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三軸加速度計を用いた振戦解析・評価システムの構築

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三軸加速度計を用いた振戦解析・評価システムの構築
長岡技術科学大学研究報告 第24号(2002)
三軸加速度計を用いた振戦解析・評価システムの構築
松 本 義 伸・高 井 俊 輔・塩 田 宏 嗣・田 村 正 人・福 本 一 朗
三軸加速度計を用いた振戦解析・評価システムの構築
松 本 義 伸*・高 井 俊 輔**・塩 田 宏 嗣***・田 村 正 人****・福 本 一 朗**
Study on the construction of the tremor analysis and evaluation system using 3-axis accelerometers.
Yoshinobu MATSUMOTO*, Syunsuke TAKAI**, Hiroshi SHIOTA***, Masato TAMURA****, Ichiro FUKUMOTO**
Abstract : We construct the tremor analysis and evaluation system using 3-axis accelerometers for diagnosis of Parkinson's disease. This
system consists of 3-axis accelerometers(TEAC Instruments Co., 612-ZS), an analog-digital signal conversion card(National Instruments
Co., DAQ-Card6024E), a personal computer(SHARP Co., Mebius PC-CB1-M1)and an analysis program. We created the program by the
measurement software(National Instruments Co., LabView 6j). The upper limb tremor accelerations were measured to 25 Parkinson's
disease patients, 9 essential tremor patients, and 12 healthy students using this system, which we built. A sampling rate is 20msec and a
measurement period is 30 seconds. While we were recording the tremor, the subject was sitting on the chair and putting his elbows on the
desk. We calculated a tremor intensity and peak frequencies on the recorded upper limb tremor of the subject. The tremor intensity was
calculated from X, Y and Z signals of the 3-axis accelerometers. The tremor peak frequency was calculated from the strongest axis signal.
The calculated parameters were compared with a subject's inside information, which are Age, Tremor history and Yahr’s grade. The result
of this investigation, we found a tendency, which the right-and-left difference of the tremor intensity decreases as the Yahr’s grade becomes
bad. This result suggests that this system is useful to the degree evaluation of serious illness of a Parkinson's disease patient or the
diagnosis of a tremor disease patient.
