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平成25年度共同研究奨励研究成果報告書

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平成25年度共同研究奨励研究成果報告書
平 成
年 度
25
平成25年度
金沢医科大学
共同研究成果報告書
奨励研究成果報告書
金 沢 医 科 大 学 共 同 研 究 成 果 報 告 書 ・ 奨 励 研 究 成 果 報 告 書
平成27年12月
平成
年
月
金 沢 医 科 大 学
金沢医科大学
12
2013
27
はじめに
平成 25 年度金沢医科大学共同研究・奨励研究の成果報告書を発刊しましたの
でお手元にお届けいたします。
本学では、平成 15 年度から若手研究者の育成を目的とした奨励研究や、学部、
大学院、総合医学研究所、他大学等との有機的連携を目指す共同研究を展開す
ることで本学研究の活性化を進めております。また、平成 17 年度からは、奨励
研究に萌芽的研究の枠を設けるなど研究の多様化にも対応しています。
平成 19 年度からは、看護学部が設置されたことに伴い、医学領域と看護学領
域に分けて募集しています。
平成 25 年度は、前年度同様学内公募を行った結果、医学領域では、共同研究
に 11 件の申請があり 4 件を採択、奨励研究に 38 件の申請があり 17 件が採択さ
れました。また、看護学領域では、共同研究に 3 件の申請があり 1 件を採択、
奨励研究に 5 件の申請があり 3 件が採択されました。本書はこれらの研究の成
果をまとめたものであります。
今後、これらの共同研究と奨励研究で得られた研究成果を、社会に還元する
とともに本学の研究基盤がより一層充実することを期待します。
最後に、本報告書の取りまとめの労をとられた研究業績評価委員会、研究推
進課並びに関係各位に感謝します。
平成 27 年 12 月
金沢医科大学
学長
勝田
省吾
目
次
はじめに
平成 25 年度 共同研究成果報告書
[医学領域]
C2013-1. スフィンゴ脂質による腫瘍細胞の浸潤(転移)
抑制療法の開発
研究代表者・岡 崎 俊 朗・・・・・・
C2013-2.
1
免疫制御受容体による急性灰白脳脊髄炎・脱髄疾患の
制御機構の解明
研究代表者・中 村
C2013-3.
5
靖・・・・・・
9
インフルエンザ肺炎の発症機構の解明
研究代表者・村 木
C2013-4.
晃・・・・・・
産科小児科の連携による胎児脳機能発達と
乳幼児期脳神経発達についての疫学研究
研究代表者・西 条 旨 子・・・・・・ 13
[看護学領域]
C2013-5.
皮膚障害を予防する深部静脈血栓症予防用の
弾性ストッキング選択基準の開発
研究代表者・木 下 幸 子・・・・・・ 17
平成 25 年度 奨励研究成果報告書
[医学領域]
S2013-1. アナフィラキシーショックにおける自律神経系の
役割と中枢神経系の制御機構の解明
研究代表者・谷 田
S2013-2.
守・・・・・・ 21
RNA 結合タンパク質の細胞内制御機構の解析
研究代表者・石 垣 靖 人・・・・・・ 25
S2013-3.
レスベラトロールによる SIRT1 発現増強機序の解明
研究代表者・北 田 宗 弘・・・・・・ 31
S2013-4.
ヘルペスウイルス誘導性肺線維症の発症機序と
ガレクチン9による制御機構の解明
研究代表者・有 川 智 博・・・・・・ 33
S2013-5.
ヒト心房筋及び洞結節細胞の電気生理学的特性を
記述する世界標準モデルの構築:分岐理論に基づく
非線形力学的アプローチ
研究代表者・倉 田 康 孝・・・・・・ 35
S2013-6.
1型糖尿病誘発要因としての Saffold ウイルス感染の
可能性の検討
研究代表者・姫 田 敏 樹・・・・・・ 39
S2013-7.
中枢神経原発悪性リンパ腫におけるインターロイキン 10
レセプターを標的とした治療の基礎研究
研究代表者・笹 川 泰 生・・・・・・ 41
S2013-8.
タイムラプス解析顕微鏡を用いた細胞間相互作用の解析
研究代表者・島 崎 猛 夫・・・・・・ 45
S2013-9.
代謝型グルタミン酸受容体による痛覚受容・伝達の
新規制御機構の解明
研究代表者・益 岡 尚 由・・・・・・ 49
S2013-10. ウイルスと宿主ユビキチンシステムの分子相互作用
研究代表者・田 崎 隆 史・・・・・・ 53
S2013-11. 神経発生・維持における可溶型 VEGF 受容体
(可溶型 Flt-1)の機能解析
研究代表者・池 田 崇 之・・・・・・ 57
S2013-12. DNA 修復タンパク質 XRCC4 のリン酸化を介した
がん細胞のアポトーシス促進機構の解明
研究代表者・砂 谷 優 実・・・・・・ 61
S2013-13. 糖尿病腎症における DPP-4 阻害の意義
研究代表者・金 﨑 啓 造・・・・・・ 65
S2013-14. 光技術を利用した扁桃体におけるセロトニン
作動性終末の生理的作用研究
研究代表者・山 本
亮・・・・・・ 69
S2013-15. DNA 末端連結経路を介した効率的細胞死誘導の解析
研究代表者・逆 井
S2013-16.
123I-MIBG
良・・・・・・ 73
による心臓交感神経終末機能の時間的変化の解明
研究代表者・奥 田 光 一・・・・・・ 77
S2013-17. スフィンゴミエリン/脂質ラフトを介した
日本脳炎ウイルス感染機構の解明
研究代表者・谷 口
真・・・・・・ 81
[看護学領域]
S2013-18. 高齢者の座位による発生褥瘡の治癒を妨げない
改新・座位ケアの RCT による効果検証
研究代表者・福 田 守 良・・・・・・ 85
S2013-19. 医療的ケアが必要な在宅療養者における災害の備えに
対する困難やあきらめの認識
-災害備えチェックシートによる備えを通して-
研究代表者・中 井 寿 雄・・・・・・ 89
S2013-20. 精神科看護師の共感の構造と共感疲労の予防方略の解明
研究代表者・田 中 浩 二・・・・・・ 91
平成 25 年度
共同研究成果報告書
医学領域
C2013-1~4
看護学領域
C2013-5
1.研究課題名:スフィンゴ脂質による腫瘍細胞の浸潤(転移)抑制療法の開発(研究番号
C2013-1)
2.キーワード:1)スフィンゴ脂質 (sphingolipids)
2)スフィンゴミエリン (sphingomyelin)
3)遊走 (migration)
4)腫瘍細胞 (tumor cell)
5)サイトカイン (cytokine)
3.研究代表者:岡崎
研究分担者:元雄
俊朗・医学部・教授・血液免疫内科学
良治・医学部・教授・腫瘍内科学
上田
善道・医学部・教授・病理学Ⅱ
田中
真生・医学部・准教授・血液免疫内科学
五十嵐靖之・北海道大学先端生命科学研究院・教授
矢冨
平林
裕・東京大学大学院医学系研究科・教授・内科学
義雄・独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター・チームリーダー
4.研 究 目 的
現在、放射線療法、化学療法、外科的治療法により、種々の悪性腫瘍においてその腫瘍サイ
ズの縮小や細胞消失を指標とする寛解状態を効率に達成できる。しかしながら、その後の腫
瘍細胞の再増殖ならびに他の部位への浸潤(転移)による再発発症が、患者の予後改善にと
って大きな障害となっている。したがって、既存の治療剤とは異なる有害事象が少なく、長
期に安全に使用可能な腫瘍増殖・浸潤(転移)に対する抑制効果を持つ新規寛解維持療法の
開発が望まれる。
本研究では、細胞レベルとマウス動物モデルで、細胞膜上のミクロドメインにおけるスフ
ィンゴミエリン合成酵素(SMS)によるスフィンゴ脂質SM制御が遊走シグナルや接着シ
グナル抑制を介して悪性リンパ腫、肺がん、膵がんの各腫瘍細胞における遊走、接着、浸潤
(転移)を阻害することを明らかにし、細胞レベルのみならずマウス浸潤モデルで外来性S
Mを投与し、腫瘍細胞の浸潤(転移)抑制が可能であることをしめし、スフィンゴ脂質によ
る新規浸潤(転移)抑制剤開発の研究端緒としたい。
5.研 究 計 画
本研究では、セラミドの直接の抗腫瘍効果と並んで悪性腫瘍の治療効率改善のために重要
な第3の手段である腫瘍細胞の浸潤(転移)の抑制におけるスフィンゴ脂質、SM効果の意
義を明らかにする。SMSの制御による膜ミクロドメインのSM減少が悪性リンパ腫、肺が
ん、膵がんの腫瘍細胞の遊走、接着、浸潤を増強し、細胞レベルとマウスモデルにおいて投
与されたSM(経口的SMや経静脈的SMリポゾーム)が膜ミクロドメインでの遊走因子(C
− 1 −
XCL12)や接着因子(ICAM1など)シグナルを介した腫瘍細胞の浸潤(転移)を抑
制することを明らかにする。
<平成 25 年度以降の計画>
I:マウス腫瘍細胞浸潤モデルにおいて経口SMと経静脈的SMリポゾームによる膜SM量
増加が腫瘍細胞の浸潤・転移を抑制するかについて検討。
各種腫瘍細胞株のマウスゼノグラフト、浸潤転移モデルを用いて
(1)経口SMと経静脈的SMリポゾーム投与にて、マウス血清ならびに腫瘍組織におい
て腫瘍細胞と血管内皮細胞を分離し、質量分析法にて膜ミクロドメインSMの増加
を確認する。
(2)CXCL12/CXCR4系やLFA1/ICAM1系、VEGF/VEGFR系
シグナルの抑制を生化学的、FRETや分子生物学的手法で検討する。
II:実臨床において、発癌症例で血清ならびに組織サンプルを用いてSMS発現、SMレ
ベルが減少しているかについて検討。
悪性リンパ腫や大腸癌患者において、腫瘍細胞と正常細胞を分離してRT−PCRでS
MSの発現とSM量変化を検討する。まず、固形癌である大腸癌で、癌発症部位と正常組
織におけるSM、セラミド量の測定とSMSの発現について検討した。
6.研 究 成 果
上図のように、SMリポゾームの腹腔内投与によって、血中のSMが増加しセラミドの
18:1/16:0 分子種が増えて 18:1/24:1 が減っていることが判明した。SMの増加を誘導するには、
− 2 −
現在の5%SMリポゾームの投与で、可能な事が判明したが、溶媒であるエタノールの影響
についての検討が必要と思われた。
CXCR4十CXCL12の相互関係をFRETを用いて検討したところ、SMを持たな
い細胞膜上では、CXCR4/CXCL12の複合体がより近接した状態で存在し、そのシ
グナル伝達が活性化されていることが判明した。細胞の遊走に於いて、SMを含む膜ミクロ
ドメインが遊走シグナルに対して抑制的に働くことが、明らかになった。
さらに、大腸がんの組織より採取したサンプル(金沢医科大学 一般・消化器外科学 小坂
健夫教授との共同研究)では、mRNA レベルで SMS1(SGMS1)が増加し、SMase2が減
少することで、がん細胞のセラミド量が増加して、細胞死が誘導されていることが考えられ
る。近年の研究によれば、セラミドの増加はアポトーシスのみでなく、ネクロプトーシスも
誘導する際に重要なシグナルとなっていることが報告されており、がん組織中での細胞の死
は周辺部分ではアポトーシスが生じその中心部分の壊死組織ではネクロプトーシスが生じて
いることが示唆された。
7.研究の考察・反省
腫瘍性疾患での検体数を増加することで、スフィンゴミエリンとその制御酵素であるSM
Sの細胞増殖と、遊走、転移における意義についてさらに検討したい。
8.研 究 発 表
Taniguchi M, Okazaki T. The role of sphingomyelin and sphingomyelin synthases in cell death,
proliferation and migration-from cell and animal models to human disorders. Biochim Biophys Acta Mol Cell Biol Lipids 2014; 1841: 692-703.
Abstract: Sphingomyelin constitutes membrane microdomains such as lipid raft, caveolae, and
− 3 −
clathrin-coated pits and implicates in the regulation of trans-membrane signaling. On the other hand,
sphingomyelin emerges as an important molecule to generate bioactive sphingolipids through
ceramide. Sphingomyelin synthase is an enzyme that generates sphingomyelin and diacylglycerol
from phosphatidylcholine and ceramide. Although ceramide has a well-known role as a lipid mediator
to regulate cell death and survival, the only known biological role of sphingomyelin regulated by
sphingomyelin synthases was limited to being a source of bioactive lipids. Here, we describe the basic
characters of sphingomyelin synthases and discuss additional roles for sphingomyelin and
sphingomyelin synthase in biological functions including cell migration, apoptosis, autophagy, and
cell survival/proliferation as well as in human disorders such as cancer and cardiovascular disorders.
It is expected that a better understanding of the role of sphingomyelin regulated by sphingomyelin
synthase will shed light on new mechanisms in cell biology, physiology and pathology. In the future,
novel therapeutic procedures for currently incurable diseases could be developed through modifying
the function of not only sphingolipids, such as sphingomyelin and ceramide, but also of their
regulatory enzymes. This article is part of a Special Issue entitled New Frontiers in Sphingolipid
Biology.
− 4 −
1.研究課題名:免疫制御受容体による急性灰白脳脊髄炎・脱髄疾患の制御機構の解明(研究番
号
C2013-2)
2.キーワード:1)多発性硬化症 (Multiple Sclerosis)
2)タイラーウイルス (Theiler's virus)
3)免疫受容体 (Immunoreceptor)
4)樹状細胞 (dendritic cell)
5)マクロファージ (Macrophage)
3.研究代表者:中村
研究分担者:大原
松井
高井
晃・医学部・教授・免疫学
義朗・医学部・教授・微生物学(採択時)
真・医学部・教授・神経内科学
俊行・東北大学加齢医学研究所・教授・遺伝子導入研究分野
4.研 究 目 的
TV 感染による急性灰白脳脊髄炎・多発性硬化症モデルにおける免疫受容体の機能解析
タイラーウイルス (Theiler's virus: TV) はマウスに急性灰白脳脊髄炎や、持続感染・脱髄疾
患 (TV-induced demyelinating disease: TV-IDD) を引き起こす。前者はポリオの、後者は多発性
硬化症 (Multiple sclerosis: MS) の動物モデルとして利用されている。TV は抗原提示細胞であ
る樹状細胞 (dendritic cell: DC) に感染するが、感染経路は不明であり、また DC 分画のうち、
ウイルスの増殖抑制に働く I 型 Interferon (IFN) を、生体において最も多く産生する形質細胞
様樹状細胞 (plasmacytoid DC: pDC) の役割も明らかになっていない。一方、ごく最近になり

申請者らは、免疫制御受容体 PIR-B 欠損 (Pirb ) pDC において TLR9 刺激による IFN やサイ
トカイン産生が亢進することを見いだしている。そこで本研究では、TV 感染モデルにおけ
る pDC の役割ならびに、免疫制御受容体の関与について明らかにすることを目的とする。
5.研 究 計 画
(1)TV 感染における pDC の役割の検討
TV-IDD は TV の脳内接種により誘導されるが、末梢から侵入すると考えられる TV が中枢
神経系に至る感染経路は不明である。そこで本研究では、蛍光標識した TV を静脈または局
所投与することにより、脾臓およびリンパ節内の各種免疫細胞の挙動について、特にウイル
ス排除に関与していると考えられる pDC を中心に検討する。また抗体投与により、生体内の
pDC を特異的に除去できることから、pDC を除去したマウスにおいて TV-IDD を誘導し、疾
患発症率や重症度、脱髄病変について検討を行う。さらに pDC を in vitro にて TV に感染さ
せたのちに、未感作のマウスに移入することにより、pDC が病変の重症度に寄与しているか
どうか検討を行う。これらの実験により、従来まったく知られていなかった、TV-IDD にお
ける pDC の役割が明らかになることが期待される。
− 5 −
(2)TV 侵入経路の検討-免疫制御受容体と TV の結合能の検討-
DC においては TV 感染初期に、TV が細胞表面に結合することが確認されている。しかし
ながら TV の受容体については不明のままである。一方、免疫制御受容体は、さまざまな細
菌やウイルスと結合することが知られている。そこで本研究においては、Fc 受容体をはじめ
とする免疫グロブリン様受容体に焦点をあて、各受容体の遺伝子欠損マウスから誘導した
DC や pDC と、TV との結合についてフローサイトメトリー (FCM) を用いて検討し、さらに
受容体のリコンビナントタンパク質と、TV との親和性についても検討する。これらの実験
により、免疫制御受容体が TV 感染の標的分子となっている可能性を明らかにする。
(3)TV-IDD における免疫制御受容体の役割の検討
免疫制御受容体を欠損すると、さまざまな刺激に対する DC や pDC のサイトカイン産生が
減弱もしくは亢進することが判明している。そのため TV との結合の有無に関わらず、これ
らの受容体は、疾患の治療標的分子となる可能性がある。そこで各種免疫制御受容体の遺伝
子欠損マウスにおいて TV-IDD を誘導し、病態に寄与する受容体について検討する。また実
験1と同様に、TV 感染後の DC や pDC の移入実験や、実験2で結合が確認できた受容体の
リコンビナントタンパク質、あるいは抗体を投与し、TV-IDD の病態に与える影響を検討す
る。これらの実験により、TV-IDD、さらには MS の新規治療標的分子としての免疫制御受容
体の可能性を追求する。
6.研 究 成 果
(1)TV は pDC に結合・感染せず I 型 IFN 産生を誘導しない
昨年度までに、pDC では通常型 DC (conventional DC: cDC) と比較して、TV による I 型 IFN
や IL-12 の産生、TV 構成タンパク質である VP1 の合成、細胞表面への TV の結合が見られな
いことを明らかにした。今年度は pDC ではウイルス力価が上昇せず、TV が pDC に感染しな
いことを明らかにした。以上の結果から、pDC には TV に結合する受容体が発現していない
ために、I 型 IFN の産生が誘導されないと考えられ、TV は pDC に認識されないことにより、
宿主の I 型 IFN による免疫応答を回避している可能性があると考えられた。
(2)TV の侵入経路、TV 受容体の探索
昨年度までに、免疫グロブリン様受容体やその会合分子の遺伝子欠損マウス由来細胞を用
いて、TV との結合について FCM を用いて検討し、膜会合分子である DAP12 や FcRγ鎖と
の会合が発現や機能に必須な受容体は、TV との結合や感染には寄与していないと考えられ
た。一方、これまで TV の細胞表面への結合にはシアル酸が必須であることも報告されてい
る。また、pDC には TV 受容体が発現していないことが予測されたことから、pDC と cDC に
おいてマイクロアレイ解析を行い、上記の条件を満たす約 10 種類の受容体を TV 受容体の候
補として選定した。これら候補受容体に対して siRNA によるノックダウン実験を行い、TV
結合能に与える影響を検討した結果、TV との結合が 15%程度、減少する受容体が見られた。
そこで表面プラズモン共鳴法(ビアコア)を用いて、センサーチップ上に固定したこの受容
体のリコンビナントタンパク質と、TV との相互作用について検討した結果、TV 感染細胞の
− 6 −
培養上清では結合を示すシグナルが観測されたが、未感染細胞の培養上清では見られず、TV
と結合している可能性が示唆された。現在、この受容体の遺伝子を細胞に導入し、過剰発現
による TV 結合量の変化についてさらに検討している。
(3)PIR-B は TV 感染によるマクロファージの IL-6 産生を抑制している
PIR-B は抑制性の免疫制御受容体であり、マクロファージにおいてブドウ球菌やサルモネ
ラ菌などと結合し、サイトカイン産生を抑制することが報告されている。TV 感染において
は、マクロファージが産生する IL-6 が、TV の増殖を抑制することが報告されている。昨年

度までに、Pirb マクロファージでは TV 感染後の IL-6 産生が野生型に比べて亢進している
ことを明らかにし、PIR-B は IL-6 産生を抑制することにより、TV-IDD の発症に関与してい

る可能性が考えられた。現在、Pirb マウスと TV 感受性である SJL マウスの戻し交配マウ
スを用いて TV 接種実験を開始しており、サイトカイン産生、脱髄発症における PIR-B の役
割について、今後個体レベルで明らかにして行く予定である。
7.研究の考察・反省
本研究結果により、TV は pDC による免疫応答を回避することで持続感染している可能性
が考えられた。研究計画段階においては TV-IDD において pDC が重要な役割を果たしている
と仮定したが、実験計画を見直すこととなった。一方、TV 受容体探索においては、TV が pDC
と結合しないことが新たな手がかりとなり、候補遺伝子の選別に有用な情報となった。今後、

TV 受容体の同定や Pirb SJL マウスでの解析を行い、TV-IDD における受容体の役割を明ら
かにするとともに、MS の新たな治療戦略としての可能性を追求していく予定である。
8.研 究 発 表
該当なし。
− 7 −
1.研究課題名:インフルエンザ肺炎の発症機構の解明(研究番号 C2013-3)
2.キーワード:1)A型インフルエンザウイルス (influenza virus type A)
2)インフルエンザ肺炎 (influenza pneumonia)
3)肺サーファクタント (lung surfactant)
4)発症機構 (pathogenesis)
3.研究代表者:村木
研究分担者:長内
靖・医学部・教授・微生物学(採択時)
和弘・医学部・教授・呼吸器内科学
石橋
隆治・看護学部・教授・医科学
野田
岳志・東京大学医科学研究所・准教授
4.研 究 目 的
インフルエンザを適切に制御することは重要であり、制御の方法のひとつとして重症化の
阻止と治療がある。重症化したインフルエンザの中で、特にウイルス性肺炎は致死的疾患で
ある。近年発生した A 型インフルエンザにおいても肺炎や急性呼吸窮迫症候群 (ARDS) の
症例が多く報告され、その病態の理解と治療法の確立は急務となっている。本研究の目的は、
インフルエンザ肺炎の発症機構に関する基礎的研究を行い、重症化に寄与する要因を解析す
ることである。
5.研 究 計 画
重症のインフルエンザ肺炎(ARDS を含む)の基本的な病態はウイルス増殖によって生じ
た肺胞障害とそれに引き続く換気障害である。本研究では、肺胞由来の培養細胞や実験動物
に A 型インフルエンザウイルスを感染させ、ウイルス感染が肺胞細胞や肺組織に与える影響
を細胞生物学的およびウイルス学的な面から解析する。特に、ウイルス感染により傷害を受
けた肺胞上皮細胞内での肺サーファクタント (PS) の合成との関連性も検討する。本研究で
得られる成果により新規の治療薬開発のための基礎的な知見も得られると期待される。
6.研 究 成 果
平成 25 年度の研究において得られた成果とその詳細を記す。
(1)ラット由来の肺胞上皮初代培養細胞に A 型インフルエンザウイルスを感染させ、目的の
達成に必要な実験系を確立することができた(担当:村木、長内、石橋)
(1)-1 材料と方法:Sprague-Dawley (male, 8-10 wk old) ラットより定法 (J Clin Invest 1979; 63:
378-387) にしたがい、肺胞 II 型上皮初代培養細胞を分離し、シャーレ中で培養した。単層
となった細胞に A/Aichi/2/68 (H3N2) 株を multiplicity of infection (moi) = 1.0, 0.01 または
0.0001 で感染させ培養した。感染 1~4 日後に細胞上清を回収し上清中のウイルスをプラ
ーク法により定量した。細胞内に発現した induced NO synthase (iNOS) の mRNA を Real
− 9 −
time-PCR で定量した。また iNOS およびこれによって産生される NO のカスケードの下流
にある phospho-vasodilator-stimulated phospho-protein (p-VASP) の発現を Western Blot で解析
した。
(1)-2 結果:感染細胞の上清中のウイルス感染価は、104~106 plaque-forming unit (PFU)/ml
であり、A 型ウイルスがマウス由来の細胞で増殖することが明らかとなった。炎症のマー
カーである iNOS-mRNA および iNOS の発現は増加し、ウイルス感染によって炎症が惹起
されていることが示された。また、同時に p-VASP も増加していることから、NO 産生その
ものも増加し、NO 以降のシグナル経路も活性化されていることが明らかとなった。
(2)今後の感染実験に必要なウイルス株を準備できた(担当:村木)
重症の肺炎患者から分離された A 型インフルエンザウイルス A/Norway/2009 (H1N1pdm)
を野田岳志博士(共同研究者)から、軽症の患者から分離されたウイルス株 A/Osaka/2009
(H1N1pdm) を高橋和郎博士(大阪府立衛生研究所)から分与を受けた。まずこれらのウイ
ルス標品の感染価を MDCK 細胞で測定した。次に moi = 0.1 で MDCK 細胞に感染させ実験
用ストック標品を作製した。これらのウイルス共に 33°C より 37°C において 10 倍程度
効率よく増殖した。
7.研究の考察・反省
マウスやフェレット(由来の細胞)における A 型インフルエンザウイルスの増殖は報告さ
れているが、ラット(およびラット由来の細胞)における増殖の可否は明らかではなかった。
本研究においてラット由来の肺胞細胞における A/Aichi/2/68 (H3N2) 株の増殖を確認するこ
とができたことは新しい知見である。これにより目的の感染実験の態勢が整ったことになる。
今回分与を受けた 2 つの A/H1N1pdm09 株(A/Norway/2009、A/Osaka/2009)は、いずれもヒ
トに感染症を起こしたウイルスである。従来このウイルスは(33°C ではなく)37°C での
増殖能が良いとされてきた。トリ由来の遺伝子を未だ保有しており、ヒトに馴化していない
からである。本研究において感染実験用ストックを作製する際にその裏付けとなる成績が得
られた。
なお、上記の方法で分離した細胞の標品を再解析し、肺胞 II 型上皮細胞の性状を有してい
るかを確認する必要がある。標品中に肺胞 I 型細胞やその他の肺組織由来の細胞が混在して
いる可能性があるためである。解析結果によっては、細胞集団の中から肺胞 II 型上皮細胞を
flowcytometry などを用いて単離し、感染実験を行うこととする。
今後は下記の実験を行う予定である。
(1)A/H1N1pdm 株を用いた感染実験-1:
A/Norway/2009 (H1N1pdm)(高病原性株)および A/Osaka/2009 (H1N1pdm)(低病原性株)
の肺胞由来の細胞における増殖に関する報告はない。そこでこれらのウイルスを A549 細
胞(ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞)に感染させ、その増殖能を解析する。同時に感染細胞
内に発現した iNOS-mRNA、iNOS、p-VASP の発現を定量する。また surfactant protein-A, B,
C, D の mRNA も定量し、ウイルス感染がサーファクタント蛋白の発現に与える影響を明
− 10 −
らかにする。
(2)A/H1N1pdm 株を用いた感染実験-2:
A/Norway/2009 および A/Osaka/2009 のそれぞれのウイルス株をラット肺胞 II 型上皮初代
培養細胞に感染させ、その増殖能を検討する。同時に感染細胞内のウイルス蛋白や PS の
合成と成熟、iNOS、p-VASP、iNOS-mRNA の発現をウエスタンブロット法と real time-PCR
法で解析する。また感染細胞の状態や細胞表面から出芽するウイルス粒子を透過型および
走査型電子顕微鏡で観察する。
(3)ラットを用いた感染実験:
A/Norway/2009 および A/Osaka/2009 のそれぞれをラットの鼻腔に感染させる。その後体
重減少や症状(上・下気道症状、発熱など)の有無を指標に感染の経過を観察する。肺胞
洗浄液中のウイルス量、PS 量を定量し、生体内でのウイルス増殖を解析する。
8.研 究 発 表
Zhou M, Osanai K, Kobayashi M, Oikawa T, Nakagawa K, Mizuno S, Muraki Y, Toga H.
