Comments
Description
Transcript
平成19年度 - 埼玉医科大学
ISSN1882-8167 平成 19 年度 埼玉医科大学看護学科紀要 巻 頭 言 紀要第 1 号発刊にあたって 本学看護学科も開設して 2 年が過ぎようとしています。4 月には 3 回生を迎え、益々にぎやかに大 学らしい雰囲気になっていくことが楽しみでもあります。 開設にあたって、初年度より看護学科紀要委員会を立ち上げ、1 年間かけて紀要規定、投稿規程等々 の作成に始まり、諸々の準備してまいりました。そして、本年度、 「埼玉医科大学看護学科紀要第 1 号」 を発刊することができました。 紀要発行の趣旨を、 「看護学を追求し、研究業績の発表と研究者の研鑽を積むための学術論文集であ る」としました。看護教員であれば、看護を教授していくためには、看護学を追求し、看護とはにつ いて考え続けることは必至の役割であり、そうしてこそ、学生に自信をもって看護を教授していける ことになります。そして、看護学科の教員が看護研究をすることは、看護を追及し続ける上で欠かせ ない活動といえます。また、本学の看護学科の教員であれば、教員相互の看護観の共通理解と、その ための意見交換もして、本学看護学科の目指すものを互いに追い求めていくことが重要になります。 看護学科の紀要が、そうした看護教員の看護を議論しあう機会を提供をしてくれるものと信じます。 教員仲間の研究について、互いに関心をもって語り合って頂けることも嬉しいことです。 第 1 号はすべてのはじまりになります。これをもとに、よりよい紀要となるための努力をしていき ましょう。紀要委員会の皆さまの努力に感謝を申し上げます。 平成 20 年 3 月吉日 埼玉医科大学保健医療学部看護学科 学科長 岡部 惠子 目 次 巻 頭 言 原 著 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト …… 1 松下年子,島田千穂,服部洋一,千種あや,開原成允 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題………………………………………………………11 坂口由紀子,佐鹿孝子,山崎文子,市川和子 総 説 NICU における低出生体重児の親子関係の形成に関する看護の役割と課題 ……………………………19 安藤晴美 報 告 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子…………………………………………………………27 三好理恵 「 学生による講義 」 の評価 ……………………………………………………………………………………35 大森智美,宍戸路佳,岡部恵子 尊厳死に対する看護学生の思い………………………………………………………………………………43 宍戸路佳,岡部惠子 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報)………………………………………………………51 佐鹿孝子,久保恭子,安藤晴美,坂口由紀子,北村由紀子, 田崎恭子,一瀬早百合,赤松淑子 資 料 下肢浮腫の定量的評価の検討…………………………………………………………………………………61 林 静子,若山俊隆,吉澤 徹,奥村高広,山田泰子, 平塚陽子,永田暢子,中島春香,石津みゑ子 看護学生が基本的なコミュニケーション技法のロールプレイを通じて得た人間関係に関する気づき ……65 冨田幸江,天野雅美 投稿規定……………………………………………………………………………………………………………73 編集後記 埼玉医科大学看護学科紀要 原 著 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または, それを目指す学生が受けたインパクト −半構造化グループインタビューによる分析− The experience which the audience obtained through the series of lectures by patient groups' members − The semi-structured group-interview with the audience i.e. medical staffs and the students who are going to become medical staffs in future − 松下年子 1),島田千穂 2),服部洋一 3),千種あや 4),開原成允 5) Toshiko Matsushita, Chiho Shimada, Yoichi Hattori, Aya Chigusa, Shigekoto Kaihara キ ー ワ ー ド:患者講師,患者会,医療者,パートナーシップ,半構造化グループインタビュー Key words: patient lecturers, patient groups, medical staffs, partnership between practitioners and patients, semi-structured group-interview Abstract The purpose of this study is to clarify what experience the audience had obtained through the series of lectures by patient groups' members, and to get the concrete methods for developing such a new trial and the suggestions for this trial's future by the semi-structured group-interview amongst the audience, i.e. medical staffs and the students who are going to become medical staffs in future. The series of patient lectures were composed thirteen classes. In the every class, the particular theme was adopted, and a few members from some patient groups were invited as the patient lecturers. They spoke their patient group's activity on the theme. The results of semi-structured group-interview revealed that the voice of patients offered a new point of medicine view to the audience, and that medical staffs and the students who are going to become medical staffs in future accepted the patients' voice affirmatively. Furthermore, it was showed that their identity as medical staffs or medicine related students had been shaken, and that they had asked to themselves what they should do by themselves for patient-centered medicine. Additionally, they offered the meaning of such a lecture and suggested the concrete methods for developing it. 要 旨 患者会メンバーによる連続講義を通じて医療者または医療者をめざす学生がいかなる体験をしたか,その内容 を明らかにすること,またこのような新しい試みについて,それを有用化させるための具体的方策や今後の展 望について示唆を得ることを目的に,受講生の一部を対象とした半構造化グループインタビューを実施した. 受付日:2007 年 10 月1日 受理日:2007 年 12 月 19 日 1)埼玉医科大学保健医療学部看護学科 2)社会福祉法人 小茂根の郷 3)静岡県立静岡がんセンター研究所 4)株式会社アールスリーヘルスケア 5)国際医療福祉大学大学院 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト 本講義は全 13 回で構成され,複数の患者会講師がそれぞれの患者会活動とからめて,回ごとに設定されたテー マについて講話するという形式であった.グループインタビューの結果からは,患者会メンバーの声が医療者 と学生両者に医療に対する新しい視点を提供したこと,両者とも患者の声を肯定的に受け止め,医療者として の,また医療を目指す学生としての自らのアイデンティティを揺さぶられ,目指す医療のために自らがとるべ き具体的な行動を自身に問いかけていたことがうかがえた.本講座の意義が示唆され,今後の展開にむけての 複数の方策が提示された. Ⅰ.はじめに 保護法の成立(2003 年施行)により医療情報とて,患 者本人の承諾なくして第 3 者への伝達は不可であるこ 医師と患者の関係が時にパターナリズムという言葉 とが保証され,2007 年 4 月に施行されたがん対策基本 で説明されたことが象徴するように,これまでの医療者 法においても,患者の意向を尊重した医療の推進が盛り と患者の間には,医療を提供する側と受ける側という歴 込まれ,県が患者の療養生活を支える活動を支援する 然とした授与関係が,また,指示する側と受ける側とい ことが明記された条例も登場している.終末期医療をめ う暗黙の指揮関係が存在していた.そしてややもする ぐっても同年,国として初のガイドライン(指針)がま とこれが両者の力関係を固定化し,患者の自立性や主体 とめられ,医療者はもとより患者家族よりも患者本人の 性を阻んできた傾向を否定できない.その根底には,医 意向を重視した終末期医療の遂行が明記された. さらに, 療職が医学モデルの枠組みを絶対視し,その枠組みに準 医療政策の審議・決定機関の委員を患者側の人が担うよ じた専門性という名のもとに,医療・医学に関する知 うになり ( 松下ら , 2006a),患者会が医学学会に参加し, 識や技術を結果的に独占してきた経緯があるといえよう 診療ガイドライン作成に協力するシステムや,患者会メ ( ファイザーヘルスリサーチ財団 , 2005: 斎藤 , 1989). ンバーが病院に協力する形でピアサポートを提供するシ 医療サービスを受ける主体である患者自身に十分な情報 ステム等が構築されつつある ( 松下ら , 2007b). が届かず,治療のあり方を患者が自己決定できないとい 以上のように,医療者と患者の関係性が変わりつつ う状況が少なからず生じていた.専門的知識が非専門的 ある中,これを後押しする存在として,患者会をはじめ 知識より劣るという価値観が,医療者と患者の双方に浸 とする当事者団体の成熟と浸透がある.いくら患者を主 透していたといえる. 体とする精神や姿勢が医療側で熟しても,またいくら患 しかし今日,患者主体の医療や全人的医療が唱えら 者がその新しい医療の流れに乗ろうとしても,患者側に れ,これまでのパターナリズムを前提にした医療者と患 それに見合うだけの力がなければ,患者の主体性を全う 者の関係性に大きな変革が生じようとしている.その背 することはできない.たとえ十分な体験的知識を身につ 景には,たとえば Borkman(1990) による,患者側が持 けたところで患者個人は基本的に,身体ないし精神的負 ち得る知識の価値付けなどがあろう. 彼女は医療職の「専 荷を負った存在である.健康という観点からみれば弱者 門的知識」に対して,患者や患者会が自らの経験を共有 である患者が,医療者とのこれまでの関係性を解消し, し,体系化した「体験的知識」の意義を指摘し,これが 専門性の高い医療を主体的に活用しようとしても,患者 一患者による個人的な「素人的知識」とは明らかに異な 一人の力には限界がある.しかし,患者会という組織を ること, 「体験的知識」は「専門的知識」と比べてより もって,マスの形で,ワンボイスをもって医療と社会に 包括的で全体的,より実際的で具体的,より日常的でわ 対峙していければ,それも可能となるかもしれない.個 かりやすいこと,今ここでの問題解決に有用であること 人である患者が,患者会のピアサポートを経てエンパワ を提唱した.また,したがって「体験的知識」は,「専 メントされ,体験的知識をベースに必要な専門的知識 門的知識」に決して劣るものではないことを示唆した をも獲得し,心理的にも体制的にも医療者と対峙してい ( 岡 , 1985).他にも,インフォームドコンセントやイ く力を身につけることができる ( 岡 , 1999: 岡 , 1992). ンフォームドディシジョンの徹底,治療契約や医療ユー そもそも患者会は,患者間のピアサポートを基本としつ ザーといった概念の促進,医療や医学研究等における倫 つも,患者の立場を社会的に位置づけ,価値づける手段 理性の遵守,病名告知や余命告知における家族重視から として存在し得る.市民の互助的活動が盛んなアメリカ 本人重視への移行 ( 松下ら , 2007a) ,医療と患者会を の患者会には,政策決定に影響を与えるような力を持つ はじめとする当事者組織の連携の強化など,近年のあら 大規模な団体や,医学教育に参加する団体もあり ( 喜島 , ゆる医療動向にその変革の一片を見ることができる.中 2006),またイギリスでは,エキスパートペイシャント でも注目できるのは,こうした変革が医療者や国民の意 (専門家としての患者)といって,患者としての体験を 識上だけではなく,法律や体制というハード面の整備を 伝達する患者のプロがおり,そのための一定のカリキュ もって固められてきたことである.たとえば,個人情報 ラムが国によって整備されている (Lorig, 2002).日本 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト においてはこれまで,患者や患者会を社会資源として位 表 1. 患者会メンバーによる連続講義の各回の講義テーマ 置づける姿勢が十分とはいえなかったが,上述したよう 講義テーマ に,患者の医療政策決定機関への参加をはじめ体制レベ 1 回目 なぜ、いま、患者さんに学ぶ? ルにおいて,患者の発言力が尊重される枠組みができつ 2 回目 日本そして海外、様々な患者組織 つある. 3 回目 原点としてのピアサポート 4 回目 臨床試験と診療ガイドライン 5 回目 医療者教育と患者団体 6 回目 納得できる説明とは? 7 回目 医療情報と医療機関情報 8 回目 コミュニケーションギャップ 患者会をめぐる上記流れに準じて,2004 年,都内の A 大学大学院では,患者会メンバーを講師とし医療者や それを目指す学生を受講生とする連続講義を開催した. これは,医療職を対象とした社会人学習セミナーの一環 として行われたものである.その結果,大半の受講生は 本講義を通じて患者会から様々なメッセージをきき,多 9 回目 ハンディキャップへの挑戦 10 回目 専門家と患者のパートナーシップ 様な感情体験をしていたが ( 松下ら , 2006b),講義中 11 回目 医療過誤から学ぶ にそれらの体験を分かち合う機会や,受講生間の意見交 12 回目 行政・政策決定へ 換の時間を提供することができなかった.そこでわれわ 13 回目 (講師と受講生を合わせた)テーマ全体に関するグループ討論 れは,それを補う意味もあって,また,患者会メンバー による連続講義が受講生にもたらした体験をより明確化 するために,医療者と学生の受講生を対象とした半構 2.半構造化グループインタビューの手続きと分析方法 造化グループインタビューをそれぞれ実施した.本研究 一連の講義終了後, 「連続講義に関する意見交換会(研 では,これらのグループインタビューの結果から,新し 究調査も兼ねる)」という題目で,受講生を対象にグルー い試みである患者会メンバーによる上記連続講義を通じ プインタビューの参加希望者を募った.これに応じたの て,受講生が得た体験の内実を把握すること,本講座を は,全受講生およそ 100 名のうちの医療者 5 名(看護 有用化させるための具体的方策や,今後の展望について 師 4 名,薬剤師 1 名),学生 4 名(医学科,看護学科, 示唆を得ることを目的とした.なお,患者が作る組織に 福祉学科,作業療法学科)であった(20 歳代から 40 は「患者会」 , 「患者団体」 , 「当事者団体」など多様な呼 歳代).そこで,グループを医療者群と学生群の 2 つに び方があり,また本連続講義の講師には「障害者団体」, 分けてそれぞれ別の日に半構造化グループインタビュー 「親の会」のメンバーも含まれていたが,本研究ではこ れらを総称して「患者会」と表現することとする. を実施した(各 3 時間).インタビューは参加者と研究 者の自己紹介からはじめ,用意したインタビューガイド を適宜提示しながらも,基本的には参加者の力動に任せ Ⅱ.方法 1.連続講義の内容 講義は東京都内の A 大学大学院にて,全 13 回に渡っ る形で進めた.インタビューガイドの内容は, 「本講義 への参加動機」,「患者(会)観」,「医療者としてのアイ デンティティ」,「患者会との連携に基づく教育活動への 示唆」である. て実施された(2005 年 4 月∼ 7 月の週 1 日,1 回 2 時 なお倫理的要件としては,事前に,グループインタ 間) .毎回 1 つのテーマについて 3 ∼ 4 名の患者会メン ビューが研究の一環であること,インタビュー内容を バー(代表者またはそれに準ずる者)が順次講義し(全 テープ録音して逐語記録を作成することをインタビュー 員で 1 時間半) , 続いて会場からの質疑に応じる(30 分) 参加者に説明し,その上で書面にて研究協力の同意を得 というシンポジウム形式であった.受講者は医療者およ た.また研究協力は本人の自由意志によること,拒否す び医療関連の職業をめざす学生など,将来の医療を担う ることで不利を受けるようなことは一切ないこと,守秘 若い世代が中心であったが,他に,患者会活動に関心の 義務は遵守されること等についても,加えて説明した. 高いジャーナリスト,出版社,行政関係者等も含まれて データの分析は医療者をめざす学生と,現場の医療者 いた. また, メンバーに講師を依頼した対象患者会は, 「ピ のグループごとに実施した.それぞれのグループインタ アサポートに加えて社会的活動を展開している会」とい ビューで語られた内容を逐語録に起こし,文脈ごとにそ う条件のもと,本講座主催者のネットワークを通じて選 の内容を要約した.その上でこれらを上記インタビュー 択された.各講師と主催者側は事前より,担当する回の ガイドの設問に沿って分類し,各設問内にある文脈に共 講義テーマと内容について複数回打ち合わせを行った. 通点があればさらにそれをまとめるという手続きを繰り 各回の講義テーマは表 1 に示した. 返した.発表者の表示は,学生の参加者 4 名については, 医学科(男性):A 氏,看護学科(女性):B 氏,福祉学 科(男性):C 氏,作業療法学科(男性):D 氏とし,医 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト 療者の 5 名は,看護師 4 名(全員女性) :E 氏,F 氏,G て欲しいと思う人,知りたいと思う人ほど忙しく,この 氏,H 氏,薬剤師 1 名(女性) :I 氏とした. ような講義には参加できないことからジレンマを感じて いる学生もいた.周囲の人も関心を持っていないわけで Ⅲ.結果 はないが,受講するという行動にまでは至らず,その限 界について語っていた ( 表 2-b). 上記手続きに則って集約された設問ごとの内容の要旨 2) 患者(会)観 を,医療者を目指す学生と医療者のグループごとに以下 学生の漠然とした患者(会)イメージが,実際の患者 に示す. の姿を目にし,また具体的な患者会の活動内容を知るこ とによって輪郭を持つようになっていた.患者のイメー 1.医療者をめざす学生 ジは「弱者」から,豊富な知識を得た,社会に働きかけ 1) 本講義への参加動機 る力をもった「強い患者」に変わっていた.具体的な発 4 名の学生のうち 2 名は,これより以前に一般公開さ 言の一部を表 2-c に示す. れた「患者の声を聴く」ことを目的としたシンポジウム 3) 医療者としてのアイデンティティ に参加しており,そこで体験したことが刺激となって今 「将来,自分が医療関連の専門職になった時の姿を想 回の連続講義への参加に動機づけられていた.残りの 2 像しながら聞いた」と語る学生が複数いた.現段階では 名は, 「よりよい医療をめざす学生ネットワーク」の運 医療現場にいない学生が,患者からみた医療の現状や, 営委員であり,本講座の開講情報を得て関心をもった. 患者と医療者間の実際の関係性を聞くことによって,教 いずれの学生も患者の医療参加について興味は持ってい 育課程で伝えられているのとは異なった現場の実態を知 たが,聞きたいことが具体的にあったわけではなく,本 り,強い衝撃を受けていた ( 表 2-d). 企画やテーマに対する漠然とした関心が直接の動機づけ 4) 患者会との連携に基づく教育活動への示唆 となっていた.上記内容が示されていた発言の一部を表 今回の連続講義ではディスカッションの機会が少な 2-a に示す(発言内容を補足する説明を随時,括弧をつ く,受講生の間で意見交換ができなかったことが残念な けて加えた) . ことの 1 つとしてあげられていた.受講者は個々に多 一方, 参加動機に関連して, 患者会の活動について知っ くのことを受け止めていたが,それらについて討論を通 表 2-a ∼ e. 医療者を目指す学生の発言 2-a 2-b 2-c 2-d 発言者 発言内容 B氏 「 (以前、シンポジウムで) 『現場では本当の患者さんの声は聞けない』と言われたのがショックで、患者さんの声を知ることができればなと思っ ていた時に、チラシで講座があるのを知ったので応募しました。 」 C氏 「大学も 2 年から 3 年、移り目ですし、専門も多少勉強出来ていたので、自分らしさの出るきっかけになるのではないかなということで受講させ てもらいました。 」 D氏 「 (上記「よりよい医療をめざす学生ネットワーク」活動を通じて)講義のことを知って、彼(C 氏)とおもしろそうじゃないかという感じで参加 しました。 」 A 氏 「その必要性を一番感じている人が一番忙しかったり(しています) 。 (彼らも)必要性を感じていなくはないと思うんですけど。 」 B氏 「実際に、知識が豊富な患者さんが多いなと痛感しました。 ・・・良くない状況を受けている人たちが自ら動かないと、何も変っていかないという ことを強く感じました。 」 C氏 「患者会のイメージは変りましたし、患者会のモデルじゃないですけど、患者会がこうあったらいいなと思えることが何度もありました。患者さ んの意志が尊重されて、患者さん同士が高めあえるようなシステム ( 作り ) を、組織としてやっていることがわかりました。今の医療が悪いとい うことは誰もがわかっていることですけど、どの辺が悪いとか、どう変っていく必要があるかというのを聞けたかな。 」 D氏 「 (患者会は)ネガティブなことを考えているんじゃないかなというイメージで捉えていたんですけれど、どちらかというとポジティブなイメージ で(捉えていて) 、自分たちの力で変えるんだというようなオーラが伝わってきました。 」 A氏 「同じ学年の人が医療事故の話とかインフルエンザ脳症の話とかを聞いて、 『自分は本当に医者になれるのかな』という不安に駆られていました。 ・ ・ ・ もっと医療制度を変えなきゃいけないという大きな話はあるけれど、きっと自分が研修医になった時も(医療事故は)同じような状況だろうし、 自分がミスを犯すんじゃないかという恐怖感がある。 」 B氏 「医療事故の被害に遇われた方の奥さんが、 『私達は医療職を信頼しているんだから、その信頼を裏切らないでください』といったのが、私にとっ て一番印象的でした。 」 D氏 「患者さんの意見を、医療職に就いた後でも聞けるチャンス(がある)というのはすごく大事なことだということがわかりましたし、そこからい ろいろ教われるんだということもわかって、やっぱり医療側よりも患者側のほうが自分の病気について詳しいだろうし、それに対する意欲も強い ということが学べたので、そういうことも志していきたいなと思いました。 」 C 氏 「学生同士で意見を交換できる場がなかったので、学生の声を聞きたいなと思いましたし、 ・・・」 D 氏 「この講座を受けて、一番なかったのはディスカッションだったので、 ・・・」 2-e 「何かしら自分にしか出来ない方法なり手段がないかなと思っていた時に、丁度この講座がありました。学生も何人か来ていたりとか、この講座 の面白さを皆に伝えたいと思いました。 ・・・座談会じゃないですけど、規模はあまり大きくしないで、今回の最後の講義のような形(講師と受 講生が混じって小グループを作りディスカッションするという形)でやれればいいかなと(思いました) 。 ・・・学生の学びって所詮自己満足みた C氏 いな、勉強のプラスα的なところがあって、社会人の方も『所詮、学生でしょ』みたいなところがあるので、将来に直結できるようなことができ たらいいなと(思う) 。 ・・・ (自分たちで企画している活動をするにあたって)患者会の PR 活動になってもあまり面白くないですし、制度面ばか りでも学校の教科書みたいになりますし、だからといって、患者さんの感情的なものを聞いても、 『へー、なるほど』で終ってしまうので、 ・・・。 」 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト じて整理する機会,そのための時間枠が設けられる必要 実感し,患者主体の医療実現を目指して変革するには, があったことが語られた.また,この課題も含めて,患 病院内から自分たちが発言するだけでなく,利用する患 者の声を聴くための活動を自ら学生の視点で計画し,実 者からその意見が伝わる仕組みを作ることが有効である 行していくことを決断した旨を発言する学生もいた.上 と発言していた ( 表 3-e). 記内容の発言の一部を表 2-e に示す. (2) 患者会の活動が医療に与えるインパクトを病院内の スタッフに伝える 2.医療者 患者会の活動に全ての病院スタッフが関心を向けてい 1) 本講義への参加動機 るわけではなく,関心がない人にとって患者会活動は 「知 複数の参加者が, これまでも「患者中心」や「患者主体」 らなくてよいもの」,「関わりたくないもの」として捉え の医療について関心を持ち,医療の実践現場でそれらの られていることが語られた.患者会は医療が担うこと 実現を志したこともあったが,その過程で非常に困難を のできないものを提供できるという事実を,実際の患者 感じていたと述べていた.そしてそれが本講義への直接 会活動を学ぶことで実感できれば,患者会活動の存在意 的な参加動機となっていた.発言内容の一部を表 3-a に 義を医療者は理解できるし,関心のなかった人も患者会 示す. の活動に目を向けるのではないかと考える者もいた ( 表 2) 患者(会)観 3-f). 本講義を受けることによって,インタビュー参加者の (3) 患者にとって患者会がどのような意義があるのかを 患者観が変化していた.医療現場で向き合っている患者 「弱く庇護され とは異なる患者会メンバーの姿を見て, (自分たちが)明確にする 患者会に参加した患者が会の活動を通じてどのように 「自分の問題から社 る立場の患者」というイメージが, 変化したか,どのような影響を受けたか等の情報が,そ 会の問題に発展させて積極的に向き合う,強く自立した の患者に直接関わった医療者を超えては伝わっていかな 人」というイメージに変化していた. それまで漠然と持っ いことが述べられた.今回の講義は,医療における患者 ていた「患者主体の医療」のイメージを,確固たるもの 会活動の意義を示唆したが,その意義を病院内にも広め にした受講者もいた.発言内容の一部を表 3-b に示す. るには,患者会活動に参加した後その患者がどのように また,患者(会)観に関連したところで,これまで 変化したかということを,医療者が研究報告等を通じて 患者会についてリストやパンフレットを手にする機会は 広く伝えていくことが求められるという意見が提示され あっても,活動内容を直接聞く機会はなく,患者会活動 た ( 表 3-g). を理解するためには,実際の活動内容を患者会メンバー (4) 患者に患者会の情報を提供できるようにする から聞ける講義が必要なことを実感したと述べた者も複 本講義により,患者の生活を支える上で患者会が積極 数いた ( 表 3-c). 的な機能を果たしていることが理解され,インタビュー 3) 医療者としてのアイデンティティ 参加者は,医療現場の中で患者会情報を提供できるシス インタビュー参加者全員,患者の退院後の生活や患者 テムが必要だと認識するに至っていた.しかし一方で, の視点からみた医療の実際を聞くことで,新たな視点を 目の前の患者にとって適切な患者会を紹介するには,ま もって患者主体の医療とは何かを考えていた.発言内容 た医療者として責任を持って紹介するには,持っている の一部を表 3-d に示す. 情報量があまりにも少ないと認識していた.本講義のよ さらに,講義で患者会の積極的な活動内容を聞き,患 うに患者会活動を広く紹介する機会が,社会に増えてい 者会が及ぼす医療へのインパクトを実感した対象者は, くことが望ましいと考えていた ( 表 3-h). それぞれの立場から,患者主体の医療の実現に向けて自 4) 患者会との連携に基づく教育活動への示唆 ら実行できる活動について思いをはせていた.その内容 患者主体の医療を実現するために患者会との協働を目 は,①患者の意見を病院内でも聞くことのできる仕組み 指すにあたって,まずは患者会の活動を広めること,そ を作る,②患者会の活動が医療に与えるインパクトを病 のための取り組みが重要であること,そのためには,本 院内のスタッフに伝える,③患者にとって患者会がどの 企画のような患者会メンバーを講師とする講義などのプ ような意義があるのかを(自分たちが)明確にする,④ ログラムが継続される必要があり,啓発には時間がか 患者に患者会の情報を提供できるようにする,の4群に かって当然であることが述べられた.また,本企画は充 大別された.以下,群ごとにその概要を説明するととも 実していた分,患者会に関する初心者には消化しきれな に,代表的な発言の一部を表 3-e から g に列挙する. い内容であったことが語られ,よりよい講義を目指して (1) 患者の意見を病院内でも聞くことのできる仕組みを ①講義回数/時間の設定の工夫,②受講生間の話し合い 作る の時間をもつこと,③受講生に対する講座終了後のフォ インタビュー参加者は,患者の言葉の「伝える力」を ローアップ,④患者会とそのメンバーが病気を克服して 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト 自立していく軌道を想定し,講師候補者がどのステージ するフォローアップ,⑥広報の工夫等,様々な提案がな にあるかを見極めた上で人選する必要性,⑤患者会に対 された ( 表 3-i). 表 3-a ∼ i. 医療者の発言 発言者 発言内容 「患者の声が主になっているなと思って、聞きたいなと思って(参加した) 。病気をすると、病気で入院する期間というのは、その人の人生 の中のごく一部でしかなくて、そのことを想定して、何を病院の中でアプローチしてきたのかというのが自分の中ですっきりしていないな、 E氏 というのがあったし、 ・・・私も入院経験があるから、患者さんの立場に立つと価値観が変わるということもわかったし、もっと患者さんの 声を聞いて、医療に入れていった方がいいということもわかっていたし、そういうこともあって(患者さんの声を)聞こうと思ったんです。 」 3-a F氏 「患者の声を聞くっていうのは難しいところがたくさんあって、その時に心のケアっていうのはどこまで入っていけばいいの、っていうとこ ろがあって、病気になっている人の心はこうだよねっていう先入観もあるし、いろいろなことを思いながら今回聞かせていただきました。 」 G氏 「 (病院で) 『患者さん』を『患者様』というふうに変えようということになって、患者さんの『さん』と『様』をどう使い分けるのかという 話が去年なんか診療会議で出たりして、 ・・・言っていることは、患者さんを(中心に)っていうんだけれど、やっていることは(そうでな いから)おかしいなあと思いながらいつもやってきたんです。 」 F氏 「もうちょっと医療のシステムを変えていけば、もっといい医療ができるのに、とか、そういうふうに、 (患者会メンバーである講師が)逆 に私たちを励ますところがあったというのが印象的だったのと、 ・・・患者さんが、そういうシステムを考えていくというのがすばらしいなっ て(思いました) 。 」 E氏 「 (人の前で) 話をして、 先生 (講師) になることってすごいことなんですよ。生きていくことについて自信を持つから。今まで障害者は弱者だっ たんですね。でも障害者は弱者じゃないっていうシステムを作ったほうがいいと思うんですよ。目に見える形で。 」 E氏 「患者会っていう存在をちょっと知っていても、やっぱり実際に話を聞かないと、素晴らしさとかわからなくて、パンフレットをちょっと見 たくらいでは、これほどの事はわからないかなと。 ・・・これは、聞いてみないとわからない世界で、でも、これを聞こうっていう人は少な いんですよ。それがウイークポイントなのね。 」 G氏 「私たちは病院で(ある程度のリハビリテーションの)訓練ができれば、 (病院から)出して、それで私たちの仕事は終わりだと思っていた んだけど、実は患者さんの本当の戦いはそこから始まって・・。病気は治っても、病気と生活が密着しているんですよね。 ・・・病院では何 をやっていたんだろう、筋トレをやっていて、筋トレで社会復帰はできないよなって(思いました) 。 」 G氏 「記録はいったい誰のために書いているんだろう、もちろん医療が円滑に行われるために必要なものなんだけど、誰のために書いているんだろ うと思うと、 『患者さん』って言っているんだけど(患者さんのために患者さんのことを書いているのだけど) 、でも違う、こんな表現では見 えない、わからない、こんなに専門用語ばっかりで誰が読むの、って。 ・・・私がやってきたことは、患者さんと言いながらも、提供者側を中 心にしていたかな、って。じゃあ、本当に患者さん中心の、患者さん本位の医療っていうのは、ちょっと視点を変えないとおかしいんじゃな 。 」 いかなと(思いました) E氏 「障害者の人を、病院ではある程度のパーセンテージで雇うようになっているんですよ。 ・・・ (今の彼らは病院内の労働を担っているだけで すが) (彼らが)今の医療のこういうところがおかしいよ、と言えるような形にしたいなと思っています。 」 E氏 「 (医師が患者会を紹介するようになる)そのプロセスが大事だと思っているんですね。 『何かあったら、先生のほうから患者会をご紹介して くれませんか?』っていう働きかけが。 ・・・何が(医師を)変えられるのかっていったらば、患者さん自身が、情報とかを与えていくよう なシステムを組んでいくと、徐々に変っていくんじゃないかと思っているんです。 」 F氏 「1 つ私の中でやっていかなきゃいけないなと気づかされたのは、これは、若い子(スタッフ)たちにも伝えていかなくちゃいけないんだなっ てこと。 」 G氏 。先生は知らないと思うんですよね、 だから、 中にいて知っ 「こういうパンフレット一つもらって、 小児科の先生に勧めようかなとか (思います) ている人が言っていくということが大事なのかな。 」 3-b 3-c 3-d 3-e 3-f 3-g 3-h 「院内に、糖尿病の患者会っていう名前でないけれど「一緒に歩こう会」みたいのがあって、月 1 回くらいの集まりで、とりあえず勉強会み たいな・・・。その患者会を通して(患者が)どうなったかっていうの(情報)が一切ないんですよ。( 中略 )(その会の話が)診療会議と か部長会議とか会議に出るかって言うと、他の問題は出るんですけど、それが成果とかがほとんど無いから、 ・・・ (その会が)どういうこ G氏 とをしているのかということを発表することがなかったなとすごく思いますね。 ・・・医師って内科は内科、外科は外科で、何かに関わらな い限り同じ院内の中でも関係ないんですよね。そういうところで患者会がこういうことをやっているんだってことをいっていくことも必要 。 」 かなって(思います) E氏 「今考えているのは、患者会の情報ってありますよね、その情報を入院している患者さんにすぐ提供できるようにしたいんですね。 ・・・そ の情報を届けてあげると、そんなふうなシステムにすることによって違ってくるかなって思っているんですね。 