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就業規則・社内規程「問題となった一条」

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就業規則・社内規程「問題となった一条」
連 載
事例でわかる
就業規則・社内規程
就業規則・社内
就業規則・社内規程「問題となった一条」
規程「問題となった
問題となった一条」
一条」
メンタルヘルス・休職規定を
第7回
めぐるトラブル
弁護士法人第一法律事務所 弁護士 秦 周平
※以下で紹介する事例等は実際の設定や状況とは変えてあります。
1
メンタル疾患に罹患した従業員
とのトラブルの増加
Xは,平成17年4月以降,無断遅刻が増
え,医師の診察を受け,「睡眠覚醒リズム
近時,従業員の心の健康(メンタルヘル
障害の疑い」との診断書を提出しました。
ス)問題が増加し,厚労省の統計でも,精
Y社は,物流計算センターでは繁忙期の勤
神障害等の労災申請は,平成22年度の請求
務時間が不規則で改善の妨げになるのでは
件数が1,181件と2年連続で過去最高を更
ないかと考えて,勤務時間が規則的で,健
新し,支給決定件も308件(認定率31.2%)
康に配慮できる部署を検討し,平成17年10
で過去最高を更新しています。
月,プロパンガスの充填,運送を扱う子会
また,昨今,メンタルヘルス不調を訴え
社のZ社に出向させました。出向後,Xは,
る労働者と会社との個別的労使紛争の件数
配送管理部門で配送システムの管理業務に
が増加しています。使用者としては,従業
従事し,無断遅刻はなくなりました。
員がうつ病などに罹患した場合に,①どの
平成18年末,Xは,Z社の指示なく無断
ような場合に休職命令を発令するか,②休
で,物流計算センターのサーバーにアクセ
職期間が満了した場合に復職させるか,ま
スし,伝票リストのソフトを作成していた
たは就労不能を理由に退職扱い(解雇)す
ことが判明しました。Z社は,Xをサーバ
るか,③休職期間中の給与の支払いはどう
ーへのアクセスが可能な部署に置いておけ
なるか,といった点をめぐってトラブルに
ないと考え,平成19年1月,肉体的に重い
なることがあります。
負荷がかからず,比較的軽易な業務であっ
本稿では,上記が争点となった裁判例を
て,勤務時間も安定し,残業も少ない充填
紹介し,メンタルヘルス事案における休職
部に異動させました。
規定の問題点や改善点を検討します。
2
事案の概要
(1)出向,配置転換
(2)休職命令
平成20年7月になって突如,Xは,Y社に
対し,Z社への出向扱いは無効である,Y社
に在籍する同期に比べて給与が少ないと主
張し,出向期間中におけるY社の給与・賞与
Xは,平成6年業務用プロパンガスの販
との差額を支払うよう求めてきましたが,Y
売会社であるY社に就職し,平成13年に子
社は理由がないとしてこれを拒否しました。
会社の物流計算センターに出向しました。
その後,平成20年9月から11月にかけて
92
2011.11
体調不良を理由に有給休暇を取得するよう
発令日
期 間
になり,Z社から診断書の提出を求めたと
1 H20.11.15 H20.11.16 ∼ H20.12.25(約1カ月)
ころ,自律神経失調症で1カ月の休養加療
2 H20.12.25 H20.12.26 ∼ H21.3.29(約3カ月)
を要するとの診断書を提出しました。
3 H21.3.28
H21.3.30 ∼ H21.6.24(約3カ月)
4 H21.6.23
H21.6.25 ∼ H21.8.15(約2カ月)
Xは有給休暇をすべて消化したので,Z
社は,Xに対して,平成20年11月15日,就
業規則49条1号,50条1項1号に基づき,
(3)休職期間満了による退職
同年11月16日から12月25日まで休職するよ
平成21年9月20日,Y社は,Xに対して,
う命じました(1回目の休職)。
休職期間満了により平成21年8月15日付で
平成20年12月,Z社はXと面会しました
雇用契約が終了した旨の退職通知を行いま
が,
Xは「体調が悪く充填作業はできない」
