Comments
Description
Transcript
東京湾の環境をもっと豊かで美 しくするために自ら行動し、その 恵みを
東京湾読本 心豊かな暮らし方-東京湾からの実践 東京湾の環境をよくするためには 私たち一人一人が行動すること そして、みんなの力を結集することが大事です。 東京湾の環境をもっと豊かで美 しくするために自ら行動し、その 恵みを楽しむために 東京湾の環境をよくするために行動する会 ― 目 次 見出し番号 ― 内容 ページ はじめに 01 知る 様々な恵みを与えてくれる東京湾 1 02 知る 多様な生き物が暮らす東京湾 3 03 知る 夏の東京湾 4 04 知る 冬の東京湾 5 05 知る 私たちは東京湾の環境を大きく損ねてきました。 6 06 知る 東京湾の一番の問題は、海中の酸素不足による生物の大量死滅です。 7 07 知る このため、私たちは総量規制や下水道の整備をすすめてきました。 8 08 知る でもあまり環境はよくなっていません。でも私たちはあきらめてはいけません。 9 09 行動する 私たちは東京湾の環境をみんなでよくし、その恵みを楽しみたいと思います。 10 10 行動する 一人一人の行動が大切です。 11 11 知る 東京湾の環境は大きく変化してきました。 12 12 知る 私たち一人一人の活動が東京湾の環境に影響を与えています。 14 13 知る 東京湾の水質はきれいになったと言われていますが、実際には改善はあまり進んでいません。 17 14 知る なぜ、東京湾の環境再生が進まないのでしょうか? 18 15 知る いわゆる負の循環(ネガティブサイクル)が起きています。 19 16 知る 干潟や浅場の生物は海を豊かで、きれいにしてくれます。 20 17 知る 生物には酸素が必要です。 21 18 知る 貧酸素水塊とは 22 19 知る 赤潮 魚介類の生息環境を著しく悪化させます。 23 20 知る 青潮 生物を死滅させ、さらに水質を悪化させます。 24 21 知る このように、東京湾の環境は構造的に改善しにくい状況にあります。 25 22 考える 私たちの取り組み方にも問題があります。 26 23 考える 人々の無関心も問題です。 28 24 知る でも、私たちは、あきらめてはいけません。 30 25 考える 私たちの目指している東京湾と人のつながりはこのようなイメージです。 31 26 考える 私たちの目指している東京湾と人のつながりはこのような理念です。 32 27 考える 東京湾をよくすることで、社会もよくなります。 33 28 考える 海の森が育つことでCO2も吸収されます。 35 29 考える どのようにしたら、東京湾の環境はよくなるのでしょうか。 36 30 考える 自然のサイクルの活用-日本にはお手本があります。 37 31 考える でも、私たちは昔の暮らしにもどることはできません。現代に合った形の新しい「東京湾システム」をつくる必要があります。 38 32 考える 東京湾システムはどのようなものでしょうか? 39 33 行動する 東京湾の環境をよくするために行動する会の設立を提案 41 34 行動する 行動する会の活動内容 43 35 行動する 具体的行動 私たち一人一人ができることから始めましょう。 44 36 行動する 具体的行動 恵みを楽しみましょう。 47 37 行動する 科学技術の向上 48 38 行動する 企業の取り組みも大切です。 49 39 行動する とにかく、なにか始めることが大切です。リスクを抑えるため順応的管理手法があります。 50 40 行動する 具体的行動 人工干潟など生息域の造成による方法も環境改善に効果があります。 51 41 行動する 具体的行動 行動計画をつくる。 52 42 行動する 具体的行動 目標を設定する。 53 43 行動する 具体的行動 情報を共有する。 55 44 行動する 具体的行動 データを共有する。 56 45 行動する 将来の目標 東京湾を世界文化遺産に 57 46 行動する 私たちも行動します。 58 47 - 東京湾環境再生宣言(案) 62 はじめに 東京湾の環境は、それ自体が大切ですし、また、私たちの生活に様々な恵 みを与えてくれます。その東京湾の環境を私たちは大きく損ねてしまいました。 このため、その改善のために、私たちは努力していますが、東京湾の環境は いまだに危険な状態にあります。 でも、私たちは諦めてはいけません。部分的には、よくなっているものもあり ます。東京湾の環境をよくするためには、一人一人が行動し、それらの行動が つながり、結集されることが何より大切です。 この読本を通じて、一人でも多くの方が、東京湾の環境の現状を知り、何を したらよいか考え、自ら主体的に行動し、その過程と結果を楽しむ。そのような 行動の輪が広がり、取り組み内容が深まっていくことが大切だと感じていま す。 まずは、この読本を読んでみてください。 そして、何かを感じて、小さくても何か一つ行動が始まれば幸いです。 01 東京湾の環境はそれ自体が大切なものですし、 知る 私たちに様々な恵みを与えてくれます。 様々な恵みを与え てくれる東京湾 癒しに関する恵み 干潟 魚介類 風景 カニ類 食べ物に関する恵み 江戸前の魚 江戸前のアナゴ 出典:豊かな東京湾再生検討委員会(H17 年 11 月) 「豊かな東京湾の再生に向けて 提言」 出典:日本水産学 会「子ども水産大学 イルカ島へ、ようこ そホームページ」 1 出典:盤洲里海の会 楽しみ・遊びに関する恵み 砂浜でのスポーツ 潮干狩り 磯遊び 船遊び 経済的な恵み 物流 生産拠点 港に運び込まれる生活物資 ウォーターフロントの商業施設 2 02 東京湾には、様々な生き物がすんでいます。 知る マコガレイ イシガニ 多様な生き物が 暮らす東京湾 撮影:中村征夫氏 撮影:中村征夫氏 東京湾に分布する主な魚介類 干潟部 貝類 湾全域 カレイ類 スズキ類 湾央部~湾口部 ウニ・シャコ等の水産動物 イカ・タコ類 エビ類 湾口部 クロダイ・ヘダイ類 出典:水産庁・水産資源保護協会:平成 11 年漁場環境・水産資源状況把握調査漁場環境評価メッシュ図(東京湾及びその周辺 海域)のうち、漁業生産評価メッシュ図より作成 3 03 知る 夏の東京湾は、私たちに様々な恵みを与えてくれ ます。 しかし、そこには大きな問題があります。それは、 東京湾が赤潮や青潮・貧酸素状態になることです。 夏の東京湾 楽しみ・遊びに関する恵み ビーチバレー 潮干狩り 夏によく発生する現象 赤潮 撮影:海上保安庁 写真の赤潮は、平成13年5月に千葉県 幕張沖で発生したものです。 青潮・貧酸素水塊 撮影:海上保安庁 写真の青潮は、平成14年8月に千 葉県船橋沖で発生したものです。 赤潮は、植物プランクトンの大発生によ 青潮は、貧酸素水塊によって発生 って起きます。この植物プランクトンは、赤 するといわれており、貧酸素水塊は夏 褐色であることが多いため、海面が赤褐色 場によく発生します(詳細は後述)。 に見えます(詳細は後述)。 4 04 知る 冬の東京湾 秋冬春の東京湾も私たちに様々な恵みを与えてく れます。 東京湾では、秋冬春に多くの生物が育ちます。冬 から春にかけて、水温が低下するためノリがよく育 ちます。また、秋冬春にかけて、湾口部から湾奥部 に北上するカレイ類、カニ類、イカなどがいます。 食べ物に関する恵み ノリ養殖 ノリ養殖 出典:盤洲里海の会 出典:盤洲里海の会 マコガレイ スズキの稚魚 出典:国土交通省関東地方整備局 横浜港湾空港技術調査事務所 HP 撮影:中村征夫氏 楽しみ・遊びに関する恵み バードウォッチング 5 風景 05 私たちは東京湾や東京湾を囲む地域(東京湾流 域*)を利用することで経済的な豊かさを得ました。そ の一方で東京湾の環境を大きく損ねてしまいまし た。 知る 私たちは東京湾の 環境を大きく損ね てきました。 *東京湾流域:東京湾に流れ込む江戸川、荒川、隅田川、多摩川 等の河川の流域(その河川に雨水が流れ込む地 域)。面積は約8,000k㎡。 1. 東京湾の流域には、約 3000 万人(世界の総人口の 0.5%)が暮らし、世界の総生産(GDP)の 3%を占め る経済活動が行われています。それらの活動による負荷が東京湾(地球の海洋面積の 0.0004%に相当) に流れ込んでいます。 世界総生産の3%の経 済活動による負荷が東 京湾へ流入 2. 東京湾の抱える問題 青潮発生海域 赤潮発生海域 船橋市 東京都 浦安市 習志野市 撮影:海上保安庁 千葉市 撮影:海上保安庁 自然海岸の喪失 (昭和30年代前半 横浜市 まで自然海岸) 横須賀市 川崎市 市原市 夏:デッドゾーン** 貧酸素水域 袖ヶ浦市 **デッドゾーン:夏に海底付 近の酸素の濃度が低くな 木更津市 り、海底にすむ生き物がい なくなるゾーン。 ***生物相の単調化:海の環 君津市 境の悪化に伴い、悪い環 境に適応できる生き物の 生物相の単調化*** 割合が高くなること。 出典:沼田眞、風呂田利夫(1997 年)「東京湾の生物誌」、東京都環境局(2004)「平成 15 年度公共用水域及び地下水の水質測 定結果」、神奈川県環境農政部(2005)「平成 15 年度 神奈川県水質調査年表」、千葉県環境部(2004)「平成 15 年度公共用 水域水質測定結果及び地下水の水質測定結果」、東京都環境局自然環境局(2006)「平成 16 年度東京湾調査結果報告 書」、小倉久子、高橋宏美、飯村晃(2000)「東京湾の青潮発生状況」、海上保安庁(1959)「海図 No.90(昭和33年の地形)」よ り作成 6 06 知る 東京湾の一番の問題 は、海中の酸素不足 による生物の大量死 滅です。 東京湾の一番の問題は何でしょうか。 それは、夏季の水中の酸素不足による魚介類の 大量死滅です。そして、東京湾には、酸素不足のた めに魚介類が生きられない場所「デッドゾーン」が夏 季に広がります。 デッドゾーンの様子 貧酸素水塊によってへい死した貝類 貧酸素水塊によってへい死したメバル 撮影:中村征夫氏 デッドゾーンの位置 4mg/L 以下の範囲 (貧酸素水の目安) 夏:デッドゾーン 「東京湾奥部~中央部」 2mg/L 以下の範囲 (魚介類へい死の目安) ※水の中にとけている酸素 濃度が 2mg/L を下回ると魚 介類の致死濃度になるとい われています。 ※水の中にとけている酸素 濃度が 4.3mg/L 以下になる と、魚類などに生理的変化を 引き起こす貧酸素水塊の目 安とされています。 ↑提案の 2mg/L 以下の水域を書く 出典:平成15年度夏季 「平成 15 年度 公共用水域及び地下水の水質測定結果」(東京都環境局、2004) 「平成 15 年度 神奈川県水質調査年表」(神奈川県環境農政部大気水質課、2005) 「平成 15 年度 公共用水域水質測定結果及び地下水の水質測定結果」(千葉県環境部、2004) 7 07 知る このため、私たちは 総量規制や下水道の 整備をすすめてきま した。 東京湾に、流れ込む汚れ(ゴミ、栄養塩など)を少な くするため、排水の総量規制 * や下水道の整備を進 めてきました。 *総量規制: 家庭や工場から東京湾に排出される COD(シーオーデ ィー、化学的酸素要求量)、窒素及びリン(これらを栄養塩とい います)の総量(汚濁負荷量)を一定量以下に削減するために 排水を規制する制度です。 総量規制では、環境大臣が東京湾の目標量と現状から総量 削減基本方針を策定し、COD、窒素及びリンの総量の削減目 標量、達成の方法などの総量削減計画を策定しています。 東京湾流域の下水道整備 東京湾流域の人口でみると、約 88%の人々は下水道を利用しています。東京都と神奈川県の 東京湾流域は、約98%の人々が下水道を利用しています。 東京湾流域の下水処理区域の状況 区分 東京都 神奈川県 埼玉県 千葉県 茨城県 合計 東京湾流域 人口 (①) 1,205 万人 525 万人 668 万人 451 万人 1 万人 2,850 万人 処理人口 (下水道整備済 域内人口)(②) 1,183 万人 517 万人 483 万人 313 万人 0.6 万人 2,497 万人 普及率 (②/①) 98.2% 98.4% 72.3% 69.5% 59.5% 87.6% (注)平成 16 年 3 月末現在 出典:国土交通省関東地方整備局 出典:国土交通省関東地方整備局 8 08 知る でもあまり環境はよく なっていません。でも 私たちはあきらめて はいけません。 私たちの努力により、水質は一時より良くなりまし たが、最近は横ばいです。生物の生息状況も全体 的にみるとよくなっていません。 でも、私たちはあきらめてはいけません。部分的 にみると、きれいになり生物がもどってきているとこ ろもあります。 東京湾沿岸でカレイの稚魚が22年ぶりに大量発生 野島海岸沖で採取されたカレイの稚魚(平成18年4月) 出典:神奈川県水産技術センター提供 東京湾沿岸で産卵されたイカの卵 再生したアマモ場に産卵されたイカの卵 9 再生したアマモ場 09 行動する 私たちは東京湾の 環境をみんなでよく し,その恵みを楽し みたいと思います。 