があり,8月上旬には部分的に汚泥を注入し
る原油流出事故は,単に BP という一石油企業
て油井を塞ぐ一時作業を開始している(もっと
の経営にとどまらず,世界の石油・天然ガス開
も,この論考が公刊された時点で,リリーフ・
発に重大な影響を与える可能性が高く,開発コ
ウェルによるセメント注入によって,原油流出
ストの上昇に伴う原油価格への影響,石油産業
塞ぎ込み作業が1
0
0%成功している保証はない。
の再編にもつながってくる。そして,今後も年
それは,作業を実際に行っている BP 自身も
率1%以上の割合で増加する世界の石油需要を
1
0
0%確実な作業ではないと認めているからに
満たすために,世界の原油埋蔵量の半分以上を
他ならない)
。
占め,かつ生産コストの安い中東産油国の原油
BP による最初の発表においては日量5,
0
0
0バ
供給の重要性が一段と高まる結果をもたらすと
レル以上の原油が深海からメキシコ湾に流出し
筆者は考えている。そうした2
1世紀半ばに向け
て い る と し て い た が,米 国 の 地 質 調 査 所
ての世界の石油・天然ガス開発の動向と中東産
(USGS)は,原油流出量は日量3万バレルから
油国の原油が国際石油情勢に果たす貢献につい
6万バレルに達し,筆者の推定では7月中旬ま
て,詳細に分析することとする。
でに最大では合計5
4
0万バレルと,米国における
石油開発史上過去最悪の1
9
8
9年に発生したエク
米国の原油生産を支えていたのはメキシコ湾
ソン(現在のエクソンモービル)のタンカーで
深海部油田開発
あるバルデス号のアラスカ沖合いにおける座礁
米国では,アラスカ州,カリフォルニア州を
による原油流出量2
6万バレルを,2
0倍以上も上
はじめとした環境意識の高い州では,原油埋蔵
回る過去最大の原油流出事故 (Giant Oil Spill)
量が豊富に存在するにもかかわらず,油田開発
が発生した状況となっている。油田権益の6
5%
が2
0年以上にわたって手付かずの状態にある。
を持つオペレーターである BP は,4月の原油
アラスカ州の ANWR(北極圏野生生物保護区:
流出事故発生時点では実際の作業会社であるス
Arctic National Wildlife Refuge)における油田開
イスのトランス・オーシャン社と原油噴出装置
発は,筆者が1
9
8
0年代後半に石油公団(現在の
を製造したキャメロン・インターナショナル社
石油天然ガス・金属鉱物資源機構)企画調査部
に責任があるとしていたが,米国世論の強い非
に出向していた時代から,莫大な原油埋蔵量が
難を受けて,トニー・ヘイワード CEO(最高経
確認されながらも,環境保護団体の強い反対に
2
1
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
よって,
2
1世紀に入った今も開発されていない。
として位置づけられてきた。しかし,筆者は海
特に,1
9
8
9年のエクソンのタンカーによる原油
上における油田開発である以上,ちょっとした
流出事故を契機として,アラスカにおける自然
作業の手違い,パイプ破損が原油流出につなが
環境保護意識が一段と高まり,油田開発に前向
り,一度原油流出事故が発生すれば,陸上油田
きなブッシュ大統領をはじめとした共和党政権
の場合と違って,海上における原油流出に伴う
の時代においても,アラスカ州における油田開
損害は桁外に大きく,さらに海水中に原油が混
発は,政治的に困難な状況にあった。それに対
濁してしまい,中和剤等の化学薬品が環境汚染
して,メキシコ湾は,テキサス州,ルイジアナ
を深刻化してしまう。それが米国全体の環境保
州,ミシシッピ州,アラバマ州という産油州に
護意識に火をつけ,米国国内における新規油田
面し,共和党選挙基盤の牙城でもあることから,
開発そのものがストップしてしまうのではない
環境規制が比較的厳しくない場所であり,カリ
かと懸念していた。その懸念が,現実のものと
フォルニア州においては,厳しく規制されてい
なりつつある。しかも,メキシコ湾において近
る油田開発,LNG(液化天然ガス)受入基地の
年開発が進められている油田は,水深1,
0
0
0メー
建設等が活発に進められていた。特に,2
1世紀
トルを超える深海部油田であり,もっとも深い
に入って,米国本土4
8州の原油生産が一段と減
油田は水深3,
0
0
0メートルを超える。ブラジル沖
少する中で,メキシコ湾の新規深海部油田の開
合いの岩塩層にある巨大油田プレサルは,原油
