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Value aging 白書 - Value aging (バリューエイジング)

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Value aging 白書 - Value aging (バリューエイジング)
Value aging 白書
自分らしく、ともに生きる年の重ね方
Vol.
はじめに
2
Value aging 研究会の目的と背景
提 言
「Value aging」の提唱
自分らしく生きるための高齢者の自覚と
“自立支援介護”
への転換
高齢社会を活かすために不可欠な
“つながり”
の再構築
自分らしく、
ともに生きる年の重ね方
“Value aging”
へ向けて
Value aging
自立支援介護
の
2本柱 その1
今なぜ自立支援が必要なのか
自立支援介護とは(基本)
Value aging
つながり社会
の
2本柱 その2
「つながり社会」
を語る
「知恵を育てる、静のイノベーション」
「シニアの力を未来へつなげる」
は じ め に
Value aging 研究会の目的と背景
急速に高齢化が進行する今日の社会。日本は既に「超高齢社会」に突入しており、
2015年には日本の高齢者比率が25%を上回ります。そして、2030年以降は国民のおよ
そ3人に1人が高齢者となり、高齢化率はさらに上がり続けるという状況です。
私たちは、この超高齢社会について明るく前向きな社会提言を行うべく「 V a l u e
aging (バリューエイジング)研究会」を発足いたしました。
高齢者がそれぞれの心身の状態に応じて自立する。そして、経験に裏打ちされた豊富
な知見を提供する側に回り、世代を超えてつながり、相互に貢献しあう関係を保つ。私
たちは、この「自立」と「つながり」のある新しい加齢スタイルを「Value aging」と名
付けました。年齢を重ねても社会とのつながりを失うことなく、心身の状態に合わせて
活き活きと暮らし続けることのできるValue agingというスタイルや価値観が浸透し、拡
がることにより、日本は世界に先駆けた新しい高齢社会のモデルになれるのだと確信し
ています。
本研究会では、様々な分野で活躍されValue agingを実現されている高齢者の方々や
Value agingな社会を実現するために様々な取り組みを行っている方々のご紹介、Value aging
を実現するために必要なファクターや課題の研究などを通じて、これからの日本の豊か
な暮らしと価値観について考えていきたいと思います。
また、この研究活動を通じて、Value aging時代の高齢者の強みを再認識し、高齢者も
若者も子供たちも、世代を超えて豊かな未来社会に向けた力にしていくことを目指して
いきたいと思います。
2012年9月
株式会社サンケイビルウェルケア
Value aging 研究会 事務局
白書
1
提 言
バリューエイジング
「Value aging」の提唱
前章で見てきたように、わが国の平均寿命は世界
でも最高水準であり、今や高齢期は私たち一人ひ
とりにとって決して他人事ではない時代となって
います。長い高齢期をどのように過ごすのか。そ
れは個人にとっても社会にとっても極めて大きな
課題なのです。
1.
自分らしく生きる“自立支援介護”への転換
超高齢社会のなかで、
人生の最期まで個人として尊重さ
れ、
その人らしく年を重ねていくことは誰もが望むものであ
り、
このことはたとえ介護が必要となった場合でも同じである
と考えます。つまり、高齢者介護では、
日常生活における身
体的な自立の支援だけではなく、
精神的な自立を維持して、
高齢者自身が自らやりたいことを持ち、尊厳を保つことがで
しかし、この課題に世界でいち早く直面しつつあ
るにもかかわらず、われわれはまだどのように来
るべき高齢社会に対処すべきなのか、その拠りど
ころを見いだせていません。新しい社会のありよ
きるような形で介護サービスは提供される必要があるので
す。実際、
このことは介護保険法においても定められている
のですが、
まだまだ認識も実態もついてきていないのです。
こうした身体的・精神的な自立に光を当てる思想をもと
うと、そのなかでの高齢者の立ち位置について、
に、高齢者それぞれの心身の状態に応じて自立を促す介
指針となるビジョンは残念ながらまだ見えていな
護方法を
「自立支援介護」
と呼びます。
自立支援介護は、
本
いのです。高齢者をとりまく周囲の人々が当の高
人の体調を整え、活動性を上げることで体力を回復し、本
齢者を抜きにして、財政、医療、経済などの観点
で各論を論じているだけの状況です。これでは、
新しい社会のコンセプトを現実感を持って創造す
ることは不可能でしょう。そこには、高齢者自身
人の意欲や活力を取り戻すことを基本的精神としていま
す。
この基盤があってこそ、介護の質を飛躍的に高め、結
果的に高齢者自身の尊厳が守られ、
その人らしい自立した
質の高い生活を送ることが可能になるのです。
による、新しい社会の創造へ立ち向かうエネル
実際に特別養護老人ホームや老人保健施設などの介
ギーが必要なのです。周りがすべて決めてしまう
護施設において、入所者がおむつを使用せずにトイレでの
のではなく、高齢者自身が、いつまでも活力を
持って、自分らしい生き方のできる社会と生活を
創りだしていかないといけないのではないでしょ
排便(自然排便)
を実現するなど具体的な成果をあげてい
ます。
まさに理論だけに留まらない実践的な介護方法として
注目されています。
うか。それが、高齢者が最も生き生きと暮らせる
自立した生活の実現と言うと、要望を全て聞いてくれると
社会の実現につながると思うのです。
思われるかもしれませんが、
自立支援介護は、単に高齢者
の希望をなんでも聞き入れて、趣味嗜好を叶えることを旨と
私たちはそのような問題意識をもとに、現実の世
界でさまざまにご活躍されている高齢者、安易な
介護を避け、介護が必要な状態になることを予防
したり、改善したりする努力をされている医療介
護関係者のご協力を得て、高齢者の中から考える
高齢社会という観点で、新しい高齢社会像をまと
めてみました。そのコンセプトが「Value aging」
なのです。
するものではありません。
ご本人が望むことをご本人が叶え
るために、
ご本人の体調を整える介護を行うことを基本にし
ているのです。
その意味ではまさにご本人の意思を尊重す
る双方向の介護なのです。
もちろん、
このためのハードルは決して低くはありません。
個々の高齢者の生活様式や嗜好はますます多様化してお
り、介護を提供する側には高齢者の生活習慣や価値観に
沿ったサポートができるよう、多様な方法を模索することが
求められます。
また、介護を受ける高齢者も、
自分の人生を
以下では、「Value aging」の基本コンセプトを
自分で決め、健康で生き生きとした高齢期を送るための人
紹介し、次章では、その中核になる二つの柱、
生の準備をしていくことが必要となるのです。
それゆえ、
自立
「自立支援介護」と「つながり社会」について、
支援介護の思想は高齢者だけではなく、
その一歩も二歩も
理論と実践の現場をみていきたいと思います。
手前の時期において、
自分らしく生きるとは何か、
について
考えさせてくれるものであり、
われわれが人生をより積極的
に生きることにつながる重要なコンセプトなのです。
白書
2
2.
