...

一括ダウンロード(PDF:9.8MB)

by user

on
Category: Documents
3

views

Report

Comments

Transcript

一括ダウンロード(PDF:9.8MB)
サイバネットニュース
NEWS
2013
SUMMER
防災とインフラ整備の科学
特集
東北大学 災害科学国際研究所 所長 平川 新 先生 インタビュー
「苦難を乗り越え、災害に強い
社会の構築を」
記事
東日本震災後の安全で安心なまちづくり
−安全レベルの議論と記憶の継承
巻いて、貼って、世界のコンクリート建造物を安全に
橋の安全を考える
CAE
ユニバーシティ
「体感型セミナー : デジタル信号処理実習」の紹介
「直感でわかるCAEを目指して」
137
No.
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
ご挨拶
常にものづくりのベストパートナーとして
今年度最初のサイバネットニュースの発行に当たり、皆さまにご挨拶申し上
げます。
昨年度は、韓国に販売子会社であるCYBERNET KOREA を設立し、アジア
地域でいっそうのビジネス拡大を目指す年となりました。当面は当社製品であ
るMapleとMapleSimを中心に、マス・フォア・インダストリ、システムレベ
ルシミュレーションを韓国のお客さまにも広く展開していきたいと考えており
ます。
また、今年度は当社の決算期の変更を控えております。将来においてグロー
バルな会計基準へ適応すべく決算期を12月に変更致します。
この一年、わが国の経済動向を顧みますと、
「アベノミクス」が始まり、加え
て為替が円安に動いたことで輸出産業を中心に企業業績の持ち直しと経済環
田中 邦明
代表取締役社長 境の好転が見られました。しかしながら、このまま景気や消費者マインドが明
るい方向に向かうかどうか、まだまだ予断を許さないと言わざるを得ません。
当社を取り巻く経営環境もまだ回復傾向とは言えませんが、これからもお客
さまの悩みを共有し、お客さまとともに、お客さまの求めるCAEソリューショ
ン、ITソリューション、可視化ソリューション、ものづくりイノベーション、エ
ンジニアリングサービスを広く提供して参ります。
お客さまにとっての「First Contact Company」
、
「Best Partner」となるべ
く、今年度も全社一丸となって努力して参る所存であります。
さて、今回のサイバネットニュースでは、2011.3.11の東日本大震災から2
年の月日が経ったこともあり、震災の記憶をもう一度新たにする時期でもあろ
うかと考え、
「防災とインフラ整備の科学」をキーワードに選びました。
なお、小誌の紙版でのご提供は今回が最後となり、2014 年発刊の冬号から
は、サイバネットニュースは全面的に Web 版に移行致します。
今後とも本ニュースが皆様の業務のお役に立つことを祈念しつつ、引き続き
ご支援の程、よろしくお願い申し上げます。
お知らせ
2014 年冬号より、
「サイバネットニュース」は完全Web化となります!
これまで紙版もご提供してきた本誌ですが、次号より、完全に弊社Webサイト上のみでのご提供となります。
紙版への長いご愛顧に深く感謝申し上げるとともに、引き続き、Web版も宜しくお願い申し上げます。
Contents
ご挨拶
2
CAEユニバーシティ
◆ご挨拶
16
特集 防災とインフラ整備の科学
3
7
8
10
12
◆苦難を乗り越え、災害に強い社会の構築を
◆Maple
Techno Forum 2013 開催報告
◆東日本大震災後の安全で安心なまちづくり
─ 安全レベルの議論と記憶の継承
東北大学災害科学国際研究所 教授 / 副所長 今村 文彦
◆巻いて、貼って、世界のコンクリート建造物を安全に
構造品質保証研究所株式会社 代表取締役社長 五十嵐 俊一
◆橋の安全を考える
東京大学名誉教授 / 特任教授 藤野 陽三
開発元のある風景
14
2
18
平川 新 先生 インタビュー
東北大学災害科学国際研究所 所長 平川 新
◆AVS/Express の開発元、AVS 社の本拠地、アメリカ合衆国
ボストン
ビジュアリゼーション部 技術第1グループ グループマネージャー 黒木 勇
◆直感でわかる CAE を目指して
CAE ユニバーシティ事務局
◆体感型セミナー:デジタル信号処理実習の紹介
埼玉大学大学院 理工学研究科 教授 島村 徹也
「見える化」技術
20
◆渋谷新生 ─
渋谷ヒカリエと渋谷駅周辺の再開発事業
株式会社日建設計 設計部門 設計部 主管 西岡 理郎 氏
製品情報
22
◆クラウド型の特許調査 / 戦略立案支援サービス
23
◆AVS/Express
R&D Navi
PCE(Parallel Cluster Edition)のご紹介
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
特集
苦難を乗り越え、災害に強い社会の構築を
特集: 防災とインフラ整備の科学
平川 新 先生 インタビュー
Hirakawa Arata
東北大学災害科学国際研究所
所長
1981 年
1981 年
1985 年
1996 年
2005 年
2012 年
東北大学文学研究科博士後期課程中退
東北大学文学部助手
東北大学教養部助教授
東北大学東北アジア研究センター教授
同 センター長
同 災害科学国際研究所教授・所長
今回は、
「防災とインフラ整備」というテーマから、東北大学
れていたのです。いつ来てもおかしくないということですよ
に2012年4月に新しく創設された「災害科学国際研究所」を
ね。それで、大学でその備えをしておこうということで、有
訪問してお話を伺ってきました。
早速ですが、平川先生はこの研究所の所長で、しかも、
ご専門は歴史学(古文書学)なんですね。このサイバネット
ニュースの取材で、文系の先生にお目にかかるのは、実は
初めてです。
志で防災研究拠点を作ったのです。
当時も、東北大学には災害関係の研究者がたくさんいまし
たが、どこにどんな研究者がいるのかが、大学の内外どちら
の人間にもよくわからず、各研究者も個別に、自分の研究を
通じて社会につながっているという形が多かった。大学全体
の防災研究の実体や規模、陣容などは、よく見えませんでし
「科学」の名を冠した研究所の所長が文系の人間であると
た。そこで、まず、防災拠点としては、それぞれの研究者がど
いうことと、それに「国際」を冠しているということが、この
んな研究を行っているのかを大学全体で把握し、同時に、そ
研究所の特色になっていますね。
れを大学の内からも外からも見えやすくして、研究成果を効
そもそもは2007年に7人で東北大学の防災拠点を立ち上
げたのが、この研究所の始まりです。当時、40年周期と言わ
れる宮城沖地震が、10年内に70%の確率で起こると予測さ
果的に発信していける体制を作っていこうということになっ
た。これが1つ目の目的でした。
また、そもそも、各専門分野の研究だけでは、現代社会の
幅広い防災ニーズに対応でき
ないのではないかという思い
がありました。専門研究という
のは専門化しすぎることがあ
りますが、真に社会に有用な研
究を行うためには、文系理系の
区分か ら 自由な 学際研究が 必
要なことも多いですよね。単独
分野ではできないような研究
が、異分野の研究者が集まれば
それなりの方法論が見え、でき
るようになるのではないか、そ
の 方が 研究に 社会的な 広が り
も出てくるのではないか。そう
し た 観点か ら 文理連携型の 研
究体制を整えようというのが、
2つ目の目的です。
図 1 津波で損壊した土蔵から古文書のレスキュー
(石巻市)
このように、本学の文系・理
系で の 災害関係研究を 把握し
3
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
図 2 津波で損壊した旧家から古文書のレスキュー
(南三陸町)
3.11 大津波のあと、 62 軒の旧家から古文書約5万点をレスキューした。 これらの分析が進めば、 地域の歴史
が大きく解明される
て統合し、外部に対して、より有用な研究を、より効果的な
告会ではありましたが生々しい報告が多数寄せられ、会場も
形で発信できる体制を整えることで、来るべき地震に備えて
厳粛な熱気に包まれました。現在、この報告会で行った全報
おこうという発想で拠点活動を始めたのです。幸い、皆さん
告を出版社の要請で2巻本にまとめ世に出そうとしていると
が賛同してくださり、すぐに人数が増え、同年(2007年)に
ころです(平川新・今村文彦編集『東日本大震災を分析する』
早くも工学、医学、脳科学、情報、経済、法律など19分野から
全2巻、明石書店)。多種多様で、興味深い研究成果ばかりが
21人の研究者が集まってくれました。組織の名前も「東北大
収録されています。ぜひご覧いただきたいですね。
学防災科学研究拠点」とし、大学も全面的にバックアップし
てくれました。
そういうわけで、2012年4月に、本学に「災害科学国際研
究所」ができたというのは、前年に3.11があったから東北大
2008年に岩手宮城内陸沖地震が発生したときには、こう
学にそうした施設を作った、といった話ではなく、これまで
した体制ができていましたので、防災研究拠点としての活動
の「防災科学研究拠点」の活動という強固な下地があっての
をすぐに始められました。例えば、メンバーの調査研究を1ヵ
月後にはもう、「岩手宮城内陸地震から1ヶ月後報告会」とし
て発信しました。土石流などが発生して、家が流されたり人
が生き埋めになったりしましたので、たくさんの震災報道が
ありました。しかし、学術的な見地からの報告会を地震発生
の僅か1月後に行ったというのは、本当に早かったと思いま
す。しかも、この報告会は本学で行ったのですが、私たちも
驚いたことに、たくさんの市民や報道関係者が集まってくだ
さいました。一般の人たちの間にも学術的な側面から地震の
ことを理解したいという強い欲求があるのだと、このとき痛
感しましたね。
こうした経験から、2011年の3.11のときも、1ヵ月後か
らすぐに報告会を始めて3ヵ月後、6ヵ月後、1年後と、年4回、
約60本の学術報告を行いました。2008年のときの反省から
もっと大きな市中の会場を借りてやったのですが、報道陣は
もちろん、このときも多数の方が集まってくれ、立ち見が大
勢出るほどでした。特に、1ヵ月後の報告会では、学術的な報
4
図 3 東北大学青葉台キャンパスの校舎。 何事も無かったように
見えるが、 この校舎のすぐ近くにあった校舎(複数)は被害
を受け取り壊され、 すでに更地になっている。
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
ことなのです。しかも、3.11後は拠点メンバーも21人から
て、生き残った方々の判断の共通性などを抽出・体系化し、防
40人とほぼ倍増していました。ここに東日本大震災に関する
災教育に生かしていく要素を見つけたい。ひいては、幅広く
情報の収集発信拠点があるということで、研究者がどんどん
危機に遭遇したときにどうしたら生き延びられる判断力を身
集まってきてくれたのです。
につけられるのかというところまで、分析したいと思ってい
ます。正に人間研究ですね。
あのような大きな混乱の中で、窓口がある、集まれる場所
があるということは、本当に大切だと思います。
そうなのです。海外からの取材対応も拠点メンバーが随分
やりました。東北地方のことをほとんど知らない海外の研究
それは、
「助かって良かった」というところで終わるのでは
なく、ノウハウとして誰にでも伝えていくことができる知
恵になりえますよね。
機関などからも、次々に、被災地に入りたいという要請が本
そうです。こうした防災教育は本当に大事です。日本人が
学に入ってくる。その方たちの便宜を図って状況を見て伝え
地震のとき固い机などの下にすぐ潜るというのも、小さい頃
てもらい、また、私たちの側からも世界に発信していくとい
からそう教え込まれているからこそなんですよ。それは、や
うことですね。こうした役割は、設立当初から非常に意識し
はり子どものうちがいい。大人だと反射的な行動になるのは
ていました。機関の名称の「国際」という文言は、それで敢え
難しい。知識を身体化できないのです。もちろん、今回、九死
て入れたのです。今回の体験とそれを乗り越えて、東北地方
に一生を得るような経験をした方は、これからは、どんな小
が復興していく過程は、これから長く世界に発信していかね
さな津波でも逃げるでしょう。今回のことで教えが身体化さ
ばなりません。
れたからです。しかし、大人はそういう身に染む体験を経な
世界には災害多発地域がたくさんあります。同じ災害の多
い地域に住む我々としては、今回の体験やこれまで営々と積
いとなかなかそこまではいけません。いろいろ考えてしまい
ますからね。
み上げてきた研究成果を、是非世界の人々の役に立ててほし
いのです。それは、本研究所の使命であると最初から考えて
いました。
この地域の地震も、あの3.11で一段落というわけではあり
ません。この研究所には地震学者が大勢いますが、近い将来
に再び大きな地震の可能性があると言われています。それが
いつになるのかはわかりませんが、
「この次」への備えが、今
後は本当に大切になると思っています。
災害に対して心構えをし、対策や準備を整えておくという
ことですね。
まずは、防災教育を徹底しなければならないでしょう。今
回の地震津波でも、正しく危険を判断して逃げることができ
れば、助かっていた人はもっと多かった。ですから、人間の
危機に対する判断能力を高めていくということが大切です。
この研究所ではそうした研究課題を重視し、「人間・社会対応
研究部門」という部門を設け、「災害情報認知研究分野」とい
う分野を作りました。脳科学と心理学の見地から、人間が危
機情報をどう判断するかという研究を行っています。心理学
