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平成27年度インフラシステム海外展開輸出促進 調査等

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平成27年度インフラシステム海外展開輸出促進 調査等
平成27年度インフラシステム海外展開輸出促進
調査等事業(ベトナムにおける土地管理システム導入調査)
調査報告書
平成 28 年 3 月
富士通株式会社
目次
1 本事業の概要....................................................................................................................................................................1
2 本事業の背景....................................................................................................................................................................2
2.1 平成 25 年度調査事業の調査内容.......................................................................................................................2
2.2 調査内容と調査手法...............................................................................................................................................3
2.2.1 土地管理に関するベトナム側の現状認識................................................................................................3
2.2.2 土地管理に係る他の関係者の動向.............................................................................................................4
2.2.3 経済・社会効果分析 ......................................................................................................................................4
2.2.4 実証を元にした提案に対するベトナムからの反応聴取 ......................................................................5
2.3 実施スケジュールと調査体制..............................................................................................................................5
3 調査結果 ............................................................................................................................................................................7
3.1 土地管理に関するベトナム側の現状認識 ........................................................................................................7
3.1.1 法制度及び手続きの実態からの整理 ........................................................................................................7
3.1.1.1 土地使用権及び住宅証明書の偽造問題 ...........................................................................................8
3.1.1.2 土地使用権及び住宅所有権証明書を使わない土地取引問題 .....................................................9
3.1.1.3 土地使用手続きの遅延問題.............................................................................................................. 10
3.1.1.4 土地収用の遅延問題............................................................................................................................11
3.2 土地管理に係る他の関係者の動向 .................................................................................................................. 12
3.2.1 土地管理アプリケーションに関係のある既存のプロジェクト ...................................................... 12
3.2.2 KOICA プロジェクトの調査結果........................................................................................................... 16
3.3 経済・社会効果分析............................................................................................................................................ 21
3.3.1 経済・社会効果分析の前提事項.............................................................................................................. 21
3.3.2 土地管理システム導入によるベトナムへの経済・社会効果........................................................... 21
3.3.2.1 土地・建物税収の着実な確保.......................................................................................................... 21
3.3.2.2 土地管理システム導入による不動産情報の透明化と生産性 .................................................. 23
3.3.2.3 一般均衡モデルの概要 ...................................................................................................................... 24
3.3.2.4 土地管理システム導入によるベトナム持続的経済成長への貢献.......................................... 26
3.3.2.5 土地管理システムの地域レベルでの便益 .................................................................................... 28
4 提案.................................................................................................................................................................................. 30
4.1 土地管理制度及び IT システムの整備 ........................................................................................................... 30
4.1.1 登記簿の電子化及びその内容を公示するための制度・IT システムの整備................................ 30
4.1.2 「地籍調査」と「登記簿、公示の制度・IT システムの整備」の分離......................................... 33
4.1.3 地価査定の基となる情報を収集するための仕組みづくり............................................................... 35
4.2 既存のプロジェクトを活用した IT システムの整備.................................................................................. 37
4.3 ベトナム経済への貢献 ....................................................................................................................................... 40
5 提案に対する現地の反応............................................................................................................................................ 41
5.1 とりまとめセミナー............................................................................................................................................ 41
5.2 公示のイメージを示したデモンストレーション ........................................................................................ 41
5.3 現地の反応............................................................................................................................................................. 43
6 まとめ.............................................................................................................................................................................. 45
引用文献・参考文献............................................................................................................................................................. 46
1 本事業の概要
ベトナムは近年急激な経済成長を遂げている。ICT 分野では、2010 年 9 月に「2020 年を目指し、ICT
企業及び ICT 市場の育成とともに、ICT の利活用を推進し、世界の電子政府ランキングで上位 1/3 にラン
