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国民の老後保障に関する研究 ~個人退職勘定制度及び日本版 IRA の
平成 25 年 1 月 21 日 プレスリリース資料 国民の老後保障に関する研究 ~個人退職勘定制度及び日本版 IRA の可能性を探る~ 公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構 (http://www.nensoken.or.jp/) <要旨> わが国の公的年金制度が、国民の老後生活に大きな役割を果たしている事は言うまでも ない。しかし、少子高齢化の進展を背景に公的年金では給付水準の適正化や支給開始年齢 の 65 歳への段階的引き上げが行われ、その機能は縮小しつつある。さらに、公的年金の 補完を果たすべき企業年金も、企業業績と運用環境の悪化により減少している。このよう な状況下、年金制度の第 3 の柱(Third Pillar)として、個人の自助努力による新たな老 後所得保障機能の枠組みが必要となっている。 当機構では、国民全体に対する新たな私的年金「日本版 IRA」の可能性について、 森戸英幸慶応義塾大学大学院教授を座長とする研究会を行うとともに、第 32 回日本 年金学会にて研究成果を発表し、このたび研究報告書を公表した。 <ポイント> 少子高齢化の進展を背景に公的年金では給付水準の適正化や支給開始年齢の 65 歳へ の段階的引き上げが実施され、公的年金の機能は縮小しつつある。 公的年金の補完機能を果たすべき企業年金についても、企業業績と運用環境の悪化に より、平成 13 年の 79,955 件から平成 23 年度末には 19,701 件へと▲75.4%ポイント の大幅減となっている。 AIJ 問題を契機に積み立て不足による厚生年金基金の廃止検討が行われる中、中小企 業の従業員を対象とした新たな受皿の検討が必要となっている。 公的年金を補完する施策として、個人の自助努力による新たな私的年金の枠組み「日 本版 IRA(個人退職勘定制度)など」が必要である。 特に近年増加する非正規雇用者などの低所得者層への老後所得保障機能の拡充に対して は、 「給付付税額控除」や「直接助成」による社会的政策が必要である。 ※報告書本文は当機構 HP より無料で閲覧頂けます。 (http://www.nensoken.or.jp/pastresearch/pdf/h24/H_24_02.pdf) 【お問合せ】〒108-0074 東京都港区高輪1丁目3番13号 NBF高輪ビル4階 公益財団法人 年金シニアプラン総合研究機構 (担当)研究部 主任研究員 菅谷和宏 (電話)03-5793-9412 (E-Mail)[email protected] 1 第1章 日本の企業年金の課題と本研究の目的 菅谷 和宏(公益財団法人 年金シニアプラン総合研究機構 主任研究員) 【本研究の目的】 わが国の公的年金制度が、国民の老後生活に大きな役割を果たしている事は言うまでもな い。しかし、少子高齢化の進展を背景に公的年金では給付水準の適正化や支給開始年齢の段階 的引き上げが実施され、公的年金の機能は縮小しつつある。さらに、公的年金の補完機能を果 たすべき企業年金についても、企業業績と運用環境の悪化により減少している。また、AIJ 問 題を契機に財政状況が悪化している厚生年金基金についての廃止検討が行われる中、新たな受 皿作りの検討も必要となっている。 当機構では、公的年金を補完する企業年金を推進するため、平成 21~22 年度に「老後保障 の観点から見た企業年金の評価に関する研究」 1を行い、4 つの「フェーズ」分けをした段階 的な規制枠組みによる「企業年金の新たな枠組み」と「情報開示の推進」の提示を行った。ま た、企業年金がない被用者や非正規雇用者に対する老後所得保障機能の必要性を指摘した。 高齢化が進展する諸外国では、財政上の理由から公的年金を私的年金で代替する政策が既に 進められている。本研究は、企業年金がない被用者や非正規雇用者を含めて、国民の老後所得 保障機能の拡充策について、諸外国で実施されている「個人退職勘定制度」を参考に、わが国 における個人の自助努力による新たな私的年金の枠組み「日本版 IRA」について検討した。 個人の自助努力を推進するには、税制優遇等による国のインセンティブが不可欠であり、 「給 付付税額控除」や「直接助成」による税制優遇策の検討を行った。 第 1 章ではわが国の現状と企業年金等の課題について整理する。 