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1 APEC 20年間の盛衰 アジア太平洋経済協力会議(APEC)は今年で21

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1 APEC 20年間の盛衰 アジア太平洋経済協力会議(APEC)は今年で21
Yamazawa Ippei
1 APEC 20 年間の盛衰
アジア太平洋経済協力会議(APEC)は今年で 21 年目を迎える。1989 年、APEC はアジア
太平洋地域の 12 ヵ国の外相・貿易相の会議として始まった。この 20 年間で協力の気運には
盛衰があった。それを振り返って、APEC が達成してきたことを総括し、今後取り組むべき
新しい課題を眺望したい(1)。
1993 年、シアトルで第 1 回首脳会議が開かれて、首脳が「アジア太平洋地域で自由で開か
れた貿易を達成する」と共同宣言してから、貿易投資の自由化・円滑化が APEC の主要活動
となった。それに続くインドネシア・ボゴールでの第 2 回首脳会議であの野心的なボゴール
宣言、
「先進国は 2010 年までに、他の国々は 2020 年までに自由化を達成する」が出された。
1995 年、大阪 APEC で、このボゴール目標を達成するためにとるべき具体的な方針を定めた
大阪行動指針が採択された。
1996 年、APEC の貿易投資委員会は、参加国・地域(以下「エコノミー」とする)政府が大
阪行動指針に基づいて各自実施する個別行動計画(IAP)の共通様式を設定した。貿易投資
委員会はまた標準化された法令や制度のように共同で実施されるべき施策に関する共同行
動計画(CAP)を策定し、個別行動計画には共同行動計画への参加も含めることになった。
1996 年 11 月のマニラ APEC では全メンバー国が提出した個別行動計画を合わせた「APEC の
ためのマニラ行動計画(MAPA)」を採択し、1997 年から実施を始めた。
主要国の首相や大統領が毎年集まって野心的な宣言を繰り返すことで、APEC はメディア
の関心を集めた。APEC に対する期待は高まり、参加エコノミーは 1998 年には 21 に増え、
太平洋を囲むすべての主要国・地域を含むようになったのである。
しかし 1997 ― 98 年のアジア危機で APEC は大きな蹉跌をきたした。東南アジア諸国連合
(ASEAN)諸国と韓国が直撃され、通貨は大幅に下落し、多くがマイナス成長に陥った。
「容
易な分野」で自由化の風穴を開けようという早期自発的分野別自由化(EVSL)も失敗した(2)。
1997 年から実施された個別行動計画も期待したような自由化をもたらさなかった。それに
は1994年に決着した世界貿易機関(WTO)のウルグアイ・ラウンド合意(URA)の自由化も
含まれていたが、URAを越えてAPECエコノミー以外のすべての国へ適用される自発的自由
化部分は範囲も程度もきわめて限られていた。その後 URA 自由化は約束どおりに実施され
たが、困難分野のさらなる自由化は休止されたままになった。2002 年から始まったドーハ
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
開発計画(DDA)交渉もここ数年間停滞している。
他方、APEC 自体はその後、より現実的な路線に切り替えた。その重心は自由化から貿易
円滑化や能力構築、国内改革に移った。グローバル化の進行と自由貿易協定(FTA)の流行
でビジネス環境が大きく変化した。2005 年に採択された釜山ロードマップはこのような現
実的施策を表明したものであった。
2008 年秋、世界経済危機が勃発したが、11月の APEC はその拡大阻止にすばやく対応した。
11 月 15 日にワシントンで開かれた 20 ヵ国・地域首脳会議(G20)は金融市場の安定化のため
に緊急措置をとること、成長と安定を回復するために協調的なマクロ経済政策を実施する
ことを申し合わせた。その 1 週間後にペルーのリマで開かれた APEC 首脳会議は、
「世界経
済に関するリマ APEC 首脳宣言」
(APEC 2008a&b)を発表した。この宣言のなかで、APEC 首
脳は、G20 首脳のワシントン宣言と行動計画を強く支持し、その後 18 ヵ月間経済危機を克
服するために必要なあらゆる政策を採ると約束した。そして成長と雇用を牽引し、貧困削
減を実現するためには自由市場原理と開かれた貿易投資体制が維持されなければならない
との決意を繰り返した。
G20 首脳会議は今後世界経済を管理する新しい枠組みになると期待されている。確かに主
要 8 ヵ国(G8)首脳会議を拡大したものだが、中国、インド、ブラジルのような主要新興国
を含み、オーストラリアや韓国のような中規模国も含む、世界規模での協調体制を構築し