的な研究も大切ですが、脳がどう判断するかも重要で、災害
の際にどういう警報や情報を流すのが効果的かといった現実
の問題と密接につながります。これも、文理連携型の研究の
ひとつです。
更に、災害情報認知研究の一環として、実際の津波で生き
延びた方々のヒアリングを行っています。どういう状況で津
波に遭って、どういう判断をして生き延びたかということで
す。今回の津波では、およそ2万人の方が亡くなりました。し
かし、もっと多くの方が幸い生き残った。あの極限状況の中
で生死を分けたのは何なのかということですね。
「生きる力
確かに避難すればいいと、言うのは簡単ですが、なかなか
難しいですよね。今回のように、地震の発生がお昼の2時
過ぎというような時間だと、仕事中ですし。どういう事態
であれば仕事を放り出しても逃げるべきなのか。実際は悩
ましいでしょう。
そういう研究もすでに行われています。まず、回りの人を
見る。他人を窺って自分の行動を決めようとする。ですから、
そこで、
「逃げなきゃ!」と言ってくれる人がいることも、多
くの人々が助かるための大きな要素なのです。避難が成功す
るかどうかには社会的な要因も確かにあるのです。この地方
にある「津波てんでんこ」という言葉は、津波になったら、と
にかくてんでに逃げろという意味で、今回の地震の後、全国
にも広く紹介されましたが、自分が逃げるだけではなく、人
にも声をかけて逃げることができる人、そういう判断ができ
る人を、少しでも多く作るということですね。
避難に関しては、その他にも、判断にかかるいろいろなバ
イアスがあります。今回の津波では、前年の2010年に出た
津波警報が予報よりかなり小さく終わってしまい、それが「ハ
ズレ予報」という感じでネガティブに報道され、その記憶が
大きく避難に影響したと言われています。一人でも多くの方
を津波から救うためには、そうした報道のあり方も考えてい
かなければならないと思います。
「あんな小さな津波で避難
警報なんか出すな」というのではなく、「警報は外れたけど、
外れて良かったね」といった方向に変えていかねばなりませ
ん。とにかく、避難して損はない、ということです。今回の津
波は余りにも大きな代償でしたが、その後、津波警報につい
ては、マイナスイメージを与えるような報道は少なくなりま
した。
プロジェクト」と名付けているのですが、危機に遭遇したと
きに、その危機を回避する判断力を、そうしたヒアリングデー
タの中から探ろうという試みです。今回の被災体験は数多く
ありますが、そこに我々は学術のメスを入れ、体験談を超え
5
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
この地域では本当に頻繁に津波警報が出されているんで
俗文化の一つになっていることもあるわけです。いわば、危
すね。そして、これからも津波に見舞われることは避けが
機対応の文化というものでしょうか。
たい。とすると、今後の復興のまちづくりのあり方も検討
課題が多いですね。
それには特に工学系の研究が大きな力を発揮しています。
特に地震や津波のシミュレーションを使った研究ですね。ま
た、本研究所での過去の地震とその際の津波のシミュレー
ションを利用した研究などから、今回の地震も、当初言われ
ていたような貞観年間以来、つまり1000年間隔の地震では
なく、400年間隔の地震だったということがわかってきまし
た。そして、この地域を襲う数百年に一度の規模の地震・津波
と、数十年間隔で来る地震・津波がある、ということもわかっ
てきています。
3.11の経験を無にしないよう、今度こそ災害に強いまち
を作りたいということで、今、復興まちづくりも始まってい
ますが、その構想の基礎になるデータ、津波シミュレーショ
ンや人口動態など地域のデータなども私たちは提供していま
す。それを、地元の方や行政の方々に広く利用していただき
たいですね。客観的な基礎データをきちんと確保して、提供
する役割をはたしていきたと思います。
しかしながら、数百年に一度という規模の津波になると、
堤防といったハード対策だけでは無理で、いろいろな防御策
を組み合わせていく必要があります。多重防御の考え方です
ね。この多重防御という点から必要なのは、科学的、工学的
データだけではありません。津波は昔もあり、当時からたく
さんの人が浜近くに住んでいたわけですよ。では、その人た
ちはどうやって生活していたのか。
そうですよね。この地域の津波は今に始まったことでは
ない。
仙台平野の沿岸地帯には「浜堤列(ひんていれつ)」という
それも民族が持つ大切な文化遺産であると。
そうです。しかし、そういう視点は、従来の理学や工学を
中心にした防災研究からは、なかなか出てこないものです。
ですから、こうした視点からの研究を集めているところにも、
文理連携型の当研究所の意義があると思っています。ハード
面だけでなくソフト面からも災害理解を深めて防御体制を整
えることが必要で、それが本当の意味での「災害に強いまち
づくり」につながると考えています。
明治以降の社会というのは科学に依存してきました。それ
は、主としてハードの部分であり、確かにもの凄い進化を遂
げてきた。今回の地震でも建物はあまり倒れておらず、被害
の多くは津波によるものです。しかし、ハードの限界も、特
に3.11のような低頻度で起こる大規模災害では認識してお
く必要があります。
今回の地震を受け、また南海トラフを震源とする巨大地震
や首都直下型地震への備えということで、「BCP(Business
Continuity Plan:事業継続計画)」ということがよく言われ
るようになりました。それぞれの企業が災害時にどうやって
事業を継続するか、普段から計画を立てておこうということ
ですね。備えておくこと。それは、企業だけではなく全ての
人にとって大切なことです。職場で家庭で地域で、みんなが
それぞれ自分なりの事業や生活の継続計画を考えておく。災
害対応のシミュレーションをしておく。それができている社
会が本当に災害に強い社会、つまり災害対応型の社会だと思
います。私はこれを、
「SCP(Social Continuity plan:社会継
続計画)」と名付けたいと思います。
「こうして身を守るんだ」という防災思想が社会の隅々に
まで、それこそ一個人に至るまで徹底し、
「それが普通」とい
独特の地形があります。そこは周囲の土地より少し高くなっ
うレベルにまで到達していること、それが、防災においては、
ている。でもほんの少し、1メートルくらいのものなんです。
実は一番重要なことなんです。
しかし、そこに江戸時代から集落が作られていて、今回の津
この研究所も、科学研究に裏打ちされたハード面での研究
波でもそうした浜堤列に作られた江戸時代以来の集落は、実
とともに、人間と社会を分析し、双方の成果を総合的に発信
は被害が少なかったのです。たった1メートルの高低差があ
することで、我が国にこうした防災思想を普及徹底させるた
るだけなのに、ですよ。そこには、やはり我々の先祖の、地形
めの働きを、息長く続けていきたいと考えています。
を読み、水の流れを読むという知恵がある。
また、民俗学の研究からは、三陸漁村の人々は津波の襲来
を生活の中にある程度織り込んできたということもわかって
2011年に起こった、あの3.11の震災から、早や2年の月日
きています。例えば、津波などの後には養子縁組が内陸地帯
が流れました。しかし、復興の道のりが本格化するのにさえ、
に比べ、極めて簡単に行われています。そうすることで、子
まだまだ時間がかかりそうです。また、原子力発電所という、
どもを亡くした人が、親を亡くした子どもを引き取るといっ
極めて深刻で厄介な問題にも解決の道筋は見えていません。
たことが広く行われていた。これは、三陸地域には古くから
しかし、大災害に度々見舞われてきたこの地域が、その度に
ある慣行だと思われ、そうやって、大災害に見舞われやすい
災害に対処する知恵を蓄積しながら、逞しく甦ってきたのだ
土地で、家を維持したわけですね。復興して住まいを高いと
ということも、平川先生のお話から強く印象付けられました。
ころに作ればいい、と言うことは簡単ですが、長い歴史の中
いろいろな復興計画も、この地域の皆さんが、どうすれば
では、災害の中で生き抜く様々な知恵が、ある意味磨かれて
安心感を持って幸せに暮らせるのかに深く配慮したもので
きてもいるわけです。そういった古くからの知恵も是非伝え
あってほしいと思いますし、地域の外からどんな応援ができ
ていかねばなりません。そこで、
「災害文化研究分野」という
るのかも、この悲劇を忘れずに、長いスパンで考えていかな
分野を本研究所では設けています。歴史や習俗という点から
ければならないことだ、という思いを強くしました。
災害文化のあり方を分析していこうということです。災害対
応そのものが、日本列島のような災害の多い土地柄ですと民
6
◆インタビュアーから一言
お忙しい中、お話を聞かせて下さいました平川先生、有難
うございました。
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
Maple Techno Forum 2013
開催報告
開催日 2013年
6月4日
会場
東京カンファレンスセンター有明
去る2013 年 6 月4日(火)
、東京カンファレンスセンター有
明において、
「Maple Techno Forum 2013」と題するシンポジ
ウムを開催致しました。
これは、本年 2月に開催された「Mathematics for Industry」
に続き、数理技術の産業応用の可能性を探り、日本のものづく
りに活かして頂くことを目的としたものです。
また、日本でのシンポジウムは、5/22(北京)
、5/24(武漢)
、
5/28(上海)
、5/30(台北)に続く、最後の開催日程でした。
毎年開催し て ご 好評を 頂い て い る こ の「Maple Techno
Forum」ですが、今回は当社開発の数理解析ソフトMaple/
MapleSimが実際のものづくりにどう利用されているか、また、
将来のものづくりに向けてどのような利用可能性があるか、に
焦点を当て、大きな注目を集めた基調講演とともに、様々な企
業の方にご講演を頂きました。
MTF2013 Toyko, Japan
主催:サイバネットシステム株式会社
聞けるので大変有用性が高いとして、ご好評を頂きました。
また、シンポジウム終了後には名刺交換会を開催し、ご来
場の皆さまは勿論、ご来場の皆さまと講師の方々とのコミュニ
ケーションの場としてご利用頂きました。
今回はMaple/MapleSimを中心にしたシンポジウムでした
が、当社では今後とも、ものづくりに携わる皆さまに、有益な
情報や相互交流の場を、様々な形でご提供できるよう努めてい
きたいと考えております。
次回の技術フォーラムは、
「最適化」をテーマに11月に開催
の予定です。
どうかご期待ください。
基調講演
「非線形モデル予測制御における実時間最適化と
数式処理」
京都大学大学院 情報学研究科システム科学専攻
大塚 敏之 教授
(※その他の当日のプログラムは、
下記をご覧ください)
今回のシンポジウムでは、初めての試みとして、展示コー
ナーにてMaple/MapleSim製品のミニプレゼンテーションを
行なったところ、製品のことをあまり知らない方が手軽に話を
時間
13:00〜13:40
会場風景
セッション1
ユーザ事例
「自動車エンジンモデルの構築と
制御ECUへの組込み検討」
セッション2
ユーザ事例
「精密位置決め制御におけるモデル主導設計
へのアプローチ」
株式会社本田技術研究所 四輪R&Dセンター
研究員 藤本茂希 氏
13:45〜14:25
パートナー講演
「電気自動車開発におけるMBD活用事例」
株式会社日立ハイテクノロジーズ
主任技師 森田 一弘 氏
事例紹介
「MapleSimによるバッテリモデル事例紹介」
AZAPA株式会社
執行役員 市原 純一 氏
14:45〜15:25
ユーザ事例
「MapleSimを用いたディスクブレーキの
摩擦面温度予測」
サイバネットシステム株式会社
システムCAE事業部 加藤 操
事例紹介
「Controller Synthesis for
Nonholonomic Robots using
トヨタ自動車株式会社 車両基盤企画部 Symbolic Computation」
車両統合技術開発室
主任 土井 崇司 氏
15:30〜16:10
ユーザ事例
「フルビークル解析技術を駆使した、
運動性性能計画への取り組み」
日産自動車株式会社 パワートレイン性能開発部
パワートレイン音振性能開発グループ(兼)
燃費動力性能適合開発グループ
主担 金子 弘隆 氏
Maplesoft社
Research Engineer, Behzad Samadi
ユーザ事例
「対象を理解するためのモデルによる
システム同定」
~科学衛星システム(JASMINEプロジェクト)
を対象として~
日本IBM株式会社 東京基礎研究所
シニア・リサーチャー 宮下 尚 氏
7
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
特集
東日本大震災後の安全で安心なまちづくり ─ 安全レベルの議論と記憶の継承
東北大学災害科学国際研究所 教授 / 副所長 今村 文彦
特集: 防災とインフラ整備の科学
巨大津波の発生と課題
どの程度の安全レベルが必要かについて合意し、次に、その
2011 年 3 月 11 日に発生した東北地方太平洋沖地震および
実践として居住地区を含めた土地利用(建築規制)を見直し、
津波は、強大な破壊力によって広域で直接的および間接的に
それによって災害に強いまちづくりを行いたいと考えていま
壊滅的な被害をもたらし、日本のみならず世界を震撼させま
す。更には、人口動態、地域社会の暮らし、環境との調和、農
した。今回の大災害の実態を見極め、どのような状況(事前対
林漁業との融合、自然環境や風土・景観等 の観点を取り入れ