」 F氏 「 (患者への)情報提供として、こういう患者会がありますよって(いえればよいと思います。 ) 」 E氏 「 (是非この講義と場を続けて欲しいという声がある一方で、 マンネリを危惧する考えもあることに対し) (講義の)マンネリっていうのは(起 こり得ない段階) 、そこに集まる人たちが、患者会の動きっていうのをまだ初めて(学んだわけ)でしょ、まだ根付いてないじゃないですか。 根付かせるためには、ある期間ずっとやり続けることが大切なんですよ。世の中の人はあまりにも(患者会のことを)知っていないと思う。 だからある程度の期間は必要だと思う。 」 F 氏 「今回(の講義内容は)濃すぎて、1回3人(の患者会講師)だと毎回消化不良で・・・」 I氏 「今回 3 人で、12 回で、情報量も多いし、医療者の方って色々感じることは多かったんじゃないかと思って、そういう医療者の方をケアすべ きだねって(皆で)言っていて、話す場があったほうが、聞いているだけよりいいのかな。そういう点でも継続するのがいいのかな。みなさ ・・・ 「医者の雑誌にちょっと出すとか、そういうのは結構見るんですよ。なん ん『もうなくなっちゃうのは寂しい』って言っていたんです。 とかレポートっていうのは見るから。そういうのに ( 患者会のことを ) 出せたら。こういう結果 ( 患者会メンバーの講義から多くを学んだこ と ) を病院とかに伝えたい、何かで伝えないと、私たちがしゃべってるだけじゃ伝わらないんで。 」 G氏 「1回、1回の話の場っていう感じのを作って、1年たったけどどおっていう話を聞いて、どう変ったの、って聞いて、逆に患者様が私達が 。 」 話したことはどういうふうに変ったかを聞いて、っていう場があれば(よい) 3-i 「最初の衝撃から、いろんなことをしゃべることによって、自分(患者)が自立していく姿ってあるじゃないですか、そのプロセスの中のど この人たちを(患者会講師として)連れてくるのかって、すごく重要だと思うんですよ。それをセレクトしてあげないと、患者会のある時 期の時、辛い思いをするかもしれないし、患者会がどのあたりを話すのか選ぶ。 ・・・患者会に入った人が強くなっていくプロセスってすご E 氏 く大事だと思うんですよ。歴史があったから、強くなれるんですよ。歴史がないと弱いんですよ。 ・・・組織っていうのは何人かいたらお互 い共有して、確固たるものはこうだよねって始まりますよね。自分たちが社会に向けて話すときには、本当にどうかなと思いながら話すん ですよね。話す機会があって、話をしながらこれでよかったんだと繰り返しながら・・・患者会の初期の人たちについては、そのことをわかっ てあげないと(いけない) 。 」 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト Ⅳ.考察 1.患者会活動からの学びと患者(会)観 病院で働く医療者においても,時に,直接突きつけ られる患者の声(思い)を受け止められずに当惑してい た.これまでも彼らが漠然と感じていた,医療の中で患 本講義を通じて受講性が得た体験を 2 つの観点から 者の声が軽視されているという違和感に,講義の場でス 考察したい.1 つは,患者会活動について学ぶことで, トレートに直面し,その問題を医療者としての自らのア 彼らが患者(会)のイメージを大きく変化させたこと, イデンティティに結びつけて理解しようとしていた.彼 つまり患者 (会) 観の変化という観点であり, もう 1 つが, らにとってそれは,決して他人事ではなかった.自分が 受講生が患者会活動やその意義を客観的な立場から,単 今身を置いている医療現場で生じている患者と医療者の に知識として学ぶのではなく,それらを自らの医療者と 関係性の問題ないし課題を,自らが当事者という認識を してのアイデンティティや,課題に結びつけていたとい もって,自分自身の問題として引き入れていた.病院の う観点である.ここでは先に,患者(会)観の変化とい 中の患者−医療者関係を改善する方策や,病院が患者会 う視点から述べる. 活動を組み入れて医療サービスを提供する手法などが具 学生と医療者の双方は共通して,患者会活動の実態 体的に,今後の自分たちの取り組みとして語られ,本講 を知り, 「弱者」から「豊富な知識を得た,社会に働き 義が患者主体の医療実現に向けての彼らの意欲を駆り立 かける力をもった『強い患者』 」に, 「弱く庇護される立 てていることがうかがえた. 場の患者」から「自分の問題から社会の問題に発展させ 以上,患者会講師による本講義はインタビューに参 て積極的に向き合う,強く自立した人」に患者観を変化 加した学生や医療者に,今後の医療者としてのあり方を させていた.さらに,その新しい患者観に基づいて「患 考えるにあたって,ポジティブな姿勢になれるような影 者主体の医療」のイメージをより確固たるものに変化さ 響を及ぼしたといえる.しかし一方で,患者の医療に対 せていた.対象や対象の力を真に知ってこそ,対象との する否定的な評価も聞かなければならなかったことは, 協働が可能であり,己がなすべきことが見えてくる.で たとえ本質的には有用な体験であってもその時点の受講 あれば,彼らの本講義を通じて得た体験は,患者主体の 生には危機感をもたらす体験,患者や患者会に対するネ 医療を実現するための基盤に相当する体験といえよう. ガティブなイメージをもたらす体験にもなり得たことが それも単なる知識や情報を得るというレベルの学習では うかがえた.したがって,そのあたりのフォローアップ なく,目前の当事者から生の声を聴き,その声に心揺さ や,その時点で患者会講師と受講生の両者が十分議論し, ぶられ,その上で再度医療者の,またはそれを目指す学 意見のすり合せができるような機会を提供することが重 生としての視点に立ち戻り,もう一度その声の意味を吟 要であることが示唆された.それらが保障されるような 味し,取り込んでいるのではないだろうか.そうでなけ 講義形式を今後,具体的に検討していくことが必要であ れば,その体験が「自らのアイデンティティ」の問い直 ろう.また,本インタビュー参加者は,今回の意見交換 しという段階にまでは発展しないはずである.こうした 会と称したグループインタビューに自ら望んで参加した 体験を提供し得ることも,患者会だからこそ可能な役割 という点で,現在の医療のあり方に問題や課題をより自 といえよう. 覚し,患者主体の医療実現への志向性をより強くもった 意識の高い人たちだったといえる.ある意味で,そうし 2. 「患者主体の医療」に連動したアイデンティティの た動機づけや準備性が高かったからこそ,患者の声を柔 問い直し 軟にかつセンシティブに聴きとることができたともいえ 連続講義で提供された患者会メンバーの声は,いずれ よう.そもそもは,本講義に参加するということ自体が, も患者の視点から見た医療の状況について語ったもので 一定の意識の高さを必要とするものであり,受講生全員 あり,学生と医療者両者にとって医療に対する新しい視 がすでに動機づけをもった人たちだったといえる.そう 点を提供するものであった.学生の場合,たとえば通常 した準備性のない人が対象である場合は,今回のよう の授業では患者の生の声や具体的な現象が抽象的に,ま な講義を計画するにあたってさらなる配慮が必要と考え たは理想論の形で講義されることもあろうが,本講義で る. は, 医療現場で実際に起きている具体的な事象が語られ, それを通じて学生らは臨床感を得,自分たちが新しい医 療のあり方を築いていくという士気を醸成していること 3.患者会メンバーを講師とする講義のあり方 本講義のような患者会メンバーを講師とした講義は, がうかがえた.その一方で,医療事故の実情や患者の医 患者会メンバーの生の声を届けるゆえに,上述したよう 療者に対する批判的な意見に対しては,その事実を受け に,受講生が得る体験は必ずしも医療者やそれを目指す 止めきれず,将来自分がそのような場で働くことがはた 学生にとってプラスの感情をかき立てられるものや,快 して可能だろうかと疑念をもっていた. いものばかりではない.否定的な感情体験につながり, 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト 患者会アレルギーを作ってしまう可能性も否定できな 4.おわりに い.そうした中,インタビュー対象者の発言からは,こ 医療の当事者は患者と医療者であり,双方の視点を のような講義を計画するにあたっての様々な工夫が示唆 もって医療システムや医療サービスが作り上げられて された.第 1 に,講師となる患者会メンバー(代表者) いくことが望ましい.個々の治療場面においては,医療 の人選である.該当する患者会が,患者会の成熟という 者が想定している患者の思いと,患者自身の思いとは 観点からどのような段階にあるのか,患者会の歴史を踏 ずれていることが指摘されており ( 戈木クレイグヒル , まえて検討する必要があること,講師の患者会メンバー 2002),そのずれを解消できるように医療者は意図的に が,病の体験や医療とかかわってきた体験を受容し,す 患者と関わる必要があるとされている ( 江原 , 2001). でに自らの人生に統合させている状態なのか,様々な困 医療政策の策定や病院運営といったマクロレベルの意思 難に今直面している状態なのか,または,どういう状態 決定にあっては,両者の溝はさらに大きいことが推察さ であれとにかく今この場で彼は,医療者に何かを伝える れ,それらの溝を埋めるためには,患者の社会的な活動 べき段階なのか,等を見極め,その上でテーマとのマッ 母体である患者会と医療者がパートナーシップをもって チングをはかる必要があることが示唆された.端的に言 協働することが主要な方策と考える.しかし,患者会活 えば,各講義テーマに関連して,医療や医療者に対する 動が一般の医療者に十分理解されているとはいえず,議 否定感や敵意を受講生に感じさせてしまうような,その 論をかわす機会もほとんどない現状にあって,本講座, ような誤解を生じることなく医療や医療者への思いを率 患者会メンバーを講師とし,医療者とそれを目指す学生 直に語れる会やメンバーを選ぶということである.今回 を主な受講生とした新しい教育的試みは,患者会と医療 は,患者会活動に精通している複数の協力者の紹介を 者の両者にとって手ごたえのあるものであったといえ もって講師の人選を行ったが,このような人選にかかわ る.動機づけや意識が高い受講生(グループインタビュー る手続きが,本講座のような試みにおいては最も慎重か 対象者)の意見であったとはいえ,彼らは患者の声を肯 つ計画的に実施すべき部分といえよう. 定的に聴き,自らの医療者としてのアイデンティティを 第 2 に,インタビュー対象者の「患者会の活動が聴 揺さぶられ,自らがとるべき具体的な行動を自身に問い けてよかった」という発言からは,テーマ設定の重要性 かけていた.そして本講座の意義を示唆し,今後の展開 も示唆された.これまでの患者による講義は「患者とし にむけて複数の方策を提示してくれた.つまり,患者会 ての体験」をテーマにしたものが多く,患者としてどの メンバーを講師とした連続講義を通じて受講生は,患者 ような困難をいかにして乗り越えてきたかが単発で語ら 会活動の実態を学び,患者主体の医療を目指すうえで, れるのが一般的であった.それはそれで貴重な講義であ 両者のパートナーシップが重要であるとの認識を持ち得 るが,今回の講義がそれらと一線を画しているのは,患 たといえる.そもそも,医療者も患者とともに医療の当 者としての個人的体験というよりもむしろ,患者が患者 事者であることを認識すれば,患者主体の医療とは,患 会を通じてどのように成長していったのか,患者会がい 者と医療者の両者が主体的にコミットしていくべき医療 かに医療と連携しようとしているかなど,患者会活動の ということであり,それらを象徴したものがまさに,患 実際を披露している点である.それも個々の患者会活動 者会と医療者のパートナーシップであり連携といえる. の話を通じてではあっても,究極的には患者会全体の存 医療を作り上げていくために議論する相手として,患者 在の可能性について披露している点である.本講座では 会の役割は大きいといえよう. あえて,各回の講義に医療と患者のパートナーシップを なお,本研究の限界として,今回の受講生は,自発 示唆するテーマを設け,そのテーマについて複数の患者 的に参加した人,もともと動機づけられていた人たちで 会が語るという形式をとった.これにより患者個人の体 あり,その中でも本調査対象者は,上述したように最初 験談に留まらず,患者会活動が医療にどのようなインパ から患者会活動に関心があり,患者主体の医療を構築す クトを与えたのかが患者会の実績として紹介され,患者 る必要性を認識していた人たちである.したがって,本 会活動の意義が受講生により伝わりやすかったのではな 研究で明らかにした彼らの体験は,そうした条件を備え いかと考える.また,患者の立場からの一方的な主張で た受講者に限定して現れる可能性が高いことがあげられ はなく,医療をよりよくするために患者と医療者がいか る.ただし今回の受講者が,講義を通じて体験したこと に協働できるかという観点からの課題提示であり,その を仲間に伝えたり,各現場に持ち帰って,患者会活動の 枠組みが,両者が異なる立場であるにもかかわらず,受 啓発につなげることで,同じような準備性をもつ人が増 講生に建設的な発想や姿勢をもたらす基盤になったと考 加することは期待できよう. えられる. 本研究は,平成 16 年度ファイザーヘルスリサーチ振興財 団若手研究者育成国内共同研究の助成金を受けて実施された. 患者会メンバーによる連続講義を聴講した医療者または,それを目指す学生が受けたインパクト 文 献 に,医療者と学生を受講者とした試み− , 病院管理 , 43, 345-355. Borkman T.J.(1990): Experiential, Professional, and Lay 松下年子 , 野口海 , 小林未果 , 他 2 名 (2007a): 中小規模の一 Frames of Reference, Powell T.J.(Ed.), Working with Self- 般病院におけるがん告知の実態調査 , 日本総合病院精神医 Help, Silver Spring, NASW, 3-30. 学会 , 19(1), 61-71. 江原寛 , 江原真理 (2001): 患者と医者の齟齬 : マイクロエス 松下年子 , 千種あや , 島田千穂 , 他 2 名 (2007b): 日本の患者 ノグラフィーによる報告の試み . プライマリ・ケア , 24, 会/支援団体における今日的な活動とセルフヘルプ機能の 18-25. ファイザーヘルスリサーチ振興財団 (2005): 座談会 ヘルス リサーチの明日−その新しいミッションとは− , Health Research News, 43, 財団法人ファイザーヘルスリサーチ振 興財団 , 東京 , 4-12. 喜島智香子 (2006): アメリカの患者会 , 大熊由紀子 , 開原成 允 , 服部洋一編著 , 患者の声を医療に生かす , 医学書院 , 東 京 , 190-194. Lorig K(2002): Partnerships between expert patients and physicians, Lancet, 9, 359(9309), 814-815. 松下年子 , 千種あや (2006a): 日本の患者会をとりまく状況 , 大熊由紀子 , 開原成允 , 服部洋一編著 , 患者の声を医療に 生かす , 医学書院 , 東京 , 186-189. 松下年子 , 島田千穂 , 服部洋一 , 他 2 名 (2006b): 当事者主 体の講義が学習者に与える影響−患者会代表者を講師 動向 , 病院管理 , 44, 105-115. 岡知史 (1985): 欧米におけるセルフ・ヘルプ・グループ−そ のケアをめぐる考察− , 公衆衛生 , 49(6), 387-391. 岡知史 (1992): 日本のセルフヘルプグループの基本的要素 「まじわり」 「ひとりだち」「ときはなち」, 社会福祉学 , 33(1), 118-136. 岡知史 (1999): セルフヘルプグループ−わかちあい・ひとり だち・ときはなち , 星和書店 , 東京 . 戈木クレイグヒル滋子 (2002): さいごの賭け ( 第1報 ) 医師 と患者側が造血幹細胞移植に踏み切る状況 , Quality Nursing, 8, 57-65. 斎藤学 (1989): セルフヘルプグループはなぜ必要か 疾患モ デルの限界とセルフヘルプグループの意義 , こころの科学 , 23, 22-27. 埼玉医科大学看護学科紀要 原 著 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題 ―成人した当事者が参加するサマースクールの懇談会における発言から― Reflections of parents of children with blood disorders and issues in nursing : Statements in a round-table discussion at summer school with grown-up participants. 坂口由紀子 1),佐鹿孝子 1),山崎文子 2),市川和子 2) Yukiko Sakaguchi,Takako Sashika,Fumiko Yamazaki,Kazuko Ichikawa キ ー ワ ー ド:小児血液疾患,サマースクール,親,看護 Key words:Childhood blood disease,summer school,parents, nursing Abstract In order to clarify the thoughts of parents of children suffering from blood disorders, we undertook qualitative, descriptive research analyzing the content of statements made at a round-table discussion at summer school. Parents discussed their thought as follows and we considered issues in nursing : 1) agitation at the first time sentence of hospitalization; 2) desire for detailed explanations and understanding; 3) misgivings about their child losing learning opportunities during hospitalization; 4) discouragement with the lack of acceptance of the child at school upon his or her return; 5) anger toward teachers about the lack of consideration about the child s health after returning to school; 6) worry about response of friends for physical change of their children; 7) pity for their children who experience limitations for activities by therapy; 8) confusion about whether to tell teachers about disease when the child enter to next stage school; and 9) positive feelings for informing their child about the disease. 要 旨 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いを明らかにするために,懇談会での発言内容を分析した質的記述的研 究である.親の思いとして①最初の入院宣告時の動揺,②詳細な説明と納得への切望,③入院中に子どもが学 習の機会を喪失することへの危惧,④復学に向けての学校の受け入れ姿勢に対する落胆,⑤復学後の子どもの 体調に対する教員の 「 無 」 配慮への憤り, ⑥子どもの身体的変化に対して友だちがストレートに反応する心配, ⑦治療上の行動制限を受ける子どもへの不憫,⑧進学時の教員に疾患名を伝えるか否かという迷い,⑨子ども に病名を告知することへの肯定感,が抽出され,看護の課題を考察した. 受付日:2007 年 10 月1日 受理日:2007 年 12 月 3 日 1)埼玉医科大学 保健医療学部 看護学科 2)埼玉医科大学病院 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題 Ⅰ.はじめに 意が表出されやすい,そのような条件をもつ懇談会の場 を枠組みとした,親の発言内容を分析対象とした研究は 治療成績の向上に伴い小児の血液疾患や悪性腫瘍の長 殆んどみられない.本研究では,小児血液疾患をもつ子 期生存者が増加し,その多くが思春期以降の年代にキャ どもの親が子どもと離れて参加する懇談会での発言から リー・オーバーしてきている ( 石本ら , 2000).過酷な 親の思いを明らかにし,その上で,小児血液疾患をもつ 治療とその副作用に打ち勝った彼らの次なる目標は,病 子どもとその親への看護の課題を考察することを目的と 気をしなかった子どもと同様な生活を送ることである. した. しかし,彼らが抱えている問題は,晩期障害などの身体 的問題のみならず,心理社会的問題も含め多岐にわたる ( 石本 , 2000).そこで,彼らに,同じ様な境遇にある Ⅱ.用語の定義 仲間が日々の生活をどのように送っているのかを知って 本研究において 「 思い 」 とは,感情や苦悩など精神面 もらうことを目的としたサマースクールが,医療者等の を中心とした心的体験を意味する. 協力をもって全国各地で開催されている.関東圏にある A県では,小児血液疾患をもつ子どものサマースクール が毎年開催されており,そのプログラムの 1 つとして, 小児血液疾患をもつ子どもの親と,成人した当事者,医 Ⅲ.研究方法 1.対象 療スタッフ(医師, 看護師, 薬剤師等)が話し合う場 ( 以 A県の小児血液疾患をもつ子どものサマースクール 下 「 懇談会 」 とする ) が設けられている.懇談会ではス (平成 18 年 7 月)中のプログラム,小児血液疾患をも タッフが,親同士の交流を持てるように,また,成人し つ子どもの親と成人した当事者,医療スタッフが参加す た当事者の経験談を通じて親が前向きな気持ちになれる る懇談会に出席した親 5 名と,成人した当事者 2 名の ようにと支援しており,参加者には成人した当事者も含 合計 7 名である.本研究では,親の思いを分析の主眼 む.さらに,子どもの前では語れないことでも話せるよ としているが,成人した当事者の発言,また,それを受 うにとの配慮から,懇談会は,ボランティアの学生が子 けての親の発言も分析対象とした. どもたちと関わっている間に別室にて行われている.な お,懇談会で語られる内容は,その回の参加者によって 2.方法 多岐に渡るが,闘病中の思いを想起して涙する親も少な 研究対象者から承諾を得て懇談会での発言内容を IC くない.様々な問題を乗り越えていく子どもを支える家 レコーダーに録音し,逐語録を作成した.分析方法とし 族は,その苦しみを誰にも話せずに抱え込んでいる場合 ては,逐語録から 「 親の思い 」 につながる重要アイテム が多い.病棟や外来など子どもが傍にいるときは語れな を抽出し,複数の分析担当者で質的帰納的な分析により い辛い心情を,懇談会であれば子どもに聞かれることな サブカテゴリーを見出し,さらに抽象化を進め重要カテ く,安心して吐露することができる.また,同様の経験 ゴリーを抽出し命名した. をした親同士だからこそ,正直な気持ちを率直に表出す ることが可能であり,他人の意見を聞くことで気持ちが 3.倫理的配慮 変化することもある.治療に専念している入院中には表 研究対象者が通院している病院の院長および小児科の 出しなかった思いが時間の経過に伴い出現することもあ 医師に文書にて,研究の主旨,方法,患者への倫理的配 る. 慮を説明し,研究の承諾を得た.研究対象者には文書と 小児血液疾患のサマースクールに関する先行研究で 口頭にて,研究の目的及び方法,参加しなくても途中辞 は,例えば血友病患児のサマースクールに関する報告が 退をしても不利益を被ることはないこと,逐語録は個人 あり,そこでは主に,サマースクールの目的である自己 が識別できないよう暗号化して管理し研究の終了と同時 注射の指導や自己管理の訓練の評価が論じられている に破棄することを説明し,参加協力の有無を確認した. ( 篠沢ら , 1984: 土居ら , 2002).小児がん患児のサマー 研究対象者全員から同意書に署名を得た上で,IC レコー スクールに関するものでは,サマースクールで開催され ダーに録音した.また,研究結果についての投稿,学会 る 「 お話会 」 の意義や,そこで話されたテーマについて 発表についても同時に承諾を得た. 報告した研究,小児がん経験者やきょうだいのみを対象 にした 「 お話会 」 や,子どもと親が一緒に参加する 「 お 話会 」 を紹介した研究等がある.しかし,これらの研究 Ⅳ.結果 で報告されている会はいずれも,その参加者を親のみに 1.対象者の概要 限定したものではない.さらに,上述したように親の真 4 ∼ 12 歳の小児血液疾患をもつ子どもの父親 3 名, 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題 表 1. 対象者 母親 2 名と,成人した当事者 2 名である.子どもの背 た.小児血液疾患をもつ子どもの場合,病気の発症は即 景は表 1 の通りである. 入院につながることから,本研究で明らかにされた親の 思いは,入院を宣告された時点から始まり,退院後の生 2.分析結果 活に関することまで及んだ.重要カテゴリーとサブカテ 逐語録から取り出した 159 項目の重要アイテムから ゴリーの詳細は表 2 の通りである. 19 のサブカテゴリーと 9 の重要カテゴリーが抽出され 表 2.重要カテゴリーとサブカテゴリー 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題 以下,取り出した重要カテゴリーを【 】 ,サブカテ でも勉強しておく 」 必要性を実感しており,学習指導に ゴリーを〈 〉 ,重要アイテムを 「 」,筆者による補足 ついて具体的な話が進んだ.もし学習用に別室の確保が 説明を ( ) で示した. 困難な場合は 「 大部屋の中でも ( 中略 ) 曜日で学年とか 1) 最初の入院宣告時の動揺 決めちゃえば,( 中略 )( 学習が ) 出来ると思う 」 とい 入院の宣告に対して親は,「 気が動転(した)」「 パニ う意見や,人手不足の場合は 「 ボランティアの窓口みた くっちゃった 」「 何も考えられない 」 と〈突然の入院に いの実際に具体化すれば ( 中略 ) 広報活動と,受付をちゃ よる親のショックと混乱〉を体験していた.さらに,病 んとすれば実現しそうな気がしますけど 」 という発言か 名が確定しないことに対し 「 イライラした部分があった ら,〈入院中の学習環境の整備の希望〉が認められ, 【入 」 という発言や,「 入院生活のパターンが読めないから, 院中に子どもが学習の機会を喪失することへの危惧】に 落ち着かない 」「 病名に対しての予備知識もないし言わ まとめられた. れてもぴんとこない 」 と発言していることから,【最初 4) 復学に向けての学校の受け入れ姿勢に対する落胆 の入院宣告時の動揺】にまとめられた. 休学中の教室に子どもの 「 名前がなかった 」 ことや, 2) 詳細な説明と納得への切望 名前が 「 一番下にあった 」 ことに対し,「 あれ?とか思っ 点滴を施行する前に看護師から口頭にて薬剤の説明が た 」 という発言から,親は学校での子どもの存在を気に 行われている現状に対し,「 その場で説明されても『は かけていた.また,入院中に他の子どものもとへ校長先 あ,はあ,はあ』で終わっちゃいますよね 」,「( 点滴に 生が面会に来る様子を見て,「 すごく良いなって思って ついて ) 一回一回聞いてぜーんぶ ( 中略 ) 書いて今も た 」 という発言から,教師に気にかけて欲しい気持ちが 持ってるけど ( 薬剤情報が記載されている用紙が ) 出な 示唆された.これらの体験に対し,「 学校に行くよりか いのかな・・・ 」,「 俺は興味があったからガンガン聞いて は病院の方がいいって思われちゃってもしょうがないで たけど 」 という発言や,「 時間的な管理も必要な薬なの すよね 」 という発言から,〈休学中の子どもを迎え入れ かっていうのも伝えてやると精神的に良いような 」,複 る教師の姿勢に対する不満〉が明らかにされた. 数の点滴について 「 これ混ざっちゃったらどうなんの? 主治医から教師への復学に向けた説明について,「 と 」 という発言から, 〈複雑な治療に対する文書による説 にかく普通に生活させて下さいってお話で ( 中略 ) これ 明と納得の希望〉が示唆された. だけ・・・みたいな話しかしてなかった 」 という発言や, 検査結果の説明について,「 白血球・赤血球・血小板 母親から校長先生へ 「 体操をやっちゃいけない 」 ことな の三つだけは看護婦 ( 師 ) さんが ( 紙に ) 書いて渡して どを説明したことについて,「 それを校長先生が担任に くれる 」 状況において,「( 検査データが ) 欲しいんで 伝えてくれたぐらい 」 という発言から,〈復学に向けて すけどプリントして下さい 」 と要求していることから, 学校生活における行動制限の説明に対する不満〉が示唆 〈すべての検査データを知りたいという親の思い〉が明 された. らかにされ, 【詳細な説明と納得への切望】にまとめら 復学する学校によっては,主治医に子どもの行動制限 れた. の細かい指示を求める場合がある現状について,「 ほん 3) 入院中に子どもが学習の機会を喪失することへの危 とは途中まで出来んのかもしんないけど ( 中略 ) 一切駄 惧 目っていうことになっちゃうでしょ 」 という発言や,過 入院中,養護学校 ( 特別支援学校 ) へ転校することで, 剰な制限によって 「 やりたいのに,だったら学校行かな 「 朝起きたら,必ず私服に着替える.やっぱ ( り ) それ くていいやってなっちゃう 」 という発言から, 〈復学時 は大きい 」 や,休学の期間が無くなることに対し 「 それ に学校が求める行動制限に対する不満〉が示唆され, 【復 が良かったよね 」 と発言していることから, 〈養護学校 学に向けての学校の受け入れ姿勢に対する落胆】にまと への転校に対する肯定的意見〉が認められた.学童の場 められた. 合,入院が長期になると 「 漢字は完全に取り残されたよ 5) 復学後の子どもの体調に対する教員の 「 無 」 配慮へ ね 」,「 誰か面倒見ててやった方が良いような気が ( す の憤り る )」 という親の発言や,「 ローマ字の読み方と,( 中略 ) 復学当初は,治療の影響により子どもは体調が不完全 掛け算とか,( 中略 ) 英語,それが一番きつかった 」 と な場合が多く,「 鼻血が止まんなくなって,それから全 いう当事者の発言から, 〈入院中の自己学習のむずかし 然 ( 体育の先生の ) 対応変わってきた 」 という成人した さと学習指導の必要性〉がうかがわれた. 当事者の経験を聞いて,親は 「 意識してる人 ( 教師 ) と 長期入院している子どもの学習環境に関して,「 病院 してない人といる 」 と発言しており,〈教師の体調への にずっといられない親もいる 」 ため 「 誰かが勉強を見て 配慮不足に対する不満〉が示唆され,【復学後の子ども くれる時間が多少でもあれば,遅れる部分は絶対減りま の体調に対する教員の 「 無 」 配慮への憤り】が認められ すよね 」 という意見があった.また,親は 「 一日一時間 た. 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題 6) 子どもの身体的変化に対して友だちがストレートに ども ) が病気だって分かってるようには見えない 」,「 反応する心配 本人は気にかけてない 」,「 無駄に意識してもなんかス 治療の影響で子どもたちの容姿は治療前と比べて変化 トレスになりそうな気がする 」 と,病名告知に対し否定 する場合があり,「 給食が食べれなくて 」,「 クラス替 的な発言があった.また,成人した当事者の 「 体調良かっ えをしたら,急に気持ちも変わったのか,食べるように たし別に元気になれば,別に ( 病名は ) 聞かなくていい なった 」 と, 〈クラス替えによる気持ちの変化 ( 給食へ や 」 や,「 ちゃんと先生から告知とかもされてない 」 と の表出 )〉が認められた. いう発言を受けて,学童の親は 「( 病名は ) 言わないで 「 友達にちょっと言われただけで嫌になっちゃったり す 」,「 鼻血病とか,そんなぐらいで・・・ 」 と,病名告知 ( 中略 ) 顔が変わったねとか 」 と復学後に友人から容姿 に対し消極的な発言があり,〈現在での子どもへの病名 の変化を指摘されている状況があり,「( 子どもは ) 素直 告知に対する心の揺らぎ〉が示唆された. に言っちゃいますからね 」 や,「 でも写真見ると変かも 成人した当事者が就職活動の際に 「 嘘つくのは,精 しれない.復学した当初の顔はやっぱり・・・,なんだろ 神的に嫌だから,( 会社に ) 全部言う 」 という発言や,「 うね! 」 と, 〈復学直後の容姿についての友人の反応に 私は逆にずーっと黙ってます 」 という発言を聞いて,「 対する心配〉が認められた. 結局そうなった時って,親に言われるか,医者に言われ 小児血液疾患をもつ子どもは治療の影響で身体の発達 てるかだし 」 と,子どもへの病名告知の必要性を認識し が標準より遅れる場合があり,「4 年生からは,周りの 始め,具体的な時期について 「 結婚できる年齢になった 子が大人になっちゃってついていけない 」 や,「 だいぶ, ら俺 ( 親 ) は言うつもり 」 や 「 その変化に対応できるよ 人間関係悩んで 」「 ずーっと養護学校に戻りたい 」 と, 〈友 うになってないと,自分 ( 親 ) でもまずいと思ってる 」 人関係についての心配〉が認められた. と発言していることから,〈成人した当事者の意見から 最近,難病や白血病をもつ青年のドラマや映画が流行 子どもへの病名告知の時期の検討と対応に自覚〉が認め したことで,「 小学生でも,Cちゃんは何々って病気な られ,【子どもに病名を告知することへの肯定感】にま んでしょ, かわいそうだね.とか(略)ドラマの影響で, とめられた. 結構(友人に)言われるって(子どもが)言ってたけど ・・・ 」 という発言から, 〈テレビで得た情報から悪意のな いからかい〉が明らかにされ, 【子どもの身体的変化に Ⅴ.考察 対して友だちがストレートに反応する心配】がにまとめ 入院から退院後の現在までの小児血液疾患をもつ子ど られた. もの親の思いを図 1 に示した.入院が決定した時点で 7) 進学時の教員に疾患名を伝えるか否かという迷い は【最初の入院宣告時の動揺】があり,入院生活が始ま 進学時に,学校へ病名を申告することで 「( 子どもの ) ると【詳細な説明と納得への切望】が出現し,さらに, 自由がなくなりますよね 」 と発言しており, 〈進学時に 子どもたちが急性期を脱すると【入院中に子どもが学習 血液疾患名を記載するか否かの葛藤〉する意向があり, の機会を喪失することへの危惧】が浮上してきた.闘病 【進学時の教員に疾患名を伝えるか否かという迷い】が 中から【復学に向けての学校の受け入れ姿勢に対する落 認められた. 胆】があり,【復学後の子どもの体調に対する教員の 「 8) 治療上の行動制限を受ける子どもへの不憫 無 」 配慮への憤り】が明らかにされた.また,学校生活 幼児の場合,遊びが生活の中心であり,「 もう早く ( 保 では【子どもの身体的変化に対して友だちがストレート 育園に ) 行きたくてわーわーわーわー言ってる 」,「 友 に反応する心配】や【進学時の教員に疾患名を伝えるか 達がいないのが一番きついんだよな・・・ 」 と, 〈治療上で 否かという迷い】があった.退院後,【治療上の行動制 の遊びの制限に対する辛さ〉を感じていたことから, 【治 限を受ける子どもへの不憫】を体験していた.子どもへ 療上の行動制限を受ける子どもへの不憫】 が示唆された. の病名告知について【子どもに病名を告知することへの 9) 子どもに病名を告知することへの肯定感 肯定感】が認められた. 初めての診察中に子どもの前で医師から 「 白血病だよ 以上の,小児血液疾患をもつ子どもの親の思いに対す 」 と言われた経験をしている親がおり,「 何で先生子ど る看護を検討する. もの前で言っちゃうの? 