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全文 - 東京工業大学電子図書館
経営革新を実現する組織能力に関する研究
-経営課題の発見と解決に求められる組織能力-
イノベーション専攻
作田
1
稔
経営革新を実現する組織能力に関する研究
-経営課題の発見と解決に求められる組織能力-
A Study on Organizational Capabilities
for Management Innovation
-Organizational Capabilities needed for finding and solving management issues -
東京工業大学大学院
イノベーションマネジメント研究科
イノベーション専攻
作田
稔
05D56010 )
( 学籍番号
指導教員
長田
2
洋
教授
要旨
経営革新については、経営学において経営資源論や創発戦略など、多くの議論が行われ、
近年では、経営資源の創発と進化の組織能力の研究にも関心が寄せられている。また、組
織変革については、組織心理研究や学習する組織論などが提示されている。しかしながら、
これらの諸研究からは、経営革新を企図する組織が、今日のように激しく経営環境が変化
する中で、経営革新の契機をどのようにマネジメントするのか、あるいは、経営革新を成
立させる能力をどのように育み、経営成果に連動させることが出来るのかについて必ずし
も明確ではない。
本論文では、経営成果へのバックワードモデルを持つ、長田による経営システムモデル
のイネーブラー(経営の変革因子)に着目し、ストック型リソースにおける組織リソース
と人的リソースの中で、経営革新時に見られる経営課題の発見と解決を実現する組織能力
について検討した。
まず、東証一部上場企業約 1600 社の中から、平成不況下でも売上高および経常利益に
おいて、年平均 10%以上の成長を5期以上達成し、かつ経営革新を実現した企業について、
激変する経営環境の中で、経営革新の課題をどのように経営者が認知し、組織として課題
解決をどのようにして達成したのかについて分析した。この結果、経営課題の発見プロセ
スでは、経営者自らの認知転換を促す行動が、経営革新のトリガーとなる課題発見の「気
づき」を生み、課題解決プロセスでは、組織成員の「気づき」の連鎖・連動を促す経営者
のマネジメント行動が経営革新実現のために重要であることを明らかにした。
併せて、認知心理学の視点から、経営革新の課題発見と解決のプロセスの中に観察され
る、『「気づき」の認知サイクル』をモデルとして提示した。
次に、長期的時間軸の中における組織能力を検討するために、日本のものづくりの発展
に大きく貢献した品質経営による革新、即ち、品質革新に着目し、そこで観察される課題
の発見と解決の組織能力について分析した。日本のリーディング企業 7 社を選定し、戦後
から約 60 年間の主要な経営革新の課題とその課題解決のために実施してきた教育を分析
し、各世代の品質経営(QC,TQC,TQM)に対応し、教育も進化・発展し、経営課
題に対応して一貫性を持って戦略的に展開することが重要であることを示した。さらに4
社を分析し、経営革新を実現する組織能力の形成には教育の果たす役割が大きく、それを
「仕組み」として蓄積し、効果的に能力を発揮する上で重要な少なくとも6つのマネジメ
ントの特性があることを示した。即ち、それらは進取性、戦略性、中核性、主体性、機敏
性、責任性に関わる特性であることを明らかにした。
以上のように、本論文により、従来の経営革新の研究に欠けていた、業績に連動した経営
革新のメカニズムを、経営課題の発見と解決の視点を取り扱うことにより、経営革新をマ
ネジメントの対象と成し得ることを示した。特に、経営環境変化の「気づき」を経営に取
入れ、経営革新を意図的に、戦略的に変革することの重要性と、その可能性が示された。
1
目次
第1章 序論
1.1 研究の背景
1.2 研究の目的
1.3 研究の方法
1.3.1 研究の視点と仮説
1.3.2 具体的研究方法
1.4 論文の構成
1
1
2
2
2
4
5
第2章 関連研究
2.1 組織能力に関する研究
2.1.1 組織心理学と行動科学からの視点
2.1.2 経営資源論からの視点
2.1.3 経営管理とシステムズアプローチの視点
2.1.4 組織学習とシステムズアプローチの視点
2.2 経営革新研究のシステムズアプローチ
2.2.1 経営システムモデル
2.2.2 経営プロセスの変革因子とストック型リソース
2.3 経営革新のプロセス-経営課題解決の組織能力の視点から
2.3.1 経営における課題発見と解決
2.3.1.1
品質管理における方針管理への取組み
2.3.1.2
方針管理
2.3.1.3
戦略的方針管理
2.3.2 認知心理学における問題解決の研究
6
6
6
6
7
9
9
9
10
11
11
11
11
12
12
第3章 組織能力形成の契機
3.1 環境適合のための経営課題の発見と解決
3.1.1 はじめに
3.1.2 先行研究と問題の所在
3.1.3 研究の方法
3.1.3.1
経営者の課題発見と解決に見る組織能力
3.1.3.2
経営革新実践事例企業の分析
3.2 経営課題発見を促す経営者の「気づき」の認知マネジメント行動
3.2.1 調査対象の選定
3.2.2 経営課題発見時と解決時の経営者の言動分析
3.2.2.1 経営の言動分析の方法
3.2.2.2 カルロス・ゴーンの言動,時系列分析
3.2.2.3 カルロス・ゴーンの言動分析の視点の統一
3.2.3 「気づき」の認知マネジメント行動の抽出
3.2.4 「気づき」の認知マネジメント行動の検証
3.3 経営課題発見と解決を連動させる『「気づき」の認知サイクル』モデル
3.3.1 高業績企業の選定と業績
3.3.2 事例企業における経営課題の発見と解決
(1)もしもしホットラインの事例
(2)コメリの事例
(3)ユーエスエスの事例
(4)西松屋チェーンの事例
(5)日信工業の事例
3.3.3 『「気づき」の認知サイクル』モデル
3.3.4 『「気づき」の認知サイクル』における経営者の役割
3.4 『「気づき」の認知サイクル』と認知マネジメン行動
3.4.1 経営者の「気づき」の認知マネジメント行動
14
14
14
15
16
16
16
17
17
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19
19
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25
26
26
27
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29
29
30
33
34
34
ⅰ
3.4.2 『「気づき」の認知サイクル』と「気づき」の
認知マネジメント行動の対応
3.5 まとめ
35
37
第4章 組織能力の形成・蓄積・発揮
4.1
品質経営企業にみる組織能力の形成に関する事例分析
4.1.1
はじめに
4.1.2
背景と目的
4.1.3
品質経営実践企業の選定
4.1.3.1
日本の品質経営実践企業と業績
4.1.3.2
日本の品質経営実践企業の選定
4.2 品質経営を支えるクオリティ教育の分析
4.2.1 品質経営実践企業のクオリティ教育の特質
4.2.1.1 トヨタ自動車のクオリティ教育
(1)歴史的変遷
(2)SQC教育
4.2.1.2 パナソニック(松下電器)のクオリティ教育
4.2.1.3 デンソーのクオリティ教育
4.2.1.4 コニカミノルタのクオリティ教育
4.2.1.5 NECのクオリティ教育
4.2.1.6 コマツのクオリティ教育
4.2.1.7 サンデンのクオリティ教育
4.2.2 経営革新との関わりで見た各世代クオリティ教育の特質
4.2.2.1 第一世代のクオリティ教育
4.2.2.2 第ニ世代のクオリティ教育
4.2.2.3 第三世代のクオリティ教育
4.2.2.4 リーディング企業の経営課題と第三世代のクオリティ教育
4.3 経営革新を実現する組織能力の形成・蓄積・発揮の要因
4.3.1
組織能力の形成・蓄積・発揮の分析の視点
4.3.2 各社の経営革新と組織能力の形成・蓄積・発揮の特質
4.3.2.1 トヨタ自動車の経営革新と組織能力の特質
4.3.2.2 パナソニックの経営革新と組織能力の特質
4.3.2.3 コニカミノルタの経営革新と組織能力の特質
4.3.2.4 コマツの経営革新と組織能力の特質
4.3.3 組織能力の形成・蓄積・発揮の特質
(1)経営革新における「経営課題の特定」
(2)課題解決に見る「組織能力の形成」
(3)課題解決に見る「組織能力の蓄積」
(4)課題解決に見る「組織能力の発揮」
(5)経営課題の特定と組織能力の形成・蓄積・発揮の意味
4.3.4 経営革新の課題の発見・解決の能力発現
(1)課題の発見・解決と経営者および組織成員の行動
(2)課題の認知と課題の解決
4.4 考察とまとめ
38
38
38
38
39
39
40
41
41
41
41
43
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49
50
51
52
52
53
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56
56
57
57
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61
63
65
65
65
66
66
68
70
70
71
72
第5章 結論と今後の展望
5.1
本論文のまとめ
5.2
今後の展望
参考文献
付属資料
謝辞 74
74
75
77
82
94
第 1 章 序論
本章では、研究の背景、目的、方法、論文の構成について、経営革新を経営課題の発見
と解決のプロセスから明らかにするために、経営革新をどのように捉え、経営システムモ
デルとの関係で、組織能力をいかに導くのかについての研究方略を記述する。
1.1 研究の背景
技術革新やIT化の進展および企業活動の急速なグローバリゼーションの進展する中、
企業の置かれた経営環境は歴史的に経験したことのない程に激しく変化している。経営の
複雑化と経営環境の変化のスピードが増すにつれ、企業活動もまた迅速で、かつ戦略的な
意思決定を求められると共に、迅速な環境適応行動が不可欠となっている。即ち、企業が
提供する製品、サービスや価値そのものだけではなく、それを生み出す価値創造プロセス
全般にわたり、常態的に変革と見直しの対象となっている。さらに、バリューチェーンの
どこに自社の強みを発揮し、他社との差別化と競争優位性を確保するのか、どのようなビ
ジネスパートナーとどのようなコラボレーションや戦略的アライアンスを組み、いかなる
企業とM&Aを果たすのかなど、ダイナミックな企業戦略の展開と企業革新の継続的推進
など、絶え間ない経営革新が昨今の企業経営に強く求められている。
戦後の日本の成長を支えてきた製造業では、1990 年代のバブル崩壊後円高基調と海外中
進諸国(特に中国、ベトナム、インド、東欧諸国)の労務費格差を背景に、主力生産拠点
の海外シフトと技術移転を加速させ、国内マザー工場部門、本社部門、開発部門等の付加
価値実現力の追求が行われた。こうしたリーディング企業の経営革新を経営学の立場から、
組織能力に着目した藤本(1997)は、静態的能力、改善能力、進化能力を定義し、経営革
新を図る上で創発プロセスの重要性と動態的能力の獲得の重要性を指摘した。さらに昨今、
企業経営に重大な影響を与えた、枚挙にいとまの無い組織事故(東電福島第一原発、新生
日本航空の頻発トラブル、みずほ銀行システムトラブル、JR西日本脱線事故など)コン
プライアンスの欠如やリスク管理(雪印食中毒、ミートホープ食肉偽装、不二家不正表示
など)から、経営に影響を与える組織能力に対する関心が高まっている。
企業の経営環境は、W.Warner.Burke(2000)が指摘するように、企業経営に生じる変
化の特性が、旧来の直線的で漸進的なものから、変化の与える影響が、急速で、断続的、
加速度的なものとなり、俊敏に変革を実現し得る組織のあり方を明確にすることが企業の
経営に求められている。環境変化の激しい経営下にあって、持続的成長を追求する企業に
とって、経営革新こそが企業の存続を左右する条件の一つと言っても過言ではない。その
ためには、経営革新の原理とプロセスをより明示化し、実践的で、経営の具体的革新を推
進する上で有益な、適用可能性の高い組織能力の解明が急がれている。
1
1.2 研究の目的
経営革新については、経営戦略論の立場から M.Porter(1980)による競争優位の戦略
の 指 摘 、 Barney(1990)に よ る 競 争 優 位 は 内 部 資 源 の 卓 越 性 に よ る と の 指 摘 、 Mintzberg
(1994)による戦略の創発が変革をもたらすとの指摘、Hamel と Prahalad(1990)によ
る競争力を組織的に構築するコア・コンピタンスの指摘など、経営学の視点から多くの研
究がなされてきた。しかしながら、経営革新を企図する組織が、動態化する経営環境下で、
経営革新の契機をどのようにマネジメントするのか、あるいは、経営革新を成立させる能
力をどのように育み、経営成果に連動させることが出来るのかについては必ずしも明確で
はない。
本論文は、経営革新を、経営戦略の妥当性や、経営革新を概念的に理解するのではなく、
経営革新を追求する組織において、有効に経営管理に活用できる、実践的な組織能力の知
見を明らかにし、企業が持続的発展を図るための具体的方策を考え得る要因を分析し、そ
の枠組みを明確にすることにある。そのため本研究では、経営をシステムとして捉え、そ
のシステムの中で支配的な経営のプロセスとそのプロセスに影響を与える要素を抽出し、
実践的に経営管理に具体的な方策を与えることを目指す。
このようなシステム指向のアプローチとしては、デミング賞審査基準モデル、マルコム・
ボルドリッジ国家品質賞審査基準モデル、日本経営品質賞審査基準モデル、ISO900
0審査基準モデルおよび経営システムの長田モデル(長田、2001)[35]などが知られて
いる。本研究では、この中で特に、経営管理指標と経営システム要素との連結性の高い経
営システムモデルとして知られる、長田モデルに着目し、中でも「経営プロセスの変革因
子」の中のストック型リソースの解明を、組織能力の視点で検討する。ストック型リソー
スとしては、組織リソース、人的リソース、ビジネスパートナーリソース、技術リソース、
知的リソース、関係性リソースが知られているが、本研究では、経営革新を人と組織の両
面から捉えるために、組織リソースと人的リソースについて検討する。特に、経営革新を、
戦略的経営課題の解決に直接影響を与える経営システム要素を明らかにする視点から、経
営革新を実現する組織能力の解明を目指す。
1.3 研究の方法
1.3.1 研究の視点と仮説
1.2 で述べた通り、本研究では経営革新と経営成果との連結性を重視し、かつ具体的な
経営革新に実践的につながる知見を得る観点から、経営をシステムとして捉え、その中で
生じるストック型リソースの経営革新時のプロセスの変化に着目した。特に、経営革新を
果すことは、即ち、企業が直面する戦略的経営課題の発見と解決を果すことではないかと
捉えている。換言すると、経営革新とは、戦略的な経営課題の発見と解決を通して、新し
い価値創造を果たすことではないかと考えている。これが第一の仮説である。
(仮説 1.1 と
呼称する)
2
一方、企業組織にとっての組織変革の重要性は、近年、多くの議論がなされてきている。
それらの議論は、その着眼点に注目することによって以下のように、いくつかに分類し、
整理することができる。
その第一は変革の契機(計画性)に着眼したもので、例えば Baron と Greenberg( 1990)
[3]である。すなわち、組織の変革が計画的になされるか、否かである。さらに計画的変革
であるか、非計画的変革であるかを問わず、その変革の主たる契機が組織外要因(新技術の
導入、情報ツールの活用、法規定の変更、競争発生など)に起因するものと、組織内要因(製
品サービスの変更、管理システムの変更、業績低迷など)に起因するものとに分けることが
できる。
その第二は変革の進行(推進)プロセスに着眼したものである。Lewin (1951) [12]が提
案した個人の態度変容の段階(解凍、変容、および再結氷)に注目した議論や、変革に対
する組織成員の心理的反応の4段階(拒否、怒り、嘆き、適応)に関する議論 (Jick,1993)
を含めて、リーダーの効果的な働きかけに関して議論した研究はかなりの数に上がる
(Nadler et al., 1995 など)。
その第三は、組織変革の対象に着眼している。変革するとして、何を変革するのかにつ
いての議論である。古川 (1990) [8]は組織の持つハード構造(事業構造、業務システム、
組織編成原理、各種の規定や制度など)、セミハード構造(前例や慣行、申し合わせなど)、
およびソフト構造(成員の価値観、原因帰属スタイル、部署の風土など)の3種類の構造
を変革の対象として挙げている。Baron と Greenberg (1990)は組織構造、業務遂行のため
のテクノロジー、および組織成員の 3 つを挙げている。そして Beer et al. (1990)は“人”
の変革と“役割”の変革を峻別することの意義と効果性について述べている。
このようにこれまで多くなされてきた組織変革に関わる議論は、変革の契機、プロセス、
および対象について注目することで基本的な整理ができるが、さらに加えて指摘できるこ
とがある。それは、これらの議論のほとんどが、組織や経営トップの視点からのものであ
ったということである。変革の必要性の認知から始まって、変革の導入、推進、および定
着にしても、基本的には組織(経営トップ)の強い働きかけ(リーダーシップ)によって
なされるべきことが説かれていた。
しかし、現実には、リーダー(経営トップ)の強力な働きかけがあったとしても、一般
成員がそれに呼応し、変革の必要性を理解し、主体的に取組まなければ、期待する成果は
得られないことは指摘するまでもない。
一般成員の視点に立つ変革の議論は皆無ではない。即ち、変革に対する成員個人レベル
および組織レベルの心理的抵抗(Nadler, 1987; Katz & Kahn, 1978; Furukawa, 1997 )の
解消は不可欠との報告や、Wanberg と Joseph (2000)および作田、梶谷と古川(2001) [47]
の組織変革の受容の研究は、重要な知見となる。
さらに加えるに、経営革新を完遂するプロセスでは、成員の課題へのより高い関与が不
可欠であり、そうした視点の検討が欠かせない。
3
本論文は、組織能力の解明に当り、組織能力の形成の契機、さらに、その組織能力の形
成・蓄積・発揮について、経営革新における重要な戦略的な経営課題の発見と解決に着目
して、経営トップの関与のみならず、組織成員の関与にも焦点を当てて検討する。
即ち、経営革新は、経営者の関与のみならず、組織成員の関与のもと、連動して経営革
新を促す、組織能力が存在するのではないかとの、第二の仮説に基づいている。
(仮説 1.2
と呼称する)
さらに、本論文では、組織能力は、経営の主体者である「人」を起点として形成される
ことから、時間軸の中で、どのように変化を促すのかについて、可能な限りの時間的推移
の中で生じる変化を検討する。即ち、経営革新を促す組織能力は、一朝一夕には成らず、
経営環境が変化する中にあっても、戦略的積み重ねを経て、形成出来るものではないかと
の第三の仮説を有している。(仮説 1.3 と呼称する)
1.3.2 具体的な研究方法
本研究は経営革新について、経営革新を果した企業の経営課題の発見と解決の事例調査
により組織能力を明らかにする。
第一に、組織能力の形成プロセスにおける変革因子の抽出を、経営革新に直結した経営
課題解決との関係の中で検討する。そのために、経営革新を果たし、その結果高業績を実
現した企業に着目し、当該企業における、経営者による経営課題の発見と解決のプロセス
を解析し、経営課題発見の契機となる組織能力について検討する。
第二に、経営課題を解決に導く、組織能力の形成・蓄積と発揮を明らかにするため、経
営革新の実態を、日本のものづくりの革新発展に大きく貢献した品質経営にフォーカスし、
品質経営における革新、即ち、品質革新を果たした企業における組織能力の特質について
検討する。特に、ここでは品質経営のベースとなる人的能力に着目し、そこで実行されて
いるクオリティ教育と経営革新の関係を、企業経営の時間軸に沿って長時間にわたる変化
を調査し、どのようにして組織能力を形成・蓄積し、経営課題の解決に向けてその能力を
発揮しているのかについて、その特質を分析、検討する。なお、本論文では品質を広義に
とらえ、ものやサービスに直接的に付帯する品質に留まらず、経営システム、経営プロセ
ス、経営システム要素、経営によって生み出される価値創造等、経営活動全般にわたる広
義の品質を対象とする。
第三に、経営革新を促す、経営課題の発見と解決に結びつく、組織能力を戦略的に形成・
蓄積・発揮する上で留意すべき事柄について、組織における学習の視点から、クオリティ
教育の事例分析を参考に検討する。
4
1.4 論文の構成
本論文は、次の5章からなる。
第1章では、研究の背景、目的、方法、論文の構成について、経営革新を経営課題の発
見と解決のプロセスから明らかにするために、経営システムモデルから、組織能力をいか
に導くかについての研究方略を記述する。
第2章では、第3章の組織能力の形成の契機、第4章の組織能力の形成・蓄積と発揮に
関係する関連研究を取り上げ、本研究との関係を記述する。
第3章では、経営革新を企図する組織が、動態化する経営環境下で、経営革新の契機を
どのようにマネジメントするのかについて検討する。そのために、経営革新を担う経営者
がどのように経営課題を発見し、解決に導くのかを認知心理学の視点を導入し、特に、経
営者の経営革新への「気づき」に着目し、経営者の認知と行動が経営課題の発見と組織と
しての課題解決の両面で、どのように行われるのかを事例調査とその分析を行い、そのメ
カニズムを検討する。
対象とする経営者は、東証一部上場企業約 1600 社を中心に日本企業の中から、経営革
新を果たし、高業績を実現した企業経営者 30 名を調査・分析し、経営革新時のマネジメ
ント行動の特徴を抽出する。さらにその結果を、他の高業績でかつ経営革新を果たした他
の企業でも成立するのか検証する。
第4章では、経営革新を企図する組織が、経営革新を実現可能にする組織能力の形成・
蓄積・発揮をどのように、時間軸に沿ってマネジメントするのかについて検討する。その
ために、日本のものづくりの発展に大きく貢献した、品質経営による革新、即ち、品質革
新を果たした企業の組織能力の特質について検討する。
本論文では、日本を代表する製造業に実施した、品質経営度の調査(日本経済新聞社と
日本科学技術連盟の共同調査。本論文では 2004 年、2005 年の調査結果を活用)結果を参
考に、品質経営に取組むリーディング企業7社を選定し、当該企業の戦後 60 余年にわた
る品質革新の推移、各社の主要な経営課題とクオリティ教育の実施内容、実施方法とその
効果を分析し、課題解決能力をどのように涵養したのかについて分析する。さらに4社を
詳細に分析し、環境変化に伴い経営課題がどのように特定され、課題解決のための組織能
力をどのように形成し、一度獲得した組織能力をどのように保持・蓄積し、さらに課題解
決に向け、効果的な能力の発揮に結びつけることができるのかについて、その重要なマネ
ジメント上の特質を明らかにする。
さらに、経営革新を実現する組織能力を、どのように戦略的に継続的に涵養することが
出来るのかについて検討し、今後の組織能力のマネジメントのあり方を明らかにする。
第5章では、第4章までの分析と考察を元に、経営革新を実現する組織能力についてそ
の定義と実践経営への適用上の課題について総括する。
5
第 2 章 関連研究
本章では、第3章の組織能力の形成の契機、第4章の組織能力の形成・蓄積と発揮に関
係する関連研究を取り上げ、本研究との関係を述べる。
2.1 組織能力に関する研究
2.1.1 組織心理学と行動科学からの視点
企業の経営革新に明暗をもたらす企業活動の本質とその経営を成立させる組織の質的要
因を人的組織的能力に求め、それを追及する研究が様々に取組まれてきた。
経営革新の源泉を個人や組織の変革・変容として捉える研究としては、歴史的には組織
心理学や行動科学に遡る。Lewin(1951) は行動科学の視点から、組織の変容の源泉を個人
の態度変容 進行プロセ ス(解凍、 変容、再凍 結)が重要 であるとし た。一方、 Beckhard
と Harris(1951) 等は、自己が所属する組織への洞察と他の組織への洞察を深めることに
より、計画的変革を喚起する経営革新を進める上での実践的な組織開発が重要であること
を説いた。組織開発を組織能力の強化と考える立場から、木下(1971)は企業への適用上の
方策を示し、俵(1971)は外資系企業での組織全体に及ぶ組織能力の変革の事例を報告して
いる。さらに Jick(1993)は、組織変革時における変革への心理的プロセスが変革に影響を
及ぼすことを示した。また、経営革新の契機、および計画性に関する研究として、Baron と
Greenberg(1990)が知られているが、従来研究されてきた組織心理学や行動科学からの議
論では、個別企業にとっての経営革新の契機の認知の形成が必ずしも明確ではない。
さらに、これらのいずれの研究も、組織革新がなぜ経営成果を伴った経営革新と成り得
るのか、また、戦略的なスピード経営を果たす上で今日的な動態的な経営環境変化との関
係性の追及が必ずしも明確ではなく、組織成員のミクロの行動変容と、マクロな企業組織
の経営革新を明確に統合した研究は十分ではない。とりわけ、本研究が目指す経営革新を
実現する経営課題の明確化に始まり、それを業績を伴った経営革新の変革行動に結実させ
るための組織心理学や行動科学からの組織能力の解明は十分ではない。
2.1.2 経営資源論からの視点
組織能力への着目は、経営学における経営革新と経営戦略論の研究からももたらされて
いる。その歴史的推移を概観すると、Ansoff(1965)は経営革新における、事前分析と事前
計画の重要性を示唆したのに対し、M.Porter(1980)は、事業の経済的パフォーマンスは
事業が存在する業界構造により決定されるとの知見を示した。一方、これに対し
Barney(1991) は業界構造よりも、個別事業、個別企業に特殊な経営資源がより経営革新
に大きな影響力を持つとした。また Hamel と Prahalad(1990)は、競争力を組織的に構
築するコア・コンピタンスにより経営革新が推進されるとした。さらに Mintzberg(1994)
は不確実性、偶然性の介在により経営資源の分配がなされ、そのときに創発戦略が変革に
与える影響の重要性を示した。このような経営資源のあり方に関する一連の研究は、経営
6
戦略と企業の最終的な経営成果とのマクロな関係の解明に主眼が注がれ、経営革新を促す
トリガーとなる組織能力をいかに形成し、活用すべきかについての実践的な方策までは必
ずしも明確に与えていない。
ストック型リソースとしての経営資源の形成と組織能力の関係を扱った研究としては、
日本の製造業のリーディング企業であるトヨタ自動車をモデルとした、藤本(1997) [81]に
よる組織能力の研究が報告されている。藤本は、組織の持つ動態的な企業活動に着目し、
特に、開発・生産ルーチンの持つ高密度かつ高精度な情報処理・創造システムとしての側
面を静態的能力とし、ルーチンの中でも繰り返し性の高い問題解決サイクルの迅速な組織
学習メカニズムとしての側面を改善能力とした。さらに、繰り返し性の低い多分に歴史的
一回性に支配される創発プロセスに基づく、能力構築能力を進化能力と定義し、企業の競
争優位性を生み出す組織能力の進化モデルを提示した。これにより、開発・生産活動の中
の情報創造・情報処理システムとしての組織能力の特性を明らかにした。しかしながら、
経営革新を促す組織能力そのものの形成の契機や経営成果との直接的な連結性に関するメ
カニズムについては必ずしも解明されたとは言えず、本報が解明を目指す経営成果に結び
つく、経営革新を促す組織能力の解明は残された課題となっている。
2.1.3 経営管理とシステムズアプローチの視点
一方、経営管理活動をシステムズアプローチにより、経営プロセスの定量的管理を指向
し、経営活動そのものをプロセスの量的、質的な活動として、科学的管理の対象として扱
ってきたのは、品質管理の研究分野であった。組織能力への言及は、木暮(1988)による、
日本のTQC(Total Quality Control)を総括する報告の中で行われ、組織能力なる概念の
萌芽が見られた。そこでは、方針管理による経営管理を進める上で、管理のPDCAサイ
クルを展開することの重要性が指摘され、C(チェック)段階における、管理のツールと
しての「管理項目」の重要性が触れられている。その中で、人の管理能力を成立させるも
のとして、質的能力(capability)、量的能力(capacity)、経験(experience)、信頼性(reliability)
などの評価が重要であると指摘している。組織の保有する質的能力を、組織管理の源泉と
して特定しようとする初期の取組みと理解することができる。ただし、この時点では、組
織能力の構造的知見を得るには至っていない。
一方、品質管理の研究の視点から、経営プロセスに焦点を当て、システムズアプローチ
により、経営プロセスの変革そのものを分析しプロセスの変革因子を抽出し、体系化を試
みたものとして、長田(2004) [35]による経営システムモデルが知られている。詳細は 2.2
節で後述するが、原因系をドライバー(方向づけ因子)とイネーブラー(変革因子)に分
け、結果系をパフォーマンスとするものである。特にこのモデルでは、2.3.1.3 節で後述す
る戦略的方針管理(長田、1996)と組み合わせて活用することにより、原因系と結果系を連
動させることの出来るバックワードモデルとして知られている。複雑な経営を構造的に取
り扱う上で、説明力の高いモデルとなっている。さらに現在、要素間のダイナミックな連
7
結性を高める取組みが行われている。図 2.1 にそのシステム概要を示す。
■イネーブラー■
■ドライバー■
■パフォーマンス■
(変革因子)