発による原油・天然ガス生産増が米国の原油生
埋蔵量が5
0
0億バレル超と中東産油国の巨大油
産を,事実上支えてきたといえる。
田に匹敵するものの,水深5,
0
0
0メートルにも達
1
9
7
0年の1,
0
0
0万 b/d をピークとして,減少傾
する。こうした深海における原油生産は,技術
向を続けてきた米国の原油生産量が2
0
0
9年に増
的に未知の領域である部分も多く,人間が潜水
加したのは,BP をはじめとしたメジャーによる
して作業できる水深が1
0
0メートルから2
0
0メー
メキシコ湾の深海部油田の開発によるところが
トル程度にとどまることから,一度事故が起き
大きいのである(図表1)
。ブッシュ大統領時代
た場合の修復は,陸上油田や浅海部油田とは比
から,米国のエネルギー安全保障のために,メ
較にならないほど難易度が高い。さらに,今回
キシコ湾の油田開発は原油生産量増加の切り札
のメキシコ湾深海部油田の事故による原油流出
(図表1)米国の原油生産量推移
米国の原油生産量推移(単位:千b/d)
19
99
20 年
00
20 年
01
20 年
02
20 年
03
20 年
04
20 年
05
20 年
06
20 年
07
20 年
08
20 年
09
年
8,000
7,800
7,600
7,400
7,200
7,000
6,800
6,600
6,400
6,200
出所:BP 統計2
0
1
0年6月
2
2
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
量がエクソン・タンカー事故を上回る米国史上
を度外視して入札することが多くなり,経済合
過去最悪のものとなってしまったことから,か
理性を追求するメジャーの目線に適った油田権
ねてより油田・ガス田開発に伴う環境破壊に大
益の取得が難しいことが挙げられる。メジャー
きな懸念を持っていた米国の環境保護団体の姿
は,あくまでも欧米流の市場経済のもと,四半
勢を強硬なものとし,ひいては世界の石油・天
期ごとの利益重視と株主への短期的利益の還元
然ガス開発に重大な影響を与える可能性が高ま
という経営戦略を策定していることから,新興
っている。
経済発展諸国の国営石油企業との競争条件の厳
しい中東諸国の陸上油田開発には消極的になら
メジャーが活路を見出していた深海部油田開発
ざるを得ない。
BP,シェルをはじめとしたメジャーは,1
9
6
0
第3に深海部油田の開発は技術的な難易度が
年代以降に海上油田の開発を活発化させてき
高く,新興経済発展諸国の国営石油企業では開
た。オランダ沖合いのガス田発見とともに,英
発を行うことができず,メジャーが独占的な優
領北海,ノルウェー領北海で巨大油田・ガス田
位性を持って開発を進めることができる石油・
が次々と発見され,北海油田の開発が本格化し
天然ガス開発フロンティアである。水深1,
0
0
0
た。北海油田は,気象条件が過酷であるうえに,
メートルを超える深海部油田の開発技術を持っ
水深が2
0
0メートルを超え,技術的には極めて困
ている石油企業は,BP,シェルをはじめとした
難であるとされていた。1
9
7
0年代後半からは,
メジャーとアナダルコをはじめとした米国の中
米国メキシコ湾の海上油田開発が本格化した。
堅石油企業の一部に限られ,欧米石油企業の独
海上油田は,米国内務省鉱物資源管理局の定義
占状態にある。
によれば,
水深1,
0
0
0フィート(3
0
0メートル)以
こうした理由から,BP,シェルをはじめとし
内を浅海(Shallow Water)
,1,
0
0
0フィート超を
たメジャーは,1
9
7
0年代の後半以降から,深海
深海(Deep Water)と呼び,
メキシコ湾の油田の
部油田の開発技術に磨きをかけてきたのであ
水深は1,
0
0
0メートルを優に超える。それにもか
る。特に,米国メキシコ湾は,米国内務省によ
かわらず,メジャーが中心となって,深海部油
る鉱区リースにあたっての税制優遇,稠密な海
田開発が進められた理由は,第1に1
9
7
0年代の
底パイプ・ライン・ネットワークの展開によっ
2度にわたる石油ショックを経て,メジャーが
て,開発条件が大幅に改善し,メジャーにとっ
取得できる中 東 産 油 国 の 陸 上 油 田 等 の イ ー
て開発の容易なイージー・オイル化し,開発が
ジー・オイル(開発が容易で,生産コストの安
急速に進んでいた。メキシコ湾における深海部
い油田)が激減したからである。現在では,世
油田の開発は,1
9
