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4 月 - 医療情報システム研究室

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4 月 - 医療情報システム研究室
Vol.3, No.1, 20 April 2013
The Monthly Lecture Meeting
第 22 回 月例発表会
第3巻1号
同志社大学生命医科学部
医療情報システム研究室
Published by the Medical Information System Laboratory
of Doshisha University, Kyotanabe, Japan
Medical Information System Laboratory
The Monthly Lecture Meeting
Contents
メニーコアと Xeon Phi
塙 賢哉 . . . 1
インメモリ・コンピューティング
小淵 将吾 . . . 6
Software Defined Network : Open Flow
佐々木 和幸 . . . 10
IPv6
林沼 勝利 . . . 14
3D プリンタ
佐藤 之宏 . . . 18
医療分野のビックデータ分析手法
白石 駿英 . . . 22
PET と次世代 PET
大谷 俊介 . . . 26
バイオセンサー
森口 美紅 . . . 31
コネクトーム
佐藤 琢磨 . . . 35
エナジーハーベスト
岡村 達也 . . . 38
シェールガスとメタンハイドレード
滝 謙一 . . . 42
iOS,Android 以外のスマートフォン向け OS
砂野 元気 . . . 46
iPS 細胞
三島 康平 . . . 50
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
メニーコアと Xeon Phi
塙 賢哉
Kenya HANAWA
木村 茜
Akane KIMURA
はじめに
1
CPU(Central Processing Unit) の動作周波数が毎年のように向上し,ソフトウェアが速くなっていった.しかし,
CPU の周波数が 4[GHz] に近づいた頃からは,消費電力の増加,発熱量の増加が深刻な問題となり,CPU の動作周
波数は限界に達した.そのような環境下において,CPU の性能向上は,プロセッサコア1 (以下コアと記述)の増
加という形で現れるようになってきた.そのため近年のプロセッサでは,1 つのチップに複数個のコアを搭載した
マルチコアプロセッサが主流となり,さらに数十のコアを搭載したメニーコアプロセッサも登場してきた.そして,
LSI(Large Scale Integration)2 技術の発展により1つのチップに搭載されるコアの数は今後さらに増えると予想され
る.本稿では,メニーコアのアーキテクチャと並列コンピューティングと,そのメニーコアの代表的な製品である
Xeon Phi について述べる.
メニーコア
2
CPU パッケージ内に 1 つのコアしかない CPU をシングルコア,2 つの CPU をデュアルコア,4 つの CPU をク
アッドコアといい,メニーコアとは,1 つの CPU パッケージ内に多数のコアを搭載した CPU のことである.メニー
コアのコアの個数については定義されていないが,一般的に十個以上である.
2.1
アーキテクチャ
多数の簡素化したコアを効率的に利用できるメニーコアアーキテクチャモデルについて説明する.今回は数十から
数千までのコア数をターゲットとする M-Core Ver.1.0(Many-Core Version 1.0) を例にあげる.メニーコアのアーキ
テクチャモデルを Fig. 1 に示す.
Fig. 1 メニーコアアーキテクチャモデル (参考文献 1) より自作)
8 × 8 子に配置されたユニットをノードと呼び,それ以外をモジュールと呼ぶ.Fig. 1 では 2 次元のメッシュ接続3 を
前提とする.ノード及びモジュール間のデータ転送には,チップ内ネットワークを使用する.ノード及びモジュー
ルにはチップ内で一意の ID(識別子) を割り当てる.ID は X 座標と Y 座標の組み合わせで表現する.Fig. 1 では,
ID が (X,Y) となるノードを Node(X,Y) と表記する.ノードや左上に位置するモジュール (0,0) は,ID を用いて他
のノード及びモジュールと通信することが可能である.モジュール (0,0) は,従来の汎用プロセッサと同等の機能を
有するコアを持ち,外部への I/O 処理などの割り込み制御に加え,ノードに対するタスク割り当てを行わせること
を想定している.Fig. 1 の上部に配置されているモジュールはメインメモリであり,すべてのノード及びモジュール
がネットワークを介してアクセスする.ノードではアプリケーションプログラムなどが実行される.Fig. 2 にノード
1 CPU
の中核部分で,演算処理を行うところ.
1000 個から 10 万個のもの.
3 通信機能を持った端末同士が相互に通信を行う事により,網目状に形成された通信接続
2 集積回路のうち,素子の集積度が
001
(1,1),(2,1) 間の拡大図を示す.
Fig. 2 ノードの拡大図 (参考文献 1) より自作)
ノード内部にはコアとルータが在る.コアは,演算処理ユニットである PE(Processing Element),ノードメモリ
(各ノードが持つ小規模メモリ),DMAC(Direct Memory Access Controller) で構成される.自ノードのノードメ
モリに対しては,PE のロード/ストア命令4 によりアクセスする.他のノード及びモジュールのメモリに対しては,
DMAC に対して DMA(Direct Memory Access)5 転送を発行することでアクセスする.DMA 転送は,自ノードのノー
ドメモリにあるデータを他ノードのノードメモリまたはメインメモリに転送する DMA-PUT と他ノードのノードメ
モリまたはメインメモリにあるデータを自ノードのノードメモリに転送する DMA-GET に分類される.
2.2
処理の流れ
Fig. 2 における DMA-PUT を例に,処理の流れ (1) から (6) をの以下に示す 1) .これは,Node(1,1) が Node(2,1)
に DMA 転送する様子である.以下では,Node(1,1) をローカルコア,Node(2,1) をリモートコアと呼ぶことにする.
(1) PE がリモートコアに対する DMA 転送を発行する.
(2) ローカルコアの DMAC がノードメモリから転送するデータを読み出す.
(3) ローカルコアの DMAC がデータをパケットに加工し,ローカルコアのルータに転送する.
(4) ローカルコアのルータがリモートコアのルータにパケットを転送する.
(5) リモートコアのルータから DMAC にパケットを転送する.
(6) リモートコアの DMAC がノードメモリにデータを書き込む.
このように,DMA-PUT や DMA-GET などの DMA 転送は,CPU を介さずに周辺装置とメモリとの間でデータ転
送を行う.それにより,CPU の負荷を上げずにデータ転送を高速化することができる.
2.3
並列コンピューティング
並列コンピューティングとは,問題を解く過程はより小さなタスクに分割できることが多い,という事実を利用し
て処理効率の向上を図る手法であり,コンピュータにおいて複数のプロセッサで 1 つのタスクを動作させることで
ある.
2.3.1
フリンの分類
フリンの分類とは,命令ストリーム6 の並列度とデータストリーム7 の並列度に基づいたコンピュータ・アーキテク
チャの 4 つの分類のことである.
1. Single Instruction, Single Data Stream (SISD)
SISD システムは,1 つの命令ストリームが 1 つのデータストリームを処理する,命令にもデータにも並列性のな
い逐次的なシステムである.シングルコア・シングルプロセッサを搭載した旧来のパソコンがこれにあたる.
2. Single Instruction, Multiple Data Stream (SIMD)
単一の命令が複数の演算機に通知されるが,処理されるデータはそれぞれの演算機で異なるシステムである.ベク
タ計算機と呼ばれる一部のスーパーコンピュータがその代表例である.
4 メモリからレジスタにコピー
(ロード)、レジスタをメモリにコピー (ストア) する 命令
を介さずに各装置と RAM の間で直接データ転送を行う方式
6 ある 1 つの処理を実現するための命令の列
7 処理対象となるデータの列
5 CPU
002
3. Multiple Instruction, Single Data Stream (MISD)
定義としては,複数の命令ストリームが単一のデータストリームを処理するシステムであるが,この定義に合う実
際のシステムはほとんど存在しない.
4. Multiple Instruction, Multiple Data Stream (MIMD)
複数の演算機がそれぞれ異なるデータストリームをそれぞれ異なる命令ストリームで処理するシステムである.
逐次処理と並列処理
2.3.2
Fig. 3 サンプルコード
Fig. 3 のようなサンプルコードを見てみると,この擬似コードをシングルコア・シングル CPU の計算機 (SISD)
で実行する場合は,
「task a(); → task b(); → task (); → task d(); を順番に処理し,最後に演算結果の総和をとる.
」
という処理を,添え字 i をインクリメントしながら N 回繰り返すことになる.このように,プログラムを順序よく処
理していくことを逐次処理という.次にこの擬似コードを並列処理システム上で実行する場合を考える.デュアルコ
ア CPU を搭載したパソコンを使っているとすると,ソースコードに特別な処置をせず,また最適化オプションを用
いずにコンパイルした場合,プログラムは単に 1 つのプロセッサコアの上で逐次処理される.その間,もう 1 つのプ
ロセッサコアには何も仕事がなく,アイドル状態になる.そこで並列処理は 2 つのコアを使って演算させるようにプ
ログラムを変更し,N/2 ループずつ 2 つのタスクに分割することで処理を早く終わらせる 2) .
3
Xeon Phi
Xeon Phi とは Intel 社の HPC(High Performance Computing) 向けのアクセラレータのブランド名である.また
Xeon Phi は多数のコアを搭載し, 並列コンピューティングに最適化した「メニー・インテグレーテッド・コア」で
ある.Xeon Phi は Intel Xeon プロセッサを搭載したサーバの PCI Express8 スロットに装着して使用する.そして
Xeon サーバがホスト機となり,Xeon の補助的に動作する「コプロセッサ」として機能する.Xeon Phi で演算を実
行する方法は予め Xeon Phi 用にコンパイルしたアプリケーションを用意しそれを Xeon サーバに投入し,前処理を
実行して,Xeon Phi 用に切り出された並列処理部分が Xeon Phi に引き渡され,最終的に演算結果が出力される仕
組みである.また,Xeon Phi は HPC 計算機の標準プロセッサとして広く普及している Intel Xeon プロセッサの浮
動小数点演算コアを利用し,このコアをプロセッサチップ上に多数搭載した大並列処理用の専用プロセッサである.
よって,アーキテクチャが同じであるので Xeon Phi は Intel Xeon プロセッサと共通のプログラミング・モデルと
ツールを使用することができ,Xeon Phi へのコード移植作業は数行を追加するだけで良い.Table. 1 は現在発売し
ている主な Xeon Phi コプロセッサと Xeon プロセッサの主な仕様である.
Table. 1 Intel プロセッサの主な仕様 3)
製品名
コア数 [個]
動作周波数 [GHz]
理論性能 [GFOPS]
メモリ容量 [GB]
メモリ帯域 [GB/s]
8
2.900
93
750
52
60
1.053
1011
8
320
Xeon E5-2690
Xeon Phi 5110P
3.1
アーキテクチャ
Xeon Phi コプロセッサのレイアウトを Fig. 4 に示す.
単一半導体上に,60 個のプロセッサ・コアと,8 個のメモリコントローラ,そして PCI Express インターフェー
スが搭載できる設計である.そして、各デバイスの間は IPN(Interprocessor Network ring) と呼ばれるリング型の双
方向通信ネットワークで接続されていて並列計算機として動作する.これらは外部から PCI Express 経由でコント
ロールされている.また各コアは 4 スレッド同時処理できる.
8 パソコンの機能拡張のための接続規格
003
Fig. 4 Xeon Phi のアーキテクチャ(参考文献 3) より自作)
次に Xeon Phi を搭載したボードのレイアウトを Fig. 5 に示す.
Fig. 5 Xeon Phi を搭載したボード図 (参考文献 3) より自作)
搭載されているプロセッサは Xeon Phi 5110P で,60 個のコアが動作し,1.053[GHz] で動作すると,1011[GFLOPS]
の倍精度演算性能を発揮する.またプロセッサ上には 8 個のメモリコントローラが搭載されて,それぞれがデュアル
チャンネルで駆動していて,全体で 16 個の GDDR5(Graphics Double Date Rate 5) メモリを接続でき,8[GB] の容
量と 320[GB/s] の帯域を実現できる.そしてこの演算ボードはホスト機である Xeon サーバと PCI Express Gen2 x
16 で接続され 16[GB/s] の通信帯域を実現している 3) .
4
まとめ
メニーコアは複数のコアを搭載し,高並列処理化を可能にし,処理速度の向上を実現させる.そして,本稿ではメ
ニーコアプロセッサの製品として Xeon Phi を取り上げた.Xeon Phi はコアを 60 個搭載したコプロセッサであり,
従来の Intel 社のプロセッサと共通のプログラムを再利用できるということから今後期待できるメニーコアプロセッ
サ製品である.しかし,Xeon Phi が HPC 分野で本格的に活躍するためには,これから多くのアプリケーションの
移植と最適化,ハードウェアの改良と高速化,開発環境の高機能化など,多くの開発が必要である.このような状況
から現在の Xeon Phi は,実用機としてよりも,開発プラットホームとしての色彩が強いシステムだと考えられる.
よってこれから,アプリケーションの開発が進み,ハードウェアが改良され,開発環境の整備が進み,実用化の機運
が高める必要がある.
参考文献
1) 植原昂, 佐藤真平, 森谷章, 藤枝直輝, 高前田伸也, 渡邉伸平, 三好健文, 小林良太郎, 吉瀬謙二. シンプルで効率的
なメニーコアアーキテクチャの開発. 社団法人 情報処理学会 研究報告, Vol. 10, pp. 1–2, 2008.10.21.
004
2) 土山了士, 中村孝史, 飯塚拓郎, 浅原明広, 三木聡. OpenCL 入門 CPU・GPU のための並列プログラミング. 株式
会社インプレスジャパン, 初版第 1 刷発行.
3) HPC テクノロジーズ. 孝並列計算アクセサレータ intel xeon phi coprocessor 5110p board. http://www.hpctechnologies.co.jp/option/phi-card.html, 2013.4.9 参照.
005
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
インメモリコンピューティング
小淵 将吾
Shogo OBUCHI
関谷 駿介
Shunsuke SEKIYA
はじめに
1
近年,世界中では大量のデータが日々生成されている.これらのデータは,IC タグなどのセンサー,ソーシャル
メディアに投稿された投稿,オンライン購入の処理レコードなど,さまざまなソースで生成されている.このような
データを総じてビッグデータと呼ぶ.ビッグデータをリアルタイムで解析することで新しいサービスを生むことが
可能である.しかしながら,データ量が膨大なため,従来のデータ処理方式では扱いきれないことが問題となってい
る.そこでインメモリコンピューティングと呼ばれる技術に注目が集まっている.このインメモリ技術を用いること
で,例えば,製品・サービスについてのソーシャルメディアの投稿をリアルタイムに解析し,次期商材改善の検討を
行うことが期待できる.
本稿では従来のデータ処理方式について説明した後に,インメモリコンピューティングの技術,有用性について述
べる.
従来のデータ処理方式
2
一般的に広く普及しているデータ処理方式ではディスク型データベースを採用している.ディスク型データベース
はデータを補助記憶装置上に保持しながら動作することを基本とした DB (DataBase) である.
この方式では補助記憶装置に格納されたデータを必要に応じてメモリ上に展開し処理を行う.そのため,データを
転送する際にディスク I/O オーバーヘッド1 (ディスク入出力オーバーヘッド) が生じてしまう.例えば,補助記憶装
置として一般的な HDD (Hard Disk Drive) を用いた場合,その構造上,データにアクセスする際に待ち時間とデー
タ転送時間が生じる.したがって,データの読み書きに時間がかかってしまい,CPU (Central Processing Unit) の
性能を生かし切れない.また補助記憶装置として SSD (Solid State Drive) を用いた場合,HDD のようにディスクを
持たないため待ち時間がなくなるが,データの転送時間は生じる.ディスク I/O オーバーヘッドの解決方法として,
現在キャッシュメモリが挙げられる.キャッシュメモリは CPU 内部に設けられた高速な記憶装置で,使用頻度の高
いデータを蓄積しておくことにより,補助記憶装置へのアクセス回数を減らし,処理の高速化を行うことが可能であ
る.しかし,インメモリコンピューティングはこの方法とは全く異なった方法で更なるデータ処理の高速化を実現し
ている.
インメモリコンピューティング
3
本章では,インメモリコンピューティングの技術を支えるインメモリデータベース(IMDB:In Memory DataBase)
について説明をした後,インメモリコンピューティング製品である SAP HANA について述べる.
3.1
インメモリデータベース
インメモリコンピューティングと従来型システムの違いを Fig. 1 に示す.従来型システムのディスク型データベー
スに対して,インメモリコンピューティングでは補助記憶装置上ではなく,全てのデータをコンピュータのメインメ
モリ上に展開しながら動作する IMDB を採用している.一般的なメモリのアクセス速度は HDD の 10 万∼100 万倍
であるため,IMDB では高速な処理が可能である 1) .これはデータの展開がメインメモリ上で行われ,ディスク I/O
オーバーヘッドが生じないためである.
また,全てのデータを常にメインメモリ上に置く事を前提に設計されているため,検索・処理するために特別に設
計されたデータ構造とアクセス方法,および高効率の同時実行制御メカニズムが採用されている.以下に IMDB の
特徴について述べる 2) .
1 ある処理を行うために余分に(間接的に)掛かってしまうコスト
006
Fig. 1 データ処理方式
3.1.1
インデックス構造
ディスク型データベースのインデックス構造2 には B+ツリー構造が使用されている.このツリー構造はディスク
とメモリ間のデータ受け渡しに最適化された構造で,ディスクへのアクセス回数を減らすことが出来る.一方,デー
タ検索のための比較演算しなければならない回数が多くなる.
これに対し,IMDB ではディスクを持たないため,検索対象データへ到達するまでの比較演算回数を低減できる T
ツリー構造が使用されている.この T ツリー構造では 1 回のデータブロックアクセスで取得することができるデー
タ数が少ないため,全てのデータがキャッシュ化されていないとデータブロックアクセス回数が増えてしまう.した
がって,この構造はディスク型データベースでは使用できない.例えばアルファベットの A∼N が格納され,G を検
索する際の比較回数とデータブロック回数を Fig. 2 に示す.T ツリーでの検索経路を以下にまとめる.
Fig. 2 インデックス構造(参考文献 3) より参照)
1. D を比較演算⇒ G は D よりも後
2. F を比較演算⇒ G は F よりも後
3. J を比較演算⇒ G は J よりも前
4. 等価演算3 ⇒ G を検索
この経路ではデータブロックへのアクセスが 3 回,比較回数が 4 回となる.次に B+ツリーでの検索経路を以下に
まとめる.
1. C を比較演算⇒ G は C よりも後
2. F を比較演算⇒ G は F よりも後
3. I を比較演算⇒ G は I よりも前
4. 等価演算⇒ G と F は違う
5. 等価演算⇒ G を検索
2 DB
へのデータ検索や挿入等の処理構造
3 2つのデータが等価かどうかを判定する演算のこと
007
この経路ではデータブロックへのアクセスが 2 回,比較回数が 5 回となる.このようにツリー構造によって,演算
回数,アクセス回数に差異が生じる.
また,ディスク型データベースでは,クエリ4 の実行がディスクアクセスを減らすことを最適化されているのに対
して,IMDB ではメモリに最適化されたクエリの実行となっているため,クエリが簡潔で処理速度が速い.
3.2
SAP HANA
SAP HANA は,インメモリコンピューティング技術を用いて,リアルタイムコンピューティングを実現させるた
めの製品である.リアルタイムコンピューティングとはビジネス等におけるビッグデータを瞬時に分析・処理を行い
結果を呈示するものである.SAP HANA を実際に用いた例を 2 つ挙げる.ドイツ銀行では,データベース分析で従
来まで 45 分かかっていた処理をわずか 5 秒に短縮し,540 倍の改善効果をあげた.また,ある医療機関では,4 億
6,000 万件もの医療レコードを対象にトライアル分析を実行したところ,応答時間が従来の 47 分から 5 秒へと 564
倍の短縮効果を実現している 4) .
SAP HANA は IMDB の特徴に加え,以下のような特徴を持つ 5) .
