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NO.96 - 人類働態学会

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NO.96 - 人類働態学会
96
17. June. 2012
■第47回全国大会・シンポジウム 1
第47回人類働態学会全国大会のご案内 1
2012年度夏季研究会のご案内 3
講演会・シンポジウムのご案内 7
プログラム 4
抄録集 9
シンポジウム
10
一般講演 口頭発表
23
ポスター発表 47
■第46回全国大会から 73
第46回全国大会報告 村上玄樹 73
座長報告 74
■地方会から 80
第40回東日本地方会大会から 80
優秀発表賞受賞者から 80
参加記 81
■会員寄稿 83
香原志勢先生が語る「私と人類働態学」(後編) 83
■学会報告・連絡
JHE論文募集 94
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
第 47 回人類働態学会全国大会のご案内
下記の通り、第 47 回人類働態学会全国大会を開催させていただくことになりました。多くの会員および、関係の
皆さまのご参加をお願い申し上げます。
期日:2012 年 6 月 16 日(土) 10:40~6 月 17 日(日)16:00
参加予定の方へ
(夏季研究会は 6 月 15 日(金) 13:00 から)
会場:所沢市中央公民館ホール (所沢市元町 27 番 5
参加登録のお願い
大会参加は当日登録も歓迎致します。しかし、弁当、
号) 西武池袋線・新宿線所沢駅西口から徒歩 15
懇親会などの利用参加人数を把握する必要がありま
分 (下記参照)
すので、参加ご予定の方は、以下の事項についてでき
大会長: 松村秋芳 (防衛医科大学校)
るだけ事前の早い時期にご連絡をくださいますようお
事務局: 野口立彦 (防衛医科大学校)
願い致します。支払は、大会当日のみとなっておりま
Tel: 04-2995-1705(直通)
す。
Fax: 04-2996-5219
<登録事項>(メール連絡先:[email protected] 、
E-mail: [email protected]
締切は 6 月 14 日 17:00)
会費(当日支払いのみ):
大会参加費
4,000 円(学生 2,000 円)
懇親会費
5,000 円(学生 3,000 円)
昼食(弁当)
600 円(1 食。16 日、17 日。予約制)
夏季研究会
2,000 円(学生 1,000 円)
・氏名、所属、連絡先(電子メールアドレス、電話番号)
(学生会費がありますので、学生はその旨を明記して
ください。)
・懇親会の参加・不参加
・弁当の利用(6 月 16 日(土)昼食および 17 日(日)昼食)
夏季研究会懇親会費 3000 円(学生 2000 円)
◎宿泊施設の紹介は行っておりません。所沢市内ある
学会スケジュール概要
いは周辺のホテルおよびビジネスホテルをご利用くだ
2012 年 6 月 15 日(金)
さい。所沢市内のホテルについては HP 掲載のリストを
夏季研究会:航空発祥記念館、13 時~17 時
参考にしてください。
内容:所沢航空発祥記念館見学および航空機元操
縦士、元航空機設計担当者による講演会「航空
交通アクセスについて(次ページの図参照)
西武線の所沢駅、西所沢駅、航空公園駅の3駅から
機のリスク管理の歴史」
中央公民館(図中●)にアクセス可。
(終了後に記念館レストランにて懇話会を行う予定で
・西武新宿線:西武新宿または高田馬場から所沢まで
す。)
急行で 35 分
2012 年 6 月 16 日(土)
所沢駅の場合:改札口(中央)を右(西口)に出てプロ
午前 理事会、一般発表(口演)、ポスター展示開始
ペ通りへ。会場まで徒歩 15 分。交差点(図中★)
午後 シンポジウム 2 題
経由 1400m
Ⅰ「ヒトの動作とかたちを測定する」
航空公園駅の場合:改札を出て右方向階段を降り
Ⅱ「循環型社会の新しい、楽しい自転車利用」
る。T 字路(図中★)経由 700m
夕刻 学会懇親会(所沢市内 多摩湖畔 掬水亭)
・西武池袋線:池袋から所沢まで急行で 25 分。
2012 年 6 月 17 日(日)
所沢駅の場合:会場まで徒歩 15 分(同上)
午前 一般発表(ポスターセッションの口頭発表)
西所沢駅の場合:交差点(図中★)経由 650m
シンポジウムⅢ「自然災害と人類の対応力(レ
・車で来られる方は中央公民館地下 B1に有料駐車場
ジリエンス)」
あり。
午後 学会総会(昼)、一般発表(口頭)、
発表について
・大会当日までに、英文抄録(200 語程度;JHE 掲載
ポスター展示(継続;16 時終了)
(大会に関する情報は、学会ホームページにも掲載し
用)をご提出ください。書式は英文 abstract 用のテン
てあります。併せてご確認ください。)
プレートファイルに従ってください。
<一般発表の形式>
-1-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
大会会場(中央公民館)への行き方(夏季研究会の会場は航空発祥記念館)
・口頭発表時間は、発表 12 分、質疑応答 3 分の計 15
・展示場所は大ホール外周広場ホワイエに設置します。
分とします。
・プレゼンテーション用に
ご自分の発表番号の札のあるボードにポスターをお
Windows
上での
貼りください。
PowerPoint2007 を利用可能なパソコンを用意します。
・ポスターのボードサイズは 120×180cm です。横 90×
ただし、ファイルやフォントなどは標準的なものにしか
縦 120cm あるいはこれに準ずる大きさのポスターを、
対応していません。
ボードの上 10cm、左右 15cm、下 50cm をあけて掲示
・ムービー等の特殊な仕様を用いた発表を行う場合は、
ご自身のパソコンをご用意ください。
してください。画びょうは大会事務局で準備します。
・ポスターセッションは 6 月 17 日(2 日目) 9:00 からで
・発表用のファイルは USB メモリーなどでご持参くださ
す。
い。
・A(P1~P8),B(P9~P16)の 2 グループに分かれて
・以下の場合は大会前の出来るだけ早い時期に事務
9:35 まで番号順に口頭説明を行います。
局までご連絡ください。
1 題につき口頭説明 3 分+質疑応答1分とします。
○御自身のパソコンを利用する場合。
・9:35-9:55 は個別の質疑応答の時間とします。発表
○ビデオ、書画カメラ、OHP などパソコン以外のメ
者は自分のポスターの前に待機してください。
ディアを利用する場合。
・ポスターの撤去は 6 月 17 日 16:00~17:00 にお願い
<ポスター発表の形式>
します。
・ポスター発表の展示開始は 6 月 16 日 9:30 からです。
-2-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
2012 年度夏季研究会のご案内
【会場は大会の行われる所沢市中央公民館と異なりますのでご注意ください。下記の「会場への行き方」参照】
本年度は、所沢市の航空公園内にある航空発祥記
講演会「航空機のリスク管理の歴史」
念館の共賛を得て、展示物の見学会を行い、併せて
<演者>(各 30 分)
講演会「航空機のリスク管理の歴史」を開催します。予
1.
高山徹氏(元パイロット)
定は以下の通りです。途中参加も歓迎します。
2.
西村勇二郎氏(元パイロット)
6 月 15 日(金)13:00 現地集合。
3.
村木裕世氏(総合危機管理士・航空機開発
集合場所は航空発祥記念館入口ロビー奥の研修
業務、航空機インストラクター)
室前です。
17:30 から 懇親会
13:00-15:00 館内見学会(途中合流可)
記念館内レストラン「ウィング」にて。参加費 3000 円
インストラクター(元パイロット等航空関係業務従事
(学生 2000 円)。
者:太田氏、岡宮氏)による解説付きで 2 グループに
講演者を招待し、学会員から講演者にインタビュ
分かれ、場内の見学を行います。内容は、操縦シミ
ー形式でお話を伺う機会を設けます。講演会に間
ュレーターの体験、風洞実験模型の見学などです。
に合わなかった方は、懇親会途中からの参加でも歓
旧型戦闘機、自衛隊機などの展示があります。
迎します。(途中参加者割引あり)
見学会に途中から参加の方は受付に「人類働態
会場への行き方(所沢航空発祥記念館、図参照)
・西武新宿線で航空公園駅を下車。改札口を出て左
学会に参加」と断って入場し、見学グループに合流
してください。見学会終了時に参加費 2000 円[入場
方向階段を降りる。
料込] (学生は 1000 円)を申し受けます。
・徒歩の場合(図中の赤いルート):右方向の公園
15:00-17:00 講演会「航空機のリスク管理の歴史」
内へ。橋を渡って左側。所要時間 7 分。
1 階研修室にて講演会「航空機のリスク管理の歴
・タクシーの場合(図中の青いルート):図中★で下
史」を下記のプログラムで開催します。飛行機の設
車、徒歩 150m。
計とリスク管理、自動操縦転換期におけるヒューマン
・車でおいでの方は、図中★の場所が公園駐車場の
エラー、パイロット訓練時代のヒューマンエラー体験
入口になります。タクシーと同じルートで侵入してく
等についてお話を伺います。
ださい。(一方通行あり)
夏季研究会会場への行き方
-3-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
第47回人類働態学会全国大会・夏季研究会 プログラム
6 月 16 日(土)
6 月 15 日(金)
全体構成
13:00~17:00(夏季研究会を参照)
18:00~20:00
夏季研究会
夏季研究会 : 所沢市航空公園内
「航空機のリスク管理の歴史」講演会 懇親会
航空発祥記念館(協賛)見学会
8:45~ 9:00/9:30~10:30
開場 受付 9:30~
10:35~11:40
大ホール
開会式
理事会 9:00~
第 4 学習室
昼食
大会長挨拶
一般演題
12:50~14:50
15:00~17:00
シンポジウムⅠ シンポジウムⅡ
「ヒトの動作とか 「循環型社会の新
た ち を 測 定 す しい、楽しい自転
車利用」
る」
18:00~20:00
懇親会
学会長 挨拶・乾杯
来賓 挨拶
次期大会長 挨拶
セッション1
6 月 17 日(日)
ポスター展示(9:30~) 大ホールの外周広場 ホワイエ
8:45 9:00~9:55
~
開 ポスター口頭
場
発表
受付開始
10:00~11:50
12:00~ 13:00~15:30
12:50
昼食 一般演題
シンポジウムⅢ
セッション 2
「災害と人類の対応 総会
セッション 3
力(レジリエンス)」
セッション 4
15:30~
16:00
16:00 ~
17:00
閉会 ポスター
式
撤収
・
表彰
式
ポスター展示(~16:00)
夏季研究会
6月15日(金) (所沢航空発祥記念館)
西村勇二郎/元パイロット
13:00~15:00 見学会
3.空機開発の現場から、人のからだとコックピットのデ
ザインに関する話題
村木裕世/総合危機管理士・航空機開発業務、航
空機インストラクター
15:00~17:00 講演会 航空機のリスク管理の歴史
司会:植竹照雄司会/東京農工大学
1.訓練時代の航空機の危機に関する話題
高山徹/元パイロット
質疑応答
2.操縦する側の体験に基づいた航空機の自動操 縦
システム導入前後におけるリスク管理の劇的な変
化の歴史に関する話題
大会第1日目
18:00~20:00 懇親会 航空発祥記念館内レストラン
「ウィング」
6月16日(土) (所沢市中央公民館)
8:45
開場
9:30
受付開始 (大ホール入り口付近)
1-1.アンケート調査による高齢者の自転車利用時に
おける安全意識-自転車事故経験との関係から-
○森佳樹、矢部貴大、横山光、植竹照雄、下田政博
/東京農工大学 農学部 地域生態システム学科
健康アメニティ科学研究室
9:00~10:30 理事会 (第4学習室)
9:30
ポスター展示開始(大ホール外周広場、
ホワイエ)
1-2.交通参加者相互の危険性評価に影響を及ぼす
生活道路交差点の環境要因
○ 山本あゆ美、髙橋雄三/広島市立大学大学院
情報科学研究科 システム工学専攻 人間工学研究
室
10:35~10:40 開会式・大会長挨拶(大ホール)
10:40~11:40 一般演題(大ホール):セッション1
座長:河原雅典/富山大学
水戸和幸/電気通信大学
-4-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
S1-3.床振動時と足踏み運動時の支持機能の一側
優位性
○藤原勝夫 1)、清田岳臣 2)、開田千鶴 1)、伊禮まり
子 1)/1)金沢大学大学院医学系研究科, 2)札幌国
際大学
1-3.重量物の棚への持ち上げ動作における筋電図
学的検討
○水戸和幸 1)、三宅章弘 2)、板倉直明 1)/1)電気
通信大学 大学院情報理工学研究科 総合情報学
専攻, 2)電気通信大学 電気通信学部 システム工
学科
総合討論 14:30~14:50
1-4.背負梯子を用いた担架運搬
○河原雅典、矢島由紀子/富山大学芸術文化学部
14:50~15:00 休憩
15:00~17:00 シンポジウムⅡ(大ホール)「循環型社
会の新しい・楽しい自転車利用」
オーガナイザー・司会:真家和生/大妻女子大学博
物館
11:40~12:50 昼食
12:50~14:50 シンポジウムⅠ(大ホール)「ヒトの動作
とかたちを測定する」
オーガナイザー:竹内京子/帝京平成大、松村秋
芳/防衛医科大学校
司会:岡田守彦/帝京平成大学
趣旨説明 15:00~15:20 真家和生/大妻女子大学
博物館
個別発表 15:20~14:25
趣旨説明 12:50~12:55 竹内京子/帝京平成大
S2-1.人間工学から見た自転車の安全
岡田明/大坂市立大学
個別発表 12:55~14:25
S1-1.股関節回旋運動測定器の開発と応用 ―運動
パフォーマンス評価の試みー
〇竹内京子 1)、松村秋芳 2)、菊原伸郎 3)、煙山健
仁 4)、西田育弘 4)、岡田守彦 5)/1)帝京平成大院・
健康科学, 2)防衛医大・生物, 3)埼玉大・教育, 4)防
衛医大・生理, 5)帝京平成大院・情報(通)
S2-2.日本の自転車ペダルの変遷
荻野敏行/三ヶ島製作所
S2-3.自転車事故の要因
植竹照雄/東京農工大学
S2-4.交通システムと教育
岸田孝弥/中京大学
S1-2.歩行時の足の形を測る
○河内まき子/産業技術総合研究所 デジタル ヒ
ューマン研究センター
総合討論 16:40~17:00
18:00~20:00 懇親会
(掬水亭にて)
6月17日(日) 大会第2日目(所沢市中央公民館)
8:45
開場
9:00
受付開始
9:00~
ポスター展示(継続)
P-5.座位側方リーチ動作時の側腹筋の筋活動
○荻原大樹 1)、小宮山潤 2)、小島龍平 3)/1)佐久
総合病院リハビリテーション科, 2)東京都健康長寿医
療センターリハビリテーション科, 3)埼玉医科大学保
健医療学部理学療法学科
9:00~9:55 ポスター口頭発表 (大ホールの外周広
場 ホワイエ)
座長 A グループ(P-1~8):小島龍平/埼玉医科大学
P-6.生体の機械的振動の基礎研究と慢性疼痛者へ
の応用
○坂本和義 1)、脇元幸一 2)、嵩下敏文 2)/1)電気
通信大学, 2)医療法人社団清泉クリニック
B グループ(P-9~16):久宗周二/高崎経済大学
P-1.大学生の自転車走行中における注視点挙動
○植竹照雄、下田政博/東京農工大学大学院 農
学研究院 自然環境保全学部門
P-7.大学生アスリートにおける睡眠行動と日常・競技
ストレッサーとの関連
○山田快 1)、川田裕次郎 2)、広沢正孝 1)3)/1)順
天堂大学大学院, 2)東京未来大学, 3)順天堂大学
P-2.自転車事故原因の捉え方の違いに見られるヒュ
ーマンエラー理解の階層性
○鳴瀬麻子、真家和生/大妻女子大学博物館
P-8.体育系大学生における無気力とライフイベントと
の関連
○西田敬志、田中純夫/順天堂大学大学院
P-3.立位股関節回旋角度測定器の開発とその有用
性の検討
○藤野紀行/グローバルベイシック株式会社 事業
推進本部
P-9.メンタルヘルス風土の形成要因について -スト
レス反応と制度充実との関連-
○日榮麻衣子 1)、尾入正哲 2)/1)中京大学大学院
心理学研究科, 2)中京大学心理学部心理学
P-4.事象関連脳電位による運動時の注意配分の測
定
○藤原勝夫 1)、前田薫 2)、伊禮まり子 1)、Aida
Mammadova1)、清田直恵 3)/1)金沢大学大学院医学
系研究科, 2)森ノ宮医療大学, 3)大阪保健医療大学
P-10.育児感情の日内変動
○江村綾野/お茶の水女子大学大学院人間文化
創成科学研究科
-5-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
S3-2.東日本大震災、原発事故への対応と未来への
対策
大橋智樹/宮城学院女子大学
P-11.人のケア作業改善におけるアクションチェックリ
スト設計と応用
○吉川悦子 1)、真家和生 2)、吉川徹 3)、小木和孝
1)、榎原毅 4)、城憲秀 5)、錦戸典子 6)、佐々木美奈
子 7)、武澤千尋 8)、吉野正規 9)、長須美和子 10)、
水野ルイス里美 11)、蓑田さゆり 11)/1)東京有明医
療大学看護学部, 2)大妻女子大学, 3)公益財団法
人労働科学研究所研究部, 4)名古屋市立大学大学
院医学研究科, 5)中部大学生命健康科学部保健看
護学科, 6)東海大学健康科学部看護学科, 7)東京
医療保健大学医療保健学部看護学科, 8)産業医科
大学産業保健学部看護学科, 9)有限会社スッテプリ
ハビリケアセンター名西, 10)ワーヘニンゲン大学,
11)四日市看護医療大学看護学部
S3-3.災害時における自衛隊の活動と対応
徳野慎一/陸上自衛隊衛生学校
S3-4.災害体験情報の共有化と減災に向けた取り組
み
申紅仙/常磐大学
総合討論 11:20~11:50
11:50~13:00 昼食
12:00~12:50 総会 (第4学習室)
13:00~14:00 一般演題(大ホール):セッション2
座長:岡田 明/大阪市立大学
P-12. 人のケア作業人間工学チェックポイント編集
の試み
○真家和生 1)、吉川徹 2)、小木和孝 2)、吉川悦子
3)、榎原毅 4)、城憲秀 5)、錦戸典子 6)、佐々木美奈
子 7)、武澤千尋 8)、吉野正規 9)、長須美和子 10)、
水野ルイス里美 11)、蓑田さゆり 11)/1)大妻女子大
学博物館, 2)公益財団法人労働科学研究所研究部,
3)東京有明医療大学看護学部, 4)名古屋市立大学
大学院医学研究科, 5)中部大学生命健康科学部保
健看護学科, 6)東海大学健康科学部看護学科, 7)
東京医療保健大学医療保健学部看護学科, 8)産業
医科大学産業保健学部看護学科, 9)有限会社スッ
テプリハビリケアセンター名西, 10)ワーヘニンゲン大
学, 11)四日市看護医療大学看護学部
2-1.観察方法の一考察
○山岡俊樹/和歌山大学システム工学部
2-2.仏教とメンタルヘルスの関係―僧侶の意識調査
から―
○武田正文 1)、中島史朗 2)/1)浄土真宗本願寺派
高善寺, 2)愛知県立大学 生涯発達研究所
2-3.文章完成法による飲食店のサービス設計項目
の抽出
○加藤夏来 1)、山岡俊樹 2)/1)和歌山大学大学院
システム工学研究科, 2)和歌山大学システム工学部
2-4.無文字社会カレンの伝統衣服製作技術の保存と
職業教育における最適化プログラムの実践
○下田敦子、大澤清二/大妻女子大学人間生活文
化研究所
P-13.避難行動のための手すり誘導システムの研究
○河原雅典 1)、西澤杏 1)、馬場康明 2)/1)富山大
学芸術文化学部, 2)三協立山アルミ株式会社
14:00~14:45 一般演題(大ホール):セッション3
座長:下田政博/東京農工大学
P-14.公共空間におけるサインのデザイン要素が気
づきやすさに及ぼす影響
○山口理絵 1)、岡田明 1)、山下久仁子 2)/1)大阪
市立大学大学院生活科学研究科, 2)大阪市立大学
研究支援課
3-1.国際観光都市鎌倉の UD: 小町通りバリアフリー
化進展 8 年間
○小木和孝 1)、堀野定雄 2)、戸室治久 2)/1)労働
科学研究所, 2)神奈川大学
P-15.動く歩道の利用時の携帯操作者の研究
○久宗周二 1)、松本彪 2)、福司光成 2)/1)高崎経
済大学経済学部, 2)高崎経済大学大学院現代経営
ビジネス専攻
3-2.国際観光都市鎌倉の UD: 江ノ電バスのバリアフ
リー化現状
○堀野定雄 1)、小木和孝 2)、佐伯英敏 1)/1)神奈
川大学, 2)労働科学研究所
P-16.携帯電話使用開始の低年齢化が女子大学生
の意識に及ぼす影響
○関根田欣子 1)、佐藤真弓 2)/1)相模女子大学学
芸学部, 2)東京家政大学家政学部
9:55~10:00
3-3.子どもの生活行動の概念規定について
○岩田浩子/聖霊女子短期大学 生活文化科
14:45~15:30 一般演題(大ホール):セッション4
座長:大箸純也/近畿大学
休憩
個別発表 10:10~11:20
4-1.相対的年齢が幼児の体格、運動能力、運動有能
感及び保育者からの評価に及ぼす影響
○川田裕次郎 1)、矢島雪乃 1)、山田快 3)、上村明
3)、飯嶋正博 2)3)、水野基樹 2)3)、広沢正孝 2)3)/
1)東京未来大学こども心理学部, 2)順天堂大学スポ
ーツ健康科学部, 3)順天堂大学大学院スポーツ健
康科学研究科
S3-1.レジリエンスの理論的背景
榎原毅/名古屋市立大学大学院
4-2.大学体育実技の事例研究Ⅱ 週 1 回の有酸素性運
動は若年成人男性の心肺持久力を向上させるか?
10:00~11:50 シンポジウムⅢ(大ホール) 「自然災害
と人類の対応力(レジリエンス)」
オーガナイザー:榎原毅/名古屋市立大学大学院、
松村秋芳/防衛医科大学校
司会: 酒井一博/労働科学研究所
-6-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
病院の事例―
○庄司直人 1)、本田勇輝 1)、水野基樹 2)/1)順天
堂大学大学院スポーツ健康科学研究科, 2)順天堂
大学スポーツ健康科学部
田中秀幸 1)、○下田政博 2)、石島寿道 3)、植竹照
雄 2)、田中幸夫 1)/1)東京農工大学大学院・先端
健康科学部門, 2)同・自然環境保全学部門, 3)産業
技術総合研究所/早稲田大学
4-3.妊娠中の看護師の夜勤免除措置を促進する組
織的な環境要因についての研究 ―茨城県の公立
15:30~16:00 学会優秀発表賞表彰式および閉会式
講演会・シンポジウムのご案内
夏季研究会 講演会 「航空機におけるリスク管理の
シンポジウム I 「ヒトの動作とかたちを測定する」
歴史」
日時:平成 24 年 6 月 16 日(土) 12:50~14:50
オーガナイザー:竹内京子/帝京平成大、松村秋
芳/防衛医科大学校
司会:岡田守彦/帝京平成大学
ヒトのはたらきが身体形質に及ぼす影響をしらべるこ
日時:平成 24 年 6 月 15 日(金) 15:00~17:00
場所:所沢航空公園、航空発祥記念館内 1 階研修室
世話人・司会:植竹照雄(東京農工大学)
乗り物にはそれぞれに固有な事故リスクが存在する。
とは、人類働態学の重要な課題である。日常の運動パ
とりわけ、飛行機は他の交通機関とは異なり地に足が
ターンや姿勢がヒトの形質にどのように反映されている
着いていない状態、つまり空を飛ぶという点で最大の
か、機能的な左右性は形質とどのように関連しているか
特徴を持っている。航空機は落ちればそれだけで乗
などの視点から、これまでに様々なアプローチが行われ
員すべてが死に至る大事故となりうる。一方で、短時間
てきた。それらの中からいくつかの興味深い研究成果
で場所移動できるので、全世界に位置する都市間の
の例を紹介し、今後の応用に向けた展望を議論する。
時間的距離を短縮することが可能となり現在の社会に
プログラム
とってはなくてはならない身近な乗り物である。
趣旨説明 竹内京子/帝京平成大
これまで、働態学会ではさまざまな生活場面におけ
るリスクをテーマとする研究やシンポジウムを推進して
きた。その中には、乗り物に関するものも含まれており、
バス、新幹線、タクシーなどの公共交通機関に関する
ものばかりでなく、トラック、南極大陸観測船などの産
業用の交通機関も含まれる。
S1-1.股関節回旋運動測定器の開発と応用 ―運
動パフォーマンス評価の試みー
〇竹内京子 1)、松村秋芳 2)、菊原伸郎 3)、煙山
健仁 4)、西田育弘 4)、岡田守彦 5)/1)帝京平成
大院・健康科学, 2)防衛医大・生物, 3)埼玉大・教
育, 4)防衛医大・生理, 5)帝京平成大院・情報(通)
S1-2.歩行時の足の形を測る
○河内まき子/産業技術総合研究所 デジタル
ヒューマン研究センター
今回は、年々身近になる航空機の事故リスクを取り
上げ、これまでの乗り物とは異なるリスク管理の在り方
を学ぶとともに緊急時に必要な人間の判断力や今話
S1-3.床振動時と足踏み運動時の支持機能の一
側優位性
○藤原勝夫 1)、清田岳臣 2)、開田千鶴 1)、伊禮
まり子 1)/1)金沢大学大学院医学系研究科, 2)
札幌国際大学
題になっているレジリエンスの必要性を確認する機会
を提供する。
終了後館内レストラン「ウィング」にて講演者を交え
て懇親会を行います。
総合討論
プログラム
関連展示
グローバルベイシック株式会社:股関節回旋運動測定
1.訓練時代の航空機の危機に関する話題
高山徹/元パイロット
器《展示およびデモ計測》
2.操縦する側の体験に基づいた航空機の自動操
縦システム導入前後におけるリスク管理の劇的
な変化の歴史に関する話題
西村勇二郎/元パイロット
日本光電株式会社:テレメータのデモ
金沢大学:計測装置
関連ポスター
P-3 藤野紀行:股関節回旋運動測定器の仕様と測定
3.空機開発の現場から、人のからだとコックピットの
デザインに関する話題
村木裕世/総合危機管理士・航空機開発業務、
航空機インストラクター
P-4 藤原勝夫:事象関連脳電位による運動時の注意
配分の測定
P-5 荻原大樹、小宮山潤、小島龍平:座位側方リー
質疑応答
チ動作時の側腹筋の筋活動
-7-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウム II 「循環型社会の新しい・楽しい自転車
シンポジウムⅢ 「自然災害と人類の対応力(レジリエ
利用」
ンス)」
日時:平成 24 年 6 月 16 日(土) 15:00~17:00
オーガナイザー・司会:真家和生/大妻女子大学博
物館
人類働態学会は、学会として取り組むテーマとして
「新しい自転車利用」を取り上げ、自転車を交通インフ
日時:平成 24 年 6 月 17 日(日)10:00-11:50
オーガナイザー:榎原毅/名古屋市立大学大学院、
松村秋芳/防衛医科大学校
司会: 酒井一博/労働科学研究所
2011 年 3 月に発生した東日本大震災は、地震、津
ラとする社会構築に向けた社会提言を行うべく、研究
波、これに伴う原発事故といった現代人の予測を超え
チームを立ち上げました(科研費基盤(B)「安全な自転
た被害をもたらした。このような震災が到来する予測は
車利用促進を目指す循環型社会の新しい交通システ
なされていたが、結果的には十分対応できたとは言え
ム構築のための基盤研究」)。資源の有効活用を行い
ない。それは人類が現代文明で発達させた科学技術
つつ持続可能な社会を支える交通インフラとしての自
に見合うだけの災害対応力をまだ獲得していないこと
転車社会を、どのようにしたら構築できるのか、今回の
を示している。今私たちに提示された課題は、大地震
シンポジウムでは、会員の方々と議論しながら煮詰め
に対する備えの検証、災害の復興をいかに適切に行う
てゆきたいと考えています。
か、そして未来への対策をどうするかである。自然災害
プログラム
に臨機応変に、したたかに、効果的に対応するにはど
趣旨説明 真家和生/大妻女子大学博物館
のような準備や対応力が必要なのか。本シンポジウム
S2-1.人間工学から見た自転車の安全
岡田明/大坂市立大学
では、震災からこれまで行われてきた活動を参考にし
S2-2.日本の自転車ペダルの変遷
荻野敏行/三ヶ島製作所
プログラム
ながら議論する。
S3-1.レジリエンスの理論的背景
榎原毅/名古屋市立大学大学院
S2-3.自転車事故の要因
植竹照雄/東京農工大学
S3-2.東日本大震災、原発事故への対応と未来へ
の対策
大橋智樹/宮城学院女子大学
S2-4.交通システムと教育
岸田孝弥/中京大学
S3-3.災害時における自衛隊の活動と対応
徳野慎一/陸上自衛隊衛生学校
総合討論
関連展示
三ヶ島製作所株式会社:自転車ペダル展示
S3-4.災害体験情報の共有化と減災に向けた取り
組み
申紅仙/常磐大学
関連口頭発表
1-1 森佳樹、矢部貴大、横山光、植竹照雄、下田政
総合討論
博:アンケート調査による高齢者の自転車利用時に
おける安全意識-自転車事故経験との関係から-
関連ポスター
P-1 植竹照雄・下田政博:大学生の自転車走行中に
おける注視点挙動
P-2 鳴瀬麻子・真家和生:自転車事故原因の捉え方
の違いに見られるヒューマンエラー理解の階層性
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人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
第 47 回人類働態学会全国大会 発表抄録
シンポジウムⅠ ヒトの動作とかたちを測定する
シンポジウムⅡ 循環型社会の新しい・楽しい自転車利用
シンポジウムⅢ 自然災害と人類の対応力(レジリエンス)
一般演題:口頭発表14題、ポスター発表16題
-9-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウムI-1
股関節回旋動揺軌測定器の開発と応用 ―運動パフォーマンス評価の試み―
○竹内京子 1)、松村秋芳 2)、菊原伸郎 3)、煙山健仁 4)、西田育弘 4)、岡田守彦 5)
1)帝京平成大院・健康科学, 2)防衛医大・生物, 3)埼玉大・教育, 4)防衛医大・生理, 5)帝京平成大院・情報(通)
1.はじめに
電源があれば、どのような現場でも使用が可能である
股関節は直立二足歩行するヒトにとって、殆どの身
体活動に関わる重要な関節である。そのため人々は
(図 3)。
き
股関節の可動域確保や柔軟性維持に努力し、股関節
の運動能の解析を試みている。しかし、股関節の運動
制御能の評価から身体の運動技能を総合的に評価す
る試みは竹内ら以外には見当たらない。我々は、重心
動揺計の機能に回旋角度測定機能を組み合わせた
新しい器機である股関節回旋動揺測定器(多用途回
旋角度測定器/;ジャイロメディメータ、グローバルベ
。
イシック、東京)により、立位での股関節回旋角度の測
定と荷重動揺軌跡分析を試みてきた。これにより、立
位股関節回旋角度測定法を運動や生活行動現場で
の新しい標準測定法として広めること、回旋運動時の
下肢荷重動揺軌跡分析から運動技能評価と課題をス
図 2 データシート;測定完了と同時に出力されるので
当事者は結果を形で理解することが可能
クリーニングする新しい評価法の確立することを目的と
してデータ解析を行っている。
本シンポジウムでは、ジャイロメディメータの機能の
紹介と回旋運動時の下肢荷重動揺軌跡分析から得ら
れた知見について報告する。
2.方法
図 3 アーチェリー場にて実射中の測定風景;矢を射っ
た瞬間の動揺角度と動きを測定
2-1.ジャイロメディメータについて
回旋角度測定機能と重心動揺計の機能を同期させ
てパソコンにデータを取り込む装置である(写真 1)。
2-2.測定姿勢
図 1 上が回旋角度測定器;下が重心動揺計
図 4 基準の姿勢(左)と足の位置(右);
片側だけを利用することも可能
床面に荷重かけ回旋動作を行なった時の回旋角度、
荷重心位置の変化量、荷重負荷量の所定時間内の変
立位開眼腕下垂姿勢が基準である。メトロノームのリ
化を数値および変化曲線で示す。運動パフォーマンス
ズムに合わせて、両脚同時に、骨盤部のみの筋を使
は主に荷重心動揺軌跡図の解析で行う(図 2)。
い、できる範囲で、最大内旋・外旋の往復繰り返し運
左右が独立しているため、構えの姿勢に合わせてそ
動を行う。基準は30秒間に15往復、円盤中心間距離
れぞれを自由に設置できる。組み立て・移動式なので
37cmで行う。測定中、代償作用が生じないよう、腰部・
-10-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
膝伸展姿勢をとること、目線は 2~3m先の目標に向け
ていることなどを注意させる。スポーツ種目の特性を評
外旋
価する場合は基準姿勢に加え、上肢の姿位や円盤間
距離を変えて測定を行う。
外旋
①
内旋
2-2.下肢荷重回旋動揺記録
内旋
男女合計 311 名(5~96 歳)から下肢荷重回旋動揺
記録を得た。対象者の運動歴は競技スポーツの現役
外旋
外旋
選手から、体育の授業以外は特別な運動経験の無い
者まで様々である。また、内臓系の疾患はないが、運
②
動器障害・外傷の経験者が多く含まれている。解析は
主に、荷重動揺軌跡図のパターン分析で行った。
内旋
3.結果と考察
内旋
外旋
3-1.軌跡図と運動パフォーマンス評価
外旋
外旋
③
外旋
外旋
内旋
内旋
内旋
内旋
外旋
図 6 右膝前十字靱帯損傷例
外旋
図 6①は右膝靱帯損傷後 3 日目の軌跡である。膝が
内旋
内旋
不安定で疼痛があるため右下肢の筋は柔軟性を失っ
ている。左の健側は縦移動型であるが、最大内外旋位
図 5 大学サッカーサークル部員2名の
の姿勢固定に不安定性が生じている(→)。 ②は回
回旋動揺軌跡図
復途上、1 ヶ月後の軌跡図である。横移動型なので筋
の動きから見た運動パフォーマンスは回復していない
ことが解る。③は 2 ヶ月後の軌跡である。かなりの回復
運動パフォーマンスが判っている学生の例で観察
を認めるが、軸脚(左)の内旋の動きが不安定である。
すると、パフォーマンスの高い者(「①高い例」)は下肢
を軸とした骨盤の Y 軸方向への動き(縦移動)が生じて
いることが解る。これは、いわゆる「腰を使った動き」と
言われる動きができている例である。反対にパフォー
マンスの低い者(「②低い例」)は X 軸方向への動き
(横移動)が生じ、腰部の筋が股関節の回旋運動に連
動していない動きとなっている。また、股関節に対する
4.結語
左右の荷重心動揺軌跡図から①運動技能の習熟
度や運動特性、②軸足と利き足、③運動器障害・外傷
の影響、④バランス力、⑤集中力あるいは疲労度など
の情報が得られる。これらの特長を把握することにより
転倒防止、運動パフォーマンス向上などに向けて具体
骨盤の拳上下制方向への動きも少ない。
的で的確なアドバイスを行い、また受け入れてもらうの
軸足は、総体的に縦が長い側が軸足に判定される。
が容易になった。新しい評価法として有用である。
「①高い例」の選手は殆ど左右差が認められないが、
わずかに左側が縦に長いので左が軸足と判定する。
------------ << 連絡先 >> ------------
本人に確認したところ左が軸足であったが、左右いず
れの側でもボールが蹴れるということであった。
操作性の高い側(利き足)は、左右で比較すると総
体的に回転傾向の強い側と一致する傾向が強い。
3-2.運動器障害・外傷のスクリーニング
-11-
竹内京子
所属:平成帝京大学大学院健康科学研究科 &
帝京平成大学ヒューマンケア学部
住所:〒170-8445 東京都豊島区東池袋 2-51-4
電話 (03) 5843-4866
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウムI-2
歩行時の足の形を測る
○河内まき子
産業技術総合研究所 デジタル ヒューマン研究センター
1.はじめに
足の形態は靴型設計にとって重要であり、対象集団
の形態特徴を記述するため、足の寸法が計測されてき
た。一方、過去 10 年の間に店頭で簡単に足の3次元
形状が測れる装置が登場し、個別対応インソールを作
図1.計測した4断面。B:ボール断面、I:インステップ断面、
成するサービス等が実施されている。これらの計測は、
N:舟状骨断面、H:かかと断面
通常両足均等荷重立位姿勢で行われるが、足の形態
は歩行時に変形するものであり、運動時における変形
を考慮すべきだという考え方がある。これに対して、ゴ
ニオメータ等を使って歩行中の内側アーチ長や足囲
の変化を計測する試みがなされてきた。近年、複数の
研究機関で運動時の足の3次元形状を経時的に計測
図2.足底ビデオ画像上の計測点と寸法。
する試みが始まっている。ここでは、足の特徴的な断
面に着目し、歩行中の足の断面形状の計測システム
の開発と、得られた結果について紹介する。
2.方法
2-1.4 次元計測システム
立脚期における足の断面形状を誤差 1mm 以下の精
度で計測することを目標とした。以下の4断面を対象と
した(図1)。なお、正立位において、すべての断面は
床面に垂直とする。ボール断面は脛側中足点と腓側
図3.断面データから取得した寸法と角度(正面観)。
中足点を通る;インステップ断面は足長の 50%の位置
出点をとおり足軸に直交する;踵断面は外果の後端を
2-2.実験
被験者は成人男性 22 名、女性 23 名である(平均±
とおり足軸に直交する。ビデオカメラを使ったステレオ
標準偏差:年齢 28.5±8.0 年、身長 164.7±8.7cm、体
カメラ法による3次元計測で対応点探索を容易にする
重 57.7±10.6kg)。身長(スタジオメータ)、体重、足部
ため、被験者の足には、あらかじめこれらの断面に、そ
3次元形状(Infoot、I-ware Laboratoy)を計測した。ま
れぞれ青、黄、緑、赤の線をひいておくこととする。
た、Infoot を利用して右足の 4 断面に化粧用ペンで線
で足軸に直交する;舟状骨断面は舟状骨の最内側突
4 次元計測システムは同期させた高解像度
をひいた。両足均等荷重立位時、本人が好きな速度
(1026x768)ビデオカメラ 12 台から成る(14Hz)。幅
での歩行時(8 試行)の2条件で右足を計測した。
2-3.分析
立位時、歩行時の床反力垂直分力の第1ピーク(P1)
1000、長さ 8000、高さ 1000 [mm]の歩行路の中央に硬
化ガラス板(385Wx430L [mm])をはめ込み、カメラ2台
と2つのピークの間の谷間(MSV)の3時点での結果を
はガラス板の下方に、1台は天井に、他の 9 台はガラス
比較した。すべての計測項目は3以上の試行から値を
面からおよそ 0、700、1500 [mm]の高さに設置した。
ガラス板の4隅にロードセルを設置し、床反力垂直分
力を計測した(200 Hz)。また、ガラス面の下方から高
速ビデオカメラで足底部の画像を撮影した(120Hz)。
取得し、計測誤差の範囲を調べた。
ビデオ画像から図2に示す6寸法を取得した。インス
テップ断面データから足背高と足底アーチ高を取得し
た(図3)。また、踵断面の傾斜を定量化するため、下
これは、足底接地部(フットブリント)の端に計測点を定
義するためである(図2)。画像の歪みはグラフ用紙を
記の座標変換後に、断面内側と外側の中心線に回帰
直線を当てはめ、鉛直からの傾斜角度を計算した(図
撮影した情報をもとに修正した。
3)。負の値が外側への傾斜となる。
-12-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
図4.足座標系。
3条件間で断面形状を比較するため、足座標系を定
図5.両足立位時と歩行時(P1)の計測結果例。正面観。
義した(図4)。ガラス面を XY 平面とし、踵幅(図2、
HB)の中央を原点、原点からボール幅(図2、BB)の中
央に向かう方向を X 軸+、上方を Z 軸+とした。歩行
時のデータは各試行の P1時点のデータを使用した。
寸法の分布は、男のインステップ幅(図2、IB)、男女
の IB 以 外 は 正 規 分 布 と 有 意 に 違 わ な か っ た
(Kolmogolov-Smirnov 検定)。条件間の差を対応あり
の t 検定で検討した(Mac 版 Statview 使用)。条件間の
差は統計的に有意(p<0.05)かつ計測誤差よりも大き
図 6.歩行時の計測結果例。正面観。
いとき(幅径±1.6mm、長径±0.8mm、高径±0.4mm)、
条件間の差に形態学的な意味があると考えた。分析
は男女別、男女こみの両方で行った。
3.結果と考察
対応あり t-検定の結果は男、女、男女こみでほぼ同
じであった。
3-1.寸法と角度
舟状骨幅、外側長、足底アーチ高は3条件で差がな
いか、差が計測誤差より小さかった。ボール幅と踵幅
3-2.足底とインソールの形状
インソールの設計のため、両足立位時の足形態がど
の程度有効かは、歩行時の足裏形状の変形量に依存
する。足底アーチ高の P1 時と両足立位時との差は平
均 0.1mm であり(範囲-0.8〜1.3mm)、両足立位時の
足底アーチ高の個人差(範囲:0〜6.9mm)に比べると
はるかに小さい。インステップ断面での足底アーチ高
から判断する限り、歩行程度の荷重の場合は、両足均
等荷重立位時の足裏形状は、インソールの設計に有
は、両足立位と P1 の間には差が無かったが、ボール
幅は P1<MSV であり、踵幅は P1>MSV であった。足
底への荷重のかかり方の経時変化によるのであろう。
インステップ幅は MSV>P1>立位であったが、条件
間の差の絶対値には大きな個人差があった。ただし、
足底アーチが低い群(立位時足底アーチ高<1mm、
N=8)とそれ以外の群で差はなかった。
内側長と踵断面傾斜角度は P1 と MSV の間に差がな
かったが、歩行時には両足立位時に比べて内側長が
大きく、踵断面傾斜角度は小さかった。図5に例を示
すとおり、歩行時には両足立位時に比べ、後足部が外
効な情報となるであろう。
3-3.今後の課題
本システムの計測周波数は歩行時の変化をかろうじ
て評価できる程度であり、走行時の変化をとらえること
はできない。また、断面形状計測で取得した寸法から
は、形状変化の一部しか評価することができない。現
在の計測精度を落とすことなく、走行時の形状変化を
計測できる程度の周波数で、計測できるようなシステム
の開発が望まれる。また、その場合、足部3次元形状
の相同モデル化の適用など、分析法も必要となる。
側に傾斜している。片足立脚期には全身の質量配分
が両足立位時とは異なるためであろう。
足背高は、両足立位と MSV には差がなく、P1 よりも
低かった。P1 時点で足背高が高くなるのは、図5の例
からもわかるとおり、踵部の外側傾斜に伴い中足部が
回外するためであろう。足底アーチ高には差がないこ
とからわかるとおり、インステップ断面形状は、回外す
るとともに形状自体も変化している(図5参照)。Foot
flat から Heel off までの形状変化は小さい(図6)。
-13-
------------ << 連絡先 >> -----------河内まき子
産業技術総合研究所デジタルヒューマン工学研究センター
〒135-0064 東京都江東区青海 2-3-26
電話 03-3599-8194
FAX 03-5530-2066
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウムI-3
床振動時と足踏み運動時の支持機能の一側優位性
○藤原勝夫 1)、清田岳臣 2)、開田千鶴 1)、伊禮まり子 1)
1)金沢大学大学院医学系研究科, 2)札幌国際大学
1.はじめに
これまで、支持機能の一側優位性については、比
ではないかと考えられる。そこで、本研究では、足踏み
較的静的な状況下、すなわち固定された床上での片
の関連性、およそれらの性差について検討した。
足立ち時における、身体動揺をもとに検討されてきた。
そこでは、明確な左右差は認められていない(Jonsson
et al., 2004; Lin et al., 2009; Grouios et al., 2009)。一
方、下肢にてボールを蹴るなどの動作では、上肢と同
様に右側に優位側が存在することが報告されている
運動時の注意の向け方の左右差、それと動作様式と
2.方法
本研究は、(1)床振動時の片足立ち、および(2)足
踏み運動における支持機能の実験からなる。被験者
は、実験 1 では若年成人30名(男性 17 名、女性 13
名)、実験 2 では 28 名(男女各 14 名)である。
(Nachson et al., 1983)。
我々は両脚立位時の床振動において、振動周波数
の増大に伴って、ヒラメ筋の活動が衝動的な様式に変
化することを報告した(Fujiwara et al., 2006)。これは、
床振動外乱において、低周波数では、姿勢制御にお
ける支持的な要素(静的バランス要素)が強く、振動周
波数が増大するにつれて、動的調節の要素(動的バラ
実験 1 では、開眼での20秒間の片足立位姿勢保持
を床反力計上で行い、そのときの前後方向の足圧中
心(CoPy)動揺を記録した。片足立位姿勢保持は、床
の移動のない静的バランス条件と種々の周期で床の
前後水平周期振動(床振動)を負荷する動的バランス
条件にて実施した。床振動の負荷条件は周波数を
0.25、0.5、0.75、1.0、1.25、1.5Hz とし、振幅を 2.5cm と
ンス要素)が増大することを示唆している。
した。各条件左右 3 試行ずつ行い、その試行順序はラ
ボールを蹴るといった操作が、持続的な筋活動では
ンダムとした。条件および左右足ごとに、安定性の指
なく、衝動性の筋活動調節からなることを考慮すると、
下肢の操作性の一側優位性は、動的バランス条件下
での片足立位時の安定性に影響を与える可能性があ
る。それゆえに、片足立位時の安定性の優位側が振
動周波数の増大に伴って入れ替わり、右側が優位に
なることが予想される。そこで本研究では、片足立位を
保持している被験者に対して低周波から高周波までの
様々な周波数にて床振動刺激を負荷し、立位の安定