クインを目指す」という情報通信大国化に向けたズン首相決定が発表されている。
他方、ベトナムでは、ICT が有効に利用されていない側面が見受けられる。例えば、急速な経済発展に
伴い、工業、サービス業等、各産業の需要に応じて供給する必要があるが、そのための土地利用に関する
制度の複雑さ、手続きの煩雑さ及び不透明さ等が指摘されている。その原因の一つが、これらの行政事務
が有効に ICT 化されておらず、未だに多くの部分が手作業によっていることも大きな要因と考えられる。
このような状況において、今後のベトナムの政府行政システムの IT 化推進も念頭に、土地管理行政の
ICT による高効率化を図る「土地管理システム」の輸出促進の可能性を調査する。また、ICT 活用による
合理化には、制度での見直しも有効であることから、ベトナムの現状を考慮した上で、より効率的な行政
システムとするための制度改正も視野に入れ、ベトナムにおける土地の利活用、ひいては経済活動活性化
を促進するものとして広く調査を実施する。
上記の問題意識に基づき、
「平成 25 年度インフラ・システム輸出促進調査等委託事業(ベトナムの土地
管理システム導入に向けた事業実施可能性調査)
」では、ベトナムにおける土地管理に関する政策動向と
土地管理行政の現状の調査を実施した。
本調査事業では、上記平成 25 年度調査事業の調査結果も踏まえ、我が国技術による IT を活用したベト
ナムでの土地管理システムの整備や行政事務の効率化に貢献することを目的として、ベトナム政府からの
フィードバックを得ながら、持続的な運用が可能な土地管理システムをベトナム政府に提案する。
1
2 本事業の背景
本調査事業は、平成 25 年度調査事業を踏まえたものである。平成 25 年度調査事業の内容を振り返り、
本調査事業における調査内容及び調査手法等について以下に示す。
2.1 平成 25 年度調査事業の調査内容
本調査に先立ち、平成 25 年度において「平成 25 年度インフラ・システム輸出促進調査等委託事業(ベ
トナムの土地管理システム導入に向けた事業実施可能性調査)
」(以下、
「平成 25 年度調査事業」とする。
)
が実施されている。
平成 25 年度調査事業では、日本の関連産業が土地管理システムをベトナムに展開する際の基礎情報の
調査が実施されたが、その概要は以下のとおりである。
(1) 政策、制度、組織と実務
政策では、土地に関する法律を整理し政策動向がまとめられた。土地管理システムに関する改正のポイ
ントは 2 点あげられており、1 点目は 2003 年の土地法では簿冊が原本であったが、2013 年土地法にて、
電子データも原本と同様の価値であることが明記された点である。2 点目は、土地、関連財産の登録、保
証取引登録、土地に関する情報について、インターネットを通じて組織、個人にサービスの提供ができる
ことが明記された点である。
制度では、土地管理のシステム化に関わる制度として、土地法で定められている帳簿(地籍簿、土地記
録簿、土地変動記録簿)や図面(行政地図、地籍図、土地使用現状図、土地使用企画図)が整理され、シ
ステムで管理すべき項目が地図番号、土地番号、地積、地目、土地使用形態、土地使用起源、土地使用期
間、土地使用者等であることが明らかになった。
組織と実務では、土地管理行政を担う組織を中央・地方レベルで整理し、ベトナムの土地使用権登録所
における登録手続きの流れをまとめ、日本の実務との比較が行われた。土地管理行政を担う主な組織は、
中央レベルは天然資源環境省、県レベルは県土地使用権登録所、郡レベルは郡土地使用権登録所であった。
ベトナムの登記手続きの事務工程は、日本と同様に 6 つの工程に分けられた。
これらの結果を踏まえ、制度及び実務の両面からベトナムの土地管理行政の課題が整理され、大きく分
けて 5 つの課題が抽出された。





権利の履歴の管理方法の改善と事務の効率化
登記情報の公示に関する制度の整備と実務の整備・効率化
土地収用の対象者の調査の迅速化
土地使用企画・計画の作成の効率化及び迅速化
職員による不正の抑止
(2) ICT インフラの現状、適応技術の可能性
ICT インフラの現状については、次の 4 つの項目について整理された。1 つ目は、ベトナム内のインタ
ーネットの普及状況やデータセンターの設置状況である。2 つ目は、天然資源環境省の統合 WAN の計画
及び現状と IT 局が保有するデータセンターについてである。3 つ目は、Hà Nam 県で行った現地視察の
結果をふまえた土地管理行政に係る地方組織の ICT インフラ状況である。4 つ目は、土地使用権登録所で
使用されている土地管理アプリケーションについてである。
これらの結果を元に、4 つの課題が抽出された。
 職員の事務作業を効率化する仕組みを作ること
 全国統一的に運用・保守できる仕組みを構築すること
2
 大規模災害や不正アクセスによるデータ消失を防止すること
 データセンターの省スペース化と省エネルギー化すること
これらの課題を踏まえ、それぞれの課題を解決する適応技術が整理された。
① 事務作業の効率化は、日本の土地管理システムの特徴的な機能である、土地情報の記録支援機能、土
地記録を第三者に公示する機能、関連する行政機関への情報提示機能、業務権限の管理機能等を適用
することで効率化が図られる。
② 土地管理システムの統合的な運用・保守を実現するためのソフトウェアの導入が求められる。本ソフ
トウェアについてはシステム運用に必要不可欠な監視機能、復旧機能、評価機能、導入/設定機能も
検討する。
③ データ破壊による損害を最小限に留めるためには、
「リアルタイムバックアップ」と「更新情報バッ
クアップ」の 2 種類の機能を持つバックアップシステムが求められる。また、広域災害対策として行
政区画外の遠隔地に設置拠点を設ける。
④ データセンターの省電力、省スペース化は、電力消費量を抑える機能を持ち、設置スペースを削減で
きるハードウェアが求められる。特に、電力の消費が大きいサーバについては、処理能力制御機能に
より、業務時間外の消費電力を抑える機能を持つことも求められる。
(3) 提案による環境、社会的側面の効果
環境社会的側面について環境や社会への望ましい影響と望ましくない影響を分析し、望ましい影響が大
きく、土地管理システムの導入が有益であることが明らかとなった。土地管理システムの導入により、土
地管理行政に係る業務帳票や文書を保管する書庫スペースの削減等による CO2 排出量の削減が期待でき
る。
(4) 土地管理システム導入事業実施可能性の検証
これらの結果から、ベトナムに土地管理システムを導入するためには、土地使用権者や建物所有者等の
権利関係の明確化、第三者が権利者の情報を確認できる公示制度の整備が重要とされた。制度の整備を進
め、土地管理システムを導入・運用していくことによって、土地問題を解決し、安全で円滑な不動産取引
の実現に貢献できる。この結果、ベトナムの経済発展に大きく貢献することが可能と結論づけられた。
2.2 調査内容と調査手法
本調査事業では、前述の平成 25 年度調査事業を踏まえて、日本の技術を活用し、ベトナムにおける土
地管理システムの高度化を図ると共に、今後の同国における基盤的な土地開発インフラシステムへの日系
企業の参画を図ることを目的として、ベトナム政府、企業関係者への聞き取り調査や文献等による以下の
調査を行った。
2.2.1 土地管理に関するベトナム側の現状認識
(1) 調査内容
平成 25 年度調査事業では、現行のベトナムの土地管理制度及び体制について明らかにし、2013 年土地
法及びそれに関連した法制度について内容の分析が行われた。
3
本調査事業では、平成 25 年度調査事業の結果をふまえ、ベトナムが抱える土地問題に焦点をあて、ベ
トナムの土地管理に関わる法制度と手続きの実態の把握を行った。それぞれの土地問題とそれらを解決す
るための課題について、ベトナム政府がどのように認識しているのか、また、どのような改善、改革等を
検討しているのかをベトナム政府当事者に聞き取り調査することを前提として調査した。この際、ベトナ
ムの地方政府からも直接聞き取り調査を行った。
(2) 調査方法
土地管理に関する問題を天然資源環境省の発表やマスメディアの報道から調査し、これらの問題に対す
る現状認識について、天然資源環境省及び地方政府に聞き取り調査を行った。具体的には、ベトナムの土
地問題の発生要因を分析し、天然資源環境省及び地方政府とのワークショップを通して、それらの課題に
対するベトナム政府の見解や、検討または実施している改善策について聞き取り調査を行った。
2.2.2 土地管理に係る他の関係者の動向
(1) 調査内容
平成 25 年度調査事業では、KOICA プロジェクト、VLAP プロジェクト、土地に関する国家 DB プロ
ジェクトに関して、9 つの比較観点(期間/範囲/土地管理システムの構築/土地 DB の構築、標準化/
データ統合・同期/データセンター/人材育成/インフラ機械設備/制度)で整理を行った。
本調査事業では、上記 3 つの既存プロジェクトの情報を最新化を行った。なお、今回の調査では、KOICA
プロジェクトを取り上げ、詳細な調査と分析を行った。
(2) 調査方法
天然資源環境省の発表や天然資源環境省の関係局とのワークショップを通じて、既存プロジェクトの動
向について調査を行った。
2.2.3 経済・社会効果分析
(1) 調査内容
平成 25 年度調査事業では、法制度整備や人材育成と共に土地管理システムを導入することによる、ベ
トナムへの効果を次の観点で定性的に分析した。


土地管理行政の実態(政策/制度/組織と実務)
現地 IT 及びインフラ
本調査事業では、平成 25 年度調査事業の報告書における土地管理システムの導入を前提として、ベト
ナムにおいて土地管理システムを導入した場合の経済・社会的効果に関して定量的に試算した。はじめに
土地管理システムの経済・社会的効果の考え方、ベトナム政府の政府収入に占める土地関連税収の傾向に
ついてまとめ、次に土地管理システムを導入した場合の土地税収に与える影響や土地管理システム導入に
よる不動産情報の透明化と生産性について試算した。
(2) 調査方法
経済効果の試算は一般均衡モデル(CGE)を利用して、土地管理システムを導入することによるベトナ
ム全体及び地方への社会・経済的波及効果を定量的に分析した。
4
2.2.4 実証を元にした提案に対するベトナムからの反応聴取
「2.2.1 土地管理に関するベトナム側の現状認識」
、
「2.2.2 土地管理に係る他の関係者の動
向」
、
「2.2.3 経済・社会効果分析」の調査結果をふまえ、公示を中心としたデモンストレーション
を含めて作成した提案に対する反応聴取をとりまとめセミナーで実施した。
2.3 実施スケジュールと調査体制
(1)
実施スケジュール
以上の調査内容を以下のスケジュールで実施した。
図 2.3-1 調査実施スケジュール
ベトナムには 3 回訪問し、天然資源環境省の土地管理総局及び IT 局とワークショップを実施した。デ
モンストレーションを用いて日本の提案を視覚化した調査報告会を実施し、ベトナム政府の意見を収集し
た。
表 2.3-1 現地調査の概要
No
実施日
実施内容
訪問場所(※)
対象機関
1
2015 年
経済効果試算に関す
12 月3 日 る聞き取り調査
Hà Nội 中央直轄市
Hà Nội 経済大学
2
2015 年
キックオフ会議
12 月3 日
Hà Nội 中央直轄市
天然資源環境省
IT 局
5
No
実施日
実施内容
訪問場所(※)
対象機関
3
2015 年
ワークショップ①②
12 月4 日
Hà Nội 中央直轄市
天然資源環境省
IT 局
4
2016 年
ワークショップ③④
1 月20 日
Hà Nội 中央直轄市
天然資源環境省
IT 局
5
2016 年
現地調査
1 月21 日
Hải Phòng 中央直轄市 Hải Phòng 中央直轄市天然資源環境局
Hải Phòng 中央直轄市土地管理支局
Hải Phòng 中央直轄市土地登録所
Hải Phòng 中央直轄市 Ngô Quyền 郡
土地登録所
6
2016 年
ワークショップ⑤
1 月22 日
Hà Nội 中央直轄市
天然資源環境省
IT 局
7
2016 年
ワークショップ⑥
3月9 日
Hà Nội 中央直轄市
天然資源環境省
IT 局
8
2016 年
ワークショップ⑦
3 月10 日
Hà Nội 中央直轄市
天然資源環境省
土地管理総局
IT 局
9
2016 年
とりまとめセミナー
3 月 11 日
Hà Nội 中央直轄市
天然資源環境省
土地管理総局
IT 局
※ベトナム社会主義共和国を訪問。
(2) 調査体制
経済産業省の委託を受け、以下の体制で調査を実施した。
図 2.3-2 調査実施体制
6
3 調査結果
土地管理に関するベトナム側の現状認識及び他の関係者の動向と、本事業の実施によるベトナムへの経
済・社会的効果について調査・分析した結果を以下に示す。
