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参考資料 - 京都大学 大学院経済学研究科・経済学部

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参考資料 - 京都大学 大学院経済学研究科・経済学部
『経済セミナー』(2000 年 2 月号) 00.3.8版
ネットワーク・エコノミックス
(11)
インセンティブ規制の経済理論
甲南大学経済学部 依田高典
はじめに
私の恩師の伊東光晴氏は口が悪い。故にしばしば恨みを買う。買っても当然
であろうか。先日はこんな風に言っていた。「前の世代の優秀な者が取組んだ
分野は食い尽くされて、次の世代には何も残らない。私の前の世代は学説史を
やった。そこで、私達の世代は経済理論をやった。そして、どうしようもなく
なった世代が交通経済学をやった」。師の暴論を多少なりとも修正せねばなる
まい。諸外国を眺めるに今の世代の優秀な経済学者は通信や交通の経済学をや
っている。ボーモル(W.J. Baumol)、ラフォン(J.J. Laffont)やチロル(J. Tirole)はそ
の最たる例だろう。この分野からノーベル賞学者が出るのもそう遠い将来では
なかろう。であるからして、その昔通信やら交通やらを専攻した人達は実に先
見の明があったというものだ。
実際この 20 年間、通信のような分野では現実と学問の双方で大きな技術革
新があった。デジタル化と光化とそれらに伴う規制緩和で劇的な産業構造の変
化があった。他方、ゲーム理論的産業組織論で情報の非対称性に関する劇的な
経済理論の発展があった。この二つの潮流の幸福な結婚の一例が、今回取り上
げるインセンティブ規制である。プライス・キャップ、ヤードスティック、ベ
イズ型プリンシパル・エージェント・モデル…。今なおインセンティブ規制は
実際の公益事業政策に大きな影響を及ぼし、その理論的根拠と実証的検討が経
済学者によって探求され続けている。今月号では、そうした事柄を広く取り上
げていきたい。
1 伝統的規制
<図 1 挿入>
1
伝統的規制はいわゆる「費用積み上げ (Cost-plus)」と呼ばれる方式である。
つまり、営業費用と資本費用を足して需要で割り、単価を求める。特に長い間
「公正報酬率規制(Fair Rate of Return Regulation)」と呼ばれる方式が採用されて
きた。公正報酬率規制では、真実・有効資産(Rate Base)に公正報酬率(Fair Rate of
Return)をかけた公正報酬を営業費用に足して需要で割り、単価を求める。価格
P、営業費用 C、資産 K、公正報酬率ρ、負債利子率 i、負債/資産 D/K、自己資
本利子率 r、自己資本/資産 E/K、需要量 Q とすると、
P=(C+ρK)/Q、ρ=iD/K+ r E/K
と表せる。公正報酬率規制の利点は、(1)社会的受容性と公平性を持ち、(2)規制
のラグ効果が働き 1、(3)投資の安定性とサービス水準の確保ができることであ
る(cf. 植草 1996)。他方、公正報酬率規制の問題点は、 (1)経済的な非効率性を
招き、(2)規制の失敗が発生することである。第一に、公正報酬率規制では政府
の査定能力の限界のため技術的非効率性 (X 非効率性)が発生し、また報酬が資
産に依存するので過剰資産の傾向 (Averch-Johnson 効果)が生じる。第二に、政
府と企業の交渉による公正報酬率の決定には恣意性がつきまとい、政府が企業
に取り込まれてしまう事態 (規制の虜)が起こりかねない。また、情報の非対称
性のため政府の規制能力には限界があり、規制コストも高くつく。
Averch-Johnson 効果について、簡単に解説をしよう(cf. Train 1991)。資本報酬
率を収入(PQ)から非資本投入財費用(wL)を引いたものを資本投資額(K)で除した
ものと定義し、(PQ-wL)/K とする。公正報酬率規制を資本報酬率が公正報酬率(ρ)
を上回らないことと定義し、ρ≧(PQ-wL)/K とする。i を資本財価格とし、利潤
はΠ=PQ-wL-iK とする。利潤と公正報酬率の定義から、Π/K≦ρ-i が得られる。
例えば、公正報酬率が 10%、資本財価格が 8%の場合、資本投資額の 2%を超え
る利潤の獲得は許されない。図 2 を用いると、資本と利潤の平面に利潤曲線と
公正報酬率規制が描かれている。利潤極大資本量は K*であるが、公正報酬率規
制資本量は K0 である。K0>K*であり、過剰資本が発生している2。
1
規制ラグが長いほど、企業に技術革新と通じた費用削減のインセンティブを与える。しかし、
その費用削減効果が価格低下を通じて、消費者に便益を与えるには時間がかかるようになる(cf.
