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264 Borrelia japonica感 染 が 疑 わ れ る ラ イ ム ボ レ リ ア 症 の1例 静岡県立大学薬学部微生物学教室 増 澤 俊 幸 柳 原 保 武 静岡県立総合病院皮膚科 藤 Key words: 序 受付) (平成8年1月5日 受 理) Lyme borreliosis, japonica, Ixodes ovatus マダ burgdorferi 現 病 歴:約4カ 記 す べ き こ とな し. 月 前 に静 岡 県 静 岡 市 玉 川 の キ ャ sensu ン プ場 へ行 き,1週 膜 炎, 気 づ く.更 に1週 間後 に左 頸 部 リ ンパ 節 腫 張 が 出 筋 炎 な ど多 様 な 病 態 を し め す1).こ れ ま で 現 し た.近 位 小 児 科 を受 診 し,上 気 道 炎 に伴 う リ 染 に 起 因 し,遊 走 性 紅 斑,関 に ラ イ ム 病 病 原 体 は,そ 状 の 解 析 に よ り,B. 類 さ れ,更 節 炎,髄 の 遺 伝 学 的,免 burgdorferi B. garinii3),B. afzelii4),B. 疫 学的性 sensu stricto2), japonica5)の4種 に分 に は この ほか に新 種 とし て記 載 され う る 株 群(genomic group)6)が シ ュ ル ツ ェ マ ダ ニ(Ixodes 存 在 す る.本 邦 で は persulcatus)刺 因 す る ラ イ ム 病 症 例 が 北 海 道,長 咬 に起 野 を 中心 に報 告 さ れ て い る が7)8),ヤ マ トマ ダ ニ(Ixodes ovatus) 刺 咬 に 起 因 す る ラ イ ム 病 は 知 ら れ て い な い.こ ま で に 病 原 体 の 免 疫 学 的,分 garinii,ま afzeliiを9)∼12),ヤ マ トマ ダ ニ はB. れ た は japonica13) を保 有 す る こ と が 明 ら か に さ れ た. 今 回 我 々 は,ラ 染 に起 因 す る可 能 性 の あ る 症 例 を 見 い だ し た の で 報 告 す る. 症 患 者:8歳,女 例 フ ラー ル 細 粒(R)300mg/日 を投 与 され た が,改 善 が 見 られ な い た め ダ ニ との 関 連 を疑 わ れ 静 岡 県 立 総 合 病 院 皮 膚 科 を紹 介 され た. 現 症:右 頸 部 に15×13mm大 ンパ 節 を触 知 した.ダ の圧 痛 の あ る リ ニ が 咬 着 し て い た と言 う右 頭 頂 部 に は皮 疹 を認 め な か った.両 足 関 節 痛 を認 臨 床 検 査 所 見:体 血 液 像(好 温36.2℃,白 血 球 数7,600/μl, 中球73%,リ 抗 酸 球1%,他0%,赤 ンパ 球23%,単 1,630mg/dl,IgM dlで,炎 球3%, 血 球 数384×104/μl,血 板 数32×104/μl,赤 沈23mm/時 小 間,CRP2.16mg/ 472mg/dl,IgA 症 反 応 所 見 とIgGとIgMが 230mg/ や や上昇 し て い た.そ の 他 の一 般 血 液,尿 検 査 所 見 に異 常 は 足 関 節 部X線 児. 節 部 のX線 写 真 所 見:疹 痛 を訴 えた両 足 関 像 で は,関 節 の 変 形 な どの 異 常 所 見 は 見 られ な か っ た. 頸 部 リ ン パ 節 腫 張. 別 刷 請 求 先:(〒422)静 フ ァク ロル(ケ な か っ た. 初 診:1989年10月2日. 主 訴:左 ンパ 節 腫 張 を疑 わ れ,セ dl,IgG イ ム病 患 者 の 血 清 学 的 反 応 性 を 解 析 し,B.japonica感 間 後 に右 頭 頂 部 の ダ ニ 咬 着 に め た が,運 動 障 害 は見 られ な か っ た. 子 生 物 学 的 性 状 の解 析 に よ り,シ ュ ル ツ ェ マ ダ ニ はB. B. Borrelia 家 族 歴 ・既 往 歴:特 イ ム 病)はIxodes属 ニ よ り 媒 介 さ れ るBorrelia 脳 炎,心 弘 (平成7年11月8日 文 ラ イ ム ボ レ リ ア 症(ラ lato感 田 血 清 診 断 成 績:ラ い たLyme 岡 市谷 田52番1号 Kit(R)(ダ コ社,デ マ ー ク)で 陽性 の結 果 を得 た .更 に,Table1に 静 岡 県立 大 学 薬学 部 微 生物 学 教 室 増澤 イ ム病 ボ レ リア鞭 毛 抗 原 を 用 Borrelia ELISA 俊幸 ン 示 した米 国,欧 州,並 び に 日本 の シ ュ ル ツ ェ マ ダ ニ, 感染症学雑誌 第70巻 第3号 Borrelia Table 1 Reactivity of the patient ヤ マ トマ ダ ニ 由 来 の 株,計12株 を 抗 原 と し て,常 施 し た.