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博士論文審査報告書

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博士論文審査報告書
早稲田大学大学院 理工学研究科
博士論文審査報告書
論
文
題
目
Development of Quantitative Method for
Specific Nucleic Acid Sequences Using
Fluorescence Quenching Phenomenon
蛍光消光現象を用いた新規核酸定量手法の開発
申
請
者
Hidenori Tani
谷 英典
応用化学専攻
化学工学研究
2008 年 2 月
核 酸 ( DNA お よ び RNA) は , す べ て の 生 命 体 に お い て 最 も 基 礎 と な る 分
子 で あ り ,生 体 試 料 中 の 特 定 の 核 酸 を 定 量 す る 手 法 は ,医 療 分 野 ,食 品 分 野 ,
環境分野をはじめ,生命科学分野全般において欠かすことのできない重要な
ツールとなっている。例えば,医療分野では白血病診断や病原性ウイルスの
定 量 検 査 , 食 品 分 野 で は GM 作 物 の 混 入 率 の 検 査 や 食 品 中 の 病 原 菌 の 検 査 ,
環境分野では,排水処理能力の評価や環境浄化を担う微生物の生態解析等に
利 用 さ れ て い る 。 数 あ る 定 量 手 法 の 中 で も , ポ リ メ ラ ー ゼ 連 鎖 反 応
( P o l y m e r a s e C h a i n R e a c t i o n: P C R ) を 用 い た 定 量 的 P C R 法 は , 他 の 手 法
に比べて感度が非常に高く,極めて微量な核酸を定量できることから現在広
く 利 用 さ れ て い る 。 定 量 的 PCR 法 に は , リ ア ル タ イ ム PCR 法 , 競 合 的 PCR
法など,測定原理の異なる数種類の手法が知られている。これらのうち,リ
ア ル タ イ ム P C R 法 は ,最 も 簡 便 で か つ 信 頼 性 の 高 い 手 法 で あ る が ,サ ー マ ル
サ イ ク ラ ー と 蛍 光 強 度 計 が 一 体 化 し た 専 用 の 高 価 な 装 置 を 必 要 と し ,さ ら に ,
測定サンプルに核酸増幅反応を阻害する物質が混入している場合,定量値を
過 小 評 価 し て し ま う 恐 れ が あ る 。一 方 ,競 合 的 P C R 法 は ,特 殊 な 装 置 は 必 要
としないが,操作が煩雑で時間がかかるという欠点を有する。
以上の背景を踏まえ,本論文では,ある種の蛍光色素がグアニン塩基と相
互作用することにより蛍光が消光する現象に着目し,従来の手法よりも正
確・簡便・迅速な新規核酸定量手法の開発を行っている。
本 論 文 は 7 章 よ り 構 成 さ れ て い る 。以 下 に 各 章 の 審 査 概 要 に つ い て 述 べ る 。
第 1 章では,核酸定量手法,およびこれらの手法に使用される蛍光色素等
に関する既往の知見および問題点,さらに,蛍光消光現象に関する既往の知
見について概説し,本研究の意義・目的を明らかにしている。
第 2 章 で は , 蛍 光 消 光 現 象 を 利 用 し た 新 規 リ ア ル タ イ ム PCR 法 で あ る
Q u e n c h i n g P r o b e( Q P r o b e ) - P C R 法 を 用 い て , 遺 伝 子 組 換 え ( G M ) 作 物 の
混 入 率 の 測 定 を 行 っ て い る 。 本 手 法 で 用 い る QProbe は , リ ア ル タ イ ム PCR
法 に お い て 用 い ら れ る Ta q M a n P r o b e 等 の D N A プ ロ ー ブ に 比 べ , 設 計 ・ 合
成 が 容 易 で あ る と い う 利 点 を 有 す る 。 QProbe-PCR 法 を GM 作 物 に 応 用 す る
に あ た り ,G M ダ イ ズ を モ デ ル と し て 検 討 を 行 っ て い る 。G M ダ イ ズ と 非 G M
ダ イ ズ と が 所 定 の 比 率 ( 0.1- 5.0%) で 混 合 さ れ て い る 標 準 試 料 を 対 象 に ,
Q P r o b e - P C R 法 お よ び Ta q M a n P r o b e 法 に よ り G M ダ イ ズ 混 入 率 を 測 定 し て
い る 。 両 手 法 の 結 果 を 比 較 す る こ と で , Q P r o b e - P C R 法 が Ta q M a n P r o b e 法
と 同 等 の 精 度 を 有 し , か つ 保 証 定 量 下 限 が Ta q M a n P r o b e 法 と 同 じ く 0 . 5 %
で あ る こ と を 明 ら か に し て お り , QProbe-PCR 法 が GM ダ イ ズ の 混 入 率 の 測
定において有効な手法であることを報告している。
