...

井上学術賞受賞者の研究業績の大要

by user

on
Category: Documents
13

views

Report

Comments

Transcript

井上学術賞受賞者の研究業績の大要
第26回井上学術賞
受賞者の研 究 業績 の 大 要
2009年12月
財団法人
井上科学振興財団
第26回
受
ウエ
賞 者
ムラ
上 村
井上学術賞
研 究 題 目
タダシ
匡
京都大学大学院生命科学研究科
・教授
多細胞システムの機能発現を支える細胞極性
化の調節機構
Controlling mechanisms of cell polarity
underlying functional multi-cellular
systems
生年月日 1960 年 1 月 28 日 (50 歳)
略
受
授
歴
1982 年 13 月
1984 年 13 月
1987 年 13 月
63 年 13 月
63 年 15 月
1989 年 15 月
1999 年 14 月
1999 年 18 月
2004 年 15 月
京都大学理学部 卒業
京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻修士課程 修了
同
博士課程 修了
理学博士(京都大学)
カリフォルニア大学・博士研究員
京都大学大学院理学研究科・助手
京都大学大学院生命科学研究科・助教授
京都大学ウイルス研究所・教授
京都大学大学院生命科学研究科・教授
賞
2005 年 13 月 日本学術振興会賞
賞 理
由
高等生物は多細胞生物とも呼ばれるように、多くの細胞から構成されています。このよ
うな多細胞がどのように全体としての形を構築し、また、機能しているかを理解していく
ことは重要です。実際には、個々の細胞が細胞極性(前後などの非対称性)をもつことに
より、全体として方向性をもった構造、さらには機能を形作ることがわかってきています。
現在、こうした細胞極性の異常が先天性聴覚障害や、ニューロンの移動障害による遺伝病
の原因となることが明らかになっております。このように細胞極性化の理解は、発生生物
学、医学のいずれの観点からも極めて重要な問題です。上村匡氏は、この問題に真っ向か
ら立ち向かい、細胞極性形成の解明に向けて、重要な分子機構を解明してきました。
上村氏は、まず、ショウジョウバエにおいて、 7 回膜貫通型カドヘリン Flamingo (Fmi)
を発見し、Fmi が表皮細胞の細胞極性を調節する役割を初めて明らかにしました。その後、
他の細胞極性決定因子等の同定と、これらの局在化における細胞内輸送の重要性、さらに
は、細胞骨格の再編成の重要性を明らかにしています。また、研究をほ乳動物細胞にも展
開するとともに、細胞極性の対象も上皮細胞から、神経細胞(ニューロン)に展開してい
ます。すなわち、著しく細胞が極性化したニューロンの複雑に枝分かれした樹状突起形成
において、先述の Fmi ホモログが樹状突起の伸長を制御することを明らかにしています。
また、ニューロンを単一細胞レベルで可視化できるショウジョウバエを用い、多様なニュ
ーロン形成の制御因子の同定や細胞極性化における細胞内輸送の重要性を明らかにしてい
ます。
これらの一連の研究は、Cell, Nature Cell Biology, Nature Neuroscience などトップ
ジャーナルに数多く掲載され、多くの国際会議での招待講演も行なっています。上村氏の
研究は細胞極性化という発生生物学の最も基本的な課題に対する明快な説明を与えるもの
であり、この分野における第一人者として世界的に認知されています。以上の理由から、
上村氏の業績は井上学術賞に大変相応しいものであると判断いたしました。
第26回
受
ウオ
賞 者
ズミ
ヤス
魚 住 泰
井上学術賞
研 究 題 目
ヒロ
広
分子科学研究所錯体触媒研究部門
・教授
水中での不均一触媒による精密有機変換反応
の開発
Development of Heterogeneous
Aquacatalytic Fine Organic Reactions
年
齢 (48 歳)
略
歴
1984 年 13 月 北海道大学薬学部 卒業
