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進化する携帯電話 その前史的考察と将来

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進化する携帯電話 その前史的考察と将来
関東学院大学『経済系』第 221 集(2004 年 10 月)
研究ノート
進化する携帯電話
その前史的考察と将来
The Development of Mobile-phone ― Its pre-history and future
石
崎
悦
史
Yoshifumi Ishizaki
要旨
本論は携帯電話を事例として,商品進化の理論的考察を行う準備作業である。携帯電話のこ
の 10 年間の発展にいたるその前史と今後の将来像を展望する。結論としては平凡ながら,社会の
ニーズに対応して,具体的な商品形態が決まることと,進化のプロセスで競争の条件が果たす役割
が大きいことである。携帯電話の普及には特に価格競争による影響が大きかったということが立証
できた。その価格競争は日本の携帯電話市場で新規参入が可能となったことから起こったというこ
とも立証できた。
キーワード 携帯電話,商品の進化,商品の競争,NTT の独占状態,企業の戦略
1.
1.
はじめに
2.
3.
4.
歴史的な事実の概観
社会の変化に対応する商品進化仮説
商品の競争による変化
5.
6.
携帯電話の戦略的考察
結論
はじめに
意した理由である。
以下の論理的展開は次のとおりである。
第 2 章では,現代の携帯電話の状況を検討する
現代の日本においては特に若者の間で顕著であ
るが,あらゆる世代で性差を問わず,携帯電話が
ための前提として,簡単に実際の歴史を考察する。
必需品となっているように考えられる。これほど
ここでの目的は現在の携帯電話を実現するための
個人に対して普及した商品があるか,という関心
直接の前史をあきらかにすることである。
からこの商品の研究をはじめてみたが,同時にこ
第 3 章では,携帯電話のような商品が社会に存
の携帯電話という商品が社会の様相を変える,あ
在するための前提として,社会の変化にその原因
るいは現在すでに変えつつあるということに関心
があることを指摘する。商品を実現させる力が企
が集中してきている。
業と消費者と行政の相互関係にあり,それが社会
さらに携帯電話が日本特有の発展の仕方をして
いることで,商品進化論の良いケーススタディの
のなかで現象するのであるという筆者の考察の枠
組みの存在を前提している。
第 4 章では,商品形態としての携帯電話がどの
対象となるというテーマ性も無視できない。ここ
で日本特有の発展の仕方という表現は最近の文字
ように最近の 10 年で進化したかを考察する。
転送や写真転送や動画転送のように,若者専用の
第 5 章では,携帯電話の抽象的な考察をとおし
ような機能的発展を意識的に消費者ニーズへの対
て,商品としての携帯電話を進化論として分析し
応として装備していくという携帯電話の方向を指
たいと考えるものである。
第 6 章は,結論である。ここでは商品の進化論
す。ネットワーク商品の代表として,さらに今後
の商品の将来像を予告するものとして,本論を用
としての理論的な解釈を提案する。
— 67 —
経 済 系 第
歴史的な事実の概観
2.
221
集
動車電話も含むが,以下の注目すべき事実につい
ての指摘をしておかなければならない 1)。
携帯電話は本来コミュニケーション・ツールとし
(1)1979 年 12 月に日本電信電話公社(1985 年よ
ての役割をもっている。したがってコミュニケー
り NTT)が東京地区でアナログ大都市方式自
ション・ツールとしての追跡がまず必要なのであ
動車電話サービスを開始し,当初は東京 23 区
るが,考察の対象としては携帯電話の意味するそ
内に限定されたが,1985 年に全国に拡大され
の範囲が広く,したがってツールとしても内容的
た。この方式はセル式電話で各セルにアンテ
に単純なものではない。
ナを設置して,移動中の自動車からセルごと
日本の電話という商品に限定しても,そのルー
に通話を継続させていくという現在の携帯電
ツからの長い歴史がある。最終的に『日本電電公
話と考え方は同じである。1985 年までの 6 年
社』という名称で代表されるようになる独占状態
間の日本電電公社による蓄積が携帯電話の優
を継続し,したがって最も重要な利害関係者であ
位性を獲得する源泉になったと解釈できる。
る「利用者」からすれば,固定電話は進化のスピー
(2)1985 年 4 月 1 日には,
「電気通信事業法」が
ドの遅い商品であり,サービス内容であったとい
