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求められる高等教育と悩める米国事情

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求められる高等教育と悩める米国事情
2015 年 8 月 11 日
求められる高等教育と悩める米国事情
公益財団法人 国際通貨研究所
専務理事 倉内 宗夫
世界的な傾向として貧富の格差が拡大し、拝金主義的な風潮に批判の声はあるものの、
富めるものはますます豊かになっているのが現実だ。現在も米国を中心に、若者の関心
は将来に高い収入が期待できるビジネスやコンピュータサイエンスの分野に集まり、こ
うしたニーズに応じるべくビジネスとしての大学経営者もその分野のプログラム充実
に余念が無い。その一方で、華やかな職業に就かんが為の学生の行動に対し、本来大学
の責務である教養を育むということが疎かになってきているとの懸念の声もあがって
いる。米国の大学の圧倒的強みであったリベラルアーツが疎んじられてきている事実を
指摘し、
“アメリカのエリート大学は若者に教養と規律を与える場ではなくなっている”
と嘆く大学関係者も多い。さすがに英仏では文学などの教養を重視する文化も根強く残
っており、文系・芸術系を中心に教育の質の維持を目指した対策を講じはじめているよ
うだ。
そうした教育の質の問題に加えて、とりわけ米国において大きな社会問題に発展して
いるのが、1 兆 2 千億ドル(140 兆円)に達した学生ローンの存在だ。ここ 10 年で残高
は 3 倍に増加し、今や自動車ローン(1 兆ドル)
、カードローン(0.7 兆ドル)を上回る
規模となり、加えて返済延滞率が 12%に達しているのは由々しき事態である。無担保
の学生ローン資金供給者である連邦政府にとっては、将来の多額の不良債権予備軍を抱
えていることを意味する。それにしても一人当たり平均 26 千ドルの負債を抱えて社会
人生活が始まるという現実はいかにも辛い。高い収入の仕事を目指しての厳しい競争は
否定しないが、その過程で利己主義に走り、ついついリスクを冒す行動にでてしまう可
能性も看過できない。
学生ローン残高の急増の背景は二つある。ひとつは大学経営がビジネスに走り過ぎて
いること。大学側は学生を引きつけるために高額で著名教授を引き抜き、華美な施設を
建設し、はたまた大学経営管理職の処遇もうなぎ上りだ。2 点目は財政難に陥っている
州政府の教育支出削減。かかる大学運営費用の増加はそのまま授業料に転化されてきた。
今ではトップクラスの私立大学の年間授業料は 6 万ドル、州立大学で 3 万ドルという極
めて高い水準に達している。さらに事態の悪化に拍車をかけたのが 2002 年に法制化さ
れたブッシュ大統領による”落ちこぼれ防止法(No Child Left Behind Act)
”である。初
等中等教育のレベルを上げ、より多くの学生が高等教育を受けられる環境へ持ってゆく
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ことは望ましいことではあったが、結果としてもたらされたのは大学生全体の質の低下
である。中下位レベルの大学では 4 年間で順調に卒業できる学生は 50%以下に留まっ
ているとも聞く。期待した職業に就けず、ローンの返済に苦しむ事態に追い込まれてい
る学生も多く、中にはドロップアウトして学生ローンだけ残ったという悲惨なケースも
報告されている。果してかかる環境下で健全なる精神を養う教養を身につけられるであ
ろうか。
winner takes all の競争社会は激しさを増し、ますます拝金主義と格差社会を助長する
ことが懸念される。世界規模での経済混乱をもたらした、金融機関が発信源のサブプラ
イム問題や LIBOR 問題などもこうした高等教育の抱える課題が根底にあったのかもし
れない。
我が国の教育は大丈夫だろうか?
日本においては、幸い学生ローンの問題は限定的であるが、教育の中味に関してはい
つの時代も喧々諤々の議論が展開されている。事実、制度変更による試行錯誤が繰り返
されている。安倍政権は成長戦略の一環として大学改革を進めており、国立大学を中心
に社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むことを要請している。厳しい国際
競争社会で行き抜くためには当然の目指すべき方向かもしれないが、より高い教養と規
律を与える場としての高等教育を同時に追求するという理念も忘れてはならない。
(IIMA メールマガジンへの寄稿)
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