潮干狩り 東京湾の環境はそれ自体が大切です。 そして、また、私たちに生活の潤いや恵みを、もっ ともっと与えてくれる大きな可能性を持っています。 私たちの努力が実っていく、それが楽しみです。 ハゼ類 ハゼ類 出典:盤洲里海の会 アマモの種付け イガイ類 カニ類 出典:海辺つくり研究会 ワカメの回収 メバル イシダイ 出典:海辺つくり研究会 東京湾での漁業 アサリ ノリ養殖 出典:盤洲里海の会 出典:盤洲里海の会 10 10 行動する 東京湾の環境は危険な状態にあります。東京湾 の環境をみんなの手でよくしましょう。そのためには 私たち一人一人の行動が大切です。 一人一人の行動が 大切です。 私たちは、東京湾を美しく豊かにするため様々な取り組みを行ってきました。しかし、水質や 生物の生息状況を見る限り、現状維持が精一杯です。 それでも、私たちはあきらめてはいけません。まだまだ、私たちの知恵と汗が東京湾の環境を よくするために結集されているとは言えません。大切なことは次の二つです。 ①東京湾の環境をよくするために「私たち一人一人が自ら行動する」ことです。 ②一人一人の行動が発信源となって、共鳴・共感の輪が拡がり、「人・取り組み・楽しみの 輪(つながり)が大きくなる」ことです。 共鳴・共感・取り組みの輪の拡大イメージ 発信源は一人一人の行動 一つ一つの取り組みの輪が拡がる 情報共有 気づき 知恵がつながる 人がつながる 取り組みがつながる 楽しみがつながる 専門家・識者・行政の 取り組みの活発化 取り組みの数が増える 情報共有 協働の取り組み 情報共有 協働の取り組み 全体として、多様な主体の共鳴・共感・取り組みの輪の拡大・内容の深化 人の意識が変わる 内的変革 社会が変わる 文化が変わる 技術・制度が変わる 外的変革 外的変革への働きかけ 背景: 「明るい未来」 ©chieArt 11 11 知る 東京湾の環境は 大きく変化してきま した。 もう少し詳しく見てみましょう。 東京湾やその周りの土地を産業や交通、暮らし の場として高度に利用することで、私たちは豊かさ や安全・安心な暮らしを手に入れました。その一方 で、東京湾の環境を大きく損ねてしまいました。 かつての東京湾 1603 年徳川家康が江戸に幕府を開いて以来、東京湾の周辺では、世界最大の都市圏が形成され、 様々な生活、産業、交通が発展しました。 一方で、こうした活動の結果、河川から湾内に流入する適度な栄養分は様々な生物を育む餌となり ました。 このことと、東京湾が浅場から深場まで水深の変化が大きいことと相まって、東京湾は様々な生物の 生息場所となっていました。 特に干潟*や浅場**は底生生物***や稚魚****が多く豊かな生態系を育んできたところです。 現在でも「江戸前」という言葉が残っているように、東京湾の豊かな水産物は周辺の食文化や生活文 化を育み、高めてきました。 明治時代の漁場図 干潟*:潮の満ち引きによって、水に 浸かったり、干上がったりする ことを繰り返す場所 浅場**:水深5mより浅い海底 底生生物***:海の底にすむゴカイ 類、貝類、カニ類など。 稚魚****:小魚、魚のこども 出典: 農商務省監修(明治41年)「東京湾漁場図」 12 東京湾の干潟・浅場及び漁獲量の減少 しかし、経済的利用が活発になるにつれて、海辺の埋立が行われ、これまでに湾の面積(13.8 万 ha) の 2 割にあたる 2.6 万 ha が埋め立てられました。干潟面積は 1950 年代以降、8,000ha(湾の面積 13.8 万 ha の 6%)が失われ、1950 年代と比べ、8 分の 1 に減少しています。 東京湾の干潟・浅場の減少 浅場(水 深 5m 以浅) 1950 年代まで、漁獲される魚種も豊富で、ピーク時の 1960 年には 19 万トンの漁獲量がありました。 その後、埋め立てが進み、干潟・浅場の減少に伴って漁獲量が減少しました。現在はエビ・カニ類が ほとんど捕れない状況です。現在の総漁獲量は年間 2 万トンとなっています。 東京湾の漁獲量の減少 また、砂浜や干潟の減少に伴い、人が 東京湾の海や海辺と触れ合う場が減り、 日々の暮らしの中での東京湾とのかかわ りが少なくなりました。 13 護岸によって減少した人と海の触れ合いの場 12 知る 私たちの生活から出る汚れ(ゴミ、栄養塩など)が、 東京湾に流れ込み、東京湾の環境に影響を与えて います。 私たち一人一人の 活動が東京湾の環 境に影響を与えて います。 私たちが日々の生活の中で出す生活排水が河川を通って東京湾に流れ込み、それに含まれる栄養分 (窒素、リン等)や太陽の光によって、植物プランクトンが増えます。 そして、植物プランクトンを動物プランクトンが食べる、それらを魚が食べる、という食物連鎖があります。 しかし、栄養分が非常に多いと、大量に発生した植物プランクトンなどの死骸が沈殿し海底に堆積します。 それが微生物によって分解されるときに酸素を消費するので、海底近くの水の中に溶けている酸素の量 が極端に少なくなります。これによって、海底の近くにいる生物が呼吸できなくなり、死んでしまいます。 このような植物プランクトンの増殖を抑制するためには、私たち一人一人が気をつけることが重要です。 また、私たちがゴミを大量に出すと、陸上での処分が困難になり、海面を埋立て処分することになりま す。 こうして、私たちは東京湾の環境に影響を与えています。 東京湾の環境へ影響を与える私たちの生活 私たちの生活 食物や製品を外国から輸入 ゴミを出す 海面埋立処分 下水処理 食べる・暮らす 排泄する 出典:東京都環境局(平成15年)「とりも (流出) (採餌) 植物プランクトン ( 分解) <一人が一日に出す生活排水に 含まれる窒素の量> トイレ:9g 生活雑排水:3g 栄養塩類 (窒素・リン類) ( 分解・溶出) 汚物を洗う (流入) 死骸・フン等 動物プランクトン (沈降) 窒素・リンを含む汚泥 どそうわたしたちの川を海を」より算出 14 東京湾を浄化するために必要な下水処理施設と干潟 悪化していく東京湾の環境をよくするため、下水道の整備や干潟造成などの取り組みが行われてきまし た。しかし、環境をよくするための取り組みより、私たちの生活が東京湾の環境に与える影響の方が大きい です。以下では、東京湾に流れ込む栄養分を浄化するために必要な下水処理施設と干潟の規模を試算 しました。 試算した結果、東京湾に流れ込む栄養分を完全に浄化するためには、大規模な下水処理施設や干潟 の整備が必要になりますが、現実的な規模ではありません。そのため、東京湾に流れ込む栄養分を少なく する努力が必要です。 東京湾を浄化するために必要な規模の試算 東京湾に流れ込む栄養分のうち、東京湾から取り出されなかった栄養分(下記の③)を が 浄化するために必要なもので換算してみると・・・ ○干潟(東京湾の現在の干潟面積=1,730ha) 現在の干潟面積の約 32 倍 (栄養分浄化量 約 1.6t/ha/年) (約 55,000ha) ※東京湾の水域面積=138,000ha ○東京湾で最大規模の下水処理場「森ヶ崎水再生センター」 (栄養分浄化量 約 9,000t/箇所/年) が、必要になります。 約 10 箇所分 東京湾に流れ込む栄養分(窒素)の量(H16 年度) ① 約 250 t/日(約9万 t/年) 東京湾から取り出される栄養分(窒素)の量 ② 約 15 t/日(約 5,500t/年) ※干潟の浄化量(脱窒,堆積,漁獲,鳥の採餌):約 1.6t/ha/年 ③(東京湾から取り出されなかった栄養分) =①(東京湾に流れ込む栄養分の量)-②(東京湾から取り出される栄養分) ③ 約 235t/日(約 8 万 5 千t/年) 出典: ・東京湾に流れ込む栄養分の量:中央環境審議会(平成17年5月)「第6次水質総量規制の在り方について(答申)」 ・干潟の浄化量:千葉県土木部・企業庁(平成10年9月)「市川二期地区・京葉港二期地区計画に係る環境の現況について」 中央環境審議会(平成17年5月)「第6次水質総量規制の在り方について(答申)」 ・東京湾に現存する干潟面積:東京湾環境情報センターHP(http://www.tbeic.go.jp/kankyo/mizugiwa.asp) ・森ヶ崎水再生センターの諸元:(社)日本下水道協会「平成15年度版 下水道統計行政編」 東京湾へ流れ込む汚れ(栄養分) 東京湾へ一日に流される汚れの量(平成16年度)は、窒素の量 249t、リンの量 19tになります。このう ち、私たちの生活から出る量は、窒素、リンともに約65%になり、残りは工場等から出されています。 東京湾へ一日に流される汚れの量(平成16年度) その他 18% その他 19% 産業系 15% 15 窒素負荷量 の合計 249t/日 生活系 産業系 生活系 66% その他 産業系 17% リン負荷量 の合計 19t/日 生活系 産業系 生活系 65% その他 出典:中央環境審議会(平成17年5 月)「第6次水質総量規制の在り方 について(答申)」 一人一人の取り組みによってできること 東京湾をきれいにするために、私たち一人一人ができる取り組みは大きく2つに分けられます。1つは東 京湾に流れ込む栄養分を少なくすること、もう1つは私たちの手で東京湾から栄養分を取り出すことです。 <東京湾に流れ込む栄養分を少なくする取り組み> 東京湾に流れ込む栄養分は、生活の中でのちょっとした工夫で少なくすることが出来ます。その工夫 は、以下の表に示すとおりです。 生活の中でできる栄養分を少なくする工夫 工夫する場面 台所 洗濯 風呂 東京湾に流れ込む栄養分を少なくする工夫 食事や飲み物は必要なだけ作りましょう。 米のとぎ汁は植木、土に撒きましょう(無洗米を使ってとぎ汁を出さない 工夫もあります)。 調理器具、食器を洗う前に、古紙、古布等で汚れを拭き取ってから洗いま しょう(洗剤の節約になります)。 生ごみは水切り袋に受け、細かいゴミをキャッチしましょう。 生ごみはゴミ処理機などを利用して、土(堆肥)に戻しましょう。 天ぷらなどに使った油は、いためものにして使い切りましょう。 残った場合は、古紙、古布等にしみこませてから捨てましょう 洗剤は、計量カップではかって使いましょう。(必要以上に洗剤などを 使っても汚れを落とす力はあまりあがりません。) 洗たくには風呂の残り湯を使いましょう(残り湯は温水なので、汚れが 落ちやすくなります) 。 シャンプーは適量使いましょう。 排水口にネットを張って、髪の毛や細かいゴミをキャッチしましょう。 <私たちの手で東京湾から栄養分を取り出す取り組み> 東京湾に流れ込む栄養分等を餌としている魚介類やノリを食べることによって、東京湾をきれいにするこ とが出来ます。ノリは海の中で栄養分を体の中に蓄えます。また、魚介類は、栄養分を餌にする植物プラン クトンや植物プランクトンを餌とする動物プランクトンを食べています。その魚介類やノリを食べることは、海 の中から取り出すことになり、栄養分を海の中から取り出すことになります。さらに、東京湾でとれる魚介類 やノリを食べることは、東京湾の流域外から魚介類やノリに含まれている栄養分を、東京湾の流域内に持 ち込まないことになります。 また、アマモの植栽活動に参加することも東京湾をきれいにすることができます。既存文献*によると、ア マモ1株は 1 日 20mg の窒素を吸収するといわれています。アマモを 100 株移植すると、1日で 2kg、1年間 で 730kg の窒素を東京湾の海水から吸収してくれます。 *既存文献:飯島仁(1989)「海藻類の栄養塩取り込みについて」月間海洋、21、21、217-321 こうした一人一人ができる取り組みによって、東京湾をきれいにすることが出来ます。 魚介類やノリを食べることで海中の栄養分が少なくなるイメージ ノリ 窒素・リン プランクトン等 アサリ スズキ ハゼ カレイ アマモ 16 13 知る 東京湾の水質は きれいになったと言 われていますが、実 際には改善はあまり 進んでいません。 排水の総量規制や下水道の整備によって、 東京湾に流れ込む汚れ(負荷量)は少なくなり つつありますが、東京湾の水質は、ほぼ横ばい です。 東京湾の水環境 戦後の高度経済成長期を経て、環境問題へのとり組みが重視されてくる中で、東京湾の水環境改 善に対しても、さまざまな対策がとられてきました。 特に流入負荷対策は進み、汚染物質である COD*が流れ込む量はこの 25 年で 2 分の1以下になっ ています。 しかしながら、海域の COD 値はあまり改善されておらず、この25年で若干増加しています。 これは浅場・干潟の減少に伴う海水浄化能力の低下が一つの原因であると考えられます。 東京湾における汚れ(COD*)負荷量 COD負荷量(t/日) その 他 産業 排水 生活 排水 横ばい傾向の汚れ(COD*)値 COD環境基準達成率(%) 17 *COD(化学的酸素要求量): 水の汚れの状況をみるための指標で、水中の汚物(有機物)を 酸化する時に必要となる酸素の量で表します。