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糖尿病診療ガイドライン 策定作業の方法論
複製・転載禁止 © The Japan Diabetes Society, 2013 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 科 学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 2013 2013 糖尿病診療ガイドライン 策定作業の方法論 ① ガイドラインの特徴 診療ガイドラインを策定するには,主としてコンセンサスに基づく方法と根拠に基づく (evidence-based)方法とがある a) .本ガイドラインはどちらかというと後者に相当するが, エビデンスを伴わなくてもコンセンサスによって推奨している項目も少なくない. ガイドラインの必要性については,第 1 にその普及による医療の向上があげられる.た とえば,糖尿病を早期に正しく診断して適切な治療を開始できれば,合併症の発生率を抑 えることができるであろう.正しい診断と適切な治療をガイドラインによって徹底できれ ば,理論的には治療効果は向上するはずである.第 2 には,ガイドラインにより医療のいっ そうの透明化を期待できる.医療を供給する側と受け取る側とが情報を共有することによ り,より対等な立場での診療が可能になるであろう. 以前から米国政府は,国家事業として診療ガイドラインを掲載したサイトを一般に公開 してきた(http://www.guidelines.gov/) .このサイトには 2012 年 9 月現在 2,578 件あり, 糖尿病に関係するものが 647 件(単純に Diabetes で検索した結果として)含まれている.わ が国においても,日本医療機能評価機構が Minds という事業(http://minds.jcqhc.or.jp/) のなかで,糖尿病を含め現在 130 件のガイドラインを提示している.米国に比べると,件 数に関してはかなり見劣りする.同様に,MEDLINE 医学文献データベースでも,Limit to Practice Guideline という絞り込みによりガイドラインの件数を調べると,糖尿病診療ガイ ドライン関連の文献は 732 件みられた.上記のサイト検索とほぼ同数の結果になっていた. さて,わが国には一般臨床医向けの「糖尿病治療ガイド」b)というものがあるが,本ガイ ドラインは根拠となる研究論文を示しながら解説している点が異なるといえよう. ② ガイドラインの様式(図 1) 本ガイドラインでは,解説や総説といった文章形式ではなく,各領域で重要と思われる ステートメントをはじめにあげている.すなわち診療の指針となるべきステートメントを まずあげ,その根拠となった臨床研究データを示している.なお,本ガイドラインでは推 奨する事項をステートメントと呼んでいるが,Recommendation(推奨あるいは勧告)とい う表現も可能である.これらのステートメントにはグレード(推奨の強さ)を付した.グ レードについては後述する.ステートメントに次いで,その解説を付し,ステートメント の背景やその根拠について理解が深まるようにしている.最後に,根拠として用いた臨床 研究についての文献を示し,それらのアブストラクトテーブルを付した.ここには「論文 1 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013,南江堂,2013 複製・転載禁止 © The Japan Diabetes Society, 2013 ステートメント エビデンスレベル グレード (表2参照) ⋮⋮ エビデンスレベル(表1参照) 根拠となる研究2 ⋮⋮ 根拠となる研究1 コンセンサス 図 1 本ガイドラインの構成 各章にステートメントが複数示されており,それぞれについてグレード(推奨の強さ,表 2 参照)が表示さ れている.また,ステートメントごとに根拠となる文献(エビデンス)が引用される.各文献は表 1 の水準に 基づきエビデンスレベルを決め,章末の文献欄・アブストラクトテーブルにそのレベルを表示している. なお,コンセンサスに基づくステートメントのみコンセンサスを表示している. コード」 , 「エビデンスレベル」 , 「対象」 , 「方法」 , 「結果」が明記されている.また,どの ような臨床研究が各ステートメントの根拠として用いられているかが簡便にわかるように も配慮した. ③ 本ガイドラインにおけるレベル付け,グレード付けの方法 本ガイドラインでは,根拠として採用された個々の研究に,エビデンスレベル(水準)を 付している.この主な目的は,研究のデザインをより明確に認識できるようにすることに ある.当然のことながら,研究結果はデザイン型だけで決まるものでなく,その中味,す なわち結果の強度や説明可能性も大切なことはいうまでもない.表 1 に示したものが,本 ガイドラインで用いた水準表であり,前版から大幅に改訂した. 