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英国における「行政による不法収益の剥奪、財産の隠匿・散逸防止制度

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英国における「行政による不法収益の剥奪、財産の隠匿・散逸防止制度
英国における「行政による不法収益の剥奪、財産の隠匿・散逸防止制度、
及び集団的消費者被害救済制度」の実際
京都産業大学法務研究科法務専攻教授 坂東俊矢
<目次>
はじめに-制度の概要とその特質
Ⅰ
不法収益の剥奪制度、財産隠匿・散逸防止制度について
1.英国における「不法収益の剥奪」制度の沿革とその展開
(1)1978 年 Operation Jurie Case の失敗と 1984 年ホジスン報告書の提言
(2)2002 年犯罪収益法(POCA; Proceeds of Crime Act 2002)の成立と資産回復
庁(ARA; Asset Recovery Agency)の創設
(3)重大組織犯罪及び警察法(SOCPA; Serious Organized Crime and Police Act
2005)の制定と SOCA への資産回復業務の統合
2.英国の刑事没収(Criminal Confiscation)及び民事回復(Civil Recovery)の概要
(1)刑事没収制度の概要
(2)民事回復制度の概要
3.SOCA による資産回復の実際-2011 年度の事例を参考に
(1)2012 年 3 月 30 日の事例-北キプロスへの不動産投資詐欺
(2)2012 年 3 月 1 日の事例-麻薬取引の事例
(3)2012 年 1 月の事例-不動産購入のためのローンの詐欺事例
Ⅱ
集団的消費者被害救済制度
1.集団的消費者被害の救済と不法利益の剥奪の関係
(1)SOCA による「広範な市場詐欺(Mass-Marketing Fraud)
」に対する取り組み
(2)高齢者又は要支援者に対する SARs 制度の活用
2.金融サービス市場法(FSMA; Financial Services and Markets Act)による「金融
サービス補償スキーム(FSCS; Financial Services Compensation Scheme)」の活用
3.集団的被害回復制度に関する英国法のこれから
はじめに-制度の概要とその特質
英国で消費者が集団的に財産的被害を被った場合の被害回復は、その集団的回復の制度
(14 頁)が検討途上にはあるが、依然として個々の民事訴訟によることが原則である。但
し、組織的犯罪の再犯の抑止を目的として、刑事法上の不法利益剥奪制度が機能している。
その業務は、主として、重大組織犯罪庁(SOCA; the Serious Organised Crime Agency)
という刑事訴訟の提起をすることができる機関によって、担われている。
SOCA が担う不法収益の剥奪の制度は、刑事没収(Criminal Confiscation)
(4 頁)と民
事回復(Civil Recovery)
(5 頁)に区別される。前者が刑事上の有罪判決を前提とする制
度であるのに対して、後者はそれを前提としない。刑事没収の場合には、被害者に対する
-1-
裁判所による賠償命令(5 頁)が出されることがある。その場合、刑事没収の対象とされた
資産から優先的に被害の弁償がなされる。ただし、SOCA は年間で約 4 億ポンドの不法利益
を回復しているが、被害者にその中から賠償金が支払われた例は多くないようである。SOCA
が、被害回復を目的に被害者を積極的に掘り起こすなどの対応をしていないことがその主
たる原因と考えられる。
なお、2010 年の金融サービス市場法(FMSA; Financial Services and Markets Act 2000)
の改正で、新たに「消費者救済スキーム」が規定された。英国金融庁は、リスクの高い投
資商品の集団的被害の救済を、この制度に基づいて、現在、提案している。認可を受けた
金融事業者による投資商品にかかわる被害に限定された制度であるが、消費者の集団的被
害の行政機関による回復制度の具体的適用事例として、今後の展開が注目される。
Ⅰ
不法収益の剥奪制度、財産隠匿・散逸防止制度について
1.英国における「不法収益の剥奪」制度の沿革とその展開
(1)1978 年 Operation Jurie Case の失敗と 1984 年ホジスン報告書の提言
英国で、被害者による民事上の損害賠償請求を担保するために、その不法収益の剥奪、
没収のための資産凍結が問題とされたのは、1978 年に英国で発生した大規模な国際的な詐
欺事件がきっかけであった。いわゆる「ジュリー・オペレーション事例(Operation Jurie
Case)
」と呼ばれる事件である。中東のある商人が英国内で詐欺による取引を行い、莫大な
利益を得たにもかかわらず、その後、自国に帰国し、その資産が英国には残されていなか
ったため、属地主義による法執行の限界が問題となった。英国の裁判所は、民事裁判で衡
平法の理念に基づいて、訴訟の終結まで加害者の資産である船舶とその中の財物の保全措
置(Anton piller order)を命じたが、保全措置そのものが英国内における預金や資産に
対する制度であって、公海上の船舶やその財物に対する没収や立ち入りに関する法規定や
制度がなかったため、実際にはほとんど機能しなかった 1。
この事件への反省が 1984 年のホジスン卿 2による「犯罪と違法収益についての報告書
(Report of Crime and their Recovery, Report of a Committee chaired by Sir Derek
Hodgson)」
(通称、ホジスン報告書)につながった。この報告書は、経済利得を目的とする
重大犯罪(serious crime)3に収監刑を科すことでは科刑目的を達成できなくなっていると
して、それ以外に制裁、具体的には不法収益の没収あるいは権利剥奪が考慮されねばなら
ないと指摘した 4。ホジスン報告書は「不規則活動や犯罪による不法収益を犯罪者や事情を
知る者の何らかの利益として社会に残されるべきではなく、その不法収益は、犯罪又は不
1
英国の銀行にある外国人の預金を、勝訴の蓋然性が高い場合に、損害賠償債権の保全のために凍結保全
する措置(Mariva injunction)は、それまでも機能していた。
2
