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研究ノート> 経済発展と産業間労働力移動: インドネシ

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研究ノート> 経済発展と産業間労働力移動: インドネシ
Kobe University Repository : Kernel
Title
<研究ノート>経済発展と産業間労働力移動 : インドネシ
アの労働力移動に関する分析への含意(Labor Migration
between Agricultural and Non-Agricultural Sectors in
and Economic Development Process:An Implication to
Indonesian Economic Studies)
Author(s)
本台, 進
Citation
国際協力論集,11(2):101-114
Issue date
2003-12
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00392451
Create Date: 2017-03-29
1
0
1
経済発展と産業間労働力
1.はじめに
労働移動に関する研究には大別して農業・
移動
非農業聞の労働移動に代表されるように,産
ーインドネシアの労働力移動に関
業閣の移動を分析対象としたものと,農村・
する分析への合意-
都市聞の移動を分析対象としたものがある。
これまでに我が国において議論された研究は
主に前者であり,農業・非農業間二部門間移
動の分析と農業・工業・サービス業三部門間
本台
進*
移動の分析がある。後者の研究は高い失業率
が存在する途上国における都市への人口移動
を説明するのに適すると言われている。本稿
の課題は二つある。第ーの課題は,我が国で
行われた労働力移動の研究に関して,サーベ
イすることである。第二は,我が国の産業間
労働移動に関する研究フレームが現在の開発
途上国における産業間労働移動を理解するの
に適用可能であるかについて検討することで
ある。本稿ではインドネシアにそのフレーム
を適用し検討する。
最初に,農業・非農業部門間および農村・
都市間労働移動を考察する場合の基本的な理
論フレームについて振り返ってみよう。その
理由は農業労働がいかなる状況の下で移動を
決意するかという基本的概念に「就業機会説J
,
「所得格差説J
,およびそれら以外の説がある。
就業機会説は,非農業部門における就業機会
の有無が農民の意志決定を左右するというも
のである。それに対して所得格差説は,農業
と非農業における所得格差が移動を決定する
というものである。両者は全く相対立する仮
説ではないが,基本的な考え方についてかな
*神戸大学大学院国際協力研究科教授
J
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u
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2(
2
0
0
3
1
.
2
)
り異なる。さらにそれら以外にも「主体均衡
1
0
2
国 際 協 力 論 集 第1
1巻 第2
号
説J
,I
期待所得説」がある。
ブーム以降の景気変動のボトムによる流出率
先ず,第一の就業機会説は古典派的アプロー
チの経済発展モテールを基礎にした労働の需要
供給を基礎にしている。これは
L
e
w
i
s(
19
5
9
)
低下であると述べた。しかし,
1
9
5
0年以降
の純流出率の著しい上昇は,非農業部門での
労働需要が供給を大幅に上回ったことによる
の経済発展モデ jレであって,農業から非農業
ものである。そして日本経済の転換点は,農
への労働移動は非農業での就業機会に依存す
業から非農業へ供給される労働力の供給弾力
るため「就業機会説」と呼ばれる。
L
e
w
i
sは
性が
1
9
5
0年以降に著しく低下し, 5
0年代後
経済発展の初期段階においては生存維持水準
半に達成され,二重構造が消滅したと述べた。
によって決まる賃金率が労働限界生産性を上
こうした古典派的アプローチの経済発展モ
回り,労働の過剰就業状況にある伝統部門
デルによる労働移動の分析に対して,第二の
(農業部門)と,労働限界生産性がその賃金
所得格差説は新古典派的アプローチの経済発
率と等しくなるまで労働を雇用する近代部門
展モデルによる労働の需要供給を見る方法で
(非農業部門)が併存するこ重構造理論を唱
ある。
えた。ここでは,非農業部門が拡大すれば,
8
7-1
9
1
7年データを利用し,古典派的アプ
それは農業部門から過剰就業が無くなるまで
ローチの経済発展モデルと,新古典派的アプ
その賃金率で労働を雇用でき,部門聞に大き
ローチのモテ、ルを独立に比較して,古典派的
な労働移動が生じる。すなわち,非農業部門
アプローチが実証結果と整合的でないと批判
における就業機会が拡大することにより,部
古
した。すなわち両モデルを比較すると, I
門聞に労働移動が生じる
典派的アプローチでは農業の実質賃金は一定
10
フェイ=レニス(19
6
4
) は過剰就業状況に
J
o
r
g
e
n
s
o
n(
1
9
6
6
) は日本における 1
8
である。一方,新古典派的アプローチでは農
ある農業部門を持つ経済をさらに詳細に分析
業の実質賃金は可変である」となっている。
し,二重構造が消滅するメカニズムを分析し
そして日本において,
1
8
8