「レベル 1+」は質の高 い RCT およびそれらのメタアナリシス, 「レベル 1」はその他の RCT およびそれらのメ タアナリシス, 「レベル 2」は前向きコホート研究およびそれらのメタアナリシス・事前 に定めた RCT のサブ解析, 「レベル 3」は非ランダム化比較試験・前後比較試験・後ろ向 きコホート研究・ケースコントロール研究・RCT の後付けサブ解析などとした. 「レベル 4」は横断研究や症例集積とした.この水準表を作成するにあたっては,米国の保健医療研 究評価局による水準表(http://www.ahrq.gov),米国医師会による水準表 c),オックス フォード大学 EBM センターの水準表(http://www.cebm.net) ,さらにはカナダ糖尿病学会 による水準表 d)などを参考にした.この水準表にはコンセンサスによる情報は含まれてい ないが,コンセンサスについても別個の重要な材料として,採用したすべてのステートメ ントにおいて十分に考慮されている. ステートメントの根拠となる文献は通常複数あり,それぞれに表 1 に従って水準が付与 されるが,それらのうち最もレベルの高いものに基づきグレード付け(grading)を行った (表 2).文献情報に基づかず,対応する文献のない場合は,“コンセンサス”と記載し た.グレード付けは前版と変わらない. 「グレード A」が強く勧める事項, 「グレード B」 は普通に勧める事項, 「グレード C」は勧めるだけの根拠に欠ける事項である.また, 「グ レード D」は逆に行わないほうがよいとされる事項である.なお,診療の実践においては ステートメントとグレードを参照し,その根拠を知りたいときには関連する研究とその水 2 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013,南江堂,2013 複製・転載禁止 © The Japan Diabetes Society, 2013 糖尿病診療ガイドライン策定作業の方法論 表 1 ガイドラインで用いたエビデンスレベル̶各研究へ付された水準 水準(レベル) それに該当する臨床研究デザインの種類 1+ ,およびそれらのメタアナリシスまたはシステ 質の高い* 1 ランダム化比較試験(RCT) マティックレビュー 1 それ以外の RCT,およびそれらのメタアナリシスまたはシステマティックレビュー 2 前向きコホート研究,およびそれらのメタアナリシスまたはシステマティックレビュー, 事前に定めた RCT のサブ解析 3 非ランダム化比較試験* 2,前後比較試験,後ろ向きコホート研究,ケースコントロール 研究,およびそれらのメタアナリシスまたはシステマティックレビュー,RCT の後付 けサブ解析 4 横断研究* 3,症例集積 :質の高い RCT とは以下の点から総合的に判定する. ①多数の症例数・イベント数からみてパワーが高いと思われる RCT ②二重盲検,エンドポイントの独立判定などバイアスの混入が少ないと思われる RCT ③高い追跡率,低い中止脱落率,少ないプロトコル逸脱の RCT ④ランダム化(無作為化)の方法も明確であり,適正に行われたと思われる RCT *2 :非ランダム化比較試験とは,交互割り付けやマッチングによる割り付けなど,ランダム化比較試験ではない比 較試験. *3 :横断研究とは,時間経過(時間的要素)を伴わない観察研究. *1 表 2 推奨の強さとしてのグレード グレード 説明 グレード A 行うよう強く勧める グレード B 行うよう勧める グレード C 行うように勧めるだけの根拠が明確でない グレード D 行わないよう勧める 表 3 医学中央雑誌で関連研究を検索するための指針 1.糖尿病で検索し,タグ(メタアナリシス,ランダム化比較試験,比較臨床試験,診療ガイドライン) で絞り込む. 2.糖尿病で検索し, (二重盲検法 or 単純盲検法 or 無作為 or 臨床試験) でも検索し, 両者の積集合を取る. 3.糖尿病で検索し,検索語(コホート研究,症例対照研究,断面研究)ごとに積集合を取る. 準(レベル)を参照してもらいたい.水準の高い研究に基づくステートメントは通常グレー ドも高くなるが,研究はなくてもコンセンサスだけでもグレード A となるステートメント もある. ④ エビデンスサーチの方法 わが国における文献の検索には医学中央雑誌を用いた.欧米のものについては出版済み のガイドライン[英国医師会による 2008 年のガイドライン c) ,カナダ糖尿病学会による 2008 年のガイドライン d) ,米国糖尿病学会による 2012 年のガイドライン e) ,国際糖尿病連合によ る 2005 年のガイドライン f) ,米国内科学会誌に掲載されたシステマティックレビュー g)]な どを参考にしつつ,汎用的な医学研究データベースである MEDLINE を用いた.なお,今 版におけるエビデンスの範囲は 2011 年 12 月までを原則とするが,それ以降に報告された 重要なエビデンスは適宜追加することとした. 医学中央雑誌については表 3 に示したように,糖尿病で検索のあとに,あらかじめ用意 3 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013,南江堂,2013 複製・転載禁止 © The Japan Diabetes Society, 2013 表 4 MEDLINE データベースで関連研究を検索するための指針 それぞれ MeSH キーワード検索したあとに,Publication type により Limit to Randomized Controlled Trial, Meta-Analysis,Practice Guideline で絞り込みをする.