1977 年から控訴院(High Court)の Queen’s Bench Division の裁判官。法改正委員会(Law Commission)
の委員として、立法にも関与していた。
3
英国では重大犯罪と人身への侵襲行為を伴う凶悪犯罪(atrocious or heinous crime)とは区別して用
いられる。
4
この経緯とホジスン報告書の内容については、渥美東洋『複雑社会で法をどう活かすか』立花書房(平
成 10 年)266 頁以下参照。
-2-
規則行為時から不法な性質を帯びている」として、不法収益の剥奪は、不当な利得入手目
的の犯行と不規則活動の全領域に及ぼすべきとの政策提案を行った。その上で、広く不法
収益を剥奪することの正当化根拠として、重大犯罪の再犯の防止と被害者への補償とを挙
げていた。
(2)2002 年犯罪収益法(POCA; Proceeds of Crime Act 2002)の成立と資産回復庁(ARA;
Asset Recovery Agency)の創設 5
ホジスン報告書は、その後、1988 年Criminal Justice Actや 1990 年Drug Trafficking Act
に取り入れられていたが、それが全体として機能するに至ったのは、2002 年に犯罪収益法
(POCA; Proceeds of Crime Act 2002)が成立し、それに基づいて資産回復庁(ARA; Asset
Recovery Agency)が創設されてからであった。そこでは、主として組織的な経済犯罪の再
犯防止策としての資産剥奪が検討された。ARAは、独立した行政庁として、2003 年 2 月から
法に基づく資産の没収などの業務を開始した。ARAの目的は、犯罪による資産を回収するこ
とを通して、組織的な犯罪の企てを防止することにあった。そのために、ARAは、警察や歳
入関税庁(HMRC; HM Revenue and Customs)に加え、SOCAの支援を受けていた。また、刑
事起訴に至らない事案に関しては、民事回復(civil recovery)6の手段を使って各種の資
産没収命令(confiscation orders)を執行する権限も付与された。
(3)重大組織犯罪及び警察法(SOCPA; Serious Organized Crime and Police Act 2005)
の制定と SOCA への資産回復業務の統合
SOCA(組織概要については、6 頁①)は、組織犯罪の捜査をその主たる任務とする機関と
して機能し、その資産没収については ARA に情報提供をするなど協力をしていた。もっと
も、捜査権限と資産没収の申請権限とを分離して実施することが非効率であるとの指摘が
あり、重大組織犯罪及び警察法(SOCPA)が 2005 年に制定された。この法律の制定を受け
て、資産没収に関する ARA の業務を取り込む形で、SOCA の機能強化が図られた。具体的に
は、2006 年 4 月 1 日に、国家犯罪対策局(NCS; the National Crime Squad)と国家犯罪情
報局(NCIS; the National Criminal Intelligence Service)から職員を SOCA に移すとと
もに、HMRC の職員と資産、及び、旧英国移民局における組織的移民犯罪を取り扱う職員と
資産を SOCA に集めた。その結果、麻薬と犯罪資金及び組織的な外国からの犯罪に関する捜
査業務が SOCA に付与された(NCS と NCIS は 2006 年 3 月 31 日をもって廃止されている。)
。
さらに、2008 年 4 月 1 日、SOCA は ARA を統合して、民事回復制度についての権限も行使す
ることとなった。
一方、SOCAがその役割を担っている国際的な犯罪については、英国は 2011 年 6 月に国際
犯罪対策庁(NCA; National Crime Agency)を創設する計画を公にしている。NCAは 2013
年 12 月から活動を開始する予定で、SOCAは、NCAの設立を支援する役割を果たしている 7。
5
http://www.assetrecovery.org/kc/node/0876cba2-a34b-11dc-bf1b-335d0754ba85.8
ここにいう「民事回復(Civil Recovery)
」とは、民事的な請求権という法的性質を意味するものとして
使われているのではない。あくまで、刑事没収で必要とされる起訴と有罪判決を前提とするものではない
という限りで、Civil という言葉が使われているに過ぎない。
7
今後の SOCA の活動方針や計画については、SOCA『ANNUAL PLAN 2012/13』参照。
6
-3-
SOCA の業務や組織についてはこのように様々な変化を遂げてきたが、英国において、刑
事没収及び民事回復を担う中心の機関が SOCA である。
2.英国の刑事没収(Criminal Confiscation)及び民事回復(Civil Recovery)の概要
(1)刑事没収制度の概要 8
英国における刑事没収とは、刑事事件で有罪判決を受けた者から、当該犯罪で得られた
利益に相当する金銭的な価値を没収する制度である。その法律的根拠となる現行法は、2002
年犯罪収益法(POCA)である。POCAによる刑事没収手続は、SOCAが中心的な役割を担って
いるが、他にも例えば検察庁(Crown Prosecution Service)や重大詐欺捜査局(SFO; Serious
Fraud Office) 9を含む刑事捜査権限を有する多数の捜査機関、行政機関に権限が付与され
ている。
なお、刑事没収を請求する前提として、その資産を監視し、散逸を防止するために、捜
査機関は裁判所に対して、制限命令(Restraint Order、POCA 第 40 条)を求めることがで
きる。この命令によって、犯罪から得た被疑者の利益を起訴前に差し押さえることができ
る。この命令によって、被疑者は資産を移転したり、処分したりできなくなる。なお、制
限命令の前提として、被疑者及び関連する第三者にその資産情報の開示を求める開示命令
(Disclosure Order、POCA 第 357 条)、金融機関などに被疑者の過去 6 年間を限度とする取
引履歴情報を求める提出命令(Production Order、POCA 第 345 条)、最大 90 日間の間の金
融機関の口座の動向を監視できる口座監視命令(Account Monitoring Order、POCA 第 370
