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介護施設の組織力を高める

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介護施設の組織力を高める
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ス
[
そ
の
考
え
方
と
実
際
]
介護施設の組織力を高める
ワーク・ライフ・
バランス
[その考え方と実際]
社
会
福
祉
法
人
全
国
社
会
福
祉
協
議
会
中
央
福
祉
人
材
セ
ン
タ
ー
社会福祉法人 全国社会福祉協議会 中央福祉人材センター
介護施設の組織力を高める
ワーク・ライフ・バランス
<その考え方と実際>
社会福祉法人 全国社会福祉協議会 中央福祉人材センター
はじめに
ワーク・ライフ・バランス(WLB)は、近年、社会の注目を集める重要なキーワードの一つ
となりました。
WLB(ワーク・ライフ・バランス、以下省略)とは、
「仕事と生活のバランス」
「仕事と生活
の調和」と訳され、
「個々人が仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活等、生活全般の
充実を図ることができる状態」を言います。
WLBにかかわる取り組みは、人口減少社会の到来や、加速度的に進む少子高齢化の背景も伴
って、社会から企業や法人等に大きな期待が寄せられています。また、企業・法人(経営)側か
ら見ても、社員のWLB支援に取り組む必要性は「従業員ニーズへの対応」
「多様な人材の活用」
「仕事時間と生活時間のバランスの実現」といった要因があげられます。
つまり、人材活用や雇用管理のあり方を改善する必要性から、業界・業種を問わず労働の現場
ではその重要性が強調されています。
近年、介護職員の離職率が他の業界と比べて高いということが指摘されています。若干の改善
は見られるものの、依然として介護分野の職員定着率が高いとは言えない状況です。介護人材の
確保と定着を難しくしている背景には、賃金や雇用形態を含めた待遇・雇用管理面の問題、職員
の定着促進に不可欠な教育訓練、安全衛生管理、福利厚生、キャリア開発システム等の不足など
様々な課題が重なった結果として生じていると考えられ、それらの課題を包括的かつ根本から解
消できる妙案はなかなか見つかりません。
しかし、そのような複雑多岐にわたる課題解消のきっかけの一つとして、WLBの取り組みを
活用することは、非常に有効であると考えます。
本パンフレットでは、
「職場における子育て支援」という切り口から、介護施設(特養・老健)に
おけるWLBの実現に向けた取り組みの方向性について検討しています。
「子育て支援」はWL
B支援の一部ではありますが、全職員のWLBの実現に向けた重要な出発点とも言えるからです。
介護施設等の職員の就業継続支援を具体的に進める際にご活用いただけるように、本パンフレ
ットでは基本的な考え方とすでに取り組みを進めている法人の取り組み事例を掲載いたしまし
た。また、中央福祉人材センターでは、介護職員の採用と初期の定着促進の取り組みについてま
とめた『介護施設・事業所のための戦略的な採用と初期の定着促進の手引き』を全国社会福祉協
議会ホームページ(http://www.shakyo.or.jp/news/081208.html)にて公開しておりますので、
あわせてご活用いただければ幸いです。
最後に、ご多忙にもかかわらず本紙の企画編纂にあたり、貴重なご意見をいただきました委員
の方々、ヒアリング・アンケート調査等にご協力いただきました介護施設の関係者の皆様に深く
感謝申しあげます。
平成22年3月
社会福祉法人 全国社会福祉協議会 中央福祉人材センター
I N D E X
はじめに
Ⅰ.なぜ今、WLB(ワーク・ライフ・バランス)なのか
………2
1.WLB(ワーク・ライフ・バランス)とは ………2
2.本パンフレットでWLB支援をとりあげる理由 ………2
3.介護施設におけるWLB支援の必要性 ………3
Ⅱ.介護施設におけるWLB支援は難しい?
………5
1.介護施設におけるWLB支援の抵抗要因 ………5
2.抵抗要因のハードルは高いか低いか ………5
Ⅲ.介護施設におけるWLB支援の効果
………9
1.WLB支援の取り組みが組織力の底上げになる ………9
2.WLB支援は良い循環へのきっかけになる ………12
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
………13
1.WLB支援の取り組みの領域 ………13
2.WLB支援の取り組みの進め方、留意点 ………15
3.職員が陥りがちな悩みや不安をどのように支援するか ………24
4.職員が就業継続しやすい組織の要件とは ………27
Ⅴ.事例編
………31
1.法人・施設の事例 ………31
2.個人事例 ………53
Ⅵ.情報編
………63
1.「次世代育成支援対策推進法(次世代法)
」について ………63
2.法律(労働基準法、男女雇用機会均等法)に定められた主な母性保護の制度 ………63
3.育児・介護休業法に定められた両立支援制度 ………64
4.出産・子育てのための主な経済的支援 ………67
5.主な相談窓口 ………69
Ⅰ
なぜ今、
WLB(ワーク・ライフ・バランス)
なのか
縡 WLB(ワーク・ライフ・バランス)とは
近年、国や地方自治体、企業や地域社会など様々な場で「WLB(ワーク・ライフ・
バランス)」という言葉が聞かれるようになりました。
WLB(ワーク・ライフ・バランス。以下省略)とは、「仕事と生活のバランス」「仕
事と生活の調和」と訳され、「個々人が仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生
活等、生活全般の充実を図ることができる状態」を指します。わが国では、少子化対策
の文脈の中で「仕事と子育ての両立」という側面が強調されることが多いのですが、年
齢や性別、家族構成等に関わりなく仕事と生活全般の良いバランスを実現するという考
え方です。ここでいう生活全般とは、次のようなことを含みます。
・子育て、家事
・家族の介護・看護
・趣味、稽古事、ボランティア、地域活動、交友、自分の時間
・自己啓発、学業・教育訓練(資格取得、通信教育、通学・留学等)
、人脈作り etc.
WLBの実現は、個々人にとっては働き方の見直し、家族や地域社会との関わり方の
見直し、企業経営にとっては長時間労働の解消と労働生産性の向上、多様な人材を活用
する雇用管理の実現など、様々な改革の可能性が期待されています。
WLB支援は、行政や関係団体、企業、地域社会等、様々な側面から取り組みが必要
とされ推進されていますが、本パンフレットでは「企業における子育て支援」という切
り口から、介護施設におけるWLBの実現に向けた取り組みの方向性について検討しま
す。「子育て支援」はWLB支援の一部ではありますが、全職員のWLBの実現に向けた
重要な出発点とも言えるからです。
縒 本パンフレットでWLB支援をとりあげる理由
本会中央福祉人材センターが、今回WLB支援に焦点をあててパンフレットを作成し
2
たのは下記のような背景があります。
本会では、平成20年度より2年間にわたり「福祉人材就業動向調査にかかわる検討
委員会」を設置し、介護施設・事業所における就業継続支援について検討してきました。
平成20年度実施したアンケート調査では、女性の正規介護職員の就業パターンについ
て、「結婚や自己都合で退職する」(51.3%)を挙げる施設が半数を超えトップでした。
また、職員を対象としたアンケート調査では、1年以上介護福祉の職場を離れた人の、
直前の介護福祉の職場を離れた理由のトップが「結婚・妊娠・出産・育児のため」
(39.2%)でした。このような結果から、今後の検討課題の一つとして、女性をはじめ
とするすべての介護職員のライフステージを通じて就業継続に効果のある施策を検討し
ていくことが必要であるというまとめに至りました。
そのため今年度の調査では、介護職員のWLB支援、とくに子育て支援にテーマを絞
って調査を実施しました。結婚・妊娠・出産・育児といったライフイベントに関わりな
く就業継続していくことができる条件とは何かについて調査研究し、その結果を本パン
フレットにまとめました。
縱 介護施設におけるWLB支援の必要性
一般に、企業が社員のWLB支援に取り組む必要性は、「従業員ニーズへの対応」「多
様な人材の活用」「仕事時間と生活時間のバランスの実現」「CSR*(企業の社会的責任)
の遂行」といったことがあげられます。加速度的に進む少子高齢化を背景に、人材活用
や雇用管理のあり方を転換する必要性が強調されています。
介護施設においても、次に示すようにその必要性は高まっており、最終的にはサービ
スの質の向上と安定した経営に直結するテーマであると言えます。
盧
人材確保・定着促進上、必須な取り組み
福祉・介護人材難が叫ばれてから久しくなりました。多少の改善がみられるものの、
中長期的な観点からみると、労働力人口の減少、他産業や同業者との競争激化など、か
つてのように適した人材を豊富に確保できる時代ではありません。福祉・介護人材の確
保・定着・育成に向けて、長期雇用の前提に立って雇用管理のあり方を見直し、やりが
い作りや働きやすい職場環境作りを進めていく必要があります。
そうした中、とくに女性が多い職場であるため、結婚・妊娠・出産・育児といったラ
イフイベントを考慮に入れたキャリアパスの整備は欠かせないものと言えます。もちろ
ん女性だけではなく、近年では男性の育児に対するニーズが社会的にも個人的にも高ま
*CSR/CSRとは、Corporate Social Responsibilityの略で、
「企業の社会的責任」と訳される。
企業が事業活動において利益を優先するだけでなく、顧客、株主、従業員、取引先、地域社
会などの様々なステークホルダーとの関係を重視しながら社会的責任を果たすことが求めら
れている。
Ⅰ なぜ今、WLB(ワーク・ライフ・バランス)なのか
3
っており、男女を問わない両立支援の取り組みが求められています。また、体調不良や
メンタルヘルス不調、家族介護など、様々な制約を抱える職員も現実に増えており、そ
うした職員の就業継続への支援も必要性が高まっています。
盪
職員ニーズへの対応が利用者満足にもつながる
働きやすい職場作りのためには、仕事も生活も充実させたいという職員ニーズに対応
していくことも、これからは必要になってきます。ライフステージや時々のニーズに応
じた職場の支援や、働き方を選択できるような仕組みがあることにより、職員は安心し
て継続的に仕事を続けていくことができます。現場でサービスを提供する職員のやりが
いや働きやすさを高めることが結果として利用者満足にもつながっていきます。
また、職員の生活体験の充実は、利用者の生活支援において尊厳あるケアの実現にプ
ラスに働いていきます。例えば、子育ての経験は「受容」「共感」「優しさ」「気遣い」
などにつながっていきます。さらに、仕事と生活のバランスの取れた状態は、利用者と
向き合い相手の立場に立つ心の余裕につながっていきます。
蘯 負荷の高い仕事だからこそ、職員の心身の健康の保持に配慮
が必要
特別養護老人ホームや老人保健施設等の入所施設は24時間体制での身体介護や生活
支援、人間の生死にも関わる仕事である等、心身ともに負荷のかかる仕事であり、こと
さら職員の仕事の負荷を調整できる機能が必要と言えます。
先にも触れたように、体調不良やメンタルヘルス不調の職員も現実に増えている状況
を考えると、職員の心身の健康状態の悪化や家庭生活に支障をきたすような状況は、就
業継続の障害となり、中長期的には安定的なサービス提供を妨げることにもなりかねま
せん。
盻 すべての事業者にCSR(企業の社会的責任)の遂行が求めら
れている
「次世代支援育成対策推進法(次世代法)」(平成17年4月施行)により、従業員301
人以上の企業は、子育て支援に関する「行動計画」を策定し、その旨を都道府県労働局
に届け出ることが義務づけられています。その「行動計画」では、仕事と家庭の両立を
支援するための雇用環境の整備や、
働き方の見直しに向けた労働条件等の整備について、
具体的な計画を盛り込むことが求められています。次世代法は、平成23年4月に従業
員101人以上の企業に義務づけられることが決まっています。
次世代法の後押しもあり、WLB支援を推進する介護施設も徐々に増えてきました。
少子化対策の一環としてCSRの観点からも、企業によるWLB支援が求められる時代に
なっています。
4
Ⅱ
介護施設における
WLB支援は
難しい?
縡 介護施設におけるWLB支援の抵抗要因
「WLB支援の必要性や意義はわかるけれど、介護施設での実施は難しい」と感じて
いる法人・施設も多いと思います。コスト面への不安、円滑な業務運営への不安、他の
職員の理解が得られるかどうかという不安などがあり、それらが取り組みに対する不安
や懸念を大きくしているといえます。例えば次のようなことです。
介護施設におけるWLB支援の抵抗要因
コスト面への不安
・余分な人材配置が難しい。
・コストアップになるような
ことをやる余力がない。
円滑な業務運営への不安
・ただでさえ忙しいのに、
戦力ダウンするのでは、
業務が回らなくなる。
・ましてや休業取得者が複数
重なったら立ち行かない。
他の職員の理解への不安
・夜勤免除や業務負担の軽減等
特別な配慮が必要。それにより、
他の職員の負荷が高くなり
不満が増える。
縒 抵抗要因のハードルは高いか低いか
こうした抵抗要因は、クリアできないほど高いハードルなのでしょうか。本パンフレ
ットの「Ⅴ.事例編」ではWLB支援に実際に取り組んできた介護施設(特養・老健)
の事例をご紹介しますが、事例の法人・施設も初めは同様の不安や懸念を少なからず持
っていました。しかし実際に取り組みを初めてみると次のように実感するようになりま
した。
Ⅱ.介護施設におけるWLB支援は難しい?
5
盧
コスト面への不安
コストよりも、得るものの方が大きい
円滑な業務運営への
不安
一時的に現場は苦しいこともある
代替要員の確保や応援体制の構築で乗り切った
他の職員の理解への
不安
子育て支援が一巡すると好循環に転換していく
コストよりも、得るものの方が大きい
最初は代替要員の確保などコスト面の不安があった。育休取得者が復帰したら余剰人員
が発生するのではないかという危惧もあった。しかし実際にやってみると、それは「杞
憂」に過ぎないことがわかってきた。代替要員を確保しても、他に離職や休業など様々
な事態が起こるので人材は決して余剰になることはない。翌年の採用で調整することも
できる。(C特養・埼玉県)
WLB支援により発生するコストよりも、優秀な職員が結婚や育児のため離職してしま
うことこそ、最大のコスト(損失)。新たな人材を採用して一から教育するコストや手
間の方がはるかに大きい。
働きやすい職場作りのための費用は、「コスト」ではなく人材基盤強化のための「先行
投資」だと考えている。(D特養・鹿児島県)
代替要員の確保などコスト負担が全くないわけではないと思うが、実感としては「コス
ト負担感」はない。様々な職員の事情やニーズに対応しているので、子育て支援だけが
特別に負担ということもない。人材の余裕がある方がむしろ助かる。
(B特養・岡山県)
子育て支援自体にはコスト負担感はない。もともと職員配置を厚くしているので、休業
者が出ても人員補充は行わない。
そもそも職員のやりがい作りや働きやすさ実現のためには様々なコストがかかる。当法
人でも教育研修はかなりの費用をかけて行っている。余裕がある・ないというより、何
にお金を使うかという考え方の違いではないか。(E特養・東京都)
コスト負担という最大の懸案事項も、実際にやってみると「子育て支援」そのものが
大きな負担になることはないというのが共通の実感のようです。施設に限らず労働の現
場では様々な要因により長期休暇・休業や離職などが生じるため、常にある程度余裕の
ある人材確保が必要なことが背景にあります。とくに昨今は体調不良、メンタルヘルス
不調、家族介護などのケースも少なくありません。
6
また一時的に、WLB支援に必要な代替要員確保等のコスト増が生じることも確かに
あるようですが、むしろそれ以上に「せっかく育てた職員が辞めてしまうことの損失」
と「新たな人材を採用・教育するコスト」の方が大きいのです。
WLB支援に
かかるコスト
<
優秀な人材の
離職コスト
(損失)
+
新たな人材の
採用・教育コ
スト
さらに各法人・施設に共通しているのは、「WLB支援」は働きやすい職場作りの一環
であり、「コスト」ではなく「先行投資」であると考えていることです。考え方を切り
替える必要もありそうです。
盪 一時的に現場が苦しいこともある
代替要員の確保や応援体制の構築で乗り切った
人員補充が遅れて、現場に負荷がかかったこともあった。その時は現場から不満が出た。
その反省から、代替要員の確保はいち早く手を打つようにしている。
(C特養・埼玉県)
退職者や休業者が重なると、やはり現場はきつい。人員の余裕はある程度みているが、
それだけではなく、業務の効率化やムダの削減などにも取り組んでいる。また、職員の
力量向上には最大の力を注いでいる。(D特養・鹿児島県)
人のやりくりがどうにもならなかった時もあった。その時は事務職員が応援に入って乗
り切った。当法人には入所、デイ、事務等、部門間で相互応援体制がある。
(G老健・青森県)
人のやりくりが大変な時もあったが、フロア間でも応援しあうようにして何とか仕事が
回るようにしている。少しきついくらいの状態の時の方が、チームや個々人の力量が向
上する。(E特養・東京都)
実際に取り組みを行った施設では、少なからず現場に負荷がかかるのは事実のようで
す。そうした状況に対応して、代替要員の確保、業務の効率化、ムダの削減、相互応援
体制の構築、職員の力量向上等の必要性を実感し、何とか乗り切っています。
ただし、子育て支援の取り組みが循環し始めると、当初のような苦労も少なくなって
いくようです。
Ⅱ.介護施設におけるWLB支援は難しい?
