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Bunjo11-01hosaka

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Bunjo11-01hosaka
論文
アーカイブズ学教育の指針に関する基礎的考察
保 坂 裕 興
[要旨]日本でアーカイブズ学教育を推進するには幅広い内容と学際性の見きわめが必要になる。英米
のアーキビスト協会による大学院教育課程の指針は,課程認定システムの有無で違いがあるが,〈記録〉
を中軸として記録管理とアーカイブズ管理を一体に統御する点,古文書学等の歴史学的要素により記録
の解釈と操作を支える点で共通していた。その背景にはアーキビストが記録の〈証拠の質〉を磨きつつ,
社会の中で活用させてきた歴史があった。
[キーワード]アーカイブズ学,アーキビスト養成,ガイドライン,アーキビスト協会,記録管理,古
文書学
包括的に公文書館制度の拡充・強化をすすめるた
1 問題の所在と限定
め,内閣府のもとに「歴史資料としての重要な公
1
9
8
7年に制定された「公文書館法」は,公文書
文書等の適切な保存・利用等のための研究会」を
館に「歴史資料として重要な公文書等についての
設置し,人材養成を含めた諸課題に取り組んだが,
調査研究を行う専門職員」を置くとし(第四条2
さらに同年1
2月,内閣官房長官のもとに「公文書
項)
,日本で初めて法律におけるアーキビストの
等の適切な管理,保存及び利用に関する研究会」
原型とその必要性を示した。これを一つの契機と
をおくに至った3)。また日本学術会議の学術基盤
して,関係機関・団体がアーキビスト養成に向け
情報常置委員会は,2
0
0
2年,国立国文学研究資料
て具体的な取り組みを開始し,また大学等教育機
館・同史料館の合併・独立行政法人化問題に際し
関もその教育に着手することになった。しかし現
て,アーキビストの制度化と配置の遅れを指摘し,
状では,アーキビスト養成制度が具現化していな
「史料管理学」の体系化と大学院でのアーキビス
いのはもちろんのこと,何を教育すればアーキビ
ト教育の拡充を提言した4)。これらの取り組みは,
スト教育たりえるかといったことについてさえも,
具体性と規模において状況を格段に進展させるも
十分な共通認識が形成されていない。
のだったといえるが,そこでは,記録管理と密接
この動向をふり返っておきたい。法制定の推進
に関わる公文書管理の問題から,歴史学と密接に
役をつとめた全国歴史資料保存利用機関連絡協議
関わる史料管理の問題まで,実に幅広い内容が扱
会(通称:全史料協)は,1
9
8
9年に「専門職養成
われていたことに留意する必要がある。
の提言」を含めた同法の意義と課題を公表し,さ
一方,大学等の取り組みでは,先の史料館が
らに1
9
9
3年と1
9
9
6年にアーキビスト養成のカリ
「史料管理学研修会」を開催し,この分野におけ
キュラムや制度に関する報告書を発表した 。国
る基礎をつくってきたが,1
9
9
4年,駿河台大学文
立公文書館は,1
9
9
6年に専門職員に関し報告書を
化情報学部に「レコード・アーカイブズ」コース
9
9
8年からは養成課程を開設し現職者
まとめ2),1
が置かれ,次いで1
9
9
9年には同大学大学院文化情
を対象に養成をすすめた。また国は2
0
0
3年4月,
報学研究科が設置され,大学におけるアーカイブ
1)
2
9
文化情報学 第1
1巻第1号(2
0
0
4)
ズ学教育に先鞭がつけられた5)。以後,具体的に
に,参照の都合からC,E,A,Jの順に配置し
アーカイブズ学教育に言及したものだけで
て摘記した。また近年の青山英幸,安藤正人,森
も,2
0
0
0年に北海道大学文学研究科「公文書・文
本祥子らの研究の中には,本稿の課題に密接に関
化財特別コース」
,東京大学人文社会系研究科に
わる論考がある9)。ここではそれらを論ずること
「文化資源学研究専攻」
,2
0
0
3年に学習院大学大
はせず,基礎的考察に焦点を絞ることとする。
学院人文科学研究科に「史料管理学」
,2
0
0
4年に
は,別府大学文学部史学科に「文書館専門職(アー
2 イギリス・アイルランドにおけるアー
キビスト教育のシステムと指針
キビスト)養成課程」
,そして鶴見大学文学部に
「ドキュメンテーション学科ライブラリーアーカ
イブコース」が開設されている。これらは,内容
イギリスにおいて大学によるアーキビスト養成
的には情報学系あるいは歴史学系などの教育組織
が開始されたのは,第二次大戦後のことであった。
に位置付けられ,形式上では本課程であったり,
その先駆けは,1
9
4
7年にロンドン大学図書館学科
資格課程であったりしており,さらにその単位数
とリバプール大学歴史学科に開設された大学院レ