本 が,そ serum 染 が 疑 わ れ る ラ イ ム 病 の1例 with borrelia の 超 音 波 破砕 菌 体 法 に 従 い 自 家 製 のELISAを 血 清 は,ヤ ica IKA2株 japonica感 マ トマ ダ ニ 由 来 のB. 実 japon- に は 強 く反 応 し 陽 性 の 結 果 を 得 た isolates Fig. from 1 various Western 265 geographical origin blots serum of the in ELISA from the patient using three strains as antigen. Apparent molecular mass are expressed in kilodalton. Location of flagellin and OspA are indicated on right. の ほ か の株 に対 す る 反 応 性 は極 め て 弱 か っ た.ELISAに 由 来B. 使 用 し た 株 の う ち の3株,米 burgdorferi sensu stricto 297株,日 シ ュ ル ツ ェ マ ダ ニ 由 来B. garinii 産 ヤ マ トマ ダ ニ 由 来B. HP japonica 国患者 本産 13株,日 本 IKA 2株 を 抗 原 と し た ウ エ ス タ ン ブ ロ ッ トに よ り,本 患者血 清 の 反 応 性 に つ い て 更 に 検 討 を 加 え た(Fig.1).本 者 血 清 は 試 験 し た3株 患 の ボ レ リ ア 全 て で,ボ レ リ ア 間 で 種 を 越 え て 遺 伝 子 の 保 存 性 が 高 い41 kilodalton (kDa)鞭 毛 蛋 白 質 と 反 応 し た が,ボ リ ア 種 間 で 性 状 が 大 き く異 な る 約30kDa主 層 蛋 白 質(outer surface protein に つ い て は8jdponicaIKA2株 レ 要表 A,OspA)11)12) の み と反 応 し た. 治 療 と経 過:初 疑 い,ペ 診 時 の 臨床 所 見 か らラ イ ム 病 を ニ シ リ ン 系 抗 生 物 質 ス ル タ ミ シ リ ン(ユ ナ シ ン(R)細粒 小 児 用)400mg/日 た.右 を 約3週 頸 部 リ ン パ 節 腫 張 は 内 服 開 始 後7日 両 足 関 節 痛 は14日 の 後 約3カ た が,皮 間投与 し 目 に, 目 に は 認 め ら れ な くな っ た.そ 月 間 定 期 的 に外 来 に て経 過 観 察 を行 っ 疹 や 関 節 痛,発 熱,頭 痛 は 認 め られ ず 経 患 者 の20∼40%は 過 は 良 好 で あ っ た. ま た,本 症 例 で は ラ イ ム病 感 染 初 期 に 見 られ る 遊 走 性 紅 斑 は 見 ら れ な か っ た が,欧 平 成8年3月20日 米 の ラ イ ム病 血 清 反 応,並 遊 走 性 紅 斑 を 呈 さ な い こ と1), び に使 用 した 抗 生 剤 に対 す る患 者 の 反 応 か ら本 症 例 を ラ イ ム 病 と診 断 した. 増澤 俊幸 他 266 考 察 これ まで本 邦 で は起 因 マ ダニ 種 が 不 明 な ラ イ ム 病 症 例 を含 め80余 例 が知 られ て い る.本 邦 に お け る患 者 発 生 地 とヤ マ トマ ダ ニ に比 べ比 較 的 寒 冷 地 を好 む シ ュル ツ ェ マ ダ ニ 生 息 地 が比 較 的 一 致 す る こ とや8),こ れ まで 患 者 よ り分 離 され た 全 て の株 の 性 状 が シ ュル ツ ェ マ ダ ニ 由来 株 の性 状 と一 致 す る こ とか ら14)15),シュル ツ ェマ ダ ニ が 日本 に お け る主 要 媒 介種 とされ て い る.一 方,明 トマ ダ ニ に刺 され た 後,ラ らかにヤマ イ ム病 を発 症 し た症 例 は これ まで知 られ て お らず,ヤ マ トマ ダニ が保 有 す る 日本 固 有 の ラ イ ム 病 関 連 ボ レ リア で あ る8 jaPonicaは 弱 毒 と思 わ れ て い る.し か し,今 回 我 々 は 患 者 血 清 の 免 疫 学 的 反 応 性 を 解 析 し,8 4) Canica MM, Nato F, du Merle L, Mazie JC, Baranton G, Postic D : Monoclonal antibodies for identification of Borrelia afzelii sp. nov. associated with late cutaneous manifestations of Lyme borreliosis. Scand J Infect Dis 1993; 25: 441-448. 5) Kawabata H, Masuzawa T, Yanagihara Y: Genomic analysis of Borrelia japonica sp. nov. isolated from Ixodes ovatus in Japan. Microbiol Immunol 1993; 37: 843-848. 