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第2章 シリアの政治主体(資料)
青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 第2章 シリアの政治主体 (資料) 青山 弘之 要約: 本章では,シリアの権力構造がいかなる政治主体によって構成されている のかを具体的に把握するため,同国の大統領・副大統領,人民議会,内閣, 政党・政治組織,政治同盟,ムハーバラートを一覧する。 キーワード: シリア,人民議会,政治主体,政治同盟,政党・政治組織,大統領,内閣, ムハーバラート 1. 大統領,副大統領 公職 大統 領 外務 情 報政 策担 当 副大 統領 文化 政 策担 当副 大 統領 氏名 バッシャール・アサド ファールーク・シャルア ナジャーフ・アッタール ( 出 所 ) SANA [2000] [2006b] [2006c]な ど を も と に 筆 者 作 成 。 − 41 − 就任 年 月 2000 年 7 月 2006 年 2 月 2006 年 3 月 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 2. (1) アジア経済研究所 2007 年 人民議会 選挙区・部門別議席配分 (1990 年[第 5 期]以降) 選挙 区 ダマスカス県 ダマスカス郊外県 クナイトラ県 ダルアー県 スワイダー県 アレッポ市 アレッポ県諸 地域 ラッカ県 イドリブ県 ヒムス県 ハマー県 タルトゥース県 ラタキア県 デイル・ゾール県 ハサカ県 合計 B部 門 (b) 19 9 2 5 2 13 15 4 6 12 9 7 8 6 6 123 A部門 (a) 10 10 3 5 4 7 17 4 12 11 13 6 9 8 8 127 合計 29 19 5 10 6 20 33 8 18 23 21 13 17 14 14 250 ( 注 ) (a) 労 働 者 ・ 農 民 部 門 。 (b) そ の 他 の 人 民 諸 集 団 部 門 。 ( 出 所 ) 立 法 令 第 26 号( 選 挙 法 ,1973 年 4 月 14 日 発 令 ,1981 年 10 月 3 日 ,1986 年 1 月 9 日 ,1990 年 4 月 15 日 ,1998 年 8 月 4 日 に 改 正 ),http://www.parliament.gov.sy/web/mem_ srch_prev.php( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ) を も と に 筆 者 作 成 。 (2) 政党・政治組織別議席配分 (第 7 期,第 8 期人民議会) 政党・政 治組 織 進歩 国 民戦 線 バアス党 バアス党以 外 の加盟 政 党 アラブ社会 主 義者 運動アフマド派 アラブ社会 主 義連 合党 アラブ民主 連 合党 (c) 国民 誓 約党 (旧 アラ ブ社 会 主 義 者 運 動 ウス マーン派 ) 第7期 A部門 (a) B部 門 (b) 91 75 77 60 合計 166 137 A部門 87 73 第8期 B部 門 80 59 合計 167 132 14 15 29 14 21 35 0 4 4 2 2 4 2 3 5 5 2 7 ―― ―― ―― 0 1 1 1 1 2 2 0 2 − 42 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 政党・政 治組 織 A部門 第7期 B部 門 合計 2 2 2 シリア共 産党 バク ダーシュ派 シリア共 産党 ファイ サル派 シリア民 族社 会党 マハーイリー派 (d) 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会民 主主 義党 無所 属 シリア共 産主 義者 統一 国 民委 員会 シリア民 族社 会党 ダフドゥーフ派 統一と民 主主 義の ための連合 うち アジア経済研究所 2007 年 A部門 第8期 B部 門 合計 4 1 3 4 2 4 0 4 4 ―― ―― ―― 1 2 3 4 3 7 2 5 7 3 0 3 1 2 3 36 48 84 36 47 83 ―― ―― ―― 1 0 1 1 0 1 1 0 1 ―― ―― ―― 0 1 1 ( 注 ) (a) 労働者・農民部門。 その他の人民諸集団部門。 (c) 2004 年 1 月 に 進 歩 国 民 戦 線 に 加 盟 。 (d) 2005 年 5 月 に 進 歩 国 民 戦 線 に 加 盟 。 ( 出 所 ) Akhbār al-Sharq [2002c] [2002d] [2003a] [2003b] [2003c] [2003d], al-Ba‘th [2003], al-Nahār [2003], SANA [2003], http://www.parliament.gov.sy/web/mem_srch_prev.php ( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ) な ど を も と に 筆 者 作 成 。 (b) (3) 人民議会議員氏名一覧 (a) 第 7 期人民議 会 投票日:1998 年 11 月 30 日,12 月 1 日 任期:1998 年 12 月 17 日~2002 年 12 月 16 日 選挙 区 部門 氏名 ダマスカス県 A 部 門 (a) アブドゥッラッザーク・アークビーク アブドゥルカーディル・カッドゥーラ 所属 政 党・政 治組 織 バアス党 バアス党 (議 長 ) ムハンマド・ラアファト・クルディー マフムード・ザアタリーヤ ムハンマド・マルワーン・シャイフー ファールーク・スライヤー ナビール・ダーウド バースィール・ダフドゥーフ シリア共 産党 ファイサル派 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 無所 属 (シリア民 族 社 会 党 ダフド ゥーフ派 ) − 43 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 部門 B 部門 (b) ダマスカス郊 A 部 門 外県 B 部門 氏名 ムハンマド・ヤースィル・ナフラーウィ ー マハースィン・ワラア ムハンマド・シャーキル・アスイード ハーシム・アッカード マハー・カンヌート リヤード・サイフ (c) マフムード・シャバーブ ムハンマド・イサーム・ジャマル ムハンマド・バッシャール・シャーミ ー アドナーン・ダハーヒニー アフマド・ヌーリー ハッサーン・ヌーリー バハーッディーン・ハサン ムフイーッディーン・ハッブーシュ ムハンマド・アーリフ・ハナーヌー フダー・ヒムスィー ムハンマド・マアムーン・ヒムスィー (d) バディーウ・ファッラーハ アクラム・フーリー ムンズィル・ムーサッリー (副 議 長 ) アブドゥルワッハーブ・ラシュワーニ ー ザーヒル・アブー・フライフ サミーラ・キシュカ アイマン・ザイダーン サーミヤ・シャーイル ウマル・シャーリト リフアート・タルシャーン マフムード・ディヤーブ アルファーン・バラーディイー アブドゥッラティーフ・フサイン アブドゥルアズィーズ・マアカーリー アリー・アウワード アブドゥッラフマーン・アフマル マームーン・カストラーニー アフマド・カバラーン ウスマーン・ジュムア アフマド・トゥルク − 44 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政 党・政 治組 織 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 アラブ社会 主 義連 合 党 無所 属 バアス党 無所 属 無所 属 無所 属 無所 属 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動カン ヌート派 (現 アフマド派 ) シリア共 産党 バクダーシュ派 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 統一 社 会主 義者 党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 アラブ社会 主 義者 運 動カン ヌート派 (現 アフマド派 ) バアス党 無所 属 無所 属 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 クナイトラ県 部門 A 部門 B 部門 ダルアー県 A 部門 B 部門 スワイダー県 A 部 門 B 部門 アレッポ市 A 部門 B 部門 氏名 ムスタファー・ナッジャール (e) アブドゥルカリーム・フーリー スライマーン・ムーサー ミドハト・サーリフ アブドゥルハーディー・ズィヤーブ アリー・ムズイル シャラフッディーン・アバーザ ハーリド・アッブード ムーサー・カッラード アウダ・キッスィース ユースフ・サアディー アブドゥッラー・ズウビー ムハンマド・ジャミール・ムハーリブ ハラフ・アリー ハスナ・アワド アリー・バトハ ナースィル・ハリーリー フサイン・リファーイー アブドゥッラー・アトラシュ シブリー・ジュヌード ハーニー・ハッジャール サービル・ファルフート カマール・アーミル カマール・バッラーン アブドゥッラフマーン・イブリーク アフマド・カルナ アブドゥルカーディル・ザヤート ムハンマド・ジャウハル ムニール・ジャーナート アリー・タルジャビーニー (f) ジューマーナー・ラドワーン サバーフッディーン・アブー・クース ムアーウィヤ・アブドゥルワーヒド スィモン・イブラーヒーム ムハンマド・カヤーリー フィルヤール・サトル アブドゥルアズィーズ・シャーミー アドナーン・スフニー ジョルジー・ハズィーム アブドゥルマリク・ビッリー アフマド・ビッリー ムハンマド・サーリフ・マッラーフ − 45 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政 党・政 治組 織 アラブ社会 主 義者 運 動ウス マーン派 (現 国 民 誓 約 党 ) バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 シリア共 産党 バクダーシュ派 無所 属 アラブ社会 主 義連 合 党 無所 属 統一 社 会主 義者 党 バアス党 無所 属 バアス党 シリア共 産党 ファイサル派 無所 属 無所 属 無所 属 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 部門 アレッポ県諸 A 部 門 地域 B 部門 ラッカ県 A 部門 B 部門 氏名 ムハンマド・マンスール アブドゥッラー・ムーサッリー ファーティナ・アフマド ヌーリー・アリーフ アブドゥルファッターフ・ウマル ムハンマド・カルアー ハリール・サフーク ムハンマド・サトム ファウズィーヤ・サフウ アリー・サーリム サーミー・シハービー アブドゥルカーディル・ナアナーア マナール・ナートゥール ムハンマド・バッシュ ムハンマド・ジャマール・ハッスー アフマド・フサイン イブラーヒーム・フーリー ディヤーブ・マーシー イスマト・マハッリー カマール・アール・アムウ ナイーム・ウライウィー ムハンマド・ガリーブ アブドゥルハミード・グバーリー アフマド・サイード ムハンマド・サイード・サイード アラーッディーン・シャヒーマ (g) アブドゥルハーディー・ジャマル アフマド・スライマーン アリー・ズワイン ムハンマド・ナアサーン ムハンマド・ハサン アフマド・マフムード ムハンマド・ジュムア・ムルヒム ムハンマド・ナウラス・ラズーク ムスタファー・アーイド (h) イスマーイール・アリー アリー・イブラーヒーム シャアバーン・ハラフ ジャースィム・サアドゥー ナドワ・サッルーム ムハンマド・ジャミール・ハジュワー ン ムハンマド・ナジーブ・ムスタファー − 46 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政 党・政 治組 織 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 統一 社 会民 主主 義 党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 統一 社 会主 義者 党 無所 属 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 統一 社 会主 義者 党 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 イドリブ県 部門 A 部門 B 部門 ヒムス県 A 部門 B 部門 氏名 サイード・アリークー マーリク・アワド マジドゥッディーン・イーサー ムハンマド・ウマル ムハンマド・スーフィー アフマド・ターリブ ナーディヤー・ハーシム ヒクマト・ハッターブ アリー・ハムドゥーン ナフィーザ・ムアッリム アブドゥルアズィーズ・ユースフ ナスル・ユースフ ワリード・アブドゥッラー アフマド・カヤーリー ムハンマド・ジャーウィーシュ アドナーン・マフズーム ムハンマド・ニハード・ムンシャティト ナジュダト・ユースフ イクバール・イブラーヒーム ニハード・ザンタフ ユースフ・シアール ズハイル・ジャッブール マフムード・ディヤーブ ハドル・ナーイム カースィム・ハルブ ムハンマド・ハーリド・ヒラーキー マフムード・ファドウース ターハー・マグリビー アブドゥルアズィーズ・ムルヒム アブドゥルワッハーブ・アウダ アフマド・シャイフ アンマール・スィバーイー アブドゥルバーリー・タッハーン アブドゥッラー・トゥラース イブラーヒーム・ハスワ ウマイマ・ハドゥール アディーバ・ハマウィー アブドゥルカリーム・フスニー シャハーディー・マイフーブ ハーリド・マンスール イサーム・ミスリー − 47 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政 党・政 治組 織 アラブ社会 主 義連 合 党 バアス党 統一 社 会主 義者 党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動カン ヌート派 (現 アフマド派 ) 無所 属 無所 属 アラブ社会 主 義連 合 党 アラブ社会 主 義者 運 動ウス マーン派 (現 国 民 誓 約 党 ) バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 無所 属 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 ハマー県 部門 A 部門 B 部門 タルトゥース 県 A 部門 B 部門 ラタキア県 A 部門 氏名 サディーフ・アスアド ムスタファー・アブドゥッラフマーン アミーン・アスファル イブラーヒーム・アッバース ジャウダト・アッフール アブドゥルカリーム・イスマーイール イブラーヒーム・イブラーヒーム ムハンマド・サイード イブラーヒーム・ジャルジャナーズィ ー ファーティン・ハーリド イブラーヒーム・ハリール フサイン・フサイン ハーリド・ムハンマド ファーディー・アイヤーシュ バフジャート・アスアド アフマド・アフマド マフムード・アルワーニー ユーニス・サーリフ スアード・バックール アフマド・ハッターブ バッシャール・ハルビーヤ マヤード・ヤアクーブ インアーム・アッバース マフムード・アフィーフ ワジーフ・シャイフ ワアド・ハッダーム ムハンマド・フサイン・マイフーブ (h) ナスル・ムフリズ アッブード・アッブード ラマダーン・アティーヤ ムフスィン・ウムラーン アフマド・ガズィール スハイル・ザイダーン イマードゥッディーン・スライマーン ムハンマド・スライマーン ファーリス・イスカンダル ニザール・イスマーイール ムハンマド・ファフリー・サイイド ハイファー・サクル ファールーク・シャンムート ラフィーク・ダルウィーシュ − 48 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政 党・政 治組 織 統一 社 会民 主主 義 党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 統一 社 会主 義者 党 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動カン ヌート派 (アフマド派 ) バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 無所 属 無所 属 シリア共 産党 ファイサル派 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 部門 B 部門 デイル・ゾー ル県 A 部門 B 部門 ハサカ県 A 部門 B 部門 氏名 ナウファル・ナウファル ユースフ・ハサン イブラーヒーム・ルーザ ジャミール・アサド ムハンマド・サアド ムハンマド・アリー・ナースィル マフディー・ハイル・ビク ムンズィル・マアルーフ ムワッファク・マッキーヤ アフマド・アブー・ムーサー スハイル・ライイス アディーシュ・ガドバーン ウマル・サリービー ザフラ・ジャースィム ハマド・ジーラート アイマン・ダンダル アブドゥッサマド・ナウワーラ アフマド・ハンマード ナージー・ファーリス アブドゥッラッザーク・アウワード アッブード・サーリフ ラーギブ・アリー・スーフィー ファイサル・ナジュラス ハリール・ハフル ナジュムッディーン・ハリート アブドゥッラフマーン・アウワード ムハンマド・アリー アブドゥルアズィーズ・イーサー アブドゥルアフド・サファル アスアド・サフウ ハーミド・ジャースィム アラーッディーン・ハマド ファーイク・ラムウ アブドゥッラフマーン・アブドゥルカリ ーム ズィヤー・イスマーイール ナジュワ・トゥーシャーン ムハンマド・ハイサム・ドゥワイヒー アフマド・ハサン サミール・バーシャー ( 注 ) (a) 労 働 者 ・ 農 民 部 門 。 (b) そ の 他 の 人 民 諸 集 団 部 門 。 (c) 2001 年 9 月 7 日 に 逮 捕 。 (d) 2001 年 8 月 9 日 に 逮 捕 。 − 49 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政 党・政 治組 織 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 シリア共 産党 バクダーシュ派 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 統一 社 会民 主主 義 党 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 シリア共 産党 ファイサル派 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 統一 社 会主 義者 党 バアス党 無所 属 シリア共 産党 バクダーシュ派 アラブ社会 主 義連 合 党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 任 期 中 に 死 去 し ,ジ ャ ー ッ ド ゥ ッ ラ ー・カ ッ ド ゥ ー ル( ア ラ ブ 社 会 主 義 者 運 動 カ ン ヌ ー ト 派 [ 現 ア フ マ ド 派 ]) が 繰 り 上 げ 当 選 。 (f) 任 期 中 に 死 去 し , ワ リ ー ド ・ イ フ ラ ー ス ィ ー ( 無 所 属 ) が 繰 り 上 げ 当 選 。 (g) 任 期 中 に 死 去 し ,ム ハ ン マ ド・サ ー ミ フ・ジ ャ ズ マ ー テ ィ ー( 無 所 属 )が 繰 り 上 げ 当選。 (h) 2001 年 1 月 に 公 金 横 領 ・ 贈 収 賄 を 追 及 さ れ , 2002 年 6 月 に 辞 職 。 ( 出 所 ) http://www.parliament.gov.sy/web/mem_srch_prev.php( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ) な ど を もとに筆者作成。 (e) (b) 第 8 期人民議 会 投票日:2003 年 3 月 2,3 日 任期 2003 年 3 月 9 日~2007 年 3 月 8 日 選挙 区 部門 氏名 ダマスカス県 A 部 門 (a) ガーリブ・ウナイズ アミーラ・ウラービー ムハンマド・アンマール・サーアーテ ィー ナビール・ダーウド バースィール・ダフドゥーフ 所属 政 党・政 治組 織 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 (シリア民 族 社 会 党 ダフド ゥーフ派 ) B 部門 (b) ムハンマド・ハーリド・ナジャーティー スライマーン・ハッダード ムハンマド・ハバシュ フダー・ヒムスィー フダー・ムリーヒー ハーシム・アッカード ムハンマド・ファールーク・アブー・シ ャーマート マフムード・アブラシュ (議 長 (c) ) ザカリヤー・アラム アブドゥルカーディル・カッドゥーラ ムハンマド・イサーム・ジャマル ジョセフ・スワイド ムハンマド・ザーヒル・ダアブール アドナーン・ダハーヒニー ガッサーン・ナッハース フナイン・ニムル アンマール・バクダーシュ バハーッディーン・ハサン ムフイーッディーン・ハッブーシュ ムハンマド・ハッラーク ムハンマド・ハムシュー − 50 − バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 統一 社 会民 主主 義 党 バアス党 バアス党 シリア民 族社 会党マハーイリ ー派 無所 属 無所 属 無所 属 シリア共 産党 ファイサル派 シリア共 産党 バクダーシュ派 無所 属 無所 属 バアス党 無所 属 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 部門 ダマスカス郊 A 部 門 外県 氏名 マルワーン・ブンニー マイ・マハーイニー ムハンマド・ラドワーン・ミスリー ムハンマド・アンワル・ウバイド ジャーッドゥッラー・カッドゥール サミーラ・キシュカ ムスタファー・ジャブル イブラーヒーム・シャーミヤ サラーフ・トゥウマ サバーフ・ハンムーダ イズディハール・マアトゥーク アブドゥルアズィーズ・ミウカーリー ハムザ・ムンズィル アジア経済研究所 所属 政党・政 治組 織 アラブ社会 主 義連 合 党 バアス党 無所 属 無所 属 アラブ社会 主 義者 運 動アフ マド派 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 (シリア共 産 主 義 者 統 一 国民委員会) B 部門 クナイトラ県 A 部門 B 部門 ダルアー県 A 部門 B 部門 スワイダー県 A 部 門 ニザール・アサスィー アブドゥッラフマーン・アフマル アドナーン・アルバシュ アフマド・ダーラーティー アーティフ・ナダーフ ムハンマド・ウマル・バカーイー ウマル・ハッラーク マアン・バラカート アフマド・ハリール シャラフッディーン・アバーザ ムハンマド・イーサー ムハンマド・ファシュタキー ナスルッディーン・ハイルッラー イスマーイール・マルイー ファリード・アッカ ハーリド・アッブード アリー・アラファート イブティサーム・サマーディー ファールーク・ハマーディー ナーイフ・アバーズィード カースィム・イドリース ムーサー・ズウビー ムハンマド・フライブ ハリール・リファーイー ハサン・アッザーム アブドゥッラー・アトラシュ ハマド・アブー・ターフィシュ サービル・ファルフート − 51 − 2007 年 バアス党 無所 属 バアス党 統一 社 会民 主主 義 党 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 統一 社 会主 義者 党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 アラブ民主 連 合党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 部門 B 部門 アレッポ市 A 部門 B 部門 氏名 カマール・アーミル ハナーン・アムルー ムハンマド・シャアバーン・アズーズ ムハンマド・サーフィー・アブーダー ン アブドゥッラフマーン・サルキーニー アブドゥルアズィーズ・シャーミー フィルヤール・スィーリース アフマド・ダッバース スハイル・マフマンダール ムハンマド・ナージー・アトリー (議 長 アジア経済研究所 2007 年 所属 政党・政 治組 織 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 シリア共 産党 バクダーシュ派 アラブ社会 主 義連 合 党 バアス党 (c) ) アレッポ県諸 A 部 門 地域 B 部門 ハーリド・ウラビー ムハンマド・アーディル・ジャームー ス ハイサム・スーサリー スーヌブール・スーヌブーリヤーン アドナーン・スフニー マフムード・スルターン ヒシャーム・ハーンカーン アフマド・ビッリー エドワール・フーリー ムハンマド・サーリフ・マッラーフ アブドゥッラー・ムーサッリー マフムード・ワハブ ムハンマド・アスアド アブドゥー・アッサーフ アービディーン・アラブー アキール・アッラーウィー ムスタファー・ウワイド ハサン・サッルーム ムハンマド・サトム ハリール・サフーク バドリヤ・シーハーン ハッサーン・ターリブ リヤード・ハサン ムハンマド・ジャマール・ハッスー ムハンマド・ジャミール・ハラール ムハンマド・ビッシュ ディヤーブ・マーシー イード・ムハンマド ムハンマド・ハサン・ラシード アブドゥルハーディー・ジャマル − 52 − 無所 属 無所 属 (統 一 と民 主 主 義 のための 連合) 統一 社 会主 義者 党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 無所 属 無所 属 無所 属 シリア共 産党 ファイサル派 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 統一 社 会民 主主 義 党 無所 属 無所 属 バアス党 アラブ社会 主 義連 合 党 無所 属 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 ラッカ県 部門 A 部門 B 部門 イドリブ県 A 部門 B 部門 ヒムス県 A 部門 氏名 ナースィル・カッドゥール (副 議 長 ) ファーティナ・アフマド サウサン・ハズィーファ アフマド・スライマーン アフマド・マフムード イスマト・マハッリー アフマド・ムハンマド アブドゥッラー・アブドゥッラー ラドワーン・ハビーブ アブドゥルカーディル・ナアナーア ムハンマド・ジュムア・ムルヒム ムハンマド・ナアサーン イスマト・グバーリー ムハンマド・サフワーン・ヒッルー ナドワ・サッルーム アリー・ジャシュアム ムハンマド・アーイド・ビッリー ハリール・ムーサー ハラフ・アッラーン イスマーイール・アブドゥルハッジュ ー アブドゥッラー・ハサン ムハンマド・フワイディー スブヒー・アブドゥッラー アフマド・カヤーリー サラーフッディーン・シャイフ マルワーン・ナジュム フダー・ヒジャーズィー アッバース・ファーリス アブドゥルカーディル・フンス ナフィーザ・ムアッリム アフマド・ムバーラク イフサーン・ムフスィン アブドゥッラッザーク・ユースフ アフマド・ユースフィー ムハンマド・ジャマール・ガザール サフワーン・クラビー ムハンマド・アクラム・ジュンディー アブドゥルバースィト・ハシューム アブドゥンナースィル・フマイダーン ムハンマド・ニハード・ムンシャティト アンマール・スィバーイー − 53 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政党・政 治組 織 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 統一 社 会主 義者 党 バアス党 無所 属 無所 属 無所 属 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 統一 社 会主 義者 党 バアス党 シリア共 産党 ファイサル派 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 国民 誓 約党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 シリア共 産党 ファイサル派 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動アフ マド派 バアス党 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 部門 氏名 イブティサーム・スライマーン ズハイル・タッラーフ ムハンマド・ハッサーン・ダルービー ウマイマ・ハドゥール マフムード・ファドウース ブシュラー・マスーフ ムハンマド・ガッサーン・ミスリー アブドゥルアズィーズ・ムルヒム アブドゥルカリーム・ムルヒム ムハッザブ・ラジューブ B 部門 ハマー県 A 部門 B 部門 ムハンマド・アスアド ムウタッズ・アッバーラ アドナーン・アフダブ アフマド・カシュアム ムハンマド・ズハイル・ガンヌーム アフマド・シャイフ シャアバーン・シャーヒーン ジルジス・シャヌール アブドゥッラー・トゥラース ハドル・ナーイム アブドゥー・ナジーブ シャハーディー・マイフーブ アブドゥルハーディー・アブドゥルカ リーム サイフー・アフマド アブドゥルカリーム・イスマーイール イブラーヒーム・イブラーヒーム サミール・カンダクジー ムハンマド・サイード ハーシム・ザイーム アフマド・シャーミー スアード・バックール イブラーヒーム・ハリール ナディーム・マリヤム ハーリド・ムハンマド クルスーム・ワルダ イブラーヒーム・アスマル ファイサル・クルスーム ムナー・サラーマ ユーニス・ナースィーフ アフマド・ハッターブ − 54 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政党・政 治組 織 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 シリア民 族社 会党マハーイリ ー派 バアス党 無所 属 無所 属 アラブ社会 主 義者 運 動アフ マド派 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 統一 社 会主 義者 党 シリア共 産党 バクダーシュ派 無所 属 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 アラブ社会 主 義連 合 党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 タルトゥース 県 部門 A 部門 B 部門 ラタキア県 A 部門 B 部門 デイル・ゾー ル県 A 部門 氏名 ムハンマド・ハミードゥー ワリード・ファーリス フサイン・ファルザート ジハード・ムラード ラマダーン・アティーヤ インアーム・アッバース イブラーヒーム・スライマーン ヒシャーム・タイヤーラ リハーム・バシュール ワアド・ハッダーム イッズッディーン・ウムラーン アフマド・ガズィール ムハンマド・スライマーン ジョルジュ・ジャッブール ハドル・フサイン ワジーフ・ハーシム ナジャーフ・ユーニス ヤフヤー・アイヤーシュ ニザール・イスマーイール ラフィーク・ダルウィーシュ アフマド・ディーワーニー ファウワーズ・ナッスール ユースフ・ハサン アブドゥルカーディル・バーズィード ゥー アドナーン・ビータール ビラール・マスブート ジャミール・アサド (d) マフムード・アリユー スハイル・ウスマーン ラビーブ・ウルヤー ヌマイル・ガーニム ジョゼフィン・ナッサール イブラーヒーム・ブドゥール スハイル・ライイス ハディーヤ・アッバース アッブード・サーリフ アイマン・ダンダル ナースィル・ナースィル ズィヤード・バアージュ サーリフ・バシール アフマド・ハンマード − 55 − アジア経済研究所 2007 年 所属 政党・政 治組 織 無所 属 シリア共 産党 バクダーシュ派 アラブ社会 主 義者 運 動アフ マド派 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 アラブ社会 主 義連 合 党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 統一 社 会主 義者 党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 アラブ社会 主 義連 合 党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 国民 誓 約党 無所 属 バアス党 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 選挙 区 部門 B 部門 ハサカ県 A 部門 B 部門 氏名 ナージー・ファーリス アブドゥッラッザーク・アウワード ファイヤード・シャイフ ファイサル・ナジュラス フアード・バッターフ ハリール・ハフル ハンムード・フサイン アリー・アーズィル アフマド・アティーヤ ナースィル・アブドゥルアズィーズ ハンムード・シャビーブ ムハンマド・シャムスッディーン アブドゥッラー・バーズー エリザベート・マラキー フサイン・ムハンマド スハイル・アルースィー シャッファーン・アリー ムハンマド・アリー ハーティム・ザーヒル イサーム・バグディー ムハンマド・ムスリト アジア経済研究所 2007 年 所属 政党・政 治組 織 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 アラブ社会 主 義連 合 党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 統一 社 会主 義者 党 バアス党 無所 属 シリア民 族社 会党マハーイリ ー派 無所 属 ( 注 ) (a) 労 働 者 ・ 農 民 部 門 。 (b) そ の 他 の 人 民 諸 集 団 部 門 。 (c) ム ハ ン マ ド ・ ナ ー ジ ー ・ ア ト リ ー は 2003 年 3 月 か ら 9 月 ま で 人 民 議 会 議 長 を 務 め た の ち ,首 相 に 就 任 。こ の 人 事 改 編 を 受 け ,マ フ ム ー ド・ ア ブ ラ シ ュ が 2003 年 10 月に人民議会議長に就任。 (d) 2004 年 12 月 に 死 去 し , ジ ャ ア フ ァ ル ・ ハ イ イ ル ( バ ア ス 党 ) が 繰 り 上 げ 当 選 。 ( 出 所 ) http://www.parliament.gov.sy/web/mem_srch_prev.php( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ) な ど を もとに筆者作成。 