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聖書の男性の最初の名前

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聖書の男性の最初の名前
1章
天皇家は
ダビデ王朝の
末裔である
1
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
1. 天皇家とダビデ王朝
同じ話で、ダビデ王朝のことは聖書の中に詳しく記載されているのです
が、多くの日本人にとり、聖書は縁遠い本であり、どうもまともに読む人
は少ないようですので、今まで気づかれなかったのかもしれません。聖書
さて、前書きに書きましたように、この本の主旨、ポイントは非常に明
をまともに読む日本人が少なかった、その記事をまともに受け取る人々が
白で、要するに、聖書に登場する古代イスラエルのダビデ王朝の正統な末
この国には少なかった、それがこのような明々白々な事実に気づかずに、
裔、子孫が、他ならない、日本の天皇家であるということ、逆に言うと、
今に至るまで進んでしまった、その理由かもしれません。
日本人が大いに興味を持っている日本の皇族のルーツ、皇族の先祖は他な
らない、聖書のダビデ王朝に連なるというポイントに尽きます。
しかし、聖書を詳しく読むなら、イスラエルのダビデ王朝は聖書の中で
特別な存在であり、神御自身が何度もダビデの子孫が代々その王座に着き
結論は非常に明白ですのであとはそれを補足し、さらに分かりやすく説
続ける、すなわちダビデ以来の万世一系は継続することを約束しています。
明したいと思います。
前書きに書いた、以下のことばの通りです。
不思議な偶然の中で、
このことは隠されてきた
イスラエルのダビデ王朝が日本の皇族と関係がある、そんなことは聞い
たことがない、そもそも本当にそんなことが事実なら、とっくに誰かが提
唱したり、声に出したりするのではないか?とそんな意見もあるかもしれ
ません。じつは私自身も、なぜ、このことが人々に分からないのだろう、
Ⅱ歴代誌23: 3
3. こうして、全集団が神の宮で王と契約を結んだ。そのとき、彼はこう
言った。「ご覧のとおり、主がダビデの子孫について約束されたように、
王の子が王となるのです。
日本とイスラエルの明確な類似、このことは聖書に親しい人には明らか
皆気づかないのだろうと、長年疑問に思ってきたしだいです。なぜ、ダビ
な事実です。事実この国で、日本とイスラエルの類似性に気づいた人々の
デ王朝と皇室の関係に気づく人がいないのか?と言うと、私の推測では多
多くは聖書に親しいキリスト教の牧師さんです。
くの日本人にとって皇室のことはともかく、ダビデ王朝のことなど、ほと
んど知識が無いからだと思います。
イスラエルと日本の類似性について書いた恐らく始めての日本人、小谷
部全一郎さん、さらに日本こそ南朝ユダの子孫であることを語った川守田
英二博士など、皆牧師さんです。
卑近な言い方をすると、
「モナリザの顔と田中君の奥さんはそっくりだ、
2
ついでにと言っては恐縮ですが、この本を書いている私も東京で小さな
そう思わないか?」と言われても、そのモナリザの絵は思い浮かぶとして
キリスト教会を開いている牧師です。私はバイブルネーム“エレミヤ”と
も、肝心の田中君の奥さんに会ったことがなければ、
「似ている」とも、
「似
いう名前の日本人の男性です。バイブルネームは聖書に基づく名前で本名
ていない」とも、言いにくいものです。
は他にありますが、とりあえずこの名前でこの本を書くことにします。
3
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
キリスト教の牧師の仕事は何かと言えば、基本的には聖書からメッセー
ジをすることです。それで私は職業柄、毎日のように聖書を読みます。そ
2. そもそもダビデ王朝とは何か?
してその聖書の中には、ダビデ王朝について記した歴代、列王の書などが
含まれているので、聖書通読の一環として当然、私はそれらの箇所を読む
わけです。
この項では、そもそもダビデ王朝とは何か?ということについて書いて
みたいと思います。
そしてその通読のたびに、ダビデ王朝と日本の皇室の類似点に思いをめ
ぐらされます。
それらの思いをこの本に書きたいと思います。
ダビデ王朝とは簡単に言えば、イスラエルの国の中で起きた王朝のこと
です。イスラエルの国の歴史は、その先祖であるイスラエル(ヤコブ)以
来数千年という長い歴史なのですが、その歴史の中で王朝が存在していた
のは割と短く、400年前後のことです。
そのイスラエルの国の最初の王の名前は、サウルと言います。
彼は背の高い青年で、初めは謙虚な青年だったようです。
しかし、後に彼は神に背き、神のことばに従わなくなったため、神はも
う一人の少年に油を注ぎ、彼をサウルにとって代わるこの国の王とするよ
うにしたのです。その少年の名前がダビデなのです。
その後の紆余曲折はありますが、何はともあれダビデはその後、サウル
に代わってイスラエル国の王となったのです。
このダビデはイスラエルの数ある王の中でも非常に特別な存在で、神の
恵みと恩顧を一身に受けています。
そして以下のように、神からダビデの王座が決して絶えないことが約束
されています。
エレミヤ書33: 20ー22
竪琴を弾くダビデ : ダビデ王朝こそ、日本の天皇家のルーツである
20.「主はこう仰せられる。もし、あなたがたが、昼と結んだわたしの
契約と、夜と結んだわたしの契約とを破ることができ、昼と夜とが定まっ
た時に来ないようにすることができるなら、
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
21. わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ、彼には、そ
の王座に着く子がいなくなり、わたしに仕えるレビ人の祭司たちとのわた
しの契約も破られよう。
22. 天の万象が数えきれず、海の砂が量れないように、わたしは、わた
しのしもべダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人とをふやす。」
さて、イスラエルの王朝について考える時、はっきりと理解しなければ
ならないこと、また、誤解しやすいことは、イスラエルの国の分裂という
ことです。
イスラエルという国の名前の由来は何かと言うと、かつての先祖、一人
の人、その名をイスラエルという名前の人物から発します。彼は元の名前
をヤコブと言っていたのですが、彼はヤボクの川のほとりで神と相撲をと
った時から名前を変え、イスラエルという名前を与えられたのです。
この相撲は日本にもあります。というよりも、日本の相撲はこの聖書の
故事が由来となっているのでしょう。だからこそ日本の相撲は単なる格闘
技というより、宗教的な意味合い、儀式的な意味合いが強いのです。
なにしろ神と相撲をとったのですから、宗教的なのです。
さて、話は変わりますが、そのイスラエルには全部で12人の息子がい
ました。簡単におおざっぱに言えば、彼らがそれぞれイスラエル12部族
の先祖になりました。
それで彼、イスラエルをもとに始まったイスラエルの国には12の部族
がいるのです。
神と相撲をとるヤコブ : 後に“イスラエル”と改名
さて、そのようにイスラエルの部族は12集まって一つの国を成してい
たのですが、ある時を契機にこの国は二つに分裂してしまいます。
それはソロモン王の子、レハブアムが王となった時です。
その時、今まで一つであったイスラエルの部族は分裂をし、12ある部
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
族のうち10部族が、ダビデ王とは血縁の無いヤロブアムを王として一つ
の国を作りました。その国は今までのイスラエルの名を継いで、イスラエ
ルという名前の国になりました。
そしてユダとベニヤミン族の計2部族も、また、ユダという国を作るこ
とになりました。このように、今まで一国だった国が二つに分裂したので
す。
イスラエル国と王朝の分裂の図
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
地理的な区分を言えば、イスラエル国は北に位置し、ユダ国は南に属し
ます。たとえて言うなら、今まで一つだった朝鮮半島の国が二つに分裂し
て、北の北朝鮮と南の韓国に分かれたようなものでしょうか。
ユダ国は2部族なので人数的には少ないのですが、王朝のことを言うな
ことは行われませんでした。
ヤロブアムの王の家系の王座は何代も続かず、別の家系の人物バシャに
王の座を奪われます。そして同じく、バシャの家系もしばらくして、他の
人物にとって代わられ、王座を奪われます。
ら、ダビデ王の血を受け継ぐダビデ王朝はユダ国に引き継がれました。で
すから南朝、ユダ国の歴代の王は、皆ダビデの血を引いた人物が受け継い
他の国の王族について考えるなら人間的に言えば、このような形、一人
だのです。この王族の血縁の連続に関して正確に言うと、一度ダビデ王朝
の王が建て上げた王権も、いずれ他の家系に奪われていく、王権は他の家
には危機があり、アタルヤというダビデの血族とは無縁の女性が王座に着
系へ移っていくというパターンのほうが、世の中では普通の事柄だと思わ
き、王族を皆殺しにしようとしたこと、すなわち万世一系が絶たれようと
れます。
したことがあったのです。しかし、祭司エホヤダの勇敢な行動により、ダ
ビデの血筋はこの危機から免れます。彼の尽力により数年の後、悪女アタ
ルヤは殺され、ダビデの血筋を継ぐヨアシュ王に王座は戻されました。
世の中、権力争いは激しいのが常ですから、その国のもっとも大きな権
力、王の座は、みんなが鵜の目鷹の目で狙う、とは、よくあることなのです。
このような危機を経ても神の以下の約束のことばの通り、ダビデ王朝の
血筋は奇跡的に継続したのです。
そしてダビデの王族は、ユダ国が国として存在している間はこの国の王
としてとどまりました。
エレミヤ書33: 17
17. まことに主はこう仰せられる。
「ダビデには、イスラエルの家の王座
に着く人が絶えることはない。
しかし一方、北のイスラエル国の王族に関しては話が違います。
北のイスラエル国は12部族のうち10部族が集まっており、人数は多
く、しかも正式な国名イスラエルも彼らが継いではいるのですが、王朝に
関してはまったく正統性も神からの信任も無い状況です。まず、北のイス
ラエル国の初代王になるヤロブアム自身、
ダビデ王朝の血筋とは無縁です。
さらにこの国では万世一系というように、同じ血筋の王が継続するという
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
けたのです。歴史を支配し、真の意味合いで歴史を作る神の御手の力を感
じざるを得ません。
まとめますが、
イスラエルの南北2国にそれぞれ存在した各王朝のうち、
日本の王朝である天皇家の家系と似ていると、その類似性が指摘されるの
はあくまでも、ダビデ以来の万世一系が継続されている南朝ユダ国なので
す。しょっちゅう王が入れ代わっており、同じ家系の王朝が続かない北王
朝である北のイスラエル国の王朝ではありません。
そもそも王朝が長い間続かないということは、世界の歴史においてはご
く当たり前のことであり、特筆すべきことではないのです。しかし続かな
いはずの王朝が続いており、しかもその神が、ダビデに約束した万世一
系の王朝の継続が、他ならない極東の島国である日本において、なんと
2600年もの間綿々と継続していた、ここに大きな特徴があるのです。
ですから日本は失われたイスラエル10部族の末裔だ、なんて知ったか
ぶりをして語る人々は、このもっとも大事なポイントを見逃している盲目
な研究者であるということになります。
なぜなら失われたイスラエル10部族とは、先に書いた北イスラエルの
国のことであり、その王朝は今申し上げた通り、とっかえひっかえ王が交