7年から 1
9
1
7年に
1
8
8
8年から 1
9
3
0年
かけての農業実質賃金は上昇しており,古典
の日本に適用し,農業部門の雇用成長は
派的アプローチの特徴は当てはまらないと述
1
8
9
7年から 1
9
1
8年まで年平均 1
%のマイナ
べられている。次に, I
古典派的アプローチ
1
9
1
8年以降には減
では,農業労働力は減少する。しかし,新古
た。彼らはそのモテゃルを
ス成長を示していたが,
少率は低下し,
1
9
1
5-2
0年頃には過剰就業
が無くなったと述べた
典派的アプローチでは農業労働力の変化は,
これに対して,南
増加,一定,低下のいずれでもよい」となっ
(
19
7
0
) は農業部門の労働生産力,そこにお
ており,労働移動が所得格差により起こるこ
ける労働力の変動,それからの労働力純流出
とが示唆されている。そしてジョルゲンソン
1
9
1
8年以降
は「日本において農業労働力は確かに減少し
には労働力流出率の減少率は第 l次世界大戦
たが,その減少はわずかであった」と指摘し
o
率,さらに景気変動を分析し,
経済発展と産業間労働力移動
1
0
3
ている。こうした指摘は, 1
9
1
5-2
0年に過
失業率が存在する途上国の都市への労働移動
剰就業が無くなった転換点とした L
ewisやフェ
を説明するモデルとして構築された H
a
r
r
i
s
イ=レニスの分析に対する批判としては妥当
and Todaro (
19
7
0
) の農村での所得と都市
であると考えられる。その理由は農業労働力
での期待所得との差により労働移動が生じる
流出が 1
9
1
5-2
0年間とそれ以前にあまり差
という「期待所得説」である。 Masuiの主体
が無く, 1
9
1
5-2
0年の農業賃金率の上昇が
均衡説は期待所得説と類似な点がある。すな
著しいものではなかったためである。しかし,
わち,両者は単に農工間賃金格差や非農業部
その指摘は 1
8
9
0年代から 1
9
6
0年代後半まで
門経済成長率によってのみ労働移動が引き起
のデータを基に,転換点が 1
9
5
0年代後半に
こされるのではないという意味では共通して
達成されたという南の分析に対しては及んで
いるが,主要な部分では異なっている。
e
l
l
yand Williamson (
1
9
7
4
)も
いない。 K
ハリス=トダロが労働移動を農村から都市
日本で生じたような労働の限界生産性格差は
へという地域間移動と定義しているのに対し,
新古典派モデルにおいても生じる可能性はあ
増井は,梅村 (
1
9
6
1
)と同様に農業から非農業
り得るとして,古典派モテ、ルを否定した。安
への産業間移動と定義している。またハリス=
8
0
) も日本経済発展過程におけるデー
場(19
トダロにおいては,農村労働市場は競争的で
タを分析し,新古典派的アプローチを支持し,
あると仮定する。他方,近代的な企業は都市
1
9
1
0年代には既に二重構造は消滅していた
で労働を雇用し,支払われる賃金は労働組合
と述べているが,農業労働の移動に関する十
の制限的な活動や政府の賃金政策により,市
分な分析を行っていない。
場決定水準よりも高く固定され¥都市での
ここまでに見てきた分析は,労働移動をマ
期待所得は賃金率と失業率より計算される。
クロ経済成長率,非農業部門の労働需要,賃
Masuiの分析では,労働市場は競争的であり,
金率などのマクロ及びセクターの経済変数に
非農業部門の賃金率により労働移動の意思決
より説明しようとするものである。これに対
定がおこなわれるが,農業部門における個人
して,最後のフレームは二種類のものからな
の属性の違いが労働供給価格に大きな影響を
る。その一つは農業経営者の視点を重視し,
与えると想定している。
高い失業率が存在する途上国の都市への労
農業所得,農業外所得,移動費用,そして農
村と都市の生活費の違いにより,労働移動が
働移動を説明する有力なモデルとしてハリス=
生じるという「主体均衡説」である 3。これ
トダロ理論は挙げられている。しかし,
は Masui (
19
6
9
) によって理論的基礎が分
Williamson (
2
0
0
0
) はハリスニトダロモデ
析され,実証分析も試みられたが,労働移動
j
量や部門間の移動方向などをまだ十分に分析
が残っていると指摘している。そして都市へ
することができていない。もう一つは,高い
の労働移動の分析では,様々な社会的要因を
レを実証分析に適用するにはまだ多くの問題
1
0
4
国 際 協 力 論 集 第1
1
巻 第2
号
内生的に考慮したモデルを使う必要があると
動は農業経済にまだ片足を残した出稼型であ
述べ,こうした分析の一例としてケリー=ウィ
り,非農業に対する定着性は著しく希薄なも
リアムソン・モデルを使い第三世界の都市化
のであると捉えた。その結果,労働力の離農
についてシミュレーションした 5。その結果,
が本格的に遂行されず,景気変動に伴って需
9
8
5年頃が
第三世界の都市人口の成長率は 1
要が拡大すれば農業から流出し,不況の到来
ピークになっており,その後は低下傾向になっ
とともに出稼ぎのルートを逆にたどって,帰
ているという推計結果を出した。
農するという就業機会説的なフレームワーク
を出張した 6。この時点までの研究は流出元
2
. 我が国における既存実証研究の回顧
である農業における分析と,流出先である非
実証分析をする場合に基礎的分析フレーム
農業の労働需要の分析が個別に行われてきた。
を構築するが,日本において研究された労働
