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デジタル化時代における メディアの行く手 - Nomura Research Institute
11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 30 NAVIGATION & SOLUTION デジタル化時代における メディアの行く手 米国のメディア所有ルール見直しを通して考える 西村博文 C O N T E N T S Ⅰ メディアはどこへ向かうのか Ⅵ 所有ルールと技術革新 Ⅱ 電気通信法による「規制の改革」 Ⅶ 米国における放送の現状と将来 Ⅲ 放送に関する所有ルール Ⅷ 地上波テレビのデジタル化 Ⅳ メディア政策における「公益」 Ⅸ まとめに代えて――変化への対応 Ⅴ 所有ルールはどのように改正されたか Ⅹ 日本への示唆 要約 1 メディアの市場は、大きく変化しつつある。しかし、メディアの変化を俯瞰す ることは簡単ではない。ここでは、米国における所有ルールの見直しを通して メディアの変化、行く手を考える。米国は、世界一のメディア大国であり、発 展している国でもある。米国の動向を見ることは、日本におけるメディアの将 来を考えるに当たっても重要である。 2 メディア、特に放送の市場は、アナログ技術をベースに構成されてきた伝統的 な市場である。しかし、近年のデジタル技術の進展により、市場は多様化し、 変革を余儀なくされてきている。米国ではすでに、1996年の電気通信法制定に より、メディアの所有ルールが大幅に緩和され、地上波放送、CATV(ケーブ ルテレビ)を含めネットワークが発展し、放送業界の再編成が進展している。 メディア産業は、資本集約的な産業へと変わりつつある。 3 このようななかで、米国においては2006年、日本においても2011年を目標とし て、地上波テレビ放送のデジタル化への移行が始まっている。テレビのデジタ ル化は、テレビ受信機のコンピュータ化をもたらす一方、映像コンテンツのデ ジタル化という大きな革命的な変化をもたらす。コンテンツのデジタル化は、 おのずとブロードバンドインターネットと融合してくる。通信と放送の融合の 時代が始まろうとしている。 4 デジタル化により、確かにセキュリティ、不法コピー、プライバシーなど多様 な問題が生じてくる。しかし、デジタル化の進展を否定することはできない。 デジタル化に信を置いて進めるほかはない。 30 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 31 Ⅰ メディアはどこへ向かうのか 新ルールについては、論争はFCCを超え て議会にまで波及し、下院は一部について反 2003年7月、米国連邦通信委員会(FCC) 対の決議をし、上院も追随した。また裁判所 は、2年にわたる検討のうえ、懸案となって も、新ルール執行の一時停止を命じている。 いたメディアに関する所有ルールを見直し、 したがって、最終的に決着がつくまでにはな 新ルールを決定した。この見直しは、1996年 お時間を要するだろう。しかし、筆者の見る に制定された電気通信法に則り、「規制の改 限り、FCCの見直しの視点は、メディア市 革」を実行するものであり、そのあり方をめ 場の大きな変化、とりわけ技術革新に伴う変 ぐり激論が闘わされてきた。 化にいかに対応すべきかという観点から見る メディア市場は、歴史的に見ると、ラジオ と、「大きな意義」を包含している。 の時代、テレビの時代を経て、1980年代以降 メディアの世界は、文化的な側面から国家 CATV(ケーブルテレビ)が発展し、90年代 のありようを含む政治的な側面に至るまで、 には衛星放送が出現した。また、2000年以降 幅広い関連領域を有する。しかし、新聞、ラ の状況を見ても、インターネットのブロード ジオ、テレビという3つが主要であった時代 バンド(高速大容量回線)化が進み、地上波 から、すでに多様なメディアの時代に移って 放送のデジタル化が進展しつつある。このよ きている。今や、情報(ビット)が解放され うな大きな変革の時に当たり、メディア政策 たデジタルの時代となり、その最先端を米国 の根幹となってきた課題への挑戦であるだけ が担っている。情報技術の革新はとどまると に、個々の所有ルールそのもののあり方を超 ころを知らず、グローバルに波及する。 えて、「今後のメディア政策はいかにあるべ きか」という論争が生じた。 そこで本稿では、所有ルールの見直しにお けるFCCの考え方を紹介するとともに、米 米国は、疑いもなく世界一のメディア大国 国放送業界の状況、地上波テレビのデジタル である。1996年電気通信法を通じた規制緩和 化について検討し、併せて日本への示唆につ などにより、放送、CATV、番組制作を含む いて考察してみたい。 メディア大企業が成長し、メディアの集中が 懸念されてきている。この集中は懸念される べきことなのか、もし懸念されるとすれば Ⅱ 電気通信法による 「規制の改革」 どのような問題があるのか。 今回の見直しの対象となった所有ルール 1 「規制の改革」 は、すでに1996年電気通信法に基づき大幅に よく知られているように、1996年に制定さ 規制が緩和されており、焦点は、さらにこれ れた電気通信法は、「米国の電気通信の消費 以上規制緩和を行うべきかどうかをめぐるも 者に対して、より低廉な料金で、より高品質 のである。FCCは、激論の末、規制緩和の なサービスを確保し、新しい電気通信技術の 方向を目指す新ルールを採択したが、注目す 迅速な展開を奨励するために競争を促進し、 べきポイントはその考え方にある。 規制を軽減するための法律」である。 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 31 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 32 とりわけ、従来、独占下にあった地域電話 1996年電気通信法は、同時に「放送サービ サービスについて、市場構造を独占から競争 ス」についての条項を置き、第202条「放送 へと変革することを目的とした。同時に、ア 局の所有」で所有規制を緩和した。それとと ナログ技術を中心として形成されてきたさま もに、同条(h)項で、次のように規定した。 ざまな規制を見直し、電話はもとより、放 送、CATV、無線通信に至るまで、あらゆる 連邦通信法第11条に基づく『規制の改 電気通信の分野について、参入を自由化する 革』の一環として、隔年に、本条に基づき ことによって競争を促進し、より良いサービ 採択した規則その他すべての所有規則を審 スの提供、デジタル技術を中心とする新しい 査し、かつ、競争の結果、当該規則が公共 サービスの展開を期した。 の利益にとって必要かどうかを決定しなけ しかし、独占から競争への移行に当たって ればならない。委員会は、もはや公共の利 は、長年にわたり形成されてきた規制を個々 益に資さないと決定した規則を、廃止また にわたって具体的に見直し、廃止するなり改 は改正しなければならない。 定するなりしなければならない。また、独占 から競争への移行が進展するにつれ、市場環 FCCは、独立の政府機関として、規則を 境が変わり、規制のあり方も変わってくる。 制定する権限を有している。連邦通信法は、 1996年電気通信法は、連邦通信法の総則に 一説によると、「公益(public interest)」と 新たに第11条を加え、「規制の改革」として いう用語が112回使われているといわれるよ 以下の条項を定めた。 うに、原則、委員が良識(公益と信じる基 準)に従って判断することに信を置いてい (a)規制の隔年見直し――委員会(FCC) る。FCCはこれまで、連邦通信法第11条の は、隔年ごとに、次の事項を実施しなけれ 「規制の改革」は、2年ごとに規制や規則を ばならない。 全面的に見直す機会を与えるものと解釈し、 (1)見直し時点で有効な、本法に基づき 従来どおりの公益の基準に基づき、すなわち 電気通信サービスの提供事業者の運 FCCの裁量のもとに、規制や規則が今なお 用または活動に適用されている、す 必要かどうかを判断すればよい、という考え べての規制を見直すこと。 のもとに見直しを行ってきた。 (2)当該サービスの提供事業者間の意味 ある経済的競争の結果、当該規制が 公共の利益にとって、もはや必要で はないかどうかを決定すること。 しかし、この隔年見直しの規定はより厳密 に解釈されるべきとし、規制の必要性の分析 (b)決定の効果――委員会は、公共の利 や、競争の実態の分析などを欠いた見直し 益にとってもはや必要ではないと決定した は、法の制定目的に照らして問題があるとす 規制を、廃止または改正しなければなら る判例や意見が相次いだ。 ない。 32 2 市場実態に基づく判断 有力な意見は、「この見直し規定は、競争 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 33 が存在するところでは、(規制ではなく)競 なかった。今や、FCCは隔年ごとに関係す 争が消費者の福祉を最大にする。議会は、 る規則について十分な分析を実施し、競争の 1996年電気通信法の制定に当たり、意味のあ 結果として特定の規制がもはや公益に資さな る競争の有無が規制のあり方を決める重要な いことが判明したならば、これを廃止ないし 要素であることを明確にした。消費者を保護 改正することを要請されている。第11条は、 する競争があるところでは、規制緩和が適切 競争が出現したところにおいて規制を緩和し であり、規制は消費者を保護する限度に控え たいとする議会の一般的な好みを実行する られるべきである。一方、競争のないところ に当たっての重要なツールである」(FCC、 では、消費者を保護するために規制が必要で 「2002年規制見直しについて」2002年12月31 ある。意味のある競争があれば、当該規制や 日採択、2003年3月14日発表) 規則は、廃止または改正することが義務づけ られた」と主張する。 この意見集約の意味するところは、当該規 則が維持されるべきか否かについて、市場の FCCは、2002年の見直しを行うに際して 実証分析に基づいた挙証責任をFCCが負う 委員会の意見の集約を図り、「市場において ということである。理念やこれまでの経緯の 意味のある競争が存在するとしても、それだ みに基づいて正当性を主張することはでき けで当該規則を廃止ないし改正することが、 ず、市場の実態に基づく判断が求められるこ 公共の利益に合致するものではない。