【わが国の現状と企業年金等の課題】 1.平均寿命の延びと高齢化の進展による社会保障費の増大 高齢化が進展する中、社会保障給付費は 103 兆 4,879 億円(2010 年)に達し、対国民 所得比 29.63%となっている。その中でも「年金関連費」が半分の 52 兆 4,184 億円を占 めており、今後増大していく年金関連費への対応策が急務である。 2.公的年金を補完する企業年金の減少 公的年金の補完をする企業年金は、近年、企業業績と資産運用環境の低迷により減少 しており、 平成 13 年度の 79,955 件から平成 23 年度末には 19,701 件へとマイナス 75.4% ポイントの大幅な減少となっている。 3.就業形態および企業年金の有無による公平性の課題 企業年金は正社員のみを対象とするものが多く、個人型 DC においても加入資格の制 約がある。全ての国民が雇用形態や所得水準に関係なく公平に、老後所得保障に備えら れるような枠組みが必要である。 4.年金税制に対する公平性の課題 私的年金を推進するためには、税制優遇によるインセンティブが不可欠である。特に 1 年金シニアプラン総合研究機構(2010)「老後保障の観点から見た企業年金の評価に関する研究 平成 21 年度 総括研究報告書報告書」,(2011)「老後保障の観点から見た企業年金の評価に関する研究 平成 22 年度総括 研究報告書」 2 低所得者層が税の恩恵を受けられるような個人退職勘定口座への「補助金」や「給付付 き税額控除」などによる税制優遇策が必要である。 5.ポータビリティの制約に関する課題 企業年金のポータビリティについては、十分に確保されているとは言えない状況にあ り、退職一時金を含めたシームレスな相互資産移換ができる仕組みが必要である。 6.会社退職一時金の有効活用 雇用の流動化が進む中、転職を複数重ねた場合の退職金についても、老後の所得保障 機能として有効活用する仕組みが必要である。 7.確定拠出年金の拠出限度額の使い残しの課題(税の恩恵の享受不足) 確定拠出年金においては、拠出限度額が定められているが、その税制優遇枠を十分に 享受できていない状況である。雇用形態が多様化する中、税制優遇の未使用分について、 個人の自助努力のインセンティブとして利用する道を検討すべきである。 第2章 年金税制の在り方について 山崎 伸彦(公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構 審議役) 第 2 章では、年金税制の在り方について述べている。年金税制の基本的な考え方を整理する ためには所得税制の基本的な考え方を理解する必要がある。世界の多くの国々の所得税制につ いては、全ての所得を合算して累進課税を適用した総合課税による「包括的所得税主義」の原 則が採用されている。わが国でも一部、利子課税などの分離課税があるものの原則は、この「包 括的所得税主義」が採用されている。北欧諸国やオランダなどでは、勤労性所得と資産性所得 に分けて、勤労性所得には累進課税を適用し、資産性所得には定率課税を行う「二元的所得税」 の体系が採用されている。 公的年金における年金税制においては、保険料拠出時においては給与所得として課税はせず、 給付時まで課税を繰り延べる措置が通例となっている。年金税制については、現役時代から引 退時代に所得を繰り延べて平均化して支出に充てることの合理性を鑑みて、平均課税的な考え 方を採用すれば、一定の限度額までの年金掛金の拠出については課税所得から控除して課税タ イミングを給付時まで繰り延べることについて、特段の税制優遇を見なす必要はない。但し、 ①積立期間中の運用収益に対する課税の在り方(貯蓄税制との均等) 、②終身年金・有期年金・ 一時金の相対的な評価(退職一時金税制との均衡) 、③給付時における税制優遇の在り方(公 的年金等控除の仕組み及び水準の問題)の3つの課題があり、これらについて検討する必要が ある。 公的年金に加えて、老後の備えとしてふさわしい仕組みを持つ企業年金や個人年金について は、一定の限度額の範囲内で税制上の優遇を与え、その普及を促進することが、老後所得保障 政策上の見地から望ましいものと考えられる。それは全ての国民が公平に利用できることが望 ましい。そのためには、高所得者に対する所得控除だけではなく、低所得者に対する給付付税 額控除や補助金という政策ミックスが有力な政策手段と考えられる。また、公的年金等控除に ついては、老後所得保障政策上の観点からその必要性が否定されるものではないが、世代間の 3 公平性の観点から見て、富裕層にも大きな恩恵が及ぶようなものであるべきではない。