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派遣報告書

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派遣報告書
派遣報告書
【氏名】高木佳奈
【派遣先】アルゼンチンカトリック大学
(現地指導教官:Arancet Ruda 教授)
【派遣期間】2011 年 1 月 28 日~2012 年 1 月 27 日(12 か月間)
【研究テーマ】アルゼンチンにおける日系移民文学
【派遣の概要】
アルゼンチンにおける日系移民文学というテーマで修士論文を執筆するために、ブエノス
アイレスで 12 か月間調査を行った。具体的には、日本人移住者(一世)から日系二世、三
世までの文学活動の歴史について論文にまとめたいと考えている。一世は自らの移住体験
やアルゼンチンでの生活について、俳句や短歌といった短詩を中心に様々な形で日本語の
作品を残している。移住者たちの重要な情報源であった邦字新聞には戦前から文芸欄が設
けられ、文学作品を通じた交流が行われてきた。これらは日本人の海外移住の歴史を考え
る上で大変貴重な史料であると言える。
これに対して、アルゼンチンで生まれ育った二世、三世たちは、スペイン語で自らの複雑
なアイデンティティを表現している。彼らの母語はスペイン語であり、週に数回の日本語
の授業だけでは読み書きを習得することは難しく、日常会話に問題はなくとも、日本語で
文学作品を生み出すまでには至らなかった。彼らの作品の土台を成しているのは、西洋に
伝統を持つアルゼンチン文学であるといえる。しかしマイノリティであるアジア系という
出自が、日本人でもアルゼンチン人でもない、
「日系」というアイデンティティを生み、独
自の世界を築いている。祖父母、両親から受け継がれてきた日本文化が、アルゼンチンの
文化と融合し、作品を彩っている。
また、日系人は長年日本語教育や日本文化の継承に大きく貢献してきた。日本を知らない
子弟向けに始まったものだったが、近年の日本のサブカルチャーの流行に伴い、アルゼン
チン人を取り込んで、伝統文化を含め、様々な日本文化の普及が行われている。世界中で
日本ブームが巻き起こっているが、アルゼンチンの場合、百年以上の移住の歴史があり、
一世から二世へと伝統が受け継がれてきたこと、戦後に移住した一世がまだ健在で、日本
文化を直接伝えられるということが、大きな利点となっている。現在ではアルゼンチン人
の指導者やアーティストも多く、二世とはまた違った形で、アルゼンチン文化との融合が
生まれている。また、アルゼンチンの日系人には沖縄出身者が多く、現地で親しまれてい
る音楽や舞踏にはその影響が色濃く見てとれるのも特徴の一つである。
グローバル化が進み、アルゼンチンと日本という、地球の両極端に位置する二国間でも、
人やものの移動が盛んになっている。出稼ぎ現象をはじめ、日本における日系人の存在は
無視できないものであり、文学を通じて日系人のアイデンティティを読み解くことは、相
互理解を深める上で重要だと考えている。また、日本を離れて、日本文化がどのように受
容され、変容してきたかということも、日系社会を見つめることで明らかになるのではな
いかと思う。
日系移民文学の背景となる、移住の歴史と日本文化の継承、そしてアルゼンチン文化を学
ぶため、派遣先大学でアルゼンチン文学を学びながら、現地の日系社会でフィールド調査
を行った。
派遣先大学における研究活動
アルゼンチンカトリック大学にて指導教官の Arancet Ruda 教授のアルゼンチン文学の講
義に参加した。二世、三世の作品には詩が多いため、詩の専門家である Arancet Ruda 教授
から作品の解釈について指導を受けた。また、JICA の助成を受けてブエノスアイレスの日
系人について調査を行ったことのある Lepore 教授の移民に関する授業にも参加した。アル
ゼンチンの移民政策の歴史について学べたことは、日系社会の形成を考える上で、また他
のコミュニティと比較する上でも大変役に立った。
日系社会におけるフィールド調査
文学作品のテクストや移住に関する資料の収集と、文学やジャーナリズムに携わっている
人へのインタビューが今回の派遣の目的だった。それ以外にも、日系社会を広く知るため
に、様々な日系団体が主催するイベントにも参加した。また、日系、非日系を問わず、日
本文化に関する講座やイベントに参加し、アルゼンチンにおける日本文化の受容について
も調査した。
資料収集:移民史、個人作品集、邦字新聞、日系団体の出版物
インタビュー:Anna Kazumi Stahl 氏(米国出身の二世作家)
、崎原風子氏(俳人)、アマ
リア・サトウ氏(日本文学翻訳者)、軍事政権による被害者家族会など
日系団体:エスコバル日本人会、西部日本人会、日亜学院、日本庭園、在亜日系センター、
ラプラタ大学日本研究所、日系学士会など
日本文化紹介:国立図書館日本文学講座、日本大使館文化センターなど
ペルー、ドミニカ共和国における調査
アルゼンチンの日系社会と比較するために、ペルーとドミニカ共和国(以下、ドミニカ)
でも調査を行った(7 月 14 日~8 月 7 日)。日本人会や日本語学校を視察し、日系の作家や
芸術家にインタビューも行った。同じラテンアメリカの国に会っても、移住政策やホスト
社会の影響によって日系社会もそれぞれ事情が異なる。日系人の社会進出が進んでいるペ
ルーと、移住政策の失敗により訴訟が行われたドミニカという二つの例を実際に見ること
ができ、非常に参考になった。
【派遣の成果】
移住資料館や邦字新聞らぷらた報知社にて日本語、スペイン語の作品を集めることができ
た。また、日本庭園図書館にてスペイン語ネイティブの日系二世の司書の方の協力を得て、
邦字新聞に投稿された俳句の一部をスペイン語に翻訳し、発表した。
研究発表
「アルゼンチンにおける HAIKU」国立ラプラタ大学(9 月)
「俳句に見るアルゼンチン日本人移民史」ブエノスアイレス日本庭園(11 月)
投稿
「俳句に見るアルゼンチン日本人移民史」
『らぷらた報知スペイン語版』2012 年 1 月 19 日
【今後の課題】
一年間のフィールド調査で得た資料を分析し、修士論文を執筆する。6 月に中部大学で行わ
れるラテンアメリカ学会にて発表する予定である。10 月にはアルゼンチンのトゥクマンと
いう地方都市でアジア研究に関する学会が開かれ、ラプラタ大学の日本研究所が日本につ
いての分科会を設ける予定なので、修士論文の内容をスペイン語でまとめ、そこで発表し
たいと考えている。
また、一世の日本語による作品をスペイン語に翻訳し、日本語がわからない二世、三世向
けに日系団体の新聞や雑誌上で発表したいと考えている。
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