むし ととなったのである。 ろ、その規則がもはや意味をなさないほど競 こうしてFCCは、アナログ技術に立脚す 争環境が変化したのかどうか、さらなる公共 る伝統的な規制体系を全面的に見直すととも の利益にとって必要がないのかどうかを、従 に、デジタル技術を中心とする新しい技術革 前の公益の基準に基づいて判断すればよい」 新に基づく多様なサービスが出現する時代に との立場を確認した。 向けた、新しい規制体系の整備に乗り出す理 しかし、市場環境が変化したかどうかを判 論的・法的根拠を確立したことになる。 断するプロセスが重要であるとして、FCC は、当該規則に関わる市場における競争の状 況を分析・評価し、そのうえで現行の規則が、 3 市場の変化への対応 1996年電気通信法の第一の優先課題であっ 意味ある経済的競争の結果として、まだ必要 た、地域電話サービスの独占から競争への移 かどうかを決定すべしとした。 行についても、すでに43の州とワシントン FCCのパウエル委員長は、この意見集約に DCで、地域電話会社の長距離サービスへの ついて次のように述べている。 参入が認可されており、地域電話網の開放が 「議会が、第11条を制定する以前は、FCC 進んでいる。これに合わせて、競争促進政策 は、意味のある競争に直面したとき、当該規 (規制により競争を促進する政策)も見直さ 則が依然として妥当性があるか、あるいは、 れ、「規制型競争市場」から「市場型競争市 それらの規則を維持する正当性があるかにつ 場」への転換が進んでいる。 いて、定期的に判断することを要求されてい とりわけ、ブロードバンドについては、規 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 33 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 34 制が全面的に撤廃され、投資の促進が図られ このルールは当初1941年に制定された。当 た(FCC、2003年2月20日決定)。電気通信 時は一企業につきテレビ局3局までの所有制 政策の主要課題は、有線、無線、CATVなど 限だったものが、3局から6局、12局へと改 伝送路にかかわらず、ブロードバンド政策に 定され、1984年に25%ルールが採用された。 移っているが、ブロードバンドはおのずと放 1996年にはそれが35%に引き上げられ、12局 送(メディア)政策と大きな関わりを持って の所有制限は廃止された。 いる。この問題は、通信と放送の融合として FCCは、1998年の見直しにおいて35%の 捉えられているが、従来もっぱら通信の問題 制限を維持することを決定した。しかし、連 として扱われてきたように思われる。 邦控訴裁判所によって、この決定は裁量的で しかし、この問題を理解するには、放送側 あり、証拠に照らし十分に考慮されていない からのアプローチが欠かせない。上述した、 として、改定を求められ、改定されないなら 連邦通信法第11条に基づく規制の見直しに関 ば効力を停止すべきとされた。 するFCCの意見集約は、ブロードバンドに 代表されるデジタル技術の革新の進展によ る、放送(メディア)市場の変化に対応し (2)地域テレビ多重所有ルール 現行の地域テレビ所有ルールは、一定の条 て、アナログ技術を中心として形成された、 件のもとに、同一の地域市場において、一企 従前の放送市場に関する規制体制を、いかに 業が2つのテレビ局までを所有できるとして して変革するかの理論武装でもある。 いる。このルールは、当初1964年に制定され FCCは2003年7月2日、前年の規制見直 た。当初は、一定の地域で、2つのテレビ局 しの一環として、放送の所有ルールを中心と の所有を禁止するものだった。1999年に現行 した見直しを決定した。以下の章で、放送に の形に改定されたが、裁判所は、条件設定が 関する規制の見直しの過程を見てみよう。 適切でないとして見直しを求めた。 Ⅲ 放送に関する所有ルール (3)ラジオとテレビのクロス所有ルール このルールは、一企業が、一地域市場にお 1 6つの所有ルール 米国における放送に関する所有ルールは、 いて所有できる商用のラジオ局とテレビ局の 数を制限するものである。現行のルールで 以下の6つから構成されており、これらのす は、最大で2テレビ局と6ラジオ局の所有が べてが1996年電気通信法第202条(h)項に基 許される。このルールは、1970年にFCCが づく見直しの対象になった。 一地域でラジオ局とテレビ局を併有すること を制限したことに始まる。この制限は緩和さ (1)全国テレビ多重所有ルール れ、1999年に現行のルールになった。 一企業が、米国におけるテレビ保有世帯の 35%を超えた視聴域を持つテレビ局を所有す ることを禁止するものである。 34 (4)新聞と放送のクロス所有ルール 1975年に採択されたこのルールは、放送局 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 35 のサービス地域が、日刊新聞のサービス地域 を含むとき、一企業が放送局と日刊紙を同時 に所有することを禁止するものである。 このルールは、メディア間の競争と多様性 (6)二重ネットワークルール このルールは、「テレビ局は、2つ以上の 放送ネットワークを維持するネットワークと 提携することができる。ただし、このネット の推進を目指すものであったが、市場の大き ワークは、4大ネットワーク(ABC、CBS、 さ、環境は考慮されなかった。ルールが採択 FOX、NBC)の組み合わせにより構成され されたとき、FCCは、当時の違反状況をあ たネットワークであってはならない」という えて変えることまでは強制しなかったが、高 ものである。言い換えれば、複数の放送ネッ 度に集中した市場では所有権の分割を求め トワークを維持することは認めるが、4大ネ た。そのような市場では、新聞と放送の組み ットワーク間の合併統合は禁止するというも 合わせは、メディアの多様性にとって最も害 のである。 があると考えられたのである。 このルールは、1998年の見直しにかけられ たが、維持すべきものとされた。 当初1946年に採択された二重ネットワーク ルールは、一企業が2つ以上のラジオのネッ トワークを維持することを禁止するものであ った。それが、後にテレビのネットワークに (5)地域ラジオ所有ルール 拡大された。1996年電気通信法では、2つ以 このルールは、一企業が、1つの地域市場 上のネットワークの所有が認められたが、4 で所有できる商用ラジオ局の数を制限するも 大ネットワーク間の合併、4大ネットワーク のであり、当初1941年に導入された。 の1つとUPN(ユナイテッド・パラマウン 1992年までは、同一地域で2つのラジオ局 ト・ネットワーク)またはWBN(ワーナ を所有することが禁止されてきた。このルー ー・ブラザーズ・テレビジョン・ネットワー ルは、地域ラジオ市場において、ラジオ局の ク)との合併は認められなかった。しかし 組み合わせにより市場を支配することを阻止 2001年には、4大ネットワークがUPNまた するのに大きな効果があったが、一方でラジ はWBNを合併統合することが認められた。 オ局の効率的な経営を妨げてきた。その結 現在では、4大ネットワークの組み合わせ 果、多くのラジオ局が財政的に困難な状況に にのみ、このルールが適用される。既存のす 陥った。1992年、FCCはこのルールを緩和 べてのネットワーク組織も、新たに形成され し、市場のラジオ局の集中度に応じて、所有 る組織も、多様なネットワークを組成、維持 できる局の数を制限するルールに改めた。 することができる。ただし、ABC、CBS、 1996年電気通信法は、この制限をさらに緩 和することをFCCに求めた。その結果、ラ FOX、NBCが互いに合併して巨大ネットワ ークを形成することは禁止されている。 ジオ局の合併統合が促進され、ラジオ業界 はより強固な財務的基盤を得た。しかし一方 で、行き過ぎた統合が生じ、局数制限の根拠 の見直しが必要になってきた。 2 今回の見直し 上述の6つのルールが、放送に関して現存 する所有ルールである。1996年電気通信法は デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 35 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 36 放送およびCATV業界における規制構造を大 ア市場が大きく変化している。そのなかで、 きく変革したが、残存するこれら6つのルー これらの所有ルールはなお意味を持っている ルをどう見直すかが、今回の所有ルール見直 のか、すなわち公益があるのかどうかを、市 しの大きなテーマとなったのである。 場の実態に照らして研究し、実証することが 1996年電気通信法による放送関連所有ルー ルの改定は、次のように整理される。 FCCは、ワーキンググループを設け、メ >電話とCATVのクロス所有の禁止→廃止 ディア市場について12の実証研究を行った。 >CATVと放送のクロス所有の禁止→廃止 米国人は、どのようにメディアを利用してい >CATVとネットワークのクロス所有の制 るか、どこからニュースを得ているか、メデ 限→廃止 ィア市場はどのように機能しているか、など >ラジオの全国所有制限→撤廃 についてデータに基づいた実証分析を行い、 >ラジオの地域所有制限→緩和 これに基づいて所有ルールを見直すことにし >二重ネットワークルール→大幅緩和 た。直感や個人の好みを排し、証拠に基づい >テレビ局の全国ベースでの所有制限の撤 た規則制定手続きをとるということは、メデ 廃に向けた検討→FCCへ指示 >テレビ局の全国ベースでの所有制限→全 テレビ保有世帯の25%から35%へ緩和 FCCは、今回の見直し(2002年見直しと いう)に先立つ見直しの過程で、現行のルー ルをそのまま維持してきた。だが、控訴裁判 により、FCCは、電気通信法に基づく規制 36 求められたのである。 ィアにまつわる政治的な影響をできる限り避 けることにもなる。 FCCの実証研究の結果明らかになったこ とは、以下のようにまとめられる(パウエル FCC委員長の要約に基づく)。 一言でいえば、今日のメディア市場は「豊 富」であるということである。 