アメリ カやノルウェーでは、比較的所得の低い年金受給者に限って給付時の税制優遇措置が及ぶよう な仕組みとなっており、わが国の方向性として参考になる。 第3章 日本版個人退職勘定制度(JIRA)構想の方向性について 佐藤 英明(慶応義塾大学大学院 法務研究科教授) 第 3 章では、筆者が既に公表している「日本版個人退職勘定制度(JIRA) 」 2を基に、その 方向性を述べている。このJIRAは、国民一人がひとつだけ開設できる個人年金口座を持ち、 一定年齢(例えば 65 歳など)以降に受け取れるものである。拠出時は全額を所得控除の対象 として非課税とし、運用益は非課税とするが、資産課税の公平性の観点から個人別資産残高に 特別法人税を課税し、給付時には原則課税とする(公的年金等控除の水準の適正化は別途検討) EETの課税形態となる。これは、税引き後所得から行う老後のための貯蓄について運用益を 非課税にするのと等しい経済的利益を与えるものである。なお、税制措置の方法については、 「年金マル優」とでも称するTEE型の制度も提案 3されているが、現在の企業年金課税と退職 金課税の不整合に対処することができず、EET型の課税形態が望ましいと考える。 拠出限度額には上限を設定(例えば年間 120 万円など)し、退職金からの拠出も可能とし て、その際には勤続期間に応じて退職所得控除と同水準の別枠での拠出限度額も設ける。さら に、口座の残存期間に応じて、年金原資として適切な水準での残高限度額も行う仕組みとする。 途中引き出しについては原則として禁止とする。この口座への拠出限度額や残高管理などのた めには、共通番号(マイナンバー)制度などの一定の番号制度が前提となる。 従来の年金制度は夫婦単位での給付を基本的に考えられてきた。しかし、わが国の所得税制 は基本的には個人を原則としており、JIRA での課税単位をどのように考えるべきかの検討が 必要となる。妻の JIRA 口座への拠出については、単に主たる所得者の夫の拠出限度額を 2 倍 とするのか、妻の JIRA 口座を含めて、夫の所得控除の適用とするのか。後者については、贈 与税の問題が発生する。また、給付付税額控除を採用した場合には、妻が所得がゼロであるた め、配偶者には税額を還付する必要性はないという問題も発生し、これらについての検討が必 要となる。 第4章 カナダの個人退職年金勘定の動向とわが国への示唆 清水 信広(独立行政法人農業者年金基金 数理・情報技術役) 第 4 章では、諸外国での個人退職勘定制度のモデルのひとつとなる、カナダの個人退職勘定 制度の概要とわが国への示唆について述べている。個人退職退職勘定制度の導入に際しては、 その導入目的を明確化する必要がある。①老後生活資金の蓄積を奨励、②掛金拠出時の税制優 遇枠に関する公平性の是正、③既存制度を含めたポータビリティの確保、④企業年金での一時 2 3 佐藤(2006)、佐藤(2011) 鳴島(2009)、森信編著(2010) 4 金受給への対策などが挙げられるが、この中からどのような目的で導入をするのかについてそ の論拠を明確化する必要がある。また、わが国へ個人退職勘定制度を導入した場合には、既存 制度(確定拠出年金や確定給付企業年金)との関係をどうするのか検討する必要がある。既存 制度への完全な上乗せ制度とするのか、または既存制度との調整を行うのであれば、特に確定 給付企業年金との関係をどう整理するのか、検討の必要がある。加入対象者については、国民 年金保険料の免除を受けている者の取扱いをどうするのか検討が必要となる。給付付税額控除 を導入し、低所得者に対して個人退職勘定制度を推進するのであれば、国民年金保険料の免除 を受けつつ、個人退職勘定制度では国の優遇策として給付付税額控除を受けられるようにする ことも可能であろう。さらに、私的年金の国民各層への幅広い普及を推進するのであれば、諸 外国の事例を参考にすれば、 「ソフトな強制」も必要となると考えられる。なお、制度の導入 に際しては、運用の管理コストを極力低く抑える制度的な工夫も重要である。 カナダの代表的な個人退職勘定制度「RRSP(登録退職積立制度)」は、71 歳になるまで拠 出を行うことができる。税制は EET 型の課税形態となっている。年間の拠出限度額は前年所 得の 18%または 22,970 カナダ・ドル(2012 年)まで拠出することができ、使用しなかった 拠出限度額は翌年以降に繰り越すことができ期限はない。