策も含めて)で、どのような影響や被害が生じたのかを整理
ることも不可欠でしょう。
し、ここから教訓を後世に残さなければなりません。更に、こ
のような巨大な自然災害に対してどう備えれば良いのか。ま
津波に対する安全レベルの設定
た、復旧や復興に関しての問題など、国あるいは地域として、
それでは、今回のような津波に対してどの程度の安全レベ
今後の国土や社会構造も含めた総合的な検討が求められてい
ルを考えればよいのでしょうか。
ます。
基本的には、地震や津波などの(1)発生間隔・頻度および
被害の像
規模や(2)影響(被害)を考慮し、地域、集落ごとの個別の(3)
生活条件・地形条件などから、安全と考えられる範囲を設定
恐らく我が国史上最大規模の津波災害であり、かつ、その
していくことになります。また、減災対策の(4)費用対効果
複雑な拡大過程が示唆されています。長時間継続した長周期
を評価し、地域での合意形成をする必要も出てきます。
(1)
地震動、その後の液状化、更に津波の甚大で広域な浸水によ
〜(4)における個々の合理的な評価を基に、住民および行政
り、沿岸構造物、防潮林、家屋・建物、社会基盤インフラへの
の間で津波を対象とした安全目標を作り上げていくことが、
被害が生じました。更に、浸食・堆積による地形変化、破壊さ
地域安全の確保のための第一歩であると考えます。
れた瓦礫や船舶などの漂流、可燃物の流出と火災、道路・鉄
今、2 つの対象津波外力レベルが議論されており、レベル 1
道(車両も含む)などの交通網への被害、原子力・火力発電所
(沿岸での津波防護レベルや対策)およびレベル 2(津波減災
など施設への影響など、現在考えうる津波被害のほぼすべて
レベル)を議論しています(表 1 参照)
。しかし、地域において
のパターンが発生したと考えられています(図 1)
。
は、レベル 2、すなわち減災をまず想定し、「一人一人の命を
注目しなければならない事項として、単独の災害事象では
守り抜く」 対応を考えて頂きたいと思っています。また、この
なく、地震の発生から津波の収束まで様々な現象が複合的に
レベルは固定的なものではなく、中間的なレベル(例えば、下
発生していたため、従来の防災機能の働きが期待できないま
表の 2 と 1 の間を想定した「1.5」くらいのレベル)もあり得る
ま被災した可能性があり、この点での調査研究が求められて
と考えます。
います。
表1
レベル 2(津波減災レベル)
地域の津波減災レベル(地域防災計画、 津波対策編(災害対策
基本法 40 条などに関連)
今回の被災を経験に、 二度と繰り返さないために必要な対象
津波レベル。
下記の津波レベル 1 をはるかに上回り、 構造物対策の適用限
界を超過する津波に対して人命を守るために必要な最大限の
措置を行うレベルである。
対象津波は貞観津波クラス。 このクラスの巨大津波の発生頻
度は、 500 年から 1000 年に一度と考えられる。
レベル 1(沿岸での津波防護レベル)
図 1 気仙沼市での津波来襲後の被災状況
安全で安心なまちづくりを目指して
現在、被災地では復興計画が大いに議論されているところ
8
海岸線の津波防護レベル(海岸法 2 条・海岸保全計画・基本方
針などに関連)
海岸保全施設でどのレベルの津波を対象とするのかの目安と
なるもの。
施設設計で用いる津波の高さのことで、 数十年から百数十年
に 1 度の津波を対象とし、 そのクラスの津波から人命および
資産、 国土を守る指標となるレベル。
新しい減災・防災機能の提案
です。震災前には、既存の地域を守るため、まずハード整備を
現在、復興に向けて、更には、首都直下や南海トラフでの予
実施し、それを超える場合には避難体制やまちづくりで対応
防対策に向けて、様々な防災上の議論や課題の検討がなされ
するという総合防災の基本がありました。大震災後も、
「ハー
ていますが、ここでは、新しい要点として、防災における多重
ド、ソフト、まちづくり」の 3 要素は不変であると考えられま
防御(制御)と防災意識の継続の 2 点を取り上げたいと思いま
すが、今回は、まず第一歩として、各地域での減災について、
す(図 2 参照)
。
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
我々が忘却さえしなければ、災害(被害)を
かなり軽減できる見込みがあるわけです。最
近の研究によると、記憶そのものがなくなる
ことはないようですので、だとすると、とき
どき意識して思い出すことが重要だと言え
ましょう。個人が死んでしまうと記憶は残り
ませんが、世代をつなげて集団的な記憶に高
めて風化を防ぐことが重要であり、この「風
化を防ぐ」という点においてアーカイブは重
要な役割を果たすと考えています。
歴史と対話しながらの復興
発災直後からの迅速で精力的な復旧によ
図 2 安全な地域づくりでの多重防御(宮城県)
り、生活インフラや交通を中心とした社会基
まず、今回の大震災で防潮堤を越流または破堤させた津波
盤が戻り、現在、沿岸域での課題は、まちづくりや産業・営み
被害は、実に甚大なものでした。防潮堤といった第一線での防
づくりなどにシフトしつつあります。しかし、現在も多くの問
御は重要なものですが、やはり限界があることを認識し、これ
題が山積しており、また、国内においても震災直後の思いが薄
をカバーする仕組みが不可欠です。多重性を持たせるための
れつつある中、多くの迷いや挫折感が支配的となりつつあるよ
空間配置や減災機能を多彩にすることにより、単体では高い
うに思えます。
減災・防災機能を持たなくとも、総合的に効果が発揮できる
今、我々は復興の原点に戻り、歴史と対話しながら(史実と
のです。現在、防潮堤の背後に、盛り土と緑地帯(緑の防潮堤、
重ね合わせながら)
、将来の東北地方の大きな姿(グランドデ
杜の長城などと呼ばれています)が検討されています。図 3は、
ザイン)を描きつつ、一歩ずつ前に踏み出して行くことが重要
2013 年 6 月9日に実施された植林の様子です。更に、高速道
であると考えます。
路などの盛土などの活用も、現在、活発に議論されているとこ
慶長時代(1611)にもこの東北地方は大震災を経験してい
ろです。
ます。奥州慶長地震津波です。当時、この国難を飛躍の機会に
変えるべく、伊達政宗は智恵を巡らせ、未来につながる壮大な
夢を描いてみせました。外国航路の開拓です。政宗の派遣した
慶長遣欧使節団は、地震・津波からの復興の柱として位置づ
けられていたと、最近指摘されています。政宗はスペインなど
の海外交流の実現のために帆船を造り、大使に支倉常長を抜
擢して大海の彼方に送り出しました。日本国奥州の仙台藩から
世界に向けた使節の派遣が、欧州世界に大きなインパクトを
与えたことは疑いありません。常長は異郷を旅すること7 年、
日本人の品位と不屈の魂を失わず、欧州の人々の胸に鮮やか
な印象を刻みつけました。ただ、その後の鎖国政策により、航
図 3 岩沼市での植林活動(千年希望の丘プロジェクト)
路開拓は断念せざるを得なくなったのです。先日(2013 年 6
月19日)
、常長が持ち帰った「慶長遣欧使節関係資料」
(仙台
一方、震災のアーカイブを構築する動きも盛んになっていま
市博物館所蔵)など国宝 3 点が、国連教育科学文化機関(ユネ
す(図 4)
。このアーカイブは経験の共有化や防災意識の継続を
スコ)の記憶遺産に登録されたと発表されました。世界史に重
考える上で必須のツールであるだけでなく、更に大きな役割
要な意味を持つと高い評価を受けたのです。
があります。それは、
「人と人(地域)をつなぐ・世代と世代を
今回また大きな被害を受けた東北地方ではありますが、こ
つなぐ・時代(過去 , 現在 , 未来)をつなぐ」という役割です。寺
うした過去の先人たちの不屈の知恵と勇気に倣い、地震の経
田寅彦は、人間は忘れる動物で、忘れた頃に天災による被害が
験と、被害を克服する様々な試みが現在より少しでも良い未
繰り返されていると述べました。しかし、これは逆に考えれば、
来を築くきっかけとなるよう、努力していきたいと思います。
図 4 震災アーカイブに関する国際会議の様子(http://shinrokuden.irides.tohoku.ac.jp/symposium/sympo20130111)
9
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
特集
巻いて、貼って、世界のコンクリート建造物を安全に
五十嵐 俊一
構造品質保証研究所株式会社 代表取締役社長 特集: 防災とインフラ整備の科学
「耐震性」で、本当に要求されているもの
まず、耐震ということですが、これは構造上十分の強度が
あって倒壊しないということだと思っておられる方が多いと思
います。実際、それは現行の耐震基準の規定でもあるのですが、
しかし、それだけでいいのでしょうか。
例えば、今、東北大学は耐震補強済みでも被害を受けた3 校
舎を建て替えており、今後は6階以上の高さにはしないという
方針を表明していますが、それは建物が倒壊しなくても内部が
使えなくなってしまったからです。
こうした例からも、建物が倒壊しなければいいというのでは
不十分だということがわかるでしょう。柱や壁にヒビが入った
りガラスが全て割れたりして、内部が使用に耐えなくなれば、
建物も取り壊しになることが多いからです。結局、現代の建物
は、建物として使える要因が少しでも毀損されれば、取り壊さ
れる可能性が高いということです。設備がダメになる、建物の
図 1 SRFの施工作業の様子
機能が損なわれる、また、安全ではないとされ評判が落ちたと
いったことだけで、もう以後は使わず取り壊して新しいものを
建てることになるのが実情なのです。
建物の価値を守るSRF 工法
コンクリートに飛躍的な耐震性と耐久性を与えることができる
のです。また、ポリエステルは産業用繊維の中では耐久性があ
つまり、建物を守るには、建物の構造部分だけでなく、その
り、
価格が安いのも魅力です。
更に、
上にタイルを張ったり、
ボー
価値を守らなければならないということです。
ドをつけたり、塗装することも自由自在です。
私の発明した「SRF 工法(耐震被覆工法/包帯工法)
:Super
この SRF 工法は、現在のコンクリートも十分な強度と耐震
Reinforcement with Flexibility」は、建物の価値を維持する
性(私たちの実験では、SRF 工法で補強をしない場合の約10
可能性がある方法です。具体的には、コンクリートにポリエス
倍の耐震性)を与えるという結果が得られました。2日間にわ
テルを巻いたり貼ったりするだけのシンプルな工法ですが(図
たり、SRF 工法で巻いた柱に震度 7の揺れを、繰り返し加える
1)
、コンクリートの破壊原因に対して直接アプローチしている
実験をしたのですが、全ての揺れに耐え、柱はほとんど壊れな
ことが、従来の耐震補強工法に比べて全く違います。また、ポ
かったのです(図2)
。
リエステルは建物のどこにでも貼ったり、巻いたりできます。
外部の躯体や柱だけでなく内部の天井・壁なども自由自在に
10
に、ひびが開いたり潰れたりすることを防ぎます。そのため、
発想の源となったトルコの大地震
補強、保護でき、結果的に建物全体の損傷を大幅に減らし、大
鉄筋コンクリート工法は、1880 年代から20 世紀にかけて
地震後も使用性を維持することができるのです。
開発されたもので、鉄筋を組んでコンクリートを流し込むとい
鉄筋コンクリートは、内部に鉄筋や鉄骨を入れても、結局繰
うやり方を取っています。現代都市は、つまるところ19 世紀の
り返しの揺れによってコンクリート表面がひび割れ、剥がれ、
素材と工法を用い、20 世紀半ばまでの、地殻活動が比較的穏
中に入っている鉄筋がむき出しになり、上からの圧力に耐えら
やかで大地震が少なかった時期の耐震基準で建設されていま
れず座屈を起こして壊れていくという経過をたどります。私た
す。これでは、数倍の規模でしかも頻発する活動期の地震には
ちのSRF 工法は、まず、コンクリート表面をポリエステルで被
対応できません。だからと言って、壁や梁、柱を増やしてとか、
覆することで、コンクリート面のひびが開くのを抑え、剥離を
炭素繊維やアラミド繊維を巻きつけるといった補強では効果
防止し、鉄筋の座屈を防いで、鉄筋コンクリートの強度をその
が不十分です。更に、3.11では、免震や制震装置を入れたマン
ままの形で保ちます。コンクリートに炭素繊維を貼ったり巻い
ションやビルで装置が効かず壁が壊れたり、装置が壊れて取り
たりする方法もありますが、揺れにより力が掛かりコンクリー
替えに長期を要した例があります。装置の限界を超える揺れに
トが縮もうとすると、炭素繊維は固いので、これにも抵抗して
は効かないのです。
しまい最後は剥がれてしまうのです。また、鉄板で巻いた場合
私がこの工法に巡り合ったのはイスタンブールでした。
も固定されすぎるので、
巻いていないところが壊れていきます。
1999 年の8 月にトルコで大きな地震
(コジャエリ地震)
があり、
また、鉄とコンクリートでは伸縮性が違うので、間に隙間がで
その直後から現地で応急被災度判定を行ったのです。被害建
き、そこに雨などが入り込み早期劣化を招きます。
物を見て、余震で壊れないかという分類を行ったのですが、そ
SRF 工法で使うポリエステル繊維は柔軟性があるので、コン
の際、大丈夫とした建物のいくつかが11月に再度起こった大
クリート自身が力を伝えることに対しては抵抗せず剥がれず
地震で壊れてしまいました。中に住んでいた人もいたので亡く
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
図 2 揺れを加える実験後の様子(左は通常のコンクリート柱、 右がSRF補強柱)
なった方も出ました。眠れない夜が続き、そんなある晩に見た
利用していました。19 世紀に鉄を加えて鉄筋コンクリートと
夢の中に、白い包帯が巻かれた柱が出てきたんです。あ、これ