日本の政治権力の中心である首相の座にしろ、同じ血筋の人間がいつも
独占などとはうまくいきません。
戦後だけでも何十人という人が首相の座に上り詰め、そして追い落とさ
れています。皆が権力のトップに着きたいのですから、一族で独占という
ようにはうまくいかないのです。
代する、普通の王朝を持つ国なのです。北イスラエルの王朝のことを言う
なら、それは世界で稀有な万世一系を誇る日本の王朝とは比べようもない、
継続性のない、乱立、混乱している、由緒正しくない王朝なのです。
ですから日本は失われた北イスラエル10部族の子孫だ、などと知った
かぶりを言う人々は、このもっとも大事な点、王朝の継続ということをま
ったく見ていない盲目な人々ということになります。
このように一族が長い間、王の座に着くということは、普通はあり得な
いのに、例外的にユダ国においてはこのことは実現し、400年程の間、
ダビデの子孫が代々王の座に着くようになる、との神のことばは実現し続
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
マタイの福音書1: 1
1. アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。
ダビデは、その勇敢な信仰のゆえに神に選ばれ、
用いられた
彼ダビデは、もともとは羊飼いであり、王家の出でも何でもありません
でした。
エッサイ家の8番目の息子です。
しかし、彼は神により認められ、イスラエルの王として特別に選ばれま
した。
その彼の勇敢な信仰を彷彿(ほうふつ)させる場面が知る人ぞ知る、ペ
リシテ人の巨人、ゴリヤテとの一騎討ちです。聖書では、以下のように記
述しています。
北イスラエルの王ヤロブアム(北イスラエル10部族の王朝は万世一系ではない)
Ⅰサムエル記17: 1ー54
1. ペリシテ人は戦いのために軍隊を召集した。彼らはユダのソコに集ま
り、ソコとアゼカとの間にあるエフェス・ダミムに陣を敷いた。
ダビデは、
イスラエルの歴史の中で特別な存在
彼、ダビデはイスラエルの歴史に起きる多くの人物の中で、非常に特殊
2. サウルとイスラエル人は集まって、エラの谷に陣を敷き、ペリシテ人
を迎え撃つため、戦いの備えをした。
3. ペリシテ人は向こう側の山の上に、イスラエル人はこちら側の山の上
な存在です。他でもないイエス・キリストの系図の中にもあらわれ、イエ
に、谷を隔てて相対した。
ス・キリストがダビデの子孫であることが、聖書の中では何度も強調され
4. ときに、ペリシテ人の陣営から、ひとりの代表戦士が出て来た。その
ています。
名はゴリヤテ、ガテの生まれで、その背の高さは六キュビト半。
たとえば、以下の聖書の節を見て下さい。
5. 頭には青銅のかぶとをかぶり、身にはうろことじのよろいを着けてい
た。よろいの重さは青銅で五千シェケル。
6. 足には青銅のすね当てを着け、肩には青銅の投げ槍を背負っていた。
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
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7. 槍の柄は機織の巻き棒のようであり、槍の穂先は、鉄で六百シェケル。
19. サウルと兄さんたち、それにイスラエルの人たちはみな、エラの谷
盾持ちが彼の先を歩いていた。
でペリシテ人と戦っているのだから。
」
8. ゴリヤテは立って、イスラエル人の陣に向かって叫んで言った。「おま
20. ダビデは翌朝早く、羊を番人に預け、エッサイが命じたとおりに、
えらは、なぜ、並んで出て来たのか。おれはペリシテ人だし、おまえらは
品物を持って出かけた。彼が野営地に来ると、軍勢はときの声をあげて、
サウルの奴隷ではないのか。ひとりを選んで、おれのところによこせ。
陣地に出るところであった。
9. おれと勝負して勝ち、おれを打ち殺すなら、おれたちはおまえらの奴
21. イスラエル人とペリシテ人とは、それぞれ向かい合って陣を敷いて
隷となる。もし、おれが勝って、そいつを殺せば、おまえらがおれたちの
いた。
奴隷となり、おれたちに仕えるのだ。
」
22. ダビデは、その品物を武器を守る者に預け、陣地に走って行き、兄
10. そのペリシテ人はまた言った。
「きょうこそ、イスラエルの陣をなぶ
たちの安否を尋ねた。
ってやる。ひとりをよこせ。ひとつ勝負をしよう。」
23. ダビデが兄たちと話していると、ちょうどその時、ガテのペリシテ
11. サウルとイスラエルのすべては、このペリシテ人のことばを聞いた
人で、その名をゴリヤテという代表戦士が、ペリシテ人の陣地から上って
とき、意気消沈し、非常に恐れた。
来て、いつもと同じ文句をくり返した。ダビデはこれを聞いた。
12. ダビデはユダのベツレヘムのエフラテ人でエッサイという名の人の
24. イスラエルの人はみな、この男を見たとき、その前を逃げて、非常
息子であった。エッサイには八人の息子がいた。この人はサウルの時代に
に恐れた。
は、年をとって老人になっていた。
25. イスラエルの人たちは言った。
「あの上って来た男を見たか。イスラ
13. エッサイの上の三人の息子たちは、サウルに従って戦いに出て行っ
エルをなぶるために上って来たのだ。あれを殺す者がいれば、王はその者
た。戦いに行った三人の息子の名は、長男エリアブ、次男アビナダブ、三
を大いに富ませ、その者に自分の娘を与え、その父の家にイスラエルでは
男シャマであった。
何も義務を負わせないそうだ。
」
14. ダビデは末っ子で、上の三人がサウルに従って出ていた。
26. ダビデは、そばに立っている人たちに、こう言った。
「このペリシテ
15. ダビデは、サウルのところへ行ったり、帰ったりしていた。ベツレ
人を打って、イスラエルのそしりをすすぐ者には、どうされるのですか。
ヘムの父の羊を飼うためであった。
この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をなぶる
16. 例のペリシテ人は、四十日間、朝早くと夕暮れに出て来て姿を現わ
とは。」
した。
27. 民は、先のことばのように、彼を殺した者には、このようにされる、
17. エッサイは息子のダビデに言った。
「さあ、兄さんたちのために、こ
と答えた。
の炒り麦一エパと、このパン十個を取り、兄さんたちの陣営に急いで持っ
28. 兄のエリアブは、ダビデが人々と話しているのを聞いた。エリアブ
て行きなさい。
はダビデに怒りを燃やして、言った。
「いったいおまえはなぜやって来た
18. この十個のチーズは千人隊の長に届け、兄さんたちの安否を調べな
のか。荒野にいるあのわずかな羊を、だれに預けて来たのか。私には、お
さい。そしてしるしを持って来なさい。
まえのうぬぼれと悪い心がわかっている。戦いを見にやって来たのだろ
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
う。
」
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「こんなものを着けては、
歩くこともできません。慣れていないからです。
」
29. ダビデは言った。
「私が今、何をしたというのですか。一言も話して
ダビデはそれを脱ぎ、
はいけないのですか。
」
40. 自分の杖を手に取り、川から五つのなめらかな石を選んできて、そ
30. ダビデはエリアブから、ほかの人のほうを振り向いて、同じことを
れを羊飼いの使う袋、投石袋に入れ、石投げを手にして、あのペリシテ人
尋ねた。すると民は、先ほどと同じ返事をした。
に近づいた。
31. ダビデが言ったことを人々が聞いて、それをサウルに知らせたので、
41. そのペリシテ人も盾持ちを先に立て、ダビデのほうにじりじりと進
サウルはダビデを呼び寄せた。
んで来た。
32. ダビデはサウルに言った。
「あの男のために、だれも気を落としては
42. ペリシテ人はあたりを見おろして、ダビデに目を留めたとき、彼を
なりません。このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう。」
さげすんだ。ダビデが若くて、紅顔の美少年だったからである。
33. サウルはダビデに言った。
「あなたは、あのペリシテ人のところへ行
43. ペリシテ人はダビデに言った。
「おれは犬なのか。杖を持って向かっ
って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時か
て来るが。
」ペリシテ人は自分の神々によってダビデをのろった。
ら戦士だったのだから。
」
44. ペリシテ人はダビデに言った。
「さあ、来い。おまえの肉を空の鳥や
34. ダビデはサウルに言った。
「しもべは、父のために羊の群れを飼って
野の獣にくれてやろう。
」
います。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、
45. ダビデはペリシテ人に言った。
「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持
35. 私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出し
って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の
ます。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺していま
神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。
す。
46. きょう、主はおまえを私の手に渡される。私はおまえを打って、お
36. このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受け
まえの頭を胴体から離し、きょう、ペリシテ人の陣営のしかばねを、空の
ていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける
鳥、地の獣に与える。すべての国は、イスラエルに神がおられることを知
神の陣をなぶったのですから。
」
るであろう。
37. ついで、ダビデは言った。
「獅子や、熊の爪から私を救い出してく
47. この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。こ
ださった主は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」
の戦いは主の戦いだ。主はお前たちをわれわれの手に渡される。
」
サウルはダビデに言った。
「行きなさい。主があなたとともにおられるよ
48. そのペリシテ人は、
立ち上がり、
ダビデを迎え撃とうと近づいて来た。
うに。
」
ダビデもすばやく戦場を走って行き、ペリシテ人に立ち向かった。
38. サウルはダビデに自分のよろいかぶとを着させた。頭には青銅のか
49. ダビデは袋の中に手を差し入れ、
石を一つ取り、
石投げでそれを放ち、
ぶとをかぶらせ、身にはよろいを着けさせた。
ペリシテ人の額を打った。石は額に食い込み、彼はうつぶせに倒れた。
39. ダビデは、そのよろいの上に、サウルの剣を帯び、思い切って歩い
50. こうしてダビデは、石投げと一つの石で、このペリシテ人に勝った。
てみた。
慣れていなかったからである。
それから、
ダビデはサウルに言った。
ダビデの手には、一振りの剣もなかったが、このペリシテ人を打ち殺して
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
しまった。
彼は剣や槍(やり)
、投げ槍(やり)を持ち、よろいで完全武装して挑
51. ダビデは走って行って、このペリシテ人の上にまたがり、彼の剣を
