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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.) 薮 下 紘 一

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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.) 薮 下 紘 一
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
薮
30.三本の剣
下
紘
一
(第 2 巻第 1 部)
ある時一人の鍛冶屋がいた。多くの物語でそうなるように。
ある年の春、自分の畑に種をまいてしまったとき、森へ行って薪をきり、集め
炭焼き窯に入れようと思った。
朝ご飯を終え、仕事に行く用意が出来たとき、おかみさんに言った。
「さてお前さん弁当を持って私の所へ来てくれや。わしのいるのは、まある
い薮の所だ。」
九時になった時、鍛冶屋が考えたように、おかみさんが、弁当を持ってやっ
て来た。鍛冶屋はおかみさんのそばに座って食事をし、何時ものように一休み
した。それからおかみさんは空になった弁当の入っていた壺を持って帰り、夕
餉の用意をしようとした。二人は貧しかったので食べ物の量も少なく、すぐに
かたづけた。二人に必要なだけのたくさんの品数を用意するのに間に合わなか
ったからだ。
ところが鍛冶屋はいつものように、食事のあとで休憩しようとしていると、
おかみさんは夫を自分のほうへ引き寄せた。二人が一眠りしたとき、おかみさ
んが起き上がり家へかえっていったが、鍛冶屋の斧を持ち帰った。
「斧を持っていってどうするんぢゃね。」と鍛冶屋はたずねた。「家の斧をか
けておく所には四本もあるじゃあないか。」
しかしおかみさんはそれに答えないでその場を去った。
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夫はとてもおどろいたが「あれは何かの木か何か薮のところに、斧をおくの
だろう。そうすればわしがそれをまた夕方家へ帰るとき、また手に持っていい
のだろう。」と思った。
鍛冶屋は自分の炭焼窯にちゃんと再び木を積み上げ始めた。
それから少しして、鍛冶屋の御かみさんが弁当を持って自分の夫の所へやっ
て来た。
御かみさんはたずねた。
「お昼の弁当を食べたくないの。時間ももうとっくに過ぎているのに。」
鍛冶屋はまたとても驚いて言った。
「さあ食べなさいだって。どんな弁当だい。」
「はい」、とおかみさんは答えた、「確かに私は時間に間に合わずぐずぐずし
たけど、パンを焼いたり、バターを作ったりし、それで新鮮なパンとバターを
食べられるように用意したんだよ。」
それから鍛冶屋はさらに大きな驚きを体験したが、静かに黙って何もわから
ないままに、出来るだけたくさん飲んだり食べたりした。
それから七年たった。峠道で夜、鍛冶屋が薪の上に立って、夜にたく木をき
っていた。すると、そこへ腕に斧を持った男が一人歩いてやってきた。
鍛冶屋はたずねた。
「あんたの斧はどこで手に入れたのかね。斧を放棄するかねそれとも研いで
あるかね。」
男は答えなかった。
そこで鍛冶屋はその斧を手にとって、とても入念に見て試した。そして言っ
た。
「この斧には欠点が何もない。恥ずかしい。これはわしの斧ではないのか。」
男は答えた。
「これがあんたの斧なら、あんたと俺の父を尊敬するよ。」
鍛冶屋は自分の息子の事を今知らされているのに違いない。まるでこの男の
斧で自分を知らされたかのように。それで自分の女房の事で大いに悩んだもの
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だ。そして、ここへ小さな男が一人やってきて、自分の仕事として手伝ってや
るつもりだった、といった。それにおかみさんは答えた、家事は大分前からと
ても大変だと思っていたと。
しかし何度も何度も願って、その少年はやっとおかみさんを説得し、それで男
は家へ連れて行ってもらい、食事と服をもらい、それから毎日家事をしている
自分の父の仕事の後を継いだのだ。
暫くの間これは続いた。男は、半分はキリスト教徒で半分はトロールだった
ので、気が利いて喜んで用事をし、勇敢で強かった。しかしそれと同様に食べ
物と飲み物をとるとき行儀が悪かったし、すごく貪欲だったので、父親はそれ
を良いとは感じず、男にもはや長くは食事の世話をしようとは思わなかった。
それで鍛冶屋はある日、王様の館へ上がっていき、王様の料理番に、手伝い
をする男を雇う気があるかどうかとたずねた。
「そうだな」、と料理番はいった、「二番目に良い料理番が必要だから、その
息子をすぐに来させてくれ。」
そこで鍛冶屋はとても喜び、心中でおもった。
「あの子が館へ着たら、何度も食べて飽きてしまうぐらい食べさせてもらえ
るだろう。」
「お父さん、三本の剣を私の為に鍛えてください。一本は 3 リースポンドの、
一本は 6 リースポンドの、そしてもう一本は 12 リースポンドの剣です。しかも
次のことが私の頼みです。あなたが、それぞれの剣を入れるのに三着のリンネ
ルの服を手に入れて下さい。そうしてください。あなたにたのんだように。そ
うすれば私はたくさんのお金や財産を手に入れ、あなたは食べるのに困って鍛
冶をする必要は決してしなくてすむでしょう。」
貧しい鍛冶屋は、今はとても困っていた。そしてどうやって、三本の剣を鍛
えるのに必要な、そんなにたくさんの鉄と鋼鉄を、こんな短い時間に集められ
るかとあれこれ思案した。鍛冶屋は息子の途方もない強さを恐れていたので、
その申出を断る事が出来なかった。
さて三本の剣がついに、息子の要望に従って出来上がったとき、一リースポ
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ンドの鉄が溶鉱炉の中で燃えてしまったので、三本目の剣は 11 リースポンドに
しかならなかった。
すると息子は機嫌を悪くして、言った。
「あんたが俺の父を尊敬していると、俺が知らなかったら、あんたは自分の
仕事を自分で試して見ていいんですよ。俺がそれによって勝って自由になるか
どうかが問題なんです。」
鍛冶屋は息子がむかっ腹を立てた様子を見て、前よりも一層恐れるようにな
り、何も言わなかった。しかし、こう思った。
「剣はお前にとっては十分に重いかも知れないのだ。いくらお前が強いとして
もな。私は炉から金床へ移すのが重要で、苦心の要るところだ、とよく知って
いるはずだ。」
この男は自分の三本の剣とリンネルで出来た衣服をうけとり、石の下に隠し
た。そうしておいて息子はじぶんの父について王様の館へいき、前に約束して
いたように料理番の所で見習いになった。
この国の王様が外国の支配者と戦うことになった。自分の戦艦で帰ってくる
途中、ものすごい嵐や時化に襲われたので、皆は船や積んであったもの総てが
海の中にしずんで、なくなってしまうのではないかと思うほどだった。しかし
この激しい、恐ろしい嵐は三人の海のトロールによって引き起こされたのだ。
そして王様がトロール達にじぶんの三人のとても美しい娘をやると約束するま
では陸に着かせようとはしなかった。
さて王様が帰国して、自分の国中に使いをだした。もし三人の王女達を救う
事に成功した者にはそのうちの一人と結婚してよいし、領土の半分を、そして
自分が死んだなら、全領土を与える、と言う物だった。しかし沢山の男達のう
ちの誰も王様の命に従う者は一人の仕立て屋以外にはいなかったが、そんな恐
ろしい海のトロールに対して、敢えて戦いを挑む勇気を見せなかった。仕立て
屋は大胆に、恐れずに振舞い、一生懸命やってみる、と約束した。
しばらくして、王女達は海のトロール達に引き渡される事になり、この国全
土が悲しみや苦しみに包まれた。然し、娘達の父である王様とその美しいお妃
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が一番心配した。
一番年上の王女が海岸へと連れて来られた。皆がその娘と行を共にした。王
女は砂の上に座って、おいおいと泣いた。然し、仕立て屋は自分が何をこんな
に素直に約束してしまったのか、忘れてしまった。そしてそこから少し離れた
所にある一本の高い木の上に大急ぎで這い上がっていった。
鍛冶屋の息子はそこで、自分の親方の所へ行き、町の外で少し楽しむ自由を
もらえないかと頼んだ。拒否はされなかった。この息子は
すぐに家に飛び帰
って、三リースポンドの重さのある剣を手にとり、自分の服の上にリンネルの
服を着て、自分の小さな犬を呼んで、それから海岸へと降りて行った。王女が
座っている所までの真中までくると、前に出て、一番丁寧な作法で王女に挨拶
し、さらに、なぜそこに座って、そんなに悲しそうにしているのか、と尋ねた。
王女は答えた。
「ええ、私の父が海で困っていてぶつぶつ不平を鳴らすので、海のトロール
に私をやると約束したのです。そして私はすぐにここへ連れて来られたのです。
何とかわいそうな娘だこと。」その男は王女に尋ねた。
「あなたの父上の国全土でも、あなたを救う事の出来る男、或るいは戦士は
いないのですか。」
「いいえ」、と王女は答えた、「、あそこに仕立て屋が座っています、ここの
木に、そして仕立て屋は最善をつくす、と約束したのです。」
そこで男は振り向いて見てみると、仕立て屋が梢の高いところに座っていて、
口を横に引き伸ばして、微笑んでいた。
「仕立て屋は何の値打ちがあるのか、なんて可哀相なんだ。だけど、私がや
すんでいるあいだにすこしじぶんの体を掻いて下さい、私があなたの命を救う
でしょう。そこでその男性は自分の犬に呼びかけた。
「小さな忠実よ、私に忠実
でまもってくれよ。」
それからその男性は自分の頭を王女の膝の所に置いた。そして王女所は男性
の体を掻いた。仕立て屋が枝の上で黙って座って見ていた。然し王女は、自分
のセーターから赤い絹糸を引き出し、その男性がぐっすり眠っている間に、男
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性の長い髪の中に編みこんだ。
同時に海の中から恐ろしい轟音やざわついた音がした。波は陸地に高くなっ
て押し寄せ、水の中から三つの頭のある恐ろしい海の生き物があらわれた。ト
ロール犬は一歳の子牛のように大きかった。
トロールは尋ねた。
「俺と婚約した王女はどこにいるんだ。」
その男性はこたえた。
「横に座っている。だけど、お前は互いに話し合おうとするなら、もうとっ
くに来れたろう。」
トロールはいった。
「小僧俺をからかおうと思っているのか。」
「いや」、とその男性はこたえた、「俺は王女をめぐってお前と戦う為にここ
に来たんだ。」
「なるほど。」とトロールは答えた。「だが、まずわれ等の犬をたたかわせよ
うではないか。」
「それは面白い」、とこの男性は言った。
そこで彼らの間で激しい格闘になった。この争いは以下に書くようにして終
わった。その男性の「小さな忠実」という名の犬は血を出すまでトロールの犬
の首を噛み、その犬は砂のある場所で死んで倒れてしまった。
そこで男性は言った。
「何ともみっともない死に方をお前の犬はしたもんだ。お前もおなじように
なるんだ。」
そこで男性はトロールに向って歩いていき、三リースポンドに鍛えた自分の
剣を引き抜き、打ってかかった。それでとロールの全部で三つの頭は海の中へ
どっと落ちた。
そのとき王女はとても喜んで、叫び声をあげた。
「これで私は開放されたわ。」
王女は自分を王様の館へ連れて帰ってください、と見知らぬ男性に頼んだ。
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そしてそこで信用と大きな働きをした報酬を受け取ってください、あなたは私
と父王と総ての王国をもらえる、と証明したのだから、と。然しその男性はこ
れを拒否し、これはまったくわずかのぼろきれみたいにつまらない事に過ぎま
せん、と言った。そして海のトロールが身につけていた真珠や飾り物をつかん
で、王女と心からの別れを告げ、それからおう急ぎで去って行った。
然し、勇気のある仕立て屋が梢で座って見張っていたが、大変驚いて、最後
には何を取ろうかと待っていた。勝利が明らかになったから、急いで幹を伝っ
て降りてきて、自分の剣を抜き、王女を救ったのは、他でもない自分だ、と宣
言するようにと、王女に強いた。そうしてから二人は一緒に王様の館へ行った。
皆が王女を再び活きて会えたとき、どんなに喜んだか想像出来る。王様はす
ぐに大がかりな宴会、酒盛りの用意をさせた。
そして仕立て屋の職人は王様のそばに座らされ、館全体の中でもっともすばら
しい戦士とみなされた。
翌日真中の王女が海のトロールの所へ連れて行かれることになった。
そしてそこでは今や前回と同じ用に心配事となった。然し勇敢な職人が一番年
上の王女を救ったのと同じように多くの者は、今度も上手くやって、真中の王
女も救ってくれるだろう、と思った。仕立て屋の職人がそんな素振りを見せた
ので、皆は頼りにした。
わかい王女はそれから下の海へと連れて行かれ、皆が王女に付いていった。
そして皆が到着した時、王女は岸辺に座って激しく泣いた。王女の涙が白い砂
の上に落ちたくらいに。然し仕立て屋はまえに自分のいた所に留まろうとせず
まっすぐ上に伸びた木の枝にいた。そして前と同じように枝の間に身をかくし
た。
これら総ての事がおこって居る間に、この男性は自分の上司の所へいき、そ
していった。
「親方、どうか町へ行って少し楽しむ自由をくださいませんか。昨日はあの
辺りを見物する余裕が十分には有りませんでした。」
料理番は答えた。
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トロールに勝って勝利を手に入れたら、昨日よりももっと大掛かりな宴会が今
日ここで行われる。そして俺は料理を一人でするんだ。あそこに 18 の大型の桶
に入るだけの水が入っている大桶があるが、俺はたった一つの手桶に入れるの
には、役に立たない。」
そこでその男性は自分が向こうへ行って水用の大桶をいっぱいにさせて下さ
いと、頼んだ。料理番はすぐに賛成したが、大桶がいっぱいになる前に、夜に
なるだろうと思った。然し両手の間で大きな桶をつかみ、水場へと跳んで行き、
それを水でいっぱいにして引張り揚げると水があふれ出た。そうしておいて幾
つかの真珠を取り出し、親方に渡した。その事では親方は決して下手に出ない
で、すんなりと礼を言った。そしてこの男性が、こんな途方もない力を持って
いるのを見て、言った。
「好きにしろ、だけどもう、ぐずぐずしないでくれ。」
この男性は六リースポンドの重さのある剣を取りに家へ跳んで帰り、自分の
服の上にリンネルの服を着て、自分の犬を呼び、海へ向かう道を歩いて行った。
王女が海辺に座って激しく泣いている所へやって来たとき、仕立て屋は木の
上に座っていて喜んだ。然し、その男性は何も気づかないような振りをして、
とても礼儀正しく挨拶した。
「私のとても慈悲深い王女様、なぜここに座ってそんなに悲しげでさびしそ
うにしているのですか。」
その王女はこたえた。
「私の父が海難に会った事があって、私を海のトロールにやると約束したの
です。トロールがすぐに来て私を連れて行くのを恐れているのです。かわいそ
うな娘です。」
その男性はたずねた。
「あなたをトロールから救える人は誰も居ないのですか。」
「いいえ」、と王女は答えた、「あそこの木の上に仕立て屋が座って居ます。
私の姉を救ったように、私を救うと約束しました。」
それで、木の高いところに座っている仕立て屋を見て、微笑み、そして言っ
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た。
「ああ、あれは信用するに値するものかな。だけどもしあなたが、少し休ん
でいる間私を少し自由にしてくれるなら、私はあなたを助けましょう。」
そういっておいて、自分の犬に呼びかけた。
「小さな忠実よ、ちゃんと座って見張っていてくれよ。」
そして男性は自分の頭を王女の膝に乗せた。王女はその男性の体を掻いた。
職人が木の枝に座って見張っている間にね。然し王女はマントから黒い絹糸を
取り出しそれを男性の長い髪に入れて編みこんだ。
そのとき犬の忠実(トローゲン)は吠え始めた。そして海から恐ろしい轟音
が起きて、波浪がぐるぐると渦を巻いて高い砂浜に上にまで達した。そこへ六
つの頭のある恐ろしくおうきな、残酷な海のトロールが現れた。トロールの犬
は二歳の牡牛ぐらいおうきかった。
トロールは尋ねた。「私と約束した王女はどこだ。」
「ここに座っている」、と男性は答えた。「だけどあんたは話し声が聞こえる
ぐらい近くまで来れるだろうよ。」
トロールはまた言った。
「まあ好きなようにしてくれ、ちびさんや、わしと戦
うか。」
男性は答えた。「俺がここへ来たのは、そのためなんだ。」
それに対してトロールはまた言った。
「昨日お前はわしの兄弟を殴って殺して
しまった。今日は俺がお前の上手になるだろう。まずははじめに俺達の犬どう
しをたたかわせよう。」
「それは良いことだ」、と男性は言った。
それで両者は自分達の犬を戦わせた、そして、とローゲンがトロールの犬の
首をかみ、血が流れるまでかみ、そして岸辺に倒してしまって、戦いは終わり
となった。
その男性はそれからトロールに近づき、六リースポンドの重さのある剣で打
ちかかった。するとトロールの六つの頭が水に転がりおちた。
王女は本当にうれしくなった、それで見知らぬ男性に、父王の館へ私に着い
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てきてくれませんか、そしてそこで、あなたの大きな働きの代わりに名誉とお
礼を受け取ってくれませんか、と頼んだ。それに対してこの男性は、とてもう
やうやしく礼をいい、王女にいとまごいをして、去って行った。
不安と恐ろしさで半分死んだようになって梢に座っていた仕立て屋は、総て
がおわったとき、急いで降りて来た。そして自分の剣をぬき、王女に救ったに
は自分だ、と言い聞かせた。王女はそうするのがいやだったが、自分の命が危
なかった。だからいや、とはいえなかった。そこで二人は大きな喜びと名誉で
迎えられた。それから、年上の王女の時よりももっと大きな宴会がしたくされ
た。
仕立屋は王様のすぐ近くに座らされ、皆は大きな名誉と尊敬の念を表した。
三日目は一番若い王女が海のトロールのところへ連れて行かれることになっ
た。皆は、この王女の美しさや、やさしさのせいで、二人の姉よりも好ましい、
と思っていたので館ばかりでなく、全領地、領国でも、以前にも増して大きな
心配事となった。多くの者が勇敢な仕立屋を頼りにしていたが、王女自身は満
足させられないで、ひどく泣いた。末の王女はそれから海へと連れていかれ、
岸辺に座った。然しこの仕立職人は自分の総ての大事な誓いを忘れてしまい、
習慣になってしまったように、高い木の枝の中へとはい上がって行った。
まず料理番の男子が親方の所へ行って、言った。
「親方、もう一回町へ行って楽しんでくる暇を下さい。この許しを、この後
はすぐにはお願いしませんよ。」
料理番はこの男性の途方もない強さを知っていたので、その上自分の気前の
よさを学んだからには、こうしたささやかな願に、だめだとは言わなかった。
この男性は腰を低くして、お礼を言い、黄色い宝石をいくつか取り出して、親
方に渡した。親方は喜んでそれらを受取り、これらの立派で美しい贈り物に対
して、最も良い仕方で、この男性に礼を言った。
それで男性はその場からとびさり、十一リースポンドの重さの、三本目の剣
を取ってきた。これを手にとって振ってみて、なんと軽いかにきづき、ひどく
怒って鍛冶屋に向って言った。
「もしあんたが俺の父でなかったら、自分でこの剣を試して見てもらうだろ
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うよ。今は俺が生きて帰るか死ぬかの問題なんです。」
それからその剣を腰にしっかりとさし、着ている服のうえにリンネル製の服
をさらに来て、犬を呼び、岸辺へ通じる道をいった。
王女が座って泣いている岸辺へ来たとき、木の上にいる仕立て屋は喜んだ。
然しこの男性は何も気づかないふりをし、王女のところへ行きていねいに挨拶
し、そうしながら言った。
「とても慈悲深い王女様、あなたは私をとても心配させ、悲しませてきまし
た。
」
王女は答えた、
「私の父によって、海のトロールの所へ行くのを約束されてい
て、トロールがすぐにもやって来て、かわいそうな娘の私を連れて行くのを恐
れているのです。」。
この男性が王女の心配そうな顔を見て胸は高鳴った。王女のすばらしい美し
さの故と同様に。
男性はたずねた、
「あなたの父上の国の中には、あなたの不幸を救う人はいな
いのですか。」
「いいえ」
、と王女は言った、
「あそこの枝の上には仕立て屋が座っています。
私の二人の姉を救ったように、私を救うと約束してくれました。」
その男性が、木の上の高いところにいる仕立て屋をみて、微笑み、そして言
った。
「仕立て屋に何の値打ちがあるのか。だがもし貴方が、少しの間シラミを
取ってくださるなら、貴方の為に、私の命をかけて戦って見ましょう。」
「喜んでそうしますわ」、と王女は答えた。と言うのも王女はこの男性に強い
恋心を持ったからだし、心根が美しくて頭の回転も速かったのだ。
さてその青年は自分の犬に呼びかけ、言った。
「小さなトローゲンや忠実に守
りにつけ。」
そこでこの男子は、王女が頭のシラミをとっている間、頭を王女の膝の所に
置き、ぐっすりと眠った。だが王女が、自分の姉達がこの男性の髪を編んでや
ったという話に気づいて、王女はとても驚いた。それで王女は自分のマントか
ら絹糸を引っ張り出し、この男性の髪の中へと、同じようにそれを結びつけた。
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王女がこれをまだやってしまう前に、犬のトローゲンが吠えはじめ、海から。
大きな轟音がした。
そこで男性は言った、「おきる時間だ。王女様、貴方の前掛けを私に下さい、
私たちは十分に役に立てる事が出来ます。」
王女は頼まれたとうりにした。そしてこの男性は自分の剣でその前掛けを十
二の布切れに切った。
今や水中でものすごい轟音がし、波が乾いた地面にまで高く盛り上がって押
し寄せた。そして十二の恐ろしくて残忍そうな顔つきをした途方もなく大きな
海のトロールが出てきた。トロールが連れている犬はすごく大きな牡牛と同じ
くらいおうきかった。
「わしにくれると約束した王女はどこだ。」とそのトロールはたずねた。
その男性は答えた。
「ここにいる。だけど話ができるようにお前はもうそっと
近づけるだろうに。」
トロールは再びたずねた。
「多分お前の言うとうりだ、小僧よ。今日は俺を殺
せるかな、お前が前に俺の兄弟を殺したように。」
「だから俺はここへ来たんだ」、とこの男性がこたえた。
トロールは言った、
「待て、ここでお前は、お前より上手のトロールと会って
るんだ。お前はそれにすぐに気づくだろう。だけどまず犬達を戦わせよう。」
「それで結構だ」、とその男性は答えた。
二人は自分の犬を呼んだ。そこでものすごい格闘になった。然しトロールの
犬が男性の犬を歯でかみ、口に入るぐらいにして飲み込んでしまったので、争
いはさっさと終わってしまった。これがトローゲンの死となり、悪い前触れに
なったかに思われたが、この男性は恐怖を感じなかった。攻めていって、剣で
すばやく討ち取ってしまった。それでトロールの全部で十二の頭が水中に落ち
た。だが、これは、さいごの頭が切り落とされ、水中に入ったので、奇妙なこ
とになってしまった。頭は再び生き返り、跳びはね、前と同じように座ってい
た。男性がこの事に気づき王女に呼びかけて、言った。
「王女様、すぐに貴方のエプロンを首までぬいでしまいなさい。私が頭を切
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ってとってしまうまでに、そうしないとトロールはまた活き返ってしまいま
す。
」
そう言ってから剣を振って、次の一撃を加えた。すると一つの頭が地面に落
ちた。そうしていて王女はおう急ぎで、言われたようにした。男性はそれを三
本目の剣できった。すると再び頭が一個落ちた。王女は再び用意がととのい、
自分の前掛けを切って作った一枚の布切れを首のはじにかけた。同様にまた四
回目の一撃で四つ目の頭を切り取った。そのようにして七つの頭を切ってしま
ったとき、トロールは自分の命乞いをし始めて、いった。
「王女を自由の身にしてやりたいから、剣を収めてくれ、わしはただここか
ら引き下がりたいだけなんだ。」
然し、男性は怒って答えた。
「お前はここから生きて去る事はない、俺がお前
に一度勝利を得るまではな。」
そう言ってすぐに男性は自分の剣を振り、バッサリと切り取った。それで、
一つの頭は一つの領地を超えて、別の領地へと落ちた。王女はいつでも用意が
出来ていて、自分の前掛けから切り取った一切れの布を傷に当てた。これらは
男性が全部で十二の頭を切ってしまうまで、そしてとうとう海のトロールが死
んでしまうまで、終わる事がなかった。ところで仕立て屋は梢に座って、恐れ
や不安のせいで動こうにも動けなかった。
戦いが終わると、王女は大きな喜びと嬉しさいっぱいで言った。
「これで私は
救われたのだわ。」
そこで王女はこの男性、によく助けてくれました、と礼を言い、名誉と褒美
を受取るために、王女の父の館に来てください、と頼んだ。だがこの青年は、
王女の申出を断って、これはなにかの礼には値しない、わずかなつまらない事
です、といった。そして心やさしく王女に別れを告げて、立ち去った。
この男性が行ってしまうと、仕立て屋の職人が木から下りてきて、剣を抜い
て、自分が海のトロールから貴方を救った、と誓って言わなければ殺すぞ、と
王女を脅した。王女は、あの男性が自分の心の中にいたので、この申出をとん
でもないことだ、と思った。王女が拒否しないか、仕立て屋の言うことに従う
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と約束するかに、困ってしまった。
それから二人は一緒に王様の館へ向って歩いた。大変な心配と悲しみを心に抱
いていて、王女は多くを話さなかったが、仕立て屋は王女の横を誇り高い足ど
りと態度で、歩いていた。
さて王様は二人の来るのを遠くから見て、疲れも知らず、生きている王女と
再会させてくれたものだから、とても喜んだ。二人を大きな名誉の証に、自分
の館中連れて歩いた。皆は、どうしてこんなに嬉しいのか、十分には、想像で
きなかった。三人の王女達が今や救われたのに。そして勇気ある仕立て屋につ
いてのおうおおきな評判が、この国の領地すべてに広がった。
宴会が始まる時間が近かずいて来たが、料理がテーブルの上に何にも無かっ
た。それで王様はとても怒り、自分の一番下の娘に、なぜ食事が用意出来なか
ったのか、とたずねさせた。料理番は、自分の弟子がいなくなってしまい、自
分一人で食事の用意をしなければならないのだ、と答えた。それでその王女は
再びこれを知らせに戻った。王女が料理人の弟子を見かけ、その弟子が行って
しまうのを不思議に思った。それで王女が弟子をようく見ると、自分の為に戦
ってくれた勇敢なあの男性だ、とわかった。それで王女は喜び、おう急ぎで姉
たちの所へ跳んで行って、自分が何を聞き何を見たか語って聞かせた。
王女たちがその事について話していると、王様が、娘たちの父だが、やって
来て、三人が言っている事を聴いてしまった。王様はこの事が意味するものが
何なのかを知って、とても驚いた。それで総てがどうなっているのかを、すぐ
に知ろうとして、娘たちに直ちに来るように、と厳しく命じた。末の王女は今
や総てを語って聞かせた。始から終わりまで全部を。さらに宴会を機会に、立
会人として二人の年上の王女の出席している所で。すると王様は仕立て屋の嘘
にとても立腹し、その上正しい人にお礼を出せる事を喜んだ。王様は料理人の
弟子にすぐに自分の所へ来るよう、使いを出した。
使いの者がやってきたとき、総ての王様の召使たちがとてもびっくりした。
然し料理番の弟子は行こうとしないで言った。
「どうして私が王様の御前に行くのですか。取るに足らない人間で、粗末な
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服装をしています。」
使いの者は、王様の意に従うのが一番よい事だ、と答えた。
そこでこの男性は大胆にもまた素直な気持ちになって、広間へと上がってい
き、王様は自分の客の全部に食卓を前にして、座っており、仕立て屋は王様の
隣の席に座っていた。
王女たちを救ったこの男性を目にとめた。そして青
くなったり、赤くなったりだった。然し王様は料理番の弟子に向って大きな声
で尋ねた。
「わしの三人の娘を助けてくれたのはお前かね。」
それに対してこの男性は極めて率直にこたえた。
「皆さんが、私では無くて、仕立て屋がそれをしたのだ、といっています。」
「いいえ」、と三人の王女皆が叫んだ、「私たちを救ったのは貴方です。そし
てわたし達があの方の髪に、私達のところで横になっている間に編んであげた
三本の絹糸を髪につけて、ここに座っています。」
そして跳びだして行く料理番の弟子を王女達は抱きしめ、めいめいが弟子の
長い髪の中の絹の糸を捜した。すると皆は、王女様達が語ったとうりだ、とわ
かり認めた。
そして王様は言った、
「もしそなたが王女達を救ったとしたなら、やはりそれ
に対するお礼を与えるぞよ。末の娘と、わしの領地と国の半分を与えよう。」
今や大きな楽しみと喜びで、王様の館全体がいっぱいになった。そして、す
ぐにこの男性と王女との結婚式が続いた。しかし勇気のある仕立て屋はこの酒
盛りからこっそり抜け出したが、それから何を行ったかについては、見た事も
聞いた事もなかった。
31.ちびのフンテ
ある年とった婆さんに一人の息子がいた。成長してもとても小さくて病弱だ
った。だから婆さんは息子をフンテリーテンと呼んだ。そのように小さくて病
弱だったし、なかなか言う事を聞かない欠点の多い子だったので、息子は何ら
-177-
薮
下
紘
一
かの方法で人々と付き合う事も出来なかった。婆さんは息子のかじをまったく
取れなくて、息子は婆さんがするようにと頼んだ事とは反対の事をいつもした。
森へ行くように、と頼むと息子は斧を隠し、婆さんがその後何日もたっても
斧を探し出す事が出来なかったし、泥棒や知らない人々が自分からとってしま
った、などと言った。そして息子は他の悪い連中と一緒による遅くまで外にい
て、腹が減って家へ戻った。フンテリーテンはかまどに入れて、自分や老いた
母親達が暖をとる、たった一本の木切れもその時持っていなかった。
こうして息子は時間を費やした。それなのに婆さんはいつも薪もないのに自
分のかまどのそばにいた。婆さんが水をくんできてくれ、と頼んでも、たまに
息子が泉で桶を持ち上げても、息子は桶を落としたのは、偶然だった、と言っ
た。普通は桶を叩いて壊してしまい、桶が倒れたのだと言った。そうだこのい
たずらも明るみには出なかったのだ。息子はそのいたずらをする用意なんか出
来ていなかったのだ。婆さんは息子をできるだけ、いつもぶったが、無駄だっ
た。息子をある時は或る職に、他のときは別の職につけようとして、勉強させ
