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草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑

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草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑
日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要
No.51(2016)pp.221 − 230
草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物
安井 真也*・高橋 正樹*・河田 倫明*・金丸 龍夫*
The Buried Debris Avalanche Deposit Discovered on the Southeastern Foot
of Kusatsu-Shirane Volcano
Maya YASUI *, Masaki TAKAHASHI *, Michiaki KAWATA *, and Tatsuo KANAMARU *
(Accepted November 11, 2015)
A large-scale outcrop at the southeastern foot of Kusatsu-Shirane Volcano, Gunma prefecture, could be seen during
the road construction along Route 292 in 2013 and 2014. Most of the deposit cropping out was poorly sorted and covered
with alternating pyroclastic fall deposits and black humus soil. Since mega-blocks and deformed soft blocks characterize
the heterogeneous matrix, the poorly sorted deposit is considered to be a debris avalanche deposit. The weathered ash
and overlying thick pumice fall deposit is the 1.3ka Tsumagoi pumice fall (YPK) from neighboring Asama Volcano. The
blocks contained in the debris avalanche deposit are mostly andesitic lava fragments. The bulk-rock major element compositions of the blocks in the debris avalanche deposit show similar K2O contents to rocks from Kusatsu-Shirane Volcano,
and higher than those exhibited by rocks from Asama Volcano. The chemical compositions of the blocks are similar to
those of the late-stage of the Matsuozawa Volcano, which is a small-scale stratovolcano that formed in the early stage of
Kusatsu-Shirane Volcano. Although Matsuozawa Volcano is topographically dissected and covered by younger deposits on
its eastern flank, a horseshoe-shaped depression can be recognized on the southern upper flank suggesting past sector
collapse. The buried debris avalanche deposit described in this study is considered to be the deposits of this sector collapse of Matsuozawa Volcano.
Keywords: Debris Avalanche Deposit, large-scale outcrop, Kusatsu-Shirane Volcano
(Figs. 1 and 2)
,地形的には遅沢川の左岸の谷壁の一部
1 .はじめに
にあたる。露頭の大部分は淘汰の悪い流れ堆積物から成
草津白根火山の南東麓の国道 292 号線(草津道路)沿
り,それを降下火砕堆積物と黒色土壌の互層が覆う。こ
いで 2013∼2014 年に拡幅工事が行われた際に,大規模
こで記載を行った露頭(36°
33′34.9″
,138°33′
43.8″)は
な地層断面が露出した。一般に大規模露頭の観察機会は
工事現場の南端に位置し,全体の厚さは約 6 m である
多くはないため,こうした人工露頭は火山の形成史を知
(Figs. 2-2 and 4-1)
。
る上で貴重である。本報文では,この露頭で見られた厚
い流れ堆積物とそれを覆う降下火砕堆積物の産状記載を
2-2.降下火砕堆積物
本露頭では Fig. 3 の柱状図に示した堆積物が認められ
行い,流れ堆積物の起源を検討する。
る。上方より黒色土壌,降下軽石堆積物 X,黒色土壌,
2 .露頭の記載
降下軽石堆積物 Y,黒色土壌,降下軽石堆積物 Z,火山
2-1.露頭の全体像
灰互層,風化火山灰層,流れ堆積物である。本露頭では
ほらぐち
今回観察した露頭は,洞口の北方約 1.5km 付近から長
流れ堆積物の下位の堆積物は認められないため,流れ堆
さ 約 500 m, 標 高 差 約 60 m に わ た る 大 規 模 な も の で
積物の基底部は国道の高さより下にあるものとみられ
*
*
日本大学文理学部地球システム科学科:
〒 156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences,
Nihon University: 3-25-40, Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan.
─ 221 ─
(145)
安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫
Motoshirane -san
Kusatsu
Komenashi yama
Fig.9
R292
Outcrop
Volcano
route
Horaguchi
Ishizu
1 km
Agatsuma river
Haneo
Fig. 1 Map showing the southern part of the Kusatsu-Shirane Volcano.