そうした流出元と流出先を一つのフレームの
移動に関する実証分析のフレームと内容を見
労働市場として捉え,その市場構造を分析し
てみよう。実証的分析は大きく分けて,移動
5
4
) である 7。
たのが氏原(19
量計測の研究,移動方向を識別する研究,移
後の研究との関連で重要となる農業から非
動要因を分析する研究がある。多くの研究は
農業への移動量を推計したのは並木 (
1
9
5
6
)
複数の目的を持つてなされてきたが,なかに
である。並木は「農家人口一定説 J
,すなわ
は一目的のみの研究もある。また日本におけ
ち戦前期における農家人口の流出はその自然、
る研究は主に農業と非農業の産業間労働移動
増加率に等しく,景気変動とは無関係に一定
の研究が中心で,ハリス=トダロが対象とし
であると主張した。それに対して南・小野
た農村都市間労働移動はほとんど研究されて
(
19
6
2
)は1
9
2
6年から 4
0年までの毎年の純
9
6
0年代以前の研究は主に農家人
いない。 1
流出量を計測し,それが景気変動と正の相闘
口の流出を問題にしたものがほとんどであり,
があったという事実発見により並木を批判し
正確には産業間労働移動とは言えないが,農
た。これ以降,日本における分析は古典派ア
家の労働力は大多数が農業に従事していたと
プローチの経済発展モテールに基礎をおいた見
考えられるため,それは産業間移動の一分野
方を強めるようになってきた。
と考えてよいであろう。
7
9
) は轍密に労働力推計を行い,
梅村(19
農家労働力の移動に関しては第二次世界大
1
8
7
0年代から 1
9
6
0年代までの農業労働者数
戦以前に官公庁の公表資料を総合的に使用し
を割り出し,その流出量を計算した。梅村が
3
8
) の研究と,農村を訪問調査し
た渡辺(19
明らかにしたもう一つの重要な点は,サービ
て作成した資料にもとづいた野尻 (
1
9
4
2
)の
ス業部門は好況期,不況期に関係なく雇用成
5
2
)
研究がある。戦後になると,大河内(19
長率はほぼ一定ということである。このこと
は,日本における農業から非農業への労働移
は,好況期には農業部門から労働を吸収しな
経済発展と産業間労働力移動
1
0
5
がら工業部門へ供給し,不況期には農業から
であった。こうした二部門間の労働力移動に
労働の吸収を非常に低く抑え,工業の雇用成
対し,牧野(19
8
0
)は1
9
3
0年代の農業,工
長率低下により発生した失業労働力を吸収す
業,サービス業聞の労働力純移動を推計し,
る役割を果たしていたことを明らかにしたこ
次のような結果を得た。農業からの移動は工
とと,労働移動の方向をも明確にした。
業へ向かうよりサービス業へ向かつてより大
非農業の雇用成長率は,経済状況に左右さ
量に流出した。また工業へはサービス業から
れる。すなわち,経済成長率が高い時には雇
の移動量が農業からのそれを越えていた。す
用成長率が高く,経済成長率が低いときには
なわち,サービス業への労働供給源は農業,
雇用成長率も低い。この現象が最も顕著に現
工業への供給源はサービス業であった。景気
われているのが工業である。 1
9
2
0年から 3
0
変動に対して農業とサービス業はともに工業
年における不況期の工業雇用成長率は 4
.
6
9
%
での雇用を調整した。こうした結論より,サー
で
, 1
9
1
0年から 2
0年における好況期の 5
3
.
3
4
ビス業は農業と同様に過剰労働をプールした
%と比較すると大幅に落ち込んで,不況の影
ことが明らかになった。
響を大きく受けている(Umemura[1979])。
要約すると,日本における産業間労働移動
一方,農業では 1
9
2
0年から 3
0年の不況期に
に関する実証分析の視点は農業・非農業二部
雇用成長率がマイナス 0.35%に対して, 1
9
1
0
門閉または農業・工業・サービス業三部門間
年から 2
0
年における好況期には雇用成長率が
の移動を対象とし,景気変動に対する相互間
マイナス 1
1
.93%となり工業と逆の循環を示
移動を数量的に推計することであった。その
1
9
7
9
]
)。
している (OhkawaandTakamatsu[
結果,移動の主な要因は非農業または工業の
こうした指摘は Minami(
1
9
6
7
)の分析結果と
成長であり,不況期に農業およびサービス業
類似しているが,異なる点もあり,両者の差異
が過剰労働の調整を行うことが確認された。
は次の通りである。 Ohkawa=Takamatsuは
転換点分析より前に, I
農業労働の限界生
農工間賃金格差と経済成長が労働移動の誘因
産力上昇のうち,労働需要効果が労働供給効
になると考えた。他方,南は経済成長と農工
果を大幅に上回り, 1
9
5
0年以降の急速な労
間賃金格差が労働移動の誘因となるとしなが
働力流出は労働需要効果によるものである」
らも,経済成長率の変動の方が,工業賃金率
という仮説があり,移動要園を分析すること
や農業賃金率の変動よりも,大きな労働移動
も一つの重要な項目であった。 Minami
の誘因になると考えていた。
(
19
6
7
) は非農業における労働需要関数は非
Umemura (
19
7
9
) によって,サービス業
農業賃金率と経済成長率に依存し,他方,農
は好況期,不況期に関係なく雇用成長率はほ
業の非農業に対する労働供給関数は非農業賃
ぼ一定であることがわかったが,まだサービ
金率,農業賃金率,農業の成長率に依存する
ス業の明確な位置づけと機能については不明