3.2.1
データ永続性の保証
インメモリコンピューティングでは全てのデータが揮発性のメインメモリ上に展開されているため,サーバに障害
が発生した時にデータが消えてしまうという弱点がある.SAP HANA は,メモリ上のデータをバックアップするた
めのパーシスタンスレイヤー5 を持っている.パーシスタンスレイヤーの概念図を Fig. 3 に示す.メモリ上に置かれ
ているデータは定期的にパーシスタントストレージと呼ばれる不揮発なストレージ領域に保存される.データは定期
的に自動実行するセーブポイントにより,データ領域に保存される.データ変更時に発生するログ情報は,都度ログ
領域に保存される.
Fig. 3 パーシスタンスレイヤー(参考文献 5) より参照)
3.2.2
同一プラットフォームによる OLTP と OLAP
OLTP (On-Line Transaction Processing) とはデータの入力と検索のトランザクション処理6 を扱うもので,各拠
点からの受発注や在庫情報,金額情報などの基幹系業務の入出力で用いられる.それに対して,OLAP (On-Line
Analytical Processing) とは複雑で分析的な問い合わせに素早く回答を行う方法で,売上報告や市場分析,経営報告
などの情報系業務に用いられる.
データ管理方式として現在主流の関係データベース(RDB:Relational DataBase)は 1 件のデータを複数の項目
の集合として表現し,データの集合を 2 次元の表で表す.データにロー(行)とカラム(列)が与えられ,テーブル
(表)の中に配置して整理されている.RDB においてレコード7 単位で登録・変更・削除といったトランザクション
が多発する OLTP には,ロー(行)単位でデータを管理するローストア型データベースが最適である.一方でトラ
ンザクション量は少ないものの,一定項目について大量にデータを参照する OLAP では項目ごとのカラム(列)で
データを管理するカラム型データベースが優位である.
汎用の RDBMS (Relational DataBase Management System) は基幹系業務を行うローストアテーブルのみを扱う.
そのため,情報系業務を行う場合,ローで取り出したデータをカラムデータに変換する必要があり,これがボトル
4 DBMS
(DataBase Management System に対する処理要求を文字列として表したもの.
5 プログラムが終了してもなんらかの方法でデータを保存しておく層
6 分けることのできない一連の情報処理
7 データベースを構成する単位のひとつで,データの
1 件分のこと
008
ネックとなる.しかし,SAP HANA ではローストアテーブルとカラムストアテーブルの両方の格納方式に対応して
いる.ゆえに,基幹系業務をこなす OLTP データベースとしての機能と情報系業務をこなす OLAP データベースと
しての機能を併せ持つため,リアルタイムな意思決定やビジネスが遂行できる.Fig. 4 に従来型と SAP HANA の
OLTP と OLAP の概念図を示す.
Fig. 4 従来型と SAP HANA の OLTP・OLAP(参考文献 5) より参照)
4
今後の展望
インメモリコンピューティングの技術は,人事システムの人件費シュミレーションや渋滞シミュレーションなどに
応用されることが今後期待できる 4) .人件費シミュレーションでは,勤続年数,過去の昇給サイクル,事業への利
益貢献などを考慮した人件費シミュレーションを高速かつ簡単に分析を行うことが可能となる.解析されたデータを
もとに,適正な評価に基づく給与の策定によって従業員の満足度が向上し,離職率が低下するとともに,採用コスト
を含めた人件費の適正化,総人件費の削減などが期待される.渋滞シミュレーションでは,1 万数千台のタクシーか
ら位置情報を日々収集し,何百億件にものぼるデータを高速に解析することで,リアルタイムな渋滞情報の把握が期
待できる.
5
まとめ
本稿では従来のデータ処理方式とインメモリコンピューティングの技術について述べた.従来のデータ処理方式で
は補助記憶装置にデータを格納している.したがって,CPU でデータ処理する際には補助記憶装置にアクセスする
必要があるため,ディスク I/O オーバーヘッドが生じ,処理に時間がかかる.そこで全てのデータをメモリ上で展
開し処理を行う IMDB を用いたインメモリコンピューティングによって,圧倒的な速さでデータ処理を行うことが
可能になった.その中でも SAP HANA はサーバ障害によってデータが消えてしまうという IMDB の弱点を克服し
た.また,OLTP と OLAP を同一プラットフォームで扱うことによって,リアルタイムでの情報処理を可能にして,
ビジネスに新たな革新をもたらした.
参考文献
1) インメモリデータベースってなんだ?
!
http://www.keyman.or.jp/at/coresys/dbsoft/30003121/, 2009.
2) Oracle. Oracle TimesTen 製品とテクノロジー, 2007.
3) 松浦龍夫. 最短かつ最速にアクセスする「DB 高速化技術」.
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070903/280969/?ST=system, 2007.
4) 村田総一郎. SAP HANA 概要と事例のご紹介, 2013.
5) SAP. 図解 インメモリコンピューティング SAP HANA のテクノロジー.
http://www.sap.com/japan/index.epx.
009
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
Software Defined Network : Open Flow
佐々木 和幸
Kazuyuki SASAKI
1
中村 友香
Yuka NAKAMURA
はじめに
近年,クラウドが急速に普及している.その理由として,クラウドを導入することで,ユーザ側はサーバの運用管
理費がかからず,ソフトウェアのインストールやアップデートが必要ないといった利点が挙げられる.また,提供者
側も設備投資のいらないクラウドは中小企業も導入しやすいため,顧客層の拡大を見込むことできるという利点があ
る 1) .しかし,クラウドの急速な普及によってネットワークはますます複雑化している.そこで,ネットワークを
ソフトウェアで一元的にコントロールし効率よく仮想化しようという SDN(Software Defined Network) の概念及び
それを実現するための技術である Open Flow が生まれた.
本報告では,SDN の概念や従来のネットワークとの違いについて述べた後,SDN を実現するための技術である
Open Flow と今後の展望について述べる.
2
Software Defined Network
SDN の定義は新しい概念であるため,完全には定まっていない.しかし,SDN を推進する Open Networking
Foundation のダン・ピットにより以下の 3 点が定義されている 2) .
• データプレーンとコントロールプレーンが分割されている
• グローバルな視点を持つ集中制御ソフトがある
• ネットワークの直接的なプログラマビリティを持つ
データプレーンとはデータをフォワーディングするスイッチ群であり,コントロールプレーンはフォワーディングパ
スをデータプレーンに転送する機器である.Fig. 1 に従来のネットワークと SDN における違いを示す.
(a) 自律分散制御型ネットワーク (従来)
(b) 集中制御型ネットワーク (SDN)
Fig. 1 従来のネットワークと SDN の違い (参考文献 3) より参照)
従来のネットワークでは Fig. 1(a) に示したように,個別のネットワーク機器がデータプレーンとコントロールプ
レーンを同時に持っており,それぞれの機器がルーティングとフォワーディングを行っていた.そのため,機器ごと
に個別の設定を行う必要があった.しかし,SDN では Fig. 1(b) に示したように,データプレーンとコントロールプ
レーンが分離しているため,コントロールプレーンはルーティング,データプレーンはフォワーディングのみを行う.
よって,コントロールプレーンによるネットワークの集中制御が可能となり,各通信機器の個別設定は不要になった.
また,従来のクラウドでは VLAN(Virtual Local Area Network) が多く用いられていた.VLAN ではネットワー
クの識別にタグを用いていたが,タグが 12 ビットであるため 4096 のネットワークしか収容できない.末端のユー
ザが VLAN を用いる場合,この上限を超えることはほぼないが,データセンタ内などでは上限を超える場合が出て
010
きている.しかし,SDN を用いればプログラムによるネットワーク構築ができるため,VLAN による問題を解決す
ることが可能である 4) .
以上のように,SDN の概念を用いることで,ネットワークの物理構成にとらわれずにネットワーク構築が可能と
なり,効率的なネットワーク構築と運用ができる.
3
Open Flow
Open Flow とは SDN を実現するための技術である.Fig. 1(a) のように従来のネットワーク機器におけるデータ
プレーンのようなフォワーディングの機能を持たせたものが「Open Flow スイッチ」,コントロールプレーンのよう
なルーティングの機能を持たせたものが「Open Flow コントローラ」である.
3.1
Open Flow コントローラ,Open Flow スイッチ間の通信
Open Flow スイッチ (以下スイッチ) は起動時に Open Flow コントローラ (以下コントローラ) に対し制御用の通
信路を確立する.これにより,コントローラからスイッチへの要求や,スイッチからコントローラへの問い合わせが
可能となる.Open Flow では「フロー」と呼ばれる単位で通信を制御する.フローはヘッダフィールド,アクショ
ン,統計情報の 3 つから構成される.スイッチはフローをフローテーブルに保持する.
3.1.1
ヘッダフィールド
ヘッダフィールドとは,スイッチが通信トラフィックを受信した際にトラフィックを識別する部分である.
Table. 1 Open Flow ver1.0 が規定するヘッダフィールド (参考文献 5) より参照)
要素
レイヤ
内容
Ingress Port
L1
スイッチの物理ポート番号
Ether src
Ether dst
L2
送信元の MAC アドレス
宛先 MAC アドレス
Ether type
VLAN id
イーサネットの種別
VLAN priority
VLAN PCP の値
IP src
IP dst
VLAN ID
送信元 IP アドレス
L3
宛先 IP アドレス
IP プロトコル種別
ToS 値
IP proto
IP ToS bits
TCP/UDP src port
送信元 L4 ポート番号
L4
宛先 L4 ポート番号
TCP/UDP dst port
従来の機器では各レイヤに対応した機器が個別に存在していた.しかし Open Flow ではレイヤという枠組みはな
く,ヘッダフィールドを使用して通信を行う.Table. 1 に示した 12 の要素のうち,各レイヤの任意の要素を組み合
わせてネットワークを制御する.例えば,L1 の物理ポート番号と L2 の宛先 MAC アドレスの 2 つを使うことで通信
が可能となる.
3.1.2
アクション
アクションとはフローに対する処理内容を定義する部分である.スイッチはこのアクションに従って通信を行う.
アクションにはパケットを転送する「Forward」,パケットを転送せずに破棄する「Drop」などがある.
3.1.3
統計情報
統計情報とは,通信がどの程度発生し,どの程度の処理をしたかを管理する部分である.パケット数やバイト数な
どの情報を管理する.これらの情報をスイッチがコントローラに送信することで,コントローラがネットワーク全体
を把握することが可能となる.
3.2
トポロジー検出
コントローラが最適経路をルーティングするためにトポロジー検出,つまりスイッチ同士の接続関係を調べなけれ
ばならない.そのために LLDP(Link Layer Discovery Protocol) を用いる.Fig. 2 にスイッチ 1 と 2 のトポロジー検
出手順について示す.
011
Fig. 2 トポロジー検出手順 (参考文献 6) より参照)
調べたいのはスイッチ 1 のポート 2 がどこに接続されているかである.
1. コントローラは,接続関係を調べたいスイッチ 1 の ID とポート番号 2 を埋め込んだ LLDP パケットを生成する.
2. コントローラはスイッチ 1 のポート 2 から LLDP パケットを出力するという内容のメッセージを送る.
3. スイッチ 1 はコントローラからのメッセージ通りに,ポート 2 から LLDP パケットを出力する.
4. LLDP パケットを受け取ったスイッチ 2 のポート 1 は自分のフローテーブルにパケットの処理方法があるかを参照
する.フローテーブルには処理方法をあえて書いていないため,スイッチ 2 はコントローラに問い合わせを行う.
3.3
構成方式
ネットワークを Open Flow を用いて構成するには,ホップ・バイ・ホップ方式とオーバーレイ方式がある.
3.3.1
ホップ・バイ・ホップ方式
ホップ・バイ・ホップ方式とは,コントローラがすべてのスイッチの状況を把握したうえで,各スイッチに対してフ
ローを設定する方式である.Fig. 3 にホップ・バイ・ホップ方式によるデータセンタ間ネットワークの構成例を示す.
Fig. 3 ホップ・バイ・ホップ方式によるデータセンタ間ネットワーク (参考文献 7) より参照)
Fig. 3 に示したように,スイッチがすべて OpenFlow 対応スイッチになっており,それらはすべてコントローラが
集中制御する.これによってコントローラは各スイッチ間のトラフィックを把握し,最適なルーティングを行うこと
が可能である.また,スイッチの故障時にもすぐにコントローラで検出できるためルーティングの再計算が可能とな
る.しかし,この方式では既存の装置をすべて Open Flow 対応機器に置き換えなければならない.そのため,広域
ネットワークで採用するにはコストがかかる.
3.3.2
オーバーレイ方式
オーバーレイ方式とは,ホップ・バイ・ホップ方式のようにコントローラがすべてのスイッチの制御を行うのでは
なく,ネットワークのエッジ部分においてのみ制御する方式である.Fig. 4 にオーバーレイ方式によるデータセンタ
間ネットワークの構成例を示す.
012
Fig. 4 オーバーレイ方式によるデータセンタ間ネットワーク (参考文献 7) より参照)
Fig. 4 に示したように,エッジ部分のみ Open Flow 対応のスイッチに切り替えればよく,その他は既存の装置をそ
のまま用いることができる.そのため,Open Flow の導入コストを抑えることができる.また,ホップ・バイ・ホッ
プ方式の場合は,コントローラがネットワークすべてのトポロジー情報を持たなければならなかったが,オーバーレ
イ方式ではエッジ部分のトポロジー情報だけを保持すればよいため,コントローラの持つ情報量を抑えることが可能
である.しかし,通信元と通信先のエッジ間では Open Flow ではなくトンネリング技術を用いているため,柔軟な
トラフィック管理はできない.
4
実際の導入事例
Open Flow の導入事例として金沢大学付属病院がある.Open Flow 導入前は,医事システムや検査システムなど
が独自にネットワークを構成していた.それに加え,医療機器の入れ替えや移動でシステムの複雑化が進み,病院の
システム全体を把握している人が誰もいない状態であった.しかし,ホップ・バイ・ホップ方式の Open Flow を導入
することによってネットワーク機器の物理構成によらずに仮想ネットワークを構成できるようになった.また GUI
でネットワークを可視化できるようになったため,医療機器を移動した際の設定も容易になった 8)
5
9)
.
まとめ
本報告では SDN の概念と Open Flow を用いた SDN の実現技術について述べた.SDN はネットワークの物理構
成によらず,ソフトウェアを用いて効率的なネットワーク運用を行うという概念であり,Open Flow はそれを実現す
るための技術である.Open Flow ではコントロールプレーンに相当する Open Flow コントローラと,データプレー
ンに相当する Open Flow スイッチが分離している.コントローラがスイッチ群で構成されたネットワークを集中制
御することで,常に最適なトラフィック制御が可能である.これにより,ネットワークの効率的な運用が可能である.
Open Flow ではコントローラがネットワークすべての情報を管理するため,トラフィックの増大に伴って計算時
間が増大していく可能性もある 10) .今後 Open Flow における計算時間の短縮などの技術が発達していけば,金融
ネットワークや病院内ネットワーク,病院間ネットワークなど幅広い分野へ普及していくと考えられる.
参考文献
1) 加藤英雄. クラウドコンピューティング. 共立出版, 10 2011.
2) 石井一志. 【SDN 特集】第一回クラウド時代の仮想ネットワーク技術、SDN と OpenFlow を解説する.
http://cloud.watch.impress.co.jp/docs/special/20121018 566558.html, 10 2012.
3) 前田繁章. SDN への潮流と OpenFlow の歴史. http://thinkit.co.jp/story/2012/02/02/3151, 2 2012.
4) クラウドサービスを支えるネットワーク仮想化技術. http://www.ntt.co.jp/journal/1110/files/jn201110026.pdf, 10 2011.
5) 前田繁章. OpenFlow のアーキテクチャと仕様・機能. http://thinkit.co.jp/story/2012/02/09/3209, 2 2012.
6) 鈴木一哉. インターネット 10 分講座 Open Flow. https://www.nic.ad.jp/ja/newsletter/No52/NL52 0800.pdf, 2012.
7) 前田繁章. OpenFlow の使い方と活用事例. http://thinkit.co.jp/story/2012/02/16/3274, 2 2012.
8) OpenFlow/SDN はもう準備万端 実績多数の NEC と一緒に課題解決へ.
http://businessnetwork.jp/Portals/0/SP/1208 nec pf/, 2012.
9) 金沢大学附属病院が新ネットワークに NEC のプログラマブルフローを導入.
http://www.nec.co.jp/press/ja/1206/1101.html, 6 2012.
10) 田村奈央. のこされた課題、期待は SDN へ. http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120224/383014/, 2012.
013
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
IPv6
林沼 勝利
Katsutoshi HAYASHINUMA
大村 歩
Ayumi OHMURA
はじめに
1
近年,ネットワーク技術の発展に伴いインターネットが急速に普及している.ネットワークに接続するためには
TCP(Transmission Control Program) や UDP(User Datagram Protocol),Telnet(Telecommunication network) な
ど様々なプロトコルが必要である.これらプロトコルの中でも,特に重要であるのが IP(Internet Protocol) という
プロトコルである.IP 通信において,ネットワークに接続されているそれぞれの機器を識別するために用いられる
のが IP アドレスである.現在,IP アドレスの規格は IPv4(Internet Protocol version 4) が主流であるが,インター
ネットの普及に伴いこの規格では IP アドレスが不足するという問題が生じている.IP アドレスが不足すると新たに
サーバを設置しようとしても IP アドレスが振り当てられず,ネットを用いたサービス発展の障害となる.この問題
を解決するため,アドレス空間が格段に広がった IPv6(Internet Protocol version 6) が考案された.本稿では,IPv4
およびその新しい規格である IPv6 について,また IPv4 から IPv6 への移行について述べる.
2
IP
IP とは,データ (パケット) をネットワーク上で送信するために用いられるプロトコルである.OSI 参照モデルに
おいてネットワーク層に位置する.IP は上位層のプロトコルから送信すべきデータを受け取り,データ送付先の決
定およびデータ送付処理を行い,下位層のプロトコルを用いて送信する.その際,下位のプロトコルのフレームに
データを入れて送信するが,1 つのフレームに入りきらない大きさであることがあるため,IP はデータを分割し,パ
ケットとして送信する.このパケットの宛先は IP アドレスで指定する.
IP アドレスとは,IP でネットワーク上における機器を識別するためのネットワーク層上の識別番号である.IP で
データを通信するためにはそれぞれの機器に最低一つの IP アドレスが必要である.また,同じアドレスが存在すると
機器の識別ができなくなるため,同一ネットワーク上に IP アドレスは重複して存在してはいけない.そのため IP ア
ドレスは IANA(Internet Assigned Numbers Authority) を頂点とした階層構造で管理されている.その一部を Fig. 1
に示す.例えば日本の場合,IANA はまず IP アドレスを APNIC(Asia-Pacific Network Information Centre) に割り
振り,APNIC は JPNIC(Japan Network Information Center) に割り振る.そして JPNIC は ISP(Internet Service
Provider) に,ISP はエンドユーザーに IP アドレスを割り振るシステムとなっている.
IPv4 と IPv6
3
3.1
IPv4
現在 IP アドレスは主に IPv4 が使われている.IPv4 は 32 ビットのアドレスで 232 個,つまり約 43 億個のアドレ
スが存在する.2 進数の表現では分かりづらいため,8 ビットずつドットで区切り,例えば「202.23.130.32」のよう
に 10 進法で表記する.IP アドレスは前半のアドレス部と後半のホスト部に分けられ,アドレス部はネットワークの
番号を示し,ホスト部は同じネットワークに属する個々の機器を示している.
また,IP アドレスはグローバル IP アドレスとプライベート IP アドレスに分けることができる.グローバル IP ア
ドレスはインターネットに接続された機器に一意に振り分けられるアドレスである.インターネット上のそれぞれの
機器を示す住所のようなもので,インターネット上で通信を行うためには必ず必要なアドレスである.それに対して
プライベート IP アドレスは組織内で用いられる IP アドレスであるため,プライベート IP アドレスで用いられるア
ドレスはグローバル IP アドレスとして使うことはできない.