3. (1) 内閣 第 1 次ムハンマド・ムスタファー・ミールー内閣 (2000 年 3 月 13 日 発足) 閣僚ポスト 首相 経済 担 当副 首相 内閣 担 当副 首相 副首 相,国防 大臣 運輸 大 臣 氏名 ムハンマド・ムスタファー・ミールー ハーリド・ラアド ムハンマド・ナージー・アトリー ムスタファー・トゥラース マクラム・ウバイド − 56 − 所属 政党・政 治組 織 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 閣僚ポスト 開発 計 画大 臣 外務 大 臣 灌漑 大 臣 観光 大 臣 教育 大 臣 供給 国 内貿 易大 臣 経済 外 国貿 易大 臣 建設 大 臣 氏名 イサーム・ザイーム ファールーク・シャルア ターハー・アトラシュ カースィム・ミクダード マフムード・サイイド ウサーマ・マー・バーリド ムハンマド・アマーディー ムハンマド・ニハード・ムンシャティト (a) 工業 大 臣 高等 教 育大 臣 財務 大 臣 社会 問 題労 働大 臣 宗教 関 係大 臣 住宅 公 共施 設大 臣 情報 大 臣 石油 鉱 物資 源大 臣 地方 行 政大 臣 通信 技 術大 臣 電力 大 臣 内務 大 臣 農業・農 業改 革大 臣 文化 大 臣 保健 大 臣 法務 大 臣 外務 担 当国 家大 臣 環境 問 題担 当国 家 大 臣 人民 議 会担 当国 家 大 臣 大統 領 担当 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 アフマド・ハムウ ハッサーン・リーシャ ムハンマド・ハーリド・マハーイニー バーリア・クドスィー ムハンマド・ズィヤーダ フサーム・サファディー アドナーン・ウムラーン ムハンマド・マーヒル・ジャマール サッラーム・ヤースィーン ムハンマド・ラドワーン・マールティ ーニー ムニーブ・ダフル ムハンマド・ハルバ アスアド・ムスタファー マハー・カンヌート (a) ムハンマド・イヤード・シャッティー ムハンマド・ナビール・ハティーブ ナースィル・カッドゥール (a) ファールーク・アーディリー アジア経済研究所 2007 年 所属 政党・政 治組 織 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 アラブ社会 主 義者 運 動カン ヌート派 (現 アフマド派 ) バアス党 バアス党 バアス党 アラブ社会 主 義連 合 党 バアス党 統一 社 会主 義者 党 バアス党 バアス党 バアス党 シリア共 産党 ファイサル派 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 (b) バアス党 バアス党 統一 社 会民 主主 義 党 ムハンマド・ムフディー・サイフー バアス党 ムハンマド・ハイサム・ドゥワイヒー (a) イフサーン・シュライティフ ハッサーン・ヌーリー (a) マフール・アブー・ハーミダ バアス党 バアス党 無所 属 シリア共 産党 バクダーシュ派 ( 注 ) (a) 人 民 議 会 議 員 。 (b) Akhbār al-Sharq [2001a], Azmashlī [2001]に よ る と バ ア ス 党 。 ( 出 所 ) ≈amīdī [2000]を も と に 筆 者 作 成 。 − 57 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 (2) アジア経済研究所 2007 年 第 2 次ムハンマド・ムスタファー・ミールー内閣 (2001 年 12 月 1 3 日発足) 閣僚ポスト 首相 経済 担 当副 首相 内閣 担 当副 首相 副首 相,外務 大臣 副首 相,国防 大臣 運輸 大 臣 開発 建 設大 臣 灌漑 大 臣 観光 大 臣 教育 大 臣 供給 国 内貿 易大 臣 経済 外 国貿 易大 臣 工業 大 臣 高等 教 育大 臣 財務 大 臣 社会 問 題労 働大 臣 宗教 関 係大 臣 住宅 公 共施 設大 臣 情報 大 臣 石油 鉱 物資 源大 臣 地方 行 政大 臣 通信 技 術大 臣 電力 大 臣 内務 大 臣 農業・農 業改 革大 臣 文化 大 臣 保健 大 臣 法務 大 臣 大統 領 担当 国家 大 臣 環境 問 題担 当国 家 大 臣 在外 居 住者 問題 担 当 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 氏名 ムハンマド・ムスタファー・ミールー ムハンマド・フサイン ムハンマド・ナージー・アトリー ファールーク・シャルア ムスタファー・トゥラース マクラム・ウバイド フサーム・アスワド ムハンマド・ラドワーン・マールティ ーニー サアドゥッラー・カルア マフムード・サイイド バッサーム・ルストゥム ガッサーン・リファーイー イサーム・ザイーム ハッサーン・リーシャ ムハンマド・アトラシュ ガーダ・ジャービー ムハンマド・ズィヤーダ アイマン・ワーニリー アドナーン・ウムラーン イブラーヒーム・ハッダード ハラール・アトラシュ ムハンマド・バシール・ムナッジド ムニーブ・ダフル アリー・ハンムード ヌールッディーン・マナー ナジュワー・ハサン ムハンマド・イヤード・シャッティー ムハンマド・ナビール・ハティーブ ムハンマド・ハイサム・ドゥワイヒー (a) アドナーン・フザーム 所属 政党・政 治組 織 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 統一 社 会主 義者 党 シリア共 産党 ファイサル派 ナースィル・カッドゥール (a) バアス党 アブドゥンナースィル・ダーウード ファイサル・ジャーウィーシュ アブドゥルカリーム・ユースフ アラブ社会 主 義連 合 党 統一 社 会主 義者 党 シリア共 産党 バクダーシュ派 無所 属 バアス党 アラブ社会 主 義連 合 党 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 不明 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 (b) バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 シリア共 産党 ファイサル派 ( 注 ) (a) 人 民 議 会 議 員 。 (b) Akhbār al-Sharq [2001a], Azmashlī [2001]に よ る と シ リ ア 共 産 党 ( 派 閥 は 不 明 ) 。 ( 出 所 ) Akhbār al-Sharq [2001a], Azmashlī [2001]な ど を も と に 筆 者 作 成 。 − 58 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 (3) アジア経済研究所 2007 年 第 1 次ムハンマド・ナージー・アトリー内閣 (2003 年 9 月 18 日発 足) 閣僚ポスト 首相 運輸 大 臣 外務 大 臣 灌漑 大 臣 観光 大 臣 教育 大 臣 経済 通 商大 臣 工業 大 臣 高等 教 育大 臣 国防 大 臣 在外 居 住者 大臣 財務 大 臣 社会 問 題労 働大 臣 宗教 関 係大 臣 住宅 建 設大 臣 氏名 ムハンマド・ナージー・アトリー (a) マクラム・ウバイド ファールーク・シャルア ナーディル・ブンニー サアドゥッラー・カルア アリー・サアド ガッサーン・リファーイー ムハンマド・サーフィー・アブーダー ン ハーニー・ムルタダー ムスタファー・トゥラース (b) ブサイナ・シャアバーン ムハンマド・フサイン スィハーム・ディッルー ムハンマド・ズィヤーダ ムハンマド・ニハード・ムンシャティト (a) 情報 大 臣 石油 鉱 物資 源大 臣 地方 行 政環 境大 臣 通信 技 術大 臣 電力 大 臣 内務 大 臣 農業・農 業改 革大 臣 文化 大 臣 保健 大 臣 法務 大 臣 大統 領 担当 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 アフマド・ハサン (a) イブラーヒーム・ハッダード ハラール・アトラシュ ムハンマド・バシール・ムナッジド ムニーブ・ダフル アリー・ハンムード アーディル・サファル マフムード・サイイド ムハンマド・イヤード・シャッティー ニザール・アサスィー (a) ガッサーン・ラッハーム フサーム・アスワド ユースフ・アフマド バッシャール・シャッアール 国家 大 臣 国家 大 臣 ギヤース・ジュルアトリー ムハンマド・ヤフヤー・ハッラート 所属 政党・政 治組 織 バアス党 バアス党 バアス党 シリア共 産党 ファイサル派 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動アフ マド派 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 社会 統 一主 義者 党 シリア共 産党 バクダーシュ派 アラブ社会 主 義者 運 動ウス マーン派 (現 国 民 誓 約 党 ) 統一 社 会民 主主 義 党 アラブ社会 主 義連 合 党 ( 注 ) (a) 人 民 議 会 議 員 。 (b) 2004 年 5 月 に 定 年 で 勇 退 し , ハ サ ン ・ ト ゥ ル ク マ ー ニ ー 参 謀 総 長 が 後 任 に 任 命 さ れる。 ( 出 所 ) ≈amīdī [2003b]を も と に 筆 者 作 成 。 − 59 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 (4) アジア経済研究所 2007 年 第 2 次ムハンマド・ナージー・アトリー内閣 (2004 年 10 月 4 日発 足) 閣僚ポスト 首相 経済 担 当副 首相 運輸 大 臣 外務 大 臣 灌漑 大 臣 観光 大 臣 教育 大 臣 経済 通 商大 臣 工業 大 臣 高等 教 育大 臣 国防 大 臣 在外 居 住者 大臣 財務 大 臣 社会 問 題労 働大 臣 宗教 関 係大 臣 住宅 建 設大 臣 氏名 ムハンマド・ナージー・アトリー (a) アブドゥッラー・ダルダリー (b) マクラム・ウバイド ファールーク・シャルア ナーディル・ブンニー サアドゥッラー・カルア アリー・サアド アーミル・ルトフィー ガッサーン・タイヤーラ ハーニー・ムルタダー ハサン・トゥルクマーニー ブサイナ・シャアバーン ムハンマド・フサイン ディヤーラー・アーリフ ムハンマド・ズィヤード・アイユービ ー ムハンマド・ニハード・ムンシャティト (a) 情報 大 臣 石油 鉱 物資 源大 臣 地方 行 政環 境大 臣 通信 技 術大 臣 電力 大 臣 内務 大 臣 農業・農 業改 革大 臣 文化 大 臣 保健 大 臣 法務 大 臣 大統 領 担当 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 マフディー・ダフルッラー イブラーヒーム・ハッダード ハラール・アトラシュ ムハンマド・バシール・ムナッジド ムニーブ・ダフル ガーズィー・カナアーン (c) アーディル・サファル マフムード・サイイド マーヒル・フサーミー ムハンマド・ガフリー ガッサーン・ラッハーム ユースフ・アフマド フサーム・アスワド バッシャール・シャッアール 国家 大 臣 国家 大 臣 ギヤース・ジュルアトリー ムハンマド・ヤフヤー・ハッラート 所属 政党・政 治組 織 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 シリア共 産党 ファイサル派 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 アラブ社会 主 義者 運 動アフ マド派 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 シリア共 産党 バクダーシュ派 社会 統 一主 義者 党 アラブ社会 主 義者 運 動ウス マーン派 (現 国 民 誓 約 党 ) 統一 社 会民 主主 義 党 アラブ社会 主 義連 合 党 ( 注 ) (a) 人 民 議 会 議 員 。 (b) 2005 年 6 月 14 日 に 任 命 。 (c) 2005 年 10 月 12 日 に 自 殺 。 ( 出 所 ) Akhbār al-Sharq [2004a] [2005h], SANA [2005b]を も と に 筆 者 作 成 。 − 60 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 (5) アジア経済研究所 2007 年 第 3 次ムハンマド・ナージー・アトリー内閣 (2006 年 2 月 11 日発 足) 閣僚ポスト 首相 経済 担 当副 首相 運輸 大 臣 外務 大 臣 灌漑 大 臣 観光 大 臣 教育 大 臣 経済 通 商大 臣 工業 大 臣 高等 教 育大 臣 国防 大 臣 在外 居 住者 大臣 財務 大 臣 社会 問 題労 働大 臣 宗教 関 係大 臣 住宅 建 設大 臣 情報 大 臣 石油 鉱 物資 源大 臣 地方 行 政環 境大 臣 通信 技 術大 臣 電力 大 臣 内務 大 臣 農業・農 業改 革大 臣 文化 大 臣 保健 大 臣 法務 大 臣 大統 領 担当 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 国家 大 臣 氏名 ムハンマド・ナージー・アトリー (a) アブドゥッラー・ダルダリー ヤアリブ・バドル ワリード・ムアッリム ナーディル・ブンニー サアドゥッラー・カルア アリー・サアド アーミル・ルトフィー フアード・ジューニー ムハンマド・ギヤース・バラカート ハサン・トゥルクマーニー ブサイナ・シャアバーン ムハンマド・フサイン ディヤーラー・アーリフ ズィヤードゥッディーン・アイユービ ー ハンムード・フサイン (a) ムフスィン・ビラール スフィヤーン・アラーウ ハラール・アトラシュ ウマル・サーリム アフマド・アリー バッサーム・アブドゥルマジード アーディル・サファル リヤード・アーガー マーヒル・フサーミー ムハンマド・ガフリー ガッサーン・ラッハーム ユースフ・アフマド ハッサーン・サーリー バッシャール・シャッアール ギヤース・ジュルアトリー ジョセフ・スワイド (a) 国家 大 臣 フサイン・ファルザート ( 注 ) (a) 人 民 議 会 議 員 。 ( 出 所 ) SANA [2006a]を も と に 筆 者 作 成 。 − 61 − 所属 政党・政 治組 織 バアス党 無所 属 バアス党 バアス党 シリア共 産党 ファイサル派 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 無所 属 無所 属 無所 属 バアス党 シリア共 産党 バクダーシュ派 社会 統 一主 義者 党 国民 誓 約党 統一 社 会民 主主 義 党 シリア民 族社 会党マハーイリ ー派 アラブ社会 主 義者 運 動アフ マド派 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 4. (1) アジア経済研究所 2007 年 主な政党・政治組織,政治同盟 政党・政治組織 (a) 政党・政治 組 織名 アラブ革命 労 働者 党 (≈izb al-‘Ummāl al-Thawrī al-‘Arabī) アラブ社会 主 義者 運 動 (≈araka al-Ishtirākīyīn al-‘Arab) ア フマド派 アラブ社会 主 義者 運 動アイヤ ーシュ派 アラブ社会 主 義バアス党 (≈izb al-Ba‘th al-‘Arabī al-Ishtirākī) アラブ社会 主 義バアス党 民 族 指導 部 派 アラブ社会 主 義連 合 党 (≈izb al-Itti∆ād al-Ishtirākī al-‘Arabī) アラブ社会 主 義連 合 民主 党 (≈izb al-Itti∆ād al-Ishtirākī al-‘Arabī al-Dīmuqrāªī) アラブ社会 民 主主 義バアス党 (≈izb al-Ba‘th al-‘Arabī al-Ishtirākī al-Dīmuqrāªī) アラブ自由 人 運動 (≈araka Rijāl al-‘Arab al-A∆rār) アラブ民主 連 合党 (≈izb al-Itti∆ād al-‘Arabī al-Dīmuqrāªī) 共産 主 義行 動党 (≈izb al-‘Amal al-Shuyū‘ī) 概説 (結 成 年 月 ,党 首 など) 1965 年 11 月 に元バアス党 員が結 成。ターリク・アブー・ハ サン書記 長 (1997 年 に就 任 ) 。 1962 年半ばにバアス党と訣別したアクラム・ハウラーニー, アブドゥルガニー・カンヌートらが 1964 年 に結成。アフマド・ アフマド書 記 長 (2001 年 5 月 に就 任 ) 。進歩 国民 戦 線加 盟組 織。 1972 年 3 月 にアラブ社会 主義 者 運動カンヌート派 (現 アフマ ド派 ) から分離 し結成。アブドゥルガニー・アイヤーシュ書記 長 (1996 年 に就 任 ) 。シリア国民民 主 連合 加盟 組 織。基 本的 自由 人 権擁 護国 民 調整 委員 会 参加 組織。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣言」署 名組 織。 1947 年に正 式に結 成。1963 年 3 月の「バアス革命」で全権 を掌 握。ハーフィズ・アサド民族 指 導部 書記 長 (1971 年 8 月 に 就 任 ,2000 年 6 月 死 去 ) 。バッシャール・アサド・シリア地域 指導 部書 記 長 (2000 年 6 月 に就 任 ) 。進歩 国 民戦 線加 盟 政党。 1966 年にバアス党を離 反したミシェル・アフラク初代 民 族指 導部 書 記長 を支持する一 派 。シリア国 民 民主 連 合加 盟政 党。基 本 的自 由人 権 擁護 国民 調 整委 員会 参 加政 党。「ダ マスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 政党 。 1963 年 7 月 にバアス党を離反したジャマール・アタースィー らが 1964 年 7 月にナセリストとともに結成 。サフワーン・クド スィー書記 長 (1983 年 10 月 に就 任 ) 。進歩 国 民戦 線 加盟 政 党。 1973 年 4 月 にアラブ社会 主義 連 合党 から分 離し結 成。ハ サン・アブドゥルアズィーム書記 長 (2000 年 4 月 に就 任 ) 。シリア 国民 民 主連 合加 盟 政党。基本 的 自由 人権 擁 護国 民調 整 委員 会 参加 政党。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣 言」署 名政 党。 1970 年 11 月 にバアス党から分離し結成 。イブラーヒーム・ マーフース書記長。シリア国民 民 主連 合加 盟 政党。基本 的自 由 人権 擁護 国 民調 整委 員 会参 加政 党。デイル・ゾー ル国民 民 主 委員 会 参加 政党。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣言」署 名政 党。 結成 年 不明。シドニーで活動するリベラル組織。ラシード・ト ゥーヒー代 表。 1988 年 7 月にアラブ社会 主 義連 合 党から分離し結 成。ガッ サーン・アフマド・ウスマーン書記 長。進歩 国民 戦 線加 盟政 党 (2004 年 1 月 に新 規 加 盟 ) 。 1976 年に結 成。