...

データ同化情報を活用したモデルの改良 独立行政法人国立環境研究所

by user

on
Category: Documents
22

views

Report

Comments

Transcript

データ同化情報を活用したモデルの改良 独立行政法人国立環境研究所
データ同化情報を活用したモデルの改良 独立行政法人国立環境研究所 大気圏環境研究領域 大気物理研究室 秋吉英治 大気圏環境研究領域 大気物理研究室 中村 哲 海洋研究開発機構 宮崎和幸(研究協力者) 東北大学大学院理学研究科 岩崎俊樹(研究協力者) [要旨] アンサンブルカルマンフィルター(EnKF)を国立環境研究所の化学気候モデルに適用し、気象
研モデル、CHASERモデルとの共通のパラメタ設定によって、2006年7-8月平均の東西風、南北風、
気温、オゾン濃度を同化した計算を行った。同化データはMLSのオゾン濃度の3次元分布(経度・
緯度・高度)、OMI-TOMSのオゾン全量(経度・緯度)、JCDASの気温、東西風速、南北風速分布
(経度・緯度・高度)である。EnKFを用いた気象場の同化に加えて、オゾンデータを同化した
ときと、しないときとで気象場(気温・風速)の同化に与える影響を2006年7-8月平均について
調べた。環境研モデルでオゾンと気温のバイアスが大きい10hPa付近(~30km)について調べた結
果、環境研モデルについては以下のことがわかった。(1)MLSの3次元オゾン濃度同化によっ
て、この高度域のオゾン量のみならず気温の同化性能がよくなった。その理由はこの高度域の
気温がオゾンによる太陽光吸収によって支配されているためと考えられる。(2)さらにオゾ
ン全量を同化させると、若干同化性能がよくなった。3)オゾン全量だけの同化でもこの高度
の気温の同化性能は良くなるが、MLSの3次元オゾン分布同化ほどの同化性能の向上は見られな
かった。 また、バイアスの少ない環境研の新しい化学気候モデルの開発を進めた。新モデルによるバ
イアスの縮小は、熱帯上部対流圏の低温バイアスの縮小→成層圏水蒸気量の増加→HOxの増加→
成層圏上部のオゾン過多の減少→成層圏上部気温の高温バイアスの解消、といった、モデル内
の微量成分と気象場の相互作用によって進んだと考えられる。 以上の結果は、化学気候モデルを用いた同化には、大気微量成分と気象場との相互作用が重
要であることを示している。 [キーワード]オゾン、データ同化、化学気候モデル、アンサンブルカルマンフィルター、バ
イアス 1. はじめに オゾンは成層圏大気の熱源であり、成層圏大気のグローバル循環に重要な役割を果たしてい
る。また、成層圏は対流圏の上に位置するが、熱帯積雲対流、ジェット気流などを通して対流
圏の気象と相互作用をしている。さらに、成層圏オゾン量は地表の紫外線量に影響を及ぼす。
このようなことから、オゾンを含んだデータ同化を行うことは、成層圏のみならず地表や対流
圏の気象データの同化の精度を上げると考えられる。そしてオゾンなど複雑な化学反応が関与
する化学種を含んだデータ同化は、4次元変分法よりもアンサンブルカルマンフィルターの方
が精度を落とさずにより簡単な手順で実行可能と言われている。本研究では、アンサンブルカ
ルマンフィルターを化学気候モデルに適用し、オゾンと気象要素の同化を目指す。今年度は、
オゾンや気象場の実データを用いた同化実験をさらに進めると共に、実データからのバイアス
の少ない新しい化学気候モデルの開発を行う。 2. 研究目的 国立環境研究所の化学気候モデルにアンサンブルカルマンフィルターを適用し同化計算を行
い、気温、風速、オゾン濃度など、モデルの観測データとのずれ(バイアス)が、アンサンブ
ルカルマンフィルターを用いた同化結果に及ぼす影響について調べる。この結果に基づきモデ
ルの改良を行い、オゾンを含めた高精度の再解析データの作成に資する。 3. 研究方法 アンサンブルカルマンフィルターを環境研の化学気候モデルに適用して、東西風速、南北風
速、気温、オゾン濃度の同化を行う。昨年度は、これらの変数のモデルのアウトプットをその
まま入力データとして使う完全実験(したがって、同化入力データに対しモデルのバイアスは
ないと見なされる)を行ってアンサンブルカルマンフィルターによる同化がうまく働いている
かどうかを調べる業務を完了した。そこで今年度は、実際の観測データを使った同化実験を行
い、モデルの風速、気温、オゾン濃度のバイアスが同化結果に及ぼす影響を調べる。その際、
環境研の化学輸送モデル(サブテーマ4)、気象研化学輸送モデル(サブテーマ2)、CHASER