7
9年のシェルによるコニャッ
界の原油埋蔵量の8割は産油国国営石油企業が
ク油田の開発を嚆矢として,
2
0
0
8年時点で4,
0
0
0
所有しており,メジャーが保有する原油埋蔵量
ヵ所を超える深海部油田鉱区リースが,米国内
は7%から8%程度に過ぎない。
務省鉱物資源管理局によって行われている(図
第2に外国石油企業の資金と技術を必要とす
表2)
。
るイラク,リビアが鉱区の対外開放を最近は進
深海部油田の開発は,1
9
7
0年代後半のメキシ
めているものの,国際競争入札には国内のエネ
コ湾から始まり,1
9
9
0年代前半にはブラジル沖
ルギー需要が急激に増加し,石油資源がノドか
合い,
1
9
9
0年代後半には西アフリカ沖合い,
2
0
0
0
ら手が出るほど必要な中国,インドをはじめと
年代からは東南アジア沖合いへと,開発地域を
した新興経済発展諸国の国営石油企業が経済性
急速に拡大してきた。現在では,カスピ海を含
2
3
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
(図表2)米国メキシコ湾における水深別リース鉱区割合(%)
米国メキシコ湾水深別リース鉱区割合(%)
リース鉱区総数7,310ヵ所2008年末
10
19
1,000フィート以下
1,500-4,999フィート
5,000-7,499フィート
7,500フィート以上
43
28
出所:米国内務省鉱物資源管理局
(図表3)メジャーの石油・天然ガス生産量推移(単位:千 b/d)
メジャーの石油・天然ガス生産量推移
(単位:千b/d)
5,000
4,500
4,000
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
BP
シェブロン
コノコ・フィリップス
エクソンモービル
シェル
トタール
出所:メジャー各社決算短信
めた全世界において深海部油田の開発が進めら
メキシコ湾原油流出事故は原油価格上昇の要因
れている。メジャーの中でも,BP はメキシコ湾
になる可能性
深海部油田の開発を積極的に進め,巨大ハリ
メキシコ湾における原油生産量は2
0
0
9年時点
ケーンによる被害もなかったことから,石油・
において1
6
0万 b/d 程度と,米国国内の原油総生
天然ガス生産量を順調に拡大し,2
0
0
9年におけ
3.
7%にも相当する(BP 統計
産量6
7
4万 b/d の2
る石油・天然ガス生産量では,エクソンモービ
と米国内務省鉱物資源管理局統計。ただし,BP
ルを抜いて,
世界第1位の4
0
0万 b/d(石油換算)
統計は NGL(天然ガス液)を含むため,
原油ベー
にも達している(図表3)
。
スで見るとメキシコ湾の原油生産 (Crude Oil)
比率は,もっと高くなる)
。米国内務省鉱物資源
管理局の統計では,2
0
0
7年時点におけるメキシ
2
4
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
(図表4)米国におけるメキシコ湾の原油生産量割合2
0
0
7年(%)
米国におけるメキシコ湾油田原油生産量
割合(%)2007年(米国内務省)
17.8
7.6
深海部油田
浅海部油田
その他米国国内
74.6
出所:米国内務省鉱物資源管理局統計
コ湾の原油生産量は米国全体の2
5.
4%に達する
向を表明している。1
0月上旬までは,ハリケー
とされている(図表4)
。
2
1世紀に入ってからは,
ン・シーズンであるために,メキシコ湾にハリ
探鉱・開発条件の改善,海底探査技術の向上,
ケーンが接近すると,米国国内原油需給逼迫の
深海掘削技術の進歩,海底パイプライン網の整
思惑から WTI 原油価格は1バレル8
0ドルから
備等によって,メキシコ湾深海部油田の開発が
1
0
0ドルまで上昇する可能性が高い。既に,2
0
1
0
一段と進んでいる。特に,BP,シェルはメキシ
年8月上旬時点において,メキシコ湾に熱帯低
コ湾深海部において巨大油田を次々と発見して
気圧が接近していることから,WTI 原油価格は
いる。しかし,メキシコ湾は,巨大ハリケーン
1バレル8
0ドルを超える水準にある。
の通り道であり,巨大ハリケーンが通過するた
メキシコ湾周辺は,米国石油産業の中心地と
びに原油生産停止という事態が何度も発生して
して,沿岸部には製油所が集中しており,湾内
いる。2
0
0
5年8月末にカテゴリー5という超巨
には油田・ガス田が数千ヵ所ある。そのため,
大ハリケーンであるカトリーナがメキシコ湾に