6) Postic D, Assous MV, Grimont PAD, Baranton G: Diversity of Borrelia burgdorferi sensu lato evidenced by restriction fragment length polymorphism of rrf (5S)-rrl (23S) intergenic spacer amplicons. Int J Syst Bacteriol 1994; 44: 743-752. 7) Kawabata M, Baba S, Iguchi K, Yamaguchi N, Russell H : Lyme disease in Japan and its jaPonica感 染 に 起 因 す る と 思 わ れ る ラ イ ム 病 の 存 在 を始 め て 明 らか に した.今 の 原 因 とな っ た ダ ニ を 除 去 後 廃 棄 して し ま っ た た め,ダ ニ の 同 定 はで きて い な い.し か し,血 清 学 的 反 応 性,並 possible incriminated tick vector, Ixodes persulcatus. J Infect Dis 1987; 156: 854. 回 この 患 者 が 発 症 8) 橋 本 喜 夫, 低 く,こ の 周 辺 で は シ ュル ツ ェ マ ダ ニ を 見 な い こ と か ら16),シ ュ ル ツ ェマ ダ ニ以 外 の ダ ニ刺 咬 に基 づ く ライ ム 病 で あ 病 状 の経 過 か ら し て,他 の ラ イ ム病 ボ レ リア に よ る病 態 に比 べ か な り軽 度 と考 え られ るが,こ 12) う ライ ム病 症 例 も存 在 す る と思 わ れ る.今 後,ヤ マ トマ ダ ニ刺 咬 に も とつ くラ イ ム 病 に つ い て,注 意 深 く見 守 り,実 態 を明 らか に す る必 要 が あ ろ う. 謝辞 稿 を終 えるにあた り,ご 指導を賜 った静 岡県立総 知三先生に深謝いたします. 文 献 1) Steere AC: Lyme disease. N Engl J Med 1989; 321: 586-596. 2) Johnson RC, Schmid GP, Hyde FW, Steingerwalt AG, Brenner DJ: Borrelia burgdorferi sp. nov. Etiologic agent of Lyme disease. Int J Syst Bacteriol 1984; 34: 496-497. 3) Baranton G, Postic D, Saint Girons I et al.: Delineation of Borrelia burgdorferi sensu stricto, Borrelia garinii sp. nov. and group VS461 associated with Lyme borreliosis. Int J Syst Bacteriol 1992; 42: 378-383. ライ M, K: Takahashi Y, genetic isolated characterization of Borrelia species from Ixodes persulcatus in Hokkaido, J Clin Microbiol 福 長 将 仁: 川 端 寛 樹, 1993; Antigenic 31: 1388-1391. ラ イ ム 病 ボ レ リ ア 抗 原 解 析. 10: and 化学療法 2067-2074. 増 澤 俊 幸, 柳 原 保 武: ライ ム病 ボ レ リ ア の遺 伝 子 解 析 と世 界 的 広 が り. 化 学 療 法 の 領 域 の よ う に症 状 が軽 微 で あ る た め に,見 過 され て し ま Sohnaka Miyamoto 宮 本 健 司: 1097-1100. M, の 領 域1994; る可 能 性 が 示 唆 され る. 合病院,前 皮膚科医長,奥 M, 43: Nakao Japan. 11) 大 熊 憲 崇, 臨 皮1989; 9) Fukunaga び に ダ ニ刺 咬 を受 け た 問題 の キ ャ ン プ 場 の標 高 が700∼800mと 水 元 俊 裕, ム 病 の1例. 1994; 10: 2092-2100. 13) Masuzawa T, Kawabata H, Beppu Y et al.: Characterization of monoclonal antibodies for identification of Borrelia japonica, isolates from Ixodes ovatus. Microbiol Immunol 1994; 38: 393 -398 . 