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自然保護運動と環境保護団体 - 久保文明研究室

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自然保護運動と環境保護団体 - 久保文明研究室
自然保護運動と
自然保護運動と環境保護団体
~マダラフクロウ(spotted owl)の保護を巡って~
新領域創成科学研究科 環境学専攻 社会文化環境コース
修士 1 年
36726 竹内邦広
目次
序章
第1章 アメリカの国有林管理
第2章 環境保護団体(Sierra Club を例に)
第3章 マダラフクロウ問題の発生
第4章 問題の激化
第5章 問題の終結
第6章 クリントン政権と環境保護団体
1、クリントン政権と環境保護
2、環境保護団体の反応
終章 考察
序章
今から 100 年以上も前からアメリカでは自然保護運動が行われおり、ヨセミテやイエロ
ーストーンなどで国立公園が設立されて、自然保護、特に原生林の保護がなされてきた。
19 世紀初頭に産業革命がアメリカでも発達し、蒸気機関や鉄道が普及すると、大勢のアメ
リカ人がフロンティアへ進出した。フロンティアは減少し、1890 年に国勢調査局はフロン
ティア消滅を宣言する。産業革命は商品を大量に生産することを可能にし、大量生産に伴
って原料物質の消費が急速に増加した。木材を得るために大規模な森林伐採が行われ、森
林の消失によって人々は原生自然へ関心を抱くようになった。大規模な森林消失が自然保
護運動を引き起こすことになったのである。
この論文ではマダラフクロウ(spotted owl)1の保護を巡って生じた問題とその帰結につ
いて調べ、マダラフクロウ保護のためにシエラ・クラブなどの環境保護団体がどのような
役割を果たしたかについて考察する。1970 年代にマダラフクロウ(原生林にのみ生息する)
の個体数の著しい減少が確認されると、原生林の伐採を食い止めようとする自然保護側と、
木材を伐採・販売して利益を得る森林伐採側がマダラフクロウの保護を巡って対立するこ
とになる。アメリカでは 100 年以上前から自然保護運動が行われてきたが、その運動は開
1 マダラフクロウには Northern Spotted Owl の他に California Spotted Owl、Mexican Spotted Owl が
存在する。ここでは Northern Spotted Owl の保護が問題となった。
発に反対し現存の自然の保護を訴えるものであった。マダラフクロウ問題は現存の自然保
護を訴えるという点ではこれまでの自然保護運動と共通しているが、自然保護(原生林保
護)のために森林伐採が禁止されるという経済的な損失を木材業界に強いる点でこれまで
の自然保護運動とは異なっている。つまり、自然保護と森林伐採の対立がこれまでにない
程度に先鋭化している。そしてマダラフクロウ問題はアメリカ全土を巻き込むことになる。
この問題の経過と帰結を考察することは今後の自然保護運動を考える上で有意義である。
また、日本にはマダラフクロウ問題を林業の立場から研究した事例は存在するが、環境保
護団体の運動に焦点を当てた研究は少なく、この点からも本論文には意義があるといえる。
以下ではマダラフクロウ問題の歴史的経緯を述べながら、自然保護側と森林伐採側の主
張とその相違点について考察する。
第1章 アメリカの
アメリカの国有林管理
アメリカの国有林管理を行うのは農務省森林局(Forest Service)である。第二次世界大
戦後、木材需要が高まり、国有林の木材生産量は急速に増加する。また、森林は木材生産
だけでなく、レクリエーションとして利用されるようになる。このレクリエーションがア
メリカ市民に森林の素晴らしさとともに保護の必要性を感じさせることにつながった。
1960 年に多目的利用・保続収穫法(Multiple Use Sustained Yield Act)が制定される。
この法律によって、森林局が成立期から持ちつづけてきた賢明な利用(wise use)という理
念が強化され、国有林の多目的利用という管理理念が明確化された。多目的利用の推進と
はアウトドアレクリエーション・牧草地・木材・水資源・野生生物と魚類に関してしかる
べき考慮がなされるべきであるということを指し、保続収穫とは木材や狩猟動物をはじめ
とする森林からの生産物を高いレベルで生産し続けることである。この法律は多目的使用
という理念を掲げていたものの、個々の国有林の具体的な利用形態や計画に関する規定を
欠き、森林局に大きな裁量が与えられていた。つまり、森林局に対して行政や議会から圧
力が加えられると、森林局の方針は変わりうる。戦後まもなくは、木材業界に支えられた