ようとしたが、全部むだだった。
さて自立し、生計を立てていき、母親や他の人の助けなしで暮らす年齢にな
りだした。とうとう婆さんは息子を商人にさせようと考えた。だが怠け者のた
めに楽な仕事を探し出せない、と思った。息子がいたずら者や欠点のある男い
がいの何者にもなりたくないのだ、と婆さんはわかっていた。
それで、五王国ダーラーを用意し、息子に与え、わずかの資金で小商いをす
る商人になる為に、息子に見せた。と同時に六つの質問と職業教育をするよう
にと勧めた。もし息子が自分の言ったことに気をつけ、心にとめて、受取るな
らば、お前は幸せになるし、生活は良くなるし、取引も生活も良くなるように
と。最初は、強い酒を飲むのを習慣としてはいけない。第二は多くの人と交友
を得ようと勤めてはいけない。第三は、金の入った財布のひもをしばしばほど
くな。第四に、老人を尊重して先に行かせること。第五は、息子が何もかたづ
けなかった所で、何も集めない事。第六は、聴いたり、見たりして知ったこと
の総てを、皆のために言わないこと。これら総ては良いし、よく理にかなった
-178-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
警告だった。息子はそれらに、生きている間中従い、実行する事、そして何か
の機会を決してなおざりにしたり、忘れさせないように、と約束し答えた。
朝になって息子が朝飯を食い、自分の用意をしてから、旅に出ようとした。
それから息子は母親から心こもった別れの言葉をもらった。婆さんは息子の成
功を願い、同時に自分の忠告を忘れないように、と頼んだ。息子はそれを忘れ
はせぬ、と約束した。
かなりの道のりを歩き、昼時に近づきはじめた頃、腹が減ってきた。ある店
へ入っていって、すこし食料を買い求めた。そこは居酒屋だった。それに女主
人は答えた。
「食べ物は渡せないよ。だけど焼酎を一二杯飲みたいのなら、やってもいい
よ。
」
そこで腹をすかしたちびのフンテは考えた。
「何にいたしましょうかだって、恐らく次の宿場までは時間がかかるな。」
フンテリーテンは言った、「じゃあ焼酎を一杯くれ。」
一杯飲むと二杯目が飲みたくなり、そして二杯飲むと、三倍目が飲みたくな
った。この事が酒場の女将を気に入らせたようだった。そして女主人がフンテ
リーテンを自分の良い少年か息子みたいに呼んだ。
フンテリーテンはこれらを飲み食いすると、楽しくなり、気分がとても良く
なった。テーブルを前にして、数人のご立派なふざけ者やみだらな仲間達、つ
まり籠を持った婆さん自身の良き、かつ最良の使用人たちが、トランプをして
いた。彼らは、こっちへ来て一緒に遊ばないか、と誘った。
「喜んで。」と、その時にはそんなに心配していなかったので、フンテリーテ
は答えた。
すぐに場所と椅子をもらい、自分のよき仲間やパトロン達と共に遊びの仲間
入りをした。何回かトランプでゲームをし、他の者がトランプを投げた時フン
テリーテンは手堅かった。かごを持った婆さんが、後でも、でしゃばらず一緒
にそうしようとした時、皆はフンテリーテンに、金をかけるようにしろと要求
し始めた。そこで自分の財布を引っ張り出して、まず皮ひもをほどき、それが
-179-
薮
下
紘
一
無くなると、皆はフンテリーテンが出さなければならない金額の半分しか貰え
なかった。そこですぐに別の声がして、不平が出た。それで自分の良いそして
楽しい仲間達の所から逃亡しなければならなかった。
さて自分の取るべき解決策は無いかと心配や苦悶する以外なす術を知らなか
った。もし故郷の母の所へ帰ったとしても、恐らく追放や殴打を受けるだろう。
それは、自分の母親の稼いだ金を使ってしまい、母親の忠告をまったく忘れ去
ってしまったからだ。酔いが自分の頭に残っている間、この先どうしたら良い
かを思案した。
「うーん、何の思案も浮かばない、まず家にかえらなくては。これが今でき
る最良の事だ。追放は十分受けた。俺はそれには慣れたようだ。殴打にも俺の
すばやい足はなれている。うーん、家へ帰らなくては。別の案は無い。」と考え
た。
息子が家に帰ったとき母親は息子に言った。
「息子やお帰り。旅はどうだったのだね。」
「うん。汚いやり方だったよ、母さん」、と息子は答えた。
「そうか、お前はわしがたのんだり、教えたようにはしなかったんだね」、と
婆さんは言った。
「うん母さん、そうなんだ。」と息子は言った。
「じゃあ、わしがお前に最初にたのんだ事はどうなったんだい、覚えている
かい。」と婆さんは言った。
「うん、最初に俺にたのんだこと、それは強い酒を飲むようになってはいけ
ない、ということだった。ここから出て行って以来、俺の舌は水を味わった事
が無い。そして俺はそれ以上の強い飲み物を知らないんだ。家と敷地の両方を
離れていた。沢山の乳牛の世話と製鉄所の世話がかかる。走っている船は海と
湖に通じている。そして俺はそんなには呑み食いしなかった。これよりも強い
酒を知らない。」
「うんそれはわしが言ったこととは違う」、と婆さんは言った。「じゃあ、わ
しがお前にたのんだ第二のことは何だったかね、ならず者。」
-180-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
「うん、お母さん、大きな集まりを求めてはいけない、だった。俺はここか
ら出て旅をして以来、どこかの教会或いはどこかの絞首台には決して行ったこ
とが無かったよ、あそこでのこれ以上大きな集まりを知らないんだ。」と息子の
フンテリーテは言った。
「そうか、わしの言ったのはそうではないのだ」、と婆さんは言った。「まあ
言い、じゃあわしのたのんだ三つ目はなんだった。」
「うん三つ目のたのみは、自分の財布のひもを緩めないように、だった。こ
こを出て以来一回以上は財布を開けなかった。そして俺がしなければならなか
った事は十分ではなく、打ちのめされたり、夜逃げしなければならなかった。
そして母さんが言えなかったので、俺が脚付きの杯を分解して引き裂いてしま
った。もし母さんが本当の事を語ろうとしてくれるんだったら、杯を組み立て
るよ。」
「いやそれはわしの言った事ではなかったぞ、この恥知らず」、と婆さんは言
った、「さてわしが前に頼んだ四つ目はなんだったかおぼえているかね。」
「うん、あんたが俺にたのんだ四つ目は前を歩いてもらう老いた人々を尊敬
し先に行かせなさいだった。」
「まあ」、と婆さんは考えた、「恐らくそれならなおさら事がはかどると言う
ものだ。」
「これからお前を、湖を越えて近くの館へ連れて行ってやろう。木材を加工
する指物師になる修行をお前にやってもらおう。そうしてお前はそれが何なの
かを知る事になろう。もしお前が、それが好きなら、注意深い商人になるより
良いかもしれないし、怠けながら世渡りするのもいいだろうさ」、と婆さんは言
った。
「はい母さん」、とフンテリーテンは言った、「それに喜んで賛成するよ。」
婆さんは四か五枚のひだ布のついた服を身に付けできる限り自分を着飾った。
古くて薄くなった毛皮を着、はき古したかかとの無い木靴をはき、一方の手に
は古いかぎタバコの灰と乾いた上薬を持ち、他方には杖を持って、湖岸へと歩
いて下りていく。
-181-
薮
下
紘
一
湖は凍っていて大鉢のように滑りやすかった。
ばあさんは言った、
「坊や、お前のような若くて軽い者が先に行って、どの辺
の氷が一番厚いか、試すんだ。」
「いや母さん。前に言ったように、俺は老人達を尊敬し、先に行かせるよ。
俺にはこの世では、死んでしまった父さんと年老いた母さん以外多く、つまり
深く尊敬する人はいないよ。」
「まあ」、と婆さんは考えた、「まだわしはお前の召使になる連中を恐らく見
られないのだろう。」
さて婆さんは滑りやすい、透きとうった氷の上をゆっくりと、とぼとぼ歩き
始めた。すると同時に強風が起こり、婆さんをつかみ、何回かぐるりと振り回
した。すると婆さんは氷の上でひっくり返って、心臓がドキドキし、又も不平
面をした。婆さんは大人になった息子を呼んだ。息子は婆さんを助けあげるだ
ろう。
息子は答えた、
「いや母さん。あんたが俺にたのみ警告してくれた五番目のこ
とは、自分が何もおかなかった所では何も持ち上げない、だった。俺は目覚め
ているときに、削りくずのように、沢山は決して置かない。今やあんたは俺の
忠告に従うんだ。力ずくで神があんたに命令するように。そして湖の底を這う
んだ。これが、俺があんたに、この世で最後に与える事のできる、一番安全な
忠告だ。従ってくれてありがとう。」
婆さんは又息子に向って呼びかけ、溶けかかった氷を掻いた。
「おう、何たる恥知らずな悪党よ、悪さ以外は決してしないとは。このわし
の大変困っている時に、わしを助ける気がお前に無いのなら、急いで屋敷へ行
って、皆におう急ぎで向こうへ行ってわしを助けてくれるように、頼んでくれ。」
「いや、母さん」、と青年フンテリーテンはいつた。「あんたが俺に警告し、
すごく強調して教えてくれた六つ目で最後の事は、俺が見ている人々に聞いた
り、知っていたりする総ての事を言うな、と言う事だ。あんたがそこで横にな
っている事を、他の人に決して言わない、と覚えている。それどころか滅相も
ない。あんたは今から俺の単純な子供じみた警告に従え。言った事はあんたが
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
自分の神に命じろ、そして心安らかに平和に水の底を這っていろ。」
32.魔法にかけられた蛙
ある時三人の息子のいる貧しい小作人がいた。それで上の二人は結婚したい
のだが、と父親に頼んだ。
「いや」、と父親は答えた、「お前達のうちのどっちが、クリスマス・イヴの
食卓にかける一番きれいな布を持って来てくれるかを、わしにみせるまではだ
めだ。」
そこでこの二人の兄は自分の幸せを試してみようと出かけた。父親は二人が仕
事を見つけるまで、何とかなるようにと自活の用意をする為に三ダーラー与え
た。
「お父さん、俺もついていってはいけないかい。」と三番目が言った。
「うーん、かわいそうな奴」、と父親は言った、「お前は誰かが炊事用かまど
に座っていても、誰からも食べ物を、何も貰えないのだ、と言う事だ。」
「あー父ちゃん。二人と一緒に生かせてよ。どうも俺にとっては思い切って
いく方が良さそうだ。小さくて一番出来が悪いけど。」
「うーん」、親父さんは考えた、「お前をしばらく厄介払いするのもいいかも
しれない。わしは森が又緑になるまでにお前を引き取ればいいか。」
それで末っ子は自分の兄達に付いていく事を許され、父親は末っ子にも旅の
資金として三ダーラーくれてやった。
小作人の息子達はすぐに旅にでた。
皆が午後になるまで歩いていった時、道のそばにある宿屋へやって来た。そ
こには沢山の人が集まっていた。年上の二人はそこに腰を下ろし、食事をし、
酒を飲んで、博打をした。だけど一番下の男の子は、自分で隅の方へ這うよう
に進み、一座の人と一緒には居ようとしなかった。兄二人が自分達の金の事で
ごたごたしている時、何とかしてこの楽しくて嬉しいことを、続けられるかど
うかを、あれこれ考えていた。二人は末っ子の所へ行こうと言う事で意見が一
-183-
薮
下
紘
一
致した。兄達は親元へ帰るより良くないことだが、末っ子の持っている三ダー
ラーを取り上げることに決めて、くれと言った。しかし末っ子は、二人の要求
に従おうとしなかった。それで二人は末っ子を襲って捕まえ、殴ったり叩いた
りし、金をまきあげ追い出した。そうしておいて二人は座り込んで以前同様、
飲み食いした。さて末っ子はそこから逃亡しなければならず、どうしたものか
と、途方にくれた。暗闇が辺りに立ち込め始め、どこへも行き着けなかった。
長い間迷って森の中を歩いた。もうこれ以上は歩けなくなった。それで末っ子
は小塚の上に座って激しく泣き、とうとう疲れの余り眠り込んでしまった。
明るくなって末っ子は目を覚まし、又旅を続けた。それから険しい道や深い
森の中を歩き、山を越え、谷を渡り、自分の兄達の所からさっさと離れて以来、
どこへ道が通じているか人に聞こうともしなかった。ずいぶん長い間歩き回っ
ていると、屋敷へと通じる緑色をした小道をとうとう見つけた。しかし屋敷は
とても大きくて、これはもう王様の館以外の何物でもない、という事がわかっ
た。それから、この末っ子は良く考えもしないで、大胆にも中へ入って、一つ
は他の部屋より素晴らしかったりする、沢山の部屋に入ったりしたが誰も、人
もトロールも居なかった。辺りに誰も居ない素晴らしい部屋を幾つも、長い間
見て歩いていると、とうとうこれまでよりもずっと豪華な部屋へとやって来た。
そしてテーブルの一番上のほうに、蛙が一匹座っていた。土よりも黒い色をし
ていた。そして見た所とてもひどかったので、自分の目線をすぐに蛙に向ける
事が出来ない位だった。かえるは、やって来たのは誰か、そして何の用か、と
たずねた。
「はい、私は職を探して、世の中に出て来た、貧しい小作人の息子です。」と
男の子は言った。
「なるほど」、と蛙はいった、「良かったら私の所で雇ってもいい。丁度今と
びきり上等な召使を必要としている所だ。」
男の子はそれに同意し、蛙に仕えたい、と言った。
「よく来てくれた」、と蛙は再び言った、「もしお前が私に忠実だったら、お
前は幸せになるだろう。」
-184-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
二人はこの話し合いに満足し、蛙が末っ子に達成できる以上の仕事を要求し
ないかぎり、自分は忠実さが足りないようには確かにしない、と保証した。
そうして二人は、少年がこれまで見た事もない種類の潅木の生えている庭園
へと降りて行った。
蛙は言った、
「毎日、日曜日も月曜日も、クリスマスにも夏至の日も、この薮
の一枝を刈り取るのがお前の仕事になるのだ。だけど多くの枝を刈ってはいけ
ない、一回に一本ずつだけだ。」
末っ子は、この警告に従う事を約束した。
蛙はそれから、男の子を連れて館の一部屋へ来て言った。
「ここでお前はこれ
から寝起きする事になる。このテーブルの上には食べたい時には、いつも食事
が出るし、このベッドは休みたい時には用意が出来ている。お前が義務に忠実
でありさえしたら、いつも自由にしていいのだ。」
そう言って蛙は別れを告げピョンピョン跳んでいってしまった。そして末っ
子は、自分のナイフを取り出して、庭園へ降りて行き薮の木の一枝を刈り、そ
れでこの日は自由の身になった。二日目も同じようにし、三日目も同様で、そ
の後一年中ずっとこれがつづいた。
そうこうしている内に一年が過ぎ、しかもとても上手く行っていた。一日又
一日と過ぎていき、何か人間の声も姿も見た事も聞いた事も無かったので、寂
しさは感じたけど。
一年が過ぎ、少年は薮の最後の枝を刈ってしまった時、小さな蛙がピョンピ
ョン跳んできて、忠実に働いてくれた事に礼を言い、どれ位給金が欲しいかも
尋ねた。少年は何か報酬が欲しいのではなく、貴方が私にくれる物で十分嬉し
いのだと答えた。
すると蛙はいった、「どんな報酬を望んでいるか知っている。お前の兄達が、
あんた達の父親のクリスマス・イヴの食卓にテーブルクロスを広げて食事の支
度をしようとして働く為に外の世界に来ているのだ。もし二人が世界中捜して
も、同じ物が見つからないような物がここにはある。」
そう言って蛙は少年に、とても華麗で、以前にもこれからもこれと同じ物を
-185-
薮
下
紘
一
見た事の無いようなテーブルクロスをくれた。すると少年はとても喜び、この
贈り物をくれた事にたいへんていねいに礼を言った。それから少年は傷つきや
すい物をもらって家へ帰る準備をした。少年はそれから旅を始め、誰にも会わ
ないでまる一日歩いた。夜が近づき、暗闇になった時、一つの光が見えた。そ
れで少し食べ物と寝る所を求めてそちらに向って行った。ここは兄達と別れた
宿屋だと思い出だした。そこへ近づいていくと、小作人の息子達は杯やジョッ
キーに間に座っていて、食べたり飲んだりして楽しそうにしていた。少年は兄
達の悪意を思い出す事がもはや出来なくなっていたので、二人の兄に会えて喜
び、中へ入って行って心から二人に挨拶した。元気ですかと尋ねると、二人は
互いに顔を見合わせた。末っ子は自分達の父親のクリスマスの食卓にかける幾
らかの布を手に入れられたかどうかときいた。兄達はそれが出来たといった。
そして我々は幸せに楽しく過ごしているといった。二人はこうしておのおの布
を手に入れたが、その布は二枚ともすりへって傷んでいた。
そこで少年は言った。
「待って、何か別の物を見てもらいます。」
末っ子は蛙からもらった布を広げて見せ、皆はこの高価な、値の張るプレゼ
ントを見てとても驚いた。だがこれは小作人の息子達を怒らせ、末っ子からこ
の美しい布を取り上げ、その代わりに自分達の古い布を末っ子によこした。
それから三人兄弟は自宅の父のもとへ帰っていった。
しかしクリスマス・イヴが来て、息子達がテーブルの上に自分のクロスを開
いた時、親父は嬉しくなり、息子たちが手に入れた報酬の事を誉めた。そして
とても良い事だと思い、息子達を最高の方法で楽しませた。だが末っ子は控え
めで、多くを語らなかった。自分が話さなければならない事でも、聞かれもし
なければ、信じられもしない、と思ったからだ。
この三人の息子達がクリスマスを過ぎても家に居たとき、上の二人が結婚さ
せてくれないかと、改めて自分達の父に頼んだ。
しかし親父は以前と同じように答えた。
「おまえ達がこの世で自分達の幸せを
もっと試してみるまでは、だめだ。わしはクリスマス・イヴのテーブルの上に
-186-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
乗せろとてもきれいな杯を手に入れる事が、お前達のうちの誰に出来るかを見
たいのじゃ。」
小作人の息子達は、誰が一番きれいな杯を手に入れる事が出来るか、やって
見ようとした。そして分かれるに際して、息子たちが上手く仕事に就けるまで、
自活する為に、三ダーラーを与えた。
そこで小作人の息子達は支度をし、旅に出た。三人が一日中歩いて、夜が近
づき始める時、前に行った旅館についた。沢山の人がたむろしていた。上の二
人が座って、飲み食い、賭け事をしたが、末っ子の少年はそこに居たくなくて、
身を守る為に隅っこの方へとこっそり動いた。
さて上の二人の兄が、金を全部失ってしまい、末っ子の所へとやって来て、
三ダーラーをくれといった。末っ子はすぐに家へ帰るほかに良い手立ては無か
ろうと思った。上の二人の兄の言う事に従う気は無かった。それでも又兄達は
末っ子から金を取り上げ、森へと追い出した。それから二人は座って、前と同
じように呑み食いした。そしてかわいそうな末っ子は墨のように暗いなかへと
逃げ、どの方向の道を行ったら良いかわからなかった。道に迷いながら森の中
を長い間歩いたがどこにも行き着かなかった。そして激しく泣き出した。そこ
に座って、激しく泣き出し、やがて疲れ果てて眠った。
朝はやくに、少年は目を覚まし先へと進んでいった。そうすると以前に話し
た屋敷へと通じる、緑の小道をついに見つけた。少年はすぐに、去年行った事
のある王様の館だと、すぐにわかり、とても嬉しくなった。そこで元気を出し
急いで中へ入っていき、テーブルの一番上席に座っていた老いた蛙の世話をす
る者として雇われた。
そうしてこの蛙が末っ子を見て、挨拶し親しげに答え、今度は何が欲しいの
か、と尋ねた。
それに少年は答えた、
「もし貴方が必要でしたら、貴方に仕えたいと、申し出
ようとしてここへ参りました。」
「よく来た、小さいの。」と蛙はいった、「今は最良の下男を一人必要として
いる。お前が私に忠実に仕えてくれたら、報酬も多くなるだろう。」
-187-
薮
下
紘
一
これに対して少年は最敬礼し、私が出来る以上に要求しないのならば、忠実
でない事が無いように致します、と保証した。蛙はそこで色さまざまな端布を
手にとり少年に渡していった、
「お前が昨年刈った薮の小枝ごとに、糸を一本結
びつけるのが仕事になるであろう。だが月曜日と同じように日曜日にも、そし
て夏至の日も同じようにクリスマスの日も、毎日ただ布を結びつけるだけにせ
よ。だが一回だけだ。何回も結びつけてはいけない。」
少年は命じられたとうりにする、と約束した。
こうして二人は別れ、蛙はピョンピョン跳びはねて去って行った。しかし少
年は残っていた布をもらい、庭園に降りていき、前の年に切っておいた小枝に
一つひとつ糸を結びつけた。それからは、少年は一日中暇だった。次の朝も同
じようにした、そして三日目も同様だった。そして一年中。少年は同じように
良い暮らしをし、とてもおいしい食事を出してもらったが、人間の姿も見なか
ったし、声も聞こえなかった。
さて一年が終ろうとし、少年は最後の残り糸を最後の枝に結びつけたとき、
小さな蛙が又ピョンピョンと跳びながらやって来て、報酬としていくら欲しい
か、と尋ねた。
これに対して少年は、報酬に値するような事は何もしていない、と答えた。
しかし蛙はいった、
「お前が総ての内で、何をほしがっているか、私は知って
おる。兄達があそこに居て、クリスマス・イヴに、父の食卓に置くジョッキー
を手に入れようと必死になっている。だからお前にこの際ジョッキーを一つや
ろう。兄達がこのような物を手に入れる事は無いだろう。」
こう言居ながら蛙はジョッキーを一つ与えた。これは純銀で、内側と外側は
金メッキしてあった。十三人の親方が自分の目印をつけ、この仕事が大変芸術
的だったので、このような物は世界中どこへ行っても決して見られないほどだ
った。これは千回の礼を言うに値するであろうような、素晴らしい贈り物だっ
た。
こうして少年は蛙に心から、別れの挨拶をし、故郷への旅に向った。
末っ子は一日中歩き、夜遅くに、前に、といおうか、しばしば名前の出た宿
-188-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
屋へついた。とうり過ぎようかと思っていたが、にわか雨が降ったり止んだり
し、寝る為の家が必用になった。宿に、小作人の息子たちが座っている中へ入
ろうとしたが、やはり二人の兄達から別れようとした。それに少年は、兄達が
自分から金を巻き上げ、自分を追い出した事を忘れてしまい、二人の前へ出て
行って、とても嬉しそうに親しげに、挨拶した。そして別れて以来どうしてい
たのかと尋ねた。二人は自分達の父のクリスマスの食卓に置くジョッキーを幾
つか上手く手に入れたかどうか尋ねた。二人がその事で、うん、と言いそして
万事うまく行っていると言った。ジョッキーも見せてくれたが、両方とも古く
て形や色がつまらない物だった。
そこで少年は言った、「あんた達に別の者をみせてやるまで待って。」
そう言って末っ子は小さな蛙からもらったジョッキーをバッグから取り出し
た。居合わせた総ての人々総ての人々皆が、何と大いに驚いた事か。
然し二人の小作人の兄達は言った、
「お前みたいな惨めな奴が、こんな値のは
るものを持っているなんて、ふさわしくない。これを俺達にくれるべきだ。俺
達はお前より年上だし、ましだから。」そう言って末っ子の美しいジョッキーを
取り上げ、その代わりに自分達の物を末っ子にやった。
少年はそれを知っていたので、強い者と何とか張り合っていけなかったので、
なるがままにしておかなければならなかった。
兄達はすぐに自分達の父の所へ戻って行った。親父さんが自分のクリスマス
の食卓に値のはるジョッキーが置いてあるのを見て、どんなに喜んだ事か。兄
達はそれで、発言する事を許され、自分達自身とその功績を自慢し始めた。だ
けど小さな末っ子は悲しくて、何も話をしなかった。又値打ちのあるほかのも
のも無かった末っ子は、自分が何を言っても聞いて貰えなかったし、信じられ
もしなかったからだ。
さて三人の兄弟がクリスマスを小作人の家で過ごしていた時、兄達はある日
父親の所へ言って、結婚させてくれないかと頼んだ。親父さんはこれに対して
喜んで同意した。親父も自分の息子たちが良く成長し、行儀正しくなったと思
っていたのだ。
-189-
薮
下
紘
一
そこで親父さんは自分の二人の上の息子達に言った、
「お前達のうちの誰かが
クリスマス・イヴに、とても美しい婚約者を連れてきてみろ。」
そう言われて兄達は実に気を良くした。そして父の要求に従って、やってみ
ると約束した。そこで親父さんは前と同じように旅に出る際に二人に三ダーラ
ーをやった。
「ああ、父さん」、と末っ子が言った、「俺も一緒にいっていいかい。」
「うん、かわいそうなチビさん。」と父親は言った、「お前もどうやら婚約者
になりたいらしいな。お前はうちに居たってカマドの中に座っているのが一番
いい。あそこにお前の据わるところがある。」
「俺も一緒に行かせてよ。小さくて、一番悪いけどそれでも十分行っても良
いかもしれないよ。」
「だけど」、と親父さんは思い返した、「ちょっとの間こいつと一緒に居るの
は良い事かもしれない。こいつにも必要に備えて困難を訓練するときが又来た
のかもしれない。」そこで少年は兄達についていくのを許された。そして末っ子
が何かよい物を手に入れるようになるまではと、自分の自立への用意として、
出発に際して三ダーラーをもらった。
皆は旅に出た。
一日中歩いた所で、前と同じように宿屋についた。兄達はそれぞれ又楽な生
活を始め、食べ酒を呑み博打をしたが、末っ子は部屋の隅に座ったままで、兄
達に加わろうとはしなかった。兄達が自分の持っている金を全部失ってしまう
と、末っ子の所へ行き、三ダーラーを自分達にくれないかといった。末っ子は
それにも拘わらず、出来るだけ早く、宿で横になっている以外の良い事は出来
なかった。然し末っ子は不思議なことではないが、兄達のする事を真似るつも
りは無かった。さて兄達は末っ子の金を取り上げてしまい、森の中へと末っ子
を追い払ってしまった。そうしておいて座って前と同じように酒をのんだり飲
ませたりした。他方かわいそうな末っ子は暗い中に逃れ、どの道を行ってよい
のかわからなかった。ただ兄達からは離れた所へ来たのは確かだった。長い間
森の中を通って歩き、もはや飲んだり食べたりする事も出来なくなった。末っ
-190-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
子は最後には、疲れ果てて眠ってしまうまで、地面の盛り上がった所に座って
オイオイ泣いた。
夜が明けて太陽が昇ると、目を覚まし、山や谷を越えて旅をつづけ始めた。
かなりの道のりを行ったとき、自分が総てうまく行った王様の館のことを思い
始めた。その事を考えるや否や、再びあの緑の小道を見つけた。そしてそれに
沿ってひと歩きすると、王様の館が前に現れた。そこで大喜びしてすごく美し
い広間へとはいっていった。そこには女主人が良く座っていたものだ。
その蛙は親しげに挨拶し、今度は何が望みかと尋ねた。末っ子は答えた、
「貴
方が必要とし、望むのでしたら、私の働きをさせてもらう為に着ました。
「そうですか」、と女主人はいった、「最良の召使を今必要としている。そし
てもしそなたが私に忠実に仕えてくれるなら、そなたが考えるよりももっと多
い報酬を上げよう。」
少年は、自分に出来る以上の要求をしなかったなら、確かに忠誠心が、足り
ない事はしないでしょう、と約束した。
それに対して蛙は答えた、
「そなたの仕事はとてもわずかでたいしたことの無
いものだ。何年もの間に切り取って束ねてあった枝を運び上げ、それを屋敷の
庭にまきの山を同じ高さになるように積みなさい。毎日運ぶのは一枝だけでい
いのです。そうして月曜日と同じように日曜日も、そして夏至の日同様にクリ
スマスの日も。だけど何本もの枝を一度にもってきてはいけない。毎日一本だ
けです。年が明け、そなたが最後の枝を運んだとき、薪の山に火をつけ、何時
間かの間自分の部屋に入っていなさい。そして又下へ降りて着なさい。枝が全
部燃えてしまうまで、良く薪の周りを掃除しなさい。もし火の中に何かを見つ
けたら、それを取り出して助けなさい。」
少年は命令に従ってそのとうりにすると約束した。
それから蛙は少年に小さな部屋を見せようと上がって行った。少年はそれか
ら庭へとおりていって、去年きって束ねた枝を一本取って来て、自分が薪の山
にしようと思っていた屋敷の庭に運んで行った。次の日も同じ仕方で仕事をし、
三日目も同様にし、こうして全部の日々を過ごして一年間ずっと暮らした。
-191-
薮
下
紘
一
末っ子は王様の館でとても楽しく暮らし、良く成長し、礼儀正しい人間にな
った。然しとても寂しかった。誰一人人間を見たり、声を聞いたりもしなかっ
た。そして兄達が婚約者を連れて親元へ帰るだろう時を考えた。自分には誰も
居ないのにと。
こうして一年が過ぎ、若者は最後の枝を持ち上げ、それを他の枝の置いてあ
るところに持っていって、蛙が言ったようにした。薪に火を着ける一山の大き
な薪の山の準備をした。それから少しの間その場を去り、戻ってきて、その場
所を総てきれいに掃除した。総ての枝が大きいのも小さいのも、燃えて灰にな
ってしまうように。その瞬間火の真中を、一人のとてもきれいで美しい王女が
流れるように上へ昇った。青年がこの予期しない美しい幻影にきづくと、急い
で飛び込んで、王女を火の中から引っ張り出した。それで王女は青年が自分を
助けてくれた事に、とてもとても感謝した。王女はこの世の中で一番豊かな国
の王女で魔女によって魔法にかけられて、醜いい蛙に変身させられていたのだ
った。
このとき城全体が生気を取り戻し、動き出した。そして同じように魔法にか
けられていた貴族達や女官達がひしめいた。皆は今や前に出てきて、とても心
のこもった挨拶を王女にした。彼らを魔法から解放してくれた、きびきびした
若者にも同様だった。
然し王女は時間を失いたくなかった。それですぐに馬の用意をさせ旅に出る
準備をしっかりとさせて騎乗した。王女は小作人の息子に手や足に至るまで、
とても美しくて素晴らしい衣服を与え、武器や他の武具をつけるのを手伝った。
さて、旅の準備を総て終えて、王女は言った。
「貴方の二人の兄が、それぞれ
婚約者をつれて親元へ帰る途中であり、貴方はその二人の事を考えているのが、
私には良くわかっています。私達はお父さんが、あなたがどんな婚約者をもら
ったかを、見たがっているから、だから旅に出ようと言うのです。」
そのとき、若者は自分が雲から落ちたような感じがした。だがぐずぐずして
いる時間は無かった。それで大急ぎで、立派で素晴らしいそりに飛び乗った。
そうして、小さな小屋に住んでいる、老いた小作人に挨拶する為に、皆は多人
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
数で向った。
かなりの道のりを旅した時、道のそばにある宿屋についた。若者は自分の兄
達が以前のように前からの慣れで、まだここに居るのではと、探すのを大層楽
しみにしていた。それでそりを止めさせて急いで中へ入っていった。戸を開け
るや否や、そこのテーブルのそばに座って、食べたり呑んだりを楽しんでいる、
小作人の息子達を見つけた。そして兄達にはそれぞれ婚約者が居た。女たちが
どんなのかが容易に想像できるものだった。二人の女について言えば、外形か
ら見れば、細身で木の杖のようにスマートだったが、サウナ風呂の壁のように
白くて、色白の太った小豚のように丸みがあった。黒い色をした若者のように、
口の端の傷が黄色かった。
若者はこれら総てを見て大急ぎで外へ出た。何事も自分の身には起こらなか
ったかのように。そして自分の婚約者と一行全員と共に旅を続けた。然し宿屋