」 や,「 子どもだから結局両親 に伝えればある意味用は足りる 」 という意見から,〈保 1.入院を宣告された時から入院中の親の思いへの関わ 護者の考えを無視した子どもへの病名告知に対する憤 り り〉が明らかにされた. 入院を宣告された時,親は突然のことにショックと混 成人した当事者の 「 私が告知されたのが二十歳のこと 乱で 「 何も考えられない 」 状態になる.医師から受けた だったんですよ 」 という体験を聞いて,親は 「 自分 ( 子 説明を覚えていないことが考えられるため,看護師は説 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題 明の場に同席し,医師と話し合った内容を確認し,その 学習権は人間的発達のために不可欠な権利である.入院 場が困難な場合は後日,理解できてない部分を訂正や補 していても,子どもは教育を受ける権利があり,学習の 足し正しく理解できるように手助けする必要がある.ま 遅れから復学後の学校生活がつまらないものにならない た,親がいつ疑問に思っても対応できるように,医師が ためにも,入院中の学習を保障する必要がある.入院中 話した内容は記録し, 情報を共有化しておく必要がある. の養護学校への転校を勧めるだけでなく,養護学校に転 子どもの安全を確保した上で,混乱や動揺した親がいつ 校しない子どもの学習も保障するためには,本研究にお でも感情を表出できる場所と機会を確保しておくことも いて親から要望があったように学習ボランティアなどの 必要である. 教育環境の充実を図る必要がある. 入院当初は子どもの病気を受け入れることで精一杯の 状態であったが,次第に落ち着き,病気や治療のことを 3.復学するにあたって学校との連携 さらに詳しく知りたい気持ちが起こってくる.主治医と 休学が長期化すると親は学校の様子が気になり,入院 子どもや親の間で看護師は,子どもと親が医師の説明を 中に 「( クラスに ) 名前がなかった 」 り,「 名前が一番 理解しているのかを確認しつつ,不安や疑問を医師に伝 下に 」 あることで,親は学校から取り残されたような気 えられているのか,常に気を配りながら調整役として関 持ちになる.たとえ,直接的な面会が困難であっても電 わる必要がある.親がいつでも疑問を解消できるように 話や手紙のやり取りなどにおいて,学校との良好な関係 コミュニケーションをとり,親の微妙な変化にも気付け が続いていることが闘病の励みになり,また,復学をス る感性が重要である.また,本研究において医療者の提 ムーズにさせることに繋がり,子どもにとって重要であ 供する情報だけでは満足できていない状況があり,家族 る.家族と学校だけでは関係を保つことが困難であれば, の求める情報を的確に捉え,個別にあわせて説明方法を 看護師を含む医療者が調整役として関わることも必要で 工夫していく必要がある. ある. 治療の後遺症として障害や傷が残る場合や,薬の影響 2.入院中の学習の保障への支援 で脱毛やムーンフェイスになる場合もある.特に学童期 子どもにとって学習とは基本的権利のひとつであり, の低学年は目に見えることで評価をしがちであり,本研 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題 究においても,親は子どもの容姿の変化に対する友人の しく病状や治療について理解できるように1人ひと 反応について心配を抱いていた.学校生活においては担 りに合わせて説明方法の工夫が必要である. 任の配慮が大切であり,闘病中から良好な関係ができて 2.親は,子どもが入院している間の学習の保障につ いることで,容姿の変化に惑わされずに復学が円滑に進 いて望んでいた.学習ボランティアなど教育環境の むことが期待できる.そのため,入院中から復学後に関 整備と充実が必要である. する親の心配を傾聴し,必要な知識や情報を提供するこ 3.復学に向けて,親は学校に対し落胆しており,子 とが大切である.外来でも継続した関わりが行えるよう どもの変化に対する友人の反応について心配してい に,適宜病棟から外来へ心配事について引継ぎを行う必 た.闘病中から復学を見据えた家族と医療機関と学 要がある. 校の連携が重要である. 江藤ら (2005) によると,担任から医療機関への要望 4.幼児や学童の親は子どもへの病名告知に否定的で としては,教育実践上必要となる 「 その子ども 」 の情報 あったが,成人した当事者の意見を聞くことで前向 交換や相談の場を要望しており,併せて保護者や子ども きに変化しつつある.退院後も,病名告知の相談と のケアの充実を期待していることが明らかとなった.本 情報収集ができる場所が必要であり,子どもと家族 研究において,親は学校に対し更なる子どもの尊重を求 の希望に合った方法で病名告知ができるように調整 めている現状があり,江藤ら同様,医療機関が中心とな や連携が必要である. り家族と医療機関と学校が一同に会し情報交換の機会を もつ必要性が確認された. Ⅶ.研究の限界 4.子どもへの病名告知 についての親の気持ちに対する 本研究は,一施設のサマースクールにおける一度の調 関わり 査であり,その発言は参加者の背景に大きく影響される 山下ら (2005) によると,親は子どもへ告知するか否 ことから限界がある.今後,このような機会を増やして かを決定するにあたって,まず 「 告知の必要性 」 や 「 告 検討していきたい. 知の条件 」 について不確かさを生じており, 多くの親が, 子どもが 10 代の時期は告知を否定的に受け止めている 本研究にご理解とご協力を頂いた親の方々,当事者の方々, が,子どもが巣立つ時期になると必要に迫られて肯定的 ならびにサマースクールのスタッフの方々に深く感謝致しま に受け止める傾向がある.本研究においても,幼児や学 す. 童の親は病名告知に対して消極的で否定的な発言が見ら れた.しかし今回,当事者の意見を聞く機会から病名告 文 献 知に対し前向きな変化が見られており,親が子どもと離 れて当事者の話を聴く場は有意義と考えられる.サマー 土 居 泰 子 , 黒 木 久 美 子 (2002): 血 友 病 患 者 の 教 育 ― 教 育 スクールに参加の意思がなかった親に対しても情報を提 外来 , サマーキャンプをとおして― , 小児看護 , 25(11), 供し,希望時に参加できるような体制づくりが必要であ 1454-1465. る.また,サマースクールに参加が困難な家族が,いつ 江藤節代 , 奥野由美子 , 山本捷子 (2005): 普通学級に在籍す でも相談できて必要な情報が手に入るような場所を整備 る病気をもつ子どもの学校生活支援に関する研究−担任と し,看護師は親と一緒に考え対応できるようになってい の面接調査から− , 日本小児看護学会誌 , 14(2), 30-36. る必要がある.そして,家族の希望に合った方法で病名 石本浩市 , 藤田宏夫 , 斉藤正博 , 他 4 名 (2000): キャリー・オー 告知が出来るように調整や連携を図り,本人への告知後 バーした小児血液および悪性腫瘍患者に対する長期経過観 は,告知された子どもがいつでも質問や相談ができるよ うに継続した関わりが必要である. 察外来 , 小児がん , 37(3), 374. 篠沢隆 , 檀谷尚宏 , 渋谷温 , 他 1 名 (1984): 血友病児の治療 上の諸問題とサマーキャンプの意義 , 埼玉医科大学雑誌 , Ⅵ.結語 小児血液疾患をもつ子どもの親の思いと看護の課題 は,以下の通りであった. 1.入院の宣告時,親は予測不可能な突然の宣告に動 揺していた.そのため,親が感情を表出できる場所 と機会の確保が必要である.また,入院中,親が正 11(4), 387-391. 渡邊輝子 , 細谷亮太 , 月本一郎 , 他 5 名 (2000): 病名告知を 受けたがん患児のサマーキャンプ , 小児がん , 37(3), 374. 山下早苗 , 猪下光 (2005): 外来通院している小児がん患者へ の告知に対する親の意向−告知に対する親の不確かさに焦 点をあてて− , 日本小児看護学会誌 , 14(2), 7-15. 埼玉医科大学看護学科紀要 総 説 NICU における低出生体重児の親子関係の形成に 関する看護の役割と課題 Role and Problem of Nursing for the Child-parent Bonding in NICU of the low-birth-weight infant 安藤 晴美 Ando Harumi キ ー ワ ー ド:低出生体重児,NICU,親子関係,子ども虐待,看護 Key words:Low-birth-weight infant,Neonatal Intensive Care Unit,Child-parent Bonding,Child Abuse,Nursing 要 旨 本稿の目的は,ハイリスク新生児の代表である低出生体重児の NICU における親子関係の形成に焦点を当て, 既存の文献を基に今後の研究課題を明らかにすることである. その結果,わが国の新生児医療は進歩し,低出生体重児の生存率は高まっているが,親子関係の形成に関す る研究が少ないことがわかった.これに加え,低出生体重児などの医学的なハイリスク児は,子ども虐待のハ イリスク児であるといわれているが, その具体的対策または提言が非常に少ない現状が明らかとなった.また, 低出生体重児の親子関係は困難さを抱えながらも段階をもった発達をしていくという報告はあるが,個々の親 子関係の発達段階を看護者が適切に評価して,その段階に応じた方法を選択することは難しい実情も明らかと なった. 以上のことから,低出生体重児の NICU における親子関係の形成に関する看護研究の課題は,NICU におけ るケアの対象である親やケア提供者である看護者の日常の関わり合いの中での生じる思考と感情を明確にする 必要性が示唆された. Ⅰ.はじめに 1996 年には,周産期医療を行政的システムとして整備 するための周産期医療整備対策が開始され,総合および 最近の新生児医療の進歩はめざましく,新生児死亡 地域周産期母子医療センターは年々認可施設が増え,活 率・周産期死亡率は著しく減少している.それは,妊娠 動している.それにより現在の地域化された周産期医療 性高血圧症候群,早産,子宮内発育胎児遅延,多胎妊娠, の体制が充実し,発展してきた.そして,母体側の因子, 糖尿病などといったハイリスク妊娠の管理の充実,また, 胎児側の因子により妊婦の集中管理,集中治療,そして 超音波検査, 胎児心拍数モニタリングの普及などにより, 適切な分娩様式,分娩時期が決定され,高次医療センター 胎児異常の早期発見・早期治療が可能となったというこ への母体搬送が実施されるようになった ( 中林 , 2001: とが大きく関与している ( 平野 , 2001: 中林 , 2001). 大野 , 2002: 多田 , 2002).さらに,出生前に異常を診 受付日:2007 年 10 月4日 受理日:2007 年 12 月 26 日 埼玉医科大学保健医療学部看護学科 低出生体重児の NICU における親子関係の形成に関する看護の役割と課題 断された胎児には胎児治療を,生命や後遺症の危険性 低出生体重児の NICU における親子関係の形成に関する があると判断されたハイリスク新生児には,出生直後か 国内外の書籍・研究論文・解説・総説などの文献検討 ら Neonatal Intensive Care Unit( 以下,NICU) での早期 を通して今後の研究課題について明らかにする.なお, 集中治療を行うといった新生児医療が可能となり,ハイ 文献は 1980 年代から 2007 年までを中心に NICU とい リスク新生児とハイリスク妊娠の管理の充実が相俟って う臨床現場の看護に必要であると考えられる “ ハイリ 新生児死亡率・周産期死亡率が減少したのである ( 安水 , スク新生児 ”“ 低出生体重児 ”“NICU “ 親子関係 ” 1997: 中林 , 2001). “ 愛着 ”“ アタッチメント ”“ 虐待 ” を検索語句とし, ま た, 日 本 小 児 科 学 会 新 生 児 委 員 会 (1996) に よ CiNii, 医 学 中 央 雑 誌,J Dream Ⅱ,PubMed,Webcat る超低出生体重児の新生児死亡率の全国平均は,昭和 Plus によるインターネット検索および適宜マニュアル検 55 年の 55.3%から 60 年には 41.2%,平成 2 年には 索を併用した.検索された総文献中,NICU における親子 26.9%,平成 7 年には 21.6%にまで低下し,8 割近い 関係の形成に関する看護のテーマに合い,かつ入手可能 超低出生体重児が救命されるようになった.まず,出生 であった 72 件の文献を用いて検討した結果を報告する. 体重 2500g 以上の群においては,新生児仮死,低酸素 性虚血性脳症による死亡が産科管理の充実により母体側 因子の減少,また,抗生物質などによる早期治療で感染 Ⅱ.わが国の低出生体重児と子ども虐待の現状 症による死亡も減少している ( 日本小児科学会新生児委 子どもの虐待に関するわが国の事情は約 10 年前から 員会 , 1996: 中村 , 1999: 中村 , 2000: 中村ら , 2002: 多 急激に変化し,平成 12 年の児童虐待防止法が施行され 田 , 2002: 横山ら , 2002).2000g 未満の新生児におい てから,社会の関心が子どもに向けられ全国児童相談 ては死亡原因の主とされていた呼吸窮迫症候群がレスピ 所への児童虐待に関する相談件数は一気に増加した ( 小 レーターやサーファクタント治療の普及により減少して 林 , 2006).そして,NICU に入院した子どもたちは, いる.そして,呼吸窮迫症候群に合併する頭蓋内出血で 特に虐待のハイリスク児であることが知られ,特にそ の死亡も減少している ( 中村 , 1999: 中村 , 2000).特 の 40%は低出生体重児であること,また約 70%は先天 に 1000g ∼ 1999g の新生児では呼吸窮迫症候群での死 異常や発達の遅れなど医学的問題を抱えた子どもに起き 亡が殆どみられなくなった ( 竹内 , 1991: 中村 , 1999: ているということが報告された (Tanimura,et al.,1995). 中村 , 2000: 母子衛生研究会 , 2002: 中村ら , 2002: 多 厚生科学研究の中で,全国の主な NICU 施設である 181 田 , 2002).これは,新生児医療の進歩と医療体制の充 施設に対して “ 子どもの虐待 ” に関するアンケートを 実に向けての努力の結果である. 行った結果では,84 施設 ( 回収率 46.4% ) より回答が 新生児医療の進歩の中では,従来の看護の原則であ 得られ,平成 6 年から平成 10 年の 5 年間の子どもの虐 る保温・栄養・感染防止・minimal handling だけでは看 待は 49 例あり,そのうち 23 例が極低出生体重児であ 護の目的が,救命・集中医療ということに留まり,親子 り全体の 47%の割合を占めていた ( 小泉 , 2001).こ 関係の形成や子どもの発達を促すという目的を達成でき のことおよび低出生体重児の生存率が高まっているこ なくなっている( 入江 , 2002).NICU は単なる治療の とから,虐待のハイリスク児の数は年々増加している現 場ではなく,親子関係の形成の場として重要である ( 入 状にあることが伺える.しかし,児童虐待防止法策は, 江 , 2002: 木下ら , 2002).また,医学的リスクをもっ 実際にはスタートしたばかりであり,その具体的な対 て生まれた子どもは成長・発達過程において何らかのリ 策についての報告や提言が少ない現状にある ( 福井ら , スク要因を持ち続けることが多く ( 中村ら , 1995: 中村 2007). ら , 1999),そのリスクをもって生まれた子どもは医学 的・あるいは家庭環境・社会環境に関して不利益な条件 をもつ子どもである ( 山口 , 2001).子どもの命が助か Ⅲ.低出生体重児の虐待のハイリスク要因 り退院を迎えたとしても,親子関係が形成されていなけ 松井ら (1997) は,虐待の発生要因として,①望ま れば,退院後に親がよりいっそう育児に困難を感じ,そ ない妊娠・出産,②双生児で特に双生児間の差が大きい れらは子どもの虐待につながる可能性も考えられる ( 木 場合,3 胎以上,③未熟児,先天異常など医療を必要と 下 , 2002).新生児医療における看護の役割は,ハイリ する場合,④精神発達が遅れている児,⑤親が精神性疾 スク新生児の命を救うことだけでなく,親子関係を時間 患,性格異常,アルコールや薬物依存,⑥親が知的障害, と共に形成していけるように支援することである ( 馬 ⑦親の育児知識や育児姿勢に問題がある,⑧孤立家庭 場 , 1991: 仁志田 , 2000).それが真の意味で子どもを ( 外国人家庭を含む ),⑨経済的不安定,入籍していな 救うことになると考える. い,母子健康手帳交付を受けていないなどが指摘されて そこで,本稿では,ハイリスク新生児の代表である いる.また,小泉 (2002) は子どもの虐待発生として考 低出生体重児の NICU における親子関係の形成に関する看護の役割と課題 えられたマイナスの要因として考えられた①夫婦関係, 2006),延いては親にとって育て難い子になり得る.ま ②経済不安,③親準備性,④育児力,⑤愛着形成を阻 た,抑うつ傾向の高い母親は,子どもに対する愛着が低 害,⑥親の子に対する過剰な期待,⑦双胎 ( 多胎 ),⑧ くなることが示されている ( 本城 , 2006).さらに,妊 社会的孤立があると述べている. 医学的ハイリスク児 娠期においては,腹壁を通しての直接的な攻撃, アルコー は,これらの虐待要因を少なからずもっており,それに ルなどによる化学的な攻撃や必要な栄養を十分に摂取し 加えて夫婦間の問題や経済的な問題を生じやすく,“ 社 ないといった胎児への虐待が今後増加していく可能性も 会的ハイリスク児 ” でもある ( 馬場 , 1991: Loucine, 指摘されている ( 本城 , 2006).このため,前述の松井 1999: 仁 志 田 , 2000: 山 口 , 2001: 小 泉 , 2002: 澤 田 , らが示した親側の要因の一つと同様に見落としてはなら 2002a: 小林 , 2005).低出生体重児や NICU への入院そ ないことである. のものが,子どもの虐待に直接つながるということはい えないが,子ども虐待要因のハイリスク児であることを 前提にフォローアップしていく必要がある. Ⅳ.新生児の親子関係の形成に関する研究 前述の小泉 (2003) の “ 子どもの虐待 ” に関する 親子関係の形成に関する研究としては,母子の関係 アンケートにて,被虐待児と診断された子どもの生後 1 形成に関する研究を進めた,“ アタッチメント理論 ” か月後,あるいは低出生体重児の場合は退院後 1 か月 (Bowlby, 1969a,b,c: Bowlby, 1982 a,b,c: 小島 , 1981: 久 時点での栄養方法を調査した結果,母乳栄養 (5.9%) に 保田 , 1995: 数井 , 2005) を発表した Bowlby の名前が 対し人工栄養の例 (76.5%) が圧倒的に多い.このこと 最初に挙げられる (Bowlby, 1988). アタッチメント は,わが国の生後 1 か月時点での完全母乳率は 45% 程 (attachment) とは 愛着 とも訳され,看護学大事典に 度であることと比較して,母乳育児はプラスの要因とな よると「Bowlby は,ある特定の対象に対して強い情緒 り得ると考えられた ( 小泉 , 2003).子どもの虐待に陥 的なきずなをもとうとする人間の特性を愛着と定義した らないためには,プラスの要因を揃えることが大切で ( 青木ら , 2002).」とある.Bowlby のアタッチメント あり,必要である.そして,これは「そばにいて心配し 理論は,このアタッチメントを乳児がどのようにして母 てくれる人の存在」が一番大切であり,次いで「個人プ 親との間に形成していくかということについて論じたも レーではなくネットワークでの対応」 , 「母乳育児と十分 のである ( 庄司ら , 1994).すなわち,乳幼児が周囲の者, な抱っこ」ということが考えられている. 多くの場合母親に接触しよう,愛されよう,褒められよ また,子ども虐待の根源をたどれば,乳児期から子 うとする行動を取るようになることであり,哺乳などの 育てに対する多くの混乱がある (Blacher et al., 1983: 澤 子育て行動の報酬によってそうなるのではなく,子ども 田 , 2001: 澤田ら , 2004).低出生体重児や NICU 入院児 が持つ,生まれながらの一次的な能力と考えたもので においては,出生と同時に親自身が思い描いていた子ど ある ( 小林 , 2006a).その後,出産直後の母子関係に もの像と現実との違いに戸惑いが生じ,子どもの NICU 臨界期 ( 敏感期 ) が存在するという立場で研究を進めて に入院すること自体が子育ての混乱の始まりである ( 澤 いた Klaus ら (1982) が「母子相互作用」という考え方 田ら , 2006).そのため,入院中からの子ども虐待に対 を発表した.これは,出産直後に新生児を褥婦に添い寝 する予防をしなくてはいけない ( 澤田ら , 2006).そ させることや,分娩後 3 日間の授乳時間を多くするな して,このような子ども虐待の現状は,驚くべきこと どして,新生児期の母子の接触時間を長くすることによ に,その約 6 割が実母によるものであり,その相当数 り,褥婦の母性行動が促進され,それが母親はわが子へ は「親子関係」 「母と子のきずな」の破綻によるもので の愛情を,子どもは母親への愛着を作るという,愛情と ある (Herbert et al., 1982: 小泉 , 2005: 小林 , 2006b). 愛着により「母と子のきずな」ができるという考え方で 育児が困難な親にとって育て難さが加わることでますま ある.このようなあまりにも劇的な結果になることから, す育児が困難となる悪循環に陥り,愛着形成行動がとり Klaus(1982) らの研究は,その後いろいろな批判が生 づらくなり,暴力的な関係も増加しがちになる ( 南部 , じたが,母性発達と子どもの発達への影響ということで 1994: 三宅 , 1992: 奥山 , 2004a: 奥山 , 2004b: 酒井ら , 新しい視点を提供した功績は大きい ( 花沢 , 2003).し 2006). かし,母子早期接触の効果については,今後さらに研究 視点を周産期に移すと,女性が妊娠や出産を通じて を続けたうえで評価が必要である ( 花沢 , 2003). ホルモンの変化と心理社会的な状況の変化に伴う抑う Coffman(1992) に よ る 1981 年 か ら 1990 年 の 看 つやうつ病の発症に関しても注目度が高まっている ( 奥 護の視点からの親子のアタッチメントに関する文献レ 山 , 2004a: 本城 , 2006).そして,母親の抑うつは胎児 ビューでは,“ 生後アタッチメントに影響する可能性 の脳の機能に影響を与え,その結果,子どもの行動や情 がある場合には出生前からの介入に関すること ”, “双 緒に長期的な影響を及ぼすことが考えられおり ( 本城 , 生児や子どもに異常があった場合のこと ”,“ 初期の 低出生体重児の NICU における親子関係の形成に関する看護の役割と課題 接触,母子同室や母乳栄養などの総合的なこと ” の 合の関わり,保健・医療・福祉の連携などの各施設での 3 つに大きく分類されている.これらの研究に用いら 実践報告や解説はみられるが,研究としての文献はみつ れ て い る 理 論 と し て は,Klaus と Kennell,Bowlby や けることが難しい状況にある. Ainsworth,看護理論では Rubin が引用されていた.こ のレビューにおいて今後の方向性として,親子のアタッ チメントに関する看護研究者は,アタッチメントやき ずな形成での概念上の定義を明らかにしなければなら Ⅵ.低出生体重児の親子関係の形成と早期接 触の意味 ないこと,アタッチメントを評価する測定用具を考慮し NICU での看護は周産期看護であると共に小児看護で なければならないことなどが挙げられている (Coffman, ある ( 二俣 , 1997) といわれる.すなわち,低出生体重 1992) .また,在宅でのデータや質的データにより親子 児の多くの早産児は通常ならば胎児期間である一方,既 関係を築く方法についての調査が必要であると述べられ に生まれ,一人の新生児であると捉えられる,という二 ている (Coffman, 1992). つの視点をもってみていくことが求められる看護であ Hant(1994) らの正常な妊娠,分娩,産褥に焦点を当 る.また,もう一つの新生児医療における重要な視点は, てた母子相互作用に関する文献レビューによれば,早産 新生児の NICU への入院が一般小児科を含めた他の入院 児,特に極低出生体重児の親においては,その危機的状 と決定的に異なり,家族の全員から家族員として認めら 況や神経学的障害および発達障害伴うことから育児支援 れ,家族関係が形成してからの入院ではなく,その関係 は不可欠であり,そのためには親子関係の形成過程のア に脆さがあるということである ( 二俣 , 1997). セスメント,そして援助の計画が必要であると述べられ ている. 親と子は関わることで親子関係を形成する (Klaus et al., 1982: Winnicott , 1987).そして親子関係の形成の あり方は,人間としての生き方にまで影響するといわれ, Ⅴ.わが国の低出生体重児の親子関係の形成 に関する研究 新生児の出生直後から親子の接触の時間をとることの重 要性もいわれている (Klaus et al., 1995).しかし,低出 生体重児の親は,出生直後のわが子と十分に接触するこ 木下 (1998) による母親を中心とした NICU における となく NICU へ連れて行かれるため,母子分離の状況に ファミリーケアに関する文献レビューでは,アメリカを おかれ早期接触が難しい.さらに母親は,孤独感と満足 中心とする国外においては,母親の体験について,スト に産んでやれなかった罪悪感で苦しみ,父親も母子に対 レス,ニーズ,看護者によるサポートといった現象に焦 して何も役に立つことができない自分を責めるという感 点を当てて検討している文献が多いこと,日本ではファ 情を抱く ( 澤田 b, 2002: Klaus et al., 1982: Sammons ミリーケアに関する文献が少ないことがわかっている. et al., 1985).このような現状の中でも,低出生体重児 これらのことから家族,なかでも母親にとっての看護を の親がわが子を愛せるようになるためには早期接触やス 考えるにあたり,実践現場でのケアの実際のこと,母親 キンシップといった直接的な接触ではなく,むしろ,こ や看護者がケア場面において体験していることを様々な うした親の敗北感,怒りや悲しみといった感情のもつ 視点から明らかにしていく質的研究が必要であると述べ れを解きながらわが子を理解することができるようにな ている. り,親子関係を形成していく (Sammons et al., 1985). 吉行ら (2007) の 301 病院の NICU を対象に行われ これは,親子の接触を物理的,直接的,身体的に触れる た母子間愛着形成の取り組みに関する調査では,NICU こととしてではなく,心理的な接触ができることの重要 入院児の被虐待のハイリスクという面から述べられてい 性を示していると理解できる. る.回答した全施設が何らかの愛着形成の支援を行って これらのことは,低出生体重児に限らず NICU に入院 いるが,NICU を有する病院が限られていることから, するハイリスク新生児についても同様なことであると考 遠方の家族が利用できる宿泊施設などの配慮も必要なこ える. と,臨床心理士やカウンセラーの配置などの必要性に関 する課題が出されている.また,子ども虐待のリスク判 定や学習会の機会を持っていない施設が半数あったこと より,医療機関の虐待対策への意識の低さが推測されて いる ( 吉行,谷口,神澤,2007). Ⅶ.NICU における親子関係の形成と看護 低出生体重児の出生直後からのについては,困難さ を抱えながらも親子関係が発達していることの報告が その他,各施設でのカンガルーケアやタッチケアを されている (Brazelton, 1981: 橋本 , 1996: 橋本 , 1997: 通しての愛着形成への取り組み,親と看護者との交換 Stern, 1977).橋本 (1996) は,低出生体重児と親にお ノートの有用性,子どもまたは親が疾患をもっている場 ける発達モデルを STAGE 0 ∼ 5 までの 6 段階に分け研 低出生体重児の NICU における親子関係の形成に関する看護の役割と課題 究している.その中の関係性の段階での特徴 ( 親の児に 関係の形成への援助などの重要な役割を担っているが, ついての認知・解釈 ) を主として説明しており,STAGE 入院している期間の関わりは,子どもの一生からみれ 0 では「胎内からの連続性をもった わが子 と認知 ばほんの一時的なものでしかない ( 入江 , 2001: 入江 , し難い」 ,STAGE 1 では「 『生きている』存在であるこ 2002).family centered care の言葉はハイリスク新生 とに気づく」 ,STAGE 2 では「 『反応しうる』存在であ 児看護にも定着しつつあり,「医療者がいかに家族を支 ることに気づく」 ,STAGE 3 では「反応に意味を読み取 えていくか」が看護の視点である ( 入江 , 2002).現在は, る」 ,STAGE 4 では「 『相互交流しうる』存在であるこ まだ医療者主体ですすめられている現状もあるが,今後 とに気づく」 ,STAGE 5 では「互恵的 reciprocal な相互 は,家族が主体的に医療者と協同して,子どもを含めた 交流の積み重ね」というような変化があり,それに応じ 家族を自らの力で再構築していく家庭を支援することが て親の行動が「触れることができない,遠くから 眺め 本来の family centered care (Doll-Speck et al., 1993: 入 る 」から「指先で四肢を撫でる,児の視線をとらえよ 江 , 2002: 小泉 , 2006) であることを新生児医療に携わ うとする」 ,そして「くすぐる,遊びの要素をもった接 る看護者は認識して関わらねばならない.つまり,看護 触,あやす ( と笑う )」というような変化をし,親子の は,子どもが NICU に入院している間から,親自身が主 関係性が発達することを示唆している ( 橋本 , 1996: 橋 体的に子どもを育てることができるような支援をすると 本 , 1997). いうことを志向しなければならない. また,Blazelton(1981) は,両親が子どもを本当に自 分たちのものだと感じ,安心して関わり合い,生活して いけるようになるまでには,少なくとも 5 段階を経て Ⅷ.まとめ いくようだといっている.まず,医療チームから聞かさ 文献によると低出生体重児を代表とするハイリスク れる医学的なデータを通して親と子が関わり合う段階か 児は,子ども虐待のハイリスク児であると知られている ら始まり,子どもの動きを見て勇気つけられたり,一人 が,虐待への取り組みは十分な状況ではない.この虐待 の人間になったと感じる段階を経て,親が子どもの敏感 予防の視点を十分含めて,プライマリーナースを中心に な動きを自分で引き出そうとし,その時に初めて,この 親と子の関係性の発達段階を適切に判断・評価し,親を 子どもの親であることの意味が本当にわかり始める段階 中心とした家族を支えていくことが NICU における看護 に至る.そして,最後は,実際に子どもを抱き上げ,育 の役割であると考える.しかし,親の心の中の感情や思 児行動ができるようになる.この時点で両親はアタッチ 考は目に見えるものではない.また,そこに関わる看護 メントを得ることができ,親たちは子どもを一人の人間 者の感情や思考も見えるものではない.従って,NICU として扱うことができる.そうなると子どもを家へ連れ の看護の質を高めるためには,親と看護者の関わり合い て帰り,養育していく心の準備ができたことになるので の中で生じる思考と感情を明確にし,それらを理解して ある (Brazelton , 1981). いくことが重要であると考える. このように親のたどる経過は一概に規定することは できないが,親は,わが子という実感を持ち難いことや 文 献 心身の成長への不安も大きい中,このような困難さを体 験しながら段階を追って変化していく.また,障害のあ 青木豊 , 塚本尚子 (2002): 愛着 attachment, 和田攻 , 南裕子 , る子どもの場合,それを受容し,子どもと生きていく 小峰光博総編集 , 看護学大事典 ( 第 1 版 ), 医学書院 , 東京 , 心構えが持てるようになることはさらに大変なことで あり,時間を要する.従って,NICU での親への心理的 援助の基本は,一方的な指導をしたり批判したりするこ 11. 馬 場 一 雄 (1991): ハ イ リ ス ク 児 の 概 念 と 定 義 , 小 児 内 科 , 23(1), 5-7. とではなく,全過程に寄り添う見守り手として存在する Blacher J,Meyers C.E.(1983): A Review of Attachment ことであり,それによって親子が自然な経過をたどって Formation and Disorder of Handicapped Children, ゆく支えとなることである ( 橋本 , 1996).また,子ど American Journal of Mental Deficiency, 87(4),359-371. もの経過や予後に対する受け止め方や心理的変化は親に 母子衛生研究会 (2002): 母子保健の主なる統計 平成 14 年 よって異なるため,必ずしも各時期の援助方法が一定 度刊行 , 42-64. の決まりとしてあるのではなく,母子,父子の関係が Bowlby J.(1969a,1982a)/ 黒田実郎 , 大羽蓁 , 岡田洋子 , 他 1 どの発達段階にあるのかを,適切に評価してその時期に 名 (1991): 母子関係の理論 Ⅰ愛着行動 , 岩崎学術出版社 , 適切な方法を選択することが大切である ( 山崎 , 2001: 東京. Frankl, 2006). 医療者は,子どもの救命から成長・発達の援助,親子 Bowlby J.(1969a,1982a)/ 黒 田 実 郎 , 岡 田 洋 子 , 吉 田 恒 子 (1991): 母子関係の理論 Ⅱ分離不安 , 岩崎学術出版社 , 東 低出生体重児の NICU における親子関係の形成に関する看護の役割と課題 京. Bowlby J.(1969a,1982a)/ 黒田実郎 , 吉田恒子 , 横浜恵三子 (1991): 母子関係の理論 Ⅲ対象喪失 , 岩崎学術出版社 , 東 京. Bowlby J.(1988)/ 二木武監訳 (1993): 母と子のアタッチメン ト 心の安全基地 , 医歯薬出版株式会社 , 東京. Brazelton T.B.(1981)/ 小林登訳 (1983): ブラゼルトンの親と 子のきずな―アタッチメントを育てるとは― , 医歯薬出版 株式会社 , 東京. Coffman S.(1992): Parent and Infant Attachment: Review of Nursing Research 1981-1990, Pediatric Nursing, 18(4), 421-425. Klaus M.H., Kennell J.H.(1982)/ 竹内徹 , 柏木哲夫 , 横尾京子 訳 (1985): 親と子のきずな , 医学書院 , 東京. Klaus M.H., Kennell J.H., Klaus P.H.(1995)/ 竹内徹訳 (2001): 親と子のきずながどうつくられるか , 医学書院 , 東京. 小林登 (2006a): 母と子のきずな , 愛着 , そして母子相互作用 , そだちの科学 , 7, 120-122. 小林美智子 (2005): 母子保健と虐待発生予防 , 母子保健情報 , 50(1), 80-87. 小林美智子 (2006b): 我が国の児童虐待の動向―法律を含め て― , 周産期医学 , 36(8), 931-939. 小泉武宣 (2001): 虐待ハイリスク家庭への周産期かたの援助 に関する研究 , 平成 12 年度厚生科学研究 ( 子ども家庭総 Doll-Speck L.,Miller B., Rohrs K.(1993): Sibling Education: 合研究事業 )「虐待の予防 , 早期発見および再発防止に向 implementing a Program for the NICU, neonatal network, けた地域における連携体制の構築に関する研究」( 主任研 12(4), 49-52. 究者 松井一郎 ) 報告書 , 49-52. Franklin C.