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学習設計の包括的アプローチ
学習設計の包括的アプローチ ‐未来の展望‐ グローニャ・コノル(Gráinne Conole) 英国オープン・ユニバーシティ Eメール: [email protected] はじめに テクノロジーが我々の生活全般に与える影響は増大しつつある。本稿では、教育における テクノロジーを批評的な観点からみていきたい。まず現状のデジタル環境に眼を向け、ICT (情報通信技術)理解についての再定義の必要がある、という点について論ずる。我々は、 テクノロジー利用の慣行における変化を目の当たりにしているのであり、これは教育に大き な影響を与えることになる。このデジタル環境特有の変化にみられる性質や、その潜在的な 力を原因とするいくつかのパラドックスに焦点をあて、結果的に発生する教育的ジレンマに ついて考察していく。本稿では、学習におけるテクノロジー利用について近年の見識、将来 動向調査およびケース・スタディを幅広く見ていく。国際的な研究に基づいて、現在のテク ノロジー開発にみられる傾向を概観し、それらが学習および教育にどのような意味を持ちう るかについて考察する。 本稿ではテクノロジーにおけるパラドックスのいくつか、また特にそれらが誘因となって いる教育的ジレンマに焦点をあてる。新たなテクノロジーが教育に大きな恩恵をもたらし、 教育学的にすぐれたアプローチを実現しやすくすると思われるにもかかわらず、その実証例 は希少である点について論じ、テクノロジーに対する期待と、その実際の利用とのギャップ について述べる。こうしたギャップが生じる理由は複雑、かつ多面的であるが、そのいくつ かの側面についても探る。設計中心のアプローチ、すなわち学習のために設計することの必 要性について論じ、我々がオープン・ユニバーシティ学習設計イニシアチブ(OULDI)に おいて行ってきた研究を概観する。 変化するデジタル環境 今日、我々の生活全般にデジタル技術が浸透しているのは明らかである。電子航空券、至 るところに存在するWi-Fi、そして奇跡のようなi-phoneは贅沢品ではなく、当然のものとし てそこにある。我々のほとんどは、一定のレベルでのデジタル技術への接続性を期待し、ま た実際にそれに頼っており、それが得られないと不正に標準以下の扱いを受けているような 感慨を抱くのである。年刊のホライズン・レポート(Johnson et al. 1990)はこの変化が減速 する様子はないことを示しており、またモバイル技術、ユビキタス・ネットワークおよびク ラウド・コンピューティングの影響が顕在化するに伴い、より根本的な変化がもたらされる ことはほぼ間違いないとしている。米国のサイバーラーニングに関する報告書(Borgman et al. 2009)は学習への影響を考察し、一連の提言を行っているが、これらが実践されれば教 育に広範囲の影響をおよぼすことになろう。パースペクティブ・テクノロジー研究機関によ る最近の2つのレビューでは、web2.0のテクノロジーが公式および非公式教育、また日常的 な場における教育におよぼす影響について考察している。ここにはケース・スタディのデー タベースや関連理論、および提言が含まれている(Redecher 2008; Ala-Mutka 2009)。 近年出現した新しいテクノロジーの一群により、数多くの根本的な変化がもたらされてい る。 • • コンテンツ保存および情報メカニズムとしてのウェブから、より多くの社会的媒介 機能や、ユーザー作成コンテンツ(UGC)利用を可能とするウェブへの変化。 新しい形での共有(例えば画像であればflckr、ビデオであればYouTube、またプレゼ ンテーションであればSlideshare)、また(ブログ、wikisおよびTwitterのようなマイ クロブロギングのサービスを通じた)コンテンツ作成、コミュニケーションおよび • • 共同制作のメカニズム。 人々を結び付け、様々な実践コミュニティをサポートするためのソーシャルネット ワーキングサイトの増加(例えばFacebook、ElggおよびNingなど)。 ウェブ上で入手可能な情報量、接続の多様性およびユーザー参加の規模の拡大の結 果、ネットワーク効果が出現しつつある。この新たに拡大された規模により、共有 の新しい可能性と「ネットワーク効果」が生み出された。 