性の一側優位性の変化について検討した。
動的バランス機能の左右差の検討には、比較的遅
いテンポでの足踏み運動時の支持機能の評価が有効
であると考えられる(Kunita et al., 2011)。体幹の右支
持脚側への傾斜が大きく、左支持脚側では体幹が垂
直に保たれる傾向が認められた。支持様式の左右差
を検討することが重要と考えられる。加えて、歩行時の
骨盤部の関節運動に明確な性差が認められ、女性の
方が大きいと報告されている(Smith et al., 2002; Cho
標として CoPy 平均速度を求め、その左右差を算出し
た。筋電図波形の周期性は、平均振幅で標準化し、
高速フーリエ変換による振動周波数振幅により評価し
た 。 被 験 者 の 操 作 足 は 、 Waterloo Footedness
Questionna- ire - Revised(WFQ-R)(Elias et al., 1998)
の質問紙調査の操作性項目から検討した。
実験 2 では、床反力計上でテンポ 60 歩/分での足
踏み運動を実施した。足踏み運動における遊脚側の
股関節屈曲角度を約 30 度に設定した。測定は 1 分 30
秒間行い、30 秒~1 分 30 秒を分析対象とした。測定項
目は、脳電位(国際 10-20 法に基づく Cz 部位より記
録)、身体各部位の前額面における傾斜角(体幹、骨
盤、下肢)、筋電図(中殿筋、腹直筋、脊柱起立筋、大
腿直筋、大腿二頭筋、前脛骨筋、腓腹筋、ヒラメ筋)、
および床反力(左右方向の圧中心、圧力)であった。
支持脚の接地時に生じる圧変動をトリガとして、1 周期
(2 秒間)の加算波形を求めた。
et al., 2004; Chumanov et al., 2008)。ところで、床振動
時の立位姿勢制御において、事象関連脳電位(ERP)
を用いて注意の向け方について検討したところ、床の
前方変曲点付近に明確な陰性脳電位が認められるこ
3.結果
3-1.床振動
CoPy 平均速度の平均値は、静的条件では左右足
の間に有意差が認められなかった。一方、動的条件で
とから、その時点に注意を強く向けていることが推察さ
は、1.5Hz のみにその有意差が認められ、右足のほう
れた(Fujiwara et al., in press)。このことから、足踏み
運動時にも、ERP を用いて注意の動態を評価できるの
-14-
が左足よりも平均速度が小さかった(t (29)= 3.58, p<
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
0.05)。
0.25Hz では、静的条件における平
均速度の左右差と振動条件における
それとの間に有意な正の関係が認め
られ、1.5Hz では有意な負の関係が認
められた(図 1)。0.5~1.25Hz では、
有意な相関関係が認められなかった。
静的条件における平均速度の左右
差と 0.25Hz と 1.5Hz の左右差の変化
量(1.5Hz の左右差から 0.25Hz の左 図 1.静的条件と振動条件における平均速度の相関関係(左図:0.25Hz、
右差を減算したもの)との間には、有
右図:1.5Hz)
意 な 負 の 相 関 関 係 (r = -0.73, p<
振幅(µV)
認められた。
6
で最小値を示し、その後振動周波数
5
4
3
右接地
††
100
†
50
†
0
-50
2
意に低かった。1.25Hz と 1.5Hz におい
1
てのみ、ヒラメ筋の周期性の左右差が、
0
を示した(1.25Hz: r = 0.54, 1.5Hz: r =
左接地
250
150
も、腓腹筋に比べてヒラメ筋の方が有
平均速度の左右差と有意な正の相関
300
右接地
200
振幅(μV)
周期性は、いずれの周波数において
左接地
**
7
ヒラメ筋と腓腹筋の周期性は、0.5Hz
が増加するにつれて周期性が増した。
接地からの時間差(msec)
**
8
潜時(msec)
0.05;回帰直線 y= -0.439x - 0.091)が
-100
*
-150
-200
男性
女性
男性
*
女性
図 2.足踏み運動時の ERP ピーク振幅(左)および潜時(右)の平均値と標準偏差
中殿筋、大腿直筋、腓腹筋ともに、接地時点に活動
0.62)。
アンケート調査の結果から明らかにされた被験者の
操作足の比率は、右優位が 85.7%(26 名)、左右混合
が 14.3%(4 名)であった。
3-2.足踏み運動
足踏み運動時の ERP ピーク振幅は、男女ともに、左
接地時よりも右接地時のほうが有意に大きかった(図
2)。ERP ピーク潜時は、男女ともに、右接地よりも左接
地のほうが有意に遅かった。左接地では、接地から
ERP ピークまでの平均時間は、女性が約 100ms、男性
が約 150ms であった。右接地では、その時間は 0ms に
を開始した。
4.考察
床振動の結果は、0.25Hz における安定性の優位側
が静的条件のそれと同側であるが、1.5Hz では反対側
に入れ替わることを示している。このような静的条件と
動的条件間の安定側の入れ替わりは、振動周波数の
増大にともなう静的バランス要素から動的バランス要素
への変化が原因である可能性がある。動的バランス能
力の左右差には、ヒラメ筋の周期性が強く関わることが
示唆された。
近かった。
両足支持時間は、右への移動よりも左への移動が
有意に長かった。
体幹傾斜角は、男性では右支持時に有意に支持脚
側へ傾斜した。女性よりも男性のほうが有意に支持脚
側に傾斜した。女性では、左右ともに、体幹傾斜角の
平均値は 0 度に近かった。骨盤傾斜角は、男性では
足踏み運動においては、男女ともに、右接地により
強く注意が向いており、その注意はその接地に関連し
て生じる感覚情報処理に向けられていると推察された。
また、動作様式の左右差は、男性では主に下肢傾斜
角と体幹傾斜角に、女性では骨盤傾斜角に認められ
た。したがって、ERP ピークは、そのような動作の性差
に関係していると推察された。
水平に保たれる傾向があるのに対して、女性では左支
持時に支持脚の反対側に下方傾斜した。下肢傾斜角
は、男女ともに、左支持時よりも右支持時において有
意に支持脚側に傾斜した。その傾向は、男性でより顕
著であった。
-15-
------------ << 連絡先 >> -----------藤原勝夫
金沢大学大学院医学系研究科 運動生体管理学
〒920-8640 金沢市宝町 13-1
電話 076-265-2225
FAX 076-234-4219
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウムⅡ
循環型社会の新しい・楽しい自転車利用
○真家和生 1)、岡田明 2) 、荻野敏行 3)、植竹照雄 4)、岸田孝弥 5)
1)大妻女子大学, 2)大阪市立大学, 3)三ヶ島製作所, 4)東京農工大学, 5)労働科学研究所・中京大学
新しい自転車社会を目指して
(岡田明)
自転車の安全を左右する要素は多様です。自転車
人類働態学会は、学会として取り組むテーマとして
「新しい自転車利用」を取り上げ、自転車を交通インフ
ラとする社会構築に向けた社会提言を行うべく、研究
チームを立ち上げました。この背景には、これまでの資
本体や道路空間などのハード的側面、乗り方やルー
ル・教育などのソフト的側面、そして技量などの人的側
面が相互に作用し合います。その中で周囲の状況を
把握する乗り手の認知と自転車の存在に気づく周囲
本主義社会を支えてきたいくつかの前提条件の大きな
転換があると考えられます。一つは資源の限界です。
の認知がひとつのキーポイントになります。ここではそ
の点に着目し、人の注意の特性などに基づく自転車の
石油資源を見るまでもなく、社会を支えるエネルギー
視認性向上やその仕掛けづくりについて考察します。
は無限ではあり得ません。また、石油資源から発生す
る汚染物質を、地球は無限に受け入れることはできま
せん。地球温暖化がその現れの一つですし、原子力
エネルギーに依存した結果としての放射能汚染も、そ
の延長として出現しました。これが二つ目です。人類
(荻野敏行)
人と自転車が直接触れる部品、それは、ハンドル・
サドル・そしてペダルです。人間の動力を直接伝える
ペダルにも自転車の使用目的によって形状、材質、機
は、その生活行動の拡大とともに移動手段を高速化・
能などが大きく異なります。 ペダルを創って 63 年、国
大量化してきたのですが、ひとたび、巨大な自然災害
に遭遇した場合、こうしたインフラが返って人々の生活
内唯一の専門メーカーとして市場のニーズにあったペ
ダルの開発の必然性をお話しします。
を大きく変容させたという事例を、日本は昨年体験しま
した。交通手段としての自転車は、こうした意味からも、
もう一度見直される価値があると考えます。資源の有
効活用を行いつつ持続可能な社会を支える交通イン
(植竹照雄)
自転車利用者の安全に対する行動実態を把握する
フラとしての自転車社会を、どのようにしたら構築でき
ため、生活道路を走る自転車利用者を朝から夕にか
るのか、今回のシンポジウムもその一端として、会員の
けてビデオ撮影した。その解析結果から、信号も無く
方々と議論しながら煮詰めてゆきたいと考えています。
見通しも悪い危険な交差点を通過する際の安全確認
人類働態学会として申請した科研費基盤(B)「安全な
行動の実態について報告する。
自転車利用促進を目指す循環型社会の新しい交通シ
ステム構築のための基盤研究」の申請は、3 年間の研
(岸田孝弥)
自転車利用者に対する交通安全教育をどのように
究として受理されました。
本シンポジウムでは、真家がこの基盤研究の全体像
行うべきについては、いろいろと議論されているが、そ
と目標について概説し、次いで、岡田明が「人間工学
の全体像については、なかなか知る機会が少ない。近
から見た自転車の安全」について講演いただき、大会
年、交通管理者等が試みた交通安全教育について紹
地元の「三ヶ島ペダル」社長の荻野敏行から「日本の
介するとともに、今後取り組むべき観点について触れ
自転車ペダルの変遷」について講演いただき、次いで、
てみたいと思います。
植竹照雄から「自転車事故の要因」について講演いた
だき、最後に、岸田孝弥から「コウツウシステムと教育」
について講演いただき、総合討論を行う予定です。以
------------ << 連絡先 >> ------------
下、各演者の講演概要を記します。
真家和生
大妻女子大学博物館
〒102-8357 東京都千代田区三番町 12
電話 03-5275-5739
E-mail: [email protected]
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人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウムⅢ-1
レジリエンスの理論的背景
○榎原 毅
名古屋市立大学大学院医学研究科
2011 年 3 月に発生した東日本大震災以降、「安全」
分かれるところであろう(例えば、最大 25m 級の津波が
に対する考え方は今、過渡期を迎えている。例えば、
数百年以内に想定されるので、海水浴場の海岸一帯
航空機事故は 100 万飛行あたり 1 件の事故発生率で
に 25m 級にも耐えられる巨大な防波堤を設置しましょう
あり、限りなく生起確率は低いがリスクは存在する。生
というリスク軽減策が妥当であるか、ということである)。
産管理・品質管理の世界ではシックスシグマ(欠陥率
リスク論に基づく安全設計、リスクマネジメントは飛躍的
は 100 万分の 3)が管理閾値として定着しつつある。確
に安全水準を高めることに大きな貢献を果たしてきた
率論的には限りなく小さい値であっても、対象となる母
ことに疑いの余地はないが、このパラドックスを解決す
数が限りなく大きければ、希な事象(事故)は当然発生
る新しいパラダイムのひとつとして、今、「レジリエンス」
する。誤解を恐れずに言えば、安全の設計者・技術者、
が脚光を浴びている。
研究者は確率論(probability)を、一般市民・社会は結
果事象の重大さ(severity)を軸に安全をとらえる傾向
がある。前者の立場では、「(顕在化するリスクへのた
ゆまぬ対処は行いつつも)ゼロリスクはあり得ないので、
得られる恩恵とのトレードオフの中で社会的に許容可
能なリスク水準が設定される」ことを是とする。一方、後
レジリエンスの理論的背景
レジリエンス(resilience)は「回復力」「対応力」「しな
やかさ」などと訳され、様々な領域で用いられている概
念である。生態学においては、生物多様性における生
態系の相互作用として位置づけられ、複雑なダイナミ
クスの中で安定状態へと回復するプロセスとして位置
者では「滅多に起こらない事象であっても、万が一発
生した場合の結果事象の重大さにこそ優先度を置く」
こととなる。
づけられている。精神医学においては、ストレス対処に
関する個人気質の一側面として、個人が有するストレ
ス耐性・回復力として研究が進められている。安全人
リスク論のパラドックス
リスクの推定方法や考え方は各領域によって異なる
間工学領域では、組織レジリエンスの視点で議論が深
が、もっとも汎用的・包括的に合意が得られている概念
織文化」を含めた包括的システム(Holistic system)でと
は、ISO 国際規格(ISO12100)による定義:「“危害
らえ、そのいずれの要素も動的に変化しつづけている
(harm)の発生確率(probability of occurrence)”と“危害
中で常に安定状態へと作用させる力学の構造性に注
の程度(severity)”の組合せ」であろう。「危害の程度は
目をしている。安全とは静的かつ安定な状態ではなく、
大きいかもしれないが、1000 年に一度の発生確率の
刻一刻と変化している状況の中で、常に安定状態を保
津波に対しては想定外」とするか、「1000 年に一度とは
つように作用している力学の継時的プロセスととらえる。
いえ実際に発生したら大災害を引き起こすので対処
失敗と事故の原因分析に目を向けるのではなく、日常
すべき」という議論は、“発生確率”か“危害の程度”の
の業務の中で(第三者からは)顕在化しない不安全要
どちらに重きを置いてとらえているかの違いであり、リス
素に対し予防的に対処しているダイナミズムを明らか
ク論の範疇ではどちらのとらえ方も正しいが議論は平
にして、事故が顕在化した際にはとっさの判断や臨機
行線のまま収束しないパラドックスを生む。
応変な対応によって被害を最小限に食い止める対応
安全対策はリスク論を基礎として、リスクの見積もりと
評価に基づき、必要なリスク軽減策を導入するという
PDCA サイクルを継続的に積み上げていくことで頑健
なシステム構築を行うロバストネス型アプローチが基本
である。東日本大震災を経験した今、あらゆるリスクを
想定したとしても常に「想定外」事象の可能性は残存
するし、生起確率が低いが危害の程度が極めて大き
化しつつある。「人間・機械・環境・社会法規・社会組
力を組織安全の中に組み込もうというアプローチであ
る。すなわち、日々当たり前のように完遂されているプ
ロセスに含まれている対応力という“良好実践”に焦点
を当てたアプローチである。
リスクマネジメントと組織レジリエンス・マネジメントの
融合
今回、日本が経験した大震災のように、「希な発生
確率だが極めて大きい危害が予測される場合」には、
い今回のような震災に対してこれまでと同じように頑健
なリスク軽減策を導入することが最善なのか、議論の
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ロバストネス型のリスクマネジメント視点だけでは限界
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
がある。万が一の事故が起こった場合には、最後の砦
として人間の持つ柔軟でしなやかな対応力を最大限
発揮することができる包括的システムのあり方が今、注
目されている。人間・機械・環境・社会法規・社会組織
文化の各要素を動的状態でとらえ、それらの相互作用
においてどのように事象を予知・予見しているのか
(Anticipating)、予知・予見した事象を予防的にどのよ
うな手掛かりでモニタリングしているのか(Monitoring)、
事象の顕在化が見込まれる際にはシステムの不安定
状態へと移行しないようにどのような対処を行っている
のか(Responding)、そしてそれら柔軟な対応をとる個
人にはどのような先行経験や学習が個人レジリエンス
能力を強化しているのか(Learning)、という4機能を活
性化させること、すなわち、組織レジリエンス・マネジメ
ントの重要性が提唱されている。ロバストネス型によるリ
スクマネジメントと、組織レジリエンス・マネジメントの両
輪を構築していくことが、リスク論の包含するパラドック
スを解決する鍵となるであろう。
ロバストネス型のリスクマネジメントを “防災”・“耐
震”とするならば、組織レジリエンス・マネジメントは“減
災”・“免震”の視点である。自然の持つ力の前では、
人類の科学技術は無力に等しい。我々はおごることな
くその事実を真摯に受けとめ、自然災害における人類
の対応力の新機軸として、レジリエンスはまさにその理
論的枠組みを提供するものであろう。
------------ << 連絡先 >> -----------榎原 毅
名古屋市立大学大学院医学研究科環境保健学分野
〒467-8601 名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1
電話 052-853-8171
E-mail: [email protected]
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人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウムⅢ-2
東日本大震災、原発事故への対応と未来への対策
○大橋智樹
宮城学院女子大学
1.はじめに
東日本大震災は、地震の揺れによる災害、津波によ
の何かに帰属できるケースでは特に、“(結果的に)安
る災害、そして原子力発電所事故による災害という大
全ではなかった事実”を目の当たりにして、あいまいさ
きく三つの複合的な災害と位置づけられよう。地震によ
ゆえに成立していた合意が根底から覆される。このこと
る直接の被害については、阪神淡路大震災や新潟中
が、震災後の一年の間、特に原子力災害に関する
越地震等の教訓を活かした耐震補強工事やシステム
様々な議論の中で露呈されてきたといえよう。
の改修等によって、比較的小さなものに抑えられたこと
は評価すべきことである。
ひとたび災害が起こると、そしてその責任を自然以外
安全が主観的なもので、その線引きに個人差がある
のだとすれば、それは真の理解を妨げる機能しか持た
一方で、津波による被害は宮城県を中心に青森県か
ら千葉県の沿岸部までの広大な範囲で死者を出し、
ない。では、何を議論の対象とすればよいだろうか。そ
れは、「危険性」であろう。
多くの建物を押し流した。強固な防潮堤に守られた地
ある物質や、ある方法の危険性についてならば、事
域でも、その対策をあざ笑うかのように甚大な被害をも
実を確認することができる。過去の事故事例、その影
たらした。また、東京電力福島第一原子力発電所の事
響、発生確率、科学的知見 etc.について語ればよい。
故は、福島県を中心として東日本全域にわたる直接、
もちろん、これらの事実についても議論が分かれること
間接被害と、さらには風評被害を生み、その影響は今
はあろう。しかし、「許容できる危険」といった明らかに
後四半世紀以上継続するものと考えられる。
主観的な価値観を含む安全について語るより、ずっと
本稿では、発災当時に福島第一、第二原子力発電
たり、警戒区域および福島第一原子力発電所の視察
建設的な議論が期待できる。
2-2.専門家は科学以外の言葉を持て
安全について語るのをやめればバラ色の未来が待っ
を行ったりした筆者が、本震災から学ぶべき未来への
ているわけではない。事実を語るという行為、すなわち
対策について考えるところを述べたい。
科学的説明は、語る相手が科学的説明に慣れていな
所のほぼ中間にいて、その後、福島県内各所を訪れ
い場合、実は非常に困難さを伴うのだ。
2.本震災から学ぶべきこと
2-1.安全について語ることをやめよ
安全についての定義はいくつか見られるが、「危険
筆者は、今回のいわゆる原子力論争が、科学の言葉
で説得をしようとする専門家と、感情の言葉で共感を
が許容できる程度に小さい状態」といったものが一般
得ようとする非専門家との対立であると考えている。双
的だろう。この定義は、「安全は客観的なもの、安心は
方は、用いている言葉も、議論の目的も異なる中で、
主観的なもの」という一般に流布されている考え方が
言葉を交わしているのだ。これでは建設的な結論が得
誤りであることを示す。もちろん、“許容できるかどうか”
られるわけがない。
が主観的線引き以外のなにものでもないからだ。すな
譲るべきはどちらだろうか。それはやはり、専門家の
わち、安全という概念は、どこに線を引くかによって変
側であろう。専門家は、より多くの知識を持っていると
わってくるあいまいな、はっきり言ってしまえば定義不
いう点でも、そもそもその知識が多くの税金の投入によ
可能な概念なのである。
るものであるという点でも、ひとたび社会の中に科学技
しかし、このあいまいさゆえかもしれないが、90年代
術に対する不安が広がっている状態において、それを
解消すべく努力する義務がある。
から多用されるようになった。受け入れ側・ユーザーは
安全であることを求め、推進側・提供側は安全であると
今回の震災でも多くの専門家がそのような努力をし
主張する。双方が同じ価値観を共有していない場合で
ていたように思われるが、筆者を含めて専門家同士の
も、「安全」という言葉が共有されることで、そこになんと
対話におけるスタイルを崩さずに(崩せずに or 崩す必
なく相互理解が成立しているように感じられるからだ。
要性すら感じずに)、決して相手に届くことのない言葉
このことは、互いに譲れないものを抱える当事者たち
を投げかけていたのかもしれない。いや、場合によって
が、とりあえず合意を形成するために非常に都合の良
は、自分の言葉を、相手に向かって“投げつけていた”
い状態なのである。
ことすらあっただろう。
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人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
答えを持っているわけではない。しかし、その答えを
るのではないかとふと考える。
探すべきであることを、強く感じる。医学が患者とのコミ
医療界ではこの20年で緩和ケアの台頭が目覚まし
ュニケーション力の獲得を医学教育の中に取り入れた
い。尊厳死についての議論も盛んに行われるようにな
ように、科学においても科学の言葉に依らない科学技
ってきた。医学の目的が単に人の命を長らえさせること
術コミュニケーション力のあり方を模索すべきであろう。
2-3.想定外へどう対処するか考える
全国の原子力発電所で、緊急安全対策が実施され
から、人の命をどう諦めるかをも視野に入れ始めたこと
ている。福島第一発電所で起こったような全電源喪失
災害への対処の未来像には、諦めることも含めるべ
事態においても、炉心の冷却機能を維持するための
きだろう。“津波てんでんこ”はまさにその思想だし、誰
ハード・ソフト両面の対策である。
かを助けに、何かを守りに戻った人が津波に飲まれた
も、成長型社会から次のステップに進む一つの現れな
のかもしれない。
たとえば、高台に大容量発電装置を備えたり、複数
といった話は数限りなくある。諦めなかったことが、かえ
の電源車を配置したりして、仮に発電所内にある発電
って安全を脅かしたといえるのだ。諦めることは決して
機が動かなくても、電源の確保を可能にする、水素爆
後ろ向きのことではない。
発を防ぐために建屋上部に水素抜きの穴を開けるた
めの装置を設置したり、これらの新たな対策を有効に
機能させるための大規模な訓練を実施したり…。これ
らは、想定外を想定内にするための努力であり、このよ
うな対策が重要であることは言うまでもない。
しかし、どんなに想定外をなくそうと努力しても、想定
外のトラブルは決してなくならない。いやむしろ、想定
外を想定内にすればするほど、想定外への対処は脆
弱になっていくとすら考えられるのだ。
であるならば、想定外にどう対処するかといったノウ
ハウの構築が不可欠であろう。もちろん、「想定しない
ことへ備える」ことは、ある種の論理矛盾を含むもので
あり、だからこそ、この取り組みは容易ではない。しかし、
不可能ではない。良好事例分析などを活用して、想定
外に対処するノウハウと、その訓練の開発が望まれる。
2-4.諦められる社会づくりを
経済が右肩上がりで、技術開発が目覚ましい進歩を
遂げているいわゆる成長型社会では、常に上を目指
すことが当たり前に求められた。しかし、成長型社会が
成熟を迎えると、目指すべき“上”が存在しなくなる。目
指す対象がなくなっているにもかかわらず、それに気
3.まとめ
原子力非常事態宣言が出た時刻、福島第一原子力
発電所の西側2Kmほどの場所で、津波によってあち
こちで寸断された国道の大渋滞にはまっていた。双葉
町の防災無線は、「原子力発電所から微量の放射性
物質が漏れ出している恐れがあるため、屋内に退避せ
よ」と放送していた。正直に言うと、少し怖かった。
その日から9か月後。同じ場所を訪れた筆者に見え
たのは、9か月前と変わらぬ景色。宮城の被災地が少
しずつ復興へ向けて歩んでいる様子とは、対照的な静
の風景だった。
東日本大震災が与えたインパクトは限りなく大きい。
津波防災も大幅な方向転換を余儀なくされるし、電源
確保の問題も先が見えない。現在も、多くの苦しんで
いる人々がいる。だからこそ、この災害から学ぶべきこ
とをすべて余すことなく学ばねばならない。
まずはすべてを無批判に机の上に並べ、それらを一
つ一つつぶさに見つめていくことが、本震災から教訓
を得られることにつながる唯一の方法であるように思う。
そして、得られた教訓は、単に社会の鎧を強固にする
方向だけでなく、鎧を脱ぎ捨てることにも利用できたら
づかずに何かを目指し続けることは大きな矛盾をはら
む。バブル崩壊以降の20年間の日本はまさにそのよう
いい。
“安心”とは、もともとは儒教の「安心立命」からきてい
な矛盾の中にあったように思う。
る。わが身を天命に委ねることで、心が落ち着いた状
上がないことを認め、諦める社会を構築しなければな
態を意味する。現代の安心は後者の結果だけを求め
らない時期なのかもしれない。ピーク時には7000人に
届かんとしていた労働災害死亡者数が1200人余とほ
ぼ1/6近くまで減ったにもかかわらず、さらにたとえば
一桁減らす努力は本当に必要なのだろうか。100万離
ているように思う。しかし本来、前者が重要であるはず
だ。すなわち、諦めることである。真の意味の安心を目
指すことが、対応力を上げることにつながる。
陸あたり1回程度しか落ちない飛行機の“安全性”をさ
------------ << 連絡先 >> ------------
らに高めることは必要なのだろうか。小さなリスクを針小
棒大に扱うのは、原発反対派の専売特許ではない。
我々研究者も、ひょっとしたらそういう世界に生きてい
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大橋智樹
宮城学院女子大学 学芸学部 心理行動科学科
〒981-0855 仙台市青葉区桜ヶ丘 9-1-1
電話・FAX 022-277-6254
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウムⅢ-3
災害時における自衛隊の活動と対応
○徳野慎一
1)陸上自衛隊衛生学校
東北地方の沿岸部を中心に壊滅的な被害を及ぼし
浴室による入浴支援、避難所、市町村役場、病院、警
た東日本大震災に対処するため、防衛省・自衛隊は、
察車両、救急車や消防車などの緊急車両への備蓄燃
震災発生当初から総力を挙げて各種活動に取り組ん
料の配給、被災地域への様々な救援物資の輸送、各
だ。地震発生直後の 14 時 50 分に防衛省災害対策本
避難所のニーズを踏まえて救援物資を配分する業務、
部を設置するとともに、航空機などによる情報収集を
道路、空港および港湾等の応急復旧作業なども行っ
行った。その後、自衛隊の派遣規模は、10 万人態勢
た。
構築の総理指示を受け、最大時で人員約 10 万 7,000
名、航空機約 540 機、艦艇約 60 隻に上った。これは、
阪神・淡路大震災への対応における派遣規模が最大
時 2 万 6 千人であることを考えると、いかに大規模な支
東京電力福島第一原子力発電所の事故に対しては、
ヘリコプターや自衛隊の保有する消防車を用いての
原子炉への給水作業を行った。原発周辺に居住する
住民や、支援活動に従事した自衛隊員、消防隊員な
援であったかがわかる。
どに対し、放射線量の計測や除染を実施するとともに、
地震発生当初、被災者の捜索・救助に全力をあげ
た。派遣部隊は、警察、消防、海上保安庁などと協力
し、地震や津波により孤立した地域や倒壊家屋などか
ら多数の被災者を救出し、全救助者の約 7 割に当たる
作業に使用した航空機や車両などの除染も行った。
避難指示(半径 20km 圏内)や屋内退避指示(半径
20km~30km 圏内)が出された区域内に所在する病院
の入院患者、要介護者などの避難の際の輸送支援、
約 19,000 名の被災者を救出した。
避難した住民に対する放射線量の測定および除染な
その後自衛隊の活動は、行方不明者の捜索活動へ
とシフトしてき、米軍、海上保安庁、警察、消防と共同
し、行方不明者の集中捜索も行うなど、最終的には
9500 柱のご遺体を収容した。また、ご遺体の埋葬場所
への搬送支援や、ご遺体安置所における受付などの
業務支援を行った。
どを行った。
災害への対応を考えるとき、災害により新たに発生し
たニーズに対する対応と災害によるインフラ等の破壊
により地域のニーズに応じきれなくなった部分への対
応とがある。言い換えると、需要が増加したことによっ
て需給バランスが崩れている状態と供給が減少するこ
医療面では、震災発生直後、自災害派遣医療チー
とによって需給バランスが崩れている場合とがある。救
ム(DMAT: Disaster Medical Assistance Team)や患者
助や遺体の捜索は前者に分類され、給水や給食は後
搬送を実施した。自衛隊仙台病院および海上自衛隊
者に分類される。医療は両者の要素を含んでいる。
八戸基地の医務室を開放するとともに、被災地各地に
また、災害のフェーズによって支援の優先順位は変
応急救護所を開設しての診療、医官等による巡回診
療、うがい・消毒などの衛生管理、健康相談なども行っ
た。特に、孤立した地域や離島への巡回診療では、自
衛隊の機動力を発揮し、有効な支援が行われた。また、
救急患者の輸送などの輸送支援も行った。
わる。発作後の急性期には捜索・救助・救命が中心と
なるが、徐々に生活支援へと中心が変遷し、最終的に
は復旧・復興支援へと移っていく。中でも、急性期にお
ける対応では迅速性が求められるため、関係各所が
連携できるよう日頃からの訓練が重要である。
また、感染症の蔓延を予防するため、倒壊した家屋
や地面に消毒剤を散布するなどの防疫活動も行った。
他にも、被災者の生活に欠かせない飲料水や生活
用水の提供のため、水タンク車や水タンクトレーラなど
による給水支援、避難所において野外炊具などによる
炊き出し等による給食支援、陸上自衛隊の野外入浴
セットや基地などの入浴施設および護衛艦・輸送艦の
-21-
------------ << 連絡先 >> -----------徳野慎一
陸上自衛隊 衛生学校
〒154-0001 東京都世田谷区池尻 1-2-24
電話 03-3411-0151(内線 2181)
防衛医科大学校 防衛医学講座 (兼務)
〒359-8513 埼玉県所沢市並木 3-2
電話 04-2995-1211(内線 2706)
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
シンポジウムⅢ-4
災害体験情報の共有化と減災に向けた取り組み
~東日本大震災後の茨城県の取り組みについて~
○申 紅仙
常磐大学人間科学部
1.はじめに
東日本大震災(2011 年 3 月 11 日)では、東北地方
(表 1)。県でもこの結果を受け、緊急連絡網や衛星電
に比べ人的被害は少ないものの、茨城県も甚大な被
を始めている。その他、ハザードマップの利用性の低
害を被った(茨城県:死者 24 名、行方不明 1 名、全壊
さや津波発生時の避難行動の問題が明らかとなった。
3,060 戸、半壊 23,727 戸、建物の一部損壊 164,763 戸、
床上浸水 1,716、床下浸水 710(2012 年 1 月 9 日現在))。
今回の震災では、他県からの支援と多くのボランティア
話、緊急時優先、インターネット環境を整備すべく検討
3.今後の取り組みと体験情報の共有化について
今回の震災から得られた問題点から県の今後取り
組むべき内容をもう一度整理すると、1)安否確認の
に支えられたものの、支援を受けるまでは県内で全て
対応しなければならなかった。茨城県では、今回の経
験を教訓とし次なる震災に備えるため、発災時の問題
とその対策についてアンケートを行った※。災害時の県
民の体験をもとに、今後の対策について整理したい。
方法改善、2)ライフラインと燃料の確保、3)津波対
策(避難場所と道路整備)、4)地域別災害特性を踏
まえた防災取り組み、5)大量の帰宅困難者、学校を
含めた多数の避難所の運営、6)学校・行政・病院等
の連絡網、ボランティア、医療従事者確保などが挙
2.安否確認と避難判断に関わる情報の重要性
速報(単純集計)によると、まず、発災時に最も必要と
げられている。2)津波対策では、例えば、津波被害の
さ れ た 情 報 は 安 否 確 認 ( 39% ) と ラ イ フ ラ イ ン 情 報
ルとし新たに 9 ヶ所締結、看板をすでに設置した。
(25%)であったことが分かっている。これらの情報が素
4)域別災害特性を踏まえた防災取り組みでも、茨城県
早く提供されていたら、大量の帰宅困難者を防止し適
は地理的に県北(ひたち)・県東(鹿島、行方、鉾田)、
切な避難行動に結びついていた可能性が高い。混乱
県南県西(土浦、つくば等)、県央(水戸等)によって、
時の安否確認方法として災害伝言が期待されている。
危惧すべき災害の種類と対策内容が異なってくる。今
しかし残念ながら、安否確認方法で災害伝言が使用さ
後は地域にあった対策を進める必要がある。
あった神栖市では、ホテル、病院などを津波避難ビ
れた割合はわずか 1%にすぎず、多くの住民は携帯メ
また、経年による災害意識の低下や転居者の経験
ールやインターネット、携帯電話などを利用していた
不足も懸念される。今回の体験を集約し、共有するシ
ステムも検討する必要があるだろう。
表1.震災時の避難および安否確認にかかわる調査
結果(東日本大震災に関わる県民アンケート結果
(速報)(茨城県)より作成
4.おわりに
今後は茨城県のみならず、全国の防災のあり方とし
て、行政側からの能動的な支援が求められるだろう。も
う想定外は通用しない状況にある。今回茨城県で起こ
った問題のみならず、東北での重篤な問題は最低限
クリアにすべきであると考えている。特に、発災時に
「連絡の全く無いところ」ほど被害が甚大であったこと
は注意すべきところだろう。行政としても、連絡が来た
市町村順に対応するだけでなく、地図やリストなどから
連絡の無い市町村を把握し、能動的に支援を指示す
るような姿勢が今後は問われるだろう。
※
茨城県民アンケート調査は、茨城県(生活環境部消防防災課)
とともに多くの防災研究者(筑波・茨城・常磐大など)が関
わって作成され、県民を対象に大規模調査がなれた。
(配布期
間:2011 年 9 月 14 日~10 月 21 日、対象:茨城県住民、沿岸・
内陸に分けて調査表作成、配布方法:ポスティング、聞き取
り、郵送、インターネット調査(2011 年 12 月末まで実施)、
有効回答数:3,576 件(回収率 32%))
-22-
------------ << 連絡先 >> -----------申 紅仙
常磐大学人間科学部心理学科
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
1-1
アンケート調査による高齢者の自転車利用時における安全意識
~自転車事故経験との関係から~
○森佳樹、矢部貴大、横山光、植竹照雄、下田政博
東京農工大学 農学部 地域生態システム学科 健康アメニティ科学研究室
1.はじめに
自転車は生活に密着した移動手段であり、子供から
3.結果と考察
3-1.自転車利用の全体的傾向
高齢者まで幅広い年齢層においてさまざまな目的で
(1)日頃の自転車利用について
使用されている。私たちの生活に不可欠な自転車に
① 多くの者が現在も自転車をほぼ毎日利用していた。
関しては解決しなければならない課題が多い。自転車
事故の死傷者統計によれば、高齢者の負傷者数は全
体の2割に達しないが、死者数は7割弱に達する。自
また、その割合は男の方が多かった。
② 「普通自転車」ではない特別な自転車を利用して
いる者は、男の方が多かった。
転車の有用性や有益性を損なうことなくそれらを十分
に享受するために重大事故を削減することは喫緊な課
題である。
③ 利用時の荷物は、ほとんどの者が自転車のかごに
入れて運んでいた。
④ 雨天時に利用する際には主に雨合羽だけでなく、
本研究では、高齢者の重大事故を未然に防ぐ啓発
(条例で禁止されている)傘も使用していた。
活動を展開する際の基礎的資料とするため、60 歳以
(2)この1年間に経験した自転車事故について
上の者を対象として日常における自転車利用状況と
① 自転車でぶつけた者(加害事故経験者)の出現率
自転車事故に関するアンケートを実施した。
は男女ともほぼ同じであり、有効回答のうちそれぞ
れ 3%強であった。また、そのときの状況は歩道走行
2.方法
2-1.アンケート項目の構成
2011 年 7 月から 2012 年 2 月にかけて、東京都府中
② 自転車にぶつけられた者(被害事故経験者)の出
市に住む 395 名(男 137 名、女 258 名)を対象とし、直
現率は全体の約 10%であったが、若干女の方が多
接配布方式によるアンケート調査を実施した。なお、す
かった。
中が最も多かった。
③ 転倒など自損事故を起こした者(自損事故経験者)
べての回答者は 60 歳以上の高齢者である。
アンケート内容は大きく5つに大別され、①性別・年
齢・自転車利用頻度状況など回答者についての事項
の出現率は男女ともほぼ同じであり、有効回答のう
ちそれぞれ約 9%であった。
(7項目)、②自転車事故の経験(加害・被害・自損)と
(3)交差点での行動について
状況・原因についての事項(4項目)、③交差点での自
① 信号がある交差点で「赤から青」になったとき「乗っ
転車利用時の行動・動作についての事項(2項目)、④
たまま渡る」者が最も多く、男の方が多かった。また
自転車走行時の意識についての事項(3項目)、⑤被
「押して歩く」者、および「片足で漕いで渡る」者とも
験者自身が危険に感じる場所(1項目)から構成されて
女の方が多かった。
いる。なお、統計解析には PASW Statistics ver.18
② 信号がある交差点で「初めから青点滅」のとき「渡ら
(IBM 社)を用いた。
2-2.解析
最初に各項目における男女別出現率を算出し全体
ない」者は全体の半数で女の方が多かった。また
的傾向を把握した。次いで、自転車事故と自転車利用
③ 男女とも、信号のある交差点で最も注意を払うのは
時の行動との関係を調べるため、この1年間における
「車」、次いで「歩行者」、「信号」の順であった。ま
①自転車事故の加害事故経験者、②自転車事故の
た信号のない交差点においても「車」に対して最も
被害事故経験者、③転倒等の自損事故経験者、の3
注意が払われていた。
群を抽出し、自転車利用時における行動に関する各
項目の出現率を比較した。
「渡るときもある」者、「いつも渡る」者はそれぞれ男
の方が多かった。
④ 信号無しの交差点では5割以上の者が自転車に乗
ったまま状況確認を行っており、この方法をとるの
は男のほうが多かった。また、「必ず一旦停止」する
者は女性の方が多かった。
-23-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
(4)走行時の意識について
「ミラー」、「ペイント」を確認しない者が多かった。
① ほとんどの者は自転車での追い越し時に何らかの
⑤ 加害事故経験者は信号無し交差点で「そのまま渡
合図を出しており、多いものから「ベル」、「声掛け」、
る」人が多い傾向にあった。④とあわせ、交通ルー
「ベル・声掛け両方」であった。
ルに無関心・無頓着な傾向があると考えられた。
② 自転車走行時に意識することとして、「歩行者の動
⑥ 走行中に意識するものとして、事故経験者全体と
き」を筆頭に「車やバイクの音」、「標識の確認」の順
しては「犬・猫」を、被害事故経験者は「走行場所」
に意識が高く、「路上ペイント」や「犬や猫」への意
を、自損事故経験者は「走行側」をあげる者が多
識は低かった。
かった。事故経験に基づき、走行環境への意識が
③ 追い越し時の合図は、男女で比べると「ベル」の利
高まっていると考えられた。
用で男性の割合が高かった。また走行時の意識に
⑦ 加害事故経験者は、狭いところで追い越すとき
ついても「荷物を載せる位置」、「犬や猫」を除く、そ
「声掛け」が少なく、「合図なし」が多かった。積極
の他全ての項目において男性の方が高い意識を
的な危険回避行動をとっていないと考えられた。
持っていた。
⑧ 狭いところですれ違うとき、加害事故経験者は「停
3-2.事故経験者にみる自転車行動の傾向(下図)
止してやり過ごす」人が多く、自損事故経験者は
① 被害事故経験者は荷物を「前のかごに入れる」者
「降りて押して歩く」人が多かった。事故経験者は
が多く、自損事故経験者は「前のかごに入れる」、
「ハンドルに下げる」者が多かった。走行中のバラ
ンス及び操作性の悪化による事故回避動作の遅
延が考えられた。
受動的な危険回避行動をとるものと考えられた。
4.おわりに
次のテーマとして、本研究で明らかとなった自転車
事故と関連深い具体的行動や意識を手掛かりとした安
② 事故経験者は、3群ともすべて雨天時の利用率が
高かった。雨天時の走行環境(路面・視界)の悪
化に関係すると考えられた。
③ 被害事故経験者、自損事故経験者は雨具として
「ポンチョ」を使う者が多かった。「ポンチョ」装着に
伴う動作制限、視覚情報量低下が考えられた。
④ 加害事故経験者は、信号無し交差点で「標識」、
①荷物を置くところ(複数回答, %)
全啓発活動の展開として考えている。
--------------- << 連絡先 >> --------------植竹 照雄
東京農工大学 農学部 地域生態システム学科
〒183-8509 東京都府中市幸町 3-5-8
電話: 042-367-5644
FAX: 042-367-5648
E-mail: [email protected]
⑤信号の無い交差点での行動
前かご
100
100%
後かご
75
50%
50
背負う
加害有 加害無 被害有 被害無 自損有 自損無
⑥走行時に意識しているもの(複数回答, %)
②雨天時に自転車を利用するか
50
100%
75%
利用しない
50%
ときどき利用
40
20
0
利用する
③利用する雨具(複数回答, %)
犬・猫
加害有 加害無 被害有 被害無 自損有 自損無
⑦狭いところで追い越すときの合図
傘
100%
雨合羽
ポンチョ
⑧狭いところですれ違うとき
停止しやり過ご
す
降りて押して歩く
75%
50%
ミラ ー
0
合図無し
100%
標識
25
ベル
加害有 加害無 被害有 被害無 自損有 自損無
④信号の無い交差点での確認(複数回答, %)
50
ベル+声掛け
25%
0%
その他
75
声掛け
75%
50%
加害有 加害無 被害有 被害無 自損有 自損無
100
走行側
10
加害有 加害無 被害有 被害無 自損有 自損無
60
50
40
30
20
10
0
走行場所
30
25%
0%
そのまま渡る
0%
ハン ドルに下
げる
加害有 加害無 被害有 被害無 自損有 自損無
乗ったまま確
認
25%
25
0
必ず一旦停
止
75%
25%
0%
ペイ ン ト
加害有 加害無 被害有 被害無 自損有 自損無
加害有 加害無 被害有 被害無 自損有 自損無
-24-
乗ったまますれ
違う
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
1-2
交通参加者相互の危険性評価に影響を及ぼす生活道路交差点の環境要因
○山本あゆ美、髙橋雄三
広島市立大学大学院 情報科学研究科 システム工学専攻 人間工学研究室
1.はじめに
と路地の存在に関する情報をもとに,交通参加者が各
道路交通事故の発生件数は 2005 年から減少傾向
交差点を通過する際,交通参加者の視野に対する道
にあるものの,幅員 5.5m 未満の生活道路での事故発
路反射鏡の設置位置と鏡像内の対象の運動方向,
生件数に顕著な減少傾向は確認されていない
1)
.特
に,交差点事故の約7割が発生している生活道路交差
affordance を時系列的にまとめたチャートを,本研究で
設定した 30 経路に対し作成した(例:図 2).
点では事故原因の多くが地域固有の問題と強く連関し
ており,普遍的な事故対策の実施が困難である.
3.結果
道路交通事故の原因の一つとして,交通参加者が
知覚する交通環境の危険性評価に起因する危険回避
2)
3-1.フィールドワーク
調査を実施した調査地域の概要を図 1 に示す.当
.多くの場合,
該地域は国道と国道のバイパスに挟まれ,旧市街地と
交通参加者が危険を発見する手掛かりは交通環境に
新興住宅地とが混在する地域である.徒歩圏内には
存在する.交通環境から危険に関する情報を入手す
駅とバス停があり,比較的,利便性の高い地域である.