条)も規定されている。
①刑事没収の対象となる資産
刑事没収では、原則として、当該犯罪で得られた利益が没収の対象となる。当該犯罪か
ら 得 ら れ た 利益 を 金 銭に 見 積 も っ た額 が 没 収額 に な る 。 但し 、 犯 罪性 向 ( criminal
lifestyle)があるとされる重大犯罪(POCA 第 10 条)に関しては、訴追の段階で刑事没収
の手続が開始されるとともに、その対象も、過去 6 年間の全ての利益とすることが可能と
されている。この場合、被告人は捜査機関の請求によって、過去 6 年間に得た財産の詳細
と経緯とを明らかにしなければならない。なお、犯罪性向があるとされる犯罪としては、
麻薬密売(drug trafficking)
、資金洗浄(money laundering)
、売春(pimps and brothels)
等が挙げられている(POCA 第 75 条)。実際に、刑事没収がなされる事案は、このような犯
罪性向があるとされる犯罪である場合が多い。
対象となる資産とその金額は、高等法院(High Court)又は治安判事裁判所(Magistrate’s
Court)によって判断することになる。POCA の制定によって、治安判事裁判所が加えられて
いるが、実際の事件の多くは高等法院によって取り扱われているようである。
8
刑事没収の内容については、消費者庁「アメリカ、韓国、ポルトガル、イギリスにおける集団的消費者
被害救済制度の運用実態等に関する調査報告書」126 頁以下(以下、この報告書を引用する際には、消費
者庁「報告書」と記載する。
)
。
9
SFO は原則として、100 万ポンド(約 1 億 2600 万円)以上の詐欺事件を捜査対象とする機関である。ま
た、国際的に問題となる詐欺事件も取り扱っている。
-4-
②没収された資産の帰属
没収された資産は国庫に帰属する。没収された資産が犯罪被害者に分配されることは、
裁判所によって賠償命令(compensation order)が出される場合を除いて、原則としてな
い。英国において、不法な利益を剥奪する制度の趣旨は、利得が犯罪者に残ることによる
犯罪の繰り返しを防ぐことがその目的であって、個別の被害者の救済ではないからである。
③賠償命令について
裁判所による賠償命令は刑事訴訟上の手続の一つである 10。
捜査の過程で被害者が特定され、被害者から被害届が提出されている場合には、捜査機
関が被害者に代わって裁判所に賠償命令を申し立てる。そして、刑事没収がなされる場合
に、被害者から出されている被害届に記載されている事実について争いがなければ、裁判
所は損害額を特定して賠償命令を出すことができる。賠償命令は、刑事事件の判決と同時
に判断される。但し、被告人から犯罪の事実や損害の発生について否認された場合には、
被害者が被害及び損害の発生について立証する必要がある。
賠償命令が出されたにもかかわらず被告人による支払いができない場合には、刑事没収
された資産から優先して賠償金が支払われる(POCA 第 13 条第 6 項)
。結果的には、没収さ
れた資産が個々の損害賠償の担保として機能することになる。もっとも、捜査機関は、刑
事告訴するに当たって、全ての被害者を特定したり、被害者に被害届を提出して賠償命令
を得るようにすすめたりすることはしない。
(2)民事回復制度の概要
民事回復制度は、刑事没収とは異なり、有罪判決を前提としない。あくまで、違法行為
によって取得された資産をSOCA等の機関が違法行為をした者から剥奪をする民事上の制度
である。英国で民事回復制度を執行する権限を有する機関は、検察庁(Crown Prosecution
Service、なお、スコットランドでは「Crown Office」という。
)
、SOCA、SFOであるが 11、そ
れぞれの権限が異なることもあり、その中心はSOCAが担っている。SOCAは、組織的な犯罪
に起因する不法な利益について、民事回復の申立てをする権限を有している。民事回復制
度と刑事没収を担う機関は重なっており、刑事没収の要件に該当する場合にはそれが優先
される。
民事回復の対象となる行為は、法律によって規定されている「違法行為(unlawful
conduct)
」(POCA 第 241 条)である。ただし、規定された違法行為に該当する限りは、英国
10
賠償命令は、英国では刑事法上の賠償命令(Criminal compensation Order)と表現されることも多い、
刑事法上の犯罪被害者に対する賠償を命ずる制度であり、民事上の損害賠償とは異なるものである。法的
には、2000 年刑事裁判所(刑事判決)効果法(Powers of Criminal Courts (Sentencing) Act 2000)第
130 条以下に基づく。裁判所は犯罪行為に起因する被害者の個人的な被害についてその補償を加害者に対
して科すことができ、その支払いは罰金の支払いに優先してなされるべきことを命ずることができる。ま
た、補償額の算定に際して、捜査機関によって提出された資料や証言を用いることができる。逆に言えば、
被疑事実からの被害の発生が明確な場合に利用される制度であるとも言える。例えば、被害者が不明の事
案や多数の被害者がいてそれぞれの損害額の特定が困難な事案などでは、その証明に費用と時間とがかか
るため、この賠償命令を使うことは難しいとも考えられている(同趣旨の説明は、消費者庁「報告書」131
頁)
。
11
例えば、SFO が 2009 年度及び 2010 年度に行った民事回復はそれぞれ 1 件だけにとどまっている。
(SFO
『Annual Report 2010/11』
)
-5-
の刑事法に触れる可能性のある行為のみならず、英国外の刑事法に触れる可能性がある行
為であってもその対象となる。また、刑事没収とは異なり有罪判決が前提とされないため、
例えば被疑者が死亡しているような刑事訴追ができないような事案であっても、民事回復
は活用することができる。また、回復の対象とされる資産は、裁判所が、「蓋然性の比較
(balance of probability)
」に基づいて、資産や金銭が違法行為によって得られたもので
あると判断すれば、それで足りる。特定の資産が犯罪行為で得られたものであるとの個別
の立証までは必要とされない(POCA 第 242 条)
。例えば、被疑者の違法行為が疑われる期間
に得た収入がその前後の通常の収入額を上回る場合には、「蓋然性の比較」基準による判断