7
蘯
子育て支援が一巡すると好循環に転換していく
改革をしようとするとき、必ず抵抗勢力がある。かつて教育研修の整備を進めていた時、
古株の中高年の職員が「いいわね、最近の若い人たちは優遇されて」と、若い職員を積
極的に研修に送り出すことに抵抗を示していた。両立支援も同じで、古い考え方の人た
ちが抵抗を示すのは当然ある。そういう人たちとことあるごとに話をし、法人の理念や
考え方を伝えることによって理解も深まっている。(E特養・東京都)
所属長の理解を得ること、そして現場の理解を得るために、何度も現場と対応策につい
て話し合いをした。
育休取得者が復帰して戦力になるのを目の当たりにするようになり、
職場の理解も得られるようになってきた。「妊娠→産休・育休→職場復帰」のサイクル
が一巡すると好循環に転換していくと実感している。(C特養・埼玉県)
子育て中の女性だけが特別なのではなく、ノー残業デーや男性の育休取得促進など、他
の職員もWLBを実感できるような取り組みを進めることにより、お互い様という組織
文化が根付いてきている。(G老健・青森県)
子育て経験者が多いので皆理解がある。相手の立場に立つ気持ちがあれば、配慮や調整
をするのは当たり前。また、託児所設置による交流活動により利用者も活性化され、子
育て支援のムードが全体に広がった。(B特養・岡山県)
他の職員に負荷がかかった結果として、不満を口にする職員が出てくる事態も実際あ
ったようです。法人・施設の理念を繰り返し現場に伝えていくこと、そして現場の実情
やニーズを把握し問題解決に共に取り組むことが必要です。
新しいことを始める時は少なからず抵抗勢力があるということも事実でしょう。ここ
で、どれだけ法人・施設が信念をもってWLB支援に取り組むかということが問われる
ことにもなります。信念をもって取り組んだ結果、WLB支援が好循環に転換していく
ことに気が付くようになっていくのです。
8
Ⅲ
介護施設における
WLB支援の効果
縡 WLB支援の取り組みが組織力の底上げになる
ここでは「子育て支援」を出発点にWLB支援を進める場合の経営効果について、事
例から得られた示唆について検討します(図1「WLB支援の経営効果」参照)
。
<人材確保・定着促進効果>
まず、「せっかく育てた人材が妊娠・出産、育児のために退職してしまうのを避けら
れる」という直接的な人材確保・定着効果をあげることができます。それだけではなく、
これまでの教育投資がムダにならないという大きなメリットがあります。
さらに今回の調査対象施設において、WLB支援を進めていくプロセスを通じて、以
下に示すような本人のレベル向上、職場の問題意識向上、推進側の組織力の底上げ、そ
して最終的には利用者への還元等の効果を見てとることができます。
<本人のレベル向上効果>
本人は、子どもができてもこれまでのキャリアを生かして仕事を継続できること、そ
うした環境を通じて経験やスキルの蓄積ができることにより、就業意欲が高まるととも
に、組織の中で継続的に働き続けることでより良いサービスを提供しようという意識が
醸成されるようになります。
とりわけ注目されるのが、育休から復帰後の仕事に対する取り組み姿勢に変化が見ら
れることです。「利用者に対する優しさや気配りがパワーアップした」「一生懸命さや
責任感が以前と違う」といった評価が、経営側や管理職から多く聞かれました。これは、
子どもを産み育てるという経験そのものから得られる許容力や洞察力の向上という側面
と、組織やチームメンバーに支援を受けたことにより気持ちの枠組みに変化が生じたと
いう側面があるようです。
また、本人からは、仕事と生活の切り替えがうまくできるようになったという声も聞
かれました。出産・育児というライフイベントが働き方に好影響を与えていることがわ
かります。
Ⅲ.介護施設におけるWLB支援の効果
9
<職場の問題意識向上効果>
一方、職場にも変化が見られ、業務改善や力量向上への問題意識が高まり、知恵を出し
合い改善していこうという主体性や能動性も高まるきっかけになっているようです。現
実に制約のある職員をカバーするためには、業務のムダを取り除いたり、時間の使い方を
見直したり、チーム全体や個々人の力量を向上させて対応していく必要があるからです。
経営側が必要な支援を惜しまないという姿勢で取り組むことにより、現場も知恵を出
し合い主体的に問題解決に取り組もうという雰囲気が醸成されます。また、子育てだけ
ではなく、他の職員もWLBを実感できるような施策を取り入れていくうちに、多様性
を受容し、お互いに助け合うという文化にもつながっていくようです。
<推進側の組織力の底上げ効果>
WLBの推進側である経営側にも変化が見られます。はじめはそこまで意識していな
くても、WLB支援の一連の取り組みは確実に組織力の底上げになり、次の改革への機
動力になっていることがうかがわれました。というのは、WLB支援を効果的に機能さ
せるためには、理念の徹底、管理職教育、職員のキャリア開発への動機付け、現場ニー
ズの把握、業務改善等、組織力を高めるために必要な取り組み等を順に実施しなければ
ならないからです。
事例の法人・施設も、子育て支援を出発点に取り組みを始めましたが、次は子育てに
関わらず誰もがWLBを実感できるような組織へと試行錯誤を繰り返しています。
<利用者への還元効果>
職員の就業継続によりキャリアの蓄積が可能になるため、その結果人が育ち、サービ
ス改善やケアの質の向上にもつながります。また、先にも触れたように子育て等の生活
経験はケアの質の向上に良い影響をもたらしています。
サービス改善やケアの質の向上は利用者満足の向上につながり、さらに良いケアの提
供や利用者満足は、職員のやりがい向上にもつながっていくという好循環が形成される
のです。
<外部に対するPR効果>
子育て支援というテーマは社会的注目度も高く、事例で取り上げた法人・施設でも行
政からの表彰、関係団体やマスコミ等からの取材等に対応するうちに、知名度が高くな
りイメージアップにつながり、その結果人材確保効果がみられるようになりました。
求職者からみても、職員の就業継続を支援し長く働けるような職場であることは、就
職先選択において大きな魅力の一つになっています。
<職員の定着促進効果>
子育て支援の直接・間接の効果が、最終的には職員のやりがい作りや働きやすい職場
作りを実現させ、定着率向上につながっていきます。定着率の向上は中長期的な人材基
盤、経営基盤の強化へとつながり、継続的・安定的なサービス提供体制構築のベースに
なります。
10
図1 WLB支援の経営効果(子育て支援を出発点に)
<人材確保・定着促進効果>
○優秀な人材の確保・定着
・せっかく育てた人材が結婚、妊娠・出産育児
のために退職してしまうのを避けられる。
・これまでの教育訓練投資がムダにならない
<職場の問題意識向上効果>
○業務改善や力量向上への問題意識が高
まる
業務の効率化
相互応援体制、チームワーク改善
情報共有、コミュニケーション改善
個々人の力量向上
チーム全体の力量向上
○主体性や能動性が高まる
・知恵を出し合い改善していこうという
主体性や能動性が高まる
○多様性を受容する文化の醸成
・子育て支援だけではなく、様々な事情
に対応してお互いに助け合う文化の醸
成の出発点になる
<本人のレベル向上効果>
○継続雇用によるスキル向上・蓄積
・継続雇用により経験やスキルを蓄積す
ることができ、力量向上につながる。
○就業意欲向上
・キャリアの見通しが持てる、多様な働
き方が選択できる、職業能力が向上す
る等を通じて意欲が向上する
○ロイヤリティーの醸成
・大切にされているという実感、配慮を
してもらったという感謝の気持ち等を
通じてチームや組織に対するロイヤリ
ティーが醸成される
○仕事に対する取り組みの変化
・育児休業を取得して復帰した職員に、
仕事に対する責任感向上、効率化意識
の向上、利用者に対する思いやりや優
しさ向上などの変化がみられる
<推進側の組織力の底上げ効果>
○組織力の底上げ
・以下の取り組みを通じて、法人・施設の組織力の
底上げになる
─人材育成についての理念の再確認、徹底
─管理職への問題提起、理解促進、教育
─職員のキャリア開発支援
─現場ニーズの把握、現場との対話
─業務改善や力量向上への取り組みの強化
─より良い取り組みへの検証、改善
<利用者への還元効果>
○利用者への還元
・人が育ち、ケアの質向上につながる
・ケアの質向上により、利用者満足につながる
<職員の定着促進効果>
<外部に対するPR効果>
外部に対するPR効
果、イメージアップ
(人材確保効果)
次の改革への機動力へ
職員のやりがい作り、
働きやすい職場環境
作り
人材基盤、経営基盤の強化
Ⅲ.介護施設におけるWLB支援の効果
11
縒 WLB支援は良い循環へのきっかけになる
介護施設・事業所の改革への取り組みはバラツキが大きいと言えます。定着率から見
ても良いところと悪いところが二極化しているのが現状です。図2のような悪循環から
抜け出せないでいる法人・施設もまだまだ多いのではないでしょうか。そうした法人・
施設では、「子育て支援の前にうちはまだやることがたくさんある」という思いもある
かもしれません。
しかしながら、前述のように「子育て支援」を出発点にしたWLB支援の取り組みが
組織力の底上げにつながるとすれば、悪循環を好循環に転じるための有効な切り口とな
る可能性があります。最終的には、子育て支援を超えて、性別や年齢、子どもがいる・
いないに関わらず、誰もが就業継続が可能になるような仕組み作りにつながっていくこ
とが期待されます。
図2 悪循環の施設・事業所のイメージ
理念が共有化されて
いない
12
職場の
コミュニケーション
が悪い
質の高いケアへの
問題意識や
向上心が低い
やりがいが
感じられない
キャリアイメージが
不明確
上司が適切に
指導助言できない
職員の過労、
不満ストレス
の増大
職場の能動性が低い
良い人材が育たない
人手が足りない、
不慣れな職員が多い
利用者の不穏
ケアの質、
レベルが低い
高い離職率
Ⅳ
介護施設における
WLB支援の進め方、
留意点
縡 WLB支援の取り組みの領域
子育て支援を出発点にしたWLB支援により、第Ⅲ章であげたような経営効果を得る
ためには、どのような取り組みが求められるのでしょうか。当然のことながら、単に子
育て支援制度を導入・運用すれば期待される効果が得られるわけではありません。制度
を効果的に機能させるための諸々の取り組みとセットで進める必要があります。
WLB支援の取り組み領域は、次ページ図3に示したように大きく7つあります。た
だし、取り組み方や重点は、現状の組織の発展段階や組織力に応じて異なってきます。
下記①∼⑥のような条件が揃うような組織力が高い法人・施設では、WLB支援は馴染
みやすく、取り組みを進めやすい土壌があると言えます。
① 法人・施設の理念を職員が共有化している
② 管理職のマネジメント力、問題解決力が高い
③ 職員の主体性、能動性が高い
④ 現場の状況やニーズを把握し、それに対応しようとする組織風土がある
⑤ 人を育てていく組織風土がある
⑥ 組織の各階層にPDCAサイクルを回していく力がある
というのは、上記①∼⑥は、図3「WLB支援の取り組みの領域」の盪∼眄を円滑に
回していく推進力になるからです。
一方でそうした条件が揃っていない組織でも、それらを完璧に整えてから取り組まな
くてはならないわけではありません。むしろ現実に育児休業を取得し、仕事と子育てを
両立させているロールモデルを早く作り出すことの方が大切です。
取り組みに際して最低限やらなければならないことは、「盧経営トップの意思決定」
です。推進する際に、図の盪∼眄を視野に入れて試行錯誤を繰り返すうちに、WLB支
援を効果的に機能させるための条件を作り上げていくことにつながっていきます。走り
ながら考え、考えながら走っていくうちに、いつの間にか問題解決の糸口が見つかった
り、推進力がついていたりするものです。
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
13
図3 子育て支援を出発点にしたWLB支援の取り組みの領域
盧 経営トップの意思決定
・人材確保・育成に対する施策として、
子育て支援に取り組むという意思決定
盪 子育て支援についての方針・考え方の表明、
職場各階層への徹底
・人材確保・育成に対する組織としての方針・
考え方
・子育て支援についての方針・考え方
蘯 管理職層への問題提起、理解促進、教育
・方針・理念、制度の理解と徹底
・チームワーク形成力、動機付け力、調整力
向上
・ケアの質の向上、業務改善、業務効率化へ
の意識付け、実践力向上
盻 職員のキャリア開発支援
・キャリアに対する意識付け、動機付け
・自己申告、面談など職員の希望や適性の把
握、キャリア相談
・期待する人材像、必要なスキルや経験の明
示
・必要な能力開発、教育研修、異動等の実施
眈 現場のニーズに応じた子育て支援の仕組
み作り
・現場との対話、理解促進、ニーズの把握
・法律の規定の点検・確認、子育て支援制度
整備
・妊娠中、産休・育休、復帰直前、復帰直後、
子育て中全般(幼児期、学童期)等、各ス
テージにおける支援策や配慮
・復帰後のキャリアプラン、見通し
眇 子育て支援を効果的に機能させる職場環
境整備
・代替要員確保・教育
・情報共有化
・チームワーク形成(相互応援、助け合い)
・ムリ・ムラ・ムダの排除
・自発性を高める組織作り(改善提案等)
・個々人の力量、チームの力量の向上
・やりがい作り、動機付け
眄 より良い仕組みへの検証・改善
・取り組みの検証・改善
・子育て支援を超えて、次の取り組みへの
発展
14
縒 WLB支援の取り組みの進め方、留意点
先に示した「子育て支援を出発点にしたWLB支援の取り組みの領域」に沿って、取
り組みの進め方や留意点についてご紹介します。
盧
経営トップの意思決定
最初に法人・施設の経営トップが意思決定することが必要です。人材確保・育成につ
いて法人の全体方針の中に子育て支援を位置づけ、それを推進するという決断です。ト
ップの意思決定なくしては、どのような取り組みも進みません。また、トップが自発的
に意思決定するばかりではなく管理職や中堅職員が、トップに働きかけることも重要で
す。
【事例1】─────────────────────────────────
G老健では平成16∼17年頃、離職者が急増し年間70人にも及んでいた。毎月5
∼10名を補充しなければならないという事態で、法人として危機感を持った。離
職の理由は、人間関係、業務がきつい、賃金が低いなど様々であった。こうした
状況の中、人材定着にトータルで取り組む必要性を感じていたが、法人の理事長
が内外の状況を鑑み、「まずは子育て支援に取り組み、結婚や出産による離職を
食い止める」という決断を下した。同法人には子育て世代の女性が多いこと、さ
らにちょうど次世代法の施行もあったことからそうした判断に至った。そこから、
同法人の子育て支援の取り組みがスタートした。
【事例2】─────────────────────────────────
B特養では、子どもの保育の引き受け手がおらず離職を考える職員が出てきたこ
とから、法人内の託児所設置を決めた。その背景には核家族化や祖父母が仕事を継
続しているケースが増えてきたことがある。地域の認可保育所は、待機児童が多く
必ず入所できる保証もなく、また介護施設の変則勤務にも対応することが難しい。
仕事と育児を両立できるのは、親の支援が受けられるなどの条件が揃っている
人に限られるとなると、今後は大きな戦力喪失につながりかねないと危機感を持
ち、事務長が中心になって施設長と検討を重ね、法人理事長が決断するに至った。
盪 子育て支援についての方針・考え方の表明、職場各階層への
徹底
取り組みを進めるにあたって、法人・施設がなぜ子育て支援をするのか、それは組織
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
15
にとってどのような意義を持つものなのかということを明らかにし、全職員に公表する
ことが大切です。
法人・施設の方針や考え方は、取り組みを支える基盤となるものです。ここに揺るぎ
があれば、取り組みはうまく進みません。ことあるごとに繰り返し職員に徹底する姿勢
が問われます。
【事例3】─────────────────────────────────
G老健では、子育て支援を含むWLB支援についての理事長の宣言とメッセージ
を、内外に宣言した。方法は、月1回の広報誌掲載(行政や民生委員、公民館、
利用者等外部へ配布)、ホームページ掲載、法人機関誌掲載(給与明細と法人機
関誌を同封して職員に渡す)、掲示板、回覧板などに掲示する他、各種会議の機
会を通じて直接職員に語りかけた。繰り返し多様な方法でメッセージを発信する
ことにより内外に周知することができた。
【事例4】─────────────────────────────────
E特養では、両立支援の取り組み推進に際して、ことあるごとに法人の考え方
を繰り返し職員に伝えてきた。取り組みの過程では、現場の理解がうまく得られ
なかったり、法人の考え方に反する判断がなされるなど、両立支援を阻害するよ
うな事態も起こりうる。そうした時、両立支援が人材確保・育成においてどのよ
うな意義を持つことなのか、キャリアの継続が組織にとってなぜ必要なのかとい
うことに立ち戻って、話をするようにしている。
【事例5】─────────────────────────────────
D特養では、「人材が最も重要な経営資源」であり「人を育てる組織が良い組
織である」という考えを持ち、WLB支援も含めて職員の育成や働きやすさの向
上に力を注いでいる。ただし、どのような取り組みでもうまく進む時期と停滞期
があると感じていて、うまく進まない時期は、とくに職員一人ひとりに言葉で訴
えていくようにしている。福祉の仕事を志すような人は、理論や理屈で話をする
ことも大事だが、心にしみいるように話をし情緒や感性に訴えていくことも大切
であると考えている。
蘯 管理職層への問題提起、理解促進、教育