このアドレスではインターネットに接続できないため,インターネットで接続するためにはプライベート IP ア
ドレスをグローバル IP アドレスに変換する仕組みが必要である.代表的なものとしては NAT(Network Address
Translation)1 や NAPT(Network Address Port Translation)2 などが挙げられる.
1 グローバル
IP とローカル IP を 1 対 1 に結び付ける技術
アドレスとポート番号を書き換える技術
2 パケットがルータを通る際,IP
014
IANA
RIR
地域インターネットレジストリ
ARIN
RIPENCC
NIR
国別インターネットレジストリ
NIR
LIR
ローカルインターネットレジストリ
LIR
ISP
インターネットサービスプロバイダ
ISP
EU
エンドユーザー
EU
APNIC
指定事業者
LIR
EU
ISP
EU
EU
EU
Fig. 1 IP アドレスの管理組織図 (一部抜粋)(参考文献
3.2
AfriNIC
JPNIC
ISP
EU
LACNIC
EU
1)
より自作)
IP アドレス枯渇問題
現在主に使用されている IPv4 は 30 年以上前に制定されたもので,今日のようなインターネットの急速な拡大,多
様化を想定されたものではない 2) .そのため,アドレス変換や CIDR(Classless Inter-Domain Routing)3 などを導
入して IPv4 アドレスの節約および有効活用で枯渇を回避しようとしてきた.しかし,2011 年 2 月 3 日時点で IANA
での未使用在庫がすべてなくなった.これにより現在利用しているインターネットが使えなくなるようなことはない
が,IPv4 のプロトコルを用いて新たにインターネットの拡張・発展ができなくなる 3) .
3.3
IPv6
IPv6 は IP アドレス枯渇問題を解決するために考えられた IP アドレスである.IPv6 は 128 ビットで表現され,
2128 乗個,つまり約 340 潤個 4 と天文学的数字のアドレスが用意された.
表記法
3.3.1
IPv4 と同じく 2 進数表現のままでは分かりづらいので,これを表記する際は 16 ビットずつコロンで区切り,例
えば「2001:c900:0ab0:0000:0000:1234:5678:0000」のように 16 進数に変換して表す.しかし,このままの表記でも
見づらいのでさらに省略するためにいくつかのルールが存在し
4)
,そのルールに従うと先に示したアドレスは
「2001:c900:ab0::1234:5678:0」となる.このルールについて以下に示す.
• 各ブロックの頭の 0 は 1 の位以外必ず省略する.
• すべて 0 のブロックはまとめて「::」を使ってできる限り省略する.ただし,0000 が一つだけの場合はこの方法を
用いない.
• 「::」を使って省略できるフィールドが複数ある場合は最も多く省略できる部分を省略する.省略できるフィール
ド数が同じ場合は前方を省略する.
.
パケット構造
3.3.2
パケットには送信元の IP アドレスや宛先の IP アドレスなど送信に必要な情報をヘッダとして付加されているが,
IPv6 ではルータでの処理の負担を軽減するために IPv4 ではあまり利用されていなかったヘッダは省略された.IPv6
は IPv4 の 4 倍のアドレスの長さだが,ヘッダ情報の大きさは IPv4 の 2 倍で収まっている.IPv4 ヘッダと比較して
ヘッダ・チェックサムと ID フィールドが省かれ,ヘッダサイズが 40 バイトの固定長となった.また,いくつかの
ヘッダが基本ヘッダから外され,拡張ヘッダ中へ移行した.
アドレス体系
3.3.3
IPv4 ではユニキャストアドレス,ブロードキャストアドレス,マルチキャストアドレスが存在したが,IPv6 では
ブロードキャストアドレスがマルチキャストアドレスにまとめられ,新たにエニーキャストアドレスが用意された.
ユニキャストは 1 対 1 の通信で用いるアドレスである.ユニキャストにはリンクローカルユニキャスト,グローバル
ユニキャスト,ユニークローカルユニキャストの 3 種類が存在する.リンクローカルユニキャストは同一のノード同
士だけが通信できるものであり,グローバルユニキャストは IPv4 でいうところのグローバル IP アドレス,ユニー
クローカルユニキャストはプライベート IP アドレスに該当する.それに対しマルチキャストアドレは複数のノード
に対して一斉に送信するアドレスであり,制御情報のやり取りなどに用いられる.通常,IP アドレスはそれぞれの
機器に一意に振り当てられるが,エニーキャストアドレスでは複数の機器に同じアドレスを振り当てる.エニーキャ
ストアドレス宛に送信すると,同じエニーキャストアドレスを設定したノードのうち最も近いノードに送信される.
3 IP
アドレスを組織にクラス全部を割り当てるのではなく,部分的に割り当てる技術のこと.
兆の 1 兆倍の 1 兆倍,つまり 3.4 × 1038 個
4 340
015
3.3.4
ICMP
パケットを配信する際に問題が発生するとメッセージを通知し必要な処理が行う ICMP(Internet Control Message
Protocol) も ICMPv4 から ICMPv6 へ置き換えられた.ICMPv6 は IPv6 に不可欠なものであり、あらゆる IPv6 ノー
ドも完全に実装しなければならないとされている.ICMPv4 の使用実績を考慮して,ICMPv6 ではメッセージ種類
の明確な分類,削除が行われてた.
3.4
IPv6 のメリットとデメリット
IPv6 メリットはまずはアドレスの個数が格段に増えたことである.現在の IPv4 ではほとんどがアドレス変換を
用いているため,外部から内部へ向けて通信することはできず,エンドツーエンドの通信ができない.しかし,す
べてのコンピュータはもちろんのこと,テレビや DVD レコーダー,ゲーム機などすべての家電製品にもグローバル
IP アドレスを分配することが可能となる.これによりアドレス変換が不要となり,外にいながらもこれらの機器を
容易に操作ができるようになる.また,IPv4 ではインターネットに接続する際に IP アドレスを自動的に割り当て
る DHCP(Dynamic Host Configuration Protocol) を管理者が設定する必要があったが,IPv6 ではステートレスア
ドレス自動設定がルータに標準搭載されているため,管理者の負担を軽減することができる.そして IPsec(Security
Architecture for Internet Protocol)5 が IPv6 には標準で実装することが必須となっており,セキュリティ面でも IPv6
が進んでいる面もある.
しかし,必ずしもセキュリティ面で有利であるというわけでなく,IPv4 では NAT や NAPT といったインターネッ
ト通信をするために仲介するものがあったがこれがなくなったため,外部から直接コンピューターを参照することが
できるというデメリットも存在する.さらに IPv4 で用意されていたプロトコルで似たようなものはあるものの互換
性はないため,ルータの取り換えや新たにソフトウェアの開発・導入することが要求されており,IPv4 から IPv6 へ
移行するためには多額のコストがかかる.
IPv6 への移行
4
4.1
World IPv6 Day と World IPv6 Launch
IP アドレスの枯渇を受け,インターネット協会 (Internet Society:ISOC) は 2011 年 6 月 8 日午前 9 時 (JST) から
24 時間,世界で参加を表明したサイト提供者が自社のサービスを IPv6 に対応させた.このトライアルを World IPv6
DAY と呼び,IPv6 によるサービス提供に問題がないこと確かめ,問題があった場合にはそれを共有し,今後の課題
解決に役立てることを目的とした 5) .世界で約 500 サイトが参加したが,当日は特に大きな問題は発生しなかった.
また,ISOC は 2012 年 6 月 6 日午前 9 時 (JST) に World IPv6 Lunch を開催した.これは World IPv6 Day の成果
を受け参加を表明したサイトが 6 月 6 日以降恒久的に IPv6 に対応するよう呼びかけたものである.これによりイン
ターネットの IPv6 対応が急速に進むと考えられている.
4.2
IPv4 と IPv6 との共存
IPv4 から IPv6 への移行はある日を境目にして完全に移行,ということは不可能である.そのため IPv4 と IPv6
が共存している期間が出てくるが,IPv4 と IPv6 は互換性が全くないため共存させる技術が必要となる.その技術と
してはデュアルスタックやトンネリング,トランスレータが挙げられる.
単一機器に IPv4 と IPv6 のプロトコルを共存させるためにはデュアルスタックという技術を用いる.デュアルス
タックで通信する方法を Fig. 2 に示す.この技術を使用することにより,状況に応じて IPv4 か IPv6 を選択できる
ようになる.デュアルスタックでは旧環境を残しつつ IPv6 に対応させることが可能なため,IPv6 への移行がしやす
くなる.しかし,IPv4 と IPv6 という二つのプロトコルが同時に動作することになるので,機器の負荷も相応に増大
してしまう.
IPv6 ホスト間を IPv4 網を通じて通信するにはトンネリングという技術を用いる.IPv6 から IPv4 への境目で IPv6
パケットを IPv4 パケットでカプセル化して IPv4 網で送信し,IPv4 網の出口で IPv4 パケットのカプセル化を解除
して IPv6 に復元する方法である.このトンネリングの技術の一つとして 6to4 が挙げられれる.その方法を Fig. 3
に示す.IPv6 ネットワークと IPv4 インターネットの境界に 6to4 ルータを設置し,グローバル IPv4 アドレスを持
つサイトに対して IPv6 アドレスを割り当てた上で,6to4 対応ルータ同士でトンネリングを行う.しかし,6to4 では
グローバル IP アドレスが必要なため,NAT 配下で接続する技術として Teredo が挙げられる.Teredo 方式でトンネ
リングする方法を Fig. 4 に示す.プライベート IPv4 アドレスを持つ端末は Teredo サーバと通信して,目的の IPv6
サーバへ IPv6 を使った ping 通信を実行する.すると端末は Teredo リレー・ルータのアドレスを入手する.そして
端末は目的のデータを格納した IPv6 パケットを IPv4 パケットでカプセル化して Teredo リレー・ルータ宛に送り出
5 通信を行う際にデータの改ざんや盗聴を防ぐためのプロトコル
016
Fig. 2 デュアルスタックの通信 (参考文献 6) より自作)
Fig. 3 6to4 の通信 (参考文献 6) より自作)
Fig. 4 Teredo の通信 (参考文献 7) より自作)
Fig. 5 トランスレータの通信 (参考文献 6) より自作)
す.IPv4 パケットが Teredo リレー・ルータに到着したら,Teredo リレー・ルータが IPv6 パケットを取り出して目
的のあて先へ IPv6 パケットを転送する.
これらデュアルスタック,トンネリングの技術は,同じプロトコルを持つ端末同士を通信させるための技術である.
それに対し IPv4 のプロトコルしか持たない端末と IPv6 のプロトコルしか持たない端末を通信させるには,トラン
スレータという技術を用いる.トランスレータを用いて通信する方法を Fig. 5 に示す.トランスレータは IPv6 から
IPv4 または IPv4 から IPv6 へパケットの変換およびアドレスの変換,通知を行う.
5
今後の展望
IPv6 の最もな利点はやはりアドレス空間が広がったことである.IPv4 から IPv6 への移行の技術面やコスト面が
解決できれば,例えば様々な医療機器にも IP アドレスが割り振られ,これらの機器間でエンドツーエンドの通信を
行うことができる.これにより病院間でのインターネット上で電子カルテの共有や遠隔治療,遠隔手術などが行える
ようになることが期待されている.さらに家庭にある体温計や血圧計,体脂肪計などもエンドツーエンドで接続でき
るようになれば,一般健康人に対する遠隔健康管理を行えるようになり,よりきめ細やかな指導が可能になると思わ
れる 8) .
6
まとめ
本稿では IP アドレスとして現在主に使われている IPv4,およびその新しい規格である IPv6 について述べた.IANA
で未使用の IPv4 アドレスは全てなくなったが,IPv6 の制定により IP アドレス枯渇問題は回避されようとしている.
また,IPv6 はアドレスの数が増えるだけでなく,エンドツーエンド通信が容易に行えるというメリットがある.現
在,様々な機器がネットワークに接続されており,これらの機器が IPv6 に対応するようになれば,例えば医療の場
面でもより高度な技術の提供ができるようになる.しかし,IPv4 と IPv6 の共存,そして IPv4 から IPv6 への移行
はコスト面や技術面などで直面している問題点があり,これらの問題を解決することが IPv6 を普及させる一歩だと
考えられる.
参考文献
1) IPv4 アドレスの在庫枯渇に関して. https://www.nic.ad.jp/ja/ip/ipv4pool/.
2) 土池政司. IPv6 ネットワーク構築ガイド. 日刊工業新聞社, 初版, 2002.
3) IPv4 アドレス在庫枯渇 Q & A 基礎編. https://www.nic.ad.jp/ja/ip/ipv4pool/qa1.html.
4) S. Kawamura and M. Kawashima. A Recommendation for IPv6 Address Text Representation. Technical report, Internet Engineering Task
Force, 2010.
5) World IPv6 Day についてのご案内. http://www.jaipa.or.jp/ipv6day/.
6) IPv6/IPv4 トランスレータ入門 第 1 回トランスレータの役割.
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090924/337702/?ST=network.
7) Teredo とは. http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Keyword/20090407/327951/.
8) IPv6 ネットワークの医療応用についての検討.
http://www.jcmi2002.med.kyushu-u.ac.jp/jcmi-kakunin/JCMI22/1-F-5-3/paper.html.
017
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
3D プリンタ
佐藤 之宏
Yukihiro SATO
1
杉田 出弥
Ideya SUGITA
はじめに
ものづくりにおいて,計画,品質,そして効率といった工程を設計する技術として,生産技術がある.一般的な生
産技術は,造形するものの大きさより大きな材料を用意し,不要なものを削り取り造形するといった切削加工があ
る.別の例として,プラスチックのような材料を金型に流し込み造形する射出成形がある.これらの方法だと切削加
工の場合,削り取られた部分の材料そして金型においては製品の生産終了の後,廃棄されてしまう.このものづくり
の前工程においての無駄をなくし造形する工法を考えた結果,開発されたものが 3D プリンタである.本稿では,3D
プリンタの概要,造形方式,そして活躍分野について述べる.
2
3D プリンタ
3D プリンタとは,積層造形装置の総称である 1) .積層造形法とは,3D 設計図である 3DCAD(three Dimensional
Computer Aided Design),3DCG(three Dimensional Computer graphics)を元にし,その 3D データをスライス
し,一層ずつ樹脂を固めながら積み重ねて造形する方法である.この方法は原理上素材を選ばず,樹脂や金属でも使
用することができ,材料を無駄なく使用し造形することができる.3D プリンタが開発され始めた目的として,無駄
をなくしものを造るということが目的だった.しかし現在の 3D プリンタの現状では造形するまでに時間がかかり,
大量生産が前提の生産技術としては活躍が難しい.しかし,パソコン上で表示された 3DCAD,3DCG を元に,その
まま造形物として造りあげることができることで,医療,建築といった分野で活躍している.
3
3D プリンタの造形方式
3D プリントをするためには 3DCAD,3DCG が必要である 1) .3D の設計図を得る方法は,3DCAD,3DCG を
使ったソフトウェアによる設計,物体をスキャンし設計を得る 3D スキャン,すでに作成されたデータをダウンロー
ドする 3 つがある.また得られた 3D データから形を造る造形方式には,光造形方式,粉末焼結方式,インクジェッ
ト方式,熱溶解積層方式の 4 方式があり,それぞれ原理に由来した異なる長所や短所を持つ.4 方式の特徴を Table.
1 に示す.
Table. 1 造形方式の特徴
造形方式
硬化原理
使用材料
造形スピード
光造形方式
紫外線硬化樹脂を利用する
エポキシ樹脂,ワックス
粉末造形方式
粉末樹脂に炭酸レーザーを
ナイロン,エストラマー,
照射して,焼結させる
ポリプロピレン,金属
石膏粉末に接着剤を
石膏粉末
28
ABS1 ,PLA2
10
[mm/hr]
インクジェット方式
3∼4
7∼10
吹き付けて硬化させる
熱溶解方式
加熱したプラスチック樹脂を
押し出して一筆書きで成型する
1 アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合体
2 ポリ乳酸
018
3.1
光造形方式
光造形方式の概要を Fig. 1 に示す.光造形は,紫外線にあたると硬化する,紫外線硬化樹脂を用いた積層造形方式
である.紫外線レーザーをバット内に満たした樹脂に照射し,硬化させた層を作る.その後,液中に沈めたステージ
を少しずつ下げていくことで積層造形を行う.高い精度でレーザーをコントロールすることができるので,積層造形
方式の中で最も高精度であり工業試作に向いている.造形品は積層段差をなくして下地処理を行い,塗装することも
可能であり,透明度や耐熱性に優れた高機能な材料から造られている.産業装置に用いられるエポキシ樹脂は固まる
際に比重が変わり造形物が樹脂内に沈み込んでしまう.それを防ぐために造形物とステージとを繋ぐサポート部が必
要であり,サポート部を除去する後所利の手間がある.またこの方式は材料・装置共にコスト面での問題点がある.
ミラー
ミラー
紫外線レーザー
リコーター
未硬化の材料
レーザーユニット
サポート部
バット
ステージ
Fig. 1 光造形方式 (参考文献 1) を参考に自作)
3.2
粉末焼結方式
粉末焼結方式の概要を Fig. 2 に示す.粉末樹脂を材料として使用し,レーザーによって焼結させる積層造形方式
である.窒素を満たし 170 ℃に保たれた庫内で炭酸ガスレーザーを樹脂に照射し,焼結する.材料にナイロンを使用
することで光造形方式よりも強度を持つ.粉末樹脂は硬化後に造形物が沈む込むことがないので,サポート部が不要
でより自由な形を造形することが可能である.しかし造形物の表面は粉感が残り,内部まで多孔質状となっているた
め表面塗装や磨きをすることができないという問題点がある.
ミラー
炭酸ガスレーザー
ミラー
ローラー
材料バット
レーザーユニット
Fig. 2 粉末造形方式(参考文献 1) を参考に自作)
3.3
インクジェット方式
インクジェット方式の概要を Fig. 3 に示す.石膏粉末をバット上に敷き詰めてローラーで均一にし,接着剤を吹き
付けて固める積層造形方式である.カラーインクも同時に吹き付けることにより,カラーの造形が可能な機種がある.
この方式では紙のプリンタと同じメーカーのインクヘッドとカラーインクが使用されている.その材料から石膏系
3D プリンタとも呼ばれている.造形スピードは他の造形方式に比べると圧倒的に速い.粉末材料を使用しているの
で,サポート部を必要としていない.製品納期が圧倒的に短く,スピーディな試作サービスとしても知られている.
しかし材料が極めてもろいので,薄い板や,棒状の部品の制作には向かず,フィギュアやカラーの試作モデルなど細
かな詳細のないものに限られる.
019
ノズルヘッド
材料タンク
接着剤ノズル
カラーインクノズル
バット
Fig. 3 インクジェット方式(参考文献 1) を参考に自作)
3.4
熱溶解方式
熱溶解方式の概要を Fig. 4 に示す.熱溶解方式は細いひも状に成形された材料を造形用ヘッドに送り込み,熱で
溶かしてノズルから押し出す積層造形方式である.一部では押し出し方式とも呼ばれる.レーザーや液体の管理と
いった手間がなく,装置価格が安い.合計 4 つのモーター,造形ステージと本体枠組みというシンプルな構造から,
操作が簡単な家庭用 3D プリンタとしての普及が期待されている.ノズルから溶かし出す樹脂の断面形状の制御が難
しく,表面は各方式の中でも最も積層段差が目立つ.種類によってはサポート部の除去にアルカリ性溶液を使用し,
産業廃棄物として処理するか,手で取り除く必要がある 1) .
