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ますます進む都心居住

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ますます進む都心居住
(RS−780)
禁複製・社内限り
ますます進む都心居住
都心への人口の集中が進んでいる。地価が下り続け、都
市再 開発の進捗 と共に大型 マンション が次々立ち 上がって
いる結果である。
「都市再生」は生活環境の改善により、生産性の高い人々
を集めることが目的となる。これが、都市の国際的な競争力
の向上につながる。
都市の住まいは、所有権にこだわらない、多様なライフ
スタイルを許容する住宅であるべきだ。
2003年5月
東京都千代田区内幸町 1-1-1(インペリアル タワー)
電話 (03)3507-2406 ㈹
このリポートの担当
主 席 研 究 員
川 口
満
お問い合わせ先
03-3507-2420
E-mail [email protected]
注:このリポートはARC会員会社および旭化成㈱を対象としております。内容の無断転載を禁じます。
<本リポートのキーワード>
都心回帰、地価下落、都市再生、特区、住み替え
(注)本リポートは、ARCホームページ(http://www.asahi-kasei.co.jp/
arc/index.html)から検索できます。
このリポートの担当
主席研究員
お問い合わせ先
E-mail
川
口
満
03-3507-2406
[email protected]
ま
と
め
◆人口の都心集中が進んでいる
1996 年ごろから東京圏への人口集中が再び始まった。なかでも、「都心回帰」現象
が顕著になっている。これは、地価が下がっていることが大きな要因であるが、それ
以上に生活の利便性を求めて都心を選ぶ人たちが増えているからである。
首都圏では、「東京圏民」といわれる、住所地への帰属意識の乏しい住民が多い。
人口減少を間近に控えて、都市への人口集中が進むということは、定住人口を確保す
るために、これまでにない熾烈な都市間競争が始まることを意味している。一方で、
集中する人口を受入れる自治体では、行政サービス需要拡大に追いつけず、悲鳴をあ
げている。定住人口の確保は、都市間競争では最大の目標となるが、自治体の積極的
な関与による、生活基盤の整備が必須条件である。(P2∼10)
◆都市再生は魅力ある街づくりから
人口の都心回帰は、都市再生を求めている。これまで社会資本整備は、地方に手厚
く実施されてきた。しかし、社会資本整備は地方より都市部に集中した方が経済的効
果は大きい。都市再生のための都心再開発は、国際的競争力のある街づくりを目指し
ている。魅力ある街づくりは経済波及効果の大きい開発であり、居住空間向上のため
の都市整備である。(P11∼16)
◆都市の住まいの原点に戻る
核家族と若年単身者が中心を占めていた都市世帯は多様化しつつある。また、現在
は生産年齢人口の多い都市も、近い将来、高齢者が大量に出現する。一戸建に多い高
齢単身世帯では、将来の不安を拭い去ることはできない。介護の必要から考えても、
都市の住宅は集合住宅が基本になるべきだという主張に根拠がある。
これからの都市住宅を考えるには、持家偏重、所有権の絶対視から脱却する必要が
ある。都市は本来、多様な世帯、さまざまなライフスタイルを許容する。そうした都
市生活を可能とする住宅こそが求められている。また、マンションを代表とする集合
住宅においては、新たなコミュニティづくりが課題となっている。(P17∼25)
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
目
次
はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
Ⅰ.人口の都心集中が進んでいる ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
1.都市への人口の流れは止まらない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
(1)再び始まった首都圏への人口集中 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
(2)都市へ、より都心へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
(3)生活の質の改善を求めて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
2.地価下落がもたらしたもの ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
(1)拡散型宅地開発は終わった ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
(2)ようやく進む生活基盤インフラの整備、課題は生活環境・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
(3)土地の所有から利用へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
3.郊外ニュータウンの危機 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
(1)定着人口が増えない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
(2)人口減少の後にくるもの ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
4.後手に回る自治体の対応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
(1)人口流入で悲鳴を上げる公共施設 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
(2)住民獲得ための開発、生活基盤整備が必要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
Ⅱ.都市再生は魅力ある街づくりから ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
1.新たな都市再生を目指して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
(1)社会資本整備の都市への傾斜 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
(2)都市再生特区への期待と必要性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
(3)定住人口にこだわらない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
2.国際競争力の要に都市の魅力 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
(1)都市再生は一極集中から ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
(2)生産性の高い人間が集まること ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
3.都市再開発は職住接近型に ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
(1)知識労働はネットワーク重視 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
(2)労働、学びと遊び、生産、教育と消費が隣り合わせ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
Ⅲ.都市の住まいの原点に戻る ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
1.都市世帯の変容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
(1)標準世帯がどんどん減っていく ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
(2)都市は多様なライフスタイルを許容する ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
(3)高齢社会における都市世帯 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
2.持家偏重からの脱却 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19
