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新しい実験的感染性心内膜炎モデルの開発
日本小児循環器学会雑誌 3巻3号 307∼310頁(1988年) 新しい実験的感染性心内膜炎モデルの開発 (昭和62年10月6日受付) (昭和63年2月3日受理) 慶応義塾大学医学部小児科学教室 井原 正博 小佐野 満 老川 忠雄 森川 良行 山下 直哉 小島 好文 石原 淳 田口 豊 徳村 加藤 一昭 村井 孝安 光昭 key words:実験的感染性心内膜炎モデル,大動脈弁閉鎖不全,血行動態, Vegetation 要 旨 我々が開発した特殊カテーテルにより家兎を用いて大動脈弁閉鎖不全を作製し,これらの家兎に緑膿 菌を接種した.接種後3日で心内には有茎性可動性で赤色のVegetationが形成されたが,従来行なわれ ているDurackらの方法により作製したVegetationとは性状の異なるものであった.培養では全例に 103∼104colony forming units(cfu)/gの緑膿菌が検出された.コントロール群ではVegetationの形 成は見られず弁の培養も全て陰性であった.血行動態の異常の下に発症した.この感染性心内膜炎動物 モデルは,今後発症メカニズムの解明及び治療,予防に関する実験的検討に有用と思われる. 緒 言 と略す)を発症し得る方法として用いられてきた.現 在も治療及び発症予防の基礎実験は,ほとんどがこの モデルを用いて行なわれているが,異物による機械的 な刺激により無菌性血栓性提贅を作成し細菌を接種し て1.E.を発症させる方法で,我々が臨床で経験する血 一 一 一 】 一 一 一 行動態の異常の下に細菌の感染を受け発症するIE.と は異なるものである.我々は,家兎を用いて大動脈弁 ’ 一 実に感染性心内膜炎(Infertive endocarditis以下IE. ﹁ll−lllーー1−1−ll﹂ 一 びFreedman,その後Durackらが改良した方法が確 弍村11内剣,踊当−ー﹂ 従来の実験的感染性心内膜炎モデルはGarrison及 閉鎖不全を作製した後,細菌を接種し,感染性心内膜 図1 頚動脈から特殊カテーテルを大動脈直上まで挿 入し,弁を穿通後大動脈弁閉鎖不全の雑音を確認す 炎を発症し得た. る. 方 法 体重2.8∼3.Okgの家兎を全身麻酔し頚動脈より 続してある(図2).先端が大動脈弁に接触しているこ 我々が開発した特殊なカテーテルを大動脈弁直上まで とを確認した後,1∼2秒間通電し弁を穿通し,大動 挿入した、(図1)特殊なカテーテルは先端に外径1 脈弁閉鎖不全の雑音を確認する.この家兎を1週間放 mm,露出部2mmのステンレス合金を取り付け,カ 置した後,緑膿菌を108個耳静脈より接種し,さらに3 テーテルの先端まではステソレスワイヤーで電極と接 別刷請求先:(〒320)栃木県宇都宮市中央本町4−17 栃木県済生会宇都宮病院小児科 井原 正博 日間放置した後屠殺して心臓を無菌的に摘出し,心内 に形成されたVegetationを確認後,組織標本を作製 した.また,Vegetationは秤量した後,生理食塩水を 加えたホモジナイザーで十分粉砕均等化し,10倍稀釈 Presented by Medical*Online 日小循誌 3(3),1988 308−(20) 麟灘鰻 鯉願 図4 Durackの方法により作製した無菌性血栓性心 内膜炎に経膿菌を接種し形成されたVegetation ぢ ぎノぜ ヂみょご を ぐ 潔餐∴パ べ ぺ 糸、脚警謬 ぷご ゆ や か ︾.⊇ ヴき シ 彩 ㌢シ・f!肇4 蕊 ㌶ .’ ミ ヵ さが ヘ ウ ロ ア い な ー ば 義警ぼ, ° 麟⋮ 蘂曇 薪灘澱の 諮 爵 は 梅㌘ノミ唾 ざ 図2 先端に電極のついた特殊カテーテル 表1 大動脈弁閉鎖不全を有する家兎に接種した線 膿菌の菌数とVegetation中の生菌数 No of bacteria in vegetatlon Innoculum Slze No. (cfu/9) (cfu/cc) 亀 1 108 3×104 2 108 1.5×104 3 108 5×103 4 108 2×103 5 108 17×104 6 108 1×104 図3 大動脈弁閉鎖不全作製後緑膿菌を接種し形成さ れた大動脈弁に付着したVegetation レ ㌫藪雛耀 ,しばメ博ト ○ ∴灘 灘 .蹴羅樋∵ ㌧・ぽ㌫鰺ぴ∴ 行った.更にDurackらの方法で作製した無菌性血栓 遼ぷ・ぺ・ 3日後大動脈弁を肉眼的に観察し同様に生菌数定量を ザ、、㌣㌦.ど , .ぼ汐 \ 唯︸ 鶏﹄㌻ ∵ ・ :∼V、、幅惣≒㌧ビ ルとして正常家兎6羽に緑膿菌107∼108個を接種し, 誇 ㌻いら壕ぎば 寒天培地を用いて生菌数定量を行った.尚コントロー 繧㌣?御↑ , . 議繰濃謬 菌数定量を行った.血液も同時に採取し,同様に普通 蒙 ト ぐ・心,・㌔ ざ O >≠ 〆 》 法で稀釈し,普通寒天培地上における菌数を測定,生 性心内膜炎に緑膿菌を接種し形成されたVegetation との組織所見と比較検討した. 結 果 大動脈弁閉鎖不全を有する家兎6羽全例に有茎性可 動性で赤色のVegetationが形成された.(図3)これ 図5 大動脈弁閉鎖栓を有する家兎に形成された Vegetationの組織所見 らは,我々が臨床で経験し超音波像で有茎性可能性に 見えるVegetationに近いものと思われる.図4は従 来行なわれているDurackの方法により作製した無菌 検出された(表1).