3.1 土地管理に関するベトナム側の現状認識
本項では、近年のベトナムにおける土地管理に関する課題について、天然資源環境省や地方の天然資源
環境局等への聞き取り調査やマスメディアによる報道からベトナム側の現状認識を調査した結果を示す。
3.1.1 法制度及び手続きの実態からの整理
ベトナムにおける土地管理に関する課題を把握するために、天然資源環境省の発表やマスメディアによ
る報道から近年の土地を取り巻く諸問題を調査し、以下の 4 つの土地問題に対するベトナムの中央政府及
び地方政府当事者の現状認識について聞き取り調査を行った。




土地使用権及び住宅所有権証明書の偽造問題
土地使用権及び住宅所有権証明書を使わない土地取引問題
土地使用権手続きの遅延問題
土地収用の遅延問題
図 3.1.1-1
Hải Phòng 中央直轄市 天然資源環境局(聞き取り調査先)
7
3.1.1.1 土地使用権及び住宅証明書の偽造問題
(1) 事例
土地使用権及び住宅所有権証明書の紛失及び偽造に関する報道の内容を以下に示す。
① 土地使用権及び住宅所有権証明書の紛失問題
a) 郵送中に土地使用権及び住宅所有権証明書が行方不明1
印刷用紙 3,000 枚が、 Hà Nội 中央直轄市から Đà Nẵng 中央直轄市、Phú Yên 県へ輸送中に行方
不明となった。天然資源環境省は、土地登録局の副局長に対して規律処分を行った。また、警察総局
は土地使用権及び住宅所有権証明書に関する詐欺行為を防止するために、各地方の公安局に対して対
策を行うように指示した。
b) 人民委員会が発行した土地使用権及び住宅所有権証明書が行方不明2
Hà Nội 中央直轄市 Phú Xuyên 郡人民委員会が発行した土地使用権及び住宅所有権証明書 105 枚が
行方不明になった。この証明書は天然資源環境課及び村においても保管されておらず、住民も持って
いない。そのため、Hà Nội 中央直轄市人民委員会は Phú Xuyên 郡人民委員会に対して原因調査をす
るように公文書を出した。
② 土地使用権及び住宅所有権証明書の偽造問題
a) 使用権を持たない土地の売却3
Kiên Giang 県で、偽造した土地使用権及び住宅所有権証明書によって、使用権を持たない土地を売
却したほか、銀行から不正融資を受けた男が、詐欺罪で終身刑を言い渡された。また、共謀者である
土地登録所の職員であった 2 人がそれぞれ、15 年、7 年の刑を言い渡された。2010 年 3 月~2011 年
11 月にかけて、土地登録所の職員の協力のもと、土地使用権及び住宅所有権証明書を偽造し、1,016
億ドン(約 4 億 8 千万円)を銀行 6 行から借り入れをしていた。また、法的権利を持たない土地を販
売し、186 億ドン(約 9 千万円)を購入者 21 名から受け取っていた。
b) 住宅が売却される詐欺事件4
Hồ Chí Minh 中央直轄市で、偽造した土地使用権及び住宅所有権証明書によって、所有権を持たな
い住宅が売却される詐欺事件が発覚した。両親名義の住宅の土地使用権及び住宅所有権証明書を自分
名義に偽造し、この偽造された土地使用権及び住宅所有権証明書を使って家を売り出した。売買は公
証人、税務所の審査を通過し、人民委員会で名義を移す登記をする段階になって偽造が発覚した。現
在、公安局が捜査を進めている。
1
2
3
4
VNEXPRESS WEB サイト 2015/8/31「土地使用権及び住宅所有権証明書印刷用紙 3000 枚が行方不明、土地登録局の副局長が規
律処分をうける。
」から引用
天然資源環境新聞 WEB サイト 2015/11/16「Hà Nội 中央直轄市の Phú Xuyên 郡における土地関係の違反行為:数百のケースが
規定に違反して土地を交付した。
」から引用
Viet Nam News WEB サイト 2014/7/9「ビジネスマンが不動産詐欺で懲役」から引用
VietnamGuide.com WEB サイト 2010/4/24「住宅の権利証書、偽造品出回る」から引用
8
c) 偽造した土地使用権及び住宅所有権証明書での不正融資5
Đồng Nai 県で、偽造した土地使用権及び住宅所有権証明書によって、銀行から不正融資を受けた女
性が逮捕された。土地と建物を担保に融資の申し込みに訪れたという。銀行側は、この女性が提出し
た土地使用権及び住宅所有権証明書に問題はないと判断し、同月 16 日に 10 億ドン(約 520 万円)の
融資を行った。ところが、翌 17 日に銀行職員が土地使用権登録所に確認に訪れたところ、この文書が
偽造されたものであるということが発覚した。通報を受けた警察は同日中に容疑者を逮捕した。調べ
によると、容疑者はこの土地の家屋を賃借しているに過ぎず、大家から借りた土地使用権及び住宅所
有権証明書をコピーして書類を偽造していた。
(2) ベトナム政府側の現状認識
上記の問題に対する現状認識について、ベトナム政府側へ聞き取り調査した結果を以下に示す。
 偽造詐欺被害は、正式な手続きに従わない事が原因であると考えている。
 正式な手続きに従わない理由は、行政手続きが複雑で煩雑なことが第一の理由であると考えている。
 政府は行政手続きの簡略化に取り組み、天然資源環境省の国家管理機能範囲に所属する土地分野の
行政手続きの公布に関する通達 1839 号(1839/QD-BTNMT)を規定した。
 通達 1839 号(1839/QD-BTNMT)に従って手続きを行えば、偽造問題は解決できると考えている。
 土地取引における契約の承認は公証事務所が行っている。
 売買契約を結ぶには買主・売主の両者の同意だけでは不十分であり、公証事務所が本当にその土地
を持っているのかを確かめている。
 公証事務所が契約を結べると判断することで契約が成立する。
(2016 年 1 月 20 日 天然資源環境省)
 土地の購入者や抵当権の設定者が契約時点で偽造の有無を確認し、円滑に取引を行うためのサービ
スや制度はない。
 管理制度は複雑で、県と郡でそれぞれ土地使用権及び住宅所有権証明書を発行しており、1 つの土
地について 2 人に土地使用権及び住宅所有権証明書を発行してしまったことがある。
 土地使用権及び住宅所有権証明書を確実に発行するためには、県レベルと郡レベルの土地使用権登
録所を統合する必要があると考えている。
(2016 年 3 月 9 日 天然資源環境省)
3.1.1.2 土地使用権及び住宅所有権証明書を使わない土地取引問題
(1) 事例
土地使用権及び住宅所有権証明書を使わない土地取引問題に関する報道の内容を以下に示す。
土地使用権及び住宅所有権証明書が未交付6
Hồ Chí Minh 中央直轄市の各区、郡における数十万の土地区画は、政府公認の登録手続きを行わず、
販売者と購入者間で作成された手書き文書による契約で販売されており、これらの土地は土地使用権
5
VIET JO WEB サイト 2009/2/11「銀行融資手続きで書類偽造が横行 注意呼びかけ」から引用
天然資源環境省 WEB サイト 2014/12/15「Hồ Chí Minh 中央直轄市:約 10 万筆が土地使用権及び住宅所有権証明書未交付」から
引用
6
9
及び住宅所有権証明書交付条件を満たしていない。また、非公式な手書き文書の契約書に基づく売買
は、税収に多大な損害を与え、個人による勝手な土地の再分割は市の全体計画を阻害している。
(2) ベトナム政府側の現状認識
上記の問題に対する現状認識について、ベトナム政府側へ聞き取り調査した結果を以下に示す。
 都市部は地価が高騰しており、転売目的の投資者が財政義務を免れるために非公式な文書によって
取引するケースがある。
 地価の低い地域等では、土地使用権及び住宅所有権証明書がなくても良いと土地使用者が考えてい
るケースもある。
 土地使用権及び住宅所有権証明書の手続きが複雑すぎることも原因である。
(2016 年 1 月 20 日 天然資源環境省)
3.1.1.3 土地使用手続きの遅延問題
(1) 事例
土地使用権手続きの遅延問題に関する発表や報道の内容を以下に示す。
a) 土地使用権手続きの遅延7
全国で実施した調査によると、土地使用権手続きに約 34 パーセントの市民が 100 日以上かかり、そ
のうち 8%は 100 日から 720 日かかったと回答した。 土地使用権手続きを規定する法律では、最大で
30 日とされている。行政手続きの面でも、国民の満足度はほぼ改善していない。
b) 土地使用権及び住宅所有権証明書の交付の遅延8
Sơn La 県の一部地域では予算不足等により土地使用権及び住宅所有権証明書の交付が遅延してい
る。 現在、測量と地籍図の作成及び土地使用権及び住宅所有権証明書交付の実施にかかる 1150 億ド
ンの経費に対し、県人民委員会による支援は合計でわずか 200 億ドンである。予算不足により、コン
サルティング事業団等が継続的な事業を実施できず、組織・世帯・個人への証明書交付に遅延が発生し
ている。
(2) ベトナム政府側の現状認識
上記の問題に対する現状認識について、ベトナム政府側へ聞き取り調査した結果を以下に示す。
 地籍図測定のための予算が不足している。
 郡レベルの土地管理公務員が不足している。
 手続きに関する新たな制度が頻繁に制定されるが、整合性が取れていないため、正しい事務手続きを
確認するのに時間を要する。
 土地使用権及び住宅所有権証明書の交付については、政府の指示に従って各地方が全力で交付に取り
組んでいる。しかし、資金不足や地籍図が未完成などの原因によりあまり進んでいない。
 制度の不整合は一度に変更できないため、少しずつ取り組んでいる。
(2016 年 1 月 20 日 天然資源環境省)
7
8
国連開発計画 WEB サイト 2015/4/14「最新の調査:ガバナンス改革は遅いペースで進む」から引用
天然資源環境省 WEB サイト 2015/8/11「Sơn La 県:土地使用権証明書交付事業に加速」から引用
10
 土地の測量、地籍図作成、土地使用権及び住宅所有権証明書の交付などの業務を行うための資金が
不足しており、地籍 DB の構築が中断している。
 DB 構築は地域によって大きな差があり、Hải Phòng 中央直轄市のほとんどの地域では紙を正本とし
て管理している。
 インフラ、技術、人材等多くの面で十分でない。
 Hải Phòng 中央直轄市をはじめとしたベトナムの土地管理分野を日本の技術と資金で支援してほし
い。
(2016 年 1 月 21 日 Hải Phòng 中央直轄市土地登録所)
 ベトナムの土地管理分野は未成熟である。日本の支援で改善して欲しい。
(2016 年 1 月 21 日 Hải Phòng 中央直轄市天然資源環境局)
 地籍図がなくても赤本の交付はできる。地方によって異なるが、いくつかの文書が揃うと交付ができ
る。
 職員のスキル不足によって手続きが遅延してしまっているケースが考えられる。
(2016 年 3 月 9 日 天然資源環境省)
3.1.1.4 土地収用の遅延問題
(1) 事例
土地収用の遅延問題に関する報道を以下に示す。
a) 南北国道 1A 拡張プロジェクトの遅延9
土地明け渡しのための補償金額の不足により、中央に位置する Phú Yên 県 – Bình Định 県を通る南
北国道 1A を拡張するプロジェクトが遅延しており、非難を浴びている。県人民委員会の副議長は、
『土
地の明け渡しはこの 2 つの地域の土地使用権の明確化、資産価値、補償に起因する。
』と述べた。
『補償
は一番重要なもので、我々は現地住民が移住するために支払う必要があるが、実際の支払いは当初承認
された金額よりも高くなっており、住民に補償することが難しくなっている』と述べた。
b) 石炭開拓・建設材料生産プロジェクトへの非難10
石炭開拓・建設材料生産のプロジェクトにおいて、20 世帯が土地収用による補償金を受け取らずに、
県人民委員会や中央政府を非難している。中央国民応接機関(政府検査局)が発表した全国の非難総計
に占める土地分野の割合は 65~70%を占めている。
過去一年間の天然資源環境省宛てに送られた非難件
数において、土地分野に関する訴えが 98%を占めている。
9
10
Viet Nam News WEB サイト 2014/10/13「高速道路は補償不足により交通渋滞」から引用
ベトナム国家音声放送局 WEB サイト 2015/11/16「土地分野の非難が大量」から引用
11
(2) ベトナム政府側の現状認識
上記の問題に対する現状認識について、ベトナム政府側へ聞き取り調査した結果を以下に示す。
 次のような訴えにより、住民の合意を得るのに時間がかかる。
a) 補償金額が実態に合わず、金額に不満がある。
(県や郡により補償金額が異なる、収用後に地価が高騰するが補償金額は安い等)
b) 再定住先に不満がある。
c) 職業訓練支援に不満がある。
 補償金額の算出に時間がかかる。
 資金不足により、補償金の用意や再定住先の整備等ができない。
 補償や再定住に関する新たな制度が頻繁に制定され対応できない。
 補償の対象者を特定するのに時間がかかる。
 宅地と農地では補償金額が数百~千倍違うため不公平感を感じやすい。
