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第6章 氷の円盤結晶の形態不安定化の宇宙実験に向けて
第6章 氷の円盤結晶の形態不安定化の宇宙実験に向けて 北海道大学低温科学研究所 古 川 義 純 On Space Experiments for Morphological Instability on an Ice Disk Yoshinori FURUKAWA Institute of Low Temperature Science, Hokkaido University Abstract Recent investigations about the morphological instability, which occurs on the ice disk grown in supercooled bulk water, are reviewed on the basis of various ground and microgravity experiments. It is well known that ice crystals grow as the circular disks at their initial growth stages and their growth trajectories are categorized into two types depending on the growth kinetics of basal planes. Despite of the trajectory types, the morphological instability on ice disk occurs at the edge plane immediately after its thickness reaches a critical value. A theoretical model based on the anisotropic kinetic effect is developed to explain the ice disk growth trajectories and the occurrence of morphological instability. Various experiments of ice free growth under the short-term microgravity condition using the TRIA#7 sounding rocket and the MGLAB’s drop tube were also conducted. Based on these experiments and theoretical considerations, we summarized the future perspective for the space experiment which will be carried out in 2008 using the Japanese Experiment Module “KIBO” of International Space Station (ISS). 1. はじめに 物質の 2 つの相を隔てる相境界面は、系が非平衡状態におかれると時間とともに移動し、やがて複雑 なパターンを形成する。このような現象は、非線形・非平衡における形態形成の問題として、物理学の みならずさまざまな分野で注目をされ、研究のターゲットとなっている。相境界の運動という視点では、 結晶成長に伴うパターン発展はその典型であり、その中でも過冷却水中で成長する氷結晶のパターンの 時間変化は最もよく知られた例である(図 1)。シャーレに張った水をゆっくり冷却して、水面で成長す る氷結晶の観察を世界で初めて行ったのが、雪の結晶の研究で有名な北海道大学中谷宇吉郎研究室の荒 川・樋口1で 1952 年のことであった。氷結晶は、成長初期には円盤状であるが、やがて円盤の縁で凹凸 が生じ、最終的に雪結晶と同じような六回対称の発達した極めて薄い樹枝状結晶となることがこの実験 で示された。この観察は、相境界における形態不安定化モデルの基本概念が誕生するきっかけになった 1 K. Arakawa and K. Higuchi: J. Fac. Sci. Hokkaido Univ., Ser. II, 4(1952)201. 1 Mullins-Sekerka による形態不安定理論2 の発表よりも10年以上も先駆けており、 相境界の形態不安定発達に関する初めて の実験例であった。Sekerka 教授による と、この研究は Mullins-Sekerka 不安定 化モデルの誕生のきっかけのひとつとな った。しかしながら、その後の形態不安 定化の研究は、残念なことに日本では定 着せず、欧米の研究者によって飛躍的発 展が遂げられることになった。 Mullins-Sekerka 不安定では、平坦な 図1 過冷却水中で成長する氷結晶の連続写真。2 秒ごとに撮影された。初期の円盤状結晶から、円 盤の縁での不安定化の発生、六回対称の発達し た樹枝状結晶までのパターン発展過程が良く分 かる。 界面を保って成長しつつある結晶界面に 擾乱により揺らぎが発生すると、これが 時間とともにさらに発展するのかあるい は減衰するかを考える。すなわち、結晶 の側から見て界面が凸になった部分は Gibbs-Thomson 効果で平衡温度が下がるために結晶成長には不利 になり、成長を抑制する方向に作用する。一方、この部分は界面の位置が前方に突出するので熱の拡散 は有利になり、成長促進として作用する。この結晶成長の抑制と促進の作用のどちらがより効果的かに よって、界面パターンが安定か不安定かが決定される。すなわち、成長促進がより効果的であれば界面 の凹凸はさらに発達して不安定な界面となり、成長抑制の効果のほうが大きければ界面の凹凸は減衰し 安定な平坦界面へと戻る。 