る方法に道路反射鏡,路地の存在の知覚(直接知覚
当該地域に生活道路交差点は 46 箇所存在し,その内
される路地情報や交通規制:affordance)等がある.特
9 箇所は交通規制がおこなわれていた.また,反射鏡
に,道路反射鏡に投影された交通参加者の動きは反
は 81 個(行政設置:48 個,個人設置:33 個)設置され
射鏡が凸面鏡であるため,対象物の動きや方向に関
ていた(平成 23 年 12 月現在,図 1 参照).
行動の種類の違いが指摘されている
して正確に瞬間認知することが困難である.また,明確
な道路反射鏡の設置方法が規定されておらず,鏡像
内の交通参加者が交差点の左右どちらから進入する
のかを瞬時に判断することは難しい.
本研究では,生活道路交差点の危険性評価に影響
を及ぼす環境要因の内,道路反射鏡と路地の存在に
着目し,交通参加者相互の危険性評価に影響を及ぼ
す環境要因について交通参加者の認知的負荷の観
点から検討することを目的とする.
2.方法
本研究では,生活道路交差点事故の環境要因を包
括的に検討するため,広島県 Ha 市 J エリア(図 1)を調
図 1:調査地域の概要(広島県 Ha 市 J エリア)
査対象とし,地域住民への聞き取り調査,生活道路交
右
異
差点での定点観察,徒歩・自転車による対象エリア内
左
単眼視野
左 右 左
異 同 同
右
異
左 右
異 同
設置領域
両眼視野
投影方向
運動方向
㉑
①
のフィールドワークを延べ 7 日間実施した.定点観察は
聞き取り調査時にヒヤリ・ハット体験が多く訴えられた交
察をおこなった交差点同士を結ぶ経路上に存在する
道路反射鏡を徒歩・自転車を用いてフィールドワーク
を実施し,道路反射鏡の設置条件(道路反射鏡の交
差点内での設置位置と鏡像と対象物の運動方向の関
進行方向
差点を中心に実施した.次に,調査エリア内で定点観
⑫
⑪
報(affordance の有無)の 2 点について調査した.
交差点
番号
-25-
右
異
左
異
右
単眼視野
右 左 右 左
同 同 異 異
:affordanceなし
⑳
⑲
⑱
⑰
⑯
⑮
㋙ ⑭
⑬
係)と交差点に進入する際の路地の存在に関する情
フィールドワークで得られた道路反射鏡の設置条件
左
同
図 2:経路 A の認知的負荷の変化
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3-2.認知的負荷量の推定
40
生活道路交差点での危険情報の把握に影響を及
35
ぼすと考えられる道路反射鏡の設置条件と道路反射
⑬
経路A
⑮
⑳
者に与える認知的負荷量を推定した.k は道路反射鏡
番号,MSk は反射鏡 k の認知負荷得点,pMSk は反射
鏡 k-1 の認知負荷得点,αl は条件 l 時の負荷係数とし
認知的負荷量
鏡の設置・投影ルールをもとに,交通環境が交通参加
25
⑳
10
設置領域が同じ場合は MSk = MSk × αl と仮定すると,n
0
㉑
0
⑭
⑱
∑ MS
k
100
200
300
距離(m)
⑦
に交通参加者に蓄積された認知的負荷量 Cump は,
□:affordanceなし
00
⑳
⑤
10
10
①
㉑
0
と定義した(n は経路内の交差点番号).(2)式を用い
て経路ごとに蓄積された認知的負荷量を算出した結
600
③
15
15
55
(2)
500
経路30
認知的負荷量
鏡間の距離に応じた負荷係数を βm とすると,経路ごと
400
④
② ㋕
20
20
て認知的負荷量を算出した結果,図 1 中の交差点③,
次に,蓄積される交差点の認知的負荷量を An,反射
⑪
⑬
経路A’
25
25
⑦,⑪,⑳の認知的負荷量は大きな値を示した.
⑫
図 3:経路 A, A’における認知的負荷量の変化
(1)
と定義した.本研究で調査した 46 箇所の交差点に対し
Cump = ∑ ( An−1 + Intn ) × β m
⑯
①
番目の交差点の認知的負荷量 Intn は,
Intn =
⑪
⑰
15
5
㋙
⑲
20
た場合,MSk = pMSk の時は MSk = 0,道路反射鏡の
⑯
⑱
30
□:affordanceなし
系列2 5
:経路A
経路13
:経路A’
㉑
100
100
200
200
300
400
300
400
距離(m)
500
500
600
600
700
700
/図 4:経路 B における認知的負荷量の変化
果,図 1 中に示す,幹線道路間の通り抜けを目的とし
た経路 A と保育園への送迎を目的とした経路 B で,蓄
5.結論
積された認知的負荷量は大きな値を示した.経路 A と
交差点近傍で危険回避行動を発動するために必要
経路 A の逆方向の経路 A’の認知的負荷量の変化を
な危険性評価に影響を及ぼす生活道路交差点の環
図 3 に,経路 B の認知的負荷量の変化を図 4 に示す.
境要因は,道路反射鏡の設置・投影ルールの一貫性
と路地の存在を知覚する情報の提示であると考えられ
る.特に,短区間にルールの異なる道路反射鏡が混
4.考察
経路 A では,地域住民から多くのヒヤリ・ハット体験
在することにより,交差点に進入する交通参加者の認
が寄せられた交差点は⑪と⑳であった.図 3 より,両交
知的負荷は高くなり,交通参加者相互の交差点の危
差点とも交差点への進入経路によって推定される認知
険性評価に違いが生じたことが,ヒヤリ・ハット体験を伴
的負荷量の変化は異なっていた.両交差点とも進入
う,危険回避行動の誘発につながるものと考えられる.
経路によって道路反射鏡の設置・投影ルールが異な
っていたことが交通参加者の認知的負荷を高め,交通
参考文献
参加者相互の危険性評価の違いを誘発したことが,危
1) 生活道路におけるゾーン対策推進調査研究検討
険回避行動につながったものと考えられる(図 2).
委員会:生活道路におけるゾーン対策推進調査研
経路 B では地域住民がヒヤリ・ハットを多く体験する
究報告書,警察庁交通局交通規制課 (2011)
交差点は⑦であった.交差点⑦は旧幹線道路の T 字路
(http://www.npa.go.jp/koutsuu/kisei/houkokusyo.pdf)
に新設道路が合流することでできた,見通しの悪い変
2) Takahashi, Y. et.al: A case study for traffic accident on
形十字路であり,推定される交差点の認知的負荷量も
intersection, Proc. of the 3rd PPCOE, pp.562-565 (1994)
高かった.更に,交差点に進入してくる交通参加者は
他の路地にいる交通参加者の存在を確認することが
難しく(図 4),加えて,交差点手前に設置してある道路
反射鏡の設置・投影ルールが異なっていることが,危
------------ << 連絡先 >> -----------山本 あゆ美
広島市立大学 大学院 情報科学研究科 人間工学研究室
〒731-3194 広島県広島市安佐南区大塚東 3-4-1
電話・FAX 082-830-1817(髙橋雄三)
E-mail: [email protected]
険な交通行動の誘発を招いたものと考えられる.
-26-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
1-3
重量物の棚への持ち上げ動作における筋電図学的検討
○水戸和幸 1)、三宅章弘 2)、板倉直明 1)
1)電気通信大学 大学院情報理工学研究科 総合情報学専攻, 2)電気通信大学 電気通信学部 システム工学科
2-3.表面筋電図計測
被験筋は持ち上げ動作に重要な、僧帽筋、上腕二
1.はじめに
WHO は作業関連疾患という概念を提唱しており、そ
頭筋、脊柱起立筋、大腿直筋である。電極導出部はそ
の中で「腰痛、頸肩の痛み等の運動器系障害」を 5 疾
患群の一つとして挙げている。さらに「腰痛は活動制
限を引き起こす原因として最も頻度が高い」と報告して
いる[1]。日本でも腰痛は、厚生労働省の「国民生活基
礎調査」にて症状別の有訴者(怪我の自覚症状のある
者)数が人口千人あたり 95.4 人で 1 位となっている。こ
れぞれ右半身の僧帽筋(肩峰と第 7 頸椎棘突起を結
ぶ線の中点、 20mm 外側)、上腕二頭筋(上腕二頭筋
筋腹中央)、脊柱起立筋(第 5 腰椎棘突起の 40mm 上
部、30mm 外側)、大腿直筋(大腿直筋・筋腹中央: 上
前腸骨棘と膝関節を結ぶ線の中点)とした。また、アー
スは肩峰とした。計測された信号は生体増幅器を用い
れより、約 10 人に 1 人が腰痛を有しているといえる。ゆ
て High-cut: 300Hz、Low-cut: 5Hz、感度: 1mV/V
えに重量物を持ち上げ、運搬して置くという動作の四
肢体幹筋にかかる負担を客観的に評価することは、日
常での腰痛発生を未然に防ぐ意味でも重要である。
腰背部の筋である脊柱起立筋の筋活動に着目した
過去の研究は前傾姿勢を保持する静的運動や、重量
物を持ち上げて背筋が伸びた状態で終了しているも
のが多く、重量物を持ち上げ棚に置くという一連の動
作に注目している研究報告例は少ない。本研究では、
被験者の身長の 30%、40%、50%の高さの荷台に、10kg、
20kg、30kg の重量物を持ち上げて置くという一連の動
(60dB)で増幅し、 サンプリング周波数 1kHz で A/D
変換し、PC に保存した。
2-4.解析
表面筋電図の振幅量(RMS)を評価指標とした。
RMS の解析区間はビデオカメラの映像をもとに、腰を
おろし始めコンテナを掴み重心が最も下がった状態を
“始点”として、コンテナを持ち上げ棚に置いた瞬間を
“終点”とした。得られたデータは平均値と標準誤差で
示した。水準間の統計的な比較には Steel-Dwass 多重
比較検定を用いた。
作における四肢体幹筋に及ぼす影響を筋への負担度
を定量的に評価できる表面筋電図で調べた。
3.結果と考察
僧帽筋と上腕二頭筋の RMS は、9 人の被験者で重
2.方法
2-1.被験者
被験者は筋骨格系障害の既往がない健常男子大
量に伴い漸増し、棚の高さが高くなるほど高い値を示
学生 10 名とした。被験者の身長、体重、年齢の平均と
標準偏差はそれぞれ、175.9±5.3cm、70.3±9.2kg、
した。脊柱起立筋は全ての被験者で重量に伴い RMS
は漸増したが、高さ間において RMS の差が小さかった
(図 1)。
21.9±0.6 歳であった。
2-2.実験手順
被験者は開始の合図とともにプラスチック製のコンテ
ナ(幅 52.0×奥行 36.5×高 30.0cm)の持ち手を掴んで
持ち上げ、目の前にある棚に置いた。コンテナの重さ
は 10kg、20kg、30k、棚の高さは各被験者の身長の
30%, 40%, 50%とした。この動作をコンテナの重さと棚の
高さの 2 要因の各 3 水準からなる 9 通りで 3 回ずつラ
ンダムに繰り返した。挙上動作をする度に 1 分間の休
憩を与え、棚から重量物を降ろす作業は実験者が行
図 1 脊柱起立筋の被験者平均 RMS 値
った。持ち上げる際は、自然な姿勢で行い、挙上動作
大腿直筋の RMS は 4 人の被験者で重量に伴い漸
中に棚に近づいて置くことを許可した。また、ビデオカ
増し、棚の高さが高くなるほど高い値を示した。しかし、
メラを被験者の左斜め後ろに設置して、筋電図と作業
5 名の被験者は重量が増したにもかかわらず RMS が
映像を同期させ記録した。
減少した。さらに、棚の高さが低いほど RMS が大きな
-27-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
0.7
置く際、膝を伸ばしたままの前傾姿勢だったため、低
0.6
い棚ほど前傾角度が大きくなり大腿直筋に大きな負荷
0.5
RMS [mV]
値をとった被験者もいた。この被験者は重量物を棚に
がかかったと考えられる。
3-1.高さ間の比較
僧帽筋は重量 30kg、棚の高さが身長の 30%-50%間
*: p<0.05
**: p<0.01
***: p<0.001
20kg
**
30kg
***
*
**
0.4
0.3
10kg
*
0.2
0.1
のみで有意差を認めた(図 2)。これより、僧帽筋には
0
30
腕を持ち上げる働きがあるが、10kg, 20kg 程度の物を
40
50
身長に対する棚の高さの割合 [%]
持ち上げても、高さの違いが筋活動量に影響を与えな
図 3 僧帽筋の平均 RMS 値(重量間の比較)
いと考えられる。
上腕二頭筋、脊柱起立筋、大腿直筋では高さ間で
0.7
0.6
げる働きがあるが、重量が一定の場合は筋活動量に
0.5
RMS [mV]
有意差は認められなかった。上腕二頭筋には肘を曲
違いが出ず、棚の高さには僧帽筋が対応したためだと
考えられる。脊柱起立筋と大腿直筋は重量物を持ち
0.3
0.2
め、棚の高さの違いによる筋活動量の違いは生じなか
0.1
***
30kg
***
**
**
**
30
*: p<0.05
20kg
0
0.7
0.6
10kg
***
0.4
上げて立位になれば姿勢の維持が主な役割であるた
ったものと考えられる。
**: p<0.01
***: p<0.001
30%
40%
50%
40
50
身長に対する棚の高さの割合 [%]
*
図 4 上腕二頭筋の平均 RMS 値(重量間の比較)
RMS [mV]
0.5
0.4
4.結論
本実験では重量と棚の高さを変えて重量物の挙上
0.3
0.2
動作における四肢体幹筋の筋電図特性を調べた。僧
0.1
帽筋は重量物が重くなるほど筋活動量が増えるが、棚
0
10
20
重量 [kg]
の高さによる筋活動量の違いが出るのは 30kg の物体
30
を持ち上げる場合である。上腕二頭筋は棚の高さによ
図 2 僧帽筋の平均 RMS 値(高さ間の比較)
る筋活動量の差はないが、重量間の違いは生じた。脊
3-2.重量間の比較
僧帽筋と上腕二頭筋では有意差が認められた(図 3,
柱起立筋は身長の 30%~50%の高さの棚に物を置く場
合、重量が同じであれば筋活動量に高さ間の違いは
生じない。また、骨盤伸展運動によって脊柱起立筋の
4)ため、重量が重くなるほど筋活動量が増加するもの
と考えられる。一方、脊柱起立筋では重量間に有意差
は認められなかった。この理由の一つとして骨盤伸展
運動によって脊柱起立筋の筋活動が補われたためだ
と考えられる。先行研究[1]で挙上動作は骨盤伸展運動
が先行することで体幹を引き起こし、その後に続く腰椎
伸展運動での脊柱起立筋にかかる負担を減らす効果
があると指摘している。大腿直筋では全ての高さにお
いて 10kg~30kg 間で有意差が認められた。本実験で
は自然な姿勢で挙上動作を行ったため、全ての被験
者が膝を曲げて持ち上げた。同じ高さに置く場合は、
より重い物を持ちながら膝を伸展した場合の筋活動量
が増えるため、このような有意差が認められたと考えら
れる。
-28-
筋活動が補われたうえ、全ての被験者が膝を曲げて持
ち上げたため、重量の違いによる差は小さかった。
参考文献
[1] 野嶌一平, 奥野史也, 前川匡, 安藤啓司, 平田
総一郎: 挙上運動における重量情報が腰背部運
動に与える影響,理学療法学, 36(5), 2009.
------------ << 連絡先 >> -----------水戸和幸
電気通信大学 大学院情報理工学研究科 総合情報学専攻
〒182-8555 東京都調布市調布ヶ丘 1-5-1
電話 042-443-5554 (直通)
FAX 042-498-0541(専攻事務)
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
1-4
背負梯子を用いた担架運搬
○河原雅典、矢島由紀子
富山大学芸術文化学部
実験には女子大学生 10 名が被験者として参加した
1.はじめに
担架は物干し竿と毛布や衣類で簡易的に作ることが
(平均 20.9 歳,標準偏差 0.88 歳).被験者は全員日常
できるため,緊急時の人の運搬法として用いられる機
的に運搬作業を行っていない.実験は,被験者に手
提げ式担架運搬(図 3)と背負い式担架運搬(図 4)でで
会が多い.しかし,簡単に準備ができるいっぽう,特に
運搬者が2名のとき運搬者の上肢の負担は大きく,そ
のため長距離の運搬は困難となる.本研究は災害時
きるだけ速く歩いてもらい,5分間の歩行距離を比較し
た.実験は平坦な屋外で行った.
測定項目は歩行距離(5分間累積歩行距離,および
の避難行動を想定し,現状よりも長距離移動できる担
毎分歩行距離),心拍数,主観評価(主観的運動強度,
架運搬の方法を開発することを目的としている.
部位別疲労度)とした.運搬する荷重重量は体重の
80%および 120%の2条件設定した(それぞれ 80%BW,
2.方法
実験には自作した担架運搬用背負い梯子を使用し
た(図 1).この実験用背負梯子には,腰部に鈎状の固
120%BW).荷重には水を入れたポリタンクを使用した.
運搬方式条件 2 条件(手提げ式,背負い式)に荷重条
件 2 条件(80%BW,120%BW)を組み合わせ,計 4 条件
定具が設置されており,そこで担架棒を支持すること
ができる.運搬者は担架棒を,手で提げるのではなく,
背負うことによって支持することができる(図 2).
行った.
実験の様子を図 5 に示す.被験者は担架後方の担
架棒を手提げ式,または背負い式で運搬した.そのと
き担架前方は台車で支持した.
図 3 手提げ式担架運搬
図 1 担架運搬用背負梯子
図 4 背負い式担架運搬
図 2 担架運搬用背負梯子を使用している様子
図 5 実験の様子
-29-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3.結果
歩行距離の結果を図 6,7 に示す.手提げ式担架運
離をのばす結果となった.いっぽう,肩,背部の疲労度
は背負い式のほうが手提げ式より有意に高かった.
搬では,80 %BW,120 %BW 条件での平均歩行距離は
それぞれ 521.2 m ,342.0 m であった.背負い式担架
4.考察
心拍数,および主観的運動強度から見て,手提げ式
運搬では同様にそれぞれ平均 514.0 m ,439.6 m であ
った.運搬方式の違いを見ると,荷重条件 80 %BW で
も背負い式も同じような心肺負担であったと考えられる.
は運搬方式条件間に歩行距離の差はなかったが,
120 %BW では背負い式の歩行距離の方が手提げ式よ
り有意に長かった.平均値で 30 %弱も長い距離を移動
できたことになる.毎分歩行距離の経時変化も運搬方
式の違いがよくあらわれた.120 %BW において手提げ
式の毎分歩行距離は 1 分経過後に急激に減少した.
しかし,背負い式では 1 分経過後にも毎分歩行距離の
減少が少なかった.この違いが5分間の累積歩行距離
の違いとなった.
しかしながら,二つの背負い方式の間には,120%BW
の歩行距離に大きな差があった.実際の距離にして5
分間で約 100m も違った.手提げ式担架運搬が手の
疲労により担架を保持できなくなるのに対して,背負い
式担架運搬はどんなに辛くても歩行し続けることがで
きたのがその原因である.
2011 年に発生した東日本大震災の津波被害を受け,
内閣府は概ね 5 分程度で避難が可能となる環境整備
を提言している(内閣府中央防災会議,2011).本研究
で考案した背負い式担架運搬であれば,5 分間に約
440 m 先まで移動することができた.運搬者が 2 人し
かおらず,さらに運搬者の体重より重い人を運搬する
状況であっても,である.
もう一つ大切なことは背負梯子を用いることにある.
背負梯子は,運搬具として高い汎用性を持っている.
リュックサックでは運べないものも運ぶことができる.災
害時には傷病者,高齢者など人を運ぶことも,水をは
じめ多くの物資を人力で運ぶことも必要となる.そのと
きに背負梯子はもっとも有益な運搬具である.実際に
図 6 5分間累積歩行距離
過去の災害で,当時使われなくなっていた背負梯子が
(平均値+標準偏差,**:p<0.01,*:p<0.05)
大いに活躍した例もある(河原,2010).
本研究では従来からある背負梯子の多様な運搬能
力に担架を運ぶ機能を新しく加えた.従来の背負梯子
ではできない,二人で一人を背負って運ぶことを可能
にした.それにより,今まで以上に防災用として背負梯
子が有効になる.防災用に背負梯子を備えておくこと
を提案したい.
引用文献
河原雅典(2010)人間・道具・環境の相互関係 −運搬
図 7 毎分歩行距離の経時変化(平均値±標準偏差)
を例に−.山口県史民俗編,315-371.
心拍数増加量,主観的運動強度では,どちらの荷重
内閣府中央防災会議 (2011) 東北地方太平洋沖地
震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査
条件でも運搬方式による違いは認められなかった.
部位別疲労度では,手提げ式担架運搬時の手・手
首,肘・前腕の疲労度が,背負い式担架運搬より有意
に高かった.手提げ式担架運搬の実験中は,被験者
がこの局所疲労により休憩をとることが頻繁に見られ,
ときには担架を地面に落とすこともあった.背負い式担
架運搬ではそのようなことが生じなかったため,歩行距
-30-
会報告.
------------ << 連絡先 >> -----------河原雅典
富山大学 芸術文化学部
〒933-8588 高岡市二上町 180 番地
電話 0766-25-9174
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
2-1
観察方法の一考察
山岡俊樹
和歌山大学システム工学部
1.はじめに
観察した事項を構造的に把握するには,観察によっ
価値
て得られた事項はKJ法などによりグループ化,構造化
されている.しかし,この方法では考察が表面的なとこ
入力
機能
出力
ろでとどまってしまい,深い読みを可能とする構造的な
アプローチはできない.そこで,本研究で提案する方
法は,アンケートによりシステムの要求事項をまとめる
図1 カーネル
のに使われる方法(1)を応用,展開したもので構造的
⑧カーネルを分解できる場合行う
把握が可能である.
⑨カーネルに補助入力を加えた構造を考える(図 2)
補助入力(キャタリスト:触媒)とは,機能に対して何ら
2.提案方法
かの補助となるもの
提案する方法は以下の通りである.
例えば,入力:木材,出力:本棚,機能:本棚を組み
①観察された事項(あるいは,悪いと思われる事項)を
すべて記述する.
②その記述内容をファンクション定義部,ゴール定義
部,アウトプット定義部によって,記述内容を書き換え
入力
機能
出力
る.この 3 つの定義部分をまとめてシェルという.
・ファンクション定義部
補助入力
「---を---する」という形にまとめる.
・ゴール定義部
図 2 補助入力を付け加える
ファンクション定義部の内容をどのように実行するの
立てる,の場合,補助入力は金槌,釘,ネジとなる.
か規定する.
出力を決めた後,入力と触媒(補助入力)を決める.
・アウトプット定義部
⑩カーネルを連鎖させて改善案を作る
ファンクションが実行されたとき,その内容がアウトプ
このカーネル群を機能構成図という.機能構成図で
ット定義部となる.
③得られたシェルをグループ化し,10 前後にまとめる.
は,実態系(人,物,金,二重の円で表示)と情報系(円
④グループ化されたシェルのうち,底辺のことを言って
で表示)と分けて表示する.
いるシェルを代表シェルと位置付ける.
3.検討
⑤この代表シェルに対して,上位の目的となるシェル
を決める.この作業を続け,その表現が具体性が無く
従来の観察方法は表面上の問題点しか分からない
なったレベルになった場合,終了する.この各シェル
が,この方法を活用することにより,潜在的問題点を構
が線でつながった図を機能展開図という.
造的に把握することが可能である.
⑥機能展開図で改善が必要と思われるシェルを特定
する.
参考文献
⑦特定されたシェルに対して,入力,機能,出力,価
今井謙一郎,ユーザのためのシステム設計の考え方・
値の観点から検討する(図1)
進め方,p36-117,日刊工業新聞社,1992
------------ << 連絡先 >> ------------
・入力(インプット):何をもとに?
山岡俊樹
和歌山大学 システム工学部
〒640-8510 和歌山市栄谷 930
電話 073-457-8485
E-mail: [email protected]
・機能(ファンクション):どのような仕組みで?
・出力(アウトプット)何を作り出すのか?
・価値(ゴール):その時の期待効果は?
-31-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
2-2
仏教とメンタルヘルスの関係
―僧侶の意識調査から―
○武田正文 1)、中島史朗 2)
1)浄土真宗本願寺派 高善寺, 2)愛知県立大学 生涯発達研究所
1.はじめに
近年、宗教とメンタルヘルスの関連性が注目されて
者が正装し,仏壇に線香をたくという“荘厳な雰囲気”
いる。特に、仏教における接点の研究及び実践につ
ルスに貢献すると考えられていた。また,宗教活動の
いて関心が高まっている(友久,2010)。しかし,宗教と
場が“親戚との交流”となり,社会的なサポートとしての
メンタルヘルスの研究について未だ体系化されていな
機能があることが示唆された。
のなかで,“非日常”の空間に身を置くことがメンタルヘ
い。これまでは精神医学からの宗教とメンタルヘルスに
「僧侶の関わり」は,儀礼的な側面として,“読経”や
関する研究が多数であると金児(2011)は指摘してい
“法話”が行われる。“読経”は,音楽的に参加者を癒
る。
すことに加えて,“荘厳な雰囲気”を高める効果がある。
日本人は,宗教信仰の有無が曖昧で数量的に測定
そして,“法話”は,参加者に仏教の教義を伝えるとい
することが困難とされている。そこで,日本人が仏教と
う意味で,特に重視している僧侶が多かった。無常や
密接であることに着目した。本研究では、僧侶を対象と
倶会一処といった教えを知ることによって,参加者の価
した意識調査を行い,仏教とメンタルヘルスの関係に
値観を転換し,“家族の死の受容”にも役立つことを目
ついて,宗教活動を行う立場から質的に明らかにする
的としている。また,“参加者の話を聞く”及び“質問に
ことを目的とした。
答える”という関わりで,参加者に個別に対応すること
2.方法
A 地区 B 宗派の僧侶に対して自由記述による質問
が,メンタルヘルスにとって大切であると僧侶が意識し
紙調査を実施した。質問内容は、仏教の各宗教活動と
島(2011)が宗教性の構造として挙げている認知的成分,
メンタルヘルスであり自由記述による回答を得た。特に
感情的成分及び行動的成分に分けることができる。認
死や病気に直面した際の仏教の役割に着目して行っ
知的成分として,“自分と向き合う”“命の大切さを知る”
た。分析方法は、KJ 法を参考に類似した記述をグル
“信心を得る” “教義の理解”がある。感情的成分とし
ーピング及びカテゴリ化を行った。
て,“楽しみ” “感謝”がある。そして,行動的成分とし
3.結果
仏教が参加者に影響を与える要素として,「宗教活
動の場」と「僧侶の関わり」の 2 つが関係していることが
示された。そこで,仏教によって参加者の認知的感情
的行動的変化を「メンタルヘルス」として分類した。
「宗教活動の場」の下位カテゴリとしては,“荘厳な
雰囲気”“非日常”“行事”及び“親戚との交流”が得ら
ていることが示された。 「メンタルヘルス」としては,松
て,“作法を身につけるがある。
このように僧侶は,参加者の宗教性を高めることによ
って,メンタルヘルスに貢献していると意識していること
が明らかとなった。しかし,本研究は僧侶を対象として
いるため,実際の参加者の影響の有無については検
討できていない。今後,参加者を対象とした研究につ
なげたいと考えている。
れた。「僧侶の関わり」の下位カテゴリとしては,“読経”
“法話”“参加者の話を聞く”“故人を偲ぶ”“質問に答
える”“作法の定着”及び“他機関の紹介”が得られた。
「メンタルヘルス」の下位カテゴリとしては,“自分と向
き合う”“命の大切さを知る”“信心を得る”“楽しみ”“教
義の理解”“作法を身につける”“感謝”及び“家族の死
の受容”が得られた。
------------ << 連絡先 >> ------------
4.考察
仏教とメンタルヘルスにおける僧侶の意識は,宗教
活動を通して,「宗教活動の場」と「僧侶の関わり」を重
視していることが示された。「宗教活動の場」は,参加
-32-
武田正文
浄土真宗本願寺派 高善寺
〒696-0221 島根県邑智郡邑南町鱒淵 107
電話 0855-83-0305
E-mail:[email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
2-3
文章完成法による飲食店のサービス設計項目の抽出
○加藤夏来 1)、山岡俊樹 2)
1)和歌山大学大学院システム工学研究科, 2)和歌山大学システム工学部
1.はじめに
サービス産業は日本経済の 7 割を占め、経済成長の
頻度を基に総合影響行列を作成した。B を飲食店のサ
ービスに必要な価値とし、DEMATEL 法を用いて因果
関係を線で結んで構造図を作成した。この構造図によ
為にサービス産業が非常に重要になっている。そこで
り、「行きたいサービス」と「行きたくないサービス」に存
顧客の価値を実現するための設計手法の研究が行わ
在する価値と、その価値を実現するために必要な機能
れている。またサービスに限らず、価値を実現する為
が分かる。例えば、ファーストフードの行きたいサービ
には機能を満たすことが必要であると言われており、こ
こから、本研究の目的を価値と機能のつながりに着目
スに存在する価値「食べたくなる」を実現する機能は、
「中毒性がある」「好きなメニューがある」「美味しい」
したサービス設計項目の作成とした。
「普段食べれない・作れないメニューがある」となる。そ
して、作成した構造図から価値を抽出し、サービス設
2.アンケート調査
2-1.目的
飲食店の「行きたいサービス」と「行きたくないサービ
計項目を作成した。
ス」の要因を把握し、飲食店に求められる価値と機能
の構造化を行う。また、そこからサービス設計項目を作
成する。
2-2.方法
(1)内容
図 1 価値と機能の構造図(一部)
本研究では文章完成法を用いた。文章完成法では
まず対象者に空白部分を含んだ短い文章を見せる。
そして最初に頭に浮かんだ言葉で空白を埋めてもらう
ことにより、すでにある文脈の中に自分自身を投影して
もらう手法である[1]。『飲食店は( )ので( )から【行き
2-4.考察
作成した構造図は、サービス設計やサービス改善の
時に使えると考えられる。まず、設計時は、コンセプト
に当てはまる価値をチェックすることによって、その価
値を実現する為の機能が分かる。また、サービス改善
たい/行きたくない】』という文章を、後述する飲食店
では、今ある機能をチェックすることによって実現され
の 4 つのジャンルごとに思いつくだけ完成してもらっ
ている価値と実現されていない価値が分かる。設計項
た。
目は、サービスを飲食店に限定し、さらにジャンルごと
(2)回答者
に分けることによって、既存のサービス設計項目では
大学生・大学院生 15 名(男性 8 名、女性 7 名)に対
してアンケートを行った。
見られない飲食店のジャンル別の特徴的な項目を見
ることができた。
(3)調査対象
調査対象は和歌山市の飲食店に限定した。これは、
サービスといっても業種によって形態が大幅に違い、
コンセプトも顧客が求める価値も多様になりすぎるから
である。同様の理由で飲食店も 4 つのジャンル(①ファ
ーストフード、②カフェ、③レストラン、④定食屋)に分
類した。調査の都合上、大学生が日頃から利用する飲
食店にしぼり、高級な飲食店は除外した。
2-3.結果
アンケートにより得られた文章データをコーディング
3.設計項目の分類
3-1.目的
作成した「行きたいサービス」と「行きたくないサービ
ス」の設計項目間の関係を把握する。
3-2.方法
「行きたくないサービス」の設計項目の言葉を逆の意
味にして良い意味になるように変換した。次に、飲食
店の 4 つのジャンルごとに①「行きたいサービス」のみ
に見られる項目、②「行きたいサービス」と「行きたくな
いサービス」を逆の意味に変換したもの両方に見られ
して整理した。文章完成法のデータを、「飲食店は(A)
る項目、③「行きたくないサービス」を逆の意味に変換
ので(B)から【行きたい/行きたくない】」とし、A と B の
したもののみに見られる項目に分類した。最後に飲食
対、B と【行きたい/行きたくない】の対を作成し、その
-33-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
店の 4 つのジャンルすべてに共通している項目を抽出
ビス」のみに見られる項目に当てはめることができる。
し、飲食店の設計項目を作成した。
3-3.結果
表 1 が項目を分類した結果である。
最後に、飲食店の 4 つのジャンルすべてに共通の項
目を抽出し、分類した。これにより、飲食店全般のサー
ビス設計項目が抽出できた。この設計項目を活用する
場合は、項目にウエイトを付けて飲食店のサービス設
表 1 作成した設計項目の分類(一部)
計を行う。
表 2 飲食店全てに当てはまる設計項目
3-4.考察
2.で行ったアンケート調査では、「行きたいサービス」
と「行きたくないサービス」に存在する項目を抽出した。
そこで結果から次のことが考えられる。①「行きたいサ
ービス」のみに見られる項目は、「行きたいサービス」に
あって当たり前の項目で、この項目があれば行きたくな
るが、あったからといって特別感動することはない。逆
に、ないとすごく評価が下がる項目である。次に、②
意味に変換したもの両方に見られる項目は、この項目
4.まとめ
本研究では、サービスの価値と機能のつながりに着
があれば行きたくなるし、この項目がないと行きたくなく
目してサービス設計項目を構築した。飲食店の「行き
なる項目である。つまり、この項目群が一番サービスの
たいサービス」と「行きたくないサービス」の要因と、要
善し悪しの評価に関わっている。最後に、③「行きたく
因同士の因果関係を知るために文章完成法を用いた
ないサービス」を逆の意味に変換したもののみに見ら
アンケートを実施した。そして、DEMATEL 法を用いて
れる項目は、普段行きたくないサービスの見られる項
価値と機能の関係を構造化してサービス設計項目を
目であることから、これが実現すると予想外のことで感
作成した。そして、サービス設計項目間の関係を把握
動を生む可能性がある。
する為に、項目の分類を行った。最後に、飲食店の 4
「行きたいサービス」と「行きたくないサービス」を逆の
つのジャンルすべてに共通の項目を抽出し、分類し
これを狩野モデル[2]に当てはめる。狩野モデルは、
た。
品質を魅力的品質と一元的品質、当たり前品質に分
類したものである。魅力的品質は、それが満たされて
いると満足するが満たされていなくてもしかたないと受
参考文献
け取られる品質要素であり、③「行きたくないサービス」
[1] 上田拓治. マーケティングリサーチの論理と技法,
を逆の意味に変換したもののみに見られる項目に当て
日本評論社, 1999, pp98-99
はめることができる。一元的品質は、それが満たされて
[2] 狩野紀昭, 瀬楽信彦、高橋文夫, 辻新一. 魅力
いると満足し満たされていなければ不満になる品質要
的品質と当り前品質, 品質 14 No.2, 1984, pp147-156
素で、②「行きたいサービス」と「行きたくないサービス」
を逆の意味に変換したもの両方に見られる項目に当て
はめることができる。当たり前品質は、それが満たされ
ていると当たり前と受け取られるが満たされていないと
不満になる品質要素である。これは①「行きたいサー
-34-
------------ << 連絡先 >> -----------加藤夏来
和歌山大学大学院 システム工学研究科
電話 090-3625-5276
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
2-4
無文字社会カレンの伝統衣服製作技術の保存と
職業教育における最適化プログラムの実践
○下田敦子、大澤清二
大妻女子大学人間生活文化研究所
1.はじめに
独自の文字を持たないタイ北部山地民(カレン)は口
から 15 歳までの 14 名であり、うち 12 名がカレン衣服
伝と身体技術の模倣により衣服製作技術を伝承してき
製作の経験が無い者であった。生徒 1 名ずつにはマ
た(写真1)。発表者らは、タイの公用語とタイ文字によ
ニュアルと実習に必要な用具、材料を配付した。また、
り衣服製作技術とその習得過程を詳細に記録し、衣服
指導者は同郡内に居住する 40 歳代のカレン女性であ
製作技術の難易度を項目反応理論(Item Response
り、abutase-atatase(カレン語で、布を織ることに熟達し
Theory, IRT)により推定して、易しい技術から順番に
ている、という意味)と呼ばれて、周囲の人々から尊敬
(その最適な年齢において)伝える手順を計量的に明ら
されている人物である。彼女は布を織ることだけにとど
かにした (Shimoda et al., 2011)。次いで、これに
まらず、布の原材料である綿花を栽培し、糸を紡ぎ、
従ってタイ文字や写真、図解によるマニュアルを編纂
天然染料で糸を染色し、精緻な模様の布を織り、衣服
し、これまでカレン社会においてしか伝承されてこなか
に仕上げる、という一連の衣服製作技術に熟達してい
った伝統衣服製作技術を、制度化された学校教育の
本発表では、こうした取り組みの一部を紹介するととも
る。発表者らの 10 年来の共同研究者である。
2-2.職業教育としてのカレン伝統衣服製作技術に
ついての検討
授業終了後、現地教育関係者、学校教員、指導に
に、職業教育としてのカレン伝統衣服製作技術教育に
あたったカレン女性らと、職業教育としてのカレン伝統
ついて検討した結果を報告する。
衣服製作技術教育についての改善点とその対応につ
から 15 時 30 分であった。生徒の年齢と人数は、13 歳
中で、最適な順番で教授、学習できるプログラムを開
発し、職業教育の授業として試験的に実践している。
いて特性要因図を作成しながら検討会を行った。
3.結果
20 回の授業はマニュアルに従って計画どおりに実
施された。写真2は授業の様子である。
以下は授業の項目であり、5)~13)までは実習を
伴う。また、各項目の下にはさらに細かい項目群(技術
要素)があり、本マニュアルでは、それらを IRT の結果
に基づいて、身体で習得することが易しい技術から難
しい技術へと順番に習得できるように並べた。
1)マニュアルの使い方 2)肩掛けバッグ製作の手順
3)用具と材料 4)チェックシートによる技術習得
写真1.祖母から糸を巻く技術について指導を受けるカレン
女子。カレン社会においては衣服製作技術を、女系親族
を通じて口頭や身体技術の模倣により習得していくのが
慣わしである。
5)基本的な裁断 6)縫製 7)布端糸の始末 8)経糸
2.方法
2-1.マニュアルを用いたカレン伝統衣服製作技術
教育活動の実施
2011 年 11 月から 2012 年 3 月にかけて、タイ政府
11)織り上がった布を裁断する 12)裁断した布を縫
による普通科教育の学校(チェンマイ県ドーイサケット
を準備して織機(整経台)に掛ける 9)整経台から経
糸を外して織機として設置する 10)織機で布を織る
製する 13)縫製後、布端糸の始末をする、であった。
とりわけ5)6)7)は予め習得しておくべき基礎的な技術
として、生徒らはチェックシートを用いて授業外におい
ても訓練を重ね、自己評価を繰り返しながら全ての技
郡の M 中学校)において、「肩掛けバック製作の実習」
術を習得した(写真3)。授業最終日には全ての生徒
を行った。この授業では、織機を用いて布を織り、裁断
し、縫製するまでの基礎的な技術を習得することを目
的とした。授業回数は 20 回、毎週木曜日 12 時 30 分
-35-
が肩掛けバッグを製作し終えた。
授業終了後、職業教育としてのカレン伝統衣服製
作技術教育について検討した。カレン衣服製作技術
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
を活かした職種の検討、の他、以下のような改善すべ
き点についての議題があげられた。
1)実習項目(取り組む作品)の検討
2)学習環境の改善(照度、通風、温度、湿度)
3)作業姿勢の改善と作業の効率化
4)原材料の調達と予算
5)指導者の育成
4.考察
これまでカレン社会においては、若年女子は 10 歳ご
ろから衣服製作に関わる技術の練習を開始し、熟達し
たカレン女性らが行う身体技術を模倣したり、自身の
能力に合わせて身体で習得することが易しい技術から
一つずつ習得し、次に難しい課題へと取り組み、時に
習得が困難な場合には直接手ほどきを受けたりしなが
ら技術を習得していく、というのが慣わしであった。そう
写真2.M 中学校におけるカレン伝統衣服製作技術教育の
授業。指導者のカレン女性が織機(腰機)の仕組みを教
授している。これまでカレン人の村々において伝承されて
きた技術を、こうして学校の授業の中で教授、学習できる
ようにプログラムを開発した。
した指導、学習の場面には、発表者らが編纂した文字
と写真を媒体にしたマニュアルなどは存在しなかった。
あくまでも経験知のレベルにおける学習の仕方であっ
た。そこで、発表者らは、そうしたカレン女性が行う技
術習得の順序(難易度)を科学的に明らかにしてマニ
ュアルを編纂し、これを用いた実践活動を行ったが、
半年間という授業期間を通じて、これまで技術習得の
経験が無いカレン生徒であっても、確実に技術を習得
し、目標とする作品を仕上げることができた。学校教育
においても、カレン伝統衣服製作技術を伝承していく
ことができるという可能性が伺えた。
また、授業終了後に行われた検討会では、カレン衣
写真3.作品の製作に取りかかる前には、生徒らは身につ
けておくべき基礎的な技術をチェックシートを用いて練習
し、習得しておく。
服製作技術を活かした職種について検討したが、これ
については就職担当教員を中心にして、今後、タイ社
会における就職先等の情報を、教育省、通商、産業関
連機関に協力を要請して収集していくこととなった。ま
た技術的な視点からは、実習項目つまり製作する作品
そのものの難易度を計量的に推定することにより実習
項目を選定してはどうかという提案があった。学習環境
や作業姿勢の改善については、これまでカレン伝統衣
写真4.実習教室の様子。蛍光灯、扇風機、織機を設置す
る鉄棒が設置されている。しかしこうした学習環境(照度、
通風、湿度、温度、作業姿勢)の基準を作っていかなけ
ればならない。
服製作技術に関する学習環境基準というものは無く、
ましてや作業姿勢を最適化するためのデータも無いの
で、今後これを作製するためのデータを収集する必要
がある。写真4には実習教室の様子を示した。
今後、これらの問題点を改善して、タイ語教育を受
けているカレン若年世代が、義務教育機会において、
タイ文字によりカレン衣服製作技術を習得し、これを卒
後、職業選択に活かせるように貢献したい。また、学校
文献
Shimoda, A. Ohsawa, S. Okubo, T. (2011)
Optimization problems for body technique
instruction age from analysis of average age of
skill acquisition using discrimination and
difficulty parameters. Japan Journal of Human
Growth and Development Research,
53,pp.12-22.
------------ << 連絡先 >> ------------
教育においてカレン衣服製作技術を伝承することでカ
レンの伝統衣服製作技術を保存したい。
-36-
下田敦子
大妻女子大学人間生活文化研究所
〒102-8357 千代田区三番町 12
電話 03-5275-6047 FAX 03-3222-1928
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3-1
国際観光都市鎌倉の UD:小町通りバリアフリー化進展 8 年間
○小木和孝 1)、堀野定雄 2)、戸室治久 2)
1)労働科学研究所, 2)神奈川大学工学部
1.はじめに
鎌倉市は年間 1940 万人の観光客が訪れる国際的に
段差(2003)
知られた観光都市として、安心して移動できるようにす
るバリアフリー化対策がすすめられている。一方、歴史
入口幅(2003)
的環境の保全と入り組んだ道路環境など、制約を抱え
入口幅(2011)
56
75
33
段差(2011)
80
58
24
82
47
96
ている。とりわけ、訪れる車椅子利用者にとって移動に
40
34
11
通路幅(2003)
困難な箇所が少なくない。鎌倉バリアフリー研究会とし
50
評価値 2
37
77
評価値1
通路幅(2011)
て観光都市としての移動のためのユニバーサルデザイ
105
ン応用を検討してきたので、その進展を検証するため、
過去に調査を行った小町通りについて現状を調べた。
0%
20%
41
40%
60%
80%
8
評価値0
100%
図1 鎌倉小町通り店舗のバリアフリー化進展
2.方法
鎌倉駅東口から鶴岡八幡宮に至る経路として多くの
計評点が 4 以上の店舗は 98 件で、全体の 64%だった。
観光客が通る小町通りの店舗の状況を、2003 年に行
変化して、車椅子利用者への協力対応がすすみ、店
った調査と同じ方法で調べた。各店舗について次の 3
舗環境が改善されつつあるとみられた。
バリアフリー化についての意識が 2003 年と 2011 年で
8 年前と比べて、車椅子利用者への対応についてか
点について評点化し、その状況と合計評点とについて
なり大幅な改善がすすんでいると認められた。
集計し 2003 年の結果と比較した。
小町通り店舗のインタビュー結果の例を挙げる。
店舗前段差(2:2cm 以下、1:2.1-6cm、0:6.1cm 以上)
入口幅:(2:90cm 以上、1:75-89cm、0:75cm 未満)
Q1:車椅子利用客は小町通りで増加しているか?