に居る客達は皆、あそこを通って今行ったのは、王子だったと、大いに驚いて
しまった。
若者とその美しい婚約者は、さらに小作人の小屋へと向ったが、着いた時に
は既に夜になっていた。そこで中へ入り、外に居る者はここで夜を過ごさせて
もらいたいのです、ととても丁寧に頼んだ。それには小作人はしょうじきにへ
んじをした。自分は三人の息子とその婚約者達を待っていたし、それに加えて、
知ってのようにこんな立派な人々を泊める部屋は無く、こんなちっぽけな小屋
しか他にないのですと。だが王女は言った。私が助けてあげましょう。そこで
私は素晴らしいクリスマスの宴会の用意をさせます。大急ぎで、この村の総て
の、よき人も悪しき人も、皆を招待するのです。そこでこの地方の全員に使い
を出した。
夜がきて宴会の用意が整うと、小作人の二人の息子が婚約者と共にやって来
た。だが親父さんは、当たり前のことだが、二人の息子の嫁の事ではそれ程喜
ばなかった。皆が集まり、テーブルに向って席に着くと、王女が尋ねた。小作
人がどこからこんな華麗な布や、こんな美しいジョッキーを持ってきたのかと。
「うん」、と親父さんは言った、「家を出て、自分の仕事の報酬として、これ
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薮
下
紘
一
をもらった上の二人の息子が持ってきたんじゃ。」
すると王女が言った。
「いいえ、貴方の年上の息子達は、上の兄も二番目もまったく働かなかった
のですよ。これらの布とヂョッキーの両方をもらったのは私の夫なのですよ。」
と同時に若者は席から立ち上がって、とても丁重に父親に挨拶した。一人一
人に、見知らぬ王子が、以前は父や兄達に余り重んじられなかった、小さな末
っ子で、小作人の息子以外の何者でもないのだときづかせ、わからせようとし
た。こうして親父さんは、やっと自分の息子だとわかった。そして同時に総て
がどうなっているのかがわかって、大いに驚いた。然し二人の小作人の兄たち
は、父親や他の総ての人々の前で、恥をかいて、その場に立っていなければな
らなかった。
そこで王女は、親父さんと、司教や司教区牧師や主家のひとびとと、そして
村人全員の出席している中で尋ねた、
「私が貴方の末っ子を私の真の夫にする事
が出来るでしょうか」、これを聞いて親父さんはすぐに大急ぎで、
「はい」、と答
えた。それから食事が暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たく出された。そ
の後一時間して結婚式が行われた。司教が、真の立会人である皆の出席する中
で、二人を清めた。
こうして王女は親父さんを伴い自分の愛する夫と共に自分の館へと帰った。
館は実に素晴らしかった。そこに皆が変わらずに居るのなら、まだ生きている
と言う話だ。
33.カラバス公爵
ある時、息子が一人いる年老いた婆さんが居た。それで婆さんは息子を草地
や斜面を歩くように、世間に出した。むすこは最初の年に働いたとき、報酬と
して六スチューヴ金貨を一枚もらった。次の年も、三年目の年も同様だった。
この三個もの多い給金ををもらって、自分の老いた母のいる故郷へ帰った。
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
道を進んでいくと、歌を口ずさみ、嬉しい気持ちになって言った、
「ついてる
ぞ。こうして働いて毎年六スチューヴ貨幣を一個もらった。ついてるぞ。」
そうしていると一人の婆さんに会った。婆さんは、若者がとても嬉しそうな
のを、見たり聞いたりした時、言った、「おう小さな若者よ、一枚おくれよ。」
「はい」、と若者は答えた、「お安い御用だ。」
そう言って息子は婆さんに金貨を一枚やった。
さらに道を進んでいった。歌を口ずさみ、嬉しかった。
「三年間奉公し、毎年六スチューヴ金貨を一個もらった。ついてるぞ。一枚
はなくなったがまだ二枚は持ってる。」
又婆さんに出会った。若者がこんなに楽しげで、気前が良かったのを聞いて、
婆さんは言った。
「おやおやお兄ちゃん、私に一枚くれないかね。
「ええ、ええ」、と若者は答えた、「それはお安いごようさ。」
そう言って婆さんに二枚目の金貨をやった。
それで最後にはもう一枚しかなくなってしまった。それでも、若者は楽しげ
に、歌いながら言った、
「三年間勤めた私は毎年六スチューヴ金貨を一枚もらっ
た、ついてるぞ。二枚は他人にやってしまった。一枚はまだ持ってる。」若者は
同じ婆さんに又会った。婆さんは言った、
「ああ小さな若者よ、わしにもそれを
くれないかね。」
「はい、それはもうおやすいごようです。」
若者は婆さんに、自分の持っている最後の一枚をやった。
さて若者が一歩きしたとき、深い心配事を気にして泣いた。そしてあくせく
働き、服がボロボロになってしまい、自分の給金まで失ってしまうのは何て悪
い事かと、心に浮かんだ。さて息子が故郷の母の所へ帰ろうとしたとき、自分
のためにほころびをつくろう、少しの修理用の糸を買えるほどの金子も、持っ
ていなかった。きっとものすごくしかられ体中叩かれるだろうと思ったのは確
かだ。石の上に座って激しく泣いた。
すると婆さんが一人又来て言った、
「どうしてそんなににひどく泣いているん
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薮
下
紘
一
だい。」
「いやいや、もっと泣かなくてはならないんだ。三年の間働いて毎年給金と
して六スチューヴ金貨一個しか貰えなかった、それを自分でなくしてしまった
んです。そして母さんがそれを知った時には、とても怒るだろう、とおもって。」
「おお、小さい若者よ、それを貰ったのは、どうやら私のようだよ。」
「いや、そうではありません。」と息子は答えた。
「いや、私だよ」、と婆さんは言った、「さて、お前は三つの願い事を望んで
いいのだよ。お前が望んだ物がもらえるさ。」
「それはいい」と若者は考えた、
「もし願い事がかなったら、もう自分の六ス
チューヴ金貨の事で悔やむ事はないさ。それに又喜んで故郷の母さんの所へ帰
れるだろう。」
若者が望んだ最初のものは、決してお金の無くならない硬貨入れだった。二
つ目はバイオリンだった。弾くたびに、いつも踊りたくなる曲が飛び出す楽器
だ。三つ目の願い事はライフル銃だった。それは撃ち倒したいと思っている者
を総て、撃つときの音が聞こえるだけで撃ち倒すことが出来るものだ。
それで若者が望んでいた物が手に入ることになった。
「じゃあ」、と若者は考えた、「これで故郷の母さんの所へ帰るのに心配する
事はないな。」
だが母さんの所へ帰って見ると、財布とバイオリンの事では、心配していた
ように叱責された。
財布の事では母さんは何としても納得してくれなかった。
「じゃあ」、と母さんは言った、「お前が自慢している財布にたくさんの貨幣
が入るかどうかみせておくれよ。そうしたら私はは町へ出かけていってケーキ
と夕食に添える牛乳を少々買ってくるから。」
「ケーキ一個とミルク少々だって。」と若者は言った。「それより、一樽のラ
イ麦と一撃で殺した豚の肉四ポンド買う事にしたら。」
「なんてちっぽけなことを言うんだろう。俺が言ったら財布に金はなくなら
ないのに。」
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
「母さん、私達がこれからどうなるか見ていて貰いたいものだ」と若者は言
った、「前掛けをちゃんともって。」
婆さんはそうした。若者は自分の財布ひもをほどき、それを前掛けの上に置
いた。母さんが若者に持ち上げてくれるように頼まなければならないほど一杯
になるまで。
「さあ私の望みどうりに母さんにやって上げる事が出来た。さあこの財布を
持っていきなさい、そして私が言ったとうりにしなさい。食べ物を全部持って
うちへ帰られるように、母さんが人をやっとって荷をはこばせなさい。あなた
が帰るときにはもっとたくさん増えているはずだから。」
母さんは町へ来ると、ほしいものを一つ又一つと見つけ始めた。ほしい物が
たくさんあったのだった。町の人は婆さん母さんが、たくさん金を持っている
のを見ると、警察署長に捕まえるようにいった。と言うのも母さんが店でいく
らいくらと返事をしようとすると、それだけの金額のお金が手に入ったからだ。
町じゅうにすぐにお触れが出た。皆夜になったらそこにいる老いもわかきも、
町じゅうの人が、警察署長の所へ集まるようにと。そしてかあさんがこんなに
たくさんのお金を持っているのはなぜか、審議すると。然しそれから皆が話し
合ってみると、誰もお金を無くした者がいないとわかった。皆は母さんがそれ
らの金を盗んだのではないかと疑ったが、その罪を負わせられなかった。然し、
どうしてかあさんがこんなにたくさんの新しい銀貨を手に入れたのかは、とて
も不思議だった。
若者は自分の母がどうなっているか知らなかった。そして夕食用に幾つか買
い物をするように言ったが帰ってこなかった。それで自分の猟銃とバイオリン
を持って署長の所へ上がっていった。そこで皆が集まっているのを見た。どう
言う訳で自分の老いた母を逮捕しようとしているのか、と尋ねた。
「うん」、と所長は言った、「たくさんの銀貨を持っているからだ」。
「おやおや」、と若者は言った、「盗んだとでも思っているんですか。それな
ら、貴方のトンガリ帽子を脱いでください」、と所長に言った、「そうすれば私
が母さんと同じ事をもっとたくさん出来るのを貴方に見せてあげますよ。」
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薮
下
紘
一
所長は自分のトンガリ帽子を逆さにして持ち、若者はすぐにそれを銀貨で一
杯にし、それからみんなにいった。
「さあこれらを皆に分けてください。そうすれば老いも若きも皆さんは大金
持ちになりますよ。そして私の老いた母を自由にさせて下さい。私が今望んで
いるあなたたちが大金持ちになったのですから、次は皆さん遊びましょう。」
「何だって。」とある若ものが息子にいった、「バイオリンが弾けるのか。」
皆は息子がバイオリンを携えているようすをみた。
すると早速息子は一曲のカドリールを弾きはじめた。テーブルと長椅子が、
そして家にある総てが踊り始めた。それと同時に洋服掛けが揺れ動き、署長の
トンガリ帽子に当たった。お金が床に落ちて、隅々に散らばった。すると誰も
が老いも若きも動き始め、それから誰が一番多くとったかについてのみにくい
喧嘩口論になった。署長は若者にどうかバイオリンを弾くのを止めてくれと頼
んだ。若者は自分のお金をまたふやした。、彼らはそれをかき集めつづけた。そ
れに対して若者は、
「私はぜんぜん気にしませんよ。私はたくさん手に入れられ
るだろうから。」
ところでこの日村の人々は、財布には少ししかお金が入っていなかったので、
普段より欲深くなっていた。これが自分のバイオリンと財布で行った若者の最
初にやったことだった。
若者はそれから年老いた母の所へいこうとした。母は一トンのライ麦、四ポ
ンドの肉、そして更に他の質の良い食材をてにいれた。
それから若者は、何かもっと良い住まいを望んでいるのではないかと、自分
の母親に尋ねた。それに対して母さんは答えた、
「いや、わたしの小さなカマド
と古いベッド捨てる気はまったくないね。」
そこで若者はすぐに古い木材で作った小屋を修理させた。それで小屋は大き
な貴族の住む宮殿のようになり、リースベルガ城と呼ばせた。
ある日曜日の朝若者が村の野原へ行くと、黒雷鳥が松の木のそばでクワクワ
鳴いているのに出くわした。そこで銃を取って別の方向へ向って弾を放った。
それで黒雷鳥は茨の薮へ落ちていった。貧しい疲れきった牧師がやって来ると
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
馬に乗って教会へきて、この日の予定どうりの仕事をしようとしていた。牧師
はたずねた。
「何を撃ったんだね。」
「うん」、と若者は答えた、「黒雷鳥が松の木の所にいて、私を馬鹿にしたの
です。茨の薮の中にひっくり返ってます。貴方が欲しいのなら、どうぞ、私は
本当に欲しくないのです。」
牧師は何と礼をいっていいかわからず、馬から降りて、手綱を白樺の木に結
び、自分が知っている中で一番良い黒雷鳥のところへと薮の中へ手をいれてつ
かんだ。昼用においしいステーキを手に入れたわい、と思った。同時に若者は
バイオリンを手に取り、ポーランドの曲を弾いた。すると牧師は跳びあがり茨
の薮の外へ落ちた。羽根が空中に飛び散った。牧師は掻き傷だらけになり、そ
の日のお勤めが出来なくなった。馬はつないで置いた手綱を自分でほどいて、
逃げ出した。そんな事で牧師は歩いて自分で取った黒雷鳥を持って帰へらねば
ならなかった。教会では礼拝が終ったところだった。集会をその牧師は終えた。
そして時間がたっぷりあったのでとうとう牧師は王様の所へいき、この若者を
絞首刑にしていただきたい、との提案をした。
皆が刑場に集まっていたとき、若者は言った、
「救われるはずの裸にされた者
がお祈りをするのが普通だと、そしてまた信頼できるとりなしをしてくれる農
夫に頼むのが普通だと知っている、哀れな自分だ。だけどその代わりに私のバ
イオリンでポルカを弾くのを許してくれませんか、そうすれば私はより良く、
そしてより楽しく死ねますから。」
「何だって。」と民衆のうちの農夫が言った、「短い曲を弾けるなら、聞かせ
てもらうぞ。」
「何だと。」とその牧師は言った、「あんたが弾くのなら、この松の木に私を
縛っておいてから弾いてもらいたいものだ。」
牧師がそ若者のカドリールを覚えていたからだ。
そこで皆は牧師を直に望みどうりに、たくさんのロープで縛り上げた。若者
は演奏し、皆は踊った。牧師は乾いた子牛の皮のような松の木の周りを回った。
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薮
下
紘
一
首切り役人は、絞首刑用の綱を用意していて、絞首台の側で体をまるめていた。
役人がそこに座って自分に首をくれて絞首刑にするように、とどんなに合図し
た事か。皆は死ぬほど踊っていた。
この噂と騒ぎは、王様の知る所となり、自分の王女がポルトガルの王子との
結婚に同意しようとしなかったし、王様は自分の領土と国王の位をめぐって不
和になっていたので、射撃と演奏の名手だから、若者を自分の所へ呼び寄せた。
若者が王様の御前にきたとき、王様は若者にこの事を告げた。
「そちは何処から着ているのか、してそなたの名はなんと言うのか。」
「ええ、」と若者は言った、「私はカラバスの出身です、そして名はカラバス
公爵です。」
「そうであったか」、と王様はいった、「それなら、そなたは話に出ている大
事な争い事でわしを助けることが出来よう。そしてわしの一人娘と、領土と国
土の半分を得て、娘と共に、わしの死んだ後は、全国土を治めよ。」
それで若者はとてもうやうやしくお辞儀をし、礼を言った。
「これは小さな簡単な喧嘩で、これ自体はうまく行くでしようよ。彼らは皆
楽しい死を遂げる事になりましょう。そしてそれらの領土は永久に王様のもの
になるでしょう。あそこには青々としている若枝は、もはや一本も生えないで
しょう。」
「うん、そちはそれが出来る」、と王様は言い、「わしの約束とわしの宣誓に
かけて、そうなるよう確信しておる。」
「はい、明日早くから王様が言った事にしたがいましょう。」
皆は敵に向って行った。国中にいるのと同じくらい沢山出て来た。若者はま
ず銃を撃ったりバイオリンを奏でたりした。銃声を聞いただけで多くの者がハ
エのように死んだ。他の者たちは死ぬほど踊った。若者と王様がそれで腰をか
がめて、何回かの演奏と一斉射撃を繰り返して、進んだとき、皆はその場で馬
鹿女やねずみどもみたいに死んでいた。
それからすぐにカラバス公爵は王女を手に入れた。そして王様はとても良き
娘婿を得たので、国中を上げて大きな喜びとなった。カラバス公爵の母が昨年
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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死んだ。八十歳だった。
34.オンドリ、テーブルクロスそして棍棒
あるとき年取った婆さんがいた。多くの場合そうであるように。こうして総
ての物語は始まるのだ。
大抵の婆さんがそうであるように、この婆さんにも小さな息子がいた。
それで婆さんは自分とその小さい息子の為に、出掛けて行って食料を物乞い
しようとした。母親がでかけた留守の間、息子を面白く遊ばせるには、もう三
粒の穀物の種しか持っていなかった。
息子は居間の入り口の所に立って、小さなコップの中に入った三粒の種を持
っていた。そのとき一羽の小さな鳥がきて種を一粒つまみ、森の腐ってくぼん
だ切り株の所へ飛んで行って食べた。それで息子には二粒しか残っていなかっ
た。
次の日息子は、二粒の種の入った自分の小さいコップを持って、また敷居の
所に座っていた。するとまた鳥が飛んで来て、息子からもう一粒の種を持って、
自分の腐ってへこんだ切り株のところへ飛んでいき穀物の種を食べた。だから
息子は一粒しか種をもう残っていなかった。
三日目また少年は敷居に所に座っていたが、おもしろく遊ぶには、一粒の種
しかなかった。そして息子は母親が帰ってきたとき、すごく叱られるのを知っ
ていたので、二粒が無くなっていたときは、これはもう種で遊ぶどころではな
かった。丁度その時鳥が来て、少年から種を取った。それでおもしろく遊ぶも
のが無くなってしまった。
夜になって母さんが帰ってきた。かわいそうに。三つ全部の粒をなくしてし
まったので、ガミガミ叱られ、叩かれた。意地悪くて厳しい母だったが、何と
か家で夜を過ごさせてもらえた。
夜が明けると母親は言った。
「キチンと掃除をし、お前のなくした種を敷きいの所で探せ、このいたずら
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薮
下
紘
一
者めが。」
「いや母さん」、と息子は言った、「あれは玄関ではなくて、鳥が僕からとっ
たんだよ。」
「そうか、ぢゃあ森へ行って、確かに鳥だったのかどうかみて来い。もしそ
うならお前の三粒の種の代金を小鳥に払ってもらわなければならんぞ。」
少年は自分の小さな斧を腕に抱いて、森へと向かい、切り株をまず一つ、ま
た一つとたたいてみた。一日中歩いて、最後に夕暮れ時にお目あての切り株を
みつけた。
それを叩くと、一羽の小鳥が出てきて言った、
「何が望みかね、チビさんや。」
「うん昨日僕から取っていった、三粒の種の代金を払ってもらいたいんだけ
ど。
」
「はい、貴方はそうしなくてはね」、とその小鳥は言った、「さあオンドリを
一羽あげるよ。「「オンドリさん、銀貨を。」」という毎に、欲しいだけ銀貨をも
らえるんだ。さらにここにある布をあげるよ。これをテーブルの上に広げ、
「「布
さんや、テーブルの上にありとあらゆる種類の食事を」
」、というと、あらゆる
種類のたくさんの食べ物がもらえます。それでもしあなた達が四十人か五十人
でも、総ての人を満腹にさせられますよ。ここに棍棒があります、
「「こん棒さ
ん立ってダンスを。」」と言うと、棒はそこに何千人もの人が居たとしても、そ
の人達を倒すでしょう。そして今、貴方は自分の三粒の種のわけがわかったで
しょう。そして私が貴方を困らせたとか、騙したとか言えないのです。さあ、
年取った、怒っている母親のところへ帰りなさい。これからは母親に食べさせ
たり、罰したり両方ともできますよ。」
息子は布とオンドリと棍棒を持ってうちへ帰って行った。一歩きしたとき道
を間違えてしまった、そして何処に居るのか、どう行ったらうまく自分の家に
行き着く道に出るのか、解らなくなった。暗くなり始め、かわいそうな息子に
は折り悪く、夕立が激しく降り出した。速く進む事も出来なかった。そのとき
不思議なことではないが、涙を流して泣いた。オンドリ、布地そして棍棒を持
って進んで行った。然し自分の持っているものは何の役にも立たなかった。長
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
い間森の中をさ迷って歩き、やっと思いがけず一軒の小作人小屋へとたどり着
いた。そこには、年老いた爺さんと、見るに耐えない醜い婆さんが住んでいた。
息子は一番丁寧な言い方で、ここで一夜過ごさせてくれませんか、ぜひお願い
します、と頼んだ。二人は、これは山のトロールか森のトロールかと思った、
これはとんでもない者で、苦しめられるのでは、と思ったので、長いこと家の
中を言ったり来たりして考え、やっといいぞ、といった。オンドリを、二人は
自分達の物に出来るのではないか、と思った。だが棍棒は大きくて、おそろし
げに見えたので、何かの役に立ってくれるだろうと思った。そして人を迷わせ
るような森に住んでいる二人のところには、特におうくの人が泊めてもらうこ
となどなかった。
少しの間体を暖め濡れた衣類を乾かしていると、夜が近づき始め、腹が減り
だした。布を乾かすためにテーブルの上に広げさせてもらいたいと頼むと、ば
あさんはやっと許してくれた。むすこはそこへいきこう言いながら自分の布を
広げた。
「布さんや、あらゆる種類の食事をテーブルのうえに。」
そしてそれと同時に、皆が望む事の出来るありとあらゆる上等な料理と飲み
物でテーブルは満杯になった。主人夫妻にどうか座って、満足して、皆がする
と同様に、夕食を食べるようにと勧めた。朝になると昨夜出してくれた布から
朝食をだした。だがとても衣服が濡れていて、かなり疲れていたので夜ぐっす
りと眠っている間に、醜い婆さんはテーブルにかけてある息子の布を取り替え
た。
息子が我が家の母親の所へ帰ってきたとき母親はいった。
「お前に種の理由がわかったかね。」
「はい、かあさん」、息子は言った。
「それをわしに見せておくれ。」
そこでテーブルの上に布を広げ母親に朝ご飯をやるようにと言った。
息子は言った、
「布さんや、総ての種類の食べ物をテーブルのうえへ」と、た
だ一つの欠けらさえ出てこなかった。
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薮
下
紘
一
そこで母親は腹を立て、またむすこを森へと追い出した。かわいそうに。
かわいそうな息子は出て行かなければならなかった。
切り株のところへやって来たとき、鳥が来て尋ねた。
「何かしてやれることはありますか、小さな坊や。」
「うん僕の種粒の代金を支払ってもらおうとおもうんだ。」
「それをあなたはもらったではありませんか」、と鳥は言った、「もしあそこ
で夜になったら、布を試しに見せなさい。それを貴方はよく知っているでしょ
う。さあもう一度行って、あそこに夜になるまでいなさい、そうすれば、婆さ
んが自分の布と取り替えたんだから、貴方の布、オンドリ、そして棍棒を再び
手に入れることができますよ。」
「あそこへ行く道がみえないよ。」
「私が連れて行きますから。」
そう言って鳥は古い小作人小屋へ通じる道を教え、わざわざ玄関の扉の所ま
で息子について来た。なかへ入ったとき、とうとう暗くなり始めた。今夜ここ
に泊めてはくれませんか、と頼んだ。息子が横になった時、性悪くて醜い婆さ
んは暖炉のそばに座って料理をし、それから眠った。婆さんはうわごとを言っ
た、そして若者は鳥の「「棍棒さんよ、たちあがって踊れ。」」と小鳥から教わっ
たとうりに言った。
すぐに棍棒が爺さんと婆さんの上に上がった。そして棍棒は二人を死ぬほど
殴った。
婆さんは叫び声を上げて頼んだ、
「坊や、あんたの棍棒をとめてくれ。布とオ
ンドリをあんたに返すから。」
「棍棒さん、静かに立ってくれ。」
あっという間に棍棒は自分の隠れ場所へ去った。
少年が自分の布とオンドリを又残して行ってくれたので、朝になると、この
醜い婆さんは、布を見て残していってくれたのだと勘違いして喜んだ。
さて息子は喜んで故郷の母親のもとへ帰って行った。そこで母親は尋ねた。
「今度の旅はうまく行ったかね。」
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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「うん母さん、すごく良かったよ。」
「そうかい、じゃあ見せておくれ。」
「これを見せましょう。」
そうして床の上にオンドリを放して言った、「オンドリさん、銀貨を。」
するとすぐにこの小さな小屋は隅々まで銀貨で一杯になり、母親がいつも居
る事にしていた暖炉そばへ行くことさえ出来なかった。
それから少年は母親の居る故郷に二年いて、機嫌よく、母親を本当にせっせ
と世話をした。そして母親は死に、それで世話をしなくて済むようになった。
それから一人で一年間暮らした。
この若者の評判は全国全土に広がった。王様までがこの若者について語られ
るのを聞き知った。そして若者を自分の所へ呼びにやって、話と評判が広がっ
たのが、本当なのかどうか試そうとした。
城へ来ると、王様はその若者に言った、
「わしは知らなかったのだが、庭園に
二十匹のイノシシが現れた。わしの所の多くの猟師達のうちの誰も、撃ち殺す
か、或いは何らかの方法で追い払うか、うまく出来ないでいる。もしそなたが、
これらの事をかたずけられるのなら、そちの褒美は高価になるぢゃろう。
」
そこで若者は答えた、「それらにはすぐはっきりするでしょう。
」
庭園の中には一軒の古いあずまやが建っていた。若者は一本の紐を取り出し、
扉の取手に結んだ。そしてもう一方の端を屋根の梁の穴に固定した。そして庭
園から出てライラックの茂みへと歩いて行った。そこではイノシシがいつもた
むろし、何か食べようとせわしなく動き回っていた。若者がいるのに気づき、
死ぬほど引っかいて食べてしまおうと言う気になった。庭園にきた者には誰に
でもそうするのが常だったから。哀れな若者は前の方に、イノシシは全部後ろ
に。そのとき若者は古いあずまやへ跳び込み、全部で二十頭のイノシシも後に
続いた。隙間を通って上へ、そして屋根の上で辺りを見回した。紐を見つけ出
し、イノシシ共をみんな閉じ込めようとして、再び扉を引っ張って閉めた。
そうしておいて王様のところへ上がって行くと、王様は尋ねた。
「あれらをもうやっつけてしまったのかね。そなたがイノシシどもを射たり
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薮
下
紘
一
火砲を撃ったりしたとは聞かなかったが。」
「はい」、と若者は言った、「猪のチビたちを捕まえて、庭園の古いあずまや
の中に投げ入れました。そしてとびらを閉めてつっかい棒をして扉を支えてあ
ります。それで、奴らはこれからは、決して外へ出られないのです。陛下がも
しお望みなら、屠殺させて下さい、或いは好きなようになさってください。奴
らはすぐに決定してもらえるでしょう。」
王様は次のように命じた。下男達が全部で十二人、庭園へ降りていって、庭
のカマドに火をつけ、丸焼きにしろ、だった。
これを聞いて王女はとても嬉しくなった。王女がこれから父王の庭園へ思い
切って行けるし、そしてその若者がとても好きになった。それらの事に対して
若者はとても心がきれいで気が利いていた。だが自分の持っているオンドリと
富には王様も王女も全くしらなかった。
王様は外の牧場に途方もない一角獣を飼っていた。それで誰も撃ったり、他
の方法で殺す事が出来なかったし、あえてそこへ行く者もいなかった。若者は
すぐにこの獣を殺す事を任された。やります、と約束した。
牧草地へ行くとき、棍棒さんを持って行った。だけどそれを何処において置
いたのか解らず、ただ面白半分に持って来たのだと皆は思った。一角獣は若者
に突進してきた。
そこで言った、「こん棒さん立ってダンスして。」
棍棒はただ一振りしただけだった。この大きな一角獣が一跳びして膝から倒
れて死に、ものすごい大きな角が背中に筋をつけた。それから若者はその場に
びくともしないで突っ立っていた。
それから陛下の所へ上がって行った。
「さあ猟師達を下に行かせて、獣の皮を剥がさせていいですよ。」
「何じゃと」、と王様は言った、「そちがあの獣に完全に勝ったと言うのか。
わしは毎日恐ろしい思いで過ごして来た。そちは三、四人の猟師を連れて行っ
たのではないか。」
「ほう、何と立派なことか。」かの者達はしり込みするウサギのように恐れて、
-206-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
しり込みしていただけだった。
「さて」、と王様は考えた、「わしは何をこの者に与えたらよいか。」
この青年はこのような勇気を示し、恐ろしくて残忍な動物に対して、思い切
って一人でやってのけたのだから、計り知れない強さを持っている、と王様は
思った陛下の総ての国民と家臣の誰も、生きている間中で敢えて屋敷全体で、
それをする勇気が無かったのだから。
だが王様は自分の庭園のことと牧場の事の両方でうまく行って心から喜んだ。
そこで若者は今一度、何をそれで自分はやればよいのか、と王様に尋ねられ
た。
「まあ、お若いの」、と王様は言った、「もしそちが猟師達に着いて行きたい
のなら、これから十四日間、お前は休みを取っても良かろう。」
それで家へ少し帰って見ると、王女は毎日若者への強い恋心を募らせた。だ
が王女はどうやって自分がかの人の愛をを手に入れる事が出来るのか、そのす
べを知らなかった。それ程強く女王の恋心は燃え上がっていたのだ。それで黙
っている事が出来なくなった。
そこで若者は、もし自分が王女の望みに同意できたなら、そうです王女との
結婚に同意してください、ととてもうやうやしく王様に尋ねた。それに対して
王様は心から喜び、棍棒が恐ろしかったので、よし、と答えた。
「そちの望むようにするがよい。」
すぐに結婚が成立した。
それは、紀元後十七年の聖ペテロの誕生日にちなんで行われた。
35.だまし山とトロールのクリスマス・イヴ
この荒削りの大きくてぞっとするような山は、屋敷から十八分の一マイル(約
2.7 キロメートル)の所で、スモーランドの、いわゆるクーハゲンと呼ばれ、リ
ュスビュー教区が持っているロングフルト・ノルゴードに取り囲まれている。
古い言い伝えによると、山の南の端で西の方向に山の内部に通じる扉があるよ
-207-
薮
下
紘
一
うに見えるので、前に書いた名前の山には古い時代にはトロールが住んで居た
そうだ。そこは一枚の大きな平らな石が入り口の間へと傾斜して続いており、
その道は広間から通じる階段があるように見えた。道にはほとんど草と潅木が
茂っていた。ここの牧場に昔は屋敷の住人達の家畜とトロールの家畜が一緒に
見られたものだった。雄牛と牝牛、子牛と羊、雌山羊と雄山羊が共に草を食み、
そしてトロールの子供がそこでおもちゃを持って遊び、ベリーを摘んでいたの
だった。山の中で小さな子が泣いているのが聞こえる事があった。
そしてこんな事があった。町に金もちで裕福な男がいた。二人の息子がいて
学校へ通っていてクリスマス・イヴを心待ちにしていた。だけど皆が家へ帰る
前には、夕食にならないものだから、二人も夜遅くなるまで帰ってこなかった
のだ。それで父と母は、この事をかわいい息子達に、どうゆうわけで夜遅くな
ってから帰って着たいのか、忙しい間外にいたのか、と尋ねたのに対して、息
子達はとてもドキドキしながら答えた。
「僕達がノレゴードの牧草地にある大きな山へきた時見つけたのだけど、山