(1)土地神話からの脱却 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19
(2)マンションばかりが都市型住宅か ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20
(3)住宅の価値観の転換へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
3.多様な住まい方を可能とする住宅 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
(1)都市には集合住宅 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
(2)住み替えが容易になること ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23
(3)人生を縛らない住宅が理想 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24
おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
はじめに
このレポートでは、東京を中心に起きている人口の都市集中と、そこで引き起こされ
る都市居住、なかでも都心居住の問題について解説しようとしている。本論に入る前に、
なぜ人は都市に集まるか、歴史を振り返っておくことは無駄ではないだろう。
都市は人を自由にする(正しくは「都市の空気は自由にする」中世ドイツのことわざ)。
世界のどこでも都市が成立すると、周辺から人々が集まってきた。城壁の内側に外敵か
らの安全を求め、交易の場を求め、さらには共同体からあぶれた人々の受け皿となる。
中世では、都市は自治権を得るまでに興隆し、国民国家が生まれると、政治経済の拠点
となる都市に人は集中する。そして近代では、産業資本の集積で、大量の労働者を吸収
するにいたる。増えた人口の消費をまかなうため流通が発達し、交通網が整備され、人々
は娯楽を求め、多彩な文化が花開く。こうして人が都市に集まることから、文明の歴史
は創られてきたといえる。
一方で、都市化に伴う問題も続出する。放置された市街地はスラム化し退廃がひろが
り犯罪の巣窟となる。劣悪な生活環境のもと疫病も蔓延する。そうなると余裕のある貴
族やブルジョアジーは家族と共に郊外に居を移す。都市への人の集中と郊外への分散と
いうサイクルを繰り返しながら、その時々の技術を活かし都市は次第に拡大し、文明、
文化を育む舞台装置として成長してきた。
日本においても、封建時代を脱してのち、産業の発展、人口の増加は、都市への集中
と並行して起こっている。都市化は、現代にいたるまで、経済社会を動かす底流として
存在していると考えるべきだろう。
今回の人口の都市集中が持つ意味について考えてみたい。
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−1−
東京圏、東京都の常住人口の動向
単位:人
35,000,000
30,000,000
25,000,000
東京都
20,000,000
23区
多摩地域
15,000,000
東京圏(1都3県)
10,000,000
隣接3県
5,000,000
0
1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000
年
東京圏、東京都の常住人口の動向
年
1960
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
東京都
9,683,802
10,869,244
11,408,071
11,673,554
11,618,281
11,829,363
11,855,563
11,773,605
12,064,101
東京圏(1都3県)
23区 多摩地域
8,310,027 1,335,094
8,893,094 1,940,558
8,840,942 2,533,862
8,646,520 2,993,047
8,351,893 3,232,714
8,354,615 3,441,161
8,163,573 3,659,654
7,967,614 3,773,914
8,130,408 3,901,194
17,863,859
21,016,740
24,113,414
27,041,789
28,698,533
30,273,178
31,796,702
32,576,598
33,418,366
単位:人
隣接3県
8,180,057
10,147,496
12,705,343
15,368,235
17,080,252
18,443,815
19,941,139
20,802,993
21,354,265
資料:総務省「国勢調査」
−2(資料)−
ARCリポート(RS-780)2003年5月
Ⅰ.人口の都心集中が進んでいる
1.都市への人口の流れは止まらない
(1)再び始まった首都圏への人口集中
東京への首都機能の一極集中に対しては、大きな震災があれば国の活動が麻痺しかね
ない危険があるということで、分散をもとめる声もある。また、「地方の時代」といわれ
地方自治を大きく変える分権が進められつつある。ところがそうした事態とは裏腹に、
1996∼97 年ごろから東京圏への人口集中が再び加速し始めている。
わが国の人口は、1 億 2 千万人を超えたところをピークとして、まもなく減少の道を
辿ろうとしている。厚生労働省の人口推計によれば、今後ほとんどすべての都道府県で
人口の減少が予想される中、首都圏への人口集中が進む。東京都民は 2020 年に人口の一
割を超え、東京圏では三割に迫る。もともと高度成長期、人々は働く場所を求めて都市
に集まってきた。地方から生産、流通の拠点が集中する都会へ、この人口の大きな流れ
がわが国の経済発展を支えてきた。そして急増する人口が住宅、教育、交通などの面で、
都市問題を引き起こしてきたわけだ。
ところが今回の東京圏への人口集中の様相はこれまでとは異なる。一番移動性の高い
若年層の人口が縮小していることに加え、不況によるサラリーマンの転勤減少もあって、
全体として、地方から都市への人口移動は低調である。さらに、急速な高齢化と出生率
の低下により人口構成の著しい変化を伴っている。最も生産年齢人口の割合の多い東京
都でみても、15∼64 歳の生産年齢人口の割合は 2000 年の 72.0%から 2020 年には 65.2%
に低下する。14 歳以下の年少人口の割合は、同じ期間に 11.8%から 10.8%へとわずか
な低下に止まる一方、65 歳以上の老齢人口は 15.8%から 24.0%へと大幅に上昇する。
人口の都心回帰が進む中、都市が従来の通勤し、働き、消費する場から、生活する場
へと変化することが求められているといえよう。
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−2−
図 東京23区の人口増減
千代田区
中央区
港区
新宿区
文京区
渋谷区
品川区
目黒区
中野区
豊島区
板橋区
大田区
世田谷区
杉並区
練馬区
北区
足立区
荒川区
台東区
墨田区
江東区
葛飾区
江戸川区
2000年
1995年
36035
34780
72526
63923
159398
144885
286726
279048
176017
172474
196682
188472
324608
325377
250140
243100
309526
306581
249017
246252
513575
511415
650331
636276
814901
781104
522103
515803
658132
635746
326764
334127
617123
622270
180468
176886
156325
153918
215979
215681
376840
365604
421519
424478
619953
589414
差
増減率
1255
3.6%
8603
13.5%
14513
10.0%
7678
2.8%
3543
2.1%
8210
4.4%
-769
-0.2%
7040
2.9%
2945
1.0%
2765
1.1%
2160
0.4%
14055
2.2%
33797
4.3%
6300
1.2%
22386
3.5%
-7363
-2.2%
-5147
-0.8%
3582
2.0%
2407
1.6%
298
0.1%
11236
3.1%
-2959
-0.7%
30539
5.2%
資料:総務省「国勢調査」
足立
−0.8%
北
−2.2%
練馬
3.5%
葛飾
−0.7%
新宿
2.8%
文京
2.1%
千代田
3.6%
渋谷
4.4%
世田谷
4.3%
江戸川
5.2%
港
10.0%
中央
13.5%
江東
3.1%
目黒
2.9%
品川
−0.2%
大田
2.2%
5.1%以上
2.1∼5.0%
−0.1%以下
−3(資料)−
ARCリポート(RS-780)2003年5月
(2)都市へ、より都心へ