(方向づけ因子)
労働量
(役務・工数)
原材料
( 結果系 )
設備
金
(資金)
フロー型リソース
ステークホルダー
経営理念
(企業理念)
商品/
サービスの
経営要素
経営プロセス(仕組み)
ビジョン
リーダーシップ゚
戦
Q、C
D
(D1・D2)
S、E
(広義の)バリューチェーン(機能)
直接:調達・商品開発・生産・営業・・
間接:人事管理・広報・R&D・情報管理・・
価値
の満足度
財務業績
商品/
サービス
の
価値
顧客
社会
(地域
地球)
B/S
P/L
C/S
①レベル
略
株主
技術力
ステークホルダー
との関係性
知識
情報
データ
ビジネス
パートナー
(能力)
人
組織
(能力
( 能力 )
モラール)
企業
情報
企業
ブランド
価値
/比率)
ビジネス
パートナー
I
ストック型リソース
従業員
アウトプット
(絶対値
アウトカム
②競争力
(ポジショニング・
ベンチマーキング)
③成長性
経営業績
カルチャー(組織風土)
ソフト基盤
チェック
アクション
出典:資料[35]
図 2.1
経営システムモデル
8
2.1.4 組織学習とシステムズアプローチの視点
組織心理学、行動科学、組織学習理論、システムズアプローチを複合的に組織革新に実
践的な立場から適用した研究として、P.Senge(1995)による学習する組織がある。P.Senge
は、変革を促す5つの組織能力要素を提示した。即ち、組織リーダーの自己研鑽に基づく
自己マスタリー、組織成員が将来に向けて形成する共有ビジョン、組織成員が心の中に持
つイメージや仮説としてのメンタルモデルの克服、組織の学習の基本単位としてのチーム
学習および戦略的な構想力そのものを高めてシステムで対象を捉えるシステム思考の5つ
の要素である。これにより、学習プロセスから見た組織能力の獲得のメカニズムの理解は
促進されたが、組織の学習が、個別企業の経営の優秀さをどのように確実にすることが出
来るかについての検討はされていない。即ち、経営革新を確実に遂行するために、経営革
新の契機をどのようにマネジメントし、経営の革新性をどう評価し、経営成果をどう高め
るのかについては明確化されていない。
さらに昨今、企業経営に重大な影響を与えた、枚挙にいとまの無い組織事故(東電福島
第一原発不正記録改竄(2002)、みずほ銀行システムトラブル(2002)、新生日本航空の頻発
トラブル(2005)、JR西日本脱線事故(2005)など)やリスク管理(雪印食中毒(2000)、三
菱自動車リコール隠し(2000)、パロマ事故隠し(2006)、不二家不正表示(2006)など)の不
備を組織の視点から研究したものとして、中西(2007)による組織学習論に基づく高信頼性
組織の組織能力の研究がなされているが、経営革新との関係は明確ではない。
上記の諸関連研究は、激変する経営環境の中で経営革新の源泉としての組織能力の重要
性をいづれも示唆している。それと同時に、経営革新のトリガーをいかに俊敏に経営の中
に取り込み、経営革新を経営成果と連結する戦略的な経営課題の発見と解決を促す組織能
力の明確化の重要性を示唆している。実践経営に、さらに適用可能性の高い組織能力の解
明が急がれている。
2.2 経営革新研究のシステムズアプローチ
経営革新研究のためのシステムズアプローチは、経営環境が激変する中、持続的企業成
長を実現する上で、品質経営の戦略的展開を図る上で、経営の自己評価を可能とする企業
経営に実践活用できる方略を研究する中から誕生した。
2.2.1 経営システムモデル
経営システムモデル(長田、2001) [35]では、企業の経営システムを、経営成果を代表す
るパフォーマンス(結果系)と、それを導く要因系に大別している。要因系については、
経営理念やビジョンといった企業の方向性を決めるドライバー(方向付け因子)と、バリ
ューチェーンを中心とした経営プロセスや、リソース、ソフト基盤など経営要素の特質を、
イネーブラー(変革因子)としている。
9
経営理念やビジョン、リーダーシップ、戦略により企業が目指す価値とリソース配分の
方向性が見定められ、投入されたリソースが経営プロセスを経て、企業活動の直接的成果
としての商品やサービスとして産出される。アウトプットは顧客など、ステークホルダー
の満足度などの評価、即ち「アウトカム」を介して経営成果に連動し、その経営成果の結
果そのものがさらに、ドライバーとイネーブラーにフィードバックされる自己革新型の経
営システムモデルとなっている。
2.2.2 経営プロセスの変革因子とストック型リソース
上述の経営システムモデルのイネーブラーは、経営の変革因子として重要な意味を持つ。
即ち、イネーブラーの構造化が、企業価値実現における経営システムの戦略的優位性や独
自性の源泉となる。とりわけ、ストック型リソースの戦略的要因は、リソースの特性を方
向付け、蓄積される組織能力の特性を左右することから、重要な意味を持つ。
ストック型リソースとしては、組織リソース、人的リソース、技術リソース、ビジネス・
パートナーリソース、知的資産、関係性リソースなどがあり、各リソースは、構造化され
た尺度を持った戦略要因として、特定されている。
組織リソースの中の「変革を起こす組織」
(長田、2001)
[35]について補足すれば、
「変
革を起こす 組織」とし ては、Barnard(1968)の組織の維 持性や、W.Trahant(2000)の構造
転換レベルに影響する因子および、P.Kotter(1999)の変革段階に見られる要因等の研究を
踏まえて組織リソースの要因が明らかにされている。
本論文では、上記の「変革を起こす組織」(長田、2001)の変革因子に加えて、経営革
新を、戦略的経営課題の解決に影響を与える経営システム要素の特性を明らかにする視点
から、組織リソースと人的リソースについて、後述する第3章および第4章において経営
革新を促す組織能力の解明を目指す。
10
2.3 経営革新のプロセス-経営課題解決の組織能力の視点から
本論文は、経営革新を促す組織能力を、経営革新のプロセスに生起する、経営課題の発
見と解決に着目し検討する。この分野の関連研究として、品質管理が永年取組んできた方
針管理の研究と、認知心理学が取組んできた人間の問題解決の研究を以下に述べる。
2.3.1 経営における課題発見と解決
経営管理に関する、経営課題の発見と解決への経営者の方針と組織の目標達成に向けた
取組は、方針管理として経験的、実践的に品質管理の分野で研究がなされてきた。以下に
概括する。
2.3.1.1 品質管理における方針管理への取組み
方針管理の我国での萌芽は、品質管理が導入・普及・推進された、1949 年頃に遡ると言
われる(赤尾 、1988)が、経営管理の方策として定形化するには、その後 20 余年を要し
た。1965 年頃、TQC(全社的品質管理)推進過程で、コマツの旗管理方式、トヨタ自動
車やブリジストンにおける独自の内部展開を経て、
「方針管理」と呼称され、実質的に展開
されはじめたのは、1968 年のブリジストンのデミング賞受賞からであると言われている。
その後、各社がそれをベストプラクティスとしてベンチマークを展開し、管理技術として
の精緻化が図られた。方針管理の代表的研究者としては、赤尾(1988)、朝香(1981)な
ど多くの品質管理の研究者と企業実務家が知られている。これらの実践的研究により、経
営課題の明確化、体系化、経営成果につながる方針と施策の連結性強化、管理項目研究な
どの取組みが行われた。
2.3.1.2 方針管理
方針管理とは、会社方針(経営理念、その他の経営方針)と、中・長期経営計画に準拠
して、年度経営計画を策定するに当り、経営目標達成のため、社長年度方針を制定し、こ
れを部門ごとの部門長方針に逐次展開し、実施計画に繋げ、各職位が挑戦目標とそれを達
成するための現状打破の方策を掲げ、全社的に全員参加を図りながら、業務プロセスの質
的向上と体質改善によって重点的にその目標追求を行うための一連の体系的活動をいう。
実践現場では、一般に、
「方針管理」と「日常管理」を区分し、
「方針管理」は、変革度、
難度の高い経営課題を取り上げ、
「日常管理」は、現有システムと管理の維持、改善を中心
としている。多くの場合、前者は経営幹部主導で課題解決に当たり、後者は第一線現場の
組織成員がその任に当たる。方針管理では、言わば、変革度の高い経営課題を扱うことに
なる。したがって、方針管理ではトップ主導の組織的取組みを重視し、管理のPDCAサ
イクルを管理のサイクルとして、定期的に回すことが重視される。
ただし、方針管理の実践が高い経営成果を約束するものではなく、組織的展開の方策の
中に、組織の課題解決能力を左右する要素が内在化されている。特に、形式的運営は、組
11
織成果を伴わないことが知られている。経営課題と経営革新との関係を考える上では、注
目すべきことと言える。
2.3.1.3 戦略的方針管理
さらに近年、経営戦略の立案プロセスにおいて事業戦略と一体になった経営課題形成の
重要性に着目した長田(1996)[34]による戦略的方針管理の研究が知られている。
戦略的方針管理では、経営をシステムズアプローチにより捉え、経営成果に直結する経
営戦略要素が持つ戦略要因を明らかにし、財務成果につながるバックワードモデルにより、
経営革新を促すことを意図した取組みである。この戦略的方針管理では、経営システム要
素間をダイナミックに連動連結させる知見の解明が更なる重要性を増している。
2.3.2 認知心理学における問題解決の研究
認知心理学における問題解決の研究は、経験に基づく認知システムの変化と知識の獲得
を主要課題として扱ってきた(波多野,1996)。行動主義が中心であった時期には、
「行動
が変化することが問題解決」であると定義されてきた。その行動変化を説明するものとし
て、古典的な条件づけやオペラント条件づけがその主流をなし、問題解決の心理的・内的
プロセスは科学的測定の対象となり得ないとされた(波多野,1996)。
しかしながら近年、自発的知覚や、特に、動機付け、問題解決、思索、外界の理解など
人間の内面で生起する情報処理プロセスや知識の形成、知識の獲得に関する認知科学の進
展とともに、認知心理学において当該分野の研究がなされるに至った。
問題解決に関する認知心理学的研究として、Newell と Simon(1972) [16]による情報処
理のモデルが知られている。それによると、問題解決とは、問題状況、問題の前提条件、
目標状態、問題の中間状態、状況に適用される操作(操作子)によって表現されるとした。
これは、問題解決の状態空間分析(海保、2005) [37]と呼ばれる。このモデルは、認知プロ
セスを言語により表現し、問題解決の過程を発話言語(プロトコルと呼称)により概括し、
定式化するもの。問題状況、目標状態およびそれを実行する手段が明確なものを良定義問
題と呼ぶが、経営課題のように複雑な要素から成るものは、不良定義問題と呼ばれ、アル
ゴ リ ズ ム の 複 雑 な 操 作 子 を 厳 密 に 扱 う に は 難 度 が 高 い 。 一 方 、 海 保 (2005) は 、
Johnson-Laird(1984)による、問題解決の推論過程におけるメンタルモデルを紹介してい
るが、本論文で検討する経営課題解決など複雑な認知の適用にはさらに厳密な観察が必要
である。一方、状態空間分析は分析の手ががりを言語としており、問題の状態定義を明確
にすることにより、実践的活用度を拡げることが出来るメリットを有する。
尚、本研究では、課題解決と問題解決を分けて用いる。課題解決は経営課題のように、
経営革新など経営資源を重点化して取組むことにより解決できる経営上の取組みを言い、
問題解決とは、維持・改善のために不具合状態を改善する取組みを言う。ただし、上述、
12
2.3.2 節に述べた、認知心理学における問題解決の研究と言う表現における、問題と言う表
現は、その研究分野における慣用的表現であるため、課題解決を対象とする場面において
も、問題と言う表現を用いた。可能な限り、誤解のないように以降記述を行う。
13
第 3 章 組織能力形成の契機
本章は、経営革新を企図する組織が、動態する経営環境下で、経営革新の契機をどのよ
うにマネジメントするのかについて検討する。そのために経営革新の契機として、経営者
がどのように経営課題を発見、認識し、課題解決に結びつけてゆくのかを、認知心理学の
視点を導入し、経営者の経営革新への「気づき」に着目し、事例調査と分析を行い、その
メカニズムを検討する。
3.1 環境適合のための経営課題の発見と解決
3.1.1 はじめに
経営管理における、人と組織に関する研究は、Weber、Barnard や Taylor の科学的管理
法の研究以来、経営管理の中心的命題の一つとして多くの研究が積み重ねられて来た(桑
田,1998)。近年では P.Senge(柴田,2004)の学習する組織の研究,古川(1990)によ
る組織変革プロセスの研究、David A.Nadler による変革の不連続に関する研究(斉藤,
1998),藤本(1997)による創発を伴う組織の変革能力の研究などが知られている。さら
に昨今、企業経営に重大な影響を与える組織事故やリスク管理の視点から、組織能力に対
する関心が高まっている(古田,2005)
(中西,2007)。しかしながら、経営革新を引き起
こすトリガーや、経営革新を経営成果に具体的に結びつける組織能力の形成過程の研究は、
今日的課題となっている。
本論文では、技術経営として経営管理に実践的に活用できる組織能力の知見を導きだす
ために、経営システムの長田モデル(長田,2001)の中の「経営プロセスの変革因子」
(イ
ネーブラー)に着目した。特に、組織に蓄積・強化される、ストック型リソースの視点か
ら、経営革新を起こす組織における経営課題の発見と解決のプロセスに影響を与える組織
能力について分析する。なお、本論文で用いる組織能力とは、組織として価値創造に向け
て、成員の熟達を介して発揮することのできる組織の持つ能力(capability)と定義する。
なお本論文の特徴の一つは、
「気づき」と言う人間の認知的活動を、経営革新の研究の中
に取り入れている所にある。
「気づき」そのものについては、歴史的に哲学や宗教学の重要
な体験的概念として取り扱われてきた。近代科学においては、その一番の近接領域の研究
の一つは、認知の事象を「地」と「図」として対象との関わり方を重視したゲシュタルト
心理学(海保、2005)を挙げることができる。一方、認知心理学においては、認知過程に
関わる意識について、意識には3つの働きがあるとしている。その第一は、覚醒(arousal
または vigilance)と呼ばれ、意識として目覚めている状態を言う。第二はアウェアネス
(awareness)と呼ばれ意識が特定の対象や事象に向かう意識であり、刺激選択性が観察
される状態を言う。第三は、自己意識(self-awareness)と呼ばれ、自分の意識の状態に
自分自身を含む状態の意識とされる。この意識の研究(安西、1996)[28]は、今なお研
究の途上にあるが、本論文では「気づき」を、第二のアウェアネス(awareness)と第三
の自己意識(self-awareness)の両者を含むものとして、
「気づき」の概念を用いる。さら
14
に、ゲシュタルト心理学で言う、対象に対する認知的意味と同等の言語として「気づき」
を用いるものとする。さらに本論文で「気づき」を取り扱うに当り、認知心理学の分析手
法に準拠して、
「気づき」を認知事象として記述的に特定し、その事象の変化を観察する手
法により研究を進める。
3.1.2 先行研究と問題の所在
経営管理における経営者の方針展開に関する研究は、赤尾(1988)、朝香(1981)等多
くの品質管理の研究者と企業実務家により方針管理の研究として歴史的に展開されてきた。
また近年では経営戦略の立案プロセスにおいて事業戦略と一体になった経営課題形成の重
要性を解明した長田(1996)による戦略的方針管理の研究等が知られている。これらはい
ずれも、企業の経営課題の発見と課題解決の方向性に重要な示唆を与えてきた。
しかしながら、方針管理の実践が高い経営成果を約束するものではなく、組織的展開の
方策の中に、組織の課題解決能力を左右する要素が内在化されている。特に、形式的運営
は、組織成果を伴わないことが知られている。経営課題と経営革新との関係を考える上で
は、効果性を発揮する上での組織リソースの要素を明確にすることが重要と言える。
一方、経営環境が激変する中で、経営革新を更に迅速・確実に遂行するための戦略経営
実践上の経営課題の形成やその妥当性、更には経営課題解決のベースとなる人や組織の行
動変容や組織内でのスキルおよび能力の蓄積・活用に関する視点からの組織能力に関する
研究は充分ではない。特に、経営課題の形成を取り扱うことは、即ち、人間の概念形成や
人間と環境との認知的関係性を問うことに他にらない。このためには認知心理学
(EysencK,1990)などの研究方法をとり入れた学際的な研究統合が望まれる研究領域の
一つと言える。本論文で取上げる経営課題の発見と解決の領域は、認知心理学では、Newell
と Simon(1972) 等が推進した問題解決の心理学の領域に対応する。この分野では 2.3.2 節
で触れた通り、良定義の問題の研究は進んでいるが、複雑な対象については研究途上にあ
る。そうした中で、Newell と Simon(1972) [15]等の研究は、言語解析を中心として、対
象の観察の確実さと容易さの点で認知行動を定量化する上では有益な分析方法を提示した。
一方、思考過程の心理研究の中で、副島(1973)は、図形の証明過程を検証し、その中
で Wertheimer の提唱になる「中心転換」と呼ぶ、視点の転換作用が、問題解決に影響を
与えると言う実験結果を報告している。さらにまた、人間の認知的情報処理の特性に関す
る研究から、人間の知覚的認知は意識を特定事項に「注意」を向けることによって、膨大
な情報の中から選択的な情報処理が可能となるとの Eysenck(1990)等の報告も知られてい
る。言うまでもなく、経営課題のような複雑な事象を厳密な認知プロセスから記述するこ
とは今日の認知心理学の知見を持っても必要かつ十分に記述することは難しい。
しかしながら、複雑な事象であっても、観察可能な状態を記述し、問題状況と目標状態
を抽出することは可能であることが Newell と Simon(1972)等の研究から知られている。
本論文は、その知見に依拠して認知行動を分析する。
15
本報では、第一に、経営者の経営革新への「気づき」に着目し、その認知と行動が経営
課題発見と課題解決の両面でどのように行なわれるかを分析する。次に経営者の「気づき」
の認知と行動が組織成員の課題解決行動とどのように結びつき組織成果に繋がるのかにつ
いて企業の事例を分析する。
即ち、第一の仮説として、経営革新を果たした企業の経営者は、経営課題の発見と解決
を成功に導く認知と行動を有している(仮説 3.1 とする)との仮説を持っている。
第二の仮説として、経営者と組織成員の間で「気づき」を連動させるプロセスが存在する
(仮説 3.2 とする)のではないかとの仮説を持っている。
なお本論文では、意識を向けている対象に対する認知の変化を自覚することを「気づき」
と呼んでいるが、その基本はゲシュタルト心理学(海保、1995)における、地と図の認知
転換の現象と同様の認知的事象として、本論文では「気づき」を扱っている。
3.1.3 研究の方法
本報では以下の二つの観点から組織能力を検討する。
3.1.3.1 経営者の課題の発見と解決に見る組織能力
第一に、経営者が経営革新を実現するために、どのようなプロセスを経て経営課題を発
見し、その課題解決を図るのかについて、経営革新を果たし、その結果高業績を達成した
経営者の言動からその行動特性を分析する(3.2.3 節および 3.2.3 節参照)。
研究対象の経営者の課題発見と解決に関する情報は、日科技連クオリティマネジメント
誌(2002~2007)[72]、同クオリティのひろば(2002~2007)[71]、山城経営研究所経営
者講演録(1999)[88]、JMAM人材教育誌(2000~2007)[73]およびインタビュー調査
から言動を分析し、抽出した組織能力要素を他の経営革新を果した高業績企業の経営者の
インタビューにより検証する。
3.1.3.2 経営革新実践事例企業の分析
次に高業績企業が経営課題をどのように発見し、課題解決を果たすのか、その組織能力
の特質を明らかにする。そのために、平成不況の中でも、年率平均 10%以上の売上高と経
常利益の伸び率を5期以上に亘り安定して上げた企業を選定し、高業績を可能とさせる価
値創造プロセスの有無および経営革新の有無を分析する。さらにそこでの経営課題の発見
と、環境変化をどのように組織の課題解決に結びつけているのかを詳細に検討する(3.3.2
節参照)。
16
3.2 経営課題発見を促す経営者の「気づき」の認知マネジメント行動
経営者が、自社の経営革新を実現するために、どのように経営課題を認識し、課題解決
に至ったかを以下の手順で検討した。
3.2.1 調査対象の選定
対象となる経営者を、東証一部上場企業 1581 社の中から以下の基準で調査した。
①バブル崩壊後の激変する環境下で、社長在任中に経営革新により業績を向上させた経営
者であること
②PR目的でないインタビュー調査ないし講演記録など自らの経営の取組みの推移に関す
る公開情報を持つ経営者であること
この結果表 3.1のように日産自動車カルロス・ゴーン、アサヒビール福地茂雄、NTT
ドコモ大星公二、小松製作所坂根正弘、日野自動車蛇川忠輝、シャープ町田勝彦、積水化
学工業大久保尚武氏等 30 名の経営者を選定し、分析の対象とした(表 3.1 参照)。
17
表3.1 調査経営者一覧
№
会社名
経営者名
主な経営革新
4 アサヒビール
福地茂雄
5 NTTドコモ
6 かごめ
7 ヤマト運輸
大星公二
業界再編の中での国際企業への
脱皮
グローバル企業戦略推進と現場
力再強化
グローバル生産革新
シェア転換とフレッシュマネジメン
ト
経営危機の乗り切り
伊藤正嗣
新創業による事業革新
有富慶二
追随他社とのCS体制差別化
8 日産
カルロス・ゴーン
経営危機からのV字回復
9 リコー
桜井正光
1 トヨタ自動車
張富士夫
2 トヨタ自動車
奥田碩
3 キャノン
御手洗冨士夫
10 信越化学
11 オリンパス
12 日本精工
金川千尋
13 小松製作所
坂根正弘
14 シマノ
15 YKK
島野容三
16 サンデン
牛久保雅美
17 富士ゼロックス
宮原明
18 富士ゼロックス
有馬利男
19 前田建設工業
前田又兵衛
20 シャープ
町田勝彦
21 日野自動車
蛇川忠輝
22 ジーシー
中尾眞
品質・環境戦略によるデジタル化
推進と8年連続増収増益
9期増益体制推進
菊川剛
中核事業強化と9期増益体制
朝香聖一
構造改革による競争力強化
間接部門効率化とダントツ商品
開発によるグレーターアジア戦略
品質管理,ブランド確立
吉田忠裕
資料
QM(2002)第53巻第1号.
* 人材(2007)第19巻第11号.
* QM(2005)第56巻第1号.
人材(2000)第12巻第9号.
* 人材(2002)第14巻第2号.
* Qひろば(2002)第10巻.
* Qひろば(2003)第12巻.
QM(2002)第53巻第5号.
QM(2002)第53巻第6号.
QM(2002)第53巻第7号.
調査(2003).
QM(2002)第53巻第10号.
調査(2004).
QM(2002)第53巻第11号.
QM(2003)第54巻第2号.
QM(2003)第54巻第6号.
QM(2003)第54巻第7号.
調査(2006).
QM(2003)第54巻第9号.
QM(2003)第54巻第11号.
* QM(2003)第54巻第3号.
* 調査(2006).
KAE(1999)第92号.
グローバル品質確保の精算革新
経営危機からワールドクラス品質
経営への転換
業界シェア奪回,閉塞打破
デジタルソリューション事業体制
QM(2004)第55巻第3号.
への転換
建設業での品質経営の追求
* QM(2004)第55巻第4号.
液晶を中心としたオンリーワン企
QM(2004)第55巻第5号.
業戦略と戦略事業転換
調査(2005).
QM(2006)第55巻第6号.
経営危機からの脱却とものづくり
* 人材(2006)第18巻第3号.
革新体制への転換
24 アドバンテスト
丸山利雄
25 THK
寺町彰博
26 東芝
27 ダイキン工業
西田厚聡
経営危機からの脱却とジーシー
流TQMへの挑戦
サービスビジネスの再構築とCS
の科学的追及と,自律的組織づく
り
差別化技術開発と優位性確立
独創的ものづくりと,顧客密着の
事業確立
事業再構築と戦略事業の革新
井上礼之
事業競争力強化
28 キャノン電子
酒巻久
事業再建と組織風土革新
29 セイコーエプソン
草間三郎
事業技術革新と品質経営追求
30 積水化学工業
大久保尚武
事業競争力強化
23 NECフィールディング 富田克一
調査(2006).
QM(2004)第55巻第12号.
調査(2005).
QM(2005)第56巻第4号.
QM(2006)第57巻第3号.
QM(2006)第57巻第8号.
調査(2006).
QM(2007)第58巻第4号.
* Qひろば(2003)第13巻.
Qひろば(2005)第34巻.
調査(2006).
Qひろば(2005)第35巻.
調査(2005).
Qひろば(2007)第49巻.
(注釈) QM:クオリティマネジメント誌(日科技連) Qひろば:クオリティのひろば誌(日科技連) 人材:人材教育誌(JMAM) KAE:KAE講演録(山城経営研究所) 調査:筆者インタビュー調査
表中*印は,報告時会長職。無印は社長職。
18
3.2.2 経営課題発見時と解決時の経営者の言動分析
次に、講演録や直接のインタビューおよび各種インタビュー記事から、経営者が経営課
題を発見する時の言動の特徴について、どのような状況で、何を目的に、何を重点に、
どのような制約下で経営課題を認識し、経営課題を解決に導いたのかについて時系列的
に以下の手順で分析を行った。
3.2.2.1 経営者の言動分析の方法
認知心理学の中で、人の問題解決や推論の研究を進めるに当たり、対象とする問題の構
造を明らかにする方法として、問題の状態とそれを支配する操作子を分析する、状態空間
分析(海保,2005)がある。本研究では、経営課題ごとに特定すべき操作子を規定するこ
とが困難なため、課題の分析方法として、状態記述を時系列に行うこととした。即ち、
経営者の言動の変化を、時間の経過とともに一つ一つ明確にし、観察された主要な言動を
時間軸に沿って順次整理した。
①経営課題に気づく前の言動、次に
②経営課題に気づいた後にとった言動、さらに
③経営課題を認知した後に、自分自身に向かう言動と、
④経営課題を認知した後に、組織の成員に向かう言動の分析を行った
同様に課題の解決プロセスにおける言動の変化を時系列的に分析した。
その分析結果(代表例)を表2に示す。その抽出プロセスは以下の手順による。
3.2.2.2 カルロス・ゴーンの言動,時系列分析
日産自動車カルロス・ゴーンを例に、時系列の分析結果を以下に概説する。
同氏は着任直後、社員との面談の中で社員の優秀さに気づくと同時に彼らの無力感、課題
優先度の不明確さ、スピードある課題解決がなされていないことにもいち早く気づいてい
る(3.2.2.1 上記①相当)。
その後、最初に取組んだ選抜スタッフによるリバイバルプランの策定に当たり、明快な
方針と目標を明示し(3.2.2.1 上記②相当)、自らそれにコミットすることを明言し(3.2.2.1
上記③相当)、
同時に組織成員にもコミットメントを求めた。さらに社内での自由豁達な発言や不確実
さを自覚することを促した。特に若手、ミドルに発言を促し、リバイバルプランの実行最
中には、課題の優先度を明らかにし、ヒエラルキーの排除を明言した(3.2.2.1 上記④相当)。
また、自ら第一線現場を頻繁に訪れ、変革の思想と方向性および現場の声を重視する姿
勢を示した(3.2.2.1 上記③相当)。
特に、顧客に向かって考え、スピードある一つ一つの対応を取ることを求めた(3.2.2.1
上記④相当)
19
3.2.2.3 カルロス・ゴーンの言動分析の視点の統一
上述、3.2.2.2 で時系列に沿って抽出された言動は、その言動の前後の状態を表現してい
るものと、場面の表面的記述に留まるものとが混在するため、さらに、一つ一つの言動を
状態として捉え直す作業を行った。カルロス・ゴーンの①経営課題に気づく前の言動を例
に説明する。本論文では、①経営課題に気づく前の言動として、以下を取上げた。
「同氏は着任直後、社員との面談の中で社員の優秀さに気づくと同時に彼らの無力感、
課題優先度の不明確さ、スピードある課題解決がなされていないことにもいち早く気づい
ている(3.2.2.1 上記①相当)。」
上記の内容から、さらに、2つの要素を抽出した。即ち、以下のA,Bの2項である。
A事項
同氏は着任直後、社員との面談の中で社員の優秀さに気づいたこと
B事項
彼らの無力感、課題優先度の不明確さ、スピードある課題解決がなされていない
ことにもいち早く気づいたこと
さらに、以下5点の特徴を抽出した。即ち、
ⅰ.A事項、B事項ともに面談の場面がきっかけであったこと
ⅱ.A事項、B事項ともに相手の情報・状態・言動を受け止めることによって起
こっていること
ⅲ.A事項、B事項ともにゴーンの中に変化を生じさせたこと
ⅳ.A事項では、社員がゴーンが優秀と思う言動を示していたこと
Ⅴ.B事項では、経営にとって重要とゴーンが思う言動を示していなかったこと
(無力感でないこと、課題優先が明確なこと、課題はスピードをもって解決
されるべきであること
などが含意されていることが推測される)
上記、ⅰ~Ⅴ項目から、以下の言動を認知的態度表現として抽出した
1) 相手の話しをよく聴く(ⅰ~ⅲ項目から)
2) 相手の状況(変化)を受け止める(ⅰ~ⅲ項目から)
3) 経営の原則(または経験的原則)を持っている(Ⅳ~Ⅴ項目から)
これらを、認知マネジメント行動の小項目として分析視点を統一した。同様に、すべての
認知行動を視点を統一して集約した結果が、表 3.2 に示されている。
20
表3.2 経営課題の発見時と解決時のプロセスに見られる経営者の言動分析
(一部抜粋)
経営者名
主な革新事象
経営課題の発見プロセスでの認知行動
経営課題の解決プロセスでの認知行動
課題認知時点での 認知の進行状況下 認知後に自己に向 認知後に組織に向 課題認知時点での 認知の進行状況下 認知後に自己に向 認知後に組織に向