施行された。また 1952 年に旧電気通信省か
うことができる。鉄道にもいえることであるが,
ら公共企業体となった旧日本電信電話公社で
日本の近代化に必要なインフラストラクチャーと
あったが,
「日本電信電話株式会社法」によっ
して,国家的な政策として全国的なネットワーク
て,特殊会社として民営化された。「電気通
信事業法」によって「第一種電気通信事業者」
を実現させてきた。
それは「経済開発論」から言っても,
「商品開発
(
「電気通信役務を他人の需要に応ずるために
戦略論」から言っても国際的な「後発者の有利」を
提供する事業」である。さらに「電気通信回
実証する歴史的好例であった。近代国家として明
線設備」を設置して電気通信役務・サービス
治時代以降出発した日本における労働者の社会的
を提供するもの)とそれ以外の「第二種電気
な優秀さを実証してきたともいえるのである。ま
通信事業者」とに分けられた。こうして「電
た現在からかえりみれば,政策的には「官主導」体
気通信事業」への新たな参入が可能となった
のである。
制というゆるやかな「開発独裁」の成功例として
(3)1987 年 4 月に NTT から,携帯電話という名
把握できるかもしれない。
称で「802 型」
(後述)が提供された。
固定電話の歴史という社会的インフラストラク
チャーの過去の蓄積のうえに,現在の携帯電話の
(4)1993 年 3 月に,首都圏,東京を中心とした
成功はあると思われるが,本論では対象を携帯電
30km のエリアでの携帯電話のデジタル方式
話に絞っているので必要なかぎりでのみ,現在の
サービスが開始された。1992 年に NTT から
NTT につながる過去の電話のインフラストラク
移動通信部門が独立した NTT ドコモが提供
チャーについては言及するにとどめる。
した。これによってデジタル化による携帯電
話の各種の機能の拡大が可能となった。
しかし現在の携帯電話の商品としての存在は進
これらは携帯電話サービス前史としての画期と
化のスピードが早い。同時に進化の内容も競争に
よって,その機能などは急激に付加されている。
して把握できる。
もちろん
(1)
―
(4)
の社会的,歴史的役割は違う。
本論はその進化の前史を整理し,現在までの,そ
して今後の携帯電話の進化と社会の変化を考察す
〔注〕
る準備をしておきたいと考える。
2.1
1)http://www.nttdocomo.co.jp/museum/history/
ktai/k_93_frame.html
前史
携帯電話以前の移動電話のノウハウとしての自
— 68 —
http://www.nttdocomo.co.jp/info/new/
release.html
進化する携帯電話
(1)
は前前史ともいうべき試行の段階である。こ
その前史的考察と将来
比の基準年と考えることにする。
の場合は NTT の独占状態が他社との競合になっ
た場合の優位性を保証するのであり,したがって
社会の変化に対応する商品進化仮説
3.
進化にとって有効な技術,ノウハウが NTT にの
み蓄積されるという事実をもたらす。
現在考えられている IT(情報技術)社会,マルチ
(2)は制度的な改革である。電気通信の自由化
メディア社会,ネットワーク社会と様々に表現さ
により法的な参入障壁がとりはらわれたことにな
れる社会での個人が自分専用として個別にもつ商
る。しかし電気通信事業の実質的な自由化は新た
品の役割の先導者,最大の普及状態を持つ商品が
な参入者が出現して,競争が現実のものとなって,
携帯電話である。携帯電話は現在でも個人専用の
初めて可能になるのである。1988 年 IDO(日本移
ツールとなっている。他の商品も個人専用のツー
動通信)が参入し,89 年には,セルラーグループ
ルとしてこれまで存在したが,個人専用のツール
が参入した。
としての携帯電話は個人専用のツールの非常に新
(3)
は日本で最初の「携帯電話」の出現である。
レンタル方式での提供であった。
しいケースの一つであるといえよう。特にネット
ワークを中心とした社会ではその示唆するところ
(4)
はデジタル化によって,商品進化の技術的な
は大きい。先駆者として上述した理由である。
制約条件がはずれるのであるが,デジタル化は携
筆者はツールとしての商品はここでとりあげる
帯電話が新たな展開を示すことができるというこ
ネットワーク商品ばかりでなく,歴史的に考察す
とを意味している。
れば,個人が独占的に利用するようになること,
換言すれば個人にとって専用化すること,あるい
2.2
現状の携帯電話への展開
は使用において他人と共用しないこと,そのこと
携帯電話としての現在の発展は上記以降の時期
が商品進化を実証することであるという仮説を証
