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思春期・青年期における自己理解 - 東北大学教育学研究科・教育学部

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思春期・青年期における自己理解 - 東北大学教育学研究科・教育学部
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
思春期・青年期における自己理解
―自己理解モデルを用いて―
滝 吉 美知香* 田 中 真 理**
本研究は、
思春期・青年期の自己理解における特徴を体系的に明らかにすることを目的とし、領域、
対人性、肯定/否定の 3 つの視点から、中高生の自己理解を検討した。領域に関しては、人格特性を
中心に自己を理解しながらも、学年が低くなると自己の行動スタイルへの言及割合が高くなること
が明らかにされた。対人性と肯定/否定との関連については、対人性のない言及に否定的な自己理
解が多く、相互的な対人性をふまえた言及に肯定的な自己理解が多いことが示された。また、自己
の身体的特徴については、対人性を交えず否定的に理解し、自己の能力評価および注意関心につい
ては、対人性を交えず肯定的に理解していた。人格特性においては、他者との相互的な関係ややり
とりを通して、他者の役に立っていると感じられる自己を肯定的にとらえること、個人内の体験や
基準を通して、自己の統制性の低さや情動性の激しさを否定的にとらえることなどが示された。
キーワード:自己理解・思春期・青年期
問題と目的
自己について考えるとき、
「自分とは一体何者なのだろう」という問いをたてる自己が存在する一
方で、その答えとしてイメージされる自己が存在する。問う自己が「主体としての自己(the self-assubject)
」であり、答えとしての自己が「客体としての自己(the self-as object)」である。この自己の
二重性は、19 世紀末、James(1892)
が指摘して以降、一般的な見解として広く受け入れられてきた。
ただし、主体的自己は行為の主体としての意識そのものであるため、研究として扱うことの難しさ
が存在し(榎本,1998)
、自己についての実証的研究のほとんどは、客体的自己を対象としてきた。
客体的自己についての実証的な研究のひとつに、Montemayor & Eisen(1977)の 20 答法がある。
「わたしはだれ(Who am I)?」という質問に対し「わたしは…」という文章を 20 個完成させる方法
によって、彼らは 10 〜 18 歳の子どもの自己の発達を検討した。その結果、年齢の増加に伴い、名前・
持ち物・身体的特徴などの外面的・客観的内容の言及は減少し、価値観・対人関係の様式・心理的特
徴などの内面的な内容は増加する傾向を示した。本邦でも、遠藤(1981)や山田(1981)が、同様の 20
答法を用い、小学生から大学生の自己の発達を調査した。いずれも、対象者の年齢の発達とともに、
*
**
東北大学大学院教育学研究科・日本学術振興会特別研究員
東北大学大学院教育学研究科
― ―
299
思春期・青年期における自己理解
身体的特徴や能力、興味関心など、外見的な自己や外界の事象との関わりから自己について述べる
割合は減少し、性格や心理的側面、自己評価など内的な自己について述べる割合が増加することが
示された。
自己の発達が領域ごとの言及の増減によって示されることに対し、Damon & Hart(1988)は、自
己理解の発達的変化を領域内におけるレベルの上昇によって示した。彼らは、客体的自己および主
体的自己、両者についての自己の知識を「自己理解」と定義した。本来、主体的自己および客体的自
己双方の観点からこのモデルについて説明するべきではあるが、客体的自己についての議論が重ね
られてきた先行研究の流れから、ここでは Damon & Hart(1988)モデルの客体的自己部分につい
て論じる。彼らは、客体的自己を身体的自己・行動的自己・社会的自己・心理的自己の 4 領域に分け
たうえで、全領域に共通した 4 つのレベルを設定した(Figure 1)。例えば、年齢の増加に伴って身
体的自己から心理的自己へと自己理解が発達するのではなく、4 つの領域それぞれの中でレベルの
向上が生じる。まず、幼年期に特徴的である「カテゴリー的自己規定」から、児童期中・後期には、
自己や他者との比較対照によって自己を理解する「比較による自己査定」段階へと移行し、さらに
青年期前期には、他者との相互交渉のあり方から自己を特徴付ける「対人的意味づけ」段階となり、
最終的に「体系的信念と計画」
に基づいた自己理解を行うようになるのが青年期後期である。
このようなレベルの設定は、自己の発達を他者との関係性という視点から明らかにすることにつ
ながるだろう。自己についての理解は他者についての理解と不可分であり相互に関係し合う(辻,
1993)
。杉村(1998)は、
「自己の視点に気付き、他者の視点を内在化すると同時に、そこで生じる両
者の視点の食い違いを相互調整によって解決するプロセス」がアイデンティティの形成であると述
べたうえで、
「アイデンティティ形成の実際の作業である『探求』は、人生の重要な選択を決定する
ために、他者を考慮したり、利用したり、他者と交渉することにより問題解決していくこと」と定義
体系的な
信念・計画
対人的な
意味づけ
比較に
よる評価
児童期
前期
カテゴリー
的自己規定
1
社会的魅力や対人関
係に影響を与える身
体的属性(強いので
尊敬される)
児童期
中後期
2
青年期前期
発達レベル
3
青年期後期
4
意志による選択や個
人的・道徳的基準を
反映した物理的属性
(定められた衣服の
着用)
共通組織化原理
意志による選択や個
人的・道徳的基準を
反映した行動的属性
(信仰のため教会へ
行く)
社会的関係・人格特
性に関連した道徳
的・個 人 的 選 択( 生
き方としてボラン
ティア)
信念体系、個人の哲
学、自分自身の思考
過程(全人類が平等
だと信じる)
社 会 的 感 受 性、コ
社会的魅力や対人関
ミュニケーション
係に影響を与える行 社会的人格特性(人
力、心理的な社会的
動的属性(遊びが好 に親切である)
スキル(気が利いて
きで人に好かれる)
いる)
能力に関連した物理 他者や社会的基準に関 他者の反応を考慮し 知識、認識力、能力
的属性(人より背が 連付けられた能力(他 た行動や能力(先生 に関連した情動(人
高い)
の子より絵が上手)
にほめられる)
より頭が悪い)
身体的特徴や物質の
特定の社会関係・集 一時的な気分・感情、
所有(青い目をして 典型的行動(野球を
団の中での属性(妹 好き嫌い(時々悲し
いる、犬を飼ってい する)
がいる、3 組である) くなる)
る)
物理的自己
行動的自己
社会的自己
Figure 1 自己理解発達モデル―客体的自己(Damon & Hart,1988 より)
心理的自己
*( )の中は例として筆者が作成
― ―
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
Table 1 自己理解描出内容分類カテゴリー一覧(佐久間 ・ 遠藤 ・ 無藤,2000)
カテゴリー
下位カテゴリー
具体例
1)身体的・外的属性
1.具体的特徴
2.抽象的特徴
顔、心臓、洋服、名前
かわいい、かっこいい、男らしい
2)行動
1.活動
2.外向的行動
3.協調的行動
4.勤勉的行動
5.能力評価を含む行動
サッカーをする、ピアノを弾く
よくしゃべる、思ったことが言えない
助ける、仲良くする、けんかをする、言うことを聞かない
勉強をきちんとする、規則を守る、最後までやらない、忘れ物をする
勉強ができる、テストで 100 点をとる、走るのが速い、スポーツが苦手
3)人格特性
1.外向性
2.協調性
3.勤勉性
4.全般的評価語
明るい、元気、おもしろい、おしゃべり
やさしい、親切、素直、わがまま、暴力的
真面目、不真面目
いい子、普通の子、悪い子、おりこう、頭がいい
した。つまり、自己は他者との相互交渉的なやりとりの積み重ねにより発達していく。他者との関
係性から自己の発達の様相をとらえるためには、Damon & Hart(1988)モデルにおけるレベルを、
より他者との関係性に特化させる必要がある。加えて、彼らのモデルの客体的自己部分に関しては、
①各カテゴリーの定義の曖昧さ、②発達レベルの矛盾、③自己評価における肯定・否定的側面の発
