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体験型学習プログラムに関する予備的研究 (2) アクテ

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体験型学習プログラムに関する予備的研究 (2) アクテ
Kobe University Repository : Kernel
Title
体験型学習プログラムに関する予備的研究(2)アクテ
ィブ・ラーニングとしての可能性と評価
Author(s)
Trummer-Fukada, Stefan / 福岡, 麻子
Citation
神戸大学国際コミュニケーションセンター論集,12:5467
Issue date
2015
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009380
Create Date: 2017-03-29
Stefan Trummer-Fukada
福岡 麻子
体験型学習プログラムに関する予備的研究(2)
体験型学習プログラムに関する予備的研究(2)
アクティブ・ラーニングとしての可能性と評価
Stefan Trummer-Fukada1
福岡 麻子 2
1.はじめに
神戸大学国際コミュニケーションセンターでは、全学学生を対象とした各種海外外国語研修を毎年実施し
ており、筆者はそのうちオーストリア共和国での「グラーツ大学夏季ドイツ語研修」(以下「グラーツ研修」と略
記)の企画運営を行なっている 3。「海外外国語研修」の含意するのは外国語の運用能力向上のための研鑽
にとどまらず、当該外国語によって形成される文化・社会に自ら身を置き、主体的な経験として学びを行なう
ということである。近年、高等教育機関においては「グローバル」な人物の育成が一層強く求められているが、
これに伴い海外外国語研修の役割も改めて問われている。
これに照らし、神戸大学国際コミュニケーションセンターでは昨年度(2014 年度)、「グローバル」とはどのよ
うな様態を指すのかを根本的に問い直しつつ、「体験型学習」を共通の観点として研修を実施した。グラーツ
研修では、「海外、すなわち普段の生活とは全く異なる世界に身を置いての学び、当地の文化や生活スタイ
ルを単に『見てくる』だけでなく、そこに主体的に参与する形の学び」 4を「体験型学習」の理念とし、1)「体験
型学習」の受け皿としてのグラーツ市の諸相の考察、2)実際の参加者における支出や言語使用の実態に関
するアンケート調査、及び 3)今後の研修でありうべき方向性や改善点の検討を行った。調査結果と合わせ、
参加者側から提示された「ドイツ語教育におけるより高度な授業科目に関する提案書」5から見て取れたのは、
参加者たちは研修地での授業に漫然と参加していたのではなく、自身の外国語学習の方法について、主体
的に省察し言語化する力を潜在的に持ちえているということである。言い換えれば、そのような力を顕在化さ
せる過程を研修に戦略的に組み込むことが、企画・運営の側には求められる。こうした調査と考察に照らし、
グラーツ研修では今年度も研修内でプロジェクトを実施し、調査を行なった。
2.「アクティブ・ラーニング」実践の場としての研修
今年度のグラーツ研修では、前年度に掲げた「体験型学習」の理念を展開させ、アクティブ・ラーニングと
1
神戸大学国際コミュニケーションセンター [email protected]
神戸大学国際コミュニケーションセンター [email protected]
3
今年度の実施概要については本論集内学術交流研究部門報告を参照されたい。
4
詳細については 2014 年度報告「体験型学習プログラムに関する予備的研究」(Trummer・福岡)を参照されたい。同報告では、
研修期間やプログラムの構成についてもまとめている。
5
Trummer / 福岡(2014):52.