Adenovector-mediated gene transfer of lysophosphatidylcholine acyltransferase 1 attenuates oleic
acid-induced acute lung injury in rats. Crit Care Med 2014; 42: e716-e724.
Abstract: OBJECTIVE: Lysophosphatidylcholine is generated through the hydrolysis of
phosphatidylcholine by phospholipase A2 and reversely converted to phosphatidylcholine by
lysophosphatidylcholine
acyltransferase
1.
Although
lysophosphatidylcholine
is
a
potent
proinflammatory mediator and increased in several types of acute lung injuries, the role of
lysophosphatidylcholine acyltransferase 1 has not yet been addressed. We aimed to investigate
whether the exogenous expression of lysophosphatidylcholine acyltransferase 1 could attenuate acute
lung injury.
DESIGN: Randomized, prospective animal study, including in vitro primary cell culture test.
SETTING: University medical center research laboratory.
SUBJECTS: Adult male Sprague-Dawley rats.
INTERVENTIONS:
Recombinant
adenoviruses
carrying
complementary
DNA
encoding
lysophosphatidylcholine acyltransferase 1 or lacZ (Ad-lacZ) as a control was constructed. Alveolar
type II cells were isolated from rats and cultured on tissue-culture inserts. Rats were pretreated with
an endobronchial administration of the recombinant adenovirus. One week later, they were IV
injected with oleic acid. The lungs were examined 4 hours post oleic acid.
MEASUREMENTS AND MAIN RESULTS: Adenoviruses carrying complementary DNA
encoding lysophosphatidylcholine acyltransferase 1-infected alveolar type II cells showed lower
lysophosphatidylcholine levels and a decreased percentage of cell death compared with
Ad-lacZinfected cells or noninfected cells after exposure to hydrogen peroxide for 1 hour. Compared
with Ad-lacZ plus oleic acid-treated lungs, adenoviruses carrying complementary DNA encoding
lysophosphatidylcholine acyltransferase 1 plus oleic acid-treated lungs showed a lower wet-to-dry
− 11 −
lung weight ratio, a higher lung compliance, lower lysophosphatidylcholine contents, higher
phosphatidylcholine contents, and a lower apoptosis ratio of alveolar type II cells. Histological
scoring
revealed
that
the
adenoviruses
carrying
complementary
DNA
encoding
lysophosphatidylcholine acyltransferase 1-treated lungs developed oleic acid-induced lung injuries
that were attenuated compared with those of Ad-lacZ-treated lungs.
CONCLUSIONS: Exogenous expression of lysophosphatidylcholine acyltransferase 1 protects
alveolar type II cells from oxidant-induced cell death in vitro, and endobronchial delivery of a
lysophosphatidylcholine acyltransferase 1 transgene effectively attenuates oleic acid-induced acute
lung injury in vivo. These results suggest that lysophosphatidylcholine acyltransferase 1 plays a
protective role in acute lung injury.
− 12 −
1.研究課題名:産科小児科の連携による胎児脳機能発達と乳幼児期脳神経発達についての疫学
研究(研究番号
C2013-4)
2.キーワード:1)ダイオキシン(dioxin)
2)臍帯血 (umbilical cord blood)
3)脳神経発達 (neurodevelopment)
4)乳幼児 (infant and children)
5)追跡調査 (follow-up study)
3.研究代表者:西条
旨子・医学部・准教授・公衆衛生学
研究分担者:早稲田智夫・医学部・講師・産婦人科学(採択時)
新井田
西条
要・金沢医科大学病院・准教授・遺伝子医療センター
寿夫・富山大学大学院・医学薬学研究部・教授・システム情動科学
4.研 究 目 的
近年、日本やアメリカなどの先進国で発達障害児(広汎性発達障害、多動注意欠陥症候群
や学習障害を含む)が増加し、親の高齢化や高学歴、妊娠出産時の異常、環境汚染などとの
関連が予想されているが、日本における疫学調査は少ない。これまで我々は、環境汚染物質
の胎児期暴露と乳幼児期の脳神経発達との関連性を明らかにすることを目的に、ベトナムに
おいて新生児コホートを追跡調査し、ダイオキシン高暴露群の男児が、乳児早期に微細運動
能力の低下を示すことを報告してきた。また、3 歳時の追跡調査では、高汚染群に自閉症様
症状やコミュニケーション発達の遅れを示す児が多いことを報告した。
そこで本研究は、親の要因や環境汚染などにより生じた胎児期の微細脳障害が、生後の脳
神経発達過程及び高次脳機能に影響を及ぼすという仮説を検証することを目的とし、社会問
題ともなっている発達障害の発症要因について、産科と小児科の連携により、胎児期と乳幼
児期の脳発達を追跡的に明らかにする。
5.研 究 計 画
当院産婦人科および富山大学付属病院産婦人科にて出産予定で妊娠経過観察中の女性に研
究参加を要請し、承諾の得られた 150 名につき、外来でのインフォームドコンセントを取得
した後、本人と夫の社会経済要因や心理状態(EPDS を用いたうつ傾向)、妊娠中の栄養状況
や食行動、既往歴、妊娠出産の経過につき問診し、データベースの作成を行う。また、対象
者の出産時に臍帯血血清と臍帯の採取を行い、検体を冷凍保存する。さらに、生後 2-3 日に、
新生児の脳波を測定し、解析するが、測定方法や解析方法について、事前研修および試験解
析を行う。臍帯血中のダイオキシンの測定手法を確立し、臍帯血を 30ml 以上採取できた検
体についてはダイオキシンを測定し、臍帯血清中の脳由来神経栄養因子 (BDNF) を測定する。
臍帯血性ホルモンについては、BML に委託して測定する。
− 13 −
生後 6 か月に、脳神経発達検査バッテリーBayley III(日本語バージョン)を用いて、乳幼
児期の認知、言語、運動発達を評価し、同テストに付属する社会情動適応行動問診票にて高
次脳機能の発達を評価する。身体測定も行って、
追跡調査に関するデータベースを作成する。
また、北陸の検体収集に先立ち、すでに収集しているベトナムの検体についても、臍帯血
中ダイオキシンとの比較による、母乳中ダイオキシン濃度の胎内暴露指標としての有用性の
検討や、ダイオキシン高濃度暴露による脳神経発達障害児の早期発見指標としての尿中アミ
ノ酸の検討を行い、北陸における研究の基礎となる研究も行う。
6.研 究 成 果
1)妊娠後期に実施した EPDS(エジンバラ産後うつ尺度)と PSQI(ピッツバーグ睡眠調
査票)、胎児感情尺度の集計を行い、母親の経済状態(収入)と EPDS、胎児感情尺度が相関
しており、経済状態が不良な場合うつ傾向になりやすく、胎児への思いが肯定的なものと否
定的なものが拮抗する状態になることが明らかとなった。また、EPDS は PSQI との相関して
おり、うつ傾向の母親は睡眠状態も不良であることが推察された。2)ベトナム・ビエンホア
市に居住する同一の母親の母乳中と臍帯血中のダイオキシン濃度を測定し、母乳中ダイオキ
シン濃度が臍帯血中ダイオキシン濃度により示される胎児へのダイオキシン暴露量を反映し
ていることを明らかにした。特に 4 塩化ダイオキシンは濃度レベルもほぼ等しく、相関性も
高かった。しかし、フラン類については、臍帯血中の濃度が母乳中に比べ高く、胎児は、母
乳中濃度より多いフラン類を暴露している可能性が示唆された。3)今回得られた母乳サンプ
ル中のダイオキシン濃度を平成 14 年に金沢市内で採取された母乳サンプルと比較し、この
12 年間におけるダイオキシン暴露の変化を検討した。その結果、経産婦では、ダイオキシン
類、フラン類共に減少しており、厚生省が行っている全国調査の結果と同様、ダイオキシン
暴露は低下していることが示唆された。しかし、初産婦ではフラン類の減少は顕著であった
が、ダイオキシン類の減少は少なく、さらに詳細な検討が必要と思われた。4)満期産児の中
でも、比較的在胎週数の少ない児の BNDF 値は高く、BDNF が高い児では身長補正した頭囲
が小さいことが明らかとなった。また、母乳中ダイオキシンと臍帯血中テストステロンの間
には負の相関があり、ダイオキシン暴露と胎児期の性ホルモンの関連性も示唆された。5)新
生児脳波については、データのサンプリング方法と解析に使用するパラメーターを決定した。
生後 2-3 日に測定した脳波記録の内、Active Sleep 相で、ノイズのない部分から 5 か所、20
秒間ずつ全ての誘導の脳波をサンプリングし、ACK-II ファイルとして書き出し、MatLab ソ
フトウェアで読んで解析用ファイルとした後、
EEG 解析ソフトである NeuroGuide を用いて、
異なった周波数ごとの(θ, δ, α, β, high-β, γ, high-γ)の左右の FP 電極(前額部誘導)の Absolute
Power と、FP 電極間および O 電極(後頭部)間、左右の同側の FP と O 電極(後頭部)の間
の Coherence を算出した。また、脳波記録の異なった 5 か所の Power や Coherence 等のパラ
メーターの平均値を、対象児の脳神経活動の指標とし、母乳中ダイオキシン濃度と各脳波パ
ラメーターの平均値との間の関連性について検討することとした。6)ベトナムのダナン市の
ダイオキシン汚染地域に居住する 3 歳児の内から、高総ダイオキシン (PCDD/F) ・高四塩化
− 14 −
ダイオキシン (TCDD) 暴露群、高 PCDD/F・低 TCDD 暴露群(以上 2 群は低脳神経発達)、
低暴露・低発達群、低暴露・正常発達群の小児を選出し、その尿中アミノ酸を測定し、4 群
間で比較検討した。その結果、ヒスチジン、ヒスチジン・グリシン比が低暴露・正常発達群
に比べ高 PCDD/F・高 TCDD で有意に低く、脳神経発達の指標の内、言語や微細運動の指標
と有意に相関していた。これらのことから、尿中ヒスチジンが、ダイオキシン暴露による発
達障害の早期指標となる可能性が示唆された。
7.研究の考察・反省
1)妊娠後期に実施したうつ尺度と胎児感情尺度に有意な相関が認められたことから、出産
後の育児をする上でも妊娠中の心理状態が影響することが予想され、出生児の成長や脳神経
発達とダイオキシン暴露との関連性を考える上で、解析に加えるべき変数と考えられた。ま
た、ダイオキシン暴露がうつ尺度に影響を与えていることも考えられ、この点についても検
討する必要があると思われた。しかし、研究参加に同意が得られた症例が少ない上に、デー
タの欠損も認められ、解析対象となった症例数が少なかったことが大きな反省点である。2)
ベトナムの高濃度汚染地域で得られた検体を用いているが、これは臍帯血中の脂肪量が少な
いためにダイオキシンン濃度の測定が他地域の検体に比べ容易だからということが一つの大
きな理由である。これまでにも、臍帯血と母体血や母乳との比較は行われてきたが、測定感
度以下の臍帯血検体が多く、十分な比較ができていない論文も多い。本研究では、母乳と臍
帯血をペアで採取し、ペアデータとして比較できた結果、少ない検体数でも有意な結果が得
られたと考えられる。母乳を用いた測定は、臍帯血に比べ採取が容易である上脂肪量も多く、
安定な測定結果が得られるので、暴露指標として用いられるが、本研究で、TCDD や総ダイ
オキシン毒性指数では良い指標であるが、フラン類については、臍帯血の濃度の方が高く、
母乳を用いた測定では、過少評価になる可能性があることを示唆した。3)早産児の BDNF
については報告が多いが、本研究では、BDNF 満期産児の中でも、比較的在胎週数の少ない
児の BNDF 値が高いことを示すことができ、BDNF は脳発達の鋭敏な指標であることが示さ
れた。また、臍帯血中テストステロンについてはダイオキシン以外の POPs と負の相関があ
ることは、これまでにも報告されているが、ダイオキシンについては報告がなく、新しい知
見となると考えられる。また、臍帯血中テストステロンは、小児期における男児の女子的な
遊びの傾向と関連があることが報告されており、今後の追跡調査が必要である。なお、ダイ
オキシンはこれまで、エストロゲンとの関連性を中心に研究されてきたが、本研究では臍帯
血中のエストロゲンとの関連性は認められなかった。4)新生児脳波については、測定手技を
確立し、実際の測定を始めたところであり、調査の進行が遅れていることが反省点である。
しかし、解析ソフトを用いた解析に用いるパラメーターの設定も終了したので、解析を進め、
ダイオキシン暴露や母親の要因との関連について検討していく予定である。5)尿中アミノ酸
は以前より、自閉症発症の早期指標として検討されてきたが、本研究では、ダイオキシン汚
染により発症が促進されたと考えられる発達障害例の早期発見の指標として、アミノ酸の一
つであるヒスチジンの測定が有用であることを示唆した。尿検査は侵襲もなく、小児でも簡
− 15 −
単に行える検査であり、MRI などのように設備も費用も少なくて済む検査であり、発達検査
と併用することにより、より確実に発達障害の早期発見が行えると考えられる。また、尿中
ヒスチジンは脳内でのヒスタミン神経伝達系の活動を反映する代謝物であり、脳機能の上か
らも興味深い知見と考えられる。この結果を基に、より多くの集団で、スクリーニングテス
トとしての有効性を検証していきたい。
8.研 究 発 表
Nishijo M, Tai PT, Anh NT, Nghi TN, Nakagawa H, Van Luong H, Anh TH, Morikawa Y, Waseda T,
Kido T, Nishijo H. Urinary amino acid alterations in 3-year-old children with neurodevelopmental
effects due to perinatal dioxin exposure in Vietnam: a nested case-control study for neurobiomarker
discovery. PLoS One 2015; 10: e0116778.
Abstract: In our previous study of 3-year-old children in a dioxin contamination hot spot in Vietnam,
the high total dioxin toxic equivalent (TEQ-PCDDs/Fs)-exposed group during the perinatal period
displayed
lower
Bayley
III
neurodevelopmental
scores,
whereas
the
high
2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD)-exposed group displayed increased autistic traits. In
autistic children, urinary amino acid profiles have revealed metabolic alterations in the amino acids
that serve as neurotransmitters in the developing brain. Therefore, our present study aimed to
investigate the use of alterations in urinary amino acid excretion as biomarkers of dioxin
exposure-induced neurodevelopmental deficits in highly exposed 3-year-old children in Vietnam. A
nested case-control study of urinary analyses was performed for 26 children who were selected from
111 3-year-old children whose perinatal dioxin exposure levels and neurodevelopmental status were
examined in follow-up surveys conducted in a dioxin contaminated hot spot. We compared urinary
amino acid levels between the following 4 groups: (1) a high TEQ-PCDDs/Fs and high
TCDD-exposed group; (2) a high TEQ-PCDDs/Fs but low TCDD-exposed group; (3) a low
TEQ-PCDDs/Fs exposed and poorly developed group; and (4) a low TEQ-PCDDs/Fs exposed and
well-developed group. Urinary levels of histidine and tryptophan were significantly decreased in the
high TEQ-PCDDs/Fs and high TCDD group, as well as in the high TEQ-PCDDs/Fs but low TCDD
group, compared with the low TEQ-PCDDs/Fs and well-developed group. However, the ratio of
histidine to glycine was significantly lower only in the high TEQ-PCDDs/Fs and high TCDD group.
Furthermore, urinary histidine levels and the ratio of histidine to glycine were significantly correlated
with neurodevelopmental scores, particularly for language and fine motor skills. These results
indicate
that
urinary
histidine
is
specifically
associated
with
dioxin
exposure-induced
neurodevelopmental deficits, suggesting that urinary histidine may be a useful marker of
dioxin-induced neurodevelopmental deficits and that histaminergic neurotransmission may be an
important pathological contributor to dioxin-mediated neurotoxicity.