ファーティフ・ジャームース政治 局メンバ ー,アスラーン・アブドゥルカリーム政 治 局 メンバーらが指 − 62 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 政党・政治 組 織名 クルド・シリア民主 合 意 (al-Wifāq al-Dīmuqrāªī al-Kurdī al-Sūrī) クルド・シリア民主 党 (al-≈izb アジア経済研究所 2007 年 概説 (結 成 年 月 ,党 首 など) 導。基 本 的自 由人 権 擁護 国民 調 整委 員会 参 加政 党。デ イル・ゾール国民 民 主委 員会 参 加政 党。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 政党 。 2004 年 9 月 にクルディスターン労 働者 党 (Partîya Karkeren Kurdistan,略 称 PKK) の元メンバーが結 成。カマール・シャーヒ ーン総 合調 整 局議 長 (2005 年 2 月 にイラクで暗 殺 ) 。デイル・ゾ ール国民 民 主委 員 会参 加組 織。民主 的対 話のための国 民会 合・パリ 1 主 催・参 加 組織。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣言」署 名組 織。 1975 年にシリア・クルド民主 党 (al-≈izb al-Dīmuqrāªī al-Kurdī fī al-Dīmuqrāªī al-Kurdī al-Sūrī,クルド Sūriyā,クルド語 名 Partîya Demokrat ya Kurdî li Sûriyê,1957 年 6 月 に 語 名 Partîya Demokrat a Kurd a シリア・クルディスターン民 主 党 [al-≈izb al-Dīmuqrāªī al-Kurdistānī fī Sûrî) Sūrīya]の名 で結 成 し,1958 年 に改 称 ) から分 離 し結成。ジャマー 公正 建 設運 動 (≈araka al-‘Adāla wa al-Binā’) 国民 誓 約党 (≈izb al-‘Ahd al-Waªanī) 国民 民 主自 由主 義 者連 合 (Tajammu‘ al-A∆rār al-Waªanī al-Dīmuqrāªī) ル・バーキー書記 長。1992 年 2 月 から 2003 年 12 月までシ リア・クルド民 主同 盟に加 盟。デイル・ゾール国民 民 主委 員 会参 加 政党。 2006 年 5 月 にロンドンで結成されたイスラーム組織 。ウン ス・アブダ代 表。 1994 年にアラブ社 会主 義 者運 動カンヌート派 (現 アフマド派 ) から分 離し結 成。2004 年 12 月に現在の党名に改 称。ガッ サーン・アブドゥルアズィーズ・ウスマーン書 記長 (1994 年 に就 任 ) 。進 歩国 民 戦線 加 盟政 党 (1994 年 に新 規 加 盟 ) 。 結成 年 不明。米国 を拠 点とするリベラル組織。フサーム・ダ イリー書記 長 。「ダマスカス国民 民 主変 革宣 言」署名 組織。 国民 民 主ムスタクバル党 (≈izb 結成 年 不明。ナウワーフ・バシール党 首。デイル・ゾール国 民民 主 委員 会参 加 政党。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣言」 署名 政 党。 結成 年 不明。ゴラン高 原の解放 をめざすレジスタンス組 ゴラン解 放 人 民委 員 会 (al-Hay’a al-Sha‘bīya li-Ta∆rīr 織。マジード・アブー・サーリフ・スポークスマン。 al-Mustaqbal al-Waªanī al-Dīmuqrāªī) al-Jawlān) ジェラーデト・ベドゥルハーン 文化 会 議 (Muntadā Celadet 2000 年 12 月 に結成されたクルド民 族主 義系の文 化 会議 。 Bedirxan al-Thaqāfī) ジハードとタウヒードのための ジュンド・アッ=シャーム機 構 (Tan√īm Jund al-Shām li-l-Jihād wa al-Taw∆īd) 1990 年代にアフガニスタンでシリア人,パレスチナ人,ヨル ダン人らが結 成。メソポタミアのアル=カーイダ機構 (Tan√īm al-Qā‘ida fī Bilād al-Rāfidayni) と関係があると言われる。2005 年 6 月,ダマスカス市郊 外で治 安当 局と交戦 し,2 人死 亡。 2005 年 8 月 ,シリア・レバノン国 境でシリアの治安 当局 と交 戦。2005 年 9 月,ハマー市郊 外で対テロ部隊 (Qūwāt Mukāfa∆a al-Irhāb) と交 戦し,5 人死 亡。また同時 期,ハサカ県 の「隠れ家」に突入した「対 テロ部隊」と交 戦し,1 人が死 亡。なお 2005 年 12 月にイドリブで対テロ部隊と交 戦した「イ スラーム原理 主義 者」や,2006 年 9 月にダマスカス市内の 米大 使 館襲 撃を試みた「イスラーム原 理主 義 者」とこの組 織との関 係は不明。 − 63 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 政党・政治 組 織名 概説 (結 成 年 月 ,党 首 など) 市民 社 会再 生諸 委 員会 (Lijān 2001 年 1 月 に結成。アーリフ・ダリーラ・スポークスマン (2001 I∆yā’ al-Mujtama‘ al-Madanī) 年 9 月 に逮 捕 ) 。基本 的 自由 人権 擁 護国 民調 整 委員 会参 加 組織。デイル・ゾール国民 民 主委 員 会参 加組 織。「ダマス カス国 民民 主 変革 宣 言」署 名組 織。 ジャマール・アタースィー民 主 2001 年 1 月に結成された文 化会 議。スハイル・アタースィー 運営 会 議議 長。基 本 的自 由人 権 擁護 国民 調 整委 員会 参 的対 話 会議 (Muntadā Jamāl al-Atāsī li-l-≈iwār al-Dīmuqrāªī) 加組 織。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 組織 。 自由 国 民主 義者 同 盟 (Ta∆āluf 2005 年半ばにアレッポで結成されたリベラル組織。サミー al-Waªanīyīn al-A∆rār) ル・ナッシャール代表。 自由 祖 国党 (≈izb al-Waªan 2006 年 8 月 に結成。ゴラン高 原の解 放 をめざす親 政 権政 al-≈urr) 党。サイフルハック・マンスール党首。 自由 民 主主 義者 党 (≈izb 2006 年 3 月 に米テキサス州ダラスで結成。アブドゥッラティ al-Dīmuqrāªīyīn al-A∆rār) ーフ・ムニール党首。 自由 民 主連 合 (al-Tajammu‘ 2005 年 8 月に結成されたリベラル組織。カマール・ルブワー al-Dīmuqrāªī al-≈urr) ニー (2005 年 11 月 に逮 捕 ) 代 表。 ジュンド・アッ=シャーム聖 戦 機 結成 年 不明。2005 年にカタルの英国 系 学 校を襲撃。 構 (Tan√īm Jund al-Shām li-l-Jihād) シリア・アッシリア運動 1957 年に結 成。別 名アッシリア民 主機 構 (al-Muna√√ama (al-≈araka al-Āshūrīya al-Sūrīya) al-Āthūrīya al-Dīmuqrāªīya) 。バシール・サアディー政 治 局 スポ ークマン。シリア民主 同盟 加 盟組 織。デイル・ゾール国 民民 主委 員 会参 加組 織。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 組織。 2003 年 11 月 に結成 (アラブ人 権 機 構 ・シリア支 部 として発 足 ) 。ム シリア・アラブ人権 機 構 (al-Muna√√ama al-‘Arabīya ハンマド・ラアドゥーン会 長。基本 的 自由 人権 擁 護国 民調 li-≈uqūq al-Insān fī Sūriyā) 整委 員 会参 加組 織。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 組織。 シリア・イスラーム解 放党 (≈izb 1952 年にヨルダンで結成されたイスラーム解放 党 (≈izb al-Ta∆rīr al-Islāmī – Wilāya Sūrīya) al-Ta∆rīr al-Islāmī – al-‘Ālam) のシリア「支 部」。アター・アブー・ ラシュタ党 首 (アミール[amīr],2003 年 に就 任 ) 。 シリア・ウンマ党 (≈izb al-Umma 結成 年 不明。ダッラール・マウラー・スポークスマン。 al-Sūrī) シリア改 革党 (≈izb al-I≠lā∆ al-Sūrī) シリア解 放民 主戦 線 (al-Jabha al-Dīmuqrāªīya li-Ta∆rīr Sūrīya) シリア共 産党 (al-≈izb al-Shuyū‘ī al-Sūrī) バクダーシュ派 シリア共 産党 ファイサル派 2000 年にワシントン DC で結成。ファリード・ガーディリー党 首。アリー・フサイン・スポークスマン。2003 年 11 月 から 2004 年 4 月 までシリア民 主同 盟に加 盟。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 政党 。 結成 年 不明。ベイルートを拠点とする平 和・左 派 運動 。マ アン・カルバーシュ・スポークスマン。「ダマスカス国民 民 主 変革 宣 言」署 名組 織。 1924 年に結 成したシリア・レバノン共 産 党 (al-≈izb al-Shuyū‘ī al-Sūrī al-Lubnānī) を母体とする。ウィサール・ファルハ (ハーリド・ バクダーシュ初 代 書 記 長 の妻 ) 書 記長 (1995 年 に就 任 ) 。進歩 国 民 戦線 加 盟政 党。 1986 年にバクダーシュ派 から分離し結成 。ユースフ・ファイ サル第一 書記 (1986 年 に就 任 ,2006 年 5 月 までの役 職 名 は書 記 長 ) 。進 歩国 民 戦線 加 盟政 党 (1986 年 に新 規 加 盟 ) 。 − 64 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 政党・政治 組 織名 概説 (結 成 年 月 ,党 首 など) シリア共 産党『カシオン』・グル 2000 年 9 月 にシリア共 産 党バクダーシュ派を離反したダマ スカス地域 委 員会メンバーが 2001 年 5 月に結 成。カドリー・ ープ (Majmū‘a Qāsiyūn) ジャミール委 員長。 2001 年 4 月 に結成。フィラース・カッサース・スポークスマ シリア近 代民 主主 義 党 (≈izb al-≈adātha wa al-Dīmuqrāªīya ン。民 主的シリアのための同盟 加 盟政 党。シリア民 主同 盟 li-Sūrīya) 加盟 政 党 (2004 年 2 月 から 4 月 まで一 時 脱 退 ) 。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 政党 。 シリア・クルディスターン・クル 2006 年 5 月に独オーバーハウゼンで結 成された在 欧 クルド 人団 体の連 合体。 ド民主 団結 会 議 (Majlis al-TaΩāmun al-Dīmuqrāªī al-Kurdī – Kurdistān Sūriyā) シリア・クルディスターン真 実 運動 (≈araka al-≈aqīqa 2006 年 5 月 にシリア・クルド民主 統一 党 (イェキーティー) から 分離し結 成。ヌーリー・バリームー代 表。シリア・クルディスタ al-Kurdistānīya – Sūriyā) ーン国 民会 議 参加 組 織。2006 年 9 月に組 織の解 体と,シリ ア・クルド民主 党 (アル・パールティー)(派 閥 は明 示 せず) への入党 を宣 言。 シリア・クルディスターン民 主 結成 年 不明。タウフィーク・ハムドゥーシュ指導 委 員会 議 パールティー (Bārtī Dīmuqrāªī 長。民 主 的シリアのための同盟 加 盟政 党。シリア民 主同 盟 Kurdistān Sūriyā,クルド語 名 Partîya 加盟 政 党。民 主的 対 話のための国民 会合 ・パリ 1 主催・参 Democrat a Kurdistanê – Sûriyê) 加政 党。 2004 年 4 月 に西クルディスターン亡命 政府 (≈ukūma Gharb シリア・クルディスターン民 主 Kurdistān fī al-Manfā) の名で結 成。2006 年 1 月に現 在の党 名 変革 運 動 (≈araka al-Taghyīr al-Dīmuqrāªī al-Kurdistānī fī に改称。リズガール・カースィム議長。民 主的 対 話のための Sūrīya) 国民 会 合・パリ 1 主催・参 加組 織。 シリア・クルド・アーザーディー 2005 年 5 月 にシリア・クルド左派 党ムラード派 (1965 年 8 月 に 党 (≈izb Āzādī al-Kurdī fī Sūriyā) シリア・クルド民 主 党 から分 離 ,ハイルッディーン・ムラード書 記 長 ) とシリ ア・クルド人民 連合 党 (≈izb al-Itti∆ād al-Sha‘bī al-Kurdī fī Sūriyā, クルド語 名 Partîya Hevgirtina Gelê Kurd li Sûriyê,1975 年 にシリア・クル ド左 派 党 から分 裂 し,1980 年 8 月 に改 称 ,ムスタファー・ジュムア書 記 長 ) シリア・クルド・イェキーティー 党 (≈izb Yakītī al-Kurdī fī Sūrīya, クルド語 名 Partîya Yekîtî ya Kurd li Sûriyê) シリア・クルド国民 民 主党 (al-≈izb al-Dīmuqrāªī al-Waªanī al-Kurdī fī Sūriyā) シリア・クルド左派 党 (al-≈izb al-Yasārī al-Kurdī fī Sūriyā,クルド が合併し結成 。ハイルッディーン・ムラード書記 長。2005 年 5 月から 2006 年 3 月までシリア・クルド民 主戦 線に加 盟。シ リア・クルディスターン国民 会議 参 加政 党。 1992 年から 1993 年にかけて結成。アブドゥルバーキー・ア ル=ユースフ (ユースフに定 冠 詞 「アル=」がつく) 中央委 員 会 書記 長,アブドゥルバーキー・ユースフ政治 委 員会メンバー。シリ ア民主 同盟 加 盟政 党。基本 的自 由 人権 擁護 国 民調 整委 員会 参 加政 党。民 主 的対 話のための国 民会 合・パリ 1 主 催・参 加 政党 。シリア・クルディスターン国民 会 議参 加政 党。 シリア・クルド進歩 民 主党ダーウド派から分離し結 成 (結 成 年 不 明 ) 。ターヒル・サフーク書 記長。シリア・クルド民 主戦 線加 盟政 党。基本 的自 由 人権 擁護 国 民調 整委 員 会参 加政 党。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署名 政党。 1965 年 8 月 にシリア・クルド民主 党から分離し結 成。ハイル ッディーン・イブラーヒーム書記 長。シリア・クルド民主 戦線 語 名 Partîya Çep a Kurd li Sûriyê) イ − 65 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 政党・政治 組 織名 ブラーヒーム派 シリア・クルド人権 委 員会 アジア経済研究所 2007 年 概説 (結 成 年 月 ,党 首 など) 加盟 政 党。基 本的 自 由人 権擁 護 国民 調整 委 員会 参加 政 党。デイル・ゾール国民 民 主委 員 会参 加政 党。「ダマスカス 国民 民 主変 革宣 言」署名 政党。 1996 年に結 成された人 権 団体。 (Lajna ≈uqūq al-Insān al-Kurdī fī Sūriyā,クルド語 名 Malpera Mafê Mirovên Kurdê li Sûriyê,通 称 Maf) シリア・クルド人権 活 動家 連合 2006 年 9 月 に結成された人権 団 体。 (Itti∆ād al-≈uqūqīyīn al-Kurd fī Sūriyā) シリア・クルド人権 基 本的 自由 2006 年 4 月 に結成。通 称 クルド人 権委 員会 (al-Lajna al-Kurdīya li-≈uqūq al-Insān) 。ラディーフ・ムスタファー執 行委 委員 会 (al-Lajna al-Kurdīya li-≈uqūq al-Insān wa al-≈urrīyāt 員会 議 長。 al-Asāsīya fī Sūriyā) シリア・クルド人権 侵 害監 視団 結成 名 不明。人権 団 体。 (al-Mar≠ad al-Kurdī li-Intihākāt ≈uqūq al-Insān fī Sūriyā,通 称 RUWANGE) 1970 年 8 月 にシリア・クルド民主 党から分離し結 成。1977 年に現 在の党 名に改 称。アブドゥルハミード・ダルウィーシ ュ書 記長 (1970 年 8 月 に就 任 ) 。シリア・クルド民主 同 盟加 盟政 党 (1994 年 に新 規 加 盟 ) 。基本 的自 由 人権 擁護 国 民調 整委 員 Sûriyê) ダルウィーシュ派 会参 加 政党。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣言」署 名政 党。 シリア・クルド進歩 民 主党ダー 1980 年代 初 めにシリア・クルド進歩 民主 党ダルウィーシュ ウド派 派から分離し結成。アズィーズ・ダーウド書記 長。シリア・ク ルド民主 戦線 加盟 政 党。基 本的 自 由人 権擁 護 国民 調整 委員 会 参加 政党。デイル・ゾール国民 民 主委 員 会参 加政 党。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署名 政党。 シリア・クルド民主 党 (アル・パー シリア・クルド民主 党の後 身。ナスルッディーン・イブラーヒ ルティー)(al-≈izb al-Dīmuqrāªī ーム書 記長。