(2006): The Neonatal Nurse's Role in Parental Attachment in the NICU, Critical Care Nursing Quarterly, 29(1), 81-85. 福井美保 , 加藤悠紀 , 小笠原啓 , 他 6 名 (2007): 虐待ハイリス ク児の退院に向けての準備―チーム・アプローチの方法― , 日本未熟児新生児学会雑誌 , 19(1), 128-130. 二俣ゆみ子 (1997): NICU 看護に求められるもの , 小児看護 , 20(9), 1108-1112. 小泉武宣 (2002): 虐待の予防と小児科医の役割 , 日本小児科 学会雑誌 , 106, 1194-1199. 小泉武宣 (2003): 母乳育児は子どもの虐待リスクを減らせる か , 母子保健情報 , 47, 96-99. 小泉武宣 (2005): NICU と虐待予防―不適切な育児を避ける には― , 小児科臨床 , 58(8), 3-12. 小 泉 武 宣 (2006): NICU 入 院 と 子 ど も 虐 待 , 周 産 期 医 学 , 36(8), 941-946. 花沢成一 (2003): 母性心理学 ( 第 1 版 ), 医学書院 , 東京. 小島謙四郎 (1981): 乳児期の母子関係 , 医学書院 , 東京. Hant C., Peddicord K., O'Brien E.(1994): Supporting Parental 厚生統計協会 (2006): 国民衛生の動向・厚生の指標 臨時増刊 , Bonding in the NICU: A Care Plan for Nurses, neonatal network, 13(8), 19-25. 橋本洋子 (1997): 新生児集中治療室 (NICU) における親と子 へのこころのケア , こころの科学 , 66, 27-31. 橋本洋子 (1996): 未熟児の親への援助 , 母子保健情報 , 33, 24-28. Herbert M., Sluckin W., Sluckin A.(1982): Mother-toInfant Bonding , Child Psychology and Psychiatry, 23(3), 205-221. 平野秀人 (2001): ハイリスク妊娠の分娩ケア , ペリネイタル ケア , 20(12), 8-15. 本城秀次 (2006): 出生前の母親のメンタルヘルスと愛着 , そ だちの科学 , 7(10), 101-106. 入 江 暁 子 (2001): Developmental Care, 小 児 看 護 , 24(3), 469-474. 入江暁子 (2002): ハイリスク新生児看護における看護の役割 , 小児看護 , 25(9), 1076-1082. 数井みゆき , 遠藤利彦 (2005): アタッチメント 生涯にわたる 絆 , ミネルヴァ書房 , 京都. 木下千鶴 , 砥石和子 (2002): 看護者とのかかわりと面会時の ケア , 小児看護 , 25(9), 1238-1242. 木下千鶴 (1998): NICU におけるファミリーケアに関する研 究の動向 , 日本新生児看護学会 , 5(1), 2-12. 53(9), 61. 久保田まり (1995): アタッチメントの研究 , 川島書店 , 東京. Loucine M.D.H.(1999): Impact of a Research Study a Decade Later: The Use of Pictures in a Neonatal Intensive Care Unit As a Mode of Nursing Intervention to Enhance MaternalInfant Bonding, Scholarly Inquiry Nursing Practice: An International Journal, 13(4), 367-373. 松井一郎 , 谷村雅子 (1997): 虐待を防止するための周産期管 理 , 周産期医学 , 27, 715-717. 三宅和夫 (1992): 乳児のアタッチメント , 日本医師会雑誌 , 107(9), 1641-1644. 中林正雄 (2001): ハイリスク妊婦への支援 ∼健診 , 母体搬送 を中心に∼ , 母子保健情報 , 43, 14-18. 中村肇 (1999): 超低出生体重児の予後に関する全国統計 , 周 産期医学 , 29(8), 903-907. 中村肇 (2000): 新生児医療の光と影 , こころの科学 , 94(11), 28-32. 中村肇 , 大野勉 , 上谷良行 (2002): 我が国の新生児医療体制 の現状と今後の課題 , 周産期医学 , 32(5), 585-589. 中村肇 , 上谷良行 , 小田良彦 , 他 8 名 (1995): 超低出生体重 児の 3 歳時予後に関する全国調査成績 , 日本小児科学会雑 誌 , 99(7), 1266-1274. 中村肇 , 上谷良行 , 芳本誠司 , 他 12 名 (1999): 超低出生体重 低出生体重児の NICU における親子関係の形成に関する看護の役割と課題 児の 6 歳時予後に関する全国調査成績 , 日本小児科学会雑 誌 , 103(10), 998-1006. 南 部 春 生 (1994): 子 ど も の 発 達 と 親 子 関 係 , 小 児 看 護 , 17(11), 1476-1481. 日本小児科学会新生児委員会新生児医療調査小委員会 (1996): わが国の主要医療施設におけるハイリスク新生児 医療の現状 (1996 年 1 月 ) と新生児死亡率 (1995 年 1 ∼ 12 月 ), 小児科学会雑誌 , 100(12), 1931-1938. 仁志田博司 (2004): 新生児学入門 ( 第 3 版 ), 医学書院 , 東京. 奥山眞紀子 (2004a): 親子関係への支援 , 発達 , 100, 17-23. 奥山眞紀子 (2004b): 虐待にみる親子の心―愛着の面から― , 最新精神医学 , 9(2), 117-121. 大 野 勉 (2002): ハ イ リ ス ク 新 生 児 の 医 療 体 制 , 小 児 看 護 , 25(9), 1070-1075. 酒井佐枝子 , 加藤寛 (2006): 養育者の対人関係のあり方と養 育行動との関係 , トラウマ研究 , 2, 53-62. Sammons W.A.H., Lewis J.M.(1985)/ 小 林 登 , 竹 内 徹 監 訳 : (1990): 未熟児 その異なった出発 , 医学書院 , 東京. 澤田敬 (2001): 子育て混乱父母に対する子育て支援―虐待予 防の試み― , 周産期医学 , 31(6), 821-825. 澤田敬 (2002a): 社会的ハイリスク児に対する周産期からの 支援 , 周産期医学 , 32(5), 659-664. 澤 田 敬 (2002b): NICU 入 院 中 の 母 子 関 係 と 虐 待 予 防 , Neonatal Care, 春季増刊 , 111-118. 澤田敬 , 菊池義洋 (2004): 周産期からの育児混乱・虐待予防 , 助産師 , 58(3), 12-19. 澤田敬 , 菊池義洋 , 岡田節子 , 他 2 名 (2006): 周産期からの 子育て混乱・虐待予防―病院 , 保健師の母親勧誘と地域で の連携― , 周産期医学 , 36(8), 957-961. Stern D.(1977)/ 岡村佳子 (1979): 母子関係の出発―誕生から の 180 日― , サイエンス社 , 東京 . 庄司順一 , 鈴木眞弓 (1994): アタッチメントの形成と発達 , 小児看護 , 17(11), 1467-1470. 多 田 裕 (2002): ハ イ リ ス ク 新 生 児 と は , 小 児 看 護 , 25(9), 1055-1062. 竹内徹 (1991): ハイリスク児の予後の変遷 , 小児内科 , 23(1), 9-13. Tanimura M., Matsui I., Kobayashi N.(1995): Analysis of child abuse cases admitted in pediatric service in Japan Ⅰ . Two types of abusive process in low birth-weight infants, Acta Pediatrica Japonica, 37(2), 248-254. Winnicot D.W. (1987)/ 成田善弘 , 根本真弓 (1993): 赤ん坊と 母親 , 岩崎学術出版社 , 東京. 山口規容子 (2001): ハイリスク児の概念 , 母子保健情報 , 43, 4-7. 山崎不二子 (2001): 親子関係形成を助けるケア , 小児看護 , 24(4), 480-485. 安水洸彦 (1997): ハイリスク妊娠とその管理 , 日本醫事新報 , 3839, 20-22. 横山直樹 , 中村肇 (2002): ハイリスク新生児の発達予後 , 小 児看護 , 25(9), 1063-1069. 吉行郁美 , 谷口美智子 , 神澤絢子 (2007): 全国 NICU における 母子間愛着形成の取り組みに関する現状調査 [ 第 1 報 ] ― 虐待予防の視点から― , 子どもの虐待とネグレクト , 9(1), 97-101. 埼玉医科大学看護学科紀要 報 告 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子 Influencing factors to accept pregnancy in a woman who unintended pregnancy 三好 理恵 Rie Miyoshi キ ー ワ ー ド:望まない妊娠,妊娠の受容,母性意識,夫の存在 Key words:unintended pregnancy, pregnancy acceptance, maternal awareness, the husband's existence 要 旨 「 子どもはあまり欲しくない 」 と思っていた女性が妊娠し,出産することになった.そこで,こうしたあま り妊娠を強く望んでいない女性の妊娠期間中の出産・育児に関する心理はどのような変化をするか知るために, 妊娠初期から分娩後までの心理過程に焦点を当てて情報収集し,妊娠初期 2 回,妊娠中期 1 回,妊娠末期 2 回, 出産後 1 回の計 6 回面接し,心理過程について分析した.その結果,「 妊娠を望んでいないあるいは妊娠した ことにまだ戸惑っている 」 と思われる場面は妊娠初期に 5 場面あった.そして 「 妊娠を受けとめている 」 と 思われる場面は 9 場面あり,それらは①夫の声かけなどの行動によるもの,②胎児の存在の認知,③妊娠高 血圧症候群と診断されたときの 3 つに分類できた.「 望まない妊娠 」 といいながらも,夫の妊娠や胎児に対す る肯定的な反応,胎動など胎児の存在を実感するなどにより妊娠の受容・母性意識が高まっていくことが明ら かになった. Ⅰ.はじめに りがあった. そこでこの事例を通して,心からは望んでいない妊 親などの保護者が子どもを虐待するというニュース 娠をした女性の妊娠初期から妊娠末期までの聞き取り調 は,テレビや新聞等でも大きく報道されており,現代 査により,妊娠・胎児・出産に関する思いを表す妊婦の 社会の問題の一つとして考えられている.その一方で女 思いを抽出し,それを通して心理の変化の様相を分析し 性の社会進出に伴って,合計特殊出生率は 2006 年では た. 1.32 と,少子化をむかえ,女性の出産・育児をどう支 その結果,母親役割取得および胎児への愛着の状況 えていくかということはこれからの課題とされていると を知ることができ,望んでいない妊娠であったとしても, ころである. 妊娠が進むにつれて妊婦自身が妊娠を肯定する因子を明 「子どもはあまりほしくない」と思っていた女性が, らかにすることができた.そして望まない妊娠をした妊 結婚約4ヶ月後に妊娠していることがわかった.本人は 婦が「望まない妊娠」という思いから解放され,母親に 今妊娠したことにかなりショックを受けていたようだ なることに対して自信がもてるようになるための看護職 が,産む決心をし,無事出産することができたその経過 としての支援のあり方を考えることができたので報告す において妊娠を肯定していける様々な場面と人との関わ る. 受付日:2007 年 10 月 1 日 受理日:2007 年 12 月 3 日 埼玉医科大学保健医療学部看護学科 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子 3.データの分析方法 Ⅱ.研究の目的 面接による情報から妊婦の妊娠・出産に関する言動 望んでいない妊娠をした女性の妊娠期間中の出産・ を,母性意識の視点でその内容を分析・解釈した. 育児に関する言動から妊娠に対する心理過程の変化を分 析し,妊娠肯定への影響因子を明らかにする. 4.倫理的配慮 研究対象者には,研究目的や方法,研究参加・中途 辞退の自由,プライバシーの保護,研究結果の公表につ Ⅲ.研究方法 いて説明し,口頭にて同意を得た. 1.研究方法および対象 対象は初回妊娠,初産婦で妊娠を望んでいなかった 女性 1 事例.妊娠初期から分娩後までの心理過程につ いて半構成的面接法による聞き取り調査を行った.1 回 の面接時間は約 1 時間∼ 1 時間 30 分とした.面接の際 Ⅳ.妊娠の経過と妊婦の思い 1.事例紹介 25 歳 女性 現在夫と二人暮らしである. にはメモをとり,面接終了後直ちに記録をした.その記 録内容を本人に確認し,分析を行った. 2.面接の内容と分析 面接は,妊婦の心理に影響すると考えられる妊娠経 過(妊娠初期のつわりがある時期,胎動を感じる時期, 2.研究期間 平成 13 年 3 月∼ 11 月上旬,妊娠 13 週から分娩後 まで計 6 回面接を行った. 妊娠中期から妊娠末期にかけて体調が安定してくる時 期,出産前)を想定し,出産後を含めて6回となった. 表 1 面接の内容と分析 面接時の妊婦の思い 妊娠週数 4 ∼ 5 週 妊娠ではないかと「生理が遅れていることには気づいていたが、まさかとい 気づいた時期の思 う程度だった。タバコもいつもどおり吸っていたし、会 社の飲み会にも参加していた。会社の先輩に話したとこ い ろ『妊娠かどうかはっきりするまでタバコもお酒もやめ たほうがいい』といわれ、また夫にも同じようなことを 言われ、お酒もタバコもやめることにした。 」と話した。 その分析 夫や会社の先輩に生理が遅れていることを話しているこ とから「まさか」と言っているが、 「妊娠しているのか もしれない」と予測していたように思われる。お酒やタ バコをやめたほうがよいという意見を素直に聞きいれて いる。このことは妊娠しているかどうかわからない時点 で、妊娠は望まないとしながら胎児への気遣いがみられ ると判断できる。 妊娠週数 13 週 妊娠が確定した初 初診時、 「妊娠検査薬では陽性と出たが、翌日病院に行く 医師の診察を受けるにあたって妊娠が間違いであってほ 診時の思い までは間違いであってほしいという気持ちだった。病院 しいと、この時点ではまだ妊娠を望む気持ちが少ないと で妊娠していることがはっきりしたときは『やっぱりで いうことがわかる。そして、産むか産まないかを迷いな きてたか』と言葉では言い表せない気持ちだった」と話 がら決定している。妊婦自身は心から妊娠を喜べていな す。なぜ産むことにしたのかという問いに対して「なぜ いが、産むと決めた理由は夫や周りの人々が喜んでいる といわれても…。前から夫は子供をほしがっていたこと ことだった考えられる。病院での対応も結婚している妊 を考えて、できたならしょうがないと思い、産もうと思っ 婦に 「 中絶 」 を勧めないだろうから、たとえ望んでいた た。 」 と迷いながら言った。そして 「 もし中絶しようと思っ としても 「 中絶 」 という選択をしにくい状況であり、医 ていたら妊娠検査薬の結果を夫に見せない。病院でも中 療関係者の妊娠に対する反応も出産を決めたことと関係 絶するかどうかなんて一言も聞かれなかった 」 と答えた。していると考えられる。 妊娠週数 13 週 「3 月 つわりといった身体的な辛さが心理的にもかなり影響し つわりの時期に初 つわりが出現している時、次のように語っている。 めてエコーで胎児 中旬頃つわりがひどいことが多く、そのうえ禁酒・禁煙 ているようである。妊娠前から夫はクラブ活動のため帰 や仕事のストレスもたまっていたがそれを発散する方法 りが遅かったはずだが、それをこの時期に気にしてい を見た時の思い がない。夫は会社のクラブ活動などで帰りが遅くなり、るということは 「 もっと自分を気遣ってほしい、関心を そのことに対して夫だけ遊んでばかりとイライラする もってほしい 」 というつわり時の妊婦の心理の表れなの ことが多かった。しかし 3/30(8w3d) の検診時に胎児を か。夫と二人暮らしということもあり、この妊婦にとっ エコーで見せてもらったときに動いているのを見て『お て最も重要な人は夫だと判断できる。またエコーで胎児 お!』と感動した。今までは小さすぎて、特に何も思わ が動くのを見て今までにない感情を持ったようで、実際 なかった。母子手帳をもらいに行ったが『自分で書くの に胎児に関する何かを目で見たり、聞いたり、感じたり か、面倒くさいな』と思っただけだった。 」と話した。母 することによって妊婦の心理が動いているということが 子手帳を見せてもらい何も書かれていないので、何も書 わかった。母子手帳には何も書かれていなかったが、こ いてないことを聞くと「面倒で。それどころじゃなかっ れは余裕がなかったのであって、決して妊娠に対しての たし…」 、 「4 月中旬ころはさらにつわりがひどくなり、認識や自覚がないとは言い切れないと考えた。つわりの 毎日のように怒っていた。妊娠していなければ自分も ために日々の生活だけで精一杯だったのだろう。つわり 遊べるし、夫だけ遊んでいるなど思わなかっただろうけ 時には妊娠していること自体より妊娠による苦痛のほう に目を向けられている。 ど。 」と話した。 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子 妊娠週数 14 週 実家での実母との 実母にエコー写真を見せながら約 8,2cm に成長した胎児「約 8,2cm で産まれてきてくれたら」という妊婦の言葉 対話 を見て「これくらいで産まれてきてくれたらいいのに」は、分娩の痛みに対する怖さの表れなのか、おなかが大 と言う。それでは育たないというと、「 保育器がある 」 きくなるのが嫌なのか、妊娠経過が長くなることへの負 と真顔で答えていた。また 「 つわりが辛い 」 といってい 担感などそれらをすべて含んだものと考えられる。また た妊婦に対して、実母が 「 つわりは気の持ちよう、だら 小さく産まれてきてほしいという考え方は、 「保育器があ だらしていてはいけない 」 と言った。妊婦は無表情にか る」という言葉に表されるように、たとえ小さく産まれ るくうなずくだけだった。 ても安心という漠然とした判断がみられる。小さく産ま れたらかわいそうなどのイメージはないようだが、医療 に対する知識などが不十分なための言葉であり、 「産む」 と決めたゆえの言葉だと考える。またつわり時の実母の 注意に対してあまり反応が見られないのは、言われたこ とは理解できるが、納得できずにいるための反応である と考えられる。 妊娠週数 22 週 胎動を初覚した時 初めて胎動を感じたのは 5/30(17w4d) だった。 「最初は の思い おなかがゴロゴロしているような感じでおなかの調子が 悪いのかなと思っていた。でも何か違うと思って、 『これ が胎動かも』と思い、 夫におなかを見てもらうと『ピクッ と動いた』と言った。そのときに私も動く感じがしたか ら、 『これが胎動かー』と感動した。本当にいるんだと いう感じがした。私は話しかけたりしていないが、夫は 毎晩『R くん』 『起きてるか』 『おやすみ』などと話しか けている。おなかをポンポンとやさしくたたいてみると よく動く。何かクラシックとか聞くといいのかな」 といっ た。話しているときも以前に比べ、楽しそうに笑顔で話 している。 妊娠週数 22 週 性別がわかったと 性別は自分から診察時に聞いている。性別を早く聞いた 性別を知りたかった理由は名前のことやいろいろな準備 きの思い のはなぜかと聞いたところ、 「名前を付けたいし、準備 が必要だからといっていることは、出産・育児にむけて とかがあるので知りたかった。別にどちらでもよかった の環境を整えようというのは母親としての意識が確実に 「赤ちゃ があえていうなら女の子がよかった。男の子でがっかり なっているという表れであると考えられる。また したわけではないが、とてもうれしいわけでもない。男 ん」という一般的な呼び方ではなく、名前をすでに付け の子は家の手伝いとかしないだろうし、一緒に買い物に て呼んでいることは自分の子どもをすでに家族として認 も行けないから。夫は『キャッチボールができる』と喜 識しているからと考えてよいだろう。この場面で子ども んでいる」と話した。R という名前の理由を聞くと、 「かっ が産まれた後の発言は初めて出てきた。これは少しずつ こいい名前で強そうな感じがいいと思ったから」といい、わが子との 3 人の生活を考えはじめているといえる。 夫と二人で考えたと話す。 妊娠週数 30 週 仕事と育児の両立「もともと専業主婦になるつもりはなかった。一番の理由 この妊婦は仕事に対してやる気や責任感を持ち、また母 についての思い はこの仕事にやりがいを感じているから。自分の母も二 親として一人の女性としての意識も高く、また家庭と外 人の子どもを育てながら仕事を続けていたし、その影響 との人間関係も重要としていると考えられる。育児だけ もあると思う。会社での人間関係もうまくいっているし、ではなく、社会とのつながりをもち、一人の人間として 楽しい」と話す。仕事を続けながら育児をすることに対 自分も成長していきたいと考えた生き方を望んでいると して不安はないかと聞くと、 「一番心配なのは、子ども 思われる。しかし仕事を続けたいと強く希望しながら、 の具合が悪いときに仕事を休めるかどうか。私の仕事は 働く母親として仕事と育児が両立できるのかという不 他の人に頼めないから急に休むことができないし、夫に 安が見られる。仕事にはやりがいを感じているが、子ど 休んでとも言いにくいし…。今まで残業なども何も気に ものことを考えると仕事中心というわけにもいかないと することなくやっていたが、子どもがいると『早く帰ら 思っている。しかし「子どもはいらなかった」とか「子 ないと』と思えてきたりするのではないかな。通勤時間 どものせいで仕事ができない」など否定的な感情はまっ 「どうやって両立するか」と前向きに考えてい も長いから子どもに何かあってもすぐに帰れないことか たくなく、 な。 」と答えた。仕事を続けることに対する夫の反応は る。妊娠初期に出産を迷っていたのも仕事のことが大き どうなのかと聞くと、 「もともと夫は『自分ひとりで家 く関係している言動があった。またこの妊婦の場合、夫 族を養ってやろう』という思いはなく、 『二人で家事や の協力がかなり得られているようである。夫が「育児は 育児は協力して行って、二人で働こう』という考え方だ 母親の仕事」というのではなく、夫婦の役割と考えてい から賛成してくれている。今でも残業で遅くなってもご るのだろう。その点で妊婦自身と考え方が一致している 飯を作って待っていてくれるくらいだし、普段も分担し ことが妊婦にとって大きな支えになっている。 てやっている。 」と話した。 妊娠週数 37 週 妊娠高血圧症候群 妊娠高血圧症候群の症状があるため、総合病院を紹介さ 妊娠高血圧症候群と診断され、信じられない気持ちと不 「自覚症状がないから『嘘!』と思った。他 安な気持ちが入り混じった心理がみられる。「 出産した と診断された時の れ受診した。 の病院をすすめるのはかなりひどいのかなと思った。妊 ら治る 」 と聞いて 「 早く無事に産まれてきてほしい 」 と 思い 娠高血圧症候群に関する雑誌を読んだり、インターネッ いう言葉は、自分の身体のことだけでなくわが子のこと トで調べたり、悶々としていたけど『まぁなんとかなる も考えていることであり、妊娠経過の中で母親としての だろう』と思った。今でも妊娠高血圧症候群という自覚 意識が確実に高まってきているということがわかる。妊 はないけど、出産したら治るらしいから早く無事に産ま 娠高血圧症候群になったのは自分の生活習慣や妊娠中に れてきてほしい。まれに後遺症を残す人がいるらしいか 何に注意すればいいのかなど妊娠期間中の生活を振り らそれが心配。あと二人目のときも妊娠高血圧症候群に 返って反省している。しかし 「 何とかなる 」 という言葉 なりやすいらしいからそれも心配。妊娠中の生活を甘く からも前向きに分娩・育児を考えており、この妊婦は、 みていたなと思う。先生は『妊娠高血圧症候群は体質も 冷静に自分で自分の生活を振り返り、対処していく能力 あるから』と言っていたけど、妊娠してないときと同じ があるといえる。 ように生活していたからかなと思う。 」と話していた。 今までエコーで見ることで胎児がいるということを感じ てきたが、胎動を感じたことでより赤ちゃんがいる、す なわち母親であるということを意識するようになったの は確かである。妊婦自身は話しかけたりはしていないと いっているが、言葉ではなくおなかをたたいたりしてい ることも一つのコミュニケーションをとる姿勢だと考え られる。またすでに名前を呼んでいることからも赤ちゃ んの受け入れができていると思われる。この結果は胎動 が実感できたということのほかにつわりがなくなったこ とや、妊娠経過の中で少しずつ母性意識が育てられてき ていると考えられる。また夫のわが子に対する態度を楽 しそうに話していることから、夫がわが子の出生を喜ぶ 姿が妊婦の思いに影響を与えていると考えられる。 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子 妊娠高血圧症候群にて受診の結果、入院することとなっ た。 「入院は最初はいやだったけど、赤ちゃんと自分の ために仕方ないと思った。今となっては入院したほう が血圧も下がって、むくみもひいたし、よかったなって 思う。でも好きなものが食べられないのが一番ショック だった。 」と話す。 入院することを嫌だと思いながらの入院であったが、入 院したことによって血圧が正常になったり、むくみがひ くなどの効果がでてきたことから「入院してよかった」 という気持ちになったようである。このことはつわりの ときには自分の身体だけに意識が向いていたのとは異な り、「 赤ちゃんと自分のため 」 という言葉にみられるよ うに自分だけではなく、わが子にも意識が向けられてい る。ここからも妊娠期間中に確実に母親としての意識、 胎児への愛着が高まってきているということがわかる。 妊娠週数 37 週 入院時の思い 妊娠週数 37 週 分娩を直前にして 出産まで入院することになり、出産について「早く陣痛「早く陣痛がきてほしい」という言葉から分娩に対する恐 の思い がきてほしい。誘発剤を使うようなことを先生は言って れよりも早く産まれてほしい、あるいは早く妊娠を終了 いたけど、自然な陣痛がきてほしい。あんまり呼吸法と して子どもに会いたいという気持ちが強いといえるが、 かわからないけど、みんな無事に産まれているから何と「出産すれば妊娠高血圧症候群が治る」という言葉が強く かなると思う…。 」と話す。呼吸法は練習したりしてい 影響し早く産みたいとの思いにさせたと考えられる。胎 「妊娠高血圧症候群が ないのかときくと「母親学級でやったけど、あんまり覚 児を心配する言葉は特にないが、 えていない。 」と答えていた。夫の立会い分娩を希望し 胎児に悪影響を及ぼさないように」と考えているとも思 ているかときくと、 「夫は立会い分娩を希望しているが、えるが、妊婦の言葉からはいずれの思いか判断できない。 私はどちらでもいい。 『いてくれたほうがいいのかな』と 陣痛促進剤を使うことに抵抗を感じているのは、自然な 分娩がしたいという希望があると考えられる。夫の立会 は思うけど。 」と話してくれた。 い分娩についても十分な知識はなくても支えとなってい ることがわかる。 分娩後 3 週 分娩を終えて 分娩後 3 週 赤ちゃんを初めて 出産直後に、わが子を見てどう思ったかと聞くと、 「妊 見た時の思い 娠高血圧症候群だったため、無事に五体満足で産まれて くれてホッとした。さすがに感動した。ついさっきまで 自分のおなかの中にいたとは信じられなかった。泣ける かなと思っていたが、痛さと息苦しさでそれどころでは なかった。出産は神秘的だ!」と答えていた。 出産して 3 週間後に面接し、出産のことを振り返っても らった。 「今思えば初めての出産にしては陣痛から産まれ るまでが早かったと思う。どういうふうにいきんでよい のか最初はわからなかった。実際は分娩室に入って約一 時間で産まれたが、 もっと長く感じられた。やはり痛かっ たが、呼吸法をもっとしっかり勉強しておけば、もう少 し楽だったのでは?と思う。立会い分娩だったが、特に 何もしてくれなくても精神的に安心できた。陣痛のとき に何もしてくれなかったのは少し不満だが。夫は分娩の 一部始終を見ていて、頭が見えたときはさすがに感動し て少し涙がでてきたらしい」と話してくれた Ⅴ.結果 立会い分娩について、分娩前は「どちらでもいい」とい う考え方だったのが、実際に行われてみて、 「精神的に安 心できた」 と感じている。ここから夫の存在が産婦にとっ て重要であり、体験を共有できたことはこれからの育児 に関係するのではないかと考えられる。ただ「陣痛のと きに何もしてくれなかったのは少し不満」という言葉か らも「ただいる」ことが支えになることもあるが、それ では不十分と感じる部分もあり、夫への愛着、期待とい うものがこの産婦の場合高いと思われ、今後の生活にも 夫の果たす役割は重要だと考えられる。分娩に対する知 識が不十分だったようであるが「陣痛から産まれるまで が早かったと思う」という言葉からも産婦の予想以上に スムーズな分娩であったようである。出産が脅威体験に なった場合は次の出産にも大きく影響すると考えられる が、この妊婦は特に出産に対して恐怖などをもったよう ではなく、 むしろ「出産を乗り越えた」という自信がつき、 この自信が育児にもつながっていくのではないかと考え られる。 妊娠から出産という過程を乗り越えて、初めてわが子と 対面したときに、 「感動した」と話している。これは妊 娠期間中に確実に母親としての自覚、わが子への愛着が 高まっていくことが、出産時の「感動」につながってい ると考えられる。 「出産は神秘的だ」という言葉は人間 の誕生を実際に体験し、わが子をひとつの命として愛し いという気持ちがその言葉の裏にあるのではないかと考 えられる。 にて妊娠が確定される以前の 1 件であった. また「妊娠を受けとめている」と思える場面は,妊 面接は,妊娠初期 2 回,妊娠中期 1 回,妊娠末期 2 婦が胎児を慈しむ言葉,胎児に関心を示す言葉が表出さ 回行った.面接時に「妊娠を望んでいない,あるいは妊 れている場面から 9 場面抽出でき,それらは,①夫の 娠したことにまだ戸惑っている」と思える場面,および 声かけなどの行動による場面 5 件であり,それらは (1) 「妊娠を受けとめている」と思える場面を面接時の記録 夫が妊娠や子どもが生まれることを喜んでくれた場面; より取り出し,その場面での出来事と妊婦の反応で分類 3 件(表 4),(2) 夫が子育てや家事への協力の意志を示 した結果 5 場面が抽出でき,①妊娠を望んでいない気 してくれた場面;1 件(表 5),(3) 夫が妊娠している自 持ちが強く表れている場面 2 件(表 2) ,②望まない妊 分の身体について注意を促した場面;1 件(表 6)に分 娠に戸惑っている場面 3 件(表 3)に分けることができ 類できた.また②胎児の存在が認知できた場面は 2 件 (表 た. 「望まない妊娠に戸惑っていると思える」場面は 3 7),③妊娠高血圧症候群と診断された場面は 2 件(表 8) 件ともつわりや倦怠感といった身体的苦痛を感じている に分類できた. 場面であり,妊娠 6 ∼ 14 週までに集中していた.「妊 娠を望んでいない気持ちが強く表れていた」のは,初診 「妊娠を受けとめている」場面は妊娠初期が 3 件, 妊娠中期が 2 件,妊娠末期が 4 件であった.妊娠初期 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子 の 3 件は「夫の声かけなどの行動によるもの」2 件,エ 妊娠末期においては,夫の立ち会い分娩を望む言葉,妊 コーによる「胎児の存在が認知できた」1 件,妊娠中期 娠高血圧症候群の診断時に胎児の安全・無事出産を表す では胎動自覚による「胎児の存在の認知」 ,夫の家事・ 言葉がそれぞれ 2 件として示されていた. 育児への協力を示す言葉によるものがそれぞれ 1 件, 表 2 妊娠を望んでいない気持ちが強く表れている場面(2 件) 妊娠週数 出来事 生理が遅れている 妊娠 4 ∼ 5 週 妊婦の反応 「 『まさか』という程度だった」と話す。 病院に行く前日に自分で妊娠検査薬を購入し、陽性と出ていた。 「陽性と出ていたが、間違いであってほしいという気持ちだった。 病院で妊娠と診断された。 病院で妊娠がはっきりした時は『やっぱりできてたか』と言葉で は言い表せない気持ちだった」と話す . 表 3 「望まない妊娠」に戸惑っている場面(3 件) 妊娠週数 つわりなどの状況 妊婦の反応 妊娠 6 週 つわりで身体がだるい、イライラするなどいっている . 「つわりがひどいことが多く、そのうえ禁酒・禁煙や仕事のストレ スなどもたまっていたのにそれを発散する方法がない。夫だけ遊 んでばかりとイライラすることが多かった」という。 妊娠 12 週 妊娠 6 週よりもさらにつわり症状がひどくなる。 「さらにつわりがひどくなって毎日のように怒っていた。妊娠して いなければ自分も遊べるし、夫だけ遊んでいるなど思わなかった だろうけど」という。 妊娠 14 週 実母に「つわりは気の持ちよう、だらだらしていてはいけない」無表情に軽くうなずくだけだった。 といわれる。 表 4 夫が妊娠や子どもが生まれることを喜んでいる場面(3 件) 妊娠週数 夫の声かけ・行動 妊婦の反応 妊娠 5 週頃 夫は以前から子どもがほしいといっていた。 「前から夫は子どもをほしがっていたことを考えて、産もうと思っ た」といっていた。 妊娠 22 週 毎晩胎児に話しかけている。名前をつけて呼んでいる。男児と知 嬉しそうに話し、以前に比べ、楽しそうに笑顔である。 「名前は二 りキャッチボールができると喜んでいる . 人で考えた」と話していた。 妊娠 37 週 立会い分娩を希望している 「どちらでもいいがいてくれたほうがいいのかなと思う」と話す。 表 5 夫が子育てや育児に協力の意志を示している場面(1 件) 妊娠週数 妊娠 30 週 夫の声かけ・行動 妊婦の反応 家事・育児は協力して行っていこうといってくれる。遅く帰ると食 仕事を続けていくことに結婚前から賛成してくれていると話す。 事を作って待っていてくれる。 表 6 夫が妊婦に対して身体に関する注意を示した場面(1 件) 妊娠週数 妊娠 5 週前 夫の声かけ・行動 妊婦の反応 妊娠かどうか分かるまではタバコやお酒はやめておいたほうがい タバコもお酒もやめることにした。 いと話す。 表 7 胎児の存在の認知(2 件) 妊娠週数 超音波検査などの状況 妊婦の反応 妊娠 9 週 検診時にエコーで胎児を見せてもらい、動いているのが分かった。「 『おお!』と感動した」と話す。 妊娠 18 週 初めて胎動を感じた。 「 『これが胎動か』と感動した。本当にいるんだと感じた」と話す。 表 8 妊娠高血圧症候群と診断されたとき(2 件) 妊娠週数 妊娠高血圧症候群と診断 妊婦の反応 妊娠 36 週 妊娠高血圧症候群と診断、説明を受け、総合病院を紹介された。 「自覚症状がないから嘘と思った。出産すれば治るらしいから早く 無事に産まれてきてほしい」と話す。 妊娠 37 週 入院となる 「最初は嫌だったけど、赤ちゃんと自分のために仕方ないと思った」 と話す。 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子 Ⅵ . 考察 2. 妊婦が妊娠受容にゆれることの意味 妊娠と診断された時に妊婦は 「 やっぱりできてたか 」 1.「望んでいない妊娠」の意味と「望んでいない妊娠」 と当惑する気持ちを示す一方,煙草やお酒をやめるとい である妊婦への理解 うように妊娠しているという自覚をもっている.大日向 この事例において,妊娠を望んでいない気持ちが強 (1987) は「当初の妊娠に対する姿勢がその後の妊娠過 く表れているのは初診時前,すなわち,妊娠診断がされ 程における心理を左右することを明らかにしたといえる ておらず, 「妊娠しているかもしれない」と思っている が,しかし当初の気持ちは必ずしも不変ではなく,妊娠 ときと妊娠と診断された直後の 2 場面である.しかし, の進展とともに妊娠や母となることへの受容を変えてい 妊婦は望んでいない妊娠であることを話しながらも夫や くことが見出されている」( 大日向 , 1987) といい,ま 会社の先輩の言葉を気にして,煙草もお酒もやめようと た「当初は妊娠に対して否定的な姿勢で臨んでいても, している.