1984 年 14 月 北海道大学大学院薬学研究科 入学
1988 年 17 月
同
中途退学
北海道大学教務職員(薬学部)
1990 年 13 月 薬学博士(北海道大学)
63 年 14 月 北海道大学触媒化学研究センター・助手
1994 年 10 月 米国コロンビア大学化学科・リサーチアソシエート
1995 年 11 月 京都大学理学部化学科・講師
1997 年 10 月 名古屋市立大学薬学部・教授
2000 年 4 月 分子科学研究所錯体触媒研究部門・教授
2000 年 4 月 総合研究大学院大学機能分子科学専攻・教授(併任)
(2002 年 4 月~2005 年 3 月 京都大学大学院理学研究科化学専攻・教授(連携併任)
)
2007 年 10 月 理化学研究所・研究チームリーダー(併任)
受
賞
1991 年
1998 年
2007 年
2007 年
授
賞 理
3月
3月
13 月
13 月
有機合成化学協会・研究企画賞
日本薬学会奨励賞
グリーン・サステイナブル・ケミストリー賞文部科学大臣表彰
日本化学会学術賞
由
魚住泰広氏は,精密な有機化学反応を水中で不均一な条件で実現する概念的にも
新たな触媒システムを開発した。
元来「油」である有機分子を「水」の中で扱うことは原理的に矛盾を孕んでおり,
近代の有機化学反応は有機溶剤中に原料や試薬・触媒を溶解した均一溶液条件で実施す
ることが常識であった。しかし一方,生命現象においては,種々の有機分子変換が水中
(生命体内)で触媒(酵素)によって実現されている。魚住氏は,生命化学現象をモチ
ーフとし,とくに両親媒性高分子を反応場とすることで水中での不均一触媒による精密
有機化学反応を実現した。有機分子が水中でこそ発現する疎水性相互作用を駆動力とす
る独創性の高い反応システムである。その代表的成果は以下に要約される。
(1)両親媒性高分子に種々の遷移金属錯体触媒を固定化することで,炭素−炭素,
炭素−窒素,炭素−酸素などの重要な結合形成反応を水中不均一条件で実現した。特に芳
香環上への不均一触媒によるアミノ化反応は金属種の混入が厳格に禁忌な EL 素子等の
合成手法として期待されている。
(2)上記手法を不斉触媒に適用することで,水中不均一で 99%を越える選択性での
不斉分子変換を達成した。中でも均一触媒系でさえ未開拓であった Suzuki-Miyaura 反
応の不斉触媒化は大きな成果である。
(3)両親媒性高分子内で遷移金属ナノ粒子を発生させる手法を確立し,とくに高
難度反応であるアルコール類の酸素酸化反応を水中不均一で実現した。
(4)高分子固定化触媒をマイクロ流路内で発生させ,従来フラスコ内で数時間を
要する炭素−炭素結合形成反応を僅か数秒で完結させる画期的なマイクロ反応デバイス
を開発した。
いずれの反応においても有機溶剤を全く使用せず,また用いた触媒は容易に回収再
利用できることから,安全・クリーンな環境調和型化学プロセス開発への貢献も大きい。
これら一連の成果は,分子レベルでの精緻な触媒設計に加えて,反応の駆動システ
ム全体のデザインに立脚しており,次世代の化学反応設計に新たな潮流を創出したもの
として国際的にも高く評価されている。
第26回
受
カシ
賞 者
カワ
ノブ
柏 川 伸
研 究 題 目
ナリ
成
国立天文台ハワイ観測所・准教授
年
齢 (43 歳)
略
歴
1990 年 13 月
1992 年 13 月
1995 年 13 月
63 年 13 月
1996 年 11 月
2006 年 10 月
受
授
井上学術賞
すばる深宇宙探査計画による銀河形成史の
研究
Formation history of galaxies by Subaru
Deep Field Survey
京都大学理学部宇宙物理学科 卒業
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修士課程 修了
同
博士課程 修了
理学博士(東京大学)
国立天文台光学赤外線天文学・助手
同
ハワイ観測所・准教授
賞
2004 年 3 月 日本天文学会欧文報告論文賞
2006 年 3 月
同
賞 理
由
ビッグバンから現代まで 137 億年間の宇宙の進化の歴史を明らかにすることは、現代