子育て支援を円滑に進めることができるかどうかは、管理職層の意識や力量にかかっ
ているといっても過言ではありません。管理職層に対して、子育て支援についての法
16
人・施設の理念や方針を徹底することはもちろんのこと、子育て支援を現場で具体化し
ていくためには、どのような改善・改革が必要であるか、問題提起を行うことが必要です。
現場に任せきり、悪くすれば押しつけてしまうというようなことなく、経営側が必要
な支援を行う姿勢を持ち、問題解決のための議論の場を持つことや、両立支援をテーマ
とした外部研修に参加することが重要です。
【事例6】─────────────────────────────────
C特養では、開設後初めて介護職員が妊娠した時、今後の対応策について、妊
娠した職員の所属長と繰り返し話し合いを行った。人員補充によるコスト負担や、
他の職員への負荷などが懸念され、どうしたら現場の理解が得られるか、現実的
に業務に支障がないようにするにはどうしたらよいかについて検討した。同法人
では、所属長の理解と協力を得ることが、WLB支援を円滑に進めるための大切
な要素であることを実感している。
【事例7】─────────────────────────────────
C特養では、推進する側の目線合わせを行い取り組みを共有化するため、施設
長をはじめ事務職員全員(正規4名、非正規2名)がWLBセミナーを受講。推
進側が目線を合わせることにより、推進力が加速された。
【事例8】─────────────────────────────────
G老健では、部門責任者が出席する運営会議において、両立支援の研修会を行
った。外部の両立支援セミナーの資料を使い、両立支援の意義や必要性について
訴えるとともに、働きやすい職場環境作りのためには業務の見直しが必要である
という問題提起を行った。部門責任者は各部門・部署に課題を持ち帰り、リーダ
ー会議に落として対応策を検討した。
盻 職員のキャリア開発支援
職員一人ひとりが、自分自身のキャリアについて考えたり、キャリアの見通しが持て
るように動機付けを行い支援することが求められます。いくら子育て支援策を充実させ
ても、職員自身が「仕事を続けてキャリアを積み重ねていくということはどういうこと
なのか」「その先に何が待っているのか、何が得られるのか」が思い描けないと、キャ
リア継続への意識や動機が薄くなり、うまく就業継続につながらないからです。
具体的には、キャリアの道筋を示すこと、キャリアに必要なスキルや経験を明確にす
ること、職員の希望や適性を把握し、キャリア形成の方向性や方法について相談や支援
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
17
を行うこと、必要な能力開発や教育研修、異動などを計画的に行うことなどが必要にな
ってきます。
【事例9】─────────────────────────────────
A特養では、職員の能力開発とキャリア形成支援に力を入れている。職員に期
待する力量を明らかにしてその評価を定期的に行い、教育プログラムに結びつけ
ている。法人全体、事業所別、部門・部署別等で評価の傾向を把握し、集合研修
の企画に反映させるとともに、個人別にはOJTや内部・外部の研修受講等により、
不足する点を補うというサイクルを循環させている。
また、職員の就業に関する希望を把握するために、年に1回
「意向調査」
を実施し、
一人ひとりのキャリア開発のための参考資料としている。
「意向調査」
に基づき、必
要に応じてキャリア相談を行うなど職員の継続就業への意識付けになっている。
【事例10】─────────────────────────────────
D特養では、職員の力量マップ(職能要件書)を作成し、個々の職員の力量評
価を行っている。そして個人目標設定を行い、力量向上を目指すシステムとなっ
ている。OJTも以前は現場に任せきりだったが、現在は力量マップが指導ツール
としても活用されている。
必要なスキルや経験が明らかにされることで、職員も中長期的な目標や見通し
が持てるようになった。
眈 現場のニーズに応じた子育て支援の仕組み作り
子育て支援の仕組みを現実的な就業継続につなげていくには、できるだけ現場のニー
ズに応じた支援策を構築していきたいものです。法律に則していることは当然のことな
がら、どうすれば自法人・施設のニーズにマッチするのかという視点で検討していく必
要があります(図4「介護施設における子育て支援の具体例」参照)
。
① 法律に則した制度の導入
まずは法律に則した制度であることが前提になります。労働基準法や男女雇用機会均
等法では、妊娠、出産、そして育児にたずさわる女性を守るために、母性保護の制度が
定められています。介護施設においては、妊娠中の夜勤免除、業務負担の軽減(身体介護
をやらず見守り、食事介助等身体に負荷のかからない業務等)の配慮が必要となります。
また、育児・介護休業法(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福
祉に関する法律)では育児休業制度、子の看護休暇制度、時間外労働の制限、深夜業の
制限、勤務時間の短縮等の措置、不利益取扱いの禁止、転勤についての配慮等について
定められています。
(「Ⅵ.情報編」参照)
18
【事例11】─────────────────────────────────
C特養では、初めての介護職員が妊娠した時、すでに就業規則に育児・介護休業
規定を整備していたが、労務担当は改めて法律の規定について勉強した。両立支援
に関するセミナーに出席したり、労働局雇用均等室、ハローワーク、社会保険事務
所(現:年金事務所)といった公的機関に相談するなど積極的な情報収集に努めた。
法律の取り決めについてだけではなく、世の中の動向も含めて情報収集するこ
とにより、法人・施設の立ち位置や必要な取り組みについて徐々に認識を深める
ことができた。
② 現場のニーズに応じた子育て支援策
さらに法律で定められたこと以外にも、次ページの図4の下に示したように、①妊娠
中∼⑤育児期全般の各段階で支援策が必要です。
なぜこうした支援が必要なのかについては、後の節「3.職員が陥りがちな悩みや不
安をどのように支援するか」で触れますが、①妊娠中∼⑤育児期全般の各段階で本人が
どのような状況や心理状態に置かれているか、職員がどのようなニーズを持っているか
を出発点に考えることが、最も効果的な手だてにつながっていきます。
【事例12】─────────────────────────────────
B特養では、子育て中の職員15名程度で構成される両立支援委員会を設置して
いる。同委員会では仕事と家庭の両立のための問題点や要望を協議し、幹部会議
に提言を行う。幹部会議では、提言について検討し導入に至ることになる。これ
までに、両立支援委員会を通じて「子のバースデー休暇」
「ノー残業デー」
「ジョ
イフル休暇(連続休暇)
」などが導入されている。
【事例13】─────────────────────────────────
G老健では、職員ニーズに対応してどのような両立支援の取り組みが必要であ
るかについて、試行錯誤を重ねてきた。積極的に内外の情報収集を行い、徐々に
支援策を拡充させ、現在では以下のような支援や配慮を行っている。こうした支
援は、育児負担の大きい小学校就学前までは、勤務時間や業務量に対して配慮す
ることによって、実質的な継続就業の支えになっている。
・妊娠中:身体介護等の業務負担軽減、勤務は日勤のみ、利用者担当の免除
・育休中:希望者に在宅講習(通信教育)
、月1回の法人機関誌送付
・復帰前:職場復帰直前講習(復帰4ヶ月前から月1回2時間出勤して現場に入
ることによりスムーズな復帰につなげる)
・復帰後:職場復帰直後講習(職場適応状況について人事担当者や上司からフォ
ローを行う)
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
19
20
ニ
ー
ズ
に
応
じ
た
支
援
策
法
律
で
定
め
ら
れ
た
主
な
制
度
育児休業
定期的なコンタ
クト、情報共有、
レベルアップの
ための学習教材
提供等
職場環境適応へ
の心身のサポー
ト、必要な再教
育
④復帰
直後
復帰後のキャリ
ア相談、復帰プ
ログラム
③復帰
直前
子小学校入学
※平成22年6月に改正育児・介護休業法が施行される予定です。
改正のポイントは「Ⅵ.情報編」をご参照ください。
・多様な働き方の選択可能な勤務制度
・時間的拘束、業務負荷の軽減
⑤育児期全般
(事業主の努力義務)
子の看護休暇(子どもが小学校就学前まで、1年に5日)
深夜業の制限
時間外勤務の制限(1か月24時間、1年150時間が上限)
子満3歳
育児短時間勤務、フレックスタイム、始業・就業時刻の
繰上げ・繰下げ、所定外労働の免除等
(子が満3歳に達するまで)
育児時間付与
1歳6ヶ月
まで
延長可
子満1歳
(子の満1歳の誕生日の
前日まで)
②休業中
・産前6週
・産後8週
産前産後
休業
出産
子育て支援制度の
説明、キャリア相
談、体調管理への
配慮等
①妊娠中
・通院時間確保
・業務負担軽減
(夜勤免除、
身体介護免除等)
母性健康管理
妊娠
図4 介護施設における子育て支援の具体例
・就学前まで:勤務は日勤のみ(シフト勤務・時間外勤務・夜勤は免除)、利用
者担当の免除
・その他:配偶者出産休暇、半日有給休暇、看護休暇の延長(中学校就学前まで)
眇 子育て支援を効果的に機能させる職場環境整備
子育て支援を効果的に機能させるためには、重点の違いはあれ、図3「子育て支援を
出発点にしたWLB支援の取り組みの領域」の眇に示すような環境整備を進めていく必
要があります。
休業で長期間職員が不在ということになれば、
人員補充が必要な場合が多くなります。
代替要員の確保は早めに着手し、現場の負荷を調整すること。さらに、チーム間での力
量のバランスを考えて、配置換えや異動を行うことが必要な場合もあります。もう一つ
重要なのは相互応援体制の構築です。どうしても職員が足りないというような場合に、他
部門や他チームからの応援が相互にできるようなルール作りも大切な視点になります。
また、子育てに関わらず誰もが利用できるような休暇制度や柔軟な勤務制度の導入、
さらに残業削減などの取り組みを進めることも大切です。「子どものいる職員ばかり優
遇されている」という不公平感を解消するとともに、誰もがWLBを実感できるような
取り組みにつなげていく必要があるからです。
さらに、情報共有化、ムリ・ムラ・ムダの排除、システム化といった「業務の効率化」
を進めていく取り組みと、チームや個々人の力量を上げるための「付加価値の向上」を
進めていく取り組みについても検討が必要です。
【事例14】─────────────────────────────────
E特養では、子育て中の職員が子どもの病気などにより急きょ休んだり、遅
刻・早退をせざるを得ない時などに対して、フロアで調整がつかない場合は他の
フロアからも応援に入るようにしている。マネジャーおよびサブマネジャーが調
整にあたるようにしている。
子育てに限らず様々な事情で、職員が急に休んだりすることもあるため、「フ
リー要員」の配置も検討したことがあるが、結論としてフロアの繁閑の差を利用
すれば相互応援で何とかなると判断した。
【事例15】─────────────────────────────────
D特養では平成17∼18年頃、離職者の急増を経験した。それまでは余裕人員を
持つという発想がなかったが、離職者や休業、その他突発の事態に備えて余裕の
人員を常に持つようにしている。
合わせて、チームの「忙しさ感」は人員数の問題だけではなく、職員の力量に
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
21
大きく関わっていると考え、職員の力量向上にも一層力を入れるようにしている。
業務の流れが理解できていない、利用者の状態を把握していない、ケアの技術が
低いというような状況だと、チームケアを阻害し、時間や手間を浪費する最大の
要因となるからである。
一方で業務の効率化にも力を入れている。ケア記録支援ソフトを導入し、業務
省力化を図り、記録に伴う時間外労働の減少と業務の効率化につなげている。
【事例16】─────────────────────────────────
G老健の介護リーダーは、子育て中の職員が、子どもの体調不良などで突然休
んだり、遅刻・早退したりした際には柔軟に勤務変更を行っている。もちろん子
どもの理由以外にも、様々な理由での勤務変更もある。
勤務変更を引き受けてくれた職員に対しては「ごめんね」
「助かるわ」
「ありが
とう」といった言葉がけをするとともに、別の機会にシフト上の希望を優先的に
聞いたり、どこかで連続休暇が取れるように配慮するなど、「借り」を返せるよ
うにバランスをとっている。そうしたことから勤務変更はお互い様という雰囲気
になっている。
【参考】
事例の多くの法人・施設が導入している、誰もが利用できる休暇制度や勤務制
度の例としては以下のようなものがあります。
<休暇制度の工夫>
① 年次有給休暇の取得促進
6か月以上継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者が請求した場合は、
事業主は指定された時季に有給休暇を与えることが労働基準法で義務付けられて
います。計画年休、連続休暇など業務の繁忙時期と労働者の希望を調整した有休
の取得促進の工夫も必要です。
② 連続休暇制度
各企業(または事業場)が任意で実施する連続(一般的には3日以上)して休
日や休暇を取得できる制度のことです。夏季休暇、年末年始休暇、ゴールデンウ
ィーク、リフレッシュ休暇など、企業によって名称や取り決め内容が異なります。
③ 半日休暇、時間休暇
年次有給休暇を半日単位や時間単位で取得できるようする制度のことです。丸
一日の有休を取るほどではないという時、状況に応じて有休を分割して取得する
ことができるので有効活用することができます。
22
④ その他の休暇制度(配偶者出産休暇、慶弔休暇、リフレッシュ休暇など)
労働基準法で定める年次有給休暇以外に、特定の事情の場合に付与する有給休
暇や休暇を独自に定める企業もあります。例えば、配偶者の出産の際に、病院の
入院・退院、出産等の付添い等のために男性労働者に与えられる配偶者出産休暇
やリフレッシュ休暇など。
<勤務時間への配慮>
① 時差出勤制度(勤務時間の繰上げ・繰下げ)
出勤の時刻を選択できる制度のことです。出勤時刻を選べるという点ではフレ
ックスタイム制と似ていますが、時差出勤では、1日の所定労働時間が定められ
ているため、出勤時刻を選択すると、退勤時刻も決まってしまいます。
② ノー残業デー
特定の曜日を決めて、よほどの理由がない限り、その日は全員に残業させない
で、定時で業務を終わらせるという制度です。企業や職場によってその取り決め
は異なります。
眄 より良い仕組みへの検証・改善
制度も、運用面や環境整備など様々な取り組みも、より良いものへレベルアップさせ
ていくことが必要です。現状の取り組み状況を検証し、その時々で生じる問題等を踏ま
えて、より良い仕組みに変えていく姿勢が常に求められます。
【事例17】─────────────────────────────────
C特養では両立支援を進めていく中で、時に困難に出会うこともあった。その
時々で現場と繰り返し対話をし、制度作りや支援策に反映させてきた。必要に応
じて行政(労働局雇用均等室)の指導やアドバイスを受けながら取り組んできた。
育休を取得し復帰後、育児短時間勤務を活用していながら退職した職員がでた
時は、改めて両立支援の難しさを実感。役員に相談し、その紹介で「顧客満足度
も職員満足度も高い」というある病院の視察を行った。このように常に取り組み
の軌道修正や改善を行おうとする姿勢で取り組んできた結果、両立支援が好循環
に転換しつつあることを実感している。
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
23
縱 職員が陥りがちな悩みや不安をどのように支援するか
ここでは、子育て支援を進める際に、本人、そして周りの職員が陥りがちな悩みや不
安について確認し、支援のための着眼点を整理します。先にも触れたように、子育て支
援策の有効性を高めるためには、職員が陥りがちな悩みや不安をサポートすることが大
切だからです。
図3「子育て支援を出発点にしたWLB支援の取り組みの領域」の眈を進める際に参
考にしていただければと思います。
盧 本人が陥りがちな悩みや不安への支援
産休や育休などの制度が整備され利用できたとしても、妊娠から子育て期の職員の不
安や葛藤は大きいものです。
次の図5「本人が陥りがちな悩みや不安とその支援」は、妊娠中、休業中、復帰後の
各段階に本人が抱えることの多い悩みや不安をあげました。特徴的なのは、本人は自己
嫌悪に陥ったり、周りの職員に申し訳ないという気持ちを持ってしまうことが多々ある
ということです。そうした精神的な不安定さをいかにサポートするかが重要な視点にな
ります。
図5に示したように、
妊娠から子育て期間の各段階に応じた支援策が求められますが、
身近にロールモデルがいること、子育て中の職員同士のつながりを作り情報交換できる
ような工夫は、各段階を通じて有効な要素です。
盪 周りの職員が抱きがちな不満やつらさへの支援
本人を支える周りの職員に対しても、業務面のサポートと同時に感情面のフォローが
求められます。法人・施設の考え方を繰り返し浸透させるとともに、実質的な現場支援
につながる対策をとること、支援してくれた職員を積極的に評価するような仕組みを作
ることなども大切な視点になってきます。
24
図5 本人が陥りがちな悩みや不安とその支援
本人が陥りがちな悩みや不安(例)
<妊娠前∼
妊娠中>
こんなキツイ職場で、子どもを
産んだら、仕事と子育ての両立
ができるのかしら。
妊娠したら周りにも迷惑をかけ
るし、辞めた方が良いのでは?