また妊娠診断直後にも「言葉では言い表せな それが自分自身の生活に大きな影響を及ぼすという認識 い気持ち」をもって「やっぱりできてたか」とつぶやい から生じた葛藤であった場合は,その葛藤を乗り越え ているということは妊娠に対する戸惑いであって否定で て母親としての自己を受容する心理発達が認められる」 はないと考えられる.これらのことから, 「望んでいな ( 大日向 , 1987) としている.人として生きる中でもさ い妊娠」は必ずしも妊娠したことの否定ではないといえ まざまな葛藤の中で生きている.その葛藤を乗り越える る.この妊婦の場合は,やりがいを感じている現在の仕 過程が生きるうえで大きな意味をもつといえる.この事 事が児の出生によって妨げられては困るという思いから 例において妊娠と仕事継続の希望との選択決定上の葛藤 出た言葉だったのである.つまり「望まない妊娠」とい があった.つまり戸惑う気持ちが強いからといって,「 うより「予期していなかった妊娠」に対する戸惑いや母 母親になる 」 ということの否定ではなく,妊娠すること となることよりも職業人としての意識が強いと考えられ で種々制約されることになり,生活を変更せざるを得な る.成田 (1993) は「計画的な妊娠であることと妊娠の いのだということを自分自身のこととして理解している 受容とは関係がない」( 成田ら , 1993) と述べている. からこそ,戸惑う気持ちが強かったのだろう.「 女性と だから妊娠に対する気持ちがたとえ否定的,または予期 して社会で生きる 」 と「母親として生きる」との選択の しない妊娠への戸惑いがあったとしても,その妊娠経過 迷いだった.また大日向 (1988) は 「 妊娠を受容する姿 の中で妊娠を受容し,母性意識が芽生え育っていく可能 勢として問題とすべきことは,母親になることが単に 性は十分あるということである.では看護職は 「 望ん 嬉しいか嫌かではなく,それをどこまで自分自身の問題 でいない 」 とみえる妊娠をした妊婦をどのように受けと として自らに問う姿勢があるかが重要である 」( 大日向 , めたらよいのだろうか.今回の事例において,つわり症 1988) と述べている.とすると葛藤することは,自己 状が妊娠への戸惑いを大きくさせている.すなわち,妊 と向き合って苦しんでいるときと解釈できる.だから看 婦に身体的苦痛があり,胎児に関心を向ける心理的余裕 護者は 「 一体何が妊娠の受容を妨げているのか 」 を知り, がないときも「妊娠を望んでいない」とみえることにな 「 この妊婦は妊娠をどのようにとらえているか 」 を考え る.そして望まない妊娠であるという負担感はつわり症 て妊婦に接することも大切だと考えられる. 状をより強くすることも考えられる.とすると,「望ま ない妊娠」であると思われる妊婦に対して,少しでも早 3. 妊娠過程における妊娠の受容と母性意識が育つこと く妊娠が受容できる,あるいは妊娠を望んでいないこと への影響因子 で自己を責めることのないように関わっていくことが看 この妊婦の場合葛藤を乗り越え,母性意識の成長・ 護者には必要になる.看護者は妊娠を心から受けとめら 妊娠を受けとめることができたのはなぜだろうか.妊娠 れないことが全ての妊婦にあり得ることを十分に理解す の受容と母性意識の育成に影響する因子は何かをこの事 ると同時に,なぜ妊娠を望まないのか,妊娠そのものの 例を通して明らかにすることができた.結果に示したよ 否定か,今という時期に妊娠を望んでいないかを区別で うに①夫の行動・言葉かけの持つ意味,②超音波や胎動 きねばならないし,また,今妊娠を望めない理由の存在 による胎児の存在の実感,③妊娠高血圧症候群と診断さ を十分理解し,それを否定せずに見守るという姿勢が大 れたことが妊婦の心理に大きく影響していることは明ら 切になるように思われる.新道 (1990) は「妊娠の喜び かである.そこでこの 3 点についてその影響を考えて とともに当惑や不安を感じているアンビバレンスな状態 みた. にある」( 新道ら , 1990) という.そのことを知って妊 1) 夫の行動・言葉かけの持つ意味 婦の思いに添いながら妊娠経過をみていくことが大切で ある. 大日向 (1988) は「子どもが生まれることに対する夫 の喜びや期待,そして夫の期待にこたえようとする妻と しての心の働きは,女性が妊娠を肯定的に受容するうえ 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子 で重要な要因と考えられる」( 大日向 , 1988) といって への関心,胎児を慈しむ言葉が変わらずにみられる.つ いる.今回の事例の場合,まず出産すると決めたひとつ まり妊娠したことを後悔している様子はない.妊娠高血 の要因が 「夫が子どもをほしがっていた」 ということだっ 圧症候群と診断されたことは,妊婦の妊娠に対する感情 た.また「夫は毎晩胎児に話しかけている」と楽しそう にマイナスの影響は与えていないと判断できる.このと に笑顔で話している場面もあった.夫が胎児に話しかけ きには「赤ちゃんは大丈夫なのか」という母親としての たりする行動が,妊婦は「夫が喜んでいる,楽しみにし 責任,自覚がはっきりとしていて,問題に対する対処能 ている」と感じ,それを見て妊婦も喜びを感じている. 力が高まってきている.花沢 (1992) は「妊娠・出産時 成田 (1993) は「夫の妊娠の受けとめが肯定的であるほ の苦痛や不安を適度に体験した母親に母性意識の高まる うが妊婦の胎児への愛着が高いことが明らかになってい 傾向が見出された」( 花沢 , 1992) といっており,この る」( 成田 , 1993) と述べている.これにより妊婦の気 事例でも苦痛などを経験し,それを乗り越えることで, 持ちが安定して胎児に関心を向ける余裕が生まれ,胎児 母性意識が高まってきたと考えられる.つまり,妊娠高 への愛着を高める方向に影響する.夫の存在,夫の行動 血圧症候群と診断されたことは,妊婦に不安などを与え などは,妊婦の妊娠や胎児に対する思いに影響を及ぼす たというだけではなく,母親としての自覚,責任をより ということがこの事例でもいえる.今回の事例では夫が 強く感じさせるきっかけにもなったとも考えられる. 胎児への関心以外に,働いている妊婦に対する理解・家 事などの援助を行っているようであり,こういった具体 4.「 望んでいない妊娠 」 と思われる妊婦への看護職とし 的な援助は仕事にやりがいを感じ,仕事を継続していき てのかかわり たいという希望がある妊婦にとっては,妊娠を受容し, 1) 母性意識が育つことを信じて待つ 母として,職業人として生きようとするうえで大きな支 母性意識が育つために重要なことは,望んだ妊娠か 援になったと考えられる. 望まない妊娠かではなく,妊娠期間を通して,妊婦の心 2) 超音波や胎動による胎児の存在の実感 理に影響を与えるものが重要な因子になってくると考え 成田 (1993) は「妊娠週数と愛着の間には有意な正 られる.この事例でも,最初は「望まない妊娠」である の相関が認められた」と述べており,また「胎動を感 ように思われたが,禁酒・禁煙を行うなど,本当に望ん じることが愛着を高める方向へ影響している」( 成田 , でいなかったのではなく,「予期しなかった妊娠」であ 1993) といわれている.この事例でも妊娠 9 週頃エコー り,予期していなかったゆえの戸惑いであると考える. で胎児の動きをみて感動した場面,妊娠 18 週頃初めて また,つわりの時期の身体的苦痛が妊娠の受容を妨げて 胎動を感じた場面など胎児の存在を認知したとき,成田 はいるが,夫が子どもをほしがっていたことや胎児に話 (1993) のいうように胎児への愛着を高める方向に向い しかける行動,超音波や胎動といった胎児の存在の実感 ている.胎児の存在を感じるということは,母親として が妊娠の受容を肯定的にし,母性意識の成長に影響した の自覚をよりはっきり感じているといえる.母親として といえる.野田 (1995) は「『望まない妊娠』でも妊娠 の自覚を感じることは,母性意識を高める方向に働き, 中では『生まれてくる子のことが楽しみである』 ,出産 妊娠を肯定的に受け入れる方向につながっている.望ま 後では『子供を産んでよかったと思う』の質問に対して ない妊娠であっても,胎動などにより「感動した」とい 肯定的であり,『望まない妊娠』が必ずしも『望まない う思いは,望んだ妊娠であったときと変わるところはな 子ども』に結びつくことではないことが推測される」( 野 い. 「望まない妊娠」であっても胎児の存在を認知する 田 , 1995) といっている.よって,看護者は望まない妊 ことは,母性意識や妊娠の受容する方向に影響を及ぼす 娠であっても「出産する」と決めた妊婦に対して,なぜ といえる. 望まない妊娠であるのかを理解する努力が必要であり, 3) 妊娠高血圧症候群と診断されたことが妊婦の心理に 妊娠期間中の妊婦の心理状態をよくみていくことが重要 与えたもの であると考えられる.妊婦にとって身体的・心理的にス 妊娠後期に妊娠高血圧症候群と診断され,妊娠高血 トレスとなるような苦痛,悩みに対する援助は必要だが, 圧症候群という自覚がないことや知識があまりなかった 苦痛,悩みが存在することが妊婦の母性意識の成長にマ ことから「病気」だと強く感じることはないが,わから イナスになるのではなく,その苦痛や悩みを乗り越える ないことがある分不安もあり,複雑な心理状態であると ことが母性意識の成長につながるのである.看護者はそ 考えられる.妊娠高血圧症候群と診断され,妊婦は「自 の苦痛や悩みを乗り越えられるように援助することが必 分の生活がいけなかったのか」など反省と後悔している 要である. 場面もみられるが, 同時に「無事に生まれてきてほしい」 2) 母性意識の高まりのチャンスの活かし方 という言葉から胎児を心配する感情もみられる.ここで 超音波で胎児が動く映像を見ることや,胎動を感じ は身体的変化や入院などがあったにもかかわらず,胎児 ることは妊婦が胎児に関心を向けるきっかけになってい 望まない妊娠をした女性の妊娠肯定への影響因子 る.こうしたときに看護者が妊婦に対して「よく動いて の存在を実感することは,妊娠を肯定する影響因子 いますね」 「大きくなってきましたね」などの声かけを であった. 行うことにより,より胎児に関心が向けられ,母性意識 の高まりにつながるのではないか.看護者は妊婦が胎児 謝 辞 に関心を向ける機会をつかみ,その関心をより高めてい く方向に声かけや,援助を行っていくことが母性意識の 今回この研究に協力してくださったNさん,および本研 高まりにつなげていく援助になると考えられる. 究にあたりご指導下さいました埼玉医科大学保健医療学部看 3) 夫への働きかけ 護学科岡部惠子教授に深く感謝いたします. 今まで述べてきたように,妊婦にとって夫の存在は 非常に重要であると考えられる.夫の胎児に対する態度 なお,本稿は滋賀医科大学医学部看護学科の看護学分野 の卒業論文に加筆修正したものである. は妊婦の胎児に対する態度にも影響する.夫自身の妊娠 に対する受けとめがどうであるのかということを知って 文 献 おく必要があり,看護者は夫に対し,妊婦にとって夫の 存在が自覚できる,また夫自身の支援としても外来に訪 花沢成一 (1992): 母性心理学 , 医学書院 , 東京. れた夫に積極的に声かけなどを行っていくことも大切だ 野田順子 (1995): 妊娠中及び出産後の女性を対象とした望ま と考えられる. ない妊娠に関する調査 , 厚生省心身障害研究望まない妊娠 等の防止に関する研究 , 平成 7 年度報告書 Ⅶ.結論 1.妊娠に対する戸惑いの気持ちが強く表れていたこと で「望まない妊娠」にみえていた. 2.つわりなどの身体的苦痛がさらに妊娠に対する戸惑 いの気持ちを強くしていた. 3.夫の妊娠や胎児に対する肯定的な態度や行動,胎児 成田伸 , 前原澄子 (1993): 母親の胎児への愛着形成に関する 研究 , 日本看護科学会誌 , 13(2), 1-9. 大日向雅美 (1987): 母性性の発達 妊産婦の心の動きを中心と して , 助産婦雑誌 , 41(12), 1004-1011. 大日向雅美 (1988): 母性の研究 , 川島書店 , 東京. 新道幸恵 , 和田サヨ子 (1990): 母性の心理社会的側面と看護 ケア , 医学書院 , 東京. 埼玉医科大学看護学科紀要 報 告 「 学生による講義 」 の評価 −母性看護学概論の中での試み− Evaluation of "student lecture" − A trial in maternal health nursing program − 大森 智美 1),宍戸 路佳 1),岡部 恵子 1) Tomomi Oomori,Mika Shishido,Keiko Okabe キ ー ワ ー ド:学生による講義,参加度,満足度 Key words:Lecture university student, Degree of active participation, Degree of satisfaction 要 旨 本研究は, 母性看護学概論の講義の中で行った 「 学生による講義 」 について,授業の評価と課題を明らかにし, 今後の授業展開を考えることを目的に行った.研究方法は 2 年生 81 名を対象にアンケートを実施した.調査 内容は,「 学生による講義 」 という授業方法に関する評価を 「 方法評価 」,「 参加度評価 」,「 満足度評価 」 と し 5 段階で評価してもらい,評価理由を自由に記載してもらった.その他,活用教材等について調査した.「 方法評価 」,「 参加度評価 」,「 満足度評価 」 では,「5」 及び 「4」 の 「 とても良かった 」,「 良かった 」 とした ものはそれぞれ 80%,78%,60%であった.学生の評価理由より,これらの評価にはグループメンバーの協 力体制の有無が大きく影響していることがわかった.また講義に必要な資料等を作成するための活用教材は, インターネットからの情報を利用しているグループが最も多く 96%であった. Ⅰ.はじめに 本学の建学の理念の一つに,「 自らが考え,求め,努め, 以て自らの生長を主体的に開展し得る人間の育成 」 が謳 現在の大学に求められている役割は,高度で専門的 われている.日本看護協会看護継続検討会 (1980) によ な知識を備えた人材の育成と社会の発展に貢献すること ると,主体的行動の価値は,自らが具体的に目標を設定 である.これをもとに,平成 18 年に教育基本法が改正 し,判断した時,それに伴う責任を自覚でき,このよう され 「 大学については,自主性,自律性,その他の大学 に判断して実施した行為の成果を,自らの価値基準に照 における教育及び研究の特性が尊重されなければならな らして確認するとき,初めて達成感を持つことができ, い 」 という条項が設けられた.広辞苑によると,自主と かつ,その達成感が,その人の仕事を動機づけることに は 「 他人の保護や干渉を受けず,独立して行うこと 」 で あるといっている. あり,自律とは 「 外部からの制御から脱して,自身の立 看護学科 2 年次前期に行われる 「 母性看護学概論 ( 2 てた規範に従って行動すること 」 である.自主,自律と 単位 30 時間 )」 において,母性看護学に関しての教授 もに,主体性をもって自らの目的を達成に向けて行動す とともに,主体的学習態度を育成することを目的として, ることを意味する. 学生参加の学習 ( 共同学習 ) を組み入れたいと考えた. 受付日:2007 年 10 月9日 受理日:2007 年 12 月5日 1) 埼玉医科大学保健医療学部看護学科 ( 母性看護学 ) 「 学生による講義 」 の評価 そして 「 学生による講義 」 という授業方法を取り入れる ライツ,母性看護の変遷・法律,そして女性のライフサ こととした.学生にはこれまでにテーマに関して議論・ イクル各期の特徴・健康問題と看護等である.この授業 報告するという授業は行ってきたが,シラバスに表示し 展開の中で,学生が講義することが可能 ( 時間と学習進 た講義内容に関して講義するという授業展開ははじめて 行過程との関係において ) であるかの視点で検討し,「 の試みであった. 学生による講義 」 の実施の時期,テーマを決定した. この授業方法の実施時に各回の講義出席カードに書 今回は思春期・成熟期の特徴を講義した後,「 思春期 き込まれた学生の感想は,この授業方法を肯定するもの および成人期における女性の健康問題と看護 」,「 ライ が多く,講義聴講姿勢も真剣であった.しかし,時間の フサイクル各期にまたがる健康問題と看護 」 に関する内 不足,資料と視聴覚教材の活用方法の不十分さ,グルー 容を学生の講義課題として課すことを決定した. プ編成上の問題等いくつかの課題を提示する記述もあっ また,全学生が講義に関わることを条件とし,グルー た.そこで,「 学生による講義 」 の評価と今後の課題を プ活動として検討しグループで講義するという方法を選 明らかにしたいと考え,学生の協力を得てアンケート調 定した.グループ編成 (1 グループ 8 名,11 グループ編成 ) 査を行った. とテーマの割り当ては講義担当教員が決定した.( 表 1) Ⅱ.学生による講義導入の実際 Ⅲ.研究目的 母性看護学概論は,女性のライフサイクル全般に関し 「 学生による講義 」 という授業方法の評価と課題を明 て教授する.具体的には,母性の概念に始まり,人間に らかにし,今後の授業展開を考える. とっての性と生殖の意義,リプロダクティブ・ヘルス 表 1 母性看護学概論 「 学生による講義 」 の経過 4 月 12 日 第 1 回講義 学生が講義をする時間を計画していることを予告した。 4 月 26 日 第 3 回講義 講義のオリエンテーション:グループメンバー及びテーマと講義日時を発表した。その際に講義 時間中にグループでまとめや学習する時間はとれないため、講義時間外でまとめて欲しいこと、 配布資料の枚数は A4 サイズ 2 枚を上限とし、配布資料は講義前日までに提出することとした。 講義時間は 15 ∼ 20 分程度、 講義時は視聴覚教材や OHC などを使用してよいことを説明した。テー マの範囲としては教科書に載っている範囲でよいとし、参考資料として書籍などが図書館にある こと、もしくは教員も資料をもっているので借りに来てもよいこと、さらにインターネットの活 用について説明した。 5 月 17 日 第 5 回講義 講義後半 30 分程度、グループで進め方について話し合う時間をとった。 6 月 21 日 第 10 回講義 講義後半、グループ講義準備のための時間をとった。 6 月 28 日 第 11 回講義 学生の講義:①月経異常と看護 ②性感染症の現状と看護 ③人工妊娠中絶の現状と看護 ④若年妊 婦の現状と看護 7月5日 第 12 回講義 学生の講義:⑤月経随伴症状と看護 ⑥子宮筋腫と看護 ⑦子宮内膜症と看護 ⑧卵巣嚢腫と看護 7 月 12 日 第 13 回講義 学生の講義:⑨子宮がん・卵巣がんと看護⑩喫煙女性の健康問題と看護⑫性教育の考え方 7 月 19 日 第 14 回講義 学生の講義内容について、グループごとに補足説明を教員が行った。 Ⅳ.研究方法 自記式アンケートによる調査.調査対象は,2 年次全 アンケートは,最終回の講義終了直後に配布し,当日 中の提出とした. 集計は単純集計とした. 学生. 調査内容:「 学生による講義 」 という授業方法に関す る評価を 「 授業方法に対する評価 ( 以下,方法評価とす Ⅴ.倫理的配慮 る )」,「 グループ学習への参加度の評価 ( 以下,参加度 アンケート協力に際しては以下のことを学生に伝え 評価とする )」「 グループ学習に対する満足度の評価 ( 以 た.アンケートは無記名であり,個人が特定されること 下,満足度評価とする )」 とし 5 段階 (「5」 とてもよかっ はないこと.アンケートの提出は学生の自由意志であり, た,「4」 よかった,「3」 どちらとも言えない,「2」 よく 協力の是非が成績等に影響することはないこと.アン なかった,「1」 とてもよくなかった ) にて評価を求めた. ケート結果は今後の教授方法の改善のために活かし,そ その他活用教材,講義時の配付資料,講義時間等につい の目的以外に使用することはないこと.紀要等にて公表 て調査した. する可能性があること. 「 学生による講義 」 の評価 ることの楽しさ・価値について記したもの 」,「 学生同 Ⅵ.結 果 士の質問のしやすさについて記したもの 」,その他は 2年生 88 名のうち 7 名が当日欠席していたため,ア どのカテゴリーにも含めることのできないものである. ンケートの配布は 81 名に行い,協力が得られたのは 「4」 と評価したものは,「 自分たちで調べることの楽 50 名であった.回収率 61.7% であり,すべてが有効回 しさ・価値について記したもの 」,「 内容が理解しやす 答であった. く,よい学びができたから 」,「 学生同士の質問のしや すさについて記したもの 」,「 少し不足・不満があった 1.本形式の授業に対する評価 から 4 とするもの 」,「 教員の関わりについて記したも 1) 方法評価 の 」 の 5 つのカテゴリーに分けられた.「3」 と評価した 方法評価の結果は,「5」 と評価したもの 21 名 (42. 7 名のうち 5 名が理由を述べており,「2」 と評価した 3 0%),「4」 と評価したもの 19 名 (38.0%),「3」 と評価 名は,1 名が 2 つの理由を述べていた.この 「3」 と 「2」 したもの 7 名 (14.0%), 「2」 と評価したもの 3 名 (6.0%), の評価理由は意見が分散していたため,カテゴリーに分 「1」 と評価したもの 0 名であった. けることはできなかった.すべての評価について,各カ 「5」 と評価したもの 21 名の評価理由は 22 個あり,1 テゴリーの評価理由で共通している内容を明確に表現し 名は理由を 2 つ記述していた.その評価理由は 「 グルー ているものを代表例として表に掲げた.( 表 2) プ活動の意義について記したもの 」,「 自分たちで調べ 表 2 方法評価の理由 ・自分達で調べるので、自分の関心にそっていろいろ調べられた . 自分達で調べることの楽しさ・ 価値について記したもの:8 名 ・教員の講義だけでなく私たちが主に行う授業であって、皆にうまく伝わるにはどうしたらよいかな ど考えられたから . グループ活動の意義について 「 とてもよかった 」 記したもの:6 名 評価の理由 学生同士の質問のしやすさに ついて記したもの:4 名 その他:4 名 ・自分のグループで調べたので詳しく理解できたし、他のグループの調べたものも学べたから . ・グループで楽しくテーマにそって討論できたから . ・自分が気づかなかったことに気づいて質問してくれたのでよかった . ・視点が学生同士なので質問がしやすかった . ・学生同士の授業だと内容に入り込みやすかった . ・いろいろな発表があって面白かったから . 内容が理解しやすく、良い学 ・さまざまな分野について学ぶことができたから . びができたから:6 名 ・分かりやすい言葉で説明してもらえたから . 「 よかった 」 評価の理由 すこし不足・不満があったか ・良い学習ができたと思うが協力しない人がいて困ったことがあった . ら 「4」 とするもの:5 名 ・調べる内容をもう少し指定してほしかった . 自分達で調べることの楽しさ・ ・自分たちで講義することは責任もあり相手に伝えるために自分たちがきちんと理解していないとい 価値に関するもの:2 名 けないのでかなり主体的に学びができたから . 学生同士の質問しやすさにつ ・仲間同士なので質問もしやすい雰囲気で自然に行こうという気になれた . いて記したもの:2 名 教員のかかわりについて記し ・教員の熱意が感じられたから . たもの:1 名 ・グループによって内容の差 ( 深み ) がでるから . 「 どちらとも言え カテゴリーに分けられず:7 名 ない 」 評価の理由 ・グループ分けをバラバラにしてほしかった 「 よくなかった 」 評価の理由 カテゴリーに分けられず:3 名 ・グループの集まりが悪くて大変だった . 2) 満足度評価 ち 16 名が理由を記述しており,「 グループメンバーの 満 足 度 評 価 の 結 果 は,「5」 と 評 価 し た も の 10 名 協力関係がよかったからとするもの 」「 発表の成果につ (20.0%),「4」 と 評 価 し た も の 20 名 (40.0%),「3」 と いて満足を示すもの 」,「 少し不足・不満があったから 評価したもの 15 名 (30.0%),「2」 と評価したもの 3 名 4 とするもの 」,「 楽しかったから 」 の 4 つのカテゴリー (6.0%),「1」 と評価したもの 2 名 (4.0%) であった. に分けられた.「3」 と評価したもの 15 名のうち 10 名 満足度の評価理由は,「5」 と評価したもの 10 名のう が理由を述べており,「 グループ活動の不足について述 ち 7 名が理由を記述しており,「 グループメンバーの協 べるもの 」,「 発表の成果についての不足を述べるもの 力姿勢への満足感をあげるもの 」,「 達成感をあげるも 」 の 2 つのカテゴリーに分けられた.「2」,「1」 と評価 の 」,「 発表に対する満足をあげるもの 」 の 3 つのカテ した 5 名は評価理由の記載がなかった.( 表 3) ゴリーに分けられた.「4」 と評価したものは 20 名のう 「 学生による講義 」 の評価 表 3 満足度評価の理由 グループメンバーの協力姿勢 ・皆でそれぞれしっかりと調べてきてくれて質問にもしっかりと答えられたので . への満足感をあげるもの:3 名 「 とてもよかった 」 達成感をあげるもの:2 名 ・至らないところもあったと思うがやり遂げることができた . 評価の理由 発表に対する満足感をあげる ・質問にこたえられた . もの:2 名 少し不足・不満があるから 「4」 ・もっと詳しく調べればよかったと思うから . とするもの:8 名 ・質問されるであろうことを予測しておくべきだった . 「 よかった 」 評価の理由 発表の成果についての満足を ・ 質問されて気づいたことがあったから . 示すもの:4 名 グループメンバーの協力関係 ・1ヶ月も前からいつ集まるか、いつまでにまとめるかなど充実した活動ができたし、皆協力的だっ がよかったからとするもの:3 たから . 名 楽しかったからとするもの:1 名 ・楽しいと思えたから グループ活動の不足について ・協力できたのかどうか判断できないので . 述べるもの:2 名 「 どちらとも言え ・発表で他の人からの感想で難しすぎたという意見があったので、分かりやすく理解できるように伝え ない 」 評価の理由 発表の成果についての不足を るのが不十分だったから . 述べるもの:8 名 ・もっと内容を濃くして更に充実したものにしたかった。グループ内で多く話しあったので時間がもっ とほしかった 3) 参加度評価 られた.「4」 と評価したもの 18 名のうち 10 名が評価 参 加 度 評 価 の 結 果 は,「5」 と 評 価 し た も の 21 名 理由を記述しており,「 グループ活動が満足のいくもの (42.0%),「4」 と 評 価 し た も の 18 名 (36.0%),「3」 と だったから 」,「 自分として関わったと思えるから 」,「 評価したもの 10 名 (20.0%),「2」,「1」 と評価したも 自己の学びがあったから 」,「 その他 ( いずれのカテゴ のは 0 名であった. リーにも含められないものの集まりである )」 の 4 つの 参加度の評価理由は,「5」 と評価したもの 22 名のう カテゴリーに分けられた.「3」 と評価したもの 10 名の ち 13 名が理由を記述しており,「 グループ活動が満足 うち 6 名が評価理由を記述しており,「 自分自身の参加 のいくものだったから 」,「 グループメンバーとして責 姿勢の不十分さをあげるもの 」,「 グループとして最後 任ある行動が取れたからとするもの 」,「 学習活動の結 まで活動しなかったから 」 とするもの 」 の 2 つのカテ 果として満足を表すもの 」 の 3 つのカテゴリーに分け ゴリーに分けられた.( 表 4) 表 4 参加度評価の理由 グループメンバーとして責任 ・グループの一員としての責任があるし、興味ある内容だったから . ある行動がとれたからとする ・グループワークだから誰かがやってくれると考えたくなかったし、色々な人の意見を聞いたり一緒 もの:6 名 にやることで考えが深まりそうだったから楽しくて自然に参加できた . 「 とてもよかった 」 学習活動の結果として満足を ・納得のいくものが出来たから . 評価の理由 表すもの:4 名 ・自分の意見を言うことができたから . グループ活動が満足のいくも ・協力しあおうという思いが強かったから . のだったから:3 名 ・グループ皆が分担して同じようにできた . グループ活動が満足のいくも ・皆と協力して授業外で時間を作って集まったりと積極的に出来たと思う . のだったから:4 名 ・よく話し合ったから . 「 よかった 」 評価の理由 自分として関ったと思えるか ・積極的に関われた . ら:3 名 その他:2 名 ・人数が多すぎて分担したが、まとめるときは 2 人がパソコンに向かう形になってしまったので . 自己の学びがあったから:1 名 ・インターネットや図書館で調べることができたから . 自分自身の参加姿勢の不十分 ・自分の予定と重なってしまい話し合いに参加できなかった . 「 どちらとも言え さをあげるもの:4 名 ・必要最低限しかやっていないので . ない 」 評価の理由 グループとして最後まで活動し ・自分で調べる内容を調べ終え、パワーポイント係りに渡し、最後まで皆で確認しなかったし、それ なかったからとするもの:2 名 まで集まらなかったので . 「 学生による講義 」 の評価 2.方法評価と満足度評価と参加度自己評価の比較 あった.また,1 種類をあげる 15 名全員がインターネッ 方法評価,満足度,参加度の 3 つの評価項目を比較 トを活用していた.( 表 6) したところ,「5」 評価は,参加度は 22 名 (44.0%),方 法評価は 21 名 (42.0%) であるのに対し,満足度は 10 表 6 教材の活用状況 名 (20.0%) であった.「4」 評価は満足度 20 名 (40.0%), n= 50 方法評価 19 名 (38.0%), 参加度 17 名 (34.0%) であった. 活用したもの 人数 (%) 「2」 と 「1」 の評価の合計は,満足度 5 名 (10.0%),授業 指定された教科書 29(58.0%) 評価 3 名 (6.0%) であり,参加度には 「1」 と 「2」 の評価 指定以外の教科書 18(36.0%) はなかった.( 図 1) インターネット 48(96.0%) 看護・医学系の雑誌 7(14.0%) その他 2(4.0%) 5.教員への相談状況 学習のプロセスの中で 「 教員に相談したか 」 の問い に対して,「 相談した 」 は 5 名,「 相談しなかった 」 は 45 名であった.相談した理由は 「 提出方法など具体的 にわからなかったので 」「 資料がないため 」「 調べ方が思 いつかなかったので 」 としている.教員に相談しなかっ た理由は,「( 集めた ) 資料だけで作れたから 」「 グルー プメンバーで話し合って作れたから 」「 皆がたくさんの 図1 方法評価・満足度評価・参加度評価の比較 情報を持ち寄れたので 」 など,グループで話し合い進め られたとするものであった.「 特に問題がなかった 」 と するものも 1 名いた. 3.図書館の活用状況 図書館の活用状況は,「 活用した 」 は 22 名 (44.0%) であった.22 名中 1 回が 10 名,2 回は 10 名であり, 3 回以上は 2 名であった. Ⅶ.考 察 図書館の資料を活用しなかった理由として,3 名が図 1.方法評価・満足度評価・参加度評価との関連について 書館に資料が少ないことをあげ,2 名は 「 図書館に資料 今回の学生による講義中,講義者の学生,受講者の学 が少ないためインターネットに頼らざるを得なかった 」 生ともに学習態度は真剣で,質問・意見なども数多く出 と記していた.( 表 5) されていた.しかし,「 学生による講義 」 という方法に ついての評価やグループ活動の参加度評価は 4 段階以 上の 「 とてもよかった 」 あるいは 「 よかった 」 としたも 表 5 図書館の活用状況 n= 50 活用の有無 活用した 22 名 (44.0% ) 活用しない のが 78 ∼ 80%であったのに対し,満足度については 「 よかった 」 と評価したものは 60%であり,他の 2 つの 回数 人数 1回 10 評価と比較すると低い値となっていた. 2回 10 方法評価の中で 「 とてもよかった 」 あるいは 「 よかっ 3回 1 た 」 と評価した学生の評価理由は,自分たちで調べるこ 4回 1 との楽しさやグループ活動の意義について述べているも 28 のが多かった.また,参加度を 「 とてもよかった 」 ある いは 「 よかった 」 とする評価理由は,グループメンバー としての行動や活動が満足いくものだったからと述べて 4.使用教材の活用状況 いるものが多く,満足度についても 「 よかった 」 と評価 教材の活用状況は,インターネットを 48 名 (96.0%) しているものは,グループの協力体制がよかったことを のものが使用していた.次いで,現在使用しているテキ 理由として述べているものが多かった.グループによる スト 29 名 (58.0%),その他のテキスト・参考書は 18 講義は,母性看護学として求める内容としてのグループ 名 (36.0%),雑誌の活用は 7 名 (14.0%) であった. 間に大きな差はなく,満足度,参加度評価は低くはあっ また活用した教材の種類は,2 種類が最も多く,次い ても,何人かのメンバーで努力した結果としての講義で で 1 種類,3 種類であり,4 種類以上は 2 名 (4.0%) で あったといえる.これら 3 つの評価項目の 「 とてもよ 「 学生による講義 」 の評価 かった 」「 よかった 」 の理由には共通してグループメン ネットはパソコンの前にいるだけで,膨大な情報が短時 バーの協力体制のよさが述べられており,それが評価に 間のうちに手に入り,URL を共有すればグループメン 影響していることがわかった. バー全員が同時に同じ資料を得られるという便利なもの Deborah(1999) はグループ学習の成果は,考え方や である.これもまたインターネットによるものが多かっ 分析の仕方だけを学ぶのではなく,仕事の世界で役立つ た理由と推測できる.またホームページから次から次へ 結論を学びながら,チームで効果的に働く方法を学ぶと と新たな情報を入手することは,ゲームと共通する感覚 言っているが,グループでの学生の講義は知識を身につ があることも,学生が学習方法として一番に選択した理 けるだけではなく,グループ内での協力体制や個人の参 由と考えられる.しかしインターネットの情報はすべて 加姿勢までも考える機会となる.グループワークを通し が新しいものとは限らず,ホームページの管理者も匿名 て,グループとしての機能が成熟していくことが学習の の場合も多く,情報の責任が曖昧なことが多い.学生の 成果に影響するということである.満足度のもたらす意 中には 「 インターネットから資料を集めるとどこか不安 味は,今後への学習意欲への影響である.それゆえ今後 で,確かなことなのかなと思った 」 と記している学生も こうしたグループワークによる学習方法を取り入れてい いた.インターネットで入手した情報が信頼できるもの く場合には,グループの機能が円滑に進行するよう支援 であること,または情報の信頼性を判断できることがイ し, 満足度も高めていくことも必要であると考えられる. ンターネットを使用する際には必要である.そのために 教員はインターネットから入手した情報と書籍等の情報 2.学習資源の活用と環境の整備について を照らし合わせることの必要性を教え,正確な情報を把 今回の学習のプロセスにおいて,学習資源として教員 握していくように指導することが大切となる. の活用は少なかった.オリエンテーションにおいては, 教員も相談にのることを伝えたが,学生の方から相談に 3.今後のグループワークによる授業展開上の課題 きたものは 50 名中 5 名であった.教員に相談しなかっ グループワークのあり方が,学習の満足度,参加度に た理由を,「 グループメンバーで話し合って作れたから 影響していることが示唆された.そして,今回グループ 」,「( 集めた ) 資料だけで作れた 」 などと学生は述べて 活動が円滑にいかなかったことが推測できるグループも いる.つまり教員に相談する必要性がなかったというこ 実際にあった.方法評価を 「2」 と評価している学生の とになる.学生は,自分たちの探せる範囲内での資料に 理由は,「 グループの集まりが悪くて大変だった 」 と記 よって講義内容や資料等を作成することだけで充分と感 している.