このような Mullins-Sekerka 不安定化を基礎として、樹枝状結晶のパターン形成に関する一般化され た理論はその後急速な発展を遂げ、サクシノニトリルなどの特定の物質についてはその樹枝状成長をよ く説明することができる。さらに、近年発展の著しいフェーズフィールドモデルによる数理解析的な樹 枝状結晶のパターン解析も大きな成功を収めてきた。 しかしながら、形態不安定理論の誕生のきっかけとなった氷結晶のパターン形成については、この一 般化された理論では必ずしも良く説明できないというジレンマに陥った。これは、氷の樹枝状結晶では、 界面張力の異方性のみならず界面カイネティクスの異方性が重要な役割を果たしているからである。す なわち、氷円盤結晶のベーサル面はスムーズな界面であり、円盤の側面は完全に荒れたラフな界面とな っている。我々は、このことに注目し、改めて過冷却水からの氷結晶の成長実験を行ない、その結果か ら氷のパターン形成の特徴を詳細に明らかにしてきた。そして、氷のパターン形成機構には何が問題で あるのか、そのパターン形成を記述するにはどのようなモデルを構築すべきかを議論してきた。 一方、融液成長の環境相においては、成長中の結晶周囲には生じる温度分布のために、対流が発生す 2 W. W. Mullins and R. F. Sekerka : J. Appl. Phys., 35(1964)444. 2 る。このため、微小重力環境を利用して、対流の存在しない環境相で結晶のパターン形成実験を行うこ とが、結晶の形態不安定モデルを検証するために、必要不可欠である。サクシノニトリルのパターン形 成に関しては、1990 年代に Glicksman らがスペースシャトルによる精力的な宇宙実験(The Isothermal Dendritic Growth Experiment, IDGE)を実施した。その結果、界面カイネティクスの効果が無視できる 系については、理論と実験が良く一致することが示されるなど、大きな成果をあげた3。さらに、この実 験データはウェブサイト4上で公開され、多くの研究者により利用されている。 これに対し、氷結晶に代表される界面カイネティクスの効果を考慮する必要のある系についての宇宙 実験は、現在までにまったく実施されていない。このような観点から、著者らは第 1 回「きぼう」 (船内 実験室)一次選定テーマに応募し、1993 年に課題名「樹枝状結晶の成長過程のその場観察による結晶の 形態形成に対する微小重力の効果」として採択された5,6。本研究では、界面カイネティクスの効果がパ ターン形成に極めて重要な役割を果たす系の代表として、過冷却水中での氷結晶の成長実験を微小重力 下で実施する。その後、本研究課題の研究推進のために 1998 年に TR-IA#7 ロケットを使って短時間宇宙 実験が実施された7, 8,9,10。その後はさまざまな要因により宇宙実験の機会がなかったが、スペースシャ トルコロンビア号の事故後のシャトル飛行の再開にともなって、「きぼう」の打ち上げ予定が具体化した。 これとともに、本研究課題による実験準備も再開され、最終段階に入った。本解説では、これまで実施 された地上実験から明らかになった氷の形態不安定化とパターン形成の特徴、さらにこれらに適用でき る新しい形態不安定化モデルについてまとめる。また、これまでに実施された短時間微小重力実験の成 果、今後実施が予定される宇宙ステーション実験により期待される成果について紹介する。 2.樹枝状結晶のパターン形成を支配する因子 融液中で成長する樹枝状結晶の界面不安定化やパターン発展は、非平衡条件におけるパターン形成の 最も典型的な例として、結晶成長、材料科学、数理解析、物性理論、応用数学などの広い研究分野で取 り扱われてきた。融液中で結晶が成長する場合、界面の形態不安定化やパターン形成は、熱力学的駆動 力としての過冷却度と成長の抵抗となるいくつかの素過程の相互作用により支配される11,12 ,13。融液結 3 Y. W. Lee, R. N. Smith, M. E. Glicksman and M. B. Koss: Effects of buoyancy on the growth of dendritic crystals, Annual Review of Heat Transfer, (ed. C. L. Tien, Begell House Inc., 1996)59. 4 http://www.rpi.edu/locker/56/000756/ 参照 5 http://iss.sfo.jaxa.jp/iss/doc13_01.html 参照。 6 足立聡、木戸脇健司、内田美佐子、荒井康智、白川正輝、河野靖、岡由里子、加藤秀輝、阿久津亮夫、 島岡太郎、川本洋、友部俊之、石川毅彦、依田眞一:日本マイクログラビティ応用学会誌、18(2001)228 7 Y. Furukawa, E. Yokoyama, S. Yoda, T. Nakamura, N. Koshikawa, Y. Nakamura, T. Masaki, K. Kawasaki, M. Miyata, T. Tomobe, T. Takada and K. Kidowaki, in Final Report of TR-IA Rocket No. 7 Microgravity Experiments, Published by NASDA (2002)149-248. 8 Y. Furukawa and E. Yokoyama: Proceedings on the First International Symposium on Microgravity & Application in Physical Science & Biotechnology, ESA SP, 454 (2001) 465. 9 古川義純、横山悦郎:日本マイクログラビティ応用学会誌, 21(2004)217. 