第 3 章 で は , リ ア ル タ イ ム PCR 法 の 問 題 点 を 解 決 す る 新 規 核 酸 定 量 手 法
A l t e r n a t e l y B i n d i n g p r o b e Competitive P C R( A B C - P C R )法 を 開 発 し て い る 。
ABC-PCR 法 は , 目 的 の 核 酸 と 競 合 的 に 増 幅 さ れ る 核 酸 ( 内 部 標 準 核 酸 ) を
測 定 試 料 に 添 加 し , 各 々 の 核 酸 の 比 率 を DNA プ ロ ー ブ の 蛍 光 消 光 率 か ら 求
1
めることにより,目的の核酸量を算出する手法である。前述の通り,リアル
タ イ ム P C R 法 は 専 用 の 高 価 な 装 置 を 必 要 と し ,さ ら に ,測 定 サ ン プ ル に 核 酸
増幅反応を阻害する物質が混入している場合,定量値を過小評価してしまう
恐 れ が あ る 。 こ れ に 対 し て , ABC-PCR 法 は PCR 終 了 後 に 蛍 光 を 測 定 す る だ
けで定量が可能であり,さらに,内部標準核酸を用いることで,核酸増幅阻
害 物 質 の 影 響 を 受 け に く い と い う 利 点 を 有 す る 。 本 研 究 で は , ABC-PCR 法
の確立にあたり,生物学的窒素除去プロセスにおいて重要な役割を担う硝化
細 菌 Nitrosomonas europaea の amoA 遺 伝 子 を モ デ ル タ ー ゲ ッ ト と し て 検 討
を 行 っ て い る 。 N. europaea か ら 抽 出 し た ゲ ノ ム DNA を 用 い て , ABC-PCR
法 お よ び リ ア ル タ イ ム P C R 法 に よ り ,a m o A 遺 伝 子 の コ ピ ー 数 を 測 定 す る こ
と で , ABC-PCR 法 が リ ア ル タ イ ム PCR 法 と 同 等 の 精 度 ・ 再 現 性 を 有 す る こ
とを明らかにしている。また,核酸増幅阻害物質としてフミン酸を添加し,
両 手 法 に お け る 定 量 値 へ の 影 響 を 評 価 し た 結 果 ,リ ア ル タ イ ム P C R 法 で は フ
ミ ン 酸 濃 度 が 増 加 す る に つ れ 真 値 よ り も 低 い 値 を 示 す の に 対 し , ABC-PCR
法ではフミン酸濃度に依存せず真値に近い値を示すことを明らかにしている。
以 上 の 成 果 は , ABC-PCR 法 が 土 壌 や 活 性 汚 泥 な ど の 核 酸 増 幅 阻 害 物 質 が 多
く含まれる試料に対して特に効果を発揮する核酸定量手法であることを示唆
しており,従来の手法の常識を覆した極めて独創的かつ価値の高い研究成果
であると言える。
第 4 章 で は , 第 3 章 で 開 発 し た ABC-PCR 法 を 一 塩 基 多 型 の ア レ ル 頻 度 測
定に応用している。ヒトの疾患や様々な表現形質の違いは,個々人のゲノム
に 刻 ま れ た D N A 塩 基 配 列 の 違 い( 多 型 )に 由 来 し ,1 つ の 塩 基 置 換 に よ っ て
起 こ る 多 型 は SNP( Single Nucleotide Polymorphism) と 呼 ば れ る 。 特 に ,
複 数 の S N P が 関 係 す る 病 気 の 診 断 を 行 う 上 で ,患 者 集 団 と 一 般 コ ン ト ロ ー ル
集 団 に お け る 特 定 の S N P 部 位 の ア レ ル 頻 度 ( =( マ イ ナ ー ア レ ル 数 ) /( メ ジ
ャ ー ア レ ル 数 + マ イ ナ ー ア レ ル 数 ) ×100) の 差 を 求 め る こ と は , SNP と 病
気 と の 関 連 を 解 析 す る 上 で 極 め て 重 要 で あ る 。 本 研 究 で は , ABC-PCR 法 を
S N P の ア レ ル 頻 度 測 定 に 応 用 す る に あ た り ,ヒ ト の A L D H 2 ,G N B 3 ,H T R 2 A
の 3 種類の遺伝子をモデルとして検討を行っている。ボランティア数人の毛
髪 か ら ゲ ノ ム を 抽 出 し , こ れ ら を 鋳 型 と し た PCR 産 物 を 用 い て , ABC-PCR
法 に よ り SNP の ア レ ル 頻 度 測 定 を 行 う こ と で ,ABC-PCR 法 の 測 定 値 が 実 際
の ア レ ル 頻 度 に 近 い 値 を 示 す こ と を 明 ら か に し て い る 。以 上 よ り ,A B C - P C R
法 は SNP の ア レ ル 頻 度 測 定 に お い て も 有 効 な 手 法 で あ り ,ABC-PCR 法 が 医
療分野へも応用可能であることを示唆している。
第 5 章 で は , 第 3 章 で 開 発 し た ABC-PCR 法 の 原 理 を 応 用 す る こ と で , 測
定 ご と に 検 量 線 を 作 成 す る 必 要 の な い 簡 易 核 酸 定 量 手 法
Calibration-curve-Free quantitative PCR( CF-qPCR) 法 を 開 発 し て い る 。