(サブテーマ3)との間で、共通の同化パラメタを用い、共通の期間についての同化実験を行
う。サブテーマ4では、特にオゾン同化の気象場への影響に着目する。さらに、よりバイアス
の少ない化学気候モデルの開発を進める。 4. 結果・考察 (1)環境研化学輸送モデル、気象研化学
輸送モデル、CHASERによる共通のEnKF同化
パラメタを用いた同化実験によるモデルバ
イアスと同化性能との関係 モデルのバイアスがその同化性能にどの
ような影響を及ぼすかを解明するため、そ
図 4.1:同化変数間の共分散。オゾン濃度お
よびオゾン全量と気象変数(U(東西風
速), V(南北風速), T(気温))との間
に共分散はない。
れぞれバイアスの異なるこれらの3つのモ
デルを用い、3つのモデルに共通の同化パ
ラメタを用いた同化実験を行った。それぞ
れのモデルのもつバイアスによって同化性能がどう異なってくるのか、また、3つのモデルに
共通の影響は何か、を調べることが目的である。 まず、EnKFによる同化実験およびそのパラメタに関する詳細について以下に記す。 ・モデル:CCSR/NIES AGCM5.4g大循環モデルをベースにした化学気候モデル(T42L34、水平解
像度2.8度、鉛直解像度1-3km、上端高度約75km) ・アンサンブル数:32 ・局所化スケール:水平650km、鉛直0.4(logP座標) ・同化時間ステップ:6時間 ・共分散:気象変数(気温、東西風速、南北風速)間では考慮するが、これらの気象変数とオ
ゾン濃度またはオゾン全量との間では考慮しない。オゾンとオゾン全量間では考慮する(図4.
1) ・共分散膨張:100%-200%(adaptive) 次に、同化に使用するデータについて以下に記す。 1)気温、東西風速、南北風速: JCDASデータ(経度、高度、気圧面(高度)) ・時間分解能:6時間毎のデータ ・解像度:化学気候モデルの分解能を考慮して、赤道で東西5度・南北5度の間隔に対応するよ
うに全球でデータを間引いた。鉛直方向は1000-0.4hPaの高度範囲で23層。 ・観測誤差の設定:複数再解析データ(JRA25, ERA40, ERA-interim, N・RA1, NRA2)間のアンサ
ンブル標準偏差を観測誤差とした。 2)オゾン濃度の3次元データ(経度、緯度、気圧面(高度)):MLSデータ ・バージョン:L2データ version2.2 (高度範囲、215-0.02hPa) ・解像度:水平160-300km、鉛直3km ・データのスクリーニング:Massart et al.(2009)による方法を使用した。 ・観測誤差:5-100% (L2precision/L2valueが1.0を超えるデータ、つまり誤差が100%を超え
たデータは除去した。) 3)オゾン全量データ(経度、緯度):OMI-TOMS ・バージョン:OMTO3G ver.3 ・解像度およびデータのスクリーニング:経度緯度が0.25度×0.25度のデータを2度×2度に平
均して使用。平均にはエラーフラグが一つも無い格子データのみを使った。2.0度格子に平均後、
JCDASと同様、赤道で東西5度・南北5度の間隔に対応するように全球でデータを間引いた。時間
分解能は6時間。 ・観測誤差:0.1-2.0%(random error 2.0% [OMI Data User‘s Guide] を平均化時のピクセル数
で標準化) MLSによるオゾンの3次元分布とOMI-TOMSによるオゾン全量データを同化したときと、しないと
きとで気象場(気温・風速)の同化に与える影響を、まず2006年7-8月平均について調べた。環
境研モデルでオゾンと気温のバイアスが大きい10hPa付近(~30km)について調べた。 図4.2は、(1)気象場
のみの同化、(2)気象
場+MLSのオゾンの3
次元分布の同化、(3)
気象場+オゾン全量
の同化、および(4)
気象場+MLSのオゾ
ンの3次元分布の同
化+オゾン全量の同
化の気温のバイアス
の緯度分布を表す。
図から環境研モデル
については以下のこ
とがわかった。 図 4.2:2006 年 7-8 月平均した高度 100hPa の(上)気温バイアス、(下)
気温の誤差(JCDOS データからの差の二乗平均和の平方根)。東西平
均値の緯度分布を示す。
1)MLSの3次元オゾン同化によって、この高度域のオゾン量のみならず気温の同化性能がよく
なった。その理由はこの高度域の気温がオゾンによる太陽光吸収によって支配されているため