達に対する検討の欠如、という点から、幼児・児童の自己理解をとらえるには不十分であるとして、
佐久間・遠藤・無藤(2000)により改変が行われている(Table 1)。本研究では、佐久間ほか(2000)
の指摘をもとに、Damon & Hart(1988)
モデルをより発展させ、自己の問題が顕在化するといわれ
る思春期・青年期の自己理解の様相を他者との関係性の視点からとらえることを目的とする。
佐久間ほか(2000)の改変点を簡潔に述べると、まず、①カテゴリー定義の曖昧さに対処するため
に、彼らは「1)身体的・外的属性」
、
「2)行動」
、
「3)人格特性」の 3 つの上位カテゴリーを設置した。
例えば、子どもが自分自身について「友達と仲良く遊ぶ」という協調的行動をあげた場合、Damon
& Hart(1988)モデルでは、これが社会的および行動的カテゴリーの双方に分類することが可能と
なってしまい、区別がつきにくい。佐久間ほか(2000)モデルでは、社会性が含まれる叙述で社会的
所属に関するものは「1)身体的・外的属性」に、対人的行動に関するものは「2)行動」に分類される。
つまり、上記の「友達と仲良く遊ぶ」
という叙述は、
「2)行動」に分類される。Damon & Hart(1988)
モデルの分類基準で曖昧さがある社会的カテゴリーを、佐久間ほか(2000)モデルでは独立して存在
させておらず、分類の基準をより明確にしているといえる。次に、②発達レベルの矛盾点に関して、
佐久間ほか(2000)は、児童期前期の子どもでも、協調的な行動や協調性を重視した対人的意味づけ
(例えば、
「小さい子と仲良くする」
「お母さんの言うことを聞かない」
「友達を助ける」など)が可能
であることから、Damon & Hart(1988)モデルにおいて青年期前期に出現する「対人的意味づけ」
レベルが適切ではないと指摘した。佐久間ほか(2000)モデルには発達段階が設定されていない。
最後に、③肯定・否定的側面への理解の発達に関する分析の欠如について、Damon & Hart(1988)
モデルでは「自分の好きなところ・嫌いなところ」、「いいところ・悪いところ」という自己評価を問
う質問を行っているにもかかわらず、その回答内容の発達を検討していないことを、佐久間ほか
(2000)は指摘した。そのうえで、対象児が肯定・否定に言及したかどうかを検討し、幼児は自己の
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301
思春期・青年期における自己理解
肯定的側面のみを描出する傾向にあるが、年齢の増加に伴って自己の否定的側面をも描出するよう
になることを示した。
以上が、Damon & Hart(1988)の自己理解発達モデルと、それを改作した佐久間ほか(2000)の
客体的自己理解描出内容分類カテゴリーについての概観である。本研究では、思春期および青年期
を対象として、他者との関係性における自己理解の発達の様相を明らかにする目的に基づき、以下、
3 つの点から自己理解モデルの枠組みを再考する。
⑴領域における自己理解
第 1 に、佐久間ほか(2000)のカテゴリー定義では、「2)行動」と「3)人格特性」に共通の下位カテ
ゴリーを設置することで、両者の分類を曖昧にしている点が否めない。例えば、対象者が「自分は
すぐ怒る人」
というような、人格特性を反映した行動に言及した場合、これがどちらのカテゴリーに
分類されるか判断が難しい。人が自分自身や他者の行動の一貫した特徴に目を向けるときは、その
背後にあり、
行動に比較的安定した一貫性をもたらす「性格」について意識されざるをえない(西川・
善明・吉川・西田・大石・神澤,1998)
。このことから、本研究では、上記のような言及に対して、性
格に関する理由づけをしているもの(例:
「自分はすぐ怒る人。小さなことにイラッとするから」)は
人格特性へ、行動のみの言及あるいは行動に関する理由づけをしているもの(例:
「すぐ怒る人。い
つも妹を叱っているから」
)
は行動へと分類する。そのため、人格特性における下位カテゴリーには、
より詳細な分類項目が必要になる。
佐久間ほか(2000)は、人格特性の下位カテゴリーを設置するにあたり、最近のパーソナリティ研
究の中核になりつつある特性 5 因子モデルを参照し、そのなかの 3 因子『外向性』
『協調(調和)性』
『勤
勉(統制)性』を適用した。これは、小松(1999)による、小学 3・6 年生を対象とした社会的特性に関
する認知調査において、児童の言及の大部分(85%)が上記 3 つに分類されたという結果を受けての
ことである。本研究では、思春期・青年期を対象とするため、5 因子すべてがどのような発達的変容
を辿るのかをふまえたうえでカテゴリーを設置する必要がある。しかし、特性論的な研究は、その
多くが自己報告形式の尺度に依存しているため、幼児や児童を被験者とすることがほとんどなく、
発達的視点が欠如していることが問題点として指摘される(辻 ・ 藤島 ・ 辻 ・ 夏野 ・ 向山 ・ 山田 ・ 森
田 ・ 秦,1997)
。特性 5 因子モデルについても、5 因子のそれぞれにおける発達的変化については現
段階では未だ不明な点が多い。よって、年齢の増加に伴い自己をより多様な人格特性的観点からと
らえられるようになるという一般的な発達傾向(例えば、柏木,1983)をもとに、本研究では、特性 5
因子全てを下位カテゴリーとして設置することが妥当であると判断した。このことにより、思春期・
青年期には自己の人格特性をどのように特徴付けるかを発達的に検討できると考える。
また、佐久間ほか(2000)は、幼児が人の特性を説明するのに「よい子」
「悪い子」という全般的評
価語を多く使用するという理由から、人格特性の下位カテゴリーに『全般的評価語』を設定したが、
思春期・青年期の場合、そのような評価に対する言語での理由づけが可能であると判断し、このカ
テゴリーを用いないことにした。
さらに、行動の下位カテゴリーには、
「〜が好き・嫌い」
「〜に興味がある」
「〜が欲しい」という自
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
Table 2 自己理解領域分類
上位領域 / 下位領域
具体例
身体的 ・ 外的属性
1. 下位分類不能
2 および 3 へ分類するための理由付けが不十分 女らしくない(理由として「男からそう思われ
なもの
るから」など)
2. 身体的特徴
身体的特徴や外見についての価値基準を含む 背が高い、太っている、格好いい、かわいい、
言及
声が高い、目が悪い
3. 外的所属
所属、職業、場所などに関する言及
大学生、職業、部活動、住所
4. 下位分類不能
5 ~ 7 へ分類するための理由付けが不十分な
もの
よく働く(理由として「頭脳が発達するから」
など)
5. 活動
典型的な行為や行動
野球をする、いつも~する
6. 能力評価
自己の能力への評価を含む行動
勉強ができない、走るのが速い , 歌がうまい
7. 注意関心
嗜好 ・ 興味 ・ 欲求
~が好き、~が欲しい、~に関心がある
行動スタイル
人格特性
8. 下位分類不能
9 ~ 13 へ分類するための理由付けが不十分な
性格が変わる、
(理由として「なんとなく」
など)
もの
9. 内向 - 外向
外界に対して積極的に働きかけるか、内面の
活動に沈着して不活発になるか
明るい、活発、独居、支配的、目立ちたがり、
物静か、気が弱い、人見知り、ムードメーカー
10. 分離 - 愛着
対人的な関係性や距離を代表する
冷淡、無関心、信頼、受容、協調、マイペース、
自己中心的、人の役に立つ、独自性
11. 自然 - 統制
自己や環境に対する意思による統制
怠惰、無責任、計画的、我慢する、やる気があ
る、真面目(統制的)、諦めない、負けず嫌い、
12. 非情動 - 情動
心身へのストレスや脅威に対する情動反応
のんき、気楽、不安、緊張、プラス / マイナス
思考、短気、イライラする
13. 現実 - 遊戯
現実的、あるいは現実からの離脱
現実的、権威主義、遊戯的、夢想家、頭が固い、
真面目(保守的)、ふざける、面白い、楽しい、
夢中になる、挑戦的、正直、工夫する、常識的、
真剣、現実逃避
その他
上記全カテゴリーへの分類不能
己の嗜好や興味、
関心、
欲求などへの言及が分類されるカテゴリーが必要である。このような言及は、
年齢の発達によってその言及が増減することが先行研究によって示されており(Montemayor &
Eisen,1977;遠藤,1981;山田,1981)