この値が高いほ ど水が汚れていることになります。 14 知る なぜ、東京湾の 環境再生が進まな いのでしょうか? 東京湾では、閉鎖された水域の中に多量の栄養 分が流れ込んできます。また、過去に海底にたまっ たものから、栄養分が溶け出てきます。そのため、 栄養分過多の状態(富栄養化)となり、うまく、自然 の浄化のサイクルが回っていません。 環境負荷(水質悪化物質)の増大・減少の構造 河川等からの流入負荷 プランクトンの 大量発生・死滅・分解 などによる内部生産 溶出 沈降 底泥からの溶出 堆積 堆積 海底の泥からの栄養塩類の溶出 干潟などの自然の浄化力 凡例 湾内の負荷を増大させ る要因 流出 食物等による 栄養塩等のとりあげ 湾内の負荷を減少させ る要因 ①東京湾流域は、人口・産業が極度に集中しており、東京湾には栄養塩(窒素、リン等)などの多量 の栄養分が流れ込みます。 ②排出規制、下水処理などにより、河川から流入する窒素・リンはピーク時と比べると、大幅に減少し ました。 ③しかし、河川から流入する窒素・リンが減っても、長年の蓄積により、東京湾の海底には汚染源が 堆積しており、そこから栄養分が溶け出しています。 ④窒素・リンという栄養と、太陽の光・熱で増殖した植物プランクトンを動物プランクトンが食べ、動物 プランクトンが死ぬことや食べ残された植物プランクトンによって海中の有機物が増えます。 ⑤その一方、干潟や浅場は水質をきれいにする仕組み(自然の浄化機能)を持っています。しかし、 湾内で行われた埋立等により干潟や浅場が減少し、自然の浄化機能が低下しています。 ⑥また、漁業は、海から魚や海苔をとることにより、海から栄養分(窒素・リン)を取り出す効果を持っ ています。しかし、東京湾では、漁獲量が大幅に減少していて、この効果も小さくなってしまいまし た。 ⑦このようなことから、東京湾では、河川からの流入負荷が減ったにもかかわらず、表面的、部分的 には水質改善しても、全体的にみると水質は改善していません。 18 15 知る いわゆる負の循環 (ネガティブサイク ル)が起きていま す。 富栄養化 * ~赤潮発生~有機物堆積・分解~貧 酸素水塊~青潮発生~有機物堆積~環境負荷増 大という負の循環(ネガティブサイクル)が生じてい ます。 *富栄養化(ふえいようか):閉鎖性水域などに生活排水などに含まれる栄養塩 類(窒素及びリンの化合物)が流入して濃度が増加 する現象です。 赤潮 14 参照 青潮 15 参照 水質悪化のネガティブサイクル 干潟等の減少により、アラメ、カジメなどの藻類やアサリなどの底生生物が減少すると、水質浄化能力 が低下します。そこに大量の栄養分が流れ込んでくると、富栄養化(水中の栄養分が多すぎる状態)が進 行し、赤潮(植物プランクトンの異常発生)が多発します。 赤潮の発生後、死滅した植物プランクトンや植物プランクトンを補食する動物プラクトンの死骸が海の 底にたまり、それらをバクテリアなどが分解します。この時にバクテリアなどが酸素を消費するため、海底 付近の海水の酸素濃度が低く(貧酸素水)なります。 貧酸素水はさらに底生生物を中心に生物を減少させ、アサリなどの底生生物による水質浄化能力が 低下し、この水質悪化のサイクルが進みます(=ネガティブサイクル)。 水質悪化のネガティブサイクル(負の循環) 干潟・浅場の減少によ る自浄能力の低下 19 16 14 知る 干潟や浅場の生物 は海を豊かで、き れいにしてくれま す。 干潟には水質の浄化能力があります。そこでは、 貝や微生物が一生懸命働いています。 また、アマモなどの海草や海藻には、大きな魚が 入ってこられないことや稚仔魚の餌が豊富なことか ら、小さな魚のすみかになります。 このように、生き物は、海を豊かできれいにしてく れます。 でも、いったん生き物が死んだり、枯れてしまうと、 それ自身が水質を悪くする原因になります。 干潟・浅場が持つ機能 生物的な機能 ・生物資源の生産 ・生物多様性の維持 緩衝機能 干潟・浅場の機能 ・汚染、栄養物質の補足 ・遺伝子情報の維持 物質循環機能 ・水質、底質の浄化 「場」としての機能 ・卵を産む場所 ・捕食者から身を守る場所 ・生育する場所 ・餌をみつけ、食べる場所 環境形成・維持の機能 ・酸素の供給 ・CO2の削減 ・河川へ遡上、回遊する場所 20 17 知る 生物には酸素が 必要です。 水質も大事ですが、やはり生物の豊かな海が大 事です。生物が生息するためには、酸素が必要で す。 しかし、夏には海底付近の水の酸素が少なくなる ため、夏には生物が死滅する水域(デッドゾーン)が 広がります。 酸素不足による生物への影響 夏の海は、海底付近では水の中の酸素が不足します。 これが、移動する能力の低い貝類等に大きな影響を与えます。そして、生物が減少し、生物の水質浄 化能力が低下し、水質悪化のサイクルが進みます。 貧酸素水塊によってへい死した 撮影:中村征夫氏 21 貧酸素水塊によってへい死した貝類 出典:海上保安庁海洋情報部ホームページ 「東京湾海底散歩」 18 貧酸素水塊によってへい死した貝類 知る 貧酸素水塊とは 水質も大事ですが、やはり生物の豊かな海が大 事です。 る水域がひろがり ます。生物が生息するためには、干潟・浅場が必 出典:海上保安庁海洋情報部ホームページ 要です。 「東京湾海底散歩」 貧酸素水塊(ひんさんそすいかい)とは 貧酸素水塊とは、水中に溶けている酸素の濃度が魚介類の生存できない濃度に低下した水 のかたまりのことをいいます。 富栄養化(窒素やリンが多い状態)によって、異常に増えたプランクトンが死滅して、海の底に 落ちて、微生物(バクテリア)が海の底に落ちたプランクトンの死骸を食べます(このことを分解と いいます)。バクテリアが分解する時に、酸素を使うため、海の底付近の水中に溶けている酸素 の量が減少します。 通常、潮汐(潮の満ち引き)や風によって海水が上下方向にかき混ぜられるので、海面近くの 酸素を多く含んだ水が海の底付近まで届くため、海の底付近の水に溶けている酸素の量は少 なくなりにくいのです。ところが夏になると、海水の密度の関係で、(軽く暖かい水が海面付近に たまり、ふたをしたような状態になり)海水が上下方向にかき混ぜられなくなり、海の底付近の酸 素の量は低いままになってしまいます。 貧酸素水塊の発生原因 プランクトンが死んで、 海の底にたまります。 赤潮の状態です。 海の底付近でバクテリアが酸 素をたくさん使うため、貧酸 素水塊ができます。 バクテリアがプランク トンの死骸などを分解 出典:東京湾環境情報センターに一部加筆 22 赤潮発生時の様子 19 水質も大事ですが、やはり生物の豊かな海が大 事です。 海底の酸素が少ないため、夏には生物が死滅す る水域がひろがります。生物 知る 赤潮 魚介類の生息環境 を著しく悪化させま す。 撮影:海上保安庁 が生息するためには、干潟・浅場が必要です。 撮影:海上保安庁 赤潮(あかしお)とは 赤潮とは、河川などから海に大量の窒素やリンなどが流入し富栄養化が進むことにより、それ らを栄養分としている植物プランクトンが大量発生する現象です。春から夏にかけて気温が上が り日照時間が長くなると発生しやすくなります。赤潮になると海水の一部分の色が変化し、赤褐 色になることが多いのですが、発生したプランクトンによって、その色は異なります。赤潮が発生 すると、魚のエラにプランクトンが詰まり窒息したり、有毒なプランクトンや水中の酸素の減少によ り、魚貝類が死ぬなどの悪影響を及ぼすことがあります。 赤潮発生時の様子 赤潮の発生原因 赤潮の主な発生理由 ・窒素、リン ・太陽の日射 出典:東京湾環境情報センターに一部加筆 赤潮の発生状況 (回) 80 1984年~1988年 平均42.6回 69 70 55 60 50 40 30 20 1994年~1998年 平均51.4回 1989年~1993年 平均44.0回 43 41 37 1979年~1983年 平均46.8回 39 61 57 50 48 47 44 45 39 40 1999年~2003年 平均51.0回 59 59 59 52 43 44 39 38 37 34 10 注:統計年は暦年(1月から 12 月)。横 棒は 5 年間の平均値を示す。 出典:環境省環境管理局水環境部水 環境管理課閉鎖性海域対策室 資料より作成 0 '79 '80 '81 '82 '83 '84 '85 '86 '87 '88 '89 '90 '91 '92 '93 '94 '95 '96 '97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 23 東京都が実施している赤潮調査では、赤潮を以下のように定義しています。 ①海水が、茶褐色、黄褐色、緑色などの色を呈している。 ②透明度が、おおむね 1.5m 以下に低下している。 ③顕微鏡下で赤潮プランクトンが多量に存在しているのが確認できる。 ④クロロフィル濃度(LORENZEN 法によるクロロフィル a とフェオ色素の合計)が 50mg/m3 以上ある。ただし、 動物プランクトン等クロロフィルを有さないものによる赤潮についてはこの限りではない。 また、千葉県では、溶存酸素飽和度が 150%以上と定義しています。 20 青潮発生時の様子 水質も大事ですが、やはり生物の豊かな海が大 事です。 海底の酸素が少ないため、夏には生物が死滅す る水域がひろがります。生物が生息するためには、 干潟・浅場が必要です。 知る 青潮 生物を死滅させ、 さらに水質を悪化 させます。 撮影:海上保安庁 撮影:海上保安庁 青潮(あおしお)とは 青潮とは、東京湾で夏から秋にかけてしばしばみられる現象です。北~北東の風がしばらく 吹いた時に海面近くの海水が沖に流され、それを補うために海の底部分の海水が湧き上がりま す。溶存酸素(酸素が水にとけた状態)の欠乏した水のかたまり(貧酸素水塊)が東京湾の湾奥 部の沿岸に浮かび上がって、生物に被害を及ぼします。海の底部分の水のかたまりには硫化 物が含まれていて、この水が海面近くに浮かび上がって、酸素と触れると青っぽい乳白色(硫化 物が硫黄になるため)になることから青潮(苦潮)と呼ばれています。 青潮の発生原因 湾奥(千葉県) 酸素が溶けている量 の少ない水が海底に あります。 青潮の発生状況 (回) 20 18 1979年~1983年 平均8.6回 16 1984年~1988年 平均7.0回 14 11 12 11 9 10 8 9 1989年~1993年 平均5.2回 9 6 6 6 4 6 5 6 6 5 6 1999~2003年 平均3.2回 1994年~1998年 平均3.8回 7 5 4 6 4 2 2 3 3 3 0 2 3 2 '79 '80 '81 '82 '83 '84 '85 '86 '87 '88 '89 '90 '91 '92 '93 '94 '95 '96 '97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 風によって海面近くの水 が移動し、海底の水が浮か びあがってきます。 注:統計年は暦年(1月から 12 月)。横棒は 5 年間の平均値を示す。 出典:環境省環境管理局水環境部水環境管理課閉鎖性海域対策室資料よ り作成 海底の水が浮かび上がるイメージ ②表面の水が沖へ ①北~北東の風 ③海の底から浮 かび上がる 青潮発生時の様子 青潮によってへい死した魚 浮かびあがった水は、酸素 量が少ないため、生物が呼 吸できず、死にます。 出典:いであ株式会社ホームページ 出典:東京湾環境情報センターに一部加筆 24 21 知る このように、東京湾 の環境は構造的に 改善しにくい状況 にあります。 このように、東京湾では赤潮、青潮、貧酸素水塊 (デッドゾーン)などの現象が発生しています。これら の原因は、自然の浄化力の減少した閉鎖性の高い 東京湾に過大な栄養分が流入するため、自然の浄 化サイクルがうまく回っていないことによります。 構造的問題:地理的・構造的に環境改善が進みにくい状態にある東京湾の環境 環境改善のための様々な努力が行われていますが、東京湾は、 ①流入負荷が多いこと ②閉鎖性内湾で外海との海水交換が行われにくいこと (負荷がいつまでも湾内に留まること) ③海底に堆積した過去の環境負荷の蓄積からの影響が生じていること ④その一方で自然の水質浄化機能が低下していること により、環境改善が進みにくい状態にあります。表面的、部分的に改善しても、全体としては 改善が進んでいません。 つまり、東京湾の地理的・構造的な問題によって、水質悪化の負の循環(ネガティブサイク ル)がまわり続けている状態です。 この水質悪化の負の循環を解消するためには、東京湾の栄養分の自然の浄化サイクル(栄 養分循環、食物連鎖)がうまくつながるようにする必要があります。 