2
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いう観点から調査を進めた。「アクティブ・ラーニング」は、近年文部科学省によって推奨されるだけでなく 6、
日本の学生はおしなべて受け身の学習態度を示すという教員の漠たる、しかし経験的には確信にも近い問
題意識に合致するものであり、多くの大学で「アクティブ・ラーニング」と銘打った実践や研究がさまざまに行
なわれている。そうした現況は「ブーム」7ともいいうるもので、概念の一人歩きに警鐘を鳴らす考察も少なくな
い 8。
術語の濫用には慎重でなければならないが、学習活動を「アクティブ」なものとして理論化しようという諸
考察は、高等教育機関で実施される外国語研修にとっても多くの示唆を孕んでいる。「アクティブ・ラーニン
グ」を概念として提唱した最初の論者に数えられる C. ボンウェルと J. A. エイソンに依拠すれば、アクティブ・
ラーニングは以下の点から構成される。
・ 授業等において、学習者は受動的に聞くだけでなく、主題に自ら入り込む(involved)
・ 情報伝達よりは学習者のスキルの育成に重点が置かれる
・ より高次の思考(分析、統合、評価)をもって主題に入り込む
・ 学習者は文献研究、ディスカッション、様々な文を書くといった活動に取り組む
・ 自身の態度や価値観の向上により大きな重点が置かれる 9
彼らの議論において鍵概念の一つとなっているのが、主題へ「自ら入り込む」ということである。ボンウェル
とエイソンの議論において「アクティブ」であるとは、学習活動において学習者が単に「能動的」「活発」である
ことのみを意味するのではなく、その都度のテーマや課題を自分にとって切実な事柄として受け止め取り組
むことが、アクティブ・ラーニングの要諦の一つとなっているのだ。この意味で、彼らの引用するアスティン
(1985)の「学習とは主題に入り込むことである... その度合いは、学習者がどれほどの身体的・精神的労力を
アカデミックな経験に費やすかによって示される。」10という文言も示唆的である。
「アクティブ・ラーニング」に関するこれらの記述において、高等教育機関として見過ごせないのが、「より
高次の思考」、「アカデミックな経験」という観点である。自ら主題・課題に「入り込む」だけでなく、その際に生
じた経験や認識を自らモニタリングできるというメタ次元の営みが対になっていることは、大学レベルの「体験
型学習」としての海外外国語研修においても不可欠だろう。
これに照らしグラーツ研修では今年度、1. 「より高次の思考」を通じたアカデミックな活動の促進、2. 未知
の状況に対応する力の育成、これら 2 点を基本方針として、アクティブ・ラーニングとしての研修活動を検討・
実践することにした。方針 1 は、大学の実施する海外研修としてグラーツ研修が重視する点、すなわち、言語
運用能力の研鑚と、同時にその能力を学術的に生かすスキルをトレーニングするという趣旨に関連する。授
業や大学の外で行われる研修においては、全学共通科目としてのドイツ語授業における学習目標達成を支
えつつ、より専門的な学習への導入となることが役割の一つとなる。グラーツ研修でも、ドイツ語の用いられて
6
2012 年 8 月 28 日の中教審(文部科学省中央教育審議会)のいわゆる「質的転換答申」(「新たな未来を築くための大学教育
の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~」)は、日本で「アクティブ・ラーニング」というコン
セプトが広がる契機と位置付けられる。
7
米谷 2015: 43.
8
例えば須長(2011)では、アクティブ・ラーニングにおいて「アクティブ」の意味するところについて、多角的に論じられている。
9
Bonwell / Aison 1991: 2.