、自己理解の発達をとらえるにあたり重要なものといえる。
Damon & Hart(1988)
モデルにおいては、上記のような言及は、「物理的自己」におけるカテゴリー
的自己規定レベルに分類されるが、佐久間ほか(2000)モデルにおいては、該当するカテゴリーが存
在しない。よって、本研究では、上記のような言及を「自己の内的状態が行動スタイルとして意識
されたもの」
とし、
「注意・関心」
という下位領域として、行動スタイル上位領域の中に設置する。以
上の点を踏まえて作成した自己理解領域分類を Table 2 として示す。
⑵他者との関係における自己理解
第 2 に、佐久間ほか(2000)
モデルと Damon & Hart(1988)モデルの間で大きく異なる点は、発達
レベル設定の有無である。前述したように、発達レベルに関しては、他者との関係性の中で自己を
― ―
303
思春期・青年期における自己理解
どのようにとらえるかが鍵となる。Damon & Hart(1988)モデルの 4 つの発達レベルから、他者と
の関係性のみを抜き出してみると、①他者が存在する集団への属性(児童期前期)、②他者の行動や
能力との比較、③他者の反応から考慮された自己の行動や能力(児童期中・後期)、④他者との相互
作用や社会関係に影響を与える自己の特徴(青年期前期)、⑤社会的モラルや道徳(大多数の他者の
観念)
に基づいた自己の信念(青年期後期)
となる。また、山本・原(2006)は、対人認知における相互
作用について、
「相互作用の性質」
「被認知者の意味」
「重要性」
「認知目標の性質」という視点からレ
ベル分けを行い、
その中の「相互作用の性質」
を次の 4 つの段階に分類した。⑴相互作用が全くない・
期待されていない段階、⑵相手から影響を受けるだけの存在か、もしくは相手に影響を与える存在
かの、非対象的な相互作用の段階、⑶対等に影響を与え合っている段階、⑷好意性を含んだやりと
り段階である。これらをもとに、Damon & Hart(1988)が規定した発達段階にとらわれず、自己理
解言及に含まれる対人性のタイプを整理したものが Figure 2 である。まず、タイプⅠとして、他者
へと言及することなく自己を理解する言及がある。これは、山本・原(2006)のいう⑴に当たり、例
えば、
「自分は元気な人。運動が得意だから」
という言及がこれに相当する。次に、タイプⅡとして、
他者から言われたことをそのまま自己の特徴として理解する言及、つまり他者からの一方的な影響
やかかわりから自己を理解し、それに影響される自己の状態や感情は含まない言及がある。大勢の
他者、すなわち集団や社会における規範的な価値判断から自己をとらえる言及もこれに当たる。例
えば、
「自分は元気な人。お父さんからよく元気な子だと言われるから」
「元気にあいさつをするこ
とは社会で大切だから」などの言及がこれに当たり、Damon & Hart(1988)モデルの①または⑤、
および山本・原(2006)の⑵の段階に相当する。タイプⅢとしては、自分が他者に与える一方的な影
響やかかわりから自己を理解し、
それに影響される他者の状態や感情は含まない言及が考えられる。
自己の視点からの他者との比較もこれに含まれる。例として、「元気な人。自分から人に話しかけ
るから」
「友達より欠席日数が少ないから」などの言及があげられる。このタイプは、Damon &
Hart(1988)モデルの②、および山本・原(2006)らの段階の⑵に当たる。最後に、タイプⅣとして、
他者との相互関係・相互作用、他者からの反応・他者の存在などが自己に与える影響を考慮して自
他者への言及なし
他者への一方的なかかわりや比
較を通して自己をとらえる
他者との相互作用、他者の存在・行動な
どの影響から自己をとらえる
Figure 2 対人性タイプ
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他者
自己
他者から言われたことをそのま
ま受けとめる、規範的な価値判
断から自己をとらえる
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
己を理解する言及がある。例えば、
「元気な人。友達と一緒にふざけるのが好き」
「そのほうが人に
好かれるから」などの言及である。これは、Damon & Hart(1988)モデルの③と④、および山本・
原(2006)
の段階の⑶および⑷に相当する。本研究では、以上の 4 つを対人性タイプとして設定する。
⑶肯定/否定的側面における自己理解
第 3 に、肯定/否定的側面の検討について述べる。Damon & Hart(1988)は、従来の心理学研究
において、子どもの自己評価に対する量的な測定のみが強調され、子どもの自己理解そのものの質
的な変化には焦点が当てられていないことを批判した。彼らは、自己評価の測定項目が、子どもの
自己理解のどの段階に位置付いているのかを明確にする必要があることを指摘した上で、自己理解
発達モデルを考案したのである。このことから、子ども自身から表現された自己理解についてその
領域と発達段階を明らかにしたうえで、その肯定/否定的側面を検討することには大変意義がある
と考えられる。
佐久間ほか(2000)は、自己の好きなところ・嫌いなところ、いいところ・悪いところを問う各質
問に対して、子どもが両側面に言及し得たかどうかを検討したが、自己の肯定/否定的側面は、そ
れらの質問に対してのみ言及されるわけではない。例えば、「自分のことをどんな人だと思う ?」と
いう自己定義に関する質問に対して、
「わたしは明るくて友達が多い人」という肯定的な回答もあれ
ば、
「ぼくは自分から人に積極的に話しかけるのが苦手」など、自己について否定的にとらえた回答
もある。さらに、一般的には否定的と解釈されるような言及であっても、対象者自身の価値観に基
づき肯定的にとらえられている場合もあれば、その逆もある。たとえば、「積極的に人に話しかけ
ない」という自己の特徴について、
「相手がどんな気持ちでいるのかを考えると、あまり自分勝手に
話しかけないほうがいいと思うから」など積極的・肯定的な理由づけがされている場合や、「友達が
多い」という自己の特徴について「でも自分の気持ちを本当に話せる親友は少ない」などの否定的な
説明が加えられている場合などがそうである。つまり、「ある特性に関する個人にとっての重要性
の違い(遠藤,1991)
」を反映することが重要である。そこで本研究では、対象者の自己理解言及の
全てについて、対象者自身の価値観に基づき肯定的に理解されている自己の特徴については肯定的
に、対象者自身の価値観に基づき否定的に理解されている自己の特徴については否定的に、どちら
とも判断できない言及およびどちらも含まれていると判断される言及は、中立的な言及として分類
を行い検討する。
以上、本研究では、自己理解領域分類(Table 2)、対人性タイプ(Figure 2)、および肯定/否定の
側面から、思春期・青年期における自己理解をとらえるための自己理解モデルを作成し、彼らの自
己理解についてその特徴を体系的に明らかにする。
方法
⑴対象者
公立中学校に通う中学生男子 201 名、女子 200 名の計 401 名(1 年生 136 名、2 年生 120 名、3 年生
145 名)
、
および県立高校に通う高校生男子 230 名、女子 249 名の計 479 名(1 年生 255 名、2 年生 224 名)、
― ―
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思春期・青年期における自己理解
合わせて 880 名を対象とした。
⑵手続きおよび質問内容
Damon & Hart(1988)自己理解質問項目を質問紙法で実施した。Damon & Hart(1988)は、言
語的に未発達な幼児からも自己理解の様相を取り出せる利点としてインタビュー法を用いたが、本
研究の対象者は中高生であり、初対面のインタビュアーの前で自己について語るよりも、対面では
ない記入式のほうが、より自己を開示しやすいと考えたためであった。質問紙には、各質問のあと
に必ず、
「上記で答えたようなことは、どのような意味で重要であると思いますか。なぜ上記のよ
うに答えたのかについて、理由をできるだけ詳しく述べてください。上記で複数回答した場合は、
それぞれについて書いてください」
という指示を行った。
質問は、
【自己定義】①自分はどんな人だと思いますか ?【自己評価】②自分の長所、または自分
について好きなところはどんなところですか ? ③自分の短所、または自分について嫌いなところは