ノズル
ノズルヘッド
ステージ
Fig. 4 熱溶解方式(参考文献 1) を参考に自作)
4
活躍する分野
3D プリンタは多分野で活躍している.医療業界における使用例として,Fig. 5(a) に示すように肝臓の生体モデル
作成がある 2) .患者の肝臓 3DCAD,3DCG を取得し,3D プリントするといったものである.この生体モデルの作
成により,患者の臓器と照らし合わせながら手術が可能になるので,最適な方法で手術が行うことができる.別の例
として,Fig. 5(b) に示すように 3D プリンタで作製した頭蓋骨を人工移植するという例がある 3) .患者に合う質感
の材料とデザインの頭蓋骨を作製し,移植するのである.医療業界だけでなく建築業界においても活躍している.例
として Fig. 5(c) のような建築物の模型作製がある.画面上で建築物をイメージするより,物体として手に取った方が
イメージがつきやすいのである.現在の 3D プリンタは,この模型作製のような試作品として利用されることが多い.
020
(a) 肝臓の生体モデル(参考文献 2) (b) 3D プリンタによる人
を参照)
工頭蓋骨(参考文献 3) を
参照)
(c) 建造物の試作品(参考文献 4) を参照)
Fig. 5 3D プリンタで作成された実例
5
今後の展望
医療分野において,インクジェット方式を用いて人工臓器作製の研究が行われている 5) .インクジェット方式が複
数の色のインクを同時に吹き付けることができるのと同様に,複数の細胞やタンパク質を用いて造り上げるといった
方法である.この技術が実現すれば,患者はドナーを待つことなく移植することができ,患者への負担が減ると考え
られる.
6
まとめ
本稿では 3D プリンタの概要,造形方式,そして活躍する分野について述べた.3D プリンタは材料に無駄なく造
形物を作製することができ,3DCAD,3DCG のデータを用いて,思い描いた造形物を作製することができることで
期待されている.現在 3D プリンタは主な用途として試作品の作製としての利用が多いが,医療分野の人工頭蓋骨の
作製のように多分野における活躍が期待されている.
参考文献
1) 神田沙織. 「3D プリンタ」知る編. 渋谷ラボ, 初版, 2013.
2) デジタルヘルス. 最新 3 次元プリンターによる生体モデルを用いた「世界初」の手術に成功,神戸大学が成果を
公開. http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0102O R00C11A7000000/.
3) Dude has 75 percent of his skull replaced by 3d-printed replica.
http://www.oxfordpm.com/biomedical
parts.html.
4) 株式会社アイジェット. 3d プリンターで建築模型は累計 500 個. http://ijet.dgblog.dreamgate.gr.jp/e90112.html.
5) 中西貴之. なにがスゴいか?万能細胞-その技術で医療が変わる! 株式会社技術評論社, 初版, 2008.
021
第 22 回 月例発表会(2013 年 4 月 20 日)
医療情報システム研究室
医療分野におけるビッグデータの分析手法
白石 駿英
Toshihide SHIRAISHI
西村 祐二
Yuji NISHIMURA
はじめに
1
現在,病院や診療所などの医療機関において大量のデータが日々生成されている.診断の際に作成される電子カル
テや医療機関が診療報酬を被保険者に請求する際の明細書など比較的小さなサイズのデータから,MRI(Magnetic
Resonance Imaging)などの高度な医療装置から出力される巨大なデータなど様々なデータが大量に生成されている.
これらの大量のデータを分析することにより,患者の診療における新たな見解の発見や医療過誤の原因解明に応用す
る試みが近年提起されてきている. 本稿では,医療分野のビッグデータ分析で実際に活用されているインメモリデー
タベースと Hadoop について説明する.そして,ビッグデータ分析がもたらす今後の展望について述べる.
医療機関の IT 化とビッグデータ
2
現在,医療分野における IT 化はそれほど進んでいるとは言い切れない.電子カルテを導入している医療機関はわ
ずか 2 割程度である 1) .しかし,将来的にはセカンドオピニオンなどの普及により医療データの共有が求められて
おり, 医療機関の IT 化が進むと考えられる.その場合,病院や診療所が保管する医療データの標準化が必要である.
医療情報インフラの構築の構想とともにビッグデータの活用のニーズも増えて来ている.データからの知見の創出
には複雑な計算処理が必要になるだけでなく,膨大なデータを効率よく処理できる基盤が必要になる.次章で,その
処理基盤を作る技術にについて述べる.
ビッグデータの分析
3
3.1
インメモリデータベース
インメモリデータベースとは,ハードディスクにデータを保持した動作に対して,全てのデータをコンピュータの
メインメモリ上に展開しながら動作を行うことを基本スタイルとするデータベースである.メモリの価格低下によっ
てこの技術は実現した.この技術は一般的に広く普及しているデータベースに適応可能である.
従来のディスク型のデータベースに比べ,インメモリデータベースはデータとそのインデックス1 を RAM に保持し,
マイクロ秒からミリ秒単位の応答が可能である.トランザクションスループットの向上もあり,従来よりも 10 倍以
上処理能力が向上した.日本 IBM 社製の IBM solidDB,日本オラクル社製の Oracle TimesTenIn-MemoryDatabase
などの製品が市販されている.
3.2
Hadoop
Hadoop とはテラバイト,ペタバイトといったビッグデータの処理を得意としたオープンソースの並列分散処理フ
レームワークである.分散処理とはプログラムの個々の部分が同時並行的に複数のコンピュータ上で実行され,ネッ
トワークを介して互いに通信を行うことである.複雑な計算などは複数のコンピュータを用いて分散処理させること
で,単一のコンピュータよりスループットを向上させることが可能である.また,Hadoop は分散ファイルシステムの
HDFS(Hadoop Distributed File System) と大規模分散処理フレームワークの MapReduce から構成される.Hadoop
はオンデマンドに利用できるクラウドサービスが存在するので,必要な時に必要な規模の Hadoop 環境を利用でき,
利用した分だけ費用を支払えばよいため,研究機関や大規模病院に限られていたような高価なシステムを安価に利用
することが可能である 2) .
3.2.1
HDFS(Hadoop Distributed File System)
HDFS は Hadoop に最適化された分散ファイルシステムである.通常のファイルシステムは 1 つのサーバ上での
みファイルを管理するが分散ファイルシステムは 1 つのファイルを分割しネットワーク上で連携している複数のサー
バに配置する.つまり,複数のサーバで 1 つの巨大なファイルシステムを構築する.そのため,HDFS は複数のマ
シン上に構築される.また,HDFS は 1 つのファイルをブロックの単位に分割を行い分散的に保存する.HDFS は
1 データベース上で,テーブルなどに格納されたデータをすばやく検索・抽出するための識別データ・索引データなどのこと
022
DataNode と NameNode から構成される.Fig. 1 に HDFS の構成図を示す.
Fig. 1 HDFS の構成 (参考文献 3) より自作)
3.2.2
Map Reduce
MapReduce とは,単一のマシンでは処理できない,もしくは莫大な時間を必要とするビッグデータに対する処理
を高速化するための分散処理基盤である.これは処理を小さいタスクに分割し,複数のマシンにタスクを分散させ,
同時に実行することによって高速化を行う.また,従来ボトルネックとなっていたディスクを複数のマシンにより分
散配置することにより回避している.MapReduce は Map 処理,Shuffle 処理,Reduce 処理から成り立っており,下
記に詳しい説明を示す.Fig. 2 に MapReduce 処理の概略図を示す.
1. Map 処理
Hadoop ではデータをキーと値に分けて管理をする.解析対象のデータを処理し,特定のキーと値を得るのが Map
処理である.この時,キーと値は解析の対象や目的によって適切に設定し,情報を抽出する.
2. Suffle 処理
Map 処理で得たデータを,キーや値に沿ってソートするのが Shuffle 処理である.主に Shuffle 処理はこの後に行
われる Reduce 処理の効率を向上させるために行われる.そのため,解析パフォーマンスを向上させるためには,
Reduce 処理で行う内容に応じて最適なソート方法を考える必要があり,このフェーズで適切なソートを行う.
3. Reduce 処理
Shuffle 処理でソートしたデータに対し,集計や結合などの特別な処理を行うのが Reduce 処理である.例えば同じ
キーをもった値を数えるといったような処理が考えられる.これにより,例えば同じ種類の単語の出現回数を数え
ることができる.
Fig. 2 MapReduce 処理 (参考文献 3) より自作)
023
医療分野における活用事例
4
4.1
インメモリデータベースを用いた活用事例
MKI(三井情報) が遺伝子解析などの,バイオサイエンス分野におけるビッグデータの解析を求める企業において
SAP 社が開発したインメモリデータベースの SAP HANA を利用している.
SAP HANA とはバックエンドのデータベース管理システムに SAP 社のインメモリー DB「HANA」を使い,リア
ルタイムにトランザクション,分析,予測などを実行できる統合業務アプリケーションである 4) . SAP HANA は,
ビッグデータを効率的に処理するという問題をインメモリー化することで高速化している.ハードディスクドライブ
へのアクセス速度が従来 500 万ナノ秒かかるのに対して,このメモリーへのアクセス速度は約 50 ナノ秒と約 10 万
倍高速であり,圧倒的に速いデータアクセスが可能である.
また,インメモリーを採用した場合の弱点ともいえるデータの揮発性に対して SAP HANA では,コアエンジン内
にメインメモリ上のローストアおよびカラムストアのデータをバックアップするためのパーシスタンスレイヤー2 を
持っている.SAP HANA は基幹業務をこなす OLTP データベースとしての機能と,OLAP 用のプラットフォーム
としての機能の両方を持っている.このため,SAP HANA の環境であれば,OLTP と OLAP を並行して実施でき
るため,リアルタイムな意思決定やビジネスの遂行が可能である 5) .
4.2
Hadoop を用いた活用事例
手術中の生体モニタデータを対象にした類似度分析に Hadoop の導入を試みる実験が行われている 6) .この実験
での類似度の算出方法は,1 分ごとの心拍数などの生体モニタデータの変化量を算出し,これらのユーグリッド距離
を類似度としている.類似度の算出は症例の組合わせごとに行う必要があり,対象としている症例数(約 6000 件)
では約 1800 万通りになり,保存した総ファイルサイズは約 14 [GB] に相当する.Fig. 3(a) は,この類似度計算を
Amazon Elastic MapReduce を用いて実行したときの,CPU 性能別の処理時間をまとめたものである. Amazon
Elastic MapReduce は Hadoop をオンデマンドに利用できるクラウドサービスであり, 152ECU3(2ECU × 4 仮想
コアのマシン 19 台)の場合,142 秒で処理を完了することができるという実験結果が出ている.
これに対する対照実験として Hadoop を用いず一台のマシンを用いて同じ計算処理を行い 2.5 ECU × 8 仮想コア
のマシン上で実行した結果を Fig. 3(b) に示す.このプログラムも並列処理技術を実装して効率的な処理が可能であ
るが,ディスクアクセスに関わる時間が長い為,ボトルネックを起こし,ある一定以上処理速度は向上しない. そし
て,この実験では処理速度は Hadoop を用いて並列分散処理を施した方が,処理速度が 3 倍速いことが分かる.この
ことから,Hadoop によるデータのローカリティ機能の有用性は示されている.
(a) Hadoop 処理
(b) 非 Hadoop 処理
Fig. 3 Hadoop 処理の検証実験
5
今後の展望
前章で活用事例を述べたようにインメモリデータベースや Hadoop などビッグデータを分析する分散処理基盤の構
築が進んできたことから,これからは分析によって得られた情報をどのように解釈するかが重要になってくると考え
られる.また,Hadoop の技術的な問題点であるディスクアクセスのボトルネックを解消するためにインメモリデー
タベースと Hadoop を組み合わせるといった新たなソリューションの構築が行われることも予想される.
また,2010 年度から厚生労働省の「電子化された医療情報データベースの活用による医薬品等の安全・安心に関
2 データの永続性を保つ仕組み
3 CPU
性能の単位である ECU については,ECU あたりのプロセッサー容量は, 1.0-1.2GHz の 2007 Intel Xeon プロセッサーに相当する.
024
する提言」による医薬品別の診療データの蓄積が開始されている.この分野は政府の活動もあり,さらに研究が行わ
れ新たな知見の発見が期待される.
6
まとめ
本稿では,医療分野におけるビッグデータの分析手法であるインメモリデータベースと Hadoop とその活用事例に
ついて述べた.インメモリデータベースはメモリ上で処理を行いファイルのアクセス時間を短縮することでビッグ
データを効率よく処理し分析することができる手法である.Hadoop は HDFS と MapReduce から構成されており,
Map 処理,Shuffle 処理,Reduce 処理を行いビッグデータを処理する手法である.このような技術や知見の発達によ
り,医療分野の益々の発展が望まれる.
参考文献
1) 田口健太. 医療・ヘルスケア分野でのビッグデータの活用. IT ソリューションフロンティア, 2012.
2) Tom White. Hadoop. オライリー・ジャパン, 2010.
3) 西方公一. ビッグデータの基盤技術. IT ソリューションフロンティア, 2012.
4) 城田真琴. ビックデータの真実. IT ロードマップセミナー SPRING 2012, 2012.
5) SAP JAPAN. SAP HANA の技術的仕組み. SAP のテクノロジー戦略, 2013.
6) 水谷晃三, 澤智博. 医療情報データ処理における hadoop 導入の試み.
http://www.ahisi.org/reports/hadoop/index.html#to pt monitor, 2013.
025
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
PET と次世代 PET
大谷 俊介
Shunsuke OHTANI
大西 夏子
Natsuko ONISHI
はじめに
1
現在の医療現場では,予防医学の推進や病変部位の早期発見の重要性の高まりにより,PET 装置,X 線 CT 装置,
MRI 装置などの画像診断装置が必要不可欠になっている.X 線 CT 装置や MRI 装置が主に組織の形態を観察する
検査装置であるのに対し,PET 装置は,生体の機能を観察することに特化した検査装置である.また,PET 装置は
MRI 装置や X 線 CT 装置では難しい病期診断を判定するのに開発され,原発巣の検出やリンパ節の評価などに使わ
れている.そして近年,画像診断装置の技術は発展してきているが,それらの画像診断装置にも様々な改善すべき問
題がある.例えば,X 線 CT 装置では被曝量の低減,MRI 装置では検査時間の短縮などである.また PET 装置に
も,感度,分解能に課題が残されている.本稿では,PET 装置の概要,問題点および改善する手法,そして新たに
開発されている Open-PET 装置について述べる.
PET 装置
2
PET (Positron Emission Tomography) とは,ポジトロン断層法のことで,陽電子検出を利用したコンピュータ断
層撮影技術である.Fig. 1 に示す PET 装置はこの技術を利用した装置である.PET 装置の診断方法は,陽電子放出
核で標識された放射性化合物を被験者の体内に投与する.そして,その陽電子が消滅するときに発生する対消滅γ線
を体外から同時計測することで,化合物の体内濃度分布の断層像を得ることができる 1) .
2.1
原理
PET 診断には,Table. 1 に示すように,それぞれの目的にあった PET 製剤がある.本節では,腫瘍検査などに使
われる製剤について述べる.この製剤は,糖に似た構造を持つ FDG (Fluoro Deoxy Glucose) の水酸基の一つを陽電
子放出核に置き換えたものである.がん細胞は糖を貯め込む性質があるため,FDG はがん細胞に集積し,陽電子放
出核より陽電子が放出される.陽電子はすぐに体内のたくさんの電子に衝突し,対消滅を起こすと,511 [keV] の二
つの対消滅γ線となる.その二つの対消滅γ線を対向させた検出器で測定する.また,この対消滅γ線はソースから
の陽電子の初期運動量によって様々な方向に放出されるため,Fig. 2 に示すように,いくつもの直線を描くことがで
きる.これらの直線を重ね合わせて交わった点が陽電子の放出点となり,この点ががん細胞の位置である.以上の原
理より,がん細胞の位置を特定することができる 1) .
Fig. 1 PET 装置 2)
026
シンチレーション検出器
2.2
2.2.1
シンチレータ
シンチレータとは放射線エネルギーにより蛍光する物質である 1) .Fig. 3 に示すように,対消滅γ線がシンチレー
タに当たると,吸収したエネルギーの一部がシンチレーション光として発せられ,対消滅γ線が光エネルギーに変換
される.PET 装置に求められるシンチレータの条件を以下に示す.
• 511 [keV] のγ線に高感度であること
• 一定時間連続的に信号を検出するとき,蛍光減衰時間が短いこと
• 蛍光出力が高いこと
• 自己放射性がないこと
• 結晶が大量生産できること
2.2.2
光電子増倍管
光電子増倍管は,微弱なシンチレータ光を電気信号に変換するときに用いられる.Fig. 3 に示すように,光電子増
倍管に入射してきた可視光は,光電面に当たると,光電効果 1 が起こり金属内部の電子が飛び出す.飛び出した電子
は,電位差によって,加速されて一段目のダイノードに衝突する.ダイノードに衝突した電子は,加速で得たエネル
ギーを使ってダイノード内の電子を次々と飛び出させる.これを繰り返すことにより,初めは数個だった電子は最終
段のダイノードに達するときには,一億個程度まで増え,電流として外部に読み出される 1) .
3
病変特定の手法
開発当初の PET 装置は一層の円筒型の検出器で構成されていたため,検出器内の対消滅γ線発生点が検出器の端
にあるとき,検出器そのものの大きさによって対消滅γ線の発生点を割り出すのに限界ができ,画像がぼけてしまっ
ていた.これは,検出器に入る異なる位置から放出された対消滅γ線が同じシンチレータ対に入射したとき,それ
を同じ信号として認識されてしまうためである.また,Fig. 2 に示すように,いくつもの直線を描き,がん細胞の
位置を特定するため,データ量が多くなってしまう.そのため,検査時間がかかる問題があった.これらの問題を解
決するために DOI (Depth Of Interaction) や TOF (Time Of Flight) といった手法が開発された.次節より,DOI,
TOF の詳細を示す.
Table. 1 PET 製剤と検査目的 3)
PET 製剤
検査目的
15 O-酸素
脳酸素消費量
18 F-フルオロデオキシグルコース
18 F-フルオロドーパ
11 C-メチオニン
心機能,腫瘍,脳機能
11 C-メチルスピペロン
13 N-アンモニア
脳機能(ドパミンD 2 受容体)
15 O-水
脳血流量
脳機能(ドパミン代謝)
アミノ酸代謝,腫瘍
心筋血流量
Fig. 2 PET 装置の概要 (参考文献 4) を参考に自作)
1 物質が光を吸収した際に物質内部の電子が励起(より高いエネルギー状態になること)されること
027
3.1
DOI-PET
DOI は,深さ方向に位置情報が同定できる手法であり,Fig. 4 は DOI の有無を比較したものである.DOI の有無
の検出器の構造を Fig. 4(a),(b) の左図に示す.Fig. 4(a) の右図に示す DOI を用いていない検出器は,同定領域の
範囲が広く,ぼけた画像になりやすい.一方,Fig. 4(b) の右図に示す DOI を用いた検出器は,シンチレータが何層
にもなっているため,検出器は奥行き方向において別々の検出器として働く.そのため,同定領域の範囲が狭く,よ
り正確に病変の特定ができる.病変部位が縁辺にある際の,対消滅γ線がシンチレータに入射する様子を Fig. 5 に
示す.Fig. 5(a) に示すように,DOI を用いない場合は,対消滅γ線が同じシンチレータに入射するため,異なる位
置から放射された対消滅γ線を同じ位置からの信号として処理してしまい,画像がぼけてしまう 1) .しかし,Fig.
5(b) は検出器がより細かく細分化されているため,異なる位置から放出された対消滅γ線が同じシンチレータに入
射することを防ぐ.異なる位置から放出された対消滅γ線は,異なる信号として処理されるため,画像がぼけること
Fig. 3 シンチレーション検出器 (参考文献 3) を参考に自作)
(a) non DOI
(b) DOI
Fig. 4 non DOI と DOI の比較 (参考文献 4) を参考に自作)
(a) non DOI
(b) DOI
Fig. 5 病変部位が縁辺にあるとき (参考文献 1) を参考に自作)
028
なく,鮮明な画像を得ることができる.