C F - q P C R 法 の 確 立 に あ た り ,G M ダ イ ズ の R o u n d u p R e a d y S o y b e a n( R R S )
配 列 を モ デ ル と し て 検 討 を 行 っ て い る 。 GM ダ イ ズ と 非 GM ダ イ ズ と が 所 定
2
の 比 率 ( 0.5- 2%) で 混 合 さ れ て い る 標 準 試 料 を 対 象 に , CF-qPCR 法 お よ び
リ ア ル タ イ ム PCR 法 に よ り RRS コ ピ ー 数 を 測 定 し , 両 手 法 の 測 定 結 果 を 比
較 す る こ と で , CF-qPCR 法 が リ ア ル タ イ ム PCR と 同 等 の 精 度 を 示 す こ と を
明 ら か に し て い る 。 さ ら に , GM ダ イ ズ を 1% 以 上 含 む 標 準 試 料 に お い て ,
CF-qPCR 法 で 得 ら れ た コ ピ ー 数 の 相 対 標 準 偏 差 は リ ア ル タ イ ム PCR 法 と 同
様 10% 未 満 で あ る こ と を 明 ら か に し て お り , CF-qPCR 法 が 簡 便 な だ け で な
く,精度も高い核酸定量手法であることを報告している。
第 6 章 で は , 第 3 章 で 開 発 し た ABC-PCR 法 の 原 理 を 新 規 核 酸 等 温 増 幅 法
で あ る Loop-mediated isothermal amplification( LAMP) 法 に 応 用 す る こ
と で ,よ り 迅 速 か つ 安 価 に 定 量 が 可 能 な A B C - L A M P 法 の 開 発 を 行 っ て い る 。
L A M P 法 は P C R 法 と 比 較 し て ,( 1 ) 等 温 反 応 で あ る た め 装 置 の 低 コ ス ト 化
や 小 型 化 が 容 易 ,( 2 ) 反 応 時 間 が P C R 法 の 1 / 3 ~ 1 / 4 ,( 3 ) 塩 基 配 列 特 異 性
が 高 い た め 正 確 ,と い っ た 優 れ た 特 徴 を 有 す る 。A B C - L A M P 法 の 確 立 に あ た
り ,第 3 章 と 同 様 に N . e u r o p a e a の a m o A 遺 伝 子 を モ デ ル タ ー ゲ ッ ト と し て
検 討 を 行 っ て い る 。 N. europaea か ら 抽 出 し た ゲ ノ ム DNA を 用 い て ,
ABC-LAMP 法 お よ び リ ア ル タ イ ム PCR 法 に よ り , amoA 遺 伝 子 の コ ピ ー 数
を 測 定 す る こ と で , ABC-LAMP 法 は リ ア ル タ イ ム PCR 法 と 同 等 の 精 度 ・ 再
現性を持つことを明らかにしている。さらに,核酸増幅阻害物質としてフミ
ン 酸 , 尿 素 , お よ び Tr i t o n X - 1 0 0 を 添 加 し , A B C - L A M P 法 お よ び リ ア ル タ
イ ム P C R 法 に お け る 定 量 値 へ の 影 響 を 評 価 し て い る 。そ の 結 果 ,リ ア ル タ イ
ム P C R 法 で は , フ ミ ン 酸 , 尿 素 , お よ び Tr i t o n X - 1 0 0 の 濃 度 が 増 加 す る に
つ れ 真 値 よ り も 低 い 値 を 示 す の に 対 し ,A B C - L A M P 法 で は ,こ れ ら の 濃 度 に
依存せず真値に近い値を示すことを明らかにしている。以上の成果は,
ABC-LAMP 法 が ABC-PCR 法 よ り も さ ら に 迅 速 か つ 安 価 な 核 酸 定 量 が 可 能 で ,
装置の小型化も容易であることを示唆しており,特に野外等での迅速・簡便
な核酸定量システムの確立に大いに貢献すると期待できる。
第7章では,本論文の総括および展望を記述している。
以上,本論文では,ある種の蛍光色素がグアニン塩基と相互作用すること
により蛍光が消光する現象に着目することで,従来の手法よりも,簡便・迅
速・低コスト・正確である新規核酸定量手法の開発に成功している。本成果
は , GM 作 物 の 混 入 率 の 検 査 か ら ヒ ト の 病 気 診 断 ま で 様 々 な 分 野 に 応 用 が 可
能 で あ り ,生 命 科 学 分 野 の 発 展 に 大 い に 寄 与 す る こ と が 期 待 で き る 。よ っ て ,
本論文は博士(工学)の学位論文として価値あるものと認める。
2008 年 2 月
審査員
(主査)
早稲田大学教授
博 士( 工 学 )東 京 大 学
常田
早稲田大学教授
工 学 博 士( 早 稲 田 大 学 )
酒井清孝
早稲田大学教授
工 学 博 士( 早 稲 田 大 学 )
平沢
早稲田大学教授
博 士( 工 学 )東 京 農 工 大 学
竹山春子
3
聡
泉
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