天文学、および宇宙論の最重要研究課題のひとつである。柏川氏の業績は、自ら設計・
製作した微光天体分光撮像装置を用いて、すばる望遠鏡において「すばる深宇宙領域探
査プロジェクト」をその代表者として遂行し、ビッグバンから8億年から 10 億年後の
時代の宇宙の様子を明らかにしたことである。
ビッグバン後いったん冷えて陽子と電子が結合し、電気的に中性化した宇宙空間のガス
は、原始銀河から発生する強い紫外線によって、やがて再び陽子と電子に電離する再電
離期にあったと考えられている。だが、この宇宙の再電離が、どのように始まり、どの
ように進行したかは解明されていなかった。
柏川氏は、すばる望遠鏡を駆使して、126.5 億年前の銀河を 100 個近く発見し、この時
代の銀河の明るさの分布(光度関数)を精度よく求めることに成功した。同氏は、それ
よりさらに1億7千万年さかのぼる 128.2 億年前の宇宙での銀河も 50 個ほどを発見し、
この二つの時代の銀河の光度関数を比べた結果、観測できる銀河の数が有意に変化して
いることを発見した。柏川氏は、この短い期間での大きな変化の原因を、この時代に宇
宙の再電離が急激に進行したためと解明し、観測的宇宙論の分野に大きな反響を呼ぶ論
文を発表した。また同氏は 128.8 億年前の最遠方銀河の発見にも寄与した。これら一連
の研究は、銀河形成史の解明に大きく貢献するものであり、すばる望遠鏡から生み出さ
れた最大の成果の一つである。
柏川氏は、また、上記の研究に必須であり、かつすばる望遠鏡の代表的共同利用観測装
置の一つである微光天体分光撮像装置(FOCAS)の製作責任者として、すばる望遠鏡計画
の完成にも大きな貢献をした。
柏川氏の、我が国を代表する(若手)天文学者としてのこれらの業績に対し、井上学術
賞を授与するものである。
第26回
受
フジ
サワ
井上学術賞
賞 者
アキ
藤 澤 彰
研 究 題 目
ヒデ
英
九州大学応用力学研究所・教授
磁場閉じ込めプラズマの乱流輸送の実験的研
究と帯状流の発見
Experimental Study of Turbulence
Transport in Magnetically Confined Plasma
and Discovery of Zonal Flows
年
齢 (49 歳)
略
歴
1985 年 13 月 東京大学理学部物理学科 卒業
1987 年 13 月 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程 修了
1990 年 13 月
同
博士課程 修了
63 年 13 月 理学博士(東京大学)
63 年 14 月 日本学術振興会特別研究員(東京大学)
63 年 10 月 核融合科学研究所・助手
(1994 年 3 月~1995 年 2 月 TEXT 大学 visiting scholar(文部省在外研究員))
1998 年 4 月 核融合科学研究所・助教授
2007 年 4 月
同
准教授
2009 年 10 月 九州大学応用力学研究所・教授
受
賞
2000 年 11 月 プラズマ・核融合学会論文賞
2007 年 12 月 JSJ 注目論文(日本物理学会)
授
賞 理
由
核融合研究の要は,プラズマ乱流の理解と制御にある.藤澤彰英氏は,数々の実験
を行い,得られた結果に対する綿密な解析をもとに,2004 年,高温乱流プラズマ中に,
規則的な帯状流が出現することを世界で初めて見出した.形成された軸対称構造を持つ
帯状流は,乱流エネルギーから形成されるものであり,結果として乱流エネルギーを減
少させる効果を持つ.さらに,帯状流の形成は乱流による自由エネルギー輸送を低下さ
せることになる.すなわち,磁場によるプラズマエネルギーの閉じ込めの度合いは,自
由エネルギーが乱流と帯状流にどのように分配されるかによって決まることになり,こ
の帯状流の発見により,磁場閉じ込めプラズマの性能の正確な予測が可能となった.こ
の結果は,いわゆる ITER(国際トカマク実験炉)の核融合燃焼論争に終止符を打つも
のであった.そのため,この発見は,1982 年,ドイツにおける乱流輸送における輸送
障壁の発見とともに,プラズマ物理学における 2 大発見ともみなされている.