3.2
TOF-PET
TOF は,時間情報を利用して病変部位を特定する手法である.以前の PET 装置では,対消滅γ線の検出位置によ
りいくつもの直線を描くことから,がん細胞の位置を特定していた.そのため,データ量が多くなり,検査時間の増
加,感度の低下などの問題が生じていた.この問題点を改善するために開発された手法が TOF である.Fig. 6(a) に
検出器,(b) に臨床画像を示す.一回の対消滅から得られる二つの時間情報 (T1,T2) をもとに,時間差を利用して病
変部位の位置を特定する.対向した検出器の片方にγ線が入射した時間 (T1) ともう片方にγ線が入射した時間 (T2)
の差を計測することによって,その対消滅γ線の走った直線状のどこで対消滅が起こったのかを特定する.これによ
り,実質検査時間の短縮と感度の向上が可能になった 1) .Fig. 6(b) より,TOF の有無で胸部付近の集積部位の反
応の強さが異なり,病変部位の特定の精度が増していることがわかる.
次世代の PET 装置
4
PET 装置が開発されて以来,PET 装置の研究開発は,主に高解像度化,高感度化,PET/CT 装置や PET/MRI
装置の開発といったマルチモダリティ化へと進められてきた.しかし,検出器の取り付け方を変え,検出器間を開放
的にしたのが,Fig. 7 に示す Open-PET 装置である.従来までは円筒型の検出器であったが,体軸方向に分割した
DOI 検出器リングを離して配置する.そのため,DOI 検出器リング間に物理的に開放された視野領域ができる.従
来の PET 装置にはなかった視野領域を作り出したことにより,PET 検査と同時に手術や放射線治療ができるように
なると考えられる.現在,実用化に向けて,2018 年を目途に開発が進められているが,高速画像再構成技術やリア
ルタイム画像構築などの課題が残されている.次節以降に,Open-PET 装置の概要を示す.
4.1
DOI 検出器リングの分割
現在の PET 装置は,患者が一つのシンチレータ検出器を通過して,全身を撮像していたため,検査時間がかかっ
ていた.しかし,Fig. 8 に示すように,DOI 検出器リングを離して配置することにより,一度に広範囲を撮像でき,
撮影時間が短縮される.また,DOI 検出器リングを離して複数個設置することにより,全身の同時診断が可能にな
る.これまで薬効や機能を計測する PET 診断は局所に限定されていたが,全身の機能を同時に計測でき,薬効に加
えて副作用の時間的変化をみることが可能になると考えられる 6) .
(a) 検出器 (参考文献 4) を参考
に自作)
(b) 臨床画像 5)
Fig. 6 TOF を使った手法
Fig. 7 Open-PET 装置 (参考文献 6) を参考に自作)
029
Fig. 8 Open-PET 装置 断面図 (参考文献 6) を参考に自作)
4.2
視野領域の確保
Fig. 8 に示すように,開放された視野領域が確保されることで,検出器を分離した開放空間を使い,治療スペース
や X 線 CT 装置などの別の診断装置の設置場所として活用できる 6) .そのため,粒子線がん治療中の効果のモニタ
リング,病巣の大きさおよび位置などを検出できる新しいマルチモダリティ装置への応用が期待される.例えば,従
来の PET/CT 装置は,単に PET 装置と X 線 CT 装置を体軸方向に並べた構造であるため,PET 装置の視野と X
線 CT 装置の視野は数十 [cm] 離れており,同一部位を同時に撮影するが不可能であった.しかし,Open-PET 装置
の開放空間に X 線 CT 装置を組み合わせることにより,同一部位をリアルタイムに撮影することが可能である新し
い PET/CT 装置が実現できると考えられる.
5
まとめ
PET 装置は,がん細胞の糖を貯める性質などの生体の特性を利用して,陽電子放出核を病変部位に集積させ,人
体の生理学的な情報を検査する装置である.PET 装置には,感度,分解能などの問題があるが,DOI を使った検出
器や TOF の手法などで改善することできた.そして現在,Open-PET 装置という新しい装置の研究開発がされてい
る.Open-PET 装置は,検出器間を開放化したもので,その開放空間で治療装置や検査装置を設置することができ
る.高速画像再構成技術やリアルタイム画像構築など課題が残されている.しかし,実用化できれば,PET 検査と
同時に手術や放射線治療が行うことができ,手術や放射線がん治療の精度向上が期待される.
参考文献
1) 山崎真. MPPC を用いた次世代 PET 装置の基礎研究. pp. 5–14, 2010.
2) SHIMADZU Excellence in Science. http://homepage2.nifty.com/kirislab/chap2sc/newPET/mechanism.html.
3) 健康 医療館 PET:ポジトロン断層法. http://health.merrymall.net/cg01 02.html.
4) 村山秀雄. 次世代 PET 装置の開発-現状と今後の展開-. Vol. 62, No. 6, p. 787, 2006.
5) 魚住秀昭. TOF アルゴリズムを搭載した PET/CT GEMINI TF の使用経験. MEDIX, Vol. 56, .
6) Open-PET の開発. http://www.nirs.go.jp/index.shtml.
030
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
バイオセンサー
森口 美紅
Miku MORIGUCHI
真島 希実
Nozomi MASHIMA
はじめに
1
近年,日本において,食生活の変化等により生活習慣病の一つである糖尿病の患者が増加している.糖尿病治療に
おけるインスリンの投与を行う上で,血糖値をモニターすることは必須である.そこで,指先等から少量の血液を抽
出し,血液にプローブを接触することで血糖値のモニターを行う自己計測タイプのバイオセンサーが,その使い勝手
の良さから注目されてきている.それ以外にも,バイオセンサーは,小型・安価・操作の簡便さという特徴から,環
境,食品,セキュリティ分野など,我々の日常生活に近い場面でも取いれられつつある.
本稿では,バイオセンサーの概要について述べた後,現在使われているバイオセンサーと今後の展望について述
べる.
バイオセンサーの概要
2
2.1
バイオセンサーとは
バイオセンサーは生物が持つ優れた物質認識能を利用,あるいは模倣して物質を計測するデバイスのことである.
そもそも,センサーとは自然現象や人工物の機械的・電磁気的・熱的・音響的・化学的性質あるいはそれらで示され
る空間情報・時間情報を,何らかの科学的原理を応用して,人間や機械が扱い易い別媒体の信号に置き換える装置の
こといい,化学物質を検知するための機器を化学センサーと定義する.バイオセンサーは,化学センサーの中に分類
される.そして更にバイオセンサーは以下のような三つのカテゴリーに分類できる 1) .
• バイオを利用するセンサー(生体材料利用)
測定しようとする物質を選択的に検出するために,触媒機能と分子を識別する機能を持つ生体物質をセンサー部に
固定化したセンサーである.具体例として,酵素や抗体などの生体物質がセンサーの構成要素となる.
• バイオに学ぶセンサー(バイオミメティック)
生物の感覚器官を人工化したセンサーである.人工視覚,人工聴覚,人工触覚などがこのカテゴリーに入る.
• バイオを計る・知るセンサー(生体計測)
生体内に埋め込まれたり,生体系と直接接触して生体をモニタリングするためのセンサーである.生体適合性を有
していることが必須であり,体内埋め込み血糖センサーやなどがこのカテゴリーに入る. 2.2
バイオセンサーの特徴
バイオセンサーを用いる測定装置は従来の分析装置と異なり,簡易な操作,短時間での測定,コスト低減,装置の
小型化が可能であるという大きな特徴がある.実際に化学物質を測定するには,測定する試料中には目的の化学物質
以外にも様々な化学物質が存在しているため,特定物質のみに選択的に応答する機能が重要である.従来は選択的
透過膜を用いたり,イオン選択制電極などにみられる目的金属成分の難溶性沈殿膜を検出素子とする方式などによっ
て実現されてきた.しかし,構造のよく似た物質の多い有機化合物に対して良好な選択制をもたせることは困難で
あった.その他の方法として,クロマトグラフィの使用や薬品処理によって対象物質のみを分離し,その後に核磁気
共鳴装置などの装置で化学物質の同定をする方法もあるが,これは装置が大きいうえに費用もかかり,操作も繁雑で
ある.そこで特定の基質の反応のみを促進する生体触媒である抗原抗体などが着目されてきた.その結果,酵素を固
定化した膜を電極や光検出素子,あるいはサーミスタなどと組み合わせた酵素センサー,微生物,オルガネラ,細胞
や動物組織などを物質識別部位に用いるセンサーが生み出された.
2.3
バイオセンサーの構成
バイオセンサーは Fig. 1 に示すように,一つは測定物質のみを認識する部分(分子識別素子),もう一つは認識し
たという情報を電気的な信号などに変換する部位(信号変換素子)で構成されている.
031
Fig. 1 バイオセンサーの基本構造
分子識別素子には,酵素,抗体,DNA,細胞,微生物などの生物由来のものを用い,信号変換素子には電極,サー
ミスタ,受光デバイス,水晶振動子,表面プラズモン共鳴などの通常の電子機器や化学センサーが使用される.
バイオセンサーに主に用いられている生体素子と検出信号を Table. 1 に示す.この素子と信号変換素子によって
Table. 1 バイオセンサーに用いられている主な生体素子と検出信号
生体素子
検出信号
酵素
電流
微生物
電圧
抗原,抗体
光
オルガネラ
熱
細胞
電気量
動植物組織
振動数
生体膜
電気伝導度
レセプタ
インピーダンス
検出された信号,測定試料の量や形態の組み合わせによってセンサーの性能も決まる.
例えば,Fig. 2(a) のように,センサーによって検出可能な情報量の範囲をダイナミックレンジというが,よりダイ
ナミックレンジが広ければ広いほど高性能なセンサーといえる.また,現実に存在するセンサーは Fig. 2(b) のよう
に測定開始から結果が出るまでに時間がかかるが,この応答時間が短ければ短いほど高性能である.他にも,セン
サーは情報量と電気信号は比例関係を保つように変換するが,Fig. 2(c) のように基準点を定め,さまざまな要因に
より同じ測定を数回行った場合に,測定値にばらつきが小さいほど高性能センサーといえる 2) .
(a) ダイナミックレンジ
(b) 応答時間
Fig. 2 センサーの性能
032
(c) センサーの校正
3
バイオセンサーの種類
多くのバイオセンサーは,選択的・特異的である生体内の反応を利用している.現在実用化されている生体物質を
利用したバイオセンサーは,大きく分類して以下の種類に分けられる.
• 酵素センサー
酵素センサーは,生体膜である酵素と酵素固定膜,物理化学デバイスから構成される.酵素センサーはバイオセン
サーの中で最も市場が大きく,研究も進んでいる.実際に血糖値の検出,糖尿病の予防や,酵素の検出に用いられ
ている.
• 微生物センサー
微生物の呼吸(酸素消費)や代謝を利用して,化学物質を測るセンサーである.河川汚染度の測定や環境保全に実
際に利用されている.
• 免疫センサー
抗原抗体反応という特定の化学物質に対して選択的に統合する抗体を,センサー受容部に固定化して化学物質の濃
度を測定するものである.細菌やウイルスの検出や高分子の蛋白質,ホルモン,抗原,医薬品などの測定に免疫反
応が利用される.免疫センサーは選択性だけでなく,超高感度が要求されるため,最近になって実用段階のものが
実現するようになった.
• DNA チップ(DNA センサー)
DNA チップとは,ガラスや半導体の基板の上に特定の DNA を貼り付けたもので,患者の遺伝子群がどのように
発現しているかを一度に調べることができるものである.DNA の SNP 検出や患者の体質の違いによって薬を使
い分けるテーラーメード創薬,遺伝子組み換え作物の特定や,親子鑑定などに用いられると期待される.
4
最新のバイオセンサー活用例
独立行政法人産業技術総合研究所(以下「産総研」と述べる)は 2013 年 1 月 17 日に,スマートデバイスで無線操
作できる超小型バイオセンシングシステムを発表した.開発した超小型バイオセンシングシステムは,Fig. 3(a) に
示す光学計測器(スペクトロメーター)とそれを無線制御する操作端末(スマートデバイス)と Fig. 3(b) に示すバ
イオセンサーチップで構成され,タンパク質やホルモンなどの生体物質の検出に応用できる.
(a) 光学計測器(右)と端末機器(左)
(b) バイオセンサー
Fig. 3 超小型バイオセンシングシステム
光学計測器はわずか 600g と軽量で手のひらサイズであることから,どこへでも簡単に持ち運びでき,100V の電
源があれば使用できる.今回,産総研の光学設計技術やデバイス化技術などの基盤技術を活かすことで,バイオセン
サーの小型化とスマートデバイスによる無線操作を実現した.今後,臨床現場でのポイントオブケア検査 (Point of
Care Testing: POCT) や小規模医療施設におけるスクリーニングテスト,さらには,在宅での日常的な健康管理へ
の応用が期待される 3) .
5
バイオセンサーの課題と今後の展望
バイオセンサーは,無機物質を分子認識物質として用いている化学センサーと比較すると,選択制に優れているが,
反面,安定性に欠けるという問題がある.現在,生体物質を固定化したり,あるいは化学修飾して,センサー素子と
して使えるように安定化をはかっているが,これらの安定化ではセンサーを長期間使用することはできないのが現状
である.そこで将来,バイオセンサーの素子を分子レベルから設計・合成する技術が必要になると思われる.これが
033
最近進展しているプロテイン・エンジニアリング(蛋白質工学)によって可能になると予想される.天然に存在しな
い安定した蛋白質を大量に生産することができる技術が確立すれば,安定で,耐熱,耐アルカリ性,耐酸性,耐金属
性などを有する酵素を作り出すことができ,よってきわめて安定なバイオセンサーの素子を合成することができる.
また,現在バイオセンサーの開発が微小化に向かっており,半導体の加工技術によってつくった微小電極を用いるセ
ンサーの開発が盛んに行われている.しかしながら,その微小な電極やゲート上に酵素を固定化するために,高活性
で薄膜の酵素膜を形成する技術が重要になってくる.薄膜製造技術の開発と同時に,これらの酵素活性などを評価す
る評価技術もあわせて開発しなければならない.
もし,センサーを体内に埋め込む場合には,生体適合性のあるバイオセンサーを構築しなければならない.
このように考えると,センサーの開発技術はますます難しくなることが予想されるが,一方その課題を解決すること
によりきわめて多種多様のバイオセンサーが考案され,化学物質の計測に活躍すると考えられる.
たとえば,在宅で検査を簡便で安価に行えるバイオセンサーと,検査結果を送信し,専門家からのアドバイスを受信
するための IT 技術等を融合させることで,自動的・日常的に健康管理が可能になり,病気の予防に役立つことが期
待できる.また,人間の味覚や嗅覚を模擬したセンサーが実現し,このような感覚器官をもったロボットが調理をし
たり,あるいは食品工場で活躍することなどができるようになるかもしれない.
6
まとめ
本稿では化学センサーであるバイオセンサーについて述べた.生体が持つ優れた物質認識機能を利用・模倣したバ
イオセンサーは,トランスデューサーと組み合わせることにより,操作の簡易性,短時間測定・コストの低減・装置
の小型が可能であるという特徴をもつ.その特徴から,最近,医療や食品,環境分野などで実用化され始めたもの
の,安定な状態で長期間使用することが出来ない,より微小化したセンサーにするために生体素子をより薄膜・高活
性にしなければならないという課題が残っている.今後,さらなる生体素子の開発・生産技術や生体素子の固定化技
術開発が進められると,認識技術の優れたのセンサーとしてバイオセンサーがより多くの分野へ応用されていくと考
えられる.
参考文献
1) 相澤益男. バイオセンサのおはなし. 日本規格協会, 初版第 1 刷, 1993.
2) 六車仁志. バイオセンサー入門. コロナ社, 初版第 1 刷, 2003.
3) 独立行政法人産業技術総合研究所.
スマートデバイスで操作できる超小型バイオセンシングシステム.
http://www.aist.go.jp/aistj=pressrelease=pr2013=pr20130117=pr20130117:htmlb1, 1 2013.
034
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
コネクトーム
佐藤 琢磨
Takuma SATO
大久保 祐希
Yuuki OHKUBO
はじめに
1
ヒトの脳には約 1000 億個のニューロンが存在する 1) . これらの細胞は大規模ネットワークを構成しており,ルー
ルに基づき情報の伝達と処理を行う.脳は常に外界から刺激を受け,神経可塑性と呼ばれる構造上の変化を起こす.
この柔軟性を持った脳の生物学的システムは,柔軟性を持った大規模計算モデルに応用できると考えられる.このよ
うに神経科学は生命の活動の探求にとどまらず,ネットワークサイエンスやその他の複雑システムの発展に貢献する.
さらにニューロンにおけるネットワーク解明は,情報分野だけではなく臨床に関しても大きな影響を与える 2) .神
経疾患および精神脳疾患の患者にはニューロンネットワークの異常が見られる.神経疾患および精神脳疾患の例とし
て,アルツハイマー病,筋萎縮性側索硬化症,パーキンソン病,統合失調症,自閉症などがある.これらの疾患の中
には知能検査や観察により診断を行うものがある.知能検査の誤答はどの疾患によるものなのか,疾患と無関係なも
のか判断しかる.3) また,観察による診断は主観的要素が入り込む.さらに診断方法が様々で統一された判断基準
が存在しない.神経全体のニューロンの接続であるコネクトーム (connectome) が解明されることで,これらの疾病
をネットワークメカニズムに基づいて診断し客観的な診断をすることが可能となる 2) .
コネクトームとは
2
コネクトームとは,神経の接続を表現した地図のことである.コネクトームという言葉は接続を表す「Connect」
と多くの物の塊を表す「ome」から作られた.コネクトームは解剖学的に正確な模型である必要はなくニューロン,
ニューロン群,領野など目的に応じて様々なスケールの記述が存在する.
ヒトの神経に焦点をあてたヒューマンコネクトームの解析はヒューマンコネクトームプロジェクトと呼ばれ,現在
も進行中である.神経細胞の数が 300 個ほどの線虫のマッピングはすでに完了しているが,この調査には 10 年を要
した 4) .ヒトの脳の神経細胞の数はさらに多いため,効率の良いイメージング法が重要となる.
コネクトームのマッピングスケール
3
コネクトームのマッピング方法には大きく 3 つのスケールが存在する.それはミクロスケール,マクロスケール,
メソスケールである.
3.1
ミクロスケール
ミクロスケールは単一ニューロンレベルでコネクトームを組み立てようとするスケールである.ニューロンの突
起やシナプスを電子顕微鏡や光学顕微鏡を用いて再構築することで,細胞間の結合をマッピングすることが可能と
なる.しかし単一ニューロンレベルでヒューマンコネクトームを組み立てようとすると、ヒトのニューロンの数は約
1000 億個と非常に多いため,非現実的である.さらに,すべてのニューロンにおける接続のマッピングは技術的に
不可能であるだけではなく.ただひとつのシナプスや細胞の変化しても脳ネットワーク全体に影響を及ぼすとは限ら
ないため不要である可能性が高い.
そのほかのアプローチとして光学的蛍光と走査顕微鏡の併用や ATLUM(Automatic Tape-Collecting Lathe Ultra-
microtome) の使用がある.ATLUM は,自動的に脳の切片を作成し電子顕微鏡で撮影した画像を積み重ねることで
3D 画像の構築が可能となる.
3.2
メソスケール
メソスケールは,ブロードマンの地図で定義されている領野における脳の最も小さな機能単位であるカラムと呼ば
れる神経集団とカラム同士の回路網をあつかう中規模スケールである.神経解剖学的なマーカーや組織学的な区画わ
けを用いた軸索走の追跡によりカラムの結合データを取得することが可能となる.偏光顕微鏡を用いるとこの組織学
的切片から軸索の伸びる方向を観察できる.また,神経細胞の骨格であるアクチン束中の線維数を生きたまま無染色
で定量的に見積もることが可能となった 5) . この情報は軸索経路のマッピングに使われている.さらに,高空間分
035
解能をもつ偏光顕微鏡を用いたイメージング技術は軸索線維の解剖学的立証となる.