ひとたびハリケーンが来襲すると,原油・天然
来襲した際には,米国国内の原油供給が減少す
ガスの生産が停止するだけでなく,ガソリンを
るという思惑から投機資金が原油先物市場に殺
はじめとした石油製品の製造もストップしてし
到し,原油価格を高騰させている。2
0
1
0年夏以
まう。そのため,米国国内における軽質原油の
降も,メキシコ湾深海部油田による原油流出事
需給逼迫,ガソリンの需給逼迫が同時に発生し,
故が拡大し,米国政府による安全確認のために
ニューヨークの NYMEX(ニューヨーク商業取
メキシコ湾全体の油田の点検が実施されるよう
引所)における WTI 原油先物へ投機資金が流入
な事態となった場合,さらには巨大ハリケーン
し,WTI 原油価格が高騰する可能性が高い。特
がメキシコ湾に来襲し,原油回収作業が難航し
に,2
1世紀に入ってからは,原油市場は外国為
て,原油生産基地が操業を停止した場合には,
替市場のような金融市場の一つとしての性格を
米国国内における原油生産量の減少に伴う原油
強く帯びるようになり,米国の金融政策を背景
在庫の減少から,WTI 原油が上昇する可能性が
とした投機資金の動き,それに加えて世界の石
高い。既に,米国政府は原因究明が完了するま
油需給というよりも,米国国内の原油需給,ガ
で新規の深海部油田開発を当面ストップする意
ソリン需給,WTI 原油の受け渡し地点であるオ
2
5
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
(図表5)米国におけるメキシコ湾天然ガス生産割合(%)
米国におけるメキシコ湾ガス田天然ガス
生産量割合(%)2007年(米国内務省)
5.0
8.8
深海部ガス田
浅海部ガス田
その他米国国内
86.2
出所:米国内務省鉱物資源管理局統計
クラホマ州クッシングの WTI 原油在庫状況と
に頼るしかないことが実情である。メキシコ湾
いう,極めて米国の局所的な状況によって原油
は漁業,観光,野生生物保護区としても重要な
価格が高騰することが多くなっている。米国に
地域であり,水産資源の損害,リゾート地の原
おいては,ギリシャ危機に端を発する景気の二
油汚染,水鳥の壊滅等の産業・環境破壊は拡大
番底到来への懸念から,金融緩和政策が続けら
の一途を辿り,既に BP は5
0,
0
0
0件を超える損
れており,行き場を失っている過剰なマネーが
害賠償を求められている。実際の油井掘削作業
安全資産である国債に現状では滞留しているも
は,海洋掘削専門のトランス・オーシャン社が
のの,ひとたび米国の石油需給が逼迫すれば,
行っており,原油噴出防止装置はキャメロン・
高利回りを期待できる原油先物市場に投機資金
インターナショナル社が製造したものの,両社
が流れ込む可能性が高い。その意味で,2
0
1
0年
ともに巨額の損害賠償の資力はなく,オバマ政
8月から1
0月にかけて,米国の金融市場の動向
権も,
「全責任は BP にある」と言明しているこ
と,メキシコ湾へのハリケーンの来襲によって
とから,BP はメキシコ湾の原油除去費用だけで
は,WTI 原油価格が再び1バレル1
0
0ドルを突
1
0
0億ドル,環境保護団体からの懲罰的損害賠償
破する可能性もある。
を含めると6
0
0億ドルを超える賠償金を負担し
なければならなくなる可能性もある。BP の自己
BP の経営危機はメジャーと石油技術企業の
資本は1,
0
0
0億ドルを超えるものの,今後の原油
再編につながる可能性
流出状況によっては,さらに賠償額が膨らむ可
現状では,米国メキシコ湾における最終的な
能性がある。また,米国政府は今回の事故を受
原油流出量がどれだけ拡大するか,まったく予
けて,メキシコ湾深海部油田の開発を6ヵ月間
想が立てられない状況にある。水深1,
0
0
0メート
停止する政策を打ち出しており,メキシコ湾深
ルを超える深海における原油流出を阻止する技
海部油田の開発を2
1世紀の経営戦略の中核に据
術は米国政府にはなく,米国政府はただ傍観し
えていた BP の今後の経営への打撃は計り知れ
ているだけだというオバマ政権に対する批判も
ない。米国海上油田の開発政策の動向によって
高まっており,深海部油田開発を積極的に進め
は,海上油田掘削企業の統合・再編,BP の海外
てきた BP,シェルの高い技術に基づく回復作業
石油資産の売却,さらには他メジャーとの合併
2
6
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