んで来る敵の兵士に対して、「イスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名」、
奪って、さやから抜き、とどめを刺して首をはねた。ペリシテ人たちは、
すなわち聖書に記されている神の名によって立ち向かったのです。
彼らの勇士が死んだのを見て逃げた。
いわば信仰の戦いです。そしてそのダビデの態度、歩みを神が良しとし
52. イスラエルとユダの人々は立ち上がり、ときの声をあげて、ペリシ
たゆえ、彼はイスラエルの国でまったく無名の存在であったのに、直々に
テ人をガテに至るまで、エクロンの門まで追った。それでペリシテ人は、
神により選ばれ、油を注がれ、王として招かれ、イスラエルの王座に着く
シャアライムからガテとエクロンに至る途上で刺し殺されて倒れた。
ようになったのです。
53. イスラエル人はペリシテ人追撃から引き返して、ペリシテ人の陣営
を略奪した。
54. ダビデは、あのペリシテ人の首を取って、エルサレムに持ち帰った。
武具は彼の天幕に置いた。
この箇所で見るように、羊飼いの少年、よろいもろくに着けられない戦
場に慣れていない少年ダビデがあろうことか、敵軍の代表戦士、背の高さ
三メートルはあろうかという大男、ゴリヤテをたった一つの石で倒してし
まったのです。また、このダビデの勝利により敗色が濃かったイスラエル
軍は一気に勝利に転じ、敵を打ち破るようになったのです。
彼の特筆すべきことは、その彼のことばにあらわれています。
“ダビデはペリシテ人に言った。
「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、
私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万
軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。きょう、主はおまえを
私の手に渡される。私はおまえを打って、おまえの頭を胴体から離し、き
ょう、ペリシテ人の陣営のしかばねを、空の鳥、地の獣に与える。すべて
の国は、イスラエルに神がおられることを知るであろう。この全集団も、
主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。
巨人ゴリヤテを倒すダビデ
主はお前たちをわれわれの手に渡される。
”
20
21
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
ダビデ王は神により、直接選ばれ、油を注がれ、
王となった
らない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人は
うわべを見るが、主は心を見る。
」
8. エッサイはアビナダブを呼んで、サムエルの前にすすませた。サムエ
ルは、「この者もまた、主は選んでおられない。
」と言った。
彼が神により直接選ばれ、イスラエルの王となるべく油を注がれたこと
は、以下の記事に明記されています。
9. エッサイはシャマを進ませたが、サムエルは、
「この者もまた、主は選
んではおられない。
」と言った。
10. こうしてエッサイは七人の息子をサムエルの前に進ませたが、サム
Ⅰサムエル記16: 1ー13
エルはエッサイに言った。
「主はこの者たちを選んではおられない。
」
1. 主はサムエルに仰せられた。
「いつまであなたはサウルのことで悲しん
11. サムエルはエッサイに言った。
「子どもたちはこれで全部ですか。
」
でいるのか。わたしは彼をイスラエルの王位から退けている。角に油を満
エッサイは答えた。
「まだ末の子が残っています。あれは今、羊の番をし
たして行け。あなたをベツレヘム人エッサイのところへ遣わす。わたしは
ています。
」サムエルはエッサイに言った。
「人をやって、その子を連れて
彼の息子たちの中に、わたしのために、王を見つけたから。」
来なさい。その子がここに来るまで、私たちは座に着かないから。
」
2. サムエルは言った。
「私はどうして行けましょう。サウルが聞いたら、
12. エッサイは人をやって、彼を連れて来させた。その子は血色の良い
私を殺すでしょう。
」主は仰せられた。
「あなたは群れのうちから一頭の雌
顔で、目が美しく、姿もりっぱだった。主は仰せられた。
「さあ、この者
の子牛を取り、
『主にいけにえをささげに行く。
』と言え。
に油を注げ。この者がそれだ。
」
3. いけにえをささげるときに、
エッサイを招け。あなたのなすべきことを、
13. サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真中で彼に油をそそいだ。主
このわたしが教えよう。あなたはわたしのために、わたしが言う人に油を
の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。サムエルは立ち上がって
そそげ。
」
ラマへ帰った。
4. サムエルは主が告げられたとおりにして、ベツレヘムへ行った。する
と町の長老たちは恐れながら彼を迎えて言った。「平和なことでおいでに
油を注がれるとは、日本人には聞き慣れないことばかもしれませんが、
なったのですか。
」
イスラエルにおいて人が王となる時、油を注がれて王となるという習慣が
5. サムエルは答えた。
「平和なことです。主にいけにえをささげるために
あるのです。
来ました。私がいけにえをささげるとき、あなたがたは身を聖別して私と
いっしょに来なさい。
」こうして、サムエルはエッサイとその子たちを聖
また、上記、「主はサムエルに仰せられた。
」とのことばの中の「主」と
は、「聖書の神、主なる神」を指すことばなのです。
別し、彼らを、いけにえをささげるために招いた。
6. 彼らが来たとき、サムエルはエリアブを見て、
「確かに、主の前で油を
22
このようにイスラエルの国でまったく無名だったダビデ、父親にさえ、
そそがれる者だ。
」と思った。
その存在を忘れられて、
「
(そういえば)まだ末の子が残っています。あれ
7. しかし主はサムエルに仰せられた。
「彼の容貌や、背の高さを見てはな
は今、羊の番をしています。
」などと、あとで思い出されるような存在で
23
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
あったダビデですが、神は、はじめから、このダビデを選んでいました。
そしてこのダビデこそが、長く続くダビデ王朝の始祖だったのです。
そしてもしかすると彼は、この日本の万世一系の天皇家の始祖でもある
かもしれません。
ですからこの箇所から受ける教訓、日本の我々がその天皇制とか天皇制
のあり方などを考えるなら、そのポイントは、
「ダビデ王朝の存在のもっ
とも基本、唯一の根拠」は神にあり、神の選びにある、ということに尽き
ます。
そういうわけでこのポイントを外すなら、祝福というより、呪いや災い
が起きます。
口幅ったい(くちはばったい)言い方をするなら、また、失礼を承知で
苦言を申し上げるなら、
今の日本の皇室はあまり幸せそうにも思えません。
そしてそのことに何か原因があるのなら私の理解では、王朝の始祖であ
るダビデを選んだその神、真の神を今の日本の人々は捨て、逆に偶像の神、
天の太陽をかたどった神を拝んできたこと、他でもない日本の皇室が長年
崇めてきた異教の神崇拝、アマテラスオオミノカミ崇拝にその原因がある
サムエルに油を注がれるダビデ
のではないのか?と、私にはそう思えるのです。
このことは、また、後程書きます。
イスラエルの初代王、サウルはその神への不従順
のゆえに王位から外され、捨てられる
王権が立つのも倒れるのも神次第などと言うと、日本では聞き慣れない
意見かもしれませんが、このことは聖書を貫く原則です。
ダビデは正確に言うと、イスラエルにおいて王として立った2番目の王
です。彼の前の王、サウル王は、その神への不従順のゆえに王位から外さ
れるようになります。サウル自身もその命を戦いの中で失い、また、彼の
家はイスラエルの王家の座から外されてしまいました。
24
25
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
参考までに、このサウル王の記述も見てみましょう。
かった。主は今、イスラエルにあなたの王国を永遠に確立されたであろうに。
今は、あなたの王国は立たない。
主はご自分の心にかなう人を求め、
主はそ
Ⅰサムエル記13: 8ー14
の人をご自分の民の君主に任命しておられる。
あなたが、
主の命じられたこ
8. サウルは、サムエルが定めた日によって、七日間待ったが、サムエル
とを守らなかったからだ。
」
はギルガルに来なかった。それで民は彼から離れて散って行こうとした。
9. そこでサウルは、
「全焼のいけにえと和解のいけにえを私のところに持
って来なさい。
」と言った。こうして彼は全焼のいけにえをささげた。
サウルがその神なる主からの命令を守らなかったゆえに、彼サウルの王
国は立たず、彼の家が王位から外されることを述べているのです。
10. ちょうど彼が全焼のいけにえをささげ終わったとき、サムエルがや
って来た。サウルは彼を迎えに出てあいさつした。
ですから繰り返すようですが、イスラエルの国における王権の確立は、
11. サムエルは言った。
「あなたは、なんということをしたのか。」サウ
神の選び次第、その神の戒めを守るかどうかにかかっているのです。なぜ
ルは答えた。
「民が私から離れ去って行こうとし、また、あなたも定めら
なら当たり前ですが、王権は神から付与されるからです。
れた日にお見えにならず、ペリシテ人がミクマスに集まったのを見たから
です。
もし日本の天皇家がこのダビデ王朝の末裔であるなら、
(そうである可
12. 今にもペリシテ人がギルガルの私のところに下って来ようとしてい
能性は大いにあるのですが)
、その王位が立つのも倒れるのも皆、この神
るのに、私は、まだ主に嘆願していないと考え、思い切って全焼のいけに
にある、ということを知るべきだと思います。
えをささげたのです。
」
13. サムエルはサウルに言った。
「あなたは愚かなことをしたものだ。あ
王権ということをまじめに考えるなら、正直、日本の王族である皇室は、
なたの神、主が命じた命令を守らなかった。主は今、イスラエルにあなた
もうすでに実質的な意味では王ではないし、形ばかりの王という存在にな
の王国を永遠に確立されたであろうに。
っています。
14. 今は、あなたの王国は立たない。主はご自分の心にかなう人を求め、
政治においての実権も、軍隊統率等の実権も、皆奪われて、よく言えば
主はその人をご自分の民の君主に任命しておられる。あなたが、主の命じ
象徴天皇制、
悪く言えば実権の無い形ばかりの存在に追いやられています。
られたことを守らなかったからだ。
」
このことも失礼ながら、すべて神から来ていることを知りましょう。
サウルがその神への不従順のゆえに神から切り離され、その家も王家か
上記のように王であったサウルは神の戒めを破り、その結果、彼の家は
らは追い出されたように、この国の真の王として召され、立つはずの天皇
王位から外されることになったのです。神の預言者であるサムエルは以下
家であっても真の神を忘れ、離れ、偶像の神を拝し、アマテラスオオミノ
のように、サウルの家が王位から外されることを述べています。
カミ礼拝を行い続けるなら、王としての実権を奪われ、形だけの王となり、
儀礼だけの王としての地位しか与えられないのです。
「あなたは愚かなことをしたものだ。
あなたの神、
主が命じた命令を守らな
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聖書の原則通り、王であってもそうでなくても、すべての誉れは神から
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
来ることを知りましょう。
聖書で見るかぎり、神に愛されたダビデ王にしても、ソロモン王にして