高齢社会を活かすために不可欠な、
“つながり”の再構築
そのつながりのポイントはなんでしょうか。私達の日々の生
活の基本は衣食住ですが、豊かに年を重ねるにはそれだ
けでは十分ではありません。
自分らしく社会の役に立つ仕事
高齢になるにつれ、
定年や家族の分散などにより、
個人と
をすること、人生をもっと楽しみ、相手も楽しませること、
そし
社会とのつながりは次第に希薄になっていきます。
これまで
て、
地域社会の中で助け合いながら暮らすこと。
この「働く」
の日本では、人は若いうちは社会を支える側であるのに対
「楽しむ」
「暮らす」
こそが、
世代を超えて相互に貢献し合う
し、
リタイアを迎えるやいなや、周囲も本人も今度は逆に社
関係性を保ち、社会とのつながりを維持するのに重要な要
会が支えるべき存在だと認識してしまい、高齢者はいわば
素だと考えます。
ご隠居扱いされてしまう面がありました。年金をもらい悠々自
適となるハッピーリタイアメントが語られた時代もありました。
高齢者の「働く」
とは何でしょうか。退職後も働く意欲を持
つ高齢者は年々増加していますが、
その潜在力を日本社会
しかし、少子化が同時進行するこれからの日本社会で
は、生涯を楽しく暮らすには年金だけでは不安であり、
また
はまだ活かしきれていません。最近では、
定年年齢の引き上
げや再雇用制度の充実を図る企業も出てきていますが、
いったん要介護状態になってしまうとそれが延々と続きか
「働く」ことは、企業や団体に雇用されるだけではありませ
ねないのです。それゆえ高齢期をハッピーに過ごすには、
ん。経済的目的だけではなく、
生きがいや健康維持、
社会貢
ハッピーリタイアメントの発想を超えていく必要があるので
献を目的とした、
ボランティアやNPO・NGOなどの社会的活
す。高齢者=支えられる存在という価値観を逆転し、高齢
動も高齢者らしい働き方でしょう。多様な形で価値を生み出
者がそれぞれの心身の状態に応じて、若い世代と共存し、
すことが可能になる時代になったいま、
それを組織側も高齢
経験に裏打ちされた豊富な知見を提供する側に回ること
者もより積極的に活用することでつながりはどんどんとつけ
が求められるのではないでしょうか。高齢者自身が自分の
やすくなる土壌が生まれているのです。
能力を活かし社会に積極的に参加することは、健康づくり
同様に「楽しむ」
ことも多様化しています。間もなく本格的
や介護予防にもなり、
そして、
より自分らしく生きがいのある
な高齢期を迎える
「団塊の世代」では、
パソコンやインター
充実した人生を送ることにつながります。
また高齢者の知
ネット、
スマートフォンなどの情報機器を若者と同じように活
を活かした深みのある質の高い社会の創造にもつながり
用する人が決して少なくありません。趣味や交流の幅も多
ます。
様であり、
旅行から学習、
専門的な研究まで、
楽しみ方は若
そしてそれは働き手の確保と高質な市場の創造につなが
年層以上に豊かになっています。
そしてそれらの楽しみ方
り、経済的にも社会的にも好循環を生み出すのです。世代
は若者だけでは決して得られない日本文化や伝統の深み
を超えて相互に貢献しあう社会、すなわち「つながり社会」
に通じていると私たちは考えています。高齢者の人生の楽
を創生していくことが大切なのです。
しみ方が若者にも新たな発見となり、経済一辺倒でバラバ
ラになりかけていた日本に、新しいあり方をもたらしてくれる
期待があるのです。
「楽しむ」つながり
「働く」つながり
好奇心エネルギー
経験を社会の財産に
会社や上司・部下、仕事を通じての
社会とのつながり
「暮らす」つながり
働く 楽しむ
趣味などの楽しみを通じた
多様な世代とのつながり
暮らす
自立と助け合い
家族や地域コミュニティとのつながり
2
白書
3
「暮らす」では、一人暮らしをする高齢者や孤立死の増
「Value aging」
を可能にするための柱はこれまで見て
加に伴う助け合い意識の向上、高齢者の知恵に息づく日
きたとおり2つです。一つは、避けられない高齢者の身体的
本の伝統的知恵の再認識、子育てにおける高齢者の役
機能低下に対して、安易な介護に走らず、
あくまでも自立を
割への期待など、暮らしの中での世代間のつながりの重
支援しつづける介護の姿勢と技術の確立。二つ目は、
どうし
要性に関する認識が急速に高まっています。環境にやさし
ても孤独になりがちな、高齢者に対して、
その自立を促し、
ま
い社会の形成や電気自動車の登場も高齢者の生活を後
た自立した高齢者がそれぞれの思いで活躍するための社
押しする新たな暮らしへの大きな原動力になっています。
会とのつながりの充実です。高齢者がいつまでも社会とつ
高齢社会を前提にした新しい暮らしを育む街づくりは世界
ながれるための、
高齢者本人の意識変革と社会におけるつ
的課題解決へ日本が貢献できる大きなテーマでもあるの
ながりの場の創生なのです。
「
です。
わが国の高齢化の進展は、人類社会が初めて経験する
このように
「働く」
「楽しむ」
「暮らす」のそれぞれのつながり
前人未踏の領域です。それゆえ日本の対応の行方は世界
ポイントを充実させることにより、
世代を超えた人々の交流が
からも注目されています。今後高齢化を迎える世界の国々の
生まれ、
相互に刺激を受けつつ貢献しあい、
いつまでも自立
先行モデルとなりうる社会の創造がもとめられているのです。
できる高齢者が増加するでしょう。
そして高齢者の方々には
それこそが、高齢者が尊厳をもって自立し、
いつまでも自分ら
社会のつながりをつけるかけがえのない主体となっていただ
しく生き生きとできる
「Value aging」社会だと思うのです。
きたいのです。
このような超高齢社会における介護の問題は決して高齢
3.