本人の認知と言動 の言動
かう言動
かう言動
本人の認知と言動 の言動
かう言動
かう言動
日産
99/6 COO就任 相手の話しをよく聴
カルロスゴー
危機感を持って経 自からコミットメント 成員一人一人にコ 自分の問題として 課題の優先順位を 決めたことは朝令 一つ一つ具体策を
01/6からCEO く,状況を受止める
ン
営に臨む
を明らかにする
ミットメントを求める 取組む
決める
暮改しない
見出させる
V字回復達成
経営の原則を持つ
社員の発言を良く 組織の成果・結果・ 社内で確立した意
ヒエラルキーから
リバイバルプラン 既成概念捨て社員
相手の状況を受止
組織の中に考え方 ヒエラルキーから
聴く/モチベーショ 考えをフィードバッ 見に反対しても良
解放された場と体
明示し変革実践 の声に耳を傾ける
める
を伝播させる
解放し,考えさせる
ンに注意する
クする
い
制を作る
現場で第一線の人 現場の人間が会社
クロスファンクショ 現場そのものや現
から話しを聞く/現 の実態を反映して 現場の提案をアク 社内の価値基準を 課題同士,組織同 別の視点から関係
ンによる組織力の 場の意見を重視す
場と接点を持つ/ いる/唯一現実の ションに繋げる
理解する
士をリンクさせる 性を見つめる
発揮
る
現場に足を運ぶ 姿を把握する
お客様,ステークホ
ルダーにとって何
が一番良いのか考
えさせる
スピードのある意
意思決定の迅速 常に変化する環境 様々な立場から意 新しい状況変化を 不確定要素を自覚 環境変化を自覚す 迅速に軌道修正す 具体的行動を重視
思決定プロセスを
化
に適応する
見を聴く
受け止める
させる
る
る
しモニターする
持つ
アサヒビール
福地茂雄
フレッシュマネジメ
スピードある経営
ントで逆転シェア
判断をする
の強化
品質第一,かつス 個人の参画と尊重
市場に対応した管 成功・失敗を徹底し
状況に応じた決定 出来ない時は無理
ピードある意思決 を進める/他者よ
現場を重視する
理スピードにする て分析させる
をする
をしない
定を行う
りも早く行動する
違う取組み,他社
前提そのものに疑 自から変化に対応 新しい状況を受け
やるべき課題を明 専門知識を活用す
との関わりに関心
専門性を高める
共通の道具を持つ
問を持つ
する
止める
確にする
る
を持たせる
ミッションを明確に 変えるもと変えざる
究極の姿を描く
する
ものを見極める
置かれた状況を理 実現する価値を明
個人を尊重する
解させる
確にする
目標を見定める
組織の強みを強化
する
キャノン電子
酒巻久
トップのビジョンを 顧客の立場から考 変化わ受け止めさ
赤字事業の事業
先見性,速さ,タイ 必要なものに資源 知らないことに挑
現実を直視する/
示す/視点を変え える/企業価値を せる/多様性を尊
再建と組織風土
ミングを重視する を集中する
戦する
変化を受けいれる
追及する
重する
て見直す
の革新
自分の問題として トータルの視点で
取組む
考える
現場、顧客のファク 自分の置かれた状
即日行動に移す
ト情報を重視する 況を理解させる
プロセスを自分で
考えさせる
最適なタイミングで 迅速に意思決定す 成果を自分で評価
開始する
いる
させる
成員のモチベー
自分の誇れるもの
成員間の協力関係 組織の強みを強化
ションを高めること
を持たせる
を良くする
する
を考える
セイコーエプ
ソン
草間三郎
実現する価値/や
プリンター事業の 自分の置かれた状 突き詰めて考える
批判的に対象を見 究極の組織の姿を
失敗を徹底して分 エンパワーメントを
るべき課題を明確
技術革新と品質 況を理解する/俯 /変化を受け止め
析させる
実践する
る/自己像を描く 描く
にする
る
瞰して考える
経営の追求
具体的目標を設定
経営的視点と現場
した教育を行う/
事業をデータに基
新しい関係性を見
人材育成を考える
現場を重視する
レベルの視点を持
組織の強みを活か
づき評価する
出す
たせる
す
21
可能性を徹底して
追求する
目標,マイルストン
を描く/関連組織
の実践力を高める
3.2.3 「気づき」の認知マネジメント行動の抽出
本報では、意識を向けている対象に対する認知の変化を自覚することを「気づき」と呼
び、「気づき」に基づく経営者の言動を、「気づき」の認知マネジメント行動と呼ぶ。前節
3.2.2 の分析により、経営者の経営課題発見時の「気づき」に関わる370件の言動と経営
課題解決推進に関わる312件の言動を抽出し、これらを以下の手順で体系化した。
①経営者の認知と言動を時系列に従い、分析した。その結果、認知として「気づく」以前
および、
「気づき」の進行状況下の言動を第Ⅰ群の言動とし、認知後に自己に向かう言動
を第Ⅱ群の言動、認知後に組織に向かう言動を第Ⅲ群の言動とした。
②上記Ⅰ~Ⅲ群に分類された各言動の要素に関し、言動の近接性および言動の意味を評価
し、Ⅰ群3項目、Ⅱ群6項目、Ⅲ群10項目を中項目として抽出した。
なお、ここで中項目の抽出とラベル付与に当たり、以下の知見を参考にした。認知心
理学では Eysenck(1990)の選択的注意の発揮と注意の容量、Freisman(1993)の注意の統
合、Newell(1972)の問題の定義を参考にした。また問題解決の心理学では副島(1973)
の視点の中心転換、安西(1985)の問題解決の心理学における問題解決の方略を参考にし
た。さらに産業・組織心理学では、桑田(1998)に紹介されている McClelland の達成動
機、Rogers の自己概念および Allport の自己受容を参考とした。加えて成人の学習理論
では、永井(2004)が成人の学習の特徴として集約した、省察的実践および状況的学習を
参考とした。
一例を述べると、Ⅰ群の中項目の「課題動機」は、内発的達成動機と選択的注意を背
景とするラベルとした。また「認知の転換」は中心転換、注意の統合、省察的実践を背
景とするラベルとした。さらに「認知の転換促進」は、自己概念、自己受容、省察的実
践を背景とするラベルとした。
③第Ⅲ群については、さらに組織成員の達成動機に働きかける動機づけ要素のⅢ群と、組
織成員の行動プロセスに働きかけるプロセス管理要素のⅣ群とに分離し、大項目とした。
その結果、
「気づき」の認知マネジメント行動を「気づきの認知転換」、
「気づきの認知態
度」、「気づきのモチベーション」および「気づきの推進マネジメント」として分類・定
義した。
結果を、表 3.3 に示す。
22
表3.3 「気づき」の認知マネジメント行動
大項目
中項目
気づきの認知
課題動機
転換
(Ⅰ群)
認知の転換
認知の転換促進
気づきの認知
自己対峙
態度
(Ⅱ群)
全体認知
不確実の自覚
本質追及
開かれた態度
リアリティの認知
気づきのモチ
成員モチベーション
ベーション
(Ⅲ群)
気づきの推進
課題認知
マネジメント
認知共有・連携
(Ⅳ群)
小項目
達成したい(することの)意義・意味・価値を求める
注意を働かせる
自分以外(顧客・取引先・協業者など)の立場から考え
る・意見交換する
一つ高い視点・別の関係性から見つめる
意見の違い・要望を理解する
反論を言う・率直に話し合う
否定せずに相手の話しを聴く
自分の問題として取組む
自分が置かれた状況を理解する
ものごとの全体像・背景・統合されたものを見極める
不確定要素への自覚がある
前提そのものへの疑問を持つ
突き詰めて考える・究極の姿をえがく
新しい状況,変化を受け止める
違う取組み,他者との関わりに関心を持つ
現場・顧客・実体験・ファクト情報を重視する
経営的視点と現場レベルの視点を持つ
モチベーションを高める・参画させる
課題発見 課題解決
プロセス プロセス
○
△
○
△
○
△
○
△
○
△
○
レ
○
レ
○
△
○
△
△
○
△
○
個人を尊重する
実現する価値/やるべき課題を明確にする
組織成果へのつながりを示す
ビジョン・課題認識を共有する
レ
○
組織の連携,連帯が取れる体制にする
道具性認知
共通の道具を持つ
具体的な目標を設定した教育をする
レ
○
専門知識を活用する(高める)
行動認知
迅速に行動し,修正確認する
ー
○
具体的行動を重視し目標を定め,モニターする
支援的リーダーシップ
一人で解決できない問題を支援し意思決定する
ー
○
組織資源が発揮できるよう組織の葛藤を取り除く
認知の柔軟性
出来ない時は無理をしない
ー
○
自発性指向
決意を持って挑戦する
レ
○
エンパワーメントを実践する
組織効力感
組織の強みを強化する
ー
○
この組織で達成できると思う
自己評価
自己評価しフィードバックする
ー
○
(注釈)○印:6割以上の経営者にみられる明確な傾向 △印:3割前後の傾向 レ印:1割前後の傾向 -印:観察されず
第Ⅰ群の「気づきの認知転換」とは課題そのものを自覚し、
「気づき」を生じる時点の言
動であり、そこでは課題そのものに注意を向ける「課題動機」と、新たな認知を直接得る
「認知の転換」および、率直な態度で他者に関わる「認知の転換促進」が、主に課題発見
時の言動として抽出された。
第Ⅱ群の「気づきの認知態度」とは、経営者が環境変化や経営課題に向き合う態度・姿
勢であり、自分の問題として対象に関わる「自己対峙」、全体状況を捉える「全体認知」、
事象を絶対視しない「不確実の自覚」、本質を求める「本質追求」、新しい状況を受け入れ
る「開かれた態度」、現場・現物を重視する「リアリティの認知」が、主に課題発見時に6
項目抽出された。
23
第Ⅲ群の「気づきのモチベーション」は、主に課題解決時に組織成員の達成動機を高め
る言動として抽出された。
第Ⅳ群の「気づきの推進マネジメント」は成員の「気づき」を促進する言動として、主
に課題解決時に9項目抽出された。すなわち、成員に課題が何かを認知させる「課題認知」、
成員の認知を整合させ、連携させる「認知共有・連携」、成員の熟達を支援する「道具性認
知」、成員の実践行動を重視する「行動認知」、成員の自発的問題解決を促す「支援的リー
ダーシップ」、成員が課題解決に柔軟に臨むことを促す「認知の柔軟性」、成員の主体的行
動を重視する「自発性指向」、組織の強みを活かし課題解決に向かう「組織効力感」、自律
的フィードバックを促す「自己評価」が主に、課題解決時に成員の「気づき」を促し、連
携させる経営者の認知マネジメント行動として抽出された。
3.2.4 「気づき」の認知マネジメント行動の検証
3.2.3 節の「気づき」の認知マネジメント行動の抽出項目の妥当性を、高業績コニカミノ
ルタオプト社のトップインタビュー(東京都地域産業振興協会,2008)[65]で 検証した。
同社は技術革新の激しい高機能光学デバイス事業のメーカーで、非球面デバイスで世界
シェア6割以上を維持しつづけ、特定波長DVDデバイスの先進的技術開発を実現してい
る。同社の売上高、経常利益共に過去5年間25%以上を実現している。同社を検証企業
とした理由は、同社が高業績であるだけでなく先端情報産業の中で、激変する市場で熾烈
な技術開発、市場争奪競争のもと絶え間ない経営革新を果たしていることによる。
同社の経営トップは創業以来、常に先行技術開発を志向し、市場での影響力の強い顧客
企業の動向に経営者および技術者とも細心の注意を払い、技術者を市場に送り出し顧客ニ
ーズの把握を怠らない(Ⅰ、Ⅱ群)。顧客との密接な交流の中で課題を発見し(Ⅰ、Ⅱ群)、
柔軟な経営戦略会議や先行技術開発を通じて課題解決を行っている(Ⅲ、Ⅳ群)。頻繁に開
催される朝会では現場・現物の議論と対話が重視される(Ⅱ、Ⅲ群)。事業戦略もフレキシ
ブルに見直され、重点課題の進捗・変更は組織成員に徹底され、人材育成に高い関心と配
慮を展開している(Ⅲ、Ⅳ群)。
同社のトップの課題発見と組織の課題解決行動は、3.2.3 節に示した「気づき」の認知マ
ネジメント行動の大項目と抽出項目を追認するものとなった。
24
3.3 経営課題発見と解決を連動させる『「気づき」の認知サイクル』モデル
前節で明らかとなった、経営者の経営課題の発見と解決の「気づき」の認知マネジメン
ト行動も、その「気づき」が組織内に浸透し、組織成員の課題解決に向けた行動、即ち組
織成員の行動変容無しには、実際の経営革新は起こり得ない。
本節では、経営革新を実現した、高業績企業を対象に経営者の認知行動と組織成員の行
動変容の関係、すなわち、経営課題の発見から解決までのプロセスを経営者および成員に
インタビュー調査を実施し、認知マネジメント行動を可能とする、『「気づき」の認知サイ
クル』をモデル化した。
3.3.1 高業績企業の選定と業績
ここで取り上げた高業績企業は、経営者の言動と組織成員の行動変容の関係性が分析し
易い専業企業を中心に選定した。一部上場企業で、2001 年~2005 年の間に年率平均 10%
以上の売上高と経常利益の伸び率を5期以上に亘り安定して上げた、高業績候補企業 41
社の中から、製造業 1 社、業態の異なる流通業2社、サービス業2社を選定した。もしも
しホットライン、コメリ、ユーエスエス、西松屋チェーン、日信工業、の 5 社(資料[72])
である。各社の過去5年間の業績を表 3.4 に示す。いずれも厳しい競争環境の中で、業界
平均以上の高い成長率を示している。
表3.4 事例企業の業績(2001~2005年)
企業名
もしもしホットライン
2005年度
売上高
2001年度
平均年成長率
2005年度
経常利益 2001年度
平均年成長率
2005年度
コメリ
ユーエスエス
単位:億円
西松屋チェーン
日信工業
546
320
14.30%
2494
1703
10.00%
802
260
32.53%
951
494
17.79%
1668
998
13.70%
67
43
11.73%
152
102
10.48%
235
109
21.90%
100
39
21.20%
184
121
11.05%
4335
38453
3333
14810
77800
業界成長 2001年度
2997
32921
1853
11199
53587
平均年成長率 注1 9.7% 注2 4.0% 注3 15.8% 注4 7.2% 注5 9.8%
注1 ・テレマーケティングエイジェンシー上位30社 日本テレマーケティング協会報告書(2007年)
注2 ・ホームセンター市場予測は日本DIY協会小売部門上位21社売上高より試算
注3 ・日本オートオークション協議会主要9社売上高より試算
注4 ・衣料品専門店,子供雑貨取扱い上位10社売上高より試算
注5 ・自動車,二輪車ブレーキ,駆動,伝達,部品メーカー上位22社売上高より試算
※企業業績:東洋経済編(2002~2008年)『会社四季報夏版』および『未上場会社上期版』.
25
3.3.2 事例企業における経営課題の発見と解決
事例企業5社における経営課題の発見と解決に関するインタビュー調査結果の概要を表
3.5 に示す。いずれも厳しい外部環境変化にいち早く「気づき」、卓越した価値創造プロセ
スを形成し、経営者が経営課題の発見と解決に組織を挙げて取組んでいることが確認され
た。5社(資料[72])の調査結果の概要を以下に述べる。
(1)もしもしホットラインの事例
もしもしホットライン社は、1987 年に設立され 2002 年に一部上場し、およそ 30 社が
しのぎを削る競争の激しいテレマーケティング市場で、業界2位ないし3位に位置する企
業である。伸張期の高い業界の成長率 9%(2001 年~2005 年平均伸び率)に対し、同社
はさらに高い 14.3%(同期比)の成長を示し、収益性も 11.7%と高い伸び率を示した企業
である。同社のサービスの源泉は、エンドユーザーと直接の接点を持つオペレーターが担
っているが、オペレーターの構成は正社員に加え、契約社員、パートタイマー、アルバイ
トなど多様な雇用形態の社員により支えられている。そのためサービスのクオリティを高
め、エンドユーザーと業務を委託したクライアントの高い満足度を実現するために、QC
室を設け、全国のコールセンターの品質を向上させ、社員の獲得スキルの向上を支える活
動を進めている。さらに、仕事の担い手を、オペレーターとは呼ばず、マーケターと呼称
し、顧客との良好な関係性を構築し、エンドユーザーのニーズを汲み取るセンサーの任務
を付与している。そのために、多様な社員への動機づけと主体性を尊重した経営を実践し
ている。正社員以外であっても、優秀なマーケターはスーパーバイザーと称して、同社の
テレマーケティングの基本単位となるブースのマネジメントに当たらせている。ブースは
10 名前後のマーケターからなり、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメン
ト)の市場調査やクレーム情報への迅速な対応を図るための基本単位となっており、同社
の戦略を支える組織としてそのマネジメントが重視されている。同社では、主にBtoBの
クライアントがロイヤル顧客として経営に重要なインパクトを与えることから、ロイヤル
顧客を重視する戦略を取っており、質の高いサービスと同時に、同社の強みの一つである
データマイニングとテキストマイニングに基づく付加価値情報の提供を行っている。その
情報の質もマーケターの対話能力が支えている。この顧客情報の多角的分析はテレマーケ
ティング事業の最重要課題でもあり、同社では 1999 年に他社に先駆けて設立・展開した
マーケティングサイエンス研究所がその任務を担っている。ロイヤル顧客に対しては、経
営者が適宜トップセールスを行い、クライアントの要望、経営方針、商品・サービスの重
点化、エンドユーザーへのクレーム対応など、重要な情報は、直ちにブース責任者に伝え
られ、各ブースでは、朝礼、昼礼、夕礼を定期的に、かつ、全員参加で開催し、機敏な現
場行動へと繋げている。また、マーケターは対話記録を自動記録に頼るだけでなく、手す
きの時間には、バックオフィス業務として全員がレポートの作成に従事している。また、
マーケターの戦力化のために、ベテランと新人との協同作業を重視したり、不特定のエン
ドユーザーと前向きに接触し、傾聴の姿勢を維持するための気持ちを鎮める訓練や滑舌の
26
訓練など日々実践し、顧客との関係性構築能力を高めている。この第一線の人材育成は、
スーパーバイザーが担い、そのために、独自の体系化された教材が教育研修室により開発
され、常に最新の知識と技術の習得が可能な体制が確保されている。同社の経営トップの
課題形成と第一線の課題解決は、現場密着で展開されており、同社の事業の生命線を支え
ている。
(2)コメリの事例
流通業のコメリは、新潟県に本社を置き、1977 年にDIY(Do It Yourself)事業に参入し、
生活関連金物資材、農業資材、園芸植物の小売り販売により全国 1000 拠点目標にチェー
ン展開している成長企業である。同社は、メーカーからの直接取引き、物流センターでの
集中検品によるローコスト化はもとより、POSによる一品管理を徹底し、独自の情報シ
ステムを駆使し低コスト、高品質、短納期化に直結させている。特に一品管理を、長靴、
手袋、園芸資材など一見見逃されてしまう商品に独自の自社の店頭ブランド(これを同社
はスターバリュー商品と呼称)を付加して、ナンバーワン商品を集めた店づくりに繋げて
いる。さらに燕三条の刃物、飛騨高山の鋤や鍬など零細中堅で優れた技術・品質を持ちな
がら散在している地場産業を自社のビジネスプラットフォームで連結し独自の競争力を高
めている。特に同社では、商品・価格等の消費者動向を注視し、市場の変化を即座に生産、
販売、物流、サービス、商品企画に敏感に反映させている。同社の重要な経営課題発見の
場の一つは、毎月一泊二日で約 600 名を超える店舗責任者が一堂に会する合同地域統括マ
ネージャー会議に見ることができる。同社の会議は、単なる情報交流の場ではなく、経営
課題そのものを発見し、見直す場となる。その会議の場ではEDLP(Every Day Low
Plice)を実現するための方策やそのためのEDLC(Every Day Low Cost)のオペレーショ
ンについて議論をし、戦略に沿った商品開発やプロセス改善が進捗しているか、流通業態
の商習慣を変革する上での課題が何かなどが、プロジェクトベースで徹底してトップを交
えて議論される。この現場責任者との直接の対話は、取引先経営者とのギリギリの最低価
格を引き出すための課題の認識を深める上でも参考とされる。さらに合宿終了時には、出
席者全員の店舗ごとの革新課題が毎回見直され、各店舗の課題を店舗責任者が認識し現場
に戻ることとなる。各店舗では顧客の消費行動をPOSや購買行動分析、および他店舗の
成功事例の展開などで見直し常時プロセス改善を進めている。店舗責任者にはサービスの
前線を担う、パートや新人教育がすべて任され、店舗毎の重点施策の展開が行われる。優
れた取組みは、トップが合同会議で取上げるなど第一線のモチベーションを支援すること
も行われる。各店舗での取組み結果は、翌月の合同会議で再び議論し変革を促している。
同社では、この取組み以外にも、年3回 1000 人規模で開催される、店舗改善事例を共
有するための、拡大合同会議や、エリアマネージャー以上の経営者幹部 20 余名が毎週、
顧客サービスの改善とクレーム対応を議論する、カスタマーサービス(CS)会議も、環境変
化を迅速に組織に取り入れる上で重要な役割を担っている。さらに、利益の1%を原資に
27
コメリ緑資金と称するファンドを設置し、地域の顧客と一緒になって植樹ボランティア活
動を推進し、自社の商品を実際に使用する経験を通して環境配慮型商品の提案や顧客使用
環境の理解を深めるなどの組織活動も展開されている。
(3)ユーエスエスの事例
㈱ユーエスエス(ユーズドカー・システム・ソリューション)は、愛知県東海市に本社
を置く、中古車オークションの最大手企業である。創業は 1980 年と新しいが、オークシ
ョン会場を全国に 11 箇所、海外にはトルコとイタリアの2ヶ国に展開している業界ダン
トツの成長企業である。同社は、オークションへの出品手数料、制約手数料、落札手数料
を収入源とするビジネスを、透明性の高い、オープンで公平かつ権限委譲を柱とした経営
の仕組みと運営を通して、中古車の流通革命を先導している企業である。
中古車の商品価値とサービスの信頼性を高めるために、中古車の検査基準を独自に開発
し、それを業界に公開し、中古車評価基準に一貫性と公平性、透明性をもたらし、市場の
信頼性づくりに同社の取組みは大きく貢献した。
オークションには中古車の搬入や登録準備が必要なため、オークションは各会場とも週
次の開催となっている。同社の高収益を支えるオークションは、オークション参加者に手
続きと評価基準を公開し、車種に限らず手数料を同一にすることにより、参加者の意思決
定のスピードを高め、かつ車種・型式・排気量に基づき計算される取得税、消費税、地方
税や所有権移転に伴う煩雑な手続き業務を一元化している。さらに、オークションを可視
化し、オークション会場をITを駆使して自動化し、手続きを簡素化することにより、一
台当り 15 秒での高速の取引を可能とし、参加者の成約率を高めている。同社の経営戦略
の成否はこのオークションへの参加者を増やしかつ参加者の成約率をいかに高めるかにあ
る。そのため、各オークション会場毎の企画・運営を地域密着で展開しかつ週次で業務革
新を主体的に進める取組みがオークション実施直後に、会場毎に、オークションイベント
達成確認会議として行われる。そこでは、イベントの評価だけではなく、成約の支障とな
る評価の難しかった車の事例が徹底して分析され、分析結果は評価の基準書となる「グリ
ーンブック」と称される評価基準書に反映され、毎月2回すべての成約プロセスの改定実
績の記録も含めて公開される。さらに、評価のズレを見直すために、支部毎に月1回、全
国3ブロックに分けたブロック毎に四半期毎に1回定期的な見直し会議が設定される。経
営トップは週次オークションの展開状況や監査室が常時現場に出向き監査により把握する
課題を含めて、経営のムダや経営課題を発見している。特に、中古車の商品価値を決定す
る、審査員の評価眼の涵養と審査員の育成を経営トップは重視しており、知識と評価スキ
ル・経験に応じて上級審査員と一般審査員とを区分して認定し、ノウハウの早期伝授を目
的に両者をペアで評価に当たらせる実践的OJTを進めている。人材育成の実践的責任は、
部門を統括する経営責任者に一任され、専門部門毎に社員教育が実施され、共通性の高い
教育は年4回開催されるインストラクター会議で検討され、実践に移される。こうした取
28
組みにより、新商品、新サービスを週次で見直し、環境変化を経営に取り入れ、業界トッ
プの信頼性と取扱い台数を小人数で実現し事業の成長・発展を可能としている。
(4)西松屋チェーンの事例
㈱西松屋チェーンは、1956 年に「赤ちゃん服の西松屋」として兵庫県姫路市で創業し、
その後業容を順次拡大し、0 才から 10 才までの子供服を対象とし、1997 年に店頭公開し
全国に約 400 店舗を展開している企業である。経営理念に「日常の暮らし用品を、気軽に、
自由に、お客様に満足される品質の商品を、どこよりも低価格で最も便利に提供すること
によって、社会生活の向上に寄与する」ことを唱っている。この理念のもと、商品開発を
子供服の普段着に絞り、過剰品質の縫製を避け、着心地の良い機能性の高い、シンプルな
デザインで低価格の商品を提供している。かつ業務プロセスも徹底したローコストオペレ
ーションを指向し、POSによる単品管理を徹底し、売れ筋商品を絞り込み、発注の最適
化、きめ細かな在庫管理による在庫コストの低減を図るほか、出店も倉庫型店舗とし坪単
価を抑制し出店後半年で黒字化が可能な初期投資とするなどコストの抑制を徹底している。
店舗設計は、バリアフリーで、2メートル以上の広い通路幅とし、顧客がベビーカーで移
動し易い空間設計としている。かつ商品はハンガー直架とし、商品選択を容易とし、顧客
の購買滞在時間を平均 20 分以内と出来るような動線設計を施している。さらに現場の管
理コストを抑制するため、発注管理、検品管理は本部に集中して行っている。
同社はまた、プライベートブランド「エルフィンドール」を戦略の柱に据え、同社の得
意領域の商品開発や数量リスク管理を自社が担当し、主要生産地中国での生産管理は長年
の信頼で結ばれた商社が担う協業体制を確立している。プライベートブランドは、アイテ
ムの組合せ、商品群の計画投入など、同社の経営戦略に好循環をもたらし、売上高の 40%
をその目標に置き展開している。同社では特に、顧客の購買行動の分析を徹底し商品開発、
店舗内陳列改善など経営戦略と一体になったきめ細かな現場の改善力を重視している。そ
のため、人材育成を重視し、店長候補者の教育システム、試売商品の内部展開教育、幹部
候補者を毎年数十名づつ流通業の先進国アメリカに派遣し、ノウハウを体得して来る取組
みを継続的に実施している。こうした取組みにより、経営トップの戦略判断、資源投入時
期の判断など、現場密着の業務改革が顧客との接点管理の継続的革新を通じて展開され、
業界の中で高い成長を維持することにつながっている。
(5)日信工業の事例
日信工業は、1953 年に創業し、自動車および二輪車のブレーキシステム製造の総合メー
カーとして成長している業界のトップ企業である。主力製品は、独自技術開発によりコア
技術の一つであるアルミ軽量化技術を組合せ、少資源・環境対策にも優れた世界最小のA
BS(アンチロックブレーキシステム)を提供し、その技術の革新を日夜追及している。
同社はまた、競争と要求品質の厳しい自動車部品業界にあって、業界平均 9.8%(2001 年
29
~2005 年平均伸び率)を上回る成長率 13.7%(同期比)を達成している。
同社では、技術の月次棚卸会を実施し、重要な技術開発の課題を経営トップを含めて議
論するほか、重要な戦略課題の進捗については、全マネージーを年度末に召集し、
「総棚卸
し発表会」と称して、立場を超えた、徹底した議論の場が持たれる。そこでは、同社の伝
統的な組織革新風土が発揮され、問題の本質に遡った対話が行われる。これは、
「ダイレク
トコミュ二ケーション」活動と称されている。明確になった技術課題や経営課題について
は、スピードある対応をトップは求める。この時、「早く出来なければ、早くから取組む」
と言う同社歴代の経営者が重視してきた経営姿勢が、経営者トップから第一線現場の社員
まで、様々な形で実践行動の中に反映し展開されてゆく。さらに、同社が伝統的に培って
きた自前主義の考え方と行動が尊重され、一人多役主義に基づいて、多能工型の問題解決
行動が尊重され、技術者自身個別の技術領域に特化した問題解決に留まらず、複数領域に
まで学習領域を拡大した連結性の高い、素早い問題解決の行動が実践されてゆく。また、
一人では解決困難な課題については、オールインワン活動が課題解決までを担うこととな
る。これは経営資源を一体化して強みを発揮させる組織活動であり、開発部門では、この
取組みを「オール・ワン・チーム」活動と称し、企画、設計、生産までの技術者がデジタ
ル情報を有効に活用し開発リードタイムを短縮する活動として展開され、主力事業のスピ
ード経営と課題解決に寄与している。同社の経営課題の実質的な管理は、月次棚卸会が担
い、経営課題の実践的解決は、組織が一体となって改善を行うオールインワン活動により
相互の経営資源を有効に活用することを通じて課題解決を促進している。技術開発型の同
社の経営にあっては、月次の技術課題を中心とした経営課題の見直しが高業績獲得の源泉
となっている。
3.3.3 『「気づき」の認知サイクル』モデル
上記の企業の分析から、いずれも環境変化を「気づき」として迅速に組織の中に内在化
させる共通した4つのステージからなるプロセスが抽出された。
各社の経営課題の発見プロセスでは、第一の状態として、その課題の遂行責任を担う当
事者が経営責任者と共に課題に「気づく」場が設けられている。もしもしホットラインで
はトップのロイヤル顧客訪問時の評価のフィードバックミーティング、コメリではマネジ
ャー合同会議など(詳細第 3.5 表参照)である。しかるのち第二の状態として、課題の遂
行責任者が自分が責任を持って関わる課題範囲の自覚を深める状態への移行が認められる。
コメリの合同会議で作成するアクションプラン、ユーエスエスのオークションイベント達
成確認会議などである。さらに第三の状態として、組織を挙げて課題解決に取組む状況が
作られる。西松屋チェーンの物流・顧客購買行動の徹底した観察と分析への対応やコメリ
の店舗ごとの現場教育の徹底などである。さらに第四の状態として課題解決の完了を確認
し全プロセスを関係者が同じ目線で振り返り、達成感や共感を再び経営者と確認・共有す
る場が形成されている。日信工業の月次棚卸発表会やコメリの月度合同会議などである。