積極的なグループ活動が行え,よりよい学習 じていたと予測できる.しかし,作成したものをさらに を行うためには,教員は単に課題についてだけでなく, よいものにしようという学びの態度も必要である.そ 事前に学生にグループ学習の意義とグループによる講義 のために教員を資源として活用することができるような の導入の目的を十分理解できるよう伝えていく必要が 働きかけやその機会をより積極的に示していく必要があ あった.なぜグループで学習するのか,その目的とそこ る.David W.J.(1991) はグループワークにおける教師の から何を学んでほしいかが理解できると,学生はこのグ 役割は, 本やビデオにある情報をくり返すことではなく, ループにどのような姿勢で取り組んでいったらよいかを 内容の意味や情報を学生が展開し,応用し,構築できる 考えることができたのではないかと考える. ように援助することであると言っている.今回グループ また今回はグループ編成と,グループごとのテーマを 活動の経過中に,学生が迷いや困難に遭遇したか否かに 講義担当の教員が決定した.学生個人にも学習の興味や ついてはアンケートからは不明であるが,教員側も学生 関心の高い分野があることを考えると,テーマを自ら選 に声をかけ,教員がグループ学習に関わることによる効 ぶようなグループ編成の仕方も検討する必要がある.よ 果を, 学生が体験できるように関わっていく必要がある. り関心の高いテーマを担当することになれば,学生のモ 学習資源の活用については, オリエンテーションの際, チベーションは当然上がり,グループへの参加も積極的 図書館の使用や現在使用しているテキスト,参考書の活 になると予測できる. 用をすすめたが,実際に紙媒体の資源を活用した学生は また,今回はグループワークを,2 回 ( グループで作 少なかった.本学は新設学部であり,図書館に参考資料 業を開始した時期と,発表直前の時期 ) 講義時間内に確 が少ないと書いている学生もいたが,資料の検索方法や 保し,以降は講義時間外に話し合い準備するように指 活用方法が十分理解されていないとも考えられる.そこ 示した.しかし今回の結果から,グループワークのあり で文献検索や活用についての学習の現状を確認し,指導 方が満足度評価,参加度評価に影響していたことが明ら していくことの必要性も示唆された. かになった.これは講義時間内のグループで作業できる 今回のグループ学習に際し,最も使用されていた教材 時間の設け方を再考する必要があることを示唆されてい はインターネットから入手した情報であった.インター る.講義時間内にグループワークの時間を設けることに 「 学生による講義 」 の評価 よって,教員が学生のグループへの参加状況の確認や学 いった状況の中での結果である.これは,本調査が母性 習内容への助言を行うことができ,学生も教員が関わる 看護学概論の最終日であり,学部の実施する授業評価と ことの効果を感じやすいのではないかと考えられる. 同時に実施したこと,翌日より夏季休暇に入ったこと等 も協力者の少なかった一因と考えられ,授業評価をどの Ⅷ.終わりに ように学生から得ていくかも課題である. 教育も看護同様相互関係の中で行われるのであれば, 今回,本学における第1回生の 「 母性看護学概論 」 の 今後も授業展開に関する評価をどのように行うのがよい 授業において,学生の主体的学習活動をねらいとして 「 のかを考えていきたい. 学生による講義 」 という授業方法を取り入れた.感覚的 にはこの講義方法は,学生の積極的参加を促していると 文 献 評価してはいたが,はじめての試みであり,学生による 評価が必至であると考え,アンケートを実施した.その David W.J.,Roget T.J.,Karl A.S.(1991)/ 関田一彦 (2003): 学生 結果,今後の課題を多く提示されはしたが,継続してい 参加型の大学授業−共同学習への実践ガイド ( 第 1 版 ), 玉 く価値も見出された.そして,所謂 「 講義 」 という授業 展開の中で,どのように学生の主体的学習参加を取り入 れていけるかの示唆を得ることもできた. しかし,今回のアンケートへの協力者は 61.7%と少 なかったため,受講者 33 名の評価は得られていないと 川大学出版部 , 東京 . Deborah L.U.,Kellie J.G.(1999)/ 高島尚美 (2002): 看護教育に おけるグループ学習のすすめ方 ( 第 1 版 ), 医学書院 , 東京 . 日本看護協会看護継続検討会 (1980): 看護職団体における 80 年代の継続教育の課題と展望 , 看護 , 32(8), 34-67. 埼玉医科大学看護学科紀要 報 告 尊厳死に対する看護学生の思い ―視聴覚教育を通じた学生の学びの分析― The thought of nursing students for the death with dignity − An analysis of their learning experiences through the audiovisual education − 宍戸 路佳1),岡部 惠子1) Mika Shishido,Keiko Okabe キ ー ワ ー ド:尊厳死,生命,看護学生,ビデオ視聴,感想文 Key words:Death with dignity, Life, Nursing student, Video seeing and hearing, Impression 要 旨 生命の尊厳に関する看護教育のあり方を検討することを目的に,ビデオ,NHK 放映の 「 わが愛する娘に死を! 」 の視聴直後に看護学生が記した感想文を分析対象とし,看護学生の尊厳死に対する思いについて,分類・カ テゴリー化を試みた.その結果,最小単位の文脈から抽出された内容は 8 つのカテゴリーと 20 のサブカテゴ リーに集約された.また,これらのカテゴリー間には関連性が認められ,第 1 段階から第 4 段階までのプロ セスとして解釈できる可能性が示唆された : 第 1 段階 ( 尊厳死に関して疑問や迷いを示している ),第 2 段階 ( 尊 厳死への疑問から,「 生きる 」 や 「 生命 」 を考えて尊厳死を捉えている ),第 3 段階 ( 考え続けることの必要 性を感じている ),第 4 段階 ( 看護師となった時のことを考えての予測・覚悟をしている ).さらに,生命の 尊厳をめぐる教育のあり方として,それぞれの学生が抱いている思いや迷いを学生間で共有することや,学生 が持っている 「 迷い 」 を大切にしながらも意思決定できるように価値観の意味づけを行い,倫理的問題に関し て自ら考えていく力を持てるようにしていくことが重要であることが示唆された. Ⅰ.はじめに に直面している対象と関わり,対処し,看護の受け手が より良い決定ができるように支えるのが看護の役割であ 「 看護倫理 」 は 2 年次前期に必修科目 (1 単位 30 時 る.看護師となった時,こうした場面に多く遭遇するこ 間 ) として開講され,今回の授業は2コマ続き (15 回) とが予想される.それゆえに学生時代から倫理的問題に の演習として展開された. ついて考え続けていくことは意義がある. 看護倫理の科目目標として,看護上の倫理的問題発 今回看護倫理の第 13・14 回の授業の中で,生命倫 見の能力,問題解決への対処能力を身につけることを目 理に関する看護者の倫理を考えることをテーマに授業を 的としている.医療の著しい進歩に伴い,脳死,臓器移 行った.この回は生命倫理について,1 コマ (90 分) の 植,遺伝子診断,体外受精など様々な生命倫理上の問題 講義後,1993 年に NHK にて放映された尊厳死に関する が交錯している.尊厳死や安楽死,インフォームドコン ドキュメンタリービデオ 「 わが愛する娘に死を! 」 の視 セントの在り方も例外ではない.看護者はこうした問題 聴学習を行った.尊厳死とは,広辞苑によると 「1 個の 受付日:2007 年 10 月2日 受理日:2007 年 12 月 26 日 1) 埼玉医科大学保健医療学部看護学科 尊厳死に対する看護学生の思い 人格としての尊厳を保って,死を迎える,あるいは迎え 研究方法は講義終了直後に出席カードに記されたビデ させること 」 とある.また尾形 (1999) は 「 生命倫理の オ視聴後の感想の記述 ( 以下感想文と記す ) の中から, 課題の一つは 人間の尊厳 を守ることだといって良い ビデオの内容に対する思いについて記された文脈を抽出 だろう. 我々の多くが知っている人間の尊厳の理念とは, し,カード化する.抽出された記述について,ビデオ内 基本権の根拠となる概念である.そこでは人間の尊厳の 容に関するものであるか否かを吟味した.吟味し抽出さ 不可侵性が述べられ,権利の保障の根拠が人間の尊厳に れた内容について,意味及び内容の同質性,異質性に基 あるとされる.」 と述べている.尊厳死についての研究 づき分類,集約し,これをサブカテゴリーとした.更に や教育についての論述は多くある ( 井形 , 2006: 甲斐 , サブカテゴリーの意味及び内容の同質性・異質性に基づ 2005: 岡部 , 1993: 植村ら , 1999).しかし,尊厳死に き分類,集約し,抽象度を上げて表現したものをカテゴ 対する学生の思いについて記述されている文献は少ない リーとした.カテゴリー化するにあたり,研究者間で討 ( 内田 , 1997). 議を重ね,分析視点の一貫性,妥当性の確保に努めた. そこで,ドキュメンタリービデオの視聴後の学生の 最終的に尊厳死に対する学生の思いを構造化した. 感想・意見を通して,尊厳死に対する看護学生の思いを 分析し,学生の学習効果を評価するとともに,今後の 学生への生命の尊厳に関する教授法を考えることを目的 に,講義直後に出席カードに記された感想文の記述内容 を分析し,考察したので報告する. Ⅳ.倫理的配慮 感想文を研究の資料とするにあたり,学生には研究 の目的を説明し協力を求めた.その際に必ずしも協力し なくても良いこと,協力しなくても今後の授業及び成績 Ⅱ.研究目的 等には一切関係しないこと,個人が特定されるような表 現はしないこと,研究として使用する以外には使用しな 講義直後に記された尊厳死に関するビデオ視聴後の感 いことを口頭で説明した.感想文を使用されたくない学 想文に見られる学生の思いを明らかにし,看護教育の課 生は口頭で申し出るか,感想文の用紙に×を記入するよ 題である生命の尊厳についての教育のあり方を考える. うに説明した. Ⅲ.研究方法 Ⅴ.授業の概要 研究対象は看護倫理の講義受講者 88 名のうち,第 看護倫理は 1 単位,30 時間であり,2 コマ続きの授 13・14 回の講義に出席し,研究に同意を得られた学生 業として実施した.各回の授業の概要を表 1 に示す. 87 名である. 今回のビデオ学習は 13・14 回目の授業の中で実施し 表1 看護倫理の授業の概要 尊厳死に対する看護学生の思い た.学生は看護倫理の授業を受講する以前に関連科目と 20 のサブカテゴリーと 8 つのカテゴリーに分類できた して,1 年次に倫理学,哲学,生命科学が組み込まれて ( 表 2).8 つのカテゴリーの内容は以下のようである. いる.倫理学,哲学は選択科目であり,受講者数は倫理 また,8 つのカテゴリーは図 1 のように構造化された. 学 87 名,哲学 17 名であった.「 生命倫理は 」3 年次前 期の開講であるため未受講である. 1)8 つのカテゴリー 〈立場性による尊厳死の受け止め方の違いの認識〉 Ⅳ.ナンシー・クルーザン事件とビデオの概要 今回の研究対象は,学生のナンシー・クルーザン事 件に関するビデオ視聴後の感想文である. ナンシー・クルーザン事件とは,ナンシー・クルー 〈立場性による尊厳死の受け止め方の違いの認識〉は 33 個あり,4 つのサブカテゴリーからなる.その具体 的な表現は,「 看護師,家族,自分自身だったらと様々 な視点があると思うが,どの視点から見ても難しい 」, のように立場の違いにより尊厳死の受け止め方に違いが ザン ( 以下ナンシーと記す ) が 1983 年 1 月交通事故で あることを述べるもの,「 自分が植物状態になったら, 脳を損傷し,意識不明となり,胃に接続したチューブか 延命処置したくないが,家族の場合は延命して欲しい らの栄養補給で生命を維持していた.しかし,1987 年, 」 のような自分と家族の立場に立った時とで判断は違う 両親が栄養・水分補給を中止して死なせることを認める と述べるもの,「 もし自分の家族ならいつか医療の進歩 よう裁判所に訴えた.郡裁判所は死を認める決定を下し として治療法が見つかるかも知れないから延命処置して たが,州最高裁が覆した.両親は連邦最高裁に上訴し, 欲しい 」,「 家族なら植物状態であっても生きていて欲 連邦裁判所は 1990 年 6 月 25 日,「 ミズリー州は,意 しい 」 と自分の家族の場合には延命処置を望み,尊厳死 思決定できない者の権利の代理行使が,能力のある時に を否定するもの,「 もし自分が植物状態なら生きていた 患者が表明した意思に沿ったものであることを確保する いと思わない 」 として自身は尊厳死を望まないなどであ ために,意思決定できない者の希望は,明確で説得的な 証拠によって証明されることを要求する.それは,人の る. 〈ナンシーの家族の尊厳死選択への尊重と共感〉 生命を維持するという州の利益を守るためである.本人 〈ナンシーの家族の尊厳死選択への尊重と共感〉は 22 の明確な意思が確かでない場合,植物状態患者の尊厳死 個あり,2 つのサブカテゴリーからなり,「 とても見て を州政府は差し止めることができる.ナンシーが正常に いて心が痛かった.家族の気持ちもわからなくない.こ 生きられないなら死を選ぶと語っていたとする両親の主 のような判断をした家族も苦しかったと思う 」 のように 張は,十分には証明されていない 」 とし,明確で説得的 尊厳死を決断した家族の苦悩に共感を示すものと,「 ナ な証拠による証明を要求し,証拠のない尊厳死を差し止 ンシーさんの両親の判断はこれで正しかった.本当なら めた.両親は,同年 8 月に新たな証人を見つけ,遺言 生きていて欲しかったと思うけど人間としての尊重を考 検認裁判所に審理再開を求めた.同年 11 月に元同僚 3 えての行動であったと思う 」 のようにナンシーの家族が 人が,ナンシーが植物状態になったら生きていたくない 尊厳死を選択決定したことを認め,尊重する思いを表す と話していたと証言した.遺言検認裁判所は 12 月 14 日 「 明確でかつ説得的な証拠がある 」 として, 栄養チュー ものである. 〈意識のない患者の尊厳死の決定者は誰かという疑問〉 ブを外すことを認める判断を下した.この決定を受け, 〈意識のない患者の尊厳死の決定者は誰かという疑問〉 同日チューブが外され,ナンシーは 12 月 26 日に死亡 は 18 個あり,4 つのサブカテゴリーからなる.それらは, した ( 清水 , 2001). 「 患者の本当の気持ちが聞けないから深く考えなくては このビデオは裁判のゆくえを 4 年間に渡り,追い続 ならない 」 として意識のない患者の尊厳死の決定は簡単 けたものであり,ナンシーの家族のナンシーによせる家 にしてはならないと述べるもの,「 意識のない患者の尊 族愛と共に,苦悩と葛藤を 1 時間にまとめたドキュメ 厳死の決定は誰がするのか 」 とこういう状態の患者の尊 ンタリー番組である. 厳死の決定者は誰かと問いかけているものの他に,「 本 人のことを一番理解しているのは家族だから 」 と家族が Ⅶ.結 果 当日の受講者数は 87 名であった.協力に対する拒否 はなかった.87 名のうち,無記入は 2 名,ビデオ視聴 以外を記述が 6 名であり,79 名の感想文を分析の対象 決定することを肯定する意見があった.また,「 前もっ て話し合っておこう 」 というように,意識のあるうちに 尊厳死について話し合っておくことの重要性を述べるも のもあった. 〈生命に関する決定の難しさ〉 とした.抽出された記述数は 121 個で,平均 1.6 個 ( 最 〈生命に関する決定の難しさ〉は 16 個あり,3 つの 高が 3 個,最少 1 個 ) であった.12 1個の記述内容は, サブカテゴリーに集約された.具体的には尊厳死を決定 尊厳死に対する看護学生の思い したことについて,「 何が一番良いことなのか 」,「 そ の人が本当にそれで幸せなのかわからない 」 という生命 は共通している. 〈看護師になった時の予測・覚悟〉 の存続に関して決定することの困難さを述べるもの,「 〈看護師になった時の予測・覚悟〉は 8 個あり,2 つ 今,健康な状態でも自分ならどうするのかわからない 」, のサブカテゴリーに集約され,「 看護師も自分の考えは 「 一度延命処置をしてしまうと中断は怖くてできない, あるが,患者,家族の考えに対応しなければならず看護 難しい 」 などそうした状況に直面してみないと決められ 師としての難しさを感じた 」「 家族の気持ちも反対する ないあるいは直面したとしたら尊厳死だとしても,生命 気持ちもわかる.もし自分が関わる立場だったらと思う を絶つことの決定は難しいとするものである. とどちらを支持するかわからない 」 という家族の立場と 〈生きていることの意味と生かされていることへの疑問〉 看護者の立場との中で,尊厳死の決定についてのジレン 〈生きていることの意味と生かされていることへの疑 マを示すものと,「 自分自身が看護師になったとき患者 問〉は 14 個あり,3 つのサブカテゴリーに集約された. や家族の力になりたい 」,「 家族ケアが必要だ 」 という ビデオを見て,「 生命維持装置で生きていれば生きてい ように看護学生としてこうした場面での援助のあり方に ると考えていいのか? 」,「 どこまでが生でどこまでが ついて考えたものであった. 死かということを簡単には決められない 」 など尊厳死を 〈尊厳死について考え続けることの必要性〉 考えるにあたり,「 生きているとは 」 と考えているもの 〈尊厳死について考え続けることの必要性〉は,「 い と,「 生命維持装置を装着して生きていることは生きて ろいろな意見があり難しいが,これからも考えていきた いるとはいわない気がする 」 として,「 生かされている い 」「 これからも看護師として考えていかなくてはなら こと 」 に疑問を持つものとがあった.しかし,両者とも ない 」 のように尊厳死について看護学生として考えてい 「 生きるとは 」「 生きているとは 」 を考えているところ かなくてはならないという思いの内容がある. 表 2 抽出された看護学生の思いのカテゴリー,サブカテゴリー 尊厳死に対する看護学生の思い 〈延命措置等の医療技術発達に対する疑問〉 疑問〉:4 個であった. 〈延命措置等の医療技術発達に対する疑問〉は,「 医 療が進歩したがそれが人を苦しめるものになっている 2) カテゴリーの構造 」,「 人間が生み出した技術の責任を考えていかねばな 上記の 8 つのカテゴリーは図 1 のように構造化され らない 」 とし,医療技術の発展に対して問題提起をして た. いるものである. 第 1 段階は〈立場性による尊厳死の受けとめ方の違 以上のように尊厳死に対する看護学生の思いが最も多 いの認識〉,〈意識のない患者の尊厳死の決定者は誰か く抽出されたカテゴリーは, 〈立場性による尊厳死の受 という疑問〉,〈ナンシー家族の尊厳死選択への尊重と け止め方の違いの認識〉:33 個,次いで〈ナンシーの家 共感〉,〈延命措置等の医療技術発達に対する疑問〉の 5 族の尊厳死選択への尊重と共感〉:22 個, 〈意識のない つのカテゴリー,77 個からなる.第 2 段階は, 〈生命 患者の尊厳死の決定者は誰かという疑問〉:18 個,〈生 に関する決定の難しさ〉,〈生きていることの意味と生か 命に関する決定の難しさ〉:16 個, 〈生きていることの されていることへの疑問〉の 2 つのカテゴリー,30 個 意味と生かされていることへの疑問〉:14 個であった. からなり,第 3 段階として,〈尊厳死について考え続け さらに, 〈看護師になった時の予測・覚悟〉:8 個,〈尊 ることの必要性〉の 1 つのカテゴリーで 6 個,第 4 段 厳死について考え続けることの必要性〉:6 個,一番少 階は〈看護師になった時の予測・覚悟〉の 1 つのカテ なかったものは, 〈延命措置等の医療技術発達に対する ゴリー 8 個が該当した. 図1 看護学生の尊厳死に関する思いの構造 Ⅷ.考 察 問題に対処する応用倫理学の一分野であるといわれてお り,医療高度化の中で改めて生命について考える機会を 1.生命倫理を学ぶことにとってのビデオ学習の効果 提示する場となる. 今回は 「 看護倫理 」 の授業において 「 生命倫理 」 に 今回の尊厳死に関するビデオ視聴学習の結果,学生は ついて学習を組み入れた.生命倫理 ( バイオエシック 尊厳死に関して様々なことを思い,感じ,考えているこ ス ) とは,生命倫理学事典 (2002) には,ギリシャ語で とが明らかになった.抽出された学生の思いは 8 つの 「 生命 」 や 「 生活 」 を意味する bio と 「 倫理 」 を意味す カテゴリーに示されており,これらのカテゴリーは,図 る ethike からつくられた合成語であるとあり,大辞林 1のように構造化することにより学生の学びのプロセス (1995) によると生命科学の進歩によって出生と死への がイメージできる.まず第 1 段階は 5 つのカテゴリー, 人為的介入が可能になった結果生じた,新しい倫理的諸 77 個と最も多く,尊厳死に関しての疑問や迷いを示し 尊厳死に対する看護学生の思い ており,感性的な素直な疑問,迷いである.第 2 段階 から,生きることの意味について考えることにつながっ は 2 つのカテゴリー,30 個が該当し,尊厳死への疑問 たと考えられる.「 迷う 」 あるいは 「 迷える 」 というこ や迷いをもち,尊厳死について何らかの答えを見出すた とは一つの力であり,一つの事柄を様々な方向からとら めに 「 生きていることの意味 」 や 「 生命 」 について考え え,考えていることだといえる.異なった価値観や,倫 ることで尊厳死を捉えている.とはいえ,それはやはり 理領域の知識,そして倫理的技能に対する容認と理解は 回答が困難な問題であり,第 3 段階の 「 尊厳死につい 患者ケアについての意思決定を行ううえで重要な役割を て考え続けることの必要性 」 へとつながり,ここでは 1 果たしている ( サラ T.フライら , 2006).また,患者 つのカテゴリー 6 個が該当した.そして第 4 段階では, の意思決定を支えていくためには,自分自身の価値観に 看護学生にとどまらず,看護者になった時のことを予測 気付き,他者の価値観を尊重する姿勢を育むことが重要 し,こうした場面での看護師としての状況を考え,覚悟 な課題である ( 内田 , 1997).「 迷い・悩む 」 ことは様々 をするというように発展していると考えられる. な考えを受け入れ,葛藤している状態であり,このプロ このように段階をおって,学生の学びの状況を考えるこ セスの繰り返しの中で,自分の価値観が構築される.価 とにより, 今後の尊厳死に関する授業展開に活用できる. 値観の葛藤の解決をするプロセス自体が倫理的な意思決 さらに学生間でも尊厳死に対する思い,学びを共有し, 定のプロセスになる ( サラ T.フライ , 1998). 活用することにより,学びの共有と価値観の拡大が可能 看護学生は,今,看護の学びの途上にある.決めら になる. れないことの難しさと決めることの大切さとの葛藤の中 また,今回ビデオ学習を取り入れたことにより,活 で,たくさんの選択肢と様々な思いを心に抱き,迷い続 字による図書や文献による学習に比して,視聴覚媒体は けている.このような学生の迷いは価値観の明確化への いきいきとした具象的な事実を直観的に提示すること 重要なプロセスであることを教員が理解して,迷いを大 によってそれらのもつ意義を明らかにすることができ, 切に育てていく必要性がある. それを契機として学習を展開することができる ( 高橋 , 1984) という特性があり,今回の学習効果はビデオ視聴 3.意思決定の難しさの実感から意思決定の必要性にむ によるものとの関係が強いと考えられる.今回は,講義 けての教育の必要性 のみの感想のまとめを行っていないため比較はできない 学生の 「 迷い・悩み 」 価値について述べた.その一つ が,少なくともビデオ学習から学生は確かな学びをして として学生は,意識のない患者の尊厳死の決定は誰がす いることは明らかである.特に,今回使用したビデオは るのかという疑問を持ち,迷っている.迷うこと自体に ドキュメンタリーであり,現実にあった事件のため,学 価値があるのではなく,迷った結果として意思決定をし 生の関心をより高められたと考えられる.また,このビ ていくことにこそ,価値がある.看護倫理において意思 デオ学習は,13・14 回目の授業として取り入れたため, 決定は重要である.決定せずには解決への行動は起こせ 倫理に関する事例について,グループでディスカッショ ず,行動をせずには何の変化も起こし得ない.「 看護者 ンを重ねてきたことも思考能力,感受性を高めていた. の倫理綱領 ( 日本看護協会 , 2003)」 の中に 「 看護者は, 1 年次からの基礎分野,専門基礎分野の学習の積み重ね 人々の知る権利及び自己決定の権利を尊重し,その権利 の結果であることも忘れてはならない.しかし,今回, を擁護する 」 とある.知る権利は自己決定のためのもの 第 1 段階の感性的迷いや疑問は多くの学生が記述して である.患者は,医師,看護師,その他様々な資源から おり,このことは重要なことであるが,学生の学びが 情報を得て,迷い,苦悩の中,決定していく.ナンシー 迷いや疑問の段階で留まるのではなく,第 3 段階,第 4 の件に見るように患者にとっての意思決定は決して絶対 段階と発展していけるように関わっていくことも必要だ な幸せという価値をもたらしてはいない.そのことを看 といえる. 護者は理解した上で,患者が自己決定できるように必要 なことを知らせ,決定を支えていく役割がある.看護の 2.「 迷う 」,「 悩む 」 ことの価値 個別性を考えた時,たくさんの選択肢をもっていること 学生の多くが様々の思いを述べる中で,「 難しい 」,「 が必要である.学生の 「 迷い 」 は多くの選択肢を得てい わからない 」, 「 答えが出ない 」 と書いている.これは〈生 るプロセスでもあり,決定の難しさを実感している時で 命に関する決定の難しさ〉ゆえの迷い,悩みである.こ もある.そして,こうした迷いで得たものが患者の意思 うした悩み,迷いはビデオに映し出されたナンシーの家 決定を支える材料となる.それゆえ,学生が自分自身の 族の気持ちにだけでなく,看護師や医師,尊厳死につい 持つ 「 迷い 」 について,学生同士で意見交換し,また教 て反対する一般市民の姿の一つ一つに真剣に耳を傾け考 員が学生と一緒に考えていくことにより,意思決定の難 えた結果,生じていると考えられる.そして,こうした しさと共に意思決定の重要性と可能性を考えていけるよ 延命措置や尊厳死の決定者についての様々な疑問や迷い うに関わることが大切である. 尊厳死に対する看護学生の思い 4.「 生命の尊重 」 についての今後の教育上の課題 文 献 学生の尊厳死に対するビデオの感想は様々あり ( 表 2),学生個々人は様々な思考段階にある ( 図 1) ことが Florence N.(1893)/ 薄 井 坦 子 , 小 玉 香 津 子 , 田 村 真 他 1 名 わかった.こうした結果より,多くの学生はドキュメン (1981): 病人の看護と健康を守る看護 , 薄井坦子 , ナイチン タリーの映像を通して,現状を見つめ,迷い,悩みを抱 ゲール著作集 第 2 巻 ( 第 1 版 ), 現代社 , 東京 , 125-156. えている.尊厳死は 「 生きる 」 と 「 死ぬ 」 を同時に考え ることになり, 生命について考えていることである.マー ガレット・ミード (2003) は, 「 人間の死という出来事は, 昔は誰もが経験し心を打たれたことなのでしたが,今は 皆さん看護婦だけが直面しておられることにすぎませ ん.」 と述べ,またナイチンゲール (1981) は 「 この要 井形昭弘 (2006): わが国の現代医療と尊厳死− ALS 医療を通 じた生命倫理− , 医療 , 60(7), 424-430. 甲斐克則 (2005): 尊厳死をめぐる法と倫理 , 分子精神医学 , 5(4), 136-143. 近藤均 , 酒井明夫 , 中里巧他 2 名 (2002): 生命倫理学事典 ( 第 1 版 ), 太陽出版 , 東京 求は,ほとんどこの世界と同じくらい古く,この世界と マーガレット・ミード (1956)/ 田村真 (2003): 看護‐原初の 同じくらい大きく,われわれの生と死と同様にのっぴき 姿と現代の姿 , 「 総合看護 」 編集部 , 看護の本質 ( 新版 ), 現 ならないものなのである.」 と述べており,看護師にな 代社 , 東京 , 1-10. る学生にとって,生と死について考える機会を持つこと 松村明編 (1995): 大辞林 ( 第 2 版 ), 三省堂 , 東京. は重要なことである.学生は将来看護師として,発展す 日本看護協会 : 看護者の倫理綱領 , 2003 る医療の現場の中で,生と死について考えていくことに http://www.nurse.or.jp/nursing/practice/rinri/pdf/rinri. なる.それはまさに生命をどう考えるか,生命をどう尊 pdf(2007/9/27) 重するかに関わる問題である.まだ,人生経験の少ない 新村出 (1998): 広辞苑 ( 第 5 版 ), 岩波書店 , 東京. 看護学生に,生と死についてどのように教育していくの 尾形敬次 (1999): 人間の尊厳と生命倫理 , 生命倫理 , 9(1), かについて考えていく必要性が示唆された結果である. 48-54. 岡 部 惠 子 (1993): 重 い 尊 厳 死 の 選 択 , 看 護 学 雑 誌 , 57(9), Ⅸ.結 論 854-855. サラ T. フライ , メガン‐ジェーン・ジョンストン (1994)/ 片 今回,看護学生の尊厳死に対する思いは 20 のサブカ 田範子 , 山本あい子 (2006): 看護実践の倫理 倫理的意思決 テゴリーと 8 つのカテゴリーに集約された.また,こ 定のためのガイド ( 第2版 ), 日本看護協会出版会 , 東京. れら 8 つのカテゴリー間には関連性が認められ,第 1 サラ T. フライ (1998): 倫理の概要 , インターナショナル ナー 段階から第 4 段階までのプロセスとして解釈できる可 能性が示唆された.第 1 段階は尊厳死に関して疑問や 迷いを示し,第 2 段階は尊厳死への疑問から,「 生きる 」 や 「 生命 」 について考え尊厳死を捉え,第 3 段階では 考え続けることの必要性を感じており,第 4 段階は看 シングレビュー , 21(5), 18-25. 清水昭美 (2001): 著名事件から考える倫理問題 , インターナ ショナル ナーシング レビュー , 24(3), 109-118. 高橋勉 (1984): 教授活動の現代化と視聴覚メディア ( 初版 ), 明治図書出版 , 東京. 護師になった時のことを考えての予測・覚悟へと思考が 内田宏美 (1997): 遷延性意識障害への看護の姿勢にみる生命 発展していた.今後,それぞれの学生が抱いている思い 倫理上の問題点−看護学生の VTR 鑑賞後のレポート分析 や迷いを学生間で共有していき,学生が持っている 「 迷 から− , 生命倫理 , 7(1), 89-94. い 」 を大切にしながらも意思決定できるように価値観の 意味づけを行い,倫理的問題に関して自ら考えていく力 を持てるようにしていくことが重要であることが示唆さ れた. 植村和正 , 井口昭久 (1999): 「 安楽死 」 と 「 尊厳死 」 −法的 考察− , 生命倫理 , 9(1), 116-120. 埼玉医科大学看護学科紀要 報 告 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) ―保健・福祉の専門職に焦点をあてて− A study about cooperation among health and welfare experts concerned in children rehabilitation (first study): a questionnaire survey for health and welfare experts. 佐鹿 孝子 1),久保 恭子 1),安藤 晴美 1),坂口由紀子 1),北村由紀子 2), 田崎 恭子 3),一瀬早百合 3),赤松 淑子 4) Takako Sashika, Kyoko Kubo, Harumi Ando, Yukiko Sakaguchi, Yukiko Kitamura, Kyoko Tazaki, Sayuri Ichise, Toshiko Akamatsu キ ー ワ ー ド:療育,保健・福祉,専門職,チームアプローチ,協働 Key words:children rehabilitation,health and welfare,experts,team approach,cooperation 要 旨 療育に関わる保健・福祉の専門職が,他職種や関係機関との協働において,どのような思いで業務を行って いるか,また,協働にどのような難しさを感じているかを明らかにすることを目的に,A 県の地域療育センター 5 施設でアンケートを実施した.地域療育センター内(施設内)の他職種と協働する上で重要に思うことは, 情報の共有 (79.4%),信頼関係 (65.4%),情報交換 (46.7%) の順であった.地域療育センター内での協働の 難しさを感じるのは,相手の価値観 (64.5% ),相手の専門性 (32.7% ),コミュニケーションのとりにくさ (27.1% ),話し合いの時間がとれない (27.1% ),自分の専門性 (20.6% ) の順であった. 関係機関との協働の難しさを感じる内容は,相手の専門性 (55.1%),コミュニケーシヨンのとりにくさ (43% ),話し合いの時間がとれない (31.8%) の順であった.協働に関して,難しさを感じている関係機関は, 学校 (59.8% ),医療機関 (35.5% ),養護教育総合センター (32.7% ),幼稚園 (29.0% ) であり,教育関係 機関との協働がとりにくい現状であった. 自由記述からは, 【チームアプローチの利点と困難】,【関係機関との協働の難しさ】,【専門性の発揮】など の 10 カテゴリーを抽出した. Ⅰ.はじめに 障害のある子どもの親は障害受容の危機的状況を一 受付日:2007 年 10 月2日 受理日:2008 年 1 月 29 日 1) 埼玉医科大学保健医療学部 看護学科 2) 地域療育センターあおば 3) 横浜市西部地域療育センター 4) 横浜市戸塚地域療育センター 度だけではなく,子どもの発達過程で子どもの発達課題 を達成しようとするたびに,繰り返し体験する.佐鹿ら (2002)は,ライフサイクルの中で「10 の危機的状況 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) と時期」があることを提唱した ( 表1). 害の程度や内容に応じて,包括的できめ細かな社会的支 援が必要になってくる.障害のある子どもと親のウェル 表1.障害のある子どもと親の危機的時期・状況 佐鹿ら (2002) ビーイングの達成のためには,保健・福祉・教育の専門 職が適切に援助を行うとともに,そのフォローと各専門 職間や関係機関との協働が必要である. Ⅱ.研究目的 障害のある子どもと親のウェルビーイングが達成でき るような支援のため,児童指導員・看護師・ソーシャル ワーカーなど保健・福祉の専門職が,他職種や関係機関 との協働について,どのような思いをもって業務を行っ ているのか,また,協働にどのような難しさを感じてい るのかについて,それらの実態をアンケートから導き出 す. 研究代表者は,先の研究(佐鹿 , 2003)において, 障害のある子どもの親への面接を行った.親からは, 「同 Ⅲ.研究方法 じことを何度も聞かれ,療育センターに行くのが疲れて 1.研究対象 しまう」などの訴えがあった.子どもの障害と日々の育 A県内の地域療育センター(以下,療育センターと略 児に悩んでいる時に,療育センターの職員との対応によ す)5 施設の職員に研究者が独自に作成した無記名自記 り疲れてしまうという状況では,親にとって専門職の支 式のアンケートを行った. 援が役立っていないことになる.逆に「療育センターの 担任に相談したら,関係の職員にも相談してもらえて問 2.研究期間 題が早く解決した」と話してくれた事例もあった.この 平成 17 年 4 月∼ 5 月 (1 施設 ) 及び平成 19 年 3 月∼ ように,障害のある子どもと親への支援では,単一の専 5 月(4 施設) 門職の支援だけでなく,多職種の協働が重要であるとい うことが示唆された. 3.アンケートの内容 また,保健・福祉・教育の専門職の支援では,親が障 1)他職種や関係機関との協働の基盤となる日々の療育 害のあるわが子を受容する過程で,子どもと親の発達課 サービスについての設問を 4 問(①利用者へ各サー 題にそった危機的状況を早めに察知することが大切であ ビスをする際に利用者と自分の専門性についてどの る.