自分らしく、
ともに生きる年の重ね方、
“Value aging”へ向けて
者だけの問題ではありません。私たち一人ひとりにとって人
生の最期をどのように迎えるかという、生き方に関わる問題
であると同時に、
そういう社会を私たちがどのように築いてい
従来の介護の概念を超え、心身の回復を促す「自立支
くかという、
まさに日本人一人ひとりの問題でもあるのです。
援介護」。
そして、
世代を超えてつながり、
相互に貢献しあう
関係を保つ「つながり社会」。
この「自立」
と
「つながり」のあ
では次章において、
「Value aging」の二本柱について、
る新しい加齢スタイルを私たちは「Value aging」
というコン
さらに深く考えてみたいと思います。
自立支援介護について
セプトとして提言していきたいと考えています。
はその基本的考え方と展望、
そしてつながり社会について
は、
そこに向けた実践例について、
専門家や高齢者ご本人
「Value aging」
とは、高齢者になって
私たちの提唱する
の声を通じてお伝えしていきます。
も、
いつまでも豊かな人生を送り、社会とともに価値を創造
し続ける主体的存在であり続けることを目指すこと、そし
私たちすべてが当事者として
「Value aging」
を実現して
て、
そのことを社会全体で喜び合えるような加齢なのです。
いくためのイメージを得ていただければと思います。
Value aging
第1の柱
第2の柱
自立支援介護
つながり社会
Value aging
白書
4
Value agingの2本柱
その1
「自立支援介護」
本稿では、今なぜ自立支援介護が求められているのか、自立支援介護の基本についてご紹介します。
また自立支援介護を行う上でのポイントとして、4つの構成要素「水分」「栄養・咀嚼」「排泄」「運動」
の専門家の方々にインタビューを行いました。
水分
運動
自立支援介護の
4つの要素
栄養
・
咀嚼
排泄
「自立支援介護」
を語る
4
インタビューはVol.3、Vol.4の2回に分けて掲載します。
水 分
「人体における水の役割とその必要量」
栄 養
「栄養の重要性と役割」
咀 嚼
「咀嚼の役割、噛む ことの効果 咀嚼することの重要性」
排 泄
「自然排便の重要性とおむつの役割、
正しい活用方法について」
運 動
「運動の重要性と効果、
運動時の注意事項」
白書
5
自 立
支
1
援
介
護
今なぜ自立支援介護なのか
1. 介護される生活とは
わが国は世界一の長寿国です。長生きできることは喜ばしいことですが、
一方で、
長寿には「介護」がつきものであるのも事実です。
長生きする人が多くなり、高齢者の数が全人口に占める割合が増えるにつれ、
この「介護」に焦点があてられるようになってきました。
しかし、
介護に対して暗いイメージを抱かれる方も多くいるのではないでしょうか。
そこで、
まずは、
介護される生活が一体どのようなもの
かを本章にてご紹介いたします。
おむつをして生活する。家族やヘルパー、介護職員
(以後「介護者」)
などが時々
おむつを交換してくれる。
ベッドの上で介護してもらいながら食事をとる。
ベッドを離れるのは、通院する時くらい。移動は車イスに乗り、誰かに押してもらう。
週1回くらい訪問入浴サービスを利用して、特殊な浴槽
(図1)
を使って入浴させて
もらう。
その他の日は体を拭いてもらうだけ。
図1 特殊な浴槽
介護施設では、
ストレッチャー
(図2)
で浴室まで行き、特殊浴槽で体を洗ってもら
う。入浴時間には一斉に入浴するので、
ストレッチャーに乗って廊下で順番待ちを
する。
認知症になったら、暴れたりして危険なこともあるので、安全のために、縛られたり、
部屋に鍵をかけられたりしてしまう。
図2 ストレッチャー
ここに挙げたような「介護される生活」は、介護される人にとっては決して
快適なものではありませんが、
10年くらい前までの介護の実態は、
まさにこの
ようなものだったと言えます。
それでは、介護される人にとって快適ではない
介護がおこなわれていたのはなぜなのでしょうか?
原因の一つに医療の世界でおこなわれていた看護の手法を、
そのまま介
護の世界に導入してしまったことが挙げられます。医療では、
多くの場合、
患
者さんは「安静」にしている必要があります。安静にしていなければならない
患者さんのために、
看護師等が身の回りの世話をします。
このような方法は、
病気を治すために、
やむを得ず一時的におこなわれるのが普通です。
しかし、介護は病気を治すためではなく日々の生活を支援するものであ
り、一時的にではなく長い期間にわたって継続的におこなわれるものです。
本人ができるだけ動かないことを想定して、
看護師等が身の回りのことをできるだけ補うという手法は、
生活することを長期にわたって
支援する介護には適していなかったのです。
2. 介護における考え方と姿勢の変化
2000年4月に介護保険法が施行され、
介護の世界にも大きな変化が訪れました。
介護保険法には介護が必要な人が尊厳を保持し、
自立した日常生活を営むこと
ができるよう支援することが定められています。
また、
それまでは市町村等の公的機
関が中心に介護を提供していましたが、
介護保険後は基本的に民間企業なども介
護を提供することができるようになったため、
利用者が介護事業者を選択できるよう
になりました。
これらのことがきっかけとなって、介護やサービスの質に対する意識が徐々に高
白書
6
1. 今なぜ自立支援介護なのか
まってきました。欧米などの考え方や知識が盛んに導入されるように
なったのもこの頃からです。
その結果、介護の考え方や介護者の姿
勢にもさまざまな変化が現れます。介護される側の尊厳や自立性が
注目されるようになり、
「介護される生活」の質にも関心が向けられる
ようになってきました。
寝たきりの生活や、
おむつの中で排泄する、
ベッド上で食事を摂る、
というような生活を介護することは、
利用者の尊厳を守り、
自立的な生
活を支援することにはつながらないという意見も現れました。本人の
意思を尊重して介護する、
趣味や嗜好も考慮して介護する、
といった
考え方も重視されるようになり、介護者のコミュニケーションにも工夫
が取り入れられるようになりました。
また、認知症になっても感情は残っているので、安全が目的であったとしても拘束するのは好ましくないなどの声が高まり、2006年
に高齢者虐待防止法が制定されました。以上のように、介護についての考え方や介護関係者の姿勢が変化したことによって、介護
の暗いイメージが少しずつ変化し始めています。
3. 不足している介護理論と方法論
介護についての考え方や介護関係者の姿勢は変化したので
すが、
寝たきりの生活をしている人や、
おむつで排泄しているという
人がいなくなったのかというと、残念ながらそうではありません。未
だに、
寝たきりの人も、
おむつで排泄している人も多いというのが現
状です。
考え方や姿勢が変わったのに、
なぜ介護の実態はあまり変
わっていないのでしょうか?