− 16 −
1.研究課題名:皮膚障害を予防する深部静脈血栓症予防用の弾性ストッキング選択基準の開発
(研究番号
C2013-5)
2.キーワード:1)深部静脈血栓症予防 (DVT: Deep Vein Thrombosis Prevention)
2)弾性ストッキング (GCS: Graduated Compression Stockings)
3)圧迫創傷 (Pressure injury)
3.研究代表者:木下
幸子・看護学部・講
師・成人看護学
研究分担者:紺家千津子・看護学部・教
授・成人看護学
松井
優子・看護学部・准教授・基礎看護学
真田
弘美・東京大学大学院医学系研究科・教授・健康科学・看護学専攻老年看護学分野
須釜
淳子・金沢大学医薬保健研究域・教授・健康増進科学センター
4.研 究 目 的
2004 年に肺塞栓予防管理料の設置や肺塞栓予防ガイドラインが作成されたことにより、
深 部 静 脈 血 栓 (DVT) 予 防 の た め の 医 療 機 器 で あ る 弾 性 ス ト ッ キ ン グ (GCS:Graduated
Compression Stockings) の使用は普及した。しかし、一方で GCS の着用による皮膚障害(圧
迫創傷)の発生報告が散見されている。その障害は発赤や糜爛にとどまらず、重篤なものは
壊疽にまで至ったという報告があり、これらは医療事故となりかねない。
研究者は 1 施設で GCS の着用や皮膚の観察の方法を看護師に指導する活動を行った。その
結果、圧迫創傷の減少につながったがゼロには至らなかった。発生状況を調査すると圧迫創
傷はしわと骨突出部位にみられ、長さの合わない GCS が着用されていたことから、個々に適
した GCS を選択する必要があるという課題を導きだした。現状では院内の 1 種類の GCS か
らそのメーカーが定めた測定部位を計測してサイズを選択しているのみである。
本邦では、現在十数種類が市販されているが、製品により提示されている測定部位が異な
り、硬さや伸縮性が異なると考えられる。また多くは外国製品で日本人の体型に合わないこ
とも考えられる。圧迫創傷の原因がしわによる圧迫やずれによることは予測されるが、発生
した圧迫創傷の詳細な部位や形態の特徴について明らかになっておらず、また、着用する対
象の身体的な特徴による詳細な GCS の選択の基準はない。そこで本研究は、GCS の選択に
考慮すべき基準を開発することを目的として、GCS の着用により発生した圧迫創傷の形態の
特徴と対象個々の背景から要因を検討する。
5.研 究 計 画
1)研究デザイン:質的記述研究
2)対象:2 施設の調査施設の 2006 年~2012 年に GCS 着用により圧迫創傷が生じ、写真が保
管されていた過去の症例である。
− 17 −
3)方法:
①圧迫創傷の形態の特徴の抽出
研究者代表者は、対象施設の皮膚・排泄ケア認定看護師(WOC)より提供を受けた写
真から圧迫創傷をスケッチし、レトロスペクティブに形態的特徴を抽出した。研究分担
者により、抽出した形態的特徴についてスーパーバイズをうける。また WOC に確認し
コンセンサスを得た。
②発生要因の抽出
研究代表者は、患者背景、発生部位、着用中の情報を診療録より、褥瘡、圧迫創傷発
生概念図(図1)、文献より、調査項目を抽出し調査用紙を作成した。調査用紙をもとに
身体的特徴、機器やケアに関する情報を収集し、圧迫創傷の発生と関連を抽出した。研
究分担者により、抽出された内容についてスーパーバイズをうけ、発生要因の抽出の精
選を行った。
調査項目:調査用紙(資料1)
③GCS の製品の特性の整理
研究代表者は、GCS の製品の特長を整理する。
④GCS 選択基準の作成
①②③の結果から選択基準案を作成する。研究分担者と共に内容を精選し、選択基準
を作成する。
4)倫理的配慮
調査施設の倫理審査委員会の承認を得て実施した。
6.研 究 成 果
1)圧迫創傷の形態の特徴について
9 例 28 個の圧迫創傷の形態的な特徴を抽出した。
・部位は、脛骨部 5 個、下腿周囲 5、内踝・外踝部 5 個、足背部 4 個、アキレス腱部 1
個、足趾 5 個、その他 3 個であった。
・形態的な特徴においては、位置は、体幹に対し、垂直か並行か、骨上か否か、その内、
腱上か、関節部上か軟部組織かに分類され、形状は、線状、円・楕円形、不整形、分
布は、単数か複数かに分類された。
2)発生要因の抽出
調査項目から、
①身体的特徴について
・9 名は、男性 5 名、女性 4 名、平均 76.7 歳 (63 - 90) であった。
・疾患は、整形外科2、脳血管2、心臓血管1、消化器外科1、皮膚科1、消化器内科
1、腎臓内科1名であった。
・病期は、周術期 4 名、急性期 3 名、慢性期 2 名であった。
・BMI は、20.2 (11.1 - 29.4) (n = 8) であった。
− 18 −
②個体要因として
・既往歴、過去の ABI 値、動脈触知不良の記載から、末梢循環不全
・術後の下肢の浮腫ありとの記載から、皮膚の脆弱
・形態的な特徴から、やせによる骨突出(脛骨の突出)
③ケア要因として
・GCS の上端を折り曲げた着用、モニターホールの不適切な使用という不適切な着用
・皮膚の観察の記載、定期的な履き直しの記載が明確でないことから、定期的な皮膚の
チェックの不足
・動脈触知の記載がないことから、末梢循環のチェックの不足、患者への確認不足
④機器要因として
・カルテの記載内容と、形態的特徴から、ストッキングのしわや端の丸まりの発生
・情報提供の視点において、既往、内服薬から、着用に慎重な検討が必要であった対象
の抽出
3)GCS の特性の調査
GCS は、本邦で最もよく使用されている 4 種類のハイソックスタイプを調査した。
(コンプリネット・プロ®:テルモ、アンシルク®:アルケア、ファインサポート®:東レメディカル、ケンドール TED サージカルストッキング®:
コヴィディエン)
・これらは、いずれも構造は丸編みであり、素材はナイロン、ポリウレタンであった。
・サイズ選択に必要な測定部位は、足首周囲のもの、足首周囲と下腿周囲の 2 ヶ所を求
めるもの、身長と足首周囲を計測するものがあり、各製品によって様々であった。
・サイズは、サイズ表から 4 ㎜間隔のもの、8 ㎜間隔のものがあった。
・着用した時の位置がわかりやすいよう、ポジションマーカーがついているもの、ない
ものがあった。
・厚み、柔らかさ、伸縮性はそれぞれ異なっていたが、数値的な調査はできていない。
この研究結果の1)の一部について、第 23 回日本創傷・オストミー・失禁管理学会学術集
会において、「3 症例の深部静脈血栓症予防用弾性ストッキングによる脛骨部圧迫創傷の
形態と身体的特徴」として発表した(平成 25 年 5 月)。
7.研究の考察・反省
本研究により、圧迫創傷の形態的特徴と発生につながる個体要因、ケア要因、機器要因の
抽出を行った。圧迫創傷の予防に向けて、身体的特徴は、骨突出部、浮腫に注意を払うこと、
ケア要因として、動脈の触診、冷感の有無、皮膚の観察が定期的に行われること、禁忌、警
告である対象を周知し、患者への説明と確認が必要であることなどが示唆された。GCS の特
徴の整理が終了せず、研究期間内に選択基準の完成には至らなかったが、今回得られた結果
より、選択基準作成への示唆がえられた。
8.研 究 発 表
関連学会(日本褥瘡学会または日本創傷・オストミー失禁管理学会)への投稿を予定して
いる。
− 19 −
資料1
− 20 −
平成 25 年度
奨励研究成果報告書
医学領域
S2013-
1~17
看護学領域
S2013-18~20
1.研究課題名:アナフィラキシーショックにおける自律神経系の役割と中枢神経系の制御機構
の解明(研究番号
S2013-1)
2.キーワード:1)アナフィラキシー (anaphylaxis)
2)交感神経 (sympathetic nerve)
3)麻酔薬 (anesthetic)
4)電気生理 (electrophysiology)
5)第三脳室 (third ventricle)
3.研究者氏名:谷田
守・医学部・講師・生理学Ⅱ
4.研 究 目 的
アナフィラキシーショックは時として致死的となる緊急性を要する疾患であり、中枢神経
系を介する防御機序は不明な点がある。脳・視床下部に制御機構をもつ自律神経系は循環シ
ョックにおける重要な防御機構と考えられており、アナフィラキ-低血圧においては圧受容
器反射による腎臓交感神経活動 (RSNA) 応答の重要性が指摘されている。一方で、ラット交
感神経活動は麻酔薬の影響をうけることがわかっているが、アナフィラキシー低血圧時にお
ける RSNA 反応に対して麻酔薬が影響するか否かについてはよくわかっていない。
さらに自律神経系には、血糖調節に関与する肝臓及び膵臓の自律神経やエネルギー代謝に
関与する脂肪組織自律神経が存在しているが、アナフィラキシーでこれらの自律神経系がど
のような反応を示すかについては不明である。また、脳室内に抗原を投与したとき、すなわ
ち脳アナフィラキシーの自律神経と血圧への作用についても不明である。
以上の研究背景を踏まえて、本研究では以下の項目について検討を行った。
①ラットアナフィラキシーショックにおける自律神経系の役割
②ラットアナフィラキシーショックにおける腎臓交感神経活動の反応と麻酔薬の影響
③ラットアナフィラキシーショック時の肝臓交感神経及び白色脂肪交感神経活動の反応
④感作ラットの脳室内への抗原投与が交感神経活動及び血圧へ及ぼす影響
5.研 究 計 画
実験①では、ovalbumin で感作した Sprague-Dawley ラットを抗原の静脈内投与でアナフィ
ラキシーを惹起させ、動脈圧 (SAP) と血中カテコラミン濃度を測定して、ノルアドレナリン
の放出阻害ならびにα-アドレナリン受容体の阻害効果を薬理的方法で検討した。
実験②では、研究代表者が確立した in vivo 電気生理学実験法を用いて、ovalbumin で感作
した Sprague-Dawley ラットの RSNA と SAP を麻酔下又は覚醒下で記録して、ウレタン、ペ
ントバルビタール、ケタミンの3種類の麻酔薬を用いた。
実験③では腎臓、肝臓、白色脂肪組織の3つの交感神経活動を測定して、アナフィラキシ
ーを惹起させ、交感神経応答の部位特異性を検討した。
− 21 −
実験④では、ovalbumin で感作した Sprague-Dawley ラットを用いて、肥満細胞が局在する
脳・視床下部に隣接する第三脳室に抗原を投与して、RSNA と SAP の反応を観察した。
6.研 究 成 果
①抗原の静脈内投与によりアナフィラキシーを惹起すると SAP は低下した後、10 分以降に回
復した。また抗原投与後 60 分で血中ノルアドレナリンとアドレナリン濃度が有意に上昇した。
α 1- ア ド レ ナ リ ン 受 容 体 拮 抗 薬 (prazosin) 、 非 選 択 的 α - ア ド レ ナ リ ン 受 容 体 拮 抗 薬
(phentolamine) な ら び に 選 択 的 に 交 感 神 経 終 末 の ノ ル ア ド レ ナ リ ン を 除 去 す る
6-hydroxydopamine (6-OHDA) の前処置は抗原投与直後の反応には影響を及ぼさなかったが
10 分以降の SAP の回復を抑制した。
②アナフィラキシー低血圧時の RSNA 反応は麻酔下に比べて覚醒下で有意に増大した。抗原投
与 10 分後までに、ペントバルビタール及びウレタン麻酔下で RSNA は増大したが、ケタミ
ン麻酔下では有意な増大反応はみられなかった。さらに抗原投与前の sodium nitroprusside の
血圧低下に対する RSNA 増加反応は麻酔下に比べて覚醒下で増大した。また、圧受容器を切
除したラットでアナフィラキシーショックを惹起させると、麻酔下ではなくて覚醒下で
RSNA 反応が減弱した。
③ペントバルビタール麻酔下でアナフィラキシー低血圧を惹起させると、抗原投与 10 分後まで
に RSNA と白色脂肪交感神経活動は増大したが、肝臓交感神経活動は有意な変化が観察され
なかった。
④ovalbumin 皮下投与で感作したラットの脳室内に抗原を投与し、RSNA 及び SAP に変化があ
るか否かについてペントバルビタール麻酔下で検討した結果、RSNA 及び SAP に有意な変化
がみられなかった。また、ovalbumin の脳室内投与で感作したラットにおいても同様に、抗
原の脳室内投与は RSNA 及び SAP に影響しなかった。
7.研究の考察・反省
薬理学的方法を用いたノルアドレナリンの放出阻害ならびにα-アドレナリン受容体の阻
害による交感神経系遮断は、麻酔下ラットのアナフィラキシー低血圧の回復期に血管収縮を
抑制して血圧低下を増悪させた。従って、アナフィラキシーショック時の自律神経系は、血
圧回復時の血管収縮に関与することが示唆された。一方で、ラットアナフィラキシー低血圧
時の遠心性腎交感神経活動の反応は覚醒下で顕著に増大する一方、麻酔下においては RSNA
反応の違いや圧受容器反射の関与の違いがみられ麻酔薬による影響が示唆された。今後は覚
醒下におけるアナフィラキシーショック時の RSNA 反応に関与する脳・延髄での圧受容器経
路の詳細な仕組みについて検討を行う必要がある。
アナフィラキシーショック時の自律神経応答を検討する目的で、交感神経系の部位特異的
反応性があるか否かについて、麻酔下ラットの腎臓、肝臓又は白色脂肪を支配する神経活動
を測定して検討した結果、交感神経腎臓枝と白色脂肪枝の活動のみが抗原投与 10 分で有意に
増大した。この実験事実は、交感神経応答の部位特異性を示唆するもので、今後さらに覚醒
− 22 −
下ラットを用いた検討や迷走神経活動への効果を調べる必要がある。
脳・視床下部に存在する肥満細胞の脱顆粒に伴って、脳アナフィラキシーが惹起されるか
否か検討した結果、感作ラットへの抗原脳室内投与は RSNA 及び SAP に作用しなかった。本
研究で行った第三脳室への抗原投与により肥満細胞が脱顆粒を起こしているか、組織学又は
生化学的検討を今後行う必要がある。
8.研 究 発 表
① Sun L*, Tanida M*, Wang M, Kuda Y, Kurata Y, Shibamoto T. Effects of anesthetics on the renal
sympathetic response to anaphylactic hypotension in rats. PLoS One 2014; 9: e113945. *equal
contribution
Abstract: The autonomic nervous system plays an important role in rat anaphylactic hypotension. It
is well known that sympathetic nerve activity and cardiovascular function are affected by anesthetics.
However, the effects of different types of anesthesia on the efferent renal sympathetic nerve activity
(RSNA) during anaphylactic hypotension remain unknown. Therefore, we determined the renal
sympathetic responses to anaphylactic hypotension in anesthetized and conscious rats and the roles of
baroreceptors in these responses. Sprague-Dawley rats were randomly allocated to anesthetic groups
that were given pentobarbital, urethane, or ketamine-xylazine and to a conscious group. The rats were
sensitized using subcutaneously injected ovalbumin. The systemic arterial pressure (SAP), RSNA and
heart rate (HR) were measured. The effects of sinoaortic baroreceptor denervation on RSNA during
anaphylaxis were determined in pentobarbital-anesthetized and conscious rats. In all of the sensitized
rats, the RSNA increased and SAP decreased after antigen injection. At the early phase within 35 min
of the antigen injection, the antigen-induced sympathoexcitation in the conscious rats was
significantly greater than that in the anesthetized rats. Anaphylactic hypotension was attenuated in the
conscious rats compared to the anesthetized rats. The anesthetic-induced suppression of SAP and
RSNA was greater in the order ketaminexylazine >urethane = pentobarbital. Indeed, in the rats treated
with ketamine-xylazine, RSNA did not increase until 40 min, and SAP remained at low levels after
the antigen injection. The baroreceptor reflex, as evaluated by increases in RSNA and HR in response
to the decrease in SAP induced by sodium nitroprusside (SNP), was suppressed in the anesthetized
rats compared with the conscious rats. Consistent with this finding, baroreceptor denervation
attenuated the excitatory responses of RSNA to anaphylaxis in the conscious rats but not in the
pentobarbital-anesthetized rats. RSNA was increased markedly in conscious rats during anaphylactic
hypotension. Anesthetics attenuated this antigen-induced renal sympathoexcitation through the
suppression of baroreceptor function.
② Wang M*, Tanida M*, Shibamoto T, Kurata Y. Alpha-adrenoceptor antagonists and chemical
sympathectomy exacerbate anaphylaxis-induced hypotension, but not portal hypertension, in
anesthetized rats. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 2013; 305: R900-R907. *equal
− 23 −
contribution
Abstract: Anaphylactic shock is sometimes life-threatening, and it is accompanied by hepatic
venoconstriction in animals, which, in part, accounts for anaphylactic hypotension. Roles of
norepinephrine and α-adrenoceptor in anaphylaxis-induced hypotension and portal hypertension were
investigated in anesthetized ovalbumin-sensitized Sprague-Dawley rats. The sensitized rats were
randomly allocated to the following pretreatment groups (n = 6/group): 1) control (nonpretreatment),
2) α1-adrenoceptor antagonist prazosin, 3) nonselective α-adrenoceptor antagonist phentolamine, 4)
6-hydroxydopamine-induced chemical sympathectomy, and 5) surgical hepatic sympathectomy.
Anaphylactic shock was induced by an intravenous injection of the antigen. The systemic arterial
pressure (SAP), central venous pressure (CVP), portal venous pressure (PVP), and portal venous
blood flow (PBF) were measured, and splanchnic [Rspl: (SAP-PVP)/PBF] and portal venous [Rpv:
(PVP-CVP)/PBF] resistances were determined. Separately, we measured efferent hepatic sympathetic
nerve activity during anaphylaxis. In the control group, SAP markedly decreased, followed by a
gradual recovery toward baseline. PVP and Rpv increased 3.2- and 23.3-fold, respectively, after
antigen. Rspl decreased immediately, but only transiently, after antigen, and then increased 1.5-fold
later than 10 min. The α-adrenoceptor antagonist pretreatment or chemical sympathectomy inhibited
the late increase in Rspl and the SAP recovery. Pretreatment with α-adrenoceptor antagonists, or
either chemical or surgical hepatic sympathectomy, did not affect the antigen-induced increase in Rpv.
Hepatic sympathetic nerve activity did not significantly change after antigen. In conclusion,
α-adrenoceptor
antagonists
and
chemical
sympathectomy
exacerbate
anaphylaxis-induced
hypotension, but not portal hypertension, in anesthetized rats. Hepatic sympathetic nerves are not
involved in anaphylactic portal hypertension.
− 24 −
1.研究課題名:RNA 結合タンパク質の細胞内制御機構の解析(研究番号
S2013-2)
2.キーワード:1)mRNA
2)エクソンジャンクション複合体 (EJC)
3)Y14 (RBM8A)
4)Magoh
5)リン酸化 (Phosphorylation)
3.研究者氏名:石垣
靖人・総合医学研究所・教授・生命科学研究領域
4.研 究 目 的
RNA 結合タンパク質複合体を形成する Magoh と Y14 が、RNA の代謝に関与している機構
を解析してきたが、RNA だけでなく中心体において機能することにより、正常な細胞分裂に
必要であることも明らかになってきた。興味深いことに、他の研究室における突然変異マウ
スの解析から、Magoh が神経幹細胞増殖に必須で小頭症の原因遺伝子であることも証明され
てきた。本研究の目的は、このような Magoh と Y14 の細胞における制御機構を分子レベルで
解析し、脳の正常な発達を支える、細胞の新しい分裂制御機構を解明することである。
5.研 究 計 画
細胞へプラスミド発現ベクターをトランスフェクション後、タグに対する抗体にて染色し
細胞内局在を検討する。正常な配列 (wt-Y14) と各種変異体 (mt-Y14) で比較を行う。中心体
は FITC 標識抗チューブリン抗体にて二重染色することにより、共局在と中心体成熟への効
果を検討する。また、細胞周期全体への影響はトランスフェクション後に細胞を回収してフ
ローサイトメーターにより解析する。
リン酸化修飾の検討には、リン酸化候補部位をアラニンへ置換した発現ベクターを用いる。
トランスフェクション後、細胞ライセートを抽出し、リン酸化によって泳動度が高分子量側
へシフトする PhoTag ゲルを利用して検出する。実際のリン酸化部位にアラニンへの置換が
あれば、バンドが低分子量側へシフトするために、容易にリン酸化部位を検出できる。抗体
は、既に性格付けを終えた特異性の高い自家作製ウサギ抗血清または市販のタグ認識を用い
るため、効率的に実験を行える。
ある種のタグを付加した Y14 分子は細胞周期の停止とアポトーシスを誘導するが、中心体
へは局在する。このタイプのポリペプチドは他のタンパク質と相互作用して中心体局在する
が、中心体成熟を阻害して細胞周期進行を停止させていると考えられる(未発表データ)
。こ
の実験結果を利用して、免疫沈降によりタグ付き Y14 を回収し、共沈してきたタンパク質を
マス解析により特定し、中心体で相互作用している因子を同定する。また、いくつかの中心
体因子との相互作用を既に予想しているので、免疫染色を利用した相互作用の検出法
(Proximity in situ ligation アッセイ)により、中心体での相互作用因子を検出する。
− 25 −
市販のキナーゼ siRNA ライブラリー(700 遺伝子搭載、シグマ社製)を購入して培養細胞
へトランスフェクションし、培養後回収したライセートを上述の PhosTag ゲルで分離する。
リン酸化が siRNA により阻害されるとバンドシフトが起こるために、リン酸化を行っている
キナーゼを同定できる。
同定できたキナーゼはノックダウンおよび変異体の発現実験を行い、
Y14 のリン酸化状態を検索するとともに、Magoh との複合体形成や細胞内局在を検討して分
子機構を明らかにしていく予定としていた。
6.研 究 成 果
ヒト細胞における Y14 をはじめとする EJC の役割は未だに不明な点が多い。これまでに
Y14 や Magoh のノックダウンが M 期における細胞周期停止を引き起こしアポトーシスを誘
導することや、EJC の少なくとも一部が中心体へ局在することを報告してきた。今回、培養
されている神経幹細胞モデルでも同様の免疫染色像が得られたことから、神経系でも同様の
機序で細胞分裂が起きていると考えられる。
中心体成熟への関与は、中心体局在により達成されると考えるならば、その局在機構は重
要である。今回、局在のシグナルとして、ユビキチン化とリン酸化に着目して研究を行った。
ユビキチン化については阻害剤の検討等から明確な結果が得にくかったので、リン酸化に注
目して研究をおこなった。リン酸化の解析方法としては、タンパク質がリン酸化を受けると
泳動度が極端に遅くなる PhosTag ゲルを利用して行った。従来繁用されてきたアイソトープ
の取り込みを利用した解析手法と比較しても、非常に優れた手法であった。
さまざまな変異体を作製して細胞に発現させた結果、培養細胞内においては Y14 分子の大
部分がリン酸化修飾を受けていること、リン酸化部位は 166 および 168 番目のセリンである
こと、166 のリン酸化にはあらかじめ 168 のリン酸化が必要であること等が明らかになった。
さらに、試験管内リン酸化系を構築し、結合因子の Magoh の添加が濃度依存的にリン酸化に
阻害的に働くことを明らかにしてきた。以上の実験結果は、Y14 はタンパク質として合成さ
れた直後にリン酸化修飾を受け、その後 Magoh と複合体を形成して核内へ移行することを示
唆すると推察される。
さらに、リン酸化を受けるセリンをアラニンに変えた変異体を細胞内に発現させて顕微鏡
下で局在を観察したところ、中心体への局在が観察されたことから、リン酸化は必ずしも中
心体局在のシグナルとはならないことが示された。さらに、細胞内でリン酸化を担うキナー
ゼの探索を行ったが、siRNA ライブラリーによる網羅的なノックダウン実験では、キナーゼ
を特定することに失敗した。
7.研究の考察・反省
キナーゼの特定実験では、ひとつずつのキナーゼについてノックダウンを行い、PhosTag
ゲル内でリン酸化状態を解析した。膨大な数のサンプルを検討したが、最後までリン酸化状
態が変化した siRNA 配列を見いだすことができなかった。これは、単一のキナーゼがリン酸
化を担っているのではなく、ひとつが欠損しても、別のキナーゼがリン酸化を行っていると
− 26 −
考えられる。このため、複数のキナーゼをノックダウンする必要があるが、実験条件数が膨
大になり検討しきれない。現在は、キナーゼの一部ファミリーにしぼって、複数同時ノック
ダウン実験を試みている。
また、リン酸化の意義について解明するために各変異体クローンをトランスフェクトして
解析を試みたが、リポフェクションによる細胞死の誘導が起きやすく安定した結果を得るこ
とができなかった。近年普及してきたゲノム編集法は遺伝子の破壊技術として非常に便利で
あるが、ニッカーゼを利用した派生方法はゲノム配列の変換を可能にしている。このため、
リン酸化セリンをアラニン配列に変換することが可能であり、変換された細胞と元の細胞を
比較することによりリン酸化の意義を明らかにしていけるのではないかと考えている。現在
では、EJC 因子のうち1つの遺伝子について完全なノックアウトに成功しており、これまで
の経験を踏まえてニッカーゼによる遺伝子組換え法を試していく予定である。
免疫沈降による結合因子の精製と同定については、質量分析で検出された因子は RNA 結
合因子ばかりで、中心体との関連で注目すべき候補遺伝子は見いだせなかった。大部分の EJC
が RNA と結合していることから、中心体へ移行する割合が低く検出にいたらなかったと考
えられる。密度勾配遠心法により中心体分画を精製することには成功しているが、分離に利
用するシュークロースが邪魔をしてその先の解析には至っていない。免疫染色を利用した
Proximity in situ ligation アッセイはうまく機能して、中心体での共局在キナーゼを同定できた
ものの、直接的な結合は検出できておらず、今後の課題となってしまった。
実験を進めてみると、Y14 と Magoh 以外の EJC 因子も中心体へ局在している予備的な結果
をえることができた。この因子も Y14 と同様にリン酸化制御を受けていることも PhosTag ア
ッセイで明らかにしてきた(未発表データ)
。このため、EJC 全体が中心体へ局在している可
能性が高いと考えている。最近、別の研究室から、やはり RNA 結合因子ファミリーのひと
つが中心体へ局在していることが報告されている。このため、幾つかの RNA 結合因子が中
心体へ移行して、その成熟や調節にかかわることは間違いないのではないかと考えている。
RNA 結合因子が中心体へ局在しているならば、RNA 分子も中心体へ局在する可能性があ
りうると考えられるが、現在まで肯定的な報告はない。逆に検出できなかったと報告する研
究室もあり、タンパク質のみが移行していると結論してしまっているが、実験系の問題かも
しれず結論が出ていない。RNA 分子もタンパク質因子と同時に移行しているのか、さらに局
在の機構、および中心体成熟への分子機構は明らかにされておらず、今後さらに詳細な解析
を行っていくためには既存の方法だけでは不十分であり、電子顕微鏡も含めた新しい技術の
応用が必要と考えている。
8.研 究 発 表
① Ishigaki Y, Nakamura Y, Tatsuno T, Ma S, Tomosugi N. Phosphorylation status of human
RNA-binding protein 8A in cells and its inhibitory regulation by Magoh. Exp Biol Med (Maywood)
2015; 240: 438-445.
Abstract: The RNA-binding protein 8A (RBM8A)-mago-nashi homolog, proliferation-associated
− 27 −
(Magoh) complex is a component of the exon junction complex (EJC) required for mRNA
metabolism involving nonsense-mediated mRNA decay (NMD). RBM8A is a phosphorylated protein
that plays some roles in NMD. However, the detailed status and mechanism of the phosphorylation of
RBM8A is not completely understood. Therefore, in this study, we analyzed in detail RBM8A
phosphorylation in human cells. Accordingly, analysis of the phosphorylation status of RBM8A
protein in whole-cell lysates by using Phos-tag gels revealed that the majority of endogenous RBM8A
was phosphorylated throughout the cell-cycle progression. Nuclear and cytoplasmic RBM8A and
RBM8A in the EJC were also found to be mostly phosphorylated. We also screened the
phosphorylated serine by mutational analysis using Phos-tag gels to reveal modifications of serine
residues 166 and 168. A single substitution at position 168 that concomitantly abolished the
phosphorylation of serine 166 suggested the priority of kinase reaction between these sites.
Furthermore, analysis of the role of the binding protein Magoh in RBM8A phosphorylation revealed
its inhibitory effect in vitro and in vivo. Thus, we conclude that almost all synthesized RBM8A
proteins are rapidly phosphorylated in cells and that phosphorylation occurs before the complex
formation with Magoh.
② Nakamura Y, Ishigaki Y. Immunostaining and time-lapse analysis of vinblastine-induced paracrystal
formation in human A549 cells. Oncol Lett 2014; 8: 2387-2392.
Abstract: Vinblastine is a vinca alkaloid that binds to tubulin and inhibits microtubule formation in
cells. Vinblastine treatment results in the formation of paracrystalline aggregates in the cells, which
are formed from tightly packed tubulin molecules. Mitotic spindle assemblies in treated cells are
disrupted and cell cycle progression is arrested at the mitosis phase. Vinblastine is therefore widely
used for cancer treatment. However, the mechanism underlying paracrystal formation has not been
fully elucidated. The present study attempted to observe paracrystal formation in human A549 cells.
Initally, paracrystal formation was detected using the anti-tubulin antibody. Secondly, the
exogenousuly
expressed
RFP-conjugated
tubulin
also
formed
paracrystals.
Additionally,
immunostaining with the anti-RBM8A antibody overlapped with paracrystal images obtained from
RFP conjugated tubulin. This suggested that the localization of the RBM8A proteins was adjacent to
the tubulin molecules prior to vinblastine treatment. Furthermore, a time-lapse analysis was
developed for paracrystal formation in viable human A549 cells. This was achieved using exogenous
expression of fluorescent proteins conjugated with tubulin and time-lapse microscopy. It may be
concluded that the indicated method was successful for the real-time analysis of paracrystal formation
in human cells.
③ Zhao X, Nogawa A, Matsunaga T, Takegami T, Nakagawa H, Ishigaki Y. Proteasome inhibitors and
knockdown of SMG1 cause accumulation of Upf1 and Upf2 in human cells. Int J Oncol 2014; 44:
222-228.