全体が美しいしい支柱の上に立っていて、支柱は金色に塗られていて、様々の
色合いになっていて、僕達には書き留めることが出来ない位だったのです。そ
れで、山全体が至る所輝く絹の布でおうわれていました。そして何倍にもなっ
て、神様のいる高い空の星のように光がついていたんです。長い間僕達の馬の
背に座っていればいるほど、様々の光がともされました。山の中からはどんな
時でも、今までこの世では聞かせてもらえないような、活き活きとした音楽が
聞こえていたんです。そして多くのトロールやあらゆる種類の仕事をする人た
ち、小さいのや大きいのが居て、いちいち数えることは出来なかったけど、跳
びはねたり、ダンスしたり、楽しそうで、歌を歌っていました。「「今や我等は
救われた、今や我等は慈悲を得たのだ」」、と。この歌を聴けば聞くほど、きれ
いな音になり、それで僕達はその後に起こるであろうことを見る前に、向こう
へ馬に乗って行きたくなりました。然しこれは全く同じ事だったんです、「「今
や我等は慈悲を得たのだ、救われたのだ。今や我等はあがなわれたのだ。
」」そ
して皆は跳びはね、ゴルフをし、楽しげだった。そこで僕達は一度彼らに答え
-208-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
たんです。「「これは嘘だ。あなた方は慈悲を得たのだ、あなた方は馬鹿ではな
い。あなた方は折り良く救われたのでは無いのです。その時もまた永久に。」」
すぐに僕達の目の前に大きな暗闇が出来、大きな鳴き声や、すすり泣きが山の
中から聞こえたんです。」
そこでその父親は言った、馬に鞍をつけて、お前達はすぐに馬に乗ってそこ
へ行け。そして夜には少しの食事しか食べてはいけない。そして彼等を慰め、
彼等に慈悲と平和と喜びと救いを約束するのだぞ。」
皆はすぐに自分達の父の望みに従わねばならなかった。下男が二人ついて来
た。この物語に公平な証人となる者達だった。皆が山へ来たとき光か、カマド
の火らしい物は無くなって、辺りは真っ暗で、だけどざわめきと嘆きの声が聞
こえた。
「ああ私達の小さな子よ、私達は何の慈悲も、救いもないのだ。」
「おお、我等の父はお前達に慈悲と歓喜を共に与えたのだと言っている。」
すぐにあらゆる光がともされ、快い音楽が聞こえてきた。一人の美しい少年
がやって来て、一人一人にクリスマス・イヴに着る晴れ着を贈ってくれた。そ
して中へ入ってその人々のクリスマスの食卓を見るようにと頼んだ。だが、皆
は敢えてそうする気になれなかった。
皆がそこに長い間いると、皆はクリスマスプレゼントとして美しい衣装を着
て家へと帰った。そしてこの日に、一人の高慢な人物についてかたられている。
「うん、かわいそうな連中は、だまし山の胴着の一部を、自分達の罰金とし
て払わねばならなかった。」
36.泥棒の三つの親方免許の試験
あるとき一人の貧しい小作人がいた。多くの話でそうであるように、三人の
息子がいた。こうして総ての話は始まる。
そして小作人は州知事の所有地に自分の小さな小作地をかりていた。
あるとき収穫が少ない困った年になった。親父さんは息子達を家では養う事
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薮
下
紘
一
が出来ず、息子たちは皆家を出て衣服や食料を自分でまかなわなければならな
かった。そこで親父さんは好意的な伯爵で、州知事でもある地主の所へ出かけ
て、地主が三人の息子どもを、この土地から送り出すよう、それはそれは丁寧
に頼んだ。息子達はそこで旅に出て自分の運を試す事になった。息子達は父親
の願いで伯爵自筆の署名と印を押した身分証明書をもらった。
三人はまず始めは一緒に歩いたが、皆が仕事に就く前は多くの町や村にいた。
長い間探していると、ある町へやって来たが、そこで長男が靴屋の徒弟のとこ
ろへ言った。そこで中間の地位をもらった。
末っ子は何の職についたら良いかまだ解らなかった。居酒屋へはいって行き、
ショウチュウを一、二杯飲んだ。そこでは多くのみだらな奴らが末っ子の前に
座っていた。其の連中は、末っ子がどんな男かと言う質問をし、そしてどんな
手職が出来るのか、そして習ったか、と言う質問だった。末っ子は、今回は、
丁重に答えた―――――自分はまだ仕事をしたことがありません―――:
「私たちは三人兄弟でわれ等を世話できない老いた父がいます。そして今は
私の一番上の兄は六年間見習いになって行きました。靴屋になる為です。次兄
は仕立て屋になります。ここに私達に好意的な伯爵で、州知事である人からも
らった私の身分証明書があります。私は好きな物を得る自由があります。
「お前の身分証明書は俺達がいつかなれるだろう身分よりも、良い物だ。う
ん良かったら、俺達についてきてもいいぞ。メシは食わせてやるぞ。そして何
か稼げたら、自分の物にしていいぞ。」
そのようになった。
末っ子は時々この悪い連中の所へ行きときどき共に有能な泥棒になった。そ
して六年で十分に儲かった。この素晴らしい手職を彼らの所へ出かけて学んだ。
今や末っ子は自分の兄達と同じように手職を身に付けたが、時がたって皆は
各々の職業で親方に成って自分達の老いた父の所へ帰ろうとした。父がまだ活
きていると聞いたから。靴屋はよく腕を磨いて礼儀正しい人間になった。それ
に自分の同業の中で示せたように身なりが良かった。二番目の兄も働いて出世
した。そして自分の同業の中にあって立派な仲間になった。靴屋と仕立て屋は
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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馬とそりを持って一緒に乗った。泥棒はこっそりと馬とそりを盗み、一人だけ
紳士のように進んだ。三人は州知事の家のそばを通って小作地へと、自分達の
老いた父の所へと降りていった。
三人が入っていた時父親は一行が誰かを思い出せなかった、六年たった間に
皆が立派に成長していたからだ。三人が父親に挨拶すると、自分の息子達だと
わかり、言った。
「よう帰って来たのう息子達よ。今やわしは年老いて体も弱く
なった、とこれでは信じなければならぬのう。」
すると、同時に好意的な伯爵は召使をよこして、三人がどうやって紳士にな
って、自分の主人の所へ、どうして挨拶に来ないのか、と言わせた。
「うん」、と親父さんは答える、「好意的な伯爵に挨拶に行きなさい。六年前
身分証明書を下さったのだ。そして今三人は故郷のわしの所へ又帰って来たの
だから。」
召使はすぐに戻って行って伯爵にことの次第を報告した。そこで伯爵はこれ
らの旅をしている紳士達で、古くからの知り合いを、自分の食事に招待する旨
を伝えるべく、すぐに又使いを出した。皆は何と喜んだ事か、少し立ってから
お伺いする、と約束した。それから一時間後に皆は好意的な伯爵の所へ上がっ
て行き、とても温かく迎えられ、立派な食事を楽しんだ。それで皆は恐縮し自
分に借りのある人々に、うやうやしくお礼の言葉を述べた。食事についても、
又皆が六年前にもらった立派な身分証明書をもらった事についても。
そこで伯爵は三人の六年間はどうだったのかと尋ねた。三人は答えた、
「アル
ツーナにいました。」
「そこでどんな仕事に就いたのかね。」
「私は」、と長男が言った、「靴作りを習いました。そして腰の低い態度を。
閣下は、好意的な伯爵様は、私の教育記録に就いての書状を書いて署名して下
さいました。」
「うん少年よ、それは修行するのに必要だったのだ。靴作りの仕事は様々な
事を必要とするんだから、私も含めて、うん、あんたの紹介状は一とうり見た
し、署名がしてある。」
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薮
下
紘
一
「さて」、と伯爵は真中の子に言った、「何の仕事を学んだのかね。あんたも
靴の仕事を習ったのかね。」
「いいえ、閣下、私は仕立て仕事を習いました。そして私の兄同様に私のさ
さやかな依頼も同様です。伯爵様、親方からもらった私の修行証明書を見てく
ださい。」
「うん」、と伯爵は言った、「今や近付きつつあるクリスマスの祝日に靴を一
足作ってもらえるかね。あんたは大層長いみちのりを旅したのだから、少しの
間家の父親の所に留まっていなさいよ。」
「さて」、と伯爵は末っ子に言った、「あんたが成長したのは良い事だ、そし
て良くなり元気にしている。父親の家にいた頃は、あんたはとても小さくて、
弱くてやせていて青い顔をしていた。今は丸太のように太って脂がついている。
そしてとても素早く見える。どんな種類の手職を身につけたのかね。」
「はい」、と末っ子は答えた、「盗みを覚えました。そして私が出来るだけ速
く自分の親方の証明書の事で罰することを閣下の所でお願いいたします。そう
すれば私は他へ出て、私の所轄の役所を利用させていただきます。」
すると伯爵は口をゆがめ、微笑んだ。
「それはそちの本音ではないだろうな。」
「いいえ」、と泥棒は答えた、「本心です。家の父のところにいる時間が無い
のです。ここにいる連中は若い去勢牛がいるみたいです。」
「うん」、と好意的な伯爵は答えた、「あんたの親方からの証明書をあんたは
罰していいぞ。だがわしに三つの親方試験の仕事の証拠をちゃんと見せてくれ
よ。
」
「それはどう言う物ですか。」と泥棒は言った。
「そうだ」、と伯爵は言った、「今夜馬小屋から全部で十二頭のわしの馬を盗
んでみろ。」
「はいそうしましょう」、と泥棒は言った。
そこで泥棒は伯爵の言うとうりにすることになった。だが学識のある伯爵は
泥棒の策略を知っていた。州知事は自分の所の十二人の若者に各自の馬を夜見
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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張るように命じた。泥棒は町へ出かけて行き、ジョッキー半分のおいしい眠り
薬と一緒に五リットルのい火酒を買い、それを小さいジョッキー半分のビンに
分けて入れ、古い袋に、一盛りの量のおいしい食料を入れてじゆんびをした。
そしてたまたま本当に薄暗くなって、とても寒い天気になった。風が吹きつけ
雪が降り目も開けられないくらいになった。泥棒は老いたこじき婆さんの扮装
をしていた。そして馬小屋へ行き、町で手に入れた物を持って、泥棒は馬小屋
の扉の所へ来て叩き、お願いですから、あなた方お願いですから、こじき婆さ
んを中へ入れてください、と頼んだ。いつもなら婆さんはとうりに横になって
凍えていたのだ。
「俺達は十二人だ」、と馬の番を命じられた若者達は考えた、「一人の婆さん
のせいで俺達がやっと自由になれるとは。」
「うん」、と一人が別の者に言った、「あんたが俺の馬の事で責任を取ると言
うのなら、俺は婆さんを入れてやる。婆さんは俺達のようにとても良い人間な
んだ。」
下男は自分の馬から降り、戸を開け、婆さんを馬小屋に入れ、すぐに又錠を
かけて戻って行き、自分の馬に鞍をつけた。ピストルやカービン銃や他の一そ
ろいの、制服についている装備を全部を鞍につけて立っていた。婆さんは火の
そばに座った。そこは、皆が一本の大きな丸太を燃やしている火があったから、
暖かくて心地良かった。婆さんは自分の木靴で雪をほり始め、じぶんを炉のち
かくへ来させてくれたこの慈悲深い人たちを祝福する。これは良い行いだった。
婆さんが座ってたっぷりと時間をかけて、体を暖めながら自分の袋の中を調べ
はじめ、自分がこの日に、クリスマス・イヴに物乞いする物が何か無いかと辺
りを見回した。一切れのパンと少しの肉を持っていて一生懸命かみ始めた。少
しのスープまでも取り出して、皆のところへ行って自分のスープを一同に振舞
った。そしてこれは善意であった。それで一同が婆さんを哀れみ、寒い夜に外
でガタガタ震えて横になっている様を想像した。それが彼らにとってはとても
良かったので下男達は老いた母に、クリスマスにふさわしいとても良い夜にな
ったと感謝した。
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薮
下
紘
一
それで下男達は行った、
「ここの切れわら入れの中に麦わらがある。そこであ
んたは、老いた母さんは、一対の麦の束をとって、暖炉のそばに広げなさい、
そして何頭かの馬のおういを、あんたの上と下に広げなさい、そうすれば貴方
は夜凍えないよ。」
これに婆さんは感謝し、今は夜だが婆さんが飲み食いを終えるまで、ゆっく
りと横になっていて良いのだ、と思った。婆さんは下男達においしいスープを
又飲ませて言った、
「あそこの寒さの中に座っている人達、何て気の毒なんだろ
う。
」
婆さんは又下男達に火酒を与え、ある連中は自分の馬に乗ってさっさと歩き、
ある者達は難破船のような馬小屋のしきりに寄りかかっていた。
それから婆さんはこの勝負に勝ち、強く注意深くなった。婆さんは鞍一式を
ほどき、鞍と男の両方を下ろした。それから火を消した。こうして末っ子の泥
棒は十二頭全部の馬と共に立ち去った。ほらね、末っ子は最初の賭けに勝った
ぞ。
朝になって親切な伯爵は下へ降りてきて、自分の忠実な家来達に挨拶し、無
事かどうか確かめた。
「やあ、おはよう、少年たちよ。」
「おはようございます、閣下。」
「わしは、お前達が完全に目覚めてくれていれば、ここにお前達を立たせて
いるのは、つらかろうと心配でねえ。あんた達、わしの馬を何処へやった。」
一人が答えていわく。
「私達はたった今馬を水辺に放した所です、伯爵様。」
すると、伯爵はこたえた。
「お前達オバカサンの腹には、それぞれ一リットル半のジョッキーの水が入
っていると見ている。お前達はとても眠たいはずだ、お前達お人よしは。さて
お前達は、夜は実に忠実だった。みっともない。」
夜が明け太陽が昇ったとき、泥棒が十二頭の伯爵の馬全部を連れて再び現れ、
自分の親方免状に署名してください、と求めた。
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「いや」、と伯爵は答えた、「別の試験をするまでは、そうしてはいけないの
だ。さて今夜、上の広間にある机からわしの持っている、総ての銀を盗むのだ。
しかも家内の持っている亜麻布と指にはめている指輪も一緒にな。」
今度はこの泥棒は良く考える事を許された。
伯爵は上の大広間に総ての銀を運び上げ、中央にある机の上に置いた。そし
て屋敷内で見つかったたくさんの銃に弾薬を詰め、広間に置いた。夜になって、
伯爵自身がたくさんの銀を見張る為に広間へ上がって行った。
泥棒は長いはしごを持ってきて壁伝いに、大広間の窓の所へ置いた。そこに
は伯爵が座って待ち伏せていた。泥棒は、一週間前に処刑され、郊外で絞首刑
になった囚人を連れてきた。はしごをさっさと上り、窓の中央に死体を止めた。
伯爵がこのことを知ってすぐに銃を取って窓に向って撃った。と同時に泥棒は
囚人を手放した。するとこの冷たくて硬い肉体は壁にこすられながら落ちた。
「ああ良かった。泥棒を撃ち落したわい。」と伯爵は思った。
伯爵は全部で六個の明かりを消し、下の階の夫人の部屋へ行き、横になった。
伯爵が横になったとき、夫人は尋ねた。「撃ったのは貴方ですね。」
「うん」、と伯爵は答える、「悪漢をすべり落としたのはわしだ。これであの
男の心配をしないで安心してねむれる。」
「謀られた」、と夫人は言った。「他の人達が上がってきたら、そして私達の
窓から私と寝ている人を見せたら、町じゅうが不安に成ります。紐を一本取っ
てきて泥棒の首に結び付け、町の外へ引張っていき、地面の穴の中に放り込み
なさい。そうすれば人々は、泥棒はこれで終わりだ、自分自身の仕事を終えた
のだ、と信じる事が出来ます。」
「うん良い事を言う」、と伯爵は言った。
伯爵はそこで起き上がり、自分の大きな毛皮と紐を手に持って、着物を着て、
町から一歩きの所に泥棒を引張っていった。
同時に泥棒が夫人のところへ来て言った。
「おうかわいい人よ、お前の亜麻の布と指輪をわしに渡してくれなくては、
さもないとわしらは祝祭日に泥棒の一群に好き放題なことをさせてしまうか
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薮
下
紘
一
ら。
」
「ええ、本当にそうですね」、と夫人は答え、ベッドの上に座って亜麻布をぬ
ぎ指輪を暗い中ではずし、夫人は伯爵だと、自分の愛する夫だと信じていたの
で、泥棒にわたした。
あっという間に泥棒はそれを持って大広間へ上がって行き、袋の中に銀製品
を全部つかんで入れ、もし玄関口で伯爵に会ったときの用心に、使える銃を一
丁手に握った。こうして泥棒は、嬉しい事には、この賭けにも勝った。
と同時に伯爵が来たが、死をまぬがれた。夫人が裸でベッドに横になっている
のを見つけた。
「亜麻布なしで寝ているのはどうした事だ。」
「ああ、貴方はしっているはずでしょう。貴方が帰ってきて、亜麻布と指輪
の両方を、泥棒を埋葬する時に入れるのだと言いましたね。だから泥棒は、こ
のクリスマスの祝日の間私達の家に住み着く幽霊ではないでしょうか。」
「そうに決まっている。泥棒は今にも又出てくるやも知れないぞ。」
朝になり、少しして泥棒は銀と亜麻布と指輪を持っててくてく歩いて来て、
それらを伯爵に返した。そして自分の証明書に署名し、又親方免状をいただけ
まいかと恭しく頼んだ。
「いや」、と伯爵は答えた、「今夜、クリスマスの祝いの日だが、ここの古い
礼拝堂で総ての金を盗め。それからなら証明書をやるだろうし、好きなだけ自
由に盗むが良い。ただお前がわしを大事にしてくれるなら、これからはお前を
ペテンにかけたりしないから。」
「なるほど。」と泥棒は言った、「その命令承知しました。」
さて泥棒はよくよく考えてみた。どんな手が適切かと。
泥棒は町の教会の管理人の所へと降りて行った。管理人は教会の光について
の権限を持っていて、私用に十ポンドの密造酒と細いローソクを買っていて、
それから魚市場へ降りて行き、二マスのカニを買った。そうしておいて、たそ
がれ時に教会へ行き、これらのカニを祭壇と説教椅子の上に、又席の列の並び
に置き、それからローソクにかみついて、たくさんの切れ端にして、更にカニ
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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のハサミの間に置き、クリスマス早朝礼拝の用意をした。泥棒はかなりの数の
鈴のついたベルトを締めた馬を一頭盗み、教会専属の楽師の枝折り戸の所へと
連れて行き、馬をきっちりと結びつけ、干草の先を馬の前の方まで長くして置
いたので、馬は首を伸ばしても食べられない、つまり干草を食べられなかった。
泥棒はそうしておいて教会へ入って行き、総てのローソクに火をともし、申し
分にないクリスマスの早朝礼拝を行った。楽師は頭がクラクラして目が覚めた。
時計を見たが止まっていた。窓を通して外を見た。教会に火がともっているの
が目に入った。たくさんの鈴が鳴っているのが聞こえた。酔った頭でめまいが
少ししたので、寝過ごしてしまったと思った。大急ぎで服を着、教会へ行く準
備をした。泥棒は、楽師が教会の玄関へ来たのを聞きつけ、祭壇の前で一連の
文句で礼拝を始めた。
「自分のお金をすべて私に出してくれた人は、私について天国へ導いてくれ
るでしょう。」
楽師がこの快い文句を見知らぬ牧師から聞いたとき、楽師はおのがじし考え
た。
「今説教しているのは、私達の遠い先祖だ。」
楽師は急いで古くてすっかりぼろぼろになった礼拝堂から跳びだして言った、
「老いた人々が今説教している。ペテロが皆のために説教しているのだと思う。
ペトロは、私達の為に甘美な誓いを礼拝で行っているのだが、退屈な老人達よ。」
「おお何と言う声を出しているのか。」
「うん」、と楽師は言った、「ペトロは皆に、そのような事を聞くように教え
ているのだ。一体誰がこれら総ての賽銭を私にくれるのだ。ペトロは天国へ元
気に私について来るだろう。」
「私はその人の為に自分の持っているたくさんの物を捧げるつもりだ」、と楽
師は言った。「私もそのつもりだ」、と牧師は言った。
牧師は大急ぎで進み自分の金をかき集め、そして暖炉の上の靴下の中にしま
って置いた四ダーラーを老いた母の所へ持って行き、母は、年はとっているが
てつだう、といった。
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薮
下
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一
泥棒が牧師と楽師の二人が玄関口にやってくるのを聞きつけて、再び礼拝を
あげ始めた。
「総ての、総ての、そう自分の総てのお金を私にくれる者は、それだけでこ
の夜生きたままで、私について、天国に行ってよろしい。」
「ああそうだ」、と牧師は言った、「あれは全能のペトロだと私には聞こえま
す。子供の靴下に入れてある四ダーラーを母の所へ急いで取りに行こう。「「自
分の総てのお金を」」とペトロが言っているのが聞こえます。」
楽師はすぐに二人に従った、そして自分も二人と一緒に飛んだ。
三人が教会の扉の所へ着いて、泥棒は再び次のようにいいはじめた。
「忠実な主の召使よ、シオンの壁へようこそ。丁度今、私はあなた方を呼ん
で来るように使いを送るところです。」
それで泥棒は年取った牧師が持っていた、使い古した一つの大きな空の袋を
持っていて、それを牧師が自分の頭をメチャクチャに、叩いたり、それから好
意的な伯爵の所へ行く為に、自分のそりに結びつけた。
「道が狭いし、門は体に織物をつけるには狭い事を哀れな奴に教えなかった
のかね。」
「うんその事は私の案内書の中に書いてあります。」
そして皆が伯爵の鶏小屋へ来たとき、鶏とガチョウが鳴き始めた。
「ああ」、と老いた牧師が行った、「私たちが、老いた聖人たちが私の心を喜
んでくれるので、もう遠くまで行かなくて良い、と私にはきこえる。」
泥棒は、結びつけた金を腕に持ち、袋を背中にしょって、好意的な伯爵のと
ころへ向った。
そして伯爵が言った三つの自分の試験を達成したのだ。それから泥棒は署名
入りの免許状を手に入れ、その上親方免許と盗みをする全権も手に入れた。こ
の難しい時代には割に合わないと思ったので、泥棒はどんな仕事もいまはやめ
てしまった。
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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37.金を払う帽子
あるとき貧しい小作人がいた。たった一頭の雌牛とたくさんの子供達いがい
は何も持っていなかった。それで最後の一頭の牝牛を市へ連れて行って、食料
を買う一助として、売らざるを得なくなった。
町へ向う道をかなり進んだとき、三人の学生に会った。
「おや」、と学生同士で話した、「さてこのおろかな農夫をだまして、あれか
ら牛を買おう、そしてあれに雌山羊だと思い込ませよう。「うんいとも。」と三
人は話し合った。
三人が小作人に会うと小作人に挨拶した。
「今日は、お父さん。あなたの引いているのは雌山羊のようだね。」
「雌山羊だって。
」と小作人は答えた、「あんた方これが牝牛だとわかるだろ
うに」、と。
「はい」、と三人は言った。
「町へ行って、これは牛だと言いなさい、大声で。
町では昨日嘘を言ったせいで二人が捕った。だからあんたも直に連中の仲間に
なれますよ。」
学生達は農夫と別れ、別の道を行って、一人ずつ小作人に会うことにした。
三人のうちの誰かがいつか農夫を待ち伏せして、だますことに成功したら、三
人で一緒に分捕り品を手に入れることが出来るだろうと思った。
さて小作人は一人に会った、その者は挨拶した。
「こんにちは父さん。父さんが連れている雌山羊をどうするんですか。」
「雌山羊だって。
」と小作人は言った、「あんたには牛だと見えないのかね。」
「はいあんたが町へ向っているとき、前にそうだったように雌牛だと言った
が、知識を持っている人なら、ほら見て、これが山羊だとわかるんです。」
「そうかい、さらば。」と小作人は言った。
子作人は牛を又引いて行った。そして五人目の人に会った。その人はこれを
山羊だと言い張った
小作人は思った、
「これがそんなものになっていたら、それはもうビックりだ
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下
紘
一
わい。今五人目に会った。これを山羊として売った方がいいかもしれない。」
さて今度は六人目に会った。やはりあいさつした。
「今日は父さんどこへ山羊を連れて行くのですか。売るつもりですか。」
「町へ連れて行こうと思っていたんだ。あんたは良く見えるだろう、友よ、
これは山羊ではなくて、牛だ。」
「いや友よ、よく自分で気をつけなさい。決してあなたは、これが牛だなん
てそんな馬鹿な事を言ってはいけません。これは山羊以外の何物でもありませ
ん。あなたがそのことを町で言ったら、おまわりさんが聞きつけて、罰せられ
ますよ、そして留置場いきですよ。これを売りたいと思う気でしたら、山羊だ
としっかり言いなさい。」
「これを六ダーラー以上高くは売れないなあ。」
「おうそれはいけません。三ダーラーが昨日の市の相場でした。そうしたい
のなら、私があなたと取引しましよう。」
とうとう小作人が前に会ったことのある悪党がやって来て、この取引の良き
仲介者となった。みなはその牝牛を山羊だと言ってだまし取った。そして雌山
羊の代金として三ダーラー以上は決して渡さなかった。
そこで小作人はこの町の帽子屋へ行き、この三ダーラーで帽子を一個買った。
その頃はやっていてうえのほうが三角形になっていた。そして財布の中には三
十ダーラーしか残っていなかった。それを持って次に三軒の飲み屋へ行き、そ
れぞれの店の女将に十ダーラー渡して言う、
「わしとわしの仲間がこの十ダーラ
ーで飲み食いし、わしが自分の帽子を叩いて「「払ってないかい」」と言ったら、
おかみさんが「「立派なもんですよ、お友達。」」と答えるんだよ。」
最後に小作人は自分の良き取引人(学生)を連れて、自分が彼等に売った山
羊のことでおごってやった。彼らが十ダーラー分飲み食いしてから、小作人は
おかみにたずねた。
「今勘定はどれ位になるかね。」
「うん、友よ、丁度十ダーラーですよ」、とおかみさんは答えた。
「そうかい」、と小作人は言い、三角形をした帽子を叩いた。そして次のよう
-220-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
に言った。
「おや、はらってあるかい。」
「そうだとも、友よ、教会の支払いのようにちゃんとね。」
この商人達は、この帽子が小作人の為に払ってある、と見たとき彼らは途中
で一人ごちた。
「そんな帽子を我等は必要としているのだ。これでいつもこれ位の金で暮ら
したい物だ。」
「ねえ父さん、この帽子を売る気はないですか。私が買いたいのですが。」
「いやこれは絶対売らないよ」、と小作人は言った、「わしが買いたいと思う
総ての物にわしは帽子を叩くだけでこう言うよ、「「払いはすましてないかね」」
そうなら同じように支払うよ。」
「ぜひ、売ってください。」
それを小作人は聞いていなかったような振りをした。
皆は十ダーラー分暴飲暴食し他の飲み屋でもそうした。
「ねえ、お母ちゃん、食べ物飲み物ぜーん部でいくら払えば言いかね。」
「勘定しておくよ」、と賢い女将さんは答えた。「うん友よ、全部で十ダーラ
ーになるんならね。」
「そうかい」、と小作人は答えた。そして自分の帽子を叩いた。「まだ払って
なかったっけ。」
「うんそうだよ、今日は内証で現金でね、立派な父さん。まあ誰も歓迎しな
いけど。次にあんたが町へ来て歩き回ったら、私の所へ挨拶に来てくださいな、
ビールを一杯あげますよ。」とおかみさんは言った。
それでこの学生達は大変驚きながらやって来た、帽子で小作人が払うはずの
金額を全部代わりに支払う事が出来たとは。連中はその間に、小作人から帽子
を買おうと決めた。
「ねえ父さん、あんたの帽子に幾ら払えばいいのですか。実は我等は取引し
たいのです。この帽子に大いに期待し、いつも金にあくせくしているから、ぜ
ひ必要なんです。畑を耕し、田舎者のあんたがそれで総のかねを取り出せると
-221-
薮
下
紘
一
は。
」
そうなんです、小作人は三千ダーラーを要求したのだ。
「この言葉でたった一つのルーン文字の書いてある石片で叩くだけでは金に
はならないよ。」皆は、これは十分に値が高いと思った。だが地主、つまり自作
農にして陸軍元帥を二十回以上招待した、と小作人は断言した。
皆がしばらく取引の事を話し合っていたとき、学生たちと小作人、四人全員
がこれまた良い事ではないかと思った。洗うときと同じように飲み物を少しず
ついつも薄めたがる火酒一杯呑むのはね。
「来なさい」、と小作人は言った、「あそこへ入って行って、少々おごっても
らおう。」
「ああ父さんは、今は何と親切なんだろう。もっと呑もう、そうすれば直に
俺達の番が来る」、と小作人の飲み友達になった連中が言った。「まずは取引を
しませんか。」
「いや」、と小作人は言った、「まず火酒を飲み、それから取引しよう。もし
それが大事だとしたらな。」
「うん、いくらか割引してくれるんですね。」と皆は言った。「あんたの欲し
がる額は余りにも多過ぎますよ。」
「皆がそう言うよ。割引してくれないかな、そうしてくれるのかくれないの
かね。さあはいりましょう。」中へ入り、居酒屋の女将さんに、今日はと挨拶し
た。
「どうもいらっしゃい。どうぞ座って、良いお客さん達や。」
「ああ母さん」
、と小作人は言った、
「中ジョッキー一杯の火酒をちょうだい、
蒸留したいい香りのするのをね。」
「はいよ、この町でこれより良いのはない位おいしいのをあげるよ。」
「それはいいな」、と小作人は言った。
皆は願ったとうりになり、火酒を手にした。
そこで小作人は、どこでコーヒーを飲めるかね、と尋ねた。
「えーえーありますよ。」
-222-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
連中が入ってくると、小作人は言った。
「さあ酒入りのコーヒーを飲もうぜ。」
それが古い詩では、本当は、金と火酒は哀れなムードを醸し出す、で始まる
のだ。
「ねえ父さん、取引の事を忘れないでよ。」
「うん、あんた達が言うのなら、我等は始めよう。」
皆は共に三千ダーラーを提供し、しかも現金ですぐに支払うと言う事だ。そ
こで小作人は連中を本当に酔わせてしまった。
連中が十ダーラー分飲み食いした時、小作人は尋ねた。
「いくら払えばよいのかね。」
「うん計算して確かめよう。たったの八ダーラーです。」と女将さんは言った
そこで小作人は帽子にこれが最後とばかり話しかけた。
「払わないのかね。」
「そうだとも、ここに拾六シリング残っている。」
「これで十分なのは結構なことだ。」
それから皆は別れるときに、心のこもった挨拶を互いに交わした。自分の雌
牛に値する物を手に入れたので、小作人は家へ帰った。他の者達は次の日の為
に、眠って酔いを覚まそうとして宿舎へ戻った。
目を覚ましたとき、連中はそれぞれ心の中で思った。
「これから、うまい朝飯をとるのはわけないぞ。」
連中はよき同僚のうちの何人かを連れて、おいしい食事をとろうと、大きな
酒場へ行った。十五ダーラー分飲み食いしたが、他の店へ行くには、どうも十