30
これらの4つの状態変化が5社から見出された。経営者との関わりも各状態に応じて循環
的に変化・移行することが認められた(表 3.5 参照)。
表3.5 高業績企業における課題発見と課題解決プロセスとその状態変化 企業名
もしもしホットライン
コメリ
ユーエスエス
・農機具・資材と園芸植物中心
・専用コールセンター化,デー
・カーオークション評価基準の
に,POS単品管理と商品開発
タマイニング力でソリューション
開発・公開,価格決定プロセス
経営の特徴・戦略
統合し,地場中小ワンアイテム
能力を持ち,ロイヤル顧客と長
の透明化,ITシステム化力に
からのサービス力,実行力・物
期的信頼構築
よるネット含む流通改革
流革新による経営
・顧客心理・欲求の解明力,人
卓越した価値創造 間性,コミュニケーション力に
プロセス
基づくハイクオリティのサービ
ス提供プロセス
・ロイヤル顧客への頻繁なトッ
プセールス
・QC室によるクオリティ点検
主な課題発見の場
・データマイニング分析
・朝礼,昼礼,夕礼ブースミー
ティング
・ロイヤル顧客への頻繁なトッ
プセールス
主な課題解決の場 ・QC室と連携したブース教育
・サービス・クレームのフィード
バック
課
題 第1ステージ
発
見
プ
ロ
セ 第2ステージ
ス
課
題 第3ステージ
解
決
プ
ロ
セ 第4ステージ
ス
評価対象
西松屋チェーン
日信工業
・直営店ディマンド情報と店
舗,商品,物流,顧客サービス
までのローコストオペレーショ
ンと、標準化,IT統合力を発揮
した経営
・アルミコア技術ベースに,軽
量化設計,設備・生産技術の
垂直統合による独自,先行技
術開発による経営
・物流,サービスのローコスト
・単品商品企画開発プロセスと ・ITシステム化力中核に迅速
オペレーションプロセス
一貫した物流とサービス提供 で信頼性高いサービス開発と
・プライベートブランド商品開発
プロセス
提供プロセス
プロセス
・地域統括マネジャー合同会
・カーオークション会場内週次 ・顧客購買行動分析
議プロセス改善をプロジェクト
ミーティング
・ディマンド情報・商品・物流・
で毎月一泊二日600名以上
・4半期ブロックミーティング, 顧客サービスまでの分析
・拡大合同会議年3回1000名
年度全国会議,月度支部会議 ・パートナリング物流革新
・エリアマネジャーCS会議毎
・部門監査
・月例マネジメント研修
週
・カーオークション評価基準, ・物流・顧客サービスまでの分
・スターバリュー商品開発
価格決定プロセスの開発・公 析に基づく標準化
・サービス・クレームフィード
開
・パートナリング物流革新
バック/・取引先との信頼構築 ・ITシステム統合高度化
・トータルローコストオぺレー
・部門監査報告会
ション
・地域統括マネジャー合同会
・トップのロイヤル顧客からの
・カーオークション会場内週次
議 喜ばれたサービス,支持さ
評価伝播
ミーティング
・顧客購買行動分析と観察
れた展示,問題クレーム徹底
・各ブースごとの直接クレーム
・高度IT情報リアルタイム取引
討議
・QC室によるクオリティ点検
・合同会議で自組織アクション ・週次オークション目標との確 ・ディマンド情報・商品・物流・
プラン認識
認
顧客サービスまでの分析
・現場責任者の課題形成
・自組織課題の確認
・自部門課題
・ABS技術高度化とコア技術
開発力強化プロセス
・月次棚卸会/事業棚卸発表
と討論会 全マネジャー
・オールインワンチーム活動
・ダイレクトコミュニケーション
・オールインワンチーム活動
・デジタルマニュファクチャリン
グサークル活動
・ABS差別化商品開発
・一人多役主義人事
・月次棚卸会/事業棚卸発表
Ⅰ,Ⅱ群
と討論会
・市場クレームの自組織課題
・ダイレクトコミュニケーション
による課題深耕
Ⅱ,Ⅲ群
・自組織店舗毎改善,改革,強 ・カーオークション評価基準改
・オールインワンチーム活動
・QC室と連携したブース教育
・物流・顧客サービスまでの分
化策実行
定,価格決定プロセス公開
・デジタルマニュファクチャリン Ⅲ,Ⅳ群
・サービス・クレームの対応
析に基づく標準化
・店舗毎メンバー教育
・ITシステム統合高度化
グサークル活動
・QC室の個人別フィードバック
・全体プロセス振り返り
・個人スキルの自己評価
・再び合同会議へ
・再度第1ステージへ
・部門監査報告会
・販促施策の点検
・第1ステージへ
QC室と連動したブースマネジ 地域統括マネジャー合同会議 カーオークション会場内週次
メント
と店舗改革
ミーティング
(注記)参考資料17により作成
認知マネジメントの表記群 Ⅰ群~Ⅳ群は「気づき」の認知マネジメント行動に対応
課題発見プロセスと課題解決プロセスの各ステージは「気づき」の認知状態を示す
31
・技術課題点検
・顧客サービス全体の見直し
・全体の振り返り
・再び顧客購買行動分析と観
Ⅳ,Ⅰ群
・再度プロセス見直し第1ス
察へ
テージへ
月次棚卸会と連動したオール 対応する認知
顧客購買行動分析と観察
インワンチーム活動
マネジメント
それら4つの状態変化が、図 3.1のように「気づきの凝集化」、「気づきの浸透化」、「気
づきの結晶化」、「気づきの内在安定化」の各ステージとして抽出され、組織の重要経営課
題の発見と解決のプロセスに沿った組織行動として観察された。これを『「気づき」の認知
サイクル』モデルと呼称する。
課題発見プロセス
個人の中での認知の転換
「気づき」をトリガーとした
課題発見・形成・省察
第1ステージ(気づきの凝集化)
組織の中での
気づきの共鳴・共有・強化
課題の再構造化と内省
第2ステージ(気づきの結晶化)
課題解決と成果の確認
当初の仮説の検証・統合的内省
全プロセスの「気づき」の統合・止揚
第4ステージ(気づきの安定内在化)
新しい仮説・課題認識に基づく
組織の課題解決行動と内省
プロセス・ツール・クオリティ革新
資源の動員と価値創造・変革実践
第3ステージ(気づきの浸透化)
課題解決プロセス
[注記]
課題発見プロセスは,第4ステージの認知を背景に,第1ステージをトリガーとして,第2ステージの「気づき」の結晶化につながる
課題解決プロセスは,第2ステージの認知を背景に,第3ステージの価値創造・変革実践を経て,第4ステージの認知の統合・止揚
につながる
図3.1 『「気づき」の認知サイクル』モデル
ⅰ)第1ステージ(気づきの凝集化)
関心を持つ価値創造領域に起る何らかの環境(状況)変化を経営者と組織成員がギャッ
プとして意識の中に認知し、経営課題に「気づき」、課題発見する段階
ⅱ)第2ステージ(気づきの結晶化)
組織の中の他の関連する組織やメンバーとの交流の中で「気づき」の共鳴・共有・強化
が進み、関係する組織メンバーがその課題を内省しつつ自分の課題の一部として認知し、
課題の再構造化が進む段階
ⅲ)第3ステージ(気づきの浸透化)
組織成員間・関連する各プロセスでの、環境変化の与件認識が進み、課題解決に向けた
仮説理解や課題解決行動が主要プロセス、主要関係者まで進み、成員の熟達やコアコンピ
タンスの強化などが、一人一人の「気づき」に基づく組織の課題解決行動となり、行動変
容の自覚と内省を経て新たな価値創造・革新が具体的に実践される段階
ⅳ)第4ステージ(気づきの安定内在化)
環境変化への課題対応が組織全体のプロセスに浸透し成員と組織が変化対応・変容を遂
げ安定化する段階。実現できた価値と課題発見から解決までの全プロセスの振り返りによ
り組織として認知される「気づき」と成員の「気づき」が統合・止揚される段階
課題発見プロセスは、第4ステージの認知を背景に、第1ステージをトリガーとして、
32
第2ステージの「気づき」の結晶化につながる。課題解決プロセスは、第2ステージの認
知を背景に、第3ステージの価値創造、変革実践を経て、第4ステージの認知の統合・止
揚につながる。
高業績企業は、これらの「気づき」の循環的サイクルの中に、経営トップが迅速に経営課
題に「気づける」仕組みを経営プロセスの中に内包している
3.3.4 『「気づき」の認知サイクル』における経営者の役割
前節 3.3.3 で述べた『「気づき」の認知サイクル』は、各社の分析から、そのサイクルは、
いずれも経営者の言わば「気づき」を促進するマネジメント行動と、それに呼応する組織
成員の行動と共に展開されていることが観察された。特徴的な行動を、経営者の役割を中
心に各ステージに沿って以下に述べる。
認知サイクルの第1ステージ(気づきの凝集化)では、新たな内外の環境変化のギャッ
プを認識するための行動が経営者により展開される。もしもしホットラインでは、ロイヤ
ル顧客へのトップセールスによる、クライアント企業の経営方針、要望、重点施策を経営
者自からが聞き出し、組織成員に即日フィードバックが行われる。また、コメリでは、ト
ップによるギリギリの価格交渉により他の追随を許さないロープライスを取引先から引き
出す中で、経営者が認知した取引先の戦略と自社のロープライス実現の方策の実施レベル
および顧客の要望とのギャップの有無を経営者自身が自覚すると同時に、マネジャー会議
で第一線の店舗責任者に直接投げかけている。このステージでは特に、現場、現物、現実
を素早く、かつ予断を持たずに認知を速やかに促す経営者の言動が見られる。それに呼応
し、成員がもたらす組織内外の前線の事実情報がさらに経営者の認知を深め、経営者と組
織成員の課題認知を深化させている。
認知サイクルの第2ステージ(気づきの結晶化)では、経営者の「気づき」と組織成員
の「気づき」の共鳴・共有・強化を促す行動が展開される。もしもしホットラインでは経
営者が顧客の戦略に加えて、自分の意図を含めて直接ブースの責任者に伝え、マーケター
に経営者の視点を「気づかせ」ている。また、コメリでは合同マネージャー会議の中で、
店舗責任者が自分が責任を持って関わる課題を経営者との議論を通じながら、合同会議で
作成するアクションプランとして明確化している。言わば、経営者の課題認識の背景を含
め、組織成員が最重点で取組む自己の課題を、
「気づき」の共鳴・共有・強化を通してダイ
ナミックに展開している。
認知サイクルの第3ステージ(気づきの浸透化)では、組織成員の「気づき」が具体的
な個別の課題解決と変革行動として結実するための経営者の行動が実行される。ユーエス
エスのカーオークションイベントの企画は週次のスピードでイベント達成確認会議により
経営改善を繰り返し、さらに、収益の源泉となるオークションの評価基準は、週次の検討
に加え、四半期毎のブロック会議および審査員の育成を通して、組織を挙げて課題解決に
取組む状況が作られる。また、西松屋チェーンでは、戦略商品と位置づけている付加価値
33
の高いプライベートブランドの商品企画を、徹底した顧客購買行動の観察と分析に基づく、
現場第一線の提案を重視した経営者のマネジメントが実践されている。成員の課題解決行
動を強く動機づけ、課題解決を組織として推進するためのマネジメント行動がその中核を
成している。そのために、課題推進の当事者に頼るだけでなく、経営者の視点と内外の最
大の課題解決の方策とも連動させる取組みを推進している。もしもしホットラインでは、
マーケティングサイエンス研究所の傑出したデータマイニングの資源活用や、コメリやユ
ーエスエス、西松屋チェーンでは、高度なIT化による情報の戦略的活用や物流システム
の改革に対応した配送、陳列方法の開発を商品一品づつ、取引先一社づつに働きかけて展
開している。
認知サイクルの第4ステージ(気づきの安定内在化)では、組織成員と経営者が共に成
果を共有・確認する取組みを展開している。コメリでは 1000 人規模の組織成員と経営者
が年3回にわたって一緒になって店舗の最善の変革事例を検討し、共有化する拡大合同会
議を行っている。また日信工業では、月度の技術棚卸に加え、年に1度、全技術マネジャ
ーの参画のもと、総棚卸し発表会と称して、技術を徹底的に吟味し、立場を超えた議論に
より、同社の理念とコア技術に根ざし、他社への優位性と先端性にすぐれた技術開発を推
進している。これにより、獲得された技術をより戦略的に活用するに留まらず、新たな技
術革新を追及する重要な契機につなげている。
以上のように、各社において、環境変化に俊敏にかつ、組織の総力を挙げて、「気づき」
を介しながら、新たな課題発見と解決を進めるマネジメントが展開されている。経営者と
組織成員が、
「気づき」を循環的に変化・移行させながら、経営課題の発見と解決を「気づ
き」の認知サイクルの各ステージを経て、展開していることが明らかとなった。
3.4
『「気づき」の認知サイクル』と認知マネジメント行動
『「気づき」の認知サイクル』は、3.3.4 節で述べたように、3.2 節で解明した「気づき」
の認知マネジメント行動と不可分の関係にある。3.4 節ではさらに、
「気づき」のマネジメ
ント行動の原理と、『「気づき」の認知サイクル』との対応について、以下に述べる。
3.4.1 経営者の「気づき」の認知マネジメント行動
経営者の「気づき」の認知マネジメント行動の特徴を認知心理学の視点から、その原理
を以下に述べる。
表 3.3 第Ⅰ群の「気づきの認知転換」の特徴の一つは、他者の視点の活用である。その
典型は、顧客や取引先との対話など他者との対話や議論の場が視点の転換(副島,1973)、
即ち課題への「気づき」を生む可能性 [ が高いことである。そのことはインタビュー調査(東
京都地域産業振興協会,2008)[65]からも伺われた。議論の仕方、情報交換の仕方に率直
な姿勢で関わることも、他者との関わりの中で「気づき」が生まれ易くする方策とも考え
られる。自覚的な経営者の態度と行動が経営革新のトリガーに求められる所以である。
34
第二は、
「課題動機」への研ぎ澄ました選択的注意の発揮(Eysenck,1990)が認知転換
を促進すると考えられる。但し、逆に選択的注意を働かせることは、一部の情報を遮断す
ることでもあり、注意を集中させたり、注意を解放・拡散させたりする表 3.3 第Ⅱ群の行
動が、表 3.3 第Ⅰ群の行動を補完するとも考えられる。表 3.3 第Ⅱ群の特徴は、
「自己対峙」
をはじめとし各項目のいづれもが、外界と自己とを繋ぐ認知態度であり、環境変化を内在
化させると同時に、内的認知を外界につなぐ上で鍵となる態度と行動の要素と理解される。
中でも「リアリティの認知」は総ての経営者が重視する言動として抽出されており、注目
される。現場、現物、現実が「気づき」を強力に促す要素と考えられる。
表 3.3 第Ⅲ群の「気づきのモチベーション」は課題解決プロセスにおいて、主に成員の
達成動機を高め、成果を確実にする上で不可欠の要素であり、表 3.3 第Ⅳ群で中心的役割
を担う組織成員の「気づきの推進マネジメント」に影響を与えるものと考えられる。
表 3.3 第Ⅳ群の各項目は課題解決プロセスで観察されたことから、組織能力の発現・発
揮に直接影響を与える要素と考えられる。中でも課題解決は、認知も熟達も異なる成員一
人一人が担うことを考える時、組織能力の蓄積性を高め、状況に応じて発揮させる要素を
明らかにすることが重要となる。その要素の一つとして、「道具性の認知」が想定される。
今後更なる検証を必要とするが、少なくとも今回の調査企業では「気づき」を促す学習の
場が形成されていた。これは、組織成員の熟達を具体的に高め、組織内共通の価値・意味・
言語および認知の基盤を形成し、
「認知共有・連携」とも関係する要素と考えられる。その
他8つの要素も、いずれも組織成員の主体的課題解決とストック型リソースの連携を可能
とするものと理解される。
3.4.2 『「気づき」の認知サイクル』と「気づき」の認知マネジメント行動の対
応
3.3 節で提示した『「気づき」の認知サイクル』と、3.2 節および 3.4.1 節で述べた「気
づき」の認知マネジメント行動の対応とその意味について以下に述べる。
認知サイクルの第1ステージ(気づきの凝集化)では、経営課題そのものに「気づく」
ことは即ち経営課題そのものを発見することに相当し、自然に「気づき」が起こるのでは
なく、経営者の表 3.3 第Ⅰ群の「気づきの認知転換行動」
(即ち、課題への動機、認知の転
換、認知の転換促進の行動)と、表 3.3 第Ⅱ群の「気づきの認知態度」(即ち、自己対峙、
全体認知、不確実の自覚、本質追及、開かれた態度、リアリティの認知)によりもたらさ
れることが分かった。しかもこの時、経営者は自己の中にある矛盾を見つめ、進んで変化
を受け入れ、確定要素と不確定要素を峻別し、認知される事象を自己の意識の中に何らか
の違いとして認知する内省行動が、「気づき」の認知マネジメント行動の中に観察された。
また、認知サイクルの第2ステージ(気づきの結晶化)では、経営課題が、成員の個別
の課題として成員自身が、自己の課題に気づくプロセスが始まっている。この時経営者は、
表 3.3 第Ⅱ群の「気づきの認知態度」と同時に、表 3.3 第Ⅲ群の「気づきのモチベーショ
35
ン」
(即ち、成員モチベーション)を支える行動を取り、成員の達成動機への働きかけを始
めている。この時成員は、自己の認知の転換を、自からの課題に自から「気づく」ことが
求められる。言わば、成員の一人一人の中に内省を通して、課題の再構造化が進められる。
このステージがその後の課題解決のレベルと質を決める重要な段階となり、単に経営課題
が成員の中に細分化された課題として移転されるだけではなく、成員が自発的に行動を引
き起こす上で必要な成員個別の独自性に根ざした動機付けの形成がこのステージでは求め
られる。
認知サイクルの第3ステージ(気づきの浸透化)では、具体的な変革と価値創造は、成
員一人一人の課題解決行動の中からもたらされる。そのため、成員一人一人の課題解決行
動が組織を挙げての課題解決行動として展開されるように、
「気づき」の連鎖・連動を進め
ることが求められる。この時経営者は表 3.3 第Ⅲ群の「気づきのモチベーション」に加え、
表 3.3 第Ⅳ群の「気づきの推進マネジメント」行動(即ち、課題認知、認知共有・連携、
道具性認知、行動認知、支援的リーダーシップ、認知の柔軟性、自発性指向、組織効力感、
自己評価)のマネジメントを発揮することが必要となる。特にこのステージは、経営要素
間の連携や新たな連結、新たなプロセス間の連動や連結、新たな経営資源の結合や分離な
ど、具体的課題解決の結果と質を確定させるだけに、表 3.3Ⅳ群のマネジメント行動が成
員のレディネスや成員の熟達レベルなど組織の状況に応じてダイナミックに意図的戦略的
に推進されることが求められる。課題解決の成否を決める重要なステージである。
さらに、認知サイクルの第4ステージ(気づきの安定内在化)では、成員の具体的な課
題解決を基本として、十分な経営成果が得られたかどうか、全プロセスについて実現した
価値創造の視点から、経営者および組織成員の「気づき」の統合・止揚が展開される。こ
の時、経営者は表 3.3 第Ⅳ群の「気づきの推進マネジメント行動」と同時に、表 3.3 第Ⅰ
群の「気づきの認知転換行動」を発揮することが明らかになった。
このように、課題発見と解決における『「気づき」の認知サイクル』の各ステージの循
環的な変化・移行のステージと、
「気づき」の認知マネジメント行動のⅠ~Ⅳ群の対応が明
らかになった。
このように、『「気づき」の認知サイクル』は、自発的にサイクルが回るのではなく、経
営者が「気づき」の認知マネジメント行動を、認知サイクルの各ステージに応じて、俊敏
に、タイミングを逸することなく、意図的戦略的に推進することにより、課題解決力を高
め、課題解決の模倣困難性と非代替可能性を確実にし、他社に優位性を発揮できる能力獲
得の源泉になることが明らかになった。即ち、『「気づき」の認知サイクル』は、「気づき」
のステージ変化に応じた、「気づき」の認知マネジメント行動と一体になって、はじめて、
経営革新に値する、経営課題の発見と解決が実現できるものと言える。
36
3.5 まとめ
本3章では、企業の経営革新に直接影響を与えるストック型リソースの蓄積、配分、消
滅に最も影響を与える経営者を対象として、経営管理に実践的に活用できる知見を、経営
課題の発見と解決のプロセスから分析した。この結果、認知マネジメント行動の時系列的
分析から、経営者が、自からの認知転換を促す行動を自覚的に取ることにより、「気づき」
をトリガーとした経営革新の課題の発見につながることが明らかになった。第3章の仮説
3.1(P.16 参照)、即ち「経営革新を果たした企業の経営者は、経営課題の発見と解決を成功
に導く認知と行動を有している」との仮説は、経営者 30 名のマネジメント行動の時系列
分析により検証された。
さらに、経営課題の解決プロセスに於いては、創発やミドルアップダウンの中核ともな
る課題解決を担う組織成員の「気づき」を連鎖・連動をさせるように経営者のマネジメン
ト行動を発揮させることが、課題解決を早め、経営革新を確実なものとすることが事例研
究5社の経営課題の発見と解決のプロセスの分析から明らかとなった。また、組織能力の
発揮を促す一連の「気づき」の認知マネジメント行動の要素が抽出された。第3章の仮説
3.2(P.16 参照)、即ち「経営者と組織成員の間で「気づき」を連動させるプロセスが存在す
る」との仮説は、「気づき」の認知サイクルの連鎖として検証された。
第3章で提示した『「気づき」の認知サイクル』モデルからは、経営革新における認知の
転換や認知の連鎖と連携、さらには組織における熟達の意味や組織における道具性認知の
重要性が推察された。このことは、組織能力を成員の熟達を介して保有、発揮されるもの
として考える上で示唆を与えるものと言える。
さらにまた、本章で述べた認知は本来個人的なものであり、個人の経験と熟達に大きく
依存している。従って、個人の「気づき」が組織の価値創造プロセスを通して、統合され
るためには、「気づき」を重視した組織の「場」(伊丹,2005)のマネジメントや認知的学
習(松尾,2006)[85]に着目することの重要性が示唆される。さらなる認知的研究が必要
な領域と考えられる。
37
第 4 章 組織能力の形成・蓄積・発揮
本章では、経営革新を企図する組織が、経営革新を実現する上でどのように組織能力の
形成・蓄積・発揮を、時間軸に沿ってマネジメントするのかについて検討する。そのため
に、日本のものづくりの発展に大きく貢献した、品質経営による革新、即ち、品質革新を
果たした企業の組織能力の特質について、経営課題の発見と解決の視点から検討する。
本論文では、日本を代表する製造業に実施した、品質経営度の調査結果(日本経済新聞
社と日本科学技術連盟の共同調査。本論文では 2004 年、2005 年の調査結果を活用)を参
考に、品質経営に取組むリーディング企業を選定し、当該企業の戦後 60 余年にわたる品
質革新の推移と主要な経営課題、およびその課題解決を実現する組織能力について分析す
る。併せて、組織能力をマネジメントする上で重要な組織能力の特質を明らかにする。
さらに、経営革新を促す組織能力を、どのように戦略的に継続的に涵養することが出来
るのかについて検討し、今後の組織能力のマネジメントのあり方を明らかにする。
4.1 品質革新企業にみる組織能力に関する事例分析
4.1.1 はじめに
グローバリゼーションの進展により、日本の多くの製造業は主力生産拠点を海外へシフ
トし、それに伴い、現地でのクオリティ教育の重要性が増している。一方で、国内に留ま
るマザー工場部門・本社部門・開発部門等では付加価値実現力が一層求められ、そのため
にビジネスパートナーやアウトソーシング先とのアライアンスあるいはコラボレーション
が重要となっている。また企業のクオリティ革新活動も部門レベルから機能横断的、全社
的、企業間レベルに変化し、全体最適化や競争優位性の強化を志向している。本章は、2004
年、2005 年に日本科学技術連盟と日本経済新聞社が共同実施した「企業の品質経営度調査」
の結果を基に品質経営度上位企業におけるクオリティ教育を抽出・分析し、体系化した。
さらに経営革新の視点から、品質革新を実現した企業の組織能力の特質を明らかにする。。
尚、本報で取扱うクオリティ教育とは、経営の質を高めるために取り組む、広義の教育を
言う。
4.1.2 背景と目的
戦後日本の品質経営の進化については、長田[35]等による品質経営と企業経営管理・経
営革新の歴史的考察に基づく研究や、同じく長田[36]による平成の大不況が続く 1990 年
以降にあっても、高成長・高収益を誇るかつての高度成長を支えた超大企業とは異なるタ
イプの企業におけるビジネスエクセレンスを支えているベストプラクティス(優れた経営
手法や業務プロセス)を有する企業の経営革新の研究などが知られている。またTQMと
人材開発および教育マネジメントに関しては、下山田、椿、吉澤(1995)等のクオリティ教
育に関する研究等がなされている。しかしながら品質経営を実践している企業におけるク
オリティ教育の実態を分析し、その教育が経営革新とどのように関係しているのかについ
38
ての研究は十分ではない。
本章では、4つの視点から組織能力の形成・蓄積・発揮に関する仮説を検討する。
第一の仮説は、進化する品質経営を支えるクオリティ教育のあり方は、本来、企業の経
営革新と不可分であり、経営革新を実現する経営課題の解決を、経営環境の変化に対応し
得る変革能力を、重要な経営資源(ストック型リソース)の一つである人材の質的高度化
を、教育を通して実現しているというものである。(これを仮説 4.1 とする)
第二の仮説は、経営革新企業では、個人が培った課題解決の能力を組織として蓄積し、
共有・活用できる仕組みがあるのではないか。(これを仮説 4.2 とする)
第三の仮説は、組織能力の形成・蓄積・発揮を成立させる、一般性(共通性)の高いマ
ネジメント上の特質が存在する。(これを仮説 4.3 とする)
第四の仮説は、経営革新を実現する、課題解決能力は、戦略的に推進する必要があり、
それを支える教育も投資効果と組織パフォーマンスを最大化するために経営課題を軸にし
た、総花的でない、重点志向の展開により、環境変化に即応した組織能力の形成が可能に
なると推察している。(これを仮説 4.4 とする)
本論文は、こうした、品質経営を実践している企業の組織能力と経営革新の歴史的経緯
と今日的課題への対応を解析し、上記の仮説を検証すると共に、将来の組織能力のあり方
を提示しようとするものである。
4.1.3 品質経営実践企業の選定
4.1.3.1 日本の品質経営実践企業と業績
日本における品質経営度の調査については、2004 年度、第1回「品質経営度調査」(日
本経済新聞社、日本科学技術連盟共催。有効回答企業数 208 社、有効回答率 40.5%)につ
づき、2005 年度第2回同調査(有効回答企業数 239 社、有効回答率 45.3%)が公開され
ている。品質経営度ランキングと企業収益力の関係を見るため、品質経営度ランキング上
位トップ10企業と、91位から100位の中位企業10社の平均の売上高、売上高経常
利益率、一株当たり総資産、一株当たり利益について比較検討した。この結果、2004 年、
2005 年ともに、いづれの指標についても品質経営度ランキングの総合得点上位の 10 社と
中位 10 社との間には、明確な業績の差異が確認された。2005 年度の結果を表 4.1 に示す。
表4.1
ポジション
上位10社
(トップ10)
下位10社 (91位~100位)
品質経営度ランキングと収益力
億円
億円
平均売上高
平均経常利益
32861
5883
2909
449
%
円/株
平均売上高
一株当総資産
経常利益率
8.9
7.6
1372
793
円/株
一株当利益
110
67
*経営数値は日本証券新聞社編「格付速報」2005年春夏号による
品質経営度の調査項目には、経営の仕組み作りとその実践活動に関する、言わばTQM
(Total Quality Manageme:全社的品質経営)の評価項目が並んでおり、このことは品質
39
経営度を高めた企業の経営におけるTQM活動の重要性を示唆すると同時に、品質経営度
ランキングを品質経営実践度の一つの指標として着目することの妥当性を示すものと理解
された。
4.1.3.2 日本の品質経営実践企業の選定
日本における品質経営の進化を検証するために、品質経営実践企業を以下のように選定
した[45] [63] [64] [65]。
①品質経営度ランキング調査結果が 2004 年度および、2005 年度の2年間の継続評価の実
施されている企業
②上記で少なくともいづれかの年で上位 30 社以内となった企業
③品質経営の総合的評価として定着している「デミング賞」[33] [71] [75]及び「日本品質
管理賞」[43] [61]の受賞実績企業
④同業種であれば上位ランキングの企業
⑤品質管理活動を経常的に取組む企業として、以下の品質管理関連の主要な雑誌や学会誌
での特集記事および投稿記事数を参考に、品質経営実践企業を選定した。評価対象とし
た情報源は、日本品質管理学会の品質誌、日本科学技術連盟の品質管理誌、クオリティ
マネジメント誌、QCサークル誌、Engineering 誌、クオリティフォーラム予稿集、ク
オリティのひろば、日本規格協会の標準化と品質管理誌の各誌で、1994 年 1 月から 2006
年 10 月までの記事から、総数 20 件以上の公開情報を持つ企業とした。
上記により、選定した研究対象企業は、トヨタ自動車、パナソニック(松下電器産業)、
デンソー、NEC、コニカミノルタ、コマツ、サンデンの各社である。尚、サンデンは、
近年海外現地法人のデミング賞受賞促進を通し、品質経営をグローバルに進めていること
に着目し研究対象企業として取り上げた(表 4.2 参照)。
表4.2 品質経営実践企業
品質経営度ランキング
企業名
トヨタ自動車
松下電器産業
デンソー
コニカミノルタ
NEC
コマツ
サンデン
2005年 2004年 2005年 2004年
順位
順位 評価点 評価点
1
2
5
8
11
28
58
3
1
10
2
4
9
30
69.4
69.2
67.7
67.1
66.7
62
57.8
70.6
74.5
66.7
74
70.3
66.8
61.8
品質活動への取組みと情報の公開
品質
主要品質賞実績
クオリ
標準
日本品 デミン D賞関
QC
ENGI
Q
公開情
品質 ティマ
化と品
質管理 グ賞実 連企業
サーク
NEER フォー 報数
管理 ネジメ
質管
賞
施賞 受賞数
ル
S
ラム (合計)
ント
理
(年) (年) (社)
12
23
7
37
26
2
4
4
2
3
9
17
1
21
5
11
21
10
19
13
24
26
8
32
5
1
3
7
20
1
3
11
12
5
0
*文献調査期間 1994.1.~2006.10.