に至っては区々というほかはない。
ベルのアーカイブズ管理ディプロマ・コースであ
これらの数々の取り組みが,アーキビスト養成
り,1
9
7
3年にアイルランドのダブリン大学に同様
を推進し,アーカイブズ活動の質を高めていくた
のコースが開かれるまで,計五大学がこれに着手
めには,教育課程をめぐる議論を活発化させ,教
した。一方,1
9
4
7年に地方アーキビスト協会とし
育指針や資格制度等を具現化することが必要であ
て設立された専門職団体は,1
9
5
4年にアーキビス
る。しかし,実際にコースや課程を開設するには
ト協会(略称:SoA)と改称し,1
9
7
0年には養成
教育レベル,中心となる科目,単位と年限,学位
委員会を設置して大学教育に積極的に関与するよ
と資格,等々が問題になるが,先に留意した通り,
うになった。以後,協会は資格基準を設けた専門
記録管理から史料管理にいたるまでの幅広い内容
職登録制度の実現を目指して,独自運営のディプ
と学際性が,その見通しを複雑かつ不明確なもの
ロマ・コースと認定した大学院教育課程の二方式
にしている。また電子記録の保存活用とインター
で,試行錯誤を重ねながらアーキビスト養成を推
ネット情報社会の出現も問題に拍車をかけている
進した10)。
協会は1
9
8
4年,大学の課程認定手続きを公表し,
と言えよう。
本稿は,この観点から,イギリス・アイルラン
「専門職」への通常の登録をその課程の修了に
ド(以後,単にイギリスとした場合にはアイルラ
よって許可することとした。1
9
9
4年のブックレッ
ンドを含むこととする)とアメリカにおけるアー
ト「アーカイブズ・記録管理における大学院課程
カイブズ学教育のシステムと指針,およびその背
の認定」
(資料E)は,手続きだけでなく,初め
景について基礎的考察を加える。分析に用いた主
てその評価基準を含んだ。その内容を表A・Bの
な資料は,イギリスのアーキビスト協会とアメリ
左より二列目に摘記した。
カ・アーキビスト協会による二点 であり,これ
これによれば,システムと基準は二つの目的を
にユネスコ「記録・アーカイブズ管理プログラム
もっている。一つは教育課程が適切な内容の専門
(RAMP)
」のためにM.クックが著したもの7),
教育と標準を提供することであり,もう一つは課
日本の全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全
程が質の高い専門職の創出に貢献するように,協
6)
史料協)によるもの を参照のために用いた。こ
会と課程の〈対話と相互影響〉を維持することで
れらにはそれぞれE,A,C,Jの略号を付し,
ある。このため,認定手続き は,図1「イギリ
表A「欧米と日本のアーカイブズ学教育指針―構
ス・アイルランドにおけるアーキビスト教育課程
成と条件―」,および表B「同―カリキュラム―」
の認定」のように慎重かつ丁寧におこなわれる。
8)
3
0
保坂:アーカイブズ学教育の指針に関する基礎的考察
それらが生み出した記録を調査すべきである。
大
学
院
課
程
古文書学(形式と発展)とこれらの情報源の
ア
ー
キ
ビ
ス
ト
協
会
潜在的研究価値もまた対象に含められるべき
である11)。
これによればアーキビストが取り扱うのは,あ
らゆる組織の記録生成体系と記録自体の調査・研
究によって理解される「記録」である。そして方
図1
イギリス・アイルランドにおけるアーキビ
法論としては古文書学の助けを必要とし,また文
スト教育課程の認定
化・社会における記録情報源の潜在的価値までも
研究する必要がある,と理解できよう。すなわち,
大学院課程は,協会の名誉幹事に認定を申請し,
「記録」という概念によって,歴史的ステージか
記述資料を提出した後,認定委員会のチームを受
ら現代の記録管理のステージまでが,基本的に
け入れるために各種のミーティングや視察の訪問
シームレスに捉えられているのである。そしてこ
予定案を準備して実施し,認定結果を含む報告書
れに対応する要素が,「1
0管理と対人の技能」で
を受け取った後にも課程長とチーム座長が懇談し
あり,また全体的な目標の「5)サービスと記録
た。一方チームの側も,訪問を双方向の対話の手
管理のプログラムの管理」であると考えられる。
段として位置づけ,課程側の意見を専門職の世界
これらからすると,記録の生成からアーカイブズ
に伝える仲立ちの役割を果たし,さらにアーカイ
資料としての保存・活用までを含めて,「記録」
ブズ教育の成果や課題について概括し,論評する
を全うさせることがアーキビストの職務であるこ
ものとされた。
とになる。これらは,理論上でいえば,組織記録
カリキュラムは基本的に教育機関に任せるべき
の完全性と真正性を維持する方法論により記録の
だとされているが,全体的な目標と,包含すべき