Locality of the outcrop described in this study is shown by a circle in the figure. An area of Fig.9 is also shown.
る。Fig. 2-2 の画面右手の地点(Fig. 4-1)では流れ堆積物
火山灰互層の上面は波打っているが,削られてはいない。
より上位を観察できる(Fig. 4-2)
。降下軽石堆積物 X は
浅間火山の北北東には約 1.3 万年前に噴出した嬬恋降
茶褐色軽石から成り,岩片はほとんど含まれない。軽石
下軽石が分布する。これは草津白根火山の南東麓も厚く
の径の最大平均(大きい方から 3 つの粒子の長径の平
覆うことが知られ,浅間―草津黄色軽石(YPK)とも呼
均)は 6 cm で,繊維状の発泡形態の軽石粒子が多い。
ばれる。本露頭で見られた降下軽石堆積物 Z の層厚は約
降下軽石堆積物 Y は層厚,軽石の粒径とも堆積物 X に比
90cm であり,YPK の分布図(早川,1983 の図 7 )におい
べ小さく,黄褐色の軽石から成り,火山灰サイズの粒子
ては 100cm の等層厚線のすぐ外側に位置する。また全
に富む。軽石の径の最大平均は 1.9cm である。岩片はほ
体に粗粒で黄白色の軽石から構成されるという岩相も浅
とんど含まれない。降下軽石堆積物 Z は X,Y と比べ層
間火山の北鹿で認められる YPK と共通する。以上より
厚,軽石の粒径ともに大きい。黄白色の粗粒な軽石(∼
堆積物 Z は YPK に対比される。一方,早田・他(1988)
5 cm)から成り,少量の灰白色の緻密な岩片を含む。上
は草津白根火山東麓の群馬県六 合村の熊倉遺跡におい
位は直接黒色土壌と接しているが,局所的にレンズ状に
て,YPK の上位の黒ボク土中に「草津白根―熊倉軽石
風化火山灰から成る部分(幅数 m,厚さ最大 50cm)が
層(略称:KS-Ku)
」を見出した。この KS-Ku の噴出年
認められた。この部分は円磨された軽石と基質火山灰か
代は,下位の浅間火山起源の六合軽石(As-Kn)
(約 5,400
ら成るレキ支持の産状を呈し,谷埋め状であることか
年前)や鬼界アカホヤ火山灰との層位関係から,約 5,000
ら,軽石流堆積物の縁辺部であるとみられる。Fig. 4-5
年前と推定されている(早田・他,1988)
。YPK の上位に
画面左下の犬走り沿いでは谷状の地形の断面が明瞭に見
土壌をはさんで褐色の軽石に富む褐色風化テフラ層が 2
られ(Fig. 2-2, 4-5)
,降下軽石堆積物 Z が同様の厚さで
枚認められるという熊倉遺跡での層序(早田・他,1988)
斜面を覆うマントルべッディングの産状が見られる。降
は,本露頭の記載と同様であることから,本露頭の堆積
下軽石堆積物 Z の直下では厚さ 1 cm 前後の火山灰層が
物 X は草津白根火山の熊倉軽石,堆積物 Y は浅間前掛火
互層しており,それぞれ色調が異なる(Fig. 4-3)
。この
山の六合軽石にそれぞれ対比が可能とみられる。なお観
(146)
く
─ 222 ─
く
に
に
草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物
1
Deposit X
Deposit Y
Deposit Z
2
Fig. 3 A columnar section of the outcrop.
2-3.流れ堆積物の産状
本露頭にみられる流れ堆積物は全体に淘汰が悪く,基
質は全体に不均一で,構成物や色調が露頭の位置により
Fig. 2 Photographs of the outcrop taken in 2014.
1: The northern part of Fig. 2-2. 2: The southern end of
the area of the road construction.