から開始される。したがって現在の携帯電話の進
明しようとするために本論を構想した。したがっ
化過程を追跡するためにはわずかに 10 年の歴史
て本論は仮説実証型の論理展開をとる。さらにそ
を追跡すればよい。それほど携帯電話の進化は急
の内容が筆者の構想する「商品進化論」の一部分
激である。
を構成するというのが本論の体系的な位置付けで
1995 年現在では NTT ドコモ,IDO,セルラー,
ある。
2)
ツーカー,デジタルホンの 5 社が存在した 。そ
上記の仮説は人類全体にとって,これまでも物
の状態での各事業者間の競争により,以下に言及
質的に追求してきた目的の一つであるということ
するようなことが可能となった。
ができる。事実としてそれを可能にし,実現した
(1)
携帯電話サービス利用料金の全体的な低価格
のが,人類の歴史であるということができる。
したがって,商品の個人専用化は以下の二点を
化の実現
(2)
利用者のニーズに対応した多様な料金制の導
結果としてもたらす。
(1)商品の個人専用化の実現という商品の進化が
入の実現
もたらす,個人にとって便利という効果
(3)
携帯電話のデジタルサービスによる形態電話
(2)それが現実の個人の対面的接触をさらに稀薄
の機能の強化,拡大
にするという現象
これらは現在の競争状態への直接の影響がある。
以下にこの問題をとりあげる。
したがって本論では 1995 年を現在の状態との対
2)http://www.tu-ka.co.jp/tokyo.html
http://www.vodafone.jp/scripts/japanese/
release/new.jsp
3.1
商品の個人専用化
商品を個人にとって専用化すること,あるいは
使用において他人と共用しないことは,個人が食
— 69 —
経 済 系 第
集
221
事することが生きることであるように,個人が商
ることは同じ意味である。電話も家族全体にとっ
品の効果をより良く実感しようとすれば必然とな
て必要なコミュニケーション手段から,個人の専
る。生きている個人一人一人が食事のその量と質
用のコミュニケーション手段に変化した。食生活
においてニーズを充足できなければ究極的には死
の個別化,すなわち個食化,孤食化というのもこ
ぬしかないのと同様に,商品が個人専用化するこ
の現れである。つまり社会がその方向に動いてい
とによってその効果を実感するためには商品の質
るので,そのニーズに対応する商品が提供される。
と量が重要であり,それを実現することが商品の
あるいは商品が提供されるから,ますますその傾
進化であるといえるのである。
向が進むということになる。
結論的には同じようになるが,商品を有形の商
特に若者は携帯電話を回りがもっているから,流
品と無形の商品に分けて考えてみよう。そして有
行しているから,特別な必要性があるというわけ
形の商品の場合に一台を多数の人が共用する状態
ではなく持っているという現状が出現した。逆に
から,一人一人の専用的に使用する,利用すると
いえば,ビジネスユースにおける為替ディーラー
いう状態への進化を実現することが歴史の進化の
や証券マンのように,一分一秒を争うような必然
実証であったといっても過言ではない。生産台数
性があって,個人専用化を実現しているのではな
が増大することがその状態を実現するための必要
いというところが新しいといえるのである。
現在の携帯電話の使い方にいわゆる「恥の文化」
条件であった。多分われわれの日常生活も過去の
生活と比較すれば,多数の共用から個人使用へと
が崩壊した証拠を見るという意見もあるが,そん
進化していっているという事象は観察できるであ
なことはないのではないか。むしろ「恥の文化」
ろう。無形の商品の場合については別の機会に考
の表現の仕方が変わるのであり,表現の部分が変
察するつもりである。
わるのだといえる。私的な会話を他人に聞かれて
これまでの電話を例にとれば,電話の台数の非
もかまわないという感覚も出現してきたが,しか
常に少ない状態では近所の人達が一台の電話を共
し昔の人と同じような感情の部分も残っているか
用するというような時代があった。これを抽象化
らである。このような携帯電話のともなう文化変
すれば(ご近所という疑似的なものを含んで)大
容の部分は今後の社会の実験台と考えられるであ
家族の共用から,核家族としての使用,そして個
ろう。
人専用化というこれまでの傾向を指摘できるので
ある。
3.3
個人の生活を大事にするという傾向
これをもっと一般化すれば,ツールとしての商
携帯電話に代表される現在の若者の個人の生活
品の変化は,公共的使用・共通使用から,家族使
を大事にするというこの傾向は否定できないが,上