証拠性を保持することを重視した〈ジェンキンソ
〈教育〉
・〈トレーニング〉の1
0の要素が示された。
1
2)
の影響をみることができ,また1
9
9
0年
ン理論〉
ここで〈教育〉とされるのは,知識,基礎原理,
代にオーストラリアのアーキビストたちが発展さ
専門職意識の修得,〈トレーニング〉は特定技能
せた〈レコード・コンティニュアム(記録連続体)
の修得である。これらによって育成されるアーキ
1
3)
に通底すると見ることができる。
論〉
したがってここでは,〈歴史資料〉だから管理
ビスト像は,様々な形式の記録史料と現代記録を
するという考え方は採用れていないことになるが,
管理できる‘万能型’
であるとされる。
ではこれらの中に,記録管理や史料管理はどの
だからといって歴史的記録に関する備えが疎かに
ように位置付けられているのだろうか。当該資料
されているわけではない。先の古文書学がその基
のタイトル,アーキビスト像,そして〈教育〉の
礎を構成し,「6古書体学」が「英語で書かれた
「5現代記録管理」には,そもそも記録管理を包
歴史文書を読むために」,そして「7ラテン語」
(選
含することが謳われているが,次の「4記録研究
択科目)が中世ラテン語へ遭遇する備えとして盛
(Study of records)」に注目したい。
り込まれている。アーキビストは,いわゆる歴史
学生は,組織とそれが創り出す記録との間
学を修得すべきとされていないが,古文書等の歴
の関連性を理解するべきである。彼らは,中
史文献を取り扱うことが,当然のこととして想定
央と地方の政府,教会,裁判所,ビジネス,
されていることが知られる。
そして協会を含め,英国あるいはアイルラン
ド共和国における最も重要な記録の生成体系
の,法律的背景と管理の構造と過程を検討し,
3
1
文化情報学 第1
1巻第1号(2
0
0
4)
表A
欧米と日本のアーカイブズ学教育指針―構成と条件―
M.
クック,記録管理学 アーキビスト協会
アメリカ・アーキビス 全史料協(日本)
および現代アーカイブ アーカイブズ・記録管 ト協会
資
料
ラム開発の指 針,19
8
2 程の認定,1
9
9
4.2 E
る大学院課程の指針
C
20
02.1 A
第三世界を対象,記録
目
的
アーキビスト制度への
ズ学におけるカリキュ 理学における大学院課 アーカイブズ学におけ 提 言(第 二 次 報 告
書)
,1
99
51
. 2J
課程認定による,適切 最低要件の提示による,研究教育システム構想,
管理とアーカイブズ管 な専門教育の提供,対 質の向上,広範な開発,養成課程および専門職
理の専門分野における 話と相互影響の維持
専門職の改善
人事の具体的提案
教育研修の開発
レコード・マネージャ さまざまな記録史料と 中核となるアーカイブ ・歴史的情報資源を管
教育目標または
アーキビスト像
とアーキビストに共通 現代記録を管理できる ズ学の知識に重点
の基礎,自律的実践者
‘万能型’
アーキビトス 1)文化遺産の保護
2)法律上の権利保護
ト
3)効果的な管理運営
レ
ベ
ル
限定されない
第1種=大学院修士
ディプロマ,第二専門 プロマと修士)
第2種=大学学部
職:管 理 職 養 成,専 門
アーキビスト補=短期
職補:学部以
研修・資格認定
・学術と実践の両方
・各国状況に応じ多様
程
媒介者
・公文書館専門職員に
第 一 専 門 職:修 士 or 大学院(実際にはディ 大学院修士課程
・情報科学の一領域
教 育 課
理,保 存,提 供 す る
に開発可能
〈第一専門職推奨〉
1教 科 学 習(教 育+ト ・学際的知識と中核的
レーニング)
知識
2専門的施設への実践 ・科目学習,実際的 経
配置および視察
3修了審査
1年 間(≠1学 年)目
・「カリキュラムを履修
し文書館における総
合的な実務研修」
験,学術研究で構成
・複数機関の共同コー
・中核のみで1
8学期 単
スなど多様な課程
位時間
録や論文の提出+単位
修得+卒業試験
教育機関要素:財 政, 〈認定手続き〉
・Ph.D.専任教員1名
教 室,技 術 作 業 室,各 申請→評価チーム訪問 ・資 源:記 録・書 類 資
種支援室,経済支 援,
環境条件ほか
・高等専門教育課程と
現職者への実務研修
→評議会への推 薦→推
料 群,図 書 館,マ ル
職 員,学 生,学 習 資 源,薦と報告書送付→相互
チメディア資 源,コ
特 別 設 備,見 学・実
対 話・論 評〈課 程 認 定
ンピュータ,宿泊 施 得,あるいは所轄省庁
演・モデル
(≒修了者への資格付
与)
〉
設,
コース
〈資格認定は,単位 取
等の試験による〉
・就職斡旋・相談
〈認定制度なし〉
ユネスコ,RAMP Study, Journal for the Society of http://www.archivists.