緩和を検討すべきという議会の指示に反して 1980年代までのメディア市場とは大きく変 いるだけでなく、競争の現況に関する研究に わり、多様なメディアの番組提供経路が爆発 基づき各ルールがなぜ必要かを証明していな 的に増大した。ニュース番組だけ見ても、米 いとして、批判を受けた。また、ルール相互 国では、テレビの黄金時代といわれた1960年 間に矛盾する基準があることも指摘され、改 代には、3つのネットワークがそれぞれ30分 正が行われないとルールを差し止めることが のイブニングニュースを放送するのが常だっ 決定されるに至った(ワシントンDC控訴裁 たが、今日では、3つの24時間のニュース専 判所、FOX、シンクレア事件、2002年)。 門ネットワークがあり、7つの放送ネットワ 前述したように、各種の所有ルールは、新 ーク、300以上のCATVのネットワークがあ 聞、ラジオ、テレビがメディア市場で支配的 る。ニュース番組はあふれている。地域放送 だった時代、メディア市場がこれら3つによ 事業者も、過去のいつの時代よりも多くの、 って形成されていた時代に、創始されたルー ローカルニュースを提供している。 ルである。今日、CATV、衛星放送、インタ メディアが豊富だということは、より多数 ーネットなどの新しい媒体が出現し、メディ の番組が提供され、選択の豊富さと相まって、 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 37 市民側にいわばメディアのコントロール権が フトであり、民主主義にとって、とてつもな 移り、メディアによる情報の支配は起こりに いインパクトを包含するものといえる。 くくなっている。要するに、豊富であること によって、ほとんど誰もが満足しうるような Ⅳ メディア政策における「公益」 ニッチ番組が提供されている。 米国では、このようなメディアの豊富さに FCCは、メディア所有ルールの見直しに 対応して、すでに85%以上のテレビ保有家庭 当たり、その基本的な政策目標として、①多 が、CATVまたは衛星放送の事業者と契約し 様性、②競争、③地域性――の3つを確保す ている。2000年には歴史上初めて、CATVの ることを掲げた。この目標を達成するため 番組が地上波テレビ放送の番組のプライムタ に、現行の所有ルールが必要かどうかについ イム視聴率を上回り、2002年にはCATVのプ て分析・検討が行われる。 ライムタイムの視聴率は50%を超えた。 この検討に際しては、政策目標をできる限 インターネットは、市民にとって、自らの り正確に定義するとともに、市場でのこれら 意思、情報を伝えたいという欲望や、より多 目標の達成状況を判定する方法論も研究され くの情報源から情報を得たいという欲望に、 ている。これらの研究により、メディア市場 大きなインパクトをもたらした。たとえば、 の競争状態、ものの見方についての市場の健 グーグルのニュースサービスでは、世界中の 全性、地域のニーズに対する放送事業者の感 4500のニュース源からの情報にアクセスでき 応度などについての判定方法が開発され、今 る。インターネット上では、有名・無名、賛 回の見直しに採用されている。 成・反対にかかわらず、ますます多様な情報 FCCは、これらの方法を基に、新たな所 にアクセスすることができ、ニュース源は 有ルールが採用され、これによりバランスの 日々拡大している。 とれた形で、生き生きとしたものの見方、思 このように、CATVとインターネットを 想に関する市場の育成、旺盛な競争の促進、 通じた情報量は、級数的に増加している。 放送事業者の地域への貢献を推進できるとし CATVとインターネットは、メディアにおけ ている。とりわけ、メディア市場の現実的な る多様性のモデルといってもよいほど、爆発 分析に基づき、執行可能な基準を確立するこ 的に拡大している。メディアは、米国の市民 とこそが、公共の利益にとって最も重要なこ が欲するときに欲するだけ利用可能になっ とであるとしている。 た。今や市民は、見たり、聞いたり、読んだ メディア環境の大きな変化のなかでは、従 りしたいものについて、歴史上いかなる時よ 来の経験や直感、あるいはこれまでに形成さ りも、多くの選択肢を提供されている。 れてきたメディア理論(たとえば、周波数の メディアの提供者にとって、ますます細分 希少性に基づく抽象的な規制理論)が、電気 化する視聴者の注目をいかに勝ち取るかが、 通信法や司法による厳密な検証に堪えられな 最大の課題となってきている。これは、米国 くなってきていることを認識し、執行可能な のメディア体制における強力なパラダイムシ ルールの形成を図ったと見てよいだろう。 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 37 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 38 多様性、競争、地域性の3つの政策目標に ついて、もう少し詳しく見てみよう。 通信政策であった。ラジオの時代から、放送 の独占が禁止されてきた。 1996年電気通信法は、競争市場と公益との 1 多様性の確保 多様性については、以下の5つのタイプが あるとする。 ①ものの見方に関する多様性(多様なもの の見方、視野を反映したメディアのコン テンツが利用可能であるか) ②番組の多様性(多様な形式および内容の 番組が提供されているか) 関連について、電気通信分野について独占か ら競争へ転換することを明確にした。しかし 放送については、競争が公益に資する最も効 率的な市場形成の方法であることは、すでに 確立された理念である。 このようななかで、電気通信法が、所有ル ールが公共の利益にとって必要か否かをさら に検討することを命じる意味は何だろうか。 ③番組提供経路の多様性(1つの市場にお FCCはこの意味を、ラジオやテレビ市場に いて、独立的に所有されている企業が複 おける競争にとどまらず、より大きなメディ 数あるか) ア間の競争、すなわち放送事業者間だけでな ④情報源の多様性(多様な制作者からメデ ィアのコンテンツが供給されるか) く、放送事業者と他のメディア事業者間のよ り大きな競争を促進することと捉える。 ⑤マイノリティ、女性の所有の多様性(マ 競争状況の測定について、これまでは広告 イノリティ、女性のマスメディア事業へ 市場における競争が、メディア市場における の参入機会が確保されているか) 消費者福祉の代理変数として採用されてき これらの多様性を促進することが、多様性 た。従来の放送市場は、もっぱら広告収入に に関する政策目標とされる。とりわけ、もの 依存してきた。しかしFCCは、CATVや衛星 の見方の多様性の確保と促進については、放 放送の発展により、放送ビジネスの財務モデ 送の所有規制の核になるものとされ、多様な、 ルは、広告収入だけでなく、加入者からの料 かつ意見の異なる情報源からの情報が最大限 金収入が大きな割合を占めるようになってき 提供されるためには、多様な独立のメディア ているとし、より総合的な方法により、放送 所有者の存在が重要とされる。 メディアにおける競争を捉える。 FCCは、ものの見方の多様性をより正確 すなわち、メディア市場の競争状態を測定 に定義するため、「多様性指標」を開発し、 するに当たり、CATVや衛星放送が伝統的な 国民がニュースや情報を得るために、どのよ 地上波放送と競争していると認識する。この うに各種のメディアを利用しているかを、デ うえで、競争的な市場構造を確保し、これに ータに基づいて分析することができる方法を よりさらに競争の恩恵(より低廉な料金、技 開発できたとしている。 術革新、より進んだサービスなど)を国民が 享受することを可能にすることが、公益にと 2 競争の促進 って重要であるとする。 メディアにおける競争の促進は、基本的な 38 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 39 3 地域性の確保 地域性の確保は、メディア政策において、 く見ておこう。 全国テレビの所有制限は、テレビのネット 歴史的に大きな力点が置かれてきた。この重 ワークが、潜在的なテレビ保有世帯の何%に 要性は、今日でも深く認識されている。 まで自らの放送を直接に提供できるか、すな FCCは、今回の見直しにおいて、放送の わち、ネットワークが所有するテレビ局の電 番組提供経路の所有を制限することにより、 波が届くかに関わっている。このルールは、 地域性を確保する立場を堅持する。所有の制 地域性を促進するために必要なものとして制 限という市場構造を通じて、地域社会のニー 度化され、今日まで維持されてきた。この制 ズや便益のために奉仕しようとするメディア 限は、先に述べたように、今回の見直し時点 企業のやる気に期待し、できる限り地域性を では35%である。 促進しようとする。加えて、個々の地域社会 FCCはこれまで、この制限が地域性に寄 への効果的なサービスを実証した放送事業者 与するのは、ネットワークとそれと提携する の特性を明らかにし、地域市場への参入を促 系列テレビ局との間における交渉力のバラン 進する政策をとる。 スを維持するためであると判断してきた。す 放送市場における地域性を分析するに当た なわち、系列テレビ局が、その地域の視聴者 り、2つの基準が採用される。1つは、地域 のために番組を選び、編成するに当たって、 のニーズや便益のために責任を持った番組編 意味のある役割を演じられるようにするため 成がなされているか、もう1つは、地域ニュ のルールであるとの考えに立っている。 ースの量と質である。 しかし、今回の見直しにおいて収集・分析 されたデータによれば、全国所有の制限を維 Ⅴ 所有ルールはどのように 改正されたか 持する必要は認められるが、35%という数字 を支持するデータはなかったという。35%の 制限は、それぞれのネットワークとその系列 1 6つの所有ルールの改正 現行の6つの所有ルールは、上述の3つの 政策目標に照らし、競争が進展した結果とし 局との間で、番組ごとの優先購入権のレベル での交渉において、何ら意味のある効果を持 っていないことが明らかとなったとする。 て、今なお必要かどうか検討された。先に見 また、この制限は、ネットワークがさらに たように、この検討作業はもっぱら、現実の 他のコミュニティに対し、より多くの地域ニ 実証的なデータに基づく分析、研究をもとに ュース番組を提供することを妨げているとい 行われ、判断されている。その結果につい う結果も出ているという。