これらの新たなテクノロジーの特徴、特にいわゆるweb2.0の実践(OReilly 2005, Alexander 2006, Anderson 2007)について書かれたものは多いが、本稿の目的を鑑みて特に以下の各点 に焦点をあてていきたい。 • • • • • ピア・クリティック - 他人の業績についてコメントする能力。これはブロゴス フィアとともに一般的な慣行となった。今日では多くのジャーナリストは活動的な ブロガーであり、また作家もブログで新作のプロットについて読者にコメントを求 めることが多い。学者は研究日誌の一形態としてブログを利用し、また教育におい ては、学生は学習に関する反省ブログや共同のコーホートブログに参加するよう求 められることもある。 ユーザー作成コンテンツ - テキスト主体のものから豊富なマルチメディア、双 方向性ツールまでを含む様々なコンテンツ作成のツールは多種多様であり、その多 くが無料である。これはウェブが消費のための受動的なメディアから、能動的な一 般参加型の生産的メディアとなったことを意味している。YouTube、Flickrおよび Slideshareといったサイトはユーザー作成コンテンツの単純共有を容易なものとし、 また組み込みコード機能は、このコンテンツを多様な通信チャンネルにより同時配 信することを可能にする。 共同集合体- 常に拡大しているコンテンツの集合を内包し、多様な手段での接続 することが可能な環境においては、序列や管理された構成はあまり意味を持たない。 共同集合体とは個人が必要や好みに合わせてコンテンツを照合・整頓する手法、お よび個々のコンテンツを(タグやマルチ配信などを通じて)共同で充実させていく 手法の双方を指している。ソーシャルブックマーキング、タグクラウドおよびそれ に関連した可視化ツール、タグ、RSSフィーズおよび組み込みコードは、すべてこの 共同集合体を可能とするものである。 コミュニティの形成 - 今日ウェブで利用可能な接続性と豊富な情報チャンネル が、様々なデジタルコミュニティをサポートする環境を提供していることは明らか である。職業的アイデンティティと個人のそれとの境界線は失われつつある。結束 の堅い実践コミュニティの考え方(Wenger 1998)は、個人的なスペースから、結束 がゆるく、かつ一時的な集合体までを含む広義のコミュニティ、そしてそれらと同 時に存在している、より確立され明確な定義を持つコミュニティに変貌しつつある。 eラーニングに関するソーシャルネットワーク上の集合体、ネットワークおよびグル ープについてのより具体的な議論は、(Dron & Anderson 2007)を参照のこと。 デジタル・ペルソナ - 我々はそれぞれ自らのデジタル・アイデンティティを定 義し、これらの空間において自分をどう表現するかを決めなければならない。自ら の象徴として選択するアバター、使用する言語スタイル、またこれらの空間におい て(職業的および個人的な意味で)どれだけ開放的な態度をとるかは、我々に対す る他者の総合的な印象を決定し、予期せぬ結果をもたらすこともあるのである。 学習者の視点 学習者によるICTの利用に特に焦点をあてた近年の研究は、あらゆる年齢の学習者がそれ ぞれの状況で新しいツールをどう使用し、情報の発見と管理、また他者との通信において多 様なアプリケーションをどう組み合わせているかに関し、豊富な情報を提供している。 Sharpe および Beethamは、学習者の視点、特に学習者がどのようにテクノロジーを使用す るかという点に焦点をあてた近年の研究をまとめ、発表している(Sharpe & Beetham 2010)。 今日の学習者が、技術的に恵まれた学習環境に置かれていることは明白である。彼らにとっ てテクノロジーは不可欠な学習ツールであり、自らの学習スタイルに合った形でこれを使用 し、また学習のあらゆる面をサポートするために利用するのである。しかしテクノロジーに 囲まれた環境で成長してきたとはいえ、実際にはすべての学生が学問的な状況でこれを効果 的に利用できるわけではない。例えばGoogleを簡単に利用することはできても、様々なリソ ースを批評的な視点から評価し、学習に役立てる能力はないかもしれないのである。実際、 それほど優秀でない学生にとっては、利用可能なデジタルツールやリソースの豊富さや複雑 さは、かえって混乱や迷いにつながることもある。 