 隣接地でも県や郡が異なると地価が大きく異なる。
 制度が土地収用者を満足させられていないため、どのように解決できるかを検討している。
(2016 年 1 月 20 日 天然資源環境省)
 古くから使用している土地については、過去の制度では土地情報の管理が不十分であったため、必
要な情報が管理されていないケースがある。
 権利者が不明確であることも遅延の要因となっている。
 土地法(45/2013/QH13)と下位規範(議定や通達など)に矛盾があり、どちらに従うべきかを市毎
の判断のもと実施している。
(2016 年 1 月 21 日 Hải Phòng 中央直轄市天然資源環境局)
3.2 土地管理に係る他の関係者の動向
平成 25 年度調査事業で明らかになったとおり、
ベトナムには土地管理アプリケーションに関係のある 3
つの既存プロジェクトが存在する。世界銀行プロジェクトは、現在 VLAP と呼ばれる第 1 フェーズを完了
し、VILG と呼ばれる第 2 フェーズにおいて新たな土地管理アプリケーションの構築を計画中である。
KOICA プロジェクトは、2015 年に土地管理アプリケーションのパイロットシステムの構築を完了してい
る。本項では、これらの既存プロジェクトの最新の動向を示すとともに、KOICA プロジェクトを例にと
り、本事業との事業実施範囲の違いを示す。
3.2.1 土地管理アプリケーションに関係のある既存のプロジェクト
土地管理アプリケーションに関係のある 3 つの既存プロジェクトについて、天然資源環境省からのヒア
リング結果に基づき、最新の動向を以下に示す。
12
表 3.2.1-1 土地管理アプリケーションに関係のある既存のプロジェクト
世界銀行プロジェクト
土地に関する国家 DB 構築
KOICA プロジェクト
(VLAP 及び VILG)
プロジェクト
フェーズ 1
総額 1 億 USD
総額 420 万 USD
[内訳]
・世界銀行による融資
7,500 万 USD
資 ・自己資金
2,500 万 USD
金
規 フェーズ 2
模 総額 1 億 8,000 万 USD
不明
[内訳]
・韓国による ODA
350 万 USD(無償支援)
・自己資金
70 万 USD
[内訳]
・世界銀行による融資
1 億 5,000 万 USD
・自己資金
3,000 万 USD
フェーズ 1
期 2008 年~2015 年 6 月
間 フェーズ 2
2016 年~2020 年
2013 年 12 月~2015 年 2 月
フェーズ 1
以下の 9 県
・Hà Nội
・Hưng Yên
・Khánh Hòa
範 ・Bến Tre
囲 ・Tiền Giang
以下の 2 県
・Đà Nẵng
天然資源環境局と Hải Châu
郡の土地登録所
・Thái Bình
・Quảng Ngãi
・Bình Định
・Vĩnh Long
・ 次フェーズ(2015 年~2020 ・ 結果に基づいて、次フェーズ
年)の実施を提案している。
(2016 年~2018 年)の実施
を決定する。
・Bắc Ninh
天然資源環境局と Từ Sơn 市
の土地登録所
フェーズ 2
33 県
フェーズ 1
シ ①ViLIS 1.0 から 2.0 へ更新。
ス ②土地使用権者等を第三者に公
テ
示可能とする。
ム
③全国統一の視点でのシステム
の
設計、構築は実施しない
構
(県レベルの範囲内でシステム
築
を設計、構築する)
。
2013 年~2015 年
以下の順序で対象地域を拡大
する。
①以下の 3 県
・Hải DươngのKim Thành郡
・Quảng Bình の Bố Trạch 郡
・Kiên Giang の Phú Quốc 島
②VLAP の対象の県・市
③代表的な 41 郡
④Đồng Nai、Hồ Chí Minh 配
下の代表的な 2 郡
① 多目的土地管理システムを
設計する(16 モジュール)。
② 多目的土地管理システムの
①KOICA プロジェクトの多目
的土地管理システムの設計
結果を使用する。
パイロットシステムを構築
②中央と地方レベルを支援す
し、Đà Nẵng、Bắc Ninh と
る土地管理システムを構築
土地管理総局で試験運用す
する。
る。
13
世界銀行プロジェクト
(VLAP 及び VILG)
土 フェーズ 1
地 9 県で土地 DB を構築。
D
B
の
構
築
・
標
準
化
フェーズ 1
行わない。
デ
|
タ
統
合
・
同
期
デ フェーズ 1
| ① 土地管理総局の土地情報保
タ
管センターを活用。
セ
ン ② データ統合センターの構築
を計画中。
タ
|
KOICA プロジェクト
行わない。
土地に関する国家 DB 構築
プロジェクト
天然資源環境分野のDB構築プ
ロジェクトの下位プロジェク
トとして、以下の DB を構築。
① 稲栽培用地 DB を構築。
② 中央のデータ源(統計、検
定、企画等)から土地 DB
を構築。
中央
(土地管理総局)
と地方
(Đà ① VLAP フェーズ 1 の 9 県を
Nẵng、Bắc Ninh)の実験同期
標準化、統合。
モジュールを構築。
② 地籍標準に従っていない地
方 DB を標準化、統合
(Đồng Nai、Hồ Chí Minh の
代表的な 2 郡)
。
③ 全体プロジェクトの代表的
な 44 郡の DB を統合。
④ 測量及び地籍ファイル構築
がほぼ完成した郡を統合、同
期(Hải Dương、Quảng
Bình、Kiên Giang 配下の代
表的な 3 郡)
。
VLAP プロジェクトのデータ
統合センターを活用。
行わない。
フェーズ 1
国内外で以下の教育を実施。
①データ統合に関する教育を中
9 県配下の26 郡の土地登録所に ①地籍図測定・土地登録・土地
央と県レベルで実施。
対して、ViLIS2.0 の教育を実
管理システムに関する3コ
②基本ソフトウェア、開発ツー
施。
ースを韓国で実施。
ル、GIS に関する教育を中央
人
レベルにおいて実施。
②VietLISソフトの使用・管
材
理・運用について3コースを ③システム設計、データ収集方
育
ベトナムで実施。
法、システム保守運用に関す
成
る教育を中央レベルにおい
1コースは韓国で45日間実施
て実施。
し、残りのコースは実験が完
了後、ベトナムでシステム利
用に関する教育を実施。
14
世界銀行プロジェクト
(VLAP 及び VILG)
イ
ン
フ
ラ
機
械
設
備
KOICA プロジェクト
土地に関する国家 DB 構築
プロジェクト
フェーズ 1
実証実験のためのサーバ、端末 VLAP や他プロジェクトで投
県レベルの 9 登録所と郡レベル 等を整備。
資及び整備された設備を使用。
の 39 登録所において、インフラ
機械設備を整備。
フェーズ 1
制 2013 年土地法の施行を案内す
度 る文書を作成。
土地に関する国家 DB の管理、
運用に関する法的文書を作成。
‐
15
3.2.2 KOICA プロジェクトの調査結果
KOICA プロジェクトに関する調査は、天然資源環境省への聞き取り調査によって実施した。
調査により明らかになった KOICA プロジェクトの概要と中長期計画の内容及び想定される課題は、以
下のとおりである。
(1) プロジェクト概要
① 実施施策
KOICA プロジェクトとは、2013 年 9 月に韓国とベトナムの間で「空間情報データインフラ及び土地行
政分野の協力に関する覚書」を締結し、KOICA の支援により 2015 年 2 月まで 18 ヶ月間に渡り以下の施
策を実施したプロジェクトである。






中長期システム構築戦略とロードマップの策定
土地関連法制度と土地管理業務手順の改善
パイロットシステムの開発・試験運用
システム構築・運用に必要なハードウェア、ソフトウェアの導入
専門家(システム構築の専門家、土地管理行政の専門家等)の派遣
土地管理アプリケーション運用・活用のための教育と技術移転
② システム設置拠点
システムの設置拠点は県レベル毎とし、将来的に 63 の県レベルの地方へシステムを設置し、県レベル
毎に作られた県土地 DB を中央土地 DB に統合することが提案されている。
図 3.2.2-1 KOICA の提案するシステム設置拠点案
KOICA プロジェクトで構築したパイロットシステムを試験的に導入した機関は、中央は土地管理総局、
地方は Đà Nẵng 中央直轄市及び Bắc Ninh 県の土地登録所である。現在、Đà Nẵng 中央直轄市は ViLIS、
Bắc Ninh 県は ELIS と呼ばれるそれぞれ異なる土地管理アプリケーションを導入している。試験運用期
間は、これらの既存の土地管理アプリケーションとパイロットシステムを並行運用し、KOICA プロジェ
クトが構築したパイロットシステムを新たな土地管理アプリケーションとして運用可能か、実現可能性等
の評価を行った。なお、正式なシステム構築の展望については、天然資源環境省において検討中である。
16
③ システム機能概要
KOICA プロジェクトでは、土地情報の多目的な活用を可能とする「VietLIS」と呼ばれるシステムを既
存の土地管理制度に従って構築することを提案している。また、ベトナムの中長期システム構築戦略とし
て、2020 年までに VietLIS を 16 種類のアプリケーションからなる多目的土地管理システムとすることを
提案している。KOICA プロジェクトでは、これら 16 種類のアプリケーションのうち、以下の 4 種類のア
プリケーションから構成されるシステムを VietLIS のパイロットシステムとして構築した。




土地空間情報管理アプリケーション
土地管理アプリケーション
データ統合・同期化アプリケーション
土地情報サービスアプリケーション(E-Portal)
(2) 中長期計画の内容
ベトナムの中長期システム構築戦略として KOICA プロジェクトで提案されている VietLIS の展開フェ
ーズと、VietLIS を構成する 16 種類のアプリケーションの機能概要を以下に示す。
表 3.2.2-1 VietLIS の展開フェーズ
実施内容
展開フェーズ
初期フェーズ
(~2015 年)
1. 土地管理アプリケーション構築戦略を立案
2. 試行プロジェクト実施
(1) 土地管理アプリケーションの構築
(2) DB 標準化、構築
(3) 土地管理アプリケーション構築のための法律及び案内文書の整備
拡張フェーズ
(~2018 年)
1. 土地 DB を拡張
2. システムを拡張
(1) 中央の土地政策支援アプリケーション
(2) 地方の土地業務支援アプリケーション
安定フェーズ
(~2020 年)
1. どこでもいつでも利用可能な土地情報サービスの構築
2. 全国の土地管理アプリケーションを安定化
17
表 3.2.2-2 VietLIS を構成するアプリケーション
№
アプリケーション名
機能概要
地方で管理するアプリケーション
1
土地空間情報管理
アプリケーション
2
土地管理アプリケーション  土地、土地に固着する関連財産を登録する。
 空間データ(地図)や属性データ(位置、面積等)を管理する。
3
地価管理アプリケーション  地価枠、地価表に基づいた地価評価業務支援により、土地区画毎の
詳細地価を確定する。
 土地区画データ・地価表・市場地価・過去データ等を管理する。
 地価図を作成する。
4
土地統計・検定管理
アプリケーション
 土地使用現状統計・検定データ作成、統計報告作成、土地使用現状
図作成、統計分野図作成、履歴管理、統計分析等の業務を支援する。
 地質、潜在力、汚染状況、地価等を反映するデータ、報告、分野図
を管理する。
5
土地使用企画・計画管理
アプリケーション
 土地使用企画・計画を作成、分析する。
 土地使用企画・計画図を作成する。
 土地使用企画・計画の管理、土地使用企画・計画の現状の管理、土
地使用企画計画の手順管理を行う。
 国防等の目的に合わせて土地を交付する。
6
地方における VietLIS 管理  システム使用者の登録、ログイン状況/使用状況/運用状況を管理
アプリケーション
する。
7
土地情報共有
アプリケーション
 土地行政業務用データ(地籍簿、地籍図、土地使用企画計画図、行
政図等)の作成/修正/更新/保管を行う。
 県管轄関連機関・部門へ土地情報を共有する。
中央で管理するアプリケーション
8
データ統合・同期化
アプリケーション
 各県レベルで作成した土地 DB と、中央で管理する土地 DB を統合
し同期化する。
9
土地 DB 管理ソフト
 中央で管理する土地 DB の使用者登録状況、アクセス状況、使用状
況等を管理する。
10 土地登録政策支援
アプリケーション
 全国の土地登録状況を監視し、その統計データから土地登録業務の
決定を支援する。
 土地登録現状データを使用し、状況を分析して土地需要推測業務を
支援する。
11 地価政策支援
アプリケーション
 地価枠、地価表に基づき、土地使用権の価値を評価し、土地区画毎
の詳細地価評価業務を支援する。
 土地区画情報、市場地価、過去の地価に関するデータを管理する。
18
№
アプリケーション名