ネットワークが所 て、簡単に述べておこう。 有し運営するテレビ局は、系列局よりも多く の地域番組を提供し、地域に貢献しており、 (1)全国テレビ多重所有ルール 本ルールについては、現在、米国において 大きな論議を呼んでいる。このため少し詳し さらにはCATVや衛星放送との競争におい て、ネットワークの成長の余地を認めること が妥当と結論づける。 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 39 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 40 このような、事実に基づく検討の結果、 FCCは、全国所有の制限を35%から45%に 引き上げることとした。 調査に基づいてウエートをつけ、ものの見方 に関する集中度を計測するものである。 FCCは多様性指標を使うことで、新聞と 放送や、ラジオとテレビのクロス所有を禁止 (2)地域テレビ多重所有ルール するルールは、市民がニュースを取得するに 地域テレビ多重所有ルールについては、地 際し、すでに多様な情報源が豊富に存在する 域放送事業者が、CATVと衛星放送サービス ため、もはや必要でなくなっていると判断し との顕著な競争に直面していることを反映し た。しかも、このことが、実証データにより ていないとして改定されることとなった。 確認されたことが重要であるとした。新聞発 新ルールでは、地上波テレビ局が、他のテ 行者が、テレビやラジオ事業に参入すること レビ局だけでなく、CATVや衛星放送と地域 は、多様性、地域性を増進するに際して、そ 市場でより効率的に競争できるようにするこ れを阻害するものではなく、むしろ促進する とを認め、一地域最大限2テレビ局だった保 ことを見出した。新聞とテレビの組み合わせ 有制限を、3局に拡大する(一地域18以上の が認められている地域では、これらのテレビ テレビ局がある地域)。この措置により、ロ 局は量・質ともに、圧倒的により良いニュー ーカルニュースなどの番組が拡大され、デジ ス番組を提供しているという。 タルテレビへの移行が促進されるとしてい FCCは、新聞と放送、ラジオとテレビの る。なお、地域における上位4局間の合併は クロス所有に関するルールを見直し、地域市 禁止される。 場での過度の集中を排除する制度に改めた。 (3)クロス所有ルール ラジオとテレビ、新聞と放送についてのク (4)地域ラジオ所有ルール 地域ラジオ所有ルールについては、維持さ ロス所有ルールの見直しは、2つのルール間 れる。一方、ラジオ市場の定義が見直され、 の矛盾を是正しようとするものである。もの 行き過ぎた合併統合を是正するルールが導入 の見方についての多様性に関して、一貫性の された。 ないことが裁判で指摘された。地域テレビ ルールでは、他のテレビ局のみが“声”とさ (5)二重ネットワークルール れていたが、ラジオとテレビのクロス所有ル 二重ネットワークは、前述のように、今で ールでは、テレビ局、ラジオ局、地域CATV は4大ネットワーク間の合併統合が禁止され 局、日刊紙が“声”とされていた。 ているだけであり、この規制は維持される。 FCCは、市場における集中度を計測する 独占禁止法上のモデルを参考にして、メディ 40 2 メディアの集中をめぐる議論 ア市場での集中度を計測する多様性指標を開 以上に述べた、メディア所有ルールに対す 発した。この指標は、それぞれに異なるメデ るFCCの見直しは、大きな議論を巻き起こ ィアのタイプごとに、ニュースに関する世論 した。メディアに関する規制のあり方はどう 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 41 あるべきか、メディアの役割は何なのか、と ろうか」と。 いう基本的な議論である。所有ルールが、こ FCCのパウエル委員長は、「(人気と独占を れまでメディアに関する金科玉条の規則とし 混同する)この考えは間違っている。言論の て一般に受け止められてきただけに、事実関 自由の原則に反する。役所が、番組を見ては 係の実証分析に基づいた、根底からのFCC いけないという規則を採択することはしない のルール見直しが、大きなショックを与えた し、してはならない」と明快に述べる。 としても不思議ではない。 所有ルールの見直しは、FCCにおいて、 しかし、この見直しに反対する議論は、も 2003年7月2日に決定されたが、この議論は っぱら放送の番組内容に関するものである。 議会に波及し、下院は7月23日、全国テレビ 今日のメディアの状況は暴力や性的な番組、 所有の制限を35%から45%に改定することに 魅力のない粗野な番組に満ちあふれており、 反対する決議を行った(上院も9月16日、こ これらはメディアの集中が進んでいるため れに追随した)。しかし、他のルールの見直 だ、というような認識をベースにしたものが しについては、特に反対していない。 多い。見直し作業の中で、公衆から寄せられ パウエル委員長は、メディアの所有を制限 た意見は、現在のメディア企業に対する告 すべしとする圧力は、メディアの集中への心 発、不満に満ちたものであったという。 配から発したものではなく、内容、コンテン 所有ルールは、メディアの集中を防止する ツに影響を及ぼしたいとする欲望に発してい ルールでありながら、なおさらにこれを緩和 ると看破し、「言論の自由」の価値を尊重し、 することは理解しがたいとするものである。 かつ事実に基づいた冷静な議論が行われる これらの意見の持ち主は、明らかに、FCC ことへの期待を表明している(『ニューヨー がテレビやラジオの所有構造を規制すること ク・タイムズ』2003年7月28日への投稿)。 で、好ましくない番組の放送についての問題 解決が図れるという期待を抱いている。 また、メディアの集中が問題とされると き、たった5社が国民の視聴する番組の80% 9月3日には、連邦控訴裁判所が、新ルー ルの発効について一時停止を命じた。メディ アの集中をめぐって論議はさらに続くことに なる。 を支配しているということが指摘される。 FCCは、こうした意見に次のように反論 Ⅵ 所有ルールと技術革新 する。「現実には、300チャンネル以上もある 地上波放送、CATV、衛星放送のうち、5社 1 新技術の迅速な展開 は25%を支配しているだけである。人気のあ 所有ルールは、アナログ技術中心の時代 る番組を提供しているために、80%もの視聴 に、技術的要件に発する市場の制約条件(電 者を得ているのである。人気と独占とは異な 波の有限性)から、どうしても独占的市場と る。競争的なメディア市場を実現することは ならざるを得なかった放送市場を、「独占」 政府の大きな目的だが、“人気があること” から守るために導入された「規制制度」であ を規制することまで政府に求められるものだ る、といえよう。この規制制度を、「競争」 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 41 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 42 が進展するなかで見直していく、しかも2年 2 特記された2つの技術 ごとに見直そうとするのが、電気通信法によ 1996年電気通信法は、新しい電気通信技術 り制定された「規制の改革」であると理解で に関し、以下の2つの技術の展開について特 きる。 記している。この2つの実現を目指すこと 電気通信法は、単に競争を促進することを 目指すものではない。「新しい電気通信技術 は、国家目的としてFCCの大きな政策課題 となっている。 の迅速な展開」を奨励するための法律として 制定されている。新しい技術が迅速に展開さ れ、より低廉かつ高品質なサービスが国民に 提供されることを目指している。 (1)ブロードバンドの普及 通信会社は、CATVの所有が解禁されたこ とにより、CATV事業に参入し、旺盛な投資 電気通信の分野で、独占から競争への転換 を行い、システムの改良を促進した。有力な を促進するために、規制に基づく「競争促進 CATV会社も通信に参入する一方、設備投資 政策」がとられ、大きな成果が上げられた を行い、両者が相まってCATVのインフラは が、片や、この政策がブロードバンドなどの 大きく改良され、ケーブルモデムによるブロ 新技術の展開に資さない、すなわち設備によ ードバンドが発展している。 る競争が発展しないと見られると、「競争促 また、地域電話会社は、DSL(デジタル 進のための規制」が見直されることになる。 加入者線)、FTTH(光ファイバー)による 「新しい電気通信技術の展開」とそれに伴う ブロードバンドを提供しているが、この投資 「高品質なサービスの提供」には、まず何よ をさらに促進するため、「競争促進規則」が りも資金力や技術力のあるプレーヤーの存 見直され、ブロードバンドに関する規制は撤 在、育成が不可欠である。また技術の進歩・ 廃された。 発展は、ますます急速であるため、事業は財 この間、投資余力に欠ける事業者は、淘汰 務的に健全に営まれないと、サービスの維持 または統合されてきている。技術が発展する はもとより、市場における競争に耐えられな なかで、他事業者の設備を利用して事業を展 い。近年のネットバブル、通信バブルの崩壊 開するビジネスモデルを奨励することは、設 は、このことを如実に証明している。 備を提供する事業者の投資インセンティブを このような観点から、米国における所有ル ールの改定を見るに際し、技術革新との関連 制約するとともに、技術の進歩を阻害するも のと懸念されたのであろう。 を念頭に置いておくと、わかりやすいように 思われる。1996年電気通信法において、放 送、CATV、通信、テレビネットワーク相互 (2)デジタルテレビへの移行 クロス所有ルールの見直しにより、放送、 間の所有制限(クロス所有の禁止)はすべて メディアの世界でも大きな変革が生じた。放 撤廃されたが、その後、技術革新に関してど 送、CATV、映像制作にわたる統合が進展 のような結果が生じたかを見てみよう。 し、ネットワークが発展した。 後述するように、デジタルテレビへの移行 42 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 43 には、放送設備への新規投資を要するほか、 的な地上波放送、特にテレビが生き残れるの HDTV(高品位テレビ)などの番組が開発、 かという疑問や懸念が、FCCの見直し作業 制作されなければならない。