ている。しかし G20 首脳の合意が達成されるためには APEC 等の主要地域グループが支援し
て、この協調体制に推進力をつけなければならない。しかも APEC は単に政策協調の合意作
りの枠組みではなく、発展途上エコノミーに技術移転や能力構築を支援する枠組みでもあ
る。さらに両者は活動分野にも重なりがある。G20 首脳会議は近い将来、環境保全や災害復
興、流行性疫病防止、テロ防止、貧困削減等々の難問に取り組まなければならないであろ
う。これらは APEC がすでに取り上げており、APEC はこの面でも G20 首脳会議と緊密に協
調してゆくことが期待される。
2 ボゴール目標が推進役
APEC はボゴール目標に向けて個別行動計画・共同行動計画の枠組みを使って自由化・円
滑化を進めてきた。ボゴール目標を具体化した大阪行動指針は 14 分野の貿易投資自由化・
円滑化(第 1 表参照)をカバーする包括的なもので、各分野ごとに実施されるべき施策を指
定している。円滑化は透明性や規則・法令・基準の確実性を増し、エコノミー間で標準化
することでビジネスを行なうコストを削減することを狙っており、地域内での貿易投資を
拡大するには自由化と並んで重要な措置である。
個別行動計画を中核とする IAP 方式は APEC の独自の自由化・円滑化の実施の仕組みであ
る「協調的自発的自由化(CUL)」を採っている。この仕組みでは個々のエコノミーは自国
の自由化・円滑化プログラムを自発的に発表して、自国のやり方で実施する。しかし相互
に自由化計画と実施状況を観察して、自国の自由化計画が他国と同じ程度になるようにし、
かつ約束どおりに実施するようになるのである。APEC はこのピア・プレシャー(仲間内の
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
第 1 表 APECの貿易投資自由化・円滑化および経済技術協力
自由化(大阪行動指針)
円滑化(大阪行動指針)
経済技術協力
関税
非関税障壁
サービス
投資
早期自発的分野別自由化
基準認証
税関手続き
知的財産権
政府調達
商用移動
規制緩和
競争政策
原産地規則
紛争解決
ウルグアイ・ラウンド協定実施
人的資源開発
構造改革による安定効率的市場育成
経済インフラの強化
技術移転の促進と未来技術の創出
環境的に健全な成長を通じて生活の質の向上
中小企業の活力の開発と強化
グローバル経済への順化
人間の安全保障とテロ防止
知識基盤経済の発展促進
グローバル化の社会的側面
監視)に依存して、すべてのエコノミーが自由化努力を続けるように仕向けている。
参加エコノミー政府は毎年 IAP を改定して報告する。各国の IAP 報告は、貿易投資委員会
が設定した共通様式に従って、精緻になり、透明性も増していった。自由化は URA が実施
されていくのにつれて増えていった。自発的自由化のなかには URA の繰り上げ実施も含ま
れ、また数ヵ国では WTO 協定税率以下に実行税率を引き下げた。他方、共同行動計画の下
で、各国は関税率や非関税障壁の要約表を揃って発表するようになった。特に大阪行動指
針で定めた APEC 様式に整合的な法制度を導入する点で、共同行動計画は役立った。概して
IAP 方式は個々のエコノミーがボゴール目標に向けて自由化・円滑化を実施するように仕向
けてきたと言える。IAP 方式の欠点は「ポジティブ・リスト方式」で、IAP は「どれだけ自
由化するか」だけを報告して、
「どれだけなお(自由化されないで)残っているか」を明らか
にしてくれないことである。したがって IAP 報告は分量は増えたが、残存障壁がどれだけあ
るかは教えてくれない。
2002 ― 04 年に、ボゴール目標達成努力を強めるために、APEC の高級実務者会合(SOM)
は個別エコノミーの IAP のピア・レビューを行なった。別の国の高級実務者 1 名、1 ― 2 名の
専門家コンサルタントと APEC 事務局員 1 名からなるチームが組織されて、各エコノミーか
ら寄せられた当該国の IAP に関する質問表に基づいて当該国政府担当者にインタビューし、
ピア・レビュー報告を作成する。この報告書を SOM の特別会合で、チームの一員の高級実
務者の司会の下で討議し、必要があれば修正する。このようにして当該国の IAP 実施をボゴ
ール目標に近づけていくように仕向ける。
個々のピア・レビューチームは SOM が設定した共通様式に従って、当該国の IAP の実施
を分野別に吟味して、報告書を作成したが、評価の態度はチームによって異なった。多く
のチームが WTO の貿易政策レビューメカニズム(TPRM)に従った。TPRM はレビューされ
るWTO加盟国の貿易投資政策が WTO規則から逸脱していれば、それを直すように指摘する。