した。なお,Xの給与については,上記の
「もっと楽な仕事ならできる」と発言しま
休職期間のうち,給与規定に基づき,平成
した。Z社は,Xが軽易な充填作業にすら
21年4月分までは減給して支給し,5月分
従事できないことから,同年12月25日,休
以降は無給としました。
職命令を3カ月間延長しました。
これに対して,Xは,休職期間満了を理
その後も,約3カ月間の休職期間満了ご
由に退職扱いとしたことは無効であるとし
とにXに診断書を提出させ,次の通り合計
て,雇用契約上の地位確認を求めるととも
3回にわたって休職期間を延長しました。
に,賃金の支払いを求めました。
●Y社就業規則(一部抜粋)
(休職の事由)
第45条 従業員が次の各号のいずれかに該当する場合は休職を命ずる。
① 私傷病による欠勤が次の期間に及んだとき。
イ 勤続1年未満の者
1カ月
ロ 勤続1年以上5年未満の者
3カ月
ハ 勤続5年以上の者
6カ月
②③(省略)
④ 前各号の外,特別の事情があって休職させることを適当と認めたとき。
(休職期間)
第46条 前条の休職期間は次の通りとする。
① 前条第1号によるとき
イ 勤続1年未満の者
4カ月
ロ 勤続1年以上5年未満の者
6カ月
ハ 勤続5年以上10年未満の者
7カ月
ニ 勤続10年以上の者
9カ月
②(以下省略)
2 前項各号の休職期間は,会社が必要と認めた場合はこれを延長することがある。
(休職中の取扱い)
第48条 休職中は給与規定の定めるところにより,原則として給与を減額し,または支給しない。
(退職)
第52条 従業員が次の各号のいずれかに該当する場合は退職とする。
①∼⑤(省略)
⑥ 休職期間が満了したとき。
2011.11 93
●Z社就業規則(一部抜粋)
(休職事由)
第49条 従業員が次の各号のいずれかに該当する場合は休職を命ずる。
① 心身または精神の衰弱故障により業務に堪えないと認めたとき。
② 業務外の傷病により欠勤が引き続き6カ月に及んだとき。ただし勤続1年未満の者は1カ月に及ん
だとき。
③(以下省略)
(休職期間)
第50条 前条の休職期間は次の通りとする。
① 前条第1号によるとき
その都度定める期間
② 前条第2号によるとき
勤続1年未満の者
4カ月
勤続1年以上5年未満の者
6カ月
勤続5年以上10年未満の者
7カ月
勤続10年以上の者
9カ月
③(以下省略)
2 前項各号の休職期間は会社が必要と認めた場合はこれを延長することがある。
(休職中の取扱い)
第51条 休職中は給与規定の定めるところにより,原則として給与を減額し,または支給を停止する。
(退職)
第56条 従業員が次の各号のいずれかに該当する場合は退職とする。
①∼⑤(省略)
⑥ 休職期間が満了したとき。
(1)休職命令の効力
3
問題となった就業規則
ア)Xの主張
本件で問題となったY社とZ社の就業規
Xは,現職である充填部での就労は困難
則は93・94ページの通りでした。
であったとしても,他の部署であれば就労
は可能であったし,就労する意思もあった
4
本件の争点
のであるから,会社は他の選択肢を考慮す
べきであったとし,Z社の就業規則49条1
本件の争点は,①Y社とZ社が行った休
号「心身または精神の衰弱故障により業務
職命令は有効と言えるか,②休職期間満了
に堪えない」とは言えないので,休職命令
を理由としてXを退職扱いとしたことは有
は不当である,と主張しました。
効と言えるか,③休職期間中のXの給与を
また,Xは,Y社が休職命令を発したと
減給または無給としたことは有効と言える
は聞いていない,Y社の就業規則45条1号
か,の3点でした。
ハによれば6カ月の欠勤期間が必要とされ
ており,同条4号に基づく休職命令は不適
5
労使の主張
法である,と主張しました。
イ)Y社の主張
本件の各争点に対する労使の具体的な主
Z社は,Xと面会して「体調が悪く充填
張は次の通りでした。
作業はできない」との発言を受けたことや,
Xが提出した診断書に休養加療が必要と記
94
2011.11
載されていたことから,就業規則49条1号
「心身または精神の衰弱故障により業務に堪
えない」場合に該当し,Xに対し休職命令を