も、実際に国の実権を握り、すべての権限を握り、実際にその国を治めて
いました。
国内を治め、役人を任命し、将軍を任命し、実権を持っていたのです。
これが王のあるべき姿です。日本の皇室が、もしダビデの王位を継ぐ王
家なら、
(そうである可能性が大いに高いのですが)、今の状態、王として
の実権を奪われた姿は、先祖と比べるなら恥ずべき姿、王としてあるべき
姿ではないことを知るべきだと思います。
そしてその恥は、どこまでも神から来るものであり、今の皇室がダビデ
を選び、皇室を王家として選んだ方、すなわち真の神以外の神を神として
崇めている、そこに大きな原因があるように私には思えます。
神への不従順のゆえに王座から外されるサウル王
もちろん外因はあるのですが、その外因を許し、今の皇室が実権の無い、
ただのお飾りみたいな存在になってしまったことのその裏には、神の意図
があるのです。
日本の皇室の存続の理由は、父祖ダビデの忠実さ
によるものである
聖書の原則を言うなら、日本の皇族の父祖が、もしダビデ王朝からのも
のなら、皇族のその誤った邪神礼拝、アマテラスオオミノカミ礼拝にもか
かわらず、いまだに天皇制がこの国で続いているその理由は天皇一家の卓
越なる御人格、人徳だけによるのでは決してありません。
(もちろん、立
派な方々なのでしょうが。
)
聖書的に言うなら、それはあくまで神がダビデのゆえに、その子孫であ
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29
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
る天皇家への恵みをとどめることをしなかったということに過ぎません。
そして神は人と違って約束を破ることは無いので、一度ダビデと結んだ
御自分の語られたことばを守る方です。
前に少し書きましたが、
神の約束、
「彼
(ダビデ)
に一つのともしびを与え、
約束を破ることはせず、3000年後の今でも忠実に守っておられるとい
彼の跡を継ぐ子を起こし」との約束にもかかわらず、長いダビデ王朝の歴
うことに過ぎないのです。神はかつて、ユダの悪王アビヤムに関してこう
史の中では王族絶滅の危機がなかったわけではなく、事実子孫がいなくな
言われました。
りそうである、という危機は起きました。しかし不思議な神の介入、配慮
の中で、神のダビデへの約束は保たれ、万世一系は保たれてきたのです。
Ⅰ列王記15: 3ー5
3. 彼は父がかつて犯したすべての罪を行ない、彼の心は父ダビデの心の
ダビデ王朝存続の危機は、悪女アタルヤの時に起きました。
ようには、彼の神、主と全く一つにはなっていなかった。
以下のことばの通りです。
4. しかし、ダビデに免じて、彼の神、主は、エルサレムにおいて彼に一
つのともしびを与え、彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てら
Ⅱ列王記11: 1
れた。
1. アハズヤの母アタルヤは、自分の子が死んだと知ると、ただちに王の
5. それはダビデが主の目にかなうことを行ない、ヘテ人ウリヤのことの
一族をことごとく滅ぼした。
ほかは、一生の間、主が命じられたすべてのことにそむかなかったからで
ある。
ユダ国の悪王、アハズヤが死んだあと、その後、なんとその母であるア
タルヤが国の王となったのです。
アビヤムは悪王であったのに、その王家が断たれることも、その子が王
そもそもダビデ王朝は万世一系であり、また、当然男系が万世一系なの
座に着かないということも起こりませんでした。その理由は神がその父祖
です。また、女が王となることなど聖書的にも、また、ユダ王朝の歴史か
ダビデのゆえにその子孫をかえりみたからである、そのことに尽きるとい
ら言っても、まったくあり得ない話なのです。
うことが上記箇所には書いてあるのです。
しかるにダビデとは血縁的に何も関係も無い人物がダビデ王朝の王座に
このことは現代のダビデ王の子孫に対しても同じことです。
座る、しかも女が国の王となる、という二重にとんでもない冒涜をこの女
たとえダビデ王の子孫である皇族が間違えた歩みをしても、なおかつ神
性は犯しているわけです。
はダビデに免じてその万世一系の約束を守り続けられるのです。
まことにダビデ王朝存続の危機です。その上悪いことに、この女はダビ
デ王朝の子孫が自分の権力に邪魔と思ったのかどうか、
「ただちに王の一
族をことごとく滅ぼした。
」、すなわち王の座に座る資格のあるダビデ家の
神は万世一系を守るために、その手を伸べられる
血縁、王族を、皆滅ぼしてしまったのです。
絶体絶命の危機をダビデ王朝は迎えたわけです。
聖書に書かれた神は歴史に介入される神であり、そしてその歴史の中で
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31
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
全能の神がダビデに与えた王朝存続の約束もあわや露と消えてしまう
か、という危機です。
しかし歴史を支配し、ご自分のことばを守る神の御手は変わりません。
以下のように書かれています。
Ⅱ列王記11: 2, 3
2. しかし、ヨラム王の娘で、アハズヤの姉妹のエホシェバが、殺される
王の子たちの中から、アハズヤの子ヨアシュを盗み出し、彼とそのうばと
を寝具をしまう小部屋に入れて、彼をアタルヤから隠した。それで、彼は
殺されなかった。
3. こうして、
彼はうばとともに、
主の宮に六年間、身を隠していた。その間、
アタルヤがこの国の王であった。
悪女アタルヤは、万世一系を途絶えさせようとした
その親族の機転により、ダビデの血を継ぐ王の子が一人、助け出されま
した。
その助け出された子、ヨアシュは宮に6年間隠され、7年目には祭司エ
ホヤダの尽力で王の座に着きます。そして悪女アタルヤは、その時に殺さ
日本の皇室にも、不思議な神の御手が臨んでいる
れてしまいます。その結果、一時は断絶か、絶滅かと思われたダビデの王
かくのごとく目には見えないのですが、しかし、神は不思議にも歴史に
家の血統は奇跡的に存続し、再度ダビデの家系が王座に着くようになった
介入し、そのダビデとの約束を守られました。そして私たちの確信は、そ
のです。
の神のダビデへの約束は21世紀の現代においても反古になったわけでは
なく、今も守られているということです。
そして神の約束がこの日本の皇室にも与えられているなら、神はその危
機の時に介入され、やはりダビデとの約束を守るのではないだろうか、と
私には思えます。
このことは日本の長い皇室の中で起きてきましたし、また、今も起きて
いるのではないか、と私は思います。
32
33
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
天皇家万世一系の危機と言えば、何と言っても道鏡事件でしょうか。
皇推進の論議が進められ、2600年続いた日本の天皇家の万世一系の歴
時の女性天皇孝謙天皇(称徳天皇)に取り入った僧、道鏡は宇佐八幡の
史も潰える(ついえる)か、というその時でした。その時、彗星のように、
御神託を利用して、自分が天皇になろうという野望を持ちます。
紀子様ご懐妊の一報が伝えられたのです。そして、その年の9月6日に悠
天皇家以外の血筋の人物が、天皇の位に着こうと画するわけです。
仁様がお生まれになりました。この9月6日という日はある意味、因縁の
しかし不思議な助けがあり、再度宇佐八幡に神託を伺いに行った和気清
日であり、それは他でもない、自分が天皇になろうと野望を持ったあの悪
麻呂は、
「天皇の座は皇孫が着くべし、道鏡は除けよ」と本当の神命を語
僧、道鏡の企てが失敗した日なのです。このことはとても偶然とは思えま
りました。彼の勇気により、万世一系は守られたのです。
せん。悠仁様誕生に関する、深い神の意思を感じざるを得ません。
そして21世紀の今でも、神はそのダビデとの約束を果たすべく歴史に
介入される、そう私は信じています。現代における万世一系の危機は、な
んと言っても皇太子殿下のご家庭に男の子が生まれなかったということで
しょうか。万世一系とは、要するに男の王族が続くことですから、女性で
ある愛子様だけでは皇族の血が断たれてしまうからです。そして弟の秋篠
宮家もその当時は女のお子様たちだけなので皇族全体で男の子が存在せ
ず、万世一系もこの世代で断たれてしまうのか、というある意味、非常に
重大な危機の時がありました。その時は、日本中が心配していました。私
も正直どうなるのかと心配してなんとか解決をと、その頃は神に祈らされ
た記憶があります。
しかし神のダビデへの約束は消えず、不思議な方法、しかし人間的には
普通の方法で解決の道が開かれました。それは、もうお子様も大きくなっ
ておられる秋篠宮様の奥様である紀子様がご懐妊され、しかも男の子を産
まれたのです。
他でもない、悠仁様のことです。このことを通して皇室には、やはりダ
天皇の位を奪取しようとして失敗した道鏡 : 神は日本においてもダビデの万世一系を守
られる
ダビデは神の宮を建てることを計画した
ビデの子孫として神の御手が臨んでおられると個人的には思わされまし
た。
さて、聖書におけるダビデの記載を見ているのですが、そのダビデの生
涯のもう一つの特徴は、彼が神の宮を作ることを発案し、計画したことで
思い起こせば2006年、時の首相、小泉首相の下で、大いに女系天
34
す。
35
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
以下のように書かれています。
しえまでも堅く立てる。
』
Ⅰ歴代誌22: 1ー10
Ⅰ歴代誌22: 17ー19
1. そこで、ダビデは言った。
「これこそ、神である主の宮だ。これこそ、
17. そして、ダビデはイスラエルのすべてのつかさたちに、その子ソロ
イスラエルの全焼のいけにえの祭壇だ。
」
モンを助けるよう命じた。
2. そして、ダビデは命じて、イスラエルの地にいる在留異国人を召集し、
18.「あなたがたの神、主は、あなたがたとともにおられ、周囲の者か
神の宮を建てるため石材を切り出す石切り工を任命した。
ら守ってあなたがたに安息を与えられたではありませんか。主はこの地の
3. ダビデは、門のとびらの釘および留め金用の鉄をたくさん用意し、青
住民を私の手に渡され、この地は主の前とその民の前に服したからです。
銅も、量りきれないほどおびただしく用意した。
19. そこで今、あなたがたは心を尽くし、精神を尽くして、あなたがた
4. また、杉の木も数えきれないほど用意した。シドン人とツロ人がダビ
の神、主に求めなさい。立ち上がって、神である主の聖所を建て上げ、主
デのもとに杉の木をおびただしく運んで来たからである。
の御名のために建てられた宮に、主の契約の箱と神の聖なる器具を運び入
5. ダビデは言った。
「わが子ソロモンは、まだ若く力もない。主のために
れなさい。
」
建てる宮は、全地の名となり栄えとなるように大いなるものとしなければ
ならない。それで私は、そのために用意をしておく。」こうして、ダビデ
上記の箇所から分かるように、ダビデはその生涯の間自分を守り、一介
は彼が死ぬ前に多くの用意をしておいた。
の羊飼いの身から王の座へ引き上げてくれた神に感謝し、神の宮を建設し
6. 彼はその子ソロモンを呼び、イスラエルの神、主のために宮を建てる
たいと願っていたのです。
ように彼に命じた。
7. ダビデはソロモンに言った。
「わが子よ。私は、わが神、主の御名のた
めに宮を建てようとする志を持ち続けてきた。
8. ある時、私に次のような主のことばがあった。『あなたは多くの血を流
し、大きな戦いをしてきた。あなたはわたしの名のために家を建ててはな
その宮の建設を最終的に実現したのはダビデの子、ソロモンでしたが、
しかし資材、木材など、多くの準備は父ダビデにより行われました。
ですのでダビデ王朝の大切な点は、神への正しい礼拝を行うこと、神を
正しく敬うこと、そんなところにある、と言えるかもしれません。