機能概要
 標準地図の作成、標準地価の確定を行う。
12 土地統計・検定政策支援
アプリケーション
 全国のデータを統合した上で、土地統計・検定現状を監視し、実状
と定期比較する。
 地域、年月に沿った統計・検定データを構成し、関連業務のための
データにする。
13 土地使用企画・計画政策
支援アプリケーション
 全国の土地使用現状を監視し、土地使用企画・計画業務と土地開発
需要推測を支援する。
 現状の監視により土地使用企画・計画に対する実状を把握し、関連
する決定の公布を支援する。
 土地使用の分析、土地使用企画・計画の立案、土地使用企画・計画
図の作成を支援する。
14 土地情報サービス
アプリケーション
(E-Portal)
 土地区画情報、土地使用権及び住宅所有権証明書情報、手続きの処
理状況等をインターネットで国民へ公開する。
15 土地情報取引
アプリケーション
 中央省庁の要求に応じ、全国あるいは行政単位での土地情報を提供
する。
16 中央における VietLIS 管理  システム使用者の登録、アクセス状況、土地政策管理アプリケーシ
アプリケーション
ョン使用状況を管理する。
 データのバックアップ/復元を行う。
(3) KOICA プロジェクトの課題
本調査により、KOICA プロジェクトはベトナムにおける既存の土地管理制度を基に実施されるプロジ
ェクトであり、新たな制度整備は目的としていないことが明らかになった。
平成 25 年度調査事業での結果を整理すると、土地管理行政は、どの国においても「物理的要素」及び
「非物理的要素」という 2 つの管理要素を、
「ガバナンス的観点」及び「経済活動の安全性確保の観点」
という 2 つの観点から捉えて行われるものである。
表 3.2.2-3 土地管理行政における管理要素及び観点
管理要素
物理的要素
非物理的要素
観点
ガバナンス的観点
経済活動の
安全性確保の観点
不動産の位置関係、大きさ、属性のような視覚可能な要素のこと。
不動産に関する権利(使用権、所有権、抵当権等)のような視覚不可能な
要素のこと。
国による国土管理の観点のこと。
その不動産を利用して国民が安全に取引や事業が行えるようにする観点
のこと。
19
ベトナムにおける現行の法制度は、主に「物理的要素」を「ガバナンス的観点」から捉えたものであり、
「経済活動の安全性確保の観点」での特に「非物理的要素」の管理に改善の余地が多く見受けられる。そ
のため、現行の法制度を基に実施される KOICA プロジェクトでは、全ての範囲をカバーすることができ
ないと考えられる。この問題を解決するためには、土地管理に関する新たな制度を整備するとともに、そ
の制度を基にした土地管理システムを導入する必要があると考えられる。
観点
物理的要素
ガバナンス的観点
経済活動の安全性確保の観点
(国による国土管理)
(不動産を利用した安全な事業や取引)
KOICA プロジェクトの
実施範囲
(不動産の位置関係,
大きさ,属性等)
(現行の法制度の範囲)
管理
要素
KOICA プロジェクトの
実施範囲外
(新たな制度整備が
必要な範囲)
非物理的要素
(不動産に関する権利)
図 3.2.2-2 KOICA プロジェクトの実施範囲
20
3.3 経済・社会効果分析
平成 25 年度調査事業で提案した本事業の実現によりベトナムにもたらされる経済・社会効果を以下に
示す。
3.3.1 経済・社会効果分析の前提事項
平成 25 年度調査事業の結果として明らかとなった、物理的要素だけでなく非物理的要素も含めた管理
を実現し、新たな法制度の整備を行うとともに、整備した法制度を実現するための IT システムの整備を
行うことを前提とする。なお、整備する IT システムの具体的な機能等については、平成 25 年度調査事業
の報告書におけるシステムを前提とする。
これらの前提事項を踏まえ、本章では、ベトナムにおいて土地管理システムを導入した場合の経済・社
会効果に関して定量的把握を行う。
3.3.2 土地管理システム導入によるベトナムへの経済・社会効果
図 3.3.2-1 は、本調査事業の土地管理システムの経済・社会効果評価の考え方を示している。土地管理
システム導入の効果に関しては、土地関連税収の確実な徴税による税収増に注目される傾向にあるが、本
調査事業では、企業が投資判断・戦略策定を行う上での土地関連情報の提供による生産性向上に関しても
考慮を行っている。詳細に関しては後述するが、税収増及び生産性向上という直接的な土地管理システム
導入による効果が、ベトナムに対してどのように波及するかに関しても検討を加えた。
図 3.3.2-1 土地管理システムの経済・社会効果の考え方概要
3.3.2.1 土地・建物税収の着実な確保
IMF(2014)が指摘(図 3.3.2.1-1)するように、昨今、ベトナムはその経済成長と比して、政府収入
は低下している。政府収入の低下は、低い原油価格及び法人税減税などに起因している。現状では、ベト
ナムの財政バランスは危険水域ではないが、
今後 TPP への参加による関税収入の減少が見込まれており、
税収減はより一層すすみ財政バランスを危険水域へと追いやる危険性がある。このような状況において、
経済成長を損なうことなく安定的な税収確保が必要となっている。
21
政府収入
(GDP 比%)
年
図 3.3.2.1-1 政府収入の変化(GDP 比%)11
土地使用税
土地賃借収入
11
12
International Manetary Fund より引用
Government Statistics Office, Vietnam 等を参考に作成
22
83.71%
2015
85.33%
2013
図 3.3.2.1-2 土地関連税収に示す各関連税シェア12
84.77%
83.28%
2012
国有建物の売却
2014
85.47%
2011
88.30%
2009
88.40%
75.43%
2008
農地使用税
2010
79.57%
2007
79.24%
2005
80.67%
%
80.72%
2004
土地使用権移転税
2006
76.12%
2003
12.34%
51.84%
2002
17.34%
39.85%
2001
38.62%
22.09%
2000
41.50%
19.20%
1999
42.32%
17.31%
1998
37.01%
21.13%
1997
1996
27.27%
44.22%
土地関連税収に注目すると、ベトナムの土地関連税収は 2000 年頃までは農地への課税が 40%程度を占
めていたが、土地使用税へとその税体系はシフトしていった。資産税としての土地関連税のシェアが低い
のがベトナムの特徴であり、多くの税収はイベント型といわれる毎年継続的に徴収されるものではなく、
一過性のものである(図 3.3.2.1-2)
。このことは、税収の安定性・予見性に大きな影響を与えると同時に、
詳しくは後述するが土地使用権者が土地を有効活用するインセンティブが損なわれるという問題がある。
不動産税
VCCI and USAID (2015)によると、外資系企業がベトナムへ進出する理由として、安い労働賃金、
低い法人税を挙げる企業も多く、次の成長へシフトするには単に費用の低さによる優位性のみではなく、
ベトナムが潜在的に有する生産性をいかにして引き出すかが、長期的な持続的経済成長に必要不可欠であ
る。
税収は以下の式で示すことができる。捕捉率は実際に課税対象となるもののうち何%を補足できている
かを示し、徴税率は補足した対象のうち何%から税金を徴収しているかを示す。価値評価率は、課税対象
価格と市場価格の乖離を示している。
表 3.3.2.1-1 は実際に税収と土地管理システム導入によって期待でき
る税収を比較したものである。土地管理システムの導入は、式(1)で示した捕捉率、徴税率、価値評価率を
限りなく 1 へと近づけることが可能となる。これにより、土地建物税の GDP 比がわずかに 0.057%であ
ったのが、0.489%へと大幅に上昇する。多くの国でこの比率は 0.5%程度であり、土地管理システムによ
り安定的に土地税収の確保が可能となる。
土地・建物資産税収= 課税対象 × 税率 × CR × CoR × VR
(1)
CR: Coverage Ratio (捕捉率)
CoR: Collection Ratio(徴税率)
VR: Valuation Ratio (価値評価率)
表 3.3.2.1-1 土地税収への影響(2008)
単位
GDP
土地税
建物税
土地建物税
実績値との差
土地建物税 / GDP
10 億
10 億
10 億
10 億
10 億
前提
CoR*CR
VR
実績値
VND
VND
VND
VND
VND
潜在値
1,215,285
698
0
698
0.057%
1,215,285
5,946
0
5,946
5,248
0.489%
0.3
0.4
1
1
土地関連税収増は単なる税負担の増加ではなく、土地所有者の土地の経済効率的な活用を促すという経
済生産性の観点とインフラ整備による便益は土地価格として反映されるのが一般的であり、政府によるイ
ンフラ整備の受益者負担としても合理性がある。
3.3.2.2 土地管理システム導入による不動産情報の透明化と生産性
不動産情報の透明性は、不動産取引、不動産所有、当該地での操業判断に大きな影響を与える。これら
の判断を目的に不動産透明性のインデックスとして広く使われている Jones Lang LaSalle(2014)によ
るとベトナムは 104 ヵ国中 68 位であり、また透明性の 6 カテゴリーのうち 5 番目に不透明性の高いカテ
ゴリーに属している。事実、ベトナムにおいて、土地の物理的状況や権利関係が明確でないことから、土
地利用を円滑にできず、住宅用地の整備や企業の用地確保などの妨げとなっている。都市部においても土
地収用に多くの時間を要することから道路建設等の公共事業の実施に支障が生じている。また、ベトナム
への進出を検討している日本企業も、事業用地を取得するにあたって、土地の権利関係が不明確であるこ
23
と、行政手続きが不透明であることなどを進出の阻害要因として挙げており、海外直接投資を引き付ける
上でも透明性の確保は喫急の課題となっている。
土地管理システム導入による透明性確保による効果に関しては、厳密には事後的に評価する必要がある
が、ACIL Tasman(2008)によると、陸運部門、電力・ガス・水道部門といったインフラ系でそれぞれ
1.58%、1.25%の生産性向上が期待でき、また土地情報が直接影響を与えると思われる建設部門でも 0.5%
の生産性向上が期待できる。
3.3.2.3 一般均衡モデルの概要
本調査事業では、土地管理システム導入によるベトナム経済への波及効果を評価する手法として一般均
衡モデルを用いた。本調査事業で取り上げている生産性向上と税収増を一般均衡モデルへインプットする
ことで経済への波及効果を評価することが可能である(図 3.3.2.3-1)
。
CGE(一般均衡)モデル
図 3.3.2.3-1 一般均衡モデルを用いた波及効果の評価
一般均衡モデルを用いた分析は、当初は貿易自由化による経済への波及効果のために使われたが、現在
では各政策の当該経済への波及を評価するために活用されている。特徴としては、図 3.3.2.3-2 に示すよう
に、お金の流れとモノの流れが需要と供給でバランスをとっている点であり、そのため波及効果の評価が
可能となる。
24
図 3.3.2.3-2 モデル内でのアカウントバランス
本調査事業では、政府の支出入及び労働部分に対してベトナムの特殊性を反映することで、シミュレー
ション結果に具体性を与えている(図 3.3.2.3-3)
。
図 3.3.2.3-3 ベトナムの特殊性の反映
また、ベトナム経済における輸出入の割合が非常に高いため、一般均衡モデルについて一国を対象とし
たものではなく表 3.3.2.3-1 の国・地域を対象としたモデルとすることで、貿易効果に関しても評価可能と
した。
25
No
1
2
3
4
5
国名
ベトナム
中国
インド
日本
韓国
表 3.3.2.3-1 国・地域区分
No 国名
6 その他アジア諸国
7 アメリカ
8 カナダ
9 オーストラリア
10 EU15 ヶ国
No
11
12
13
14
15
国名
ロシア
中央ユーロッパ
残りの併合地
南米
その他
3.3.2.4 土地管理システム導入によるベトナム持続的経済成長への貢献
「3.3.2 土地管理システム導入によるベトナムへの経済・社会効果」に述べたように、土地管理
システム導入による効果として、生産性向上と税収増の二つの便益がある。生産性向上と税収増の両方を
考慮した場合、
土地管理システムの導入はベトナムの GDP を 1.53%押し上げる効果がある
(表 3.3.2.4-1)
。
これは、TPP による経済効果を試算した複数の研究結果(表 3.3.2.4-1 の事例①②)と比較しても同程度
以上の効果であり、土地管理システムは TPP と同等レベルで語られるべき政策課題と言える。土地管理
システム導入による GDP の押し上げは、投資の増大(7.74%)の役割が大きく、生産性の向上による企