都市への人口集中といっても、東京都での内訳を過去5年の人口推移からみると、中
央、港、渋谷、練馬、世田谷、江戸川、江東など一部の地域に限られており、地区ごと
のばらつきが大きい。東京といっても、都下郡部や北区などでは減少している。今回の
人口集中に特徴的なことは、これまで中心部が空洞化し、周辺部での際限のない住宅地
拡大が進んでいたのに対し、都心三区、千代田・中央・港に人が戻ってきていることで
ある。
都心三区の人口は、1950 年代後半からおよそ 40 年間も減り続けていた。それが 97 年
に増加に転じ、この 2、3 年伸びも高まっている。都心部の再開発事業の進展で、大型マ
ンションが林立し始めたことが大きな原因である。マンション居住者として都心に若い
夫婦が回帰し 20∼30 代が急増したのである。
人口の増減は、出生・死亡による自然増減と、人口移動による社会的増減の二つがあ
る。出生・死亡率は都道府県の間でほとんど格差はないので、都市部への人口集中は経
済社会の変化に敏感に反応する社会的増減によるものがほとんどである。
これまでも、1960 年代の高度経済成長期には大都市圏への集中的な移動があった。第
一次オイルショック後の 70 年代後半には地方の時代といわれ分散が進んだが、80 年代
には再び東京圏で転入超過となった。その後、バブル期をはさんで 90 年代半ばまで一時
的に転出超過となり、今回また転入超過となっている。特に 1997 年以降転入超過幅を拡
大しながら、東京都特別区部の転入超過が東京圏全体の転入超過の四割強を占めるほど、
都心へ集中度を高めている。いわゆる「都心回帰」の現象が顕著になったのである。
(3)生活の質の改善を求めて
都心へなぜ人は集まってくるのか。働く場として昼間人口が多いのは、以前から変わ
ることはない。しかし、住民票を移し、生活拠点を都心に構えるのは、生活する場とし
ての魅力があるからだ。
例えば医療、特に高度なものは、郊外だと地域に総合病院があるだけ。都心なら選択
肢が幾つもある。有名な老人病院のまわりに、高齢者が住まいを移してきている。教育
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−3−
でも、ブランド校受験の競争激化で、都心の有名校は学齢期の子どもを抱えた家族を惹
きつける。千代田区、中央区の新築マンション購入者の 3 割前後は子連れ家族となって
いる。さらに防犯の面では、最近増えている郊外住宅地での犯罪への不安から、セキュ
リティの整った都心の大型マンションを選択する家族も増えている。都心マンションの
キーワードは便利、安心、安全である。
こうして人々が都心に戻ってくると、流通業界にとっても魅力的な新市場が生まれる。
高くてもおいしいものを求める都市住民の嗜好にあった、高級食材や生鮮食品を扱い、
店舗内外装にも気をつかいながら利便性を追求した都心型スーパーマーケットが登場し
ている。対抗上、既存デパートなどの改装リニューアルも進む。ほかにも、深夜営業の
各種ディスカウントストア、書店、衣料店、酒販店や、品揃えや価格で従来の商店より
優位にたつ新興専門店も都心立地をめざす。また劇場や音楽ホールなどの文化、娯楽施
設も都心の大型再開発ではつきものの付加施設となっている。こうして商業・文化施設
が都心に集積することが都心の魅力と利便性を増し、さらに人を呼び込むことになる。
現在進行中の都心部への人口集中は、こうした都市の魅力を強く感じる若い現役世代
を中心に、生活の質の向上を求めて都会居住を選ぶ人たちが増えているからである。
2.地価下落がもたらしたもの
(1)拡散型宅地開発は終わった
今回の都心への人の流れを可能とした一番の要因は、土地価格の下落である。都心で
も場所によってはバブル期の半値、4000 万円強でファミリータイプの分譲マンションが
販売されている。これなら一次取得が可能な水準である。
しかし地価だけで、人々の居住地の移動を説明することはできない。どんなに不動産
の価格が安いからといっても、便利の悪い住宅地、環境の悪い密集地などには人々は集
まってこない。年収倍率による住宅取得可能地域の限界がいわれるように、地価水準は
居住地選択の必要条件ではあるが、すべてではない。
宅地について見ると、土地区画整理や開発許可などによる宅地供給量は、低迷したま
まである。「日本列島改造論」の時代に全国的に宅地開発が進んだが、都市計画法、国土
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−4−
図 区部の都市計画道路の完成率
* 東京都 平成15年3月「区部における都市計画道路の整備方針」策定検討会議資料より
図 幹線道路の整備による土地利用促進例
* 春日通り(環状8号)では、道路拡幅により、沿道の建物の平均階数が2階から4.7階に
増え共同化が進んだ。他にも新宿通り、外堀通り、明治通り、山手通りなど、例は多い。
国土交通省資料より
−5(資料)−
ARCリポート(RS-780)2003年5月
利用法による規制が強まり供給が抑えられた。その後、規制緩和、民間活力による開発
促進がいわれ、地価のバブルがはじけても宅地開発にドライブがかかることはない。そ
もそも低湿地や崖地など宅地として不向きな土地を無理やり造成したとしても需要が乏
しくなれば、採算は成り立たない。住宅の絶対量が不足していた時代はいざ知らず、利
便性に欠け、生活に豊かさをもたらすことができない住宅地は、開発する必要もない。
宅地の上の建物、住宅についても、すでに量ではなく質が問われる選別の時代に入っ
ており、地価の下落はその結果でもある。地価の二極分化といわれ、この下落傾向の中
で地価上昇に転じた地点もある。それらのほとんどが都市部、特に都心に集中するのも、
現在の人口集中の流れと連動している。
(2)ようやく進む生活基盤インフラの整備、課題は生活環境
東京は都市としての魅力に富んでいるといっても、その地価の高さのため、生活基盤
インフラの整備が順調には進んでいない。人口、産業の集中から生じる都市問題は、解
決されずに残っている。交通渋滞、通勤地獄、不十分な防災対策などの課題は、いつに
なっても懸案事項のままである。ただ、このところ地価が下がり始め、都市再開発プロ
ジェクトがつぎつぎ立ち上がることにより、ようやく新しい取組みが始まっている。
たとえば1メートルの用地費と工事費の合計が 1 億円になろうかといわれる東京外郭
環状道路も大深度地下利用での計画が進んでいる。戦後すぐからの計画ではあるが、あ
まりの地価の高騰に手がつかなかった虎ノ門から新橋へ抜ける都心の環状 2 号線も具体
化しつつある。「土地神話」が信じられている間は、地権者の合意が得られることはなか
ったが、バブル崩壊以降、地価も下がるものだと気づき、もっと下がるかもしれないと
不安になって、ようやく土地への執着が減ってきた。都心での道路基盤整備に追い風が
吹いている。様々な建築、開発手法を駆使しながら、再開発プロジェクトによって、開
通する幹線道路は多い。
一方、東京の生活環境は、排気ガス、スモッグさらにはヒートアイランド現象と決し
て良好とはいえない。下水道整備こそ都市部ではかなり進んできたが、上水は水不足の
不安がなくならないし、水質の向上は絶望的である。原子力発電に頼ったエネルギー供
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−5−
表 主な海外高級ブランド路面店の出店状況
ブランド名(国)
開店年月
場所
エルメス(仏)
2001年6月 東京・銀座
エンポリオアルマーニ(伊) 2001年4月 東京・丸の内
2001年9月 東京・表参道
ルイ・ヴィトン(仏)
2000年11月 東京・銀座
2002年秋 東京・表参道
カルティエ(仏)
2000年4月 大阪・心斎橋
2002年
東京・銀座
プラダ(伊)
2000年4月 東京・丸の内
2001年9月 名古屋・栄
2002年春 東京・表参道
グッチ(伊)
2000年9月 金沢・香林坊
2001年9月 東京・表参道
シャネル(仏)
1999年4月 東京・二子玉川
2001年9月 東京・表参道
−6(資料)−
ARCリポート(RS-780)2003年5月
給は、思いもかけず脆弱なシステムであることが明らかになっている。マイナス面だけ
を見れば、東京は人の住む場所として劣悪であろう。しかし、こうした生活環境を改善
する知恵や技術はすでに開発されつつある。大気汚染を起こさないエンジンや交通機関
の導入、大気を暖めない道路の保水性舗装やビルの屋上緑化、中水などの水道再利用、
太陽光発電などの新エネルギーシステム導入等々、経済的な採算性がとれれば一気に広
がる技術も数多い。
この分野に公共投資が投じられれば、新たな技術開発の呼び水となることは確かだ。
その意味で、都心に住まう人が増え、生活の質の向上への意識が強まれば都市において
投資の機会が広がることになる。ここにこそ、日本経済が低迷から抜け出す手がかりが
あるというべきであろう。
(3)土地の所有から利用へ
地価下落の傾向は定着した。バブル崩壊と共に土地投機が終わり、法人所有地の放出