6
PGI―82/WS/1
出
典
『記 録 と 史 料』第7号,
2, Vol. org/prof―education/ed 1
Archivists, p8
8―9
9
96
(オンライン版はユネ 1
7, No.1,1
9
9
6
_guidelines.asp
スコHPからドキュメン
日本語訳は『記録と史
トとして検索し,入手
料』1
3号,2
00
3
可能)
3
2
保坂:アーカイブズ学教育の指針に関する基礎的考察
表B
欧米と日本のアーカイブズ学教育指針―カリキュラム―
資 料
C
A一般基礎科目
情報学
E
〈教育〉
〈A中核的知識〉
1導入:記録史料と専門 1文書館機能の知識
情報サービスと構造
研究:目的と手続
A
職の性質
a評価と取得
2記録史料記述
b編成と記述
3文書館管理
c保存
1記録管理
4記録研究
dレファレンスとアク
2アーカイブズ管理
5現代記録管理
3解釈学
〈トレーニング〉
4管理運営史
6古書体学
f管理と執行
7ラテン語
2専門職の知識
B専門科目
C情報教育共通科目
1複製
e普及と唱導
8仕分けとリスト作成の
2展示
3保存
セス
実践
史
9基礎コンピュータ技能
4情 報 蓄 積・検 索・普 1
0管理と対人の技能
及
内 容
※全体的な目標
6利用者研究
1)専門職の原理
7法律と規則
2)歴 史,管 理,法 律 の
8セキュリティ論
化
5)サービスと記録管理
D他分野共通科目
のプログラムの管理
記録史料学
B文書館学(史料管理学)
の基礎理論
文書館学理論,文書館
および史料管理史,専
門職論
C文書館の諸機能
記録管理論,史料管理
論
b)評価選択
c)整理と検索手段
d)保存修復
e)利用提供と参考業
b法的・財政的シス テ
ム
3)全面的な基本技能
情報論,組織管理 史,
c倫理と価値観
テム
1
0システム設計・自 動 4)現代的課題
性質
a)移管収集
a社会的・文化的シ ス
脈絡
A記録および記録史料の
b記録と文化記憶
3脈絡的知識
5書誌学・情報源
9建築設計・環境制御
a文書館と専門職の歴
J
務
D記録史料の情報処理技
c記録と情報の管理
術
dデジタル記録とアク
情報システム,情報処
セス・システム
〈B学際的知識〉
理
E関連科目
1管理科学
1情報技術
古 文 書 学,歴 史 学,行
2語学
2保存修復
政 学,経 営 学,図 書 館
3研究方法と環境
3研究の設計と実行
学,博物館学,語学
E特別研究・論文
4歴史学と歴史の方法
(「アーキビスト養成制度
F選択科目
5管理学
の実現に向けて」,1
9
9
2年,
1主要情報源の教育的
活用
2保存管理
6組織論
『記 録 と 史 料』第4号,
7教養科目と諸科学
19
9
3年で補足した。
8関連専門職
以上は,さらに検討しな
3出版物管理
ければならないとされて
4特殊形式資料
いる。
)
5口述証拠
第一専門職:B1―4,C1 授業要綱,課程構 成,教 〈B学際的知識〉によ っ 同団体には別に「文書館
備 考
―10,D1―2,E
育方法は教育機関に一任,て補強される
他に推奨される実習あり
他に「記録管理学におけ 〈A中核的知識〉とい う の養成についての提言」
る大学院課程の指針」あ 考え方
り
3
3
専門職(アーキビスト)
(1
98
9年)の試案あり
文化情報学 第1
1巻第1号(2
0
0
4)
る拡充を目指した。ところが19
9
0年にカナダ・
3 アメリカにおけるアーキビスト教育の
指針
アーキビスト協会が「アーカイブズ学修士のため
の二年制カリキュラム開発の指針」を公表したこ
アメリカ・アーキビスト協会(略称:SAA,
とに触発され,1
9
9
4年に「アーカイブズ学修士の
1
9
3
6―)は,より多くの困難と格闘した末に,イ
ためのカリキュラム開発の指針」を発表した17)。
ギリスとは異なる花を咲かせた。F.