尚コソトロール群ではVegetation 性血栓症心内膜炎に緑膿菌を接種し,3日後形成され 織学的には大動脈弁閉鎖不全を有する家兎に形成され たVegetationであるが,全体に白色で非可動性の硬 たVegetationでは密に集合した赤血球が主体で中心 い組織である.培養では大動脈弁閉鎖不全を有する家 部では赤血球の変形が認められる.少数の白血球が散 兎全例に103∼104colony forming units/gの緑膿菌が 在し表面は薄く膜状のフィブリンで被われ,内部にも の形成は見られず,弁の培養も全て陰性であった.組 Presented by Medical*Online 309−(21) 昭和63年5月1日 よる心内膜炎発症実験で,発症抑制は細菌の定着抑制 /ぽ瀞鰺レ・ ではないかとしている.我々はMIC以下の プ .モ〆 ∼ パペ・㍉, Gentamicin血中濃度における緑膿菌の発症抑制実験 ニドピ ツrv ㌧ご∴バ 〆ゾ1ジ㌍,べ ,ぶ、紗 を行い,細菌の定着ではなく増殖が抑制されるという 結果を得ている.このような実験結果をふまえて1984 年に改訂されたAmerican Heart AssociationのIE. 趨1讐騨\1ジ 発症予防に関するrecommendationでは,抗生剤の予 防投与期間が大幅に短縮されている.しかしながら, ぷ: ・ ’ 弓 、 Durackらの実験モデルを用いて行なわれてきたこれ らの治療実験及び感染予防実験の結果も,我々のモデ ルを用いた場合異なった実験結果が得られる可能性が 図6 Durackの方法により作製した無菌性血不全性 心内膜炎に緑膿菌を接種し形成されたVegetation の組織所見 フィブリン網が認められる(図5).Durackらの方法 ある.我々が開発した心内膜炎モデルは血行動態の異 常の下で感染予防及び治療実験が行えること,臨床で 経験するものと近似した有茎性可動性のVegetation が形成し得ること,また発症機序の解明の上で今後有 で作製した無菌性血栓性心内膜炎に細菌を接種し形成 用な感染性心内膜炎モデルと思われる. されたVegetationでは血小板及びフィブリンが多量 本論文の要旨は第22回日本小児循環器学会(於大阪)にて に混在し,偽好酸球も比較的多数認められ心内膜付着 発表した. 部においては内膜細胞の修復が開始し,器質化初期像 文 献 を示している.血栓の表面は一部基部において内膜細 胞により被われている(図6) 1)Highman, B., Roshe, J. and Altland, PD.: Production of endocarditis with staphylococcus dureus and streptococcus mitis in dogs with 考 按 aortic insul伍ciency. Circulation Research,6: 感染性心内膜炎の発症に関与する因子としては血行 250,1956, 動態の変化,菌血症の存在,細菌が付着するための素 2)Durack, D.T. and Beeson, P.B.:Experimental 地としての無菌性血栓性心内膜炎の存在等が考えられ baterial endocarditis.1, Colonization of a steri・ ている.従来よりDurack等の動物モデルを用いて抗 he vegetation. Br. J. Expl PathoL,53:44,1972. 3)Scheld, W.U.:Bacterial adhesion in the path・ 生物質の予防効果あるいは治療実験が行なわれている ogenesis of infective endocarditis. J. Clin. が,この方法は異物の存在下に作成した無菌性血栓性 Invest.,68:38,1981、 心内膜炎に細菌を接種し感染を成立させる方法で,血 4)Weinstein, L. and Schlesinger, JJ.:Path・ 行動態の異常が存在し,菌血症を来し発症するIE.と oanotomic pathophysiology and clinical は発症機序が異なる可能性がある.今回我々が作製し たVegetationは組織学的にいわゆる赤色血栓であ り,Durackらの方法により作製したものとは形成過 程が異なると考えられる.近年,発症予防に関する動 物実験ではDurackらのモデルを用いて,1981年に BernardらはVancomycin耐性のStreptococcus Sanguisによる心内膜炎発症がVancomycin投与に より予防されたことより,その予防効果はbacterial killingではなく,疵贅に対する定着抑制によるのでは ないかと推論している.又,Glauserらは1982年に Clindamycih, Erythromycin, Doxy cycline等の静菌 的抗生剤によっても実験的感染性心内膜炎が予防され たと報告している.Scheldらは1981年にMIC以下の correlations in endocarditis. N. Eng1. J. Med., 276:832,1974. 5)老川忠雄,小佐野満,山下直哉,東條雅宏,井原正 博:動物モデルに於ける感染性心内膜炎.感染・炎 症・免疫,14:286,1984. 6)山下直哉,小野佐野満:感染性心内膜炎発症機序 へのアプローチ.一実験モデルの開発一.臨床科 学,20:857,1984. 7)井原正博,小佐野満,老川忠雄,山下直哉,小島好 文,村井老安,田口 豊,込山 修,東條雅宏:実 験的感染性心内膜炎モデルに於ける抗生剤による 予防投与の効果.