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ACC使用時のドライバの運転特性とそのモデル化
19 ACC使用時のドライバの運転特性とそのモデル化 研究報告 大野宏司 A Neural Network Based Model for Adaptive Cruise Control Use on Driver Behavior Hiroshi Ohno 要 旨 ITSの進展に伴い,アダプティブクルーズコントローラ (ACC) に代表される運転の自動化が 進むと考えられる。本研究では,ACC使用時における運転者の適応過程に着目し,その操作特 性をニューラルネットによりモデル化する手法を示す。モデル化の目的は被験者に実験の負担 がかかる習熟の進んだ時点における操作特性を予測することにある。定置型ドライビングシミ ュレータ (DS) 実験により,車間時間がACC使用時に長くなったことやステアリング操作特性の FFT解析からACC使用,未使用の間に違いが見られなかったことを示す。次にシミュレーショ ン結果では,適応が進むにつれてACC使用により操作特性が未使用に比べて良くなることがモ デルから予想された。 キーワード ドライバモデル,ヒューマンエラー,ニューラルネット,ドライビングシミュレータ,ACC, フィードバック誤差学習,ナイサーの知覚循環モデル Abstract The paper describes a driver model for adaptive cruise control (ACC) based on the feedback-error learning scheme. The focus of the study is on the adaptation process of driving behavior using ACC. The developed simulation model is needed for predicting the control performance of a skilled driver using ACC. In the experiments we used a fixed-base driving simulator (DS) installed ACC. Headway time when lane-changing in a row, FFT analysis of steering angle, and lateral deviation were investigated as the driving characteristics during ACC use and manual driving. The simulated results of the lateral deviation were compared with the experimental results and showed that the performance of the ACC was better than that of manual driving. Keywords Neural network, Adaptive cruise controller, Driving simulator, Feedback error-learning scheme, Human error, Driver model, Adaptation, Learning, Neisser's perceptual cycle model て最近導入され始めたシステムにアダプティブク 1.はじめに ルーズコントローラ (ACC) がある。ACCは,ド 近年,ITS (Intelligent Transport Systems) など交 ライバの運転負担を軽減するための運転支援シス 通の円滑化や自動車の情報化のための研究開発が テムの一つである。すなわち,ドライバのアクセ 1) 盛んに行われている 。自動車とドライバの関係 ル操作を代行し,先行車との車間距離を自動制御 においても,今後,自動化,情報化,そして高齢 する。その結果,ドライバはステアリング操作だ 化の3つのキーワードに関するシステム開発が必 けに注力すれば良いことになる。 要になってくると考えられる。自動化の一つとし 従来,ACC使用時の運転特性に関して快適性や 豊田中央研究所 R&D レビュー Vol. 35 No. 2 ( 2000. 6 ) 20 安全性などの見地からドライビングシミュレータ た場合の規範モデルの例をFig. 1に示す5,6)。図 (DS) 等を用いて研究が行われてきた2,3)。そこで においては,制御や操作対象に対峙した時の人の は被験者がACCの運転状況に慣れた状態を想定 役割が受動から能動へと変化していくように並べ して実験が行われた。そのため,ACCに慣れる過 た。大型航空機は大規模プラントと自動車の中間 程については十分な検討がなされてはいないと思 に位置される。図に示すように知覚循環モデル6) われる。さらに,ACCに慣れたという状態を検証 が以下の運転操作のモデルにおける規範とされる。 することは個人差もあり非常に困難ではないかと 2.1.2 シミュレーションモデル 考えられる。そこで,本報告では,DS を使い 適応過程を対象とするドライバの運転操作のモ ACC使用に慣れる過程を対象として運転特性を調 デルとしての要件はリアルタイムでモデルの学習 べ,運転操作をフィードバック誤差学習法4)にも ができることである。そこで,小脳の計算理論と とづくシミュレーションモデルにより模擬し慣れ して提案されているフィードバック誤差学習法を た状態の運転特性 ( ステアリング操作による制御 参考にして,ニューラルネット (NN) によりモデルを 結果 ) の予測を行う。 構成した ( Fig. 2参照 ) 。