というモデルを構築し,統計的に分析し,次
国 際 協 力 論 集 第1
1巻 第2
号
1
0
6
のような結論を得た。第一に,農業から供給
谷[
1
9
9
7,2
0
0
1],本台 [
1
9
9
9
J
),農業と非農業
される労働に対する非農業の労働需要は経済
聞で二重構造的な経済発展が見られる九労
成長率に大きく依存しており,非農業賃金率
働移動・人口移動に関連して, A
zis (
1
9
9
7
)
が労働需要に与える影響はそれよりはるかに
は地域間における都市人口移動を 1
9
8
0年代
小さい。第二に,非農業賃金率の上昇は,農
前半データにより統計的に推計し,地域の所
業から非農業への労働供給の拡大と,非農業
得水準は重要でなく,就業機会がより大きく
の労働需要低下の両方に対する影響を与える。
移動に影響することを確認した。農業からの
総合すると,後者よりも前者の影響力の方が
労働力純流出に関して,経済成長率に依存し,
強く, 1
9
5
0年以降の農村から都市への労働
1
9
9
2
9
6年に約 7
8
0万人にもなり,そのうち
移動量の増加は当時の高い経済成長率が主な
約 40%は農村非農業部門へ流出している(本
要因であり,就業機会説を支持するものであっ
台[19
9
9
J
)。このように大量の都市への労働
f
こ
。
移動があったがインドネシアにおける都市で
の失業率は,人口センサスデータで計算する
3
. インドネシアにおける農業からの労働力
流出と産業間労働移動
と
, 1
9
8
4
/
8
5年に 5
.
7
%, 1
9
8
9
/
9
0年に 6
.
5
%,
1
9
9
4
/
9
5年には 7
.
0
%で徐々に高くなってい
インドネシアに関するこれまでの労働市場
るが,極端に高い数値でなかった九さらに
および労働移動に関する研究を回顧してみよ
経済危機の際にも,都市の失業が大きな社会
う。マクロの統計を駆使し労働市場の形成を
問題として浮上しておらず,失業した労働力
19
9
8
) はそれが農村と
考察した Manning (
は農村へ還流したと考えられる。これより,
都市で二重構造的になっていることを証明し
古典派的アプローチが描く労働の需要供給構
たが労働移動に関しては特に言及してい
造であると考えられるが,農村・都市間およ
ない九経済危機が労働移動および労働市場
び産業間労働移動に関しては,データ不足の
へ及ぼした影響に関する Manning (
19
9
8
)
ためまだ十分な分析はなされていない。そこ
の考察は伝統的および近代的労働市場を区別
で
, これまでの推計不足を補うため,産業間
し,後者で生じた失業者が前者において吸収
労働力移動をできるだけ統計的に見てみよう。
されたため,失業率が増大しなかったと分析
農業において増加した労働力のうち一部は
した。 Islam(
2
0
0
1
)も経済危機の影響を分析
農業に就業するが,農業就業者数の伸びは労
したが,短期的変動に重点を置き,労働市場
働の自然増加率より一般的に市さい。インド
の構造については言及しなかった。
ネシアにおいては 1
9
9
1年以降農業就業者数
時系列データおよびクロスセクション・デー
の伸びは低下し 12 かなりの労働力が農業以
タの利用による労働限界生産性計測結果では,
外へ流出し,その一部は農村非農業に就業し
農業における過剰就業が確認されていて(新
ている。先ず,農業における労働の自然増加
経済発展と産業間労働力移動
107
率が全国水準と同じであると仮定し,農業労
くなり, 1995年には一時的であるが 10%近
働力の純流出数と純流出率を推計し 13 そこ
くにもなった。しかし, 1998年には一転し
から変化の動向を探ると 2点が読みとれる。
て
17%を記録した。
一つは農業労働力の純流出が 1980年代末か
農業から非農業へ流出している労働力が,
ら大きくなることである。 1980年代後半ま
どこに向かっているか流出量・流出率を観察
では,工業の成長は石油・ガス生産に依存し
してみよう。表 1-1は 1975年以降 5年毎の
ていたが,それ以降は労働集約的製品輸出へ
人口統計により,産業別の純流出を見たもの
と政策転換し,製造業における雇用が拡大し,
である九先ず,農業を見ると 1975/76年と
流出が加速されたと考えられる。他の一つは,
1984/85年の流出量・流出率が他の時期に比
特に近年において農業労働力の流出率と経済
べて小さい。これは両年が不況期であり,労
成長率との聞に相闘が見られることである。
働流出量が少なく,それ以外の年度において
即ち,農業労働力の純流出率は 1978-80年
好況期で流出が大きかったと考えられる。
に一時的に 2%を越えたことがあったが,そ
1975/76年が例外であるが,サービス業から
れ以降低下し, 1988年まで 1%未満であった。
の 1984/85年流出量・流出率が他の時期に
その後, 1989年から1.5%を越え次第に大き
比べて著しく小さく,農業と同様にサービス
表1
. 部門別労働力の流出
表 1・ 1 各部門から流出した労働力と流出率
農流業出率から(の%流)出者数(干人)
工業からの流出者数(千人)
流出率(%)
流
サ
ー
出
率
ビ
ス
(
業
%
か
)らの流出者数(千人)
1
(
不
9
7
況
5
/
期
7
6
)
1
(
好
9
7
況
9
/
期
8
0
)
1
(
不
9
8
況
4
/
期
8
5
)
1
(
好
9
8
況
9
/
期
9
0
)
1
(
好
9
9
況
4
/
期
9
5
)
7
4
8
.