したのは、大発明で、20 世紀には世界中に膨大な構造物が建
でいいんだ。と思い目を覚ましました。白いものが巻かれてい
設されることを可能にしました。しかし、耐震性、耐久性が大
たので、まず白い繊維を探しました。ポリエステルに行き着き、
問題になっています。そこで、21世紀はそれにポリエステル
最初は手近な布状のものでやってみて、必要な強さを計算し、
を加える。これで、コンクリートは建設材料として、完成する
今は、ベルト状のものを巻いています。人が服を着るのと同じ
と思います。使える資源にも限界がある時代です。鉄骨ブレー
です。打ちっぱなしコンクリートは、裸で街を歩くようなもの
スや免震制震では、太刀打ちできません。SRF 工法は、現存す
とさえ私には思えます。
るコンクリートを、もっともシンプルな補強形態で素材として
SRF を巻く作業は丁寧に行えば一般の作業員でできますし、
長く活かすことで、老朽化と地震の危険に対処する。まさに21
鉄板などに比べ軽く、持ち運びが容易なことも大きな利点で
世紀の方法です。
す。接着剤には溶剤が入っていませんので環境や身体にも優し
すでに、本年(2013 年)の2月26日にSRF 工法で、2003 年
い工法です。
から10 年かけ柱10000 本の被覆を達成しました。
3.11の揺れでも建物をほぼ完全に守れた
この他、東海道新幹線の橋脚も、東京から新大阪までの各駅
周辺で、すでに1200 本くらい巻いていただきました(図3)
。
この工法の有効性が一般の方々にも知られるようになった
世界中には地震帯に都市がたくさんありますし、我が国に
大きなきっかけは、仙台駅前のさくらの百貨店と仙台東洋ビ
も、メンテナンスが早急の課題になっているコンクリート構造
ルのSRFによる耐震補強工事だと思います。仙台東洋ビルは、
物がたくさんあります。今後もどんどん SRF 工法で被覆してい
2008 年の岩手宮城内陸地震で仙台が震度 5 弱の揺れに見舞
ただき、日本中、世界中のコンクリート建造物を安全で永続性
われたとき建物にいくつも亀裂が入ったため、今後の地震に備
のあるものにしたい。鉄骨ブレースや免震・制震から耐震被覆
えるため、SRF 工法による補強に踏み切ったのです。採用に際
へ。これが、私の願いです。
しては、もちろんコストの面もありますが、引越し不要で営業
継続可能であったこと、新たな構造体を加えないので建物の使
※インタビューにもとづき作成した記事です。
い勝手が補強前後で変わらないこと、つまり、部屋や通路が狭
くなったりしない、という2つのメリットが大きかったとのこ
とです。2010 年に工事終了、翌年に3.11の震災が起こり、今
度は震度 6 弱の揺れを受けましたが、建物にも建物の内部にも
被害がほとんどありませんでした。そして、地震の 4日後には、
さくらの百貨店が仙台東洋ビルで営業を再開し、買い物に困っ
ていた多くの仙台市民の困難を救いました。また、さくらの百
貨店自体も仙台では一番早く地震後 1ヵ月経たないうちにフル
オープンしました。この百貨店のすぐ前にあったビルは大部分
を取り壊しており、正に適切な補強工事の有無が明暗を分けた
形です。
ポリエステルで巻いて、理想のコンクリートを作る
コンクリートは一番古くから使われている建築素材のひと
つで、紀元前 7 世紀頃にはすでに使われていたそうです。建築
術に優れ壮大な文明を作り上げたローマ人は、コンクリートを
図 3 白い柱がSRF補強中
詳しい工法や SRF の各種のメリットについては、下記 URL
をご覧下さい。
http://www.sqa.co.jp/srf/advantage.html
11
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
特集
橋の安全を考える
藤野 陽三
東京大学名誉教授 / 特任教授 特集: 防災とインフラ整備の科学
はじめに
北地方太平洋沖地震)では、耐震補強が済んでいた高速道路、
橋やトンネルは交通路に無くてはならないものであり、典
新幹線ではほとんど被害は出なかったのに対し、地方自治体
型的なインフラストラクチャ(略してインフラ)の一つです。
の橋では補強が行われていなかったため、落橋してしまい、死
誰もが安心して使えるべきなのがインフラであり、その意味
者を出したケースもあります。
からすると、2012 年 12 月に発生した笹子トンネルでのコ
橋はコンクリートや鋼を主材料にしており、裸構造である
ンクリート盤の落下事故は、大変ショッキングな出来事でし
ため、大気や水の影響によりゆっくりではありますが、劣化や
た。インフラのもう一つの特徴は長く使うことです。30 年、
腐食が生じます。また、建物とは違って車や列車による繰り返
50 年、またそれ以上使うことも稀ではありません。厳しい環
し荷重、振動などを常時受けるため、疲労も発生します。法律
境条件、使用環境の中で長期にわたり作られたものの「安全」
で決まっている 25 トンを超える過積載のトラックも実態とし
を保つのは、それほど簡単なことではありません。
てはかなり多く、60 トンを超えるものも横行しています。設
計では、法定で許される上限の荷重に更に安全率をかけて設
橋の安全を脅かすもの
計するので、60 トンを超えるトラックが通っても、即、橋が
橋は自動車や携帯電話のような大量生産品ではなく、一つ
崩壊するわけではありません。しかし、そのように基準をオー
一つが設計も施工も異なる一品生産です。また、規模も大きい
バーした重いトラックが頻繁に通れば、橋の寿命は確実に短
ので、試作品を作ってその性能を調べるといったことも、事実
くなります。
上不可能です。このような特徴に加えて、より長いスパンに
チャレンジし、より軽く経済的に橋を作るという要請から、実
橋のメンテナンスの歴史
績の少ない新しい技術を投入せざるを得ない場合も多いので
1930 年代からインフラ建設が盛んになったアメリカでは、
す。事実、新しい技術を適用したため想定外の現象で事故を起
1960 年代後半から、橋の事故が続発しました。中でも有名な
こした例も、かなり見受けられます。風による振動で崩壊した
のがシルバー橋です。建設後 40 年経過した 1967 年に、腐食
タコマ橋(1940 年)は、その崩壊の様子が映像として残って
のために鋼材が切れ、そのため橋全体が河に落ち 46 名もの犠
おり、今もって強烈な印象を与えますが、その代表的な例と言
牲者が出たのです。その後も、橋の事故は続き、
「荒廃するア
えるでしょう。また、人間が作るものである以上、様々なレベ
メリカ」と呼ばれる時代が続くことになりました。このような
ルの設計ミスや施工ミスが発生する可能性があり、事実、発生
状況を踏まえ、70 年代初めに連邦政府は、全ての道路橋に 2
してもいます。
年に一度の点検を義務化し点検体制を整えました。大変な決
どのような構造物でも同じですが、損傷や崩壊という物理
定であったと思います。こうした果敢な決定を行えるのが、ア
現象は正直なものです。外から加わる力が橋の強さ(容量)を
メリカの凄いところです。現在は、毎年点検を受ける 30 万橋
上回れば、損傷が出て、場合によっては全体が壊れます。地震
(!)のために、何百億円というお金を、連邦政府は支出して
での崩壊はその典型的な例です。我が国では、1995 年阪神淡
いるのです。アメリカでは点検で蓄積されていくデータから、
路大震災で鉄道や道路の高架橋を含め多くの橋梁が、大きく
傷みの進行が激しい部位の同定、損傷した部位の余寿命など
損傷しました。この当時の橋は古い耐震基準で作られ、耐震性
を実証的に調べ、それを使ったインフラの維持管理マネジメ
が低いところに強い地震動が襲ったことが主たる原因です。
ントを確立しました。
耐震補強(レトロフィット)はそれ以降かなり進みましたが、
しかし、全てがうまくいったわけではありません。それは、
高速道路、高速鉄道、国道が主で、地方自治体の橋の耐震補強
点検とは言っても、近くに行って目で視る「近接目視」であり、
はあまり進んでいないのが実情です。3.11 の東日本大震災
(東
判定には個人差がかなり出ること、見えないところは手の打
図 1 ミネソタI-35Wトラス橋の崩壊(2008 年)
(写真はミネソタ交通局HPより)
崩壊前
12
崩壊後
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
ちようがなく見落としも出てくるからです。そこで、非破壊検
査やセンサーを使って、もう少し客観的なインフラの状態監
視ができないかということで、アメリカで国家プロジェクト
が始まった矢先に起きたのが、まだ記憶に新しい 2006 年 8 月
のミネソタでのトラス橋崩壊事故でした(図 1)
。
1967 年に完成したこのトラス橋には疲労クラックが発生
していることもわかっており、以前から問題の多い橋でした。
2000 年以降は 2 度にわたって大規模な調査もされていたの
ですが、崩壊の原因を調べると、皮肉にも疲労クラックではな
く、設計ミスであったことがわかりました。部材と部材を繋ぐ
板の板厚が、あるべき厚さの半分しかなかったのです。それが
工事用資材の重みに耐えられず、ついに切れて事故に繋がっ
たのでした。
ヨーロッパも過去に橋梁の大規模な崩壊事故をいくつか経
験しています。また、欧州で 1960 年代、70 年代に作られた
橋は質が悪く、今、その対応に苦慮しているとも漏れ聞きます。
友人のエンジニアによると、その原因は価格競争だと言いま
す。ミネソタの崩壊したトラス橋も、実は、アメリカが徹底的
図 2 ニューヨークの橋守・ヤネフさんの勇姿
橋やインフラを長持ちさせるために
に合理化された橋を良しとし、
橋の「軽さ」を重視しそれを競っ
今、我が国では、橋だけでなくインフラ全般の高齢化が進ん
ていた時代の産物でした。
でいます。時間劣化に起因した事故リスクも高まっており、こ
徹底的に軽くし、施工価格を安くすれば、どうしても余裕の
れは国家的な課題と言えるでしょう。
少ない、品質に劣るものが出てきて、後々の維持管理の負荷が
最近、
「予防保全」という考えが浸透しつつありますが、これ
著しく大きくなります。橋を作り変えるとなると、その間の交
は、事が起きてからではなく、致命的に悪くなる前に処置をす
通への対処もあるので、新規に作る費用の 3 倍以上がかかる
るという考え方です。また、
事故防止に向けた
「フェイルセーフ」
のです。橋は、初期品質を良くすることが長い目でみると一番
の考え方も知られてきています。しかし、これらは電球が切れ
得なのです。競争は大事ですが、価格よりは質の良さを競う競
る前に交換するといった考え方であるため、実行にあたっては、
争がインフラ建設の原則だと私は思っています。しかしなが
当然、見かけ上、まだ発生しなくても良い付加的な費用が発生
ら、経営という面からは、残念ながら、なかなかこのことが理
してきます。この費用を無駄と見るのではなく、安全のために
解されないのです。
不可欠な費用と考える文化が、絶対に必要であるということ
橋の寿命
を、指摘しておきたいと思います。
橋は多種多様で、様々な部位にいろいろなことが発生しま
ニューヨーク運輸局にヤネフさんという方がいます。コロン
す。劣化の速度も一般には緩やかであるため、その時間経過の
ビア大学で博士号をとったインテリですが、つなぎを着て、市
中で重要な異変 / 異状を初期の段階で見つけ、対応することが
内の800余りの橋を自ら熱心に見て回っては(図2)
、悪いと
必要となります。
「最先端のセンサー技術を使って…」というの
ころを見つけ補修の優先順位を決め、その費用を議会に認めさ
はよく出る話で、私もその方面の研究をしており、期待も大き
せ、補修後の効果を定量的に明らかにしています。それを、こ
いことは確かですが、橋の損傷は概して局所的であるため、一
の30年間続けており、ニューヨーク市の「橋守」と呼ばれてい
つの橋でもセンサーを付け始めれば、
実際上きりはありません。
ます。
センサーで解決できるほど、簡単な話ではないのです。今やる
ヤネフさんは、ニューヨーク市での点検データを分析し、橋
べきことは、一つ一つの橋を丁寧に点検することはもちろんで
は何も手入れをしないと平均60年で危険領域に達すること、
すが、図面からも検討し、設計ミスがないか、施工の良し悪し、
しかも、劣化の速い最悪の橋は、わずか30年で危険領域に到
既存不適格など、あらゆる角度から入念に調べ、使える技術を
達することを発見しました。しかし、適切な補修を施せば、橋
動員して診断し、必要な手当てを行うことだと思います。
の物理的な寿命は80年を越えることも明らかにしています。
インフラのメンテナンスは新設のインフラとは対照的で、新
ニューヨークに行くと、損傷事故により死者を出したため40
しい富を生むわけではありません。しかし、例えば、ミネソタの
年で取り壊された高架橋の残骸がある一方で、維持管理や補修
トラス橋の崩落では、直接損失額の何十倍もの間接損失を生ん
補強が充分にできていて70年経過しても全く問題がなく、こ
だと言われており、一つの事故が大きな経済的損失をもたらす
れから30年、40年とまだまだ立派に使えそうな橋も見ること
ことは明らかです。インフラを安全な状態に保持することは、
ができます。
橋の寿命は維持管理によって大きく変わるのです。
実は厖大な損失可能性を減らしているわけで、
見方を変えれば、
我が国で心配なのは、前述の地方自治体が管理している橋で
経済効果が大きいと言えましょう。このことを広く社会に伝え
す。市や町の中には、自分たちの区域にある橋の数さえ把握し
ることも重要であると指摘して、ペンをおきたいと思います。
ていないところもあります。点検は元より維持管理が全くさ
れていないものも多く、そういう橋の中には、既に危険領域に
入っているものがあると理解すべきでしょう。
〈参考文献〉
1)
チョ-ト ,P., ウォルタ- ,S.(社会資本研究会訳):「荒廃するアメリカ」
開発問題研究所 ,1982.