シリア・クルド民主 同 盟加 盟政 党。基本 的自 al-Kurdī fī Sūriyā (al-Bārtī),クルド 由人 権 擁護 国民 調 整委 員会 参 加政 党。「ダマスカス国民 語 名 Partîya Demokrat ya Kurdî li 民主 変 革宣 言」署 名 政党 。 Sûriyê (al Partî)) イブラーヒーム 派 シリア・クルド民主 党 (アル・パー シリア・クルド民主 党 (アル・パールティー) イブラーヒーム派から ルティー) ムスタファー派 分離 (結 成 年 不 明 ) 。ムハンマド・ナズィール・ムスタファー書記 長。シリア・クルド民主 戦線 加盟 政 党。基 本的 自 由人 権擁 護国 民 調整 委員 会 参加 政党。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣言」署 名政 党。 シリア・クルド民主 党 (アル・パー 2006 年 6 月 に「復活」を宣 言したシリア・クルド民 主党 (アル・ ルティー) 暫定 指導 部 (al-Qiyāda パールティー) の一派。 al-Mu’aqqata) 派 シリア・クルド民主 統 一党 (イェ シリア・クルド・イェキーティー党が結 成する直前に離 反した キーティー)(≈izb al-Wa∆da 活動 家たちが 1993 年に結 成。ムフイーッディーン・アーリー al-Dīmuqrāªī al-Kurdī fī Sūrīya 書記 長。シリア・クルド民主 同盟 加 盟政 党 (1999 年 に新 規 加 (Yakītī),クルド語 名 Partîya Yekîtî ya 盟 ) 。基 本的 自 由人 権 擁護 国民 調 整委 員会 参 加政 党。「ダ Demoqrat ya Kurd li Sûriyê (Yekîtî)) マスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 政党 。 シリア・クルド進歩 民 主党 (al-≈izb al-Dīmuqrāªī al-Taqaddumī al-Kurdī fī Sūriyā,クルド語 名 Partîya Dêmoqratî Pêşverû Kurd li − 66 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 政党・政治 組 織名 概説 (結 成 年 月 ,党 首 など) シリア・クルド・ムスタクバル潮 2005 年 5 月 に結成。ミシュアル・タンムー・スポークスマン。 流 (Tayyār al-Mustaqbal al-Kurdī fī デイル・ゾール国民 民 主委 員会 参 加組 織。シリア・クルディ Sūriyā) スターン国民 会議 参 加組 織。 2006 年 3 月 に結成。アブドゥッラヒーム・ガンマーラ,アンマ シリア国 民人 権機 構 (al-Muna√√ama al-Waªanīya ール・クルビーらが指導。 li-≈uqūq al-Insān fī Sūrīya) シリア国 民民 主ナフダ党 (≈izb al-NahΩa al-Waªanī al-Dīmuqrāªī fī Sūrīya) 2003 年に結 成。リベラル政 党。アブドゥルアズィーズ・ムスリ ト党首。 シリア国 民民 主連 合 TWD 1988 年に結 成。マルワーン・ハンムード最高 調 整委 員会 総 合調 整 役。民 主的 対 話のための国民 会合 ・パリ 1 主催・参 加組 織。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 組織 。シリア 国民 民 主連 合とは別 組 織 。 結成 年 不明。ゴラン高 原の解放 をめざすレジスタンス組 織。2006 年 7 月,マジュダル・シャムスのイスラエル軍 基地 への放火,イスラエル軍車 両爆 破への実 行声 明を発 表 。 2006 年 8 月,イスラエルで拘束 中のシリア人 22 人のうち拘 束期 間が 22 年を越えた 4 人を解放するため,イスラエル兵 を捕 捉し,捕 虜交 換を行う意思 を表 明。 結成 年 不明。アブドゥッラー・フマイディー党首。国 内 (ハマ ー) で活動し,シリア改 革党 を支 持。 (al-Tajammu‘ al-Waªanī al-Dīmuqrāªī al-Sūrī – TWD) シリア・ゴラン占領 地における 国民 抵 抗者 たち (Rijāl al-Muqāwama al-Waªanīya fī al-Jawlān al-Sūrī al-Mu∆tall) シリア自 由国 民主 義 者党 (≈izb al-Waªanīyīn al-A∆rār al-Sūrīyīn) シリア自 由国 民団 結 運動 (≈araka al-≈urrīya wa al-TaΩāmun al-Waªanī fī Sūrīya) シリア人 権委 員会 (al-Lajna al-Sūrīya li-≈uqūq al-Insān) シリア人 権監 視団 (al-Mar≠ad 結成 年 不明。アブドゥルハミード・ハドル書 記長。「ダマスカ ス国民 民主 変 革宣 言」署名 組織。 1997 年に結 成されたロンドンを拠 点とする人 権団 体。ワリー ド・サックール会長。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣 言」署 名 組織。 結成 年 不明。人権 団 体。 al-Sūrī li-≈uqūq al-Insān) 2004 年 9 月 に結成。サーディク・ジャラール・アズム名誉 会 長,マフナド・フサイニー運 営会 議 議長,アブドゥルカリー ム・ライハーニー会長。 シリア人 権基 本的 自 由擁 護ク 結成 年 不明。人権 団 体。 ルド機構 (al-Muna√√ama シリア人 権機 構 (al-Muna√√ama al-Sūrīya li-≈uqūq al-Insān,通 称 Swāsīya [SWASIAH]) al-Kurdīya li-Difā‘ ‘an ≈uqūq al-Insān wa al-≈urrīyāt al-‘Āmma fī Sūriyā,通 称 DAD) シリア人 権協 会 (Jam‘īya ≈uqūq 2001 年 7 月 に結成。ファーイズ・ファウワーズ会長 (2005 年 al-Insān fī Sūrīya) 月 に就 任 ) 。基 本的 自 由人 権擁 護 国民 調整 委 員会 参加 組 シリアのための連合 (al-Tajammu‘ min Ajl Sūrīya) シリア報 道の自由・ジャーナリ スト擁護 国民 センター 5 織。デイル・ゾール国民 民 主委 員 会参 加組 織。 2005 年 3 月 にワシントン DC で結 成。ファフド・ミスリー・スポ ークスマン。民 主的 対 話のための国民 会合 ・パリ 1 主催・参 加組 織。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名 組織 。 2005 年 5 月 にダマスカスで結成された人権 団 体。ミシェル・ キールー代表 。 (al-Markaz al-Waªanī li-l-Difā‘ ‘an ≈urrīya al-™a∆āfa wa al-™a∆āfīyīn fī − 67 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 政党・政治 組 織名 アジア経済研究所 2007 年 概説 (結 成 年 月 ,党 首 など) Sūrīya,通 称 フッリーヤート [≈urrīyāt]) シリア民 主行 動委 員 会 (al-Lajna al-Sūrīya li-l-‘Amal al-Dīmuqrāªī) シリア民 主人 民党 (≈izb al-Sha‘b al-Dīmuqrāªī al-Sūrī) シリア民 主潮 流 (al-Tayyār al-Sūrī al-Dīmuqrāªī) シリア民 主的 諸自 由 人権 擁 護諸 委 員会 (Lijān al-Difā‘ ‘an 結成 年 不明。ムハンマド・アフマド・バックール・スポークスマ ン。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署名 組織。 1969 年にシリア共産 党 (現 バクダーシュ派 ) を離反したリヤー ド・トゥルクらが 1973 年に結成。2005 年 5 月 までシリア共産 党政 治 局を名 のる。アブドゥッラー・フーシャ第 1 書記。シリ ア国民 民主 連 合加 盟 政党。基本 的 自由 人権 擁 護国 民調 整委 員 会参 加政 党。デイル・ゾール国 民民 主 委員 会参 加 政党。「ダマスカス国 民民 主 変革 宣 言」署 名政 党。 2005 年 4 月 に国外で結成 。ムフイーッディーン・ラーズカー ニー書記 長。 1989 年に結 成。アクサム・ナイーサ会長 (2000 年 9 月 に就 任 ) 。 基本 的 自由 人権 擁 護国 民調 整 委員 会参 加 組織。 al-≈urrīyāt al-Dīmuqrāªīya wa ≈uqūq al-Insān fī Sūriyā,英 語 名 Committees for the Defense of Democratic Freedoms and Human Rights in Syria,略 称 CDF) シリア民 主的 変革のための調 2005 年 11 月 にパリで結 成 。ファールーク・サブア執 行 委員 整委 員 会 (Lajna al-Tansīq min Ajl 会スポークスマン。 al-Taghyīr al-Dīmuqrāªī fī Sūrīya) シリア民 主党 (al-≈izb 2002 年に結 成。 al-Dīmuqrāªī al-Sūrī) シリア民 主連 合党 (≈izb al-Itti∆ād al-Dīmuqrāªī fī Sūriyā,ク ルド語 名 Partîya Yekîtî ya Demokratîk) シリア民 族社 会党 (al-≈izb al-Sūrī al-Qawmī al-Ijtimā‘ī) マハ ーイリー派 シリア民 族社 会党ダフドゥーフ 派 シリア民 族社 会党インティファ ーダ派 (Janā∆ al-IntifāΩa) シリア・ムスリム同胞 団 (Jamā‘a al-Ikhwān al-Muslimīn fī Sūrīya) シリア・リベラル党 (al-≈izb 2003 年 9 月 に PKK の元 メンバーが結 成。フアード・ウマル 書記 長。 1932 年 11 月 に結成 (ダマスカス政 治 局 は 2001 年 7 月 に開 設 ) 。イ サーム・マハーイリー・シリア政治 局長。進歩 国 民戦 線加 盟 政党 (2005 年 5 月 に新 規 加 盟 ) 。 2003 年 1 月 にシリア民 族 社会 党マハーイリー派から離反。 バースィール・ダフドゥーフ人 民議 会 議員 が指導。 結成 年 不明。アントゥーン・アビー・ハイダルが指導。デイ ル・ゾール国 民民 主 委員 会参 加 政党。 1945 年から 1946 年にかけて結成。アリー・サドルッディー ン・バヤーヌーニー最高 監 督 者 (1996 年 に就 任 ) 。「ダマスカス 国民 民 主変 革宣 言」署名 組織。 2006 年 1 月 にダマスカスで結成。 al-Lībrālī al-Sūrī) 真実・公 正・和解のための国 民会 議 (al-Majlis al-Waªanī 2001 年 7 月 にパリで結 成 した人権 団 体 。ニザール・ナイユ ーフ会 長。 li-l-≈aqīqa wa al-‘Adāla wa al-Mu≠āla∆a) 世俗 民 主リベラル連合‘ADL (al-Tajammu‘ al-‘Almānī al-Dīmuqrāªī al-Lībrālī – ‘ADL) 第三 基 軸 (al-Mi∆war al-Thālith) 2005 年 8 月 にカマール・ルブワーニーが結成を試みた組 織。 2006 年 4 月 にワシントン DC で結成。マラフ・バカーイー・ス − 68 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 政党・政治 組 織名 タウヒード・ワ・ジハード機 構 (Tan√īm al-Taw∆īd wa al-Jihād) 統一 社 会主 義者 党 (≈izb al-Wa∆dawīyīn al-Ishtirākīyīn) 統一 社 会民 主主 義 党 (al-≈izb al-Wa∆dawī al-Ishtirākī al-Dīmuqrāªī) 統一と民 主主 義のための連 合 (al-Tajammu‘ min Ajl al-Wa∆da アジア経済研究所 2007 年 概説 (結 成 年 月 ,党 首 など) ポークスマン。 2006 年 11 月 28 日,メンバーの一 人,ウマル・アブドゥッラ ー (通 称 ウマル・ハムラー) が対レバノン国境の町ジュダイダ・ヤ ーブースの検 問所で国境 警備 隊と銃撃 戦の末 自 爆。 1961 年 1 月 に元バアス党 員が結 成。ファーイズ・イスマーイ ール書記 長 (1963 年 に就 任 ) 。進歩 国 民戦 線加 盟 政党。 1971 年に統 一社 会 主義 者党 を離 反したアフマド・アスアド らが 1974 年 10 月に結 成。ファドルッラー・ナースィルッディ ーン書 記長 (2001 年 に就 任 ) 。進歩 国 民戦 線加 盟 政党 (1989 年 に新 規 加 盟 ) 。 2001 年 1 月 に元アラブ社 会主 義 連合 党員が結 成。ムハン マド・サウワーン書 記長 (2001 年 1 月 に就 任 ) 。 wa al-Dīmuqrāªīya) 統一 民 族連 合 (al-Tajammu‘ 2005 年に欧 州で結 成。リフアト・アサド党首。 al-Qawmī al-Muwa∆∆ad) 民主 自 由連 合 (al-Tajammu‘ al-Lībrālī al-≈urr) 民主 統 一バアス主義 者連 合 (Tajammu‘ al-Ba‘thīyīn al-Dīmuqrāªīyīn al-Wa∆dawīyīn) 2005 年 7 月 にダマスカスで結成。リハーブ・ビータール代 表。 結成 年 不明。ハビーブ・ハッダード・スポークスマン。「ダマ スカス国民 民 主変 革 宣言」署名 組 織。 レバノン・シリア人失 踪者 国 民 結成 年 不明。ファイサル・クルスーム会長 。 委員 会 (al-Lajna al-Ahlīya li-l-Mafqūdīn al-Sūrīyīn fī Lubnān) ( 注 ) (a) 2000 年 以 降 に 活 動 が 確 認 さ れ た 主 な 政 党 ・ 政 治 組 織 。 ( 出 所 ) 青 山 [2003a] [2003b] [2005a] [2005b] [2005c] [2006a] [2006b],Akhbār al-Sharq [2003f] [2005d] [2005e] [2005k] [2005l] [2006f] [2006g],Barīmū [2006],al-≈ājj [2006],≈amīdī [2005c] [2005d] [2006a] [2006b],≈araka al-‘Adāla wa al-Binā’ [2006],≈araka al-≈aqīqa al-Kurdistānīya – Sūriyā [2006] , al-≈izb al-Dīmuqrāªī al-Kurdī al-Sūrī – al-Qiyāda al-Mu’aqqata [2006] , al-≈izb al-Lībrālī al-Sūrī [2006] , ≈izb al-Waªanīyīn al-A∆rār al-Sūrīyīn – al-Hay’a al-Qiyādīya [2006] , Itti∆ād al-≈uqūqīyīn al-Kurd fī Sūriyā – al-Hay’a al-‘Ulyā [2006],Lajna ≈uqūq al-Insān al-Kurdī fī Sūriyā (Māf) [2006],al-Lajna al-Kurdīya li-≈uqūq al-Insān [2006], al-Lajna al-Kurdīya li-≈uqūq al-Insān – Majlis al-Idāra [2006], Lajna al-Tansīq min Ajl al-Taghyīr al-Dīmuqrāªī fī Sūrīya [2005a] [2005b], Majlis al-TaΩāmun al-Dīmuqrāªī al-Kurdī – Kurdistān Sūriyā [2006], Mārtīnī [2006], al-Muna√√ama al-Waªanīya li-≈uqūq al-Insān fī Sūrīya [2006], al-Tajammu‘ al-‘Almānī al-Dīmuqrāªī al-Lībrālī [2005] , ““Alarabiya.net” Tanshuru Milaffan “Shāmilan” ‘an A∆zāb al-Mu‘āraΩa al-Sūrīya ..” (http://www.tsdp.org/27-2-syria6.htm, 2006 年 9 月 ア ク セ ス ), “Timeline of Assyrian History” (http://www.aina.org/aol/peter/ timeline.htm, 2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://www.akhawia.net/forum.php(2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://www.dnp-party-sy.org/( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://www.hjzb-ut/ tahrir.info/(2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://hras-syria.tripod.com/(2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://www.hurriyat.org/modules/news/( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://www.pcmsl. org/index.php/(2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://www.shrc.org/defaultar.aspx( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ), http://www.shro-syria.com/( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ), http://www. syriaalaan.com/(2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://www.syriahr.com/(2006 年 10 月 ア ク セ ス ),http://thirdalliance.net/(2006 年 9 月 ア ク セ ス ),http://www.tsdp.org/index.htm ( 2006 年 9 月 ア ク セ ス ) な ど を も と に 筆 者 作 成 。 − 69 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 (2) アジア経済研究所 2007 年 政治同盟 (a) 組織 名 クルド協 調委 員会 (Lajna 概説 (結 成 年 月 ,加 盟 政 党 ・政 治 組 織 ,代 表 名 など) 2006 年 4 月にシリア・クルド・アーザーディー党とシリア・クル al-Tansīq al-Kurdī) ド・イェキーティー党によって設置される。同年 7 月にシリア・ クルド・ムスタクバル潮流が参加。 進歩 国 民戦 線 (al-Jabha 1972 年 3 月 に結成。バアス党,アラブ社会 主 義者 運動アフ al-Waªanīya al-Taqaddumīya) マド派,アラブ社会 主 義連 合党,アラブ民主 連 合党 (2004 年 1 月 に新 規 加 盟 ) ,国民 誓 約党 (1994 年 に新 規 加 盟 ) ,シリア共産 党バクダーシュ派,シリア共 産党 ファイサル派 (1986 年 に新 規 加 盟 ) ,シリア民族 社 会党マハーイリー派 (2005 年 5 月 に新 規 加 盟 ) ,統 一社 会 主義 者 党,統 一社 会 民主 主義 党 (1989 年 に 新 規 加 盟 ) からなる。バッシャール・アサド中央指 導 部書 記長 (2000 年 7 月 に就 任 ) 。本 章 7. (84~87 ページ) を参 照。 1979 年に結 成。バアス党 民族 指 導部 派,アラブ社 会主 義 シリア国 民民 主連 合 (al-Tajammu‘ al-Waªanī 者運 動アイヤーシュ派,アラブ社 会主 義 連合 民 主党,アラ al-Dīmuqrāªī fī Sūrīya) ブ社 会民 主 主義 バアス党 ,シリア民 主 人民 党からなる。ハ サン・アブドゥルアズィーム・スポークスマン (2000 年 に就 任 ) 。 基本 的 自由 人権 擁 護国 民調 2005 年 1 月 に発足。国 籍 剥奪 者 権利 擁護 委 員会 (Lajna al-Difā‘ ‘an ≈uqūq al-Mujarradīn min al-Jinsīya) ,市民 社 会再 生 整委 員 会 (Lajna al-Tansīq al-Waªanī li-l-Difā‘ ‘an al-≈urrīyāt 諸委 員 会,シリア・アラブ人 権機 構,シリア・クルド・イェキー al-Asāsīya wa ≈uqūq al-Insān) ティー党,シリア・クルド民主 戦線,シリア・クルド民 主同 盟, シリア人 権協 会,シリア国 民民 主 連合,シリア民 主的 諸自 由・人 権 擁護 諸委 員 会,ジャマール・アタースィー民主 的 対話 会 議が参加。 デイル・ゾール国民 民 主委 員 2005 年 5 月 に発足。アラブ社 会民 主 主義 バアス党 ,共産 会 (al-Lajna al-Waªanīya 主義 行 動党,クルド・シリア民主 合 意,クルド・シリア民主 al-Dīmuqrāªīya fī Dayr al-Zawr) 党,国 民 民主 ムスタクバル党,市 民 社会 再生 諸 委員 会,シ リア・アッシリア運動,シリア・クルド・ムスタクバル潮流,シリ ア・クルド左派 党イブラーヒーム派,シリア・クルド進 歩民 主 党ダーウド派,シリア人 権 協会,シリア民主 人 民党,シリア 民族 社 会党インティファーダ派,ラタキア国 民民 主 行動 委 員会 (Lajna al-‘Amal al-Waªanī al-Dīmuqrāªī fī al-Lādhaqīya) が参 加。 民主 的 対話 のための国民 会 2005 年 9 月 に開催。クルド・アラブ友 好 協会 (Jam‘īya al-™adāqa al-Kurdīya al-‘Arabīya) ,クルド・シリア民主 合 意,国 民 合・パリ 1 (al-Multaqā al-Waªanī li-l-≈iwār al-Dīmuqrāªī – Bārīs 1) 自由 青 年連 合 (Tajammu‘ al-Shabāb al-Waªanīyīn al-A∆rār) ,シャ ーム学 生運 動 (al-≈araka al-∫ullābīya – Shām) ,シリア・クルディ スターン民主 パールティー,シリア・クルド・イェキーティー 党,シリア国 民民 主 連合 TWD,シリアのための連合,シリア 賠償 和 解同 盟 (Ta∆āluf al-Qi≠ā≠ wa al-Mu≠āla∆a al-Sūrī) ,シリア 文明 民 主党 (al-≈izb al-≈aΩārī al-Dīmuqrāªī al-Sūrī) ,シリア法 律 学センター (al-Markaz al-Sūrī li-l-Dirāsāt al-Qānūnīya) ,シリア民 主同 盟,西クルディスターン亡命 政 府 (現 シリア・クルディスター ン民 主 変 革 運 動 ) が主 催・参 加 。 シリア・クルド民主 戦 線 2001 年 3 月 に結成。シリア・クルド・アーザーディー党 (2005 (al-Jabha al-Dīmuqrāªīya al-Kurdīya − 70 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 組織 名 概説 (結 成 年 月 ,加 盟 政 党 ・政 治 組 織 ,代 表 名 など) fī Sūriyā,クルド語 名 Bera Demokrat 年 5 月 に加 盟 ,2006 年 3 月 に脱 退 ) ,シリア・クルド国民 民主 党, a Kurd li Sûriyê,略 称 BDK) シリア・クルド左派 党イブラーヒーム派,シリア・クルド進歩 民 主党ダーウド派,シリア・クルド民主 党 (アル・パールティー) ムス タファー派からなる。 1992 年 2 月 に結成。クルド・シリア民主 党 (2003 年 12 月 に脱 シリア・クルド民主 同 盟 (al-Ta∆āluf al-Dīmuqrāªī al-Kurdī fī 退 ) ,シリア・クルド進歩 民主 党ダルウィーシュ派 (1994 年 に新 Sūriyā,クルド語 名 Hevbendiya 規 加 盟 ) ,シリア・クルド民 主党 (アル・パールティー) イブラーヒー Demokrat a Kurd li Sûriyê) ム派,シリア・クルド民 主統 一党 (イェキーティー)(1999 年 に新 規 加 盟 ) からなる。 シリア民 主同 盟 (al-Ta∆āluf 2003 年 11 月 にワシントン DC で結 成。シリア・アッシリア運 al-Dīmuqrāªī al-Sūrī) 動,シリア・クルディスターン民主 パールティー,シリア・クル ド・イェキーティー党,シリア改革 党 (2004 年 4 月 に除 名 ) ,シリ ア近代 民主 主 義党などからなる。 2003 年 6 月 に欧州で結成 。シリア・クルディスターン民主 パ 民主 的シリアのための同盟 (al-Ta∆āluf min Ajl Sūrīya ールティー,シリア近代 民 主 主義 党などからなる。2003 年 Dīmuqrāªīya) 11 月にシリア民主 同 盟に発展 解 消。 2006 年 5 月 にブリュッセルで結成。シリア・クルディスターン シリア・クルディスターン国 民 真実 運 動,シリア・クルド・アーザーディー党,シリア・クルド・ 会議 (al-Majlis al-Waªanī al-Kurdistānī – Sūriyā) イェキーティー党,シリア・クルド・ムスタクバル潮 流などが参 加。シールクーフ・アッバース議長。 ダマスカス宣言フォローアップ 「ダマスカス国 民民 主 変革 宣言」 (I‘lān Dimashq li-l-Taghyīr 調整 委 員会 (Lajna al-Mutāba‘a al-Waªanī al-Dīmuqrāªī,2005 年 10 月 に発 表 ,通 称 「ダマスカス宣 言 」 [I‘lān Dimashq]) に署 名・参 加 した政治 組 織 ・個人の反 政 府 wa al-Tansīq li-I‘lān Dimashq) 活動 を指 導するための執行 機関。同 宣言 は,国民 民 主 ム スタクバル党,市民 社 会再 生諸 委 員会,シリア・クルド民主 戦線,シリア・クルド民 主同 盟,シリア国 民民 主 連合,そして 無所 属の有 識者の連 名で発表され,共 産主 義 行動 党,ク ルド・シリア民主合 意,国民 民主 自 由主 義者 連 合,在 カナ ダ・シリア国民 協会 (al-Jam‘īya al-Waªanīya al-Sūrīya fī Kanadā) , ジャマール・アタースィー民 主的 対 話会 議,シリア・アッシリ ア運動,シリア・アラブ人 権 機構,シリア改革 党,シリア解放 民主 戦 線,シリア近代 民 主 主義 党,シリア国民 会議,シリア 国民 民 主連 合 TWD,シリア自由 国民 団 結運 動,シリア自 由国 民 同盟 発足 委 員会 (al-Hay’a al-Ta’sīsīya li-Ta∆āluf al-Waªanīyīn al-A∆rār fī Sūrīya) ,シリア人 権 委員 会,シリアのた めの連合,シリア民主 行 動 委員 会,シリア・ムスリム同 胞 団,スィルヤーニー民主 運 動 (al-≈araka al-Dīmuqrāªīya al-Siryānīya) ,ミーマース文 化 情報センター (Markaz al-Mīmās li-l-Thaqāfa wa al-I‘lām) ,民主 統一 バアス主 義者 連 合などが 署名した。2005 年 10 月,これらの組 織の代表がダマスカス 宣言 暫 定委 員会 (al-Lajna al-Mu’aqqata li-I‘lān Dimashq) を結成 し,2006 年 4 月から 8 月にかけて同 委員 会を母体としてダ マスカス宣言 フォローアップ調整 委 員会 が発足。リヤード・ サイフ執 行 部 議長。 シリア国 民会 議 (al-Majlis 2005 年半ばにワシントン DC で結 成。ナジーブ・ガドバー − 71 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 組織 名 al-Waªanī al-Sūrī) シリア共 産主 義者 統 一国 民 委員 会 (al-Lajna al-Waªanīya アジア経済研究所 2007 年 概説 (結 成 年 月 ,加 盟 政 党 ・政 治 組 織 ,代 表 名 など) ン,ムハンマド・ジュバイリー (シリアのための連 合 メンバー) ,ムハ マド・ハウワーム (自 由 団 結 フォーラム[Minbar al-TaΩāmun li-l-≈urrīyāt]メンバー) ,フサーム・ダイリー (国 民 民 主 自 由 主 義 者 連 合 書 記 長 ) ,アブドゥルムハイミン・スィバーイー (米 シリア協 会 [al-Jam‘īya al-Amrīkīya al-Sūrīya]) からなる。ナジーブ・ガドバー ン執 行委 員 会 委員 長。「ダマスカス国民 民主 変 革宣 言」署 名組 織。 2002 年 10 月 ,シリア共 産 党『カシオン』・グループが中心と なって結 成。 li-Wa∆da al-Shuyū‘īyīn al-Sūrīyīn) シリア国 民救 済戦 線 (Jabha al-Khulā≠ al-Waªanī fī Sūrīya) 2006 年 3 月 にブリュッセルで結成 (6 月 にロンドンで正 式 に発 足 ) 。アブドゥルハリーム・ハッダーム前外 務担 当 副大 統領, シリア・ムスリム同胞 団,シリア国民 会議,シリア民 主連 合 (al-Tajammu‘ al-Dīmuqrāªī al-Sūrī,カナダ) ,国民 民主 自 由主 義 者連 合,アラブ・シャルク研 究所 (Ma‘had al-Sharq al-‘Arabī,ロン ドン) ,在カナダ・シリア国民 協会,シリア国民 民 主連 合 TWD,サラーフ・バドルッディーン (シリア・クルド人 民 連 合 党 前 書 記 長 ) などからなる。 ( 注 ) (a) 2000 年 以 降 に 活 動 が 確 認 さ れ た 主 な 政 治 同 盟 。 ( 出 所 ) 青 山 [2003a] [2003b] [2005a] [2005b] [2005c] [2006a] [2006b],‘Abbās [2006],Akhbār al-Sharq [2006e] [2006h], ≈izb Āzādī al-Kurdī fī Sūriyā, ≈izb Yakītī al-Kurdī fī Sūriyā and Tayyār al-Mustaqbal al-Kurdī fī Sūriyā [2006], al-≈izb al-Dīmuqrāªī al-Taqaddumī al-Kurdī fī Sūriyā – al-Maktab al-Siyāsī [2006], Jabha al-Khulā≠ al-Waªanī fī Sūrīya – al-Hay’a al-Ta’sīsīya [2006], al-Lajna al-Mu’aqqata li-I‘lān Dimashq [2006], al-Majlis al-Waªanī al-Kurdistānī – Sūriyā [2006], al-Tajammu‘ al-Waªanī al-Dīmuqrāªī al-Sūrī – TWD – Hay’a al-Tansīq al-‘Ulyā [2006], Tawfīq [2006]な ど を も と に 筆 者 作 成 。 5. 主なムハーバラート 名称 共和 国 護衛 隊 (al-≈aras al-Jumhūrī) 概説 シリア国 軍参 謀本 部 所轄 /大統 領 直 属。1976 年に大統 領の警 護と 体制 維 持を目 的に設 立されたシリア最強 のムハーバラート。 歴代 共 和国 護衛 隊 司令 官: • アドナーン・マフルーフ:在 位 1976 年~1995 年。少 将。アニー サ・マフルーフ (バッシャール・アサド大 統 領 の母 ) の甥。1997 年 に死 去。 • アリー・ハサン:1995 年に就 任 (退 任 年 不 明 ) 。 • アブドゥルファッターフ・クドスィー:現共 和国 護 衛隊 司令 官 (就 任 年 不 明 ) 。少将 。バッシャール・アサド大統 領の私 設 秘 書。 主な幹 部隊 員 : • バースィル・アサド:大統 領 治安 (al-Amn al-Ri’āsī) 隊 司令 官。准 将。1994 年 1 月に事 故 死。バッシャール・アサド大統 領 の兄 (ハー − 72 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 名称 空軍 情 報部 (Idāra Mukhābarāt al-Qūwa al-Jawwīya) 軍事 情 報局 (Shu‘ba al-Mukhābarāt al-‘Askarīya) アジア経済研究所 2007 年 概説 フィズ・アサド前 大 統 領 の長 男 ) 。 • バッシャール・アサド。 • マーヒル・アサド:共 和 国護 衛隊の実 質 的司 令 官。大 佐。バッシ ャール・アサド大統 領の弟 (ハーフィズ・アサド前 大 統 領 の四 男 ) 。 • マナーフ・トゥラース:共 和 国護 衛 隊参 謀付。准 将。ムスタファー・ トゥラース前 国 防大 臣の二 男。 空軍 所 轄。ハーフィズ・アサド前政 権のもと,1980 年 代 まで国内で治 安維 持 活動,国外で諜報 活動 を行っていたが,1990 年代 以 降その 地位 を低 下させている。 歴代 空 軍情 報部 長: • ムハンマド・フーリー:在 任 1970 年~1987 年 10 月。その後,空 軍司 令 官 (1987 年 10 月 ~1999 年 6 月 ) となる。軍における最高 位は 少将。 • イブラーヒーム・フワイジャ:1987 年 10 月 に就任 (退 任 年 不 明 ) 。少 将。 • イッズッディーン・イスマーイール少将。空 軍情 報 部長 (就 任 年 不 明 ) 。2005 年 4 月に定 年を迎えた後も「予備 役」として部長 職にと どまったが,2006 年 4 月,リフアト・アサド前民 族 安全 保障 担 当 副大 統 領と接 触を試みたことをマーヒル・アサドに疑われ,退 役 を余 儀なくされる。 シリア軍 所轄 の諜報 機 関・秘密 警 察組 織。地 域 課 (Far‘ Minªaqa,別 称 ダ マスカス課 [Far‘ Dimashq]) ,尋 問課 (Far‘ al-Ta∆qīq) ,特攻 課 (Far‘ al-Mudāhama) ,パレスチナ課 (Far‘ Filasªīn) ,レバノン駐 留 シリア軍 治安 偵 察機 構 課 (Far‘ Jihāz al-Amn wa al-Istiªlā‘,2005 年 4 月 までレバノン実 効 支 配 を統 括 ) などからなる。 歴代 軍 事情 報局 長: • ヒクマト・シハービー:在 任 1970 年~1974 年。元 参 謀 総長 (1974 年 ~1998 年 1 月 ) 。中将。 • アリー・ドゥーバー:在 任 1974 年~2000 年 2 月。少将 。 • ハサン・ハリール:在 任 2000 年 2 月~2005 年 2 月。少将。 • アースィフ・シャウカト:現軍 事情 報 局長。少将。バッシャール・ア サド大 統領の姉 (ハーフィズ・アサド前 大 統 領 の長 女 ) ブシュラー・アサド 女史の夫。