− 28 −
Abstract: The ubiquitin-proteasome system (UPS) is one of the most promising anticancer drug
targets of the century. However, the involved molecular mechanisms are still unclear. The
nonsense-mediated mRNA decay (NMD) pathway is a highly conserved pathway which degrades
nonsense mutation ‑ containing mRNA selectively and efficiently. In this pathway, the
SMG1-Upf1-eRF (SURF) complex binds to Upf2 on the exon junction complex and finally causes
degradation of nonsensecontaining mRNA. To reveal the relationship between the UPS and NMD
pathways, we analyzed the effects of proteasome inhibitors on Upf1 and Upf2. The data showed that
treatment with proteasome inhibitors caused the accumulation of the Upf1 and Upf2 proteins in A549
cells. In addition, we found that knockdown of SMG1 also caused the upregulation of Upf1 and Upf2
proteins, which was confirmed by different target sequences of siRNA. SMG1 and UPS appear to
participate in different pathways of the degradation of Upf1 and Upf2, since simultaneous treatment
with both of them caused additive effects. This study demonstrated the quantitative regulation of Upf1
and Upf2 proteins by UPS and SMG1.
④ Ishigaki Y, Nakamura Y, Tatsuno T. Observation of Localization and Structure of RNA-protein
Complexes Using Light and Electron Microscopy. J Electr Microsc Technol Med Biol 2014; 28: 1-5.
Abstract: Between transcription in the nucleoplasm and translation by ribosomes on the rough
endoplasmic reticula in the cytoplasm, transcripts undergo various processing events such as splicing,
capping, and poly-adenylation as well as pass through nuclear pore complexes. During each of these
events, mRNA molecule interacts with various proteins to form mRNA-protein complexes (mRNPs).
Visualizing mRNPs is crucial for understanding the mechanisms underlying mRNA processing and
elucidating the structure of mRNPs during cellular metabolism. The observation of specific
localization of mRNPs is also important for understanding gene expression mechanisms in
predetermined sites in cells. Recent advances in mRNA imaging permit the detection of real-time
mRNA localization in living cells. For this purpose, various labeling techniques are available for the
detection of specific mRNA molecules in living cells. Conversely, electron microscopy is known to
have higher resolution than light microscopy, and it has been used to observe various types of
biological materials. Transmission electron microscopy has been used to visualize the structure of
Balbiani ring-derived large mRNA in insect cells. Furthermore, cryo-electron microscopy has also
been used to analyze the structure of isolated mRNPs. In this review, we introduce advances in
mRNA analysis using light and electron microscopy and introduce new perspectives of mRNP
visualization in cells.
− 29 −
1.研究課題名:レスベラトロールによる SIRT1 発現増強機序の解明(研究番号
S2013-3)
2.キーワード:1)レスベラトロール (Resveratrol)
2)サーチュイン 1 (SIRT1)
3)AMP キナーゼ (AMP activated kinase)
3.研究者氏名:北田
宗弘・医学部・准教授・糖尿病・内分泌内科学
4.研 究 目 的
レスベラトロールは、高脂肪食誘発肥満・糖尿病モデル動物、さらに肥満者・2 型糖尿病
患者において SIRT1 の活性化を介してインスリン抵抗性の軽減効果を発揮することが報告さ
れている。レスベラトロールは、AMP キナーゼ (AMPK) の活性化を介した NAD+の産生増
加あるいは、SIRT1 に対するアロステリック効果などを介した機序により SIRT1 を活性化す
る。一方 SIRT1 の発現量の増加も活性化に寄与していると考えられるが、レスベラトロール
の SIRT1 発現に与える効果とその発現増加調節機序は明らかではない。我々は既に、ヒトに
対するレスベラトロールの投与が末梢血単核球中の SIRT1 発現量(タンパク質・mRNA)を
増加させること、またインスリン感受性を増強させることを見出している。そこで、本研究
では、培養ヒト単球細胞を用いて、レスベラトロールの SIRT1 発現増加機序(転写因子の同
定とシグナル伝達経路、主に AMPK との関連性)を明らかにすることを目的とする。
5.研 究 計 画
ヒト培養単球細胞(THP-1 細胞)を用い、レスベラトロールによる SIRT1 の発現調節機構
にかかわる転写因子の同定を、
・ルシフェラーゼ リポーターアッセイによる SIRT1 プロモー
ター上の RES 応答配列部位の絞り込み、・同配列へ結合するタンパク質(転写因子)の
LC-MS/MS による同定と ChiP アッセイによる検証により行う。さらにその SIRT1 転写活性
に関わる主なシグナル経路(特に AMPK 経路との関連性)を明らかにする。また、得られた
研究結果を元に、レスベラトロール投与の 2 型糖尿病症例に対する糖代謝改善効果を SIRT1
発現調節機構の観点から検証する。
6.研 究 成 果
24 時間除血清培地にて培養した THP-1
細 胞 に 、 レ ス ベ ラ ト ロ ー ル (0, 8.5, 17,
170ng/ml) を附置し、24 時間後にサンプル
を回収し、ウエスタンブロット法にて、
SIRT1 の蛋白発現を検証した。さらに、
p-AMPK, AMPK および、p-FOXO3, FOXO3
についても同様にウエスタンブロットにて
− 31 −
検証した。その結果、THP-1 細胞において、レスベラトロールの附置は用量依存性に SIRT1
の発現を増加した。また、p-AMPK および p-FOXO3 発現もレスベラトロールの用量依存
性にそれらの発現は増加した(右図)
。
7.研究の考察・反省
我々はこれまでに、12 名のボランティア(27-67 歳)に対して、レスベラトロール 17mg/日
を 8 週間服用し、単核球中の SIRT1 蛋白および mRNA 発現を検討した結果、SIRT1 の蛋白お
よび mRNA 発現ともに 8 週間後に有意に増加したことを見出している。しかし、そのヒトサ
ンプルにおける血中レスベラトロール濃度の測定はできなかった。したがって、今回の in
vitro の実験における RES の濃度設定は、過去の報告においてレスベラトロールの毒性を発揮
しない濃度の範囲で設定した。SIRT1 の FOXO3 を介した発現機構調節は、Nemoto らにより
報告されており (Science. 2004 Dec 17;306(5704):2105-8)、さらに p-FOXO3 (ser413) は AMPK
によりリン酸化を受ける。またレスベラトロールは AMPK をリン酸化し、活性化することも
報告されている。したがって、今回の実験結果から、THP-1 細胞における RES による SIRT1
発現の増強は、AMPK の活性化→FOXO3 リン酸化を介している可能性が示唆された。現在、
AMPK および FOXO3 のノックダウン細胞の作製を試み、さらなる検討を行っている。レス
ベラトロールによる SIRT1 発現調節に関与する FOXO3 以外の転写因子の同定に関しては、
ルシフェラーゼ リポーターアッセイによる SIRT1 プロモーター上の RES 応答配列部位の絞
り込みを行うこととしているが今なお継続中である。
8.研 究 発 表
該当なし。
− 32 −
1.研究課題名:ヘルペスウイルス誘導性肺線維症の発症機序とガレクチン9による制御機構の
解明(研究番号
S2013-4)
2.キーワード:1)ガレクチン9 (Galectin-9)
2)上皮間葉移行 (Epithelial to mesenchymaltransition, EMT)
3)創傷治癒 (Wound healing)
4)肺線維化 (Lung fibrosis)
5)M2 マクロファージ (M2 Mφs)
3.研究者氏名:有川
智博・一般教育機構・講師・生物学
4.研 究 目 的
近年、IPF 患者の 7 割に EB ウイルス (EBV) 感染が確認され、ヘルペスウイルスは IPF 発
症・増悪に関与する可能性が示唆されている。我々は肺線維症の病態発現分子機構を明らか
にするため、
マウス γ ヘルペスウイルス (MHV68) 誘導性肺線維症モデルを構築し、
Galectin-9
(Gal-9) が肺上皮細胞に強く発現することを見いだした。本研究では「肺線維症発症は、ヘル
ペスウイルス感染上皮細胞及び免疫細胞から産生された Gal-9 による免疫系バランスの破綻
に依存する」という仮説を設定し解析を行った。
5.研 究 計 画
本研究課題では、以下の項目を中心に検討し、得られた結果から肺線維化におけるガレク
チン9 (Gal-9) 発現の意義を解析した。
①
A549 細胞株を用いた in vitro 系での Gal-9 発現と EMT 関連遺伝子の発現解析。
②
マウス γ ヘルペスウイルス誘導性肺線維症モデルの肺胞洗浄液中 Gal-9 含量や M2 マク
ロファージ・Th2 細胞の浸潤、肺上皮細胞性質の変化解析。
6.研 究 成 果
IPF 患者肺の約 7 割に感染が認められる EB ウイルスのウイルス抗原 LMP1 は、その過剰
発現により肺 上皮細胞に上皮間葉移行 (EMT) を誘導する。本年度は LMP1 の発現により肺
上皮細胞から発現誘導される Gal-9 の EMT における機能解析を行った。本課題研究により、
以下の点が明らかになった。
①
ヘルペスウイルス由来 LMP1 遺伝子を A549 細胞に強制発現させると Gal-9 の発現が認
められる。
②
shRNA を導入した発現ベクターをもちいて Gal-9 発現を抑制すると、A549 細胞に見られ
る EMT が抑制された。
③
ヘルペスウイルスを感染させたマウス肺で経時的に BALF 中 Ga-9 量を測定したところ、
他のサイトカインと同調して分泌されることがわかった。
− 33 −
④
Gal-9 の shRNA 処理により LMP1 誘導性の EMT が著しく抑えられ、さらに Gal-9 の単独
強制発現によっても肺上皮細胞に EMT を誘導することが明らかになった。
7.研究の考察・反省
今後は Gal-9 の発現誘導機構並びに EMT を誘導するガレクチン9の下流シグナルのより詳
細な分子機構の解析を進める。さらに今年度確立したマウスモデルでは、肺上皮細胞へのウ
イルス感染を契機とした一連の現象(免疫細胞の動態、上皮細胞の EMT 誘導、筋線維芽細
胞の浸潤、細胞外基質の過剰蓄積)を経時的に追うことができるため、当初の補足目標であ
った M2 マクロファージ優位の関連について解析予定である。
8.研 究 発 表
なし(投稿準備中)
− 34 −
1.研究課題名:ヒト心房筋及び洞結節細胞の電気生理学的特性を記述する世界標準モデルの
構築:分岐理論に基づく非線形力学的アプローチ(研究番号
S2013-5)
2.キーワード: 1)ヒト心筋細胞 (human cardiac myocytes)
2)数理モデル (mathematical models)
3)非線形力学 (nonlinear dynamics)
4)分岐理論 (bifurcation theory)
5)コンピュータ・シミュレーション (computer simulation)
3.研究者氏名: 倉田
康孝・医学部・教授・生理学Ⅱ
4.研 究 目 的
本研究の目的は、ヒト心房筋・洞結節細胞の電気生理学的特性を記述する標準モデルを構
築し、それらをモジュールとするヒト心臓モデル構築とバイオペースメーカーシステム設計
へ向けた新たな理論的基盤を確立することである。近年、心筋細胞・心臓システムのモデル
化・シミュレーションに関する関心が高まり、より精巧な心筋細胞モデルの構築や仮想心臓
シミュレーション・プロジェクトなどが進められている。不整脈の発生機序や治療法の体系
的解明にはヒト心筋細胞モデルに基づいた心臓モデルの構築が不可欠であるが、従来のヒト
心房筋・洞結節細胞モデルは完成度が低く、より精巧なヒト心筋細胞の標準モデル構築が望
まれている。このような現状は、ヒト単離心筋(特に特殊心筋)細胞の電気生理学的実験デ
ータが極めて少ないことに起因しており、従来の方法論では完成度の高いモデルを構築する
ことは不可能である。より完成度の高いヒト心筋細胞モデルを構築するには、①発生生物学・
再生医療分野で広く用いられるようになったヒト ES・iPS 細胞由来心筋細胞の電気生理学的
特性に関する実験データ、②ヒト心筋イオンチャネル発現量の心臓内部位差分析における遺
伝子(mRNA 発現量)解析データ、③ヒト心筋細胞モデルの非線形力学的特性(分岐構造)
を解析・制御するための数学的手法(分岐解析)を駆使する必要がある。本研究では、ヒト
心筋イオンチャネル mRNA 発現量の部位差と ES・iPS 細胞由来心筋細胞の電気生理学的特性
に関する最新の実験データを基に、ヒト心室筋細胞モデルを改変した「ヒト心房筋細胞モデ
ル」を作成し、さらにモデルパタメータの変化並びにペースメーカー電流の導入における心
房筋モデル細胞の分岐構造(パラメータに依存した安定性とダイナミクスの変化、自動能発
現条件)を解析することにより、「ヒト洞結節細胞モデル」を作成する。
5.研 究 計 画
(1)心筋細胞のモデル・実験データ収集とデータベース作成
モデルデータベースを利用して 1994 年以降に作成されたヒト及び動物の心筋細胞モデル
を収集し、各イオン輸送系のモデル構造(状態モデルと数学的定式化の方法)とイオン電流
動態を比較するためのデータベースを作成する。さらに、遺伝子解析から得られたヒト心筋
− 35 −
細胞イオンチャネル mRNA 発現量の部位差データ及びヒト ES・iPS 細胞由来心筋細胞から得
られた電気生理学的実験データを収集し、従来のヒト心房筋のデータとの相違点・整合性並
びに心室筋・心房筋・洞結節データの相違点を比較分析する。
(2)ヒト心房筋細胞の標準モデル作成とシミュレーションによる検証
上記の比較解析データを基に心室筋と心房筋の電気生理学的特性(イオンチャネル密度等)
の相違点を分析し、ヒト心室筋細胞の標準モデルをベースモデルとして、各イオン輸送系及
び細胞内 Ca2+動態のパラメータ調整を行い、新たな「ヒト心房筋細胞モデル」を構築する。
ワークステーション (Hewlett-Packard Z820) 及び数値計算用ソフトウェア MATLAB 7 (Math
Works Inc., USA) を用い、①活動電位の再構成及び活動電位パラメータの計算、②活動電位
波形のパラメータ依存性変化の計算・プロットを行うための解析システムを作成し、実験デ
ータ再現性を検証する。
(3)ヒト洞結節細胞モデルの作成とシミュレーションによる検証
収集データの比較解析から“洞結節 vs. 固有心房筋”の電気生理学的特性の相違点を分析
し、分岐解析のためのパラメータ(内向き整流 K+チャネル電流 IK1・過分極活性化陽イオン
チャネル電流 If の最大コンダクタンス等)を決定する。ヒト心房筋細胞モデルのパラメータ
に依存した分岐構造(自動能発現過程における安定性とダイナミクスの変化、自動能発現条
件)を解析するために、MATLAB 7 及び分岐追跡用ソフトウェア (MATCONT) を用い、モ
デルシステムの平衡点(定常状態)と周期軌道(活動電位)及びその安定性のパラメータ依
存性変化を表す分岐図の作成・解析用システムを構築する。この分岐解析システムを用い、
データ比較結果に従って各パラメータ値を洞結節細胞に適した値に調整した後、IK1 電流の抑
制と If 電流の導入を想定して分岐図を作成することにより、自動能発現条件(平衡点の不安
定化と周期軌道の出現をもたらすパラメータ領域)を決定する。分岐図の解析結果に基づい
て各イオン電流系のパラメータ値を再調整し、電気生理学的実験データを再現できる「ヒト
洞結節細胞モデル」を構築する。
6.研 究 成 果
(1)心筋細胞モデル・実験データベースの構築
モデルデータベース (cellML) を利用して 1994 年以降に作成されたヒト及び動物の心筋細
胞モデルを収集し、各イオン輸送系のモデル構造とイオン電流動態、心筋細胞の電気生理学
的特性の部位差を比較するためのデータベースを構築した。さらに、ヒト ES 細胞由来心筋
細胞から得られた電気生理学的実験データを収集し、従来のヒト心筋のデータとの相違点・
整合性を比較分析するためのデータベースを作成した。
(2)ヒト心房筋細胞の標準モデル作成とシミュレーションによる検証
心臓部位別イオンチャネル遺伝子 (mRNA) 発現量データから明らかとなった心室筋と心
房筋における電気生理学的特性(イオンチャネル密度等)の相違点に基づいてヒト心室筋細
胞モデルのパラメータを調整し、新たな「ヒト心房筋細胞モデル」を構築した。本モデルで
は、形質膜及び筋小胞体における各イオンチャネル・輸送体の動態が再定式化されており、
− 36 −
実験データ再現性と分岐解析への適用性に優れた(ヒト心房筋の主な電気生理学的特性を再
現できる)最新のヒト心房筋細胞モデルであることが証明された。
(3)ヒト洞結節細胞モデルの作成とシミュレーションによる検証
比較解析データ及び新たな心臓部位別イオンチャネル遺伝子 (mRNA) 発現量データから
心房筋と洞結節における電気生理学的特性(イオンチャネル密度等)の相違点が明らかとな
り、IK1 電流の抑制と If 電流(ヒト心筋細胞の実験データを基に定式化)の導入における心房
筋モデル細胞の分岐構造を解析することにより、If 電流非依存性の自動能をもつ「ヒト洞結
節細胞モデル」を構築した。自動能は平衡点(定常状態)のサドル‐ノード(鞍状‐結節点)
分岐またはホップ分岐を経て誘発され、自動能が生じるパラメータ領域が明らかとなった。
自動能は IK1 電流の抑制のみで誘発されたが、If 電流の導入により IK1 電流抑制における分岐
(自動能)の発現が促進された。
7.研究の考察・反省
本研究では、ヒト(及び動物)から得られた主な電気生理学的実験データとモデルデータ
を収集した比較解析用データベースを作成し、新たなヒト心房筋・洞結節細胞モデル(及び
その分岐構造解析システム)を構築することができた。本研究の最大の特色と成果は、非線
形システムの分岐理論に基づいたヒト心房筋モデル細胞の数学的構造解析(分岐解析)を行
い、従来の方法論では困難であったヒト洞結節細胞のモデルを構築したことである。分岐解
析手法は、モデルシステムにおける自動能発現・停止の制御を可能にするものであり、固有
心筋細胞モデルを基にした特殊心筋細胞モデルの構築において極めて有用であることが証明
された。本研究におけるモデル細胞(及び分岐構造解析システム)の完成は、ヒト心臓モデ
ル開発につながるものであり、不整脈発生機序の体系的解明、不整脈制御(薬物効果の予測)
理論の確立、理想的なバイオペースメーカーシステム設計・開発等の応用研究を促進させる
ものと期待される。
より精巧な理想的モデルを構築するには、絶対反応速度論に基づいた熱力学的形式での数
学的定式化が望まれる。本研究で作成したモデルではイオントランスポーターの熱力学的モ
デルを導入しているが、形質膜イオンチャネル動態の定式化については一部を除いて古典的
な Hodgkin-Huxley 型のモデルを用いている。また、自律神経調節機構、細胞内代謝過程や収
縮・弛緩動態に関する定式化は組み込まれていない。今後はこれらの欠点を改善したより精
巧で完成度の高い細胞モデルの完成を目指していく必要がある。
8.研 究 発 表
なし(投稿準備中)
− 37 −
1.研究課題名:1型糖尿病誘発要因としての Saffold ウイルス感染の可能性の検討(研究番号
S2013-6)
2.キーワード:1)Saffold ウイルス (Saffold virus, SAFV)
2)1型糖尿病 (type 1 diabetes)
3)持続感染 (persistent infection)
3.研究者氏名:姫田
敏樹・医学部・准教授・微生物学
4.研 究 目 的
ヒトを自然宿主とするカルジオウイルス(Saffold ウイルス, SAFV)は、主に胃腸炎、上気
道炎からの検出が多く報告されているが、感染と疾患の因果関係は依然不明である。しかし
2010 年には、SAFV が膵臓に対しても親和性を持つことが、欧州のグループが行った動物実
験により示され (Sorgeloos et al. 2010 Abstr. Europic 2010, abstr. F-17, p. 104.)、2012 年には、急
性膵炎の小児の便から SAFV が検出されたことが小児感染症学会において伊藤氏らにより報
告された。同時期に申請者らは、1型糖尿病剖検例の膵臓に SAFV 抗原が観察されることを
明らかにした(厚生労働科研(新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業)班会議
(2012) にて報告)。これらの報告は、SAFV の膵臓に対する病原性を強く示唆しており、今後、
SAFV が1型糖尿病の誘発要因のひとつとして注目される可能性は極めて高い。そこで本研
究では、SAFV の膵臓に対する病原性を明らかにすることを目的とし、SAFV 感染と1型糖
尿病の関係を詳細に調査した。
5.研 究 計 画
申請者らはこれまでに、1型および2型糖尿病診断剖検例(各1例)の膵臓パラフィン包
埋切片と抗 SAFV 抗血清を用いた免疫組織化学染色により、1型糖尿病においてのみ SAFV
抗原の染色性が認められることを確認した。そこで本研究では、引き続き1型および2型糖
尿病患者の剖検例および末梢血を対象として、免疫染色によるウイルス抗原の検出、ならび
に、RT-PCR によるウイルスゲノムの検出を試みた。
免疫組織学的解析では、緩徐進行型1型糖尿病(1例)のホルマリン固定パラフィン包埋
(FFPE) 膵臓組織切片をウサギ抗 SAFV-3 抗血清(高知県衛生研究所 細見卓司 先生より分与)
を用いて免疫染色し、ウイルス抗原の検出を試みた。対照として、糖尿病と診断されていな
い剖検例2例および2型糖尿病9例の FFPE 膵臓組織切片を用いた。末梢血における SAFV
ゲノムの検出は、1型糖尿病患者の血液(20例)を対象として RT-PCR により実施した。
6.研 究 成 果
緩徐進行型1型糖尿病の剖検例 FFPE 膵臓組織切片において、強い抗 SAFV-3 抗体染色性
を示す細胞が検出された。抗 SAFV-3 抗体に強い染色性を示す細胞はリンパ節に最も多くみ
− 39 −
られ、また、染色性は浸潤した組織球様細胞においても認められた。この抗 SAFV-3 抗体反
応性細胞の分布は、CD68 陽性細胞の分布と大部分が一致していた。さらに、萎縮したラン
ゲルハンス氏島の細胞にも抗 SAFV-3 抗体による淡い染色性が認められた。これらの染色パ
ターンは、既に得られている陽性例と同じであった。対照として用いた2型糖尿病9例およ
び非糖尿病2例の剖検例においては、これらの特徴的な染色性は全く認められなかった。
一方、1型糖尿病患者の末梢血(20例)を対象として、RT-PCR によるウイルスゲノム
の検出を試みたが、ウイルス遺伝子は検出されなかった。
7.研究の考察・反省
免疫組織学的解析では、1型糖尿病剖検例の FFPE 膵臓組織切片(2例中2例)における
浸潤組織球およびランゲルハンス氏島で抗 SAFV-3 抗体染色性が観察され、ウイルス抗原の
存在を強く示唆していた。この結果は、膵臓に対する SAFV 親和性の証拠として非常に興味
深い。さらに、2型糖尿病10例および非糖尿病2例においては、全く染色性が認められな
かったことから、SAFV は1型糖尿病と密接に関連している可能性も示唆された。さらに、
1型糖尿病剖検例は、19歳時に1型糖尿病と診断されており、44歳で亡くなっているこ
とから、本剖検例におけるウイルス抗原検出は、in vivo における SAFV 持続感染の可能性を
示唆するものであり、molecular mimicry や、あるいは epitope spreading 等の自己免疫疾患の
トリガーとなっている可能性も考えられた。
しかし、末梢血を対象とした SAFV ゲノムの検出では陽性例は認められず、SAFV 感染と
1型糖尿病との因果関係を明らかにするには至らなかった。
引き続き、免疫組織学的解析を続け症例数を拡大するとともに、末梢血を対象とした解析
では、プライマーの再検討など RT-PCR における検出条件の見直しを含め、さらに大規模な
スクリーニングを実施することにより、SAFV 感染と1型糖尿病の関係をより詳細に解明し
ていきたい。
8.研 究 発 表
該当なし
− 40 −
1.研究課題名:中枢神経原発悪性リンパ腫におけるインターロイキン 10 レセプターを標的と
した治療の基礎研究(研究番号
S2013-7)
2.キーワード:1)中枢神経系リンパ腫 (Central nervous system lymphoma)
2)び漫性大細胞型B細胞リンパ腫 (Diffuse large B-cell lymphoma)
3)インターロイキン10 (Interleukin-10)
4)脳脊髄液 (Cerebrospinal fluid)
5)感度/特異度 (Sensitivity/Specificity)
3.研究者氏名:笹川
泰生・医学部・助教・脳神経外科学(採択時)
4.研 究 目 的
中枢神経悪性リンパ腫(び漫性大細胞型B細胞リンパ腫)の生存期間中央値は約3年であり、
脳腫瘍の中でも予後不良な悪性新生物である。予後を改善するために、早期診断と有効な治
療薬の確立が重要となる。
本研究では眼窩内リンパ腫で過剰発現しているサイトカインIL-10に注目した。中枢神経悪
性リンパ腫でもIL-10が過剰分泌されていると仮説し、①中枢神経悪性リンパ腫におけるIL-10
の過剰分泌を検討し、コントロール(他の鑑別疾患)と比較検討する。また、②リンパ腫細
胞におけるIL-10およびレセプターの発現を臨床病理学的に検討する。これによりIL-10に関与
した細胞増殖機構を解明し、分子標的薬への基盤を確立する。
5.研 究 計 画
実験 1: リンパ腫患者およびコントロールの患者における脳脊髄液IL-10微量測定
インフォームドコンセントが得られた約50名の患者について脳脊髄液IL-10をELISA法にて
微量測定を行い、過剰分泌されているか検討した。同様の方法でIL-6、beta-2 macroglobulin、
可溶性IL-2レセプターについても微量測定を行った。また同患者におけるPET-CTでの異常集
積値 (SUVmax) を測定した。これらの値を統計学的に処理し(ROC曲線を作成)、中枢神経
系リンパ腫の鑑別診断におけるIL-10の感度・特異度を他の検査値と比較検討した。
実験 2:リンパ腫細胞における IL-10 およびレセプターの免疫組織学的検討
インターロイキン 10 およびそのレセプターが腫瘍細胞から過剰に発現されているのか検
討した。手術にて得られた病理標本切片を用いて免疫組織学的に IL-10、IL-10R の発現の有
無を確認した。
6.研 究 成 果
(1) リンパ腫患者 19 名およびコントロール患者 26 名についての脳脊髄液の各項目および
PET-CT を比較した。結果、リンパ腫患者はコントロール患者に比して脳脊髄液 IL-10 が高
値であった。リンパ腫患者は平均 28 pg/ml (range 2–4,100 pg/ml) で、コントロール患者は全
− 41 −
例感度以下 (< 2 pg/ml) であった。また、リンパ腫診断のための IL-10 値の感度/特異度は
94.7/100%であり、他の検査項目に比べ高い信頼が得られた (Fig. 1)。
(2) リンパ腫細胞におけるIL-10およびレセプターの免疫組織学的検討ではリンパ腫細胞内に
過剰発現を認めた。しかしながら、脳脊髄液IL-10値と免疫染色での発現強度との相関は明
らかではなかった。症例数もしくは抗体の性質も影響したと考え、再度検討をしたい。
7.研究の考察・反省
中枢神経リンパ腫患者においてIL-10の過剰分泌が証明された。IL-10測定は診断価値があり、
臨床応用できると思われる。今後、培養細胞を用いて中枢神経リンパ腫患者の増殖において
IL-10の過剰分泌がどのように関与しているのか解明したい。
8.研 究 発 表
Sasagawa Y, Akai T, Tachibana O, Iizuka H. Diagnostic value of interleukin-10 in cerebrospinal fluid
for diffuse large B-cell lymphoma of the central nervous system. J Neurooncol 2015; 121: 177-183.