により、犯罪行為によって得られたとの個別の立証まで必要とされない。裁判所は、
「蓋然
性の比較」基準で違法行為によって取得された資産であると判断した場合には、当該資産
が合法的に得られたとの反証がない限り、合法的な利益ではないと判断できるのである。
民事回復は違法行為による 1 万ポンド以上の価値を有する資産に対してなされる。具体
的には不動産が対象となることが多い 12。預金などの現金については、民事回復とは別の制
度である現金押収(Cash Seizure)によって、平行して資産凍結が行われる。また、滞納
された税金については課税措置が行われることとなるが、今回はその詳細は省略する 13。
①民事回復制度を担う機関としての重大組織犯罪庁(SOCA)の組織概要 14
SOCAは英国内務省の非政府機関(NDPB; Non-departmental public body)の一つである。
SOCAを主導するのは理事会(Board)であり、内務大臣によって任命される議長(Chair)15
及び長官(Director General) 16を中心に、9 名の理事によって運営されている。理事の半
数以上が非執行役員(Non-Executive)である。
2011 年 4 月 1 日以降、SOCA は 3 つの事業部局に再編されている。
・戦略及び予防部門(Strategy and Prevention)部局
・運用実施部門(Operational Delivery)部局
・能力及びサービス提供部門(Capability and Service Delivery)部局
民事回復を担う SOCA 民事回復・課税局(Civil Recovery and Tax (CRT) team)は、戦
略及び予防部局に属している。
2012 年度において、SOCAは、イギリスに 25、海外に 40 の拠点を置き、約 3,800 人のフ
12
SOCA のホームページの記載によると、
「2008 年 4 月以来、回収又は consent orders の対象となった資産
は、205 の不動産あるいは土地、自動車、飛行機、ヘリコプター、2 台の船舶及びタンカーを含む 37 の乗
り物、190 の銀行口座、年金、投資信託、株を含む 17 の金融資産、56 の現金支払い、絵画や認可証、城郭
そして宝石などあらゆるものである。
」と書かれている。
(http://www.soca.gov.uk/about-soca/how-we-work/asset-recovery)
13
詳細については、消費者庁「報告書」143 頁以下。
14
SOCA の活動や予算については、
『Annual Report 2011/12』
(2012 年 7 月 4 日発行)
(http://www.soca.gov.uk/news/454-publication-of-annual-report-and-accounts-201112)
(http://www.soca.gov.uk/about-soca/library/doc_download/392-soca-annual-report-and-accounts-2
01112.pdf)
15
現在の議長は、Sir Ian Andrews 氏である。議長は、SOCA の全体の運営について監督するとともに、そ
の責任を負う。
16
現在の長官は、Trevor Pearce 氏である。長官は SOCA の日常業務とその執行について責任を負う。
-6-
ルタイムの職員が働いている。年間予算額は、約 4 億 1500 万ポンド(約 523 億円)である 17。
②資産回復の検討のきっかけとしての SOCA への情報提供
SOCAは、警察や検察を含めたさまざまな捜査機関及び行政機関から情報に基づいて、刑
事没収又は民事回復についての検討を行っている。その機関は 50 を超えている。例えば、
消費者に対する詐欺事案の収集と分析も行っているAction Fraud 18とは継続的に情報交換を
行っているとのことである。
SOCA が最も密接に情報を交換しているのは捜査機関である。捜査機関が SOCA に対して情
報提供をするに際しては、以下の点に対する検討を事前に行うことが通例になっている。
・回収対象の資産が特定されていて、その価値が少なくとも 1 万ポンド(120 万円)
以上あること
・回収対象の資産が過去 12 年間以内に取得されたものであること(税金の場合には
20 年間)
・回収対象の資産に、現金や小切手以外の資産が含まれていること(現金は現金押
収(Cash Seizure)という別の制度によって回収される。
)
・犯罪行為についての民事基準(civil standards of criminal conduct)の証拠の
証明がなされていること
・税金の事案については、税金を納めていない収入が犯罪行為の結果であることを
合理的に疑うことができること
また、POCAに規定されている「不審活動報告(SARs; Suspicious Activity Reports)」
は、端緒情報として重要である 19。すなわち、POCAで規制される組織犯罪に該当するおそれ
がある不審な活動が疑われる場合、各地にある捜査機関や金融機関などはSOCAに対してそ
の事実を報告することが義務付けられている。実際に、SOCAによる不法利益の剥奪のかな
りのものが、地方の警察の捜査とそれに基づくSOCAへの報告がきっかけになっている。ま
た、例えばSOCAのホームページから個人でSARsを申し立てることも可能である。提供され
たSARsは、SOCAの内部組織である金融情報部門(UKFIU; the UK Financial Intelligence
Unit)で検討され、その後のSOCAの活動の基礎的な資料として活用される 20。
③民事回復の手続と回収資産の分配
SOCA は、
民事回復を高等法院に申し立てる前に、
通常は資産の凍結命令(Freezing Orders)
を申し立てる。この命令が出されると、裁判所の同意なく資産を移転することが禁止され
17
現在、SOCA も予算の削減を求められている。2011 年度には、570 万ポンド(約 1.3%)の歳出削減がな
されている。
18
Action Fraud とは、英国における詐欺とインターネット犯罪に関する情報の収集と啓発とを担当してい
る機関である。
(http://www.actionfraud.police.uk/)
19
不審活動報告(SARs)が 2011 年度にどのように活用されたかの具体的な報告書として、