いくつかのピア・レビュー報告はTPRM そのままで、しかも発展途上国に対して甘いという
傾向があった。しかし APEC の IAP ピア・レビューは TPRM とは異なるべきである。APEC
の IAP はそれぞれの国の国内状況を反映した自由化・円滑化努力に着目して、必ずしも早急
な標準化を急かさない。ボゴール目標にも大阪行動指針にも曖昧さや柔軟性があって、そ
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
れには意図されたものもあれば、そうでないものもあった。このルールを厳密に規定し直
して、どの国がパスしたか、失敗したかを決めることは APEC の様式に合わない。むしろで
きるだけ多くのエコノミーがボゴール目標に到達するよう励ますことが肝要である。これ
が IAP ピア・レビューの基本的な目的であった(3)。ともかく SOM は 2007 ― 09 年にも第 2 回
目のピア・レビューを実施した。
3 自由化の目標と成果
本節と次節では APEC エコノミーが大阪行動指針にしたがってどの程度自由化・円滑化を
達成したかを、上述のピア・レビュー報告と中期たな卸し調査(MTST)報告(第 6 節参照)
に主として基づいて、点検しよう。大阪行動指針の初めの 4 分野は貿易投資の自由化を目指
している(4)。
(1) 関 税
大阪行動指針は全品目関税ゼロを目標にしているわけではない。平均関税率を 0 ― 5%、
高関税品目割合も 5% 以下に削減することを具体的目標とする。ウルグアイ・ラウンド(UR)
引き下げもあって、多数国で関税引き下げが進展。しかし DDA 交渉の遅延のなかで困難分
野の高関税は残る。国別の達成度を単純平均関税率(実行税率と WTO 協定税率の両方を掲げ
る)の引き下げと高関税(20% 超)品目数の削減(全品目数に占める割合)で測る。先進国は
5% 以下に引き下げたが、日本やカナダは農産物や繊維・衣料の高関税が残って 5% を若干
上回る。ASEAN 加盟国やメキシコ、ペルー等は平均実行税率は 10% を下回るまで引き下げ
たが、WTO 協定税率の平均はかなり高止まりのままである。オーストラリア、ニュージー
ランド、シンガポールも協定税率の平均は 10% 周辺にとどまる。これらの国では現在は低
率の実行税率が適用されているが、独自にいつでも協定税率に引き上げられるので、協定
税率を高いまま残しておくのはよくない。DDA での農・非農産物交渉が進展して、高止ま
りの協定税率や一部国で残存している高率関税が引き下げられることを期待したい。
(2) 非関税障壁
WTO では公徳保護・健康保護・有限天然資源保護の理由での非関税障壁を受容している
ので、IAP では「WTO 整合的でない非関税障壁を課していない」と答えている国が多い。
しかしその一部は認めるとしても、現在残存している非関税障壁が多すぎるとみなされて
いる。大阪行動指針では輸入数量制限・禁止、課徴金、最低輸入価格、裁量的輸出入許可、
自発的輸出制限、輸出補助金の 6 種類を挙げて、その漸進的削減・透明性確保を目標として
いる。もっとも IAP の共通フォーマットでは分野別の非関税障壁の有無を答えさせる要約表
が課されており、16 ヵ国が Yes / No で答えている。ニュージーランドが非関税障壁は皆無と
しているのみで、Yes と答えている分野でもどれぐらいの業種で制限が残存しているか、そ
れらが WTO整合的かについては判断できない。
他方、UR の農業合意で 2000 年までに輸入制限の関税化が実施されたし、国際繊維協定
(MFA)に基づく繊維・衣料の二国間数量割り当てが 2005 年初めに撤廃されたことで、アジ
ア太平洋地域の非関税障壁が削減された。
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
(3) サービス
サービス貿易の自由化は UR で初めて加えられた新分野であり、商品貿易の自由化より達
成度は低い。APEC 内でも途上国メンバーの参加は遅れている。サービス取引は国内でも各
種の規制があり、貿易制限にも及んでいる。UR ではサービスの貿易に関する一般協定
(GATS)が結ばれて、標準的なサービス業種分類が定められ、それぞれについて(4 つの取
引モード)×(内国民待遇〔NT〕と市場アクセス〔MA〕
)の 8 側面を認定したうえで、各国は
それぞれについて規制の有無を記し、
「無」のものは今後も規制しない(凍結する)旨を記
した「約束表」を提出した。貿易相手国からの自由化リクエストに対して自由化オファー
を行なう形で「無」を増やしてゆく。1995 年の UR では先進国でもなお多くの規制を残して
おり、途上国では自由化業種のほうが少ない。特に第 4 モードの「人の移動」はすべての国
がほとんどの業種で規制を残している。