Vickers and Yarrow 1988)。
2
Averch-Johnson 効果の実証研究としては、発電プラントで資本の投入財価格比率が限界生産物
の比率を上回っていることをあげられる(cf. Courville 1974)。110 のうち 71 の発電プラントで
Averch-Johnson 効果が発生、全てのプラントで最少費用から平均 11.4%の乖離が発生している
という。
2
<図 2 挿入>
2 インセンティブ規制
<図 3 挿入>
伝統的規制の欠点は、規制の失敗とインセンティブの欠如にまとめられる。
近年では企業にある程度 (しかし全部ではない )裁量権を与えて、望ましい経済
的成果を達成しようという規制方式が採用されるようになってきた。それが「イ
ンセンティブ規制(Incentive Regulation)」である。インセンティブ規制には、(1)
余剰の残余請求権の一部を企業に認める「利潤分配(Profit Sharing)規制」、(2)価
格上限の範囲内でリバランシングを認める「プライス・キャップ (Price Cap)規
制」、(3)他の企業の指標を物差しにする「ヤードスティック(Yardstick)規制」、(4)
事業免許を競売にかける「フランチャイズ・ビッディング(Franchise Bidding)」、
(5)規制スキームに裁量性を持たせ企業に自己選抜させる「ベイズ型プリンシパ
ル・エージェント規制」、(6)伝統的な規制とインセンティブ規制の混合・複数
のインセンティブ規制の混合である「ハイブリッド(Hybrid)規制」等がある。
幾つかの実証研究によると、インセンティブ規制は企業の経営効率化と消費
者の便益向上に対してプラスの効果を与えたようである。第一に、1991 年地域
系ベル電話会社の報酬率と各州の規制スキームを比較検討すると、報酬率があ
る水準以下だと、インセンティブ規制の採用確率は報酬率が高いほど低くなる。
逆に、報酬率がある水準以上になると、インセンティブ規制の採用確率は報酬
率が高いほど高くなる。これはインセンティブ規制が経営効率化と利潤機会の
拡大をもたらした一例だろう(cf. Donald and Sappington 1995)。第二に、米国電
話産業におけるインセンティブ規制と価格の関係を調べると、企業に価格設定
の柔軟性を与えている州の方が公正報酬率規制を実施している州よりも料金水
準が低い(cf. Mathios and Rogers 1989)。また、規制緩和の経験が長い州ほど公正
報酬率規制が守られている州よりも料金水準が低い (cf. Kastner and Kahn 1990)。
総論として、インセンティブ規制の現況を次のようにまとめられる
(cf.
Sappington and Weisman 1996)。(1)最良のインセンティブ規制は紋切り型では扱
えず、そのゴールと手段によって異なる。(2)インセンティブ規制はゼロ・サム・
3
ゲームではない。インセンティブ規制の下で企業に高い報酬率を保証しつつも、
消費者には便益を与えられる。(3)インセンティブ規制と競争政策は独立関係に
あるのではなく、双方互いに影響を及ぼしあう。
3 利潤分配規制
<図 4 挿入>
利潤分配規制とは、公正報酬(率)以上の利潤(率)を達成した場合、企業に超過
利潤の一部を獲得することを許容し、生産効率化のインセンティブを与える規
制である3。「社会契約(Social Contract)」とも呼ばれる。「スライディング・スケ
ール法」と呼ばれる方式では、実際に企業が得る獲得利潤は基準利潤と実現利
潤の加重和となる。Π:獲得利潤、Π 0 :基準利潤、Π a:実現利潤、α:分配
ウェイトとすると、
Π=Π0+α(Πa-Π0)=(1-α)Π0+αΠa
と表せる(図 5 参照)。
<図 5 挿入>
利潤分配規制の基礎理論を幾つか紹介しよう。Leob and Magat (1979)は、政
府が企業に社会厚生の残余請求権を認めることによって、最適な資源配分が達
成されることを論じた。補助金を「消費者余剰-一括税」、利潤を「売上高+補助