地上波テレビ、 の中に通奏低音として響いているように思え CATV、衛星放送などの事業者はもとより、 る。いかにメディアが多様化しようとも、無 これらに番組を提供しているネットワークの 料で視聴できる(広告の費用は消費者に転嫁 役割が大きい。ネットワークに関する所有ル されているという議論はさておき)地上波テ ールの緩和は、デジタルテレビへの移行に対 レビの存在は、国民生活にとって不可欠なも する大きな期待の現れと見ることができる。 のであり、維持されねばならない。テレビ局 が財務的に健全に運営されなければ、サービ このように、技術革新が進展するなかで、 スは維持され得ない。先に見た、ラジオ局に これを担い、発展させ得る産業体制を整備す 関するルールの見直しは、ラジオ局の経営の ることが、常に意識されている。行き過ぎに 困難に対処するために行われた。 ついてはチェックしながらも、競争のもとに メディアの現状に関し、今回のルール見直 「新しい電気通信技術の展開」を図る政策が しに際してのFCCの2つの研究が注目され とられ、これにより米国が世界に冠たる通 る。1つは「メディア間の代替性」について 信・メディア王国を築き、国際競争力を誇っ であり、もう1つは「地上波テレビの現状と ていると見ることができよう。 将来――競争の海の中での生存者」について である。 Ⅶ 米国における放送の現状と将来 前者は、この10年におけるメディア環境の 変化のなかで、消費者のメディアの利用は変 メディアの所有ルールの見直しに当たり、 わったか、とりわけ、消費者が情報を取得す FCCは、今日におけるメディア市場の状況 るに当たって、異なるメディアが他のメディ について、多様な角度から実証的な調査研究 アの代替となっているかについて、各種のデ を実施した。すでに見てきたように、これら ータに基づき実証分析を行っている。また後 のルールは、テレビやラジオだけでなく、新 者は、地上波テレビの現状と将来について分 聞からインターネットまで、あらゆるメディ 析している。これらの研究は、米国における アに関係する。 メディアの状況を理解するに当たって参考に 所有ルールの見直しのベースとなった根本 的な認識は、米国が世界中で最もメディアの なるとともに、今後のメディアの将来につい て考えさせるところが多い。 多様化が進んだ国であり、歴史的にも現在ほ ど多くのメディアが存在したことはない、と 1 メディア間の代替性 いう事実である。さらには、デジタル化など 先にこの研究の結論を述べておく。 の技術革新により、メディアがますます多様 ①代替性の強いもの 化するだろうという予測である。 次のメディア間の代替性が、統計的に極め このようなメディアの発展のなかで、伝統 て有意であるという。 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 43 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 44 >インターネットとテレビ放送(全体、ニ ュース) とが、統計的に実証されていることである。 とりわけ、ニュースについてはこの傾向が大 >日刊紙と週刊誌 きい。また、新しいメディアが出現してくる >日刊紙とテレビ放送(ニュース) と、それまでの伝統的なメディアは、新しい ②代替性のあるもの メディアに取って代わられる傾向があること 次のメディア間についても、代替性は有意 を示している。しかし、完全に代替されるの であるとする。 >CATVと日刊紙(全体、ニュース) >ラジオとテレビ放送(ニュース) ではなく、ある種のメディアは、固有の役割 を持っていることも示している。 他方、テレビ放送とCATVとの代替性は、 >インターネットと日刊紙(ニュース) 肯定も否定もされなかった。競争状態にある ③代替性のないもの ことを示しているものといえよう。 一方、次のメディア間については、代替性 このように、多様なメディアの発展のなか の有意性はほとんどない。 で、消費者は各種メディアを多様な形態、多 >週刊誌とテレビ放送 様な目的に利用していることが、データに基 >ラジオとインターネット づいて証明されたといえよう。 >ラジオとCATV 全国メディアと地域メディアの代替性につ いては、有意性が間接的に認められる。 2 地上波テレビの現状と将来 FCCは、メディア間の競争が激化するな かで、地上波テレビ放送業界がどのように変 これらの分析から、次の結論が導かれる。 化してきたか、また将来を予測するに当たっ ①いろいろなメディアが、完全に別々だと て注視すべき点は何か、について調査を行っ いう見解は否定される。一定のメディア ている。1991年にも同様な調査を実施してお は、消費者の注目を引くべく互いに競争 り、今回(2002年)の調査は、これを最新の している ものとしたものである。 ②一定のメディアの間で、代替的に利用さ 前回の調査では、テレビ放送業界は「視聴 れていることが実証された。しかし、す 者および収入のシェアの不可逆的な長期的低 べてのメディアはニュースや情報の取得 下に悩んできている」と結論し、競争の高ま において代替的である、といえるほど十 りに照らし、メディア所有ルールの緩和を勧 分な代替性があるとはいえない 告した。前述したように、1996年電気通信法 この結論は、ありふれた常識的なものだ が、メディアの将来を考えるに当たって役に 立つ示唆を与えるとしている。 この研究の意義を一言でいうのは難しい が、一見してわかるのは、インターネットが テレビや新聞の代替として利用されているこ 44 に基づき、以下の改革が行われた。 >ネットワークとCATVのクロス所有ルー ルは廃止 >二重ネットワークルール、テレビ2局ル ールは緩和 >放送とCATVのクロス所有ルールは廃止 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 45 >全国テレビ多重所有ルールは緩和 ビ放送の番組は、ネットワーク当たりの視 したがって今回の調査は、これらの制度改 聴者数がCATVよりも圧倒的に多い。このこ 正が、テレビ放送業界に与えた効果を調べる とが、視聴者シェアの低下にもかかわらず、 ことにもなっている。 テレビが広告収入を増やすことができている 調査は、ネットワークおよびテレビ局の 視聴者のシェア、広告収入のシェア、収益 大きな理由の1つである。 しかし、テレビの広告収入のシェアが低下 性を分析する方法により行われた。また、 しているのは確かであり、CATVによる広告 CATV、衛星放送、その他のビデオメディア はテレビ広告の代替手段となってきている。 提供事業の発展動向をも調査している。さら 将来的には、CATVの番組視聴者数が増加す に、技術の発展、広告市場の発展、ビデオ番 るにつれ、CATVの広告収入のシェアも急速 組市場の動向についても考察している。 に増えると考えられる。 調査の結果を結論的にいえば、1991年の予 測は、地上波テレビにとって悲観的に過ぎ (2)テレビ局の動向 た。視聴者のシェアは低下してきているが、 テレビ局の数は1990年以来12%増加し、1 広告収入のそれはそれほど低下していない。 局も放送を停止していない。局当たりの広告 新世紀に入っても、テレビ業界は全体として 収入は増加しており、収益性は落ちていな 財務的に健全で、視聴者に高水準のサービス い。テレビの新しいネットワークが形成され を提供しており、広告主にとって価値あるプ たことは、独立局の立場を強化し、2局ルー ラットホームを提供しているという。 ルの緩和は、弱小局の強化に役立った。 しかし、将来的には、CATV、衛星放送、 一方では、CATVのクラスター化(集約 インターネットの発展に伴い、このままでは 化)、相互接続技術の進歩により、CATVの 長期的な視聴者数の低下傾向に歯止めはかか 競争力も強化されてきている。 らず、広告収入でもシェアの低下は避けられ ないとする。デジタルテレビへの移行によ (3)テレビネットワークの動向 り、HDTV番組の提供やデジタルテレビによ ネットワークは、規制の変化により大きな る新しいサービスの開発などにチャレンジす 影響を受けた。1つは「フィンシン(Fin- ることが、地上波テレビの将来にとって極め Syn)」ルールの廃止であり、もう1つは二 て重要な課題であるとしている。 重ネットワークルールの緩和である。 以下、現状分析のポイントについて簡単に 「フィンシン」ルールは、テレビのネットワ 紹介する。米国における放送の現状を知るう ークが、プライムタイムの娯楽番組を所有す えで参考になるであろう。 ることを禁じるものである。このルールの廃 止により、ネットワークはプライムタイムの (1)広告収入の動向 番組を自ら制作できるようになった。一方、 地上波テレビ業界は、CATVや衛星放送に 二重ネットワークルールは、2つ以上のネッ 視聴者のシェアを食われ続けているが、テレ トワークを所有することを禁じるものであ デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 45 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 46 る。このルールは今では、4大ネットワーク の挑戦に直面しているほか、インターネット 相互間の合併を禁じるだけとなっている。 などの技術の発展からも挑戦を受けている。 ネットワークが番組を制限なく所有できる CATV、衛星放送は、今後も地上波放送の ようになると、映画会社にとってネットワー 大きなライバルとなろう。これらの加入者 クと提携することは極めて魅力的なものと 数は、過去10年確実に増えてきたが、CATV なった。バイアコムとタイム・ワーナーは、 加入者の成長は頭打ちになってきている。衛 UPNとWBNを作った。ウォルト・ディズニ 星放送も、今後10年以内に頭打ちとなろう。 ーはABCを、またバイアコムはCBSを買収 CATVと衛星放送を合わせた普及率は、80∼ した(最近の報道によれば、NBC がビベン 85%でピークに至ると予測できる。 ディ・ユニバーサル・エンターテインメント しかし、衛星放送の出現と、CATVの伝送 を買収するという)。さらに、ネットワーク 容量を拡大する投資、デジタル圧縮技術の進 と映画スタジオの組み合わせは、放送と 展により、加入者は10年前と比べて圧倒的 CATVのネットワークの組み合わせへと展開 に多数の番組を見られるようになった。