10 Y. Furukawa, E. Yokoyama and W. Shimada: Studies on Crystal Growth Under Microgravity, Ed. Y. Hayakawa and Y. Furukawa, Research Signpost,(2005)165. 11 M. E. Glicksman and S. P. Marsh: The dendrite, in Handbook of Crystal Growth, (Ed. D. T. J. Hurle, North 3 晶成長における素過程は、 (1) 界面で発生する 結晶化の潜熱の拡散、 (2) 固液界面で分子が結 晶に取り込まれる際の界面カイネティクス、およ び(3)新たに界面が生成されることによる熱力 学的不利(表面自由エネルギーの増加)である。 すなわち、融液の過冷却によって生じる全駆動力 ( ∆T = Tm − T∞ 、ここで Tm は平らな界面での融 点温度、T∞ は遠方の環境相の温度)は、上記の素 過程に関連する駆動力にそれぞれ分配され (図 2)、 ∆T = δTe + δT + δTtr となる。 この中で δTe は、界面の曲率効果により界面平 衡温度 Te が低下する分で、いわゆる Gibbs− 図2 融液からの結晶成長の駆動力ΔT は、 界面の曲率、界面カイネティクス、潜熱の拡 散などの素過程に関連する過冷却度に分 配される。 Thomson の式 δTe = Tm − Te = γ κ Tm L で与えられる。 ここで κ は界面の平均曲率、 γ は界面自由エネル ギー(界面張力) 、 L は結晶の単位体積あたりの融解潜熱である。 一方、界面では、乱雑な配列状態(融液) にある分子が結晶に組み込まれて、規則正しい分子配列が構 築される。 δT (= Te − Tint ) は、この過程により生じる結晶成長の抵抗(界面カイネティクス)に対する 駆動力である。ここで Tint は、結晶成長界面の実際の温度になる。δT は、固液界面の構造、界面の成長 速度、界面の方位、さらに分子の動き易さなど、極めて多くの要素に関連する。その関数形は一般に非 線形性が強く、界面カイネティクスのモデルにも大きく依存する。 さらに、融液成長している結晶の周囲には拡散方程式に支配される熱拡散場が発達する。結晶成長に より解放された潜熱は、環境相に拡散することで熱収支が成り立っている。この熱拡散の駆動力にあた るものが、 δTtr の項で与えられる。融液の中に不純物が含まれる場合や溶液からの成長の場合には、熱 拡散場とともに物質拡散場も発達し、熱と物質の収支がともに満足される環境相が実現する。 さて、融液からの結晶成長に伴う樹枝状パターンの形成は、どのようなモデルにより説明されるかを 概観しよう。樹枝状結晶の先端形状は、ある曲率を持った界面から放出される潜熱の拡散と界面曲率に 依存した界面平衡温度の低下 (Gibbs−Thomson 効果) とのカップリングによって局所平衡が成り立ち、 Holland, The Netherlands) Chapter 15, (1993)1075-1122. 12 B. Billia and R. Trivedi: Pattern formation in crystal growth, in Handbook of Crystal Growth, (Ed. D. T. J. Hurle, North Holland, The Netherlands) Chapter 14, (1993)899-1074. 13 R. F. Sekerka: J. Crystal Growth, 128(1993)1. 4 樹 技 の 成 長 速 度 (v) や 半 径 (ρ) が 決 定 さ れ る 14,15,16 (図3(a))。しかし、この条件だけでは、樹枝状結 晶の先端部の形状は一義的に決定することができない。 図3(b)は、樹枝の先端の曲率半径に対する樹枝先端の 成長速度の関係を描いている。しかし、実際の樹枝状 成長では、樹枝先端の曲率半径と成長速度が過冷却度 の関数として一義的に決まっている。従って、どのよ うな機構である曲率と成長速度が選択されるかが極め て重要な問題として論争が行われてきた17。 この機構としてこれまでにいくつかの理論が構築さ れてきた。まず、1974 年には、樹技先端の成長速度が 最大値 ( v max ) となるように先端形状が決まる (Maximum Velocity Principle (MVP) )と言う考え方が 提案された18。しかし、サクシノニトリル結晶の樹枝状 成長実験による実際の成長速度が予測より 7 倍も速い ことが見いだされ、この考え方は直ちに否定された19。 図3 (a)樹枝先端での曲率半径と成長速度、 及び熱拡散場の模式図。(b)樹枝先端での 成長速度と曲率半径の関係。 これに対し、樹技先端の形は熱拡散による不安定化 要因と界面エネルギーによる安定化要因のバランスに より決まるという時間依存のダイナミクスが重要であ る。この考え方を導入して、Oldfield 20 は、樹枝状結 晶の成長に対し v ρ = const. と言う重要な関係を得 2 た(図3(b)) 。さらに、Langer and Muller‐Krumbhaar21 は、樹枝の先端形状を安定化させる何らかの 機構が存在しなくてはいけないという考え方を初めて示した。そして、無次元安定化パラメータ (dimensionless stability parameter)σ = 2ηl c v ρ を導入した。ここで、η は融液の熱拡散係数、 2 l c は毛細管長で界面張力 (界面自由エネルギー密度) に依存する量である。さらに、界面形状の安定・ 不安定を決める臨界の値 σ = σ * を決定し、実際の樹枝状結晶先端の v とρ は、σ の臨界値で決まる (Marginal Stability Hypothesis、MSH) と考えた。この理論は、界面が一方向に移動するときの形態不 14 15 16 17 18 19 20 21 古川義純、長島和茂:応用数理, 7(1997)196.; ③ 古川義純:材料科学, 36(1998)74. 