らない。あなたは、わたしの前に多くの血を地に流してきたからである。
9. 見よ。あなたにひとりの子が生まれる。彼は穏やかな人になり、わた
しは、彼に安息を与えて、回りのすべての敵に煩わされないようにする。
彼の名がソロモンと呼ばれるのはそのためである。彼の世に、わたしはイ
スラエルに平和と平穏を与えよう。
そして日本の皇室が、もしダビデの血統を継いでいるなら(そうである
可能性は高いのですが)
、皇室のあり方として大事なこととはこれです。
それは父祖ダビデのように、ダビデ王朝を確立された神を正しく礼拝す
る、その点が大事なことだと思われるのです。
10. 彼がわたしの名のために家を建てる。彼はわたしにとって子となり、
わたしは彼にとって父となる。わたしはイスラエルの上に彼の王座をとこ
36
ウィキペディアによると宮中の主な祭儀は、
以下の通りだとのことです。
37
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
●主な祭儀
拝することや、宮である神殿を建設することに大いに力を用いたことを思
えば納得がいきます。
1月1日 四方拝
(しほうはい)
、
歳旦祭
(さいたんさい)
ダビデ以来の王家としての重要な役目、神への礼拝が3000年を経た
1月3日 元始祭
(げんしさい)
今でもその子孫である天皇家において、脈々と受け継がれていることを見
1月4日 奏事始
(そうじはじめ)
ることができるのです。
1月7日 昭和天皇祭
(しょうわてんのうさい)
1月30日 孝明天皇例祭
(こうめいてんのうれいさい)
しかし、と言ってはなんですが、もし天皇家がダビデ王朝の末裔である
2月17日 祈年祭
(きねんさい)
のなら、その礼拝に関して少し問題があります。いいえ、失礼を承知で申
春分の日 春季皇霊祭
(しゅんきこうれいさい)
、
春季神殿祭(しゅんきしん
し上げるなら、今の礼拝、祭儀には大いに問題があります。
でんさい)
4月3日 神武天皇祭
(じんむてんのうさい)
、
皇霊殿御神楽(こうれいでん
みかぐら)
6月30日 節折
(よおり)
、
大祓
(おおはらい)
7月30日 明治天皇例祭
(めいじてんのうれいさい)
秋分の日 秋季皇霊祭
(しゅうきこうれいさい)
、
秋季神殿祭(しゅうきしん
天皇家の祭儀の問題
その問題は何か?と言うと、天皇家はそもそもダビデがかつて礼拝し、
崇めてきた神と違う別の神を拝んでいるらしいということです。
でんさい)
10月17日 神嘗祭
(かんなめさい)
たとえば大嘗祭において、天皇はアマテラスオオミノカミと一晩同衾す
11月23日 新嘗祭
(にいなめさい)
ることになっています。そしてその儀式を通して、アマテラスオオミノカ
12月中旬 賢所御神楽
(かしこどころみかぐら)
ミの霊が天皇に宿る、そういうことのようです。
12月23日 天長祭
(てんちょうさい)
12月25日 大正天皇例祭
(たいしょうてんのうれいさい)
12月31日 節折
(よおり)
、
大祓
(おおはらい)
毎月1、
11、
21日 旬祭
(しゅんさい)
毎日 日供の儀
(にっくにのぎ)
、
毎朝御代拝
(まいちょうごだいはい)
これらを拝見したかぎり、天皇家の主な仕事として礼拝、祭儀が行われ
ていることが分かります。
このことは、そもそもダビデ王朝の祖であるダビデやソロモンが神を礼
38
アマテラスオオミノカミとは、天を照らす神という意味合いですから、
天を照らす太陽の神と理解できます。
しかし聖書の神はアマテラスオオミノカミのように太陽神ではありませ
んし、そもそも天の万象を拝むことは、聖書の中で禁止されています。
以下の通りです。
申命記4: 12ー19
12. 主は火の中から、あなたがたに語られた。あなたがたはことばの声
を聞いたが、御姿は見なかった。御声だけであった。
39
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
13. 主はご自分の契約をあなたがたに告げて、それを行なうように命じ
意味する神であり、聖書で禁じられている日を礼拝すること、太陽礼拝に
られた。十のことばである。主はそれを二枚の石の板に書きしるされた。
通じるのです。
14. 主は、そのとき、あなたがたにおきてと定めとを教えるように、私
に命じられた。あなたがたが、渡って行って、所有しようとしている地で、
そもそも聖書の神は、アマテラスオオミノカミのように女神、女の神で
それらを行なうためであった。
はありません。ですから天皇家にしても、また、アマテラスオオミノカミ
15. あなたがたは十分に気をつけなさい。主がホレブで火の中からあな
を祭る神社を拝む庶民にしても、今の私たちは本来、先祖が拝んでいたの
たがたに話しかけられた日に、あなたがたは何の姿も見なかったからであ
とは別の神を拝んでいるのです。
る。
16. 堕落して、自分たちのために、どんな形の彫像をも造らないように
本来、真の神を拝んでいたこの国の民が、一体いつから天の万象やら太
しなさい。男の形も女の形も。
陽やらを拝むようになったのかは定かではないのですが、じつは天の万象
17. 地上のどんな家畜の形も、空を飛ぶどんな鳥の形も、
をイスラエルの民が拝むということは、すでに聖書の時代、正確にはエレ
18. 地をはうどんなものの形も、地の下の水の中にいるどんな魚の形も。
ミヤの時代にもあったことなのです。
19. また、天に目を上げて、日、月、星の天の万象を見るとき、魅せら
以下の記述の通りです。
れてそれらを拝み、それらに仕えないようにしなさい。それらのものは、
あなたの神、主が全天下の国々の民に分け与えられたものである。
エレミヤ書7: 16ー20
16. あなたは、この民のために祈ってはならない。彼らのために叫んだ
上記の記述のように、神は、
「どんな形の彫像をも造らないようにしな
り、祈りをささげたりしてはならない。わたしにとりなしをしてはならな
さい。
」として、偶像、彫像を作ることを神は禁じました。ですから日本
い。わたしはあなたの願いを聞かないからだ。
の神社において、何の偶像も置いていないのは、そのためだと考えられま
17. 彼らがユダの町々や、エルサレムのちまたで何をしているのか、あ
す。
なたは見ていないのか。
しかしその礼拝も時と共に変質し、神が禁じられた事柄が礼拝祭儀の中
に入ってきます。
それが上記で禁止されている、「天に目を上げて、日、月、星の天の万
18. 子どもたちはたきぎを集め、父たちは火をたき、女たちは麦粉をこ
ねて、『天の女王』のための供えのパン菓子を作り、わたしの怒りを引き
起こすために、ほかの神々に注ぎのぶどう酒を注いでいる。
象を見るとき、魅せられてそれらを拝み、それらに仕えないようにしなさ
19. 彼らはわたしの怒りを引き起こすのか。♢♢主の御告げ。♢♢自分
い。
」との命令です。
たちを怒らせ、自分たちの赤恥をさらすためではないか。
」
20. それで、神である主はこう仰せられる。
「見よ。わたしの怒りと憤り
アマテラスオオミノカミはその名前を見ても、また、紀記の「天の岩戸
にお隠れになりあたりが暗くなった」との記述を見ても、明らかに太陽を
40
は、この場所と、人間と、家畜と、畑の木と、地の産物とに注がれ、それ
は燃えて、消えることがない。
」
41
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
ここでは当時の民が主である神を離れ、他の神である天の女王に捧げ物
奥様の名前を間違えるなんて冗談みたいな話ですが、しかし、これが対
を捧げている、それゆえ神の怒りが引き起こされる、そのことが書いてあ
神(たいかみ)のこと、
神を礼拝することに関しては、
冗談でもありません。
ります。聖書の神は真の礼拝を好まれますが、他の神を拝することに怒り
そもそも皇室の祭儀において何の神に祈るのか、神の名前も定かでない
をもって接せられる神なのです。
ように思えます。名前も定かでないなら、まともに神を礼拝しているとは
残念ながら言いがたいです。
今の皇室が忠実に祭儀を行い、熱心に祭儀を行っている、このことはた
しかにそうかもしれませんが、なんでもかんでも拝めば良いというもので
はありません。
父祖ダビデを立て、選んで、その恵みを注いだ神とは別の神を拝んでお
いて、神から祝福を受ける、というわけにはいかないのです。
対神(たいかみ)ということだと、あまりピンと来ないかもしれません
が、人間に置き換えたら分かるでしょうか。
いくら愛妻家だ、妻のことを一番に考えているなどと言っても、実際に
愛情を注ぐ相手が他の女性だったら、いくら熱心でも妻からは喜んではも
らえません。逆に奥様を怒らせてしまうのです。
♂
「良子、僕は君を愛している、この家も君のために買ったし。
」
♀
「・・・・・・」
♂
「毎週買い物にも付き合うようにしている。」
♀
「・・・・・・」
アマテラスオオミノカミ(この神はダビデが拝した神とは異なる)
♂
「いったい何が不満なんだ、そんな顔をして、良子、聞いているのか、
返事をして
くれ良子!」
♀
「あなた、いいかげんにして!私の名前は和子よ。」
そんなことになってしまうのです。
42
43
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
自分を神としてはいけない
失礼を承知の上で、いくつものことを申し上げるなら、たしかに歴代の
天皇は父祖ダビデのゆえに祝福を受ける存在ですが、しかし、なんでもし
ていい、なんでも許されるというわけではなく、そこには神の定めた範囲、
権威の範囲があります。
それを超えて、王だからといって高ぶってしまってはいけない、まして
自分を神の位置に置くべきではないのです。
私は長々と何を言っているのかと言うと、戦前の天皇制、自分を現人神
(あらひとがみ)であるとした天皇の問題について語っているのです。
戦前の時代において天皇は神格化され、現人神(あらひとがみ)とされ
ました。
そしてそれゆえ、その天皇を神としない人々は、場合によっては法を犯
す者とさえされました。
そして天皇を神と認めないがゆえに、投獄されたキリスト教の牧師さえ
いました。キリスト教は真の神以外の神を神としないため、その信仰を貫
いた牧師さんは尋問され、投獄されました。
ダビデ王朝の始祖であるダビデもソロモンも、決してそのような間違い
を犯してはいません。
中には獄中で命を落としたクリスチャンさえいます。
なぜ、そんなことを私が知っているのかと言うと、私が若い頃に通って
いたホーリネス系のキリスト教会では、その教会の初代牧師がやはり、そ
また、聖書の中でも厳に戒められていることです。人を神の位置に置く
のようにして逮捕され、投獄されたからです。
こと、それは反キリストに通じます。以下のように、反キリストが自分を
神の位置に置くことが書かれています。
現人神(あらひとがみ)と言っても、もちろんすべてが天皇の責任では
なく、周りの人々の意向、特に天皇を神格化し、思想を統一したい人々の
Ⅱテサロニケ人への手紙2: 3, 4
意向もあったのでしょうが、しかし天皇が何も知らないで、このことが行
3. だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、
われていたわけではないでしょうから、その責任の一端はあると思われる
まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現われなければ、主の
のです。
日は来ないからです。
4. 彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その
上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言し
ます。
神ならぬ人が神の位置に着いたその結果は、ろくでもないことになりま
した。
この国はアメリカとの勝算のない戦いに巻き込まれ、その戦争の結果、
日本は負け、この国は多くの人の命を失いました。