3.3
マクロスケール
マクロスケールは解剖学的に区画された脳領域と経路をあつかう.それぞれのニューロンに着目するわけではない
ため現実的な手段である.しかしニューロンの境界が画定されているミクロスケールとは異なり,脳領域の境界の線
引きが難しい.最近では非侵襲の MRI(Magnetic Resonance Imaging) 装置が,ヒトの脳マッピングの有用な手法と
なっている.また拡散 MRI は,水分子が神経線維に沿って拡散していくことを利用し,神経線維束を生きてるまま
可視化することが可能となる.これにより,大脳灰白質の有髄線維路の空間的な配向性について情報が得られる 6) .
4
コネクトームの構築方法 4)
構造的かつ機能的な脳のネットワークの構築が行われた.この構築を Fig. 1 に示す.
1. 組織学的,機能的イメージングデータを基にネットワークのノードを定義
2. MRI を用いた構造画像の取得
3. EEG(Electroencephalography) や MEG(Magnetoencephalography) を用いた時系列データの取得
4. 構造的脳内ネットワークの解析
5. 機能的脳内ネットワークの解析
6. コンピュータによる特徴の処理と抽出を行い,コネクトームの構築
1. ノード定義
3. 脳電位の計測
2. MRIによる撮像
時系列データ
MRI画像
Fig. 1 コネクトームの構築(参考文献 4) を参照)
5
まとめ
コネクトームは,脳内の接続を記述した地図のことである.ヒトのコネクトームはヒューマンコネクトームと呼ば
れ,ヒューマンコネクトームの解明は,神経疾患の診断,治療や情報工学の発展に貢献すると考えられる.ミクロス
ケール,メソスケール,マクロスケールで研究が行われており,スケールごとにイメージング法が考案されている.
現在,脳の構造的データと機能的なデータを組み合わせ処理することにより,コネクトームの構築が行われている.
約 1000 億個の脳神経細胞の接続を解明するには効率の良い解析が重要である.
参考文献
1) O. Sporns, G. Tononi, and R. Kotter. The human connectome: A structural description of the human brain.
PLoS Comput Biol, Vol. 1, No. 4, p. e42, 2005.
2) MP. van den Heuvel and O. Sporns. Rich-club organization of the human connectome. Neuroscience, Vol. 31,
No. 44, pp. 15775–15786, 2011.
3) 椿田貴史. 社会的失言 (faux pas) 検出課題と自閉症スペクトラム指数の臨床的適用に関する考察. NUCB journal
of economics and information science, Vol. 50, No. 2, pp. 87–96, 2006.
036
4) O. Sporns. The human connectome: a complex network. Annals of the New York Academy of Sciences, Vol.
1224, pp. 109–125, 2011.
5) 加藤薫, 吉田史子. 新しい偏光顕微鏡 (pol-scope)―その原理と応用―. 生物物理, Vol. 44, No. 5, pp. 226–229,
2004.
6) J.K. Rilling, M.F. Glasser, T.M. Preuss, X. Ma, T. Zhao, X. Hu, and T.EJ. Behrens. The evolution of the
arcuate fasciculus revealed with comparative dti. Nature neuroscience, Vol. 11, No. 4, pp. 426–428, 2008.
037
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
エナジーハーベスト
岡村 達也
Tatsuya OKAMURA
後藤 真櫻
Mao GOTO
はじめに
1
近年,技術の進歩や環境保護,情報化社会へのニーズの高まりとともに日本でエナジーハーベストが注目されて
きている.エナジーハーベストとは,環境に散在しているが活用されていない希薄なエネルギーを,収穫 (ハーベス
ト) し電力に変換する技術である.この技術を電子機器に導入することによって,一次電池や電源配線が不要となる
ワイヤレス化,それに伴うトータルコストダウンが実現する.この点でエナジーハーベストは高く評価されている.
しかしながら,エナジーハーベストによって得られる電力は微少である.これまでは,この微少な電力によって稼働
することが出来る電子機器が限られており,この技術の使い道があまりない状態であった.使用例としては,電卓や
時計などの,低機能であるがゆえに低消費電力であった機器である.近年,半導体の加工技術や,材料技術などの進
展により,電気エネルギーへの電力変換素子の性能が向上している.また,IC チップの消費電力が大幅に低減した
ことで,微少な電力に対応した製品が増加している.これらの技術の進歩により,エナジーハーベストの導入が可能
な製品が多様化してきている 1) .
本稿では,エナジーハーベストの概要,その発電技術や導入先,そして今後の展望について述べる.
エナジーハーベストとは
2
エナジーハーベストは,周囲に散在する様々なエネルギーを電力に変換し,利用する技術である.広義には大規模
な太陽光発電や風力発電も含まれるが,主に発電量が数 [µW]∼数 [mW] のものを指す.
エナジーハーベストの特徴について述べる.このエナジーハーベストを電子機器に導入することによる最大のメ
リットは,自発的に発電することによりその機器への電源配線,もしくは 1 次電池の搭載が不要になることである.
これによって,配線のスペースや設置コスト,また電池交換にかかるメンテナンスコストなどを削減することが出来
る.また,エナジーハーベストはクリーンなエネルギーを利用して発電するので CO2 の排出量を削減出来る.
一方,エナジーハーベストは身の回りの環境のエネルギーを利用する.そのため,天候や交通量などの影響を受け,
安定して一定量を供給するのが難しく,また得られるエネルギーが微少であるという課題がある.エナジーハーベス
トを電子機器に導入する際には,その機器の周りの環境や,使用方法を考慮する必要がある 2) .また,技術面では,
環境エネルギーから電気エネルギーへの変換効率の向上,そして,電子機器の低消費電力化が求められている.
発電技術
3
エナジーハーベストで利用するエネルギーには Table. 1 に示した 4 種類がある.本章では,4 種のエネルギー源に
ついて述べる.
Table. 1 4 種のエネルギー源
3.1
発電量 [µW/cm2 ]
エネルギー源
素子
例
光エネルギー
太陽電池
太陽光, 室内光
100
熱エネルギー
ゼーベック素子
車や機器の排熱
力学的エネルギー
圧電素子
橋の振動, 人が歩く振動
電磁波エネルギー
レクテナ
テレビ, ラジオ放送用電波
10
100
1
光エネルギー
光エネルギーはエナジーハーベストが利用するエネルギー源の中で最も代表的なものである.太陽電池は光起電力
効果を用いて光エネルギーを電気エネルギーに変換する.光起電力効果の概要図を Fig. 1(a) に示した.太陽電池は,
変換効率が規模によって変わらないため,小型化に適している.しかし,太陽電池の材料である半導体化合物は比較
的高価なものであるので,量産化が難しい.これに対して,材料に用いるシリコンの量を減少させたり,シリコン以
038
外の材料を用いるための研究が進められている.
3.2
熱エネルギー
熱電素子を用いて,ゼーベック効果によって熱エネルギーを電気エネルギーに変換する.熱電素子とは,熱エネル
ギーと電気エネルギーを相互変換出来る機能性材料に電極を形成したものである.熱エネルギーから電気エネルギー
へ変換する熱電素子のことをゼーベック素子という.熱電発電の概要図を Fig. 1(b) に示した.この発電は熱エネル
ギーを電気エネルギーに変換する際に,エネルギーの損失が生じる 3) .損失を減少させ,発電効率を向上させるこ
とが課題である 4) .具体的な発電方法として,人体熱を利用して発電するものや,地中熱を利用して発電するもの
などがある.
(a) 光起電力効果(参考文献 4) より参照)
(b) 熱電発電(参考文献 5) より参照)
Fig. 1 光エネルギーと熱エネルギーの発電原理
3.3
力学的エネルギー
力学的エネルギーを利用する発電原理としては,電磁誘導方式,圧電方式,静電誘導方式があげられる.電磁誘導
方式は,永久磁石かコイルの振動・回転に由来した磁束の変化に伴う誘導起電力を利用するものである.圧電方式
は,圧電素子に機械的な圧力を加えたとき,電位差が生じる圧電現象を利用するものである.圧電方式の概要図を
Fig. 2(a) に示した.静電誘導方式は,エレクトレットなどの帯電させた電極間の距離を外力により変化させ電力を
得るものである.静電誘導方式の概略図を Fig. 2(b) に示した.これらのいづれかの方式を用いて力学的エネルギー
を電気エネルギーに変換する.具体的な発電方法として,人の歩く動きを利用し,靴に内蔵した発電機から電力を得
るもの,橋梁に発電機を設置し車や風などの影響で生じる橋梁の振動エネルギーから電力を得るものなどがあげられ
る.しかしこれらは,動きを伴わない環境では発電することが出来ない 3) .
(a) 圧電方式(参考文献 6) より参照)
(b) 静電誘導方式(参考文献 7) より参照)
Fig. 2 力学的エネルギーの発電原理
3.4
電磁波エネルギー
電磁波エネルギーによる発電は,環境に伝搬している電波をアンテナで受信し整流することによって電力を得る.
このアンテナと整流回路を組み合わせたものをレクテナと呼ぶ.テレビ放送などの電磁波は自然界に存在するもので
は無いが,現代社会において電磁波は広く存在するため,環境エネルギーの一部として考えられている.この発電は
現在の社会では電磁波さえ存在すれば設置個所に制限を持たないが,電磁波の存在しないところでは発電できないこ
と,そして発電量が微少であることが課題である 3) .具体的な発電方法として,テレビやラジオ,携帯電話用の電
波から発電するものなどがあげられる.
039
エナジーハーベストの導入先
4
2 章で述べたように,エナジーハーベストによって得られる電力は微少であるため,導入先を考慮する必要がある.
本章では,エナジーハーベストの導入例について述べる.
4.1
従来の導入先
導入例として初期の頃は,ラジオ放送用の電波を受信しその電波エネルギーで作動する鉱石ラジオや,自転車のラ
ンプを点灯させるための発電装置などがあげられる.その後,半導体の低消費電力化が進み,電卓や腕時計などに導
入された.そして,半導体の低消費電力化と供給電力量の上昇のための研究は続けられ,近年,さらに他の製品に導
入が可能になった.
4.2
ワイアレスセンサネットワーク
現在,エナジーハーベストの応用例で最も注目されているのはワイアレスセンサネットワーク (Wireless Sensor
Network:WSN) である.WSN とは,膨大な数のセンサー端末で環境をモニタリングし,それらのセンサー端末が得
た情報を無線で集めるネットワークを指す.この WSN が実現すれば,人が意識的に制御しなくとも,最適に制御・
管理されている社会を構築出来ると考えられている.
WSN の構築には,設置コストもしくは運用コストがかかるという問題点がある.膨大な数のセンサー端末へ電力
を供給するためには,その個々の端末全てに電源ケーブルを接続するか,1 次電池を搭載するしかない.前者の場合,
センサー端末への配線のために広いスペースや,配線するための工事が必要であり,設置コストがかかる.後者の場
合,センサー端末に搭載された電池が切れたとき,その膨大な数のセンサー端末それぞれの電池を交換しなくてはな
らず運用コストがかかる.このような理由により,WSN の実現は難しかった.
ここで注目されたのがエナジーハーベストである.先述した問題点は,全てエナジーハーベストのメリットによっ
てカバーすることが出来る.つまり,それぞれのセンサー端末がエナジーハーベストを導入することによって,環境
のエネルギーから自発的に発電すれば,配線もメンテナンスも不要になる.これは,今までの研究で進められたエナ
ジーハーベストによる電力の供給量の増加と,電子機器の低消費電力化によって実現した応用である.このエナジー
ハーベストを導入した WSN は欧米を中心に実用化が進んでいる.
例えば,ビルにこの WSN を構築する場合,部屋のいたるところにセンサー端末を設置する.そして,部屋中の実
際の室温をリアルタイムで温度管理システムに送信する.温度管理システムはそのデータをもとに室内が均一に適温
になるように空調を自動で管理する.これによって人が意識的に制御することなく最適な室温が自動で保たれること
になる.湿度や照明なども同様に最適化することができ,さらに,無駄な電力消費を削減することも出来る.また,
病院に WSN を構築することによって,ビルと同様に病室を最適な状態に管理することができ,さらにベッドの周辺
の配線をなくすことで,患者のストレスを軽減させることが出来る.さらに,WSN によって病室にいる患者の状況
を把握することも出来るので治療,看護する職員の負担を軽減させることが出来る 2) .概要を Fig. 3 に示した.ま
た,WSN を野外に構築することによって,トンネルや橋梁,農耕地などをモニタリングし,状況を把握することも
出来る.
Fig. 3 エナジーハーベストを導入した WSN の例
040
5
展望
エナジーハーベストは環境問題や情報化社会へのニーズによって,日本の社会でも今後注目されることが予想され
る.例えば,東北大震災によって日本全体で節電が実施され,省電力化や新たなエネルギー源の必要性が再確認され
た.また,笹子トンネル崩落事故によって,バブル時期に急速に整備されたインフラの老朽化が明らかになった.そ
してそれらを人力によって全てメンテナンスし,状況を把握することの難しさが問題になっている.
エナジーハーベストはこれらに対し,有効な解決策の 1 つになってゆくと期待される.また,現政権は日本の再生
のために産業競争力会議を行っている.そこで特に重点的に議論すべき課題として,7 つのテーマが挙げられている.
そのうちの 3 テーマは,クリーン・経済的なエネルギー需給実現,健康長寿社会の実現,科学技術イノベーション・
IT の強化である.そして,この 3 つの課題はエナジーハーベストによる解決が期待される分野である.さらにまだ
研究段階であるが,血中の化学エネルギーを電気エネルギーに変換し発電する方法が考えられている.例えば,エナ
ジーハーベストを導入した極小の発電装置をラット血管中に設置し,血中のグルコースから発電出来ることが実験で
実証された.この技術を発展させると,センサによって血糖値などをセンスし,その値が異常に高いときに自動的に
インシュリンを血中に放出するという装置など,様々な医療装置に応用が考えられる 8) .
6
まとめ
本稿では,エナジーハーベストの概要とその導入に関しての背景と現状,そして応用例を示した.エナジーハーベ
ストは大きな可能性を秘めており,それは今の日本が抱えるニーズに答えてゆくものだと予想される.これからの日
本では今まで以上にエナジーハーベストの研究が進められると期待される.
参考文献
1) 藤田孝之. 環境発電 - 微小エネルギーの有効活用.
http://scienceportal.jp/HotTopics/opinion/203.html, 2013.04.16 参照.
2) 前川慎光. センサーネットに不可欠な環境発電技術,実用化の準備が着々進む.
http://eetimes.jp/ee/articles/1107/14/news076.html, 2013.04.16 参照.
3) 川原圭博, 塚田恵佑, 浅見徹. 放送通信用電波からのエネルギーハーベストに関する定量調査. 情報処理学会論文
誌, Vol. 51, No. 3, pp. 824–834, Mar 2010.
4) 伊藤義康. 分散型エネルギー入門. 株式会社講談社, 第一版, 2012.
5) 産業排熱から高効率に発電できる高性能熱電変換材料を開発.
http://www.ube-ind.co.jp/japanese/news/2003/2003 18.htm, 2013.04.16 参照.
6) 宮城潤平, 陸田秀実, 土井康明, 田中義和. 弾性圧電デバイスを用いた風力エネルギー利用に関する研究. 日本機会
学会論文集, Vol. 78, No. 789, pp. 1068–1072, 2012.
7) 柏木王明. 振動型発電用超高性能エレクトレット材料の開発. 旭硝子研究報告, Vol. 60, pp. 23–28, 2010.
8) Philippe Cinquin, Chantal Gondran, Fabien Giroud, Simon Mazabrard, Aymeric Pellissier, François Boucher,
Jean-Pierre Alcaraz, Karine Gorgy, François Lenouvel, Stéphane Mathé, Paolo Porcu, and Serge Cosnier. A
Glucose BioFuel Cell Implanted in Rats. PLoS ONE, Vol. 5, No. 5, p. e10476, 05 2010.
041
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
シェールガスとメタンハイドレート
滝謙一
Kenichi TAKI
早川温子
Atsuko HAYAKAWA
はじめに
1
近年,シェールガスやメタンハイドレートの開発が盛んに行われているのは在来型のエネルギー資源の枯渇によ
る新たなエネルギー資源の確保が理由である.在来型とはこれまで採取してきたエネルギー資源のことで,シェー
ルガスやメタンハイドレートは非在来型の天然ガスに分類される.非在来型は莫大な量の資源が埋蔵されているが,
取り出しにくく,経済性がなかった.しかし,アメリカでシェールガス採取技術が向上し,大規模な生産に成功,天
然ガス生産量で世界 1 位となった.一方,日本はメタンハイドレートの産出に世界で初めて成功した.資源の乏しい
日本でのガス開発に大きな期待がかかっている.
また天然ガスは石油や石炭に比べエネルギー効率がよく,二酸化炭素排出量も少ないという特長も持つ.同じ重量
の石炭:原油:天然ガスの発熱量の比は 1.00:1.73:2.12,二酸化炭素排出量の比は 1:0.8:0.6 で,このことから天
然ガスは非常に優れた燃料であるといえる.この天然ガスを日本では東日本大震災以降,原発の代替エネルギーとし
て使用している.天然ガスは今後値上がりが予測されているため,アメリカからのシェールガス輸入とメタンハイド
レート開発による安価で安定したエネルギー供給を目指すことには経済的にも環境問題にとっても,大きな意味があ
る 1)
2)
.
本稿ではシェールガスとメタンハイドレートの概略,採取方法,そして問題点について述べる.
シェールガス
2
シェールガスは 90 %がメタンで構成されている低発熱量天然ガスである.深さ 100∼2600 mにある頁岩と呼ばれる
薄く剥がれる性質を持つ岩の中にシェールガスは含まれる.在来型ガスは穴を開けると自然と地上に噴き出るのに対
し,シェールガスは頁岩に残留または吸着した状態であるため取り出しづらいという欠点があった.しかし,2000 年
代に向上した技術によって効率よくシェールガスを取り出せるようになり,アメリカで商業生産が本格化した.2008
年にシェールガスを含む非在来型天然ガスの産出量の 50 %を超え,天然ガス生産量でロシアを抜き世界トップとなっ
た.これを「シェールガス革命」と呼ぶ.シェールガスはあらゆる所に存在するが経済性があると評価される地域は
限られてくる.ある程度の量が見込まれており開発が始まっているのは中国・アメリカ・カナダ・アルゼンチン・南
アフリカ・オーストラリア・ポーランドなどである.中国はアメリカを超える世界最大級の埋蔵量で,これを利用し
て自国でのエネルギー供給を上げつつ,ロシアとの天然ガス価格交渉を有利に進めようとしている.ポーランドでは
アメリカから技術提供を受けながらシェールガスの開発を行なっている.脱ロシア依存を目指すポーランドや,ロシ
アの欧州への影響力を減らそうとするアメリカなど,シェールガスの存在が各国に大きな変化をもたらしている 1) .
2.1
探査方法
シェールガスの探査には反射法地震探査を使用する.この探査法は広範囲で詳細な構造と物性の把握が可能で石油
探査にも使用される.
反射法地震探査は,地表から爆薬などで地震波を発射し,地中から跳ね返ってくる反射波を分析することで,深部
の様子を知る探査法である.地下では地層の境界面や岩石が変化する所で反射が起きるため,反射波が返ってくるま
での時間と速度がわかれば,どの深度で地層または岩石の物性が変化したかが特定できる.また,反射波の振幅にも
重要な情報がある.反射波の振幅は反射波の大きさで決まる.地震波が反射するのは音響インピーダンス (速度 V ×
密度ρ) が入射側と反射側で差があるためであり,入射側の速度と密度をそれぞれ V 1,ρ 1 とし,反射側のそれを
V 2,ρ 2 とすると,反射係数 R は垂直入射波に対して式 (1) のように表せる.
R=
ρ 2V 2 − ρ 1V 1
ρ 2V 2 + ρ 1V 1
(1)
式 (1) からρ V(音響インピーダンス) の差が大きいほど反射波が大きくなり,地震探査記録の振幅は物性の変化,つ
まり密度や地震波速度を示していると考えられる 3) .これらの情報から頁岩のある場所に目星をつけることが可能
となる.