水質悪化のネガティブサイクル(負の循環)(再掲) 干潟・浅場の減少によ る自浄能力の低下 25 22 考える 私たちの取り組み 方にも問題があり ます。 行政も東京湾の環境改善に取り組んでいます。し かし、まだまだ不活発で、連携も不十分です。行政 の人は言います。 「東京湾の環境再生に本格的に取り組むことにつ いて、社会的支持がまだ大きくない」と。 東京湾再生推進会議 東京湾再生推進会議は、国が決定した都市再生プロジェクト「海の再生」を東京湾において推進するため の協議機関で、2002 年 2 月に設置されました。 推進会議の構成機関は、八都県市(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、千葉市、さい たま市)、関係省庁(国土交通省、海上保安庁、農林水産省、林野庁、水産庁、環境省及び内閣官房都市再 生本部事務局)です。 推進会議は、2003 年 3 月に、10 年間で実施すべき東京湾の水環境改善のための施策を「東京湾再生の ための行動計画」として取りまとめ、現在、各機関が、同行動計画に基づく取り組みを実施しています。 「東京湾再生のための行動計画」の概要 1.東京湾再生に向けての目標等 (1)東京湾再生の目標 快適に水遊びができ、多くの生物が生息する、親しみやすく 美しい「海」を取り戻し、首都圏にふさわしい「東京湾」を創出する。 (2)重点エリア及びアピールポイントの設定 東京湾の中で、特に重点的に再生を目指す海域として重点エリアを定めるとともに、市民が身近に 施策の効果を体感・実感できるような場所7箇所をアピールポイントに設定し、それぞれの場所におい て改善後のイメージや指標・目安を示しています。 (3)計画期間 2003 年度から 10 年間 2.目標達成のための施策の推進 (1)陸域負荷削減策の推進 (2)海域における環境改善対策の推進 ○海域の汚濁負荷の削減、○海域の浄化能力の向上 (3)東京湾のモニタリング ○モニタリングの充実、○モニタリングデータの共有化及び発信、○市民のモニタリング活動 26 3.フォローアップ 2003 年度から 2005 年度までの 3 年間の取組状況とその分析・評価、今後の取組方針を 2007 年 3 月に実施・発表しました。 これまでの目標達成の施策の更なる推進とともに、東京湾再生を効率的・効果的に推進する ため、次のような新たな取組を位置付け、積極的に実施することとしました。 (1)多様な主体との連携・協働による東京湾再生の推進 ○地域住民等を対象とした意識調査、シンポジウム、セミナー、体験イベント等の実施、ホー ムページの充実 ○研修者や NPO 等の実施するイベントを積極的に支援 ○事業実施のプロセスを多様な主体と共有 ○「新しい協働の形」を目指す、民間主導の新しい組織(例えば「東京湾の環境をよくするた めに行動する会」の設立の取組を積極支援 (2)重点エリア・アピールポイントにおける取組 ○市民が集まるような取組の実施 ○市民、NPO 等の取組を発表する機会を設ける ○市民アンケートによる評価や関連団体との連携による評価の実施について検討 (3)実験的な取組 ○東京湾における水質予測の高度化に関する試み ○東京湾-東京港-京浜運河周辺における生態系ネットワークに関する調査等 27 23 考える 人々の無関心も 問題です。 多くの人が「東京湾の環境再生? それは良いこ とですね。」と言います。 でも、自らのお金と体を使って動く人は多くなく、 共鳴・共感の輪は拡がっていません。 社会的意義の認知の不足 国の都市再生プロジェクトとして取り上げられましたが、人々の間で東京湾再生の意義が十 分認知されていません。 行政機関も社会的共感(行政コストをかける必要があるとの社会の支持)のないプロジェクトに はコストをかけません。 これは、現代人のライフスタイルの中で、東京湾と人のかかわりが希薄になり、東京湾環境再 生について興味のない人が多いためと思われます。 このような状態になった理由は次のとおりと思われます。 ①人と自然の距離の増大 東京湾の沿岸域は、工場などの経済活動を優先した土地利用、高潮などに対する防護機能 の向上に重点が置かれ、人々と海・海辺とのかかわりが薄れてきました(東京湾の海・海辺が身 近なものでなくなりました)。これにより、海・海辺に対する共感(大切にしようとする気持ち)が薄 れています。 一方で、人工的な方法による楽しみ方(レジャーランド、バーチャルなゲーム等)が人気となり、 自然の海・海辺に直接触れることがますます少なくなってきています。 ②人と人、人と社会の直接のかかわりの希薄化 このような人と自然の距離が大きくなったことに加え、現代社会は、IT化やバーチャル社会の 発達により、人が他者や社会(他の人、自然)との直接のかかわりを意識しにくくなっています。 この結果、自分が他者や社会との関わりの中で生き、生かされているという意識が希薄となり、 東京湾など環境の重要性を意識しにくくなっています。 将来のためにお金をかけることについての合意不足 未来のために、今、お金を使うかどうかは、今の人がその価値観により判断します。 社会全体が今現在の楽しみをより求めるようになってきているように思います。しかし、環境は 直ちには再生しません。継続的な取り組みが必要です。このため、未来の環境再生のために現 在のお金を使うことについては、なかなか社会的支持(多くの人の賛同)が得られません。 28 目指すべき姿が不明確 環境の物理的・化学的性質(環境質)の改善を東京湾環境再生の目標として設定しています。 でも、環境質の改善は手段であって目標ではありません。 大切なのは、①人の健康への安心・安全、②生態系の保全、③東京湾と人のかかわり(海を 大切にするライフスタイル)ではないでしょうか。 東京湾では、①については相当改善され、深刻な問題は生じていません。②、③に関し「ど のような生態系の状態(あるいは東京湾の生物の生息環境の状態)を目指すか」そして「どのよう な東京湾と人のかかわりを目指すか」ということを議論すべきです。 多様な人々の水平的協働が不十分 NPO 活動は活発化しつつありますが、行政、企業、生活者個々人による活動は低迷してい ます。 協働が十分に行われていないのではないでしょうか。行政も「協働」をよく唱えますが、行政の いう協働は、行政の側からみた協働であり、水平的協働(多様な主体の対等な立場での主体的 参加による協働)になかなかなっていないように思います。 市民の主体的参加が不十分 「協働」は、単なる環境再生の手段ではなく、そのものに価値があります。「多様な主体の水平 的協働の活発化」自身が新しい文化の創造として、目的となりえます。 しかし、「東京湾の環境再生は行政が取り組むべきもの」との意識が社会全般に根強くありま す。東京湾という広い範囲の環境問題に自分一人で何ができると思いがちではないでしょうか。 これが、多様な主体の主体的・自主的参加が進まない原因の一つとなっています。 人の心が変わるような努力が不十分 これらをまとめると、人の心(意識、意欲)の問題にいきつきます。環境改善という目標を実現 する上で、技術・制度による変革(外的変革)は重要です。しかし、同時にいかに人の心や意識 が変わるかという「内的変革」も伴わなければ、「環境と人のかかわり・心のつながりの深化」とい う目標の実現はできません。これまでは、外的変革が重視され、内的変革による取り組みが不 十分でした。 関心が薄い人々との情報交換が不活発 活動者間や専門家間での情報交換は比較的活発に行われています。また、体験活動やセミ ナーを通じて一般の人々の参加を呼びかけています。しかし、参加者はまだまだ多くありませ ん。 熱心な人と一般の人(東京湾の環境への関心が高くない人)との情報交換は十分行われて いるとは言えません。このため、東京湾環境再生への共鳴・共感の輪はなかなか拡がりません。 29 24 知る でも、私たちは、 あきらめてはいけ ません。 東京湾の環境再生を熱心に取り組んでいる人が います。 部分的にみると、きれいになり、生物が回復して きているところがあります。 野島海岸沖で採取されたカレイの稚魚(平成18年4月) 出典:神奈川県水産技術センター提供 平成18年4月28日 読売新聞 東京湾における水質平面分布の経年変化 湾の東側では、COD 濃度が 減少し、水がきれいになって きています。 出典:東京都環境科学研究所年報 2005 30 25 考える 私たちの目指して いる東京湾、そして 東京湾と人のつな がりはこのようなイ メージです。 どのような東京湾の姿を目指すかという「目標」に ついての共鳴・共感の輪の拡大 水がきれいで生物がたくさん棲んでいる豊かな海です。 アマモの植え付けとそれ に着いたアオリイカの卵 汚れを流さないように気をつけています。 その豊かな海に触れたり生物をとったり、食べたりして、海からの恵みを楽しんでいます。 海からの恵みの楽しみ方 潮干狩り (自分で採る) 漁業 家庭 食べる 市場 料理屋 排泄する 生物が吸収 下水処理 魚・貝が育つ 出典:海辺つくり研究 このような東京湾に私たちは心のつながりを感じていて、東京湾をよくするために自ら行動し ています。 アマモの種付け 海岸のゴミ拾い これらの活動によって、自然の浄化サイクルが少しずつ健全に回るようになります。 31 26 かかわりの気持ちが原動力となって、人はモノとし ての「東京湾の環境」を美しく豊かにする活動を行い ます。 それらを通じて、「東京湾と人のつながり」が深く なり、人々のふるまいや自然へのまなざしが美しく 豊かになります。その風土の中で暮らすことにより、 人の心が豊かになりライフスタイルが変わり、「環 境」や「風土」をさらによくし、楽しもうと思う「文化」が さらに育ちます。そして、この好循環が続きます。 考える 私たちの目指して いる東京湾と人の つながりはこのよう な理念です。 東京湾と人のつながり(理念) 文化:生活様式 生き方 暮らし方 個人のライフスタイルの 集合 科学・技術 行政制度 ・ ・ ・ 文化 東京湾文化の開化/深化 東京湾文化: 人口約 3,000 万人、世界 GDP の 約 3%を占める大都会の中にある 東京湾の持続的な利用を維持し つつ、多くの人々が東京湾をいつ くしみ、東京湾の環境をよくするた めに行動し、そして東京湾からの 恵みを楽しんでいる文化 (東京湾をよくするために 自ら行動し、その恵みを 楽しむ文化) 自然の認識の仕方・ 感じ方・ 見方 ( 文化を媒体とした環境との関わり) 自然との触れあい・ 環境教育 環境・自然への意識が 変わる。ライフスタイル が変わる。 東京湾システム: 多様な主体の自主的・水平的協 働により東京湾の環境や風土を よりよくしていくシステム(世界に 誇りうるモデル) (科学・技術的方法による環境改善) 排出規制、下水処理、干潟造成、 アマモ場の育成等 風土、文化的景観・環境 環境(客体) 東京湾と人の つながりの深化 東京湾の環境再生 (人とのつながりとして美 しく豊かな風土) (里海・里浜) (モノの性状として美しく 豊かな環境) 現在:「客体(モノ)」として環境を見がち 将来目標:人と心のつながりのある環境 風土:自然環境と一体になった人間の生活景観・環境 32 27 考える 東京湾をよくする ことで、社会もよく なります。 今、社会は様々な問題に直面しています。東京湾 の環境を良くすること自体が大事ですが、同時に東 京湾の環境をよくする行動を通じて、私たち一人一 人が「心豊かで美しい暮らし方」を実践していきまし ょう。その輪が拡がって社会がよくなっていきます。 ①自然の尊重・自然への共感 生態系はそれ自身に価値(内的価値)があります。それを人為で壊してきた以上、人為により 回復させることが当然の責務です。 東京湾の開発・利用にあたっての環境への影響を軽減するための対策はもちろんのこと、過 去に劣化・喪失させてきた自然環境を取り戻すことが大切です。 ②現代の人々の楽しみ。そして、持続的な開発・利用による東京湾の恵みの次世代への継承 これまでの東京湾の開発・利用は、私たちに経済的繁栄と物的豊かさという恩恵をもたらして きました。豊かで美しい東京湾の恵みを現代の人々が楽しみ、また恩恵を享受できる環境を後 世に継承していくことが大事です。 そのためには、人々が美しい環境の中で人間らしく暮らすための重要な社会の共有財産・共 有空間(コモンズ)、すなわち里海・里浜として東京湾をとらえましょう。「人」と「海」のつながりを 取り戻し、人々が近づきやすく、利用しやすく、人々の暮らしの中にある東京湾を目指します。 経済や産業で世界をリードするだけでなく、美しく豊かな東京湾の再生・創出を一つの文化 モデルとして世界に向けて発信していくことも必要です。 ③日本の誇るべき文化の継承 東京湾の環境再生に多くの人が参加することにより、「もののあわれ(人間のはかなさや、悠 久の自然・移ろいゆくものに美を発見する感性)」など、日本の独特の世界に誇るべき道徳性や 情緒・感性を育て継承できます。 