変化する(Fig. 4-4, 4-6)。基質には火山灰から成るソフ
トブロックがしばしば認められる(Fig. 5-1∼5-3)
。ソフ
トブロックは不規則な形態を示し,変形が著しい場合も
ある。また色調の異なる粘土質層が互層し,弱い成層構
察地点では堆積物 X の上位は黒色土壌が覆っていたが
造が認められる部分もある(Fig. 5-4)
。ブロックは拳大
(Fig. 4-1)
,土壌層は工事現場の南端の地表斜面を形成
から 25cm 程度の大きさのものが多く,大きなものは
していた。それより標高の高い部分では人工的に露頭が
60cm を超える(Fig. 6-1)。ブロックは緻密な亜角レキが
被覆されていたため(Fig. 2)
,本露頭の最上部の様子は
多い。ブロックの種類は確認した限りすべて火山岩で
(Fig. 6-2)
,変質しているものも多い。斑状の灰白色安
確認できなかった。
草津白根火山の山頂部周辺では湯釜火口や本白根火砕
山岩質の溶岩片が多いが,赤褐色の基地に暗灰色のレン
丘群の活動でもたらされた降下火山灰の堆積物が分布す
ズを含む溶結構造を示すものや,粗大な輝石斑晶の目立
る(早川,1983,宇都・他,1983 など)
。最近,亀谷・他
つものも見られる。同一種の角レキの濃集したメガブ
(2015)は,山頂火口周辺で詳しい記載を行い,降下火
ロックも認められる(Fig. 6-1, 6-3)。クラックがみられ
砕堆積物の多くが本白根火砕丘群に由来すると考えた。
るブロックもある(Fig. 6-3, 6-4)。以上の岩相上の特徴
本報告で記載した露頭は湯釜火口から約 8.2km 離れてお
のうち,特にソフトブロックやメガブロックの産状や不
り,本地点にはこれらの火山灰層が到達していないか,
均質な基質は,この流れ堆積物が土石流や泥流などの固
もしくは微量すぎて地質単位としては保存されていない
液混相流に由来するのではなく,岩屑なだれ(固気混相
のかもしれない。本露頭では熊倉降下軽石に対比可能な
流)の堆積物であることを示している。
堆積物 X より上位の堆積物が確認できなかったため,よ
り新しい時代の堆積物の評価は難しい。
3 .岩屑なだれ堆積物中のブロックの全岩化学組成
本露頭の岩屑なだれ堆積物に含まれる火山岩ブロック
の全岩主化学組成分析を行った。分析は,東京大学地震
─ 223 ─
(147)
安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫
2
1
KS-Ku
Soil
As-Kn
As-YPK
Soil
3
As-YPK
4
YPK
Loam
5
Soil
Loam
YPK
6
YPK
Fig. 4 P
hotographs of the upper part of the outcrop. 1: Whole view of the southern end of the outcrop. 2: Pyroclastic fall deposits of
KS-Ku, As-Kn, and As-YPK and intercalated black soil layers. 3: Close-up of YPK and underlying alternation of ash fall layers.
4: Debris avalanche deposit and overlying weathered ash. 5: YPK covers the debris avalanche deposit. Typical occurrence of
mantle-bedding is seen here. 6: Debris avalanche deposit and overlying weathered ash.
(148)
─ 224 ─
4
3
1
2
草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物
Fig. 5 P
hotographs of the matrix part of the debris avalanche deposit. 1, 2, and 3: Soft blocks composed of loose ash. Note their
deformed shape. Scale: 1m. 4: Weakly stratified part consists of the alternation of gray fine ash and coarser ash.
─ 225 ─
(149)
4
3
1
2
安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫
Fig. 6 P
hotographs of the block of the debris avalanche deposit. 1: Mega-block of grayish massive lava. Scale: 1m. 2: Blocks with
altered surface are contained. 3: Cracked block. Scale: 39 cm. 4: Cracked block.