から需給関係が緩み、経済成長が低迷する中では、今後とも上昇を期待する余地は少な
い。当然ながら土地に対する価値観が変わらざるを得ない。土地の所有権にこだわる人々
が相対的に減ってくると、資産デフレの進行は容易に止まらなくなる一方で、都市部で
の土地利用、住宅取得の可能性は大きく広がることが期待される。
たとえば、地価の下落は、丸の内や青山などの都心一等地で、外資もまじえたファッ
ション関連企業の優良立地争奪戦を起こしている。銀行が不良債権の担保として押さえ
ていた物件が、いよいよ持ちきれなくて売却されているわけだ。これだけ買い手が集ま
るのも地価が下がったからこそだ。見方を変えれば、バブル期なら土地に向かった資金
が、高級ブランドが持つ無形のイメージに注ぎ込まれているともいえる。商店街の盛衰、
人気の移り変わりを考えれば、優良立地というのは、地名だけで決まっているのではな
く、どういう店、ブランドが集まっているかが重要であり、それによって土地の価値が
決まると考えるべきなのである。
住宅についても、そもそも都心であれば、所有権にこだわらず、広くて仕様の整った
住まいへのニーズは大きい。都心に林立する超高層マンションでは、高級仕様の賃貸住
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−6−
宅も珍しくない。高額の賃貸住宅の居住者は、その賃料支払能力からして手元のキャッ
シュフローは潤沢であり、借り入れに頼らなくても高額のマンションの購入は可能であ
る。賃貸が選好されるのは、資金の問題というよりは、購入により自宅が固定されるこ
とへの抵抗があるからである。高額所得者になるほど住み替えることが多く、不動産へ
の投資という目的でなければ、住宅を購入すべき必然性は意外に乏しい。
さらに、まだ実例は少ないが、この10年で定期借地権や定期借家権が導入され、多
様な形態で土地利用や住宅供給をすることが可能となっている。地価上昇によるキャピ
タルゲイン狙いの開発、取得は鳴りをひそめる代わりに、土地の保有にこだわる地主の
土地であっても、利用権での開発が可能となる。そこで土地活用策として、期間収益を
あげる事業提案の選択肢が増え、良質な開発企画で利用価値を上げられる開発業者の新
規参入を促すこともできる。将来的には、都心において賃貸住宅を中心として、目先の
地価の上下動に左右されない住宅の供給が増えてくることが予想される。都心居住を進
める条件は整ってきている。
3.郊外ニュータウンの危機
(1)定着人口が増えない
首都圏では、「東京圏民」といわれる地元への帰属意識の乏しい住民が多い。彼らはサ
ラリーマンの働き手が世帯主で、毎日の通勤で東京とつながっている。地域のコミュニ
ティへの帰属意識が乏しく、機会があればより都心へ移ろうとしている。彼らの多くは
ニュータウンの開発で移り住んできた新住民である。多くのニュータウンが東京周辺に
開発されてきたが、ほとんどは公共交通機関による東京へのアクセスの確保が最優先課
題であった。地域の歴史的、経済的あるいは社会的に複雑に重なり合った共同体という
よりは、通勤沿線という単純なつながりになっている。地元で彼らをひきつける魅力が
乏しければ、より便利な場所への移動を妨げるものはない。こうした住民が都心への人
口移動の主役といえるだろう。
したがって、人口の都心集中が進むということは、裏側で郊外ニュータウンの凋落が
同時に進行していることを意味する。都市基盤整備公団(旧日本住宅公団)と東京都が
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
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主体となって 30 年前に開発を始めた、多摩ニュータウンは、緑が多く道路も広く環境に
恵まれ、ニュータウンのモデルケースとなる街づくりとされた。ところが人口は 1993
年ごろをピークに減少に転じている。出生率は死亡率を上回っているものの、転入は減
りつづけ、転出が自然増を上回っているからだ。最大の要因は都心回帰ということにな
るが、なによりもニュータウンそのものが魅力を失っている。人口の減少から商店街も
活気を失い、衰退しつつある。閑静な環境は子育てには良いかもしれないが、遊びや潤
いを欠いた街では成人した若年層は都心部に出ていってしまう。さらに、年寄りにとっ
てはつらい坂道の多い丘陵地に、高齢化の影が忍び寄っている。
都市計画として形は整っていても、生活者の視点からして魅力が乏しい街づくりは破
綻している。歴史のある地方都市は、まだ文化に根ざした街並みを保っており、住民の
「わが街」への愛着と誇りが支えとなる。そうしたものが育っていないニュータウンで
こそ、人を惹きつける方策、都市マネジメントが必要である。
(2)人口減少の後にくるもの
ニュータウンに限らず、人口流出が多くの自治体を悩ませることになることは間違い
ない。人口減少が始まれば、多くの公共サービス分野で効率は悪化する。公共サービス
の抱える最大の運営コストは人件費であり、人口減少によりサービスの需要が減れば、
単位コストは上がらざるを得ない。地方の過疎の自治体で先例があるように、大胆なリ
ストラ、人員削減を実現しないと財政は成り立たない。現実的には、サービスの大幅な
低下を伴わざるを得ない。住民にとっては、地域間格差が浮き彫りになり、移動できる
住民は転出し、さらにサービスの低下を招く悪循環に陥る。
また、医療、介護、年金など社会保障負担が、人口減少のインパクトをさらに増幅す
る要因となる。都心への人口集中が、周辺自治体の主たる働き手を奪い、高齢者がとり
残されるような事態となれば最悪である。高齢者に偏った人口構成は、公的支出の増大
で自治体の財政破綻に直結する深刻な問題を引き起こす。このように、国として人口減
少を間近に控えて、都市への人口集中が進むということは、定着人口を確保するために、
これまでにない熾烈な都市間競争が始まることを意味している。
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
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4.後手に回る自治体の対応
(1)人口流入で悲鳴を上げる公共施設
人口流出に悩む自治体がある一方で、人口を受入れる自治体では、行政サービス需要
拡大に追いつけず悲鳴をあげている。少し前まで、都心の夜間人口の減少を心配し、都
市開発事業には住宅付置義務を課すなどの指導を行ってきた自治体が多かったが、こん
どは手のひらを返したように開発抑制にまわる自治体も出始めた。
手ごろな値段で都心に近く便利なマンションが手に入れられるということで人気の江
東区では、2002 年新たな指導で特定エリアでのマンション建設が中止、延期を求めてい
る。江東区の例は、小学校、保育所の受入れ体制が不十分で、とても子供をかかえた新
住民をこれ以上増やすことはできず、やむをえない措置といわれる。しかし、少し前ま
では人口急増を予想せずに学校の統廃合を進め、事態が変わってからあわてて、開発事
業者への予告もなしに規制をかけてくる行政のあり方に批判も多い。
今回の都心への人口回帰が定住人口の増加につながるのであれば、自治体として忌避
すべき事態ではない。しかし都心になればなるほど、社会的移動が多く、結婚、出産ま
たは子供の成長を理由とする転出者が増えてくる現状からして、この人口増が定着する
ものでなく、一時的なものではないかという懸念がある。さらに東京都が、これまで防
災不備、公共施設不足、交通渋滞、都市計画の遅れなどの対応に追われたこれまでの経
緯からして、江東区の例のように、本音では人口の増加を望んでいるようには見えない。
しかし、生活環境の改善、整備により定住者を増やすこと、特に少子高齢化が進む中で
子育てを支援し、高齢者が安心して住める政策はこれからの大きな課題となる。いわば
バランスのとれた都心居住の環境整備こそが求められている。
(2)住民獲得ための開発、生活基盤整備が必要
現状のまま、都市計画の大きな将来像も描かず、自治体が受身の対応のままで都心へ
の人口集中が進むことは、従来と同様に、特定地域で上下水・電気・ガスの供給不足、
道路・鉄道の混雑、医療・教育・防災・防犯の不備などの都市問題を引き起こす。求め
られているのは、生活インフラの絶対容量不足に対処することというよりは、局地的な
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−9−
集中、過疎と密集の並存、児童の急増と高齢者の増加などの問題にきめ細かくバランス
をとって対応する政策である。人口増が地域住民にとってメリットになるようにするこ
とが必要で、それには自治体が主導権をとらないと実現できない。
たとえば東京都が独自基準で無認可保育所にお墨付きを与えた認証保育所も、国の認
可を待っていては急増する需要に対処できないためであり、既存の認可保育所への不満
を解消するためでもある。中央区では、定住人口回復対策本部を立ち上げ、開発指導要