用へ,そして私的・個人的使用へと進化してきた
記の社会的変化からはそのメリットとデメリット
のであるということができる。
が容易に指摘できる。ただしそれらは同じ現象の
逆の側面であって,従来の価値観からすればたと
3.2
個人の生活の自由度
えばデメリットであっても,現実に生活している
情報化社会という性格を濃厚にもつ社会では個
若者から見れば,デメリットとは考えられないと
人の生活も変化する。またモバイル化した社会で
いうことはあるかもしれない。つまり友人であっ
は身体としての個人の移動が自由になると同時に,
ても,生身の接触は避けたいと考える若者がいて,
情報の受信・発信を移動中でも行いたいというニー
それを携帯電話というツールで代用しようとする
ズが出現するのは当然である。そのニーズを実現
場合である。最終的には,人の関係は直接接触す
できる技術的な発展も可能になった。そのような
ることを必要とするが,そこにいたるまでの過程
社会のなかで,個人の生活がばらばらになること,
では濃密でない関係を維持しようとするそのため
人間関係が分散化すること,道具が個人専用にな
のツールであるという場合は古い価値観からすれ
— 70 —
進化する携帯電話
その前史的考察と将来
ばデメリットであっても,現代の若者にとっては
た効果を確認しておきたい。消費者にとっての商
自分の自由を確保していく手段として使うのであ
品の効果が問題なのであり,選択の権利は消費者
れば,デメリットであるどころか,関係を良好に
にあるからである。
すでに述べたように,携帯電話のサービスは 1987
維持していくためのバッファーであり,緩衝装置
であるという認識であれば,きわめて重要なツー
年に開始された。
1995 年 7 月に PHS の登場があった。当時の郵
ルであり,同時に円滑な人間関係を構築する手段
政省は 1994 年 6 月に全国を 10 地域に分割して,各
であるという事になるであろう。
これらのすべてが,個人の私的生活を大事にし
地域 3 社までの参入を認めた。その通信事業サービ
たいという現れであるとすれば,この日本におい
ス提供業者は
(1)NTT パーソナル通信網(2)DDI
ても新しい価値観が成立してきているということ
ポケット電話(3)電力・JR 系のアステル(10 月)
かもしれない。これまでの疾走していた社会が停
が参入したのである。
1996 年 7 月には,PHS から携帯電話・自動車電
滞あるいは衰退に向かっているということもでき
る。それは社会の構造を転換するためには良いこ
話への暫定接続が開始された。
1996 年 10 月には,その逆の関係である携帯電
とだと容認することも必要かもしれない。
話から PHS への接続も実現した。
商品の競争による変化
4.
ここにネットワーク商品としてはほとんど同じ
性格をもつ携帯電話と PHS との相互の使用にお
前述のような携帯電話の個人専用化,常時携帯
ける不都合が一応なくなったのである。
可能化によって,商品の形態も変わる。商品の設
その結果 PHS と携帯電話との台数は NTT 関係
計,デザイン,広告,販売や提供の仕方が変わる
の数字のみであるが,以下のような急激な発展を
ことになる。それを実現するのが,商品の競争と
遂げた。3)
いう現実である。
PHS の契約数は
50 万台突破が 1996 年 4 月
4.1
ポケットベル・PHS との比較競争
100 万台突破が 1996 年 8 月
ポケットベルや PHS が本論のテーマである携帯
150 万台突破が 1996 年 12 月
電話とどのような関係にあるのか。ここで取り上
である。
げる理由は消費者側の利用形態を消費者側が開発
携帯電話・自動車電話は
してしまったところに注目したいからである。つ
300 万台突破が 1995 年 8 月
まり現在の日本の携帯電話の利用で主力を占める
400 万台突破が 1996 年 1 月
若者の利用の仕方は,非常に特徴があるが,ビジ
500 万台突破が 1996 年 4 月
ネスにおいて必要とされる常識的な移動電話の利
600 万台突破が 1996 年 6 月
用の範疇から逸脱する利用の仕方がすでにポケッ
700 万台突破が 1996 年 9 月
トベルで実現されていたからである。
1000 万台突破が 1997 年 2 月
すでに過去のものとなってしまったが,携帯電
である。
話の普及にはそれ以前の個人専用のコミュニケー
PHS と携帯の競争による結果として以下のよう
ション手段として,ポケットベルが一時爆発的に
な事実が残った。その競争がその後の携帯電話の
普及したことも周知のとおりであるし,PHS との
普及に影響を与えていると考えられるところが重
部分的な共存・競合を経過して,携帯電話の現在