Key words : Parkinson’s disease, tremor analysis, 3-axis accelerometer
我々は、PD をはじめとするこれら病的振戦を有する
1.背 景
患者が、より良い社会生活を送るために、リハビリテ
ーションの一環として振戦の抑制が必要であると考え、
四肢の不随意のふるえ(振戦:tremor)は、健康な人
振戦抑制方法の探索のために1軸型加速度計を装備し
に見られる微小な振幅の生理的振戦の他に、パーキン
た振戦計測システム(Fig.1)を用いて、振戦疾患患者
ソン病(PD)や本態性振戦疾患(ET)
、脳梗塞後遺症
の上肢振戦計測および解析を行なってきた2−7)。
などによって現れる大きな振幅の病的振戦がある。こ
の病的振戦は不随意に出現し、また振幅が大きく患者
の日常生活に支障をきたす一因となっているため、そ
の抑制が必要とされている。
病的振戦を有する疾患のうち、PD はその多くが中年
期以降に発症し、近年の人口高齢化とともに今後より
いっそうの患者数の増大が予想されている。また、PD
振戦を抑制する目的で主に用いられている方法として
L-DOPA などの薬剤投与があるが、L-DOPA の投与は
中枢神経系副作用である不随意運動や幻覚、妄想等を
引き起こすうえ、薬効時間の短縮による症状の日内変
Fig.1 The tremor measurement system using 1-axis
動である wearing-off 現象や on-off 現象、すくみ足、効
accelerometers for the tremor patients
果減弱等の問題点があり1)、必ずしも理想的な治療法
とはいえない。
****原稿受付:平成14年5月24日
****長岡技術科学大学ラジオアイソトープセンター
****長岡技術科学大学生物系
****長岡西病院神経内科
****日本大学医学部神経内科教室
研究報告 第24号(2002)
しかしながら、1軸型加速度計では計測軸方向とは
異なる方向へのふるえに対して、正しく加速度を計測
できないという問題点があることから、今回新たに3
軸型加速度計による振戦計測・解析システムを構築し
た。本システムを用いて振戦疾患患者を計測し、解析
-99-
松本 義伸・高井 俊輔・塩田 宏嗣・田村 正人・福本 一朗
パラメータの評価を行ったので報告する。
軸型加速度トランスデューサからの各 X,Y,Z 軸信号を
リアルタイムにパーソナルコンピュータに記録し、計
2.目 的
測後直ちに各軸の振戦加速度波形と周波数分布および
振戦強度、振戦周波数値を表示する。デフォルトでの
本研究の目的は、従来の1軸型振戦加速度計測シス
サンプリング速度は20[m秒/サンプル]、記録時間は
テムから、3軸型振戦加速度計測システムに改良した
30[秒]であるが、これらの値はパーソナルコンピュー
ことにより、得られる振戦パラメータの解析・評価方
タ上にて自由に変更可能である。また、記録した加速
法を検討することである。そのために被験者の上肢振
度信号は、LabView 波形データ形式およびテキストフ
戦を3軸型振戦加速度計測システムにて測定し、各
ァイル形式で保存しており、計測後にファイルを呼び
X,Y,Z 軸方向の振戦加速度信号を軸毎に、また合成し
出して再解析することもできる。
て周波数解析し、被験者の内部情報である年齢、振戦
暦、振戦程度、また PD 患者においては Yahr の重症度
3.2 振戦加速度計測・解析プログラム
との相関を調査し、振戦疾患の解析・評価および振戦
抑制訓練に有効なパラメータの検出を試みた。
パーソナルコンピュータに記録された加速度信号は、
我々が作成した振戦加速度計測・解析プログラムにて
解析した。本プログラムの解析結果の一例を Fig.3に
3.
3軸型振戦計測システム
示す。ここで用いた振戦パラメータの解析方法につい
て以下に記述する。
3.1 計測システム
本研究にて新たに構築した3軸型振戦計測システム
(1)振戦強度
(Fig.2)は、振戦患者の上肢振戦加速度を計測する圧
上肢振戦強度とは、被験者の手がふるえる大きさの
電型加速度トランスデューサ(ティアック電子計測株
ことである。これは、被験者に装着した加速度トラン
式会社製 612-ZS)
、圧電型加速度トランスデューサ用
スデューサにかかる加速度の大きさそのものに値する。
アンプ(ティアック電子計測株式会社製 SA-612:周
従来の1軸型加速度計では装着した加速度計の計測
波数特性を2Hz∼30kHzに変更したもの)、アナログ-
軸方向しか加速度を測定できず、振戦の強度を正しく
デジタル信号変換カード(ナショナルインスツルメン
評価できなかった。しかしながら、ふるえの方向は常
ツ製 DAQCard-6024E)
、シールド BNC コネクタブロ