金-費用」と定義すると、利潤は「消費者余剰 +売上高-費用-一括税」となる。
結局、これは社会厚生を最大化する問題と等値であるから、「価格=限界費用」
という社会的最適条件が成立する。
しかし、社会的最適を導出するために消費者余剰を企業に丸投げすることは、
分配上の公平性から大いに問題がある。そこで、Sappington and Sibley (1988)は、
その期の余剰の改善分だけを企業に与える契約によっても社会的最適条件を導
けることを論じた。t 期の価格 Pt に対して需要量 Qt、消費者余剰 CSt、総費用 Ct
3
利潤率以外に費用・価格等が成果基準として採用されたり、成果基準としては数値ではなく一
定の幅が用いられる場合も多い。
4
とする。t+1 期の補助金を「消費者余剰の改善分-t 期の操業利潤」とすると、
St+1=(CSt+1-CSt)-(PtQt-Ct)
と表せる。企業の総利潤は「操業利潤 +補助金」からなるので、結局「操業利
潤増加分+消費者余剰増加分」に等しくなる。図 6 を用いて説明しよう。価格
が P1 から P2 に低下する場合、消費者余剰の改善は ABCE。第 1 期の操業利潤は
ABGH。よって、企業へ与えられる補助金は ABCE-ABGH となる。また、第 2
期の操業利潤は ECFH。よって、企業の総利潤は総余剰増加分 BCFG である。
Sappington and Sibley メカニズムによって、企業は最終的に最善価格を設定する
ようになる。そして、最善価格に到達したならば、もはや補助金は不必要にな
る。
<図 6 挿入>
このような利潤分配規制が実際に可能かどうかは疑問の余地が残る。しかし、
米国の戦後の電力産業でよく似た規制が取られていたし、NTT の幅公正報酬率
規制(1993 年の上限 6.21%・下限 3.57%)は一種の利潤分配方式と見なせる。さ
らに、ガス事業法の報償契約において、ガス事業者が地方政府に納付すべき報
償金では実際に「スライディング・スケール法」が採用されてきた(cf. 横倉 1994)。
例えば、基準利益(9%の配当を可能とする利益)に対して 6%の報償金を支払わ
せ、基準利益以上(以下)の金額の 1/2 を料金引き下げ(上げ)に充て、他の 1/2 を
事業者に帰属させる様なやり方である。
4 プライス・キャップ規制
<図 7 挿入>
英国の電気通信・電力・ガス・水道・航空産業、米国の電気通信をはじめと
して最も広く普及しているインセンティブ規制はプライス・キャップである。
Pt:t 期の平均価格、RPI:物価上昇率、X:生産性向上率、Z:制度・投資・原
料等の調整率として、プライス・キャップ規制は、
Pt = Pt-1(1+RPI-X+Z)
5
と表せる。プライス・キャップの利点は、(1)経営効率化のインセンティブ、(2)
価格のリバランシング、 (3)規制の透明化・簡素化、 (4)規制コストの削減、
(5)Averch-Johnson 効果の回避等である (cf. 山内 1996)。プライス・キャップの
問題点は、(1)急激な価格リバランシングの弊害、(2)生産性向上率 X 項決定の
困難、(3)過小投資とサービス劣化等である。
プライス・キャップの経済理論は Vogelsang and Finsinger (1979)によって与え
られている。彼らのメカニズムは以下の通りである。今期価格 Pt と前期産出量
Qt-1 の積 PtQt-1 が前期費用 Ct-1 を超えない範囲で今期価格を自由に設定できる柔
軟性を与える(価格は諸サービスの加重平均 )。この規制を数期間連続に適用す
ると、ラムゼー次善価格に収束する。図 8 を用いて説明しよう。価格 P1 に対し
て需要量 Q1 である。平均費用が AC1 なので、費用は AC1 Q1 である。次期価格 P2
は制約条件 P2 Q1≦AC1 Q1 を満たさなければならない。以上のプロセスを繰り返
すと、価格 Pt は平均費用 ACt に収束していく 4 。Bradley and Price (1988)は