古川義純:応用物理、70(2001)559. 黒田登志雄: 「結晶は生きている」サイエンス社, (1984). G. E. Nash and M. E. Glicksman: Acta Metall, 22(1974)1283. M. E. Glicksman, R. J. Schaefer and J. D. Ayers: Metall. Trans., 7A(1976)1747. W. Oldfield: Mater. Sci. Eng., 11(1973)211. J. S. Langer and H. Müller-Krumbhaar: Acta Metall., 26(1978)1681; 26(1978)1689; 26(1978)1697. 5 安定を論じたマリンズ−セカーカタイプの形態不安定にその基礎をおいている。 1980 年代になると、様々な物質を用いた多くの樹枝状結晶成長実験が行われ、理論モデルの検証が行 われた。サクシノニトリルなどの界面カイネティクスの効果がほとんど無視できる結晶については、樹 枝状結晶の先端形状や成長速度が、理論モデルと良く一致することが明らかになった。しかし、それで もなお非平衡・非定常におけるダイナミックなパターン発展を予測することは困難で、理論モデルの限 界がある。 一方、その後も樹枝状成長に対する理論的な発展がなされてきた。1980 年代には、樹枝状成長問題を より一般的な非線形自己組織化現象として取り扱う試みがなされた。また、1986 年頃からは Microscopic Solvability Condition (MSC) Theory と呼ばれる理論22の発展がなされた。この理論では、界面張力の 異方性が樹技状成長の起こる必要条件であることなどが指摘された。さらに、樹枝状成長過程を局所平 衡的な記述で取り扱うのではなく、熱あるいは物質の移動を巨視的な連続モデルとして導入することも 重要と考えられた。この様なモデルの典型的なものが 1990 年ごろから議論がなされている Interfacial Wave (IFW) Theory23 である。この理論では、樹枝の先端は安定ではなく、時間変動をしていると考える。 樹枝状結晶の 2 次枝の周期や先端分裂などの現象が、樹枝先端での自励的な振動が定常波として増幅さ れることに起因すると考えた。しかし、その実験的根拠は未だ希薄で、実際の樹技状結晶に適用できる かどうかはさらに検討が必要である。 以上のような結晶の融液成長における界面の形態不安定化や樹枝状パターン形成の理論研究は、界面 カイネティクスの抵抗が無視できる場合(すなわち、 δT = 0 )に限定して発展してきた。前述のサクシ ノニトリルは、ほぼこの条件を満たしているので、結晶の樹枝状成長理論の検証を目的として極めて有 効であった。さらに、界面自由エネルギーの異方性を考慮に入れた理論モデルの構築24やフェーズフィー 多くの実験的検証が依然として試みられて ルドモデルによるシミュレーション25なども盛んに実施され、 いる。 これに対し、本研究で取り扱う過冷却水で成長する氷結晶の形態形成は、界面張力の効果とともに界 面カイネティクスの効果も大きな役割を果たす場合の典型的な例である26,27,28,29,30従来の樹枝状結晶成 長のモデルは、基本的に界面張力の効果が優先的な場合について構築されたもので、界面カイネティク スの効果が顕著である系については適用できない。すなわち、氷結晶のパターン形成機構を解明し、界 面カイネティクスの効果をも取り入れた新しい形態不安定化の理論モデルを構築することが極めて重要 22 J. S. Langer: Science, 243(1989)1150. J-J. Xu: Interfacial Wave Theory of Pattern Formation-Selection of Dendritic Growth and Viscous Fingering in Hele-Show Flow (Springer, 1998). 24 B.Billia and R. Trivedi: Handbook of Crystal Growth, Vol. 1b, Chapter 14,(1993). 25 小林亮 : 日本結晶成長学会誌 18(1991)209. 26 T. Fujioka: Study of ice growth in slightly undercooled water, Doctoral Thesis, Department of Metallurgy and Material Science, Carnegie Mellon Univ., (1978). 27 T. Fujioka and R.F. Sekerka: J. Cryst. Growth, 24/25 (1974) 84. 28 J. S. Langer, R. F. Sekerka and T. Fujioka: J. Cryst. Growth, 44(1978)414. 29 K K. Koo, R. Ananth and W. N. Gill: Phys. Rev., A44(1991)3782. 30 S. H. Tirmizi and W. N. Gill: J. Cryst. Growth, 85(1987)488; 96(1989)277. 23 6 である。これにより樹枝状結晶成長におけるより普遍性のあるモデルの発展に寄与できるものと期待さ れる。 一方、実際の結晶のパターン形成を考える場合、結晶成長を支配する様々な素過程が結晶の面方位に 依存する効果(すなわち、異方性)と対流などの外的擾乱の効果を考慮する必要がある。異方性の現れ る代表的なパラメータは界面自由エネルギーと界面カイネティクス係数で、それぞれ δTe と δT の大きさ の面方位による違いに対応している。界面自由エネルギーの異方性は、結晶の平衡形の観察から推定す ることが可能である。これに対し、界面カイネティクスの異方性は、界面の構造だけではなく、成長速 度にも依存するので非線形性が強く、簡単に推定することはできない。