M.
ミラーに
こ れ に よ っ て 協 会 は,初 め て 大 学 院 修 士 課 程
よれば,協会による教育課程認定への努力は,山
(Master of Archival Studies)プログラムの開
頂に積んでは崩れ落ちる岩の如くであった。すな
発を公式承認し,就職前専門職教育の最良の形と
わち,大学院課程認定に必要となる様々な資源だ
したのであった。カリキュラムは,次の三群の知
けでなく,関係者の理解と協力が欠如していたの
識の修得,実習,そして学術研究(論文)から構
であり,ミラーは課程認定を専門職開発の突破口
成され,知識学習の2/3を〈アーカイブズの知
とするのではなく,他の発展の方向を探るべきだ
識〉に割り当てることとされた。
〈脈絡的知識〉
:米国の組織史,法律システム,
と主張した。これを一つの契機として,専門職開
そして財政システム
発は「アーキビストとは何か」という核心の追求
と,教育課程における多様性と賛同者の獲得とい
〈アーカイブズの知識〉
:アーカイブズの歴史
う,相反するように見える二つの方向に展開し
とアーキビスト専門職の特質,記録管理論,
た14)。なおアメリカには,アーキビストを試験に
そしてアーカイブズ学
よって資格認定する認定アーキビスト協会(略
〈補足的知識〉
:保存論,図書館情報学,管理
称:ACA,1
9
8
9―)が存在する 。現在ではSAA
学,研究法,歴史学
1
5)
と協力して認定試験を実施し,一部のアーキビス
しかしL.
デュランティによれば,この指針に
トが利用しているが,本稿では教育指針をとらえ
沿った修士課程開発は積極的に推進されず,むし
る観点から検討を割愛する。
ろ電子記録,情報自由法,そしてアカウンタビリ
1
9
6
0年代にはじまる試行錯誤の末,協会は1
9
7
7
ティなどが教育上の問題となり,課程側が開発へ
年になって,教育・専門職開発委員会が作成した
の強い願望を持つようになる中で機運が形成され
「大学院アーキビスト教育プログラムのための指
0
0
2年に公表した「アーカイブズ学
た18)。協会が2
針」を初めて承認した。この指針は,カリキュラ
における大学院課程の指針」
(資料A)は,この
ムがアーカイブズ原理,施設実習,そして特定プ
流れを受けたものであり,また先の二つの展開が
ロジェクト研究の三要素から構成され,履修最低
結実したものでもある。この概要を表A・Bの右
年限を一年,大学院副専攻と同様の単位数とする
から二列目に,カリキュラムの考え方を図2「カ
ものであった。施設実習は最低1
4
0時間とされ,
リキュラム構成の概念図」に示した。
この指針の最大の特徴は,修士課程において
別に指針が定められるほどであり,実践・実技が
とりわけ重視されたことが知られる。同時期には,
「A中核となるアーカイブズの知識」を必須要素
試験,実績による既得権,あるいは課程修了の三
(≒必修科目)として,学生にアーカイブズ学の
方式によるアーキビスト資格認定が検討されたが,
確固たる学問的基礎を与え,一方では「B学際的
内容や基準について理解が得られなかったり,法
知識」を活用して課程に独自な強調点や専門化(授
律上・財政上の問題に解決の見通しが立たなかっ
業科目)を用意してもらい,豊かな多様性を確保
たりしたために,断念された 。
しようとする点にある。協会はこれによって,確
1
6)
1
9
8
8年に改訂された指針は,理論重視の方向を
かな基礎と個性・柔軟性をもつアーキビストの卵
打ち出し,先のカリキュラムを最低要件として,
を生み出し,多様な就職開発により幅広い組織・
専任教員配置をはじめとする基盤と資源のさらな
環境の中に育っていってもらうことを通して,自
3
4
保坂:アーカイブズ学教育の指針に関する基礎的考察
キビストの対象資料は,説明責任と権利保護のた
めに用いられる「記録と書類」
(=全ての媒体・
形式による組織・個人が産み出した文書証拠)で
あるが,それは「文化記憶の織物の一部」でしか
なく,したがって文化遺産として幅広く保存・活
用されるべきである,との包括的理解が示されて
いる。一方,「A」の中に歴史学や古文書学等の
要素は盛り込まれず,学際的知識の中に「B4歴
史学と歴史の方法」が位置づけられている。この
科目は,¸記録・書類が作成,保持および使用さ