に一定ではなく、特に PD 患者には丸薬を丸めるよう
ック(ナショナルインスツルメンツ製 BNC-2090)、
な動作(pill-rolling tremor)などの特徴的な手の動きが
得られた振戦加速度信号を記録・解析するパーソナル
見られることもあり、PD 振戦を正しく評価するために
コンピュータ(シャープ株式会社製 Mebius PC-CB1-
は1軸型加速度計では十分でないことが問題となって
M1)および計測ソフトウェア(ナショナルインスツル
いた。本研究では、3軸型加速度トランスデューサを
メンツ製 LabView 6j)にて作成した振戦加速度計
用いることで、X,Y,Z 方向の3軸の振戦加速度同時計
測・解析プログラムより成る。
測が可能となったことから、PD などの病的振戦の強度
を正しく評価できると考えた。振戦強度の解析方法と
して、加速度計から送信された各 X,Y,Z 軸の加速度信
号をベクトルの大きさに変換するのが望ましいと考え
た。そこで、同時刻の各 X,Y,Z 軸加速度データを式
(1)のように合成した。
r=
x 2 + y2 + z2
(1)
合成したrについて全計測時間のデータ数 N(計測
Fig.2 A tremor analysis and evaluation system using 3-axis
時間/サンプリング速度=30[秒]/20[m秒/サンプ
ル]
)での平均値を式(2)のように算出し、得られた
accelerometers for the tremor patients
平均値を振戦強度(R)として評価した。
本計測システムは、被験者の計測部位に装着した3
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長岡技術科学大学
三軸加速度計を用いた振戦解析・評価システムの構築
同時に見られることがある。この時の振戦の周波数は
N
rn
R=
安静時に見られる周波数の2倍程度になっていること
n =1
(2)
N
が多く、安静時振戦と姿勢振戦・動作振戦の中間の周
波数というものはない8)。
一方、ETや健常人に見られる微細な生理的振戦の周
(2) 振戦周波数値
波数は8−12Hz と同じであり、PD の振戦とは異なる9)。
本研究では、振戦周波数値の評価には以下に述べる
方法を用いた。
我々がこれまでに行なってきた ET の計測では、後述
する計測姿勢での振戦加速度周波数は6−10Hz に認め
3軸型加速度トランスデューサから送信された各
られている。
X,Y,Z 軸の加速度信号のうち、最も振幅の大きな軸に
対して高速フーリエ変換(FFT)を施した。
そこで、得られた周波数分布を4Hz から6Hz と6
Hz から10Hz の2つの周波数帯域に分け、各々の帯域
PD を特徴付ける振戦は粗大安静時振戦であり、通常
の中でもっともピーク強度の高い周波数値をそれぞれ
は4−7Hz である8)。我々の計測では、後述する計測
4Hz振戦周波数値(LF), 8Hz 振戦周波数値(HF)と
姿勢での振戦加速度周波数は4−6Hz に認められてい
した。また、LF のピーク強度を L、HF のピーク強度
る。PD では安静時振戦以外に、姿勢振戦や動作振戦も
を H とし、ピーク強度比 L/H を算出した。
Fig.3 A result window of a tremor acceleration
研究報告 第24号(2002)
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松本 義伸・高井 俊輔・塩田 宏嗣・田村 正人・福本 一朗
Table.3 Hoehn & Yahr stage
4.実験方法
Stage
4.1 被験者
観察所見
0
パーキンソニズムなし
1
一側性パーキンソニズム
比較対照として健常学生12名に対しても計測を行った。
1.5
一側性パーキンソニズム+体幹障害
実験に際し、被験者には十分な説明と同意を得た上で
2
両側性パーキンソニズムだが平衡障害なし
2.5
軽度両側性パーキンソニズム+後方突進がある
が自分で立ち直れる
3
軽∼中等度パーキンソニズム+平衡障害、肉体
的には介助不要
3.5
中等度のパーキンソニズム+平衡障害、家庭内
では独立生活可能
4
高度のパーキンソニズム、歩行は介助なしでど
うにか可能
4.5
高度のパーキンソニズム、介助すれば歩行可能
5
介助なしでは、車椅子またはベッドに寝たきり
本計測システムによる上肢振戦の計測は新潟県長岡
西病院神経内科の外来患者を対象に行なった。また、
上肢振戦の計測を行なった。今回計測した被験者の内
訳を Table.1に示す。
Table.1 The subjects for the tremor analysis.