分ではないようだが、と酒場の主人が尋ねた。
それに対して一人が尋ねた、
「どれ位払わなきゃあならないんだい、良くもて
なしてくれた人よ。」
「そうさなあ」、と主人は答えた、「十五ダーラーぐらいですよ、皆さん。」
そこで値段を聞いた客が帽子をかぶっていたが、それを一方の隅へと投げて
言った。
-223-
薮
下
紘
一
「払わなかったかね。」
「はい一シリングも払わなかったですよ方ですよ。お客さん達のポケットか
ら何シリングか取り出すのをまだ見ていませんでしたよ。さっさとここへ金を
出しなさい、気の回らない人たちよ、町へは行くんでない、人をばかにするん
じゃあないよ。」
皆は自前で現金で払わなければならなかった。
今となっては、皆は、小作人との取引の事で嫌になり始めた。
「やつは虫けら
のように帽子をぶん投げた。俺が小作人を捕まえたら、それいじように叩いて
やる。」と他の二人が言ったので、途中から口論になった。
次の日三人の内の一人が帽子をかぶってきた。三人が四ダーラー値食べたり
飲んだりすると、そうする順番になっていた一人が尋ねた。
「さていくらになったかね。」
「うん四ダーラーになる。」
その男は帽子を投げて言った、「払わなかったのかね。」
またぼうしを別の隅へ投げて、それから帽子を五、六回頭の上でぐるりと回
し、そうしてから隅へ投げた。
「払えよ、このごろつき、たったいまはらえ。」
いや、ここにはもう金は残っていない、三人はこの同じやり方でやったが、
しかしそれぞれ支払わなければならなかった。
いまや三人はこの自分達の取引でだまされたんだとわかった。そしてどうい
うやり方でだまされたかわからなかった、どれ程三人は自分の商売相手に対し
て正当だったことか。それでも三人は金を調達し自分の帽子を取り戻す事が出
来た。
小作人は帽子の代わりに手に入れた金で、そこから三百キロ離れた所に自前
の土地を買ってあった。それで皆には居場所がわからなかったのだ。皆が七年
にもわたって探してとうとう子作人が若い頃読み書きの素養を身に付けていた
のを知り、そして自分の小さな仕事場にいるのを見つけた。三つの大きな樽を
仕事部屋に置いていた。それは伯爵が館にクリスマスの休日に用意出来るよう
-224-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
に注文しておいた樽だった。皆が小作人の家の庭へ来たとき、小作人は一つの
樽を自分の頭の上に載せてひっくり返してなかに座り、そしてその中でバリバ
リ音がした。それで部屋の中で大きな音を立て鳴り響いた。
皆は夫人に挨拶し、あなたの主人は何処にいるか、訪ねた。夫人はこたえた。
「神が私を守ってくださるように。主人は重い精神薄弱に成っています、そ
れで全く馬鹿げているし、気が狂っているのです。明日は王様の語学の教師と
話をしに王宮へ行こうとしています。馬鹿な人間です。そこの離れた隅に座っ
て外国の事についてドイツ語やラテン語で読書をしています。あの馬鹿が。」
おかみさんは怒っていたが、大抵の物が地方にきている時の事だ。
皆は樽の中の小作人に挨拶した。皆にドイツ語とラテン語を教える事で話が
まとまり始めた。この事を皆は喜んだ。一方では自分の帽子の取引について話
すのを全く忘れていた。小作人は答えた。少なくとも三千ダーラーの値段で売
りたい、そうすれば自分は皆に一ヶ月で、どんな試験にも受かるように、全部
教えようと。皆はこの話し合いに喜んだ。小作人の提案に従って前に言った三
千ダーラーをすぐ支払った。この商談で活気づいた。それから食事、そして泊
まることになった。
皆が食事を終えると、小作人はこれらの見習い生を試しに学校の中に座らせ
始めた。小作人はこれらの大きな樽を皆の頭の上からかぶせた。そうすると皆
は樽の飲み口から舌を出し、そして小作人は、皆がどれ位大学で習った事を覚
えているか、知ろうとしそして理解したことへのよき記念となるように、ドイ
ツ語とラテン語で舌に自分達の名前を鉛筆で書いた。見習い生たちがのみ口か
ら舌を伸ばしたとき、小作人には、小さなカンシが用意されていて、舌をつま
んでおいて、更に少しばかり引張って、それからちょん切った。そしてすぐに、
確かにこのような学問だと、ペチャクチャ罰当たりな事を言い始めた。それで
自分で学ん覚えた学問をみなに教えていると、みなは座ったまま死んでしまっ
た。いまや小作人は、クリスマスが近づいたので、どんな方法で皆を厄介払い
したらいいかわからなかった。皆を自分の地下室へ投げ入れた。
そしてクリスマス・イヴが来た。いつもこの小作人の所に泊まることにして
-225-
薮
下
紘
一
いた行商人が、いつものように、ここに泊めてくれないかと頼んだ。すぐに、
いいぞ、と言う返事をもらった。
そこでこの小作人は言った。
「ただ今夜は、あんたと一緒には行かないよ。よそ者が一人来て、私の所で
宿を借りた。よそ者は何か病気にかかっていて死にそうだった。どうもこのよ
そ者を埋葬出来ないのだよ。」
「穴へすぐに、では、わしがあんたの為に始末して上げますよ。」と行商人は
言った
「それで良し」、と小作人は言った。
それで行商人は、死体を背負って河ヘ行く。市の門へ来たときさけんだ。
「開門。」
「誰か。」と門番は訊いた。
「市参事会員を運んでいる悪魔だ、夜中運ばなきゃあならないんだ、この詮
索ずきな畜生。開門。」
門番は大急ぎで門を開いた。行商人は通り抜けて河ヘ。そして死人を投げ入
れた。そして水がその周りに渦巻いた。
行商人は小作人の所へ戻ってきた。
「さてあれをあんたから引き離したよ。」
「うまく行った。」
二人はのどが渇いていない内に呑んでもらおうとして、小作人は自分のおか
みさんにジョッキ一杯のビールを探しに地下室へ行くよう命じた。おかみさん
はそうした。そしてすぐにあがって来て言った。
「あの人が帰って来ています。」
「死人は恐らく荒げだったが。」と行商人は言った。「うん、だからわしはあ
んたのところからあの男を始末したんだ。」と行商人は言った。
そうすると、三人の死人の内の二番目を殴って運ぶことになる。
行商人が市の門へ来て、門を叩いて言った。
「開門。」
-226-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
「誰か。」と門番は言った。
「それはわしが、あんたに言うことだろう。この詮索好きな畜生。開門。市
参事会員を運んでいる悪魔だ。それとも夜中、この人を担いでいろと言うのか。」
十一時になろうとしていたので、死人を行商人はヘマなことをして、水に浸
した。
又戻ってくると、門番は門に錠をかけ、町にむかって歩いて行き、悪魔が遅
い時間に薄暗い中を二人の市参事会員を運び、河に投げた、と知らせた。
「そして一時間後に又戻って来ました、毎回私がその人をとうす毎に、夜中
に市参事会員を背負っているのです。それで私は今あなた方に警告します。お
やすみなさい知事様。」
「門番長よ、私の知るとうりお前さんは気が狂ってはいないんだろうねえ。」
「そうでないといいんですがね」、と門番は答えた。知事は市長に命令した、
市長が馬に乗って下の門へ行き、それが本当の事かたしかめるようにと。そし
てすぐに市長に、悪魔に会って騒動を起こさないように、と使者を出した。
そうしている間にも、行商人が帰ってきて、小作人は自分のおかみさんに言
った。
「われらに少々夜食をくれ、そしたらわしは西ゴート人に火酒を一杯やろう
と思う。外は暗いし、悪事を隠す事を、西ゴート人に頼めるから。
「ありがとう。
」と行商人は言った、
「オレはおとなしくしているつもりだよ。」
「いや」、と小作人は言った。「あんたがわしの貧しい家で満足する気なら、
夜だろうが昼間だろうが、何も遠慮しなくていい。」
二人が深夜に食事していると、おかみさんが急いで入って来て言った。
「今あの人が又帰って来たよ。」
「あれはモジャモジャ毛でもないようだ。うん俺は三回目に行ったろうか、
それなら、対策を練ろう。そして俺があの男を始末してやるよ。もし魔法にか
けられていないならばだが。」
そこで小作人が投げるのも三かいめになる。
行商人が市の門へ来たとき、扉を叩いて叫んだ。「開門。
」
-227-
薮
下
紘
一
「クリスマス・イヴに自分の家へ帰れないのはだれかね。」
「門を開けろといっとるんだ。市参事会員を運んでいる悪魔だ、それとも夜
中背負っていろと言うのか、この悪党め。さあ開門。」
門番は門を開け、行商人は再び帰って行った。自分の馬に乗っていた市長は
ゆっくりとついて行き、この仕事がどうなるか見ようとした。行商人が河ヘや
って来たとき、死人を逆巻く急流の中へ投げ込んだ。そして帰ろうとして振り
向いたとき、市長が馬に乗って立っていた。
「何とまあ、あんたは馬に乗っていて、俺は歩いているなんて。あんたが、
俺よりも先うちへ帰られるのは、決まっているな。行商人は大急ぎで馬と市長
の両方を捕まえて、急流のなかへ投げ込んだ。流れはすぐに真赤な血のように
なった。こ町中で恐怖が広がった。しかし行商人はまた小作人のところへやっ
てきた。
すると小作人は、今度は自分のうちへ帰るのか、と尋ねた。それに対して何
の返事もなかった。
「確かにあんたは信じなければ。市長は馬に乗っていたし、俺は徒歩だ。だ
から市長は俺にかったんだ。」
それから行商人は休日中ずっと自分の好きなだけそこで過させてもらい、元
気にくらした。
38.怠け者の農家の娘
多くの場合そうなのだが、ある時金持ちの農夫がいた。こうして総ての物語
は始まる。農夫にはひとり娘しかいなかった。娘はとても大柄で、とても怒り
っぽかった。自分からは決してしようとはせず、きれいな服を着て歩き回った
り、散歩したりしていた。
娘が大人になり始めた頃結婚したい多くの男たちが、結婚したい、と言って
求婚した。
「そうだなあ」、と父親は答えた、「わしとの約束さえあんたが守ってくれれ
-228-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
ばな。だけど実際は、娘は自分の役に立たない事は決してしないのが本当なん
だ。だけどわしはあんたがしたいように娘を叩かないようにしてもらいたい、
それをわしは願っているのだ。」
「ほお娘をね、ちえ、やなこった。」と求婚者達は言った。
そうして連中は去っていきもう全く良い話は来なかった。それで三年間もそ
のままだった。
やっと一人の求婚者が来て娘の事を聞いた。
「ああ」、と父親は答えた、「あんたが娘の、はい、と言う言葉をもらえるな
ら、私も賛成するよ。だけど一つ言っておきたい。娘はすごく怒りっぽいし、
何か自分からすることもなかったが、私は娘を私は決して叩かなかった、そし
てあんたがそうすることを私は望まない。」それを求婚者は手や口で約束した。
この二人のことがまとまって、同時に結婚が整い、娘は新郎の所へ引っ越し
た。娘は最初の朝、自分達夫婦と下男の為に食事を作った。皆は食べた。だが
娘は座って周りを見ていた。夫と下男が夜になって帰って来たとき、娘は食事
を、自分のも用意した。皆は食事をし、休息した。
次の日も同様だった。だけど三日目は皆が森から帰って来たとき、娘は家を
掃除し皿を洗っていた。四日目は皆が森へ行ってしまうと、娘は朝食を食べな
かった。皆が夕方になって家へ帰ってくると、娘は皿を洗い、家畜を小屋へ入
れ、薪を置く場所に置き、かまどに火をつけた。それから夫は、食事のときに、
妻に食事を多く与えた。
そしてこんな事を夫は娘(妻)に対して二週間つづけた。すぐに妻は仕事が
増えたので、夫が食事まで用意するようになった。
これが六、七週間つづいた頃、ある夕方父親がそこへ行って、どうなってい
るかを確かめに来た。父親は二人について全部は聞いていなかったので。親父
さんがやって来て、今晩は、と挨拶した。娘はそのとき、家の中を掃除して座
って糸紡ぎをしていた。遠くの農場の方から親父さんの声が聞こえた。
「あら父さん」、と娘は言った、「ここに泊まっていくつもり。」
「うん、そう思っているんだ」、と親父さんは言った。
-229-
薮
下
紘
一
「あらそう」、と娘は自分の父に言った、「そこにおいてある斧を取って、そ
して暗くなるまで木をきって下さい、さもないと父さんは一片のパンにもあり
つけません。ここではそうなっているのです。」
「そうか、そうなっているのは良いことだ」、と親父さんは考えた。
「これを、
お前の所の人々ならすぐにやったと、おもうんだが。
」
そこで親父さんは斧を持って、薪の木を山のように積んである所へいき、夕
方に燃やす薪を割った。と同時に娘婿と下男が森から戻って来た。そこで親父
さんは婿殿に長々と礼を言った、あんたが私の娘を人並みのはたらきものにし
てくれた、と。
朝になって親父さんは婿殿を連れて家へ帰った。そして親父さんの総ての財
産を二人で分け、自分が持っていた総ての内の半分を婿殿にあげた。婿殿は何
も前ももらっていなかった。親父さんが又娘にくれてやるだろうと恐れていた
ので、そして何らかの方法で娘の心意を曲げるのは良くない、と思っていたの
で。
今では皆生きていて、当時よりももっと良い暮らしをしている。
39.悪魔とそれよりも悪いギュ―リド
あるとき二人の若くて美しい使用人がいた。二人は結婚し自分達の仕事でと
ても気が合って、同じ気持ちだった。そして自分達のささやかな貯えに祝福を
与えてくれた神様に感謝した。悪魔は二人の間で、罰当たりな言葉を使っても、
口論して勝ち目がないと悩んだ。悪魔はそこに何十回となく現れ、ありとあら
ゆる邪魔をしたが、総てがむだだった。
あるとき悪魔は、信仰心の厚い、わかい二人に遠区及ばず、何度やっても自
分の思ったとうりに勝たなかった。悪魔はギュ―リドと言う名前の婆さんに会
いに行った。この婆さんは悪魔より悪かった。悪魔はこれを大いに当てにし、
自分の師を地の果てでやっと見つけたように思った。
婆さんはたずねた、「何処にあんたはいたんだい。
」
-230-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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悪魔は答えた、「あんたには関係ないよ、婆さん。」
「そうかい、あんたが何処にいたか良く知ってるさ。あんたはここの前にあ
る農場にいたんだ、そこで百回以上も、若い夫婦の使用人の仲を裂いて、不和
にしようとしたんだ。二人の愛と神の見守りが強かったので、お前は勝てなか
ったんだよ。それでお前はものすごく怒っているのさ。じゃがお前が私に一そ
ろいの靴をくれる気があれば、手伝ってやるよ。そうすればあんたの気が済む
だろうさ。」
「わかった」、と悪魔は言った。
そこでギュ―リドは農場の方へ行った。
男が物置の前に立って、脱穀していた。ギュ―リドは物置の戸の中を見て、
挨拶した、
「ここの家に幸運がありますように、そして遅くなったがけれども結
婚のことも。」
「どうもありがとう」、と農夫は答えた。
「うん、あんたは善良で美しい娘をもらったよ、これはあんたにふさわし
い。わしはあんたの嫁さんを子供のときから知っとるんだ。そうさ、あの頃
は二足の靴を履いている一番立派で、一番善良な子だった。
」
「はいありがたいことに、嫁は今もそうだよ」、と農夫は言った、「妻に会っ
てください。妻が今でも、あんたの事で何かを思いだすかもしれないから。」
「そうかい、ありがとう、お若いの。わしもそう思っていたんじゃ」、とギュ
―リドはいった。「それではさっそく。」
ギュ―リドは新妻の所へ行き挨拶し、この新妻に、自分が来たのを歓迎してく
れ、長くそして心地よくここに居させてくれるようのぞみ、更に新妻に結婚し
て幸せになる事を願った。それからやっと、ギュ―リドは新妻と話をした。
「はい、ありがとうございます、」と新妻は言った、「もっと近くに座ってく
ださい。」
「はいよ、あんたは善良な男と結婚したね。わしはあんたの亭主を良く知っ
ているからな、小さい子供だった頃、そして少年だった頃も。うん、あんたの
だんなはずっと善良だったし良い人間だった。わしはあんたのだんなは今でも
-231-
薮
下
紘
一
そうだと思うよ。
「はいありがたい事に、そうなんです」、と新妻であるかみさんは答えた。
「じゃが、あんたは旦那の事をもっと、もっと良くすることができるんだよ。」
とギュウ―リドはいった。
「いいえ、今はあまりよくないです」、とかみさんは答えた、「調子の良いと
きは、それ以上良くはなりませんね。」
「さてわしを座らせておくれよ。言う事を聞きなされ。神様はこの世では幸
せは多過ぎるようには決してなさらん。旦那はうなじのところまで黒い毛でお
うわれている。旦那が眠っている間に一度そり落としてしまうといいよ。そう
したら見てわかるだろうさ。そして良く聞いて置くのじゃ、旦那は日に日にと
てもよくなるから。だんなのひげをそりとって、いいかい、家へ入って来て食
事をしてしまい、旦那がくつろいでいる間に、あんたが彼のシラミを取るふり
をするんじゃ、そうして眠っているのを見計らうのだ。そしてすぐに、うなじ
にある黒い毛を見つけるのさ。」
婆さんは自分のよき忠告と、素晴らしい知恵に値する相当お礼をもらい、別
れの挨拶をして去った。お上さんは婆さんが言った、これらのよき知恵につい
て考えた。それで亭主の髭剃りを取ってきて何時ものように身に付けた。
そうこうする内にギュ―リドは納屋の戸を通って行き、だんなに挨拶し、自
分はこの家では母親になった気持ちになったことや、良い物をもらったのを感
謝した。
「はい、礼には及びません」、と農夫は言った。
「いやどうも、そうだ」、とギュ―リドは言った。「じゃが、あんたに言いた
いことがあるのさ、聞いておくれ。あんたには善良なおくさんがいる。それは
紛れもない。然し女には注意なされ。女はあんたにとても不実だから、信じら
れんぞ。女は自分があんたに持っている以上に、他の男により強い恋心を持っ
ていたんじゃ。今は何とかやっているが、毎日ナイフを身に付けていて、あん
たの首を斬ろうとしている。気をつけるのじゃ、これがわしの忠告じゃ」、とギ
ュ―リドは言った。
「だがね、二人に取って良いことをあんたに言おう。いつか
-232-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
あんたが食事をしにはいってくる、あんたが食べてしまったとき、女はあんた
の頭のシラミを採るつもりだ。
させるがままにしておけ。眠っているように見せかけていろ。もしわしの言
葉が本当でないとしたら、どうなるかみせてもらおう。旦那さんさらば、わし
がこの次にここに来るまでな。」
それで婆さんは、この両者を疑り深くさせた。
そのうち旦那が入って来て食事をすることになった。食べ終わったとき、試
しにおかみさんに言った。
「休んでいる間少し俺の頭のシラミを採ってくれんか。頭が痒いんだ。」
お上さんは旦那の要求に従うのに、手間取ることは無かった。旦那が深い眠
りに落ち込んでいると、その間におかみさんは黒い髪を探って、うなじを見る
のも速かった。旦那がぐっすり眠っている間に、かみそりを取り上げ、ギュ―
リドの教えてくれたように剃ってしまおうとした。ところが亭主はすぐに目を
覚ました。そして、あの婆さんが言っていたのとぴったりと合っているのが、
わかった。いまや、ギュ―リドはかけに勝ったのだ。若い二人は喧嘩をし、の
のしり、そして取っ組み合った。それで悪魔は、今やこのかけにきちんと勝っ
たのだから、大喜びした。
悪魔は一足の靴を、一枚上手のギュ―リドにやらなくてはならなかった。一
年に数回ギュ―リドに会うけど、悪魔はそれが自分だと気づいてもらいたくな
かった。ギューリドを恐れていたので、自分以上にギュ―リドが悪い、とわか
り始めたから。日に日に婆さんはポッケルより悪くなり、悪魔は何年も靴を履
いて歩き、これをギュ―リドにやりたくなかった。悪魔はとうとうレーン川の
対岸で、ギュ―リドに見つかってしまった。
それで悪魔は靴を一本の長い棒にぶら下げて、ギュ―リドのほうへ投げた。
このようにして悪魔はギュ―リドをさけたのだ。
-233-
薮
下
紘
一
40.七つの問
ある時雌豚と雌山羊を一頭ずつ売ろうとして町へ向っている農夫がいた。か
なりの距離を豚と山羊を追いながら行った時、雌豚が、毛一本一本が火傷した
ようにひどく痛くなり、ギーギー鳴き始めた。
そこで農夫は言った、
「お前の仲間と同じように静かに横になり、黙っている事が出来ないのかね。」
「はい」
、と雌豚言った。
「私が向こうへ連れていかれるのは良くわかります。
何ヶ月か先の終わりに私は鍋を恐らく、シチュー鍋の中で煮られるために、私
の首をひねって殺して、皮をなめすでしょう。さらに酒杯、なめし皮、そして
鯨油を節約する為、私の皮をひどく下手になめすでしょう。
農夫が町へ向ってやって来ると、自分の雌豚をある醸造人に売った。そして
買主から相場以上に多く払ってもらった。雌豚が町に長い間いて、とても太っ
てしまった。そして町から逃げ出して、自分の年取った女主人のところへ帰っ
てきて、そこで大いに歓迎された。だけど豚は長い道のりを戻ってきて疲れて
いた。そして朝になって死んでしまわなければならなかった。醸造人は自分の
雌豚が居ないことにきづいた。すぐに探そうと明かりをつけさせ、あちこち探
させたが全く見つからなかった。
雌山羊のほうは、さる地位の高い人に売った。その人は町から五キロメート
ル離れたところにすんでいたが、良い値で買ってくれた。そしてこの農夫は春
に向けて双子の子山羊を生む、と請合った。その山羊の子は時と共に良き庭師
の長の少年になり、自分の生業をかなり早くできた。
町からの帰り道に農夫は悪魔に出会った。
悪魔は農夫に尋ねた、「何処に行っていたんだい。」
「うん」、と農夫は言った、「俺は向こうに住んでいた貧しい人間で、ニ、三
頭の雄牛を借りたっかったんだ。」
「あんた、俺から借りてもいいんだぜ。」と悪魔は言った、「七年間貸しても
いいんだ。雄牛どもには餌をやらなくていいんだ。それにあんたが荷を多く背
-234-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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負わせれば背負わせるほど、雄牛どもは荷を積んでもっと楽に歩くんだ。しか
し、七年間が過ぎたら、あんたは俺の七つの問に答えるんだ、さもないと、お
前は俺の言いなりになるんだぞ。」
農夫は、これは悪魔だ、ときづいて言った、
「さあ、そんなに長い間俺が親切
ごかしにしてお前をだましたりするものか、この間抜けやろう。」
一年目は、農夫は木材と石を悪魔の雄牛に運ばせ、どの家も石で出来た自分
の屋敷を作り上げた。二年目は、畑と牧草地の両方から石を全部掘り出し、そ
の石を湖へ運び、自分の持っている総ての土地を平らにした。三年目は、自分
がどの道を行きたい時でもそれに対して合うように、四方八方へ通じる太い道
を建設した。四年目は、自分の所有している土地の総ての周りに石垣を作った、
そして水車小屋と上水道、立派なノコギリのついた製材所を建てさせた。そう
すると、自分も隣人も共に良くなった。五年目、燃料にする以外には役に立た
ないとても古い木の多い森を通ったが農夫は切り取らせ、一日に必要とする以
上に多く、たくさんあって、薪小屋が一杯になってしまった。そこで農夫は村
で一番大きくなっていたので、今や地位が高くなり始めた。六年目は、この辺
りの幾つかの教区で必要とされている多くの鉄と塩を取引する事をやってみた。
そうだ、農夫は一度に百船ポンドの鉄と、一度に十八トンの塩を運ばせた。母
親へのちょっとした土産物のほかに。そしてそれは時おりと言う程少ない回数
ではなかった。七年目は同じようにたえず多くのものを四方八方の町に住んで
いる人々へ運び、多くの財をなした。そして自分と子供、そして孫共々それか
ら皆の全生涯に渡ってよい暮らしをした。
さて七年間が過ぎていき、農夫は復活祭の前の水曜日の夜、七つの問いに答
える事になった。そこで自分の村の住民や親戚を招いて大きな宴会、酒盛りを
した。みなが席について、良い気分になり、とてもよくもてなされていたとき、
長い間ここに居なくて、今はもう屋敷も家もない年老いた行商人が来た。この
村の母親達に、昔の貧乏なラッセがラッセ屋敷の何処に今住んでいるのか、尋
ねた。
「あの人は死んだに違いない。あそこには私がこの村に住んでいた最後のと
-235-
薮
下
紘
一
きに多分立てられたので、新しい人々が入って来ました。俺が歩きまわってい
た時には俺の宿舎はラッセのところにいつもあったんだ。おれが最後にここに
いたときに居たその人のたくさんの美しい娘さん達はきっと大きく、大人にな
っているだろうね。」
「いや、貴方はもはや貧しいラッセではないと信じなくてはいけませんよ。
今やラッセは遠くからでも人目でわかるほど、一番の金持ちなんです。私達の
夫や村や町の人々と今夜宴会をしているのです。」
「ホーラトレ。それなら私もいつものとうりにそこへいくことにしよう。」
行商人はそこへ行き挨拶し、以前のようにことわられないように、泊めてく
ださいと頼んだ。行商人は食事と何杯かの火酒を振舞われたが、他の客達の間
に立ち混じって席につこうとは思わなかった。たっぷりと時間が過ぎ、夜にな
り、皆が楽しく、嬉しくなったとき、悪魔がやって来てドアを叩いた。農夫は
出て行ってドアを開けようとした。
「いやホーラトレ」、と行商人は言った、「貴方は中にいなさい。私がドアの
一番近くにいる、でてみよう。」
行商人がドアを開けると悪魔は言った。「さあ七つの問に答えられるかな。」
「うん聞かせてくれ。どんな質問をするのかね。」
「一とは何か。」「時計がカチッと一回音がする、これが一だ。」
「二とは何か。」「首から上の二つの目玉、これが二だ。」
「三とは何だ。」「鍋の三つの足、これが三だ。」
「四とは何だ。」「馬車の四つの車、これが四だ。」
「五とは何だ。」「片手の五本の指、これが五だ。」
「六とは何だ。」「ガリラヤのカナーンの六つの壺、これが六だ。」
「七とは何だ。」「一週間はみな七日だ。我等の父への七回の祈り。そして煙
を一息、この好奇心の強いごろつきめ、もと居た所へ帰えろ、馬鹿爺はここに
突っ立ってないで、さっさとうせろ。」
そう言われて悪魔は向こうをむき、自分の雄牛を連れて、納屋の餌を積んで
去った。
-236-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
行商人はドアを閉め中へ入りそして言った。
「貴方は天なる父を信じなくてはいけません。私自身は悪魔と偶然出会いま
した。悪魔は大変な好奇心を持った悪党でした。こんなに近くで今まで決して
悪魔からまぬがれた事はなかったのです。しかし私は悪魔の森への道を知って
いました。悪魔が我等の父を害そうとした事で忠告を受けました。悪魔は天な
る父の雄牛と納屋の天井までの半分の餌をとりました。」
「うん」、と農夫は言った、「それがたとへ誰であれ、私は十分楽しんだよ。」
それから行商人はテーブルのそばの席について食べ始めた。そこは全く復活
祭になってしまった、そして行商人は母や娘達にきれいなスカーフを売った。
41.オーディンのクリスマスのステーキ
ある粉屋の主人は若いころから上水道とそして特に粉挽き水車と製粉所を持
っている事に大きな喜びを感じていた。いつも自由な気分でいたし、楽しく、
すぐに悪い事が起こっても、決して悲しむ事はなかった。いつも元気で陽気で、
「不幸の入ったパンにだってこれにはよりよくなるものが入っているのだ。」と
いう心がまえを持っていた。
至る所で粉屋は粉にする仕事をする為に、自分を支え、手伝ってくれる者を
選び、水の精や山のトロールや小人のじいさんや、粉屋を訪問したり尋ねてく
る、あらゆる種類の幽霊も使った。特に自分の製粉所の中で、一人で寂しかっ
た夜には。自分自身でうまい手を使ったり、いたずらをしたりしたが、それは
自分と客の両方に対してだった。そして夜に自分の所をよく訪れるこの集まり
で、多くのことを学び知った。
ある夕方一人の小さな小人がふすまを一袋もってやって来て、どうかこれを
もっと良く挽いてくれないか、と頼んだ。
「私達のところの水車小屋では、こんなにまずくしか挽いてくれなかったの
で、私はもう決してあそこでは挽いてもらいません。」と小人はいった。
粉屋は答えていった。
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薮
下
紘
一
「殻を割られ、穀粒を取り除いたような、頭のからっぽなのろまの大男は、
ふすまをこすり合わせるだけで十分な代金を取ったんだ。そんなことをするよ
うでは、あんたはその粉屋に文句を言えるよ。のろまな大男が、ひどく貧しい
者にそんなことをしたのなら、あんたがかわいそうだ。そのうえ見たところあ
んたはかなり年もとっている。」
小人は又頼んだ。粉屋の主人は小人を助けてやるほど良い人だった。
「自分は挽くために手にしているたった一つの穀粒までも粗末にしないよ。」
と粉屋は言った
その小人は粉屋の主人に、わずかのふすまを挽いて小さくするのを手伝って
くださいと、とても丁寧に三度目も頼んだ。
「私にとってはこれはとても必要で、大切なんです。」と小人は言った。粉屋
の主人はしばらく思案した。
「私はこの地ではよそ者で、この辺りに住んでいる人達を良く知らない。土
地の人も私を知らない。ここの粉屋の客達の中では、この小さな人は何か気品
があって私を試してみている様子だ。」粉屋は言った、「あのね小さいお方、袋
を開けて、臼があいている間にさっと挽いてしまえるだろうから。もしこれ以
上多くないのなら、あんたの挽いた粉は恐らく長くは日持ちしないよ。」
小人は自分のふすまを臼に入れ、大急ぎで挽いたものを、さっと、上手に臼
から出したときとても満足そうだった。今回はとても必要で大切な事だったの
で、小人は粉屋が、手伝ってくれた事に感謝した。
小人は「これで貴方には挽くものもないし、水もないが、挽きたいふすまの
粉はたくさんできました。」と言った。
粉屋はこんな小さな綿毛のようになった物についての小人のこの話を聞いて、
とても驚いてしまい、又小人がこんな話しをして、そのとおりの力をもってい
たことにも驚いた。
その次の日にはあらゆる所から、製粉用の穀物が来始め、粉屋はどうしてこ
んな事になったのかわからなかった。とてもびっくりするほど、水車小屋では
大忙しになった。粉屋は 2~3 年もたつととても金持ちになった。五人の農夫に
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
借りていた金を、期限より早く返した。この五人の農夫は、粉屋が借りていた
水車小屋と製材所の共同所有者だった。粉屋はこの貧しい農夫達をもとても金
持ちで裕福にしたが、これは、どこにも他の水車小屋が無いという、そんな時
代にあって、農民達や粉屋を大いに喜ばせた。そのうちに粉屋はその時代に裕
福になり成功した。
そんなある夜粉屋が一人っきりで水車小屋にいたとき 11~12 歳と思しき小
さな娘がやってくる事があった。それで粉屋は娘をよく見ると、もっと年上で、
初めて来た者ではないということに気づいた。娘は腰をかがめて親しげに挨拶
し、水車小屋の中でこびりついた小さな挽き子を掃除させてもらえませんか、
と頼んだ
。粉屋はみかえりに何が欲しいのかと尋ねた。
「今年は食料が乏しいから、腹をすかしているのかね。」