法人・施設としての支援 (例)
子育て支援制度を整備しPRする。1人でも
早く制度利用者(ロールモデル)を出す。
法人・施設の理念や考え方を職員に徹
底。両立支援の必要性、法人・施設と
して力を入れていくことを共有する。
キャリア相談の機会を持つ。
夜勤の軽減や業務負担の軽減
などしてもらうのは助かるが、
他の人に申し訳ない。
立っているのもつらい時がある。
皆忙しいのにそんなこと言えな
い。 <休業中>
職場と離れてしまって不安。自
分だけ取り残された気がする。
休んでいる間、どんどん遅れを
とってしまう。復帰してもつい
ていけないのでは?
復帰して果たして本当に仕事と
育児を両立できるのだろうか?
代替要員の確保、応援体制構築、業務
の効率化支援、職員の力量向上など現
場の支援体制作りに力を入れる。
妊娠中の職員の体調への気遣い。我慢
したり無理をしないように声かけ・配
慮。個々の体調やニーズに応じて対応。
休業中も、法人や職場と本人のつながり
を保つ工夫をする。事務や上司からメー
ルを送る、法人機関誌や会議録を送る、
本人にも職場に遊びに来るように声をか
ける、休業者向け情報サイトなど。
復帰が近くなったら、職場復帰プログ
ラムを実施する(定期的にケアに短時
間入ってもらうなど)。
復帰後のキャリア相談。配置、働き方、
この先のキャリア設計などのすり合わ
せ。両立に関する情報提供。
<復帰後>
子どもが熱を出したり、保育園
に行きたがらなかったり、もう
泣きたい気分。周りに迷惑はか
けるし、やっぱり両立は難しい
のでは?
利用者の状態の変化や入れ替わ
りなど職場の変化が大きい。
手順ややり方など忘れてしまっ
たこともあるみたい。ついてい
けないかも。
実家の両親も仕事を持っている
し、子どもの面倒を頼めない。
変則勤務や夜勤は難しい。
最初の2∼3ヶ月は慣らし期間と考える。
身体の慣らし、仕事と生活のリズムの
慣らし、職場への適応など。
復帰後の再教育の実施(研修、OJT)。
子育て中の職員同士のつながり作りや
情報交換の場(機会)の設定など。
仕事と子育ての両立ができるよう勤務
時間、休日などできるだけ柔軟な対応
ができるようにする。
要員配置、応援体制構築、業務の効率
化支援、職員の力量向上など現場の支
援体制作りに力を入れる。
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
25
図6 周りの職員が抱きがちな不満やつらさとその支援
周りが抱きがちな不満やつらさ(例)
<妊娠中>
夜勤や変則勤務、身体介護の負
荷が増えてつらい。
病気でもないのに、なんでそん
なに気をつかわなきゃいけな
いの?
ただでさえ忙しいのに、人の補
充をして欲しい。
法人・施設としての支援(例)
法人・施設の理念や考え方を職員に徹
底。両立支援の必要性、法人・施設と
して力を入れていくことを共有する。
妊娠という状態についての説明やどの
ような配慮が必要なのかを共有する。
代替要員の確保、応援体制構築、業務
の効率化支援、職員の力量向上など現
場の支援体制作りに力を入れる。
現場のニーズを把握する。話し合いの
場を持ち、どうしたらよいか繰り返し
検討する。
<休業中>
代替要員の確保が遅れて、現場
が苦しい。
代替要員を採用したのは良いが、
未経験者なので戦力にならない。
教えるより自分でやった方が早
い。
代替要員を確保しても結局は戦
力ダウンで残業も増えてしまっ
た。
<復帰後>
子どもが発熱するなど子育て中の
職員の突然の休みや遅刻・早退の
穴埋めをさせられる。度重なると
文句も言いたくなる。
夜勤免除、シフトにも入らない
など子育て中の職員ばかり優
遇されているのではないか。結
局しわ寄せはこちらにくる。
26
代替要員確保は早めに着手する。遅れてい
る場合も、いつ頃までに、どのような対応
をするか等具体的に現場に説明する。
応援体制構築、業務の効率化支援、職
員の力量向上など現場の支援体制作り
は引き続き重要。
チーム間の力量のバランスを考慮して、
配置換え等の実施。
代替要員も期間限定ではなく、中長期
的な視点で育てていくことの必要性を
共有。教育プログラムの整備。
部門間、フロア間、チーム間等も含めて
お互いに応援できるような体制を築く。
職員配置の見直しを行う。
繰り返し理念の徹底を行う。
支援者の努力や頑張りを評価する。
子育て支援だけではなく、誰もが利用
できる休暇制度や柔軟な勤務制度を導
入したり、長時間労働削減など労働条
件改善の取り組みを行う。
縟 職員が就業継続しやすい組織の要件とは
盧 仕事と子育てを両立しようと思う要素
最後に、育児休業等の子育て支援制度を整備し利用できるようにするだけで、職員の
就業継続につながるわけではないということを、別の側面から見てみましょう。例えば
ある女性職員が「妊娠した」とわかった時、辞めるか続けるかを決める要素は何でしょ
う。
今回調査の個人事例を読み解いていくと、仕事と子育てを両立しようと思う要素は、
下図に示したように「①法人・施設の子育て支援の充実度」+「②続けたいと思う動
機」+「③続けざるを得ない事情」+「④その他の環境要因」というように整理できそ
うです。
図7 妊娠した女性職員が仕事と子育てを両立しようと思う要素
法人・施設で
対応できないこと
法人・施設で
対応できること
本人にとって
の個人的要因
③続けざるを
得ない事情
②続けたいと
思う動機
本人にとって
の外部要因
④その他の
環境要因
①法人・施設の
子育て支援の
充実度
「①法人・施設の子育て支援の充実度」とは、「育休が取得しやすい」とか「妊娠中
や育児中に業務負担が軽減されたり勤務時間やシフトへの配慮がある」「相互応援体制
がある」といった支援です。現実的な問題として、こうした支援や配慮は最低限必要な
ものといえます。
さらに「②続けたいと思う動機」とは、「法人・施設の理念に共感している」とか
「職場の人間関係が良い」「仕事にやりがいがある」「自分自身の介護の専門性をもっと
高めたい」といったプラスαの要因です。
「③続けざるを得ない事情」とは、「経済的な理由」「他に転職先がない」「専業主婦
は性に合わない」といったことがあります。
「④その他の環境要因」とは、「夫が協力的」「実家などの支援が受けられる」「保育
所が近くにある」といった子育て環境などがあげられます。
人によっては、「③続けざるを得ない事情」や「④その他の環境要因」という条件だ
けで辞めずに続けようとするケースもあるかもしれません。しなしながら、法人・施設
としては「①法人・施設の子育て支援制度の充実度」と、加えて「②続けたいと思う動
機」を高めることが必要であることがわかります。また、「④その他の環境要因」が整
わないケースが多分に想定される場合においては、それに対する対応策を積極的にとっ
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
27
ていくことも必要になってきます。例えば、制度で一律に遇するのではなく、個人の事
情に応じた勤務時間への柔軟な対応や、法人・施設内の託児所設置などです。
盪 すべての職員が「辞めずに続けよう」と思う要素
では、子育てに限らず、すべての職員が「辞めずに続けよう」と思う要素について考
えてみましょう。多くの場合(育児や介護、その他の制約がない場合)、先にみた「②
続けたいと思う動機」+「③続けざるを得ない事情」に支えられて仕事を継続していま
す。
職員が離職を考える時、「辞めたい」と思うような就業継続の阻害要因と、「ここで
くじけず続けていこう」と思わせる促進要因(「②続けたいと思う動機」+「③続けざ
るを得ない事情」)のどちらが大きいかが問題になります。促進要因が少なく阻害要因
が多い場合は、何か背中を後押しするきっかけがあれば、「もう辞めてしまおう」とい
うことになってしまいます。
また、促進要因のうち「②続けたいと思う動機」が大きい職場の場合は、職場や仕事
への満足度や信頼度の「残高(貯蓄)」が多く、何か苦しいことやつらいことがあって
も、「離職」にはつながりにくいと言えます。
職員の心のバランスシート
促進要因
(「続けたいと思う動機」+「続けざるを得ない事情」)
せっかくここまで頑張ってきたのだから、
辞めてしまうのはもったいない。
利用者との信頼関係もできている。
法人・施設の理念にも共感している。
自分の成長の実感を持てる。
相談に乗ってもらえる人がいる。
辞めて一時的にでも
収入がなくなってしまっては困る。
・
・
・
28
阻害要因
上司との相性が悪い。
仕事のミスで落ち込んだ。
・
・
・
ここで「②続けたいと思う動機」をもう少し深掘りすると、大きく「仕事のやりがい」
と「働きやすさ」の2つに分けられます。「仕事のやりがい」や「働きやすさ」は人に
よって感じ方が異なりますが、事例調査でとくに多く聞かれたことは、「仕事のやりが
い」として、「法人・施設の理念に共感している」「利用者と良い関係が築けている」
「自分自身の成長を実感する機会がある」「仕事の目標が持てるようになった」「尊敬で
きる経営者や上司がいる」「現場の意見が取り入れられる」などでした。また「働きや
すさ」としては、ほとんどの人が「上司や同僚等との人間関係が良いこと」を重視して
おり、それ以外に、
「休みが多い」といった労働条件や「職員が大切にされている実感」
などがあげられます。
介護施設の職員を対象にしたアンケート調査※でも、下記のような取り組みについて
職員のモチベーションにプラスの影響がみられ、法人・施設の理念や個々の職員が目指
すべき方向性を伝え共有化することはとくに重要な取り組みであることがわかりました。
また、同アンケート調査では、育児・介護休業制度、育児短時間制度等WLB関連
「制度」の有無と職員(子どもがいる職員も含めて)のモチベーションに有意な関係は
見られませんでした。このことからも、制度の整備のみが職員の継続就業につながるわ
けではないことが裏付けられます。
・法人・施設を取り巻く環境や課題を共有化している
・法人・施設の理念、介護のビジョンを理解促進、浸透させている
・長期的なキャリアの視点から必要とされるスキルを明示している
・自分の達成すべき仕事の目標を伝え、支援している
・長期的な視点から法人・施設が個々の職員に期待する役割を伝えている
・法人・施設の理念やビジョンを意識し、確認できる機会をたくさん設けている
・法人・施設における人材育成や活用方針を職員に伝えている
※平成21年度「介護職員の仕事と働き方に関する調査」(全国社会福祉協議会)
アンケート調査は「福祉人材就業動向調査にかかわる検討委員会」において、介護職員が継続就業するため
の環境・要因を把握するために実施。
蘯 職員が就業継続しやすい組織の要件とは
以上のように、妊娠・出産・育児等のライフステージを通じて、さらにそれに関わら
ずすべての職員が就業継続しやすい組織の要件として、「育休等も含め個人の事情・ニ
ーズに応じて多様な働き方が選択できる」ということと、「職員の日頃の満足度や信頼
度の『残高(貯蓄)』が多い(やりがい、働きやすさ)」が大切な要素であることが確
認できます。
加えて、「辞めたい」という黄色信号をいかに早い段階でキャッチして、何らかの問
題解決に取り組むような仕組みがあるかどうかも大きな要素です。なかでも、上位者が
日頃からどれだけ一人ひとりの職員に関心を持ち変化を気にかけているかが問われます。
また、相談窓口の設置や自己申告の仕組みなどが効果を発揮することもあります。事
Ⅳ.介護施設におけるWLB支援の進め方、留意点
29
例調査でも、就業意向調査に「つらい」「辞めたい」という自分の正直な気持ちを書き
記すことによって、経営側からのバックアップを得ることができ就業継続につながって
いるというケースもありました。
こうしてみると、職員が就業継続しやすい組織の要件として、下記の3つが重要であ
ることが改めてわかります。
図8 職員が就業継続しやすい組織の要件
個人の事情・ニ
ーズに応じて多
様な働き方を選
択できる
日頃の満足度や
信頼度の「残高
(貯蓄)」が多い
(やりがい、
働きやすさ)
30
黄色信号を早期
にキャッチでき
る仕組みがある
Ⅴ
事例編
縡 法人・施設の事例
ここからは、実際にWLB支援に取り組んでいる法人・施設の事例をご紹介します。
取り組みの背景やプロセスはそれぞれですが、いずれの法人・施設も、子育て支援その
ものを目的と考えているのではなく、子育て支援を出発点に職員のWLBの実現に向け
た取り組みを行い、「職員が長く働き続けることができ、質の高いサービスが提供でき
る職場環境作り」を行おうとしていることは共通しています。
掲載事例は以下のとおりです。
CASE
CASE
CASE
1
現場のニーズを大切にした両立支援の仕組みづくりに取り組む
2
託児所設置により利用者も活性化。子育て支援のムードも高まった
3
はじめは手探り状態。
でも両立支援が一巡して好循環を形成するようになった
A特養(2施設で100床・神奈川県)
B特養(130床・岡山県)
C特養(120床・埼玉県)
CASE
CASE
CASE
CASE
4
安定的な人材確保と定着策の強化の一環として両立支援に取り組む
5
抵抗があっても法人の理念を繰り返し職員に徹底してきた
6
中長期的な人材育成の必要性から安定的な雇用と多様な働き方を提示
7
子育て世代の女性が主力。
人材確保・定着のために両立支援は最重要テーマだった
D特養(70床・鹿児島県)
E特養(200床・東京都)
F特養(70床・新潟県)
G老健(100床・青森県)
Ⅴ.事例編
31
CASE 1
現場のニーズを大切にした
両立支援の仕組みづくりに取り組む(A特養)
蜀A特養
所在地:神奈川県(特養は2施設)
利用定員50名、昭和55年開設/利用定員50名、昭和60年開設
蜀法定を上回る両立支援制度や独自の取り組み
時間休(時間単位で有休が取得できる制度)、計画年休制度による連続休暇、配偶者出
産休暇2日、出産祝い金、子に対する家族手当、託児費用補助、入園・入学祝い金等
蜀両立支援を含む取り組みの成果
ISOの運用を通じて業務の標準化やシステム化、職員の教育研修やキャリア形成支援
に熱心に取り組んでいたことによりケアの質や職員のモチベーションが高い状態にあ
る。両立支援の取り組みにより結婚や妊娠による女性の離職がなくなった(育休取得率
100%)
。
A特養を運営する社会福祉法人は、神奈川県を中心として介護福祉施設の運営、デイ
サービスの提供、児童養護施設の運営を行っています。
A特養の設立は昭和55年。法人の事業規模の拡大とともにシステム化の必要性を痛感
し、平成14年にISO9001を認証取得。以後、他事業所にも水平展開を図ってきました。
ISO9001の運用を通じて業務の標準化や教育研修のシステム化を図っており、質の高い
サービスを安定的・継続的に提供することに力を注いでいます。
>>> はじめは手探り状態だったが、現場のニーズを聞きながら対応してきた
同法人では、数年前までは結婚退職が慣例で、育児休業を取得して仕事を続けるとい
う雰囲気ではありませんでした。しかしながら、平成17年に次世代法が施行されたこ
と、さらにこの頃から福祉・介護人材難がますます深刻化する状況の中で、定着促進策
の一環として両立支援に意識的に取り組むようになりました。
具体的には、次世代法に基づいた「行動計画」の作成を通じて、まず推進する側の意
識が変わってきたことが大きかったと同法人総務部長は振り返ります。「もっと制度の
PRをしなくては」と、制度のPRと運用強化に努めてきた結果、育休取得者が増えてい
きました。はじめは現場のニーズにどう対応するか、法人本部も手探り状態でしたが、
自分たちも勉強するうちに対応方法にも慣れてきて、多様な働き方の提案ができるよう
になってきました。
時間単位で有休が取得できる「時間休」の制度などは、職員ニーズに対応して法人独
自に導入したものです。
32
>>> 法人の姿勢が子育て支援のムードを高めた
同法人の職員が口々に「法人の理念に共感している」「職員が大切にされていると感
じる」と言うように、同法人では、現場の職員を何よりも大切に考え、そのニーズに対
応していこうというスタンスで様々な取り組みを進めてきています。
子育て支援についても、法人の姿勢をうかがわせる配慮が多くあります。例えば法人
全体の懇親会の場で、「子連れ歓迎」として子育て中の職員が乳幼児連れで会合に参加
することができるようにしています。その際、子連れ職員のテーブルを作り子育て仲間
同士が心おきなく集えるようにしたり、子どもを壇上に上げて紹介するなど、「子育て
を応援している」という姿勢を具体的な場面で示しています。また理事長自らが子ども
を抱き上げたり一緒に遊んだりする姿を見て、子育て中の職員は何よりの信頼と安心を
感じることができると言います。
>>> ロールモデルが生まれることによる両立支援の雰囲気作り
同法人では、ここ数年で増えてきた育児休業取得者が、後に続く後輩たちの良いロー
ルモデルとなり、両立支援の雰囲気作りができてきました。「彼女たちが、その後も継