33 ④「こころ豊かで美しい暮らし方」の深化(世界から尊敬される日本文化づくり。美の文明へ。) 環境と共生しながらこころ豊かで美しく暮らすという社会・文化の実現が求められています。 市民一人一人が東京湾の環境再生に進んで参加することにより、エネルギー資源の使い方、 ごみの削減3R(リデュース、リサイクル、リユース)、地球温暖化対策などに対する意識も含め、 暮らし方が変わります。そして、持続可能な社会の形成に向けて積極的にかかわる人材・生活・ 文化が育成されます。 さらに、環境再生のための科学・技術も進歩します。 経済力は、文化の向上のために、世のため人のために使うという信念をもつ企業人が増え、メ セナ*が活発になります。 このような東京湾とのかかわりを通じて培った「こころ豊かで美しい暮らし方」を、世界に発信 することで、「美の文明」を持つ国・人として世界から尊敬されるようになります。 *メセナ[mecenat]とは、芸術文化支援を意味する、フランス語です。 ⑤活動を通じて心が育まれることによる社会悪の減少・社会モラルの向上 東京湾の環境と触れ合うことや、環境再生活動に参加し協働やボランティア体験をすることを 通じて、自分と他者(他の人、環境、社会)とのつながりの大切さに気づき、環境や社会への意 識・ライフスタイルが変わります。これにより、生命への共感(いのちを大切にする心)、情緒や感 性が磨かれます。 このような体験を通じて、心や社会の荒廃(いのちの軽視、思いやりの欠如など)による社会 問題の発生の減少や社会モラルの向上に寄与します。 ⑥国際社会への貢献 「こころ豊かで美しい暮らし方」や環境再生のための高度な科学技術を世界に発信し、連携 や技術協力などをしていくことで、国際社会へも貢献します。 34 28 考える アマモ場、ワカメ場、ガラモ場など海の中の海 草・海藻は、CO2を自分の体に固定するとともに、 光合成を通じて、CO2を吸って、酸素を出します。 海の森が育つことで CO2も吸収されま す。 海草・藻類による光合成 太陽 二酸化炭素 (CO2) 水分 (H2O) 炭酸カルシウムとして固定 ワカメ 35 アカモク 酸素 (O2) 有機物として固定 アマモ アオサ 29 考える どのようにしたら、 東京湾の環境はよく なるのでしょうか。 東京湾の環境をよくすることは、一言でいうと、 栄養分の自然のサイクル(物質循環、食物連鎖) がうまくつながっていくようにすることです。 私たち一人一人の暮らし方や行動がこの手助 けになります。 栄養分の自然のサイクルはどこかが過剰だったり、サイクルの流れが細すぎたり、切れたりす ると、バランスがくずれ問題が発生します。 私たちの行動により、栄養分の自然のサイクルを滑らかにすることが大切です。 栄養分(窒素、リン)の自然のサイクル 水産物を食べる 窒素、リンなどの運搬 (生物の糞尿、死骸等) 下水処理場 植林活動 物質循環 の補完 食料 自然のサイクル 鳥などに よる漁獲 漁業 植物プランクトン 再資源化 有機物が過剰になればヘドロ化する 出典:水産庁「水産業・漁村の多面的機能に関するパンフレット」に一部加筆 36 30 江戸時代の 18 世紀ごろ 「江戸システム」という循環型の社会システムがあ りました。 この結果、江戸は当時世界最大の都市でありな がら、隅田川の河口では、シラウオがとれていまし た。そこでは、人々の生活から出る栄養分が魚を育 て、人々がまたその魚をとるという自然のサイクル がうまくまわっていました。 考える 自然のサイクルの 活用 -日本にはお 手本があります。 水路の整備とごみ処理 江戸のごく初期の頃、当初はごみを川に捨てていました。しかし、当時の川は、運搬用路として使わ れていたので、水深を維持するためにごみを川に投棄することを禁止しました。代わって、町の中にご みが溜まると収集し、船で川下まで運搬し、埋め立て地に捨てるというシステムを確立していました。 排泄物のリサイクル 排泄物は、貴重な肥料として使うためにも、また、川を汚さないためにも、下肥(しもごえ)として溜め ておいて、周辺農村に配分する制度が確立していました。下肥問屋があり、排泄物は下肥問屋が扱う 商品でした。このように江戸では、排泄物は非常に重要な価値のあるものでした。このシステムが、川 や海をきれいで適度に栄養分のある状態に保ちました。 食文化 江戸時代には、すし、天ぷら、ウナギの蒲焼き、佃煮、浅草海苔(江戸前が生んだ五大食文化)が有 名になり、全国へ拡がりました。 ( 以上、鬼頭宏 「文明としての江戸システム」を参考に作成 ) 江戸システムのイメージ 当時のヨーロッパ:汚物を道に撒く様子 出典: http://www. sewerhistor y.org/poster s.htm 食文化 盛んな漁業・魚料理 江戸前のすし アナゴのてんぷら アサクサノリ 佃煮 深川丼 栄養分を海にできる 限り流さない仕組み ・ゴミ収集の仕組み ・下肥問屋の制度 漁獲による栄養分 の取り上げ 適量の排泄物(栄養分) 魚・貝・海藻の ・東京湾への適度な栄養分 繁茂・成長 ・多くの干潟や藻場、魚・ (栄養塩の生物体 への変換) 穀物 野菜 下肥 (肥料) 貝・海藻 農村・畑 詳しくはあとで述べますが、一言でいうと、栄 干潟などによる (栄養塩の生物体への変換) 自然の浄化 37 大雨・洪水 (栄養分) 31 考える でも、私たちは昔の 暮らしにもどることは できません。現代に 合った形の新しい「東 京湾システム」をつく る必要があります。 「江戸前」や「江戸システム」といわるような人と海 のかかわりをもつ暮らし方(文化・ライフスタイル)が 一つの目標です。このためには、現代のライフスタイ ルに合った形で、多くの市民・行政が連携・協働する システムが必要です。 一人一人の行動が発信源となっていろいろな人と 協働して、「東京湾の環境をもっと豊かで美しくする ために自ら行動し、その恵みを楽しむ」新しい社会シ ステム(文化)「東京湾システム」をつくりましょう。 新しい東京湾システムの確立 東京湾の周りの都市圏は、世界で最も人口が集中し経済活動が盛んな都市圏の一つです。経済 活動と豊かな自然環境を両立させることが、今後の文化(ライフスタイル)のあるべき姿だと思います。 一人一人の行動と多様な主体の協働で、新しい社会システム(文化)「東京湾システム」を花開か せましょう。これこそが東京湾環境改善の大きな目標の一つです。 東京湾と人のつながりイメージ(潮干狩り) 生物が多い東京湾イメージ(アマモ場) 生物が多い東京湾イメージ(干潟) 38 32 考える 東京湾システムは どのようなものでしょ うか? 「東京湾システム」のキーワードは (1)人の手を加えて自然の浄化サイクルを応援 (2)一人一人の行動の輪の拡大と多様な主体の水 平的協働 (3)科学・技術的手法の向上 (4)「東京湾の環境をよくするために行動する会」の 発足 「東京湾システム」とは、社会の共有財産・共有空間である「東京湾の環境をよくする」という共通の 目的・目標に向かって、「多様な主体が主体的に参加し、対等な立場で水平的に協働し、その目標の 実現を目指す」ための新しい社会システムです。 これからの公共サービスをになうのは「官」だけではなく、「官」と「民」が連携した「公」(パブリック)だ とする、「新しい公」の概念の一つの形として、東京湾システムは解釈できます。 「東京湾システム」は次のようなものです。 (1)人の手を加えて自然の浄化サイクルを応援 自然を回復させるのは、自然そのもののもつ回復力です。人間は、その条件整備、きっかけ づくりにより回復のお手伝いをします。生態系の健全性の回復には長い期間が必要であり、そ の回復のプロセスの中で補助的に人の手を加えます。手を加えたことによる自然の反応をみな がら慎重に取り組むことが必要です。 (2)一人一人の行動の輪の拡大と多様な主体の水平的協働 ①共鳴・共感の輪の拡大 東京湾の環境をよくするために一人一人が行動することについての共鳴・共感の輪が拡がることが 必要です。この際には、「拡げる」ではなく、自然に「拡がる」ようにすることが大切です。 1. 東京湾の環境再生の目的・意義に対する共鳴・共感の輪の拡大 2. どのような東京湾の姿を目指すかという「目標」についての共鳴・共感の輪の拡大 3. 共鳴・共感し実際に行動する人の輪の拡大と活動内容の活発化・深化 ②一人一人の行動の輪の拡大 暮らしの中で、一人一人が負荷をできるだけ出さない生活をする、東京湾の水産物を楽しむ、環境 改善活動に参加する、という実際に行動する人の輪が拡がり、ライフスタイル(生活文化)が根付いて いきます。 ③水平的協働 多様な主体が、大きな課題解決に向けて、共鳴・共感し、対等な立場で協力しつつ、それぞれが個 別の問題に同時並行的に取り組んでいきます。 ④情報の共有 様々な知識・経験・楽しみ方などが共有され、共鳴・共感の輪、行動の輪が拡がるために、情報共 有・交換、意見交換を促進するための場・形・システムを構築します。 39 (3)科学・技術的手法の向上 ①環境の機構の解明と改善策の効果の分析 より効率的・効果的に環境再生を進めるための科学・技術的手法を充実させるため、研 究機関や関係行政機関の協力により、東京湾の環境を再現・予測できるシミュレーション モデルを開発します。 ・ シミュレーションモデルは、社会の共通のモデルとして、Web で公開して一般の市民 も利用できるものとします。 ・ 研究者や実務者等の主体的参加・協働により、東京湾の水環境のシミュレーションモ デルの再現性を高め、高度化する仕組みを構築します。 このようなシミュレーションモデルを活用して、環境の状況や再生のための手法を理解 するための場を設置します。 ②技術開発の推進 干潟・藻場の再生技術、各種既存ストックを活用した環境負荷軽減技術等、様々な技 術開発を推進し、複雑で絶えず変化する生態系の微妙な均衡を踏まえた技術の向上を 図ります。なお、先導的な技術開発にあたっては、モデル事業として実験的・順応的に実 施、その事業効果を検証します。また、企業等の有する優秀な技術を活用し、水環境再 生への対応がビジネスとしても魅力あるものとし、企業等の技術開発を促進していきます。 ③行政や技術者の意識・取り組み方の変革 羽田空港再拡張事業に関連した「羽田周辺水域環境調査研究委員会」の例のように、 研究者・NPO・行政関係者等が、対等な立場で主体的に参加し、東京湾の水環境の改善 のための環境質等の現況把握、機構の解明、将来予測等に関し、協働していく仕組みを 構築していきます。 これにより、社会全体として、よりよい調査・研究成果を得るとともに、調査研究レベルの 向上、調査・研究コストの削減、人材育成を図ります。 ④順応的管理 環境改善事業・活動の効果をモニタリング、評価しつつ、方法・手法の修正・改善や新たな取 り組みを行っていく「順応的管理」を行うためのシステムを構築します。このため、管理の方法、 多様な主体の役割分担・意志決定の新しい仕組みを構築します。 (4)「東京湾の環境をよくするために行動する会」の発足 多様な主体が、共鳴・共感を確認し、将来の目指すべき目標を共有し、情報を共有し、協働 で取り組んでいくことを支援する場・形・システムが必要です。 「東京湾の環境をよくするために行動する会」の発足を呼びかけます。 40 33 行動する 東京湾の環境を よくするために行 動する会の設立の 提案 「東京湾の環境をよくするために行動する会」は、東 京湾の環境をよくするための「人のつながり」・「取り 組みのつながり」・「楽しみのつながり」を促進しま す。 課題 色々な人や組織が東京湾の環境再生に取り組んでいます。しかし、もっともっと行動する人の輪、取り組 みの輪が拡がり、またお互いの協力・連携(協働)が必要です。 解決策 「東京湾の環境をよくするために行動する会」は、輪が拡がるようにするとともに、それらの「つながり」をより 太く強くしていきます。 「人のつながり」・「取り組みのつながり」 ・「楽しみのつながり」イメージ 取り組みのつながり 人のつながり 知の共有 情報の共有 楽しみのつながり 発信源が一人一人の行動 背景: 「明るい未来」 ©chieArt 東京湾の 環境再生 人と東京湾の つながりの深化 恵みに感謝し 楽しむ文化の発展 (東京湾文化の発展) ① 心豊かで美しい暮らし方(ライフスタイル)の実践 ② 新しい文化の世界への発信が世界の尊敬を集め、世界へ貢献する国へ 41 東京湾の環境をよくするために行動する会の設立趣意書(案) かつての東京湾は、美しく豊かな内湾でした。比較的静穏な海を利用した水上交通は、沿岸の都 市に経済的豊かさをもたらしていました。また、「江戸前鮨」に代表されるように、新鮮な魚貝類に芸術 的な仕事を施して食し、そして人々は生活圏の中にある美しい渚にしばしば足を運んでいました。 