氷結晶のパターン形成では、界 面自由エネルギーと界面カイネティクスの異方性が複雑に相互作用していると考えられる。 3.過冷却水中での氷結晶パターン形成の特徴 氷の自由成長におけるパターン形成実験に使われる実験装置の基本概念は、 図4に模式的に示される。 装置は、結晶成長セルと核生成セルで構成され、両者は細いガラス毛細管で連結され、結晶成長セル側 はその中心部まで挿入されている。両方のセルには、ペルチエ素子によりそれぞれ独立に冷却システム が装備されていて、精密な温度制御が可能である。装置内に純水を充填し、結晶成長セルの試料を所定 の温度まで過冷却させる。過冷却が達成されたら、核生成セルの温度を急速に低下させ、核生成セル内 で多数の氷微結晶を発生させる。氷微結晶は、核生成セルと毛細管の中を成長するにしたがい、徐々に 淘汰されて、最終的に 1 個の単結晶粒のみが生き残る。この結晶がガラス管の先端に達して顔を出すと、 過冷却水中で氷の自由成長が開始する。実験室で 実験を行う場合には、毛細管の急冷や液体窒素で 冷却した白金線を毛細管に挿入するなどの方法で 核生成が可能であるので、核生成セルは特に必要 ではない。しかし、微小重力実験など実験者が直 接実験操作を行うことが困難な場合には、核生成 セルが結晶成長の開始や成長方位を制御するため に重要な役割を果たす。また、結晶成長セルには、 氷結晶の成長に伴う体積膨張による圧力の上昇を 避けるために、圧力抜きの孔が取り付けられてい る。 図 4 氷結晶の自由成長装置の基本概念図。結晶 成長セルと核生成セルで構成され、両者がガラ ス毛細管で連結される。核生成セルは、地上実 験では必ずしも必要ではない。2 つのセルはペル チエ素子と高精度温度コントローラーにより独立 に制御される。図には示されていないが、氷結晶 の成長に伴う圧力上昇をリリースするための孔 の設置が重要である。 成長を開始した氷結晶は、マッハツエンダー干 渉計によりその場観察される。図5(a)は、成長途 中の氷結晶のスナップショットで、結晶の内部に は結晶の厚みに応じた干渉縞が観察される。これ 7 を画像解析する31と、結晶の三次元パターンを決 めることができる(図5(b)) 。 実験は、過冷却度 ∆T を 0.01Kから 1Kの範囲 で変化させて行った。氷結晶形態の三次元解析か ら氷のパターン発展は2つの過程32,33に分けられ、 それぞれの過程の特徴は次とおりである(図6、 及び図7参照) 。すなわち、 過程 I: 成長初期の薄い円盤状の形を保った ままで成長する過程(安定成長過程)。円盤の底面 (ベーサル面)は分子レベルで平らなファセット 面(スムースな界面)であるが、円盤の縁は常に 丸い界面(ラフな界面)で、決してファセット面 が観察されることはない(図6)。また、干渉計に より円盤の厚みと半径を同時測定して成長軌跡 として描くと、同じ過冷却度でも結晶によって軌 図5 (a)マッハツエンダー干渉計で観察した氷の樹 枝状結晶。(b)干渉縞の解析により得られる氷樹 枝状結晶の3次元構造。 跡が異なる。軌跡は、厚みと半径が成長開始から それぞれほぼ一定の割合で増加する場合(タイプ I)と、成長初期には円盤結晶の半径方向のみに 成長し、途中から厚み方向への成長を開始する場 合(タイプ II)の 2 タイプが存在する(図7(a))。 また、成長が進行すると、円盤結晶の縁では凸凹 が生じて、形態不安定が起こる。この形態不安定 化の発生は、円盤の厚みがある臨界値を越えたと きに起こり、円盤の半径には依存しない。形態不 安定化の臨界厚みは、軌跡のタイプには依存せず、 図6 氷結晶の成長過程の模式図。成長初期は 円盤型結晶である。この領域では、形態不安 定は起こらず安定成長の領域である(すなわ ち、過程 I)。形態不安定化は、円盤の縁で起こ り、そのまま樹枝状結晶へと発達する。この段 階を、過程 II と呼ぶ。 31 Y. Furukawa and W. Shimada: J. Cryst. Growth, 128(1993)234. W. Shimada: Experimental studies on the pattern formation in growth of ice crystals, Doctoral Thesis, Hokkaido Univ., (1995). 33 W. Shimada and Y. Furukawa: J. Phys. Chem., B101(1997)6170. 32 8 hc ∝ ∆T −1 の関係により過冷却度に依存する(図 7(b))。また、円盤の縁での不安定化は、 必ず一方のベーサル面が前方に突き出す形で発生する。すなわち、この現象は氷結晶の結晶 学的な構造からは説明不可能で、形態不安定化における対称性の破れに対応している。 過程 II:形態不安定化により円盤の縁で発生した凸凹が結晶の成長とともに増幅され、最終的に六回 対称の発達した樹枝状結晶となる過程(不安定成長過程)。樹枝状結晶の三次元パターンは、 平らな大きさの異なるベーサル面ではさまれ非対称性の強い構造となる。また、氷結晶の樹 枝の先端では、2 次枝の発生周期とは異なる周期で先端分裂現象が起こる。樹枝の先端成長 速度の過冷却依存性は、LM-K 理論による予測と良く一致するが、先端の曲率半径は理論的 予測とは一致しない。 樹枝状結晶パターンとは大きく異なる特 徴を示す。すなわち、結晶の三次元パターン 形成の精密解析を行い、これを説明する新し いモデルを構築することにより、樹枝状結晶 のパターン形成機構の理解をさらに進展さ せることが可能となる。 一方、過冷却水中での氷結晶成長機構につ いては、最近分子動力学法による計算機シミ ュレーションによる研究が発展し、分子レベ ルでの理解が深まりつつある。Nada ら34は、 氷の結晶の物理的性質を忠実に再現できる 6 サイトモデルと呼ばれる新しい水分子ポテ ンシャルモデルの開発に成功した。