大阪行動指針はこのように自由化が遅れた状況を反映して、商品貿易のような高い自由
化目標を掲げていない。電気通信・運輸・エネルギー・観光の 4 業種を優先業種として自由
化を促しているのみである。各国の IAP はそれを受けて自由化意図を表明し、自由化業種・
モードのポジティブ・リストを掲げているが、規制が残る業種・モードがどれだけあるか
不明である。過去 15 年間でサービス貿易の自由化は一定の進捗をみた。サービス自由化交
渉は UR を引き継ぐ形で 2000 年から DDA に先んじて開始されたが、すでに 2 回のリクエス
ト・オファーを繰り返して、2008 年 7 月の閣僚会議では各加盟国が次期自由化オファー内容
を予告(シグナル)して、サービス交渉議長報告の内容も決まっている。農業・ WTO 非農
産品市場アクセス(NAMA)の交渉妥結が終わっていないので一括受諾はされていないが、
APEC 参加各国の IAP には自由化約束として盛り込まれていると思われる。
客観的評価としては GATS 約束表に基づく自由化のデータベースが利用できる。これは 55
サービス貿易業種について WTO 事務局が自由化業種と判定したものを数えたものである(5)。
一般に先進国で自由化を約束する業種が多く、途上国で少ないが、その差は関税率の場合
より大きい。また途上エコノミーでは自由化とも、約束しないとも答えない業種が多い傾
向がある。これは自由化非約束と同じとみなす。ちなみにシンガポール、香港、チリ等の
商品貿易自由化が進んでいる国でサービスの自由化約束が低いが、中国やベトナムのよう
な最近の WTO 加盟国で自由化約束の度合いが高い。関税や非関税障壁に比べて自由化度合
いは低いが、WTO サービス交渉のこれまでの経緯に鑑みてこの評価は妥当ではないかと思
う。
(4) 投 資
各エコノミーとも外国投資の受け入れには熱心で、投資環境のモデル措置を定めた APEC
非拘束的投資原則(NBIP)を 1994年に採択している。多くの国がIAPで自国の外国投資制度
が NBIP に整合的だと述べている。投資法・制度を整備し、保護や送金自由の原則はほとん
どの国で実現。WTO の貿易関連投資措置(TRIM)協定を遵守して成果要求もミニマム自由
化し、さらに進むと特定セクターでの外資制限や投資優遇を残すのみ。最終的には国内企
業と同等の NT を与える。しかし先発途上国では国内の戦略産業保護のため、外資規制や投
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
資優遇を残す国も少なくない。
各国の投資自由化度の客観的な数量指標として世界銀行の Ease of Doing Business(EODB)
指数が援用できる。これは 181 ヵ国について、国内での事業実施に関する法制度・手続きを
精査して、順位付けをしたものである。これは外国投資政策より幅広い国内規制も含むが、
投資自由化の実効性を反映するものとして使える。この EODB 指数順位の上位 5 分の 1 の 36
位までは、主として欧州連合(EU)加盟国と APEC エコノミー 10 ヵ国で占められる。APEC
エコノミーの投資自由化が高い水準を達成したものとみなすことができよう。
4 円滑化の達成度
大阪行動指針の残りの分野は貿易投資円滑化を目指したものと類別できよう。
(1) 基準認証
APEC では 1994 年に基準認証枠組み宣言を採択し、基準認証小委員会を発足させて、国内
規格の国際規格への標準化、適合性評価の相互承認の取り組みを進めてきた。しかし国別
の達成度は経済発展段階によって差がある。まず国内での規格制定・管理機関の整備等の
技術インフラを整備してから、国際標準化機関に加盟して国内規格の国際標準化を達成し、
そのうえで他国との相互承認(MRA :一国の試験機関が行なった適合性評価を他国で再評価す
ることなく通用させる)を取り決めるという順序になるからである。
APEC 内では大多数のエコノミーは国際標準化機構(ISO)や国際電気標準会議(IEC)や
VAP(Voluntary Action Plan)に参加済み(ISO は 17、IEC は 15、VAP は 17 エコノミー)であり、
これらを推進する地域フォーラム、太平洋地域標準会議(PASC)には中国タイペイを除く
20 エコノミーが参加している。さらに香港を除く 20 エコノミーで 90% 以上の割合で産業界
が積極参加している。電気電子や食品、労働資格分野での MRA も 15 ― 18 エコノミーが参加
している。ブルネイのような小規模エコノミーでは国内で独自の基準を設定することなし
に、最初から国際標準を採用している。このように各エコノミーとも国際標準化に熱心で
あり、この分野でもボゴール目標の達成度は高い。もっとも国内基準のうち国際標準化し