反キリストは人に過ぎないのに、
自分は神であると宣言します。そして、
その冒涜のゆえに滅びます。ですからどれほど偉い人でも、自分を神の位
置に置くべきではないのです。
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また、その戦争に敗れたゆえ、天皇はその権力の地位を追われ、戦後は
何の実権も無いようなお飾りのような地位に落とされてしまいました。
45
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
日本を占領したマッカーサー、GHQの下で天皇の地位は低められまし
Ⅰサムエル記16: 16ー23
た。
これらのすべては神から来たのであり、
神はその天皇の越権、現人神(あ
16. わが君。どうか御前にはべるこの家来どもに命じて、じょうずに立
らひとがみ)などとの冒涜的な言い方を容認する歩みに怒りを発し、真の
琴をひく者を捜させてください。神からの悪い霊があなたに臨むとき、そ
神は天皇をその神のような地位から落とし、貶めた、そのように理解でき
の者が琴をひけば、あなたは良くなられるでしょう。
」
るのです。
17. そこでサウルは家来たちに言った。
「どうか、私のためにじょうずな
ひき手を見つけて、私のところに連れて来てくれ。
」
18. すると、若者のひとりが答えて言った。
「おります。私はベツレヘム
人エッサイの息子を見たことがあります。琴がじょうずで勇士であり、戦
士です。ことばには分別があり、体格も良い人です。主がこの人とともに
おられます。
」
19. そこでサウルは使いをエッサイのところに遣わし、
「羊の番をしてい
るあなたの子ダビデを私のところによこしてください。
」と言わせた。
20. それでエッサイは、一オメルのパンと、ぶどう酒の皮袋一つ、子や
ぎ一匹を取り、息子ダビデに託して、これをサウルに送った。
21. ダビデはサウルのもとに来て、
彼に仕えた。サウルは彼を非常に愛し、
ダビデはサウルの道具持ちとなった。
22. サウルはエッサイのところに人をやり、
「どうか、ダビデを私に仕え
人間宣言後の昭和天皇(人を神の位置に置くことは神に忌み嫌われる)
させてください。私の気に入ったから。
」と言わせた。
23. 神からの悪い霊がサウルに臨むたびに、ダビデは立琴を手に取って、
ひき、サウルは元気を回復して、良くなり、悪い霊は彼から離れた。
ダビデは歌を作った
ダビデに関して特筆することが他にあるのなら、彼が歌の人、また、音
上記のように、ダビデは竪琴を巧みに弾く音楽の人でした。その名残が
宮中に雅楽として残っているのだろうと思われます。
楽の人であったことです。
また、彼は詩や歌の人でした。聖書の歌を集めた書、詩篇には、彼の作
彼は竪琴を弾く者として、初代王サウルのもとに召されました。
った多くの歌が記されています。
たとえば、以下の歌です。
以下の通りです。
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
詩篇122: 1ー9
都上りの歌。ダビデによる
1. 人々が私に、
「さあ、主の家に行こう。
」と言ったとき、私は喜んだ。
孫であるのなら、それは聖書の詩篇に見ることができます。
もし天皇家のルーツがダビデ王朝にあるのなら、それはダビデ自身が歌
の人だった、そのことに起因するのです。
2. エルサレムよ。私たちの足は、おまえの門のうちに立っている。
3. エルサレム、それは、よくまとめられた町として建てられている。
4. そこに、多くの部族、主の部族が、上って来る。イスラエルのあかし
として、主の御名に感謝するために。
5. そこには、さばきの座、ダビデの家の王座があったからだ。
6. エルサレムの平和のために祈れ。
「おまえを愛する人々が栄えるように。
7. おまえの城壁のうちには、
平和があるように。おまえの宮殿のうちには、
繁栄があるように。
」
8. 私の兄弟、私の友人のために、さあ、私は言おう。「おまえのうちに平
和があるように。
」
9. 私たちの神、主の家のために、私は、おまえの繁栄を求めよう。
この歌にはダビデの都上りへの喜び、主なる神の家に行こうとする時の
喜びが溢れています。
このような歌を、いくつも彼は作ったのです。
なお、詩篇はダビデに限らず、イスラエルの多くの人々の歌が集まった
竪琴を弾くダビデ(ダビデは音楽の人だった)
歌集のようなものです。
日本で言えば、万葉集のようなものです。なぜだか日本では万葉集を始
め、古今集、新古今和歌集というように、歌集を編纂する歴史があります。
また、宮中の歌会始めのように、皇室主催で歌を読むことが行われます。
歌会では天皇家のご家族お一人お一人が歌を読み、天皇家と歌を読むこと
は密接なつながりがあるように思えます。そのルーツはどこにあるのでし
ょうか?
万葉集には天皇をはじめ、貴族、庶民に至るまで多くの歌が掲載されて
いますが、このような歌集のはしり、原形は、もし日本がイスラエルの子
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49
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
3. ダビデ王朝においては、ダビデ以来
延々と万世一系、
すなわち男系の
系図が保持されてきた
ダビデ王朝においてはその王朝の歴史の間、ずっと王の子が王となる、
ということで万世一系、男系の血統が王として継続してきました。
記載すると、以下の通りです。
ダビデ王→ソロモン王
(ダビデ王の子)
→レハベアム王(ソロモン王の子)→ア
ビヤ王
(レハベアム王の子)
→アサ王
(アビヤ王の子)→ヨシャパテ王(アサ王
の子)
→ヨラム王
(ヨシャパテ王の子)
→アハズヤ王
(ヨラム王の子)(注)→
ヨアシュ王
(アハズヤ王の子)
→アマツヤ王
(ヨアシュ王の子)→ウジヤ王(ア
マツヤ王の子)
→ヨタム王
(ウジヤ王の子)
→アハズ王(ヨタム王の子)→ヒゼ
キヤ王
(アハズ王の子)
→マナセ王
(ヒゼキヤ王の子)→アモン王(マナセ王の
子)
→ヨシヤ王
(アモン王の子)
→エホアハズ王
(ヨシヤ王の子)→エホヤキム
王(ヨシヤ王の子)
→エホヤキン王
(エホヤキム王の子)→ゼデキヤ王(ヨシヤ王
の子)
(注)アハズヤ王ののち、6年間、ダビデ血統以外の女性アタルヤが王となっていた
時期がある。しかし、その後、彼女は殺され、ダビデ王の血統であるヨアシュ王が王
となり、ダビデの血族が王に復帰し、継続された。
ユダの王朝の系図
全部で21人の王が記されています。これらの王は、皆ダビデの血統な
のです。その血統は南朝、ユダ国の王として継続されたのです。
そして最後のゼデキヤ王の頃、ユダの国は大国バビロンに敗れ、国の王、
貴族を始め、多くの人々はバビロンに捕らえ移されてしまい、ダビデ王朝
は歴史の闇に消えてしまいます。紀元前6世紀頃、今から2600年程前
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51
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
のことです。そして不思議なことに、万世一系の天皇を押し戴く日本の皇
紀、歴史は2600年程なのです。
戦前よく、皇紀は2600年とうたわれていましたので、古い人は知っ
ているかもしれません。
要約するとこういうことです。
1. 神は聖書の中で、ダビデの王家は代々存続し、その子孫が代々王座に
着くことを約束しておられる。
2. しかるにダビデ王朝は、今から2600年程前に歴史の闇に消え、そ
の王族の子孫もどうなったかは不明である。
3. さて、ここ、東の果てに延々と2600年もの歴史を誇る万世一系の
ダビデ王朝~天皇家
皇族、王族の血筋を誇る民族が存在する。
この民族以外、そのような長い間、万世一系を続けている王族は世界に存
在しない。
4. 結論として、ダビデ王朝はその東の国で継続している可能性が高い。
北のイスラエル王朝の歴史と日本の皇族の歴史
とは、似ても似つかない
さて、上記南朝ユダ国において、ダビデの家系は一貫として守られてき
このようなことを、私は申し上げたいのです。
たのですが、対して北朝イスラエルの王朝においてはまったく万世一系な
どは守られていません。
他の国の権力闘争と同じように下克上が行われ、2、3代ごとに王家の
血筋は変わり、決して継続などしていないのです。そしてダビデの血筋と
は無縁の家系が、この北イスラエルの王朝を占めています。
ですので神からのダビデに対する約束とはまったく無縁の王朝、それが
北イスラエルの王朝なのです。ですから日本の天皇家、万世一系の天皇家
が北イスラエルの王族の血を引いていると主張することは、じつは非常に
無理のある事実を反映しない主張なのです。
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
しかしなぜだか、日本とイスラエルの関係を主張する研究者はおしなべ
て、日本は北イスラエルの子孫である、失われたイスラエル10部族の子
孫であり、天皇家は北イスラエルの王朝の末裔だ、などと主張します。
まったく無理のある、意図的な、何か裏があるのかと勘ぐられるような
結論です。
初代、北イスラエルの王ヤロブアムはネバテの子であり、彼からして、
ダビデ家とは無縁であり、血族関係がありません。
2代目の王ナダブは上記ヤロブアムの子です。
しかし3代目のバシャ王はアヒヤの子であり、もう、ここで初代王ヤロ
ブアムの血は断たれています。
このことをこの本では少しずつ書くつもりです。
4代目の王エラはバシャの子ですが、バシャの血もこの代で断たれま
す。
北イスラエル王朝は、以下のように血統が連続しません。
5代目の王ジムリは戦車隊の長であり、バシャ家の血筋とはまったく無
縁です。
彼により、バシャの血族は皆殺しにされます。
そのジムリの天下も7日間程で別の家系、軍隊の長オムリが6代目の王
座に着きます。
以下、省略しますが、延々とこんな感じです。これらを見ても分かるよ
うに、北イスラエルの王朝の歴史は典型的な下克上の歴史であり、家来が
王を殺してその王座に着くということが頻繁に行われ、一つの王家が長い
間、王座を占めるという歴史ではないのです。
また、南朝ユダ国の王朝の歴史のように、神のダビデへの約束、恩恵が
延々とその子孫に続くという歴史でもないのです。
むしろその王の悪い歩みのために王の一族が殺され、
根絶やしにされる、
ということが頻繁に起きる歴史なのです。以下を見て下さい。
Ⅰ列王記16: 1ー13
1. そのとき、
ハナニの子エフーにバシャに対する次のような主のことばが
あった。
2.「わたしはあなたをちりから引き上げ、
わたしの民イスラエルの君主とし
たが、あなたはヤロブアムの道に歩み、
わたしの民イスラエルに罪を犯させ、
その罪によってわたしの怒りを引き起こした。
北イスラエル王朝の系図
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3. それで今、
わたしはバシャとその家族とを除き去り、
あなたの家をネバ
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
テの子ヤロブアムの家のようにする。
4. バシャに属する者で、
町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空
の鳥がこれを食らう。
」
この北のイスラエル国の王族が神の怒りを買う王族であり、決して模範
的な王族でも、同じ血統が継続する王族でもないことが分かるのです。
はっきり言って、日本の皇室の歴史とはまったく違います。
5. バシャのその他の業績、
彼の行なった事、
およびその功績、それはイスラ
エルの王たちの年代記の書にしるされているではないか。
ですからこのような北イスラエル、失われたイスラエル10族の王朝を
6. バシャは彼の先祖たちとともに眠り、