Vogelsang-Finsinger メカニズムに生産性上昇率 X を付け加えても、同じ結論が
得られることを論証した。つまり、プライス・キャップ規制を通じて、料金は
ラムゼー型の平均費用価格設定に動学的に収束して行くわけである。
<図 8 挿入>
プライス・キャップ規制は、1983 年に英国の電気通信にその適用を主張した
Littlechild Report 以来、非常に沢山の国と産業で導入されている。いずれにせよ、
X 項の決定は最も大きな問題となった。X が低すぎると企業に超過利潤を許し、
X が高すぎると企業に経営不安を招く。結局、X は企業が公正報酬を獲得でき
るように政治的に設定されるため、プライス・キャップと伝統的規制の区別は
曖昧となる。表 1 は英国の各産業の X 項の変遷である。概して言うと、初めに
X は低く設定され、次第に高く改訂されるようである。また、米国の電気通信
では、サービスを幾つかのバスケットに分け、それぞれに独占的価格防止のた
め上限と略奪的価格防止のため下限を設定し、急激な価格リバランシングを緩
和する措置をとっている。
4
Sappington (1980)は、Vogelsang-Finsinger メカニズムが企業の費用情報を前提としていること
を問題にし、企業の戦略的な費用水増しの危険性を論じた。
6
<表 1 挿入>
日本の電気通信産業でも、NTT の経営形態の見直しに合わせて、NTT 東日本・
西日本の電話・ ISDN ・専用の基本サービスにプライス・キャップが 2000 年 3
月から適用される予定である。X 項の決定は、適用の最終年度である 3 年目の(現
行料金を基準とした )予想収入と(経営効率化を織り込んだ)予想費用が均等化す
るように計算される。問題点としては、(1)長期増分費用が適用される接続部門
とプライス・キャップが適用される小売部門との整合性ならびに(2)黒字の NTT
東日本から赤字の NTT 西日本に支払われる負担金の是非があげられよう。
5 ヤードスティック規制
<図 9 挿入>
公益事業の特徴は地域独占が多いことである。そこで、地域の独占企業の経
済実績を比較して間接的競争を作り出す規制がヤードスティックである。ヤー
ドスティック規制の経済理論は Shleifer (1985)によって与えられている。彼は次
のような規制メカニズムによって、最適な資源配分が達成されることを論証し
た。第 1 段階:政府は企業に価格や補助金に関するヤードスティック規制のス
キームを公開する。その際、価格は他の企業の平均、補助金は他の企業の費用
削減努力の平均に設定される。第 2 段階:企業は費用削減努力を実施し、政府
は費用と費用削減努力を観察する。第 3 段階:観察に基づいて、政府は価格と
補助金を決定する。第 4 段階:企業は生産・販売活動を行う。Shleifer メカニズ
ムは、各企業(n 個)の限界費用を ci、費用削減努力に対する補助金を Ri とすれ
ば、
ci =
1
1
c , Ri =
∑
∑ R
j≠i j
n −1
n − 1 j ≠i j
として表される。ヤードスティック規制は、1986 年の英国の水道事業に関する
Littlechild Report によって初めて提唱されたように言われるが、実際には沢山の
規制で試みられてきた。日本の私鉄・バスの標準原価方式が一例である 5。そこ
5
それは伝統的規制とヤードスティック規制のハイブリッドであるという意味でも興味深い(cf.
7
では、個別的環境要因を補正した原価をもとに上位・中位・下位に分け、それ
ぞれの減額査定の額を変えている。
ヤードスティック規制が本当に上手く機能するかどうかは、 (1)費用・需要条
件の企業間等質性と(2)企業間の共謀の不可能性の仮定に依存している。とりわ
け前者は大きな問題である。そうした中、(1)企業毎の成果のポテンシャリティ
の推計と(2)ポテンシャリティを実現するための企業の努力の評価を通じて、企
業間の異質性を考慮したヤードスティック規制の仕組みも提唱されている (cf.