(150)
─ 226 ─
草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物
研究所の蛍光 X 線分析装置(RIGAKU ZSX Primus II)を
のガラスビードにより測定を行った。分析誤差は,SiO2
± 0.079wt.%,TiO 2 ± 0.030,Al 2 O 3 ±0.023,MnO±
High K
K2O
3
K2O(wt%)
用いた。分析方法は,谷・他(2002)に従い,6 倍希釈
3.5
浅間黒斑火山
岩屑なだれ
2.5
2
Middle K
1.5
草津白根火山
1
0.001,MgO ± 0.009,CaO ± 0.013,Na2O±0.010,K2O±
0.5
0.001,P2O5 ± 0.006 である。
Low K
0
50
SiO2 含 有 量 の 幅 は 55∼62wt.% で, す べ て 安 山 岩 で
55
あった(Table 1)
。これらの安山岩質ブロックの起源に
ついて以下に検討を行う。
3-1.浅間火山の岩屑なだれ堆積物との比較
くろ ふ
浅間黒斑火山末期の約 2.6 万年前に大規模な山体崩壊
60
65
70
本研究
SiO(
2 wt%)
Fig. 7 The SiO2-K2O diagram showing comparison among the
blocks contained in the debris avalanche deposit in this study,
the eruptive products of Kusatsu-Shirane Volcano, and blocks
from the debris avalanche deposit of neighboring AsamaKurofu Volcano.
が発生して,岩屑なだれが山麓の広範囲にもたらされた
(Aramaki, 1963)
。岩屑なだれは北麓では吾妻川に突入
して火山泥流となって関東平野まで到達した(竹本・久
黒斑火山末期の岩屑なだれ堆積物中のブロックよりも高
保(2003)など)
。この時の岩屑なだれは規模が大きいた
い K2O 量を示し,草津白根火山岩類のそれとよく一致
め,吾妻川の支流に沿って逆流,遡上した可能性があ
する(Fig. 7)
。これにより本露頭の堆積物が浅間黒斑火
る。本報告の対象露頭は吾妻川の支流の遅沢川の谷壁で
山の応桑岩屑なだれ堆積物に由来する可能性は否定さ
あるため,本露頭の岩屑なだれ堆積物が浅間黒斑火山末
れ,草津白根火山由来であることが示される。
期の岩屑なだれの堆積物である可能性も検討する必要が
ある。ここでは本露頭の岩屑なだれ堆積物に含まれる安
3-2.草津白根火山の噴出物との比較
山岩質ブロックと,浅間黒斑火山末期の岩屑なだれ堆積
本露頭の岩屑なだれ堆積物中のブロックが草津白根火
物に含まれるブロック(応桑,塩沢および塚原岩屑なだ
山岩のどのユニットと全岩化学組成が類似しているかを
れ堆積物,高橋・未公表データ)および草津白根火山の
調べるために,既存の草津白根火山の噴出物の組成デー
火山岩類の全岩化学組成(高橋・他,2010)との比較を
タ(高橋・他,2010)との比較を行った。本露頭の岩屑
行った。
なだれ堆積物中の安山岩質ブロックは,旧期および新期
浅間火山と草津白根火山の火山岩類は,K2O 量によっ
草津白根火山岩類よりも低い MgO 値を有し(Fig. 8),
て識別が可能である。草津白根火山の最初期に活動した
K2O に富む傾向がある。また MgO にやや乏しいカルク
松尾沢火山の一部を除くと,草津白根火山岩類の K2O
アルカリ系列に属し,草津白根火山の最初期の松尾沢火
量は浅間火山岩類よりも系統的に高い値を示す。本露頭
山の活動の後期の火山岩類の特徴(高橋・他,2010)と
の岩屑なだれ堆積物に含まれる安山岩質ブロックは浅間
同様である。
Table 1 Whole-rock major element composition of the blocks contained in the outcrop.
Sample No.
