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Wikiを使った情報共有 ∼企業での活用事例∼

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Wikiを使った情報共有 ∼企業での活用事例∼
個別論文
Wiki を使った情報共有
∼企業での活用事例∼
Case Study of the Wiki as a Knowledge Sharing Tool on Business
大村 幸敬
OHMURA Yukitaka
概要
本稿ではユーザ参加型コンテンツ管理システムWiki を部門内のグループウェアとして使用した事例と
ノウハウを紹介し、Wiki を使った情報共有の利点と課題について考察する。紹介する事例は、技術情報
の蓄積、プロジェクト情報の管理、部内申請業務、個人ページの4つである。
Wiki をはじめWeb2.0的なツールを企業で使って情報を共有することの利点は、個人が持つ暗黙知が
形式知として蓄積されることである。さらに、蓄積された形式知の相互作用による価値創造が期待できる。
今後は、blogやSNS、Wiki などのツールを活用して知的価値を創造する基盤を構築し、より優れたアイ
ディアが生み出されるようにしたい。
1. はじめに
のシステムがWeb2.0のキーファクターである。今日のWeb
上ではblogやSNSによってユーザが発信する大量の情報が相
本稿ではユーザ参加型コンテンツ管理システムWiki を企業
互作用を起こし、さらに新しい価値が生み出されている。この
内のグループウェアとして使用した事例を紹介し、Wiki を
「Web2.0 的」な状況は、企業の情報共有においてもひとつ
使った情報共有の利点と課題について考察する。まずWiki の
の理想形であると言える。
概要について解説する。次に、企業における情報共有が進ま
「Wiki(ウィキ)」はWeb2.0的なユーザ参加型コンテン
ない問題をWiki を使ってどのように解決できるか説明する。
ツ管理システム (CMS:Contents Management System)
次に当社での活用事例を4つ紹介し、それぞれの効果や工夫
のひとつである。Wiki の特徴はWebブラウザを使ってWeb
について述べる。最後にWiki を使った情報共有の利点と課題
ページ全体を編集できることである。さらにそのコンテンツは
について考察する
誰でも自由に作成・編集できるため、他の人が書いた内容を
追記・修正するなどコラボレーションツールとして利用で
2. Wiki の概要
きる。他のCMSと比較してWiki は以下のような特徴がある。
●
誰でも全てのページを作成・編集できる
2005年秋ごろから「Web2.0」と呼ばれる新しいWebの方
●
コンテンツの全ての部分を編集できる
向性が話題になっている[1]。従来、多くのWebユーザは情報
●
簡単な記法によりHTMLを使わなくても豊かに表現できる
の閲覧者にとどまることが多かったが、blogやSNS (Social
誰でもどのページでも編集できることから、他の人が書いた文
Network Service) の普及によりユーザ自らが情報を気軽に
章を修正するなどWeb上のコラボレーションツールとして利
発信するようになった。これらblogやSNSなどユーザ参加型
用することもできる。インターネット上ではオープンソース
本稿は、
日本アイ・ビー・エム株式会社様の「2005年度コアパートナーSE論文コンテスト」にて優秀賞を受賞した論文に加筆・修正したものです。
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ソフトウェアの開発者サイトとして使われたり、編集の容易さ
(3) 共有する情報はさまざまであり、業務に応じてフォーマット
から一般のサイトでの利用も増加している。
を柔軟に変更したい。
Wiki を効果的に使った例としてはWikipedia[2]が挙げら
筆者はWiki を使うことでこれらの問題点を解決できると考
れる。これはインターネット上で公開されている百科辞典であ
えた。
る。しかし、一般の百科辞典と大きく異なるのはWiki を使用
Wiki は全てのデータをWeb上で管理するため、問題(1)、
している点である。これにより各用語の解説を多数の一般
(2) を解決することができる。また、ページのコンテンツを自
ユーザが協力して作成できるようになっている。多数のユーザ
由に編集できるため、業務に応じて内容を変更することも可能
が協力することでWikipediaには多種多様な用語 (10万語
である。問題(3) についてはWiki の基本機能ではやりにくい部
以上) の解説が掲載されている。用語によっては内容が不十分
分もあるが、プラグインによる機能拡張とルール決めによって
な場合もあるが、他のユーザがレビュー・修正することで品質
対応できると考えた。
の向上を図っている。