Sharpe および Beethamの編著において、De Freitas およびConole (De Freitas & Conole 2010)は新たなテクノロジーに関連した主な特徴と傾向のいくつかについて考察し、それら が教育における様々な動きにどう関係するかを示している(表1)。彼らは以下のように述 べている。 上記の描写からは学習サポートのためにコンテンツを提供し、また情報配信と通信 の多様なメカニズムを備えた豊かで、胸躍るようなテクノロジー環境が描かれる。新 たなテクノロジーによるツールや〔その〕実践が備えていることが明らかな社会的能 力の多くと、近年出現した「良い」教授法との間には、非常に期待できる連携〔効 果〕があると思われるのである。 表1:テクノロジーとそれに関連する教授法(De Freitas & Conole―近刊予定―より転載) アプリケーションおよびツール利用にみ 教育における動き られる傾向 新しい Web 2.0 の実践(practices) 個人から社会へ 位置認識技術 コンテキスト、状況〔学習〕 適応とカスタマイゼーション 個人学習 バーチャルかつ没入的な3Dの世界 経験的学習 Google it!(グーグルで調べなさい!) 探求学習 ユーザー作成コンテンツ オープンな教育リソース バッジ、World of Warcraft 相互学習(Peer Learning) ブログ、ピアクリティック 省察 クラウド・コンピューティング 分散認知 しかしそれにも関わらず、テクノロジー利用の可能性とその実践の間には根本的なギャッ プが存在するのである。 コンテンツの多くは内容が同じであるように思われる。すなわち、新たなテクノロ ジーの革新的な利用を実証するものは少ない。 様々な学習者が存在する。すなわち、優秀な学習者はテクノロジーを効果的に利用 することができるが、能力の劣った学習者にとって選択肢の多さは、さらなる混乱 を招くことになる。 テクノロジーに浸透された「ネット世代」の概念やレトリックの存在(Oblinger & Oblinger 2005)とは裏腹に、現実にはテクノロジーをあまり理解していない学習者も 多い。これは特に学習目的でのテクノロジー利用について言えることである。 デジタルが生み出したパラドックス 本項では、新たなテクノロジーが生み出したパラドックスのいくつかについて考察する。 これらのテクノロジーが交流やコミュニケーションにおける新しい手法を提供できるアフォ ーダンスを備えていることは明白であるが、同時にそれが予期せぬ結果をもたらしてもいる ためである。この葛藤を含んだ微妙なバランスについて説明するため、表2では新たなテク ノロジーに一般的に関連付けられる5つの影響をとりあげ、それらがもたらす結果、または パラドックスを提案している。 表2:デジタル空間における原因と影響 原因 影響 拡大する知識分野 専門家の消滅/誰もが専門家に 序列や管理の重要性の減少。多様な手段 コンテンツが複数の場所に存在する。 でコンテンツを配信、設置することが可 コンテンツの統合性の喪失。 能。 複雑さを増すデジタル環境 「デジタル空間」を超える/新たな比喩 の必要性 集合体、集合的知性の力 社会的集合体/デジタル個人主義 無料のコンテンツ、ツール、オープンAPI 所有権、価値、ビジネスモデルをめぐ およびマッシュアップ る問題 • 知識の拡大。まず、現代社会においては知識が拡大していることは事実である。デ ジタル技術は、情報への容易なアクセスやリソースを集め、情報を分解し再結合す る新たな手法を提供することで、この現象を増幅させた。複雑さと知識量を増しつ つある世界では、ある分野に関するすべてを知ることは既に不可能となっている。 一世紀前にはプロの化学者は、化学の主要分野ほぼすべてについて理解することが 可能であった。今日の化学者は、自らの分野における最新の知識を維持することに 四苦八苦しているのである。この拡大を望ましいこととし、すべての人が知識にア クセスしてこれを利用する専門家になる可能性がある、すなわち大衆の英知である と指摘する向きもある。種々のソースからあらゆる症状に関する情報が得られ、 様々な説明がインターネットに溢れているのに、医者の助言を求める必要が果たし てあるだろうか、というわけである。Surowieckiは「大衆の英知(wisdom of the crowds)」という用語を作り(Surowiecki 2004)、情報の共同集合体はいかなる個 人よりも優れた決断を導きだすことが可能であると論じた。