による石油産業の新たな再編につながる可能性
部門の合理化も進め,円滑な事業運営に支障を
さえあると筆者は考えている。BP は,2
0
1
0年6
きたしているということが石油業界の一般的な
月1
7日には,損害賠償に備えた2
0
0億ドルに達す
評価である。マコンド油井の権益の2
5%を保有
る基金の創設を米国オバマ大統領と合意してお
するアナダルコは,
BP から2億7,
2
0
0万ドル(約
り,
2
0
1
0年第3四半期に3
0億ドル,
2
0
1
0年第4四
3
0
0億円)という対策費用の一部負担を求められ
半期に2
0億ドル,その後は四半期ごとに1
2億
ていることに反発し,「BP の無謀な掘削作業が
5,
0
0
0万ドルずつ積み立てることとし,この基金
事故の原因である。全責任は BP にある」とし
は環境破壊に対する賠償とルイジアナ州政府の
て,費用負担を断固として拒否している。他の
対策費用に充てられるが,
2
0
0億ドルという金額
石油企業も米国議会の公聴会において,BP の深
が BP の賠償額の上限ではないと,オバマ大統
海部における油田開発の杜撰さを強調してい
領と米国政府は明言している。2
0
1
0年7月2
7日
る。また,民主党は2
0
1
0年1
1月に中間選挙を控
に行われた2
0
1
0年第2四半期の決算発表におい
えており,米国世論を背景に BP への責任追及
ては,
3
2
1億ドルの原油回収・損害賠償費用を計
を一段と強めている。
上し,
2
0
1
1年までに3
0
0億ドルの資産売却を行う
原油流出事故の原因究明には1年以上の時間
ことを表明している。既に,米国の中堅石油企
を必要とすると思われるが,BP はコスト削減を
業であるアパッチに北米,エジプトをはじめと
優先した余り,企業存亡の危機に直面するとい
した石油・天然ガス資産を7
0億ドルで売却する
うツケを払わされたという結果となる可能性が
ことで合意している。
高い。エネルギー企業は,営利企業として利益
追求という使命があると同時に,石油製品の安
BP と激突する米国政府と米国石油企業
定供給,安全操業,地球環境保護というミッシ
今回の BP による原油流出事故は,BP が安全
ョンもあることを忘れてはならない。多くの,
を無視した,強引なコスト削減優先の手抜き作
自由主義経済学者,規制緩和論者は,
エネルギー
業を行った可能性が高いと見る石油専門家が圧
業界においても競争を促進し,消費者に安い石
倒的に多い。エクソンモービル,アナダルコの
油製品を供給し,利益を挙げられない企業は市
経営陣は,BP の安全対策軽視を声高に非難して
場から退出すべきだと主張する。しかし,エネ
いる。深海部油田の掘削コストは,1日1億円
ルギーは市況商品であると同時に戦略物資であ
以上かかるため,1ドルでも安く油田開発を行
り,国民生活に不可欠の財である。新たに BP
うために,BP は原油流失防止のための原油噴出
の CEO に就任するロバート・ダドリー氏は,短
防止装置(BOP)に係わる安全点検の時間を節約
期的な利益追求は,長期的には株主の利益にも,
した可能性が高い。BP は,業績躍進の影で,徹
エネルギー安全保障向上にもつながらないと表
底的な人員削減,資産売却を行っており,他方
明している。これまで利益追求を極限まで行っ
短期間のうちにアモコ,アルコを買収している
て,株主への利益還元を優先し,純利益拡大に
ことから,従業員同士のコミュニケーションが
陶酔して,飽くなきコスト削減を続け,その結
十分にとれていないために,安全作業の手順が
果として地球環境に取り返しのつかない事故を
徹底していなかった可能性がある。BP は,好業
発生させた BP の原油流出事故は,国民生活に
績を挙げながらも,リストラクチャリングの手
不可欠な石油という戦略商品を供給する世界の
を緩めず,トニー・ヘイワード CEO も,
7,
0
0
0人
石油産業に貴重な教訓を与えたといえる。
を超える中間管理職の削減を行い,精製・販売
2
7
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
豊富な埋蔵量と安価な生産コストの中東産原油
販売台数は1,
7
0
0万台を超えることが予想され,
の魅力
石油需要は一段と増加する。これからの成長セ
2
1世紀半ばに向けて,世界の主要な原油生産
クターであるアジアの石油需要は,2
0
3
5年には
地域は,!中東諸国,"米国メキシコ湾,西ア
4,
0
0
0万 b/d を超え(図表6)