どんなところですか ?【自己投影】④現在の自分は、5 年前の自分に比べて、どんなところがどのよ
うに、変わったあるいは同じだと思いますか ? ⑤ 5 年後の自分は、現在の自分に比べて、どんなとこ
ろがどのように、変わっているあるいは同じだと思いますか ?【自己の関心】⑥どんな人になりた
いですか ? の 6 項目から構成され、順不同で答えられるものから回答してよいことを明記した。質
問紙は、授業時間あるいは放課後に配布され、配布者によって、他の人と話し合って答えることの
ないよう指示された。平均所要時間は約 30 分であった。
結果
⑴分類方法および得点化
得られた回答は、Damon & Hart(1988)に基づき、あるひとつの自己の特徴について述べられた
部分を 1 言及とした。対象者の回答を 1 言及ごとに、自己理解領域分類(Table 2)、対人性タイプⅠ
〜Ⅳ(Figure 2)
、肯定/否定(肯定的・否定的・中立的)、の 3 側面において分類した。分類は、回答
全体の 30%について 2 名の評定者がそれぞれ分類を行った。評定者間の一致率は、Cohen のκ =.74
であり、ほぼ十分な一致が認められた。評定の不一致がみられた箇所については、協議のうえ評定
を決定した。
本研究の目的は、対象者の自己理解に関する言及の量や流暢さを測ることではなく、自己をどの
ような観点からどのように理解するかを明らかにすることである。そのため、対象者ごとに、言及
数の合計を 100%とし、自己理解領域分類における各領域の割合(上位領域/下位領域)、対人性タ
イプにおける各タイプの割合、肯定/否定における各視点の割合を、それぞれ得点として換算した。
上位領域 Table 2 に基づき、それぞれの言及が、身体・外的属性、行動スタイル、人格特性の 3 つ
の上位領域のうちのどれに属するか分類した。なお、いずれの領域にも属さない言及は、「その他」
として分類した。言及数の合計は、
「その他」に分類された言及も含め 100%とし、3 つの上位領域の
言及数を割合に換算したものを上位領域割合得点とした。
下位領域 Table 2 に基づき、各上位領域に分類された言及それぞれについて、さらに下位領域へ
― ―
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の分類を行った。各上位領域において、下位分類不能(「1.身体・外的属性下位分類不能」、「4.行
動スタイル下位分類不能」
、
「8.人格特性下位分類不能」)とされた言及も含め、それぞれの上位領
域で言及の数を合計し 100%とした。上位領域ごとの各下位領域への言及割合を下位領域割合得点
とした。
対人性タイプ Figure 2 に基づき、各言及を対人性タイプⅠ〜Ⅳに分類した。自己理解領域分類
において「その他」に分類された言及については、対人生タイプへの分類は行われなかったが、言及
数の合計は「その他」
を含め 100%としたうえで、対人性タイプ割合得点を算出した。
肯定/否定 肯定的・否定的・中立的の 3 点から、各言及を分類した。なお、自己理解領域分類に
おいて「その他」に分類された言及については、肯定/否定への分類は行われなかったが、言及数の
合計は「その他」
を含め 100%としたうえで、肯否割合得点を算出した。
以下の統計には、SPSS15.0 を使用した。
⑵各得点における学年差および性差の検討
得られた言及数の合計は 7283 であり、平均すると一人 8.28 の言及を行った。また、「その他」に分
類された言及数は合計 114、
「1. 身体・外的属性下位分類不能」には 1、「4. 行動スタイル下位分類
不能」
には 5、
「8. 人格特性下位分類不能」
には 95 の回答が分類された。
上位領域割合得点 対象者が自己について、身体・外的属性、行動スタイル、人格特性のうちのど
の上位領域から言及したのか、学年差および性差を検討するため、上位領域割合得点について、学
年(被験者間:水準5)
×性別
(被験者間:水準2)
×上位領域(被験者内:水準 3)の 3 要因分散分析を行っ
た。その結果、性別および上位領域の主効果(F(1,870)=6.05,p<.05,F(2,1740)=2052.81,p<.001)
がみられた。男子よりも女子の得点が高く、全学年において、人格特性、行動スタイル、身体・外的
属性の順で得点が高いことが示された。
また、学年×上位領域の交互作用が有意であった(F(8,1740)=11.04,p<.001)ため、単純主効果
の検定を行った結果、行動スタイルと人格特性の得点に有意差がみられた(F(4,870)=15.18,
p<.001,F(4,870)=10.35,p<.001)
。多重比較により、行動スタイルでは、中 1 および中 2 の得点が、
高 1 および高 2 の得点よりも有意に高く、人格特性では、高 1 および高 2 の得点が、中 1 および中 2 の
得点よりも有意に高いことが示された。
さらに、性別×上位領域(F(2,1740)=58.01,p<.001)が有意であったため、単純主効果の検定を
行ったところ、全ての上位領域において有意差がみられた(身体・外的属性:F(1,870)=19.41,
p<.001、行動スタイル:F(1,870)=44.84,p<.001,人格特性:F(1,870)=73.70,p<.001)。身体・
外的属性と行動スタイルについては、女子よりも男子の得点が有意に高く、人格特性については、
男子よりも女子の得点が有意に高かった。
下位領域割合得点 各上位領域のなかで、さらにどのような領域において自己に言及したか、そ
の学年差と性差を検討するため、上位領域ごとの下位領域割合得点について、学年(被験者間:水準
5)×性別(被験者間:水準 2)×下位領域(被験者内:身体・外的属性水準 2、行動スタイル水準 3、人
格特性水準 5)
の 3 要因分散分析を行った。
― ―
307
思春期・青年期における自己理解
その結果、身体・外的属性においては、性別および下位領域の主効果(F(1,870)=20.51,p<.001,
F(1,870)=58.35,p<.001)が有意であり、女子よりも男子の下位領域割合得点が高いこと、外的属
性よりも身体的特徴における得点が高いことが示された。
行動スタイルにおいては、学年、性別、下位領域においてそれぞれ主効果がみられた(F(4,870)
=14.72,p<.001, F(1,870)=43.51,p<.001,F(2,1740)=119.36,p<.001)。中 1 および中 2 の得点が
高 1 および高 2 の得点よりも高いこと、女子よりも男子の得点が高いこと、活動、能力評価、注意関
心の順番で得点が高いことが示された。また、
学年×上位領域の交互作用が有意であった(F(8,1740)
=6.39,p<.001)ため、単純主効果の検定を行ったところ、活動および能力評価の下位領域において、
中 1 あるいは中 2 の得点が、高 1 あるいは高 2 の得点よりも高いという共通した傾向が示され、注意
関心においては有意差が示されなかった。
人格特性に関しては、学年、性別、下位領域においてそれぞれ主効果がみられた(F(4,870)
=13.14,p<.001,F(1,870)=75.90,p<.001,F(4,3480)=95.91,p<.001)。中 1 および中 2 の得点が
高 1 および高 2 の得点よりも低いこと、男子よりも女子の得点が高いこと、分離愛着における得点が
その他の人格特性下位領域に比べて最も高く、現実遊戯における得点がその他の領域に比べて最も
低いことが示された。
対人性割合得点 対象者が自己について語る際、どのように他者との関係に言及するのかについ
て、その学年差および性差を検討するため、対人性割合得点に関して、学年(被験者間:水準 5)×性
別(被験者間:水準 2)×対人性タイプ(被験者内:水準 3)の 3 要因分散分析を行った。分散分析の結
果、対人性タイプの主効果が有意であった(F(3,2610)=1487.88,p<.001)。多重比較の結果、全て
のタイプ間に有意差が認められ(全て p<.001)
、対人性タイプⅠ、Ⅳ、Ⅱ、Ⅲの順で得点が高かった。
ま た、学 年 × 対 人 性 お よ び 性 別 × 対 人 性 の 交 互 作 用(F(12,2610)=9.23,p<.001,F(3,2610)
=48.13,p<.001)
がみられため、単純主効果の検定を行ったところ、学年に関しては、対人性タイプⅠ、