議会の圧力を受けて木材生産の増大が森林局の方針となったため、国有林を利用目的によ
って区分し、木材生産を主とする区域においてより集約的な木材生産が行われた。ピンシ
ョーの頃から、国有林の管理において将来の木材不足に備えた長期的視野に立った森林資
源造りが大切であるという考えは存在したが、その頃はまだ必要ないと考えられていた。
1964 年にウィルダネス協会やシエラ・クラブなど環境保護団体の活動によってウィルダ
ネス法(Wilderness Act)が制定され、ウィルダネスが多目的利用の1項目に加えられた。
ウィルダネスは一切の人工的営為を認めないという排他的な土地利用形態である。74 年に
森林および牧草地再生可能資源計画法が制定され、森林局に 50 年という長期的で、広域的
な分析に基づく国有林の資源評価と管理計画の作成と定期的な見直しを義務付けた。この
法律を補足訂正する形で 1976 年に国有林管理法が制定されたが、森林局の木材生産を重視
する方針に変化はなかった。
第2章 環境保護団体(
環境保護団体(Sierra Club を例に)
アメリカには数多くの環境保護団体が存在し、自然保護から公害反対まで幅広い目標
を掲げて、地域レベルから全国レベルで活動を行っている。シエラ・クラブは環境保護団
体として歴史が古く、1982 年に 182 名の自然愛好家がシエラ・クラブを設立した。会長に
選ばれたジョン・ミューア(John Muir)は自然の美的価値を重視し、原生自然の保護を訴
えた。以降、シエラ・クラブは単独で時には他の環境保護団体と連合して原生自然の国立
公園への指定を進め、また大規模な開発に反対してきた。2003 年には活動目標として
・ 地球上の原生自然を探検し、楽しみ、保護すること、
・ 地球の生態系と資源の責任ある利用を進めること、
・ 自然と人間の環境の質を維持できる人間性を育むこと、
・ これらの目的を達成するため、あらゆる法的手段を利用すること、
を掲げている。
1960 年代に入って、一般市民が健康を求める反公害・反原発運動が起きると、自然保護
に反公害・反原発の要求が加えられ、幅広い環境保護運動が行われるようになる。環境保
護への関心の高まりに伴って会員数が増加し、2003 年には 70 万人に達した。現在の事務
局長はカール・ポープが務めている。501(c)(4)団体に指定されており、寄付金の租税
控除は認められない。活動資金は 2000 年度で 72,432,099 ドル(寄付 47%、事業収入 10%、
会費収入 29%)となっている。関連団体にシエラ・クラブ基金、シエラ・クラブ法律弁護
基金、シエラ・クラブ PAC、65 の支部が存在し、協力している。
第3章 マダラフクロウ問題
マダラフクロウ問題の
問題の発生
アメリカの国土の 3 分の 1 にあたる7億 3000 エーカーは森林に覆われ、その内4億 8000
万エーカーが林業に適していると考えられている。2その内訳は連邦政府が 20%、林業会社
が 14%、個人が 58%、自治体(州政府)が7%となっている。多くは二次林(人工林)で
あり、原生林は 10%以下に減っている。
マダラフクロウ(spotted owl)は太平洋岸北西部地域(オレゴン州、ワシントン州、カ
リフォルニア州)のオールドグロース林(樹齢 200 年を超える高齢原生林)に生息する。
マダラフクロウは生態系の食物連鎖の頂点に位置し、その繁殖のためには一つがい当たり
数百から数千エーカーという広大な森林が必要となる。
1972 年、オレゴン州立大学の大学院生エリック・フォースマン(Eric Forsman)が生物
学調査を行った結果、マダラフクロウの個体数の減少が発見された。調査によって確認さ
れた個体数は数百であり、恒久的に種を維持することが困難な事態であることが判明した。
フォースマンの調査までマダラフクロウの研究はほとんどなされておらず、生息域の条件
や個体数については不明であったが、フォースマンの調査をきっかけにマダラフクロウの
2
1 エーカーは約 4050 ㎡
保護が問題となった。
しかし、森林局はオールドグロース林を収益確保の場として捉え、また、マダラフクロ
ウという生物種がほとんどの人に知られていなかったため、マダラフクロウ問題に対して
消極的であった。その一方で、オレゴン州政府は 1973 年に絶滅危惧種の対策委員会
(Oregon
Endangered Species Task Force)を発足させ、マダラフクロウ問題に積極的に取り組んだ。
1976 年に国有林管理法(National Forest Management Act)の制定を受けて、森林局第
六地方局(太平洋岸北西部を管轄する)は地域森林計画(Region Guide)の作成を進めた。