「不審活動報告
の年次報告書」が公刊されている。
(http://www.soca.gov.uk/about-soca/library/doc_download/317-sars-annual-report-2011)
20
UKFIS の活動内容については、http://www.soca.gov.uk/about-soca/the-uk-financial-intelligence-unit を参
照。
-7-
る。不法な資産が散逸して、結果的に民事回復が意味をもたなくなることを防止すること
ができる。
その後、SOCA は裁判所に「捜索及び差押の許可状(Search and Seizure Warrant)
」を求
め、それとともに開示命令(POCA 第 357 条)
、提出命令(POCA 第 345 条)
、口座監視命令(POCA
第 370 条)などを必要に応じて請求することで、民事回復の対象となる資産を確定する。
SOCA は、高等法院(High Court)に民事回復の命令を申し立てることになる。この申立
てはあくまで民事の制度であり、裁判所による判断よりも前に、当事者間で合意をして、
その内容を裁判所による命令とすることができる。事実上の和解が可能なのである。もち
ろん、当事者間で争いがある場合には、裁判所により民事回復命令が出される。
なお、回復された資産は刑事没収の場合と同じように国庫に帰属する。また刑事没収の
場合とは異なり、回復された資産が賠償命令に基づいて被害者に優先的に提供されること
もない。民事回復はあくまで将来にわたる被害発生の抑止が目的であり、賠償命令のよう
に被害回復を目的としているものではないことがその理由である。被害者はあくまで個別
の民事訴訟によって損害の回復を図ることになる。
④現金押収(Cash Seizure)
SOCA を 含 む 捜 査 機 関 は 、 被 疑 者 の 有 す る 現 金 が 、「 蓋 然 性 の 比 較 ( balance of
probability)
」の基準に照らして、犯罪あるいは違法行為に基づくものであると判断した
場合には、治安判事裁判所への申告に基づいて、現金を押収することができる。押収の対
象となる現金とは、いわゆる貨幣や紙幣だけでなく、小切手や為替手形、株式なども含ま
れる(POCA 第 289 条)
。また、治安判事裁判所の承認を得る前に現金押収をした場合には、
それから 48 時間以内に事後的に留置命令(detention order)を得なければならない。実
務では、事後的に留置命令を申請する事案が多い。
⑤SOCA による 2011 年度の資産回復
SOCA が 2011 年度に行った資産回復の概要は以下のとおりである。合計金額は、約 4 億ポ
ンド(約 500 億円)である。回復された資産額は、SOCA の年間予算にほぼ匹敵する。
現金の押収
£860 万
刑事没収の制限命令
£5,890 万
SOCA が単独で行った
民事回復の資産凍結命令
£560 万
資産回復
刑事没収の命令
£1,400 万
民事回復の命令
£1,150 万
民事回復の同意命令(和解)
£260 万
SOCA が英国の他の機関と共同して行った資産回復
£11,510 万
SOCA が海外の機関と共同して行った資産回復
£18,460 万
SOCA に対する批判として、1 ポンドの不法収益を没収するために 1 ポンドの国家予算が
使われているとの経済的合理性の観点からの指摘がなされることがある。
-8-
それ以外にも、SOCA による資産回復制度は、平均して 1 事例、2 年間程度の時間がかか
っており、長期にわたりすぎるとの批判がある。また、民事回復に関しては、押収した現
金以外の資産については、それを売却する必要があるが、そのためには所有者たる違法行
為者の同意が必要とされている。同意をしない場合は、禁固刑など刑罰を科せられる可能
性があるが、それを覚悟して同意をしない例もでてきている。より効果的で、効率的な制
度設計が必要であるとの意見も強い。
3.SOCA による資産回復の実際-2011 年度の事例を参考に
(1)2012 年 3 月 30 日の事例-北キプロスへの不動産投資詐欺
中央高等法院(Royal Courts of Justice)は、2012 年 3 月 30 日、R 氏(49)に対して、
約 166 万ポンド(約 2 億円)の銀行預金が犯罪行為の結果であると認定した。民事回復手
続に際して、SOCA は、R 氏の預金は、北キプロスの不動産開発計画にかかる詐欺によって
得られたものであると主張した。
R 氏の計画では、2004 年 2 月から 10 月にかけて、地元の不動産業者によって、Hz Omer
に 65、Amaranta 渓谷に 250 の別荘が取引され、販売されるものであった。さらに、R 氏は
彼の顧客に対してもし全額を事前に支払ったならば 10%の代金を割り引くことを提案して
いた。2005 年 1 月までに、R 氏はほとんどの時間をタイで過ごし、それぞれの(ネット上
の)サイトもほとんど閉鎖された状態になった。Hz Omer の家はそのほとんどが建設された
が、多数の苦情が寄せられていた。Amaranta 渓谷には、顧客の費用によって 1 件の家が建
設されただけだった。
裁判所は、2005 年の 2 月及び 7 月に、R 氏は、北キプロスの凍結されたファンドを移転
しようと試みたり、2005 年に7ヵ月間にわたって可能な範囲の営業資金を移転するために
他の者と共謀するなど、不誠実かつ詐欺的に行動したと認定した。金銭は英国の規制当局
によって、その移動が阻止された。
この事案は、クリーブランド警察(英国北東部の州)によって申立てがなされている。
一方で、R 氏の被害者によって、銀行預金の一部が被害者に支払われるべきであることを
求める民事手続が申し立てられる予定になっている。SOCA によって回収されたファンドで
特定の被害者に対するものであると判断できる場合にはそこから民事上の損害賠償が支払
われることになるが、その特定ができないものは、犯罪収益法(Proceeds of Crime
legislation)に従って、公庫に組み入れられる。
(2)2012 年 3 月 1 日の事例-麻薬取引の事例
中央高等法院(Royal Courts of Justice)は、C 氏(40)に対して、自宅不動産を違法な
利益でもって購入したことを理由として、当該不動産を重大組織犯罪庁(SOCA)に引き渡
すとの判断をした。