Abstract: A biomarker for early diagnosis of central nervous system (CNS) lymphoma would permit
early treatment for attenuation of disease progression and neurological deterioration. High
interleukin-10 (IL-10) or an IL-10/IL-6 ratio >1.0 are informative parameters for discriminating
intraocular lymphomas from uveitis. Recent reports have also shown that CSF IL-10 is a potential
diagnostic biomarker for CNS lymphoma. The purpose of this study was to evaluate the diagnostic
value of IL-10 in cerebrospinal fluid (CSF) in patients with CNS lymphoma compared with other CNS
diseases, including CNS tumors and inflammatory diseases. CSF IL-10, IL-6, beta-2 microglobulin,
soluble IL-2 receptor and FDG-PET SUVmax were measured in 19 patients with CNS lymphoma (15
primary and 4 secondary diffuse large B-cell lymphomas) and 26 non-lymphoma patients with various
brain tumors and inflammatory diseases. The diagnostic accuracy of the respective examinations for
− 42 −
differentiation of CNS lymphomas from non-lymphomas was evaluated by receiver operating
characteristic (ROC) curve analysis. The area under the ROC curve (AUC) was calculated. CSF IL-10
was detected at significant levels (median, 28 pg/ml; range <2-4,100 pg/ml) in all except one patient
with CNS lymphoma, but not detected in any non-lymphoma patients. CSF IL-10 had the highest
diagnostic accuracy with AUC = 0.974. At an IL-10 cutoff of 3 pg/ml, the sensitivity and specificity
were 94.7 and 100 %, respectively. These results indicate that CSF IL-10 is a superior biomarker for
initial screening for patients with CNS lymphoma.
− 43 −
1.研究課題名:タイムラプス解析顕微鏡を用いた細胞間相互作用の解析(研究番号
S2013-8)
2.キーワード:1)細胞間相互作用 (intercellular communication)
2)エクソソーム (exosome)
3.研究者氏名:島崎
猛夫・総合医学研究所・准教授・先端医療研究領域
4.研 究 目 的
細胞間の相互作用観察には、従来、細胞同士を共培養するか、培養細胞の上清を他の培養
細胞に加える方法で行われてきた。しかし、共培養方式では、細胞同士の培養条件は同一で
なくてはならず、培養細胞の上清を加える方法では、一時的な相互作用を観察できるのみで
ある。今回独自に細胞間相互作用を継続的に、また、フィルターを介して一定の因子のみを
作用させながら観察することを可能とするプレート (NICO-1:Natural (New) intercellular
communication observation tool ver.1) を産学連携にて開発した。今回、本 NICO-1 を利用して
種々の条件下での癌細胞間相互作用の解析を研究目的とした。これまでの研究では、細胞間
相互作用に影響する因子を見いだ
すためには、左図に示すように、
①培養細胞上清を回収し、別の培
養細胞に添加するか、②細胞同士
の共培養、あるいは、③トランス
ウエルチャンバーを用いての培養
方法しか手段がない。それぞれ特
徴があるが、①〜③のいずれの方
法でも、それぞれの条件で細胞培
養を行い、適切な状況になった後に、互いに相互作用させ、さらに継続的な影響を観察する
ことはできない。今回独自開発した相互作用観察プレートは(④に図示)
、これらの問題を解
決するプレートである。これらの細胞間相互作用をタイムラプス顕微鏡にて観察する方法を
確立したことから、細胞外分泌物質(エキソソーム)を介した細胞間相互作用についての解
析、特にライブセルイメージを中心に解析を行い、細胞間相互作用におけるエクソソームの
働きについて検討を行うこととした。エクソソームは細胞から分泌される大きさ 30~200 nm
程度の、脂質二重膜構造をもつ小胞 である。この 20 年間の研究から、エクソソームかが細
胞間相互作 用の媒体として重要な役割をもつことがわかってき た。エクソソームの役割は
多種多様であり、癌の発生・進行、免疫制御、組織再生など幅広い生命現象に関わっている。
さらに 2000 年代後半に は、HSP90 を含めた各種蛋白質だけでなく microRNA (miRNA)、
mRNA などの遺伝物質が、エクソソームの授受を介して細胞間を移動することが示された。
(癌細胞と iPS 細胞の相互作用についても解析を行う予定であったが、配布された研究費の
減額のため、解析を行うことはできなかった。
)
− 45 −
5.研 究 計 画
癌細胞から分泌される因子(エクソソーム)の動態解析と他の細胞に及ぼす影響の検討。
①エクソソームの動態を観察するために、エクソソーム可視化細胞を樹立し、形成過程や分
泌、細胞内移動などについて観察できるようにする。②これらの観察に適するように、NICO-1
を適宜改良する。③ ①で作成した細胞を用いて、各種薬剤でのエクソソーム産生、分泌、
排泄に関する影響を検討する。
6.研 究 成 果
①エクソソーム可視化細胞の樹立:エクソソームには CD63 が好発現していることから、細
胞小器官用レポーターベクターを用いて CD63 融合 GFP/luciferase 発現安定膵癌細胞株
(ePANC-1) の樹立に成功した。さらに
細胞周期とエクソソームの関係、細胞
周期と反応性の関係をみるために、細
胞周期が可視化されている細胞
(Fucci:RIKEN BANK,Sakaue-Sawano,
A. et al. Cell 2008) に同レポーターベ
クターを導入し、細胞周期とエクソソ
ーム両者を可視化した細胞 (eFucci)
も樹立した。これによりエクソソーム
の形成過程、細胞内移動や分泌、細胞
周期との関係をタイムラプス蛍光顕微
鏡で経時的に観察することが可能となった。細胞の状態とエクソソームの合成、排泄、取り
込みについて各種検討を行った。
②NICO-1 の改良について:(1) 初期型の NICO-1 は、培養面積が広く、薬剤の必要量が多く
なることが判明し、全体的な形状の変更を行った。(2) わずかに液漏れを認めたため、結合
部の形状変更を変更し、O リングの材質
の変更を行った。(3) 加工上蓋の中心部
に隆起があり、観察視野への影響を認め
たことから平面になるように改善を行っ
た。(4) 液漏れの改善及びプレパラート
サイズへの経能による汎用性の向上のた
めに、(1) とあわせて形状の変更を行っ
た。(5) フィルターの接着性向上のために、
O リングの材質の変更を行った。(6) 顕
微鏡観察のための底面の形状と厚みの検
討を行った。
− 46 −
③各種薬剤を用いてのエクソソームの動態、産生、分泌、取り込みの検討:エクソソームの
形成過程、細胞内移動や分泌、細胞周期との関係をタイムラプス蛍光顕微鏡で経時的に観察
した。eFucci は、細胞周期と細胞内エクソソームの動態を直接観察できるためフローサイト
メトリーと比較して有利であるが、エクソソームの発現と細胞周期の関係性については、現
段階では明らかにできなかった。本研究は、未だプレリミナリーな状態ではあるが、エクソ
ソームの排泄を定量的に評価する方法を確立でき、薬剤により排泄量が変化することを明ら
かにすることができた。これらの研究の詳細については、現在その内容の一部を新規特許申
請予定であるため詳細には開示できない。今後、エクソソームの動態に関与する詳細な分子
メカニズムについて解析を継続する。
7.研究の考察・反省
本研究では、エクソソーム可視化細胞の樹立と NICO-1 の改良に時間を要し、予定してい
た主な研究対象のエクソソームの解析が遅れた。しかし、エクソソームの動態をライブで解
析することに成功した。また、NICO-1 に関しては、特許を申請し、製品としての有用性が
認識され、平成 27 年夏に iPS ポータル株式会社より販売の予定となった。
8.研 究 発 表
現在論文作成作業中。
※特許出願
国内出願 「細胞培養容器」 特願 2013-164907
(平成 25 年 8 月 8 日出願)
国内出願 「培養容器」
特願 2014-135535
(平成 26 年 7 月 1 日出願)
国際出願 「培養容器」
PCT/JP2014/070209
(平成 26 年 7 月 31 日出願)
− 47 −
1.研究課題名:代謝型グルタミン酸受容体による痛覚受容・伝達の新規制御機構の解明(研究
番号
S2013-9)
2.キーワード:1)痛覚 (pain)
2)代謝型グルタミン酸受容体 (metabotropic glutamate receptor)
3)TRPV1 チャネル (TRPV1 channel)
4)脊髄後根神経節 (dorsal root ganglion)
5)細胞内カルシウム応答 (intracellular calcium response)
3.研究者氏名:益岡
尚由・医学部・講師・薬理学
4.研 究 目 的
末梢組織においてグルタミン酸は炎症や組織障害によって細胞外に遊離されて、自発痛の
発生や痛覚の増強に関与していると考えられている。したがって、知覚神経上に発現するグ
ルタミン酸受容体の機能を理解することは、痛覚の調節ならびに疼痛病態を理解するうえで
重要である。これまでに、Fura-2 AM dye を用いた細胞内カルシウムイメージングにより、一
次求心性神経である後根神経節 (DRG) ニューロンの代謝型グルタミン酸受容体 mGluR5 を
活性化すると、カプサイシンによる侵害性熱受容器 (TRPV1) を介した細胞内カルシウム応
答が一過性に上昇して、その後 mGluR5 刺激を中止するとその応答が通常よりも顕著に低下
する現象を見出した。しかし、本現象が痛覚情報の受容において、どのような役割を果たし
ているかについては全く不明である。本研究では、mGluR5 活性化による TRPV1 感受性の増
強および低下の作用機序について電気生理学的に追求するとともに、whole animal を用いた
行動薬理学的実験により痛覚受容との関連性を検証する。
5.研 究 計 画
本研究では、mGluR5 受容体を活性化することにより生じる TRPV1 を介した細胞内カルシ
ウム応答の増強、それに続く持続的な TRPV1 を介した細胞内カルシウム応答の低下がいか
なる作用機序によるものか検討する。実験には 7‐14 日齢 C57BL/6J マウスより単離した DRG
より初代培養細胞を作製して、培養 24‐48 時間後、蛍光イメージングによる細胞内遊離カル
シウムイオン変動の計測ならびにホールセルパッチクランプによる細胞膜電流の計測を行う。
また、痛覚との関連性の検証では、8 週齢の C57BL/6J マウスに mGluRs リガンドを足底皮下
投与して、侵害性熱刺激に対する感受性の変化をホットプレート試験により計測する。
6.研 究 成 果
DRG 初代培養ニューロンにおいて、ホールセルパッチクランプ法により膜電位固定下で、
カプサイシンによる電流応答を測定した。カプサイシンを神経の細胞体近傍より局所圧投与
すると内向き電流応答が観察された。この電流応答は TRPV1 遮断薬や細胞外液のカルシウ
− 49 −
ムイオンを取り除いた条件下で消失することから、TRPV1 を介した細胞外カルシウム流入に
よるものであることが確認できた。TRPV1 電流は mGluR5 刺激を行うと顕著に増大した。し
たがって、mGluR5 刺激による細胞内カルシウム応答の増大は、mGluR5 による TRPV1 チャ
ネルの機能亢進によるものと考えられた。
一方で、カルシウムイメージングにおいて mGluR5 刺激を中止するとカプサイシンによる
細胞応答が通常よりも顕著に低下する現象が見られたが、TRPV1 電流は mGluR5 刺激を中止
しても、受容体刺激前の元の電流応答の大きさに戻るものの、それ以上減少しなかった。し
たがって、GluR5 刺激中止後のカプサイシンによる細胞内カルシウム応答の低下には、
mGluR5 による TRPV1 機能調節以外の生理機構が関与していると考えられた。
DRG におけるカプサイシンによる細胞内カルシウムイオン濃度の上昇は、非選択的電位依
存性カルシウムチャネル阻害薬カドミウムで一部抑制されることから、この細胞内カルシウ
ムの上昇には、電位依存性カルシウムチャネルの開口が一部関与していることが確認できた。
さらに、カドミウム存在下 mGluR5 刺激すると、カプサイシンによる細胞内カルシウムイオ
ン濃度の上昇は顕著に増強されるが、mGluR5 刺激中止後の細胞内カルシウム応答の抑制は
見られなかった。次に、TRPV1 発現 DRG ニューロンにパッチクランプして、脱分極刺激を
与えて電位依存性カルシウム電流を計測した。その結果、mGluR5 を刺激すると有意なカル
シウム電流の抑制効果が見られ、この抑制効果は mGluR5 刺激を中止しても持続的に観察さ
れた。以上の結果より、mGluR5 刺激中止後のカプサイシンに対する細胞応答の低下に電位
依存性カルシウムチャネルの持続的抑制が関与していることが示唆された。
最後に、生体内において TRPV1 チャネルは主要な侵害熱受容器であることから、侵害性
熱刺激に対する感受性の変化をホットプレート試験により計測した。マウスに mGluRs リガ
ンドのキスカル酸を足底皮下投与して 15 分後と 4 時間後の侵害熱過敏性について検討を行っ
たところ、15 分後では熱過敏性を示し、一方で 4 時間後では侵害熱感受性の鈍麻が見られた。
この反応は、選択的 mGluR5 拮抗薬併用によって消失した。したがって、DRG ニューロンに
おける mGluR5 刺激による TRPV1 を介した細胞応答の 2 相性の変化は、侵害熱過敏性および
それに続く侵害熱感受性鈍麻と関連していることが示唆された。
7.研究の考察・反省
本研究により、mGluR5 が侵害受容器 TRPV1 を介した細胞応答を 2 相性に調節するメカニ
ズムを明らかにすることが出来た。さらに、mGluR5 による調節機構が侵害熱に対する感受
性の調節に深く関与していることを明らかにすることも出来た。グルタミン酸は炎症や組織
障害において遊離されることから、本機構は炎症性疼痛の急性期の痛みとその治癒に関与す
る生体分子機構であると予想される。したがって、今後は疼痛病態との関連性についても追
及していきたい。
さらに、本研究を行っている段階で mGluR1 および mGluR 5 を長期間刺激すると、カプサ
イシンに反応する DRG ニューロンの割合が増大することも見出だしている。このことは、
慢性疼痛疾患においてグルタミン酸が代謝型グルタミン酸受容体を介して一次求心性ニュー
− 50 −
ロンの侵害受容器に異なった影響を与えていることを示唆する結果である。今後、本現象の
作用機構についても検討し、末梢組織における代謝型グルタミン酸受容体を介した多彩な調
節機構とその生理学機能について明らかにしていきたい。
8.研 究 発 表
① Masuoka T, Nakamura T, Kudo M, Yoshida J, Takaoka Y, Kato N, Ishibashi T, Imaizumi N, Nishio M.
Biphasic modulation by mGlu5 receptors of TRPV1-mediated intracellular calcium elevation in
sensory neurons contributes to heat sensitivity. Br J Pharmacol 2015; 172: 1020-1033.
Abstract: BACKGROUND AND PURPOSE: Elevation of glutamate, an excitatory amino acid,
during inflammation and injury plays a crucial role in the reception and transmission of sensory
information via ionotropic and metabotropic receptors. This study aimed to investigate the
mechanisms underlying the biphasic effects of metabotropic glutamate mGlu5 receptor activation on
responses to noxious heat.
EXPERIMENTAL APPROACH: We assessed the effects of intraplantar quisqualate, a nonselective
glutamate receptor agonist, on heat and mechanical pain behaviours in mice. In addition, the effects of
quisqualate on the intracellular calcium response and on membrane currents mediated by TRPV1
channels, were examined in cultured dorsal root ganglion neurons from mice.
KEY RESULTS: Activation of mGlu5 receptors in hind paw transiently increased, then decreased,
the response to noxious heat. In sensory neurons, activation of mGlu5 receptors potentiated
TRPV1-mediated intracellular calcium elevation, while terminating activation of mGlu5 receptors
depressed it. TRPV1-induced currents were potentiated by activation of mGlu5 receptors under
voltage clamp conditions and these disappeared after washout. However, voltage-gated calcium
currents were inhibited by the mGlu5 receptor agonist, even after washout.
CONCLUSIONS AND IMPLICATIONS: These results suggest that, in sensory neurons, mGlu5
receptors biphasically modulate TRPV1-mediated intracellular calcium response via transient
potentiation of TRPV1 channel-induced currents and persistent inhibition of voltage-gated calcium
currents, contributing to heat hyper- and hypoalgesia.
② Masuoka T, Ishibashi T. Nishio M. Biphasic modulation of noxious heat sensitivity in sensory
neurons by peripheral metabotropic glutamate receptors. Inflamm Cell Signal 2015; 2: e602.
Abstract: Release of glutamate during inflammation and injury changes sensitivity and transmission
efficiency of noxious sensory information via glutamate receptors. We found that activation of
metabotropic glutamate receptor type 5 (mGluR5) transiently increased, and then subsequently
decreased, noxious heat sensitivity. Similarly, mGluR5 activation in cultured sensory neurons
potentiated intracellular calcium elevation mediated by transient receptor potential channel, subfamily
V, member 1 (TRPV1), a noxious heat receptor; subsequent cessation of mGluR5 activation depressed
intracellular calcium levels. The underlying mechanisms were potentiation of TRPV1 current in the
− 51 −
presence of mGluR5 ligands and persistent inhibition of voltage-gated calcium channels (VGCC),
even after mGluR5 ligand washout. Thus, mGluR5 biphasically modulates TRPV1-mediated cellular
responses in sensory neurons, which contributes to heat hyper- and hypoalgesia. These phenomena
may contribute to changes in noxious heat sensitivity during inflammation and healing.
− 52 −
1.研究課題名:ウイルスと宿主ユビキチンシステムの分子相互作用(研究番号
S2013-10)
2.キーワード:1)N-end rule 経路 (N-end rule pathway)
2)ユビキチン (Ubiquitin)
3)パピローマウイルス (HPV16)
4)がん (cancer)
5)分子相互作用 (molecular interaction)
3.研究者氏名:田崎 隆史・総合医学研究所・准教授・生命科学研究領域
4.研 究 目 的
ヒトパピローマウイルス蛋白 HPV16 E7 とユビキチンリガーゼ UBR4 の相互作用が、発が
んに関与している事が示唆されている。しかし、
E7 と UBR4 がどのように結合しているのか、ど
のようにがん化に寄与しているのかは不明であ
る。これまで申請者は、UBR4 が生体にとって
不可欠な分子であることを示しており
(S2012-7, Tasaki et al. PNAS 2012, Tasaki et al.
Autophagy 2013)、E7 蛋白が宿主 UBR4 を制御し
ている事が考えられた。多くのウイルスは、ウ
イルス自身の複製、増殖、生存戦略のために、
宿主ユビキチンシステムをうまく利用している
事が知られている。本研究では、E7 蛋白が宿主
UBR4 を制御していると仮定し、UBR4-E7 結合
の詳細な分子相互作用を解明することを研究目
的とする。
5.研 究 計 画
UBR4 はどのように E7 と直接結合しているの
か?