042
トラック上のポンプで
⽔・砂・化学物質を
ガス井へ圧⼊
観測井
万ガロンの⽔
センサー
ガス井から天然ガスを⽣産
使⽤された⽔は
⽔処理プラントへ
ガスの
貯蔵タンク
プロパントが
⼈⼯的に
作られた
割れ目を⽀える
ガス井
割
地震波
Fig. 1 シェールガス坑井模式図 (参考文献 1) より参照)
採取
2.2
2.2.1
採取技術
シェールガス革命を成し遂げた技術は水平坑井,水圧破砕,マイクロサイスミックの 3 つであるとされている.こ
れら 3 つの技術を Fig. 1 に示すように上手く組み合わせることでシェールガスの大規模な開発が可能となる.
水平坑井とはシェール層に水平に掘り進めて作った坑井 1 のことで斜めや縦に掘り進めるのに比べて地層との接触
面積を増やし,一坑あたりの生産量を数倍に上げることが可能となる.
水圧破砕は圧力を地層にかけ割れ目を作り,原油や天然ガスを流れやすくする技術である.この時入れた割れ目を
半永久的に保存するためにプロパントと呼ばれる砂粒状の物質を徐々に高粘性のジェルに混ぜて圧入する.割れ目の
中にとどまったプロパントが割れ目を支持し完全に閉じるのを防ぐ.
マイクロサイスミックは水圧破砕によって作られた割れ目の状態を把握する技術である.割れ目がガス貯留層に到
達せず,他の貯留層や帯水層につながるとガス回収に問題が生じる.そこで,マイクロサイスミックは割れ目が形成
される際に出る地震波 (P 波・S 波) を観測し,その到達時間の差を解析し,割れ目の地図を作ることでガス回収の
効率を上げる 1) .
2.2.2
課題
シェールガスの採取方法による環境への影響が心配されている.アメリカでシェールガス開発が行われている地域
で M3 以上の地震が年々増加しており,研究チームは自然原因とは考えにくく人為的な地震であると考えている.メ
ンフィス大地震研究センターによると,この地震は水圧破砕に使用された水(フローバック)が原因で,フローバッ
クが地下に戻された際に断層の隙間に入って地滑りを起こす原因と言われている 4) .水圧破砕用の水(フラクチャ
リング用水)は一つの坑井の破砕に 800 万ガロン 2 必要で,1%の酸,防腐剤,ゲル化剤,摩擦低減剤などの化学物
質を含んでいるため,大量の水の確保と周りの水源への汚染が問題になっている.そのため化学物質を減らし,使用
済みの水の再利用をする試みが進められているがその分コストがかかる.経済的な利点も含めて最も良いとされてい
るのが,水圧破砕に再利用する方法で,そのための水処理は,塩分濃度の低減,スケール生成物 3 の除去,浮遊固形
分の除去の 3 点が必要となる.塩分は添加物の作用を妨げ,スケール生成物はガス流路を妨げるおそれがある.浮遊
固形物はガス流路を塞ぐだけでなく,水圧破砕用の水の摩擦抵抗を上げ,割れ目の奥に届きにくくする.上記の処理
を行うと排水よりもコストがやや高いがその差は縮まってきているといわれている 1) .
メタンハイドレート
3
メタンは地球上にありふれた燃えるガスで水と結合して結晶を作る性質がある.低い温度と高い圧力の中でメタン
と水が結合し水和物となってできた氷状の固体結晶がメタンハイドレートである.Fig. 2 に示すように水分子は内部
に 5∼6 Å (1 Å= 0.1nm) の大きさの空隙をもった立体網上構造を作り,その空隙にメタンガス分子が入り込んでい
る.このような構造をした化合物を一般に包接化合物 (クラスレート) と呼び,その骨格となる網状構造を包摂格子
という.包接化合物の中には格子の中の分子が外へ出ると包摂格子が壊れるものと,包摂格子だけでも安定して存在
できるものがある.前者の代表的なものがガスハイドレート・クラスレートで,ガスがメタンだった場合メタンハイ
ドレートと呼ぶ.メタンハイドレートの特徴は埋蔵量が莫大であること,地表近くに分布していること,天然ガスな
ので他の化石燃料に比べエネルギー効率がよく,二酸化炭素の排出量が少ないので環境にやさしいこと,分布域が偏
1 石油・ガスなどの試掘や、鉱山で鉱物の運搬・通風などのための小さい竪坑
21
ガロン= 4118784 リットル
3 酸化鉄や炭酸カルシウム等が溶解限度を超えて析出し,金属に張り付いた固形物のこと.
043
Fig. 2 メタンハイドレート分子構造図 (参考文献 5) より参照)
在していないことなどが挙げられる.このような特徴を持つメタンハイドレートがエネルギー資源や環境の問題を大
きく軽減してくれるのではないかと期待されている.
日本では愛知県沖,隠岐周辺,秋田・山形・新潟沖,網走沖など日本の各地で存在が確認されている.
『我が国にお
けるメタンハイドレート開発計画』4 のフェーズ1の調査により,東部南海トラフ海域に日本が使用する天然ガス量
の 7 年分のメタンガスがあるという結果が出ており,日本の排他的経済水域全てで,およそ 100 年分のメタンガスが
あると推測されている.日本が自前で生み出せるエネルギーは水力発電が中心で自給率は 4.8 %と極めて低く,ほと
んどのエネルギーを輸入した化石燃料で賄っている.東日本大震災以降,天然ガスを代替エネルギーとしている今,
近海で産出できるメタンハイドレートの意味は大きい 5)
3.1
6)
.
探査方法
メタンハイドレートを探査するには地下構造を把握する必要がある.そのため,メタンハイドレートもシェールガ
スと同じく反射法地震探査が使用される.
3.2
採取方法
メタンハイドレートの生産方法にはいくつかあるが,いずれも分解してメタンガスを取り出すことを前提として
いる.ガスハイドレートの安定性は圧力,温度,及び塩分濃度の 3 つの関数で決まり,これをガスと水に分解するに
は,貯留槽の圧力を下げる減圧法,温度を上げる熱水・蒸気注入法が基本となる.他にも塩水注入法や溶媒を使用し
て分解する方法があるが,単独ではあまり効果はなく他の採取法と併用することで効率が上がる.
3.2.1
減圧法
『我が国におけるメタンハイドレート開発計画』フェーズ 1 の実験・シミュレーション結果などから,減圧法が最
も効率のよい経済的な生産手法であることがわかっている.Fig. 3(a) に示すように減圧法は海底にあるメタンハイ
ドレートの周りの海水をポンプで吸い上げ減圧し,強制的に分解させる.仮に設備が壊れた時,組み上げられた海水
が戻るので,メタンガスがずっと漏れ続けることはないと考えられている.
効率よく採取するための+αの方法として分解促進のためにメタノール,分子置換に二酸化炭素を注入する方法が
ある.これは二酸化炭素のほうがメタンガスより水分子の空隙で安定するためである.しかしこの方法ではメタノー
ルを注入した大量の水を処理する必要があるためコストがかかる 5) .
3.2.2
熱水・蒸気注入法
熱水・蒸気注入法は Fig. 3(b) に示すように,熱水または蒸気をメタンハイドレート層に注入し,貯留槽の温度を
上げてハイドレートを分解し,ガスを生産する方法である.まず蒸気を注入するための裂け目を水圧破砕法で作り,
一定期間蒸気をそこに封じ込めてメタンハイドレートを分解してガスを取り出す.注意しなければいけないのは,取
り出したガスの分隙間ができるので,生産するたびに熱水または蒸気を注入しなければならないことである 6) .
3.3
課題
国内のガス資源として期待のかかるメタンハイドレートであるが,どんなに豊富にあろうとも経済性が無ければ利
用することができない.メタンハイドレートは採取に非常に手間とコストがかかるため,効率よく採取し生産性を上
げる必要がある.また運搬方法にも課題がある.天然ガスを運搬するとき最も低コストなのがパイプラインを使うこ
とであるが,日本には都市部とその周辺にしかない.パイプラインを敷設するには大きなコストがかかる上,環境へ
の影響にも注意しなければならない.液化して運搬する方法もあるが,液化には大きなコストがかかる.実用化には
技術開発の推進やインフラの整備が求められる.
4 経済産業省が日本周辺のメタンハイドレートの利用を図るために作った計画
044
⽔を汲み上げ減圧
メタンガス回収
海
海底
メタンガス
メタンガス回収
メタンガス回収
海底
ポ
ン
プ
今後の展望
海
メタンガス回収
海底
海底
坑井内の⽔⾯を下げて
メタンハイドレート層に
かかる圧⼒を減圧
メタンハイドレート層
メタンハイドレート層
(a) 減圧法
4
熱⽔・蒸気注⼊
ガス
ガス
熱
熱
(b) 熱水・蒸気注入法
Fig. 3 メタンハイドレート採取方法 (参考文献 5) より参照)
莫大な資源量,エネルギー効率の良さ,そして環境に優しいことから,非在来型天然ガスの開発は世界中で行われ
ると考えられる.
東京ガスと住友商事はアメリカのシェールガス輸入を 2017 年からの開始を目指している.日本は自由貿易協定
(FTA:Free Trade Agreement) に加入していないためアメリカ政府の許可を待つこととなる.この輸入によりエネル
ギー供給の安定化や安価供給,多角化が期待される 7) .また,シェールガス開発は日本の技術が必要不可欠である
ことから,シェールガス開発は日本の企業に大きな利益をもたらすと考えられる 8) .
メタンハイドレートの開発はまだ技術基礎整備をする段階で,実用化は先のこととなる.4 月から日本海側の調査・
試験が始まり,3 年の間に埋蔵量の把握をする予定である 9) .
5
まとめ
本稿では,天然ガスの概要と非在来型ガスの開発や今後の展望について述べた.莫大な資源量と環境にやさしいと
いう特長からシェールガス,メタンハイドレートの需要は増えていき,開発が進んでいくと考えられる.アメリカは
水平坑井,水圧破砕,マイクロサイスミックを上手く使うことでシェールガス革命を起こしたが,採集による環境へ
の影響が心配されている.一方日本は,メタンハイドレートを海洋上での産出に世界ではじめて成功した.メタンハ
イドレートは地震探査記録で現れる BSR の上層にあり,熱水・蒸気注入法や減圧法で取り出すことが出来るが,経
済性が不透明なため実用化は先である.今後の研究・開発に期待がかかる.
参考文献
1) 伊原賢. シェールガス革命とは何か. 東洋経済新報社, 2012.
2) 海洋でガス産出 国産エネルギー実用化期待. http://sankei.jp.msn.com/life/news/130313/trd13031307160002n1.html.
3) 倉本真一. もう一つの海底面 -BSR-. http://www.gsj.jp/data/chishitsunews/97 02 02.pdf.
4) シェールガス採掘、地震誘発? 米中部、M3以上6倍. http://www.asahi.com/eco/news/TKY201204250815.html.
5) メタンハイドレート問題を斬る! http://journal.ocn.ne.jp/kiru/vol13/metan-02.html.
6) 青木 豊松本 良. メタンハイドレート. 日経サイエンス社, 1994.
7) 東ガス・住友商、米社とシェールガス輸入で合意. http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYE93005E20130401.
8) 米 国 は こ の シェー ル ガ ス の 取 り 出 し に つ い て 独 占 的 な 知 財 権 で 固 め て お り 工 法 を 確 立 し て い る 。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/7a58b2116bcd46f1c651570c19f32a53.
9) 佐渡沖資源中旬に調査 メタンハイドレートも計画、確認できれば国内最大規模.
http://sankei.jp.msn.com/science/news/130409/scn13040912540000-n1.htm.
045
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
iOS,Android 以外のスマートフォン向け OS
砂野 元気
Genki SUNANO
井上 楓彩
Fua INOUE
はじめに
1
スマートフォンとは,一般に携帯コンピュータの機能を併せ持った携帯電話のことを指し,その特性 1) として,
• PC レベルの高度な情報処理機能を有する点
• 従来の 3G 回線のほかに無線 LAN を通じてインターネットアクセスを行う点
• アプリケーションソフトウェア (以下,アプリケーション) をダウンロードして多目的に利用される点
などが挙げられる.本稿では,スマートフォンが生まれた経緯とともに,現在スマートフォン向けオペレーティング
システム (Operating System:以下,OS) として主流となっている iOS と Android, それを追う Windows phone,そ
して近年,第 3 の OS として今後市場の勢力図を塗り替える可能性が期待される OS 群について述べる.
スマートフォン向け OS の概要
2
2.1
モバイルオペレーティングシステム
スマートフォンに利用される OS は,モバイルオペレーティングシステム (以下,モバイル OS) に分類される.モ
バイル OS とは,スマートフォン,携帯情報端末 (Personal Degital Assistant:以下,PDA),タブレット端末などの
携帯機器に搭載される汎用 OS のことを指す.モバイル OS には,Symbian OS のように携帯機器向けに独自に開発
されたもの,iOS のようにデスクトップ OS から派生したもの,Android のように組み込み OS から派生したものな
どがある.
2.2
スマートフォンの沿革
現在「スマートフォン」と呼称されるものが登場するまでには,2 つの系譜が存在する.ひとつは,パーソナルコ
ンピュータのモバイル化により PDA が生まれ,それに電話機能が付加されるという流れ.もうひとつは従来の携帯
電話の多機能化が進み,アプリケーションのダウンロードによる機能の拡張が可能となるという流れである.
こうした背景から,スマートフォンという概念は元来,2000 年代前半においては,PDA に電話機能が付加されたも
の,あるいは携帯電話が高機能化して PDA 寄りになったものとして捉えられていた.しかし,2007 年の iPhone の
登場により,市場においては,
• 通話機能
• デスクトップ PC 並の拡張性とメール機能などのインターネット通信機能
• タッチコントロール式ワイドスクリーン
の 3 点を備えたものがスマートフォンであると再定義されることとなった.
2.3
シェア
OS 別世界スマートフォン出荷シェア 2) は,米 Google 社の Android が 70.1% ,米 Apple 社の iOS が 21.0% ,カナ
ダ BlackBerry 社 (2012 年に Research In Motion から改称) の BlackBerry OS が 3.2% ,米 Microsoft 社の Windows
Phone(先代の Windows Mobile を含む) が 2.6% となっている (2013 年 2 月現在). Android と iOS の 2 つを合わせ
ると全体の約 91% を占める 2 強体制である.Fig. 1 に OS 別スマートフォン出荷シェアについて示す.
3
3.1
iOS,Android について
iOS について
iOS は,米 Apple 社製のモバイル OS の名称である.旧称が OS X iPhone であることからもわかる通り,Apple の
販売する PC の OS である Mac OS X を携帯機器向けに再構成、最適化を施したものである.UNIX 系統の OS である
Darwin カーネルや,アプリの開発環境として Objective-C をコア言語とする Application Programming Interface(以
下,API) が搭載されている点などで Mac OS X と共通している.
046
Fig. 1 OS 別スマートフォン出荷シェア 2)
他 OS に先駆けて,タッチパネルを前提としたユーザインターフェース (User Interface:以下,UI) を採用した他,メー
ルや Web ブラウザなど基本的なアプリケーションは予め内蔵されており,同社以外の開発したアプリケーションを
使いたい場合は,同社の App Store からダウンロードして導入する必要がある点などが特徴として挙げられる.
Android について
3.2
Android とは,米 Google 社が提供するモバイル OS である.同社は世界の携帯事業会社や端末メーカーなど数十
社と共同で OHA(Open Handset Alliance) という業界団体を設立し,関連技術の開発や普及を推進しているため,
Android は様々なメーカーの端末に搭載される.
Android は Linux をベースとしたオープンソースの OS で,ミドルウェアや UI などを含めたソフトウェア開発キッ
トが提供されている.開発者は自由にアプリケーションソフトを開発し,Android に対応した端末にダウンロードし
て動作させることができる.なお,開発には Java 言語を用いる.
iOS と Android の比較
3.3
3.3.1
垂直統合の iOS と水平分業の Android
iOS と Android の端末の提供の仕方について比較する.
iOS はオープンソースの UNIX ベースであるものの,Apple 独自のデスクトップ OS を元に,自社端末のみへの搭
載を前提として開発した OS であり,ユーザーに内部構造を意識させない設計思想から,部分的にクローズドな仕様
となっている.対して Google 提供の Android は OSS(Open Source Software) として開発や機能強化が進む Linux
ベースの OS であるため,ユーザー自身が内部構造に手を加えられるほどの自由度がある.各端末メーカーによる
OS のカスタマイズが可能なため,様々な機能を持ったバリエーション豊かな Android 搭載端末が存在する.
また,1 社完結型の iOS は端末レベルでのしのぎの削り合いはないが,一枚岩であるがゆえにバージョンアップが
スムースであったり,サポートが長いなどの安心感を伴う.一方 Android は,複数の端末メーカーが独自機能を盛り
込んで最終製品に仕上げるため,OS バージョンアップが適うかは端末次第となる複雑性もまた生み出している.
3.3.2
厳格に管理される App Store とオープンな Google Play
アプリケーションを流通させるプラットフォームも両者の間でかなり異なる.
アプリケーションをダウンロードするためには,自社のダウンロードサイトである App Store を経由させること
を徹底しているのが Apple の iOS である.同社製のアプリケーションのみならず企業や個人が独自開発したものも,
開発者の登録やアプリケーションの審査など所定の手続きを経て,App Store で公開される.開発者への負荷が大き
い反面,一定水準の品質が保証されるという利点がある.
一方,Android におけるアプリケーション配布の統制は緩やかである.Google の管理する Google Play(2012 年に
Android Market などを統合して改称) や,企業独自のダウンロードサイトを通してアプリケーションの流通が行わ
れるが,その過程に App Store ほどの厳格さはなく,さらにはダウンロードサイトを介さずに実行形式のファイルを
個人間でやり取りすることも可能である.自由度が高い反面,著作権や公共の風紀に反するもの,ウイルスが含まれ
るものなども多く流通しているため,セキュリティ面での危険性が指摘されている.
iOS,Android 以外の OS について
4
4.1
Windows Phone について
米 Microsoft 社製のモバイル OS には,Windows Phone 以前に Windows Mobile と呼ばれるシリーズが存在した.
これは,組み込みコンピュータに使われる Windows CE と呼ばれる OS を利用し,UI などを整えたもので,古くか
ら PDA に利用されてきていたものだが,PDA 市場がスマートフォン市場に吸収される中でシェアが低下していた.
この状況を打開するため,これまでの Windows Mobile プラットフォームを踏襲せず,次世代モバイル OS としてゼ
047
ロベースで開発された OS が Windows Phone である.
Windows Phone の特徴としては,Microsoft の次期デスクトップ OS である Windows 8 でも採用されるタイル型
の新 UI,メトロデザイン (Fig. 2) が挙げられる.また,
「People ハブ」と呼ばれる新しく加わった概念も大きな特徴
Fig. 2 タイルが並ぶメトロデザイン 3)
である.これにより,Windows Phone では Facebook や Windows Live などの専用アプリを個別に起動することな
く,友人や家族などに関するさまざまな情報を一覧で確認できるという新たなユーザーエクスペリエンスを実現して
いる.その他,同社の持つデスクトップ OS やゲームコンテンツのプラットフォームである Xbox との共通性の活用
は,他 OS にはない差別化要因になっている.
また,アプリケーションのインストールは Microsoft が運営する Market Place からのみできるようになっており,
この仕組みは Apple の App Store などと同様であり,流通するアプリの一定の品質を担保するものとなっている.な
お,開発言語には C# が用いられる.
第 3 の OS について
4.2
4.2.1
Firefox OS, TIZEN
HyperText Markup Language 5(以下,HTML5) によって動作する Web アプリケーションを利用する Linux 系統
のオープンソース OS として発表されたのが,Firefox OS と TIZEN である.Firefox OS はウェブブラウザの開発を
行う米 Mozilla 社が,TIZEN は米 Intel 社と韓国 Samsung 社が中心となって開発を進めている.