ただし,* マークのテーマは MeSH キーワード(Cohort Studies, Case-Control Studies, Cross-Sectional Studies)でも調べる. こ こ で,DM, 1 = Diabetes Mellitus, Type 1,DM, 2 = Diabetes Mellitus, Type 2 で あ り, キ ー ワ ー ド Diabetes Mellitus は全般すぎて余計なものが含まれるので避けたい.また,/ の付いたのは Subheadings,.mp というのは文字列検索の意味である. 1.診断 * DM, 1/di or DM, 2/di 2.治療目標 DM, 1/th or DM, 2/th (Practice Guideline に絞る ) 3.食事療法 * (DM, 1/dh or DM, 2/dh) or Diabetic Diet or (DM, 2/pc and (Diet or Diet therapy)) 4.運動療法 * DM, 1 and (Exercise or Exercise Therapy) DM, 2 and (Exercise or Exercise Therapy) 5.血糖降下薬 DM, 1/dt or Hypoglycemic Agents DM, 2/dt or Hypoglycemic Agents 6.インスリン治療 (DM, 1/th or DM, 1/dt) and Insulin (DM, 2/th or DM, 2/dt) and Insulin 7.糖尿病網膜症 Diabetic Retinopathy or ((DM, 1 or DM, 2) and Retinopathy.mp) 8.糖尿病腎症 Diabetic Nephropathies or ((DM, 1 or DM, 2) and Nephropathy.mp) 9.糖尿病神経障害 Diabetic Neuropathies or ((DM, 1 or DM, 2) and Neuropathy.mp) 10.糖尿病足病変 * Diabetic Foot or ((DM, 1 or DM, 2) and foot care) 11.歯周病 (DM, ore DM, 2) and (Periodontal Diseases or Periodontitis or Periodontology.mp) 12.糖尿病大血管症 Diabetic Angiopathies or (Coronary Disease/co,dh,dt,ep,mo,pc,th and (DM, 1 or DM, 2 or Hyperglycemia)) 13.肥満 * Obesity in Diabetes or (Obesity or Obese.mp) and (DM, 1 or DM, 2 or Hyperglycemia)) 14.高血圧合併 (Hypertension or Antihypertensive agents) and (DM, 1 or DM, 2 or Hyperglycemia) 15.脂質異常症合併 (Dyslipidemias or Hyperlipidemia or Atherosclerosis or Antilipidemic agents or Anticholesteremic agents) and (DM, 1 or DM, 2 or Hyper glycemia) 16.妊婦の糖代謝異常 * Pregnancy in Diabetes or Diabetes, Gestational or Fetal Macrosomia 17.小児・思春期糖尿病 * (Child or Infant or Adolescent) and (DM, 1 or DM, 2) 18.高齢者 * (Aged or Elderly.mp) and (DM,1 or DM,2) 19.急性代謝失調 * Diabetic Coma or Diabetic Ketoacidosis or (Hypoglycemia and (DM, 1 or DM, 2)) 20.感染症,シックデイ (DM, 1 and infection) or (DM, 2 and infection) 21.膵臓・膵島移植 * Pancreas Transplantation or Islets of Langerhans Transplantation or (Transplantation and (DM, 1 or DM, 2)) 22.療養指導・患者教育 * ((Education or Counseling) and (DM, 1 or DM, 2 or Hyperglycemia)) or Blood Glucose Self Monitoring or (DM, 1/nu or DM, 2/nu) 23.