40
10
5
4
2
6
0
2
43
1
16
9
32
1
9
118
21
73
85
101
33
42
70
73
81
02
65
66
61
55,'96
52
64
98
17
1
4
7
5
4
4.2 品質経営を支えるクオリティ教育の分析
本節では、品質経営実践企業7社の戦後 60 余年にわたる、各社のクオリティ教育の分
析とその特質について述べる。
4.2.1 品質経営実践企業のクオリティ教育の特質
調査各社の戦後のクオリティ教育の概要を、各社に行ったクオリティ教育に関するイン
タビュー調査、社史および前出(4.1.3.2 節)の各種文献を元に各社の品質経営の世代変化
が起こった時期とその間に行われたクオリティ教育の変遷を調査した。
この調査により、各社が品質経営を確立する間、何度かにわたり経営革新を果たし、そ
の過程でクオリティ教育が経営課題解決に重要な役割を果たしてきたことが判明した(仮
説 4.1 に対応)。以下に各社のクオリティ教育を述べる。(表 4.3 参照)
4.2.1.1 トヨタ自動車のクオリティ教育
トヨタ自動車におけるクオリティ教育の歴史的変遷と、さらにその中で特徴のある展開
を示したSQC教育について、以下に述べる。
(1) 歴史的変遷
トヨタ自動車のクオリティ教育の原点[67] [68]は豊田佐吉翁の創業理念まで遡る。SQ
Cへの取組は 1949 年に検査部門への抜取り検査法の適用による検査の合理化に着手し、
さらに管理図、実験計画法の適用などを図り、つづく 1951 年には製造部門への適用も進
めて第一世代のクオリティ教育の起点となった。1950 年代当時は必ずしも、突出したクオ
リティ教育の先端企業ではなく、トヨタ生産方式(TPS)の内部展開が先行していた。
本格的取組は急速な販売増に伴う、臨時工や新人の急増、組織の拡大、生産車種の多様化
および品質安定化の課題を背景に 1961 年、国内でも先駆的にTQC導入宣言を[68]行っ
て第二世代クオリティ教育が始まった。ここでは品質管理、方針管理、日常管理、QCサ
ークルの各教育を本格実施[67]し、1965 年デミング賞を獲得した。特にその柱となった機
能別管理教育はその後の国内各社のベンチマーク対象となった。更に 1970 年には日本品
質管理賞を受賞した。クオリティ教育の基盤はこの時期に築かれ、教育の内製化とグルー
プ企業へのTPS経営革新を通じて強力な教育伝播を行い、傑出したトヨタグループの品
質実現力を形成した。その後も不断の改善を積み重ね、1990 年代にはサイエンスSQC
[28]と称し、業務成果に直結し時代にマッチした品質管理教育に改定した。特に、オール
トヨタの高度専門家と数千名に及ぶ技術スタッフ育成を意図し、対象層別に教育内容、受
講時間、担当講師の専門レベル、付与課題および運営方法を7段階に分けて実践的に展開
し、課題解決の実務に強いグループ人材の育成に組織的に着手した。更に、1995 年のTQ
M宣言[84]以降クオリティ教育にも質的変化が見られ、第三世代クオリティ教育が本格化
した。その傾向は 2000 年以降顕著となる。2002 年「グローバルビジョン 2010 年」[84]
発表以降QCサークルも現地の文化・風土に即した支援の方策について南アフリカTSA
41
表4.3 クオリティ教育の進化と変遷 年代
クオリティの進化
40 50
60
主なクオリテ対象 ものづくり黎明期
クオリティ教育世代
80
SQC研究開始1949
/ TQM
/ /
デミング賞受賞'66 SE研修
/ QE第二世代
長期人材育成方針 [86]
M電器工学院
デミング賞受賞'61 社内QC教育開始 実験計画法導入'51 QCサークル グローバル経営研修
/ QE第三世代
[86] トップ品質学習
総合品質ロスコスト教育[54]
FMEA
/ QE第三世代
PL専門委員会設置
初期流動管
CS向上特別委員会'94
TQC導入'82
PM優秀事業所
プロセス改善活動
KQM移行'97
/ QE第二世代
デミング賞受賞'56
社内ベーシックコース設置
/ QE第三世代
ISO9000導入
デミング賞受賞'96
品質工学
GHQによるSQC指導'46[56]
CMMIレベル5達成'03
ISO9000導入
SQC(管理図など)'47
クオリティ作戦開始
SWQC(ソフトウェア品質)教育[24
(システムSW事本)
QE第一世代
/ QE第二世代
/ QE第三世代
デミング賞受賞'52
デミング賞挑戦示達1
日本経営品質賞(半導体事業部)
デミング賞挑戦示達2 CS品質社長賞創設
サプライヤ品質監査教育
ZD運動
日本品質管理賞受賞'73
経営品質社長賞創設
JQA(NECフィールディングス)
マルA対策[42]
[45]ダントツ商品開発
マルB活動[42] マルU活動
QE第一世代 / QE第二世代
建設機械
コマツ
1955 SQC研究 TQC開始[註1]
[38]
QC指導会 旗管理 方針管理
デミング賞受賞'60
SQC 1955頃[註1]
QE第一世代
自動車機器
マネジメント革新
内部品質監査教育/グローバル標準教育
品質機能展開
QCサークル導入'63
NEC
[64] QS9000取得'96
方針管理、小集団、品質保証'82[註1] 戦略的方針管理、機能別管理'97[註1]
1954[註1]
QE第一世代
通信機器
ものづくり革新[24]
TQM移行
管理図・抜取検査制度化'52 工程能力調[64] 品質工学’79 品質技術教育
SQC導入(管理図、抜取検査)'54
コニカミノルタ
/第3世代クオリティ教育
TQC宣言'61(品質管理,方針管理,日常管理,QCサークル)
TQM移行[84]
ToyotaWay[52]
/[67] QE第二世代
/ QE第三世代
デミング賞受賞'65 考える人つくり
QS9000
グローバル生産推進C
不良品の生産防止 品質工学 サイエンスSQC[26] MAST開発・導入
機能別管理
設計の標準化着手'53
情報機器
知創造展開期
第2世代クオリティ教育
[64] QE第一世代 / QE第二世代
自動車部品
デンソー
2000~
90後半
/ 開発・サービス展開期
第1世代クオリティ教育
SQC 1947 [註1]
QE第一世代
経営方針発表会
90前半
/ TQC
/ ものづくり展開期
SQC 1949
QE第一世代
自動車 トヨタ TPS 生産の見える化
電器 松下
70
QC 抜取検査 / QE第三世代
最適仕様車教育
[32
追跡車情報システム教育[90]
日本品質管理賞受賞'81
科学的需要予測教育'03
ものづくり教育'01
ISO9000'93
海外現地指導者教育
TQC導入'86 STQM宣言'94 STQMグローバル展開宣言'98
[80] / QE第二世 [80] / QE第三世代
品質経営海外移転教育 QC指導会
サンデン
方針管理・小集団・SQC
デミング賞受賞'98 TPMワールドクラス賞
設計FMEA/ 保証度日本品質管理賞受賞'02
*QE:クオリティ教育の略
*[註1]:インタビュー調査 [№]:参考文献番号に対応
M社をモデルに徹底研究を重ね、その成果は拡大する海外事業体の教育に反映された。ま
た同社は同業他社の経営危機を自戒とし、全社職場マネジメント力の徹底的な再点検を行
ない、内部マネジメント力強化の必要性を見定め、品質経営の自己評価の独自プログラム
MAST[87]を管理者マネジメント教育と統合して開始した。さらには Toyota Way( 2001)
[87]に基づくトヨタ流ものづくりを世界各地の現地スタッフの育成を通じて実現するため
の教育を本格的に開始した。昨今の同社グループのクオリティ教育は、自律的問題解決力
を持った組織づくりを基軸に、グローバルな展開を経営トップの指導のもと着実に進めて
いる。
42
(2)SQC教育
トヨタ自動車におけるSQC教育展開には、特徴ある2つの活動時期が認められる。そ
の第一は、SQC教育に本格的に全社で取組んだ時期(1960 年から 1965 年)と、SQC
教育の本格的再構築を図った時期(1980 年代後半から 1990 年代中半)の2つの時期であ
る。前者はSQC教育をイノベーション・ツールとして実践的に活用できるようになるま
での時期であり、後者はオールトヨタの広汎な職務領域への量的、質的展開を図った時期
である。
1960 年以降の急激な市場拡大・生産台数の急増を背景に、人員の増加と組織の拡大をも
たらし、新型モデルチェンジ(新型コロナRT40 型)の展開に品質上の経営課題[18]を生
じた。これを機にSQC教育への取組みを本格化した。この導入時期は、さらに詳細に検
討すると、三段階を経て組織能力の形成・蓄積・発揮へと繋がっていることがわかる。
第一段階(1961 年頃)では、水野滋、木暮正夫、草場郁郎、大場興一、古川靖等当時のT
QCの権威者を動員したSQC教育から開始された。権威者による教育は、その後3年8
ヶ月にわたり、延べ 1860 時間にわたるSQC教育、品質管理の考え方を現場の作業者に
いたるまで徹底した啓蒙教育として展開された。これにより、
「検査による品質確保」から
「品質を工程で作りこむ」考え方に転換し、クレームや手直しによる不良半減の経営課題
を達成した。ただし、この段階では、製造部門の推進度合いにくらべ、関連する事務間接
部門、技術部門の推進と連携は十分ではなかったとされる。品質目標は、国際的水準の品
質確保が掲げられ、品質管理部がトップ主導の下その推進に当った。
第二段階(1963 年頃)では、社内専門家の育成が推進され、統計的手法の適用水準の向上
が志向され、新型RT40 車の生産立ち上がりの円滑化が戦略テーマとされた。部門間連携
も機能別管理の思想を明確化し、特に、原価管理と品質保証を2本の柱とし、人事管理と
事務管理を加えた4機能を中心に展開された。品質機能強化のため、全社戦略スタッフ機
能を有する企画調査室が設置され、この組織が重要な牽引役を担った。
第三段階(1965 年頃)では、さらにきめの細かいより広範なクオリティ教育が展開された。
品質活動の一貫性を高めるために、トヨタ自動車販売、協力工場を含めた取組みが推進さ
れ、その推進機関としてQC推進本部が設置された。QC推進本部は、副社長を本部長と
する常任委員5名(後に 10 名に増員)からなり、QC計画の立案・推進と、QC教育普
及・指導を強力に推進した。こうした活動の中で、社内事情に精通した専門家の果たした
役割は大きい。1966 年第一回オールトヨタ品質管理大会が開催され、グループ企業の学習
の場を強化するものとなった。
その後、同社のSQC教育はその重要性が経営トップ含めて共通の認識として確立され、
同社の階層別職種別教育体系の中に位置づけられ、綿々とした継続的人材育成が展開され
た。さらにそれより約 30 年を経て、1988 年にSQC教育の再構築[26]が始まった。その
再構築は、技術革新の到来を背景として、技術者を対象に実践的応用を重視した取組みか
らスタートし、全社的なSQC教育の見直し展開へと発展した。この再構築では、SQC
43
表4・4 技術実施段階とSQCの対応・評価 ('88~'93年)
(● 活用・効果;実績あり)
調
査
●
●
企
画
●
●
☆
製
品
開
発
●
●
☆
技
術
研
究
●
●
開
発
管
理
●
●
☆
機
能
設
計
●
●
計
☆
信 頼 性 設 計
●
●
原
価
設
計
●
●
設
計
評
・
評
価
・
管
生
理
産
技
術
造
●
数
量
化
理
論
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
ノ
ン
パ
ラ
メ
ト
リ
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
☆
実
験
評
価
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
設
計
管
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
☆
工
程
設
計
●
●
生
産
管
理
●
●
☆
SQC 手 法 評 価
理 論 と 実 態
◆
生
5
★
5
★
4
●
●
●
●
○
△
●
●
●
●
○
△
4
△
×
5
★
△
△
5
★
△
△
5
★
×
×
5
★
○
△
4
△
△
5
○
△
4
×
×
5
○
△
4
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
略
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
効
用
評
価
○
○
△
△
△
○
○
○
○
○
△
△
△
△
用
途
開
発
◆
◆
◆
◆
◆
◆
◆
◆
◆
性
●
●
●
産
要
×
×
●
品 質 の 検 査
重
△
△
●
●
●
●
●
●
●
●
●
シ
ン
技
法
●
●
理
レ
そ
の
他
管理手法
「固有技術×SQC」評価
新 F
F そ 「S」の効用 「S」のPRと ★
Q M
T の
評価
用途開発 重
点
C
A 他
E
部
7
A
能
浸
P
門
用
つ
力
透
R
途
道
評
度
必
開
具
価
要
発
性
●
価
開発・生産準備
シ
ミ
●
試 作 , 評 価
☆
最
適
化
手
法
ク
手
法
☆
・
製
質
時
系
列
解
析
手
法
(
場
品
実
験
計
画
法
(
設
●
市
抜
取
検
査
法
ョ
品
階
製
画
製品開発・研究
段
管
理
図
法
ッ
企
施
サ
ン
プ
リ
ン
グ
手
法
)
実
門
基
礎
的
統
計
手
法
)
部
製
Q
C
7
つ
道
具
類
ュ ー
分
数理手法
信 官 多
頼 能 変
性 検 量
解 査 解
析 手 析
手 法
量
法
●
略
△
△
5
★
×
5
★
3
●
○
○
●
●
○
○
○
○
○あり
△不十分
×不明
出典資料[25]
表4・5 SQC手法の活用と効果
経 緯
活 用
(1) 技 術 分 野
新
技
術
新
(2) 成
果
(3) 固 有 技 術
向
上
(4) SQC 活 用
工
第1フェイズ
('88~'90)
△
(◎大 ○中 △小)
第2フェイズ 第3フェイズ
('91~'92)
('93~ )
○
◎
法
△
○
◎
ネ ッ ク 技 術
○
◎
◎
継
○
題
△
○
品
続
課
質
○
◎
◎
原
価
△
○
◎
◎
生
産
納
期
△
○
施
設
環
境
△
○
○
開 発 期 間 短 縮
△
◎
◎
定 性 → 定 量 化
○
◎
◎
新事実,新知見
△
○
◎
経験技術の検証
○
◎
◎
技 術 の 財 産 化
△
○
◎
活 用 レ ベ ル
基本(初級) 組合せ(中級) 応用(上級)
統 計 手 法 一 般
○
◎
実 験 計 画 法
△
○
◎
多 変 量 解 析 法
△
○
◎
信 頼 性 解 析 法
△
○
○
出典資料[25]
44
◎
★
△
●
○
★
3
5
4
3
特に必要
必要
教育がデータ解析偏重とならぬよう実践的活用を重視し、特に、固有技術との連動が図れ
るように、技術開発の早い段階から、技術の進展に適合した内容へ転換された。実践的活
用の推進に向け、研究、技術、生産の3部門に、役員レベルの部門連絡会を設け、方針を
設定し、新SQC教育の推進とフォローが行われた。さらに、3部門に自主的な企画・運
営の出来る部門事務局を配置し、加えて、部単位の「SQC世話人制度」を設けて全技術
者を支援出来る体制を整えた。この時の取り組みも、三段階で推進している。
第一段階(1988 年から 1990 年頃)は、SQCを活用する技術者への浸透が重視され、顕
在する問題を中心に、品質解析力を高める取組みが行われた。
第二段階(1991 年から 1992 年頃)は、ものづくりだけではなく開発部門への取組みも活
発化し、多変量解析やFMEA、FTA手法など他の手法との連動活用が展開された。
第三段階(1993 年から 1995 年頃)には、技術部門のみならず、快適職場づくりや安全管
理のほか潜在的問題や予測制御分野まで、応用分野の広い独自性のある展開を遂げた。
この取組みは、時代の変化を反映し、自社内の技術分野にとどまることなく、研究会活
動や徹底した教育を通して、オールトヨタの広汎な職務領域への量的、質的展開を果たし、
新SQC教育の本格的再構築を実現した。この取組みは、サイエンスSQCと称され、多
くの企業からベストプラクティスとしてベンチマークの対象とされた。この実現に向けて、
オールトヨタの高度専門家と数千名に及ぶ技術スタッフ育成が企図され、対象層別に、即
ち、対象者の熟達のレベルに応じて教育内容、受講時間、担当講師の専門レベル、付与課
題および運営方法を7段階に分けて実践的に展開された。また指導的役割を担う社内専門
家には外部の専門教授などの応援を受け再度質的強化を図る機会を設け、現場での課題解
決の実務に強いグループ人材の育成に、グループを挙げて組織的な展開を行った。このS
QC再構築は対象部門毎に展開された。将に戦略的に組織能力の強化を図った活動の一覧
を表 4.4 に示す。さらにその組織能力としての評価結果を表 4.5 に示す。重要な技術基盤
との連携によりコア技術に沿った戦略的能力の強化を伺い知ることのできる評価結果とな
っている。
4.2.1.2 パナソニック(松下電器)のクオリティ教育
松下電器もまた創業者松下幸之助の人づくりの企業精神[86]を綿々と受け継いでいる。
第一世代のクオリティ教育としてSQCへの取組もGHQの指導下、1947 年に開始された。
1960 年制定の長期人材育成方針[86]は世の中に 10 年以上突出している。1966 年にはデミ
ング賞事業部賞を受賞し、この頃TQCを指向し、第二世代クオリティ教育が始まった。
営業・セールスエンジニアへのクオリティ教育に着手したのも早かった。また電子部品工
業の特性から、いち早く、PPM管理を指向し内部の管理技術とクオリティ教育を統合し
高度な課題に挑戦する基盤を作った。PPM管理教育はその後の各社のベンチマーク事項
の一つとなった。近年、経営激変下に断行された中村社長による構造改革(2001 年)[33]
前後に第三世代のクオリティ教育が本格化した。グローバル経営研修、ものづくり研修は
45
じめ、総合品質コスト教育[54]や品質経営を自己評価できる管理職の養成など組織の自律
性を追及したクオリティ教育を展開している。更には、経営幹部を対象に「品質大学習」
[33]と呼ばれる年度末の合宿研修では、開発、生産、販売部門の組織責任者が一同に会し、
組織変革を伴ったクオリティ教育をトップが中心となって行うなど注目される。また近年、
グローバル垂直立ち上げの品質教育推進のため、外部人材の登用やグローバル協業企業と
連携したクオリティ教育の展開も開始しており注目される。
4.2.1.3 デンソーのクオリティ教育
同社では戦後の創業期にSQCへの取組みをトヨタグループの中でいち早くクオリティ
教育を開始した[64]。実験計画法、管理図、抜取検査の制度化(1952 年)、設計の標準化
(1953 年)など先駆的取組を経て 1961 年デミング賞を受賞した。初期流動管理教育[64]
はその後各社のベンチマーク対象となった。その頃第二世代クオリティ教育が始まった。
その後もPL、品質工学、ISO9000、QS9000 など早い時期に各教育の内部導入を行
っている。1995 年のTQM移行宣言に前後して第三世代クオリティ教育が開始され、内部
品質監査教育、品質経営マネジメントプロセス評価教育[64](2000 年)、世界に卓越した
パーフェクトクオリティ、グローバル標準づくり[64]等を実施した。同社では特に、電装
モジュール開発企業として設計・評価段階の設計FMEA教育や複合ストレス解析教育の
ほか製造段階の工程保証度教育および作業者の工程プロ(専門職)教育などが、技術教育、
技能教育と連携して階層別・体系的に展開されている。特にクオリティ教育の柱として、
管理者SQC教育を必須教育として展開し、職場での問題解決力や実践力を高めている。
更に、オールトヨタSQC研究会やSQCアドバンストコースと連動した実務者支援コー
ス、更には上級SQCコースを設け、信頼性診断、故障解析、最適化手法など現場力を高
める職場の専門家育成に特徴を持っている。
4.2.1.4 コニカミノルタのクオリティ教育
同社のクオリティ教育は戦後 1954 年のSQC導入を機に、管理図、抜取検査、実験計
画法等の第一世代クオリティ教育が開始された。同社は 1956 年と 1996 年の二度にわたり
デミング賞を受賞した企業でもある。同社のQCサークルは、日本のQCサークル誕生と
共に活動を開始した。また長年に渉り経営トップを含む階層別QC教育、小集団・QCサ
ークル活動を先駆的に展開してきた企業の一つである。教育の内部展開は社内で養成した
QC教育の専門家集団が行った。1982 年TQC宣言と共に方針管理、品質保証、小集団活
動を柱として第二世代クオリティ教育に移行した。この時期は、SQCの専門家育成のた
め、日本科学技術連盟主催のSQCベーシックコースに毎年数名の若手技術者が派遣され
た。派遣者は各技術部門の中核的次世代を担う人材から、人事部門と各部門で毎年約4カ
月に渡り実施される職務分類と称される人材の質的評価システムの中で厳選された。同コ
ースへの派遣者は、1年間の受講後、同コース先輩OB技術者と共に社内トレーナーとし
46
て自己研鑽を求められた。これにより内部技術課題に精通した専門家集団が誕生した。
さらに 10 余年を経過する中、技術革新と事業の急速な拡大に伴い、1996 年の2度目の
デミング賞受賞を機に再度、時代に則したSQC教育の再構築が図られた。特に、専門家
集団の連携と結集を図るとともに実践活用をさらに重視し、職場管理職からの支援体制強
化と管理職の再教育も実施された。さらにSQC専門家が、課題を抱える職場まで直接出
かけ、現地指導を行う体制を強化し、SQC現場支援活動として、各社のベンチマークの
対象となった。
品質工学[48] [50] [77]にも、1980 年代の早くから取組みを開始した。中核となった人材
は、自から志願し、品質工学を技術者教育体系の一環として位置づけ、社内専門教育機関
(略称コニカカレッジ)にて専門コースを開設した。同教育も、職場活用と実践展開を重
視し、全社技術部門より選抜専門委員が1年間にわたる受講者の課題ごとの実践指導を集
合教育を挟みながら展開した。さらに技術役員を委員長とする全社技術部門を動員した委
員会を設置し、品質工学の創始者、田口玄一とその中核スタッフ数名からなる外部専門家
の直接指導を 10 年以上受け高度な専門家集団を層厚く養成し、さらに内部展開を確実な
ものとした。専門家集団は研究チームを形成し、事例研究を通し課題解決能力を涵養する
と共に、効果的な教育方法の開発、支援教材の開発などに重要な役割を現在も果たしてい
る。取組の状況と技術的効果性の一端を、図 4.1、4.2 に示す。
同社はまた技術開発型企業として、人と組織の創造性や「場」の変革教育[46]には 1987
年から着手した。それまで多くの技術者に対する創造性教育は、主に欧米を起点とする論
理思考のトレーニングや、発想法ツールの適用ないしはセンシティビティ・トレーニング
をベースとした組織開発がその主流であったが、同社の取組みは「場」の形成プロセスと
個の特性に立ち入った取り組みとされる。関連する教育として、特にヒューマンアセスメ
ント教育(1976 年)、キャリア開発教育(1989 年)、エンパワーメント教育(1993 年)が連動し
て展開されている。そのほか、1994 年から始まった経営幹部選抜教育と 1996 年から始ま
った基幹技術分野横断の技術者教育(社内呼称、技術者フォーラム)では失敗学の研究な
どナレッジ開発に特徴を持っている。これらは第三世代のクオリティ教育につながる取組
みで、世の中に 10 年前後先駆けたものとしてベンチマーク対象の教育となった。第三世
代のクオリティ教育への移行は、1997 年のKQM宣言と共に戦略的方針管理、機能別管理
を柱として始った。また 1996 年の二度目のデミング賞受賞を機に、SQC教育の再強化
にも着手し、専門家の養成とSQC専門家チームによる実地指導体制の強化・推進を図っ
ている。また経営統合(2003 年)を経てグローバル生産体制強化に向けプロセス改善活動と
称するグローバル小集団教育や主力デジタル事業の海外現地調達先・取引先の人材育成を
意図した自己診断に基づくクオリティ教育(2004 年)の推進など注目される。いずれも、海
外事業体の自律的経営活動を支援するクオリティ教育として展開されている。
47
品質工学 延べ受講者数
コニカミノルタ
3000
人数
2500
2000
1500
受講者数
1000
500
0
90年 92年
95年 98年 01年 04年
図 4.1
品質工学延べ受講者数
外部発表受賞推移 コニカミノルタ
日本品質工学会 発表賞
(銀賞2〜4件,金賞1件)
日本品質工学会発表大会受賞件数推移
金(4ポイント)
銀(1ポイント)
25
20
15
10
5
0
1993
1995
1997
図 4.2
1999
2001
2003
外部発表受賞推移
48
2005
4.2.1.5 NECのクオリティ教育
戦後いち早く 1946 年に、同社のクオリティ教育はGHQの戦略産業支援策の一環として
他業界に先行して進められた。社内の専門家を講師にSQC[56] 、管理図等の第一世代ク
オリティ教育から始まった。デミング賞受賞も 1952 年と早く、日本品質管理賞受賞は 1973
年であった。1965 年にZD運動、1972 年には製品・サービスに限らず企業活動全般を対
象にしたクオリティ作戦を推進しつつ第二世代クオリティ教育を展開した[57]。同社の特
徴は特に、トップの強力なリーダーシップのもと、NECグループ全体に徹底して、10 年
以上にわたる本格的なクオリティ教育浸透の方針が出され、順次グループ企業各社がデミ
ング賞へ挑戦する機会となったことにある。これにより、同社グループ企業の層の厚いク
オリティ教育の重要な基盤がこの時期形成された。さらに 1970 年代から 1980 年代にかけ
ては、日米半導体競争に凌ぎを削ることとなり、新製品の迅速立ち上げ、高額設備の徹底
活用、200 工程以上に上る多段階生産プロセスの品質とコストの改善など、品質革新を果
たすことは重要な経営課題の一つであった。この時期に品質機能展開教育やFMEA教育、
さらにはソフトウェア品質教育[24]など独自に展開された。さらに、1990 年代に入り、一
層の製品開発のリードタイムの短縮が求められる中、良質の製品・サービスの提供に向け、
同時並行開発のためのコンカレントエンジニアリングを可能とする高品位設計のための教
育などが展開された。この時期は更に 1993 年前後よりCS(顧客満足度)研究やマルコ
ムボルドリッジ国家品質賞等の知見を自社の経営品質教育に展開し、世に先んじて第三世
代クオリティ教育に着手した。CMMIレベル5の達成のための教育や独自のCS教育お
よびグローバル経営下でのグローバル調達、クオリティ監査教育など独自のクオリティ評
価手法・実践方法・専門指導組織を育みながら、トップ・ミドル・専門実務家[56]等層の
厚い充実したクオリティ教育を展開している。これらのクオリティ教育は中核グループ企
業を対象に、コーポレート・ユニバーシティがその教育支援に当っている。
4.2.1.6 コマツのクオリティ教育
同社で本格的なQC教育が開始されたのは、1961 年に始まる全社特別プロジェクト(社
内呼称:マルA対策)[42]展開時に石川馨以下9名の専門家による指導を受けて、本社企
画本部に教育委員会を設置して以降のことである。ここに同社のその後、品質のDNA[78]
とまで呼ばれる第一世代クオリティ教育が開始された。関税障壁撤廃を控え世界企業のキ
ャタピラー社と歴然としたと言われる主力製品(中型ブルドーザー)の性能格差を2年以
内の短期間で同等以上を目指すという困難な状況を背景に、強力なトップ主導のもと集中
的クオリティ教育が実施された。同社主力の粟津工場では、技術系は 13 日間、事務系は 3
日間を中心に部課長の約 70%が「マネジメントコース」を受講し、係長は 55%が「ベー
シックコース」または社内特別コースによりSQC、実験計画法を学び、職班長の 80%以
上には 10 から 20 時間の管理図、工程管理教育[78]が、集中的に社内展開された。それを
機に、小松製作所工科学校卒業者が中心となってQC討論会を職場研究会として開始し、
49
それが後の同社のQCサークルに発展したと言われる。特にマルA対策時には、我国初と
なる実機 105 台による実験計画法を加味した客先の市場耐久性テスト教育を実施し、2 年
半で驚異的な主力製品の世界的品質レベルを獲得するに至った。1961 年には取引先の小松
会へのクオリティ教育も開始された。1964 年デミング賞受賞時には既にTQCの視点を一
部持ちはじめており、旗管理方式による管理点教育も内部展開が始まった。これは後に方
針管理へと発展する重要な取組みであった。実質的なTQCの展開は、1976 年の総合品質
と信頼性向上を狙ったマルB活動からである。製品に信頼性目標と総合品質目標を設定し、
ワールドワイドの客先にフィールド調査と分析およびモニター教育を展開した。この活動
は同社のクオリティ教育のレベルを飛躍的に向上させた。同社では、ディーラーに対する
クオリティ教育、信頼性教育を浸透させるに当り、独自に小松賞を設け、ビジネスパート
ナーにもまた品質経営の基盤を提供した。そこでは、営業部門のクオリティ教育、PDC
A教育、問題解決技法の教育に留まらず、経営トップの方針教育、顧客ニーズ把握のため
の言語情報の分析・活用状況の指導まで行っていた。この時期に第二世代クオリティ教育
が大きく進展した。1981 年には更に日本品質管理賞を受賞した。当時としては、経営の質
に着目し、サービスの信頼性教育を顧客と共に行う取組みは世の中に 10 年以上先行した
ものであった。
第三世代のクオリティ教育の萌芽は既に、顧客を包含する信頼性教育の中に散見される
が、同社では、TQC活動への経営トップの舵取りの修正の時期を経ることとなり、戦略
的経営をTQMを展望しつつ本格的に取組みを開始したのは、経営トップが明確なビジョ
ンを示して以降であった。即ち、坂根社長によるアジア戦略を柱とした経営のグローバル
化の取組みの中で 2000 年前後に開始された。この第三世代のクオリティ教育の推進は、
坂根社長が先述のマルB活動の展開時に経営目標の中に製品の信頼性を導入する際の中心
的役割を担っていたことと無関係ではない。2001 年以降、世界にダントツの商品開発[45]
を柱にグローバルな品質確保教育やグローバルな経営幹部教育に、コマツ・ウェイ教育と
して取組んでいる。
4.2.1.7 サンデンのクオリティ教育
同社では戦後の創業時期から技術重視の企業として第一世代のSQC教育を開始した。
その後の業績伸長期も品質重視企業として知られた。事業の拡大期 1986 年に事業基盤強
化を目的に、方針管理、小集団、SQCを柱としたTQC活動をコニカミノルタの運動形
態を参考に導入し第二世代のクオリティ教育[80]を開始した。劇的変革は 1994 年の経営
危機を経て、1998 年のSTQMグローバル宣言[80]以降のことであり、そこから第三世代
クオリティ教育が本格化した。SQC社内専門スタッフによるQA道場やベーシックコー
スの展開はじめ、品質経営自己評価方法の教育展開[80]などを行い、デミング賞ないしそ
れに準ずる各国経営品質賞に挑戦すると言う価値観を共有し、実行は現地法人の自律性を
重視したクオリティ教育を展開している。この取組みは毎年本社スタッフにより監査され、
50
各国の経営者の品質経営活動の目標となっている。さらに、経営の成熟度評価教育、品質
コスト教育、プロセス保証度教育、グローバルなQCサークル教育など教育内容やその展
開方法は、現地企業の独自性を高めたグローバルな教育を展開している。特に、アジア・
太平洋地域では、関連する 26 の企業が共通の経営基盤の評価指標を独自に設け、経営者
の相互診断による問題発見と解決を主体的に展開し、経営幹部の研鑽の場となっている。
そこでは、管理点、処置限界、結果系指標の理解をはじめ、自律的問題解決の促進や企業
間連携が促進される。品質経営の基準と基盤となる教育ツールの提供に留め、ゴールを示
しながら現地企業の自律的教育と経営を推進している。
上記各社のクオリティ教育の世代転換点における経営課題を表 4.6 に示す。
表4.6 クオリティ教育の世代転換点と主要経営課題
企業名
第一世代 から 第二世代へ
1961年頃
トヨタ自動車
パナソニック
デンソー
コニカミノルタ
NEC
コマツ
サンデン
第二世代 から 第三世代へ
[67]
1990年代後半 [84]
量的急拡大 モデルチェンジ品質安定化 不良撲滅推進 グローバル現地化経営急速拡大と自立的体制整備
1960年代前半 [註1]
1990年代末頃 [86]
ものづくり生産体制強化 家電製品開発、販売力強化
破壊的創造によるグローバル超製造業化(連結ものづくり)
1960年頃 [註1]
1995年頃 [64]
量的拡大と質的安定化
世界一競争体制づくり 量と質の拡大
1970年頃 [註1]
1997年頃 [註1]
新経営体制確立 情報機器事業基盤強化
デジタル事業転換
1960~1970頃 [57]
1993年頃 [56]
大量生産ロスゼロ追及とTQC
ソリューション経営実現の経営品質
1963頃 [42]
1990年代末頃 [45]
主力製品競争力確保 国際競争力強化
グローバルアジア戦略とダントツ経営実現
1986年頃 [80]
1998年頃 [80]
経営危機克服
グローバル経営革新
*[註1]:インタビュー調査 [№]:参考文献番号に対応
4.2.2 経営革新との関わりで見た各世代クオリィ教育の特質
品質経営実践企業のクオリティ教育の世代転換時期、即ち、クオリティ教育世代の進化
した時期は、前節 4.2.1 の各社のクオリティ教育の中で概観した。その結果、この転換時
期は、総じて日本の一般の企業が同じクオリティ教育世代に到達した時期よりも、早い時
期に実現されていることが分った。更にクオリティ教育の世代転換時期は、各社の重要な
経営課題の推進実行時期と良く符合した(表 4.6 参照)。
以下に各世代別クオリティ教育の経営革新との関わり方とその特質について代表事例を
含めて述べる。
51
4.2.2.1 第一世代のクオリティ教育
戦後 1946 年、GHQ による統計的品質管理(SQC)の指導にはじまり、1950 年のデミン
グ博士[70] [74]による財界人・経営者を対象とした「上級品質管理講習会」、さらにはデュ
ラン博士の企業指導等[43] [65]を起点として製造業を中心に、日本での近代的クオリティ
教育[31] [41]がその黎明期を迎えた。
第一世代のクオリティ教育は、主に製造品質に焦点を当てた、ものづくりのクオリティ
改善の取組みを中心に展開された。多くの日本企業が戦後から 1970~80 年にかけて取組
んだ教育である。戦後間もなくは各社が輸出競争に耐え得る製品品質確保に腐心し、その
後は更に、1960 年前後の国内関税障壁撤廃に呼応した海外有力企業との競争に晒された時
期の取組である。この時期、企業体質強化、品質管理強化に向け多くの企業でクオリティ
教育に必死に取組み、それがその後の品質立国日本を支える礎となった。
その代表的事例を、戦後一貫して建設機械国内トップメーカーを保ちつづけている株式
会社小松製作所(以下、コマツと略称)に見ることが出来る。
コマツは、1962 年、当時関税障壁撤廃、資本自由化の政府決定の中、米国の世界トップ
メーカーであるキャタピラー社の日本上陸の脅威に直面していた。米国キャタピラー社は
日本国内有力機械メーカー数社を調査・交渉の後、新三菱重工㈱と資本提携を行い、三菱
キャタピラ社として同年、日本上陸を開始した。当時、日米の建設機械分野での品質、技
術格差は歴然とし、コマツの命運は風前とささやかれていた。そうした中、コマツはトッ
プ主導のもと特別全社プロジェクト作戦(前出社内呼称、マルA作戦[42])を展開し、Q
C界の指導者、石川馨氏等からの直接指導を仰ぎながら経営の基軸にQCを据えることを
宣言し活動を開始した。徹底した実機による客先での長時間耐久性試験[42] [90]の導入や、
顧客情報の収集、新材料・新技術開発に挑戦し、僅か2年強と言う極めて限られたかつ、