発令したことは有効であると主張しました。
し,Xの出向を解き,休職期間満了により
退職扱いとした,と主張しました。
(3)賃金請求権の存否
また,Y社の従業員がZ社に出向中であ
ア)Xの主張
っても,Y社はその就業規則に基づき(Z
Xは,就労可能な範囲を示して準備し,
社とは別に)傷病休職を命ずることができ
いつでも就労できることを示したにもかか
るとし,Xについて「特別の事情があって
わらず,Y社とZ社は,正当な理由なくこ
休職させることを適当」(就業規則45条4
れを拒んだのであるから,会社の責めに帰
号)と認めたので,休職命令を発令し,出
すべき事由(民法536条2項)により就労
向休職から傷病休職に切り替わったと主張
の機会を失ったとし,Y社は,Xに対する
しました。Y社は,書面は交付していない
賃金支払義務を免れない,と主張しました。
が,Y社とZ社の担当者がそれぞれXに対
イ)Y社の主張
して休職命令を伝えており,Y社の休職命
Y社は,Y社とZ社の就業規則の規定に
令も有効であると主張しました。
基づき,休職期間中は,減給し,または無
(2)退職扱いの効力
ア)Xの主張
Xは,就労の意思と能力を持っていたに
給とすることができる,と主張しました。
6
裁判所の判断
もかかわらず,不当な休職命令を発令し,
本件の各争点について裁判所の判断は次
休職期間満了を理由に退職扱いとすること
の通りでした。
は,休職規定を濫用した不当な解雇である
と主張しました。また,仮に休職規定の適
(1)休職命令の効力
用を受けるとしても,Z社の就業規則50条
Y社は,Xが自律神経失調症のため1カ
1項1号は「その都度定める期間」と定め
月の休養加療を必要とする内容の診断書を
ていて,何らの予告もなく突如,休職期間
提出したため,休職命令を発令するに至っ
が満了したとして退職を言い渡すことは手
たが,その後も,休職期間が満了する都度,
続き違反である,と主張しました。
同様の診断書が提出されたことや,本人が
また,Xの疾病は,Y社やZ社のXに対
「体調が悪く充填作業はできない」と説明
する処遇に起因し,業務上発生したもので
したため,3回にわたって休職命令を下し
あるので,解雇制限を定めた労働基準法19
た経緯からすれば,Y社の就業規則45条4
条に違反し,退職扱いは無効であると主張
号「特別の事情があって休職させることを
しました。
適当」と認められ,Z社の就業規則49条1
イ)Y社の主張
号「心身または精神の衰弱故障により業務
Y社は,休職期間の満了が近づいたこと
に堪えない」と認められ,Y社とZ社の休
から,Z社からXに対し,職場復帰の可否
職命令はいずれも有効になされたものと認
を確認するため診断書の提出を求めたがX
められるとしました。なお,Z社から辞令
が診断書を提出しなかったこと,X自ら体
書を交付する際,Y社の担当者も立ち会い,
調は以前と変わらず療養が必要である,と
Y社からも休職を発令する旨伝えたことが
回答したことから,復職はできないと判断
推認できるとしました。
2011.11 95
他の部署への異動を考慮すべきであっ
Z社の給与規定によれば,勤続1年以上の
た,とのXの主張については,本件では,
者について,最初の1カ月は9割,2カ月
物流計算センターから充填部に異動した経
以降5カ月までは8割を支給し,6カ月以
緯に照らせば,充填部よりも業務の負担が
降は無給とする旨規定していることを理由
少ない部署はなく,他に異動させる職場は
に,Y社がXに対して休職開始から6カ月
存在しなかったので,Xの主張は認められ
以降の賃金を支払わなかったことは不当で
ないとしました。
はないとしました。
(2)退職扱いの効力
休職期間が満了した後,再度の休職を命
ずるか否かは使用者の裁量に委ねられてお
り,それが権利の濫用にあたらない限り適
7
メンタルヘルス事案における
休職規定の問題点の分析
(1)メンタルヘルスと休職制度
法であると解すべき,としたうえで,本件
従業員がメンタル疾患に罹患した場合,
では,Y社は,3度にわたり休職を更新し,
私傷病の療養を理由に休職扱いとされま
その期間も9カ月が経過しているにもかか