綱で地域にメリットがある再開発であれば再開発そのものを支援し、徴収した開発協力
金は、再開発後に区民が引き続き居住できるよう、家賃補助を行っている。その結果、
人口の定着は着実に進んでいる。大田区では工業地域、準工業地域でのマンション建設
に関する指導要綱を作り、工場併設のマンションの建設を促すなど、工場減少をくい止
めようとしている。業種にもよるが、工場は地域を活性化し、区民の身近な雇用の場と
なるからだ。
定住人口の確保は、これから激しくなる都市間競争では、最大の目標となるが、自治
体の積極的な関与による生活基盤の整備が必須条件となるだろう。
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
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Ⅱ.都市再生は魅力ある街づくりから
1.新たな都市再生を目指して
(1)社会資本整備の都市への傾斜
人口の都心回帰は、都市再生を求めている。これまで社会資本整備は「均衡ある国土
の発展」のために、地方に手厚く実施されてきた。地域間の所得格差是正の意味もあり、
使われる見込みの乏しい道路、公共施設などにも景気対策でつぎつぎ予算がついていた。
しかし、膨大な累積国債発行残高をかかえて財政破綻の恐れのある国には、従来型で地
方への効果の乏しい公共投資を続ける体力はもう残っていない。限られた資源を使って
将来世代のため、投資効率の高い社会資本整備を進めるべきである。
効率を考えると、人口が集中し、経済活動の活発な都市においてこそ、投資の効果が
より大きくなるはずである。むしろ、社会資本整備は、環境、都市問題をかかえ生産、
流通の諸機能が集中する都市においてこそ必要だといっても良い。日本の都市は、欧米
に比べて美しくないといわれるが、これまでの資本蓄積の絶対値が違うというべきだ。
都市再生が重要な課題となるのは、従来型の公共投資の配分比率がこれによって変わる
ことを期待し、さらには人が集まる都市の魅力を磨くことになるからだ。
たとえば道路整備が遅れた東京では、道路拡幅工事により沈滞していた街がよみがえ
った事例がいくつもある。沿道にひしめいていた木造低層住宅が建て替わり、中高層の
マンション、商業施設が立ち並ぶと人通りも増え、地元商店街も活気を取り戻す。道路
整備費用が割高な都市であっても、直接的な工事発注だけではなく、街の活性化による
需要誘発を考えるとその何倍もの経済効果が期待できる。明らかに社会資本整備は地方
より都市部に集中した方が効果は大きい。
(2)都市再生特区への期待と必要性
都市再生は 2001 年 5 月、発足したばかりの小泉内閣が、関係省庁、東京都などの自治
体を巻き込んで立ち上げた都市再生本部において、内閣の統一方針の下、民間投資の誘
発効果と土地流動化を狙って実施しようとしている大きな政策課題でもある。この課題
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−11−
は、2002 年 6 月施行の「都市再生特別措置法」により、7 月に都市再生緊急整備地域の
指定が閣議決定され、具体的に動き始めている。平行して経済財政諮問会議が経済活性
化戦略の中で打ち上げた「特区構想」は、本年4月から構造改革特区推進本部により実
現の段階に入っており、このような特区構想の中には、指定地域での規制を大幅に緩和
し、民間活力を導入しようという狙いのものも含まれている。
当初は財政出動を求める社会資本整備が中心だったが、次第に規制緩和中心のカネの
かからない方式に力点が移っている。また、東京都は都心の再開発案件を対象にしよう
と積極的に動いていたが、議論を重ねるごとに政治的配慮が前面に出ており、大阪圏か
ら地方中核都市まで対象を広げ、現在ではやや焦点がぼやけている。内閣の現状からす
ればやむをえないかもしれないが、トーンダウンは否めない。
しかし、都市再生緊急整備地域に指定された東京都新宿区西富久地区のケースでは、
従来の開発規制、環境影響評価(アセスメント)では、完成時期のめどがたたなかった
ものが、この指定により計画の自由度が増し、規模も拡大できるようになった。さらに
再開発ビルの固定資産税の減額も期待できるので、全体としてゆとりのある街づくりが
可能となった。こうした具体的プロジェクトにおいては、規制の緩和だけでも目覚しい
効果を上げられるものがある。今回の都市再生特区は、国と自治体の財政的補助を期待
するというよりは、民間事業者の開発投資を誘導することに意味がある。東京、大阪な
どで一次指定された 17 地域に政令指定市等を加えた 44 地域、約 5722ha のエリアで約 7
兆円の民間投資が期待され、経済活性化の柱と目されている。
(3)定住人口にこだわらない
都市再生を進める上での重要なポイントの一つは、都市の活性化は、人が集まること
によって実現できるということがある。この人口の集中は、必ずしも定住人口の増大を
意味しない。これまでの自治体主導の都市計画は、街づくりが中心となっていたため、
定住人口の確保、既存住民の利便性を優先することになりがちであった。しかし、街の
活性化は、人が集まり消費が進み、流通が発達し、新たな情報が生まれることによって
可能となる。集まる人は住民に限らない。ビジネスでも、遊びのためでも勉強のためで
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−12−
もよく、海外からの観光客でもよいのである。むしろ都市の機能として、そうした多種
多様な出会いを実現することに意味がある。
諸外国における特区の成功事例をみれば、海外からの資本導入の自由化や海外の専門
家を招聘し自由に研究させるものなど国家の枠を超えるもののほうが普通である。観光
の対象として魅力ある街として長崎や神戸、横浜の外国人街が思い浮かぶのも、それな
りに理由がある。隣国で大都会に変身した上海も、かつては「租界」として外国人を受
入れた素地があればこそ、開放政策の下でいち早く国際都市になれたのである。そうし
た意味で、東京は殺伐とした人工都市と違い、歴史的背景に江戸の文化があり、かつ、
新しい文化の面でも情報発信が盛んであり、国際都市としてアピールできるだけの資産
を持っているといえる。
都市再生とは、都市に住み、働き、訪れ、集う人々をいかに満足させるかがテーマと
なる。個性的で魅力ある街をつくり、国際的な都市間競争に打ち勝ってこそ、わが国の
経済の再生につながるのである。
2.国際競争力の要に都市の魅力
(1)都市再生は一極集中から
経済再生の目玉として都市再生がいわれるとき、実質的には東京都心部への投資を集
中させるだけにならないかと懸念の声もある。東京、しかも都心6区のような中心部だ
けが栄えても、日本経済全体にどれほどの効果があるというのか、という言い分である。
都心の大規模再開発は直接的には、建築関係、内装、設備、什器類の特需を生む。住宅、
オフィスに限らずホテルや流通小売業なども都心に進出するため、東京都心だけでもか
なりの建設需要が見込まれるのは、先に述べたとおりだ。波及効果は地域を越え経済全
体に及ぶはずだ。デフレが進み、投資需要が先細りしている現状を考えれば、都市再生
によって民間設備投資の投資先を生み出すことの意義は大きい。資金がないわけではな
く、魅力ある投資先がないことが現在の最大の問題なのだから。
バブルの時代のように、過大な事務所需要を期待したオフィスビルの供給過多や、投
機的需要に支えられた高額マンションの建設ラッシュは、後の反動が怖い。エリアを選
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−13−
ばない、十分なマーケティングを伴わない開発は、不良債権の山を作り出す。しかし、
今回の都市再生を目的とする都心再開発は、国際的な競争力のある街づくりを目指して
いる。魅力ある街づくりとは、言い換えれば大きな需要の開発である。しかも、そのと
き意味する需要とは国内に限らず、海外から広く起こってくることを狙っているわけだ。
現時点で、国際的な需要を生み出す可能性がある場所が都心だけだとしたら、再開発の
対象が都心に絞られるのもやむをえない。
逆に金融市場に代表されるように、センター機能の誘致をめぐって、国際的な競争が
繰り広げられている分野では、都市基盤の整備、都市再生は国際競争力の観点からも重
要性を増している。手をこまねいていて、多国籍企業が東京から上海へ移り、アジアの
中での日本の存在感を失うことへの危機感は大きい。
(2)生産性の高い人間が集まること
都市再生で重要なことは、産業基盤を整えるという発想ではなく、生産性の高い人々
を呼び込むこと、つまり、居住空間としての基盤整備を進めることである。高付加価値
を生み出す人々の多くは、高収入、多様な就業機会を前提に快適な都市生活を求めてい
る。また、人が集まり情報が交わされ刺激が多い環境でこそ、新しい産業も生まれてく
る。都市再生の本当の目的は先に述べたように、都市を活性化し、快適さ、便利さを求