ティルツァに葬られた。彼の子エ
持ち出して、日本の皇族はこの北イスラエルの王朝の末裔だ、などと真顔
ラが代わって王となった。
で言う人は、これらの聖書の記述にまったく無知な、ものを知らない人々
7. 主のことばはまた、
ハナニの子、
預言者エフーを通して、バシャとその家
か、はたまた意図を持って人々を惑わし、別の結論に持っていこうとする
とに向けられた。
それは、
彼が主の目の前にあらゆる悪を行ない、その手の
人々か、そのどちらかであると、そのように私には思えるのです。
わざによって主の怒りを引き起こし、
ヤロブアムの家のようになり、また、
彼がヤロブアムを打ち殺したからである。
繰り返しますが、イスラエルの南北2つの王朝を見比べ、どちらが日本
8. ユダの王アサの第二十六年に、
バシャの子エラがティルツァで、イスラエ
の王朝、天皇家の特徴と似ているのかということを考えるなら、ダビデ以
ルの王となった。
治世は二年である。
来の万世一系が固守された南朝ユダの歴史こそ、日本の天皇家の歴史とよ
9. 彼がティルツァにいて、
ティルツァの王の家のつかさアルツァの家で酒
く似ている、と答えるのがまったく妥当な結論なのです。
を飲んで酔っていたとき、
彼の家来で、
戦車隊の半分の長であるジムリが彼
に謀反を企てた。
10. ユダの王アサの第二十七年に、
ジムリははいって来て、彼を打ち殺し、
彼に代わって王となった。
11. 彼が王となり、
王座に着くとすぐ、
彼はバシャの全家を打ち、小わっぱ
から、
親類、
友人に至るまで、
ひとりも残さなかった。
12. こうして、
ジムリはバシャの全家を根絶やしにした。預言者エフーに
よってバシャに言われた主のことばのとおりであった。
13. これは、
バシャのすべての罪と、
その子エラの罪のためであって、彼ら
が罪を犯し、
また、
彼らがイスラエルに罪を犯させ、彼らのむなしい神々に
よって、
イスラエルの神、
主の怒りを引き起こしたためである。
上記箇所には、北イスラエルの王バシャの全家が、その神への罪のため
に根絶やしにされ、誰一人生き残らなかったことが書いてあります。
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
Ⅱ歴代誌36: 11ー20
11. ゼデキヤは二十一歳で王となり、
エルサレムで十一年間、
王であった。
12. 彼はその神、
主の目の前に悪を行ない、
主のことばを告げた預言者エ
レミヤの前にへりくだらなかった。
13. 彼はまた、
ネブカデネザルが、
彼に、
神にかけて誓わせたにもかかわら
ず、この王に反逆した。
このように、
彼はうなじのこわい者となり、
心を閉ざ
して、イスラエルの神、
主に立ち返らなかった。
14. そのうえ、
祭司長全員と民も、
異邦の民の、
忌みきらうべきすべてのな
らわしをまねて、
不信に不信を重ね、
主がエルサレムで聖別された主の宮を
汚した。
15. 彼らの父祖の神、
主は、
彼らのもとに、
使者たちを遣わし、
早くからし
きりに使いを遣わされた。
それは、
ご自分の民と、
ご自分の御住まいをあわ
れまれたからである。
北イスラエル王バシャ(北イスラエルの王朝は万世一系ではない)
16. ところが、
彼らは神の使者たちを笑いものにし、
そのみことばを侮り、
その預言者たちをばかにしたので、
ついに、
主の激しい憤りが、
その民に対
して積み重ねられ、
もはや、
いやされることがないまでになった。
4. ユダ国のバビロン捕囚により、
21代続いたダビデ王朝は失われ、
歴史の闇へと消えてしまった、
それは、2600年程前のことである
17. そこで、
主は、
彼らのもとにカルデヤ人の王を攻め上らせた。
彼は、
剣
で、彼らのうちの若い男たちを、
その聖所の家の中で殺した。
若い男も若い
女も、年寄りも老衰の者も容赦しなかった。
主は、
すべての者を彼の手に渡
された。
18. 彼は、
神の宮のすべての大小の器具、
主の宮の財宝と、
王とそのつかさ
たちの財宝、
これらすべてをバビロンへ持ち去った。
19. 彼らは神の宮を焼き、
エルサレムの城壁を取りこわした。
その高殿を
さて、このように神に愛され、神からの恵みにより、長い間継続したユ
全部火で燃やし、
その中の宝としていた器具を一つ残らず破壊した。
ダ国のダビデ王朝ですが、しかし、その反逆のゆえに、バビロンに捕らえ
20. 彼は、
剣をのがれた残りの者たちをバビロンへ捕え移した。
こうして、
移される日がきました。それは以下のように、ゼデキヤ王の時です。
彼らは、ペルシヤ王国が支配権を握るまで、
彼とその子たちの奴隷となっ
た。
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
なぜ、栄光あるダビデの国、ユダは敵国に敗れ、その王も貴族も民も、
敵国バビロンに連れ去られるような屈辱を受けたのか?
約束は反古になったか?と思えたのですが、
しかし奇跡的にこの極東の島、
日本に長い万世一系を誇る王室が存在しているのです。
その理由に関して、聖書は上記のように、「ところが、彼らは神の使者
これらの2つの王族を結び付けて考えることは、荒唐無稽(こうとうむ
たちを笑いものにし、そのみことばを侮り、その預言者たちをばかにした
けい)でも、強引な結論でもなく、まったく客観的な、妥当な考え方なの
ので、ついに、主の激しい憤りが、その民に対して積み重ねられ、もはや、
です。
いやされることがないまでになった。そこで、主は、彼らのもとにカルデ
ヤ人の王を攻め上らせた。
」と、語っています。
ですからその理由とは、このユダの民も王も、神のことばを侮り、その
神の代弁者である預言者を馬鹿にしたからです。
この災いは、神から来たのです。
それで、もしこの日本がこの聖書の民、ユダの子孫であり、日本の天皇
家がダビデ王朝の末裔ならば、その祝福も呪いも神から来ることを知るべ
きであると思います。
さて、このようにバビロンに捕らえられ、その国に捕囚の民として70
年の間捕らえられていたユダの民ですが、聖書のエズラ記、ネヘミヤ記を
見るかぎり、その一部はその後、ユダの国へ再度帰還したようです。
しかし、すべての民が帰還したわけではなく、王族を始めとした多くの
ユダの民は帰還しませんでした。
天皇家(ダビデ以来の王朝は日本の天皇家で続いている)
その民はどこへ消えてしまったのか?
もし、神がダビデに約束したダビデ王朝が、代々継続するとの約束が本
当なら、この世界のどこかにユダ族の子孫が残っており、また、ダビデの
王朝が継続しているはずなのです。
そして客観的に考えても、世界広し、と言えど、どこの国にも3000
年も前のダビデ以来、延々と続く王朝など存在せず、あのダビデへの神の
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61
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
5. ダビデ王朝に関して神は約束を与え、
そのダビデの血筋が決して絶えないこと、
ダビデの家に、王となる子が絶えないことを
聖書の中で堅く約束している
を確立しよう。
Ⅱ歴代誌21: 7
7. 主は、
ダビデと結ばれた契約のゆえに、
ダビデの家を滅ぼすことを望ま
れなかった。
主はダビデとその子孫にいつまでもともしびを与えようと、
約
束されたからである。
さて、何度も繰り返すようですが、ダビデ王朝の特殊性、また、その繁
栄は聖書的に言えば、どこまでいっても神がダビデに対して決して変わら
詩篇132: 11, 12
ない約束を与えられた、そのことに尽きます。
11. 主はダビデに誓われた。
それは、
主が取り消すことのない真理である。
神はダビデの子孫が王族に着くことに関して、以下のように何度も約束
されています。
「あなたの身から出る子をあなたの位に着かせよう。
12. もし、
あなたの子らが、
わたしの契約と、
わたしの教えるさとしを守る
なら、彼らの子らもまた、
とこしえにあなたの位に着くであろう。
」
Ⅰ列王記11: 36
36. 彼の子には一つの部族を与える。
それはわたしの名を置くために選ん
エレミヤ書33: 17ー21
だ町、
エルサレムで、
わたしのしもべダビデがわたしの前にいつも一つのと
17. まことに主はこう仰せられる。
「ダビデには、
イスラエルの家の王座に
もしびを保つためである。
着く人が絶えることはない。
18. またレビ人の祭司たちにも、わたしの前で全焼のいけにえをささげ、穀
Ⅱ列王記8: 19
物のささげ物を焼き、いつもいけにえをささげる人が絶えることはない。」
19. 主は、
そのしもべダビデに免じて、
ユダを滅ぼすことを望まれなかっ
19. エレミヤに次のような主のことばがあった。
た。
主はダビデとその子孫にいつまでもともしびを与えようと、彼に約束さ
20.「主はこう仰せられる。
もし、
あなたがたが、
昼と結んだわたしの契約
れたからである。
と、夜と結んだわたしの契約とを破ることができ、
昼と夜とが定まった時に
来ないようにすることが出来るなら、
Ⅱ歴代誌7: 17, 18
21. わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ、
彼には、
その
17. あなたが、
あなたの父ダビデが歩んだように、わたしの前に歩み、わた
王座に着く子がいなくなり、
わたしに仕えるレビ人の祭司たちとのわたし
しがあなたに命じたことをすべてそのまま実行し、わたしのおきてと定め
の契約も破られよう。
とを守るなら、
18. わたしが、
あなたの父ダビデに、
『あなたには、イスラエルを支配する者
となる人が絶えることはない。
』
と言って契約を結んだ通り、あなたの王座
62
上記のエレミヤ書の箇所では、昼と夜の契約、すなわち太陽が上れば
昼となり、太陽が沈むと夜となる、という不変の法則となぞらえて、ダビ
63
1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
デと神との約束、すなわち、「彼(ダビデ)には、彼の後胤が王座に着き、
はイスラエル10部族の子孫である、などと主張する人々は、特に神のこ
その王座に着く子がいなくなることはない」
、ことが約束されています。
とばを預かっているはずの牧師でありながら、そう主張する人々は単なる
ですのでこのこと、ダビデの王座が継続し、万世一系がダビデ以来
学問的見解を述べるというより、じつは神はダビデとの約束を守らない、
3000年もの間継続しているか否かを論じることはかなり、いや、大分、
守れない嘘つきで無能である、そう主張しているのに等しいことを悟るべ
重大な事柄なのです。
きです。
神様が、「昼と夜とが定まった時に来ないようにすることが出来るなら、
少なくとも、私はそのような立場には立ちません。
わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ」と語り、昼のあと
に夜が来るという絶対不変の法則を変えることができないかぎり、神がダ
ビデと結んだ契約を破ることはできない、と絶対的な約束をしておられる
ので、このことは少なくとも、聖書の世界においては非常に重大な事柄な
のです。
分かりやすく言うと、神がダビデと結んだ約束は反古にされ、もうダビ
6. 2600年もの長い間、万世一系を
継続している王朝など世界のどこにも
存在しない、イギリスにもモナコにも
タイにも中国にも
デの子孫は今の時代には存在せず、また、彼の子孫は王座に着いてはいな
い、と主張することは、
「神は無能であり、あのように固くダビデと結ん
万世一系、すなわち同じ血統の一族が代々王の座に着く、ということが、
だ約束を反古にしてしまい、自分のことばを守ることのできない嘘つきで
それほど重大なこと、難しいことなのでしょうか?このことを考えてみま
ある」と、そう語るのに等しいのです。
しょう。
まず、日本の王室より長い歴史を持つ王室は世界に存在しているのか?