1A. E7-UBR4 結合解析法の確立:
効率的かつ詳細に E7 結合領域を特定するため
に、E7 peptide-beads と cell-free system を用い in
vitro 沈降法を確立する。【方法】E7 ペプチド
(E7-N15) 及び、コントロール (E7-NC) を合成
し(図 1)、Streptavidin (SA)-ビーズに固定する。
UBR4 cDNA から、TNT T7 quick for PCR DNA(プロメガ)のプロトコールに従って UBR4
− 53 −
断片を作製する(図 2)。
1B. E7 peptide-beads による E7 結合部位の解析:
1A の方法により、E7 結合部位を決定する。
【方法】in vitro pull-down assay を行い、E7-UBR4
結合度を解析することで、E7 結合に重要な UBR4 上の部位を特定する。E7-peptide beads がう
まく働かない場合は、大腸菌を用いた方法に切り替える。
6.研 究 成 果
(1) 研究計画に従って、二種類のペプチドを合成し
た (CS Bio Ltd. Shanghai, China)。これらのペプ
チドには、C 末端がビオチン化されており、
SA-agarose (Thermo fisher) に結合させて、E7 ペ
プチドビーズを作成した。HEK293 細胞由来タ
図 3 大腸菌による組換え E7 蛋白の発現
ンパク質から E7 ビーズを用いて UBR4 を単離
し、Western blot 解析を行った。しかし、予想を覆し、UBR4 は E7 ペプチドには結合しなか
った (data not shown)。合成されたペプチドは、質量分析法を用いてその配列を確認している。
(2) E7 ペプチドビーズを用いた実験が予想外の結果になったので、大腸菌発現系を用いて再検討
した。HPV16E7 全長の C 末端側に Flag タグもしくは GST を融合させ、大腸菌で組換え E7
タンパク質を発現させた。E7 は 98 アミノ酸の小さなタンパク質だが、通常の菌株では発現
効率が非常に悪く、様々な株を試した結果、E7-flag タンパク質を Rosseta-gami2 (DE3) plysS
株でうまく発現させることが出来た(図 3)。
(3) 次に、大腸菌に発現させた E7-flag 蛋白と抗 flag 抗体ビーズを用いて、E7-flag pull-down 系を
構築した。抗 flag 抗体ビーズ状に固定した
E7-flag と HEK293 細胞で発現させた V5 タ
グ融合 UBR4 (V5-UBR4) と V5 タグ融合
LacZ (V5-LacZ) を混合し pull-down アッセ
イを行った(図 4)。抗 V5 抗体を用いて
Western 解析を行ったところ、E7-flag は、
V5-UBR4 と強く結合するが、V5-LacZ とは
結合しないことが示された。この結果から、
この実験系において E7 は UBR4 と特異的に
結合することが示された。また、同じビー
ズにより、HEK293 細胞由来の UBR4 とも結
合することを確認した (data not shown)。今
後は、E7-flag を用いた実験系で UBR4 との
分子相互作用を検討する。
(4) 次に、Cell-free 発現系を用いた UBR4 断片の
図 4 E7-flag 蛋白は UBR4 と特異的に結合する。
発現と、E7-flag pull-down 実験の検討を行った。TNT T7 quick for PCR DNA(プロメガ)のプ
− 54 −
ロ トコ ールに 従い 、 UBR4 断片を T7
promoter を含むプライマーを用いて増幅
し in vitro transcription /translation 反応を
行った。発現したタンパク質は、蛍光物
質と結合した Lys アミノ酸が取り込まれ
ており、標識されたタンパク質を
Typhoon 9400 (GE) によって検出した
(図 5)。この実験系を用いて、想定した
長さの UBR4 断片を発現させることが出
図 5 Cell-free 系を用いた E7-flag pull-down system
来たが、HEK293 細胞を用いた実験系に
比べ、E7-flag pull-down の効率が悪く、さらなる改善が必要であることが分かった。
7.研究の考察・反省
UBR4 への結合に関して重要であると考えられている HPV16E7N 末端 15 残基のペプチドを
合成し、結合解析用のペプチドビーズを作成した。しかし、予想に反して、この実験系はう
まく働かなかった。次に、flag タグを C 末端に融合させたE7全長(98 アミノ酸残基)を大
腸菌内で大量発現させた。この組換え E7-flag タンパク質を抗 flag 抗体ビーズ上に固定し、
UBR4 結合解析用ビーズを作成した。E7-flag は、UBR4 と特異的に強く結合することがわか
った。UBR4 は 5000 アミノ酸以上ある巨大なタンパク質であるため、通常のサブクローニン
グによる UBR4 断片作成と同時に、PCR と in vitro transcription / translation を組み合わせた実
験系を組み立てた。この実験系では、SDS-PAGE ゲルから直接シグナルを検出することがで
きる。しかし、結合効率が十分でなく、さらなる改良が必要である。平成 25 年度の研究計画
では、E7 と UBR4 の結合解析がさらに進んでいる予定であったが、当初の E7-ペプチドビー
ズがうまくいかなかったこともあり、計画が遅れている点が反省点である。しかし、現在ま
で新たな進展があり、興味深い研究結果を近い将来報告する予定である。
8.研 究 発 表
該当なし
− 55 −
1.研究課題名:神経発生・維持における可溶型 VEGF 受容体(可溶型 Flt-1)の機能解析(研究
番号
S2013-11)
2.キーワード:1)可溶型 Flt-1 (soluble Flt-1)
2)血管新生 (angiogenesis)
3)血管内皮増殖因子 (VEGF)
4)mRNA 選択的プロセシング (mRNA alternative processing)
5)神経変性疾患 (neurodegenerative disease)
3.研究者氏名:池田
崇之・医学部・講師・生化学Ⅱ
4.研 究 目 的
血管新生の主要因子である VEGF は血管内皮細胞に作用して内皮細胞を増殖させ血管新生
を促進する。さらに、VEGF は神経細胞に作用して神経細胞の増殖を促すことに加え、アポ
トーシスから守る神経保護作用も有することが明らかとなっている (Ruiz de Almodovar et al.,
Physiol. Rev. 89, 607-648, 2009)。VEGF の神経保護作用に関しては、アルツハイマー病や筋萎
縮性側索硬化症 (ALS)、あるいはうつ病などの神経(変性)疾患が VEGF の添加(脳内や脳
脊髄液)により改善することが報告されている。
VEGF は Flt-1 と KDR という2種類の細胞膜受容体に結合するが、血管新生における主な
受容体は KDR であると考えられており、Flt-1 の役割はほとんどわかっていない。ところが、
Flt-1 は細胞膜受容体に加えて細胞外ドメインのみからなる可溶型受容体(可溶型 Flt-1)とし
ても産生されており、膜型受容体に拮抗する“decoy”として機能することが明らかになって
いる。池田はこれまでに血管内皮細胞における可溶型 Flt-1 の産生制御機構を解明してきた
(Ikeda et al. Biochem. J., 436, 399-407, 2011)。さらに、上記のように、VEGF が神経系にも重要
であることから、その decoy receptor である可溶型 Flt-1 もまた神経系にとって重要な分子で
あると考えられる。そこで、本研究では神経細胞における可溶型 Flt-1 の役割を明らかにし、
新たな神経発生・維持のメカニズムを解明することを目的とする。
5.研 究 計 画
(1) 可溶型 Flt-1 のマウス脳での発現解析
正常マウスと神経疾患モデルマウス(アルツハイマー病、うつ病等)の胎児および成獣
の脳をとり、RT-PCR 法と in situ hybridization 法により mRNA レベルでの可溶型 Flt-1 の発
現を詳細に解析する。また、Western blot 法と ELISA 法を用いて、可溶型 Flt-1 タンパクの
発現も解析する。
(2) 可溶型 Flt-1 産生制御メカニズムの解明
池田は、血管内皮細胞では低酸素刺激によって可溶型 Flt-1 の発現が特異的に抑制され、
それは RNA プロセシングの段階で制御されていることを明らかにしてきた。そこで、血
− 57 −
管内皮細胞でのより詳細な産生制御メカニズムの解析と、神経細胞での可溶型 Flt-1 の発現
が同様のメカニズムで制御されているかを解析する。
6.研 究 成 果
(1) 可溶型 Flt-1 のマウス脳での発現解析
正常マウスの成獣から脳をとり、RT-PCR 法にて可溶型 Flt-1 の発現を解析した。脳を肉
眼で9ヶ所に分けて採取し、VEGF、可溶型 Flt-1(可溶型 VEGFR-1)、膜型 Flt-1(膜型
VEGFR-1)、KDR (VEGFR-2) の発現をリアルタイム PCR により定量したところ、VGEF
とメインの受容体である KDR の発現は部位による差はわずかであった。Flt-1 は嗅脳、中
脳、小脳で比較的発現が多いが、膜型 Flt-1 に対する可溶型 Flt-1 産生は顕著な違いは見ら
れなかった。また、KDR に対する可溶型 Flt-1 の発現量を比較したところ、線条体と橋で
わずかに可溶型 Flt-1 発現比が高く、脳の各部位における発現に差があることが明らかとな
った。
(2) うつモデルマウス(強制水泳モデル)脳での可溶型 Flt-1 と VEGF 発現解析
強制水泳によるうつモデルマウスを作製した。1日 10 分間、足場のないプールにマウス
を入れて強制的に泳がせる操作を5日間繰り返すと、経時的に水泳距離の減少、静止時間
の増加が観察され、うつと考えられる状態になる。この時のマウス (n=5) 海馬から RNA
を抽出し、VEGF と可溶型 Flt-1 の発現を定量した。強制水泳させていないマウス (n=5) を
コントロールとして発現量を比較したが、両者とも顕著な差は認められなかった。
(3) 可溶型 Flt-1 産生制御メカニズムの解明
これまで RNA 結合タンパク質 hnRNP D が制御タンパク質の1つであることを明らかに
し、その機能が翻訳後修飾によって制御されている可能性が考えられた。これまでの研究
で hnRNP D はリン酸化されないことが確認されているので、リン酸化以外の翻訳後修飾で
あるメチル化の影響を解析した。hnRNP D は特徴的なアミノ酸配列 RGG (Arg-Gly-Gly) の
アルギニン残基がメチル化されることが知られていることから、アルギニン残基をアラニ
ン、ヒスチジン、リジンに変異させた hnRNP D タンパク質を発現するベクターを作製した。
Flt-1 minigene と一緒に血管内皮細胞に導入し、minigene の発現パターンを比較すると、
hnRNP D によって減少した可溶型が、変異 hnRNP D では減少しないことが明らかとなっ
た。また、血管内皮細胞にアルギニンメチル化酵素阻害剤を添加したところ、可溶型 Flt-1
産生の亢進が確認された。したがって、hnRNP D はメチル化されることによって、可溶型
Flt-1 産生を制御していることが示唆された。
ラット副腎髄質由来の褐色細胞腫細胞株 PC12 は神経細胞分化のモデルとして使われて
おり、NGF を添加すると神経細胞のような樹状突起を伸ばすことが知られている。PC12
細胞に NGF を添加した時の Flt-1 の発現を定量したところ、可溶型、膜型ともに mRNA 量
が増加し、PC12 の NGF による神経細胞様分化時には Flt-1 遺伝子の転写が亢進しているこ
とが示唆された。膜型に対する可溶型の産生比に顕著な差は見られなかった。さらに、血
管内皮細胞では低酸素刺激により可溶型 Flt-1 産生が特異的に抑制されることから、低酸素
− 58 −
刺激下での PC12 細胞の遺伝子発現を解析した。PC12 細胞でも血管内皮細胞同様、低酸素
によって VEGF の発現が誘導された。しかしながら、Flt-1 の発現は可溶型、膜型とも低酸
素の影響は受けなかった。
7.研究の考察・反省
本研究では、正常成獣マウスの脳を用いた可溶型 Flt-1 の発現を mRNA レベルでしか評価
できなかった。発生過程にある胎児脳、あるいは神経疾患マウス脳と比較すること、また、
タンパクレベルでの発現、局在を解析することにより可溶型 Flt-1 の重要性を示すことができ
るかもしれない。神経疾患マウスの1例とし、強制水泳モデルによるうつモデルマウスの海
馬での可溶型 Flt-1 産生を解析したが、うつによる発現変動は認められなかった。今回は海馬
のみの解析であったが、他部位での発現変動も解析することが必要である。さらに、アルツ
ハイマー病等モデルマウスでの mRNA、タンパク質レベルでの発現変動も興味深いが、本研
究期間では解析までは至らず、今後明らかにしていきたい。
可溶型 Flt-1 の産生は RNA 結合タンパク質である hnRNP D が Flt-1 mRNA 前駆体に結合す
ることによって制御されており、それは hnRNP D のメチル化が関与している可能性が示唆さ
れた。hnRNP D が Flt-1 mRNA 前駆体に結合することは明らかにしたが、制御配列であるイ
ントロン 13 上の配列に結合する直接的な証拠は得られていない。RNA EMSA や RNA 免疫沈
降などの手法を用いて今後明らかにしたいと考えている。また、hnRNP D のメチル化の影響
も情況証拠であり、メチル化 hnRNP D を直接検出することが必要である。神経細胞における
可溶型 Flt-1 産生制御機構を解明するために、本研究では一般的に使われている PC12 細胞を
用いたが、神経細胞としての反応を解析するために適切かどうか疑問が残る。今後は、ES
細胞や iPS 細胞等を用いて神経細胞分化・維持における可溶型 Flt-1 とその産生制御の役割を
解明したいと考えている。
8.研 究 発 表
該当なし(論文投稿中)
− 59 −
1.研究課題名:DNA 修復タンパク質 XRCC4 のリン酸化を介したがん細胞のアポトーシス促進
機構の解明(研究番号
S2013-12)
2.キーワード:1)DNA 修復 (DNA repair)
2)アポトーシス (apoptosis)
3)リン酸化 (phosphorylation)
3.研究者氏名:砂谷
優実・医学部・助教・生化学Ⅰ
4.研 究 目 的
放射線治療後再発した悪性腫瘍が放射線抵抗性を獲得していること、その抵抗性の原因の
一つに、放射線で切断された DNA の修復亢進があることが報告されている (Wlodek et al,
Radiat Res, 1987)。そのようながん細胞は、放射線のみならず DNA 切断作用を持つ汎用の抗
がん剤にも抵抗性となりうる。そこで、放射線抵抗性がんの治療には、DNA 切断以外の作用
で細胞死(アポトーシス)を誘導する薬剤が有効であると考えられる。
これまでに我々は、DNA 修復タンパク質 XRCC4 が、アポトーシス時にタンパク分解酵素
であるカスパーゼで切断されて N 末端領域からなる断片(以降 p35)となり核内から細胞質
へ移行すること、そして、XRCC4 がカスパーゼによる切断依存性に、DNA 修復とは無関係
な機構でアポトーシスを促進することを、XRCC4 欠損細胞株、野生型 XRCC4 発現細胞株、
およびカスパーゼ切断変異型 XRCC4 発現細胞株を用いて明らかにした。さらに、アポトー
シス時、XRCC4 の Thr233 はリン酸化されていることを見出した。そこで本研究では、p35
のリン酸化を制御すれば、放射線や各種 DNA 損傷性の抗がん剤に抵抗性のがん細胞にアポ
トーシスを誘導できるのではないかと考えた。本研究は、XRCC4Thr233 のリン酸化依存的な
アポトーシス促進の分子機構を明らかにすることを目的とした。
5.研 究 計 画
1)XRCC4 によるアポトーシス促進効果が Thr233 リン酸化状態により制御されるか否か
マウス悪性リンパ腫由来 XRCC4 欠損細胞株である M10 細胞株、野生型ヒト XRCC4 発現
細胞株である M10-XRCC4 細胞株、および Thr233 を Ala に置換した変異型ヒト XRCC4 発現
細胞株である M10-T233A 細胞株を既に入手している。これらの細胞株を、DNA 非損傷性薬
剤であるスタウロスポリン(以降 STS)で処理してアポトーシスを誘導し、まず M10-T233A
細胞株でも M10-XRCC4 細胞株と同様にカスパーゼの活性化が起こり、p35 が出現すること
を確認する。次に、M10-T233A 細胞株ではアポトーシスが促進しないか否かを調べる。Thr233
のリン酸化は、抗ヒト XRCC4 リン酸化 Thr233 抗体(作製済)を用いたウエスタンブロット
法で検出する。アポトーシスは、アポトーシス特異的な細胞応答であるヌクレオソーム単位
の DNA 切断を指標とし TUNEL 法および DNA ラダー法で検出する。
2)リン酸化を制御する酵素は何か~リン酸化・脱リン酸化酵素阻害剤の抗がん剤としての可
− 61 −
能性~
① p35Thr233 リン酸化酵素、脱リン酸化酵素の特定
1)の STS 処理時に既知の Thr リン酸化酵素あるいは脱リン酸化酵素に対する各種阻害
剤を添加し、p35Thr233 のリン酸化およびアポトーシス促進が抑制される阻害剤を1)の
アポトーシス検出系を用いて探索する。
② リン酸化酵素阻害剤・脱リン酸化酵素阻害剤を用いたアポトーシス促進の実証
2)①で有効であった阻害剤の存在下で、STS 処理により誘導される M10-XRCC4 細胞
株のアポトーシスを検出し、アポトーシスが促進するか否かを調べる。
6.研 究 成 果
本研究により以下のことが明らかになった。
① M10-T233A 細胞株でも M10-XRCC4 細胞株と同様に STS を処理することでカスパーゼが活
性化し、p35 が出現すること
② M10-XRCC4 細胞株の全長の XRCC4 では Thr233 は常にリン酸化されているが、アポトー
シスで出現する p35 では Thr233 は脱リン酸化されていること
③ M10 細胞の核内に p35 を強制的に発現させると p35 の脱リン酸化が抑制されること
④ M10-XRCC4 細胞株で検出されるアポトーシスの促進は、M10-T233A 細胞株では起こらな
いこと
⑤ M10-XRCC4 細胞株で検出されるアポトーシスの促進は、Thr リン酸化酵素である Casein
kinase 2 (CK2) あるいは DNA-PK 阻害剤存在下で抑制されること
7.研究の考察・反省
本研究により、Thr233 の存在が XRCC4 を介した DNA 非損傷性アポトーシスの促進に必
要であることが明らかとなった。そして、リン酸化酵素活性阻害剤を用いた解析の結果、
XRCC4 によるアポトーシスの促進には、既知の Thr233 責任リン酸化酵素である CK2 の活性
が必要であることがわかった。以上の結果より、Thr233 のリン酸化は XRCC4 によるアポト
ーシス促進に重要であると考えられる。また、CK2 の他に、Thr リン酸化酵素である DNA-PK
の活性も必要であることがわかった。Thr233 は DNA-PK によりリン酸化されるアミノ酸残基
であるという報告はないが、XRCC4 には DNA-PK の標的残基が複数存在することが報告さ
れている。したがって、今回調べていない別のアミノ酸残基のリン酸化も XRCC4 によるア
ポトーシス促進に関与することが示唆される。
これまでの研究により、XRCC4 のアポトーシス促進効果には、XRCC4 のカスパーゼによ
る切断依存性があることを見出している。本研究では、Thr233 変異細胞において、XRCC4
のカスパーゼによる切断が確認されたが、アポトーシス促進は認められなかった。これらの
結果は、Thr233 のリン酸化は、カスパーゼによる XRCC4 の切断には不要であることを意味
している。したがって、Thr233 のリン酸化は、カスパーゼによる XRCC4 の切断よりも下流
あるいは別経路でアポトーシス促進に働くと考えられる。
− 62 −
さらに、XRCC4 の Thr233 のリン酸化状態を調べた結果、Thr233 は通常リン酸化されてい
るが、アポトーシス時にカスパーゼにより切断されて生じた p35 においては脱リン酸化され
ていること、p35 を核内に発現させると脱リン酸化が抑制されることが本研究により新たに
判明した。これまでに、p35 はアポトーシスの進行に伴い核内から細胞質へ移行することを
見出している。以上より、XRCC4 切断片である p35 のリン酸化体は細胞質へ移行することで
脱リン酸化されると考えられる。そして、この細胞内局在変化に伴う脱リン酸化が、XRCC4
によるアポトーシス促進の引き金になることが予想される。
本研究では、当初予定していた Thr233 の脱リン酸化酵素の同定には至らなかった。先述の
通り、XRCC4Thr233 の脱リン酸化は、アポトーシス促進の鍵であることが期待される。今後
は、Thr233 の脱リン酸化酵素を同定し、p35 による XRCC4Thr233 のリン酸化-脱リン酸化依
存的なアポトーシス促進の分子機構の詳細を明らかにしていきたい。
8.研 究 発 表
該当なし。
− 63 −
1.研究課題名:糖尿病腎症における DPP-4 阻害の意義(研究番号
S2013-13)
2.キーワード:1)糖尿病 (Diabetes)
2)糖尿病腎症 (Diabetic Nephropathy)
3)線維化 (fibrosis)
4)microRNA (miRNA)
5)臓器線維化プログラム (organ fibrotic program)
3.研究者氏名:金﨑
啓造・医学部・准教授・糖尿病・内分泌内科学
4.研 究 目 的
新規糖尿病治療薬であるインクレチン関連薬、その中でも Dipeptidyl peptidase (DPP)-4 阻害
薬はおおよそ 70%以上の 2 型糖尿病症例で既に用いられている。興味深い事に DPP-4 阻害に
より腎保護作用が報告されているが、詳細な分子機構は明らかになっていない。予備的検討
で、我々は糖尿病腎に DPP-4 が過剰発現している事を突き止め、DPP-4 阻害薬 linagliptin に
よる治療を行い、著明な腎臓の線維化抑制効果がある事を見出し、現在詳細な分子機構を解
析している。
5.研 究 計 画
DPP-4 阻害による糖尿病性腎線維化制御機構の詳細な分子機構を解明するためする為に、
以下の実験項目を行った。
①
Linagliptin 投与による、腎線維芽細胞の多様性変化を検討した。
②
培養内皮細胞を用いて DPP-4 阻害(or 過剰発現)による表現系の変化を解析した。
③
microRNA profiling から得られた糖尿病で低下している microRNA が DPP-4 蛋白発現にも
たらす影響を検討した。
④
膜表面上に存在する DPP-4 蛋白が integrin 1 と相互作用する可能性を検討した。
6.研 究 成 果
①
STZ 誘導 1 型糖尿病 CD-1 マウスの糸球体硬化・腎線維化(STZ 投与後 6 ヶ月)は、STZ
投与後 5 ヵ月からの linagliptin 投与により有意に改善した。糖尿病マウスでは血清、腎の
DPP-4 活性が上昇しており、腎において糸球体基底膜、尿細管刷子縁、血管内皮細胞に
DPP-4 蛋白発現が増加していた。
②
Linagliptin は血清、腎での DPP-4 活性を抑制し、腎での DPP-4 蛋白発現も抑制した。糖尿
病腎では EndMT が増加しており、linagliptin は糖尿病腎での EndMT を抑制した。
③
Transforming growth factor (TGF) -2 は培養内皮細胞 (HMVEC) の紡錘状形態変化、内皮細
胞マーカー発現減少および間葉系細胞マーカー発現増加を惹起して EndMT を誘導し、
linagliptin の共孵置は EndMT を抑制した。
− 65 −
④
さらに、TGF-2 による HMVEC の浸潤増加は linagliptin により抑制された。Linagliptin は
HMVEC において TGF-2 による smad3 リン酸化、DPP-4 活性上昇を抑制した。
⑤
DPP-4 の 3’UTR には microRNA29 結合配列が存在するが、糖尿病腎では microRNA29a, b, c
が低下していた。HMVEC において microRNA29a, b を抑制する事により DPP-4 蛋白発現
が増加した。
⑥
Integrin 1 は種々の integrin とヘテロダイマーを形成し、細胞外基質と細胞間の刺激伝達
機構制御に重要な役割を演じる。Vascular endothelial growth factor (VEGF) は内皮細胞にお
いて VEGFR2 を介して integrin 1 を抑制する事により抗 EndMT 効果を有する。
⑦
STZ 誘導 1 型糖尿病 CD-1 マウスの糸球体硬化・腎線維化(STZ 投与後 6 ヶ月)は、STZ
投与後 5 ヵ月からの linagliptin 投与により有意に改善し、TGF受容体、DPP-4 および integrin
1 の蛋白および integrin 1 リン酸化抑制を伴った。
⑧
DPP-4 および integrin 1 はともに糖尿病腎内皮細胞において強発現していた。
⑨
培養内皮細胞 HMVEC において TGF-2 刺激により DPP-4 と integrin 1 蛋白発現、リン酸
化 integrin 1 は全て増加し、linagliptin 孵置によりそれらは抑制された。
⑩
Proximity Ligation Assay を用いた検討では TGF-2 刺激により DPP-4 と integrin 1 の相互
作用、TGF受容体ヘテロダイマー形成が確認され、linagliptin はこれらを抑制した。
⑪
Integrin 1 あるいは DPP-4 siRNA を用いてノックダウンした細胞では、TGF-2 刺激によ
る TGF受容体ヘテロダイマー形成が有意に抑制された。
⑫
DPP-4 過剰発現は VEGF による内皮細胞恒常性維持機構を阻害し、その分子機構として
VEGFR1 と VEGFR2 の発現制御の破綻が示唆された。実際、糖尿病腎では VEGFR1 発現
が増加/VEGFR2 発現は減少しており、linagliptin 投与はこれらを正常化した。
7.研究の考察・反省
①
糖尿病腎における DPP-4 発現増加-活性上昇が抗線維化治療標的である事、糖尿病腎にお
ける DPP-4 蛋白発現増加の分子機構として microRNA29 family 低下が重要である事を示唆
した。
②
糖尿病腎において内皮細胞において DPP-4 強発現と integrin 1 の相互作用が内皮細胞恒常
性破綻を惹起し、EndMT 誘導にも重要な役割を担っていることが明らかとなった。
③
糖尿病腎線維化には、TGF-の活性化、DPP-4 発現-活性増加(および integrin 1 との相互
作用)、microRNA29 の抑制が相互に線維化惹起クロストークを形成しているものと考えら
れる。
④
これらの発見は、おもに可溶性 DPP-4 を標的としてデザインされてきた DPP-4 阻害薬の
間に組織浸透性の違いから組織 DPP-4 阻害の有無に相違が生じる可能性を示唆している。
現在検討中である。
8.研 究 発 表
Srivastava SP, Shi S, Koya D, Kanasaki K. Lipid mediators in diabetic nephropathy. Fibrogenesis
− 66 −
Tissue Repair 2014; 7: 12. doi: 10.1186/1755-1536-7-12.
Abstract: The implications of lipid lowering drugs in the treatment of diabetic nephropathy have
been considered. At the same time, the clinical efficacy of lipid lowering drugs has resulted in
improvement in the cardiovascular functions of chronic kidney disease (CKD) patients with or
without diabetes, but no remarkable improvement has been observed in the kidney outcome. Earlier
lipid mediators have been shown to cause accumulative effects in diabetic nephropathy (DN). Here,
we attempt to analyze the involvement of lipid mediators in DN. The hyperglycemiainduced
overproduction of diacyglycerol (DAG) is one of the causes for the activation of protein kinase C
(PKCs), which is responsible for the activation of pathways, including the production of VEGF,
TGFβ1, PAI-1, NADPH oxidases, and NFҟB signaling, accelerating the development of DN.
Additionally, current studies on the role of ceramide are one of the major fields of study in DN.
Researchers have reported excessive ceramide formation in the pathobiological conditions of DN.
There is less report on the effect of lipid lowering drugs on the reduction of PKC activation and
ceramide synthesis. Regulating PKC activation and ceramide biosynthesis could be a protective
measure in the therapeutic potential of DN. Lipid lowering drugs also upregulate anti-fibrotic
microRNAs, which could hint at the effects of lipid lowering drugs in DN.