ている割合(MTST 専門家レポート)にはなお格差がある。
(2) 税関手続き
大阪行動指針は APEC エコノミー間での税関手続きの簡素化と標準化を指示している。税
関手続き委員会は 8 つの共同行動への参加を呼びかけた。それらは関税分類(および関税評
価)の調和を果たし、それらの情報の一般入手可能性を高める一方、世界税関機構(WCO)
の京都規約(1974 年)を改定して、非拘束・留保余地大から一般付属書の受諾で義務付けに
強化する。さらに税関手続きも電子化や安全性確保等の支援措置を導入する。
APEC 内では税関手続きの簡素化・標準化は自国の貿易拡大につながると認識して熱心で
ある。関税分類(および関税評価)の調和はすでに多数国が実施済みである。税関手続きの
電子化・ペーパーレス化も普及している。改定京都規約(RKC)は 2006 年 2 月に発効し、9
エコノミーが受諾済み、6 エコノミーが部分受諾したが、すべてのエコノミーが RKC に沿っ
て実施する方向にある。2006 年度からは、最初の入国時点で通関手続き書類審査を検疫そ
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
の他と一括して完了できるSingle Windowプログラムを導入した。関連措置の導入も進んで、
「通関に要する平均時間もかなり短縮され」ている。これらの整備に不可欠な能力構築のた
めの技術協力も CAP で実施してきた。さらに今はテロ対策として世界貿易の安全・円滑化
基準のための WCO 枠組みを 12 ヵ国が実施している。Single Window や安全性枠組みは大阪行
動指針後に考案されたものだが、APEC ゆえにその導入・普及も他地域より早い。
(3) 知的財産権
大阪行動指針は知的所有権の付与および保護、侵害に対する救済措置、貿易関連知的財
産権(TRIP)の UR 合意の実施を奨励している。まず政府が知的所有権の付与・保護を明確
に打ち出し、その法的整備を果たす。それを実効あらしめるために国内の種々の機関(登記
所、侵害に対する救済制度の整備や登記の電子化等)の整備がなされなければならず、さらに
TRIP や世界知的所有権機構(WIPO)等の多国間協力の枠組みへの参加を掲げている。
APEC エコノミーは知的所有権の整備が技術集約セクターでの外資誘致や貿易拡大に不可
欠と認識しており、IAP にもその意図を表明しているが、それらがどの程度実効が上がって
いるかは IAP 報告や MTST の記述のみでは判別が容易でない。知的財産権はしばしば国際紛
争の原因となっており、今後も関係国間での協議や交渉を通じて改善されてゆく必要があ
る。
(4) 政府調達
政府調達に関しては国家安全保障上、および国内産業育成の観点から国内産品の優遇策
が採用されてきた(関税貿易一般協定〔GATT〕3 条でも NT の適用除外)。しかし国際化の進展
で政府調達取引の大きさが無視できなくなり、開かれた競争的な政府調達市場の実現が要
求されるようになってきた。1994 年マラケシュ合意では政府調達協定が成立し、サービス
も含め、地方政府や政府関連機関も対象とされる。
大阪行動指針ではまず政府調達政策・制度を整備してそれを国際的にも周知させる。1995
年政府調達専門家会合(GPEG)では政府調達のモデル措置を定めた「政府調達における透
明性、値段だけの価値、開かれた有効競争、公正取引、説明責任プロセスと無差別性の非
拘束原則」を採択した。長いタイトルだが、内容はこのとおりである。各国の政府調達の
それとの整合性を点検するとしている。これには政府調達制度・手続きの情報公開、デー
タベースの構築、電子入札等が含まれる。さらに WTO 政府調達協定の批准や多国間協力も
謳われている。
(5) 商用移動
大阪行動指針はアジア太平洋地域の貿易投資拡大を円滑化するための戦略的アプローチ
として「商用移動の増進」を掲げた。これは APEC ビジネス諮問委員会(ABAC)の強い要
請に応えたもので、具体的には 1997 年に発足した商用移動グループは商用ビザや短期滞在
の法制度の簡素化やその情報公開を挙げ、オンライン・ビジネス・ハンドブック(OTH)、
APEC ビジネス・トラベル・カード(ABTC)制度、30 日内ビザ発給制度等の採用を勧めて
いる。
OTH には短期商用滞在・居住の条件とビザの要否、申請手続きを公開しており、これは
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
全 21 エコノミーが果たしている。ABTC は APEC 内の商用旅行に携行すればビザ申請は不要
で、かつ専用レーンを利用して速やかな出入国ができる。これもロシアを除く 20 エコノミ
ーが実施している。米国とカナダは暫定実施中でビザが必要だが、専用レーンは利用でき