Ⅱ、Ⅲにおいて有意差が認められた。対人性タイプⅠにおいては、中 2 の得点が中 1 および高校生よ
りも高く、対人性タイプⅢにおいては、中 1 の得点が高校生よりも高かった。対人性タイプⅣにお
いては、中 2 の得点が中 1 および高校生よりも低かった。性別に関しては、対人性タイプⅠにおいて
男子の得点が高く、対人性タイプⅣにおいて女子の得点が高かった。
肯否割合得点 対象者が自己を肯定的、否定的、あるいは中立的な視点から理解するかに関して、
その学年差および性差を検討するため、肯否割合得点に対して、学年(被験者間:水準 5)×性別(被
験者間:水準 2)×肯定/否定(被験者内:水準 3)
の 3 要因分散分析を行った。その結果、肯定/否定
の主効果(F(2,1740)=1165.47,
p<.001)
が有意であった。肯定的、否定的、中立的の順に得点が高かっ
た。
⑶上位領域における対人性タイプと肯定/否定の関連
領域、
対人性タイプ、
肯定/否定の関連を検討するため、それぞれへの言及数の比較を行った。「そ
の他」
へと分類された言及 114 は、以下の分析から除外された。
上位領域と対人性タイプの関連 自己を理解する際の言及に含まれる対人性は、上位領域によっ
― ―
308
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
てどのように異なるのかを明らかにするため、上位領域と対人性タイプの関連を独立性のχ2 検定
にて検討したところ、有意差が示された(χ2 ⑹ =423.51,p<.001)。残差分析の結果、全ての上位領
域における対人性タイプⅠおよびⅣに有意差が確認された。身体・外的属性および行動スタイルに
おいては、対人性タイプⅠが多くⅣが少ないのに対し、人格特性においては、対人性タイプⅠが少
なくⅣが多かった(Table 3)
。
Table 3 上位領域ごとの対人性タイプ言及数と調整済み残差
対人性Ⅰ
対人性Ⅱ
対人性Ⅲ
対人性Ⅳ
計
身体・外的属性
度数
287
16
11
35
349
調整済み残差
9.54**
-0.45
0.82
-9.96**
行動スタイル
度数
1057
71
37
223
調整済み残差
15.57**
0.02
0.49
-16.32**
人格特性
度数
2786
279
130
2237
調整済み残差
-19.15**
0.21
-0.86
20.05**
計
計
4130
366
178
2495
1388
5432
7169
**p<.01
上位領域と肯定/否定の関連 自己を肯定的に理解するか否定的に理解するかは、自己を理解す
る上位領域の違いによって異なるのかを明らかにするため、上位領域と肯定/否定との関連をχ2
検定で検討したところ、有意差が示された(χ2 ⑷ =130.73,p<.001)。残差分析の結果、身体・外的属
性においては、
否定的な言及が少なく、
中立的に理解する言及が多かった。行動スタイルにおいては、
肯定的な言及が少なく、否定的な言及が多かった。人格特性においては、肯定的な言及が多く、否
定的および中立的な視点からの言及は少なかった(Table 4)。
Table 4 上位領域ごとの肯定/否定言及数と調整済み残差
身体的・外的属性
行動スタイル
人格特性
計
肯定
否定
中立
計
度数
220
61
68
349
調整済み残差
1.57
-6.36**
8.26**
度数
725
569
94
調整済み残差
-5.72**
6.95**
-1.69
度数
3286
1744
402
調整済み残差
4.49**
-3.21**
-2.60**
計
4231
2374
564
1388
5432
7169
**p<.01
対人性タイプと肯定/否定の関連 自己理解言及に含まれる対人性タイプの違いによって、自己
を肯定的に理解するか否定的に理解するかに差が生じるかどうかを検討するため、対人性タイプと
― ―
309
思春期・青年期における自己理解
肯 定 / 否 定 に つ い て、独 立 性 のχ2 検 定 を 行 っ た と こ ろ、有 意 差 が 示 さ れ た(χ2 ⑹ =116.67,
p<.001)
。残差分析の結果、対人性タイプⅠにおいては、肯定的な言及が少なく、否定的および中立
的言及が多かった。対人性タイプⅡにおいては、肯定的な言及が多く、否定的および中立的言及が
少なかった。対人性タイプⅢにおいては、中立的言及が少なく、対人性タイプⅣにおいては、肯定
的言及が多く、否定的および中立的言及が少ないことが示された(Table 5)。
Table 5 対人性タイプごとの肯定/否定言及数と調整済み残差
肯定
否定
中立
計
度数
2236
1513
381
4130
調整済み残差
-9.79**
7.38**
4.98**
度数
274
74
18
調整済み残差
6.33**
-5.38**
-2.15*
度数
109
62
7
調整済み残差
0.61
0.49
-1.97*
度数
1612
725
158
調整済み残差
7.03**
-5.33**
-3.53**
計
4231
2374
564
対人性Ⅰ
対人性Ⅱ
対人性Ⅲ
対人性Ⅳ
366
178
2495
7169
*p<.05, **p<.01
⑷下位領域における対人性タイプと肯定/否定との関連
各下位領域における分類不能言及を除外し、以下の分析を行った。
身体・外的属性における対人性タイプ 身体・外的属性については、分類が細分化されたことに
より、言及数が極端に少ない箇所が出現したため、そのままχ2 検定を行うのは不適切であると判断
した。そこで、対人性なし(対人性タイプⅠ)
か、対人性あり(対人性タイプⅡ、Ⅲ、Ⅳ)かの 2 点から、
各下位領域(身体的特徴・外的所属)の独立性をχ2 検定によって群ごとに検討したところ、有意な
偏りが示された(χ2 ⑴ =14.35,p<.001)
。身体的特徴では対人性なしが多く、外的所属では対人性あ
りが多かった(Table 6)
。
Table 6 身体・外的属性下位領域ごとの対人性タイプ(有無)言及数と調整済み残差
対人性なし
身体的特徴
外的所属
対人性あり
計
265
度数
230
35
調整済み残差
3.79**
-3.79**
度数
57
26
調整済み残差
-3.79**
3.79**
計
287
61
83
348
**p<.01
身体・外的属性における肯定/否定 身体・外的属性の下位領域に属する言及について、肯定/
― ―
310
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
否定との関連をχ2 検定によって検討したところ、有意な偏りがみられた(χ2 ⑵ =6.24,p<.05)。残
差分析の結果、身体的特徴では否定的な言及が多く、外的所属では否定的な言及が少ないことが示
された(Table 7)
。
Table 7 身体・外的属性下位領域ごとの肯定/否定言及数と調整済み残差
身体的特徴
外的所属
肯定
否定
中立
計
度数
161
54
50
265
調整済み残差
-1.50
2.50*
-0.57
度数
58
7
18
調整済み残差
1.50
-2.50*
0.57
計
219
61
68
83
348
*p<.05
行動スタイルにおける対人性タイプ 行動スタイルの下位領域に属する言及について、対人性タ
イプとの関連をχ2 検定によって検討したところ、有意な偏りが示された(χ2 ⑵ =44.22,p<.001)。
残差分析により、活動では、対人性タイプⅡおよびⅣが多くⅠが少ないこと、能力評価では、対人性
タイプⅠが多くⅣが少ないこと、注意関心では、対人性タイプⅠが多く、ⅡおよびⅣが少ないこと
が示された(Table 8)
。
Table 8 行動スタイル下位領域ごとの対人性タイプ言及数と調整済み残差
活動
能力評価
注意関心
対人性Ⅰ
対人性Ⅱ
対人性Ⅲ
対人性Ⅳ
計
度数
542
49
23
161
775
調整済み残差
-6.19**
2.42*
0.76
5.40**
度数
335
18
11
45
調整済み残差
3.22**
-0.73
0.02
-3.31**
度数
177
3
3
16
調整済み残差
4.56**
-2.47*
-1.10
-3.33**
計
1054
70
37
222
409
199
1383
*p<.05,**p<.01
行動スタイルにおける肯定/否定 行動スタイルの下位領域に属する言及について、肯定/否定
との関連をχ2 検定によって検討したところ、有意な偏りがみられた(χ2 ⑷ =102.94,p<.001)。残