この水分 子モデルで作成した氷結晶では、融点、密度、 結晶内の水分子の配向などが実際の氷と極 めてよく一致することが確かめられている。 このようなモデルを使うことで、過冷却水か らの氷結晶成長機構を分子レベルで解析す 図7 (a)ΔT=0.09K で成長する円盤状氷結晶の成長軌跡。同じ条件で成長する結晶であっても、必ずし も同じ軌跡を取らない。しかし、円盤の縁で不安定化が起きるときの臨界の厚みは、すべての結晶に 対しほぼ同じである。(b)円盤の縁で不安定化の発生する臨界厚みの過冷却度依存性を示す。 34 H. Nada and J. P. J. M. Van der Eerden: J. Chem. Phys., 118(2003)7401. 9 ることが可能である。彼らは、このモデルを使って、過冷却水中で成長する氷のベーサル面、プリズム 面、さらに高次の面について、成長中の界面構造や結晶成長過程を詳細に解析した35。その結果、ベー サル面は成長中もスムースな面を保ち、成長ステップの運動により成長が起こることが確かめられた。 これに対し、プリズム面やそのほかの高次の面では、界面はラフ、または連続的な構造を持ち、分子が 集団的に運動することで結晶成長が起こることを明らかにした36,37。すなわち、この結果は過冷却水中で 成長する氷結晶の形状が薄い円盤状であることと対応している。 4.氷の円盤結晶成長モデル 前章で示したように、過冷却水中での氷結晶は複雑な過程を経て、パターンを形成する。このような 複雑なパターン形成過程を統一的に説明する新しい形態不安定化モデルを構築することが極めて重要で ある。この節では、我々が発展させた氷結晶パターン形成の初期段階にあたる円盤氷の不安定化モデル38 について紹介する。 まず、図8に示すように、半径 R 、厚み h の円盤結晶の成長を考える。円盤結晶の半径方向成長速度 dR dh は円盤の縁から放出される結晶化の潜熱が排斥される速度により決まり、厚み方向成長速度 は dt dt 円盤中心での界面過冷却度( ∆Ts )に依存する界面カイネティクスにより決まるとする。Fujioka and Sekerka 8,9) は、 dh = 0 、すなわちベーサル dt 面の成長が無く、成長による潜熱の放出は円 盤の側面からのみと仮定して、円盤結晶周囲 の熱拡散場に対する拡散方程式を解き、半径 方向の成長速度は、 k ∆ T 2π dR = w L dt Lh と書けることを示した。ここで、 k w は水の熱 伝導率である。また、形状パラメータ L は、 図8 氷円盤結晶成長のモデルの模式図。結晶化の潜熱 は、円盤の縁からのみ放出される。したがって、結晶 内部にも温度分布が生じ、円盤の中心部が最も温度 が低い。 16 2 R で与えられる。 L = 1 + ln h 一方、厚み方向成長速度は、ベーサル面の 界面カイネティクスにより律速される。 35 36 37 38 H. Nada, J. P. van der Eerden and Y. Furukawa: J. Cryst. Growth., 266(2004)297. H. Nada and Y. Furukawa: J. Cryst. Growth, 283(2005)242. 灘浩樹, J. P. van der Eerden, 古川義純:低温科学, 北海道大学低温科学研究所発行, 64(2005)77. E. Yokoyama, R. F. Sekerka and Y. Furukawa: J. Phys. Chem., B104(2000)65. 10 (1) Michaels et al.39は、ガラスキャピラリー中で氷のベーサル面の成長速度を測定し、成長速度が (∆Ts )α に比例し、スパイラル成長に対してはα = 2、2 次元核成長に対してはα = 10 となることを見出した。こ の結果から、円盤結晶の厚み方向成長速度は、 d h = 2 µ (∆ T s )α dt (2) と記述できる。ここで、µ はカイネティク係数で、ファクター2 は円盤の両サイドで成長が起こることに 対応している。 ∆Ts は、ベーサル面の中心での界面過冷却度で、円盤結晶内の熱拡散方程式を解くこと で、 ∆Ts = ∆T 1 − π と与えられる。ここで、氷の熱伝導率 ki は水の熱伝導率 k w に等しいとおき、 L 成長は十分定常状態に達していると仮定すると、式 (1) と (2) から円盤の成長軌跡を示す常微分方程 式、 π dh h = L 1 − L d R h0 α が得られる。ここで、 h 0 = (3) πk 1 である。この式を位相面解析(Phase Plane Analysis)を行 µ L ∆ T α −1 うことで、 (R, h ) 平面内での円盤結晶の成長経路が決定される。 このモデルによって図9 に示さ れる。各奇跡の計算に使われたパラ メータの値は、表 1 にまとめられて いる。S0 と S1 がα=2 の場合、T0、 T1、および T2 がα=10 の場合の軌跡 を示している。この結果から、円盤 の成長軌跡は、ベーサル面の成長カ イネティクスに強く影響されること が分かる。また、成長初期の円盤形 状は、その後の円盤の成長軌跡には ほとんど影響を与えない。さらに、A、 B、C、D、および E は、Shimada and 図9 モデルに基づいて計算された、氷円盤結晶の成長に伴う 形態変化の軌跡。各軌跡に対するパラメータの値は表 1 に 与えられる。 Furukawa 18) の実験結果を示してい る。 ここで、 S0 と S1 はスパイラル成長 (α = 2)の場合で、S0 は氷の ki=kw 39 A. S. Michaels, P. L. T. Brian and P. R. Sperry: J. Appl. Phys. 37(1966)4649. 