2)
B. Yanev :Bridge Management, John Wiley & Sons, Inc., pp1650, 2006.(
『橋梁マネジメント』藤野訳 技法堂 2009)
13
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
開発元のある
風景
AVS/Expressの開発元、
AVS社の本拠地、
アメリカ合衆国 ボストン
はじめに
最古”の大学であるハーバード、それに、エールやブラウン
AVSは数値解析や実験、測定結果など、さまざまなタイプ
大学、
マサチューセッツ工科大学(MIT)もここにあります(MIT
の数値データを3次元グラフィックスによって表現することが
は、古くはボストンの街中にあり、
「ボストンテック」と呼ば
できる「データの可視化」ツールです。
れていたそうです。今は、河向こうのケンブリッジの街に移っ
研究者や解析者にデータ処理とその結果の観察環境を提供
ているとか)
。
するのはもちろん、その結果を伝えるプレゼンテーションにお
こうした文教都市の性格も強いボストンは、東部を代表す
いても、視覚に訴えることで、飛躍的に判りやすくします。そ
る街であり、アメリカの知的リーダーを数多く輩出してきた街
う、
「百聞は一見に如かず」です。
でもあります。西海岸を代表する街がロスやサンフランシスコ
このAVSブランドで知られる可視化ソフトウェアの開発元
であるとするなら、東海岸を代表する街としてアメリカの人々
が、アメリカはボストンにあるその名もAVS社(Advanced
が一番に思い浮かべるのは、おそらく、このボストンなのでは
Visual Systems Inc.)です。ボストンはマサチューセッツ州の
ないでしょうか。
州都。そして、マサチューセッツ州は現在の北米の地に最初
にできた13植民地(後の最初の13州)の筆頭と言ってもいい
AVS社
アメリカ最古の州です。ここボストンに植民地で最初の議会
さて、AVS社のあるウォルサムはボストン中心部から西に、
ができ、
後にイギリス本国と激しく対立するようになりました。
車で30分ほどのところにあります。小ぢんまりとした街で、
それが、ボストン虐殺事件、ボストン茶会事件などアメリカ
昔、アメリカ最古の時計ブランドである「ウォルサム」の工
合衆国の誕生につながる数々の歴史的事件につながっていき
場がここにありました。この小さな街も今ではIT地域の一角
ます。ボストンはアメリカきっての歴史都市でもあるのです。
を成しており、シリコンバレーに水を空けられてしまったとは
また、この街の世界的な名声の基礎となっているのが、ボ
言え、付近のルート128(国道128号線)沿いには、IBM 、オ
ストン地域(大ボストン地域と呼ばれる地域)にある100を超
ラクルやマイクロソフト、アドビなど、ITジャイアントの支社
える大学や学術機関の存在です。まずは、これも“アメリカ
などもあります。また、ウォルサムの街は、2010年には全米
Best Small Cityの28位にも選ばれているよう
で、様々なショップやレストランなどが充実し
たとても居心地の良い街という評価を受けてい
ます。
AVS社は、社員、数十人の小さな会社です
が、1991年設立以来、AVSやOpenVizなどの
マサチューセッツ州会議事堂(金箔が貼られた屋根のドームがシンボル)
ボストン、ダウンタウンの眺め
14
クリスチャン・サイエンス・マザー教会
ボストン、チャールズ川からバック・ベイ地区の眺め
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
AVS社オフィスからの眺望
可視化製品と可視化コンサルティングサービスを提供し、可
が、ボストンの魅力です。海辺の街でもあるので、食べ物は
視化に関する業界のリーダーとして、世界を牽引してきまし
やはりシーフードが美味しいです! また、夏の一大観光地ケー
た。サイバネットとの協業の歴史も古く、AVS/Expressは、
プコッド周辺の港からはホエールウォッチングのツアーもたく
ソースコードをお互いに共有し、共同開発しています。また、
さん出ているんですよ。
MicroAVS は、その AVS/Expressをベースに、日本のユー
文教都市にふさわしく博物館や美術館も充実していますが、
ザーにさらに簡単な可視化環境を提供すべく、
「AVS」の商標
特に日本美術の一大コレクションで知られるボストン美術館
を借りて、
サイバネットで開発した姉妹製品です。その他にも、
(日本美術の日本在外コレクションでは、質量ともにNo.1と言
並列対応版のAVS/Express PCEの開発などもサイバネットで
われています)は必見です。大森貝塚を発見したモース、モー
行っています。
スの紹介で日本にやってきたフェノロサ(日本美術にとっての
恩人でもあります)
、みんなマサチューセッツ州やボストンと
ボストンの観光
関わりの深い人々です。こうしてみると日本とかなり関係が深
ヨーロッパと見まごうばかりの美しい街並みも、海の近くの
い地域でもありますね。そうそう、指揮者の小澤征爾氏が長
実にアメリカ的なスカイスクレイパー群も両方とも味わえるの
く音楽監督を務めていたボストン交響楽団もあります。
AVSの今後
コンピューターの発展とともに、
「データの可視化」に関す
る課題も年々、変化しています。例えば、一例を挙げると、
昨今では、データの大規模化、大容量化に伴い、いかにそれ
らのデータを分析するかが課題になってきているかと思います。
20年の歴史を持つAVSですが、これからも、研究者の皆様
の声を聞きながら、さまざまな課題を解決できるように、より
よい可視化製品と可視化環境を提供していきたいと思ってい
ます。
ビジュアリゼーション部 技術第1グループ
グループマネージャー
黒木 勇
AVS社の入るオフィスビル
フェンウェイ・パーク(MLBボストン・レッドソックスの本拠地)
AVS社の写真以外は、WIKIMEDIA COMMONS(http://commons.wikimedia.org)から引用しました。
15
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
CAE ユニバーシティ
CAEユニバーシティ
直感でわかるCAEを目指して
CAE ユニバーシティ事務局
1.「わかる」ということ
したときに、自分の知識の中から適合するものを取り出して
「バスケットボールと軟式テニスボールはどちらが重いで
見せることのできる人でした。たくさん本を読んでいろいろ
しょうか」と聞かれたら、誰でもバスケットボールが重いと
な知識を頭に詰め込んでいるので、何か聞かれたらそれをす
答えますね。どちらもゴム製ですが大きさがかなり違います。
ぐに取り出すことができるのです。生き字引だとか、歩く辞
「パチンコ球とピンポン球を比べて、どちらが重いか」と聞か
典だとか言われる人です。昔はそういう人は重宝がられまし
れたら、これもどちらが重いかを答えられます。大きさはパ
た。知らないこと、ちょっと忘れたことを、その人に聞けば
チンコ球の方が小さくとも鉄の固まりであり、ピンポン球は
何でも答えてくれるからです。しかし時代が変わって、ネッ
薄いプラスチックの空洞だということを知っているからです。
トが発達し、わからなかったら「ググる」時代になりました。
では、
「軟式テニスボールと硬式テニスボールはどちらが重
何でもネット検索できる時代です。
「ただ知っている」だけの
いか」と聞かれたらどうですか。前の2つに比べて答えられ
人は要らなくなりました。これから必要なのは「わかること
る人が少なくなったのではないでしょうか。更に、
「軟式テニ
のできる」人です。
「わかることができる」とは自分でゼロか
スのラケットと硬式テニスのラケットとではどちらが重いで
ら新しい知識を創りあげていくことができる、
ということです。
しょうか」と聞かれたらどうです。ますます答えられる人が
「わかる」は、自分の中にその知識(事象・現象など)のイ
少なくなったのではないでしょうか。
メージフォーマットができることです。ある知識に遭遇した
硬式テニスボールの方が重そう、という感じを持った方、
ときに、一致するフォーマットを持っていれば、それを知っ
良いセンスです。実際、硬式テニスボールは軟式テニスボー
ている状態です。しかし、一致するフォーマットがないと、
ルの約2倍の重さがあります。硬式テニスボールの方がずっ
それを読み取れない=知らない・理解できない、となります。
と重いです。さあ、ここでもう一度考えてみましょう。軟式
本を読んで知識を暗記するのは、このフォーマットを増やす
テニスのラケットと硬式テニスのラケットとではどちらが重
ことです。持っているフォーマットの多い人が物知りです。
いでしょうか。
そして物知りよりもっと優れているのが、自分のフォーマット
を利用し、応用できる人です。例えば、新しい知識に遭遇し
たときに、これはわからない・知らないと諦めてしまわない
で、既存のフォーマットから関連部分を抜き出し、整理して、
新しいフォーマットを作り、新しい知識を自分なりに理解で
きる人です。このような応用力に優れた人が、
「わかることの
できる」人です。
硬式テニスボールは重い…、重いものを打ち返すにはより
頑丈でないといけない…、
頑丈にするには重くなりそうだ…。
ということで、硬式テニスラケットの方が重いと連想できま
す。最近は軽くて強い素材もあるので一概にそうとは言えな
いかもしれませんが、一般的に硬式テニスのラケットの方が
若干重いようです。この連想は間違っていませんでした。つ
まり、こういう連想のできる人は、ほとんど重さの差がない
2つのもののどちらが重いかを、実際に測りもしないで当て
ることができるということです。
バスケットボールと軟式テニスボールや、パチンコ球とピ
ンポン球の重さの比較であれば、大抵の人は自分が持ってい
る知識や経験からどちらが重いかすぐわかるでしょう。これ
に対し、軟式と硬式のテニスボールや、テニスラケットの重
さの比較はどうでしたか。おそらく、わからないという人が
多かったでしょう。しかし、前述のように、現在持っている
知識や経験をうまく利用すれば、知らない事象(現象)に対
しても、
「わかる」ことができるのです。
2.「わかることができる」ということ
従来型の秀才は、答えをたくさん知っていて、問題に遭遇
16
3. 直感でわかる ─ 勘がはたらく
以前、知り合いのCAE技術者に、材料力学のテストをやっ
てもらったことがありますが、全問正解でした。
「さすが、良
く勉強してますね」と言ったら「いや、全てカンです。材力
はわかりません」という返事でした。厳密解を手計算で求め
るような問題ではなく、定性的な性質がわかれば正解がわか
る○×式の問題とは言え、全問正解するのはかなり難しいと
思います。しかし本人曰く「全てカンです!」で全問正解にな
るわけです。その人は理系出身ですが、専門は化学だったの
で機械系のことは良くわからないと言います。材力どころか、
機械系の授業には全く縁がなく卒業し、たまたまその会社に
入ってCAEの仕事に携わることになったそうです。その後も
機械系の勉強を全くしなかったということは無いでしょうが、
本人としては、
「特にしていない」とのことです。しかし、バ
リバリの機械系CAEエンジニアとして社内外で認められてい
て、客先でもメーカーの設計者と対等に話ができる人だと聞
いています。
この人が勘だけで仕事をしていることはないと思います
が、もし現場に勘で仕事をするという人がいたら、あなたは
どう思いますか。勘で仕事をしてもらっては困るという人が
結構多いのではないでしょうか。勘という言い方がいけない
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
のかもしれませんね。前述の「勘」は当てずっぽうという意
5. 個性を育てる ─ エンジニアリング教育
味ではなく、経験的に当たりを付けられるという意味です。
もう一つ大事なことは個性を育てることです。例えば「リン
そこで、
「経験で当たりを付けられる人」という言い方にした
ゴが木から落ちる」という現象からニュートンは万有引力を発
らどうでしょう。むしろ、経験の多い人大歓迎、ではないで
見しました。しかし、リンゴがどれくらいの高さから落ちるの
すか?