SiO2
MgO
K2O
TiO2
Al2O3
FeO*
MnO
CaO
Na2O
P2O5
Total
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
59.01
56.13
59.49
58.60
61.75
58.03
58.30
58.45
60.85
61.97
58.09
59.55
58.69
60.21
3.31
3.91
3.07
3.42
2.51
3.38
3.50
3.32
3.79
3.62
4.12
3.77
3.96
3.77
1.51
1.05
1.64
1.31
1.71
1.47
1.45
1.56
1.75
1.91
1.39
1.59
1.37
1.71
0.60
0.59
0.54
0.59
0.49
0.57
0.57
0.57
0.72
0.70
0.73
0.71
0.75
0.71
18.27
18.21
18.43
19.83
19.03
17.83
17.87
17.96
16.31
16.74
17.65
16.75
17.72
16.50
7.70
9.44
7.28
7.45
6.22
8.52
8.30
8.50
7.42
6.44
7.78
7.77
7.72
7.72
0.12
0.16
0.12
0.13
0.09
0.13
0.13
0.13
0.13
0.12
0.14
0.14
0.14
0.14
6.83
7.99
6.59
6.08
5.34
7.36
7.05
6.81
6.26
5.73
7.33
7.01
6.91
6.58
2.52
2.40
2.71
2.45
2.74
2.60
2.68
2.58
2.62
2.62
2.61
2.58
2.58
2.53
0.13
0.12
0.13
0.14
0.11
0.12
0.14
0.11
0.15
0.15
0.16
0.14
0.15
0.14
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
100
─ 227 ─
(151)
安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫
5.0
MgO(wt%)
松尾沢
MgO
4.5
旧期
4.0
白根
3.5
鏡池
本白根
3.0
本白根西
2.5
本研究
2.0
55
60
65
70
SiO2(wt%)
Fig. 8 T
he SiO2-MgO diagram shows the comparison among the blocks contained in the debris avalanche deposit in this study and
the eruptive products of Kusatsu-Shirane Volcano.
を呈し,その内側に底径 900m,比高約 240 m のドーム
4 .岩屑なだれ堆積物の起源
状の地形(標高 1,855m)が認められる(Fig. 9∼11)。遠
上述の全岩主化学組成の傾向からは,本露頭の岩屑な
望観察によれば,崩壊地形の内側の壁の上方 3 分の 2 に
だれ堆積物中の安山岩質ブロックは,草津白根火山最初
は厚い火山角礫岩あるいは凝灰角礫岩が見られるが,下
期の松尾沢火山の山体に由来することが示唆される。松
方の 3 分の 1 は柱状節理の発達する厚い緻密な溶岩の断
尾沢火山は,2 ∼ 1Ma 頃に活動した(早川,1983)
,底面
面が露出しているように見える(Fig. 11)
。
の直径約 3 km,比高約 400 m 程度の小型の安山岩質成層
3-2 で前述したように,本露頭の岩屑なだれ堆積物に
火山である(Fig. 9)
。西側の山腹斜面では溶岩流の地形
含まれる安山岩質ブロックは,松尾沢火山の後期の噴出
が多く認められるが(Fig. 9)
,山体の東側は本白根火砕
物と全岩主化学組成とよく類似するため,本露頭の流れ
丘をはじめとする新しい時代の火砕丘や溶岩流に覆われ
堆積物は松尾沢火山の後期の山体構成物を主体とする岩
ている。本白根火砕丘の西方約 1.2km の標高 2,031m の
屑なだれ堆積物である可能性が高い。松尾沢火山の山体
ピークの南側に,南に開いた崩壊地形が認められる
南部に認められる馬蹄形の崩壊地形は,山体崩壊の痕跡
(Figs. 9 and 10)
。この崩壊地形は約 950 m の径の馬蹄型
である可能性ある。以上からは,松尾沢火山の活動の後
Assumed
Summit crater
N
Horseshoe-shaped
crater
Lava
flows
Komenashi yama
Lava dome
Fig. 9 Topographic feature of Matsuozawa Volcano.
Fig.3 of Takahashi et al, (2010) is slightly modified.
(152)
Fig. 10 A pair of the aerial photographs showing collapsed
area of Matsuozawa Volcano. These photographs
were taken by the Forestry Agency.