,
世界の石油需要の
フリカ等の深海部油田,#北極海をはじめとし
半分近くに達し,その大部分は中東産油国から
た極寒地油田,等に絞られてきている。それに
の輸入に頼ることとなる。
対して,中国,インドをはじめとした新興経済
世界の石油需要は,
2
0
2
0年には現在の8,
6
0
0万
発展諸国の高度経済成長に伴って,世界の石油
b/d から1億 b/d を突破すると見込まれている
需要は今後も年率1%程度の割合で増加するこ
(図表7)
。それに対して,十分な原油生産能力
とは確実である。2
0
1
0年における中国の自動車
を持っているのは中東産油国だけである。中東
(図表6)アジアの石油需要見通し
アジアの石油需要見通し(単位:万b/d)
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
1980年 2007年 2020年 2030年 2035年
出所:筆者推定
(図表7)世界の石油需要見通し
世界の石油消費量推移(単位:万b/d)
14000.0
13000.0
(万b/d)
12000.0
11000.0
10000.0
9000.0
8000.0
7000.0
6000.0
2007年
2010年
2020年
2030年
出所:IEA 見通し
2
8
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
(図表8)国別原油埋蔵量(単位:億バレル)
2009年末国別原油埋蔵量(単位:億バレル)
世界の原油埋蔵量1兆3,331億バレル
サウジアラビア
ベネズエラ
イラン
イラク
クウェート
UAE
ロシア
リビア
カザフスタン
ナイジェリア
その他
2,646
2,488
372
398
1,723
443
742
978
1,150
1,376
1,015
出所:BP 統計2
0
1
0年6月
(図表9)地域別原油生産コスト比較
地域別油田発見・生産コスト(ドル/バレル)
東
中
カ
フ
リ
州
欧
ア
カ
ナ
ダ
上
陸
国
米
米
国
海
上
70
60
50
40
30
20
10
0
出所:米国エネルギー省統計
原油の持つ魅力は,第1に埋蔵量の豊富さであ
の中においてもずば抜けて優れている。先進国
る。世界における原油埋蔵量のほぼ3分の2は
の油田開発が,深海部,極寒地,超重質油へと
中東産油国に集中している(図表8)
。
技術的に困難かつ開発コストの高いフィールド
BP 統計では,
2
0
1
0年版において初めてベネズ
に向かい,生産コストは1バレル当たり深海部
エラがイランを抜いて,世界第2位の原油埋蔵
で5
0ドル以上,サウジアラビアの原油埋蔵量に
量保有国に登場し,エネルギー専門家の注目を
匹敵するカナダのオイル・サンドに至っては8
0
集めているものの,ベネズエラの原油のほとん
ドル以上にも達するのに対して,中東の陸上油
どはオリノコ超重質油であり,精製の容易な在
田の場合には1
0ドル未満の場合が多い(図表
来型原油の大部分は中東産油国によって占めら
9)
。中東産原油の生産コストが安いということ
れているという状況に変化はない。第2に中東
は,それだけ世界的な原油価格上昇圧力を緩和
原油の生産コストの安さは,世界の主要な油田
する効果が期待できることを意味する。
2
9
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
米国メキシコ湾原油流出事故により一段と重要
領が海上油田開発という現実的なエネルギー政
性を増す中東産原油の役割
策を打ち出した直後だけに,世界の深海部油田
米国における今後の海上油田開発政策の動向
開発に与える打撃は大きい。オバマ大統領は,
によっては,西アフリカ沖合い,ブラジル沖合
国内原油自給率の向上という観点から,2
0
1
0年
いにおける深海部油田開発に影響を与える可能
3月3
1日に新規油田開発に係わる5ヵ年計画
性もあり,ロイヤル・ダッチ・シェル,シェブ
(2
0
1
3年から2
0
1
7年)を発表した。その内容は,
ロンをはじめとした深海部油田開発に力を入れ
!アラスカ北部沖合い油田開発,"大西洋沿岸
ているメジャーの経営戦略の見直しにつながる
部油田開発,#メキシコ湾東部油田開発,等で
可能性は極めて高い。また,トランス・オーシ
あり,フロリダ州沖合い,バージニア州沖合い
ャン社をはじめとした海上油田掘削企業の統
の油田開発を含む現実的なものであった。オバ
合・再編,BP の海外石油資産の売却,さらには