この民事回復申請で、SOCA は、C 氏は麻薬取引と資金洗浄によって得た利益の 100 万ポ
ンド(約 1 億 2500 万円)を自宅購入に充てたと主張した。SOCA の調査によれば、C 氏が 2000
年に自宅を第三者から 18 万ポンドで購入した際には、合法的な収入はなかった。第三者が、
C 氏以外に請求をした痕跡はないし、不動産に担保が設定された形跡もない。内装の工事と
-9-
建物の改修が行われている。それらの代金は全て現金で支払われている。
この事案は、マンチェスター警察から ARA に通報された事案であった。ARA は 2008 年に
は廃止されており、この事案はそれ以前に報告されたことになる。したがって、当該事件
は、解決までに 5 年を超える期間がかかっていたことになる。
なお、SOCA が取り扱った民事回復に関する事例では、麻薬の売買に関するものが多数を
占めている。2011 年度に関しても、2012 年 3 月 1 日の本件事例以外に、3 件の麻薬密売犯
に対して不法利益の剥奪が申請され、高等法院によって認められている。その概要は以下
の表の通りである。
当事者
番号
年月日
罪
対象
金額
自宅(2000 年購入)
£180,000
裁判所
資産報告義務
付記
以降 9 年間の
刑事没収の不
資産報告義務
履行による追
付け
加措置
(年齢)
麻薬、
1
2
2012/03/01
2011/12/21
C 氏(40)
Royal Courts
資金洗浄
of Justice
麻薬、
Liverpool
F 氏(43)
不法利益の追加支払
£704,394
資金洗浄
Crown Courts
刑事没収後に
自宅、スペインの別
麻薬、
以降 15 年間の
荘、宝石類、銀行口
3
2011/12/6
J 氏(46) 資金洗浄、
Teesside
£800,567
座(不法利益の追加
資産報告義務
Crown Courts
脱税
付け
支払)
判明した事実
による追加の
刑事没収措置
刑事没収。
以降 5 年間の
麻薬、
4
2011/4/8
M氏
Manchester
3 件の建物、農地
£925,000
資金洗浄
資産報告義務
Crown Courts
付け
£165,000 の
賠償命令が出
されている。
なお、事例 2 は刑事没収制度が実行されないことの追加的措置である。事例 3 は、刑事
没収手続後に新たに判明した犯罪利益についての刑事没収である。事例 4 は刑事没収の事
例であるが、その被害者に対して総額約 165,000 ポンド(約 2000 万円)の賠償命令
(compensation order)が出されており、その賠償金の支払いは、刑事没収された資産か
ら優先的に支払われることになる。
(3)2012 年 1 月の事例-不動産購入のためのローンの詐欺事例
19 の家屋を賃貸のために詐欺的に購入した者に対して、高等法院は、その不動産を SOCA
に引き渡すことを命令した。
2012 年 1 月に、出された資産回収命令において、Belfast 高等法院は、S 氏(38)に対し
て、彼の資産運用は犯罪行為の結果であると判断した。
回収の対象となった資産は、Antrim 州とリバプールにある自宅と他の 18 の家屋である。
民事回復手続に際して、SOCA は、S 氏は不動産ローン詐欺(mortgage fraud)
、脱税(tax
- 10 -
evasion)及び資金洗浄によって資産運用をしていたと主張した。
SOCA は、2000 年から 2007 年までの間、S 氏は不動産購入のための約 200 万ポンド(約 2
億 5000 万円)の資金を得るために、複数の金融機関に対して多数の詐欺的な不動産担保申
請書を提出していたことを調査している。
Ⅱ 集団的消費者被害救済制度
1.集団的消費者被害の救済と不法利益の剥奪の関係
英国においては、組織犯罪の再発防止を主たる目的として「不法収益の剥奪」制度が設
けられ、発展してきた。そこでは、消費者被害の救済が特段意識されているわけではない。
SOCAと英国 における 消費者 保護を担 う機関である 公正取引 庁( OFT; Office of Fair
Trading)やビジネス・イノベーション・職業技能省(BIS; Department for Business,
Innovation and Skills)との間で消費者保護の観点から意見交換がなされることはほとん
どないとのことであった。また、英国の代表的な消費者法に関する教科書にあっても、例
えばSOCAによる不法収益の剥奪など不法収益の剥奪制度について言及されている例はな
い 21。その意味では、不法利益の剥奪の制度はあくまで犯罪抑止という目的で実施されてい
るものである。したがって、刑事没収(賠償命令制度を除く)にせよ、民事回復にせよ、
被害者への回収資産の分配はほとんど意識されていない。もっとも、英国においても不法
利益剥奪制度の運用に関して、消費者の集団的被害が意識されつつあるのではないかと思
われる例も見受けられつつある。
(1)SOCA による「広範な市場詐欺(Mass-Marketing Fraud)
」に対する取組
SOCAは、2010 年 6 月に「広範な市場詐欺-その脅威の評価(Mass-Marketing Fraud-A
Threat Assessment)
」と題する報告書を公表している 22。そこでは、広範な市場詐欺の例と
して、手数料詐欺(advance fee fraud)、偽の海外富くじ(fake foreign lotteries,
sweepstake and prize draw scams)
、高いリターンを保証する詐欺取引(boiler room fraud)
が挙げられ、その英国での年間被害が 35 億ポンドに達しているとしている。そして、広範
な市場詐欺は、適法な事業者に対する消費者の信頼を害するものでもあり、これにより、
経済や市場が重大な影響を受けているとして、OFTなどと共同で、その手口公表などを通し
て、一般に対する注意喚起などを行っている 23。また、SFOも同様の注意喚起を行っている 24。
報告書は、広範な市場詐欺が、他国の被害者がターゲットとされていること、活動が外
国にアウトソースされていること及び組織的犯罪に関与する企業がかかわっていることが
特色であるとし、その対策として複数の国の規制機関の密接な協力関係の下で、次の事項
確認した代表的教科書は、Iain Ramsay “Consumer Law and Policy - Text and Materials on Regulating