通路幅:(2:90cm 以上、1:75-89cm、0:75cm 未満)
-A1:明らかに増えている(和菓子店、牛乳店)
2003 年に 164 店舗を、2011 年に 154 店舗を調べ、合
Q2:バリアフリー化対策を何か施した点はあるか?
計評点 4 以上で全項目が 1 以上の店舗に着目した。
-A2:協力する意識はあり、移動しやすいように通路幅
3.結果
2003 年の 164 店舗と 2011 年に調べた 154 店舗の
結果を図に示した。段差について評価値が 2 の店舗
は 2003 年の 20%から 2011 年の 52%に、評価値 1 以
上は 66%から 74%に増えた(図1)。
店内に入る入口幅については、評価値が 2 の店舗は
2003 年の 35%から 2011 年の 63%に、評価値 1 以上
は 85%から 93%に増えた。店内の通路幅については、
評価値が 2 の店舗は 2003 年の 30%から 2011 年の
68%に、評価値 1 以上は 77%から 95%に増えた。
154 店舗の合計評点については、評価値1が 4 店舗
を拡大し、段差を解消した(和菓子店)
-A2:車椅子で移動しやすいように通路幅を広げ、一般
のお客と変わりなく接客している(牛乳店)
Q3:今後さらにバリアフリー改善を行う予定は?
-A3:引き続き現状の対応だが、新しいテナントやビル
はバリアフリー化に積極的だ(菓子店)
-A3:特に考えていず、コストを考えると困難(牛乳店)
Q4:市や国からのバリアフリー化の働きかけは?
-A4:なかったが補助金等あればさらに対応(牛乳店)
車椅子利用者の介助に協力する店舗もあり、バリア
フリー対応に一層積極的になっていると認められた。
店舗(26%)、5 が 34 店舗(22%)、6 以上が 44店舗
4.考察
小町通り店舗の状況は、観光都市における自主的
(29%)だった。合計 4 以上の店舗が 77%を占めた。
なバリアフリー化の動きをよく示している。小町通りは
(3%)、2 が 10 店舗(6%)、3 が 22 店舗(14%)、4 が 40
この調査結果から、段差が大きく、車椅子での移動
一部で電線地下化工事がすでに行われ、新しい店舗
による利用が困難な状況はなお 40 店舗にみられた一
も増え、店舗側の自主的な移動バリアフリー化がすす
方、段差がなく店内で移動しやすい状況は 44 店舗で
められていることが実証された。店舗側のバリアフリー
確かめられた。
化意識は向上しており、連携した進展をみつつある。
3 項目すべてについて評点が 1 以上であり、かつ合
-37-
安心して移動できる都市環境としては、段差解消を
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
核とした移動の容易化と案内標識の充実、多目的トイ
レの利用しやすい設置が重要である。行政・地場産
業・市民と利用者のよりよい連携によるバリアフリー化
がすすむように、さらにサポートを図ることが望まれる。
------------ << 連絡先 >> -----------小木和孝
公益財団法人労働科学研究所
〒216-8501 川崎市宮前区菅生 2-8-14
電話 044-977-2121
FAX 044-977-7504
E-mail: [email protected]
-38-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3-2
国際観光都市鎌倉の UD: 江ノ電バスのバリアフリー化現状
○堀野定雄 1)、小木和孝 2)、佐伯英敏 1)
1)神奈川大学, 2)労働科学研究所
1.目的
観光客に人気の江ノ電は、交通バリアフリー(BF)法
(2000)を契機に鎌倉-藤沢間全 15 駅 BF 化とバスの車
いす客歓迎策を推進している。バスの BF 化は、鎌倉
バリアフリー研究会が目指す国際観光都市鎌倉の「安
心して行き来できる街づくり」構想と整合する。ユニバ
ーサルデザイン視点で車いす客が安心して利用でき
るバス BF 化現状と課題をフィールド調査で解明した。
表1.車いす客乗降介助での作業/正味時間(江ノ電バス)
介助
乗降口型
モード
ノンステップ
乗車
ワンステップ
ノンステップ
降車
ワンステップ
作業時間(秒)
現場 営業所
217
345
234
326
104
228
128
226
正味時間(秒)
現場 営業所
14
9
14
13
31
11
23
14
表2.車いす客乗車介助作業工程と所要時間(江ノ電バスノ
ンステップ型)と現場の作業働態(シェイド部分)
藤沢駅始点乗車
所要時間
地上補助員
運転者
(秒)
10
①バス停着、ドア開放
ー
③気づく、補助員
13
運転者要請受諾
54 連絡(警笛)
④車いす客に気づ
31
く、後部ドアへ移動
29
⑤車内いす折畳む
44 乗客多数乗車確認
15
⑥スロープ板セット
(ほぼ満員、車内ミ
14
⑦乗車介助
ラーで)
⑧車内位置合わせ
10
43
(乗客が手伝う)
19
⑨スロープ板収納
10
⑩車内肉声放送
6
⑪ドア閉鎖
76
ー
2
⑫発車
58
⑬走行/テープ放送
2.方法
車いす利用研究会員の積極的バス利用に同行、ノン
ステップ型とワンステップ型バス対象に、運転者の乗
降介助作業を観察、ビデオ分析した。調査は、会員自
宅最寄の竜口寺バス停-藤沢駅間約 4km、30 分ルートと
藤沢駅-鎌倉駅間約 10km、46 分ルートで行った。また、
江ノ電バスの協力で営業所構内で撮影した研修実験の
ビデオ記録(2010)を再分析し、現場実務と比較した。
3.結果
バス運転者の車いす客乗降介助作業は、車高調整
車いす乗
客本人
バス停前方待機
②合図(足でド
アノック)
車外待機(一般
客の後ろで)
⑦乗車
車内待機
⑭車いす固定
(ブレーキロック)
217秒(3分37秒)
(ニーリング操作)、離/着席、後部扉スロープ板装着/
収納、手動乗車/降車介助、車内定位置車いす固定/
解除など多様なタスクで構成される。所要時間は、ワン
ステップ型>ノンステップ型、乗車>降車、営業所>>現
場と格差がある(表1)。しかし、スロープ上を手で押す
/引く乗車/降車介助の正味時間は逆に両型共に営業
所<現場、乗車<降車と逆転した(表1)。
図1.左:車いす客(有山誠さん)介助、右:乗客の自発支援
4.考察
乗降介助作業の全体と正味時間(図1左)の極端な
差は周辺タスクが多い事、現場と営業所で逆転する背
景は営業所のバス周辺空間制約ゼロに対して現場制
約は大きく、運転者は個々に微妙な調整を強いられて
いる為であろう。運転者、地上補助員、乗客ら(図1右)
の時間短縮、負担軽減を意図した柔軟な作業働態を
図2.車いす固定 左(現場):簡略法、右(研修):ベルト法
随所に観察し、現場の多様な知恵を確認した。
式、後続車への車いす客扱い中表示、運転者に知ら
最新式ノンステップ型乗車介助作業に見るように運
せる車いす客アピール法改善など課題山積である。
転者認識を促す車いす客の前扉ノックや地上補助員
車いす利用者がもっと頻繁に積極的にバス利用す
支援、車いす車輪ロックで固定(表2)や長時間を要す
る事でバス事業者、運転者、乗客の経験が加速度的
研修ベルト法を実施せずバス前輪ロック用ストッパーを
に累積する。その結果、知恵の質と量が増えてもっと
流用する固定簡略化は知恵の好事例である(図2)。
安心で確実なバスの BF 化進展を期待できる。
運転席で遠隔操作するスライド式昇降版方式(カナ
ダ、バンクーバー)導入や車内固定簡略法の検討、自
発的な乗客支援を促進する判り易いいすの折り畳方
-39-
------------ << 連絡先 >> -----------堀野定雄
神奈川大学工学研究所
〒221-8686 横浜市神奈川区六角橋 3-27-1
電話 045-481-5661,
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3-3
子どもの生活行動の概念規定について
○岩田浩子
聖霊女子短期大学 生活文化科
1.はじめに
「生活行動(Living behavior)」という用語は家政学1)、
研究論文等2、3)にもその用語が用いられている。しかし、
乳児、幼児のように成長期を区切ると、発達に時間を
要する生活行動全体の発達をカバーするには短すぎ
体育学2)、建築学3)等の論文中に広く用いられており、
るとも考えられる。また、人間の子どもの場合、水野 7)
こ れ と 類 似 し た 用 語 「 日 常 生 活 行 動 (Daily Life
Behavior)」も、生理人類学4)や看護学5)の研究論文中
が指摘するように生きる活動は胎児期や新生児期にも
あるが、個体レベル以上で活発化するのは幼児期以
に見出すことができる。
「生活行動」と「日常生活行動」の何れにも共通する
降である。それゆえ筆者はここでの「子ども」に関して
は濱田8)が提唱する『コドモ期(離乳から性成熟までの
ことは行動の主体が子どもならば暦年齢相応の成長
期が、たとえば児童2)や乳幼児3)のように示され、大人
ならば年齢や状態などが、たとえば「日常生活行動が
自立した在宅の高齢者」4)のように明示されていること
である。一方、「生活行動」と「日常生活行動」にはその
概念や構造が未だ明確でない点があることも共通して
いると考えられる(時岡 1)、中西5))。そこで、本研究で
は「子どもの生活行動」の概念規定を明確にすることを
試みるにあたり、まず「生活行動」の概念規定を行った
上で、その概念規定に適合した「子ども」をどのように
期間)』を適用するのが最も適切ではないかと考える。
文 献
1)時岡晴美(1984):生活行動の構造―生活の総合的
把握を試みる―、家政学原論部会会報 No.18、
pp.17-20.
2)桑畑美沙子、藤本淑美、岩田美華子(1978):児
童の手指の巧緻性に関する研究(1)日常の生活行
動における手指の動き、熊本大学教育学部紀要、
27 号、pp.133-145.
考えればよいか、検討を行ったので報告したい。
3)湯田善郎、筧和夫、菅野實(1985):2 階建て保育
2.方法
2-1.「生活行動」について
研究情報ポータルサイト GeNii、論文書誌データベ
所における乳幼児の生活行動に関する研究、日本
建築学会東北支部研究報告集.
4)小松光代、岡山寧子、木村みさか(2004):日常
ース CiNii により文献検索を行い、蒐集された文献の
生活行動の自立した在宅高齢者の飲水量
分析を行った。
2-2.「子ども」について
「子どもとは成長・発達する存在である」という観点か
飲水
行動要因との関連、日本生理人類学会誌、9 巻、
pp.71-76.
ら、現在見出されている成長期区分のうち生活行動の
発達を最も広くカバーできる年齢区分法、成長期区分
5)中西純子(2004):「日常生活行動」の概念分析、
愛媛県立医療技術大学紀要、第 1 巻第 1 号、
PP.49-56.
法を選び、適用することを試みた。
6)富田 守(1981):生活行動の人類学、
『人類学講
座』第 13 巻、pp.7-20.
3.結果および考察
3-1.「生活行動」について
「すべての生きものの生きる活動のうち、個体レベル
7)水野悌一(1981):生活行動の発達、
『人類学講座』
以上の活動を生活行動という言葉であらわすことにす
8)濱田 穣(1999):コドモ期が長いというヒトの特徴―
る」という富田 6) の定義は生物学的観点から「生活行
成長パターンからみた霊長類の進化―、科学、岩波
動」の概念規定を行ったものとして明確である。また、
書店、69 巻 4 号、pp.350-358.
第 13 巻、pp.117-164.
「生活行動」の構造を人体の形態と機能の両面から明
らかにすることを可能にする要件を備えていると考えら
れるので、この定義に基づいて検討を進めた。
3-2.「子ども」について
子どもの成長期区分は母子保健法、児童福祉法、学
校教育法等で「乳児」、「幼児」、「児童」等が定められ、
-40-
------------ << 連絡先 >> -----------岩田浩子
聖霊女子短期大学 生活文化科
〒011-0937 秋田市寺内高野 10-33
電話 018-845-4111(内線 342)
FAX 018-845-4222(短大事務局)
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
4-1
相対的年齢が幼児の体格、運動能力、運動有能感及び
保育者からの評価に及ぼす影響
○川田裕次郎 1)、矢島雪乃 1)、山田快 3)、上村明 3)、飯嶋正博 2)3)、水野基樹 2)3)、広沢正孝 2)3)
1)東京未来大学こども心理学部, 2)順天堂大学スポーツ健康科学部,
3)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科
1.はじめに
プロサッカーリーグなどのいくつかのスポーツでは、
2.方法
選手登録人数の構成比に関して生まれ月の影響が存
在することが報告されている(例えば、内山,1996、岡
田,2003)。それらの研究では、「早生まれ」の者(1 月
2-1.調査期間と対象者
2011 年 7 月に首都圏の私立幼稚園に通う園児 329
名(年中クラス:男児 76 名、女児 84 名、計 160 名、年
長クラス:男児 85 名、女児 84 名、計 169 名)及び各ク
~3 月生まれの者)の人数の割合が「遅生まれ」の者(4
意に少ないことが指摘されている。つまり、早生まれの
ラス担任の幼稚園教員 10 名を対象に調査を行った。
2-2.調査及び測定項目
1.対象者のプロフィール:学年、性別、生年月日
者が遅生まれの者よりもプロスポーツにおいて活躍す
2.体格:身長、体重、座高
るケースが少ない現状を示しているのである。
3.運動能力:20m走、立ち幅跳、ソフトボール投げ、長
月~6 月生まれの者)の人数の割合よりも統計的に有
この問題は、スポーツや運動に本格的に関わる学
座体前屈、反復横跳び(年長クラスの者のみ)
校における教育制度上の問題に起因すると考えられ
4.運動有能感:運動に対する好き嫌い、楽しさ、自信
ている。日本では、4 月 2 日を 1 年のサイクルの切り替
5.保育者からの評価:運動場面での「態度」、「意欲」、
え日とし学年の活動集団が設定されており、同じ学年
「技能」、「楽しさ」
に所属する子どもの間では、最大 1 年近い生まれ月の
尚、上記の 1 と 5 は各園児のクラス担任の幼稚園教
差が存在し、個人差はあるものの生まれ月により成長
員に回答を求めた。また、2、3、4 の測定は幼児教育を
や発達の差を伴うことが想定される。そのため、同じ活
専攻する大学生と体育を専攻する大学院生が行った。
動をするにあたって、遅生まれの者は有利に、早生ま
れの者は不利になる場合がある。
このような達成度を比較する場合に、年齢集団にお
ける誕生日(相対的年齢)が切り替え日以降早ければ
早いほど有利に、遅ければ遅いほど不利になる現象
3.結果と考察
3-1. 対象者の性別と生まれ月別の人数と割合
本研究における対象者の性別と生まれ月別の人数
と割合を算出した。性別と生まれ月別の人数分布の偏
りをχ二乗検定によって検討したところ、人数分布の
は「相対的年齢効果」と呼ばれ(岡田,2003)、これまで
にもいくつかの報告がなされている。例えば、子どもを
偏りは確認されなかった(表 1 参照)。
対象とした研究では、小学生(真鍋,2003)や中学生
表1.対象者の性別と生まれ月別の人数と割合
(中庭,2009)の体格、運動能力、運動有能感におい
年中クラス
%
n
て相対的年齢効果の存在が確認されている。しかしな
がら、幼児期に相対的年齢効果が存在するか否かに
関しては未だ詳細に検討されていない。
そこで、本研究は、幼児期の子どもを対象に体格、
運動能力、運動有能感、保育者からの評価に相対的
年齢効果が確認されるか否かを検討することを目的と
する。本研究を通して、幼児期においても相対的年齢
効果が確認されるならば、子どものスポーツ教育にお
ける指導方法の改善やスポーツでのタレントの発掘や
育成を考える上で有用な資料を提供できるであろう。
-41-
年長クラス
n
%
全体
n
%
χ
2
性別
男性
女性
合計
76
84
160
47.5
52.5
100
85
84
169
50.3
49.7
100
161
168
329
48.9
51.1
100
13
14
13
13
16
11
19
14
14
10
9
14
160
8.1
8.8
8.1
8.1
10.0
6.9
11.9
8.8
8.8
6.3
5.6
8.8
100
12
15
15
19
11
22
15
9
13
11
13
14
169
7.1
8.9
8.9
11.2
6.5
13.0
8.9
5.3
7.7
6.5
7.7
8.3
100
25
29
28
32
27
33
34
23
27
21
22
28
329
7.6
8.8
8.5
9.7
8.2
10.0
10.3
7.0
8.2
6.4
6.7
8.5
100
0.26
出生月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
1月
2月
3月
合計
8.06
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3-2.相対的年齢が体格、運動能力、運動有能感、
保育者からの評価に及ぼす影響
保育者の評価では、年中クラスでは運動場面での
技能に、年長クラスでは運動に対する意欲、技能に生
相対的年齢が体格、運動能力、運動有能感、保育
まれ月の主効果が確認され、4~6 月生まれの者が 1
者からの評価に及ぼす影響を検討するため、独立変
~3 月生まれの者よりも優れた得点を示した。このこと
数に生まれ月(A:4~6 月、B:7~9 月、C:10~12 月、
は、相対的年齢が保育者の評価に影響を及ぼすこと
D:1~3 月)、従属変数に体格、運動能力、運動有能
を示している。そのため、保育者は、早生まれの者が
感、保育者からの評価を設定し一元配置の分散分析
不利益を被らないように、少なくとも自らの主観的な評
を年中クラスと年長クラスのそれぞれにおいて行った。
価に相対的年齢効果が存在することを認識しておく必
その結果、体格では、年中クラス、年長クラスともに
要があるだろう。
身長と体重と座高の全てにおいて生まれ月の主効果
以上の結果から、幼児期においても体力、運動能
が確認され、4~6 月生まれ、ないし 7~9 月生まれの
力、保育者からの評価において相対的年齢効果が存
者が 1~3 月生まれの者よりも優れた得点を示した。
在することが示された。そのため、幼児期の子どもを対
これは、相対的年齢によって身長、体重、座高に明ら
象にしたスポーツ教育を行う際には相対的年齢効果
かな発達差が存在していることを示している。
の存在を考慮した上で教育活動を行うことが重要であ
運動能力では、年中クラスでは 20m走とソフトボール
ろう。さらに、スポーツにおいてタレントを発掘する際に
投げに、年長クラスにおいては、運動能力では、20m
は、早生まれの子どもの体格や運動能力が同一学年
走に生まれ月の主効果が確認され、4~6 月生まれ、
内において見かけ上他の者よりも劣っていたとしても、
ないし 7~9 月生まれの者が 1~3 月生まれの者よりも
相対的年齢効果の存在を考慮した判断が求められる
優れた得点を示した。これは、相対的年齢によって特
であろう。
に走力に明らかな発達差が存在していることを示して
いる。
運動有能感では、年中クラス、年長クラスともに生ま
4.結論
幼児の体格と運動能力、保育者からの評価において
相対的年齢効果が確認された。
れ月の有意な主効果は確認されなかった。本研究で
は、運動有能感に相対的年齢効果が確認されなかっ
たが、小学校高学年の児童を対象にした報告(真鍋,
2003)や中学生を対象にした報告(中庭,2009)では、
運動有能感に相対的年齢効果が確認されている。そ
のため、相対的年齢が運動有能感に影響を及ぼし始
------------ << 連絡先 >> -----------川田裕次郎
東京未来大学 こども心理学部
〒120-0023 東京都足立区千住曙町 34-12
電話 03-5813-2525 (内線 1401) FAX 03-5813-2529
E-mail: [email protected]
める時期を明らかにしていくことが必要であろう。
表2.生まれ月別の体格、運動能力、運動有能感、保育者からの評価の比較(年中クラスと年長クラス)
A
4-6月
(n = 40)
M SD
年中クラス
生まれ月別
B
C
7-9月
10-12月
(n = 40) (n = 47)
M SD M SD
年長クラス
D
1-3月
F -value
(n = 33)
M SD
多重比較
A
4-6月
(n = 42)
M SD
生まれ月別
B
C
7-9月
10-12月
(n = 52) (n = 37)
M SD M SD
D
1-3月
F -value
(n = 38)
M SD
多重比較
体格
身長
体重
座高
107.7 4.3 108.2 3.0 104.7 4.8 102.4 3.6 16.2
17.9 2.0 18.1 2.5 16.4 1.4 16.1 1.6 10.4
59.7 6.5 61.0 1.9 58.6 2.3 57.9 2.3
4.8
***
A > C, A > D
A > C, A > D
B > C, B > D
113.9 4.9 113.9 5.5 112.4 4.2 109.3 3.8
19.7 2.3 19.9 2.8 18.9 2.5 18.1
2
63.7 2.7 63.7 3.0 63.1 2.5 61.6 2.8
8.4
4.7
5.4
***
***
A < D, B < D
A < D, B < D
A>D
5.6
1.3
0.8
1.3
0.7
**
**
5.3
100.4
6.1
44.0
15.5
**
A>D
A>D
***
**
**
**
A > D, B > D, C > D
A > D, B > D
A > D, B > D
運動能力
20m走
立ち幅跳び
ソフトボール投げ
長座体前屈
反復横跳び
6.0
79.2
4.0
33.0
-
0.6 6.1 0.5 6.1 0.6 6.5 0.8
20.7 82.2 17.2 78.3 17.3 73.0 15.7
1.5 3.4 1.1 3.3 1.4 3.0 1.3
7.7 31.5 8.6 32.1 8.7 31.0 8.2
- - - - - - -
4.5
1.6
3.6
0.4
0.4 5.2 0.4 5.3 0.5
5.5 0.5
14.9 102.3 17.3 101.4 15.7 95.9 16
2.4 6.2 3.1 5.8 3.4
5.4 2.2
10.4 44.0 8.5 42.9 8.6 40.6 8.1
4.6 16.0 4.5 15.9 4.9 14.6 4.4
運動有能感
運動に対する好き嫌い
運動に対する楽しさ
運動に対する自信
9.4 1.7
9.3 1.8
4.6 0.8
8.8 2.5
9.2 1.8
4.3 1.0
9.0 2.1
9.3 1.9
4.4 0.9
9.2 2.3
9.2 1.9
4.3 1.1
0.6
0.1
0.7
3.6 0.7
3.6 0.8
3.4 0.6
3.5 0.6
p .001.
3.3
3.4
3.3
3.7
3.5
3.3
3.0
3.5
3.4
3.1
2.9
3.3
1.9
2.3
3.6
1.6
7.9 3.0
8.8 2.1
4.2 0.9
8.3 3.0
8.1 2.9
3.9 1.3
8.7 2.3
8.5 2.5
3.7 1.4
8.8 2.3
9.1
2
3.7 1.2
1.0
1.2
1.3
3.9
3.7
3.5
3.6
3.5
3.5
3.3
3.4
3.4
3.3
3.1
3.2
3.4
3.2
3.0
3.3
2.9
3.6
3.4
2.0
保育者からの評価
運動場面での態度
運動場面での意欲
運動場面での技能
運動場面での楽しさ
* p < .05. ** p < .01. ***
0.7
0.9
0.7
0.6
0.6
0.9
0.7
0.7
0.6
0.7
0.7
0.6
**
A>D
-42-
0.9
0.8
0.7
0.8
0.9
0.8
0.8
0.8
0.8
0.8
0.6
0.7
0.9
0.8
0.8
0.8
**
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
4-2
大学体育実技の事例研究Ⅱ
週 1 回の有酸素性運動は若年成人男性の心肺持久力を向上させるか?
田中秀幸 1)、○下田政博 2)、石島寿道 3)、植竹照雄 2)、田中幸夫 1)
1)東京農工大学大学院・先端健康科学部門,2)同・自然環境保全学部門,3)産業技術総合研究所/早稲田大学
1.はじめに
高度に機械化・情報化された現代社会において,運
して,3 分間の踏台昇降運動を行った.運動終了 1,2,
動不足の加速,肥満病や生活習慣病罹患率の上昇,
3 分後の各回復時間における心拍数(HR)を 30 秒間
生活習慣病の若年化等の問題が深刻化している.運
測定し,その記録から踏台昇降運動得点(STI)を次式
動不足に起因する各種疾病の予防のためにも,労働
で求めた,
力として期待される若年成人に対して,運動の習慣化
研究参加者は,体力診断テストの一つの測定項目と
STI=180/(2×ΣHRi)×100 (i=1~3).
につながる教育プログラムの提供が必要不可欠である.
プレテストの週の前後 5 日間,起床直後の HR を測定
特に“大学全入時代”の現在の日本の大学にあっては,
し,それらの平均値を安静時 HR とした.体育実技の授
健康関連体力維持・増進に必要な科学的知識と定期
業においては,体力トレーニング実施直後に HR を測
的運動の実践能力は,大学生が修得すべき教養力と
定した.体力トレーニング時の運動強度の指標とし
言える.下田ら(2008)は,春から夏にかけて週 1 回の
て,%心拍予備をカルボーネン法により推定した.
大学体育実技中に実施した体力トレーニングが,各種
%心拍予備=(運動後 HR-安静時 HR)/(最大 HR-
体力要素を向上させる可能性を指摘した.心肺持久
安静時 HR)×100.
力の向上は,他の要素より顕著でなかった.体力トレ
が,原因と考えられた.我々は,20 分間の有酸素性運
ここで,最大 HR=220-年齢.
2-3.データ解析
プレテストとポストテストの同時期に,日常生活におけ
動を含む体力トレーニングを中軸とした体育実技教育
る運動習慣(実施頻度・実施時間)の質問紙調査を実
プログラムを新たに開発し,実施した.本研究では,日
施した.2調査時点間で運動習慣に変化がなくかつ体
常生活要因(運動実施状況)と環境要因(環境温度上
育実技以外にも定期的に頻繁に運動を行っていた者
昇)の影響を考慮した上で,週 1 回の定期的有酸素性
を高活動群(High Active:HA,N=14),運動を行わな
運動の心肺持久力向上に対する効果を検証する.
かった者を低活動群(Lower Active:LA,N=16)とした.
ーニング内容が心肺持久力向上に特化していないこと
定期的運動実施の習慣がなくかつ体育実技の授業に
2.方法
2-1.対象
2011 年度の東京農工大学 1 年次前期開講の「体力
参加しなかった(体力トレーニングを実施しなかった)4
年次生以上の学生を統制群(Control:C,N=11)とした.
学実技」を履修した約 900 名の大学生のうち,著者の
各測定変数に対して,混合デザインの分散分析(反復
一人が授業を担当したクラスの健康な男子 100 名(18
測定被験者内要因として体力トレーニング効果すなわ
~21 歳)を研究対象とした.それ以外に,健康な男子
ちプレテストとポストテストの比較および被験者間要因
11名(21~25 歳)が,統制群として,研究に参加した.
の 3 群)を適用した.球面性の仮説が棄却された場合,
研究参加者に対し口頭で研究目的を説明し,書面に
Greenhouse-Geisser による自由度の修正を行い,事
よる研究協力の承諾を得た.研究に先立ち,東京農工
後検定の多重比較には Tukey’s HSD テストを用いた.
大学研究倫理委員会の承認を得た.
2-2.体力トレーニングと測定手続き
前期 15 週の授業において,4 月下旬~5 月上旬に
3.結果
踏台昇降運動終了後の HR は,回復時間の有意な
体力診断テストのプレテスト(pre-test),7 月中旬に同
ポストテスト(post-test)を実施した.両テスト間の 8 週
主効果が認められた(F=155.0, p<0.001).体力トレー
ニング効果と運動習慣群の交互作用(F=5.7, p<0.01),
回復時間,体力トレーニング効果,運動習慣群の交互
間の授業(週1回,90分)では,10 分間のウォーミング
作用も有意であった(F=3.4, p<0.05).運動習慣群別
アップ後,50~70%心拍予備(後述)を目標運動強度
とするジョギングを連続的に 15~20 分間,サッカーのミ
の二元配置分散分析の結果,HA 群においては体力ト
レ ー ニ ン グ ( F=5.3, p<0.05 ) と 回 復 時 間 ( F=52.9,
ニゲームを休憩しながら断続的に 25 分間行った(授業
参加者の実質的運動時間は,約 40~45 分).
-43-
p<0.001)の主効果および交互作用(F=7.1, p<0.05)が
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
図1. 踏台昇降運動回復期の
平均心拍数と標準偏差.体力ト
レーニング効果の運動習慣群
別の比較.ただし,統制群(C)
は体力トレーニングを実施して
いない.
*p<0.05,**p<0.01;プレテスト
とポストテスト間の有意差.
いずれも有意であった.回復期1分後と2分後の HR は,
方,低活動群には向上効果がないことを示唆している.
プレテストに比べポストテストで有意に低下した(図1a).
興味深いことに,運動習慣もなく体育実技の授業に参
LA 群において,回復時間の有意な主効果(F=49.2,
加していない群は,他の2群と異なり,ポストテスト時点
p<0.001)が認められたが,体力トレーニングの主効果
で心肺持久力が低下したかに見える.この見た目の心
と交互作用は有意ではなかった.回復期の HR は体力
肺持久力の低下は,テスト実施時の外気温の影響を
トレーニング前後でほとんど差がなかった(図1b).C
受けた可能性が非常に高い.Tanaka ら(2012)は,高
群においては,プレテストとポストテスト比較(F=5.1,
い環境温度が運動回復期の HR を上昇させ,それによ
p<0.05)および回復時間(F=57.4, p<0.001)の主効果
る踏台昇降運動得点の低下が心肺持久力を過少評
は有意であったが,交互作用は有意ではなかった.回
価することを明らかにした.本研究においても,夏季の
復期の HR は,プレテストに比べポストテストで上昇し,
環境温度上昇が,踏台昇降運動回復期の HR を(プレ
3分後の HR の差は有意であった(図1c).
テスト時に比べて相対的に)上昇させ,結果的に体力
踏台昇降運動得点について,同様の傾向が見られ
トレーニング効果を(見かけ上)弱めた可能性がある.
た(図2).プレテストに比べてポストテストの得点は,
実際,外気温の平均はプレテスト時 14.2℃,ポストテス
HA 群では有意に高く,LA 群で変化なく,C 群では低
ト時 30.5℃であった.暑熱環境暴露による影響を考慮
下した.
すると,低活動群の踏台昇降運動後 HR と踏台昇降運
体力トレーニングの運動強度に関して,運動直後の
動得点においてプレテストとポストテスト間差が認めら
HR と%心拍予備の平均・標準偏差は,それぞれ HA
れなかった結果(暑熱暴露時にも持久的運動パフォー
群 149.3±11.3 拍/分,64.2±7.8%,LA 群 149.3±
マンスが低下しなかった事実)は,週1回の定期的有
14.9 拍/分,63.9±9.9%であった.統計的に有意な群
酸素性運動が心肺持久力を向上させた可能性を示唆
間差は認められなかった.%心拍予備値は,体力トレ
する.
ーニングが有酸素性運動の閾値程度であったことを示
5.結論
週1回 45 分程度の定期的有酸素性運動は,若年成
している.
図2. 踏台昇降
人男性の心肺持久力を向上させる可能性がある.特
運動得点平均値
にその運動の効果は,暑熱馴化に関連している.
の変化.
引用文献
下田政博他(2008)大学体育学,5,13-26.
*p<0.05; プ レ テ
ストとポストテスト
Tanaka H, et al.(2012)Journal of Human Ergology
間の有意差
(accepted).
------------ << 連絡先 >> ------------
4.考察
踏台昇降運動回復期 HR と踏台昇降運動得点の変
化傾向は,週1回の有酸素性運動を中心とした体力ト
レーニングが高活動群の心肺持久力を向上させる一
-44-
田中秀幸
東京農工大学大学院 工学研究院 先端健康科学部門
〒184-8588 東京都小金井市中町 2-24-16
電話 042-388-7965(直通)
FAX 042-388-7495(部門系事務)
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
4-3
妊娠中の看護師の夜勤免除措置を促進する組織的な環境要因についての研究
―茨城県の公立病院の事例―
○庄司直人1)、本田勇輝1)、水野基樹 2)
1)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科, 2)順天堂大学スポーツ健康科学部
1.はじめに
近年、看護師不足が多くの病院で課題となっている。
くため、その当時の師長、出産未経験の同僚も対象
者とした。
そして、看護師不足を背景とした様々な問題がある。
○いずれの看護師も看護局長に調査の趣旨を説明し
酒井(2011)の調査によると、妊娠中の看護師が夜勤
た後、看護局長が 3 年以内の夜勤免除措置経験者
による身体への負担から、流産のリスクが高まることを
などの条件に合う看護師を抽出し、その中から対象
懸念する意見が 20 代後半の看護師から出されている
者を選定した。
という。上田(1994)は、自然流産は、主婦や他の職業
に比べて看護師の方が有意に高いと報告している。大
○インタビューは病棟の会議室で調査協力の同意書
に署名した上で、1人約 50~60 分間実施した。
津(2005)は、産前・産後の母性保護措置において夜
○病院の選定理由は、この病院では多くの看護師が
勤免除をはじめ妊娠中の看護師の母性保護措置につ
夜勤免除されているため、その組織的な環境要因と
いて、約3割の妊娠・出産した看護師が「特に措置を受
の関連を明らかにできると考えたからである。病床数
けなかった」と回答した調査結果を踏まえて、女性が多
は 500 床。看護師数は 385 名(正職員 346 名、臨時
い看護職の労働条件としては望ましくないとしている。
職員 39 名)で、7 対 1 看護を実践している。
また、看護現場の実態として、酒井(2011)の調査の
○インタビューの内容は、夜勤免除に至るまでのプロ
回答には、妊娠中の看護師の負担を減らしてあげたい
セス、同僚・上司には夜勤免除措置前後の職務状
という意見がある一方、周囲のスタッフからは産休や夜
況などである。それぞれのインタビュー対象者の語り
勤免除による更なる人員不足・負担の増加を実感して
から、夜勤免除措置に対する組織的な環境要因を
いるとの意見もある。ここに看護現場における矛盾もし
検討する。
くは葛藤が垣間見える。これら様々な要因により夜勤
免除措置を受けたくても受けられない看護師も多い。
人的資源管理の観点から見ると、水野(2007)は、看
護師の職務満足やワーク・ファミリーバランスとヘルス・
コンディション、ワーク・ストレスの強い関連を指摘して
3.結果と考察
インタビュー結果を KJ 法により整理したところ、以下
の 5 つの因子が抽出された。①チームづくり、②人材
の確保・育成・活用、③サポート、④教育、⑤組織文化
である。これら 5 つの因子とインタビュー内容を合わせ
いる。出産・育児期の看護師は、概ね看護経験5~6
て検討し【図1】のモデルを作成した。
年目から 40 歳前後が多く成熟した看護師が多い。この
年代の看護師の働く環境を整備することは、経験豊か
な看護師を確保する上で重要である。
よって本研究では、夜勤免除に対するスタッフ・師
長の態度、病棟・病院の方針など病院内の環境から夜
勤免除に至るまでのプロセスやその結果に影響を与え
る要因を、組織的な環境要因とする。そして、夜勤免
除を促進する組織的な環境要因を、実際に夜勤免除
措置を受けた看護師とその同僚・上司へのインタビュ
ー調査から明らかにする。
夜勤免除の妨げとなるであろう看護師の人員不足
や人員不足を背景とした夜勤免除者以外への負担増
などの現実は、調査対象となった公立病院も例外では
なかった。しかし、それらの問題は、看護局や看護師
長を中心とした、【図1】の「①チームづくり」や「②人材
の確保・育成・活用」の取り組みによって解消されてい
た。対象となった病院では全ての妊娠した看護師では
ないが、ほとんどの看護師が夜勤を免除されていること
がインタビューから明らかになった。なかには、一つの
病棟から5名の看護師が時期を重ねて夜勤免除にな
2.方法
○茨城県内の公立病院に勤務する女性看護師 5 名
っていたという話もあった。5名の看護師が夜勤に従事
できないことで、それ以外の看護師の夜勤の回数は増
(50 代の師長 1 名、30 代の夜勤免除措置経験者 3
えたが、そのような状況でも病棟内から不平不満など
名、20 代の未婚出産未経験者 1 名)を対象とした。
の声は出ていない。妊娠者の夜勤は免除され、その妊
○3 年以内に夜勤免除を経験し、現在職場復帰してい
娠者が抜けた穴はみんなでフォローする(【図1】の③)
る看護師を中心に、幅広い立場、年齢層から話を聞
ということが、当たり前のこととして捉えられていた。無
-45-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
意識レベルの規範的な行動や思考様式であると言え
面も持つと考えており、【図2】は夜勤免除を促進する
る。すなわち、相互支援的な組織文化が形成されてい
ことから始まる正の効果とその流れを図式化したもので
ると推察される。
ある。
最後に、単一の病院、病棟のスタッフが対象であるこ
・看護師数の確保 ・人員配置
とに本研究の限界がある。同時に他の民間病院や各
・子育て世代の次の世代の育成
病棟の横断的な調査に関しては、今後の課題である。
・潜在看護師、パート、夜勤専従の活用
②人材の確保・育成・活用
夜勤免除
人
病棟のチームづくり
各病棟をつなぐ
員
看護局全体のチームづくり
の
離職せず
・相互理解
・適切な人員配置
充
次の出産
・コミュニケーション
・病棟間のコミュニケーション
足
① チームづくり
人
個人、病棟、病院の課題解決
員
流産リスク
不
低減
足
病棟、病院の課題解決
チーム
人材
力向上
育成
病院、社会全体の課題解決
③サポート
④教育
働き
子育て世代
・病棟内でのサポート
・ロールモデル
・看護局のサポート
・流産等リスク回避
・制度、組合
・師長、看護師教育
やすさ
看護師の確保
社会全体の課題解決
⑤組織文化
看護師不足
妊娠した看護師は夜勤を免除する文化
人材(潜在看護師
の解消
【図1】夜勤免除を促進する組織的環境要因
等)の確保・活用
(インタビューを基に筆者が作成)
【図 2】夜勤免除がもたらす要因(効果)
(インタビューを基に筆者が作成)
結論として、この病院には、妊娠した看護師は夜勤を
免除するのが当然という基本的仮定が存在する。この
基本的仮定は、【図 1】の①チームづくり、②人材の確
4.参考文献
Mizuno.M(2007).An empirimal study on work stress
保・育成・活用、③サポート、④教育の4つの組織的な
and health conditions of Japanese nurses.順天堂大
環境要因を整えることで生まれ、維持される。特に④の
学スポーツ健康科学研究,11,58-63.
教育に関することであるが、この病院でも初めから夜勤
免除に寛容だったわけではなかった。現在のように妊
大津廣子(2005).看護師の賃金と労働条件.オイコノミ
カ,42(1),153-169.
娠した看護師が当たり前に夜勤を免除されるようにな
酒井一博(2011).日本看護協会「時間外労働および夜
るまでのプロセスが先輩から後輩へ伝えられ、先輩が
勤・交代制勤務に関する実態調査」の自由意見欄
夜勤を免除され、復帰後に今度は後輩が夜勤免除さ
に記載された看護師の労働・生活条件に関する訴
れたときにその穴を必死にカバーする姿を見て、より夜
えと改善要求.労働科学,87(3),99-115.
上田公代(1994).自然流産の要因と労働の関係―特に
勤免除に関する文化が強化されている(【図1】の④)。
本研究でインタビューに協力してくれた看護師全員
看護労働との関係―,母性衛生,35(2),203-206.