しかし、閉鎖性内湾である東京湾は、特に高度経済成長期以後の人口や産業の集中・集積に伴う 環境負荷の増大や埋立等に伴う影響を受け、環境上の問題が顕在化するようになりました。 また、高潮対策として整備された海に近づきにくい構造の護岸や臨海部の埋立が、私たちに経済的 豊かさと安全・安心をもたらしてくれた一方で、人々にとって東京湾を近づきにくいものにしてしまいま した。漁業についても、現在でも東京湾内で1万人近くが漁業を行っており、「江戸前」の食文化を支 えていますが、漁獲高は減少の一途をたどっています。こうしたことが、東京湾と人々のつながりを薄く してしまいました。 これは、①東京湾が閉鎖性の内湾であること、②東京湾へ流入する河川の流域に約 3,000 万人が 住み、世界のGDPの 3%が生産され、流入負荷が大きいこと、③過去から営々と積み重ねられてきた活 動の蓄積として海底に堆積している有機物等が、負の遺産として東京湾に残されていること、④埋立 等により自然の浄化力が低下していることなどが主として起因しています。 このため、陸域からの流入汚濁負荷削減とともに、海域における様々な環境改善の取り組みが実施 されてきましたが、水質や生物生息状況を見る限り、現状維持が精一杯です。 しかし、私たちはあきらめてはいけません。まだまだ私たちの知恵と汗が東京湾の環境再生のため に結集されているとは言えません。一人一人が行動すること、そして、市民や NPO 等の多様な主体に よる創意工夫ある取り組みを尊重しつつ、目標実現のための様々な取り組みが、あらゆるレベルで連 携・協働しながら体系的、総合的に進められることにより、東京湾は再生すると信じています。 私たちは、東京湾の環境をよくするためには、何よりも東京湾の環境再生への共鳴・共感の輪が大 きくなることが必要だと思います。そのためには、まず一人一人が何かを始めることです。そして、市民 やNPO、研究者や専門家、企業、行政などによる活動がつながり、活発になります。これらの力を総 力として結集し、それにより東京湾と人々のつながりを回復・深化していくことが大切だと考えます。そ れは、単なる環境再生ではなく、新しい文化の創造とも言うべきものです。 私たちは、東京湾の環境をよくすることの共鳴・共感の輪が拡がり、一人一人が行動し、多様な主体 の取り組みが拡大・深化することで、東京湾が美しく豊かになり、新しい形の「東京湾と人のつながり」 が生まれること、そしてそれを世界に誇る日本文化として発信することを決意して、「東京湾の環境をよ くするために行動する会」を設立します。 平成 19 年 7 月 42 34 行動する 具体的には、どんな活動をするのでしょうか? 「東京湾の環境をよくするために行動する会」は、 「共鳴・共感の輪」、「全体のつながり」を促進するた めの情報共有・提供やつながりの機会の提供・促進 に徹します。 行動する会の 活動内容 会の具体的活動 ①「東京湾環境再生宣言(仮称)」の策定 ②新しい協働の形「東京湾システム(仮称)」の提案 ③行動計画の策定 ④行動計画に基づく、具体的「行動」の実践 ⑤会の活動に共鳴・共感する輪の拡大のための情報発信(HP、会報) ⑥人材の紹介等企業・市民・研究者間のつながりの橋わたし ⑦科学的・文化的知見の向上のための調査研究等の振興 ⑧市民活動等を支援するための助成、顕彰 ⑨「東京湾の日(仮称)」設定 ⑩東京湾フェスティバルの開催、シンポジウム 促進の方法 情報の提供・共有 多様な主体の参加 研究者 市民 企業 つながりの機会の提供 多様な世代の参加 行政 NPO できるだけ多くの人の参加 10 代~ 1000人 1万人 10万人 100万人 NPO: 会費(募金)と自らの実践(例:アマモを植える。活動の輪を拡げる。情報発信をする。) 個 人: 会費(募金)と自らの実践(例:排水に気をつける。アマモを植える。江戸前の魚を食べて楽しむ。) 企 業: 会費(募金)と自らの実践(例:排水に気をつける。メセナとして技術開発する。NPO等の活動を支援) 学者、研究者: 会費(募金)と自らの実践(例:環境再生技術の開発、水質汚濁メカニズムの解明) 43 35 行動する 具体的行動 私たち一人一人が できることから始め ましょう。 自然の浄化サイクルがうまく回ることが大切です。 一人一人の行動は小さくても、みんなが行動する と大きな力になります。 ①家庭から東京湾への流入負荷を減らす。 ②藻場を増やす・守る。 ③干潟を増やす・守る。 ④魚をとって栄養分を回収する。 ⑤東京湾産ののりや貝や魚を食べる。 ⑥ゴミを回収する。 ⑦活動のために一年に 1000 円を募金する。 ①家庭から東京湾への流入負荷を減らす。 流入負荷量を減らすため、行政では下水道整備や高度処理の導入(窒素、リンを処理)を行 っています。下水道処理では窒素、リンは取り除きにくいため、家庭では、油や汚水を直接流さ ない工夫をし、処理施設への負担を軽減しましょう。 ②藻場を増やす・守る。 アマモの種付けに参加してみましょう。 アマモの種付けの様子 44 ③干潟を増やす・守る。 干潟に出かけてみましょう。そして、干潟を守る活動に参加してみましょう。 人工海浜(海の公園) ④魚や貝をとって栄養分を回収する。 魚や貝等の海でとれる食べ物を食べ、海から栄養分を回収しましょう。 ⑤東京湾産のノリや貝や魚を食べる。 東京湾でとれるノリや貝や魚を積極的に食べましょう。 出典:国土交通省港湾局(平成 15 年 11 月)「海の自然再生ハンドブック 第 2 巻 干潟編」 左上:ノリひび 中上:カキ養殖 右上:アサリ採取 左下:海藻類採取 45 ⑥ゴミを回収する。 私たちが出す多くのゴミは、自治体を通じ回収されますが、陸上の一部のゴミは河川などを通 じて海に流入したり、海岸に投げ捨てられたりします。さらに、近年では海岸に漂着する外国か らのゴミも大きな問題となっています。 東京湾の各港では清掃船が働いています。清掃船は、海面を漂っているゴミ、流木、油等を 回収しています。でも、海辺のごみは回収できません。そこで、みんなで海辺の清掃活動をし、 集めたもので楽しみましょう。 海岸のゴミ回収の様子 各港の清掃船 東京港内 清掃船「第一清海丸」 川崎港内 清掃船「つばき」 横浜港内 清掃船「青海丸」 千葉港内 清掃船「せいかい」 木更津港内 清掃船「きよみ」 その他海域 関東地方整備局 油兼ごみ回収船「べいくりん」 海からの贈り物からつくった作品例 NPO 法人日本渚の美術協会の活動 「海からの贈り物からつくった作品例」 ⑦活動のために一年に 1000 円を募金する。 「行動する会」の会員になりましょう。その会費は、東京湾の環境をよくするための活動に使わ れます。 46 36 海の恵みを食べる。 行動する 具体的行動 恵みを楽しみましょ う。 潮風をかぐ。 渚で遊ぶ。 海の風景を楽しむ。 生物をいつくしむ。 生物が育ってきていることを喜ぶ。 海辺を散歩する。 ・・・色々な楽しみを見つけてください。 出典:盤洲里海の会 47 37 行動する 科学・技術の向上 より効果的に環境改善を進めていくためには、東 京湾の環境の機構を解明し、どうすれば自然のサイ クルをうまく回せるのか考えていくことが必要です。 このため、生物の生息を含め環境実態の把握、 モニタリングの充実やシミュレーション手法の高度化 などが重要です。 東京湾の環境の機構解明イメージ 様々な主体によるモニタリング 行政機関、研究機関、NPO 東京湾の実現象 赤潮 青潮 ネガティブサイクル 撮影:海上保安庁 撮影:海上保安庁 貧酸素水塊によるへい死(魚) 貧酸素水塊によるへい死(貝) 撮影:中村征夫氏 出典:海上保安庁海洋情報部ホームページ 「東京湾海底散歩」 東京湾システム 再現・予測システム:シミュレーションモデル 現象把握システム:モニタリング 情報収集・発信システム:東京湾環境情報センター 48 38 行動する 東京湾やその周辺で活動する企業は東京湾の恩 恵を受けています。 その東京湾にお返ししましょう。 企業の取り組みも 大切です。 東京湾をぐるっと囲むように生産活動が行われています。これは、東京湾が企業活動に大きな恩恵を与 えている証明のようなものです。 環境負荷の排出責任という義務的なものではなく、東京湾への感謝の気持ちとして、また、メセナとして、 東京湾の環境改善に積極的に関わりましょう。 工場排水を採取する海上保安官 工場からの汚水については、規制を逃れよ うとしたものや、直接汚水を海に垂れ流して いたものなどがあります。 出典:海上保安庁「海上保安レポート 2002」 東京湾での企業の取組事例 ●コアジサシ等の保護活動 ●緑地の整備・開放 ●見学会(エコツアー)、環境教育講座の実施 ●清掃活動の定期的実施 ●アオサのバイオマス発電実験・実用化 ●排水処理、監視、負荷削減等の対策等 49 39 行動する とにかく、なにか始める ことが大切です。リスク を抑えるため順応的管 理手法があります。 リスクをおそれすぎて、改善をとめていませんか。 人工干潟、人工藻場など、生息域の造成による 方法も効果があります。ただし、うまくいかないリスク もあります。 少しずつ手を加えて、その変化を見ながらやり方 を考える「順応的管理」が必要です。 順応的管理とは 自然のしくみは複雑です。私たちは全てがわかっているわけではありません。このため、当初 の計画では想定していない事態に陥ることを考慮する必要があります。そのため、自然再生を 進める際、順応的管理が望まれます。 順応的管理とは、様子を見ながら(モニタリングしながら)、自然に手を加えていくことです。事 業が進むにつれ、自然環境の変化を観察しながら、最新の情報、技術を用いた状況の確認(モ ニタリング)を行い、必要であれば計画の修正を検討(フィードバック)します。 順応的管理の考え方 レベル1 目 レベル2 レベル3 的 個別目標 管理手法の見直し・改善 実現象 包括的目標 具体的な行動計画・ 事業実施方針 管理手法の設定 モニタリング 目標達成基準 による管理 出典:「海岸環境施策における順応的管理の考え方」(古川恵太ほか)海洋開発論文集 2005 に一部加筆 馬堀海岸の藻場造成の例 東京国際空港再拡張事業の例 馬堀海岸では、高潮によって被害を受けた護 岸を、普段は市民が憩いの場として利用できる 魅力的な護岸、災害時は市民を高潮から守る護 岸に改良しました。改良した護岸は、平坦なリー フ部を設け、海藻が生育し魚が生息しやすい、 生物生息に適した構造です。海藻の生育につ いて順応的管理が行われております。 調査を継続的に実施し、事業実施による多摩川 河口域を含む事業実施区域周辺および東京湾全 体の環境への影響の把握に努める。そして、その 成果を踏まえ、必要に応じて、さらなる創意工夫等 により、事業者によるできる限りの回避・低減措置 や、オンサイトのみならずオフサイトをも対象とした 代償措置を講じ、それらを通じて、多摩川河口域 を含む事業実施区域周辺の環境保全に努めると ともに、これらの実施にあたっては、関係機関との 連携により、東京湾全体の水環境の保全・改善へ の貢献に努める。 出典:国土交通省関東地方整備局、国土交通省東京航空局 (平成18年6月)「東京国際空港再拡張事業に係る環境影響 評価書 第二分冊」 50 40 行動する 人工干潟などをつくることによって、底生生物の 増加、水質の改善がみられます。 具体的行動 人工干潟など生息 域の造成による方 法も環境改善に効 果があります。 ・横浜市金沢区の海の公園は、人工の干潟です が、アサリがザクザクとれるようになりました。 ・葛西人工干潟では、飛来する鳥類の個体数、種 類数とも増加しました。 埋立地前面海域での干潟回復・創出模式図(断面) * ** 出典:国土交通省港湾局、環境省自然環 境局(2004 年)「干潟ネットワークの再 生に向けて~東京湾の干潟等の生態 系再生研究会報告書~」 底生生物の成育場、 海藻・草類の生育場 アサリ *H.W.L.(Hight Water Level) →満潮時の水面の高さ **L.WL.(Low Water Level) →干潮時の水面の高さ 干潟回復・創出イメージ(八景島 海の公園) 51 * ** アマモ 41 行動する 具体的行動 行動計画をつくる。 みんなで議論し、東京湾をどうしたいかという目標 とその実現のための方法を共有することが大切で す。 このため、「東京湾環境再生協働計画」を作りまし ょう。 東京湾環境再生協働計画 東京湾の環境をよくすることへの「共鳴・共感の輪が拡がる」ためには、「協働で具体的 に何をしていくのか」「どんな効果があるのか」を多くの人々が共有していることが大事で す。 また、多様な主体による様々な取り組みがうまくつながって、効率的かつ効果的に効果 をあげていくためには、科学的なデータや知見に基づき、取り組みの効果を適切に評価 するとともに、規模等を明確化するとともに、どのような取り組みが行われるかについて情 報が共有されていることが必要です。 このため、「東京湾の環境をよくするために行動する会」が「東京湾環境再生協働計画」 を策定します。 