NNは三層構造とし,隠れユ 2.方法 DSは3面のスクリーンからなる定置型のもので ある。DS実験の被験者として毎日運転するACC 使用の経験がない20代後半から30代前半の男性5 ニットおよび出力ユニットの入出力特性はシグモ イド関数による非線形であり,2 / (1 + exp(-x)) - 1 とした。このモデルの特徴は学習と制御が同時に 行えることである。 モデルの出力は,ステアリングと車速に対応す 名とした。走行道路は東名高速道路名古屋,岡崎 IC間を想定した。実験では,走行中のアクセル, ブレーキ操作 ( ストローク ) 量および自車と他車 の車両状態として位置,速度および加速度の時系 列データを測定した。ACC使用者のシミュレーシ ョンモデルによる運転特性の予測では,ステアリ ング操作による車両制御の結果である道路偏差の 絶対値の平均値を調べる。 2.1 ACC使用者のコンピュータシミュレー ションモデル Fig. 1 Examples for underlying conceptual model. 2.1.1 規範モデル モデリングの規範となるドライバの情報処理モ noise road curvature デルに課せられる要件は,原子力発電所のような 大規模なプラントを対象とするオペレータの情報 処理モデルとは以下の点で大きく異なると考えら れる。 ・能動的に情報を獲得する ( 情報の探索過程を 含む ) ・時空間の連続性が反映される モデリングにおけるドライバの行動記述では単に 時間軸上スナップショット的に行動が捉えられる velocity difference between desired and actual distance steering angle lateral deviation ACC switch(ON/OFF) difference between desired and actual distance lateral deviation ものではないことを考慮することが重要ではない かと思われる。このような観点から大規模プラン トから大型航空機,そして自動車へと対象を変え 豊田中央研究所 R&D レビュー Vol. 35 No. 2 ( 2000. 6 ) Neural network Fig. 2 Gain Gain + + Velocity Steering angle Structure of a neural network for driver behavior model with using ACC. 21 るそれぞれのフィードバック量とニューラルネッ トの出力の和となる。このモデルではニューラル ネットの学習がフィードバック量が減少するよう に進む。したがって,学習の進展に伴いニューラ ルネットの出力だけで車を制御することになる。 学習アルゴリズムにはバックプロパゲーション7) T2はそれぞれ合計14試行になる )。1セッション の走行時間は約30分である。 被験者の訓練では,ACCシステムの操作の説明 および3回の試験運転(マニュアル運転のみ)を 行った。 3.ドライビングシミュレータ実験結果 を用いた。モデルの入力 *1には道路曲率 ( 前方 100点の道路曲率 ),道路偏差 ( 進行方向2,15, 適応過程におけるACC使用とマニュアル運転 20 [m] 先の道路中心からの偏差量 ),ステアリン の違いを見るために,(1)レーンチェンジ時の車 グ量,車速,先行車との車間距離と目標車間距離 間時間,(2)T1とT2におけるステアリング操作の との差,ACC使用の有無を用いた。ACC使用時 パワースペクトルおよび道路偏差を調べた。前者 にはNNの車速出力は0になるように学習が行われ では被験者の判断過程,後者では運転操作の違い モデルの車速出力は無視され,ACCを模擬した車 を調べるためである。ただし,(1)ではステアリ 速制御が別途働くようにした *2 。適応過程をシミ ングを切り始めた時刻における車間時間とした。 ュレートする上で,学習回数が増えることにより 3.1 車間時間特性 過学習の影響が出ると予想される。そのため,フ 5名のうち3名についてACC使用時の方が車間 ィードバック誤差学習と同時に過負荷学習法8)を 時間が長くなる傾向にあった ( 2名で有意に差が 行った。過負荷学習の手法としては,NNの入力 見られた )。1名の被験者の結果をFig. 4に示す。 および出力ユニットをそれぞれ1個追加し,一様 図の縦軸は車間時間,横軸は試行回数である。ま 乱数をデータとして与え入出力値が同一になるよ た,残り2名については試行の初期にはACC使用 うに学習を行うこととした。 時の方が車間時間が長くなるが,その後マニュア 2.2 ACCシステム ル運転に比べてACC使用時の方が短くなった。1 DSに実装されたACCシステムは,車間時間をも 名の被験者の結果をFig. 5に示す。 とにアクセルスロットルの制御により車速と車間距 Fig. 5の例では,5試行目で先行車に追突しそう 離の制御を行う。シミュレートされた車間距離セン になり,ブレーキを掛けながらレーンチェンジを サは約110 [m] まで検知できる。車速における動作 行った。すなわち,レーンチェンジの判断に遅れ 範囲は約40 [km/h] から約110 [km/h] までである。 が生じた。これについて被験者に実験後ヒアリン 操作性のインタフェースに関しては運転状況の グを行い,「ACCは運転が楽なので,つい他事を みを対象としているため,実際のスイッチ類とは 考えていて先行車の接近に気づかなかった」とい 異なった仕様とした。また,被験者にはACCシ うコメントを得た。このことから,ACC使用によ ステムの動作を示す表示等は示されない。 