国有林管理法には野生生物と魚類の管理に関する規則が定めてあり、規則は地域計画作成
にあたって種として存続可能な個体数の維持を最重要な目的とし、また生息域の地理的分
布を十分考慮するよう義務づけている。1981 年に第六地方局の地域森林計画原案が公表さ
れ、原案はマダラフクロウの個体数目標の最低値を 375 つがい、一つがい当たりの生息保
護の最低面積を 300 エーカーとした。当時のマダラフクロウの推定生息個体数は 1291 つが
いであり、地域森林計画原案から森林局がマダラフクロウの保護に消極的であったことが
読み取れる。
1984 年、地域森林計画最終案(The Region Final Guide)が発表されたが、その内容は
原案とほとんど変わらないものであった。環境保護団体は最終案で示されたマダラフクロ
ウの保護個体数が少なすぎるとして、木材業界は多すぎるとして最終案を批判した。環境
保護団体は国家環境政策法(National Environment Policy Act)で定められた地域経済へ
の影響が書かれておらず、保護政策が一定の木材生産を前提とした上で古くて不十分な生
物学的データに基づいて決められているとして、異議申し立てを行った。このため、森林
局は追加環境影響評価(A Supplemental Environmental Impact Statement)を実施する
ことになった。
1985 年から追加環境影響評価の作業が始められ、1986 年に原案が提出された。12 の代
替案が示され、評価チームから最も好ましいとされたF案ではマダラフクロウ保護のため
に森林伐採が禁止される面積は 31~69 万エーカー、木材生産の減少は 13 の国有林全体で
約 5%であった。760~1330 人の労働者数の減少、1800~2100 万ドルの国庫収入の減少、
1000~1100 万ドルの州政府減収と予想された。環境保護団体は、F 案では長期間(100 年)
経過した場合にマダラフクロウの生息数が減少する、高齢原生林の指標となるマダラフク
ロウの重要性を無視している、と批判した。木材業界は、F 案はバランスに欠けており不必
要に経済的混乱をもたらす、生物学的調査が不十分で F 案は正当性がない、と反発した。
原案に対する国民からの意見は 14 万件(4 万 1 千通)を超え、F 案を支持するのはわずか
344 通であった。これはマダラフクロウ問題が社会的にも大きな問題となっていることを明
らかにするとともに、森林局の原案が不十分であることを示すことになった。
追加環境影響評価の最終報告書は 1988 年に提出された。国民からの意見を取り入れ、そ
の内容はマダラフクロウの保護を拡充する一方、木材業界への経済的影響の軽減を図るも
のとなった。具体的には、地域の地理的特徴を考慮してマダラフクロウ一羽当たりの保護
面積を変化させ、35 万エーカーの保護地域(伐採禁止地域)を設定し、労働者数の減少は
455~910 人、国庫収入の減少は 1800~2100 万ドル、州政府の減収は 800 万ドルと推測され
た。
第4章 マダラフクロウ問題
マダラフクロウ問題の
問題の激化
追加環境影響評価の最終報告書が提出されるまでの間、マダラフクロウ問題は新たな展
開を見せる。1987 年にシエラ・クラブ法律弁護基金(Sierra Club Legal Defense Fund)
が 29 の環境保護団体を代表して、マダラフクロウを「絶滅の危機にある種の保護法
(Endangered Species Act)」(以下、絶滅種保護法と略す)の保護リストに掲載するよう
内務省魚類野生生物局(Fish and Wildlife Service)に申し立てた。
絶滅種保護法は 1973 年に制定され、保護対象種を「絶滅の危機にある種」と「絶滅の恐
れのある種」の2種類に分け、保護のために必要となる重要な生息地を選定し、開発行為
を許可制度によって規制するとともに、種の保護・回復計画を策定することを内務省に義
務づけている。絶滅の恐れがある種が見つかった場合、その地域での木材伐採や建築行為
といった土地利用が禁止される。つまり、絶滅種保護法で種の重要な生息地の指定を受け
ることは、土地所有者にとって土地利用の禁止を宣告されることに等しい。
調査チームがマダラフクロウは絶滅の危機に瀕していると報告したにもかかわらず、魚
類野生生物局は、森林局や土地管理局の努力によってマダラフクロウの個体数が減少する
ことはない、としてリスト掲載を拒否した。マダラフクロウのリスト掲載拒否に対して、
1988 年シエラ・クラブ法律防衛基金は 25 の環境団体を代表して魚類野生生物局をシアト
ル地裁に訴えた。11 月、シアトル地裁のジリー(Zilly)判事は魚類野生生物局に対して審