「東京湾環境再生協働計画」の中には、次のようなことを盛り込みます。 ①「東京湾環境再生宣言(仮称)」 ②新しい協働の形「東京湾システム(仮称)」の提案 ③行動の目標 ④それぞれの主体の具体的行動内容 ⑤情報発信方法(HP、会報) ⑥人材の紹介等企業・市民・研究者間のつながりの橋わたしの方法 ⑦科学的・文化的知見の向上のための調査研究等の振興方法 ⑧市民活動等を支援するための助成、顕彰方法 ⑨「東京湾の日(仮称)」設定の提案等の提言 ⑩東京湾フェスティバルの開催、シンポジウムの提案 52 42 行動する 具体的行動 目標を設定する。 目標(将来像)を設定し、その達成状況を評価す ることは、何をしようとしているのかが、明確になると ともに、行動の励みとなります。 目標は、水質などモノの性状だけではなく、人の 行動や意識の変化についても設定します。 東京湾環境再生協働計画の目標 より効果的に環境再生を進めていくため、また、多様な主体の活動の励みや目標とするため、 様々な取り組みによって実現しようとしている目標と現状を分かりやすい指標で示していくことが重 要です。 目標としては、以下のようなものが考えられます。ここに掲げたものは素案で、これから、「行動す る会」で議論を重ねて決めていくべきものだと思います。 ①東京湾と人とのつながりの再生 「東京湾と人のつながりの再生」を評価する指標として以下を設定する。 a)東京湾を大切にするために何かすべきだと思っている人の数の増加 b)東京湾を里海・里浜と感じている人の数の増加 c)東京湾の環境情報へのアクセス数 (2005 年度:約 1 万アクセス) →(2015 年度:約 10 万アクセス) (東京湾環境情報センターのウェブサイトへの年間アクセス総数とする) ②共鳴・共感・行動の輪の拡大 「東京湾の環境再生のための行動の輪の拡大」を評価する指標として以下を設定する。 a)「行動する会」の会員数の増加 (2005 年度:ゼロ →2015 年度:100 万人) b)環境関連の NPO 数の増加 (2005 年度:56 組織 →2015 年度:100 組織) (東京湾に関係する NPO の登録総数とする) c)参加型環境学習等の取り組み件数の増加 (2005 年度:119 件→2015 年度:170 件) (東京湾及びその流域における参加型の環境学習等の取り組み件数とする) d)参加型クリーンアップ・イベント数の増加 (2005 年度:29 件 →2015 年度:200 件) (東京湾及びその流域における参加型の清掃活動等の取り組み件数とする) 53 ③水環境の再生 「東京湾の環境質の着実な改善」を評価する指標として以下を設定する。 a)COD、T-N、T-P 環境基準の達成率の向上 (環境白書による報告値) b)夏季の東京湾奥部の透明度の向上 (2003 年度:COD68%、T-N・T-P50%) →(2015 年度:COD79%、T-N・T-P67%) (2003 年度:1m以下)→(2015 年度:1.5m 以上) (東京湾奥部の陸に近い海域における公共用水域水質測定結果の夏季平均値) c)夏季の底層 DO(溶存酸素)濃度の増加(2004 年度:0.3mg/L)→ (2015 年度:2mg/L) (公共用水域水質測定結果をもとに面積比から算出した平均底層 DO 濃度とする) d)赤潮・青潮の年間発生回数の減少 (2003 年度:赤潮 51 回、青潮 3 回) →(2015 年度:赤潮 30 回、青潮 2 回) e)東京湾流域下水道の高度処理実施施設の増加 (国土交通省下水道部調べによる) (2002 年度:20 箇所) →(2015 年度:40 箇所) ④生物の生息環境の再生・生物多様性の再生 多様な主体の取り組みによる「生物の生息環境の再生・生物多様性の再生」を評価する指標 として以下を設定する。 a)生態系ネットワーク拠点数の増加 (2005 年度:7 箇所)→(2015 年度:14 箇所) (新たな浅場、干潟造成に伴いアサリ、アマモ等の生息場が定着した場合にカウントする) b)干潟・浅場・藻場(アマモ場)等の面積の増加 (1997 年度:3,160ha)→(2015 年度:3,760ha) (環境省自然保護局 第 4 回自然環境保全基礎調査による) c)底生生物の出現種数の増加 (2003 年度:23 地点調査 0~32 種類)→(2015 年度:0~40 種類) (八都県市首脳会議・環境問題対策委員会・水質改善専門部会 東京湾の底質調査結果による) d)貧酸素水塊等による魚介類の死滅 (2005 年度:4万トン/年)→(2015 年度:2万トン/年) e)魚の生息状況の改善 アサリ (2005 年度:一部で生息) →(2015 年度:豊富に生息、ザクザク獲れる) コウイカ (2005 年度:一部で生息) →(2015 年度:豊富に生息) イシガレイ (2005 年度:一部で生息) →(2015 年度:豊富に生息) ハマグリ (2005 年度:ほぼ絶滅) →(2015 年度:一部で生息、ときどき獲れる) クルマエビ (2005 年度:ほぼ絶滅) →(2015 年度:一部で生息) f)生物生息環境配慮型構造の施設延長の増加 (2005 年度:3,163m)→(2015 年度:増加) (東京湾内 6 港における環境配慮型構造の港湾施設の施設延長) ⑤恵みを楽しむ文化 「人々が東京湾の環境をよくすることに参加することを楽しみ、環境がよくなったという結果を 楽しみ、また、東京湾の恵みを楽しむ。」を評価する指標として以下を設定する。 a)東京湾の海・海辺の訪問回数・満足度の向上 (2005 年度:稀、不満足)→(2015 年度:6回/年、かなり満足) b)「江戸前」の魚への評価の上昇(ブランド価値の向上) (2005 年度:一部で評価 )→(2015 年度:東京近郊でほぼ高く評価 ) c)「江戸前」の魚の消費量(東京湾内湾の漁獲量)の増加 (2003 年度: 2 万t )→(2015 年度: 増加 ) 54 43 行動する 具体的行動 情報を共有する。 共鳴・共感の輪、行動の輪が拡がり、つながる ためには、情報共有が極めて重要です。 ホームページを作成し、情報を共有します。 どこで、だれが、何をしているか・しようとしてい るか・どこに楽しみがあるのか分かります。このホ ームページで、「人のつながり」、「取り組みのつな がり」、「楽しみのつながり」の橋渡しをします。 検索のイメージ 今週末に海辺の生物と遊ん でみたいなぁ。 できたら、誰か教えてくれる ともっと楽しいのだけど・・ イメージ図: 東京湾環境情報センターHP より作成 55 44 行動する 観測モニタリングデータは、東京湾の環境をよく するための方法や効果を検討するために極めて重 要です。様々な行政機関が協力してデータを収集し、 それらが統一した形で公表されるよう、行政機関に 働きかけます。 これらの情報を、環境予測のため科学的分析に 使用したり、わかりやすい形にまとめて公表したりし ます。 具体的行動 データを共有する。 東京湾の環境情報の共有方法 行政機関 研究機関 NPO 行動する会ホームページ (東京湾環境ポータルサイト) 加工 東京湾環境情報センター 集約・提携 イベント情報、NPO の活動情報、 環境モニタリングデータ、専門的データ 生物の生息状況などの環境情報 現況データ 予測データ モニタリング →「東京湾環境情報センター (http://www.tbeic.go.jp/)など」 実現象 シミュレーション 再現 再現・予測システム 現象把握システム シミュレーション モニタリング モデル 予 測 情報収集・発信システム 東京湾環境情報センター 将来の状態 56 45 行動する 将来の目標 東京湾を世界文化 遺産に 私たちの地道な活動が人々のライフスタイルに根付 いて新しい文化となり、将来は、「自然を大切にし、そ の恵みを楽しむ心豊かで美しいライフスタイルによる 巨大都市と、美しく豊かな海の共存」として、東京湾が 世界遺産に登録されることを目指しましょう。 世界遺産とは 世界遺産とは、1972 年第17回ユネスコ総会において採択された「世界の文化遺産及び自然 遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づき、世界遺産リストに登録された鑑賞上、学 術上、保存上顕著で普遍的な価値を有する遺跡、建築物、自然などの財産です。 文化遺産、自然遺産、複合遺産の3つのカテゴリーがあります。 登録の手順 地方自治体が政府に、登録推薦の候補を記載した「暫定一覧表」を提出 政府(事務局:世界遺産センター)が「暫定一覧表」のうち、「世界遺産一 覧表」に登録準備が整ったものをユネスコ世界遺産委員会へ推薦。 ユネスコ世界遺産委員会での調査・評価・登録可否の採択。 ユネスコ世界遺産委員会が「世界遺産リスト」に追加。 どうすれば登録できるか (基準) ⅰ) 人類の創造的才能を表す傑作であること。 ⅱ) ある期間、あるいは世界のある文化圏において、建築物、技術、記念碑、都市計画、景観設計の発 展において人類の価値の重要な交流を示していること。 ⅲ) 現存する、あるいはすでに消滅してしまった文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠 を示していること。 ⅳ) 人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体、あるいは景 観に関する優れた見本であること。 ⅴ) ある文化(または複数の文化)を特徴づけるような人類の伝統的集落や土地利用の優れた例である こと。特に抗しきれない歴史の流れによって存在が危うくなっている場合。 ⅵ) 類例を見ない自然美および美的要素をもった自然現象、あるいは地域を含むこと。 東京湾文化の特徴 自然を大切にする心豊かで美しいライフスタイル(文化)による巨大都市と美しく豊かな海の共存 57 46 行動する 私たちも行動しま す。 委員の皆様からのメッセージ (「東京湾水環境再生における協働の進め方」委員 会*) *平成18年度に、国土交通省関東地方整備局港湾空港部及び(財) 港湾空間高度化環境研究センターを事務局とした委員会で、各委員 の方に御意見を頂き、検討を行いました。 委員長 磯部 雅彦 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授 「東京湾の再生に、息長い盛り上がりを」 東京湾は、100メートル四方の海に300人の使った水が流れ込むという、世界でも飛び抜けて人口密 度の高い湾です。しかも湾口が狭くて水が外に出にくい閉鎖性の内湾です。それだけに東京湾は汚れや すく、赤潮や青潮が起こり、生き物が住みにくくなっています。 この状態から抜け出し、皆が気軽に魚釣り、潮干狩り、海水浴、ピクニック、クルージングを楽しんだり、 生き物を見たり、生き物と遊んだりすることができ、しかも災害に対して安全で、人が活発に働く東京湾を 再生したいと思います。 人が多い分だけ、生き返った東京湾の恩恵を受ける人も多く、やりがいのある活動です。ただ、これは すぐにやり遂げられることではなく、道筋をたてて、途中を観察しながら、楽しみながら、飽きずに続けて いかなければなりません。息長い盛り上がりが大事です。 委 員 大沢 賢 中日新聞東京本社 東京新聞 論説委員 「水環境再生に向け大きなうねりを」 太古の昔から東京湾はたくさんの人びとの暮らしを支えてきた。日々の糧を供給し物資を運び、経済や 社会を発展させてきた。戦争による破壊や高度経済成長期の汚染もあったが、そのつど市民や行政、企 業など関係者の努力で再生した。今や日本の安全と繁栄を支える最も重要な存在と言えよう。 だが、人間活動と密接な関係を持つ自然は放置していては悪化するばかりである。東京港ではごみ廃 棄が続き、羽田空港に4番目の滑走路が建設されるなど大規模工事も始まった。船舶の交通量もかなり 多い。必要なのは環境と機能をどのように両立していくか、その手段を考え実行することである。 大切なものを失ってから行動するのでは遅い。すでに行動を起こしている人たちの力も結集して、東京 湾再生に向け大きなうねりをつくりましょう。 委 員 工藤 孝浩 神奈川県水産技術センター 栽培技術部 主任研究員 「“食”こそが行動の根源!」 “食”こそが、私の行動の原動力です。おいしくて新鮮で安全な魚介類を、これからも毎日食べたいから、 東京湾の水環境をよくするために行動します。東京湾の水環境がよくなって、首都圏の食料供給源として 再生するならば、そこにはかつてあったような文化が生まれます。漁師が元気よく働き、人々が水辺に集 い、江戸前文化が輝きを取り戻すことでしょう。 神奈川県水産技術センターは、市民や企業など様々な主体と協働して、本県沿岸でアマモ場の再生を 進めています。アマモ場は多様な生命の源で、コウイカ、メバル、ギンポ、スズキやクロダイなど、美味な 58 魚介類が生まれ育ちます。