この議論に慎重な態度 を示し、専門家の消滅を嘆く向きもある。特にKeenは、「アマチュア崇拝」に対す る警戒を示している。 私はそれを偉大なる誘惑と呼ぶ。Web2.0革命は、より多くの人々により多く の真実をもたらすとの期待を売ったのである。より深みのある情報、よりグロ ーバルな視点、公平な観察者による、偏見のより少ない意見。しかしそれはす べて偽りである。Web2.0革命が真にもたらすものは、深い分析というよりは 我々の周囲の世界の表層的な観察であり、また十分に考察された判断というよ り、けたたましいだけの意見なのである。 著者は、「何億人ものブロガーが自分たちについて一度に話すことによる純然た る騒音」について語り、我々は「文化の門番」(批評家、ジャーナリスト、編集者 など)を滅ぼしつつあるのだと述べている。 • 序列・管理の不在。第二に、上記にあるような状況においては、分類・管理を試み ることは既に不可能である(また推奨されるべきでもない)。古くからの伝統であ る「目録(カタログ)作成」は、陳腐なものとなりつつある。それは分断されたデ ジタル空間では、既に意味も価値も持たないものなのである。Weinbergerの著書「イ ンターネットはいかに知の秩序を変えるか〔原題:Everything is Miscellaneous〕」 (Weinberger 2007)では、我々がどのように空間および固有の位置を必要とする物 理的なモノから、分断され様々な場所に存在することが可能であるデジタルなモノ へと移行してきたかを説明している。例えば物理的な本であればどの特定の瞬間に も1つの棚、すなわち一箇所に保存されている必要があるが、これがデジタルであ れば複数の場所に存在することが可能であるばかりでなく、これをバラバラにし、 その一部分を他のデジタル産物と組み合わせることもできる。これは「本」の利用 法やその置き場所の決定を、より柔軟性に富んだもとする。欠点はこの手法のもた らす複雑さであり、また特にコンテンツについては、統合性が失われる危険がある ことである。 • 複雑さを増すデジタル空間。第三に、全般的に複雑さを増していくデジタル空間は、 既存の語彙や説明の方法に対する課題を突きつけている。デジタル空間や環境 (landscape)といった用語自体が、デジタルが物理的実在の延長でしかないと考え られていた時代を思い出させる。「バーチャル大学」や「バーチャルカフェ」とい った用語は、デジタルが「境界のある空間」であるかのような印象を抱かせる。し かし我々が今日デジタル領域で眼にするような行動パターン、コンテンツやツール の配信、デジタルの多面的、かつ相互に連結されている性質は、「時間」や「空 間」といった用語が既に充分ではなくなったことを意味しているのである。現在起 こっていることを説明するためには、新たな語彙や比喩が必要である。私は以前、 以下のように論じた経緯がある。 デジタル環境の中をナビゲートする一助とするため、またこの環境と、それ が我々の生活に与える影響を理解するためには、新たなアプローチが必要であ る。物理的な空間を再現するような、デジタル環境についての単純な説明は既 に適切なものではなくなっており、テクノロジーとユーザーの間のつながりに 重点をおきつつ、より総合的な観点からその双方を説明することが必要となっ ているのである。(Conole 2008) そしてここでは既存の空間、時間の観念に2つの側面を新たに加えることを提案 している。すなわち機能性とつながり(connected)である(Gráinne Conole 2008) • 集合体の力。第四に、上記で触れたようにWeb2.0テクノロジーの主な特徴は集合体 の力、すなわち集合的大衆を利用する能力である。これは「すぐ手の届く専門知 識」、そして問題解決のための共同努力を意味する―「全体は部分の合計よりも大 きい」のである―様々な視点や専門知識を備えた何百、何千もの頭脳を利用できる ときに、たった1つの頭脳で問題解決に取り組む必要性がどこにあるだろう、とい うわけである。このことは多くの個人による協力や競争から生み出される共有の知、 またはグループの知である「集合知」の概念を生み出した。これはすでに確立され た研究分野であるが、インターネットの真の能力は、膨大な数の人間が問題を共有 し、インターネットで入手できる大量の情報とツールを利用しつつ共同作業を行え る、ということを意味しているのである。例えばLevyは以下のように述べている。 