か、どんな色のリンゴなのか、さらに、落ちた後誰が拾うの
それでは、
「経験の多い人」には何が期待されるのか。そ
か、すっぱいのか甘いのかなど、様々なことを考える人もいる
れは、理論的な説明ではなく実践的な判断でしょう。何か起
でしょう。リンゴがどこに転がるのかに関心がある人はリンゴ
きそうなときに直感が働く(かもしれない)
、何か起きたとき
が落ちることには無関心ですから、万有引力は発見できないか
に直感的に対処法がわかる(かもしれない)という期待感が
もしれません。何個落ちるかに興味がある人も万有引力は発
大きいのではないでしょうか。それは言い直せば、未知のこ
見できないかもしれませんが、一度にたくさん落ちたら良いな
とに対して直感的に対応ができる可能性が高いということに
と考えて、品種改良でたくさん実がなるリンゴを作り、別の意
なり、既存の知識の応用力が高いことを期待しているわけで
味で人の役に立つかもしれません。もしリンゴが落ちるのを見
す。先ほどの言い方を借りれば、経験の多い人は自分の知識
て、全ての人が万有引力しか連想できなければ、それ以外の
のフォーマットをたくさん持っている人であり、さらに未知
バリエーションがありません。たくさん実のなるリンゴの木も、
のフォーマットに対して柔軟に対応できる能力に優れた人で
甘いリンゴも世の中に出てこないかもしれません。みんなでリ
あろうと考えられます。そういう人を育てる教育が必要にな
ンゴが木から落ちるのを見て、
「ああ、万有引力だね」と納得
ります。
する。確かに万有引力はすごい発見ですが、みんながみんな
それしか連想できなくても困るわけです。知識は重要ですが、
4. 勘を磨くための教育 ─ 五感教育
既存知識の応用力を広げるにはどうしたら良いでしょう
か。そのためには知識をつなげるときに、一つの知識を様々
な方向から見ることができることが必要です。例えば、
「応力」
という知識を大学でどう学んだでしょうか。講義は効率的に
行わなければならないですから、材料力学でも、枝葉は取り
個性も同等以上に重要です。世の中の多くの講座は、ニュート
ンばかり育てることを目標としています。しかしCAEユニバー
シティは個性を伸ばすことも知識を「わかる」ことと同等に重
要なことだと考えています。そしてCAEユニバーシティの講師
陣は各分野の個性豊かな専門家ばかりです。ぜひ多くの優れ
た個性に触れて独自の個性を磨いてください。
除きその重要部分に焦点を当て、順序立てて、数学的な証明
や、物理的な性質などが説明されたのではないでしょうか。
合理的でとても素晴らしい授業だったはずです。
さて、そのすばらしい授業の内容をあなたはどれくらい思
い出せるでしょう。多くの人が、学生のときは試験で合格点
を取るために、試験に出そうな理論式の導出やパラメータの
名前、専門用語を丸暗記で覚えたのではないでしょうか。そ
うだとすると、関連性が構築されていないために、役に立つ
知識として思い出すことができません。すなわち、フォーマッ
トとして自分の意識の中に整理して埋め込まれていないため
に「わかることができる」状態になっていないのです。
「大
6. おわりに
学で材力はやってきたはず。でも実務で使えない。なぜだろ
勉強しなくても簡単にCAEがわかる、という方法はありま
う?」というのはこういう人です。知識をつめこんだだけで
せん。しかし、時間が少なくてすむ効率的なやり方、負担の
は役に立ちません。上手く関連付けて上手に引き出せること
少ない合理的なシステムはあります。いくら知識を詰め込ん
が必要なのです。
でも、それを活かせる状態として理解していないといつまで
CAEユニバーシティでは、座学・演習・実験・製作・e-ラー
も上手く使えません。これまで多くのCAE講座を受けてもちっ
ニングの5つの講座形式を用意しています。そして、それら
とも上達しないと思う方、CAEの教育講座なんてどれも同じ
をうまく組み合わせてCAEが「わかる」ための工夫を凝らし
だよと思う方、ぜひ一度CAEユニバーシティに参加してみて
ています。更にそれぞれの講座が独立してあるのではなく、
ください。五感を使って学習し、第六感を磨きましょう。カン
講師間でお互いに内容を調整し、関連付けしながら体系的な
ピューター・エイデッド・エンジニアリングは、きっとあなた
シラバスを構成しています。
の役に立ちます。
仮に1つの講座の中に「わかる」状態にならない知識があっ
たとしても、他の関連講座ではそれを補う形で、違う角度か
ら見、違う言葉で学習することができます。これが応用でき
るフォーマットの構築につながります。そして、新しい知識
と既存の知識との関連が生まれ、あなたの中に「わかってい
る」状態となって蓄積されます。それらは関連付いています
ので、バラバラな死んだ知識ではありません。必要なときに
いつでも呼び出し、課題のために正しく応用ができる生きた
知識となります。まさに五感を使って学び、第六感を成長さ
せる「知識を活かすための講座」となるわけです。
17
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
CAE ユニバーシティ
体感型セミナー:デジタル信号処理実習の紹介
埼玉大学大学院 理工学研究科 教授 島村
1 はじめに
徹也
ファイル名を MATLAB のコマンドウィンドウ内で打って、実
信号処理とは、その字のごとく信号を処理する技術です。
行すると、結果が得られるようになっています。これで、ある
その内容を詳しく述べた書籍も多くありますが、処理技術の
入力の波形から、目的の処理を行って、出力の波形を得て、処
説明は基本的に数学ベースになりますので、物理的なイメー
理結果を確認することが容易にできます。
ジをつかむにしても、三角関数、微分・積分、行列・ベクトル
図 1は、テキストの中に含まれている、MATLAB のスクリ
の高等数学の十分な理解は避けられません。そこで、信号処
プトファイルの一例です。これは、ただ単に信号を足し合わ
理という技術を体感しながら学ぶ実習セミナーを CAE ユニ
せて波形を合成する簡単なプログラム例ですが、このような
バーシティの中で実施しています。
ファイルがたくさん準備されていると思って頂けると宜しい
信号は大きく分けて、アナログ信号とデジタル信号に分け
かと思います。
られますが、最近では、ハードウェアの進歩がめざましく、デ
ここまでで、信号処理はある意味十分ですが、信号処理実習
ジタル信号を扱うデジタル信号処理が主流で、アナログ信号
では、波形を実際にスピーカから音として鳴らして、いろいろ
処理ではできなかった、信号の予測や圧縮なども容易にでき
な処理を施すことで、その音がどのように変化するかを体感
るようになってきています。このような時代背景に鑑みて、デ
できるようにしています。例えば、信号を取り扱うとき周波数
ジタル信号を対象とした信号処理実習を行っています。
という概念が出てきますが、高い周波数を抑えるような処理
を施すと、音がこもったような感じに変換されたり、一方逆に、
2 信号処理をマスターするには
音や画像など、多くの信号は可視化が可能です。その信号
に自分で処理を施し、自分で処理結果を確認することができ
たら、これほど実践的な信号処理はありません。あるプログ
ラミング言語が利用できれば、このような信号処理のシミュ
レーションは容易です。しかしながら、このプログラミングが
一つの壁となってしまいます。C 言語などで、ある波形を入
力して出力を出すようなプログラミングはよく行われること
高い方の周波数を膨らませるような処理を施すと、音の聞こ
えが良くなった感じに変換されたりと、具体的な処理の物理
的なイメージが体でわかるようにしています。波形を目で見
る視覚と、音で聞く聴覚と、振動を感じる感覚が相乗的に、信
号の処理の過程の意味を理解するのに役立つと考えられます。
3 理論的な押さえ
実習の後、改めて数式を追いかけることにより、各信号処
ですが、そのプログラミング技術をマスターするのが大変だ
理手法の理解度が深まることでしょう。実習テキストの中に
からです。そこで、プログラミング自体に労力をかけることな
は数式的説明を含めていますが、実習の中ではさらっと流す
く、すぐに結果が確認できるツールを利用することにしまし
程度にしています。テキストは、諸々の数式的な定義や、どの
た。それが MATLAB です。MATLAB プログラムは、こちら
部分とどの部分がどのように関連し合っているのか等を、わ
ですべて準備していますので、受講者の方は、これをただ実
かりやすく説明してあります。また、重要な部分には、なぜそ
行して頂くだけです。より具体的には、予めフォルダ内に保
の式が導出されてくるのかの、具体的な導出過程なども説明
存してある M ファイル(MATLAB のスクリプトファイル)の
してあります。従って、こちらで準備した MATLAB プログラ
ムをお持ち帰り頂けば、改めて、理論的かつ実験的にテキスト
% Script f_expansion.m
fs=1000;
f1=5;
f2=10;
t=linspace(0,1,fs);
x1=0.2*sin(2*pi*f1*t);
x2=0.3*sin(2*pi*f2*t);
x=x1+x2;
subplot(311)
plot(t,x1)
xlabel('Time[sec]')
ylabel('x1(t)')
subplot(312)
plot(t,x2)
xlabel('Time[sec]')
ylabel('x2(t)')
subplot(313)
plot(t,x)
xlabel('Time[sec]')
ylabel('x(t)')
18
図 1 MATLABプログラム例
内容を復習できます。
4 例
では、ここで、実習内容に含まれている例をいくつかご紹介
しましょう。
図 2 は、時間と共に変化していく信号があったとき、それを
どのように処理するかのイメージ図です。統計的な性質が同
じ信号が与えられれば、その与えられた信号全体に対し、あ
る目的の処理を施せば良いでしょう。しかし、図 2 の信号のよ
うに、波形が時間と共に変化して、その統計的性質が少しず
つ変化していってしまうような場合は、その全体の信号を一
度に処理するようなことはあまりしません。その性質が変化
しない程度の、比較的短い時間間隔で区切ってそれを処理し、
また元の場所に戻すといったことを行います。これを繰り返
し行うイメージ図が図 2 です。この処理を、専門用語では、フ
レーム処理あるいはセグメント処理と呼んでおります。これ
が、デジタル信号処理の基本と考えられます。
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
◦Ⅰ準備として… a 窓関数/ b セグメント
◦Ⅱ基本処理… a 相関関数/ b SNR
◦Ⅲスペクトル分析… a FFT 法/ b 線形予測法
◦Ⅳディジタルフィルタリング…
a ハイパスフィルタリング/ b ローパスフィルタリング
◦Ⅴ雑音低減… a スペクトル引き算/ b 各種改良
これは基本路線で、受講者のご要望により場合によっては
この枠を超えた実習も行っております。また、関連事項のお話
をさせて頂くこともあります。適宜、ご質問を受けながらの進
行となりますので、大きくは変わりませんが、毎回違った形の
図 2 セグメント処理のイメージ図
実習になっています。
次に図 3 ですが、これはある信号のパワースペクトルを算
出し、それをプロットした図です。雑音のようなランダム性
の性質が含まれる信号(不規則信号)の周波数分析を行う場合
は、信号にフーリエ変換を施し(実際には、高速フーリエ変換
アルゴリズムを実行します)
、その大きさである振幅スペクト
ルを求めるだけでは不十分です。信号の中のランダム成分が、
スペクトルの中でもランダム成分として残ってしまうためで
す。より正確には、
パワースペクトルを求める必要があります。
図 3 はその一例を示しています。
図 4 は、ある信号に雑音が混入してしまっているのがわかっ
ているときに、その雑音付加信号のみが与えられたとして、信
号成分は保持し、雑音成分のみをどのように取り去るか、の
処理例を示しています。このような要求は、現実社会では多
く見られます。信号と雑音が通常のフィルタ、例えば、ローパ
図 4 雑音低減の様子(上図:元のクリーンな音声、 中央図:雑音
が付加した音声、 下図:中央図の音声に雑音処理を施した
結果)
スフィルタやハイパスフィルタ等でうまく分離できない場合、
どのように処理したら良いでしょうか。本実習では、信号対象
に拘わらず、万能型に使える雑音低減手法を取り上げ、それ
をいろいろなパラメータを変化させながら、どのように雑音
低減効果が変化していくか等、実際に処理された波形を音で
聞いて体感していきます。
6 おわりに
このように、本信号処理実習では、まず信号処理を実際に