診 断 名
被験者数
平均年齢
<人
(男性/女性)> <歳±S.D.>
パーキンソン病(PD)
25( 8/17)
71.0±6.2
本態性振戦疾患(ET)
8( 5/ 3)
68.3±6.8
健 常 学 生(CT)
12(10/ 2)
24.7±4.8
介助でも歩行は困難
PD 患者の人数は25名、PD の重症度をあらわす
Hoehn & Yahr の重症度(以下 Yahr の重症度と略記する)
は2∼4であり、その内訳は Table.2の通りである。
4.2 計測方法
上肢振戦の計測に際し、被験者には Fig.4のように
s grade of Parkinson’
s disease patients
Table.2 The Yahr’
椅子に座り、机の上に両肘をおいて前腕を前方45度に
て保つ計測姿勢をとるよう指示した。
Yahr の重症度 <-> 患者人数 <人>
2
9
2.5
3
3
4
3.5
2
4
3
不明
4
Yahr の重症度は PD の程度を評価する指標で、オリ
ジナルは1−5の5段階に分類されており、医師の主
観的な判断によって分類される。オリジナルは少し重
Fig.4 A posture for the tremor
症度の範囲が広すぎる点があり、改訂 Hoehn & Yahr
stage も提唱されている(Table.3)
。改訂版の方がより
上記姿勢にて被験者の両手母指基部に加速度計を
細かく患者の症状を評価した重症度分類といえ、本報
各々装着し、上肢振戦加速度の計測を行なった。計測
告の被験者も改訂版により分類されている 10)。なお、
はサンプリング速度20[m秒]にて30秒間行なった。
Yahr の重症度が高いほどその患者は重篤であることを
示している。
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長岡技術科学大学
三軸加速度計を用いた振戦解析・評価システムの構築
(1) ET 患者の年齢と振戦強度 R
5.結果と考察
ET 患者の年齢と振戦強度 R との関係を Fig.6に示す。
5.1 3軸型加速度計での計測結果
今回計測した被験者のうち、PD 患者の右手振戦加速
度波形の一例を Fig.5に示した。
Fig.6 The relationship of the age and R in Essential
tremor patients
ET 患者では相関係数は0.56と低いものの、患者の年
齢が増すにつれて、本システムで計測した振戦強度も
Fig.5 The acceleration waveforms of the right upper limb
tremor on a Parkinson’
s disease patient
上昇する傾向が見られた。このことは、ET の症状が加
齢により変化することを示している。この結果は、本
システムが被験者の振戦強度を正しく計測、評価して
Fig.5は、上から X 軸(左右)方向、Y 軸(前後)
いることを示唆するものである。
方向、Z 軸(上下)方向の振戦加速度波形を示してい
る。これからわかるとおり、肘を机上に置いた基本姿
5.3 振戦患者の振戦歴と振戦強度 R との関係
勢では、振戦患者の上肢振戦は1方向のみではなく、
あらゆる方向に加速度がかかっている。
被験者の年齢は振戦疾患の病歴とは等しくはなく、
特に緩徐進行性の PD では、発症してからの経過時間
従来の1軸型加速度計では計測軸が1つしかないた
が、振戦強度の変化と関係があるものと考えられる。
めに上下方向のふるえしか計測できなかったが、3軸
また、ET 患者においても、年齢と振戦強度との間に相
型加速度計では前後、左右方向の振戦加速度も計測が
関がみられたものの、その相関係数は0.56と小さいも
可能となり、振戦疾患患者の複雑な上肢振戦加速度を
のであった。そこで、PD 患者、ET 患者について振戦
3次元で計測することができた。これらの各軸の加速
が認められてからの日数(振戦歴)を調査し、振戦歴
度を3章で述べたように変換することにより、振戦強
が既知の PD 患者24名、ET 患者6名について、各々被
度を求めることが可能となり、1軸型加速度計に比べ
験者の振戦歴と振戦強度 R との関係を Fig.7、Fig.8に
て信頼性が向上した。
示した。
5.2 被験者の年齢と振戦強度 R との関係
PD は緩徐進行性の疾患であるため、罹患してから年
齢を重ねるごとにその症状が重くなっていく傾向にあ
る。また、ET患者の主要振戦周波数は加齢に伴って低
下すると報告11,12)されており、ETも年齢を重ねるごと