1
2
.
2
1
7
1
.
5
3
.
8
1
4
2
4
.
3
9
.
9
1
5
1
7
.
5
5
.
6
2
2
7
.
3
4
.
2
4
8
0
.
6
3
.
6
9
3
0
.
3
3
.
0
2
7
3
.
7
3
.
3
.6
3
41
1
.9
1
6
6
8
.
3
5
.
1
3
0
0
.
8
3
.
2
5
9
9
.
5
3
.
0
1
9
9
6
.
6
6
.
1
4
4
9
6.
4
.
1
8
0
4.
4
3
.
1
1
9
7
9
/
8
0
4
87
51
.3
1
9
8
4
/
8
5
5
0
.
9
4
9
.
1
1
9
8
9
/
9
0
5
9
.
8
4
0
.
2
1
9
9
4
/
9
5
5
6
.
0
4
4
.
0
1
9
7
9
/
8
0
5
3
.
7
4
6
.
3
1
9
8
4
/
8
5
6
5.
4
3
4
.
6
1
9
8
9
/
9
0
61
.5
3
8
.
5
1
9
9
4
/
9
5
4
9
.
5
5
0
.
5
1
9
8
4
/
8
5
6
7
.
6
3
2.
4
1
9
8
9
/
9
0
6
1
.
8
3
8
.
2
表 1-2 農業から流出した労働力の流出先(%)
工業
サービス業
1
9
7
5
1
7
6
4
5
.
3
5
4
.
7
目
表 ト 3 工業から流出した労働力の流出先(%)
工業
サービス圭一一
1
9
7
5
1
7
6
6
8
.
6
3
1.
4
表 1-4 サービス業からの流出した労働力の流出先(%)
工業
サービス業
8
5
.
8
1
4
.
2
1
9
7
9
/
8
0
6
7
.
9
3
2
.
1
出所:BPS [
1
9
7
6
]
.1
1
7
1
2
3
;[
1
9
8
0
J
.1
8
0
1
8
6
;[
1
9
8
5
J
.2
1
8
2
2
4
;[
1
9
9
0
]
.2
7
0
2
7
6
;[
1
9
9
5
]
.2
7
6
2
8
2
1
0
8
国 際 協 力 論 集 第1
1巻 第2
号
業の流出率は景気変動の影響を受けていると
から後者への移動が拡大し,不況になると後
予想される。これより農業とサービス業にお
者の労働需要が縮小し,移動も縮小する。も
いて不況期に流出率が低く,好況期には高く
う一つは,サービス業から工業への移動は相
なることが観察できる。工業では好況期に雇
対的に小さく,農業からサービス業への移動
用が拡大し,純流出率は小さく,不況期には
もやや少ない。これはサービス業が一部には
その逆となる。すなわち表において,不況期
農業と同様な過剰就業にある伝統部門的な部
9
7
5
/
7
6年と 1
9
8
4
/
8
5年には農業より工
の1
分,また一部に工業と同様な限界生産性で賃
業の流出率が大きく,それ以外の調査期であ
金率が決定される近代部門の両方を持ってい
る好況期には農業より工業の流出率が小さく
るためと考えられる。
なっている。
農業から流出した労働力の流出先(表 1
このようなインドネシアでの労働移動の状
況は, O
hkawa=Takamatsu (
19
7
9
) が日
2
) を見ると, 1
9
8
4
/
8
5年までは半数以上が
本経済の発展過程で確認したことと類似であ
サービス業であったが, 1
9
8
9
/
9
0年以降では
る。すなわち,工業での労働力成長率は経済
工業への流出が半数以上になってきた。これ
の長期成長波動と一致し,農業とサービス部
は
, 1
9
8
0年代後半の労働集約的製品輸出へ
門の労働成長率はそれと全く逆であった。こ
の転換により,工業への流出がより重要となっ
うした現実は,農業と同様にサービス業も過
てきたと考えられる。次に工業から流出した
剰就業の状況であることを示していて,日本
労働力の流出先(表 1-3
)は1
9
7
5
/
7
6年に
経済の発展過程で確認したことと同様に,両
は6
8
.