10
Astin 1985: 133f. 直接の引用は、Bonwell / Aison 1991: 3 による。
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いる地域・文化・社会のエキスパートの養成・輩出を念頭におき、プログラムを策定・実施してきた。方針 2 に
ついては、以下のような背景がある。共通のカリキュラムの枠内で実施される通常授業においては、学習内
容と学習過程が予め定められており、試験もそれに沿ったものとなる。これに対し、現地での生活それ自体
が学習の場となる、つまり、言語の使用内容や方法を予め決定しておくことのできない海外外国語研修で重
きが置かれるのは、未知の状況に対応する方法を自ら探り構築する力の育成である。
今回の研修では、これらの基本方針のもとに参加学生に課題を与え、その結果を調査することを、一連の
プロジェクトとして行うことにした。
3.プロジェクトの概要
3.1 2015 年度グラーツ研修のアウトライン
次に示すのは、本プロジェクトを実施した研修の概要である。
2015 年度参加者数:14 名
1 年生 4 名(国際文化学部 2 名、法学部 1 名、発達科学部 1 名)
2 年生 8 名(文学部 3 名、国際文化学部 2 名、経営学部 1 名)
3 年生 2 名(国際文化学部 1 名、工学部 1 名)
研修期間 2015 年 9 月 1 日〜同年 9 月 29 日
滞在地:グラーツ(学生寮で生活)、見学地としてウィーン(2 日間)、ザルツブルク(2 日間)に滞在
プログラム:グラーツ大学の集中講義として開講されているドイツ語講座を履修
3.2 テーマ設定の方法・方針・観点
今回、共通テーマとして設定したのは「建築様式」である。「共通」テーマと敢えて述べたが、題材に関し
ても学生が自身の視点から個別に設定すること、そしてそのために大枠となるもののみを提示するというのが
その趣旨である。
この大枠テーマを選んだ基準は、1)文献等の資料研究に終始せず、自らの五感による体験や、自身の
強みを活かしたアプローチが作業の中心になりうるもの、2)学生や「日本人」など、自身の属性としての観点
ではなく、相手方の文化において価値があるとみなされているもの、以上の 2 点である。これに基づいて複数
のテーマを検討した結果、最も適切だろうと判断されたのが「建築様式」であった。
建築様式は、学術的な意義や学生にとっての新奇性といった点で、前節で示したアクティブ・ラーニング
としての研修の基本方針にかなっていると考えられた。また建築様式は、複数の客観的な要因から、ヨーロッ
パにおいて文化的価値を認められているということができる。例えば、研修地であるグラーツは、ウィーンや
ザルツブルクと並んでオーストリアの中でも建築に関する法規が特に多い都市である。古い街並みの保護が
法的なレベルで行われているところには、建築が都市にとって重要な位置づけにあることがうかがえる。また、
ヨーロッパ全体に視野を広げても、例えばユーロ札に重要な建築様式が印刷されていることなどに、建築様
式が大きな文化的プレゼンスを持っていることが示されているといえる。
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3.3 学生の学習とその評価方法
プロジェクトとして参加学生に与えた課題は、10 点以上の建築物を写真撮影し、それがどのような建築様
式によるものかについての考察を書く、という作業である。課題のバックグラウンドとなる知識の収集について
は、その方法も含めて学習者自身が模索することを意図し、教員の側から事前に関連レクチャーを実施する
といったことは敢えてしなかった。研修終了後、14 名の参加者全員から報告書が提出され、全部で 146 の考
察が回収できた。
アクティブ・ラーニングとしての研修活動という観点から観察・評価すべき対象と位置付けたのは、1)建築
について記述する際に、当該の建物に関して資料等で得られた知識や情報を再現して終わるのでなく、自ら
の印象や知覚したことをも含めた「知」を複合的に活かして題材を分析しえているか、すなわち、「より高次の
思考」がどの程度達成されているか、2)学生が学習において「自ら入り込んだ」度合い、以上の 2 点である。
したがって、学生に与えた「建築様式に関するレポート」という課題も、「様式を正しく特定できているかどう
か」の試験としては評価せず、「より高次の思考」の有無を観察するための対象として、学生による報告書の
分析を行った。以下では、顕著に見られたいくつかの傾向について報告する。
4.結果と考察
4.1.1 対象の選択に見られる傾向
上述のように、題材選択においても学生が自身の視点から個別に設定することを趣旨としたため、参加学
生には対象の選択に関する制限や条件は与えず、あらゆる建築物が報告の対象となることを事前に伝えた。
集まった報告書において目立ったのは、観光スポットとして知名度の高い建物を扱う観察の数が極めて多か
ったことである。
1. 観光スポットとして認知度の高いもの(146 件中 131 件)
2. 知名度は相対的に低いが、インターネット等で容易に情報を得ることのできるもの(146 件中 14 件)
3. その他(146 件中 2 件)
建築様式に関して得られる文献や資料において、それぞれの様式の代表例としてまず挙げられるのは、
都市や歴史の象徴としての宮殿や教会といった建物である。これらがそれほど明快に様式に則っているのは、
時代や思想だけでなく、権力を体現するという役割と関連する。対して民間の建築物は、そうした象徴的な役
割を担わされた建物とは様式的な特徴を必ずしも共有しておらず、様式を読み取ろうとする場合には、より詳
細な知識や洞察が必要となる。
本プロジェクトの課題において、題材として最も多く選ばれたのは名所旧跡として著名な建物であった。こ
れらに関しては観光案内等にも記載が多く、情報収集や様式の特定は比較的容易である。しかしながら、著
名な建築が選ばれたのは、そのような手軽さにのみ基づいているということは必ずしもできない。「研修で課
された課題」という文脈を無視することはできず、例えば、歴史的重要性を(意識的・無意識的に)一つの観
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点として考慮したといったことが考えられる。
選ばれた数の最も少ない分類 3「その他」に関しても、歴史的重要性(様式として特筆すべき意義)を認め
....