変化した考え方に基づいて介護をおこなうためには、
それまでと
は異なった介護をおこなうための知識や理論が必要なのですが、
これらが浸透していないのが原因の一つです。
例えば、
なぜ、寝たきりの生活は良くないのか。
なぜ、おむつよりトイレで排泄した方が良いのか。
なぜ、ベッドの上で食事をするのは良くないのか。
これらのことを改善するためには、具体的にどのような介護をすればよいのか。
「身体機能」や「生活の質」を向上するためには、
どのような介護をすればよいのか。
上記のような問いに明確に答えられる理論がまだまだ普及
していないのです。
また、
このような理論が普及する前に、介
護者の意識や姿勢、
コミュニケーションの工夫等が先行して
強調されたことも原因の一つかもしれません。
以上のように、我が国における介護全体の流れをまとめる
と、介護する側の意識や姿勢などには変化が現れ、
より良い
介護をしたいと考えている介護者は増えてきたものの、基本
的な介護理論と方法論が普及していないために、
介護そのも
のが大きく改善するには至っていないのが現状なのです。
6
白書
7
1. 今なぜ自立支援介護なのか
4. 自立支援介護という流れ
考え方は変わったものの、実態にはあまり変化がないというのが、我が国の介護全体の流れですが、実は介護理論や方法論を着
実に確立してきた一つの流れがあります。
それが「自立支援介護」
という流れです。
自立支援介護は、国際医療福祉大学大学院教授の竹内孝仁氏が提唱しはじめた理論です。
この自立支援介護理論は、特別養
護老人ホームや老人保健施設などの介護施設において、入所者がおむつを使用せずトイレでの排便(自然排便)
を実現してきまし
※
た。
その成果として全国で約20か所の特別養護老人ホームが「おむつゼロ 」
を達成するに至っています(2010年5月)。特別養護老
※
人ホームといえば、
平均要介護度が4程度で、
未だに半数以上7∼8割の入所者がおむつを使用 しているといわれる状況にもかかわ
らず、
昼間おむつを使用している人が誰もいない
(全員トイレで排泄している)
というのは驚異的な成果だといえます。
この他にも、
自立
※
支援介護の実践によって認知症の周辺症状(BPSD )が消失したり、大きく改善したりした事例も数多く報告されています。
※
さらに、
自立支援介護の実践により2010年以降、
胃ろう の人を経口で常食摂取に戻すことに成功しています。
これらの成果によっ
て、
自立支援介護へのニーズはさらに高まってきています。 私たちは、
この確実な成果を挙げることが可能で、
合理的な理論に基づいた自立支援介護こそが、
これからの日本における介護の
主流となるべきだと考ています。
自立支援介護がさらに普及し定着していくことによって、
介護そのものの質を飛躍的に高め、
結果的に
※
高齢者自身の尊厳が守られ、
QOL の向上、
充実した日常生活につながるものだと考えているのです。
【※おむつゼロ】
トイレ、もしくはポータブルトイレで「排便」していること。
∼公益社団法人全国老人福祉施設協議会主催:介護力向上講習会より∼
【※特養のオムツ利用率】
62.3%(参考資料:日本看護研究学会雑誌 Vol. 27 No. 2 2004)
61.5%(参考資料:第4回介護給付費分科会資料 2002.1. 23.「おむつ代の評価に係る問題点」 日本医師会 青柳 俊)
54.5%(参考資料:愛知県 高齢者排尿管理マニュアル)
【※BPSD】
Behavioral and Psychological Symptoms of Dementiaの略。一般的には「認知症の行動・心理状態」と訳されている。以前は、問題行動又は異常行動といわれて
いた。
【※胃ろう】
胃ろうは、胃に穴を開け直接栄養を注入する方法。胃ろうは、鼻から胃に管を通して栄養補給する経鼻経管栄養と比べると、不快感が少ない等のメリットがある
が、唾液の誤嚥や嘔吐、胃食道逆流による誤嚥性肺炎などの危険性がある。また交換時に出血等のトラブルが起こることもあり、経口摂取と比較すると、口腔機能
やQOLの低下等のデメリットは大きい。
実際に胃ろう造設によって栄養状態は改善したものの、会話や生活の質に悪影響があるという報告もある(「胃ろう」 生活の質低下も2011年11月15日
NHK
ニュースWEB)。
【※QOL】
クオリティ・オブ・ライフ(英: quality of life、QOL)とは、一般に、ひとりひとりの人生の内容の質や社会的にみた生活の質のことを指し、つまりある人がどれ
だけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念である。
【※ADL】
ADLとは「日常生活動作(Activities of Daily Living)」という意味で、私たちが普段の生活において必要な動作(食事や排泄、入浴、移動、寝起など)すべてのこ
とを指します。
白書
8
自 立
支
2
援
介
護
自立支援介護とは(基本)
1. 補完する介護ではなく、自立を支援する介護
これまでの一般的な介護は、
本人ができなくなったことを介護者が代わっておこな
うための方法論が中心でした。
自分でトイレに行けなくなったので、おむつをして介護者が定期的に交
換する…。
自分では移動できなくなったので、ベッドで生活して介護者が身の回りの
世話をする…。
一人では食事ができなくなったので、介護者が食事の介護をする…。
このような方法は、
できなくなったことを周囲の介護者が補うための介護であり、
い
わば「補完的な介護」
ということができます。
補完的な介護は、
「移動、排泄、食事などの行為が、一人ではできないので誰か
が介護をしなければならない状態」は変わらないという前提に立った方法です。
しか
し、
自立支援介護は本人が一旦できなくなった行為であっても、適切な介護や支援
をおこなうことで、
「回復して元通り自分できるようになることが可能」
という考え方に
立っています。
そのため自立支援介護の理論は、単にできなくなったことを補完するのではな
く、
自分でできることを増やす(自立性を高める)
ための理論と介護の方法論によっ
て構成されています。
2. 介護が必要になる原因の多くは廃用症候群
なぜ、一旦できなくなった行為ができるようになるのか。
それは、高
齢者が寝たきりや介護が必要な状態になってしまう原因の多くが「廃
※
用症候群(英名:disuse syndrome)」 にあると考えられるからです。