6
%が農業, 3
1
.4
%がサービス業であっ
産業が過剰就業であるため,産業聞の労働移
たが, 1
9
9
4
/
9
5年には農業とサービス業がほ
動が比較的弾力的であったと考えられる。
ぼ同じとなった。最後にサービス業から流出
した労働力の流出先(表 1ーのを見ると,
0
%
以上が農業へ流
近年やや低下しているが 6
4
. インドネシアにおける労働移動の地域的
特徴
出し,工業への流出は 4
0
%
未満となっている。
農村の農業や非農業部門から流出した労働
こうした産業別の流出率と流出方向を総合
力の移動先地域,ある地域からの流出労働力
的に見ると,次の二点が明らかになる。その
の移動先など,地域間でこうした労働移動の
一つは,好況期には農業とサービス業からの
規模や方向を示した資料はまったく存在しな
流出が高く,工業からの流出は低くなる。逆
い。労働力の自然、増加率が産業間および地域
に,不況期には農業とサービス業からの流出
9
9
1-9
6年
間で等しいという仮定の下で, 1
が低く,工業からの流出は高くなる。農業お
の農村労働の純流出を地域別に推計してみよ
よびサービス業と工業聞は,好況期には後者
う(表 2
)九農村外純流出がマイナス(純流
の労働需要が拡大するとそれに応じて,前者
入)となる地域が 1
3ある。これらを更に二つ
経済発展と産業間労働力移動
1
0
9
地域別労働力の流入および流出: 1
9
9
1
9
6年
農村農業へ 農村非農業 農村外への
の純流入
への純流入 純流出
ブンクル
3
0
4
4
6
1
2
7
0
1
1
7
7
4
5
西カリマンタン
9
0
1
7
3
8
8
7
6
4
7
8
9
4
東カリマンタン
2
6
8
7
6
3
5
1
1
4
6
1
9
9
0
中部スラベシー
2
4
0
9
0
2
9
6
0
5
5
3
6
9
5
イリアン・ジャヤ
ー1
9
7
7
9
7
1
0
9
3
5
1
3
1
4
表2
.
蜘
地域への
純流入
8
2
6
3
4
9
6
4
7
3
1
4
0
7
1
9
1
0
2
5
2
4
9
2
8
6
7
りアウ
ジャンビ
南スマトラ
西ヌサトゥンガラ
中部カリマンタン
南カリマンタン
南スラベシー
マルク
3
2
3
8
9
5
0
9
9
5
1
1
5
8
4
9
ー1
1
5
7
2
9
2
7
8
0
9
1
1
5
8
0
9
ー1
3
0
8
0
1
2
7
7
6
7
1
0
2
9
5
3
7
4
6
7
1
1
6
5
0
6
6
1
2
1
8
5
9
4
7
3
3
6
1
2
2
6
1
8
1
5
7
4
7
8
5
4
0
0
7
7
0
5
6
4
2
3
6
7
7
4
9
2
1
7
6
1
3
1
1
9
5
2
7
6
8
0
9
2
6
6
7
7
2
6
2
4
0
1
7
9
6
9
2
1
1
8
4
1
9
1
4
8
9
5
8
4
6
2
9
2
7
7
7
5
9
9
8
2
3
9
2
0
5
4
3
7
8
8
1
2
5
アチェ
北スマトラ
西スマトラ
東ヌサトゥンガラ
東チモール
北スラベシー
中南スラベシー
ランプン
西ジャワ
中部ジャワ
東ジャワ
1
8
9
5
6
4
4
4
7
5
5
6
ー1
9
2
3
0
3
2
5
6
2
9
9
2
7
6
6
9
1
6
3
5
0
9
1
0
0
7
3
7
4
0
1
7
8
0
1
3
1
2
5
7
8
ー1
8
4
0
6
2
6
2
0
3
4
0
0
7
1
5
4
3
8
6
1
3
7
8
4
4
9
2
8
9
3
1
7
0
3
4
4
4
7
9
5
6
9
2
3
9
8
8
6
2
4
3
0
6
0
2
6
3
0
5
8
3
8
4
4
8
3
5
8
4
1
5
0
4
0
3
5
1
7
8
3
0
9
7
1
3
9
9
4
1
0
8
5
9
5
5
2
2
8
7
4
9
4
2
7
0
1
2
1
1
4
9
5
7
5
4
1
0
0
6
7
4
0
1
3
9
2
2
6
8
1
6
1
8
9
6
7
7
6
1
2
9
3
3
1
0
1
9
3
1
4
4
7
8
2
5
1
4
8
4
8
5
1
2
4
7
4
1
5
4
5
4
0
1
8
8
3
0
8
9
8
6
8
7
5
7
5
5
1
0
0
3
7
8
9
ジョクジャカルタ
パリ
ジャカルタ
インドネシア
3
1
5
6
7
3
1
1
9
0
5
0
5
8
1
7
6
5
4
0
1
0
3
7
3
8
4
9
1
7
3
0
6
0
7
8
7
4
7
2
4
3
0
2
8
7
5
1
4
8
4
5
9
7
3
帽
戸
。
。
。
自
2
6
4
1
5
1
4
7
7
5
6
3
1
7
9
7
0
。
出所:BPS[
1
9
9
1
J,2
1
1
2
1
4
;[
1
9
9
2
J,2
0
9
2
1
7
;[
1
9
9
3
J,9
6
1
0
0
;[
1
9
9
4
J,2
3
6
2
4
4
;[
1
9
9
6
J,2
3
6
2
4
4
.