以上の検討により、2003年4月からパイロットプロジェク
WikipediaはWiki がWeb上での情報共有・コラボレーション
トのメモツールとしてWiki を導入し、徐々にその適用範囲を
ツールとして有用であることを示すよい例である。
広げていった。
3. 企業における情報共有
4. Wiki の活用事例
筆者の所属部門では情報共有によって以下のような業務改善
4.1 使用したWiki エンジン
を考えていた。
Wiki には実装方式の異なるいくつかのWiki エンジンがある
が、過去の使用実績と保守・カスタマイズの容易性から、オー
●
部門員が持つノウハウを共有することで作業を効率よく進
める
プンソースのWiki エンジンである「PukiWiki( プキウィキ)」
● 部門員やプロジェクトメンバーに情報を迅速に伝達する
[3]を採用した。PukiWiki は一般的なWiki の機能に加えて以
● 情報の動きを可視化することで部門内の状況を把握する
下のような特徴がある。
しかし、思ったような効果を上げられないでいた。情報共有
● 多様なプラグインによる機能拡張
ツールにはファイルサーバやグループウェア、部内のWebサ
● ページの更新履歴管理
イトなどを使用していた。原因を探るため部門員にヒアリング
● 全文検索機能
したところ、これらは一定の効果はあるものの、表1のような
● PHP (PHP Hypertext Preprocessor) で実装
問題を抱えていた。
● オープンソースによる開発
既存の情報共有手段の問題を整理すると以下のようになる。
図1にPukiWiki の画面イメージ、図2に編集画面の例を示す。
(1) 情報はWeb上にあったほうが閲覧しやすい。
図1において、「A」の部分がページの編集や検索を行うため
(2) 更新に掛かる手間を減らしたい(グループウェアのように
のリンクやボタンである。「B」の部分がコンテンツであり、
ブラウザで操作したい)。
自由に編集することができる。
表1 情報共有手段の問題
手段 利点 問題点
ファイルサーバ
Webサイト
グループウェア
●仕様書などをそのまま保存できる
●ファイルの所在が不明になる
●ファイルによっては特定のプログラムが必要で確認に時間がかかる
●履歴が管理されておらず、最新のファイルかどうかが不明
●ブラウザだけで利用できる
●コンテンツの作成・更新が面倒であるため、一般の部門員が自ら情報を発信することが
少ない
●管理者だけがオフィシャルページの更新を行っており、多忙により更新が滞りがちになる
●ブラウザだけで利用できる
●スケジュール、掲示板など必要な
機能がそろっている
●定型の情報しか入力できないため、業務によっては使用しづらい部分がある
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個
別
論
文
図1 PukiWiki の画面例(デフォルトの画面)
図2 編集画面の例
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4.2 技術情報の蓄積
ファイルの管理である。
筆者が最初にWiki を使ったのは通信ソフトウェアの作成お
紙ベースの資料はWiki に記録することはできないため、資
よび評価のプロジェクトであった。このプロジェクトを選んだ
料をバインダーに閉じた後Wiki にそのバインダーの在処を記
理由は、複雑な通信の仕様をプロトコルレベルで理解する必要
載することで対応した。検索機能もあるWiki をインデックス
があることと、非常に特殊な環境での開発がその後何回も繰り
代わりに使用することで、紙ベースの資料であっても検索性を
返し行われる可能性があったことである。技術情報を蓄積・共
向上させることができた。
有していくことで新しい人員の教育や開発の効率が上がると考
ファイルの管理はファイルサーバとの連携で実現した。
えた。
Wiki にはファイルをアップロードする仕組みがあるものの、
このプロジェクトでは通信の詳細や開発環境のセットアップ
ファイルサーバを使用したほうが手間かからないためである。
方法、試験の方法などをWiki に記録していった。最初はメモ
対策としてWiki に新しくプラグインを作り、ファイルサーバ
程度のものであったが、同様の試験を繰り返すたびに複数の
へのリンクを作成できるようにした。これによりリンクをク
メンバーが内容を参照したりブラッシュアップしたりすること
リックするとファイルサーバからファイルを取得できるよう
で内容も信頼できるものになり、開発効率の向上に大きく貢献
になった。
することができた。
このように、既存ツールの不足部分を補うようにWiki を使
現在ではこの実績を生かし複数の基盤技術(Windows、
う方法はよい成果を上げた。既存ツールの機能はそのまま残って
.NET、Oracleなど)についてページを設け、各プロジェクト
いるため、
Wiki 運用開始当初も違和感を与えることがなかった。
で見つかった問題や解決方法を逐一Wiki に記録し、部門全体