れた状況,そして社会の様々なシステムについて
理解を与える,¹個人,組織およびその機能の発
展の理解と,より効果的な選別・評価,記述,お
図2
よび利用者サービスに貢献する,º証拠とその生
カリキュラム構成の概念図
成状況を見定める,»多種類の記録史料の研究利
(アメリカ・アーキビスト協会)
用を理解し,豊富なレファレンスを提供する,
等々の役割を果たすとされる。したがってこれら
らの専門職を豊かに開拓することを期したのであ
は,古文書学の手法と歴史資料の知識を包含し,
る。また,〈トレーニング〉が技能・知識の獲得
そして「A」の「1文書館機能の知識」と「3脈
であるのに対し,大学院課程の〈教育〉は生涯に
絡的知識」の多くを補強すると見ることができる。
わたって基礎となる知的枠組みを創り出すとし,
先のイギリスの指針と比較すると,記録を中軸的
その重要性を訴えた点にも,専門職開発への強い
概念として記録管理から文化遺産としての保存活
意志を見ることができる。なお,「管理運営,教
用までを射程としていること,中核と学際という
員,そして構造的基盤」を含め,指針全体を最低
区分によって後者に位置づけられはしたが,歴史
要件とし,入学希望者や雇用者等までが,課程を
学的要素がアーカイブズ学において一定の役割を
評価する基準として使うことができるようにした
果たすことの二点において,類似の位置付けを持
点も,見逃すことができない。
つことが知られる。
カリキュラムは,「A」に1
8学期単位時間(授
業は学期完結,年三学期制)を割り当てることだ
4 考察とまとめ
けが決められ,「B」の設定等は課程にゆだねら
以上でみた中軸的概念としての〈記録〉,そし
れている。「A」の内容を先の指針で中心に位置
づけられた〈アーカイブズの知識〉と比較すると,
て歴史学的要素の役割は,何に由来し,どのよう
「A」では大きく「1文書館機能の知識」と「2
な根源を持つものなのか,基礎的考察を加えたい。
専門職の知識」に分割され,後者に「記録と文化
まず,世界中で広く読まれた1
9
8
2年のM.クッ
記憶」
,「倫理と価値観」が加えられたこと,そし
クによるユネスコ指針(資料C,表左端)を点検
て「3脈絡的知識」が中核に位置づけられ,「デ
したい。第一に,この指針の教育目標は,レコー
ジタル記録とアクセス・システム」が加えられた
ド・マネージャとアーキビストに共通の基礎をも
ことを指摘できる。
つ自律的実践者とされる。そこでは特に,記録管
記録管理や歴史学的要素の位置付けについては,
理が文化的あるいは研究上の問題から分離され,
管理上の効率と経済性のみに関わること,そして
どうであろうか。「記録と文化記憶」では,アー
3
5
文化情報学 第1
1巻第1号(2
0
0
4)
アーカイブズが資料の文化的あるいは研究上の開
1
9)
たB.ユストレル『アーカイブズ学とは何か』
発に専ら関与し,管理運営上求められることのな
が有益な情報と視点を提供してくれる。
い末梢的資料を収集したり,古い資料に限定した
第一は,ヨーロッパを母体としたアーカイブズ
りすることを,強く戒める。つまり〈記録〉を中
の長大な歴史において,アーカイブズが歴史研究
軸とした一体的統御が期されているのである。第
の道具であり,アーキビストは歴史家であると見
二に,カリキュラムの中核となる「B専門科目」
なされるようになったのは,フランス革命後のこ
は,記録管理,アーカイブズ管理,解釈学(古書
とにすぎず,むしろアーカイブズは重要記録,
体学,古文書学,印章学,古言語研究)
,そして
アーキビストはその管理者であったという理解で
管理運営史(国家,旧植民地,地方の管理運営,
ある。そのあらましは次の如くである。古代ギリ
法律と機関,記録保持方式)から構成される。こ
シ ャ に お い て は,ア ー カ イ ブ ズ の 語 源 と な る
のうち解釈学と管理運営史は,情報分野ではアー
archeionが,すでに施設と文書の両方の意味をも
カイブズ・記録管理に独自なものであり,重要な
ち,公私双方の重要記録を登録・保存し,社会の
役割を果たすとされている。すなわち,英米指針
維持に貢献していた。またアーキビスト専門職と
の基本スタンスはユネスコ指針において既に存在
その学問が誕生した1
7世紀には,アーカイブズの
しているのである。