に分類すると,農業への純流入地域とそこか
労働力純流出地域も 2つのタイプに分かれ
らの純流出地域がある。前者はスマトラ南部,
る。その一つは,農村農業からの純流出が農
カリマンタン,スラヴェシ中音日,イリアン・
村非農業の純流入を上回り,農村全体として
ジャヤで,これらは全て人口密度が低く,一
の純流出となっている地域(西ジャワ,中ジャ
人当たり耕地面積も大きいところである。後
ワ,東ジャワを含む 1
1地域)である。他は,
者はスマトラ中南部,カリマンタンの 2地域,
農村農業と非農業から純流出しているジョグ
南スラヴェシ,西ヌサトウンガラ,マルクで
ジャカルタ,パりである。これより農村非農
あり,人口密度が比較的高く,一人当たり国
業への純流入は,ジョグジャカルタ,パリ,
民所得が比較的高い地域である。ここでは農
イリアン・ジャヤ以外の全ての地域で起こり,
村非農業への流入が農業からの流出を上回り,
それが農業労働力を吸収していたことがわか
地域全体として農村外流出がマイナス(純流
る。また農村非農業への純流入が農業からの
入)となっている。
純流出より大きい地域はジャワ島に隣接する
1
1
0
国 際 協 力 論 集 第1
1巻 第 2
号
周辺に位置し, ジャワ島だけでなく農村非農
業機会説的な労働移動が起こっていると予想
業による雇用が拡大していることが伺える。
できる。しかしこの推計は,労働力の自然増
地域への純流入(表 2最終列)を見ると,
加率が産業間および地域間で等しいという仮
マイナス(流出)になっている地域はジャワ
定のもとで行われているため,現実値との誤
中部および東部,北スラヴェシ,東ヌサトウ
差をさけることができなし、。また統計から得
ンガラ,パリ,東チモールだけであり,他は
られる農村外純流出は,現実の純流出数と比
全部プラス(流入)となっている O そのうち
較して過小となっている。その理由の一つは,
流出量の大きいのはジャワ中部および東部だ
調査の際にはある一定期間以上の農村外での
けで,流入量の大きいのはジャカルタを含む
就業を農村外流出と捉えるが,それに満たな
ジャワ西部,南スラヴェシである。したがっ
い者が存在するためである。他の理由は,農
て,労働移動のほとんどはジャワ島内の現象
村から近隣の都市へ在宅通勤している労働者
である。
がかなり存在していると考えられるが,彼ら
農村農業からの純流出を集計すると 7
8
7
.
5
を流出労働力と捉えているかは不明である。
万人に達し,その内 3
0
2
.
9万人は農村非農業
へ純流入していた。これらは同期間における
5
. おわりに
農村労働力約 3
,
8
5
0万人の 2
0
.
5
%と 7
.
9
%となっ
これまでの日本における産業間労働移動の
た。農村農業と非農業における純流出と純流
実証研究を見ると,過剰就業状況にある農業
入の差が農村外流出の 4
8
4
.
6万人となったが,
部門と労働限界生産性と賃金率が等しくなる
1
%の約 4
4
0万人はジャワ 4地域か
このうち 9
まで労働力を雇用する非農業部門が併存する
らの流出であった。したがって, ジャワ農業
二重構造理論フレームで捉えるのが中心であっ
から多くの純流出があるが,それらはジャワ
た。実証分析の結果は,非農業での就業機会
非農業へ流入し,全国レベルで農業から非農
が拡大すれば,農業から非農業へ労働が移動
業への労働移動が起こっているのではない。
し,移動量は経済成長率に大きく依存し,流
1
9
8
0年代末から農村外での労働力需要が
出先の所得水準が移動に与える影響は小さく,
拡大し,農村労働力が吸収され,農村労働市
労働移動の就業機会説を支持するものであっ
場が都市経済の影響を強く受けるようになっ
た。過剰就業は無かったとする新古典派的ア
た。しかし,この農業労働力純流出の多くは
プローチの実証研究もあったが,その研究は
ジャワ島内の移動が中心で,近隣都市への在
使用データの期聞が断片的,使用データ量が
宅通勤および季節的な出稼ぎと考えられる九
不十分,さらに継続的な研究がなく,確定的
こうした結果,純流出は非農業部門の成長に
な成果が出ていなし、。さらに期待所得説フレー
左右され,経済成長率が高いときには大きく
ムによる分析成果は皆無である。
なり,経済成長が低いときには小さくなる就
インドネシアの状況を見ると,農業には過
経済発展と産業間労働力移動
剰労働が存在し,日本の場合と同様に,不況
期には農業が工業の雇用調整を行った。農業
からの流出した労働力量は工業とサービス業
へほぼ半々づっ向かった。農業もサービス業
1
1
1
関してそれを経済に於ける平衡論と見倣す一般
の考え方から重大な偏差を示唆する。」と述べ,
農業の交易条件でなく,仕事の有無に依存して
いると主張した。
2同じ時期に,工業部門の雇用成長率は
1
8
8
8年か
も同じく過剰労働のプールであると思われ,
ら1
9
0
0年までは年平均 3
.
5
%,1
9
0
0年から 1
9
2
5
不況期には工業から逆流し,工業の雇用調整
年までは年平均 2
.