続して長く仕事を続けられるような支援をしていきたい」「さらに育児に関わらず、全
ての職員に継続して仕事を続けてもらえるような多様性に対応していけるような雇用管
理の仕組みの整備をしていきたい」と総務部長は言います。
Ⅴ.事例編
33
A特養を運営する社会福祉法人の両立支援の取り組み
<外的要因>
<法人・施設の変化>
<内的要因>
結婚退職が慣例で、育休を
取って仕事を続けるという
雰囲気ではなかった。
福祉・介護人材の業界
離れの進行。
H17次世代法の施行。
定着促進策の一環として、両
立支援への意識的な取り組み
へ(行動計画作成)。
推進する側の意識が変わって
きた。
↓
両立支援制度のPR、運用強化
最初は現場のニーズにどう対
応していけばよいか、手探り
状態だった。
↓
推進側も勉強するうちに対応
方法に慣れてきて、働き方の
提案ができるようになってき
た。
育休取得者が増えてきた
↓
「私でも育休が取れる」
「仕事
をしながら育児ができる」と
いう雰囲気になってきた。
子育てに関わらず、職員の継
続就業のために多様な働き方
を提案できる体制へ。
34
結婚や出産・育児を通じて
職員の継続就業への必要性
への認識。
CASE 2
託児所設置により利用者も活性化。
子育て支援のムードも高まった(B特養)
蜀B特養
所在地:岡山県
利用定員130名、昭和53年開設
蜀法定を上回る両立支援制度や独自の取り組み
法人内に託児所設置、1時間単位で取得可能な看護休暇(有休年間5日間)、育児時間
(1日60分×2回)、ジョイフル休暇(連続休暇)、子のバースデー休暇、ノー残業デー、
両立支援委員会の設置(子育て中の職員による協議会)、パパプログラム(出産前に父
親が育児参加のための有休取得計画作成)、出産祝い金、子に対する家族手当、入園・
入学祝い金
蜀両立支援を含む取り組みの成果
現場の意見を大切にし、利用者本位を徹底してきたことにより、職員が主体的・能動
的に利用者本位を実践する風土が整っている。以前より育休取得者はいるが、託児所設
置により子育て支援のムードが高まり、妊娠による女性の離職はなくなった(育休取得
率100%)。行政からの表彰等を通じて認知度が高まり問い合わせや応募者が増えた。
B特養を運営する社会福祉法人は、岡山県で特養の他、デイサービス、訪問介護、グ
ループホーム等の運営を行っています。
B特養は、平成17年に新築移転し全室個室のユニットケアに移行しました。新施設の
企画・設計には、現在の幹部職員が主体となって取り組み、「利用者本位」をハード面
から実現したとも言えます。ユニットケアに移行してからは、これまで以上に個々の利
用者のニーズに対応して、「個浴」の実現や外出支援等にも力を入れており、職員の自
発性を尊重し利用者ニーズにタイムリーに対応していく組織風土が形成されています。
そんな同法人も、平成に入る前くらいまではモラルの低い時代もあったと同法人事務
長は振り返ります。
介護職の処遇改善や幹部職員の教育に地道に取り組むことによって、
利用者本位、現場主体への基盤固めを行ってきました。
>>> 子育て環境の変化に対応して法人内に託児所を設置
同法人では、育児休業法の施行とともに平成4年には育児休業制度を導入しています。
そのため、育休を取得し仕事と子育てを両立させている職員も多くいます。
同法人の両立支援にさらに弾みをつけたのは、平成13年に行われた法人内託児所の
設置でした。同法人が託児所設置に踏み切ったのは、子どもの保育の引き受け手がおら
ず離職を考える職員が現実に出てきたことからです。その背景には核家族化や祖父母が
Ⅴ.事例編
35
仕事を継続しているケースなどが増えてきたことがあります。地域の認可保育園も介護
施設の変則勤務に対応することが難しい状況です。
託児所設置は、職員にとっての実質的な支援になると同時に、両立支援のムード作り
の象徴的な役割を担うようになりました。利用者が子どもたちとの交流により活性化さ
れることも大きな効果でした。
託児所設置により岡山労働局長より「ファミリーフレンドリー賞」を受賞するなど、
思いがけずPR効果もあり、認知度が高まり就職志望者も増えるという人材確保効果に
もつながっています。
>>> 「住民」のニーズに対応していくという方針
B特養では、利用者も職員も託児所の子どもたちも皆「住民」と考えています。住民
のニーズにきめ細かく対応していこうというのが同法人の方針です。両立支援委員会を
設けているのも、こうした方針の現れです。
両立支援委員会は、子育て中の職員15名程度で構成。仕事と家庭の両立のための問
題点や要望を協議し、幹部会議に提言します。幹部会議では、提言について検討し、働
きやすい環境作りに必要な施策は導入されることになります。ジョイフル休暇や子のバ
ースデー休暇なども両立支援委員会の答申より導入されたものです。
同法人では、今後は職員を一律の規程で管理するのではなく、個々のニーズや置かれ
ている状況をアセスメントし、組織と個人をどうつなぐかというマネジメントが重要で
あると考えています。
36
B特養を運営する社会福祉法人の両立支援の取り組み
<外的要因>
H4育児休業法施行
<法人・施設の変化>
育児休業制度の整備
仕事と子育てを両立する職員
が出てくる。
H12介護保険法施行
<内的要因>
女性が多い職場。出産・育児を
通じて仕事を継続できる環境整
備の必要性。
新卒採用を始め、若い職員が増
加。
若い人材がこの先出産・育児
で退職してしまうことへの懸
念。
核家族化や祖父母の仕事の継
続などの増加。保育に悩む職
員が出てきた。
H13法人内に託児所を設置
H14ファミリーフレンドリー賞受
賞
両立支援のムードが高まる
H17次世代法施行
H17行動計画策定(男性の育
児参加サポート宣言)
H20おかやま子育て応
援宣言企業表彰
H21「くるみん」取得
育休取得が当たり前の雰囲気、
子育てを応援する雰囲気
↓
子育てに限らず様々な職員の
事情や制約に対応(個別対応
へ)
H17ユニットケアへの移行。
新施設に移転。
これまで以上に利用者本位、職
員の主体性重視のケアの実現へ
(今までできなかった取り組み
もできるようになる)。
職員のやりがい、働きやすさが
多様な形で実現
*くるみん/「くるみん」とは、次世代育成支援対策推進法(次世代法)に基づき、子育て支
援企業として厚生労働大臣の認定を受けた事業主が、名刺や自社ホームページ、会社案内、
商品等に表示することができる認定マーク。次世代法に基づき子育て支援に関する「行動計
画」を策定して都道府県労働局に届出し、実施することが求められる。
Ⅴ.事例編
37
CASE 3
はじめは手探り状態。でも両立支援が一巡
して好循環を形成するようになった(C特養)
蜀C特養
所在地:埼玉県
利用定員50名、平成11年開設/利用定員70名、平成17年増設
蜀法定を上回る両立支援制度や独自の取り組み
子の看護休暇(子が満9歳に達するまで)、育児短時間勤務制度(子が満6歳に達するま
で)、職場復帰プログラム、ノー残業デー(月1回第2水曜日)、出産祝い金、子に対す
る家族手当
蜀両立支援を含む取り組みの成果
開設当初より「まずやってみて」「ダメなら別のやり方を考える」という現場の創意
工夫や意欲を後押しする組織風土を形成している。試行錯誤を重ねながら両立支援に取
り組み、好循環を形成するようになった。妊娠で離職する女性職員はいなくなった(育
休取得率100%)。「くるみん」取得や関係機関やマスコミからの取材対応等により知
名度が高まり応募者が増えた。
C 特養を運営する社会福祉法人は、埼玉県で従来型特養と増設したユニット型特養の
他、デイサービス、訪問介護、児童福祉保育事業(保育園)等の運営を行っています。
平成11年に開設。「熱意・誠意・創意」をモットーとしており、開設当初から施設長
が、現場に任せ、失敗しても怒るのではなく、より良いやり方を一緒になって考えると
いうプロセスをとってきました。その結果、「まずやってみて」「ダメならまた別のや
り方を考える」という組織風土が醸成されています。
>>> 所属長や現場の職員と繰り返し対応策を検討
同法人では、開設の翌年から育児・介護休業規程を整備していましたが、独身の若い
職員が多く当初2∼3年は妊娠・出産事例はありませんでした。平成14年に初めて介
護職員が妊娠。本人は周りに迷惑をかけるから退職することも考えていたようでしたが、
法人としては辞めてほしくない人材でした。何とか継続就業してもらいたいという思い
から、労務担当が中心になって対応に奔走しました。
当時は規模も小さく少人数で運営していたため、職員一人が妊娠しただけでも大きな
戦力ダウンになることは目に見えていました。労務担当と所属長、現場の職員との繰り
返しの対話が行われ、現場で想定される不都合や懸念に対してどう対応するのか検討し
ました。合わせて、改めて法律の規定について関係機関に相談・確認したり、セミナー
38
に参加する等して勉強もしました。
>>> 最大の懸念だったコスト負担は「杞憂」に過ぎないことがわかってきた
経営側が最も懸念したのは、人員補充によるコスト負担、他の職員への負荷、一人な
ら何とかなるかもしれないが今後複数重なったらやっていけるのか、といったことでし
た。現場の理解を完全に得ることも難しかったのも事実です。
しかし実際にやってみると、コスト負担は「杞憂」に過ぎないことがわかってきまし
た。代替要員を確保しても退職者等もいるので人材が余剰になるということはなく、翌
年の採用で調整することができることがわかってきたからです。現場の負担を考えて、
代替要員の確保にはむしろ力を入れるようになりました。
>>> 小規模だからこそ柔軟な対応ができた
その後、少しずつ産休・育休を取る職員がでてきました。2人、3人と重なったり、
代替要員の確保が遅れた時など、現場から不満が出たこともありました。「その時々で
できることは何かということを考えながら対応してきた」と同法人総務部長は振り返り
ます。「小規模だったからこそ、アットホームな雰囲気で情報共有、部署内・部署間の
コミュニケーションも良く、みんなで考えながら柔軟な対応ができたのかもしれない」
とも言います。
「子育て支援が回っていくようになるには5年はかかる」というのが総務部長の実感
です。妊娠・出産後復帰して仕事と生活のバランスが安定するにはそれくらい時間がか
かるということです。育休取得者が職場復帰して良い仕事をしている姿を見て、職場の
理解も深まり経営側としても好循環を実感できるようになるようです。
>>> 認知度が高まり、「さらにちゃんとしなければ」と身が引きしまる思い
同法人が意識的に両立支援を掲げ、様々な制度整備や明文化を行ったのは、次世代法
施行以降です。育児・介護休業・看護休暇等の制度の改定、行動計画の作成、相談窓口
の設置等、順次取り組んできました。平成20年には「くるみん」を取得するとともに、
21世紀職業財団から「職場風土改革促進事業主」の指定を受け、それに則した取り組
みを展開しています。
両立支援の取り組みがきっかけで、関係機関やマスコミからの取材も多く、人材確保
効果も感じています。露出が多くなり認知度が高まると、「自分たちはまだ入口に立っ
*職場風土改革促進事業主/「職場風土改革促進事業主」とは、労働者に対する両立支援を推
進するため、両立支援制度を労働者が気兼ねなく利用することができるような職場環境整備
(職場風土改革促進事業)を計画的に行う事業主として譛21世紀職業財団地方事務所長より
指定を受けた場合の呼称。計画に沿って取り組みを行い、成果をあげた場合に、両立支援レ
ベルアップ助成金が支給される。
Ⅴ.事例編
39
たところ。さらに中身もちゃんとしなければ」と逆に身が引きしまる思いになるそうで
す。今後は子育て支援だけではなく、誰もがWLBを実感できるような仕組みづくりを
していきたいとしています。
C特養を運営する社会福祉法人の両立支援の取り組み
<外的要因>
<法人・施設の変化>
<内的要因>
若い職員が多く当初は妊
娠・出産事例はなかった
優秀な職員だったので何とか続
けてほしい。
労務担当が中心になって対応に
奔走。
・産休・育休についての法規程
を勉強
・施設長とのすり合せ、相談
・所属長とのすり合せ、話し合
い
・現場への理解と協力のお願い
・本人への業務負荷への配慮。
ただし甘えがないように注意
も。
H14初めて介護職が妊娠
人員補充によるコスト負担、
他の職員への負荷、復帰後の
余剰人員等への懸念
現場の不安や反発もあった。
小規模だったから柔軟な対応も
できた。
その時々で現場と話し合いなが
ら何とか対応してきた。
コスト負担の懸念は「懸念」
だったことが分かってきた。
現場の負担を考えて、代替要
員の確保には力を入れるよう
になった。
育休取得者が職場復帰。責任
感とケア力がアップし戦力に。
両立支援が循環するようになっ
てきた。
H17次世代法の施行
H20「くるみん」取得
両立支援への意識的な取組へ
・行動計画作成
・各種取組の明文化
・制度の改定・充実
・職場風土改革促進事業主指定
取材等への対応によりPR効果
を発揮。人材確保効果を実感
子育て支援だけではなく誰もがWLBを実
感できるような仕組みを目指した取組へ
40
現場の理解が進む。
CASE 4
安定的な人材確保と定着策の強化の
一環として両立支援に取り組む(D特養)
蜀D特養
所在地:鹿児島県
利用定員70名、昭和63年開設
蜀法定を上回る両立支援制度や独自の取り組み
育児短時間勤務制度(子が満6歳に達するまで)、法人内託児所設置、子に対する家族
手当
蜀両立支援を含む取り組みの成果
ISOの運用を通じて、情報共有化、マニュアル整備、人材育成等に熱心に取り組んで
きたことより、組織全体としてPDCAを回す力が築かれている。両立支援を含む総合
的な人材確保・定着策の強化により、新卒者の安定的確保ができるようになるとともに、
離職率が低下(H18:33.3%、H19:22.4%、H20:17.0%)。取材対応などに
より認知度が高まり広域からの応募者が増えた。
D特養を運営する社会福祉法人は、鹿児島県で特養の他、デイサービス、訪問介護、
グループホーム、診療所、託児所等の運営を行っています。
昭和63年に開設。平成15年にISO9001を認証取得し、業務改善と質の高いサービス提
供のための体制作りに取り組んできました。「それまでは経験と勘だけで仕事をしてい
るような組織で、理念が浸透しない、言っても現場が動かない、人間関係が悪い、人が
育たないという悪循環の組織だった」と施設長は振り返ります。
ISOの品質方針に基づき、教育訓練担当者を設置し教育に力を注ぐとともに、情報共
有化、マニュアル整備、トップダウンから現場中心への切り替えなど順次取り組みを進
めることによって、組織全体としてPDCAを回す力を築き上げてきました。
>>> 離職者増加を経験し、人材確保・定着促進のための取り組み強化
同法人では、平成17∼18年に介護職員の離職者が急増したという経験をし、「選ばれ
る組織作り」に向けて安定的な人材確保と定着策の強化に取り組む必要性を強く感じま
した。様々な経営管理や人事管理のセミナーに参加し情報収集をしながら、平成19年
度より、採用活動の強化、教育訓練体制の強化、働きやすさ向上のための様々な取り組
みを行ってきました。
例えば、採用活動においては、初任給の改定、求人情報変更(経験者優遇から未経験
者歓迎へ)、学校訪問の強化、求人用パンフレットの作成、職員斡旋奨励金支給、県社
会福祉協議会や公共職業安定所(ハローワーク)の就職ガイダンスには全参加等、これ
Ⅴ.事例編
41
までの「待ち」のスタイルを改めました。
人材育成や定着率向上のためには、研修参加率向上のためのクレジット制の導入、ケ
ア記録支援システムの導入、全職員への名刺配布、クラブ活動支援等に取り組みました。
「セミナーで聞いた中で良いと思ったことは何でもすぐにやってみた」と、同法人ISO
品質管理室長は言います。
>>> 働きやすい職場作りの一環として託児所を設置
子育て支援も、そうした働きやすい職場作りの一環として取り組みました。取り組み
の端緒となったのが、平成19年の法人内の託児所設置です。子育てのバックアップと
して以前より出ていた職員の要望に応えるためです。以前は結婚退職が慣例でしたが、
平成18年に初めて育休取得者が出ました。託児所設置により、育休を取って仕事を継
続するという雰囲気になってきたそうです。
託児所設置・運営では、条件が合わず関連する助成金の活用ができなかったため、全
額法人負担で相当なコストがかかっていますが、同法人では人材確保や働きやすい職場
作りのための投資だと考えています。
>>> 経営側の考えがぶれないことが取り組みの支えに
妊娠や育休取得により、周りの職員に負荷がかかることも現実には出てきます。同法
人では、職員の離職増加という経験から人員の余裕をある程度みるとともに、必要に応
じて代替要員確保も行っています。ただし、要員の数合わせだけではなく力量の向上が