廃用症候群とは、不必要な安静状態や活動性が低下した生活を
続けることで、
さまざまな身体機能が低下してしまう症状のことです。
病気やケガで入院して安静状態を続けることがきっかけで現れる
ことが多いのですが、老化による機能低下や意欲の喪失等で閉じこ
もりがちの生活を続けることが原因となることもあります。例えば、
脳卒中の発作で入院し、
マヒ等の後遺症が残ったまま退院して、
施設
や自宅で寝たきりの生活を送っている高齢者は、
脳卒中が原因で寝たきりになったと思われがちですが、
実際には後遺症が原因なの
ではなく、
廃用症候群による機能低下が真の原因であることが多いと考えられるようになってきました。
廃用症候群による弊害(症状)
にはさまざまなものがあります。例えば、
高齢者の場合、
絶対安静の状態で筋収縮がおこなわれない
状態が1週間続くと、
10%から15%の筋力低下が起こるといわれています。
また、
2週間の床上安静でさえ下肢の筋肉が2割も萎縮す
るともいわれています。他にも主な廃用症候群の症状をいくつか挙げてみましょう。
筋力が低下し、関節が固まる
(活動性低下につながる)
骨が弱くなる
(骨折しやすくなる)
バランス能力が低下する
(歩行困難や転倒しやすくなる等につながる)
心肺機能(心臓や肺の機能)
が低下する
(活動性低下につながる)
慢性的な便秘や便意や尿意の消失(失禁しやすくなり、おむつでの排泄につながる)
精神機能が低下する、表情が乏しくなる、認知症のような症状が現れる
(コミュニケーション困難、閉じこもりや活動性
の低下につながる)
(口から食べないと)口腔機能全般が低下する
(誤嚥の危険性が高まる、
コミュニケーション困難につながる)
8
白書
9
2. 自立支援介護とは(基本)
廃用症候群の症状
バランス能力が低下し、歩行することができなくなり、
転倒しやすくなる
精神機能が低下し、表情が乏しくなる、認知症のような
(口から食べないと)口腔機能全般が低下して誤嚥の
症状が現れる
危険性が高まる、
コミュニケーションが難しくなる
心肺機能(心臓や肺の機能)
が低下し、活動性が
低下する
慢性的な便秘、便意や尿意が消失する
筋力が低下し、関節が固まることで、活動性が
低下する
骨が弱くなり、骨折しやすくなる
この他にも、
寝たきりの生活を続ければ、
褥そう ができてしまうこともあります。
また、
体を動かすことが少ないので、
食欲の低下にもつ
ながり、
低栄養から体力や免疫力の低下を招いてしまうこともあります。
そして、
一旦廃用症候群に陥ると、
これらの症状が互いに影響
し合って機能低下を加速し、
ますます活動的な生活をすることが難しくなってしまうため、
より一層機能低下が進むという悪循環に陥る
傾向があります。
自立支援介護においては、
この廃用症候群にならないように予防すること、
仮に廃用症候群に陥ってしまっていても、
適切な介護を
おこなうことで活動性を高め、
一旦できなくなった行為であっても再び自分でできるようになることを目指します。
※
白書
10
2. 自立支援介護とは(基本)
3. 活動性向上のために体調を整える
活動性の低下が原因である廃用症候群を予防するためには、本人の活動性
を維持することが重要です。既に活動性が低下していて廃用症候群に陥ってい
る場合は、活動性を向上するよう介護や支援をする必要があります。しかし、前
述したように廃用症候群に陥ってしまうと、さまざまな機能が低下しているために容
易に活動性を上げることができません。ベッドを離れて体を動かそうとすると、体
のどこかに痛みを感じたり、息切れがしたり、体がだるくて辛かったり、というよ
うな症状が現れることが多いのです。そのため、本人は嫌がったり痛がったりす
ることがあるので、ベッドを離れて体を動かすよう介護するのをあきらめてしまう介
護者もいます。
しかし、このハードルを乗り越えなければ自立支援介護を実践することはできま
せん。これを克服するためには、本人の希望や実現したいこと、趣味や嗜好を
盛り込みながら誘導する、優しく励ます等、コミュニケーションに工夫が必要な場
合もあるでしょう。さらに重要なことは、体調を整えた状態で活動性を上げる必要
があるという点です。
廃用症候群に陥っている人の多くは、脱水症や低栄養、便秘等を初めとする体
調不調状態にあると考えられます。体調不調ということは、意識レベルが低下している、
体力が低下している、精神的に不安定、何かをしようという意欲が湧かない、といっ
た状態にあるということです。このような状態では、どんなに介護者が上手なコミュニ
ケーションで誘導しても活動性を上げることは極めて難しいはずです。そのため自立
支援介護では、活動性を上げるための介護と同時進行で、体調を整えるための介
護をおこなうことが基本となるのです。
【※廃用症候群】
廃用症候群とは、安静状態が長期に渡って続き、身体機能を使わないことによって発生する様々な症状の総称であり、日々の生活状況によって症状は左右され
る。生活不活発病とも呼ばれる。特に寝たきり状態でいることによって起こる症状が多い。
【※褥そう】
褥そうとは、臨床的には、患者が長期にわたり同じ体勢で寝たきり等になった場合、体と接触局所(多くはベッド)で血行が不全となって、周辺組織に壊死を
起こすものをいう。床ずれ(とこずれ)とも呼ばれる。
10
白書
11
Value agingの2本柱
その2
「つながり社会」
「つながり社会」を構成する、
「働く」
「楽しむ」
「暮らす」のそれぞれのカテゴリーで活躍されている方々に
インタビューを行いました。本稿では、
インタビューを通じて高齢者が社会とつながり続けること、つなが
ることでのポジティブな効果について考えていきます。
「働く」つながり
「楽しむ」つながり
好奇心エネルギー
経験を社会の財産に
会社や上司・部下、仕事を通じて
の社会とのつながり
働く 楽しむ
趣味などの楽しみを通じた
多様な世代とのつながり
暮らす
「暮らす」つながり
自立と助け合い
家族や地域コミュニティとのつながり
「つながり社会」
を語る
働く
今号は「働く」のインタビューを掲載しております。
次号以降、
「楽しむ」
「暮らす」の順に掲載予定です。
「知恵を生み育てる、静のイノベーション」
「シニアの力を未来へつなげる」
楽しむ
「出会いのエネルギー」
暮らす
「社会とつながるインフラの創出」
「世代を超えてつながるコミュニティ」
「生活のなかにある、自然体な出会いの場」