る。両国ともテロ防止のために入国手続きを厳しくしている。商用移動に関してはボゴー
ル目標はほぼ達成されたと言えよう。
なお残りの 4 分野、規制緩和、競争政策、原産地規則、紛争解決を除いた理由は次のとお
りである。最初の 2 つは大阪行動指針の目的設定が抽象的で、各国の IAP での記述も当初は
まちまちであった。2000 年代になって国境措置の奥にある諸措置が重要であると言われる
ようになって、2007 年から規制改革プロジェクトとして再発足しており、評価は尚早。
原産地規則は APEC 諸国間の特恵および非特恵の原産地規則の相違の情報を収集し、調和
を推進するというものだが、近年の FTA の流行と WTO 交渉の遅延を受けて、APEC は 2006
年から FTA のモデル措置の主要項目として取り上げている。
紛争仲介は重要な課題だが、近年はもっぱら WTO の紛争パネル(小委員会)の利用が進
んで、APEC 賢人会議が 1995 年に提言した APEC 紛争仲介制度の議論は進んでいない。いず
れも 2010 年の中期ボゴール目標の成果の検証作業にはそぐわないと思われる。
5 経済技術協力
APEC の第三の活動は経済発展のための技術協力である。この活動は自由化・円滑化より
早く、1989 年の第 1 回 APEC 閣僚会議から発足していたが、1995 年の大阪行動指針第 2 部の
「経済技術協力」として再発足した。13 分野が認定され、個々の協力案件ごとに、多数のフ
ォーラムや作業班が統率者(リード・シェパード)の下に組織された。これは APEC の典型
的な協力プロジェクトの運営方式を示している。1 エコノミーないしは小数のエコノミーが
共同で「気に入りの」協力案件を提案し、専門家、資金、その他必要なものを提供する。
他のエコノミーはそれに参加するか、参加しないとしても自国に支障がない限り反対はし
ない。APEC の中央基金はきわめて限られているから、APEC 自体からの資金援助はほとん
どない。多くは調査や研究、セミナーであり、1990 年代後半にはこのような小協力プロジ
ェクトが 200 以上設けられた(山澤 2001、第7章)。
この方式には利点もあった。通常この種の協力プロジェクトには専門知識と経験をもっ
た熱心な人々が政府外からも参加し、アジア太平洋にわたる個々の協力案件を議論したか
らである。いわば最も熱心な「アジア太平洋協力おたく」だった。しかしこれはあまりに
多すぎ、運営もルーズで、焦点を欠き、目に見える成果が上がらないと批判された。第 1 表
(6 ページ)には現行の経済技術協力10分野が掲げてある。人材育成、インフラ整備、技術移
転、中小企業等は馴染みの分野だが、人間の安全保障、生活の質、グローバル化への対応
等の新分野が登場している。もっとも経済技術協力活動の策定と運営には上述の APEC 方式
が続いている模様である。
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
6 釜山ロードマップ
2005 年の主催国韓国はボゴール目標達成の努力を活性化するために、IAP の中期たな卸し
調査(MTST: mid-term stock-taking)を実施した。各国は自国の達成度についてMTST 報告を提
出するよう求められ、韓国政府の研究機関である韓国経済政策研究院(KIEP)が国際専門家
チームを組織して、調査を担当させた。KIEP 専門家チームは前述のピア・レビュー報告書
と自己 MTST 報告書を詳細に吟味したうえで、大阪行動指針 14 分野ごとに個々のエコノミ
ーの達成度を比較し、APEC 全エコノミーのボゴール目標達成度についての総括した(APEC
。それに基づいて SOM が MTST 報告書を作成し、新しい行
2005b, Main Report and Attachment)
動計画を提案した(APEC 2005a)。これが閣僚会議と首脳会議で採択された「釜山ロードマ
ップ」である。
釜山ロードマップは APEC エコノミーのビジネス環境の変化を強調し、地域内でのビジネ
ス取引コストの一定の削減を努力目標として掲げた。APEC の重心自体が自由化から貿易円
滑化、能力構築、
(国境措置の奥にある)国内規制改革に移っていった。釜山ロードマップは
世界の変化のなかで字義どおりにボゴール目標を追求するよりも、現実的な路線への転換
を図ったのである。
釜山ロードマップはさらに拡充され、2006 年ハノイ APEC では「地域統合の強化」や「食
料の安全性」が、2007 年シドニー APEC では「規制改革」が、2008 年リマ APEC では「貿易
円滑化行動計画Ⅱ」と「APEC の FTA モデル措置」が採択された。今回の世界経済危機のな
かで貿易投資面でも APEC がいっそうの貢献を果たすことが期待される。
7 2010 年 APEC の課題