差分析の結果、活動に関しては、肯定的言及が少なく否定的言及が多かった。能力評価に関しては、
肯定的言及が多く、否定的および中立的言及が少なかった。注意関心に関しては、肯定的な言及お
よび中立的言及が多く、否定的言及が少なかった(Table 9)。
― ―
311
思春期・青年期における自己理解
Table 9 行動スタイル下位領域ごとの肯定/否定言及数と調整済み残差
活動
能力評価
注意関心
肯定
否定
中立
計
度数
322
398
55
775
調整済み残差
-9.02**
8.84**
0.62
度数
258
134
17
調整済み残差
5.21**
-4.03**
-2.47*
度数
143
35
21
調整済み残差
5.98**
-7.26**
2.33*
計
723
567
93
409
199
1383
*p<.05, **p<.01
人格特性における対人性タイプ 対人性タイプごとに、人格特性に属する各下位領域の独立性を
検討した結果、有意な偏りが示された(χ2 ⑿ =1753.92,p<.001)。残差分析により、内向 ‐ 外向につ
いては、対人性タイプⅠが少なくⅣが多いこと、分離 ‐ 愛着については、対人性タイプⅠが少なく
ⅢおよびⅣが多いこと、自然 ‐ 統制については、対人性タイプⅠが多く、ⅢおよびⅣが少ないこと、
情動‐非情動については、対人性タイプⅠが多くⅡおよびⅣが少ないこと、現実‐遊戯については、
対人性タイプⅠが多くⅣが少ないことなどが示された(Table 10)。
Table 10 人格特性下位領域ごとの対人性タイプ言及数と調整済み残差
対人性Ⅰ
内向 - 外向
分離 - 愛着
自然 - 統制
情動 - 非情動
現実 - 遊戯
対人性Ⅱ
対人性Ⅲ
対人性Ⅳ
計
910
度数
322
49
26
513
調整済み残差
-10.09**
0.40
0.95
9.75**
度数
296
102
57
1288
調整済み残差
-34.22**
1.70
2.83**
33.04**
度数
920
59
11
159
調整済み残差
22.55**
0.03
-3.64**
-21.73**
度数
744
31
20
205
調整済み残差
16.69**
-3.21**
-0.95
-15.19**
度数
419
32
15
69
調整済み残差
13.51**
0.96
0.61
-14.32**
計
2701
273
129
2234
1743
1149
1000
535
5337
**p<.01
人格特性における肯定/否定 人格特性の下位領域に属する言及について、肯定/否定との関連
をχ2検定によって検討したところ、
有意な偏りがみられた(χ2⑻ =347.09,p<.001)。残差分析の結果、
内向 ‐ 外向および分離 ‐ 愛着に関しては、肯定的な言及が多く、否定的な言及が少なかった。自然
‐ 統制に関しては、否定的な言及が多く、中立的な言及が少なかった。情動 ‐ 非情動に関しては、
肯定的な言及が少なく、否定的な言及が多かった。現実 ‐ 遊戯に関しては、肯定的な言及と中立的
― ―
312
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
な言及が多く、否定的な言及が少なかった(Table 11)。
Table 11 人格特性下位領域ごとの肯定/否定言及数と調整済み残差
内向 - 外向
分離 - 愛着
自然 - 統制
情動 - 非情動
現実 - 遊戯
肯定
否定
中立
計
度数
593
254
63
910
調整済み残差
2.96**
-3.21**
0.23
度数
1195
432
116
調整済み残差
8.08**
-8.33**
-0.18
度数
684
421
44
調整済み残差
-1.00
3.42**
-4.45**
度数
390
530
80
調整済み残差
-15.67**
15.39**
1.75
度数
383
95
57
調整済み残差
5.39**
-7.65**
3.80**
計
3245
1732
360
1743
1149
1000
535
5337
**p<.01
考察
⑴上位領域における自己理解
学年別に上位領域を検討したところ、人格特性、行動スタイル、身体・外的属性の順で言及割合が
多い点は全学年に共通することが示された。Montemayor & Eisen(1977)、遠藤(1981)、山田(1981)
は、中心的な自己理解が年齢の発達に伴い外面から内面へと移行することを明らかにした。これに
対して、今回対象とした中学生および高校生は、すでに自己の内面を中心的に理解していたといえ
る。その中でも、領域ごとにみると、行動スタイルでは、中 1・中 2 の得点が、高 1・高 2 の得点より
も有意に高く、人格特性では、高 1・高 2 の得点が、中 1・中 2 の得点よりも有意に高いことが示された。
つまり、中高生は、自己の内面、つまり人格特性を中心に自分自身を理解するという全体的な傾向
を示しながらも、
学年が低いほど行動スタイルについての自己理解を多く行うということができる。
この点に、上述した先行研究において示された、外面から内面への移行が反映されていると考えら
れる。
⑵下位領域における自己理解
身体・外的属性 身体・外的属性については、女子よりも男子の言及割合が高く、外的所属よりも
身体的特徴への言及割合が高いという結果が得られた。また、身体的特徴については、対人性のな
い自己理解および否定的な自己理解が多くみられた。
現代における第二次性徴の発現は、女子では 11 〜 12 歳頃、男子では 13 〜 14 歳頃であり(加藤,
2006)
、女子は小学校高学年頃から第二次性徴が始まるのに対し、男子は中学に入ってから変化が出
現する。第二次性徴期、女子は骨盤の拡張や脂肪の増加がみられるのに対して、男子は筋肉や骨の
増加など、より運動に適した身体的変化がある(最上,2005)。このような体格や身体部位などの変
― ―
313
思春期・青年期における自己理解
化に対して、男子は女子よりも受容的にとらえる傾向にあることを、加藤(2004)は指摘している。
これらのことから、中学に入ってから第二次性徴が始まる男子は、既に小学校高学年頃から始まっ
ている女子に比べて、自己の身体の変化や運動能力の変化に慣れていないために敏感であり、より
多く言及した可能性がある。また、加藤(2004)が指摘するように、女子は第二次性徴を受容的にと
らえていないために、男子よりも言及が少なかったことも考えられる。
自己の身体的特徴と自己肯定感との関連について、大山(2004)は、第二次性徴が出現し自分の身
体に意識が向き始めた時、無意識に出来あがっていた理想の体型と現実の体型との矛盾に遭遇し戸
惑うところから、自己受容と自己否定の葛藤が始まると述べている。本研究の結果より、第二次性
徴を含めた自己の身体的特徴や変化について、中高生は、戸惑いや不安、理想と現実の違いなどか
ら否定的に理解しているといえよう。また、他者との比較や相互作用に言及しない割合が多いこと
は、そのような自己の否定的な身体的特徴は、他者からからみてどう思われるかや、他者との比較
を通すなど、対人的な視点が含まれていないことが推察される。例えば、「(自分は)太っている人。
自分でそう思うから」という言及や、
「
(自分の嫌いなところは)背が低い。高い所にある物を取る
とき不便」
などの言及がこれに当たる。日本では、実際の自分の身長や体重にかかわらず自分を太っ
ていると認識し、痩せたいという願望を抱く青少年が多いことが先行研究により報告されている。
例えば、馬場・山本・小泉・菅原(1998)は、小学校の中高学年で既に「痩せている方が格好がいい、
かわいい」
という “ 痩せの規範 ” が、男女ともに存在することを示した。金本・横沢・金本(1999)は、
女子大学生が標準範囲内の体重であっても「痩せたい」という痩身志向を強く持っていること、自己
の身体に満足していない者ほど対人不安傾向が高いことを明らかにした。つまり、自己の身体的特
徴に不満を持つことが、他者からのまなざしや他者とのかかわりに対する恐怖や緊張、不安などに
つながるといえる。本研究における中高生が、対人性を全く含めず否定的に自己の身体的特徴をと
らえていた背景のひとつには、このような自己の身体的特徴への不満と対人関係への不安の関係が
反映されていたとも考えられる。
行動スタイル 行動スタイルに関しては、活動、能力評価、注意関心の順に言及割合が高く、女子
よりも男子の言及割合が多いという結果が示された。また、活動に関しては、他者との双方向的な