白書
12
働く
「つながり社会」
を語る
前川製作所「知恵を生み育てる、静のイノベーション」
株式会社 前川製作所
大正13年創業の老舗メーカー。産業用冷凍機では世界トップシェアを
誇る。その他、各種ガスコンプレッサーやそれらの周辺機器、食品加
工機などを製造・販売。
PROFILE
前川正雄 氏/株式会社前川製作所 顧問
1932年生まれ。1955年3月、早稲田大学理工学部工業経営学科卒業。同年3月、前川製作所入社。1959
年3月、同取締役、1964年3月、同専務取締役、1971年3月、同代表取締役社長、1996年3月、同代表
取締役会長、2002年3月、同取締役会長、2004年3月、同取締役名誉会長、2009年6月、同顧問。
1986年11月から財団法人前川報恩会理事長。1987年から財団法人和敬塾理事長。1997年から㈶深川高
年齢者職業経験活用センター理事長。
前川製作所は世界一の産業用冷凍装置のメーカーである
動と静が融合することのメリットは何でしょうか。
だけではなく、
さまざまな関連分野へビジネスを広げ常にビジ
ネスを革新するとてもイノベーティブな企業です。そんな前川
前川
製作所には別の側面があります。それは実は65歳以上の高
その当時から私たちが読み取った環境の変化があります。
齢者社員が全社員の1割以上に達し、
しかも最高齢の社員
それは世の中の求めるものが量から質へ変わっていき始めた
は80才でバリバリという
“超”高齢者企業だということです。
ということだったのです。昔は量産量販の時代でしたから、
とに
イノベーションと高齢者、一見すると妙な気がするのですが、
かく力づくで量を確保していく。標準化されたものをどんどん出
この二つは前川製作所のビジネスのなかでどう結びついてい
したのです。
そのために必要だったのはパワーです。
パワーだ
るのでしょうか。
けで進めていたところもありました。
しかし世の中のニーズが複
雑化し、
要求が高度になっていくにつれ、
ある一つのことに秀で
前川
た人がいれば問題が解決するという状況ではなくなってきたの
前川製作所では「55歳をこう考える」
という小冊子を作成し、
です。
いろいろな人が知恵を絞らなければならない。
昭和51年4月1日に全社員に渡しています。
そこでは、
「動の世
そのためには経験を共有しないといけないですから、
年齢を
代」
と
「静の世代」
という定義を用いて、世代間の棲み分けの
超えた融合が必要なのです。逆説的ですが、
従来の仕事は20
思想、働き方の将来像を明確にしたのです。
これがマエカワの
代から40代でやり、
新たなベンチャーやイノベーションは経験豊
イノベーションのスタイルを方向付けました。今から36年も前の
かなベテランでやった方が良いのです。
なぜなら、若い人よりも
ことです。
経験を積んだ人たちが冒険する方がより深いイノベーションを
昭和50年当時より前川製作所には定年即退職という考え方
起こせるからです。分かりやすく言えば、20代から40代が一生
がなく、定年は一つの節目として残っているだけでした。
そのよ
懸命仕事して稼いで、
ベテランの経験豊富な人たちがちょっと
うな定年で社員を退職させない働き方をうまく機能させるため
遊び心でゆっくりと冒険していろいろなことを試してみて、
それ
の知恵がこの冊子の宣言なのです。動の世代とは20代から40
が良かったら動の世代が引き継いで実現していくような、動と
代の社員たち。静の世代とは50代から70代の社員たちです。
静の融合したイノベーションが前川のやり方なのです。
それぞれの世代の特徴を活かして、融合する働き方を創造し
よう、
そこに前川製作所の強みを見出そうとしたのです。
それが
今はすっかり前川製作所の企業文化になっています。総数
2000人の社員のうち、
65歳は230人もいるのです。
この構造を一つの仕組みとして機能するようにということで、
昭和50年当時、
55歳が定年でしたので、
「55歳をこう考える」
と
いう小冊子を全社員に配って、動と静を融合させるところに前
【動の時代】
【静の時代】
20代∼40代
力、成長、変革
50代∼70代
技、成熟、伝統
融合
前川製作所のイノベーション
川の企業文化があるのだと皆に案内したわけです。
白書
13
普通なら若い世代がイノベーションをやりますよね。多くの
たちの失業者が問題になっている原因の一つは、今までの仕
企業で今はイノベーションを起すために若返りがテーマに
事を動の仕事、静の仕事というのではなくて、全部、動の延長
なっています。
線上で静の人がやっているからです。結果的に、若い人の仕
事を奪うということになっているのです。静に転換しないで、動
前川
の延長でやっていると傲慢になるし、
それに、
体力的に敵わなく
質が高く、
持続的な価値を生み出すことが必要です。何でも
なりますね。
それでは日本は発展しません。
また静の世代を切り
新しければいいのではなく、本質的な知を創造しなくてはいけ
捨てても質の高いイノベーションは起きません。
これからの日本
ません。動的なイノベーションではなく、成熟型のイノベーション
を支えるのは、
動の世代と静の世代の融合なのです。
が重要なのです。
そこには、
ロジックだけでは通すことができな
い感覚知が重要なのです。
それは非常に伝えにくく、
長年経験
49歳の村上さんはまだ若い世代(笑)
ですが、高齢者のあり
した人たちが阿吽の呼吸で、
ある瞬間にパッとひらめくような形
がたみは何でしょうか。
で仕事をしていく部分が大きいですね。標準化や形式知化で
は本質は見えず知は劣化してしまいます。感覚知を大事にす
るためには高齢者が不可欠なのです。
PROFILE
静の時代の方々に求められることは何でしょうか。みなさん、
昭和37年10月生まれ。昭和60年4月㈱前
静の時代に入って働く意識は変わるのでしょうか。
川製作所入社。管理開発G、製造現場及び
村上哲朗 氏/株式会社前川製作所
全社の情報化推進に携わり、情報インフラ
を確立。情報化推進グループリーダを経
前川
て、前川総合研究所社長就任。現在、広報
室長、法務・知財グループのリーダー。
私自身が個人的な考え方で大事にしているのは、
「察する」
と
「思いやる」
ということです。場所主義にしても世代を超えた
協働にしても、根本にある考え方で重要なのは「共同体」で
村上
す。相手のことを気遣う気持ちや能力があってはじめて、真の
私が会社に入って最初に驚いたことが、研修後配属された