Wiki については利用できる人から使ってもらい、徐々に周囲
の資産として利用できるようにしている。
に広めていった。これにより最終的にはプロジェクトのメンバー
全員がWiki を使うようにすることができた。
4.3 プロジェクト情報の管理
Wiki 上に各プロジェクトの専用ページを作り、プロジェク
4.4 部内申請業務
トの情報管理に使用している。
PukiWiki にはtrackerというプラグインがある。trackerは
プロジェクトを進めていく中ではドキュメントにするほどで
Wiki の仕組みを利用したメタWebアプリケーションともいえ
もないがメンバーに周知すべき事項が数多く発生する。そう
るもので、情報の入力フォーム、一覧画面、詳細画面を自由に
いった「ドキュメント未満」の情報をWiki に記録することで、
定義することができる。各項目の入力形式もプルダウンリスト
メンバーへの伝達漏れが少なく効率のよい情報共有が行われて
など各種のフォームが使用可能である。
いる。
私たちはこのプラグインを部門サーバの各種申請業務に使用
計画変更の多いプロジェクトにおいてはWiki の過去の履歴
している。ユーザはtrackerで作られた入力フォームに申請内
を保存する機能を活用している。スケジュールなどに変更が
容を記入し、管理者は対応完了後にその旨Wiki に登録するよ
あってページの内容を変更した場合であっても、履歴を見ること
うにした。これにより複数の管理者間で対応状況の把握が可能
でいつどのような変更があったかを把握することができる。
になり、対応漏れや過去の設定内容の把握が容易になった。
仕様をまとめていく段階やプログラミングの段階ではチーム内
図3にその例を示す。
で用語を統一する必要がある。これについてはWiki に用語集
ここでWiki のよいところはフォームというある程度決めら
のページを作り、開発者がドキュメントやコードを開発する際
れた枠組みを定義しながら、添付ファイルや文字装飾を行うな
に常に参照するようにした。新しい用語が必要になったら各々
ど豊かな情報を持たせることも可能な点である。一般のグルー
が用語と意味をWiki に登録するようにした。Microsoft
プウェアでは文字情報は入力できても、入力文字数や文字修飾
Excel などを使っても同様のことはできるが、Wiki はWeb
に制限があったり画像の貼り込みができなかったりすることが
ベースであるため気軽に閲覧・編集できる点が有用であった。
多い。Wiki を使う場合はHTMLで利用可能なほとんどすべて
プロジェクト情報の中で扱いに困ったのはFAXなど紙ベー
の表現を使うことができる。
スの資料とMicrosoft Wordなどのアプリケーションに依存した
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個
別
論
文
図3 trackerプラグインの例(左:入力フォーム、右:一覧画面)
リケーション的な側面を持っている。そこでカスタマイズする
4.5 個人ページ(blog風ページ)
ことにより、グループウェアだけではまかなえない雑多な業務
Wiki 上に個人用のページを作成した。ここにはプラグイン
をWiki で行えるようになった。一方Wiki は新着情報の配信も
を使ってblogや日記風のページを作り、部員が見つけた新し
可能である。これによりマネージャはWiki の更新情報を見る
い情報や自分の考えなどを自由に発言する場とした。業務外の
ことで、今まで見えていなかった部門内の情報のやり取りを把
時間のちょっとした情報交換に使われることが多く、部員間の
握できるようになった。問題が発生した場合も適切なタイミン
交流に役立っている。
グで対策を打つことができるようになり、管理業務の質を上げ
ページを作成している人はまだそれほど多くはない。しかし、
ることにも寄与している。
他の人の発言を見ることで新しい知識を得ることが多い。この
活動はさらに活発化させ、知的価値創造の場としていきたいと
5.3 Webページ編集への抵抗感
考えている。
問題点としては、Webページを編集することへの抵抗感を
ユーザから払拭しなければいけない点が挙げられる。部門員に
5. Wiki 活用の効果と課題
ヒアリングしたところ、書いた内容が公開されることや他の人
が書いたページに手を加えることに抵抗感を覚える方が多かっ
5.1 暗黙知から形式知へ
た。また、Wiki で豊かな表現を行う場合は独自の記法が必要
Wiki 導入の最大の効果は暗黙知が形式知へと変換されるよ
になる。この記法を覚えることへの抵抗感も強いようであった。
うになったことである。これまでは個人のメモノートなどに
これらについては、まずtrackerプラグインなどを使った
埋もれていたちょっとした気付き事項が、ノートより使いや
フォームによる入力から慣れてもらうようにした。フォームで
すいWiki の導入によりWebで公開されるようになった。文章
あれば今までのグループウェアと同様に感じられるため、抵抗