危機的状況下で競合に対抗し得る製品開発に成功した。更に、ビフォアサービス、アフタ
サービス、顧客トレーニング教育を開発徹底しその根幹にクオリティ教育を置いた。部門
間の連携や情報の一元化、顧客視点からのプロセス改善、プロセス評価指標やPDCAサ
イクルなど、第二品質世代のTQCの根底となる取組みと関連する教育の萌芽がこの世代
のクオリティ教育により形成された。同社では、1963 年現場第一線監督者による「職場研
究会」が発展する形でQCサークル活動を開始した。
第一世代のクオリティ教育としては、SQC教育のほか実験計画法教育、QCサークル
教育などクオリティの基本思想やものの見方・考え方の原点となる教育がその中心となっ
た。またその教育の浸透のためには組織としての意思決定と専門的キーマンの養成および
管理職を重点とした階層別の実践教育の展開も特徴となっている。
4.2.2.2 第二世代のクオリティ教育
第二世代のクオリティ教育は、1970 年代後半から 1990 年代前半の教育が該当する。第
二世代では、クオリティの対象が、ものづくりの生産現場にとどまらず、開発、サービス
52
[14]、間接部門へと拡大し、TQC としてクオリティ教育が企業のさまざまなプロセス革新
に適用された。代表的事例を情報機器メーカー、コニカミノルタに見ることができる。
同社の第二世代のクオリティ教育は、1982 年の事業構造転換を目指した経営トップによ
るTQC宣言を契機に質的な変化を開始した。とりわけ技術開発型企業の同社にあっては、
技術担当役員が「研究の研究」を標榜し、技術開発部門がTQCの取組みのトリガー的役
割を果たした。なかでも中核事業である材料事業や情報機器事業の開発部門ではコンカレ
ント開発による製品開発期間短縮や効率化を研究したほか、技術開発のプロセス革新の試
行錯誤を重ねながらQC的取組みが導入された。特筆すべき取組みの一つとして品質工学
[77]が挙げられる。開発方針と開発体制をトップダウンで支え、技術開発とノウハウ共有
をボトムアップで自発的活動として推進した。更に、経営トップの関与を全社横断体制と
全社重要経営課題としてその位置づけを明確にした。加えて、品質工学の世界的権威であ
り創始者の田口玄一氏等の定期的継続的指導を仰ぎながら、10 年余で 3000 名を超える中
核技術者に、分野を超えて層の厚い教育を徹底し、社内浸透と重点化の取組みを行なった。
開発期間短縮・試作レスへの挑戦、高信頼性の技術獲得など業界トップクラスの製品開発
を展開した。なかでも、戦略事業と位置づけ他社を先行し続けた重合法トナーの開発では、
設計、生産、市場展開で熾烈な競争を続ける同業界の中で技術的にも先導的な役割を果た
した。品質工学では国内トップクラスの授賞実績を重さねるに留まらず、他業種指導にも
当たっている。また同社では技術開発型企業として、人・組織の創造性発揮[46]とマネジ
メント革新や「場」のマネジメント[29]にも 1990 年頃の早い時期から取組んでいること
も注目に値する。
第二世代のクオリティ教育では、分野毎の専門性を更に高め、FMEA、FTA、PL、
PS、ソフトウェア品質、品質工学など対象のプロセス構造や固有技術を深化させる取組
みが広く展開された。上記以外にも、方針管理、N7、新N7、CS、ES、魅力品質、
品質機能展開、間接部門のQCなど重要な概念や手法が数多く開発され、複雑な現象解明
や複数プロセス間のクオリティ革新にこれらの教育が重要な役割を果たした。更に、クオ
リティ教育は企業グループや主要ビジネスパートナーとの連動と広がりが求められること
になった。経営課題の体系的展開と付加価値プロセスの構造的見直しは方針管理を中心と
した教育で重点化され、実務課題の改善はQCサークル等のクオリティ教育が担うことが
多く見られる。またその教育の効果的実践のためには組織間連携と組織動員力やより高度
の専門家の存在と継続的と教育展開が重要さを増している。
4.2.2.3 第三世代のクオリティ教育
第三世代のクオリティ教育は、主に 1990 年代後半以降の教育が該当する。第三世代では、
クオリティの対象が、グローバルなステークホルダーとの関係性を含む経営システム全体
となる。従って、経営システムのコンポーネント一つひとつのクオリティと同時に、グロ
ーバルな全体最適や持続的成長、環境経営適合性など社会的質も求められる。更に、グロ
53
ーバルに俊敏で自律性の高い、環境変化への対応と経営革新を指向したクオリティ教育が
一層重要さを増している。
代表的事例は、グローバルビジネスの中で競争力を培っている、トヨタ自動車、デンソ
ー、サンデンなど自動車産業およびその関連事業領域に見い出すことが出来る。グローバ
ルにビジネス拡大を続けるトヨタ自動車では、経営の基盤となる「Toyota Way」
(2001 年)
を定め、いわゆるトヨタ生産方式や作業標準、技術ノウハウ伝承を世界各地の現地スタッ
フに教育・伝授する「グローバル生産推進センター」[52]を国内に設置した。また方針管
理を軸に、組織の自己診断を可能としたMASTと称される自律的マネジメント改善手法
を、グループ企業と連動し、展開している。デンソーでは、品質経営のグローバル標準を
定め、製品の世界同時垂直立ち上げとクオリティの強化の取組みを始めた。また、サンデ
ンでは経営品質成熟度をグローバル企業目標として定め、それを支えるIE教育、TPM、
品質監査活動、工程保証活動などをワールドワイドで展開し、特に、組織成熟度を加味し
たセルフアセスメントを中心に浸透を図り、組織の自律的支援をベースとした活動を推進
している。いづれも現場、現物、現実に即した取組みを行い、かつ、そのクオリティ教育
は経営戦略と軌を一にしている。
第三世代のクオリティ教育では、時間的、空間的、情報的連結性を高め、組織間の連動
性が重要性を増している。かつ環境変化への適応性のためには一層、関連組織の自律性と
戦略的連携が重要となっている。
4.2.2.4 リーディング企業の経営課題と第三世代のクオリティ教育
第三世代のクオリティ教育の今後の方向性を探る意味から、リーディング企業の背景と
なる経営課題と現在取組んでいるクオリティ教育の概要を述べる。(表 4.7 参照)
表4.7 リーディング企業の経営課題と第三世代のクオリティ教育
主要クオリティ教育
背景となる経営課題
各社の取組状況
(1)グローバル経営の加速・強化に対応した教育
世界同一品質、垂直立ち上げ/スピード経営
サプライヤー品質監査教育(トヨタ、松下、NEC、コニカミノルタ)
(設計・生産・調達・販売のグローバル化)
グローバル・ベストのQCD実現
サプライヤーマネジメント教育(松下、NEC、トヨタ、デンソー)
グローバル・トラブル対応力強化
(2)IT、Network System Integrationの拡大への対応教育 品質・環境経営強化
(3)ソリューションビジネスの拡大への対応教育
(4)革新的商品・サービス開発力強化教育
海外QCサークル(コマツ、コニカミノルタ,トヨタ,デンソー、松下、サンデン)
リスクマネジメント教育(各社)
CSR経営強化
コンプライアンス教育(NEC、各社)
プロジェクト型業務によるスピードと質革新
プロジェクトマネジメント教育(各社)
システム成熟度の高度化対応
システムインテグレーション技術教育(NEC、松下)
コンサルティング能力強化・革新
CS満足度分析と改善教育(NEC、松下)
サプライチェーンの付加価値革新
バリューチェーン分析教育(各社)
コラボレーションによる価値創造
CMMIプロジェクトマネジメント教育(NEC、松下)
顧客志向・顧客価値実現強化
顧客視点のQC教育(各社)
個と組織のブレークスルー/ナレッジ経営推進
場のマネジメント、創造性開発(NEC、コニカミノルタ)
コンカレントによる開発期間短縮
人を中心とした教育(メンタリング、コーチング)(各社)
品質工学(コニカミノルタ、トヨタ、デンソー、松下)
(5)ものづくり体制の再構築教育
世界標準の技能・現場力の強化
マザー工場機能集中・セル生産・コア工法教育(トヨタ、松下、デンソー)
労働力の多様化対応(派遣・請負・流動化)推進
経営成熟度診断に対応したTPM・5S・SQC教育(サンデン)
*表5は各社インタビュー調査および文献調査により作成 参考文献[17][19][20][21][22][23][24][25][26][27][28][30][31][32][33][34][35][39][40][41]
54
主な取組みを整理すると以下の共通した特徴が見られる。
(1)グローバル経営の加速・強化(設計・生産・調達の現地化、グローバル化)に対応し
た教育
海外での安定した品質つくり込みと世界同時開発・生産・販売に向け、戦略的に養成し
たアセッサーによる品質監査教育、海外調達先への品質指導教育、サプライヤマネジメン
ト教育、QC サークル教育などの現地の多様性を尊重し、かつ現地と一体となった教育を
一層重視して展開している。更に、開発、販売、物流などの同時グローバル展開教育など
が始まっている。
(2)IT、NetworkSystemIntegration 拡大への対応教育
システムインテグレーションの拡大と高度化に向け、対象とするプロセスを再定義し、
ナレッジを共有し、新たな情報価値を創造する教育も始まっている。プロジェクト管理教
育、事業や品質リスクの管理教育、プロセスレビューとシステム成熟度の診断教育などの
価値創造型教育が、ソフト開発分野を中心に展開されている。
(3)ソリューションビジネスの拡大への対応教育
業種を超えたアライアンスや協業の促進や、ボーダーを越えたプロセス革新力強化の要
請、あるいは直接の顧客理解のほか顧客の理解と価値のある提案力・実行力強化に向けて、
システム販売企画力教育、CS 満足度改善力養成教育、品質チェーンマネジメント教育、
バリュープロセス改善教育など多様な顧客の課題解決を指向する教育を展開している。
(4)革新的商品・サービス開発力強化教育
ブレークスルー型の商品開発、サービス開発に向け、品質工学[77]、顧客視点の QC 教
育、戦略的方針管理教育、プロジェクト管理教育のほか、人を中心としたメンタリングや
コーチング教育、
「場」のマネジメント教育[29]、動機付けを重視したプロセス改善教育な
どが重要となっている。クオリティ教育のクオリティそのものがプロセスの高度化と共に
進化することが求められており、その基本は、商品開発やサービス開発力強化の根底には
人への教育が不可欠との認識があると理解される。特にこの分野では、感性教育も重視さ
れる傾向にある。
(5)ものづくり体制の再強化教育
ものづくりのための教育は、2つの側面を新たに持ちはじめている。一つは生産現場の
主力を過度に海外依存を高めたことへの反省と、国内マザー工場機能の強化の2側面であ
る。そのベースとして5S教育、IE教育、TPM教育、SQC教育[25]など基本となる
クオリティ教育の再徹底を図っている。更に、労働力の多様化や団塊世代を中心とした現
場スキル・技能の喪失への対処を含め、世界をリードし続けるための現場力の強化、スキ
ルの伝承・ブラシュアップも重要となっている。各社、ものづくりの強化・革新の一環と
して、各社のコアコンピタンスに沿った教育展開を開始している。
以上のように、先進的な品質経営を推進している企業のクオリティ教育の現状は、まさ
に経営課題と不可分に戦略的に展開される様相を、今までにも増して強めている。
55
4.3 経営革新を実現する組織能力の形成・蓄積・発揮の要因
前節 4.2 では、第一にクオリティ教育は、各世代の品質経営(QC,TQC,TQM)
の管理特性に対応し、クオリティ教育そのものにも世代があり、進化・発展していること、
第二にリーディング企業各社のクオリティ教育は、経営革新を実現する上で、課題解決に
重要な役割を果たしていること、第三に、クオリティ教育は、目的を明確にし重点指向で
一貫性を持って、戦略的に実施されていることを述べた。
本節 4.3 では、経営革新を実現する組織能力はどのように育まれ、経営成果に結びつけ
られて行くのかを、組織能力の形成・蓄積・発揮として以下に述べる。
4.3.1 組織能力の形成・蓄積・発揮の分析の視点
経営革新を実現する組織能力を詳細に分析するに当たり、対象とする企業は 4.2 節で取
上げた7社の中から、公開情報が比較的豊富で、かつ詳細なインタビュー調査に協力をい
ただけた、トヨタ自動車、パナソニック、コニカミノルタ、コマツの4社についてさらに
以下の視点から分析を行った。
(1) 各社の各世代の品質経営(QC,TQC,TQM)の中で、各社は何を経営革新の
課題としていたのか、また、その背景には何があったのか、課題の難易度をどのよ
うに捉えていたのかを検討する。即ち、経営課題を特定する段階で、経営課題その
ものの捉え方の特徴の有無を検討する。これを、本論文では、「経営革新課題の特
定」と呼ぶ。
(2) 経営革新を実現するために、経営課題の解決を図る時、誰が、どのような課題を担
い、その課題解決のために必要とする能力をどのようにして獲得したのかを検討す
る。これを、本論文では、「組織能力の形成」の分析と呼ぶ。
(3) さらに、組織が一度獲得した課題解決能力を失うことなく、高く維持し続けるため
に、どのような「仕組み」によって組織の強みを強化しているのかを検討する。こ
れを、本論文では、「組織能力の蓄積」の分析と呼ぶ。
(4)さらに、組織が課題解決を実現するために、どのようなマネジメントを通して飛躍
的な課題解決を可能としているのかを検討する。これを、本論文では、「組織能力
の発揮」の分析と呼ぶ。
56
4.3.2 各社の経営革新と組織能力の形成・蓄積・発揮の特質
各社の各世代の品質経営(QC,TQC,TQM)の「経営革新課題の特定」、「組織能
力の形成」、「組織能力の蓄積」、「組織能力の発揮」について、課題の発見と解決の二つの
側面から以下に述べる。a項目の「経営革新課題の特定」は課題発見に関わる分析であり、
b項目の「組織能力の形成」、c項目の「組織能力の蓄積」、d項目の「組織能力の発揮」
は、いずれも課題解決に関わる分析である。
4.3.2.1 トヨタ自動車の経営革新と組織能力の特質
(1)第一世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
トヨタ自動車の第一世代の品質経営(戦後から 1960 年まで)は、同社が自動車事業に
進出し、10 余年の創業期に当たり、かつ、戦中の軍需体制からの脱却の時期であり、当時
の重点課題は「生産能率の向上」と、変動の大きい「在庫の大幅圧縮と事業採算の向上」
に向けられていた。この課題は、TPS(トヨタ生産方式)の確立によって解決されてゆ
くが、この課題を後工程引取り方式、一個流し平準化生産、かんばん方式として解決する
までに 10 年以上を要し、今日なお変革と進化を続けている。
b.組織能力の形成
組織能力の形成の主力は、生産工程におけるTPS(トヨタ生産方式)の中核工場にお
ける展開から始まった。大野耐一氏等を中心に、TPSそのものを徐々に展開拡大するこ
と自体が生産部門の経営課題そのものを解決に導いた。また、創意工夫を推奨するための
提案活動も現場の問題発見と解決の能力を育むベースとなった。さらにSQC教育なども
検査部門中心に展開されたが、当時は抜き取り検査が中心でその時点では必ずしも有力な
課題解決の方策との認識は得られていなかった。
c.組織能力の蓄積
主要な仕組みは、「TPS」に凝縮されたほか、「検査の標準化」等が図られた。「提案
活動」(1951 年)は同社の改善風土を醸成する上で大切な仕組みとなった。いずれも、現
場、現物での実践活動の中の「仕組み」として展開された。
d.組織能力の発揮
課題解決のマネジメントは、「TPS」を基軸にこの時期にライン管理者の能率教育と
一体になって展開された。
「TPS」の取り組みが広く日本企業の中で知られる四半世紀も
前にこの取り組みは開始された。その進取性、主体性、中核性は大野耐一氏等の活動を抜
きには成立し得なかったと言える。加えて、創業時からの、ものの品質だけでなく、業務
の運営の質を重視する姿勢は一貫して同社のマネジメントの姿勢として貫かれている。
(2)第二世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第二世代の品質経営(1961 年から 1990 年代前半まで)は、1961 年のTQC導入宣言
57
に始まり、国内市場の急増による生産車種の多様化、組織急拡大、大量の臨時工の採用な
ど同社の今日の基盤を形成する時期に相当する。主要な課題とし「中核工場群の安定量産
体制確立」を戦略モデルチェンジ車の品質課題の短期解決と併せて展開した。折しも資本
自由化を控え、
「国際水準の新車開発と品質・コスト競争力強化」および自動車業界の第一
次再編を機に、
「オールトヨタの業務革新力」が課題とされた。開発、生産、販売、アフタ
ーサービスのバリューチェーンの全プロセスにわたる革新が対象とされた。
b.組織能力の形成
この時期の取組みは、品質第一の思想転換に、経営トップの強力な意思決定のもと、本
格的な品質教育が重点的に全社にわたり、さらにはオールトヨタにわたり展開された。ト
ヨタグループが優れた品質を実現する基盤を形成した重要な時期に相当する。4.2.1.1 節に
詳述した通りである。
c.組織能力の蓄積
組織能力の蓄積もこの時期活発に展開された。「オールトヨタQC連絡会」の果たした
役割は大きい。その第一は、独自の概念発明になる「機能別管理」をオールトヨタ各社と
の連動を含めて、品質革新の基盤の構築を果たしたことにある。第二は、その一部にもな
る「オールトヨタQC連絡会」により品質関連の役員および主要な部課長を連動し、オー
ルトヨタの品質保証、バリューアナリシス、相互品質診断によるレベルの高い管理能力を
年々の動きの中で獲得したことにある。加えて、その下部組織として「SQC研究会」、
「Q
Cサークル交流会」も編成され、現場第一線の問題解決能力を向上させた。
d.組織能力の発揮
組織の能力を引き出すための推進方策として「推進マスタープラン」「個別実施項目の
実施要領」とその進捗フォローを明示化し、その後のTQC活動に大きな示唆を与えた。
さらにまた、デミング賞実施賞の中で明らかにされた、横断的な組織能力を高める「機能
別管理」をはじめ、管理を「方針管理」と「日常管理」に明分する取組みは、経営者の責
任と第一線現場の責任を明確にし、経営革新の重点化を考える上で示唆的取組みとなった。
これらの活動のいずれについても、進取性、戦略性、中核性、主体性、機敏性、責任性を
マネジメントの特徴として展開された。特にこの時期の課題発見と解決の組織を挙げての
取組みが歴史的に見てもオールトヨタの組織能力の発揮に大きく影響したと考えられる。
(3)第三世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第三世代の品質経営(1990 年代中半から以降)は、自動車業界のグローバルな再編淘汰
が進む中、
「グローバルな生産、開発、販売体制の構築」
「自立的組織経営の推進」
「環境経
営の推進」など重要な課題としている。
b.組織能力の形成、蓄積、発揮
組織能力の重点を、個人および組織の両面において、主体性と自律性に置いた取組みを
この時期展開している。グローバル生産センターでは、海外現地責任者を育成し、TPS
58
やトヨタ流仕事の分析や問題解決手法を徹底して教育し、その実践展開は現地責任者に委
託している。またトヨタ流業務革新は「MAST」は、職場組織と組織責任者の自律性を
高めるマネジャー教育の一環として展開し一貫性のある組織能力を形成している。さらに
個人のスキル強化のためには分野別階層別のOJTを含む人材育成プログラムが展開され
ている。
c.組織能力の蓄積
前b.項でも述べた「グローバル生産センター」では、トヨタ流仕事の分析や問題解決
手法を海外現地責任者が学び、技術移転を促進する教材と指導法が開発されている。さら
に「グローバルなQCサークル活動」も基本思想は同様であり、またトヨタ流業務革新の
「MAST」も、マニュアルとその自己評価のための評価指標の抽出が明文化されている。
d.組織能力の発揮
「グローバル生産センター」、「MAST」さらに「グローバルなQCサークル活動」も
基本思想は同様であり、自己革新をベースとして展開されていることは、前出 4.2.1.1 に
述べた通りである。マネジメントの進取性、戦略性、中核性、機敏性は益々重要となり、
世界のトップに位置する同社にあって、多様性を持った経営革新が引き続き今後も重要な
能力強化領域となる。
4.3.2.2 パナソニックの経営革新と組織能力の特質
(1)第一世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
同社の第一世代の品質経営(戦後から 1960 年代前半まで)は、戦後の混乱期から民需
転換と生産合理化を中心として、
「 ものづくり生産体制整備・構築」が喫緊の課題とされた。
さらにラジオ、テレビ、洗濯機などの家電ブームを背景に「家電製品開発、生産、販売力
強化」が課題とされた。
b.組織能力の形成、蓄積、発揮
同社の創業以来、人づくりの方針のもと、創業以来続く同社の経営トップの教育への強
い想いに支えられ、役員幹部の再教育から、一般社員の教育に到るまで、戦後の復興期を
起点に再開された。
c.組織能力の蓄積
戦後の経営の基盤づくりに向け「科学的経営」に加え、
「重役会の訓練」
「職長訓練」
(1949
年)、「セールス教育」(1954 年)など、経営トップの主導によって課題解決力を組織とし
て確実ににする仕組みの展開が行われた。
d.組織能力の発揮
家電新工場増強展開に対応し、品質管理、管理監督者教育を自社版教育プログラムを独
自に開発し、社内インストラクターの養成を図り展開。営業専門教育の開発を行うなど、
自社事業の戦略に沿った、進取性、戦略性と中核性の高い組織能力マネジメントを展開し
59
た。組織の自律性への配慮はすでにこの時代から見られ、経営計画、技術革新動向、組織
管理など当時の最新の経営管理の基本を組織の中核者に教育された。
(2)第二世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第二世代の品質経営(1960 年半ばから 1990 年代末まで)は業容拡大と同時に、関税障
壁撤廃、ニクソンショック、その後の円高・空洞化など背景に、電子部品事業の強化展開
を含め、大きな時代変化をくぐりぬけた時代で「ものづくりの品質体制強化」
「国際的コス
ト競争力強化」を主要な課題とし、「海外現地生産体制拠点の展開」、「技術革新への対応」
など併せて実施された。特に、半導体を中心に電子部品の技術革新は熾烈を極めた。
b.組織能力の形成
組織能力の強化は、明確に人材育成に焦点が当てられ、急成長する国内事業分野のみな
らず海外展開に対応した実践的、体験的教育が展開された。さらにこの時期、同社グルー
プ企業の業容発展も重なり、グループ企業の人材育成が強力に展開された時期である。
c.組織能力の蓄積
この時期、「長期人材育成方針」(1960 年)に基づき、「教育訓練要綱」に則った計画的
職種別階層別教育が展開された。さらに「ナショナル学園」
(1962 年)、
「松下商学院」
(1970
年)など販売店と連動する組織能力の開発を実行し、営業部門へのQC教育にも着手し、
営業部門の課題発見と解決力の強化を意図した。
d.組織能力の発揮
営業部門に加えて、さらに、製造部門では全社横断の「人材育成委員会」(1973 年)を
設け、メカトロニクスの人材養成を展開した。この時期、人材方針には、自から学ぶ人材
の育成明確に掲げ、自発性を重視したマネジメントが強化された。教育対象組織の広がり
や戦略的意図など、同社の新規事業領域の課題解決など多面的な能力開発を推進した。進
取性、戦略性、自発性を強化するマネジメントを展開した。
(3)第三世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第三世代の品質経営(1990 年代末以降)は、技術革新の高度化、経営活動のグローバル
展開および、経営危機などを背景に「事業編成の再構築」および「グローバル事業展開力
の強化」が重点課題となり、この経営革新は現在進行中でもある。
b.組織能力の形成、蓄積、発揮
特に、新規事業や重点事業分野への人材育成と実践展開をベースに、経営幹部の育成・
強化が図られるとともに、組織成員についても、個々人のチャレンジを促す人事制度の取
組みを強化した。組織能力の強化には、経営トップ自からが関与し、経営職の自覚的内部
変革を企図した取組みが展開された。
c.組織能力の蓄積
事業再編の企業戦略の転換を受け、
「事業場長研修」
(1994 年)にその先鞭的取組みが開
60
始された。さらに、企業の品質への取り組みの必要性を背景に、グローバルに経営幹部自
からが組織を挙げた取組を進めるに当たって、
「品質大学習」と称して、経営幹部がその課
題認識を深め、組織全体に変革行動を促す、特徴ある展開を図っている。組織の戦略性、
中核性、責任性を追及する独自性の高い取組みを展開している。
4.3.2.3 コニカミノルタの経営革新と組織能力の特質
(1)第一世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第一世代の品質経営(戦後から 1970 年代まで)は、戦後復興期には、
「主力事業の再建」
(カメラ、感光材料)を基軸に展開し、1960 年代以降海外有力企業との「国際的、品質・
コスト競争力の確保」を重点課題とした。併せて国内市場競合との「技術革新競争」が中
心となった。主力の写真感光材料事業で独自方式を開発するが、圧倒的市場支配力のある
海外競合他社の方式に先行を許し、国際競争力を確保するにはさらに第二世代までの時間
を必要とした。
b.組織能力の形成
破壊検査の困難な製品特性から、品質への取組みは早く、1951 年役員会にて品質管理を
経営管理手法とすることを決定し、1955 年には「科学的管理体制の整備」を事業戦略とし
た。さらに西堀栄三郎、田口玄一氏等から品質管理の指導を受け、専門家の養成に本格的
に取組み経営課題の解決に当たった。特に、QCサークル活動への取組みは早く 1963 年
からカメラ部門、フィルム部門での実施・展開が図られ、現場の問題解決能力の基盤を形
成した。
c.組織能力の蓄積
第一世代の中では、「品質管理教育体系」、主力事業部門における「QCサークル活動」、
「品質保証」などの仕組みにより、定常業務における問題解決能力の強化が図られ、社内
インストラクターの養成も併せて行われた。
d.組織能力の発揮
経営トップの主導による、経営戦略一部としての品質管理体制の強化を、事業基盤を強
化するための活動として推進した取組みは、当時としては先取的、中核的取組みの一つと
なった。
(2)第二世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第二世代の品質経営(1970 年代半ばから 1990 年代後半まで)の時期には、同社の経営
環境は激変を極めた。特に 1968 年の経営危機は、経営体制を一新させるものとなり「新
経営体制の確立、事業再構築」を重点とし、創業 100 年を超える「主力事業の変革」を重
点とした。経営体制の刷新とその成果の確認に約3年を要し、この体制を機に今日に続く
事業の再編と世界的競争力獲得の技術開発と生産・販売体制の変革が始まった。大河内賞
61
に認定された革新的生産技術をはじめ、様々な事業の変革は 10 年以上の継続的努力によ
り実現されている。
b.組織能力の形成
経営革新は組織開発と人材開発を重要な施策とし、技術開発型企業として、「人間尊重」
をビジョンに掲げ、「人材評価」と「計画的育成」をベースに事業の抜本改革を展開した。
当時の組織能力の形成は、組織開発と個人の自発性、主体性を課題解決を通じて実践的に
展開された。
c.組織能力の蓄積
この時期の様々な人間を中心に置いた平易な仕組みが、その後の同社が技術革新型企業
として、技術部門の課題解決能力を高める取組みを進める上で、有益な取組みとなった。
主な仕組みとして、
「社長談話会」、
「5分間ミーティング」、
「自己申告制度」など他社のベ
ンチマークになった施策を展開した。新規事業の構築もこの時期の重点人材育成策と連動
実施され今日の基盤を形成している。
d.組織能力の発揮
この時期の取組みは、組織を横断的に統合し、若手の提言を積極的に採用する主体性と
責任制を重視するマネジメントが展開されていた。新規事業分野への事業展開を果たすき
っかけとなった取り組みも、そうしたマネジメント行動と不可分の関係にあると思われる。
(3)第三世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第三世代の品質経営(1990 年代末以降)は、さならなる「事業変革と価値創造」への転
換を課題としている。創業以来のカメラ・写真感光材料事業から、経営統合を経て現在の
主力事業は殆どが、第二世代の新規事業として成果を得た情報機器・オプトデバイス事業
へと転換し、事業の基盤を「デジタル事業強化」に置いている。
b.組織能力の形成
経営の基盤としての人材開発への取組みは継続し、自発性と組織間の双発を企図した組
織能力の開発に早くから取組んでいる。次世代経営者の養成や部門を越えた次世代中核技
術者育成の「場」づくりなど、変革指向の教育が展開された。
c.組織能力の蓄積
「異業種技術者創造性」
(1993 年)
「選抜管理者研修」
(1994 年)を背景に、部門を越え
た中核技術者の「技術者フォーラム」
(1996 年)、経営者の変革を促すインフォーマル性を
重視した「エグゼクティブトップフォーラム」(1997 年)など、選抜と自己挑戦をベース
とし、事業戦略も視野に入れた仕組みづくりとその展開が模索された。
d.組織能力の発揮
実践的経営課題そのものを主題とし、組織開発を展望した組織能力の展開をこの時期の
特徴としている。エンパワーメントなど主体性、責任性を重視しながら、戦略性を追求し
ている。経営統合と事業の再編を図る中、同社の中核能力の再構築を推進しており、戦略
62
性と中核性をさらに明確にする試みを進めており、今後の展開が注目される。
4.3.2.4 コマツの経営革新と組織能力の特質
(1)第一世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第一世代の品質経営(戦後から 1960 年前半まで)では、戦前からの技術重視の経営を
基本として展開されたが、戦時下の技術喪失は大きく、海外建設機械メーカーに後塵を拝
していた。
「ものづくり生産体制構築」と「主力製品(ブルドーザー)の技術開発強化」が
主要な課題であった。この課題は約2年の歳月をかけて取組まれた。
b.組織能力の形成
関税障壁撤廃の先行対象分野となった同社は、事業の存亡をかけて、トップ主導のマル
A対策を実施した。4.2.2.1 で概要は述べた。その時点での組織能力の開発は、石川馨等外
部専門家9名に徹底した指導に依拠することとなった。同社の組織形成の起点は、将に、
経営基盤となるクオリティ教育そのものにあったと言える。
c.組織能力の蓄積
クオリティ教育は、ゼロからスタートする中、管理の基本となる「旗管理」「市場実機
耐久性試験」、「市場情報の収集と活用」を進める「ロードマン制度」など、新たな概念の
学習と実践が能力開発の場となった。各職務の展開の中で、課題解決能力を業務密着で蓄
積を果たしている。
d.組織能力の発揮
特に、未経験の領域において、難度の高い課題に、積極的に挑戦を行っている。特に組
織を超えた議論を深め、新たな課題解決の方策を生み、短時間における組織の品質革新を
可能としている。進取性、戦略性、機敏性を重視したマネジメントを実践している。
(2)第二世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第二世代の品質経営(1960 年代前半から 1990 年代末まで)は、同社が、国際競争力の
基盤を獲得し新たな事業展開を推進した時期である。当初は、国際競争力獲得のため「企
業水準を世界に通用する」、「能力開発の向上に努める」、「マーケッティング体制の強化」
をその主眼とした。
その後、
「品質、コスト、サービス、技術の高度化」を中心に、生産体制の弛みない革新が
当社の強みを形成している。信頼性の国際的競争力の獲得に約3年を要している。
b.組織能力の形成
同社の第二世代の特徴的革新は、マルB、マルC、マルD、マルE、マルUと称される
一連の組織横断プロジェクト型活動に集約されている。特にマルB活動では、組織能力を
実践現場での課題解決に求める活動を強力に展開した。
63
c.組織能力の蓄積
当時として特徴的であった取組みは、戦略経営目標に独自に定めた「信頼性目標」と「総
合品質目標」を導入したことにある。信頼性を軸に、課題解決能力を、技術課題、整備性、
アフターサービスの具体的課題の解決を通して、高めることが出来た。
d.組織能力の発揮
信頼性を獲得する課題解決に当たっては、国内外の実機の実情調査約 700 台を調査を元
に戦略と目標を定めた。組織能力の強化に向け、信頼性教育を徹底(1973 年)するほか、
工程能力学習会(1974 年)はじめ、「海外部品・サービス会議」(1974 年)など独自性の
高い実践教育を業務密着で展開した。戦略性、中核性、主体性、責任性にすぐれた組織能
力のマネジメントを展開した。
(3)第三世代の経営革新と組織能力
a.経営革新課題の特定
第三世代の品質経営(1990 年代末以降)は、国際競争の激化と円高進行を背景に、「グ
レート・アジア戦略の強化」によるアジア、中国圏の競争力強化が主題となり、併せて、
他社の追随を許さない「ダントツ商品開発強化」を掲げて、総合的品質重点戦略を展開し
ている。
b.組織能力の形成
同社は一時期、TQC活動への過剰対応から、その内部展開には最大の配慮が払われて
おり、技術開発型企業として、個人の創造的能力開発を重視する人材強化策を展開してい
る。さらに、グローバル経営人材を育成し、独自性のある他社からの追随を許さない商品
開発を、経営幹部の養成を通して実現しようとしている。
c.組織能力の蓄積
個人の創造的能力開発を重視する「技術人材強化」策を展開し、コア人材を明確化する
仕組みを持っている。さらに、
「コマツウェイ」を定め、その基本思想と経営判断、課題解
決能力を持った人材の育成を、海外を含むオールコマツの経営幹部養成の仕組みとしてそ
の実践・展開を進めている。
d.組織能力の発揮
事業戦略に沿った俊敏な企業経営を実現するため、リアルタイムな信頼性情報、稼動情
報を常時モニタリング出来る仕組みを介して、重要顧客との関係性と協調的課題解決能力
の獲得を追及している。グローバルな情報、物流革新に対応するトップの意思決定を包含
した組織能力の開発を重点課題として推進している。進取性、戦略性を重視したマネジメ
ントを推進している。
64
4.3.3 組織能力の形成・蓄積・発揮の特質
以上の4社の経営革新の歴史的評価から、経営革新を実現する組織能力の特質として、
以下のことが明らかとなった。
各社の経営革新のための経営課題が、どのようにして特定されたのか、組織能力がどの
ように具体的に形成され、仕組みとして蓄積し、どのように効果的に課題解決に向けて発
現・発揮されたのかについて、コマツのマルA、マルB活動、コニカミノルタの経営再建
および経営統合については直接関係者からの聴取の機会を得た。また、トヨタ自動車につ
いては当時の関係者豊田章一郎氏の講演録、パナソニックについては同社教育専門部門の
責任者のインタビューからの情報を統合し、文献調査も含めて、以下の結論に至った。
(1)経営革新における「経営課題の特定」
経営革新における課題発見に見られる特徴を、「経営課題」の特質として以下に述べる。
1.いずれの経営課題も、その取組みに着手する時点、即ち、経営革新に着手する時点
では、その時代状況の中にあって、難度の高い課題であった。
2.経営革新課題は、ニクソンショック、経済バブルの崩壊、為替変動など、予測性の
困難な事象で、状況変化が先行する外因性の要素の高い課題もあるが、一見外因的
と思われる課題も、暗黙の認識の中で、既に予見としてとらえられている内因的な
経営課題も多くみられた。例えば、マルAでは、外資の直接参入の脅威が変革行動