にくかったのではないかと考えられる。この分類に関して興味深いのは、選ばれなかった理由よりも、むしろ
学生がどのようにしてこの対象に行き当たったかである。分類 3 の建物に関する二つの記述を見てみよう。
例1
ザルツブルクにある時計台である。夕方になると、どこからともなく鐘の音が聞こえてきたが、ここで鳴ら
していたのだろうか?
印象としては、上部の歪んだ形の緑の部分が美しいと感じた。不整形、楕円形、重厚感などの特徴か
ら、バロック様式だと判断した。
例2
グラーツに来てから知り合った友だちに彼の母校であるギムナジウム(10 歳から 18 歳まで、日本で言うと
小学 5 年生から高校 3 年生までの子供たちが通う学校)を案内してもらいました。運動場は人工芝で、
校舎はすごくきれいでした。地下室には生徒それぞれにロッカーが割り当てられており、学校に来た生
徒はそこに荷物やかばんなどを置くそうです。私たちが訪問した時は放課後だったので、残念ながら、
生徒さんたちはいませんでしたが、音楽の先生のお話を少しだけ聞くことができました。将来、教師にな
りたいと考えている私にとってはとても貴重な経験になりました。
例 1 において、学生の関心を当該の時計台に向かわせたのは、知識として得た情報ではなく、現地で自
らが聞いた鐘の音であることが読み取れる。また、例 2 の書き手である学生は、様式を観察するという課題で
はなく、「教師になりたい」という自身の将来の希望、また現地でできた友人とのつながりを出発点として施設
を訪れている。両者からは、学生が自身の視点から事象をとらえたり、五感を用いての体験を学習過程に反
映させたりする過程が、題材選択の段階ですでに始まっているということを見て取れる。
また、学生の選んだ観察対象を、様式別に分類すると以下のようになる
11
。様式の混合したものの場合、
主な構造として見られる様式によって分類した。
11
ここで扱う数字は、学生が考察の結果として挙げたものの数である(146 件の観察のうち 6 件において様式の特定に誤りがあ
ったが、今回のプロジェクトは「特定の正確さ」を問うものではない)。
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図 1 学生が判定した様式
学生の報告において目立つのは、現代の建築物がほとんど対象とされていないことである(146 件中 6
件)12。このことにも「歴史的重要性」という観点、つまり、旧市街等、都市内の古い建物に対してより多くの「意
義」を認めたのではないかということが考えられる。20 世紀後半の建築として扱われたもののうち、最も多く取
り上げられたのは、フンデルトヴァッサーによる「芸術の家・芸術館」(3 名)である。他、グラーツの「ムーアイン
ゼル」、同じくグラーツのミュンツグラーベン教会、ミュンヘンのサッカースタジアム「アリアンツ・アレーナ」を、
それぞれ 1 名ずつが取り上げた。
今回の課題で最も多く取り上げられたのはバロック建築で、その観察の数は全 146 件のうち 64 件にのぼ
る。バロック建築はグラーツはじめオーストリアの各都市で広範に見ることができ、またその外見的な特徴から
も認知しやすい。内装も余分な空間を許容しないスタイルをとるため、後の時代に目立った改装がなされる
余地もあまりなかった。これらのことから、バロック建築はそれと同定するのが比較的容易であるといえる。
一方、ゴシック様式の建造物は、ロマネスク様式の基礎部分を持つものが多く、同一の建物の中でも部分
によって異なる様式をはらむことになる。さらに、こうした建物の多くは後の時代にバロック様式の内装が施さ
れ、この点でもゴシックは、複数の様式が同居する建築の典型であるといえる。こうした建築の場合、メインと
なる様式を同定しつつ、さらに部分的には別の様式をも見て取るために、より詳細な観察が必要となる。
こうしたことに照らせば、様式によっても同定の困難さ、言い換えれば学習のレベルが決定づけられると
いうことができる。
様式という観点において興味深いのは、ハプスブルク家が建築観察の際にひとつの鍵概念となっている