何よりも大切だと考えています。チームや個々人の力量が上がれば、戦力ダウンを補う
ことができるからです。
「現場がきつかったこともあったが、経営側が両立支援の理念・方針を明確に示し、
決してぶれなかったから、現場での話し合いや調整もやりやすかった」と同法人施設サ
ービス主任が言うように、経営側のぶれないスタンスが取り組みの支えになっていたよ
うです。
同法人は一連の取り組みにより、新卒者の安定的確保、定着率の向上につながってき
たと実感できるところまできました。両立支援については、平成20年より「行動計画」
を作成し取り組みを進めています。今後は、育児休業等の両立支援制度をより使いやす
くすること、さらに子を持つ女性職員だけではなく全職員のWLBを根付かせることが
目標であるとしています。
42
D特養を運営する社会福祉法人の取り組み
<外的要因>
<法人・施設の変化>
福祉介護人材難の進
行。業界離れ
せっかく育てた人材が辞めてし
まう損失を何とか食い止めた
い。
↓
H19∼安定的な人材確保と定
着策の強化に向けた取組へ(両
立支援もその一環)
採用活動の強化。
離職や休業等に備えて、余裕
の人員を配置。
<内的要因>
H17∼18頃、離職者が
急増
退職者や休業者が出ると
現場がキツイ
↓
両立支援に対し、現場か
ら不満の声も
個々人の力量、チーム全体の
力量を上げるための取組(教
育)。
働きやすさ向上のための取
組(業務のシステム化、託児
所の設置.etc)
<人材確保と定着率向上、質の向上>
・採用活動強化による採用力アップ
・託児所設置によるPR効果→人材確保への効果
・託児所設置による利用者の変化
・両立への意識付けができ、育休利用者が出てきた
・システム化による時間外労働の削減
・現場力強化
Ⅴ.事例編
43
CASE 5
抵抗があっても法人の理念を
繰り返し職員に徹底してきた(E特養)
蜀E特養
所在地:東京都
利用定員200名、昭和47年開設
蜀法定を上回る両立支援制度や独自の取り組み
半日休暇、連続休暇、配偶者出産休暇、出産祝い金、子に対する家族手当
蜀両立支援を含む取り組みの成果
以前より育児の他様々な事情に対応して、多様な働き方を提供する土壌がある。子育
て支援を含む人材確保・定着のための施策に取り組むことにより、離職率が低下。
E特養は東京都で、特養の他、デイサービス、訪問介護員養成事業等の運営を行って
います。
昭和47年の開設当初50床だった定員もその後拡大し、現在は200床の大規模施設とな
っています。多摩西部は介護施設が集中する地域でもあり、人材確保も他法人との競合
が大変激しい状況にあります。そうした中、同法人では人材確保・定着のために、採用
方法の見直しや職員教育、キャリアアップ支援等に熱心に取り組んできました。取り組
みの成果は離職率の低下や内定者の辞退ゼロといった数字として表れています。
>>> ことあるごとに法人の考えを繰り返し職員に伝えてきた
開設当初は中高年の女性がほとんどで、介護職員の妊娠・出産を初めて経験したのは
昭和63年のことでした。その後、平成4年の育児休業法の施行に合わせていち早く制
度整備に着手。以降、少しずつ育児休業を取得する職員が出てくるようになりました。
育休取得者が増えてきたのは、この2∼3年のことです。介護保険法施行後に採用した
若い職員がちょうど結婚・出産をする時期になってきたからです。
以前より育休を取得し仕事と子育てを両立する職員も多い同法人ですが、両立支援を
する中で苦労したことやうまくいかなかったこともありました。若い男性マネジャーの
理解度が低く、職員の子どもが熱を出した時にシフトの調整がうまくできず早退させて
あげられなかった等、子育て支援を阻害するような出来事もありました。また、育休取
得後復帰をした職員が、子の病気などで休みがちになり、そのことの理解が現場から得
られにくかったこともありました。
そうした中、ことあるごとに法人の考え方を繰り返し職員に伝えてきました。「仕事
を継続することによりスキルアップ、キャリアアップにつながっていく」「これから中
核となってリーダーシップを発揮していく人材を育て組織力を高めていくには、職員の
44
就業継続を支援していくことが必要である」と。
>>> 重要なのはお互いの信頼関係
両立支援を推進していく上で重要なのは「お互いの信頼関係」がベースにあることが
重要ではないかと、同法人事務局長は言います。
「お互い」というのは、経営側、現場、
そして本人のことで、経営側や現場は「彼女は育休を取得して復帰したらまた良い仕事
をしてくれる」という信頼を持ち支援すること、本人は「復帰したらまた良い仕事をし
よう」という信念を持つことです。そうした信頼関係が築ければ、両立支援も職場に根
付くのではないかと言います。また「改革には必ず抵抗勢力がある。改革についていけ
ない人は辞めていくこともあるだろうし、
時間をかけて意識改革をしていく必要がある」
とも考えています。
同法人の育休取得者は皆、復帰後貴重な戦力となっています。育休取得者は、「周り
の人に支えてもらった」という気持ちが人一倍強く、そうした思いが仕事への取り組み
姿勢に良い意味で現れているのではないかと事務局長は言います。
>>> 子育てだけではなく様々な事情やニーズに対応
同法人では、現場の相互応援体制も築き、チーム内はもちろん、フロア間でも繁閑を
見て応援しあう体制にしています。妊娠や育児だけではなく、不妊治療、孫の出産、家
族の入院、本人の体調不良など様々な事情やニーズに対応して助け合っているので、
「お互い様」という共通の理解が形成されています。
同法人では、平成21年度に初めて年度の重点方針に「子育て支援」を掲げました。
今後さらに結婚・出産を迎える職員が増えることが想定され、より力を入れていく必要
があると考えています。またWLB支援に限りませんが、ここ1∼2年で登用してきた
若いマネジャーの教育は今後の重点課題と考えています。
Ⅴ.事例編
45
E特養を運営する社会福祉法人の取り組み
<外的要因>
H4 育児休業法施行
<法人・施設の変化>
育児休業制度の整備。
↓
育休取得者が出はじめる。
繰り返し法人の考えを職員に徹
底。
フロア間の相互応援体制の構築
<内的要因>
女性主体の職場。両立支
援は必須。
職場における抵抗要因
・他の職員の不満
・マネジャーの理解不足
・現場が一時的に苦しい
・育休取得者が復帰後、
休みがちで現場の理解
が得られない 等
育休取得者に対する意識づけ。
就業継続のため、子育てだけで
はなく様々な職員の事情やニー
ズに対応
H21年度に、初めて年度の重点方針
に「子育て支援」を入れ、より力を
入れていくことを明確化。
46
お互い様という共通の
理解の形成
結婚・出産を迎える若い
職員の増加
CASE 6
中長期的な人材育成の必要性から
安定的な雇用と多様な働き方を提示(F特養)
蜀F特養
所在地:新潟県
利用定員70名、平成元年開設
蜀法定を上回る両立支援制度や独自の取り組み
育児短時間勤務(子が満6歳まで)、法人内託児所設置、配偶者出産休暇、出産祝い金、
子に対する家族手当、託児費用補助、短時間正規職員制度、産業カウンセラー設置
蜀両立支援を含む取り組みの成果
開設当初より試行錯誤を繰り返しながら両立支援に取り組んできた。新人事制度によ
り勤務形態の多様化を実現。法人内託児所設置により両立支援の気運が高まり離職率低
下につながる。
F特養を運営する社会福祉法人は、新潟県で特養の他、デイサービス、訪問介護、グ
ループホーム等の運営を行っています。
同法人では、平成14年に公正な評価と処遇、人材育成を目的とした新人事制度をス
タート。正規職員も短時間勤務という働き方ができるようにし、勤務形態の多様化を実
現させました。同時に、中長期的な人材育成の必要性や、正規と非正規の処遇格差など
の問題意識より、職員の正規化を推進してきました。短時間勤務の正規職員は、フルタ
イムの正規職員の賃金を時給換算しており、異動や勤務時間・日数の変更もあり得ると
いう条件にしています。
また近隣地域の2法人と連携してリスクマネジメント、福利厚生、職員研修等のテー
マで合同の取り組みも行うなど、協力体制を構築しています。
>>> 流産が重なったことを経て試行錯誤を繰り返してきた
同法人では、平成元年の開設当初から女性が多い職場だったため、両立支援は避けて
通れないテーマであると認識し取り組んできました。育児休業法施行前から出産・育児
で休暇が取れるようにしており、法律施行に合わせて制度整備を進めてきました。当初、
職員に流産が重なるという事故もあり、どうしたら働きながら産み・育てられるかとい
うことを現場と一緒になって試行錯誤してきました。
同法人では、妊娠がわかった時点で「妊娠中の業務軽減申請届出書」を出すことによ
り、①夜勤業務 ②入浴介助 ③移乗介助 ④送迎業務等が免除になることが明文化さ
れています。現場では明文化されていること以外でも、力を使うような業務をやろうと
すると周りに止められるという雰囲気になっています。
Ⅴ.事例編
47
育休から復帰した後も、
いきなり負担が増えないようにシフトに配慮をしていますが、
職員の間でも「日勤をしっかりやってもらえるなら」と受け入れられています。子ども
の行事など休みの希望を聞いたり、急な休みや遅刻・早退などにも勤務調整をして皆で
カバーし合っています。
ただ、何もかもスムーズにいったわけではありません。以前、妊娠や育児、メンタル
ヘルス不調の職員が重なってしまい、夜勤の回数が一部の職員に極端に偏ってしまった
ことがありました。その時は、人員の補充が遅れていたことに対する説明不足もあり、
不満が大きくなりました。「いつまでこんな苦しい状態が続くのか」という先が見えな
いことの方が不満・不安の要因だったのではないかと、同法人介護係長は言います。
>>> 離職者の増加を経験し職員ニーズを調査。託児所の設置へ
平成18∼19年頃、介護職員の離職者数が多くなってきたことに危機感を感じ、先に
触れた2法人と連携して、
職員の仕事と家庭の両立のためのニーズ調査を実施しました。
その結果法人内託児所へのニーズが高く、連携法人や地域住民も利用でき、学童保育も
兼ねた託児所を設置しました。託児所設置により、両立支援の気運はますます高まって
います。
事業規模の拡大に伴い、人材育成のスピードも今まで以上に必要になっています。同
法人では、組織で核となる人材の確保・育成のためにも、子育て支援に限らず働きやす
い職場環境作りや、人材育成の取り組みを強化していきたいと考えています。
48
F特養を運営する社会福祉法人の取り組み
<外的要因>
<法人・施設の変化>
H元年の開設当初より、出産・
育児で休暇が取れるようにして
いた。
H4 育児休業法施行
女性主体の職場。両立支
援は必須。
法律に合わせて制度整備を進め
てきた。
どうしたら働きながら産み・育
てられるかということを試行錯
誤してきた。
・妊娠中の配慮
・育児中の支援 など
介護職員の就業希望者
が減少。
<内的要因>
流産が重なる。
新人事システムの導入により、
ほとんどの職員が長期雇用化さ
れ、同じ立場で仕事をするため、
お互いがカバーしあう組織風土
が醸成されてきた。
臨時職員(1年更新)が
半数近くなり、身分の不
安定さに対する不安感と
同時に長期的な職員育成
のしにくさがあった。
H17頃、退職者の増加に危機感。
産休・育休の代替職員を募集す
るが、応募者自体が少なく、な
かなか決まらない状況が続く。
一部の職員に負荷が偏
り不満が出たこともあ
った。
人材確保には早期に手を打つこ
とと、そのタイムスケジュール
を説明するように留意する。
連携している3法人合同で、
仕事
と家庭の両立のための職員のニ
ーズ調査を行う。(H19年6月)
ニーズの高かった法人内託児所
を設置。
両立支援の気運が高まる
子育て支援に限らず働きやすい
職場環境作りや人材育成の取り
組みの強化へ
Ⅴ.事例編
49
CASE 7
子育て世代の女性が主力。人材確保・定着の
ために両立支援は最重要テーマだった(G特養)
蜀G老健
所在地:青森県
利用定員94名、平成5年開設
蜀法定を上回る両立支援制度や独自の取り組み
子の看護休暇(子が中学校就学前まで)、育児短時間勤務(子が小学校就学前まで)、配
偶者出産休暇、年次有給休暇の半日付与、出産祝い金、子に対する家族手当、託児費用
補助、育児休業中の在宅講習、職場復帰直前講習、職場復帰直後講習、就学前まで日勤
のみ、利用者担当免除
蜀両立支援を含む取り組みの成果
両立支援の取り組みを通じて、離職率低下につながる。「職場風土改革促進事業主」
への指定や「くるみん」取得により人材確保にもつながっている。女性の育休取得率は
100%、男性の育休取得もこれまでに2名。
G老健を運営する社会福祉法人は、青森県で2ヵ所の老健の他、デイサービス、グル
ープホーム、訪問介護等の運営を行っています。
同法人は平成16∼17年頃、介護職の急激な離職率増加を経験し危機感を感じました。
常に退職者の補充採用に追われているという状況で、人材の定着促進にトータルで取り
組む必要性を感じました。
とくに子育て世代の女性が多く、出産や育児で退職する職員の割合も高く、子育て支
援は取り組むべき最重要テーマと理事長が判断。子育て支援を出発点に、全ての職員が
安心して働ける職場作りに取り組んできました。
>>> 内外への周知や管理職への問題提起に努めてきた
同法人の取り組みは、平成17年に次世代法に対応して「行動計画」を策定するとこ
ろから始まりました。「行動計画」作成にあたっては、職場アンケートで働きやすい職
場作りのための職員ニーズを洗い出しました。これは定着促進のための課題設定につな
がるものでした。
次に、21世紀職業財団から「職場風土改革促進事業主」の指定を受けて、必須取り
組み事項に即して、取り組みの内外への公表、管理職層への研修実施、職員への周知徹
底等にも取り組みました。外部への周知方法としては、取り組みに対する理事長メッセ
ージを月1回の広報誌への掲載、ホームページへの掲載を行いました。また職員への周
知には、法人機関誌(給与明細に同封)、掲示板、回覧板、各種会議を通じて繰り返し
50
メッセージを発信した。さらに、管理職研修では働きやすい職場環境作りに向けた問題
提起や対応策の検討を行ってきました。
>>> 職員ニーズを踏まえた両立支援策
同法人では、職員ニーズを踏まえて両立支援のあり方について試行錯誤を重ね、配偶
者出産休暇、半日休暇、看護休暇を子が中学校就学前まで使えるようにするなど制度整
備を進めるとともに、育休中の在宅講習や職場復帰プログラムを導入するなど多様な支
援策を取り入れてきました。
妊娠がわかった時点で、夜勤免除、身体に負荷がかかる業務の免除、利用者担当免除
となります。育休復帰後も、子が就学前までは希望に応じて日勤のみの勤務となり、利
用者担当もはずれることが認められます。通常は職員1人で3∼4名の利用者を担当し
ますが、アセスメント、ケアプラン作成、カンファレンス、ケアプランの説明など業務
の負荷が高くなることから、妊娠や子育て中はその負荷を軽減するという考え方による
ものです。
「状況を踏まえた上での人員配置にしてもらっているので、業務のやりくりに難しさ
はない」と現場の責任者が言うように、現場で他の職員の不満が出るといったことも起
きていません。人のやりくりがどうしてもつかなかった時は、事務職員に入浴介助に入
ってもらうなど相互応援の体制もできています。
>>> 誰もが働きやすい職場作りに向けて
職場風土改革の宣言や「くるみん」取得、行政からの表彰など、法人のイメージアッ
プにつながり人材確保や組織の活性化にも効果が実感できるようになりました。
今後は、
誰もが働きやすい職場作りのために取り組みを進めていく必要があると感じています。
これまでにも男性の育休取得者が2名いますが、さらに男性の育児参画への支援を進
めていくことや、ノー残業デーなど働きやすい職場環境整備、さらに教育研修体制の強
化、とくに管理職層の人材育成に取り組んでいきたいと考えています。
Ⅴ.事例編
51
G老健を運営する社会福祉法人の取り組み
<外的要因>
H17次世代法施行
<法人・施設の変化>
人材の定着促進にトータルで取
り組む必要性を感じる。
H16∼17年頃、職員の
離職急増を経験。
子育て支援に取り組むことを理
事長が意思決定。
子育て世代の女性が多
い職場。
アンケートによる職員ニーズの
把握
↓
「行動計画」作成に反映させる
H19職員ニーズを踏まえて各種
支援制度の導入
・配偶者出産休暇
・半日休暇
・看護休暇の延長(中学就学前
まで)など
H20県労働局より表彰
H21「くるみん」取得
21世紀職業財団から
の声かけ
H20育休中の在宅講習、職場復
帰プログラム導入。合わせてノ
ー残業デーや男性の育児休業取
得推進。
H21「職場風土改革促進事業主」
の指定を受け、職場風土改革に
取り組む
・取り組みの内外への公表
・管理職層への研修実施
・職員への周知徹底
外部へのPR効果。職場風土の
変化。離職率の低下
子育て支援に限らず働きやすい
職場環境作りや人材育成の取り