この する。 ことはCATVや衛星放送の視聴シェアが拡大 このようにして、ネットワーク会社が、さ した理由の1つである。また、加入者数の まざまなネットワークの上で、番組の選択、 伸びが鈍化したとしても、加入者世帯では プロモーション、広告販売において専門性を CATV、衛星放送の番組視聴時間が増加し、 発揮できるようになり、範囲の経済を実現で テレビ放送の番組視聴時間は低下してきてい きるようになった。放送とCATVのネットワ ることが明らかになった。 ークが1つの会社に統合されることで、メジ また、ビデオなどの販売やレンタルが堅調 ャーなスポーツの権利のコストを効果的に分 であり、DVD(デジタル・ビデオディスク) 散することや、広告の売買の方法に多様な影 の発展は急速である。 響を与えることとなった。これはまた、放送 番組の再利用をも促進した。 (5)技術の発展 テレビのネットワーク事業自体は、利益の 地上波テレビは、広告という1つの収入に 上がる事業ではない。広告収入のシェア低下 依存する産業であるため、広告と加入料金と に始まり、番組制作費の増加に至るまで、ネ いう2つの収入に基づく、CATVや衛星放送 ットワークは困難に直面しているが、彼らは と比べて不利な面がある。 多くのテレビ局に番組を提供しており、テレ 技術的な展開は、地上波テレビの広告のベ ビ局は利益を上げている。ネットワークは系 ースに脅威をもたらす一方で、新しい収入の 列局に対して、番組のコストをもっと分担す 流れを作り出す機会を提供する。PVR(パ ることを求めている。 ーソナル・ビデオレコーダー)は、普及率は まだ極めて低いが、広告収入に関して潜在的 (4)CATV、衛星放送の動向 テレビ放送業界は、CATV、衛星放送から 46 な脅威となっている。PVRは、視聴者が広告 を飛ばして番組を見る機能を持つ。このため 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 47 業界は、広告をもっと面白くしたり、興味深 な問題が生じてくる。また、放送がCATVな くしたり、あるいはプログラムの中に商品を どのプラットホームに頼っている場合、イン 埋め込み、広告を排除できなくしたりすると タラクティブテレビの反応のリターンパスに いった対策を追究してきている。 関するいろいろな問題が出てくる。 10年前と比べ、最も大きな技術の発展は、 いずれにせよ、これらの技術的な変化が デジタルテレビへの移行が始まったことであ 放送に大きな変化をもたらす。また、1つの る。すでに500以上の局が、デジタル放送に 収入源(広告)から多様な収入源へと変化し 変わっている。残りの商用局は、2002年5月 てくると、地上波テレビ放送はCATVなどと 1日のデジタル放送開始期限を守らねばなら 似てくる。 なかったが、多くは猶予されている。 デジタルテレビは、放送事業者の伝送容量 (6)番組の動向 を増やし、HDTV、標準テレビの多重化、デ この10年、番組のネットワークの数はかな ータ放送、あるいは、これらの組み合わせを り増加した。放送ネットワークが大衆に向け 可能にする。視聴料ベースのサービスもでき て広くサービスを提供をしようとする一方、 る。デジタルテレビの開始には、設備への相 個々の番組はある特定の人口構成上のグルー 当な事前投資を要する。どのようなサービス プをターゲットとする傾向がある。CATVで が実現するかは、いずれ時間とともにわかっ は、いくつかのネットワークは一般的な聴 てくるだろう。 衆に番組を提供しているが、成長している HDTVの番組が増え、デジタルテレビ受信 CATVネットワークはニッチサービス(子供 機の価格が低下すれば、国民は大きな便益を 向け、スポーツ、ニュース、音楽、自然、ラ 受ける。他方、デジタルテレビの他のサービ イフスタイルなど)の番組に特化しつつあ スに関するビジネスモデルは、まだ現れてい る。 ない。特に、視聴料ベースのデジタルテレビ 番組の制作コストは、相当に上がってい サービスを、CATVや衛星放送が再送信すべ る。外国からの需要の低下は、収入源を減ら きかどうかという問題は未解決である。 した。このため放送ネットワークは、コスト インタラクティブテレビは、まだ議論中で ある。インタラクティブテレビの定義はまだ 確定していない。 の上昇に対し、多様なアプローチを採用して いる。 高コストのスポーツ番組については、ある インタラクティブテレビのビジネスモデル ネットワークは部分的な提供に切り替え、あ はまだ実証されていないが、その将来的なイ るネットワークはスポーツの放映権を放送お ンパクトについては、注視することが必要で よびCATVのネットワークに提供する取引を ある。たとえば、個々の視聴者にとっての広 行っている。コストの増加は、一方で番組の 告の効果を、正確に把握することができる。 再利用、再活用の活性化につながっている。 広告をより価値あるものとする一方、プライ 番組制作側では、放送ネットワークの娯楽 バシーや子供の視聴者の扱いなど、いろいろ 番組のコスト高騰に対し、制作リスクを拡散 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 47 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 48 すべく、共同で制作する構造が形成されたよ Ⅷ 地上波テレビのデジタル化 うに見える。「フィンシン」ルールの廃止は、 これらの制作会社が、ネットワークのスタ ジオ会社として統合されることを意味して いる。 最近では、メジャーネットワークは、プラ イムタイムの番組のうち、2分の1から3分 1 デジタル化のスキーム 地上波テレビのデジタル化については、米 国の状況を見ておくことが、日本におけるデ ジタルテレビの今後の進展を考察するうえで 大きな参考になる。 の2を提供している。しかし、違った方向を FCCは、1987年にデジタルテレビについ 示す証拠もある。トップレベルの制作者やラ ての調査を開始し、ACATS(次世代テレビ イターが、排他的な契約をスタジオと結ぶ例 サービス諮問委員会)を組成した。ACATS が多い。こうした契約により、番組を自社の は、業界グループであるATSC(次世代テレ ものとして制作する傾向にある。 ビシステム委員会)と協力して、技術仕様に CATVでも、同じような傾向が見られる。 ついて検討し、1993年までにデジタルのアナ ログに対する優位性を確認した。 (7)放送の将来 この結果に則り、7社からなるグランドア 地上波テレビ放送は生き抜いてきた。地 ライアンス(大同盟)が形成された。グラン 上波テレビ放送は今なお、最も人気があり、 ドアライアンスは、ACATSと協働して、新 多くの人に視聴される番組を提供している。 しいデジタルテレビの技術仕様の標準化を進 競争の海を泳いでいるが、公平にいえば、 め、1995年にプロトタイプのデジタルテレ CATV、衛星放送のライバル性はただ強まっ ビの仕様(グランドアライアンス標準)を ただけである。10年前の予想は、あまりにも FCCに正式に勧告した。FCCは1996年12月、 悲観的だった。しかし今回の調査では、もう これを多少修正したうえで、地上放送の標準 少し慎重な見方がなされている(それだけ制 として採用した。 度改正が効果を発揮したともいえよう)。 1996年電気通信法により、既存放送事業者 地上波テレビ放送の競争的なポジションは に対し、デジタルテレビへ移行するための周 さらに侵食されるだろうが、ネットワーク当 波数を免許制で割り当てる基本構造が制定さ たりの視聴者数は、一番大きなCATVネット れた。既存事業者には、アナログからデジタ ワークの5倍の規模がある。したがって、シ ルへ移行するために、新しくデジタルテレビ ェアの漸減傾向をたどるだろう。 の免許と追加の6メガヘルツのチャンネルが 放送の将来は、コスト効率の面で優れた、 割り当てられる。事業者は、移行が完了する 価値ある番組を提供する能力を維持し、かつ までアナログ放送用の6メガヘルツのチャン 新しい技術が提供する機会に対してこれを ネルを維持できるが、移行完了時にはこれを つかみ、いかにチャレンジするかにかかって FCCに返還しなければならない。 いる。 1997年には法が改正され、2002年にアナロ グ周波数のいわゆるオークションを行うこ 48 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 49 と、2006年にはアナログ放送用の周波数を 決め、CATVによるデジタルテレビ放送の受 FCCに返還することが決められた。 信を拡大すべく、努めてきている。 このようにして、2006年12月31日が、アナ ログからデジタルへの移行の最終期限とされ た。FCCは2002年まで、国民がデジタル信 号を受信できるようにすべく、デジタルテレ ビの導入計画を策定し、実行してきた。 なお、この2006年の最終期限については、 議会により、移行を延期できる条件が付けら れている。主要な条件は次の2つである。 >市場において、1局またはそれ以上の有 2 関係業界の懸念と総合的な対応 消費者のデジタルテレビ受信機への移行が どう進むかは、以下の点にかかっている。 >消費者がいかに早く、HDTVやデジタル 番組やサービスを評価するか >いつからデジタルテレビ受信機を購入す るか >どの会社が受信機を製造し、販売するか 力テレビ局が、自己の責任によらずに、 >受信機のコストはどれくらいか 2006年までにデジタルテレビの伝送を開 各種の調査によると、デジタルテレビ受信 始しなかったとき >市場において、85%未満のテレビ保有世 帯しか、デジタルテレビの信号を受信で きなかったとき(CATVなどによる受信 を含む) 機のコストが高いこと、魅力あるHDTVやデ ジタル番組がないことが、普及が進まない理 由としてあげられている。 デジタルテレビが普及するには、このよう な「鶏と卵」の関係をどう解消するか、それ 特に、後者の条件は「85%ルール」といわ ぞれの関係者が持つ次のような懸念をどう解 れる。2006年の移行期限の成否に大きな影響 消するかといった問題が発生しており、極め を与えるもので、消費者のデジタルテレビ受 て総合的な対応が求められる。 信機への需要と採用にかかっている。 もう1つの問題は、期限に間に合わせるた め、テレビ局は、新規にデジタルテレビ設備 への投資を行わねばならないことである。