− 67 −
1.研究課題名:光技術を利用した扁桃体におけるセロトニン作動性終末の生理的作用研究
(研究番号
S2013-14)
2.キーワード:1)扁桃体 (Amygdala)
2)セロトニン (Serotonine)
3)TRPC チャネル (TRPC channel)
4)GIRK チャネル (GIRK channel)
3.研究者氏名:山本
亮・医学部・助教・生理学Ⅰ(採択時)
4.研 究 目 的
情動中枢である扁桃体の活動は縫線核からのセロトニン作動性投射によって調節される。
申請者はこれまでセロトニンによる扁桃体興奮性制御機構と介在するイオンチャネルを明ら
かにしてきた。今回、セロトニン作動性ニューロンにチャネルロドプシン2を発現させた遺
伝子改変マウスを用い、光でセロトニン作動性終末を選択的に刺激し、扁桃体興奮性への作
用を調べる。セロトニン作動性終末はセロトニンだけでなくグルタミン酸も放出する事が知
られている。この研究により、今までの単純な薬理実験では調べられなかった、セロトニン
作動性投射の生理的条件下での興奮性調節機構を明らかにする事ができる。
5.研 究 計 画
生理的条件でのセロトニン作動性投射による扁桃体興奮性調節を明らかにするため、チャ
ネルロドプシン 2 をセロトニン作動性ニューロン選択的に発現させた遺伝子改変マウスを用
い、LA/BLA 神経回路への調節を電気生理学的に精査する。LA/BLA ニューロンからホール
セルパッチクランプ電気記録を行い、➀光刺激によって LA/BLA ニューロンの電気特性がど
のように調節されるのかを調べる。➁光刺激によって LA/BLA ニューロンへの興奮性/抑制性
シナプス電流がどのように調節されるかを明らかにする。➂光刺激と LTP 誘導刺激とを組み
合わせ、シナプスの可塑的変化がどのように調節されるかを明らかにする。
6.研 究 成 果
扁桃体におけるセロトニンの興奮性調節作用が、その亜核によって異なることは知られて
いる。本研究では、光遺伝学による実験の前に、まずセロトニンによるラット扁桃体外側核
ニューロンの脱分極作用のイオン機構を精査した。
顕微鏡下で同定した扁桃体外側核および外側基底核興奮性ニューロンから current clamp
mode で膜電位記録を行いセロトニンを投与したところ、外側核では約 5mV の脱分極が観察
されたが、外側基底核では膜電位変化は観察されなかった。
この脱分極のイオン機構を精査するため、voltage clamp mode で -50mV に電位固定し、
voltage ramp を与え、セロトニン投与前と後で比較し、生じた電流の I-V relationship を観察し
− 69 −
た。その結果、約 -105mV 付近に逆転電位を計測した。この電流は 5-HT2C 受容体の阻害薬
によって消失したことから、5-HT2C 受容体がセロトニン誘因性脱分極に必須であると考え
られる。逆転電位からカリウム電流の抑制の関与が想定されるため、Barium を用いてカリウ
ム電流の影響を除外し、残った電流の I-V relationship の変化を観察したところ、電流の逆転
電位が変化した。この電流の特性を調べるために -70mV に電位固定し voltage ramp を用いて
I-V relationship を調べたところ、逆転電位は -20mV 付近で外向き整流性が見られた。これは
Transient Receptor Potential C (TRPC) チャネルの電流特性と近似している。TRPC チャネルの
関与を確認するために各種 TRPC チャネル阻害剤を用いて電流を測定したところ、いずれの
場合にもこの電流は抑制された。また、PI3-kinase の阻害剤も同様にこの電流を抑制した。
つまり、セロトニンは 5-HT2C 受容体→PI3-kinase→TRPC というカスケードで TRPC チャネ
ルを活性化していると考えられる。
Barium-insensitive 電流は以上の結果より TRPC 電流と考えられる。ここで Barium-sensitive
のカリウム電流がどの K チャネルに依拠しているかを明らかにするために、PI3-kinase 阻害
剤存在下で I-V relationship を観察した。この電流特性は G-protein coupled inwardly rectifying
potassium (GIRK) チャネルが抑制された場合とほぼ相似である。この電流が GIRK 電流の抑
制によるものであれば膜の PIP2 に影響を受ける。これを確認するため、PIP2 合成阻害剤の
影響を確認したところ、この K 電流のセロトニンによる抑制は増強された。すなわちこの K
電流は GIRK であると言える。
以上より、セロトニンによって誘起される脱分極は TRPC 電流の増強と GIRK 電流の減少
の 2 種類の電流によって構成されていることが明らかになった。
このセロトニンによる扁桃体外側核の興奮性調節機構は恐怖反応や不安行動の発現に密接
に関わっていると考えられる。
7.研究の考察・反省
本研究により、セロトニンによる扁桃体外側核・外側基底核への調節のイオン機構が明ら
かになった。また、両者に作用の違いが存在することも明らかになった。この結果は、外側
核と外側基底核との恐怖情報処理における役割の違いも示唆している。実際、行動実験等で
両者の機能的差異は指摘されており、このセロトニンによる作用の違いもその素因の一つで
あると考えられる。
当初、光遺伝学を用いて、内因性のセロトニンによる扁桃体の興奮性調節作用を観察する
計画であったが、基礎的調節作用の検討に予想以上に時間が掛かり、チャネルロドプシンを
用いた実験は期間内には行えなかった。今後、光遺伝学を用いて、in vitro 電気生理、in vivo
行動実験を組み合わせ、セロトニン作動性ニューロンの生理的な扁桃体興奮性調節機構につ
いて精査することを計画している。
8.研 究 発 表
Yamamoto R, Hatano N, Sugai T, Kato N. Serotonin induces depolarization in lateral amygdala
− 70 −
neurons by activation of TRPC-like current and inhibition of GIRK current depending on 5-HT2C
receptor. Neuropharmacology 2014; 82: 49-58.
Abstract: Regional differences are known in the serotonin-induced modulation of neuronal activity
within the amygdala. This in vitro study in rats focuses on analyzing the ionic mechanism underlying
serotonin-induced depolarization in the lateral amygdala. Serotonin depolarized membrane potential
by 5 mV, which is underlain by a serotonin-induced inward current at rest with a characteristic
reversal potential of -105 mV. From pharmacological experiments, the 5-HT2C subtype was singled
out as the receptor subtype involved. Under blockade of K+ channels by Ba2+, 5-HT induced an
inward current with no reversal at the range between -50 and -130 mV, which was identified as a
TRPC-like current. This current was blocked by the specific phosphatidylinositol 3-kinse (PI3-kinase)
inhibitor LY294002, pointing to its dependence on PI3-kinase. The Ba2+-sensitive component,
obtained by subtraction, showed a strong outward rectification and the reversal potential of K+,
indicating that this component results from a serotonin-induced inhibition of G-protein coupled
inwardly rectifying K+ channel (GIRK) current. By wortmannin, an inhibitor of both PI3-kinase and
PI4-kinase, a serotonin-induced phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate PIP2 depletion was revealed to
underlie GIRK inhibition. Thus, the serotonin-induced current turned out to be caused by a combined
occurrence of GIRK inhibition and PI3-kinase-dependent TRPC-like current. With serotonergic
modulation, all these mechanisms should be recruited in lateral amygdala principal neurons and likely
contribute to generation of region-specific neuronal activity patterns within the amygdala, which may
at least partly implement its required role in fear and anxiety.
− 71 −
1.研究課題名:DNA 末端連結経路を介した効率的細胞死誘導の解析(研究番号
S2013-15)
2.キーワード:1)DNA 二本鎖切断 (DNA double-strand break)
2)非相同末端連結 (non-homologous end-joining)
3)相同組換え (homologous recombination)
4)DNA 複製 (DNA replication)
5)カンプトテシン (camptothecin)
3.研究者氏名:逆井
良・医学部・助教・生化学I
4.研 究 目 的
放射線や抗がん剤カンプトテシン (CPT) 等による DNA 二本鎖切断 (DSB) は非常に強い
細胞毒性を持つ。DSB は、non-homologous end joining (NHEJ) または homologous recombination
(HR) の経路で修復され、放射線による DSB では両経路とも細胞生存に働く。申請者は、CPT
で発生する DNA 複製を介した DSB(以後 RM-DSB)では、NHEJ で修復されると細胞死に
至ることを見出した。このことから、NHEJ を亢進できれば、CPT の抗腫瘍効果を増強でき
ると考えられる。
本研究は、CPT による RM-DSB の修復において、HR と NHEJ の経路選択を決定づけるメ
カニズムを明らかにし、HR を抑制し NHEJ を優先的に働かせる事でより効果的な CPT 療法
を開発することを目的とする。
申請者はこれまで、CPT による NHEJ 因子 DNA-PK の活性化がユビキチン−プロテアソー
ム系で制御されており、細胞死を誘導する事を明らかにしてきた。また NHEJ 因子 53BP1 が
HR の初期反応をブロックする事が示されている。そこで、DNA-PK および 53BP1 の新たな
制御因子をユビキチン化および脱メチル化酵素に絞ってスクリーニングし、修復経路決定に
関わる因子の同定を試みる。これらを亢進・抑制する事で、細胞死への影響を解析する。
これまで放射線による DSB と RM-DSB は同じように修復されると考えられてきた。本研
究では、RM-DSB では修復経路により細胞運命が大きく異なる事に注目している。本研究の
成果は、CPT 等による化学療法の効果を高める上で非常に有益となる事が期待される。また、
抗がん剤として研究が活発に進められているヒストン修飾酵素阻害剤の開発や、抗がん剤応
用をさらに後押しするものになる。
5.研 究 計 画
本研究では、DNA 複製を介した DNA 二本鎖切断 (RM-DSB) に注目し、NHEJ での修復経
路を亢進させ、効率的な細胞死誘導系を構築するため、以下の点について解析を行う。
① NHEJ の亢進:53BP1 を RM-DSB へ留める因子の探索
NHEJ 因子で且つ HR 抑制因子である 53BP1 の DSB への局在には、ヒストン H4 のメチ
ル化が必要である。逆に、DSB からの解離には脱メチル化酵素が関与すると考えられるが、
− 73 −
53BP1 の解離に関わる脱メチル化酵素は報告されていない。そこで、脱メチル化酵素に対
する siRNA library を用いて、53BP1 の解離因子を 53BP1 の局在を指標に探索する。候補
因子同定後は、NHEJ に関しては 53BP1 の局在や DNA-PK の活性化を指標に、HR につい
ては、初期反応マーカーとして RPA および HR 責任酵素 Rad51 の局在により解析する。
② HR の抑制:DNA-PK/RPA 経路活性化因子の探索
DNA-PK は RM-DSB に対して活性化し、RPA をリン酸化する。申請者は CPT による
DNA-PK の活性化および RPA リン酸化がユビキチンープロテアソーム系により制御され
ている可能性を報告している。また、リン酸化 RPA は、HR 経路を抑制する事が示されて
いる。そこで、DNA-PK 活性化および RPA リン酸化に関わるユビキチン関連因子を同定す
るため、E2 ユビキチン結合酵素群に対する siRNA library を用い、まずは RPA リン酸化を
指標に同定を試みる。
③ 細胞運命への影響解析
①②により候補因子が得られれば、RM-DSB に対する細胞死が亢進するかどうか、CPT
および同様に RM-DSB を引き起こすと考えられる PARP 阻害剤に 対する感受性を
clonogenic assay により解析する。
6.研 究 成 果
① 脱メチル化酵素に対するスクリーニングを 53BP1 の foci 形成を指標に行ったが、明確な差
をもって候補因子の同定をすることは難しかった。PHF8 が候補因子と考えられたが、確
認実験では再現されなかった。別の形でのスクリーニングが必要となる。
② DNA-PK 活性化に対する E2 ユビキチン結合酵素のスクリーニングにより、UbcH5c が候補
因子として同定された。UbcH5c をノックダウンすることで、DNA-PK の自己リン酸化お
よび RPA のリン酸化が抑制された。
一方、通常の DSB を誘導する Neocarzinostatin (NCS) で
処理した場合は、UbcH5c の依存性は確認されなかった。したがって、UbcH5c が RM-DSB
に対する DNA-PK 活性化に必要なユビキチン化因子であると考えられる。
③ 細胞死への影響はまだ解析に至っていない。UbcH5c は非常に多機能な E2 で、多くの E3
とともに働くことが知られているため、E3 ユビキチンリガーゼの同定後に感受性試験を行
う。
− 74 −
7.研究の考察・反省
53BP1 の解離因子としての脱メチル化酵素の同定には至っていないが、DNA 損傷部位にお
いて 53BP1 は非常に複雑な制御を受けていることがその後の報告で明らかになりつつある。
したがって、53BP1 自体の核内 foci で抗 HR 機能を評価するのは難しい可能性が出て来てい
る。53BP1 は単なる足場であり、それと結合する酵素が NHEJ-HR の経路選択に関与するこ
とが報告され、その1つが RIF1 である。今後、RIF1 の核内 foci を標的に、同様のスクリー
ニングを進めて行く予定である。
DNA-PK 活性化に関わるユビキチン化因子の探索は、おおむね順調に進んでいる。
現在は、
UbcH5c と共に働く E3 ユビキチンリガーゼの探索と機能解析を進めている。
UbcH5c は非常に多機能な E2 であり非常に多くの E3 リガーゼと相互作用することが知ら
れている。UbcH5c ノックダウン細胞では複合的な影響が現れることが予想されるため、細
胞運命に関する検討にはまだ至っていない。現在 E3 リガーゼの解析に進んでおり、E3 リガ
ーゼの解析の過程で、細胞運命の試験を行う予定である。
8.研 究 発 表
該当なし。
− 75 −
1.研究課題名:123I-MIBG による心臓交感神経終末機能の時間的変化の解明(研究番号 S2013-16)
2.キーワード:1)心臓核医学 (Nuclear cardiology)
2)交感神経 (Sympathetic nerve)
3)メタヨードベンジルグアニジン (Metaiodobenzylguanidine)
4)洗い出し率 (Washout rate)
5)定量解析 (Quantitative analysis)
3.研究者氏名:奥田
光一・一般教育機構・助教・物理学
4.研 究 目 的
放射性医薬品 123I-metaiodobenzylguanidine (MIBG) を用いた交感神経イメージングは、循環
器領域では心不全等の心疾患の評価に、神経学領域ではレヴィー小体病の鑑別診断に使用さ
れている。交感神経の活動を簡便に評価するための指標として、123I-MIBG 静注後、15-20 分
(早期)から 3-4 時間後(後期)における心臓からの 123I-MIBG の洗い出し率 (washout rate
(WR)) が臨床で用いられている(図 1)。しかしながら、早期および後期におけるシンチグラ
フィの撮像時期が施設によって異なっているため、定量値に差が生じるために標準化が求め
られている。そこで、本研究では
123
I-MIBG による心臓交感神経終末機能の時間的変化の解
明することで、撮像時期の影響を補正する手法を提案し、臨床的有用性を検証することを目
的とする。
早期像 9:46
縦隔
肺
肝
177分
早期像と後期像の撮像間隔が
洗い出し率に影響
関心領域内の
放射性カウント計測
心臓
後期像 12:43
後期像の撮像時期に
伴い放射性カウントが変化
縦隔領域:M
心臓領域:H
①心臓および縦隔の関心領域内の放射性カウントを計測
②洗い出し率の算出 WR={(H早期ーM早期) - (H後期ーM後期)}/ (H早期ーM早期)×100
図1 洗い出し率の計算⽅法,問題点
5.研 究 計 画
① 臨床研究症例:同一症例で早期像と後期像(3 時間、4 時間)の計 3 回の MIBG シンチグラ
フィを施行した連続症例を研究対象とする(岡山旭東病院と連携)。患者画像の収集に関して
は先方の倫理委員会にて承認されており、連続 100 症例を目処とする。画像は連結不可能匿
名化されたデータとして転送し、本学にて画像解析を行う。連続症例はランダムに 2 群(A, B
群)に分けられ、研究計画②および③の検証データとする。
② 3 時間および 4 時間の後期像より得られた心臓の放射性カウントの関係をモデル化する:予
備検討より 3 時間と 4 時間の心臓の放射性カウント (H) は正の相関を示し、回帰直線を当て
− 77 −
はめることが可能であることが分かっている。そこで、A 群の初期像、後期像(3 時間、4
時間)の放射性カウント求め、回帰直線モデル(H4 時間/H 早期 = H4 時間/H 早期 × 傾き + 切片)に
当てはめることで、傾き、切片、R2 値を求める。同様にして、縦隔の放射性カウントに対し
ても同じモデルを使用する。
③ 構築した回帰直線モデルの妥当性の検証:構築したモデルを B 群に適用し、3 時間後の心臓
および縦隔の放射性カウントから 4 時間後のそれぞれの放射性カウントを推定する。推定し
た放射性カウントより WR を算出し、実測した 4 時間後の WR と比較することで本推定方法
の妥当性を見極める。
6.研 究 成 果
① 連続 98 症例の
123
I-MIBG シンチグラフィを施行し、3 種類(早期、3 時間、4 時間)の核医
学画像を取得した。後期像の撮像時期が不適であった 2 症例は連続症例より除外した。症例
の内訳は、男性 50 例(77 ± 9 歳)、女性 46 例(79 ± 8 歳)である (p = ns.)。
② 心臓および縦隔の放射性カウントは 3 時間と 4 時間の間では、回帰直線モデルで近似できる
隔については、傾き 0.967、切片 -0.003、R2 = 0.959
であった。
③ 回帰直線モデルを用いて推測した 4 時間後の WR と
実測した WR の間で有意な差が認められなかった
(推定値:25.1 ± 9.7%、実測値:24.5 ± 9.6 (p = ns.))。
Bland-Altman 分析にて両データの一致を調べたとこ
ろ、平均値は 0.7、95%限界一致の範囲は -3.8~5.2%
を示し、良好な一致を示した(図 2)。
WRの推定値と実測値の差 [%]
ことが分かった。心臓の放射性カウントについては、傾き 1.039、切片-0.067、R2 = 0.959、縦
WRの推定値と実測値の平均 [%]
7.研究の考察・反省
考案した回帰直線モデルを用いることで、3 時間
後の後期像から 4 時間相当の WR を推定することが
図2 WRの推定値と実測値の
Bland-Altman分析
可能となった。これによって、WR の施設間比較、さらには多施設共同研究で問題となって
いた後期像の撮像時期の影響を除外することができる。本手法の実用化により、123I-MIBG 検
査における WR の標準化が加速し、国内のみでなく国際的にも利用可能な標準化方法として
普及することが望まれる。
8.研 究 発 表
Okuda K, Nakajima K, Sugino S, Kirihara Y, Matsuo S, Taki J, Hashimoto M, Kinuya S.
Development and validation of a direct-comparison method for cardiac 123I-metaiodobenzylguanidine
washout rates derived from late 3-hour and 4-hour imaging. Eur J Nucl Med Mol Imaging (in press)
2015.
− 78 −
Abstract: PURPOSE: The washout rate (WR) has been used in
123
I-metaiodobenzylguanidine
(MIBG) imaging to evaluate cardiac sympathetic innervation. However, WR varies depending on the
time between the early and late MIBG scans. Late scans are performed at either 3 or 4 hours after
injection of MIBG. The aim of this study was to directly compare the WR at 3 hours (WR3h) with the
WR at 4 hours (WR4h).
METHODS: We hypothesized that the cardiac count would reduce linearly between the 3-hour and
4-hour scans. A linear regression model for cardiac counts at two time-points was generated. We
enrolled a total of 96 patients who underwent planar
123
I-MIBG scintigraphy early (15 min) and
during the late phase at both 3 and 4 hours. Patients were randomly divided into two groups: a
model-creation group (group 1) and a clinical validation group (group 2). Cardiac counts at 15
minutes (countearly), 3 hours (count3h) and 4 hours (count4h) were measured. Cardiac count4h was
mathematically estimated using the linear regression model from countearly and count3h.
RESULTS: In group 1, the actual cardiac count4h/countearly was highly significantly correlated with
count3h/countearly (r = 0.979). In group 2, the average estimated count4h was 92.8 ± 31.9, and there was
no significant difference between this value and the actual count4h (91.9 ± 31.9). Bland-Altman
analysis revealed a small bias of -0.9 with 95 % limits of agreement of -6.2 and +4.3. WR4h calculated
using the estimated cardiac count4h was comparable to the actual WR4h (24.3 ± 9.6 % vs. 25.1 ± 9.7 %,
p = ns). Bland-Altman analysis and the intraclass correlation coefficient showed that there was
excellent agreement between the estimated and actual WR4h.
CONCLUSION: The linear regression model that we used accurately estimated cardiac count4h using
countearly and count3h. Moreover, WR4h that was mathematically calculated using the estimated count4h
was comparable to the actual WR4h.