要である。
がある。ここでは特に PHS との比較による携帯
電話の競争優位性を検証し,さらに PHS との競合
が現在の携帯電話の普及につながる地ならしをし
3)http://www.nttdocomo.co.jp/museum/history/
ktai/k_93_frame.html
— 71 —
経 済 系 第
221
集
1)後述するが,携帯電話ネットワークへの新規
通信回線設備」を設置して電気通信役務を提供す
加入料が,低下したことである。同時に両者
る事業者)の提供する広告だけではなく,個別の
の競争は通話料の低下ももたらした。
携帯電話端末提供企業の独自の広告として自社の
2)PHS と携帯電話との並存により,両方の使用
経験を比較することが可能となり,結果的に
携帯電話端末の特徴を消費者に提案することが普
通になるのは 2004 年になってからである。
「携帯電話の使い勝手のほうが良い」という比
較結果が実感として確認された。
4.2.1
消費者にとっての成果
携帯電話端末の使用者,消費者の買い取りによっ
3)料金の低下によって,便利さを実感させ,ビ
ジネスユース以外の所得水準の低い若者の所
て以下のような結果が生じたと解釈できる。
得の処分傾向を変化させた。
(1)
携帯電話端末の多様性の進化
(2)
携帯電話料金(新規加入料,基本使用料,通
4.2
携帯電話間の競争
話料)の低価格化
携帯電話の前史については前述したが,携帯電話
(3)
携帯電話端末の低価格化(一円携帯の出現など)
そのものの競争によって普及が促進されたという
事実を商品進化という視点からまとめておきたい。
4.2.2
電気通信事業者にとっての成果
電気通信事業者にとっても,影響は大きいと解
すでに述べたとおり,1993 年のデジタル化によ
る結果,成果としての携帯電話への影響は大きい。
釈できる。その効果は以下のとおりである。
これはそれまでのアナログでの限界を打ち破った
(1)
買い取り=売り切りによって,レンタル携帯電
のである。それ以後現在まで共通している文字伝
話端末機を用意するための資金が軽減される
送,写真伝送,動画伝送が可能になったのはもち
(2)
レンタルによる利用者,消費者の気ままな行
動を避けることができる=消費者の固定化
ろんである。ネットワーク商品としては,他の機
器との接続が可能となったことが重要である。例
(3)
それらが経営的な財務状態の改善に結果する
えば携帯電話とパソコンとの接続が可能となり,
(4)
余剰資金を他のサービス提供の充実にあてる
ことができるようになる
携帯電話が単なる移動電話から,電話にも使える
ネットワーク端末となったからである。
ここで現在の携帯電話にとって非常に重要な画
4.2.3
携帯電話間の競争による結果
これらをまとめると,携帯電話端末のレンタル
期的条件の導入があった。それは 1994 年 4 月に
おこなわれた携帯電話端末の販売自由化である。
から「買い取り」への戦略転換によって,携帯電話
従来のレンタル方式から使用者,消費者の買い取
端末の製造ならびに販売の自由競争が始まり,そ
り方式への転換というものである。
れによって製造ならびに販売の活性化をもたらし
これまで携帯電話端末は過去の黒電話の時代な
た。それによって携帯電話端末が機能やデザイン
いし固定電話がコードレスの子機付きになったり,
や色彩が多様になり,低価格の携帯電話端末の実
ファックス機能がついたりする以前のように,基
現が可能となった。その結果携帯電話端末の販売
本的にはレンタルされるものであった。消費者に
も好調になり,結論として携帯電話の普及が飛躍
とっては,好きな携帯電話端末の選択購入が可能
的に実現したのである。
となったのである。もちろん携帯電話端末が携帯
携帯電話端末の低価格化は一時社会的な話題と
電話端末提供企業によって,機能の差が歴然と判
なった。現在でもこの事情は基本的には変化して
定できたり,みかけのデザインが明確に異なると
いない。例えば「一円携帯」というような日本語
いう時代はこの段階では来ていない。ようやくそ
が存在したように,極端な「買い取り」価格を提
れが実現しだして,新聞紙上の広告に,またテレ
示して,普及に拍車をかけようとしたからである。
ビのコマーシャル広告に,電気通信事業者(
「電気
その極端な低価格の秘密は「販売促進費」
,「イン
— 72 —
進化する携帯電話
センティブ」,
「販売奨励金」,
「キックバック」と
その前史的考察と将来
目したい。
いわれるような電気通信事業者からの利益還元に
あったということを以下にとりあげる。
利益還元のタイプ
5.2
(1)販売店が新規加入者と契約した場合の手数料
携帯電話の戦略的考察
5.