業収益の上昇が国内外からより多くの投資を引き付けている結果と言える。税収増は国内で消費に回すお
金が増えるともいえ、本シミュレーション結果でも消費が 2.58%増加している。輸出が 2.54%低下してい
るが、これは賃金の上昇及び投資の利益率上昇による国内消費の増大を満たすために、国内生産を輸出で
はなく国内消費を満たすために国内に振り向けた結果であり、国内産業の国際競争力の低下を意味してい
るわけではない点に注意が必要である。この結果から、土地管理システムの導入による経済成長は、ベト
ナム経済を内需及び投資主導型へと大きく変化させる。
本シミュレーションでは、さらに社会的側面として賃金への効果も評価している。生産性向上、税収増
の波及効果により、熟練労働者、非熟練労働者の実質賃金がそれぞれ 1.94%、2.06%上昇する。熟練、非
熟練労働者ともに実質賃金の上昇は、直接貧困削減へとつながり、土地管理システム導入は経済的側面の
みならず、社会的側面でも大きな便益をもたらすことが期待できる。
参考までに、生産性向上のみの場合と税収増のみの場合におけるベトナム経済への効果に関しても試算
を実施した。生産性向上のみを考慮した場合には、生産性向上及び税収増の両方を考慮した場合よりも、
GDP への効果は 1.39%とわずかに低減するが、経済への波及効果のメカニズムに関しては同じであり、
投資増、消費増が経済のけん引役となる。事実、TPP の経済への効果と比較しても生産性向上の効果は比
肩する。税収増のみに注目した場合には、GDP への効果は 0.13%と微増にとどまる。
TPP 参加による関税収入の減少、法人税減税による法人税収減、昨今の原油価格下落による原油収入の
低下など、ベトナム政府収入の減少が予見される現状において土地関連税の増収は持続的税収において重
要である。しかし、経済成長の側面では、企業の経済活動の生産性をいかにして高めるかが重要である。
土地管理システムの導入による生産性向上には、経済活動の主体者に対して投資・経営判断に直接資する
情報の提供が必要であり、このことから、土地管理システムには、土地の位置関係,大きさ,属性といっ
た物理的情報はもとより、投資・経営判断に直結する土地に関する権利といった非物理的情報をいかにス
ムーズに提供できるかが重要となる。
26
表 3.3.2.4-1 経済波及効果
(%)
生産性向上
+
税収増
マクロインデックス
GDP
消費
投資
政府
輸出
輸入
実質賃金
熟練労働者
非熟練労働者
生産性向上
税収増
1.53
1.39
0.13 GDP
2.58
7.74
2.12
-2.54
1.43
1.70
6.28
1.18
-1.44
1.08
0.88
1.48
0.94
-1.11
0.34
1.94
2.06
1.41
1.67
0.51
0.38
TPP
事例① 事例②
0.8113
1.0314
備考:基礎シナリオからの乖離率(%)
13
14
Areerat et. al., (2012): This simulation assumes that Vietnam, Australia, New Zealand, Peru, Singapore and USA make TPP
agreement
Hang et. al., (2015): This simulations assumes tariff removal for TPP partner countries
27
3.3.2.5 土地管理システムの地域レベルでの便益
土地管理システム導入によって、ベトナムの国全体での経済及び社会的効果に関して解説を行ってきた
が、地域によって大きな効果の差異があれば、ベトナムの持続的な経済発展に寄与しているとはいえない。
そこで、一般均衡モデルにおける分析対象をベトナムの国全体からさらに県レベルにまで詳細化を実施し、
県レベルでの経済・社会効果の評価を実施した。
各県における GDP への効果を分析した結果は、図 3.3.2.5-1 のとおりである。全ての県において GDP
は増加しており、土地管理システムは Hà Nội 中央直轄市や Hồ Chí Minh 中央直轄市等の都市部だけでは
なく、全ての県においてプラスの効果が期待できる。
図 3.3.2.5-1 県レベルでの GDP への効果
土地管理システムを導入することによる一人当たりの収入への効果については、
図 3.3.2.5-2 に示すとお
り、全ての県で 1.8~2.0%増が期待でき、雇用の側面からも全ての県において公平性が高いシステムであ
るといえる。生産性向上が新たなるビジネス機会を創出することとなり、それに伴い投資が拡大する。投
資の拡大は、雇用機会増へとつながり、賃金上昇へとつながる。
28
図 3.3.2.5-2 一人当たりの収入変化とサービス化との関係
全ての県において、一人当たりの収入が増加することは、直接貧困削減につながる。具体的には、ベト
ナム全土で 37 万人が貧困から抜け出すことが期待でき、図 3.3.2.5-3 に示すとおり、全ての県において貧
困削減につながる。
貧困削減(人数 1000 人単位)
図 3.3.2.5-3 県レベルでの貧困削減
29
4 提案
調査結果の内容を踏まえ、ベトナム政府への提案として、本事業を実施する上で整備すべき土地管理制
度及び IT システムと、既存プロジェクトの活用方法、本事業実施によるベトナム経済への貢献可能性に
ついて整理を行った。
4.1 土地管理制度及び IT システムの整備
本項では、
「3.1 土地管理に関するベトナム側の現状認識」であげた 4 つの問題について、それぞ
れ日本の経験を踏まえた分析をし、土地管理制度及び IT システムの整備という観点から、以下の 3 つの
提案を行う。
 登記簿の電子化及びその内容を公示するための制度・IT システムの整備
 「地籍調査」と「登記簿、公示の制度・IT システムの整備」の分離
 地価査定の基となる情報を収集するための仕組みづくり
4.1.1 登記簿の電子化及びその内容を公示するための制度・IT システムの整備
ベトナムにおける土地使用権及び住宅所有権証明書に基づいた土地使用権登録事務は、かつて日本にお
いて実施されていた地券制度・公証制度に基づいた事務に相当するものと考えられる。したがって、日本
の地券制度・公証制度の問題点と現在施行されている登記制度を調査し、
「3.1.1.1 土地使用権
及び住宅所有権証明書の偽造問題」及び「3.1.1.2 土地使用権及び住宅所有権証明書を使わない
土地取引問題」の分析を行った。
(1) 日本の取り組み
① 地券制度15
地券制度は、政府が旧幕府時代の土地取引の禁令を解除し、金納定額の地租制度にするため、明治 5 年
2 月太政官布告により創設された。
この地券制度は、土地の売買譲渡ごとに地券を交付する方法であって、府県庁がその事務を行い、
「地
券之証」と題して地券を発行していた。そして、地券の交付を受けた土地について売買譲渡を行う場合は、
府県庁に地券の書換えを請求し、旧地券に代えて新地券の交付を受けることとされていたが、同年 7 月に
は、地券の交付範囲が拡大され、売買譲渡等の取引の有無にかかわらず土地の所有者には地券が交付され
て、土地の取引は地券の交付によることが効力発生要件となり、罰則をもって強制されることになった。
その後、明治 12 年 2 月地券に関する事務は府県庁から郡役場に移管され、地券書換えの制度は地券裏書
の制度に改められ、明治 22 年まで存続した。
② 公証制度16
地券制度は、地租改正の準備のために採用されたもので、権利変動の公示を目的とする登記制度として
考えられたものではなかった。
しかしながら、権利関係を明確に公示する制度を確立することについての社会要請が一段と強くなり、
明治 6 年、政府は土地の質入、書入(現在の抵当権)に関する規則を制定し、戸長役場に一定の公簿を備
え、当事者が提出した権利変動に関する契約書(証書)に奥書をした上、公簿との間に割印をすることと
した。その後、政府は、土地を移転したときの地券事務は郡役所において取り扱い、土地及び建物の譲渡、
15
16
公益社団法人愛知県公共嘱託登記土地家屋調査士協会「公共嘱託登記手続の基礎知識(平成 25 年 7 月改訂)
」から引用
同上
30
質入、書入に関する公証は、村町戸長で取り扱うという不便さを解消するため、明治 13 年「土地売買譲
渡規則」を制定し、土地の所有権移転についても公証制度に組み入れることになった。具体的には、証文
に地券を添え村町戸長役場に地券書換願書を差し出すと、戸長は所定の手続を取った上、地券事務を郡役
場に回付する扱いが取られた。
③ 登記制度
公証制度は、公証事件に絡む詐欺事件や公証簿の滅失事件の多発という形で制度の不備、欠陥が露呈し
17、その抜本的な制度改正の必要に迫られた。政府は、明治 14 年、登記制度の立法作業を開始する。
この登記制度は、不動産の表示及び不動産に関する権利を公示するための登記に関する制度について定
めることにより、国民の権利の保全を図り、もって取引の安全と円滑に資することを目的としている。ま
た、公証制度は無料であったが、この新たな不動産の登記制度により、新財源の確保も図った。
この不動産登記法は、明治 19 年 8 月に公布された。
(2) ベトナムの土地使用権登録事務の分析及び改善すべきポイント
① 土地使用権及び住宅所有権証明書の位置付け
現在のベトナムでは、日本の地券と同様に、権利者に交付する土地使用権及び住宅所有権証明書を、不
動産の権利者を特定する唯一の正本として扱っている。このため、土地使用権及び住宅所有権証明書の偽
造により不動産取引が成立してしまう問題は避けられないと考えられる。また、天然資源環境省によると、
土地登録所に保管している情報の公示は公式な手続きが定められておらず、各地方の裁量で行われている
18。そのため、公証事務所が土地使用権及び住宅所有権証明書の真正性を確実に見極めることは困難だと
考えられる。
② 国による登記記録の管理と公示
日本の不動産登記法第 1 条では、
「この法律は、不動産の表示及び不動産に関する権利を公示するため
の登記に関する制度について定めることにより、国民の権利の保全を図り、もって取引の安全と円滑に資
することを目的とする。
」と定められ、取引の安全と円滑には公示が不可欠であるとの認識が示されてい
る。
不動産の権利者の真正性を見極めるためには、土地使用権及び住宅所有権証明書の制度だけでなく、国
が管理する不動産登記記録を正本とする制度の見直しが必要であると考えられる。そして、登記をするこ
とが権利義務を第三者に対抗することができる要件とするとともに、それを公示する制度を整備する必要
がある。これにより、不動産の現在の権利者が誰であるかは誰からも明らかとなり、偽造のリスクが減る
と考えられる。
17
「従来地所建物船舶の売買等は単に区戸長役場に於て公証を与ふるの法なりしを以て奸黠の徒は時に区戸長を欺き或は之と共謀
して二重三重の書入質入を為し遂に債主をして意外の損失を被らしむるが如き弊害なきに非らず近来世の財主が地所建物を以て不
完全なる抵当物と為し之に向て貸付くるを厭ふに至りたる所以に其流質となるに及んで速に貨幣に変化し難きに由ると雖も亦二重
抵当等の詐欺に羅らんことを恐れて之を抵当に取らざるも極めて多きに居るに似たり」
(明治 19 年 8 月 15 日朝野新聞論説)とある
とおり、不動産の質権・抵当権設定等の不動産担保取引が増加し、二重抵当等が多く行われるなかで、担保権設定者による不正事
件が多発した。この結果、国民の公証制度に対する信頼が低下し、不動産担保による金融が縮小し、経済不況の一要因となった。
18
天然資源環境省, 2016/1/20 ワークショップでの聞き取り調査結果より
31
③ 公示する内容、方法についての法制度整備
天然資源環境省によると、日本では登記記録として記録し公示している情報の中に、現在のベトナムで
は管理されていない情報が存在する。取引の安全と円滑のためには、権利の公示内容として、現在管理さ
れていない情報も対象とする必要があると考えられ、その規定の整備も求められる。
国で管理する登記記録を基に、土地・建物の権利関係の情報を広く公示することで、先に述べた土地使
用権及び住宅所有権証明書の偽造、未使用問題の解決策となり得ると考えられる。
国
国
(役所)
国民
(副本)
(正本)
(役所)
国民
交付
公示
偽造のリスク
不動産取引
不動産取引
(正本) (権利者)
(権利者)
(取引相手)
(取引相手)
土地使用権及び住宅所有権証明書
不動産登記記録(権利者を特定する正本)を
(権利者を特定する正本)を権利者に交付
国が管理し、その内容を公示
図 4.1.1-1 登記記録の正本の管理方法
32
4.1.2 「地籍調査」と「登記簿、公示の制度・IT システムの整備」の分離
「3.1.1.3 土地使用手続きの遅延問題」について、日本の地租改正事業及び地籍調査事業を調
査した上で分析を行った。
(1) 日本の取り組み19
明治 6 年 7 月、政府は、地租徴収のため、地租改正法を公布して地租改正事業を挙行した。この地租改