めて国内外を問わず多彩な人材が多く集まってくるよう仕向けることにある。そこから
新しい経済と文化が芽生える。
都市の経済的国際競争力とは、外国人であろうと日本人であろうと多くのビジネスマ
ンが集まり、そこでのビジネスで儲かるということだ。儲かるとは収入とコストの差額
が大きいということだから、商売のコストはもちろんのこと生活コストの高低も大いに
影響する。東京はこれまで、なにかと規制が多く、いろいろなコストが高く、生活環境
も決して魅力的なものとはいえなかった。それでも、市場が大きく、収入の見込みが高
ければ、人々をつなぎとめることができていたが、今となってはそれも怪しい。規制緩
和を進め、都心を生活する場所としてさらに魅力的なものにする必要がある。
オフィス賃料、都心部の居住用家賃を下げるにも限度がある。バブル崩壊後 10 年を経
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−14−
て、東京のオフィス賃料はロンドンとほぼ同じ水準となったといわれるが、ロンドンで
は都心再生の再開発計画により、経済の復興が進み、賃料の高騰があったからである。
ロンドンに住むエグゼクティブにはスローフード(多忙ではあっても質の高い食事を楽
しもうというライフスタイル)で言い表されるような生活の魅力がある。その意味では、
高いコストに見合う、魅力ある生活環境づくりでは東京も負けてはおられない。
3.都市再開発は職住接近型に
(1)知識労働はネットワーク重視
都心に集まる生産性の高い人種とは、ほとんどの場合、「知識労働者」といってよい。
自由業に限らず、サラリーマンでも自営業者でも自らが持つ知識、専門能力により収入
を得ている人たちである。会社組織の縦の系列にしばられ、組織の一員として匿名で仕
事に従事するタイプではない。会社に属してはいても、より業績、成果に結びつけられ
た待遇を受け、個人の資格とネットワークがものをいう分野が中心となる。時間の制約
をきらい、情報の断絶を恐れ、24 時間働ける環境を求める。極言すれば、こうした生活
は、都市でしか成り立たない。
こうした人種では、日常のリフレッシュとエンターテイメントのために、田園生活は
ありえても、生活の根拠地を郊外へ移すことはまれである。自由業の中に住まいを田園
に構える人もいるが、たいていは都会に事務所なり生活の場を別に設けている。こうし
た知識労働者は生産性が高く、経済をささえる存在であることから、大都市への集中を
さまたげることはできない。第一次、第二次産業と違い、知識労働は環境への負荷が小
さく、都市集中の弊害は少ないはずである。
21 世紀は「環境と都市の技術」が国際競争力の源泉になるといわれる。人の移動や、
物流で大きなコストを必要とする郊外ニュータウンの暮らしに比べ、都心居住は環境に
優しい生き方でもある。
(2)労働、学びと遊び、生産、教育と消費が隣り合わせ
東京都では都心に「アメニティービジネスコア」を目指す街づくりを進めようとして
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
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いる。魅力的な住環境を備えた業務集中核地区ということであり、たとえば新しい「丸
ビル」によって蘇った丸の内のキーワードは「智」と「遊」による交流機能ということ
になる。ビジネス一辺倒からさまざまな魅力を備える街に変わったとき、丸の内は外資
を引きつけるアジアのセンターとしての地位を回復することができる。知識労働者が主
体になるのであれば、当然のことといえよう。
知識の価値が問われる時代には、それを生み出すもととなる経験と感覚が重視される。
豊かな生活経験があってこその知識であるから、住宅と仕事場、業務と娯楽、学問は大
きな意味で一体でなければならない。都市再生とそれによって実現される都心居住は、
こうした理念を集中して実現するものでなければならない。
これまでは「国土の均衡ある発展」のスローガンのもと、わざわざ大都市圏から、工
場や大学を追い出し、地方へ移転させてきた。一方で農林漁業や中小零細商店、地場の
建設業者といったさまざまな分野で国や地方自治体の保護に依存する人たちを生み出し
てきた。都市再生とは逆の方向である。
ようやく、工場や大学の新増設を規制してきた工業等制限法が廃止され、都心部では
社会人大学院やビジネススクールなどの開設を予定し、高層ビルの校舎着工が相次いで
いる。都心立地でこそベンチャー企業支援も視野に入ってくる。もちろん、新規入学者
を集める上で、立地条件は人気を大きく左右する。少子化の時代に生き残りのかかる大
学は、無理をしても都心に出ようとしている。都市再生の動きは、こうした教育施設の
都市集中とつながっているが、それによっても都市の魅力を向上させることができる。
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−16−
Ⅲ.都市の住まいの原点に戻る
1.都市世帯の変容
(1)標準世帯がどんどん減っていく
都市の住まいについて考える際、人口の増減とは別に、生活の単位である世帯の動向
に注目する必要がある。人口は増えていなくとも、世帯数が増加していれば住宅需要は
高まる。以前は家づくりといえば、夫婦と子供 2 人の 4 人家族を標準とし、プランニン
グされていた。都市では大家族の同居はさすがに少ないが、核家族といえば子供少数の
親子世帯ばかり想定される。また、都市では、学生、若年労働者が多いこともあって、
単身世帯の割合も高く、賃貸アパートの主たる入居者層となっている。そんな核家族と
若年単身者が中心を占める都市の世帯構成が、都市への人口集中の流れの中で、多様化
しつつある。
大きな影響を与えているのは、少子化の原因でもある晩婚、晩産化である。女性の就
労率は高まっているが、経済的自立が進むにつれ、必然的に 20 代から 30 代の未婚率が
上昇し、晩婚化が非婚化につながる。都市の一人暮らしの女性は、増えつづけており、
それを可能とする生活環境は、都心で十分に提供されている。結婚しない女性が増える
ことは、結婚しない男性が増えることでもある。夫婦を核とする、核家族中心の世帯の
あり方は、都市において根底から揺らいでいる。
(2)都市は多様なライフスタイルを許容する
都心マンションの購入者像は、変容する都市世帯の姿を映し出している。2LDK から
4LDK とファミリー層を想定した住戸の実際の購入者は、実にバリエーションに富んで
いる。思いのほかに単身者が多く、しかも高齢者がかなりふくまれる。立地がよければ、
住民票を移さない、都心の別荘として購入する層も出てくる。親の名義で購入しても、
実際に住んでいるのは子供や親戚だったりする。始めから不動産投資のつもりで購入さ
れた住戸は、住人はさらに多彩である。仕事場兼用の住居だったり、家族以外の共同生
活だったりする。標準的ファミリー層は、もはや多数派ではない。
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−17−
東京都の年齢3区分別人口
千人(%)
12,000
1910
(15.8)
2265
(18.2)
2599
(20.6)
1572
(12.5)
1373
(10.9)
1182
(9.4)
959
(7.7)
751
(6.2)
14,000
2931
(23.2)
75歳以上
3017
(24.0)
10,000
65歳以上
8,000
6,000
15∼64歳
8686
(72.0)
8766
(70.3)
8576
(68.0)
8292
(65.6)
8186
(65.2)
1421
(11.8)
1436
(11.5)
1441
(11.4)
1412
(11.2)
1361
(10.8)
0∼14歳
4,000
2,000
0
平成12年* 平成17年
平成22年
平成27年
平成32年
(注)75歳以上は65歳以上の内数としてグラフ上部に、数字は斜体で表示
東京都の年齢3区分別人口
年齢3区分別の人数
年齢3区分別の構成
比
年齢階級 平成12年* 平成17年 平成22年
0∼14歳
1,421
1,436
1,441
15∼64歳
8,686
8,766
8,576
65歳以上
1,910
2,265
2,599
(65∼74歳)
1,159
1,306
1,417
(75歳以上)
751
959
1,182
0∼14歳
11.8
11.5
11.4
15∼64歳
72.0
70.3
68.0
65歳以上
15.8
18.2
20.6
(75歳以上)
6.2
7.7
9.4
(単位 千人、%)
平成27年 平成32年
1,412
1,361
8,292
8,186
2,931
3,017
1,558
1,445
1,373
1,572
11.2
10.8
65.6
65.2
23.2
24.0
10.9
12.5
*区市町村別人口を国勢調査から20年後までを予測したものを集計、東京都作成 (H15年3月)
−18(資料)−
ARCリポート(RS-780)2003年5月