一 定の事業者にとっては特に負担が重く、多く ①放送事業者の懸念 >どれだけのデジタルテレビ受信機が製造 され、販売されるか >CATVや衛星放送事業者が、デジタルチ ャンネルをどれだけ提供するか の局は資金調達に問題を持っているという。 ②家電メーカーの懸念 FCCは、2001年に一時的なルールを採用し、 >デジタルテレビのチューナーをテレビ受 設備の建設要件を緩和するとともに、財務上 信機に組み込むことが義務づけられてい 困難な場合は、デジタルテレビ設備の建設期 るが、それにより価格が高くなる。消費 限を延期できる条件を表明した。 者にはたして受け入れられるか また、CATVによるデジタル放送の再送信 についてのルールを採択した。CATVのシス ③大手CATVネットワーク、衛星放送事業 者、家電メーカーの懸念 テムが改良されてきていることから、デジタ >テレビネットワークやCATVのネットワ ル局の番組はCATVで再送信することなどを ークが、大衆受けするHDTVの番組を本 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 49 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 50 気で提供するか FCCは、これらの懸念に対して、当面、 「魅力あるデジタル番組を増やすこと」と 「CATVの加入者が、これらの番組をCATV を通じて視聴できるようにすること」を目指 して、関係業界に以下のような自主的な対応 を要請した。 ①4大テレビネットワーク、2つの大手 CATVネットワーク >テレビ受信機の販売時に、地上波放送、 CATV、衛星放送のデジタルテレビとい う選択肢もあることを周知すること >地上波用のデジタルテレビチューナーを テレビ受信機に組み込むこと >HDTV表示が可能なテレビには、2004年 1月までにデジタルビデオチューナーを 組み込むこと これらFCCの要請は広く支持され、2002 > プライムタイムの50%以上の番組を 年7月にFCCは、事実上すべての関連業界 HDTV番組などとすること(2002・2003 が、デジタルテレビへの移行に向けて本気で 年度から) 取り組んだと発表している。こうして、デジ ②4大テレビネットワークのデジタルテレ ビ系列局 タルテレビへの移行が軌道に乗りだした。 2002年8月、FCCは規則を制定し、ほと >ネットワークが提供するHDTV番組をそ んどすべての新しく製造されるテレビ受信機 のまま放送できるように必要な設備を整 に、地上波デジタルテレビチューナーを2007 備すること(2003年1月までに) 年までに組み込むスケジュールを決定した。 ③CATV事業者 これは以下のように、大型テレビから順次義 >これらの番組の信号を、5番組まで無料 務づけられる。 で、プライムタイムの50%以上において 伝送すること >加入者に、HDTVの番組を表示できる、 セットトップボックスをリースまたは買 い取りベースで提供すること >36インチ以上は2004年7月までに50%、 2005年7月までに100% >25∼35インチは2005年7月までに50%、 2006年7月までに100% >13∼24インチは2007年7月までに100% >デジタルテレビについて宣伝し、消費者 >テレビとインターフェースをとる機器 にどんな番組があり、どうすればCATV (VTR、DVDなどテレビ放送の信号を受 で見られるかを周知すること(2003年1 信するもの)は2007年7月までに100% 月までに) ④衛星放送事業者 >CATV事業者と同様に、5番組までの信 Ⅸ まとめに代えて―― 変化への対応 号を伝送すること ⑤家電メーカー 50 1 デジタル化に信を置けるか >HDTV番組を表示できるCATVのセット 電気通信の世界は、放送も含めて、技術が トップボックスの需要に対応することを 主導する世界である。技術革新により、次々 約束すること と新しいサービスが開発され、実用に供され 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 51 てきた。 的な見直しを行い、電話、放送、CATVなど 1980年代以降、アナログに替わるデジタル の業界を峻別してきたクロス所有ルールを撤 技術が急速に発展し、多様なサービスの可能 廃したことである。この決定は、単に業界の 性が実証され、デジタル時代の幕が開かれ 相互参入の域を超えて、「新しい電気通信技 た。しかし「制度」は、基本的にアナログ技 術の迅速な展開」、いうならばデジタル化時 術を前提として、長年にわたり形成された個 代に向けた活力を生み出してきているように 別市場(電話、放送、CATVなど)を基に組 見られる。 み立てられ、これらを独立の市場として規律 デジタル化は、ビットを解放するものであ する制度であった。市場は、政府の規制下に り、基本的に音声、ビデオ、データなど情報 置かれた「規制市場」であり続けてきた。 の形態を区別しない。デジタル化を中心とす 電気通信の世界が、デジタル技術中心の時 る電気通信技術の革新により、インターネッ 代へと移行するなかで、アナログ技術の時代 ト、ブロードバンド、携帯電話、無線 LAN に形成された規制体制は、おのずと正当性に (ローカルエリア・ネットワーク)などの無 綻びが生じ、見直しが求められる。すなわ 線通信技術、IP電話、衛星通信技術などは ち、市場構造が根底から変化してきている。 もとより、DVD、デジタルカメラ、デジタ 通信においても、放送においても、デジタル ルテレビなど、多様なデジタル技術が著しく 時代には、従来の伝統的な市場は、それを包 発展してきている。技術の発展は、まだ始ま 含するより大きな市場の一部となり、独立し ったばかりといってよい。 た市場の地位を失ってくる。 こうした技術の商用化が次々と進展するな たとえば、固定電話が、携帯電話やIP(イ かで、電気通信の市場構造や市場環境は、今 ンターネットプロトコル)電話などとの競争 や潜在的にではなく、顕在的に変化してきて 下にあるように、テレビ放送もまた、CATV いる。言い換えれば、将来どうなるかという や衛星放送との競争下にある。インターネッ 未来予想の段階はすでに通り越し、現にある トは、メディアの一角を占めてきており、テ 状況に対して正面から向かい合わねばならな レビ放送との代替性は、統計的にも実証され い段階にきている。 ている。 このような観点から見れば、1996年電気通 信法は、デジタル技術への大きな変化に対応 しからば、これら技術の変化や市場構造の 変化に対し、どのように対応するのが適正な のだろうか。 しようとする、制度的な大改革だったと再認 デジタル化に伴う技術革新は、たかだかこ 識させられる。電気通信法制定当時、インタ の10年、いや特にこの5年の間に創出され、 ーネットはまだ萌芽の状況にあったが、「新 商用に供されるようになったといっても過言 しい電気通信技術の迅速な展開を奨励する」 ではない。変化のスピードがあまりにも速い という基本理念のもとに、「競争を促進し、 ため、変化の帰結を予想することは困難であ 規制を軽減する」ことが目指された。 り、現在の技術が将来に生き残るかどうかは 注目すべき点の1つは、所有ルールの根本 予想不能である。また、現在供されているサ デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 51 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 52 ービスが、そのままの形態で将来にも維持さ ごとに実態の実証分析が行われ、再審査 れ得るかどうかも不明である。 が行われる しかし、「デジタル化の進展」という一点 は、疑う余地はない。デジタル化に伴う多様 >審査基準は、公益にとって規制が必要か どうかである な問題(セキュリティ、プライバシー、著作 「市場の実態」に即し、かつ2年ごとに規制 権など)が指摘されているが、これらの問題 を見直すことにより、予測のつかない変化に のゆえにデジタル化を否定することはもはや 柔軟かつ的確に対応できるスキームが出来上 不可能だろう。「デジタル化に信を置いて」 がった。デジタル化社会の建設を目指した2 対応するしかないのではなかろうか。 大課題である、ブロードバンドとデジタルテ レビの推進に向け、国益として実現するため 2 「規制の改革」――巧妙な仕掛け 米国連邦通信法第11条「規制の改革」の規 の強力な法的、理論的なスキームを、FCC が確立したといえよう。 定は、変化への対応について大きな示唆を与 技術の変化や市場の変化に対し、柔軟に対 えてくれる。これは、規制を市場の実態に合 応できる「規制」のスキームの確立は、極め わせて定期的に見直すスキームである。 て重要だと思われる。 デジタル化が進展するとしても、市場は一 気に変化するものではない。アナログ時代に 3 「市場型競争市場」に向けて 形成された市場は、依然として健在である。 「規制の改革」の基本的方向は、規制の緩和 独占的な既存市場と勃興する新市場とを、バ であることは揺るがない。アナログ時代に形 ランスよく規律することが求められる。しか 成された「独占的」市場を「競争的」市場に も、このバランスは、新技術の発展を阻害す 変革するために競争促進政策がとられ、いわ るものであってはならない。「新しい電気通 ば、「規制型競争市場」化が図られたが、競 信技術の迅速な展開」を奨励するために、競 争が進展するとともに「市場型競争市場」へ 争の促進と規制の軽減が求められる。 の転換が図られてきている。 しかし、市場の変化は急速であり、かつ 市場が、従来の区分された市場から、より 「ブロードバンドの普及」「テレビのデジタル 大きな市場へと変化するなかで、規制のあり 化」という国家目的がある。これらの要請に 方も大きな市場に対応し得るものに変化せざ 対し、米国の「規制の改革」では、巧妙な仕 るを得ない。ブロードバンドの市場が、デー 掛けが準備された。 タ通信、インターネットと同様に、原則無規 >規制はあくまで市場の実態に基づくもの とされる ろうテレビの規制も、テレビがデジタル化す >意味のある競争があるか、その結果、な るにつれて緩和され、テレビ市場も、より大 お規制が必要かどうか、実態に基づき審 きなビデオ市場を構成する一市場となってい 査される くだろう。 >2年ごとに見直される。