2000 年,軍 事 情報 局 内の第 291 課 (士 官 課 [Far‘ al-ºubbāª]) ,第 292 課 (個 人 課 [Far‘ al-Afrād]) ,第 293 課 (情 報 課 [Far‘ al-Ma‘lūmātīya]) を統 合して「軍治 安 課」 (Far‘ Amn al-Qūwāt) を作り, その長となり,軍事 情 報局 の実質 的に統 括。その後,2004 年 11 月,同 職を解 かれ,軍事 情 報局 次 長に就任。2005 年 2 月 半ば, ハサン・ハリール軍事 情 報 局長の退 役に伴い,軍事 情 報局 長 代 行となり,2005 年 6 月に現 職に正 式に就 任。 主な高 官: • ムハンマド・ハーッジ・アリー:尋問 課 長 (就 任 年 不 明 ) 。准 将。 • ルストゥム・ガザーラ:ダマスカス郊 外県 課 長。准 将。前 職はレバ ノン駐 留シリア軍治 安 偵察 機構 課 長 (2002 年 10 月 ~2005 年 4 月 ) 。 レバノンから帰国 後に現 職に就 任したとされるが,ジハードとタウ ヒードのためのジュンド・アッ=シャーム機 構 の掃討などに投入さ − 73 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 名称 政治 治 安部 (Idāra al-Amn al-Siyāsī) 総合 情 報部 (Idāra al-Mukhābarāt al-‘Āmma) アジア経済研究所 2007 年 概説 れた対テロ部 隊 (Qūwāt Mukāfa∆a al-Irhāb) を率いているとも言われ る。 • シャフィーク・ガッサ:特攻 課長 (2006 年 3 月 に就 任 ) 。前 職は特 攻 課 次長。准 将。 • ガーズィー・カナアーン:1982 年から 2002 年 10 月までレバノン 駐留シリア軍 治安 偵 察機 構課 長を務め,レバノン実 効支 配を統 括。2002 年 10 月から 2004 年 10 月までに政治 治 安 部長 を務め る。内務 大 臣 在任 中の 2005 年 10 月 12 日,内 務 省執 務室で自 殺。少 将。 • ディーブ・ザイトゥーニー:アレッポ課長 (就 任 年 不 明 ) 。少 将。 • サイード・サムール:総合 情 報部 次 長 (2006 年 6 月 に就 任 ) 。少将。 現職に就く前 は地域 課 長として「情 報・文 化ファイル」を担当して いた。 • ムハンマド・シャッアール:地 域課 長 (2006 年 3 月 に就 任 ) 。南部 地 域 課長 兼 務。准 将。前 職はタルトゥース課 長。 • アミーン・シャッラービー:パレスチナ課長 (2006 年 3 月 に就 任 ) 。准 将。 • ムニール・ジャルウード:ヒムス課長。准 将 。現職に就く前はレバノ ン駐 留シリア軍治 安 偵察 機構 課 長 (ルストゥム・ガザーラ准 将 ) の副官 を務めた。 • アリー・ハマーダ:管理 課 (al-Far‘ al-Idārī) 長 (2006 年 3 月 に就 任 ) 。准 将。 • アブドゥルムフスィン・ヒラール:准将。2006 年 3 月 までラタキア課 長を務める (後 任 は不 明 ) 。 • ナズィーフ・マスウード:タルトゥース課 長 (2006 年 3 月 に就 任 ) 。准 将。 内務 省 所轄。国内の政 治 勢力 (政 党 ・政 治 組 織 ,活 動 家 ) の活動 監 視を 主な任 務とする。学生・学 生運 動 課 (Shu‘ba al-∫ullāb wa al-Anshiªa al-∫ullābīya) ,指名 手 配者 観察 処 分追 跡対 象 者課 (Shu‘ba al-Maªlūbīn wa al-Murāqabīn wa al-Mulā∆aqīn) ,政党 課 (Shu‘ba al-A∆zāb al-Siyāsīya) ,政府 機 関治 安 課 (Shu‘ba Amn al-Mu’assasāt al-≈ukūmīya), 都 市課 (Shu‘ba al-Madīna) などからなる。 歴代 政 治治 安部 長: • アフマド・サーリフ:在 任 1970 年~1987 年。 • アドナーン・ハサン:在 任 1987 年~2002 年 10 月。 • ガーズィー・カナアーン:在 任 2002 年 10 月~2004 年 10 月。 • ムハンマド・マンスーラ:現政 治治 安 部長 (2005 年 1 月 に正 式 に就 任 ) 。少 将。前 職は政 治 治 安部 次 長。長 年にわたり対 クルド人 政 策に携わってきた。 内務 省 所轄。1971 年まで国家 治 安 (Amn al-Dawla) 局と称する。外 務 課 (al-Far‘ al-Khārijī) ,管 理課 (al-Far‘ al-Idārī) ,拘置 課 (Far‘ al-Sijn) ,情報 課 (Far‘ al-Ma‘lūmāt) ,尋 問課 (Far‘ al-Ta∆qīq) ,諜報課 (Far‘ Mukhābarāt al-Tajassus) ,特 攻課 (Far‘ al-Mudāhama), 内務 課 (al-Far‘ al-Dākhilī,別 称 第 251 課 [Far‘ 251]) ,などからなる。 歴代 総 合情 報部 長: − 74 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 名称 民族 治 安局 (Maktab al-Amn al-Qawmī) アジア経済研究所 2007 年 概説 • アドナーン・ダッバーグ:在 任 1970 年~1976 年。 • ナズィーフ・ズライイル:在 任 1976 年~1984 年。 • フアード・アブスィー:在 任 1984 年~1987 年。 • マージド・サイード:在 任 1987 年~1994 年。 • バシール・ナッジャール:在 任 1994 年~1998 年。 • アリー・フーリー:在 任 1998 年~2001 年 9 月。 • アリー・ハンムード:在 任 2001 年 9 月~12 月。 • ヒシャーム・ビフティヤール:在 任 2001 年 12 月~2005 年 1 月。 • アリー・マムルーク:現総 合 情報 部 長 (2005 年 6 月 に正 式 に就 任 ) 。少 将。前 職は空 軍情 報 局調 査課 次 長。 主な高 官: • バフジャト・スライマーン:総合情 報 部総 務 (al-Maqarr al-‘Āmm) 課 付 (2005 年 6 月 に異 動 ) 。少将 。1980 年代 半 ばまでリフアト・アサド前 民族 安 全保 障担 当 副大 統領の執 務 室で務め,その後,バース ィル・アサド准 将の側 近となった経 歴を持 つ。1999 年 4 月のムハ ンマド・ナースィーフ少 将の退役 を受 け,総合 情 報部 長内 務 課 長に就 任し,2005 年 6 月に現職に異 動。 • フアード・ナースィーフ (・ハイル・ビク) :総合 情報 部 内務 課長(2005 年 6 月に就 任)。少 将。ムハンマド・ナースィーフの甥。 • ムハンマド・ナースィーフ:1970 年 代 半ば以来,総 合情 報部 次 長 兼同 内 務課 長として同部 を実 質的に統 括。1999 年 4 月に定年 により次長 職 と内務 課 長職 を解かれ,退 役。その後 同 年 9 月, 総合 情 報部 次長に就 任 (復 職 ) 。2006 年 2 月,ファールーク・シャ ルア外務 情報 政策 担 当副 大統 領の補 佐役となり,同 年 4 月に 正式に同 副 大統 領 補佐 官に就 任。 • ハサン・ハッルーフ:総 合情 報部 次 長 (2005 年 6 月 に就 任 ) 。少将。 前職は軍 事 情報 局パレスチナ課 長 (2003 年 頃 に就 任 ) 。 バアス党シリア地域 指導 部 所轄。国 内での諜報 活 動を主な任 務とす る。 歴代 民 族治 安局 長: • アブドゥルカリーム・ジュンディー:1969 年 に退任 (暗 殺 ) 。 • ナージー・ジャミール:在 任 1970 年~1978 年。 • アブドゥッラウーフ・カスム:在 任 1987 年 ~2000 年 6 月。 • ムハンマド・サイード・バヒーターン:ダマスカス県 刑事 治 安課 (Far‘ al-Amn al-Jinā’ī) 長 (1994 年 ~1998 年 ) ,ハマー県知 事 (1998 年 ~2000 年 ) を歴任した後,2000 年 6 月から 2005 年 6 月まで民 族治 安 局 長を務めた。現在はバアス党シリア地域 指導 部 副書 記長 (2005 年 6 月 に就 任 ) 。 • ヒシャーム・ビフティヤール:現民 族 治安 局長 (2005 年 6 月 に就 任 ) 。 退役 少 将 (2005 年 1 月 に退 役 ) 。軍事 情 報局 次長 (2000 年 2 月 に就 任 ) ,総 合情 報 部長 (2005 年 6 月 に就 任 ) を歴任した後,現 職に就 任。 ( 出 所 ) 青 山 [2000] [2003b],Akhbār al-Sharq [2001b] [2002a] [2004b] [2004c] [2005a] [2005b] [2005g] [2005i] [2005j] [2005m] [2006a] [2006b] [2006c] [2006d], Aoyama [2001: 12-17],≈amīdī [1999] [2003c] [2005a],al-≈ayāt [2002], Īzinzstādt [2002],al-Siyāsa − 75 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 [2006], Arab Decision (http://www.arabdecision.org/, 2006 年 7 月 ア ク セ ス )な ど を も とに筆者作成。 6. バアス党 (1) 第 9 回シリア地域大会 (2000 年 6 月 17 日~20 日) で選ばれた地 域指 導部,中央委員会,検閲査察委員会 (a) 地域指導 部 役職 氏名 バッシャール・アサド アブドゥッラー・アフマル スライマーン・カッダーフ アブドゥルハリーム・ハッダーム ムハンマド・ズハイル・マシャーリカ アブドゥルカーディル・カッドゥーラ ムハンマド・ムスタファー・ミールー ムハンマド・ナージー・アトリー ファールーク・シャルア ムスタファー・トゥラース サッラーム・ヤースィーン ワリード・ブーズ ムハンマド・フサイン ムハンマド・ギヤース・バラカート マジード・シュドゥード ファーイズ・ナースィル アフマド・ディルガーム イブラーヒーム・フナイディー ムハンマド・ファールーク・アブー・シャーマート ムハンマド・サイード・バヒーターン ワリード・ハムドゥーン 書記 長 副書 記 長 副書 記 長 (外 務 担 当 副 大 統 領 ) (文 化 政 策 担 当 副 大 統 領 ) (人 民 議 会 議 長 ) (首 相 ) (副 首 相 /首 相 ) (外 務 大 臣 ) (国 防 大 臣 ) (地 方 行 政 大 臣 ) 教育 局 長,前 衛局 長 経済 局 長 高等 教 育局 長 青年 局 長,スポーツ学生 局 長 組織 局 長 党出 版 局長,人民 諸 組織 局長 農民 局 長 法務 局 長,職 業諸 組 合局 長 民族 治 安局 長 労働 者 局長,財務 局 長 ( 出 所 ) 青 山 [2001: 29]を も と に 筆 者 作 成 。 (b) 中央委員会 氏名 バッシャール・アサド (委 員 長 ) ムスタファー・アーイド ムハンマド・アイユーブ 氏名 マーヒル・アサド アリー・アスラーン ムハンマド・ナージー・アトリー − 76 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 氏名 アジア経済研究所 氏名 イマード・アサド マナーフ・トゥラース アラーッディーン・アービディーン ムスタファー・トゥラース ムハンマド・ファールーク・アブー・シャーマート ハサン・トゥルクマーニー ムハンマド・サーフィー・アブーダーン イッズッディーン・ナースィル アフマド・アブドゥンナビー スライマーン・ナースィル アブドゥッラー・アフマル ファーイズ・ナースィル イルハーム・アリー ハルビーヤ・バイダ ムハンマド・イブラーヒーム・アリー アブドゥルカリーム・ハイダル ムハンマド・ズィアール・アリー スアード・バックール マフムード・アンマール アドナーン・ハサン アスアド・イーサー ラフィーク・ハッダード ファールーク・イーサー アブドゥルハリーム・ハッダーム スィナー・イバーラ ヒンド・ハティーターニー アドナーン・ウムラーン ムハンマド・ナビール・ハティーブ ナビール・ウムラーン ガーズィー・ハドラ ナジーブ・ガザーウィー ムハンマド・サイード・バヒーターン ファイサル・カースィム アリー・ハビーブ ナヒーダ・カッサース サイード・ハマーディー スライマーン・カッダーフ スブヒー・ハミーダ アブドゥルカーディル・カッドゥーラ アフマド・ハムウ スライマーン・カーディー ワリード・ハムドゥーン サラーフ・カナージュ ムハンマド・ギヤース・バラカート アブドゥッラー・ガルユーン ハサン・ハリール ハイルッディーン・サイイド ユーニス・バルグード マフムード・サイイド ムハンマド・ハルバ スィハーム・サーイグ シャフィーク・ファイヤード アブドゥッラフマーン・サイヤード シャフナーズ・ファークーシュ ハイファー・サクル アブドゥルカーディル・フサイン イブラーヒーム・サーフィー イブラーヒーム・フサイン ハーリド・サラーマ ムハンマド・フサイン サーミー・サーリフ ワリード・ブーズ ブサイナ・シャアバーン イブラーヒーム・フナイディー ジャミーラ・ジャーッザ アリー・フーリー マハー・シャビールー イブラーヒーム・フワイジャ ファールーク・シャルア ムハンマド・ズハイル・マシャーリカ タウフィーク・ジャルール カマール・マフフーズ マジード・シュドゥード ジューリヤー・ミーハーイール ナジャーフ・スィット ムハンマド・ムスタファー・ミールー サイード・ズハイリー カマル・ムハンマド ユスラー・タウィール サッラーム・ヤースィーン アフマド・ダシュウ ハッサーン・リーシャ アフマド・ディルガーム ジャースィム・ムーサー ( 出 所 ) 青 山 [2001: 30-31]を も と に 筆 者 作 成 。 − 77 − 2007 年 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 (c) アジア経済研究所 2007 年 検閲査察委員 会 氏名 アブドゥッラー・アブー・リーシュ (委 員 長 ) ジャミール・ウワイド ファウズィー・ジャウダ サラーファ・ディーブ ザイド・ハッスーン ( 出 所 ) 青 山 [2001: 31]を も と に 筆 者 作 成 。 (2) 第 10 回シリア地域大会 (2005 年 6 月 6 日~9 日) で選ばれた地 域指 導部,中央委員会,検閲査察委員会 (a) 地域指導 部 役職 書記 長 副書 記 長,財 務局 長 (人 民 議 会 議 長 ) (首 相 ) (外 務 大 臣 /外 務 情 報 政 策 担 当 副 大 統 領 ) (国 防 大 臣 ) 経済 局 長 高等 教 育学 生養 育 局長,前衛 局 長 職業 組 合局 長,法 務 局長 人民 諸 組織 局長,青 年スポーツ局長 組織 局 長 党出 版 情報 局長 民族 治 安局 長 労働 者 局長,農民 局 長 氏名 バッシャール・アサド ムハンマド・サイード・バヒーターン マフムード・アブラシュ ムハンマド・ナージー・アトリー ファールーク・シャルア ハサン・トゥルクマーニー ムハンマド・フサイン ヤースィル・フーリーヤ バッサーム・ジャーニビーヤ シャフナーズ・ファークーシュ サイード・イーリヤー ハイサム・サターイヒー ヒシャーム・ビフティヤール ウサーマ・ウダイ ( 出 所 ) Akhbār al-Sharq [2005f], SANA [2005a]を も と に 筆 者 作 成 。 (b) 中央委員会 氏名 サイード・アキール マーヒル・アサド バッサーム・アブー・アサリー ガッサーン・アスアド ムハンマド・シャアバーン・アズーズ ハイラーナ・アターッラー ハビーブ・アッバース 氏名 ジャマール・アッバースィー イブラーヒーム・アリー マーリク・アリー アリー・アルサーン ヤフヤー・アワド ジャブル・イーサー ナビーフ・イスマーイール − 78 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 氏名 ディアース・イッズッディーン アフマド・イドリース サイード・イーリヤー ムハンマド・リヤード・ウジャイリー ウサーマ・ウダイ マハー・ウマル ナビール・ウムラーン ナヒーダ・カッサース イッザト・カナジュ マハー・ガンナーム ファイサル・クルスーム マフムード・ザアタリーヤ ムハンマド・アンマール・サーアーティー アリー・サアド ハイサム・サターイヒー ハンムーダ・サッバーグ アーディル・サファル アッブード・サーリフ ムスタファー・サーリフ サッラーム・サンカル ブサイナ・シャアバーン アフマド・ジャウジャウ アブドゥッラッザーク・ジャースィム バッサーム・ジャーニビーヤ アブドゥンナースィル・シャフィーウ イブラーヒーム・シャーミヤ ファールーク・シャルア バッシャール・ジュナイド アミーナ・スアイド ガーズィー・ズアイブ ムハンマド・スィターム アフマド・スライマーン ユスラー・タウィール アフマド・ダシュウ ムハンマド・ヤースィーン・ダマーラ ムハンマド・ディーブ マナーフ・トゥラース アントワーン・ドゥユーブ ハサン・トゥルクマーニー サーミー・トゥルシャ アジア経済研究所 氏名 ハーラ・ナースィル ジョルジュ・ナフラ ハルビーヤ・バイダ スアード・バックール フサイン・ハダール ターミル・ハッジー アフマド・ハッブー ムハンマド・ナビール・ハティーブ ウマイマ・ハドゥール ハーズィム・ハドラー ムハンマド・サイード・バヒーターン アリー・ハビーブ ムハンマド・ギヤース・バラカート ワーイル・ハラキー リヤード・ヒジャーブ ヒシャーム・ビフティヤール シャフナーズ・ファークーシュ ガッサーン・ファーリス サービル・ファルフート ムハンマド・フサイン ワリード・ブーズ アフマド・フィッダ ハーイル・フーリーヤ ヤースィル・フーリーヤ ハリール・マシュハディーヤ アブドゥルムウティー・マシュラブ アブドゥルカーディル・ミスリー ジューリヤー・ミーハーイール ハラフ・ミフターフ イブラーヒーム・ムーサッリー アブドゥルカリーム・ムスタファー マイスーン・ムスリマーニー イフサーン・ムフスィン ムハンマド・ラシュディー・ムフタール アファーフ・ラッアード ファーティマ・ラアド ダーウード・ラージハ ジュマーナ・ラマダーン ラマダーン・ラマダーン クルスーム・ワルダ ( 出 所 ) al-Thawra [2005]を も と に 筆 者 作 成 。 − 79 − 2007 年 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 (c) 検閲査察委員 会 氏名 ディアース・イッズッディーン (委 員 長 ) イッザト・カーティビー ラジャブ・カーンシューシュ ファウズィー・ジャウダ サラーファ・ディーブ ( 出 所 ) al-Thawra [2005]を も と に 筆 者 作 成 。 − 80 − アジア経済研究所 2007 年 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 (3) 組織体系図 (a) アラブ民族 ( 2003 年 3 月 ま で ) 民族指導部 (al-Qiyāda al-Qawmīya,在 ダマ スカス) 指導 指導 ヨルダン 地域指導部 レバノン 地域指導部 (親 シリア派 ) (親 シリア派 ) シリア 地域指導部 (バッシャール・ア サド政 権 ) ヨルダン 地域指導部 レバノン 地域指導部 シリア 地域指導部 (親 イラク派 ) (親 イラク派 ) (親 イラク派 ) ヨルダン地 域 (quªr) レバノン地 域 シリア地 域 アラブ民 族 (umma) (出所) 筆者作成。 − 81 − 民族指導部 (在 バグダード) 指導 指導 イラク 地域指導部 その他の国の 支 部・支 局 (親 シリア派 ) (親 シリア派 ) イラク 地域指導部 (サッダーム・フセ イン政 権 ) イラク地 域 その他の国の 支 部・支 局 (親 イラク派 ) その他の地 域 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 (b) シリア地域 シリア地 域 指 導 部 (al-Qiyāda al-Quªrīya) 検 閲 査 察 委員 会 (Lajna al-Riqāba wa al-Taftīsh) 中 央 委 員 会 (al-Lajna al-Markazīya) 支 部 (far‘) 支部指導部 支 局 (shu‘ba) 支局 支局指導部 班 (firqa) 班 班指導部 組 (∆alqa) 組 組 (注) 第 10 回 シ リ ア 地 域 大 会 で 青 年 局 , ス ポ ー ツ 学 生 局 , 教 育 局 , 高 等 教 育 局 は 青 年 ス ポ ー ツ 局( Maktab al-Shabība wa al-RiyāΩa)と 高 等 教 育 学 生 養 育 局( Maktab al-Ta‘līm al-‘Ālī wa al-∫alaba wa al-Tarbiya) に 統 合 ・ 再 編 。 (出所) 筆者作成。 − 82 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 人民諸組織 事務局 (al-Muna√√amāt al-Sha‘bīya) 労 働 者 局 (Maktab al-‘Ummāl) 農 民 局 (Maktab al-Fallā∆īn) 前 衛 局 (Maktab al-∫alā’i‘) 青 年 局 (Maktab al-Shabība) 支部 li-Niqābāt al-‘Ummāl) 農民総連合 (al-Itti∆ād al-‘Āmm li-l-Fallā∆īn) バアス前 衛 機 構 (Muna√√ama ∫alā’i‘ al-Ba‘th) 革命青年連合 (Itti∆ād Shabība al-Thawra) スポーツ学 生 局 スポーツ総 連 合 (Maktab al-RiyāΩa wa al-∫alaba) (al-Itti∆ād al-RiyāΩī al-‘Āmm) 財 務 局 (al-Maktab al-Mālī) 軍・武 装 部 隊の 支 部・支 局 労 働 総 連 合 (al-Itti∆ād al-‘Āmm シリア学 生 国 民 連 合 (al-Itti∆ād al-Waªanī li-∫alaba Sūrīya) 経 済 局 (al-Maktab al-Iqti≠ādī) 女 性 連 合 (al-Itti∆ād al-Nisā’ī) 組 織 局 (Maktab al-Tan√īm) 専 門 職 業 協 会 総 連 合 (al-Itti∆ād 法 務 局 (al-Maktab al-Qānūnī) al-‘Āmm li-Jam‘īyāt al-≈irafīya) 生活共同連合 (al-Itti∆ād al-Ta‘āwunī al-Sakanī) 人民諸組織局 アラブ作 家 連 合 (Maktab al-Muna√√amāt al-Sha‘bīya) (Itti∆ād al-Kuttāb al-‘Arab) 党 出 版 局 (Maktab al-I‘dād al-≈izbī) 教 育 局 (Maktab al-Tarbiya) 高等教育局 (Maktab al-Ta‘līm al-‘Ālī) 職業諸組合局 (Maktab al-Niqābāt al-Mihnīya) 民族治安局 (Maktab al-Amn al-Qawmī) ジャーナリスト連 合 (Itti∆ād al-™u∆ufīyīn) 職 業 諸 組 合 (al-Niqābāt al-Mihnīya) 教 員 組 合 (Niqāba al-Mu‘allimīn) 工 学 者 組 合 (Niqāba al-Muhandisīn) 医 師 組 合 (Niqāba al-Aªibbā’) 農学者組合 (Niqāba al-Muhandisīn al-Zirā‘īyīn) 歯科医師組合 (Niqāba Aªibbā’ al-Asnān) 薬 学 士 組 合 (Niqāba al-™ayādila) 弁 護 士 組 合 (Niqāba al-Mu∆āmīn) 芸 術 組 合 (Niqāba al-Funūn al-Jamīla) 技 術 者 組 合 (Niqāba al-Fannānīn) 請 負 士 組 合 (Niqāba al-Muqāwilīn) − 83 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 7. (1) アジア経済研究所 2007 年 進歩国民戦線 加盟政党 党・組 織名 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動アフマド派 アラブ社会 主 義連 合 党 アラブ民主 連 合党 国民 誓 約党 シリア共 産党 バクダーシュ派 シリア共 産党 ファイサル派 シリア民 族社 会党マハーイリー派 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会民 主主 義 党 加盟 年 1972 年 1972 年 1972 年 2004.年 1994 年 1972 年 1986 年 2005 年 1972 年 1989 年 3 3 3 1 月 月 月 月 3月 5月 3月 (出所) 筆者作成。 (2) 中央指導部 (a) バッシャール・アサド大統領就任に伴う改編 ( 2000 年 7 月 31 日 ) 氏名 バッシャール・アサド (書 記 長 ) アブドゥッラー・アフマル (副 書 記 長 ) ムハンマド・ズハイル・マシャーリカ (副 書 記 長 ) ムスタファー・アーイド (a) スライマーン・カッダーフ アブドゥルカーディル・カッドゥーラ ファールーク・シャルア イッズッディーン・ナースィル アブドゥルハリーム・ハッダーム ムハンマド・フサイン ムハンマド・ムスタファー・ミールー サッラーム・ヤースィーン ガッサーン・アブドゥルアズィーズ・ウスマーン 所属 政党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動ウスマーン派 (現 国 民 誓約党) アブドゥルガニー・カンヌート (b) アラブ社会 主 義者 運 動カンヌート派 (現 アフマ ド派 ) サフワーン・クドスィー ウィサール・ファルハ ダニエル・ニウマ ファーイズ・イスマーイール アラブ社会 主 義連 合 党 シリア共 産党 バクダーシュ派 シリア共 産党 ファイサル派 統一 社 会主 義者 党 − 84 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 氏名 アジア経済研究所 2007 年 所属 政党 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会民 主主 義 党 マクラム・タイヤーラ アフマド・アスアド (c) ( 注 ) (a) 2001 年 1 月 に 公 金 横 領 ・ 贈 収 賄 を 追 及 さ れ , 2002 年 6 月 に 人 民 議 会 議 員 を 辞 職 。 (b) 2001 年 3 に 死 去 。 2002 年 5 月 15 日 , 後 任 と し て ア フ マ ド ・ ア フ マ ド が 就 任 。 (c) 2001 年 に 死 去 。 2003 年 8 月 6 日 , 後 任 と し て フ ァ ド ル ッ ラ ー ・ ナ ー ス ィ ル ッ デ ィ ーンが就任。 ( 出 所 ) 青 山 [2001: 33], Akhbār al-Sharq [2002b], ≈amīdī [2003a]を も と に 筆 者 作 成 。 (b) ムハンマド・ナージー・アトリー内閣発足に伴う改編 ( 2003 年 10 月 14 日) 氏名 所属 政党 バッシャール・アサド (書 記 長 ) アブドゥッラー・アフマル (副 書 記 長 ) ムハンマド・ズハイル・マシャーリカ (副 書 記 長 ) ムハンマド・ナージー・アトリー マフムード・アブラシュ スライマーン・カッダーフ ファールーク・シャルア イッズッディーン・ナースィル アブドゥルハリーム・ハッダーム ムハンマド・フサイン サッラーム・ヤースィーン アフマド・アフマド ガッサーン・アブドゥルアズィーズ・ウスマーン バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動アフマド派 アラブ社 会 主 義者 運 動ウスマーン派 (現 国 民 サフワーン・クドスィー ウィサール・ファルハ ダニエル・ニウマ (a) ファーイズ・イスマーイール マクラム・タイヤーラ ファドルッラー・ナースィルッディーン アラブ社会 主 義連 合 党 シリア共 産党 バクダーシュ派 シリア共 産党 ファイサル派 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会民 主主 義 党 誓約党) ( 注 ) (a) 2003 年 12 月 に 死 去 。 ( 出 所 ) Akhbār al-Sharq [2003e], al-≈ayāt [2004]を も と に 筆 者 作 成 。 (c) アラブ民 主連合 党新規加盟に伴う改編 (2004 年 1 月 19 日 ) 氏名 バッシャール・アサド (書 記 長 ) アブドゥッラー・アフマル (副 書 記 長 ) ムハンマド・ズハイル・マシャーリカ (副 書 記 長 ) ムハンマド・ナージー・アトリー マフムード・アブラシュ 所属 政党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 − 85 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 氏名 スライマーン・カッダーフ ファールーク・シャルア イッズッディーン・ナースィル アブドゥルハリーム・ハッダーム ムハンマド・フサイン サッラーム・ヤースィーン アフマド・アフマド ガッサーン・アブドゥルアズィーズ・ウスマーン 所属 政党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動アフマド派 アラブ社会 主 義者 運 動ウスマーン派 (現 国 民 サフワーン・クドスィー ガッサーン・アフマド・ウスマーン ウィサール・ファルハ ユースフ・ファイサル ファーイズ・イスマーイール マクラム・タイヤーラ ファドルッラー・ナースィルッディーン アラブ社会 主 義連 合 党 アラブ民主 連 合党 シリア共 産党 バクダーシュ派 シリア共 産党 ファイサル派 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会民 主主 義 党 誓約党) ( 出 所 ) al-≈ayāt [2004]を も と に 筆 者 作 成 。 (d) シリア民族社会党マハーイリー派新規加盟に伴う改編( 2005 年 5 月 4 日 ) 氏名 バッシャール・アサド (書 記 長 ) アブドゥッラー・アフマル (副 書 記 長 ) ムハンマド・ズハイル・マシャーリカ (副 書 記 長 ) ムハンマド・ナージー・アトリー マフムード・アブラシュ スライマーン・カッダーフ ファールーク・シャルア イッズッディーン・ナースィル アブドゥルハリーム・ハッダーム ムハンマド・フサイン サッラーム・ヤースィーン アフマド・アフマド サフワーン・クドスィー ガッサーン・アフマド・ウスマーン ガッサーン・アブドゥルアズィーズ・ウスマーン ウィサール・ファルハ ユースフ・ファイサル イサーム・マハーイリー ファーイズ・イスマーイール マクラム・タイヤーラ ファドルッラー・ナースィルッディーン 所属 政党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動アフマド派 アラブ社会 主 義連 合 党 アラブ民主 連 合党 国民 誓 約党 シリア共 産党 バクダーシュ派 シリア共 産党 ファイサル派 シリア民 族社 会党マハーイリー派 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会民 主主 義 党 − 86 − 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 ( 出 所 ) Akhbār al-Sharq [2005c]を も と に 筆 者 作 成 。 (e) バアス党第 10 回シリア地域大会に伴う改編 ( 2005 年 7 月 11 日 ) 氏名 バッシャール・アサド (書 記 長 ) スライマーン・カッダーフ (副 書 記 長 ) ムハンマド・ナージー・アトリー アブドゥッラー・アフマル マフムード・アブラシュ ハイサム・サターイヒー ファールーク・シャルア イッズッディーン・ナースィル ムハンマド・サイード・バヒーターン ムハンマド・フサイン ムハンマド・ズハイル・マシャーリカ アフマド・アフマド サフワーン・クドスィー ガッサーン・アフマド・ウスマーン ガッサーン・アブドゥルアズィーズ・ウスマーン ウィサール・ファルハ ユースフ・ファイサル イサーム・マハーイリー ファーイズ・イスマーイール ファドルッラー・ナースィルッディーン 所属 政党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 バアス党 アラブ社会 主 義者 運 動アフマド派 アラブ社会 主 義連 合 党 アラブ民主 連 合党 国民 誓 約党 シリア共 産党 バクダーシュ派 シリア共 産党 ファイサル派 シリア民 族社 会党マハーイリー派 統一 社 会主 義者 党 統一 社 会民 主主 義 党 ( 出 所 ) ≈amīdī [2005b]を も と に 筆 者 作 成 。 − 87 − 2007 年 青山弘之編『現代レヴァント諸国の政治構造とその相関関係』調査研究報告書 アジア経済研究所 2007 年 文献リスト <日本語文献> 青山弘之 [2000] 「政治の多元化か独裁の再生産か――1990 年半ば以降のシリア における支配の論理――」『現代の中東』第 28 号(3 月),34~48 ページ。 ――― [2001] 「“ ジ ュ ムル ーキ ー ヤ” への 道 (1)―― バッシ ャ ール ・ア ル =ア サド政権の成立――」『現代の中東』第 31 号(7 月),13~37 ページ。 ――― [2003a] 「権威主義体制下の“民主的”プロセス――第 8 期シリア人民 議会選挙の政治的効果――(現状分析)」『現代の中東』第 35 号(7 月),56 ~68 ページ。 ――― [2003b] 「シリアにおける政党・政治組織――バッシャール・アル=アサ ド政権発足以降を中心に――」酒井啓子・青山弘之編『中東諸国における政 権権力基盤と市民社会――研究会中間成果報告――』日本貿易振興会アジア 経済研究所,63~116 ページ。 ――― [2005a] 「権威主義・独裁維持のための「多元主義」――バッシャール・ アサド政権下のシリア――」酒井啓子・青山弘之編『中東・中央アジア諸国 における権力構造――したたかな国家・翻弄される社会――』アジア経済研 究所叢書 1,岩波書店,25~70 ページ。 ――― [2005b] 「シリアにおけるクルド民族主義政党・政治組織(1)」 『現代の 中東』第 39 号(7 月),58~84 ページ。 ――― [2005c] 「シリアにおけるクルド民族主義政党・政治組織(2)」『現代の 中東』第 40 号(1 月),20~31 ページ。 ――― [2006a] 「 シ リ ア ― ― 権 威 主 義 体 制 に 対 す る ク ル ド 民 族 主 義 勢 力 の 挑 戦 ――」間寧編『西・中央アジア諸国における亀裂構造と政治体制』研究双書 No.555,日本貿易振興機構アジア経済研究所,159~209 ページ。 ――― [2006b] 「 シ リ ア に お け る ク ル ド 民 族 主 義 政 党 ・ 政 治 組 織 ( 補 足 ) ― ― ハリーリー元首相暗殺に伴う政情変化のなかで(2005 年)――」 『現代の中 東』第 41 号(7 月),65~94 ページ。 <外国語文献> ‘Abbās, Shīrkūh (Maktab Ri’āsa al-Majlis al-Waªanī al-Kurdistānī – Sūriyā) [2006] “Li-Yakūna I∆yā’ Hādhihi 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