この発見は,一言で言えば,磁場プラズマ閉じ込め研究の方向性を決める歴史的業績
であり,新時代をもたらすものであった.
また,藤澤氏は,重イオンビームプローブなる計測装置に独自の改良を加え,従来実
測が極めて困難であった高温プラズマ中の電磁場計測を高精度で実現したことも,特筆
すべき業績である.さらに,藤澤氏は,発見後長足の進歩を遂げた帯状流研究に関する
複数の総説論文を執筆するなど,長きにわたりプラズマ閉じ込め研究における国際的指
導的役割を担い,また,プラズマ乱流および核融合研究の学術体系化へ,大きな貢献を
している.
以上のような数々の研究業績に鑑み,藤澤彰英氏に井上学術賞を授与するものである.
第26回
受
ワタ
ナベ
井上学術賞
賞 者
ヨシ
渡 邊 嘉
研 究 題 目
ノリ
典
東京大学分子細胞生物学研究所
・教授
染色体の方向を決める分子機構
Mechanisms for determining chromosome
orientation
年
齢 (48 歳)
略
歴
1984 年 13 月 東京大学理学部生物化学科 卒業
1986 年 13 月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修士課程 修了
1989 年 13 月
同
博士課程 修了
63 年 13 月 理学博士(東京大学)
63 年 14 月 日本学術振興会特別研究員(東京大学)
1990 年 16 月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻・助手
(1996 年 4 月~1998 年 3 月 英国王立がん研究所(ICRF)
・客員研究員)
1998 年 11 月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻・助教授
(1999 年 10 月~2002 年 9 月 科学技術振興事業団「さきがけ研究 21」兼任)
2004 年 15 月 東京大学分子細胞生物学研究所染色体動態研究分野・教授
(2002 年 10 月~2006 年 3 月 科学技術振興機構「SORST」兼任)
受
賞
2006 年 3 月 日本学術振興会賞
日本学士院学術奨励賞
2008 年 15 月 木原記念財団学術賞
授
賞 理
由
細胞が分裂して増えていく過程で、ゲノム情報を担う染色体もコピーが作られて、娘
細胞に均等に分配されていきます。これは生命を維持する上で最も基本的でかつ必須の
機構であり、染色体の分配に間違いが起きると細胞の癌化につながるといわれています。
一方、ゲノム情報を次世代に伝える生殖細胞では、減数分裂という特殊な染色体の分配
により、染色体数が半分になった卵あるいは精子が形成されます。先天性疾患のダウン
症や早期流産の多くはこの減数分裂の間違いに起因することが知られています。このよ
うに、染色体分配の制御機構の理解は基礎生物学および医学いずれの観点からも極めて
重要な問題であります。渡邊嘉典氏は、この問題に真っ向から立ち向かい、染色体分配
のメカニズムの解明に向けて、根本的な問題をいくつも解決してきました。
渡邊氏は、酵母のもつ解析手段の多様性を利用して、増殖する細胞の均等な染色体分
配と減数分裂における分配様式との違いが、複製した染色体を繋ぎ止めておく因子コヒ
ーシンに起因することを突き止めました。さらに、最近では、コヒーシンが染色体の動
原体で分けられるべき方向を決めているという革新的な発見をしました。また、減数分
裂の長年の謎であったセントロメアの接着を保護する因子を発見し、そのタンパク質を
シュゴシンと命名したことも有名です。その後の研究で、シュゴシンがヒトを含めたす
べての生き物で染色体の分配の要となる因子であることも明らかにしました。
これらの一連の研究は、Cell、Nature、Science などトップジャーナルに数多く掲載
されており、多くの国際会議での招待講演も行なっております。渡邊氏の研究は染色体
分配という生物学の最も基本的な課題に対する明快な説明を与えるものであり、この分
野における第一人者として世界的に認知されております。以上の理由から、渡邊氏の業
績は井上学術賞に大変相応しいものであると判断いたしました。
Fly UP