2010 年に APEC を主催する日本は、先進国メンバーをボゴール約束から卒業させる大きな
仕事を受けもっている。実際 DDA 交渉が停滞しているなかで困難分野の自由化はいまだ残
っている。APEC にとってのもうひとつの選択肢はボゴール中期目標を棚上げして、全エコ
ノミーに釜山ロードマップに沿って拡大された分野で努力を続けるように督励することで
あろう(6)。
この 2 つのどちらを選ぶかは一考を要する。どちらをとっても APECエコノミーに DDA 交
渉と並んで自由化を進めるよう督励することに変わりはない。それは現在の世界経済危機
から回復するために APEC が果たさなければならない課題とも合致している。私は次の 3 つ
の理由で卒業路線のほうを推奨したい。
第一に、1997 ― 98 年のアジア危機以来 APEC の気運は減退して、今再活性化を図らなけ
ればならないからである。事実 ABAC は APEC の自由化を促進するためにアジア太平洋地域
大の FTA(FTAAP)を提案した(ABAC 2006)。他方、APEC の4 エコノミー(ブルネイ、チリ、
ニュージーランド、シンガポール)はすでに高水準の FTA を目指す「P4 グループ」を 2006 年
に結成していて、昨年暮れに米国通商代表部(USTR)がそれへの参加に関心をもっている
と表明した。P4 グループは今や TPP(Trans-Pacific Partnership)と改称されている。
国際問題 No. 585(2009 年 10 月)● 12
APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
第二に、すでに自由化・円滑化関連でも述べたように、APEC は地域統合の強化、規制改
革、貿易円滑化行動計画 II、APEC の FTA モデル措置等々多くの新課題を担わされている。
これまでの成果を確認し、行動計画を仕切り直す必要があるのではないか。
第三に、IAP 方式自体を合理化する必要がある。IAP 方式はこれまでボゴール目標達成に
向けて各エコノミーの自発的努力を督励する主要エンジンの役割を果たしてきた。しかし
IAP 報告書自体、自由化・円滑化のポジティブ・リスト方式の長大で分厚な文書と化して、
読まれることも少ないのではないか。
字義どおりにボゴール宣言を受けて卒業路線をとるとなると、2010 年の APEC の議題は次
の3 つの柱から成ろう。
(A) 5 +α国をボゴール約束から卒業させ、毎年 IAP を提出することから免除する。
(B) 残りのエコノミーには今後もボゴール目標へ向けての努力を続けさせる
(C) 卒業グループには「ボゴール後目標」を与えて、FTAAP や TPP のような、より高
次の自由化を目指させる。
(A)
で挙げた 5 ヵ国はもちろん先進国メンバーで、αはシンガポールやチリ、中国香港の
ようなすでに高度の自由化を達成済みのエコノミーを指す。APEC はすでに新分野開拓者方
式(path-finder approach)を採択していて、全部が揃わなくても、一部の準備のできたエコノ
ミーが先行してもよいとしている。FTAAP や TPP は長期目標として取り入れることは可能
である。さらに卒業を見送るメンバーのなかにも韓国や中国台北等は 2020 年まで残ること
はなく、途中で卒業して第 1 グループに加わるであろう。ASEAN 加盟の国のなかにも経済
共同体が 2015 年に向けて形成されていくなかで、卒業する国も現われよう(7)。
APEC には有力なエコノミーが含まれ、すでに 20 年の経験がある。APEC はマクロ経済政
策や金融安定化のための協力を強化するのみならず、環境、エネルギー、流行性疾病、格
差拡大、社会セーフティーネット等々の新しい世界大の課題に取り組んでいかなければな
らない。
( 1 ) Drysdale and Terada(2007)の5 巻本は、APECの先駆となった太平洋経済協力(PECC)フォーラ
ムも含め、アジア太平洋経済協力に関する 105 編の論文・演説を収録している。その第 4、5 巻は
APEC に関する論文を多く含むが、それぞれ著者の APEC 論であって、APEC が実際にやってきた
活動を丹念にフォローする試みは意外と少ない(筆者による書評参照)
。なお本稿とほぼ同時期に
シンガポールの東南アジア研究所(ISEAS)から、ほぼ同じ課題での依頼を受けて、本稿と同一内
容の英文稿を寄稿したことをお断りしておく。
( 2 ) 早期自発的分野別自由化(EVSL)の失敗は、林業や水産業のような「容易ではない分野」ない
しは自由化に強硬な抵抗がある分野の関税・非関税措置を、APEC 内で世界貿易機関(WTO)と同
じ方式で削減しようとしたところに起因している(山澤 2001, 第 6 章)
。