そして,あらたな発達課題やライフサイクルの先を 程度心がけているか,②療育サービスに関わってい 見越した準備に対して支援することが必要であり,そ てストレスに思うこと,③療育サービスに関わって の支援にあたっては,保健・福祉・教育の専門職間の いて困難があった時の解決方法,④療育サービスに 協働が重要であることを導きだすことができた ( 佐鹿, 関わっていて良かったと思うこと),5 段階評価お 2007).しかし,専門職が他職種や関係機関との協働を よび 2 ∼ 3 項目選択にて回答するもの. 実践の場でどのように行っているのかという実践の報告 2)他職種や関係機関との協働をどのように思い業務を は少ない.小林ら(2005)は 2 事例への実践報告の中 行っているのか,また協働にどのような難しさを感 で,保健・医療・福祉の専門職が利用者の立場にたって じているのかということについての設問を 4 問(⑤ 連携することの大切さと難しさについて述べている.し 療育センター内でチームとして協働していく上で重 かし,難しさの理由と具体的な解決策については述べて 要と思っていること,⑥関係機関との協働の難しさ いない.松原ら(2001)も,重度・重複障害のある児 を感じること,⑦関係機関との協働について各機関 童生徒の医療と療育と教育が協力・連携していくことの とどの程度難しさを感じているか,⑧療育センター 必要性を述べている. 内での協働の難しさを感じること),5 段階評価お 子どもにとっての保健・福祉・教育とは,一人の子ど もとして成長発達が保障され,また,生活全般が保障さ れた上で,自立していくための社会的支援であると考え られる.障害のある子どもにとっては,一人ひとりの障 よび 2 ∼ 3 項目選択にて回答するもの. 3)自由記述にて,「⑨日頃の療育サービスで感じてい ることについて」の回答. 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) 4.データの収集方法 は保健の一部であると共に福祉サービスにも不可欠 研究の概要を各療育センターの施設長に説明し,施設 なものと考えた.したがって,用語の簡略化のため 内の管理会議にて承諾を得た.次に承諾の得られた療育 に「保健・福祉」と表現することとした. センターへ研究の趣旨および倫理的配慮を記載した依頼 3.専門職:ある特定の分野や事柄などに関わる業務 書,アンケート用紙,返送用封筒を 1 セットとして郵 を専門に従事し,それに通じている職業人である. 送し,各療育センター内で配布した.アンケートは,返 障害のある子どもと親に関わる職種であれば,事務 送用封筒による郵送を用いて回収した. 職や栄養士を含めてすべて専門職とした. 5.データの分析方法 量的データは,SPSS Ver.10 の記述統計処理により分 Ⅵ.結 果 析した.自由記述については KJ 法を基盤とし,研究者 1.対象の概要 間にて検討を繰り返し,内容の類似しているものをカテ アンケートの郵送配布数は 270 部,郵送による回収 ゴリー化した. 数は 107 部,回収率は 39.6%であった. 回答者の性別は,男性 23 名,女性 83 名,無記入 1 名であった.年齢は 20 ∼ 30 歳が 33 名,31 ∼ 40 歳 Ⅳ.倫理的配慮 が 44 名,41 ∼ 50 歳が 21 名,51 ∼ 60 歳が6名,無 研究協力者には,研究の依頼書を用いて研究の趣旨お 記入3名であった.経験年数は1年未満∼3年が 11 名, よび研究の協力は自由意思であること,公表の際の匿名 4∼6年が 31 名,7∼ 10 年が 19 名,11 ∼ 20 年が 性の保持について明記して配布し,アンケート用紙の返 28 名,21 ∼ 35 年が 14 名,無記入4名であった.職種は, 送により研究の同意を得たと判断した.なお,本研究は 保育士 17 名,児童指導員 33 名,看護師7名,医師3名, 研究代表者の前任校(昭和大学保健医療学部)の倫理委 ソーシャルワーカー 10 名,理学療法士3名,作業療法 員会の承認を受けた. 士4名,言語聴覚士6名,臨床心理士 10 名,検査技師 2名,栄養士1名,事務4名,無記入7名であった. Ⅴ.用語の定義 2.各設問に対する回答 1.協働:協働とは,単に協力・協同という分業的な 1) 日頃,利用者へ各サービスをする際に,利用者と自 働きかけではなく,多専門職種が互いの専門領域を 分の専門性についてどの程度心がけているか(設問Ⅰ) 重複させながら,チームアプローチにより対象の多 「心がけている」程度が,「ややある」と「非常にある」 面的な問題に対して支援や解決をしていく行動を意 味している ( 佐鹿ら,2002). の回答をまとめた. 図1のように,利用者(子どもと保護者)の気持ちに 2.保健・福祉:保健・医療・福祉という表現も多く 対しては 98.1%の職員が心がけており,利用者の価値 使われるが,本論文では保健と福祉を協同的な関係 観に対しては 93.5%,自分の専門性に対しては 85.0%, というよりも統合された不可分なものととらえ医療 利用者の人生観の尊重に対しては 77.5%であった. 44 44 47 39 40 9 図1 利用者サービスの時にどの程度心がけているのか(設問Ⅰ:N = 107) 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) 2) 療育サービスに関わっていてストレスに思うこと(設 専門性 (57.9%),上司との関係 (54.2% ) であった.次 問Ⅱ) にストレスが多い項目は,チームとしての関係 (50.5%), 図 2 のように, 「ややある」と「非常にある」の回答 ,関係機関との連携 (40.2%)で 同僚との関係 (42.9%) ,自分の 比率の高い項目は,利用者との関係 (59.8%) あった. 図2 療育サービスに関わっていてストレスに思うこと(設問Ⅱ:N = 107) 3) 療育サービスに関わっていて困難なことがあったと 種に相談する (36.4% ),の順であった.職場外の研究 きの解決方法(設問Ⅲ) 会への参加 (15.9% ) や職場外の専門家からの指導を受 図 3 の よ う に, 同 職 種 の 同 僚 や 先 輩 に 相 談 す る ける (2.8% ) の解決方法は少なかった. (75.7% ),上司に相談する (50.5% ),同じ職場の他職 図3 困難があった時の解決方法(設問Ⅲ:N = 107) 4) 療育サービスの仕事に関わっていて良かったと思う 図 4 のように,療育サービスの仕事に関わって良かっ こと(設問Ⅳ) たことは,子どもの成長発達 (82.2% ),サービスに対 「ある」は 106 名, 「ない」は 1 名であり,殆どの専 しての保護者の意識や行動の変化 (65.4% ),サービス 門職は,療育サービスの仕事に関わって良かったと思う への保護者の満足感 (43.9% ),自分自身の成長と達成 ことが「ある」と回答していた. 感 (41.5% ) の順であった. 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) 図4 療育サービスに関わって良かったと思うこと(設問Ⅳ:N = 107) 5) 療育センター内でチームとして協働をしていく上で 相談できること (36.4%),カンファレンスでの意見交換 重要と思っていること(設問Ⅴ) (29.0%),指示系統の明確化 (27.1%) については,重要 図 5 に示したように,情報の共有 (79.4%),信頼関 性の認識がやや低くなっていた. 係 (65.4%), 情報交換 (46.7%) の順で重要に思っていた. 図5 センター内(チーム)で協働していく上で重要に思っていること(設問Ⅴ:N = 107) 6) 関係機関との協働の難しさを感じること ( 設問Ⅵ ) シヨンのとりにくさ (43% ),話し合いの時間がとれな 図 6 のように,相手の専門性 (55.1%),コミュニケー い (31.8%) の順であった. 図6 関係機関との協働の難しさを感じる内容(設問Ⅵ:N = 107) 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) 7) 関係機関との協働について各機関とどの程度難しさ した比率は,学校 59.8%,医療機関 35.5%,養護教育 を感じているか(設問Ⅶ) 総合センター 32.7%,幼稚園 29.0%,保育所 20.6%, 図 7 のように,関係機関との連携に関して難しさを感 児童相談所 19.6%,福祉事務所 10.3%,支援費指定事 じている程度では, 「ややある」 ・ 「非常にある」と回答 業所 10.3%,保健所 8.4%であった. 図7 各関係機関との協働に関する難しさの程度(設問Ⅶ:N = 107) 8) 療育センター内での協働の難しさを感じること(設 コミュニケーションのとりにくさ (27.1% ),話し合い 問Ⅷ) の時間がとれない (27.1% ),自分の専門性 (20.6% ) 図 8 のように,チーム内での協働の難しさを感じる の順であった. のは,相手の価値観 (64.5% ),相手の専門性 (32.7% ), 図8 センター内(チーム)での協働の難しさ(設問Ⅷ:N = 107) 3. 「日頃の療育サービスで感じていること」の自由記 1)【日々の療育の重要性】 述(設問Ⅸ) 日々の療育にあたっては,〈親の子育て観の尊重〉を 40 名から 60 件の記載があった.KJ 法を基盤として, しながらも〈通園療育での親支援の難しさ〉を実感しな 類似した自由記述の内容をカテゴリー化した.抽出でき がら支援をしていた.日々の療育に関わりながら, 〈生 たカテゴリーとサブカテゴリーの詳細は表 2 の通りで 涯を見据えた支援の必要性〉を感じている職員がいた. ある.カテゴリーとサブカテゴリー間の関係は以下のよ 一人ひとりの子どもに対して〈全職員の連携による療育 うであった.以下,カテゴリーは【 】 ,サブカテゴリー サービス〉が重要であった. は〈 〉,著者による補足説明は( )で表記した. 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) 表2 自由記述(日ごろ感じていること)の記載内容−設問Ⅸ 2)【利用者(子どもと親)への支援や支援する上での て取り組めないというジレンマ〉〈チーム内のコーディ 基本理念】 ネートの難しさ〉などチームアプローチの困難さの意見 利用者への支援では, 〈親の価値観や生活スタイルが もあった.しかし,〈チームアプローチの意識化〉が必 子どもの成長に及ぼす影響〉が大きいことを実感してい 要という意見もあった. た.また,支援をする上では, 〈親に対するアプローチ 4)【専門性の発揮】 や支援方法等の勉強の必要性〉を感じていた.さらに支 療育をチームで行う時には各専門職が【専門性の発揮】 援をする上での基本理念としては, 〈スタッフ間の人間 を行うことが重要になってくる.そのため,〈専門性を 観や療育観の摺り合わせの重要性〉も実感していた. 発揮するための方法〉や〈専門職のあり方〉を考えていた. 3)【チームアプローチの利点と困難】 また,【専門性の発揮】にあたっては,〈自分の力量のな 療育にあたっては,チームアプローチの利点に関する さ〉に悩み,〈スーパーバイズを受けられる機会の希望〉 記載が見られた. 〈チームで働く楽しさおもしろさ〉や をする職員もいた. 〈チームアプローチを自然に行える環境〉等のプラスの 5)【療育センター内での協働の重要性】 記載があった. それに対して, 〈プライドのぶつかり合い〉 日々の療育に関わりながら,療育センター内での協働 や〈職員間のコミュニケーションの障害〉 〈時間をかけ をする上で,〈支援の大きな方向性を共有することが不 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) 可欠〉や〈他職種の専門性を受け入れることの難しさ〉 協働は必要性を感じた時に即行えるものではない.日 を実感している職員がいた.しかし, 〈相手の専門性の 頃,専門職の一人ひとりが療育サービスで大切にして 尊重と理解の重要性〉が大切であるとの意見の職員もい いることはどのようなことか,専門職者として療育に関 た. わっていて良かったと思えることがあるか否か, さらに, 6)【関係機関との協働の難しさ】 日頃の療育サービスで困った時にはどのような解決方法 関係機関との協働に関しては, 〈話し合いの時間不足〉 をとり,困難を乗り越えているかということなどが重要 をあげている職員がいた.関係機関の中でも〈学校教師 となる.それらが充足され,同時に協働への前向きな取 との連携する時の敷居(障壁)の高さ〉や〈学校教師と り組みが並行して行われた時に,初めて,専門職として の連携の不足〉 〈就学時の小学校教師への引き継ぎの難 他職種や関係機関との協働の基盤が形成されると考えら しさ〉等,学校教師との関係についての難しさの記載が れる. あった.さらに, 〈学校・療育・医療などとの連携の難 しさ〉についての記載もあった. 1.他職種・関係機関との協働の基盤となる日々の療育 7)【自分自身の仕事の姿勢】 サービス. 専門職としての【自分自身の仕事の姿勢】については, 本研究では,日々の利用者サービスにおいてほぼ全員 職員同士の〈建設的な話し合いの希望〉の姿勢が記述さ が利用者(子どもと保護者)の気持ちや利用者の価値観 れていた. 〈仕事と家庭生活の両立の難しさ〉を実感し に心がけていたことが明らかになった.療育の基本を大 ている職員もいた. 切にして,日々の業務を行っていると考えられた. 8)【仕事をする上での心がけ】 療育サービスに関わっている中でのストレスに思うこ 専門職として【仕事をする上での心がけ】ていること ととして,利用者との関係が一番多かったということは は, 〈価値観を培うこと〉や専門職の立場で〈自分の意 予測された事柄であった.一方,自分の専門性について 見を述べる〉ことという意見があった. 〈目的意識を持 ストレスに思っている職員が約 58%いた.これは,自 つ〉ことや〈他職種を支えるようにフォローしていく能 由記述の中で【専門性の発揮】などのカテゴリーが抽出 力〉をもつことを心がけていることなどであった.さら できたように,〈専門性を発揮するための方法〉や〈専 に, 〈利用者側の視点に立つ〉ことを心がけていた. 門職のあり方〉を考えたいというストレスであった.ま 9)【療育センター内の組織の見直し】 た, 【専門性の発揮】にあたっては, 〈自分の力量のなさ〉 日々の業務を行いながら, 〈専門性が活かせるような に悩みつつも,〈スーパーバイズを受けられる機会を希 組織への見直し〉を進めることが必要であると提案して 望〉するなどストレスの解決方法を考えている職員もい いる職員もいた. 〈リーダーシップをとれる責任者への た.したがって,自分の専門性をどのように発揮するか 希望〉もあり, 〈責任者が各専門職種の専門性を尊重(保 という重要な課題へ,上司のアドバイスや施設外の専門 障)する組織作り〉が重要であるという意見もあった. 職のスーパーバイズが大切であると考えられた. 10)【その他】 困難なことがあった時の解決方法は,職場内の専門職 日々の業務の中で,補装具作成などの相談を受けた時 の同僚や上司に相談することが多く,職場外の研究会に に,障害者自立支援法 ( 平成 18 年より ) になり,親へ 参加することや専門家のスーパーバイズを受けることは の〈 (福祉)制度変更の説明の難しさ〉や〈利用者に対 少なかった.今後は幅広く,解決の道を切り開いて行く する制度などのサービスの変化〉 があり, 悩みながら日々 ことが必要になってくる. の業務を実施している職員もいた. 多くの専門職は,療育に関わる時にストレスを感じな がらも,その解決策を講じながら日々の療育にあたって Ⅶ.考 察 いた.殆どの職員は療育サービスに関わっていて良かっ たと思えており,専門職としての満足感や達成感を得て 障害のある子どもと親への支援をしていく上で,他 いると考えられた.その内容も子どもの成長発達が見え 職種や関係機関との協働が重要であることは先行研究で たことやサービスへの保護者の満足感であり,利用者の も述べられている ( 小林ら , 2005: 北原,2002: 松島ら, 視点に立っている現状が伺えた.さらに, 「利用者にとっ 2001: 宮本,2002: 佐鹿,2007).しかし,それぞれ て療育とは何か」を考えるきっかけになっていると考え の専門職が日々の療育サービスを行う上で他職種や関係 られる. 機関との協働をどのように考え業務を行っているのか, また,どのような難しさを感じているのか,という実態 2.療育センター内(施設内)および関係機関との協働 は明らかにはなっていなかった.本研究では,その実態 について の一部を明らかにすることができた. 療育センター内での協働を難しくしている要因は, 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) 個々の専門職種の価値観や専門性(アイデンティティ) が必要である. である.チームアプローチを実践する場合は,それぞれ の専門職の価値観や専門性を尊重し,活用していくこと が重要になってくる.協働を行うにあたっては,話し合 いの時間をとり,相互のコミュニケーションを図ること Ⅷ.結 論 療育に関わる専門職は,療育センター内(施設内)の が重要であることはいうまでもない.現状では,業務の 他職種との協働を行う上で,情報の共有 (79.4%),信頼 繁忙さの中でそのための時間を確保することが難しいと 関係 (65.4%),情報交換 (46.7%) の順で重要と思って 推察される.関係機関との協働を行うには,先ずは,療 いた.自由記述では,日々の療育に関わりながら,療育 育センター内での協働を図ることが不可欠である.さら センター内での協働をする上で,〈支援の大きな方向性 に,療育の方針を検討するためにも,話し合いの時間を を共有することが不十分〉や〈他職種の専門性を受け入 とることが重要である.日々のミーティングやケースカ れることの難しさ〉を実感している職員がいた.その反 ンファレンスなどを子どもに関わる職員で継続して行え 面,〈相手の専門性の尊重と理解の重要性〉が大切であ るような工夫が今後の課題と考える. るとの意見の職員もいた. 自由記述でも【チームアプローチの利点と困難】や【療 療育センター内 ( 施設内 ) での協働の難しさを感じる 育センター内での協働の重要性】がカテゴリーとして抽 のは,相手の価値観 (64.5%),相手の専門性 (32.7%), 出できており,チーム内で協働していく上で重要な事柄 コミュニケーションのとりにくさ (27.1%),話し合いの として,情報の共有や信頼関係を築くことを挙げている 時間がとれない (27.1%),自分の専門性 (20.6%) の順 職員が多いことから,各専門職自身は今後の課題を自覚 であった. していると推察できる. 関係機関との協働の難しさを感じる内容は,相手の専 チームアプローチについては, 〈チームで働く楽しさ 門性 (55.1%),コミュニケーシヨンのとりにくさ (43%), おもしろさ〉や〈チームアプローチを自然に行える環境〉 話し合いの時間がとれない (31.8%) の順であった.自 などがプラスの意見として自覚されていた.一方,〈プ 由記述では,関係機関との協働に関しては,〈話し合い ライドのぶつかり合い〉 〈職員間のコミュニケーション の時間不足〉をあげている職員がいた. の障害〉 〈チーム内のコーディネートの難しさ〉などチー 関係機関との協働に関して,各専門機関との難し ムアプローチの難しさも認識されていた. さを感じている程度では,学校 (59.8% ),医療機関 日々の療育に関わりながら療育センター内での協働を (35.5% ),養護教育総合センター (32.7% ),幼稚園 する上で, 〈支援の大きな方向性を共有することが不可 (29.0% ) であり,教育関係機関との協働がとりにくい 欠〉や〈他職種の専門性を受け入れることの難しさ〉が 現状であった.自由記述において,就学時の小学校教師 実感されており, 〈チームアプローチの意識化〉や〈相 への引き継ぎの難しさ等の意見があった. 手の専門性の尊重と理解の重要性〉 が大切であるという, 協働への基礎作りの提案が見られた. 関係機関との協働の難しさについては,相手の専門性 Ⅸ.本研究の限界と課題 を考慮することと関係をとることが難しいという意見が 本研究は A 県の 5 施設でのアンケート調査であるた 主であり,チーム内の協働の問題と類似していた.子ど め,地域的な差があるか否かを検討するには限界がある. もの将来を見据えた療育を考える時には,相手の専門性 また,保健・福祉の専門職へのアンケート調査であった を理解し,それを活用出来るような力量が求められる. が,今後は教育専門職への調査を実施し保健・福祉・教 関係機関との協働に関して,それが困難な機関は学校 育の協働について検討することが課題である. と養護教育総合センターなどの教育機関であった.子ど もにとって,療育から教育へ移行する時の引き継ぎは重 要であり,このことについては親も望んでいることであ 謝 辞 る(佐鹿,2003) .しかし,本調査の結果からも教育機 本研究の趣旨を理解し,ご協力頂きました5施設の地域療 関との協働が困難な傾向があると推察できる. 育センター長および職員の皆様に感謝申し上げます. 子どもの生涯で生じる危機的状況を予測しながら,次 なお,本研究は,平成 18 年度埼玉医科大学保健医療学部 のライフサイクルの発達課題に対して,保健・福祉・教 プロジェクト研究 (SMU-SMTH Grant 06-005) の助成を受け 育の専門職の協働による支援を検討し継続していくこと 調査したものの一部である. が大切であるといわれているが,実践は容易なことでは ない.今後は,教育の専門職が,他職種や関係機関との 協働をどのように考えているかを調査し,検討すること 療育に関わる専門職の協働に関する研究(第1報) 文 献 北原估 (2002): 肢体不自由児の課題と展望 , 総合リハビリ テーション , 30, 151-159. 小林理 , 横山寛子 , 豊田淑恵他 (2005): 保健・医療・福祉専 福祉学,42,79-90. 佐鹿孝子,平山宗宏 (2002 ): 親が障害のあるわが子を受容 していく過程での支援−障害児通園施設に来所した乳幼 児と親へのかかわりを通して−,小児保健研究,61(5), 677-685. 門職の連携の実態と課題−子どもの問題をかかえる2家 佐鹿孝子,金子いずみ,平山宗宏 (2003 ): 親が障害のあ 族をとおしての分析− , 東海大学健康科学紀要,第2号 : るわが子を受容していく過程での支援 ( 第 2 報 ) −小学 31-38. 1年生の親への面接を通して−,小児保健研究,62(1), 松原豊,森川豊子 , 山中克夫 (2001):重複障害児を対象とし て療育と教育の連携に関する事例研究 , 筑波大学学校教育 論集,24, 9-18. 宮本信也 ( 2002): 教育と医療の連携,筑波大学養護学校紀要, 第 46 集,154-156. 夏堀摂 (2002): 自閉症児の母親の障害受容過程−1歳半健診 制度の効果と母親への支援のあり方に関する研究−,社会 34-42. 佐鹿孝子 (2003): 障害のある子どもの親がわが子を受容し ていく過程と支援―通所施設における実践を通して− , 大 正大学大学院研究論集,27,246-264. 佐鹿孝子 (2007): 親が障害のあるわが子を受容する過程に おけるライフサイクルを通した諸要因と支援,大正大学大 学院研究論集,31,245-262. 埼玉医科大学看護学科紀要 資 料 下肢浮腫の定量的評価の検討 A study of the quantitative evaluation of leg edema. 林 静子 1),若山俊隆 2),吉澤 徹 2),奥村高広 2),山田泰子 1), 平塚陽子 1),永田暢子 1),中島春香 1),石津みゑ子 1) Shizuko Hayashi,Toshitaka Wakayama,Toru Yoshizawa Takahiro Okumura,Yasuko Yamada,Yoko Hiratsuka,Nobuko Nagata Haruka Nakajima,Mieko Ishizu キ ー ワ ー ド:光三次元計測,浮腫,生体計測 Key words:Optical 3D metrology,Edema,Anthropometry 要 旨 これまで下肢浮腫の計測には巻尺やインピーダンス法,水槽へ足を入れるなど接触が必要であり,測定誤差 が大きくなってしまう可能性が高い方法が行われていた.本研究では,光セクショニングを応用した形状測定 装置を用いて,下肢浮腫の定量的評価の可能性について検討をすることを目的に装置を製作した.モデル人形 「さくら」を使用し繰り返し測定を行った.形状測定装置は測定対象の左右両側から光セクショニング面を形 成できるようにした.CCD カメラを配置し三角測量の原理から,形状を復元することができる.これらの断 面位置は装置を搭載したスライダによって上下に移動させ,測定された断面を順に積み重ねることができる. 今回 1 cmの間隔で 20 cmのエリアの足の形状を測定した結果,足の形状がそのまま三次元立体として復元 されていることが確認された.測定結果から短時間に各部位の断面形状,さらには二断面間の容積,すなわち 浮腫の状態を定量的に知ることが可能であることが示唆された. 浴,ホットパックなどの温罨法による皮膚血管の拡張か Ⅰ.はじめに 循環器障害や腎・肝障害,内分泌障害等の疾患や, ら循環血液量が増加し組織間液の還流が促進する効果を 期待する看護技術を提供している ( 佐伯 ,1998). 近年,科学的根拠に基づいた看護技術の提供が強調 長時間の起立,座位などの一般的な状況,妊娠などが原 され,看護技術の効果を定量的に評価する必要性が重視 因となり浮腫を生じることがある.浮腫は組織間質腔に されている.これまで,浮腫に対する看護技術を検証す 過剰な水分が貯留した状態であり,毛細血管圧の上昇に るためには血流計により血行状態を測定したり,サーモ よって生じた毛細血管内腔と組織間質腔との圧力差が生 グラフィにより表面温度をチェックすることが行われて じることから起こる症状である.浮腫が起これば末梢血 きた ( 佐伯 ,1998).さらに,浮腫を簡便に測定する手 管は圧迫されて細くなり血流が減少することとなる.ま 段としては巻尺による方法 ( 山崎 , 馬場 , 小池 ,1998) や た,皮膚が伸展し汗腺や皮脂腺の分泌気の低下から皮膚 インピーダンス法 ( 小川 ,2003) 水槽による方法 ( 中村 , は乾燥し脆弱化するため損傷しやすい状況に陥る.その 合田 , 白井ら ,2003: 小山 ,2005)などが提案されており, ため,患部を挙上し静脈還流を促進させたり,入浴や足 これらは体表より対象部位の膨張の度合いを計測して, 受付日:2007 年 10 月1日 受理日:2007 年 12 月 14 日 1)看護学科基礎看護学 2)医用生体工学科 下肢浮腫の定量的評価の検討 血液を含めた水分の貯留の程度を測定している.しかし, これらはいずれもが接触が必要な計測であり,測定の精 度は必ずしも高くなく,測定者により結果が異なり,測 Ⅲ.測定システムおよび測定法 1.測定システム 定値のばらつきが大きくなりやすく信頼性にかける.ま 光セクショニングを達成するために,リングビーム た,極めて扱いにくい装置や器具が用いられている場合 装置を用い計測を行った.(Toru Yoshizawa et al.:2006, が多くみられる. 吉澤徹 , 特願 2006-113713)リングビーム装置は円錐 このような問題点を解決するために,光セクショニ ミラーに半導体レーザーが接続されたもので,ミラー中 ングを応用した形状測定装置を用いて下肢の周囲計・断 心部分にレーザー光があたると,その光はディスク状の 面積・体積から浮腫の定量的評価の可能性について検討 光となって広がる.これを測定対象に照射することで光 をすることを目的に装置を製作した.光セクショニング セクショニング面が図 1(a) のように得られる.CCD カ は工業的には古くから実用されている計測手法であり, メラを図 1(a) のように配置すれば三角測量の原理から, たとえば歯車の歯型の計測,鉄道のレール断面形状の計 その形状を図 1(b) のように復元することができる.ま 測などに使われている.( 吉澤編著:1999,2006) 特徴 た,これらの断面位置は装置を搭載したスライダによっ としては原理がシンプルであり,光によりセクショニン て上下に移動させ測定された断面を図 1(b) のように順 グされた断面線は輝度が高いため,コンピュータ処理に に積み重ねることができる.その結果,各部位の断面形 向いていることが挙げられる.しかし,レーザー光によ 状,さらには二断面間の容積,すなわち浮腫の状態を定 り帯状の光を形成するためには,ガルバノメータや回転 量的に知ることができる.現在のところは 2 方向から ミラーのような機械的動きを有するデバイスが必要であ のセクショニングを行っているが,死角となる部分を解 り,装置が大きくなることや安定性に欠けるという問題 消するための測定に長時間かかる可能性があり,今後 3 があった.このような中で共著者の一人である吉澤が考 方向以上の方向からのセクショニングを行うことを検討 案した帯状のスリット光を簡単に形成できるリングビー している.3 方向にすることにより障害物による死角の ムデバイスによるセクショニングにより,動的部分がな 問題も同様に避けることができる.このことは自動車工 く,安定した測定を可能とする装置を製作することが可 業分野において,すでに試作装置での確認が済んでいる. 能になった. リングビーム装置のレーザーには波長 532nm の半導体 そこで今回,この手法を生体計測に適用し,より精 レーザーを用いた.このレーザーの出力は 1mW 未満で 度が高く非接触的測定が可能である光セクショニングを あり,クラス 2 のレーザーポインターと同程度である. 応用した形状測定装置を製作し,下肢浮腫の定量的評価 実際の測定に入る前に測定精度を検証するため,工 の可能性について検討を行った. 業用基準ゲージであるリングゲージ(ミツトヨ)を用い て検証実験を行った.リングゲージの半径方向の標準偏 Ⅱ.目 的 光セクショニングを応用した形状測定装置による下 肢浮腫の定量的評価の可能性について検討をすることを 目的とした. 図 1 光セクショニングを応用した形状測定法の概念図 差は 0.3mm 以下であった.また,半径方向の直線性に 関する標準偏差は 0.01mm 以下となり,本装置は生体 計測を行うにあたり十分な測定精度をもっていることを 確認した. 下肢浮腫の定量的評価の検討 2.測定方法 Ⅳ.測定結果 精度検定結果を踏まえ,さらに測定方法の確認を行 図 4(a) に測定対象となる左足膝下部分をデジタルカ うため,長時間の同一体位での拘束が必要となる可能性 メラで撮像し,図 4(b) は光セクショニング面をモノク がある.そのため,対象には看護実習用模型「さくら」 ロ CCD カメラで撮像した原画像を示す.測定部分は膝 (京都科学) を用いた.また, 下肢の周囲計の測定のため, 下の部分の外側となり,その形状に従って光セクショニ 座位の状態で測定を行った.測定手技の統一のため吉澤 ング面が「おわん型」になっている.この「おわん」の ら(1999, 2006)が行っている測定を参考に,これま 下に凸にとなっている部分が,足の盛り上がっている部 で光セクショニングの測定経験のあるものが行った. 分に相当する.これを内側と共に測定し,コンピュータ 図 2 に示したように測定対象である足にも光セクショ で三角測量の原理を元に解析すると,図 4(c) のような ニング面が形成されていることを確認の上,実際に足の 光セクショニング面が得られる.この光セクショニング 形状測定を行うわけだが, 本方法では測定対象の一部(表 面を高さ方向に操作し画像取得すれば,足の形状を非接 側)しか測定できないという欠点がある.そこで,本実 触での測定が可能となる. 験では図 3 の矢印が示すように測定対象の左右両側か 今回は 1cm の間隔で 20cm のエリアの足の形状を測 ら光セクショニング面を形成できるようにし,死角とな 定した.その結果を図 4(d) に示す.図 4(a) と比較すれ る部分が存在しない測定を可能とした. ばわかるように足の形状がそのまま三次元立体として復 元されていることがわかる. 図 2 光セクショニングの様子 図4 実験結果 図3 2 方向からの測定 下肢浮腫の定量的評価の検討 図 4(c) に示したような光セクショニング面が各層で なくなる. 得られているため,これを数値計算することにより断面 このように光セクショニングを応用した形状測定法 積が得られ,さらに各層の情報を積分すれば,足そのも では,短時間に下肢の周囲計・断面積・体積を定量的に のの体積を求めることも可能となる.今回の測定では 評価することが可能となる.今後,浮腫の評価として行 1cm 間隔の測定であるがこれをより細かく取ることで, われている接触や浸襲がある血流量やインピーダンス法 体積測定の精度向上も可能である. などの測定値との関連を検討し,非接触・非浸襲的測定 測定時間は,一つの断面についての結果を得るには 法として確立することにより,疾患が原因となっている 0.1 秒以内であるが,半自動であるところから足部全体 浮腫や,妊娠が原因となる下肢の浮腫,乳癌術後のリン を測定するには5分程度を要した. パ浮腫などの評価に応用し,患者の状態に応じた治療の 選択,看護技術の検討・提供につなげる可能性が高いと Ⅴ.考察 今回製作した光セクショニングを応用した形状測定 法は,従来の巻尺などによる接触方式とは異なり,光を 考えられる. 今後,実際の人の下肢の変化の測定を行い,結果の 安定性・再現性について検討を行い,装置の精度を高め る必要があると考える. 使用し非接触的に測定することが可能であることが示唆 なお,本研究は平成 18 年度埼玉医科大学保健医療学 された.さらに,従来の方式よりも短時間で測定を行う 部プロジェクト研究(SMU-SMTH Grant 06-006)の助 ことができ,やがては自動測定も可能となるという特徴 成を受け実施したものである. がある.ここで提言した方式によれば,光セクショニン グ面が各層で得られているため,周囲計のみならず,こ 文 献 れを数値計算すれば断面積を得ることができる.さら に各層の情報を積分すれば,計測した部分そのものの 体積を求めることも可能となる.浮腫は組織間質腔に過 小山秀紀 (2005): 航空機座席環境における下肢の血行動態の 測定 , 早稲田大学大学院博士論文 . 剰な水分が貯留した状態であり,体積は重要な視点とな 中 村 隆 夫 , 合 田 典 子 , 白 井 喜 代 子 ら ,(2003): 浮 腫 評 価 の る.これまではアルキメデスの原理を適用し水を入れた ための体肢容積計の開発 , 岡山大学医学部保健学科紀 水槽に足を入れその前後の質量変化による容積を量る 要 ,14,31-35. 方法を用いていたが,実際の測定では測定部位の水面に 小川佳宏 (2003): リンパ浮腫 , 保健同人社 , 東京 . 対する角度や筋肉の緊張状態の違い,測定部位の貯血量 佐伯由香 (2007): 足浴ケアが生体に及ぼす影響 , 小松浩子 , 等の変動による影響により測定誤差のばらつきが大きい 菱沼典子 , Evidence-Based Nursing 看護実践の根拠を問 ことが問題となっている ( 中村 , 合田 , 白井ら ,2003: 小 う , 第 2 版編 , 南江堂 , 東京 ,91-101. 山 ,2005). 今回の光セクショニングを応用した形状測定法では 設定条件によっては細かい間隔での測定が可能となり体 山崎善弥 , 馬場紀行 , 小池道子ら ,(1998): 容積計測法による 慢性四肢リンパ浮腫に対する長期波動マッサージ療法の評 価 , 医器材研報 ,32,49-53. 積測定の精度向上が可能となる.しかも計測値を瞬時に 吉澤徹 (2006): 最新光三次元計測 , 朝倉書店 , 東京 . 定量化することが可能であり,データの解析と記録の蓄 吉澤徹 (2000): 光によるヒトの 3 次元形状計測,計測と制御 積が容易となり,数値解析に適する. 測定時間は,一つの断面についての結果を得るには 0.1 秒以内であるが,現在は装置が最初の試作品であり, 半自動であるところから足部全体を測定するには5分程 度を要した.しかし,今後上下自動スライダを使用し組 上げることにより,10 秒以内での計測は容易となると 考えられる.それにより,患者を長時間拘束する必要も ( 計測自動制御学会誌 ),39(4),267-272. 吉 澤 徹 (1994): 人 体 形 状 の 非 接 触 三 次 元 計 測 , 人 間 工 学 ,30(3),119-123. Toru Yoshizawa et al.: Proceedings of SPIE Vol... 6382 (2006,10) 吉澤徹 : 特開 2007-285891. 