「いいえ」、と娘は言った。「猟師オーディンの犬達になめさせるように、と
いわれているんです。その犬達は世界中の犬の中で、一番良い品種なんです。」
粉屋はすぐに、オーディンが狩をするとき、どれくらいの犬を連れて行くか
と尋ねた。
「毎夜四匹だけです。その他は十二匹います。だけど田舎へ狩に行くときは
同じように四匹以上は連れて行きません。そして海へ行くときには、いつも七
匹連れて行きます。」
「なるほど」、と粉屋は言った。
「できるだけたくさん集めていいぞ。あのね、
あんたはずっと前ここに来て、ふすまを挽かせた小人の老人の
かね。
親類ではない
小人がその代わりに何を欲しかったのか、私にはわからなかったが。」
「ええ、あれは私の兄です。二人ともオーディンに仕えています。
そして
もし私達のように困っている人々が栽培したり、生産したりした食料を食べさ
せると、オーディンの犬の強さが
四倍も強くなり、長い間言う事を聞くよう
になります。もしオーディンによくあることですが、とても長い間
狩に出て
いるとしても、そうですね、二週間くらいまでです。」
粉屋はまた尋ねた。オーディンは狩がうまいか、たくさん射止めるか、そして
どこで狩をするのか、と。
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薮
下
紘
一
その娘は言った、
「オーディンはたまにしか家にいなくて、出かけることが多
いんです。大抵は狩に出ています。今はクリスマスが近ずづいて、みながオー
ディンから狩の獲物を欲しがっているのです。彼らはオーディンがうまく獲物
を用意出来ることや、そして宴会やパーティに集まると、何事につけ皆のなか
で特に上手なので、やがて来るクリスマスや宴会が楽しみなのです。」
そこで粉屋は又尋ねた、どこでいつもは狩をするのかと。
娘は答える。
「陸と海の両方です。だけどいつも空を飛んでいきます、そしてどの道を進
むかは、私は知りません。」
粉屋は再び聞いた、出かけたときには、どんな動物を撃つんだい、と。
娘は答える。
「陸と海の両方のあらゆるいきものです。」
それから少しして夕方になって粉屋は、おかみさんや子供そして召使達と一
緒に、自分の家にいたが、自分の水車小屋にたった一人で行った。とても強い
嵐だったので、粉屋は小さな雷光にさえ我慢できずに、真っ暗ななかを水車小
屋へと、降りていかねばならなかった。戸を開けて少し出たところで、空にド
ーンという大きな音がして荒々しいが、「粉をくれてありがとう、友よ。」と言
ったのが聞こえた。
粉屋はびっくりしてしまって、大急ぎでこたえた。
「取ったのはあんたかね。それならやるから、これから来る祭りと、クリス
マスのステーキ用に私のために撃ってくれないかね。」
それに対して森のずっと遠くで答える声が聞こえた。
「あんたの親しげな態度にあわせよう。これは私の義務だから、あんたはこ
れまで私に必要なものを援助してくれたし、これからも私をもっと助けてくれ
るんだから。」
すぐに夜になった。その時再び水車小屋の辺りで轟音が鳴り響き、一方の壁
に強い衝撃があって、粉屋は水車小屋全体がすっかり崩落するにちがいないと
思ったほどだった。粉屋はすぐにランプに火をともして何者かがダムの溝をだ
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
めにしたのかと見に行って驚いてしまった。
水車小屋の戸の外には大きなステーキが、とてもきれいな布をかけられてお
いてあるのにきず気づいた。それで粉屋もそのおかみさんもそのまわりの者も、
その時代にしてはかなりきれいな大きな布が見えて、それにステーキがすごく
おうきいので、もしかして一番大きな領主の家の雄牛をと殺したのではないか
と思うくらいだが、体全体がその大きさと重さでは足りない位だった。これを
見た一人一人がこれはなんと言う動物なのかととても不思議がった。粉屋はも
しかしたら、これがどんな動物か、生き物か、を言い当てる事が出きるかも知
れないので、近くにある町全部の屠殺業者を呼んで来させた。けれど町の誰も、
この事について少しでも教えてくれる者は、いなかった。それに粉屋もおかみ
さんも、そして使用人の誰もが、たとえそのステーキがどんなにおいしそうに
見えても、その肉を味わってみたいと思う者は、誰も居なかった。
それから数日して、一人の老人が水車小屋へやって来た。その老人は、若い
とき船長をしていて、全世界を周っていて、世界中の各地のことを知っていた。
粉屋はこの大きな素晴らしいステーキを老人に見てもらった。
「ほほう」、と老船長はいった、「クリスマス・イヴにこのステーキの一切れ
をもらってって、これを食べて一人前になった者がおる。もし密造酒でもある
なら、これはすごいですよ。南アジアのずっとはじに行かなければこんなのは
ありませんからね。」
そこで粉屋はおいしい一切れをどのようにしたら、見栄えよくまた一番おい
しく食べられるかを船長からおかみさんへ教えてやってくださいと頼んだ。
船長は、調理をしてせわをすることをためらった。この女主人がまったく無
知だったのと、それにどのように教えたら良いのかわからなかった。だけど船
長は、広く世界を旅して、そして多くのものを見たし、種種の事を多く体験し
ていた。どうやって調理をしたら良いかも良く知っていた。
船長は、粉屋のおかみさんが何種類かの香辛料を持っているかどうか、又ワ
サビと酢を少々提供できるかどうかと尋ねた。
「香辛料なら何種類かあります。そしてワサビは自分で栽培していますよ。」
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薮
下
紘
一
「それはいい」、と船長は言った、「すみませんが新鮮なワサビを少々もらえ
ませんか、そして 4~5 個の分銅を用意してください。
」
「すぐ手に入りますよ。船長さんが欲しいだけいくらでも。」
おかみさんは出かけて行って、大急ぎでワサビの生えている所からかなりの
量を掘り取って、船長に好きなだけ、必要なだけ自由に取ってくださいと差し
出した。二時間たったとき良く焼いた船長のステーキの用意が出来た。そして
それを良く焼いて、同時においしい、良い味のするスープも作った。さて粉屋
は、この予期しないおいしい食事と、みためも素晴らしくておいしい料理を味
わうように
と夕方のご馳走に、すぐに招待された。
食事中に船長に、ステーキの大量にあまったのこりを腐らないようにどうや
って保存するのか、と粉屋は聞いた。
「そうですね」、と船長は答えた「ここにある必要な分だけ適当な大きさにバ
ラバラに切り分けます。それからきれいな水でよく洗うんです。そして大桶の
中に塩を少々入れて、まぶします。クリスマス用に町から買って来る魚の干し
たものと同じように。それから少しの間寝かせます。4~5 日気をつけなさい。
それを取り出し乾燥させるのにぶら下げておくんです。」それから船長は主人と
おかみさんに言添えた。
「親愛なる皆さん、もしあなた方が、今やったようにこれから後も
私の言
うことを聞くのでしたら、ここであなた方に一つ言いたいことがあります。」
「何なりと」、と粉屋夫婦はこたえた「船長さんどうか自分の意見を言ってく
ださい。もし私達が何らかの仕方でできるとすれば船長さんののぞみや提案に
従うでしょう。さあ何を考え望んでいるかを率直にいってくださいよ。」
「そうですね」、と船長は言った「さてあなた達は次のようにすべきです。親
愛なるあなた方夫婦は、おいしいこのステーキを王様にお届けするのです。お
うさまは今、自分の娘
つまり王女の大々的な結婚式をすぐにも挙げるでしょ
うから。そうすれば、あなた達は立派な者として、褒美をもらえるでしょう。
そして彼らの誰もこのように作られた一品を見た事も味わった事も無ので、多
くの王国から来た、高貴な人々の間で高く評価され、重んじられるようになる
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
絶好の機会だと信じなければなりません。」
「はい」、と二人は答えた。「船長さんの望みと要望にしたがって、言われた
ように、するつもりです。わたしたちはこれがきっと大歓迎される、と思いま
すから。」主人夫婦はすぐに準備にかかり 1 リースポンドの重さのステーキを一
個、それは
たっぷり五マルク分の重さのあるものだが一個作った。粉屋は、
すぐに出来上がったこの立派で素晴らしい贈り物を持って王宮へと出かけた。
粉屋がやって来て言上すると、最良の仕方で迎えられ、歓待された。どんなに
骨を折ったかや、このステーキの価値がどんなものなのかと、王様自身が問い
ただした。それにこれがどんな種類の肉かを言い当てることのできる人は、宮
殿内には誰も居なかった。いや料理人自身さえこの事については言えなかった。
こんな肉は見た事も無かったから。料理人たちは広くあちこち歩き、自分達の
生きている間中旅をしていたのに。どうやってステーキに使われたのかを、何
も知らなかった。それでこのステーキは最も立派で最高の味がするということ
になった。
粉屋は、どんな方法でこんな贈り物を手に入れたのか、と又聞かれた。どう
やってこれを手に入れたか、又どうやって船長がこんな良質なおいしい食事を
準備したのかを、身振り手振りのあらゆる方法で伝えなければならなかった。
粉屋がこうして総てについて話して終えたとき、王様は粉屋にご苦労さん、
と言って数千ダーラーを贈った。そして結婚式に出席してくれるようにと言っ
た。そして船長と粉屋のおかみさんも来て、料理人たちを手伝ってくれとも言
われた。粉屋は大金を頂戴した。そして大喜びして家へ帰って、おかみさんと
船長に、結婚式に宮殿に来るように言われたことを話して聞かせた。その事を
皆は、王様が三人を招いたことを、名誉な事としてとても喜んだ。
それから少し経って、結婚式の日に、落ち度のないようにして、出てくるよ
うに、と言う文書が来た。船長と粉屋のおかみさんは王宮の料理人を調理場で、
料理その他で手伝うようにと求められた。そして結婚式に出席する者はみな、
この贅沢な事に大層びっくりした。
みなは八日間も一緒に居たが、おいしいステーキがなくなり始めた。粉屋は、
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薮
下
紘
一
相当な支払いに対して、王様が、粉屋が前に話しの中で言っていた肉が、家に
残っている事で、使いをやって持ってくるようにと言った。すぐに粉屋は承知
した。そしてすぐさま、大急ぎで残りを取りにいった。それは楽しみになり、
おうきな喜びとなった。さて結婚式が終ったとき、粉屋はこの大宴会に集まっ
た大変多くの人びと皆から数え切れないほどたくさんの贈り物をもらった。船
長とお上さんはその骨折りに対して相当な褒美をもらった。粉屋は同様に自分
の主人たちが以前所有していた水車小屋と家を持つ権限を、文書でもらった、
そして王国の中のどこへでも自分の好きなだけたくさん水車を作る自由をもら
った。そして二人の子孫の生きている間中税も払わないで使う権利ももらった。
おかみさんは金で出来た素晴らしいネックレスをもらった。船長は一生王宮に
住む事になった。そして皆は生きていて、そして前以上に良い暮らしをしてい
る。私の知る限りではもっと良い暮し向きだ。
42.双塔の教会
ある時スモーランドのリューダホルム教区に一人の兵士がいた。春には自分
の畑に種をまいた。兵士が行って種をまいたとき、激しい風や、つむじ風が吹
いて種入れを飛ばし、それで種がバラバラに空中へ飛んでしまうということが
起こった。そこで兵士はすぐに自分のナイフをポケットから引っ張り出し、そ
れをつむじ風に向って投げつけて、こう思った。
「ナイフは恐らく畑の中に落ちるだろう、それなら、俺はそれをそこで種ま
きに又来たときに見つけるだろう。」と。
ナイフをなげつけた、と思っていた所へやって来て、長い時間かけてあちこち
捜したが見つからなかった。
兵士は独り言を言った、
「まあこんな事もあるか。今まいた種に土を少しかぶせる事になったらきっ
とナイフもでてくるだろうさ。」
再び種の入った枡を取り上げて畑全部に種をまき終えた。
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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種まきを全部終えてしまって、兵士は家へ帰りいつもの朝食を食べた。食事
中にに穀物の種をまいたとき、畑で自分の身に何が起こったかをおかみさんや
子供達に、はなしてきかせた。
「そして俺が食事を終ってから、種に土をかけるのに家畜を連れてきたら、
お前達俺に一緒に付いてこい、何が起きたかを見せてやろう。」
畑へ行く用意がととのって、おかみさんと子供達が一緒についてきた。畑へ
着くと兵士は皆に事件の起こった場所を見せた。皆はとても注意深く捜して調
べてみたが、全くむだだった。兵士も仕事をしていた場所や、その近くに来て
自分でも辺りをさがした。
それから三、四年たって、兵士は戦争で敵国へ行ってしまった。そしてある
農夫の所に宿営する事になったが、その農夫の所有になっている土地に山の怪
物が住んでいた。この怪物が、お前はどこからきたのか、と聞いたことがあっ
た。
兵士は、スウェーデンのリュウダホルム教区の出身だ、と答えた。
「そうか」、と怪物は行った、「あそこにはわしも以前居たことがある、ずっ
と昔の事だが。さあわしと一緒にこの小さな小屋へ入りなさい。今夜は少々あ
んたと話がしたいから。」
兵士は怪物と一緒に家へ入った。その時怪物の一人娘に、我らに少々夕食を
つくってくれと頼んだ。とはいってもまだ早かったのだが。食事の用意が出来
たとき、その娘が父親に言った。
「食事の用意が出来ました。」
怪物は食卓につき、兵士にも座って少々だが夕食を食べるようにとすすめた。
その食事は兵士が好きな物だし、とても腹もすいていたのだ。クローネでの俸
給は兵士達にとってはとても十分とはいえなかった。特に兵士達が遠い外国に
行っているときは。そこで兵士が、種をまいていたときに畑で無くしたナイフ
が自分の盆の上に置かれ、食卓にでてきた。自分のナイフだとすぐきずいた、
柄の所に持ち主の焼印を押してあったからだ。しかし兵士は黙って何も知らな
いふりをし、おいしそうなふりをしてやっと食べた。
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薮
下
紘
一
食事中怪物は、双塔の着いた古い教会がリューダホルムにまだあるかと尋ね
たが、それに兵士は、うん、とこたえた。
怪物は言った、
「あの教会と塔は、わしとわしの兄弟が建てたんだ。以前は木
で出来たしちいさいのしか他になかったんだ。まえのは小さくて悪かった、そ
して大きな祭りの日以外にはミサは行われなかった。そうだったのはつい昨日
のようにしかおもえない、信用してくれなくては、友よ。」
兵士は怪物に、どうして塔は違ったつくりになっているのかと聞いた。
「うん友よ、それをあんたに言わなくては。わしの兄弟はわしより若かった。
そしてわしは弟に総て仕事のことを教えた。わしらが造りたいと思った高さに
自分の教会を作るまで、そして何事につけわしの言う事を聞いた。それで塔を
高くしようと働いた。だけど弟はもはやわしの言う事を聞こうとしなくなり、
わしと同じように良いようなふりをした。それでわしらは自分の仕事を別々に
し、同じように多くの仕事をした。そしてわしは北の方を建て、弟は南の先端
を建てたんだ。もし塔が今日のように立っているとしたら変に見える。塔を、
わしの昔の仕事をもう一度見れるなら、大いに嬉しいのだが。しかし恐らく決
してみる事はできないだろう。今はあんなに長い道のりを歩くには年をとりす
ぎている。故郷までは七千キロメートルくらいある。だがあんた達が故郷へ帰
るときにはわしに、この小さな鎖を教会の周りに結び、塔をわしのいうとうり
に飾り、記念にするようにしてくれまいか。だけどこの小さな箱を、あんた達
が故郷へ帰る前には、そのままにしておいて決してあけないでくれよ。そして
あんたの同僚にあんたと同じように知るか或いは見るかしないようにさせてく
れ。」
それに対して兵士は言った。
「はいあなたの言ったようにそのままにしておきましょう。
」
兵士は怪物が自分と教会に示してくれた信用と好意に対して、最良の仕方で
礼を言った。
「しかし一つ貴方に聞きたいのだが。」と言って、兵士は食卓の上にあるナイ
フを取った。
-246-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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「どうして、どうやって貴方はこのナイフを手に入れたのですか。それもし
りたいのですが。私は同じこの柄に自分自身が所有者だと言う記しのついたナ
イフと同じ物を持っているんです。自分もそうしたんです。」
兵士は身に付けていたナイフを取り出し、怪物に見せながら言った。
「あんたの娘さんを、別の家へ行かせて、他の私の戦友をここへ連れてきな
さい。そうすれば、貴方は私が嘘をついてないことを、聞いてわかるでしょう、
一人の戦友は私がこの二本のナイフをとてもうまく作ったうちの一本をもって
いさえするんですからね。」
これに対して怪物は答えた。
「いや、その必要はない。わしはあんたの言う事を信じるよ。このナイフを
返すよ。これはあんたの者だと思う。あんたに本当の事を言うよ。四、五年前
わしの家内が外出した。蒔くためにスモ―ランドの穀物を手に入れるようとし
てね。それはうまくいき、この地方では一番良く成長するんだ。しかし家内は
手に入れるのに結構大変だった。みたところ道はとても遠いし、運ぶときは金
がとてもかかるから。旅をしているとき家内は自分の左足にこのナイフが刺さ
っているのに気づき、この切り傷はこの辺りの医者では役に立たなかった。」
そこで兵士はある風変わりな方法で又ナイフをつかんだ。自分では信じる事
が決して出来なかったし、ナイフを一生見られないのではないかと思ったが、
兵士は怪物達がすべて魔法にかけるにしては最悪の人々だと思い、この魔法で
空中に蒔く為の穀類の種を手に入れると言う方法を思いついた。
兵士がそれから長い間たって、長くて骨のおれる旅をして故郷に帰って来たと
き、あらかじめ前に出しておいた小箱を取り出し、自分の妻と子供に、同じよ
うに前もって言っておいた鎖を見せ、そしてどうやってそれを手に入れたか、
又どうやって教会の塔の周りに回す約束をしたのか、また一緒にフックで止め
るのかを話した。兵士は、鎖がそうするには短すぎると思った。だけど、すぐ
に端を引張ったので、こわれて、伸びてしまった。兵士は鎖を好きなだけ長く
伸ばせるようになった。何日間か歩きよく考えてみた、この鎖のことをよくよ
く考えた、そして思った。これは手柄にも飾りにもならないし、教会の為でも
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薮
下
紘
一
なければ塔のためでも無いと、こんな小さな鎖は、みた所とても小さな時計の
鎖のように細くて、ほっそりとしていた。
兵士は牧師館へ上がって行き、この鎖の事を牧師に告げた。牧師はこのこと
についてあれこれ考えて、このことについて、教会の役員の為に、そして幾人
かの集会に来ている立派な人々に通告し、加えて兵士が自分に知らせてくれた
報告の内容全部を話して聞かせた。兵士は、始から終わりまで手に入った事を、
全部確かですと言った。兵士と牧師の両者そしてそこに居合わせ、会議に出席
していた多くの人が次の点について意見が一致した。つまり兵士はリュ―ダホ
ルムの教会の東南約百三十三メートルの所にある大きな樫の木の周りに鎖をフ
ックで留めるように、そして日曜のお祈りの終った後の夕方に行う事、と。そ
こで兵士が全出席者の見ているところで、空に向って伸びている樫のきのとこ
ろへ行って、その木に鎖をフックで留めた。
43.水陸両用の船
昔々二人の王様がいた。一人はフインテ王と言いもう一人はファーゲル王と
いった。二人の王様はいつも気質が同じだった。戦争をするときも口論すると
きも、決して二人の間には不和はなかった。ときにはひとりがじぶんの領土と
王国をめぐって外国の支配者と争いを起こす事があったとしても、もう一人が
すぐ敵をたたき出して、国境へと再び追い出してしまった。神が彼等と共にい
たので、自分達の間では安定して平和だった。二人の王様は国民から深く慕わ
れていた。身分の高いものからも低い者からも、そうだ、一言で言うと国民と
共にいる一人の男らしい男だったのだ。そして二人はしばしば互いに信頼と娯
楽の事で行き来した。二人の間で楽しみの旅行をする事が一度あったが、二人
は自分達の配偶者を連れて行った。皆が昼食をとっていた。良い天気だった。
二人のお妃は自分達の信頼を満足させ、増やし数倍にするのに、草花の中を散
歩しようと庭園へ出かけた。一歩きして休もうとしてあずまやの中で座った。
二人だけになり道ずれはいなかった。二人は座っていて共に妊娠中だと感じた。
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
一人がもう一人に言った。
「私達は二人とも妊娠していると感じているのですから、もし神様が、その
ときが來たら、私達に安産をお許しくださるなら、神様に、貴方の子供が男で、
私のが女で、或いは貴方の子が女で私のが男だと言う事になっているのなら、
そのように二人が互いに生まれてきて、もし神様が二人を生かしてくれて、し
かるべき年齢まで達し神様が許してくれたら二人は互いに気に入って、そして
二人は自ら望み、神様が二人を恋愛させ、もし貴方が私のように思いの望むな
ら、互いに好きになるでしょう。」二人が出産する時が近づいたとき、それは二
人が望んでいたとうりになった。一人は幸いにも玉のような男子を出産しもう
一人は同じ時に同じように、元気な女の子を授かった。
すぐに時はたち親達の子供も成長した。そして両親達はいつもの習慣になっ
ているように互いに訪問しあった。子供を連れて、それで子供達も互いに会う
ようになり、二人の恋に、同じ年の生まれからして、火がつけられ、二人は一
緒に遊び恋愛の様子を見せ始めた。早くも年は過ぎて、若い二人の恋愛は一層
高まった。それで両親達は非常に驚いた。無邪気な子供がこんなに強い恋愛を、
片言を話す年頃に、互いに示す事ができるということは一体何をしめしている
のかと。このことはずっとつづいた。二人の愛と信頼は長くたてばたつほど一
層強くなり、両親達は自分では気がつかないうちに、互いの信頼と名誉を決め、
約束した。そしてこれからは決して互いを裏切らないように、と約束した。
時がたつうちに、王女の両親はとても貧乏になった。総ての王女の両親の王
国と二人の総ての財産が、王様の両親のものになったからだ。その手に落ちた
からだろう。しかしそれでも子供同志の愛情は強かったし、二人はどんな困難
な事がおこっても、愛が決してなくならないだろうと、約束を交わした。
王子の両親はそのような人だと感じたとき、王女の両親は領土と国を王女に
治めさせようと画策した。王子がけっして王女に会わないように、またはどれ
くらいの距離に王子がいるかを、知らさなければならないように、と命じた。
それから王子の両親は、王子の命の分だけ銀を鍛えるようにさせた。それから
王女は暖かい国々のある島に連れて行かれ、神様も人々もどこに二人がいるの
-249-
薮
下
紘
一
かわからない、と間もなくして言ったぐらいだった。
今や王子の意地の悪い両親は、王子が王女の事をすっかり忘れてしまうだろ
う、と思った。このうんざりした恐ろしい南の島に王女は十二年間いた。その
島に留まっていて、王女の慈しみ深い両親の心の中は、とても高く互いに愛し
ていた両親の心の中は計り知れないほどの深い愛情に満ちた思いが、何と大き
な悲しみになったか、容易に想像できよう。と同時に王女の両親の貧しさは日
に日にひどくなって行った。王女がただ一人の子供だったので、心配がだんだ
んおおきくなった。そこで王女の母は王女に言った、二人は、王女が生きてい
るうちに銀で出来たボタンでとめるようにと王女に言った。
お妃は「この生活が乏しいとき、お前がこの世にいるのは、大層な喜びなの
ですよ。」
それから少しして二人の王女が死んだ。貧しかったからでもあり又多くは心
配のせいだった。前に言った王国と総ての少ない遺産は王子の分、つまり、金
持ち王様のものになった。
「とても速く王子の年はましていき、大人になり始めた。王子の両親は王子
に自分の両親に反してリーカ・ラビエンから王女の王国をとるように、と命じ
られたが、其れに王子は決して同意しなかった。
それからある不思議な事がおこった。そこから遠い所に住んでいた老いた婆
さんが自分の小さな家から程遠くない所にある小川のほとりにしゃがんで衣服
を洗っていた。するとそこへ二人のキビキビした男がやって来て、森へ通じる
道を教えてくれと頼んだ。
そこでその婆さんは答えた。自分は教えられないし、時間も無いしその道を知
らないからと。
「だけど、この小川を越えて踏み越し板の向かいに行きなさい。あそこの近
くにはわしの息子ペレがいるんじゃ。あれの木を伐る音がここへ聞こえてくる
よ。わしの言ったとうりに言いなさい、息子はあんた達に、森へ通じる道を教
えてくれるじやろう。」
二人は婆さんの言ったとうりに歩いた。そして小さなペレのいる森へとやっ
-250-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
て来て、ペレの母親が言えと言ったとうりに話した。
するとペレは答えた。「はい喜んでそうしましょう。」
二人はペレに、伐っているのはなんの役に立つのか、又二人には子供じみて
いるように思えたので、何であんたはこうしたいのか、と尋ねた。
「うん」、と小さなペレは答えた、「船を作っている所でね。この船は水陸両
用なんだ。」
「ほお、水陸両用の船とはねえ。」とわれらが主と聖ペールが答えた。二人は、
以前は婆さんにも小さなペレにも、まったく知らなかったし、以前あったこと
もなかったからだ。
ちいさなペレは二人を森をとうって連れていって、いそいで戻って来て船の
しごとを続けた。夕方になって家へ帰ってきて、二人の見知らぬ男が自分の所
へ来た事を、婆さんに聞いた。森への道をついていったことについても、そし
て二人は一体誰だったのか、そしてどこへ行くのだろうと、話した。
「二人が誰なのかは知らないし、どこへ行くのかも聞かなかったんだ。私も
知らなかった人たちだが、私が言った事に従ったんだねえ。」それから朝になっ
てペレは仕事をするのに森へ行った。何日かたって船が出来上がった。ペレの
水陸両用の船だ。朝になって、ペレは二週間分の食料を大きな袋に入れてくれ
と母に頼んだ。
この母はたずねた。「どっちの方向へ行こうと言うのかね、小さいペレや。」
「うん二週間ばかり森に外へ行って、自分で作った新しい乗り物に乗ってみ
ようと思って。」
「ああ、そうかい」、と母さんは言った、「乗り物を作ったって。お前が旅に
出てしまう前にそれを見たいものだ。」
「母さんが一緒に行きたいのなら見せてやってもいいよ。信じられないんだ
ね、いつでも楽しくて飽きないんだ。」
母さんは、風車の上のた風見鶏をまもる牝牛のように賢かったが、この大きな
乗り物を見たときに、言った。
「かわいそうに、この船は動かないよ。お前、これは役に立たないよ。絶対
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薮
下
紘
一
だよ。」
「いや」、と小さなペレは答えた、「家へ帰って、僕が頼んだ準備をしてくだ
さい。そうすれば、もし僕に運がついていたら、旅をするのが見られるでしょ
う。
」
「わかったよ
母さんが馬小屋から一頭引張ってくるのには決して長くはか
からないよ、かなり小さな姉妹船だって、水陸両用じゃあなくて、今在るみた
いにあそこに立っているだけだと思うかね」、と母さんは言った。朝になってペ
レは母から食料の入った袋を受取り、心やさしい母に別れの挨拶をして出発し
た。
母さんは言った、
「すぐに帰っておいで。何両かのきちがい荷馬車にのったほ
うがいいと思うよ。」
「いや」、と小さなペレは答え、老いた母のもとから旅に出かけた。
ペレが森にある自分の大きな船の所へやって来ると、われらが主と聖ペール
がやって来た。ペレが何日かまえに森を通って案内した二人だ。ペレの仕事を
見物して、又うまく行くように祈った。二人は離れてペレを手伝い、船の艫綱
と綱をといた。そしてペレの幸運を祈って、うまく行く事を請合った。一体ど
こへ行こうというのか・・・一日目のたびは湿地や沼沢地を通った、そして丘
へとやって来た。丘は一かたまりの石だった。石の上には一人の大きな男が座
っていて、片方の足を首の上に乗せていた。ちいさなペレは挨拶し、尋ねた。
「なぜここに座って、足を首の上に置いているんだい。」
「うん」、と大きな男は答えた、「足を下へおろしていると、全世界の水のうえ
や陸を跳んでしまうからな。」「お前のように小さいと、すぐにちいさな穴を這
っていくのに良いな。」「俺の船に来てのって一緒に行こうよ。」
「ありがとう。そうさせてもらえたら喜んで一緒に行くよ。」
小さいペレが一はしり航海した時、大きな若者にあったが、座って服で目隠
しをしていた。ペレはまた挨拶し尋ねた。
「どうしてここに座っているんだい、どこかいたいのかね。目隠しをしてい
るところをみると目でも痛いのかね。」
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
「いや」、と男は答えた。「どこも痛くないんだ。目の中も痛くないんだ。こ
の服を脱いでしまうと、全世界で起こっている事が見えるんだ、そう一番ちい
さな隅までね。」
「良かったら俺の船に乗ってついて来ないかね。」
そこで男は喜こんでをお礼を言い、ちいさなペレに喜んで従った。
更に一走りすると一人の若者に会った、座ってちぎった綿のひとつひとつで
耳をふさいでいた。ペレは又挨拶し、尋ねた。
「なぜここに座って綿で耳に栓をしているんだい。」
「うん」、と男は答えた、「これを取ってしまうと、全世界の陸と海と両方の
起こっていることが全部聞こえてしまうんだ。」
「よかったらおれの船にのってついてこないかね。」
男は答えた、「そうさせてくれるんなら喜んで。」
そして男は良き申し出に何回も何回も礼を言った。ここに十八年間も座って
いたが、多くのもは通って行っただけだったから、これは男には決して誰も言
ってくれなかった名誉な申し出だった。
さて、ちいさなペレがかなり進んだとき、切り株に座って、口には鉛の鉄砲
玉を入れた一人の老人に出会った。ペレは老人に挨拶して、尋ねた。
「何でここに座って、口には鉛の鉄砲玉を入れているんです。」
その老人は答えた。
「挨拶どうもありがとう。ここに十八年間座っていて鉄砲の弾を口に入れて
いるんだ。口から出すと一度に全世界のすべての言葉を話せるけど、誰にも理
解できないんだ。」
「一緒に来たいのなら、俺の船に乗りなさいよ。」
「何とありがたいことか。喜んでそうするよ。ここを多くの人が通って行っ
たが誰も私を信用して誘ってくれなかった。」
こうしてペレはかなり進んでいった。一人の立派な顔をした若い男にあったが、
島の上に座っていた。一振りの剣を肩にかついでいた。ペレは親しげに挨拶し