正事業により、一筆ごとに検査・測量して所有者を確定し、所有者に地券を交付するとともに、役所に地
券台帳と地図を備えた。この測量の成果が登記記録の地積の基礎に、この地図が公図の基礎となっている。
地図及び帳簿は、所有権者が自ら測量をし役所に提出していた。提出後、官吏が村に赴いて測量の検査
を行った。官吏の実地検査は、一字地域で 3・4 箇所ないし 5・6 箇所の抽出調査であった。そして、測量
の成果については地形の屈曲や量器の使用によって多少の差異は免れないとして大幅な測量誤差を認め、
面積の検査結果が人民の申告と比べて 300 歩(坪)につき 10 歩内外の差は認めていた。
上記により、日本の地租改正事業は 8 年間という短期間で完成した。これは、旧来の地租を改め新しい
地租体系にすることによって、人民の租税の負担が軽減されるという大きな期待があったこと、地押丈量
(土地の検査と測量)に当たって従来から禁止されていた無届開墾地等について、これをそのまま申告す
ればその罰則を免れた上、その所有権が認められたこと、地租改正後新たに交付される地券によって、人
民の土地所有権が明確になること等の理由により、人民の抵抗がなく、積極的に地租改正事業に協力した
ことによるものと考えられる。
地籍調査は、測量技術の進歩による測量方法の見直しも含め、継続的に行われている。現在も、地籍の
明確化を図ることを目的として進められているが、平成 26 年度末(2015 年 3 月末)時点での進捗率は
51%である。20
(2) ベトナムの土地使用権手続きの遅延の分析と改善のポイント
聞き取り調査の結果から、土地使用権手続きの遅延の問題は、下記の 2 点であると考えられる。
・予算不足、人材不足
・制度の不整合
以下、この 2 点について、分析を行う。
① 予算不足、人材不足
土地使用権手続きの遅延の原因となっている予算不足、人材不足は、地籍調査に問題があると考えられ
る。日本の経験からも地籍調査には時間とコストがかかり、地籍調査の完了後に土地使用権及び住宅所有
権証明書の交付手続きをすると、全ての交付手続きの完了には多大な時間とコストがかかる。
そこで、ベトナムで現在行われている土地管理アプリケーションによる土地 DB の構築とは別に、登記
記録を管理するシステムを構築し、地籍調査の完了したものから、公示を目的とした登記記録の作成と登
記記録を管理するシステムへの移行を並行して行うことが考えられる。登記記録を管理するシステムによ
19
20
新井克美.「登記研究 816 号 P21(地租改正事業とはどういうものか)
」から引用
国土交通省地積調査 Web サイト(2015/3/末)
「現在の全国の地籍調査実施状況」から引用
33
り、土地の権利変動を管理し、公示することで、取引の安全と円滑を実現することが可能となる。
分離実施
地籍調査
登記簿、公示に関する制度及び IT システムの整備
(正確な国土の把握)
(取引の安全のための権利関係の公示行政の確立)
図 4.1.2-1 事業の分離実施
「4.1.1 登記簿の電子化及びその内容を公示するための制度・IT システムの整備」で述べている
公示制度の整備とともに、公示をすることにより手数料を徴収する制度を整備することで、予算不足、人
材不足は解決できると考えられる。
下図で示されるように、物理的要素となる地籍調査よりも権利変動を管理する非物理的要素を正しく管
理し公示することが、経済活動の安全性確保には必須であると考えられる。ベトナムの現状は、これまで
ガバナンス的な観点から、
「物理的要素」の管理のための、土地行政、土地管理アプリケーションの整備
に取組み始めているが、平成 25 年度調査事業を通じ、
「経済活動の安全性確保の観点」での特に「非物理
的要素」の管理に改善の余地が多く見受けられる。
観点
ガバナンス的観点
経済活動の安全性確保の観点
(国による国土管理)
(土地を利用した安全な事業や取引)
物理的要素
(土地の位置関係,
大きさ,属性等)
ベトナムが
現在取り組み始めている領域
社会的ニーズのある
課題領域
管理
要素
非物理的要素
(土地に関する権利)
図 4.1.2-2 土地に関する管理要素と観点(課題領域の位置付け)
② 制度の不整合
土地使用権手続きに関する実際の手続きと制度の不整合の問題については、松本(2015)によると、こ
こ近年、
「法制度の未整備・不透明な運用」がベトナム投資環境上のリスクの筆頭に挙げられる状態がず
っと続いているといわれている。
具体的に言えば、(a)法令相互間、あるいは上位法令と下位の通達との間に齟齬矛盾があり、どちらに従
えば良いのか分からない、(b)法令に規定すべき内容の事前検討が不十分である上、影響を受ける個人・企
34
業に対する周知不足もあって実務と乖離したものが出来上がる、(c)そもそも法令の文言が曖昧である上、
その運用も省庁ごと、地方ごと、担当者ごとにまちまちで統一されていない、(d)新しい法令の内容が行政
窓口に共有されておらず、法令に沿った取扱いを受けられない等々である。21
上記については、法務総合研究所国際協力部及び JICA による「2020 年を目標とする法・司法改革支
援プロジェクト」
(2015 年 4 月 1 日~2020 年 3 月)において、法令相互間の不整合の抑制・是正、法令
の統一的な運用・適用の実現という解決策が進められている。
4.1.3 地価査定の基となる情報を収集するための仕組みづくり
土地収用は、被収用者の意思を無視して強制的に財産権を取得し又は消滅させることができるため、ど
この国でも紛争になりがちである。
土地収用の遅延問題について、日本の現在の土地収用制度に至る経過を踏まえ、分析を行った。
(1) 日本の取り組み
① 日本の土地収用22
日本では土地収用に関して土地収用法が定められているが、現在に至るまで様々な変更がなされている。
土地収用法は、平成 13 年の大改正により事業認定手続をより慎重な手続きとするとともに、収用裁決手
続きについては権利者の保護を図りつつ合理化を図った。これにより、土地収用制度が公共事業の円滑で
効率的実施に貢献することが期待されている。
土地収用制度は、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るために設けられたものである。昭和 42
年改正では、土地に対する補償金額の算定時点を、それまでの裁決時から事業認定告示の時にさかのぼら
せた。また、このことに伴う不利益から権利者を保護するため、土地所有者等は補償金の前払請求をする
ことができるものとした。平成 13 年の法改正では、全体として事業の公益性の認定を行う事業認定庁と
補償金額の確定を行う収用委員会との役割分担が明確にされた。これは、社会経済情勢の変化を踏まえ、
公聴会や起業者による住民への事前説明の義務化などにより事業認定手続きの公正さや透明性の向上を
図るとともに、収用裁決手続の合理的かつ円滑な遂行を確保することで、21 世紀の公共事業を進めるにふ
さわしい土地収用制度の新しいルールの確立を目指したものである。
② 地価の公示
紛争を避けるためには、公正な補償金額を確定し、それを早く公示することが必要である。これにより
住民の理解の促進、円滑かつ効率的な実施の確保が得られる。そのためには、国が予め地価を把握し、公
示することが望ましい。日本では、地価の公示については、地価公示法で定められ、地価公示法第 1 条で
は、
「この法律は、都市及びその周辺の地域等において、標準地を選定し、その正常な価格を公示するこ
とにより、一般の土地の取引価格に対して指標を与え、及び公共の利益となる事業の用に供する土地に対
する適正な補償金の額の算定等に資し、もつて適正な地価の形成に寄与することを目的とする。
」と規定
されている。この地価公示法に基づいて、国土交通省の土地鑑定委員会が、適正な地価の形成に寄与する
ために、毎年 1 月 1 日時点における標準地の正常な価格を 3 月に公示(平成 27 年地価公示では、23,380
地点で実施)を行い、このことが社会・経済活動についての制度インフラとなっている。
21
22
ICD NEWS 第 64 号(2015.9)
「ベトナム法整備だより」から引用
東京都財務局「収用手続き手引き」及び東京都収用委員会事務局「収用制度活用プラン」
(何れも 2011/3)から引用
35
③ 専門家による地価の判定
価格の判定を行う土地鑑定委員会は、二人以上の不動産鑑定士の鑑定評価を求め、その結果を審査し、
必要な調整を行って、一定の基準日における当該標準地の単位面積当たりの正常な価格を判定し、これを
公示している。不動産鑑定士は、地域の環境や社会情勢など諸条件を考慮して適正な地価等を判断する唯
一の資格者である。不動産の市場価値は、単なる「相場水準」だけではなく、経済情勢や所在する地域の
開発動向、その不動産の課せられる建築規制などの公法上の制限の他、形状や面積などの多数の要因が組
み合わさって形成されるため、高い専門的な知識が必要となる。そのため、民法、不動産の鑑定評価に関
する理論、不動産に関する行政法規の知識以外にも経済学、会計学の知識も必要となっている。公益社団
法人日本不動産鑑定士連合会 Web サイトによると、不動産鑑定士は、豊富な実務経験と知識を活かして、
取引例の調査・分析及び物件調査・市場価格などの隣接業務のほか、団体や個人を対象に不動産の利用に
関するコンサルティングなどの周辺業務も行っている。
(2) ベトナムの土地収用の分析と改善のポイント
ベトナムの土地収用の遅延には下記の問題があると考えられる。
・
・
・
・
権利者の特定に時間がかかる。
実態に沿った補償金額の算出に時間を要する。
あらかじめ国民に広く地価が公示されていないため、提示された補償金額に納得できず不満が出る。
「法制度の未整備・不透明な運用」のため、土地収用事業が進まない。
権利者の特定及び「法制度の未整備・不透明な運用」の問題点については、
「4.1.2 『地籍調査』
と『登記簿、公示の制度・IT システムの整備』の分離」に改善策を示した。
補償金額の算出及び地価の公示の問題点については、ベトナムにおいても不動産鑑定士のような専門的
な資格を設けるとともに専門知識をもった人材を育成し、常に不動産の価格を鑑定することが可能な制度
を設けることが望ましいと考える。さらに、土地鑑定委員会のように国で最終的な価格の判定を行い、公
示ができる制度を設けることで、国民すべてに土地の価格が明らかにされ、土地収用における補償金額の
不公平感による不満は生じないと考えられる。
土地
(取引情報)
金額
(権利者情報)
地価査定の基となる情報の収集
国による最終的な地価の決定、公示
図 4.1.3-1 実態に沿った地価の決定と公示
36
4.2 既存のプロジェクトを活用した IT システムの整備
「3.2.2 (2) KOICA プロジェクトの課題」で述べた KOICA プロジェクトの課題は、本事業によ
り、新たな土地管理制度を整備するとともに、その制度を基にした土地管理システムを導入することで解
決可能であると考えられる。一方で、ベトナム政府から、本事業は既存プロジェクトの成果を有効活用し
事業の範囲を重複することなく実施するよう求められている。
そこで本項では、本事業を VietLIS と連携し、KOICA プロジェクトの成果を有効活用しつつ実施する
と仮定した場合について、本事業の実施範囲とアプリケーション機能案を示す。
(1) 本事業の実施範囲
「3.2.2 (2) KOICA プロジェクトの課題」で述べたとおり、現在ベトナムは「ガバナンス的観点」
から捉えた「物理的要素」の管理のための制度整備に取り組み始めており、KOICA プロジェクトはその
制度を基にしたシステムの構築を提案している。本事業は、KOICA プロジェクトの取り組みにおいて十
分でないと考えられる、
「経済活動の安全性確保の観点」から捉えた「物理的要素」と、2 つの観点から捉
えた「非物理的要素」の管理を事業実施範囲とする。また、KOICA プロジェクトと連携実施することで、
事業実施範囲を重複せずに 2 つの管理要素及び 2 つの観点を網羅的にカバーすることが可能であると考え
られる。
観点
物理的要素
(土地の位置関係,
大きさ,属性等)
ガバナンス的観点
経済活動の安全性確保の観点
(国による国土管理)
(土地を利用した安全な事業や取引)
KOICA プロジェクトの
実施範囲
(現行の法制度の範囲)
管理
要素
本事業の実施範囲
(新たな制度整備が
必要な範囲)
非物理的要素
(土地に関する権利)
図 4.2-1 本事業の実施範囲
(2) アプリケーションの機能概要
平成 25 年度調査事業でも述べたとおり、本事業では土地管理システムのアプリケーションとして「地
図業務」
、
「登記業務」
、
「土地使用企画・計画/地価」
、
「共通業務」
、
「運用保守」
、
「データ変換」の 6 つの
機能を開発する。KOICA プロジェクトと連携実施する上で必要となる機能概要は以下のとおりである。
37
表 4.2-1 アプリケーションの機能一覧
No.