の体をなしていないメモであっても、全文検索によって拾い
感なく入力できるようである。
出すことができるのも利点である。
記法については無理して覚えてもらうことはせず、まずはプ
手順書などをWiki 上でブラッシュアップすることで実際に
レーンテキストによる入力をお願いするようにした。プレーン
開発効率が向上した通信ソフトウェア開発の例もあり、Wiki
テキストによる入力であっても文章としては十分閲覧可能なレ
は暗黙知の表出化とそれに伴う業務効率の改善に有効である。
ベルであり、使用するうちに使いたくなった表現だけを、その
都度覚えてもらうようにした。
5.2. 業務の可視化
この2つの対策以外には、数名の有志を募って積極的に
Wiki の導入により多くの業務が可視化されたことも効果の
Wiki を使うことで、書き込みやすい雰囲気をつくるといった
ひとつである。
ことも有効であった。これらユーザの巻き込みが最も難しい点
trackerプラグインの例にあるように、Wiki はメタWebアプ
であると考える。
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5.4 情報構造化の必要性
うのではなく既存のツールの弱点を補完するように位置づける
登録される情報の構造化を行う必要がある。情報を整理する
のがよい。
ためにはツリー構造のような形で構造化するのがよいが、
業務への適用を考える場合は、メタWebアプリケーション
Wiki の情報モデルは複数のページにある雑多な情報をリンク
的な面を利用して業務に一致するように仕組みを作るのも1つ
で結ぶ、というフラットな構造である。Wiki のモデルは情報
の手だが、足りない部分はルールによる運用を行うことも有効
の構造化には不向きで、無秩序にページを作っていくとページ
である。
間の関連性が薄れてしまい、どこに何があるのか分からないと
ユーザに対してはWiki という新しい仕組みに慣れてもらう
いう状態になってしまう。
必要がある。まずはフォームのような簡単な部分から慣れても
対策として、筆者の部門ではページ名をディレクトリのよ
らい、徐々に機能を覚えていってもらうといった配慮が必要で
うに使うようにルールを定めた。例えばEXAMというプロ
ある。
ジェクトの情報は必ず「/Project/EXAM/」から始まるペー
今後の私の課題はWiki、blog、SNSの良いところを集めた
ジ名にするなどである。これにより大枠での情報整理を行える
新しい情報共有基盤の構築である。SNSを利用してそれまで
ようになった。
知らなかった社員同士に新たな関係を築き、blogを通して議
もうひとつの対策としてはページ内に必ずキーワードを追加
論を深め、その成果がWiki にまとめられ、参加者全員でブ
することである。1つのページは複数の情報が書かれているこ
ラッシュアップしてひとつのアイディアへと昇華させる。このよ
とが多く、単に構造化することができないものもある。そこで
うな知的価値創造ツールが作れるのではないか、と考えている。
全文検索を前提としてページにキーワードを追加し、ページの
最後になったが、すばらしいオープンソースソフトウェア
タグ付けを行った。これにより複数のカテゴリをまたがった情
「 PukiWiki 」を開発されたPukiWiki Developer Teamと
報の抽出が可能となった。
コミュニティの方々に感謝の意を表したい。
5.5 変更者明記の必要性
根本的な問題としてWiki は編集者が誰であるかを明記でき
ないという点が挙げられる。Wiki は誰もが編集できる反面、誰が
編集したのか分かりにくい。現行のPukiWiki にはコンテンツ
以外の管理情報を付加する機能がないため、必要な場合は最終
更新者などを別途コンテンツ内に書き残すようにルールを定め
ている。
この問題についてはまだ十分な解決策が見つかってお
らず、管理情報を記録するための仕組みなどをコミュニティに
提案し、PukiWiki へ実装していく必要があると考えている。
6. おわりに
本稿では実際の活用事例を元に、企業でWiki を導入ことの
効果と問題点について考察した。
最も大きな効果はWiki によって暗黙知から形式知への変換
大村 幸敬
OHMURA Yukitaka
が促進されることである。個人の小さな気付きをWebで公開
ビジネスソリューション事業本部
CRMソリューション第一部 Linux/OSS推進チーム
● Linux・オープンソース事業の推進に従事
●
していくことで業務を改善することができる。さらには新しい
発想の源泉とすることもできる。
一方、Wiki を効果的に活用するには工夫も必要である。
導入目的を考えるにあたっては、Wiki だけですべてをまかな
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個
別
論
文
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