従来の標準世帯においては、家族で住むことで家事の分担があり、家の中で生活を完
結することができていた。しかし、住まい方が、これだけ多様化し、単身世帯が増えて
くると、家事そのものがなりたたない世帯が出てくる。都市の世帯においては、多方面
での生活支援機能を必要としてきている。都会にはコンビニエンスストアを併設するワ
ンルームマンションが多いが、入居者にとって店が冷蔵庫代わりであり、キャッシング
サービスは財布代わりとなり、公共料金の支払いから宅配の受取りなど、住まいのお守
り役をつとめている。いろいろな代行サービス業がなりたつのも都市部においてこそで
ある。
また、都市は外国人が多く住むところである。都心再生の街づくりのなかでは、海外
から人を呼ぶことも魅力の大きな要素となる。すでに 2000 年末の外国人登録者は 169
万人(不法残留者等は含まない)と 1985 年の 85 万人から倍増している。1990 年に出入
国管理及び難民認定法が改正され、日系外国人や研修生・留学生などの在留が容易にな
ってから急増した。在留外国人は、もともとはバブルの時代に好況、円高に伴う労働市
場の逼迫から求められてきたもので一時的と言われていたが、バブル経済崩壊後も増え
つづけている。こうして長期滞在する外国人が増えてくると、雇用、労働条件などの経
済面だけでなく、住宅、教育、健康、福祉など面での受け入れ体制が問題となる。文化、
慣習の違いを考えれば、自治体の窓口で個々に対応することは負担が大きい。生活のサ
ポートを受けようとすれば、言葉の通じる仲間のいるところに集まり、一種の外国人街
を形成するのも当然だろう。
(3)高齢社会における都市世帯
過疎地ではすでに超高齢社会に突入しているが、大都市圏でも、高度成長期に地方か
ら大量に流入した世代が、今後、大量にリタイアの時期を迎え、急速に高齢人口が増加
する。先に述べたように働き手世代の都心集中が進んでいるので、人口が増加している
都心部ではやや遅れるものの、大量の高齢者をかかえた都市が出現することになる。
高齢者を含む世帯の動向を見る上で、親子同居に関する価値観が大きく変わってきて
いることを理解する必要がある。65 歳以上の高齢者のいる世帯数は、1980 年の 812 万世
ARCリポート(RS-780)2003年 5月
−18−
帯から 2000 年の 1505 万世帯へとほぼ倍増し、一般世帯の三分の一に占めるに至ってい
る。なかでも、単独世帯は 84 万世帯から 303 万世帯と 3.5 倍以上に膨らんでいる。親子
同居が激減しているのである。都市部においては、不動産価格の高さから物理的に同居
が難しいこともあったが、それ以上に、子供との同居を求めない親が増えている。
戦前、「家長制」が健在であった頃は、高齢になって身の回りの世話や、庭木、家屋の
手入れなどで不自由を覚えるようになると、まずは子供に家督を譲り、隠居することを
考えるものだった。それが戦後の民法下では、家督が否定され、兄弟は平等の権利をも
つことになった。家を継ぐということが、法律的な裏づけを失い、慣習と感情に委ねら
れることとなり、財産をめぐり相続問題を引き起こし、親の介護の押し付け合いという
醜態を招いている。親の側でも、子供に自分たちの老後の世話を期待することは、裏切
られた場合のことを考えれば、慎重にならざるを得ない。結婚しない単身者層が増え、
家族の分解が進んでいる都市では、高齢世帯にとって可能な限りの自立指向はやむをえ
ない選択となっている。配偶者をなくし、介護が必要となれば、嫁に頼るよりは老人向
け施設に入所した方がよいと考える高齢者が多い。
現在進行中の超高齢少子化社会は、わが国に限らず世界的に見ても、未曾有の事態で
ある。日本の都市で典型的な、希薄な親子関係の下では、家族関係に代わる生活支援シ
ステムや地域コミュニティという発想を育てる必要がある。それでなければ、さまざま
な形態の単身者、高齢者の世帯は、将来にわたって大きな不安を抱えることになるだろ
う。
2.持家偏重からの脱却
(1)土地神話からの脱却
地価下落傾向が定着しているので、土地を持っていれば必ず資産価値が上がるであろ
うと信じている人はほとんどいなくなった。しかし、土地の持つ信用力、担保としての
価値を基本として、金融を考え、取引を成り立たせている慣行はなかなか変わらない。
都心部に未利用のまま残る不良債権担保の土地は、そのままでは、いかに担保価値があ
るといっても、実質的に保有している意味はない。土地神話からの早期脱却が必要にな
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っている。
都心再生のポイントは、都市生活者を満足させられる住宅の供給である。量的にも質
的にも十分対応できるためには、経済合理性を満たすことが必要条件となる。その手が
かりとなるのが、不動産を客観的に評価する手法としての収益還元法である。簡略化し
ていえば、賃貸で運用してどれだけの収益が期待できるかを考えて、その不動産の時価
を評価しようというものである。バブルの時代は、投機的仮需要が土地の評価を狂わせ
ていたが、今は実質的な需要をベースとした収益還元法によって、客観的な基準が得ら
れるようになりつつある。需要の見込める立地において、都市計画上の制約のある土地
を有効に活用し、快適な住環境を創造する建設、開発ができるかどうかで不動産の価値
は究極的に決まる。もちろん、多様化した都市の住宅需要を的確に把握することは、容
易なことではない。その意味でも、持家にこだわらない柔軟な発想が求められていると
いえよう。
(2)マンションばかりが都市型住宅か
都市の住まいといえば、高層集合住宅であるマンションが花形である。中央区のよう
なオフィス街でもマンションが続々と誕生している。オフィスエリアとしては競争力が
落ちるが、マンションとしてなら交通が便利な割に安い住宅の建設が可能だし、容積率
が割増になる優遇策もある。実際のところ、中央区のマンション購入者は、単身者が多
いせいもあるが、通勤の利便性を重視し、周辺環境にはあまりこだわらないといわれる。
購入者の意識として、賃貸住宅に賃料を払って住み続けるより、借り入れを起こしても
マンションを買った方が得と考えがちだ。長期のローンを組めば、賃料よりも安い返済
月額になるし、なにより住宅を自分のものとすることに満足が得られそうだ。しかし、
本当にそれでよいのだろうか。
まず、賃料と借り入れの返済を安易に比べていないか。抱える債務の内容はまったく
違うものだ。終身雇用と年功賃金に代表される雇用と所得の安定が約束されていたのは
過去のことだ。今や、将来収入の変動リスクは大きい。不景気の波をかぶって、リスト
ラに遭ってしまえば、たちまち自己破産の憂き目になるような借り入れは禁物である。
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また、雇用関係が流動化し、個人の専門能力を活かすネットワーク型の就労形態が広が
ると予想されるので、長期にわたって雇用、収入が安定するとは考えにくい。都心では、
むしろ高級賃貸住宅の方が分譲住宅よりも選好される場合が多くなるのではないか。
次に、住宅を所有することを、安易に資産取得とみなしていないか。土地の値上がり
期待がない現在、住宅を保有するだけでは、資産としてのキャピタルゲインもインカム
ゲインも期待できない。自宅で使い続ける限りは、転売価格も賃貸収入も関係ないよう
ではあるが、いざという時の時価について、その資産としての価値が問われることとな
る。その際に、目安となるのが先に紹介した収益還元法である。都市の典型的住居形態
がマンションであるとしたら、その収益性を担保するものが建物の長期耐用性であり、
計画的補修による良好な建物維持管理、さらには機能している管理組合などである。マ
ンションの売り物の利便性、特に立地の良さは大きな条件ではあるが、これだけで十分
なわけではない。むしろ、集合住宅としての機能維持に配慮が欠ければ、建物の陳腐化
は早く、入居者の管理者としての意識が低ければ、スラム化のリスクを抱えてしまう。
(3)住宅の価値観の転換へ
住宅においても、事業用の建物同様に収益性を重視した資産価値を問うということは、
見方を変えると、住宅を保有するオーナー側の主観的評価よりは、賃料を払うテナント
側の客観的評価を重視することである。その客観性は、住宅が提供する空間の価値に集
約されるべきものである。これまで土地神話の影響のためか、空間の価値よりは不動産
を取り巻くいろいろな事情、特に人々の思惑によって、住宅の価値は大きく左右されて
きた。持家に代表される所有権に偏重した、その価値観を正すことが必要である。
これまでの都市再開発では、当事者が不動産の所有にこだわっていたために、本来の
合理的で快適な都市の住まい方の検討を後回しに、所有権の利害調整に翻弄されること
があまりにも多かった。私的所有権に手を付けられないために、乏しい公共施設しか設
置できなければ、結果として街全体の利便性が劣り、資産価値を高めることができない
という基本は変わらない。私的な土地所有は、都市の空間開発にとっては、阻害要因で