─ 228 ─
草津白根火山の南東麓で見出された埋没岩屑なだれ堆積物
1
Horseshoe-shaped crater
Lava dome
2
Columnar joints
Fig. 11 Photographs of Matsuozawa Volcano taken from the south. 1: Whole view of the weastern half of the Matsuozawa volcano
seen from the volcano route. 2: Close-up of the collapsed crater wall. Thick volcanic breccia and/or tuff breccia is seen.
Columnar joints are recognized on the lower part of the cliff.
期に,南部斜面で山体崩壊が起きたことが考えられる。
が多数もたらされ,さらに降下火砕堆積物が山麓斜面を
早川・由井(1989)も松尾沢火山後期に山体の南部が崩
覆うことで岩屑なだれ堆積物の原面は完全に埋没したも
壊したことを示唆したが,明確な根拠は示されていな
のとみられる。火山地質図(宇都・他,1983)では,本
い。草津白根火山で実際に岩屑なだれ堆積物が見出され
露頭は 80 万年前に噴出したとされる太子火砕流堆積物
たのは,おそらく今回が初めてである。より新しい時代
の範囲にあるが,本露頭では火砕流堆積物は認められな
の噴出物に埋没した岩屑なだれ堆積物が道路工事によっ
かった。これまで松尾沢火山と太子火砕流堆積物の層位
て出現したことの意義は大きい。
関係は確認されていなかったが,長井・他(2015)は米
ほしまた
空中写真(林野庁撮影)を用いて地形判読を行うと,
無山南方約 8 km 付近の干俣で掘削されたボーリングコ
松尾沢火山の位置から今回の露頭位置までの南東麓斜面
ア試料の観察から太子火砕流堆積物が松尾沢火山の堆積
には,流れ山地形は認められない。岩屑なだれ堆積物の
物を覆うことを示した。太子火砕流の流下時に岩屑なだ
原面の上に,その後の噴出物(旧期溶岩,新期溶岩など)
れ堆積物の流れ山が地形的高まりとなって,火砕流が流
─ 229 ─
(153)
安井 真也・高橋 正樹・河田 倫明・金丸 龍夫
れ山の周囲を埋めるように堆積したと考えれば,本露頭
る。これらのことは,松尾沢火山で山体崩壊があったこ
で太子火砕流堆積物が岩屑なだれ堆積物の上位に認めら
とを示唆する。草津白根火山ではこれまで岩屑なだれ堆
れないことの説明は可能であろう。こうした可能性の検
積物の報告例がなく,その活動形成史の復元の上でも,
証のためには,地質調査をさらにすすめる必要がある。
今回は貴重な露頭観察の機会であったといえる。
5 .まとめ
草津白根火山南東麓の国道沿いでの工事現場におい
て,降下火砕堆積物や土壌等の下位に埋没した岩屑なだ
れ堆積物が見出された。岩屑なだれ堆積物に含まれるブ
ロックは,草津白根火山の活動初期に活動した松尾沢火
山の形成後期の岩石と同様の全岩化学組成を示す。松尾
謝辞
山梨県富士山科学研究所の吉本充宏博士には露頭情報を提
供いただき,また草津白根火山の降下火砕堆積物についてご
教示いただいた。また東京工業大学火山流体研究センターの
寺田暁博士には露頭観察のための便宜を図っていただいた。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の Alexander Nichols 博士に
は英文要旨の不備を指摘していただいた。以上の方々に感謝
いたします。
沢火山には山体の南部に馬蹄形の崩壊地形が残ってい
引用文献
Aramaki, S. (1963) Geology of Asama Volcano. J. Fac. Sci. Univ.
Tokyo, Sect. 2, 14, 229-443.
宇都浩三・早川由紀夫・荒牧重雄・小坂丈予(1983)草津白
根火山地質図火山地質図.地質調査所 3.
早川由紀夫(1983)草津白根火山の地質.地質学雑誌,89,
511-525.
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