を起こしたが、自社の主力製品の劣勢は市場関係者からは既に指摘をされていた。
マルA対策活動により、改めて経営課題の前面に呈示されることとなった。また、
コニカミノルタの経営再建も、再建を果たし中興の祖となった西村龍介社長(当時)
の常務在任時の変革シナリオが再建課題としてその中心を成していた。その戦略は
少数精鋭、人間尊重をベースに、映像情報産業分野にファインケミカルと精密機器
の統合的革新を通して国際競争力の獲得を目指すものであった。
3.経営課題の課題認識は、上記を含めて、内部の経営資源への洞察がその重要な要素
を成している。経営環境からの洞察も併せて認識されているが、その認識において
も経営資源の内部ストックへの洞察と不可分と考えられる。
従って、歴史的に見た「経営課題」の意味においても、第3章で検討した、課題形成と
解決における、認知的意味の理解は、経営課題そのものを理解する上で、有益な示唆を内
包しているものと推察される。
(2)課題解決に見る「組織能力の形成」
経営革新の課題解決に見る「組織能力の形成」の特質を以下に述べる。
1.課題解決に到る、組織能力の形成では、トヨタ自動車、パナソニック、コニカミノ
ルタ、コマツのいずれにおいても、組織として知識、経験の乏しい新たな問題解決
手法の習得については、教育を通して、個人の能力を高める努力と同時に、その課
65
題に関係する、組織の関係者に対して、連動した教育の展開が不可欠となっている。
2.課題解決を実現可能とさせる能力の形成は、経営課題の構成要素を直接解くことに
よって、解きながら得られている。コマツのマルAでは 1600 項目の品質課題と 320
項目の技術革新課題を解くことにより製品革新を果たした。即ち、現実の課題を直
接解くことが課題解決力を高めることにつながると推察される。
3.経営課題の一部を担当することにより、その課題に参加した人々のモチベーション
は高く維持される。即ち、経営課題の意味を成員に細分化して明示することの重要
性が伺える。これは特にマルA、マルB活動の中で顕著に見られた。
(3)課題解決に見る「組織能力の蓄積」
経営革新の課題解決に見る「組織能力の蓄積」の特質を以下に述べる。
1.課題解決の経験は、各組織の中で「仕組み」として、各々の組織特有の言葉で定式
化され、明示化されている。代表的なものは、トヨタ自動車では「機能別管理」、
「方
針管理」、
「日常管理」など、またパナソニックでは「長期人材育成方針」、コニカミ
ノルタでは「技術者フォーラム」、コマツでは「QCサークル」などである。これら
は、仕組みとして各社内では共通の認識となり、どのような一連の活動が付帯する
かも理解されており、従って、その「仕組み」を介することで問題の実質的な解決
に時間を使うことが出来る。
2.しかしながら、
「仕組み」ですべての課題を解決できないことも言うまでもない。仕
組みには、仕組みを成立させる成立条件、前提条件があるからである。
(4)課題解決に見る「組織能力の発揮」
経営革新の課題解決に見る「組織能力の発揮」の特質を以下に述べる。
各社の組織能力発揮のマネジメントから、以下の6つの特質がベストプラクティスとして
表 4.8 により抽出された。
1.世の中に先んじた、教育の展開
課題の先取性を含め、同業が気づかなかった領域など、多くの場合、問題解決手
法も同時に試行錯誤しつつ開発しながら、同業者よりも一歩先の教育に取り組んで
いる。また同じ課題(例えば品質安定化)であれば、一世代先の経営革新に関わる
教育や、対象の複雑なプロセス連結度の高い難課題に取組んでいる。
コマツでは製造部門に初めてQCを導入した段階から工程検査だけでなく、客先
の耐久性テストの教育を行ったり、パナソニックでは社内の教育だけでなく、関連
する販売店の社員教育を進めている。あるいはコマツのマルBでは、顧客、開発、
生産を一貫した信頼性教育を展開したり、コニカミノルタでは試作レスを指向し、
層の厚い品質工学の展開を行っている。またグローバルなプロセスの同時高度化を
追求したトヨタ、松下電器など各社の世界同一品質や新製品世界同時立ち上げなど
66
に向けた、高信頼性、高精度、ハイスピ-ドな経営革新の取組みも注目される。各
社独自の英知の結集を図って取組んでおり、それだけに解決された課題を模倣困難
にし、価値を高め、代替を困難とし経営革新の努力に競争優位性を与えるものと理
解される。いわば、不確定な状況下でのマネジメントの進取性の重要性である。
2.経営戦略と一体になった教育の展開
各社では経営の危機、経営環境の激変、あるいは戦略事業競争力強化、グローバ
ル同時同質的経営革新の要請など、いずれも緊急・肝要な重要経営課題解決と具体
的な変革推進を担う活動の一環として、教育が問題解決の重要な方策として実践さ
れている。
トヨタ自動車の主力モデルチェンジ立ち上げ時の品質対応へのSQC教育の本格
展開、グローバル現地化経営急拡大に対応した自律的体制強化のためのグローバル
ものづくりや現地支援型教育の推進、パナソニックの 2000 年頃の経営危機を起点
とした事業再編やトップ主導の品質大学習、コニカミノルタの戦略事業強化のため
の品質工学、コマツの圧倒的な品質・技術格差に対処した品質管理教育や信頼性教
育など、戦略的な経営課題解決と密接不可分に教育が展開されており、各社共一つ
として例外を見なかった。即ち、マネジメントの戦略性の重要さが指摘される。
3.組織能力を高める教育へのトップのコミットメント
いずれの企業も、経営トップが経営者の意思として教育に強いリーダーシップを
発揮している。ビジョンや方針を示すに留まらず、最終意思決定者として教育に深
いコミットメントを行い、時に、特命の組織を編成し、組織間連携を加速させ、企
業風土変革への積極的関与など重要な役割を担っている。
同時に、経営トップが深く関わることが、経営課題と教育の連結性を高め、併せて、
経営リソースの重点化を可能にすると言える。即ち、経営トップの責任性である。
4.コア・コンピタンスに沿った組織能力の強化
各組織に、優れた「仕組み」として定着しているベストプラクティスは、各組織
の中核的能力の強化につながるものと推察される。トヨタ自動車の「機能別管理」
や「QCサークル」も、トヨタ自動車のTPSに効果性を発揮し得るからこそ、持
続的展開に意味があると理解される。即ち、マネジメントの中核性である。
5.環境変化への機敏性の強化
環境が変化する中で、新たな課題に対応できる組織能力は、時代の状況とともに
変化してゆく。トヨタ自動車のSQC教育が、時代の養成を受けてその実施方法、
展開方法に様々な変革を施していることなどに現れている。いわば、環境変化に対
応して組織能力のあり方そのものを問う、マネジメントの機敏性である。
6.組織能力を強化する責任体制の明確化とチェンジリーダーの存在
組織能力の強化策が、経営革新に結び着くためには、責任ある推進体制の確保と、
67
強化策を変革に結び付けてゆく、強く動機づけられたミドルチェンジリーダーの存
在を見逃すことが出来ない。これらは優れて、その組織に即した能力開発の戦略と
その具体的強化策を開発・展開する上で重要な役割を果たしている。他社の追随を
許さない独自性やシステムの高度化を支える変革推進力につながっている。組織の
内発的な価値実現力の源泉となる、マネジメントを支える自発性の重要性である。
(5) 経営課題の特定と組織能力の形成・蓄積・発揮の意味
以上の4社の経営革新の歴史的評価の中で分析した、「経営課題の特定」および「組織
能力の形成」、
「組織能力の蓄積」および「組織能力の発揮」は、以下のような意味を持つ。
即ち、「経営革新課題の特定」の対象となる経営課題は、各社が重要経営課題として特に、
資源を集中して企業の最大の努力を傾けて取組んだ課題であり、経営者の組織内外の環境
認識と意思決定を反映している。即ち、経営者の経営革新に対する認知そのものを、重要
な乗り越えるべき対象として言語的に明示したものと言える。
それに対して、
「組織能力の形成」とは、その課題解決のためにいかに能力を獲得したの
かを示すもので、本論文では、その主要な役割を、教育による課題解決能力の涵養が、重
要な役割を果たすことを示した。
さらに、
「組織能力の蓄積」では、一度獲得した組織の課題解決能力が、特定個人から組
織の中の共通の課題構造への一定の手順化された「仕組み」として、組織内に認知され、
組織能力として蓄積されることが、事例により確認された。
加えて、「組織能力の発揮」のためには、経営課題と個別の具体的課題解決行動をつな
ぐ、言わば、前3章で述べた、経営者の課題認知と組織成員の課題解決行動をつなぐ、
「気
づき」の共鳴・連鎖につながる、組織マネジメント行動が、経営革新の促進に不可欠なこ
とが、6つのベストプラクティスとしても明らかになった。
「気づき」の認知サイクルモデルに見られた、経営課題の発見と解決のプロセスが、時
系列的変革のプロセスの中でも、生じていることを示唆している。即ち、特定の経営革新
における、課題発見と解決に、
「気づき」の認知サイクルが適用されるだけではなく、長期
間にわたる経営革新の連鎖の中においても、
「 気づき」の認知サイクルが連動して展開され、
「気づき」を重視したマネジメント行動の重要性を示唆している。
この経営革新の課題発見と解決における、
「気づき」の認知について、課題を担う主体者
の認知の特徴から、4.3.4 節で「経営革新の課題の発見・解決の能力発現」として述べる。
68
表4.8
対象事例
組織能力発揮のベストプラクティス
トヨタ自動車
パナソニック
コニカミノルタ
コマツ
1.世の中に先んじた教育の展開
①
日本の産業界、 ・品質経営自己評価MASTを ・世界同一品質実現のた
・戦略的方針管理、自発的小
業界の中で先行 グループ企業と展開(Ⅲ)
め、グローバルマザー工場 集団活動と連動した、集中的
した取り組み
・グローバル推進センター核 標準化推進と高位平準化教 かつ継続的な品質工学推進と
に現地ものづくり人材育成 育(Ⅲ)
国内トップクラス実践展開(Ⅱ)
(Ⅲ)
・品質コスト教育(Ⅲ)
・エグゼクティブフォーラム(Ⅲ)
・機能別管理教育(Ⅱ)
・人材方針と営業教育(Ⅱ)
・部品開発、サービス分野への
実験計画法の先駆的適用と
ユーザー教育(Ⅰ)
・信頼性目標設定と教育(Ⅱ)
・QCサークル先駆開始(Ⅰ)
・JISより厳しい技術標準化(Ⅰ)
②
・オールトヨタQC連絡会(Ⅱ) ・品質情報一元化とグルー ・新規事業企画段階からの品
課題対象の拡
(SQC部会、QCサークル部 プ企業の高度活用(Ⅲ)
質工学の適用と教育(Ⅱ)
大、複雑性、連結 会)
・横断的技術者フォーラム(Ⅱ)
性、フィードバック
や構造化、進化
・顧客含むL32耐久性テストと総
合品質レベル(200項目)制定し、
商品価値尺度の内部教育を推
進(Ⅱ)
③
・グローバル品質の獲得
信頼性、精度、ス (Ⅲ)
ピード、質の革新
・製品耐久性、保証期間倍化
(Ⅰ)
・グローバル需要予測(Ⅲ)
・総合品質ロスコストによる ・開発試作期間の短縮(Ⅱ)
定量化推進(Ⅲ)
2.経営戦略と一体になった教育の展開
①
経営課題に直結 ・グローバル高品質、同時生 ・2000年以降の事業構造改 ・事業転換と戦略事業開発期 ・社運を賭け、世界の競合と互
した取組
産展開を教育推進(Ⅲ)
革の一翼を世界同一品質と 間短縮(Ⅱ)
角の製品耐久性追及(Ⅰ) ・世界
ポストセル生産で追及(Ⅲ)
水準の信頼性(Ⅱ)
②
経営課題解決の ・現地支援型教育指向(Ⅲ)
評価
・QCDDS目標の明確化推 ・情報機器、デジタル画像事業 ・品質目標2倍(Ⅰ)
進(Ⅲ)
分野の目標達成(Ⅱ)
・信頼性22%向上達成(Ⅱ)
3.組織能力を高める教育への経営トップのコミットメント
①
・方針の明示と経営者の教 ・重点経営課題とトップ診断
トップがビジョン・ ・オールトヨタの教育推進
(Ⅱ)
方針を示し、旗を (Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ)、Toyota Wayの 育へのコミットメント(Ⅰ~
Ⅲ)
見える化(Ⅲ)
振る
・マルA対策(Ⅰ),マルB活動
(Ⅱ)
・ダントツ商品社長専決(Ⅲ)
②
特別の推進体制 ・オールトヨタTQM推進部門 ・経営トップ、開発、生産、販
と徹底
による浸透と教育徹底(Ⅱ, 売責任者による品質大学習
Ⅲ)、セルフアセッサー20000 (Ⅲ)
名養成(Ⅲ)
・現地専門家の養成(Ⅲ)
・常務会直轄「品質対策室」、販
社「営業・サービスQC委員会」
設置(Ⅰ)および信頼性、機能
率、工程能力の内部教育(Ⅱ)
・石川馨氏ら9名の専門家によ
る指導(Ⅰ)
③
組織間連携
・部門一貫情報共有化(Ⅰ)
・全社共有化(Ⅱ)
・技術役員直轄と全社的推進
体制(Ⅱ)および教育体系化と
社内インストラクター会設置
(Ⅱ)
・田口玄一氏ら約10年に亘る
直接指導継続(Ⅱ)
・技術者教育(約3000名)(Ⅱ)
・オールトヨタ指向でノウハウ ・品質情報の一元化と活用 ・ノウハウ、成果の経営トップを
の公開と連携(Ⅱ,Ⅲ)
(Ⅱ,Ⅲ)
含む事業横断の場の定期開
催(Ⅱ)
4.コア・コンピタンスに沿った組織能力の強化
①
・TPSの進化と展開に併せて ・多段階、多工程PPM管理 ・ヒューマンアセスメント(Ⅱ)
中核能力の強化 展開(Ⅰ~Ⅲ)
(Ⅱ)
・信頼性能力強化(Ⅱ,Ⅲ)
5.環境変化への機敏性の強化
① 状況変化の俊敏
・SQC改革(Ⅱ、Ⅲ)
な取込み
・品質事故対応と品質大学 ・ガバナンス持株会社・委員会 ・マルA対策、マルB活動機会に
習(Ⅲ)
等設置革新と経営統合(Ⅲ) プロジェクト推進(Ⅰ~Ⅲ)
6.組織能力を強化する責任体制明確化とチェンジリーダーの存在
①
推進主体者の決 ・トップ、グループと連携でき ・専任スタッフによる専門的 ・推進事務局による、困難課題 ・専従者によるQC教育開始
関与(Ⅱ,Ⅲ)
の支援体制強化(Ⅱ)
(Ⅰ)、信頼性評価・システム化
意と困難課題の る専任スタッフ(Ⅱ,Ⅲ)
専任者(Ⅱ)
克服
*註:( )内のⅠ,Ⅱ,Ⅲは品質世代の第一、第二、第三世代に相当
69
4.3.4 経営革新の課題の発見・解決の能力発現
本節 4.3 で取上げた、4社の経営革新について、課題の発見と解決の視点から、課題の
発見と解決の能力がどのように、経営者と組織成員の間で発現するのかについて、検討し
た。その一例をコマツのマルA対策の経営革新について以下に述べる。
(1)課題の発見・解決と経営者および組織成員の行動
4社の経営革新について、課題発見と解決時に、経営者と組織成員はどのように課題解
決に取組んでいるかについて分析した。その一例を表 4.9 に示す。
課題発見プロセスでは、経営者はキャタピラ社の日本上陸を1~2年後と判断し、主力
製品の技術、品質、コストの格差を改めて認識した。その克服には社運を賭けた不退転の
取組みの必要性を厳しく認識することとなった。
また、課題解決プロセスでは、経営者は、政府への自由化期限の延長を業界を挙げて働
きかけ、同時に、全社プロジェクト(マルA対策)の実行を指示した。課題解決の方策に
ついて経営者は不案内であったが、部下の進言を受け当時世の中に知られはじめたばかり
の品質管理に基づく改革に、将来を託す決意をした。それにより、実験計画法の原理に従
い、105 台の実機による市場の長期モニタリング、耐久性テストなど品質管理の専門家の
意見を受け入れ、全社で取組む意思決定を行った。
一方、組織成員は、課題発見プロセスでは、新たな品質管理の学習から始め、それに基
づき、開発、生産、検査、市場サービスなどすべての業務において、事実に基づく課題発
見を行うことからスタートを切った。
さらに成員の課題解決プロセスでは、個別の担当業務の中で新たな手法を試行錯誤しな
がら、一つ一つの課題解決を図って行った。製品の開発に、約 1600 点の改善課題と 320
点の重要技術課題を解決し、約2年間で解決に導き、製品寿命を約2倍の1万時間、オー
バーホールの耐久性を 5000 時間にまで延ばすことのできる経営革新を果たし、競合同等
の製品確保を可能とした。
表4.9
課題の主体者
課題の発見と解決にみる 課題の主体者の関わり方
経営者
・資本自由化、米国キャタピラー社の゜
経営課題の発見
経営課題の解決
組織成員
・新しい「品質管理」の洗礼と
日本上陸まで、1~2年
学習の開始
・製品、技術、品質格差歴然
・各担当ごとの新しい事態
・新しい「品質管理」には不案内
基本設計、材料焼入条件
・品質管理専門家の意見受け入れ
検査方法、工程能力
・企業の存亡かけ不退転の決意
市場情報、耐久性テスト
・政府への認可延期の嘆願
・品質管理、実験計画法の適用
・全社マルA対策始動指示
評価手段、方法、目標の独自開発
・品質管理専門家への依頼
・1600点の対策項目
・実機による壮大なテストと情報収集
・320点の変動要因解析0
70
(2)課題の認知と課題の解決
経営課題の発見と解決プロセスにおいて、経営者と組織成員が、どのように自からの課
題に向き合い、課題をどのようにマネジメントしたのかについて、第3章の『「気づき」の
認知サイクル』モデルを適用し、分析した。その結果を表 4.10 に示す。以下にその概要を
述べる。
経営者は、経営課題の発見プロセスでは、経営革新の課題の本質に関わる課題の主体者
としての言動を示し、課題全体に対する「気づき」を生じている。その「気づき」の源泉
は、自からの環境認識としての「気づき」と同時に、組織成員からの(言わば、内部資源)
からの情報のフィードバックを根底に置いている。
経営者の課題解決プロセスでは、経営資源の方向付けと配分への意思決定の中核を成し、
同時に、課題を担う成員への支援行動が観察される。
一方、組織成員においては、課題発見プロセスでは、一つの原則に基づきながら(コマ
ツの場合は、製品品質革新の基軸)、自からの担当業務の中で、品質管理に基づく原理原則
との対比を事実データで確認し、経営者の支援も受けながら、解決すべき課題を明らかに
している。
さらに、成員は、課題解決プロセスでは、各自の担当課題そのものの主体的担い手とし
て課題を担い、課題解決に取組んでいる。この時、課題の解決が前後の関係者との連動の
中で行われる従来とは異質の課題解決行動に直面している。成員は、自からの担当課題を
基軸に、課題解決を図り、その課題解決の適否は、経営者が組織の壁を取り払うことによ
り、異質の組合せが促進され、課題解決を高めた。
即ち、経営革新の課題発見と解決プロセスにおいても、経営者の成員による『「気づき」
の認知サイクル』モデルを適用し得ることが確認された。
表4・10
課題の主体者
課題の認知の分析
経営者
組織成員
・全体の課題の形成の主体者
経営課題の発見
経営課題の解決
・第一線現場の個別課題への認識
・自からの戦略課題への「気づき」
・第一線の環境認知が、経営者の課題形成
・経営資源の現状への理解
に影響を与える
・組織のビジョンを成員に示す
・現場は事実情報に基づく認識
・資源配分への「気づき」
・個別課題の解決の主体者、実行者
・資源配分への意思決定
・経営者との「気づき」の共有・フィードバック
・経営者自からの課題解決
・成員間の「気づき」の共鳴、連鎖
・組織成員の課題解決の支援
・成員自からの自己フィードバック
71
4.4 考察とまとめ
本論文により、リーディング企業7社の品質革新とクオリティ教育の分析から、その特
徴として、第一に品質経営の進化に対応し、クオリティ教育も常に進歩・発展・進化して
いることが分った。そして常に教育は良く考え抜かれた方策で展開されていた。即ち、
「進
化する品質経営は、人材の質的高度かを教育を通して実現している」と言う第4章の仮説
4.1(P.37 参照)は、7社のクオリティ教育の歴史的評価により検証された。
第二にクオリティ教育が、各社の重要な経営課題を解決する上で、常に重要な役割を荷
っており、そのために組織能力の蓄積を「仕組み」として組織内に展開していることが分
かった。即ち、
「経営革新企業では、個人が培った課題解決の能力を組織として蓄積し、共
有・活用できる仕組みがある」と言う第4章の仮説 4.2(P.37 参照)は、独自性のある各社
のデミング賞のひかりもの管理技術の開発により検証された。
第三に、クオリティ教育は、目的を明確にし重点指向で一貫性を持って実施し、かつ環
境変化を反映し、戦略的に展開されていることが分った。このことは重要な経営資源(ス
トック型リソース)の一つである人材の特性と激変する経営環境の特質から、教育そのも
のが企業戦略や重要経営課題と連動して、TQMとして戦略的に推進することの重要性を
示唆していると言える。即ち、
「経営革新を実現する課題解決能力は、戦略的に形成する必
要がある」と言う第4章の仮説 4.4(P.37 参照)は、トヨタ自動車のSQCの戦略的革新の
取組みやコニカミノルタの品質工学への取組みにより検証された。
さらに、経営革新企業4社の経営革新を再度分析することにより、経営課題の発見と解
決を実現した組織能力の特質を明らかにした。即ち、
1.経営革新の課題を歴史的に分析すると、経営課題には、その企業の内部経営資源の
特質が表出されており、予見性の高い課題も少なくない。
2.組織能力の形成には、改めて、教育の果たす役割の大きなことが伺えた。特に、経
営革新を連動して引き起こす範囲を明確に捉え、共通基盤として実施するものと、
対象の特性に応じて重点的に実施すべきものの区分の重要性が示された。さらに、
戦略に対応して、現実の課題を取り扱うことの重要性、経営課題の意味を成員の視
点で細分化することの重要性が示唆された。
3.優れた実践事例は、ベストプラクティスとして組織の中に「仕組み」として共有さ
れ組織の独自の言葉で相互認識されていた。機能別管理、品質大学習、エグゼクテ
ィブフォーラム、ダントツ商品開発などにその実例が見られた。
4.組織能力を効果的に発揮させる、6つのマネジメントの特質が抽出された。即ち、
①世の中に先んじた、教育の展開
②経営戦略と一体になった教育の展開
③組織能力を高める教育へのトップのコミットメント
④コア・コンピタンスに沿った組織能力の強化
⑤環境変化への機敏な対応
72
⑥組織能力を強化する責任体制の明確化とチェンジリーダーの存在
これらの6つの特性は、各々主要な要素として、進取性、戦略性、責任性、中核性、
機敏性、自発性を示す重要な組織特性として抽出された。
即ち、「組織能力の形成・蓄積・発揮を成立させる、一般性の高いマネジメント上の特
質が存在する」と言う第4章の仮説 4.3(P.37 参照)は、上記の6つの共通性の高いマネジ
メント要素として抽出され、仮説 4.3 は検証された。
今後を展望する時、ビジネスのグローバル化の進展、コラボレーションによる新事業創
造と企業革新の加速、組織の独自能力を発揮させるためのアライアンスの増加、ベストプ
ラクティスの継続的変革など、これからの企業活動は益々ダイナミックな変革を厳しく求
められる。更に、迅速で同時に関連組織や関連システムとの高度な連結性と統合性をもっ
た、自律度の高い戦略的企業革新が重要さを増して来る。これらに対応する課題解決のた
めの組織能力の開発もまた関連する組織間での成熟度に応じた相互関連性の高いダイナミ
ックな取組みが求められて来ると言える。
経営環境の変化に対応し得る変革能力は、組織のビジネスプロセス即ち、価値創造プロ
セスとその価値創造プロセスを成立させる能力のレベルに大きく依存する。その原点は、
重要な経営資源(ストック型リソース)の一つである人材の質的高度化にあり、それを支
える重要な要素は、人の教育にあることが本研究で改めて確認された。
経営革新を推進する最大の源泉は、それを構成する人の創造性発揮と他者とのコラボレ
ーションにある。企業の中の人的リソースは常に、役割、組織編成、リーダーとチームの
関係性、対処すべき課題や競合企業との知識創造力の変化など、常に動態的に変化し続け
ている。そのために企業が、長期にわたり経営成果を上げ続けるためには、企業変革の源
泉としての教育に、重点指向の継続的教育投資をすることが、組織能力の強化にとってき
わめて重要となる。
本論文では、長田(2003)[36] の提唱した、クオリティの進化モデルに基づく考察と、
品質経営を実践するリーディング企業の組織能力を検討した。
本論文により、環境変化に対応し得る人材の質的高度化を実現する戦略的教育の重要性
が明らかになった。本論文で抽出され教育のベストプラクティスの成立要件を組織として
定着させ、かつ状況とともに変革させる組織能力のあり方とその支配的要因について、今
後更に実証的研究を進めることが重要と思われる。
73
第5章
結論と今後の展望
本章では、結論として本研究のまとめを述べ、次に経営成果に結びつく経営革新に求め
られる重要な戦略経営課題の発見と解決について今後の展望を述べる。
5.1 本論文のまとめ
本論文において、当初の研究目的に対して達成できた諸点は以下の通りである。
(1) 経営革新を促す組織能力を、重要な戦略経営課題の発見と解決の視点から、まず、
経営者の課題認知とマネジメント行動および組織成員が経営革新にどのように関
わるのかについて分析した。さらに、品質経営の実現のために直面した経営課題と
クオリティ教育による課題解決の実態を分析し、経営革新を、重要な戦略経営課題
の発見と解決の視点から新たに捉えることができた。これにより、従来の経営革新
の研究に欠けていた、経営業績に連動した経営革新のメカニズムを経営課題の発見
と解決の視点にから解明した。その結果、経営革新をマネジメントの対象と成し得
ることを明らかにした。即ち、「経営革新とは、戦略的な経営課題の発見と解決を
通して、新しい価値創造を果たすこと」と言う、第1章の仮説 1.1(P.2 参照)は、第
3章の経営革新企業 36 社および第4章の経営革新企業 4 社の分析により、検証さ
れた。
(2) 従来の経営革新の研究の中でも不足していた、経営革新の課題の発見と解決につい
て、認知心理学の視点から分析し、変化の激しい経営環境下で、経営革新を実現す
る、経営者の認知マネジメント行動を抽出した。
(3) 上記の経営課題の発見プロセスでは、経営者自らの認知転換を促す行動が、経営革
新のトリガーとなる課題発見の「気づき」を生み、課題解決プロセスでは、組織成
員の「気づき」の連鎖・連動を促す経営者のマネジメント行動が、経営革新に繋が
ることを明らかにした。即ち、「経営革新は、経営者の関与のみならず、組織成員
の関与のもと、連動して経営革新を促す組織能力が存在する」と言う、第1章の仮
説 1.2(P.4 参照)は、『「気づき」の認知サイクル』モデルにより検証された。
(4) 経営課題発見と課題解決のプロセスにおける、環境変化への『「気づき」の認知サ
イクル』をモデルとして提示した。これにより、経営革新に繋がる「気づき」の連
鎖と、その「気づき」の連鎖を経営管理行動として、マネジメントすることが、環
境変化を内在化させ、経営革新を導くことを明らかにした。これにより、経営シス
テムの長田モデルの、経営要素間をつなぐシステム連結性の一端は、人的リソース
の「気づき」の認知が担う可能性を示した。
(5) 長期的な時間軸において、クオリティ教育がどのように品質経営を実現するのか、
その実現プロセスを主要な品質経営実践企業について、戦後から今日まで歴史的に
調査・分析した。これにより、クオリティ教育が企業の広義の品質課題を解決する
手段として、組織内の学習と成員の熟達を介して、品質課題の発見と解決能力を支
74
えるものとして確認された。
(6)経営革新を実現する上で、組織能力を効果的に発現させる、6つのマネジメントの
特質が抽出された。マネジメント行動の、進取性、戦略性、責任性、中核性、機敏
性、主体性に関わる特性に当る。
これらは、企業が環境変化の中で、未踏の重要経営課題に直面した時に、経営革新
を果たす上で、企業が具備すべき組織リソースと人的リソースの機能特性に指針を
与えるものと考えられる。
(7) 経営革新と組織能力の形成・蓄積・発揮の歴史的考察から、組織能力の獲得には時
間を要し、戦略的で一貫性のある取組みが不可欠であることが、トヨタ自動車のS
QCの展開等で明らかとなった。それゆえに、経営者の戦略的意思決定が重要な意
味を持つと言える。即ち、
「経営革新を実現する組織能力は、一朝一夕には成らず、
経営環境が変化する中にあっても、戦略的積み重ねを経て形成出来る」と言う、第
1章の仮説 1.3(P.4 参照)は、時間軸に沿ったクオリティ教育の展開と経営革新の歴
史的考察により検証された。
以上、
(1)から(7)により、経営革新を促す組織能力の定義として、
「組織として価
値創造に向けて、成員の熟達を介して発揮することの出来る、組織の持つ能力(capability)」
とすることの妥当性が示された。
本論文では、当初、以下の三点を主要な研究仮説としたが、以下のように検証された。
即ち
第一の仮説は、経営革新を果すことは、即ち、企業が直面する戦略的経営課題の発見と
解決を実現することである。
第二の仮説は、経営革新には、経営者の関与のみならず、組織成員の関与のもと、連動
して経営革新を促すような、組織能力要素が存在することである。
第三の仮説は、組織能力は環境変化の中でも、戦略的に形成出来るということである。
本論文の研究から、第一の仮説は、上記(1)項により、仮説が検証された。
第二の仮説は、上記(3)、(4)項により、仮説の妥当性が示された。第三の仮説は、
上記(7)項により、仮説が検証された。
75
5.2 今後の展望
激変する経営環境下にあり、予期せぬ経営環境の変化により、今後も企業経営には様々
な経営革新が求められると思われる。そうした中で、今回得られた新たな知見から以下の
重要な事項が導かれる。
(1)本研究から、激変する経営環境の中から、経営者が環境変化を迅速に「気づき」を
介して変革要素を組織内に内在化させることの重要性、即ち、古川[47]等がかつて
組織変革の中で指摘した、経営革新のレディネスを高めることの重要性が示唆され
る。即ち、いち早く経営環境の変化を察知し、自社の経営革新を意図的に、戦略的
に企図することの重要性である。それと同時に、環境変化に対して、迅速かつ柔軟
な企業経営を展開することの重要性も本研究の事例企業が教えるところでもある。
特に、経営革新の中核を担う人材の持つ「気づき」が組織能力の形成・蓄積・発揮
に大きく影響することが推察される。即ち、企業経営に、
「気づき」を経営に活かす
仕組みと、それを実現するマネジメントを戦略的に実践することが求められる。
(2)経営革新を重要な戦略経営課題として扱うことにより、不確実な未来を少しでも確
実なものとしてゆくことが、経営の質を高めることにもなる。さらに重要なことは、
組織リソースや人的リソースの特質として、本論文からも明らかなように、企業の
変革を成し得るためには、組織能力には長時間の時間を必要とする。それゆえに一
層、戦略的経営の実現に向けた経営資源の配分と組織能力を涵養する戦略が求めら
れると言える。
(3)経営課題を経営方針に反映し、組織の役割機能と組織権限に対応して体系的に業務
課題を展開する取り組みは、日本企業においては方針管理、または戦略的方針管理
として知られている。品質経営を実践する企業では、第三世代の品質経営の柱とし
て、戦略的方針管理をベースとして、経営管理が展開されている。
今回の研究から、経営課題の発見と解決が、経営革新のメカニズムと関連す
ることが示唆された。そこで重要な戦略経営課題を形成する契機として、環境変化
をいかに認知の転換に結びつけるかが重要となる。そのためには、第一線の現場と
経営トップがいかに最新の認知を共有し、新たな戦略にいかに俊敏に反映できるか
が経営に求められる。さらに指摘できることは、経営の広がり、スピード、複雑性
と多様な関係性の増加である。しかしながら、相反するようではあるが、そこでも
経営の主体となる経営トップと成員の「気づき」の認知共有が重要となる。
その第一歩は、日本企業が得意としたTQMのような総合的なマネジメントのア
プローチをベースとしつつ、人間の「気づき」など新たな経営資源の研究を加味す
ることが有益と思われる。
最後に本論文は、組織能力は個人の熟達を介して発揮される組織の能力との視点に立っ
ているが、課題発見と解決における熟達のメカニズムの解明およびそれを成立させる詳細
な環境条件や認知学習の視点から知見を深めることを今後の研究課題とする。
76
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81
付属資料
“Strategic Quality Education in Japanese Corporation-Best Practices and the Future
Perspectives-”
Minoru Sakuda,Hiroshi Osada、
International Conference on Quality 2005-Tokyo,[Ⅲ-8],pp.1-11(2005)
82
Strategic Quality Education in Japanese Corporations
―Best Practices and the Future Perspectives―
1
Minoru, Sakuda
1
Hiroshi, Osada2
Konica Minolta Holdings, Inc., [email protected]
2
Tokyo Institute of Technology, [email protected]
Abstract: Due to the development of globalization, many Japanese manufacturers have
been shifting their production plants to foreign countries, and the importance of quality
education in oversea transplants is increasing. Meanwhile, corporate offices, back-offices
and R&D departments, etc. in based in Japan, there is an increasing emphasis in creating
more added values, and strategic alliance or collaboration with business partners and
outsourcees has become more important. In addition, as quality innovation activities in
companies have changed from local or individual departmental basis to cross functional,
company-wide, or intercorporate ones which aim for total optimization and competitive
superiority. Therefore quality education should be strategically integrated with corporate
strategies and management innovations. This research analyzes the best practices of
strategic quality education in Japanese leading manufacturing companies in the top
ranking in the “Survey on Corporate Quality Management” for 2004, which was jointly
conducted by the Union of Japanese Scientists and Engineers (JUSE) and Nihon Keizai
Shimbun, Inc. where KONICA MINOLTA, MATSUSHITA,NEC, TOYO TIRE & RUBBER,
TOYOTA, DENSO, KOMATSU, and NTT DATA are benchmarked. Finally the future
perspectives of strategic quality education is discussed.