やりとりや関係の中で自己を理解する言及、および否定的な自己理解言及が多く、能力評価と注意
関心に関しては、対人性を全く交えない言及、および肯定的な自己理解言及が多くみられた。
対人性を交えず自己を肯定的に理解する言及の例として、「(5 年前と同じところは)漫画が好き
なところ。
漫画を読むと気分が楽になる」
などの言及があげられる。能力評価と注意関心に関しては、
「〜好き/趣味/興味がある」
からこそ、
「続けられる/うまくできる/できるようになりたい」のよ
うに、互いに関係していることが推察される。このような、自分の趣味、好きなこと、能力などの領
域において、対人性を交えず肯定的に自己を理解する傾向に関しては、これらの領域が、自分自身
の価値や判断基準に基づき高い評価を行うことが可能であることが背景のひとつに考えられる。
自己に対する評価については、自分自身が好き・嫌いという感情的な評価と、自分自身に能力が
ある・能力がないという能力的な評価とを区別するべきであると Gecas & Schwalbe(1983)は主張
― ―
314
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
した。それに対して、榎本(1998)は、感情的な評価における具体性のある好き・嫌いの評価が自己
評価、獏然とした抽象的な好き・嫌いの評価が自尊感情としてとらえられると述べたうえで、自己
評価は、好き・嫌いや有能・無能という視点だけではなく、より複雑性をもつものであることを示唆
した。本研究においては、そのような自己評価と自尊感情、あるいは感情的な評価か能力的な評価
かという視点で区分せずに、対象者自身が自己の価値観に基づき、自己を肯定的にとらえているか、
否定的にとらえているかという視点で分類した。したがって、ここでは自己評価と自尊感情を同義
で用いて論じる。
James(1892)は、自尊感情つまり自己評価は、実現したい、あるいはすべきと思っているものを
分母として、現に実現することに成功したものを分子として、以下のような分数の形で表現される
とした。
Self-esteem =
Success
Pretensions
つまり、願望・目的(Pretensions)を大きく抱くことによって、分母を大きくしたり小さくしたり
することも可能であるし、成功(Success)の基準を高くしたり低くしたりすることによって、分子
を大きくすることも小さくすることも可能である。この James(1892)の理論に則れば、私たちは、
自己評価を自分自身である程度はコントロールできるといえる。特に、他者からの評価や影響をふ
まえない場合、そのコントロールは自己の判断のみに委ねられる。注意関心および能力評価の領域
は、自分が好きであるかどうか、自分で満足しているかどうかという基準で判断しやすい領域であ
るため、今回対象とした中高生は、これらの領域において対人性を含まず肯定的に自己を理解する
傾向を示したのではないかと考えられた。
人格特性 人格特性の領域において自己を理解する際は、対人性のない言及が少なく、他者との
相互的なやりとりや関係を通した言及が多いことが示された。
分離 - 愛着・内向 - 外向:両下位領域は、他者との相互作用をふまえた言及が多い点、肯定的な言
及が多い点で共通していた。内向 ‐ 外向におけるこのような言及の例としては、「(自分は)元気で
けっこう明るい方だと思います。○年○組で盛り上げる方なので、元気なほうだと思います」のよ
うに、外向性の高い自分自身に価値を置き、周囲へ与える自己の影響と周囲から得られる反応を通
して自己を肯定的に理解する言及が示された。そのような自己理解言及には、「明るい」
「元気」
「社
交的」
などの言葉が頻繁に使用されていた。分離‐愛着におけるこのような言及の例としては、「人
の役に立つことが好き。自分で行動するよりも、他の人にアドバイスや手伝いをすることの方が多
いから」
のように、実際の他者とのやりとりを通して、他者の役に立っていると感じられる自分自身
に価値を置いている言及が多くみられた。他者と自己とのよい関係や親密さに価値を置き、そうで
きている自分自身について肯定的にとらえていることがうかがわれた。
分離 - 愛着は対人的な非協調性 - 協調性や拒否 - 受容に関する因子、内向 - 外向は対人関係におけ
る消極性 - 積極性に関わる因子であり(辻ほか,1997)、両領域は対人関係に深く関わる性質を持つ
といえる。水野(2005)は、大学生を対象に特性 5 因子尺度と友人関係満足感尺度を実施し、外向性
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315
思春期・青年期における自己理解
あるいは協調性(愛着性)が高い人は、友人関係に対する主観的満足感が高いことを示した。また、
加藤(2001)
は、対人ストレスコーピングと特性 5 因子との関連を調査し、外向性あるいは協調性(愛
着性)
が高い人は、対人関係で生じたストレスフルな出来事や状態に対し、積極的にその関係を改善
しよりよい関係を築こうと努力する(例えば、相手のことをよく知ろうとする、積極的に話をしよ
うとする、など)傾向を明らかにした。これらのことから、外向性・協調性(愛着性)は、他者との良
好な対人関係を構築するための重要な要素であるといえ、本研究で両領域に属する自己理解言及に、
他者との相互作用をふまえた言及および肯定的な言及が多かった理由として推察される。
自然 - 統制・情動 - 非情動:両者に関しては、対人性を含まない言及および否定的な言及が多い点
が共通していた。自然 ‐ 統制における例として、「(自分は)めんどうな事を後回しにして、たまに
あきらめたりする人。学校生活で、得に苦手な教科の時に話を聞いていなかったり、ノートを書く
時にてきとうにかいたりしてしまうから」
、情動 ‐ 非情動における例として、「(自分の短所は)すぐ
に心配になるところ。いつも何かあると『ここでよかったんだよな…?』とか『宿題入れたっけ ?』と
か、とにかく、すぐに心配になって、カバンの中を調べたりしている」などの言及があげられる。自
然 ‐ 統制においては、
「飽きっぽい」
「ものごとを後回しにする」
「面倒くさがる」
「自分に甘い・意
志が弱い」
などの言葉、情動 ‐ 非情動においては、「心配性」
「優柔不断」
「短気」
「マイナス思考」
「怒
りっぽい」
などの言葉がよく使用された。いずれも、個人の体験や基準を通して、自分がよく抱く感
情や体験をまじえて言及されるものが多かった。
中山・榎本(2006)は、誠実性(統制性)と神経症傾向(情動性)の得点は相関関係にあり、几帳面・
計画的など、きちんとしていないと気がすまない、気にしすぎるという意味での神経質さ・情動性
の高さが両者に共通すると述べた。さらに中山・榎本(2006)は、これらの得点の高さは、自己愛的
脆弱性、つまり「自己の価値や存在意義と関連した不安や傷つきを処理し、肯定的自己評価や心理
的安定を維持する能力の脆弱性」
(上地・宮下,2005)の高さとも関連すると指摘した。また、加藤
(2001)は、情動性の高さはストレスフルな対人関係を否定的に判断するため、その関係を積極的に
放棄する(例えば、無視する、付き合わないようにするなど)ことを指摘する。これらのことから、
自己の統制性や情動性の高さについては、他者からの影響や反応を交えることなく、否定的に語ら
れたと推察される。
自然 - 統制カテゴリーへ分類された言及のうち、自然性の高さ(例えば「怠惰」
「いい加減」
「ルー
ズ」
「飽きっぽい」など)については、
「本当はもっと計画的でなければと思っていてもなかなかそう
できない」
「飽きっぽい性格を直したい。いつも中途半端で終わることが多い」など、現実の自己と
は反対の統制性の高さを理想とする言及がみられた。日本の学校教育では、
「最後まで頑張る子」
「粘
り強い子」が理想的な児童・生徒像として学校や学級の目標に掲げられ、先生が児童・生徒に「もっ
と頑張れ」と期待し励ます場面が頻繁にみられる(田中,2005)。外山(2001)は、日本の文化におい
て統制性の高さは価値が置かれる側面であり、自己の統制性の高さを肯定的に評価することは、自
尊感情を保つうえで重要と指摘する。自己の統制性の高さを肯定的に、自然性の高さを否定的にと
らえる中高生の背景にはこのような現状も関連するだろう。
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316
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 57 集・第 2 号(2009 年)