記録が最も有効な政治支配の道具として,また国
ところで,全史料協の提言(資料J,表右端)
内外の紛争解決の手段として重用された。そして
はどうだろうか。まず第一に,アーキビストを
フランス革命においては,新旧勢力の様々な記録
「公文書館職員」に限定せず,歴史的情報資源を
を保管するとともに,全市民に「公文書」閲覧権
管理,保存,提供する媒介者とみることに力点を
を認めた。その結果として,歴史的記録に保存・
置く。第二に記録管理については,「A記録およ
活用の重心が移り,1
8
5
0年までに行政機関から歴
び記録史料の性質」が設けられているが,科目と
史的文書を受け入れるタイプの現代文書館が成立
しての「記録管理論」は「C文書館諸機能」に含
する。一方〈記録管理〉は,1
9世紀後半以降,タ
まれる。つまり記録管理は,アーカイブズ管理の,
イプライター,カーボン紙,デュプリケーター,
あるいはそのドキュメンテーションのプレ・ス
マイクロフィルム等の新しい情報技術の開発に
テージという位置づけを越えないものとみられ,
よって文書量が増大する中,それを縦横に操作す
重点が置かれていない。第三に,中核部分に「組
る近代行政とともに誕生し,第一次世界大戦後に
織管理史」や,
「文書館および史料管理史」が含
アーカイブズ管理から徐々に分離・独立していっ
まれるものの,古文書学や歴史学が「E関連科目」
た。すなわちそれ以前は,アーキビストがアーカ
に位置付けられている。同協議会の1
9
8
9年提言で
イブズを含む〈記録〉の管理者であったのである。
は「史料学専門科目」
(文字記録史料学,非文字
第二は,古い時代においても,歴史補助学の時
史料学ほか)を重く位置付けていたことに比べれ
代においても,アーキビストが一貫して追求して
ば,軽易化されたといえる。全体としては,第一
きたのは〈証拠の質〉であるとする視点である。
と第三の点の整合性や記録概念の中軸性などを欠
そして,それこそが専門職の専門職たる所以であ
いていることにおいて,これまでの三指針と異
るとするのである。
これらによれば,先の三指針をより整合的に理
なっていると言わざるを得ない。
つまるところ,アーカイブズとアーキビストの
解できよう。すなわち,〈記録〉を中軸として記
本質は何か,それはどのように変遷したのか,現
録管理とアーカイブズ管理を一体的に扱うのは,
代日本は何を選択し開拓するのか,という問題に
アーカイブズとアーキビストの歴史の中では何よ
辿り着く。これに関して,スウェーデンにおいて
り当然のことであり,それは,〈記録〉の全過程
アーカイブズ学博士課程を開発するために著され
を通して〈証拠の質〉を磨き,〈記録〉を社会の
3
6
保坂:アーカイブズ学教育の指針に関する基礎的考察
中で活用していくことこそが,アーキビストの使
用できる.
命だからであると。そこでは,高い文書技能(解
http://www.archivists.org/prof―education/
釈と操作)が要求されるのであり,ヨーロッパで
ed_guidelines.asp
はそれに古文書学(Diplomatics) を用いてきた
また,邦訳は保坂裕興訳「アーカイブズ学
のである。ただし,日本の古文書学がそのような
における大学院課程の指針」
(『記録と史料』
位置付けと役割をもって成熟を遂げてきたかどう
第1
3号,2
0
0
3年)
2
0)
か,また現代記録管理の文書技能を支える〈解釈
7)Cook, Michael. Guidelines for curriculum de-
科学〉の役割を果たすことができるかどうかにつ
velopment in records management and the
いては,慎重かつ十分な別の検討が必要になる。
administration of modern archives: a RAMP
2/WS/1
6,1
9
8
2.
study, UNESCO, PGI―8
8)註1)同
(註)
9)青山英幸『記録から記録史料へ―アーカイバ
1)この経緯は「アーキビスト制度への提言―第
ル・コントロール論序説―』
(岩田書院,2
0
0
2
二次専門職問題特別委員会報告書―」
(『記録
年)
,安藤正人「アーキビスト教育論」
(国立
と史料』第7号,1
9
9
6年)に詳しい.