夫は妻の RRSP に拠出することが でき、夫の収入から所得控除することができる。71 歳になるまで全額を引き出す必要があり、 給付専用の RRIF へ非課税で移換するか、市場で終身年金や確定年金を非課税で購入する。 カナダでは、個人退職勘定制度が導入されても国民の老後資金の準備が十分に進んでいない として、大規模な集団型の拠出建て年金制度(PRPP 制度)の導入が決定された。特にケベッ ク州では、この制度を従業員に提供することを州法で企業に義務付けたことに注意する必要が ある。 第5章 ドイツ・リースター年金政策からの示唆 渡邊 絹子(東海大学 法学部専任准教授) 第 5 章では、諸外国での個人退職勘定制度のモデルのひとつであり、低所得者に対する国の 直接助成の仕組みを取り入れている、ドイツの「リースター年金」の概要とわが国への示唆に ついて述べている。ドイツでも日本と同様に、少子高齢化が進展し高齢化率は 21%に達して おり、平均年金受給期間は 18.2 年(2009 年)となっている。公的年金が財政を圧迫するよう になったため、2001 年金改革で給付水準を 70%から 67%に引き下げ、保険料を 2020 年まで は 20%以下、2030 年までは 22%以下にする調整が行われた。この公的年金の機能の縮小を補 完するため、個人年金での資産形成を促進する方策が取られ、国の助成措置による「リースター 年金」が導入された。加入対象者は公的年金の強制被保険者であり、任意加入者等は除外となっ ている。加入者の掛金に対して政府が補助金支給(基礎助成金及び児童助成金)または所得控 除(保険料の所得控除)を、加入者の所得金額を判断して自動的に行う。リースター年金の所 得控除限度額は公的年金の保険料とは別枠に設けられている。リースター年金の国からの助成 金は、加入者に対して支払われる「基本手当」と、子どもがいる世帯への「児童手当」の 2 種類がある。上限額は「基本手当」が 154 ユーロで、 「児童手当」は子ども 1 人当たり 185 ユー 5 ロ(2008 年以降に生まれた子どもについては 300 ユーロ)である。リースター年金の所得控 除額を受けられる上限額は年間 2,100 ユーロである。 リースター年金は所得が低い人にも魅力的な制度となっている。リースター年金では、低所 得者に対して「助成金」という形で金銭を直接付与する形態を採用したことがその普及に大き く貢献した。低所得者層に積極的に老後資産の形成を促すことは難しく、 「助成金」という形 態によって資金に乏しい人にも広く老後資産形成を行う結果となっている。ドイツによる公的 年金の私的年金での代替策については、国庫負担の引き上げを議論してきた日本と対照的であ り、公私の年金の役割分担を考える上での示唆に富むものである。また、 「助成金」について は、養育する子どもの人数に応じて加算される仕組みとなっており、次世代を育成する貢献度 に考慮している点も、少子化が進むわが国への示唆となる。 資料編 諸外国の個人退職勘定制度について 菅谷 和宏(公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構 主任研究員) 諸外国で実施されている主な「個人退職勘定制度」の仕組みついて紹介する。 1.アメリカの個人退職勘定制度(IRA、Keogh Plans) 2.イギリスの個人退職勘定制度(APP、NEST) 3.カナダの個人退職勘定制度(RRSP) 4.ドイツの個人退職勘定制度(Riester Rente、Rürup-Rente) 5.フランスの個人退職勘定制度(PERCO) 6.ニュージーランドの個人退職勘定制度(Kiwi Saver) 【研究会メンバー】 (所属役職は平成 24 年 4 月時点) 座長 森戸 英幸 (慶応義塾大学大学院 法務研究科教授) 研究会メンバー 渡邊 絹子 (東海大学 法学部専任准教授) 佐藤 英明 (慶応義塾大学大学院 法務研究科教授) 清水 信広 (独立行政法人 農業者年金基金 数理・情報技術役) 福山 圭一 (公益財団法人 年金シニアプラン総合研究機構 専務理事) 山崎 伸彦 (公益財団法人 年金シニアプラン総合研究機構 審議役) 菅谷 和宏 (公益財団法人 年金シニアプラン総合研究機構 主任研究員) 樺山 和也 (公益財団法人 年金シニアプラン総合研究機構 主任研究員) オブザーバー 臼杵 政治 (名古屋市立大学 経済学研究科教授) 西村 淳 (厚生労働省 統計情報部社会統計課長 (兼)政策統括官付社会保障担当参事官室 情報連携基盤推進官) 以 上 6