現実 - 遊戯:現実 - 遊戯に関しては、対人性を含まず自己について理解する言及が多く、自己を肯
定的に理解する言及が多かった。この領域について、池田・和田(1995)および和田・池田(1995)は、
大学生の進路適正検査における有能感尺度との高い関連を示唆し、有能感尺度の項目の中でも特に
「知的判断力」に対する有能感と非常に高い相関があることを明らかにした。現実 - 遊戯と知的判断
力の関係について、和田(1996)は、
「知的な認知活動にかかわる側面(知性)は知能テストのみで測
定できるものではなく、人間的な面白さや広さをあらわす開放性(遊戯性)の要素として必要」と述
べている。本研究では、この領域の定義に知的側面を明確に含めたわけではなかったが、例えば「(5
年後は)大人になり、社会の現実を知る。ニュースなどで世界情勢を学ぶから」
「(長所は)色々なこ
とを空想できる。一人で物語を作り、その世界を楽しめる」などの言及に、広義での知的活動にかか
わる側面が反映されていると考えられた。
⑶対人性タイプおよび肯定/否定
中高生が自己を理解する際、他者と自己との間の一方向的なかかわりや影響よりも、双方向的な
かかわりや影響をふまえた言及、または他者との関係や影響を全く交えない言及が多いことが明ら
かになった。近年の自己に関する研究を関係性の視点からとらえ直した遠藤(1999)は、自己につい
ての知識や経験が、個人に閉じた枠のなかで形成されるのではなく、他者との関係を通して方向付
けられると指摘した。本研究において、そのような他者との関係は、他者から自己あるいは自己か
ら他者への一方向的なものではなく、自己と他者の双方向的なものであることが実証的に示された
といえよう。一方、対人性を全く含まない自己理解も同様に高い割合で示された。このことは、直
接的に他者へと言及せずとも、自己内対話を通じて自己理解が形成され得る可能性を示し、今後、
自己理解を形成する非対人的な要因についても検討する必要があるだろう。
対人性のない自己理解の場合は否定的言及が多く、相互的な対人性をふまえた自己理解の場合に
は肯定的言及が多いことが明らかにされた。溝上(1997)は、内在的視点による自己評価の規定要因
に関する調査結果より、
「友達がたくさんいる」
「人間関係がうまくいっている」などのような「人間
関係」が、肯定的な自己評価の規定要因として出現する割合が極めて高く、逆に、否定的な自己評価
の規定要因として「人間関係」
の出現率は極めて少ないことを明らかにした。このことから、自己評
価の高い者は関係性を基盤的な規定要因とする一方、自己評価の低い者は関係性を基盤的な規定要
因とはしない可能性が示唆される(溝上,2002)
。本研究の結果も、溝上(1997;2002)の結果および
指摘を支持するものといえよう。
また、外山(2001)は、例えば、
「あなたは真面目であると思いますか」という質問に答える形で、
自己を独立に評価する場合よりも、例えば、
「一般的な(同じ大学の)大学生と比べて、あなたは真
面目であると思いますか」という質問に答える形で、自己を他者との比較において評価する場合の
ほうが、自尊感情と自己評価の結びつきが強い(相関係数が高い)ことを明らかにした。つまり、所
属する環境において価値が置かれている側面について、周囲の他者との比較や作用を通して自己を
高く評価できることが、自分自身に自信を持ち自己を肯定的にとらえられることにつながるといえ
る。
本研究が調査を行った高校は進学校であり、
学校全体として、勉学に勤しむことに重きが置かれ、
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317
思春期・青年期における自己理解
規律や規範を守ることが重視される環境であった。特に日本の文化において、このような側面は価
値が置かれる側面である(外山,2001)
。そのような環境において、周囲との相互的な関係ややりと
りを通して、自分自身を受容的にとらえられることが、相互的な対人性をふまえた肯定的な自己理
解言及の多さにつながったものと思われた。さらに、対象とした中高生には、不登校や保健室登校、
特別支援教室在籍などの生徒は含まれていなかった。そのような意味では、級友など他者との関係
をある程度構築し、通常学級の環境に適応している生徒が対象であったことも、背景のひとつに考
えられる。
今後の課題
中高生が自己を理解する際の領域、対人性、肯定/否定という 3 つの側面から、彼らの自己理解の
特徴を体系的に明らかにした。思春期・青年期における自己理解の発達的変容に関しては、人格特
性の領域を中心に自己を理解する中でも、学年が低いほど行動スタイルについての自己理解を多く
行うことが示された。今後、対人性タイプにおいて示された学年差に関して、発達的にどのような
意味を持つのかについて、対象の年齢幅を広げるとともに、自己理解を形成する対人的要因および
非対人的な要因の検討を含め明らかにする必要がある。
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Self-understanding in puberty and adolescence
-Using a self-understanding model-
Michika TAKIYOSHI
(Student, Graduate School of Education, Tohoku University: Research Fellow of Japan Society for the Promotion of Science)
Mari TANAKA
(Associate Professor, Graduate School of Education, Tohoku University)
The purpose of the present study was to clarify self-understanding during puberty and
adolescence. We examined self-understanding in middle and high school students from three
perspectives: domains, human relations, and positive/negative. They understood themselves
mainly in terms of the domain of personality, although students in the lower grades considered
themselves more in terms of the domain of behavior than those in the upper grades. Concerning
correlation of human relations with positive/negative, they saw themselves as negative with no
relations, or positive with interactive relations. Without others' opinions or influence, they placed
a low value on their own physical characteristics and a high value on their own abilities and
interests. As for their self-understanding in terms of personalities, they understood themselves as
positive if they were able to feel that they were a help to others or in connecting with others,
and negative if they were not able to feel in control of themselves or their affectivity by their
inner-directed standards.
Key words:self-understanding, puberty, adolescence
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