り誘発されたスキルベースにおける不注意にもと 2.3 運転タスク づくヒューマンエラー9)であると解釈できると考 走行状況は,先行車 ( 2台 ) に追従し ( 車速約 100 [km/h] ),先行車の急減速 ( ACCで対応できな い減速度 ) に応じてレーンチェンジし,別の先行 車に追従する ( Fig. 3参照 )。運転タスクでは, ・T1 : マニュアル運転,レーンチェンジ後, ACC使用 ・T2 : ACC使用,レーンチェンジ後,マニュア ル運転 を1セッションにおいて,T1,T1,T2,T2の順に 行う。そして,合計7セッションを実施した ( T1, Lead car AA Lane change AA deceleration Subject car with ACC AA Fig. 3 Situation of driving task. *1:-1から1までの値に正規化されている *2:目標車間距離を9 [m] にした 豊田中央研究所 R&D レビュー Vol. 35 No. 2 ( 2000. 6 ) 22 えられる。また,ACCで対応できないクリテイカ ルな場面における衝突回避に関して,文献 10,11) では追突がマニュアル運転に比べ増加すると報告 トル,単位 [dB],横軸は周波数,単位 [Hz] である。 ここで,サンプリング周波数は100 [Hz] である。 3.3 道路偏差特性 されている。さらに,知覚循環モデル ( 規範モデ 5名の被験者のうち3名については,特に試行 ル ) を基に解釈すれば,ACC使用により本来運転 の始めには,ACC使用により道路偏差がマニュア において必要な走行環境との情報のやりとりの ル運転に比べて大きくなっていることがわかっ ( 知覚 ) 循環が一時的に切れたことにより,適切 た。回帰分析した近似曲線より,セッション回数 なスキーマが発動できず判断遅れが生じたと考え の増加とともに,両者の道路偏差が減少傾向にあ られる。 った。1名の被験者の結果をFig. 7に示す。縦軸は 3.2 パワースペクトル特性 偏差量,単位は[m],横軸はセッション回数であ 1番目と7番目のセッションにおける各T1,T2 におけるステアリング操作量のパワースペクトル を比較した結果,各被験者とも顕著な違いが見ら れなかった。1名の被験者の結果をFig. 6に示す。 図中,セッション内におけるT1,T2はそれぞれ2 る。また,残りの2名についてはばらつきが大き く傾向がはっきりしなかった。 4.コンピュータシミュレーション結果 シミュレーション実験は以下の手順で行った。 回試行されるので,各試行を区別するためにT11, (1) S1 : マニュアル運転の学習 T12,T21,T22と表記した。縦軸はパワースペク (2) S2 : 上記の学習結果 ( ウエイト値 ) を使いマ ニュアル運転とACC使用とを交互に学習 ここで S1,S2 とも過負荷学習を同時に行った。 Fig. 4 Experimental result of headway time when lane-changing in a row. Fig. 5 Experimental result of headway time when lane-changing in a row. 豊田中央研究所 R&D レビュー Vol. 35 No. 2 ( 2000. 6 ) Fig. 6 Experimental result of FFT analysis for steering profile data. 23 S1は被験者が追従走行の経験を持っていることか のとした。S2ではマニュアル運転で学習し,引続 らモデルに追従走行の学習を行わせた。S2 で きACC使用で学習をする。制御結果はDS実験と ACC使用の影響を調べる。 同様に道路中心からの偏差量の総和とした。 シミュレーション実験における先行車および道 S2の学習回数80回までの結果をFig. 10に示す。 路形状をFig. 8に示すように配置した。初期車速 図より,学習の初期にはACC使用の方が道路偏 は先行車および自車とも10 [m/s] とした。また, 差が大きくなるが,学習回数とともに減少し,マ 初期車間距離は10 [m] とした。図に示す道路を16 ニュアル運転に比べて道路偏差が小さくなる。 [sec] 間走行する ( 1走行とする )。制御の目標車 DS実験で得られた結果と傾向はぼぼ一致すると 間距離を9 [m] とした。また,シミュレーション 思われる (Fig. 7)。 間隔10 [msec],制御周期100 [msec] で行った。 NNの学習パラメータは学習係数を0.001,慣性 過負過学習が無い場合の結果を併せて学習回数 500回から16000回までの結果をFig. 11に示す。 項を0.0,初期ウエイト値を-0.001から0.001まで 図より,学習回数を重ねてもACC使用の方がマ の一様乱数とした。以下では5種類のランダムシ ニュアル運転に比べて道路偏差が小さいことが予 ードで学習を行った結果を平均した。 想される。また,過負過学習の有無で変化の様子 隠れユニット数を10,20,30として,S1の学 習を500回まで行い,モデルの出力に占めるNNの 出力の割合を調べた ( Fig. 9参照 ) 。縦軸はNNの 出力の割合,横軸は学習回数である。図より,学 に違いがなく,過学習の影響はほとんど見られな かったと思われる。 5.まとめ 習の最も進んでいる隠れユニット数 30 を採用し 本報告では,DSを使いACC使用に慣れる過程を た。また,S2で用いるウエイト値を500回目のも 対象として運転特性を調べ,運転操作をフィード バック誤差学習法にもとづくシミュレーションモ デルにより模擬し慣れた状態の運転特性の予測を 行った。そして,以下のことを示した。 (1) 実験からレーンチェンジ時の車間時間の比 較から,ACC使用時の方が長くなっている。 そのため,ACC使用により運転の安全性が高 まる可能性が示唆される。 (2) ステアリング操作量のパワースペクトルの 比較から,ACC使用時とマニュアル運転時と Fig. 7 A 10m Lateral deviation profile. Lead car Start 100R 100R End Length=160m Fig. 8 Initial conditions on simulation experiments. Fig. 9 Simulation results of learning performance profile. 豊田中央研究所 R&D レビュー Vol. 35 No. 2 ( 2000. 6 ) 24 では操作にほとんど差がない。 参考文献 (3) ACC使用時の初期には道路偏差はマニュア ル運転に比べて増加する傾向にある。 (4) ACC使用時に1名の被験者でヒューマンエラ ーが生じた。ACCのような半自動化システム における課題と考えられる。 (5) シミュレーションモデルにより適応過程が 進んでもACC使用の方がマニュアル運転に比 べ道路偏差が小さい。 今後の研究では,ヒューマンエラーを防止する システムの実現に向けて人間特性の解析およびモ デリング手法の開発を行っていく予定である。 謝辞 本研究を進めるにあたり,当所の山本有造,小 島真一,加藤武男,渡邉章弘,清水司,和田錦一, 長廻尚之の各氏にご協力いただいた。 Fig. 10 Simulation results for condition S2. (1) 若生茂雄 : "ITS : その研究開発と公共インフラとしての 認識", 電子情報通信学会論文誌A , 81-A(1998), 467∼474 (2) Becker, S., Sonntag, J. : "Prometheus CED 5 : Autonomous Intelligent Cruise Control Pilot Study Conducted by the Daimler Benz and Opel Demonstrators", Report from TüV Reheinland Inst. of Traffic Safety, Project EU 45,Phase II, TV 89404, Cologne (1993) (3) Nilsson, L., Nåbo, A. : "Evaluation of Application 3 : Intelligent Cruise Control Simulator Experiment. Effects of different levels of automation on driver behaviour", Deliverable No. 10, ProjectV2006(EMMIS), DRIVE II, Chapter 5(1994) (4) Kawato, M. : "Feedback-error-learning neural network for supervised motor learning", Advanced Neural Computers, Ed. by Eckmiller, R., (1990), 365∼372, North-Holland (5) Rasmussen, J. : "Skills, Rules, and Knowledge, Signals, Signs, and Symbols, and Other Distinctions in Human Performance Models", IEEE Trans. on Syst., Man and Cybern., 13(1983), 257∼266 (6) Neisser, U. : Cognition and Reality, 古崎敬, 村瀬旻 訳, 認 知の構図 サイエンス社 (1978) (7) Rumelhart, D. E., Hinton, G. E., and Williams, R. J. : "Learning representations by back-propagating errors", Nature, 323(1986), 533∼536 (8) 野田五十樹 : "過負過学習法", 電子情報通信学会技術 研究報告, NC93-28(1993) (9) Reason, J. : Human Error, 林善男 訳, ヒューマンエラー認知科学的アプローチ, (1994), 海文堂 (10) Nilsson, L. : "Safety effects of adaptive cruise control in critical traffic situations", Proc. of the Second World Cong. onIntelligent Transp. Sys. : 'Steps Forward', Vol.III, (Yokohama:VERTIS), (1995), 1254∼1259 (11) Stanton, N. A., Young, M. S. : "Vehicle automation and driving performance", Ergonomics, 41(1998), 1014∼1028 (2000年1月6日原稿受付) 著者紹介 Fig. 11 Simulation results for condition S2 included the case of without overload learning method. 豊田中央研究所 R&D レビュー Vol. 35 No. 2 ( 2000. 6 ) 大野宏司 Hiroshi Ohno 生年:1961年。 所属:人間行動研究室。 分野:ソフトコンピューテイング手法に よるドライバーのモデル化とその 応用システムの開発 学会等:人工知能学会,日本認知 科学会,情報処理学会会員。 工学博士。