目的に向かって自分を開き自分を変え皆が協力することができ
時のオフィスの光景でした。奥の方に、
若い人とずっと話してい
るのです。
それが共同体のいいところです。権利・義務や勝ち
るおじいさんがいたのです。最初は何をやっている方なのかよ
負けを気にしていてはいい仕事はできません。
そういうことに気
く分からなかったのですが、
カメラ好きの方で、
入社式や現場の
を取られない環境が大事であり、
それは察すると思いやるに通
竣工式などの行事では必ずその人が写真を撮っていました。
じていると思っています。
こういう価値観はやはり高齢者が自ら
関東近県の現場は、
自分でバイクに乗って写真を撮りにいく、
そ
体現し、
企業の文化のなかに織り込んでいく必要があります。
ういうアクティブなおじいさんでした。
その方々の立ち位置は知恵袋なんです。
いまも私の身の回
そういう認識は年を重ねるに従って自然に身についてくるも
りにも70代以上の方がいらっしゃいます。会社の立ち上げに近
のでしょうか。
い時期からいらっしゃる方で会社の生き字引のような方です。
製造の問題点や今の会社の在り方など折に触れ色々な話をし
前川
て頂いています。昔は良かったという話をしているのではなく
昔は村落共同体で村社会には村の長がいて、若い頃に一
て、
今の問題点を言って、
君はどう考えるのだと投げかけてくれ
生懸命働いて、
段々年を取っていくと、
そういう風になるというの
ます。若い世代との仲介役のような貴重な存在で、
うちの会社
が自然の姿でした。今はそのまま自然にしておいたら、
そうなる
にいる静の人たちは皆さん、
立ち位置を認識して働いていらっ
とはなかなか言えません。
しゃいます。
やはり、
各年代でどういうことをやっていくかという大きな共有
認識を持つことが必要になってきたのではないでしょうか。50代
日本には欧米にはない特殊な知の創造の作法があります。
にはこうなっていようというものです。20代ではこういう考え方
人々がコミュニティを作り仕事を通じた切磋琢磨で価値を生み
で、
30代ではこうで、
40代、
50代、
60代になるとこうなるという、
人
出し、元気になるのです。そういうつながりのある場が定年制
が育つ仕組みの中で、世代ごとの役割として、一つの共通認
識にできるものがあった方がいいと思います。
13
度で途切れてしまうのは、社会にとっても本人にとってもまさに
「喪失」なのではないでしょうか。そうした慣習を時代を見越し
動が動として育っていくためには、静は静として、力に対して
て否定し、
日本らしく組織も個人も生き生きする働き方の知恵
技、知識に対して知恵などを働かせるような仕事をして、棲み
を生み出し実践しているのが前川製作所だと言えるでしょう。
分けをすることが大切になってくると思います。
日本で若い人
どうもありがとうございました。
白書
14
働く
「つながり社会」
を語る
ディレクトフォース「シニアの力を未来へつなげる」
一般社団法人ディレクトフォース
元エグゼクティブを中心とした会員制OB組織。経験や知見を活
かしながら、幅広い分野での社会貢献活動を行っています。
PROFILE
左:森山健一 氏/
ディレクトフォース
企業支援事業部 兼技術部会所属
右:萩原秀留 氏/
ディレクトフォース 技術部会所属
理科実験グループリーダー
1947年生。住友金属鉱山入社後、銅、ニッケ
1939年生。三菱金属株式会社(現三菱マテリ
ル製造工場にて、技術者、技能者育成に努め
アル)入社後、マテリアルエコリファイン㈱
る。住友金属鉱山執行役、のち大手金属メー
常務取締役富士工場長、同社専務取締役技術
カー社長、会長を歴任。
部長を歴任後退任。
地域や社会とつながり続けることが大切だと思っています。中
ました。最初は私達の方から
「理科実験教室をやらせてくれな
でも、つながる手段の一つとして「仕事」をし続けることは、社
いか」
と頼む側だったのですが、
いまは逆に「やってくれないだ
会にとってもご本人にとっても良いことではないかと考えます。
ろうか」
と頼まれる側になりました。
ディレクトフォースは、
まさにその実践者の集まりです。
まずは、
団体の設立の背景や思いをお聞かせ頂けますでしょうか。
森山
ディレクトフォースは企業の経営メンバーとして活躍した元エ
グゼクティブを中心に構成されたOB組織です。
シニア達が企業
での様々な経験や培った知見と人脈を活かして社会に貢献す
ることを目的とし、
2002年9月に発足しました。2012年3月現在、
会
員数は600名で、
あらゆる業界の方にご参加頂いています。
<理科実験教室の概要>
元技術者のメンバーを中心に、
それぞれのメンバーが持つ知見や技
能を活かした実験が特徴です。理科の楽しさとともに、実験内にて
理論を分かりやすく伝えるような工夫が施されています。
「墨流しを
作ろう」では、
日本の伝統工芸である
「墨流し」
を特殊な絵の具を水
面上に拡散させてオリジナルの作品を作成します。他にも、飛行機
の歴史や揚力を学び、
エアバスA380の機体をプリントした紙を用い
て組み立てる
「紙飛行機を飛ばそう」や、卵とサラダ油などを使い乳
化現象を体験させながら作る
「マヨネーズを作ろう」
などがあります。
会員向けのアクティビティも含め、
幅広い活動行っています。
大学では年間で約450コマの講義をしています。他にも、企業
理科実験教室はどのように開催されているのでしょうか。
の経営アドバイスを行うコンサル事業や人材紹介、
ベンチャー
企業の経営や営業の支援を行っています。
ディレクトフォースの
萩原
会員向けには、
外部識者を招いての月例での勉強会やテーマ
私どもの本拠地が東京にあるため、主には東京近郊なので
ごとの研究部会、
同好会もあり、
それぞれが自分の興味に合わ
すが、
地方にも出張する形で教室を開いています。
せて楽しみながら活動を行っています。同好会ではよく集まっ
思い出に残るエピソードがあるのですが、
ある時、新潟県十
て飲みにいくみたいですね
(笑)私達は研究部会の中の「技術
日町市の山の中にある小学校に行きました。生徒は全員で9
部会」に所属しています。
メンバーは元技術系役員を中心に構
人。交通手段が良くないので親が子どもを送り迎えしています。
成されています。
送りのついでにその親ごさんも参加して9人。先生も9人。
われ
われは10人。全部で40人程になりました。色々な世代の方が一
お二人が所属されている「理科実験教室」では、