に変化していく傾向にあると考えられる。
我々が構築した3軸型振戦加速度計測システムが、
これら振戦疾患の特徴を正しく評価できるかを調べる
ために、まず ET 患者を対象として年齢と振戦強度と
の関係を調べた。
Fig.7 The relationship between the tremor history and
R in Parkinson’s disease patients
研究報告 第24号(2002)
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松本 義伸・高井 俊輔・塩田 宏嗣・田村 正人・福本 一朗
Fig.9より、振戦強度 R は被験者の Yahr の重症度に
対して顕著な相関が見られなかった。このことは、振
戦強度 R と振戦歴との相関を調査した時に述べたよう
に、L-DOPA 等の薬剤により振戦が抑制されているこ
とが原因のひとつであると考えられる。また、Yahr の
重症度は振戦程度のみを評価しているものではないた
め、必ずしも振戦強度と一致する訳ではない。
L-DOPA 等の薬剤による振戦抑制の影響を受けずに
Yahrの重症度と振戦強度との相関を調べるためには、
未治療の PD 患者を多く計測する必要があるが、Yahr
Fig.8 The relationship between the tremor history and
の重症度が高く、かつ未治療の被験者を集めることは
R in Essential tremor patients
困難である。そこで、PD の重症度を客観的に評価する
緩徐進行性の PD では、振戦歴が長くなるにつれて、
振戦強度が大きくなるものと予想していたが、顕著な傾
ために、振戦強度以外のパラメータとして左右の上肢
に現れる振戦の左右差について検討した。
向は認められなかった。このことは、PD 患者に投与さ
れた L-DOPA 等の薬剤による振戦抑制が影響しているも
5.5 PD 患者の Yahr の重症度と振戦強度Rの左右
差との関係
のと考えられる。実際に今回の被験者では、各々抗パー
キンソン病薬を服用しており、文献によれば、L-DOPA
PD は通常、一側性すなわち身体の片側の上肢または
等の投薬により PD の振戦程度の経時的変動が少なくな
下肢から症状が始まる。その後、同側を下行または上
10)
るとの報告 もある。また、ET 患者において振戦歴と
行し、対側へと進展していく。Yahr の重症度評価でも
振戦強度との間に顕著な相関は認められなかった。この
一側性、両側性を診ており、Yahr の重症度に変わり
原因としては、被験者数が7名と少なかったためである
PD の重症度を客観的に評価するためには、PD の振戦
と考えている。今後被験者を増やしていくことで、振戦歴
強度の左右差について調べることが妥当であると考えた。
と振戦強度との相関の有無について検討する予定である。
そこで、PD 患者の振戦強度について左右上肢の強度差
を算出し、Yahr の重症度との相関を調べた(Fig.10)
。
5.4 PD 患者の Yahr の重症度と振戦強度Rとの関係
PD の重症度を評価する指標として採用した Yahr の
重症度は、PD 患者の状態を評価するために広く用いら
れている。この Yahr の重症度は先に述べたように1−5
に分類されているが、医師の主観的な判断により分類
されるため、より客観的な重症度評価指標が必要である。
そこで、振戦強度 R の値により Yahr の重症度を評
価することが可能であるかを調べるために、PD 患者の
Yahr の重症度と振戦強度 R との関係をプロットした
(Fig.9)
。
Fig.10 The relationship between Yahr’
s grade and
the right-and-left difference of R
Fig.10より PD 患者において、Yahr の重症度と左右上
肢における振戦強度の左右差との間には負の相関が認
められた(相関係数0.77)
。
この結果は、PD 振戦の一般的な診察所見と一致し、
振戦強度 R の左右差が PD の症状の進展状況を客観的
に評価するものである事を示している。そこで本シス
Fig.9 The relationship of Yahr’
s grade and R
テムを用いて PD 患者の振戦を計測する際、その重症
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長岡技術科学大学
三軸加速度計を用いた振戦解析・評価システムの構築
度を評価する指標として振戦強度 R の左右差が有効で