組みの強化へ
52
<内的要因>
縒 個人事例
ここからは、仕事と子育てを両立させている職員の事例をご紹介します。様々な不安
や葛藤を経て、仕事へのやりがいを見出し、職場における居場所を築いてきたプロセス
を見てとることができます。第Ⅳ章で触れたように、子育て支援の充実度だけではなく、
プラスαの「続けたいと思う動機」に支えられて、仕事を続けています。
掲載事例は以下のとおりです。
CASE
1
専業主婦志向から仕事も子育てもあきらめないと心に決めた
Kさん(女性 30歳 A特別養護老人ホーム勤務)
CASE
2
子どもができたことが仕事の転機にもなった
Yさん(女性 28歳 C特別養護老人ホーム勤務)
CASE
3
最初は長く続けていける仕事なのか不安があった
Eさん(女性 28歳 E特別養護老人ホーム勤務)
Ⅴ.事例編
53
CASE 1
専業主婦志向から仕事も子育ても
あきらめないと心に決めた(Kさん・30歳女性)
【プロフィール】
蜀所属・役職:A特養 課長補佐
蜀雇用形態:正規職員(育児短時間勤務利用)
蜀学歴:福祉系短大卒
蜀家族構成:夫、長男(2歳)、次男(1歳)
蜀保有資格:介護福祉士、社会福祉主事任用資格
>>> 最初は知的障害者施設での就職を希望していた
Kさんは福祉系短大を卒業後、知的障害者施設での就職を希望していました。しかし、
なかなか就職先が見つからず、現在勤務する法人の高齢者デイサービス部門でアルバイ
トをしていました。知的障害者施設で働きたいという気持ちがずっと捨てきれなかった
ので、デイサービスでのアルバイトは週3回午前中のみにして、午後は他のアルバイト
をかけもちしながら、就職先を探していました。
そんなKさんも、現在では同法人の特養の課長補佐として責任あるポジションにあり、
2児の出産を経て、「仕事も子育ても両方あきらめないと腹が固まった」と言います。
知的障害者施設で働きたいという揺れ動く気持ちから、一体どのようにして特養で「仕
事も子育ても両方あきらめない」という気持ちに変化していったのでしょう。
>>> だんだん介護の仕事が楽しくなってきて常勤登用試験を受けた
まずKさんが「高齢者介護の仕事で頑張ろう」という心の変化があったのは、デイサ
ービスで仕事をするうちに介護の仕事が楽しくなってきたという要因があります。利用
者と接しているうちに「お年寄りから『もらうもの』が大きい」と実感するようになっ
たと言います。それと同時に、職場の雰囲気も良く、厳しいながら丁寧に指導してくれ
る先輩に恵まれたことも大きかったようです。そんな時にデイサービスの課長から常勤
登用試験を受けることを勧められ、「他のバイトなんかやっている場合じゃない。私は
介護の仕事を頑張ろう」という気持ちになりました。
>>> 結婚したら辞めようと考えていた
常勤に登用され特養に異動になったKさんは、特養1年目は「夜勤がつらくて辞めた
い」と思ったこともありました。そんな時、悩みを相談できる同僚や先輩がいたこと、
54
足りない技術を先輩に教えてもらうことにより乗り切ることができました。
「特養2年目は、わからないことがわかるようになり、仕事が楽しくなってきた」
「3年目は後輩に教える面白さを実感するようになってきた」というKさん。「結婚した
ら辞めよう」と何となく考えていたKさんでしたが、結婚した時は「今ここで辞める理
由がない」という気持ちに変わっていました。
>>> 少なくとも子どもができたら辞めようと思っていた
仕事にやりがいを見出し始めたKさんも、「子どもができたら仕事を辞めよう」と考
えていました。そんなKさんの気持ちを切り替えるきっかけになったのが、同法人が年
1回職員の就業ニーズを把握するために実施している「意向調査」でした。意向調査に
「子どもを作りたいから辞めます」という自分の素直な気持ちを書いたことを受けて、
法人の経営幹部から継続就業への説得を受けることになりました。経営幹部は、法人の
両立支援制度が整っていること、自分自身も仕事と子育てを両立してきたこと等の話を
しました。そしてKさんは「この仕事が好きなんじゃないの?」と問いかけられたとき、
それが心に響いたと言います。この仕事が好きであること、法人の理念に共感している
こと、職員を大切にしてくれる組織であることを再確認することになりました。
その後妊娠がわかった時は、子どもができても仕事を続ける気持ちに変わっていまし
た。ちょうどこの前後から法人の両立支援制度の利用促進が進められており、産休・育
休を取得する職員が増えてきたことも、Kさんの心の支えになりました。Kさんも2人
の子どもの産休・育休を経て、職場復帰しました。
>>> 育休から復帰後は、リズムがつかめず精神的に追い詰められた
復帰後、最初の3ヶ月くらいは、子どもが熱を出したり、保育園に行きたくないと泣
いたり、上の子の赤ちゃん返りがあるなど、精神的につらくて追い詰められたこともあ
りました。「このまま特養で課長補佐として仕事を続けるのは無理。デイサービスに異
動させてもらうか、それがかなわないのだったら辞めるかしかない」と思い、そのこと
をまた「意向調査」に書きました。
この時は、施設長と話をする機会を持つことになりました。施設長から「特養の課長
補佐という裁量のある立場だからこそ、自分の思うように仕事ができるのではないか」
と勇気づけられました。また、WLBに関連した本も薦められ、目の覚める思いだった
と言います。
>>> 仕事も子育ても両方あきらめないと心が決まった
Kさんは、こうした数々の悩みや葛藤を経て、仕事も子育ても両方あきらめないとい
う気持ちに切り替わりました。Kさんは、いつも支えになったのは、上司や先輩であり、
相談できる仲間がいたことだと振り返ります。そして、辞めたいと思うたびに再確認し
たことは、「この法人の理念に共感していること」「職員を大切にしてくれる組織であ
Ⅴ.事例編
55
ること」そして「この仕事が好きだ」ということでした。
部下・後輩を育てることに面白さを感じているKさんは、今後も「人を育てる」こと
に注力していきたいと言います。また、両立支援についても「自分がしてもらったこと
は、部下・後輩にもしてあげたい」という思いでいます。
(取材:2009年10月現在)
<Kさんの就業継続のプロセス>
短大卒業後、現在勤務する法人のデ
イサービスでアルバイト。
促進要因
阻害要因
高齢者福祉の仕事も楽しくなってきていた。
「お年寄りからもらうものが大きい」と。
知的障害者施設で働きたい気持ちが捨てきれ
ずにいた。
「この先輩たちに育ててもらえるなら」と思
える先輩がたくさんいた。
デイサービスの課長から常勤登用試験を勧
められる。
常勤登用試験を受け、
正規職員になる。
→特養に異動。
促進要因
阻害要因
相談できる仲間や先輩がいた。
足りない技術を先輩が業務終了後に教えて
くれた。
1年目は夜勤がつらくて辞めたいと思ったこ
ともあった。
結婚したら辞めようと思っていた(結婚し
たら当然辞める雰囲気だった)。
2年目は、わからないことがわかるようにな
り仕事が楽しくなってきた。
3年目は、後輩もでき人に教える面白さを実感。
結婚したが今ここで辞める理由がなくな
っていた。
促進要因
阻害要因
法人が子育て支援に力を入れ始めていた。
子どもができたら辞めたいと思った。
意向調査に辞めるつもりでいることを書い
たことをきっかけに、経営幹部から両立へ
の励ましを受けた。
この仕事が好きであること、法人の理念に
共感していること、職員を大切にしてくれ
る組織であることを再確認した。
課長補佐になり、より責任ある立場に。
妊娠がわかったが子どもができても仕事
を続ける気持ちに変わっていた。
2 回の産休・育休を経て職場復帰
促進要因
職場に仕事と育児を両立する先輩・同僚も
増えてきた。
子育てを応援する法人の雰囲気があった。
阻害要因
最初の3ヶ月くらいは子供が熱を出したり保
育園に行きたくないと泣いたり、上の子の赤
ちゃん返りがあるなど、精神的につらく追い
詰められた。
意向調査に異動希望を書いたことをきっか
けに、施設長から両立への励ましを受けた。
仕事と子育ての両立への決心を新たにする
56
CASE 2
子どもができたことが
仕事の転機にもなった(Yさん・28歳女性)
【プロフィール】
蜀所属・役職:C特養、介護職
蜀雇用形態:正規職員(育児短時間勤務利用)
蜀学歴:福祉系短大卒
蜀家族構成:夫、長男(4歳)、次男(1歳9ヶ月)
蜀保有資格:介護福祉士、社会福祉主事任用資格
>>> ボランティアが介護職を目指すきっかけになった
Yさんは高校3年生の時に、現在勤務している特養でボランティアをしたことがきっ
かけで、介護職を目指し福祉系の短大に進学しました。子どもの頃からおばあちゃんっ
子で、お年寄りが好きだったということもありました。
この特養に就職したのは、ボランティアに来た時に施設の雰囲気が良いと感じたから
です。利用者と職員が楽しそうに話をしている様子、認知症の利用者も大変落ち着いた
様子であったことが印象的だったそうです。
>>> 仕事で悩んだことも多々あった
Yさんは、実際に介護の仕事を始めてから、利用者と接することが楽しく、改めて
「この仕事が好きだ」と感じるようになりました。
これまで辞めたいと思ったことはないというYさんですが、仕事で悩んだことは多々
あったと言います。今でも忘れられないのが、入職して2∼3年目の頃の服薬ミスです。
うっかり間違えて違う利用者に手渡してしまい、他の利用者が薬を飲んでしまったので
す。自分で間違えたことに気が付きナースに報告し大事には至らなかったものの、その
時の自己嫌悪はひどかったと振り返ります。上司にきつく注意を受けましたが、同時に
優しい言葉もかけてもらい、心の助けになりました。
>>> 子どもができても仕事は続けようと思っていた
Yさんは、もともと結婚して子どもができても仕事は続けようと何となく思っていま
した。一番の理由は、共稼ぎの方が経済的にもゆとりが持てるということでした。
第1子の妊娠がわかった時、育休を取得して仕事と子育てを両立させている先輩がい
たので、自分にもできるだろうと思いました。第1子、第2子ともに約1年の育休を取
Ⅴ.事例編
57
りました。
第1子の妊娠時は体調が悪く入院するということがありました。第2子の妊娠時はつ
わりがひどく、立っているのもつらいくらいで、座ってできる入退所の事務などを担当
していました。自分の身体のつらさよりも、周りの人たちに気を遣わせてしまったこと
の方が、自分としては一番つらい気持ちがありました。
「両立支援に理解のある法人なので助かる」という気持ちがある一方で、職場でも皆
気を遣ってくれるだけに、
「申し訳ない」という気持ちが強かったようです。
>>> 結婚・出産が一番の転機
Yさんがこれまでのキャリアを振り返って一番の転機になったことは、結婚・出産だ
と言います。子どもができる前は、せかせかと仕事をしていて、仕事のことを帰宅後も
引きずり、なかなか気持ちの切り替えができませんでした。
子どもができてからは、家に帰ると家事・育児モードにならざるを得ないので、仕事
のことをひきずらなくなりON・OFFの切り替えがうまくできるようになりました。そ
のせいか、利用者との接し方も余裕を持ってのぞめるようになったように感じています。
Yさんは違う職場への転職を考えたことは一度もありません。仕事もわかっている、
職場環境にも慣れている、人間関係も築いているという状況をこれまで築いてきたので
す。また一からやり直すということは考えられません。今の法人で、キャリアを積み重
ね介護の専門性を高めていきたいと考えています。
現在は育児短時間勤務を利用しており、時間外や夜勤も免除になっています。そうし
た条件がなかったら、仕事と子育てを両立させることは難しかったのではないかと思っ
ています。
(取材:2009年11月現在)
58
<Yさんの就業継続のプロセス>
新卒で現在勤務する法人(特養)に正
規職員として就職。
促進要因
利用者と接していることが楽しい。
先輩は仕事では厳しいが、普段は優しく人間
関係は良かった。
阻害要因
新人の頃は、上司や先輩に厳しくされること
に反発を感じたり落ち込んだりした。
2∼3年目の頃、仕事のミスで落ち込んだ
(服薬ミス)。
仕事のミスに対して上司や周りに優しい言葉
をかけてもらった。
結婚・出産をしても、仕事は続けようと思っ
ていた。
結婚。2児の出産、2回の産休・育休取得
促進要因
法人が両立支援に力を入れている。
阻害要因
第2子の妊娠時はつわりがひどく、周りに気
を遣わせてしまい、つらかった。
周りが配慮してくれる。
復帰後、仕事と私生活の切り替えがうまくで
きるようになった。
利用者との接し方に余裕を持ってのぞめるよ
うになった。
仕事もわかっている、職場環境にも慣れてい
る、人間関係も築いているという状況に至っ
ている。
育児短時間勤務、時間外や夜勤免除など両立
しやすい条件が整っている。
この法人でキャリアを積み重ねていき
たいという思いへ。
Ⅴ.事例編
59
CASE 3
最初は長く続けていける仕事なのか
不安があった(Eさん・28歳女性)
【プロフィール】
蜀所属・役職:E特養 介護職
蜀雇用形態:正規職員(育児短時間勤務利用)
蜀学歴:福祉系短大卒
蜀家族構成:夫、長男(1歳)
蜀保有資格:介護福祉士、社会福祉主事任用資格
>>> 3∼4年は絶対に辞めないという気持ちでやってきた
Eさんは、短大の時に現在の施設でアルバイトをしていました。就職活動時期になっ
て就職試験を受けてみないかと声をかけてもらい、
受験し内定を得ることができました。
アルバイトをしていたので、施設の様子はわかっていたものの、介護職という仕事が
自分にとって長く続けていける仕事なのか不安がありました。というのは、夜勤や交替
勤務など不規則で大変な仕事であること、それにEさんが肌が弱かったこともあり、そ
のことに対する不安もありました。
ただ、短大のゼミの先生が「完璧な施設などない。ここが合わないから他に行こうと
思ってはダメ」と言っていたことが頭にあり、3∼4年は絶対に辞めないつもりで仕事
をしてきました。
>>> 肌トラブルに「この仕事を続けるのは難しい」と思ったことも
案の定、手洗いを頻繁にしたり、入浴介助で洗い場に入ることにより、手荒れはどん
どんひどくなっていきました。皮膚の荒れ・かゆみはひどく、「この仕事を続けるのは
難しい」と思ったこともありました。
病院で薬を処方してもらい何とか続けてきましたが、さらにひどくなってしまったの
で、上司に相談して、ある時期から入浴介助で洗い場に入らなくても良いようにしても
らいました。周りに気遣いをしてもらったことが支えになり、「辞めずに頑張ろう」と
いう気持ちでやってきました。
>>> 4∼5年経って、やっと「この仕事を続けていこう」という思いに至った
Eさんが、不安や葛藤から抜け出して「この仕事を続けていこう」という思いにいた
ったのは、入職して4∼5年経ってからでした。利用者や家族との信頼関係が築けたと
60
いう実感が持てるようになったこと、職場の人間関係が良く居心地も良くなっていたこ
と、ケアマネジャーの資格を取りたいという目標を持てるようになり、やりがいも見え
てきたことなどが大きいと言います。
相性が悪い人が上司だったという時期もありましたが、相談できる同僚や先輩がいた
ことは心の支えになりました。
>>> 仕事と子育ては両立しようと考えていた
妊娠がわかった時は、「この仕事を続けていこう」という思いに至っていたので、仕
事を辞める気持ちはありませんでした。子育てをしながら仕事をしている先輩が身近に
いたこともあり、自分にも仕事と子育ては両立できるのではないかと考えました。
産休・育休を取りやすい組織だということはわかっていましたが、実際は「周りに申
し訳ない」という気持ちもありました。ただ、それまでの5∼6年というキャリアがあ
ったので、育休取得も言いやすかったということです。
現在は育児短時間勤務を利用していて、日勤のみの勤務になっています。妊娠中は早
番だけにしてもらうなど、個別の事情に対応してもらっているので仕事を続けることが
できていると言います。
>>> 育休から復帰後は慣れるまで大変だった
育休から復帰後は慣れるまで大変でした。それまで時間に制約のない生活から、限ら
れた時間で家事も仕事もこなさなければならないという大変さを感じました。
また、仕事のブランクから生ずる問題もありました。妊娠してから業務負担をずっと
軽減してもらってきたので体力が落ちており、体力的にきつかったこと。利用者が入れ
替わっていたり、状態が変化しているので覚えるのが大変だったこと。ケアの流れや手
順について忘れていることも多かったことなどがありました。
こうしたことに慣れるのに2∼3ヶ月はかかりました。
現在はリズムもつかめており、
ケアマネジャーの資格取得に向けて勉強に取り組むなど余裕もでてきました。
(取材:2010年1月現在)
Ⅴ.事例編
61
<Eさんの就業継続へのプロセス>
現在勤務する法人(特養)に正規職員
として就職。
促進要因
阻害要因
︵
入
職
3
∼
4
年