すなわち、2年 52 制へと移行するなかで、これと競合するであ 電気通信市場が、電気通信法の制定後、わ 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 53 ずか数年のうちに大変革を遂げたように、放 デジタル時代の総合端末として大きく進化す 送市場も変革しつつある。デジタルテレビへ る方向が明確に示されたといえよう。 の移行は、これをさらに加速しよう。 もう1つの問題である、デジタル放送番組 にかかわるコンテンツの保護についても、進 4 デジタルテレビの将来 展が見られた。デジタル時代のテレビにおい テレビのデジタル化は、米国の国策であ て、どのようなHDTV番組を提供できるか る。2006年12月までに、アナログからデジタ が、競争上大きな要素となってくる。高品質 ルへ移行することが法で決定されている。こ な番組の提供は、競争における差別化要因と の移行のゴールを実現することが、FCCの なる。番組制作への投資も必要である。しか 大きな政策課題となっている。 し、番組の不正コピーの懸念が、高価格番組 デジタル化への移行に当たっては、デジタ への投資を行うに当たり、その意欲を阻害す ル信号を受信できる端末(以下、端末を「テ る恐れがあることが、指摘されてきた。 レビ」ということにしよう)の普及、デジタ 「不正コピーに対する保護」の問題を解決す ル番組の提供促進が鍵となる。 ることが、喫緊の課題であった。FCCは今 地上波デジタル放送の受信端末について は、すでに「テレビ」へのデジタルテレビチ 回、著作権の問題とは別にして、当面の策と して次のルールを決めた。 ューナーの組み込みが義務づけられたところ >CATVや衛星放送は、HDTV番組の解像 であるが、2003年9月、FCCは、新たにデ 度を落として、すなわち、標準番組とし ジタルCATVの受信機能を「テレビ」に組み てはならない 込み、一体化する(内蔵する)ことを認め >CATVにおけるペイ・パー・ビュー、ビ た。当面は、一方向の機能(受信機能)だけ デオ・オン・デマンドについてはコピー だが、次の段階として、双方向機能について 禁止、ベーシック(基本)番組について も調整が進み次第、この機能を「テレビ」に はコピーは1回、地上波テレビ放送につ 組み込むことを認める方針を明らかにして いては、当面、コピーの規制はしない いる。 この決定により、FCCは、CATVにおける このように、先々、CATVを視聴するため 高価値コンテンツ番組の保護を図った。しか のセットトップボックスが不要になり、「テ し、CATVや衛星放送の加入者は、全世帯の レビ」は、地上波、CATVを問わず、ビデオ 70%にとどまる。このままでは、地上波テレ 番組の受信端末として一体化されてくる。双 ビ放送しか受信できない30%の世帯は、高価 方向機能が一体化されれば、これはおのずと 値コンテンツの受信上、不利を被る恐れがあ コンピュータと一体化されることになろう。 るため、早急に地上波放送におけるコピー保 家電メーカーだけでなく、デルのようなコン 護の解決を図りたいとしている。 ピュータメーカーも、「テレビ」の製造に乗 り出すことを発表している。 今回のFCCの決定により、「テレビ」は、 このように、FCCは、現実問題に即して一 歩一歩、着実に問題解決の手順を進めてい る。地方におけるテレビ局のデジタルへの変 デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 53 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 54 換についても、新たな方針を明らかにした。 全米くまなく2006年の期限までに、デジタ た新しい市場の受容の態様を変える。 これらの問題、いわば既存市場と新市場と ルへの変換が余さずに実現できるかどうか の絶え間ない相克を一気に突破したのが、 は、まだ予見できない。しかしFCCは、テ 1996年米国電気通信法の成立であった。筆者 レビ局への無線局の免許権限だけでなく、受 は、同法成立以来、今日まで、その運用につ 信機にかかる権限、番組にかかる権限などを いてFCCの動きを中心に追跡してきたが、 総動員して、デジタル化の最終段階である地 追跡すればするほど、その制定の意義の大き 上波テレビのデジタル化に向け、「司令塔」 さを実感させられた。 として対処し、成果を上げてきている。 米国の電気通信法は、新技術に基づく新市 米国は、デジタルテレビへの移行の先進国 場の形成に信を置き、既存市場を改革する大 として、デジタルテレビ技術、デジタルテレ きなうねりを全世界にもたらした。日本でも ビの応用、ビジネスモデル、機器の標準化、 電気通信の改革が進展してきているが、米国 番組保護の暗号技術などにおいて、世界をリ ほど徹底したものにはなっていない。しか ードする立場を確立すると思われる。 し、2003年の日本の電気通信関連法改正によ り、ずいぶんと米国に近づいた。新技術に基 Ⅹ 日本への示唆 づく新市場の形成に信を置く方向が明確にな った。 最後に、以上の考察から見た日本への示唆 について述べておこう。 え間ない「改革」が進展しており、過去の経 何度も言及したように、電気通信の世界 緯や理念にとらわれず、あくまで、現実の状 は、放送も含めて、基本的に技術が支配する 況に基づく政策の展開と規制の見直しが定着 世界である。技術革新が、変化を先導する世 してきていることは、注目すべきであり、日 界だといっても過言ではない。技術革新は、 本においても考究されるべきであろう。 同時にグローバルなものであり、一国、一地 とりわけ、米国の改革は、通信分野にとど 域に限定されるものではない。技術の進化を まらず、放送分野でも進んでいることに留意 人為的にとどめることは困難である。 する必要がある。良いことかどうかは別にし しかし、これらの技術が商用に供せられ、 市場が形成されるとき、「規制」が発生し、 て、メディアの世界は急速に変わりつつあ り、技術革新がこれを加速している。 その結果、技術が規制に取り込まれ、おのず 日本でも、わずか数年で通信の世界が劇的 と既存市場との調整が図られる。電気通信の な変化を遂げたように、放送の分野でも市場 歴史は、新技術と既存市場との調整の歴史で の大きな変化が十分起こり得る。 あったと言い得る。既存市場が強ければ強い 54 しかし米国では、規制のあり方について絶 地上波テレビのデジタル化については、 ほど、新技術との調整は困難である。市場の 2011年までの完全移行が決定された。2003年 形成は、当然、国によって異なる。国によっ 12月には、地上波テレビによるデジタル放送 て異なる市場の状況が、新技術をベースにし が開始される。 知的資産創造/2003年 11月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11-NRI/p30-55 03.10.14 13:15 ページ 55 2011年の完全移行の決定は、これだけを聞 は考えにくい。米国の分析で見たように、日 いたとき、実に思い切った決定がなされたも 本のテレビ局の将来も、デジタルテレビへの のと感じたものである。移行に至る過程が見 移行という機会に対し、いかにチャレンジす えず、もっぱら、テレビ局がデジタル放送を るかにかかっていると思われる。 行うための周波数割り当てに焦点が当てられ たものだったからかも知れない。 このような観点から見れば、地上波テレビ のデジタルテレビへの移行に際しては、政策 しかし、米国におけるテレビのデジタル化 が定期的に見直され、環境の変化に柔軟に対 に向けた努力を見てきた今、米国の経験を十 応することが求められる。米国のデジタルテ 分に学べば、2011年のデジタル化への移行は レビ政策、とりわけテレビ端末デジタル化政 必ずしも困難な過程ではないと思われる。端 策には、日本の有力な家電メーカーがこぞっ 的にいえば、デジタルテレビへの移行時期が て関与している。米国市場が闘いの最前線で 問題となる。米国は2006年を目標としている あると認識されていることは間違いない。 のに対し、日本は2011年である。技術革新の 進展を考えれば、5年の差は大きい。 一方、ブロードバンドについては、日本で の進展は著しい。デジタルテレビへの移行 2011年まで、まだ8年強の時間がある。近 と、ブロードバンドの展開とが併せて考察さ 年における日本人のデジタル化の受容を見る れ、機器を含めた総合的な政策が考慮される と、携帯電話をはじめ、パソコン、ブロード ことが望まれる。ブロードバンドとデジタル バンド、デジタルカメラ、DVDなど極めて テレビを総合化したデジタル化促進政策、メ 積極的である。電話のインターネット化も急 ディア政策は、米国でもまだ定立されていな 速に進展している。こうしたことを考える い。日本が寄与すべきチャンスはまだ十分に と、テレビのデジタル化を受容できる要素は 残されている。 多いように見受けられる。 また、テレビのフラット化という革新が進 日本人で初めてノーベル賞を受賞した湯川 秀樹は、当時勃興した量子力学に信を置き、 展しており、テレビがパソコンと一体化しつ 中間子理論を創出したといわれる。必ずしも つある。デジタルテレビ化は、インタラクテ 学会の定説となっていなかった量子力学を全 ィブテレビをはじめ多様な応用を可能とする 面的に信じることにより、大発見に到達した が、このためにもテレビの総合端末化は不可 のである。デジタル化の進展は、多様な問題 避である。これからの8年強は、テレビのデ を惹起しているが、この進展を止めることは ジタル化だけでなく、ブロードバンドによる できない。「デジタル化」に「信」を置いて インターネットが発展する時期でもある。 いくほかはないと思われる。 これから、日本におけるメディアの市場 も、通信、放送が総合したなかで大きく変わ る可能性を秘めている。放送の市場も、これ までと同様のアナログ技術をベースに形成さ 著● 者 ―――――――――――――――――――――― ● 西村博文(にしむらひろふみ) 理事 専門は情報通信政策 れた体制が、将来にわたって維持され得ると デジタル化時代におけるメディアの行く手 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2003 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 55