横倉 1996)。1996 年 1 月に日本の電力・ガス産業の料金審査要領にヤードステ
ィック規制が導入されたが、(1)個別査定:各企業の原価の妥当性の検証と(2)比
較査定:費用の水準と変化率の各社間の比較を通じて、地域ごとの費用・需要
条件の補正が行われている (cf. 山谷 1996)。実際の費用に補正係数を掛け合わ
せ比較するので、計数が高いほど費用・需要の条件が良いと判断される。ガス
でも電気でも、大都市地域が必ずしも費用優位に立っているわけではない所が
興味深い(表 2 参照)。
<表 2 挿入>
6 ベイズ型プリンシパル・エージェント規制
<図 10 挿入>
最後に検討する規制方式はベイズ型のプリンシパル・エージェント規制であ
る。このタイプの規制は高度に理論的であり、規制者が企業の私的情報に対し
て主観的確率を持っていることを前提としているので、その現実妥当性はまだ
発展途上といえよう。ある識者(B.M. Mitchell and I. Vogelsang)の言葉を借りれば、
「ベイズ学派の規制メカニズムは理論闘争には勝利したが、まだ料金設定実務
にさほど規範的な影響を及ぼしていない」。ベイズ型規制は大きく分けて、 (1)
企業のタイプが私的情報となるアドバース・セレクションと (2)企業の行動が私
的情報となるモラル・ハザードの二つがある。
伊藤・宮曽根 1994)。ci を個別実績原価、cY をヤードスティック型標準原価とし、μでの加重平
均をとれば、Pi=μci+(1-μ)cY となる。日本の乗合バスでは、21 のブロックごとの標準原価を求
8
先ず、アドバース・セレクションの代表的モデルである Baron and Myerson
(1982)を取り上げよう。彼らは、政府が企業の費用パラメーターを観察できな
いケースを分析した。θ∈[θ-,θ-]を企業の私的情報である費用パラメーターと
し、θ0 を企業が自己報告する費用、Q(θ0)を企業の報告に応じた生産量、T(θ0)
を企業の報告に応じて与えられる補助金とする。また、社会厚生を消費者余剰
とαでウェイト付けられた生産者余剰の和と定義し、費用パラメーターの主観
的確率で加重平均された社会厚生の最大化を政府の目的とする。ここで、企業
が 自 分 の タ イ プ を 偽 ら な い よ う な 誘 因 両 立 条 件 (Incentive Compatibility
Condition)は、Π (θ, θ)≧Π(θ0, θ)が全ての費用パラメーターに成立するこ
とである。企業が生産活動に従事するような参加条件(Participation Condition)は、
Π(θ, θ)≧0 が全ての費用パラメーターに成立することである。このとき、価
格条件式は
P(Q(θ))=θ+(1-α)(θ-θ-)
すなわち価格は費用と情報訂正項(Information Correction Term)の和に等しくなる。
θ>θ-かつα<1 である限り、配分上の非効率性が発生するわけである。
次に、モラル・ハザードの代表的モデルである Laffont and Tirole (1986)を取
り上げよう。基本的設定は Baron and Myerson (1982)に準じるが、θを費用パラ
メーター、e を費用削減努力、c を費用水準とし、政府はθと e の両方を観察で
きないが、c を観察できると仮定する。つまり、政府は費用水準を観察できて
も、それが費用パラメーターのせいなのか、企業努力の欠如なのかを識別でき
ない。ここでは、簡単に c=θ-e とおこう。そのとき、価格条件式は
P(Q(θ))=c(θ)
すなわち価格は限界費用に等しい。他方で、費用条件式は
c(θ)>c*
すなわち費用削減努力が過少であるため、限界費用は完全情報水準 c*よりも水
増しされる。これが、Laffont and Tirole (1986)いうところの価格とインセンティ
ブの「二分法(Dichotomy)」である。努力が与えられた下での最適生産量の決定
(配分的効率性)と生産量が与えられた下での最適な費用削減努力の決定 (技術的
非効率性)との間でトレードオフが発生しているわけである。
ベイズ型プリンシパル・エージェント規制の特徴は、情報の非対称性のため
に発生するアドバース・セレクションやモラル・ハザードを最適なインセンテ
め、「1/2 実績原価+1/2 標準原価」というハイブリッド規制を採用している。
9
ィブ・スキームを作ることによって、顕示選好または自己選抜させることであ
る。現実にはこのようなインセンティブ・スキームを作ることは難しいが、先
駆的な試みも見られる。米国の地域電気通信の州際アクセス・チャージはその
一例である。最初にアクセス・チャージの高い X 項を選択するとその後は報酬
率規制を受けずに済み、低い X 項を選択するとその後は厳しい利潤分配型の報
酬率規制を受けねばならない(表 3 参照)。企業がそれぞれ自分のタイプに応じ
たリスクとインセンティブの組み合わせを選択すればよい。このような政府と
企業の情報の非対称性を自己選抜スキームで解決し、経営効率化を他のインセ
ンティブ規制で誘導するようなハイブリッド方式は将来有望であろう。
むすびに
近年では、非常に多様な規制スキームが考案されている。これは、先人達の
涙ぐましい成果の脈々とした継承あってのことである。我々にはインセンティ
ブ規制をいかによく運用すべきかという課題が残されている。運用は折衷主義
が良かろう。伝統的な規制とインセンティブ規制のハイブリッド、あるいは異
なるインセンティブ規制のハイブリッドのことである。様々な血統の混合によ
って、新しいサラブレッドが誕生していく。今一つの重要点は、単に政府・企
業間のハイブリッドのみならず、政府間の規制スキームのハイブリッドが必要
なことである。ある政府があるインセンティブ規制を導入したならば、それに
負けずと別の政府が別のインセンティブ規制を考案する。このような規制主体
間の競争が規制スキームの向上に必要不可欠である。畢竟、現在日本に最も欠
けているのはこの点である。諸外国に比して、日本の企業や政府が劣等だとは
思われない。しかし、規制主体間で競争原理がほとんど働いていない。電気通
信・電力・ガス・鉄道。いずれの公益事業でもヤードスティック競争が機能す
る状況にある。今こそ大胆な権限委譲・地方分権を通じて規制主体レベルでの
ヤードスティック競争が実現すれば、きっと日本の規制メカニズムに新鮮な風
が吹くことであろう。
<次回は「複雑系経済学としてのネットワーク・エコノミックス」です。>
10
参考文献
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植草益(1996)「インセンティブ規制の理論と政策」公益事業研究 48.1: 1-8.