埼玉医科大学看護学科紀要 資 料 看護学生が基本的なコミュニケーション技法のロールプレイを 通じて得た人間関係に関する気づき What nursing students noticed about human relations through role playing focused on the basic communication skills 冨田 幸江,天野 雅美 Sachie Tomita,Masami Amano キ ー ワ ー ド:基礎看護技術演習,看護学生,コミュニケーション,基本的姿勢,人間関係 Key words:demonstration of funtamental nursing skill,nursing student,communication,human relations 要 旨 本研究の目的は,看護学生がロールプレイを通じて得た人間関係に関する気づきについて明らかにすること である.演習は看護系短期大学(3 年課程)1 年生 42 名を対象に,コミュニケーションの基本的姿勢(傾聴・ 共感・受容・尊重・誠実さ)の意識化を目指して展開された.分析対象は,授業終了時に学生に配布した,研 究者ら独自の質問紙への記載内容(自由記述)である.分析方法としては,記述内容をコード化して類似内容 毎にカテゴリ化し,さらに,各カテゴリのコードにおいて,看護師役を担った学生が患者役の学生との関係性 の中で「気づいた内容」を取り出した.その結果,学生は,相手の話を聴くことや共感することが対象理解に つながること,相手の思いに立つことが信頼関係につながること,声をかけることが相互関係につながること 等の気づきを得ていたことがうかがえた.コミュニケーション能力を高める場を想定した学習方法として,学 生同士のロールプレイを学内演習に組み入れていく有用性が示唆された. Ⅰ.はじめに さらに,現代学生の特性については,基本的な生活能 力や常識,学力等の変化,コミュニケーション能力の不 看護は「人間対人間の関係を確立することを通して達 足などを指摘し,学生自身,患者と関わる上での問題を 成される」( トラベルビー,長谷川訳 , 1974) というこ 提起している ( 厚生労働省,2007: 太田,2007).その とであるなら,看護を学ぶ学生が看護の対象である患者 ため,2009 年 4 月に予定されているカリキュラム改正 との人間関係を築きながら看護を提供していくために, に当たって,基礎分野に「コミュニケーション能力」を 看護基礎教育を通して学ばなければならない.そのため 高めることを教育内容の充実の一つとしてあげられてい には,人間関係を学ぶ実習は重要な学習の場である.し る. かし,看護学生 ( 以下学生 ) を取り巻く看護教育の環境 この状況を踏まえ,看護基礎教育においては,看護に は,医療の高度化による看護業務の複雑・多様化や患者 関した基礎的な知識・技術・態度を学生が主体的に身に の在院期間の短縮等, 学生の実習範囲や機会が限定され, つけることができるよう,教育内容や方法を工夫してい 学生にとって実習が困難な状況がみられる. かなければならない.対象を理解し関係性を築くことが 受付日:2007 年 10 月 24 日 受理日:2008 年2月 14 日 看護学生が基本的なコミュニケーション技法のロールプレイを通じて得た人間関係に関する気づき 看護の達成に重要な意味があるので,コミュニケーショ かかわり方について,コミュニケーションの基本的姿勢 ン能力を高める学習方法は,実習に限らず学内の授業に の視点に沿って振り返り,その内容をレポート (A4 1 おいて,具体的に学べるよう教授方法を充実していくこ 枚程度 ) にまとめた. とを求められる. また,清拭,口腔ケア,足浴,採血 ( モデル人形 ), 入学した学生が,看護専門領域の学習として最初に学 筋肉内注射(モデル人形)導尿(モデル人形)における ぶ科目は,基礎看護学概論,基礎看護技術 ( 以下看護技 学内演習終了時に,演習内容の振り返りの一つとして, 術 ) である.看護技術の授業では,学生同士,患者役・ コミュニケーションの基本的姿勢について,学内演習で 看護師役になり,ロールプレイによる看護技術を練習す 気づいたり,学べたことを記録 (A4 半分 ) した. る.その結果, その場を通して, 患者役とのコミュニケー ション技術や人間関係についても学ぶことになる. 3.学内における基礎看護技術の教授法の考え方 そこで,今回,基礎看護技術演習 ( 以下学内演習 ) 時 学内で習得する看護技術において,単なる手順や方法 のロールプレイを通して,学生が学んだ人間関係に関す など,その根拠を学習するだけでなく,看護師役・患者 る気づきについて明らかにしたのでここに報告する. 役の役割演技によるコミュニケーションを通して,患者 役を理解し,患者役と人間関係を築きながら,安全, 安楽, Ⅱ.研究目的 自立を考慮した技術を習得することを目的としている. コミュニケーションの基本的姿勢を意識して取り組ん 4.研究方法 だ基礎看護技術演習の中で,看護師役の学生がロールプ 1) 方法:質問紙調査 レイを通じて得た人間関係に関する気づきを明らかにす 2) 調査時期:1 学年後期,最終の学内演習終了時 る. 3) データ収集方法 調査内容:学内演習を通して,患者役・看護師役の関 <用語の定義> 係性の中での学びについて,質問紙調査を実施した. コミュニケーションにおける基本的姿勢とは (1) 看護師役として,コミュニケーションの基本的姿勢 看護師が患者との人間関係を形成していく上でのコ を意識し,患者役の学生に関わったかについて,5 段階 ミュニケーションの要素として,患者の心を開く上で大 尺度(大変意識した,意識した,少し意識した,あまり 切な, 「傾聴」 「共感」 「受容」 ,そして信頼関係に影響す 意識しなかった,意識しなかった)で回答を求めた. る「誠実さ」 , 援助的な姿勢を示す「尊重」としている ( 村 (2)「大変意識した」,「意識した」者を対象に,学内演 中 , 2001). 習時,コミュニケーションの基本的姿勢を意識し取り組 本研究では,これらコミュニケーションの要素を看 んだことによって,看護師役として患者役との人間関係 護師が患者との人間関係を形成していくためのコミュニ に関する気づきについて,自由記述式により回答を求め ケーションの基本的姿勢とした. た. 4) データ分析方法: Ⅲ.対象と方法 1.対象:看護系短大 1 年生 42 名 (1)5 段階尺度で回答を求めたものは,単純集計を実施 した. (2) 記述式による回答はコード化し,内容分析を実施し た.なお,記述内容のコード化のルールは,1 意味 1 内 2.基礎看護技術の単元「コミュニケーション」におけ 容とした.コード化したものについて,類似内容に分類 る要素としての基本的姿勢に関した授業概要と方法 し,カテゴリ化を実施した.さらに,各カテゴリのコー 1)「コミュニケーション」 (12 時間)において,コミュ ドにおいて,看護師役が患者役との人間関係で, 「気づ ニケーションの基本的姿勢に関する授業は, 講義 2 時間, いた内容」を取り出した. 演習 4 時間の計 6 時間を使用した. 2) 演習では,コミュニケーションの基本的姿勢である, 傾聴,共感,受容,尊重,誠実さを意識し,学生自身の 分析の妥当性を図るために,コード化と分類,学生が 「気づいた内容」の抽出に際しては,研究者 2 名がその 内容について複数の検討を重ねた. 悩みなどについて,2 人 1 組になり,自由に話し合い聴 くことを体験した. 5.倫理的配慮 3) 上記について話し合った一部分を学生が選択し,ロー 学生に,研究の主旨,データの秘密厳守,研究以外に ルプレイを実施する.その後,ロールプレイした内容を 使用しないこと,研究同意の有無により成績には影響し 再構成用紙に記載した.再構成したものから,他者との ないことを説明した.また,提出は回収ボックスを設け, 看護学生が基本的なコミュニケーション技法のロールプレイを通じて得た人間関係に関する気づき 自由意志により無記名で提出できるようにした.提出の 学内での技術演習時,看護師役として患者役にかかわ あった者のみ研究への同意が得られたものとした. る際,コミュニケーションの基本的姿勢を意識し関った かについて,5 段階尺度で回答を求めた結果, 「大変意 識した」3 名 (7.9% ), 「意識した」25 名 (65.8% ), 「少 Ⅳ.結果 し意識した」6名 (15.8% ),「あまり意識しなかった」 調査の回収率は,38 名,90.5% であった. 4 名 (10.5% ),「意識しなかった」0 名であった. 「大変 意識した」,「意識した」を合わせると 28 名(73.7%) 1.ロールプレイング時のコミュニケーションの基本的 であった. 姿勢の意識について 表1.学内演習での学び n = 46 カテゴリ コード ・対象がどのようなことを望んでいるのか,相手の立場になって考えてみないとわからないことが,対象と同じ目線で話を聴き,考える ことで,わかるようになった. ・患者は自分が行なっていることに対して,どう思っているか,また,対象自身の状態を聴く事で,対象が望む援助を,まだ不十分であ るができたと思う. ・正直,演習ということで,基本的態度をあまり意識していなかった部分もあるが,きちんと傾聴することで,対象を理解することができる. ・きちんと傾聴することで,対象も私に段々と心を開いてくれていることがわかり,距離が近くなった気がした. 話を聴くことの ・まず,真剣に話を聴くことで,その後また頼りにしてくれて話しかける回数が増えた. 意味 ・多くの人が話を聴かないで,自分ばかり話す傾向にあるが,そんな時に,傾聴の心を思いだしたら,相手の話しを自ら聴くことによって, 相手もまた,自分の話しを聴いてくれるようになった. ・演習時,対象の痛みの有無や訴えを聞くことで,対象のことを常に考えられるようになれてきたと思う. ・処置の前に患者役の人の状態を聴くようにしたら,今は体調が悪いとか,自分の不安な状況など話してもらえたので,それに特に気を遣っ て接することができた. ・お互い技術練習時,友達同士でアドバイスも出て,傾聴できたと思う. ・まず,真剣に話を聴くことで,話しかける回数が増え,うれしかった. ・共感しない看護師に注射された時,患者さんを人ではなく物として捉えているような気がして怖いし,余計に不安や恐怖を感じてしまう. ・共感することで,話す内容があちらこちらから出てきて,演習の時はコミュニケーションがうまくとれた. ・最初は話しづらい相手であったが,共感しあうことにより,結構,話しができるようになった. ・患者役の学生とはあまり面識がなく,どちらも気を使った様子だったが,患者役の今感じる気持ちを共感したことから,足浴の時は笑 いがでたり,口腔ケアの時は唾液を出すのに一緒に苦しんだりして,関係が近づけたように感じた. 共感することの 意味 ・自分の入院経験から,ベッドの上で,看護師役に自分の気持ちなど共感してもらえることで,安心を感じることができた. ・足浴などの演習では,いろんなことを話しながら,また共感しながら実施した基本的態度を用いることで,お互いリラックスしながら 笑顔で過ごせたと思う. ・共感することで雰囲気が和んだ. ・注射など痛みを共感することで,患者さんが少し安心する. ・対象の話の中に沢山の要素が含まれているので,確かにそうすればきっとこの人にとって安全・安楽になるだろうなとか,こんな事を 感じているんだ・・・と自分は今迄,配慮が足りない部分があったかもしれないと思う事で,お互い関係が取れた. ・技術演習をしている時,患者役が嫌な思いをしていないか,もっと良い方法はないかなど考えながら実施できた. ・筋肉内注射や臀部を露出する排泄,口腔ケアでは,恥ずかしいという気持ちがとても強く,ちょっとした配慮が大切だと思った. 相手の思いに立 ・自分自身もその立場で,相手の気持ちを考えることで,自分がどうして欲しいのか,逆にどのようなことをされたくないのか,理解でき, 共感できるようになった. つことの意味 ・患者役が体験するのがつらいという状態の時,自分なら嫌だと思うことをしないようにしたことで,相手も嫌な思いを少しは軽減でき たように思う. ・体位がつらかったり,痛みが生じてしまったりした場合,それを取り除くように行動できた. ・体位がつらかったり,痛みが生じてしまったりした場合,どのようにすれば安楽になるのか勉強になった. ・演習時の声かけは,患者さんとコミュニケーションが取れるということがわかった. ・口腔ケアの歯磨きの演習で,相手の友人が早く処置をするように促したので,早く処置をするようにしたが,ケア後のねぎらいの言葉 をかけたとき,落ち着いた感じであった. 声かけの意味 ・導尿の演習の際,羞恥心が伴うため, 「つらいですね.もう少しですよ」など,声かけをすると,対象は力が抜けて穏やかになっていった のがわかった. ・技術チェックの時,お互い緊張し,黙っているだけでもすごく不安になったので,声かけだけでも相手をリラックスさせることができる. ・処置に対しても,患者の気持ちを考え,ねぎらいの言葉をかけると患者の気持ちは楽になるという声かけの大切さがよくわかった. ・声かけは,痛みを最小限にするということがわかった. 看護学生が基本的なコミュニケーション技法のロールプレイを通じて得た人間関係に関する気づき ・清拭の演習時, 「あったかい」などの素直な感想を聞くと,この位がいいんだとか,学生 ( 看護者役 ) もすこし緊張がほぐれたりもした. ・相手が今どんな気分なのかを知ることができるので,自分が次に何を言うべきか,するべきかがわかり,また,相手の次の行動が予測 できるので,そんなに慌てずに行動できた. ・技術演習をしている時など,患者役の人が嫌な思いをしていないか,意見を言ってもらいながら実施できた. 患者役から話し てもらうことの ・自分が気づけなかったことを言われて, 「あっそうか」と学んだことがあった. 意味 ・演習時もこの看護者の基本的姿勢があれば,患者役の人もきっとそう感じていてくれていると思うと私の中ですごくうれしかった. ・身体の状態を少し話してくれるようになった. ・ただの業務的な流れではなく,一つのコミュニケーションの場となった.一方的に告げるのとは違い,状態を詳しく話してくれたり, 自分の今の気持ちとか,最近の出来事を話してくれた. 相互関係の持つ 意味 ・演習時最初は緊張した様子でお互い関わっていたが,お互い話しを聴きあうことによって,痒いところはどこか,こうして欲しいなど と言えるようになった. ・演習の時に同じことを体験することで,相手がそう感じ,自分はどう感じたか言い合い,お互いに思ったことを共感できた. ・体験してわかったことを,自分が看護者になった時に対象者にも考えて援助ができた. 患者役になって ・患者役になった時,看護者にやってほしいこと,やって欲しくないことが初めて分かった. みて感じたこと ・トイレなど言いにくいことや体調などを話すと不安だったりした気持ちが,声に出すことで,少しは緊張もほぐれる. の意味 ・清潔ケアや排泄ケアなど他人の前で,肌や陰部など露出するということが,いかに恥ずかしいことであるか,患者に不安な思いをさせ るか理解できた. 看護師の基本的姿 ・普段話しをしたことのない人とも,実際,打ち解けたりできた. 勢が学生の日常生 ・学内においても日常的にも話をするようになった. 活へ活用している ことの意味 ・学内では今まで挨拶程度しか接点がなかった人とも,傾聴するという態度で接したことで,よく話をするようになった. *下線部分は,研究者らが,学生の「人間関係に関する気づき」と捉えた内容である. 2.記述内容のカテゴリ化の結果 は,声かけによって,『患者役とコミュニケーションが 学内演習において,コミュニケーションの基本的姿勢 とれる』『ケア後ねぎらいの言葉をかけたとき,落ち着 を「大変意識した」 「意識した」28 名の学生の記述内容 いた感じであった』,『対象は力が抜けて穏やかになって をカテゴリ化した結果は表 1 の通りであった.抽出さ いった』『声かけだけでも相手をリラックスできる』 『患 れたコード総数は 46 であり,8カテゴリに分類できた. 者の気持ちが楽になる』 『痛みを最小限にする』であった. 以下カテゴリは【 】 ,学生の気づきの内容は『 』で 五つ目のカテゴリは,【患者役から話してもらうこと 表記した. の意味】であり,コード数は7であった.代表コードか 一つ目のカテゴリは, 【話しを聴くことの意味】であ らみた気づきの内容では,『看護師役も少し緊張がほぐ り,コード数は 10 であった.代表コードからみた気づ れる』『相手の次の行動が予測でき,そんなに慌てずに きの内容では,話しを聴くことによって, 『相手の立場 行動できる』『嫌な思いをしていないか意見を言っても がわかること』 『対象を理解することができた』 『対象の らいながら実施できる』『気づけなかったことをいわれ ことが常に考えられる』 『段々と心が開いてくれている て あっそうか と学んだ』などであった. ことがわかり,距離が近くなった気がした』 『頼りにし 六つ目のカテゴリは,【相互関係の持つ意味】であり, てくれている』 『話しかける回数が増えてうれしかった』 コード数は 2 であった.コードからみた気づきの内容 などであった. では,『お互い話しを聴きあうことによって,こうして 二つ目のカテゴリは【共感することの意味】であり, 欲しいことなどいえるようになった』などであった. コード数は 8 であった.代表コードからみた気づきの 七つ目のカテゴリは,【患者役になってみて感じたこ 内容では,共感することによって, 『安心する』 『コミュ との意味】であり,コード数は 4 であった.コードか ニケーションがうまくとれる』 『患者役との関係が近づ らみた気づきの内容では,『看護者になった時に対象に けた』 『お互いリラックスできた』などであった. も考えて援助ができた』『看護者にやって欲しいこと, 三つ目のカテゴリでは, 【相手の思いに立つことの意 やって欲しくないことが初めて分かった』などであった. 味】であり,コード数は7であった.代表コードからみ 八つ目のカテゴリは,【コミュニケーションの基本的 た気づきの内容では,相手の思いに立つことによって, 姿勢が学生の日常生活へ活用していることの意味】であ 『お互い関係がとれた』 『もっと良い方法はないかなど考 り,コード数は 3 であった.代表コードからみた気づ えられた』 『どのようなことがされたくないのか理解で きの内容では,コミュニケーションの基本的姿勢を意識 き,共感できるようになった』 『痛みを取り除くよう行 することによって,『普段話していない人とも実際,打 動できた』などであった. ち解けたりできた』,学内で挨拶程度しかしなかった人 四つ目のカテゴリは, 【声かけの意味】であり,コー とも『よく話しをするようになった』などであった. ド数は6であった.代表コードからみた気づきの内容で 各カテゴリとコミュニケーションの基本的姿勢の視点 看護学生が基本的なコミュニケーション技法のロールプレイを通じて得た人間関係に関する気づき との関連をみると,患者の心を開く上で大切な【話を聴 は相手にも伝わり,患者の心が開く重要な姿勢である」 くことの意味】 (傾聴)と【共感することの意味】 (共感), という村中 (2001) の指摘と一致したものであった.さ そして,信頼関係に影響する「誠実さ」や援助的な姿勢 らに学生は,お互いに話しを聴くことで,患者役が看護 を示す「尊重」として【相手の思いに立つことの意味】 師役を『頼りにしてくれている』,また,看護師役が患 など,人間関係に関する気づきとしてあげられた.さら 者役に『話しかける回数が増えることから,看護師役と に,これらの基本的姿勢をとることから,患者役に【声 してうれしい』と感じていた.人間関係は相互の関係で かけの意味】が実感でき,患者役との人間関係のあり方 成立することから,相手との関係の成立が,頼りにされ として, 【患者役から話してもらうことの意味】や【相 たと感じたり,うれしさにつながったりしたといえる. 互関係の持つ意味】などの気づきがみられた. 白井 (1995) は,看護師が話しを聴くという姿勢が,相 手との信頼感を生み出すとしている.学生の気づきも看 Ⅴ.考察 護師役として聴くことを通して,患者役との人間関係の 中から気づいたものといえる. 1.学内演習で看護師役が捉えた人間関係に関する気づき 次に,【共感することの意味】について学生は,患者 学内演習では,学生同士が患者役・看護師役になり, 役が安心して援助を受けられるだけでなく,お互いがリ 役割演技による直接的な触れ合いを通して学習してい ラックスできることを学んでいた.それは, 『看護師役は, る.しかし,学生同士であるため,緊張感をあまり持た 相手に共感することによって,安心する』『お互いリラッ ずに展開していくこともある.演習中のコミュニケー クスできた』『雰囲気が和んだ』という学生の記載から, ションでは,普段の友達同士の言葉づかいになってし さらに,『共感を通してコミュニケーションがうまく取 まったり,看護師役が実施した不快な看護技術に対して れる』『患者役との関係が近づけた』という記載からう も,遠慮が入り看護師役の学生に苦痛をはっきりと言え かがえる.援助は,一方的な援助関係でないこと,相手 なかったりする場合もある.このような状況を改善する に共感することで患者役との関係が近づくことを実感し ために,学内演習時に看護師役は,看護技術を一方的に ていた. 練習するのではなく,コミュニケーションの基本的姿勢 【相手の思いに立つことの意味】について学生は,相 を意識し,患者役の気持ちを理解したこと.そして,患 手の思いに立つことによって,患者役に対して, 『どの 者役の立場に立った看護技術を体験するように働きかけ ようなことがされたくないのか理解でき,共感できるよ ている.その結果,7割以上の学生がコミュニケーショ うになった』という気づきをしていた.これは,相手を ンの基本的姿勢を意識し学内演習に取り組んでいた. 尊重し相手の立場に立った姿勢でケアすることの意味に 「大変意識した」 「意識した」と回答した学生の人間関 対する学びであるといえる.「患者役に接近し患者の願 係に関する気づきでは,コミュニケーションの基本的姿 い,思いを教えてもらい患者と共に歩もうとする姿勢が, 勢の視点からみると,患者の心を開く上で大切な【話を 患者の思いに立った援助につながる」と見藤(1996) も 聴くことの意味】 (傾聴)と【共感することの意味】(共 述べている.援助は,相手との関係性の中で成り立つも 感) ,そして,信頼関係に影響する「誠実さ」や援助的 のであるから,看護師が一方的に援助しようと思っても, な姿勢を示す「尊重」として【相手の思いに立つことの 成立するものではないという看護のあり方につながる学 意味】など看護師役として意識的に捉えていることが明 びといえる. らかになった. 【声かけの意味】では,声かけによって学生は, 『患者 以下,カテゴリごとにその内容を検討したい.学生は 役とコミュニケーションがとれる』ことや『技術練習直 患者役の【話を聴くことの意味】を『相手の立場がわか 後,ねぎらいの言葉をかけたとき,患者役が落ち着いた ること』 , 『対象のことが常に考えられる』ことと捉えて 感じであった』などと学んでいる.また,技術演習時, おり,看護師役からの見方ではなく,患者役の立場から 患者役のつらそうな様子に声をかけることによって『対 理解することが大切であると学んでいた.見藤 (1998) 象は力が抜けて穏やかになっていった』,緊張している は, 患者に対応した適切な良い看護を行おうとするなら, ときは,対象に『声かけだけでも相手をリラックスでき 患者の心の状態を正しく把握することから始めなければ る』『痛みを最小限にする』などの気づきであった.看 ならない.患者がせっかく深いレベルの感情や感覚を表 護師役は,患者役に声をかけることによって,患者役と 現してくれても看護師の側にそれをキャッチする能力が のコミュニケーションのきっかけになったり,声かけに なければならないと,聴くことを通して対象を理解して よって落ち着いた感じになったと受け止められたり,相 いくことの大切さを述べている.また学生は,聴くこと 手の力が抜けて穏やかになったという学びであった. によって, 『相手が段々と心を開いてくれ,相手との距 また, 「ねぎらい」 「穏やかに」 「相手がリラックスできる」 離が近くなった』と実感しており,これは「傾聴の姿勢 と記載していることから,これは単に,機械的に患者役 看護学生が基本的なコミュニケーション技法のロールプレイを通じて得た人間関係に関する気づき に声をかけるというのではなく,相手を気遣った声かけ 基本的な姿勢は,講義のみで教えられて,できるように であったことがうかがえる.コミュニケーション能力が なるのではなく,学ぶ学生自身が主体になって自分の意 低下しているといわれている学生にとって,声かけの意 志で体験的に学ぶものであると考える.見藤 (1987) は, 味を実感できたことは,非常に意味ある学習といえる. 学びには自己の実感を手がかりとして主体的に関わって 【患者役から話してもらうことの意味】や【相互関係 いく過程がどうしても必要である.機械的に知識を詰め の持つ意味】についての看護師役の気づきでは,患者役 込むような学びは役に立たぬばかりか害さえあるとして から話してもらうことによって, 『看護師役も少し緊張 いる. がほぐれる』 ことや 『嫌な思いをしていないか意見を言っ 今回の学習結果は,講義で学んだコミュニケーション てもらいながら実施できる』 という内容であった.また, の基本的姿勢について,学内演習で学生自らが実践して 看護師役が気づけなかったことを患者役から言われたこ みたことで,看護師に必要な姿勢について,自分なりに とによって, 『あっそうかと学んだ』など,援助は一方 実感でき,理解を深めたといえる.そして,これらの学 的なものではないという気づきができた.これは,患者 びが,実習において,患者との人間関係を作る上で,手 役から話しかけられると,看護師役も緊張がほぐれるこ がかりになっていくものと考える. とを実感したり,時に患者役から学んだりと,援助する 関係は相互関係によって影響しあっていることへの学び であった ( 尾原,2006). Ⅵ.結論 【看護師の基本的姿勢が学生の日常生活へ活用してい 学内演習におけるロールプレイで,看護師役を担った ることの意味】では,患者役は,コミュニケーションの 学生が患者役の学生との関係性の中で,「気づいた内容」 基本的姿勢を意識することによって,学内演習以外の時 を取り出した結果,以下のことが明らかになった. 間においても『普段話していない人とも実際,打ち解け 1.学生は,相手の話を聴くことや共感することが対象 たりできた』 『日常的にも会話をするようになった』な 理解につながること,相手の思いに立つことが信頼関 ど学内の友達同士の人間関係にまで変化させていた.学 係につながること,声をかけることが相互関係につな 内演習で体験したコミュニケーションの基本的姿勢が, 日ごろの学生生活の中で,学生同士の人間関係を築く上 で生かしていることがうかがえる. がること等の気づきを得ていた. 2.コミュニケーション能力を高める場を想定した学習 方法として,学生同士のロールプレイを学内演習に組 み入れていく有用性が示唆された. 2.コミュニケーションの基本的姿勢について,学内演 習での体験を通して学ぶことの意味 おわりに 学生のコミュニケーション能力の低下が,他者の立場 への想像力の欠如につながることもある.実習では,受 学内演習で看護師役としてコミュニケーションの基 け持ち患者の意図や思いに気づけないばかりでなく,自 本的姿勢を用いたことにより,患者役との人間関係に気 己中心的な行動を取り,患者に不快な思いをさせる場面 づきを得ていた.この学びは,今後,実習での患者との も時折りみられる.延近 (2003) は,現代学生の状況と 人間関係にも生かされていくものと考える. して,学内での座学では生じない学生の傾向が本格的な 今回,28 名からの記述内容の分析であり,データの 実習に入って生じてくることがある.これは,座学にお 一般化までは及ばなかったが,今後,コミュニケーショ いては,教師からの一方的なコミュニケーション形態で ンの基本姿勢に対する学内演習の学びやそれらが臨地実 あり,学生本人の本質的な問題に触れられずに済む.し 習にどう反映していくのか追求していきたいと考える. かし,実習では幅広い年代の患者とコミュニケーション をとるため,今まで生活してきた中で経験しなかった 引用文献 人間関係に出会うことがひとつの要因であろうと述べて いる.また,藤崎 (1998) は,看護基礎教育におけるコ ミュニケーション技術の授業方法について,知識の教育 として,主に講義中心に行われる傾向にある.しかし, コミュニケーションは,精神運動領域の教育なのである から,実習前に清拭や洗髪,ベッドメーキングをみっち りと教育することと同程度にコミュニケーションに対し ても教育が行われているか,問い直してみる必要性を指 摘している.これらのことから,コミュニケーションの 藤崎和彦 (1998):模擬患者による医療者のコミュニケーショ ン技能教育 , 日本看護科学学会誌 ,21(4),68-71. 厚生労働省 (2007.4):看護基礎教育の充実に関する検討会 報告書. 見藤隆子:人を育てる看護教育 . 医学書院 ,46 − 50,1998, 東京. 村中陽子 (2001):看護実践に有効なコミュニケーション , 月 刊ナーシング ,21(4),34. 看護学生が基本的なコミュニケーション技法のロールプレイを通じて得た人間関係に関する気づき 延近久子 (2003):臨床実習指導のプロモーション , ユリシス 出版部 ,38,東京. 尾原喜美子 (2006):看護学生の関係行動づくり行動の変化, 日本看護研究学会誌 ,29(5),83-92. 太田博子 (2007):改正カリキュラムの視点と展望 , 厚生労働 省看護研修センター講演会議録,東京. 白井幸子:看護に生かす交流分析 , 医学書院 ,67-69,1995, 東京. Travelbee 著 / 長谷川浩他訳 (1975):人間対人間の看護 , 医 学書院 ,25-45,東京. 投稿規定 埼玉医科大学保健医療学部看護学科「埼玉医科大学看護学科紀要」 投 稿 規 定 1.原稿の言語 原稿の言語は,日本語あるいは英語とする. 2.書式および原稿の字数 原稿は,ワープロを使用し,A4 版横書きで1行 36 字1頁 40 行とする. 字数は,原則として日本語の場合は 16,000 字以内とする.英語の場合は 10,000 語程度とする.いずれも刷り上 がり 10 ページ以内とする. この中には,図表および資料を含む.超過するものは,原則として受理しないものとする. なお,図表の目安は下記の通りである. 刷り上がり1ページ: 1,600 文字相当 刷り上がり 1/2 ページ:800 文字相当 刷り上がり 1/4 ページ: 400 文字相当 刷り上がり 1/6 ページ:260 文字相当 3.原稿の構成と表記方法 執筆に際しては,以下の項目を記載すること 1)題目(英文タイトルも併せて表記すること) 2)著者名(所属と専門分野,連絡先も記載すること) 3)要旨(邦文 400 字程度.原著の場合は 250 語程度の英文サマリーも付すこと) 英文サマリーは,native speaker の校閲を受ける. 4)キーワード(3 ∼ 5 語とする) 5)本文(表記は 10.5 ポイント明朝体) 6)文献 章立てについて 1)番号を付する Ⅰ,Ⅱ, ・・・,1,2,・・・,1),2),・・・,(1),(2),・・・とする. 2)章立て 各専門分野の記述方法に従って, 「はじめに」「研究方法」 ・・, 「研究目的」「研究方法」 ・ ・ ・, 「問題と目的」 「研究方法」・・などと記述する. 4.図表および資料の扱い 図表および資料等は下記の通りに作成する. 1)図表は,図1・表1のように表し,希望する挿入箇所を原稿の右欄外に指定する. 2)資料は,資料 1 のように表し,希望する挿入箇所を原稿の右欄外に指定する. 3)図表および資料については,希望の刷り上がり時の大きさ(倍率)を明記する. 5.文献の表記 1)文中での引用文献の記述は,括弧内に筆頭著者名,発行年を記す.同じ筆頭著者名でかつ同じ発行年の文献 が複数ある場合は,文中に掲載されている順に,アルファベットの小文字を発行年数の後に付記する. (文 末の文献記載においても同様) 2)文末の文献記載は,著者名をアルファベット順に記す.記載方法は下記の例示のようにする. 【雑誌掲載論文】 著者名(発行年) : 論文題名 , 雑誌名 , 巻(号), ページ . の順に記述する. 例)佐々木真紀子 , 針生享(2006):看護師のアイデンティティ尺度(PISN)の開発 , 日本看護科学会誌 , 26(1), 34‐41. 投稿規定 Weiss M.J.(2002): Hardiness and social support as predictors of typical children with autism, and children with mental retardation, Autism, 6, 115-130. 【単行本】 著者名 ( 発行年 ): 書名 ( 版数 ), 発行社 , 発行地 . の順に記述する. 例)小此木敬吾 (2000): 対象喪失 悲しむということ(第2版), 中央公論新社 , 東京 . 【分担執筆】 著者名 ( 発行年 ): 分担執筆部分の表題 , 編集者名 , 書名 ( 版数 ), 発行社 , 発行地 , 分担部分のページ . の順 に記述する. 例)野本照三 , 関口光夫 , 金井正光 (1998): 非蛋白窒素化合物 , 金井正光編著 , 臨床検査法概要 ( 第 31 版 ) 金原出版 , 東京 , 502‐503. 【翻訳書】 原著者名 ( 原書の発行年次 )/ 訳者名(翻訳の発行年次): 翻訳書の書名 ( 版数 ), 発行社名 , 発行地 . の順に 記述する. 例)Friedman M.M.(1986)/ 野嶋佐由美 (1993): 家族看護学 理論とアセスメント ( 第 1 版), へるす出版 , 東京 . 3)文末の文献の著者名は,3 名までは全員を記載し,4 名以上の場合は最初の 3 名を記載し,以下「他○名」 (日 本語文献の場合) , 「et al. 」 (外国語文献の場合)とする. 4)表タイトルは表上部に,図タイトルは図下部に記載する. 6.倫理的配慮の記載 特定の個人の情報を研究に用いる場合には,人権の擁護やプライバシーの保護に留意し,研究対象者に研究内容や 手順を適切に説明した上で,研究結果の公表について当人から同意を得ること.また,倫理的配慮がなされた旨を 原稿中に明記すること. 7.原稿の提出〆切 原稿の提出〆切は,毎年 9 月末日とする.期日に間に合わないものは,原則として次号への投稿の扱いとする. 8.投稿手続き 1)7 月末日までに,投稿申し込みを行なう. 2)9 月末日までに,原稿を 3 部,紀要委員会委員長あてに提出する. 3)原稿は直接渡すか,郵送する.郵送の際は,簡易書留とし,締め切り日までに編集委員会に必着とする. 9.原稿の提出部数 原稿は 3 部(保管用1部[著者名を記載したもの],査読用 2 部[著者名を記載していないもの])提出すること. なお採用決定後に,原稿ファイルも提出する(使用機種・ソフト名を明記のこと). 10.著者校正 原則として2校までとする.なお,校正時の大幅な追加・修正は原則として認めない. 11.執筆者が負担すべき費用 別刷は著者の負担とする. 附則 本規定は,2006 年 11 月 8 日より実施する. 編 集 後 記 埼玉医科大学に看護学科を含む保健医療学部が新設されて 2 年が過ぎようとしています.そしてここに,早 くも看護学科紀要の第1巻が発行されるにいたりました.看護学科教員が看護学教育の基盤づくりに全エネル ギーを投入する一方で,看護学の発展および教員・研究者としての資質向上を目指して,自己研鑽と研究活動 を進めてまいりました.したがって本誌は,教育と研究活動の両輪をもって真の大学教育を実現するという, 全教員の信念を貫いての成果といえるでしょう.将来,本誌が埼玉医科大学保健医療学部看護学科の教育や学 術水準の発展に寄与することを期待してやみません. なお,本誌の内容は本学ホームページで紹介するとともに電子媒体で公開する予定です. 2008 年 3 月 埼玉医科大学保健医療学部看護学科紀要委員会 紀要委員長 松下年子 紀要委員 江連和久 佐鹿孝子 平塚陽子 本谷久美子 宍戸路佳 Bulletin of School of Nursing, Saitama Medical University 埼玉医科大学看護学科紀要 2008 年 3 月 Vol.1 No.1 発行 埼玉医科大学保健医療学部看護学科 〒 350-1241 埼玉県日高市山根 1397-1 学科長 岡部惠子 TEL:042-984-4913 FAX:042-984-4804 E-mail:[email protected] Homepage:http://www.saitama-med.ac.jp/index.html 印刷 ヨーコー印刷株式会社 ISSN1882-8167