現代のテクノロジー、特に通信技術の進化は、(人間の資質を最大限に引き だすうえで)10年や20年前には想像もできなかったようなアプローチを提案し ている。これは社会的結合を管理し人間の資質を最大限引きだすために利用可 能な様々な手段に大きく影響することになろう(Levy 1997, p.40)。 しかしこの社会的集合は、Wellman言うところのネットワークで結ばれた個人主義 (Wellman 2001)、すなわち緊密に結合したグループから、緩やかな結びつきの個 人間のネットワークへの転換が起こっている、との考え方と共存しているのである。 • 無料のコンテンツおよびツール、オープンAPIおよびマッシュアップ。最後に、オー プンソースプリンシパル、API(アプリケーション・プロファイル・イニシアチブ) およびマッシュアップにより、全体的に改善され様々な利用が可能な一連のコンテ ンツやツールが無料で提供される、といったユートピア的なインターネットへ向け た動きは、それほど明白なものではないかもしれない。このような慣行は品質や所 有権についての既存の考え方に挑戦するものであり、知識を商品化する現存のビジ ネスモデルには合わない。これらを理解し、また所有権、品質およびビジネスモデ ルに関する考え方を再定義するには、我々にはまだ多くの課題が残されているので ある。 教育に関するジレンマ これまで全体的に概観してきたが、ここでこれらのすべてが教育にどのような影響を与え るか、という点に焦点をあてていきたい。本セクションでは、上記の傾向とパラドックスが、 教育においていくつかの特定の問題を生み出していることについて論ずる。表3は前セクシ ョンでその概要を述べた原因について、それらが結果的に生み出した教育上のジレンマに焦 点をあてつつ再度考察している。 表3:新たなテクノロジーにより生じた教育上のジレンマ 原因 教育上のジレンマ 拡大する知識分野 教師の役割に対する挑戦 序列や管理の重要性の減少。多様な手段 設計プロセスを再考する必要性、新た でコンテンツを配信、設置することが可 な学習経路提供の可能性 能。 複雑さを増すデジタル環境 テクノロジーの実用的知識を持つ者と 持たない者のスキル格差の拡大 集合体、集合知の力 新たな学習形態の可能性 無料のコンテンツ、ツール、オープンAPI これらを取り込んでいる実証例は少な およびマッシュアップ い 知識分野の拡大とその結果おこる「専門家の消滅」は、当然ながら従来の教師の役割と衝 突することになる。教師は専門家であり、知識の伝達に焦点をあてるべきだとの前提が崩れ るのである。このような講義形式から構成主義アプローチへの転換は、長年、教育における 主要なテーマであったが、これを増幅させるうえでインターネットが果たしている役割は、 決して軽んずるべきものではない。複数個所に存在する、または分断されているコンテンツ や、コンテンツ内に複数経路を存在させる可能性は、教育的介入を設計するうえで影響力を 持つ。そしてこのような多様性はより多くの選択肢を与えるにもかかわらず、教育的状況に おいては混乱を招く可能性もあるのである。そのため教師には、学習者がこの複雑な環境の 中を進んでいけるように教授法に基づいた学習経路を提供する、という重要かつ新しい役割 を演ずる機会があるのである。教育テクノロジーの研究において、情報格差は長いこと主要 な議題であり続けた( Norris 2001; Norriset al. 2003; Warschauer 2004)。しかしデジタル環境 が複雑さを増していくにつれ、「テクノロジーの実用的知識」を有する教師や学生と、そう でない教師や学生の間の格差はますます大きなものとなっている。この現象は特に、 Web2.0に実際に関与しなくてはそのテクノロジーの「取得」は不可能である、という事実 により悪化している。Twitterの定義や、その実践的なデモンストレーションですら、このツ ールの能力を完全に理解する助けとはならない。技術的にはTwitterは単純である。140文字 を打ち込みリターンを押せばいい。しかし実際にTwitterを使うためには、自分がこれをどう 利用するか、自分のスタイルや「デジタル・ボイス」にこれをどう適応させるかを理解して いなくてはならない。またTwitterはより幅広いネットワークの一部となることであり、自分 の興味のある人々につながって(または彼らを追って)いて初めて役立つものなのである。 集合体の力が、学習の場における可能性を持っていることは明白である。