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山谷修作(1996)「電気・ガスヤードスティック規制の特徴と課題」公益事業研究 48.1:31-42.
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Multiproduct Monopoly Firm,” Bell Journal of Economics 10.1: 157-171.
12
図表一覧
図 1:伝統的規制
・費用積み上げ方式
・公正報酬率規制
・受容性/投資安定性
・ X 非効率性/A-J 効果
・規制の失敗
図 2:Averch-Johnson 効果
Π
利潤曲線
K*
公正報酬率規制
K0
13
K
図 3:インセンティブ規制
・利潤分配
・プライス・キャップ
・フランチャイズ・ビッディング
・ヤードスティック
・ベイズ型プリンシパル・エージェント
・ハイブリッド
図 4:利潤分配方式
・基準利潤と実現利潤の加重和
・ Leob-Magat メカニズム
・ Sappington-Sibley メカニズム
・ガス事業の報酬契約
図 5:スライディング・スケール法
獲得利潤率
規制なし
スライディング・スケール法
上下限付公正報酬率規制
公正報酬率規制
実現利潤率
14
図 6:Sappington-Sibley メカニズム
P
P1
P2
A
B
E
F
H
G
C
F
MC
D
Q1
Q
Q2
図 7:プライス・キャップ規制
・ RPI-X+Z 規制
・ X 項の決定が困難
・急激な価格リバランシング
・ Vogelsang-Finsinger メカニズム
・ 2000 年春日本の地域通信に導入
15
図 8:Vogelsang-Finsinger メカニズム
P
D
P1
AC1=P2
AC
ACt=Pt
Q1
Q2
Q
Qt
表 1:英国公益事業の X 項の変遷
電話
3(1984-89)
4.5(1989-91)
6.25(1991-93)
7.35(1993-97)
ガス
航空
水道
送電
配電
買電
2(1987-92)
5(1992-94)
4(1994-97)
1(1987-92)
8, 8, 4, 1, 1
(1992-97)
通時平均
+5.4(WSCs)
+11.4(WOCs)
0(1990-93)
3(1993-97)
+0~+2.5
0(1991-94)
2(1994-98)
(出所:Armstrong, Cowan and Vickers 1994 Table6-1)
16
図 9:ヤードスティック規制
・ Shleifer メカニズム
・企業間の異質性の問題
・企業間の共謀の問題
・地域間環境要因の補正
表 2:ヤードスティック規制の費用・需要条件の補正
電気料金の補正係数
設備
経費
北海道
0.97
0.90
東北
1.00
0.96
東京
0.95
1.06
中部
1.01
1.10
北陸
1.15
1.07
関西
1.07
1.12
中国
1.02
1.03
四国
0.94
0.93
九州
0.93
0.96
沖縄
0.95
ガス料金の補正係数
設備
経費
東京
1.1250
1.0216
大阪
1.1331
1.0209
東邦
1.0284
0.9790
西部
0.9092
0.9048
17
北海道
0.8290
0.9161
北陸
1.4145
1.3229
京葉
1.0819
1.0855
広島
0.8799
0.9388
図 10:ベイズ型プリンシパル・エージェント規制
・アドバース・セレクション
Baron-Myerson メカニズム
・モラル・ハザード
Laffon-Tirole メカニズム
・自己選抜/顕示選好
・米国地域通信市場の自己選抜スキーム
表 3:1995 年次の米国州際アクセスチャージの FCC ルール
X項
4.3%
4.7%
5.3%
下限報酬率
12.25
12.25
50/50 利潤分配
12.25-13.25
12.25-16.25
上限報酬率
13.25
16.25
なし
なし
なし
18
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