( 3 ) Woo(2005)は IAP ピア・レビュー報告が TPRM を踏襲することを批判して、当該国の貿易政策
の不完全な報告書を作っても仕方がないと述べた。さらに個々の IAP では APEC 独自の自由化・円
滑化措置を認定するべきだと主張した。筆者もあるピア・レビューチームにコンサルタントとし
て参加した経験があり、IAP ピア・レビュー報告が TPRM を踏襲している点について Woo と同意見
である。ただボゴール目標達成努力の評価で、APEC独自のものだけに限定すべきだとは思わない。
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APEC の成果と課題―ボゴール目標は達成されたか
( 4 ) 筆者は1997― 98年にAPEC 各国のIAPの貿易・投資自由化の数量評価を実施したが、それは初期
時点でのボゴール目標に向けた将来の実施約束に基づいていた(山澤 2001、第 6 章に再録)
。しか
し本稿では現時点での達成実績を評価しようとしている。
( 5 ) なお前述のように自由化を約束した業種でも、そのなかの小分類業種やモードでは自由化が約束
されていないものも含み、自由化の程度が一様でない。
( 6 ) Elek(2005)はこちらの選択肢のほうを支持しているようである。
( 7 ) もちろん卒業させるにあたっては、各エコノミーの個別のボゴール目標達成度を数量評価しなけ
ればならない。これはあからさまな評価を忌避するAPEC 体質から公式には実行し難いが、専門家
による非公式な試みとして準備中である。
■参考文献
APEC ビジネス諮問委員会(ABAC)
(2006)
『APEC 首脳への提言―繁栄と調和のとれた APEC 共同体
の推進』
、ABAC日本委員会、38 ページ。
、日本国際問題研
山澤逸平編著(1998)
『アジア太平洋協力―個別行動計画の分析、評価及び比較』
究所(外務省委託研究調査報告書)
。
山澤逸平(2001)
『アジア太平洋経済入門』
、東洋経済新報社。
APEC(2005a)A Mid-term Stocktake of Progress Towards the Bogor Goals – Busan Roadmap to Bogor Goals, submitted to 17th APEC Ministerial Meeting by SOM Chair, Busan Korea, 15–16 November.
APEC(2005b)Bogor Goals Mid-term Stocktake – Project Team Experts’ Report – with Attachment: Progress on
specific trade and investment barriers.
APEC(2008a)Lima APEC Leaders Statement on the Global Economy, 22 November.
APEC(2008b)Additional Document Delivered by Leaders Raised Further Measures to Deal with Global Financial
Crisis, Lima, 23 November.
APEC(2008c)Senior Officials’ Report on Economic and Technical Cooperation, Singapore, November.
Elek, Andrew(2005)APEC After Busan: New Direction, KIEP APEC Study Series 05–01, KIEP.
Drysdale, Peter and Takashi Terada eds(2007)Asia pacific Economic Cooperation: Critical Perspectives on the
World Economy, 5vols., Routlege. 山澤逸平による書評、
『世界経済評論』2008年 7 月号。
Woo, Yuen Pao(2005)“A Review of the APEC Individual Action Plan Peer Review Process,” in PECC ed. The
Future of APEC and Regionalism in Asia Pacific: Perspectives from the Second Trade, CSIS Indonesia and
PECC.
やまざわ・いっぺい 一橋大学名誉教授
国際問題 No. 585(2009 年 10 月)● 14
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