査のやり直しを命じた。
12 月、追加環境影響評価の最終報告書が提出されるが、環境保護団体と木材業界は報告
書の内容に不満であった。1989 年 1 月に両者の異議申し立てが却下されると、2 月に北西
部森林資源会議(the North West Forest Resources Council)がポートランド地裁に、オ
ードュポン協会など6つの環境保護団体がシアトル地裁に訴訟を提起した。その他、the
Western Washington Commercial Forest Action Committee や the Washington Contract
loggers Association も訴訟を提起した。
3 月にシアトル地裁のドワイヤー(Dwyer)判事は、リスト掲載拒否はマダラフクロウが
絶滅の危機にあるという専門家の意見を無視した恣意的な判断であるとして、魚類野生生
物局にマダラフクロウの生態についての再調査と絶滅種保護法適用の再考を求めると同時
に、森林局によって計画された木材販売を一時凍結する判決を下した。販売の一時凍結は
木材業界に深刻な影響を与え、一時凍結の解除を目的として 6 月にオレゴン州上院議員ハ
ットフィールド(Mark Hatfield)が木材会議(timber summit)を開催した。この会議の
後、環境保護団体との交渉を経て、10 月に法案(the Hatfield/Adams bill)が議会を通過
する。法案の内容は 1989 年度と 1990 年度の木材販売量を 96 億ボードフィートとし、環
境保護団体に森林伐採箇所を指定する権利を与えるものであった。この法案によって木材
業界側は最低限の木材販売を達成し、環境保護団体は短期的な妥協を強いられたが、将来
的なオールドグロース林の保護への政策支援を期待しての妥協であった。
1990 年に生物学者トーマス(Jack Ward Thomas)を中心に森林局、魚類野生生物局、
土地管理局から成る組織間科学委員会(Interagency Scientific Committee)が設置され、
翌年 4 月に報告書が提出される。報告書ではマダラフクロウ保護のために自然公園、原生
自然地域、公有地、私有地を含めて 840 万エーカーのオールドグロース林の保存が主張さ
れた。
1990 年 6 月、魚類野生生物局はマダラフクロウを「絶滅の危機にある種」に指定した。
このため、森林局はこれまでのマダラフクロウへの対応を根本的に変更しなくてはならず、
シアトル地裁は森林局に対して新たな森林計画及び環境影響評価書が提出されるまでマダ
ラフクロウ生息域とその候補地における一切の木材販売を禁止した。マダラフクロウを「絶
滅の危機にある種」に指定した魚類野生生物局は、同時に発表すべき危機的生息域の指定
を怠っていたため、シアトル地裁から地域指定を迫られた。1991 年 5 月、魚類野生生物局
から危機的生息域が公表される。危機的生息域は 1160 万エーカーに及び、300 万エーカー
の私有地を含むものであった。危機的生息域の指定が私有地にも及んだために、マダラフ
クロウ問題は新たに土地所有者や私有林の伐採業者を巻き込むことになった。
国有林の伐採禁止によって 4500~9500 人が仕事を失い、関連する林道建設や第 3 次産
業などを含めて 1 万 5000~3 万人が離職することが予想されると、木材伐採や加工などの
林業によって生計を立てている住民側は、原生林保護が地域経済の崩壊や自治体収入の減
少、住民サービスの低下などにつながることを理由に伐採禁止措置に反対した。また、伐
採を進めることで住宅建設に必要な木材が安価に購入でき、コスト引き下げにつながると
主張した。
一方、シエラ・クラブやウィルダネス協会などの自然保護側は、
・ アメリカには原生林がほとんど残っておらず、生物多様性の点から原生林は貴重である、
・ 伐採を進めれば、土壌流失などで深刻な環境破壊につながる
・ 日本が 3 倍の価格で原木を引き取るため、木材を地元で加工せずに原木のまま輸出して
いる産業構造が雇用減少原因である、
・ 住宅建設には代替資材も多く原生林を伐採することはコスト減につながらない、
と反論した。3
マダラフクロウが「絶滅の危機にある種」に指定され、保護政策が進められることにな
ったが、木材業界など森林伐採賛成派は絶滅保護法の適用を免除することで森林伐採を可
能にしようとした。木材業界の要望を受け、ブッシュ政権は絶滅保護法に基づいて関係省
庁の長、州知事らで構成する委員会「神の一団(God Squad Committee)
」を設置した。1992
3
諏訪雄三,
『アメリカは環境に優しいのか』新評論,1996,199-200.