Consumer Market (2 Rev Ed)” Hart-Pub (2007)、G.Howells and S.Weatherill “Consumer Protection Law
(Markets and the Law)(2Rev Ed)” Avebury Technical (2005). G.F.Woodroffe “Woodroffe and Lawe’s
Consumer Law and Practice (8th Ed)” Sweet & Maxwell (2010) である。
22
http://www.soca.gov.uk/about-soca/library/doc_download/181-immftafinal.pdf
23
http://www.soca.gov.uk/protecting-yourself/protecting-the-public
24
http://www.sfo.gov.uk/protect-against-fraud/mass-market-fraud.aspx
21
- 11 -
をとることが必要であると指摘する。
第一に、広範な市場詐欺及びその主要な構成員の全ての側面について、情報を収集して
共有する能力の強化。
第二に、広範な市場詐欺の運営を規制するための適法な手段の展開と発展(例えば、そ
のようなスキームに利用されている、虚偽の金融商品及び書類の没収等)
。
第三に、一般市民及び事業者が、広範な市場詐欺スキームによる勧誘を見分け、そのよ
うなスキームによる損失を回避又は減少させる行動をとることができるようにするための
教育プログラムの実施。
第四に、広範な市場詐欺による被害者をより迅速に特定し、支援するための、公的セク
ター及び私的セクターを通じた実効的な措置。
第五に主要な広範な市場詐欺スキームに対する実効性ある規制権限を行使するための、
調査当局、法を執行する当局及び規制当局間の協力の確立及び拡大。
この報告書が指摘する広範な市場詐欺の被害者は消費者である。この問題に刑事没収の
制度が活用されるようになれば、それは実質的には消費者被害の救済に大きな寄与をする
可能性がでてくる 25。
(2)高齢者又は要支援者 26に対するSARs制度の活用
不審活動報告(SARs)
(前述 7 頁)は、英国における不法利益剥奪制度の端緒となる制度
である。その運営は、SOCA の機関である UKFIU によって担われている。UKFIU は 2011 年 1
月に SARs の運営の改善を目的として「高齢者又は要支援者に対する不審活動報告制度の活
用(Protecting the Elderly and Vulnerable Through theSuspicious Activity Reports
(SARs) Regime)
」と題する報告書を公表している。
UKFIU は高齢者や要支援者に対する典型的な詐欺事例として、以下の事例を挙げている。
・適法な事業又は取引を装って人々の自宅に電話をし、訪問して意図的に財産を侵
害して不適切又は不要な工事の必要性を主張してそれを請け負ったり、工事を完
了しないままにしておいたり、金銭の支払いを強要するために攻撃的又は威嚇的
な態度をとったりして、不十分又は不要な工事のために過剰な請求を行う例
・支払った金銭よりも高額のローン、契約、投資、ギフト等を受け取ることを期待
させ、被害者から手数料を受け取り、実際には、後日、少額のものしか渡さず、
又は何も渡さない手数料詐欺(advance fee scheme)
・海外の巨額の宝くじに当選した旨を被害者にメール又は手紙で通知し、実際には
存在しない賞金を受け取るための諸費用を送金するよう催促する富くじのスキー
ム(lottery scheme)
・被害者を、不招請の電話又は文通により、米国又は英国の、無価値又はリスクの
25
国境を越える被害に関しては英国の民事回復の制度は機能しにくいとの事情がある。刑事没収について
は各国の制度の共通の基盤があり、共同した対応が可能であるのに対して、民事回復の制度は各国に同様
の制度がない。そのため、国を超えて共同した対応を実施することが困難であるとされている。
26
要支援者とは、その年齢、疾病又は障害のため、コミュニティケアサービス(community care services)
を必要とし、又は著しい危害(harm)若しくは搾取(exploitation)から自己を守ることができない個人
を意味する。
- 12 -
高いものであることが後に発覚する株を購入するよう促す株販売詐欺(share sale
(or “boiler room”) fraud)
そして、これらの詐欺については、被害者は、威嚇を恐れたり、被害者となっているこ
とが認識できなかったり、騙されたことについて自らを愚かに感じたりして、警察その他
の当局に申告をしない場合が多いため、金融機関など SARs をすべき法的義務を有している
機関による通報が、被害の救済と防止に有効であると指摘している。
この報告書は、SARs が高齢者などの被害救済と防止のための情報として活用できること
を指摘するものに過ぎない。もっとも、
「広範な市場詐欺」に関する報告書とも問題として
いる詐欺行為は共通しており、SOCA が今後、この領域の被害事例にどのように不法利益の
剥奪の制度を運用していくのかが注目される。
2.金融サービス市場法(FSMA; Financial Services and Markets Act)による「金融サ
ービス補償スキーム(FSCS; Financial Services Compensation Scheme)」の活用
英国で金融サービスを提供する企業は、金融サービス市場法に基づいて金融庁(FSA;
Financial Service Authority)の認可を受けなければならない。これは、2000 年FSMAによ
るものであり、英国の金融サービス事業者はこの法律によってその業務が規制されている。
従来、認可を受けた金融サービス業者は、認可業者が倒産をしたり、債務の履行ができな
くなったりした場合の顧客への保証のために、金融サービス補償スキームに資金を拠出す
ることが義務付けられていた。それに加えて、2010 年のFSMA改正法の成立により、FSAに「消
費者救済スキーム(Consumer Redress Schemes)
」を立案する権限が付与されることとなっ