11 表1 モデルによって計算された各軌跡に対するパラメータの値 α µ ∆T ∆Ts kw ki L R(0) h (0) K K cal cm1 s1 K1 cal cm1 s1 K1 cal cm3 cm cm S0 2 2.5×102 0.09 Eq. (4) 0.00144 ki=kw 80 2×103 2×103 S1 2 2.5×102 0.09 35 % reduction 0.00144 ki=4kw 80 2×103 2×103 T0 10 1.0×108 0.09 Eq. (4) 0.00144 ki= kw 80 2×103 2×103 T1 10 1.0×108 0.09 0.00144 ki=4kw 80 2×103 2×103 T2 10 1.0×108 0.09 35 % reduction 18 % reduction 0.00144 ki=4kw 80 2×103 2×103 の場合、S1 は ki を実際の値に近い値 ki = 4 kw に補正した場合である。ki が大きくなると、ベーサル面の 中心での界面温度が上昇するので、ki=kw の場合に較べ ∆Ts は過大評価になる。Fujioka 24) は、 ∆Ts に 対するこの効果による減衰率を約 35 %と見積もった。しかしながら、これらの補正を加えても、成長軌 跡は S0 からの大きな変化は見いだされなかった。従って、スパイラル成長の場合は、成長軌跡は ki の 値には敏感ではない。また、この軌跡は、タイプ I の実験結果(A、B、及び C)とも良い一致を示した。 一方、2 次元核生成機構で成長する場合(α = 10)には、T0(ki = kw)の成長軌跡は、タイプ II の実験 結果(D 及び E)とは大きく異なることが見いだされた。S1 に対する補正と同じ補正を加えると T1 の成 長軌跡が得られ、この場合には ki に極めて敏感な変化を示すことが分かる。T1 の軌跡を実験結果と較べ ると、厚み方向の成長速度が実験結果よりも小さく見積もられすぎである。このため、 ∆Ts の減衰率を 変化させて計算を行ったところ、減衰率 18 %のときに、実験結果とよく一致する成長軌跡 T2 を得るこ とができた。また、最近の理論モデルによって、この減衰率の導入は 2 つの底面の成長速度が異なるこ とから説明できることが分かっている 27)。 これらの結果から、 ∆Ts の減衰率が円盤結晶の成長軌跡の変動に与える効果は以下のようにまとめら れる。 (1) モデルは水と氷の熱伝導率を等しいとしたが、 実際には氷の熱伝導率が水の値に較べ約4倍大きい。 このため氷結晶内を伝導する熱のため界面温度は上昇する傾向になり ∆Ts は小さくなる。 ∆Ts の熱 伝導効果に起因する減衰率は、約 35 %である。 (2) 結晶成長セル中に自然対流が存在すると、界面近傍での熱拡散場の広がりは小さくなるので、界面 温度は低下する。これは、氷結晶内の熱伝導による界面過冷却度 ∆Ts の減衰率の低下させる効果に 対応している。 (3) 氷結晶は、ガラスキャピラリーで結晶成長セルの中心部に保持されており、キャピラリー内部は氷 が詰まっている。ガラスの熱伝導率は水に近い値であるが、氷結晶の熱伝導の効果で、氷結晶の界 面温度は低下させられる傾向にある。この場合も、 ∆Ts の減衰率が下がる。 12 (4) これらの結果として、 ∆Ts の減衰率を 35 %から 18 %に補正することにより地上実験で得られた結果 を良く説明できた。 (5) 微小重力下の実験により、円盤結晶の成長軌跡を得ることができれば、 ∆Ts の減衰率に対する上記 の見積もりの妥当性、および対流の効果を定量的に見積もることが可能になる。 ここに述べたモデルでは、まだ円盤の縁での形態不安定化が起こるメカニズムに関しては、十分説明 できていない。最近、Yokoyama ら40は、平らな界面として現れるベーサル面上での成長ステップのバン チングが、円盤の縁での界面不安定化の原因であるという視点で新しいモデルを構築しつつある。この モデルでは、ベーサル面の中央部から派生した成長ステップが面上を広がり、円盤の縁に近づくとステ ップ移動速度が遅くなることと、荒れた円盤の縁が連続的な成長を続けることとの相互作用として、界 面不安定化が発生すると予測している。 5. 微小重力実験によるパターン形成機構の解明 5.1 JAMIC 落下塔による、宇宙実験装置の基本概念の確立 パターン形成におけるモデルを完成させるために、モデルと実験とを比較検討することがきわめて重 要である。微小重力実験に使用される氷結晶の成長装置は、図4に示した基本概念によって構成されて いる。微小重力実験では、実験中に装置にアクセスすることは困難であるので、結晶の核生成と成長方 向を自動的に制御する目的で核生成セルが設計された。 このシステムでは、以下のようなシークエンスで結晶成長実験が行われる。 (1) 2つのセルとガラス毛細管に気泡が残らないように純水を充填する。 (2) 結晶成長セルの冷却を開始し、所定の過冷却温度を達成する。 (3) 核生成セルの急速冷却を開始し、セル内で多数の微結晶を発生させる(核生成の制御)。 (4) 微結晶は核生成セルからガラス毛細管内の成長を続け、最終的に 1 個の結晶粒となり、毛細管 先端に到達する(結晶の成長方位の制御)。 (5) ガラス管の先端から、氷単結晶が自由成長を開始する。 この基本システムの特徴は、成長セル内での結晶成長の開始のタイミングや成長する結晶の光学軸に 対する向きを制御できることである。落下塔による短時間微小重力場でその作動状況の確認が行なわれ た。最初の実験は、1994 年 3 月に北海道上砂川町に設置されていた地下無重力実験センター(Japan Microgravity Center; JAMIC)の落下塔を利用し行われた。この落下塔では、500mの自由落下により 10 秒間の微小重力場が得られる。実験では、この微小重力時間中に樹枝状結晶が成長する様子をその場観 察することに成功した。このときに観察された世界初の微小重力下での氷結晶成長により、ここに提案 40 E. Yokoyama, R. F. Sekerka and Y. Furukawa: in preparation. 