やってみて、何ができるのかを確認して、その処理自体を視
覚、聴覚、振動感覚から捉えて、信号処理を理解する手助けを
します。信号処理、特にデジタル信号処理は、厳格な数式的裏
付けがなされる数学応用分野であり、最近の高水準な学術論
文でも、この分野では、多くの数式展開がなされるのが普通
です。しかし、エンジニアの方々がまずこれらの論文を読み、
理解し、実際に信号処理を行ってみるという順番では、あま
りに理論展開が複雑過ぎて、理解が困難になるだけでしょう。
まず現象を理解し、追ってそれぞれの処理過程を理解してい
くという現実に即した方法の方が、より効率的でかつ効果的
ではないでしょうか。
実習では MATLAB を利用しますが、事前に MATLAB に精
通している必要はありません。利用の仕方は実習内で説明致
します。また一方で、MATLAB プログラムがテキストに記載
してあることから、それぞれの細かい処理工程をお知りにな
図 3 パワースペクトルの表示
現行での実習項目を大まかに述べておくと、下記のように
CAEユニバーシティに
ついてのお問い合わせは
使い方マニュアルも、別途配布していますので、実習内で綿
密に確認することも可能です。
5 実習項目
なります。
りたいという場合もありますが、講師が作成した MATLAB の
最後に、本信号処理実習を通して、一人でも多くの方が、信
号処理に触れ、今後の研究開発にお役立て頂ければと、心か
ら願っております。ご受講をお待ちしております。
CAEエンジニアのための技術教育
サイバネットシステム株式会社 CAEユニバーシティ事務局
TEL 03-5297-3692(平日 9:00〜17:30)
E-mail mailto:[email protected]
★CAEユニバーシティの詳細/スケジュールの閲覧、 申し込みはWebにて
URL: http://www.cae-univ.com
※「CAEユニバーシティ」と検索下さい。
19
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
「見える化」
技術
渋谷新生-渋谷ヒカリエと渋谷駅周辺の再開発事業
60m 以上の高層ビルが計画されています。
また、南西側の渋谷駅桜丘地区でも再開発に向けて協議が
進められています。
渋谷が便利な街になればなるほど、 これまでより遥かに
株式会社日建設計
設計部門
設計部 主管
西岡 理郎
氏
渋谷に生まれた新しいスポットとして、 渋谷ヒカリエは
大きな注目を集めていますね。
多くの人が渋谷に集まってくることが予想されるので、
防災面での対策も事前準備が必要ですよね。
その通りです。渋谷駅は、現時点でも、乗降客数が国内2 番
目(相互直通前)の一大ターミナル駅であり、しかも、今の状況
は、地震や何かの事故が起こった際、混乱状況が一番にテレビ
で取り上げられるほど、その混雑ぶりで有名な駅になってし
まっています。渋谷を古くから開発してきた鉄道事業者の方々
は、そうした状況を何としても打開して、渋谷を 21世紀の新
実は渋谷ヒカリエは渋谷駅を中心とする再開発計画の最初
しい街として生まれ変わらせたいという強い意志でこの計画
のプロジェクトなのです。この再開発計画は東京都都市整備局
を推進しておられます。渋谷ヒカリエは 3.11以前から、この再
の「渋谷駅中心地区基盤整備方針」にも示されており、計画の
開発計画に基づき構想されていたもので、ご存じのように、旧
概要は同局のホームページでも公開されています。渋谷駅周辺
東急文化会館の跡地に建てられています。
地区を5つの街区に分け整備再開発を行い、2027 年くらいま
渋谷駅周辺地域の再開発自体は、具体的には、渋谷駅が文
でに全街区完成予定になっています。
字通り渋谷という街の根幹を成す「プラットフォーム」になる
この再開発計画のきっかけは東急東横線と東京メトロ副都
ようにしたい。というのが基本的な発想です。しかし、渋谷と
心線の相互直通運転です。それが、2013 年 3 月に達成され、
いう街が現在持っている特有の面白さ、個性は殺したくない。
本年(2013 年)のゴールデンウィーク明けから、東急東横線地
再開発をするにしても、渋谷は大手町のような街とは違って、
上駅の一部解体が始まりました。今後、渋谷駅の改築作業が順
基本的には商業とIT、そしてエンターテインメントの街です。
次本格化していくことになります。
そこが、渋谷の街の伸びやかな雰囲気を形づくっているので、
現在の渋谷駅は、渋谷駅街区と呼ばれ JR 線、東急東横線、銀
そうした部分が発展し、融合した街「エンタテイメントシティ
座線の駅改良及び駅ビルの開発がなされます。渋谷駅の西側
しぶや」を目指していくという考え方です。ですから、構造物
●
●
●
は現在の東急プラザとその周辺を再開発する道玄坂一丁目駅
の一部を、いろいろなイベントのスペースとして使うといった
前地区、東急東横線地上駅のある国道 246 号線南側を渋谷駅
ことが柔軟に構想されています。
南地区とそれぞれ地区名が付けられており、いずれの地区でも
また、銀座線はホームの位置が現在より東側に移り、渋谷
ヒカリエの 3 階レベル、ちょうど明治通りの上辺りに来ること
になります。駅の上部を覆う渋谷ヒカリエの 4 階レベルには
人工地盤ができる予定で、駅と渋谷ヒカリエが上空でつなが
り、そこを人々が歩いて移動できるようになるので人の動線
も大きく変わるでしょう。このような多層にわたる新しい歩
行者動線がこれまでのように交通動線と交錯しないことで、
防災面にも貢献できると考えています。
渋谷ならではの街づくりということですね。
はい。この再開発計画に携わっている鉄道事業者及び関係
事業者、地権者の皆さんは、渋谷を楽しく、美しい街であると
同時に、安全な街にしたいという思いも大変強くて、特に、渋
谷区さんからは、地震があったときの帰宅困難者の受け入れ
や、一定面積の空地などを設けて災害に強い街を作るという条
件で、いろいろな対策を一緒に考えて頂いています。具体的に
は「都市再生特別地区」という制度を使うため、空地を設けた
り、歩行者動線を駅からフラットにしたり、特定の用途をビル
図 1 駅中心地区歩行者ネットワーク図(出典:渋谷駅中心地区
まちづくり指針 2010)
20
内に設けることで容積割増を頂くということを行っています。
人の動き、いわゆる歩行者動線を整理することは、街の安全
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
渋谷なら渋谷でどうなるかというこ
とを、想定して計算をしています。
このように、幾重にも巡らされた安
全基準をクリアしているので、実は、
超高層の建物ほど安全なものはない
と言えるほどです。超高層とそうでは
ない一般の建築では、結果的に要求さ
れている建物耐力が全く違うのです。
ただ、3.11 の地震について言えば、
東京での震度は「超高層」という認定
区分ができて以後は初めてだったわ
けで、東京で設計を仕事にしているほ
とんどの人、つまり、関東大震災を経
験していない人にとっては、未経験の
揺れでした。
図 2 夕暮れの渋谷ヒカリエ 現在の渋谷駅周辺の建物に比べ、 その大きさが際立つ
渋谷ヒカリエは、あのとき、たまた
ま鉄骨を組み終わった後だったので
すが、その前にあの地震が起こってい
を考える上でも大切なことなのです。渋谷ヒカリエでは、その
たら、どこかにひずみが生じて、最悪の場合、一度壊してもう
ために貴重な路面の部分も歩道の一部として使い、テナントを
一度構造を建て直さなければならないという事態になってい
入れていない部分があります。売上に一番直結する道に面した
たかもしれません。十二分に安全であるようにと設計し、揺れ
部分の床面積を犠牲にして、ということですから、商業施設と
を吸収するいろんな仕掛けもビルに組み込んでいますので、
しては大きな決断だったと思います。
建てられてしまえば安全なのですが、建てている最中は、そう
また、渋谷ヒカリエは、建築当初から帰宅困難という事態を
した仕込みが完成時ほどは効きませんので、その点、工事中
想定して作っていました。72時間自家発電ができるような大
の課題はあります。
きな自家発電機のスペースなどは設計当初から確保しておか
なければなりませんし、備蓄倉庫も設けてあります。東京都で
は3.11の前から地震が落ち着くまでの72時間、巨大な街や巨
設計の専門家からすると、 あの 3.11 の経験は、 ある意
味貴重なものだったと思うのですが、 如何ですか。
大施設での人々の安全をどう確保するかという対策を立てつ
自分なりに、
「ナルホド」と思ったところはいろいろありまし
つありましたので、その一環として帰宅困難者受け入れという
た。天井が落ちる、モノが落ちる、扉が開かなくなるといった
ことは、初期構想から考えられていました。
話は、地震のときにはこうなる、と机上で理解はしていました
災害時には、
やはり路面に人を出さないというのが基本です。
が、
「ああ、こんなふうになるのか!」と実感しました。
渋谷ヒカリエのアーバンコアや3階東デッキといったところ
地震の後、当社では関わった建物を全て点検して回ったので
は、人の通過動線機能のスペースですが、そこが災害時にはそ
すが、構造の担当者だけではとても間に合いませんので、設計
のまま帰宅困難者スペースとして使えるようになっています。
防災面でのシミュレーションなども、 渋谷ヒカリエの設
計時には行ったのですか。
担当の私も駆り出されて、自分が何らかの形で関わった建物を
中心に15 棟くらいを見て回りました。
「ああ、こういうところ
が壊れるんだ、気をつけなければいけないところなのだな」と、
実際に自分の目で見て確かめることができましたね。
建築基準法の「避難安全検証法」を採用しています。例えば、
3.11以前と以後では、私たちの考える設計上のスペックも
火災時を想定した場合ですと、全館の在館者(最上階にいる人
変わりました。落下する要素などは、とにかく全て無くす。中
も)が煙に巻かれず安全に避難完了するまで、どのくらい時間
越地震のときに大面積の天井が落ちたという話があり、そのよ
がかかるのか、といったことはシミュレーションで事前に検証
うなことがわかってくる都度、我々の基準も変わっていたので
しています。
すが、考えられる範囲でより厳しい基準で作ったビルが、今回
また、
建物自体について言えば、
60メートルを超えるビルは、
の3.11でどうなったかということですよね。それを検証して、
現在、建築基準法上「超高層」という扱いになり、特殊な構造計
さらに安全性を高める方向に更新していくということです。安
算をした上で国土交通大臣認定を取る必要があり、一般の建
全基準はどんどん高めていかざるを得ません。
築物とは安全基準が違います。また、先ほど述べた避難安全検
シンガポールとかですと大地震の履歴がほとんど残ってい
証法も、安全率を高めた特殊な計算をしており、これについて
ないんですよ。ですから、建物の構造については日本と全然違
も国土交通大臣認定を取っています。
います。建築デザインに携わる身としては、制限が少なくて羨
これらの大臣認定を取るには防災や構造の有識者の間で広
ましいと思うことも多々ありますが、人々の安全や建物を守る
く安全性の評価を受けなければなりません。耐震設計で使う
ことこそ最も重要ですし、それはもう地震国である日本の建築
想定される地震のレベルなども、計算の基準となる設定その
の宿命ということでしょう。
ものは国土交通省が定めているのですが、超高層の計算につ
いては、その定められた地震波入力値レベルが当地、つまり、
21
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
製品情報
クラウド型の特許調査 / 戦略立案支援サービス R&D Navi
研究・開発現場の特許解析・調査を支援する
企業を取り巻く国内外の技術開発競争は益々激しくなって
きており、その根幹を成す技術の特許取得は企業の生命線と
もいえます。しかし、特許出願前の事前調査には専門知識が
図 2 入力条件例
必要となるため、専門家/部署に依頼することが一般的でし
た。そのため、アイデアの発案から特許出願まで時間と労力
がかかり、特許出願サイクルを長くする一因となっていました。
そこで、特許出願の事前調査を支援するクラウドサービス
「R&D Navi」をご紹介します。本サービスを利用することで、
特許に関する専門知識を持たない研究・開発現場のエンジニ
アでも容易に自分のアイデアの特許性を判断できるようにな
るため、発案段階である程度の選別を開発現場で行えます。
特許解析 / 調査サービス R&D Navi とは
R&D Navi は、研究・開発エンジニアが閃いたアイデアの
特許性を簡単に調査できる特許調査 / 戦略立案支援のクラウ
ドサービスです。