どのような
つの場に集い、親も先生もみなで理科実験に参加してもらい、
活動を行っているのでしょうか。
とても面白かったですね。
萩原
森山
2009年3月にボランティア活動として、子ども達に理科を教え
毎月1回リーダーの呼びかけでメンバーが20人程集まり、
話し
る
「理科実験教室」を立ち上げ、多くの子ども達に理科を好き
合って実験内容を決めています。時には、
メンバーは家でも実
になってもらい、
将来、
科学技術の分野で活躍してもらいたいと
験をしています。私たちの強みは、経営メンバーとして会社の
いう願いを込めて活動しています。
運営をしていたことなんです。皆さん、
プロジェクトを進めるノウ
2 0 1 1 年の4月から2 0 1 2 年の3月の1 年 間で53回開催し
ハウをお持ちなので、
運営がスムーズに進んでいきます。
白書
15
しかし自主的に活動するようになかなか意識を変えられない
未来とつながるために経験を伝えていくというお話がありま
人もいると思うのですが、意識の切り替えが上手い方の要因
したが、経験を伝承していくために大事なことは何でしょうか。
になっているものは何でしょうか。
森山
森山
次の世代につなげていきたいという意識はみな持っていると
現実の力が1番大きいと思っています。子どもたちの反応を直接目
思うんです。例えば、
このようにインタビューを受けるでも、
人と話
の当たりにすると、
自然と
「何かを伝えたい」
という気持ちになります。
すでもいいのですが、
自分を振り返るような場を持っていれば、
いまの子どもたちは、
インターネットの発達によって、
バーチャ
自然と内側から出てくると思いますね。振り返ることで自分の中
ルな世界に浸かってしまっています。
しかし、
リアルな経験をさせ
に埋もれていたものや忘れていたものを引き出せるのではない
ることが大切だと思うんです。一方、
いまのシニアは、戦後復興
でしょうか。
の時代から、
それこそ焼け野原の中から立ち上がり、
経験を積
もともと、私自身がディレクトフォースに入ったきっかけも、技
み上げてきた人たちです。
その経験や学びを次の世代に伝え
術系として、
自分の歩んできた道を確認できたらいいなという
たいという思いは強いと思います。
それに、核家族が多く、子ど
思いからでした。
もたちは高齢者と触れ合う機会が少なくなっていますよね。理
科実験に限らず、何の活動でもいいですが、地域にこういう活
萩原
動の場があれば、子どもたちは面白い体験ができると思ってい
ディレクトフォースの活動が非常に面白いと思うのは、様々な
ます。
その目の輝きでわれわれの意識も変わります。
産業出身のメンバーがいて、
その人たちと一緒に、業界の壁を
2012年2月には、
震災で大きな被害の出た南相馬市で開催
超えて「日本の産業は今後どうなるのか?」
というテーマを考え
しました。
マヨネーズ作りや紙飛行機製作などの実験をやった
る会があったりすることですね。
みな真剣に議論しています。
のですが、
最初のうちはうつむき加減だった子どもたちが、
一緒
にやっていくうちに少しずつ笑うようになり、最後はにこにこと大
高齢社会において高齢者自身、
そして若い世代に期待する
きな笑顔を見せてくれました。子どもたちは未来を持っていま
ことは何でしょうか。
す。彼ら自身が希望です。
つまり、子どもたちと交流することは、
未来とつながることだと思うのです。
シニアにはこの未来とのつ
森山
ながりが大切だと思っていますし、
つないでいくことが役目だと
まず、高齢者自身が自分の価値観をある程度変えていかな
感じています。
いといけないと思うんですね。
リタイアしたらそれで終わりになる
南相馬市で開催した理科実験教室の様子
「マヨネーズを作ろう」
家庭科室に集まり、
マヨネーズを
作りました。最後にはみなで味
見をして、子どもたちは喜んで食
べていました。
のではなく、
それまでの経験を社会のために活かしていく、
次の
世代に伝えていくこともしなくてはいけない。我々シニアの知恵
をいかし、
子どもと一緒に未来を創造していく。
このような考えが
もっと社会に広まって、
リタイア後に「自分もやってみたいな」
と
思ってもらえたらいいですね。
萩原
若い世代の人たちが我々シニアをもっと利用すればいいと
「紙飛行機を飛ばそう」
エアバス A380 の型を使い作
成した飛 行 機を飛ばしました。
誰がいちばん遠くまで飛ばせる
のかのコンテストをして盛り上が
りました。
思っています。
いまの高齢者はバイタリティーがあり、
これまでに
培ってきた知見も豊富です。おまけに、会社を辞めているので
お給料も発生せずコストも低いですしね。高齢社会をチャンス
と捉え、
この機会にこれまで使われてこなかった高齢者の力を
利用していけば、
日本はまだまだ伸びると思っています。
これか
らが楽しみです。
定年年齢の見直しなど、高齢者の働き方の見直しが進んで
萩原
います。
しかし、
「働く」ということは、企業に留まるだけのもの
加えて、私達の背景にある思いは、子どもの理科離れに対
ではありません。
これまでの経験や培った知見をいかし、社会
する危機感です。最近では、理科を受けないで小学校の先
のために活動し、次の世代に伝承していくことこそが、高齢者
生になれるようなこともあるみたいなのです。技術屋の私たち
の働き方の一つであることを実証されています。ディレクト
からすると、
これは非常に困るわけです。
なので、学校の先生
フォースのようないつまでも仕事経験を軸にしたつながりの場
や教育委員会で同じ思いを持っている人から
「知恵を貸して
が世代を超えて広がっていくことが日本の活力になると実感し
くれ」
と言われることは、
とても嬉しいですし、力になれればと
ました。
どうもありがとうございました。
思っています。
15
白書
16
自分らしく、ともに生きる年の重ね方
一人ひとりが自分らしさを大切にしながら、健康な生活を送り、そして社会と
バリューエイジング
つながりながら暮らしていく。そのような年の重ね方を「Value aging」と名付
バリューエイジング
けました。本白書は「Value aging」という考え方を軸としながら、日本の
高齢化社会について考えていくものです。
V
は
V
提
「V
自
高
自
V
今
自
2012年9月
株式会社サンケイビルウェルケア
Value aging 研究会 事務局
V
「つ
「知
「シ
Fly UP