あることが明らかとなった。
5.6 振戦疾患の鑑別支援指標としての振戦強度 R、
振戦強度 R の左右差、振戦周波数ピーク強度
比 L/H の評価
各種振戦疾患の初期症状において、その鑑別は投与
する薬剤の選別等に非常に重要である。また、PD は緩
徐進行性の疾患であるため、早期発見・早期治療を行
Fig.12 The comparison of the right-and left difference
なうことは、症状の程度が小さいうちにその進行を抑
of the tremor intensity R of each group
えられる事から、患者にとって益するところは大きい
と考えられる。
そこで振戦疾患鑑別のための指標を調べるために、
PD は、その症状が一側性から両側性へ進展していく
今回計測した PD 患者群、ET 患者群、健常学生(CT)
ため、被験者の重症度により振戦の左右差が大きくば
群について振戦強度 R の平均値と振戦周波数ピーク強
らついているものと考えられる。また ET においても
度比 L/H の平均値、振戦強度Rの左右差の平均値をそ
通常は両側性であるが、左右差がみられたという報告14)
れぞれ算出し、群間比較を行なった。
もある。姿勢時振戦において、振戦振幅の左右差は CT
が最も小さく、ET が次に大きく、PD が最も大きくな
るという報告15)があり、今回の計測結果はこの報告と
(1)各群の振戦強度 R
PD, ET, CT 各群について、振戦強度 R を比較した結
一致していることから、本システムは被験者の左右の
振戦強度を正しく評価しているものと確認した。今回
果を Fig.11 に示す。
の計測で各群間に有意差が認められなかったのは、PD
で重症度別に比較できるだけの被験者数と、ET 全体の
被験者数が少なかったためであると考えられ、今後被
験者を増やしていくことが必要である。
(3)各群の振戦周波数ピーク強度比 L/H
PDの振戦周波数値とET、生理的振戦の周波数値の違
いから、PD, ET, CT の各群について鑑別が可能か調べ
るため、振戦周波数ピーク強度比 L/H を比較した結果
Fig.11 The comparison of the tremor intensity of each group
を Fig.12 に示した。
振戦強度については、CT、PD、ET 間それぞれに危
険率5%で有意な差は認められなかった。有意差が認
戦程度の抑制が考えられるため、次に振戦強度 R の左
められなかった原因としては、薬剤治療などによる振
右差について各群の比較を行なった。
(2)各群の振戦強度 R の左右差
PD, ET, CT 各群について、振戦強度 R の左右差を比
較した結果を Fig.12 に示す。
振戦強度の左右差は CT に比べて、PD、ET では高く
Fig.13 The comparison of the average of L/H of each group
なる傾向が見られたが、危険率5%では有意な差は認
振戦周波数ピーク強度比 L/H について PD, ET, CT 群
められなかった。
で比較したところ、危険率5%では有意な差は見られ
研究報告 第24号(2002)
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松本 義伸・高井 俊輔・塩田 宏嗣・田村 正人・福本 一朗
なかった。しかし、L/H の値は CT、ET に比べて PD が
力をいただきました長岡西病院神経内科スタッフ一同、
高い値を示す傾向が見られた。これは、PD 振戦の周波
および被験者となっていただきました患者の皆様に感
数が通常4−7Hz であるのに対し、ET 振戦の周波数
謝いたします。また、ともに計測を行なっていただい
が8−12Hz であることから、ピーク強度比 L/H は PD
た本学修了生、小山亮一さんに感謝します。
が高く、ET, CT が低くなることが予想され、Fig.13 の
なお、本研究は文部科学省科学研究費補助金 奨励
結果もこれと一致した。危険率5%での有意差はなか
研究(A)
(課題番号13780676)の交付を受け、実施す
ったものの、今後被験者を増やしていくことで、鑑別
ることができた。ここに記載し、感謝の意を表します。
支援の指標となるものと考えられる。
8.参考文献
6.結 論
本研究より以下の結論が得られた。
¡ 今回我々は、3軸型加速度トランスデューサ、A-D
変換カード、パーソナルコンピュータからなる上
肢振戦計測、解析システムを構築した。
¡ 本システムを用いて、被験者の上肢振戦を計測す