5
%の成長した。
を行った。そうした結果,都市における失業
3従来このフレームに対して名称はついていない
1
9
6
9
J
) の「主体均衡論」
が,中嶋 (Nakajima [
率は社会的に問題となるほど大きくはならな
かった。農村非農業の雇用吸収力は非常に大
きく,農村内部において多くの労働力が農業
から非農業へ移動した。すなわち,日本で分
析されたようなフレームで,人口密度が高い
を基礎にしているため, I
主体均衡説」と呼ぶこ
とにした。
4失業があっても実質賃金率が下がらない理由と
して次の様なことがある(高木 [
2
0
0
2
J
)。①途上
国においても,多くの国で最低賃金制が設定さ
れており,賃金率は完全雇用を可能にする賃金
開発途上国でも労働移動を分析することは可
率より高い水準となっている。②カロリー摂取
能である。現時点のように労働移動がほぼジャ
量と労働効率の聞に正の関係があり,賃金率と
ワ島内の移動に限定され,農村から近隣都市
カロリー摂取量との聞にも正の関係があると,
へ在宅通勤がかなり存在する場合には,非農
企業は賃金率を低くするよりも賃金 1単位当た
りの労働効率を最大化するような賃金率を設定
業での就業機会が拡大すれば農業から非農業
する方が合理的である。③労働者は一定の社内
へ労働が移動し,経済成長が低くなれば逆流
訓練をした後でないと使いものにならない。訓
が可能である。しかし労働移動が全国レベル
練には一定の費用がかかるので,賃金率を低く
になると,農村から近隣都市へ在宅通勤は比
重が小さくなり,帰農先の無い労働移動が増
加する。こうした場合,二重構造論的フレー
ムで分析できるかどうかは疑問である。こう
なった場合には,先に述べた幾つかの問題点
に拘わらず,期待所得説が分析フレームとし
て有効性を持ってくる可能性がある。
して頻繁に転職されるよりも,ある程度高い賃
金率を提供して定着率を高くする方が訓練費用
を節約できる。④労働組合の活動により賃金率
の下方硬直性が生じる。
8 ケリー=ウィリアムソン・モデルは一種の
CGE
モデルで,日本の経済発展の分析にも用いられ
た (
K
e
l
l
yandWilliamson[
1
9
7
4
J
)。
6 隅谷
(
[
1
9
5
7
J,1
5
5ページ)は実証的に従業者の
出身地を分析し, I
大企業において農家出身の比
率が重大であるということは,特に金属工業に
ついていえることである。このような 4
頃向は同
[注]
じ金属工業でも最大の独占企業である八幡製鉄
T
所についてみれば,一層顕著であって,北九州
1
が農
以外においては大体農村出身者を採用している
業人口を農場からつれ出し,或いは彼らにその
から郡部の比率は七割以上に及んでいると考え
まま止まることを要求する。このことは価格に
られる。」と述べ,農業からの労働移動が大きかっ
はなく,仕事の機会の存在一移動の機会
国 際 協 力 論 集 第1
1巻 第2
号
1
1
2
たことを示している。
[参考文献]
(
[
1
9
5
4
J,1
7
9
1
8
8
)は
, 日本の労働市場の
氏原正治郎 [
1
9
5
4
J1日本農村と労働市場」大谷省
特徴として,①労働供給が地域的に見て広範囲
三編『農村問題講座 E 農村社会構造』河出出版。
7氏原
にわたり,
しかも孤立分散し,②労働市場は需
8労働市場の形成に関しては宮本
(
2
0
0
1
) の研究
もある。しかしこの研究は労働問題に重点をお
いているため,本稿の研究目的である労働移動
1
9
9
0年代前半までを
対象としているため,高度の経済成長に伴う労
働市場の改革が積極的に評価され,楽観的な基
調で分析されている (Manning[
1
9
9
8
J
)
。
1
0マクロレベル統計を使用した分析(新谷口 9
9
7
J
)
とミクロレベルの調査データを使用した分析
2
0
0
1
J
) にわかれるが,両者とも過剰就業
(新谷 [
状態が残っていることを証明した。
1
1人口センサス
r
繁明期の日本労働運動』岩
波書庖。
シュルツ, T.W. [
1
9
4
9
J
r
不安定経済における農
業』群芳園。
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J 1タイとインドネシアの経済発
新谷正彦 [
とは視点が異なる。
9 この分析は経済危機以前の
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賃金・雇用・農業』大明堂。
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大 河 内 一 男 口9
要独占である,と述べている。
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経済新報社。
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。
1
3農業・非農業部門の区分はインドネシア中央統
計局の定義に従い,林業および漁業に従事する
労働力も農業部門の労働力に含める。
1
4 この人口移動は三種類の統計によって計算され
合研究』第 1
0巻第 3号
, 3月
。
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野尻重雄 [
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研究』第 3
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),最後が人口統計に基づく労働移動調査
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日本経済の転換点』創文社。
(BPS[
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) である。
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亮進・小野旭 [
1
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農家人口移動と景気
1
5この推計には
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を使用した。 1
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5年分については入手不能なた
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5年分数値とした。
1
6宮本
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1
) において詳しい。
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変動との関係についての覚え書き J 季刊理論経
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開発と労働ースウハルト体制下
のインドネシア
』日本評論社。
安場保吉 [
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経済成長論』筑摩書房。
渡辺信一 [
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日本農村人口論』南郊社。
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