︶
学生時代のアルバイトを通じて、施設の雰囲
気はわかっていた。
夜勤や交替勤務など不規則な仕事であるため、
長く続けていけるのか不安があった。
短大のゼミの先生の「∼年は辞めてはダメ」と
いう言葉に、自分なりの覚悟を決めていた。
肌が弱く、手肌の荒れに対する不安があった。
入浴介助で洗い場に入らなくても良いよう配慮
してもらった。周りの気遣いに支えられた。
手肌の荒れはどんどんひどくなっていった。
︵
入
職
4
∼
5
年
︶
相談できる同僚や先輩がいた。
相性が悪い人が上司だったことがあった。
↓
利用者や家族との信頼関係が築けたと時実感
が持てるようになった。
職場の人間関係は良く居心地が良くなっていた。
ケアマネジャーの資格を取りたいという目標が
持てるようになり、やりがいも見えてきた。
「この仕事を続けていきたい」と思え
るようになった。
結婚・妊娠。産休・育休取得
促進要因
阻害要因
「この仕事を続けていきたい」という思いに
至っていた。
妊娠中は、周りに申し訳ないという気持ちも
あった。
4∼5年のキャリアがあるという自信があっ
た。
復帰後は、慣れるまで大変だった。
法人が両立支援に力を入れている。
周りが配慮してくれる。
育児短時間、日勤のみ勤務など、両立しやす
い条件が整っている。
ケアマネジャーの資格を取りたいという具体
的な目標がある。
この法人でキャリアを積み重ねていき
たいという思いへ。
62
Ⅵ
情報編
ここでは、両立支援を進めていく上で法人・施設がおさえておきたい法律の規定や公
的保険の給付、保険料免除制度、および参考となる関連情報についてご紹介します。
縡 「次世代育成支援対策推進法(次世代法)」について
平成17年4月、「次世代支援育成対策推進法(次世代法)」が全面施行され、従業員
301人以上の企業は、子育て支援に関する「行動計画」を策定し、その旨を都道府県労
働局に届け出ることが義務づけられました。その「行動計画」では、仕事と家庭の両立
を支援するための雇用環境の整備や、働き方の見直しに向けた労働条件等の整備につい
て、具体的な計画を盛り込むことが求められています。次世代法は、平成23年4月に
従業員101人以上の企業に義務づけられることが決まっています。
また平成19年から、行動計画を実施し一定の要件を満たした企業を次世代法に基づ
く子育て支援企業として、国が認定する制度がスタートし、認定企業は次世代認定マー
ク(愛称:くるみん)を名刺や自社ホームページ、会社案内、商品等に表示することが
できるようになりました。子育て支援企業として認定され「くるみん」マークを取得す
る社会福祉法人も増えてきました。
縒 法律(労働基準法、男女雇用機会均等法)に定められた
主な母性保護の制度
労働基準法や男女雇用機会均等法では、妊娠、出産、そして育児にたずさわる女性を
守るために、母性保護の制度が次のように定められています。
盧 労働基準法における母性保護規定
労働基準法では、①産前・産後休業(産前6週間、多胎妊娠の場合は14週間。産後
8週間。ただし、産後6週間を経過後に、労働者本人が請求し、医師が支障ないと認め
た業務については就業可能)、②妊婦の軽易業務転換、③妊産婦等の危険有害業務の就
業制限、④妊産婦に対する変形労働時間制の適用制限、⑤妊産婦の時間外労働、休日労
Ⅵ.情報編
63
働、深夜業の制限、⑥育児時間(生後満1年に達しない生児を育てる女性は、1日2回
各々少なくとも30分の育児時間を請求することができる)などを義務付けています。
盪 男女雇用機会均等法における母性健康管理の措置
男女雇用機会均等法では、事業主に対して、①妊産婦のための保健指導または健康診
査を受けるための時間の確保、②妊産婦が医師等からの指導事項を守ることができるよ
うにするための措置(時差通勤や勤務時間の短縮などの通勤緩和、休憩時間の延長や回
数増加、作業の制限、休業等の措置など)を義務付けています。
また、妊娠・出産等を理由とする退職予定の定め、解雇その他の不利益な取扱いを行
うことは禁止されています。
縱 育児・介護休業法に定められた両立支援制度
育児・介護休業法(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関
する法律)では次のことが定められています。
下記盧∼盻は、法律で義務化されているので、法人に制度がなくても権利を行使する
ことができます。眈は、いずれかの措置を講じることが義務化されているので、法人の
導入した制度を利用することができます。
また、育児休業の取得など、法律で定められた権利を行使したことを理由として、不
利益な取扱いをすることは禁止されています。
(眇を参照)
盧 育児休業制度
労働者(日々雇用される者を除く。以下同様。)は、その事業主に申し出ることによ
り、子が1歳に達するまでの間(子が1歳を超えた後、保育所に申込を行っても入所で
きない場合など休業が必要と認められる一定の場合は子が1歳6か月に達するまで)、
育児休業をすることができます。一定の条件を満たせば有期契約の労働者も取得できま
す。
ただし、労使協定を締結することにより、雇用1年未満の労働者や週の所定労働日数
2日以下の労働者、および配偶者が専業主婦(夫)や育児休業中の場合は育児休業を認
めない事業所があります。ただし、この労使協定にかかわらず、妻が専業主婦の場合や
産後休業中であっても、男性労働者は産後8週間は育児休業を取得できます。
盪 子の看護休暇制度
小学校入学までの子を養育する労働者は、その事業主に申し出ることにより、1年に
5日まで、病気・けがをした子の看護のために、看護休暇を取得することができます。
64
蘯 時間外労働の制限
事業主は、小学校入学までの子を養育する労働者が請求した場合は、時間外労働の労
使協定にかかわらず1か月24時間、1年150時間を超えて時間外労働をさせてはなりま
せん。
盻 深夜業の制限
事業主は、小学校入学までの子を養育する労働者が請求した場合は、深夜(午後10
時∼午前5時まで)労働をさせてはなりません。
眈 勤務時間の短縮等の措置
事業主は、1歳に満たない子を養育する労働者については次のいずれかの措置を、1
歳から3歳に達するまでの子を養育する労働者については、育児休業に準ずる措置また
は次のいずれかの措置を講じなければなりません。
1日や週、月の所定労働時間短縮の短時間勤務制度、フレックスタイム制、始業・終
業時刻の繰上げ・繰下げ、所定外労働の免除、託児施設の設置運営やそれに準ずる便宜
の供与。
眇 不利益取扱いの禁止
事業主は、労働者が育児休業や子の看護休暇の申出をし、または取得したことを理由
として解雇その他不利益な取扱いをしてはなりません。
眄 転勤についての配慮
事業主は、労働者の転勤については、その育児の状況に配慮しなければなりません。
※なお、平成22年6月より改正育児・介護休業法が施行される予定です。
改正のポイントは次の通りです。
詳しくは厚生労働省ホームページをご参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/topics/2009/07/tp0701-1.html
Ⅵ.情報編
65
育児・介護休業法の改正のポイント
1.①子育て中の短時間勤務制度及び②所定外労働(残業)の免除の義務化
<現行>
<改正後>
3歳までの子を養育する労
①3歳までの子を養育する労働者が希望すれば利用
働者について、短時間勤務
できる短時間勤務制度(1日6時間)を設けるこ
制度・所定外労働(残業)
とが事業主の義務(※1)になります。(※2)
免除制度などから1つ選択
して制度を設けることが事
②3歳までの子を養育する労働者は、請求すれば所
定外労働(残業)が免除されます。(※2)
業主の義務
※1 短時間勤務制度については、少なくとも「1日6時間」の短時間勤務制度を設けることを義務とする予定
ですが、その他にいくつかの短時間勤務のコースを設けることも可能です。
※2 雇用期間が1年未満の労働者等一定の労働者のうち労使協定により対象外とされた労働者は適用除外。
2.子の看護休暇制度の拡充
<現行>
<改正後>
病気・けがをした小学校就
休暇の取得可能日数が、小学校就学前の子が1人で
学前の子の看護のための休
あれば年5日、2人以上であれば年10日になりま
暇を労働者1人あたり年5
す。
日取得可能
3.父親の育児休業の取得促進
① パパ・ママ育休プラス(父母ともに育児休業を取得する場合の休業可能期間の延長)
<現行>
<改正後>
父も母も、子が1歳に達す
母(父)だけでなく父(母)も育児休業を取得する
るまでの1年間育児休業を
場合、休業可能期間が1歳2ヶ月に達するまで(2
取得可能
か月分は父(母)のプラス分)に延長されます。
※父の場合、育児休業期間の上限は1年間。母の場合、
産後休業期間と育児休業期間を合わせて1年間
② 出産後8週間以内の父親の育児休業取得の促進
<現行>
<改正後>
育児休業を取得した場合、
配偶者の出産後8週間以内の期間内に、父親が育児
配偶者の死亡等の特別な事
休業を取得した場合には、特別な事情がなくても、
情がない限り、再度の取得
再度の取得が可能になります。
は不可能
③ 労使協定による専業主婦(夫)除外規定の廃止
○労使協定を定めることにより、配偶者が専業主婦(夫)や育児休業中である場合等の労働
者からの育児休業申出を拒める制度を廃止し、配偶者が専業主婦(夫)家庭の夫(妻)の
場合を含め、すべての労働者が育児休業を取得できるようになります。
66
4.介護休暇の新設
○労働者の申し出により、年度内(4月1日∼3月31日)に、要介護状態(※1)の対象家族(※2)
が1人ならば5日、2人以上ならば10日の介護休暇を取得できるようになります。(※3)
※1 負傷、疾病又は身体上若しくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とす
る状態。
※2 配偶者(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。
)
、父母及び子、配
偶者の父母、同居しかつ扶養している祖父母、兄弟姉妹及び孫。
※3 雇用期間が6ヶ月未満の労働者など労使協定で介護休暇を取得できないものとされた労働者は適用除
外。
※4 この介護休暇のほか、現行の介護休業(要介護状態にある対象家族1人につき、要介護状態ごとに1回、
通算して93日まで取得可)が取得できます。
5.法の実効性の確保
① 苦情処理・紛争処理の援助及び調停の仕組みの創設
○育児休業の取得等に伴う労使間の紛争等について、都道府県労働局長による紛争解決の援
助及び調停委員による調停制度を設けます。
② 企業名の公表制度および未報告者又は虚偽報告者に対する過料の創設
○法違反に対する勧告に従わない企業名の公表制度や、報告を求めたにもかかわらず報告を
しない者や虚偽の報告等をした者に対する20万円以下の過料の制度を設けます。
縟 出産・子育てのための主な経済的支援
盧 個人に対する経済的支援
① 出産育児一時金
健康保険から子ども一人につき原則42万円が支給されます。この出産育児一時金
については、医療機関等が代わりに受け取ることで、42万円を超える費用のみ支払
うようにすることも可能です。また、加入する健康保険組合や住所地の自治体によっ
ては、それ以外に上乗せする付加給付がある場合もあります。
② 育児休業給付金
育児休業給付には、育児休業期間中に支給される育児休業基本給付金と、育児休
業が終了して6ヶ月経過した時点で支払われる育児休業者職場復帰給付金とがあり
ます。
支給額は、育児休業基本給付金が、支給対象期間(1ヶ月)当たり、原則として
休業開始時賃金日額×支給日数の30%相当額、育児休業者職場復帰給付金が、職
場復帰後にまとめて、休業開始時賃金日額×育児休業基本給付金が支給された支給
対象期間の支給日数の合計日数の10%(注)となっています。
注)平成22年3月31日までに育児休業基本給付金の支給対象となる育児休業を
開始した方については、暫定的に育児休業者職場復帰給付金の給付率が20%相当
額となり、全体の給付率は50%となります。
Ⅵ.情報編
67
③ 社会保険(健康保険・厚生年金保険)の保険料免除
3歳未満の子の育児休業期間中の社会保険料は、育児休業等を開始した日の属する
月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間(3歳に達す
るまで)について、被保険者負担分および事業主負担分ともに納付が免除されます。
なお、この保険料免除期間は、育児休業取得直前の標準報酬月額で保険料が納付され
たものとみなして、年金額の計算の基礎とします。
④ その他、事業主による経済的支援
事業主によっては、独自に育休期間の最初の数日∼20日程度を有給休暇にしたり、
支援金を支給するという制度を設けているケースもあります。
また出産祝い金、入園・入学祝い金などの一時金の支給、子に対する扶養手当金の
支給、ベビーシッター等の費用補助などを行っている事業主もあります。
盪 事業主に対する経済的支援
① 社会保険(健康保険・厚生年金保険)の保険料免除
3歳未満の子の育児休業期間中の社会保険料は、被保険者負担分および事業主負担
分ともに納付が免除されます(上記盧-③参照)
。
② 中小企業子育て支援助成金
中小企業子育て支援助成金は、労働者数100人以下の企業において、育児休業取得
者、短時間勤務制度の利用者が初めて生じた事業主に5人目まで支給される助成金で
す。問い合わせ先は、都道府県労働局の雇用均等室です。
③ 両立支援レベルアップ助成金
事業主が実施する次のような両立支援策に対して支給される助成金です。問い合わ
せ先は、譛21世紀職業財団地方事務所です。
・育児休業取得者の代替要員を確保し、育児休業取得者を原職等に復帰させたとき
・育児休業または介護休業を取得した労働者が、スムーズに職場に復帰できるような
プログラムを実施したとき
・小学校第3学年修了までの子を養育する労働者が利用できる短時間勤務の制度を設
け、利用者が生じたとき
・労働者が育児・介護サービスを利用する際に要した費用の補助を行ったとき
68
縉 主な相談窓口
○制度や仕組み全般について
厚生労働省「主な制度紹介」
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/
厚生労働省「子ども・子育て支援」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/index.html
○育児休業制度、
「中小企業子育て支援助成金」に関する相談
都道府県労働局の雇用均等室
(所在案内)http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/roudoukyoku/
○労働基準法の母性保護規定、年次有給休暇、産前産後休業、育児時間などについて 最寄の労働基準監督署
○育児休業給付金に関する相談
最寄の公共職業安定所(ハローワーク)
(所在案内)http://www.mhlw.go.jp/kyujin/hwmap.html
○出産に関する「出産育児一時金」
、「出産手当金」について
全国健康保険協会、またはその都道府県支部、または加入する健康保険組合
○育児休業期間中の社会保険料の免除の取扱いについて
日本年金機構、または最寄りの年金事務所、または加入している健康保険組合
○育児等に関する各種サービスに関する相談、情報提供、「両立支援レベルアップ助成
金」についての相談
譛21世紀職業財団 http://www.jiwe.or.jp/
Ⅵ.情報編
69
本冊子は、「福祉人材就業動向調査に関わる検討委員会」において、編纂したものです。
【委員名簿(肩書きは平成22年3月現在/50音順)】
中島 ゆり
お茶の水女子大学 教育開発センター 研究員
藤井 賢一郎 日本社会事業大学 専門職大学院 准教授
堀田 聰子
東京大学社会科学研究所 特任准教授
堀 有喜衣
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
『介護施設の組織力を高めるワーク・ライフ・バランス∼その考え方と実際∼』
発行:社会福祉法人 全国社会福祉協議会 中央福祉人材センター
企画・構成:「福祉人材就業動向調査にかかわる検討委員会」
マネジメント・デザインズ株式会社
〒100-8980
東京都千代田区霞が関3-3-2
電話:03-3581-7801
新霞が関ビル
fax:03-3581-7804
平成22年3月
70
介
護
施
設
の
組
織
力
を
高
め
る
ワ
ー
ク
・
ラ
イ
フ
・
バ
ラ
ン
ス
[
そ
の
考
え
方
と
実
際
]
介護施設の組織力を高める
ワーク・ライフ・
バランス
[その考え方と実際]
社
会
福
祉
法
人
全
国
社
会
福
祉
協
議
会
中
央
福
祉
人
材
セ
ン
タ
ー
社会福祉法人 全国社会福祉協議会 中央福祉人材センター
Fly UP