年 5 月、委員会は雇用と地域経済を守るには他に方法がない、として高齢原生林の伐採を
特例で認める決定を下した。その一方で、環境保護団体の行政(土地管理局、森林局、魚
類野生生物局)に対する訴訟が続けられた。シアトル地裁の森林伐採禁止の命令は有効で
あった。シアトル地裁は森林局に対してマダラフクロウの保護計画の強化を求める判決を
下した。マダラフクロウの保護を巡る環境保護団体と政府・林業界の対立は深まると、全
米の注目を集まり、マダラフクロウ問題の解決が 92 年の大統領選挙では選挙公約にも挙げ
られることになった。
第5章 マダラフクロウ問題
マダラフクロウ問題の
問題の終結
1993 年 1 月にクリントン(Clinton)が大統領に就任すると、マダラフクロウ問題の解決
に乗り出した。4 月にオレゴン州ポートランドでクリントン大統領によって「森林会議
(Forest Conference)」が開催され、パネリストとして木材業界、水産業界、環境保護団体、
科学者、各自治体の代表が召集された。会議はマダラフクロウの保護だけを問題とするの
ではなく、地域経済への影響を抑えながら高齢原生林に存在する様々な環境的な価値を保
護することが問題とされた。従って、鮭などの魚類に対する森林伐採の影響についても議
論された。
森林会議の後、森林生態系管理評価チーム(Forest Ecosystem Management Assessment
Team)、労働・コミュニティ評価チーム、組織調整チームの 3 つの研究チームが設置され、
7 月に各チームの研究結果を総合した FEMAT レポートが提出された。FEMAT レポートに
は 10 の代替案が示され、クリントン大統領は第 9 案(Option 9)を選択した。第 9 案には
適応管理地域(Adaptive Management Area)という新しい概念が含まれており、適応管理
地域では木材生産活動と生態系及び生物多様性の維持が両立するように森林管理が行われ
ることを目標とし、社会・経済の変化に伴って新たな知識や技術を導入し、継続的に管理
方法と方向性をフィードバックしながら進歩させていくことが認められる。状況に応じて
多様な利用が認められるということは、森林局に適応管理地域における裁量権を与えるこ
とに等しく、マダラフクロウの保護推進側から見れば第 9 案の選択は後退であった。
政府による森林計画案は追加環境影響書原案として FEMAT レポートとともに発表され
た。原案の内容は、
・ 年間の伐採量を 12 億ボードフィート(80 年代平均の 40%以下)に減らす、
・ 8000 人以上の新規雇用を創出し、5400 人の転職者への職業訓練を実施するため、5 年
間で 1 億 2000 万ドルを支出する、
・ サケなどの野生動物を保護するための保全地域を創設する、
・ 原木を輸出している林業会社に対する補助金を打ち切る、
であった。4原案に対するコメントは 10 万件近くに及び、1994 年 2 月にクリントンの新森
4
諏訪雄三,1996,200-201.