の一部として
(2)携帯電話端末の販売台数の増加による段階的
利益還元として
1994 年 4 月にそれまで NTT ドコモの独占状態
であった携帯電話サービス提供市場に,デジタル
(3)期間限定,機種限定などの特定の条件内での
利益還元として
ホンがサービスを開始した。さらに 1994 年 7 月
(4)契約者の通信料,通話料の一部のキックバッ
にツーカーが参入したのである。
クとして
またすでに前述したが,1995 年 7 月には PHS
の登場があり,NTT,DDI,アステルの 3 社によ
(5)上記の組み合わせによる利益還元として
る競争状態が実現した。さらに 1996 年 7 月には,
(6)電気通信事業者各社からの複数収入として
PHS から携帯電話への暫定接続が実現し,同年 9
月には携帯電話から PHS への接続が実現したの
5.3
NTT をメインとした携帯電話業界の競争
構造
で,両者は同じ競争市場で競合することになった。
通信分野に参入するには多額な初期投資が必要
5.1
利益還元戦略の仕組み
である。もちろん多額な初期投資が必要というの
携帯電話サービスを提供する電気通信事業各社
は,この業種にかぎったことではないが,通信分
の基本的な利益還元戦略の考え方は以下の通りで
野ではネットワークを基本的に形成する必要があ
ある。
るという理由から初期投資が巨額になる。そのた
(1)
ネットワーク外部性(通信ネットワーク内部
め市場への参入のためには次のような条件が必要
での質の競争ではなく,台数増加がもたらす
になる。参入のためには巨大資本が必要となり,
ネットワーク同士の競争における優位性)が
このことは市場への参入の実質的な制限があるこ
利用できる
とを意味し,参入障壁が高いと解釈できる。
(2)
携帯電話の契約後における基本使用料の存在,
通話回数の拡大による通話料の増大による収
5.3.1
競争による価格の変化
過去の蓄積と現在の競争優位との両者を原因と
入の全体的な増加を見込める
(3)
携帯電話の契約後においては,利用者に対し
する NTT による技術的な先進性を否定すること
て独占的・排他的な存在になれるので,通信
はできない。最初に記述した個人専用化,換言す
料や通話料の比較的高水準での価格設定がで
れば個人によって携帯電話が個別に所有され,使
きる
用されることによって,携帯電話の生産台数,販
(4)
通話料などの比較的な高水準とは,限定され
た商品提供者数の場合にしばしば想定される
売台数,契約台数が飛躍的に伸びる。それによっ
て競争条件も変化するという結果となる。
過去の NTT 主体の競争による NTT ドコモの価
商品提供者間の競争が究極まで行かずに,もっ
とも競争力の弱い業者が生き残れる水準に暗
黙のうちに設定されるということがあるから
格の変化を追跡すれば以下のようになる 4)。
(1)
新規加入料値下げの変化
1987 年 4 月
である
72800 円
ここでは従来の商品の販売に対する利益還元と
いう以外のネットワーク商品特有の商品形態にお
ける利益還元スタイルが想定されていることに注
4)http://www.geocities.jp/i_love_showa/pc/
jphone/history.html
— 73 —
経 済 系 第
1991 年 3 月
1992 年 10 月
36000 円
21000 円
1995 年 6 月
9000 円
1995 年 12 月
6000 円
1996 年 12 月
廃止
集
(1)
低価格の設定
45800 円
1994 年 12 月
221
低価格化についてはすでに問題としたが,個人
ユースのためには常に解決すべき問題である。
(2)
小型化,軽量化
周知のように携帯電話が小型化され,軽量化さ
れてきた。現在でもこの傾向は継続されている。
しかし個人が使用する商品形態としては,小型化,
上記のように 1994 年 12 月以降に,新規加入料