マ大統領は,排出量取引を含む地球温暖化対策
環境リスクへの抵抗力を強めるために他メジ
法案への共和党の支持をとりつけるべく,米国
ャーとの合併による石油産業の新たな再編につ
国内におけるエネルギー開発と地球環境保護を
ながる可能性さえ考えられる。
結びつける戦略であった。地球温暖化対策法に
筆者が大きく懸念することは,地球温暖化問
おいては,!2
0
2
0年までに温室効果ガスを2
0
0
5
題への関心の高まりの中,石油・天然ガスとい
年比1
7%削減すること,"再生可能エネルギー
う化石燃料が炭酸ガス排出の元凶扱いされる状
の発電に占める割合を2
0
1
2年までに1
0%,2
0
2
5
況において,その前提としての石油・天然ガス
年までに2
5%に高めること,#2
0
1
5年までにプ
開発そのものが環境を汚染するものという偏っ
ラグ・イン・ハイブリッド車を1
0
0万台普及さ
た考え方が世界中に広がることである。既に,
0
5
0年までに温室効果ガス排出量
せること,$2
一部の環境保護論者は,石油開発の危険を訴え
を8
0%削減するため,キャップ・アンド・トレー
かけ,これからは電気自動車の時代であるとい
ド方式による排出量取引を導入すること,とい
う不条理なキャンペーンを展開している。この
う意欲的な内容が盛り込まれていた。ところが,
ままでは,経済的に一番優れたエネルギーであ
その直後にメキシコ湾における原油流出事故が
る石油・天然ガス開発に全面的なストップがか
発生し,オバマ政権の対応の遅れと具体的な対
けられ,中東産油国のみならず,日本及び世界
策の欠如に米国国民の非難が集中した。そのた
のエネルギー業界は,今後の事業展開において
め,メキシコ湾における原油流出事故への対応
大きな打撃を受け,石油・天然ガスの安定供給
を最優先し,2
0
1
0年5月には米国における新規
に支障が発生する可能性も高い。BP による原油
油田・ガス田開発への見直しを実施した(図表
流出事故発生へのエネルギー専門家による原因
1
0)
。
究明を含めて,世界における石油・天然ガス供
米国メキシコ湾における原油流出事故は,今
給体制への冷静な対応が求められているのであ
後の国際石油情勢における中東産原油の重要性
る。
を一段と増すこととなるといえる。第1にメキ
その意味において,2
0
1
0年4月2
0日に発生し
シコ湾においては,
1
6
0万 b/d 程度の原油が生産
た BP による原油流出事故は,単に BP の経営問
されているが,今後の新規油田の開発が当面停
題だけにとどまらない広範な影響を世界の石
止されると,米国メキシコ湾において1年につ
油・天然ガス開発に与える可能性が高い。特に,
き2
0万 b/d 程度の原油生産の伸びが期待できな
メキシコ湾の原油流出事故は,米国オバマ大統
くなる。これは,将来的には世界の原油需給逼
3
0
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
(図表1
0)オバマ政権の新規油田開発停止措置
・今後6ヵ月にわたり大水深(5
0
0フィート以上:その理由としては,有人による復旧作業が困難なこ
と)における掘削を禁止する。ただし,開発中の油田は除く。
・2
0
1
0年8月に予定していた深海部を含むメキシコ湾海域の鉱区入札を中止。
・アラスカ北部沖合いにおいて,今後1年間掘削禁止
・2
0
1
2年に予定しているバージニア州沖合い鉱区の入札を延期
出所:各種新聞報道
(図表1
1)OPEC の原油生産動向(単位:百万 b/d)
OPEC 加盟国
2
0
1
0年6月原油生産量
原油生産能力
余剰生産能力
アルジェリア
1.
2
5
1.
4
0
0.
1
5
アンゴラ
1.
7
8
2.
0
0
0.
2
2
エクアドル
0.
4
5
0.
4
8
0.
0
3
イラン
3.
7
0
3.
9
5
0.
2
5
クウェート
2.
3
1
2.
6
0
0.
2
9
リビア
1.
5
6
1.
7
5
0.
1
9
ナイジェリア
1.
9
4
2.
2
5
0.
3
1
カタール
0.
8
2
1.
00
0.
1
8
サウジアラビア
8.
2
5
1
2.
1
0
3.
8
5
UAE
2.
2
9
2.
7
2
0.
4
3
ベネズエラ
2.
2
3
2.
4
5
0.
2
2
OPEC1
1ヵ国
2
6.
5
8
3
2.
7
0
6.
1
2
イラク
2.
3
1
2.
5
0
0.
2
0
OPEC 合計
2
8.
8
9
3
5.
2
0
6.