14) Fukunaga M, Sohnaka M, Nakao M, Miyamoto K: Evaluation of genetic divergence of borrelial isolates from Lyme disease patients in Hokkaido, Japan, by rRNA gene probes. J Clin Microbiol 1993; 31: 2044-2048. 15) Nakao M, Miyamoto K, Kawagishi N, Hashimito Y, Iizuka H : Comparison of Borrelia burgdorferi isolated from humans and ixodid ticks in Hokkaido, Japan. Microbiol Immunol 1992; 36: 1189-1193. 16) 栗田 亨, 川 端 寛 樹, 山 田 和 人, 他: ダ ニ 類 の ラ イ ム 病 病 原 体 保 有 状 況. 1995; 69: 静岡県のマ 感 染 症 誌 324-326. 感染症学雑誌 第70巻 第3号 Borrelia japonica感 染 が 疑 わ れ る ラ イ ム 病 の1例 267 A Case of Lyme Borreliosis Which Was Suspected to Be Caused by Borrelia japonica Infection in Shizuoka, Japan Toshiyuki MASUZAWA1), Yasutake YANAGIHARA1) & Hiroshi FUJITA2) Department of Microbiology, School of Pharmaceutical Sciences, 1) University of Shizuoka 2)Department of Dermatology , Shizuoka General Hospital We report a case of Lyme borreliosis (Lyme disease) found in Shizuoka City, Japan which was suspected to be caused by Borrelia japonica infection. A 8-year-old female was bitten on her head by a tick at a camping ground, near Tamagawa, Shizuoka. The tick was removed by the patient and was discarded before species identification. After one week, lymph node swelling with tenderness developed on her left neck. She consulted a local pediatrician and was suspected to have upper respiratory infection. As oral antibiotic, cefaclor was not effective, the patient was referred to us. The patient's serum showed positive reaction with Lyme Borreliosis ELISA kit (Dakopatts, Denmark) using Borrelia burgdorferi flagellum as antigen. The serum also gave positive results with home-made ELISA to B. japonica strain IKA2, which was isolated from I. ovatus, but not with other borrelial strain isolated in the United States, Europe, and from I. persulcatus and wild rodent in Japan. In western blotting, the serum reacted with flagellin and outer surface protein A (OspA) of B. japonica. We diagnosed her as Lyme disease and got a successful result with oral penicillin, sultamicillin. From a result of our field tick survery, we have not collected I. persulcatus around the area where the patient had a tick bite. These findings indicated that Lyme disease was caused by B. japonica infection with I. ovatus bite. 平 成8年3月20日