と考えられる。 2)さらにオゾン全量を同化させるとわずかではあるが同化性能がよくなった。 3)オゾン全量だけの同化でもこの高度域の気温の同化性能はわずかに良くなるが、MLSの3次
元オゾン分布同化ほどの同化性能の向上は見られなかった。 このようにオゾンを同化することで、その気象場への相互作用を通して成層圏の気温の同化
が改善されたことは、特筆すべきことである。平成23年度では、気象研モデル、CHASERの同化
実験結果を使って同様な解析を行う予定である。 (2)極夜域オゾン全量衛星データ欠損域にオゾンゾンデデータを追加することによる同化性
能の向上 太陽光の減衰の度合いによってオゾン全量を測定するTOMSでは、極夜域の観測ができず、こ
の部分はデータ欠損域となる。このデータ同化への影響を見るため、TOMSデータ欠損域である
南半球極夜域に存在するオゾンゾンデ観測データをEnKFによる同化に加えた。その結果、極夜
域のみならず、南半球中緯度の同化性能が改善される傾向が見られた。ただし、この結果は観
測精度が非常に良いと仮定した場合の結果であり、現状で現実的な観測精度ではその効果が小
さいものと推定される。この見極めは平成23年度に検討する。 (3)環境研新化学気候モデルの開発 図 4.3:3 月、熱帯の水蒸気の体積混合比の鉛直分布。
●は観測値。環境研化学気候モデルの成層圏水
蒸気量は矢印で示されるように、旧モデルの値
(薄い実線)から新モデルの値(濃い実線)へ
と改善された。
図 4.4:3 月、北緯 80 度でのオゾンの体積混合比の鉛直
分布。環境研化学気候モデルの成層圏オゾン量は
矢印で示されるように、旧モデルの値(薄い実線)
から新モデルの値(濃い実線)へと改善された。
環境研のこれまでの化学気候モデルは、その特に目立ったバイアスとしては、熱帯上部対流
圏の低温バイアス、それによる成層圏水蒸気量の過小、さらに、成層圏上部のオゾン量過多、
それに伴うと考えられる成層圏上部の高温バイアスなどがあげられる。平成21年度の研究結果
により、これらはこのモデルによる同化性能に悪影響を及ぼしていることが示された。そこで、
熱帯上部対流圏の低温バイアスが少ない気候モデルMIROC3.2(IPCC-AR4で使用された気候モデ
ル)に成層圏化学過程を導入した新化学気候モデルの開発を行った。その結果、成層圏水蒸気
量の過小と成層圏上部のオゾン量過多、成層圏上部の高温バイアスがかなり解消された(図3
および図4)。これらの一連の改善は、熱帯上部対流圏の低温バイアスの縮小→成層圏水蒸気
量の増加→HOxの増加→成層圏上部のオゾン過多の減少→成層圏上部気温の高温バイアスの解
消、といった、モデル内の微量成分と気象場の相互作用によって進んだ可能性が大きい。平成
23年度は、このバイアスの少ないモデルを使って(2)と同様なEnKFによる同化実験を行い、
その同化性能を調べ、これまでのバイアスの大きいモデルでの同化結果との比較を行う。 5. 本研究により得られた成果 (1)科学的意義 EnKFによる気象場の同化に加えてオゾンを同化することで、その気象場への相互作用を通し
て成層圏の気温の同化が改善されたことは、オゾン同化の必要性を示し特筆すべきことである。
さらに、初年度に行った研究によって、同化に使う化学気候モデルのバイアスは同化性能に悪
影響を及ぼすことが示されたが、この結果を受けて、バイアスの少ないモデルの開発を行った。
このモデルのバイアスの改善は、熱帯上部対流圏の低温バイアスの縮小→成層圏水蒸気量の増
加→HOxの増加→成層圏上部のオゾン過多の減少→成層圏上部気温の高温バイアスの解消、とい
った、モデル内の微量成分と気象場の相互作用によって進んだ可能性が大きい。いずれも化学
気候モデルを用いた同化には、大気微量成分と気象場との相互作用が重要であることを示して
いる。 (2)環境政策への貢献 環境省の平成21年度「オゾン層等の監視結果に関する年次報告書」(平成22年8月)の作成に
あたり、本研究で行ったオゾン層の将来予測モデル実験結果を資料として提供した。 6.引用文献 1) IPCC: Climate Change 2007. The Physical Scientific Basis. Contribution of Working Group I to the
Forth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, Cambridge University
Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 2007.
Fly UP