国文学研究資料館史料館編『アーカイブズの
2)
「公文書館における専門職員の養成機関の整
科学』上,2
0
0
3年,柏書房),森本祥子「アー
備等に関する研究会報告書」
(1
9
9
6年)
キビストの養成」(文書館問題研究会・横浜
3)全史料協はこれを受けて要望書『2
1世紀日本
開港資料館編『歴史資料の保存と公開』,岩
のアーカイブズに関する要望について』を内
田書院,2
0
0
3年)
閣官房長官宛に提出している.一連の経緯に
1
0)ローズマリー・ダンヒルほか著,青山英幸訳
ついては『全国歴史資料保存利用機関連絡協
「イギリスおよびアイルランドにおける1
9
7
0
議会会報』№6
7(2
0
0
4年3月)を参照された
年から1
9
9
0年にかけてのアーキビスト養成
い.
コース―一つの概観―」
(全国歴史資料保存
4)
「行政改革と各種施設等独立行政法人化の中
利用機関連絡協議会専門職問題委員会『海外
での学術資料・標本の管理・保存専門職員の
におけるアーキビスト養成に関する調査報告
確保と養成制度の確立について」
(日本学術
¸』
,2
0
0
3年3月)
1
1)註6)CLARE RIDER, p9
1―2
会議学術基盤情報常置委員会,2
0
0
2年3月)
1
2)Selected Writings of Sir Hilary Jenkinson, The
5)安澤秀一・原田三朗編著『文化情報学―人類
Society of American Archivists, 2
0
0
3. 特に
の共同記憶を伝える―』
(北樹出版,2
0
0
2)
第1
3節The
6)Rider, Clare. Developing Standards for Pro-
English
Archivist:
A
New
9.
Prefession, p23
6―5
fessional Education: the Society of Archivists’ accreditation criteria, APPENDIX;
1
3)McKemmish, Sue and Piggot, Michael edis.
SOCIETY OF ARCHIVISTS ACCREDITA-
The Records Continuum: Ian Maclean and Aus-
TION OF POST―GRADUATE COURSES
tralian Archives first fifty years, Anocora Press,
IN ARCHIVES AND RECORDS MANAGE-
1
9
9
4.
2, Journal for the Society of ArMENT, p8
8―9
1
4)Miller, Fredric M. The SAA as Sisyphus:
chivists, Vol. 1
7, No. 1, 1
9
9
6. およびGuide-
Education Science the 1
9
6
0s, AMERICAN
lines for a Graduate Program in Archival
ARCHIVIST , Vol.6
3, No.2,2
0
0
0.
Studies, The Society of American Archi-
1
5)The Academy of Certified Archivists, http:
vists, 2
0
0
2. 1.オンライン版は次のサイトで利
//www.uwm.edu/library/arch/aca/aca.html
3
7
文化情報学 第1
1巻第1号(2
0
0
4)
1
6)註1
4)同
Archival Science?, The National Archives of
1
7)Duranti, Luciana. The Society of American
Sweden,19
9
9.
Archivists and Graduate Arcival Education:
2
0)Duranti, Luciana. Diplomatics: new uses for an
A Sneak Preview of Future Direction,
old science, 特に第1章:The Origine, Na-
AMERICAN ARCHIVIST , Vol.6
3, No.2,2
0
0
0.
ture and Purpose of Diplomatics,および第
1
8)同前
6章:The Uses of Diplomaticsを参照され
1
9)Justrell, Börje. What Is This Thing We Call
たい.
A Basic Study on Guidelines for Graduate Program in Archival Science
[Abstract]In order to develop an archival education in Japan, it is necessary to assess the wide
range of contents and the interdisciplinarity in archival science. There are similarities in dealing with
records management and archival administration in the integrated process, and in the organization in
which the auxiliaries of historical science such as diplomatics assist in the interpretation of records,
between the guidelines for graduate archival program prepared by the Society of American Archivists and by the Society of Archivists(UK)
, though there is difference in which the society has also
an accreditation system of graduate program or not. Historically, the similarities derive from that archivists have put records to practical use enhancing quality of record as evidence.
[Keyword]Archival Science, Archival Education and Training, Guidelines for Graduate Program, Society of Archivists, Records Management, Diplomatics
3
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