ることにより、従来の1軸型加速度計では計測不
可能であった3次元の振戦加速度を計測すること
が可能となり、被験者の振戦強度計測の信頼性が
向上した。
¡ パーキンソン病患者において、本システムを用い
て評価された振戦強度の左右差は、Yahr の重症度
が上がるにつれて小さくなる傾向が確認された。
これは、パーキンソン病の一般的な観察所見と一
致し、パーキンソン病患者の重症度を評価するパ
ラメータとして振戦強度の左右差が有効であるこ
とがわかった。
今後の課題(予定)
本報告では、3軸型加速度トランスデューサを用い
て、被験者の上肢振戦を X、Y、Z の3方向から加速度
を計測し、被験者上肢にかかる加速度ベクトルの大き
さを振戦強度として評価するシステムを構築したこと
について述べている。また、従来1軸型計測システム
で行なっていた振戦周波数値の検出機構等も組込み、
被験者として長岡西病院の外来患者と健常学生に対し
1)柳澤信夫、神経疾患の臨床−今日の論点、pp118-126、中外医学社、
1993
2)松本義伸、権平幸代、榊原将司、新藤邦元、田村正人、福本一朗、
バイオフィードバック治療を目的としたパーキンソン病患者の振
戦周波数解析、長岡技術科学大学研究報告、18、pp119-124、1996
3)松本義伸、福本一朗、微細振戦周波数値のサーカディアンリズム、
長岡技術科学大学研究報告、19、pp135-140、1997
4)権平幸代、榊原将司、新藤邦元、松本義伸、福本一朗、主要振戦
周波数を用いた生理的および病理的振戦の解析、バイオメカニズ
ム14、pp109-117、1998
5)松本義伸、権平幸代、半戸志麻、寺西美代子、福本一朗、田村正
人、上肢振戦周波数バイオフィードバックシステムを用いた振戦
の制御、バイオフィードバック研究、25、pp1-7、1998
6)岡田清、半戸志麻、寺西美代子、松本義伸、福本一朗、ARモデル
による病理的振戦の解析、医用電子と生体工学、Vol.38、No.4、
pp275-282、2000
7)松本義伸、小山亮一、高井俊輔、塩田宏嗣、新保暁、福本一朗、
振戦加速度波形の周波数解析による振戦疾患評価の研究、長岡技
術科学大学研究報告、23、pp93-97、2001
8)柳澤信夫、パーキンソン病−診断と治療−、pp17-26、金原出版、
2000
9)柳澤信夫、神経疾患の臨床−今日の論点、pp127-133、中外医学社、
1993
10)柳澤信夫、パーキンソン病−診断と治療−、pp65-80、金原出版、
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11)後藤孝史、野元正弘、本邦における本態性振戦の頻度、神経内科、
30、pp438-440、1989
12)Kiyoshi OKADA, Shima HANDO, Miyoko TERANISHI, Yoshinobu
MATSUMOTO, Ichiro FUKUMOTO, Analysis of pathological tremors
using the autoregression model., Frontiers Med. Biol. Engng., Vol.11, No.
3, pp221-235,(2001)
13)David E. Vaillancourt, Karl M Newell, The dynamics of resting and
postural tremor in Parkinsonユs disease, Clinical Neurophysiology, 111,
pp2046-2056,(2000)
14)萬年徹、図説内科診断治療講座 第15巻/パーキンソン症候群と
類縁疾患、pp124-131、メジカルビュー社、1989
15)Ivan Milanov, Electromyographic differenti-ation of tremors, Clinical
Neurophysiology, 112, pp1626-1632,(2001)
て計測実験を行なった。今回は被験者数が少なかった
ため、振戦疾患鑑別のための各群での有意差は、確認
できなかったが、今後被験者を増やすことで振戦疾患
鑑別システムとしても有効な、振戦計測・解析システ
ムを構築する予定である。
7.謝 辞
本研究を行なうにあたり、振戦計測にご理解とご協
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長岡技術科学大学
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