す。これは法的には,休職規定(就業規則,
わらず,Xが診断書を提出せず,その体調
労働協約など)に基づき,所定の休職事由
は一向に改善が見られなかったために再度
が認められる場合に,会社が従業員に対し
の更新はしないこととしたのであり,Y社
て休職命令をもって,労働義務を一時的に
の就業規則46条1項1号ニで私傷病休職の
免除し,または就労を禁止することを意味
期間が9カ月とされていることにも照らす
します。
と,Y社が休職期間をさらに延長しなかっ
昨今の休職制度は,メンタルヘルス不調
たことは何ら不当ではないとし,Y社の就
の従業員に対する処遇の決定にあたり,制
業規則52条6号により,平成21年8月15日
度設計やその運用が問題とされることが多
の経過をもって休職期間が満了し,退職の
くなっています。特に,本事案のように,
効力が発生したと言うべきであるとしまし
休職期間を経て,会社としては復職が困難
た。
と判断されるが,本人は復職を希望する場
また,Y社がXを出向させ,Z社が配置
合,後日,従業員としての地位をめぐって
転換を行ったことについて不当な点は認め
紛争となるケースが増えています。
られず,確かに平成17年ころXが体調を崩
そこで以下,メンタルヘルス不調者に対
したことは認められるが,Z社に出向後は
して休職制度を活用するにあたり検討すべ
業務軽減し,体調不良は解消されており,
き課題を分析・検討することにします。
平成20年9月以降の疾病との関連性は認め
られないから,業務上発生したものとは認
められないとしました。
(3)賃金請求権の存否
(2)休職命令を発令する際の留意点
従業員がメンタル疾患に罹患し,または
メンタル疾患が疑われる場合,会社から本
人に対し,医師の診察を受けるよう指示し,
Y社就業規則48条は,休職期間中の賃金
就労不能であることを証明する医師の診断
について
「給与規定の定めるところにより,
書の提出を受ければ,休職命令が発令でき
原則として給与を減額し,または支給しな
ます。本事案でも,Xはその都度,休養加
い」
と定め
(Z社就業規則51条もほぼ同旨),
療が必要との診断書を提出したため,Y社
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2011.11
は休職命令を発令することができました。
しかし,診断書の提出がないまま従業員
が度々欠勤を繰り返した場合でも,休職扱
(3)休職期間満了時の復職の可否の
判断基準
いとすることができるのでしょうか。
休職規定には,休職期間満了後も復職す
休職命令を発令することができるかは,
ることができなければ,退職扱いとする旨
労使合意に基づき休職扱いとする場合を除
規定している例が多く見受けられます。休
けば,休職規定に定める休職事由に該当す
職を命じ,休職期間経過により自動的に雇
るかによります。この点,休職規定をみる
用契約関係が消滅する自然退職規定は有効
と,欠勤が一定期間「継続」しなければ休
と解されています(電気学園事件)。
職事由に当たらないとする例が多く見受け
問題は,休職期間満了時に復職可能か否
られます。しかし,精神疾患の場合,欠勤
かをどのように判断すればよいかです。
が断続的であったり,遅刻・早退を繰り返
この点について,最高裁は,企業に対し
したり,勤務態度の不良(居眠り)などの
て,復職時に配置転換を行うなど,できる
事象を伴うことが多いと言われています。
限り従業員の雇用維持に向けた配慮を行う
そこで,欠勤の「継続」に限らず,断続
ことを求めています。具体的には,「労働
的な欠勤,頻繁な遅刻・早退,勤務不良な
者が職種や業務内容を特定せずに労働契約
どから「業務に堪えられないと会社が判断
を締結した場合においては,現に就業を命
する場合」も休職事由の1つとして設けて
じられた特定の業務について労務の提供が
おくことは有用であると考えられます。本
十全にはできないとしても,その能力,経
事案で,Y社就業規則45条4号は「前各号
験,地位,当該企業の規模,業種,当該企
の外,特別の事情があって休職させること
業における労働者の配置・異動の実情およ