発症予防 * (DM, 1/pc or DM, 2/pc) or (Primary Prevention and (DM,1 or DM,2 or Hyperglycemia)) 24.メタボリックシンドローム (DM, 2 and (Metabolic Syndrome.mp or Metabolic Syndrome X)) されている 4 種類のタグで絞り込んだ.臨床試験については表 3 の第二に示した検索語と の積集合で調べた.コホート研究やケースコントロール研究,横断研究といった疫学研究 もできるだけ拾うようにした.しかし,症例集積研究(case series)や症例報告(case report) は検索できなかったので,各領域の担当者が知りうる情報で補完した.これらの研究デザ インは,特に副作用などの情報は重要なエビデンスとなる. 4 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013,南江堂,2013 複製・転載禁止 © The Japan Diabetes Society, 2013 糖尿病診療ガイドライン策定作業の方法論 MEDLINE についても同様ではあるが,分量が多いので領域ごとに検索式を立てた.今 回の改訂に関して参考とした検索式を表 4 に示した.そのなかで meta-analysis と RCT に ついては,publication type という機能を用いて絞込みをした.コホート研究,ケースコン トロール研究,横断研究に関しては,cohort studies,case-control studies,cross-sectional studies というキーワードを用いて検索した.ここでも症例集積研究などは漏れてしまうの で,各領域の担当者が有する情報を付け加えた.なお,検索方法の詳細については解説 h) を参照されたい. ⑤ 最後に 医療の進歩は日進月歩である.糖尿病に関する臨床研究に限定しても,膨大な数の成果 が公にされている.たとえばメタアナリシスは 2011 年には 340 件,RCT は 2011 年には 1,356 件も発表されている.したがって,診療ガイドラインは定期的に見直し,更新すると いう姿勢が必要になる.また,ステートメントのグレード付けなどについての医療サイド からの意見も重要である.さらには,まだステートメントとしては挙がっていない,いわ ゆる決着のついていない命題については,今後,臨床試験を進めていく努力が必要になっ てくる.それらは薬剤の適応拡大へつながりうる場合もあるだろう. 文 献 文 献 【参考にした資料】 a) 折笠秀樹:EBM に則った診療ガイドライン.Mebio 17:42-46, 2000 b) 日本糖尿病学会(編) :糖尿病治療ガイド 2012-2013,文光堂,東京,2012 c) National Collaborating Centre for Chronic Conditions:Type 2 Diabetes:National Clinical Guideline for Management in Primary and Secondary Care(Update) . Royal College of Physicians of London, London, 2008 d)Clinical and Scientific Section of the Canadian Diabetes Association: Canadian Diabetes Association 2008 Clinical Practice Guidelines for the Prevention and Management of Diabetes in Canada. Can J Diabetes 32(Suppl 1) :S1-S201, 2008 e) American Diabetes Association: ADA Clinical Practice Recommendations 2012. Diabetes Care 35(Suppl 1) :S1-S110, 2012 f) International Diabetes Federation Clinical Guideline Task Force:Global Guideline for Type 2 Diabetes, Brussels, International Diabetes Federation, 2005 g) Bennett WL, Odelola OA, Wilson LM et al:Evaluation of guideline recommendations on oral medications for type 2 diabetes mellitus:a systematic review. Ann Intern Med 156:27-36, 2012 h) 折笠秀樹,横山奈緒美:糖尿病診療に関するエビデンスの見つけ方 カラー版.糖尿病学— 基礎と臨床,門脇 孝,石橋 俊,佐倉 宏ほか(編) ,西村書店,東京,2009 5 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013,南江堂,2013