今後は、東京湾一帯にアマモ場を広げていくために、港湾管理者や東京都、 千葉県との連携に向けた行動を展開しようと思います。 委 員 後藤 秀樹 日本放送協会(NHK) 首都圏放送センター 専任ディレクター 「いちばん身近な海を、いちばんよく知ろう」 東京湾は不思議な海です。いちばん身近な海なのに、いちばん知らない海です。 日本でいちばん、多くの人がその姿を見ていますが、その海のなかがどうなっているのか、魚はいるの か、水はきれいなのか、などなどの疑問を、大部分の人はあまり持ったことがありません。多くの船が行き かい、航空機が上を飛び、工業製品などさまざまなものが沿岸で作られていますが、海そのものが主役 になることが少ないのが、東京湾です。 東京湾の“健康”状態は、周辺流域に住む約3000万人、日本の全人口の4分の1近くの人たちが出 す生活排水などに大きな影響を受けています。私たちの生活につながる首都の目の前の海の環境を守 れないことは、日本人が身近でいつも接している自然環境を守れない、自分の家の前を汚しっぱなしであ ることを示しています。 いちばん身近な海を、まずよく知って、そして、みんなで変えていきましょう。 委 員 清野 聡子 東京大学大学院 総合文化研究科 助教 「想って、語って、行って、食べて、つくる東京湾年代記」 東京湾の空間そのものが年代記である。 海の生物、景色、食べ物に、そこに去来した生物と人の姿を見い出す。ふと、その今と未来はどうなのか を思う。 海は楽しいことも多い一方、開発をめぐる摩擦に巻き込まれることもある。しかし、過去からこの舞台で 多くのドラマがあったと思えば、あきらめて前向きな気持ちになれる。過酷な開発の時代に、埋め立てて 水路にされそうになった海が、まだ生きている。 市民参加のおかげ、東京湾の来歴と、学術や行政の調査研究で生まれた新しい知識や情報が生きてく る。一緒に考えてくれる社会があってこそ、調べがい、考えがいがある。 外湾の魅力ももっと注目されていい。陸と海の水が本格的に出会う水域だ。関東平野の水を集めた川 の水が、都市を経て、黒潮と深海への海へと注いでいく。 このような東京湾の物語を集め、年代記を書いていきたい。そして、遊んで楽しみながら多くの人と共 有していきたい。 委 員 萩原 博 千葉日報社 編集局政経部長・論説委員 「東京湾水環境再生に対する私の思い」 東京湾の水環境は瀕死の状態だ。過去の埋立て・開発の後遺症、都市河川からの富栄養水流入が直 接の原因だろうが、海岸線の多くが企業岸壁となり、海が住民から遠い存在になってしまったことによる 住民の関心や意識、思いの希薄化も背景にあると思う。 だが、完全に“東京湾が死んだ”わけではない。現在でも多くの都市市民にとって憩いの場となり、漁業 者等の生活の場となっている。東京湾が直面する現実は厳しいが、過去の過ちを繰り返すことなく、その 教訓として東京湾を保全かつ生かし、後世に引き継いでいくことの現実的な行動を起こすことが、現在の 私たちに課せられた課題であり責務だ。 気張った議論も必要だが、まずは首都圏住民が東京湾に親しむ機会を増やし、関心を持つこと、その 59 上で東京湾への思い、価値観を共有することから始めたい。「行動する会」はその第1歩。多くの人と手を 結びたい。 委 員 林 義亮 神奈川新聞社 論説委員 「楽しみながら、手を取り合って」 例えば、頂き物をした相手には、お礼の気持ちを込めて、お返しをするのが世の習い。東京湾の環境 に関わる問題は、そんな当たり前のことを、長年他人まかせにしてきた私たちに責任があるような気がし ます。 東京湾は、“とうきょうわん”と呼ばれるずっと前から、私たち人間の暮らしに多くの恵みを与えてきまし た。でも私たちはそれに甘えるばかりで、深く考えることをしなかった。そのせいで東京湾はやせ細り、か つての豊かさを失ったようなものです。 お返しといっても大げさに考える必要はありません。小さくてもいいから、それぞれができることを、一緒 に…。楽しみながらであれば、きっと長続きするでしょう。それが“協働”です。さぁ、東京湾に海の輝きを 取り戻すために、手を取り合いましょう。 委 員 日野 明徳 東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授 「再生は“海の健全性”への共通認識から始まる」 “東京湾はきれいになった”と言う人は多いのですが、端的に言えば、それは微小なプランクトンさえも 住めなくなっているから何も見えないだけで、一つも「健全性」を取り戻していないことを研究者たちは知っ ています。“水環境再生”を“協働”するためには、この「健全性」についての共通認識が不可欠になるでし ょう。江戸時代の東京湾は生き物に満ちあふれていたと伝えられますが、これは世界最大といわれた街 から膨大な窒素やリンなどが流れ込む一方でそれらは植物プランクトンに姿を変え、やがて海では魚や エビなどに食べられて、ついには水産物として陸揚げされていました。また広大な干潟や砂浜の貝類や 微生物による浄化作用も大きく、陸と海との間で物質がさかんに循環していたからに他なりません。海の 生態系の健全性はこの“物質循環機能”の活性によって評価されるべきであり、循環の筋道を解明しその 機能を改善・再生することが求められるのです。 委 員 古川 恵太 国土技術政策総合研究所 沿岸海洋研究部 海洋環境研究室長 「東京湾を楽しく使いたい」 順応的管理、Wise Use、持続可能な開発、沿岸域統合管理・・・海辺と人々の望ましい関わり方を表す 言葉は、色々あります。中身を定義していくと難しく聞こえます。何をしたら良いのか、迷ってしまいます。 そんな時の最近の私のキーワードは、“思いやり”です。海域の有限な資源の循環を思いやって、持続可 能で賢い自然再生の技術開発。利用・管理する人を思いやって、総合的で順応的な仕組みづくり。生き物 を思いやって、住み処づくり。実験や研究にあっても、他の誰かのことを“思いやる”ことができたなら、楽 しく使える東京湾に近づけるのではないかと思っています。 委 員 風呂田 利夫 東邦大学 理学部 生命圏環境科学科 教授 「東京湾再生を社会文化に」 干潟に行くとカニやアサリなどたくさんの生物と出会える。しかし、水中では酸素欠乏による生物の大 量へい死が夏になるごとに起こっている。身近な所に生物の生活を感じ、一年中生物が生き残れる環境 60 に戻す。3000 万人もの人が排水を流す東京湾の生態系の復元は、人と自然との新たな関係作りをめざ す地域文化としてとらえたい。 委 員 細川 恭史 独立行政法人 港湾空港技術研究所 「海辺環境の修復技術に取り組んでゆきます」 私たちは、周りの環境に負荷をかけながら毎日の生活を営んでいます。東京湾の入り口にある町(横 須賀市)に住んでいる私も、とどのつまりは東京湾に負荷をかけながら生活していることになります。私の 両親は、戦後静岡の田舎から東京に出てきて子供をもうけました。当時は、共同の調理場・汲み取り便所 で銭湯に通う長屋生活でした。高度成長期を経て今、都市の生活は豊かで便利になりました。生活の中 での資源浪費や環境負荷は、それだけ取り出して直接触れることができないため、都市生活者の目から は見えにくい状況になっています。科学の眼を磨き都市の仕組みに対する理解を深め、負荷を減らし環 境を修復する術を探ってゆきたいと思っています。環境を良くするには、実践的な知識や技術も必要です。 少しずつ環境に働きかけながら習得する技術もあります。想像力を働かせ、自分の振る舞いを自省しつ つ、技を磨いてゆきたいと思います。 委 員 山崎 洋子 作家 「“背景の海”から“自分の海”へ」 お台場、みなとみらい、幕張と、東京湾のウォーターフロント開発は注目を集めてきました。けれどもそ こに人が集まれば集まるほど、海はどんどん遠ざかり“背景”でしかなくなってしまいました。人が目を向 けるのは“フロント”の華やぎばかり。“ウォーター”の現実は知らない…それが実情ではないでしょうか。 触れることのできない海、何がどんなふうに棲んでいるのかもわからない、まるで額縁の絵のようにな ってしまった海を、暮らしと結びつけて考えるのは難しいものです。無責任、無関心にもなっていきます。し かし小さい規模のものでも、もっとあちこちに干潟や磯が再生され、海を肌で感じることができるようにな れば、人の意識も変わるはず。あらたまった“勉強”ではなく、楽しい海、厳しい海を折りにふれ体感するこ とで、それが“自分の海”だという愛着も責任感もわいてくるのだと思います。 委 員 山脇 晴子 日本経済新聞社 文化・事業局 局次長 「今、踏みとどまろう!」 言うまでもなく、生きとし生けるものはみな、水から生命の源を得た。そして主要な文明、文化は水のそ ばに生まれ、水に育まれてきた。人と自然、都市文化の調和が取れていたとされる江戸もまた、江戸湾や 川、運河ゆえに発達した街だった。 いま、東京湾を陸から、そして沖から臨んでみて、いかに私たちが豊かな水文化――美しい景観、おい しい魚介類、大人も遊びたくなるような親水性――を破壊してしまったか、を痛感する。時計の針を江戸 時代に戻すことはできないが、今ここで踏みとどまり、持てる技術力を駆使すれば、少しは皆が愛すること のできる東京湾が戻ってくるかもしれない。 不要な護岸工事、海風を遮って乱立する高層ビル群、景観を無視した工場や建物・・・。 この数十年のうちに変えてしまった東京湾を、何百年何千年後の宝物として再生できるか、今、私たち の手にかかっている。 61 47 行動する 東京湾環境再生 宣言(案) 東京湾環境再生宣言(素案) かつて東京湾は、水運や漁場として利用し、また日常生活圏の中にある海辺で、遊び、集い、伝 統的な祭りを行うなど、人々の暮らしの中にしっかりと位置付けられた人々の共有空間でした。 しかし経済発展や人口増大に伴い、東京湾は大きく変わってしまいました。 戦後、特に、我が国は、高潮、津波に対する防災を最優先の課題と考え、海岸線に堤防や護岸を 築き、それにより、高潮や津波による脅威(きょうい)を軽減できるようになりました。また、東京湾の臨 海部は、たくさんの工場が立地し、日本の経済発展の原動力となり、私たちに経済的な豊かさをもた らしました。 その反面、東京湾の景観や環境は一変し、海・海辺で培(つちか)われた文化も失われていきまし た。人々は海・海辺に行かなくなり、関心も薄れてきました。こうして、東京湾と人々とのつながりは希 薄(きはく)になってしまったのだと思います。 この反省にたって、近年では、美しく、豊かな海・海辺の環境と防災機能や都市機能、生産機能 の両立を目的とした整備が行われるようになりました。しかし、かつてのように人々の暮らしの中に東 京湾が再び身近になったとはいえません。 なぜでしょうか。 私たちは、その原因は、行政の取り組みも含め東京湾の環境再生への取り組みの輪がまだまだ 小さいからではないかと考えました。 では、どうしたらよいのでしょう。 私たちの提案は、「東京湾をよくするには、何よりも東京湾の環境再生への共鳴・共感の輪を大き くすること、そしてそれにより東京湾と人々のつながりを回復することから始めなければならない。」と いうことです。既に、東京湾の環境再生や東京湾と人々のつながりの回復に向けた取り組みが行わ れています。これらがより活発になるような取り組みが必要です。 私たちは、ここに「東京湾環境再生宣言」を発表します。 「江戸前」とは、多様で豊かなかつての「東京湾と人々とのつながり」を示す生活文化を象徴する 言葉でした。今、この文化を再生することが必要です。人々が、海・海辺を人々の共有空間(コモン ズ)として意識し大切に思い、東京湾の環境再生に自ら取り組みながら、東京湾からの恵みに感謝し て楽しむ、このような新しい文化を育てていくことが必要です。 この宣言は、東京湾の環境再生を進めていこうとする私たち自らの決意を表すと同時に、広く 人々に東京湾の環境再生への参加を呼びかけるものです。この宣言が契機(けいき)となって、東京 湾の環境再生への取り組みの輪が拡がり、多くの人の手によって、豊かで美しい東京湾が復活し、 人々が東京湾の豊かな恵みに感謝して楽しみながらいきいきと暮らす日が来ることを、また、このよう な東京湾と人のつながりが、島嶼(とうしょ)国日本を象徴する文化として世界に情報発信していくこと を強く願います。 2008 年 1 月 東京湾の環境をよくするために行動する会 62 「東 京 湾 の環 境 をよくするために行 動 する会 」事 務 局 財 団 法 人 港 湾 空 間 高 度 化 環 境 研 究 センター 港 湾 ・海 域 環 境 研 究 所 環 境 管 理 研 究 部 内 〒108-0022 東京都港区海岸一丁目 26-1 バーク芝浦6階 TEL.03-5443-5397 FAX.03-5443-5412 メール:[email protected] HP・URL:http://www.tokyowan.jp 63