ことである。バロック建築に関する観察の多くが、マリア・テレジアやマリー・アントワネットといった支配者層の
人名と関連付けてなされていた。その背景として、日本における歴史学習やポップカルチャーを挙げることが
12
ルネサンス・マニエリスムの建築様式を扱ったとする報告の数も少ないが、これは当該の様式の建造物がグラーツ等研修地
にはほとんどないことによると考えられる。提出された報告の対象としていたのも実際には別の様式のものだった。
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できるだろうが、バロック隆盛期ないしロココ時代の歴史が、他の時代と比べて顕著にプレゼンスを持ち得て
いること、またそれによって建物観察の視点をも方向づけられている可能性の示唆されたことは興味深い。
4.2 「より高次の思考」の有無
4.2.1 様式の判定を示す記述の分析
前節では観察対象の選択について述べたが、本節では、提出された報告書の記述について考察する。
まず、どのようにして対象の建築様式を特定するに至ったかを示す箇所に着目し、以下の 5 つに分類した。
1. 対象に関する知識を記している
2. 獲得した知識を(複数組み合わせるなど)応用し、分析から判断を導き出している
3. 自身の見て取ったことを分析し、それに対してさらなる推測・仮説を加えている
4. 判断がつかなかったという言明
5. 判断がつかなかった場合、後で調べるなどさらなる手続きをとっている
今回の課題においては、建築様式に関する一定の知識を予め準備しておくことが必要であり、知識の収
集や蓄積それ自体を否定するものではない。しかしながら本プロジェクトでは、「より高次の思考」という方針
に基づき、知識の多寡ではなく、持っている知識を「応用」し「分析」に至っているかを考察した。以下ではこ
れらに関わる分類 1 から 3 の例を示すが、「知識」を共通項として持っているこれらの分類は、必ずしも互いに
排除し合うものではなく、重なり合う部分を無視できないことも付言しておく。
図2 どのようにして対象の建築様式を特定するに至ったか(記述方法別)
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図3 どのようにして対象の建築様式を特定するに至ったか(学生別)
分類 1
自身の観察というよりは、対象に関して獲得した知識を記している。
例3
国会議事堂 Parlament
・ウィーン Volkstheater 下車後すぐ
・歴史主義
・判断基準
1883 年にギリシアで建築を学んだテオフォル・フォン・ハンセンが民主主義発祥の地である古代
ギリシアをモチーフにしたと公言していること。
中央にアテナ女神像が立ち、柱はドーリア式であること。
分類 2(知識の応用)
複数の知識を組み合わせるなど、判断のために独自の応用を行っているが、それらの知識に基けば明確
な判断ができるため、それを超える分析に至らない(その必要がない)。
例4
1740 年から 1780 年ごろのマリア・テレジアの時代に完成された建築物であることから、年代的に見て、
バロック様式であると推測できる。また、左右対称に造られており、均質のとれた静的・理性的な構成の
美しさを特徴とするバロック様式の特徴と一致する。
分類 3(分析と推測)
手持ちの知識だけでは様式の特定が困難な場合、自身の知覚や印象を分析し、様式を推測している。
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例5
内部を見学したときに、華美な家具や絨毯、天井や壁中に絵が描かれていてきらびやかで派手な部屋
が多くあったことから、バロック時代の建物だと考えた。しかし自分の推測としては、建物の外観がバロッ
ク建築のものほど派手ではなく、落ち着いていて簡素なので、おそらくロマネスク建築から始まって改築、
増築を繰り返し様々な建築様式が混ざった建物ではないかと思う。
例6
外観は石壁に小さな窓、とロマネスク様式らしい特徴が見られる。だが中に入ってみると尖頭アーチに
大きなステンドグラス、とゴシック様式的な要素が多く、したがってこれはロマネスクからゴシックへの過渡