た 27。これは、認可金融サービス業者が多数の消費者に対してFSMAに規定された原則に反す
る不適切な勧誘行為などを行った際に、その損害の回復を、認可金融サービス業者によっ
て拠出される資金で行う、との計画の立案権限をFSAに付与するものである。あくまで、認
可金融サービス業者による被害に限定されているが、その集団的な被害回復の立案を行政
機関に認める制度として注目される。なお、金融サービス補償スキームには、全ての認可
業者が資金を拠出するものと特定の認可業者によって資金が提供されるものが想定されて
おり(FSMA第 404 条)、消費者救済スキームについても同様の対応がなされることになる。
FSAはその最初の例として、2012 年 4 月 30 日、
「消費者救済スキーム」による投資被害の
救済を提案する文書(Consultation Paper) 28を提案した。そして、この提案についての意
見募集を同年 7 月 31 日まで行った。この消費者救済スキームは、複数の認可業者によって
中あるいは低リスクであるとの説明で販売された「Arch cru funds」が実際には高いリス
クの金融商品であったために発生した損害を、そのファンドを販売した認可業者の拠出金
によって補償する、との提案である。金融庁の提案文書によれば、救済のための資金とし
27
2010 年金融サービス法(Financial Services Act 2010)第 14 条によって、2000 年 FSMA の第 404 条に
「消費者救済スキーム」に関する条文が追加される修正がなされている。なお、FSMA には消費者救済のた
めの制度として、金融オンブズマンによる紛争解決手続などが整備されていたが、それに加えて集団的な
被害回復に関する制度が新たに追加されたことになる。FSA は、この制度に関する案内文書(Guidance note)
を 2010 年 7 月 23 日に作成している。
(http://www.fsa.gov.uk/pubs/guidance/guidance10.pdf)
28
http://www.fsa.gov.uk/static/pubs/cp/cp12-09-newsletter.pdf
- 13 -
て、ファンドに残っている資金を含めて 1 億 1000 万ポンド(約 138 億円)が拠出され、そ
れをおおむね 1 万 5000 人の消費者(投資者)に配布することになる。当該ファンドに投資
をした者のリストは、販売をした認可業者から既に提出を受けている。また、このスキー
ムを実行するための事務経費として、600 万から 1100 万ポンド(7 億 5000 万円から 14 億
円)が見込まれている。それぞれの消費者に配分される金額としては、投資額の 70%程度
になると予測されている。なお、2012 年 12 月 31 日までに消費者はFSAに対してこのスキー
ムによる補償の請求をする必要があり、それ以降になるとこのスキームでの救済は受けら
れなくなるとされた。同スキームへの請求をした消費者に対しては、2013 年 12 月 31 日ま
でに業者から補償額が提示されることになっている。もっとも、このスキームによる救済
を受けた場合には、消費者は当該金融業者に対する他の請求権を放棄したことになり、裁
判などで追加の損害賠償を請求することはできなくなる。また、金融オンブズマンでの被
害救済でも、このスキームに従った紛争解決が行われることになる。
英国でも、金融庁によってこうした消費者救済スキームが実施されるのは初めてのこと
であり、今後の経緯が注目される。
3.集団的被害回復制度に関する英国法のこれから
英国では、BISとOFTを中心に、広く消費者の集団的被害を回復させる民事上の制度につ
いての検討が続けられている。BISは 2009 年 7 月に「A Better Deal for Consumers Delivering Real Help Now and Change for the Future」(July 2009)との報告書を公表
している 29。そこでは、消費者法の実効性を確保するための一つの方策として、消費者の集
団的被害救済のための制度(collective actions)を実現することが提案されている。
「伝
統的に、消費者法の執行は、行政処分(enforcement order)や差止請求、刑事罰によって、
悪質な取引慣行をやめさせることに焦点があてられていた。これらは依然として重要であ
り、有効な手段ではあるが、実際に被害を受けて金銭的損失を被った消費者にはほとんど
助けにならない。
」として、実際の被害回復を消費者法の実効性確保策として検討すること
が提案されたのである。
その後、英国政府は「Consultation on the role and powers of the Consumer Advocate」
という文書を公表し、2009 年 12 月 2 日から 2010 年 3 月 5 日にかけて、政府機関が消費者
を代表して集団的被害回復を行う場合の論点についての意見を求めている。
もっとも、これらの検討は労働党政権によりなされていたが、2010 年の総選挙の結果、
保守党と自由党との連立政権が成立したため、その検討は中断しているとのことである 30。
BIS としては、改めて次の 3 つの選択肢を検討することで、集団的被害回復制度の方向性
を明らかにしたいと考えている。第一は、既に文書で公表されている、政府機関が消費者
を代表する方策。第二は、民間機関が消費者の代表として集団的被害回復を図る方策。第
三は、現行の刑事法上の被害回復手続を改訂することによって被害救済を広げる方策、で
ある。
29
http://www.bis.gov.uk/files/file52072.pdf
以下の記述は、今回の調査に際して、BIS の Consumer & Competition Policy を担当する Heidi Munn 氏
及び John Madill 氏の集団的被害回復制度の英国での検討状況に関する回答に依拠するものである。
30
- 14 -
EU において消費者の集団的被害回復制度について一定の提案がなされる予定であり、そ
の動向を注視しながら、英国としてもその制度の検討を続けるとのことであるが、その見
通しは必ずしも明らかとは言えない。いずれにしても、英国の制度がどのように展開して
いくのか、注目する必要がある。
- 15 -
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