3
1
出所:IEA オイル・マーケット・リポート2
01
0年7月1
3日
迫要因となる可能性があるものの,
OPEC(石油
第2に深海部油田の開発に係わって安全基準
輸出国機構)全体としては,2
0
1
0年6月時点に
が強化され,開発コストが増加する可能性が高
おいて6
3
0万 b/d 程度の余剰生産能力があるこ
い。
原油噴出防止装置(BOP)の安全基準の強化
とが(図表1
1)
,原油価格高騰を抑制する重要な
と点検手順の厳密化,ケーシング等の作業手順
働きを果たすものと考えられる。短期的な世界
の厳密化,緊急対応策の強化,等の対策コスト
の石油需給逼迫という状況を引き起こさないと
の上昇が考えられる。こうした深海部油田開発
ともに,長期的には中国,インドをはじめとし
における安全対策手順の強化は,開発コストの
た新興経済発展諸国の石油需要の急増への対応
増加に跳ね返る。さらに,BP が巨額の賠償責任
を,中東産原油が担うこととなると考えられる。
を負うこととなると,深海部油田開発に係わる
3
1
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
(図表1
2)新規に発見された中東油田
国 名
油田・ガス田
埋蔵量
発見年
イラン
キシュ油田
6
5億バレル
2
0
0
5年9月
イラン
アザデガン油田
6
4億バレル
1
9
9
9年3月
イラン
ヤダバラン油田
4
0億バレル
2
0
0
1年9月
サウジアラビア
ニバン油田
2
8億バレル
1
9
9
9年1
1月
イラン
ザクフール油田
2
3億バレル
2
0
0
7年6月
クウェート
ウム油田
2
1億バレル
2
0
0
6年3月
イラク
ミラン油田
2
0億バレル
2
0
0
9年5月
出所:各種新聞報道
保険料が上昇する。既に,
深海部における油田・
極海における環境破壊を懸念して,海上油田開
ガス田開発への保険料が5
0%以上引き上げられ
発の規制を強化する方向にあり,巨大油田の開
たプロジェクトもある。米国メキシコ湾におけ
発が期待されているブラジルは,米国政府によ
る深海部油田開発技術は,西アフリカ沖合い,
る深海部油田の規制動向に注意を払い,今後の
ブラジル沖合いをはじめとした世界の深海部油
石油開発政策を決定する姿勢である。こうした
田開発のモデルとなっており,世界全体の深海
動きが,西アフリカ諸国,東南アジア諸国にま
部油田の開発コストを2
0%から3
0%増加される
で広がると,世界全体の深海部油田開発が今後
可能性が石油専門家から指摘されている。深海
数年,場合によっては1
0年程度停滞する可能性
部油田の開発は,BP,シェル,シェブロンをは
があると筆者は見ており,急増する世界の石油
じめとしたメジャー以外にも,アナダルコ,ア
需要をバランスするうえで,豊富な中東産原油
パッチ,ヘス等の中堅石油企業も行っており,
の生産の重要性は一段と高まるものとなる。
開発コストの上昇は,メジャー以上に中堅石油
第4に2
1世紀に入ってからの巨大油田の発見
企業の経営に圧迫を与え,新規油田開発を消極
は,中東地域が圧倒的に多い(図表1
2)
。巨大油
的にさせる可能性が高い。その場合に,原油生
田は,規模の経済(Economy of Scale)が働き,
産に伴う環境汚染のリスクが格段に小さい中東
単位バレル当たりの生産コストの低減につなが
産原油の開発コスト,保険料コストが上昇する
り,一度に大量のロットの原油が輸出できるた
可能性はほとんどなく,低いコストによる原油
めに,需要が増加しているアジア諸国への超大
生産は,世界全体としての原油生産コスト上昇
型タンカー(VLCC)を利用した輸送効率の向上
を抑制するという大きな貢献を果たすこととな
につながる。
る。
これらの中東において新たに発見された油田
第3に米国メキシコ湾の原油流出事故の被害
は,すべて陸上油田であり,技術的難易度が高
を目の当たりにして,他国も深海部油田開放に
くなく,開発コストが安いうえに,海上油田と
慎重になる可能性がある。北海油田においては,
異なり,開発に伴う環境汚染リスクが極めて小
ノルウェー政府は深海部油田の新規権益付与を
さいというメリットを持っている。
見合わせており,英国政府は海上油田の点検頻
度を増やすことを表明している。カナダは,北
第5に陸上油田開発技術のコモディティー
(一般汎用商品)化が挙げられる。
2
0世紀までは,
3
2
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
石油開発に係わる先端技術はメジャーが独占し
ィネーションを油田開発サービス企業と共同で
ていた。しかし,メジャーは経営の徹底的な合
行い,生産コストの安い原油生産が可能となり,
理化とコスト削減を重視し,油田開発技術を外
国際石油市場への中東産原油の安定供給に寄与
部化(アウト・ソーシング)し,先端技術はシ
している。
ュランベルジェ,ハリバートンをはじめとした
メジャーが得意分野としてきた深海部油田の
油田開発サービス企業が持つようになり,中東
開発に大きな暗雲が立ち込め,世界的な原油供
産油国国営石油企業も,潤沢なオイル・マネー
給懸念が高まる中,!原油埋蔵量が豊富で,"
をもとに油田サービス企業の技術を有料で活用
生産コストが格段に安く,#環境汚染リスクが
して,独自に巨大油田の開発を進めることが可
小さい,という多くの長所を持つ中東産原油は
能となった。今では,メジャーからの強い影響
世界の石油需要増に的確に対応することが可能
を受けることなく,油田開発・埋蔵量管理の技
であり,かつ原油価格高騰を抑止する重要性を
術と油田開発プロジェクトのトータル・コーデ
一段と増しているといえるのである。
3
3
中東協力センターニュース
2
0
1
0・8/9
Fly UP