た。その若い男はどうもと答えた。
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一
ペレは聞いた。
「どうしてここに座って、長い剣を肩にかついでいるのかね。い
つも肩にかついでいるのが良いと思っているのかね。」
「うん」、と若い男は答えた、「これを肩にかついでいると死ぬまで
通る人
を切るんだ。1 振りで百人は死んだよ。
」
「俺についてくる気があったら、この船に乗って行かないかね。」
「何とありがたいことか。喜んでそうするよ。俺はここに十八年座っていた。
だけど誰も私を信用してくれなかったし、貴方のように言ってくれなかった。
その上全く無一文で支払う金も無いし、お返しする事も何も出来ないのです。」
ペレは言った、「一緒に来たいのなら、おいでよ。」
ちいさなペレは再びかなり進んだ。すると又島の上の砂の上に座って、大き
な重々しい銃を肩にかけた男に出会った。ペレは親しげに挨拶し、あんたが肩
に大きな重々しい銃を下げてそこに座っているのは、どこか痛いたいのかね、
と尋ねた。
「この大きな島で猟をして休憩している間、なぜあんたはそれを自分のそば
に置いておかないのかね。」
それに対してその男は答えた。
「はい、私はここに十八年座っていますが、ブロークルラであった昔の戦い
以来、猟もしなければ発砲した事もなかったのです。発砲するごとに百人を倒
したのです、もしそれが、必要なら今日でもそうするでしょう。」
ちいさなペレは言った、
「そこから離れて一緒に来る気はあるかね、それともこれからもここに留ま
って居たいかね。」
「どうもありがとう。喜んでそうさせてもらうよ。数百回もここから去る事
を望んだけど、貴方が私の友人になるような大きな名誉を私に言ってくれた人
は、ここで待っている間誰も来なかったのです。
「はい、じゃあ俺の船に乗って。そして良かったら一緒についてきておくれ
よ。
」
「喜んで。ここにはもう居たくないから。」こうしてペレは火の中や深い谷底
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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をそして、山や谷を越え、丸太や石の上を超えて王様の山荘へと上がって行っ
た。
王様はこの船が乾いた陸の上を搬送するのを見て、びっくりしてしまった、
そして同様に家臣全員も、これはトロールか或いは悪魔だろうと思った。ちい
さなペレが王様の山荘の門のまん前に来たとき、錨をおろして帆を降ろした。
王様は、この船のもち主はどこからきたのか旗も知らないので、尋ねた。
「はい」とペレは答えた、
「グランシェルから来ました。そしてもし貴方が今、
貴方のせいで、この国から追い出された王女を母国に呼んで来ないのなら、そ
して当時貴方がわたしの友達と一時住んでいた、とても手入れの行き届いた王
女の父の屋敷を返すなら、半年いないに、貴方の命と全領土と国を貴方に返し
ましょう。」
すると王様は皆を食事に招待し、王女を呼び戻し、王女の父の家来を完全に
元どうりにして自分の国を相続人達に渡すと約束した。食事を終えると自分の
約束を完全に実行し領土と国を平和的に手に入れるために王様はペレに酒代と
して三トンの金を与えた。ペレが武力を使わないでそこから去って行こうとし
たとき王様はペレに言った。
「貴方はどこにフィンテ王の末娘がいるか恐らく知らないでしょう。数年前
に銀貨に掘り込まれた王女を。見知らぬ国々へ連れられていったのです。」
「私の船の乗組員に聞きます、もし何人かは王女に会ったことがあるか、あ
るいは、その事についてなにがしか事情を知っているかもしれません。なにし
ろ世界中を何回も旅した人々ですから。」
乗組員は「ええ、王子は野獣や龍に立ち混じってある島にいましたが、それか
ら少したってから山のトロールが見知らぬ土地へ連れて行ったんです。」とこた
えた。
すると王子は言った、
「それなら誰かが王女について詳しいことを知っているか、あるいは王女を
見たことがあるかは恐らく誰もわからないだろう。」
「恐らく不可能でしょう」、とペレも言った。けれど王子は言った。
「貴方が、私が王女をここへ連れてきて、王女とわたしがすぐ近くではなす
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一
ことが許されるとしたら、貴方に非常な面倒をかけた代わりに、王国としてあ
なたにむくいるでしょう。」そこでペレは一生懸命捜すと約束した。ちいさなペ
レは旅を続けた。
皆が王様の館からかなり進んだとき、ちいさなペレは目隠しをしている仲間
に言った。
「少しの間目隠しをはずして、フィンテ王の娘である王女が元気かどうか、
又今どこにいるかを捜しておくれ。」
仲間は
ペレに言われたとうりにした。少しの間座って辺りを見回して言った。
「南の方三百キロメートルをちょっと超えた辺りにいる。最初に連れられて
行った島に今もいます。たくさんの恐ろしいトロールの中にいて、とても気分
が悪いそうだ。」
そこで小さいペレは自分の仲間に尋ねた。
「王女を救い出すのはわれらにとって可能だとあんた方は思うかね。」皆は、
できる。と言った。長旅をしてある大きな町に着いた。
ここでペレは旅費が乏しくなり出したので今のうちに食料を買い入れることに
した。
目隠しをしている仲間に言った。目隠しを取って、この町がどうなっているか
見てくれと。
仲間はそうした。少しの間座ってから言った。
「ここはあらゆる種類の産物がある豊かな国です、特に食料と飲み物がたく
さんあります。だけどこの町は、四つの国の王様がこの国の王様を攻撃したの
で、敵に占領されています。この国の王様は良い人です。物事をうまくできる
人なので、国を取り返そうとしています。
そこでペレは耳に綿に栓をしている別の仲間に言った。
「これらの四つの知らない敵国の支配者達が、この大きな美しい町をどうし
ようとしているのか、ちょっとの間耳から栓をぬいて聴いてくれないか。」
「うん」、とその雇われ人は言った。「連中は意見が一致していません。一人
はこの町に大砲を打ち込もうとしているし、二人目は力ずくでこの町をとろう
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
と考えている。三人目は兵糧攻めにしようとしている、だけど三人とも自分自
身とてもちいさな国の支配権しか持っていないので、これらの策も実行するの
が難しいのです。」と。
ちいさなペレは言った、
「それならこの国に留まって、奴等に恥をかかせてやり
たい。このならず者めが。」
皆はこの国の王様のところへと上がって行った。王様は自分の所へ意外にも
かわいた陸のうえをさっと早くやしきまで入ってきた乗り物を見てビックリし
た。ちいさなペレは世界中のすべての種類の言葉を話せる仲間に言った。もし
王様が自分の町で少々食料を仕入れる自由を下さるのでしたら、私達は王様の
町と全国土そして王様が持っている総ての物を守ってあげましょう、と言って
くれと。このことはすぐに王様に許可された。加えて助力してくれる者として
歓迎する、とも。
次の朝四人の敵国の見知らぬ支配者がやって来た。すると王様は
自分の家
臣とともに出て来て四人に対しようとした。
「いや」、とペレは言った、「私達の内の二人を最初に行かせて下さい。そし
て頭がどうなっているか見せてください。」
そしてペレは銃と剣をもった二人に言った。
「銃を持って奴らの所へ言ってくれ、四発だけ発射してくれ、一発は支配者
一人一人に。発射するごとに百人の人間を倒せ。あんたは剣を持っていって、
四回切りつけろ、一回は両方の支配者に、そして一振りで百人の男を切り倒す
のだ。」
この王様が
こんな部隊を持っており、四人の内の二人だけは良い王様だと敵
が気づいたとき、この国の王は恐らく城の中にこれらより弱くはない多くの部
隊を持っているのだと思った。残りの連中はすぐに逃げ、武器も火薬も失って
しまい、自分が生きている間は決して再びここへは攻めてこないと約束した。
ちいさなペレがたった二人の人間だけで四倍もの戦好きな支配者に勝利を得
た事でびっくりしてしまい、ペレに、町じゅうにあるもの、国中の物の何であ
れ、好きなだけ仕入れてよいと言った。小さなペレがすべての最良の食料を乗
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薮
下
紘
一
り物に積んだとき、王様は、総ての物を手に入れたか、と尋ねた。王様がこれ
を知ったときペレにすべての物、そして、酒代として数トンの金を贈り、自分
の一人娘まで与えようと申し出た。それに小さなペレは感謝した。
「だけど結婚はそんなにすぐにはしませんし、すぐに、はい、とも決していえ
ません。」
そうして皆は王様と家臣達にていねいに別れを告げ、王様達は小さなペレが幸
せな旅をするよう望み、帰って来るときには尋ねてくるようにとペレに言った。
これにペレはそうしましょうと答えた。
ひどい悪天候の中で二週間進むと、大きな山へやって来た。山の一方の側は
かなり静かだった。大嵐が過ぎ去ってしまう間そこでペレは錨を下ろし数日休
憩しなければならなかった。錨をおろして、皆は食事をしようとして座った。
目隠ししている仲間が食事をしているときちょっと目をあけていたと思ったら、
その者が食事をしながら言った。
「この山の中に捜している王女がいる。」小さなペレは「そうか」、といった。
そして皆の食事が終ったとたんに、トロールや小人達の恐ろしい群れが山か
らやって来た、それでペレは全く驚いてしまった。しかしペレは奴らが出入り
する入り口を持っているとわかった。すぐに二人の元気な仲間に合図した。一
人は剣で一撃するように、又もう一人には素早く撃つようにと、そして他の者
達には弾薬を素早くわたすようにと。そうして三時間もすると、老いたトロー
ルの父親が一本の大きい杖を突いて出てきた。その杖は二メーターの長さで、
上の握りの所には大きな金がかぶせてあり、たっぷり三マルクぐらいの重さが
あった。杖の下のほうには金で出来た石突きがついていた。握りの所と同じよ
うなおもさがあった。
老いたトロールは尋ねた。
「お前さん、このならず者よ、恥をかきたいのか、わしの小人達に悪い事をし
ないでくれよ。あんたもこいつらがわしの為に皆でやっていると解っただろう。
だからわしは子供もいずおとこやもめなんだ。」
「それはうまい芝居だねえ」、とペレは言った。
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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脚が首まであるじぶんの仲間に命じた。
「脚を首から離して、走って行って海の中にある古い刈り株を突っつけ。」
仲間はそのようにした。
トロールは古い刈り株の上で死んだ。仲間はさっさと山の中へ入っていって、
嬉しい事に十番目の部屋にたった一人でいる王女を見つけた。ペレに再び会い、
ペレが王女の両親の所にいて、食べ物を分けてほしいと言ったと聞いて王女は
嬉しくて、オイオイ鳴いた。王女はペレがどうやってこの山へ来たのかと尋ね
た。
「はい」、とペレは言った、「神様がどういうわけか、私がここへくるのを手
伝ってくれたのです。神様は又幸いにもここへ来る事や、国へ帰るのを助けて
くれたのはありがたい事だと思います。さあ王女様私についてきて下さい。私
達が貴女を生きたまま見つけたのはとてもありがたいことです。ペレはこの地
で数日間のんびりしていた。そしてこの山で上手に種をまき、言う事のできる
あらゆる種類の書ききれないほどの多くの財産を、特にお金をそこでみつけた。
トロールや間抜けな連中はいつもお金が好きなので。ペレはすべてを、際限の
ないほどの金銀やお金の両方を、自分の船に積みすぎるくらいに積んだ。だけ
ど積めば積むほど、船はより大きくなった。ペレはそこにあって値打ちがある
好きな物をたくさん取った。王女はしずくの入ったビンを見つけた。かなり大
きくて、我われが見たところでは、大きな樽にも入れることが出来ないぐらい
だった。それで王女はペレにこれをなんとか持ち帰りたいとたのんだ。
「このしずくはあらゆる種類の病気に有効な物で、私たちの国にはないし、
これを使えるどんな腕の良い医者もいない。このようなしずくを調合するのは
良い事です。」
そうして皆はこの恐ろしい山に二週間とどまった。嵐と悪天候が過ぎ去った。
ある朝静かで明るくなったように見えたので、小さなペレは錨を上げ、そこを
離れ空っぽになった山をさっさと去った。
小さなペレが順風の中を長い距離を旅して、四人の支配者から幸い助けてや
った王様の所へついた。この支配者達はこの王様が王位について、領土と国を
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下
紘
一
治め名君主といわれた時期の一番悪い敵だった。大変な苦労や困難に耐えてい
った。長くて骨の折れる旅から帰って来た小さなペレを見た王様の喜びは、い
かばかりであったろうか。ペレを親しく迎えてくれた。王様の家臣たちも口々
に、よく来てくださった、としきりに言った。小さなペレはうやうやしく礼を
し、自分の乗り物をこの地で横にした。それから皆連れ立って王様の宮殿へ上
がって行って、喜んで迎えられ、宮殿の人々を喜ばせた。王様はすぐにペレの
乗り物の所に番兵をたたせた。そして何もなくならないようにと保証した。
食事中、自分の娘、つまり若い王女だが、ペレがこの地から旅に出て以来重
い病気にかかってしまったと残念がった。そこで小さなペレと救い出された王
女はささやいた。
「食事がすぐに終るように、すぐに助かるでしょう。」
食事が終ったとき、ペレと救い出された王女は連れ立って、乗り物の所へ降
りていって、トロールのいる山から持ってきた大きなビンから数滴のしずくを
取りだして、これを病気の王女に飲ませ、王様と下臣達と供に飲んだなら、数
日たったら元気になり健康になるでしょう、と王様に約束した。
「それはすごい、と王様は言った。連れてこれるだけ多くの医者がいるが皆
大いに努力し苦心して治療にあたったが、今までのところ役に立たなかったの
じゃ。」
次の日病気の王女は、ペレが約束したように、手足のどこにも痛みが感じら
れなくなりました、と言ってていねいにお礼を言いに来た。それでその王女も
他の下臣達もとても嬉しく、喜んでくれた。小さなペレに苦労し、努力した褒
美に何が欲しいかと、王様自ら尋ねた。そして前回と同じように王様はペレに
自分の王女と結婚する事を提案した。その王女は日の光の中にいて、ペレに親
しげだったから、みすてる事が出来なかった。
小さなペレがこの結婚を誓った。
「はい、だけどそのためには余りにも私は身分が低いので、王様の家族の一
員にはなれません。」
「かまわん」、と王様は言った、「貴方の愛は強くて、かつあなた方二人が望
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んでいるのだから。」
そこで直ちに婚約式が両者の望みに従って行われ、そしてすぐに結婚式とな
った。
すべてのことが終ってから、王様は二人に十二艘の船を贈った。すべての船
に、航海士と乗組員を乗せるばかりか、あらゆる値のはるどこにも無い品物を
積んでいた。そこでペレは心からお礼をいい、かわいくて美しい愛する妻を得
て喜び、とても重きをなす王様の親戚になったのを喜んだ。とても卑しい貧乏
な両親のもとに生まれたのに。
今やかなり多くなった戦隊で帰国の途に着く用意が出来たとき、自分自身の
船にはできるが、これらの新しい船は陸上を進む事が出来なかったので、海路
を行かざるを得なかった。ある朝晴れた日になり、順風が吹きそうに見えたの
で、ペレは義理の父に愛情をこめて別れを告げた――王様は独身だったので、
義理の母はいなかった――そして仲間と一行は旅に出かけた。二日間走ると、
自分の故国に着いた。風も順風だし、旅は楽しかった。
王子と若い王女が互いに見交わしたとき、そこでなんと嬉しい気分になった
か想像がつこう。小川の流れるようにとめどなく話しをする若者二人にとても
とても強い愛を感じた。それで書き記す事が出来なかった。王子の両親はペレ
が出かけているうちに死んでしまっていたいので、それからすぐに何の問題も
なく結婚という事になった。
式が大僧正によって執り行われていると、王女に合わせて鍛えた銀製のもの
がとびちり、そこで王女は言った。
「さて私が決して欠けないと思っていた物が欠けてしまい、今や決して行は
ないだろうと信じていた事が行われました。」そして小さいペレとその婚約者と
結婚式をした。それは列をなして何日もかかったといわれた。
それから式が終って総ての物が完全に元のようになり、若い王様はペレに古
い屋敷を贈った。それは昔建てられ、そのままになっていた。そして前には全
王国がそこに従っていた。
今やペレは、長旅はもうしないで義理の父や若い王様を訪問しようとする、小
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薮
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紘
一
旅行を行うだけになった。一方恋愛の方は日に日に高まり、若い王様と、そし
て自分の年老いた両親の間を旅行したという昔の話だ。
44.鍛冶屋のホーカン
昔々一人の婆さんがいた。息子が一人いたがようは馬鹿で、何かを望んだり、
学びたがったりは全然しなかった。まず庭師の親方の所へ修行に出ることにな
った。
親方は言った。
「さあ庭へ下りていってキャベツとスウェーデンカブの苗を植えるんだぞ。
うまくやれよ。」
そこで馬鹿息子は答えた。「はいやります、親方。」
こうして指図に従って畑へ降りていって、まず苗床へ行き一番良くて一番美
しい苗を抜き取った。
そしてお親方はいった。
「一番根の張っているのを植えろ。そうすればうまく行って、大きくなるの
が見れるぞ。幾株かは枯れてしまうだろうから。二週間たったらその代わりに
別の株を植えなくてはな。」
馬鹿息子は上のほうを下にして、根を風にさらした。
それから三、四日して、親方がこの辺りを通った。そこでかわいい弟子に自
分の最初のやり方を指示したが、苗は全部枯れてしまっていた。太陽が根を乾
かしてしまったからだ。これは敬服するほどの事ではなかった。親方はこれで
不機嫌になり、
「もしお前がこの時間にここでしていることを何人かの人に見ら
れたらどうするんだ」、と馬鹿息子に尋ねた。、
馬鹿が答えた。
「親方許してください。俺は一番大きな根のついた苗をこの辺りに植え、小
さい苗は棄ててしまったんです。」すると大目玉をくらい、それからニ、三発平
手打ちをくらった。
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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親方は又この馬鹿にジャガイモを植えるようにといった。馬鹿は土を深く掘
って植えて、土が厚すぎてもダメだ、と教えた。それで弟子は一本の長い鉄の
棒を持ち、60 センチぐらいの穴をあけ、種をその中へ落とした。穴はおよそ一
メートルごとにあけた。そしてすこし時間がたった頃、親方が仕事っぷりを見
ようと畑へ降りてきた。すると前にもまして腹が立った。馬鹿は、まず第一に
苗と種の両方をだめにしたし、それからすべての与えられた仕事を又やり直し
をしなくてはならなかった。
馬鹿は当然もらえるはずの給金である金貨をもらってすぐにいとまごいした。
その事はおそらくこの手紙で一人残らず知る事ができるであろう。まず散々殴
られ、それから尻をけられそれから・・・
「とっとと出て行けこの間抜け野郎。」今やとうとう軍隊へ入る事になり、太
鼓を打つ係りになることにした。
将校が言った。
「まわりの者がいっているのをきいたが、おまえはなかなかきがきいていて、
なかなか行儀がいい、お前は太鼓の音が外れているのを直せ、そうすればお前
は隊員の中で最も素晴らしくなるぞ。」「はい」、と馬鹿は答える、「そのとうり
であります。」
太鼓の両面の皮を取り去って、本体を叩く事から始めた。
そこで将校は聞いた。
「お前の太鼓が響かなかったのは何故か。おいろくでな
し、太鼓を台無しにしたり叩いて皮に穴をあけたのかね。」
「いいえ上官殿、自分は音がもっとよく出るように、命令に従って皮をとっ
たのであります。」
これが巡視の時、どうなったかはよく解るだろう。そして 1 クローネの仕事
に対してどんな報酬を得たか、又どんな功績を馬鹿がそこで上げたか。
さて馬鹿だって結婚し一人前になるだろう。その前に鍛冶屋になる道にたど
り着いた。馬鹿息子は鍛冶屋になりホーカンと呼ばれた。ホーカンがいつも腹
をたて辛らつだったので、
「いつも立ってシュッと言う音を立てる鍛冶屋のホー
カン」、とよんだ。そのときは学問も無いし仕事に熟練もしていなかったからホ
-263-
薮
下
紘
一
ーカンにとってはこの仕事を始めたころはうまく行かなかった。
ある夜森の中にいたとき悪魔に会う事があった。
悪魔は言った。
「わしの言う事を聴いてくれるなら、手伝ってやろう、そして前もって持っ
ていた総ての物はこの日付けの後百年の間うまく行くだろう。だけどわしには
出来ない仕事をさせる事は出来ないんだから、あんたはわしの言う事をききい
れなくてはな。」
「ヘエそんなに長い時間何かを考えて解決できるんだろうかなあ」、と鍛冶屋
のホーカンは考えた。
二人はこの約束に、双方ともに満足した。
ホーカンは仕事を続けた。そしていまやうまくやっていけた。
鍛冶屋のホーカンの名は遠くとうくまでしられた、最も腕のいいえり抜きの親
方になった。しかしホーカンは自分で飲めるだけたくさん火酒を飲まないと、
何かの仕事をやり遂げるのがとても難しかった。毎日まいにちホーカンは鍛冶
屋だったから、火酒一杯を喜んで呑んだ。全く庶民風の屋を建て、すべてを最
良の状態にした。と同時に幾つかの農場を買いそれらを申し分のない状態にし
た。
子供達を家の大切な宝として育てた。おかみさんもまた自分自身の仕事と、
ホーカンの仕事の多くの部分の両方で、腕を振るう良き才能をもっていたのだ。
皆が一緒に元気で生きて、とても金持ちで裕福になったころ、おかみさんが死
んだ。ホーカンは再婚するには年を取りすぎていた。しかし最後まで、自分の
若いころのように、いつも力があったし、毎日いつも働き人並みの火酒代を稼
いだ。
とうとうあのときが近づき、あの悪魔とした約束のときが来た。鍛冶屋のホ
ーカン以上の親方になる事を考えていた悪魔は、ホーカンが一人で自分の鍛冶
場に立っていたとき、そこへやって来た。
悪魔はホーカンにあいさつしてたずねた。
「われらがずっと前にした古い約束を覚えているかな。」
「ああ」、と鍛冶屋は言った、
-264-
スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
「それをはっきりと覚えているさ。来い、一緒に行こう。」
二人が中へ入ったとき、鍛冶屋のホーカンが悪魔に言った。
「ああほんとうに、よく覚えている」、と悪魔は言った、「だがそれがどうし
たんだい。」鍛冶屋のホーカンはそこで一リースポンドの豚の毛のところへ行っ
た。
「どんな仕立て屋や女達も一本の針だって捨てる事が出来ないように、あん
たもこのぬいばりで縫うがいい。」
「うん」、と悪魔はいった、「わしの職人達の誰も出来ないかどうか、俺と一
緒に家へ来て見よう。今は、俺は年をとりすぎていて、こんな立派な仕事には
とても向かないと思うんだ。だけどわしのところの若い者の中に出来る者がい
たら、わしはあんたに喜びとやる気をやる、と約束するだろう。」悪魔は分厚い
書物を家から持ってきていた。それに職人達もいっしょに働く為に連れてきて
いた。だけどむだだった。その者達は加熱し、そして針の目を切ろうとすれば
するほど、とり憑かれたようになり。そして正しい状態にならない内に硬くし
てしまう。
ここで悪魔は鍛冶屋にだまされた。悪魔はホーカンの所へ行って、だめにした
総ての物の費用を、しこたま支払わねばならなかった。ホーカンは長い間鍛冶
屋をしていたので、その仕事も、その材料のせいだと理由を知っていたので、
それは十分に高価となった。
悪魔は怒って鍛冶屋のホーカンの所から出て行った。一杯食わされ、だまさ
れて。
45.ブッセンキス(戦友の小便)
又言う事を聞かない息子を持った母親の話しだ。この手に負えない息子は何
とか良いほうへ向けようとしても決して母親の出来ることはなかった。
母親は最初、手職をつけてやろうとしてこの息子を靴屋へ行かせた。息子は
二週間そこにいて、親方はこの子をわからせることは全く不可能だ、と見て、
-265-
薮
下
紘
一
再び母親の元へ返した。息子はこの意地悪い親方から放免されて喜んだ。
それから仕立て屋へ行かされた。仕立て屋はこの息子の事でものすごく腹を
立てた、それで息子に仕事をさせないようにしなければならなかった。
そうこうしているうちに、このかわいそうな母親は、自分の言う事を聞かない
奴を又引き取った。そのようにして、息子はあらゆる種類の手職をやってみて、
ぶん殴られて顔が焼かれたみたいに真赤になった。ほとんどすべてのことをど
のようにしても身につけることは出来なかったのだ。からだが大きくなりはじ
め、土手の斜面に立たせるには大きすぎた。楽しみにしているものはただ音楽
と演奏のみだったので、他のどんな世に出る道も見つからなかった。年取った
母親がペレの母親だが、生きていくために、ひと切れのパンを恵んでもらうた
めに、領主の屋敷に上がって行った。陸軍大佐が、あんたの息子はまだ家にい
るのか、と母親に尋ねた。
「はい、ありがたいことに、一人確かにいます。あの子はどうしょうもあり
ません。あの子であれ、或いはこの年取ったかわいそうな私であれ、どうやっ
て食べ物を手に入れたらよいかわかりません。
「まあ、泣くんじゃない」、と大佐は言った、「明日私の所へ息子を来させな
さい。私の家畜を連れて放牧し始めてもいいぞ。」
母親は息子のことで食べていく手段を見つけたので、しんそこ嬉しくなった。
息子は、夜が明けてから大佐のところへ上がって行って、自分のあたらしい
仕事をもらったがみすぼらしい服装をしていた。母の古くて黒いセーターを身
につけていただけだった。
大佐はよくきた、と言い同時に尋ねたいと思った、「名前は何だね、坊や。」
「はいペレと言います。」と答えた。
「そうか」、と大佐は行った、「それぢゃペレ・ブッセンキスと名乗れ。森の
中で何事があっても、恐れたり、ビックリしないところを私に見せてくれ。」
それに対してペレ・ブッセンキスは答えた。
「私は恐れたことがありません。」
初日は森の中を歩いて大きな山に出た。そこにはむかし、たくさんのトロー
ルがいたそうだ。
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
ペレは家畜をこの大きな山の上やその辺りへ追って行った。すると山の中で
とても上手に楽器を鳴らしたり歌ったりしているのがきこえて来た。いつも歌
をうたったり
音楽を演奏したいと思っていたので、自分もこんな美しいメロ
ディーを、ひきたいと望んだ。夜になると森から家畜を家へ連れて来る事にな
っているので、その日に森の中で演奏されたり歌われたりした曲のことを、人々
に歌って聞かせることが出来た。だが、皆はこのことを、悪ふざけやせせら笑
いの種にしただけだった。とうとう大佐がこのことを知った。ペレ・ブッセン
キスを上の自分の部屋に来させどういう訳なのか、話を聴こうとした。大佐は
ペレについてある日森へいこうと思ったが、別の用事があってそれが出来なか
った。
いつもペレは、ひと時同じ音やメロディーを聴いた。その事でペレは自分の
言っていることは、本当だと自信が持てたし、自分の仲間と、大佐に為にここ
で本当の事を確かめる事が出来た。
森に向って歩いていたある日、自分の方に向って二人元気のいい若者がやっ
て来て、親しげに挨拶した。ペレは二人に山でどんな風に振舞ったらよいかお
しえ、山にいっしょに行ってくれないかとたのんだ。二人はそうするひまも時
間も無いのです、とペレに答えた。
「だけどあんたに笛を一本上げますよ、これを吹くやいなや、この世のどん
な人も聞いたこともなく、この世のものとは思えないくらい素晴らしい音やメ
ロディーを吹けますよ。だがこれを人に貸したり、売ったりしないように、あ
んたはこの笛を、決して誰もわたさないようにしなさい。たとえあんたの前に
いる大佐のところで、つらかったり困難だったりしたとしても、この世であん
たは幸せになれると、わかるだろう。」
この若者たちを、知らなかったし、以前全く見たことがなかったが、聖ペー
ルとわれらが主であった。ペレ・ブッセンキスは人々に知られないようにして
毎日自分の笛を吹いていた。
放牧しに森へ行くときには。この快い響きは収穫の仕事で外へ出て畑にいたと
きに
皆に聞こえた。皆はそのことを好意的に大佐殿に告げた。そこである夜、
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薮
下
紘
一
大佐と数名の立派な紳士も、狩に行くといって外へ出た。そのときに
人々が
大佐たちに話して聴かせたのと同じ音と調べが聞こえてきた。
それから数日して王様もこのことを聞いて大層心がうごいた。その笛の音を
聞こうとしてやってきた。数え切れないくらい多くの王国へ行った事があった
が、そのような音楽を聴いた事はなかったからだ。王様はすぐにペレ・ブッセ
ンキスを自分のところへ呼んだ。宮廷では家臣たちが、ペレに演奏をさせよう
と提案しようとした。どんな演奏も、すばらしいものだった。そして皆はペレ
にどんな楽譜帖でも見せた。一言で言うと、はい、だ。ペレはあらゆる種類の
演奏で宮廷内では一番だった。ペレは国中にあるすべての音楽について、王様
自らによって楽長の地位につかされた。
しかし人の運命は想像できないものだ。この美しい音楽を聞いた人々と同じ
ように、前の大佐は、ペレのことを、惜しくなった。そしてどんな方法をもっ
てしても、この牧童を手放せなくなった。ペレは何日も何日悩んだ。しかし総
てはむだだった。大佐は、ブッセンキスは山の精に連れ去られたのだ、と固く
信じることにした。皆に、クローケ・ニッセと呼んでいた者を捜すようにと命
じた。だけど、クローケ・ニッセはどこにペレ・ブッセンキスがいるか、言う
ことができなかった。「しかし生きていて元気です。」
王様はペレ・ブッセンキスを、何かをより上手に読んだり、計算したりする
事を学ばせる為に、すぐに森から来させた。これは面倒を見る立場上、とても
必要な事だった。
そこでブッセンキスが、学校と王様のところでの仕事で、合計九年生活した
とき、王様の一人娘である王女がブッセンキスに好意を持った。それが王様の
知ることとなった。だした、恋愛は、隠すのがかなり難しいからだ。とうとう
ペレは王様のところで大恥をかき、重営倉を言い渡された。このことを王女は
とても悪く取るのが難しかったが、たとえそこからブッセンキスを救いたいと
しても、どうしても助けることが出来なかった
ついに、王様が長い旅行に出ている間に、ある夜王女は男の服装をして下の
営倉へ行く事にした。王女は、番兵が刑務所へ通じる扉に再び錠を下ろしたと
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