に共通することであるが、夜勤免除を単に妊娠者の体
を守るためのものとみていなかった。また、酒井(2011)
の調査で見受けられる夜勤免除が人手不足にさらに
輪をかけるという見方はしていなかった。否定的な捉え
方はほとんど見受けられず、夜勤免除を促進すること
が看護師個人、病棟、病院、さらには社会問題である
看護師不足の問題についても正の効果をもたらす側
-46-
------------ << 連絡先 >> -----------庄司 直人
順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士前期課程
〒270-1695 千葉県印西市平賀学園台 1-1
電話 0476-98-1001㈹
FAX 0476-98-1011㈹
E-mail:[email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-1
大学生の自転車走行中における注視点挙動
○植竹照雄、下田政博
東京農工大学大学院 農学研究院 自然環境保全学部門
1.はじめに
自転車はたいへん利便性の高い移動手段であり、各
について判定された。
3.結果と考察
3-1.信号のある交差点
全体で延べ45回(3か所×15名)の横断機会があ
年齢層において日常的に活用されている。近年、自転
車が関係する事故件数は高止まったままであり、日本
社会の大きな問題となっている。自転車事故における
死傷者数は、若年層の者(24 歳以下)が 40%を超える。
その要因として様々なことが指摘されているが、根本に
は若者の交通安全に対する認識不足が挙げられよう。
そこで、本研究では効果的な対策のための基礎的資
料を蓄積し、交通教育を通した啓発活動に資するため、
アイカメラを用いて若者の自転車走行中における注視
点挙動を記録し解析した。
った中で、注視点が「信号ランプにまで移動した」は34
回、「近くまで移動した」は3回、「移動しない」は8回で
あった。注視点移動パターンを個人別にみると、ほとん
どのものは3か所とも同一であり、信号を見る際の個人
のパターンが形成されていると考えられる。3か所とも
「移動しない」2名は、他とは異なる方法で信号情報を
得ている可能性がある。
3-2.信号のない交差点
全体で延べ30回(2か所×15名)の横断機会があっ
2.方法
2-1.被験者と実験走行コース
被験者は年齢が 18 歳から 20 歳で、身体に重大な
た中で、「ミラーへの注視点移動」は4回、「左右方向
既往症がなく日常視力も問題のない大学生男 6 名、女
た。なお、全被験者は両交差点とも一時停止しなかっ
9 名であった。また、被験者には実験に関する説明が
た。安全確認をする際に、ミラーはあまり活用せず多く
なされ、その後署名した同意書の提出が求められた。
の場合、直接目視していることが分かった。「移動しな
への注視点移動」は18回、「移動しない」は8回であっ
実験走行に用いられたコース(約 3km)は連続して
い」者は周囲の音など何らかの方法で安全確認してい
おり、信号のある交差点を持つ「自転車通行可」の歩
るものと思われる。また、「移動しない」8回のうち、2名
道(国道、幅員 2~2.5m)および住宅地内を走り「一時
は2か所とも同じパターンであり、習慣化している可能
停止」の標識のある(直交する道路側にはない)交差
全被験者は、実験走行コースは普段の生活で使用
性がある。
3-3.自転車や歩行者とのすれ違い時
歩道走行中に自転車や歩行者とすれ違った際、注
することがなく、実験走行コースについての情報、特に
視点がすれ違い対象に「移動した」者は8名であり、残
交通事情に関する知識を有していない。
2-2.アイカメラ画像の解析
各被験者に個人属性や自転車利用状況に関する
りの7名はすれ違い対象に「移動しない」者であった。
アンケートに回答させた後、アイカメラが装着された状
採っており、すれ違い対象との間合いを頻繁に測るこ
態で自転車走行させた。その際の自転車走行は可能
とで安全確認しているものと考えられる。「移動しない」
な限り普段どおりの乗り方となるよう指示された。撮影さ
者は別な方法を採用している可能性があるが、具体的
れた画像をもとに、①信号のある交差点、②信号のな
方法については不明である。
点を持つ生活道路(市道、幅員約 5m)であった。
い交差点、および③自転車や歩行者とのすれ違い時
における各注視点の挙動が解析された。
信号のある交差点(3か所)では、歩道走行中の注
視点が解析対象とされ信号ランプに注視点が移動し
たかどうかについて、信号のない交差点(2か所)では、
道路を横切る際に左右方向への注視点移動あるいは
ミラーへの注視点移動があったかどうかについて判定
された。また、自転車や歩行者とのすれ違い時(歩道
走行時のみ)における注視点の挙動については、すれ
違う対象や周囲の固定物に注視点が移動したかどうか
-47-
全被験者は歩道走行中のすれ違い機会が複数回あ
ったが「移動した」者はいつでも同一の注視点挙動を
4.結論
自転車走行中の注視点挙動からみると、事象毎に分
布が異なり、それぞれ安全確認方法が多様化している
ことが示唆された。
------------ << 連絡先 >> -----------植竹照雄
東京農工大学大学院 農学研究院
183-8509 東京都府中市幸町 3-5-8
TEL 042-367-5644
FAX 042-367-5648
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-2
自転車事故原因の捉え方の違いに見られるヒューマンエラー理解の階層性
○鳴瀬麻子 1)、真家和生1)
1)大妻女子大学博物館
研究の背景
車を利用する際には「急ぎの心理」が働き、事故の確
本研究は、「循環型社会における新しい自転車の利
率が高まる、また習慣化されていない動作が省略され
用を考える研究」の一環として行なうものであり、人類
ることなど指摘している。さらに、自動車運転者は、自
働態学会が、学会として取り込む自転車研究の事故
転車を軽視しがちであるという心理を指摘している。
に関する研究領域の一つと位置づけることができる。
これが上記の上に来る階層と考えられる。さらに、総
括として、自動車と自転車が共通空間を共有している
1.はじめに
本研究の目的は、安全な自転車社会を構築するた
ために起きる事故であると指摘し(さらに上位の社会と
めにどのような要件が必要となるかについて、自転車
事故に関する記述をもとに、その原因がどのようなもの
であると捉えられているかについて検討することである。
具体的には、以下に述べる方法によるが、自転車事故
しての階層)、自転車運転者は、駐車車両の横を通過
するときは、ドアを開けられてもぶつからない距離を置
いて走ることが必要であると述べている。
の原因に関する理解には、運転者自身の行動(わき見
4.考察
以上のように、事故原因について階層的に捉えるこ
やスピードの出しすぎ)段階に原因を求める場合、そ
とが可能であり、それぞれの階層には適切な改善を加
れらを引き起こす状況に原因を求めようとする段階、さ
え、自転車事故を減らしていくことがもっとも効果的で
らにそれら全体を含む交通システムや社会システムに
あると考えられる。ちなみに、昨今、県や市町村レベル
原因を求めようとする段階など、その捉え方には階層
での条例等で、自転車乗車時のルール違反の罰則が
性が存在すると考えられる。本研究は、こうした観点に
強化され、警察の指導も広範に行なわれるようになっ
立ち、自転車事故原因の捉えられ方が具体的にどの
ているが、これは違反者に罰則を与えることにより自転
ように、構成(階層性)されているかを探り、安全な自転
車事故を減らそうという階層のみでの対策であり、一面
車社会への提言を行なうことを目的とするものである。
的であると言わざるを得ない。人類働態学会がかねて
より主張しているように、自転車に関する交通ルールを
2.方法
自転車事故に関する記述を、新聞及び雑誌から抽
知らないもの(幼児や自動車免許を持たない高齢者な
ど)に対しても、適切な自転車に関する交通教育を行
出し、その事故原因がどのように捉えられているかを分
析した。それらを検討することにより、各階層毎にどの
なうなど、社会システムレベルでの対応が上位階層の
対応策として求められると指摘したい。
ような方策を取ることが、今後の自転車社会を構築して
いくために適切であるかを考察した。
3.結果・事例1
日本の交通専門雑誌である JAF Mate2006 年 5 月号
に以下の事故が報じられている。
片側 1 車線の県道(兵庫県伊丹市内)の路肩に停車
したドライバーが、運転席の扉を開けたところに後から
運転してきた自転車が衝突し、自転車運転者は転倒し、
後頭部をアスファルトに強打し死亡した(2005 年 9 月
23 日午後 6 時 45 分頃)。この事例について解説では、
自動車運転手がドアを不用意に開けたことが原因であ
るとして、自動車のドアを開ける際には教習所で指導
されたように、十分に後方確認をして開けるようにと注
意を促している。これが、運転者の行動を自転車事故
の原因とする段階(階層の下層)の捉え方である。
しかし、交通心理学の専門家による指摘として、自動
-48-
------------ << 連絡先 >> -----------鳴瀬麻子
大妻女子大学博物館
〒102-8357 東京都千代田区三番町 12
電話 03-5275-5739
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P-3
立位股関節回旋角度測定器の開発とその有用性の検討
○藤野紀行
グローバルベイシック株式会社 事業推進本部
位で表記できるようになっている。
1.はじめに
股関節は自由下肢の上端にあり、骨盤および上半
身の体重を支えている。 また下肢を空間の中であら
ゆる自由な位置に置くことができるが、一度その運動
制限が生じると日常生活動作に多大な影響をおよぼ
す。そのため、日常生活行動や運動の場では関節可
動域確保や運動能の維持向上が図られている。
関節可動域表示ならびに測定法は解剖学用語のよ
うな世界標準は無いが、我が国では米国の方法に準
拠した日本整形外科学会やリハビリテーション医学会
評価基準委員会制定の測定法が一般的である。ここ
写真 1 左:初代スタンサー。最大回旋角度のみの測定とし
では下肢の測定は座位または臥位で、理学療法士な
て単独仕様。右:ジャイロメディメータ。最大回旋角度および
ど訓練を受けた者により計測される。また、角度の表記
運動時の回旋角度度変化を連続で記録できる。いずれも組
は5°単位となっている。しかし、医療現場で用いられ
み立て・移動式なので電源があればどこの現場にでも使用
るこの測定法は体育・スポーツ分野においては非常に
が可能である。
不便で角度の精度も低いことから、簡便で制度の高い
測定法が求められていた。
一方、雪上スポーツであるスノーボードに関わる企
業により、立位姿勢で股関節回旋角度を自動的に測
定 す る装 置 が 開 発 さ れて い た( 特 許 番 号 : 13550 、
2005 年)。それまでのスノーボードでは、ブーツの設置
2-2 ジャイロメディメータの特長
スタンサーの機能と重心動揺計の機能を同期させ
てパソコンにデータを取り込む装置である(写真 1 右)。
上が回旋円盤、下が重心動揺計である。床面に荷重
がかかった状態での身体の動きを角度、荷重動揺軌
跡の変化、左右の荷重負荷の変化として相対的にとら
位置(両脚の開脚幅、足先の開き具合、前後脚の決定
等)は殆ど販売店員の経験と勘で適当に設置されてい
たが、この自動評価測定器の出現により誰もが、利用
えることが可能である。左右が独立しているため、構え
の姿勢などでは、足の位置に従ってその設置場所を
自由に設定でき、踵を基準としたときの重心位置やつ
者の身体特性に適したブーツ取り付け位置をアドバイ
ま先の開脚角度変化を連続的に測定できる(写真 3)。
スできるようになり、この方法で取り付けた場合の「取り
付け位置不適切による事故」は激減している。
ここでは、グローバルベイシック社が開発した初代の
立位股関節回旋角測定器(スタンサー;写真 1 左)なら
びに重心動揺計と組み合わせた多目的に使える回旋
角度および荷重心動揺測定装置(ジャイロメディメー
タ;写真 1 右)について紹介するとともに、立位での回
旋角度測定の有用性について論じる。
写真 3 アーチェリー練習場の風景。選手がジャイロメディメ
2.方法
2-1.スタンサーの測定原理
左右の回旋盤に取り付けられたロータリーエンコーダ
ータ上で矢を射っているところ。下肢の回旋動揺角度ならび
ーが脚の運動と当時に回転した時の機械的回転角度
ジャイロメディメータ測定を運動現場で用いる時は
のアナログ信号をAD変換ボード経由でデジタル
姿勢支持棒などは使用しないが、高齢者や立位姿勢
信号としてパソコンに取り込み処理している。これ
困難者では補助として安全バーなどを傍において使
により、手動の計測が5°単位であるのに対して1度単
用する。また、状況に応じて、座位にても測定を行って
に荷重心動揺の変化を観察している。
-49-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
いる。これにより、各人の運動特性や集団としてのスポ
び 42cmのグループに分けて測定した。一部は、検証
ーツ種目特性の評価ができる。
2-2.測定の基本姿勢
1)スタンサーでは軽くバーに手を添え、両脚をそれ
のため、32、47、52cmの 3 段階を加えて測定した。
ぞれ左右の回旋円盤上の軸線に足を合わせて立つ。
バーがあるので安心感がある(写真 2)。回旋円盤が床
面固定式なので、両脚の間隔は 32、37、42、47、52c
mの5段階のみに調節可能である。スノーボード、ゴル
フ等のスタンス設定に現在用いられている。
2)ジャイロメディメータでは、重心動揺検査に準じた
腕下垂姿勢を基本姿勢としている。応用として、腕組
み姿勢を数種組み合わせた検査も行っている。
2-3.測定方法
測定者の指示に従い、両脚同時に、骨盤部のみの
筋を使い、最大内旋あるいは外旋姿勢を交互に取る。
この動作を3回行い、平均を持って、その時の最大内・
外旋角度とする。関節可動範囲の中間角度(内旋をマ
写真 3 端座位での測定風景 能動的測定
3.結果と考察
立位開脚姿勢は 42cm幅、身長 170cmレベルでは
平均5°外転位での測定であった。スタンサーによる
測定結果は、Hip-ROM の受動的な測定に比して外旋
角度が大きく、内旋角度が小さい傾向を示した。これら
イナス、外旋をプラス表記したときの平均値)をセンタ
ー角としている。 この角度は構えの位置を設定する
は、測定時の股関節の位置の違いによるものと思われ
る。いずれの開脚幅でも、内旋角度、外旋角度を合わ
場合の基準となる角度である。
せた関節可動域全体の角度で約20~30度狭まる傾
回旋角度のみの測定時では,頭部の位置、膝・腰
向が示された。Hip-ROM 測定姿勢が骨盤の動きの代
部の屈曲などの代償運動が起こらないよう上半身の姿
償を少なくすることが目的の姿勢であるが、重力や筋
勢の固定に留意した。代償作用の確認にはデジタル
運動による制限は受けない。立位では重力に加えて
ビデオカメラにて2方向から二次元的に映像解析を行
筋・靭帯・結合組織など軟部組織の運動制限を受けた
い、測定中の姿勢の観察も行った。
回旋運動検査では、膝・股関節伸展姿勢を維持す
ることのみ留意したが、上半身・頭部に関しては特別な
回旋運動であることが角度減少の理由と思われる。
菊原(2012)は、サッカー選手の内旋角度の大きさ
はサッカー種目の錬度と相関が高く(r>0.7)、スタン
条件は求めていない。
サーによる内旋角度測定はサッカー選手のスクリーニ
ングに使えることを示唆した。現在様々な運動指導の
現場や生活行動の場でパフォーマンスを簡便に可視
化して記録する道具の一つとして広まりつつある。
応用としては、座面にセットすることで骨盤の回旋角
度を測定できる。また、取っ手をつけることで腕の回旋
運動を観察できる。さらに、圧力センサー付シートの併
用、他社の筋電計や角速度計や加速度計による検査
機器との同期も可能である。現在回旋運動時の代償
写真 2 スタンサー測定風景 映像記録を併用することで直
作用の検証作業をすすめているところである。
立姿勢の特徴も捉えることができる。
2-3.股関節可動域測定法(Hip-ROM) との比較
研究の同意を得た学生 44 名(男性 33 名、女性 11
名、平均21.9 歳)を対象に立位開脚姿勢による回旋
角度と徒手測定法の結果を比較検討した。徒手測定
法は東大式ゴニオメーターを使用し、端座位および臥
位にて行った。数値は四捨五入した5°単位表記と実
測値の2通りで検討した。測定は測定誤差が殆ど無い
経験者2名で行った。立位姿勢では、開脚幅を 37 およ
-50-
------------ << 連絡先 >> -----------藤野紀行
所属:グローバルベイシック株式会社 事業推進本部
住所:〒153-0052 東京都目黒区祐天寺 2-5-5
LIFE ZONE 祐天寺 2-201
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FAX (03)5879-6772
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P-4
事象関連脳電位による運動時の注意配分の測定
○藤原勝夫 1)、前田 薫 2)、伊禮まり子 1)、Aida Mammadova1)、清田直恵 3)
1)金沢大学大学院医学系研究科, 2)森ノ宮医療大学, 3)大阪保健医療大学
1.はじめに
前頭葉からの事象関連脳電位に基づいて、周期的
するものと推察される。一方、床振動時の姿勢制御に
床振動中の姿勢制御の適応に伴う注意および姿勢制
腓腹筋の活動ピークの約 100ms 後に生じることから、
御の準備の変化を検討した。
前方変曲点とほぼ同時に生じた下腿三頭筋からの筋
2.方法
実験は 2 つに分けられた:(1)床振動に対する適応
感覚情報や、足の機械受容器からの感覚情報処理を
過程、(2)前方・後方変曲点に対する指反応。健康な
御とでは陰性脳電位のピークの解釈が異なると考えら
若年成人 22 名を被験者とした。彼らは、振幅 2.5cm、
れるが、陰性ピークが注意を向けた時点と対応するこ
周波数 0.5Hz にて前後方向へ正弦波状に振動する床
とは、両方に共通していると考えられる。また、脳電位
反力計上で、立位姿勢を 1 分間保持した。頭皮上の
のピーク間振幅が減少したことより、注意の配分および
Cz 電極から導出した脳電位、姿勢筋活動、前後方向
姿勢準備に関係する脳活動が、姿勢制御の適応に伴
における足圧中心(CoPy)のデータを、振動台の位置
い減少することが示唆された。
をトリガとして 1 周期ずつ抽出し、各試行について 12
5.結論
適応課題において、陰性 ERP の増大は、床の前方
関係した脳電位の陰性ピークは、前方変曲点および
~25 周期分を加算平均した。
反映している可能性が推察される。随意運動と姿勢制
3.結果
実験 1 において、試行の反復に伴い、全ての被験者
変曲点に対する運動準備および予測的注意の様相を
で CoPy の平均動揺速度が減少し、プラトーに達した。
前方変曲点付近で生じる下腿からの体性感覚刺激の
姿勢制御の適応までに要した試行数は、最小で 4 試
予測的な情報処理と密接に関係していると考えられ
行、最大で 14 試行であった。適応前・後において、前
る。
反映するものと推察された。陰性 ERP ピークは、床の
脛骨筋の活動ピークは床の後方変曲点の約 100ms 後
に、腓腹筋のピークは前方変曲点とほぼ同時点に認
められた。前脛骨筋および腓腹筋のピーク振幅は、適
応に伴い顕著に減少した。脳電位は、適応後におい
て、後方変曲点で陽性ピークを示し、前方変曲点の約
100ms 後に陰性ピークを示した(図 1)。脳電位の陰性
ピーク時点と腓腹筋のピーク時点は、適応前・後ともに、
有意な相関を示した(適応前:r = 0.54, 適応後:r =
0.46)。脳電位の陽・陰性ピーク間振幅は、適応に伴
い有意に減少した。実験 2 において、床振動に適応し
た 11 名の被験者に、床の前方ないし後方変曲点に合
わせて手指屈曲反応課題を行わせた。脳電位の陰性
図 1.適応課題および指反応課題における ERP の代表波形
ピークは、前方指反応条件では前方変曲点の若干前
に、後方指反応条件では後方および前方変曲点付近
に認められた(図 1)。脳電位の陰性ピーク時点は、多
くの被験者において指反応の開始時点に先行してお
り、両者の間には高い正の相関関係が認められた(前
方:r = 0.76、後方:r = 0.85)。
4.考察
指反応条件における脳電位は、変曲点のタイミング
への予測的注意、および指反応のための準備を反映
-51-
------------ << 連絡先 >> -----------藤原勝夫
金沢大学大学院医学系研究科 運動生体管理学
〒920-8640 金沢市宝町 13-1
電話 076-265-2225
FAX 076-234-4219
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-5
座位側方リーチ動作時の側腹筋の筋活動
荻原大樹 1)、小宮山潤 2)、小島龍平 3)
1)佐久総合病院リハビリテーション科, 2)東京都健康長寿医療センターリハビリテーション科,
3)埼玉医科大学保健医療学部理学療法学科
1.はじめに
体幹の安定性維持には多くの筋群が関与している。
体表に位置する筋(腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋)は、
体幹の粗大運動に作用するとされる。これに対し、深
部に位置する筋(腹横筋、多裂筋)は姿勢制御に関与
するとされている 1) 。 しかし、姿勢制御の視点から腹
横筋を含めた側腹筋の活動に着目した研究は少ない。
また臨床現場では座位での側方リーチ動作をよく目に
するが、どの程度のリーチ距離で、側腹筋がどのように
活動するのかは明らかにされていない。
腹横筋は内外腹斜筋の深層に位置するため、筋電
図測定には針電極やワイヤー電極を用いる必要があ
図 1 筋厚測定肢位
図では左上肢を枕上に置いた休止肢位を示す。
活動肢位は枕だけを下げ、被験者の姿勢は保つ.
るが、これらは侵襲を伴う。現在、超音波画像から筋厚
変化量を求めることで側腹筋の筋活動測定が可能で
あるとされ、臨床的にも応用されている
2)
。 以上より、
本研究では腹横筋を含めた側腹筋が姿勢制御時にど
のように活動するのか、座位側方リーチ動作における
側腹筋の筋厚変化量をもとに検討した。
前腋窩線
2.対象および方法
2-1.対象
健常男性 30 名(年齢:21.8±0.7 歳、身長:169.4±
肋骨弓下縁と腸骨稜
の中点で測定
18.7cm、体重:65.4±7.1kg)を対象とした。
2-2.方法
左側方最大リーチ距離を測定した後,超音波画像
診断装置にて最大リーチ距離の 0%、25%、50%、75%の
4 条件下での休止時および活動時の左右側腹筋の超
音波画像を撮影した(図 1)。撮影後に超音波画像か
ら筋厚を測定し、活動時の筋厚と休止時の筋厚の差を
求め、これを筋厚変化量とした。
2-3.筋厚測定
筋厚測定部位は前腋窩線から背側 3cm で肋骨弓
図 2 筋厚測定部位
下端と腸骨稜の中点とし、筋の形状が変化しない強度
でプローブを当てた(図 2)。筋厚測定は同一検者が
行い、最小読み取り値 0.1mm で測定した。各条件にお
ける筋厚は 3 試行分の平均値を求め代表値とした(図
3)。
3.結果
各筋の安静時筋厚(最大リーチ距離の 0%での休
止時筋厚)の平均値は、左右ともに内腹斜筋、外腹斜
筋、腹横筋の順で筋厚が厚かった(表 1)。
図 3 筋厚測定(超音波画像)
-52-
3cm 後方
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
筋の活動がリーチ距
離に伴い大きくならな
かった理由は、体幹側
屈の際に生じる回旋
動作に大きく関与して
いなかったためと考え
た。また本研究の筋厚
測定部位での内腹斜
筋の走行は座面に対
して垂直に近いため、
体幹側屈運動をする
際に他の筋よりも筋活
図 4 リーチ距離別の筋厚変化量 (EO:外腹斜筋 IO:内腹斜筋 TA:腹横筋)
動を発揮しやすい条
件にあったと考えた。
非リーチ側(右側)の内腹斜筋、腹横筋はリーチ距
また、側腹筋の筋層の厚さでは、3 筋の中で内腹斜筋
離の増大に伴い、筋厚変化量が大きくなる傾向にあっ
が最も筋層が厚かった。このように、内腹斜筋の運動
た。また右内腹斜筋の筋厚変化量が最大リーチ距離
学的、解剖学的特徴から今回の測定では内腹斜筋の
の 25%、50%、75%で他の 5 筋に比べ、有意に大きかっ
筋活動が大きくなりやすい条件であり、筋厚変化量が
た(図 4)。そこで右内腹斜筋の安静時筋厚が厚い人
最も大きかったと考えた。
ほど最大リーチ距離が長い、すなわち今回設定したリ
最大リーチ距離の 75%での右腹横筋の筋厚変化
ーチ課題における姿勢制御能力が高いのではないか
量が他のリーチ距離での筋厚変化量に比べ、大きか
と仮説を立て、安静時の右内腹斜筋の筋厚と最大リー
った。本来、腹横筋は体幹側屈の働きに乏しいが、リ
チ距離との相関を求めた。その結果、安静時の右内
ーチ距離が長くなったため、腹横筋を収縮させること
腹斜筋の筋厚と最大側方リーチ距離には有意な相関
で腹圧を高め、あたかもベルトを締めるかの様に脊柱
がみられなかった(p=0.67)。
を固定することで脊柱の安定性を図っていたと考えた。
結果より、右内腹斜筋の筋厚変化量が他の筋に比
表 1 安静時筋厚
最大リーチ距離の 0%での休止時筋厚。単位:mm
べ、有意に大きくなったため、右内腹斜筋の作用が今
回の姿勢制御課題に大きく関係していたと考えた。ま
平均値
標準偏差
左外腹斜筋
7.9
1.9
〃内腹斜筋
10.6
2.4
相関がみられなかった理由として、側方リーチ動作に
〃腹横筋
4.0
1.1
は、個人による方略の違いや股関節周囲筋の筋活動
右外腹斜筋
7.4
1.6
が含まれていたためと考えた。
〃内腹斜筋
11.5
2.5
〃腹横筋
3.9
1.2
文献
1) Carolyn Richardson 他(原著)、斉藤照彦(監訳).
た、安静時の右内腹斜筋の筋厚と最大リーチ距離との
2002.脊椎の分離的安定性のための運動療法
4.考察
結果から左側方リーチを行う際、主として右側の側腹
腰痛治療の科学的基礎と臨床.第 1 版.エンタプ
筋を収縮させて姿勢保持をしていると考えた。なかで
2) 金子秀雄、佐藤広徳、丸山仁司.2005.超音波診
もリーチ距離に関わらず、右内腹斜筋の筋厚変化量
断装置を用いた側腹筋測定の信頼性.理学療法
は他の 5 筋に比べ、有意に大きかった。この理由につ
科学 20:197-201.
ライズ社.
いては以下のように考えた。座位にて左側方リーチ動
------------ << 連絡先 >> ------------
作を行う事で、重心がリーチ側へ移動し、活動肢位を
小島龍平
埼玉医科大学保健医療学部理学療法学科
〒350-0496 埼玉県入間郡毛呂山町川角 981
電話 049-295-8257 FAX 049-295-5104
E-mail: [email protected]
保持するために非リーチ方向への体幹側屈が生じ、そ
れに伴い非リーチ側への体幹回旋運動が起こった。
体幹右側屈および右回旋は右内腹斜筋が主動筋で
あり、その為筋活動が大きかったと考えた。右外腹斜
-53-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-6
生体の機械的振動の基礎研究と慢性疼痛者への応用
○坂本和義 1)、脇元幸一 2)、嵩下敏文 2)
1)電気通信大学, 2)医療法人社団清泉クリニック
1.はじめに
生体の振動には、電気的振動と機械的振動が存在し
ている。前者は良く知られているが、後者は信号検出
技術に遅れがあったためあまり知られていない。本論
では、機械的振動の測定・解析技術とその疾患者へ
の応用について論ずる。
なる。この方法は、従来、電気的振動である筋電図で
は得られない情報を得ることが可能となる。
2.方法
2-1.測定装置
機械的振動: 3次元加速度センサー(CCI 社)にて検
出した。皮膚面上をZ方向、筋走行左右をX方向、筋
電気的振動には、脳波(EEG)、心電図(ECG)、筋電
図(EMG)などがある。一方、機械的振動には、マイク
走行をY方向とした。 測定システム(CCI 社):加速度
を検出する。3次元加速度センサーは発信器を内蔵し
ロバイブレーション(MV),振戦(生理的振戦、病理的
振 戦 ) ) 、 筋 音 ( MMG: Mechanomyogram ) 、 震 え
ている。計測した加速度は発信器で送信し、受信器に
取り込む。受信器はUSBに内蔵されており、受信信号
(shivering))などが存在している。更に、生体の機械
的振動について説明すると以下の内容になる。
“MV”は、皮膚面上の目に見えない微細振動であり、
その発生源は主に心拍動である。
はパソコンに取り込まれる。
2-2.解析
標本周波数は204Hz とした。3方向(X,Y,Z)毎のパ
ワースペクトル算出、各方向のパワースペクトルを周波
“振戦”は、身体部位(指、手、前腕、上肢など)の目
数範囲は、1Hz から16Hz で合計した値を、トータルパ
に見えない微細振動であり、その発生源は反射神経
ワーと呼ぶ。更に、3次元のパワースペクトル(3次元ト
系と脳神経の2種が存在している。健常者の振戦は生
する目に見えない微細振動であり、その発生源は筋収
ータルパワー;SQRT(XYZ))を算出する。
2-3.測定した機械的振動の種類と測定部位、測定
意義
MV: 上腕二頭筋(右側)中央にセンサー貼付、1 分
縮である。
間測定した。被験者は健常者27名。筋痙攣疾患者を
理的振戦、疾患者の振戦は病理的振戦である。
“筋音”は、筋収縮中及び終了後に皮膚面上に発生
検出可能である。
“震え”は、身体部位または全身の目に見える振動で
生理的振戦: 健常者と疾患者(慢性疼痛者)各50名
あり、その発生源は主に脳神経である。
電気的振動と機械的振動および発揮力の関連性に
について、姿勢保持能力を比較した。姿勢は直立姿
ついては現在明確にされていない。発生順序は、先ず
勢と前傾立位 30 度。センサーは背中の左側肩甲骨部
脳神経又は反射神経の働きによって、筋線維に電気
に貼付した。
振動(電位)が発生する。次に、電気的振動発生後に
直位姿勢保持は、足の踵を接し、足を 90 度開き、両
筋線維の活動により筋肉の運動がおこる。これによっ
手を脇に添えて、前方を凝視する。保持時間は 3 分間
て機械的振動が発生する。その結果として発揮力が生
とした。前傾姿勢保持は、腰から体幹を前方に 30 度前
まれる。従来研究では、筋収縮開始前の電気振動で
傾し前方を凝視する。他は直立姿勢と同一である。
ここで。慢性疼痛とは、痛みが継続して 1 ヶ月以上
ある「筋電図」と筋収縮終了後に得られる「発揮力」は
測定されてきた。しかし、筋電図発生後の筋収縮中及
の場合と定義する。
び終了後に発生する力学的運動である「機械的振動」
筋音: 大腿の内側広筋を3秒間、100%収縮する。セ
の研究は少ない。また、筋の力学的挙動は知られてい
ンサーは内側広筋中央に貼付した。
収縮方法は、膝関節屈曲角度 70 度の肢位から内
ない。
機械的振動の測定は、加速度型センサーで検出す
側広筋の等尺性膝伸展を行う。測定した収縮力を体
る方法が精度の良い方法として知られている。本論で
重で除した値を体重支持指数(WBI)と定義。WBI は、
は小型の 3 次元加速度センサーを使用する。3次元に
運動や生活活動能力を評価している。被験者は、健
て加速度検出することによって、筋肉の収縮過程にお
常者105名。体重支持指数(WBI)と筋音トータルパワ
ける皮膚面上および筋肉の挙動を知ることが可能にな
ー(SQRT(XYZ))との相関を求める目的で測定した。セ
る。この結果として、健常者と疾患者の比較が可能に
ンサーは内側広筋中央に貼付した。
-54-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3.結果と議論
3-1.MV(上腕二頭筋)の評価
姿勢の取り方(3 種)により MV の 3 次元のトータルパ
ワー値 TP(XYZ)が異なる(図 1)。姿勢により血流の圧
力が異なるためである。健常者群の統計量(平均値 X0
からパワース
ペクトルを求
め、設定され
た周波数範
囲におけるパ
と標準偏差 SD)を求めることにより、筋の不随意性収
ワースペクト
縮(痙攣)を起こす慢性疼痛者の評価が可能である。
ル の 合 計 をト
慢性疼痛者の TP(XYZ)と健常者群の統計量から標準
値 U を求める。 U は、U= (TPd-X0)/SD で評価され
ータルパワー
として、機械
る。U がー2 から+2の範囲外の場合は、健常者と異な
図1 MV(上腕二頭筋;健常
者):縦軸 MV トータルパワー
SQRT(XYZ)(G^2/sec)
的振動の大き
る MV である。つまり、痙攣を評価可能となる。
3-2.生理的振戦(体幹)の評価
姿勢保持能力を評価するために、まず健常者の生
理的振戦のトータルパワーの統計量(平均値 X0 と標
準偏差 SD)を求め、次に、各慢性疼痛者のトータルパ
ワーの標準値 U を求めて、疾患者の U 値が健常者の
U の範囲を超えると異常(姿勢保持低下)と判断される。
慢性疼痛者に運動(リハビリ運動)を行わせ、運動前後
の U 値(図2中の Z-Score)を求める。扱った慢性疼痛
者全員に対して U を求めてプロットしたのが図2の結果
である。横軸のリハビリ前(リハ前)の U 値が 2 以下の慢
性疼痛者は健常者と同一の立位保持能力があると評
価される。縦軸の値(リハ後)が2以上となった被験者
はリハによって改善していないことを示している。この
場合は 4 名該当している。これら被験者は引き続きリハ
を続ける必要があると判断される。また、慢性疼痛者の
リハ前の U 値(横軸値)が 2 を超えている場合(2 名該
当)は、リハ後の U が2以下ならリハビリの効果が見ら
れる(1 名該当)、リハ後 U が2以上なら更にリハビリが
必要になる(1 名該当)。以上のように、立位時におけ
る体幹の生理的振戦のトータルパワー値から、リハビリ
効果が評価可能となる。
3-3.筋音(大腿内側広筋)と WBI(体重支持指数)と
の相関
大腿筋の内側広筋の最大随意収縮から求めた WBI
は運動能力が評価できるが、測定装置が大掛かりであ
る。そこで、これに代わる評価量として筋音が期待され
る。
WBI(図3中の R WBI)と筋音の 3 次元トータルパワ
さ(エネルギ
ー)を算出し
た。3次元トー
タルパワー
SQRT(XYZ)を
用いて、健常
者と慢性疼痛
者の比較や
図 2 生理的振戦 (体幹; Z-S
core; 慢性疼痛者) 縦軸:リ
した。
ハビリ後 Z-Score、横軸:リ
ハビリ前 Z-Score
(2)MV を用いて、
区別を可能に
慢性疼痛者
に見られる痙
攣を検出可能
な方法を示し
た。
(3)生理的振戦
を用いて、慢
性疼痛者の
立位能力を評
価可能な方
法を示した。
図 3 筋音トータルパワーSQR
T(XYZ) と R WBI(右大腿
四頭筋;健常者、105名) 相
関係数 0.34(p≦0.01
(4)筋音を用い
て、体力評価指数である体重支持指数(WBI)に代
わる評価方法示した。
文献
坂本和義ら : 生体のふるえと振動知覚、バイオメカニ
ズム学会編、東京電機大出版局、2009年
ー値である SQRT(XYZ)をプロットしたのが図 3 である。
測定量の相関係数を求めると危険率1%で有意な相
関が認められた。この結果から、WBI を使用する代り
------------ << 連絡先 >> ------------
に筋音の 3 次元トータルパワーSQRT(XYZ)を用いる事
坂本和義
電気通信大学 産学官連携センター
〒182-8585 東京都調布市調布ヶ丘 1-5-1
電話 0424-43-5274
FAX 0424-98-0541(センター事務)
E-mail: [email protected]
により運動能力や生活レベルを評価可能となる。
4.結論
(1)生体の機械的振動である、マイクロバイブレーショ
ン(MV)、生理的振戦、筋音(MMG)の加速度成分
-55-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-7
大学生アスリートにおける睡眠行動と日常・競技ストレッサーとの関連
○山田快 1)、川田裕次郎 2)、上村明 1)、広沢正孝 1)3)
1)順天堂大学大学院, 2)東京未来大学, 3)順天堂大学
1.はじめに
これまでアスリートの睡眠の実態は十分に検討され
~4 点)を積算した上で、各下位尺度の得点を加算し
ていない。とりわけ、睡眠の実態とアスリートが抱えるス
でストレスを感じていると評価される。
て総合得点を算出し、得点が高いほど日常・競技生活
トレスとの関連性は明らかにされていない。また、大学
生アスリートについて言及した研究は少なく、彼らの睡
眠の問題を未然に予防し、良好な健康状態を維持す
るための十分な知見は得られていないのが現状である
3.結果
3‐1.睡眠行動の実態
はじめに、睡眠行動に問題のなかった者(総合得点
5.5 点以上)と何らかの問題を抱えていた者(総合得点
(川崎ら, 2010)。
5.5 点以上)の人数と割合を算出した。その結果、全体
そこで本研究では、大学生アスリートにおける睡眠
では、睡眠に問題がなかった者は 129 名(44.3%)であ
行動の実態を明らかにし、睡眠行動と日常・競技ストレ
ッサーとの関連性について検討する。本研究を通じて、
アスリートのより良い睡眠行動を実現するための知見
を得ることができるものと思われる。
り、睡眠に何らかの問題を抱えていた者は 162 名
(55.7%)であった。男性では、睡眠に問題がなかった
者は 95 名(48.7%)であり、睡眠に何らかの問題を抱え
ていた者は 100 名(51.3%)であった。女性では、睡眠
2.方法
2‐1.調査対象および調査期間
2011 年 6 月~7 月に首都圏にある体育系大学の運
に問題がなかった者は 34 名(35.4%)であり、睡眠に何
動部に所属する学生(1 年生~4 年生)291 名(男性:
の得点分布を算出した(Table. 1)。その結果、PSQI 総
195 名、女性:96 名)を対象に質問紙調査を行った。対
合得点の平均は、全体では 7.07 点(SD=4.98)であっ
象者の平均年齢は、19.30 歳(SD=0.97)であった。
2‐2.質問紙の構成
(1) ピッツバーグ睡眠質問票日本語版(The Pittsburgh
Sleep Quality Index Japanese Version:PSQI)
Kupfer et al.(1988)により作成された PSQI を日本語
た。また、男性は 6.72 点(SD=5.01)、女性は 7.77 点
らかの問題を抱えていた者は 62 名(64.6%)であった。
次に、ピッツバーグ睡眠質問票(以下、PSQI と略記)
(SD=4.84)であり、女性の PSQI 総合得点は男性と比
較して、有意に高い数値を示した(p<.001)。
Table. 1 Scores of the PSQI in male, female and all samples
に翻訳した土井ら(1998)の尺度を用いた。「睡眠の
質」、「入眠時間」、「睡眠時間」、「睡眠効率」、「睡眠
全体
男性
女性
N=291
N=195
N=96
M
SD
M
SD
M
SD
t- value
困難」、「眠剤使用」、「日中の眠気などによる日常生
ピ ッ ツ バ ー グ 睡 眠 質 問 票 ( PSQI)
主観的睡眠の質
1.38
0.78
1.35
0.78
1.45
0.79
1.01
活への支障」の 7 つの下位尺度から構成され、18 項目
入眠時間
0.64
0.84
0.72
0.86
0.47
0.75
2.41*
睡眠時間
1.46
0.82
1.40
0.80
1.59
0.85
1.88†
有効睡眠時間
0.11
0.40
0.10
0.34
0.13
0.51
0.50
答を行い、得点が高いほど睡眠が害されていると評価
睡眠障害
0.79
0.53
0.75
0.54
0.86
0.49
1.78†
睡眠剤の使用
0.03
0.20
0.04
0.23
0.01
0.10
1.01
される。また、Doi et al.(2000)に従って、カットオフポイ
日常生活における障害
1.07
0.90
0.93
0.84
1.35
0.96
3.82***
総合得点
7.07
4.98
6.72
5.01
7.77
4.84
1.69†
ントを 5.5 点とし、それよりも高い得点のものを睡眠に問
M: Mean, SD: Standard deviation
の質問に対して 4 ポイント(0~3 点)のリッカート法で回
†: p <.1, *: p <.05, ***: p <.001
題ありと判定した。
3‐2.睡眠行動と日常・競技ストレッサーとの関連
まず、睡眠行動と日常・競技ストレッサーとの関連を
(2)日常・競技ストレッサー尺度(Daily and Competitive
Stressor Scale:DCSS)
岡ら(1998)により作成された尺度を用いた。「人間
検 討 す る ため 、 PSQI 得 点 と DCSS 得 点 に お け る
関係」、「競技成績」、「他者からの期待・プレッシャー」、
Pearson の積率相関係数を算出した。その結果、総合
「内的・社会的変化」、「活動内容への不満」、「学業・
得点については r=0.34(p<.001)であり、PSQI の総合
経済状況」の 6 つの下位尺度から構成され、35 項目の
得点と DCSS の総合得点との間に有意な正の相関関
質問に対して 5 ポイント(0~4 点)のリッカート法で回答
係が認められた。また、下位尺度の得点については、
を行う。各項目におけるストレッサーを認知する頻度の
「主観的睡眠の質」において、「人間関係」との間に有
得点(0~4 点)とストレッサーに対する嫌悪度の得点(0
意な正の相関関係が認められた( p<.001)。「入眠時
-56-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
間」においては、「競技成績」との間に有意な正の相関
性では 51.3%、女性では 64.6%)の大学生アスリート
関係が認められた(p<.001)。「睡眠障害」においては、
が睡眠に何らかの問題を抱えていた。このことから、大
「人間関係」との間に有意な正の相関関係が認められ
学生アスリートの半数以上の者が睡眠に何らかの問題
た(p<.001)。更に、「日常生活における障害」において
を抱えながら競技を行っていることが確認された。また、
も、「人間関係」、「内的・社会的変化」、「学業・経済状
女性は男性よりも睡眠行動が不良であった。従って、
況」との間に有意な弱い正の相関関係が認められた
睡眠に問題を抱えやすい環境にある現代社会(西田
(共に p<.001)。
ら, 2010)において、大学生アスリートはその影響を強
く受けている可能性があり、睡眠障害を発症しやすい
Table. 2 Correlation coefficient between the scores of the PSQI and
the DCSS
環境にあると考えられる。
日常・競技ストレッサー尺度(DCSS)
そこで、大学生アスリートが日常生活や競技場面で
他者から
内的・
活動内容 学業・
の期待・
社会的変
総合得点
人間関係 競技成績
への不満 経済状況
プレッ
化
シャー
ピ ッ ツ バ ー グ 睡 眠 質 問 票 ( PSQI)
0.23***
0.18**
0.12†
入眠時間
0.20***
0.23***
睡眠時間
-0.02
0.04
有効睡眠時間
-0.07
睡眠障害
0.23***
睡眠剤の使用
日常生活における障害
総合得点
主観的睡眠の質
0.16**
0.11†
0.11*
0.23***
0.19***
0.13*
0.11*
0.13*
0.25***
0.01
-0.01
0.07
0.01
0.03
-0.10†
-0.13*
-0.07
-0.04
-0.01
-0.11
0.12*
0.11†
0.10
0.07
0.11†
0.18†
0.04
0.14*
0.13*
0.12*
0.01
0.09
0.13*
0.32***
0.15**
0.14*
0.21***
0.12*
0.21***
0.28***
0.10†
0.09
-0.01
0.05
抱えるストレッサーが睡眠行動とどのように関連するの
かについて検討を行った。その結果、とりわけ人間関
係と競技成績、内的・社会的変化に関わるストレッサー
を強く認知すると睡眠の質や入眠時間、日常生活に
おける障害(日中の異常な眠気など)が不良になる可
0.11†
0.04
0.34***
†: p <.1, *: p <.05, **: p<.01, ***: p <.001
能性が示された。人間関係に関するストレッサーは、
次に、睡眠に問題がなかった者と睡眠に何らかの問
抑うつや主観的な健康度を不良にすることが指摘され
題を抱えていた者による DCSS 得点の差を検討するた
ており(川崎, 2010 など)、本研究の結果からも看過す
め、t 検定を行った。その結果、総合得点については、
ることのできない問題であると言える。また、競技成績
睡眠に問題がなかった群が 103.17 点(SD=69.89)、睡
に関するストレッサーは、アスリートが競技生活を送る
眠 に 何 ら か の 問 題 を 抱 え て い た 群 が 141.86 点
上で切り離すことのできない問題であり、今後はこの問
(SD=70.66)であり、睡眠に何らかの問題を抱えていた
題の改善が課題となるであろう。
群は睡眠に問題がなかった群と比較して、有意に高い
良好な睡眠行動は、疲労の軽減だけでなく、意欲や
数値を示した(p<.001)。また、下位尺度の得点につい
パフォーマンスの向上に重要である(Mah et al., 2007;
ても、「人間関係」(p<.001)、「競技成績」(p<.05)、「他
2008)。従って、今後はアスリートの睡眠行動の実態を
者からの期待・プレッシャー」( p<.05)、「内的・社会的
詳細に把握し、適切な睡眠行動の改善策の確立が期
変化」(p<.01)、「活動内容への不満」(p<.01)、「学業・
待される。また、総合系大学の学生などを含めた、縦
経済状況」の全ての下位尺度において、睡眠に何らか
断的なデータの蓄積を行い、アスリート特有の睡眠行
の問題を抱えていた群が睡眠に問題がなかった群と
動の実態をより詳細に検討した上で、彼らの競技生活
比較して、有意に高い数値を示した(p<.001)。
を支援するための実践が期待される。
Table. 3 Comparison of the scores of DCSS between good sleeper
(GSG) group and poor sleeper group (BSG)
5.結論
本研究の結果から、以下の 3 つの結論が得られた。
GSG
PSG
N=129
N=162
t-value
① 睡眠に何らかの問題を抱えている大学生アスリート
M
SD
M
SD
人間関係
12.98
16.02
23.94
20.84
4.91***
競技成績
30.57
24.54
38.19
25.47
2.57*
他者からの期待・プレッシャー
9.91
11.04
13.74
13.66
2.57*
内的・社会的変化
16.77
16.19
22.46
17.35
2.86**
活動内容への不満
18.12
15.78
23.30
17.76
2.58**
学業・経済状況
14.82
11.33
20.23
12.66
3.78***
総合得点
103.17
69.87
141.86
70.66
4.91***
は、55.7%存在していた。
日常・競技ストレッサー尺度(DCSS)
M: Mean, SD: Standard deviation
② 大学生アスリートにおいて、男性よりも女性の方が、
睡眠行動が不良であった。
③ 日常生活や競技生活で抱えるストレッサーは、大
*: p <.05, **: p <.01, ***: p <.001
GSG: good sleeper group, PSG: poor sleeper group
学生アスリートの睡眠行動を不良にする可能性が
ある。
------------ << 連絡先 >> ------------
4.考察
本研究では、大学生アスリートの日常生活と競技場
面のストレッサーに焦点を当て、彼らの睡眠行動の実
態を包括的に検討した。
はじめに、大学生アスリートにおける睡眠行動の実
態が明らかにされた。本研究の結果では、55.7%(男
-57-
山田 快
順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科精神保健学研
究室
〒270-1695 千葉県印西市平賀学園台 1-1
電話 0476-98-1001(代表)
FAX 0476-98-1011
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-8
体育系大学生における無気力とライフイベントとの関連
○西田敬志、田中純夫
順天堂大学大学院
1.はじめに
体育系大学では競技スポーツに携わっている学生
低下(以下;授業意欲低下)、学業場面における意欲
の割合は当然のことながら他の一般大学に比べて極
意欲低下(以下;大学意欲低下)の 3 つに分かれ、各
めて高い。しかしながら、体育系大学においてスポー
領域 5 項目、計 15 項目で構成される。「よくあてはまる
ツの専門競技において高い実績がある学生が、彼らが
(4 点)―どちらかと言えばあてはまる(3 点)―どちらか
専攻する学業に対して真剣に取り組んでいるか否かに
と言えばあてはまらない(2 点)―全くあてはまらない(1
ついては様々に議論をよんでいる。もしも競技スポー
点)」の 4 段階評定で回答を得た。各領域ともに得点の
ツにだけにコミットし、一方で学業に対する意欲低下が
範囲は 5 点-20 点であり、得点が高ければ高いほど、
著しく生じているならば、学生生活やその後の社会生
意欲低下が生じていると判断される。
活において様々な問題が生じるであろう。また、この意
③対人・達成領域別ライフイベント尺度(大学生用)短
欲低下や無気力状態が単なる一時的なモラトリアムと
縮 版 ( Scale of Life Events in Interpersonal and
呼べるものではなく、Walters(1961)が提唱するパーソ
Achievement domains undergraduate students; 高 比
ナリティに深く根ざしたスチューデント・アパシーともい
良,1998):対人・達成領域別に日常生活の中で経験
うべき状態と位置づけられる可能性も否定できない。
すると思われるライフイベントを測定する尺度である。
低下(以下;学業意欲低下)、大学生活場面における
これまで、アスリートの無気力状態についてはバー
ライフイベントは年齢によって大きく変化するため、こ
ンアウト研究が多くなされているが、部分的な退却を示
の尺度は「大学生」に的を絞って作成されている。ライ
すスチューデント・アパシーについての研究はあまり行
フイベントはネガティブライフイベント(30 項目;以下
われていない。体育系大学生の無気力状態が生活か
NLE)、ポジティブライフイベント(30 項目;以下 PLE)に
らの完全退却ばかりでなく特定の領域での部分的な
分かれ、それぞれ対人・達成領域別に各 15 項目、計
退却があるとすれば、彼らが経験するライフイベントの
60 項目で構成される。「経験した(1 点)―経験してい
内容や領域によってその生じ方がどのように変化する
ない(0 点)」の 2 段階評定で回答を得た。各領域ともに
のかを的確に把握して対応する必要があるだろう。
得点の範囲は 0 点-15 点であり、得点が高ければ高
そこで本研究では、体育系大学生における意欲低下
いほど、ネガティブあるいはポジティブなライフイベント
の状況とライフイベントの実態を把握した上で、学業や
を多く経験していると判断される。
生活領域の違いによる意欲低下の状態とライフイベン
3.結果と考察
3-1.意欲低下領域尺度(PAS)、対人・達成領域別
ライフイベント尺度の基礎集計
体育系大学生の現状を把握するために PAS、NLE、
トとの関連を検討することを目的とする。
2.方法
2-1.調査対象者と時期
2011 年 11 月に首都圏にある体育系大学の大学生
PLE それぞれの下位尺度ごとについて性別に平均
250 名(男生 167 名、女性 83 名、平均年齢 20.08 歳±
値と標準偏差を算出した(表1)。まず、PAS につ
0.87、年齢範囲 19-26 歳)を対象に質問紙調査を実施
いては学業意欲低下が男女ともに最も高く、次いで、
した。調査は一斉実施、一斉回収によって行われた。
2-2.質問紙の構成
①フェイスシート:学年、所属、性別、年齢からなる。
授業意欲低下、大学意欲低下の順となっていること
がわかる。大学の意欲低下が NLE、PLE に関しては
NLE よりも PLE の方が全体的に高いことがわかる。
②意欲低下領域尺度(Passivity Area Scale;以下 PAS;
下山,1995):鉄島(1993)のアパシー傾向測定尺度を
基に作られ、スチューデント・アパシーの特徴でもある
表1.領域別意欲低下、対人・達成領域別NLE・PLEの記述統計
男性
女性
性別
下位尺度名
尺度
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
活動内容の違いによって選択的退却が生じる側面を
PAS
考慮して、意欲低下が生じる場面を大学生の生活領
域で分け、領域ごとに意欲低下を測定する尺度を作
成している。その下位尺度は、授業場面における意欲
-58-
NLE
PLE
学業意欲低下
11.93
3.05
11.66
2.81
授業意欲低下
10.38
3.52
9.77
3.06
大学意欲低下
9.26
5.07
2.26
3.79
8.67
5.46
2.44
3.76
5.04
3.39
4.81
3.31
8.95
7.46
3.30
4.00
10.14
7.34
2.82
3.29
対人領域
達成領域
対人領域
達成領域
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3-2.意欲低下とライフイベントとの関連
意欲低下とライフイベントの関連について検討するた
め、PAS と対人・領域別ライフイベント尺度において、
Pearson の相関係数を算出した(表 1)。その結果、
NLE については対人・達成領域それぞれが授業意欲
低下領域において有意な正相関を示し、PLE につい
ては対人・達成領域それぞれが学業意欲低下領域、
大学意欲低下領域において負相関を示し、特に学業
表4 .PLE3群別による意欲低下得点の比較
経験頻度 人数 平均値 標準偏差
①低群
学業意欲低下 ②平均群
③高群
①低群
授業意欲低下 ②平均群
③高群
①低群
大学意欲低下 ②平均群
③高群
75
93
82
75
93
82
75
93
82
12.92
11.81
10.90
10.79
9.89
9.94
9.99
8.61
8.74
3.06
3.03
2.49
3.51
3.33
3.27
2.44
2.35
1.97
F 値
多重比較
9.67*** ②<①*、③<①***
1.76
ns
8.92*** ②<①***、③<①**
* p<.05 ** p<.01 *** p<.001
意欲低下とポジティブライフイベントの達成領域におい
て負相関が強く見られた。
NLE を多く経験した学生では、授業場面において
4.結論
①体育系大学生においては大学、授業、学業の順で
最も意欲低下が起きやすいと考えられる。つまり対人
意欲低下の得点が低く、全体的に NLE よりも PLE の方
的にも課題達成においても「授業」という場面や作業が
が得点は高い。
限定される状況において意欲が減退していることが推
②NLE は授業意欲低下と正相関を示し、PLE は学業
察される。逆に、PLE の経験が多い学生では、特に課
意欲低下、大学意欲低下と負相関を示した。
題の達成領域においては、大学生活全般や元々関心
③授業意欲低下において NLE 低群よりも NLE 高群の
を持っている学問領域での意欲の減退を抑制する効
方が有意に高く、PLE については、学業意欲低下、大
表2.PASと対人・達成領域別ライフイベント尺度における相関分析結果
ライフイベント ネガティブライフイベント ポジティブライフイベント
PAS
N対人領域 N達成領域 P対人領域 P達成領域
-.017
-.034
-.152* -.369***
学業意欲低下
.130*
.188**
-.083
-.162*
授業意欲低下
.012
.088
-.186** -.217**
大学意欲低下
学意欲低下において平均群、高群よりも低群の方が
* p<.05 ** p<.01 *** p<.001
果があると考えられる。
3-3. NLE・PLE3 群別による意欲低下得点の比較
NLE・PLE の経験頻度によって領域別でみた意欲低
有意に高かった。
以上を受けて体育系大学生はライフイベントの領域
の違いに応じてスチューデント・アパシーの特徴でもあ
る選択的退却が生じていることが考えられる。そのため、
バーンアウトや学習性無力感など様々な無気力の関
連要因のなかでも、体育系大学生においてはスチュー
デント・アパシーとの関連を明らかにすることはその後
の支援を考える上で意義があると推察できる。
下に差が生じるかどうかを検討するために、NLE3 群、
5.引用・参考文献
PLE3 群を独立変数、PAS の下位尺度を従属変数とし
1)西田敬志 田中純夫 2011 体育系大学における無気力
の諸要因について 第 46 回人類働態学会全国大会,人
類働態学会会報,第 94 号,12
2)下山晴彦 1995. 男子大学生の無気力の研究. 教育心理
学研究 43, no. 2: 145-155.