林計画として最終報告書が提出された。
新森林計画は林業側・環境保護側の両方から反発を招いた。ワイズ・ユース運動5の「オ
レゴン土地連合」は計画の実施によって 8 万 5000 人が失業し、北西部の経済基盤が失われ
ると反発した。
一方、自然保護側は地域の林業は他の地域に比べて生産量当たりの雇用者は極端に少な
い、伐採が禁止されなければ結局は原生林を切り尽くして失業する、雇用減少は短期的な
利益を求めて森林資源の継続的な利用を怠ったことが原因である、指摘している。6この主
張を裏付けるものとして、81 年から 90 年の 10 年間にワシントン州で生じた約 2 万 7000
人分の林業雇用消失の 9 割以上は機械導入による合理化が原因であり、91 年には地元で製
材すれば 2700 人分の雇用を創出できる原木を輸出していることがわかっている。また、ワ
シントン州では 1 人分以下の雇用しか生まない伐採量が、カリフォルニア州では 5.2 人分、
全米平均では 3.4 人分の雇用に相当する。森林伐採・木材加工の機械化が地域の雇用減少を
もたらしていることは明らかである。
新森林計画が提出されたため、94 年 6 月にシアトル地裁のドワイヤー判事は 1991 年か
ら続いていたオレゴン・ワシントン両州西部地域における連邦保有林の天然林伐採差止め
措置を解除した。環境保護団体は新森林計画ではマダラフクロウやサケなど絶滅の恐れの
在る種の個体数が減少してしまうとして、木材業界は政府が計画策定段階で科学的データ
を隠蔽し連邦会合公開法に違反しているとして、それぞれ新森林計画の違法性を裁判所に
訴えたが、12 月にシアトル地裁は新森林計画の合法判決を下し、長期間に渡ったマダラフ
クロウ問題は終息する。
第6章 クリントン政権
クリントン政権と
政権と環境保護団体
1、クリントン政権と環境保護
1992 年、クリントンは大統領に就任し、副大統領にアル・ゴア(Al Gore)を、内務省
長官にブルース・バビット(自然保護有権者連盟)を指名した。ゴアは『地球の掟』を著
わし、環境主義者から環境派という評価を得ていた。このため、クリントンがアーカンソ
ー州知事時代に環境問題に対してひどい実績しか持たないにも関わらず、環境保護団体は
クリントン政権に対して環境保護が進められると期待したのである。また、環境主義者が
大統領や政府機関へのアクセスを認められたことは、環境保護団体のクリントン政権に対
する印象を良くすると同時に、全米規模の環境保護団体はクリントン政権へのアクセス権
を失うことを恐れ、慎重に行動するようになる。全米野生生物連盟のジェイ・ヘアーはク
リントン政権と環境保護団体の関係を「恋愛のようにして始まったものが、デート・レイ
5
ワイズ・ユース運動は自然保護運動によって土地利用を禁止または制限されることに対する反対運動を
指す。80 年代から始まり、林業・鉱業・牧畜業者などの第一次産業従事者や土地所有者が国有地の解放と
賢明な利用(wise use)を求める運動である。
6 諏訪雄三,1996,201.
プであることがわかった。
」といっている。7
クリントン政権は反対の選挙公約である巨大な廃棄物焼却炉の試験運転を認め、また、
実効性のない大気汚染の規制案を発表すると、環境保護団体はクリントン政権が実は環境
保護的ではないことがわかってくる。しかし、クリントン政権は環境保護団体にアクセス
を与えたことによって、環境保護団体からも北米自由貿易協定(NAFTA、協定には環境保
護の条項やいずれかの署名国の環境法令を尊重するという条項は含まれていない)への支
持を取り付けることに成功するのである。
2、環境保護団体の反応
クリントン大統領によって示された新森林計画はマダラフクロウの生息地を含めた太平
洋岸北西部全域で伐採量を削減するものの、高齢原生林の伐採を継続することを認めるも
のであった。原生林の半分が新森林計画によって伐採されることになるため、環境保護団
体はマダラフクロウの生息地での木材販売の差止めを求めて提訴したが、認められず、結
局、全米規模の環境保護団体は新森林計画を支持するようになる。シエラ・クラブの事務
局長カール・ポープは「公平で合理的な妥協だ」と『USA トゥデイ』で語り、全米オーデ
ゥポン協会のブロック・エヴァンスは「危なっかしい勝利」と呼んだ。しかし、全米規模
の、つまり、ワシントンでロビー活動を行う環境保護団体の新森林計画への支持は、草の
根活動家と呼ばれる、現場で活動している人々にとって不愉快な出来事であった。環境保
護団体が会員数を増やし、専門化と官僚化が生じて、訴訟やロビーングといった活動を行