期に建てられた教会だと考えられる。あるいは、ロマネスク期に建てられ内部は後にゴシック様式で大幅
改築されたと考えることもできそうである。
以上の分類 2・分類 3 では、分析という形で「より高次の思考」が実現されており、本プロジェクトの目指す
アクティブ・ラーニングの理想的な形を見ることができる。
また多くの学生は、分析を通じて様式の判断をするのに加え、事後的に資料等でその確認をするのにも
至っていた。
例7
外観のみでは、ゴシックなのかバロックなのか判断しかねたが、内部を見てバロック~ロココなのではな
いかと思い至った。右の写真のような部屋の豪華な装飾はゴシックには見られない。また、写真左側の
暖炉などはロココ調のものだという説明により、このエッゲンベルク城はバロック~ロココなのではないか
と予想した。しかし実際は、ゴシック~バロックの時代に建設されたものであり、このような装飾はのちの
時代に改装されてできたものだという。
学習のレベルは様式によっても決定づけられることはすでに述べたが、分類 2、および分類 3 に位置付け
られる記述が多くなされたのは、歴史主義、および古典主義の建築である。過去の建築様式を復古的に用
いた、敢えていえば模倣した歴史主義様式と、その元となった以前の様式は、必ずしも容易に区別しえない。
このような題材は、学生の歴史的知見の拡充に寄与するだけでなく、複雑な、つまり「より高次の」思考を要求
する。
歴史主義建築の観察において最も多く見られた反応として、自身の判断に自らフィードバックを行うという
ものが挙げられる。
例8
私は、最初、重厚感などからバロック様式かと判断したが、実際は、ルネサンス様式で建てられたのち新
古典主義で改築されたようだ。
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例9
ウィーンの中心街は歴史的な建物とそれにあわせるように建築された建物が混在している。フィー
ルドワークをする時、いつも本当に当時のものなのかそれとも似せて作られているのか分からなか
ったため、大変苦労した。これはグラーツの中心街にもいえることかもしれない。これらの建築はネ
オルネッサンスやネオゴシックなどと呼ばれている。街全体の外観を守るためであると思うが、それ
がさらにウィーンという町を魅力的にしていると感じた。
例 10
庭園にはバロック様式の特徴である彫像や噴水がたくさんあり、華麗な雰囲気であったためバロック様
式だと思った。
また、階段や大理石の間にも様々な装飾が施されていたり彫像があったりして非常に華やかであったこ
ともバロック様式と判断した根拠である。
外観はバロック様式にしては控えめな印象を受けた。16 世紀終わりから 17 世紀初めに建てられたなら
ば、もしかするとルネサンス様式がぎりぎりあてはまるかもしれないと思った。 (省略)宮殿について調べ
てみると 1818 年に火災で焼失したのちに建て直したとの記述があったことから、ミラベル宮殿は歴史主
義建築なのではないだろうか。
例 8 の学生は、バロック様式だという自身の判断を自ら修正しており、例 9 では、新古典主義だという気づき
を都市全体のあり方の認識に反映させている。例 10 には、事後的に資料にあたり、火災後の再建という事象
をどのように判断すべきかの考察にまで至っている。
4.2.2 所感を示す記述の分析
本プロジェクトは「より高次の思考」の促進を基本方針としているが、「アクティブ・ラーニング」を構成する
要素として不可欠なのは、「入り込んで」対象に取り組むという状態である。今年度グラーツ研修の参加学生
が対象を観察した際には、「思考」という次元のみならず、感情の面でも動きや反応が生じていることが、その
報告から見て取ることができた。
研修初日に市内見学を行った際、グラーツ市庁舎(1880 年代建設)を示しつつ、19 世紀後半にはそれ以
前の様式を用いて建てられた建築もあることを話した。これについてある学生は、報告書で次のように記して
いる。
例 11
私は初めてヨーロッパに来て興奮していて、一目見たときは市庁舎も古くからの歴史的な建築物なのだ
ろうと思ったが、先生に話を聞くと意外と最近にできた歴史主義的な建築物だということで、少し残念だ