しかない。都市空間は公共性が優先されるべきである。放っておけば劣悪な環境になり
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がちな都市において、住環境を改善し、良好な住空間を得るためには、自己の住宅だけ
の快適さを追い求めるよりは、共同で利用する空間の豊かさを実現することが重要であ
る。そのためには、都市で集合して生活することについて、住民の意識が変わる必要が
ある。
3.多様な住まい方を可能とする住宅
(1)都市には集合住宅
資産を持たず、民間アパートなどで一人で暮している高齢者の問題は、すでに社会問
題化している。しかし、一戸建ての所有者でも、なお老後には不安が残る。介護保険が
導入されて、公共施設のバリアフリー化を進めると共に、高齢者の自宅で介護サービス
を提供する在宅介護を中心としようとしているが、必ずしも実質をともなっていない。
高齢者が元気で自立できている間はともかく、介護を必要とする事態になれば、自宅改
造で少々バリアフリー化をしてあったとしても、マンパワーがどれだけ投入できるかど
うかで介護の質も量も決まる。孤立した高齢者が住む一戸建てでは、十分な介護サービ
スを提供しようとすると、ヘルパーなどの配置だけでもかなりの高負担にならざるをえ
ない。現実的には、いざ動けなくなった高齢者は、同居する家族の犠牲で生活を支えて
もらうことになる。同居世帯の減った都市部では、高所得者でふんだんに人を雇える資
力がない限り、一戸建ての住まいについて将来の不安を拭い去ることはできない。
では、マンションならどうか。個々の住居としてはできることに差はない。ただ新築
段階から共用スペースの余裕を持っているマンションであれば、作業スペースの確保で
介護サービスが容易となる。さらに、マンション群のような団地開発で、介護サービス
センター機能を持つ施設が併設されていれば、かなり充実したサービスが期待できる。
集合住宅で住民にコミュニティの意識が備わっていれば、十分な対応が可能だろう。都
市において集合住宅が基本になるべきだという主張には、こうした根拠もある。
しかし、急増するマンションの住民は、必ずしもバランスの良い世代で構成されてい
るわけではない。むしろ、都心では、子供が独立した 50 歳から 60 歳台の高所得者と子
供のいない共働きの 30 歳代が中心で、地域のコミュニティに積極的に参加することはま
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れである。先に述べたように、自治体の側で、コミュニティに配慮した街づくりの工夫
が必要である。
最近、都市で増えてきているコーポラティブ住宅の動きが注目される。これは、自ら
居住するための住宅を建設しようという人々が組合を結成し、共同で事業計画を作り、
土地の取得、建物の設計、工事発注等を行って住宅を取得、管理していこうとするもの
だ。住民が自主的にコミュニティの再生を目指す動きである。建築手続き、権利取扱い
や資金繰りなど法律上の課題も多いので、ただちに広がるものではないが、住民の側か
ら都市での住まい方について、方向性を示しているといえよう。
(2)住み替えが容易になること
都市居住者は流動性が高いといわれる。最近増えている生涯型マンションといえども、
生涯を通じてそこに住む人は、どれだけいるだろうか。マンションでは、販売から 10
年もたつと、入居者の半分は入れ替わってしまうといわれていた。しかも所得が高い階
層ほど、流動性が高いと見られるので、高所得者の多い都心ではなおさらである。不動
産価格の上昇が見込めない現在では、譲渡損が発生する買い替えは容易ではないが、家
族構成や勤務形態の変化に対応するには、住み替えがスムーズにできることが肝心だ。
所有権マンションが転売時に苦労しがちなことを考えれば、都市型集合住宅のあり方
としては、賃貸住宅がもっと注目されてよい。都心では、ホテル並みのサービスを売り
物にする、「サービスアパートメント」という高級賃貸住宅もでてきている。単身赴任の
サラリーマンを対象としていた、短期間の賃貸住宅である「ウィークリー、マンスリー
マンション」も医療、介護、通学など、いろいろな事情による期間限定の住宅需要をつ
かむことで、急速に伸びている。空室のオフィスビルを賃貸住宅へ「コンバージョン」
(用途転換)する試みも広がってきた。都心の住宅需要は、すでに住み替えの容易な、
所有にこだわらない住まいを求めて動き出しているといってよい。平成 12 年に施行され
た定期借家制度の普及は、こうした動きに拍車をかけている。
ライフプランとライフスタイルに応じた住まいの選択には、立地や広さだけではなく、
居住期間、資金調達の方法など多面的な検討が必要である。所有権だけの家さがしでは、
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ニーズに応えることはできない。特に、雇用の流動化が進み、収入の変動リスクが増す
中で、住まいだけを固定的に捉えることはおかしなことである。
(3)人生を縛らない住宅が理想
かつては、住宅取得は一生に一度といわれ、郊外に戸建てを持てば、目標達成と考え
られていた。それが、団地開発、ニュータウンづくりのピークを過ぎ、地価の高騰もな
くなったころから、現在の住まいを終の棲家とは考えない人が目立ってきたのだ。子孫
に財産、美田を残さない考えの親が出てきたことと関連があるのかもしれない。一生返
済し続けるような借金をしてまで、住宅を取得することに意味を見出せないともいえる。
子供のために、あるいは親のために、自分の人生の楽しみを犠牲にすることを美徳とは
しないのである。そもそも子供を持たない世帯が増えているのだから、当然ではある。
そうした世帯にとって、住まいとは現在の必要に応じた住まいであって、それ以上の資
産形成上の意義付けは乏しい。一方で、生活の楽しみを享受したい意欲は強いので、イ
ンテリアやそのデザインについては、注文も多い。
都心に人口が回帰し、さまざまな都市世帯が現れてくることは、単に形態の変化だけ
ではなく、住まいに対する価値観が異なる層が増えてくることを意味する。都市再生の
動きは多様な価値観を導入することにもつながっている。こうした傾向は、地域住民の
コミュニティにとって難題をもたらすことになるかもしれない。新しい住民にとって、
住宅の取得が生活を拘束するものになってしまうことは耐えられない。地縁、血縁に頼
らない、生活共同体としての都市コミュニティのあり方も問われている。都市の集合住
宅にとって、その生活機能を高め、維持するためには、十分な公共空間とそれを支える
住民のコミュニティを必要としていることも確かと思われる。
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おわりに
日本では、都市の歴史が乏しいのではないか。ユーラシア大陸で見られたような城壁
都市は、砦や環濠集落のような小規模なものを除いて、登場しなかった。石やレンガの
家づくりはなく、地震も多い土地柄で、五重塔や大仏殿のような宗教的建築物を除き、
高層建築は存在しなかった。都市の集合住宅といっても、貧弱な木造の長屋が下町に集
まっていたに過ぎない。都市計画に基づく、区画形成、道路整備、上下水道敷設などは、
つい最近の出来事だ。海外植民地からの富を集め、意匠をこらした華麗な都市街区を持
つヨーロッパの都市とは比較にならない。バブルの時代に、日本のテーマパークは競っ
てヨーロッパの街並みを模倣したものである。
このような経緯からすれば、日本の都市住民に確たる都市住宅のイメージがないのは
当然かもしれない。立派な家といえば、山の手のお屋敷、林の中の洋館、海岸の別荘な
ど郊外、リゾート立地のものがほとんどだ。いい家といえば、一戸建てということだ。
それが、高度成長期に公団住宅のイメージから脱皮した、マンション(本来の意味は館
ということだが)が登場し、一躍都会の顔となってきたのである。なんどかのブームを
へて、バブルの時代にある意味の絶頂を迎えたわけだが、ようやく単体では、外国にひ
けを取らない集合住宅がつくられるようになったといえよう。ただし、街並みの意識は
乏しく、やたら派手な外観で周囲との調和をこわしているものが多いが。都市の住宅と
いえばマンションしかないというのも、かえって貧困ではないか。
都市の住宅が集合であることは、土地の利用効率上、求められることではある。ただ
もっと大切なことは、多彩な人が集まり賑わいをつくりだす、都市のまちづくりの主た
る要素として、どういう形態と機能とであるべきかということではないか。都市の住宅
は個々の住戸単位で成り立つのではなく、街並みとして、集合体のかたまりとして、有
機的なつながりが求められている。そのとき、建物のハードに血を通わす行為が、住民
である人間の生活であり、その生活でなにを実現するのか、なにがもたらされるかで、
有機体としての都市住宅の価値は決まることになるはずである。
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