うようなると、ワシントンばかりに注目してしまうことがある。その結果、草の根の活動
との連携がおろそかになってしまう。
終章 考察
マダラフクロウを巡る問題は「雇用か、環境か」というトレードオフの関係として捉え
られてきた。確かに北西部では原生林伐採による雇用確保を求めるワイズ・ユース運動が
広げられたが、各種の資料によって 80 年代の伐採ペースを維持することは困難であること
が示されている。
経済政策研究所(Economic Policy Institute)は同地域の原生林伐採問題を調査し、
・ 木材生産が 19.2%も伸びた 80 年から 88 年の間に、1 万 3857 人が機械化のために職を
失った。この傾向が続けば 2010 年までには計 3 万 3600 人が職を失い、影響は原生林
の伐採禁止に伴う直接の雇用減少の 3 倍に上る、
・ 90 年から 92 年の間に 2 万人が生産性の向上や伐採量の減少などを理由に解雇されてい
る、
・ 原生林を切り尽くした 2040 年に林業は消滅する、
・ 原生林を切り尽くすことは漁業やレクリエーション、観光に悪影響を及ぼし、「質の高
7
Yaffee, Steven Lewis, The Wisdom of the Spotted Owl(Washington,D.C.:Island Press,1994),141
い生活」という地域の持つ魅力を失わせる、
と分析している。そして、
「環境規制が雇用を短期的に減らすことは、狭い地域だけをみれ
ば起きることもあり、影響を軽減する措置を取る必要はある。しかし、このフクロウの例
を水質規制、排出規制などのほかの環境規制に当てはめることは不可能だ。環境規制が雇
用を奪うというのは作り話しに過ぎない。」と述べている。
つまり、遅かれ早かれ北西部の林業は衰退を免れなかったのであり、マダラフクロウが
絶滅の危機に瀕する種に指定されることで林業の衰退が早まったに過ぎない。しかも林業
の機械化によって既に多くの雇用が失われているにも関わらず、労働者の間では機械化が
問題とされていないようである。木材業界にとっては機械化による失業はやむを得ないが、
マダラフクロウ保護を原因とする失業は納得がいかない様である。木材業界を使用者と労
働者とに分けてみれば違いの理由がはっきりする。機械化によって利益を得るのは使用者
であり、失業という被害を受けるのは労働者である。つまり、機械化で被害を受ける労働
者はうまく組織されない限り、機械化を原因とする失業は問題とされないのである。マダ
ラフクロウが問題視されたのは、原生林伐採が禁止されると木材業界全体が被害を受ける
からである。
マダラフクロウ問題では、地域レベルから全国レベルに及ぶ環境保護団体が活動した。
マダラフクロウの調査はオレゴン州立大学の学生によって行われ、マダラフクロウの保護
に取り組んだのはその地域の環境保護団体であった。次第に全米規模の環境保護団体の関
心を集めるようになり、訴訟戦術が行われるようになる。シエラ・クラブ法律弁護基金な
どの訴訟を通じてマダラフクロウ問題が全米でも注目されるようになった。また、森林計
画原案に対して組織的に大量のコメントを送るといった戦術も採用された。全米規模の環
境団体と草の根団体の結びつきが、マダラフクロウを絶滅の危機に瀕する種への指定をも
たらしたのである。
しかし、クリントン政権が提示した新森林計画を巡ってワシントンでロビーングを行う環
境保護団体と草の根の活動家とでは立場が異なった。最終的に政策を支持した環境保護団
体(シエラ・クラブと全米オードゥポン協会、など)と、その支持に疑問を投げかける草
の根活動家は同じ環境保護という立場にありながら、計画の支持を巡って立場が異なって
いる。それは全米規模の団体はできるだけ多くの地域の自然保護を訴えて運動しているた
め、ある地域の自然保護を諦める代わりに別の地域での自然保護を認めさせるという取引
(妥協)を行うことが可能である。このような全米規模の団体と草の根活動家との違いは
しばしば環境保護運動内での対立を生む危険を孕んでいる。
全米規模の環境保護団体の新森林計画への支持はクリントン政権によってもたらされた
アクセス権が大きく影響していると考えられる。クリントン政権は環境保護団体にアクセ
ス権を与えたことで反環境的な意思決定に対しても環境保護団体からの同意を調達するこ
とに成功した。全米規模の環境保護団体のようにアクセス権を持たない草の根の活動団体
は、クリントン政権に対する影響力もほとんど持たなかったが、政権から自由であった。
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