13 した氷結晶成長実験に対する基本システムが、将来の宇宙実験システムとして有効であることを実証し た。 5.2 回収型ロケット TR-IA7号機による世界初の氷結晶成長宇宙実験 その後、国際宇宙ステーションの建設が遅れはじめたことを受けて、本研究は宇宙開発事業団による 回収型ロケット TR-IA7号機(TR-IA#7、たけさき)を利用する宇宙実験テーマに選定された。この基 本概念をベースにした実験装置の開発を経て、1998 年 11 月に初の宇宙実験フライトが実施された。図 10は、ロケット実験のために開発された結晶成長装置と観察系の全容である。直径約 80cm、高さ 40cm のスペースに全実験システムがコンパクトに収納されている。このロケットは、種子島宇宙センターか ら打ち上げられ、打ち上げ後約 1 分で大気圏外に到達する。推力を切って弾道飛行を開始すると、その 後約 6 分間にわたり微小重力場が継続する。この間に最高 250km の高度に到達し、その後再び大気圏に 突入し、パラシュートで減速して海上に着水し、回収される。 図11は、宇宙における最初の氷結晶成長過程の連続写真を示す。結晶の成長は、ガラス毛細管の先 端から 2 個の微小な氷結晶粒が成長セルの中心に噴き出されることで開始した。成長初期には円盤形状 を保ちながら成長し、やがて円盤の縁で不形態不安定が発生し、樹枝状パターンへと発展する過程が観 察される。このフライト実験では、二系統中の一系統の観察画像の記録装置が途中で停止するという予 想外のトラブルが発生したために当初予定した毛細管先端での氷単結晶のパターン形成過程の干渉計解 析は実現しなかった。幸いにも、もう一系統で取得された明視野観察画像データを詳細に解析すること により、下記にまとめる成果が得られた。 図10 TRIA ロケット 7 号機で打ち上げられた、氷結晶成長観察装置。 14 図11 TRIA ロケット 7 号機による宇宙実験で観察された氷結晶成長の過程を示す連続写真。ガラ ス毛細管の先端から飛び出した 2 個の氷単結晶は、成長セル中心部に留まったままで成長を継 続した。 (1) 宇宙では、核生成セルの中で結晶が生成された瞬間に、ガラス毛細管の先端から 2 個の微結晶が 結晶成長セルの中に噴出されるという予期しない現象が観察された。しかし、噴出された結晶粒 は、成長セルの中心部に静止し、そのままの位置で成長が継続するのが観察された。重力下では 氷は浮かび上がってしまうが、微小重力場では完全に空間に静止したままで成長し続けた。結晶 成長の実験では、微小重力であっても何らかの方法で種結晶を固定する必要がある。しかしなが ら、この実験では、結晶が完全に空間に浮遊した状態で成長した、すなわち完全な自由成長が実 現されたことになり、世界初の成果である。ガラス毛細管の先端から飛び出した結晶は、核生成 セル内での核生成に伴う体積膨張に起因するもので、極めて突発的なものであった。このため、 この現象を実験的に繰り返し再現することは極めて困難と考えられる。 (2) 宇宙実験においても、地上実験と同様に円盤の縁での形態不安定化の発生が観察された。しかし、 円盤の縁が不安定化する臨界厚みは、図7(b)に示されるように明らかに地上実験の結果よりも大 きな値を示す。これは、対流が完全に排除されることにより、結晶周辺での熱拡散場の拡がりが 大きくなったために、形態形成の不安定化が抑制されたためと考えられる。 (3) 円盤の縁で界面の不安定化が発生する際に、微小重力環境においても地上実験と同様に対称性の 破れが観察された。すなわち、この現象は対流などの外的擾乱によるものではなく、結晶の界面 15 形態不安定化の本質的な機構と関連していると考えられるが、不安定化の発生する臨界条件は外 乱によって変化する。 本実験の成果の詳細は、(旧)宇宙開発事業団の研究成果データベース41に掲載されている。 5.3 MGLAB 落下塔による熱拡散場のその場観察42 一方、結晶の成長に伴う結晶周囲での熱拡散場は、重力による影響を直接的に受ける。したがって、 熱拡散場を可視化することは、結晶成長における形態不安定化を考察するために極めて重要である。従 来から、溶液成長における成長結晶周辺の物質拡散場(すなわち、溶質濃度分布)のその場観察は、干 渉計の発達とともに多くの研究がなされてきた。しかしながら、樹枝状成長における熱拡散場のその場 観察は、ほとんど報告がない。これは、融液の屈折率の温度係数が水溶液の屈折率の溶質濃度係数に比 較して小さいことと、樹枝状成長の形態形成で取り扱う過冷却度が非常に小さいために、十分な屈折率 変化が起こらないからである。 過冷却水中での氷結晶成長についても事情は同様で、熱拡散場のその場観察はほとんどなされていな かった。しかし 1999 年にイスラエルの Lipson のグループ43,44は、H2O の代わりに D2O を使うことで、成長する氷結晶周囲の 熱拡散場が干渉計で観察可能であることを 初めて示した。一方、我々は、微小重力下 での氷結晶の成長とともに結晶周囲に発達 する熱拡散場の可視化を目的として、日本 無重量研究センター(MGLAB)における 100m 落下塔施設を利用して、短時間微小重 力実験を行った。この実験のために開発し た実験装置は、図 12 に示される。 図12 MGLAB の落下塔による氷結晶成長実験のた めに開発された実験装置。 41 http://idb.exst.jaxa.jp/ 参照。 Y. Furukawa, E. Yokoyama, Y. Nishimura, J. Ohtsubo, N. Inohara and S. Nakatsubo: J. Jpn. Soc. Microgravity Appl., 21(2004)196. 43 A. G. Notcovich, I. Braslavsky and S. G. Lipson: J. Cryst. Growth, 198/199, (1999)10. 44 I. Braslavsky and S. G. Lipson: Physica, A 249(1998)190. 42 16