を適当と認めたとき」と定めており,この
び難易等に照らして当該労働者が配置され
ような包括条項を定めておくことは有用と
る現実的可能性があると認められる他の業
考えられます。もっとも,本人の健康状態
務について労務の提供をすることができ,
に応じて,受診の意思を確認するなど適切
かつ,その提供を申し出ているならば,な
なプロセスを経た判断でなければ,休職命
お債務の本旨に従った履行の提供があると
令自体が違法とされるおそれがあるので注
意が必要です(富国生命控訴事件)。
解するのが相当である」と判示しています
(片山組事件)。これにより,職種非限定で
なお,メンタルヘルス不調が,業務上の
採用し,配転可能な部署を有する企業では,
疾病にあたる場合には,療養のために休職
本人が復職を求める以上,これを拒むこと
命令を発令したとしても,労働基準法19条
が困難な場合が多いと思われます。
1項本文の解雇制限を受けるため,休職期
特に上場企業においては,旅客機の客室
間満了を理由に退職扱いとすることはでき
乗務員のような業務を限定した従業員であ
ません(東芝(うつ病・解雇)事件)
。当
っても,その企業の規模,業種,労働者の
該疾病が,業務外の私傷病であるか,業務
配置等の実情に照らして,短期間の復帰準
上災害であるかが微妙な事案については,
備時間を提供したり,教育的措置をとるこ
休職扱いについて注意が必要になります。
とが信義則上求められるとして,解雇は認
められないとした下級審裁判例もあります
(全日本空輸(退職強要)事件)。
本来,復職可能な状態,すなわち休職の
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原因となった傷病が「治癒」したと言える
の意見聴取を求めるなど本人の健康状態を
ためには,従前の職務を通常の程度に行え
把握するための情報開示の協力を求めるこ
る健康状態に回復したことを要するという
とが考えられます。
べきですが,そうでないとしても,当該従
例えば,休職期間満了後の従業員が,数
業員の職種に限定がなく,他の軽易な職務
回にわたって診断書の提出を延期したう
であれば従事することができ,軽易な職務
え,理由を説明することなく診断書を提出
へ配置転換することが現実的に可能であっ
せず,主治医でない医師の証明書を提出し
たり,当初は軽易な職務に就かせれば,ほ
たのみで,証明書を作成した医師への意見
どなく従前の職務を通常に行うことができ
聴取を拒否し続け,未だ体調がすぐれない
ると予測できる場合には広く復職を認める
旨述べていたことなどを考慮し,解雇を有
必要が生じますので注意が必要です。
効とした事案があります(大建工業事件)。
本事案では,Y社は,Xを勤務時間が規
この事案で裁判所は,従前の職務を通常
則的なZ社に出向させ,Z社も配置転換後
程度行える健康状態に復したかどうかを労
の充填部で軽易な業務に就かせるなどXの
働者に対して確認することは当然必要なこ
心身状況に配慮した業務軽減措置を講じて
とであり,使用者が,労働者の病状につい
います。裁判所は,そのような経緯(プロ
て,就労可否の判断の一要素として医師の
セス)を評価し,従前の充填部よりも業務
診断を要求することは,労使間における信
の負担が少ない部署はなく,他に異動させ
義ないし公平の観念に照らし合理的かつ相
る職場は存在しないとして,Xの主張を斥
当な措置であるとし,使用者は,労働者に
けています。
対し,医師の診断あるいは医師の意見を聴
なお,業務軽減措置などの復職プログラ
取することを指示することができるし,労
ムの程度・内容については,厚労省は,平
働者としてもこれに応じる義務がある,と
成16年10月14日付「心の健康問題により休
しています。
業した労働者の職場復帰支援の手引き」
(平
成21年3月23日改訂)を出しています。こ
の手引きでは,本人への意思確認や医師の
(5)会社が指定する医師の受診を命じる
ことはできるか
意見を踏まえて,段階的に復職をさせるべ
本事案では,Y社は,Xは休養加療が必
きとしています。
要とする診断書の提出を受けていますが,
(4)従業員の健康情報開示義務