R&D Navi の使い方は簡単です。自分のアイデアをそのま
ま文章で入力し、検索します。独自開発のビッグデータ解析
エンジンにより、検索は数秒〜数十秒で完了します。検索結
果は、膨大な特許データの中から関連性のある他社の特許や
抵触しそうな特許を類似度スコア順に MAP で表示します。
MAP 表示された対象特許はクリックするだけで全文表示され
ます。
また、周辺特許、競合他社特許の可視化により、技術開発
戦略立案の支援にもお役立ていただけます。
わかりやすい MAP 表示:
検索結果は MAP 表示され、自分のアイデアに近い特許を
簡単に見つけ出すことができます。また、MAP 表示された対
象特許はクリックするだけで全文表示されます。
容易な情報共有 / コラボレーションツール:
ユーザは任意の MAP を保存することができ、またそれを
自分が所属するグループ内の他のユーザと共有できます。上
長や関連部門への報告、他部門とのコラボレーションを容易
にします。
簡単な操作性:
直感的にオペレーションすることができるため、マニュア
ルやトレーニングは不要です。サーバーなどの構築は不要で、
Web ブラウザとインターネット接続環境さえあれば、現場の
エンジニアでも容易に特許調査に利用できます。
検索対象の特許:
日本国公開特許、米国登録特許、米国公開特許
日本国 公開特許公報
(1993~)
、公表特許公報・再公表特許公報
(1996~)
米国 公開特許公報
(2001~)
、登録特許公報
(1976~)
※特許データは毎週更新しております。
主な機能
■ 基本検索
■ 書誌情報検索
■ 特許番号リスト分析
■ MAP 保存
■ 検索履歴
動作環境
Webブラウザ
◦ Google Chrome 27.x 以上
◦ Mozilla Firefox 22.x 以上
30日間無料の評価版でお試しください
R&D Navi は、1ID あたり月額 50,000 円でご提供します。
(契約は年単位)さらに、部門単位でもご利用いただけるよう、
複数 ID ご契約のお客様には、ボリュームディスカウントを用
意しております。
図 1 検索結果 Map 表示例
R&D Navi の特長
高度な概念検索:
自分のアイデアをそのまま文章で入力するだけで検索でき
るので、検索条件の検討に時間を要しません。高度な概念検
索の結果を、類似度スコア順に結果が表示されるので、関係
の無いノイズ情報に悩まされることがありません。
22
本記事ならびに無料評価版/資料請求に関する詳細は、下
記窓口までお気軽にお問い合わせください。
お問い合わせ
IT事業部 営業部
TEL 03-5297-3487
E-mail [email protected]
CYBERNET NEWS No.137 SUMMER 2013
スーパーコンピュータの性能が向上し、数値シミュレーショ
ンの計算規模は大きくなり、部門レベルのクラスタ計算機でも
差分法で1億格子程度の計算が実用的になってきました。また、
並列度の高い計算では数十、数百のファイルに分割して格納
することも珍しくありません。そのように多くのファイルに分
割されて格納された大規模計算結果を並列処理で可視化する
ため2003年にAVS/Express PCEが開発されました。AVS/
Expressは、サイバネットシステム㈱と米国AVS社の共同で開
発を進めている可視化ソフトウエアで、
PCEは、
その並列化バー
製品情報
AVS/Express PCE(Parallel Cluster Edition)のご紹介
適用事例
東京工業大学TSUBAMEを使った事例
東京工業大学の店橋研究室からデータ提供を受け、また青
木尊之教授の支援を受けて、2006年にTSUBAME(当時の)
にて197億トライアングルの表示を行ったものです。
2000ファイルを2000並列にて処理した結果、データ読み
込みの後、1920x1080ピクセルの画像を13.8秒、高解像度
の3480x2160ピクセルでは47.5秒要しています。
ジョンです。その開発はサイバネットが行っています。
システム概要
空間発展乱流混合層におけるコヒーレント
微細渦の中心軸分布
東京大学の並列計算機を使った事例
九州大学の深沢氏による「土星磁気圏の可視化」です。
格子数12.9億メッシュ(1800x1200x600)
、ファイル数は
1024 、データの総量は42GByte 、並列数は64で、時間方向
PCEの構造は単純です。サーバ・クライアントの構成をして
おり、その全てがAVSです。但し、クライアント側のAVSは
入出力だけを担当し、クラスタ側のAVSはデータ読み込みか
に16回分割して処理しました。データ読み込みに10秒、画像
生成に30秒を要しています。この可視化は東京大学の計算機
の通常運用の中で実施されました。
らレンダリングまでの処理を担当します。クラスタ側のAVS
は領域分割された1つの領域のみを担当します。従って、クラ
スタ側の1つのAVSが担当するサイズは少しです。クラスタ
側で生成された画像(奥行き情報付き)がクライアント側に集
められ奥行きを加味した上で合成され1枚の正しい可視化結果
となります。
メリット
どんなに大きなサイズのデータでも可視化可能:
4台のクラスタで1万ファイルを扱う場合、1台当り2500
ファイル分の可視化処理が必要で、メモリが不足します。こ
のような場合のために、時間をずらしながら少しずつ可視化
処理を実施する機能があります。もちろん、1枚の画像を生成
する時間は遅くなりますが、バッチ処理で可視化を行えば問
題はありません(次節の事例(2)のケース)
。
ファイルを集める作業が不要:
2つのファイルを1つに集める処理は簡単ですが、1000を
超えるファイルを1つに集めるとなると、ディスクIOが処理時
間の大半を占め、非常に時間がかかります。また、上手くコー
土星磁気圏の可視化とユーザインタフェース
このようにPCEは、結果の確認さえ困難な大規模データを可
視化することができます。
「計算結果が大きくなりすぎて表示
できない」という声が増えてきました。普段、AVS/Express
を使っていない方は、PCEで計算結果の概略を俯瞰した後、興
味領域を取り出し、それを通常ご利用の可視化ソフトで分析し
てください。
ディングしないとメモリが不足して、集めることができなくな
ります。
お問い合わせ
ビジュアリゼーション部
TEL 03-5297-3799
E-mail [email protected]
23
BOOK レビュー
『生き残る判断、生き残れない行動』―大災害・テロの生存者たちの証言で判明―
アマンダ・リプリー(著)
今回の平川所長のインタビューの中で「危機的状況の中で、
と、パニックを防ぐという目的の情報統制は、全くのナンセン
何が生死を分けるのか」という先生の言葉が、非常に印象に残
スだと著者は言います。人間は理由が明確であった方が必ずう
りました。そのせいか図書館でふと目にとまったのがこの本で
まく行動するそうです。例えば、飛行機から脱出する際、手荷
す。内容は、9.11に世界貿易センタービルから脱出した人々を
物を持っていこうとする人が一定数いる。実は、これも「
(持ち
始め、多くの極限状況からの生還者にインタビューして、何が
物)取りまとめ行動」と呼ばれていて、異常事態下でまずは日
命を救う判断となったのかを分析したものです。
常性を確認したいという人間心理に基づく行動なのですが、当
「危機的状況に陥る」というと、
まず思い浮かぶ言葉は「パニッ
然、避難の邪魔になります。そこで、必ず「手荷物は置いていっ
ク」ではないでしょうか。しかし、大事故や大火災の研究が進
て下さい」というアナウンスをするそうなのですが、このアナ
むにつれて、幾多の映画で描かれてきたようなパニックは実際
ウンスは「手荷物を持っていくと死ぬ危険が高まります」といっ
にはそれほど起こらないということがわかってきました。それ
たようなものに変えるべきである、と著者は書いています。
「手
どころか、極限状況の中で問題となるのは「フリーズ」である
荷物は置いていって下さい」と言うと、必ず「でも、大事なも
ことの方が何倍も多いのだそうです。人々が急にのろのろとし
のが入っています」と言う人が出てくる。だから、そうしては
か動かなくなったり、場合によってはまるで動けなくなる。そ
ならない理由を述べろと。重要なのは、なぜそういう行動をし
れが「フリーズ」=「凍りつき」です。
なければならないかを理解させることで、それさえ言ってやれ
「フリーズ」はほぼ全ての動物に見られ、要するに「死んだ
ば、人々はおおむね正しく動くということが、幾多の災害現場
ふり」
をして捕食者から逃れようという本能に由来しています。
の避難研究からわかってきているそうです。心強いことですね。
死んだ動物は、病気を持っている、腐敗している(=美味しく
火の近づくパーティー会場から「ここにいては煙に巻かれて死
ない。食べると健康を害す)ということで、捕食者から敬遠さ
んでしまいます。右、左、後方に出口があります。そこから直
れるので、うまく「死んだふり」ができれば食べられずにすむ
ぐに逃げて下さい」と、適切な指示を出して多くの人々の命を
可能性が高まるというわけですね。この
「死んだふり」
は意志で、
救ったアルバイト生の話も印象的でした。
というより脈拍の極端な低下といった生体システム全体で行わ
では最後に。危機に際して命を守る究極の行動とは何でしょ
れるので、ネズミなどは、
「死んだふり」をしているうちにその
う? ―それは「準備」です。
まま死んでしまうこともあるというから驚きます。これは進化
危機管理の専門家には、ホテルに宿泊したとき、一度は非常
上の一つの知恵で、人間の中にもそうした本能が残っており、
口から外に出てみるという人が大変多いそうです。飛行機事故
それが危機的状況で発動されるのだそうです。
で助かる可能性の高いのも非常口の場所を知っている人、とい
しかし、危機がライオンに襲われるとか、銃撃戦に遭遇する
うのは統計的に明らかだそうです。
といった性質のものであれば、このフリーズも有効なのですが
この世に多くの危険があることはわかっていても、自分だけ
(この本の中にも、ヴァージニア工科大学で2007年に起こった
は大丈夫と思いがちなのが人間です。しかし、通勤の地下鉄の
銃乱射事件で、撃たれたフリをしてその場に倒れ、即ち「死ん
中ででも、
「もし、今、事故が起こったら…」と心の中で自分の
だふり」をして、ただ一人無傷だった学生の話が出てきます)
、
行動をシミュレーションしてみる。それだけでも、不幸にして
現代の危機の多くは、危機から逃れるために、普段よりもすば
実際にそうした事態に遭遇したときの身の処し方が全く変わる
やく頭を働かせ、機敏に行動することが要求されるので、この
そうです。
皆さん、非常袋などの備えはお済みで
「フリーズ」という護身本能が邪魔になってきているというのが
著者の意見です。
すか? 避難訓練には参加していますか?
危機に際しての人間の行動を一番研究してきたのは航空業界
その準備がいつかあなたを救うので
なのだそうですが、飛行機事故のとき、乗務員はわざと金切り
す!
声を挙げて叫ぶことがあるそうです。それはこのフリーズを防
『生き残る判断、生き残れない行動』
ぐためで、とにかく大きな物音を立てるというのがフリーズか
―大災害・テロの生存者たちの証言で判明―
ら覚醒させるのに一番いいようです。みな、ハッと我に帰るわ
アマンダ・リプリー(著)
岡 真知子(訳)
けですね。
光文社(2009/12)
ところで、
「パニック」がまれにしか起こらないものだとする
● サイバネットニュース定期送付、Web 掲載時のメール連絡は
随時受け付けております。是非お申し込みください。
https://www.cybernet.co.jp/forms/cybernet_news/
お問い合わせ
サイバネットシステム株式会社 コーポレートマーケティング部
TEL. 03-5297-3608 E-mail [email protected]
発行元:
サイバネットシステム株式会社
東京本社
〒 101-0022 東京都千代田区神田練塀町 3 富士ソフトビル
西日本支社 〒 540-0028 大阪市中央区常盤町 1 丁目 3 番 8 号 中央大通 FN ビル
中部支社
〒 460-0003 名古屋市中区錦 1 丁目 6 番 26 号 富士ソフトビル
URL:http://www.cybernet.co.jp/products/magazine/cybernet_news/
TEL.03-5297-3010(代表)
TEL.06-6940-3600(代表)
TEL.052-219-5900(代表)
FAX.03-5297-3609
FAX.06-6940-3601
FAX.052-219-5970
※会社名、製品名、サービス名は、各社の商標または登録商標です。
Fly UP