Keywords: quality management, best practice, strategic management
1.
INTRODUCTION
Quality education in Japan started based mainly on SQC (Statistical Quality Control) operations and
supported the manufacturing industry during the post-war era. Since then, it was succeeded in the
forms of TQC (Total Quality Control) operations in the 1980s and the TQM (Total Quality
Management) operations in the 1990s. As these practices contributed to the improvement of quality in
manufacturing, focus gradually shifted to the quality of the overall management systems. Meanwhile,
Japan went through the period of high economic growth and the bursting of the bubble economy, and
then has entered into a long period of sluggish economy. The current total amount of profit made by
the 2,000 companies listed on TSE (Tokyo Stock Exchange) showed a sharp year-on-year growth of
83
57.1% in FY 2002 and 26.1% in FY 2003 respectively. However, sales increased only by 0.9% and
1.4% in the same periods (Sources: Surveys by Nihon Keizai Shinbun). While recent signs indicate
economic recovery in Japan, the recovery of corporate performances is attributable mainly to
significant cost reduction through corporate restructuring. It can be said that corporate performances,
in reality, is far from a balanced trend of increases both in sales and profits.
In order to achieve a sustainable growth, corporate management will start highlighting the
importance of quality management. However, in order to establish quality management in a company,
methods in quality education must be reformed with a strategic perspective, giving further
consideration to education/training as investment. This paper will discuss the forms of strategic quality
education that would contribute to management by analyzing the best practices of leading companies
in quality management in Japan, and make mention of the future in methods of quality education.
2.
(1)
WHY IS STRATEGIC QUALITY EDUCATION NEEDED?
Change of business circumstances
In the 1990s, there were substantial changes referred to as paradigm shifts in business
circumstances surrounding Japanese companies after the collapse of the bubble economy. The business
climates in the 90s were entirely different from the economically fast-growing 1980s. Major changes
are as follows:
1)
A change from a growth economy to a mature economy
2)
A trend of a strong yen
3)
Japanese economy has the highest cost structures in the world
4)
Accelerated globalization
5)
Advance of the service economy
Due to these changes in the economy at large, Japanese companies can no longer expect a steadily
growing economy. Japan’s real gross domestic product was forecasted to grow by only 0% to 3%
annually. Japanese companies were obliged to break away from the experiences of the growing
economies as seen in the rapid annual growth rate of more than 10% during the 1970s and even the
1980s that marked 4% to 8% of economic growth.
With the progress of a stronger yen and globalization, Japanese companies faced the era of
“Mega-Competition”. Under these difficult business environments, Japanese companies came under
pressure to drastically innovate corporate management.
(2)
Management innovation in Excellent Companies
Most of the Japanese companies struggled against change of business climates, and worsened
their performances, causing the prolonged “deep economic slump of the Heisei era”. Yet some
companies achieved faster growth than the real GDP and high profitability during the 1990s. These
companies are an entirely different type of companies from the super-large companies that once
supported the high-growth economy. OSADA termed these new “excellent companies” as Best
Practices Companies, taking notice of their “best practices” (excellent management system or
84
operations) that supported the excellence in business
[1]
.
Major characteristics of best practices or
management innovation carried out by the Best Practices Companies are as follows:
1)
Clear management concept and its establishment within all the employees
2)
Challenge towards bold management visions and outstanding leadership by the top
management
3)
Effective management strategy
4)
Quality given No.1 priority and new quality-related operations
5)
Reforms in the R&D process of new products, and development of products providing
solutions
6)
Speedy management
7)
Strict const control and continuous cost reduction
8)
Enhancement and creation of core technology that would be supporting
competitive products
9)
Improvement and creation of customer satisfaction in collaboration with customers
10)
Maintenance of good relationship with stakeholders
11)
Respect for employees and promotion of original training and education
12)
Execution of the social responsibility and improvement of managerial quality
13)
Constant management innovations
14)
Creation, maintenance of the corporate climate
As seen in the above, new excellent companies have adopted such innovative management styles
that are in sharp contrast to those in the 1980s, and utilized them to their advantage and developed
them into the level of excellent practices.
Then, what methods can achieve best practices? To this end, TQM, an innovative management
technique, has important functions to solve the question.
In the Best Practices described in the above, “quality” plays a central role. At the same time,
quality-related operations (quality management) require the integration with the management strategy,
including the assessment and improvement of not only the quality of product/services produced by the
company, but also the quality of the management running the company, which symbolizes a drastic
innovation from the conventional quality management.
3. STRATEGIC QUALITY EDUCATION TO SOLVE PRIORITY SUBJECTS IN
MANAGEMENT
(1) Evolution of quality management
As mentioned in the above, significant innovations are expected in quality management in order
to achieve changes in management style, promotions of management reforms, and improvement in
competitiveness, and corporate sustainable growth. Table 1 shows recent changes in quality
management.
Quality management changed from statistical quality control (SQC) in 1960s, through total
85
quality control (TQC) in 1980s, to total quality management (TQM) since 1996 in conjunction with
changes of management. TQM aims to make improvements mentioned above in the quality of
management, and to promote co-existence of customer satisfaction with stakeholder satisfaction. It
also seeks unification and integration with management strategy, in addition to upgrading quality of
value-chain (operations) including development, production and sales.
As stated above, quality management contributable to management has extended its application
of the concept of quality and transformed itself to a strategic management tool by being integrated
with management strategy. Thus, methodologies helpful to solutions for priority subjects in
management have been pursued.
Table 1.
Image of Business/Organization
Evolution of Quality Management (Source: Document [2])
QC (First Generation)
TQC (Second Generation)
Manufacturing Capacity →
Product Competitiveness
→
TQM (Third Generation)
Respected Presence
Product Quality
→
Product / Service Quality
→
Scope of Activities
Production
→
Entire Company, Group
→ + Coexistence with Related Parties
Quality-oriented
Responsive
→
Customer Satisfaction
View on Quality Assurance
Goal
→
Managerial Quality
Stakeholder Satisfaction
Product Out
→
Market In
→
Society In
Product Quality
Product Q
→
Product QCD
→
Total “Quality”
Management Object
Products
→
Processes
→
Management System
Control / Regulation
→
Management / Operation
→
Strategy / Operation
Preservation
→
Management Concept
Management Span
Scope of Action
(2)
Emergency / Recurrence →
+ Improvements
→
+ Innovation
Recurrence / Prevention
→
Prevention / Prediction
Requirements for strategic quality education supporting management
We believe that the desirable state of quality education supporting advanced quality management
and management innovations cannot be separately discussed. Quality education has a common
foundation through any generation of quality management; it develops the innovative ability to cope
with changes of management environments and upgrades qualitative aspects of manpower, an
important management resource, through education. We also suggest in this paper that quality
management that contributes to strengthening of competitiveness and a corporate sustainable growth
should be promoted strategically in the form of TQM, and quality education should be concentrated
mainly on strategic issues in management, instead of all-around type education, in order to maximize
the investment efficiency. This paper will verify the problem-consciousness through analysis of
historical changes and current priority subjects in the management of the best practices companies
promoting quality management. We will also search for a comprehensive look of future quality
education.
4. CHANGES IN QUALITY EDUCATION IN JAPANESE BEST PRACTICES
COMPANIES IN QUALITY MANAGEMENT
To verify the advance of quality management in Japan, the best practices companies were selected
86
from among high-ranking companies, based on the survey findings of the 1st “Quality Management
Level Survey” (co-hosted by Nihon Keizai Shimbun and the Union of Japanese Scientists and
Engineers in 2004 with valid responses from 208 companies), awards of Deming Prize and Japan
Quality Medal established as the integrated evaluation index (refer to Table 2). Selected companies are
Konica Minolta, Matsushita Electric, NEC, Toyo Tire and Rubber, Toyota, Denso, Komatsu, and NTT.
Generally speaking, changes in quality education of those companies represent changes of quality
education of overall Japanese companies.
Table 2 Quality Operations and Educations in High Ranking Companies in Quality Management Level
Ranking
Name of
company
Year
awarded
Japan
Quality
Medal
Konica
Minolta
Matsushita
Electric
Fujifilm
1
2
3
4
NEC
1973
Toyo Tire
& rubber
Toyota
Motors
Kansai
Paint
1970
7
Aisin Seiki
1977 and
1990
9
Denso
5
6
7
Toyota
Auto Body
Toyota
Kohki
9
9
9
1980
Sharp
For
reference
NTT
Komatsu
1981
Deming Prize
Year awarded Number of times
Major distinguish educational operations
Application of prize-awards by
Prize
subsidiaries
1955 and
Company-wide QC circle activities, quality engineering, executive
1996
training, and engineers’ horizontal education
Matsushita Institute of Government and Management, executive
1966
4 times
training, and executives’ cooperation between various industries
1956
2 times
Professional engineers training, and executive training
NEC corporate university, executive training, CS education, and
1952
7 times
project management education
Kaizen (improvement) operations at manufacturing floors, 5S, and
TPM education
Kaizen operations at manufacturing floors by JIT, manufacturing
1965
3 times
education and engineers training
Company-wide QC circle activities, suggestion scheme and long-term
human resources development system
Kaizen operations at manufacturing floors by JIT, manufacturing
1971
10 times
education, and engineers training
Kaizen
operations
at
manufacturing
floors
by
JIT,
1961
manufacturing/products/system establishment education, and global
standards education
Kaizen operations at manufacturing floors by JIT, and multi-skilled
1970
workers development scheme
Kaizen operations at manufacturing floors, and professional engineers
1984
training
Corporate university, QC circle activities, quality engineering
education and project education
CMMI education, project management education, and management of
1993
opportunities education
1964
1 time
QC circle activities, engineers training and executive training
(Sources: Manpower Education and Enthusiasm in the Quality Management by Nihon Keizai Shimbun
for ranking, Records of The Deming Prize Committee for prizes)
The relationship between the quality management level and corporate profitability is shown in
Table 3. There are clear differences in operating results between those of the top 10 companies and
those of the bottom 10 companies, which indicates the importance of companies promoting TQM to
improve quality management level, as well as the legitimacy in the selection of the best practices
companies.
Historical changes of the best practices companies will be discussed bellow. Historical changes in
the four typical companies engaged in manufacturing of telecommunications equipment, autos,
precision IT equipment are shown in Table 4.
87
Table 3 Ranking in Quality Management Level and Profitability
Ranking
Average Sales
(¥ 100 million)
Average current profit
(¥ 100 million)
32861
2909
5883
449
Top 10
Bottom 10
(from 91st to 100th)
Average current profit
Total assets per share Net income per share
to sales
(¥)
(¥)
(%)
8.9
1372
110
7.6
793
67
(Source: Statistics of Preliminary Rating, Spring/Summer 2005 edited by The Japan Securities
Journal)
Table 4 Changes of Quality Education in Postwar Japan
40s
Date
50s
60s
The Dawn of Quality Education
Overall situation
70s
80s
Manufacturing-emphasizing period
Development/Services Expansion Period
QC (1st generation)
Guidance of SQC by GHQ
Formation of QC circles
Special Speech by Dr. Deming in 1950/ Dr. Duran
Opening of QC Basic Courses in 1949
1st half of 90s
TQC (2nd generation)
PL Education
Seven QC Tools
Software Quality Control
PS Education
Goals and Objectives Control
QC Activities led by UJSE
Start of QC Seminars for Executives in 1955
Establishment of Deming Prize in 1951
New Seven QC Tools
Establishment of Japan Quality Medal in 1970
Guidance of SQC by GHQ in 1946
Awarded Deming Prize in 1952
Strategic Goals and Objectives
Control
Quality Innovation in
Manufacturing & Manpower
Development
Establishment of Japan Quality
Recognition Award in 1997
Achieved Level 5 of CMMI in
2003
(Establishment of System
SW Division)
Awarded Japan Managerial Quality Prize
(Semiconductor Division)
Introduction of President Awarded Japan Managerial
Prize for CS Quality
Quality Prize in 2004
Establishment of President
Prize
for
Managerial (NEC Fielding)
Quality
Acquisition of ISO9000
Introduction of SQC including control charts in Commencement of
1947
Quality Operation
Company A, Mfg. of
Telecommunications
equipment
2nd half of 200090s
Qualitative Transition Stage for Intellectual
Creation
TQM (3rd generation)
SWQC (Software quality control)
Instruction 1 to challenge to Deming Prize
Instruction 2 to challenge to
Deming Prize
ZD (zero defect) Activities
Awarded Japan Quality Medal in 1973
Commencement of
Started QC Circles Activities and QC Education
Shift to TQM Innovation in Manufacturing
Study of SQC
Introduction of Design of
Acquisition of
Establishment of PL Special Committee
Management Innovation
Experiments Method in 1951
QS90000
Introduction of Control Charts and
Quality Technique
Quality Engineering
Internal Quality Audit Education
Sampling Inspection System in 1952
Education
Start of Standardization of Designs in 1953
Development of functions
Introduction of CS Improvement Special Committee
Awarded Deming Prize in 1961
Company B, Mfg. of Autos
Introduction of SQC including control charts
and sampling inspection in 1954
Introduction of
Awarded PM Best
TQC in 1982
Performance Award
(Goals and Objectives Control,
QC Circles, Quality Assurance)
Awarded Deming Prize in 1956
Establishment of Corporate Basic Course
Acquisition of ISO9000
Introduction of QC circle in 1963
Quality Engineering
Company C, Mfg. of IT
devices
Shift to KQM
Process Innovation Campaign
in 1997
(Strategic Goals and Objectives Control,
QC Circles, Functional Control)
Awarded Deming Prize in 1996
(1) The dawn of modern quality education (From 1940s to 50s)
Modern quality education in postwar Japan began in 1946 when the GHQ started guidance of the
statistical quality control for Japan, and Dr. Deming gave a lecture to barons and top managements of
Japanese companies on the “Advanced Quality Control” in 1950. Dr. Duran’s guidance for mainly
Japanese manufacturing companies led the advance in the modern quality education. The technology
and concepts of the statistical quality control
[3][4]
given by Dr. Deming rang a bell of commencement
for quality management and the industrialization of postwar Japan, assisted by strong leadership by
top barons
[5][6]
.
During this period, historic education courses of “QC Seminars for Executives” (1949) and “QC
Seminar for Directors” were opened in succession in 1955 and 1957 respectively (refer to Table 5). It
is not a coincidence that both courses have been continued to this day after many remodeling. The
courses were implemented after careful consideration on how to establish the quality control in
management of Japanese companies, which, as often commented, encouraged top managements and
core executive officers to study quality control and at the same time to administer the organization
based on quality management. Decision-making by top managements and their determination in each
88
individual company, in addition to enthusiasm by financial leaders at that time, triggered the
introduction of the Deming Prize and reinforcement of industries in Japan.
Table 5 Quality Education supported Quality of Japanese manufacturing
Major Courses of Quality Education held by The Union of Japanese Scientists and Engineers
Course
Quality Control (QC) Seminar, Basic course
QC Seminar for executives
Special QC Seminar for directors
Special QC Seminar for executives
IE for streamlining and improvement of business
QC Circle Education
QC’s Seven Tools
Customer Satisfaction (CS) Education
Reliability Technique (FMEA and FTA)
Product Liability (PL)
Product Safety (PS)
Value Engineering (VE)
QC’s New Seven Tools
Software Quality Control
Quality Function Developing
Medical Statistics
Goals and Objectives Control
Strategic Goals and Objectives Control
Seven Tools for Products Planning
(2)
Commencing time of course
Sept. 1949
May 1955
Jul. 1957
Sept. 1962
Sept. 1971
May 1972
Feb. 1973
Jun. 1976
Sept. 1976
Jun. 1979
Jun. 1980
Jun. 1984
Jul. 1984
Oct. 1988
Jun. 1989
Oct. 1989
Nov. 1989
Sept. 1995
Nov. 1995
Quality education focusing on “Manufacturing” (From 1960s to 70s)
Improvement of quality of manufacturing, cost reduction, promotion of streamlining of jobs, and
efforts to shorten delivery and lead time were carried out by small groups of QC circles acting as the
first-line improvement-implementing bodies in each companies. The Union of Japanese Scientists and
Engineers (JUSE) continuously conducted QC circle education, designed education seeking reliability
and safety, and customer satisfaction (CS) education. In this period, Japanese companies had serious
concerns over possible over-presence in Japanese market by dominant overseas companies due to
abolishment of tariff barriers. Various companies made company-wide efforts to improve
competitiveness, and the quality of products and management was given high priority. Introduction of
Japan quality Medal in 1970 and spread of the Deming Prize promoted each company to create their
own control and management techniques. In this period, several excellent quality control techniques
such as initial production control, source control, quality audit, inspection by top management, and
goals and objectives control were exploited, which later became important control tools in TQC. It is
significant that these tools were utilized as the best practices by many companies throughout the
industrial sectors. Management strategy in each company focused on innovation of manufacturing
processes.
(3)
Quality education including development and services (From 1980s to early 90s)
In this period, objects of quality control expanded from manufacturing floors to development,
services, and back-office sections. Many Japanese companies promoted process innovations in the
form of TQC. Amid the stronger yen trend after the Plaza Accord and many companies in Japan
expanding overseas production bases, companies were required a broad range of quality activities
89
including acquisition of ISO9000 and the responding to products liability.
Various kinds of quality
education including the goals and objectives control education, TQC education, ISO9000 education,
and PL education supported management strategies. At the same time, mainly in Europe and the USA,
the European Forum of Quality Management (EFQM), the Malcolm Baldrige National Quality Award
(MB Award) and ISO9000 were introduced in rivalry with Japanese quality innovations.
(4) Quality education on global competitiveness (From the late 1990s to present)
The hollowing out of Japan’s manufacturing bases and shifts to overseas production advanced
further. With accelerated advances of the tertiary industry/services industry and increasing need for
sophistication of the total management quality including realization of customer value and the
adoption of the social and global environment- viewpoints, the comprehensive education of quality
innovation has become important more than ever. The comprehensive quality innovation education
includes responses to solution business and risk management, development of high value
added-products and the pursuit of high quality in individual fields by an autonomous organization and
individual employees. To give effective answers to individual diversified priority subjects in
management, varieties of quality education, involving education for improvement of customer
satisfaction, development of personnel for management and development of engineers’ creativity, have
been promoted in each individual companies. According to business efforts of Toyota Group of which
many companies got high rating in the quality management, and to the trends in the best practices
companies, education having close connection with core-competence had been promoted continuously
in each individual company, as seen in Table 2. At the same time, each company indicated to have a
strong interest in the “return to starting points in manufacturing” in this survey. This is noteworthy in
the study of the trend of management strategies and quality education in Japan.
5.
FUTURE BUSINESS CLIMATES AND PRIORITY SUBJECTS, AND QUALITY
EDUCATION OF THE BEST PRACTICES COMPANIES
The outline of the future business climates and priority subjects, and quality education required
for Japanese companies are shown in Table 6. Major priority subjects and corresponding quality
education are as follows:
1)
Acceleration and enhancement of global management
-Localization and globalization of designing, production and procurementTo secure the stable quality in overseas bases, business efforts in collaboration with local business
units for quality audit, supplier management, and QC circles education/guidance should be given
greater importance. Education of responses to simultaneous and global operations of development,
sales and distribution is also expected.
2)
Utilization of IT and network, and expansion of system integration
With the expansion and sophistication of system integration, high value-added type of education
90
such as project management education, business and quality risk management education will be
emphasized, and centering on software development.
Table 6 Priority Subjects and Quality Education of Top 10 in Managerial Quality
Priority Subject
1) Acceleration and enhancement
of global management
(Globalization
of
designing,
production, procurement and
sales)
Surfacing or Latent Problems
Establishment of production with
stable quality
Achievement of Global Class
QCD
Readiness for troubles
2) Utilization of IT and network
Expansion of system integration
Increase of quality risks
Conceptual power and ability to
form a model
Project-type operations
Levels of system maturity
3) Expansion of solution business Consulting skills
Response to supply-chain
Business collaboration
4) Reinforcement of development Customer–oriented approach
of innovative products/services
Individual and organizational
breakthrough
Development of concurrent in a
short time
5)
Restrengthening
manufacturing systems
3)
of Enhancement of strength of
manufacturing floor of the world
standard
Diversification of manpower
including
dispatching
and
contracting
Maintenance/reinforcement
of
expert know-how
Item of Quality Education
Quality inspection education for suppliers (Matsushita Electric, NEC,
and Konica Minolta)
Management education for suppliers (Matsushita Electric, NEC, and
Denso)
Overseas QC circle activities (Komatsu, Konica Minolta, Denso and
Matsushita Electric)
Risk management education (Various companies)
Compliance education (NEC and other various companies)
Project management education (Various companies)
System integration technology education (NEC)
CMMI (Capability Maturity Model Integration) (NEC and NTT)
Analysis of CS (customer satisfaction) level and Kaizen
(improvement) education (NEC)
Value analysis (Various companies)
Project management education (Various companies)
Problem-finding/solution method (Various companies)
Consumer’s viewpoint-based QC education (Various companies)
Management of opportunity and creative development (NTT and
Konica Minolta)
Human engineering education including mentoring program and
coaching (Various companies)
Quality engineering (Konica Minolta, Toyota and Denso)
Cell production and core production method education (Matsushita
Electric and Denso)
TPM and 5S promotion education (Toyo Tire and Rubber)
SQC education (Various companies)
Expansion of solution business
Ability to understand customers’ needs, planning ability and ability to carry out plans will be
important factors in future businesses and in the education of planning ability of system sales , ability
to improve customer satisfaction, quality chain management education and process improvement
education will be required. Promotion of business alliance or cooperation between different industries,
and cross-border process innovations should also be given more focus.
4)
Reinforcement of development of innovative products and services
Emphasis will be placed on the development of breakthrough-type products and services, quality
engineering education, customer’s viewpoint-based QC education, strategic goals and objectives
control education, and project management education, as well as mentoring and coaching from a
human perspective, opportunity management education and process innovation education.
Sophistication of quality education itself and process will be more essential.
5)
Restrengthening of manufacturing
In order to maintain high value-added production in the domestic markets, basic quality education
including 5S education, TPM education and SQC education must be restrengthened. Succession of
manufacturing skills will be also crucial in dealing with a diversified labor force and enhancement of
91
capability at manufacturing floors. Efforts will be centering on each company’s core-competence.
As seen in the above, the current situations of quality education in companies promoting
advanced quality management prove that quality education is being strategically carried out
inseparably from the priority subjects in each company.
6.
FUTURE DIRECTIONS OF QUALITY EDUCATION
Overview of changes in quality education and current quality management efforts of Japanese
leading companies indicates that quality education is indispensable to the ongoing corporate growth
and organizational learning process of each company, and that it has been deeply connected to the
capacity to achieve corporate strategies. The following four items will be essential for quality
education according to the background factors mentioned above.
1)
Quality education integrated with management strategy
To execute corporate strategy, quality education integrated with management strategies will
increase its importance in the future. To that end, corporate efforts to promote advancement and
sophistication of the corporate strategy itself will be required in addition to the ability to conceive and
establish management strategies. Quality education at its extreme should be the combination of top
management education and quality education.
2)
Education combined with core-competence
Enhancement of quality education based on the ultimate corporate core-value and original core
capacity will be an important factor in realizing the company’s original corporate capacity. In addition,
it is important to respond to changes of business environment and at the same time to strengthen the
source of quality that should be advanced. Strategic efforts for that purpose will determine the profile
of the quality of a company’s intellectual assets.
3)
Education integrated with deep commitment by top management
Quality education is the most important assignment for the top management. History proves that
it has the great influence on corporate strategy, and it is the assignment for top management to exhibit
effective leadership and to make efforts to promote such education at any time. And these efforts
require continuity. Quality education in Toyota Group is integrated with management and is
continuously carried out with constant innovations. Leadership by top management plays a big role in
the improvement of corporate resources including personnel and in its exertion of ability. It is the top
management’s deep commitment that makes quality education effective.
4)
Education as the source of innovations
Education is the largest source of innovation. Constant investment in education and reinforcement
of organizational capacity by such investment is essential in order to maintain sustainable growth in
operating results.
Quality education containing these four factors is the strategic quality education of the new era,
92
and it is required to transform itself keeping itself integrated with the priority subjects in management.
7.
CONCLUSION
This paper gave an analysis of the best practices observed in quality education of Japanese
manufacturing industry that represent the Japanese economy, as well as in the historical changes of the
best practices during the 60 years of postwar Japan. As a result, the importance of quality education
supporting quality of management was confirmed anew, since quality education was proved to be the
best source of management innovations in Japanese companies at any times. Quality education should
aim to innovate the object businesses or processes themselves and reinforce corporate core
competence and organizational capacity. This objective should also be integrated with the management
strategy and responding to shifts of priority subjects in management in an ever-changing business
background. Quality education should be repeated continuously by remodeling itself, to cope with new
ages. At the same time, implementation of the strategic quality education should involve deep
commitment by top management, and only quality education integrated with top management’s
commitment can support the advancement and development of corporate organization, and can be a
main pillar to promote sustainable corporate growth and innovations in forthcoming ages. It should be
remembered that the corporate capability to constantly implement a strategic quality education is
created only in the course of a continuous administration of the strategic quality education.
Acknowledgement
We would not have completed this survey without the help and advice of many people. We would
like to express our sincere gratitude to: Persons of Matsushita Electric, NEC, Toyota Motor, and Denso
who responded to our interview, Staff of the Seminar Division and the Deming Prize Division of JUSE
who provided with various useful information.
References
[1] Osada, H., (2003), Best Practices Company, JUSE Press, Ltd.
[2] TQC Committee, (1998), TQC-Comprehensive Quality Management in 21st Century, JUSE Press,
Ltd.
[3] Ohuch, H., (1950), Quality Control Journal, Vol. 1, No. 1, JUSE
[4] Deming, E., (1950), Quality Control Journal, Vol. 1, No. 7, JUSE
[5] Noguchi, J., (1994), Quality Control Journal, Vol. 45, No.5, JUSE
[6] Nishibori. E., (1981), Standardization and Quality Control Journal, Vol. 34, Japanese Standard
Association
93
謝辞
本研究を遂行するに当たりまして、長田洋教授には、困難な課題の遂行に、様々な
ご示唆と挑戦の機会を頂けましたこと、感謝に堪えません。とりわけ今回の研究の対
象が、品質経営や卓越した経営を実践されている経営者や、今なお周囲への強い影響
をお持ちの方々への調査・面談が重要な意味を持ち、そのための人脈は、ご指導頂き
ました先生の、信頼関係なしには実現し得なかったものと理解しており、本研究の推
進に、多大なご指導をいただきましたこと、深く感謝申しあげます。
さらにまた、本論文の審査委員であります、圓川隆夫教授、田辺孝二教授はじめ、
佐伯とも子教授、田中義敏准教授の各先生方にも、今日に至るまで、機会あるごとに
頂戴いたしましたご支援に加え、本論文を完成させる上での有益なご助言を賜りまし
たこと、感謝に絶えません。
重ねて、ここにお礼を申しあげ、貴重な研究の機会をこのイノベーション研究の先
端の府でいただけましたことに、併せてお礼を申しあげます。
平成21 年1月
94
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