3)鉄島清毅 1993. 大学生のアパシー傾向に関する研究 :
関連する諸要因の検討. 教育心理学研究 41, no. 2:
200-208.
4)高比良美詠子 1998. 対人・達成領域別ライフイベント尺
度(大学生用)の作成と妥当性の検討. 社会心理学研究
14, no. 1: 12-24.
5 ) Walters,P.A.Jr. 1961 Student Apathy in “ Emotional
Problem of
the Student”ed by Blain B.Jr.
&McArturC.C.Appleton-Century-Crofts,NewYork.( 笠 原
嘉,岡本重慶訳『学生のアパシー』 石井完一郎他監訳
「学生の情緒問題」 文光堂 1975 106-120.)
て、分散分析を行った(表 3,4)。なお、群の分け方に
ついては 1/2±標準偏差によって 3 群に分けた。その
結果、NLE3 群での比較は、授業意欲低下において低
群よりも高群の方が有意に高かった。また、PLE3 群で
の比較は、学業意欲低下、大学意欲低下において平
均群、高群よりも低群の方が有意に高かった。
NLE の経験によって、経験数が少ないと授業意欲
低下は起きにくいことが示されたと考える。また、PLE
の経験が増えると学業意欲低下、大学意欲低下を起
こりにくくさせる効果があることが、ここでも裏付けられ
たといえる。
表3 .NLE3群別による意欲低下得点の比較
経験頻度 人数 平均値 標準偏差
F 値
多重比較
①低群
学業意欲低下 ②平均群
0.10
ns
2.99
①<③*
0.95
ns
③高群
①低群
授業意欲低下 ②平均群
③高群
①低群
大学意欲低下 ②平均群
③高群
84
104
11.85
11.92
2.86
2.96
62
11.71
3.17
84
104
9.60
10.17
2.99
3.37
62
10.97
3.75
84
8.79
2.17
104
62
9.24
9.16
2.65
1.93
------------ << 連絡先 >> -----------西田敬志
順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科
〒270-1695 千葉県印西市平賀学園大 1-1
電話 0476-98-1001(内線 333)
FAX 0476-98-1011(事務)
E-mail: [email protected]
* p<.05
-59-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-9
メンタルヘルス風土の形成要因について
-ストレス反応と制度充実との関連-
○日榮麻衣子 1)、尾入正哲 2)
1)中京大学大学院心理学研究科, 2)中京大学心理学部心理学
1.はじめに
職場でのメンタルヘルス(精神的健康)の問題が表面
化してきてから、メンタルヘルス対策を行う事業所が増
えてきた。しかし、対策が普及してきたにもかかわらず、
その効果があがっていないことも指摘される。そこには
対策と実際の現場での考え方の違いや浸透度、組織
風土の違いが関係していると考えられる。そもそも、職
場でのメンタルヘルス問題には、個人的予防だけでな
く、組織全体の考え方、メンタルヘルス風土が重要で
ある。本研究では、個人を超えた組織的な要因として、
メンタルヘルス風土の認知を規定する要因、および風
土がストレス反応やメンタルヘルスの制度・教育とはど
のように関係しているのかについて検討した。
2.方法
2-1. 調査対象・方法
A県内に立地する自動車部品製造関連の企業、X
社(2010 年 10 月、600 名に実施)とY社(2011 年 11 月、
150 名に実施)で質問紙調査を行った。それぞれ、有
効回答数は 579 名、136 名であった。
2-2. 調査内容
以下に質問紙の内容を示す。①フェイスシート項目
(性別、年齢、職位、仕事内容、勤続年数)、②メンタル
ヘルス風土(メンタルヘルス風土:理解、メンタルヘルス
風土:安心、メンタルヘルス風土:受容)、③ストレス反
応(精神的ストレス、身体的ストレス)、④職場状況(仕事
状況、ソーシャルサポート、メンタルヘルスの制度や教
育の充実)である。②、③では、田中(2010)の因子分析
結果で抽出された 3 因子の中から、質問項目をそれぞ
れ 3 項目ずつ選んだ。また選んだ 3 項目は、回答の容
易さを考えて選んだものであったため、選びだしたもの
で再度因子分析を行った。なお、メンタルヘルス風土:
安心は、先行研究での項目を本研究で逆転項目とし、
項目内容から「安心」と名づけた。
3.結果
3-1.ストレス反応に対する職場状況の影響
ストレス反応を規定する職場状況(仕事状況、ソーシ
ャルサポート、メンタルヘルスの制度・教育の充実)の
影響を知るために、重回帰分析を行った。その結果、
X社では仕事状況によって精神的ストレスが大きく関
係していることがわかった。また、ソーシャルサポートと
-60-
制度・教育の充実によって精神的ストレスが減少するこ
とがわかった。一方、Y社では精神的ストレス、身体的
ストレスのどちらにも、制度・教育の充実が影響を与え
ていることがわかった。
3-2.メンタルヘルス風土を規定する職場状況の影響
次に、メンタルヘルス風土に影響する職場状況の要
因を調べるために、重回帰分析を行った。X社、Y社で
もメンタルヘルス風土の3因子に制度・教育の充実が
影響しており、ソーシャルサポートはあまり影響がない
という結果となった。
3-3.ストレス反応に対するメンタルヘルス風土の影響
ストレス反応に対するメンタルヘルス風土の影響を検
討するために重回帰分析を行ったところ、X社、Y社で
メンタルヘルス風土:理解、受容の認知が精神的ストレ
スをやや低減する効果があった。
図1 X社のパス解析の結果
4.考察
パス解析から、メンタルヘルス風土の形成には、メン
タルヘルスの制度・教育の充実が大きく寄与すること
が示された。ストレス反応においても、メンタルヘルス
風土の理解や受容を通じての低減効果がみられた。
5.結論
メンタルヘルスの制度・教育の充実に重点を置くこと
が健全なメンタルヘルス風土の形成や職場ストレスの
改善に繋がると考えられる。
------------ << 連絡先 >> -----------日榮麻衣子
中京大学大学院 心理学部 心理学研究科
実験・応用心理学専攻
電話 090-7690-5846
E-mail:[email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-10
育児感情の日内変動
江村綾野
お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科
1.はじめに
感情は、ポジティブ感情とネガティブ感情の 2 つの次
本研究では、11 カ月男児の母親 A(年齢 36 歳)につい
て分析した。
元によって構成されることが示唆されている(Watson &
Table 感情リスト
ポジティブ感情 面白さ
面白い、愉快、バカげていておかしい
畏敬
畏敬、驚異、驚嘆
感謝
感謝、ありがたい気持ち、うれしい気持ち
希望
希望、楽観、勇気
感動
最も鼓舞され、高揚感を覚え、元気づけられた
興味
興味、強い関心、好奇心
喜び
うれしさ、喜び、幸せ
愛情
愛情、親しみ、信頼
誇り
誇り、自信、自分への信頼
穏やかさ
安らぎ、満足、平穏
ネガティブ感情
怒り
怒り、いらだち、不快
当惑
恥辱、屈辱、不真面目
軽蔑
軽蔑、さげすみ、見下す気持ち
嫌悪
嫌悪、嫌気、強い不快感
恥
最も恥ずかしかった、人目が気になった、赤面した
罪悪感
罪の意識、後悔、自責の念
憎しみ
憎しみ、不信、疑惑
悲しみ
悲しみ、落胆、不幸
恐怖
おびえ、恐怖、恐れ
ストレス
ストレス、緊張、重圧感
Tellegen,1985)。母親の育児感情に関しては、ネガテ
ィブ感情は母親の精神的健康を悪化させること(たとえ
ば佐藤・菅原・戸田・島・北村, 1994;菅野, 2001)など
が示唆されている一方で、母親のポジティブ感情につ
いてはほとんど検討されていない。母親の感情を明ら
かにするためには、母親のポジティブ感情とネガティブ
感情を同時にとりあげることが必要である。そのために
は、起床時から就寝時までの生活の中で母親が抱く
感情を時系列に抽出することが考えられる。本研究の
目的は、母親のポジティブ感情とネガティブ感情の 1
日の変化について明らかにすることである。
2.方法
2-1.調査対象
首都圏の母親 12 名に対して調査を行った。母親の
3.結果と考察
母親 A の感情の日内変動を Figure に示した。DRM
によって抽出された 11 の場面の内、起床、朝食、午前
育児感情は職業の有無による違いが示唆されることか
家事、午前外出、午後外出、午後家事、あそび、夕食、
ら、本研究では、専業主婦の母親 8 名(平均年齢 32.3
入浴、就寝の場面で PA 得点は NA 得点よりも高かっ
歳、SD=4.6、子どもの平均年齢 1.3 歳、SD=0.8)を分
た。昼食場面では PA 得点と NA 得点に違いはなかっ
析対象とした。
た。母親 A の特徴としては外出先で出会う他者とのコミ
2-2.調査内容
ュニケーションを好む傾向がポジティブ感情の喚起に
①Day Reconstruction Method(Kahneman et al.,
関連することがうかがえた。今後の課題は面接記録の
2004)を参考にして半構造化面接を行った。具体的に
質的分析を PST の結果と重ねて検討することである。
は、調査日前日の起床時から就寝時までの生活につ
いて“何時頃から何時頃まで”“だれと”“どのような出
40
来事があったのか”“どのような感情を抱いたのか”をた
35
ずねた。②Positivity Self Test(Fredrickson, 2009)の
30
日本語訳を参考にして、育児場面でポジティブ感情と
25
ネガティブ感情を抱く程度についてたずねた。PST で
得
点
20
は、ポジティブ感情とネガティブ感情を、それぞれ 3 つ
15
ずつの言葉を用いたリスト(Table)によって“4:非常に
10
強く感じた”から“0:全く感じなかった”の 5 段階で評定
5
してもらった。調査期間は 2011 年 7 月から 9 月であっ
0
PA
NA
起
床
た。
2-3.分析方法
朝
食
午
前
家
事
午
前
外
出
昼
食
午
後
外
出
午
後
家
事
あ
そ
び
夕
食
入
浴
Figure 母親Aの感情の日内変動
①面接の録音記録をもとに逐語記録を作成し、起床
時から就寝時までの出来事についての語りを内容別
------------ << 連絡先 >> ------------
に要約した。②PST のネガティブ感情項目の合計得点
をネガティブ感情得点(NA 得点)、ポジティブ感情項
目の合計得点をポジティブ感情得点(PA 得点)とした。
-61-
江村綾野
お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科
E-mail: [email protected]
就
寝
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-11
人のケア作業改善におけるアクションチェックリスト設計と応用
○吉川悦子 1)、真家和生 2)、吉川徹 3)、小木和孝1)、榎原毅 4)、城憲秀 5)、錦戸典子 6)、佐々木美奈子 7)、
武澤千尋 8)、吉野正規 9)、長須美和子 10)、水野ルイス里美 11)、蓑田さゆり 11)
1)東京有明医療大学看護学部, 2)大妻女子大学, 3)公益財団法人労働科学研究所研究部,
4)名古屋市立大学大学院医学研究科, 5)中部大学生命健康科学部保健看護学科,
6)東海大学健康科学部看護学科, 7)東京医療保健大学医療保健学部看護学科,
8)産業医科大学産業保健学部看護学科, 9)有限会社スッテプリハビリケアセンター名西,
10)ワーヘニンゲン大学, 11)四日市看護医療大学看護学部
1.はじめに
人類働態学会による、人のケア作業における人間
2-2.チェックリスト試案の作成と応用
医療・介護のケア作業場面で汎用しやすい項目を中
工学チェックポイント集の編集作業にあたって、ケア作
心に多領域から 30 項目を選定した。現場条件に従い、
業現場に応用できるチェックリスト試案を作成した。こ
項目を入れ替えたり追加したりできるように追加項目が
の人間工学チェックポイント集は、国際人間工学連合
可能であることを明示した。項目の配列は、原則として
(International Ergonomics Association, IEA)に対する
チェックポイント集の配列に従い、チェックと改善アクシ
提案としてワーキンググループが編集中であり、編集
ョン提案がしやすい、保管と運搬から配列した。項目ご
中のチェック項目を応用して 30 項目のチェックリスト試
との図案の中から汎用性の高いイラストを各項目 1 つ
案を作成し、現場応用を図りながらその妥当性を検討
ずつ選んで、項目の横に提示するようにした。このチェ
した。
ックリスト案について、医療・介護現場にて働く人、看
チェックリストの書式は、IEA・ILO「人間工学チェック
護学生グループに意見を求め、応用しやすいことを確
1)
ポイント」第 2 版 をはじめ、参加型職場改善アクション
かめた。この試案を編集中の人のケア作業人間工学
2)
チェックリスト作成に多用されている提案型リスト を採
チェックポイント集に附録として添付する予定である。
用した。
3.結果
チェックリストの設計にあたっては、ワーキンググル
ープメンバーの経験をもとに、主として医療・介護現場
3-1.ケア作業チェックリスト項目の選定
収集したケア作作業の良好事例を参考にしながら、
で実用性の高い項目を多領域にわたって含める方針
次の 30 項目を選定した(表 2)。
で設計した。
各項目はアクションフレーズでの表現とし、それらの
2.方法
項目について対策(改善提案)を「提案する」か「提案
2-1.ケア作業改善に応用するチェック項目の範囲
人のケア作業として、医療と看護、地域および家庭
しない」かを、さらに対策を「提案する」ものの中から特
における介護、理容・美容などの対人サービスを含め
る」の選択肢を含む書式とした(図1)。
に優先して取り組むべき対策を選択できるよう「優先す
て広く取り上げているが、チェックリストとして応用する
には対象作業を限定するのが通例であり、試案には看
1. 妨害物のない、すべりにくい、段
護・介護作業に応用できる項目を多領域にわたって選
差のない通路を確保します。
定することとした。人間工学的改善を行う際の改善アク
この改善を提案しますか?
ションを列挙し、項目ごとにそのアクションを提案する
□ いいえ □ はい □ 優先
かどうかを問う方式を採用した。
図 1 アクションチェックリストの書式例
物品の保管と運搬(3)
薬品と有害物の取り扱い(3)
3-2.チェックリスト試案検討と応用
作成したチェックリスト試案について、看護・介護現
機械・器具の安全(3)
感染予防(3)
場に働く人に配布して意見を求め、項目の妥当性を検
移動介助(3)
福利厚生施設(3)
討した。また、看護学生グループ、専門領域の異なる
ワークステーション(3)
備え(3)
看護教員(成人看護学、基礎看護学、地域看護学)、
作業場環境(3)
作業組織(3)
人間工学専門家にも配布して意見を記入してもらい、
表 1.人のケア作業改善チェックリストの範囲
項目範囲として応用できることを確かめた。
-62-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
4.考察
参加型の現場改善へのチェックリスト応用経験を参
考に新たにケア作業への汎用チェックリストとして、提
案できる試案がえられた。現場条件に応じて、項目の
入れ替えと追加ができるようにすることが重要であるこ
とも確かめられた。
提案型アクションチェックリストは参加型職場改善に
応用することで具体的な成果が得られるので、参加型
活動に応用する手順マニュアルや改善事例集などと
共に、普及を図る必要がある。
アジア地域医療改善ネットワークなどを通じて、国際
的にこの種のアクションチェックリスト活用と改善をすす
引用文献
1) International
Labour
Organization
(2010).
Ergonomic
Checkpoints:
Practical
and
Easy-to–Implement Solutions for Improving Safety,
Health and Working Conditions. Second edition.
Geneva: International Labour Office.
2) 吉川悦子,吉川徹(2012).参加型アプローチを用
いた職場環境改善を支えるアクションチェックリスト
の特徴と活用可能性.産業看護,4(3),57-60.
3) Yoshikawa T, Kogi K, Kawakami T et al. The role of
participatory action-oriented training in building an
Asian network for occupational safety and health of
health care workers. Journal of Science of Labour.
2006; 82(4):182-187.
------------ << 連絡先 >> ------------
めることが期待される。
謝辞
本研究は平成 23 年度科研費基盤(C)(課題番号:23593197,
研究代表者:吉川悦子)の助成を受けたものである。
吉川悦子(よしかわえつこ)
東京有明医療大学
〒135-0063 東京都江東区有明 2-9-1
電話 03-6703-7000 FAX 03-6703-7100
E-mail: [email protected]
表2 ケア作業アクションチェックリストの 30 項目
します。
<物品の保管と運搬>
17) 安全な取り扱いを確保するために、有害な化学物質
1) 妨害物のない、すべりにくい、段差のない通路を確
の容器に適切なラベルを付けて保管します。
保します。
18) レーザー、紫外線、赤外線および他の危険な放射線
2) 多段の棚に小型容器に小分けして整理し、わかりや
から防護する安全な遮蔽物を備えます。
すいラベルをつけて保管します。
3) 移動の容易なカートと車輪付き運搬用具を用います。 <感染予防>
19) 手洗い設備を設置して、手指衛生のための手洗い手
<機械・器具の安全>
順を確立します。
4) 機械・器具の危険部位との接触を防止するために適
20) 感染経路別予防策に応じた個人用防護具の適切な使
切な防護装置を使用します。
用方法を確立します。
5) 鋭利な器材の取り扱い手順を定めて、必要な安全装
21) 感染性のある患者から、ケアスタッフや利用者を保
置と適切な廃棄容器を使用します。
護する手順を確立します。
6) 機器の安全な配線接続を確実に行います。
<福利厚生施設>
<移動介助>
22) 良好な衛生環境を保つために、清潔なトイレや洗身
7) 移動介助に必要な人員、車いすなどの機材を確保し、
設備、更衣室を提供し維持します。
安全で安心して行えるスペース、移動ルートである
23) リフレッシュできる休憩施設を提供し、夜勤従事者
ことを確認します。
には、休息できる仮眠施設を提供します。
8) 上げ下ろしを伴う移動介助に際して、安全で安心し
24) 適切な機会に職員向けの交流やレクレーションなど
て使用できるリフター・移乗用具を用います。
インフォーマルな活動の場を設けます。
9) 移動・移乗の際には、説明・声かけをして、本人の
<備え>
機能を活かしながら介助します。
25) 施設内で発生する暴力やハラスメントに対応した適
<ワークステーション>
切な予防手順を確立します。
10) 頻繁に使う資材、器具やスイッチを手の届く範囲に
26) すぐに手の届く範囲に十分な消火設備を設置し、ケ
置きます。
アスタッフがそれらをどのように使うか知っている
11) 肘高またはそれよりも少し低い位置で作業ができる
ようにします。
ように調整します。
27) 緊急時対応を正しく行い、容易に避難できるルート
12) ケアスタッフが何をすればよいのか理解するのを助
や緊急避難できるように緊急時計画を確立します。
けるために、アイテムと装備にマークまたは色をつ
<作業組織>
けます。
28) 長時間の労働を避け、十分な休憩時間と小休止の時
<作業場環境>
間を確保できるような作業スケジュールを調整しま
13) ケアスタッフが効率的に快適に作業できるように十
す。
分な明りを提供します。
29) 障がいを持った労働者が仕事を安全に効率的にする
14) 健康で心地よい室内環境を保つための空調設備を備
ことができるように、設備、装備および作業方法を
えます。
適応します。
15) 利用者のプライバシーが保護されるように、パーテ
ション、カーテンなどを使います。
30) 仕事によるストレスを予防する対策を労使協力して
<薬品と有害物の取り扱い>
計画実施し、トレーニングを行います。
16) 騒音を発生する機械や部位をカバーで覆うか、隔離
-63-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-12
人のケア作業人間工学チェックポイント編集の試み
○真家和生 1)、吉川徹 2)、小木和孝 2)、吉川悦子 3)、榎原 毅 4)、城 憲秀 5)、錦戸典子 6)、佐々木美奈子 7)、
武澤千尋 8)、吉野正規 9)、長須美和子 10)、水野ルイス里美 11)、蓑田さゆり 11)
1)大妻女子大学博物館, 2)公益財団法人労働科学研究所研究部, 3)東京有明医療大学看護学部,
4)名古屋市立大学大学院医学研究科, 5)中部大学生命健康科学部保健看護学科,
6)東海大学健康科学部看護学科, 7)東京医療保健大学医療保健学部看護学科,
8)産業医科大学産業保健学部看護学科, 9)有限会社スッテプリハビリケアセンター名西,
10)ワーヘニンゲン大学, 11)四日市看護医療大学看護学部
1.はじめに
国 際 人 間 工 学 連 合 ( International Ergonomics
2-2.チェックポイントの内容討議と編集
Association, IEA)に対する人類働態学会の寄与として、
た良好事例を広いケア作業について収集し、10 領域
人のケア作業における人間工学チェックポイント集を
に分類した。領域ごとに、良好事例を達成するのに役
編集することが企画され、学会内にワーキンググルー
立った改善アクション 6 項目ずつを選定した。この合計
プを設置して、編集を行っている。
60 項目について、ケア作業者の現状からみて妥当か
ケア作業場面を予備討議して、人間工学視点からみ
人のケア作業は、医療・介護をはじめ対人サービス
を検討した。そのうえで、「人間工学チェックポイント」
を含む多くの職場で行われている。いずれの場合も作
第 2 版の書式にそって分担執筆し、項目ごとに良好事
業環境・作業負担と心理社会環境、過重労働など幅
例に沿った場面を選定して、イラストを作画した。
広い人間工学要因の影響をうけており、包括的な対策
が必要とされる。現場ごとの特性に応じて幅広く改善を
進めるためには、現場ですぐ応用できる改善策をわか
3.結果
3-1.ケア作業良好事例に基づく 10 領域
収集したケア作業の良好事例について、分類した結
りやすく記述して、まとめる必要がある。こうした対策集
果、次の 10 領域を選定した。すでに国内およびアジア
は、人間工学チェックポイント集として刊行されてきた
地域の医療および介護作業を対象にして応用されて
実績に学んで、ケア作業の特性を勘案しながら編集す
いるチェックリストとチェックポイント集も参考にして、こ
ることができると考えられた。
このチェックポイント編集のために、学会内に人のケ
ア作業を対象としている学際メンバーから成るワーキン
ググループが設置され、2010 年から作業を開始した。
2012 年 2 月までに予定の半分に相当する 30 項目を
編集し、IEA に提出した。IEA会長と協議の上、残りを
れらの 10 領域で、ケア作業において問題となる主な領
域にあたることを確かめることができた。
表 1.人のケア作業人間工学チェックポイント 10 領域
1)
搬)
編集して本年 6 月を目途に再提出することに合意した
ので、現在編集の継続中である。現在までの編集の経
緯とチェックポイント構成内容案をまとめたので、報告
する。
物品の保管と運搬(通路、保管棚、ラベル、運
2)
機械・器具の安全(防護装置、安全器材、配線)
3)
移動介助(移動介助器具、リフター、手順)
4)
ワークステーション(リーチ、高さ、識別、指示)
5)
作業場環境(照明、温熱、訪問先、プライバシ
2.方法
ー)
2-1.対象とするケア作業の範囲
6)
薬品と有害物の取り扱い(表示、遮蔽、排気)
7)
感染予防(手洗い、ワクチン、保護具)
また介護、病院・施設、訪問での看護・介護サービス、
8)
福利厚生施設(トイレ、食堂、休憩施設、研修)
理容・美容などの対人サービスを含めて、広義のケア
9)
備え(記録、暴力対策、緊急計画、救急)
作業を対象とした。その人間工学的改善を行う際の改
10) 作業組織(分担、勤務制、ストレス対策、チーム)
人のケア作業を広く取り上げることとし、医療と看護、
善アクションをチェックポイントにまとめることとした。各
チェックポイントの書式は、IEA が国際労働機関(ILO)
これらの 10 領域は人のケア作業の特性である作業
と共同編集した「人間工学チェックポイント」第 2 版 1)の
負担、チームワーク特性、心理社会的ストレス要因、作
書式に従った。
業編成を含めた幅広い人間工学領域をカバーしてお
り、既存の医療・介護作業改善ヒント集などからみても
-64-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
現場で有効な対策をほぼ含んでいると認められた。人
改善ツールとしての精査を行っていくことも重要であ
のケア作業では、過重労働対策やメンタルヘルス対策
る。
がより一層重視されている現状があり、10 領域に示す
この新しいチェックポイント集には人のケア作業特有
ような多領域にわたる対策が求められており、人間工
の作業場面が多数含まれているので、多様な現場経
学を広くとらえて改善策を構成することが重要である。
験に基づいた学際的な討議によって、効果的な改善
これらの項目をアクション文で表現し、ケア現場に働
オプションを文章化するプロセスは大いに利点があっ
く人たちの意見を参考に、妥当であると確かめながら、
た。ケア作業場面の予備討議、良好事例に基づく人
成文化した。また、現場ごとに項目を選びチェックリスト
間工学的視点の検討などを通じて実践的な対策があ
として改善点を集団討議できるかについても検討し、
げることができた。
チェック項目として応用可能であることを確かめた。
また、手軽に実践可能な改善策に力点を置くことで、
3-2.各チェックポイントの構成
学際メンバーの現場経験交流が促進できたと考えられ
各チェックポイントの内容として、次の 5 小節から構
る。チェックポイント集を基にした現場改善用のアクショ
成することとし、まず 30 項目について案を作成した(表
ンチェックリストに直接応用することで、さらに多様なケ
2)。
ア作業現場の経験交流を促進していくことが期待でき
表 2.各チェックポイントの内容区分
よう。現場への応用はまだ限られているので、一応の
a) なぜ
その項目の必要性と利点
編集をみたうえで参加型のケア作業現場改善活動に
b) リスク・症状
改善により低減されるリスク/症状
実用化して、有効性を確かめる必要がある。
c) どのように
改善を進める手順
d) 追加のヒント
改善を進める上でヒントとなるもの
e) 要点:
全体のまとめ
引用文献
1) International Labour Organization (2010). Ergonomic
Checkpoints: Practical and Easy-to–Implement Solutions
for Improving Safety, Health and Working Conditions.
各チェックポイントについて「どのように」で記述する
Second edition. Geneva: International Labour Office.
応用しやすい改善策の内容が基幹部分となる。とりわ
2) International Labour Organization (2012). Stress
け低コストで多様なケア作業現場で実施しやすい改善
Prevention at Work Checkpoints: Practical
策を 4~6 つ程に分けて記述することに力点を置いた。
improvements for stress prevention in the workplace.
例えば「物品の保管」では、多段の棚、小分け容器、
Geneva: International Labour Office.
内容表示、届きやすい位置などのわかりやすい改善
策を併記して、現場状況に応じて、そのいずれかある
いは複数を応用することができるように記述する。この
ような改善オプションを併記することがチェックポイント
集の最大の特徴であり、応用上の利点に直結している
と考えられた。このオプションの効用を強調するために、
具体的な改善例をイラスト化して示す点でも全チェック
ポイントに共通しているように心がけている。
分担執筆により、この書式で各項目を英文 2 段 1 ペ
ージでまとめられるように、集団討議で修正を加えなが
ら編集作業を行っている。改善例を示す図案の作成と
外注によるイラスト化が課題で、現在進行中である。
4.考察
これまでの編集経験から、これらの 10 領域は医療・
介護現場で起こり得る複合的なリスクに対応可能な改
------------ << 連絡先 >> ------------
善の視点を提供する項目であることが指摘できる。さら
にこの各チェックポイントの内容 5 小節を整理すること
で、職場環境改善に向けた具体的な取り組み方法が
現場で働く労働者に提示できることが確認された。今
後、イラストや図案を活用し、視覚的にも理解しやすい
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真家和生
大妻女子大学
〒102-0075 東京都千代田区三番町 12
電話 03-5275-6000
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-13
避難行動のための手すり誘導システムの研究
○河原雅典 1)、西澤杏 1)、馬場康明 2)
1)富山大学芸術文化学部, 2)三協立山アルミ株式会社
1.はじめに
われわれは,手すりと触覚によるサインを組み合わせ
を使う(図 1).いずれもサイン取り付け場所に触覚サイ
て人を安全で迅速に避難させる「手すり誘導システム」
被験者として健康な女子大学生8名が実験に参加し
の研究開発を行っている.例えば,災害時に地下鉄構
た.実験中,アイマスク,手袋,防音イヤーマフを装着
内で停電が起きて非常用電源すら失われたとする.辺
した.被験者は,実験空間内のスタート位置からランダ
りは真っ暗で,現在地も非常口の位置も分からなくな
ムに設定されるゴールまで,できるだけ速く歩行した.
ってしまう.そのとき,私たちが点字ブロックで避難する
その際,ゴールの位置は知らされていない.繰り返し
ことは非常に難しい.そこで,手すりを利用した避難誘
試行は各条件 10 回とした.測定項目は,所要時間,
導システムの可能性を検討している.
歩行速度,歩幅,歩調とした.
ンを設置した.
このシステムは手すりの誘導機能と触覚サインの情
報伝達機能とで構成される.触覚サインはサインの位
置から最も近い非常口への向きを示す.これら二つの
機能が同時に存在するだけで安全な避難行動が可能
になるだろうか.不適切な情報提示方法のために避難
誘導用ロープ
行動が妨げられてはならない.誘導機能と情報伝達機
能の関係を最適化する必要がある.
形態としてふたつ想定できる.ひとつは 2 機能をひと
つに統合する形態である.例えば手すり全体が触覚サ
触覚サイン
インとなっており,誘導と情報伝達を同時に行うような
付ロープ
形態である.もうひとつは 2 機能を分離する形態である.
前者をサイン統合型,後者をサイン分離型と呼ぶ.
本研究では触覚サインが避難行動に有効であるか,
図 1 触覚サイン
有効であるならばどのような形態がのぞましいかにつ
いて,検討する.サインがない場合と比べて,上述した
サイン統合型,サイン分離型が避難行動に有効である
か実験した.
2.方法
本研究では手すりの代用品としてロープを用いた.
触覚サインとして,大小のこぶを組み合わせたものを
製作し(図 1),ロープに 1m間隔で取り付けた.サイン
は常にその位置からゴールへの向きを示した.
実験は,屋外に設置した25m 四方の実験空間で行
った(図 2).実験空間は,5m 間隔で配置した高さ約80
cm のポールをロープで繋いで構成した.スタート地点
から向かい合う辺の上に 6 カ所のゴールを設置した.
ゴールのある辺にはサイン取り付け場所を設置した.
実験条件は,サインなし(ロープのみ),サイン統合型,
図 2 実験空間(G1-G6 は 6 カ所のゴールを示す)
サイン分離型の3条件とした.
サイン統合型条件は触覚サインが取り付けてある 1
本のロープ(触覚サイン付ロープ)のみを使う.サイン
分離型は誘導用ロープと触覚サイン付ロープの両方
-66-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
3.結果と考察
所要時間は,サインなし条件,サイン統合型条件より
も,サイン分離型条件で有意に短かった(図 3).サイン
統合型は,サインなしと同程度所要時間を要した.歩
行速度は,サインなし条件,サイン分離型条件よりもサ
イン統合型条件で有意に低かった(図 4).いっぽう歩
行距離はサイン統合型条件,サイン分離型条件よりも
サインなし条件で有意に長かった(図 5).
まず確認したいことは,触覚サインがあることで所要
時間が短くなったか,ということである.図 3 の通り,サ
イン分離型は最も所要時間が短く,最も速い避難行動
ができるという結果になった.しかし,サイン統合型は
ゴールまでの向きの情報を与えられているにもかかわ
らず,その情報がないサインなし条件と同程度の時間
を要した.これらの結果から,触覚サインがあるだけで
図 3 各条件での所用時間
は避難行動の時間は短縮されず,それはサインのあり
(平均値+標準偏差,**:P<0.01,*:P<0.05)
方による,ことがわかった.
つぎに確認したいことは,サイン統合型とサイン分離
型の違いである.歩行距離はこの 2 条件間に違いがな
かった.この 2 条件では,サインによってゴールへの向
きの情報を得ているので,歩行距離はサインなしよりも
当然短くなる.歩行速度を見るとサイン統合型の歩行
速度が遅いことがわかる.つまりサイン統合型は誘導
機能と情報伝達機能がいっしょに存在するため,触覚
サインが歩行を妨げる働きをしたと考えられる.サイン
分離型は,サイン取り付け場所に到着して最初に触覚
サインを見つけ,ゴールへの向きを確認すれば,あと
は触覚サイン付ロープには触れず,誘導用ロープだけ
を頼りにゴールに向かったため,所要時間が短くなっ
た.
サインなし条件とサイン統合型を比較して見よう.サ
イン統合型条件はサインなし条件よりも歩行距離はサ
図 4 各条件の歩行速度
(平均値±標準偏差,**:P<0.01)
インのおかげで短かった.しかしサインのせいで歩行
速度が遅くなったため,所要時間はサイン条件とほぼ
同じとなった.
これらのことから,安全で迅速な避難行動をするため
の手すり誘導システムをデザインするときには,誘導機
能と情報伝達機能とが互いを阻害しないように設計す
ることが重要であることがわかった.
------------ << 連絡先 >> -----------河原雅典
富山大学 芸術文化学部
〒933-8588 高岡市二上町 180 番地
電話 0766-25-9174
E-mail: [email protected]
図 5 各条件の歩行距離
(平均値+標準偏差,**:P<0.01)
-67-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-14
公共空間におけるサインのデザイン要素が気づきやすさに及ぼす影響
○山口理絵,岡田 明 1)、山下久仁子 2)
1)大阪市立大学大学院生活科学研究科, 2)大阪市立大学研究支援課
1.はじめに
近年、公共空間の一部が大規模化し複合的になる
につれ、そうした場所での案内サインも複雑化し、サイ
ンの情報が溢れつつある。
そのため、少しでも目的の場所へ誘導できるよう、案
内サインのわかりやすさに関する提案が、ユニバーサ
ルデザイン思想の浸透も背景に従来から様々なされて
きた。その結果、サイン自体が見やすくわかりやすい
デザインが施されるようになったものの、上述のように
サインの情報量増大により必要となるサインを空間の
中で見つけられず目的の場所へたどり着けない場合
が多く生じている。すなわち、目的のサインの存在の
図 1.評価サンプルの例 (命題:お手洗いのサイン)
気づきやすさに関しては、まだあまり改善がなされてい
ないのが現状である。
本研究はこの点に着目し、大規模な駅を中心に予備
時間(s)
調査を行い、気づきやすいサイン、気づきにくいサイン
を抽出した。それを基に、目的のサインの設置位置や
デザイン要素がサインの気づきやすさに及ぼす影響を
検討するための実験を試みた。
2.実験1
2-1.方法
評価サンプル:行き先を示すサインを含む公共空間
(JR 大阪駅、京都駅など)19 箇所を撮影した写真。
実験参加者:20 名の大学生(男子 6 名、女子 14 名)。
装置:実験用ソフトウェア(Microsoft Visual Basic により
命題
独自に開発)を組み込んだパソコン画面。
手順:①パソコン画面上に探すべき対象(命題;たとえ
図 2.平均探索時間 (実験1)
ば、コインロッカー、新幹線など)を参加者に提示。②
(対象を含まない命題:6,11,14)
参加者は対象を理解したら画面上の OK ボタンを押す。
対象に対するイメージが明瞭なデザインである、そのイ
③上記の評価サンプルが画面上に表示され(図 1)、
メージを保ち示されている、情報量が少ないサンプル
命題と同じ対象を探す。④対象を見つけた場合は「あ
の中心付近にある、などの共通点が見られた。そして
るボタン」、探しても見つからない場合は「ないボタン」
予想されるように、サンプル内の情報量と探索時間と
を押す。(19 箇所のサンプルのうち対象を含まない命
の間には相関があり、また「ない」と判断するのに要す
題は 3 つある。)
る時間は大幅に増加した。
評価指標:探索時間(手順②から④まで)、正誤、実験
後のアンケート。
2-2.結果と考察
探索時間には確率的な要素が含まれるため、同じ命
3.実験2
3-1.方法
実験1で得た結果に基づき、気づきやすいサインの
条件をより細かく検証するための実験を試みた。
題でも個人差は大きくなるが、それでも命題により平均
評価サンプル:画像加工ソフト(Adobe Photoshop)を用
探索時間にはかなり差異が現れた(図 2)。
早く発見できる命題(平均探索時間 10 秒未満)には
-68-
い、気づきやすさに変化がでるよう加工した写真を使
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
づきやすいサンプルの特徴は、色分けがイメージ通り
になされていること、余計な情報が少ないこと、情報が
整理されていること等が挙げられた(図 4)。また、探索
時間には差が見られなかったが主観的評価では気づ
きやすさに差が現れた命題が多く見られた。これは、
サンプルの条件を変えたものの、サンプル自体の情報
量が少なかったため探す場所が少なく、探索時間には
差が表れなかったためと考えられる。
4.まとめ
実験1および2における各サンプルの探索時間およ
びアンケートの結果により推察された気づきやすいデ
ザイン条件を表 1 にまとめた。また、目的のサインの探
し方にも特徴的な傾向のあることがわかった。
表 1.気づきやすいサインの条件
・イメージ通りのデザインである.
・上方に位置している.
・似たような種類の情報がまとめられている.
・同一の並びやまとまりに異なる種類の情報を載せ
る場合には、色分けなどにより情報が違うことを明
確に示している.
図 3.加工前の写真(上)と加工後の写真(下)の例
・ピクトグラムのあるサインは文字と共に表記する.
・大きな文字で他の単語との間隔をとり、単語を整理
時間(s)
して載せている.
・直感的で分かりやすく、情報が詰め込まれていな
い.