主治医の診断書が「就労可能」であった場
合には復職させなければならないのでしょ
休職期間満了を理由とする退職扱いが争
うか。
われた場合,理論的には,復職可能である
従業員が医師の診断書を提出した場合で
ことの証明は,復職を求める労働者側が負
あっても,従業員の選択した医療機関の診
うことになるはずですが,前掲の片山組事
断結果について疑問があり,会社が疑問を
件最高裁判決を受けて,事実上は,当該従
抱いたことに合理的な理由がある場合に
業員が復職不能であることを会社側が証明
は,会社は従業員に対し,会社が指定する
しなければならない状況にあります。
医師の診断を受けるよう指示することがで
そこで,会社側として考えられる対抗措
き,従業員はこれに応じる義務が生じると
置としては,復職可能性について医学的判
されています。
断を得るため,医師の診断書の提出や医師
例えば,職員が提出した診断書には診断
98
2011.11
結果が記載されるのみで,診断に至る患者
ば,それ以前の休職期間と通算されるとの
の症状の推移や,診断に至る根拠がまった
規定には合理性があるとしています(日本
く明らかにされなかったため,会社の嘱託
郵政公社(茨城郵便局)事件)。
医による受診義務を認めた事案があります
例えば,復職後3カ月以内に同一または
(空港グランドサービス日航事件)。
類似の疾病により休職扱いとなった場合
会社としては,会社指定の医師の受診を
は,休職期間は直前の休職期間と通算する
命じるケースを想定し,休職規定に根拠規
といった規定を設けておくことが望ましい
定を明記しておくことが有用です。
と考えられます。
(6)休職期間の通算の可否
精神疾患に罹患した場合,一旦症状が回
8
メンタルヘルスに対応した
休職規定の整備の必要性
復して,職務を軽減した形で復職しても,
前掲の片山組事件最高裁判決を受けて,
その後再発することも多いため,再び欠勤
裁判所は,休職後の復職を認める傾向が強
し,休職となるケースがあります。このよ
いと思われます。
うな事態になった場合,これまでの欠勤や
しかし他方で,本稿の事案にように,メ
休職期間を中断させずに通算することは可
ンタル疾患に罹患した従業員に対して,休
能でしょうか。
職期間を3回にわたって更新し,更新の都
本稿の事案では,3回にわたって休職期
度,診断書の提出を求めるなど復職に向け
間を更新していますが,もしXが,1回目
た措置を複数回にわたって粘り強く継続す
の更新時に復職を申し出,軽易な業務で復
るなど,退職扱い(解雇)に至るまでの会
職していたとすればどうなるでしょうか。
社側のプロセスが適正であれば,退職を有
復職後,再び休職となっても,Y社とZ社
効とした裁判例も見受けられます。
には,休職期間の通算を認める定めがない
会社としては,休職期間満了を理由とす
ため,休職期間はいちから起算することに
る退職扱いが争われるケースに備えて,①
なります。断続的に休職と復職が生じた場
休職事由の拡充・明確化,②復職判断のた
合,Y社は休職期間満了による退職扱いと
めの協力義務,③会社指定医の受診命令,
することができない可能性があります。
④休職期間の通算に関する規定を盛り込む
この点,裁判例は,業務軽減措置を受け
など休職規定の整備に向けた取組みが必要
ていた期間は傷病が治癒していないので,
ではないかと考えます。
措置後,通常勤務に戻ることができなけれ
【執筆者略歴】秦 周平(はた しゅうへい)
大阪大学法学部卒業,弁護士法人第一法律事務所(大阪弁護士会)所属。現在,独立行政法人中小企業基
盤整備機構アドバイザー,大阪商工会議所特別相談員,メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキ
スト編集委員を務める。経営法曹会議会員。これまでに解雇,労働災害,配転,賃金等をめぐる訴訟や審判,
労働組合との団体交渉や労働委員会の手続きの使用者側代理人として多数関与し,その経験を活かした紛
争予防的な助言・提案を行っている。
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