利点としては,2014 年に標準化が完了する次世代 Web 記述言語である HTML5 を使用することにより,既存のア
プリケーション開発言語を習得した技術者だけでなく,Web 作成を行う技術者もアプリケーション開発に参入でき
るようになることから,開発者の参入障壁が下がること,Web ブラウザ上でアプリケーションにアクセスして動作
させる形になるため,互換性に関して心配する必要がなくなることが挙げられる.また,オープンソースであること
から,既存のプラットフォームでは OS の仕様に関して自分たちの意見を取り入れてもらえない携帯事業会社や端末
メーカーにとっては,開発過程で自分たちの意向を反映することのできるというメリットがある.
4.2.2
Ubuntu for phones
英 Canonical 社が開発している Linux ベースの無償提供 OS である Ubuntu を,スマートフォン向けに最適化し
てリリースしたものが Ubuntu for phones である.大きな特徴は,スマートフォンと PC のハイブリッドである点
で,それぞれで開発されたアプリケーションに互換性がある.Firefox OS,TIZEN 同様,HTML5 による Web アプ
リケーションを採用しているが,API もまた採用している.また,スクリーンの4辺に割り当てたスワイプによる親
指操作機能により,素早いコンテンツの特定やアプリケーション間の切り換えが可能な洗練された UI をもつことも
特徴のひとつである.なお,アプリケーションの開発言語としては,JavaScript ベースの QML(Qt Meta Language)
が用いられる.
5
スマートフォン OS の行方
米調査会社 IDC(International Data Corporation) が発表した 2016 年の OS 別スマートフォン市場予測 2) による
と,Android と iOS がトップシェアを堅持するものの,市場において両者のシェアは 80% 超にまで縮小する.Android
は今後も様々なベンダーが参加することで端末の選択肢は増えるものの,先述の OS バージョンアップに関する複雑
性などを乗り越え,これまで程の増加率を保つことができるかが課題である.iOS もまた,スマートフォン低価格化
の中で現在のシェアを維持できるかが課題である.
一方,Windows Phone は,2013 年に第3位に浮上すると予測されている.2011 年にそれまで主に PDA 向け OS
である Symbian OS を採用していたフィンランドの大手モバイル端末メーカー NOKIA が,Windows Phone を「筆
頭スマートフォン戦略」として採用したことから,今後も様々なメーカーが参入して行くことが予想され, 先述の iOS
と Android に対する差別化要因を前面に出していくことができれば,シェアを伸ばし続けることが予想される.
第 3 の OS については未知数な面がまだ多く,明確な展望を示すことはできないが,新興国向けの低価格帯のス
048
Fig. 3 OS 別スマートフォン予測図 2)
マートフォンに搭載されることになれば,ある程度のシェアを開拓できると考えられている.
HTML5 ベースのアプリケーションが主流となれば,Firefox OS や TIZEN にとっては追い風であるが,現時点でそ
れ以外の面で iOS,Android との明確な差別化に成功していない以上,もしもこの 2 大 OS が Web アプリケーショ
ンに本腰を入れ始めたならば,シェアを伸ばすことは難しいとされる.対して Ubuntu for phones は,開発者にとっ
ては,これまでとは別の開発環境が必要になるという参入障壁があるものの,先行する OS でも対応可能な PC との
融合のほかに,Android にはない新規性のあるユーザーインターフェース,Windows Phone にはないライセンス無
償,そして iOS にはないマルチベンダー対応という差別化要因を併せ持つことから,市場の浸透にさえ成功すれば
今後ある程度のシェアを握っていくことは可能であるとされる.
6
スマートフォンの次にくるもの
スマートフォンが生まれるきっかけとなったのは PC を持ち歩きたいという思想であり,その到達点として 30 年
ほど前から提唱され続けていたのが,常時身に着けられる電子機器ウェアラブル・コンピュータである.従来のウェ
アラブル・コンピュータ (Fig. 4(a)) は,入力インターフェースとしてキーボード,映像出力装置としてディスプレイ
が取り付けられているために機器が大きくなった結果,その重量により,身に着けることに苦痛を伴ったことから普
及が実現しなかった.しかしながら,音声認識や機器の小型化などの技術革新によってその技術的課題が解決され,
近年,普及の第一段階を迎えている.
(a) 従来のウェアラブル・コンピュータ 4)
(b) Google Glass の装着例 5)
Fig. 4 ウェアラブル・コンピュータ
そのひとつの結節点が,スマートデバイス市場をけん引する Apple と Google が相次いで特許を取得したヘッド
マウント・ディスプレーである.既に製品化も発表されている Google による Google Glass のプロトタイプを Fig.
4(b) に示す.Google Glass を装着すると,口頭の音声指示内容に沿ってディスプレイ越しに現実風景の中に様々な
情報が表示される.例えば,天気予報を見たいとする音声に反応して空に天気予報が表示され,音声による目的地ま
でのナビゲーション指示に反応して,現在地点から目的地までのナビゲーションを現実風景の中に表示する.このデ
バイスには,スピーカーが内蔵され,モバイル電話・動画ライブチャットをすることもできる.
こういった「拡張現実 (AR : Augmented Reality) メガネ」と呼ばれるデバイスの AR ブラウザを支えるためには,
これまでの OS の延長ではなく,新たに AR-OS を開発しなければならない.現在,蘭 Layar 社,独 metaio 社,仏
Total Immersion 社などが既存の AR デバイスに対して,それぞれ独自の AR-OS を提供しているが,この市場では
また全く新たな OS 競争が起こるであろうと予測される.
参考文献
1) 総務省. 平成 24 年度版 情報通信白書. http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nd300000.html, 2012.
2) IDC Worldwide Mobile Phone Tracker. Worldwide mobile phone growth expected to drop to 1.4% in 2012 despite continued growth of
smartphones. http://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prUS23818212# .UWfKFkq3slR, 2012.
3) 大石哲. ケータイ用語の基礎知識. http://k-tai.impress.co.jp/img/ktw/docs/492/795/html/is21t.jpg.html, 2011.
4) Steve Mann. Evolution of steve mann’s ”wearcomp”. http://wearcam.org/steve5.htm, 2007.
5) Google. Project glass. https://plus.google.com/111626127367496192147/posts, 2012.
049
第 22 回 月例発表会(2013 年 04 月 20 日)
医療情報システム研究室
iPS 細胞
三島 康平
吉田 倫也
Kohei MISHIMA
1
Tomoya YOSHIDA
はじめに
ES 細胞 (Embryoni Stem Cells) とは,胚性幹細胞のことであり万能細胞として,臓器移植等の再生医療分野や創
薬等の基礎医学研究分野では特に利用されている.しかし,ES 細胞を作る過程で,受精卵ないし受精卵より発生が
進んだ杯盤胞までの段階の初期胚を使うので,倫理的な問題が生じてしまう.また,ES 細胞から分化した組織で移
植手術を行う場合,他人の杯盤胞を使う他家移植であるため拒絶反応がおこる可能性がある.これらの問題を解決し
たのが iPS 細胞 (Indued Pluripotent Stem Cells) である.iPS 細胞とは,人工多能性幹細胞と言われ,受精卵を使
わない万能細胞として,注目を集めている.本稿では,受精卵から ES 細胞までの過程や問題点,iPS 細胞の初期化
方法と利点や問題点を挙げ,iPS 細胞の臨床例を述べていく.
2
ES 細胞と iPS 細胞
2.1
受精卵から ES 細胞
発生が始まった受精卵は卵割を繰り返して,2 細胞期から 8 細胞期を経て桑実胚になる.さらに,卵割を繰り返し
て胞胚期になる.胚の外側は将来胎盤を形成する胚体細胞となり,内部の細胞塊を取り囲む.これを杯盤胞と言う.
杯盤胞の内部細胞塊は身体のすべての細胞になる能力である全能性を備えているが,生物体をつくることは出来な
い.内部細胞塊を細胞の増殖を補助するフィーダー細胞とともに培養すると,ES 細胞が出来る.ES 細胞は,受精卵
を使うため倫理的問題が発生してしまう 1) .Fig.1に受精卵から ES 細胞が出来るまでを表す.
Fig. 1 ES 細胞作製工程 (参考文献 1) より自作)
2.2
体細胞から iPS 細胞
結合組織の一種である線維芽細胞 1 をフィーダー細胞 2 と共に培養する.初期化因子 (Ot3/4,Sox2,Klf4,-My)
の遺伝子 (RNA;Ribo Nulei Aid) を組み込んだウィルスベクターを線維芽細胞を培養している液体中に与える.
ウィルスベクターが細胞内に取り込まれ,運んだ遺伝子を細胞内に放出する.逆転写酵素の働きにより,RNA から
DNA(Deoxyribo Nulei Aid) が合成される.その DNA が線維芽細胞内にある DNA に組み込まれる.初期化因子
の働きによって,線維芽細胞が初期化される.これが,iPS 細胞である.
この過程で,2 つの問題点が発生する.1 つが癌化の可能性であり,もう 1 つが奇形種発症の可能性である 2) .Fig.
2 に線維芽細胞から iPS 細胞が出来るまでを表す.
1 線維芽細胞とは,結合組織を構成する細胞の一つであり,コラーゲンやヒアルロン酸といった真皮の成分を作り出す.
2 フィーダー細胞とは,細胞培養する際に目的とする細胞の増殖や分化に必要な環境を整えるために補助的に用いられる細胞.
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Fig. 2 iPS 細胞作製工程(参考文献 2) より自作)
3
iPS 細胞の問題
3.1
癌化の可能性
癌化する主な原因として,ウイルスベクターを使うことが挙げられる.ウイルスベクターは,目的の遺伝子をウイ
ルスの中に取り入れ,ウイルスを細胞に感染させることで,その目的遺伝子を細胞の中に導入する.しかし,ウィル
スベクターを用いると,ウイルスが細胞の DNA にランダムに組み込まれてしまい,その細胞にある遺伝子が不活性
化したり活性化されたりする可能性があるため,細胞が癌化する危険性がある.また,初期化因子に癌遺伝子である
-My を使うことも原因としてあげられる.その取り組みとして,取り除いた 3 つの初期化因子によっても iPS 細
胞を作製でき,それにより作製された 26 匹のマウスは誕生から 100 日経過しても,1 匹も癌を発症しなかった.
また,沖田圭介講師らは,2008 年にプラスミドと呼ばれる細胞の染色体に取りこまれることのない環状 DNA をベク
ターとして用いることで, 初期化因子が細胞の染色体に取り込まれない iPS 細胞の作製方法を開発したと報告した.
しかし,プラスミドを用いた作製方法は,ウイルスを用いる方法と比較して作製効率が低いことが課題であった.そ
こで,沖田講師らは,Ot3/4,Sox2,Klf4,Lin28,L-My,p53shRNA という6つの因子を,自律的に複製するエ
ピソーマル・プラスミドを用いて導入する事で,作製効率を高めることに成功した 3) .
3.2
奇形種の可能性
iPS 細胞は作製方法等によって,増殖や分化する能力にばらつきが見られるため,奇形種が発症してしまう.分化
能力が低い iPS 細胞を目的の体の細胞に分化させると,目的の細胞に分化しきれていない未分化な細胞が残りやすい
と考えられる.残存した未分化細胞が移植の際に紛れ込み,奇形種を形成してしまう危険がある.奇形種形成を防ぐ
ために,iPS 細胞株を厳格に評価し,分化能が高く移植安全性に優れた株を選抜する方法を確率する必要がある.
4
iPS 細胞の臨床例
4.1
パーキンソン病に対する取り組み
パーキンソン病とは,脳内のドーパミン 3 が減少するために起こる病気である.手足の痺れや動きがのろくなるこ
とが症状として挙げられる.この病気は進行性であり,発症に気づいた時点で,健全な人に比べてドーパミンを産生
するドーパミン産生細胞が約 20%減少している.治療法として,不足しているドーパミンを補う薬物療法や,ペー
スメーカーのような装置によって脳の深部に一定の刺激を与え,症状を改善させる脳深部刺激療法があるが,症状が
軽いうちにしか効果は見られない.
そこで新たな治療方法として iPS 細胞からドーパミン産生細胞を作製し移植するという方法がある.ここで,iPS 細
胞を使う利点として,本来のドーパミン産生細胞と同じ機能を持った細胞を作製することができ,細胞自体の寿命も
健全な細胞と同じように長くなるからである.
3 ドーパミンとは,運動を円滑に行うように脳から筋肉に伝える神経伝達物質である.
051
実証例として,人の iPS 細胞からドーパミン産生細胞を作って,パーキンソン病のカニクイザルに移植すると,ほと
んど動けなかったサルでも動けるようになり,その効果は 1 年以上続いた,移植した細胞がきちんと定着し,ドーパ
ミンを作った事が確認されたのである.
4.2
細胞の若返り
東京大学医科学研究室の中内啓光教授らは,iPS 細胞を介して免疫細胞の一種である T(Thymus) 細胞を若返らせ
ることに成功した.免疫細胞の一種である細胞傷害性 T 細胞は,度重なる外敵の侵入や慢性的な感染状態における
度重なる抗原刺激 4 により疲弊・老化して機能を発揮できない状態に陥ってしまうため,疾患に対する免疫機能が
低下してしまう.中内教授らの研究グループは,HIV(Human Immunodeieny Virus) 患者体内に存在していた疲
弊・老化した細胞傷害性 T 細胞を,iPS 細胞の状態 (T-iPS 細胞と呼ぶ) に初期化し,その T-iPS 細胞から再び細胞
傷害性 T 細胞に分化誘導することに成功した.
この過程においては T 細胞が持つ特異的な抗原認識能力を保持させるような手法を探索し, T-iPS 細胞から目的の
抗原を認識する細胞傷害性 T 細胞が大量に得られるようになった. T-iPS 細胞から分化誘導して得られた細胞傷害
性 T 細胞は,元の細胞傷害性 T 細胞と同じ遺伝子発現プロファイルと機能を有しており,さらに増殖能力の回復と
細胞の若返りの指標である細胞表面マーカーの発現やテロメアの伸長が認められ,抗原特異的な T 細胞を若返らせ
て再生できることが示唆された.この研究成果は,科学的裏付けと効果に乏しい現在の免疫細胞療法に代わり,iPS
細胞の特性を活かして抗原特異的な T 細胞を若返らせて再生するという全く新しい免疫細胞療法につながることが
期待されている 5) .
5
これからの iPS 細胞
3 章で述べたように iPS 細胞は再生医療や移植医療への応用技術として期待されているが,医療よりも先に実用化
されることが確実なのが新薬を創り出す創薬研究への応用である.創薬研究における安全性確認は,実験動物におい
て入念に安全性が検討され,少人数の健康な人に投与するという手順で行われている.動物実験と平行して人間の
細胞を使った研究も行うことで安全性に関する予測を行うが,このような実験を世界中の創薬メーカーが行うには,
人間のあらゆる臓器の細胞が大量に必要である.そこで,iPS 細胞ではあらゆる臓器細胞を大量に生産することがで
きるので,医薬品の効果や安全性を確認するの非常に役に立つのである.さらに,iPS 細胞を使えば,病気を模倣し
た人間細胞を得ることも可能である.標的とする病気に関する遺伝子を iPS 細胞に組み込んで増殖させれば,目的の
ヒト疾患モデル細胞を作り出すことも出来る.また,パーキンソン病や糖尿病などの遺伝子疾患の患者から,その病
態の原因を保持した細胞を得ることができるので,遺伝子にどのような以上が起きているかを細胞レベルで確認する
ことができ,研究段階の医薬品を試験管の中で作用させてどのように起きるかを調べることもできる. Fig.3 に疾
患モデル細胞の作り出す過程を示す.
Fig. 3 患者の遺伝子を持った iPS 細胞の創薬応用(参考文献 6) より自作)
iPS 細胞を使って医薬品が安全であるかどうかを調べる試験の一つとして QT 延長試験というものがある.QT 延
長試験とは,心電図で見られる P 波,Q 波,R 波,S 波,T 波のうち Q 波から T 波の間が正常であるかどうかを調
べる試験この試験で iPS 細胞を使えば,薬を投与する一人ひとりの心臓の細胞と医薬品の相互作用を見分けることが
できるため,より安全な医薬品の投与を行うことが出来る.Q 波から T 波の間が正常よりも長くなる病気を QT 延
長症候群といい,QT 延長の因子には遺伝的因子による先天性 QT 延長症候群と,後天性 QT 延長症候群がある.前
4 抗原刺激の代表的な例は,インフルエンザの免疫反応である.この場合,インフルエンザウイルスが抗原である.
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者は疾患として対処することが可能であるが,後者は医薬品による副作用が原因となるものがあり,日常的に飲むよ
うな薬で QT 延長が起きることがある.QT 間隔が延長するような状態では,頻脈性不整脈 5 と呼ばれる状態が生じ
やすくなり,失神発作や心停止を経て死に到る.
QT 延長試験は iPS 細胞から心筋細胞を作製し,その細胞に医薬品を添加することにより延長が起きるかどうかを
調べることができる.また,その過程で実際に QT 延長が起きた場合,その細胞と同じ医薬品にさらしても QT 延
長を起こさない細胞を比較することによって,QT 延長のメカニズムに関する研究を行うことも可能になる.
他には,iPS 細胞を使った医療としてオーダーメイド医療 6 も注目を浴びている.医薬品が効果を示す細胞や医薬品
を分解する細胞に含まれる遺伝子は人それぞれであるため薬の効果に個人差がある.しかし,オーダーメイド医療で
は,患者に最適な医薬品を開発・投与することができるので,より効果的に疾患を治療することができる.
Fig.4 に心電図を表す.P 波とは心臓の上半分に位置し,下半分の心室に血液を送りこむ役目を担う心房の活動
を示す.QRS 波とは血液を動脈に押し出しす心室の活動を示す. QRS で心室の一連の拍動を示すので,心筋の異常
で拍動が乱れていると,ピークの形状が変形したり幅が広くなったりする.T 波とは心室で収縮するために活動した
心筋が,次の拍動のための準備をしている波.U 波とは U 波については研究が進んでいないが,心室を構成する細
胞の中で,右心室と左心室を隔てる一部の細胞は,正常状態であっても,その他の心室の細胞とずれた T 波に相当
するピークが出るものと思われている.
Fig. 4 心電図(参考文献 6) より自作)
6
まとめ
受精卵を使わない幹細胞という点だけではなく,体細胞の初期化に成功したという点で iPS 細胞は画期的である.
現状としてまだ iPS 細胞自体に問題は残っているが,臓器移植や疲弊した細胞の補助等の臨床応用,創薬研究等の基
礎医学研究等で応用されている事実はある. iPS 細胞の問題解決や応用は世界の研究者が研究している.将来的に,
癌化等問題が解決されてさらに効率良く作製することが出来るようになれば, iPS 細胞は医学や生物学の分野をさら
に発展させることが可能になる.
参考文献
1) 株式会社ニュートンプレス. 細胞寿命を乗り越える: ES 細胞・iPS 細胞、その先へ. 岩波科学ライブラリー. 岩波
書店, 2009.
2) 帯刀益夫, 杉本正信. 再生医療への道を切り開く iPS 細胞: 人工多能性幹細胞. ニュートンムック. ニュートンプ
レス, 2008.
3) 田中幹人. iPS 細胞ヒトはどこまで再生できるか? 日本実業出版社, 2008.
4) 升井伸治. iPS 細胞が再生医療の扉を開く: Super サイエンス. シーアンドアール研究所, 2009.
5) 中西貴之. なにがスゴイか?万能細胞: その技術で医療が変わる! 知りたい!サイエンス. 技術評論社, 2008.
5 心拍数が早くなる不整脈.1 分間に 100 回以上になるものをいう.
6 オーダーメイド医療とは,個々人に最適な予防法や治療法を可能とする医療である.
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