き、ついでに番兵に親しげに挨拶し、とても寒いし、嫌な天気だから、しょう
しよう多目の酒でも呑みに、ここから程遠くないところにある居酒屋へいって
は、どうかとすすめた。これには番兵はとてもていねいに御礼を言った。
「喜んでそうします。」
番兵たちは、急いで居酒屋の中へと入って行った。そして親父に挨拶し、こ
んなに遅れて来て厄介をかけたのを許してくれ、と頼んだ。
居酒屋の主人は答えた、「かまいやせんや。」
主人は自分のポケットに一シリングは十分入ると思っていたのだ。
「どうぞ座ってくださいよ、皆さん方。」
番兵たちは一人ひとりにおいしい蒸留した火酒をくれ、と注文した。大いそ
ぎで用意された。腹にしみた。と思って甘いものを注文した。
もっと何か楽しませることはないか、ときかれて、
「うん、まだあった。それと大事なことがある。一人でいてはいけない、横
になってはいけない、これにはうんざりする。」と愚痴を言い合った
「本当にそうだよなあ」、と酒屋の主人が言った、「酒を飲んで、気分を良く
することはできるさ、とりわけ夜だ。嫌な天気だし厳しい寒さだ。」番兵たちは
どうするかですぐに意見が合った。そしてそれでもう一杯。それから一ビンの
おいしいパンチを飲み、これは皆はうまいと思った。
そして番兵達が、このおいしい味の良いしずくを呑んでいると、いつになく、
眠くなり、体がだるくなってきて、それで、部屋と自分たちの寝るベッドをも
らえないかとていねいに頼んだ。それらが用意されると、男装の王女は番兵の
コーヒーの中でカギを探すなんて事はしなかった。そして営倉へおりていき、
ドアを開け、ブッセンキスに自由のみにすると知らせた。ペレ・ブッセンキス
はすぐそこから出て、自由のみになったことを喜んだ。そこでは別れはゆっく
りとは行われず、急いで、二人が互いに決して忘れないだろう、といって分か
れた。
今やブッセンキスは自由のみになって、とても嬉しかった。しかしここに、
大きな心配事が前に立ちはだかっていた。まず暗さと寒さと霜だ。それに空腹
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薮
下
紘
一
だった。そしてその一つ一つを、今はどうしなければならないか、が想像でき
た。
そしてこんな待遇や、もてなしをこれまでの長い間受けたことがなかった、
とも。盗みをする気持ちにはなれなかった。他の逃亡者が自由の身になるとき
にはしがちだが。それらは自分自身の心の中にあった良心を信じた。その人た
ちのところで発見したのだが、そして心を一つにしていた、よき友と別れるの
はつらかった。しかし今や再び合うことは全く不可能に思えた。手紙をその人
に書くほどには、あえてそうするにはこまっていなかった。ブッセンキスはす
ぐに密告されたときは、又大きな厳しい留置所や刑務所に再び戻されるからだ。
朝が近づきはじめ、疲れで体が無気力になり始め、飢えた胃は苦しみだし、
いぜんの気分や心のおびえはなくなってしまった。かなりひどい身なりをして
いた。誰かに助けを求めるほどやつれている訳ではなかった。彼の以前の服や
制服は奪い取られていた。それで自分の裸同然の身体に、なにかかぶせる物は
ほとんどなかった。まずい事に金も持っていなかった。それでもペレはわずか
な生計の資を手に入れることが出来た。自分の笛をちゃんと持っていたのだ。
だがこれを手放すほどやつれてはいなかった。
この非常な苦しみを抱いて、ペレはある大きな町に近づき始めた。立ち止ま
って、そこへあえて行くべきかを、とくと考えてみた。とそこへ聖ペールとわ
れらが主が帰ってきて、挨拶した。
「おはよう、親愛なるブッセンキスよ。今日はご機嫌いかがかね。心配し、
悲しんでいるように見えるが。」
ああ、何とビックリした事か。顔が青くなったり赤くなったりした。ペレは
震えた、そして心臓がドキドキしたので、この良い挨拶に答えられなかった。
ペレは二人を知らなかったからだ。この二人が王様の家来ではないかと恐れた。
ここへやって来て自分を再び捕まえる気かと思ったのだ。
二人は又ペレに話し掛けた。
「恐れたり驚いたりしなくていいよ。もう私達を覚えていないのかね。あん
たが大佐殿のところへいこうと土塁の壁へ行ったから、私達から最後にもらっ
た笛を持っていないのかね。そしてあらゆる種類の曲を演奏したり、どんな種
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
類のメロディーでもふくことができるのだよ。」
「はい、まだ吹いてます。私が生きている限り私から笛は離しません。」
そこでペレは勇気が出始め、以前のおかしな所と元気さを同時にいくらか持
ち始めた。
そこで聖ペールは再び言った。
「良き慰めをしたね、親愛なるブッセンキスよ。貴方の悲しみは私達が知っ
ているし、総てのことは貴方の大きな運命であったと、わたしたちはよく知っ
ている。そんな中で心中での愛、王女のあんたへの愛を手に入れた。しかし時
が来ればあんたは又自分の望みをかなえるだろう。うん、あなた方は互いにま
た会って喜ぶだろう。さあ私達と一緒に町へいこう、そうすればあんたが何を
最初にしたいかわかるだろう。又元気の出る食事にありつける。それからこの
寒さの中でも傷まず、傷つかない別の衣服も少々もらえよう。そうすればあん
たは送り出してくれるだろうし、世界中好きな所へ、険しい所や深い谷へも、
旅行できるだろうし、そうすればあんたの最愛の人意外誰もまたあんたの事を
話したり、知っていたりしないでしょう。貴方はたいそう心配しているが、そ
の人をこのようにして、残して去るのだけれど、そうだ時とともにあなた方の
愛は貴方が以前愛していた以上により大きくなるでしょう。」
とても喜びそして感謝の念を抱いて、ブッセンキスは二人について町へはい
った。そこには三人は二週間滞在した。金髪の人が再び以前のきちんとした姿
になるように、ブッセンキスは疲れきった体をやすませて、力を蓄え、空っぽ
になった腹を食事で一杯にする為に休養した。
番兵と酒場の主人が朝になって目を覚ましたとき、彼ら二人はかなり頭が痛
くて、二日酔いしていたのを全く忘れてしまう人はいないに違いない。そこで
酒屋は檸檬としたまま二人の二日酔いを一杯の苦い火酒で流してみようと引き
受け、それから三十分ほどしてもう一ビンの酒といくらかやわらかいビスケッ
トと新鮮なバターを持ってきた。これは大急ぎで出来た物で、おかみさんがそ
の酒屋の下女と一緒に作った物だった。さて二人は再び元気を取り戻し、いつ
もの気分になった。しかしこの酒屋のおかみさんは下女と一諸に番兵の仲間を
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薮
下
紘
一
といただした。というのは、番兵が去ってしまい姿を消したからだ。そして営
倉の中には誰もいず、どこへいったか知らなかったから。又、囚人は快い仲間
から全く逃亡してしまったのではなかったのか、そして心のやさしい別れの挨
拶をしたた訳でもなく、申し出た訳でもなかったからだ。これらの事からして、
皆の最初の朝の祈りが、多くの口論と罰当たりな言葉で行われた。そして番兵
は急いで営倉へのカギを自分のポケットの中で探したが、そこにも、又夜を過
ごしたベッドの中にも見つからなかった。
「こん畜生、この貧しいかわいそうな俺様にここでこんな贅沢なことをして
しまった。」
そこでこの件のことで酒場の主人が、番兵を慰めた。
「親愛なる兄弟よ、自分に満足しなさい。昨夜営倉から帰って来たとき扉の
中にさしたままにしておいて、忘れているのかも知れないよ。」
番兵は答えた。
「ああ、自分にとってはそうであってくれればいいのだが、かわいそうに。
ここでは自分が思っている以上にずっと大きな不幸が自分におこったんだ、と
恐れているんだ。」
番兵はすぐに営倉へと跳んで行き、扉にかけたままにしてあるカギをみつけ
たが、ブッセンキスは逃げてしまっていた。この事については、番兵は大変び
っくりし、突然河に跳び込み、大急ぎで投身自殺した。
さてどうやって、どんな方法で、聖ペールとわれらが主が、ブッセンキスに
与えたことについて又聞きたいだろう。まず二人はペレを作り変え、それでブ
ッセンキスはずっと美しくなり、ちょっと前までよりもずっと金持ちになった。
三着の立派な衣服を手と足にまでそろえた。これでそのような物は全世界で誰
も持っている者はいなかった。
しかもこれらはすりきれないものだったから、百年生きられるたとしても、仕
立て屋から持ってきた最初の日と同じように、新しいだろう。そしてブッセン
キスは最初海へでる事を望んで、ある乗り物がふさわしいと思った。それは乗
組員全部と航海士をいれてブッセンキスの計算では用が足りるような船を見つ
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
けた。そして船の上では決して食料がなくなることはなかった。更にどの地方
や新しい王国でも通用するパスポートを手に入れた。耳で聞いた物はどんな種
類の言語でも話したり理解したり出来た。そして他の総ての事は良く、そして
してかなり判断力のある人はブッセンキスだとわかるだろう。更に二人は、自
分の旅に出て行くのだからと千グルデンをブッセンキスにわたした。同時に土
塁壁へ行ったことのある大佐の所へは、何よりも最初に行くようにと忠告した。
「そして大佐はもうあんたをきっと覚えていない。あんたの快い笛の音を聞
かせたくともね。」
聖ペールとわれらが主はそれ以外のことをブッセンキスに忠告した。そして
二人はペレに教えたいことの総てを話した。ブッセンキスに、これからの旅行
でどんななことがおこるかをすべてを教えた。
ペレは二人が教えてくれ忠告してくれた事の総てを、自分の小日記にかなり
注意深く総てを書きとった。
このようにして二人がペレに教え戒めてから三人は互いに心を込めて別れの
言葉を言った。皆は今や再会を期して分かれた。
ブッセンキスは大佐の所への旅をつづけ、快い音を出す、前に言った笛を少
し吹き始めた。それで大佐はブッセンキスのメロディーと気づいた。ずっと前
に大佐のところにいた間中、自分に示してくれた好意的な態度に、心からの御
礼を言った。そして大佐に心をこめて別れを告げ、彼の召使、下女、そして農
夫と小作人たちにも贈り物と酒代をやった。ブッセンキスは海岸へと降りてい
って、そこで聖ペールが言って、約束した乗り物が、完全で良い状態であるの
を確かめた。船長に挨拶し、この船は一体どこへ行くのか、又この船の持ち主
は誰なのか、と尋ねた。
船長は答えた。
「私はブッセンキスさんにこの入り江であうために聖ペール様から使わされ
たものです。そしてその方を私は全く知らないのです。そしてここから何処へ
向っていく気なのか全く知らないのです。」
「うん、私があんたの待っている人間だ。」
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薮
下
紘
一
ペレ・ブッセンキスは、皆が生きて行く為の食料を持っているかどうか尋ねた。
「はい」、と船長は答えた、「この船は一航海で七年間かかっても、必要な物
と食料に事欠きません。」
「よろしい」、とブッセンキスは感謝した。
そこでブッセンキスは世界へと旅に出、多くの国を訪れ、あらゆる種類のた
くさんの財産を手に入れた。そうしてから自分の愛する人のところへ旅をした。
その人を以前からとても愛していたので。波止場の桟橋に着くと錨を下ろし、
乗組員に、よく見張っていてくれと命じた。聖ペールからもらった一番きれい
な服を着て、館へと上がって行き、名乗り、そして王様と話をさせていただけ
ないか、と申し出た。この事はすぐに許された。急いで中へ入り、送り出し状
を見せ、航海の途中に三日間休ませてくれる許可をもらった。自分自身で給仕
し、同様に船に残してきた乗組員も部屋をもらい、くつろいで、飲み物や食べ
物をもらった。そうだ、王様は自分の家臣にブッセンキスの船を見張るように
命じたのだ。皆がほんのわずかでも行方不明になったり、堕落したりしないよ
うに。
この館での滞在中に、ブッセンキスは自分の持ち物を、王様のところに保管し
てもらい、王女とたっぷりと話しをした。王女は一人娘で様々の事について話
しをし、特に王女に誰か婚約者がまだいないのか、と尋ねた。王女はとても美
しくきれいだから。
王女はこれについてブッセンキッスに言った。
「今のところ誰も居ませぬ。私がまだ若かったころは一人いました。しかし
その方は貧しく、それで私の父は私達が互いに抱いていた愛情に、強く反対し、
その人を刑務所に入れてしまい、きっと死なせてしまったと思います。だけど
不思議な方法といいますか仕方で、私は父王が少々海のたびに出ていた間に、
その人を助ける事に成功し、それでその人は生き返り、それから四年立ちます。
そしてそれ以来私はその人のことを全く尋ねた事がありません。どうにかして
この世でもう一度会えるかどうかは、神のみがご存知です。そのせいで私は孤
独で、心中深く心配しています。そしてそれを決して私の父にも、又誰か他の
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人にも思い切って明かしはしませんでした。そしてたとえ父上がかなり気に入
ったと思う多くの若い健康で気品のある貴人や王子が求婚しても、私の考えや
気持ちの中には決して他の者は浮かんでこなかったのです。これが私にとって
は結婚するのに好都合なのでしたが。しかしその人に対する愛のそしてその人
の私に対する燃えるような愛を持った最初の人を、得ることが出来なかったと
したら、私の心中で、私と結婚させたい人と純粋に好きになってくれた人との
結婚を勧めたでしょう。」
ブッセンキスは答えた。そのような人をあなたが若い心に抱き悩んでいると
は。恐らく名をあげられた人は死んでなくなっているでしょうと。
「いいえ、貴方、恐らくまだだと思います。私たちは言い争っているとき二
人の目に涙を流していたからです。その時私たちは最後にこの世で最後に見交
わしたのですから。もし私達に可能なら、どちらかが最初にこの世から死の世
界へ永久に行ってしまうのなら、生きているほうに合図を送る、と私達の間で
最後の誓いをしたのですから。それに私はあの方に尋ねなかったし、私の部屋
で、まだわずかの合図も見たことがないのです。」
次の朝ブッセンキスが目を覚ましてみると、すぐに、自分の素晴らしい素敵
な船を見ようとして、又よき忠実な乗組員に朝の挨拶をする為に、波止場へ降
りていった。前に言った笛を取り出し、乗組員を元気付け、市内にいる連中を
起こそうとして、何曲かのきれいな朝の歌を吹いた。
再び館へ向って帰ってくると、笛を取り出した。そしてこの世にある一番美
しい歌を吹き始めた。王様やお付きのもの総てが出てきてその人を親しく迎え、
又その人の最愛の人、王女も出てきた。王女が笛の音を聞いたとき、大層驚き、
心の中で、どれほど大きな喜びを感じた事か。ここでは全市を上げてこのよう
に歓迎してくれた。彼らはこれが外国の王様がやって来たのだと、と大いに驚
いてやって来た。その外国の国王は、市民達が全生涯に見た事もなかったよう
な、すごくきれいな、美しい船で、彼らが知らぬ間にやって来たのだった。市
民達はすぐに、市警備隊長に使いを送って、船長がどんな有能な男か、一行は
どれくらいの人数か、どこからきたのか、そして自分達の港に知られずにはい
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薮
下
紘
一
ってきたのか、自分達に使者も送ってよこさず、又祝砲も撃たずに来たのかを、
尋ねたり聞いたりしようとした。ほんの少しの間に、何人かの外国人がやって
来て、しばらくの間自分達の港や町に一行を宿泊させようとするのは、ありう
ることだ。
「うん」、とそのものは答えた、「私は外国人だ。あなた方は私のことをきっ
と知らないでしょう。名前はブッセンキスだ。」
そう言って市警備隊長の許可証を見せた。それは自分の行きたい所へどこへ
でもいってよい自由を許可した、十八人の王様によって書かれた物だった。
「同時に私は心配要らないぞ、お願いがあって、市警備隊長は、私の親しい
態度に感謝し、市当局は、私が、食料が乏しくなって到着したのを、軽蔑しな
いので、好意的に館から降りてきて朝食を少々食べるようにと、招待してくれ
たのです。」
市警備隊長はすぐに市の上のほうへ上がって行き、住民全部に大急ぎで、こ
の立派な申し出を知らせる為に使者を送った。全市にいるよき住民にも悪しき
にも。市民はできるだけ急いでやって来て、親切な態度で現れた。王様や、皆
の中で一番美しくて最愛の王女その人までが来た。ブッセンキスは歓迎の火酒
の代わりにおいしい飲み物を最初に出した。すると集まった全員の内の誰も、
こんなおいしい飲み物を味わった事もなく、又このおいしい味のする飲み物が
なんという名前かもわからず、又言い当てる事も出来なかった。彼ら全員の知
らない物だったからだ。皆が集まって呑んでいると、ブッセンキスは船上に上
がらせた、そして最高の仕方でもてなし、楽しませた。
食事が終って、ブッセンキスは王様と王女に、皆の中で話をした。そして改
めて王女に求婚し始めた。話が終ろうとするやいなや、それ以上考えることな
くすぐに、おずおずと、
「はい」という声がその時近くにいた皆の前で聞こえた。
そして皆が二人の人生のあいだの幸福と祝福を願った。同様にていねいに感謝
の言葉が述べられた。それはブッセンキスにはこの王家と貧しい町と祖国を軽
蔑する気がなかったからだ。
「何」とブッセンキスは言った、
「あなたがたはどうして貧しくなってしまう
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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のか。」
王様と総ての家臣は答えた、「我等は隣の国々に封じ込められているのです。
それらの王たちや支配者と国境を接しています。それで私達は一番必要とする
物資を輸入できないでいるのです。そしてわれらが少し持っているもので仕事
上売ったり買ったり出来ないのです。そうです、我等は貴方が自らこの小さな
貧乏な港に、それと知らないで昨日の夜うまいことはいって来れたなんて、と
てもおどろいているんです。」
「なるほど」
、とブッセンキスは返事した、
「その事なら心配しないで下さい。
彼等を私がすぐにこらしめて、海をきれいにして見せます。そうすればあなた
方は自分の船で妨げられずに行き来できるでしょう。」ブッセンキスが約束しい
てくれたので、この貧しい王国の中には大きな喜びが沸き起こった。ここで結
婚式の用意が始められ皆がそれぞれ努力し、苦労を惜しまなかった。
この活躍は広く知れ渡った。隣国の王様達にも。となりの国の王様が貧しく
て死ぬほど飢えさてやった、この貧しい王様と、知らない、または自分達或い
は自分達の娘たちを訪問する気配りをしない、大層金持ちの娘婿のことも。四
人の王様は徒党を組んで、丁度結婚式の最中に、この国へ旅行すると言い出し
た。怒った彼らの一部は招待され、一部は他の都合で、この四人の王様が現れ
た。そして披露宴をめちゃくちゃにしてやろうと思った。
町の住民達が海を突っ切って王様達がくるのを見たとき、これをブッセンキ
スに知らせた。そして皆はびっくりした。
「ああ」、とブッセンキスはいった、「連中が恥じているのなら、食事をやっ
てもいいのだが。さもないと連中はこの国に決して近かずけないぞ。」
そこで王様はこたえた。
「何か反対してやろうなんてことは、わしらには無理じゃ。われらにはまと
もな鉄砲も無いし、そして兵隊は呼び集められないのです。」
「ああ」、とブッセンキスは言った、「舅どの、勇気を出してください。私が
一人で連中に会います。かの者達は私の体に一つの穴さえあけられないでしょ
う。我等の仲間の全員でたった一人の人間だけで、十分です。」
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連中は岸に近づき始め、ブッセンキスはポケットの中にある笛を取り出し、
連中に会おうとしてひとりで降りていった。連中の為に歓迎の節を幾つか吹い
た。すると連中は非常に驚いた。生まれてこの方こんな甘美な演奏を聞いた事
がなかったからだ。自分の一度吹いた曲をもう一度繰り返して吹くと、親しげ
に連中に挨拶し、上がってきてください、どうか穏やかに夕食を少々食べてく
ださいと。その提案に連中は大いに恐縮して礼を言った。そして直ちに、全員
上陸し終わるまでブッセンキスの言う事に従うつもりだと約束した。宴会に参
加した客達は皆、この頭数ではどうなるものかと、或いはこれがどういう仕方
で進行するのかと、とてもうたぐり深くなっていた。皆はそれぞれ判定をし始
める。大部分の人がびっくりした。ブッセンキスは上がってきて、最良の方法
で、これらの外国の予期しなかった客達に対して、夕食の用意をさせた。連中
は皆約束にしたがって現れた。その連中においしい飲み物を最初に飲ませ、そ
れから立派な食事を出し、それに下の波止場で言ったように、連中の世話をし
た。それで外国の王様たちは嬉しくなり、気分も良くなった。
食事が終ると、ブッセンキスは、連中がもてるだけのあらゆる種類の財産を
贈った。と同時に多くのものを連中が機嫌よく帰る時に、すぐにそれに加えて
送り届ける、と約束した。それから皆は互いに末永く平和になる条約を結んだ。
これは決して破られたり取り消しになったりしないだろう。皆の間に発生する
かもしれない事も、皆が生きている間は確かに生じないものとなった。
この約束が交わされ、保証されたとき、連中は和やかに別れを告げた。この
四人の外国の王様達はこの国の人々の幸福と祝福を望んだ。
ブッセンキスは連中に自ら笛で素晴らしい曲を吹いて、波止場へと連れて行
った。
こうして連中は帰って行った。
「今日はご一同、ありがとう。」
ブッセンキスは楽しい集まりに再び戻って行った。そして自分の結婚を永く
幸せにと祝った。
こうしてブッセンキスは老い始め、最愛の人のところで過ごし、笛で自分の
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
王宮全体を楽しませた。
そして皆が、生きているとすれば、この日と同じように心地よい楽園となっ
ているだろう。
Ⅱ
C.F.カヴァリウス牧師の採録に従って
グドルーン
と
ヨーラン
サールグレン
の語りで
序
「ノコギリで切るのか、小さな小川よ、騒がしい滝や荒廃させる洪水もなし
に黙って静かに谷を通ってうねって流れているのか。ノコギリで切れ、吾が人
生の姿に似せる如くにノコギリで切れ。」
このように牧師カール・フレデリク・カヴァリウスはあるとき自分の生活を
描写したカール・フレデリクの息子で偉大な民話研究家グンナル・オーロフ・
ヒュルテーンーカヴァリウスはこの描写の真実である事を 1857 年 3 月 1 日に父
の墓前で表明した。グンナルは言い添えている。
「然しこの深い静かな水は、草原や森の間で黙って走り、大草原を通って誇
り高く流れる多くの濁った大河よりも空をもっと青く、星明りよりももっと明
るく反射していた。そして寂しい旅人はその平和を喜び、又その明るい波によ
って涼しくなる。」
牧師カヴァリウスの人生は質素で静かだが然し役立つ仕事で充実していた。
それはひとつの高貴で高められた精神の静けさを、然し、永遠へ向うしっかり
した経路を、歩いていた。
カヴァリウスはスコーネとの州境の近くのヨーテルユードの森の中の陸軍大
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尉官舎ショ-ラボーダで 1781 年 8 月 16 日に生まれ G.A.カヴァリウスは既に早
くに隣の教区ピェッテルユードのグスタフスフォッシュ工場に移っていた。そ
こに老兵士は森の丸木作りの家で、水道設備のある新築のような家に住んでい
た。
家庭はかなり大きいというより大きくて客好きだった。多くの暇な時間を父
は自分の息子達と一緒に狩で過ごした。その意見によると老戦士には恐らく適
した仕事だった。夜には多数の家族が家に集まった。大尉は網細工をし、事件
の多い生活から生じた冒険や多くの作戦行動の話を語った。そこにいる者は、
大尉であれ母親のレムヒェン生まれのエリーザベトであれ、或いはそこで言葉
を伝えた召使達の内の何人かから子供達が一つか二つの民間伝説をまさに楽し
みにしていた事は十分考えられよう。
息子オレに当てた手紙(1843 年 9 月 8 日)でこの牧師は書いている。「サガ
の時代はほとんど過去である。かつて私の子供時代にはそんな事が考えられな
かった障害が多くなりだした。何百ものサガを私は聞いたが、もはやそれらを
今は覚えていない。」
若きカール・フレデリクのところで、そこに早くも朗読や放浪に対する、目
がくぼむような喜びや好みに対する反感が表れていた。そこでは彼は孤独に、
この世の理想的な姿を作り出していたのだが。
14 歳でカヴァリウスはヴェークシエーの学校へやらされ、1799 年の秋にはル
ンド大学で学問的な研究を始めた。ルンドでは決して家の事について平静を保
ってはいなかった。同僚との生活は故郷の美しい森の生活と同じ喜びを与えは
しなかった。故郷では自分の好きな喜びである植物学や釣りや好きな作家であ
るホメーロスやキケロを楽しむ事が自由に出来たのだが。1802 年オーボー大学
へ転じ、そこで 1804 年博士号を授与された。
ヴィシングスエー高等学校での教師として活動の時期の、及びイェンシエー
ピングの時期の後、1814 年オルボー裁判官区のフレーヂンゲ分教区での牧師の
職につく用意をした。1829 年岳父ヒュルテニウスの死後、ヴィースランダとブ
レーディンゲ教区の教区牧師になった。そして 1857 年 2 月 13 日に死ぬまでそ
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
)
の職にとどまった。
牧師カヴァリウスの息子、図書館司書グンナル・オーロフ・ヒュルテーンー
カヴァリウスが、民話文学の為に新ロマン派のゴシック主義への関心の影響下
でスウェーデン民話の発掘の大仕事を始めたとき、じぶんの父に有能な協力者
を見出した。手紙の中で「暖かい尊敬すべき記載」とスウェーデン民話と冒険
の第三話で、彼に約束している。
「誰も何らかの観点からしてこれ以上よいもの
に値しない」、と続けている。
大量に民話話者を教育する事への貢献についての、親密な知識と、民話の啓
蒙と倫理上高める事への父の暖かい関心。カヴァリウスの熱中を一番触発した
物は多分、しばしば民話の最奧の核を形成しているような物、倫理的な基礎で
あった。伝説から道徳的な又ちょっと心理学的な教えを引き出していることに、
時々はかまわずに置いた。「一つ一つの伝説がその道徳的意味を持っている。」、
と彼は自分の息子にかいた。父親が息子とは違って啓蒙主義の申し子だった事
が着目される。
G.O.ヒュルテ-ンーカヴァリウスと G.ステフェンス『スウェーデン民話と冒
険』が最初の半分は 1844 年に出たので、当然受けるべき賞賛と共に批評によっ
て敬意を表された。
二人は印刷した物語を出来るだけ古風にされた一つの言葉で語らせていた。
ヒュルテーンーカヴァリウスは「中世の趣味にしたがって作られた一種の古典
的なもの」をこれによって表現しようと勤めた、と自身語っている。
この人工的な古い時代風にされた言語、中世の言語から取られた古い時代の
単語の入った言語は、古い民話と方言から採られた、すでに 1844 年にリヒャル
ト・デュベックがそのルーン文字の中に認めたように一種の名人芸である。
「よ
り美しい物語の言語を、スウェーデン語の文字は以前にはもっていない。」
然しドュペックは又成すべき異議も持っている。彼はむしろこの美しい言葉
を別の、つまり民衆のそれと交換したいと思っていた。中世の文体の理想に従
った、この荒っぽい再構成によって、語られている人間の様々の年齢、教養の
程度、品性表現方法そして出身地によって違うはずのかいたもの総てが、全く
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掃き出されてしまっている。国民文学と言えば新ロマン派の基調の一種の純文
学になってしまった。
こうなるとグリム兄弟の物語の調子とは何と違った物になっていることか。
二人は全く違った、民衆の語りの芸に、より正しい前提を与えているのだ。
ヒュルテーンーカヴァリウス自身の父は、息子の物語芸術の一方的な賛美者
ではなかった。
この若き図書館司書は手紙に書いている、
「大体普通以上の教育を受けている
にもかかわらずパパは物語の歴史的又詩的価値についても、又その独特の本性
についての何か正しい前提をまだ所有していません」と、それで物語の地方的
な特徴および発見したときに保持されている方言的な言語形式や、それぞれの
語り手の個人的な表現法や、添加物の文学性について父親は、穏やかに指摘し
た。
「物語が語られる毎に、語りの個人的なものの何かを得ている」、と父である
牧師は書いている。別の手紙に牧師は次のような批判を残している、つまり「も
しそれが構想に対して反対でなかったなら、私はもう少しバリエーションのあ
ることを望んだでしょう。単調さが飽きさせるのだよ。君が地方の単語を採用
する事は高度に妥当な事です。然し君はずっと多くを用いる事が出来たんだよ。
一般に言って、私は、この物語がどこから由来するかを、場所を言えるので、
この種の方言は特に利用されるべきだ、と思うのだ。」
これら総ての見解では、現代では父の側に立っている。そして牧師の自作の
物語は、今は第一に王立グスタフ・アードルフ・アカデミーの大作「「スウェー
デンの物語と言い伝え」」第 3 巻の無改定の形で出たものが、専門家の暖かいほ
め言葉を頂戴した。
グンナル・オーロフ自身後に自分の語り方の適当さについて大きな迷いを言
い表している。自分のメモに次のように書いている。「「軽快でエレガントであ
ることに満足し始めた文体はその代わりに一種の古典性を、中世の好みに合わ
せて作られた、だから変なそして不思議な古典性を追求した。」」
普及版のスウェーデン民話の第四巻で、私たちはもし牧師が今ペンを運んで
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スウェーデン民話研究の為に(資料 14.
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いたら、牧師自身が語ったように、本質的に易しい民衆の言語でカヴァリウス
牧師が集めた物語を語ろうと努める。
牧師カヴァリウスの物語は総て南スモーランドで、その大部分はヴィースラ
ンド教区か、それと境を接する地区で発掘された、というのがもっともらしい。
多くの物が単に断片として保持されていた。幾つかは断片に従って印刷された
収集から補足して再話された。それで『野性の人』と『若者の島』とは関係が
ある。この二つの書かれたものは、G. O.ヒユルテーンーカヴァリウスとGステ
フェンスの先導で完成された。そしてPベックスウトリョムの『スウェーデン
の民衆本』の助けを借り手完成された、『話す鳥』である。
ヨーラン・サールグレン
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