日本小児循環器学会雑誌,2: 244, 1986. 8)東條雅宏:実験的感染性心内膜炎の研究一家兎感 染性心内膜炎の基礎的検討及び実験方法の開発 一.日本小児科学会雑誌,90:125,1986. Vancomycinに暴露されたStreptococcus sanguisに Presented by Medical*Online 日本小児循環器学会雑誌 第3巻 第3号 310−(22) 9)Berard,工P., Francioli, P. and Glauser, U.P.: cus endocarditis with bacteriostatic antibiotics. Vanocomycin prophylaxis of exp. streptococ− J.Inf. Dis.,140:806,1982. cus sanguis, J. Clin. Invest.,68:1131,1981. 11)Scheld, W.U.:Bacterial adhesion in the path− 10)Glauser, JP. and Francioli, P.: Successful ogenesis of infective endocarditis. J. Clin. prophylaxis against experimental streptococ・ Invest.,68:1381,1981. ANew Experimental Model of Infective Endocarditis Masahiro lhara, Mitsuru Osano, Tadao Oikawa, Yoshiyuki Morikawa, Naoya Yamashita Yoshifumi Kojima, Takayasu Murai,Jun Ishihara, Yutaka Taguchi and Mitsuaki Tokumura Department of Pediatric Cardiology, School of Medicine, Keio University Formerly, the most successful method of producing in animals, an experimental model of human infective endocarditis was that described in 1970 by Garrison and Freedman and further improved by Durack et aL. Their method is based on the insertion of a polyethylene catheter into the interior of the heart, resulting in a non−bacterial thrombotic endocarditis followed by the injection of the bacteria into the blood stream. This method, useful as it may be might differ in the process of the production of IE. in congenital heart diseases with alteration of hemodynamics, We produced aortic insufficiency in albino rabbits using a catheter with electrode on the tip. A week after producing aortic insufficiency,108 colony forming units(cfu)of pseudomonas aeruginosa was innoculated. Three days later, red mobile vegetation with peduncle was produced which seemed similar to the vegetation we clinically experience and see on echocardiograms. From each vegetation 103・104 cfu/g of viable bacteria was detected. Histologically, the vegetation consisted mainly of red blood cells and few white blood cells. The surface was covered with thin layers of fibrin and nets of fibrin also existed inside. Characteristics of the vegetation differed considerably from that produced by Durack’s method. We consider this new method to be useful in the investigation of the process of development of I.E. and also for the experiments of prevention and treatment in future. Presented by Medical*Online