1
2
機能名
分類
機能概要
5
審査支援
記入
署名・土地使用権及び
住宅所有権証明書交付
地図証明書公開公示
(オンライン閲覧)
受付
6
審査支援
3
地図登録
地図業務
4
7
8
地図公示
登記登録
登記業務
9
10
登記公示
記入
記入結果確定
署名・土地使用権及び住
宅所有権証明書交付
登記事項証明書公開公示
(オンライン閲覧)
11 共通業務
12 土地に関する国家管理機能
システム運用
13
性能監視
14
統一運用保守 運用負担・コストの低減
15
セキュリティ対策
16 運用保守
システム保守
17
データ保全
18
信頼性向上
更新情報保全
19
追加情報入力
20
地籍ファイル登録
21
データ変換
(登記情報)
地籍ファイル登録
22
(地図情報)
38
機能なし。
(VietLIS の地図登録機能により実現)
地図証明書発行など。
(VietLIS の地図情報を基に編集)
受付番号発番、申請情報の登録など。
審査・補正・却下情報の登録、審査支援帳
票印刷など。
記入、記入修正、記入例管理など。
記入結果確定など。
土地使用権及び住宅所有権証明書発行、事件
完了など。
登記事項証明書発行など。
申請管理、利用者管理、統計、中央からの管
理など。
土地使用企画・計画や、地価管理など。
統合監視/操作、自動運転など。
キャパシティ管理など。
運用作業拠点の集約化、構成管理など。
ウィルス対策、不正アクセス対策など。
システム保守自動化/状況監視など。
リアルタイムデータバックアップ機能。
更新データバックアップ機能。
不足情報の追加入力など。
地籍ファイルの変換、論理チェック、登録
など。
機能なし。
(VietLIS のデータ変換機能により実現)
(3) KOICA プロジェクトとの連携機能
KOICA プロジェクトとの連携が可能な主な範囲と連携案の概念図は、以下のとおりである。
① 地図登録機能の有効活用
VietLIS との連携インタフェースを開発することで、VietLIS の地図登録機能が活用可能であると考え
る。
② 地図情報の有効活用
VietLIS との連携インタフェースを開発することで、VietLIS が管理する既存の地図情報を活用して、
地図公示機能を実現することが可能であると考える。
③ 地図情報変換機能の有効活用
VietLIS の地図データ変換機能によって構築した地図情報を有効活用することが可能であると考える。
図 4.2-2 連携案の概念図
39
4.3 ベトナム経済への貢献
「3.3 経済・社会効果分析」で述べたとおり、一般均衡モデルを用いた分析によると、物理的要素
と非物理的要素の両方を管理することを前提とした土地管理システムを導入することで、生産性向上と土
地関連税収の増加という直接効果とともに、GDP や消費、雇用等の波及効果を期待することができる。
それらの効果は、地域レベルにおいても見込むことができ、地域経済や貧困削減といった地域社会へも貢
献できると考えられる。
物理的要素と非物理的要素の両方を管理することを前提とした土地管理システムの導入には、日本の不
動産登記における経験と知見、そして日本での不動産システムにおける経験・能力を活用することで、こ
れらの経済・社会効果をベトナムにもたらすことができると考えられる。
図 4.3-1 本事業実施による経済効果の概念図
40
5 提案に対する現地の反応
5.1 とりまとめセミナー
以下のとおり、調査結果及び公示のイメージを示したデモンストレーションを含む提案を実施した。
開催日時
開催場所
対象者
報告内容
表 5.1-1 とりまとめセミナー実施概要
2016 年 3 月 11 日(金)
天然資源環境省 IT 局 4 階会議室
天然資源環境省 IT 局) Le Phu Ha 局長
Khuat Hoang Kien 副局長
Nguyen Manh Luc 国際協力課長
Nguyen Bao Trung ソフトウェア開発 GIS センター課長 他
土地管理総局)
Nguyen Thi Thu Hong 国際協力局局長
土地登録局副局長
土地情報保管センターのメンバー 他
I. プロジェクト概要
II. 調査結果
1. ベトナム政府側の現状認識
2. 他の関係者の動向
3. 経済効果及びコスト試算
III. ご提案
1. 土地管理制度及び IT システムの整備(デモシステムのご紹介)
2. 既存プロジェクトを活用した IT の整備
3. ベトナム経済への貢献
4. まとめ
5.2 公示のイメージを示したデモンストレーション
「4.1.1土地管理制度及び IT システムの整備」の提案に示したとおり、所有者や権利関係等を含
む土地に関する情報を電子的に管理し、その内容を公示する法制度の整備と実現が必要である。今回は、
公示を実現するための IT システムの公示事務のイメージを作成し、デモンストレーションとして実施し
た。
デモンストレーションでは、以下のように公示用の公文書(所有者及び権利関係を示す文書及び土地の
位置や大きさを示す文書)のレイアウトを示した。
41
図 5.2-1 公示用の所有者及び権利関係を示す公文書レイアウト
図 5.2-2 公示用の土地の位置や大きさを示す公文書レイアウト
42
5.3 現地の反応
調査結果及びデモンストレーションを含む提案を行った結果、以下のとおりベトナム政府より反応があ
った。
(1) 公示に関する法制度整備に対する反応

公示の制度を作ることは、大きな変革になる。

公示の法制度整備をすることを含めた、この提案は改革的なものである。ベトナムでは、赤本を中心
とした法制度であるため、この提案を実現するためには十分な検討が必要である。
(2) その他

技術インフラに関する支援が必要である。今後も引き続き、この提案の方針で IT システムの検討を
進めたい。

提案しているシステムの名前を決めること。そのシステムの目的を示すという意味でも、名前は重要
である。
43
図 5.3-1 とりまとめセミナーの様子
44
6 まとめ
本調査事業では、平成 25 年度調査事業の調査結果を踏まえ、土地管理に関するベトナム側の現状認識、
土地管理に係る他の関係者の動向、土地管理システムの導入による経済・社会効果分析の 3 つの観点で調
査を行った。
土地管理に関するベトナム側の現状認識では、土地管理を取り巻く諸問題をベトナム中央政府、地方政
府からのヒアリングを含め、整理を行った。その結果を日本における取り組みから分析を行い、取引の安
全を目的とした公示制度及び IT システムの整備を正確な国土の把握を目的として地籍調査とは分けて実
施することを提案した。また、地価査定のための情報収集の仕組み作りについても言及をした。
土地管理に係る他の関係者の動向については、平成 25 年度調査事業で明らかとなった、土地管理アプ
リケーションに関係する 3 つの既存プロジェクトについての状況を最新化した。その上で、KOICA プロ
ジェクトについての詳細な調査を行い、土地の大きさや位置関係等の物理的要素を管理することを目的と
したプロジェクトであることが明らかとなった。本調査事業では、KOICA プロジェクトとの連携を踏ま
え、権利関係を示す非物理的要素の管理をし、安心安全な土地取引を実現することを提案した。
土地管理システムの導入による経済・社会効果分析については、一般均衡モデルによる定量的な分析を
行い、GDP の観点では TPP よりも大きな経済効果を見込めること、そして貧困削減等、地域経済・社会
にも効果をもたらすことが明らかとなった。平成 25 年度調査事業を踏まえた本事業で提案する土地管理
システムの導入により、本調査事業で調査を行った土地を取り巻く諸問題を解決し、そして、さらにはベ
トナムへの経済・社会効果を期待できることを提案した。
これらの調査結果及び提案をとりまとめセミナーで報告した結果、ベトナム政府側から公示に関する法
制度の整備を踏まえた土地管理システムの実現には、法制度の改革を伴うが、必要な取り組みであるとい
う見解を得た。この点については、日本の法制度整備支援との連携を取りながら、ベトナムの土地管理を
担う天然資源環境省の土地管理総局との検討を行うことが必要であると考える。
また、技術インフラに関する支援も求められており、上記の法制度整備の検討を進めるとともに、それ
ら法制度を実施できる環境となる IT インフラの整備についても日本の経験を活かした支援が必要である
と考える。
今後、これらを踏まえた上で、持続的な運用が可能な土地管理システムの導入の検討が必要であるとい
うことが、本調査事業の結果から明らかとなった。
45
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