った。
この学生の「興奮」状態の後にくる「残念だった」という言葉には、新奇な(ここでは期待に反した)体験に対し
て、知識のレベルでのみならず、感情のレベルでも反応が起きていることがうかがえる。
前節では「より高次の思考」に焦点を当てたが、本節では対象へと「入り込む」過程の一端として、情動を
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含めたより広い意味での「精神的な」次元に着目する。
心情や印象、対象に対する直感的な評価は、報告書においてさまざまな方途で記述された。その中心的
なものとして、「美しかった」「印象的だった」「面白かった」「難しかった」といった形容詞、あるいはそれに準
ずる表現が散見できた。報告書内で多く用いられていたものを分類すると、以下のようになる。
図 4 報告書で用いられた所感に関する主な表現
本プロジェクトでは、こうした印象や心情に関する表現についても、「より高次の思考」という観点から評価
を行った。その際に基準としたのは、対象に対する所感を述べるにとどまらず、その根拠を述べているか、述
べているとすればどの程度かという点である。
1. 対象に対する所感のみを述べている
2. 対象に対する所感に加え、その根拠にあたることをわずかにでも述べている
3. 対象に対する所感に加えてその根拠を述べ、何らかの分析を行っている
4. 対象に対する所感とその根拠を述べた上で、何らかの分析に基づいて新しい洞察を導いている
例 12(上記 1 の例)
北塔の狭い石階段を登り、ウィーンの街を眺めることができた。またシュテファン大聖堂の独特な屋根の
モザイク模様を間近で見ることができた。細かな外装の細部も美しかった 13。
13
学生による記述における下線はすべて引用者による。
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例 13(上記 2 の例)
世界史で有名なハプスブルク家が、ベルサイユ宮殿を凌駕しようとしてウィーンに建てた宮殿のようだが、
あまりの広さにもはや呆れてしまうほどであった。
例 14(上記 3 の例)
ロマネスク様式の教会から、こうしたモダン様式の建築まで、一つの町の中に建っていて、しかもそれが
町全体で調和していることに新鮮な驚きを覚えた。
例 15(上記 4 の例)
また、調べたところ、この教会は 15 世紀にゴシック様式で建てられ、その後内装がバロック様式に変更さ
れたらしい。そのときに祭壇はバロックの装飾が多いものに変わったのではないだろうか。この教会には
オルガンコンサートでも訪れた。バッハなどの教会音楽を想像していたら、演奏された曲のほとんどが近
現代の作曲家によるもので、ここでそんな音楽をやるのか!とすごく驚いた。解決しない不協和音が鳴り
響く教会、それをじっくりと聴いているグラーツの人たち、重厚なオルガンの音と現代音楽の組み合わせ
などなどすべてが新鮮で、自分の中の教会や音楽に対する価値観が変わった体験だった。
例 12 では「美しかった」という所感のみが示され、例 13 では「呆れてしまうほど」だという評価は、「あまりの広
さ」という、根拠にあたる事柄とともに述べられている。これらに対し、分類 3 や分類 4 に属する記述では、所
感やその根拠の提示に加え、分析という作業が加わっている。例 14 では、複数の様式が「町全体で調和して
いること」が「新鮮な驚き」の根拠として述べられているが、この(町全体で)「調和している」という判断それ自
体、それまでに行った複数の建物観察をまとめる視点から帰結されたものである。さらに例 15 においては、
冒頭で示されるように、対象となる教会について、観察や推測が行われているが、それらに基づいて自身の
「想像」が行われ、またそれに反する事態に「すごく驚いた」過程が詳細に示されている。自分の価値観が変
わった体験をしたという記述には、建築物だけでなく、自身を高次な視点からとらえている様子を見て取るこ
とができる。
図 5 所感の表現とそれに関する分析の行われた度合い(学生別)