※
第 24 回日本心臓核医学会(2014 年 7 月,松山)にて一般演題「優秀賞」を受賞。
奥田光一「123I-MIBG 心筋シンチグラフィーにおける洗出し率の標準化方法の提案」
− 79 −
1.研究課題名:スフィンゴミエリン/脂質ラフトを介した日本脳炎ウイルス感染機構の解明
(研究番号
S2013-17)
2.キーワード:1)スフィンゴミエリン (SM)
2)スフィンゴミエリン合成酵素 (SMS)
3)日本脳炎ウイルス (JEV)
4)エンベロープ蛋白質 (JEV-E)
3.研究者氏名:谷口
真・総合医学研究所・講師・生命科学研究領域
4.研 究 目 的
スフィンゴミエリン (SM) を主要成分とする細胞膜の『脂質ラフト』は、細胞増殖、遊走、
細胞死などのシグナル伝達の場として関与しており、ウイルス感染においてもその関与が示
唆されている。日本脳炎ウイル (JEV) はフラビ科に属し、蚊を媒介して感染するウイルスで
あり、神経細胞への感染で重篤な日本脳炎を引き起こす。しかしながら、JEV の標的細胞へ
の接着-感染における細胞側の標的因子は明らかになっていない。本研究では、JEV の標的細
胞への接着-感染における細胞膜 SM および脂質ラフトの役割の解明を試みた。
5.研 究 計 画
1) SMS 欠損細胞における JEV 接着-感染の検証
我々は既に SMS ノックアウトマウス (SMS-KO) からマウス胎児線維芽細胞株 (SMS
tMEF) を樹立しており、これらの細胞において JEV 感染実験をおこない、SMS および SM
の JEV 接着-感染に対する役割を調べる。
2) JEV 感染に関与する SM の合成に SMS1 または SMS2 のどちらが関与するかの検証
SMS には 2 種類のアイソフォーム、SMS1 および SMS2 が存在し、これまでに多数の論
文で各々の SMS による SM 合成が細胞生理活性に関与することが報告されている。本研究
でもSMS tMEF へ SMS1 または SMS2 を再導入した細胞を樹立し、SMS1 および SMS2 の
どちらが、またはその両方が JEV 接着-感染に関与するかを調べる。
3) SMS-KO マウスにおける JEV 感染の検証
上記の検証から SMS の JEV 接着-感染への関与が細胞レベルで示唆された際には、
SMS-KO マウスにおいて生体レベルでの SMS および SM と JEV 感染の関与を調べる。
6.研 究 成 果
1) SMS 欠損細胞 (SMS tMEF) における JEV 接着-感染の検証
まず初めに、SMS1 および SMS2 のダブルノックアウトマウスから樹立された tMEF
(SMS tMEF) および野生型 (WT) マウスより樹立された WT tMEF の SMS 活性および SM
量に関して調べた。SMS 活性は WT tMEF に比べSMS tMEF ではほとんど検出できないレ
− 81 −
ベルまで低下しており、それに伴い、LC-MS/MS により SM 量を調べたところ、SM 量も
著しく低下していることが明らかとなった。また、細胞膜上の SM を lysenin により検出し
たところ、SMS tMEF では細胞膜 SM 量も低下しており、SMS tMEF は WT tMEF に比べ、
細胞膜 SM 量が減少している細胞であることが確認された。
次に、この SMS および SM 量の減少が JEV 感染に及ぼす影響を調べるため、JEV の濃
度を変え細胞に処理し、その後 48 時間での JEV 感染量を細胞内および培養上清中の JEV
エンベロープ蛋白 (JEV-E) をウエスタンブロット解析により調べた。WT tMEF に比べ、
SMS tMEF では JEV-E 量が有意に減少しており、SMS 欠損で JEV 感染が低下することが
示唆された。SMS が欠損することによる SM の減少が JEV 感染を低下させたのかを検証す
るため、WT tMEF に細胞膜 SM を分解する bacterial sphingomyelinase (BSM) 処理を行った。
BSM 処理では細胞膜 SM を減少させることが lysenin により確認でき、その条件では JEV
感染が明らかに低下していた。また逆に、SMS tMEF へ C6-SM を処理し SM を補充する
ことで、逆に抑えられていた JEV 感染が回復した。
JEV 感染では標的細胞への接着、取り込み、複製、ウイルス産生、放出のステップを経
ている。上記の結果から、細胞内の JEV-E 量が低下していることから、JEV の標的細胞へ
の接着が抑制されていることが示唆されるため、tMEF における JEV 接着を検証した。JEV
感染を検証する際には JEV 処理後 48 時間で JEV-E 量を調べたが、接着を検証する際には、
JEV 処理後 15 分で細胞を wash し、細胞内 JEV-E 量を調べた。JEV 感染と同様、JEV 処理
後 15 分ではSMS tMEF において JEV-E 量が著しく低下しており、SMS および SM 欠損で
は JEV の細胞表面への接着が抑制されていることが示唆された。この JEV 接着の減少は
JEV を Dil で脂質標識した場合の顕微鏡観察でも確認された。
2) JEV 感染に関与する SM の合成に SMS1 または SMS2 のどちらが関与するかの検証
SMS 欠損による SM 低下が JEV 感染を抑制したことから、SMS1 および SMS2 のどちら
が JEV 接着-感染に必要な細胞膜 SM の合成を担っているのかを検討するため、SMS tMEF
に SMS1 または SMS2 を過剰発現させた tMEF を樹立した (ZS2, ZS2/SMS1, ZS2/SMS2)。
これらの細胞において SM 量を検討したところ、ZS2/SMS1 および ZS2/SMS2 ではコント
ロール細胞 (ZS2) に比べ、SMS 活性および SM 量の増加がみられた。しかし、lysenin に
よる細胞膜 SM を検討したところ、ZS2/SMS1 では細胞膜 SM が増加していたが、ZS2/SMS2
ではあまり増加していなかった。この結果を踏まえ、JEV 感染(48 時間)および接着(15
分)を検討したところ、ZS2/SMS1 では有意に JEV 感染および接着が回復していた。
3) SMS-KO マウスにおける JEV 感染の検証
上記の結果から SMS1 が JEV 感染に関与していることから、SMS1-KO マウスにおいて
JEV 感染実験を試みた。JEV (1 × 104 pfu/mouse) を腹腔内注射により投与したところ、WT
マウスでは顕著な体重減少が見られたが、SMS1-KO マウスでは確認されなかった。また
感染 13 日後の脳内の JEV-E をウエスタンブロット解析および組織免疫染色で確認したと
ころ、WT マウスでは JEV-E が確認されたが、SMS1-KO マウスでは検出されなかった。ま
た、脳炎の特徴である髄膜炎や白血球浸潤も WT マウス脳では確認されたが、SMS1-KO
− 82 −
の脳では確認されず、WT マウス脳では JEV 感染によりインターロイキン 6 (IL-6) 量の上
昇が見られたが、SMS1-KO では IL-6 の上昇は起こっていなかった。
7.研究の考察・反省
SMS tMEF での JEV 接着および感染実験の結果から、SMS により合成される SM が JEV
の接着に関与しており、SMS 欠損では JEV 接着が抑制されることで後のウイルス放出が低下
していることが示唆された。WT tMEF における BSM 処理、SMS tMEF への C6-SM の補充
でも確認されていることから、SM が JEV 接着-感染に必要であることを支持している。また、
SMS1 および SMS2 の再導入細胞における検証から、SMS1 により細胞膜 SM 量の増加がみら
れ、SMS1 導入細胞のみで JEV 接着および感染が回復したことから、SMS1 による SM 合成
が細胞膜 SM 合成に寄与していることが示唆された。これらの細胞レベルでの検証を踏まえ、
SMS1-KO マウスへの JEV 感染を行ったところ、WT マウスに比べて脳への JEV 感染および
日本脳炎の病態(髄膜炎、白血球浸潤、IL-6 増加)も SMS1-KO マウスでは著しく抑制され
ているため、SMS1 が JEV 感染に必要であることが生体レベルでも示唆された。以上の結果
は、JEV 感染に対する予防や治療に SMS1 および SM がターゲットとなるだけでなく、JEV
と同属であるデングウイルスなどへの応用といったさらなる研究の広がりが期待できる結果
となった。
8.研 究 発 表
論文投稿準備中。本研究は科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)若手研究(B)
(課題番号 25870853, 2013-2015)でもサポートされている為、平成 27 年度中には発表した
いと考えている。
− 83 −
1.研究課題名:高齢者の座位による発生褥瘡の治癒を妨げない改新・座位ケアの RCT による
効果検証(研究番号
S2013-18)
2.キーワード:1)褥瘡 (pressure ulcer)
2)底づき (bottoming out)
3)車椅子 (wheelchair)
4)クッション (cushion)
5)高齢者 (elderly)
3.研究者氏名:福田
守良・看護学部・助教・在宅看護学
4.研 究 目 的
歩行できない高齢者が長時間の座位をとることは、寝たきり予防の観点では有用ではある
が、その一方で殿部に褥瘡が発生するという危険性がある。座位により発生した褥瘡は、座
位姿勢を持続すると褥瘡が悪化するために臥床時間を延長させる。しかし、それは廃用症候
群の発生率を高めるという悪循環が起こっている。座位により発生した褥瘡を、座位時間を
制限せずに悪化させることなく治癒する環境の整えが求められている。そこで、高齢者の座
位環境を最適に整えることが検証されているクッションを用い、①座位で生じた褥瘡の治癒
を促進するか検証する②座位褥瘡を早期に治癒することで、認知機能、関節可動域、筋肉質
量、座位時間に差が生じるか検証するかを明らかにし、座位ケアを改新する。
5.研 究 計 画
1)対象者
調査依頼施設
石川県内の療養型病院、介護老人保健施設 3 施設に依頼する
包含基準
(1) 65 歳以上の者
(2) 坐骨結節部、尾骨部に1つ以上褥瘡が生じている者
(3) DEDIGN-R d2 及び D3 に該当する
除外基準
(1) 褥瘡部位で感染徴候が出ている患者
(2) ベッドをギャッチアップして生活している者
2)計画した介入とその時期
介入群:高齢者用圧切り替え型クッションを使用する(Medi-air, 横浜ゴム株式会社)
対照群:高齢者用圧切り替え型クッション静止型を使用する(Medi-air, 横浜ゴム株式会社)
時期
倫理審査承認日~平成 31 年 3 月 31 日
調査終了
(1) 開始から 8 週間経過した時点
※褥瘡の計測は治癒した時点で終了とする
(2) DESIGN-R 採点が 0 点になった時点
− 85 −
アウトカム
褥瘡治癒
DESIGN-R d2 及び D3 1 週間に 1 回測定
(1) DESIGN-R の計測
(2) 創面積の計測
サブアウトカム
スケールを用いて写真撮影し、SCION IMAGE で褥瘡面積を計測する
週に 1 回計測
※ (4) は毎日計測し、週に 1 回データを抽出する
(1) 認知機能(長谷川式簡易知能評価スケール)
(2) 関節可動域(ROM 測定法) ※理学療法士に依頼
(3) 筋肉質量(Bio Scan920-II
MP JAPAN Co., Ltd)
(4) 座位時間(パラマウントベッド
眠りスキャン)
目標症例数
目標症例数:予定人数
50 名(片群 25 名)
分析方法
(1) 介入群と対照群の臨床的特徴を比較検討するためⅹ2 検定を行う
(2) 介入群、対照群の褥瘡治癒の比較は、t 検定を行う
(3) 座位時間と各項目(長谷川式簡易知能評価スケール、ROM 測定評価、筋肉質量)は共分
散分析を行う
統計解析ソフト SPSS for Windows を使用し有意水準は p<0.05 とする
中止基準
(1) 本研究の調査実行にあたり、褥瘡が悪化した場合
(2) 基礎疾患が悪化し、治療を優先する場合
倫理的配慮
(1) 対象者へ研究の主旨、目的を書面、口頭にて説明し、研究参加について同意を得る
(2) 研究への参加は自由意思であること、調査に同意されなくとも、対象者になんら不利益
が生じないこと、また、同意後、いつでも自由に中断することを対象者に説明する
(3) クッション使用において姿勢が極端に崩れ、転倒の危険性がある場合は中止する
(4) 調査開始時に対象者の座圧分布を測定し、本研究で使用するクッションの安全性を確認
する
(5) 調査期間中、対象者の基礎疾患により病状が悪化した場合は、直ちに調査を終了する
(6) 本研究中に褥瘡が悪化する事が判明、また可能性が示唆された場合、研究はすぐに中止
する
(7) 研究結果を公表する際は、プライバシー保護のため、データ、記録に関しては匿名性を
保持する
6.研 究 成 果
本研究は、平成 25 年度より研究計画を変更したため、平成 27 年 6 月より本調査を開始す
る予定となった。
1)研究計画の再考
時期:平成 25 年 5 月~平成 26 年 4 月
奨励研究申請時に QOL の測定について、(1)活動時間・内容の評価 (2)身体機能 (3)長谷川
− 86 −
式簡易認知スケールを予定していた。平成 25 年 6 月~7 月にかけて研究協力施設である介護
老人保健施設にて、活動時間・内容のプレテストを実施したが、客観的なデータとして数値
化することが困難であったため、QOL 評価項目を心身機能である、(1)認知機能 (2)関節可動
域 (3)座位時間とし、変更した。
平成 25 年 8 月~12 月、座位時間に関して、研究協力施設である介護老人保健施設介護職
員へ座位時間の記載を依頼したが、職員への負担が多く(適宜座位時間を記入する手間)、正
確な座位時間が得られなかった。そのため、ベッドのマットレスの下に敷き、睡眠時間を測
定する機器に着目し、睡眠以外の時間を座位時間とした。
平成 26 年 4 月~12 月、平成 26 年度科学研究費助成事業により、補助金を受けたため、再
度、測定項目を検討した。筋肉質量を測定項目として追加し、業者の説明を受け、調査で使
用できるか検証した。平成 26 年 12 月、体組成測定装置を購入し、測定項目に筋肉質量を追
加した。
2)倫理審査の申請
平成 26 年 12 月金沢大学医学倫理審査委員会へ書類を提出し、平成 27 年 1 月 15 日に承認
を受けた(登録番号 571-1)。
3)プレテストの実施
時期:平成 26 年 2 月~平成 27 年 5 月
(1) 認知機能
(2) 筋肉質量の測定
健常者で測定後、研究協力施設である介護老人保健施設で高齢者に実施し、測定時間の検
証をした。
(3) 座位時間の測定
健常者で測定後、ウレタンフォームマットレス、エアマットレスで測定できるかどうか、
また、高齢者の体重で測定可能かどうかの検証を実施した。
(4) 測定項目における合計時間の検証
週 1 回の測定項目で 1 症例あたりの合計時間数を介護老人保健施設で検証した。結果とし
て、研究者が測定する項目で 1 症例あたり 45~55 分間で測定が可能であった。
(5) 褥瘡の計測
皮膚・排泄ケア認定看護師にスーパーバイズを受け、褥瘡の計測 (DESIGN-R) の指導を受
け、専門職の測定基準と研究者の測定基準の整合性を検証した。
7.研究の考察・反省
本研究の調査項目である QOL 評価方法を変更したことが期間内に成果を挙げられなかっ
た原因である。研究計画を作成する前に、十分な施設調査とプレテストが必要であった。
8.研 究 発 表
本調査のデータを収集し、分析終了次第、平成 28 年度の日本創傷・オストミー失禁管理学
会学術集会または日本褥瘡学会学術集会で発表する。
− 87 −
1.研究課題名:医療的ケアが必要な在宅療養者における災害の備えに対する困難やあきらめの
認識 -災害備えチェックシートによる備えを通して-(研究番号
S2013-19)
2.キーワード:1)医療処置 (medical care)
2)災害の備え (disaster preparedness)
3)チェックシート (check sheet)
3.研究者氏名:中井
寿雄・看護学部・助教・在宅看護学
4.研 究 目 的
医療的ケアを必要とする在宅療養者が、医療処置を要する在宅療養者と支援者が共同
で備えるための「災害備えチェックシート」により備えを行うことで、災害の備えの実
態と困難やあきらめの認識を明らかにする。
5.研 究 計 画
1) 災害備えチェックシート案の作成
在宅療養者、家族介護者と支援者が共同で災害の備えをすることを目的に、医療的ケアの
必要な要介護者における災害に対する備えの認識(中井、2012)をもとに国内外の文献レ
ビューを行い災害備えチェックシート(案)を作成した。
2) 災害備えチェックシート(シート)を用いて 5 組の医療的ケアの必要な療養者と家族介護
者と支援者が災害の備えを行い研究者がシートを修正した。結果は単純集計した。
3) その後、1 組ごとにグループインタビューを行い災害の備えに関するあきらめや困難につ
いて聞き取った。聞き取った内容は質的記述的に分析した。インタビューに要した時間は
1グループ約 1 時間であった。
6.研 究 成 果
1) シートの内容は①属性、家族介護者、キーパーソン、住環境、②病名、要介護区分、障害
程度区分、ADL、医療処置、処方、③物的(水、食材など)備え、④災害に対する知識、
⑤災害時の支援体制、⑥避難行動が挙げられた。
2) 在宅療養者は男性 4 名、女性 1 名、40 代〜70 代で全員が認知機能は良好であるが、意
思伝達と ADL に介助が必要だった。家族介護者は妻 3 名、夫 1 名、妹 1 名だった。疾
患名は筋萎縮性側索硬化症 2 名、筋ジストロフィー1 名などだった。医療処置は、侵
襲的及び非侵襲的人工呼吸などだった。
物的備えをしていたのは、情報ツールが 5 名、災害時の装備が 4 名、水、食材、衣
類、常備薬、救急グッズ、衛生用品が 3 名であった。家屋の装備を備えている者はい
なかった。災害に対する知識は、居住地域の災害特性と脆弱性は 4 名、避難所と避難
経路は 2 名、日中の避難手段と夜間の避難手段は 1 名が知っていた。災害時の支援体
− 89 −
制は家族からとケアマネジャーの支援は 5 名が受けられると回答し、訪問看護師の支
援は 4 名、近隣者と主治医の支援は 1 名だった。保健師の支援は 5 名が受けられない
と回答した。避難行動は 5 名が、避難勧告、避難指示が出ても避難したくないと回答
した。
3) チェックシートを使用した療養者らは、備えの項目を検討するために必要な災害情報が不
足している状況にあり、
【自分に必要な災害情報の不足】【情報不足による被災イメージの
困難】【医療機器を要することによる危機的状況のイメージ】【医療機器を要することによ
る避難行動に対する無力感】が抽出された。シートを使用して共同で備えることで、
【支援
者と共同で備えることへの期待】【行政やメーカーへの期待】【避難しないという選択】を
認識していた。
4) これらの結果を受け、医療処置を要する在宅療養者と支援者が共同で備えるための「災
害備えチェックシート」を修正し完成させた。
5) 現在、シートを用いて B 市の、生命維持のために医療機器が必須な在宅療養者とその
家族の災害に対する備えの実態について全数調査を行っている。
7.研究の考察・反省
在宅療養者と家族介護者は、災害情報の不足により被災する具体的なイメージができてい
なかった。一方で医療機器を要することによる危機的状況のイメージはできており、自身の
心身状況を勘案して避難行動に対する無力感に至っていた。つまり、災害を想定し、医療機
器を継続しながら避難することの困難さから打つ手がなく、無力感に至ったと考える。
シートを用いて支援者と備えることで、自分の情報を開示して備えに役立てるや、一緒に
備えることで自分に必要な備えが分かるなど、支援者と共同で備えることや、行政やメーカ
ーへの期待があった。避難行動については、避難しないという選択をしていた。ハリケーン
カトリーナによって亡くなった高齢者の 70%は避難を拒否したか避難ができなかった
(William F. Benson, 2012) ことが報告されている。医療的ケアの必要な療養者らは、避難先の
情報や対応が不明ななかで避難行動そのものが大きなリスクであり、たとえ避難できたとし
ても住み慣れた環境でしのぐ方がリスクが低いと判断していると考える。
結論として、シートを用いて支援者と備えを行うことで専門的で個別性の高い備えが期待
できる。さらに、あきらめや困難を抱えつつもともに備えることへの期待や行政らへの期待
を持つことに繋がっていた。心身状況を勘案して避難しない選択をした場合の対策を検討す
る必要性が示唆された。
8.研 究 発 表
日本災害看護学会第 17 回年次大会(2015 年 8 月 8 日、9 日)で発表した(ポスター発表:
中井寿雄, 塚崎恵子, 河野由美子, 安岡しずか. 医療処置を要する在宅療養者と支援者が共同
で備えるための「災害備えチェックシート」の開発‒必要項目と使用方法の検討-)。日本災害
看護学会誌へ投稿中である。
− 90 −
1.研究課題名:精神科看護師の共感の構造と共感疲労の予防方略の解明(研究番号 S2013-20)
2.キーワード:1)精神科看護師 (psychiatric nurse)
2)患者看護師関係 (patient-nurse relationship)
3)共感 (empathy)
4)解釈的現象学 (interpretive phenomenology)
3.研究者氏名:田中
浩二・看護学部・講師・精神看護学
4.研 究 目 的
本研究の目的は、精神科看護師が日常的な看護の中で意識的あるいは無意識的に経験して
いる共感体験について「精神科看護師は患者看護師関係の中で共感という現象をどのように
体験しているのか」という視点から明らかにすることである。
5.研 究 計 画
Benner の解釈的現象学を理論的パースペクティブとした。3 つの県にある 4 箇所の精神科
病院で、精神科看護経験を 5 年以上有する看護師を研究参加者とし、2013 年 8 月~12 月の間
にデータ収集を行った。
研究参加者が患者看護師関係における日常的な実践や出来事を、自然な状況でありのまま
に語れるように留意し、45 分-120 分の非構造的面接を行った。面接内容は許可を得てボイ
スレコーダーに録音した。Benner が提唱する解釈的現象学の 3 つのアプローチ、すなわち範
例の解釈、テーマ分析、代表的事例の提示に沿って分析した。まず、①状況、②身体性、③
時間性、④関心事、⑤共通する意味の 5 つの道標を解釈の手がかりとしながらテキストを精
読した。その中で、研究者がよくわかると思ったり不思議に思ったり気がかりとなった事例
を範例として選出した。範例のテキスト全体を繰り返し読み、その中に一貫して出現するト
ピックス、論点、関心事、出来事などを整理し、テキストの部分から全体へ、全体から部分
へと循環することによって不適合部分や引っかかる箇所を見つけたり、繰り返される関心事
をまとめたりした。範例が解釈された後、範例と他のケースを照らして類似点や差異を比較
し解釈の更新を行いながら解釈のアウトラインを作成した。この際、意味の成立を損なわな
いよう、得られた生データの語りや文脈をそのまま生かすことを重視しながら、解釈のアウ
トラインから浮かび上がってきた意味をテーマとして扱った。次に解釈のアウトラインの各
部分に関連を持つ他のテキストの諸部分が転写され、テーマごとに整理を行った。そして、
テーマごとに整理されたケースファイルを作成し、それらの比較を行うことによりテーマの
共通性と差異性を見出した。さらに、テーマの意味を解釈したり、個別の体験の意味とテー
マの意味との関連から解釈を更新するために、テキストの諸部分と全体の間、範例とテーマ
の間、各テーマの間を行き来し、精神科看護師の共感体験について全体論的な立場から熟考
した。
− 91 −
6.研 究 成 果
研究参加者は 30 名(男性 12 名、女性 18 名)の精神科看護師であり、看護師経験年数は
12-41(26.1±8.3)年、精神科看護経験年数は 12-38(21.1±7.3)年で全員が 10 年以上の精
神科看護経験を有していた。研究参加者が語った総事例数は 62 例で、疾患別では統合失調症
44 例、双極性障害 6 例、うつ病 3 例、境界性人格障害 4 例、アルコール依存症 3 例、発達障
害 2 例と多様であったが、印象に残っている患者との関係性の中で看護師が体験した現象と
しては共通するテーマが確認された。
語られたデータを解釈する中で浮かび上がってきた意味から、精神科看護師の患者看護師
関係における共感体験として 4 つのテーマが解釈された。
「患者との関係性への関心と患者理
解に向かう欲動」
「患者と看護師の人間性や生活史が影響しあう」というテーマには、看護師
が患者にコミットメントし、患者の負の感情や苦悩を緩和したいという看護師の願望が現れ
ていた。また「ケアの効果の現れで体験する確かに通じ合えた感覚」
「時空を超えた一生の絆」
というテーマには、患者と看護師が通じ合え、両者の間で喜び、感動、驚きなどの感情体験
や安心感、満足感が共有がされたことが現れていた。精神科看護師は、これらのテーマのよ
うな意味をもつ現象として共感を体験していた。
7.研究の考察・反省
本研究では、精神科看護師の患者看護師関係における共感体験について、看護師が語った
印象に残っている精神疾患患者とのかかわりの中から記述してきた。看護師にとって印象に
残っている体験としては、関係性の評価や患者理解が困難な患者とのかかわり、患者の人間
性や生活史に触れたかかわり、ケアの効果の現れが体験できた患者とのかかわり、時空を超
えた一生の絆が確認できた患者とのかかわりなどであった。このような体験は、「忘れるこ
とができない」ものとして看護師の記憶に残されているという意味では、情動を伴った体験
であり、共感体験として探求することが可能な現象であると考えられた。
「患者との関係性への関心と患者理解に向かう欲動」および「患者と看護師の人間性や生
活史が影響しあう」というテーマからは、看護師が患者にコミットメントし、患者の負の感
情や苦悩を追体験し、それらを緩和したいという願望を抱いていることが語られた。このよ
うな感情は、精神疾患をもつ患者の優しさや純情さ、他者を癒す力をもつという人間性に触
れることや生活史の苦悩を知ること、あるいは看護師自身の人間性や生活史が現れることに
よって強くなっていた。Berger が共感は患者理解という知見からしか測れないと述べている
ように、患者を理解したいという欲動をもち、双方の人となりや生きてきた時間が開示され
ることは、共感体験の基盤となるものであろう。ここには、両者の存在の基盤が現れ、互い
に存在意味を証明しあい、かつ存在の意味を規定するような関係があるといえるだろう。
このように精神科看護では、患者と看護師の間にステレオタイプな関係性を超えて人間対
人間の関係性が構築されていたが、そうした関係性の確かさが捉え難いという特徴があり、
看護師は患者との関係性の深まりに対して独りよがりかもしれないという認識や「不確かさ」
の感覚をもっていた。しかし、精神科看護師は「不確かさ」の感覚が伴いながらも、日常の
− 92 −
何気ない瞬間にその関係性を積み上げてきた看護師にとって印象的な反応が患者から得られ
ることで「ケアの効果の現れで体験する確かに通じ合えた感覚」を体験していた。このよう
な体験によって、患者と看護師が通じ合え、両者の間で喜び、感動、驚きなどの感情体験や
安心感、満足感が共有されていた。そのような瞬間の現れを大切にするために、研究参加者
が語るように患者に関心をもちながらも心身の感度や注意力を落として、患者との間に自由
に漂う雰囲気を醸成するという身体感覚を備えたり、日常的なかかわりを重視することが重
要であると考えられた。そのような精神科看護師の身体感覚や日常性が両者にとって心地よ
い空間や安らぎをつくり患者の存在が開かれることが考えられた。
精神科看護師の患者看護師関係における共感体験は、ケアの一場面を取り出して説明でき
る現象を超えたものであり、日常のケアや両者の生きる時間が影響しあう中で体験されるこ
とが考えられた。また、共感体験には精神疾患をもつ患者に特有の人間性や対人関係のもち
方、時間感覚などが関与しており、看護師はそのような患者の存在のありようを患者のもつ
能力と捉えていた。このように、患者のもつ能力を感取し、患者との間で確かに通じ合えた
感覚や一生の絆を体験することは、精神科看護において看護師自身のエンパワメントやケア
への原動力になる体験であるといえよう。看護師には、精神疾患をもつ患者との関係性は生
涯のものになりうることを認識し、患者のもつ人としての能力に向き合い、患者の回復やそ
の後の生き方に長期的な関心をもち続けることのできる力が重要であろう。このような看護
師の患者に対する存在のありようが治療的ケア技術の基盤となるといえよう。
本研究では、研究者の面接やデータ解釈の能力が結果に影響を与えるという限界を有して
いる。今後も研究を継続し解釈を更新していくことが課題である。
8.研 究 発 表
田中浩二,吉野暁和,長谷川雅美,長山豊,大江真人.精神科看護師の患者看護師関係にお
ける共感体験.日本看護科学会誌(2015 年 8 月 16 日受理)
− 93 −
2013
平成 25 年度金沢医科大学共同研究成果報告書
奨励研究成果報告書
編 集
発行所
平成 27 年 12 月発行
研究業績評価委員会
金沢医科大学出版局
石川県河北郡内灘町大学 1 丁目 1 番地
禁無断転載
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