軽量化には限界がある。その理由は
が急激に低下したことは,前述したように 1994 年
(a)
技術的限界
4 月にデジタルホンとツーカーセルラーが参入し
(b)
手の大きさの限界
たからである。この競争圧力がこの結果を生むこ
(a)についてはある時点での技術的限界が存在
とになる。最終的には廃止されるのである。
し,そのため携帯電話の小型化については,電池
(2)
基本使用料値下げの変化
1987 年 4 月
に分けられる。
23000 円
の限界などをもつ。すでに述べたことがある律速
1989 年 3 月
19000 円
の存在である。結局その時点での進化の弱い環に
1991 年 3 月
14000 円
その限界は規定されるのである 5)。
1996 年 12 月
6800 円
(b)については人間が個人的に使用する場合の
商品形態は技術的に可能であっても,小型化,軽
つまり料金設定というのは競争優位を維持して
量化には限界がある。日常の使用に不便を強いる
いるものの基本的な権利であることになる。決定
ような小型化,軽量化は意味がないからである。
権はこの場合は NTT にあるということになる。
携帯電話でいえば,テン・キーの大きさなどは指
したがって,同一の市場への参入が比較的多数に
で押せないような小ささには例外を除けばならな
なり,競争圧力が増大してこないと基本的には価
いからである。ここで例外とは一見して携帯電話
格競争にはならないということができる。
に見えないような一種のおもちゃのような携帯電
話とすることである。あるいは意外性を意識させ
5.3.2
NTT のもつ競争優位
るようなデザインの商品を提供しようという意図
過去の電話サービスを独占的に提供していた
がある場合である。
以下に携帯電話の小型化,軽量化における進化
NTT の独占状態が結局は現在も影響していて,現
在の携帯電話サービス提供者の NTT ドコモの優
の事例を掲げる 6)。
1987 年,NTT の提供する携帯電話「802 型」は
位性もそのおかげを被っている。その優位性は以
下のところに現れる。
高さ
12 センチ
(1)
ブランドの優位性
幅
4.2 センチ
(2)
技術の優位性
厚さ
18 センチ
(3)
規模の優位性
重量
900 g
(4)
ネットワーク外部性のもつ優位性
であった。
1995 年には NTT ドコモの提供する商品「デジ
これらについては NTT の戦略分析において,説
タルムーバ F101hyper 型」は
明したいと考える。
5.3.3
5)石崎・橋本共著『商品進化と技術』関東学院大学出
版会,2004 年,102 ページ。
個人専用化のための戦略
個人専用化を実現するためには以下の条件を必
要とする。
6)http://www.nttdocomo.co.jp/museum/history/
ktai/k_93_frame.html
— 74 —
進化する携帯電話
高さ
11.3 センチ
その前史的考察と将来
multiple access)にいくか,
幅
5.3 センチ
(2)
ヨーロッパ,アジア,オセアニアで採用された
厚さ
2.8 センチ
世界のデジタル方式である GMS(global system
重量
185 g
for mobile communications)の方向にいくか
ということが問題となっていた。
であった。
したがって後者と前者の比較では厚さでは 6 分
日本の家電が,日本の自動車が一種のデファク
の 1,重量では 5 分の 1 であるということがで
ト・スタンダードとしての世界標準になってしまっ
きる。
たという事実はあるが,携帯電話はそうならない。
そこが単体がよければ,評価される自動車や家電
5.4
日米関係の影響
と違う商品形態のもつ意味であり,同時に面白さ
このテーマについては本来は本論の内容として
でもある。
は範囲を逸脱しているが,上述の競争条件の大枠
を設定しているのは日米構造協議や日米経済摩擦
6.