他者とつながる 能力は、対話的・状況的な学習を可能とするが、また探求に基盤を置いた学習をも可能にす る。例えばTwitterは「ジャストインタイム」の学習を可能にする。学習者は質問を出し、ほ ぼ同時に他の学習者や教師からのフィードバックを得ることができるのである。同様に学生 のコーホートでは、ソーシャルブックマークのツールを利用して科目に関連したリソースに ついてのコメントを集めることができる。Web2.0の実践におけるユーザー中心、参加型の 性質は、統制の所在を教師から学生に移して構成的教育アプローチを可能にするため、教育 的に非常に大きな可能性を持っているのである。 最後に、パラドックスである。今日利用できる無料の教育リソースやツールの豊富さにも かかわらず、実際にはこれらが広く使用されてはいないということは、粛然とする事実であ る。その理由は複雑かつ多面的であるが、教師が新たなテクノロジーのアフォーダンスを利 用するのに必要なスキルを有していないということも大きい。次のセクションにおいては、 これらのスキルがどのようなものであるか、またデジタルに詳しいということが何を意味す るかについて論ずる。 デジタルリテラシー Lankshear および Knobelは、「デジタルリテラシー」という用語の使用法に関して、有用 な要約を発表している(Lankshear & Knobel 2006)。その定義には「コンピュータを通じ、 幅広いソースから様々な形式で提供された情報を理解し利用する能力」(Lanksear and Knoble , 2006におけるGilsterの引用)が含まれる。Goodfellowは、この用語はそれよりもず っと複雑なものであると論じている。 以下のように多様である:マルチリテラシー、状況リテラシー(situated literacies〕、ニ ューリテラシー研究、アカデミックリテラシー、デジタルリテラシーなど(この引用元 である、より広義の議論についてはhttp://cloudworks.ac.uk/cloud/view/2669を参照のこ と) John Seely-Brown はその著作において、デジタルリテラシーについて幅広く取りあげてい る(Brown 2000)(Brown 2001)。著者は実用的なデジタル知識を有する子供の学習法には、 〔従来と比較して〕多くの変化があると説明している(図1)(Brown 2001, p.71)。 デジタル時代における学習 サイバー時代における変化のいくつか リテラシー リテラシー テキスト テキスト+画像 情報のナビゲート 学習 指示を受ける(権威ベース) 発見、経験 論理的思考 演繹的(直線的) 修繕と判断(側面的) 行動 知らない/試さない 知らない/リンク先に飛ぶ、掲示板などを読み、試してみるに飛ぶ -その場で学ぶことが鍵となる- 図1:デジタル時代における学習(Brown 2001:71より転載) 最初はリテラシーの進化的性質、すなわちテキストベースから豊富なマルチメディア環境 への変化に関するものである。ここにはマルチメディア環境を解釈する能力だけではなく、 この環境と交わりあい、その中を進んでいける能力が含まれる。2点目は権威に基づく学習 から、経験や発見を通じての学習への変化である。3点目は論理的思考に関するものである。 若い学習者はウェブを通じて豊富なリソースを入手することが可能であり、理解を深めるた めにこれらを利用することができる。すなわち具体的な例を使用して、ある観念についての 様々な定義を裏付けることができるのである。最後は、若い学習者が実践により学んでいく という事実に関するものである。マニュアルを読む代わりに、物事を試し、試行錯誤を通じ て学んでいくのである。言い方を変えれば彼らはその場で共に、または互いから、学んでい くのである。 従って「デジタルリテラシー」が、単にデジタルで利用可能な情報を理解することを遥か に超えているのは明白であろう。それは多様な表現を理解するスキルであり、総合的かつ相 互に連携した視点を発達させ、広範囲な参加型コミュニティの一部となり、これと交流する 方法を理解する能力をも指しているのである。 近年発表された白書「参加型文化における課題への挑戦:21世紀のメディア教育 (Confronting the Challenges of Participatory Culture: Media Education for the 21st Century)」に おいて、Jenkinsは今日の参加型文化に十分に関与していくためには、12のスキルが必要だ と論じている。 • 遊び(Play) - 問題解決の一手法として、周囲の環境で実験する能力 • 演技(Performance) - 臨機応変な対応をとったり何かを発見する目的で、別個の アイデンティティを身につける能力 • シミュレーション(Simulation) - 現実世界におけるプロセスの動的なモデルを解 釈し、構成する能力 • 充当(Appropriation) - 意味をなすような形でメディアのコンテンツからサンプル を取得し、それらを再度アレンジする能力。 • マルチタスキング(Multitasking)- 周囲の環境にざっと眼を通し、重要な詳細情 報へと注意を移す能力。 • 分散認知(Distributed Cognition)- 知的能力を拡大するツールに対し、有意義なか たちで反応する能力。 • 集合的知性(Collective Intelligence)- 知識をプールし、共通のゴール達成に向け てその知識に関する注釈を他者と比較する能力。 • 判断(Judgment)- 様々な情報ソースの信頼性と真実性を評価する能力 • トランスメディア・ナビゲーション(Transmedia Navigation)- 多様なモードで提 供されるストーリーの流れや情報をフォローする能力。 • ネットワーキング(Networking)- 情報を検索し、統合し、普及させる能力 • 交渉(Negotiation)- 様々なコミュニティを訪問し、多様な視点を理解・尊重し、 それぞれのノルマを把握してこれに従う能力。 • 可視化(Visualization)-アイデアを表現し、パターンを発見し、またトレンドを特 定する目的でデータを解釈、作成する能力(Jenkins 2009)。 このリストは、デジタルリテラシーの多面的な性質を明確に表している。Jenkinsは参加型 文化を関与し参加するもの、作品を創造したり共有し、互いに指導しサポートするものであ ると定義している。また著者は、これが教育において非常に大きな潜在的能力を持つと提案 している。つまり仲間同士で互いから学ぶこと、多様な文化的表現、様々な状況におけるス キルの発達、そして知的財産の考えに対する態度の変化に結びつく機会を提供するというの である。さらに著者は、この参加型文化を積極的に受け入れていくことが不可欠だとして、 以下のように指摘している。 この文化へのアクセスは眼に見えないカリキュラムの新たな形式として機能し、学 校や職場においてどの若者が成功し、どの若者が取り残されるかを決定するものなの である。 オープン・ユニバーシティ学習設計イニシアチブ 本稿の第一部では新たなテクノロジーを概観し、それが学習と教育に対してもたらす影響 について論じた。そこでは、新たなテクノロジーの持つ潜在的能力と、実際の使用との間に はギャップがあると述べた。本稿の第二部においては、教師がテクノロジーをより効果的に 利用するための一連のツールやリソースの開発を行う、オープン・ユニバーシティの学習設 計イニシアチブ(OULDI)の概要を述べる。 OULDIは教育情報を備えたテクノロジーを教師がよりうまく利用するための一連のツー ルや手法、そして学習設計に対するアプローチを開発している。それにより、「はじめに」 で述べたテクノロジーの潜在的能力と実際の利用との間のギャップを埋めることを目的とし ているのである。この作業は実証的証拠に基づいた継続的プログラムにより裏打ちされてい る。同プログラムは設計プロセスと、それに関連した障害やイネイブラーについての理解を 深め、また我々が開発・使用しているツールや手法、アプローチにつき、特にそれらがどの 程度効果的かについて継続的に評価することを目的としている。我々の研究には、3つの主 要な側面が含まれる。 1. 教授法の表現 - 設計プロセス、特に可視化における新たな形式の利用可能性を説 明する表現を幅広く特定、使用する。 2. 設計プロセスの指導、サポート - 設計における意思決定プロセスの指導において、 その場での支援やツールに含まれるテンプレート、教育学の概要、一連の対面式イベ ントおよびワークショップを通じて様々なレベル、形式のサポートを提供する。 3. 設計の共有 - コミュニケーションや、学習と教育に関するアイデアや設計の共有 の新たな形態で行うため、(一連の対面式イベントやワークショップに合わせ) Web2.0テクノロジーのアフォーダンスを利用する。 