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表現の選択は個人の嗜好や癖によるところも大きいが、総合的にはいくつかの傾向を見て取ることができ
る。「アクティブ・ラーニング」という観点にとって興味深いのは、知識の用い方と感情面の動きとの相関性で
ある。以下の図 6 で示されるように、対象について、資料から獲得した知識を応用するというよりは、その知識
や情報の再現を志向する学生においては、所感についての分析や洞察も少なくなっている。
図6
学生 6 と学生 11 における所感・知識の記述
5. むすび
アクティブ・ラーニングは、いわゆる知識偏重の学習に対する問題提起・提言として近年取り上げられ、デ
ィスカッションやプレゼンテーションといった活動と結びつけられることが多いが、その要諦は必ずしも活動の
形態そのものにあるのではない。何らかの学習を「アクティブ・ラーニング」として成立させるのは、知識、そし
て感情面での反応をさまざまな形で応用・統合すること、すなわち分析や推測といった「より高次の思考」を
通じて新しい知見や洞察を導き出すという一連の過程である。
海外外国語研修という枠組みでこれを応用するならば、言語運用能力に限定されないさまざまなプロジェ
クトを考案することが可能である。新奇な体験を多く伴うものとして、海外外国語研修ではとりわけ感情の面で
の動きを起こしやすい。学生の知的好奇心の促進を強く期待できるこうした環境として、海外外国語研修はア
クティブ・ラーニングに必須の条件を備えている。参加学生にとって未知の、そしてアカデミックなテーマを課
題とした本プロジェクトでも、多くの学生において「より高次の思考」の生じていたことを認めることができたが、
海外外国語研修としての環境もその成果の要因であったと考えられる。大学レベルでのアクティブ・ラーニン
グの促進にとって、海外外国語研修のプログラムは役割を果たすに違いない。
とはいえ、知識の獲得やそれを正確に再現する力は、とりわけ大学のレベルにおいては不可欠であり、そ
れ自体アカデミックな営みでもある。この意味でも、「より高次の思考」を評価・測定する方法をさらに検討する
ことは、今後の課題である。その方法の精査・発展は、「アクティブ・ラーニング」そのものの発展にとっても不
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Stefan Trummer-Fukada
福岡 麻子
体験型学習プログラムに関する予備的研究(2)
可欠なものだろう。
引用文献・参考文献
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http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81008939.pdf(2016 年 3 月 3 日アクセス)
文部科学省中央教育審議会(2012)「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生 涯学び
続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜(答申)」p.37.
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2012/10
/04/1325048_3.pdf(2016 年 3 月 3 日アクセス)
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Trummer-Fukada, Stefan / 福岡麻子(2014)「体験型学習プログラムに関する予備的研究」『神戸大学国際コ
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http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81008803.pdf(2016 年 3 月 3 日アクセス)
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