5.今後の課題
以上は、公共空間の写真をサンプルとしての評価で
ある。そのため、得られた結果を基に次のステップとし
て実際の空間での検証を行う必要がある。また、本実
験の参加者は大学生のみであり、今後ユニバーサル
デザインを前提としていくならば、高齢者や子ども、あ
命題
るいは外国人など配慮が必要な人々にも有効である
図 4.平均探索時間 (実験2)
か検討していくことが望まれる。これらを通じ、より多く
用した(図 3)。ただし、加工した写真は不自然さを感じ
の人々を目的地へ誘導していけるサインのデザイン指
とる恐れもあるため、命題毎に加工した写真と加工前
針を明らかにしていきたい。
の写真を A 群と B 群に分け、計 16 サンプル×2 群を
使用した。なお、そのうち 5 例は実験1で用いたサンプ
ルである。
実験参加者:20 名の大学生(男子 10 名、女子 10 名)。
装置・手順・評価指標:全て実験1と同じ。
3-2.結果と考察
探索時間に有意差が認められた命題の、対象が気
-69-
------------ << 連絡先 >> -----------山口理絵
大阪市立大学大学院生活科学研究科
〒558-8585 大阪市住吉区杉本 3-3-138
電話 06-6605-2823
FAX 06-6605-2823
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-15
動く歩道の利用時の携帯操作者の研究
○久宗周二 1)、 松本彪 2)、福司光成 2)
1)高崎経済大学経済学部, 2)高崎経済大学大学院現代経営ビジネス専攻
1.目的
近年急激に普及した携帯電話による通話や、メール
月 8 日に、JR 大阪駅から阪急電鉄梅田駅方向は、17
などの操作をしながらの自動車の運転は、注意力が散
田駅までは 16 時 45 分~17 時 7 分まで、それぞれ 1000
漫になり事故の可能が高くなる
1)
時 08 分~17 時 29 分まで、JR 大阪駅から阪急電鉄梅
。特に近年急速に普
人観察した。
及したスマートホーンは、従来の携帯電話に比べて多
調査場所、観察者は 4 年前と同一のである。
機能の上、画面上を直接指で操作するために、操作
観察項目は、メールなど携帯を操作しているか、携
に集中していることが考えられ、スマートホーン操作時
帯で通話している、本を読んでいるかなどを記録した。
に他者に衝突するトラブルが報告されている 2)。
また、動く歩道はベルトの移動速度が遅いために、
多くの人が動く歩道の上を歩いて移動している人が以
前の研究で明らかにされた 3)。本研究では、スマートホ
ーン普及前後動く歩道の利用者の行動がどのように行
動が変化したのかを研究した。
2.方法
動く歩道を利用する人々の中で、携帯電話を操作
する人の数などを観察した。平成 20 年に、東京と大阪
で動く歩道利用者の中の携帯電話利用者の行動を調
査しており、今回は 4 年後に同じ場所を同じ観察者が
調査した。動く歩道を利用する人々の中で、携帯電話
を操作する人の数などを観察した。老若男女の不特定
写真 1 動く歩道 (東京駅)
多数が利用する東京駅と大阪(梅田)駅の二か所で片
方向 1000 人ずつ、合計 4000 人の行動を観察した。
調査対象場所
JR東京駅では京葉線と東海道線などの他の路線
(八重洲口)とは 300m 離れており、連絡する地下通路
三か所に、三本の動く歩道が設置されている。
大阪では JR 大阪駅と阪急電鉄梅田駅を結ぶ連絡
通路に一か所、上下二本の動く歩道が設置されてい
る。
観察日時
平成 24 年 3 月 2 日に八重洲口から京葉線方向は
19 時 34 分~19 時 50 分まで、合計 1000 人を観察し
た。逆方向の京葉線から八重洲口方向は 19 時 13 分
写真 2 動く歩道 (大阪(梅田)駅)
~19 時 31 分まで、合計 1000 人観察した。以前の調査
は平成 20 年 12 月 16 日に八重洲口から京葉線方向
3.結果
結果を表 1 に、4 年前の調査との比較を図 1 以下に
は 19 時 45 分~20 時 00 分まで、逆方向は 20 時 00
示す。本文の( )は 4 年前の数値を示す。
分~20 時 15 分まで、それぞれ 1000 人ずつ観察した。
東京駅では、八重洲口から京葉線方向では、立ち
大阪では平成 24 年 2 月 20 日に、JR 大阪駅から阪
止まる人のうち、本を読む 2 人、携帯で通話をしている
急電鉄梅田駅方向は、15 時 32 分~16 時 5 分まで、
人 0(1)人、メールなど携帯を操作している 13(4)人 で
逆方向は 16 時 17 分~16 時 47 分まで、それぞれの
あった。歩いている人のうち、メールなど携帯を操作し
方向で 1000 人観察した。以前の調査は、平成 20 年 7
-70-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
ている 59(28)人、携帯で通話している 11(9)人、本な
から JR 大阪駅方向は動く歩道では、立ち止まる人のう
どを読みながら 0(2)人であった。逆方向では、京葉線
ち、通話をしている人は 4(0)人、メールなど携帯を操作
から八重洲方向は動く歩道では、本を読んでいる 1 人、
している 4(4)人であった。歩いている人のうち、メール
メールなど携帯を操作している 20(13)人、携帯で通話
など携帯を操作している 47(30)人、携帯で通話してい
している 1(3)人でしあった。歩いている人のうち、メー
る 17(4)人であった。
ルなど携帯を操作している 59(35)人、携帯で通話して
4.考察
東京でも大阪でも、4
いる 10(7)人、本などを読みながら 1(1)人であった。
年前は 3%ぐらいの人
表 1 調査結果 (東京・大阪)
東
京
駅
梅
田
駅
止
ま
る
歩
く
止
ま
る
歩
く
本を読む
通話
操作
本を読む
通話
操作
本を読む
通話
操作
本を読む
通話
操作
が携帯を操作しながら
H20年 H24年 増加率
0
3
3
2
66.7%
17
33
194.1%
2
1
50.0%
9
21
233.3%
63
118
187.3%
0
0
0
7
9
12
133.3%
0
0
9
11
122.2%
45
85
188.9%
動く歩道を歩いていた
が、現在は倍に近い 5%
の人が携帯を操作して
いた。特に、「携帯を操
作する人」が増加をして
いた。駅構内において
放送や掲示などで注意 写真3 歩行しながらの携帯
喚起を行っているが、
操作を注意する表示 (札
携帯操作がやめられな
幌市)
い現状がある。
今回の調査時では、携帯を操作しながら歩く人と、
止まっている人と衝突する事例は見られなかったが、
ぶつかりそうになり、回避する例があった。動く歩道で
衝突すると、床面が鉄製のためダメージが多いことが
考えられる。特に、動く歩道に乗る部分と、降りる部分
については、転倒す危険がある。今後は、動く歩道で
の携帯電話操作者の事故事例の詳細を分析して、事
故の要因について考える必要がある。
参考文献
1. 徳田克己、富樫美奈子、水野智美(2007)高齢者・
障害者のバリアーになっている携帯メール使用者の
実態分析とその適正化に関する研究.電気通信普
及財団研究調査報告書,152-158.
2.゙ケータイ事故゙駅のホームで今何がNHKクローズア
ップ現代. 2011 年 10 月 6 日放送 http://www.nhk.
or.jp/gendai/kiroku/detail_3104.html
3.久宗周二(2010),動く歩道の利用実態,人類働態
学会編, 働態学の研究法, 271-274
図 1 調査結果 (増加率)
------------ << 連絡先 >> ------------
大阪ではJR大阪駅から阪急梅田駅方向では、歩い
ている人のうち、携帯で通話している 4(5)人、メールな
ど携帯を操作している 38(15)人であった。立ち止まっ
ていた 29 人のうち、通話をしている人は 3(0)人、メール
など携帯を操作している 8(5)人であった。阪急梅田駅
-71-
久宗周二
高崎経済大学 経済学部 経営学科
〒370-0801 高崎市上並榎町 1300
電話 027-344-7541
FAX 027-343-4840
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
P-16
13 歳以下で使用開始した女子大学生の携帯電話に対する意識
○関根田欣子 1)、佐藤真弓 2)
1)相模女子大学栄養科学部, 2)東京家政大学家政学部
1.はじめに
携帯電話の使用開始時期は、成長の著しい児童期
ープ」よりやや高い傾向が 2008 年調査で認められた。
から青年期にあたる。また 20 歳前後の学生は自立意
「使 用料金」( P<0.05)、「使 用料支 払者( 本人 /
識を育む重要な時期でもある。携帯電話の使用開始
親)」(P<0.05)は、「13 歳以下で使用開始したグルー
時期が低年齢化する傾向に伴い、学校教育現場でも
プ」が「15 歳以上で使用開始したグループ」よりやや高
対応が必要となっている。本調査では、携帯電話の使
い傾向が、2008 年調査で認められた。2010 年調査で
用開始時期が、女子大学生の使用状況や、女子大学
はその傾向は認められなかった。
2010 年調査ではその傾向は認められなかった。
生の意識にどのような影響を与えているかを明らかに
48 意識調査項目中、2008 年、2010 年ともに有意差
するため、2008 年および 2010 年、20 歳前後の東京都
が見られたのは、「小中学生の間は持たなくていいと
内女子大学生を対象に質問紙調査を行った。
思う」(P<0.005)、 「ケータイ依存気味の現代社会に疑
2.方法
2-1.調査対象
都内 T 介護福祉短期大学 1~2 年生(18-24 歳)121
問や不安を感じる」(P<0.005) の 2 項目で、「15 歳以
名、女子 82 人(2008 年 7~12 月調査)、都内 T 女子
2008 年調査においては、「便利なもの」(P<0.005)、
大学 2~4年生(19-22 歳)116 人(2010 年 7 月調査)
「 人 と の 連 絡 手 段 」 ( P<0.01 ) 、 「 恋 人 の よ う な も の 」
を対象とした。
2-2.調査内容および分析
調査は質問紙法を用いた。質問内容は①携帯電話
(P<0.05)が、「13 歳以下で使用開始したグループ」に
使用開始時期、使用歴年数②1日の使用回数と使用
「やっかいなわずらわしいもの」(P<0.005)、「いやなも
内容 12 項目③使用料金、使用料支払い者、トラブル
の」(P<0.005)が、「15 歳以上で使用開始したグルー
対処等 9 項目、④意識調査 48 項目である。意識調査
プ」に「13 歳以下で使用開始したグループ」より、高い
は 5 段階評価による判定をしてもらった。
傾向が認められた。
上で使用開始したグループ」に「13 歳以下で使用開始
したグループ」より、高い傾向が認められた。
「15 歳以上で使用開始したグループ」よりやや高い傾
向が見られた。また「経済性を考慮する」(P<0.005)、
本調査で携帯電話を使用開始した時期は、12~3
2010 年調査においては、「犯罪に悪用されやすい」
歳と 15 歳の2つのピークを示した。そこで、「13 歳以下
(P<0.05)、「携帯電話問題の社会的責任は企業にあ
で使用開始したグループ」と、「15 歳以上で使用開始
る」(P<0.05)が、「15 歳以上で使用開始したグループ」
したグループ」間で t 検定による判定を行った。
に、「13 歳以下で使用開始したグループ」よりやや高い
3.結果と考察
携帯電話所持率は 100%であった。2008 年調査で
傾向が認められた。
は、携帯電話使用開始平均年齢は 13.60 歳、使用開
携帯電話の社会的問題に対する批判を持つ意識が
始時期 8-16 歳、携帯電話使用歴年数の平均は 5.71
「15 歳以上で使用開始したグループ」に高く、有用性、
年で、最多使用開始年齢は 15 歳であった。2010 年調
愛着を示す意識が「13 歳以で使用開始したグループ」
査では、使用開始平均年齢は 13.62 歳、使用開始時
に高いことから、女子大学生の携帯電話使用開始が
期 8-17 歳、使用歴年数の平均は 6.02 年で、最多使用
低年齢化することにより、社会的意識に変化が生じて
開始年齢は同じく 15 歳であった。「13 歳以下で使用開
いることが示唆された。
始したグループ」が調査対象学生に占める割合は
2008 年では 51.9%、2010 年では 35.3%であった。
1日の使用回数は、2008 年は平均 80.3 回、2010 年
では平均 37.0 回で、2008 年よりも 2010 年の方が減少
していた。使用内容として、「電話をかける」(P<0.05)、
「電話を受ける」(P<0.05)が、「13 歳以下で使用開始し
たグループ」において「15 歳以上で使用開始したグル
-72-
小中学生の携帯電話所持についての疑問や不安、
------------ << 連絡先 >> -----------関根田欣子
相模女子大学栄養科学部非常勤講師
〒206-0804 東京都稲城市百村 2102-5
E-mail: [email protected]
佐藤 真弓
東京家政大学家政学部非常勤講師
E-mail: [email protected]
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
第 46 回全国大会から
期日:2011年6月4、5日(土、日)
会場:広島大学医学部
(プログラムと発表抄録は、会報第94号、シンポジウムの報告は 95 号に掲載されています)
第 46 回全国大会報告
第 46 回全国大会事務局 村上玄樹
広島大学 大学院医歯薬保健学研究院
まず、ご報告が遅れ、1 年以上たっての報告となりま
ターのような限定された範囲で育てるということで、通
したことをおわび申し上げます。
常よりもおいしいブドウの栽培を可能とした事例でした。
さて、平成 23 年 6 月 4 日(土)、5 日(日)に広島大学
また、大会長の宇土博 広島文教女子大学教授は、ブ
霞キャンパス内広仁会館において開催されました、全
ドウ栽培における農業従事者の苦労を人間工学的な
国大会についてご報告いたします。1 日目、2 日目合
アプローチでの改善を実施しており、引地農園におい
わせて 66 名の参加を頂き、多くの方のご協力を受け
ても頭上のブドウを摘み取る際の負荷を軽減するアシ
開催できましたことを御礼申し上げます。
スト装置の研究を行っていました。また、夏季研修会の
東京から新幹線で4時間という遠路にかかわらず、
参加者には、夏季研修会の協賛企業から、お土産とし
開会の時点で多くの参加者が集まっている状況でした。
当年度は、夏季研修会が前日の開催ではなく大会中
の開催ということもあり、参加者にはご不便をおかけい
たしましたが、皆様のご協力を賜り無事に学会を開催
することが可能となりました。2 会場同時開催で行われ
た午前の部から活発な討議が行われ、将来を担う若手
研究者から経験豊富な研究者を交えた意見のやり取り
は今後の人類動態研究の可能性を広げるものであっ
たと思われます。
昼食をはさみ午後は、広島市北部にある引地農園
において新たなブドウ栽培方法の見学を夏季研修会
として開催いたしました。この農園ではブドウを普通に
夏季研修会にて:宇土博大会長と開発した収穫補助
畑に植えて栽培するのではなく、いわゆる鉢やプラン
装置を付けて試す会員(堀野先生)
夏季研修会参加者一同。引地農園にて
-73-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
て宇土先生が開発された『Dr. Cut』という剪定ばさみ
も深まったように存じます。
が配られました。
最後になりましたが、学会長の真家和生先生、学会
その後、学会場に戻ってから午後のセッションを行
事務局の水野有希先生、編集委員の大箸純也先生に
い、懇親会の開催となりました。懇親会にも 44 名ものご
は大会準備におきまして多くのご助言をいただきまし
参加をいただき、有意義な情報交換等が行われたと存
たことを御礼申し上げます。また大会長の宇土博先生、
じます。また、広島では 6 月の初旬に、「とうかさん」と
夏季研修会の統括をしていただきました、広島県立総
呼ばれるお祭りがあり、広島ではこのお祭りから浴衣の
合技術研究所の横山詔常先生にはいたらぬ点をフォ
着用が始まります。いくつかのグループが懇親会後に
ローいただき、無事に学会を終了することができました。
とうかさんにお参りされたと伺っております。タイミングと
また、ご参加いただきました皆様には不慣れな学会運
しても広島を満喫できるものとなりました。
営のため多くのご不便をおかけいたしましたことをおわ
翌日は朝からセッションおよび基調講演、学会によ
び申し上げます。また、無事に学会終了できましたこと
るシンポジウムが開催されました。特に、シンポジウム
を御礼いたしまして、報告を終わらせていただきます。
ではグループワークがなされ、学会員の皆さまの親睦
座長報告
セッション1a: 分析手法の開発と提案
座長:橋本修左(武蔵野大学)
1a-1. 共同作業によるユーザ要求事項可視化を実現
するインタビュー手法の提案
○森田祐輔(和歌山大学大学院システム工学研究
科)、山岡俊樹(和歌山大学システム工学)
1a-2. 製品評価手法 MEM の提案とそのソフトウェアの
紹介
○上原信哉(和歌山大学システム工学研究科)、山
岡俊樹(和歌山大学システム工学部)
1a-3. 文章完成法と FCA を活用した概念構造のレベ
ル別分析手法の提案
○松尾秀行(和歌山大学システム工学部 デザイン
情報学科)、山岡俊樹(和歌山大学システム工学部)
1a-4. 教育相談職員の組織開発を目指した研修の実
践事例
○蛭田秀樹・西田敬志・林田章紀・青葉亜紀(順天
堂大学大学院)、宮田郷(千葉県乳児院)、水野基
樹・田中純夫・北村薫(順天堂大学大学院)
1a-1
DI などの従来の製品開発手法に対して、ユーザの
認知課程や感性デザイン項目を整理することにより容
易に抽出するインタビュー手法を提案している。携帯
電話を例としてこの手法を適用してラダリングリサーチ
より抽出されるユーザ要求事項数が格段に多くなるこ
とを報告している。意欲的発表であるが、調査実施パ
ラダイムデザインのあり方、要求項目定義の一層の明
確化、項目数による評価の妥当性などについて今後さ
らに検討すべき課題もあると思われる。
1a-2
製品を総合的に評価する方法として価値工学的考
え方を基にした製品評価手法 MEM とその簡易計算ソ
フトについて提案している。家電 8 製品を対象例として
8 評価項目を抽出し、製品の頻度区分と評価点から評
価する方法について述べている。この手法は製品間
一般講演での会場風景
-74-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
の評価・比較をしようとするものではあるが、平均的な
評価では新製品の開発などにおいてはむしろ評価の
ト研究所)
1b-1
バラつきにこそ重要な情報があるのではないかという
各生活場面におけるエネルギー消費量を比較する
指摘もあった。また、手法の明確化のためには用いた
ために、一日のエネルギー消費量の標準値である
「評価項目」、「評価因子」、「頻度」、「評価の点数」な
2,000Kcal を 1 環境単位(1eu: environmental unit)とし
どの各用語の定義や使用法についての整理が今後必
て共通の単位とし、生活基盤・調理・家事・入浴・快適
要であると思われる。
性(空調)・娯楽など日常生活におけるエネルギー消
1a-3
費量の比較を行った。目的は、二酸化炭素排出削減
文章完成法と形式概念分析 FCA を組み合わせて
の指標とすることであるが、まずは生活実態の認識の
任意の概念に対する個人の認識構造を明らかにする
ために用いるとしている。比較の指標として浸透するこ
手法の提案とそのソフトウェアを紹介している。対象と
とが課題であるとのコメントがあった。
属性の関係性を定義したデータから形式概念を構成
1b-2
してその結果をハッセ図として表現し、認識構造を把
使用者が頭の中に描くメンタルモデルと現実のデザ
握しようとするものである。任意の概念に対する個人の
インモデルの類似度が近いほどユーザビリティが高い
認識構造を明らかにする文章完成法方法であるため、
(扱い易い)というコンセプトに立ち、デジタルカメラを
意識化されたものを対象とするという制約はあるが、個
対象としてリッカートの 5 段階尺度を用いて類似度評
人の認識構造を明らかにすることにより今後製品開発
価尺度を作成した。その結果、この類似度がユーザビ
場面における様々な活用が期待できる手法であるとい
リティをよく表し、心的距離を可視化することができると
える。
した。メンタルモデルには文化による差があるのかなど
1a-4
の質問が出た。
児童生徒の適応支援と教育相談業務を中心とする
1b-3
職員を対象として事例研修、及び TPI を用いたフィー
3 歳児から 5 歳児までの保育園児の運動能力(A:
ドバック・ファミリートレーニング研修の結果についての
歩く・走る・跳ぶ/B:遊具を用いた全身運動/C:肩・
報告である。結果として、事例研修から多角的視点か
腕・手の運動)調査を行い、運動発達の遅速に関与す
らのケース理解が得られ、また、TPI フィードバック・フ
る要因について数量化Ⅱ類を用いて解析した。その結
ァミリートレーニング研修の結果から職員同士や各職
果、出生体重、歩行開始月齢や食事などが運動能力
員自身の知らない一面を発見できたという成果を報告
の発達に関わること、また 3 歳児から 4 歳児にかけてあ
している。今後、このような研修を通じた職員内部の組
るいは 4 歳児から 5 歳児にかけて要因の関わり方が逆
織力形成の必要性について述べているが、それらの
転することなども示された。フロアーから自分の子供の
具体的展開としての内容や、父母に対する取り組みの
発達に関連させた質問なども出た。
内容についても今後明らかにしてゆくことが必要である
1b-4
上司が部下のメンタル面での不調を早期に発見す
と思われる。
るためのチェックリストを作成した。これを用いて実際の
セッション1b: 心理学・発達心理学・メンタルヘルス
座長:真家和生(大妻女子大学)
1b-1. 生活におけるエネルギー消費交換表の提案
―実態認識のために―
○大箸純也(近畿大学産業理工学部)
1b-2. メンタルモデルとデザインモデルの類似度に基
づくユーザビリティ測定方法の検討
山田雄紀(和歌山大学大学院システム工学研究科)、
○山岡俊樹(和歌山大学システム工学部)
1b-3. 幼児期運動発達の遅速を規定する要因につい
て―青森、東京、沖縄の保育園児に関する調査結
果から―
○岩田浩子(聖霊女子短期大学 生活文化科)
1b-4. メンタル不調者早期発見チェックリストの構築
○藤岡萌・庄司卓郎(産業医科大学産業保健学部
環境マネジメント学科)、倉成宣佳(㈱メンタルサポー
-75-
企業で実施し、本人の自己評価と上司の評価を比較
したが、予想されるように上司の評価は必ずしも正確
ではないことが示された。フロアーからメンタル評価に
ついては当然の結果であろう、というコメントがあったが、
本研究の目的としては、上司の部下のメンタル面への
関心を高めることにより、職場改善につなげることが目
的であるとの回答があった。
セッション2a: 観光・都市開発
座長:岡田明(大阪市立大学)
2a-1. 安心して行き来できる街づくり:観光都市鎌倉、
奈良、京都の多目的トイレ
○堀野定雄・太田達也(神奈川大学)、小木和孝(労
働科学研究所)、佐伯英敏(神奈川大学)
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
2a-2. ビデオ上映チェックリスト法評価による路線バス
バリアフリー化
○小木和孝(労働科学研究所)、齊木裕介・堀野定
雄・佐伯 英敏(神奈川大学)
2a-3. キャリーバック利用者の人間行動
○久宗周二(高崎経済大学)、福司光成・松本彪(高
崎経済大学大学院)
2a-4. ターミナル駅での行動について
○久宗周二(高崎経済大学)、福司光成・松本彪(高
崎経済大学大学院)
2a-1
「鎌倉トイレフォーラム 2010」での企画の一環として、
鎌倉・京都・奈良のバリアフリートイレの写真パネルを
対象に、参加者による安心してつかえるトイレの投票
が行われた。3 都市とも高得点をあげたのは環境に良
く調和しているトイレであることが報告された。さらに人
間工学チェックリストを用いた鎌倉の観光名所エリアの
多目的トイレの調査が紹介され、設備面自体の課題と
ともにアクセスや案内表示の問題など、車椅子利用者
の視点での指摘とその重要性が示され、会場からもそ
ス・タクシーの混乱の実態が浮き彫りにされ、その防止
対策の急務が提言された。会場からはそれに対する
賛同意見とともに、そうした現状に至る要因やニーズ
への対応策に関する質問も寄せられた。
セッション2b: 疲労・介護
座長:酒井一博(財団法人労働科学研究所)
2b-1. 自動車シートの長時間着座における疲れのメカ
ニズムについて
○西川一男・宮崎奈々江・沖山浩・農沢隆秀(マツダ
株式会社)
2b-2. 寝返りしやすい敷き布団『Dr.move』
○清水幸人(アクトインテリア株式会社)、宇土博(広
島文教女子大学)
2b-3. 採果作業、剪定作業軽減のための採果鋏・剪
定鋏の開発
○平田勉・宇土博((有)ウド・エルゴ研究所)
2b-4. 介護福祉士の専門性 -尊厳を支えるケアの
実践-
○佐々木早喜子(広島文教女子大学)
2b−1
自動車シートの長時間着座における疲れのメカニズ
の詳細についての質問が寄せられた。
ムを明らかにするために、テストラボと実走による実験
2a-2
江ノ電バスにおける車椅子利用者の運転手介助作
を行い、長時間着座による疲労を低減するシート構造
業の観察、車椅子利用者によるアクションチェックリスト
を提案した。実験による体圧分布、筋電位、疲労の主
調査、そして介助作業ビデオ映像を用いた車椅子未
観評価の結果を結び付けて、疲労の原因となるシート
経験者等によるチェックリスト調査が行われ、それらを
側の要因を導きだした。実験結果に基づき骨盤の後
通じてバリアフリー化の現状と課題が報告された。特に、
転防止のため、骨盤上部を支持させ、バックレスト下部
介助者の作業の容易化、被介助者の不安軽減、時間
までの隙のない支持をもたせるなど、3 項目の提案が
短縮にも繋がる車内固定法の改善などが急務であるこ
あった。筋電の評価法についてなどの質疑が行われ
とが示され、今後の展開についての質問等が寄せられ
た。
た。
2b−2
睡眠時の固定姿勢を避け、寝返り(体動)を促進する
2a-3
東海道新幹線の新大阪駅、京都駅、東京駅の構内
布団が快適な睡眠に効果的であるという仮説のもとに
乗換通路におけるキャリーバック利用者の行動観察が
6 種類の敷き布団を使って、仰臥位から側臥位への寝
行われ、キャリーバックによる事故リスクの検討が報告
返り実験を行った。筋電位の測定と寝返りやすさの主
された。いずれの駅でもリスク動作(横切り、立ち止り、
観を評価指標とした。その結果、PO(硬質ボード)布団
等)が数多く存在し、しかも駅によりそれらの比率が大
が寝返り易さ評価が高く、筋電も同じ傾向を得たことか
きく異なることや、危険行動も少なからず見られたこと
ら、高反発ラテックスと中間ボードを組み合わせた布団
が示された。これまで明らかにされてこなかったキャリ
が推奨された。実験方法の妥当性、実際の睡眠での
ーバックの危険性に焦点を当てた報告として評価され、
効果判定などについての意見交換が行われた。
また駅によりリスク内容が異なる要因についての質問も
2b−3
採果作業、剪定作業軽減のために開発された採果
出された。
鋏・剪定鋏のグリップの効果について、果樹作業現場
2a-4
JR高崎駅の駅前ロータリーに出入りする自家用車や
で感覚使用評価を行った。その結果、「握り感覚がよく、
歩行者の動態に焦点を当てた調査が実施され、その
握り易い」「衝撃緩和度合いが大きい」「グリップは鋏と
現状や課題が報告された。家族の送迎目的を主とす
体の一体感を生み、鋏は体の一部となっている」など
るロータリー内での多くの自家用車の違法駐車、歩行
の高い評価を得た。道具(鋏)と体のインターフェース
者の危険な歩行・横断、そしてそれらを原因とするバ
であるグリップの開発を通じて、人間工学のありように
-76-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
ついて、考え方を提唱した。
する経過が見られた。震災復興にもリーダーの資質や
2b-4
チーム力は重要で、これらの基礎研究がしっかりと行
どのような支援をすれば尊厳を支えるケアの実現に
われてゆくことを望んでいる。現実にはゆったりとした
つながるのかを検討するために、1 例の半構造化イン
実践現場ばかりではないので仕事やスポーツを進行し
タビューを行った。その結果、日常のケアについて、a)
ながらチーム力を高め、実践力に結びつく技術や知識
知識・技術に関すること、b) 態度・姿勢に関するもの、
の積み重ねが大切となろう。
c) その他(看取り、死生観)が報告された。ケアの実践
3a-3
の根底に、人間の尊厳、生命の尊さがあり、共に学び
働態学会ではめずらしく、スポーツバイオメカニスの
合う姿勢(チームワーク)が重要。多くの人と協働するこ
演題が出された。1983、1984 年頃には同類の論文が
とで尊厳は支えられ、また、利用者のニーズが実現さ
出ているし、興味は基本的なものなのであるが、人は
れ、自立の道が開けるとした。
機械ではないところに多様な視点の追求が求められ、
個人の成果から客観的な結果を導くには事例を重ね
セッション3a: スポーツ
座長:片岡洵子(日本女子体育大)
3a-1. 指導者のリーダーシップスタイルと選手の競技
意欲の関連 -ジュニアユースサッカークラブを対
象にして-
○菅又雄太郎・芳地泰幸・水野基樹(順天堂大学大
学院)
3a-2. チームビルディングの実践とその効果の検討
-大学生スポーツチームを対象に-
○芳地泰幸・中山貴太・水野基樹・北村薫(順天堂
大学大学院)
3a-3. ジュニア選手の走幅跳における助走歩数の増
加と跳躍距離の推移の関係
○木野村嘉則(筑波大学大学院)、天野秀哉(茨城キ
リスト教大学)、田渕舞(筑波大学大学院)、図子浩二
(筑波大学)
3a-4. ハンドボールレフェリーにおける試合中の行動
規範に関する研究
○田渕舞・木野村嘉則・藤林献明(筑波大学大学院
人間総合科学研究科)、會田宏・図子浩二(筑波大
学)
3a-1
サッカークラブ4チームに所属する中学生男子 111
る必要があろう。例えば、走能力別とか、跳能力別の
分析など。スポーツバイオ的に解決するには限局化し
た視点で結果を出すしかないが、この研究を働態学視
点で見るとしたら、形態、機能のなるべく多くの情報値
を入れ込んだ測定、分析が望まれる。
3a-4
レフェリーの能力、行動規範の向上を意図してレフ
ェリーA~D 級ライセンスごとにレフェリーの課題項目
を 199 名について自己評価を行った。A級レフェリー
は 12 のカテゴリー全てにおいて、他のライセンスよりも
高得点を示した。
評価を査定する際は、自己評価の最も高いものと、低
いものを除外して算出される場合があるが・・。この知
見はレフェリーが能力を高める時の有効な情報になる
と思うとあるが、自己評価を客観化して提示できるとこ
ろにその由縁があるのであろうか。本報告は中間発表
と聞いた。審判数 199 名とかなりの人数であるが、4級
別に結果が出され、考察されることからデータの信頼
性を増すために最終的にはもう少しデータが多く獲得
されることが期待される。この結果がサッカーやバスケ
名が指導者のリーダーシップを質問紙で測定したもの
ットなどの審判との共通性があるか興味が持たれる。
である。スケールや場面の違いこそあれ、指導者の資
質で大きく世界が変わってゆくことは歴史も証明してい
るので、指導されるものが指導者を測定する機会があ
るのはよいことかもしれないと想いを確かめつつ発表を
聞く。日本のスポーツ界でも 20 年前頃から行われてい
たことを知る。発表では測定群の競技レベルの差によ
ってリーダー評価が違っていた。同一人物に対する評
価変動要因や必要性の重視度、測定フォーマットの検
討など広がりのあるテーマであるのでどのように発展し
てゆくか期待したい。
3a-2
チームビルディング技法の実践を2つの大学生スポ
ーツチームを対象に行った。5~6 人のグループで 2 日
間のプログラムで自己、他者、チームへ理解へと発展
-77-
セッション3b: 生理指標、労働生産性
座長:庄司卓郎(産業医科大学)
3b-1. 移動動作の相違が負担差に及ぼす影響
○安田智美(千葉工業大学大学院工学研究科)、三
澤哲夫(千葉工業大学)
3b-2. 股関節回旋運動時の荷重動揺軌跡分析
○竹内京子(帝京平成大), 藤野紀行(グローバルベ
イシック(株))、村田賢二(防衛医大)、青木主税(帝京
平成大)、野口立彦・松村秋芳(防衛医大)
3b-3. ヒトの眼と手足の一側優位性
○松村秋芳(防衛医科大学校)、竹内京子(帝京平
成大学)、中村好宏(防衛医科大学校)、真家和生・
鳴瀬麻子(大妻女子大学)、野口立彦(防衛医科大
学校)、樋口桂(文京学院大学)
3b-4. 労働生産性レビュー(第1報)
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
○池田良夫(愛知工業大学経営学部 経営学科)
3b-1
介護作業の負担軽減を目的として、滑らせる介護方
法を用いることにより従来からの持ち上げる介護方法と
比較してどのように負担軽減につながるかを表面筋電
図と三次元動作解析から解明しようというものです。問
題点をシンプルな条件に落とし込み、手間のかかる解
析を地道に行った研究でした。聴講者からは、実験で
運搬させた物体の形状、重量や、両足の位置を動かさ
ないように指示された条件が実際の介護作業と合致し
ていないことなどが指摘されました。今回はパイロットス
タディであり、今後実際の介護作業に近づけた条件で
の追試が行われると思われます。
3b-2
下肢荷重計および重心動揺計を用いて、股関節の
回旋動作を行わせ、その軌跡を解析することを通じて、
セッション4a: 学生
座長:下田政博(東京農工大学)
4a-1. 体育系大学における無気力に関わる諸要因に
ついて
○西田敬志・田中純夫(順天堂大学大学院)
4a-2. 大学生のクラブ活動へのコミットメントと職業レ
ディネスに関する研究
○水澤隆・芳地泰幸・水野基樹(順天堂大学大学
院)
4a-3. 巨大地震発生時の大学生の対応について
○真家和生(大妻女子大学)、松村秋芳(防衛医科
大学校)、鳴瀬麻子(大妻女子大学)、野口立彦(防
衛医科大学校)
4a-4. 大学生におけるマインド・リーディングと対人ス
トレスイベントとの関連
○川田裕次郎(東京未来大学, 順天堂大学)、広沢
正孝・蛭田秀樹(順天堂大学大学院)・田中純夫・水
野基樹(順天堂大学大学院)
4a-1
骨盤周囲の筋群の協調運動の円滑さの評価と、重心
体育系大学1年生における競技(クラブ活動)以外
動揺計の有効性を検討した研究です。重心動揺計は
の大学生活に対する意欲に関連して、学生の持つエ
片脚のみの測定でしたが、両脚の下肢荷重計による
ゴ・レジリエンス(自我弾力性,ER)が無気力状態を軽
軌跡の解析と結果は類似しており、簡易型重心動揺
減させるかどうかを検討した研究である。意欲低下は、
計を用いた測定の有用性が示されました。今後の解析
学業、授業、その他の学生生活という場面ごとに異な
から殿筋群の動きと重心動揺の関係が解明されること
った形で起こるが、ERがそれらを軽減する可能性を指
が期待されます。また、高齢者の転倒リスク、運動選手
摘した。競技(クラブ活動)に対する意欲の高低との対
のトレーニング上の課題の検出において、静止起立状
応関係、ERの高低を見分けるポイント等の質疑があっ
態での重心動揺の測定よりも有効なデータを与えてく
た。
れるものとなりそうです。
4a-2
3b-3
大学教育におけるクラブ活動のあり方を検討するこ
手足の一側優位性に関する本人の自覚と利き目の
とを目指し、大学3年生におけるクラブ活動へのコミット
関係について、検討した研究です。効き眼は、本人が
メントと職業レディネスとの関連を検討したものである。
思う利き手や利き足よりも、手の大まかな動作や脚の
クラブ活動へのコミットメントは職業レディネス獲得にポ
細かな素速い動きとの関係が強いという結果が得られ
ジティブな影響があるとはいえないが、単に所属してい
ました。上下肢の一側優位性が道具や文化の影響を
るだけの活動しない学生よりは職業レディネスが高いと
受けやすいのに対し、利き眼は脳の左右差をよく反映
の主張であった。実際の就職状況との対応、文系理系
しているそうで、今後のヒトの脳の左右性のさらなる研
の相違についての質問があったが、今後検討していき
究が期待されます。
たいとの回答であった。
3b-4
4a-3
労働生産性の構成要素とその測定と活用方法につ
2011 年 3 月 11 日に発生した大地震の際、大学生が
いて再検討することを目的とした文献調査研究です。
どのように行動したのか、どのように感じたのかなどに
日本の労働生産性が諸外国と比較して低いレベルに
ついてアンケート調査をおこなった結果である。大地
低迷した背景に、日本の企業や社会における労働生
震遭遇時の最初の行動として、①反射的行動、②周
産性のとらえ方、正確に言えば、労働生産性を形成す
辺を利用した回避行動、③避難経路確保や二次災害
る要因の認識が適切では無かったことの問題を指摘し
防止の行動の3つに分類できた。特に③は女性に多く
ています。働態学会らしい非常に大きなテーマですが、
みられた。フロアから、アンケート回答者のほとんどが
今後続報が待たれます。
女子学生であったことから、男子学生のデータを加え
て更に検討をしてほしいとの要望があった。
-78-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
4b-4
4a-4
企業における従業員のコミットメントに関する研究を、
社会的スキルの一種であるマインド・リーディングの
客観的指標(RME)を用い、大学生の対人ストレスイ
企業スポーツチームの観点から行った研究である。研
ベントとの関連を検討したものである。男女とも同程度
究者の所属のためか、スポーツチーム有きの研究とな
の対人ストレスイベントを経験しているが、男子学生に
ってしまい、企業として組織コミットメントを実践する際
ついてはマインド・リーディングの発達不全が対人スト
の選択肢としては視野の狭い研究となってしまってい
レスイベントの経験頻度を増加させているとの指摘で
た。しかし、今後、経営学的な側面からの指導を得るこ
あった。フロアから、チーム・ビルディング手法との対応
とで、より現実に即した組織コミットメントの関連因子と
関係、RMEの高低による相違、脳神経基盤との対応
しての企業スポーツチームの位置づけを解明する研
関係に関する質疑があった。
究に発展すると期待できる。
セッション4b: 医療・その他
座長:村上玄樹(広島大学)
4b-1. 脊椎湾曲角度の評価研究
○坂本和義(電気通信大学)、脇元幸一・嵩下敏文
(清泉クリニック)
4b-2. 段ボール箱配送作業で発症した半月板損傷に
おける経絡治療例の報告
○桑原寛明(友和クリニック)
4b-3. 幹細胞培養作業で発症した頚肩腕障害におけ
る経絡治療症例の報告
○大給利彦(友和クリニック)、宇土博(広島文教女子
大学)
4b-4. 企業スポーツチームの休・廃部が従業員の組
織コミットメントに与える影響 ―T 社を事例に―
○本田勇輝、芳地泰幸、水野基樹(順天堂大学大
学院)
4b-1
従来の画像診断では測定が困難である脊椎の湾曲
角度を評価する新たな手法の提案をした研究である。
特に、新手法は背中からX線を用いずに測定すること
が可能となり、医療被曝による侵襲の低減などが期待
できる。しかし、新たな湾曲推計モデルの制度が部位
によりばらつきが見られるなど、さらなる精度の向上を
期待したい。
4b-2
経絡治療による膝痛の症例報告である。経絡治療
を日々取り入れているクリニックでの症例を経時的に
観察しており、経絡治療の流れのよくわかる発表であ
った。しかし、治療の効果を評価するためには、無作
為割り付け試験(RCT)などの実践が必要であるなど、
今後のさらなる展開を希望するものである。
4b-3
経絡治療による頚肩腕障害への症例報告である。
経絡の解剖学的な裏付けを示しつつ、実際の治療の
経緯を簡便に説明していた。しかし、上記、桑原氏の
研究と同様に、診療におけるエビデンスとするには、R
CTの実施を求めたい。
-79-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
地方会から
「くらしの中の共生」第8回シンポジウム・講習会・東日本地方会第40回大会から
期日:2011年11月12、13日(土、日)
会場:電気通信大学 総合研究棟 3 階(マルチメディアホール)
(プログラムと発表抄録は、会報第 95 号に掲載されています)
優秀発表賞受賞者から
山西那央
電気通信大学大学院 情報理工学研究科
私は、第 40 回東日本地方会において優秀発表賞を
いただきました。多様で素晴らしい幾つもの発表があ
った中、私がこのような賞を受賞できたことは意外であ
り、また大変誇らしく思っています。
現在、私もこの時に頂いたアドバイスを参考にしつつ、
研究を進めています。
他の発表者の方々の発表を拝見する際も、異なる分
野をどの程度理解できるだろうかと思っていました。し
今回、私は、刺激視野や光刺激の位相差による視覚
かし、日常的内容が多く、わかりやすい発表であった
誘発電位の差異を用いた注視位置の判別に関する研
ため十分に理解することが出来ました。特に最近の人
究成果を発表させて頂きました。主に人間の行動や心
類働態学会は自転車利用に関する議論が主体という
理面に関する発表が行われる中、脳波インタフェース
ことで、私もロードレーサーを使用しているため、興味
の研究は異色で、理解しづらいのでは無いかと思って
深く拝見しました。特に植竹先生の自転車運転中の視
いました。しかし、理解して頂けたようで、幾つもの質問
点移動特性に関する研究については、公道での実験
やアドバイスを頂いたときには安心しました。質疑応答
結果との差異が気になるところです。
では、どの先生も研究をより良い方向へ進めるための
最後に、このような貴重な機会を与えてくださった真
アドバイスを与えてくれました。学会発表慣れしていな
家先生を始めとする人類働態学会の先生方にお礼を
い学生にとって貴重な雰囲気だと思い、ぜひ今後も続
申し上げたいと思います。ありがとうございました。
いていって欲しいと思いました。この文章を書いている
島田達也
電気通信大学大学院 情報理工学研究科
はじめに、この度は第 40 回人類動態学会東日本地
今回の学会での発表は私にとってはじめての学会
方大会におきまして、人類動態学会優秀発表賞をい
参加でもありました。研究発表自体は私の学校にて卒
ただきました。今回の大会にて私が発表させて頂いた
業研究を発表する経験はありましたが、学会参加はそ
研究内容は「ベッド周りの事故防止を目的とする、危険
れ以上のものを得たと思います。この人類動態学会の
に繋がる行動を検知する装置の開発に関する研究」と
大会で発表されていた先生方の研究はどの方々も現
いうものでした。本研究を発表するにあたり、本研究の
代の人々の生活や環境を基盤としておりました。私の
実験に協力して頂いた被験者および関係者の皆様、
研究ではある一部の人々の注目したものとなってしま
ご指導いただいている先生方、ならびに今回の大会に
いましたが、他の方々の研究発表を拝聴致しまして、
て研究発表をする機会を与えてくださった人類動態学
もっと広い視点で研究を進めていくと言うことも大切だ
会の関係者の方々には、この場をお借りいたしまして
ということを学べたと思っております。先ほど言ったとお
感謝の気持ちを述べたいと思います。
り、私は学校にて一度この研究を発表したことがありま
-80-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
した。しかしそれは顔を見知った学校の先生に向けて
質問に満足に答えられなかった場面もありました。それ
発表しただけであるので、外部の初対面の人に発表
に関しては心残りであり、次回に向けての反省点にな
するということは初めてでした。今回の学会発表はとて
りました。
も緊張していましたが、自分で言うのもなんですが卒業
最後になりますが、このような発表の機会と賞を頂き
研究発表のときよりも発表自体は円滑に発表できたの
まして、人類動態学会の関係者の方々には感謝して
ではと思っております。それは一度発表したときの反省
おります。今回の経験を糧にこれからも研究を進めて
やそれ以降の数回になる発表練習をしたことがとても
いきたいと考えておりますので、今後ともご指導よろしく
功を奏したのかもしれません。しかし聴講者の方々か
お願い致します。
らの質問があった際、少し緊張気味であったこともあり、
山田泰行
名古屋市立大学大学院 医学研究科 環境保健学分野
小生は 2006 年に神奈川大学富士見高原研修所で
開催されました第 41 回人類働態学会全国大会が人類
れることを小生は人類働態学会の最大の魅力であると
感じております。
働態学会の初参加であり、その後、6 年間にわたり多く
さて、数年前に学期の途中で突然顔を見なくなった
の学会の先生方にご指導を賜りました。この度、東日
学生を経験いたしました。仲間に語っていた理由は
本地方会で優秀発表賞という栄誉に浴することができ
「大学入学にかかった費用をアルバイトで早く親に返し
ましたことは、ひとえに若手の育成にご尽力されてきた
たいから」というものでした。受賞研究課題である「大学
先進の先生方のおかげであると受けとめております。
生のアルバイト従事がもたらす葛藤と恩恵―多重役割
この度の学会発表は小生にとって大変に学び多い
マップの特徴から―」の着想の経緯は、大学生が現在
ものとなりました。それは、発表前日に「第 8 回シンポジ
優先すべき活動を吟味する上で役立つツールを作り
ウム次世代企画:働態研究の方法講習会」のプレゼン
たいという思いからでした。今後の研究では、アルバイ
テーターという大役を任されたことに起因いたします。
トのみでなく部活動やゼミナール、サークルとの両立に
講習会の準備を通して、小生がこれまでどのような研
伴うメリットとデメリットのエビデンスを残すことで、大学
究方法にこだわり、学会でどのような助言をいただいて
生のキャリア支援に貢献できたらと考えております。ま
きたのか。その方法の強みとは何か。働態研究として
だ走り出しの研究でありますが、この度の受賞を励みと
威力を発揮していくためには何が足りないのかといっ
し、人類働態学会の研究成果として国内外に発信して
た点を整理することができました。講習会後に多くの先
いきたいと考えております。最後に、大会長の板倉直
生方に新たなコメントをいただきましたので、こちらも可
明先生と大会事務局の水戸和幸先生、電気通信大学
能な限り翌日の学会発表に反映できるよう努めました。
のスタッフの皆様に心より感謝を申し上げ、受賞のお
このように、一介の若手にも貴重な学びの場が与えら