Conole(2009)はOULDIの起源と、このアプローチを採択することの恩恵について考察し ている。教授法の表現という我々の研究の一部として、学習活動設計のための可視化ツール (CompendiumLD)が開発された(Conole et al. 2008)。CompendiumLDは学習活動の設計に 使用できるマインドマッピング、または概念マッピングツールの一種である。図2は、「タ スクスイムラインの表現」を示しているが、2つの役割(学生と教師)があり、それぞれが 実行する必要のあるタスクと、関連ツールやリソースを示したものが「タスクスイムライ ン」である。タスクのための合計時間は自動的に計算され、図の上部に表示される。 CompendiumLDには、設計指導を支援するために内部に組み込まれたヘルプ機能があり、作 成されたマップは様々なフォーマットでのエクスポートが可能である。ツール評価からは、 ユーザーがこれを使いやすく、より明確で共有しやすい設計を作成する一助となると考えて いることが判明している。 図2:CompendiumLDに描かれたタスクスイムラインの説明 また我々は学習・教育に関するアイデアを共有したり、それらを議論するためのソーシャ ルネットワーキングサイトも開発している(http://cloudworks.ac.uk)。Conole およびCulver は、Cloudworksの開発と評価について述べており(Conole & Culver 2009)またそれに関連 した研究論文では、同サイトの理論的な裏づけを論じている(Conole & Culver 2009)。 図3:Cloudworks のホームページ 我々はOlnetを通じ、OULDIのツールやリソースをどのように使えばオープン教育リソー ス(OER)のより優れた利用法を推進し、またその目的を再定義していくことができるかを 研究している。CompendiumLDはOERに内在している設計を明確化することを支援し、 CloudworksはOERユーザーおよび研究者のためのワークショップやイベント(実際に行われ るものとバーチャルなものの双方)をサポートしている。すなわちアイデアを共有し、交換 するためのフォーラムなのである。本会議のプレゼンテーションにおいては、OULDIおよ びOlnetに関する最新の研究の要旨、および我々の開発したツールやリソースの実例が示さ れる。 結論 では、かつてなく豊富に存在するテクノロジーに強化された状況で、教育が直面する大き な課題とはなんであろうか。この問いについては、以下の5つの点が特に重要であると考え る。 • テクノロジーについての実用的な知識を有する者と、そうでない者との情報格差は かつてなく大きなものとなっている。この問題にどう対処すべきか。どうすれば大多数がつ いてこられるのか、それともそのような試みは無駄なものなのか。 • Jenkinsのデジタルリテラシーに関する12項目は、どの程度まで実証されているのか。 教育にかかわる者が、これらを更に発達させるよう支援するには、どうしたらよい のか。学習者によるこれらのスキルの発達を容易にするために、できることは何か。 • このように複雑かつ進化しつつある技術的システムを研究するにはどうすればよい のか。どのような新たな手法が必要とされているか。 • ツールとユーザーが共に進化する現象がより頻繁にみられるようになったが、これ を理解するにはどのような理論的洞察力が必要とされているのか。 • 新たな教授法が出現しつつあることを実証できるか。 デジタル・パラドックスおよびそれに関連した教育のジレンマについての当初のリストを 振り返り、我々は現在、教育における根本的な変化の瀬戸際でバランスをとっているのだと 私は考えている。新たなテクノロジーにより得られるものは多いが、それをうまく利用する のは実に難しい。我々は学習設計イニシアチブを通じ、新たなテクノロジーが学習者の経験 を向上させる効果的な設計を教師が作成するための、一連のツールやリソースを開発してい るのである。 参考文献 AJET 25(5) Conole and Culver (2009) - Cloudworks: Social networking for learning design. 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