牧師である私、神のことばに仕えることを職務にする私はどういう立場
に立つかと言うと、当たり前のことですが、神は嘘つきである、という立
そのことを考えてみましょう。
以下のウィキペディアの記事を見てください。
場にはつきません。
と、 言 う よ り、 何 度 も 繰 り 返 し て 語 っ て い る よ う に、 神 の 約 束 は
ウィキペディア
3000年もの間、破られず、この極東の国において3000年前の約束
通り、今もダビデの子孫はこの国で王、天皇として崇められている、そう
考えることが妥当だと思っているのです。
ですので再度繰り返すようですが、日本の天皇家が北イスラエル王朝の
末裔である、すなわち王家がまったく継続しない王朝の末裔であり、日本
64
「王室」の項「2012年現在、
:
同君連合による重複を除き、
世界の独立国家
には27の王室が存在している。
現存する王室でもっとも長い歴史を持つ
のは少なくとも6世紀以前までさかのぼる日本の皇室であり、
これに次ぐ
のは10世紀までさかのぼるとされているデンマークの王室である。
」
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
答えはあっさり、
「ない」ということになります。
世界にはイギリス王室、スウェーデン王室、モナコ王室など、多くの王
あとはこれらの面のみにこだわらず、それ以外の面、両者の言語とか風
習とかの類似を見ていきたいと思います。それらの面でも一致するなら、
室が存在しますが、いざ、先程の視点、
「3000年前のダビデ以来の王
日本の天皇家こそダビデ王朝の末裔である、という考えは、単なる妄想と
朝が、万世一系として続いている可能性のある王朝」という視点に立って
か思い込み、錯覚ではなく、じつは大いに意味のある推論、また、この日
考えるなら、日本の王朝天皇家以外は存在しないのです。
本の獏として知り得ないルーツに関して、はっきりとした光を与える考え
もちろん、今のイスラエル国にもありません。
となるかもしれないからです。
ですのであとで説明しますが、彼らイスラエルに住むユダヤ人が、本当
にかつてのユダ国の子孫なのかどうかに関しては疑問があります。なぜな
ら本当に彼らがユダの子孫なら、ダビデ以来の王朝を持っているはずだか
らです。
ウィキペディアによれば、日本の次に長いのが10世紀、すなわち今か
ら1000年程前に成立したデンマーク王朝だとのことです。
1000年の間、王朝が続いていることは、普通に考えれば短くはない
歴史ですが、しかし、いざ先程の視点、3000年前のダビデ王朝の末裔
という観点から考えるならまったく不適当であり、該当しません。
すると話は最初に戻り、やはり世界広し、と言えど、また、世界の歴史
を血眼になって探してみても、3000年前のダビデの血統を受け継いで
いる可能性のある王朝は日本の天皇家以外に無いのです。
私は日本人ですが、しかし、ひいき目とか身びいきとかそのような考え
を差し引き、客観的に考えてみても、誰が見ても同じような結論に至ると
思います。
随分長く書いてきたようですが、結論として日本の天皇家は、その時
間的な面(ダビデ王朝が消失した2600年程前に成立している)、また、
天皇家の住まわれる皇居 : 日本の皇室は、世界で一番長い歴史を誇る、万世一系の皇室
である
神の言われる王の子が王座に着くという原則(万世一系)の面から見ても、
世界で唯一ダビデ王朝の末裔である資格を満たした王朝だということが言
えます。
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
7. ただ、一つ例外があり、この日本の国の
天皇家こそ、世界でただ一つ、2600年の
歴史を誇る万世一系の王族である
それでこの本ではこの点に集中し、日本がいかにユダ国ならではの特徴
を持っているか、ということに関して見ていきたいと思うのです。
いわゆる一般的に言われる日ユ同祖論やら、日本とイスラエルの類似を
述べた本はすでにいくつかありますので、それらのポイントには力点は置
かず、むしろ南朝ユダとこの日本との類似点を集中的に見ていきたいと願
不思議なものですが日本にいると、
皇室が存在するのは当たり前であり、
っているのです。
また、万世一系なんて聞いても、ただ長いだけじゃないか、古いというだ
けじゃないか、なんて思ってしまって、特に深い意味合いを自覚しないも
のです。
逆に、戦前への反動か、万世一系の天皇などと唱えると、右翼か危ない
人みたいに思えるかも知れませんが、しかし他国と比較して、この問題を
とらえてみた場合、他の国にはこのような王室が存在しない以上、このこ
とは大いに特筆されるべきことなのでしょう。
9. 北朝イスラエル国と南朝ユダ国の違い
北朝のイスラエル国と南朝ユダ国とは、もとは同じ先祖イスラエルに属
する12人の兄弟部族に属していたわけですから、基本的には類似点が多
いのです。
しかし先程書いたように、いざ天皇家のルーツを考えるなら、そのルー
ツを北朝イスラエルとするか、南朝ユダとするかで、それこそ天地の違い
8. 日本は失われた北朝イスラエル
10部族ではない
日本とイスラエルの不思議な関係に関して言及した本は多くあります。
があります。
それでこの本では北のイスラエル国と南のユダ国との違いを確認し、ユ
ダ国ならではの特徴を見付け出し、それらの特徴が日本に存在する、しな
い、ということを見ていきたいと思います。
そのようなわけで、この2国の区分に注意を払いたいと思うのです。
それらの本で必要なことは、みな書かれているようですが、私から言わ
せると、そうではありません。逆に間違えた認識があります。
それは先程から書いているように、日本は明らかにダビデ王朝の正統な
血統をいただく南朝ユダ国の末裔と思われるのに、多くの本では、しきり
10. 北のイスラエル王朝とユダ王朝の違い :
北のイスラエルは万世一系ではない
に日本は北朝イスラエルの失われた10部族の末裔である、と語られてい
ることです。
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北のイスラエル国と南のユダ国とは同じ兄弟の国なので、基本的に大き
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
な違いはないのですが、しかし、ひとつ大きな差異があり、そのもっとも
大きな差異は、王朝の継承の特異性にあります。
あとでさらに見ていきますが、それらのアジアの国の中で、この日本に
だけは多くのユダ国ならではの特徴が残ります。それで私はよく言われて
繰り返しになりますが、イスラエルの歴史を知っている、分かっている、
いる思い込み、日本は何が何でも北イスラエル10部族の末裔という思い
と言い、色々と述べる人々が、このもっとも大きな日本とユダ国の類似点、
込みや固定観念を捨てて、客観的にこのことを再検証したいと願っている
すなわち天皇家こそ、ダビデ王朝の血筋を継ぐ可能性のもっとも高い王朝
のです。
であることを述べないのは、まったくの片落ちです。
思いついたところを言えば、あと違うのは、北イスラエルの国の首都は
サマリヤ、ユダの首都はエルサレムである、そんなところでしょうか。
北朝イスラエルの子孫は、
中国を始めとしたアジ
アに存在している可能性が高い
(中国の漢字と、
聖書との類似性)
北朝イスラエルもその歴史において、強国アッシリヤに捕囚されます。
紀元前8世紀頃のことです。ユダより先に捕囚されているのです。そして
その捕囚された彼らがどこへ消えてしまったのかは、獏として今でも知り
えません。歴史のミステリーなのです。
しかし、もし日本が南朝ユダ族の子孫であるなら、日本と同じくアジア
の国々に北朝イスラエル10部族の子孫が散らばっている可能性がありま
す。これらの国は、もとは同じ兄弟国家なので、近い地域に住んでいる可
能性はあるのです。
たとえば中国の王朝などは歴代、いくつもの王朝が建てられたり、倒さ
れたりしています。そういう意味では、先程見た北イスラエルの歴史にそ
っくりです。また、中国由来の漢字には、聖書の創世記由来かと思われる
意味が含まれています。このように、この国にはイスラエルの影響が色濃
秦の始皇帝 : 中国の王朝は、北イスラエルの王朝と同じく、万世一系ではない
くあるのです。
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1章 天皇家はダビデ王朝の末裔である
11. ユダとイスラエルの違い
ているのです。
しかしこの本の主張はどこまでも、日本と南のユダ国との類似性を語る
ものです。
聖書に記されたユダ族の特徴を見ていきたいと思います。
イスラエルの特徴ではなく、南朝であるユダ部族の特徴を見ていきたい
と思っているのです。
それで私たちは少し細かい話、イスラエル12部族の中の、特にユダ族
の特徴に注目し、そのユダ族と日本、また、日本の天皇家との類似性を見
ていきたいと思っているのです。
繰り返して言うようですが、日本の歴史、そしてダビデ王朝と日本の王
朝である天皇家との歴史の類似を考える時、イスラエルとユダとの区分を
はっきりと付けることは大事です。
今まで日本でこのテーマで書かれた多くの本は、この大事なポイントに
ついてはあまり、もしくはほとんど触れていないようです。
繰り返すようですが、聖書によればイスラエルという国の起源は、イス
ラエル(改名前はヤコブ)という名前の一人の人物から始まった国なので
す。
そういうわけで、もとは一つの国だったのです。そのイスラエルには全
部で12人の息子がいたので、この国は細かく言うと、12部族に分かれ
ていました。それはちょうど、日本という一つの国が47都道府県に分か
れているようなものです。
さて、一つの国だったイスラエルという国が、二つに分裂する時がきま
した。南北の二つの国に分かれた朝鮮半島のように分裂してしまったので
す。
北の地域に住む10部族は集まり、イスラエルという国の名前をそのま
ま継続して使います。そして、南の2部族はユダという国の名前を使いま
す。
北イスラエルのバアル崇拝(神の怒りを買ったイスラエル北10部族は日本とは無関係)
日本とイスラエルの関係を語る人、本は多いのですが、ほとんどの本の
主張はここで言う、日本と北イスラエルの国(10部族)の類似性を語っ
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