礼とさせていただきます。
参加記
宇和川知里・小澤彰・原田拓実
武蔵野大学
私たちは今回初めて人類働態学会東日本地方会に
さんが気さくに話しかけて下さったことにより緊張がほ
参加しました。本大会に参加した経緯は、卒業研究を
ぐすことが出来ました。本学会は若手にとって非常に
行っていく上で成果を発表する場を持ちたいと思った
発表しやすい雰囲気であると伺っていたのですが、実
ところ、私たちの卒業研究の指導教員である橋本修左
際に発表した際も先生方の温かい雰囲気の中で発表
教授の勧めで発表するに至りました。学部生である私
をし終える事ができホッとしました。一方で、他の方々
たちにとって、本大会での発表は初めての経験で右も
の発表を聞いていて、発表の構成・内容、話し方など
左も分からず当日まで不安や緊張でいっぱいでしたが、
の完成度が高く自分たちの発表の未熟さを感じたとと
初日の懇親会に参加させていただいたところ学会の皆
もに発表の反省点や改善点に気付き勉強になりました。
-81-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
私たちはまだゼミ内で卒業研究の発表会を控えている
展してほしいと思います。
ので、今回学んだことを生かしより良い発表にするべく
私たちグループの研究は本年度で終わりますが、こ
頑張っていきたいと思います。また、本大会で「自転車
の研究の結果を基礎資料とし来年度も後輩が引研究
事故」をテーマに対し、アイカメラなど多角的な視点か
を行うので、学会で発表する際はどうぞよろしくお願い
らの研究があるという事を知りました。本学会の取り組
いたします。
みにより、今後より一層「自転車事故」改善の研究が発
-82-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
香原志勢先生が語る「私と人類働態学」
語り手 香原志勢(元立教大学教授)
聞き手 真家和生(大妻女子大学)
-編集メモ はじめに-
司 会 松村秋芳(防衛医科大学校)
本編は 2011 年刊行の会報 94 号に掲載された
記 録 田中秀幸(東京農工大学)
香原志勢先生の講演「私と人類働態学」の後に
日 時 2010 年 4 月 29 日 13:00~16:00
行われたインタビューの内容を[後篇]として収録
会 場 グランドヒル市ヶ谷(琴の間)
したものです。講演終了後の小休憩の後に、真
家会長による質問の時間に入りました。
[後篇:インタビュー編]
(松村)それでは、真家先生から、今の香原先生のお
ためて理解致しました。
話しを踏まえた上で質問をしていただきたいと思いま
す。
(香原)こういう研究をしてきたその一番の理由は、私が
不器用であったからです。そのコンプレックスが強いの
(香原)念のために申しますが、私はこういう(インタビュ
ですよ。
ーという)形で話をしたことはこれまでにあまりありませ
ん。大学でも問答形式の講義はやっておりません。
(真家)先生が本当に不器用かどうかは分かりませんけ
れど、きっと石器なんかお作りになられたら、すごく器
(真家)私は大学生の頃から、香原先生のお話をいろ
用に作られるのではないかと思います。
いろと伺っておりました。今改めて、やはり香原先生は
非常にジェネラリストでおられて、いろいろな分野に独
(香原)いやいやいや、ただ不器用だからそれなりに知
自の考え方で、独自の概念でまとめてこられたのだなと
恵を使わなきゃならないのです。もう一つは、鼻が悪か
いうことを強く思いました。
ったことで根気がなくなり、これが為に一層不器用さが
先生のご研究の流れとしては、最初に手指のタッピン
増幅されましてね。しかし、50 歳代半ばに副鼻腔炎の
グなど人類らしい動作から研究を始められて、最後も
手術を受けました後は、鼻で呼吸ができるようになり、
やはり比較動物学的あるいは比較系統学的な観点か
以後は不器用なりに、頭も使ってぼちぼち仕事をして
ら手のテーマに戻っておられます。香原先生のご興味
います。
はそういう所(手の機能)にあったのだなということをあら
語り手・香原志勢先生(初代学会長)と聴き手・真家和生 現学会長
-83-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
(真家)そうすると、香原先生を評して言うと、不器用な
いえましょう。もちろん仁さんの棒挿しの成績は上でし
点も先生の原点であるかも知れませんね。先生の大学
た。
時代には、渡辺直経先生【わたなべ なおつね、通称
以上のように、短い期間でしたが、このお二人と研究
チョッケイさん】と渡辺仁先生【わたなべ ひとし、通称ジ
室を一緒にできたということが、本当に私にとって非常
ンさん】もおられたかと思います。仁先生は後に文学部
によかったと思っています。お二人には大変ご迷惑か
に移られましたけれど、石器のこととか、香原先生がご
けたと思っていますけれども。
興味を持っておられるようなことに関連したこともしてお
られたのではないかと思うのですが、香原先生には二
人の渡辺先生の影響というものはありましたでしょうか。
(香原)近藤四郎さんも含めまして、これら3方から私は
強く影響を受けています。3方とも長谷部言人【はせべ
(註)私が院生であった頃の東大人類学教室助手
渡辺直経 後に東京大学理学部 人類学教室教授
近藤四郎 後に京都大学霊長類研究所所長
渡辺 仁 後に東京大学文学部、ついで北海道大
学文学部 考古学教室教授
ことんど】先生の直弟子でして、長い間人類学教室の
(真家)香原先生は、ある意味で動作分析の草分けに
助手をなさっておられました。また、日本人類学会運営
なられると思います。それから、人類生態学も草分けで
の実力者でした。それともう一人、当時院生であった祖
すね。仁先生も人類生態学ですけど、少しカラーが違
父江孝男さん(後に国立民族学博物館教授)には個人
うような気がしています。須田先生は、相撲取りの体力
的な関係で文化人類学の分野で影響を受けておりま
調査とかも積極的にやっておられて、ほかの人類形態
す。渡辺直経さんからは人類学とは何か、人間とは何
学の動きの少ない研究と比べると、須田先生は動きに
かというものの見方、つまり、人類学における箸の使い
大いに興味持っておられたのかなと思います。
方からはじまって、最終的には人類学のあり方まで学
んだといえます。渡辺直経さんは元伯爵で、やんごとな
(香原)まず、渡辺仁さんと私の人類生体学の違いは、
い風情が身についており、他者に対してあたりがよかっ
直接的関心として渡辺さんは、社会構造と自然環境、
たのですが、芯が強く、とくに学問の枠組みについては
および自然利用でしたが、私は環境に対する個人の行
容易に譲りませんでした。私は文字通り公私に亘り、お
動であったといえましょう。
世話になりました。それだけに、直経さんには、非常に
恩義を被っています。
先ほど須田先生についていろいろ申しましたが、先
生は、いろいろな分野に興味を持っておられる一方、
渡辺仁さんは、1950 年代前半の頃(私は院生)、アイ
ご自身では、直接手を下されたものは、人体観察の諸
ヌの古老からの聞きとりを基に、過去のアイヌ社会の生
項目や文献的研究でした。動的な研究や生理学的研
活や生業の詳細な再構築にとり組んでいました。連日、
究には興味をもたれましたので、私は先生の下にあっ
膨大な野帳と参考資料を前にしていましたが、時折、
てヒトの動作が生活に及ぼす研究に入ることができまし
「お茶を飲みに行きませんか」と私たち院生を誘ってく
た。
れました。喫茶店では、まとめたことを彼は一気に話し
てくれました。それによって彼はご自分の考え方の整
(真家)先生の同級生には寺田和夫先生とか埴原和朗
理を試みたのでしょうが、その事例や考え方が私どもに
先生とかがおられますね。
とって非常に得難い勉強となりました。しかもコーヒー
付きで。
(香原)これらの友人は、いずれも多弁にして傲慢不遜
渡辺仁さんといえば、その頃のある日、私が身体機
でしたが、それゆえ互い切磋琢磨できたのですよ。
能調査の一つとしていた棒挿しテストにとり組んで貰い
ました。それは手もとにある小箱の中に雑然と収められ
(真家)もうお一人の同級生である木村邦彦先生も含め
た多数のマッチ棒大の鉄の小棒を 1 本ずつ取り出して、
て、それぞれの先生方が個性を十分に発揮されて研
机上に斜めに立てられた鉄板上の孔にできるだけ数
究活動をされておられたと思うのですが、寺田先生も
多く挿すというものですが、仁さんは席につくや否や、
非常にご興味が広く、研究対象をアンデスの方に広げ
「始め」の合図もしないうちに小箱に指を入れて、多く
ていかれています。研究の視点が文化的なこととか行
の棒を同じ向きに変えてしまいました。このことがテスト
動学的なことにあるという意味では、寺田先生と香原先
の規則に則っているか否かは別として、素早く綺麗な
生とはいろいろ重なるところがたくさんあるように思われ
仕事をする人はごく自然に段取りをつけて作業すると
-84-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
ます。
たキーワードは「農」ですね。農業の人類学的な観点で
すね。これは先ほど、農耕社会でファミリーサイクルが
註)
寺田和夫
埴原和郎
木村邦彦
非常にうまくいっているというようなこと、一番安定した
東京大学教養学部 文化人類学研究室
教授
東京大学理学部 人類学教室、ついで
国際日本文化センター教授
防衛医科大学校 解剖学教室教授
社会であるということ、安定生活で生産性があって、し
かし、そこから腰曲がりが出てくるのだぞという、姿勢の
ことに繋がるという、そういうところにつなげて考えてゆ
けるというところが印象的でした。私は、農というものか
らもう少し人類がいろいろに見られるのではないか、働
(香原)寺田和夫は人類学科入学の頃は物理、数学な
態学的にも、こういうふうにいろいろな場面や観点から
どの面から人類学に入ろうとしましたが、教養学部移籍
見て行けるのではないかなというのを、今日、お話を伺
後は豊かな人類学に転じたようです。それにはその抜
っていて感じました。
群の語学力がものをいい、多数の翻訳を出しました。ア
ンデス考古学の調査成功の基礎をつくった人物といえ
(香原)あなた方と私どもの間に違いがあるとすれば、
ましょう。
両者の時代の農業のあり方やそれについての思いに
埴原和郎は旧制中学校在学中に人類学会に入会し
たいへんな違いがあったということです。私が子どもの
ていました。歯と骨を通して日本人の由来の研究に従
ころは、梅雨になると、お百姓さんが善ぶからといって、
事しました。資料の整理がよく、また機械好き、新しいも
うっとうしがるのをいましめられました。私が小学生だっ
の好きで、そのことが研究に役立ちました。
た頃の日本国民の6割が農業だったのです。戦後、4
木村邦彦は多くの事柄に関心をもちましたが、一貫し
割に落ち、今は1割をはるか下回り、数%になってしま
て解剖学教室に在籍しまして、成長一本槍で研究を続
いました。日本文化は農業と切り離せないものがあり、
けまた。
日本文化の核となるものは稲作、そしてもう少し古いも
おかげで私はよき同級生をもちましたが、今日、前の
のとなるとサトイモ作りおよびそれにまつわる儀礼なの
です。
お二人は故人となっています。
なお、私は人間全体に対する漠然とした興味から人
日本の農民の考える力は、ものづくりの精神にそのま
類学を選びましたので、一貫して豊かな人類学を求め
ま発達していったのだろうと思われます。それは、それ
続けてきました。寺田和夫とは人類学だけでなくそれ
ぞれの土地の事情を表しましたが、それを考察すると
以外の分野についてもよく話しあいました。
面白い結果が出ました。
そういうわけで、それぞれみんな独特の個性を持って
いました。これは私に非常にプラスだったのですね。
(真家)それは具体的にどういうことでしょうか。
(真家)それから、お話の中で興味深かったのは農村
(香原)かつては地方ごとに農作業の違いによって農
の比較です。少なくとも私は今回初めて、香原先生の
具が違いました。それから、地味の悪い地方では客土
頭の中では農村を山村・平野村・漁村という見方で見
といって、田植時には胸までつかってしまうような田に、
ておられたのだというのを伺いまして、大変ジェネラル
新たに土をどしどしいれて、田の土を固くし、まともな田
な考え方をしておられると感じました。人類生態学の秋
につくり変えました。ですから最初ぬかり田ってちょっと
道さんなんかも、いろんな沖縄の伝統漁法とかをやっ
言いましたけど、胸ぐらいまで浸ってしまう田んぼ、そう
ていたと思うのですが。
いう田をどんどん改良しました。そういうことで水田が拡
大していったのですよ。それが封建時代の新田開拓な
(香原)あれはやりたかったんですが、実際はそれをや
のですね。戦後は身体の無理を避けるため、農作業の
るだけの余裕そして実力がなく、心は千々に乱れまし
形態が改善され、また、しゃがむ台所から立って調理
た。そういったやりたくてやれなかったものは数多くあり
する台所に改善していこうという運動がありました。そう
ます。
いう改革が私が若いころ熱心に行われました。そんなこ
とは、いってみれば簡単ですが、保守的な当時の農村
(真家)私はこういうまとめ方は一度も伺ったことなかっ
では大革命でした。今日、各地の農事試験場が頑張っ
たので、本当にやはりこういうのは慧眼であると感じま
た結果、高品質の終了の多い品種の稲がつくられるよ
す。また、今日のお話で勉強させていただいたと思っ
うになりました。昔では考えられないものでした。
-85-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
類働態学会が入り込んで、「農」の世界はかなり深い研
(真家)今のお話も私にとってはとても勉強になる情報
究対象になりそうだと感じています。
です。やはり農家から日本のいろいろな知恵といいま
すか、生活の工夫とかが出てきたというのを改めて理
(香原)そういうものをしっかり構築したかったのですけ
解いたしました。
れども、それは及びませんでした。
それから、先生が書かれた「人,ヒトをみる(人類生物
学ノート-1-)」、そのなかに腰曲がりのおばあさんが曲
(真家)それから、私が学生のときに香原先生から一番
がった背中の上に傘をさしてる絵があり、すごく印象的
たくさん伺った話が片目つぶりや表情の問題でした。こ
だったのですが、先ほどの階段を下りてくる人の顔が先
れが発展して顔学会につながっていったと思うのです
に見えるというお話からちょっと思い出しました。腰曲が
けれど、顔学会のことを少しお話しいただけますか。
りのことを農業との関連で見る視点が広がってもいいな
というふうに思いました。
(香原)顔は誰しも関心をもつもので、これを学問的に
研究しようということで、1995 年に設立されました。会員
(香原)米は他と比べて美味しく、高栄養、高収量の穀
の専門分野は、歯学、医学、人類学、心理学、認知工
類だといえましょう。本来、稲は熱帯産ですが、強靭で
学、電子工学、芸術、美容、社会学・・・ときわめて広い
適応性が高いので、人々の努力の末、日本列島でも
のです。会結成の推進者であった原島博さん(当時、
広く栽培されるようになりました。ただし、集約的栽培の
東大電子工学教授、現在会長)は、テレビ電話の研究
ため、つねに人の手を必要とします。
に従い、平均顔計算から顔の合成を行いました。1999
米作りでは、作業面は地面なので、作業する人はた
えず前屈姿勢をとります。苗代づくり、田おこし、田植、
年~2000 年には「大顔展」が発足間もない日本顔学会
によって東京、名古屋、福岡、札幌で開かれました。
除草、稲刈等、すべて作業は長時間前屈姿勢でなさ
また、歯科医の会員が多いのですが、歯列の形や大
れます。なお、かつては作業面は足もとに合ったため、
きさ、そして咀嚼筋のあり方は容貌に大きく影響いたし
炊事も前屈姿勢でなされ、家内でくつろぐ時には床に
ます。また、赤ちゃんの時代のお乳の飲み方もこれに
腰を下ろし、脊柱は前屈しました。その結果老年になる
関わります*。というのは、お乳の吸引の仕方は咀嚼と
と、ほとんどの人で、多かれ少なかれ背や腰が曲がりま
直接関係するからです。(*:産科と婦人科
した。
Vol.76,No.1「特集 母乳哺育を考える:1.ヒトにおける
ヒトは直立姿勢をとることでヒトとなりました。そして農
耕を行うことで、生活に余裕ができ、人口が増え、文明
母乳哺育の意義」香原志勢、2009,1,1, 診断と治療
社)
の基礎ができます。つまり、背曲がりを代償にヒトは文
明をかちうるにいたったのだといえます。妙な話だとい
(真家)歯医者さんに伺うと、歯は食べるだけじゃなくて、
えましょう。
喋るときと、表情を作るときに大切だと言われます。
(真家)家族形態の変化と農業形態も関連があるので
(香原)全くそのとおりです。
はと思いますが。
(真家)こうしたことに歯が関係しているのを踏まえてい
(香原)そうです。日本の農家の米作は集約的な米作り
るというのは、歯科の方々はすごく視野が広いですね。
ですね。田植えというのは、人間の体を痛めましたが、
次に、海女さんのお話しに関連して是非伺いたいこと
同時に作業する人間同士の関係が互いの結びを強く
があります。私が大学院生のとき、岡田守彦先生、堀野
しており、「結(ゆい)」と呼ばれていました。そういうフォ
定雄先生、富田守先生、早弓惇先生方と一緒に、三重
ークロアとして出てくるものの持つ意味が、農村を考え
の海女の調査に先生に連れて行っていただいたことが
る上で、非常に大きいと思っております。そしてその裏
ありました。日本女子体育大学まで海女さんに来てい
にはある種の信仰ね、オシラサマとか、何かいろいろな
ただいて、頭上運搬の実験をさせていただいたこともあ
ものがあります。
り、それを思い出して、すごく懐かしくお話を伺っており
ましたけれど、女性が自立して経済活動を支えてゆくと
(真家)先生がおっしゃられたフォークロアや社会人類
いうことを先生も言っておられたと記憶しているのです
学的なものと、地勢や地理学、それに自然人類学や人
が、そういうのは世界的に珍しい現象でしょうか?海女
-86-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
さんのそういう経済活動というのを先生はどのように位
生業を持ってきて、その中でもやっぱり女性がなかなか
置づけておられるのでしょうか?
主体的にならなかったというところがあると思いますが、
いかがでしょうか。
(香原)やっぱり経済力を持つというのは極めて大切な
ことでして、沖縄の糸満の場合ですが、漁師である亭
(香原)やっぱり家庭内での力は誰が家計を支えるかと
主が獲物を持って漁から戻ってくると、漁師のかみさん
いうことに結び付きますね。モンゴルでは、家庭内でも
が港で待っていてそれを買うのです。夫がとってきた魚
女が割合強いそうですよ。家畜の面倒を見ますから、
をかみさんが買って、それを売りに街へ行くのです。つ
働く内容は、男も女もあまり違いませんからね、男はと
まり夫婦の間で経済は別の関係なのです。
かく阿呆で喧嘩へもっていくでしょ。それに対して女は
力ずくで勝負することはありませんね。
(松村)おもしろいですね。それで中間マージンを得る
ということですね。
(真家)次に、香原先生が子どものときに一番やりたか
ったとおっしゃっておられたのではないかなと思う、動
(香原)もちろんそういうことになります。したがって、家
物の比較について伺います。環境作動器というのは、
の中で女も強いのです。ですから、今日若い人たちの
私は今日初めて耳にした言葉ですが、ゾウの鼻も環境
間では、奥さんが働くようになると、実力が身につき強く
作動器だという考え方。こういうふうに新しい概念を作
なり、トラブルが起こったりすることがあります。いずれ
って研究されてゆかれるという方法論は素晴らしいと思
にしても、今日では、かみさんが経済力を持たなきゃい
いました。いつも非常に大きく概念的な捉え方をされて
けないというのが私の考えです。ただし、私の場合はど
おられるというのは、香原先生のご本で気がついてい
うかっていうと、自分が家計にかかわるのはめんどうだ
ました。人類の直立から矢印が出て、いろいろな概念
から、全部家内にこれを押し付けちゃって、あとは育て
をまとめておられますね【「直立二足歩行と人類の諸特
てもらっています。
性の相関図」(図2.)】。あれは統計や何かでは出てこ
ない話だと思います。実は私もあれをまねさせていただ
(真家)人間が狩猟、採集あるいは農耕とかいろいろな
いております。自分で勝手に独自のものを作ったりして
図2. 直立二足歩行と人類の諸特性の相関図
(香原志勢:「身体の履歴書」1986 年 1-3 月期,NHK 市民大学,p.15 を改変)
-87-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
おりますが、同級生の松浦秀治さん(お茶の水女子大
す。というのは、今回のお話を聞いていて、香原先生は
学)もいろいろやってみたけれど、香原先生のあの概
それぞれの職場時代ごとにいろいろな研究の工夫をさ
念図を超えることはできなかったと話しています。そうい
れたのだと感じました。一番私の印象に残っているの
う概念的なまとめ方で、直立から始まり人類進化上のい
が、信州大学に移られてから平野村の調査をしたお話
ろいろな現象をまとめられていますが、今日伺った環
で、そのような調査をやるためには疫学教室とか公衆
境作動器など新しい概念で、あの図はもっと広がるの
衛生教室とかを中心とした大掛かりなプロジェクト研究
ではないかと思うのですが・・・。
でないと無理ではないかと。信州大学では先生は何か
特別な研究の工夫をされたのかなと思いまして、その
(香原)この相関図はだいぶ込んでおりますから、これ
辺のお話をお聞かせ下さい。
以上つけ足さないほうがよいでしょう。実は私は一つの
事を掘り下げるより、さまざまな事象が互いにどういう関
(香原)勤務していた講座が解剖学教室でしたから、30
係にあるか、を考えるほうが好きで、この図はその産物
歳代前半にせめて体構造の一部として皮下脂肪の研
です。この意味を考える癖は私に対する父の態度によ
究に入りました。ですから解剖学者のままでいれば、う
って培われました。父は哲学や倫理学を扱う編集・著
まくいって肥満研究の第一人者になっていたかもしれ
述を業としていました。日頃思うことがあると、教師はそ
ません。脂肪組織は解剖実習では邪魔ものですし、こ
れを講義の中にくりいれ腹に何も残らないようにするも
れを直接研究する学者はあまりいませんでした。当時
のですが、教師でなかった父親は学生に講述するかわ
の日本人、とくに戦中戦後では皮下脂肪量はごく薄い
りに、息子に対し理屈っぽい話をくどくど述べ、腹ふく
ものでしたが、すでに米国では肥満は社会問題になり
るるわざを解消したのです。おかげで私は物事には必
はじめ、体表各部の皮下脂肪厚の測定が着手されて
ず意味があると悟りました。
いました。皮下脂肪を筋肉や骨、そして必要あれば内
もう一つ、父は中学生の私に、歴史の発展には正反
合の弁証法があることを教えてくれました。
臓との量的関係で考察することは、ヒトの行動を研究す
る上で大切です。なお、今日の日本の多くの女性は痩
身志望のようですが、女性の魅力の多くは多分に豊か
(真家)若い頃からそういうような考え方というのは身に
な皮下脂肪によります。それともう一つは、主として信
ついておられたのでしょうか。
州大学病院で得られた遺伝的な身体障害者約 200 名
の身体計測値と写真をもっています。もちろん体表各
(香原)手も使えば、また口で追い込むはげしい親爺で
部の皮下脂肪厚も測定しました。
したね。でも助かったこともあります。
全く余談めきますが、私は敗戦の年に旧制高校を受
(松村)それは、どこかで発表されていますか?
けました。当時は沖縄には米軍が上陸する直前だった
のです。入試の口頭試問では大佐の肩章をつけた配
(香原)巨人症については人類学雑誌に 2 回、口頭発
属将校が、「沖縄の戦況のことをどう思うか」って聞くの
表としては東北大学で催された日本人類学会で全般
です。それは当時としては、ごく一般的な、しかもいや
的なものを1回発表しただけです。また、「人類生物学
な質問でした。「沖縄のことを思うと私も特攻隊になって
入門」の中の 1 章、「ガリバー旅行の勧め」の中で書い
行ってみたいと思います。しかし、『今日がなければ明
たのですけれど、そこでは身体障害者が平均とどう離
日はありません。明日のない今日はどういう意味がある
れているかというようなデータを持っているのですね。し
のだろうか。』今、自分がそのまま沖縄へ行って特攻隊
かし、1つの病気あたりの被測定者はごく限られていて、
になっても、後の世界の国を誰が見るのでしょう。そこ
まとめるのが難しいのです。また、身体障害者のデータ
で我慢して勉強を選んでいるのです」と答えました。つ
を人前に出すのが非常に難しい時代ですし、気の毒で
まり、文化のない人間の生命は意味がないということで
したね。例えばプロジェリアという症例をご存じですか。
すね。実はそういうことを前の晩に親爺に入れ知恵して
早老症って病気で、幼児のうちから頭が禿げちゃったり、
もらったのです。もっとも当時、そういうことをいえたのは
歯も数が揃わなかったり、すでに老人の顔になるので
学問の府である旧制高校だったからですが。
す。そういうのを、私、3 例見ているのですよ。女性の場
合ですが、体を触ると熱いのです。脂肪代謝が非常に
(田中)明日という意味では、これからの若い研究者に
強いので、そのために脂肪が付かないのです。脂肪が
対して先生のメッセージを是非伺いたいと思っていま
付かない女の子の顔は独特のものになります。
-88-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
(香原)人間というか、人間を中心とした動物全般です
(田中)なるほど。先生は非常にいろいろな現象につい
ね。人間をいったん動物のレベルにおいてきちんと観
て調査をされているのですけれど、その時々に香原先
察することですね。
生の研究のエネルギーになったのは何だったのか、と
いうことを少しお聞かせ下さい。
(松村)ある程度、客観的な視点による理解ですね。
(香原)人間について考えるのが好きで、体の形や働き
(香原)客観的?そんな立派なものじゃないのです。一
に興味があって、一体何でこうなのだろうと考えてしまう
方では面倒くさがるくせ、他方ではそれなりにきちんと
ことがあります。例えば、日本人はあまりしませんが、欧
見ようと試みているのですよ。観察が癖になったような
米の白人男性の中には、次の動作に移る時など、一瞬
ものです。
自分の高い鼻を指でつまむようにして、そのまま下ろし
ながら、立ち上がる人がいます。なぜでしょうか。それ
(松村) なるほど、・・・お茶が来たようですので、ここで
は次の動作にうつる時、パシッと両手を打って立つのと
休憩しましょうか。
同じです。鼻の低い者にとっては考えられない動作で
す。日常こんなことを始終観察しては考えているのです。
だから家内はかわいそうですよ。テレビ見ているときに、
対談前半の感想
対談の中で香原先生の歩んでこられた道と「香原流
私は「あれはけしからん、これはおもしろそうだ」といち
発想の原点」について伺うことができました。「いろいろ
いちぶつぶつ言うのです。「もうそれを聞くのが嫌だ」っ
と考え抜いて工夫をすることがよい発想をするために
てこぼします。そこで私も口答えしたりしますけど、家内
極めて大切だ」というご指摘がわかったような気持ちで
が文句を言うのは当然でしょう。
す。それにしても、発想の産物は、先生の置かれてきた
その時々の環境を反映しているようにも思え、興味深く
(真家)人間そのものに興味があるということでしょうか。
感じました。(松村)
「人類働態学的研究課題について」
対談の後半は人類働態学的研究課題のお話を
す。さまざまな結び方について、人はどれだけ会得して
中心に、内容がますます多岐にわたる展開となり
いるか、さまざまなグループについて調べたかったので
ました。そこで、ここではテーマごとに分けて掲載
すが、私自身はゆとりがなくて何も調べていません。私
することにします。一部については順番が入れ替
は直接弟子や学生をもちませんでしたから、彼らにこ
わっている部分があることをご了承ください。取り
れを依託も出来ませんでした。
上げるテーマは「結び」「運搬と結び」「対面交通」
長谷部先生は、のし紙を非常に重視していましたね。
「家とベッド」「顔の特徴と速度知覚」「やりたいこと」
あれは結びの文化が儀礼として結晶化したものでしょう。
です。(松村)
見事ですよね。
(松村)結びについては、人類働態学会の中で課題と
-結び-
する機会がつくれるとよいのではないでしょうか。
(真家)長谷部先生が言っておられた結縛というのも手
のテーマですし、先生もご興味のあるところだと思うの
(真家)そうですね、ずっとさかのぼって縄文時代、ある
ですけど、人類働態学でも人類学でもきちんと研究さ
いはそれ以前のところまで遡って、結縛、結びはやって
れていないのではないでしょうか。
みたいなと思いますけれど。
(香原)長谷部先生の考えを知りながら、私どもは直接
(香原)それはテーマとしていいですね。それこそ渡辺
これに関わる研究はしておりません。幼稚園児の靴紐
直経さんなんかとはそういう話をよくやっていました。技
の結び方の発達については、心理学者の研究はありま
術的なことより、もっと広い意味でね。
-89-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
(真家)結びについては近藤四郎先生も同じようなこと
結んで持ってゆくとか。
をおっしゃっていました。
(香原)運搬はもちろんそうですよね。ただ、あまり結び
(香原)近藤さんは、身体そのものを直接扱うという点で
付けすぎると「手で運ぶ」から「紐で結んで運ぶ」となり、
長谷部先生のそれこそ第一の弟子ですから、技術論と
次に「牛の背や車で荷を運ぶ」というように運搬具の発
してよく話に出しましたが、具体的には、とくにどうこうと
達次第で、運搬はとどめなく拡がり、焦点がぼけてしま
いうものはありませんでした。
います。
赤子をおぶる場合、おんぶ紐を用いれば手を使わな
(田中)私がかつて近藤先生から直接伺った話では、
いで済みますから、これは非常に大きい意味を持ちま
結びというのは単に紐を結ぶとか、ものを結ぶということ
すね。だから運搬で大切なものは子どもの運搬ですよ
ではなくて、二つの構造物というものを組み合わせる知
ね。
恵であるということ。つまり、結びというのは二つの構造
サル類が赤子をおぶる際、少々赤子が未熟であって
物、木であったり、石であったり、そういうものを組み合
も、手足の指で親の背の毛をしっかり握りますから、親
わせる知恵を持つということがヒトの進化にとって非常
は子の体に手をそえなくても背負えます。ところが、ヒト
に画期的なものだった、というようなことを語ってらっし
の場合、赤子のくびがしっかりしてから、おぶりますが、
ゃいました。
その手の力が弱いので、おんぶ紐がいります。もう少し
育ってから、はじめて幼児は自分の腕の力で親の背に
(香原)まさにそれでして、結びに関していえば、人とサ
しがみつけるのです。
ル、高等なサルもずいぶんいろいろ道具を作るようにな
このように、本当に結びは大きいですね。だから長谷
りましたが、サルの類はものを組み合わせて作るってい
部先生が主張された結び研究を働態学者がやらない
うことができません。結びは道具を組みあわすことと同
のは、それこそ手ぬかりですね。
類のものです。ヒトの道具のほとんどのものは組み合わ
せ道具ですよね。例えばこの眼鏡だって、このレンズと、
-対面交通-
この縁と、留め金その他でできています。だけど、チン
パンジーの場合は石をこう握って堅果の殻を叩いたり
(香原)私にとっては、対面交通という問題に関心があ
して、実をとり出しますが、作ることはないですよね。た
ります。さて、日本人は左側通行でしょうか、右側通行
だ、ある種の鳥だけは草の茎を編んで巣をつくりますが、
でしょうか。
これはあくまで遺伝的なものに組み込まれております。
この組み合わせ道具を作るとこと、また道具のための
道具を作るということ、これが人間のやることでして、例
(真家)町を自然に歩いているときに、どちらを歩くかと
いうことですか。そういう意味で対面ですか?
えばサルなどは単にナチュラルなものをそのまま道具
に使うだけですよね。そこが大きな違いです。もっとも、
(香原)日本では元来左側通行が行われていましたが、
鳥やサル、あるいは他の動物が木の枝やその他のもの
敗戦後、当時の劣悪な道路事情に辟易した占領軍は
を重ね合わせて巣などを作るところまではしますよね。
日本の警察に、歩道のない人車共用の道路では「車
だけども、枝を二つ結び合わせるっていうことはあくま
は左、人は右」の対面交通の併用を布告させました。
でしません。
当然人体は左右への習慣を簡単には変えられないこと
近藤さんが強調されていたことを紹介されましたが、
日常生活における結びというものは極めて重要なもの
や人命軽視が指摘されましたが、そのまま強引に施行
されました。
だということが言えますよね。たとえば、長谷部先生は
数年後、占領軍は撤退し、多くの法令や風習は旧に
ウマを家畜にするためには、綱をウマの体にかけること
復しましたが、対面交通の併用は存続し、今日にいた
で身の辺におくことができると云われました。結びこそ
っています。実際、一部の人は、歩行者はすべての道
家畜の起源です。
で右側通行だと信じているようで、結果として、一般歩
道、盛り場に見られる歩行者天国、鉄道駅などの公共
-運搬と結び-
施設での構内通路では、左側、右側、はては中央を歩
く人で混乱し、しばしば前から来る人と鉢あわせします。
(真家)結縛は運搬と関係があるのではないでしょうか。
-90-
このように、言葉のもっとも素朴な意味を含めて、道理
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
にかなっていない制度が、今なお、はびこっているので
降られる時も、草原に立ったままでいるか、木立のかげ
す。
にかくれるだけで、かくれがや寝床を作りません。その
今日の日本の道路はかなり整備されていますから、
点、キツネは前肢で穴を掘り、巣穴を作ります。それに
単純な左側通行に戻すべきでしょう。そのほうが歩行
対して、本来森にすむサル類は器用な手をもちながら、
者に混乱をもたらしません。私のような年齢の者には、
とくに住処を作ることをしないのです。というわけで、人
対面交通は、被占領という屈辱的な日々が憶いだされ
間の手の方について、また礼賛が始まってしまいます。
ます。[後日追補。今日皇居周辺など、一部歩道は練
習中の長距離ランナーに占領されるそうですが、歩道
-顔の形態と速度知覚-
は走道でなく、練習の乱用は控えるべきです。自転車
専用道とともにぜひ考えるべきでしょう。]
(香原)人間の目はサルと同じく、二つ前向きに並んで
います。枝から枝へ移る際、これだとその距離を読み
-家とベッド-
やすいのです。新幹線の運転席に乗せて貰ったとして、
速度が速くなると、軌道の両脇の景色がふっ飛んでき
(香原)もう一つ面白いことに、風雨から身を守るため人
て怖い思いをするでしょう。つまり人間は恐怖の程度に
間は家を作りますよね。文化的に初期段階にあっても、
よって速度を知るのです。他方、ウマの目は顔の真横
たとえば、その辺の大小の枝や草を集めて小屋を作り
に左右ついています。新幹線の客席から見ると、遠景・
ますね。しかし、一般のサルは家はもちろん、巣もつく
近景が列車の速度に応じて横へそれぞれ飛んでいき
らず、多くの場合、枝の上でうずくまって寝ます。人類
ますが、それでかなり正確に速度を読めます。つまり、
に近い類人猿のうちチンパンジーとゴリラは夜ごとに小
ウマは自分の疾走する速度を読むことができるのだろう
枝を折ってその晩かぎりのベッドを作ります。
と考えられます。顔の形や目・鼻・口などの相互位置を
こういうふうに考えていくと、また面白いですね。私の顔
(松村)オランウータンは少し違いますか?
学というのはそういうものなのです。
(香原)オランウータンも夜眠る時や昼寝をする時には、
(真家)速度に対する恐怖というのは、今まで誰も言わ
葉のついた枝をいくつも折り曲げて高い木の上にベッ
れてないことだと思いますね。
ドをつくります。雨が降ってきたときには、大きい葉っぱ
を傘にして雨よけにします。巣の上に屋根らしいものを
(香原)そうかもしれませんね。
つけるということです。なお、オランウータンの住む東南
アジアはとりわけ、雨がすこぶる多いところです。
(松村)そういうふうに言われてみると、私、学生のとき
他方、ビーバーは巣を作りますし、巣どころかダムま
に陸上競技で短距離をやっていたのですが、速度が
で作りますね。さて何でサルが家を作らないのか。私の
出てくると、実は一種のスリルみたいなのを感じていま
答えは、サルが住んでいる森自体が風雨をしのぎ、か
した。
くれがでして、家と同じ働きをもっているからです。
(香原)前の地面がもち上がってくるように感じますね。
(松村)樹上が、ですか?
走ると、といってもマラソンと 100 メートルのスプリントと
では、全然違うのですね。
(香原)ええ。
(松村)当然速度の感覚が違います。自分の足で全力
(香原)だから作る必要はなくて、贅沢をいう大型類人
で走っていると、大した速さではないのですが、なぜか
猿のみがベッドを使うだけで済むわけですね。
車くらいに速く感じます。目の位置とか視覚を考慮する
と面白いですね。
(松村)サルというか、類人猿にはそういう習性がありま
すね。
(香原)そうでしょうね、やっぱりそう感じることのできる
選手はいいですね。そういう体験ができて。
(香原)ウマやレイヨウなど、有蹄類は前肢を歩行や疾
走だけに用いて、もの造りをしませんが、眠る時や雨に
-91-
(松村)でも、あまり速度が出てしまうと、自制心のような
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
ものが働いたりしますよね。例えば下り坂などでは、ス
(香原)そういうことですね。それと、一人一人の顔を認
ピードがでてくると、あるところで抑えようという反応が微
識区別することですね。これは、今、実利的な問題が
妙に起こったりします。
出てきています。
(香原)なるほど。
(真家)そうですね、パスポートの写真が違うのを検出し
たりとか、個人識別の分野に。
(松村)体自身でスピードを感じているのもあるのでしょ
うが、やはり目で感じている恐怖感の部分があるなと、
(香原)顔は本来の生物学的なものから、社会学的なも
今、伺って思いました。
のになると、産業と結び付きますからね。
(香原)運動感を沸沸と感じることのできる、そういう人
-やりたいこと-
類学をやっていきたかったのですよね。
ところで、話かわって顔学会はそのようにはいかない
(田中)先生が先ほど、速度に対する恐怖の話から、こ
ですね。やはりみんな、顔をどうやったらきれいに見せ
ういった人類学がやりたかったっておっしゃったのは、
られるとか、皺はどうやったらいいかとか、やはり実用的
知覚系の人類学みたいなことでしょうか?いわゆる速
なものに多分になりますし、知的好奇心で入会してくる
度に対する恐怖っていうのは、速度の知覚から起こる
人はもちろんずいぶんいますけど、私みたいに構造的
わけですから、特に視覚ですね。そういう知覚系の人
な分析をする人は少ないです。でも、私が私なりの話を
類学でしょうか?
すると、皆さんこぞって関心をもってくれますけどね。例
えば表情の問題ですね。
(香原)知覚そのものといった方がよいかもしれません。
特に匂いは必要ですしね。
(真家)創刊号で先生が最初に書いておられるのを拝
見しましたけれど、美容とかそういう方が主になってしま
(田中)そういう感覚・知覚・運動の人類学という意味で
うのですか。
は、知覚の人類学というのは、今の人類学会にはほと
んどと言っていいほどないわけですね。
(香原)うつ病にかかった高齢の女性が、美容師の手に
よって化粧をして貰い、症状が軽くなることが報告され
(香原)ないですね。
ています。また、顔とは無縁と思われる工学系の人たち
が、かなり大勢、顔学を志しています。それは顔の認識
(田中)そういう意味で先生がやりたかったとおっしゃっ
というものが、工学畑では大きな問題になっています。
たのは、知覚そのものを含めてまだまだいろんな生活
そのほかテレビ電話などでも顔の研究は大切です。そ
人類学的テーマがあるということですよね。
していくつかの顔を集めて、平均顔なるものが計算され
ています。
(香原)その通りです。漠としたものですが、今も昔も何
日本顔学会発足後間もなく、原島・馬場の両副会長
かテーマを夢想しています。私が学生だったのは敗戦
が協力して作成した「過去・現在・未来にわたる日本人
数年後の頃でしたが、自分で何をやりたいのか迷いま
男性の顔の変遷」の図は傑作でした。これを見ることで、
した。例えば木曽のナカノリさんなんていうのは一体ど
縄文人と弥生人の間に生じた日本人の顔が、時代とと
うなっているのかわからず、そのころ旅行も十分にはで
もに華奢になる様が読み取れます。
きなかったし、お金もないし、切符買うのも大変でね。
そこで木曾の営林署に手紙を出して、「ナカノリさんは
(真家)顔とコミュニケーションの問題をやっている方も
どうなっていますか。」と聞きましたが、「今はないで
おられるでしょうね。
す。」という公式的な返事を貰いました。
木曾節に出てくるナカノリさんなんていうのは、丸太
(香原)非常に多いです。心理学畑の人たちです。
乗りのことです。その後、調べたところ、材木の大量移
送の際、これを筏に組んで川に流す際、筏の真中に乗
(真家)どういう顔が笑いに見えるかとかですね。
るので、そう言うそうです。一般人がそのまますぐ中乗り
になれるものか、どうなのでしょうか、調べたかったので
-92-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
す。
-編集後記-
しかし、いろんな体の動かし方、どうやったら全体とし
香原志勢先生のご講演とそれに続く質疑応答イ
て発達させていくことができるのか、そういうことを、自
ンタビューは、人類働態学会会報誌上に投稿掲
分が運動神経が鈍いこともありますが、一層知りたかっ
載することを目的として、7~8年くらい前から河原
たですね。今でも、ものを作っている人の手の指の器
雅典氏(富山大学)、田中秀幸氏、真家和生氏ら
用さを見ると、うっとりとしてしまいますね。分析もしない
と共同で企画立案してまいりました。そして 2010
で見ているうちに時は過ぎちゃいますね。
年の春の日、強風の吹く日の午後、東京の市ヶ谷
においてようやく実現いたしました。
(松村)そこからまた新しい知恵や発想のエネルギーが
[前篇]のご講演は、すでに人類働態学会会報
生まれてくるのですね。きょうは多岐にわたって、いろ
94 号(2011 年 5 月刊)の 108~120 ページに掲載
いろなお話を伺うことができました。どうもありがとうござ
されております。
いました。
[後篇]のインタビューは、当初の予定を越えて 2
時間以上におよび、聞き手の真家和生先生を中
(香原)いろいろなことに触れることができたのは、私が
心に聴衆全員参加による質疑応答の形式で歓談
お祭り男ですからですね。
しながら、話題は多岐にわたり展開しました。後篇
の内容は前篇とともに掲載する予定でしたが、紙
(松村)まだまだ質問しきれなかったところもたくさんあ
面の都合もあり、公開を延期した形になっておりま
るとは思いますが、また個々の事柄について立ち入っ
した。延び延びになりましたが、前号の 95 号を飛
てうかがう機会が持てたらと思います。
び越えて本号に掲載する運びとなりました。
本編は当日の録音記録をもとに、講演者の手に
(香原)ありがとうございました。存分にしゃべれて非常
よって加筆修正がなされたものです。当日の会場
にいい気分ですよ。
の雰囲気を保持しながら、コンパクトにまとめられ
たものとなっております。内容の理解を助けるため
(一同)どうもありがとうございました。
に[前篇]の図1を文字だけで表した相関図を図2.
として追加掲載させていただきました。今回の香
原先生のご講演とインタビューは、これで完結した
形になります。関連したお話をまた別の機会にう
かがうことを楽しみにしています。
松村秋芳
講演、インタビュー終了後(グランドヒル市ヶ谷ロビーにて)
-93-
人類働態学会 会報 第96号 2012年6月17日
編集後記
本号から、会報は印刷物としてではなく、電子ファイ
ルとしての提供となる予定です。また、大会抄録集とは
分離する予定でした。しかし、大会抄録集と時期を合
わせることがなくなると、締め切りが不明確となって、発
行をうやむやにしてしまいそうなので、一緒に発行とい
うことにさせてもらいました。印刷物本体がなくなるとさ
びしくなりますが、さらに発行まで停滞するとさびしさが
増してしまいますので、今回はその中継ぎ的な感じと
いったとこでしょうか。提供が電子ファイルとなることに
は、物質的なさびしさと、パラパラとページをめくって読
めるという読みやすさの点では問題があります。しかし、
今、思いつくものだけでも、物が増えない(本棚で困ら
ない)、場合によっては資源の消費の低減、持ち運び
が楽、検索が可能、カラー化される、拡大できるなどの
長所もあります。問題は媒体ではなくて、内容だという
ことでしょう。とにかく、編集が終わって、安堵していま
す。
と終わりながらも追加です。会報の構成をめぐって、
理事会・総会で検討が行われ、修正を行いました。そ
の構成が決まったのが 6 月 17 日でした。実際の修正を
行ったのは、その 1 月以上後でしたが、その決定を発
行日とさせていただきました。
(大箸純也)
JHE
論文原稿募集中
人類働態学会の英文機関紙 Journal of Human Ergology では、新規投稿論文を募集しています。論文の形式は
Original papers または Communications の 2 種類があります。原稿の投稿要領の詳細については、本誌掲載の
投稿規定をご覧ください。
原稿ファイルは、メールに添付してつぎの投稿受付アドレスまでお送りください。[email protected] (松
村秋芳編集長)
編集委員会では、6 月と 12 月の年 2 号の定期刊行継続を目指しています。正常な定期刊行を維持していくため
に、会員の皆様からの積極的なご投稿をお待ちしています。とくに若い会員からの投稿を期待しております。本学
会の全国大会や地方会で発表した内容をまとめて発表する場として JHE を活用していただきたいと思います。まず
は学会発表の内容を短くまとめた Communications に挑戦してみてはいかがでしょうか。この形式では、含まれる図
表は 1-2 個が目安となります。投稿論文の受付、査読、受理までの一連の手続きの短縮化を図り、できるだけ早く
掲載するように努めます。
なお、本学会大会、地方会で発表された優秀な研究に対しては、個別に投稿を依頼する場合があります。その
折にはよろしくお願いいたします。
(JHE 編集委員会 〔編集委員長 松村秋芳〕)
人類働態学会 会報 第 96 号
2012(平成 24)年 6 月 17 日発行
発行者 人類働態学会 会長 真家和生
編集者 会報編集委員長 大箸純也
発行所 人類働態学会事務局
財団法人 労働科学研究所内
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