結論
解消という指摘にあるアメリカの日本市場開放と
いう要求である。その一例が 1994 年のいわゆる日
上記のように,本論ではツールとしての商品は
米経済摩擦で政治問題となった。この場合は携帯
歴史的に考察すれば,個人が独占的に利用するよ
電話端末メーカーの日本市場への参入ということ
うになること,換言すれば個人専用化する,その
が要求の内容である。モトローラ TACS 方式(ア
ことが商品進化を実証することであるという仮説
ナログ方式)を IDO が採用して,NTT 方式との
を証明しようとした。したがって,本論は仮説実
併用とした。
証型の論理展開をとった。さらに,その内容が商
品進化論の一部分を構成するというのが本論の体
5.5
世界戦略への展望
系的な位置付けである。
この内容も本論の範囲を越えるが,日本市場で
上記の仮説は人類全体にとって,これまでも物
しばしば指摘される特徴が通信分野というネット
質的に追求してきた目的の一つであるということ
ワーク構造をもつ産業では特に顕著にあらわれる
ができた。事実としてそれを可能にし,実現した
という点を指摘しておきたい。他の産業でも以下
のが,人類の歴史であったのである。
の傾向は指摘できるが,この分野では特に重要で
しかし次の課題となるが,現在の携帯電話は若
ある。それは結局日本市場がある程度大きいため
者のおもちゃのようになり,ボードリヤールのい
に,さしあたり日本市場を対象として考えていれ
う「ガジェット」となっている。現代の日本では,
ば,電気通信事業者も,携帯電話端末提供企業も経
携帯電話が本論の個人専用化という仮説を越えて,
営として成り立つというものである。したがって
その使用の内容にすでに新しい問題を提起してい
世界戦略がおろそかになるということである。し
るのである 7)。
かし通信分野というネットワーク構造をもつ産業
現在の携帯電話の使用における新しさは以下の
では,ネットワークを構築しなければならず,当
とおりである。
然とりあえず国内のネットワークを低価格で,初
(1)個人専用化として,いつでも,どこでも,だ
期投資を最低限にして実現することを考えるはず
である。そのネットワークが世界に接続できるか
れとでも通話できる
(2)インターネットに接続することによって,世
ということが最初は意識されていない場合が多い。
界的なネットワークに参加できる
したがってこの段階では
(1)
アメリカのクアルコム社が開発した「第二世代
デジタル通信方式」である CDMA(code division
7)ボードリヤール『シミュラクールとシミュレーショ
ン』法政大学出版局,1984 年,17 ページ。
— 75 —
経 済 系 第
221
集
(3)
災害時の緊急連絡手段としての可能性がある
専用化を実現してきたことは周知のところであ
が,一時に多数の通信に対応できる能力があ
る。食事の例はすでに述べたが,衣類もその例で
るかどうかは今後の問題である
ある。当然身体の大きさが基本になるが,それ以
(4)
徘徊老人の位置情報を提示できる高齢化社会
外にファッションとして,個人の好みや趣味によっ
て選択されるから,それを実現できるだけの選択
での有効性が今後想定される
(5)
今後の新しい機能の開発によって,特に「日
対象を社会的に用意しておく必要がある。さらに
社会的な男女の差を表現する衣類もあり,したがっ
本発」の可能性を提起できる
(6)
生々しい人間関係を拒否する「引きこもり」
て個人専用化が比較的早期に達成された例が衣類
である。
のような人にとっての有効なツール
このように考えてくると,現在のわれわれの生
(7)
恋人同士の関係においても携帯電話の必要性
活において必要とされているような商品が全てこ
があるという新しい関係
(8)
友人同士の関係の輪から疎外されたくないと
のような例に該当する。基本的に自動車でもテレ
ビでも現在の生活必需品というものの提供が必要
いう意識における有効なツール
であった。また必需品の概念の形成についても社
(9)
一人遊び・ゲームの有効なツール
(10)
友人あるいはネット上の友人との複数参加ゲー
会的な偏差があることも気づく。ある社会でほと
んどの人が所有していても,別の社会ではそうで
ムなどの有効なツール
結局
(1)
−
(4)
のように想定される必要な情報交
ない場合がありうる。結局一種のグローバル化と
換だけではない,携帯電話の使い方の革命が
(5)
以
ローカル化との並存として人類社会はあるし,今
降である。
後の方向としての商品の将来像もここにあるとい
さらに今後の展開は衛星電話を利用した世界と
自由に通話できる携帯電話サービスを実現するた
めの世界戦略が必要であろう。
したがって,商品の個人専用化は以下の結果を
もたらす。
えるのである。
基本的には商品の個人使用,個人専用化はその
商品の多数の販売を可能にするから,大量生産を
社会のシステムに組み込んでしまっている現代で
は,個人使用を実現しようとする社会的ドライブ
がかかることは否定できないのである。
(1)
商品の個人専用的な利用,使用という商品の
進化がもたらす「便利」という効果
(2)
商品の個人専用化がさらに現実の個人の接触
を稀薄にするという現象
(3)
携帯電話での新しい可能性の提示と「日本発」
の利用形態の提起
これまでにも日本の社会はハイテク商品である
[参考文献]
[ 1 ]石崎悦史・橋本仁蔵『商品進化と技術』関東学院大
学出版会,2004 年
[ 2 ]正高信男『ケータイを持ったサル』中央公論新社,
2003 年
[ 3 ]岡田朋之・松田美佐編『ケータイ学入門』有斐閣,
2002 年
ワープロ,パソコンなどの大量生産によって個人
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